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新・生長の家大論争掲示板1

2513スターダスト:2012/06/26(火) 09:05:41

生長の家の真理の真髄②

一般に自然には法則があって、それは絶対に破ることができない真理だと考えられています。しかし、イエスキリストは自然の法則をことごとく破ったのです。

☆物質不滅の法則を否定
『六千人が満腹する量のパンを空中から取り出す』
☆自然科学の否定
『一喝で嵐を静める』
☆万有引力の法則を否定
『水の上を歩く』
☆生物学の否定
『一喝でイチジクの木を枯らす』
☆医学の否定
『生まれつき盲目の人の目を開かせる』
『中風の人治す』
『死者を甦らせる』

もしも、自然の法則が真理であればイエスキリストでも自然の法則を破ることはできないのです。

では真実の法則すなわち真理とは何でしょうか?
それはイエスキリストが次のようにいっていることです。
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『まことに、あなたがたに告げます。もし、あなたがたが、信仰を持ち、疑うことがなければ、いちじくの木になされたようなことができるだけでなく、たとい、この山に向かって、『動いて、海に入れ。』と言っても、そのとおりになります。あなたがたが信じて祈り求めるものなら、何でも与えられます。』
(新約聖書)
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イエスキリストのいうように『信仰を持ち、疑わなければ』誰にでもできるというのです。

『信じて疑わなければ』という条件は非常にだいじなことです。
これが『信仰』なのです。

ある人が山に向かって『動いて海に入れ』といいました。しかし、山はびくともしません。なぜでしょうか。
その理由は山が動くことを『信じずに疑っているからです。』

そして、その人は『物理的に力を加えずに山が自分で動くはずはない』ということを『信じて疑わなかった』のでその確信の通り山は動かないのです。

だからイエスキリストは『黙れ。静まれ』といって嵐を静めることもできたわけです。嵐という動かし難い現象も人間の固定観念の信念によって造り出されたものであって『嵐は静まる』という固い信念があれば、嵐は一瞬にしておさまってしまうのです。

このように、一切の自然の法則は真理ではなく、人類の潜在意識にある『固定観念』が造り出しているのです。


従って、物理的な自然の法則は真理(法則)ではなく、
★【一切の物質、一切の現象は無意識の祈りによって造られる】★
これが、本当の真理であり法則だったのです。


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