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破邪顕正スレッド(長文向き)

162こうめいいのち:2010/09/12(日) 12:20:56
前略 日々さんへ 「おいおい質問に答えてないじゃないかと」、日々さんに 9/11(土)の内容では答えになってないとツッコマレそうですが、
「ケンジは、結果的に友達を騙していたというオチ」とそこから導いき出していただいた  正義は、必ずしも 純粋な正義 ではない場合がある事

騙したと言う表現、これは整理しないといけないですよね。 少年の頃に起きた事件(万引き)、無実の者(友達)を君(ケンジ)が犯人なのに僕を犯人にした 「負けるとわかっていても戦わなければいけない時が、あるんだ」その様な正義を貫く者が、自分が犯人なのに他人を犯人する行為。友達は、それが許せないし、その矛盾を訴えたかった。友達は、予言の書を現実にする事で、ケンジにぶつけた。それがいつの間にか友達の生きる糧になって行った。(友達側)

ではケンジ(側)ですよね。純粋正義を貫いているケンジが、魔がさして店先からバッチを盗んだ。(そんな事は、しないと思うのですが、作者はあえてケンジにやらせた) はたしてその矛盾を抱えたまま正義を叫び続ける事ができるのだろうか? 友達を結果的に騙していたと言う文章から純粋な正義でない場合もあると読みとってもらったおかげで、何か見えそうな気がします。
映画「砂の器」で、過去の思い出、出来事が自分の出世に邪魔になるため主人公は、それを掘り返そうする(世間に自分の過去がわかってしまう)人々を次々と、殺していく。悪い事だけどつじつまが合うと言うか、一念に一貫性があると思います。ケンジには、一貫性がない。命の中で、友達におこなった行為(無実の者を犯人にしてしまった、自分が犯人なのに)それを保ちながらあそこまで純粋に正義を貫くことができるのだろうか?必ずその正義が、ブレてくるというか、その矛盾が何らかのかたちとなって姿を現すとおもうのですが。
1つの考えが、見えて来ているのですが。こういう場合は、どうでしょう。
幼い子が、過酷な状況、自分ではどうする事もできない状況に出会ったり、陥っ、とても苦しい、いたたまれない時、心の中からその状況を消してしまう。その時点で、別人格になるのか、まるで人形のように固まってしまうのか?ケンジは、固まってしまった?その状況が、過ぎるとその間の記憶を命の奥の方に閉じ込めてしまい、記憶を消した状態……こう考えると、大人になったケンジが、過去の記憶を思い出せない所(映画パート1 ,パート2で)、……続く


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