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新・生長の家大論争掲示板1

3641名無しさん:2012/12/12(水) 22:28:24
原子力発電推進が「迷い」であると言うのがそもそもの間違いなのである。
原子力発電賛成の意見も反対の意見も「迷い」ではない。
雅宣総裁は自分が原子力発電に反対だから賛成派を「迷い」と言う表現を使っているだけなのである。

まず問題は「迷い」の定義である。
雅宣総裁はかつて「迷い」とは食堂における食べ物の選択であると言っている。
しかし、本当の「迷い」とは「実相隠蔽」をさす。

今、日本の国はエネルギー政策で重大な岐路に立たされている。
原発は危険だからだと言って全ての原子力発電を永遠に凍結すれば、
電力の安定供給と、代替発電エネルギーが問題となるし、
火力発電を増幅させればCO2の排出が問題となる。
また、発電コストの増大により電気料金の値上がりも懸念されている。
電気料金が値上がりすれば市場経済に悪影響をもたらしデフレスパイラルも加速する。
だから、単純に原発が危険だからだと言ってそれをを止めればそれで済むような問題ではない。

私は推進派でも反対派でもないが、
自分と意見が合わないからと言ってそれを「迷い」であると言うのが問題なのである。
この世の中と言うのは、雅宣総裁大先生がそのおつむで考えているほど単純ではないのである。
むしろ、「大嘘つき」「言行不一致」「確信犯」「偽善」この方がよっぽど「迷い」なのである。
「迷い」の産物が雅宣総裁大先生であると言っても過言ではない。


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