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新・生長の家大論争掲示板1
340
:
名無しさん
:2011/10/15(土) 12:47:23
>村上正邦先生のお話で、興味を覚えたのは、元号法制化への取り組みのお話でした。
当時、その取り扱いを司っていたのは総理府で、時の総務長官は稲村佐近四郎代議士。
ところが、この御仁、元号を「がんごう」と読むほど、それに理解がない。
これでは、元号の法制化は前に進まない!
危機感を抱いた村上先生は、ここは田中角栄に動いてもらうしかないと判断。
早速、選挙区の生長の家の信徒・幹部多数に上京してもらい、あの目白御殿へと陳情にあがる。
すると、田中角栄、その場ですぐに電話をかけ、あの独特のだみ声で「生長の家のみなさんがここにきているんだ。やるんだ、やるんだよ」と掛け合ってくれたのだとか!
勿論、これだけで元号の法制化がなったわけではありません。
日本武道館を立錐の余地無きまでに埋め尽くした、あの国民運動の大きなうねりがその背景にあったからこそであります。
しかし、その一連の流れの中で、こうして「国体」を護るために生長の家の信徒・幹部が目白邸までおしかけたという、この事実は重いと思ったのですね。
そういう「国を思う」熱き思いが、当時の生長の家には漲っていたということであります。
もう一度、お国のために熱く燃える「生長の家」を取り戻したいと改めて決意したことでした。
村上氏はKSDの汚職に関わってた政治家である、また生長の家が政治運動を辞めてからは崇教真光を支持母体に活動していた方でもあり
保守系の宗教団体とは宗派を超えて交際してる方で生長の家信徒とは言いがたい人物だ。
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