[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
情報スレッド
327
:
検証会議
:2009/12/08(火) 11:39:45
フェイク 第1074号
(発行=09.12.07)
やはり原島昭は嵩と同じ虚言症
「慧妙」に掲載の原島(兄)の駄文を粉砕 ①
昔の「ルビー」誌の文・絵を転載し見当違いの難癖
原島昭(故・嵩の兄)が「慧妙」の十二月一日付に昔の雑誌「ルビー」の記事と挿絵
を転載して見当違いの奇怪な文を書いている。
これは原島が「慧妙」の十月一日・十一月一日付に学会への恨みを込めて寄稿した
内容の間違いを本紙第一〇六一・一〇六八・一〇六九号で指摘したことに対する言い訳
と反論のつもりらしい。まず、これまで昭が「慧妙」に書いたウソと間違い、それを
指摘した本紙の要旨を列記する。
原島昭のウソ・間違い=私が三歳、弟が一歳を過ぎた頃、母が入信し、その翌年には
父が入信した。入信してからの両親の布教活動は、子供の眼から見ても驚くべきもの
で、蒲田支部の基礎を作っていった。(十月一日付「慧妙」)
本紙の指摘=幼児が驚くような布教活動とは信じ難い。原島精子は蒲田支部の基礎を
作るどころか、学会内に派閥を作ろうと画策して婦人部長の役職を解任され、そのうえ
謹慎を命じられた。
昭のウソ・間違い=私が、ねじけた物の味方をするようになったのは多分に
創価学会二代会長・戸田城聖氏の影響でもある。(十一月一日付「慧妙」)
本紙の指摘=昭は、自分の腐れ切った性根まで、戸田会長のせいにするとは全く
ふざけている。昭の「ねじけた物の見方」は、母親の精子と弟・嵩の異常な関係を見て
きたからではないかと指摘する人がいる。(嵩と母親の異常な関係は本紙第一〇六九号
に詳述)
昭のウソ・間違い=①戸田氏は「『冒険少年』、次いで『ルビー』を創刊し……当時
は雑誌が一冊二、三十円位の値段で、②「『ルビー』を何気なく手に取り、ぱらりと
開いて見て驚いた。グラビアの写真と本文の始めから終わりまでの挿絵の殆ど全てが
ヌード写真で占められていた③二つの雑誌を発行する「日本正学館」に……
④その後一年もたたないうちに、池田氏編集の二雑誌は廃刊になった。
(十一月一日付「慧妙」)
本紙の指摘=池田編集長が「冒険少年」と「ルビー」の「二雑誌」を編集していたか
のように錯覚させようとの陰湿な魂胆が垣間見える。(「ルビー」の奥付を提示して)
「ルビー」は後年、坊主になり下がって学会を批判するようになった矢島周平が編集
していた。
また「ヌード写真で占められていた」はウソ。昭の駄文は定価も出版社も違う。発行
は大道書院、定価は六十五円。邪推と妄想と勘違いで文を書いている昭は、死んだ嵩と
同じ虚言症だ。
昭のウソ・間違い=(母親の役職解任の後)二、三年して、戸田氏は母を呼び寄せ
「あなたを辛い目に合わせて申し訳なかった」と詫び、母に本部副婦人部長の地位を
与えて名誉を回復させた。(十一月一日付「慧妙」)
本紙の指摘=戸田会長が精子に詫びたというのは作り話で、最後まで信用して
いなかった。また、戸田会長が精子に「本部副婦人部長の地位を与えて名誉を回復
させた」というのも真っ赤なウソである。
戸田会長の存命中、精子は本部副婦人部長になっていない。精子が、その役職に登用
してもらったのは、戸田会長が亡くなって六年半後の昭和三十九年十二月二十五日で
ある。ウソを羅列した昭の駄文は、辻褄が全く合わない。(つづく)
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板