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新・生長の家大論争掲示板1

2712名無しさん:2012/07/27(金) 12:51:45
「聖経」を“補強”するという考え方の背景には、何があるのか…?

ある知人との会話の中で、“目から鱗”の話を聞かされました。

なるほどと、すごく合点がいきましたので、彼の話したことを、ここにまとめて紹介しておきます。

こういう話でした。

谷口雅宣先生は、「聖経」のみを“補強”しようとしたのではない。

谷口雅春先生の「教え」そのものを“補強”しなくてはならないと考えた、それが“今の教え”なのであり、谷口雅宣先生の本質なのだ。

だって、生長の家の教えの原典は『生命の實相』、その『生命の實相』をつづめたものが「聖経」、その「聖経」を補強しようというのだから、『生命の實相』も補強しなくてはならないと思っていたのであろうし、谷口雅春先生の教えそのものを補強しなくてはならないと思っていた筈なのだ。

なぜ、そういうことになるのか…?

はっきり言って、谷口雅春先生の「教え」に“無知”だからだ。

本当のところ、谷口雅宣先生は、谷口雅春先生の「教え」がわかっていないし、また、わかろうともしていない。

言うなれば、“盲蛇に怖じず”ということだ。

谷口雅春先生の「教え」の、その凄さがわからないから、“補強”しようなどという、怖い者知らずの、馬鹿げた発想が生まれる。

そもそも、谷口雅宣先生は、端っから、谷口雅春先生の「教え」を広めようなどという気などさらさらなかったと思うよ。

だから、新聞社を辞めて、3代目の道を歩もうと決意した際、「自分の好きなようにさせてほしい」という条件を出したのだ。

自分の好きなようにする…とは何か?

谷口雅春先生の「教え」とは違う、自分の考えを説くということなのだ。




そのわりには教区も道場も適当にごまかしならが運営してる 講話も8割は谷口雅春先生の教えで総裁の環境 反原発もわずかである。

無抵抗不服従主義で上手に相手にしてるというのが垣間見える。

谷口雅宣の教え100%ではろくな講話ができないのだろう。

生命の実相が使えなくなっても教文社所有の書で従来の路線を続けることは

確実な情勢


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