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ソラの波紋
124
:
心愛
:2013/01/14(月) 09:49:54 HOST:proxy10035.docomo.ne.jp
傷を負った兵士たちに囲まれ、先程から耳障りな奇声を上げている、“それ”。
濁った眼、凶悪な牙、見上げなければ視界に入りきらない巨体を持つ、“それ”。
混沌と悪夢、無尽蔵の原初が渦巻く猛毒の都―――煉獄の、恐ろしき使者。
―――魔獣。
【グガァアアアアアアアッ!!】
ぐったりと弛緩した、少年の華奢な身体。
その心臓の位置を串刺しにした針の如く鋭い爪から、夥(おびただ)しい量の血が滴り落ちる。
ひっ、と青ざめた頬を引き攣らせる少女。
美しい顔が今にも泣き出しそうに、発狂しそうに歪む。
『シリル……っ! いやぁっ、シリルッ!』
掠れる声で彼の名を呼んだと同時、魔獣が無造作にその腕を振り上げた。
明らかに、既に絶命している少年―――兄の体躯が宙を舞って勢い良く壁に叩きつけられる。
ごぽ、と色を失った唇から赤黒いものが零れるのを、少女の大きく見開かれた、柘榴(ガーネット)の瞳がまるで鏡のように映す。
『う……ぁ』
温かくて少し硬い、父の大きな手の感触。
頼りないけれど優しい、母の笑顔。
気高く強く、少女の憧れだった、兄の声。
今はもう過去のものとなってしまった、この瞬間までの記憶が急速に少女の頭の中を駆け巡り、
―――こいつ、が。
こいつが!
『………ぁぁあああああああああああああああああッッ!!!』
理性が焼き切れる。
喉が壊れる程の絶叫が脳天を突き抜け、怒りが、悲しみが、愛しさが、恐怖が、狂気が、破裂する。
少女は目を血走らせ、床を蹴って我を忘れた獣のように突進しようとしたが、
『姫様っ!』
やっとのことで追いついた侍女に、背後から強く抱きすくめられる。
彼女は涙を零してカタカタと震えながら、それでも歯を食い縛り、必死になって少女を阻んでいた。
『いやぁああああああっ!!』
羽交い締めにされた少女は悲鳴と怒号が入り混じった、最早激昂と呼ぶにも生温い怨嗟の叫びと共に激しく暴れる。
『姫様、……姫様……!』
顔を涙でぐちゃぐちゃにしてしゃくり上げる侍女。
『おねが、……お願いです、おやめ下さい……っ!』
すぐにでも、一秒でも早く、こんな恐ろしい場所から逃げ出したいだろうに。
もしそうしたとしても、もう咎める者は誰もいないのに、自らの命を賭して主を守り抜こうとする彼女の懇願が耳元で切なく響く。
『姫様まで……、たら、王様も、哀しまれます……っ』
その余韻は鉛のように、ずしん、と重い感触を少女の薄い胸に残した。
『…………』
抵抗をやめた少女の腕が、だらりと力なく下がる。
『将軍! 応援が到着しましたッ!』
そのとき、荒々しく向かいの扉を開け放ち、雄叫びを上げながら新たな兵隊が突入した。
『王の……王家の仇だ! 死ぬ気で討て!』
朱が染み付いた左半身を庇い、頬を熱く濡らした老年の指揮官が声を嗄らして叫ぶ。
『やれ!』
返り血を浴びた醜い化け物へと数百もの毒矢が突き刺さり、死に物狂いで戦う兵士たちの妖気の炎が一斉に噴き上がる。
【ガァアアアアアアアアアッッッッ!!】
猛り叫ぶ魔獣の声と雷の轟きが、血に濡れた城を震わせる中。
不吉な程に美しく。
穢れなき純白の花片が、絶望の淵に立ち尽くす少女の足元で、ただ、深い紅へと染まっていた。
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