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ソラの波紋
207
:
心愛
:2013/03/29(金) 09:18:11 HOST:proxy10049.docomo.ne.jp
「……空牙。寝ましたです?」
すう、と穏やかな寝息。
ミレーユはそっと上半身を起こし、眠る空牙の顔を覗き込んだ。
彼女の表情が、柔らかに―――少し切なげに、綻ぶ。
「……空牙は優しすぎるのです」
純白の新雪よりも透き通る髪に、伸ばした指先で触れて。
「馬鹿で、外道で、どうしようもない、役立たずのくせに……」
瞼を閉じる。
恐ろしさを感じる程に整った彼女の横顔を、零れる月の光が淡く彩る。
「馬鹿みたいに、優しくて」
名残惜しさを感じながら、指を離す。
金色に輝くふたつの瞳を和ませ、
「空牙」
ふわりと、微笑む。
「ミレーユは……もう、十分ですよ」
静まり返った闇の中、ミレーユの静かな声だけが響く。
「こんなに想ってもらえて、今、こんなに幸せで」
胸に手を当てる人形の少女のあたたかな眼差しは、何処までも美しく、水面のように澄み渡っていた。
「生まれてきて……良かった、です」
悪と罪に塗れたこの身体は、彷徨の果てに、眩しく尊い、一筋の光を見つけた。
貴方と、出逢うことができた。
この命より、ずっとずっと、大切なものがあるのだと、貴方自身が教えてくれた。
「だから」
するりと、髪を結んでいたリボンを解く。
それが宙に舞い、地面に落ちるその前に―――
「―――さよなら、です。空牙」
+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+
「ミレーユ?」
扉を開けたサミュエルは、驚いて目を見張り、ミレーユを中へと招き入れた。
「どうしたんだい、こんな時間に。空牙君は?」
「寝てますです」
今にも震え出しそうになる脚を必死に踏ん張り、ミレーユは顔を上げて、サミュエルを睨んだ。
「ミレーユは……ミレーユの意志で、此処に来ました」
「……話を聞こうか」
拳を握る。
ぎゅっと、強く。痛いくらいに。
「空牙には、もう、逢いません」
「と、言うのは?」
「空牙は多分、気づいたらあちこちミレーユを探し回って。最後には怒って、此処に来ると思うのです。そのときには……ミレーユが望んだことだと、伝えて下さい」
サミュエルが、ゆっくりと顎を引く。
負けるものかと、強い視線で見返す。
「それから空牙に、一切の迷惑を掛けないで下さい」
空牙に、自分よりも使い勝手の良い機械人形を付けること。
ミレーユの情報を、部外者に流さないこと。
「だったら、ミレーユは……虫酸が走りますが、貴方たちの言いなりになってやるですよ」
真っ直ぐ顔を上げ、凛と声を張る。
「―――ミレーユは……空牙を守る、機械人形(マシンドール)ですから」
ミレーユの決意をしっかりと聞き、サミュエルの表情が和らいだ。
「優しいんだね」
くくっ、と笑いを零す彼。
「お前も、彼も」
「………」
「でも、私はね。決してお前を苦しめたいわけではないんだよ、ミレーユ」
ミレーユの正面で、サミュエルはにこやかな笑みを作る。
「それにどうせ、煉獄から抜け出している以上、この身体は長くは保たない。無理をしてこの世界に留まっているから、実を言えば結構なダメージなんだ」
だからね、と前置きし、身を乗り出して。
「お前にはひとつの、ある研究に付き合って貰いたいんだ」
「……ひとつ」
「そう。私がお前を造った目的でもある研究。それが終わったら、すぐにでも君を解放しよう」
「―――え」
信じがたい台詞に、ミレーユは硬直する。
「それ、は……どのくらい、かかるのですか」
「一日。……と言いたいところだけれど……お前の頑張り次第だから、こればかりは分からないな。でも、五日はかからないだろう」
ミレーユの耳に、吹き込まれた低い囁きが反響した。
「―――約束するよ」
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