[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
幻影師
10
:
ピーチ
:2012/08/30(木) 11:40:08 HOST:i118-18-142-51.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第七話・能力者』
「―――ンで?」
そう言った少年―――宮神 霊は不機嫌そうに後ろを振り返った。
「何でアンタがついてくるワケェ?」
「え?だって家がこっちだから」
そう答えた涼やかな、ガラス玉のような声の主は。
「だったらアンタのお友達と帰ればいーだろォ?」
「あたしには神瀬 緋織って言う名前があって、断じてあんたって名前じゃないわよ?」
そう答えた少女―――神瀬 緋織はだってと呟いて。
「友達は居ても、方向が違うから」
だからね、と言いかけた緋織を制し、霊がきっぱりと言い切る。
「わァったから。でもよォ、オレ様アンタと仲良しこよしする気ねェから」
そう言って、そのまま塀の上に飛び乗り、そこから屋根の上へと飛び移り。
「さすがにここまで…………わァっ!?」
「一緒帰ろうって言ってるじゃない。逃げないでよ」
…………先に言っておこう。霊が今居る場所は、見ず知らずの人間の家の屋根。
……そして、緋織が居る場所も、その他人の家の屋根。
「なーんでェ!?」
「だから、一緒に帰ろうって」
「そーじゃねェェェェェ!?」
なぜ、何の能力も持たない彼女がこんな簡単に屋根の上に上(のぼ)ってこられるのか。
「じゃあ、あなたは何らかの能力を持ってるってこと?」
「当ったりめェだろーがっ!でなきゃこんな芸当できるかっ!!」
「それもそうね」
あっさりと肯定する緋織を見て、霊が訝しげな視線を送る。
「……ンで、アンタの家ってこっちなワケ?」
「いや、逆方……」
「さっさと帰れよォ!?」
ギャーギャーと吠える霊を見て、緋織がくすりと笑う。
「ンだよ?」
「ううん、宮神君って面白いなぁ、って思って」
「ジョーダンじゃねェよォ!」
「じゃあね」
散々遊んだ挙句、くすくすと笑いながら地に下り、そのまま駆け足で今までとは逆の方向に向かっていった。
「………ったァく、何なんだよ、アイツ……」
ぶつぶつと文句を呟きながら、彼は着信音の鳴った携帯を取り出した。
11
:
ピーチ
:2012/08/30(木) 15:19:41 HOST:i118-18-142-51.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第八話・同情・前編』
「へーい、宮神ー」
“…………暗殺を受け付けると言うのは、君のことかね?”
電話に出た直後、そんな固い声が返ってきた。
「あー、そーだけどー?アンタ何者だよ?まずは自分から名乗るモンじゃねェ?」
“……私は佐野 裕二(さの ゆうじ)だ。君に依頼したいことがある”
「へェ?明らかにお偉いさんみてーだけどォ?」
“受けるのか?受けないのか?”
焦ったような声音を聞き、しかし彼はあっさりと。
「そーだなァ、報酬次第ってとこだなァ」
“…………八十万で、どうだ?”
「相手はァー?」
それを受けるという意味に取ったか、電話主―――佐野 裕二が早口で言う。
“佐野 裕土(さの ゆうと)という男を殺って欲しい”
「佐野 裕土ォー?何ー、アンタの兄弟とか?」
“私の弟だ”
それを聞いて、さすがの霊も思わず前につんのめる。
「お、お前さァ、いくら何でもさすがにそれは不味くねェ?」
“構わん。なるべく早急に終わらせてくれ。報酬は言った通りだ”
いくら何でも、と、さすがに彼の弟に同情してしまった霊である。
「……なァ、一つ聞きてェんだけど」
“何だ”
「アンタの弟ってさァ、アンタに何かやったワケ?」
本来なら、依頼人の私情など必要ないと思うものだが、今回はするりとその言葉が出てきた。
恐らく、自分と境遇が似ていたせいだろう。
“……それは、あいつを殺るのに必要な情報か?”
「あァ。大有りだね」
嘘だ。
そんなもの、本当なら全く必要ない。
だが、しかし。
「それでアンタの弟が良くいる場所とかを割り当てるワケだからよォ」
“………私が裏金を使っていることを突き止め、家族なんて関係ないと言って、警察(サツ)に突き出すと言い張っているんだ”
……明らかに、自業自得だろう。
しかし、それを口にしてしまったら終わりだ。
「へェ?ンで、アンタはそんな弟を口封じしたいが、自分の手を汚す気にはなれねェってとこかァ?」
“……もういいだろう。私はこれで失礼する”
「あ、ちょっと待てよォ」
まだ、彼の連絡先を聞いていない。それに思い至った霊が、慌てて呼び止める。
“何だ。まだ何かあるのか?”
「アンタの連絡先。さっさと言えよォ?」
“……それは必要なことか?”
「当ったりめェだろォー?連絡ナシで、どーやって弟の死を確認するワケェー?」
“………272−…”
小さく呟き出した裕二の声を聞き逃さぬよう、懸命に耳を働かせながら番号のメモを取っていく。
「―――8225っと。りょーかーい。んじゃ、終わったら連絡入れるわ」
そう言って、一方的に電話を切り、そして電源をおとした。
そして。
「さァーて……んじゃ、その哀れな弟とやらを見学しに行こうかなァ…?」
そう呟いた彼の双眸が、ぎらりと光った。
12
:
ピーチ
:2012/08/30(木) 22:12:43 HOST:i118-18-142-51.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第九話・同情・後編』
「見ーっけ」
そう呟いた人影は、夜闇に紛れ、一人の青年を目指していた。
「―――ストーップ!」
「え?」
「コンバンワァ、おにーさーん?」
そう言った少年―――霊が手にしていたものは。
「わ……っ!」
「っと、動かない方がいーんじゃねェ?下手に動けば死んじまうワケだしさァ?」
「……死ぬ、か…」
そう呟いて、彼が弱々しい笑みを浮かべる。
「君なのかな?兄貴に頼まれた殺し屋って」
「………え…」
「兄貴の電話なら聞こえてたよ。本人は聞こえてないつもりだったみたいだけどね」
そう言った青年―――佐野 裕土が小さいながらの声で語り出した。
「兄貴っていつもあんな感じでさ、自分さえ良ければ後は知らないって感じの人なんだ」
それを聞いて、霊がはっとした表情になる。
―――自分が手にかけた父親と、全くおなじだったから。
「だから多分、家族とか関係ないと思うな。……だから、別にこれはこれで後悔なんかしてないよ?」
その言葉はまるで、早く殺せと言っているようにも聞こえた。
しかし。
「……もし仮に今助かったら、その兄貴のこと警察に訴えるか?」
「え、何かかなり単直な質問だね。……でもまぁ、訴えるかもなぁ……」
それを聞いて、霊がその手に収めていたものをすっと手放す。
「え、あれ?殺さないの?」
「……アンタさァ、自分のことだよ?そんな暢気なこと言ってていーワケ?」
でも、と彼は小さく呟き。
「行けよ。ンで、さっさと兄貴のことケーサツに突き出しちまえよ」
「へ?」
「オレ様はアンタのこと殺ったって言っておくからよォ?」
「…………君は、それでいいの?」
「べっつにー、報酬ないくらいだから、そこまでのデメリットねーしィ?」
そう言っている霊だが、仮に今回の報酬が一億だったとしても、それを捨てていただろう。
幼い頃の自分を見ているようで、急いで目を離そうとして、でも結局それから目が離せなくて。
「……ありがとう。じゃあ、頼んだよ」
「あァ。今回きりだからなァ?」
「うん。分かってる」
そう言った彼―――裕土はそのまま、すぐそこの曲がり角を曲がっていった。
そして。
「―――あー、オレ様ー」
まるで、前置きのようにそれを告げて。
「終わったけどォー?」
そう、言った。
13
:
ピーチ
:2012/09/01(土) 16:19:06 HOST:i118-18-142-51.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第十話・光と影』
「終わったけどォー?」
そう言った霊の言葉を疑うのか、裕二が厳かに問う。
“……どうやって、殺した?”
「決まってンだろォ?そこら辺の影を凶器にして一息にぐっさりとー」
まるで、本当に彼を殺したかのように告げる霊のその表情(かお)は、それこそ殺人鬼のそれに値する。
尤も、実際に殺人鬼なのだから当たり前と言えば当たり前だが。
“そうか……なら、約束通り、金もちゃんと……”
「いや、今回はいらねーよ」
“…………は?”
「今回は後味悪かったからァー、アイツ、死ぬ直前に兄貴って言ってたしィー?」
それを聞いたか否か。それは定かではないが、そのまま無言で、ぶつりと電話が切れた。
―――直後。
ひゅん―――と、髪一筋の所で風が吹いた。
「―――っとォ……」
小さく言って、しかし一瞬でその場を避け。
「………誰だァ?」
そう言って霊が見据えた先に居た、その人物は。
「―――………神瀬……?」
そう。彼のクラスメイトであり、隣の席でもある、神瀬 緋織の姿がそこにあった。
「……やっぱり、宮神君だったのね?」
「なーにがァ?」
「とぼけないで」
鋭く言われ、しかし彼は余裕の姿勢を崩さない。
「一番最初に依頼人に頼まれた時、正直驚いたわ。……あなたの写真を見せられて、転校してきたクラスに、それも隣の席の人が殺人鬼だったなんて、正直信じたくなかった」
緋織の言葉に聞く耳さえ持たず、霊は軽く伸びをする。
「ンで?このオレ様を倒しにきたってワケェ?」
「違う」
「へェ?じゃあ、どうす―――」
霊の言葉を遮り、緋織が言う。
「私は……」
そう言ってそこで一区切りつき、そして。
「貴方を、助けたいの―――」
その言葉を聞いた霊が、持っていた影を具現化させたナイフを、ぼとりと取り落とした。
14
:
ピーチ
:2012/09/02(日) 09:52:15 HOST:i118-18-142-51.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第十一話・敵』
「………オレ様を、助けるだァ?」
馬鹿にしたような霊の問いにも、緋織は真っ直ぐに彼を見据えて。
「貴方が何で、どんな理由でこんな道を取ったのか、それはあたしには分からない」
それを聞いて、霊の身体が、小さく痙攣する。
霊が犯罪に、血に手を染めた理由。
「……っは…分かンなくて当たり前だっての」
つい先程取り落とした影のナイフは、とうの昔にただの影に戻っている。
しかし。
「オレ様がこの道を選んだ理由?ンなもん簡単だよォ」
「…………え?」
「親父に殺されかけたことがあってさァ、オレ様。そん時に条件反射で殺っちまったんだよなァ」
その当時の年齢が、僅か七歳。小学校二年生の時である。
「ま、そん時ガキだったオレ様に大の大人を殺せるわけないってことで、通り魔的な感じにされちまったンだけどォ、実際はオレ様のこの手が……」
にぃっと嘲(わら)い、こそこそと具現化させたナイフを大鎌に変え、それを勢い良く振りかぶりながら叫ぶ。
「あのクソ親父の心臓を抉り出してたってワケさァ……!!」
そう言って、その鎌を振り上げながら、緋織目掛けて振り下ろす。
普通の人間には、とてもじゃないが、到底太刀打ちできない―――
はず、だった。
「おわッ!?」
咄嗟に手にしていた鎌を、己の額の前にかざす。
そして。
「―――へェ?アンタもこっちの人間だったんだなァ……」
にやりと嘲ってその影を地に落とした。
15
:
ピーチ
:2012/09/03(月) 20:34:46 HOST:i118-18-142-51.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第十二話・三人の幻影師』
「じゃあ、やっぱり……?」
「あァそーだよ、オレ様も幻影師……」
そこで一区切りし、霊はさぞかし可笑しそうにくつくつと嘲(わら)う。
「珍しいよなァ?幻影師が生まれるのは、百年……いや、千年に一度の確率だ」
「…………えぇ…」
「それなのに、アンタの他にオレ様が居た。同じ年に、幻影師が生まれる確率なんて、そうそう大きくはないよなァー?」
霊の言葉に、緋織が小さく呟き。
「……あたし達二人だけじゃないわ」
「へ?」
「あたしの知り合いの中にあと一人……だから正確には三人」
さすがの霊も、それには驚いたようで。
「………マジィ?」
そう呟いただけで、後が言葉にならない。
「まぁ今は、用事があって来てないけど」
緋織の、その言葉を聞いた瞬間。
「―――あー……」
霊が、ニィっと笑い。
「そーゆーことさァ……敵に教えるモンじゃあ、ねェよなァ?」
―――黒い、大きな鎌が、緋織目掛けて振り下ろされた。
16
:
ピーチ
:2012/09/04(火) 23:49:47 HOST:i118-18-142-51.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第十三話・実力』
「え………!?」
振り下ろされ、緋織が風が横切ったと思った直後。
その真横を、霊が召還した影の刃(は)が過ぎていく。
「あっぶな……」
「あーあ、惜しかったなァー」
へらへらと笑いながら、さも可笑しそうに言う。
そして。
「でもまァ……お楽しみは最後まで取っておくべきだよなァ……?」
そう言って、次から次へと影を刃物へと変化させていく。
「ンじゃまァ……ゆーっくり、時間かけて…………」
様々な武器を片手に、ニィっと、不気味な笑みを浮かべ。
「―――嬲(なぶり)り殺してやるよォ……!」
―――刹那。
「―――っ!?」
唐突に、広々としていた視界が狭(せば)められる。
そして、その直後に。
「…………もーらい」
微かに笑みを含んだような声が、狭い空間に広がり。
「あ………っ!?」
気付いた時には、既に遅かった。
「いーじゃん、ここまで簡単に引っかかってくれる同類も、そう多くはねェしなァ……?」
着ていた服の裾を、矢のような細い何かで壁に固定され、動きたくても動くことが出来ない。
「やーっぱさァ、こーゆーのってコレが一番楽だと思ったワケだよ?」
身動きの取れないまま悔しそうに唇を噛み締める緋織を見て、霊がさぞ面白そうに。
「へェ……?アンタでも悔しいことってあるんだァ?」
そう言いながら、持っていた刀で彼女の肩を容赦なく切り裂いた。
「…………っ……!」
裂かれた直後に、緋織の顔が苦痛に歪められる。
それを見て、霊は。
「そー言えばアンタさァ、良く見れば結構キレーな顔してんじゃん?」
そう言って、彼女の肩を切り裂いたそれについた彼女の血を、ぺろりと舐め。
「キレーなモンはキレーなまま保存してーじゃん?だからさァ……顔だけは、残しといてやるよォ……」
そう言った霊の表情が、残忍に歪められ。
「顔だけは………………なァ……?」
そして、再びその刀を緋織に向けた刹那。
―――風が、凪いだ。
17
:
ピーチ
:2012/09/05(水) 00:20:17 HOST:i118-18-142-51.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第十四話・三人目の同類』
「誠也……っ!?」
「……誰だァ?オレ様のこの空間に許可なく入った……侵入者はァ?」
肩から、大量の血が出ているせいか、その名を呼ぶ緋織の口調が弱々しい。
しかし、しっかりと視線を向けている方に居た、“侵入者”とは。
まだ、霊や緋織と同じくらいの年齢を思わせる、どこか幼げな風貌と、静かさの中に隠れていた怒りが交じり合っている少年だった。
それを見て、霊は面白そうにしていた表情を一変させ。
「あーあ。なーんかつまんねー」
そう言って、まるで買ってもらった玩具(おもちゃ)にすぐに飽きてしまった子供のように、刃の切っ先を緋織に向ける。
「やっぱ、人間って脆いよなァ……せーっかくオレ様と同じ能力(ちから)持ってるって聞いて、興奮してたのにィー」
他の奴らと変わんねーじゃん、と、その切っ先を彼女の首筋に添える。
「こっちがいー?それとも、手首からがいーかァー?」
……質問の前提が、明らかにしに繋がっているものばかりで、誰が首だの手首だの言うのだろうか。
尤も、緋織は肩からの出血多量で、霊の声など聞こえているはずもないが。
「………めろ…」
その時初めて、少年が口を開いた。
しかし、霊にはそんなもの聞こえてはいない。
「さァて、そろそろ終わろーぜェー?」
言いながら刀を振りかぶる霊の姿を捕らえても、多量の出血のせいで意識が朦朧としている緋織が止めることは、絶対にできない。
仮に出血がなくとも、身動きの取れない状態では、結局変わらないのだが。
「じゃーなァ?あの世で、お幸せにィー」
霊が、振り下ろしたそれが緋織に当た―――
―――らなかった。
「……あれェ?……なーんで、邪魔すンのかなァ……?」
霊の言葉で、彼女はまだ自分が生きていることを確認する。
そして、目の前に居る、人物も。
「せ………いや……?」
「あまり深追いはするな。この男は危険だぞ」
唐突に言われたことに、緋織は薄く笑みを湛(たた)えながら答える。
「だって………………貴方と同じでしょう……?」
呼吸をするのもやっとなのだろう。苦しそうに答える緋織を見ずに、彼は不機嫌そうに言う。
「しゃべるな。傷に障るぞ」
無感情にも聞こえる口調でそう言った少年―――明神 誠也は、緋織を助けてから、一度も彼女を振り返らない。
彼女を助けてからずっと睨みつけている者―――飄々とした霊を、ただ静かに睨みつけている。
「……よくも、俺の仲間をここまでやってくれたな?」
「だって面白そうだったからァー?」
にやにやと笑いながら答える霊に対し、誠也はただ一言。
「―――容赦は、しない」
その言葉が合図となり、二つの影が、同時に立ち位置を離れた。
18
:
ピーチ
:2012/09/07(金) 23:35:53 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第十五話・強敵』
「せ……」
緋織の言葉より早く、誠也が霊に飛び掛る。
「おーっとォ、あっぶねェー」
言葉とは裏腹に、彼は余裕の体勢を崩さない。
それを見た誠也は、反対に焦りの色が浮かぶ。
霊の、ニィっと嘲(わら)ったその顔は。
「―――ま、ちょっとくらい遊んでやっても構わねェけどォ?」
そう言って、軽やかに跳躍し。
「ほーれ。……やってやれェ……」
くつくつと笑いながら、彼が手を地につき、笑みを含んだ声で言う。
直後。
緋織の自由を縫い留めていたそれが、瞬時に掻き消える。
そして、力を失った彼女の身体が地に叩き付けられる、寸前。
緋織の足元から伸びていた影が、彼女の手足、そして首や口に巻き付いてくる。
「………………っ…!」
「だーいじょーぶ。安心していーぜェ?…………簡単には、死なせねェからさァ……?」
霊のその言葉を聞き、緋織の顔から、血の気が失せたかのようにすぅっと顔色が悪くなっていく。
「そっかー。やっぱ、死ぬのって誰でも怖いんだなァ」
彼女の反応を見て、感心した風情でうんうんと呟き。
「―――……だからって言って、アンタの運命が変わるワケねェけどなァ?」
オレ様、そこまで優しくねーもん、と言いながら、己の人差し指を軽く上に向ける。
そして。
「………え……?」
そう呟いたきり、誠也が言葉を失う。
―――長く、艶のある夜空色の髪が。少々心配になってしまう程に細い足が、ふわりと浮かび上がる。
「サービスー」
語尾に音符のマークがつきそうな程に軽いその口調で、霊が笑みを零しながら言った。
そして、彼女の声の自由を奪っていたそれをほんの少しだけずらし、言葉を発することが出来るようにする。
「アンタに選択権やる。アンタとあっちの男が両方死ぬのと、アンタ一人の犠牲だけで済ませるの。どっちでも構わねェぜ?」
「………え?」
「十秒以内に言わないと、どっちも殺しちまうぜェー?」
それを聞いて、緋織の表情が焦り一色になる。
「九、八、七」
無情と言える程に短い時間が、何の意識もなく、ただ時間(とき)を刻んでいく。
「―――四、三、ニ、一……」
「……………誠也…」
そう呟いて、彼女は仄かに笑んで。
「逃げて……?」
それを聞いた霊が、にやりと嘲う。
一方、逃げろと言われた誠也本人は。
「……んだと……?」
そう言ったきり、向かっても来ないし、逆に逃げもしない。
「……ふざけんなよ、緋織……!」
そう言ったと同時。彼の背後から、水で形成された龍の姿が浮かび上がった。
さすがの霊も、これには驚きを隠せないようで。
「…………わぁい、マジィ……?」
そう呟きながら、思わず緋織を縛り付けている影の縄まで忽然と消え失せてしまい。
「……あ」
「走れ」
呆然と呟いた霊の言葉に覆い被せるように、誠也が、緋織に短く命令する。
そうこうしている内に、折角捕らえた邪魔者を逃がしてしまった。
その考えに思い至った霊は。
「―――……まずいなァ…」
明らかに邪魔になる人間だ。あの二人は。
―――本気でやんなきゃ、互角のままだな…
苦笑交じりに呟いたその声は、とても彼のものとは思えない程に弱々しかった。
19
:
ピーチ
:2012/09/08(土) 09:15:49 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第十六話・思い』
「―――大丈夫か?」
霊の操る影から逃れ、しかし苦しそうな呼吸を繰り返す緋織を気遣って、誠也がゆっくりと足を止める。
「ん……ごめん…」
「全くだ」
短く答えた誠也の表情は、それこそ無表情。
……だが。
「怒ってる……よね?」
「当たり前だ」
必要最低限の受け答えしかしない相棒を見て、彼女の顔から思わず苦笑が零れる。
「ほんとに…ごめんなさい……」
うなだれながら、小さく謝る緋織を見て、誠也が厳かに言う。
「もう二度と、あんなことするな。そう言ったばかりだったよな?」
「………………約束までは、してないもん…」
誠也の問いにばつの悪そうな表情をし、しかし肩の傷が痛むのか、しきりに傷口から滴る紅いものを押さえようとしている。
「……まだ、出てたのか」
「へーき。これくらい…」
そうは言ったものの、やはり肩を押さえる力は変わらない。
むしろ、その力は段々と強くなっていっているようにも、見える。
「とにかく、家に弥生が居る。今から行って、手当てしてもらえ」
「へ?あ、いや、別にいいよ?これくらい……」
「行け」
「………………はい」
その一言とはまた別の、無言の圧力に負け、緋織はその端整な顔を引き攣らせながら答えた。
「―――何をどう間違えたら、こんな酷い傷負えたの?」
これは、誠也が彼の双子の妹、明神 弥生に緋織の怪我の事情を話し、その弥生が実際に彼女の傷の深さを見て、思わず呟いた言葉である。
「……色々とあって、ね…」
苦笑気味に答える緋織を見て、誠也がご機嫌斜めと言った風情で口を挟む。
「俺らの同類が、他にも居た」
「……………え?」
「何か、ね…やっぱ自分の家の伝統を優先してたあたし達より、かなり上を行ってるような幻影師が、後一人居たんだ」
それを聞いた弥生の顔から、サァっと表情が消える。
「じゃあ………!?」
「うん、私服で行ったのが間違いだった」
そう言って、所々に紅(くれない)色のものが滲んだ白一色の服を眺める。
「やっぱ…彼とやり合うなら、それなりに正装で行かないと勝ち目ない」
そう言った緋織の黒とも藍とも取れる瞳が、大きく揺れ動いた。
20
:
ピーチ
:2012/09/08(土) 10:05:07 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第十七話・誓い』
―――冥(くら)く、すぐ目の前さえもが見えないような闇が、一人の少年を抱え込んでいた。
そして。
≪―――お前らのせいで、俺が上手く行かないんだ!≫
そんな声が、微かに聞こえ。
≪もう許さねぇ……死ねぇ!!≫
そんな声が聞こえたと思った直後。
「やめろ!!」
そう叫びながらがばりと跳ね起きた、少年のような体躯を思わせるがいささか肉が落ちすぎているようにも思える少年―――宮神 霊が、当たりの闇を捕らえてはぁっと息を吐く。
「…………夢、か…」
なぜ、あんな夢を見たのだろう。
しかも、現在彼の身内は誰一人として居ない。親戚も、祖父母さえもが、既に他界しているのだ。
“貴方を、助けたいの―――”
“ふざけんなよ、緋織……!”
不意に、そんな声が頭の片隅を過(よ)ぎり。
「……っ、あの二人…ぜってェ許さねェ……!」
彼の纏う空気をあっさりと避けたあの二人。
「ぜってェ……潰してやる…」
相手がどれ程の能力を持っているかなど、今はそんなこと関係ない。
彼が動くのは、依頼人に頼まれた時、もしくは。
「潰さねェと……こっちの気が済まねェンだよォ……!!」
殺してやる。
それを心に誓った少年の黒い双眸が、いつもにも増してぎらりと光った。
21
:
ピーチ
:2012/09/08(土) 22:23:05 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第十八話・謎人』
「ンでェ?今回は誰を殺れってェ?」
いつもにも増して不機嫌な声が、狭い室内に響き渡り、それが反響を繰り返す。
「か…………金上 公太(かなうえ こうた)……」
「報酬(アレ)はァ?」
「ご、五十万………」
ただならぬ程の殺気に、思わず依頼人の肩がぶるぶると震えている。
それを横目で眺めながら、霊がいつも以上に強い口調で答えた。
「分ァったよ。ただし、失敗したとしても約束は約束だかンな?」
「あ、あぁ…分かった……」
それを言ってしまえば彼も同じなのだろうが、何しろ今の霊は全身から殺気を迸らせている。
誰に対してかは、分からないが。
「ンじゃ、終わったら報告すっから」
ぎらぎらと光るその双眸は、見た者の身体を、無意識に竦ませる。
「―――神瀬 緋織…………!!」
彼女は同じクラスで席も隣なので、やろうと思えばいつでも殺すことは出来る。
が、そんなことをしようものなら速攻で警察の手が回るので、あえてそれは出来ない。
「あーあァ…オレ様がこの職業についてるって公表できれば、一番楽なのになァ」
そう呟いた、刹那。
「すれば良いんじゃないかな?」
「………………え?」
低いながらも良く通った、男性と思われる声。
「……何だ、アンタ?」
そう問いながら、霊は微かに警戒の色を見せる。
誰も、あるいは自分自身でさえもが時として気付かない程に、微弱に。
暗殺業を始めてから何年もが経過しているので、人を殺すことに躊躇(ためら)いはない。
しかし、それはあくまでも依頼人に言われた人間と、それに関わる邪魔な人間。それ以外では基本的に好んで罪を犯そうとすることはない。
夢見が悪くなるから。
「あぁ、いきなり悪かったね。僕は、佐藤 一輝」
「……さとう、かずき…?」
喉の奥でぼそぼそと繰り返す霊を見て、彼は優しげに笑う。
年の頃は、二十代後半くらいだろう。少し赤みを帯びた茶色の髪に、異常な程白い肌。
そして、優しげな口調とは裏腹にその濁ったような鉛(なまり)色の瞳が、どう頑張っても印象を悪くしてしまう。
「実は、君を探していたんだ」
その言葉で、霊が一瞬、漆黒の双眸を大きく見開いた。
22
:
ピーチ
:2012/09/08(土) 22:51:17 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第十九話・探し者』
「……オレを、探してた……?」
「うん」
未だに警戒を解かない霊を前に、その男性―――佐藤 一輝は苦笑気味に笑いながら。
「とある筋から、君の噂を聞いてね。是非会ってみたいと思っていたんだ」
「………ンで、わざわざとある筋から聞いてまで、オレ様に何の用だよ?」
言った後で、彼は思わず口元を軽く押さえる。
それを見た一輝が。
「あ、いいよ。一番話しやすい話し方で。そっちの方が、和解も早そうだし」
そうは言うものの、やはり長年の経験がものを言うのだろう。霊は一向に警戒を解かない。
「……何か、信用されてないんだね…」
まぁ当たり前だけど、と呟きながら、霊に向かって笑みを浮かべ。
「ねぇ?良かったら、ちょっと来て欲しい所があるんだけど、いいかな?」
「……NOと言ったら?」
さすがの霊も、今ばかりはおふざけ半分の口調は使わない。
それ程の何かが、一輝の中にあるのだろう。
「いや……まぁ、嫌がるのを無理矢理連れて行っても意味ないし……」
そう呟いた後、彼が困ったように霊を見る。
「君の承諾がないと、行動に移れないからねぇ……」
「……わりィけど、遠慮する」
「あ、やっぱり、初めての場合だと信用できないよね」
無理ないかぁと呟きながら、一輝は笑みを含んだ声で。
「―――またね」
そう、言った。
瞬間、霊の背筋に冷たいものが滑り落ちるような感覚に見舞われる。
ぞくりとした、怯えにも似た感情を押さえ、努めて冷静さを保ちながら、しかし素早く後ろを振り返る。
が。
「―――…あれ…?」
今までそこに在った人影が、一瞬の後(のち)に完全に消え去っていた。
まるで、神隠しにあったかのように。
「……オレ様を、探してた…?」
とある筋と言えば、恐らく。
慌てて取り出した携帯から一人の男の名前を探し、その男の連絡先に電話をかけた。
23
:
ピーチ
:2012/09/08(土) 23:52:44 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第二十話・人材』
“も、もしもし?”
かけてから数秒後、そんな気弱な男の声が帰ってくる。
「大倉か!?今から言うオレの質問に答えろ!!」
“は、はいっ!?”
いつにもなく慌てた様子の少年の声に、怯えよりも、正直驚きを隠せない。
「お前、赤茶色みたいな色の髪で、ありえねェ程白い肌、それに死んだ魚みてーな鉛色の目の奴知って……」
直後。
後頭部に、今までに味わったことのないような激痛が走る。
「………………っ…!?」
ごん、と―――何か硬い物が、後頭部を直撃したのだろう。
力を抜けば、遙か彼方に飛んで行きそうな意識を何とか保ち、目を閉じる寸前に見つけた、その背格好に見覚えがある。
「てめ………っ!?」
言いかけた言葉も、二度目の痛みのせいで発されなくなった。
そして。
“も、もしもし?霊君?”
霊の携帯を掬い上げたその人物は、電話口から聞こえる男の声―――大倉と言う男に、厳かな口調で言った。
「―――宮神 霊に、余計なことを言うな。…こいつは、あいつらを俺の許に呼び寄せるための、餌なんだからな?」
“え、あ……佐藤さん!?”
―――佐藤。
それ、は。
「その名を使うな。今の俺は佐藤 一輝じゃない。……人間が尤も忌み嫌う、悪魔だ」
そう言った男―――一輝は、もう一度と言った風情で言う。
「分かったな?宮神に余計なことを吹き込めば、その時点でお前の命はない。……まぁ、上手く逃げれば、助けないでもないからな」
“は、はい……”
電話口からでも伝わる彼の怯えように、一輝が気味の悪い笑みを浮かべ、そしてそのまま電源を落とす。
「……さて、っと…」
そう呟いた後、彼がピクリとも動かない霊を担ぎ上げ、そのまま、あらかじめ用意していた車の中に押し込んだ。
ピンポーン。
「……何で…居ないの……?」
この声は、神瀬 緋織。その背後には、彼女を護るかのように控えている明神 誠也の姿も映る。
「……これだけしつこく鳴らして出ないんなら、本当に留守なんじゃないのか……?」
「でも……っ!」
おかしい。普通に考えて、学校を休んでいるならそれなりの理由があるはずだ。
その緋織の意見に対し、誠也は。
「………毎日のようにサボってるって、聞かされたんじゃ?」
さすがに呆れ顔の誠也に、緋織はあっさりと。
「でも、たまには本当に熱が出て、とか言うこともあるんじゃない?」
……百パーセント、誰がどう聞いても呆れるような力説である。
「とにかく……今日は諦めろ。明日出直せ」
「えー……」
緋織は、文句を言いながらもさっさと歩き出す誠也に黙ってついていく。
やはり、先日のことがあって以来、一人では怖いのだろう。
そう解釈した誠也は、無表情の下で僅かに思案する。
―――果たして緋織に、怖いものなどあっただろうか。
しかし、その疑問が音になって現れることはなかった。
「…………ってて…」
そうぼやきながら、頭を押さえようとして、しかしそれが不可能だと言うことに気が付く。
―――手足の自由が、何一つない。
己の両手首と両足首に巻き付いた、固く結ばれた縄を解(ほど)くことは、まず無理だろう。
ならば。
「―――やぁ、起きたかい?」
穏やかな声とは真逆の殺気のこもった鉛色の瞳。
それを見て、さしもの霊も少々怖じ気づく。
「君さぁ、ちゃんと食事取ってる?凄い軽かったけど?」
それを聞いて、一輝本人が自分を運んだんだと言う確信を持つ。
「まぁ、それはいいや……君に、お願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
「…………断る」
それを聞いた一輝は、まるでそんなこの予想の範疇だとでも言うかのように、くっと嘲(わら)う。
「だめだよ。それじゃ、あいつらを誘(おび)き出せない。何が何でも協力はしてもらうよ?」
「――――――っ!!」
唐突に、得体の知れない何かが、身体中を駆け回っているような感覚に襲われる。
そして、身体中の所々が、燃えるように厚い。
まるで、己の身の内を焼き尽くされるような。
「…………っは…」
「君も、特別な能力を持っているんだろう?僕も同じだ」
手足の自由が奪われている中、そして身体中の熱さと闘う中、一輝が笑みを含みながら言う。
「―――身体中が、熱いだろう?」
そして、彼は哀れむような視線を送った後、霊にこう言ったのだ。
助けて―――あげようか?
24
:
ピーチ
:2012/09/09(日) 00:49:57 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第二十一話・協力』
―――助けて、あげようか?
「じ……冗談じゃ……!」
「君の身体の中に、炎を移した」
「―――え?」
炎を、移した?
どうやって?
何のために?
「そう。君にやって欲しい仕事があるから」
「……っ!?」
一輝の言葉を聞く暇もなく、縄さえなければそこら中をのた打ち回っていそうな熱さが、胸の最奥(さいおう)から段々とこみ上げてくる。
「熱いだろう?本当なら、こんなことはしたくなかったが…依頼を受けてくれるような雰囲気じゃなかったからね」
なるほど。強引にでも、自分の望みをかなえようと言うわけか。
「どうする?このまま拒み続ければ、確実に君の身体が保(も)たないよ?」
「っ……!」
言葉に表せないような痛みが、そして熱さが、霊の身体の中で荒れ狂う。
「……君が依頼さえ受けてくれれば、そんなに熱い思いしなくていいんだよ?そっちの方が得策じゃないかな?」
依頼を、受ける。
たったそれだけのことのはずなのに、首が縦に動かない。
が。
「うぁ……!!」
小さな、呻き声が上がった。
一輝が、炎の激しさを増したのだろう。
「あ、言い忘れてたけど、ここからじゃいくら叫んでも、外には聞こえないからね」
そう言った後に、で?と、一輝が問う。
「受けて楽になるか、受けずに苦しむままか。選択肢は二つだけ」
―――やがて。
「―――う、ける……から……」
それを聞いた一輝が、にやりと嘲(わら)う。
「うん、君ならそう言ってくれると思ってたよ」
優しげな、しかし悪魔のような笑みを浮かべながら霊の縄を解き、彼は小さく何かを唱える。
そして。
「――――――…あ、れ……?」
今までの身体中の熱さが、嘘のように消えている。
「な、何で……?」
「さて」
その言葉ではっとなり、勢い良く後ろを振り返る。
―――と、同時。
「…………あ…」
呆然と呟き、そしてかくりとその場に崩折れる。
それを見た一輝はニィっと嘲い、そして小さく呟いた。
「君の協力のおかげで、やっと捕らえられそうだよ……」
25
:
ピーチ
:2012/09/09(日) 01:38:38 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第二十二話・異変』
「―――あれ……?」
二階にある教室の窓から、人影が見えた。
あれは。
「宮神、君……?」
だが、しかし。
「何だろう…何か…」
様子がおかしい。
そこに。
「緋織ー」
そんな声が聞こえ、しかし思案に没頭している緋織はそれに気付かない。
「ちょっと?………緋織!!」
「はいっ!?」
文字通り飛び上がり、その後にはっとなる。
「ご、ごめん…ちょっと、考え事してて……」
「ったく…誰か来てるよ」
「へ?」
誰か?
「……言い忘れてたけどこの学校、クラス替えって言うものがないから」
それを聞いて妙に納得し、ぱたぱたと教室を出る。
「…誰かって、誠也のことだったんだ…」
「悪いか?」
「いや別に。それより、どうしたの?」
緋織の言葉に、誠也の表情が心なし険しくなる。
「……宮神、見つけたか?」
「え?」
「正門を通ってた時」
「あぁ…」
やはり、誠也も見ていたのか。
と、なると。
「何で……教室(こっち)来ないんだろう…」
「…あいつ、何か違和感なかったか?」
それを聞いて、緋織もそれに賛同する。
「えぇ…でも、何がおかしいのかまでは…」
緋織が言った直後。
―――ザンッ
「……え?」
唐突に巻き起こった風に、二人とも虚を突かれたような表情を浮かべる。
が、すぐにはっとした表情になる。
「ミツ………ケ、タ……」
そう言った直後に、再び風が巻き起こる。
しかし、風自体にはそこまでの力はない。
「ちょ……宮神君!?」
「ミツ、ケタ、ラ」
まるで、精工に作られた人形のように、言葉を憶えたばかりの赤ん坊のように。
―――人間味が、全くと言っても過言でない程にない。
そして。
「ミツケタ、ラ………コロ、セ」
「……え?」
瞬間。
ごぉっと、突風が吹き荒れた。
「わ……っ!」
さすがの二人も、慌てて風が直接当たらないような場所へと動いた。
否。動かされた。
「ニガスカ……」
そう呟いたきり、彼はピクリとも動かない。
それを訝しんだ緋織が、出て行こうとするが。
「止めとけ。もしこれが罠だったらどうする」
そう言った誠也の意見も一理あるので、ここはとりあえず様子を伺う。
出方は、それからだ。
と、その時。
「え……あ、ちょ…!?」
突然、霊が階段を下りていく。
慌てて霊を追った先には。
「―――やぁ」
優しげな、しかし同時に恐ろしくも聞こえるその声が、二人の耳を過ぎる。
「久しぶりだね。……神瀬に、明神?」
二人は。
霊の後ろに居る人物―――佐藤 一輝を見て、小さく唇を噛んだ。
26
:
彗斗
:2012/09/09(日) 07:48:49 HOST:opt-183-176-175-56.client.pikara.ne.jp
ピーチさん>>
やっぱり凄いです……
キャラの性格等も細かく表現されてますし…一言で圧巻ですな…
27
:
ピーチ
:2012/09/09(日) 08:37:42 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
慧斗さん>>
初めてのコメー!!ありがとー!!
……あたしで凄かったら計とさんどーなんの?
28
:
ピーチ
:2012/09/09(日) 09:05:55 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第二十三話・真意』
「―――久しぶりだね。俺のこと、憶えてくれてるかな?」
「当たり前でしょう!?」
一輝の言葉に声を荒げた緋織を見て、彼はくっと嘲(わら)う。
「ほら。そんなに短気だから、俺にやられたんだよ?……あの時、さ?」
それに、と、一輝が呟きながら。
「この男の情報を知って、楽にお前らを見つけ出すことが出来て、正直感謝してるよ」
「…………宮神に、何をした」
厳かな口調で問う誠也に対しても、彼はうっすらと余裕の笑みを湛(たた)えながら。
「へぇ……明神の方も、あんまり変わってないんだ」
あの頃から冷静だったもんね、とまるで懐かしむような口調で、しかしとてつもなく鋭い眼光で、二人を睨みつける。
「今度こそ、お前らを完全に殺るって言う願いが叶って、本当にラッキーだと思ってるよ?」
そう言った一輝が、ふっと何か紅いものを生み出す。
あれは。
「…………炎…?」
「驚いたろ?俺の家系ってさ、基本的に何でもできるんだよねぇ」
軽い口調で言った後、彼はその紅い炎を二人に向かって投げつける。
「わっ!?」
「……っ!」
「あ、だめじゃないかい?………ちゃあんと、その身で受けないと?」
ニィっと嘲ったその顔が、霊と一致するのは、誠也の錯覚なのだろうか。
「だからっ!宮神君に何したのよ!?」
緋織の怒鳴り声を聞いて、彼はあぁと呟く。
「ちょっとねぇ……依頼を受けてくれそうになかったから、受けてもらえるようにしただけだよ?」
柔らかい口調の裏に見え隠れする、恐ろしい程の殺気。恐らく、霊の自分達に対する感情を利用したのだろう。
「細かく教えてあげようか?こっちの彼に何をしてたのか」
不気味な笑みを湛えながら、一輝が言う。
それを聞いた二人が。
「……え…?」
「ちょっと情報が漏れそうだったから強行手段に出させてもらって、その後この男が意識ない間に、こいつの身体の中に炎の一部を埋め込んだ」
彼の言う強行手段、と言うのは大抵殴りかかることくらいだ。
それを聞いた二人が、特に緋織が絶句する。
「何てこと……」
「結局、悪いのはお前らなんだよ?さっさと動いていれば、宮神がこんな目に遭うこともなかったってのに?」
一輝のその言葉に、二人がぐっと押し黙る。全く、その通りだ。
「さぁ………そろそろお喋りは終わりにしようか?」
刹那。
―――紅(くれない)色をした龍が、二人に踊りかかった。
29
:
彗斗
:2012/09/09(日) 09:23:07 HOST:opt-183-176-175-56.client.pikara.ne.jp
ピーチさん>>
そこは場の流れ的な関係で突っ込まないで欲しい……(誰がいつそんな流れを作ったww)
ピーチさんが凄い、そうなると私は……何になりますかね?(自分で答えなくちゃ意味無いけどw)
30
:
ピーチ
:2012/09/09(日) 09:47:47 HOST:nptka401.pcsitebrowser.ne.jp
慧斗さん〉〉
あ、分かったwなるべく突っ込まないw
あたしは凄く無いし慧斗さんが天才なんだよww
31
:
ピーチ
:2012/09/09(日) 13:53:23 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第二十四話・火、水、土、風』
踊りかかる灼熱色の龍を間一髪の所で回避しながら、緋織は一つの影を探す。
霊の、影を。
「緋織、気を付けろ!」
さすがに少しだけ冷静さを欠いた声が、彼女の耳に入ってくる。
しかし。
「分かってる。でも……」
霊を、放っておくわけには、いかない。
「それが私のせいなら、なおさら……!」
言い終わると同時。緋織が霊の影を見つけ、それに命じる。
「こっちに、来なさい!」
彼女の声に反応し、彼の影がゆらりと動く。
そして、それに合わせて霊自身の身体も、ふらふらと動いてくる。
「…………っ、霊君、戻って来るんだ」
一輝が、短く命じる。
しかし、動いているものが影ならば、幻影師である緋織の方が、はるかに力は上。
「誠也……」
「俺が、あいつを喰い止めておく」
「……え?」
「どうせお前のことだ。宮神の魂取り返そうとでもするんだろ?だったら、こっちは俺が押さえておく」
「………ありがとう」
薄く微笑み、緋織がタッと駆け出す。
「あーあ。…………折角の餌を逃がしちゃった」
大して残念そうにも見えない一輝を軽く睨みつけ、そして静かな声で問う。
「宮神に、何をした?」
「言ったろ?身体の中に…………」
「そうじゃない」
彼の言葉を遮り、誠也は冷静さを取り戻した声で続ける。
「あの宮神が、ただ依頼を受けただけであそこまで豹変するはずがない。何をした?」
実際、彼は霊のことを詳しく知っているわけではない。むしろ、全く知らない。
しかし。
「おかしいんだよ。………何かが、な…」
それを聞いて、一輝が堪(こら)えきれなくなったかのように笑い出した。
「凄い凄い。たった数秒間だけだったと思ってたけど、恐ろしい観察力だ」
「分かって当たり前のことばかりだと思うが」
「催眠だよ」
「―――え……?」
唐突に現れた言葉に、さすがの誠也も言葉を失う。
そんな誠也に畳み掛けるかのように、彼は続ける。
「催眠だよ。まぁ、その時の霊君が弱ってたこともあって、かけやすかったよ」
そして、一輝がそう言った直後。
「うわ……っ!」
突然に現れた灼熱の龍を、髪一筋の所で避け、条件反射で水の防壁を創る。
―――水は、火に克(か)つ。
ちっと舌打ちをした一輝が、しかしまたうっすらと笑みを湛(たた)え。
「そうか、君の家系が水を操るんだっけ?」
じゃあ、あの女は風だな。
そう言った声が聞こえた刹那。
―――土の中から何かが飛び出し、水の防壁を打ち破った。
32
:
ピーチ
:2012/09/10(月) 21:38:52 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第二十五話・土の生き物』
「……どうしよう…」
何とか霊を引きずっては来たものの、今の緋織には、彼の異変の種類を見定めることは到底できることではない。
「あーもう……!」
催眠にかかっていることは分かる。
しかし。
「どれが効くのか、見当も付かない……」
まさか、知っている方法全てをやろうものなら、実行に移している間に日が暮れ、夜が明けてしまうだろう。
一人であーするこーすると思案に暮れていた緋織の耳に、一つの声が聞こえてきた。
「―――オヤジモオフクロモ、ケッキョクハヨワイニンゲンダ……」
「…………え?」
「ヨノナカスベテノイキモノハ、ドウセミナヨワイ。オマエも、オレモナ」
しかし、と彼は不気味に笑みながら。
「オヤジモオフクロモ、ソレイガイノニンゲンモ。スベテシンデシマエバイイ」
それを聞いた緋織が、かっとなって反論する。
「そんなわけないでしょう!?」
「…………ナニ?」
「人はね、動物はねそこら辺飛び回ってる虫はね!それ以外の生き物だって、命は一つしかないの!!簡単に死ねばいいなんて言わないで!!」
緋織の言葉を聞いて、霊の瞳が一瞬、揺れ動く。
そして、彼の濁った漆黒の双眸の中に見えていた霧のようなものが、一瞬だけだが掻き消えた。
これ、は。
「―――古(いにしえ)より護られし、我が秘城(ひじょう)。今こそその姿を、醜きものを曝け出す時なり」
直後。
「……………あ……れ…?」
元に戻った漆黒の瞳で辺りを探り、そして緋織の姿を捕らえる。
「か、みせ…?」
その言葉を聞いた緋織が、一瞬呆然とした後(のち)、唐突に叫ぶ。
「宮神君大丈夫!?何があったの!?」
突然、耳元に近い場所で怒鳴られ、霊はびくりと肩を揺らした後、速攻で怒鳴り返す。
「い、いきなり何だよ!?」
「いいから質問に答えて!!」
さすがの霊も、緋織の剣幕に押されたか、しぶしぶと言った体(てい)で答える。
「別に……ちょっと色々あっただけだよ」
「赤茶色の髪に、常人とは思えない程に白い肌。それから、死んだ魚のような、濁った鉛色の瞳」
それを聞いた霊の肩が、別の意味で震える。
それを見た緋織が。
「やっぱり…………あいつに、何かされたのね?」
まるで、それを確信していたかのように。
ゆっくりとした口調で、問うた。
「―――…っ……!?」
この、生き物は。
「土竜(もぐら)……?」
その顔はまるで、地の中を泳ぐかのような速さ(スピード)で、地の中を我が物顔で支配する土竜のそれに似ていた。
「へぇ…やっぱ勘が良い……」
一輝が言いかけた、直後。
「―――あ」
唐突に開かれた口から、予想の内側にあった言葉が、飛び出してきた。
「宮神の催眠……解かれちゃったかぁ…」
しかし。
「……でもまぁ、これからが面白い所だけど」
この言葉は、完全に予想外だった。
「………どう言う、意味だ」
誠也の言葉に、一輝がニィっと嘲(わら)った。
33
:
ピーチ
:2012/09/12(水) 00:18:07 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第二十六話・佐藤一族』
「どう言う意味ったって、言葉で説明するのはなぁ……」
まるで、楽しみを減らすなと言っているかのように、彼はそれを語らない。
「…………宮神に、何をした」
厳かな問いに、しかし一輝は余裕の笑みを崩さないままに。
「―――まぁ、教えてやってもいいかな」
心の底から楽しそうに、愉快そうに笑い。
「宮神の中にさぁ、炎と一緒に、呪詛埋め込んだんだよねぇ」
「―――…………え?」
その答えを聞き、誠也の瞳が光を失ったように辺りを彷徨う。
その様を見て、一輝が一言。
「へぇ…?神瀬以外の人間で、お前がこんな態度を取るようになるとはねぇ…」
そして、彼は誠也を眺め、小さく言った。
「でもまぁ安心しなよ、相当近くに居ない限り、回りにばら撒かれるってことはないからさ?」
そう言って、そのまま音もなく、しかし確実にその姿を闇の中へと引きずり込んでいった。
一方で、とんでもない事実を聞かされた誠也は。
「…………くそ……っ!」
小さくそう呟いて、携帯を取り出した。
「あの男に、何かされたのね?」
ゆっくりとした口調で問う緋織は、しかしその口調がいささか硬い。
それを見て、霊が小さくぽつりと。
「別に…………アンタに言わねェといけねェワケじゃねェだろ?」
努めて平静を保ちながら、彼女が追求を諦める時を待つ。
しかし、その努力も虚しく。
「ねぇ、何があったの?そりゃあいつはとんでもなく強いし、人の枠外れてるとしか思えないけど……それでも、貴方がそう簡単にやられるわけないでしょう?」
今の職業柄、霊はそういった作業に慣れていても、なんらおかしくはない。
むしろ、慣れていない方がおかしいのだ。
それを言おうとした直後。
「……っ!?」
唐突に、胸の辺りに痛みを感じた。
針で軽く突付かれたような、そんなちょっとした痛みを。
「…どうしたの?」
彼の異変を目敏く見つけ、それを問うてくる緋織に対し、霊は。
「うっせェなァ……何でもねェって言ってンだろ?」
刹那。
つい先程の痛みが、突然堪(こら)えきれないような激痛に成り代わる。
しかも、ただ痛いだけではない。
―――熱い。
熱い。熱い。
まるで、全身を炎で炙られているかのように、指の先や髪の先、爪さえもが熱く感じる。
「ちょ………宮神君!?」
突然暴れ出した霊を見て、さすがの緋織も冷静さを失う。
「…………何でも……ねェよ………!」
「嘘でしょ!?こんな時にまでくだらないこと………」
緋織が言い終わる前に、彼女の携帯の着信音が鳴った。
霊の呻き声さえ聞こえていなければ、多少は大きく聞こえていたのかも知れない。
そんなことを考える暇もなく、緋織が焦ったように応答する。
「もしもし!?」
“宮神に近寄るな!”
唐突に聞こえた、怒鳴り声に近い叫び声。
それを聞いて、緋織が思わずえ、と言い返す。
「ど、どう言うことよ?」
“佐藤の奴、宮神の身体の中に呪詛埋め込みやがった!!”
「―――…………え?」
呪詛と、今言ったか。
“とにかく、宮神には……”
「弥生呼んで!!今すぐに!!」
“え?”
「一時的にでもいいから、とにかく消して欲しいの、お願い……!」
緋織の言葉を聞き、電話口からはぁっとため息を着く声が聞こえてくる。
そして。
“……………世界一の、おひとよしが”
その言葉を最後に、ぶつりと電話が切れた。ツー、ツー、と機械の音のみが残る携帯画面を見つめ、彼女は仄かに笑った。
「何だかんだで、自分だっておひとよしのくせに」
そう呟いた後で、唐突に真剣さを帯びた表情になる。
「確か―――」
佐藤一族は、呪詛家系だった。
34
:
森間 登助
◆t5lrTPDT2E
:2012/09/13(木) 18:07:42 HOST:180-042-153-140.jp.fiberbit.net
どうも。作品を拝見いたしましたので、早速評価をしていきたいと思います。
描写(B)
全体を見てきて、作品にあった表現や言葉、漢字を使用していて、作品に関するイメージが良く伝わり良かったと思います。その部分は自信をもってキープしてください。ただ、描写の量が足りず、良い表現をしている描写が空振りしている感じがあったので、気を付けましょう。
具体例を挙げると、霊からの攻撃を防ぐとき。何で防いでたのか描写していなかったので、緊張感が薄れてしまいました。
テンポ(D)
とてもスピーディで、戦闘描写に迫力があってとても良かったです。しかし、前述でも述べたとおり、描写の量が少な過ぎて録画した番組を早送りで見ている感じがしました。書いた後に見直しをすると、より良い文章になると思います。
ストーリー(A)
最後まで目を通してみて、「おお、これは主人公がヒロイン(自分の仮定)に影響されて変わっていく話しだな!」と感じました(※作品傾向ですので、ジャンルと直接関係はありません)。序盤で主人公の成長の兆しが分かるのは中々見ていて面白いものです。
テンポが早めという事もあったかも知れませんが、ストーリー自体の伏線は上出来。また、盛り上がりを作るためのペース配分も成されていて、面白かったです。一つ惜しかったのは、幻影師の設定を物語上で説明していたのが少なかったこと。今からでも間に合いますから、タイミングを図って入れるようにすると尚良しです。
ストーリーだけだったら評価基準上げても良いくらいです^^
キャラクター(A)
キャラの出現配分は自分としても良かったと思います。また、キャラの人数配分も中々のもので、少ない人数の中でストーリーが面白く作れています。また、それはキャラの人間関係が影響しているとも言え、中々高レベルなのではと自分は思いました。
モブキャラの扱いもレベルが高く、自分としても学ぶべきところが多々…… とにかく個性の伝わりやすい人間関係を出していて良かったと思います。今後も極端に人数を増やさず、人間関係を重視した組み立てがあれば良いんではないでしょうか。自分としては文句の付けようがありませんでした。
ちなみに、森間は「宮神 霊」さんが一番好きです(( こちらも評価基準をあげても良いかもしれません。
後読感(B)
緊迫した終わり方……つ、続きが気になるぜ! と思ったのは自分だけでしょうか。とにかく、これもまたタイミングが良く読者の読書意欲をそそると思います。
ただ、前述した設定の見せ方がイマイチだったため引っかかりが多く、惜しくもAには出来ませんでした。ただ、欠点をカバーするだけの実力はあります。
総評(B+)
描写や設定の見せ方には若干の未熟さが残るものの、ストーリーとキャラクターが上手くカバーしていて、良い作品でした。
特に、今後はキャラの方を伸ばしていって欲しいです。キャラクターの人間関係が上手く築ければ、ストーリーも自然と面白くなっていくでしょう。
優先順位はキャラの次ですが、描写も頑張って欲しいところ。これの善し悪しがどうなるかで、作品のレベルアップが変わってきます。ただ、こうは言いましたが、肩の力を抜いて少しずつ頑張っていくつもりで。最初は強みを伸ばして、執筆意欲が上がってきてから書くと楽しさも加わりますよ^^
評価を見る限り、評価基準を上げても良いのでは? と、疑問を持ったくらいです。テンポは改善の余地有りですが、そのほかは概ね上出来、と言うべき作品ではないでしょうか。
それと、最初なので目を瞑り依頼を受けましたが、改行後の字下げや、「?」や「!」の後にスペースを付けるなど、基本的なところが少しおろそかになっていたかなと思いました。でも、それがあまり目立たなかったのは、それ程この作品が良いと言うことなんでしょう。
これからはあと少しだけ自分の作品に自信を持つといいんjないでしょうか。甘口の割にはレベルが高く、一瞬焦りましたよ^^;
と言うわけで評価はこれで以上です。ご依頼ありがとうございました。
35
:
ピーチ
:2012/09/13(木) 18:54:58 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
森間さん>>
ありがとうございますー!!
描写か……あたし的には結構書いてたつもりなんですけど……
分かりました!描写と空間を空けること、気を付けます!!
これからも気が向いたら是非読んでください^^
36
:
ピーチ
:2012/09/15(土) 08:46:25 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
幻影師 〜紅(あか)を知った日①〜
「うるっせぇ!! 邪魔なんだよ!!」
とある一家から、明らかに気分を害するような怒号が聞こえてきた。
「お前ら分かってんのか? 誰のせいでオレが上手くいってないと思ってるんだ?」
そう言って。
「った……………」
「文香!?」
恐らく殴られたのだろう、ほんの少しだけ頬を押さえる少女らしき人影の姿が伺えた。
「ちょっと、お父さん!?」
「うるせぇ!!」
文香と呼ばれた少女の叫びを無視して、その男は怒鳴り返す。
「そもそも、何でオレがお前なんかと一緒になんなきゃいけなかったんだよ!?」
そう言いながら、少女の横に居る女性を睨みつけ、次に。
「あぁ……そう言えばオレの人生が狂い出しのは、お前が生まれてからだったなぁ…………」
そして、文香の後ろに庇われるかのように居た少年の小さな身体が、宙に浮き上がった。
怒鳴り散らしていた男が、その少年の胸倉を掴み、浮き上がらせたから。
「ちょ……お父さん! 霊は関係ないでしょ!?」
「お前が生まれたせいで……お前らの存在のせいで…………!!」
霊と呼ばれた少年は苦しいのか、声にならない呻き声をあげている。
「苦しいだろう? その苦しみをお前に味あわせているのは、お前自身なんだよ!!」
言いながら、持っていた小型のナイフを、霊に振り下ろし。
「霊―――!?」
言葉では表し難い音が、室内に響き渡り。
ふらりと、霊以外の人影が前かがみになった。
それを見て、文香の愛らしい顔から血の気が失われ、段々と蒼白になっていく。
「お母さん!?」
「りょ…………だいじょ……ぶ、だった……?」
左胸の辺りに刺さったナイフを抜かないまま、今まで文香を庇っていた女性が、弱々しく笑んだ。
予想外の事態が起こり、男の手にこもっていた力が弱まる。
その隙を突き、霊が素早く男の手から逃れ。
「な………………っ!?」
声にならない声をあげる男を無視して、二人が慌てて女性に呼びかける。
「お母さん! しっかりしてよ!?」
「おい! おふくろ!?」
二人の声を聞き、彼女は仄かに笑みながら。
「良か……た…」
最後にそれだけを発し、やがて女性の瞳が開かなくなる。
「あ………」
文香が、目一杯に涙を溜め、そしてそれが、悲痛な叫びとなった。
「お母さん―――!!」
いくら叫んでも答えてはくれない母を後ろに、文香がキッと男を睨みつける。
「この………っ、人殺し!!」
人殺し。
その単語を聞き、男の目が、異様な光を宿した。
37
:
ピーチ
:2012/09/15(土) 09:39:37 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
幻影師 〜紅(あか)を知った日②〜
「この………人殺し!!」
その言葉を聞き、男が持っていたナイフで文香の腕を切りつけた。
「………っ…!」
「うるっせえよ……オレが殺ったわけじゃねぇ……あの女が勝手に死んだんだ!!」
文香に言った言葉にそう返し、男は更に、彼女の身体を切りつける。
そして、それが飽きたのか、今度は文香の細い首を締め出した。
虚を突かれた行動に、抵抗する間もなく床に押し付けられる。
「ほら……こうやって自分の首を絞めてるのは、お前なんだよ……!!」
「あねき!!」
男の唐突な行動に、しかし霊が、慌てて文香の首に巻き付いた男の手を振り解こうと試みる。
「邪魔なんだよ!! どいてろ!!」
そう言って、片腕一本で霊を壁の方まで吹き飛ばし、そしてまた姉の首に巻き付けた手に、力を込める。
「そうだよ…全部邪魔だったんだ……お前も、あの女も霊!! お前もなぁ!!」
何か言葉を発する度に、男の力がいや増していく。
初めは抵抗していた文香の手が、やがて宙を掴み、そしてだらりと垂れ下がった。
「あ…………」
辺りに血が飛び散った室内を見回し、男がちっと舌打ちをする。
「ここまで派手にやっちまったか……霊、お前さえ黙ってれば、このことがバレることはない。黙ってろよ?」
あまりに身勝手な男の言葉に、霊は小さく拳を震わせながら、小さく答えた。
「………だ…」
「…何?」
「ぜったい、いやだ!!」
「……そうか、なら」
霊の叫びを聞き、男の手がゆらりと伸びてくる。
「お前も、死ねぇ!!」
伸ばされた手が、霊の首に触れた、瞬間。
「―――うわあぁぁぁぁぁぁ!?」
唐突に、男の悲鳴があがった。
それは。
―――黒い刀を片手に、とてつもない殺気を宿した霊の瞳が、自分を見据え、彼の額を切ったから。
それを大きく振りかぶり、男の左腕を切りつけた。
「ま、待て……ちょっと待て、オレが悪かった、だから……!」
「……親父さァ…」
直後。
「―――死んで、わびろよ」
そう言った無感動な瞳が、やがては狂気に変わり。
「やっと………やっとだ……!」
くつくつと笑いながら、男の手や足、首筋などを切り付け。
やがて、殺風景だった部屋の中が、鮮やかな紅(くれない)色に変わった。
38
:
ピーチ
:2012/09/15(土) 19:28:19 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
幻影師 〜紅(あか)を知った日③〜
大量の紅い液体が滴り落ちる指でぴくぴくと空を掻き、しかしやがて、それさえもが敵わなくなる。
「―――オレは、悪くない」
唐突に、つい今のことが鮮明に浮かび上がり、彼は頭を抱えた。
「オレは悪くない……親父が、悪いんだ………!!」
そう。自分は悪くない。
半ば呆然としながら呟く霊の耳に、聞き慣れた音が聞こえた。
ピンポーン。
その音ではっと現実に引き戻され、彼は玄関まで駆けていく。
「はい…………」
青ざめ、小さく震えながら、鍵を開けてドアを開く。
そこには。
「よ、霊さ、今暇?」
見慣れた、霊より少し年上の、近所の少年―――山城 和弥の姿があった。
それを見て、ふっと安心感が生まれ。
「う…………っ」
小さく肩を震わせ、そのまま大声で泣き出した。
「え、えぇ!? ちょ、俺何かした!?」
そう問うた和弥に対し、霊はふるふると首を横に振る。
そして、今までに起こったことを、恐る恐る話し出した。
39
:
ピーチ
:2012/09/15(土) 20:48:25 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
幻影師 〜紅(あか)を知った日④〜
「―――そっか、なるほどなぁ」
うんうんと頷く和弥に、霊は何か恐ろしいものを見るような目で。
「オレ……どうしたらいいんだろう……」
ただただ不安そうに、己の真っ赤に染まった両手を見つめた。
「うーん……とりあえず、警察呼ぶか……」
冷静な和也の言葉に、肩を大きく震わせながら、うんと答える。
しばらくして。
「―――じゃあ、本当に何も知らないんだね?」
「………はい…」
そうか、と答えた若い刑事は一言礼をいい、そのまま去って行った。
「………霊、大丈夫か?」
気遣わしげに問うてくる和也に、霊は小さく頷き返す。
「まぁ……今まで当たり前に居た家族がいきなり死んだら…そりゃ怖いよなぁ…」
そう言った後で、彼はあっと口を閉ざす。
霊の家庭状況を、知っていたから。
「わ、悪いその……悪気はなくて」
「……平気だよ」
霊の静かな目を見て、和也は一瞬え、と返す。
「平気だよ…親父も一緒に居なくなったんだ…全然平気だよ」
霊のことが、自分よりも幼い少年に見えず、思わずびくりと肩を揺らした。
そして、霊が“幻影師”と言う特殊な能力を用い、暗殺業を始めるのは、もう少し後の話になる―――。
40
:
ピーチ
:2012/09/16(日) 07:22:38 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第二十七話・記憶の欠片(かけら)』
「あ」
携帯電話を片手に、誠也が小さく呟いた。
「切れた………」
いや正確にはお前が切ったんだろう。状況を見ていた者が居たなら、そう言うに違いない。
「まずい……」
つまりこれは、仮に自分が無意識に決して悪気があってやったわけじゃなくとも、弥生を連れてこなければならないという状況。
その考えに至り、もう一度緋織に電話をかける。
が。
「…………電源切ったな、あいつ………!!」
そう言ってから仕方なしに、もう一つの連絡先に電話をかけた。
熱い。
熱い、熱い。
身体中が、燃えるように熱い。
霊が、全身に絶え間なく行き渡る熱に、堪えきれずに小さく呻く。
「宮神君、しっかりしてよ!?」
そう叫ぶ緋織の声も、僅かに霞んで聞こえる。
しかし。
ふっと、ある情景が鮮明に思い出された。
自分には見えない“何か”に追われていた居た、小さな着物を纏いながら必死に逃げていた少女。
その少女と緋織が、重なるわけは。
「……アンタ、だったんだなァ…」
「…え?」
唐突に言い出した霊の言葉に、彼女は耳を傾ける。
自分が変わる前の、鮮やかな思い出。
それを感じ、霊は小さく笑った。
「ったァく……結局、助けられてンはオレじゃねェか…」
良く見れば、今の彼女はあの時と全く同じ装(よそお)いだ。
長い夜空色の髪に、それに近しい深い紺の着物。
恐らくは、彼女があの時より、もっとずっと幼い頃から着ていたのだろう。たくさんの破れた跡や、それを繕(つくろ)った後が見られる。
―――大丈夫、だった?
幼い頃の己の言葉にそっと笑い、そして思考を現実に引き戻し、己の身の内の炎を操っている人間の姿を、探(さぐ)り出した。
41
:
ピーチ
:2012/09/16(日) 10:00:54 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第二十八話・変化』
注意深く辺りの気配を探り、そのまま霊は小さく息を吐く。
「居るワケ……ねェよなァ…」
「………大丈夫、なの?」
心配そうに問うてくる緋織に、彼はばつの悪そうな顔をして。
「……こんぐれェ、何でもねェし」
わざと、捻くれた言い方をした。
そして、霊の心境を知ってか知らずしてか、緋織が神妙な面持ちで尋ねる。
「…そう言えば、今言ってたあんた、って…どう言うこと?」
それを問われて、張本人である霊が硬直した。そして、それを見た緋織は更に訝って。
「……無理がない範囲で、教えてくれない?」
「やだ」
「え?」
「その内思い……出さねーかもなァ」
問い返された霊が、その時初めて、心からの笑顔を浮かべたようで。
「……どう言う、意味よ?」
あれ
唐突に、霊が自分の両手を見た。
―――痛みや焼けるような熱さが、消えていた。
「な、何で……?」
本気で思案に暮れる霊を見て、緋織が呆れ半分と言った体で。
「ねぇ……身体、大丈夫なの?」
つい今しがた考えていたそれを問われ、彼は首から提げた十字のネックレスを弄りながら。
「へ?あー、まァ……とりあえず大丈夫だよ」
こんな痛み、恐らくすぐに舞い戻ってくるのだろうが。
それでも、霊は一つ、心に誓った。
「―――ぜってェ、あんな奴の言いなりになんかなってたまるかよ……!」
はいすいません最後思いつかずに適当に終わらせちゃいました←
42
:
ピーチ
:2012/09/17(月) 19:38:05 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
*お知らせ(?)*
綺麗さっぱりネタ切れになりました。
なので、霊とか他の主要キャラとかであーゆーの載せて欲しいとかあったら是非アイディアくださーい!
43
:
森間 登助
◆t5lrTPDT2E
:2012/09/20(木) 17:59:48 HOST:180-042-153-140.jp.fiberbit.net
気が向いたので、ちょこっと来ました。
過去編を通じて霊の決意が伝わってきてとても良いですね。
今回はフリーなので、あまり小難しい事は言えませんが、情景描写がやはり少ないかなぁと。まあ、今は精進している頃なので、これからだと思いますが^^;
とりあえず、情景模写のレベルを上げる基本的な方法は読書と文章の見直しです。
特に読書を実行する場合は、純文学を読むと飛躍的に文章力が上がりますよ(・д・´) 自分もその口でしたので。
文章の見直しを実行する場合は、書いた時間からなるべく開けて見直ししましょう。普通は一日目安ですが、そこら辺は自分で微調整を。
それでは失礼いたします。
44
:
ピーチ
:2012/09/20(木) 21:16:45 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
森間さん>>
あ、ありがとうございますー!!←過去編は何となく息抜き感覚でやってたもんでw
………ジョウケイビョウシャ……難しい―――!!!
頑張ります!
45
:
ピーチ
:2012/09/23(日) 17:40:22 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第二十九話・反撃』
―――何やってンだ、オレ。
半ば自嘲気味になりながら、彼は己の両手を見つめる。
「……宮神君?」
緋織の言葉ではっと我に返り、そして。
「………許さねェ……!!」
その漆黒の瞳に宿る殺気を感じ、彼女は無意識に後退する。
「アイツ……殺してやる…!!」
赦さない。
「このオレ様をコケにしやがって……!!」
絶対、この手で殺してやる。
己の手で、あの男の首を掻っ切ってやる。
頭の中を憎悪に支配された霊は、もはや緋織の言葉など聞く耳を持たない。
「ち、ちょっと……」
「うるっせェよ」
反論を許さない気迫に呑まれ、緋織が小さく息を飲んだ。
先程、一瞬だけ見せたあの優しげな笑みを思わせる表情は、もう彼のどこにも滲んではいなかった。
「―――おや」
彼の、霊の気配だ。
思ったよりも早かったか。
そう呟きながら立ち上がった一輝は、しかしその場で硬直した。
「見つけた……!!」
そう言った、人物は。
「よくも、このオレ様をコケにしてくれたなァ?」
言いながら、その身体から溢れんばかりの殺気を宿した霊は、漆黒の刃を振りかざした。
46
:
ピーチ
:2012/09/24(月) 22:34:18 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
お知らせでーす。
明日、9月5日〜27日まで更新できません!!
しゅーがくりょこーと言うものがありまして←
てなわけで、しばらくこーしんできません!
47
:
ピーチ
:2012/09/27(木) 20:57:13 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第三十話・力の差』
「わ……っ!」
小さくそう叫びながら、振りかざされた刃を寸前で回避する。
そして、手首に提げた黒っぽい数珠のようなものを外してそれを勢い良く引きちぎった。
直後。
「え………?」
一輝の持っていた数珠が弾け飛んだ。それだけのはず、なのに。
「な……っ」
正確に霊の手元を狙って放たれたそれは、彼の手首に巻き付いたかのように離れない。
そして、何の苦もなく彼の身体を縛り付ける。
まるで、金縛りにあったかのように。
「……あのさぁ、少しは気を付けてくれるかな? 危なかったからさ?」
口ではそう言いながら、しかしやっぱり余裕の体勢を崩さなかった一輝が。
「―――っ…!?」
唐突に風が凪ぎ、霊の手首に巻き付いた数珠の欠片が弾けた。
そこには。
「……随分、遅かったようだねぇ……?」
苦笑気味に嘲(わら)う一輝の後ろには、夜空色の髪や黒とも藍とも取れる色の瞳を持った少女―――緋織の姿ともう一人。
―――彼女の相棒、誠也の姿。
「な、何でお前らが……」
「冷静さの欠片なくした人間がどんな行動とるかなんて、なぜかはっきりと分かるから。……結局、貴方の取りそうな行動を読んで先回りしたってわけ」
そう言った彼女の表情はどこか不敵で、それを崩さないままに小さく呟き出した。
48
:
ピーチ
:2012/09/28(金) 01:35:18 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第三十一話・記憶』
「―――拘束」
彼女の呟きと共に、一輝の身体が動かなくなる。
「影……!?」
「悪いけど…」
驚きを隠せない一輝に無感動な瞳を向け、そのまま淡々とした口調で言った。
「―――私だって幻影師なの。宮神君とまではいかなくても、多少操ることくらい、造作もないわ」
そう言った後に、緋織が静かな口調で言う。
「宮神君の身体の中に埋め込んだ炎と一緒に、呪詛まで取り除いてくれる?」
「―――え?」
呪詛?
ジュソ?
「じ、呪詛って……」
「えぇ、確かに貴方の中に埋め込んだらしいわよ」
その言葉を聞いた瞬間、頭のどこかでふつふつと湧き上がってくる何かがあった。
……霊本人は、それを自覚している。
それは。
怒り。
「ちょ、宮神君……?」
「てめェ……何で今までそんなこと黙って……」
「だって……黙ってた方が面白そうだったから」
それを聞いて。
「ふざっけンな!!」
「ふざけないで!!」
二つの声が重なる。
「あんたみたいに中途半端な能力しか持たない人間はね! そうやって人を殺す事だって充分考えられるの!! 呪詛家庭だか何だか知らないけど、関係のない人達を巻き込むことだけは許さないから!!」
そう言った後に、キッと霊に向き直り。
「貴方も同じよ!! 人の身体に命は一つしかないの! それがこの世界での掟なの! 以来を受けてるんだか何だか知らないけど、そんなくだらない理由で人の命を奪っていい権利なんてないの! 分かった!?」
「あ、はい、分かりました………」
………あの霊が言い包められる程の剣幕で二人の人間を怒鳴りつけた緋織は、次に小さくため息を吐いて。
「二人とも、人を殺すなんて簡単に言うけど…実際はそんな簡単に出来るわけないの、あなた達だって分かるでしょ?」
未だに縛られて動けない一輝と、さすがに少し萎縮した霊を眼前に据え、彼女は小さく息を吐き出した。
「……これ以上罪を重ねることは、許さないから」
それだけ呟き、そして無言で彼女らの背後に控えていた誠也と、その場で一輝を睨み付けている霊の腕を引っ張りながら、その場を去った。
―――大丈夫、だった?
そんな、小さな声がどこからか聞こえ。
「あれ………?」
今の、声は。
「確か…あたしがもっと小さい頃、助けてくれた人が居たような…」
その時の少年と、今の霊が重なるのはなぜだろう。
「もしかすると……ね…」
もしかすると、あの時の少年と重なるから、霊の事が放っておけないのかも知れない。
しかし。
「そんなわけ…ないよね―――?」
小さく呟かれた言葉は、暗く先の見えない闇に、幾度となく反響していった。
49
:
ピーチ
:2012/09/28(金) 10:55:40 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第三十二話・』
「―――ンで、何でアンタがこんな所に居るワケェ?」
あからさまに不機嫌そうに紡がれた言葉をさらりと受け流しながら、
50
:
ピーチ
:2012/09/28(金) 10:56:27 HOST:i121-118-221-80.s11.a046.ap.plala.or.jp
すいません!!
これ間違えたやつなんでスルーして下さい!←
51
:
ピーチ
:2012/10/01(月) 23:09:50 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第三十二話・異空間』
―――真っ白な、まるで雲の中に潜り込んだかのような場所に、緋織は呆然と立っていた。
自らの意思で来たわけではない。気付いたら、ここに居たのだ。
いつもなら絶対に警戒を解くことのないような空間でありながら、珍しく、彼女は無防備そのものだった。
そこに。
「―――え………?」
驚く程に痩せ細った、一人の女性の姿が見えた。
良く見ると、その細い腕や足、更には顔にまで、至る所に切り傷や擦り傷などがある。
そして、何よりも驚いたことが。
「―――神瀬、緋織さんですか……?」
そう、言った。
「え……?」
思わず問い返した緋織に、その女性はもう一度同じことを繰り返す。
神瀬 緋織か、と。
「そう、ですけど…?」
半ば驚きながら、しかし彼女は肯定を示す。
さて、ここで生まれた疑問が一つ。
―――自分は、この女性のことを何一つ知らない。
ならば、なぜこの女性は、自分の名を知っているのか。
そんな緋織の胸中を知る由もなく、女性は一言、こう言った。
「霊を…霊を、助けてあげて下さい……お願いします…!」
「―――え?」
リョウ、と、今言わなかったか。
「り、霊ってまさか、宮神 霊のことですか!?」
若干焦りを帯びた緋織の声音に、しかしその女性はゆっくりと頷く。
「あの子があそこまで変わった理由…それだけでいいのなら、いくらでもお話します。だから……」
あの子を助けて、下さい……!
その言葉を受け、緋織の瞳が、鋭利な刃物にも似た眼光を、放った。
52
:
ピーチ
:2012/10/06(土) 20:15:56 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第三十三話・後悔』
女性の言葉を聞き、しばし逡巡した後(のち)に、緋織が言った。
「教えてください」
なぜ、霊が暗殺業を始めたのか。彼が人を信じることはないのか。
分からないから、でも助けたいからこそ、知りたい事実。
その思いを胸の内に抱(いだ)きながらそう言うと、女性はふっと微笑み、その後にその表情を引き締め。
「―――あの子は元々、しっかりと自分の意志を持った子だったんです。それは今でも変わらない。でも……感情をどこにぶつけたらいいのか、それが分からずに道を誤ってしまったんです」
まるで、自分のことを語るかのように、その女性が自分の腕を抱えた。
「………あれ…?」
唐突に、緋織が小さく声を上げた。
子供だ。まだ、十にも満たないような小さな子供が、女性の傍らに、居る。
緋織の疑問を感じ取ったのか、その女性は仄かに笑った。
「そう言えば、自己紹介が遅れてしまいましたね。私は宮神 雪歩(みやかみ ゆきほ)。この子は、霊の姉の文香です」
「…………は?」
霊の、姉?
なら、この少女は。
「宮神君の……お姉さん…?」
緋織の言葉を聞いて、女性―――雪歩が頷く。
そこに、雪歩の傍に居た少女、文香が悔しげに呟いた。
「……霊を殺人鬼にしてしまったのは………私なんです」
53
:
ピーチ
:2012/10/06(土) 20:40:34 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第三十四話・恐怖(トラウマ)』
「―――え?」
彼女が、霊を殺人鬼にした?
そんな緋織の思考を読み取ったかのように、雪歩が慌てた風情で言った。
「あ、いやでも、文香が直接の原因ってわけじゃ…!」
「いいよお母さん。どう取り繕ったって、私が一番の原因だっいてことに、変わりはない」
妙に大人びたその口調とは裏腹に、文香の顔に、冥い影が落とされた。
「でも、あの子は堕ちたわけじゃない。………私は、ずっと見てた。お母さんが見てない時だって、ずっとずっと見てたの」
淡々と語るその声に、気力はない。ただ静かに、事実を述べているだけ。
「……あの、」
「………」
緋織の声に反応して、雪歩が振り返った。
「良かったら、教えていただけませんか? どんな経緯(いきさつ)で、宮神君が変わったのか」
それを聞いて、文香がゆっくりと顔を上げた。
さっきは良く見えなかったが、透き通った漆黒の瞳は、霊のそれと酷似している。
「……私達、虐待に近いものに遭ってたんです」
唐突に語られた言葉に、緋織が目を剥いた。さすがに、そこまでは予想していなかったから。
「それである時、父親が霊を殺そうとしたんです。そして、霊の代わりに、母が刺された」
その時のあの鉄の臭い、あれは、今の彼女らからしても、やはり恐ろしいもの。
「そして、母が息をしなくなった直後、私が思わず叫んだんです。―――“この、人殺し”と」
それは、叫ばない方が偉いと言うものだろう。
確かに、それぞれに問題を抱えた家庭はそれなりにある。
しかし、霊の家庭ほど深刻な問題ではなかったと思われる。
「それを聞いた瞬間、今度は父が私の首を絞めてきて……っ、」
「………宮神君が見ている前で、お二人が亡くなった、と言うことですか……?」
最後まで聞かずとも、大体のことは理解できた。
しかし、それでも分からないこともある。
「でも、何で…」
暗殺業に、己の手を血に染めるような職業を選んだ理由が、まだ分からない。
「……逆上して、あの子があの人を殺したんです」
そう言った文香の肩が、小さく震え出した。
54
:
ピーチ
:2012/10/11(木) 16:28:05 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第三十五話・再開』
“―――霊”
唐突に、声が聞こえた。
その声を受け、漆黒の瞳がゆっくりと開かれる。
「……え?」
聞き覚えのある、とても懐かしい声。
「………お、袋…?」
“ごめんね、霊…お母さん、霊を護れなかった”
何を、と霊が呟いた。
“でもね、貴方はまだ生きてるの。これから、ずっと逃げ続けるわけにはいかないでしょう? お母さんもお姉ちゃんも、ちゃんと見てるから。お父さんだって……”
そこまで言った時、彼女の背後に、ゆらりと何かが現れた。
“勝………なこ、と…言ってんじゃ………ね……”
表情がはっきり分かったわけではないが、それでも相当の殺気を宿している男だった。
「おや、じ……?」
呆然と呟く霊に向けて、男の手がゆらりと伸びる。
「な………んだ、よ…!」
力なくそう叫ぶが、男には聞こえないのか、その手は伸びてくる一方だ。
「止めろ……」
恐怖一色で彩られた彼の漆黒の双眸に、狂気に歪んだ男の顔が映った。
「あ………!」
自分は、無力だ。それはあの時に、母と姉が殺された時、身を持って痛感したはずだった。
なのに。
“お前…………の……せい、だ……!”
「ちが、う…!」
“お前が………!”
“霊は何も悪くないわよ!”
唐突に、男の後ろで声が聞こえた。
はっと我に返ると、自分と同じ漆黒の双眸に怒りの色を滲ませた姉の姿があった。
「姉貴……」
ほっと息をつくが、それでも目の前に居る男の姿が在る限り、完全に警戒を解くことは出来ない。
“霊は悪くない! 悪いのは貴方の方でしょ!?”
“うる……さ……”
反論しかかった男が、霊の姉―――文香を見てぐっと押し黙った。
“霊、ごめんね。私達が悪かったの。貴方がここまで変わってしまったのは”
唐突に、文香がぽつりと言った。だが、霊の意識は段々と途絶えていく。
その刹那、男が文香と彼女の傍に居た女性、雪歩に向かって暴れ出した。
それを見て、霊が咄嗟に叫んだ。
「お袋――――――!!」
55
:
ピーチ
:2012/10/16(火) 19:02:26 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第三十六話・学校』
ピンポーン。
チャイムの鳴る音を聞き、何の意味も無くただ正面を眺めていた霊が、びくりと肩を揺らした。
「………ンだよ」
開けると同時に素っ気なく対応する霊に対し、相手は眩しいまでの笑みを浮かべる。
「おはよう」
「何のつもりだよ、こんな朝っぱらから」
霊が冷たく言い放つのに対し、わざわざ朝っぱらから彼の家を訪れた二つの影―――緋織と誠也が勝手に家に上がりこむ。
「あ、おいっ!?」
「学校行くの。今日平日でしょ?」
「……まさか、そんためだけに…」
「それがどうかした?」
当然、と言うように時間割を見ながら教科書などを鞄に詰め込む緋織に促され、霊は結局、そのまま学校に行く羽目になった。
「―――じゃあここまで。日直」
「起立。姿勢、礼」
係の号令で、一斉にあいさつをする。それが終わり、霊が教室を出ようとした。
授業一時間受けたんだからいい。そう思いながら教室を出ると。
「―――……っ…!」
唐突に立ち止まり、その場で小さく舌打ちをした。
「あぁ……探す手間が、省けたかなぁ…?」
そこには、どうやって入ったか、一輝の姿があった。
「……何しに来た」
「何ってそりゃあ……」
生徒の視線が、二人に注がれる。しかし、二人にそんなことを気にする暇などない。
たくさんの好奇の視線を浴びながら、一輝が一瞬早く動いた。
「君を殺しに来たに、決まってるだろう?」
小型のナイフが、霊の首筋にあてがわれる。
「あれ? ……油断大敵って、言うのにねぇ?」
それを聞いて、霊の全身が無意識に強張る。
今の一輝の表情は、何年も前の、あの父親のそれだった。
騒ぎを聞いて出てきた緋織と誠也が、その場を見て息を呑んだのが分かった。
「みや……」
「こいつに一歩でも近づけば、その時点で殺す」
突然の言葉に、二人が悔しそうに顔を歪める。
しかし。
それより先に、霊が言った。
「―――アンタさァ……」
そう言って、驚く程の速さでナイフを人の居ない場所に払い飛ばし。
「さいってェだな」
そう言った直後に、彼らの周りの視界が一瞬、紅(くれない)色に染まった。
56
:
ピーチ
:2012/10/16(火) 23:23:57 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第三十七話・呪縛』
廊下の床や壁などに紅いものが飛び散り、周りから悲鳴が上がる。
「な……………っ!?」
「そっちこそ、油断大敵なんじゃねェの?」
不敵に嘲う霊を見て、一輝は己の失態を悔やんだ。
確かのその通りだ。いくら校内とはいえ、もう少し考えるべきだった。
彼がそんなことを考えている間にも、霊はゆらりと、その異常なまでに細い腕を伸ばしてくる。
そして。
「―――殺してやるよ」
言ったと同時に、彼の召還した無数の影が一輝に襲い掛かった。
「うわ……っ!」
咄嗟に両腕を前にかざす一輝に構わず、霊は淡々と告げる。
「こんな場所で馬鹿みたいに騒いでンじゃねェ」
そう言いながら、霊がさっとその場を去った。
それを見て追おうとした緋織の腕を、誰かが掴んだ。
「え?」
「宮神君って……人、殺したことあるの…?」
クラスメイトの、東山 渚(とうやま なぎさ)だった。
それを見て、彼女はしばし逡巡してから。
「ううん、そんなことない。…尤も、私が知ってる中では、だけどね?」
そう言い残し、誠也と共に霊の後を追っていった。
ざわりと、霊の不揃いに伸びた髪が揺れた。
家は、目の前だ。帰るならさっさと入ればいい。
でも。
「………っ……」
以前、父親が存命だった頃にあったことをなぜか今思い出し、不自然に肩の力がこもる。
「…はは…っ、居るわけ、ねェのに…」
当時幼かった霊からすれば、相当の恐怖だったのだろう。
これは過去のことだと割り切り、勢い良く扉を開け放つ。
“おい霊! お前今まで何してた?”
あの頃の心の傷は、恐らく一生消えることはないだろう。
現に今、聞こえるはずのない声が、聞こえたではないか。
「違う……あんなの、親父が悪いんだ…!」
自分は悪くないと、そう思うはずなのに、それでも心が悲鳴を上げているように聞こえるのは、なぜだろう。
心が、今でも血を流しているのか。
―――あんなに幼い日のことで。
「宮神君……家に帰ってるのかなぁ…」
緋織が呟いた直後。
「―――宮神?」
唐突に聞こえた声に、緋織と誠也が驚いて背後を顧みた。
高校生くらいの青年の姿を認め、誠也が無意識に警戒する。
「……貴方、は…?」
「いきなりごめんね。宮神って霊のことだよね?」
緋織の質問など聞こえていないかのような表情で、青年が尋ねてきた。
「…そう、ですけど、貴方は?」
「あ、ごめん言い忘れてたね。俺は―――」
青年の言葉に、緋織と誠也が目を瞠った。
57
:
ピーチ
:2012/10/18(木) 22:58:10 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第三十七話・過去を知る者』
「宮神君の……知り合い……?」
「うん、山城 和弥。一応、霊とは良く遊んでたけど」
とは言うものの、霊の家の家庭状況を良く知っていた和弥が、半ば強引に霊を引っ張り出していたのだが。
「……じゃあ、宮神君のお姉さんは行かなかったんですか?」
「うん、何か子供が二人とも居ない時は母親に矛先が向くからって、必死で辞退してた」
それを聞き、文香のあの表情が脳裏を掠める。あの年では、相当恐ろしかっただろうに、良く耐えたものだ。
思わず緋織が呟いたのを聞き、和弥が苦笑する。
「だよね。霊のお袋さん、文香ちゃんにも行けって言ってたみたいだけど」
「それ言わない母親って居ないですよね…」
父親の状況を考えれば、なおさらだ。
「あの」
「うん?」
「少しでいいので、宮神君のこと、教えて頂けませんか?」
彼があそこまで変わった、その理由。
本当に、好きで暗殺業に手を染めたのか。
「―――暗殺業?」
聞いた和弥本人は、大層驚いたようで、ただ目を瞬かせている。
「……ちょっと、色々あって」
緋織と誠也の話を聞いた和弥の表情が、段々と強張っていく。
そして、和弥の瞳が剣呑さを帯びた。
痛いと思っているのに、どこが痛いのか分からない。
血を流していると、それは分かっているのに、どこから流れているのか分からない。
“―――お前が生まれたせいで…お前らの存在のせいで……!”
「止め……」
唐突に見えた父の横顔に、何か言葉に表せない恐ろしさを感じる。
今の、声は。
「あの、時の……?」
霊が首を絞められた時の、母親が、姉が命を張って自分を護ってくれた時の。
少年の細い肩が、小さく震え出した。
直後。
ピンポーン。
唐突に聞こえたチャイムの音に、必要以上に驚いてから恐る恐る玄関に歩み寄る。
もし仮に、また父親の幻が見えたら。
そう思いながら玄関を開けた。
「………何の用だ」
「あら、用がなかったら来ちゃいけないわけ?」
「あァ。大いに迷惑だからな」
言いながら、目の前に居た人物―――緋織と誠也の姿を見てほっと息を吐いた。
そして、その後ろにあるもう一つの影を認めて、霊がはっと息を呑む。
「……かず……!?」
「久しぶりだな、霊」
にっと笑った和弥の顔を見て、霊が気まずげに視線を逸らす。
「学校どうだ? 楽しいか?」
構わず聞いてくる和弥に、霊は答えない。答えられない。
“―――君に、拒否権はない”
幼い日の頭に刻み込まれたあの言葉が甦り、彼は小さく息を吐いた。
あの呪縛によって、最初は目を向けることさえ嫌だった現実に、段々と目を向けざるを得なくなり、その内それを恐怖と思わなくなった自分が、今ここに居る。
「―――う? 霊?」
和弥の言葉ではっと我に返った霊が、再び黙り込んだ。
それを見て、耐えかねた緋織が口を開いた。
「……山城さんには、貴方の現状を説明したわ。貴方の今の職業も」
それを聞いて、霊がはっと和弥を顧みる。
彼の鴉を思わせるその双眸は、ただ静かに霊を見ているだけだ。
「聞いたよ、その二人から全部。でも所詮は、お前の意思でやったわけじゃないだろ?」
現に、彼は数やが問うてくる間、何の反応も示さなかった。
それだけで決めるのはどうかとも思うが、やはり霊を信じたいという思いの方が強い。
反対に、霊は和弥の言葉を聞いて、漆黒の瞳をこれ以上ないほどに見開いた。
58
:
ピーチ
:2012/10/19(金) 23:03:54 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第三十八話・心』
「お前の意思で、暗殺なんてやってたわけじゃねぇんだろ?」
「………」
答えない霊の両肩を掴み、和弥がほんの少しだけ語気を荒げる。
「黙ってたってどうにもならない。答えろ」
その言葉を受け、彼の肩が小さく震えた。
そして。
「………あァ、そうだよ」
自嘲気味に言いながら、ふっと目を伏せる。
「オレ、は……好きでこれやってンだよ。これで分かったろ? オレは、アンタに信じられるに値する人間じゃねェってワケ」
そう言いながら、霊がさっと家を飛び出した。
それを見た三人が、同時にあっと声を洩らす。まさか、逃げるとは思わなかった。
「……………っ…!」
あぁ、本当に。
「オレって…馬鹿だよなァ…」
人気のない場所に行ってから、一人で嘆息する。
あれ程に心配してくれる人が、すぐ傍に居たというのに。
そんなことにも気付かない、否、気付けない程に、彼の心は縛られていた。
あの、恐ろしい言葉に。
「選択権、なァ……」
今では、そう言って幼い日の自分を脅していた者よりも、格段に霊の立場の方が上になる。
しかし、囚われた心は、どうしても取り戻せない。
霊の自我を奪ったあの男の手から、それだけが取り返せない。
「…にしても、最近良くお袋とかの夢見るなァ…」
母親に姉。果てには、あの自分勝手な父親の姿。
「―――っ…」
不意に、全身が泡立った。
「―――見つけた」
その声と共に、少年の悲痛な叫びが木霊した。
59
:
ピーチ
:2012/10/20(土) 19:27:28 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第三十九話・護るべきもの』
「何で………何であんな奴の存在に………!」
唐突に叫び出す霊を見て、彼の目前に居る人影は、静かにその場に佇む。
「……確かに、ね。貴方は貴方で、色々と大変だったと思う。お姉さんやお母さんに庇われてばかりだったこと、本当は凄く嫌だったんじゃない?」
そう言った人影―――緋織は、崩壊する寸前の霊の心の傷を抉らないようにと、普段の毒舌を控え、言葉を選びながら慎重に言った。
「何なんだよ…お前に何が分かるって!? 家族は家族、壊れることなんかないって信じてるお前らに何が分かるんだよ!?」
それを聞いて、後から駆けつけた誠也や和弥の表情が、少しだけ強張る。
「緋織……」
「分かってる。…下手に、話しかけないで」
一歩でも間違えれば、霊の心は闇に堕ち、そのまま鬼と化す。
自分でさえ気付かない内に、じわじわと。
それを考えながら、緋織がふとしたことを考えた。
―――それじゃ、まるで心の傷と同じ、か……
彼女もまた、特異な体質を持っていることで恐れられ、軽いいじめに遭っていたこともあった。
その時にできた傷は、とうの昔に消え失せている。
その傷を消し去ってくれたのは、彼女自身の家族。
ならば。
「………心を忘れたなら、」
心を、教えてやればいい。
それは、家族でなくとも出来るはずのこと。
緋織が、霊に近付こうとした時。
「待て。何するつもりだ」
唐突に、誠也の声が聞こえた。
それに対し、緋織は短く答える。
「宮神君に、心を戻す」
奪われたなら、奪い返すまで。
最早、思考は男のそれだと自分で考える緋織に、誠也が厳かに言った。
「戻すにしても、それなりの手順があるだろ……」
呆れたように嘆息する誠也を見て、緋織がはっと息を呑む。
「や……よ、い…?」
彼の後ろに居た人影が着ていた着物の裾がふわりと翻(ひるがえ)り、長いその髪がさらりと揺れた。
60
:
ピーチ
:2012/10/21(日) 12:02:33 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第四十話・降霊師』
「―――貴方ね。前に、緋織を散々痛めつけてくれたのは?」
そう言った少女の淡い琥珀の瞳が、すっと霊を見据える。
長い漆黒の髪が風に遊ばれながら揺れ、少女の頬を撫でた。
普段からの癖なのか、あるいは単純に邪魔になっただけか。定かではないが、彼女が手早く髪を一つに纏める。
「……この瞳は、降霊師(こうれいし)の証」
それを聞いた霊の肩が、ぴくりと反応を示す。
「それは、私の意志で降ろすこともあれば、生者に伝えたいことがある故に降りることもある」
「………る、さい…」
琥珀の瞳は、降霊師の証。
良く見れば確かに、和弥を除いた二人も、瞳の色は普通だ。
特殊なのは、自分の目の前に居る少女だけ。
「…あぁ、言い忘れてたわね。私は明神 弥生。そこに居る誠也の、双子の妹」
双子でも、持った資格は全く違う。
しかし、誠也も弥生も、それぞれに二つの任を課せられていることは確か。
「今…貴方の家族が降りて来てるわよ。…貴方お父さんを、除いて」
直後。
「る…………せぇ…」
「…え?」
まるで、弥生のその言葉を待ち構えていたかのようなタイミングで、霊が唐突に叫び出した。
「うるせぇ…こいつは、生きる資格なんてねぇんだよ…俺達が死んで、何でこのガキだけが生き残ってるんだよ…!?」
突然絶叫を始めた霊に、さしもの弥生も目を剥いた。当然、緋織達三人も。
「……宮神君の、お父さん…?」
「こんなガキ…死んじまえばいいんだよ!!」
そう言った霊が、自分の首を締め出した。
そこに。
「―――静まるる川のせせらぎよ」
凛と張り詰めた、しかし優しげな声が、霊の耳朶を打つ。
「降霊師、明神 弥生のこれを媒介とし、降りられし者…いざ参れ」
刹那。
―――彼女の纏う雰囲気が、唐突に変わった。
61
:
ピーチ
:2012/10/22(月) 20:57:20 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第四十一話・幻』
「―――霊」
唐突に聞こえた声にも、彼自身の反応はない。
緋織はその声を聞き、まさかと思い後方を振り返る。
「……やよ、い…?」
その声は弥生。彼の名を言っているのもまた、弥生だ。
しかし。
「何で、宮神君の名前を…?」
釈然としない緋織の心境を読み取ったか、傍に居た誠也が苦笑交じりに言った。
「降霊だよ」
「………………は?」
言葉を返すのに、かなりの間があったことを、自分自身が良く理解した。
降霊?
確かに彼女はさっき、本当についさっき降霊師だと言った。自分自身が。
だが、実際にそんなものを見たことはないし、それを聞いたのも今さっきが初めてだ。
それが顔に出ていたのか、誠也が呟く。
「今まで黙ってたからな。自分が降霊師だってこと」
そこまで言った時、再び弥生の声が辺りに響き渡った。
「霊…止めなさい。お父さんはこっちに居るわ」
それを聞き、霊が目を見開く。その直後に、彼の身体が前かがみになる。
「あ……っ」
「よせ」
咄嗟に受け止めようとした緋織の腕を掴み、無言で彼女を制す。
なぜだと言う緋織の無言の問いかけが、誠也の耳に入ってくるようだ。
「あの人達が、何とかするさ」
自信ありげに言った通り、弥生の腕が倒れ掛かった霊を支えた。
そして、なるべく衝撃を与えないようにとの考慮だろうゆっくりと彼の身体を横たわらせる。
そうした後で、彼女が誠也を見て言った。
「―――ありがとうございますと、この方にお伝え下さい」
「……分かりました」
誠也の答えを聞いて、弥生の表情が和む。そして。
「…霊をどうか、救ってください……」
その言葉を最後に、弥生の身体が崩折れかかる。それを、誠也が間一髪で支えた。
「大丈夫か?」
「ん……平気」
誠也の問いにそう返し、しかし彼女は頭を押さえながら言った。
「彼のさっきの行動、父親の霊じゃなかったらどう言う意味か分かる?」
「……さぁ」
二人揃って答える。分からないものを分かると言っても、意味がない。
「…彼の、潜在意識」
「…え?」
「この人の潜在意識の奥深くに、未だに荒れ狂っている父親が居るのね。それを思い出してしまったことにより、まるで父親に取り憑かれたようになったってわけ」
「……なるほど」
弥生の言葉に、思わず二人が舌を巻いた。霊をその身に降ろしながら、良くそこまで分かったものだ。
「彼の母親が降りたから、分かったようなことよ?」
「っ………」
そんな話をしている途中で、霊が小さく呻いた。それを認めた和弥が、いち早く反応を示す。
「霊! お前大丈夫か!?」
和弥の異常なまでの焦りように、さすがの霊も一瞬、ぽかんと口を開いて。
「へ……? 何、が…?」
思わず聞き返す霊に、弥生が冷徹に言った。
「貴方、自分の首を締め出したでしょ? それ見て、この人青くなってたわよ」
それを聞いて、霊の表情がさっと青ざめた。やはり。
「…あれは、」
「分ァってるよ」
「え…?」
「分ァってるよ、俺が親父じゃねェことくらい。自分自身で創り出した、幻みてェなもンだろ?」
言いながら、彼は自分を嘲る。
―――幻如きに恐れて、そんなもの自分で生み出すなんて、幻影師失格じゃねェかよ。
そう思った直後に、誰かに肩を掴まれた。
「……今すぐ、警察行くぞ」
そう、言ったのは。
「……え?」
霊の瞳を真っ直ぐに見返した鴉色の瞳が、険を帯びた。
62
:
ピーチ
:2012/10/22(月) 22:40:21 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第四十二話・連行』
「今すぐ、警察行くぞ」
唐突に発せられた言葉にももちろんのこと驚いたが、
「……え?」
何よりも驚いたのが。
「か、ず……」
「今すぐ行こう、な?」
和弥の言葉に目を見開き、そして小さく呟いた言葉は、彼の力強い言葉に掻き消される。
そして、それに追い討ちをかけるようにして、緋織が口を開いた。
「…ねぇ、宮神君」
「……」
呼ばれたことに対し、彼は小さく緋織に目を向けるだけで、呼びかけに応えることはない。
しかし、緋織もそんなことを気にしている暇はないと、分かっている。
「私の刑事の知り合いに、私の味方になってくれる人が居るから、その人の所に行きましょう?」
「な………っ!?」
突然言われたことに愕然とする霊の腕を半ば引きずりながら、和弥が彼を立たせた。
「連れて行ってくれるかな? その刑事さんの所に」
「……えぇ」
和弥に引きずられていることに関して抵抗しない所を見ると、どうやら逃げる気はないようだ。
内心でそれにほっと息を吐きながら、彼女は誠也達を顧みた。
63
:
ピーチ
:2012/10/24(水) 20:29:37 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第四十三話・痛み』
「……あたし、山崎さんに連絡入れるから、それまで待っててくれる?」
「あぁ」
「分かった」
二人の言葉にほっと息を吐き、次に和弥の方を向く。
「え、と……」
「あ、和弥でいいよ」
和弥の笑みを受け、緋織が薄く笑った。その後で表情を引き締め、厳かに言う。
「…和弥さんも、宮神君見ててもらえますか?」
「うん、いいよ」
元々穏やかな性格なのだろうと思わせる優しげな口調は、その場に居る全員の心を軽くしてくれたような気がした。
「ごめん弥生……」
「分かった分かった! また変なことあったら何とかするから!」
親友の言動が手に取るように分かる少女が、呆れたように右手をひらひらと振る。
「それより、早く連絡してくれば?」
弥生の言葉を受け、緋織がその場を離れた。
「―――で、君が宮神 霊君?」
「…………」
答えない霊の代わりに、和弥が慌てた風情で言った。
「あ、はい。今は、ちょっとわけありで…」
「そう…何でも、緋織からは色々と面倒なことやらかしたって聞いたけど…」
今まで何の反応も示さなかった少年の肩が、ぴくりと震える。
今霊達の目の前に居る女性は、緋織が呼んだ知り合いの刑事だ。
「……あぁ、言い遅れたわね。私は山崎 花音。で、こっちの子が吉岡 卓真。よろしくね」
ふわりと笑う彼女が刑事だなんて、多分きっと絶対に誰も予想しないだろう。
その花音の傍に居る青年もまた、穏やかと言うか気弱と言うかと言った体(てい)だ。
「ねぇ、霊君。貴方が今までにしたこと、教えてくれない?」
「………」
花音の言葉には反応を示さない霊だが、その小さな肩は酷く弱々しく、頼りなく見えた。
「―――暗殺業」
唐突に、霊が口を開いた。虚を突かれた花音が、えっと問い返す。
「…どう言う、こと?」
「人殺し。オレがやってた。そうだよ。オレは人殺しなんだよ……」
やっと、分かった。
心が、血を流して泣き叫んでいたのは。
心が、時として酷く怯えていたのは。
―――オレ自身、だったんだ。
自分自身に怯え、自分で自分の心に穴を開け、傷を作り。
「っ、本当は……人殺しなんてやりたくなかった…」
弱々しい言葉が紡がれ、霊の足元に数滴の雫が零れた。
今まで、とにかく強気な霊しか見たことのなかった緋織達が、愕然と彼を見下ろす。
そんなことも気にならない程、彼の心の傷は大きかった。
もちろんそれは、父親の手によって作られたものもある。
だが、それでも。
「……お袋、姉貴…何でオレ、こんなことやっちまったんだろうなァ…」
いくら問うても、返ってくる言葉などない。
分かっている、のに。
「もう……終わりにしていいよなァ…?」
そう言って、彼は諦めたように微笑んだ。
64
:
ピーチ
:2012/10/25(木) 20:23:39 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第四十四話・束縛』
何かを言いかけて、結局口を閉ざす。
そんな状況がずっと続いていた。
「………話すよ。オレが今までにしたこと」
そう言った霊の瞳が、僅かに揺れる。
そして、迷ったように和弥を顧みた。
恐らく、今よりもずっと幼い頃から仲が良かったことが、そのまま迷いに通じているのだろう。
今までの自分を聞いた和弥が、自分を拒絶したら。
心の最奥で、そんな感情が微かに行き来する。
でも。
自分のしたことだ。今更どう取り繕っても、何も変わらない。
―――犯した罪の分、魂が汚れるの。
幼いながらに、しかしやけに大人びた言葉が脳裏を掠め、彼はふと緋織を見た。
「……七歳の時に、親父を殺した」
突然紡がれた言葉は淡々としていて、思わず花音達が息を呑んだ程だった。
「その後、和弥兄ちゃんが来て、その後に……」
そこまで言って、霊が何か恐ろしいものでも見たかのように身体を奮わせた。そのまま、下を向いて黙り込む。
「…霊」
唐突に声をかけられ、霊がびくんと肩を揺らした。
下を向いたままの少年を見て苦笑を浮かべながら、和弥が優しく言う。
「俺は、先に帰ってるな?」
そう言いながら、彼はさっさと部屋を出て行った。
「………全部、話してくれるんでしょ?」
花音に促され、しかし霊は口を開かない。
しばらくしてから、霊が弱々しく言った。
「言ったら……また…」
「え…?」
「また、何? 誰かに脅されてたってわけ!?」
突然声を荒げる緋織に対し、霊は沈黙を返す。つまりは肯定だ。
「誰に? その時貴方まだ小さかったんでしょ? 確かに、言い包めるには丁度いいわよね」
不機嫌そうに言う少女を見て、誠也達や霊が不思議そうに彼女を見る。
「私だって似たような目に遭ったことあるもの。まぁ、あの時はお姉ちゃんが助けてくれたけど…」
そう言って拳を震わせる緋織を見て、霊が半ば呆然とする。
そして。
「…………だよな」
そう言って、不敵に笑って。
「分ァったよ…オレはもう、アンタには縛られねェ」
断言し、彼は再び口を開いた。
65
:
ピーチ
:2012/10/26(金) 22:09:36 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第四十五話・決断』
「オレもやっぱ、あン時は故意に殺したってワケじゃねェけどさ」
唐突に語り出した霊に内心少し驚きながらも、花音は黙って耳を向ける。
「親父が先に切りかかって来たんだ。オレはほんとに、ただの正当防衛」
淡々とした口調と共に、自らの犯した罪の数を改めて顧みた。
一番最初の標的(ターゲット)にしていた少年少女は逃してしまっていたが、今となってはそれでよかったと思う。
そして、若い男や年を重ねた老婆、時には依頼人自身を殺したことさえあった。
それを簡単にまとめ話すと、それでも結構な数になる。
それを感じた花音が、小さく呟いた。
「……良く、ここまで出来たわね…」
「オレもあン時は既に狂ってたからさァ」
飄々と言ってのける霊を見て眩暈(めまい)を覚えたが、今はそんなことを言っている暇はない。
そして。
不意に、彼が寂しそうに笑った。
「多分さァ、オレの家の中見ればすぐに理解できると思うけど?」
「え?」
霊の言葉に問い返し、花音は緋織を見た。彼女は、それを受けて無言で肯定を示す。
「…連れて行ってくれる?」
「りょーかーい」
そう言って立ち上がった拍子に揺れた不揃いの髪を、緋織が半ば無意識に掴んでいた。
「うわっ!?」
唐突に髪を引っ張られ、霊が体勢を崩す。
「な、何だよいきなり!?」
「え? あ…ごめん」
つい、と言いながら、彼女は目を伏せた。
「……そのまま、死んじゃうんじゃないかって、思って…」
それを聞いた霊本人が、え、と目を見開く。
「な、何で…」
何でその結論に行き着いた、と言いながら、内心大いに焦っている自分が居る。なぜ、いつ見透かされたのか。
「―――…あたしの、直感だけど」
無言で額を押さえた霊である。
まさか、たかが直感が自分の思惑を上回るとは。
「……でもまァ、見せようと思ったのは事実…だけど?」
そう言った少年の瞳の奥で、仄かに笑み崩れた影があった。
66
:
ピーチ
:2012/10/28(日) 18:24:04 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第四十六話・告白』
「わ……っ」
部屋に入った途端に、まるで出迎えるかのようにして辺り一面に飛び散った紅いものを認め、花音が小さく呟いた。
「ひっでェだろ? でも、ここがオレの家」
彼にとって、いい思い出も悪い思い出も詰まった、そんな家。
傍目から見れば、明らかに頭のイカれた人間だと思われるだろう。でも、それは霊自身認めることでもあり、他人など一切関係ない。
「ここら辺、お袋とか姉貴とかオレとか………最後には、親父の」
そう言って壁を示す彼の指が、力なく垂れ下がった。
「最後には、オレの手で親父の血を見る羽目になっちまってさァ…」
そう言った霊の表情があまりにも寂しげで、大人よりも大人に見えるのは、彼の経験故なのだろうか。
「でもさオレ、正直言って親父殺した後に人殺し始めるって、嫌だったんだよな」
「え?」
霊が突然言ったことに、花音が目を剥いた。
「まァ、そこは人の事情ってヤツがあるからさ?」
それだけは勘弁、と言うように両手を合わせた霊に構わず、花音が優しく、なるべく静かな語調で尋ねる。
「教えてくれない? ……霊君が、暗殺業を始めたわけを」
それを受け、霊がうっと言葉に詰まった。
「……それ、言わないとだめ?」
「言ってくれないと、貴方を解放出来ない」
彼自身が止めると、縛られないと言ったことを、花音は己の耳で確かに聞いた。
「………分ァったよ…」
思いっきりばつの悪そうな表情になりながら、しかし重い口を開いた。
「―――さっき神瀬が言った通り、確かにオレ、軽い脅しに遭ってたよ」
67
:
ピーチ
:2012/10/30(火) 23:17:23 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第四十七話・脅迫』
「おど、し……」
「そ。まァ、あン時は今以上に臆病だったから、従わざるを得なかったってワケ」
軽い口調で己を嘲るように、霊が言った。
「……“君に、選択権はない”」
「…え?」
唐突に発せられた言葉に、緋織達が一斉に霊を見る。
彼は苦く笑ったまま、こう言った。
「オレを脅迫してたヤツが言ったこと」
「………宮神君を、脅迫してた奴の、言葉…?」
「へ? ……お、おい神瀬どうした?」
少女の身体からただならぬ殺気を感じ取り、霊がさっと緋織から遠退く。
「…なァ。どう言うワケか、分かる?」
さすがに苦笑を洩らしながら問うた霊に、問われた誠也も微苦笑を浮かべながら答えた。
「……あいつな、誰のことでも一旦切れると当分収まらないんだ」
「……そりゃあ、厄介な性格だ…」
二人の会話が続く間にも、少女の身体から発せられる殺気と言うか怒りと言うか、そのどれかの括りに入るであろう気迫が、彼女の長い髪を揺らめかせた。
「………っ…!」
唐突に、霊の顔色が変わった。それを認めた誠也が、少々慌てた様子で問う。
「お、おい…どうした?」
そう言って、彼は改めて自覚した。
どうしてここまで、人と接することが苦手なのだろうか。
誠也には、緋織のように都合よくころころと表情などを変えることは難しい。
「な…んでも…」
青ざめたまま答えた霊に、誠也が呆れたように言う。
「その状態で、何でもない方がおかしいだろう。何か思い出したことでもあるのか?」
仮に今までで女性を殺していたとしても、緋織ほど髪の長い者は居なかっただろう。なんせ、彼女のそれはそろそろくるぶしに届く、といった長さだから。
それに、仮にそんな人間が居たとして、風に靡くことはあっても自然と揺らめくことはない。
「……アンタさ、少しは遠慮って言葉を使ってみれば?」
「俺は十分、遠慮したつもりだが?」
それを言われると、言われた方は返答に間があるだろう。これほどに容赦のない言葉で遠慮した問う言うのだから、無理はないが。
霊が苦笑したのを認め、彼が心なしか不機嫌そうな声音で言った。
68
:
ピーチ
:2012/11/01(木) 18:35:37 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第四十八話・心意 前編』
「今よりもずっと小せェ頃にさ、最初の標的(ターゲット)に選んだ女と、似てるんだよ」
「…は……?」
突然の霊の言葉に、どう返答したものかといった風情で悩む誠也を見て苦笑しながら、霊が言った。
「いや、別に殺してはねェし」
「そうか」
なら安心だと言った後、誠也があ、と呟いた。
「…………話が、脱線したな」
「…ちぇ」
小さく舌打ちする霊である。
そんなに嫌なのかと内心苦笑を滲ませながら、誠也が言った。
「で、脅しに遭ってたって?」
「いきなり本題いくパターンなワケェ…?」
本気で嫌そうな表情を浮かべながら、しかし小さくため息を吐いて。
「…まァ、警察(サツ)に言われたくなかったら暗殺の仕事始めろって感じ」
それを聞いて、緋織の怒りが頂点に達した。
「ありえないでしょうそれ!? 小さい子供にそんなことさせようなんて馬鹿も甚(はなは)だしいわよ!」
「あ、いや、その……神瀬? あン時オレ一応小二なんだけど……?」
「小学生ってだけで子供よ! それくらい分かるでしょう!!」
「はいすいません申し訳ございませーん」
半ば本気で切れている緋織を前に軽く答え、その後に花音に言う。
「オレさ、最初は嫌だったよやっぱり。でもなァ……それ言う度にアイツがお袋達のこと出してたからさ」
「…お母さん達の、こと?」
そう言って、やっとのことで霊が本題に入った。
69
:
ピーチ
:2012/11/04(日) 07:58:37 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第四十九話・心意 後編』
「お袋達、さ…オレらの目の前で親父が殺したんだ。で、姉貴も巻き添え食っちまって」
苦笑しながら言った霊が、そしてと言いかけた時、花音がそれを遮る。
「ちょっと待って? そのお母さん達の遺体は、どうしたの?」
「…ちゃんと、墓に入れたけど?」
オレ信用ねェなァ、とぼやきながら、霊が笑った。
「でもさ。………親父だけは、どうやっても出来なかった」
既に息をしていないと分かっていながらも、伸びてきたあの手がとてつもなく怖かった。恐ろしかった。
次は、あの手で本当に殺されるかもしれない。そう思って、どうしても近付くことが出来なかったのだ。
「…オレ、いつの間に臆病者に戻っちまったんだろうなァ…前なら、容赦なく殺せたってのに…」
―――今では、それがすげェ怖いって思うよ。
そう言った霊に、花音が静かに言った。
「それは、貴方が弱いんじゃない」
「…え?」
「人を殺すなんて、怖いに決まってるじゃない。貴方は、ほんの少し道を外れただけ。だから…」
―――もう、同じことは繰り返さないわよね?
その花音の言葉に、霊がしばらく考えてから答えた。
「…あァ…」
70
:
ピーチ
:2012/11/04(日) 12:16:25 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第五十話・日常』
“特別特例調査藩”
そう書かれたプレートをドアにつけて、花音が言った。
「さて…これからよろしくね、宮神 霊君?」
それに対し、不揃いに伸びた髪を束ね、にっと笑った少年が頷いた。
「あァ」
ぴんぽーん。
「……ま、た…お前らは…!?」
「平日なんだから学校行くのは当たり前でしょう?」
朝っぱらから人の家に勝手に上がり込む二つの人影を見て、霊が唸った。
「…まぁ、当たり前だからな」
そう言った誠也は、以前は霊のことをあまりよく思っていなかった。緋織を殺しかけたと言う件があったからだ。
しかし、霊が暗殺を始めた経緯を知り、それから何もかもを水に流してしまったようだ。
「誠也…頼む、こいつを何とかしてくれ…」
半ば本気で頼み込む霊である。それを聞いて、緋織が反論する。
「あら、あたしはただ一緒に学校行こうって誘ってるだけよ? ねぇ、誠也?」
「…好きにしてくれ…」
それだけ言って額を押さえる誠也の後ろに、誰かが現れた。
「おはよう。宮神君?」
「げ………っ」
涼やかな声で名を呼ばれ、霊がびくりと反応した。
「……何よ。別に、もう何もしないわよ?」
「信用出来るか! ンなもん!!」
そう言った霊に対し、妖しく微笑んだ弥生が目を光らせる。
「そう…もう一回同じ目に遭いたいのねぇ…あ、一回じゃ足りないかしら?」
「ンなこったろうと思ったよ!?」
霊と弥生の会話を聞き、誠也が何をやったんだと思案に暮れる。それを全く気にせず、緋織が弥生の方を向いた。
「あ、おはよう」
「おはよ。不登校生徒を引っ張り出すって、大変そうね」
「えぇ。そりゃもう」
二人だけで会話を進めていく様を認め、今度こそ誠也は眩暈を覚えた。
「…霊。こいつらが黙ってる内に行こう。それが正しい選択だ」
「何言っちゃってんのお前!?」
なおも文句を並べようとする霊を、誠也は無言で学校まで引きずって行った。
71
:
ピーチ
:2012/11/07(水) 22:02:45 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第五十一話・学校』
「あ、おはよー」
「おはよう」
教室に入ると同時に緋織と緋織の友人が挨拶を交わす。それを見て、霊がぽつりと言った。
「………誰?」
それを聞いた緋織が、前につんのめる。その後、半ば叫ぶようにして言った。
「飯田 沙耶架(いいだ さやか)!貴方の方がこのクラスは長いはずでしょ!?」
「だってオレ様、ほとんど学校なんて来てねーしィ?」
「………………っ、…」
何かを言いかけ、しかし無駄だと判断して結局は口を閉ざした緋織である。
「おはよー、宮神君」
「……へ?」
唐突に声をかけられた霊が、素っ頓狂な声を上げた。それを見て、沙耶架が楽しそうに言った。
「あははっ、宮神君って緋織が言ってた通りだね!」
「…何言ったンだよ?」
「別に? 事実を述べただけよ?」
さらりと告げた緋織に、霊がいささか眩暈を覚えながら。
「……も、いーや」
呆れ果てた霊が、そう言った直後。
彼の単純な携帯音が、教室に鳴り響いた。
「んー? へーい、宮神ー」
そう答えた霊に、電話の相手―――花音が呆れたように言った。
“……少しは、目上の人に対する言葉を憶えたら”
「ンなもんオレ様に期待してどーすンのー?」
彼の対応に、花音が嘆息し。
“まぁいわ。早速今日から動いてもらいたいんだけど”
「りょーかーい」
そう答え、しばらくのやり取りを終えた後、霊が携帯をしまう。
「…花音さんから?」
「あァ」
今日からだとさ、と言いながら、彼は目を細めた。
「まァ、今までの報いだと思えばさー」
「……そのことは、あまり学校(ここ)では触れないで?」
「何でー?」
どーせアイツが学校に押し入ってきた時からばれてンじゃんと笑い、そのまま教室を出て行った。
72
:
ピーチ
:2012/11/08(木) 21:27:01 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第五十二話・仕事』
「ちィーっす」
がちゃりと音を立てながらドアを開け、中にあったソファに座り、しばらく“相手”を待つ。
そして。
「ごめんね、待たせた?」
そう言って入ってきた女性―――花音の言葉に、霊が首を振った。
「いや? 別にさっき来たばっかだし?」
「そう」
良かったと呟き、彼の向かいに置いてあるソファに腰かける。
「ンで? 最初の仕事ってのはァ?」
軽く言った霊に、花音は柔らかい笑みを浮かべ。
「強盗犯を捕まえて欲しいの」
「………………………は?」
73
:
ピーチ
:2012/11/09(金) 21:24:42 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第五十三話・話し合い』
「ご、ごーとー?」
あまりに突拍子な言葉に、霊が目を丸くする。
「えぇ。最近良くあるでしょう? よっぽど自信があるのか、次に狙う場所を、ご丁寧に警察(ここ)に送ってくれてたのよ」
「…………バカだろ、そいつ」
警察に喧嘩を売るような真似をして、本気で捕まった時にどうするのかと思わず考えてしまった霊である。
数秒間を置いて紡がれた少年の言葉に、花音は困ったように苦笑しながら。
「そうね。警察を舐めてもらっちゃ困るわよね」
「……アンタは侮れねェなァ…」
半ば本気で呟きながら、彼が表情を引き攣らせた。
「あ、それと私達だけじゃないわよ」
「へ?」
素っ頓狂な声に、花音が苦笑しながら問う。
「…まさか、とは思うけど。私達だけでなんて、考えてなかったわよね?」
「………オレ一人かと思ってた」
呆然と呟いた霊に、花音が無言で額に手を当てた。
「…緋織達にも、手伝ってもらうから」
「…達?」
「えぇ。緋織と誠也と弥生」
「わりィけどオレ帰るわ」
速攻でソファから立ち上がり、彼はそのままドアを開けようとする。
それを、花音の問いが止めた。
「え? 何で?」
花音の問いを聞き、霊が額に手を当てる。
「…何か、あった?」
「呪詛返し」
「へ?」
「オレの身体に住みついた呪詛を返そうとして無断でしかも遠距離で呪詛返し発動させたらしく、それが失敗してかなり苦しめられたってワケ」
苦虫を噛み潰すような表情を浮かべ、言外に拒否を訴えていた。
やはり苦手というのは、ほんのちょっとしたきっかけで出来るものなんだなとつくづく感嘆した花音である。
「…………まぁいいわ。とりあえずそんなことないように注意払っとくから。とにかく、緋織達だけじゃ、家のこともあるから難しいのよ」
お願い、と頼み倒され、結局は根負けした霊が諦めたのだった。
74
:
ピーチ
:2012/11/10(土) 15:50:10 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第五十四話・違い』
「あれ? 宮神君?」
「へ?」
唐突に声をかけられ、霊が背後を振り返った。
「え? えーと……」
「沙耶架だよー、飯田 沙耶架」
最高の笑顔を向けられ、しかし霊はそれを何とも思わない。
「……ンで、何か用?」
「ううん、何してたのかなーって思って」
沙耶架は見た目の通り、ふわふわした性格であるようだ。
ふとそんなことを考え、あ、と霊が呟いた。
「そーいやさ、オレ神瀬達探してンだけど、どこか知らねェ?」
刹那。
今までにこにこと笑っていた少女の表情が一変し、ほんの一瞬暗くなった。
「へ…? い、飯田……?」
「あ……、多分家だと思うよ!」
それだけ言って駆け出そうとした沙耶架を、霊の声が止めた。
「……なァ、神瀬の家ってどこか知らねェ?」
「…は?」
「いや、よく考えたら、オレ様そこら辺全く知らなくてさァ」
苦笑しながら言った霊に、沙耶架が呆然と彼を見る。
そして。
「………もう、今度からはちゃんと憶えてね?」
そう言いながら、霊を緋織の家まで送り届けた。
「…で、どうだった?」
「いや、明らかに無理あンだろ」
緋織の言葉に速攻で返し、霊が続ける。
「だってオレ様霊感なンてねェし? 仮にあったとして、そンなの調伏することなンて当然無理だし?」
「………そう、よねぇ…」
「じゃあ、宮神君を囮に使えば?」
突如聞こえた声に、霊が異常なまでの反応を示した。
「…もう何もしないって言ったじゃない」
「だっから誰が信用できるかンなもン!!」
その言葉を受け、襖の所に居た弥生が苦笑した。緋織と、その後ろに居る誠也は、二人の会話の意味が分からずに首を傾ける。
「…何が、あったんだ?」
「…そのバカ女に聞け」
「ちょっと、バカとは何よバカとは」
口論が始まりそうになった所を、慌てた緋織が止めた。
「はいはい喧嘩終わり! いいわね!?」
「…時と場合によっては、気をつけっけどよ…」
言いかけた霊を、凄まじいまでの眼光を送った緋織が今度こそ黙らせた。
75
:
ピーチ
:2012/11/10(土) 23:44:56 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第五十五話・知られざること』
「とにかく、何があったのよ?」
問う緋織に、本人達は気まずそうに顔を背ける。
おかしい。
霊はどうだか知らないが、あの弥生がこんなことをするのはおかしい。
誠也も同じ感情があるようで、二人の顔を見比べて渋面を作っていた。
「…ねぇ。だから何が、」
「私、霊君に直接聞いたけど」
「げ………っ」
唐突に聞こえた声に、霊が慌てた風情で言った。
「ちょ、それナシ! 他人から聞くのナシ!!」
「え、何言ってんの? 花音さんはれっきとした関係者じゃない」
あっさりと返された言葉に、霊が言葉を失う。
結果、弥生のしでかしたことを花音を通じて知る羽目になったことは、言うまでもない。
76
:
ピーチ
:2012/11/11(日) 17:14:53 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第五十六話・謝罪』
呆れたように嘆息した緋織が、着物の裾を揺らしながら言った。
「………呆れて、ものも言えないわね…」
「全くだ」
当然のように同意する誠也に、弥生が渋面を作る。
「ちょっと? 私一応これでも宮神君のこと考えて………」
「普通なら本人の了承を得てからするものなんだが?」
「う…………っ」
すっぱり言い切られ、弥生が緋織に泣きついた。
「緋織、お願い援護して」
「ごめん、無理」
明らかにあんたが悪い、と言い。
「それに、宮神君の怯えようも納得できるわよ?」
幼い頃からの霊の生活環境を含めて考えれば、対人恐怖症になっていないほうが凄い。それは、彼の仕事内容にもよっていたのだから、あまり褒められたものではないが。
それを指摘した誠也に、弥生がうぅー、と小さく唸る。
「今回ばかりは弥生が悪いわよ、ちゃんと謝ったら?」
「……すみません」
今まで恐怖以外の理由で謝られたことなどない霊は、珍しいものでも見たかのように目を見開いた。
漆黒の双眸を宙に彷徨わせ、答えあぐねる。
「…別に、いいけど」
こういった時の対応の仕方が分からないのだろう霊が、目だけで誠也に確認を取る。彼は、苦笑交じりに頷いた。
77
:
ピーチ
:2012/11/16(金) 20:17:13 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第五十七話・役割』
気を取り直すため、緋織がぱんぱんと手を叩いた。
「とにかく、宮神君には犯人を捕まえて欲しいのよね」
「だが……」
ありえない話だが、もし仮にその強盗があの男に言い包められていたら。下手をすれば、呪詛が発動する。
誠也の懸念に、緋織が腕を組む。
「それが問題なのよねぇ…私も、一応その考えは持ってたけど」
だからと、緋織がふわりと笑んだ。それを見て、誠也は言葉には表しきれない何かを感じた。まさか、この笑みは。
「―――弥生は、宮神君についててくれないかしら」
「いっ!?」
緋織の言葉に霊が敏感に反応し、そして彼女を見た。そして、そのまま誠也を盾にする。
「……オレ、一人で構わねーけど」
「絶対だめ」
彼の言葉に速攻で返し、緋織が目を吊り上げた。
「貴方自分が置かれてる立場分かってるの? 言っとくけど、今の貴方があの男に抵抗できるかって言ったら、絶対に無理よ」
少女の言葉にうっと詰まり、霊が誠也に助けを求める。が。
「確かにな。今の状態では危険だ」
ある意味非常に鈍感な誠也にその真意が伝わるはずもなく、彼が緋織に賛同する。
彼女が、勝ち誇った笑みを向けて言った。
「弥生と一緒に張って。いいわね?」
「―――ったァくよォ…」
話し合いの結果が決まって以来、霊は常に不機嫌そうな表情を絶やさない。弥生の詩型を認めた直後は、どちらかと言うと恐怖が勝(まさ)っているが。
学校からの帰途についていた彼は、途中で自分以外の足音があることに気付いた。
緋織と誠也はそれぞれに学校での仕事があり、まだ学校に居るはずだ。ならば、誰か。
答えは、一つしか見つからなかった。
コツ、と靴の音が聞こえ、彼の身体が、無意識に竦む。
そして。
「―――やぁ、久しぶりだね」
あまり聞きたくないその声を聞いた瞬間、少年の細い肩がびくりと飛び上がった。
78
:
ピーチ
:2012/11/17(土) 22:29:31 HOST:i121-118-222-157.s11.a046.ap.plala.or.jp
『第五十八話・幻影と呪詛』
「―――久しぶりだね」
青年の言葉に、霊は振り返らずに答える。
「…あァ、あンまり聞きたくねェ声だけどなァ…」
「随分と酷い物言いをするんだね、君は」
「オレ様に丁寧さを求めようなんて、考えねー方がいいと思うけどォ?」
あくまでも軽く言い交わす二人の間には、しかし確かな境界線がある。
霊は、影や幻を操ることは可能でも呪詛を止めることは出来ない。
反対に、背後に居る青年―――佐藤 一輝には影や幻を操ることは出来ない。しかし、代わりのように呪詛を埋め込むことが出来る。
その呪詛に、霊の身体は蝕まれている。どういうわけか、今はそれが落ち着いているが、ひとたび暴れ出せば途端に全身が熱くなる。それらを考慮したうえで、彼はどういった呪詛を埋め込むかを決めているらしい。
下手をすれば、その呪詛が生涯消えず、それに苦しめられながら冥府の住人になる、と言うことも考えられなくはない。
内心で苦笑していた霊が、しかしそれを感じさせずに言った。
「……アンタの職業ってさァ、それだけなワケ?」
「…は?」
さすがに虚を突かれた問いに、一輝が間抜けた声を返す。
「呪詛やったり返したりすンのが本職なのかなと思ってさ」
違う。
彼の本当の狙いは、時間稼ぎ。
今下手に出た所で返り討ちに遭おうものなど、既に分かっている。
だからこれは、せめてどちらでもいいから誠也か緋織の姿が見えるまでの時間稼ぎだ。
「さぁ、どうだろうね」
くつくつと嘲うその声に、霊の背を冷たいものが駆け下りた。
幸い、もうじき日が暮れる。今は夕焼けが紅い色を帯びながらその姿をくらませている所だ。
それを感じた直後に、まるでそれを見透かしているような声が、少年の耳に飛び込んできた。
「…そろそろ、終わりにしようか?」
「………」
見透かされていたにも関わらず、霊は表情を変えない。分かりきっていたことだ。
小さく息を吐き、霊が青年と対峙した。
そして。
「わりィけど、オレ様アンタに殺されるワケには行かねェからさ」
ふいと、その姿をくらませた。
「……どこに、隠れた?」
さすがに少々慌てた体(てい)の一輝が、当たりを見回す。しかし、声が返ってくるだけで、その姿を見出すことは出来ない。
「わ……っ!?」
「黙ってて」
霊はと言うと、こちらは幻影師特有の力を駆使して彼を幻の中に封じ込め、自分はさっさとそこから出てきていた。
その直後に、緋織と出くわしたのだ。
「か、神瀬…」
「やっぱり駄目ね…」
疲れたように嘆息し、同時に少女の長い髪が風に揺れた。
79
:
名無しさん
:2012/11/22(木) 20:30:47 HOST:EM114-51-202-35.pool.e-mobile.ne.jp
『第五十九話・隙』
「か、神瀬……?」
「大丈夫? あいつに、何もされてない?」
あの男は、心の隙に付け込んで何とか保っていたそれを平気で壊す。
事実、霊も何度か同じ状況に陥った。それだけは、何としてでも避けなければならない。
無言で考え出した緋織を見て、霊が小さく言った。
「あ……あの神瀬ー? オレ、一応大丈夫なんだけどー?」
苦笑しながら言った少年を見て、彼女はしばらくしてから黙然と首を縦に振る。
「誠也達が、そろそろ来ると思うんだけど……」
二人が来たら、あとは別行動。弥生と行動してね。
それを聞いた瞬間に、霊の顔が自然と強張った。
「………あの、どーしてもアイツとじゃなきゃ駄目?」
「駄目。一人じゃ危険だって言ってるでしょう?」
「いやだから、誠也とじゃ駄目なのかなと…」
「誠也は家柄上、かなりの無理しないといけないから。諦めて」
緋織のばっさりとした言い方に、霊ががくりと肩を落とした。しかし、彼女の言うことも尤もだ。
言っている緋織自身も、確か家を継ぐはずだった。となると、彼女自身、かなり無理をしているはずだ。
「……分ァったよ…」
諦めて、彼は小さく息を吐いた。
「ごめんねー…」
本気で思っているだろう緋織の言葉に、彼は苦笑を返す。そうしている内に、二つの影が見えてきた。恐らく、誠也と弥生だろう。
同時に、幻影が少しずつ脆くなってきている。
「二人とも、大丈夫か?」
「ごめーん、遅くなって…」
「大丈夫。でも……」
つぶやいて、彼女は声を低くした。
「今、あの中にあの男が居るから。…注意して」
「…分かった」
「あぁ」
二人の返答を聞き、誠也と共に元来た道を引き返していく。それを見送りながら、霊がちらと弥生を見た。
「…………………………」
やはり、どうも自分はこの少女が苦手なようだ。いつあの時の苦痛に襲われるかと思うと、気が気でない。
「―――宮神君」
凛と研ぎ澄まされた声が、夜闇に吸い込まれた。
80
:
日陰
:2012/11/24(土) 18:11:25 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
ピーチ>>
こっちも面白いなぁ〜
と、言うか霊くん物凄いな……(いろんな意味で…←
なんか続きが気になるねぇ(*´∀`*)
ピーチってコラボ作品も出しってけっど、私はこの話となんかのコラボ見てみたいな〜(なんか面白そう←
81
:
名無しさん
:2012/11/24(土) 19:11:42 HOST:EM114-51-14-145.pool.e-mobile.ne.jp
日陰>>
あーっ! 久しぶりー!!
最近読めてないから一気読みしとくね!←おい
霊君は元々可哀そうな少年ですねはい←
これのコラボか…何かリクある? 誰かの小説ととか
あったら本人の許可もらってからやらせて頂きたいけど
82
:
日陰
:2012/11/24(土) 19:43:50 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
ピーチ>>
まず、名前が「名無しさん」になっちゃってるぞォ!?
次に、霊くんって、なんか読んでても可哀想と凄いの二言しか出てこない……
お父さんに、化け物扱いされるって……←悲しいなぁ゚(゚´Д`゚)゚
最後に、出来れば「不死鳥」とコラボし欲しいなァ〜←(勝手な自己満の言い分なんでスルーしてくださって結構ッス(o ̄∇ ̄o)♪ハハッ
83
:
ピーチ
:2012/11/24(土) 22:06:21 HOST:EM114-51-14-145.pool.e-mobile.ne.jp
日陰>>
………直しました冗談抜きで気づかないこーゆーの←
うん、悲しい少年なのだ霊は。まぁ実際ただの一般家庭に異能者生まれたら当然の反応かと←おい
不死鳥ね! 了解!
…で、何かタイトル案ない?←おい
84
:
日陰
:2012/11/24(土) 22:29:15 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
ピーチ様×1000>>
え、ガチで!!? マジで!!?
ヤベェ、嬉しすぎて涙でそう(´;ω;`)(嬉し泣き
と言うか、有難う御座いま―――――――――す!!!!
もう、題名なんてそっちのけで、好きなふうにやっちゃって下さい!!(n‘∀‘)η‖
楽しみにしてま――――す!!!(≧∇≦)
85
:
ピーチ
:2012/11/24(土) 22:36:38 HOST:EM114-51-14-145.pool.e-mobile.ne.jp
『第六十話・解放』
「―――宮神君」
唐突に紡がれた己の名に、霊がびくりと肩を揺らした。
「………ンだよ…」
怯えを感じさせない態度に、弥生が苦笑気味に笑う。
そして、しばし逡巡してから言った。
「…この間は、ごめんなさい」
「へ」
突然のことに、霊が呆然と彼女を見つめる。一体、どんな裏があるのか。
「……貴方の命を削ってるその呪詛、私達の家系とは相性が悪いのよ」
一輝の仕掛けた呪詛は炎の性(さが)を持つ。そして、弥生は水。
「…えと、つまり?」
炎は、水に克つ。
前回は、それを踏まえての行動だったらしい。しかしそれが見事に失敗に終わり、霊があのような目遭う羽目になった。
「だから、次にいつ暴れ出すか分からない」
少女の言葉が、心なし固くなる。
「………で? オレに何しろと?」
霊の言葉に、弥生が琥珀の瞳を見開きながら。
「………協力して、くれるの?」
「しねェと、オレそのまま死ンじまうンだろ?」
そんなことをしようものなら、死んでからも緋織達に恨まれる。心にもないことを平然と言ってのける霊である。
実際、自分の命などもうどうでもいい。
自分が背負うべき十字架は、こんな軽いものではないはず。死を以てあがなえるものでもない。
命を捨てて、転生の輪を外れて初めて、償いに値するものなのだろう。
分かっていても口に出すと怖いので、それだけは言わないでおく。
言って、あの無感動な瞳があるほうが、ずっと楽な気がするのだ。今は。
「……なァ、明神」
「え?」
霊の言葉に振り返った弥生を見ずに、彼は力なく笑った。
「何で…人殺しなんかやっちまったンだろうなァ…」
「……え…?」
今までの軽い少年の声が、ゆっくりと暗く沈んでいく。
「まずそもそもさァ、オレが生まれたこと自体―――」
「無意味なんかじゃ、ないわよ」
「へ?」
言いかけたことを先に言われ、霊が弥生を顧みた。
恐ろしく静かに彼を睨みつけている少女を見て、霊があ、と声を漏らす。
「い、いやっそのオレがこんな異能力持って生まれなければ、こンなことにはなンなかったンじゃないかと…」
「冗談じゃないわね」
呆れたように嘆息しながら、弥生がぼそりと言った。
「…こんな理由でもなければ、貴方と会うことなんてなかったじゃない」
緋織だって誠也だって、もちろん自分自身も。
「貴方に会えたから変わったこともあるの。どんな能力を持ってるかなんて関係ない。そうじゃないの?」
彼女の言葉に、霊が言葉に詰まる。しかし、やがて。
「……だな」
苦笑しながら肩を竦め、空を振り仰いだ。
「…みんなさ」
―――もう少し、この十字架は奥に閉まってても、いいよな…?
十字のネックレスを見て、霊はその言葉をしまいこんだ。
86
:
ピーチ
:2012/11/24(土) 22:40:14 HOST:EM114-51-14-145.pool.e-mobile.ne.jp
日陰>>
いやいや、様を付けられてもw
文才ないあたしに様付けたら逆に文才なくなるよ!←
………面白くないからね? 最初で言っとくけど面白くないからね?
失望しないことをお祈り申し上げます←おい
あ、多分幻影師のほうが割合多くなるけどおk?
87
:
日陰
:2012/11/25(日) 12:30:41 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
ピーチ>>
( ・∀・)b OK!!!
一夜くん等はオマケでいいよん!
88
:
ピーチ
:2012/11/26(月) 21:12:41 HOST:EM114-51-53-120.pool.e-mobile.ne.jp
『第六十一話・追っ手』
夕暮れの色に染まり出した時刻、二つの声が聞こえた。
「しばらく、様子を見てからのほうが……」
「いや、今でないと駄目だ」
落ち着いた青年らしき声と、どこか何かに怯えたような声。
本当なら、今すぐにでも飛び出して行きたい。
しかし、奴らが居るから。
奴らさえ居なければ、ここまで怯える必要もないのに。
「………とにかく、今は大人しくしていよう。な?」
小さく唇を噛んだ少女は、しかし青年の言葉に力なく頷いた。
「……分かり、ました…」
「…夕に、頼んでみるよ。彼を連れて来てくれるよう…」
―――宮神 霊を、連れて来てくれるよう―――
「―――…まァ、そろそろ大丈夫じゃねェの?」
「そうね……今日は帰りましょうか。ちょっと待って、誠也達呼ぶから…」
弥生の言葉に、霊が慌てて言った。
「い、いやいいよ! さすがに何でもかンでもってのは……」
「いいのよ。でないと私が怒られるし」
「へ」
彼女の話によると、どうやら初めのうちに連絡をするよう言われていたようだ。
「…なーるほど」
なら、確かにそのまま帰れば弥生が責められることは避けられないだろう。
「でしょ? だからちょっと待ってて」
「……へーい」
結局、緋織達が来ることを待ってから帰る羽目になったことは、言うまでもない。
ぴんぽーん。
唐突に、チャイムが鳴った。
「あ?」
つい先ほどに、誠也達は帰ったはずだ。ならば、何かを忘れない限り戻ってくることはまずありえない。
ならば。
「…………っ……」
不意に、霊の背筋を冷たいものが駆け降りた。
どくんと、鼓動が早鐘を打つ。それがとてつもなくうるさい。
「…誰だ」
警戒心を露にしながら、霊がほんの少しドアを開ける。
それとほぼ同時に、外から引っ張られたドアが勢いよく開け放たれた。バランスを崩しかけた霊が何とかそれを保ったと同時に、口元に何かを当てがられる。
「―――………っ……!?」
突然のことに抵抗できず、やっとほんの少し抵抗を試みるが、段々と意識が遠退いていった。
「―――おかしい」
携帯を戻しながら呟いた誠也の一言に、弥生と緋織が同時に返した。
「え?」
「いくらあいつの携帯にかけても、留守電にしか入らない。…何かあったのか…」
だが、たとえそうだとしても、いつ。
家までは三人で送ったし、しばらく彼の家に入り浸っていた。何かあるとしても、その後。
「……まさか、とは思うけど…」
緋織の呟きを聞き、二人の表情が険しくなる。やはり、可能性はあるわけだ。
「…探すぞ。花音さんに言えばいい。人手は、多い方がいい」
誠也の言葉に、二人が立ち上がった。
89
:
ピーチ
:2012/11/28(水) 22:15:01 HOST:EM114-51-128-244.pool.e-mobile.ne.jp
『第六十二話・誘拐』
「………っ、てェ…」
特別どこかが痛むわけではないが、ずっと動いていなかったせいで体の所々が痛む。
朦朧とした意識の中でも、今居る場所が何らかの乗り物であることは察せられた。普通の建物に居て、景色が動くはずがない。
「……あ。目、覚めたか?」
唐突に聞こえた声に、霊が視線だけを向けた。見ると、運転席の所から声をかけてきた青年の姿が見受けられた。
「手荒な真似をしてすまないな。でも、これは友人たっての頼みだから、大目に見てくれ」
苦笑する青年に、霊が冷え冷えと言い放つ。
「そのお友達たっての頼みならこーンなガキを誘拐してもいいワケだァ? へーえ?」
「まぁ、そう言うなよ。どうしても君に頼みたいことがあるらしいんだ」
「じゃあ何で普通に連れて来なかったワケェ?」
「何でも、断られたら後がないからとりあえずどうにかして連れて来てくれと」
青年の言葉に、霊が一瞬頭の中が混乱した。だが、整理さえ終われば。
「………つまり、断られる前に強硬手段に出ましょうか、ってワケ?」
「まぁ、そうとも言うな」
笑った青年に対し、霊はどこまでも警戒を解かない。
「さて、もう少し時間はかかるが、待っててもらえるかな」
「ここまでがっちがちに縛り上げといて待つも何もないと思うのはオレだけかよ」
「うん。そうだろうな」
今の霊の状態は最悪そのもの。車に乗せられているうえに、動けないようにか手足を縛り付けられている。
それも、普通に縛るだけならまだいいのかもしれないが、なぜか無茶苦茶なほどにきつく。
この状態では、逃げるなどできるわけがないと、霊は諦めて嘆息した。
90
:
ピーチ
:2012/11/29(木) 21:05:53 HOST:EM49-252-130-126.pool.e-mobile.ne.jp
『第六十三話・捜索』
「―――霊が居なくなったぁ!?」
素っ頓狂な声を上げ、警察署の部屋の一角に居た女性が、目を瞠った。
「はい、一応家までは送ったんですけど……」
「その後、しばらくあいつの家に居たしな」
弥生と誠也の言葉を受け継いで、緋織が言った。
「だから、多分その後で何かに巻き込まれたんじゃないかと……」
「…好きねぇ、厄介ごと持ち込むの…」
半ば呆れたように呟いた花音の言葉に、緋織と弥生が渋面を作る。
「…好きで持ち込んでいるわけじゃありません」
「同じく」
弥生の言葉に緋織が賛同し、軽く花音を睨めつけた。
「……とにかく、探してくれるよな? 俺達だけだと、色々と難しい」
「分かってるわよ」
誠也の言葉に頷き、花音が立ち上がった。
車に乗せられて三十分ほど。
それまで苦笑する青年を睨み続けていた霊は、車が止まったことを認めて外を見た。
「…ここは……?」
「俺の友達の、別荘?」
多分なと笑う青年を最後まで睨み続け、青年は苦笑してそれを受け流す。
「……いー加減、これ解いてくれてもいいンじゃねェの?」
「まーだ。あいつらに会うまでは待てよ。どうせ今まで待ったんだから」
「……………………………」
納得のいかない霊である。
そもそも、ここは見る限りどこか林の中だろうし、ここに来るまでの道を、三年ながら彼は見ていない。
つまり、今ここで戒めを解いた所で霊が逃げられるわけではないのだ。
そんなことをつらつらと考えている矢先、青年の声が耳に飛び込んでくる。
「お、来たな」
少年の、不揃いの髪がさらりと揺れた。
「―――……え…?」
この男の友人、と言っていたから、てっきり男かと思っていたのに。
目の前に居るのは。
「お、女……?」
淡い山吹の瞳を見開いた可愛らしい少女が、彼の両腕を見つめている。
しばらくして、はっとした少女が、慌てて霊に駆け寄った。
「み、三井(みい)さんっ! 何もここまでしなくても……っ!」
ふわりとヴェーブがかった髪を揺らし、少女が霊の腕に巻き付いた縄を解こうと試みる。
「い、いやそれあんまり適当にやると………ってて、痛い、痛いからっ!」
突然の少女の行動に虚を突かれた霊が、慌てて否定したが遅かった。
「あ…ご、ごめんなさいっ!」
「―――もしかして、君が?」
唐突に聞こえた声に、霊の表情が険しくなる。
青年のような。目の前に居るこの青年と同年か、それより一つ二つ上か。
「手荒な真似をしてすまない」
その青年の口調に、少年の肩がびくりと震えた。
似ている。あの男に。違うと分かっていても、やはり心のどこかで恐れていたのだ。
かたかたと小刻みに震え出す霊を見て、青年が首を傾けた。
「…どうか、したかい?」
「何だよ」
「え?」
「何の目的で、オレをこんな場所に連れてきたワケ?」
少年の漆黒の双眸が、剣呑に光った。
91
:
ピーチ
:2012/12/01(土) 13:22:43 HOST:EM1-115-75-171.pool.e-mobile.ne.jp
『第六十四話・守り人』
少年の言葉に大して狼狽えた子もない青年は、しかし暗い表情で言った。
「実は………」
彼曰く。
「―――理由も分からず気付いたら変な奴らに追われてたぁ?」
…らしい。
「…本当に悪い。だが、俺達だけじゃどう足掻いても敵わないんだ。せめて妹だけでいい。守ってやってくれないか?」
青年の言葉に、傍にいた少女が目を剥いた。
「な………っ、兄様!? 話が違います、二人とも言ったではありませんか!?」
少女の言葉に、青年の茶色の髪が彼の顔に覆い被さる。
「それはそうだが、いくら何でも失礼だろう? お前は追われる必要はないんだ」
「それは兄様だって同じです! 私だけが逃げる意味はありませんっ!」
「…里葉(りは)…」
「……うるっせェなァ」
「え?」
唐突に言った少年の言葉に、二人が同時に問い返した。
「ごちゃごちゃ言ってねェで、二人一緒にどっかに匿っときゃいーンだろ? そンぐれェでごちゃごちゃ言うなよ。耳障りだ」
明らかに嫌そうに言ってのける霊は、しかし既に決めていた。何としてもその輩を日向に引きずり出すと。
「…で? どんな奴なんだよ?」
不敵に笑った少年が、厳かに問うた。
92
:
ピーチ
:2012/12/06(木) 20:15:42 HOST:EM1-115-118-103.pool.e-mobile.ne.jp
『第六十五話・約束』
「で? どんな奴なワケ?」
厳かに問うた少年の言葉に、二人が顔を見合わせた。
「……本当に、いいのか?」
「何が」
「俺達二人とも、なんて…」
「無理だと思うなら、アンタが妹さん守ってやればー?」
あくまで軽く言う霊だが、内心冷や汗だらけだ。
やべェよなこれいくら何でもあいつら帰った後にこんな厄介ごとに巻き込まれたとか知られたらタダじゃ済まないぞ絶対。
と言うのが霊の胸中であって、断じて今の霊にここまでの余裕があるわけではない。
「………赤茶系の髪に、茶色い目…」
「…え?」
「笑ってても不気味に見えて、それで名前は―――」
「佐藤」
青年の言葉を遮った霊が、彼の言いかけた単語を言い、二人が目を剥いた。
「な…んで、それを…」
「…残念なことに、オレも狙われちってるワケよ、その佐藤さんにさァ…」
同じ奴じゃないと思うけどな、と言い加え、彼の表情が沈んだ。
「で……そいつの名前は?」
「…佐藤、圭人(さとう けいと)…」
名前を聞いて、初めて聞く名だと思う。
まぁ、元々敵対しているので、無理もないが。
「……あッそ。ンじゃ、どっかそこら辺隠れてな。特に、そっちのはさ」
「へ?」
少女―――里葉と言うらしい―――を指し、霊が低く言った。
「オレの味方か敵か、そりゃまだ分かンねェけど……」
―――何かが、近付いてくる。
93
:
ピーチ
:2012/12/09(日) 16:03:59 HOST:EM114-51-164-105.pool.e-mobile.ne.jp
『第六十六話・仲間』
―――何かが、近付いてくる。
霊の言葉を聞いた少女が怯え、青年が彼女を庇うように前に出た。
「―――居たっ!」
「へ?」
あの声は、まさか。
「かみ、せ………?」
「何だってこんな所に居るのよ!? 弥生も誠也も私も、花音さんだってどれだけ心配したか分かってんの!?」
長い漆黒の髪を揺らし、唐突に飛び出してきた緋織の言葉に、霊が目を瞠った。
「…え?」
「だーかーらっ! 誠也達だって心配してたのよ! 貴方の家出てから少ししか経ってないの連絡取れなくなって!」
「あ、そっか……」
すっかり忘れていた。そういえば、そんな成り行きで今自分はここに居るんだった。
「……ま、それは置いといてさァ。一つ頼みあンだけど」
「…何よ?」
緋織の返答を聞き、霊が“佐藤”の話をし始めた。見る見るうちに、緋織の表情が強張っていく。
「じゃ……それで…」
「オレがここに連れて来られたってワケ。まーさかオレだってドア開けた瞬間に誘拐されるなんて考えもしねーよ」
苦笑しながら言った霊の言葉に、緋織が小さく息を吐いた。そして。
「…とにかく、警察に保護してもらえば?」
「無駄だったんだと」
「え?」
「それが無駄だったらしく、最終的に元殺し屋のオレに縋り付こうと思ったんだと」
「―――え…?」
元、と言ったか。今確かに、そう言ったはずだ。
「じ、じゃあ今は…」
「今は警察に協力してるよ。オレを狙った奴をとっ捕まえるためにさ」
そして、ふと少年の表情が和らいだ。
「それに、今オレが居る部署なら、いわゆる外れ組だから無条件で匿ってくれるんじゃねェ?」
そう言って緋織を見て、彼女がそれに応じる。
「そうね。まぁ、部署って言っても二人しかいないからだけど…大丈夫よ。行きましょう?」
言って、緋織がこう付け加えた。
「お互いを護りたいなら…ね?」
その言葉を聞いて、二人が顔を見合わせた。
94
:
ピーチ
:2012/12/09(日) 17:36:44 HOST:EM114-51-164-105.pool.e-mobile.ne.jp
『第六十七話・隠れ家』
「―――で、突然連絡取れなくなったのは自分でもわけ分からないうちに連れ去られたから……と?」
「そ、そーそー」
最早愛想笑いの霊を見て、緋織の眉間にしわが一本刻まれた。
「そーそー、じゃないわよ!! 私達がどれだけぢ心配したか分かってんの!?」
「神瀬から聞きました」
苦笑交じりの霊の言葉に、花音が小さく息を吐き。
「……まぁ、無事だったんならそれにこしたことはないけど…」
呆れ交じりに呟かれた言葉に、傍に居た弥生と誠也も首を縦に振った。
「全くだな」
「いくら何でも、私達が帰った直後にそんな変なことに巻き込まれる?」
「…るせ」
ばつが悪そうに顔を背ける霊の耳に、少女の声が響いた。
「兄様、警察は駄目だとあれほど………っ」
「…今は、信じるほかないだろう?」
何せ、大切な妹を護るためだ。そのためだから、仕方がない。
「……本当に、守ってくれるんですか?」
青年の言葉に、花音がうーんと首を傾けた。
「守るっていうのとは、少し違うわね。私達はあくまでも、匿うだけ」
彼女の言葉に青年が目を見開く。だが、当人は全く気にしない。
「匿えるかってことを聞かれたんだもの。わざわざ守る必要まではない」
でも、と花音が付け加える。
「だから、ここに居れば安心だし、必要なものがあれば頼めばいい。ここに居るのは、一人じゃないから」
にっと笑った女性の言葉に、少女が問うた。
「もう、逃げる必要はないのですか?」
「…そうねぇ、居場所が捕まれない限り、問題はないと思うけど…」
そのために、わざわざ人目を避けてここに連れてきたのだ。これで見つかろうものなら、今までの苦労が水泡に帰すではないか。
「まぁ、見つかったら見つかったで霊達に守ってもらえば安心よ」
「おい、何だその無責任な言い方は」
霊が、思わず半眼になって詰め寄った。花音は苦笑しながら、
「ほら。こーんなに怖いお男が居るのよ、多少の問題はないって」
そう言って笑った花音が完全に全てを諦めたことを悟り、霊達が揃ってため息を吐いた。
95
:
ピーチ
:2012/12/15(土) 00:15:23 HOST:EM1-114-162-231.pool.e-mobile.ne.jp
『第六十九話・守り手』
―――夜の闇に影のモノが誘(いざな)われ、そろそろと姿を現す時間。
「―――……なァ、もう大丈夫なんじゃねェのー?」
とても億劫そうに首を巡らせた霊が、後ろに居る誠也に問うた。それを受け、誠也も同意する。
「確かにな。あの後追っ手が来たとか言うなら、話が別だが……」
今のところ、そのような話は聞き及んでいない。それどころか、彼はまだ青年達の名前さえ知らないのだ。
「今から帰るか?」
その後で聞けばいいと言った誠也の言葉に頷き、二人が夜道を歩き出した。
「で、何もなかったのね?」
「ったりめーだ」
「もし何かあったら、今ここに居ない」
確かにね、と呟く緋織の後ろに、あの少女が居た。
「あぁ……どうしたの?」
優しく問う緋織に、少女が恐る恐る尋ねた。
「あの人達……もう来ませんか?」
少女の問いに、緋織が軽く目を瞠る。霊も誠也も、同様に。
「兄様が、一人で行こうとするんです。あの人達が居ると……」
それが、自分を守るためだと言うことは分かっている。だが。
「………そー言えばさ、君名前何て言うの?」
珍しく優しげに言う霊に、緋織が目を瞠った。
「…そんな言葉、使えたの?」
「オレ様何歳児だと思われてンですかねー?」
「里葉」
「へ?」
唐突な少女の答えに、一同が同時に問い返した。
「秋村、里葉(あきむらりは)です……」
心なし怯えを感じさせる語調で、しかし少女ははっきりと言った。
96
:
森間 登助
◆t5lrTPDT2E
:2012/12/20(木) 16:59:05 HOST:180-042-153-139.jp.fiberbit.net
どうも、お久しぶりです。森間です^^
……というか、ずっと評価の依頼出来なくて申し訳ありませんm(_ _)m
私情を挟んでしまうんですけど、塾だの何だのと結構忙しかったもので、全然私的な時間が取れなくてこんな時期になってしまいました。心からお詫びさせていただきます(汗)
さて、では御託はいいからさっさとやってよ、って思われそうなので、早速評価に移りたいと思います。
描写(D)
前回の批評でも言ったんですけど、やはりここが弱いかなぁと思います。
具体的に言うと、描写力その物はレベルが高いと思います。比喩表現もよく使いこなせていましたし、一人称とマッチさせた三人称主体の文章は中々良かったと思います。
しかし、前回と比べて文章が意味の通らない部分が目立ったり、句読点が上手く使えていないところが読んでいて見受けられました。また、前回課題とした(勝手極まりないですが)描写の量があまり改善されてないかなと……。やはり読んでいて、え? これってどうなったの? と思うところが結構ありました。
ただ、表現力は語彙力が多いのでしょうか、中々レベルが高かったので、そこら辺は自信をもって良いと思います。
テンポ(C)
前回と比べると、中々改善されてきているのではないかと思います。
ただ、会話文がプラスされていたため、上で述べた情景描写などのテンポについては改善の余地有りです。会話文については、量が増えたとは言いましたが会話ひとつひとつが短いので、そこら辺のテンポは問題ないと思われます。
レベルアップを図るには、読書量を増やす(読書を全くしていないのであれば読書の習慣を付ける)など、出版されているものからヒントをもらうと良いと思います。
ストーリー(A)
殺人業を営む主人公の心の変化が良く読み取れる良いストーリーだと思いました。
周りの人間に支えられながら、何か彼の中で変わってゆく心情に思わず同情してしまいました。しかも、やっぱり相変わらずのお愛想と言うところは、キャラクターの個性を尊重していて良かったです。
ただ、要所要所で出てくる回想シーン(?)がちょっと話しの流れを邪魔していたかなと思います。時間移動は結構時間軸を曖昧にさせて、読者を混乱させますので。ピーチさんはどっちかというと、回想使わなくても面白く書けると思いますよ。
キャラクター(A)
前回同様、やはりキャラクターの立ち位置が良かったですね。また、キャラクターの性格を把握して上手く面白い展開に持って行けていると思います。
ただ、佐藤一輝の台詞が多少ご都合主義的な感じがしました。何かわざと悪役を演じているような感じ……でしょうか? 佐藤一輝にももう少し明確な行動原理があれば良かったと思います。
読後感(B)
ここだけは時間の問題上仕方がないことなので、
>>59
までの読後感を述べたいと思います。
全体的に伏線はシッカリしていて悪くなかったと思います。ただ、やはり上で述べた描写などで色々と解消した方が良い謎が解消されていなかったので、惜しくもBと言うことでご理解ください。
総評(B)
すみません、同じ事を繰り返すようなんで悪いんですけど、やっぱり描写の部分で失ってるところが大半ですかね……
これを上達させないことには中々…… 描写が曖昧なせいでストーリーが伝わってこないと言うこともありますし、今回も甘口というわけでこの様な評価となりましたが、描写一つで結構作品全体のバランスが良いか悪いかが出てきます。
上達したいのなら、やはり読書を増やすことがお薦めです。児童書でも良いので、何冊か読んで、自分なりに考察してみてください。
あんまり言いたくないんですが、文章として意味が成り立っていないところがありましたので、これからは描写を気を付けることをお願いいたします。また、今回の依頼で二回目という事ですので、今後意味の成り立つ文章(つまり、最低限度の文章作法のことになります)が出来ていないと評価対象外となりますので、お気を付けください。
……まあ、それでも他の部分はオールクリアしているので、ご心配なく!
描写ひとつに全部が振り回されないよう、それだけお気を付けください^^;
それでは、前より短くなってしまいましたが、ご利用ありがとうございました。次の依頼を楽しみにしております!
97
:
チェリー
:2012/12/20(木) 18:41:28 HOST:ntfkok217066.fkok.nt.ftth4.ppp.infoweb.ne.jp
評論家気取りモリマン
98
:
ピーチ
:2012/12/21(金) 13:34:48 HOST:EM114-51-137-129.pool.e-mobile.ne.jp
森間さん>>
ありがとうございますー!
うー…描写、結構入れてるつもりだったのに……
描写の量、増やしてみます! ありがとうございました!
99
:
ピーチ
:2012/12/23(日) 17:27:26 HOST:EM49-252-189-107.pool.e-mobile.ne.jp
『第七十話・信頼』
「分かってるな? お前は、宮神の気を引いてさえいればいいんだ」
嘲りを含んだ声が、辺りに木霊した。
「―――分かって、いる」
相手の返答を受け、佐藤が嗤(わら)った。
「そうそう。そうやって大人しくこっちの頼みを聞いてくれさえすれば、君達に危害を加えるつもりはないよ」
つまり、何らかの形で裏切りがあれば、何の容赦もなく手にかけるということか。
佐藤を見据えた男が、小さく歯噛みした。本当なら、霊を裏切るような真似などしたくない。
だが。
「…………っ…」
あの子を、守らなければいけない。どんな卑怯な手を使っても、あの子だけは。
関係ないのだ。関係ないのに、なぜ巻き込まれる必要がある。
「――――――悪い、本当に―――……っ」
全ては、関係ないことに巻き込まれたあの子を救うため。
男の両眼(りょうがん)が、鈍い輝きを放った。
「里葉ちゃん?」
声をかけられた少女―――里葉は、弥生の声ではっと我に返った。
「は、はい?」
「どうしたの? 顔色悪いよ?」
「え、」
何か言い返そうとした直後、弥生が里葉の額に手を当てる。
「んー……熱はないかなぁ…」
小さく呟いた弥生がちょっと待っててねと言い残し、その場を離れた。
「……兄様………?」
不安げに呟かれた声に、答える声があった。
「大丈夫じゃねェの?」
「え?」
振り返ると、何とも居心地の悪そうな表情をした霊が、それでも必死に作り笑いを浮かべていた。
「そのうち帰ってくるって、多分」
霊の言葉に、里葉が小さく笑った。
「…ですね、そうですよね」
薄く笑い、彼女が呟いた。
「きっとそのうち、帰ってくる………」
それを聞いた霊が、にっと笑った。
「あァ」
100
:
名無しさん
:2012/12/26(水) 22:03:09 HOST:EM114-51-172-214.pool.e-mobile.ne.jp
『第七十一話・謝罪』
全ては、関係ないことからあの子を護るため。
もちろん、彼は許してなどくれないだろう。
初めから計算されていたことなど、無力な自分達にでも分かる。分かってしまう。
でも。
―――絶対、一人で無理なんてしないでくださいっ!
そう言って膨れていたあの子を護るためなら、自分はどうなってもいい。
冥く光った青年の双眸は、しかし何も捕えることはなかった。
「あ……っ!」
少女の瞳が“彼”を映し出した。
「兄様!」
「ん? どうかしたか?」
「どうかしたか、ではありません! なぜ勝手に居なくなったのですか!」
喚き散らした里葉は、しかしはっと我に返って霊を見た。
「霊さんがそのうち帰ってくるって言ったちょっと後に帰ってきたんですよ、兄様」
楽しそうに言った少女の言葉に、青年―――優雨と言うらしい―――の表情が暗くなった。
「………? 兄、様…?」
「あ? あ、あぁいや、何でもない。悪いな、いつもいつも」
そう言った優雨の表情は、どこまでも暗かった。
優雨達が隠れ住むようになってから、そろそろ一ヶ月が経とうとしていた。
「あれ?」
緋織の声に、弥生が
「何? どうした?」
そう問うてくる。それを受け、緋織が呆れたように言った。
「……優雨さん、こう毎回毎回出歩かれたら気付かれるのも時間の問題だと思いますよー?」
何せ、彼は勘がいいのだ。気付かれないようにするには、やはり里葉のように閉じこもっているのが一番だと思うが。
直後、どこからか携帯の着信音が鳴った。
「へ?」
「え、誰の?」
周りを見れば、捨て置かれたような黒い携帯が視界に映る。
「これ、優雨さんの携帯じゃ……」
しかし、携帯の画面を見て、二人がさっと青ざめた。
血の気が引いていく。
「……どうする?」
「私達が出たら、怪しまれるんじゃ」
「でも里葉ちゃんにさせるわけにもいかない」
二人でこそこそと言っている間に、着信が切れた。
「あ…………」
「どうした」
突然聞こえた声に、二人が振り返った。誠也が、壁にもたれてこちらを見ている。
「それ、誰からだ?」
「………佐藤」
緋織の言葉に、誠也がはっと目を瞠った。なら、まさか。
「出歩くなって、あれほど言ったのに………!」
刹那。
再び、携帯が鳴った。二人が誠也を見て、彼の指示を仰ぐ。
誠也は小さく息を吐き、携帯を取り上げた。
「…………秋村優雨は、無事なんだろうな」
率直な言葉に、相手が笑った気配があった。
“相変わらずはっきり言うね…まぁ、それは君達次第だな”
「どういう意味だ」
“言葉のままさ。……分からないようなら、これならどうだ?”
佐藤の声が、一段低くなった。
“……俺はさ、宮神が邪魔なんだ。もちろん君らも邪魔だけど、あのガキはそれ以上に邪魔な奴。だから、宮神を殺せれば俺はそれでいいんだよね”
楽しそうに語る佐藤の言葉を、誠也は表情を変えることなく聞き続ける。
“だから、こうしないか? 宮神をここに連れてくる。それを受けるなら場所を教える。”
教えた後で霊を連れて来なければ、優雨を殺すというわけか。
「分かった。場所は?」
誠也の言葉に、佐藤がにぃと嘲った。
“――――――”
101
:
辰魅
:2012/12/26(水) 22:19:37 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
ピーチさん (…今は名無しさん?
100スレおめでとうございます。
題名や一話一話の話名が面白いです(笑
次は150スレですね! 頑張って下さい!!
102
:
ピーチ
:2012/12/27(木) 14:05:44 HOST:nptka407.pcsitebrowser.ne.jp
辰魅さん>>
初めましてー! 100レスは越えたけどそろそろ終わってしまいますです←
番外編も入れるつもりだけどw
103
:
ピーチ
:2012/12/29(土) 23:23:55 HOST:EM114-51-188-209.pool.e-mobile.ne.jp
『第七十二話・新たな力』
「…………」
霊が、小さく舌打ちした。
「くそ……ッ」
―――秋村優雨が、佐藤に捕られた。
淡々とした彼の言葉が脳裏に蘇り、霊がくしゃりと前髪を掴む。
「…ら、こら、そこの小僧」
「……へ?」
唐突に聞こえた声に、霊が周りを見回した。そして。
「うわァッッ!?」
よくよく聞けば、その声は己の背後から聞こえていた。そう思って後ろを見たところ。
「なんだい、人のことを幽霊みたいに。もう少し礼儀ってもんがあるだろう」
小柄な老婆が、自分の後ろにぴったりとくっついて来ていた。
「そッそっちこそ何だよ居るなら居るで……」
言い差して、ふっと霊が思案する。ところで、この老婆は誰だ。
「…なァバアさん、アンタ誰?」
直後。
霊の頭上に、星が廻った。
「ッてェ!?」
「見ず知らずの人間に向かってあんたとはなんだいあんたとは」
そう言った老婆の眼鏡の奥の瞳が、きらりと光った。
したたか殴られた頭を抱えながら、霊が半眼になって問う。
「……で、その見ず知らずの人間に何の用?」
老婆が、あぁと呟いた。
「そうだったそうだった。忘れるところだったわい」
「こンのクソババァ―――ッ!?」
叫び終わると同時に、またしても頭上に星が廻る。どうやらこの老婆の手は、見た目の通り皮と骨だけのようだ。
「てェ……!」
「もう少し礼儀を覚えんかい。全く、最近の若い者は」
「で? オレに何の用?」
そろそろ自棄(やけ)になった霊が、呆れたように問うた。それを受け、やっとのことで老婆が本題―――彼女からすればだが―――に入る。
「あんた、普通の人間じゃあないね。大方、幻影師の類だろう」
「―――…え……?」
「あたしもなんだよ」
老婆の言葉に、霊はそれこそ驚いた。
「ただ、その様子じゃ具現化できるって程度だろう? もっと他の方法を教えてやろうか?」
「他の……方法…?」
霊の言葉ににっと笑い、老婆はまるで秘密を打ち明けるかのように楽しそうに、言った。
「あっ!」
唐突に、緋織が声を上げた。
「宮神君! 今までどこ居たのよ?」
「あ? あ、あァ…悪ィ、ちょっと色々あってよ」
「優雨さんのことがあって、それ以上に大事なことだったの?」
緋織の呆れたような言葉にも、彼は何も返さない。漆黒の瞳は、少しも動かなかった。
「………?」
「さぁて」
不気味に嘲った青年が、傍に座り込んでいる青年を見た。
「そろそろ来るかな……秋村はどう思う?」
「………………」
彼の瞳は少しも動かない。見開かれたまま、あらぬ方を見つめている。
「……口が利けないわけじゃないんだよ?」
「…言ったからな」
「うん?」
微かに震えた、小さな声を聞き、佐藤が問い返す。
「言ったからな。……もう、俺達に手は出すな」
妹にだけは、親友にだけは。
「あぁ……そういや、そんなことあったけなぁ」
「な…………っ!?」
「分かってるよ。もう、君達に手は出さない」
これが、終われば。
にぃと嘲った青年の表情が、狂気に歪んだ。
104
:
ピーチ
:2012/12/30(日) 12:09:05 HOST:EM114-51-129-80.pool.e-mobile.ne.jp
『第七十三話・影魂(えいこん)』
ざっと、いくつかの足音が響いた。
「おっ」
楽しそうに身を乗り出した佐藤が、やっぱりなと笑う。
「一人で来るよう言った方が良かったのかな」
一人で楽しそうに笑う佐藤を視界の隅に映し、優雨が小さく震えた。
彼の指している人物など、見なくても分かる。
―――オレを筆頭に全員強いからさ、安心しろよ。
悪ふざけのように言われた言葉に、彼女はとても安心したように見えた。
「………っ…」
本当なら、こんなことしたくない。
でも、しないとあの子は。
「―――悪い……」
僅かに震えた声ともう一つ何かの音が、辺りに木霊した。
「秋村優雨は、無事なんだろうな」
「君も、明神と同じこと言うんだねぇ」
突然の霊の言葉に笑みを返し、佐藤が言った。
「無事だよ。でもまぁ返す前に…………」
にぃと嘲い、彼を指し。
「―――君に、先に死んでもらうけどね」
同時。荒れ狂う灼熱色の龍が、霊に襲いかかる。
咄嗟に身を翻した霊の傍で、あの声が反復した。
―――いいかい、これは、本当に覚悟を決めた人間にしかできないことだよ。
その後、彼女は。
―――これは、…………って、言うんだ。その名の通りに、影に…
「魂を…」
宿す。
霊の小さな呟きに、誠也が彼を見た。今、彼は何と言った。
「おい霊……」
「それが…」
―――影魂(えいこん)。
その通り、己の影に魂を宿し、時に形代となる。
―――ただねぇ。
老婆の優しそうな穏やかな声が、脳裏に幾重にも反復した。
―――これは、自分の命を半分、
「影に差し出す。…これが、影魂」
不意に笑った少年が、ふっと佐藤の眼前へと向かい出る。
「……え?」
彼はさすがに虚を突かれたように目を瞠り、しかしやがて笑い出した。
「…………そんなに早く、死にたかった?」
ざっと、何かを貫く音が聞こえた。
「あ……………っ!?」
両の目を大きく見開いた霊が、そのままゆっくりと崩折れる。
同時に、佐藤の口から笑みが零れた。
「よくやるね。……これも、作戦の内か?」
動かない霊に見向きもせず、彼は正面を据えた。
同時。
小さな足音が聞こえ、不揃いの髪を無造作に束ねた霊が現れた。
「…よく分かったな」
「そりゃまぁ、近くまで来(く)ればね」
「……アンタの目的って何なワケ? オレを殺すことかよ?」
少年の言葉に、佐藤は笑みを噛み殺しながら。
「そうだな…元々、そっちの人間を狙ってたけどね。…君が居るなら、君一人でいいかなと思ってね」
佐藤が楽しそうに言っているとき、背後に何かが迫っていた。
一瞬遅れてそれに気付いた霊がはっと後ろを顧みると同時。
―――ぱん。
乾いた銃声とともに、霊がゆっくりと前のめりになる。
「―――え……?」
今の、銃声は。それを撃ったのは。
「秋村さん……?」
見開かれた緋織の瞳が映し出したのは、血の気を失った優雨の姿だった。
105
:
ムツ
:2012/12/30(日) 14:21:32 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
ピーチさん》
題名で戦い系かなと思って、読みましたぁー!
そして今までの全ての話を読ませて頂きました。
率直な意見を言うと、面白すぎました…!!
もうチョットで終わると聞いて、少しガックリです…
番外編をやると聞いてガッツポーズです(^O^)!
これからも応援、絶対します!
なので、これからも小説頑張ってください!!
106
:
ピーチ
:2012/12/30(日) 15:54:22 HOST:EM114-51-157-47.pool.e-mobile.ne.jp
ムツさん>>
初めましてー!
面白くないですよこんなの駄文ですよ?
そろそろ終わるけどまぁ番外編もあるし他の小説もあるんでよかったら読んでみてねー←
107
:
ピーチ
:2012/12/30(日) 16:42:31 HOST:EM114-51-44-25.pool.e-mobile.ne.jp
『第七十四話・別れ』
一瞬だったはずの出来事が、やけに短く感じられた。
「なん………で…っ」
優雨が、なぜこんなことを。
「妹のためだよ」
「………え?」
佐藤の言葉に、緋織が目を見開いた。
「いくら逃げようとも、見つけたらそれまで。その時点で殺すって言ったら妹だけは助けろって言ってさー」
笑みを含んだ青年の言葉に、緋織が優雨を見る。
彼は、右手に持った銃を凝視し、その後で倒れた少年を見る。
「……あ…………」
これで、彼女に危険は訪れない。
だが、本当にこれでよかったのか。
今なら、急げば間に合うはずだ。でも、そんなことをすれば。
混乱した頭で、しかしそう考え、彼は結局動けない。
そうしている間にも、緋織達は慌てて手当に移っている。
「宮神く……」
「ろ…」
「え?」
霊の掠れた声を僅かに受け、緋織が聞き返す。
「やめろ…余計なこと…る、な………っ!」
急所は外れたものの、恐らく肺を撃ち抜かれている。このままでは、霊が尽きるのは時間の問題だろう。
だが、それでも彼は。
「いいから……またアイツらが狙われるんだぞ…!?」
それに、自分は。
幼い頃から、幾度となく人を殺(あや)めてきた。恐らく自分の罪は、その命を以てなお、贖いきれるものではないだろう。
それが分かるから、彼らを護ろうと思うから。
その命を護るためなら、いい。
「…よくやったな。もう君達に手出しはしないから、安心していいよ。神瀬達も、もう殺そうなんてしないからさ」
笑いながら言った青年の姿が消え失せた直後、優雨が地に座り込んだ。
「……悪い。里葉のためなんだ………」
彼女の、未来のため。
「その未来のためなら、そう変わらない子供の命を奪ってもいいの!?」
声を荒げた弥生の言葉に、優雨は返さない。分かっているから反論が出来ない。
「―――おい、嘘だろ? 宮神?」
突如として聞こえた誠也の声に、二人がはっと彼を見る。
血に染まった手は、ぴくりとも動かない。
「そ…………………な…」
間に合わなかった?
「…………………あ…」
緋織の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
「―――いいって、言ってたの?」
「…あぁ」
花音の言葉に、誠也が答えた。
緋織と弥生は別室に居る。
今回ばかりは、花音にもどうしようもなかった。
「……本当に、彼が言ったのね?」
「あぁ」
つい先ほど連絡を受けた和也が、息を上がらせていた。やはり彼も、相当焦っていたのだろう。
「じゃあ…」
自分達には、人の生死までをどうこすることはできない。
「…和也さんも、言葉失ってたよ」
すっかり冷たくなっていた霊を見て、彼はただ呆然と呟いただけだった。
霊、と。
「―――私達で、送ってあげましょう」
その言葉に、誠也が重々しく頷いた。
108
:
ピーチ
:2012/12/30(日) 16:54:13 HOST:EM114-51-44-25.pool.e-mobile.ne.jp
『エピローグ』
―――これから先、自分と同じ能力(ちから)を持つ人間は、どんな人生を歩むのだろう。
―――この、神永遊歩(かみながゆうほ)を見くびんないでよ。変な力持ったなら、それを活用するまで。
―――あぁ。
彼女が、これから自分と同じ能力を持つ者か。
なら、問題はないだろう。
あれほどしっかりとした意志を持っているなら、自分と同じ、誤った路は進まないはずだ。
それを悟った少年が、ふっと笑みを浮かべた。
今から千年後。その時の年号を何と呼ぶか、それはその時代(とき)を生きた人間にしか分からない。
これは、十四年という短い人生の中を“恐怖”という見えない追っ手から必死に逃げていた少年の、未来夢である―――。
109
:
ムツ
:2012/12/30(日) 16:59:29 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
ピーチさん》
読んでいて駄文の駄の字も思考回路にありませんでしたよ?
解りました、他のお話も読んでみます!
もぅ、ピーチさんの話の進め方は次回の展開を楽しみにさせますよねぇ〜…
だから、物凄くこれからを待っちゃうんですよぉ…
そんな書き方を是非御教授したいものです…
気が向いたらでイイので、私のスレのところに何かアドバイスを下さいm(_ _)m(お願いします
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板