したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

おもらし千夜一夜4

1名無しさんのおもらし:2014/03/10(月) 00:57:23
前スレ
おもらし千夜一夜3
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/sports/2469/1297693920/

618事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。10:2018/09/29(土) 23:33:04
――
 ――

「おいしかったよー、またねー」「……」

コーヒーを飲み終わると二人は調理室を出ていく。
星野さんは元気よく、五条さんは会釈だけ……なんとも歪なコンビだった。
五条さんの感じからまゆたちと同じ中学出身というわけでもなさそうだし
星野さんとは高校に入ってから出来た関係みたいだし……。
だけど、そんなこと言いだしたら私とまゆも周りから見たら似たようなものかもしれない。

閉まった扉を眺めたまま考え事をしていると、すぐにその扉は再び開く。

「あのーただいま戻りました」

弥生ちゃんが扉を開けて入ってきて後ろには瑞希が廊下の方を見てから扉を閉める。

「今のって、隣のクラスの人だよね?」

当然の疑問。
私はまゆに視線を向けると、瑞希の問いかけにまゆが答える。

「なんか匂いを嗅ぎつけて来たみたいだから試飲を手伝ってもらってたんだよ」

瑞希は「へー」とだけ答えて椅子に座る。
気にはなるけど特に答えを聞いても感想があるようなものでもないらしい。
それより――

「……随分遅かったけど、どこか寄ってた?」

「あ、そうなんですよ! そこの一番近いお手洗いなんですけど――」

弥生ちゃんが少し膨れた顔で説明を始める。
話を整理すると、どうやらここから一番近いトイレに人が集まり写真を撮ったりメモを取ったり……
とてもトイレを利用できる雰囲気ではなかったらしい。
なのでそこのトイレを通り抜け、回り道をして別のトイレまで行くことにしたとのこと。
そのため、時間を要したというわけらしい。

「ふーん、お化け屋敷を作るための取材かなー?」

概ね私と同じ結論。
あまり人の来ないトイレで邪魔にならないように取材……そういう事だと思うがうちの学校のトイレに似せる必要がどこにあるのか。
それとも私が知らないだけでそこのトイレには何か噂でもあるのだろうか?

619事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。11:2018/09/29(土) 23:33:55
――……まぁ、とりあえず、あのトイレが使えないわけか……。

自身の下腹部に意識を向ける。
6割……いや、もしかしたら7割……少し張ってきた様に感じる。
当然尿意も強くなり、じっとしているのは危なくなりつつある。
だから、あの場所のトイレが使えないと事前に聞けて良かった。
油断するつもりはないけど、誰かとトイレに行く際に焦って仕草なんて出してしまえば
我慢してることを悟られるわけで……それは恥ずかしい。
瑞希ほどではないけど、何食わぬ顔で普通にトイレで済ませたい。

「……それじゃ、次淹れるよ」

これ以上間を開けると、先が不安になるし、コーヒーを淹れる時に辛くなる……そう感じて準備を始めた。
私はもとより水などに反応してしまう体質なので、7割で準備というのもしたくないのが本音。
お湯の量を正しく測るために別の容器に移す作業なんて――

――っん……ほら、結構やばい……あぁ、というか思ってたよりずっと辛い……。
うぅ…トイレ……これ作って飲み終わったら流石にギブアップ……。

身体が水音に反応して尿意の波を引き起こす。
足踏みをしたくなるのを必死に抑えて、片方のつま先を床にぐりぐりと押し付ける。
位置的にテーブルで下半身は隠れているはずだし、その程度の動きなら不審に思われないはずだけど。
……見っとも無い。

得意のポーカーフェイスで全員分のコーヒーを準備して皆に渡して椅子に座る。
立っているときと比べて、座っているときのほうが落ち着く……。
それでも、コーヒーの効果や無理して仕草を抑えての我慢が効いたためか、かなり切迫したものになりつつある。

――……あぁ、本当トイレ……っ、我慢しすぎたかも……。

気が付かれないようにお尻をもぞもぞと動かし、椅子を使い押さえつける。
当然確り押さえられているわけではないわけで……少しじれったく感じてしまう。
……それはつまり、押さえたいくらいの我慢に近づきつつある……ということ。
ほんの少し前まで、尿意はあるが仕草に出るようなものじゃなかったし、他に気を取られることがあれば忘れられる程度のものだった。
今はもう、仕草を抑えるのが辛くなってきていて、改めて水分の過剰摂取とコーヒーの利尿作用の効果を身をもって体感する。

最後にトイレに行ってから2時間弱、飲み始めてからは1時間と20分くらい……。
数年前だけど確か雪姉は2時間くらいが飲み始めてから我慢の限界までの時間って『言ってた』。
私は雪姉より我慢強くないだろうし、容量に自信がそれなりにあると言っても我慢好きな雪姉ほどじゃない。
飲んでるペースは雪姉の最中と比べ早いペースではないのは確か。
だけど、これを飲み終わればお湯も含めて1リットル近い量を……昼休みに飲んだお茶を含めれば確実に超える計算になる。
それは私の貯めれる限界を多分超えてるわけで、限界まではやはり時間の問題。
そしてその限界まではそう長くはない。

620事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。12:2018/09/29(土) 23:34:51
『ん……あー流石にトイレ行きたくなってきちゃったか……』

――っ! まゆの『声』!

学校で『声』を聞かせてくれるなんて滅多なことではありえない。
同じ条件の私がここまで我慢してようやく感じる尿意……普段聞けなくて当然。
普段聞けないからこそ聞けるだけでこんなにも高揚できる……能力を研ぎ澄まして確り『声』に意識を向ける。

『飲み終わったらトイレ……でも、あやりんもそろそろ行くよね? ちょっともじもじしてる気がするし……』

――〜〜〜っ!!? ふぇ! バ、バレてるっ! 嘘……周りから気が付かれるほど…いやいや、してないよね? ……え、してたの??

予想していなかったまゆの『声』での指摘に動揺しまくる。――待て待て……お、落ち着け私……。
とりあえず、仕草はもっと気を付ける。それと動揺を表に出さな――

「っ熱!」

「なにやってるのさ、あやりん」

「あ、いや……熱いのに口に、含み過ぎた……」

めっちゃ動揺隠せなかった。
瑞希も弥生ちゃんも笑って――……うぅ、恥ずかしい。

『やっぱ我慢してるのかな? 早く飲んで早く済ませに行きたい?
やーどうしよ、あやりんに長い音とか聞かれたくないし、だからって他の人と行っても私の長さがより目立っちゃうわけだし
後回しにするほど、誰かと一緒にって言うのは避けたくなるなぁ』

さっきの私の行動は我慢してるからって理由で納得――――それはそれで恥ずかしいけどっ! ――――してくれた。
そしてどうやら、いつも尿意を感じる前に済ませてるまゆにとって、今の段階で誰かとトイレというのはなるべく避けたい恥ずかしいことらしい。
見学会の時もそうだったが、排尿の長さや勢い、音……そう言ったところに何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。

――……それより、私が限界近いんだから……『声』は聞けなくなるけど、ちゃんと行かないと……。

正直物凄く名残惜しいが一度済ませないと仕方がない。まゆに我慢がバレている以上、これ以上の我慢は不自然に思われるし、普通に我慢できないし。
途中で止めるって言うのは……正直かなり苦手で出来れば避けたいし、これだけコーヒーを飲み続けているなら完全に済ませた方が良い気がする。

私はコーヒーを飲み終えてその評価を付ける。
そして小さく嘆息して手に持ったペンを置いて腰を上げる。

「……ごめん、今度は私がトイレ行ってくる」

「あ、私もいいですか?」『ちょっと早いけど……したくなって来ちゃった』

私の声に便乗してきたのはまゆでは無く弥生ちゃんだった。
さっき済ませたばかり……と言っても帰ってきてからもうすぐ10分、済ませてきてからの時間は12,3分前後と言ったところ。
コーヒーの利尿効果を考えれば分間10ml以上利尿されていてもおかしくない。
容量が小さく尿意を比較的早く感じ、さらに尿意を人一番心配している弥生ちゃんなら不思議なことじゃない。

621事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。13:2018/09/29(土) 23:35:48
「いいよ、準備は私がしとくね」

「あいあい、いってらー」
『むー、二人に聞かれるのは……みずりんを一人にするのも悪いし、次の機会に……いや、一人になるまで我慢できないかな?』

調理室を出る際にまゆは少し興味深い事を『言って』くれる。

――……一人になるまでって、帰るまで我慢? 帰るまでって…今日いつ帰ることになる?

文化祭の準備は5時限目と6時限目だけじゃなく放課後もある。
確かに本来の下校時刻を過ぎれば放課後の準備は強制じゃないし
このままコーヒーの飲み比べだけなら6時限目終了と同時くらいに終わりそうなものだけど……。

……。

まゆの容量なら確かにあと1時間程度は余裕があるのかもしれない。
……帰るまで我慢……まゆがその選択をしてくれるなら最低でも良い『声』を聞けるのはほぼ間違いない。

「はー、あれだけ飲んじゃうと……かなり近くなっちゃいます」『はぁ、何度もお手洗い……ちょっと恥ずかしいけど、したいんだもん…仕方ないよね?』

弥生ちゃんは歩きながら私にそう言う。
何度もトイレに行くことを恥ずかしく思って、沢山飲んでるからって言い訳して
もちろんそれは正当な言い訳なのだけど――……可愛い。

そういう私もかなりの尿意を隠していて、それでも、歩くのには支障がない程度。
むしろこれくらいなら歩いている間は気が多少でも紛れて楽に感じる。

ようやくトイレが見えてくる。
一番近いトイレが使用出来なかったため随分歩いた気がする。
普段なら僅かな距離なのに、そう感じてしまうのは言い訳出来ないほど我慢しているから……。

トイレに入り、その独特の空気感に膀胱が主張を強める。
弥生ちゃんが先に個室に入り、私も二つ離れた個室に入る。

「っ……」

尿意の波に息を詰める。
片手で押さえて、鍵を閉めて、下着を下ろし、髪を抱え、スカートを掴んで――

<じゅううぅー――>

屈んだと同時に始まる――……大丈夫、下着に失敗はない。
そして忘れていた音消しに気が付き慌てて流し、少し遅い音消しをする。

「はぁ……っ」

安堵から溜め息が漏れ、もうひと息吐こうとして思いとどまる。
音消しの音が響く中とは言え、二つ隣りには弥生ちゃんがいる……。
出掛かった息を唾と一緒に飲み込み、静かに鼻から吐き出す。
ただでさえ、一回の音消しでは間に合わないのに、そんな息遣いまで聞かれたくはない。

622事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。14:2018/09/29(土) 23:36:49
用を済ませ、小さく深呼吸してから個室から出ると弥生ちゃんが既に手をハンカチで拭いていて……・

「……お、お待たせ……」

弥生ちゃんが早いのは確かだけど、私が長かったのも事実。
微妙な表情で出迎える弥生ちゃん……私は視線を逸らして、少し顔が熱くなるのを感じる。
……まゆの気持ちが少しわかる気がする。

「雛さんもだけど……真弓さんって……お手洗い凄く遠いよね?」

トイレを後にして、しばらく歩いてから弥生ちゃんが尋ねる。
触れて来なくて胸を撫でおろしたところだったため不意打ち……だけど、話の中心になるのは私ではなくまゆの事。

弥生ちゃんがそう思うのも無理はない。
自身が何度もトイレに向かった中、ようやく私がトイレに向かい……そして、まゆはまだ一度も済ませていないわけで。

……。

「……そうだね、普段学校じゃ昼休みに一度だけ…みたいだし……」

私はそこで口を止めた。
まゆが気にしている事まで弥生ちゃんに話すべきではない。
トイレが近い悩みを持ってる弥生ちゃんには、まゆのそれは贅沢な悩みなのだと思う。

「言われてみれば…ですね」

それから「少し羨ましいです」と言葉を零す。
落ち込んでいると思って弥生ちゃんの表情を確認すると、確かに多少自嘲気味には感じるが、笑みが見えて……
トイレが遠いという事へ、純粋に憧れも感じているのかもしれない。

純真無垢な弥生ちゃんを眩しく感じている間に、調理室まで戻ってきた。

<ガラガラ>

「……ただいま」

「おかえりー」「そろそろだと思って、もう準備できるよ」

扉を開けるともう嗅ぎ慣れたコーヒーの香りがしていて、既に試飲の準備が出来ているらしい。
そして、これが最後の試飲。

「ようやく最後だね」

まゆが言う。もし今『声』が聞けたらと思うと……考えても仕方ないけど。

623事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。15:2018/09/29(土) 23:37:39
私と弥生ちゃんも席に付き、瑞希によって差し出されたコーヒーを受け取る。
そういえば瑞希は今日初めて弥生ちゃんと一緒にトイレに行かなかった。
これを飲み終わればコーヒーの飲み比べが終わるけど、自分から言わない瑞希は誰かに便乗しなければいけないはず。
当然私は『声』の為にトイレには行かない。まゆか弥生ちゃんだけど……。

なるようになればいいが、最低でも私が『声』を聞き取れるようになってからでお願いしたい。
私はコーヒーに口を付け評価を始め――

<ガラガラッ>「待たせたなっ!」

急に扉を開けて発せられた大きな声にコーヒーを零しそうになる。
扉の前で仁王立ちのツインテール……檜山さん。

「どう? 評価終わった?」

そういいながら私たちの近くまで来て評価を書いた皆のメモを手に取る。

「おかえりつくしちゃん、今最後の飲み比べ中ー」

メモに目を通している檜山さんにまゆが伝える。
「ん」と聞いているのか考えているのか曖昧な返事をしてメモを見続ける。

しばらくして檜山さんはメモを机に乱雑に起き――

「おっけーわかった、今から最高のコーヒー作るからちょっと待ってよ」

最後の評価を聞く前に檜山さんはいくつかのコーヒー豆を入れた袋をカバンから取り出す。
今から評価をもとにして新たにブレンドを始めるらしい。
普段控えめに言って元気な馬鹿な子……だけど、今は妙に輝いて見え印象が随分変わる。

……。

私はさり気無く皆に視線を向ける。
『声』は聞こえない……でも、仕草を見せても良いくらいの二人がいるのだから。

まゆは檜山さんを興味深そうに観察しているが我慢の仕草は全く見えない。
瑞希は……まゆと同じように檜山さんを見ているが――……少し身体を揺らしてる?
我慢しているにしても、瑞希は仕草を出さないように意識してるはず……。
それなのによく見ればわかるということは、それ程の抱えている尿意が大きいということ。
隠してるのに隠しきれてない――……とっても可愛い。
……さっきまゆにバレていた私が人の事言える立場じゃないけど。

624事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。16:2018/09/29(土) 23:38:51
「はいっ! お待たせー」

私の意識が檜山さんから外れている間にコーヒーが完成したらしい。
今まで飲んできた試飲の時より、量の多いコーヒーが皆の前に置かれる。
流石にあれだけ試飲を済ませた後だけに、私は少し目を細める。

「まぁ、そーなるよねー」

檜山さんは私たちの反応を見て言葉を零す。
私以外の反応も似たような感じだったらしい。

「だ、け、どっ! ふふ、抜かりはないんだよねー」

檜山さんそう言ってカバンから何やら取り出しテーブルの真ん中にそれを置く。

「っ! ローリングちゃんです!」

弥生ちゃんが小さく声を上げる。
置かれたのは小さいけど長いロールケーキ、つまりはお茶請けということ。

ロールケーキを五等分にして、今度こそ本当の最後の試飲。
甘いお茶請けの効果も当然あるとは思うが、美味しく飲むことが出来た。

私は最後の一口を喉に流し込み、一息吐く。
同時に自身の尿意に気が付く。そして、尿意を感じたのだから当然――

『んっ……早く、トイレ…おしっこ……あぁ、誰か行かないの??』

『流石に結構溜まって……うーん、どうしよう、流石に家までは無理かもだけど……』

『はぁ……またしたくなっちゃった……』

檜山さんを除く三人の『声』。
尿意の大きさは瑞希が一番大きく、かなり焦っているのが『聞き』取れる。
瑞希が最後にトイレに言ったのは4回目の試飲の後。時間にして40分ほど前。
5回目の試飲をしていないとは言え、飲んだ量の条件は弥生ちゃんと殆ど変わらない。
弥生ちゃんは6回目の試飲の時に済ませてから15分足らずで次の尿意を催し、トイレに行ったことを考えれば
最初に感じる尿意――初期尿意の2倍以上の量が瑞希の下腹部に溜まっていることになる。
限界量とは違い、初期尿意を感じる量は比較的個人差が少なく150〜250mlと聞く。
弥生ちゃんは容量が小さく、6回目の時に瑞希より早く尿意を感じていたことを踏まえると弥生ちゃんの感じる初期尿意は150ml前後と考えればいい。
厭くまで計算と想像でしかないが、今、瑞希の下腹部には400mlほど貯め込まれているんじゃないかと想像できる。

――……まぁ、まゆは…初期尿意からしておかしいけど……。

625事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。17:2018/09/29(土) 23:39:56
『声』の大きさでは次点でまゆ。
まだ『声』は冷静だし、仕草にも出ていない――……流石はまゆ。
それでも、いつまでも冷静な思考で居られるはずはない。

弥生ちゃんは、ついさっき催したところの様で、『声』は小さく、焦ってもいない。
ただ、少し困惑と呆れを感じ取れる――……これだけ短時間で何度もしたくなれば、そう感じるのも無理はないけど。

「さーてとっ! 私は軽食班に戻るよ――って言ってもあっちも今日はもうお開きだと思うけどねー
こっちも片付け終わったら帰っていいんじゃないかな?」

そう言って檜山さんは手を振って調理室を出て行く。
片付け……尿意を抱えた皆の行動が気になり、視線をさり気無く巡らす。

「? さっさと片付けちゃおっか?」

まゆは私の視線に気が付いたみたいだけど、特に気にせず片付けを始めようとする。
トイレの事はは片付けを終えてからどうするか考えるのだと思う。

「あ、先に……お手洗いに……」『そこのお手洗いはまだ使えないかもだし……早めに行かないと……』
「っ! わ、私もいいかな?」『助かったー! っ……や、油断しちゃダメ……まだ、ちゃんと…我慢だから……』

弥生ちゃんがトイレへ行くために声を上げ、瑞希がそれに慌てて便乗する。
瑞希はかなり限界が近づいている……ついて行けば最高の『声』と多分仕草も見ることが出来るし
弥生ちゃんがそれに気が付いて、瑞希が赤面なんて可愛い姿も想像出来る。

……。

だけど、今はまゆの事も気になる。

「そっか、片付けは私らでしとくから」
『私も行きたいけど……あやりん一人で片付けさせるのもなぁ……なによりまた二人同時だし……』

こっちに残ってまゆを最後まで見届けたい。
滅多な事では聞くことのできない『声』……もう少し『聞いて』おきたい。

二人が調理室を出ていくのを見届け、私も片付けを始める。
……当然、さり気無くではあるが視線は時折まゆに向けて。

『あー、したいなぁ……でも、駅? ……みずりんも電車…反対方向だけど、結局弥生ちゃんは同じ方向……駅のトイレは一か所だからあまり関係ないけど』

それなりの『声』のはずではあるが、まだ仕草は見せてはくれない。
駅を候補に上げる所を見るに、やっぱり誰かに音を聞かれたりすることに強い抵抗を持っている。
だけど、その駅のトイレもあまりいい選択ではなさそうだけど。

626事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。18:2018/09/29(土) 23:40:46
『だったら、昇降口のトイレしかないかな? 少なくとも、今トイレに行ってる二人は…トイレに寄らないだろうし……ふぅ……』

『声』の中に憂いを帯びた感覚を僅かに感じる。
再度視線をまゆに向けると――……っ! 足を擦り合わせてる?

まゆの手は何事もなくテーブルの上を片付けているように見えて……その実、片方の足を上げてもう片方の膝の内側に脹脛を擦りつけるような仕草を……。
それは僅かな時間だけ見せた姿だけど、確かな我慢の仕草で――……まゆ、凄く可愛い。

『あぁ、やだな……トイレ……早く行きたいけど、昇降口の使う時…あやりんも多分一緒だよね?』
『う〜ん……トイレっ……もうすぐ片付け終わるけど……はぁ、…弥生ちゃん達まだ戻ってこないのかな?』
『ほんっ…と、おしっこしたい……うー…あぅー…』

片付けを始めてから短時間の間に随分『声』が大きくなった。
座っていた時と違い支えを失って、水洗いしなければいけないものもあるのだから当然我慢している身には辛い。
まゆの『声』……夏休みの見学会以来で、しかもこんなにも大きな『声』で――……最高に可愛い。

だけど、そんな至福の時間も長くは続かない。
まゆの持つ未使用の紙コップを片付ければ、あとは瑞希と弥生ちゃんを待つだけ。
そうしたら、帰ろうって話になるわけで。
カバンも皆調理室へ持ってきているし……そのまま昇降口に向かってそこのトイレに入ってしまえば、まゆの『声』とはお別れ。

「よーし、片付け終わりっと!」『あぁーもう、二人ともまだっ!? んっ…トイレ…ほんとにさっきから辛いしーっ』

まゆは片付けを終えると椅子に座り大きく嘆息した。
片付けをして疲れたから出た嘆息じゃない。
座ることで尿意が少しでも落ち着けることが出来るし、仕草も隠しやすくなる。
要するに安堵から……と言った方がしっくりくる嘆息。

<ガラガラ>

「ただいま…です」「……か、片付け…ごめんね」

扉を開けて二人が戻ってくる。
何度もトイレに行って、片付けも押し付ける形になったためか二人とも少し歯切れが悪い。

「……気にしなくていいよ、片付ける物もそれほど多くなかったし」

私は二人が気にしないようにフォローを入れる。

「う、うん、…ありがと……」

まだ少し歯切れの悪い瑞希……。隣でそれをなぜか気にするように見る弥生ちゃん。
その態度に違和感……瑞希はもう少し遠慮のない答えを期待していたのだけど……?

627事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。19:2018/09/29(土) 23:41:33
「そんじゃまぁ、帰ろっか!」『んっ……、学校で我慢することなんて無いかと思ってたけど……ようやくトイレ、おしっこ〜……』

まゆの切羽詰まった『声』が少し明るくなる。
いつものまゆなら二人の微妙な態度の変化に気が付きそうなものだけど……余裕を失いつつあるのかもしれない。
だけど、その余裕を失ったまゆの『声』もそろそろ聞き納めで――……まぁ、それなりの可愛いまゆが『聞けた』わけだし。
大満足とは言わないが、満足できたと言ってもいいと思う。

そして、心なしかいつもより早足に感じるまゆを先頭に昇降口へ向かう。
斜め後ろについて歩く私はまゆに視線を向けるが……上手く仕草は隠してる。
余裕がないと言っても、さっきの私と同じで、歩いている方がまだ気が紛れる程度の尿意なのだろう。

「おぉ?」

昇降口に近づいてきたとき、先頭のまゆが驚きと疑問が混ざった声を出す。
私はまゆから視線を切って、身体を横に傾けまゆの後ろから覗き込むようにして前を見る。

――っと、これはトイレの行列? ――じゃないか……えっと?

「あ、コレさっき調理室の方にいた人たちと同じような事してないですか?」

弥生ちゃんがそう声に出す。
つまりあっちにいたトイレの取材陣……?

「そう…なんだー」『うぅー、流石にここじゃ……でも……もうかなりっ……駅まで持つ?』

今までとは違い、まゆの『声』からは焦りと困惑、それと不安が強く感じられる。
ここで済ますことを想定してからの我慢の延長……沢山我慢できるまゆではあるけど、駅までは歩いて10分程度は掛かる。
さっきまで試飲の為に大量に飲んでいた利尿作用の高いコーヒーがまだ下腹部を膨らませ続けているはず。
そんな状態で――……でも私は…そんなまゆを、見ていたいって思ってる……。

「うーん、一体何なんでしょうね?」

「それは、七不思議のひとつの取材」

弥生ちゃんの声の後、突然私たちの後ろから声が聞こえた。
私たちはその声に振り向く。

「さっきは、コーヒー、ご馳走様……」

そこにいたのはさっき試飲の時に星野さんと共にコーヒーを飲みに来ていた五条さんだった。
彼女は足を止めることなく私たちの間を通り抜け、その時に視線をトイレに一瞬だけ向け、呟くように声を出す。

「この学校の七不思議は、全部、ただの噂」

……。
端的な言い方で……でも、少し含みのある言い方のようにも感じる。
そして五条さんは下駄箱から靴を取り出し昇降口から校外へ出ていく。
わざわざ声に出して教えてくれたのは、コーヒーのお礼のつもりだったのかもしれない。

628事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。20:2018/09/29(土) 23:42:43
「えっと、私たちも帰ろうか?」

瑞希がそう言って下駄箱に向かって歩き出す。

「うん、さっさと帰ろう帰ろう」『早く駅で…んっ――おしっこ…したい、したいよ……』

二人の言葉に私と弥生ちゃんも従い、みんな揃って昇降口から外に出る。
瑞希の意見に同調して、駅までの道のりを我慢することを選んだまゆだけど……『声』からしてかなり限界が近いことが窺える。
私は駐輪場へ小走りで向かい自転車を取りに行く。それから自転車を押して駅で別れるまで一緒に下校。
普段ならばまゆと弥生ちゃんは私と下校するときは踏切を渡りわざわざ駅の表まで来てくれる。
瑞希とは今まで一緒に帰る機会がなかったが、多分、一緒に来てくれると思う。

まゆの歩く姿に未だ仕草を感じ取れない。
だけど――

「っ……」『んっ、ほんとやばい…これ、間に合う? あぁ……こんなに我慢っ…することになる、なんて……』

他愛もない話の間に零れる息遣いは少し荒く、『声』にも余裕がなくなって行くのが感じ取れる。
間に合うかどうか……それを心配し始めたまゆの心の片隅には、もしかしたら既に“おもらし”の言葉が浮かび始めているのかもしれない。

『はぁ、はぁ……だめっ…ほんとっこのままじゃ……』

駅まで我慢できない……間に合わない、おもらししちゃう……。
いずれの言葉も『声』に出すことはなかったが、それは直視するのが怖くて目を逸らしているだけ……。
今まで沢山の人たちの『声』を聞いて来た私だからわかる。これほどまでに大きな『声』……我慢の限界が間近に迫ってきた証拠に他ならない。

……。

私は再度さり気無くまゆに目を向ける。
よく見るとわずかだけど前屈みにも見えなくなくて……限界は本当にすぐそこまで来ていて。
もしかしたら……本当に――

「っ…あ、あれ?」 

会話の切れ目に突然弥生ちゃんが言った。

「あぁ、うそ……ケータイ…忘れたみたいです」

それから立ち止まりカバンを再度なんども確かめるが、何とも言えない気まずい表情を見せ……。

「ご、ごめんなさい、やっぱり学校みたいで……ちょっと取ってきますから…えっと、先に帰っちゃって下さい」

そう言って私たちに手を振りながら学校へ小走りに引き返す弥生ちゃん。
私としては待ってあげてもいいが、弥生ちゃん本人が悪く思うだろうし、なによりまゆが――

「わ、私もちょっと用事あるの忘れてて、きょ、今日は駅に…裏から行くねっ」『もう我慢出来なっ――、はぁ…ぅ……ごめんね!』

弥生ちゃんが携帯を探すのに立ち止まっていたためなのか、限界が目前に迫ってきたためなのか……
踏切の手前でまゆは必死に仕草を抑え、私と瑞希に別れの言葉を言って駅の方へ駆けて行く。
普通に走る姿に見えなくもないが……我慢してるのを知ってる私から見たらお腹を庇うような不自然な走り方。
後を追いたいが駅に用事はないし瑞希もいる中、尾行みたいなことは出来ない。
色々と思考を巡らすが、その間にも走るまゆとの距離が離れて……流石にもう諦めるほかない。
結末がどうであれ、ここまで来て最後まで一緒に居られないというのは割とショックが大きい。

629事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。21:2018/09/29(土) 23:43:29
「いっちゃったね、……まぁ、私はコンビニにちょっと…寄りたいし、そこまでは一緒…だね」

私は名残惜しくまゆを見送り、隣に残ったのは瑞希に視線だけを向ける。今現在『声』は聞こえない。
そういう意味だけで言えば詰まらないと言ってしまえる。
だけど、あの雨の日を除けば瑞希と二人で下校というのは高校に入ってから初めての事であり
長く話していなかった時間を取り戻すには悪くないのかもしれない。

……。

――……それに、気になることもあるし……。

片付けの後、調理室に戻ってきたときほどではないがさっきの言葉も少し歯切れを悪く感じた。
言葉数も少なくなった気もするし……そして、その態度に思い当たることがないわけじゃない。

「……コンビニに行って何か買うの?」

「っ! えぇ!? や……まぁ、ね、あはは……」

予想通り、かなり動揺してる。
まゆの結末を最後まで見ることが出来なかったためか……この行き場のない欲望を瑞希に向けたくなる……。
……割と本気で自分自身の事を最低なんじゃないかと思う。

踏切を超え、コンビニが見えてくる。

「そ、それじゃー、私コンビニに寄ってくから、また明日…かな?」

コンビニの前で別れの言葉を切り出す。
当然コンビニを出た後は瑞希は駅へ、私は自宅へ向かうわけだからここで別れるのはなんら不自然な事じゃない。
だけど……多分瑞希は早く別れたがっているからこその別れの言葉。
そんな態度の瑞希を見ていると――

「……私も何か買おうかな?」
「え! や、その……ちょっと待って、わ、私の買いたいものなんだけど、そ、その…見られたくないって言うか――」

だから買い物終わるまで外で待ってて欲しい、と言う瑞希。
というか、“見られたくないもの”って……もう少しマシな誤魔化し方した方が良いと思う。
食い下がろうとも思ったが、やっぱりこれは半ば八つ当たりな気もするので大人しく外で待つことにする。
私自身は買いたいものもないのだから帰っても良かったが、自身の尿意もそれなりに高まりつつある。
もう今の季節にもなると夕方は肌寒く、尿意を加速させる。
それにさっき我慢しすぎたのも我慢が辛い原因かもしれない。
ここで済ませず自宅までとなると……正直、我慢できる絶対の自信はないし
マンションのトイレの前まで来て失敗、挙句の果てに住人に見られるようなことにでもなったら立ち直れない。

630事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。22:2018/09/29(土) 23:44:48
『ちょっとしたいし、おしっこも済ませておこうかな……どうせ下着替えるためにトイレ入るんだし……』

コンビニ内から微かに聞こえる瑞希の『声』。ついさっき学校で済ませたとはいえ、あれだけ飲んだ後だし仕方がない事。
それと……想像していた通り、瑞希は下着を汚していた……ただ、下着は履いていないのか、濡れたままでいるかまでは判断できていなかったけど
下着を替えると言う『声』の内容から濡れたまま履き続けていたらしい。
わざわざ履き替えるのは、電車に乗って濡れた下着のまま座るわけにはいかないし、においも気になるのかもしれない。
それとただ単純に気持ちが悪いとか見られたら……というのもあると思う。

……。

スカートは無事だった様に見えたので失敗がどの程度だったのかわからないが
調理室に帰ってきたときの弥生ちゃんも少し動揺していた様に見えた。
弥生ちゃんに気が付かれるほどの失敗はしていたのかもしれない。

――……むぅ、そう考えると片付けの時、弥生ちゃんがトイレを言う前に私が言ってれば一緒に――

結局“たられば”な話だけど。

『下着買った後にトイレとか……んー勘ぐられちゃうのかな?
でも、おしっこも済ませないと…駅でもいいけど清掃中とかだとかなり困ったことになるし……』

瑞希も失敗するほど限界まで我慢した後で、且つトイレが近いほうだし……。
瑞希の言うように清掃中だったとしたら次の駅か、コンビニにとんぼ返りになるわけで。
割と悩む選択かも知れない。

『っ! だめ、出ちゃう! あぁ……あとちょっと、お願い…っ!』

――っ!! これって、まゆ?? なんで……。

突然聞こえて来た『声』に驚き駅の方を見る。
まだ遠いが、スカートの前を確りと押さえ込んだ親友の姿が目に映る。

『し、修理中で…使えないとかっ……なんでこんな時に、…あぁ、コンビニ…トイレ…っ、お、おしっこ……』

どうやらこのコンビニを目指して歩いてきているらしいが
必死に我慢しているためかこちらにはまだ気が付いてない。

まゆは私たちが駅の表側に来ていることを知っている。
確かに駅の裏側にはコンビニも飲食店も近くにないけど
用事があると言って先に駅へ向かった以上、私たちと顔を合わすのは極力避けたいはず……。
それなのに、このコンビニを目指すためにこちら側に来たということは――

――……そんなことを考える余裕が既にない、もしくは間に合うトイレ候補がここ以外にない――ってことだよね?

どちらにせよまゆの我慢が限界まで来ていることは明らかで。
いや、そもそも踏切手前で別れた時点ですでに限界寸前だったはず……。
その事実が私の心臓を大きく響かせる。
口の中は渇き、目はまゆから離せない……。

そして遠くで見えるまゆが視線を上げて……目が合う。

631事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。23:2018/09/29(土) 23:45:42
『っ! あやりん!? や…分かってたけど、けどっ……や、だ……こんなの……っ、見ないでよぉ――見せたく、ないのにっ……』

スカートの前から手を離す、だけど、その手は落ち着きがなく彷徨わせたり強く握りしめたり……。
だけど、10秒も経たないうちに再び片方の手がスカートの前に添えられる。

『あ、あぁ…っ、ば、バカバカっ、こんな、格好っ……んっ』

――……まゆ、本当にもう…限界……なんだ……。

俯きながらこちらに向かってくる……。
きっとこんな醜態――――最高に可愛い醜態だと思う――――を晒しておいて、逃げたいはずなのに。
恥ずかしくても此処のコンビニのトイレを目指して……それしか間に合う選択肢がないから……。

『やだ、あと…ちょっと……あ、あぁっ! くぅ…んっ! あっ……』

道路の向こう、スカートの前を力強く押さえ、足踏みしながら車が途切れるのを待つ。
まゆの顔は凄く必死で、時折私と視線が合いすぐに目を背ける。……それを見て、私は後ろめたさを感じながらも目を離すことが出来ない……。

『えぇ、トイレ使用中なの? あ、でも流す音聞こえて来たしもうすぐっぽいかな?』

――っ! み、瑞希の…『声』だ……。

ふと聞こえたのはまゆのものじゃなく瑞希の『声』。
まゆに気を取られていた間に瑞希がトイレを使う決断をしていて……。

『んっ……はぁ、急にしたくなるなぁ……あ、出て来た』

――えっ……ま、待って……そこは――

まゆが使う、まゆが恋焦がれてるトイレ……私は視線をコンビニに向け、瑞希を止めに入るか一瞬考える。
だけど、今私がコンビニに足を踏み入れたところで、瑞希は既に個室の中……間に合わない、まゆはその後……。

視線をまゆに戻すと車が途切れたのを見計らってこちらに駆けてくる。
覚束無い足取りで……私の前まで来て一度歩みを止めて……。
だけど、私の目の前に来ても、視線は宙を彷徨わせそわそわと落ち着くことが出来ない。
そんなまゆに、私は何か言わなくちゃいけない気がしたが……掛けるべき言葉が見つからない。

「……っ、あ、あやりん、その…っ、あぁっ…だめ、ごめん後でっ!」『と、止まってっ! あとちょっと、ちょっと……だからっ!』

先に気まずい空気を破ったのはまゆで……というより、待てなくなったと言った方がより正確だった。
私の横を通り過ぎコンビニの中へ向かうまゆ……一瞬見えたスカートの押さえ込まれた部分、そこが濃く変色していた。
『声』の内容からもそれが恥ずかしい失敗の跡であることは明らかで……。

632事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。24:2018/09/29(土) 23:46:29
――……っ! それより、トイレには瑞希がっ!

まゆにコンビニに入る前に伝えるべきだった? 隣の喫茶店のトイレに目指す先を変えさせるべきだった?
……過ぎたことを考えても仕方がない。
私はコンビニの中へまゆを追うようにして入る。
当然、瑞希はまだ個室の中。

「(っ! うそ……あぁ、なんでっ……!)」『し、使用中!? あっ、あぁ……やっ――』

私はその声と『声』を聞きながらまゆの隣へ付く。

『あ、あやりん……んっ、だめ、だめなのに……あ、あぁ……またっ…あやりん…っ私…もう――』

トイレの扉の前で震えた足を閉じ合わせ、スカートの前を押さえて……目には涙を溜めていて……。
……可愛い、凄く……だけど、胸が苦しくて助けたくて……。私にできる事は――

<ドンドン>
「み、瑞希! お願いっ早く出てきて!」
  「えぇ! あ、あ、綾!? 外で待っ――」
「良いから早く出てきて! し、下着のことは知ってるけど、履き替えるのとか後にして!」
  「っ!!? や、えぇ?!」

瑞希には後でちゃんと謝らなければいけない……けど、今はそれどころじゃない。
まゆはもう我慢できない……スカートの染みがさっきより広がってるのがわかる……。
こんなところで、おもらしなんて絶対にさせられない……。
まゆのそんな姿……見たくないと言えば嘘になるかもしれない、だけど、やっぱり見たくない私もいて……何より他の誰にも見せたくない。

「(んっ! あぁ……あ、あ…ふぁ、んっ……やぁ…――)」『み、みずりん? あ、あぁ……嘘…出てきてよ、早くっ、〜〜〜っ』

尿意の波――というよりも外へ漏れ出す力を気力だけで抑えて……でもそれはもう時間稼ぎでしかなくて。
我慢を続けたところで尿意が引くなんて事はもう起きえない。ギリギリまで張り詰めた下腹部は、もう吐き出すことしか考えていない。
すぐに入れると思っていたトイレを目の前に、あと少しの状況……あと少しの時間を全力で堪えるしかない。

<カラカラ>

個室の中で紙を巻き取る音がする……。

「っ……み、みずりん、あっ…は、早くぅ……あぁ……ぅ…」『あ、溢れ……っ、あ、あっ……ああぁっ……』

前を押さえる手が何度も押さえ直され、スカートの生地が閉じ合わされた足の間に入り込んでいく。
染みが見えなくなるくらいに生地を集め……だけど、まゆが全身を跳ねさせたと同時に、一瞬にして大きく染み浮かび上がる。

  「え、真弓ちゃん? ……あ、もう、もう出るからねっ!」<ジャバ――><カチ>

水の流す音、鍵を開ける音……そして――

633事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。25:2018/09/29(土) 23:47:15
「おまた――」「ご、ごめん!!」

扉が開くと同時に、押しのけるようにまゆが個室へ滑り込む。
私は押しのけられて呆気に取られる瑞希を受け止め、でも視線はまだ、まゆへ……。

「あ、んっ……やぁ……」『まだ、あ、あっ……あぁっ!』
<じゅぃ――><びちゃびちゃ……>

確かに聞こえるくぐもった音、床に打ち付ける水音。

<バタンッ>

ようやく閉められる扉……。
だけど、中ではまだ、高いところから落ちる水音が響いていて……。
その音は中で慌てているであろうまゆの動きに合わせて不規則に音をリズムを変える。

  <じゅうぅぅぅぅ―――>

そして……水の中に放たれる音に変わる……。

「っ……真弓…ちゃん……おもら――むぐぅ!」

声に出してデリカシーの無いことを口にしようとする瑞希の口を押える。
私はそのまま視線を下に落とす。

――……あんなになるまで我慢して、それなのに、個室の外には水たまり一つ残さないとは……。

スカートの染み具合、個室に入ってからの誤魔化せないほどの失敗……瑞希の言うようにおちびりとはとても言えない……言い訳のできないおもらし。
それでも、個室に入るまでは決して諦めず、その失敗を床に残さなかったまゆは――……頑張った……物凄く頑張ったと思う。

  「はぁ……はぁっ、…はぁ……」<じゅうぅぅっ…じゅぅぅ―――>

長い……途中一瞬途切れたりして入るけど…もう30秒……いや40秒くらいにはなる。
瑞希が手の中で暴れだしたので仕方なく放す。

「ぷは……はぁ……(ね、ねぇ? 真弓ちゃんの……めっちゃ長くない?)」

今度はちゃんと空気を読んで私にしか聞こえないくらいの声で話しかけてくる。
同意ではあるけど――

「(……それ、まゆに絶対言っちゃだめな奴だからね?)」

茶化して空気を和ませるにしても、まゆには音とか量とかそう言うのは避けた方が良い。
それにしても――……はぁー、滅茶苦茶可愛かった。

634事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。26:2018/09/29(土) 23:48:36
  <じゅぅ―――>

勢いはかなり落ちた気はするけど……もう1分以上経ってる気がする……。
スカートに多大な被害をだして、それなりの量を個室の床へ零していながら……1分って……。

「(ね、ねぇ? ……なにこれ? 終わんないの?)」

困惑の表情で私に尋ねる瑞希……それについてはもう何も言わない……。

――っ……それより、こんな音聞いてたら……んっ……はぁ……。

元より私もそれなりに我慢していたわけで……。
済ませてからもう50分くらい……かなり我慢が辛くなってきた。
だけどまゆは……私のそこそこ限界に近い我慢の2回分をずっと貯め込んでいのであって……。
本当に凄い――……っ…あぁ、凄いのは良いけど……これ…結構……っ。

さっき、我慢しすぎた為か、尿意の波が非常に大きい……。
今まで意識がまゆに向いていたから強く意識することがなかったが
自身が催していることを強く自覚し、トイレ前だと言うことを意識した途端に……。
どうしても仕草を抑えることが出来ずに身体を捩って尿意の大波に抗う。

「(あ、綾? もしかして……我慢してる?)」

当然その明け透けな仕草に瑞希は気が付く。
私は瑞希の言葉に顔が熱くなるのを感じて……視線を逸らす。

「えっと……真弓? 大丈夫?」

瑞希は私に左手で待つように静止を掛けつつ、いつの間にか音の止んだ個室へ言葉を投げかける。
だけど、個室から返事は返って来ない。

「真弓、聞いて……綾もその……我慢してるみたいで――」
  「っ! あ、……っ…う、うん……ごめん、ちょ、ちょっとだけ、待って…っ……」<カラカラ>

個室の中から慌てて紙を巻き取る音と……まゆの涙交じりの声……。

「っ……まゆ、ごめん……」

本当情けないし、申し訳ない……。
ワザと我慢してまゆの『声』を聞いておきながら……恥ずかしい失敗をしてしまったまゆに心を整理させる暇さえ奪うなんて……。

635事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。27:2018/09/29(土) 23:49:25
――……そうだ…せめて着替え…。

私は足をクロスさせ壁に凭れ掛かり、肩に下げたカバンの奥からいつも用意してる予備のスカートを取り出す。
それを瑞希に押し付けるようにして渡す。

「こ、これは?」

「……まゆに渡してっ……んっ!」

したい……おしっこ……。
膀胱が断続的に収縮を繰り返し、下腹部が時折硬く緊張する……。
ギリギリ限界まで張り詰めてるわけじゃない……まだ我慢できるはず、しなきゃいけない。
まゆをあの格好のまま出てきて貰うわけにはいかない……ちゃんと後始末と着替えくらいさせてあげたい。

「綾……ちゃんと我慢してよ?」

「……わ、わかってるっ…」

瑞希は着替えを受け取ると個室のまゆに渡すために声を掛ける。
私は視線を外してスカートの前に手を添えたり、太腿を抓ってみたり……。
試飲中の我慢は確かに辛かったけど……別に限界寸前までの我慢じゃなかった。
多少尿意に過敏になってはいるけど、押さえ込めないわけじゃない……まだ我慢できる。

トイレの前だという意識を無くしたくて目を瞑る……。
自分の短く深い呼吸音だけが大きく聞こえる……。

――……我慢っ……我慢…我慢……っ! ぁ、っ!!

<じゅ…>

僅かに下着の内側から噴き出す熱い失敗……。
クロスに合わせた足を震わして、添えられた手に力が入る。

――……うぅ…と、止まった……っ…はぁ…はぁ……。

「あ、あやりん、ごめん! 空いたよ!」

まゆの声に顔を上げる。
申し訳なさそうに涙で腫らした目で私を見るまゆ……。
私は直ぐに目を逸らして、カバンをその場に落として個室に駆け込む。

<じゅ…じゅう……>

――ちょっ! …ま、待って!

個室の中で見っとも無く足を踏み鳴らし、鍵を閉める。
トイレは洋式……髪は前で抱えて……。
あとはスカートと下着を――

<じゅうぅぅ>

「っ……はぁ…はぁ…っ、はぁ……」

下着にはかなりの被害は出てしまった。
けど……間に合ったと――……言ってもいいよね?

一息ついて……終わった頃に音消しを忘れていたことに気が付く……。
酷い我慢姿を見せて、音消しもせず……まゆほどではないのだろうけど、個室を出るには勇気がいる……。
だけど、いつまでもこうしているわけにはいかない……。
まゆは、私よりもずっと恥ずかしい姿を晒してしまったのだから。

636事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 1:2018/09/29(土) 23:52:28
**********

――はぁ……。

やってしまった……またあやりんの前で。
また迷惑かけて、その上スカートまで貸してもらって……。

あと少しを我慢できなかった……。
駅のトイレ……清掃中でも使っていただろうし、確かに運が悪かったのはある。
だけど、恐らく4人の中で最も我慢できる私が失敗を犯したのは、それ相応の落ち度があるから。
余裕のあるうちに済ませれば解決できた簡単な問題なのに……そのタイミングは確かにあったはずなのに。

……。

コンビニの外でみずりんと並んであやりんを待つ。
あやりんがトイレの前に落としていったカバンはみずりんが持ってくれている。
彼女はあまり気を使える方ではないが、口を開かず黙っていて……。
それが私にとって有難いのか、気まずくて辛いのかよくわからない。
だけど、だた言えるのは、私から何か話すのは今はかなりきついという事。

……。

沈黙の中、足元を見る。
そこは乾いたコンクリートとあやりんがくれた濡れていないスカート……だけど、靴下は付けていない、下着も履いていない。
足には靴の湿った感覚が気持ち悪く残り……現実を突き付けてくる。

「あ、あのさ……」

私はみずりんの声に身を固める。
今は彼女の気の使えない性格が少し怖い……。

「わ、私が、個室に入ってた時に、綾が言ってた事……なんだけど」

――あやりんが言っていたこと?

すぐには何を言っているのかわからなかった。
あの時は本当に我慢に集中していて……。

「ほ、ほら……し、下着とか…履き替えるのとかは後に…とか」

「あ、うん……言ってたかも?」

正直よく覚えてない。
だけど、言った内容が下着の履き替え……それを後にしてって言うのは――
みずりんが話し難そうにもじもじしてる様子からも察しがついた。

637事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 2:2018/09/29(土) 23:53:42
「わ、私もさ……片付けの前に行ったトイレで……ちょっとだけ…ま、間に合わなくて……」

……。
そっか、みずりんも……。
そして自身の失敗をわざわざ告白する事で私を励ましてくれてるんだ……。
こんなに真っ赤になって、隠しておきたい恥ずかしいことを……私は彼女にそこまでさせるくらい落ち込んでるように見えてる……。

――……いや、確かに落ち込んでる、それに……怖い……。

私のトイレは人よりもずっと長くて……音も長くて……それがたまらなく恥ずかしく、怖い。
拒絶されるかもしれない、引かれるかもしれない……。誰かの前で我慢した状態で済ませる事が私には堪らなく怖い。
そして今日……おもらしも…こんなにいっぱいしちゃう私も、全部知られてしまった……。

友達を信用してないわけじゃない。
だけど――

  ――「ねぇ、ほら聞いてよっ、うちの妹なんだけどさ、凄いでしょ?」――
  ――「ちょっと!? っ……す、すごいけど……」――
  ――「あはは、でしょでしょ! 傑作でしょ! ドン引きでしょ!」――

中学時代に家でトイレの最中に聞いた、お姉ちゃんと先輩とのやり取り。それは我慢しているだけで鮮明に蘇り胸を突き刺す。
わざわざ私に我慢させるように仕向け、先輩に聞かせるために謀ったお姉ちゃん……。
たまに家に来る先輩に私が勝手憧れて、きっとお姉ちゃんはそれが許せなかった。
わかってる、理解できる……それでも……私にとってそれはトラウマで……。
時間も音も量も……常に意識から外せない物になった。
学校でもそれは同じで……なるべくトイレに行くのは避けるようになった。
だけど避けることで我慢することが増え、クラスの人に聞かれたときに長さを指摘されて……。我慢にはまだ余裕はあったはずなのに……。
それから、学校で一度も済ませない……そうしようとも考えたが済ませないというのはそれはそれで心配で。
結局今の昼に1回だけ済ませる事を日課にして、なるべく意識しないようにした。

……それを日課にして本当に良かったと思う。
初めのうちは我慢していなくても音や時間が気掛かりだった。
だけど数を重ね習慣になった行動は自然と出来るようになったし、昼までに溜まった分だけでは、音や長さを指摘する人はいなかった。

……。

それでも、例外や事故はあるってわかってたはずなのに。
昼に済ませられなかったら? 昼までに尿意が来てしまったら? 済ませたのにまたしたくなったら?
……そんなときはバレないように我慢を続ける、もしくは極力誰にも聞かれないように済ませなきゃって……間違った事を考えるようになって。
そうじゃないのに……失敗の方が恥ずかしいのに、ダメなのに……そうなるリスクを上げるべきじゃないのに。
高校に入ってからそういうことは無かったけど……逆に無かったからこそ今日、間違いを…失敗を――おもらしをしてしまった。

理由は違うけど見学会の日もしちゃって、あやりんにはおもらしも、量も、音も…全部見られて……恥ずかしくて怖くて……。
だけど、あやりんは優しく受け入れてくれて……。

638事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 3:2018/09/29(土) 23:54:42
――……だからかな……コンビニであやりんが横に来てくれた時……少し安心しちゃってた……。

隣にいるのがあやりんなら失敗してもいい……そんなことは思ってなかったはず。だけど……。
あの時受け入れて貰えたのが嬉しくて……それで気が緩んだのは間違いなくて。
私は私が思っていた以上に単純で、極限まで我慢していた私にはそれが毒だった。

だからあやりんのせい……そんなことないのに、それは甘えた言葉なのに。
だけど、もしあの場で失敗していたら……私はあやりんに甘えてしまっていたかもしれない。
心底、トイレの中に居たのがみずりんで助かったと思う。
じゃなきゃ、私は扉が開くまでに我慢を諦めていたかもしれない。

「……お、おまたせ……」

コンビニからあやりんが出てきて私たちに声を掛ける。
いつもの無表情を必死に崩さないように、だけど顔を真っ赤にしていて。

「あ、あやりん…あはは、スカート……助かったよ、ありがとね」

私は苦しい笑い方をしてお礼を言う。
あやりんはなぜか謝罪をする。見学会の時もそうだった。
助けられなかったから、なんて理由で……これは私の失敗であやりんに非があるわけじゃないのに。

「あ、綾! 謝るなら私でしょ! し、下着まだ替えれてないし、勝手に個室前で暴露始めるし!」

「……あ、そうだね、ごめん」

「“あ、そうだね”――じゃないよっ! あーもう、トイレ行ってくる!」

みずりんはあやりんのカバンを押し付けるようにして返して、コンビニへ入っていく。
普段気を使わない彼女が、私の為にわざと明るく振舞ってくれてるのがわかる。――はぁー、もっとしっかりしないと…ね。
それと私も後で下着を履きに行くべきか少し悩むが、下着を買ってトイレというのはハードルが高いし……やっぱりやめておく。

「……」

私が考え事をしていると、あやりんが何も言わずに隣へ並ぶ。
私は嘆息して呟く。

「本当……あやりんには助けられてばっかりだわー……」

「……え? そんなことないでしょ? どっちかって言うといつも私のが――」
「いやいや、そんなことあるんだよねー」

「……うーん……じゃ、じゃあ、お互い様ってことで?」

無表情の中に納得のいかない表情を少しだけ見せ、お互い様という落としどころを疑問詞を付けて言う。
それを見て私は自然と笑みが零れる。

……先輩、私はあなたに憧れて、その妹であるあやりんにその面影を感じて話しかけました。
だけど、今は違う……。あやりんを通して先輩を見るなんてことはもうありえない。
だから……あやりんだけはお姉ちゃんには絶対に渡さないし……出来れば生徒会にも――

おわり

639名無しさんのおもらし:2018/09/30(日) 00:29:57
>>638 久々の更新、待ってました!
長さゆえの我慢の連続でとても良かったです。
綾ちゃんがたまに限界ギリギリになるの個人的に好きです。

640名無しさんのおもらし:2018/09/30(日) 08:46:04
久しぶりの更新待ってました。
今回はみんなコーヒーのおかげでトイレ近いですね。最後の真弓の限界我慢も良かったですが、個人的には綾菜も二回トイレに行って最後はギリギリ我慢がドツボでした。
今回の話ははっきり言って神回ですよ。 素晴らしい小説をありがとうございます

641名無しさんのおもらし:2018/10/02(火) 20:42:32
更新ありがとうございます!
「最高に可愛い醜態」はパワーワードですね、やっぱりまゆが声聞きのヒロイン!
彼女のトラウマは梅雨姉 (と雪姉) によるものだったのですね。
夏祭りではあえて知らないフリしてたのかな。
毎回少しずつ明らかになっていく過去のストーリーや人物相関が楽しみです。

642名無しさんのおもらし:2018/10/03(水) 23:54:24
最近いろんな子とフラグ立ててると思ってたら正妻のターンが来た
単に漏らさせるだけじゃなくておしっこがストーリーに関わってきて良いね

643名無しさんのおもらし:2019/03/10(日) 02:04:15
新作希望

644名無しさんのおもらし:2019/04/21(日) 23:51:14
あげ

645事例の人:2019/04/30(火) 00:57:19
>>639-642
感想とかありがとうございます。

更新遅くて申し訳ないです。
そしてどういうわけか前回より長くなってしまった。
文化祭と言うのもあって、登場人物も多めです。

646事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。1:2019/04/30(火) 00:59:38
「おかえりなさいませーお嬢様ー!」

クラスメイトが元気よくお客に声を掛け席へ案内する。
文化祭、私のクラスはメイドアンド男装執事喫茶……。
私は今メイド服を着て接客と言う、私にとってそれなりの苦行の真っ最中。
とはいえ、一般的なメイド喫茶とは違い、私たち接客係の仕事はメイドっぽい挨拶と案内、それと注文取りくらいなもので
お客を喜ばせるための催し物や、“おいしくなーれ”みたいなサービスはない。ないというか許可が出ない。

「……いってらっしゃいませ――……はぁ……」
「おつかれさまー」

私の嘆息に気が付き隣に来て声を掛けてくれる瑞希。

「……瑞希は大正浪漫って感じだね」

「うん、衣装班の皆、好みがバラバラだったからねー」

周囲を見渡すと、同じメイド服でもスカートがショートだったりロングだったり。
和装の衣装は流石に瑞希のだけだけど、どの服も微妙にデザインが違う。

――……コンセプト揃えた方がって――いや、男装の執事がいる以上、そこまで揃わないかもだけど。

教室の入り口の方から人の気配を感じて、クラスメイトのメイド姿から視線を外す。
二人組の女性、見ない顔……それに年上? 一般参加の――っと、えっと挨拶しなきゃ……。

「……お、おかえりなさいませ、お嬢様」

「あ!」

私に向かってあげられた声?
挨拶をして下げていた目線を私は上げる。
二人の顔は少し驚いているように見え、だけど私から見て左の背の少し低い女性はすぐに目を逸らして口に手を当てて……。
どうやら声を出したのは彼女の様で、今のは……声に出して失敗した――みたいな態度に見える。

「……え…っと?」

私はどう反応すべきか分からず、相手の出方を窺う。

「あはは……えっと、ごめんなさい、雛倉綾菜さん……ですよね?」

大人っぽく人当たりが良さそうな右の女性が苦笑いをしてから私の名を呼ぶ。
――……ってあれ? 私の名前?

647事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。2:2019/04/30(火) 01:00:38
「……どうして――」

疑問符を付けるということは私が雛倉綾菜である明確な確証を持っていないのだとは思うけど……。
一応記憶を辿るが、彼女の顔、隣の人の顔に見覚えはない。つまり、誰かから私について聞いているという事。

「私たちは雪――あなたのお姉さんと同じ大学に通っているんです、容姿の似てる妹がいるって聞いていたんだけど、想像以上で――」

そう言いながら右の女性は左の女性へ視線を向ける。
視線を向けられた彼女は少し不満そうな顔をして、私に聞こえないくらいで何か小言を言っているように見える。

「っ! ……ということは姉も――あ、すいません、とりあえずご案内します」

後ろからもう一組来店があったので私は話を中断して空いている席へ案内する。
そして注文を取るべきか、話の続きをすべきか……。

「雪はサプライズ登場したかったみたいだけど……なんかごめん」

背の低いほうの女性が私に謝る。
律儀で真面目な――

「いっそのこと、雪に“驚かないドッキリ”でもしかけてあげればいい」

――訂正、あまりこの人、真面目ではないらしい。
だけど、また勝手にサプライズ帰宅をする雪姉に振り回されたくもないので――

「……わかりました、無視して楽しみます」

「案外ノリいいのね」

大人っぽい女性の方が笑顔で返してくれる。
なぜだか話を続けたくなる雰囲気を持つ人……仕草の機微や表情、喋り方全てが妙に心地良い。

「……えっと、……ご注文のほうは……?」

だけど、一組の接客でしかも注文もなしで時間をかけているわけにも行かないので、私はメイドの業務に戻る。
それに、いくらそんな雰囲気を持つ人だからと言っても、ほぼ初対面な人を相手に雑談できるほどのコミュニケーション能力がそもそも私にないわけで。

「私はオリジナルブレンドのホットをブラックで。美華は砂糖ミルクありだよね? 何杯飲む?」

「えっとね――……って一杯だよ!? 変な冗談やめてよっ」

美華と呼ばれた彼女が今までの大人っぽさを崩してツッコミを入れる。
だけど――ツッコミにしては焦りと顔を赤く染める様子が少し引っかかる。

648事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。3:2019/04/30(火) 01:02:24
「あ、綾菜ー! ちょっとあんたが私の接客してよっ!」

――っ!

私は大きな声で呼ばれ驚く。
視線を声が聞こえて来た教室の入り口へ向けると、手を上げてアピールしている星野さんの姿があった。

「行ってください、注文は砂糖ミルクありで“一杯”です」

美華さん――――苗字不明、もう一人は苗字も名前もわからないまま――――のその言葉を注文票にメモをし軽い会釈をして離れる。
注文票を厨房担当に渡した後、星野さんのもとへ向かうと彼女は機嫌良さそうに私のメイド姿を見つめる。

「……おかえりなさいませ、お嬢様――……ってあんまりじろじろ見ないで。
……それとメイドの指名制度みたいなの本来ないから……」

「まぁまぁー、いいじゃん減るもんじゃないし、どこでもしてる事じゃん? 知り合いに接客なんてさ」

その星野さんの言葉に小さく嘆息する。
迷信が正しければ、私から幸せが減っているのは間違いないと思う。

「クラシカルロングのフリル控えめって感じかー、うんうん、上品で良いじゃん」

「……メイド好き隠す気なくなったんだ……」

この前の時は五条さんに指摘され恥ずかしがっていたように思ったが……開き直っているのかもしれない。

「あ、一緒に撮影しよーか」

星野さんは携帯を取り出し席を立ち私の隣に来ようとする。
私はそんな星野さんから距離を取るためテーブルが二人の間に来るように移動する。

「ちょっと!」

「……待って、あれ読んで」

私は教室内の張り紙を指差す。
そこには「許可なくメイドの撮影は禁止」の文字。
そういうサービスを売りに出来ないのもあるが、SNSが普及している時代だと勝手に撮られるのを警戒するのは当然。

「何、許可してくれないわけ?」

「……しない、それに忙しいし」

目を細め、不機嫌そうな顔をする。

649事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。4:2019/04/30(火) 01:03:33
「……えっと、ご、ご注文は?」

そう恐る恐る尋ねると星野さんは嘆息して席に座り、5枚の券を荒っぽくテーブルの上に置く。
当然か、私が売りつけたんだから。
私はテーブルの上に置かれたコーヒー券の一枚を手にする。
だけど、星野さんは残り4枚も私の前に滑らせるようにして差し出す。

「ホットコーヒー5杯で」

「……え、いや――え?」

私は困惑しながらコーヒー券を5枚受け取るが、何を考えているのか理解できず星野さんに視線を向ける。

「いやいや、全部一人で飲むわけないじゃん? もうすぐツレが来ると思うからさ」

「あ、……はい、かしこまりました、少々お待ちください」

なるほど。だけど、案内したテーブル二人席なんだけどね……。
商品と代金は引き換えだし――――そもそも今回はコーヒー券だし――――食べ歩き、飲み歩きができるように容器は使い捨てなのでテイクアウトも出来るわけだけど
それだとメイド好きの星野さん的に良くないんじゃないか――とは思いつつ、改めて席まで行きそれを聞いてくるほど気を遣うつもりはない。

それにしても星野さんの友達――……五条さんではなさそうかな? あの不思議な人は沢山の人でわいわいという感じではないし。
星野さんは友達多そうだから、別グループの友達と言ったところか。

厨房担当に注文を伝え、もう用意されていた雪姉の友達二人の分を受け取り席へ運ぶ。
美華さんの方が一声「ありがとう」と言って微笑んでくれる。そのあと彼女は私から視線を外しもうひとりの雪姉の友達と楽しそうに会話を始める。
もう少し雪姉について聞いて来たり、教えてくれたりとかあるのかと思っていたがそういうつもりはないらしい。
特に話すことはないのか、それとも忙しそうにしている私への気遣いなのか……私は席を離れる。

厨房に行くと五つのコーヒーも準備が出来ていて、それを星野さんのところへ運ぶ。
星野さんは難しい顔で携帯と向き合っていて――

「あ、ちょっと、聞いて!」

私に気が付くとこちらに手を伸ばしメイド服を引っ張って携帯を見せる。
私はお盆に乗せたコーヒーを零さないようにバランスを取り、星野さんの携帯を見ながらコーヒーをテーブルに置く。

「メイド喫茶でって言ったのに、あいつらバカンスカフェの方が面白そうとか言ってあっち行きやがった!」

携帯の画面にはそう言ったやり取りが書かれていて――バカンスカフェ……確か3年の椛さんのクラス。
プールを利用して南国気分を出しつつ、季節外れのかき氷などを扱ってる、同じカフェとしてのライバル店。
というかプールをカフェに利用できる3年に勝てるわけがないのだけど。

「……でもどうするの? コーヒーもう淹れちゃったけど……」

「うーん、3つは飲むかしないとだめか、2つは持ち出して誰かにあげるかなー……」

――っ! それってつまり……大体600mlくらい星野さんが一人でコーヒーを飲むってこと?

飲むだけじゃチャンスにならないのはわかってるが、この量…しかもそれがコーヒーってだけで無性にテンションが上がる。
星野さんは我慢強いほうなのか、そうでないのかわからないが、1時間程度で尿意を感じるには十分な量のはず。

650事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。5:2019/04/30(火) 01:04:28
「あー、まぁいいや、歌ってたらどうせ喉渇くしなぁ」

「……歌?」

「ん? あれ、言ってなかったっけ? 今日中庭でするライブの一発目私ら……あー、らって言っても今いないけど、私はその中のボーカル担当ってわけ」

「……そう、なんだ」

全然知らなかった。
ライブがあるのは知っていたけど、まさか知り合いの中にバンドを組んでる人がいるとは。

「綾菜、見に来なよ!」

「え! ……あ、抜けて大丈夫そうなら見に…行こうかな?」

妙にフレンドリーに接してくれる事に未だ慣れない。
まゆの時にも今と近い――――もう少しマイルドだった気がするけど――――経験をしたのを思い出す。
あの時はそのうち私の態度に距離を取ると思っていたけど……。
星野さんはどうなんだろう……流石にもっと露骨に避け続ければ対応が変わるのかもしれない。
だけど、私の今の態度程度なら全く気にしている様には見えない……。

……。

「どうしたの?」

「え……ぃや、別に……」

考え事をしていた私の顔を無邪気に覗き込む星野さん……。
悪い人じゃない……わかってる。
だけど、彼女は自然に“あの言葉”を言ってしまう……それもわかってる、悪気があって言ったことじゃないって。

――……“あの言葉”を気にしてるのは周囲にそれなりにいたとは思うけど――

けど……多分一番その言葉を引きずって気にしているのは私だ。

651事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。6:2019/04/30(火) 01:06:01
――
 ――

「はぁ……」

私は教室の窓から中庭の様子を見る。
ここは一階なので俯瞰的に見ることは出来ないが、簡易的なライブステージが準備されているのがわかる。
間もなく星野さんの出番……僅かだが私に尿意はあるが星野さんの『声』は聞こえない。

窓から視線を外して教室内を見る。
一時期と比べ客足が減って余裕が出てきてはいるが、そんな理由で皆で定めた当番を放棄することは出来ない。

「人減ってきたね……宣伝が足りないのかな?」

ぶかぶかのメイド服を着た弥生ちゃんが私に話しかける。
確かにメイド衣装などは視覚的インパクトとしてそれなりに大きいが、興味のない人にとってはただの喫茶店に過ぎない。
プールを使い注目度を上げて、且つ夏に売り出すようなものを扱う独自性……バカンスカフェの方はそういう点でよく考えられていて
文化祭特有のお祭り騒ぎ的なノリで完結していない……流石は椛さんのクラスと言ったところ。
それに調理部などが行っている出店・屋台系のファストフードを扱う店も少なくないのも、軽食を含む喫茶店に客足が伸びない理由になっていると思う。

……。

――……この店の売りはメイド服と執事服……それと、檜山さん監修の本格的なコーヒーは多分どこにも負けてない……はず。
だったら、メイド服で宣伝、それとコーヒーの…試飲を……っ! そ、それなら仕事って名目で外へ行けるんじゃ?

私は弥生ちゃんに視線を向ける。
弥生ちゃんは首を傾げて私の視線に応えるが――……だめだ、もっとクラスの中心人物に近い人でなきゃ意味がない。
私自身クラス委員長ではあるが結局名ばかり……まゆがいてくれればそれで解決なのだが生憎自由時間中。
今いる中でのクラスで影響力が高い人……。

視線を弥生ちゃんから外し――――弥生ちゃんがショックを受けてる気がした……なんかごめん――――周囲を見る。
そして一人のクラスメイトと目が合い私は慌てて横を向いた。

「珍しい、なにか用だった……?」

目ざとく気が付き話しかけてくる彼女に、私は聞こえないように深呼吸してから視線をちゃんと前に向ける。
斎 神無(いわい かんな)……確かに彼女なら。

「……ごめん、お願いがあるんだけど……」

最初に出た言葉が謝罪なのは彼女に対する負い目から……。
彼女もそれに気が付き小さく嘆息を漏らす。

「なに? 言ってみなさい」

目を細めて威圧的に……だけど、ちゃんと向き合ってくれる。

「……客足減ってきてるから宣伝しに行こうと思って――」

メイド服を着て、コーヒーを持って、あとクラスと場所が書かれた小型のプラカードでも作って……そういう話をする。

「ふーん、でもそれ、ちょっと前に来てた人のライブ見に行くための建前――でしょ?」

遠慮のない言葉で的確な図星を突く……。

「はぁ……いいわ、行ってきなさいよ、皆には私も了承したって言っとくから大丈夫なんじゃない?
それとコーヒー用の水筒、私の使っていいから、中身、捨てておいて」

教室の隅のカバンから水筒を取り出して、それを私に押し付けるように渡す。
そして他のクラスメイトに私の言ったことを説明しに行く。
ほんと滅茶苦茶いい人……素っ気ないのにはみ出し者にならない魅力が彼女にはある。

「(相変わらず変わった人ですね、かっこいいですけど……けど雛さんへの態度、他よりちょっと厳しくないですが?
なんかちょっと前の朝見さんみたいです)」

「(……そうだね……でもそれは私のせいだから……)」

私の言葉に弥生ちゃんは疑問符を付けた顔でこちらを見る。
私は誤魔化すように嘆息して呟く。

「……それじゃ、余ってる廃材とかでプラカード作るかな」

652事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。7:2019/04/30(火) 01:07:27
――
 ――

「っと! あれ? あやりんその格好は?」

教室を出るとちょうど休憩を終えたまゆとぶつかりそうになる。
そして、私のメイド服、プラカード、水筒、カバン――――中身は紙コップといつもの着替えとか――――装備の姿に驚く。

「……客足減ってきたから宣伝しにいこうって思って」

「ほえー、でも遊びに行く口実でしょ?」

「……同じような台詞さっき斎さんからも言われたよ……まぁ簡単に言えばその通りなんだけど」

「あはは、神無ちゃん鋭いからねぇ」

まゆはその後「そんじゃ頑張ってー」と言って教室へ入っていく。
私は文化祭特有の廊下の喧騒を抜けて中庭に向かう。
すれ違う人が私を見る……だけど、文化祭という環境からか立ち止まる人や見続ける人は少ない。
目立つ格好であることには変わりないが、注目の的のようにはならなくて個人的には助かる。

『あ……――でもまぁ、後でいいか』

中庭に出ると小さいが『声』が聞こえた。
紛れもない星野さんの『声』。ただ尿意を感じてすぐの様だし『声』も大きくない。
時間は9時50分……朝、星野さんは比較的早い段階でうちのクラスに来ていた。つまり飲み始めてから40分ってところ。
ライブの一発目の開始は10時ちょうどのはずなので準備の時間も含めれば、此処を離れるのは極力しないはず。
星野さんが『後でいいか』と言ったのはそういう事だろう。

私はステージの方へ足を向ける。
人混みと言うほどではないが、周りには少しずつ人が増えてきている。
そしてステージの脇にあるパイプ椅子に座る星野さんを見つける。
手には私たちのメイド喫茶の紙コップが一つ握られていて……どうやら結局ひとつは貰い手が見つかっていないらしい。
すぐに貰い手が見つからなければ暖かいコーヒーは冷めてしまうわけで、そんな温いコーヒーを欲しがる人なんていなくて当然。

――……でもどうするんだろう? 演奏始まるまで時間ないけど……。

疑問に思いしばらく眺めていると、紙コップを持つ手が上がり星野さんの口元で傾けられた。

――あ、飲んでるんだ……ってことは4杯目?

もし4杯ならコーヒーだけで800ml……。
よくまぁそんなに……いや、飲みたいわけではなく貰い手がなかったから仕方がなく――なんだろうけど。

これなら例え星野さんが我慢強くても、それなりの尿意になるまで時間の問題。
演奏時間は一組2〜30分くらいだったと思うから……限界までは行かないとは思うがかなり期待できる。

「あ、綾菜!」

「っ! ……」

無表情の下で危ない視線を送っていた私に星野さんが気が付き、手を振ってくる。
軽い挨拶…ではなく手を振り続けてる彼女を見るにどうやらこっちに来いと言っているようだった。
私は仕方がなく歩みを前に進める。

653事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。8:2019/04/30(火) 01:08:23
「よかった! 来てくれたんだー。もう少しで始まるからちゃんと聴いてってよ?」

「……わかった、集まった人に宣伝も出来るし」

「宣伝? あぁそれでその格好、私へのサービスかと思ったじゃん……あ、そうだ!」

星野さんは足元のカバンに手を入れごそごそと何かを探す。
そして、取り出したのは携帯……。
それを私に向けて――

<カシャ>

「って! なんで写真撮るの!」

「いやーSNSに上げようと…思って、顔は見えないように…しとくから…さ――っと、はい完了、感謝してよね」

「早い! 許可も了承してないんだけど!?」

「あ、そろそろ準備しないと――っと、コレ捨てといて」

無視した上、飲み干された紙コップを渡してくる……。
教室での事を根に持って、こんな強引な手段で撮影されるとは。
なんか俄然追い詰めたくなってきた。
そりゃ宣伝にSNS使うのは有効な手段かも知れないけど……。

私はステージ脇から正面の方に回り込む。
ステージの方を見ると星野さんは……ギターを持っている。
歌うのが好きと言っていたのでボーカル兼ギター? ……私は音楽には疎いのでよくわからないけど。

『あー……トイレ、行っとけばよかったかなー?』

尿意を『呟き』ながらチューニング? らしきことをしている。
『声』は聞こえるがまだそれほど大きい『声』ではない。

開始までもう少し時間がある。
一応建前の仕事を今のうちに少しでも済ませようと思い、重くて下げていたプラカードを上げる。

「……」

――……宣伝ってどうすればいいんだろう。
いや、わかってるんだけど……場所とかやってることとか言いながら試飲どうですかーみたいにすればいいんだろうけど……。

……。

――……まぁいいか、プラカード上げてるんだし、声かけてきたら試飲を勧めれば……。

自分の事ながら酷い宣伝だと思う。
こういう仕事は実際のところまゆ辺りが適任なのだろう。

私はステージ上の星野さんに視線を向ける。
真剣な顔で準備を進めている……私は“あの言葉”を言った彼女のその顔を尿意で歪めないといけない。
演奏をしている2〜30分は拘束されるが問題はそのあと。
多分、切羽詰まるまでは行かずに拘束が解かれるわけで……後はどう足止めするか……。

考えを巡らせる中、周囲が騒がしくなり時間は10時……星野さんのバンドグループの演奏が始まった。
音楽に疎い私から見ても、お世辞にも上手いものじゃないと思う……だけど、星野さんは笑顔で、周りもそれなりに盛り上がってるように思う。
「綾菜、見に来なよ!」……私に言った星野さんの元気な声――……まぁ、『声』の事を差し引いても来てよかったかな。

654事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。9:2019/04/30(火) 01:10:14
――
 ――

「……おつかれさま、コレ飲む?」

約20分程の演奏を終え、やり切った顔をした星野さんにスポーツドリンクを渡す。
演奏中に考えていた作戦の一つ、歌った後で喉の乾いた所に追加の水分。
単純でストレートな作戦。だけど一番効くし不自然じゃない。

「綾菜ーメイドの格好してるだけあって気が利くじゃーん」

星野さんは疑うことなくスポーツドリンクを手に取りそのまま口を傾ける。

「……一気にぐぐっと飲んじゃって」

星野さんは飲みながらそれを聞いて笑ったように見えた。
事前に飲んでいたコーヒーは歌うには適した飲み物ではなかったし、喉が渇いて当然。
傾けられたペットボトルは見る見る減って、900ml全てを飲み干す――……ほんとに一気とは……ちょろい。まぁ、歌った後なのだから仕方ないけど。

「ぷはー生き返るー」

それにしても演奏を始めてから『声』が全く聞こえてこない。
力一杯歌った後で体内水分量事態は減ってはいるだろうけど、尿量が下がるはずがないので、尿意が自覚できていない状態と言うこと。
演奏を終えた今も『聞こえない』のはきっとまだ演奏の余韻が星野さんの中にあるのだと思う。

――……はぁ、これからが大事……。

水分はそれなりに取らせた……あとは時間。
とりあえずは一緒に回ることでトイレに行きにくい状況を作る。

「……ねぇ星野さん、これから私と文化祭少し見て回らない?」

私の言葉に星野さんはしばらく瞬きしてこちらを見る。

――……あ、あれ? 変だったかな? 今の誘い方……。

二つ返事、もしくは別の用事だと間を置かずに応えてくるものだと予想していたが……。
星野さんの意外な反応に少したじろぐ。

「……へーそっちからとかちょっと意外…、いいよ、いいじゃん行こう行こう!」『っと、そういえば私トイレ行きたかったんだっけ……』

――っ……『声』……尿意を自覚したって事。
それと……まぁ、そうか、私からこんなこと言いだすのは星野さんからしてみれば意外なことか。

星野さんの反応にはただの驚きだけではなく、僅かだけど不機嫌な雰囲気も感じ取れた。
私に気も配らず話してきた星野さんだけど、別に相手がどんな性格かが見えていないわけじゃない。
星野さんは多分、活発な方でない私のことを常にリードしたいとか振り回したいとか……そう考えていたんだ。

……。

でも、そんなことより問題なのは星野さんがトイレと言い出すかどうかだけど、性格的に考えると言い出さないってことはないと思う。
あとはどの程度まで隠すか……下手したらトイレと言うことに羞恥心を全く感じない人かもしれない。
尿意を忘れていたとは言え、最初に催してから30分ほど……あれだけのコーヒーを飲んでおいて
ちょっとしたい程度なわけがない。相当溜まってきているはず。
もし言い出して来てしまったら、作戦その二で少しでも時間を引き延ばすほかないが――……本当は最後に取っておきたいんだけど。

『トイレ……どうしよっかな……』

一緒に歩く中『声』が聞こえる。
だけどその『声』は思っていたほど大きくなく、それほど追い詰められていないことがわかった。
つまり星野さんは我慢強い? ……それか鈍感で急に我慢が効かなくなるタイプ?

――……いや、後者はないかな? ……後者だったらいくらトイレに行くことに遠慮がない性格だったとしても危険な場面にはなりやすいわけだし
そうなると“あの言葉”を自然に言えると思えないわけで。

『はぁ……トイレ並んでんじゃん……折角誘ってくれたのに早々に待たせるってのもなぁ……』

……。
無神経な人……そう思っていたけど、少しは考えてくれてる……。
鼓動が早くなる……だけど昂揚からじゃない、これは多分自分がしてることへの罪悪感から。
何時振りだろう、此処まで故意に誰かを追い詰めようと考え、行動してるのは。

655事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。10:2019/04/30(火) 01:11:22
――……ちょっと…調子狂う…なぁ。

いつもの私じゃない……わかってる、だけど星野さんを見ているとどうしても“あの言葉”が頭を離れない。
失敗させたい、我慢できないってことがどういうことなのかわからせたい。でも、それはきっと――

「ちょ、ちょっと! なんでお化け屋敷の前で止まるのよ!」

星野さんが荒げた声を上げる。
いつの間にか私は歩みを止めていたらしい。
お化け屋敷――……っていうか星野さんのこの反応って……。

「……え、怖いんですか?」
「っ! こ、怖いわけ…ない……じゃん」

――あ、怖いんだ。

最初の勢いに比べ、後になるほど小さくなる声に確信する。
これは思わぬ収穫。作戦その二は温存して怖がりな所を上手く利用したい。

「……それじゃ入ろうか」

「っ!!」

少し広めの視聴覚室を使ったお化け屋敷。
入口に私は歩みを進め――

<グイッ>

メイド服の袖が引っ張られるのを感じて歩みを止めて振り向く。
赤い顔をして悔しそうな顔で視線を逸らしてる星野さん……これは相当な怖がり……。

「……それじゃ入るのはやっぱやめて、ちょっと壁に貼ってある学校の七不思議でも見よ?」

譲歩という形。でも実際これだけでも十分――というか、多分こっちのほうが効果的。
文化祭準備の時に行われていた複数のトイレの下調べ、それと五条さんの台詞からトイレに纏わる学校の七不思議があると踏んで調査済み。
これだけの怖がりなら多分読むだけで十分怖がってくれる。

私はメイド服を掴む星野さんの手を手首から掴んで壁に貼られた掲示物の前まで行く。
少し重いがそれでも完全な拒絶じゃない。
私が譲歩したことで断りにくいのはわかるが、正直上手くいくかは微妙なところだと思っていた。
行動力がまゆ並かそれ以上に高く、見た目や言動からも自分勝手さもきっと高いと思っていたから。
事実自分勝手さは高いはず。それなのに拒絶をしなかったのは恐らくプライドの高さ。
お化け屋敷は許容オーバーだったのだと思うが、掲示物を読む程度はプライドが邪魔して拒絶できなかったと言ったところか。

「……えーと、学校の七不思議の一つ…トイレの中で神隠し――」

私は絶対に読まないであろう星野さんに聞こえるように小さく声に出して読み上げる。
怪談の内容は、トイレの個室に入ってから外に出てみると血まみれのトイレ内になった別世界となっていて誰の姿も見えずそのまま行方不明になるというもの。
想像すると割と怖いかもしれない。個室という空間でどうしても一人にならざるおえない辺りが不安を煽る。
だけど、一体行方不明になった人がいる場所の詳細がなぜわかるのか……言うだけ野暮か。
掲示物には人気のないトイレと書いてあるが、星野さんは見ていないので敢えて読まないでおく。

『うぅ……なにそれ怖い……どうしよう…白縫いないかな?』

――白縫? 五条さんの事だよね?

なぜそこで五条さんの名前が挙がるのか……。
私は別の怪談を眺めている振りをしながら『声』に意識を傾ける。

『あいつケータイ持ってないし…トイレ……とりあえず我慢しなきゃ……』

――……えっと???

さっぱりわからない。
わからないけど……なんにしても私がしなきゃいけないのは星野さんをトイレに行かせないこと。
我慢しなきゃと言った以上、怪談効果は絶大らしいから一緒に回るだけで割と良い『声』が聞けるところまで我慢してくれるかもしれない。
注意すべき点は五条さん……さっきの『声』の内容からだと五条さんと連絡が付くとトイレに行ける、トイレが怖くなくなる、我慢せずに済むみたいに聞こえる。
珍しいことに五条さんは携帯を持っていないらしいので直接合わせなければいい。

656事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。11:2019/04/30(火) 01:13:03
「ねぇ、そろそろ次行こっ!」

怪談を読む振りをしていると、掴んでいた星野さんの手が強く引かれ振り払われた。
――っというか、私ずっと星野さんの手首掴んだままだったのか……。

「ご、強引に怖い話聞かせたかったみたいだけど、ふんっ! 本当にこんなのどうってことないしっ」

「……じゃあ次はお化け屋敷入ろう? 冷やかしだけじゃ悪い――」
「こっ、ここ以外の次! てか、わざと言ってるでしょ!」

星野さんは真っ赤になって声を荒げる。

「……うーん、それじゃ体育館にでも行く? 確か演劇部と星野さんのクラスの演目がそろそろじゃなかった?」

「あー、私は二日目の方だし今日のは出なくても大丈夫って言われてたけど、そっか見に行くのはありか」

――……中座しにくい環境だし最適解なんじゃ――あ、いや……五条さん……星野さんと同じクラス……出会う可能性上げちゃった?

我慢させるには打って付け……そう思い提案したはずだった。
だけど、星野さんと同じクラスの五条さんに会う可能性の高い選択でもある……。
だからと言って、星野さんも納得した今となっては別の行き先を言うのは不自然。

『うーん、おしっこ…結構したくなってきた……なんでだろ? いつもこんなに急に来ないのにな……』

星野さんの『声』が聞こえる。
急速に膨れ上がる尿意に僅かだけど戸惑いを感じてる……だけど、まだ切羽詰まっているわけじゃない。
追加で飲ませたスポーツドリンクの効果はまだこれから……だけど、歌うことで消費された水分は割と多かったのかもしれない。

体育館に着く。舞台を見るために乱雑に置かれたパイプ椅子が並んでいる。
私たちの周囲、そして見える範囲で座っている中に恐らく五条さんはいない。
演劇に出演してるなら終わるまでは安心ではあるが……演劇は約40分……今の星野さんの具合から行くとかなり微妙なところ。

「……この辺空いてるからここで見よう」

私はすぐ近くに周囲に人がいない場所を見つけ、ここで見ようと提案をする。
星野さんが五条さんを見つけてしまえば計画が破綻するわけで早く座って見渡せる範囲を制限したい。
だけど、星野さんは立ったまま動こうとしない。私は疑問に思い星野さんに視線を向ける。

「なんか、さっきから随分主導権もってくじゃん……」

不満、不審、苛立ち……星野さんは感情を隠さない態度で私に詰め寄る。
それに気圧され、私は一歩退く。

「……えっと、この格好だと目立つし、早く座りたいっていうか……」
「宣伝目的でしょ? 目立ってた方がいいじゃん?」

「……そう、なんだけど……宣伝は建前だったから……」
「なんの建前よ?」

――……仕事を抜け出すための……違う、もっとストレートに――

「………星野さんの…ライブ見に行くための……」

「え……あー、無理に抜けて来たの?」

星野さんは詰め寄っていた身体を引っ込めて、少しばつの悪そうな顔をする。

「……まぁ……でも、客が減ってきてたし、人手事態は浮いてたから……」

「ふーん……でもその格好で歩き回るのは本当は嫌って事なんでしょ?」

嫌ではあるけど……そうは言えない。
言ってしまえばもしかしたら無理して一緒に回らなくていいと言われるかもしれない。
そうなればここで別れ、星野さんは五条さんを見つけに行くことになると思う。

……。

「……戻っても喫茶店で結局この格好だし……だったら星野さんとこうしてる方がいいかなって……」

「綾菜……ぷ、嬉しいこといってくれるじゃん!」

星野さんは笑いながら私の両方の頬を引っ張る。
私の言ったことは半分は本心ではあるけど、声に出して言ってからかなり恥ずかしい事を言ってしまった気がした。
それを意識して自分の顔が熱くなる感じがした後、すぐに頬を引っ張られたので正直言って助かった。
ただ、加減がわかっていないのか地味に痛い……けど、星野さんは本当に楽しそうで、機嫌は直ってくれたらしい。

657事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。12:2019/04/30(火) 01:13:56
  「――ま、間もなく開演です」

緊張しているのか少し上ずったアナウンスが聞こえた後、体育館の明かりが暗くなる。
それと同時に星野さんの手が私の頬から離れる。

『あ、しまった、おしっこしたいのに……白縫探し損ねた。まぁ、終わるまで我慢して、それからでいいかー』

不安な気持ちは殆どない……本当に平気なつもりで言ってる。
今までの『声』から考えて、恐らく沢山飲んだ事とトイレに行きたくなることが確り結びついて無い様に思う。
普通に身体の機能としてそのことを理解してる人も多いとは思うがそうでない人も少なからずいる。
沢山我慢できる人の場合、少々多めに水分を取っていたからと言ってすぐに強く催すことがないので実体験でその知識を得ることが出来ない。
星野さんはそういうタイプなのかもしれない。

……。

終わる頃には切羽詰まってるはず……だけど、もう一押し出来るならしてもいいかもしれない。
私は紙コップを取り出し、水筒の蓋を開ける。

「あ、コーヒー飲むの?」

音と香りで気が付いたらしい。
私は「はい」と言いながら半ば強引に紙コップを持たせる。

「ちょっと、別に私はいらないんだけどっ」

「……付き合ってよ、減ってないと戻ったとき宣伝活動サボったみたいに思われるし」

私はそれっぽい断りにくい言葉を返す。
星野さんは複雑な表情をしてから何も言わずに紙コップを私が注ぎやすい様に差し出す。

――……あー……やだなこの感じ……。

断ってくれてよかったのに、そんな勝手なことを思ってしまう。
善意を利用して罠に嵌める……自分でして置きながら胸が苦しくなる。
“あの言葉”を聞いたときの印象とはまるで違う星野さん。
今までのやり取り、そして欲しくもないコーヒーを飲んでくれる……星野さんは最低限の良識は確り持ってる。
私の中の星野さんはもっと自分勝手で良識無くて口が悪くて――……なんで……なんでそんなイメージしてた?

それは、相手を悪だと思いたかったから。
要するに私は自分の良心を痛めないための理由が欲しかった……。

星野さんはそんな人じゃない……わかったならこんなバカな事しなきゃいいのに……絶対後で後悔するのに。
それなのに……やっぱり私は“あの言葉”が頭を離れない。おもらしなんてありえない――……あの時の紗も……。

――……そう、わかってる……これは八つ当たりも含めてる……。

私は星野さんの言葉と紗に言われた言葉を無意識に重ねていた。
紗だって悪くないのに……そもそもあれは私が悪いはずなのに……。

全部わかってる……それでも、おもらしなんてありえないと言える、星野さんの『声』が聞きたい。
そういう『声』が好きなのは間違いないしそれが一番の理由……だけど、それだけじゃない…今日の私はきっと見返したいんだ。
おもらしなんてありえない……あってはいけない事だけど、あり得ることなんだって、ちゃんと知ってほしい。

……。

私は星野さんの紙コップにコーヒーを3割ほど入れて水筒を立てる。

「こんだけでいいの?」

「……うん、やっぱ悪いし、自分でも飲むし」

私はそう言って自分の紙コップには6割ほどコーヒーを淹れる。
中露半端な気持ちが、注いだコーヒーの量に反映されてる。
少しでも罪悪感を感じないように自分の分を多くして……だけどそれは私に余裕があるからで、結局打算的な考えで。
私自身、現時点でそれほど催しているわけじゃない。今が3〜4割程度……そしてこれ以外の水分も朝以降取っていない。
星野さんは最初のコーヒー以外にスポーツドリンクと今淹れたコーヒー。
仮に星野さんがまゆほど貯められるとしても私に十分余裕がある。

――……はぁ……。

私は気持ちを切り替えるため一口コーヒーを口に含み、視線を前に向ける。
演目は「ロミオとジュリエット」で定番ではあるがキャストは全員女性……女子校なので仕方がないのだけど。

『はぁ……ほんと、トイレ行きたい……けど、怪談……』

魅惑的な『声』に視線だけで星野さんを見るが仕草には表れていない。
でもそれは時間が解決してくれる。『声』が大きくなってきているのは間違いない。
それは飲んだものが下腹部に溜まり、尿意が膨らんで来ている証しなのだから。

658事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。13:2019/04/30(火) 01:15:18
――
 ――

10分、20分と時間が経つ。
最初は演劇に集中していたためか、時折『声』が聞こえる程度だったが、今は違う。

『ふぅ……おしっこ……うーおかしいな、いつもこんなことないのに……』

隣で座る星野さんの身体が僅かに揺れる。
間違いなく切羽詰まってきている『声』……演劇が終わるまであと20分くらいだけど、この勢いだとギリギリかもしれない。
だけど、星野さんの『声』は焦りというよりかは、苛立ち――……自身が置かれている状況が見えていない?

……ちがう。
多分星野さんはただわかってないだけ……限界の先に起きることを。

『あー……もう、ほんっと、落ち着かないなぁ……』

我慢は出来るものだと信じて疑わない。

『はぁ、コレ…結構辛い……ったく白縫どこいんのよ?』

もう子供じゃない、高校生があり得ない。

『っ……我慢…我慢……おしっこ…おしっこ…』

……。

演劇はもう終盤。
あと5分もすれば幕が下りる。

「(んっ……はぁ……)」『な、なんで……ま、待ってコレ……ほんとに辛いっ…んだけ…ど』

隣で星野さんが小さく息を漏らす。パイプ椅子の上で組んだ足が小刻みに揺れる。
さっきまでと違い『声』に焦りと困惑が膨らみ、切迫した状態なのが感じ取れる……。

――……そうだよ…我慢って無限に出来るものじゃない……。

「(あ、綾菜……ちょっと抜けていいかな?)」『白縫! とにかく白縫探さなきゃ! なにこれ……辛すぎ…じゃん、トイレっ、トイレ……』

私の肩を軽く叩いて、小さな声で話しかける。
演劇はもうクライマックスだというのに……。

――……星野さんにとって今…未知の感覚なんでしょ? それが我慢できないって事なんだよ?
だけど……まだ足りない。皆こんなものじゃなかった。まだ我慢できるはずだよ星野さん。
辛いでしょ? でももっと辛い……まだまだ辛くなる。これから更にずっと辛くなる……。
辛いなんて言葉でいられるのは今だけ……もっと直接的な言葉しか浮かばなくなるんだよ。
だから――

「(……もうちょっとみたいだし最後まで一緒に見よ?)」

私の口から零れたのは意地悪な言葉。
心臓の音が周囲の人にも聞こえてるんじゃないかってくらい大きな音で動いてる。

659事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。14:2019/04/30(火) 01:16:04
――……大丈夫。星野さんなら我慢できるよね?

今、星野さんを追い詰めているのは大きな尿意の波。
だけど、波はしばらくすれば落ち着いていく。一時的なもの……。

「(っ……ま、まぁ…いいけど)」『ふー、っ…あぁ、ダメ足が揺れちゃってる……早く、もう早く終わんなさいよっ』

演劇なんてもう見ていない。
私は時折気が付かれないように視線を向けて……声や『声』、身じろぐ音や気配に意識を傾け……。

――……これくらい我慢できるでしょ? だって星野さんが言ったんだよ……おもらしなんてありえない…って。

「(ふぅー…すぅ……はぁ……)」『っ……ちょっと…落ち着いた?』

明らかに落ち着きがなかった星野さんだったが、上手く波をやり過ごせたらしく『声』も少し落ち着く。
私はもう少し追い詰められても良かったと意地悪いことを思いながらも、心のどこかで少し安堵もしていた。

<パチパチ――>

周囲から拍手が起きる。
意識を舞台へ向けると演劇が終わったらしく幕が下りる。

「歌恋、見つけた、……メイドさんと逢引き?」

背後から突然声が聞こえて私は少し驚く。

「っ!! しら…っ! あっ…んっ!」『あ、ちょ……〜〜っ、あ、あぶな……え、危ない? って……』

当然私以上に星野さんは驚き、そのあとすぐ、ほんの数秒片手がスカートの前を押さえる。
驚きから我慢することへの意識が外れて……危うく失敗を犯してしまう一歩手前……。

『ありえない…服着てるし、人前なのに……ちょっと驚いたからって、おもらししそうになるなんて…ありえないよね? ……っ』

星野さんは一瞬想像した、一歩押さえるのが遅ければ、どうなっていたか……。
ありえないはずだと思っていることが、起きてしまえた可能性に。

「し、白縫っちょっと聞きたいんだけどっ! か、怪談! …っ、えっと、な、なんかトイレの怪談! あれってガセだよねっ?」
『は、はやくっ、早く教えてっ! 我慢してるってバレちゃう!』

星野さんはパイプ椅子に座る角度を変えて、五条さんに慌てて問いかける。
これが五条さんを探していた理由?

「怪談……七不思議? ……そう、あれは全部、ただの噂」

「そ、そっか、……っ綾菜、ちょっと待っててっ!」『あぁ、トイレ! トイレ〜!』

五条さんが答えると星野さんは音を立ててパイプ椅子から立ち上がり、小走りで体育館の出口へ向かう。
私もそのあとを追うために立ち上がる。

660事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。15:2019/04/30(火) 01:17:11
「……ちょ、まって――」
「雛倉さん、止まって」

五条さんが私の目の前に移動し静止をかける。

「え、えっと……?」

私は五条さんに視線を向けて言葉を待つ。
恐らく星野さんがすぐにトイレに入れることはないとは思うがなるべく早く後を追いたい。

「コーヒー、試飲したい」

プラカードに書いた“コーヒー試飲できます”を指差しながら五条さんは言った。
そういうことか……飲み比べの時の事も考えるに、五条さんはコーヒーが割と好きなのかもしれない。

「……あー、うん……ちょっと待って……」

時間は惜しいが流石に断れない。
私はプラカードを近くのパイプ椅子の上に置き、紙コップを取り出して五条さんに持ってもらう。
後は水筒に入ったコーヒーを――

「あんまり、歌恋の事、いじめないでね」

「え!」

急な言葉に手が止まる。

「あんなだけど、怖がりだから……」

――あ……そっちか、そういう事……。

私はてっきり故意にトイレ我慢に追い込んでいるのを見抜かれたのかと思って焦った。
だけど、幸いそうではないらしい。
私は「わかった」と返事をしてコーヒーを注ぐ手を再び動かす。

それにしても――

「……星野さんって五条さんの事、信頼してるんだね……たった一言で安心させられるだから」

ただの噂、その一声を五条さんから聞きたいがために星野さんは彼女を探していた。
噂かどうかなんて誰にでも聞けることなのに。

「ちょっと、勘違いしてる。……幽霊が怖いのは、得体が知れないから……でしょ?
私は、見えるから……得体がわかる人の言葉だから」

――……え?

一瞬何を言ったのかわからなかった。
見える……得体の知れないものが……つまりそれは幽霊が見える?
見える人からの怪談の否定、確かにこれ以上ないくらい信頼できる言葉だけど……。

――……見える? ありえ――いや、私のテレパシー、皐先輩の透視があるのなら、霊感って言うのも否定はできない?

超能力の一種、無い人にはわからないものを認識できるものが存在しているのならあるいは……。
それでも、俄かには信じられないが、よくわからない五条さんを見てると……あり得るのかも知れない。
私はコーヒーを注ぎ終わると「……そう、なんだ」と無難な言葉を言って荷物をまとめて持ち直す。

「……だとしても……信頼はされてると思うよ」

見えるなんて言葉を信じてる時点でそういう事。
私は軽く会釈をして背中を向ける。

「歌恋、大雑把で高慢ちきだけど、……意外と傷つきやすいから、出来れば優しくしてあげて」

背を向けた直後に五条さんはそう言って、私が振り向くと「コーヒー、ありがとう」と言って紙コップ片手に私たちが座っていた当たりのパイプ椅子に座る。

661事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。16:2019/04/30(火) 01:18:00
『っ……外まで並んで……あぁ、ど、どうしよ……辛い、さっきみたいにまた我慢辛くなってきた……』

星野さんの『声』が聞こえる。私は再び体育館の出口に向かう。
私が予想していた通り体育館を出たところにあるトイレは混雑してるらしい。
当然の事、演劇の後だしそもそもあそこのトイレは一か所しか使えない。

体育館を出てトイレの方へ視線を向けると星野さんが目の前にいて……まだ並ぶかどうかで迷っているらしい。
もしかしたら私が体育館に居るから、なるべく近い場所で……そう考えているのかも知れない。

身体が揺れ、落ち着きがない…それに手がスカートの前に?
押さえているのか、添えられているのか、スカートを握りしめているだけなのか、彷徨わせてるだけなのか……今の位置からでは判断できない。
私は確認するために星野さんに近づく。

『や、やっぱ別のトイレにっ』「っ!」

『声』と共に星野さんが急に振り返り、あっさり私に気が付く……。

『っ……もしかして押さえちゃってるの……見られてた?』

振り返ったときには既に手は前を押さえてはいなかったが
『声』で自白してくれたので、直前まで押さえていたことは確認出来た――……可愛い。

――……可愛い……か。さっきから可愛いはずなのに、ちゃんと意識したのって今が最初……?

今日は色々考えすぎてる……。
一番大事な事は、可愛い星野さんを見る事のはずなのに。

「……どうしたの――って……混んでるのか、演劇終わってすぐだしね」

私はトイレが混雑していることを、今気が付いた風を装い声を掛ける。
星野さんは「そうだね」と言った。さっき振り返ったのは他のトイレに行くため、このままじゃ簡単に間に合ってしまうかもしれない。
……押さえるのを見られたくない、それに五条さんも言っていた高慢ちきな……プライドの高い星野さん。

……。

「我慢……できる?」

ぽつりと呟くように私は星野さんに問いかける。

「なっ! 当たり前じゃん! このくらい全然平気だしっ」『大丈夫っ、ちょっと辛いだけだし、よ、余裕で我慢できる!』

期待通りの言葉が返ってくる……先手を打って正解だった。
ここで並ぶ並ばないは、本来我慢できる出来ないに関わらず選択できる言葉のはず。だけど、私の言葉でそれは少し変わった。
別のトイレに行くと言えば、我慢できないから……そう取られかねないと思うはず。
そして、その誤解を与えないために一言付け加えたとしても、それは言い訳しているみたいになってしまう。
実際、星野さんは限界が近い、だからこそ言い訳に聞こえるんじゃないかって強く意識する。
簡単には別のトイレに行くとは言えなくなった……はず。

星野さんは混雑したトイレの最後尾に並ぶ、私もその後ろに並ぶ。
外に並んでいるのは私たち以外は一般来場者、此処のトイレの事情を知っていない人。
その人数は4人、中にも2〜3人いるとして最低6人、一人2分とした場合12分。
思ったよりずっと頑張ってる星野さん……だけど『声』の大きさからして微妙な時間。
座っていたさっきまでとは違い、立ったままでの我慢は辛い。ましてや仕草を抑えて、前を押さえないでいる事なんて絶対に無理な時間。

弱音が聞きたい。
本当に追い詰められて「やっぱり他のトイレへ」って言ってくる星野さんが見たい。

662事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。17:2019/04/30(火) 01:19:14
「あ、綾菜も…トイレ?」『後ろに並ばれると……だめ、落ち着いて、平静平静……めちゃくちゃ我慢してるとか知られたくないし……』

私は頷きで返す。もちろん余裕はある。
それでも体育館で飲んだコーヒーの影響もあってか、それなりには溜まってきているけど。

「えっと、大丈夫…その格好と荷物?」『だめ、これ……辛い、我慢…我慢しなきゃなのに……押さえたい、じっとしたくないっ』

平静を装う声と焦る『声』のギャップが……。
ステップを踏みそうで踏まない足、だけど腰回りが少しもじもじと揺れていて――……バレてないつもり? 凄く可愛い。

……。

――……格好? あ、そうか……ロングのメイド服とこの荷物……。

荷物が多すぎる上に、あまりトイレに持ち込むべきじゃない試飲のコーヒーが入った水筒も持っている。
その上、ロングのメイド服と言うのも入りにくいし、飲食系であるメイド喫茶の印象を下げる可能性もある。
……やめた方が良いかもしれない。

「……確かに、この格好じゃ良くないか」

「だ、だったら…綾菜は一度クラスに…戻った方が、良いんじゃない?」『行って! その間に他のトイレに行ければもっと早く済ませられるっ!』

やっぱりそうなる。
星野さんの意見は正しい。トイレ待ちをしている間にクラスに戻れというのはとても自然な話。
だけど……私もここまで来て引けない。

「……まぁ、メイド服は気を付ければいいし、荷物は……私の時星野さんが持っててくれると助かるかな」

「――っ! そ、そう…っ……わかった……」『んっ…そんな……っ! あ、ダメ、押さえない、我慢、我慢、が…我慢して』

『声』がまた一段と大きくなる。
私がこの場に留まる事が決まり少なからず動揺を与えたのかもしれない。
立っているときは仕草を隠すのが難しいはず――……押さえずに、仕草を隠してこの波を抑えられる?

「(んっ…ぅ……っ)」『が、我慢、我慢する…だけじゃん! ……あぁ、なのにっ…これ……あ、んっ……だめ、我慢しなきゃ……』

声を抑えて、肩を震わせ必死に耐える。
交差させている足は不規則に揺れて……手はスカートの横の生地を掴んで太腿の前に。
僅かに前屈みで、頭を少し下げて足元に視線を落としているのがわかる。

軽く見ただけじゃわからない人もいるかもしれない。
だけど、注意深く見なくてもわかる程度には我慢の仕草が溢れ出てる――……いい…凄く可愛い。

「はっ、はぁ…っ」『あ、あぁ……だめ、ほんと……なんでっ…さっきより……つら――我慢、できなっ……あ、あっ…』

交差されて居た足を組み替え、同時に手が前に持って行かれる。
後ろからなのでちゃんと見えているわけではないが、その手は恐らくスカートの前を……。
その後も膝を時折少し上げ組み替えてを二度三度繰り返す。そのたびに身体が少しずつ前に傾いていく。
くねくねもじもじと揺れ動く姿は、さっきまでとは違い誰が見ても見っとも無い我慢の仕草で……ちょっと――ではなくかなり心配になってきた。
まだ、ちゃんと我慢出来てる……けど『声』の大きさはおもらし寸前のそれに近い。

「はぁ…っ……あぁ……」
『お、治まって! 無理…こんなっ……ど、どうしよ? あぁ、我慢しなきゃ…なのにっ、あっ…待って、あぁ嘘っ! ちょ…そんな冗談じゃ…くっ……あっ、あぁっ!』

もじもじと動いていた身体が強張り動きを止めたかと思うと、ほんの一瞬身体が跳ねるように動き、そのあと深く前に傾く。

――……っ! まさかっ――いや、大丈夫、足元は何ともない……けど、今のって……やっぱり……。

「はぁ…はぁ…うぅ……」
『なによ……これ、なんの冗談? っ……気のせいじゃ…ない? 今、私……ちょっとだけ……』

仕草が少し落ち着いていくのがわかる。
尿意の波を乗り切って……でも、仕草と『声』を察するに無傷じゃない。
被害がどの程度のものかはわからない。
だけど、ついに星野さんが……おもらしなんてありえないと言った彼女が、私の前で我慢できなくなってる。
おもらしが現実味を帯びてきてる……彼女にとってありえないはずの失敗……おもらし……。

663事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。18:2019/04/30(火) 01:20:12
――……っ…ど、どうする? まだトイレの中にさえ入れてない……このまま並んでたら間に合わないんじゃ?

順番待ちは並び始めてから二人分進んだ直後。
次の波が来たら星野さんは……ちゃんと我慢できる? 小さな失敗だけで済む?

鼓動が早くなる。思い知らせることが出来たし、最高に可愛いと思う……だけど、このままだとそれだけじゃなく……。
もし私のせいでこんな所で失敗なんて、おもらしなんて事になったら……違う、私のせいじゃなくても私は多分……助けたい。
自分で追い込んで……こんなの倒錯してるってわかってる。けど――

「……ほ、星野さん!」

「っ! や、これは……」『んっ…あぁ、見られた…よね…さっきの格好。うぅ、最悪じゃん……あぅ……トイレ――おしっこ……こんなところ見られるなんて……』

振り向いた星野さんの顔は一気に真っ赤になり私から視線を逸らす。
本当は星野さんの口から弱音を聞きたかった……だけど、もう待っているわけにはいかない。

「……別のトイレに行かない?」

「っ……え…、だ、大丈夫、私は我慢できる…し」『やだ、そんなの我慢出来ないみたい……絶対だめ、それだけは……我慢してやる、絶対にっ』

星野さんはそう言うと再び前を見てしまう。
意地になってる……見っとも無いところ見せて、これ以上は絶対にって……。
星野さんはわかってない。一度崩れだしたらそれはもう猶予がないってことに。
周りに気が付かれない失敗なんて精々20mlとかその程度のもので、量的には僅かな違いでしかない。
不意に失敗したものじゃなく、必死に我慢して失敗したということは、次同じくらいの波が来た時にまた繰り返す事になる。
そして、我慢する体力にも限界はあって、さっきの様にすぐに止めれる保証はない。

……。

「(……わ、私が間に合わないかもしれないから……)」

私は後ろから星野さんに耳打ちする。
口先だけでもいい、星野さんにどうにか動いてもらわないと……ここじゃ人が多すぎる。
私じゃ周りを誤魔化しきれない。

「そ、そんなに…いうなら……」『違う、多分…綾菜は私の為に? あぁ……んっ……我慢できる、出来るはず、なのに……早く、したい…はやくぅ、おしっこ、トイレっ――』

星野さんは振り向き、だけど視線を合わせずに応える。
私の言葉が本心でないことは察してる。

星野さんの片手は私が見ているにも拘わらず前から離せずにいる。
それはそうしていないと我慢が出来ないから……もしくは、その手で隠されたスカートの一部分には失敗の跡が残っていて、それを隠すために。

「……とりあえず校舎に向かおう」

距離から考えて、使うトイレは購買近くのトイレか、二階の更衣室前のトイレ。
購買近くのトイレは人の多い中庭に近く、個室の数が少ない。
更衣室前のトイレは個室の数が比較的多いが、生徒はそのことを知っているので演劇を見ていた生徒が向かった可能性がある。
二階にあるのも今の星野さんには辛い道のりかも知れない。

『っ……が、我慢…もう絶対……しない、さっきのはきっと…油断してたんだ……次は我慢、出来る……あぁ…トイレ、おしっこ……』

少し前屈みで覚束無い足取り、支えて歩いてあげようか迷ったが、きっとそれは求められていない。私はただ半歩後ろを歩くだけに留める。
もうすぐ校舎、そしたらどっちに歩みを進めるか……星野さんが決めるはず。

664事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。19:2019/04/30(火) 01:21:48
「はぁ……んっ…ふぅ……あ、んっ…はぁ……」『こ、これ……待って…っ! だ、大丈夫、油断…しないし、我慢する、絶対っ……』

校舎に入り、星野さんは階段の手すりに片手を置いて立ち止まる。
俯き荒い呼吸をする星野さんの『声』がまた大きく膨らんできてる……。

「んっ……くぅ……あぁ」『落ち着け、治まれ……あと少しなの……階段…二階……上のトイレ、トイレ……んっ…やぁ……が、まん……するんだからっ!』

――……これ、ほんとに……だって『声』が…どんどん大きく……。

絶対失敗しない我慢するという強い意志、だけど……焦燥も困惑も膨れていく『声』。
本当に限界、このままじゃ本当に……こんなところで……。

「あぁ、あ、あ……まって…っ! やぁ」『あ、嘘、だめこれ……む、無理っ…や、だめ、がまん、ぜったい、なのにっ…あっあぁぁ!』

先ほどと同じように身体が強張り、小さく全身が震える。

――……ほ、本当に……っ……どうしよ?

「くっ…んぁ……ちょ、だめぇ……」『あっ、あぁっ! んっ、で、出てっ――とめ、我慢…お願いっ!!』

私は斜め前から星野さんの様子を窺う。
心配だし、確認したい……人通りは多いわけじゃないが場合によっては私が何か対応しないと……。

――っ! ス、スカートが……ちょ、え……こ、こんなに……?

押さえ込まれたスカートの一部分が色濃く染まり、限界まで水分を含んだためかスカートの裾辺りまで染みの流れを作っていて……。
苦しそうな、今にも挫けてしまいそうな顔で、額から汗を流して……。

隠しようのない失敗……おもらし。
星野さん――……か、可愛いけど…けどっ! こんなところで…だめっ!

だけど、私はどうすればいいかわからない。
どうすれば助けられる? トイレはまだ遠い、それに今無理に移動させるなんてこと出来ない。
こんな姿……誰かに見られたら星野さんは――

「っ……ふっ…んっ! はぁー……」『――っ、と、止まった? でもっ…あぁ、まだ、私っ……んっ――てか、嘘…スカートが…こんな……』

星野さんは一度始まった大きな失態を押さえ込んだ。
それでも、その被害は誤魔化せるものなんかじゃなくて……足にも、靴下にまでその失敗の跡を僅かに残すほど。
この格好のまま移動するのは危険、簡単に隠せる程度の被害じゃない。だけど、星野さんはまだ沢山我慢してて……。
正面は階段の手すり、廊下側には背を向けてるし私の身体で死角にもなっているけど、もし階段から降りてくる人が居たら……
見られたらおもらしだと一目でわかってしまう……だからどうにかしないと、ここにずっといるわけにはいかない。
それに此処に留まり続けたところで、恥ずかしい水たまりを作ることになるのはもう時間の問題。
そうなれば水たまりも、音も……廊下側からも当然気付かれてしまう。

――……え、ど、どうするの?

「んっ…み、ないで……はぁ…――綾菜…んっ…」『や、やだ、こんな……の……隠れ、とりあえずどこかっ!』

――っ!

私の顔を見た星野さんは顔を背けて、私を押しのけるように駆け出す。
向かった先は階段下の備品倉庫――……そうか、人がいない見つかる可能性が低い場所!

薄暗い普段は誰もより付かない場所。星野さんは鉄の扉を慌てて開けて中に飛び込む。
照明もつけずに飛び込んだ星野さんの後を追って、私は照明のスイッチを押して中に入る。

「えっ! あぁ、綾菜! こ、来ないでっ! あっ…んっ……」
『こんな…姿……み、見られてるっ……のに…あぁ、だめトイレ……次どうする? トイレは? トイレに行かなきゃ意味ないのにっ……あぁ』

「……星野…さん……」

私は言葉に詰まる……濡れたスカートを握りしめ、涙目で自身の犯した失態に混乱しながらも必死で我慢を続ける星野さん。
そんな姿を私に見られて恥ずかしく思い、だけど、そんな事ばかり考えていられるほどの余裕がない。
本当に可愛い……もう、ここには他人の視線はない……私たちだけ。

665事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。20:2019/04/30(火) 01:22:48
……。

「……もう我慢……できない?」

――あ、あれ? 私…何言って……?

言いたかった言葉。今なら言える?
星野さんを見返すための言葉。

涙目で、真っ赤な顔をこちらに向ける星野さん……口の中が乾く。唇が震える。――……最後に、取っておいたあの言葉……。

「……高校生が…おもらしなんて、ありえない――…ですよね?」

ダメなのに……言っちゃいけないのに。
こんなに私は気にしてた……この言葉……。
言いたかったんだ、私……こんなに、星野さんに――言いたかった。
その言葉を――星野さん自身が言ったその言葉を聞いて……どう感じる?

星野さんは私の言葉を聞いて動揺し、困惑した表情で顔を背ける。

「ち、ちがう……これは、おもらしじゃ……ちょっと…だけ……みたいなっ…それだけ、じゃん」
『だって、こんなにまだ、我慢してるっ、あぁ……だめ……でも、もう本当に……』

おもらしじゃないと言い張る星野さん。多分言い訳のつもりじゃない、少し失敗しただけだと……それが星野さんの本心。
周りから見たらそれはどう見てもおもらし……だけど、星野さんの言うこともわかる。
我慢を諦めてない、目に見える失敗ではあれど、水たまりも作ってない、まだ沢山その下腹部に溜まってる……当人にとってこれはまだおもらしじゃない。認められない。
だってまだ、今にも負けそうになるほどの尿意を抱え続けているから。

「……そう、それは少し失敗しただけ……ちゃんとトイレに行けば、まだ間に合う。だって、おもらしなんてありえないんだから」

私の言葉に跳ねるようにして反応する星野さん。彼女自身ありえないと思ってるはずの失敗……それを私から何度も聞かされて強く意識してしまう。
それなのにこれ以上の失敗は、もう認めざる終えない……それが目の前まで迫ってる。

……。

私はカバンを置いてしゃがみ込み、中から替えのスカートと新品の下着、それとタオルを取り出す。

「え……なに? どうして着替え……?」『んっ……どういう事? あぁ、ダメ、考え…られない、おしっこ……早く……でもっ――』

「……流石にその格好じゃここから出れないでしょ? 着替えてトイレに行けばちびっちゃったこともバレないし……」

わかってる私がしてること。
私はまだ星野さんに……辛い我慢の選択を選ばせようとしてる。

「でも……っ、そうかそうだよね…んっ、借りても…いいの?」『だ、大丈夫……さっきより我慢できてる、間に合う、おもらしなんて……しないっ! 今度こそ、もう失敗しないっ!』

恥ずかしいのか申し訳ないのか、喋り方が少ししおらしくなって……だけど――

――……凄い…強いよ星野さん……。 それに凄く可愛い……。

私の言葉を聞いて、まだ必死に我慢しようとする強い意志……。
楽にしてあげないのは悪い事? ……だけど、その星野さんの意志は折れてない、ちゃんとトイレで……そう望んでる。

「……いいよ、使って」

私はまずタオルを渡し、スカートと下着を星野さんの近くのダンボールの上に置く。
見届けてあげる、それはきっと私のためだけど……我慢を諦めないなら、ちゃんとトイレまで間に合わせたいと思ってるなら……私はそれを手伝いたい。

666事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。21:2019/04/30(火) 01:23:41
「あ、ありがと……ちゃんと洗って…返すから」『はぁ……っ、お願い、トイレまで、落ち着いていて、お願いだからっ……もう、しない、我慢しなきゃっ……』

我慢してるためか、ぎこちない動きでスカートを下ろす。
赤の……一部を真紅色に染めた下着が見えて――それを見て私は慌てて後ろを向く。
星野さんはパニックになっているのか、見られることへの意識が薄くなってる?

「と、扉、開かないように見とくから……」

「えっ! あっ……そっか、ごめん……」
『な、なにして、私……目の前で脱いっ――や、だめっ、待ってそれよりも、は、早くしないとっ…またっ……トイレ……おしっこ……』

<コツコツ…コツコツコツ>

不規則に踏み鳴らす足踏み音……着替えながら、後始末しながら必死で我慢を続ける音。
時折零れる焦燥の声。激しい運動をした後のような荒く熱い息遣い。力が籠められた息を詰める呼吸音。

……。

私は胸に手を当てる……ドキドキしてる……苦しいくらいに。
きっと星野さんは今の私以上に鼓動を早く、大きくして……でもそんなことに気づけないくらい混乱と焦燥、そして我慢の中にいて……。

「はぁ…早く……んっ…はぁ……はや、早くしないと……ほんとに……」『やだ、もうすぐ、着替え終わるのに……こんなのっ、また……だめ、ちゃんと我慢、我慢、がまんしなきゃっじゃんか!』

『声』が再び少しずつ大きくなっていく。
スカートを大きく濡らすほどの失敗をした後だけど……でもそれは結局コップ一杯にも満たない量のはずで。
確かに失敗する前よりも貯め込まれた量が減ったのは間違いない。だとしても、度重なる我慢で括約筋の疲労は確実に蓄積されている。
意志の力で我慢できる? 折角終えた後始末、折角着替えた下着とスカート。今度こそそれを汚すことなくトイレまで――

「っ……き、着替えた、っ…はぁ……は、早くトイレ、トイレ……」『だ、大丈夫、我慢できる……絶対できる、しなきゃダメっ…だからぁ……』

今にも膝から崩れ落ちてしまいそうなほど足が震えて。
着替えたばかりのスカート、その前に両手を重ねて抑え込む。
今からそんな恥ずかしい格好で、ギリギリの状態で本当にトイレまで辿り着けるのか……。

……。

「……紙コップ……使う?」

言っては見たがあれは試飲用に使っていた余りの紙コップで、ギリギリまで入れても200mlに満たない。
使い終わった紙コップだってどう処理すべきなのかわからない。
それでも、もし星野さんが使いたいと思うなら――

「は? ちょっ……ば、馬鹿じゃないの!? んっ…使えるわけ、ないじゃん!」
『が、我慢できる、んっ…する、紙コップなんて……トイレまで、我慢…すればいいっ…それだけ、だからっ』

――……まぁ、そうなるよね…プライド高いし、こんな密室で私がいる前でなんて簡単に出来るわけない…か。

星野さんはちゃんとトイレまで我慢するって言う選択をした。
だったら一刻も早くここから出てトイレに――

667事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。22:2019/04/30(火) 01:24:31
「え? あ……(待って星野さん)」

私は両手が塞がってる星野さんの代わりに扉を開けようと思ったが、扉の向こうに人の気配を感じて星野さんに待ったをかける。
何人かの声……中まで入ってくるような感じではないが――

「あ、綾菜? なに? っ早く……しないと…わたしっ……」『なんなの? あっ……くぅ…開けてよ、早く、じゃないと、本当もう……我慢が…っ』

「(……静かに、ちょうど扉の前付近に人がいるみたい……)」

「え……や、なんでっ……」『そ、そんな……こんな時にっ……あぁ、おしっこ……少し、あと少しなのにっ……』

星野さんは私の声に数歩後退り、隠れられるところを探すかの様に周囲に視線を巡らせる。
だけど、倉庫内は狭く両サイドにダンボールや棚が置かれてはいるが、扉辺りから見えない位置というのは存在しない。
星野さんは隠れることを諦めたのか扉から距離だけ取って、膝を床につけて膝立ちになる。
身体を前に傾け、両手で必死に抑え込んで……。こんな状態からさらに我慢の時間を引き延ばされることになるなんて思っても見なかったのだろう。
開けて出て行くことは可能ではある……けど、急に備品倉庫なんて普段開かないところから人が出てくれば注目されるのは間違いない。
注目なんてされなくても星野さんの状態は一目瞭然……本来なら人目を避けてトイレに向かいたいくらいの状態であって……。
星野さん自身が見られても良いと思ってるなら扉を開けてトイレに急ぐのも一つの選択だと思ったが、彼女の態度は明らかに見られることに強い抵抗を感じている。

――……当然だよね、そんな格好。……でも、だったら待つしかないし、仕方ないよね?

心のどこかで、もう少し今の星野さんを独り占め出来る事に私は喜んでる?
我慢してる星野さんが見たい、その結果どうなるのか……見届けたい。
そんな後ろめたい欲望に忠実な気持ちは確かにある……だけど、それでも私の助けたいという気持ちも本心で……。

「ふぅーっ…ふぅーっ……んっ…ぁぅ……ふぅーっ……」『がまん、がまん、がまん、がまんして、絶対、絶対…ぜったい……っ……我慢だからっ』

膝立ちで必死に何度も押さえなおされる両手、前後上下に揺れる身体。
涙目で、荒く熱い息を零して……必死に我慢を続ける。

「んっ…あぁ、だめ……これ……っはぁー…っ…ふぅーっ、んっ…」『無理、ほ、ほんと、このままじゃ…あっ、間に合わ――っ……だ、だめぇ…が、我慢しなきゃ…しなきゃっ!』

次第に動きは小刻みに、震えているような動きになって『声』もまた大きくなり始める。
リズムが崩れてより不規則な呼吸と動きが限界なのを表してる……。

――……ほんと可愛い……でも、早くしないと……。

私は扉の外へ意識を向ける。
人の気配は――……あ、遠退いてる? 開けれる?

私は扉をゆっくり少しだけ開けて外の様子を確認する。
人はいない、大丈夫今出ていっても誰かに注目されることはない。

「ほ、星野さん、今なら――」
「っ! あ、だめ……今っ……あ、あぁ…やだ、あ、あや…なっ」『くる、きちゃうっ…これ、だめ……まだなのにっ、我慢できなっ、こ、こんなの…まに、間に合わないっ!』

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz73081.jpg

振り向くと縋る様な目を向ける星野さんが居て……。
私は星野さんを極力驚かせないように小さく口を開いたつもりだった。
実際驚いたのか、私の言葉に気が緩んだのか、このタイミングで波が来たのか……。
ただ、分かるのは星野さんの『声』が“我慢できない”に傾いてる……。

668事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。23:2019/04/30(火) 01:25:28
「こ、コップっ! だめ、あぁ、紙っ…コップ、あやなっ! あぁ早くぅ」『無理、もうダメっ……なんでもいいから…早くぅ、漏れちゃう…おしっこ、ほ、ほんとに…んっ! おしっこ出ちゃうぅ……』

私は星野さんの緊急事態に、床にカバン置いて慌てて中から紙コップを一つ取り出す。
膝立ちになってる星野さんの前まで行き、私はそれを目の前に差し出す。

「んっあ、あぁ……や、ごめん、み、見ない…でっ――んぁあぁっ! だめぇ!」『あぁ、もれちゃう、おしっこ、だめ…これ……やだ、コップ……あ、あぁ、あぁっ!』

星野さんは私の手にある紙コップを見て、スカートの前を押さえていた片方の手を離し、奪い取るようにして紙コップを取る。
そしてスカートを押さえていたもう片方の手を一気に離し、その手でスカートを浮かせ、紙コップを持った手と共に両手をスカートの中に入れて――

<ぱたたっ…じゅうっ、じゅぃぃー――>

直後、目の前から紙コップを叩く音、そしてそれは直ぐにくぐもった音に変わり……スカートで見えないけど、恐らくその中で下着をずらして紙コップに放たれる音。

「んっ! あぁ、あっ!」『だめ! 止めないと…と、止まって、止まれっ!』
<じゅっ、じゅ…じゅぃぃっ……>

何度も途切れながら……でも、スカート越しでもわかるくらい音が少しずつ高くなって……。
それは紙コップ内の水位が上がってきていると言う事。
200mlにも満たない紙コップ……星野さんはそれがいっぱいになるまでに何とか止めようと必死で。

「はぅんっ! あぁ…うぅ…ん〜〜っ……」『お願い、止まってよ……溢れちゃう、やだ……』
<じゅっ…じゅぃぃ…>

時折息を詰めて必死に力を入れながら……だけど、注がれる音は止まず、声にならない声を上げて……。
星野さんは見ないでと少し前に言った。だけど、私がその言葉に従うことが出来たのはほんの一瞬だけで、もう目が離せないでいる。

「んっ――、ふぅーふぅーっ、あぁ……だめ」『ダメ、これ以上ダメ……あふれ、でも、こんなのっ…もうっ!』

激しい息遣いは続くもののスカートの中から聞こえる音が止んだ。
そして震える手で紙コップがスカートの中から取り出され、その中には縁ギリギリまで注がれた恥ずかしい熱水が入っていて……。

――……こんなところで……こんなに紙コップをいっぱいにして……。

「あ、あっ…だめ」『もれちゃうっ……あ、あ、あぁっ!』

星野さんは手に持っていた紙コップを乱雑に床に置く。水面は揺れ、縁から流れる様に溢れ、コップの下に小さな水たまりを作る。
下着をずらしていたであろう左手はそのままスカートの中で、そして紙コップから解放された手はスカートの上から前を再び押さえこむ。
溢れるくらい沢山してしまって……それでも尚、限界の尿意は引かず星野さんを苦しめる。

669事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。24:2019/04/30(火) 01:26:43
「だ、だめっ…あぁ、あやなっ…もういっこ、コップ! これっ…あぁだめっ! でちゃうのっ!」『むり……こんなのっ……もう、限界っ……』

星野さんは再び縋るような目を私に向ける。涙で一杯にして……精一杯の力を込めながら。
そして、押さえ込まれたスカートに染みが少しずつ広がってきているのに気が付く……ちゃんと止められてない、我慢が効いてない……。
私は慌てて踵を返し、扉の前に置かれたカバンまで移動し、中に入っている紙コップを今度は袋ごと取り出す。
さっきも一個じゃなくこうすれば良かったのかもしれない……そうすれば、もっと早く次を渡せた……。

私は再び星野さんの前に行って、袋から取り出した紙コップを差し出す。
それを星野さんは見て手を伸ばして――

「あっ」

だけど、慌てて伸ばした指先が紙コップを弾いて床に落とす。
そして……その手は紙コップを追わずに再びスカートの前に持って行って。

「あっ、あ、あぁ……っ」『だ、だめぇ……』

<じゅ…じゅぅ、じゅうぅぅぅ――>

くぐもった音……だけどさっきの音とは違う。
紙コップに放たれる音ではなく、スカートの中で、下着の中で渦巻く小さな――でも確かに聞こえる失敗の音。
スカートは押さえ込まれた部分から色濃く染まり、捲れたスカートから見える膝……そこから幾つもの恥ずかしい流れが、床に水たまりを拡げていく……。
最初は断続的に……だけど、次第に音を変えるだけで継続的な音に変わる。

おもらし……間に合わなかった。
何度もおちびりを繰り返し、着替えたのに、紙コップも使ったのに……必死に我慢したのに。
ありえないはずのおもらし……星野さんがそう思っていたはずの恥ずかしい失敗……。

「あ、あぁ……はぁ…っ……ふぅぁ……んっ」『止まってよっ……なんで、これ……どうしたら止まる? あぁ、だめ、わかんない……くらくらする……』
<じゅぅぅぅ――>

止めようと思っても止められない。力の入れ方がわからない。
『声』は我慢を続けている様で、でもその大きさは次第に小さくなって……。

「はぁ……はぁ…んっ……あぁ、ふぅ……はぁ……」『だめだ、これ……おもらし……私が………こんなとこで……』
<しゅぅぅぅ――>

荒い呼吸と恥ずかしい音が響く中『声』が消えてゆく。
水たまりは大きく拡がり続けて、星野さんは水たまりの中に一人……。

<ばしゃっ>

そして、その水たまりの中で膝立ちをやめてお尻を落とす。
ただ茫然と焦点の定まらない目で、水たまりの上にある指で弾いた紙コップ辺りを見て……。
それでも拡がり続ける水たまり……1分以上――もしかしたら2分ほど音は止まなかったかもしれない。

「はぁ……はぁ……」

肩を上下させ、息遣いがけが響く――……可愛い、可愛いのに。
私は一歩二歩後ずさる。

「……ご、ごめん……っほ、保健室で服貰ってくるからっ」

私は逃げるように鉄の扉を開けた。
慌てていて外は確かめていなかったが、幸い誰もいない……。

私は扉の前で額を抑えてしゃがみ込む。

670事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。25:2019/04/30(火) 01:27:31
――……なんで私……逃げて……。

私が星野さんを追い込んだ……後ろめたい気持ちが苦しくて、優しい言葉を掛けられなかった。
彼女はこの扉の向こうで、自分の残した水たまりの中で一人なのに……。

……。

――……だめ……とりあえず服、それからだ……自分の気持ちを整理してちゃんと星野さんに向き合うのは……。

私は立ち上がる。
五条さんは言っていた、星野さんは傷つき易いからって。優しくしてあげてって。
本当ならどれほど傷ついた? おもらしなんてありえない……そう思っていた星野さんが私の前でおもらし……。
失敗なんて誰にでもある……そう思っていない人の失敗。そもそも傷つかない人なんていないくらいの大きな失敗。

「助けが必要そうなら力になってあげることね」……ふと体育祭の時、私を見逃してくれた朝見さんの言葉が思い浮かぶ。
その通り……私はそうありたいし、そうしたいと思ってる。

私は胸に手を当て深呼吸して歩き出す。
すぐ近くにある保健室……私はノックして扉を開けた。
中には珍しいことにちゃんと先生が居た。

「あら、綾菜ちゃんじゃない保健室で会うなんて珍しいというか初めて?」

「……何度か尋ねているのにいつも先生がいないだけかと」

私の言葉に先生は反論する。こんなに外が魅力的な日にも拘わらず、保健室で待機してることを自慢気に話す――……残念ながら普通です。

「それで、何か用事? 顔が赤いし風邪? というか可愛い格好ね」

「……こ、これはクラスの宣伝目的で――ってそんなことより、……き、着替え一式貸してもらえませんか?」

あのまま星野さんを長い時間置いておくのは良くない。

「着替え一式ね……下着とか、濡れタオルとか、乾いたタオルとか、お土産袋もいる感じで?」

ご明察です。
私は頷き、大体察してくれたので説明はせずに必要なものを受け取る。

「……ありがとうございます」

「どーいたしまして。ささ、行ってあげなさい」

私は背中を物理的に押されて保健室から追い出される。
斎先生……妹とは違った意味で良い人ではあるんだけど。

671事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。26:2019/04/30(火) 01:28:33
私は着替えとか一式を持って再び備品倉庫の前へ。
深呼吸して、周りに人が居ないのを確認した後、ノックと小さく声を掛け、扉を開ける。

目の前にいるのは隠れるところもなく、水たまりの中で体勢を体育座り変え、顔を下に向けている星野さん。
スカートを手で伸ばし、可能な限り恥ずかしい姿を隠そうとしているが、精々足が隠れる程度で大きな水たまりは隠せるわけがなく
また、そのスカート自体も面積にして半分以上が色濃く染まっている。
耳を澄ますと嗚咽……必死に声を抑えて。
近づいて慰めてあげたい……だけど、水たまりの中に足を踏み入れる行為は避けた方が良いかもしれない。
必要以上に申し訳なく思ってしまうかもしれないし、不快な思いも与えるかもしれない。
私が逃げて時間を置いてしまってるから尚の事、冷静に判断されると思うし、私も勢いで行動できない。

……。

「……水たまりから出てきて、じゃないと入っちゃうよ?」

「っ! ……ぐすっ…」

涙を流して、睨んでくる星野さん。

この言葉の選択が正しいのかはわからない。
でも、メイド服だって流石に汚すわけにも行かないし、落ち込まれるよりかは私にぶつけてくれた方がいい。

星野さんは視線を逸らした後立ち上がる。
スカートから雫が水たまりに落ちてぴちゃぴちゃと音を立てる。
星野さんはその音を聞いて、表情を硬くする。

「……自分で出来る?」

私は貰って来た袋からタオルを取り出して見せる。
星野さんは私の顔を見ずに頷き、水たまりの中を一歩二歩歩きタオルを手にする。

――……出ていった方が良いのかな……?

でも、さっき逃げてしまって再び星野さんを一人にするのは……。
だからと言って後始末をしている星野さんを直視するなんてことは出来ず、私は目を逸らす。

「(うぅ…なんで……っ…なんで、我慢…できなかったん…だろ……)」

私の視界の端でタオルを握りしめる星野さん。
震えた消え入りそうな声……。

「(ありえない…のに……私だけが…こんなっ……もう子供じゃ…ないじゃんっ……)」

「ち、違う! 星野さんだけじゃないっ!」

私は星野さんに目を向けて、語調を強めて答える。

「……し、失敗は恥ずかしいことだと思う……でも…それでも、ありえないことじゃない……」

だけど、ありえちゃいけない事なのかもしれない。
ちゃんと我慢してトイレまで……そうしなきゃいけない。それでも――

「……我慢はずっと出来るものじゃない……星野さんは凄く頑張ってたと思う……」

必死にトイレまで我慢しようとする意志は凄まじかった……。
そうしなきゃって思う気持ちの強さは、もしかしたら今まで『聞いた』誰よりも強かったかもしれない。

「だと…しても……間に合わなかった…のは……事実…じゃん……みんな、間に合ってる、のに……私だけっ――」
「違うっ! それは星野さんが知らないだけだよ……わ、私だって…こういう事…ないわけじゃ……ないし」

星野さんの見開いた瞳が私に向けられる。逆に私は星野さんから目を逸らす。
顔が熱い……星野さんにわかって貰うためとは言え……恥ずかしいものは恥ずかしい。
というか、多分この私の態度が嘘じゃない証明みたいなもので――……だめ、どんどん顔が熱くなってるっ!

672事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。27:2019/04/30(火) 01:29:09
「……きょ、今日の失敗だって…私以外に見られてないわけでしょ?」

自分で言って置いて自分の事から話を逸らす……。

「……みんな知らないところで少なからずこういう事…あるものだから」

私は沢山の失敗を知ってる。
我慢が苦手な子も、得意な子も、トイレが言えない子も、言えるはずの子も……。
皆がみんな、失敗してるわけじゃないけど……それでも、私は沢山知ってる。

「嘘だよ……そんなの……知らないところとか、ただの都合のいい考え方じゃん」

星野さんはそう言ったが、その言葉はさっきほど震えていない気がした。
ちゃんと伝わったのかはわからない……だけど、少しでも気持ちが楽になっていればと私は思う。
星野さんはそのあと小さく深呼吸して後始末の続きを始める。
私には「あっち向いてて」と言いはしたが、出て行けとは言ってこない。

「綾菜の失敗って……どんなだった?」

――っ!

「……べ、別に普通……」

普通ってなんだって自分で突っ込みたくなる。
だけど、それ以上言葉を続けられない。

「そっか……ご、ごめん、変なこと聞いて……」

残念そうな声で星野さんは謝る。
謝るのは私の方なんだけど……追い込んでおいて自分の失敗談も言えないでいるんだから。

服を脱ぐ音、身体を拭く音、着替える音……。

「おわった…よ」

その声に私は星野さんに視線を向ける。
目も顔も赤くして、視線を逸らして――……可愛い。

私は星野さんに近づく。
星野さんはそれに気づき身を強張らせる。

……。

抱き締めてあげたい……けど、後始末を終えたとはいえシャワーを浴びたわけじゃないわけで……。
本当メイド服が凄く邪魔……メイド服じゃなければ抱き締めてるのに……。

「……さて、次どこ回ろうか?」

無難な言葉で私は星野さんの手を取った。

673事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。-EX-:2019/04/30(火) 01:31:20
**********

「あ! えっーと、真弓ちゃん、梅雨子の妹の真弓ちゃんよね!」

私は祭りの時に完全に忘れてしまっていた友達の妹を見つけ声をあげる。
彼女は真弓ちゃん。梅雨子の妹。通りで聞いたことある名前だと思った。
外見は、何度か家を訪ねた時に窓の向こうに影を見た程度のものだったが、何度か梅雨子が写真を見せてくれたこともあった。
余り記憶にないが、確かに見覚えはあった。
それに、今こうしてみると少し梅雨子に似た雰囲気も感じ取れる。

「あー……えっと、気付いちゃいましたか」

決まりが悪そうな顔で視線を逸らす真弓ちゃん。
祭りの時、名乗りはしたものの私の事を知らないように装った理由は当然あの時の事。

「ほんっとーーーにごめん! それとあれは梅雨子に無理矢理……えっとまさかトラウマとかになってないよね?」

恥ずかしい音を聞かれて、それを梅雨子のデリカシーのない言葉で――――私も興奮からなにか口走ってた気がするけど――――嫌な思い出になっていて当然で。
それに梅雨子の話だとあれからほぼ口をきいてくれないって時々嘆いてたし……。

「いやー大丈夫ですよ、もう気にしてませんし」

明るく言う彼女の言葉に私は胸を撫で降ろす。
そして注文したコーヒーに口を――空だ……。

「あ、コーヒーもういっぱいくれる?」

「あやりんが居ないからって焼け飲みしないでください……もう既に二杯飲んでるんじゃないですか?」

「えー、綾のメイド接客楽しみにしてきたんだからちゃんと居座り続けないと!」

それにほら……コーヒーって利尿作用あるし。
……いやいや、こんな公共の場で我慢とか――
でも……。
………。
い、いや、流石にダメでしょ!

「あの……私がお姉さんと顔見知りだった事……もう少しだけあやりんには黙っていてくれませんか?」

私が恥ずかしいことを考えていると、真剣で…でも少し不安を抱えた顔で真弓ちゃんは言う。
ところで――私と顔見知り? それはどうなんだろう……。
トイレの扉越しでのあの会話――――会話とは言えない一方的なのもだったけど――――と2〜3度窓越しで真弓ちゃんらしき影を見たくらいのものだと思ったけど。
いや、でもあっちは一応私を見ていたと言うことなら顔見知りと言えるのか。
それを綾に秘密に――秘密?

「えっと? いいけど…どうして秘密?」

「それは……あやりんにはそういう事言わずに友達になったから……でも、ちゃんと私から正直に言わなきゃってずっと思ってて……」

なるほど、その気持ちはわからなくもない。
もし私がそのことを話せば綾はきっと真弓ちゃんに少なからず不信感を抱く。
どうして隠していたのか……って。
……。

――あれ? どうして隠してたんだろう? …あぁ、でもどんな関係って聞かれて、私に恥ずかしい音聞かれましたって言うわけにもいかないか。

「あら、お久しぶりです雛倉先輩」

聞き覚えのある声に振り向くとそこには金髪の上品な子がいて。

「あぁ! ……――さ、皐ちゃん!」

「正解です……けど今一瞬名前出てこなかった感じでしたよね。……はぁ、相変わらず勉強以外は微妙な記憶力ですね」

私は口を噤み目を逸らす。

「それと……黒蜜先輩の妹さんもごきげんよう?」

「……真弓です」

「あら、ごめんなさい、真弓さん
私、一度ちゃんと真弓さんと話したかったんですよね」

「っ…それは……奇遇ですね会長さん。私もですよ」

――……ん? なんか急に空気が重く……。
二人の間に火花が見える気がする。

「ここではなんですから、お二人とも生徒会室に案内しましょう」

――あれ!? なんだか私まで巻き込まれてる!?

「ふふふ♪ 当然ですよ雛倉先輩。だって生徒会室で行う密談は綾菜さんの事なんですから」

おわり

674「星野 歌恋」:2019/04/30(火) 01:33:54
★星野 歌恋(ほしの かれん)
1年A組の生徒
校内の友達とバンドを組んでいるが軽音部ではない。
黒蜜 真弓とは同じ中学出身で友人関係。
同じく同じ中学出身の朝見 呉葉については顔すら覚えていない。

強気でまっすぐな自由人。
周りの空気に良くも悪くも流されない人物。

膀胱容量は非常に大きめ。
物心ついた時から小さな失敗すらしておらず、また限界まで我慢した経験も非常に少ない。
体験、目撃経験がないために、高校生にもなって我慢できないことに現実味を感じず
またそれが恥ずかしく情けないことだと強く思っている。
あからさまな我慢の仕草も同様に小さい子がすることであり、恥ずかしいことだと感じている。
そもそもそう言ったことに余り関心がなく、カフェインの効果に利尿作用があることを知らなく
また沢山飲むことが頻尿に繋がることも理解していない。

成績は下の上、運動はそれなり。
歌うのが好きでバンドグループではボーカル兼ギター。
ただボーカルもギターも特別上手いわけではない。
性格は気性が激しく、自分勝手、素直じゃなくて、プライドがそれなりに高く、口が悪い(悪気無し)。
余り周りに関心を持っていないが、気になる相手はとことん気になり
そういう相手に関しては得意ではないが多少の気遣いや配慮をすることもある。
基本的にはコミュ力は高いので、性格に多少難があっても彼女のペースに引き込まれる。
割とツンデレな部分もある。

綾菜の評価では沢山我慢できる人でおしっこの我慢を舐めてる人。
初めの印象は良くなかったが、話すうちにその誤解は解けた。
わかって貰うためとはいえ、私情も挟み、悪気がなかった人を自ら追い込んでしまったことを後悔している。

675名無しさんのおもらし:2019/05/01(水) 01:30:10
待ってました!
平成の締めくくりにふさわしい話だった

676名無しさんのおもらし:2019/05/01(水) 09:39:06
平成の最後に相応しい作品です。
令和でも楽しみです。

677名無しさんのおもらし:2019/05/01(水) 09:50:31
更新ありがとうございます。
もう一つの小説のキャラや雪姉も登場して、まさに学園祭の雰囲気ですね。
そして、勃発するあやりん争奪戦。

678名無しさんのおもらし:2019/05/04(土) 09:57:27
更新待ってました!
おもらしに追い込んじゃうのいいシチュエーションです!最高でした!

679名無しさんのおもらし:2019/09/21(土) 12:38:18
新作希望

680名無しさんのおもらし:2019/10/14(月) 12:33:21
今宵は美術作品展示会。
高貴なる身分の紳士達が…紳士と呼ぶには見栄っ張りで、傲慢で、自慢したがりな貴族達が年に数度、自身の作品を見せ合い自慢し合う会。
煌びやかな会場の各所に、紳士達の誇る「自慢の作品」が展示されている。
作品の趣向は様々で、一点を除き共通性に欠けている。
丈の短いスカートを着用した、内気そうなメイド。
下の毛まで綺麗に剃られた裸見の女性。
見る物全てを睨みつける、両手を縛られた少女奴隷。
決意を秘めた目をした修道女。
逞しい筋肉を持った、女騎士。
これらの「作品」は彫刻でも絵画でもない。生身の女性なのだ。
彼女達の何が「作品」なのか?どこに共通点があるのか?
答えは展示された彼女達のぷっくり膨らんだ下腹部にある。
彼女達は妊娠ではない。膨らんだ下腹部の正体は、溜まりにたまった「お小水」である。
「作品」とは「お小水を我慢している女性」の事なのだ。
貴族紳士達にとって、お小水を我慢している女性とは美その物なのである。
今宵は美術作品展覧会。
紳士達が心血を注ぎ育て上げた自慢の「美術作品」を見せ合う会なのである。

681名無しさんのおもらし:2019/10/14(月) 12:36:15
展示会と呼ぶからには、作品にも優劣が存在する。
もっとも美しい優れた作品とは何たるかと問えば、誰よりもお小水を我慢した女性の事だと紳士達は口を揃える。
では、早々に粗相をしてしまった作品は劣る作品なのかと言わば…それも否だ。
「あぁっ!見ないで、見ないでくださいましっ!」
展示されたメイド服の女性の足の間から、お小水が滴り零れる。
恥かし気に顔を両手で覆い泣きながら失禁するメイド女性を見、紳士達は満足げに頷いた。
「恥ずかしがる従女…基本に忠実な良い作品ですな」
「しかし、在り来たりでもあります。私はもっとこう…インパクトがある方が好みです」
真っ先に粗相してしまったメイドを魅入り、語り合う紳士達。不意に会場内に叫び声が響いた。
「し、将軍殿ォォォォォ!申し訳ありませぬぅぅぅぅぅぅぅ!」
驚いた紳士達が一斉に振り向けば、軽装の鎧をまとった女騎士の「作品」が粗相をし始めた所だった。
悔しそうな表情で剣を掲げポーズを取った女騎士のズボンからは、先程のメイドとは比べ物にならない勢いの小水が下品な音を立て豪快にまき散らされた。
「おぉ!なんと豪気で勇ましい失禁ではないか!これは痛快だな」
「武門と知られるスピア家ならではの、印象に残る魅せ方ですなぁ」
そう。作品の優劣は我慢の長さだけでは決まらない。粗相の仕方も作品の美しさを決める重要な要素と言える。
如何に長時間、大量の小水を貯めるか。我慢の仕草に色気はあるか。如何に甘美に粗相するか。作品の優劣はそれらの要素から決まるのである。

682名無しさんのおもらし:2019/10/14(月) 12:39:43
展示会に展示される女性の事情も様々だ。
良い成績を得れば釈放してやると囁かれた盗賊の娘もいれば、借金の肩代わりにと無理やり脅されて出品された奴隷の少女もいる。
自身の商会や信仰を知ってもらおうと自ら参加を志願した商人の娘や修道女などもいる。
修道女は、股に手を当て震えながらも朗々と聖書の一文を読み上げている。
商人の娘は自らの商会の商品をアピールしようとワインを鱈腹飲んで酔いつぶれ、寝息を立てて失禁して場の笑いを誘った。
「卿?いかがですかなうちの娘は?まだ12歳ではありますが、これほど下腹を膨らませても淑やかな態度を保っていられるのですぞ」
中には、自身の娘を上流貴族に嫁がせようと展示し自慢する貴族もいる。
この会がきっかけで結ばれる縁や婚姻もあるだけに、成り上がりを狙う貴族や商人の目は真剣そのものだ。
展示する側、展示される側。様々な思惑と欲求をはらみ、会は進む。
1人、また一人と粗相する事で完成していく作品達。それを下劣な目で見る紳士達。
今宵の会は最後まで朗読しながら我慢し、神に祈りながら美しい粗相を見せた修道女が優勝した。
上機嫌で岐路に着く紳士達の股間は熱を帯び、固くなっている。
この熱を各々の妻に注ぎ、貴族の家々は子宝に恵まれた反映するのだ。
情熱的な一夜が明け、さわやかな目覚めを迎えた紳士達は考える。
「次回は、どんな『作品』を用意しようか」と。

683名無しさんのおもらし:2019/10/14(月) 12:41:44
幼き頃にここの作品群を見て育った者です。
良質なオカズを下さったここへの感謝の気持ちを込め、またこの場が再び盛り上がる事を願い、お粗末な出来ですが作品を投稿しました。
下手な作品ながら、少しはこの場への恩返しとなれば、幸いです。

684名無しさんのおもらし:2019/10/17(木) 01:00:36
こういうファンタジー系の作品は独自性があってとても好み。

685事例の人:2020/01/16(木) 07:20:21
>>675-678
感想とかありがとうございます。

あけましておめでとうございます。
めっちゃ早朝ですが、文化祭一日目の午後になります。
いつも言ってる気がしますが、長いです。

686事例17「高倉 悠月」と駆け引き。1:2020/01/16(木) 07:25:54
「……」

12時過ぎ、私と星野さんは体育館への渡り廊下の横に設置されたベンチに座って、その辺りで買ったお昼を食べる。
私はサンドウィッチ、星野さんはホットドック。

――……食べてるとはいえ会話が……やっぱちょっと気まずいなぁ、というかトイレ行きそびれたままだ……。

6〜7割と言った感じの尿意? 余裕がないわけじゃないけど、そろそろ行かないと不味いと思えるくらいにはしたい。
今は座っているから落ち着いてはいるが、立ち上がってじっとしていられるかと言われると難しいかもしれない。

「……星野さん」

「っえ! な、なに?」

名前を呼んだだけで小さく驚き、でも明るく振舞おうとする笑顔が――……可愛い。
気まずかったとはいえ、こうして健気で可愛い姿を見ると少し名残惜しいけど――

「……そろそろ喫茶店の方に戻ろうかと思って」

「あー、……ん、そっか。なんだかんだ午前中ずっと付き合って貰ったし……それと色々その……迷惑、かけたし……」

少し残念そうな顔で、だけどその顔は徐々に変わり最後は不安そうな顔をする。

「……いや、大丈夫、気にしてないから……それより、本当に倉庫の後始末は手伝わなくていいの?」

「う、うん……放課後、タイミング見てひとりで片付ける、……というか、あんなの改めて見られたくないじゃん」

それはまぁ……納得の理由。
でも、横に置いてあったダンボールとかにも被害あったし、何よりあの量の後始末はかなり大変になると思う。
星野さんも恐らくそれをわかった上で言っているはずなので、これ以上は言わないけど。

私は「……それじゃ」と小さく手を振ると星野さんもこっちを見て、まだ固い笑顔を向けて手を振ってくれた。

文化祭の喧騒の中、クラスに戻ると――……廊下にまで少し人が溢れてる?
どうやら、お昼時になりある程度混み始めたらしい。
私はスタッフ出入口――――と言っても教室の前の扉の事だけど――――を開けて中に入る。

「あ、ようやく帰ってきた」

厨房側に居て話しかけてきたのは斎さん……。

「ちょっと事情があって一人抜けてるのと、見ての通り今混んでるから……早く手伝って」

淡々と状況を言って私に手伝うように迫る。
本来は朝から12時までが私のシフトなのだけど適当な理由を付けて抜け出した負い目がある。
しかも斎さんは私の本意を知っておいて抜け出させてくれたわけで……。

『うーんお手洗い行きたい……でもまだ忙しいし抜けるの迷惑になるよね?』

――っ……この『声』は弥生ちゃんだよね?

弥生ちゃんの『声』が隣から聞こえてくる。隣と言うことは接客をしているらしい。
斎さんからの手伝いの要請、弥生ちゃんも我慢してるとなればこの場を離れる理由は……。

――……だめだ、私が不味いことになる……先に済ませることは済ませないと……。

687事例17「高倉 悠月」と駆け引き。2:2020/01/16(木) 07:26:51
「……ご、ごめん先に着替えてトイレだけ行ってくる」

こうやって立ち話しを続けているだけでかなり切羽詰まってきている。
このまま仕事をするには流石に尿意が大きすぎる。
弥生ちゃんの『声』が聞けなくなるのは確かに勿体ないとは思うが仕方がない。我慢しているということを知れただけでも良かった。

「ん、わかった忙しいんだから急いでよ?」

私はその言葉を聞きながら、着替えるために衝立で簡易的に作ってある更衣室に入る。
私はメイド服を脱いで、自分の服を手に取り着替える。

『はぁ……もうちょっとお客さんが少なくなればなぁ……』

聞こえてくる弥生ちゃんの『声』。
私はこれからトイレに行くわけだけど……弥生ちゃんの『声』を聞くために苦手ではあるが途中で止めるか
あるいは斎さんの水筒に残ってるコーヒーを飲んだ上でちゃんと済ませるか……。

……。

弥生ちゃんの『声』は聞きたいけど、やっぱり途中で止めるのは苦手だし嫌い……。
私はもう温くなったコーヒーを水筒のカップに注ぐ。

――っ……音が…下腹部に響く……。

音を立てないように足踏みをして、膨らむ尿意を宥めて、注いだコーヒーを一杯、そしてすぐに二杯と残りのちょっとを注いで飲み干す。
水筒を洗って返したいところだけど、トイレに持って行くのは流石に気が引けるので、放課後ちゃんと洗って斎さんに返そう。
最悪家に帰ってから部屋を訪ねても良いかもしれないが……マンションだと学校よりも気不味いので出来れば避けたい。

着替え終えて衝立から出て、目が合った斎さんに軽く頭を下げて教室から出る。
教室前のトイレは……ちょっと混んでる。
廊下の角まで行って購買近くのトイレを軽く確認すると……混んではなさそうだけどちょうどトイレに入って行く人が二人見えた。
どちらに行ってもすぐには済ませられないなら近い方が良い。私は教室前のトイレまで引き返して順番待ちの最後尾に並ぶ。
順番待ちと言っても三人だけ――

――んっ……まだ平気、だけど……やっぱもうすぐだと思うと……っ……。

個室は三つなので私の順番が回ってくるのに時間は掛からなかったが、危うく仕草が零れるところだった。
私は個室内で更に辛くなった尿意に前を押さえてそわそわしながら、準備を済ませてしゃがみ込む。

<ジャバー>

音消しの音に合わせて、息を吐き、力を抜く。
危なかった――というところまでは行かなかったけど、これは流石に我慢しすぎたとは思う。

音消しが終わる前にどうにか済まし終え、始末をして立ち上がる。

――星野さん……さっきの私の3倍以上長かったよね?

星野さんは必死に止めようとしていたし、限界まで我慢したときは思ったほど勢いよく出ないものだし
単純に3倍以上の量だとは思えないけど……それでも1.5倍――もしかしたら2倍ほどあったんじゃないかと思う。

688事例17「高倉 悠月」と駆け引き。3:2020/01/16(木) 07:28:02
個室を出て手を洗い教室に戻る。そして再度メイド服を着て仕事を始める。
とりあえず厨房側から移動すると、すぐに弥生ちゃんを見つける。様子は――……仕草には出てない? いや、ほんとに軽くだけど足が落ち着いていないかな?
接客中の弥生ちゃんは踵だけを軽く上げたり下げたりを繰り返して――とても可愛い。
こちらに気が付いたらしく視線が合うが、接客中な為弥生ちゃんは仕事に戻る。

接客係は私を含めて4人。混んでなければ3人で十分、最悪2人でもどうにかなるが、今はそうもいかない。
そして、見渡すとシフトに入ってるはずのまゆが居ない事に気が付く。
事情があって一人抜けてるというのはまゆの事だったらしい。
私もとりあえず仕事を見つけて参加する。

――
 ――

片付け、案内、注文、給仕。
時折弥生ちゃんの様子を見つつもしばらく慌ただしく仕事を続けていると――

「あ、あの雛さん……」

給仕を終え、片付けに向かう私の袖を引っ張りながら弥生ちゃんが声を掛けてくる。
振り向き弥生ちゃんを見るとそわそわと落ち着きない様子で――……本当可愛い。

「その、お手洗い行きたくて……ちょっとだけ抜けても大丈夫……かな?」

私が仕事を始めてから20分ほどたって、尿意も増してきたのかもしれない。
周囲を見るとまだそれなりに混んでいる……宣伝効果?
まだ私に尿意がなく『声』が聞こえないし――――凄く『聞きたい』のだが――――本当は忙しいからダメだと言いたい。
だけど、トイレも混んでるかもしれないし、こんなところで失敗、それ以前に我慢の仕草を沢山の人に晒すというのもさせたく無い……それに星野さんの事、少し自分の中で引きずってる。
弥生ちゃんに優しくしたからと言って、星野さんへの罪滅ぼしにはならないけど、罪を重ねるのもいけない事で……。

「ごめーん! 今戻ったー、あやりんもごめんっ!」

厨房の方から執事の格好をして出てくるまゆ。
メイド兼執事喫茶を名乗って置きながら、執事率が低いのでそれを気にして衣装を選んでくれたのもか知れない。

私は一度まゆに視線を向けてから、弥生ちゃんに向き直り――

「……大丈夫みたい、行って来たら?」

それを聞いてコクコクと頷いて、着替えるために厨房の方へパタパタと駆けていく。

「……それで、まゆは何してたの?」

私は弥生ちゃんを見送りつつ、まゆに近づき話しかける。
弥生ちゃんが今までトイレに行けなかったのも、私がこうして当番じゃないのに働いてるのも大体まゆのせい。
別に恨めしく思っているわけではないけど。

「生徒会室にね、ちょっと会長さんに呼ばれちゃって」

「皐先輩に? ……まさか、クラス委員長を私の代わりにしてとかそんな話?」

「いや、そんな話にはならなかったけど、まぁでも、割とシリアスな話かな?
……それと、後で私からも話しておきたいことがあるんだけど……この感じだと放課後かな?」

――シリアスな話? ……気になる。それに後で話しておきたい事ってわざわざ言うのも、まゆらしくないというか……。

「……ん、じゃあ後で、とりあえず仕事しようか」

気にはなるが忙しいので、いつまでもこうしているわけにも行かない。
仕事に戻りテーブルを片付けて、次の人を案内するために廊下へ向かう。
ウェイティングリストを見て名前を呼び案内する。
待っていたのは最後の一組だったが、リストの紙が埋まっていたので一応別の紙を持って再び廊下に出て紙を取り換える。

689事例17「高倉 悠月」と駆け引き。4:2020/01/16(木) 07:29:05
「ねぇ、狼さん案内してくれる?」

紙を変えていると後ろから声を掛けられる。
狼さんなんて言う人には心当たりが一人しかいないので嘆息しながら振り返る。

「……生憎だけど、今席が埋まってるから此処に名前を書いて頂けますか、鞠亜お嬢様」

「ちょ、お嬢様って――あ…(いや、メイド喫茶だからそれでいいのか?)」

ちょっと悪意を込めて言ったんだけど、メイド喫茶なので納得してしまった。
そんな霜澤さんを見ていると、名前欄に“霜澤”と書いている。私は紙に書かれた“カタカナフルネームで”ってところをトントンと指差す。

「ったく、細かいわね……」

そう言って名前をシモザワマリアと――……シモザワマリア? あれ、この名前なんだか……。
違和感、既視感……よくわからないけど不思議な感じ。

「書いたわよ、あんたは仕事に戻らなくていいの?」

「あ……うん、戻る」

ぼーっと名前を眺めていた私はその言葉に現実に戻される。
霜澤さんはそんな私を見て怪訝な顔を向ける。
心配してくれてるのか、ただ訝しんでいるのかはわからないけど、私は何事もなかったように背を向け教室へ戻る。
だけど、仕事に戻ってからもなぜか名前が頭にチラつく。

――なんでだろ? シモザワマリア……シモザワ…………シモ…ザワマリア……っ!?
え、偶然? いやいや、ないよねそんな偶然……なんで……アナグラムなんて……。

私は気が付く。
空いたテーブルを見つけ、私は慌てて片付けて廊下へ向かう。

「あ、空いた?」

携帯を弄りながら視線を一瞬だけ私に向けて、再び視線を手元に戻しながら彼女は言う。

「……空いたよ……紫萌…ちゃん」

私の言葉に霜澤さんは携帯を操作していた手を止める。
昔、病院で会い手紙をくれた人の名前、「字廻紫萌」は「霜澤鞠亜」のアナグラム。
あのカタカナを見た時に感じた違和感は、字廻紫萌って名前について調べていた時期があったから。

「……どうして黙ってたの? 病院で会ってたこと……そっちは覚えてたんでしょ?」

今まで、霜澤さんの行動や言動に違和感を感じたことがあった。
その理由がきっと私の事を覚えていたから……。

「覚えてた……けど、言う必要もないでしょ、狼さんにとっては恥ずかしい思い出でもあるし」

「っ……そう、だけど……」

「終わりよ、お・わ・り! 別にどうでもいいじゃない。昔ちょっと話したからって、今は他人なんだしっ」

他人……そう言われて私は胸が痛んだ。
確かに、私は覚えてなかった。思い出したから友達なんて都合のいい話……。
あんなにあの手紙を大事に持っていたのに、霜澤さんと再会したとき思い出せなかった私に腹が立つ。
だけど……。

「……私は思い出す前から……と、友達くらいには思い始めてたけど……」

「あ…ぅ……せ、精々知り合い…くらいでしょ?」

……。

「……じゃあ、友達になってよ紫萌ちゃん」

「なっ! ――っていうか、紫萌ちゃん言うな!」

――……いや、待って、そもそもなんでアナグラムにしてたのよ! ちょっと変なとこあるし中二病的な?
でも、言うなって言われても……思い出してみると霜澤さんは紫萌ちゃんなわけで、また呼び方を霜澤さんに戻すのもなんか……。
と、友達でいつまでも苗字にさん付けって言うのも……いや、変ではないけど……でも――

「……だったら霜澤の霜で……霜ちゃんということなら……」

一体なにが「なら」なのか……よくわからないけど、折角思い出せたのだから仲良くなりたい。なぜだかそう思った。

霜ちゃんは困った顔をした後視線を逸らす。
そのあと口を開きかけて、一度大きく嘆息してからもう一度口を開いた。

「もう好きにして……さっさと案内しなさいよ」

そう言われて私は席に案内する。
注文を聞こうとすると、私に喋る隙を与えずコーヒー券を押し付けるようにして渡される。
なんだか、折角思い出したのに私だけが妙に空回りしてるみたいで――

「ボクは今まで通り態度を変えるつもりないから……」

私が席を離れる時に背中に投げかけられた言葉に視線を霜ちゃんの方へ向けるとこちらを見ていなくて……。

……。

私は何も言えずその場を離れる。
「態度を変えるつもりないから」……そう言った霜ちゃんは以前より冷たく、そして遠く感じられた。

690事例17「高倉 悠月」と駆け引き。5:2020/01/16(木) 07:30:52
――
 ――

しばらくして、弥生ちゃんが帰ってくる。
私が声を掛けると、なぜか妙に動揺していて――……もしかしてちょっと失敗した?
そこまで切羽詰まっていたようには感じ無かったが『声』が聞けなかった以上、正確にはわからない。
まさかスカートを捲るわけにも行かないし……真相は分からず仕舞い。

そして、どうにか客入りも落ち着いてきて、まゆが戻ってきたことで人数も通常通りになり私は抜けることにする。
結局途中理由を付けて抜け出していたとは言え、かなり長時間、着慣れないメイド服を着ていた為か少し疲れた。
メイド服から制服に着替え、手を上にあげ軽く背筋を伸ばす。

――っと、今更したくなってきちゃった……。

仕事の忙しさで意識から外れていた為か、大事なところで来てくれなかった尿意は今になってそれなりの大きさで主張してくる。
これからどうするか……折角の尿意、『声』を聞くためにもう少し我慢するか、もう今日は止めにするか……。

――……あ、そういえば雪姉、結局うちのクラスに来なかったなぁ……折角無視してあげようと思ってたのに……。

しばらくいなかった時に入れ違いになってる可能性は十分あるけど、ちょっと寂しい気分になる。
嘆息しつつ、更衣室から出る。

「あ、委員長ってコーヒー班だったよね? ちょっとコーヒーの味見て貰って良い?」

余り交流のないクラスメイトから声を掛けられ、コーヒーを差し出される。
委員長と呼ばれることは割と珍しくて……多少は委員長としてクラスメイトに認められて来たのかもしれないが、当人である私は正直どうでも良かったり。
それにしても、味見するほどのものでもない気がするけど、私は差し出されたコーヒーを飲む。……――うん、全然わからない。

「……うん、大丈夫だと思うよ?」

「そっか、私って不器用だから、なんか間違ってるかもって思っちゃったら心配になっちゃって! ありがとね!」

私の適当な答えに、元気よくお礼を言ってくれる彼女に少し驚きつつ返事を返す。
一口飲んだコーヒーを返そうと思ったが、客に出すわけにも行かないし、結局私はそれを持って廊下に出る。
あんなに普通に話しかけてくれるとは……まゆはもちろん、最近瑞希ともよく話すようになったおかげかも知れない。

手に持ったコーヒーを飲みながら、とりあえずトイレに視線を向け、『声』を確認する。

――……『声』はあるけど……全然切羽詰まってる『声』じゃないかな?

私自身の尿意についてもまだ余裕はある。
折角の文化祭、とりあえずどこか回ってみてもいいかもしれない。
星野さんと回った場所以外だとこの棟の二階と三階がまだ回っていない。
後はプールを使ってるバカンスカフェ、図書室や美術室――――何してるか知らないけど――――と言ったところか。

二階と三階は正直学年が違う教室と言うこともあって一人じゃ回りたくない。バカンスカフェも一人で行くのはハードルが高い。
自分の教室を覗き込むと、客の中で知り合いは霜ちゃんだけ……一緒に回りたくはあるが、霜ちゃんは携帯を弄ってゆっくりコーヒー飲んでるし、軽食まで追加で注文している。
どうもしばらく出てくる様子はない。それ以前に、あの冷たい態度……断られるかもしれない。

――はぁ……図書室方面にしておこうかな……。

コーヒーを飲み、歩を進めながら考える。
図書室だと、図書委員や文芸部? そもそも出し物してるのかどうかも把握していない。
出し物をしているものとして考えると、この辺りの歴史とか、お勧めの文庫本とか、そういったものだろうか。

691事例17「高倉 悠月」と駆け引き。6:2020/01/16(木) 07:32:10
道中、途中で空になったコーヒーの紙コップをゴミ箱に捨てて、目的の図書室に到着する。
周辺にあまり人の気配がない。文化祭でお祭り騒ぎのはずなのに、遠くで聞こえる喧騒は何とも言えない趣があるというかなんというか。
私は図書室の引き戸に手を掛け、力を籠める。

<ガラガラ>

中に入り軽く見渡すが、まずカウンターには誰もいない。入ってすぐの長机にはお勧めの文庫本……大体の予想通りだが、管理者は不在。
委員や部活以外にもクラスでの出し物がある以上、手が回らないのかもしれない。
私は、適当に文庫本を眺めて――

「あ」

誰もいないと思っていたところに声が聞こえて、私は驚き、視線を声のした方へ向ける。

「綾菜さん……だっけ?」

数歩入らないと本棚で見えない位の位置にいたのは、午前中に会った雪姉の友達と言っていた名前も苗字もわからなかった背の低い方の人。
ノートや教科書を広げて恐らく勉強しているらしく――……なんで勉強?

「……は、はいそうですけど…………勉強…ですか?」

彼女は頷くでも首を振るでもなく、持っていたペンを置いて手招きをする。
私はそれに従い歩みを進め、彼女の座る4人席の机の前まで行く。
机に広げてある教科書やノートは如何にも大学で使ってそうなもので、難しそうなものばかり。

「……えっと……」

なんで呼ばれた? それをどう聞けばいいのかわからなくて言葉に詰まる。

「あ、えっとさ……時間ある?」

私はその問いに小さく頷きで返す。
彼女は丁度良かったと安堵の声を出してから少し申し訳なさそうに口を開く。

「私にテスト勉強の仕方教えてほしんだけど?」

――……はい?

「無理して良い大学入ったのはいいものの、難しくて……美華は――あ、美華って言うのは私と一緒いた子のことで――」

話すのは苦手なのか話が前後したりして、わかりにくいが、状況を説明してくれる。
要約すると、大学の講義についていけない、テスト難しすぎ、範囲広すぎ、美華さんには入学の時散々迷惑かけていたから頼りたくないと言った内容。

「それで、なんで私が……大学の勉強を教えれるほど――」
「いや、こうなんて言えばいいのか、テスト勉強の秘訣を知りたくて……雪に聞いたらそういうのは妹の方が適任って言ってたし」

――雪姉……勝手な事を……。

でも、雪姉に教えて貰うって言うのは確かに無理な話だとは思う。
雪姉はサヴァン症候群を疑うほど勉強に関しての記憶力が凄まじく、教科書を数回流し読みするだけで何ページにどんな内容が書いてあったのか大体覚えられるくらいだし。
そんな雪姉の勉強法とか全く参考に出来ない。「教科書とノート全部覚えたら大体わかるよ」とかいう人だから。
その割に、私より人の顔や名前を覚えるのが苦手とか……どういう頭の構造してるのか本当に謎。

692事例17「高倉 悠月」と駆け引き。7:2020/01/16(木) 07:32:59
「だからって……秘訣って言われても……」

「雪から聞いた話だと、テストに出そうなところがわかるとかなんとか……」

「……いや、それ、先生の授業直接受けてるから大事そうな場所とかテストに出したそうな場所に見当が付くだけで、秘訣でもなんでも……」

机の上に置かれたノートや教科書に視線を向ける。
そもそも、内容が理解できないものを教えれるのか――……でも、割と綺麗にノート取ってる……。
教科書にも付箋だったりマーカーで線が引かれてたり……どうしてこれで点が取れないのか……。

――……トイレにも行きたいし、あんまり時間取られるのも……
お昼にサンドイッチと一緒にコーヒー飲んだし、その後も追加で結構飲んだし……。

「やっぱ、だめですか……」

そう言って彼女は机の上に置かれた500ml以上はありそうな大きさのタピオカミルクティーらしきものを太いストローで飲む。
そういえば、そんなの中庭の隅で売っていた気がする。

……。

――……500ml……かなり多いよね? ミルクティーって紅茶だし利尿作用もそれなりにあるだろうし……
タピオカが入ってるとはいえ、ミルクティーだけで500mlくらい普通にありそう……。
今はトイレに行きたいとは思ってないみたいだけど、それは時間の問題だし、話すの苦手そうだし、教えて貰ってる立場上席を外し難いだろうし……。

自身の尿意と天秤に掛けて考える。
確かにコーヒーは沢山飲んだけど、1時間や2時間で我慢できなくなるほどじゃないと思う――……だったら――

「……わかりました…役に立つかは保証できませんけど、それでもいいなら」

「っ! ありがとう……自分で言うのもなんだけど…明らかに年下に頼むことじゃないのに……」

変なことだって気が付いているなら、もっと大学でなにかしら方法がありそうな気がするけど。
とりあえず、断りを入れて彼女のノートを手にする。
さっき開いていたページ以外も綺麗に色分けされたりして、上手くノートは取れてると思う。
内容はよくわからないことばかりで範囲も広いが、重要そうな場所はなんとなくわかるし、割と苦労せずに教えられそうな気がする。

――でもまぁ、彼女の『声』が聞こえるまでは何も説明せずに時間稼ぎ……かな?

時折気が付かれないように視界の隅で彼女の様子を窺うと、
私が読んでいる間、手持無沙汰になるためか何度もストローに口を付ける。

身長は私よりも低いくらいだけど、恐らく私よりも3つ年上の女性。
大人な我慢を見せてくれるのか、身長と同じくらい子供っぽいところを見せてくれるのか……割と気になるところ。

――……大人なんだし……流石に間に合わなくなる前には……言うよね?

勉強を教えている間彼女が言い出せない可能性を考えながら、自分を納得させる言い訳を考える。
子供じゃないんだから、言い出せないのは彼女の責任……実際そうかもしれないけど……。

『ん…トイレ……そういや10時くらいに行ったっきりだったっけ?』

――っ……『声』…聞こえた……。

『声』が聞こえただけで、期待が膨らみ、ドキドキして。
色々思うことはあるけど、実際『声』が届くとやっぱり私はこれが好きなんだと強く自覚する。

視界の片隅に見えるタピオカミルクティーは、もうほとんど空で……そろそろノートを見るのをやめても良い頃合い。
私はノートを机に置いて、正面にあった椅子を彼女の斜め前に移動させて座る。

「なんでざわざわそっちに?」

「え……だって、教え難いじゃないですか?」

半分くらいは本音。残りの半分は正面だと机が邪魔で見たいところが見えないから。

「あーそうか、……なるほど?」

――……? なんだろ、理解してもらえた感じはしたけど、何か違和感持たれたような?

私の行動理由は理解して貰えたが、別のところに何か納得のいかない事がある……そんな感じの態度。
その態度に対して何かリアクションすることは藪蛇になりかねないので、何食わぬ顔で話を続ける。

「……えっと、まずは先生がどんな感じで授業してたのかとか聞きたいんだけど――」

ノートからだけでは読み取れない部分を出来る限り聞き出す。
板書していないことをテストに出す天邪鬼な先生だっているし、口頭でも大事な話をする先生だっている。
そういう情報を読み取ることが出来れば、テストに出す範囲がある程度絞れる。

その作業を何度か繰り返し、ノートのテストに出そうな部分をマーカーで囲っていく。

693事例17「高倉 悠月」と駆け引き。8:2020/01/16(木) 07:34:07
――
 ――

『あー……こんなにしたくなるなんて……まだ、もうちょっと平気だけど……』

しばらくして彼女の『声』に少し焦りが見え始める。
だけど――

――……っ……私も流石にコーヒー飲み過ぎた……。

弥生ちゃんの『声』を聞くため、早く尿意が来るように多めに飲んでいたのが完全に裏目に出てる。
結局あの水筒に入っていたコーヒーの大半は私自身で飲んでしまったわけで……その上、味を見るために更にコーヒーを追加で飲んでる。
だから今、この状態に陥ってるのは至極当然な話。
図書室に入ってから50分弱……飲み過ぎたと言ってもあの水筒に入るのは精々1リットル、トイレも一度は済ませている。
利尿作用が高いとはいえ、水分を大量に体内に入れたわけではないので、このペースで尿意が膨らみ続けるわけではないと思う。
それでも、あと1時間我慢出来るかと問われると自信がない。

……。

彼女もあれだけの量を飲んだのだから近いうちに強い尿意に襲われることになるはず。

――……とはいっても、座った位置はちょっと失敗だったかな……。

机の角が二人の間に来るように座ってしまったので相手の足が見やすいのはいいけど、同時に私の足も相手に見えるわけで……
たまに少し動かして、きつく足を絡める……この程度なら――

『はぁ…私も我慢してるけど……この子も我慢してる?』

――っ! うぅ…鋭い……断定してる感じじゃないけど……でも、感付かれているならキリの良いところでトイレに行くべき?

今見てるノートはもうすぐ終わる。
さっきよりも仕草に出さないように意識して我慢するが……仕草を抑えれば抑えるほど、尿意は膨らんで行くように感じる。

「――と、こういう感じでテストに出そうな範囲を絞って
言い方は悪いけど山を張って、そこを完璧に出来る様にしておけば、最低限の点数は取れると思います」

彼女は私の言葉に頷き、ノートを見る。
次の教科に入るにはちょっと私が無理な気がしてきた……我慢出来ないというわけじゃないが、仕草を抑えれる自信がない。
テスト範囲の絞り方はある程度教えれたと思うし、これでお開きでも問題な――

「うん、それじゃ次……この講義が一番心配で……」『まだ、こっちはそんなに辛くないし……』

――っ……この人、自分も我慢してる上、私の我慢に感付いてるのに……。

ありえない。普通そういう行動は取らない。
明らかに私は話を終えようとしていたし――……それに、「こっちは」って……私の事なんて関係ないみたいな言い方?

……。

違う……さっきのニュアンスはそうじゃなかった。
関係なく思ってるんじゃない、どちらかと言うとむしろ私に何かを期待してる……それは多分、私が我慢できなくなることを期待してる?

694事例17「高倉 悠月」と駆け引き。9:2020/01/16(木) 07:35:17
「……わかった、それじゃまたノート見せて下さい」

私は彼女の前にある次のノートを何食わぬ顔で手にする。
もしかしたら、この人も私と同じ観察者側……だから、私が尿意を感じているのを敏感に感じ取れていて、それを観察しようとしている。

……。

仮にそうだとしても、彼女は私が事前にどれだけ水分を取っていたか知らないはず。
逆に私はある程度知ってる、彼女がどれくらい飲んだかを、今どれくらいの尿意を感じているのかを。
図書室に私が来た時、彼女の飲んでいたタピオカミルクティーは殆ど減っていなかった。
それは勉強の為に私が来る少し前に持ち込んだ飲み物だから。
私たちのクラスのコーヒーを飲んでから随分時間が空いてるし、割とどこにでも飲み物が手に入る環境ならその後も何か飲んでいるはず。
お昼も挟んでいるから水分の摂取がなかったという方が不自然な話。
それに加えてトイレを最後に済ませたのは10時……。

観察されることに抵抗は当然ある。観察してる立場を知っているからこそ相手にそれを観察されるというのは余計に意識するし不快な事。
それでも……多分このままいけば私のが優位に立てる。もちろんそれは相手が一般的な我慢強さだった場合ではあるが。

恥ずかしいから仕草は極力抑える。観察は可能な限りさせない、されたくない。
私はノートを置いて、彼女に説明を促す。

「あ、うん、ここは――」『平然としてる? 我慢してると思うんだけど、口から少しコーヒーの匂いもしてたし……私のが我慢してるとかじゃないよね?』

説明しながら私を観察しているらしく……いつも私がしてる側だと思うと最低な事してるってよくわかる。
匂いで少し前にコーヒーを飲んでいることがバレてるのは想定外……。
私は説明を聞きながら仕草に出さないように平静を――

――っ……ぅ、波……見せない…表情に出さない、仕草にもっ……――

そうは思うが、すぐには引かない尿意の波にどうしても足に力が入ってしまう。
気が付いたような『声』は聞こえてこないが、今私は彼女の観察に意識を割いているわけじゃない。
『声』が聞こえないのは彼女が気が付いていないからなのか、波長が合っていないからなのかわからない。

――うぅ……宥めたい……足を揺すったりとか押さえたりとか……っ……はぁ……だ、大丈夫……落ち着いてきた……。

「――聞いてますか?」
「え! う、うん……大丈夫です」

やっぱり現時点で追い詰められてるのは圧倒的に私の方。
でも、相手の『声』だって――

『ん……頑張るな…この子……私も結構したくなってきたのに……』

確実に彼女の『声』は大きくなってる。
私が8割とするなら、彼女は6〜7割……確実に差は縮まってると思う。

「そういえば、妹さんって雪の趣味の事……知ってたりしますか?」

――っ! え?

急にそう質問した彼女の言葉に一瞬思考が止まる。
趣味……彼女の言う趣味って……。

「……いえ、姉に趣味なんて……ありましたっけ?」

「……や、どうだろあれは…趣味とはいえないかも?」

私の態度を観察した上で今の話はなかったことにしてと言わんばかりの返し……。
彼女は多分知ってる……雪姉の秘密……。

――わ、私だけが知ってる秘密なのにっ! というか雪姉、この人に観察されてる?

大学での雪姉を私は知らない。なんだか無性に悔しくなる。
私の知らない今の雪姉をこの人は知ってるかもしれない……。
もしかしたら観察どころか……同意の上での――……いやいや、ないでしょ? ……ないよね?

695事例17「高倉 悠月」と駆け引き。10:2020/01/16(木) 07:36:37
「……そう…それでノートの続きだけど――」

私は乱れに乱れた心を騙す様に平静を装い、彼女の前に置かれたノートを指差しながら重要な場所の説明をする。
ただいくら机の角とは言え、少し身を乗り出して説明しなきゃいけないのは、今の尿意だと厳しい。
左手はスカートの上……前じゃなく膝の上で硬くこぶしを握り最小限の仕草で抑える。
だけど、その仕草は見る人が見ればきっとわかってしまう……。

『ふぅ……大丈夫、この子の方がずっと我慢してる……必死に隠してるけど、隠しきれてないし……うん、良いじゃない、可愛いじゃない……まぁ、美華には劣るけど』

――っ! か、かわっ――! だめ……動揺しちゃだめ、ていうか美華には劣るって……我慢してる姿がってこと?

美華さんは彼女と一緒にいた人の事。
雪姉だけじゃなく、この人は――……ま、まぁ……私も大概酷いけど。

観察されてるだけでも辛いのにその『声』が聞こえるのは本当に居た堪れない。『可愛い』とか言わないで欲しい。
正直なところ逃げたいという思いが強くなる……だけど、やっぱり色々悔しい。
僅かな仕草を見破られ観察され楽しまれていることも、雪姉の秘密の事も。

だけど、こういう相手だったら、私も罪悪感を強く感じずに追い詰められる。
私自身、『声』を聞くために自分が失敗することは自業自得だと思ってる。
だから、私を観察するために自分の尿意を棚に上げた彼女が、もし失敗したとしてもそれは自業自得。
さっきの『声』からも余裕がなくなってきていたのは読み取れた。
彼女が『言う』様にまだ私の方が辛い状態なのは事実……でも相手がそう思っているからこそ立場が逆転されるだなんてきっと思ってもいないはず。

私は少しキリが良いところで小さく嘆息して椅子に座り直して彼女に問いかける。

「……あの、さっき飲んでたタピオカミルクティー? あれってトイレに行きたくなりませんか?」

「え、あぁ……確かにティーっていうくらいだし」『なってる、なってる……でもそれ私に行きたいって言わせたいだけでしょ?』

そう思ってくれて構わない。
まだ自分が優位に立ってるって思って貰った方が都合がいい。

「まぁ、まだしたくないし、教えて貰ってるんだからキリが良いところまで行ってからでも全然平気かな」
『言ってあげないよ? したくないって言うのは流石に嘘だけど、まだ私は我慢出来る……でも貴方はどう? 無理でしょ? この話続ける? それとも本音で?』

……。

「……そうですね、折角なのでこのノートを終わらせましょう」

『っ! ……この子正気? 雪の我慢趣味の事知ってるみたいだし……まさかこの子も?』

――違います! 同じ変態でも私は観察者側っ! ……それと動揺を見せたつもりなかったんだけどなぁ……雪姉の事思いっきりバレてる……。
……というか今の……『聞こえた』のはちょっと意外……。

さっきの『声』は小さかった。
恐らく尿意からの『声』ではなく、相手への強い興味からの『声』。
尿意ほど、ストレートに感情の影響を受けた『聞き』取りやすい波長――――慣れてるから余計に聞き取りやすい――――ではないけど
今のが『聞こえた』ということはお互い相手の事を分析しようと必死で……。

『声』が聞こえたのは自身が優位に立つ上で重要な事だけど、本当に聞きたいのは彼女が尿意に追い詰められた『声』。

696事例17「高倉 悠月」と駆け引き。11:2020/01/16(木) 07:39:11
私が食い下がるって思っていた彼女。
もしかしたら、私が尿意を告白してくるんじゃないかと期待していた彼女。
彼女の「まだしたくない」って嘘は、私に恥をかかせた上で二人でトイレに行くという結果を想定して使った言葉。

『はぁ……落ち着いて……限界になったら流石に言うでしょ? っ……じゃなきゃちょっと困るかも……』

――……したくないって言ったけど……したいでしょ? あんなこと行っちゃった手前、仕草なんて易々と出せないよね。
……んっ…そうは言うけど……私も……っ……だめ、まだ大丈夫……。

押さえたい……。だけど、彼女の行動にも仕草が見え隠れし始めてる。
ノートを指差しながら視線だけを足元に向けると、ミモレ丈のジャンパースカートが揺れしっかりと閉じ合わされた足が確認できる。

「だ、大丈夫? ちょっとさっきから苦しそうに見えるし、息も少し荒いし?」『足ももじもじさせてるし、……そ、そろそろ限界でしょ?』

――っ!

「い、いえ……平気です、私普段から余り喋りなれてなくて……」

仕掛けてきたのは彼女。
彼女の仕草を見ながら私も同じような仕草をしていたらしい……。
それに……僅かな息遣いまで……。
私の言い訳は正直苦しいが、ちゃんとした言い訳をしたところで結局はバレているわけで、この際どうでもいい。
それよりも、私にトイレに行かせようと必死になってることの方が重要……私に恥ずかしい台詞を言わせようとしているだけじゃない。
彼女が尿意を抑えきれなくなってきてるから、私を利用してトイレ休憩に持ち込もうとしてる。

「続き……いいですか?」

「え……あ、うん……お願いします」『っ…何でっ……まだ我慢続けるつもり? 本当にこのノートが…っ……終わるまで?』

私からは仕掛けない。
さっきのタピオカミルクティーの話題が私から出した唯一無二の攻撃のつもり。
彼女が言い出し難い状況を作って、私がトイレ休憩を取らなければ――……見せてくれるよね、可愛い仕草。魅力的な『声』。

『っ……どうしよ……ほんとに我慢辛く……っ! ……まさか…この子私がしたい事知ってて?』

どうやら私の思惑に気が付いたらしい。
彼女…さっきから薄々わかってはいたけど勘が鋭い……。

『っ……我慢してること自体が嘘というわけじゃないはず、だけど……んっ…もしかして、もう私の方が限界に…近い?』

私から見ても正直わからない。
両方8割を越えてるくらいだとは思うが……だけど、同じくらいなら多分先に限界になるのは彼女の――

――んっ! だめ……あぁ……だめ、やっぱこれ、私のが…限界に近い…かも……っ、はぁ…っ……。

大きな尿意の波に足を大きく擦り合わせ、だけど押さえるのだけはどうにか踏みとどまる。
それでも、押さえずに我慢してるせいかなかなか宥めきれない。

「っ! トイレ行きたいんでしょ? 一旦休憩にしようか?」『っ…どう? 流石に今の状態でも、続ける選択が出来る?』

此処がチャンスとばかりに彼女は私に休憩を提案する。もちろん私を理由に。
尿意の波の真っ只中――……トイレに行きたい……凄く行きたい。けど、だけど――

「い、いえ……ちょっと足が…疲れて……動かしたくなったっ…みたいな……」

「……っ! 正気? わかってるよね、そんな苦しい嘘バレてるって」

……。
分かってます。
このやり取りを続けるのにはもう無理がある。
ここまで派手に恥ずかしい姿晒してこれ以上続けるのは、もはやただの我慢大会――

697事例17「高倉 悠月」と駆け引き。12:2020/01/16(木) 07:40:50
<ガラガラ>

――っ! な…んっ……だめっ……!

私は慌てて前を押さえる。
尿意の波を宥めきれない中、図書室の扉が開く音に不意を突かれて――

――……だ、大丈夫……漏れてないよね? 今のは不意を突かれた……だけだし。
それより今の音って……。

私は押さえたことで波が治まるのを感じて、ゆっくり手を前から離し、図書室の入り口の方へ視線を向ける。

「あ! 見つけた!」

私と視線が合い声を上げて駆け寄ってくるのは――

「ゆ、雪姉!」

抱き着いて来ようとする雪姉に私は慌てて右手を突き出して、拒絶する。

「わっ……もう、久しぶりでサプライズなのにつれないなぁ……」

私の手に驚き足を止めて、不満そうな顔をこちらに向ける。
今抱き着かれたら、本当に危ないかもしれない……。

「あ、悠月……」

雪姉は私から視線を外すと、さっき勉強を教えていた彼女に気が付き声を出す。
悠月(ゆづき)……今更だけどそれが彼女の名前らしい。
名前を呼ばれた悠月さんはと言うと……教科書やノートを慌ててカバンの中に詰め込んでいて――

「悠月、勉強してたの?」

もう一人の雪姉とは違う声が聞こえて……。

――……そっか、さっきこの人には迷惑かけられないって……。

「み、美華……これは一通り回り終えて時間あったし…ちょっと復習しておこうかなって……っ」『こ、こんな時に…ダメ…これ波……っ……』

そろそろ限界でトイレに行かなきゃいけないタイミングでの今の状況。
特に悠月さんは今の状況に激しく揺さぶられたらしく、片手がスカートの前を押さえていて――……可愛い。

「悠月? あ! ふふ、へーそうなの?」『悠月……我慢してるんだ、綾菜ちゃんの前で言えなかった? 今日は私が意地悪しちゃおっかな?』

――っ! 美華さん?!

急に美華さんから聞こえた『声』。
私と同じく可愛いと思う『声』……それに『今日は』ってことはいつもは立場が逆という事?

「ねぇ綾ー、私、綾のクラスで割と待ってたんだけどー」

「っ! くっつかないで! わ、私だってずっと店番してるわけじゃないしっ」

いつの間にか後ろに回り込んでいた雪姉が、私の胸元を抱くようにして話しかけてくる。
そんな雪姉に驚き、慌てて離れるように言うが一向に離れない。

「ん、あれ?(もしかしてトイレ我慢してるの?)」

……。

私は顔が熱くなっていくのがわかる。
スカートの裾を握り締め、小さく震えていたのだから気が付いて当然。
いつも我慢してる側が今我慢してなくて、観察側の私や悠月さんが我慢してる……。
我慢してるだけじゃない……観察されちゃってる……。

698事例17「高倉 悠月」と駆け引き。13:2020/01/16(木) 07:41:45
私は雪姉の手を振りほどくようにして立ち上がる。
立ち上がってみると身体が伸びて下腹部が硬く張り詰めているのを嫌でも感じる……。

「……う、うん、ちょうど悠月さんと一緒にトイレ行こうかって話してて……」

私は悠月さんに目を向ける。

「っ……そ、そう……そういう話してた…ところ」『ダメ、本当に…んっ……早くトイレ……』

辛そうにしながらも悠月さんは出来る限り平静を装い――――装えていないけど――――私の言葉に同調して立ち上がる。
さっきまでは二人で意地の張り合いのようなことをしていたが、今はそうも言っていられない。
誰かの我慢は見たくても、自分の我慢は見せたくないもので……。

「悠月、カバン私が持ってあげるね」『思った以上に限界近そう? そんな押さえちゃって……もしかして間に合わなかったり?』

「綾は? 私もカバン持とうか?」『綾も悠月も可愛いなぁ……二人して言い出し難くて我慢してたのかな?』

二人が私たちに向ける『声』……美華さんの方はそれほど私に関心がないのかもしれないが、二人とも少し楽しそうで……。

「……ゆ、雪姉…私は大丈夫」

カバンの中にはもう着替えはないが、ハンドタオルはもうひとつ入れてある。もしもの時のため手元に欲しい。
それに悠月さんのカバンは教科書やノートで重いのだろうけど、私のはそうでもない。

「っ……はぁ……んっ……」『ほんとに不味い…私こんなに……こんな姿見せて……っ……それにこの二人……変態のくせに絶対楽しんでるっ……変態のくせにっ!』

変態の下りは私も完全同意。
それと、立ち上がったことで悠月さんも今の自身の状態に改めて気が付く。
私が我慢していたからそっちに意識が逸れていたのかもしれないし、単純に座っていたことで安定していたのかもしれない。
『声』の大きさからみても、そう長くは持たないほどに尿意が膨れ上がってるのがわかる。
私も危ないことには変わりないが、衝撃とか不慮の事が起きなければもう少し我慢出来そうではある。

――……んっ…はぁ……大丈夫。
……色々予定外の事起きてるけど、悠月さんの必死な我慢は見れたし……うん、可愛い……っ…可愛いけど…と、とりあえずトイレっ……。

図書室から近いトイレは階段を下りてすぐの昇降口近くのトイレか、長い廊下の先の更衣室前のトイレ。

「えっと、昇降口の方が近いかな? 更衣室の方は個室は多いけど、体育館も近いから混んでるかもだし」

「……そ、そうだね」

私は足踏みしたいのを必死に抑えながら雪姉の言葉に同意で返す。
雪姉と美華さんが図書室から出る動きに合わせて――――私たちが恥ずかしがってるのを見て、気を効かせて先頭へ行ってくれた?――――私と悠月さんはその後ろをついて歩く。

「はぁ……っ……んっ……」『だめ、治まんないっ……なんで? あぁ……本当にもう……』

隣で少し前屈みで歩く悠月さん……。
必死に荒い呼吸を抑えて、治まらない尿意に焦った表情を見せて……。

――……本当に…可愛い……けど、限界なんだ……っ、私も、似たような感じ……だけどっ!

彼女から視線を外して前の二人が見てないのを確認してスカートの前に手を添える。
図書室を出る少し前に一度落ち着いた尿意が膨らみだすのを感じる。

699事例17「高倉 悠月」と駆け引き。14:2020/01/16(木) 07:42:28
『んっ……妹さんも限界? あっ……ダメ、もれっ……んっ…ふっ、ふぅ…はぁ……』

隣から可愛い『声』と恐らく押さえてるところを見られた反応をされるが……私ももう前は離せない。
個室が一つしか空いてなかったときどうしよう……トイレ前でちゃんと我慢できるかと問われると正直自信がなくなってきた。
悠月さんのが年上なので体裁を気にして順番を譲ってくれるかもしれないけど――……私が先に入ったら悠月さんは?

……。

階段を下りる。下腹部に負担を掛けないように慎重に。
悠月さんも隣で手すりを持ち、額に汗を滲ませながら険しい表情で……。

階段を下り終わるともうすぐ……だけど――

――……っ! 今二人…トイレに入って……。

階段を降りて昇降口の方に歩みを向けた直後、前を歩く雪姉と美華さんの間からそれは見えた。
此処のトイレは個室が二つと少ない。
利用者もほとんどいないので普段はそれほど気になるようなことでもないけど。

――あの二人以外に…先客が、いなくても……個室が開くまで、順番待ち……っ…ダメ……っ!

もうすぐだったトイレ、その油断から尿意の大波が私を襲う。
もう少し大丈夫だと思ってた、だけど椅子に座っての我慢を続けていたのは悠月さんだけじゃなく私も同じで。

――っ……そ、それだけじゃないっ……その前のトイレも…我慢しすぎてたからっ…んっ……や、これっほんとにっ……!

急激に切迫する感覚に私は焦る。
図書室での仕草を必死に抑えていたのも良くなかったのかもしれない。
押さえず宥めるようなこともせず、括約筋の力だけで必死に耐えていたせいで我慢が効かなくなってきてる。

トイレに駆け込んで済ませるくらいなら何とかなるかもしれない。
だけど、順番待ちは確定していて更には私か悠月さんのどちらかは、さらに待たなくちゃいけない。

「……っ」『あっあぁ……でちゃっ――っだめ、まだっ……で、でもさっき…人がっ……む、無理かも、私、ほんとにもうっ……っ』

隣で『声』が聞こえる。
今にも溢れそうな……もしかしたら少し溢れてしまっているかもしれない『声』。
このままじゃ、私も悠月さんも……。

私は前の二人に視線を向ける。
二人はお互い健全な一般人としての体裁を保つためなのか、こっちを見ずに前を見ながら二人で話しながら歩いてる。
このままついていけばすぐには空かないトイレ……。

私は視線を渡り廊下に移す。
私のすぐ横……教室棟に向かうための渡り廊下――

――っ……き、緊急事態だからっ!

私は隣で歩く悠月さんの肩を二回軽く叩いて、前の二人に気が付かれないように渡り廊下へ。
このまま教室棟のトイレまで? 違う、そんなのトイレが混んでいたらそれまでだし、そもそも教室棟まで間に合わない可能性だってある。
教室棟の方が人は多いし、こんなあからさまな我慢姿で行けるわけがない。
……中庭を一望できる渡り廊下だけど、その反対側には植木が校舎を囲むようにして植えられてる。

「(っ……い、妹さん? んっ――)」『っ…な、なに? トイレあるの? っ……はぁ、ダメ……早くはやくしないとっ本当にっ…ああぁ……』

後ろから小さく声を掛けられるが、説明してる余裕は私にはないし、それを聞く悠月さんにもない。
ただ、私は「こっち」と小さく答えて、渡り廊下を外れ、植木の内側の犬走りを歩き出す。
恐らく校舎の壁の向こうには雪姉や美華さんが居て今頃私たちが居ないことに気が付いてる。
そして、進行方向のこの壁の向こうは……私が間に合わないと判断したトイレ。

700事例17「高倉 悠月」と駆け引き。15:2020/01/16(木) 07:43:14
「(ちょ、ちょっとっ…あ、ま、まさか…んっ……こ、ここで?)」『あ、あぁ、ダメちょっと、あぁっ…んっ!』

後ろから制服の袖を引っ張られて振り返るとスカートの前を必死に抑えた悠月さんが居て――

――……か、可愛――っ! あ…んっ……そ、そんな、事…言ってる場合じゃっ! あっ! あぁ! やだっ!

<じゅうぅ…じゅ……>

手で押さえるスカートの中……下着の中で渦巻く熱さ。
必死に押さえ込んでるのに……悠月さんへの説明もなにも出来てないのに――……ぁ、だめっ、こ、これ以上は! あ、あぁ、ああぁっ!

私は咄嗟に校舎に凭れるように中腰になってスカートをたくし上げる。
空いている片方の手で下着を――

「ぁっ! んぁ……」<じゅううぅぅうぅぅぅ――>

下着をずらして……悠月さんが近くにいるのに、中庭からの喧騒が聞こえるのに、すぐ壁の向こうに雪姉がいるのに、右手の壁の向こうはトイレなのに……。
しちゃってる……私、我慢出来なくて外で……『声』が聞きたかったが為に…我慢して、我慢して……でも出来なくて。

「(え、ちょ――っ! あぁ、や、待ってっ!)」

悠月さんの声に、意識を内面から外へ向ける。
今も恥ずかしい音を響かせてる私だけど、隣にはまだ我慢を続けている悠月さんが居る。
必死に押さえて、足踏みさえできないほどに追い詰められている姿……。
それは、おもらし数秒前――

――っ! し、染み? もう、始まってる!?

「(ゆ、悠月さん! は、早く捲って――)」

押さえ込まれたスカートの前が色濃く染まり始めているのを見て、咄嗟に声を掛ける。
下着をずらしながら、恥ずかしい熱水を迸らせてる私が多分悠月さんの止めを刺したのだと思う。
悠月さんは私の声が届いたのか片手を離しスカートに手を掛けるが、膝丈以上もあるスカートは慌てた手つきでは上手く綺麗に上がらない。

「あ、あっ…あ…っ!」

足元のコンクリートで出来た犬走りに、恥ずかしい雫を落とし濃い斑模様を作る。
黒いタイツを伝い、スカートの内側を伝い、押さえ込まれた場所から染み出して。

「だ、だめっ〜〜〜っ」<じゅぃぃぃ――>

足元に落ちる雫が流れに変わり始めた直後、スカートの両脇を両手で吊り上げてしゃがみ込んだ。
当然両手はスカートを吊り上げているため、恥ずかしい音は下着の中でくぐもった音を発していて……。

「はぁ……はぁ……っ…はぁ……」

スカートには大きな染みと流れた跡。
タイツも下着を履いたままで……。
もう少し早くタイツと下着を諦めてしゃがんでいればスカートへの被害は最小限に抑えられたかもしれない。
だけど、焦って、藻掻いて……だから――おもらしに……。

701事例17「高倉 悠月」と駆け引き。16:2020/01/16(木) 07:44:10
「っ……」

私自身が恥ずかしい状況な事も忘れ悠月さんのおもらしに見入っていたが、勢いがなくなり下着をずらした指に熱さが伝い始めて我に返る。
腰をさらに落として――……私も下着は――っ! え? あっ…す、スカートがっ……うそ、こんなに染みちゃってた?

視線を下げると今更になって自身のスカートも押さえ込んでいたところに拳ほどの染みがあることに気が付く。
此処についてから始まった先走り……思った以上に出ちゃってた……。

……。

――ご、誤魔化せるよね? 結構染み大きいけど……お、おちびりだよね、私のは……。

トイレではないけど、私は間に合ったと言っても支障ない程度の――

「(はぁ……結局二人とも…おもらしなんて……最悪……これ、どうしよ……)」

――っ……お、おもらし……っ……私も……。

隣から震えた声が聞こえて……。
私は下着から手を離してゆっくり立ち上がる。
……被害の大きさが違えど、認めたくはないけど、自分を誤魔化さずにスカートをちゃんと見れば、皺が出来た部分に大きな染み……確かにこれは……。

「(哀れだね、私たち……でも、ここに連れて来て…くれたのは……助かったかな)」

悠月さんは真っ赤な顔で、乱れた呼吸で、涙目のままだけど……それでも気丈に振舞い、スカートを手で揺らし雫を落とす。
そういえば椛さんも鈴葉さんも落ち着いてからは気丈に振舞っていたけど、年下には見せられない大人の意地みたいなのがあるのかもしれない。
私も悠月さんもあのままだったら多分トイレでおもらししちゃって、それを雪姉、美華さん……それに、トイレの中の人にも見られていただろう。

「(はは、ほんとバカみたい、二人して牽制し合って)」

「(……す、すいません)」

悠月さんは嘆息して、スカートのポケットからハンカチを取り出し後始末を始める。
当然、染みを消し去ることなどできはしないけど……。
私もカバンの中からタオルを取り出す。

「(さっきの感じだと、妹さんも雪と同じくらい我慢出来るの?)」

――っ!

後始末をしていると声を掛けられる。
こんな状況なのに少し楽しんでいるような声色で……。

「(……姉の…量まで知ってるんですか?)」

視線は合わせず後始末を続けながら質問を返す。
というか、悠月さん自身があんな状態だったのにも関わらず、私の量に関してちゃんと分析してるって――……お、音? 長さとか? 本当この人変態……。

「(雪はまぁ、たまたま聞こえた感じだと、かなり多そうかなって思っただけ……私は答えた、妹さんは?)」

……質問せずに無視すればよかった。
その返し方じゃ答えないわけには行かないけど、なんだか悠月さんが全然損してなさそうで……ずるい。

「(……姉の方が恐らく我慢出来ます……あんな趣味ですから)」

私が主語にならないように――――ごめん、雪姉……――――に言葉を選んで返す。悠月さんは「確かに」と相槌を打つ。
本当、雪姉とどんな関係なんだろう……。

702事例17「高倉 悠月」と駆け引き。17:2020/01/16(木) 07:45:00
……。

後始末も大体終わり、しばらく茫然と立ち尽くす。
「ここでしました」ってところに長居したくはないのだけど、染み付きスカートで校内を練り歩くって言うのも勇気がいる。

  「あ、あのっ、お久しぶりです」

私はその声に驚き肩を震わす。隣で悠月さんも姿勢落とし固まる。
渡り廊下からの声……一応私たちがいる場所はギリギリ死角になってるはずだけど……。

  「え、あ、でも夏休みにも一度あってるから――あ、はい、そうですね」

その声は誰かと話しているようだけど、相手の声は聞こえない。
恐らく電話……というか、この声って――

  「はい――、いえ、メイド喫茶ですね――――えぇ!? そ、そんな、可愛くなんてないですからっ!」

――……弥生ちゃん……だよね?

誰かと楽しそうに話す弥生ちゃん……。
学校の友達じゃない、親戚とか、中学の時の友達とかその辺り?

  「あはは……――はい、では明日……――はい、待ってますね、雛さん」

――えっ!? ……雛さん? どうして私の名前……。

違う、私じゃない。別人、同じ雛さんだけど……。

……。

思い返せば、弥生ちゃんは私のことを最初から『雛さん』と心の中で呼んでいた。
だったら、今のヒナさんは……私を雛さんと呼ぶことの元となった人物?

「(知り合い? まぁ、なんでもいいけど、これからどうする?)」

植木から弥生ちゃんの様子を覗き込んでいた私に、悠月さんが話しかける。
弥生ちゃんの事は気にはなるけど……とりあえずは――

703事例17「高倉 悠月」と駆け引き。18:2020/01/16(木) 07:45:42
――
 ――

<ピンポーン>

此処はマンションの九階。
私は玄関チャイムを押して扉が開くのを落ち着きなく待つ。

<ガチャ>

扉が少し開き、無言で覗き込んでくるのはクラスメイトの斎さん。

「……こ、こんばんは……」

私は緊張を隠せず言葉が詰まる。
そんな私を斎さんはじとっとした目で睨んでくる。

「なに?」

「……ごめん、放課後返そうと思ってたんだけど、色々あって早く帰っちゃったから……す、水筒……」

自宅で洗って持ってきた水筒を差し出す。
斎さんは不機嫌な顔をしながらも受け取ってくれる。

「ちょっと神無! 折角綾菜ちゃん来てくれてるのに!」

「はぁ? 黙ってて! そもそも綾菜が友達拒否して来たんでしょ! そんな相手にどんな態度取ろうが私の勝手でしょ!
安く部屋借りてるくせに、友達作る気ないからーって、そう言ったのはこいつじゃない!!」

――っ……その通りだけど……。

当時、此処に引っ越してきたときのことを思い出す。
マンションオーナーと親類関係にある斎家に挨拶しに行ったときの事。
年の近い彼女が気さくに話しかけてくれて、友達になろうって言ってくれた。
嬉しくて……でも、もう友達を作らない、……そう考えていた私にとっては彼女の言葉はとても苦しいもので、それを断ってしまった。
断られるなんて思っても見なかったであろう彼女は機嫌を損ねたものの、怒りはしなかった。
事情はそれぞれあるからって納得してくれた。
だけど……あんなことを言って置いて、まゆと友達になった私を快く思うわけもなく。
当然のこと……まゆと友達になる前に彼女にはちゃんと謝って、私から改めて言うべきだった。
友達になろうって……。

私は玄関で怒る彼女に何も言えず、頭を深く下げて早足で逃げるようにその場を離れる。
学校ではある程度普通に接してくれる、本当に良い人。
さっきも、姉の斎先生が来るまでは最低限の対応はしてくれていた。

……。

だけど、私にはもう彼女の友達になる資格はない……。
友達になるのに資格なんていらない、そういう人もいるかもしれない。
だからきっと資格なんてことは言い訳に過ぎない……ただ、私が怖いだけ……断られるのが怖いだけ。

――……それでも……いつかは……ちゃんと謝るくらいはしないと……。

704事例17「高倉 悠月」と駆け引き。19:2020/01/16(木) 07:47:22
<ガチャ>

「おかえりー!」

リビングから雪姉が玄関を開けた私に手を振ってくる。
私はその底抜けに元気な雪姉に頬を緩める。

「おかえり、妹さん」「おかえりー綾菜ちゃん」

……。

結局あの後、私は自転車で帰れたが、車で来ていた悠月さんはそうはいかなかった。
車の鍵が美華さんの持っていた悠月さんのカバンの中らしくて仕方なく事情を話すことにしたらしい。
その時私のことは伏せてくれていたみたいだけど、雪姉も美華さんも悠月さんの車でこの部屋に来てしまい、あっさり私の失敗もバレてしまった。
失敗した瞬間を見られなかっただけ良かったが、雪姉の心配しつつも少しニヤニヤしたあの顔はもう見たくない。

そんなことより、私が帰ったとき洗濯機が既に回されていて、中に雪姉のスカートと下着が入っていたのが凄く気になる。
雪姉は一度家に寄ってから学校に来たらしいからその時か、あるいは11時頃には学校に来ているはずの雪姉を、悠月さんも美華さんも15時過ぎまで見かけなかったらしいから……。
問い詰めたかったが、自身の失敗もあって言い出し難く――――しかも、雪姉の方は何か零して着替えたとか言い訳できるし――――、逆に雪姉の方もあまり私の失敗について言及してくることはなかった。

「……ただいま……えっと、私はもう、お風呂に入って寝ますので――」

雪姉の友達なのだから私は邪魔だろうし、泊まるつもりならお風呂も順番に入らなきゃいけないだろうし、そもそも失敗がバレて面と向かうにはまだ恥ずかしい。
私は適当に挨拶して早足で浴室へ向かい、お風呂へ。

……。

――……はぁ、先に帰っちゃったけど、何か迷惑かけてないかな?

湯船につかりながら考える。
一応、初日の15時以降は自由に帰宅しても問題ないらしいし、メイド喫茶の片付け当番にも私は入っていない。
すっかり忘れていた水筒はついさっき解決したし、星野さんの失敗も自分で何とかすると言っていたし、霜ちゃんのことは色々気にはなるが帰る事には関係ないし。
まゆの後で聞く話の約束については、事情が出来て先に帰る連絡を入れたときに、明日の夕方にしようと言ってくれた。
弥生ちゃんの電話の相手も気にはなるが……まぁ、私が気にすることでもない。

……。

今日一日色んなことがあった……当然私の失敗も含めて。
私は湯船に口を沈めてぶくぶくと音を立てる。

――……今日は我慢しすぎたし、明日もきっとその影響でトイレが近くなってることだろうから……
まぁ、明日は大人しく普通に文化祭を楽しもう……。

おわり。

705「高倉 悠月」:2020/01/16(木) 07:52:08
★高倉 悠月(たかくら ゆづき)
「雛倉 雪」の友達で、同じ大学に通う。
同じく雪の友達である「乾 美華」と一緒にいることが多い。

綾菜と同様、観察者側の気質を持ってはいるが、それを向ける対象の殆どが美華、たまに雪。
特に美華と仲良くなった経緯がトイレの我慢に深く関係しているため、半同意の上でそういう関係を定期的に楽しんでいる。

両親を幼い頃に亡くしていて、現在はとある大家さんが保護者のような立場をしている。
両親からの遺産がそれなりにあるらしいがそのすべてを大家さんに管理してもらい、必要分だけ貰うようにしている。

膀胱容量は人並み。
基本的にはトイレを申告できるし、我慢するような性格ではない。
ただ、我慢していることを美華に悟れると、美華が日頃の反撃をしてくるため
美華の前では我慢を極力悟られないよう振舞っている。

成績それなりに優秀、運動並。
有名大学に入ってはいるものの、割と奇跡的な合格であった為、単位の取得に苦戦している。
運動は得意ではないが、運動神経は悪くない。
性格は基本的には冷静沈着。
頭の中で色々考えてはいるが、言葉にするのは得意ではなく、人付き合いも苦手。
面倒くさがりであり、Sっ気を持ち、若干合理的主義者。
料理は一人暮らしの経験が長いため得意ではあるものの、買った方が楽なのであまり積極的にしない。

綾菜の評価ではとても変態(同族嫌悪)。
感が鋭い人。悪い人ではないが、雪姉との関係が気になったりで、なんとなく好きにはなれない人。

706名無しさんのおもらし:2020/01/17(金) 00:03:12
更新待ちに待ってました。あやりん初めての野ション最高でした。

707名無しさんのおもらし:2020/01/17(金) 21:52:10
あやりんもたいがいシスコンだなあ

708名無しさんのおもらし:2020/01/17(金) 23:59:35
回収されたところで2年越しの教訓。
アナグラム使う時は、元のキャラ名をちゃんと考えておかないと、伏線の効力が一気にさがってしまうので注意。
それはいいとして今回もグッドでした。やっぱ仕草隠し系我慢は最高。
事例の欠番がいつうpされるのかも楽しみです。

709名無しさんのおもらし:2020/01/18(土) 11:43:55
新作投稿ありがとうございます!今回は雪月華とのクロス回ですね。
どちらも優秀でちょっと似てるところあるのに、雛倉姉妹と黒蜜姉妹の差が気になります。
あやりんも段々と社交的になってきた感じしますね。もともとがそうなのかもしれませんが。
霜が「狼」と呼ぶのはそうあって欲しいという暗示なのかな。

710名無しさんのおもらし:2020/01/18(土) 22:31:24
>>705 新作ありがとうございます!
あやりんの失敗(未遂?)はいいですね!今回もシチュエーション最高でした。

711名無しさんのおもらし:2020/01/19(日) 22:39:44
病院回読み返そうとして勢いで最初から全部読んできてしまった
当時のコメントでも気づいてた人いたけど俺は全然気づかなかった……

712名無しさんのおもらし:2020/01/30(木) 10:01:49
ゆきこさん 運動会閉会式でおしっこをおもらし!

713名無しさんのおもらし:2020/01/31(金) 19:07:04
「いや 、すでにそれが歓びなのか 、苦痛なのかさえわからなくなっていた 。その証拠に 、八木橋が特製鞭の雨を見舞ってきても 、満里亜の躰は痺れきった神経によって 、陶酔に甘く酔いしれ 、洩れる悲鳴には喜悦の響きが混じっていた 。鞭 、バイブ 、便意のバランスをきわどく保つ責めにこれまで身悶えしながらも 、耐え続けてきた美しいスチュワ ーデスの躰にも 、ついに完全なる崩壊が近づいていた 。最初に 、肉体よりも意志が限界を迎えた 。ボロボロになっても 、やはり自らその瞬間の決断を下す恥辱感は残っていた 。鞭を浴びる度に身をよじり 、呻き声を放って 、貌をしかめていた満里亜は 、その刹那 、握りしめていた鉄棒から手の力を抜くと 、ほとんど穏やかな表情を浮かべて 、屈辱の安楽の中へ身を投じていった 。ヒップの方から崩壊がはじまると同時に 、バイブに貫かれた躰は 、四肢を打ち抜くばかりの喜悦の爆発に見舞われていた 。その二つがぶつかり合い 、それは恥辱も苦痛も歓喜も絡め合いながら 、凄まじい法悦の絶頂感となって 、麗しいスチュワ ーデスの五体に襲いかかってきた 。ガクガクガクッと下肢を慄わせ 、その上体は大きくのけ反りながら 、寄せ返す衝撃の荒波みに打ち上げられて 、烈しい痙攣をくり返した 。そして 、最後には 、なおも死者に鞭打つように 、満里亜自身の意志とは無関係に 、制服の下の白い豊かな股間はゆばりを放ち 、その前でズボンを下ろした八木橋の股間の持ち物から 、劣情の白液を誘発していった 。

714名無しさんのおもらし:2020/01/31(金) 19:14:35
「トイレへ行きたいのかね 」八木橋が歩きながら 、やっと声をかけてきた 。満里亜は大きく頷いてみせる 。 「そうだろうな 。グリセリンの源液を注入してやったんだから 」 「 ! 」 「公園まで我慢しろ 。まさか途中でチビったりするなよ 」そう言うと 、踵を返して 、わざと遠まわりをしながら 、公園に向かう 。それは完全な地獄と言ってよかった 。少しでも 、神経をヒップからそらせば 、崩壊が起こるに違いない 。が 、ヒップに神経を注ぐことによって 、疲れきった両脚が 、ハイヒールを穿いた不安定な状態で 、いつバランスを崩すかもしれなかった 。その結果 、躰が倒れ 、ショックで崩壊が起こるかもしれないのだ 。まさに 、針の上を綱渡りしているも同然だった 。公園が見えてきたとき 、満里亜はだから 、思わず涙を溢れさせていた 。すでに 、公園を出てから二十分以上が経っていた 。八木橋はしかし 、すぐにトイレに行かせてくれるほどヒュ ーマニストではなかった 。 「その前にして欲しいことがあるんだろう 」そう言うと 、鉄棒の一番高いところへ連れていき 、両手をバンザイをする恰好に吊り上げた 。続いて 、猿轡が外される 。 「ああっ … …は 、早く 、おトイレに … …ククッ ― ― 」 「遠慮することはないさ 。オ × × ×が欲しくてたまらなくなっているんだろう 。眼がそう言っているぞ 。少しは奥さまにも愉しんでもらわないとな 、これはプレイなんだから 」正面に立つと 、八木橋はブラウスをくつろげ 、ブラのフロントホックを外してくる 。 「そ 、それより早く 、おトイレに ― ― 」言いかけたものの 、八木橋の手が豊乳を把み上げてくるなり 、 「ほおおっ 」目眩く愉悦に 、全身が溶け出すような感覚の拡がりを覚えて 、あられもない声を送らせていた 。ギュンッ 、ギュンッと力委せに揉まれるほどに 、満里亜の五体に歓喜のうねりが燃え拡がっていく 。が 、今の満里亜はその喜びに浸っているわけにはいかなかった 。腹部を襲う便意と痛みはそれ以上に大きい 。ピンクに染まった美しい貌が 、すぐに青ざめるのを見て 、八木橋はバイブレ ータ ーを持ち出して 、ハイレッグの黒いパンティの上から 、ムンッと盛り上がる頂きを押し上げてくる 。 「ふうっ ! 」ブルッとガ ータ ー ・ストッキングをふくらませる豊かな太腿を慄わせたかと思うと 、満里亜の股間は待ちかねていたように左右に開かれ 、バイブの尖端へ自ら頂きを擦りつけていった 。数回なぞり返すと 、八木橋は濡れまみれたパンティを引き下ろし 、直接クレヴァスに当てがってくる 。 「はうっ ! 」新たな刺戟に 、満里亜は股をあられもなく開いたまま 、たちまち昇りつめそうな快美感に襲われた 。実際 、じかにクレヴァスを擦られて 、便意と痛みがなければ達していたに違いない 。神経はヒップの一点に集中はしているが 、バイブによる官能の刺戟は 、一瞬ではあっても苦痛を忘れさせてくれる良薬だった 。濡れに濡れた熱い肉体は 、極太のバイブレ ータ ーを 、押し入れられるままに迎え入れていった 。八木橋が手をはなしても 、優秀な満里亜の躰は 、しっかりと咥え込んで落とすようなことは決してしない 。便意とバイブの振動によって 、満里亜は未知の歓喜の中で苦悶するように 、全身をのたうちまわらせていた 。
いや 、すでにそれが歓びなのか 、苦痛なのかさえわからなくなっていた 。その証拠に 、八木橋が特製鞭の雨を見舞ってきても 、満里亜の躰は痺れきった神経によって 、陶酔に甘く酔いしれ 、洩れる悲鳴には喜悦の響きが混じっていた 。鞭 、バイブ 、便意のバランスをきわどく保つ責めにこれまで身悶えしながらも 、耐え続けてきた美しいスチュワ ーデスの躰にも 、ついに完全なる崩壊が近づいていた 。最初に 、肉体よりも意志が限界を迎えた 。ボロボロになっても 、やはり自らその瞬間の決断を下す恥辱感は残っていた 。鞭を浴びる度に身をよじり 、呻き声を放って 、貌をしかめていた満里亜は 、その刹那 、握りしめていた鉄棒から手の力を抜くと 、ほとんど穏やかな表情を浮かべて 、屈辱の安楽の中へ身を投じていった 。ヒップの方から崩壊がはじまると同時に 、バイブに貫かれた躰は 、四肢を打ち抜くばかりの喜悦の爆発に見舞われていた 。その二つがぶつかり合い 、それは恥辱も苦痛も歓喜も絡め合いながら 、凄まじい法悦の絶頂感となって 、麗しいスチュワ ーデスの五体に襲いかかってきた 。ガクガクガクッと下肢を慄わせ 、その上体は大きくのけ反りながら 、寄せ返す衝撃の荒波みに打ち上げられて 、烈しい痙攣をくり返した 。そして 、最後には 、なおも死者に鞭打つように 、満里亜自身の意志とは無関係に 、制服の下の白い豊かな股間はゆばりを放ち 、その前でズボンを下ろした八木橋の股間の持ち物から 、劣情の白液を誘発していった 。

715あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

716あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

717あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板