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ソラの波紋
192
:
心愛
:2013/03/25(月) 11:06:28 HOST:proxy10017.docomo.ne.jp
「お前は魔女の中でもさらに規格外の、恐ろしく強大な力を持った実力者だったんだよ」
サミュエルは、膝が崩れて空牙に支えられているミレーユを、かつての彼女の面影を重ねるように熱い眼差しで見つめる。
「……今最強と謳われている、あの身の程知らずの小娘よりも、ずっとね」
今の最強。シルヴィアのことだ。
一瞬だけ鋭い憎しみに凍りついた双眸が、再び心酔に潤む。
「彼女は己の力に溺れ、殺戮を繰り返し、暴虐の限りを尽くした。すぐに冥界は荒れ果て、魔獣の処理どころではなくなってしまった」
空牙は自分に寄り添って力なく震えている、人形の少女を見る。
もしミレーユの人格が残忍で、闘争心がより強く、今は眠っている力を、自分の意志で全て生かすことができたなら―――。
「そしてついに、彼女の行いを見かねた王家が手を打った。三人の王直々に、彼女を捕縛する為戦線に立ったんだ」
それぞれ当時のエルゼリア王、ミュシア王、ファローズ王。
リリス、ユリアス、シルヴィアの祖先に当たる人物か。
「彼女は、それはそれは強かったからね。かなり苦戦したものの、冥界中に罠を張り巡らせ……やっとのことで彼女の身柄を拘束することに成功した」
サミュエルは可笑しげに肩を揺らし。
「彼女は勿論、即煉獄行きの運びだったのだが―――刑吏の目を盗み、牢に忍び込んだ輩がいた」
くすくす、くすくすと小さく笑って。
「そう、ファローズ王家直属の研究者として勤務していた、私たち《ネクタル》だよ」
美しく、狂喜に満ちた微笑を湛えた。
「これほどまでの逸材を、このまま殺すなんてできない。だから私たちは魔術と知恵を総動員して、連戦で弱った彼女を抑えつけ、生きた肉体を改造したんだ。
機械人形として、その力を引き継ぐ為に―――」
―――彼の口によって明かされたのは、あまりに凄惨で、残酷な過去だった。
ひっ、とミレーユが喉を鳴らし、両腕で戦慄く自分の身体―――犯罪者の肉体を抱きしめる。
ミレーユがごく当たり前のように魔法を使えるのも、膨大な量の魔力を欲するのも、自身がそれだけの力を持つ魔女だったから。
造り物の人形とは思えぬ美しさも、はっきりとした自我も。《容器》として使われたのが、かつて確かに生きていた、ひとりの魔族だったから―――。
「……ちょっと待って下さい」
衝撃を受けて黙り込んでいるミレーユに代わって、声を発したのは空牙だった。
「魔術師も魔女も所詮魔族。生もあれば死もあります」
サミュエルを真正面から見つめ、言葉を連ねる。
「魔女はとうの昔―――数千年前に滅びたはず。なら、ミレーユも、魔女がいた時代に生きていた貴方も、どうして今生きていられるんですか?」
ミレーユも、はっとしたようにサミュエルを見る。
そう……この話は、どう考えてもおかしい。
悪魔と違い、魔族には定められた寿命がある。
人間よりは長寿とはいえ、数千年もの間、この魔術師が生きていられるはずがない。
サミュエルは若々しい美貌で、「至極当然の疑問だね」と微笑んだ。
「彼女の改造手術が見つかってすぐ、勿論私たちも煉獄に幽閉されたんだけど……くくっ、少し前に這い出して来たんだよ」
―――お前に逢いたくてね。
サミュエルの微笑を絶やさない顔を、空牙は戦慄と共に凝視した。
この男は……《ネクタル》の研究者は、死者。
正真正銘の《咎人(アウフルーフ)》だ!
部外者にする作り話にしてはあまりに出来すぎている。
真実と受け取るべきだ。
……とにもかくにも、これで二つの理由ができた。
《ネクタル》は法で禁じられた魔術を扱っており、さらには煉獄を抜け出した罪人、《咎人》の集団だ。
どうにかして、彼らを捕らえてしまえば―――
……いや、その結論に至るにはまだ早い。
「それから、ミレーユの方だけど―――魔力が断絶したら仮死状態に陥るように、特殊な保護封印(プロテクト)をかけておいたからね。魔力が供給されている間は普通の少女として生きるけれど、魔力が切れた途端に刻は止まり、ミレーユは只の、完全な人形となる。良い保存方法だろう?」
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