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新・生長の家大論争掲示板1
3604
:
名無しさん
:2012/12/02(日) 09:17:50
1863年、長州藩は、関門海峡を通る外国船に砲撃を加えた。
しかし、その翌年、イギリス、フランス、アメリカ、オランダ4カ国の17隻からなる
連合艦隊から、長州藩は大規模な攻撃を受け大敗した。
そして、講和となったが、イギリスは山口県下関市の南端にある彦島の租借を提案してきた。
その時、長州藩の交渉の全権を任されたのが、当時24歳だった高杉晋作。
その2年前、イギリスの租借地となっていた香港の屈辱的な惨状を見ていた高杉は、
その提案を断固として受け入れなかった。
のちに伊藤博文は、
「高杉があの時、租借問題を拒否していなければ、彦島は香港になり、
下関は九龍半島になっていただろう」
と語ったという。
「おもしろきこともなき世をおもしろく」
とは、29歳で亡くなった高杉晋作の有名な辞世の句。
「リーダーいかんで組織はどうにでもなる」
どんな状況になっても、新しい気流を起こせる人は最高のリーダーだ。
ところが今はどうだろうか 海外のやることは素晴らしい 日本のやり方はダメと批判ばかり
マスコミや知識人は気骨ある人物など二度と出ないようにがんじがらめだ。
高杉のいた時代はマスコミも今ほど力はなく 知識人も少なかったので精神論者がもてはやされたのだろう。
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