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新・生長の家大論争掲示板1

2480スターダスト:2012/06/22(金) 06:09:36

>>─────────────────────────────
(観世音菩薩讃歌 (2)より)

カマキリの鎌、小虫を捕らえども、
その結果、必ずしも悪に非ず、
善に非ず、
定められた法則の産物にすぎざるなり。
そこに善悪を見、
善悪の意味を問うは、
人間の心働くが故なり。
>>─────────────────────────────

もし、『カマキリの鎌、小虫を捕らえども、その結果、必ずしも悪に非
ず、善に非ず、定められた法則の産物』ならば。
『牛を殺して食べるのも、人を殺すのも、姦淫するのも、人のものを盗
むのも、人に嘘をつくのも、悪に非ず、善に非ず、定められた法則の産
物に過ぎない』ということになってしまいます。

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神があらはるれば乃ち
善となり、
義となり、
慈悲となり、
調和おのづから備はり、
一切の生物處を得て争ふものなく、
相食むものなく、
病むものなく、
苦しむものなく、
乏しきものなし。
**********************************************
この『甘露の法雨』にあるように。
神が現るれば『一切の生物は処を得て、相食むものはなくなる』のです。
カマキリが虫を捕らえる現象は、神が現れておらず、神の法則ではない
のです。

>>自他対立の妄想に囚われるなかれ。

自他対立の妄想は、『自然の法則を神の法則だと考えることによって起
きるのです。』自然の法則は決して神の法則ではありません。
自然の法則を『唯物論』といいます。
人間が唯物論を信じている限り、自他対立の妄想から抜け出すことはで
きません。一切の悪は唯物論から生まれるのです。

『甘露の法雨』という蜜の味に塩を加えて、『甘露の法雨』を台無しに
してしまっているのです。


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