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『邪気眼少女』 *Another Story*
173
:
心愛
:2013/08/20(火) 14:45:34 HOST:proxyag048.docomo.ne.jp
「圭様たちとの旅行に同行させて戴いたとき、酔ったお嬢様がそのような内容を匂わせるようなことを仰っていたから、なのです」
「……そうだっけ」
全然覚えてない。
曖昧に靄がかかった記憶を掘り起こそうとしていると、
「まだありますよ」
昴が楽しげに続ける。
「お嬢様は、他人に弱点を見せたがらない方です。不慮の出来事―――主に照れくさいことや恥ずかしいことが起こると、とっさに平静を装いますね。その取り繕った表情は恐ろしい程の精度で、私などは到底気づきようもありません」
キラキラと光を取り込む湖みたいに綺麗な色に澄んだ双眸が、近づく。
「でも、本当の意味で完全には隠しきれずに」
何言ってんのこいつ、という呆れた表情を保ち続けるあたしの顔の横に、冷たい指が這わせられた。
「―――こうして、耳だけを赤くなさいます」
数十秒間、あたしは固まっていた。
かなりの沈黙のあと、ひくりと引き攣る頬を抑えられずに声を絞り出す。
「え、なに。そんなにあたしの耳、やばい?」
「はい」
真面目に頷く昴。
あたしは「うーわー……」と漏らすと、近くにあったふかふかのクッションを手繰り寄せてぼふっと顔をうずめた。
「今こっち見たら殺す」
「殴られるくらいなら構いませんが。……耳、見えてますし」
「殺す!」
あたしの罵声にも上品にくすくすと笑う昴。
「ちなみに、私が部屋に入ったときからそうでしたよ。なので話の内容は大体」
「もういい喋るな黙って」
まさか、あたしが昴に一本取られるなんて……最悪だ。
むぐぐ、と生まれて初めての屈辱に唸るあたし。
そして少しおいてから、昴がそっと呟いた。
「……お嬢様は、美羽様とそっくりですよ」
ちらりと彼の様子を窺えば、口元が優しく綻んでいる。
「色々な気持ちを隠して、美羽様の幸せのためにずっと闘ってきた。縛りの多い生活にもめげず、強く純粋に、美羽様のことを考えてきた」
視線が合わさる。
日本人らしからぬ蒼色は、どこまでも透き通っていて。
「その想いを持つ方が、どうして汚れているのです?」
美羽ちゃんは綺麗ないい子だけど、あたしは汚く打算的な人間だと、心の中でも、昴に対しても何度も繰り返してきた。
それを、昴は微笑みながら否定する。
「綺麗で優しくて、強くて脆い。だからこそ、悲しい方―――」
「……」
「頭が良いのに不器用で、いつでも偽悪的に振る舞っていて。そんなお嬢様のことを知れば知るほど、私はあなたを好きに」
「っあ――――――――!!」
耐えきれなくなったあたしは両耳を押さえて、声の限り叫び昴の発言を掻き消した。
「なんなの!? そんなにあたしを追い詰めたいの!? 今日の昴、なんかムカつくんだけど!」
「申し訳ありません」
全然申し訳なく思ってなさそうな顔で言うな。
あーもう、意味分かんない。
耳が熱い。自慢の頭脳もお手上げだ。
「ほんと、なに考えてんの……っ」
「怖いくらい、お嬢様のことばかりですよ」
「開き直んな!」
とんだ性悪執事だよ! なんで今まで見抜けなかったかな、あたしは!
「紅茶! 紅茶淹れてきて!」
追い出しにかかったあたしに、昴が困ったように言う。
「そういえば、お嬢様。そのカップですが、落としても割れないようプラスチック製のものにしようか検討中なのですが……いかがしましょう」
「あたしは子供か!」
「子供よりたちが悪……何でもございません」
やっぱり悔しいから、このままやられっぱなしにはならないけど。
―――こんな関係も、まぁ、ありなんじゃないかな……なんて、思った。
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