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訂正お願いします

1かなこ:2015/04/29(水) 20:46:32
お久しぶりです

選手別成績でAソリアーノ選手のメジャーリーグ成績が記載されていません。記載お願いします。

262ウスコイ企画:2020/12/24(木) 21:16:21
sami様いつもありがとうございます!
確認が大変遅れまして申し訳ありません。
神野選手は「走遊」が正でしたので訂正しました。
2689web.com/1996/DS/DS16.html

守備位置については試合数との整合チェックが済んでいるのですが、
代打・代走としての出場試合数とのチェックも出来ればな・・と思います。
現在のところ、こうしてご指摘頂いたところを直すのみです。
ありがとうございました!

263makoto1974:2020/12/28(月) 01:11:17
いつもお世話になっています。久しぶりに書き込みします。
今年2020年で引退しました 岩隈久志投手の個人成績についてですが
2017年度の成績が掲載されておりません。
Wikipediaで岩隈氏の情報に この年はMLBのマリナーズで 6試合登板、0勝2敗の成績でした。
2017年度成績の掲載と 通算成績を修正して頂けると、幸いです。
ご検討宜しくお願い申し上げます。

264名無しさん:2020/12/28(月) 10:56:25
質問なのですが
1951年の中日の監督を坪内道典氏とされていますが、球団の公式サイト等では天知俊一氏となっています。
総監督への就任もwikiでは1952年からとされています。
これは誤植なのでしょうか。そのように判断するに至った資料などがあるのでしょうか。

265ウスコイ企画:2020/12/28(月) 23:05:23
>>263 makoto1974様
いつもありがとうございます!
数日のうちに2020年分を更新予定ですが、その中で訂正いたします。ご不便おかけいたします。

>>264 名無し様
1951年のドラゴンズの監督については「プロ野球80年史」「プロ野球70年史」、また
少し古い資料ですが「中日ドラゴンズ40年史」などを参考にしています。
一方「日本プロ野球 昭和の名将」ではご指摘のように1951年は天知監督となっており悩んだところです。
球団公式サイトを見てみましたが、天知氏が監督、坪内氏も外野手・コーチ・監督と書かれていますね。
昭和26年の雑誌「野球界」を確認すると、天知監督、坪内外野手兼助監督と書かれていました。
難しいところですが前年と同じこの配置が一番自然な感じがしますので、こちらも今回の更新で修正しようと思います。
ご指摘ありがとうございました!

266名無しさん:2020/12/29(火) 11:01:23
迅速で的確な回答をありがとうございます。毎度の事ながらその精査能力に恐れ入ります。
球団側でもいくつかの解釈が混在していそうな状態なのですね。参考になりました。

267ウスコイ企画:2020/12/31(木) 03:33:42
ありがとうございます。
とりあえず、当時のリアルタイムの雑誌の記述を信用して修正しますが、
今後また調査の内容によっては見直す可能性もあります。
今後ともよろしくお願いいたします。

268名無しさん:2021/01/01(金) 14:16:30
選手別成績の「い」にイチローがありません

269ウスコイ企画:2021/01/02(土) 16:42:11
ご指摘ありがとうございます!
イチロー選手をはじめ、1990年代以降に登録名変更があった選手について
索引の処理が正しく出来ていませんでした。
修正いたしました!

2021年もどうぞよろしくお願いいたします。

270ピングー:2021/01/03(日) 19:40:40
いつも楽しく拝見させて頂いてます
少し多いですが、以下5点気になる点がありましたので確認お願い致します。

①1965年8月21日 広島対阪神14回戦
朝井茂治選手の本塁打数が6となっています。8月13日に既に7号を記録しており、以降7と表記されていますが、21日の試合のみ6となっています。

②1977年 9月4日 ロッテ対阪急後期9,10回戦ダブルヘッダー
1977年のロッテおよび阪急の各チームのページで、9,10回戦のリンク・試合結果の順番が逆になっています。

③1987年5月23日 南海対ロッテ7回戦
代打で出場の愛甲猛選手の本塁打数が2になっていますが、
この時点では1本で、2号は6月27日に記録されています。

④1962年4月8日 南海対阪急3回戦
穴吹隆洋(義雄)選手の本塁打数が2となっていますが、
この時点では0本で、1号は4月12日に記録されています。

⑤1964年3月15日 西鉄対阪急3回戦、3月22日 阪急対西鉄6回戦
安藤治久選手は、この試合時点では0安打のはずですが、それぞれ打率が.429、.500となっています。また、2試合ともに本塁打が1となっていますが、1号は4月14日に記録されています。

271ピングー:2021/01/04(月) 19:54:32
>>270
の②と同様に、
以下の日程の試合で各チームのページ上のリンク・試合結果の順番が逆になっていました。
すべて前後期の9,10回戦なので、偶発的なものではなくロジック系の不具合だと思われます。ご確認よろしくお願い致します。

1974年5月12日 ロッテ対南海 前期9,10回戦
1974年9月7日 太平洋対近鉄 後期9,10回戦
1975年5月18日 日本ハム対阪急 前期9,10回戦
1975年9月3日 ロッテ対近鉄 後期9,10回戦
1976年6月13日 阪急対南海 前期9,10回戦
1976年6月16日 ロッテ対阪急 前期9,10回戦
1976年8月22日 近鉄対ロッテ 後期9,10回戦
1976年9月5日 ロッテ対阪急 後期9,10回戦
1976年9月15日 ロッテ対太平洋 後期9,10回戦
1977年6月5日 クラウン対日本ハム 前期9,10回戦
1977年8月21日 ロッテ対南海 後期9,10回戦
1977年8月28日 近鉄対阪急 後期9,10回戦
1977年9月4日 ロッテ対阪急 後期9,10回戦
1977年9月15日 阪急対クラウン 後期9,10回戦
1978年5月21日 近鉄対日本ハム 前期9,10回戦
1978年6月18日 ロッテ対阪急 前期9,10回戦
1982年8月29日 ロッテ対南海 後期9,10回戦
1982年9月26日 南海対阪急 後期9,10回戦

272ウスコイ企画:2021/01/04(月) 20:36:24
ピングー様いつもありがとうございます!

①1965年 広島-阪神14回戦 朝井 .233 6本 ⇒ (正).234 7本
 以前、朝樹→朝井の登録名変更が適切に処理されておらず訂正作業をした際に、
 1試合修正が漏れてしまっておりました。

②1977年 9/4 (正)第1 ロッテ0-14阪急 第2 ロッテ6-6阪急
 ご指摘のように、球団別ページで並び順が逆になっていました。

③1987年 南海-ロッテ7回戦 愛甲選手他
 7回戦ということで5月23日に開催していますが、日没による途中延期(サスペンデッドゲーム)となり
 ゲームセットが7月8日(南海-ロッテ13回戦の開始前)のため、個人成績もその時点のものとなっています。

④1962年 南海-阪急3回戦
 こちらもサスペンデッドゲームで7月14日に完了しており、個人成績はその時点のものになっています。

⑤1964年 西鉄-阪急3回戦、阪急-西鉄6回戦
 こちらもサスペンデッドゲームで、3回戦は5月16日に完了、6回戦は5月6日に完了しており、個人成績はその時点のものです。
 回戦の数と時系列が逆転してしまうものですから、例えばスペンサー選手は3回戦では14HR、6回戦では10HRという奇妙なことに
 なってしまいますが、実際に当時の記録の運用がそうなっていたようです。

①②について、訂正いたしました。ご指摘ありがとうございました!

273ウスコイ企画:2021/01/04(月) 20:40:37
入れ違いになってしまいましたが、その他のWヘッダーについても確認いたします。
ありがとうございます!

274ウスコイ企画:2021/01/04(月) 22:52:53
>>271
昨年、各試合ページの個人成績の方で入れ違いがあったとのご指摘で訂正をしたことがありましたが、
チーム別ページの日程の方には気付かずそのまま残っておりました。
手元の抽出でも、ご指摘の計18カードでした。修正いたしました!

275ピングー:2021/01/05(火) 00:07:59
早々の対応ありがとうございます
日没サスペンデッドは盲点でしたすみません…笑

サスペンデッドによって試合終了時点での成績に入れ違いが起きるのはなかなか面白いですね。勉強になりました。
今後ともよろしくお願い致します!

276名無しさん:2021/01/05(火) 17:38:09
新年明けましておめでとうございます
些細な違いですがおそらく誤表記と思われるので報告いたします
炭谷選手の本名ですが2019年シーズンのみ
日程では年間を通じて炭谷 銀仁「朗」となっていますが、該当年度のチーム成績では炭谷 銀仁「朗」となっており表記の混同がみられます

277ウスコイ企画:2021/01/05(火) 21:09:49
>>276
気付きにくいところを見つけて頂きありがとうございます!
「朗」の字は環境依存文字ということで、一般的な「朗」の字に直して表示しているところですが、
2019年は直っておらずご指摘のとおり不統一となっていました。
修正いたしました!

278名無しさん:2021/01/14(木) 23:20:57
2019年の日本シリーズの投球回数の合計が間違ってます(両チームとも)

279ウスコイ企画:2021/01/17(日) 09:21:11
2019年日本シリーズ個人成績のページで、
両チームの投球回数の合計が2018年の数字になっており、防御率も違っていましたので
訂正いたしました。申し訳ありません。
お知らせいただき、ありがとうございます!

280ピングー:2021/02/07(日) 17:42:51
お世話になっております。
いつも楽しく拝見させて頂いております。
以下2点確認をお願い致します。


2008年石井琢朗選手
6月1日に記録した1号HRが各試合スコアテーブルで、シーズンの本塁打数にカウントされておらず
8月4日に2号を記録して以降も「1」となっております。


2005年6月5日巨人vsソフトバンク6回戦
三瀬幸司投手にホールドは記録されないのではないかと考えております。

公式記録で、2005年の三瀬投手はシーズン11ホールドですが、各試合スコアテーブルから集計したところ12回記録されていました。ベースボールレコードブック2006も参照しましたが、貴サイトのスコアテーブルと齟齬はありませんでした。
しかし各試合を確認したところ、当試合では3点差の9回先頭から登板し、2死の場面で吉武投手に交代しているようで、ホールドの条件に満たないと思われます。
交流戦の公式記録も0ホールドでもあることから、この試合に誤りがあると考えておりますが、ご確認頂くことは可能でしょうか?

281名無しさん:2021/02/07(日) 20:33:55
この機会に重ねて報告させていただきます
1989年の中村武志選手の各試合スコアテーブルに不具合があるようです
同姓の中村弘道選手の途中加入が原因と思われます

282ウスコイ企画:2021/02/09(火) 01:47:17
>>280 ピングー様いつもありがとうございます!
ご指摘の通り、2008年石井琢朗選手のHR数が正しく表示できていませんでしたので
修正しました!
(2)の三瀬投手の方は申し訳ありませんが少し日数を頂いて確認したいと思います。

>>281
ご指摘の通り、1989年中村武志選手もHRが正しくありませんでしたので修正しました!

283ウスコイ企画:2021/02/13(土) 08:01:53
>>280 ピングー様
2005年6月5日三瀬投手
ホールドがついていないことを確認しましたので修正しました。
ありがとうございました!遅くなりまして申し訳ありません。
2689web.com/2005/inter/HG6.html

284ウスコイ企画:2021/02/13(土) 16:23:50
関連してホールドについて全面的に検証したところ、
2005年の中日-楽天1回戦で福盛投手のホールドが1件漏れておりました。
修正させて頂きました。
2689web.com/2005/inter/ED1.html

285二歩:2021/02/14(日) 12:52:47
初めて書き込みます。
1989年6月28日 日本ハム対ロッテ 13回戦について。
スコアボードのファイターズ先発投手の名前について「田中雄」となっていますが「田中幸」と思われます。

よろしくお願いします。

286ウスコイ企画:2021/02/15(月) 22:55:03
>>285 二歩様ありがとうございます!
ご指摘の通り、スコアボード表示を田中幸に修正いたしました。

287名無しさん:2021/04/04(日) 16:52:03
すいません以下の2リンクについてですがページ内に何も表示されないようなので
ご確認お願いできますでしょうか

1949年南海大陽11回戦
2689web.com/1949/HR/HR11.html
1954年西鉄近鉄19回戦
2689web.com/1954/LK/LK19.html

もう1点小さな点ですが1938年秋ライオンのページについて初期試合として表示される試合が2試合目の8月29日の試合になっております
2689web.com/1938f/1938fR.html

288ウスコイ企画:2021/04/04(日) 21:07:58
ご指摘ありがとうございます!
表示されなかった2試合分はアップロードに失敗していました。再度上げ直しましたので
表示できるようになったかと思います。
1938秋ライオンについても8/27セネタース戦が最初に出るように修正しました。
気付きにくいところを教えて頂きありがとうございました!

289コージ:2021/07/02(金) 20:28:21
お疲れ様です

2000年
横浜-阪神8回戦
葛西投手 セーブが付いて
0勝1敗0セーブになっておりますが
確認 訂正宜しくお願い致します

290ウスコイ企画:2021/07/04(日) 13:07:37
コージ様いつもありがとうございます!
投手が一旦野手に回ってから再登板するケースで、
同様のものが見つかりました。
■阪神葛西投手:
vs横浜8、9回戦 vs巨人12回戦 vs広島10回戦
■同様に阪神遠山投手:
vs中日6回戦 vs横浜11回戦

以上修正いたしました。
またこの年の阪神に限らず、再登板のケースは一度全部洗います。
これは気付いていませんでした。
ありがとうございます!
これ以外の修正は少し時間を下さい。ご不便をおかけいたします。

291キリン:2021/07/12(月) 17:11:35
訂正になるかどうかは解らないのですが、阪神の歴代四番の藤村富美男ですが、打点が「874」となってます。こちらのサイトの各試合をチェックして集計したところ「875」ではないかと思うのです。
確認して頂けないでしょうか?
よろしくお願いします。
また、もし可能であれば歴代四番は通算成績だけでなく、年度別の四番成績の公開は難しいでしょうか?
四番の通算試合が1000試合以上の選手だけでも良いので。
ご検討お願いします。

292ウスコイ企画:2021/07/12(月) 22:00:41
>>291 キリン様
ご指摘ありがとうございます!
藤村富の四番成績ですが、ちょっと手元では1打点のズレは見つけられませんでした。
ただし、各試合のスコアを合計すると通算成績と合わない箇所というのは藤村に限らず色々あり、
疑問点は当時の新聞5〜6紙にあたってきましたが未解決のものも多数残っています。
例えば1952年は藤村富が全試合四番スタメンで出てシーズン成績は95打点とされていますが、
弊サイトの全試合を合計しても94打点となります。この辺りが関係しているかも知れません。
これを解決するのは個人レベルの図書館調査は手を尽くし終えた感があり、あとは
NPB公式成績の元となっているスコアカードを調べる他ないのではと思っています。
1958年以降のスコアカードはありがたいことに野球殿堂博物館での公開がされましたが、
それ以前のものは現状調べることが出来ません。

シーズン別の集計については、すぐには出来ませんが、今後の検討課題としたいと思います。
ありがとうございます。

293ウスコイ企画:2021/08/03(火) 20:23:47
>>290にて書きました、投手が再登板したケースでの
勝敗成績の整合について、確認と修正を完了しました。
コージ様ありがとうございました!

294しろ:2021/11/06(土) 21:16:10
1967年広島、10/12の変則ダブルヘッダーについて、
ウィキペディアのダブルヘッダーの記事によると、
日中に巨人戦、夜にサンケイ戦とありますが、
久保選手の本塁打数からするとサンケイ戦が先になります。
どちらが正しいでしょうか?

それから間違いだと思いますが、
1965/TC/TC14.html
本屋敷選手の本塁打数が7になっています。

295ウスコイ企画:2021/11/07(日) 11:24:20
しろ様、ご指摘ありがとうございます!
1967年10月12日の広島は、巨人戦が13時から、サンケイ戦が19時からということで
弊サイトの表記が逆になっておりました。
日程面の修正と、出場した各選手の成績を修正いたしました。

また、1965年本屋敷の成績についても修正いたしました。
ありがとうございました!

296まつうら:2021/11/17(水) 05:19:22
はじめまして。
こちらのサイトを見つけて、たいへん重宝させていただいております。
膨大な記録をここまでデータ化されていることに本当に敬意を表します。

以下の点につきまして、確認をお願いできないでしょうか。正誤については
こちらで裏付けが取れておらず指摘のみとなり、申し訳ありません。

1952/DS/DS7.html
名古屋の二塁打に「加藤進」とありますが、出場選手に加藤進がおりません。
1949012.html では4二塁打ですが、DW5(1)、DS7(1?)、DC9(2)、DS14(1)の4試合で
5二塁打となっているため、単なる誤記ではないかと考えます。

1956/HK/HK3.html
近鉄の打者の一番最後の山田清三郎の守備位置が「(打)」になっており先発表記と
なっております。

1957/GW/GW16.html
巨人の岩下守道の守備位置が「一」となっており、盗塁1となっております。
この試合のテーブルスコアからは岩下が打席に立つことはなさそうですが、
1954009.html では5盗塁で、GC2(1)、GW8(1)、GW16(1)、GS22(1)、GT20(1)の5試合で
5盗塁となっているため、この試合は代走からの出場ではないでしょうか。

1961/ST/ST18.html
阪神の打者の一番最後の村山実の守備位置が「(打)投」になっており先発表記と
なっております。

1963/HO/HO5.html
南海の森下整鎮と岡本伊三美の選手リンクが入れ替わっております。
1950036.html では岡本はこの年二塁しか守っていないため、
打順の間違い(入れ替わり)ではなくリンクの入れ替わりではないかと考えます。

1963/GW/GW22.html
巨人の古賀英彦の守備位置が「打」となっております。
1962037.html では犠打・犠飛・打撃妨害もなく、この試合のテーブルスコアからは
古賀が打席に立った可能性は極めてまれですが、代打ではなく代走であった
可能性はありますでしょうか。

1968/GC/GC25.html、1968/GC/GC26.html、1968/GC/GC27.html
ページのタイトルが「広島vs巨人」となっていますが、他の試合はすべて
ホームチームを前置しているため、「巨人vs広島」のほうが正しいと考えます。

1985/CG/CG7.html] 代遊 巨人の上田和明
1985/BF/BF26.html] 代左 日本ハムの二村忠美
1985/OF/OF5.html] 代二 ロッテの井上洋一
1986/GW/GW3.html] 代中 大洋の河野誉彦
1986/LK/LK20.html] 代遊 近鉄の吹石徳一
1986/CW/CW2.html] 代二 広島の阿部慶二
1986/CS/CS12.html] 代捕 ヤクルトの秦真司
1986/TS/TS26.html] 代中 ヤクルトの小川淳司
1987/GC/GC13.html] 代左 巨人の仁村薫
1987/LH/LH9.html] 代左 南海の加藤英司
1987/HK/HK19.html] 代捕 近鉄の梨田昌孝
1987/CS/CS8.html] 代捕 広島の山中潔
1988/DC/DC17.html] 代遊 中日の山田和利
1988/LF/LF7.html] 代左 西武の立花義家
1988/LO/LO7.html] 代左 西武の安部理
いずれも守備位置に「代」の表記となっております。

1992/LM/LM.html
データではないですが、ソース中「bgcolor」が「bgcoLMr」となっています。

2003/DC/DC2.html、2003/DY/DY6.html、2003/DG/DG9.html、2003/DG/DG9.html、
2003/DY/DY9.html、2003/DC/DC10.html、2003/TD/TD10.html、2003/DG/DG20.html、
2003/DC/DC18.html
中日の本塁打及び二塁打に「渡辺」とありますが、出場選手では「渡邉 博幸」と
なっています。1966076.html では「表記変更(わたなべ)」とあり、
この年シーズン途中に「渡辺」から「渡邉」に表記変更したようです。

297ウスコイ企画:2021/11/18(木) 23:18:39
>>296 まつうら様
気付きにくい所まで、数多くのご指摘ありがとうございます!
1つずつ確認して、必要に応じて修正したいと思いますが、
最近は作業に取れる時間が少なくなっており、日数がかかる見通しです。
ご不便をおかけいたしますが、しばらくお待ちください。

298ウスコイ企画:2021/11/28(日) 22:31:34
>>296 まつうら様ご指摘箇所について、まずは以下のように修正いたしました。

■1952/DS/DS7.html
複数の新聞で確認したところ、二塁打は両軍あわせて原田・佐竹のみであり、
加藤進は削除いたしました。

■1956/HK/HK3.html
山田は9回裏に代打で出場しており、途中出場の表示に修正しました。

■1957/GW/GW16.html
1951〜1959年は、打→守備、走→守備の途中出場について、守備位置だけの表記となっています。当時の各新聞がそうした表記となっており、データ入手できていないためです。
このことに関する注意書きを現在していないため、分かりにくくなっており申し訳ありません。

■1961/ST/ST18.html
村山は代打で出ておらず、投手としての途中出場でしたので表記を修正しました。

■1963/HO/HO5.html
ご指摘の通り、森下・岡本のリンクが逆になっておりましたので修正しました。

■1963/GW/GW22.html
巨人の攻撃中、国松が自打球で負傷交代、2ストライクの場面で代打古賀が立って三振に倒れたものです。ルール上、国松に1打数1三振がついています。

■1968/GC/GC25.html、1968/GC/GC26.html、1968/GC/GC27.html
日程の都合により広島主催の試合ながら後楽園で開催し、広島が先攻となっています。
そのため、広島vs巨人と表記しています。

■1992/LM/LM.html
ソース中のbgcoLMrの影響で、回戦のところに黄色い帯がついていない状態でした。
修正しました。

299ウスコイ企画:2021/11/28(日) 22:34:36
おかげ様で、以上修正できました。ありがとうございます!

■1985〜1988年の各試合の「代」

■2003年の「渡辺」

については、まだ直し切れていないため後日となります。
ご不便をおかけいたします。

300まつうら:2021/12/07(火) 01:22:57
お疲れ様です。ご対応ありがとうございます。

広島vs巨人はそういういきさつだったのですね。
それにしても、後楽園とはいえ主催扱いの広島がよく先攻で承知した
ものだなぁと思います。

もう2点ありましたので、お忙しいところ恐縮ですが、ご確認をお願いいたします。

1965/LK/LK3.html
近鉄のディサのシーズン勝敗・防御率が空欄になっております。
0勝0敗、防御率18.00だと思われます。

2020/MF/NF22.html
2020/LF/LF19.html
渡邊博幸と同じ話で、日本ハムの二塁打に淺間とありますが、
出場選手では「浅間 大基」となっております。
こちらは「淺」間のほうが正しいようですが、旧字新字異字体の
整理は難しいものがありますね。

301ウスコイ企画:2021/12/21(火) 00:04:05
このところ更新が止まっておりましてご不便おかけしております。
作業上の都合で申し訳ありませんが、全体での一斉更新を行うため
ご指摘事項は2021年版の更新とあわせて作業を進めたいと思います。
更新は年明け頃になる見込みですが、何卒お待ち頂きますようお願いいたします。

302ウスコイ企画:2022/01/13(木) 23:54:10
>>296 >>300 まつうら様
大変に遅くなりましたが、追加の修正をいたしました。

■「代」の表記について探したところ、ご指摘の通り1985年〜1988年の15箇所で見つかりました。
 当時の新聞で確認したところ、全てが代打からの出場であったため「打」に修正しました。
■2003年中日、渡辺→渡邉と修正しました。この登録名変更についてベースボール・レコードブック等で
 確認しましたが、具体の日付は判明しないため、開幕から渡邉表記だったものとして扱っています。
■1965年西鉄-近鉄3回戦、ディサ投手の成績0勝0敗、防18.00を補完しました。
■2020年淺間→浅間と修正しました。正しくは淺ですが、字体が似ているものについては通常使われる字体に
 変えて表示しています。(﨑髙濵樂朗淺祥など)
 辺と邉邊、浜と濱、沢と澤などは形が大きく違うため区別しています。ただしDeNA濵口投手は濵→濱と
 変えています。漢字はこだわり始めるとキリがなく、正確を期するあまり不便になるような事態も避けたいので
 ある程度割り切って字体の統一をさせて頂いています。選手ご本人には失礼になってしまうかも知れませんが、
 PC表示の限界もあるためご理解いただけたらと思っています。

303ウスコイ企画:2022/01/14(金) 00:02:15
ご利用の皆様
2021年分の更新について、ひとまず準備が整いましたのでアップロードいたします。
明朝には見れるようになっていると思います。
例年のことですが、アップロードしてからでないと確認できない事項もあり、
また隅々までのチェックが行き渡っていない箇所もあるかも知れませんが
引き続き確認作業は続けていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。。

304makoto1974:2022/01/15(土) 01:39:32
毎回楽しく拝見しています。 本年も宜しくお願い申し上げますm(_ _)m。
早速2021年版で確認お願い致します。
ヤクルト内山選手・巨人秋広、平間選手・オリックス勝俣選手の守備の項目「(指)0」という表記となっています。
おそらく「(指)1」ではないかと思われます。ご確認お願い申し上げます。

305空き缶:2022/01/15(土) 21:55:42
いつも楽しく見させてもらっています。更新作業お疲れさまです。
2021年の球団別成績のチーム計が2020年のままになってるっぽいです

306ウスコイ企画:2022/01/18(火) 23:35:41
早速のご指摘ありがとうございます!行き届かず申し訳ありません。
>>304 makoto1974様
ご指摘の各選手は代打または代走のみの出場で、守備にも指名打者にもついていないため
守備位置の欄には「-」を入れるべきところでした。修正しました!

>>305 空き缶様
ご指摘の通り、2021年各チームの打・投・守の合計欄が前年のものでしたので
修正しました!

307名無しさん:2022/01/25(火) 22:33:00
2001年在籍元近鉄のフレディ・ガルシアはフレッディ・ガルシアと名前が間違ってまして
ウィキのページもバリバリのメジャーリーガーのフレディ・ガルシアでしたのでご報告します

308ウスコイ企画:2022/01/30(日) 01:46:14
>>307 名無し様
確認が遅くなり申し訳ありません。
当時の書籍から2001年近鉄ガルシア選手の登録名(フレッディ)を確認し、
wikipediaへのリンクも別人のページへのものとなっていましたので修正いたしました。
お知らせ頂きありがとうございます!

309名無しさん:2022/02/01(火) 10:56:59
1985年球宴第三戦
全パの勝利投手がロッテ村田になっていますが、近鉄村田の間違いではないでしょうか?
村田兆治交代時にパはリードされていたので村田兆治に勝ちは付かないと思います

ベースボールレコードブックで確認したところ近鉄村田が勝ち投手になっていました

310ウスコイ企画:2022/02/03(木) 01:10:59
>>309 名無し様
ご指摘の通り、1985年オールスター第3戦の勝利投手は
近鉄の方の村田投手でした。訂正いたしました。
ありがとうございます!

311燃えろ!ファミスタ プロ野球:2022/02/09(水) 19:52:47
長冨浩志
カープ、ファイターズ、ホークスで活躍した長富投手
読みは「ナガトミ?」「ナガドミ?」

記憶が正しければカープ入団当初は「ナガトミ」と呼ばれてた記憶があります。
それから数年、いつ頃か覚えてないけどいつの間にか「ナダドミ」に読みを変えたと思います。

何年から何年までが「ナガトミ」読みで
何年から何年までが「ナガドミ」読みなのかはっきりして欲しいと思います。

よろしくお願いします。

312<削除>:<削除>
<削除>

313ウスコイ企画:2022/02/09(水) 20:52:53
書き込みありがとうございます!
長冨投手の読み方は、おっしゃる通り、途中で変わっています。
2689web.com/ind/1986048.html

弊サイトでは個人別ページで、日本ハム時代の1997年から「ながどみ」に変わったことを
表示しております。これは日本プロ野球大百科(2004年)に掲載の情報によっています。
具体の日付はベースボール・レコードブックで探してみても分かりませんでした。

314キリン:2022/02/23(水) 09:22:21
訂正にあたるかどうかはわからないのですが、個人記録の1試合最多安打についてです。
河西俊雄(グレートリング)1946.7.15対ゴールドスター戦、白石敏男(巨人)1949.4.19対大陽戦も1試合6安打を放っているのではないでしょうか?

プロ野球記録大鑑〈昭和11年‐平成4年〉にも上記の2件は1試合6安打の記録として掲載されています。
ただ、オフィシャルベースボールガイドには上記の2件は載っていません。
どちらが正しいかよくわからないのですが、こちらのサイトはオフィシャルベースボールガイドに準じるとの解釈でしょうか?

315ウスコイ企画:2022/02/24(木) 21:57:08
>>314 キリン様
ご指摘ありがとうございます!確かに、6安打の例は他にもあるようですね。
弊サイトはオフィシャルベースボールガイドも、参考資料の1つにしています。
ただガイドの方では1リーグ時代、セ・リーグ、パ・リーグと3つに分けて記録が扱われているため
1リーグ時代については大下の7安打だけが掲載されています。

弊サイトの方針では、時代やリーグの隔てなく出来るだけ多くの記録を紹介したいと考えており、
ご指摘のような、1リーグ時代の第2位の記録でもセ記録・パ記録とタイになるようなものや
例えば延長戦を含めた1試合7安打といった記録も自分で掘り起こして掲載したいところですが、
現在そこまで手が行き届いていないという状況です。

なるべく近いうちに、手を入れて充実させていきたいと思います。
少し時間がかかると思いますが、今後の研究課題とさせて下さい。

316名無しさん:2022/04/03(日) 21:48:52
2010年のソフトバンクの陣容に育成選手のマイケル・オルムステッド選手が抜けているように思うのですがどうでしょうか。
ttps://2689web.com/2010/hawks.html

マイケル・オルムステッド
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%89

317名無しさん:2022/04/03(日) 22:21:05
度々すみません。
2011年のソフトバンクの育成選手、エドガルド・バイエスも抜けているように思いました。

318ウスコイ企画:2022/04/04(月) 21:24:15
ご指摘ありがとうございます!
申し訳ありませんが少し日数を頂きまして確認してみます。

319ウスコイ企画:2022/04/11(月) 22:19:40
育成選手について、以下の選手をデータに追加しました。
ご指摘ありがとうございました!

2010年
広島 121 山内敬太
横浜 114 王靖超
ソフトバンク 121 M.オルムステッド

2011年
ソフトバンク 137 E.バイエス

320名無しさん:2022/04/13(水) 16:37:12
西武のリード ギャレットのwikiのURLが変更していたので報告します

321ウスコイ企画:2022/04/14(木) 12:25:17
お知らせ頂き、ありがとうございます!
作成時には繋がっていたリンクが、wikipedia側の編集作業によって切れてしまうことがあるようです。
本音は、URLが変わる時は転送の設定をしてほしい、といったところですが、同様のケースが複数見受けられるようですので、全体的にチェックをかけた上でリンク修正の作業をしたいと思います。
しばらくご不便をおかけ致します。

322ウスコイ企画:2022/04/17(日) 11:03:15
リード・ギャレット選手を含めて、ウィキペディアへのリンク修正を行いました。
前回更新時にページが存在していなかった選手で、新たに作成されていたケースも
見つかりましたので新規でリンクを追加する作業を行いました。
お知らせ頂きありがとうございました!

323名無しさん:2022/04/21(木) 23:27:58
たまたま気づいたのですが、大洋・森一晃選手の77、78年の行が抜けているようです。
(登録名が「森浩一」の頃ですね。1軍出場はありませんが・・・)
ttps://2689web.com/ind/1981065.html

324ウスコイ企画:2022/04/25(月) 20:37:25
>>323
森一晃選手の改名のこと自体を認識しておらず、1977年に入団していた森浩一選手を
別人扱いしておりました。おかげ様で修正できました。
お知らせ頂きありがとうございます!

325名無しさん:2022/06/01(水) 03:45:24
ttps://2689web.com/2012/eagles.html

2012年の楽天のページ、【チーム】欄の「釜田」が「鎌田」になってしまっているようです。

326ウスコイ企画:2022/06/01(水) 22:02:27
ご指摘ありがとうございます!
修正いたしました。

327名無しさん:2022/06/05(日) 14:13:10
ttps://2689web.com/1961/hawks.html
ttps://2689web.com/1961/HK/HK14.html

いつも素晴らしい資料をありがとうございます。
上記昭和36年のシーズンまとめ表の7月3日の勝利投手が後藤選手になっていますが杉浦選手が正しいかと思われます。
修正をお願いします。
リンク先の近鉄対南海14回戦の勝利投手は正しく表記されています。

328ウスコイ企画:2022/06/06(月) 20:12:30
修正いたしました。
ご指摘ありがとうございます!

329アラ還爺:2022/06/08(水) 09:02:49
いつも貴重な記録アップ頂き有難うございます。
1963年6月8日の東映対大毎6回戦は東京スタジアムとなっていますが、明治神宮野球場では
ないでしょうか。

330ウスコイ企画:2022/06/08(水) 20:05:39
ご指摘ありがとうございます!
東映主催の4連戦ですが、六大学との兼ね合いで1試合だけ東京スタジアムで試合開催しています。
この頃はよくある事だったようです。

331アラ還爺:2022/06/09(木) 08:42:19
ご返事有難うございます。
野球チケット博物館さんのツイートにこの日のチケットがあり、券面には神宮球場と
表記されていたので、確認させて頂きました。
よくある事とは言え、チケット持っていた人は混乱しなかったのかなぁと思います。

332ウスコイ企画:2022/06/09(木) 22:42:29
なるほど、twitterも拝見しましたが当日のチケットが残っているんですね。
この年は東映主催の東京スタジアム開催が18試合ありました。
火曜日の新聞には一週間分の試合日程が載りますが、見る人ばかりではないでしょうし
たまたま誰かにチケットをもらったというような人は神宮行っちゃってるかも知れませんね。

333アラ還爺:2022/06/10(金) 07:54:25
重ね重ねご返信頂きありがとうございます。
1963年の東映は、本拠地神宮より後楽園+東京スタジアムでの主催試合の方が多いのですね。
開催する球場の確認は当時は新聞しかなかったでしょうから、確認しないで神宮へ行って
しまった人もいるかもしれませんね。慌てて戻るにしても、神宮から東京スタジアムでは
結構時間もかかったでしょうし、観戦を諦めた人もいるかも。
今回はありがとうございました。またお聞きすることもあるかもしれませんが、
どうぞよろしくお願いいたします。

334ウスコイ企画:2022/06/11(土) 09:09:47
後楽園ならまだ近いですが、南千住は…
タダ券で行ってたら、自分なら諦めます(笑)
こちらこそ今後ともよろしくお願いします。

335名無しさん:2022/08/29(月) 15:52:34
連続打席四球記録の項目、南渕時尭さんも7打席連続を達成されているかと思います

336ウスコイ企画:2022/08/31(水) 20:29:50
ご指摘ありがとうございます!
連続打席四球はセ・リーグ2位の7打席まで掲載しているところですが、
パ・リーグでは7打席が3位の成績となり手元の資料では網羅できないことが分かりました。
そのため、弊サイトでは8打席以上のみの掲載に切り替えたいと思います。
内容の補完と充実には出来るかぎり努めたいのですが、今回は対応できない範囲となってしまいました。
せっかくご連絡頂いた結果が掲載データのカットという形になり心苦しいのですが、
ご理解いただければと思います。

337名無し:2022/11/07(月) 05:06:08
初打席初本塁打の2021年の来田選手も初球なので備考欄に追加お願いします。

338ウスコイ企画:2022/11/09(水) 23:05:01
ご指摘ありがとうございます!
確認のうえ、来田選手の初打席本塁打に初球の表示を追加しました!

339サンチェ:2022/12/03(土) 13:47:29
いつも楽しく拝見しております。訂正に当たるかどうかは判らないのですが、オフィシャルベースボールガイドに「一リーグ球場別本塁打」が出ており、その本塁打を誰が放ったのかウスコイさんのサイトのデータを1試合ずつ拾ってみたのですが、1938年のホームラン数で一部食い違いがあるような気がします。
オフィシャルベースボールガイドでは後楽園が149本、甲子園が10本となっていますが、ウスコイさんのサイトのデータだと後楽園が148本、甲子園が11本だと思うのです。ベースボールガイドは春、秋に分けていないため、どちらのシーズンが食い違っているかはわかりません。
総試合数は双方一致しています。こちらの集計ミスかもしれませんが何か判りませんでしょうか?よろしくお願いいたします。

340アンソニー:2022/12/04(日) 00:18:01
いつも楽しく拝見しています。
1953年のパ・打撃ランキングの三宅宅三選手が打席数:420 打数:377となっていますが、正しくは打席数:421 打数:378だと思います。
三宅選手個人のページのほうは正しい値となっていました。

341ウスコイ企画:2022/12/04(日) 15:26:16
>>339 サンチェ様
当時の新聞で拾っても甲子園の本塁打は11本なので、弊サイトの結論としては現状のままです。
原因は分かりませんが、オフィシャルの方の集計ミスの可能性もゼロではないと思います。

>>340 アンソニー様
今年1月にオフィシャルの方の記録訂正を反映させて順位と打率を修正しましたが、
その際に打席数・打数や長打率など修正漏れがありました。
今回修正いたしました。ご指摘ありがとうございます!

342名無しさん:2023/01/22(日) 10:18:29
鈴木誠也の2022年メジャー成績が無い?

343ウスコイ企画:2023/01/23(月) 21:55:35
ご指摘ありがとうございます!
現役選手で2022年の成績漏れが無いか一斉に洗い出し、修正を行います。
少しお時間を下さい。

344ウスコイ企画:2023/01/28(土) 13:33:12
2022年の成績漏れについて、35人分の更新をしました。
鈴木選手のほかには米国に帰国した助っ人が主に漏れていました。
ご不便をおかけしました。

345ピングー:2023/02/06(月) 23:32:44
いつも楽しく拝見させて頂いています。

選手別成績で、同一年度に同一連盟の複数チームに所属した年は、「x球団小計」という行を作られていると思いますが
以下の選手で抜けているように見えましたので、ご確認をお願いいたします。

2022年 石岡諒太
2022年 伊藤裕希也
2022年 後藤駿太
2022年 坂本光士郎
2013年 A.ソリアーノ
2018年 C.トーレス
2022年 森原康平
2022年 山本大貴
2013年 K.ロー

346ウスコイ企画:2023/02/09(木) 23:32:24
ありがとうございます!
こちらは単純に入れ忘れていました。
週末に修正いたしますので、申し訳ございませんがしばらくお待ちください。

347ウスコイ企画:2023/02/14(火) 00:48:52
上記の修正完了いたしました。
トーレス投手は年号の方が間違っており途中移籍ではなかったようです。
ピングー様いつもありがとうございます!

348名無しさん:2023/03/26(日) 02:09:32
いつも楽しく拝見しております。
たまたま気づいたのですが、2022年巨人の打撃成績において坂本勇人選手の年齢が20歳となっており、正しくは34歳かと思います。
ご確認お願いできますでしょうか。

349ウスコイ企画:2023/03/26(日) 23:24:05
ありがとうございます!
育成の坂本選手の年齢が入ってしまっていたようです。
修正いたしました。

350名無しさん:2023/04/08(土) 22:42:48
いつも楽しく拝見しております。
A.アルカンタラ選手の個人ページにて、右投右打となっていますが右投両打ではないでしょうか?

351ウスコイ企画:2023/04/10(月) 21:59:12
アルカンタラ選手と、ガルビス選手も右打となっておりました。
それぞれ両打に修正いたしました。
ありがとうございます!

352サンチェ:2023/05/08(月) 11:24:30
いつも楽しく拝見しております。訂正に当たるかどうかは判らないのですが、米田哲也の1956年の自責点が全登板を1試合ずつ拾っていくと「55」になるのですが、年度別の成績では「54」になっています。こちらの集計ミスかもしれませんが何か判りませんでしょうか?よろしくお願いいたします。

353ウスコイ企画:2023/05/08(月) 21:41:34
ご指摘ありがとうございます!
そのように、各試合を拾っていっても合計が合わない箇所は存在します。
合わないものについては、1件1件、複数のスポーツ紙・一般紙(8〜10紙程度)
との照合作業を行いましたが、結局解決せずに残っているものです。
平成以降はほとんどありませんが、昭和20〜30年代はそれなりにありますので、
そういうものとして見て頂けますようお願いいたします。
(なお、NPBサイドでもデータの精査を進めているらしく、年度別成績の方が訂正になった結果、
 不整合が解決するというケースも近年あります)

354サンチェ:2023/05/09(火) 09:10:43
1968-04-07の中日対サンケイのダブルヘッダー第1、第2試合で「このページは、拡張機能によってブロックされています」と表示されてしまいます。何か設定があるのでしょうか?

355ウスコイ企画:2023/05/09(火) 21:55:43
サイトとしては、特に他の試合と違った作り方はしていませんので、
原因はこちらでは分かりません。
ランダムに表示される広告の内容と、ブラウザ設定との相性が悪かったのかも知れません。

356アラ還爺+:2023/05/16(火) 17:28:17
サンチェさま
私も順位表の対戦カードからだと4/7から6/1までのスコアにアクセスできませんでした。
Firefoxに拡張機能として広告ブロックのアドオンを入れていますが、これを無効にしたら表示できました。
ブラウザ設定を変えたら表示できるかもしれません。

357サンチェ:2023/05/16(火) 18:09:29
アラ還爺+さま
情報ありがとうございます。私も広告ブロックのアドオンを入れておりましたので、無効にしたら表示できました。
有り難うございました。

358まつうら:2023/07/01(土) 13:32:59
お疲れ様です。毎度お世話になっております。

・投手成績で、以下の各欄が空欄になっているようです。
1960/HB/HB1.html 橋本敬包の被安打
1974/KF/KF23.html 杉田久雄の奪三振
2010/BE/BE2.html 小山伸一郎の投球回
打者側と投手の合計で見る限り、いずれも0でいいようですが、いかがでしょうか。
余談ですが、小山は登板→四球→サヨナラ暴投のようですね。
www.youtube.com/watch?v=T76mCM6npQ8
Youtubeで記録が検証できるとはいい時代になりました。

・1977年のいくつかの試合で、西本聖(巨人)と戸田善紀(中日)の
試合時点防御率が - になっております。
2人とも投球回数を重ねているので、計算不能ということではないようです。

・1952/GW/GW14.html
本塁打に「岩本12号(別所)13号(松田)」とありますが、投手成績ではこの日は
松田は被安打0になっています。しかし松田が投げた8回は1失点があるようで、
なんだかよく分かりません・・・。

この年の試合データから巨人投手陣の被安打を集計したものとNPB公式の合計を
比較すると別所毅彦298←NPB299、松田129←NPB130、西田亨71←NPB69と
食い違いがありますので、この試合で別所7→8、西田5→3、松田0→1ならば
辻褄はあいそうです。他の試合まで巻き込んでいると大変ですが・・・

以上お手すきの時にでもご確認をお願いいたします。

359ウスコイ企画:2023/07/03(月) 22:08:38
まつうら様
ご指摘ありがとうございます!
それぞれ確認しておきます。
最後の1件ですが、1950年代までは合計が合わない箇所が多いため、何試合か複合的になっている場合もあります。
現在お出ししているものは数種類のスポーツ紙のコピーを集め、何年もかけて確認したものなのでこれが限界です。
新聞もこの時代は誤植が非常に多いので、なかなか解決が難しいですね。
被安打はおっしゃる通りになれば一気に解決、与四球も中尾が0で松田が1なら不整合が解決します。
しかしそれがこの試合なのかどうか分かりません。
被安打と被本塁打が矛盾しているのは明らかですが、裏付ける資料がないと、何も出来ません。

360しのうら:2023/07/06(木) 10:21:28
>まつうらさん
私もウスコイさんと同様に、日々の記録にて不明なことがあれば、近場の図書館へ通い、過去の縮刷版を見ながら確認をしております。
しかしながら、つじつまが合わないものは、たくさんあります。中には地方紙によって異なるのもあります。

ほんの一例ですが、1950年小鶴誠(松竹)のシーズン最多打点は、ウスコイ形式で調査をしても「159」にしかなりません。
事実、1974年まではこの数字を記録として記載してましたが、1975年に「161」へしれっと変わりました。

しかしながら、それがなぜ変わったかの経緯は、今に至るまで、どの新聞、スポーツ雑誌にも掲載しておりません。

何を伝えたいかと申すと、「本当に知りたいのであれば、ご自身でNPB記録部へ問い合わせをするしかない」ということです。

私は、小鶴の「159→161」の経緯がどうしても知りたかったので、それくさい個所を示したうえで、増えた2打点がいつのどこかを調査していただきました。

風の噂では、1950年以降のデータは整理済とのことですので、一度、封書等でNPBへ問い合わせみることをお勧めします。

で、まつうらさんがよろしければ、それをウスコイさんへ共有してあげてください。
ウスコイさんも、記録への熱意が増す!?はずです。

横から失礼しました。

361ウスコイ企画:2023/07/06(木) 21:43:15
しのうら様ありがとうございます。
熱意が無いのではなく、やれる事を全部やり尽くして一休みしているのです(笑)
共同通信の記者さんだと1950年代でも各試合のスコアカード見たりコピーも取れるそうですが、
3年分全部取って下さいとか、さすがに頼めませんので(一応頼みましたがきっと無理ですから)


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