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訂正お願いします

1かなこ:2015/04/29(水) 20:46:32
お久しぶりです

選手別成績でAソリアーノ選手のメジャーリーグ成績が記載されていません。記載お願いします。

213ウスコイ企画:2020/02/25(火) 23:11:52
ありがとうございます!ご指摘の通りで四番落合に代わり荘が打順に入っています。
訂正いたしました!

214名無しさん:2020/03/05(木) 20:15:46
広島のドラフトページ、2003年4巡目の尾形の年齢が15歳になっています。25歳ですよね。

215ウスコイ企画:2020/03/06(金) 00:38:22
申し訳ありません、ご指摘のとおり尾形選手ドラフト時25歳でした。
訂正いたしました!

216名無しさん:2020/04/01(水) 23:20:58
「代打サヨナラ本塁打」の樋笠一夫氏(史上初の代打逆転サヨナラ満塁本塁打)の達成日が 
1956年4月22日 巨2-7阪 となっています。
1956年3月25日 巨4-3中 ではないでしょうか

217名無しさん:2020/04/01(水) 23:36:35
追伸
4月22日はダブルヘッダーのようで、1試合目に樋笠選手が2号代打サヨナラ本塁打(巨6-5阪)
2試合目のスコアが 巨2-7阪 のようです。

218ウスコイ企画:2020/04/04(土) 00:40:21
ありがとうございます!ご指摘の通りです。
代打サヨナラ本塁打の1956.04.22樋笠選手が、同日の別の試合のスコアになっておりましたので
巨6-5阪(5回戦)に訂正しました。また、この日の備考に「満塁」と入っておりましたが
この試合ではなく同年03.25の方でしたので、あわせて訂正いたしました!
2689web.com/history/s-dhrun.html

219名無しさん:2020/04/06(月) 15:42:51
いつも楽しく拝見しています。

1941年に朝日軍に在籍した横田澄賢投手ですが、一部のページで「賢」の字が「賀」の字になっているようです。確認お願いします。

220ウスコイ企画:2020/04/06(月) 23:57:05
ご指摘ありがとうございます!NPB公式でも「横田澄賢」と書かれていますね。
1922年生まれ・出身校は大宮農商となっています。
しかし「プロ野球70年史」や「80年史」では「横田澄賀」となっているため、
疑問に思ってネットで検索してみますと、
母校(現・大宮高校)同窓会HPの「獣医」の欄に横田澄賀・昭和16年卒・秩父市とあります。
www.yamaboushi-omiya.com/business/bus-introduce/igaku.html
また日本獣医師会誌の訃報欄では、横田澄賀氏・秩父市・平成21年に逝去・享年87歳
とあり、年齢・職業・居住地が同窓会の情報と一致しますので、この方がご本人ではないかと考えます。
nichiju.lin.gr.jp/mag/06212/h1.pdf
これらの団体に確認をとったわけではなく、確証が無いのですが、「横田澄賀」が正しいのではないかと
考えているところです。

ご指摘の通り、弊サイト内での統一が出来ておらず、個人別成績のインデックスで「澄賢」となっており
ましたので、このたび「澄賀」で統一いたしました。ご連絡ありがとうございました!

221ウスコイ企画:2020/04/08(水) 21:08:50
横田選手が後年所属されていた全日本抜刀道連盟秩父支部の方にお話を伺うことができました。
身長は170cm以上と当時の人としては大柄で、プロ野球に所属していたことや軍隊では手榴弾を
誰よりも遠くに投げていた、といったお話をされることもあったそうです。
お名前は「澄賀」が正しく、「すみが」または「すみよし」と読まれていたそうです。
横田選手ご本人は残念ながらお亡くなりになっていますが、誰からも慕われ、素晴らしいお人柄の
獣医さんで、刀剣については一見古そうに見えるものでも大切にされていたとのことです。
弊サイトでは、お名前の方は「すみよし」と修正しました。
右利きだったそうですがバットの構えの右左までは分かりません。
生年月日など、さらに何か分かれば更新したいと思います。

222コージ:2020/04/11(土) 20:11:00
お疲れ様です。

1986年

西武-近鉄8回戦
この試合の正しい日付の確認 お願い致します。

223ウスコイ企画:2020/04/11(土) 20:53:05
コージ様いつもありがとうございます!
5月27日が正解ですが、カード別の左側の帯ページでは5月26日となっていましたので
訂正しました!

224名無しさん:2020/04/12(日) 13:29:05
219、横田投手についての投稿をした者です。
確認が遅くなってしまいすみません。わざわざ詳細に調査していただきありがとうございます!出身校や連盟にまで確認していただいていたとは…お手数をおかけしました。重ねてお礼申し上げます!

225ウスコイ企画:2020/04/12(日) 18:15:48
いえいえ、おかげ様で横田投手ご本人をよく知る方から色々な事実を聞くことが出来て
良かったです。
NPBのサイトに載っている名前は間違いということになりますので、このことは
NPBにも知らせておこうと思います。証拠となる書類等を持っているわけではないので
あまり考慮されないかも知れませんが、一つの情報として伝えておいて無駄ではないと
思いますので。

226かなこ:2020/04/14(火) 19:59:54
お久しぶりです
元オリックスの高橋信夫捕手ですが出身高校の利根商が記載されておりません。
元ダイエーの田之上慶三郎投手は初出場が1998年となっていますが1996年ではないでしょうか?
確認お願いします。

227ウスコイ企画:2020/04/15(水) 22:42:27
かなこ様いつもありがとうございます!
いずれもご指摘の通りで、確認のうえ修正いたしました。
・高橋捕手の出身校が大学からの表記になっていましたので利根商-を付け加えました。
・また、デビュー年別のインデックスで田之上投手が1998年の欄に入っていましたので1996年の欄に移しました。

228かなこ:2020/06/15(月) 11:35:01
お久しぶりです。
1991年の読売ジャイアンツのチーム陣容で佐久間浩一が新入団で記載されていますが1989年ドラフト4位で1990年の開幕直前に入団しています。
外野手登録で背番号は71です。訂正お願いします。

229ウスコイ企画:2020/06/16(火) 20:59:28
かなこ様いつもありがとうございます!
確認の上、修正したいと思います!

230<削除>:<削除>
<削除>

231ウスコイ企画:2020/06/18(木) 00:56:40
1990年佐久間選手の所属、また1991年以降の所属年数もあわせて修正いたしました。
かなこ様ありがとうございます!
ベースボール・レコード・ブックにも載っておらず、今回は球団HPの歴代背番号から確認しました。

ここから独り言になってしまいますが、最近更新した「陣容」のコーナーは、主として
日本プロ野球80年史・70年史、当時の選手名鑑・新聞・野球雑誌、球団HPやNPBのHPなどから
情報を集めて作成しました。ただし、それぞれの情報が食い違う点が多々あり、
どれか一つの資料を信用すればよいという状況ではなかったため、それなりに難航しました。
例えば所属年が球団HPとNPBのHPで違っていたりします。背番号も資料によって違っていたりします。
(ちなみに佐久間選手もNPBサイトによると91年からです)
npb.jp/history/register/search/result?search_keyword=%E4%BD%90%E4%B9%85%E9%96%93

これらの違いは、準登録や練習生、打撃投手やブルペン捕手といったスタッフと現役選手との線引きが
明確になっていない又は解釈の違いが発生する微妙なケースがある、また入団・退団や背番号の変更も
開幕前・シーズン中・閉幕後など特殊なタイミングになったケースではその扱い方に揺れが発生したり
どの時点を年度の節目と考えるかで解釈が違ったりといったことが要因かと思われます。
時代が古い場合は単純に資料不足という事も考えられます。

弊サイトの方針としては、開幕〜閉幕を1つのシーズンとして考え、それ以外は基本的に扱わない
(例えば書類上だけの阪神・江川卓や、オープン戦中に退団したロッテ・R.ローズは扱わない)
ことと考えていますが、全選手の入団日・退団日を把握できているわけではなく、背番号変更についても
同様のため、総合的判断を行っている(正しいと言い切れない)箇所があります。
今後さまざまなご指摘や調査結果によって訂正・修正が加わる可能性があります。
これからも勉強・研究を続けていきますので、ご理解のほど何卒よろしくお願いいたします。

232コージ:2020/07/12(日) 21:33:32
お疲れ様です

今回は1993年です

ダイエー-オリックス21回戦
オリックス 3塁打 、
オリックス 3塁打なし です

訂正 宜しくお願い致します。

233ウスコイ企画:2020/07/22(水) 23:05:40
コージ様いつもありがとうございます!
各年度をチェックしまして、ご指摘の箇所を含めて同様のものが3ヶ所ありましたので
確認のうえ「、」から「なし」へ修正いたしました。
1976年 5/29 近鉄-太平洋 前期10回戦
1991年 6/8 オリックス-西武 11回戦
1993年 8/22 ダイエー-オリックス 21回戦

234名無しさん:2020/07/24(金) 12:34:55
1980年8月10日ヤクルト-阪神戦

延長11回まで行われていますがランニングスコアが10回になっています

235ウスコイ企画:2020/07/26(日) 23:50:54
>>234
ありがとうございます!
ご指摘の通りで10回表ウラの0・0が抜けていました。
修正しました!

236ピングー:2020/08/23(日) 17:30:37
いつも楽しく拝見させて頂いてます。

以下について訂正が必要かと思われますので、お手すきの際にご対応お願い致します。

・2011年のボックススコアで、
高橋由伸の本塁打数に4/13の1号、4/17の2号が反映されておらず、以降の本塁打数がずれています。
(最終戦でシーズン最後の15号を打っているにも関わらず、"13"との表記になっている)

・1962年のボックススコアで
山内和弘の本塁打数が、開幕戦から"7"になっており、登録名を一弘に変更した7/19以降にリセットされ1から数え直しになっています。
(9/28にシーズン最後の18号を打っているにも関わらず、"7"との表記になっている)

・選手別通算成績で、京山将弥の'17年シーズン行がありませんでした。
1軍出場はないですが、一応ベイスターズに在籍はしているはずなので表記があるのが適当かと思います

237ウスコイ企画:2020/08/24(月) 22:23:17
ピングー様ありがとうございます!
ご指摘の通りで、山内選手については打率も修正が必要のようです。
申し訳ありませんが、しばらく日数がかかってしまいます。
ご不便をおかけいたしますが、少しお待ち下さい。

238ウスコイ企画:2020/09/13(日) 22:05:30
大変日数がかかってしまいましたが、修正完了しました。
■2011年由伸選手のHR数
■1962年山内選手の打率及びHR数
■2017年京山選手の年度別成績
改めて、山内選手は9月中旬まで.350台を保っていてすごい成績だと再認識しました。
長い間、ご不便をおかけしまして申し訳ありません。

239npbstk:2020/09/24(木) 13:26:55
大変ご無沙汰しております。
1949年8月13日巨人-大映戦が挙行された球場についてお伺いしたい事があります。
先日、弊サイトのスタメンアーカイブでは「日立」としか記載されていない為、これは「日立会瀬」「日立万城内」どちらでしょう?というお問い合わせを受けました。
先に貴サイトを拝見して「日立市万城内野球場」と返信しようとしましたが、念のため日刊スポーツのコピーで再確認したところ「日立市営会瀬球場」で挙行と記載されていました。(ブログに画像があります)
地図を見ると別の場所のようなので名称変更ではないと思いますが、貴サイトで「日立市万城内野球場」と表記されるに至った経緯を教えていただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。

240<削除>:<削除>
<削除>

241ウスコイ企画:2020/09/26(土) 01:04:33
npbstk様いつもありがとうございます!
結論から言いますと会瀬球場が正解だと思います。

存在する球場、また過去に存在していた球場のデータを収集した際に、日立市については万城内野球場だけ認識して
会瀬球場については漏れていたことが原因です。
それで、日立開催ということで万城内野球場と書いてしまったのが経緯です。
NPBの球場一覧と照合作業をしたとき、名称が違うなとは思いましたが改名等があったのかも知れないと思い、
別々の球場だということはnpbstk様の書き込みで今知りました。
ryozanpaku.blog102.fc2.com/blog-entry-728.html
こちらで記されている内容によりますと日鉱日立の球場が万城内で、日立製作所の球場が会瀬とのことです。

NPBサイトによりますと1949年の1試合、1957年の1試合、1959年の2試合と日立市で開催された4試合はすべて
日立会瀬球場のようですので、それぞれそのように訂正したいと思います。
npb.jp/stadium/detail.html?053

まことにすみません。

242ウスコイ企画:2020/09/26(土) 19:21:52
1949/8/13 巨人-大映14回戦
1957/9/27 毎日-近鉄19回戦
1959/5/10 大毎-阪急4・5回戦

以上、4試合分を「日立会瀬球場」に訂正しました。
npbstk様の画像では「日立市営会瀬球場」と確かに書かれていますが、ここは市営だったのかどうか
確信が持てないのでNPBサイトの表記にならっています。

npbstk様、画像ほか色々とありがとうございました!

243npbstk:2020/09/29(火) 07:58:40
こちらこそ、お忙しい中お答えくださりありがとうございました。
また一つ、ほんの小さな一つではありますがプロ野球の歴史パズルのピースが埋まりましたね。
今後ともよろしくお願いいたします。

244ウスコイ企画:2020/09/29(火) 23:16:13
おっしゃる通り、こうしてピースを埋めていくことにサイト運営の醍醐味を感じます。
こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします!

245名無しさん:2020/09/30(水) 05:19:28
野間口貴彦投手の2014年の背番号ですが…

ご訂正をお願いします。。。

246ウスコイ企画:2020/09/30(水) 22:49:57
大変失礼しました。
永久欠番になってしまっておりました。
「3」→「003」に訂正いたしました!

247名無しさん:2020/10/02(金) 04:26:20
>>246
迅速なご対応ありがとうございました。

248名無しさん:2020/10/24(土) 19:16:41
初めまして、いつも拝見しております。
乙坂智選手のプロフィール欄で「右投右打」となっていますが、「右投左打」ではないでしょうか?
お手数ですが確認お願いします。

249ワイハハ:2020/10/26(月) 21:03:36
要望ですが、日本シリーズのベンチ入りメンバーを記載してくれると有り難いです。

250ウスコイ企画:2020/10/27(火) 22:27:18
>>248 名無し様
ありがとうございます!乙坂選手左打ちに訂正しました。
失礼いたしました。

>>249 ワイハハ様
日本シリーズ出場選手の成績一覧は作成していますが、
ロースターということになると、データを集めていないので
それらが揃わないと作れません。

251チュウガエリヘアピン:2020/11/07(土) 14:37:26
初めまして。このサイトを見つけて、楽しく拝見させてもらってます。

各種歴代記録ページの中で確認してほしいところがあります。
その他の各種記録 ->登板
1試合最多投球数ですが

1942年5月24日 名古屋-大洋
大洋:野口 ニ郎 344球 (28回完投)
名古屋:西沢 道夫 311球 (28回完投)
という記録があるようです。(今の時代考えたらおそろしい記録ですね)

私は他所のブログを参考に書き込みさせていただいてますので
お手数ですが管理者様の方で精査していただければと思います。
ttps://www.teinenseikatsu.com/cat_special/25197/
ttps://ameblo.jp/wangan-bbc/entry-12595349924.html

252ウスコイ企画:2020/11/08(日) 22:15:32
>>251 チュウガエリヘアピン様

ご訪問ありがとうございます!
ご指摘の通り、延長28回の伝説の試合の記録が漏れていましたので追加しました。
1リーグ時代については、球数が不明の試合もあるせいか
NPBの記録集でも最多投球数の記録が掲載されていないようです。
そのため分かる範囲で、となってしまいますが1リーグ時代の記録(ご指摘の2人と250球の三富)を今回追加しました。
また、9回で終わった試合と延長を含む試合の切り分けが出来ていなかったので
そこも修正いたしました。
ご指摘ありがとうございました!

253名無しさん:2020/11/13(金) 19:41:24
1973年 大洋
左帯ページですが・・・

254名無しさん:2020/11/15(日) 14:47:35
2009年ヤクルト日程の5/28、7/9、9/25の3試合において
田中浩康選手の2〜4号のホームランが個人成績に反映されていないようです。

255ウスコイ企画:2020/11/15(日) 23:07:39
ご指摘ありがとうございます!

>>253
確認したところ、チームカラーが着色されていませんでしたので
修正いたしました。ご指摘内容はそれでよろしかったでしょうか?

>>254
5月11日に田中祐貴投手が支配下となり「ユウキ」と登録名を変更したことに伴い、
浩康選手が「田中浩」⇒「田中」と表記変更しましたが、そのことがHR数やスコアボードに
きちんと反映されていませんでした。
それぞれ修正いたしました!

256名無しさん:2020/11/22(日) 15:09:03
1982年8月12日中日-阪神戦
観衆5000人とありますが35000人ですね

首位争いしている中日の盆休み週末カードが5000人というのはさすがにありえないでしょう

257ウスコイ企画:2020/11/28(土) 15:23:52
>>256 様 ありがとうございます!
確認したところご指摘の通りでしたので、観衆35,000人に訂正いたしました。
2689web.com/1982/DT/DT19.html

258名無しさん:2020/11/29(日) 16:39:07
1985年10月11日阪急-西武25回戦
阪急が途中で指名打者を解除して湧川(石嶺の代走)を二塁に就かせていますが
スタメン二塁岩本の個所に投手が入っていません

手持ちのベースボールレコードブック1986で確認しましたがこちらも間違ったまま掲載されてますね
確認できる資料がこれしかないので正誤がわかりませんがどうなんでしょうか?

259ウスコイ企画:2020/11/29(日) 23:40:02
>>258
複数の新聞で確認したところ、金本投手が打順に入っていたようです。
修正しました。
ありがとうございます!

260ウスコイ企画:2020/11/29(日) 23:41:02
書き忘れましたが、こちらです。
2689web.com/1985/LB/LB25.html

261sami:2020/12/17(木) 23:05:33
ご無沙汰しております。
大変お世話になっております。

1996年7月11日の中日-ヤクルト16回戦について、
9番で途中出場した神野(中)の起用が「打遊」となっています。

対戦相手のヤクルト投手の対戦打席数が41なので、
9番には4打席しか打順が回っていないと思われますが、
9番で神野以前に出場している前田が3打席、彦野が1打席立っていますので、
神野は代打ではなく遊撃守備のみの出場(「打遊」→「遊」)ではないでしょうか。

こちらお手数ですがご確認いただけると幸いです。

262ウスコイ企画:2020/12/24(木) 21:16:21
sami様いつもありがとうございます!
確認が大変遅れまして申し訳ありません。
神野選手は「走遊」が正でしたので訂正しました。
2689web.com/1996/DS/DS16.html

守備位置については試合数との整合チェックが済んでいるのですが、
代打・代走としての出場試合数とのチェックも出来ればな・・と思います。
現在のところ、こうしてご指摘頂いたところを直すのみです。
ありがとうございました!

263makoto1974:2020/12/28(月) 01:11:17
いつもお世話になっています。久しぶりに書き込みします。
今年2020年で引退しました 岩隈久志投手の個人成績についてですが
2017年度の成績が掲載されておりません。
Wikipediaで岩隈氏の情報に この年はMLBのマリナーズで 6試合登板、0勝2敗の成績でした。
2017年度成績の掲載と 通算成績を修正して頂けると、幸いです。
ご検討宜しくお願い申し上げます。

264名無しさん:2020/12/28(月) 10:56:25
質問なのですが
1951年の中日の監督を坪内道典氏とされていますが、球団の公式サイト等では天知俊一氏となっています。
総監督への就任もwikiでは1952年からとされています。
これは誤植なのでしょうか。そのように判断するに至った資料などがあるのでしょうか。

265ウスコイ企画:2020/12/28(月) 23:05:23
>>263 makoto1974様
いつもありがとうございます!
数日のうちに2020年分を更新予定ですが、その中で訂正いたします。ご不便おかけいたします。

>>264 名無し様
1951年のドラゴンズの監督については「プロ野球80年史」「プロ野球70年史」、また
少し古い資料ですが「中日ドラゴンズ40年史」などを参考にしています。
一方「日本プロ野球 昭和の名将」ではご指摘のように1951年は天知監督となっており悩んだところです。
球団公式サイトを見てみましたが、天知氏が監督、坪内氏も外野手・コーチ・監督と書かれていますね。
昭和26年の雑誌「野球界」を確認すると、天知監督、坪内外野手兼助監督と書かれていました。
難しいところですが前年と同じこの配置が一番自然な感じがしますので、こちらも今回の更新で修正しようと思います。
ご指摘ありがとうございました!

266名無しさん:2020/12/29(火) 11:01:23
迅速で的確な回答をありがとうございます。毎度の事ながらその精査能力に恐れ入ります。
球団側でもいくつかの解釈が混在していそうな状態なのですね。参考になりました。

267ウスコイ企画:2020/12/31(木) 03:33:42
ありがとうございます。
とりあえず、当時のリアルタイムの雑誌の記述を信用して修正しますが、
今後また調査の内容によっては見直す可能性もあります。
今後ともよろしくお願いいたします。

268名無しさん:2021/01/01(金) 14:16:30
選手別成績の「い」にイチローがありません

269ウスコイ企画:2021/01/02(土) 16:42:11
ご指摘ありがとうございます!
イチロー選手をはじめ、1990年代以降に登録名変更があった選手について
索引の処理が正しく出来ていませんでした。
修正いたしました!

2021年もどうぞよろしくお願いいたします。

270ピングー:2021/01/03(日) 19:40:40
いつも楽しく拝見させて頂いてます
少し多いですが、以下5点気になる点がありましたので確認お願い致します。

①1965年8月21日 広島対阪神14回戦
朝井茂治選手の本塁打数が6となっています。8月13日に既に7号を記録しており、以降7と表記されていますが、21日の試合のみ6となっています。

②1977年 9月4日 ロッテ対阪急後期9,10回戦ダブルヘッダー
1977年のロッテおよび阪急の各チームのページで、9,10回戦のリンク・試合結果の順番が逆になっています。

③1987年5月23日 南海対ロッテ7回戦
代打で出場の愛甲猛選手の本塁打数が2になっていますが、
この時点では1本で、2号は6月27日に記録されています。

④1962年4月8日 南海対阪急3回戦
穴吹隆洋(義雄)選手の本塁打数が2となっていますが、
この時点では0本で、1号は4月12日に記録されています。

⑤1964年3月15日 西鉄対阪急3回戦、3月22日 阪急対西鉄6回戦
安藤治久選手は、この試合時点では0安打のはずですが、それぞれ打率が.429、.500となっています。また、2試合ともに本塁打が1となっていますが、1号は4月14日に記録されています。

271ピングー:2021/01/04(月) 19:54:32
>>270
の②と同様に、
以下の日程の試合で各チームのページ上のリンク・試合結果の順番が逆になっていました。
すべて前後期の9,10回戦なので、偶発的なものではなくロジック系の不具合だと思われます。ご確認よろしくお願い致します。

1974年5月12日 ロッテ対南海 前期9,10回戦
1974年9月7日 太平洋対近鉄 後期9,10回戦
1975年5月18日 日本ハム対阪急 前期9,10回戦
1975年9月3日 ロッテ対近鉄 後期9,10回戦
1976年6月13日 阪急対南海 前期9,10回戦
1976年6月16日 ロッテ対阪急 前期9,10回戦
1976年8月22日 近鉄対ロッテ 後期9,10回戦
1976年9月5日 ロッテ対阪急 後期9,10回戦
1976年9月15日 ロッテ対太平洋 後期9,10回戦
1977年6月5日 クラウン対日本ハム 前期9,10回戦
1977年8月21日 ロッテ対南海 後期9,10回戦
1977年8月28日 近鉄対阪急 後期9,10回戦
1977年9月4日 ロッテ対阪急 後期9,10回戦
1977年9月15日 阪急対クラウン 後期9,10回戦
1978年5月21日 近鉄対日本ハム 前期9,10回戦
1978年6月18日 ロッテ対阪急 前期9,10回戦
1982年8月29日 ロッテ対南海 後期9,10回戦
1982年9月26日 南海対阪急 後期9,10回戦

272ウスコイ企画:2021/01/04(月) 20:36:24
ピングー様いつもありがとうございます!

①1965年 広島-阪神14回戦 朝井 .233 6本 ⇒ (正).234 7本
 以前、朝樹→朝井の登録名変更が適切に処理されておらず訂正作業をした際に、
 1試合修正が漏れてしまっておりました。

②1977年 9/4 (正)第1 ロッテ0-14阪急 第2 ロッテ6-6阪急
 ご指摘のように、球団別ページで並び順が逆になっていました。

③1987年 南海-ロッテ7回戦 愛甲選手他
 7回戦ということで5月23日に開催していますが、日没による途中延期(サスペンデッドゲーム)となり
 ゲームセットが7月8日(南海-ロッテ13回戦の開始前)のため、個人成績もその時点のものとなっています。

④1962年 南海-阪急3回戦
 こちらもサスペンデッドゲームで7月14日に完了しており、個人成績はその時点のものになっています。

⑤1964年 西鉄-阪急3回戦、阪急-西鉄6回戦
 こちらもサスペンデッドゲームで、3回戦は5月16日に完了、6回戦は5月6日に完了しており、個人成績はその時点のものです。
 回戦の数と時系列が逆転してしまうものですから、例えばスペンサー選手は3回戦では14HR、6回戦では10HRという奇妙なことに
 なってしまいますが、実際に当時の記録の運用がそうなっていたようです。

①②について、訂正いたしました。ご指摘ありがとうございました!

273ウスコイ企画:2021/01/04(月) 20:40:37
入れ違いになってしまいましたが、その他のWヘッダーについても確認いたします。
ありがとうございます!

274ウスコイ企画:2021/01/04(月) 22:52:53
>>271
昨年、各試合ページの個人成績の方で入れ違いがあったとのご指摘で訂正をしたことがありましたが、
チーム別ページの日程の方には気付かずそのまま残っておりました。
手元の抽出でも、ご指摘の計18カードでした。修正いたしました!

275ピングー:2021/01/05(火) 00:07:59
早々の対応ありがとうございます
日没サスペンデッドは盲点でしたすみません…笑

サスペンデッドによって試合終了時点での成績に入れ違いが起きるのはなかなか面白いですね。勉強になりました。
今後ともよろしくお願い致します!

276名無しさん:2021/01/05(火) 17:38:09
新年明けましておめでとうございます
些細な違いですがおそらく誤表記と思われるので報告いたします
炭谷選手の本名ですが2019年シーズンのみ
日程では年間を通じて炭谷 銀仁「朗」となっていますが、該当年度のチーム成績では炭谷 銀仁「朗」となっており表記の混同がみられます

277ウスコイ企画:2021/01/05(火) 21:09:49
>>276
気付きにくいところを見つけて頂きありがとうございます!
「朗」の字は環境依存文字ということで、一般的な「朗」の字に直して表示しているところですが、
2019年は直っておらずご指摘のとおり不統一となっていました。
修正いたしました!

278名無しさん:2021/01/14(木) 23:20:57
2019年の日本シリーズの投球回数の合計が間違ってます(両チームとも)

279ウスコイ企画:2021/01/17(日) 09:21:11
2019年日本シリーズ個人成績のページで、
両チームの投球回数の合計が2018年の数字になっており、防御率も違っていましたので
訂正いたしました。申し訳ありません。
お知らせいただき、ありがとうございます!

280ピングー:2021/02/07(日) 17:42:51
お世話になっております。
いつも楽しく拝見させて頂いております。
以下2点確認をお願い致します。


2008年石井琢朗選手
6月1日に記録した1号HRが各試合スコアテーブルで、シーズンの本塁打数にカウントされておらず
8月4日に2号を記録して以降も「1」となっております。


2005年6月5日巨人vsソフトバンク6回戦
三瀬幸司投手にホールドは記録されないのではないかと考えております。

公式記録で、2005年の三瀬投手はシーズン11ホールドですが、各試合スコアテーブルから集計したところ12回記録されていました。ベースボールレコードブック2006も参照しましたが、貴サイトのスコアテーブルと齟齬はありませんでした。
しかし各試合を確認したところ、当試合では3点差の9回先頭から登板し、2死の場面で吉武投手に交代しているようで、ホールドの条件に満たないと思われます。
交流戦の公式記録も0ホールドでもあることから、この試合に誤りがあると考えておりますが、ご確認頂くことは可能でしょうか?

281名無しさん:2021/02/07(日) 20:33:55
この機会に重ねて報告させていただきます
1989年の中村武志選手の各試合スコアテーブルに不具合があるようです
同姓の中村弘道選手の途中加入が原因と思われます

282ウスコイ企画:2021/02/09(火) 01:47:17
>>280 ピングー様いつもありがとうございます!
ご指摘の通り、2008年石井琢朗選手のHR数が正しく表示できていませんでしたので
修正しました!
(2)の三瀬投手の方は申し訳ありませんが少し日数を頂いて確認したいと思います。

>>281
ご指摘の通り、1989年中村武志選手もHRが正しくありませんでしたので修正しました!

283ウスコイ企画:2021/02/13(土) 08:01:53
>>280 ピングー様
2005年6月5日三瀬投手
ホールドがついていないことを確認しましたので修正しました。
ありがとうございました!遅くなりまして申し訳ありません。
2689web.com/2005/inter/HG6.html

284ウスコイ企画:2021/02/13(土) 16:23:50
関連してホールドについて全面的に検証したところ、
2005年の中日-楽天1回戦で福盛投手のホールドが1件漏れておりました。
修正させて頂きました。
2689web.com/2005/inter/ED1.html

285二歩:2021/02/14(日) 12:52:47
初めて書き込みます。
1989年6月28日 日本ハム対ロッテ 13回戦について。
スコアボードのファイターズ先発投手の名前について「田中雄」となっていますが「田中幸」と思われます。

よろしくお願いします。

286ウスコイ企画:2021/02/15(月) 22:55:03
>>285 二歩様ありがとうございます!
ご指摘の通り、スコアボード表示を田中幸に修正いたしました。

287名無しさん:2021/04/04(日) 16:52:03
すいません以下の2リンクについてですがページ内に何も表示されないようなので
ご確認お願いできますでしょうか

1949年南海大陽11回戦
2689web.com/1949/HR/HR11.html
1954年西鉄近鉄19回戦
2689web.com/1954/LK/LK19.html

もう1点小さな点ですが1938年秋ライオンのページについて初期試合として表示される試合が2試合目の8月29日の試合になっております
2689web.com/1938f/1938fR.html

288ウスコイ企画:2021/04/04(日) 21:07:58
ご指摘ありがとうございます!
表示されなかった2試合分はアップロードに失敗していました。再度上げ直しましたので
表示できるようになったかと思います。
1938秋ライオンについても8/27セネタース戦が最初に出るように修正しました。
気付きにくいところを教えて頂きありがとうございました!

289コージ:2021/07/02(金) 20:28:21
お疲れ様です

2000年
横浜-阪神8回戦
葛西投手 セーブが付いて
0勝1敗0セーブになっておりますが
確認 訂正宜しくお願い致します

290ウスコイ企画:2021/07/04(日) 13:07:37
コージ様いつもありがとうございます!
投手が一旦野手に回ってから再登板するケースで、
同様のものが見つかりました。
■阪神葛西投手:
vs横浜8、9回戦 vs巨人12回戦 vs広島10回戦
■同様に阪神遠山投手:
vs中日6回戦 vs横浜11回戦

以上修正いたしました。
またこの年の阪神に限らず、再登板のケースは一度全部洗います。
これは気付いていませんでした。
ありがとうございます!
これ以外の修正は少し時間を下さい。ご不便をおかけいたします。

291キリン:2021/07/12(月) 17:11:35
訂正になるかどうかは解らないのですが、阪神の歴代四番の藤村富美男ですが、打点が「874」となってます。こちらのサイトの各試合をチェックして集計したところ「875」ではないかと思うのです。
確認して頂けないでしょうか?
よろしくお願いします。
また、もし可能であれば歴代四番は通算成績だけでなく、年度別の四番成績の公開は難しいでしょうか?
四番の通算試合が1000試合以上の選手だけでも良いので。
ご検討お願いします。

292ウスコイ企画:2021/07/12(月) 22:00:41
>>291 キリン様
ご指摘ありがとうございます!
藤村富の四番成績ですが、ちょっと手元では1打点のズレは見つけられませんでした。
ただし、各試合のスコアを合計すると通算成績と合わない箇所というのは藤村に限らず色々あり、
疑問点は当時の新聞5〜6紙にあたってきましたが未解決のものも多数残っています。
例えば1952年は藤村富が全試合四番スタメンで出てシーズン成績は95打点とされていますが、
弊サイトの全試合を合計しても94打点となります。この辺りが関係しているかも知れません。
これを解決するのは個人レベルの図書館調査は手を尽くし終えた感があり、あとは
NPB公式成績の元となっているスコアカードを調べる他ないのではと思っています。
1958年以降のスコアカードはありがたいことに野球殿堂博物館での公開がされましたが、
それ以前のものは現状調べることが出来ません。

シーズン別の集計については、すぐには出来ませんが、今後の検討課題としたいと思います。
ありがとうございます。

293ウスコイ企画:2021/08/03(火) 20:23:47
>>290にて書きました、投手が再登板したケースでの
勝敗成績の整合について、確認と修正を完了しました。
コージ様ありがとうございました!

294しろ:2021/11/06(土) 21:16:10
1967年広島、10/12の変則ダブルヘッダーについて、
ウィキペディアのダブルヘッダーの記事によると、
日中に巨人戦、夜にサンケイ戦とありますが、
久保選手の本塁打数からするとサンケイ戦が先になります。
どちらが正しいでしょうか?

それから間違いだと思いますが、
1965/TC/TC14.html
本屋敷選手の本塁打数が7になっています。

295ウスコイ企画:2021/11/07(日) 11:24:20
しろ様、ご指摘ありがとうございます!
1967年10月12日の広島は、巨人戦が13時から、サンケイ戦が19時からということで
弊サイトの表記が逆になっておりました。
日程面の修正と、出場した各選手の成績を修正いたしました。

また、1965年本屋敷の成績についても修正いたしました。
ありがとうございました!

296まつうら:2021/11/17(水) 05:19:22
はじめまして。
こちらのサイトを見つけて、たいへん重宝させていただいております。
膨大な記録をここまでデータ化されていることに本当に敬意を表します。

以下の点につきまして、確認をお願いできないでしょうか。正誤については
こちらで裏付けが取れておらず指摘のみとなり、申し訳ありません。

1952/DS/DS7.html
名古屋の二塁打に「加藤進」とありますが、出場選手に加藤進がおりません。
1949012.html では4二塁打ですが、DW5(1)、DS7(1?)、DC9(2)、DS14(1)の4試合で
5二塁打となっているため、単なる誤記ではないかと考えます。

1956/HK/HK3.html
近鉄の打者の一番最後の山田清三郎の守備位置が「(打)」になっており先発表記と
なっております。

1957/GW/GW16.html
巨人の岩下守道の守備位置が「一」となっており、盗塁1となっております。
この試合のテーブルスコアからは岩下が打席に立つことはなさそうですが、
1954009.html では5盗塁で、GC2(1)、GW8(1)、GW16(1)、GS22(1)、GT20(1)の5試合で
5盗塁となっているため、この試合は代走からの出場ではないでしょうか。

1961/ST/ST18.html
阪神の打者の一番最後の村山実の守備位置が「(打)投」になっており先発表記と
なっております。

1963/HO/HO5.html
南海の森下整鎮と岡本伊三美の選手リンクが入れ替わっております。
1950036.html では岡本はこの年二塁しか守っていないため、
打順の間違い(入れ替わり)ではなくリンクの入れ替わりではないかと考えます。

1963/GW/GW22.html
巨人の古賀英彦の守備位置が「打」となっております。
1962037.html では犠打・犠飛・打撃妨害もなく、この試合のテーブルスコアからは
古賀が打席に立った可能性は極めてまれですが、代打ではなく代走であった
可能性はありますでしょうか。

1968/GC/GC25.html、1968/GC/GC26.html、1968/GC/GC27.html
ページのタイトルが「広島vs巨人」となっていますが、他の試合はすべて
ホームチームを前置しているため、「巨人vs広島」のほうが正しいと考えます。

1985/CG/CG7.html] 代遊 巨人の上田和明
1985/BF/BF26.html] 代左 日本ハムの二村忠美
1985/OF/OF5.html] 代二 ロッテの井上洋一
1986/GW/GW3.html] 代中 大洋の河野誉彦
1986/LK/LK20.html] 代遊 近鉄の吹石徳一
1986/CW/CW2.html] 代二 広島の阿部慶二
1986/CS/CS12.html] 代捕 ヤクルトの秦真司
1986/TS/TS26.html] 代中 ヤクルトの小川淳司
1987/GC/GC13.html] 代左 巨人の仁村薫
1987/LH/LH9.html] 代左 南海の加藤英司
1987/HK/HK19.html] 代捕 近鉄の梨田昌孝
1987/CS/CS8.html] 代捕 広島の山中潔
1988/DC/DC17.html] 代遊 中日の山田和利
1988/LF/LF7.html] 代左 西武の立花義家
1988/LO/LO7.html] 代左 西武の安部理
いずれも守備位置に「代」の表記となっております。

1992/LM/LM.html
データではないですが、ソース中「bgcolor」が「bgcoLMr」となっています。

2003/DC/DC2.html、2003/DY/DY6.html、2003/DG/DG9.html、2003/DG/DG9.html、
2003/DY/DY9.html、2003/DC/DC10.html、2003/TD/TD10.html、2003/DG/DG20.html、
2003/DC/DC18.html
中日の本塁打及び二塁打に「渡辺」とありますが、出場選手では「渡邉 博幸」と
なっています。1966076.html では「表記変更(わたなべ)」とあり、
この年シーズン途中に「渡辺」から「渡邉」に表記変更したようです。

297ウスコイ企画:2021/11/18(木) 23:18:39
>>296 まつうら様
気付きにくい所まで、数多くのご指摘ありがとうございます!
1つずつ確認して、必要に応じて修正したいと思いますが、
最近は作業に取れる時間が少なくなっており、日数がかかる見通しです。
ご不便をおかけいたしますが、しばらくお待ちください。

298ウスコイ企画:2021/11/28(日) 22:31:34
>>296 まつうら様ご指摘箇所について、まずは以下のように修正いたしました。

■1952/DS/DS7.html
複数の新聞で確認したところ、二塁打は両軍あわせて原田・佐竹のみであり、
加藤進は削除いたしました。

■1956/HK/HK3.html
山田は9回裏に代打で出場しており、途中出場の表示に修正しました。

■1957/GW/GW16.html
1951〜1959年は、打→守備、走→守備の途中出場について、守備位置だけの表記となっています。当時の各新聞がそうした表記となっており、データ入手できていないためです。
このことに関する注意書きを現在していないため、分かりにくくなっており申し訳ありません。

■1961/ST/ST18.html
村山は代打で出ておらず、投手としての途中出場でしたので表記を修正しました。

■1963/HO/HO5.html
ご指摘の通り、森下・岡本のリンクが逆になっておりましたので修正しました。

■1963/GW/GW22.html
巨人の攻撃中、国松が自打球で負傷交代、2ストライクの場面で代打古賀が立って三振に倒れたものです。ルール上、国松に1打数1三振がついています。

■1968/GC/GC25.html、1968/GC/GC26.html、1968/GC/GC27.html
日程の都合により広島主催の試合ながら後楽園で開催し、広島が先攻となっています。
そのため、広島vs巨人と表記しています。

■1992/LM/LM.html
ソース中のbgcoLMrの影響で、回戦のところに黄色い帯がついていない状態でした。
修正しました。

299ウスコイ企画:2021/11/28(日) 22:34:36
おかげ様で、以上修正できました。ありがとうございます!

■1985〜1988年の各試合の「代」

■2003年の「渡辺」

については、まだ直し切れていないため後日となります。
ご不便をおかけいたします。

300まつうら:2021/12/07(火) 01:22:57
お疲れ様です。ご対応ありがとうございます。

広島vs巨人はそういういきさつだったのですね。
それにしても、後楽園とはいえ主催扱いの広島がよく先攻で承知した
ものだなぁと思います。

もう2点ありましたので、お忙しいところ恐縮ですが、ご確認をお願いいたします。

1965/LK/LK3.html
近鉄のディサのシーズン勝敗・防御率が空欄になっております。
0勝0敗、防御率18.00だと思われます。

2020/MF/NF22.html
2020/LF/LF19.html
渡邊博幸と同じ話で、日本ハムの二塁打に淺間とありますが、
出場選手では「浅間 大基」となっております。
こちらは「淺」間のほうが正しいようですが、旧字新字異字体の
整理は難しいものがありますね。

301ウスコイ企画:2021/12/21(火) 00:04:05
このところ更新が止まっておりましてご不便おかけしております。
作業上の都合で申し訳ありませんが、全体での一斉更新を行うため
ご指摘事項は2021年版の更新とあわせて作業を進めたいと思います。
更新は年明け頃になる見込みですが、何卒お待ち頂きますようお願いいたします。

302ウスコイ企画:2022/01/13(木) 23:54:10
>>296 >>300 まつうら様
大変に遅くなりましたが、追加の修正をいたしました。

■「代」の表記について探したところ、ご指摘の通り1985年〜1988年の15箇所で見つかりました。
 当時の新聞で確認したところ、全てが代打からの出場であったため「打」に修正しました。
■2003年中日、渡辺→渡邉と修正しました。この登録名変更についてベースボール・レコードブック等で
 確認しましたが、具体の日付は判明しないため、開幕から渡邉表記だったものとして扱っています。
■1965年西鉄-近鉄3回戦、ディサ投手の成績0勝0敗、防18.00を補完しました。
■2020年淺間→浅間と修正しました。正しくは淺ですが、字体が似ているものについては通常使われる字体に
 変えて表示しています。(﨑髙濵樂朗淺祥など)
 辺と邉邊、浜と濱、沢と澤などは形が大きく違うため区別しています。ただしDeNA濵口投手は濵→濱と
 変えています。漢字はこだわり始めるとキリがなく、正確を期するあまり不便になるような事態も避けたいので
 ある程度割り切って字体の統一をさせて頂いています。選手ご本人には失礼になってしまうかも知れませんが、
 PC表示の限界もあるためご理解いただけたらと思っています。

303ウスコイ企画:2022/01/14(金) 00:02:15
ご利用の皆様
2021年分の更新について、ひとまず準備が整いましたのでアップロードいたします。
明朝には見れるようになっていると思います。
例年のことですが、アップロードしてからでないと確認できない事項もあり、
また隅々までのチェックが行き渡っていない箇所もあるかも知れませんが
引き続き確認作業は続けていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。。

304makoto1974:2022/01/15(土) 01:39:32
毎回楽しく拝見しています。 本年も宜しくお願い申し上げますm(_ _)m。
早速2021年版で確認お願い致します。
ヤクルト内山選手・巨人秋広、平間選手・オリックス勝俣選手の守備の項目「(指)0」という表記となっています。
おそらく「(指)1」ではないかと思われます。ご確認お願い申し上げます。

305空き缶:2022/01/15(土) 21:55:42
いつも楽しく見させてもらっています。更新作業お疲れさまです。
2021年の球団別成績のチーム計が2020年のままになってるっぽいです

306ウスコイ企画:2022/01/18(火) 23:35:41
早速のご指摘ありがとうございます!行き届かず申し訳ありません。
>>304 makoto1974様
ご指摘の各選手は代打または代走のみの出場で、守備にも指名打者にもついていないため
守備位置の欄には「-」を入れるべきところでした。修正しました!

>>305 空き缶様
ご指摘の通り、2021年各チームの打・投・守の合計欄が前年のものでしたので
修正しました!

307名無しさん:2022/01/25(火) 22:33:00
2001年在籍元近鉄のフレディ・ガルシアはフレッディ・ガルシアと名前が間違ってまして
ウィキのページもバリバリのメジャーリーガーのフレディ・ガルシアでしたのでご報告します

308ウスコイ企画:2022/01/30(日) 01:46:14
>>307 名無し様
確認が遅くなり申し訳ありません。
当時の書籍から2001年近鉄ガルシア選手の登録名(フレッディ)を確認し、
wikipediaへのリンクも別人のページへのものとなっていましたので修正いたしました。
お知らせ頂きありがとうございます!

309名無しさん:2022/02/01(火) 10:56:59
1985年球宴第三戦
全パの勝利投手がロッテ村田になっていますが、近鉄村田の間違いではないでしょうか?
村田兆治交代時にパはリードされていたので村田兆治に勝ちは付かないと思います

ベースボールレコードブックで確認したところ近鉄村田が勝ち投手になっていました

310ウスコイ企画:2022/02/03(木) 01:10:59
>>309 名無し様
ご指摘の通り、1985年オールスター第3戦の勝利投手は
近鉄の方の村田投手でした。訂正いたしました。
ありがとうございます!

311燃えろ!ファミスタ プロ野球:2022/02/09(水) 19:52:47
長冨浩志
カープ、ファイターズ、ホークスで活躍した長富投手
読みは「ナガトミ?」「ナガドミ?」

記憶が正しければカープ入団当初は「ナガトミ」と呼ばれてた記憶があります。
それから数年、いつ頃か覚えてないけどいつの間にか「ナダドミ」に読みを変えたと思います。

何年から何年までが「ナガトミ」読みで
何年から何年までが「ナガドミ」読みなのかはっきりして欲しいと思います。

よろしくお願いします。

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