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新・生長の家大論争掲示板1

4173名無しさん:2013/03/02(土) 09:39:54
マサノブ氏は、大自然賛歌経の中で、人間の自然克服が悪の根源のような議論をゴタゴタ並べた後、最後の部分で突然に「自然即我」「我即自然」の概念を持ち込むのである。いわば強引に自分の「考え出した論理」を持ち込むのである。おそらくは雅春先生の「神の子我」の悟りの教えを模倣して、拡大解釈したものであろうが、私のような普通の人間の頭脳には、論理が飛躍しすぎていて、何とも珍妙に聞こえる。

なにしろマサノブ氏の説くところの「自然」は、自然界の森羅万象からバクテリアまでをも含む広大無辺なシロモノだからである。大自然賛歌の中で、ここのところを最後の方に、>かくの如く人間の意識高まりて 自己内奥の神を〝我なり〟と観ずるに到らば、自然と人間との戦いは消え、大調和の秩序地上に顕現せん<と説明している。

つまりは「自然即我」「我即自然」と観ずることによってのみ、自然と人間との戦いは消えるという訳だ。果たして「自然即我」を説いているマサノブ氏自身が、そのような自覚を持って生きているのであろうか?





「大自然賛歌」で病気が再発し 高齢者は次々と他界していくのである。

人生苦の解放も人生の終了という形でのみ解消されていく。

よって雅宣教を支える白鳩婆は次々と亡くなるので高齢化社会抑制へ

貢献できるし 雅宣教団も次第に先細りの一途で解散へ向かうばかり。

総裁も自然へ還れば良い


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