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ソラの波紋

200心愛:2013/03/26(火) 16:57:35 HOST:proxyag073.docomo.ne.jp






「そして彼女―――ミレーユは、忠実な家臣の手によって代々厳重に管理されてきたはずなのに、私たちが冥界へ戻り、城に侵入したときには既に、何処かに持ち去られた後だった。おそらく、金目のもの目当てに潜り込んだ盗賊の仕業だろうけれど」



ミレーユは、この世界に現存する唯一の魔女。
となれば、彼女の力を“保存”した研究機関《ネクタル》は、おそらく躍起になってミレーユを探し回ったのだろう。


しかし彼らの尽力にもかかわらず、かくしてミレーユは何者かの手によって持ち出され、人形遣いによって使役される、機械人形となったのだ。

自我が目覚めても過去を思い出すことはなく。
複雑すぎる魔術回路を持つ不良品の、ただの戦闘特化型の機械人形と自分で思い込んで。
何人もの魔族の手に渡っては、捨てられることを繰り返し。
最後に、空牙と出逢って―――



「そうそう、それにね。魔女を滅ぼしたのも彼女……お前なんだよ、ミレーユ。彼女は自分以外の魔女を嫌っていたからね」



青ざめるミレーユに、サミュエルは笑顔で、容赦なく追い討ちをかけた。


それでミレーユは、もう何も、信じられなくなる。
空牙と過ごすうちに忘れかけていた、自分は生まれてきてはいけなかったものなのだという思いが燃え上がり、一気に膨張し、破裂しそうになる。




「さて、君……空牙君と言ったかな? 此処まで話を聞いて―――君に、ミレーユの主であり続ける気は、まだあるかい?」




はっとして、ミレーユが空牙を見上げた。
そして―――新たに生まれた恐怖に、涙の溜まった瞳が凍りつく。



「ミレーユが暴走したら、とても君の手には負えない。それに、そんなミレーユを所有していることが公になれば、君だってただじゃおかないだろう」



不敵な笑みを浮かべるサミュエルが話している間中、空牙は一人で考えていた。


―――こいつらを捕らえて訴えても、ミレーユのことを話されたら終わり。


ミレーユは違法の、禁忌の魔術によって生まれた機械人形だ。
加えてかつての王家、冥界の敵。
危険視され、十中八九押収されるだろう。


しかしサミュエルは知らないだろうが、空牙はミレーユの主であると同時、エルゼリア王リリスの眷属でもある。

だからきっと、空牙は助かる。
何も知らずにミレーユを所有していたのだと、リリスが口添えしてくれればそれであっさりと赦されるから。

だから結局は―――サミュエルを捕らえることを選べば、ミレーユが処分されることになるというだけの話。



「其処で、この提案だ」



サミュエルと空牙、二人の視線がぶつかる。




「協定を結ばないか。ミレーユは、製作者である私が責任を持って管理する。お互い、この話は聞かなかったことにする」




それは一番手っ取り早く、安全な選択肢だった。


サミュエルの言う通り、何かの間違いでミレーユの巨大な力が暴走したなら、下手をしたら所有者である空牙の死に直結する。

さらに、ミレーユに愛着を持っているサミュエルなら、彼女を始末したりは決してしない。

あらゆる意味での危険性を孕むミレーユを、彼に返却する。

ミレーユ本人にとっても、最も自然で、幸せなこと……なのかもしれない。



「人形遣いに人形を手放せというのも酷な話かな。望むだけの金は払うし、代わりにミレーユより遥かに使いやすい機械人形をプレゼントするよ。……ほら、良いことだらけじゃないか」



―――つうっ。


ミレーユの頬に、絶望に染まった瞳から転がり落ちた、ひとつの雫が伝う。


それを見て。



空牙は、決断を下した。



「……指名手配犯になっても良いのかい? 君にだって、立場というものがあるだろう?」



刃の如き鋭さを宿した紅い瞳で、サミュエルを射抜く。




「―――それがどうした?」




サミュエルが怪訝な顔になる。


ミレーユが息を呑む。



「密告したけりゃすればいい。嫌われるのは慣れてるよ」



「な……、っ」



「逃げ足はこれから鍛えるさ」



ミレーユは愕然とした。


彼女の正体を知った今でも。

ミレーユという爆弾を抱え、リリスを、冥界全体を敵にしてでも逃げ回ってやろうと―――空牙はそう言っているのだ。


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