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上海雑伎団スレ【第六十三幕】

3564もぎりの名無しさん:2021/11/08(月) 00:07:23 ID:Q9Vjt5ys0
ご無沙汰しております、イサクです。V8さんがブログを始めていてビックリしました。「共通する観念のあぶり出し」の記事に例として出てくるのは私でしょうか(笑)

ここ2日ほど、ひねくれ式からブルーベリーさんの「原因はない」に浮気していました。
自分の子供のように愛せと言われても愛し方が分からない、と思った時点でエゴに主導権が渡っていたという気付きもあり、気分的に楽な時間が増えて抜けた感じもしたのですが、
「叶わない原因がないっていうことは、参入障壁がなくなるってことだから、たとえばみんなミュージシャンになろうと思えばなれてしまう、ということになる」、
「じゃあ結局は運じゃないか、でも運次第だと思っている自分次第なんだよな」、「原因がなかったとしても個性は消えない」、
「原因はなくても結果が消える訳ではない、ここでいう結果は世界と同じ意味だからー」と考え込み、結局のところ結論は出ませんでした。

そしてノートに書きながら思考を整理していたのですが、その過程で「音楽で稼ぎたくない」、「最後にはすべてがどうでも良くなる」という観念が炙り出されました。

昔、画家さんのまとめを読んだ際に「芸術家は稼げない」という観念は消したつもりでいたのですが、稼げないと稼ぎたくないは別物ですね。
「音楽で(ある程度のまとまった)収入を得るためには、大衆向けに迎合しなければならない、それは絶対的に必要である」と考えていたようで、
そこからひねくれて「音楽で稼ぎたくない、稼ぐということは不完全な、間違った音楽をやるということ」、下手したら「一銭でも稼いだら負け」くらいにまで思っていました。
音楽を神聖視している自分もいるようで、そういった意味でも「音楽で稼いではいけない」と考えていたようです。
あとは「稼ぐ、ようは音楽活動が軌道に乗ってしまったら引き返せなくなるから、もし音楽が本当にやりたいことではなかった場合は時間的リソースの無駄になる」といった感じです。元・ミュージシャンなんて経歴だと、転職も一苦労でしょうし、考えるだけで嫌になります。

それでふたつめの観念なのですが、この「最後」というのは自分でも曖昧なニュアンスなのですが、強引に言語化すると「完璧な作品を生み出せようと、最終的には音楽は生活の糧を得るための手段でしかなくなる」、
「完璧を超える完璧はありえないので、完璧な作品を生み出したあとは収入を得るために惰性で続ける(あるいは音楽をやめる)」といった感じです。意識のもっと深いところでは音楽に限定されず、いずれ訪れる死のことを「最後」と考えているのかもしれません。
これも以前書いた「歳をとったミュージシャンはダサい、音楽を好きでい続けたい」にも繋がる話で、とうにピークを過ぎているのに音楽を続けているロートルになるのが格好悪い、好きという気持ちまでどうでも良くなる、と思っていたようです。
完璧な作品を作り上げたら、その2日後くらいには自.サツしているかもしれないなーと考えたこともあります。


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