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【資料】神秘主義の系譜【探索】

129名無しさん:2013/07/21(日) 00:02:10
浄土
じょうど

清浄な国土という意味で,菩醍として衆生を救済せんという誓願を立てて悟りに達した仏陀が住む清浄な国土のことであり,煩悩(ぼんのう)でけがれた凡夫の住む穢土(えど)つまり現実のこの世界に対比していう。浄土は大乗仏教における宗教的理想郷を指す言葉としても広く用いられたが,阿弥陀仏の信仰が鼓吹され流行するにつれて,阿弥陀仏の仏国土である極楽と同一視され,ついには同義語となる。サンスクリットには浄土を意味する術語はないが,漢訳仏典の訳語の用例からみて,仏国土を意味するブッダ・クシェートラ buddha‐koetra の訳語とされている。すなわち,浄土という理念はインドにはなかったのであって,仏国土が清浄な国土であるとは認めても,それを宗教的理想郷としての浄土として表現することはなく,浄土思想はむしろ中国において発達し展開したといえそうである。

 未来仏として修行中の弥勒菩醍が待機している天上の兜率天(とそつてん)を弥勒の浄土として,そこに生まれたという信仰がまず起こった。兜率天の信仰から一歩進んで,浄土そのものを説いた経典,つまり浄土経典の最初は,東方にある阿醗(あしゆく)仏の浄土としての妙喜を説いた《阿醗仏国経》であり,この仏国土には女人もおり,人民はみな樹より五色の衣服を取って着たと述べている。阿醗仏の妙喜は《維摩(ゆいま)経》にも説かれている。ついで東方の阿醗仏の浄土に対して,西方の阿弥陀仏の浄土としての極楽を説いた浄土経典たる《般舟三昧経》と《無量寿経》《阿弥陀経》《観無量寿経》のいわゆる〈浄土三部経〉が現れた。これらの浄土経典によれば,極楽は西方のはるか彼方に存在し,そこには七重の欄楯(らんじゆん)があり,車輪のごとき大きな蓮華の花の咲く蓮池があり,河川には浴場の階段があって,泥がなくて黄金の砂がまかれている。妙なる音楽と芳香に満ちあふれ樹木などの自然も黄金や七宝でできている。そこに生まれた者は男性のみで女性はいず,あらゆる苦しみから解放されて,いつも阿弥陀仏の説法を聴くことができる,と説かれている。この阿弥陀如来の西方極楽浄土の信仰が盛んとなると,それを模倣して,薬師如来の仏国土である浄瑠璃世界も浄土と呼ばれるようになる。東方薬師浄土のありさまは《薬師如来本願経》に描かれている。これら諸仏の浄土は,現実の世界から遠く離れた方角に存在するので,他方浄土とか十方浄土とか呼ばれる。

 中国で浄土思想が流布し展開するとともに,本来は浄土思想と何らの関わりもなかった《法華経》に基づいて,霊山浄土という新しい浄土が出現した。霊山つまり霊鷲山(りようじゆせん)とは王舎城の近くにある山の名で,《法華経》が説かれたといわれる場所なのである。このほか,仏ではなく菩醍の世界なのに《華厳経》に基づき,東北方清涼山の文殊浄土や,南方補陀落山(ふだらくさん)の観音浄土の信仰が行われるようになった。弥勒浄土や極楽浄土をはじめとする,これらの浄土信仰は,中国から日本に伝えられ,浄土における仏・菩醍や聖衆たちの姿などを描写した浄土変相も描かれた。⇒阿弥陀‖観音        礪波 護

 日本では,飛鳥・白鳳時代の造像銘に浄土という語がみえるが,どの仏国土を意識したのか明白でない。いわゆる天寿国斥帳(てんじゆこくしゆうちよう)銘にみえる〈天寿国〉も一種の浄土を意味しているが,極楽浄土,弥勒浄土,妙喜浄土,霊山浄土,十方浄土,天竺浄土などの諸説があって定かではない。平安時代になると阿弥陀信仰,叡山浄土教が発達し,今様にも〈浄土は数多(あまた)あんなれど,弥陀の浄土ぞ勝(すぐ)れたる〉とうたわれたように,浄土といえば極楽浄土を指すようになった。また民間信仰では,経典の説とは別に,山岳信仰,霊山信仰のなかで,山に霊魂がいく浄土がある(山中他界観)と考えられている。⇒極楽‖浄土教美術               伊藤 唯真

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