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ソラの波紋

188心愛:2013/03/23(土) 23:52:50 HOST:proxy10055.docomo.ne.jp






話したいことがある、と男―――サミュエルは言った。


《ネクタル》が本拠にしているという研究所は、灰色の小さな建物だった。

錆び付いた扉が、ギギギ、と甲高く耳障りな音を立てる。



「散らかっていて悪いね」



優れた弦楽器のように澄んだ声が、沈黙の中響いた。


足元に幾つも転がるのは、人形のものと思しき部品(パーツ)―――否、残骸。


ミレーユが怯えて竦み上がり、空牙は不快感も露わに眉を寄せた。


サミュエルは二人を奥のソファへと招き、自分はその正面に座る。
助手らしい若い女に茶を淹れさせ、彼女が退出するのを見届けた後に脚を組み、こう切り出した。



「話というのは他でもない」




「ミレーユを売れ、ってことですか」




「――――ッ!!」




ミレーユが、今にも泣き出しそうな表情で空牙を見る。
『黙ってろ』と視線で命じた。



「話が早いね。もしかしてエルゼリア出身かい?」



「そんなことが今、関係あるんですか?」



「いや、特にないな」



くっくっと愉快そうに喉の奥で笑い、サミュエルは長い脚を組み替えた。



「そう、君の言う通りだ。其処のミレーユを、私に譲ってほしい」



「どうしてミレーユを? こいつのことを知っているんですか?」



矢継ぎ早に尋ねると。



「あまり急かさないでくれよ。だが、その問い自体は意義があるな」



ミレーユを見つめるサミュエルの暗い双眸に、強い光が宿った。




「―――私が、ミレーユの製作者だからだよ」




ミレーユの肩が跳ねる。

空牙はすかさず、目の前の男を観察した。

まだ若い。
空牙と十も変わらないように見える。

本当に彼がミレーユを造った張本人だとして、ミレーユが他の人形遣いに使役されていた時間を考えると、計算が合うとは思いがたい。



「ミレーユ、記憶はない? 君の生みの親だよ?」



数秒遅れ、こくりと弱々しく頷いたミレーユの透き通る頬は、僅かに青ざめているようだった。



「何か証明できるものは」



「証明……か」



サミュエルは薄く笑い、立ち上がる。



「私がこれからする説明が、きっとそのまま証明となる。ミレーユを造り出した私の、研究成果がね」



こっちに、と誘われて、空牙とミレーユは彼の後に続いた。


サミュエルは再び助手の男を二人呼び、設置されていた本棚をずらすように押させる。
何をしているのかと訝しんでいると―――本棚の裏にあった壁に、古びた扉が出現した。


隠し扉だ。



「君たちをこの部屋に入れる前に、ひとつ約束がある。これから見るものの存在を、他の誰にも言わないでくれ」



二人が頷くのを確認し、サミュエルは白衣のポケットから鍵を取り出し、扉を開けた。
現れた空洞の中へ、空牙たちを先導して歩き出す。


ひんやりとした冷気が空牙の身体を包み込む。


サミュエルの持つおぼろげな灯りに照らされ、闇の中浮かび上がったのは整然と並べられたガラスの円筒。

そして。




―――液体の満たされた容器に、生物標本のような少女の裸体が、収められていた。




「………っ、!」



吐き気が込み上げ、ミレーユが口を押さえる。
空牙も顔を険しくした。



無惨に切り裂かれた胸から覗くのは新鮮な色の肉、内臓。
造り物では有り得ない。



「ご覧の通り、私は禁術の使い手」



サミュエルだけが、心底楽しそうに微笑んでいた。



「研究内容の情報が流出したら大惨事だからね。それゆえの少数運営、それゆえの隔離施設だ」



可笑しくてたまらないとでも云うように。
サミュエルはくすくすと声を零す。




「私は禁じられた魔術を扱う研究者―――そして、一種の魔術師(ツァウベラー)だよ」


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