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上海雑伎団スレ【第五十一幕】
46
:
葵光
:2013/01/03(木) 19:15:59 ID:XViGSOMQ0
> どんな人にも、己はこの上なく愛しい。
( 人は、誰もが自分自身を一番愛しいのだ。)
これが、このエピソードの中で釈迦が説いている「真実」なのです。
釈迦の説いた教えの中には、色々な「戒律が存在しますが、
その教えの「根本」は、単なる道徳論・倫理論などの受け売りではありません。
> されば、己の愛しさを知るものは、他を害するなかれ。
( 自分がされて嫌なことを、他に為してはならない。
何故ならば、同じように、その人も、最も己を愛しいからである)
という明確な理論がそこにあるからなのです。
誰もが、自分と同じように自分が一番大切で愛しい存在なのだ。
だから、自分がされて嫌なこと、して欲しくないことは、
同じように他の人も、嫌であり、して欲しくないことなのだ。
だから、己を害するような行いを、他に為してはならない。
『 自分がされて嫌なことを、他人にしてはいけない。』
これが、釈迦の説いた戒律を成立させている「根本原理」なのです。
そこには「健全な自己愛(自尊心)」が基本(判断基準)となっているのです。
これと同じ視点で説かれた教えは、他にも数多く存在しています。
例えば、ダンマパダ(真理のことば・中村 元訳)には、次のような詩句が登場します。
> 160 自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか?
> 自己をよくととのえたならば、得難き主を得る。
> 166 たとい他人にとっていかに大事であろうとも、
> (自分ではない)他人の目的のために自分のつとめをすて去ってはならぬ。
> 自分の目的を熟知して、自分のつとめに専念せよ。
釈迦が、その生涯を終える時に、弟子達に残した言葉も、
「自己を依処(拠り処)として、法を依処とせよ」
というものでした。
続く
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