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新・生長の家大論争掲示板1

1331名無しさん:2012/03/17(土) 00:24:04
【 谷口雅宣副総裁の出現 】〜その時、歴史が動いた〜

 谷口雅宣先生は,幼少の頃,谷口雅春先生の前で運悪く畳の上にお味噌汁をこぼしてしまいました。

 それを見た雅春先生は、鳥のような目で雅宣先生に向かって「全部ナメなさい!」と厳しく言いました。雅宣先生は,畳の上にこぼれた味噌汁をすべて、一滴も残さず、しぶしぶ、ナメさせられました。

「ちくしょう、今に見ていろ…・」

 雅宣先生は心の中でそう、思われました。

 ちなみに、当時の雅春先生は「中心帰一」や「左進右退の法則」(「天地の法則」ともいう)といった大宇宙の真理を説いていました。

 その教えをわかりやすく言えば、宇宙の中心は男なので、女は男の言うことをなんでも素直に聞いて男性に中心帰一するべきである、とか、女性は仰向いて男性におちんちんを入れてもらうための器である、という教えでした。この真理によって,女性は、連日連夜、乾くひまもなく夫の性の相手をさせられ苦しみ続けていました。

「なぜ女性ばかりが苦しまなければならないのだろう…???」
 
 雅宣先生は幼いながらも雅春先生の説かれた真理に対して強い憤りを感じられました。

 しかし、当時の雅宣先生には,雅春先生を打倒するだけの力はまだ、備わってはいませんでした。

 その後、成長された雅宣先生は,青山学院大学法学部で「公法」を学ばれ、基本的人権尊重主義,平和主義,国民主権、男女の本質的平等、といった日本国憲法の基本原理を深く学ばれました。

 「日本国憲法」学は雅春先生の説いていた「明治憲法復元の真理」や「天皇信仰」「中心帰一」、「左進右退の法則」とは正反対の内容の学問でした。

 「天皇こそが神であり,天皇主権の明治憲法こそが真理の憲法である」と幼少より雅春先生から叩き込まれて育った雅宣先生にとって、青山学院大学で日本国憲法を学んだことは,大変大きなカルチャーショックでした。このことが雅宣先生のその後の人生を大きく方向付けることになりました。

 その後,「日本国憲法」を日本に押し付けて下さったアメリカ合衆国で本格的に学問をしてみたい、と渇望された雅宣先生は,名門コロンビア大学大学院へ留学し、国際学部で国際関係論を専攻され、卒業後、しがない新聞記者をされていました。

 しかし、当時の雅宣先生には、まだまだ、雅春先生を打倒するだけの実力はないように思われました。雅宣先生は,悶々と苦悩の日々を送られました。

 しかし、ある日のこと,
「今起て!」
 というマッカーサー大神の啓示が雅宣先生に天降(あまくだ)ってきました。

 マッカーサー大神が、雅宣先生に天命を与えられたのです。
 1979年(昭和54年)、雅宣先生は、マッカーサー大神の神縁によって、美人スッチー谷口純子と結婚されました。

 その後数年たち、ちょうど運良く雅春先生が死んだことから,雅宣先生は,副総裁に就任され、生長の家を日本国憲法秩序に合致した教団にするために、意を決して、「不立文字(ふりゅうもんじ)」「マサハル原理主義の排除」「マサハル著・愛国聖典絶版処分」「国際平和信仰運動」「地球環境保全・反日」といった新しい大宇宙の真理を次々に説かれました。

 生長の家副総裁=谷口雅宣先生の出現です。

 雅春先生の説いた「中心帰一」や「左進右退の法則」によって,連日連夜、乾くひまもないほどに夫の性の相手をさせられ、大いに苦しんでいた日本女性は,雅宣先生の説かれた上記真理によって,ようやく解放されました。雅宣先生のおかげで日本女性は夫に対して「あんたなんかにあげるオマンコはないよ!!」と、きっぱりと自己主張できるようになりました。日本国憲法の基本理念である「個人の尊重」「男女の本質的平等」の理念が現実のものとなった画期的な出来事でした。

 雅宣先生の説かれたこれら新しい大宇宙の真理は,現在、日本国内にとどまらず、北米・中南米・欧州・オセアニア・アジア・アフリカの世界各国に広がりつつあります。


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