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新・生長の家大論争掲示板1
1157
:
名無しさん
:2012/03/10(土) 22:24:08
世界の多くの民族では太陽は男性として描かれてきたのに、日本では女性として描かれたということは、しかし、大昔の出来事などではなく、現在の私たちの心の中でもそう感じられているのです。これも前に申し上げた通りです。その際、実例として谷口雅春先生の著書の名前と、谷口清超先生の作詞された聖歌「日の輝くように」の歌詞を紹介しました。今日は、その時に紹介した雅春先生の著書『女は愛の太陽だ』をここへもってきました。この題名を見れば、雅春先生の心の中では「太陽」は「女性」として捉えられていたことが明らかですね。「女は愛の太陽」なのであり、男はそうではないということですから……。
(唐松模様より)
谷口雅春氏は「女性は仰向いて入れてもらう器」と言ったり 「愛の太陽」と言ったり いったいどっちが本音なのでしょうか?
太陽なら女性は宇宙の中心ではないでしょうか? 女性が主で男性は従でなければ太陽とは言えませんが、器では従の存在になってしまいます。
開祖は実は女尊男卑なフェミニストのような一面がありますし、逆に女性差別の一面もあります。
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