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ソラの波紋
191
:
心愛
:2013/03/24(日) 18:12:25 HOST:proxyag089.docomo.ne.jp
……禁断の魔術。
嫌な汗が滲む。
「おかしいと思わないか?」
魔術師は、まるで役者がするように大袈裟な動作で両腕を広げ。
「ミレーユには自我があり、魔法が使える―――そう、我々魔族―――特に最も、ミュシアの王族に近い」
ミュシアの王弟、ユリアスを思い出す。
魔族の身でありながら異能を宿さず、その代わりに魔法を行使する極めて異例の存在。
……と、いうことは。
空牙が一つの、途方もない推測を弾き出すと同時、ミレーユが声を上げた。
「そんなことはどうでもいいですっ」
おそらく、恐怖が理性を上回ったのだろう。
冷静な思考を失ったミレーユは、カタカタと震えながら叫ぶ。
「答えて下さい! どうしてミレーユを欠陥品にしたのです!?」
彼女の金色の瞳には、うっすらと涙が溜まっていた。
「ミレーユは、ずっとずっと、ミレーユを造ったひとを憎んできました……! いくら強くても、主の魔力を大量に吸い取ってしまうミレーユは、空牙と出逢うまで……、凄く、つらい思いをしてきたのですよ……っ?」
「お前は欠陥品ではない」
否定するサミュエルの静かな声が、部屋中に広がり、沁み渡る。
「話を戻せば、それどころか。元々、人形でさえもない」
「な―――」
「兵器だよ、ミレーユ」
歪んだ愛情を彷彿とさせる慈しみの視線に、背筋が泡立つ。
「これを見てごらん」
少女たちの遺体が浮かぶ透明な容器を、サミュエルは笑顔で振り仰いだ。
「ミレーユ、お前はこれらと同じ」
自らの成果を誇る研究者の顔。
ミレーユはただ困惑し、空牙は黙ってサミュエルを鋭く睨みつけた。
ふふっとたまらず笑みを漏らし、サミュエルは高らかに声を張る。
「魔族の肉体に、禁断の魔術を注ぎ込んだ―――私の最高傑作さ!」
そして、ミレーユは。
ようやく、理解した。
この少女たちは―――空っぽの《容器》なのだ。
生きものを《容器》として、機械の《部品》を組み込むことで、必要な養分や水分を生体に供給させ―――《容器》が死ぬまでの時間、極めて完成度の高い機械人形(マシンドール)として、稼働させることができる。
つまり。
ミレーユも、彼女らと同じ。
かつて魔族の少女として生まれながら、サミュエルの手によって人形に改造されたもの。
肉を裂かれ、部位を切り落とされ、機械人形として機能するために必要な《部品》を埋め込まれた―――実験動物。
数ある禁忌の中で最も嫌悪される、存在さえも赦されぬ、罪深き仮想生命。
『ふふっ……最高だね。噎せ返るように濃厚で甘美な、禁忌の薫りがするよ』
『人形というよりは―――』
背筋を痺れるような恐怖と嫌悪感が走り抜け、手足が強張り、呼吸が止まる。
毒を塗った爪で、心臓―――《核》を鷲掴みにされたような感覚に、悲鳴を上げそうになる。
ミレーユはたまらず空牙のコートにすがりつき、怯えながら彼を見上げた。
「……まどろっこしいな」
対する空牙は冷静だった。
サミュエルを射るが如き炯眼で睨み、低い声で言う。
「まだ一番大事なこと、話していないんじゃないですか? 勿体ぶってないで、さっさと言ってほしいんですけど」
「ははっ、本当に君は話が早い! その頭の回転の良さ、是非ともうちにスカウトしたいくらいだよ!」
サミュエルは一通り笑い、それから恍惚とした双眸でミレーユを映した。
「おそらく君の推察通り。かつてのミレーユは、魔族の中でも異例の存在―――」
最もミュシアの王族に近い、という言葉。
複数の魔法のストックを持つこの身体。
ミュシアの永い永い歴史の跡―――その系譜を遡れば、やがて辿り着くのは―――
いやだ。
嫌だ。
これ以上、何も聞きたくない!
ミレーユが瞼をきつく閉じ、歯を食い縛り、耳を押さえるその前に。
無情にも、彼女の優秀な聴覚は、男の声をはっきりと捉えた。
「―――魔女」
ミレーユの全身を、稲妻のような衝撃が貫いた。
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