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新・生長の家大論争掲示板1
1736
:
名無しさん
:2012/04/07(土) 22:27:48
珠玉の言の葉(休眠語新釈)
http://www5.ocn.ne.jp/~iyasaka/Syugyok0.htm
自費出版(初版 昭和六十年四月十五日 第二版 昭和六十二年四月二十九日 各五百部)
枝 島 賢 二
萬葉時代あるいは平安時代の言葉は、学校でも古語として教えられているが、つい最近まで使われて
いた言葉(例えば軍歌や唱歌の歌詞、或いは日常、一般國民が用いていた程度の)は教えられない。
このままでは、それらはみな抹殺されたと同じになってしまうであろう。しかし、その言葉は「死語」
ではない。ほんの一時「休眠している」だけである。この珠玉のような言葉を休眠から目覚めさせ、
その素晴らしさを皆様方に知って戴くべく、非才をも顧ず新釈をさせて戴いた次第である。
本編は、昭和五十八年から五十九年にかけ、日本防衛研究会機関誌「さきもり」に六回に分けて掲載
したものであり、当然の事ながら
天皇様とは 昭和天皇様のことである。 しかしながら、
天皇様は現身(うつしみ)は 御代りになられようとも 御本質は御一人の方即ち
瓊瓊杵尊様であられるので、 御代が代られようとも
天皇様に対し奉る思ひは何ら変りのないものである。
従って、 天皇様と謹書させて戴いた箇所は 今上天皇様に対し奉る思ひと解して戴いても何ら差し
支えはないものであり、敢えて書換えるつもりもない。
表面的に拜見すると、
昭和天皇様と 今上天皇様の 御亊蹟に関して「 御聖断」の有無の問題がある。未曾有の國難を御救
い下さった終戦に際しての 御聖断については、多くの方が御存知であり、ここでは触れさせて戴かな
いが、この 御聖断に勝るとも劣らない
今上様の御英断について触れさせて戴きたい。
平成六年に硫黄島で 御詠み遊ばされた
精根を 込め戰ひし 人未だ 地下に眠りて 島は悲しき
こそ将に 御英断であらせられる。 戰没された御靈に「精根を 込め戰ひし人」と称びかけ
御嘉賞遊ばされたことで、地下に眠る御靈は、涙を流して御喜びになられたことであろう。
たまたま硫黄島に 行幸遊ばされたから、ここで戰死された御靈に呼びかける形をとられたが、
アッツ島、サイパン島、インパール等の激戦地に 行幸遊ばされる折りがあれば、同様な
御製を御詠み遊ばされると拜察申し上げている。 戰没された御靈を悼む 御気持を「物議を醸さない
ギリギリの所」まで踏み込まれて表わされた、この 大御歌こそ「 御英断と申し上げずに何と申し上
ぐべき」であろうか。これ以上踏み込んだ表現をされた場合、「 天皇様が軍人の活躍を賞賛された」
として為にする論が沸き起こったことであろう。しかしながら、為にする輩に何ら批判する口実を与え
ず、かつ「総理大臣が尻込みした結果、 御親拜が叶わなくなった蘘國神社の社頭に
額づかれることの何倍いや何十何百倍も強い慰靈の 御意志」を表わされたこの
御製こそ、日本の精神の復興の嚆矢(こうし 戰いを始める合図となるかぶら矢)
となることであろう。 精神の復興がなった後、振り返ってみた時、この断乎とした 御決意のもとに
詠まれた大御歌により復興が始められたと万人が肯ずることであろう。
終戰の 御聖断により、後の日本の復興がなったように、この 御製により精神の復興が始まる
と確信している。
今上陛下の靖國の英靈に対する、深い深い慰靈の御気持は、
昭和天皇様が感じられた無念の御思ひを継承されたものと拜察申し上げている。
本編発表以後の 昭和天皇様の御製で、是が非とも紹介申し上げたいのは、
昭和六十一年の八月十五日に詠まれた
この年の この日にもまた 蘘國の みやしろのことに うれひはふかし
昭和六十三年の八月十五日に詠まれた
やすらけき 世を祈りしも いまだならず くやしくもあるか きざしみゆれど
の二首である。 崩御される直前まで、蘘國の英靈に思ひを寄せられ、
御親拜の環境が整わないことを嘆いておられた問題は
「 參拜を強行されることでなく、さりげなくかつ 強い御意志を英靈に御示し下さる」形で
今上天皇様が解決して下さり、泉下の 昭和天皇様は御喜び遊ばされたことと拜察申し上げている。
十五年以上前に書いた文章に付け加えるのは以上である。
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