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110
:
検証会議
:2009/05/02(土) 23:08:12
●「下からの近代化」「民主化」に逆行する宗門
第二次世界大戦後、世界はあらゆる分野で「下からの近代化」が進んでいる。
日本の各宗派も、この数十年で教団の体制の民主化を進めている。具体的には、
教義の裁定権を持つ「法主」と、宗内行政のトップである「管長」を分離している。また、
宗議会の独自性が保証されているところも多い。
しかし、宗門の場合、法主が管長を兼ね、宗門における全権力を持っている。
また、日達法主の時代までは宗会が法主の辞職勧告を決議することもできた。現に、
大正十四年十一月二十日、宗会は五十八世日柱法主の不信任案を成立させ、辞職勧告を
決議している。
ところが日顕は宗制宗規を変更し、宗会を無力化してしまった。今や、悪法主が
出現しても、宗門には自浄する手立てがない。
●絶対的権力は絶対的に腐敗する
歴史学者J・E・アクトンは次のような名言を残している。
権力は腐敗する。絶対的権力は、絶対的に腐敗する。
すなわち、専制的な権力を握った者は、すべてが自分の思いのままになるものと
錯覚して、必ず腐敗するが、それを止めることはできないということだ。
多くの先進国は、このアクトンの法則を防ぐために「三権分立」という政治制度を
つくりあげた。
一切の権力を手中に収めた日顕は、この法則の通り、宗内には綱紀自粛を徹底させ、
その裏で自分だけは豪遊を繰り返し、腐敗の姿を晒した。そして、末寺が経済苦で
喘いでいる中、女房の政子と娘の百合子が高級マンションを所有していることも
発覚した。阿部ファミリーだけが栄華をきわめていたと言っても過言ではない。
今の宗門は前世紀の遺物である。僧侶主導で広宣流布をしょうという発想自体が
ナンセンスである。
日淳法主は既に大正十二年『講中制度について』と題する論文の中で、次のように
述べている。
当門の如く講頭或は役員に対して教師とせず、単に世話人の意味にのみ解して居ては
充分活動してゆくことができません。従て目醒(めざ)ましい発展を来たすことは
できないのであります。(日淳上人全集)
日淳法主は、僧侶主導の布教の限界を指摘し、現代の大衆社会において広宣流布を
進展させるには、"信徒に「教師」の資格を与えよ"と言われているのだ。信徒も僧侶と
同じ資格も僧侶と同じ資格を持って布教をリードするという、今の宗門の僧俗関係を
根本から変革する提案である。
この日淳法主の願いは、創価学会の出現によって実現された。三代会長の不惜身命の
戦いは、僧分を超越し、未来の広布の道を開いたのだ。
(編集部)
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