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避難所SS投下スレ五

1銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/11/26(水) 01:18:53 ID:LHhNtMKE
前のスレに収まりそうに無いので、ムシャクシャしてスレを立てた。
今は反省している。

というわけで、早速投下します。

85桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:45:03 ID:7jIqzPP.
 北の本来の仕事は、特定の〝人物〟を消すことだ。それは政治であり、経済であり、宗
教であり、まあ要するにくだらない欲の皮の代行だ。くだらないから、イザベラはその結
末を好きに決める。任務が完了したという体裁さえあれば、誰も文句は言わないからだ。

 翌朝。誰も朝食など食べる気もしないのだが、全員が集まれる場所が食堂だけなので集
まる。赤い顔と青い顔、そして黄色い顔が集う。
「そこの二人、また黄疸が出てるぞ。断酒三ヶ月」
「そ、そんなあ」
「まだまだ飲めますよお」
「そうやって酒で死んだお前らの墓の前で、わたしにどうして欲しい?」
「えっ?」
「泣いてなんかやらないぞ。これは絶対だ。むしろお前らの墓の上でジグを踊ってやる」
「くっ」
「そ、それはそれでッ!」
「このバカ! わたしを得るために死んだら、それで最後。指一本触れられないんだぞ」
 そこで彼らは思い出す。この団、唯一の鉄の規則を。
「――戦場以外で死ぬな。忘れたか?」
「いえ!」
「忘れるはずがッ!」
「フン、ならばよし。お前らは断酒と謹慎だ」
 そして本日の本題に入る。
「さて、では今回の任務への参加人員を決めよう。まず、火がメインの奴、これは留守番
だ。きこりに請われて行った先で木を燃やしてたら、依頼者に殺される」
「そりゃそうだ」
「ちげえねえ!」
「で、お次だ。風の奴、これも分が悪い。相手は翼人だからな。風の精霊との契約は硬い
だろう」
「お、俺もかよう」
「くはは、残念だのう」
「土も同じだな。何せ連中は空の上だ。ゴーレムに唾をかけられるのオチだ」
「くそうっ!」
「空飛ぶのとか、卑怯ッスよ!」
「よって、今回の遠征は水メインで行く。水なれば連中の〝眠り〟にも耐性が高いからな。
皆、文句はあるまいな?」
「異議なし!」
「久々の出番だぜ!」
「ケッ! てめえグッドラックだぜ!」
 いつもは水のスクウェアである〝地下水〟がいるからと、後方待機を命じられがちな水
系統メイジたちが、猛る。攻撃より防御、癒しを主に請け負うあらくれだ。〝らしく〟な
いとからかわれることの多い、いかつい顔の優しいあらくれたちだ。
「イザベラさんを頼むぞ!」
「てめえら、イザベラさんに傷一つでもつけて帰ってきてみろ、焼き土下座だからな!」
「おうよ!」
 彼らにとってイザベラの戦術は絶対なのだ。それに逆らおうだとか、勝手にこっそりつ
いて行こうだとかは、決して考えない。なぜならば、彼女が頭に立って以来、この北花壇
警護騎士団の戦死者はゼロだからだ。
 むろん、任務があれば怪我の一つ二つは当たり前だ。腕を、目を失うものとて珍しくは
ない。ないのだが、不思議と誰も死なないのだ。彼女がここへ来た日の約束は、寸分違わ
ず守られている。そしてたぶんそれは、彼女がここにある限り続くのだろう。

86桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:45:54 ID:7jIqzPP.
「始まってるな」
「そうッスね、イザベラさん」
 ライカ欅の茂る森。イザベラとその一行が到着した頃にはすでに、人間側の実力行使が
始まっていた。昼だというのに薄暗い葉陰の中、対峙する異種族たち。
「弓と斧、か。あいつら殺されずに済むかねえ」
「いやいや、無理っしょ。ほら!」
 そう言って彼が指を向けたその先で、落ち葉が舞い上がる。十人ほどの男たちが、土中
から伸びた木の根に捉えられ、これから鉄片のごとき落ち葉にて処刑されようとしている。
「早ッ!」
「もう、どんだけーって感じっスよね。行っちゃいます?」
「依頼主に死なれたら困るからな」
 そう応えると、手下どもに号令を下す。
「止めるだけで充分だ。だから存分に〝止めて〟こい!」
「ういっす」
 聞くやいなや走り出すあらくれたち。水と風、水と土、そして水と水の魔法が迸る。
「――を得て刃と……ゲフッ?」
「ラグーズ・ウォータル!・デル……」
『カッター・トルネード!』
「イル!・ウォータル・スレイプ……」
『ウォーターシールド×4!』
「ラグーズ・ウォータル・イス!・イーサ……」
『ライトニング・クラウドッ!』
 いかん。ダメだこいつら。控えに長く置きすぎたかッ! 早く何とかしないと翼人が全
員終了でジ・エンドだ。わたしのプランに殲滅は含まれてないんだぞ!
「そこまでッ! やめいっ! 止めろとは言ったが、殺してもイイとまでは言ってないぞ
ッ! 見ろ!」
「あ……」
「あら」
「いや、こんなに……」
 そういえばこいつら、水系統だっての、自己申告だったよな。風のスクウェアスペル、
使った奴! あとで団長室に来い。いいな。

 そして彼は、魔力を持たぬ虫けら相手に、やりたい放題の暴威を振るおうとしたら、フ
ルボッコにされていた。ありえないッ。ありえないありあえない……
「おい、生きてるか?」
 イザベラが翼人のリーダーと思しき男を揺り起こす。
「ハッ!」
「おい!」
「……い、生きてる。生きてるよハハハ」
「スマン、やりすぎた」
「な、なんだって?」
「いや、だからスマン。うちの連中はちと、血の気があり余っていて、な」
 そこで翼人はそこで起こったことを反芻する。生意気な虫けらどもを……
「――う、うわああああああああああ!」
「おい!」
「うあああああああああああああああああああああああああああ」
 ぶつ、と、イザベラの脳裏に音が響く。この野郎。そうか、わたしの話を聞く気がない
か。そうか。
「あなた、わたくしの話を聞いていませんね? 人間の言葉などそれだけの意味もありま
せんか。そうですか。では、残念ですが、わたくしも人間の代表として最大限、できるこ
とをしなくてはなりません。あなたとはこれでお別れになりますが、よい旅をなされるこ
と、願っておりますわよ?」
 地下水の知る限り、最大の呪文を……
「は! すみません!」
 唐突に我に帰った翼人のリーダーが叫ぶ。よほど恐ろしい未来を体験して帰還したのだ
ろう。
「……口がキけるようにナった、カ。おマエは運がイいナ。ホんとウニ運ガいイ」
 何やら不自然極まりない口調で翼人に応えるイザベラ。彼女はもう、臨界寸前だ。

87桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:49:23 ID:7jIqzPP.
「なるほど」
 その一言でイザベラは感想を終わらせた。村人、翼人、そして北花壇警護騎士団の全員
が正座する、村の広場である。それぞれの言い分を聞いた、彼女の言葉は最高潮に重い。
「そこの」
 びくりと震え、立ち上がる二人。名を、ヨシアとアイーシャという。
「デキてんだろ」
「は、はい」
「じゃあ結婚しろ。今日だ」
「え、いや、は……?」
 そしてじろりと手下と翼人を睨みつける。
「お前らは会場の設営だ。いいか、わたしを失望させるなよ?」
「は、はいぃッ」
「あ、あっしらは?」村人の一人が尋ねる。
「料理だよ。決まってんだろ。この全員の腹を完全に、完璧に満たせ」
 絶対の、命令である。
「は、はいいいいいいいっ!」
 もう人も翼人もない、彼らは等しくイザベラの不興を買ったのだ。だから――


 そして村と森を挙げての結婚式が始まる。会場は、森を切り開いて新たに築かれた神殿
である。二つの種族が協力し、血みどろの努力の果てに建立されたのだ。半日で。

 限界に挑戦する勢いで盛り上がる、ヨシアとアイーシャの結婚式を眺めながら、翼人の
リーダーと村長の長子が肩を並べ、くたばっている。
「……なあ」
「……何だ?」
「俺たちってさ、何気に連携できてね?」
「ああ、俺もそう思ってたよ。半日で神殿だぜ? 半端ねえよ、俺たち」
「だよなあ。なんつうか、あれよ。いまさらかもしれないけどさ、ごめんな?」
「いや、俺たちもちょっと頑な過ぎたんだよ。ほんとスマン」
 夜の風が、男たちを優しく撫でる。共に今日を戦った二人を。
「翼と斧で組むと、さ。結構最強かもな……」
「あ、それ俺も思った! つか、作れないものなくね?」
「!」
 これが、友情の生まれる瞬間である。
「やろうぜ!」
「おう!」
「俺は死ぬまで、お前を裏切らない」
「俺はお前を、死ぬまで裏切らない」
「ん? あ、そうか。寿命が違うんだっけか。ははっ」
「そうだ。でも、だからこそだ!」
 認め合った男たちの笑い声が風に運ばれる。やがてこの村は大きく、豊かになるだろう。


「ああ、疲れた」
 帰途へつく馬の背に納まり、ようやく人心地ついたイザベラが唸る。
「お疲れッス。イザベラさん!」
「さすがッス。イザベラさん!」
「これで翼人も俺らの味方になったんスよね!」
「うるさい黙れ。団体行動を乱したお前らは帰ったら全員、お仕置きだ」
 ぎろりと手下どもを睨み回す。
「うわああああ!」
「お、俺たち皆、地獄の底まで反省してますからっ」
「ほら、俺たち全員水メイジ。だから翼人一人も死ななかった! それイイこと!」
 しかしイザベラはそんな彼らの泣き言を、華麗にスルーする。せめてお仕置きの内容を
考えて気を紛らわせようと、そう決めているのだ。

88桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:50:22 ID:7jIqzPP.
そして書き終わってから気づいたのですが、
ジョジョキャラ一人も出てねえよ! 何だそれ!

ダメだろっ、であればその旨のレス下さい。投下するの自粛しますので。

89名無しさん:2008/12/18(木) 21:17:36 ID:UcmwjINM
いや、ここ避難所だし。外伝だし。問題ないと思いますが。
イザベラ様素敵すぎるよw

90名無しさん:2008/12/19(金) 00:44:56 ID:D9WHSLak
 | 三_二 / ト⊥-((`⌒)、_i  | |
 〉─_,. -‐='\ '‐<'´\/´、ヲ _/、 |
 |,.ノ_, '´,.-ニ三-_\ヽ 川 〉レ'>/ ノ 
〈´//´| `'t-t_ゥ=、i |:: :::,.-‐'''ノヘ|   >>88
. r´`ヽ /   `"""`j/ | |くゞ'フ/i/    関係ない
. |〈:ヽ, Y      ::::: ,. ┴:〉:  |/      続けろ
. \ヾ( l        ヾ::::ノ  |、
 j .>,、l      _,-ニ-ニ、,  |))
 ! >ニ<:|      、;;;;;;;;;;;;;,. /|       ___,. -、
 |  |  !、           .| |       ( ヽ-ゝ _i,.>-t--、
ヽ|  |  ヽ\    _,..:::::::. / .|       `''''フく _,. -ゝ┴-r-、
..|.|  |    :::::ヽ<::::::::::::::::>゛ |_   _,.-''"´ / ̄,./´ ゝ_'ヲ
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\    ̄\―-- 、 _::::::::::::::::::::__::/  /  /   ̄   )  ノ__'-ノ
  \    \::::::::::::::`''‐--‐''´::::::::::/  / / / ̄ rt‐ラ' ̄ ̄ヽヽ
ヽ  ヽ\   \:::::::::::::::::::::::::::::::::::::/      /   ゝニ--‐、‐   |
 l   ヽヽ   \:::::::::::::::::::::::::::::::/           /‐<_  ヽ  |ヽ



DIO様がイザベラ様の絢爛たる王道に興味を示されたようです


ガリア勢に勝ち目なくね?と前スレでキッパリ言ったばかりだったのに・・・・・スマンありゃウソだった

91ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/19(金) 20:49:25 ID:Xr9.YTmY
イザベラ様が大活躍、ジョジョキャラが一人も出てこない……。
なんというか他人事じゃない気がしますけど、面白ければそれで良し!

92名無しさん。:2008/12/19(金) 20:58:52 ID:7NeN4ZKs
GJ!!
イザベラ様、大宴会やたき火を囲んでマイムマイムを週一ペースで開催してそうだ。
ノリが完全に、夜盗、山賊、毛利ですね。

93ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:36:48 ID:UBT4hSxI

ガリアの王都リュティス、ヴェルサルテイル宮殿は騒然となっていた。
トリステイン魔法学院襲撃の報は平穏、悪く言えば怠惰に過ごした家臣たちを叩き起こした。
取るものもとりあえず、駆けつけた彼等の居並ぶ姿は壮観というには程遠く、
また、何をするべきなのか判断も付けられずに右往左往するのみ。
止むを得ず、指示を仰ごうとオルレアン王の登場を待つばかりだった。

彼等を傍目に戦慣れした騎士達は部下を集めて出陣の準備を整える。
何が起きたかを知るよりも先に、いつでも行動できるようにしておく。
いつ戦争が始まるかなど始祖ではない彼等には与り知らぬ事だ。
だからこそ備えを怠る事はない、それでも間に合わないのならば仕方ない。
いざとなれば杖一振りで敵軍に突撃するだけの覚悟を彼等は持っていた。

しばらくして大理石の石床が甲高い音を鳴り響かせる。
身の丈よりも巨大な扉が両側に開かれ、シャルルは彼等の前に姿を現した。
家臣達を不安がらせぬように、ゆっくりと椅子に腰を下ろして口を開く。

「報告を」
「はっ! 先程届いた連絡によれば自然の物と思えぬ濃霧が学院一帯を覆い、
直後、それに合わせたかのように襲撃者の一団が無差別に殺戮を始めたとの事です。
……残念ながらシャルロット殿下の安否も、イザベラ様共々不明でございます」

王の言葉に、傅いていた家臣の一人が顔を上げて状況を伝える。
それを冷静に聞いていたシャルルも最後の一言には顔を顰めた。
報告を読み上げた家臣はそれがシャルロットの身を案じてのものだと思った。
しかし、それは不安故にではなく己の内に生まれた齟齬が原因だった。

何故、ここで自分の娘の名前が出てくるのか。
トリステインに赴く用件などないし、何よりも先程会話を交わしたばかりだ。
そもそも使い魔品評会は表沙汰に出来ぬ事情により延期されたというのに、
王都トリスタニアならともかく、トリステイン魔法学院が襲撃を受けているのか。
だが、その疑問は家臣の洩らした一言によって形を成した。

「まさか使い魔品評会当日を狙って襲撃してくるとは……」
「待て! 品評会は延期されたのではなかったのか!?」

ガタリと椅子から立ち上がり叫ぶ王の姿に家臣たちは互いの顔を見合わせる。
言葉の意味が理解できていない、臣下たちの態度は正にそれだった。
使い魔品評会が延期されたなどという情報は彼等の耳には届いていない。
彼等の中には東薔薇花壇騎士団を伴い、出立するシャルロットの姿を目にした者もいる。
困惑する家臣と狼狽する王、会議は混沌の様相を呈し誰もが事態を把握できずにいた。
ただ一人、遅れて会議場に現れたジョゼフを除いて。

94ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:38:00 ID:UBT4hSxI

「随分と騒々しいな。これではおちおち昼寝も出来んではないか」
「ジョゼフ殿! 今がどのような時か判ってのお言いか!」

危急の事態だというのに、まるで無関心のジョゼフに家臣が声を荒げる。
確かに緊迫した状況の中でジョゼフの物言いは不遜も甚だしい。
だが連日連夜で職務をこなし、ようやく私室で仮眠を取っていた彼に言っても仕方ない。
事情を説明しようとする前にジョゼフは徐に家臣の問いに答えた。

「知っているとも。トリステイン王立魔法学院が襲撃を受けたのだろう?
今更取り立てて騒ぐほどの事もあるまい。十分に予期できた事態だ」

その返答に、シャルルをはじめとして会議場に集う全員がざわめく。
襲撃の件は混乱を招くまいと大半の者には伏せられ、ここにいる面々だけに知らされた。
遅れてやってきたジョゼフがこの事態を知るはずなどないのだ。
だからこそ、予期していたという言葉が重く真実として彼等に響いた。
“ならば何故、その旨を進言しなかったのか”
“参加を中止していれば、このような事態は防げたのではないのか”
口々にジョゼフを非難する家臣たちを手で制し、シャルルは彼を問い質す。

「……では、品評会の延期というのは」
「俺の創作だ。色々あったようだが使い魔との契約には成功したらしい」
「まさかシャルロットが言っていた馬車というのは……」
「ああ、無断で拝借した。一国の王女が護衛も連れずに竜籠で向かえば怪しまれるからな」

シャルルの口から奥歯を噛み締める音が響く。
重大事でありながら彼は何も知らされてはいなかった。
助けられたという感謝の念よりも、自分を蚊帳の外に置いたジョゼフが許せなかった。
事前に打ち明けられたならば、いくらでも対処のしようはあった。
参加を中止するのは勿論、警備を厳重にする事で襲撃そのものを防げた筈だ。
襟首を掴んで怒鳴りつけたい気持ちを堪えてシャルルは呟いた。

「ではイザベラも引き上げさせているのだな」

僅かに安堵の溜息がシャルルの口より洩れた。
疎遠とはいえイザベラはシャルルにとっては血の繋がった姪だ。
ジョゼフが襲撃を察知していたのならば、わざわざ彼女を危険に晒すまい。
魔法学院には東薔薇花壇騎士団と影武者だけしかいない。
納得は出来ないが被害は最小に留まるだろうと考えていた。

「いや、アレには何も伝えていない」

そんなシャルルの心中を無視してジョセフは平然と言い放った。
危険の只中、襲撃者達が跋扈する魔法学院に放置した、と。

顔面を蒼白にしたシャルルと、無表情のままのジョゼフ。
騒然とする会議場の中で、立ち尽くす二人の間に静寂が訪れる。
シャルルは兄の考えを読み切れずにいた。
たとえ冷酷な人物であろうとも何の理由も無く自分の娘を命の危険に晒すとは思えない。
思案の末、思い至った結論にシャルルは我を忘れてジョゼフの襟首を掴んだ。

95ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:38:50 ID:UBT4hSxI

「兄上! 貴方という人はどこまで……!」

突然の王の行動に、家臣たちも慌てて止めに入ろうとした。
だが、今度はジョゼフが手で彼等を制す。
真実を知ればシャルルが激怒するのは目に見えていた。
だからこそ彼は甘んじてそれを受けるつもりだった。
俯いたシャルルの表情は悲しげで、胸中を吐き出すように言葉を紡ぎ出す。

「自分の娘を囮にして……何故、兄上の心は痛まぬのですか」

1メイル先も見えない濃霧の中、襲撃者達はどうやってシャルロットを見分けるのか、
それを考えた時にジョゼフの真意をシャルルは理解した。
ガリア王家の血筋の特徴である青い髪と王家に相応しい身形。
ジョゼフがイザベラにドレスを送ったと聞いた時には、彼女へのプレゼントかと自分の事のように喜んだ。
兄上にも人の親らしい側面があるのだと何も知らずに浮かれていた。

だが、全ては襲撃者を欺く為の措置に過ぎなかった。

膠着すると思われた会議はあっさり終了した。
すでにジョゼフが要所へ指示を伝えていたのだ。
トリステイン王国のマザリーニ枢機卿と連絡を取り、
魔法学院へと花壇騎士団を向かわせる手筈も整えていた。
そして、何故もっと多くの騎士団を送らなかったのかと問う連中に一言。
“俺が最も信頼する者を派遣してある。何の問題もない”
そう告げて、さっさと会議場を立ち去り私室へと戻ってしまった。

もはや会議する必要さえも失われ、家臣たちはジョゼフへの不満を滲ませる。
“これでは何の為に集まったのか”“自分の娘さえ駒にする男を要職に据えていいのか”
会議場は議論ではなく彼を罵る言葉で満たされた。
それは彼の存在が自分達の立場を脅かすのではないかという危機感故だ。
彼等はガリア王国に不要とされるのを極度に恐れていた。

今のガリア王国の中枢を成しているのは、かつてシャルル派と呼ばれた者達だった。
前王が病に伏した時、家臣達の多くは次代の王となる二人に取り入って派閥を作った。
両者の対立はシャルルが王に選ばれた事で終結し、ジョゼフ派は政治の舞台から遠ざけられた。
元々彼等が持っていた権益は全てシャルル派に分配され、
才の有無に関係なくシャルルに味方したというただその一点だけで評価を受けたのだ。
有能であろうともジョゼフに付いた者たちは立場を無くして去っていった。
シャルルの庇護なしでは臣下たちは今の立場を守る事さえ出来ない。

だからこそ彼等はジョゼフを恐れる。
王の兄という立場と神算鬼謀を併せ持つ、心無き怪物を。

96ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:39:49 ID:UBT4hSxI

「陛下、少しよろしいでしょうか?」

兄への失望の色を浮かばせて立ち去ろうとしたシャルルを老メイジが呼び止めた。
彼は前々王の代から勤める忠臣で、シャルルにとって右腕にも等しき人物だった。
老獪さを兼ね備えた彼の手により家臣の多くはシャルル派へと組したのだ。

「すまないが後にしてくれないか」

しかし、そんな重臣の言葉さえ今のシャルルは聞く耳を持たなかった。
人道に悖る兄の行動と、それを気にも留めぬ精神に彼は心身ともに疲れ果てていた。
平時であれば老メイジとて彼の身体を優先し、部屋で休むように進言しただろう。
だが、それでも構わず彼は言葉を続けた。

「ジョゼフ様の行動、陛下は如何にお考えですか」
「兄上が独断で行動するのはいつもの事だろう。それとも別の意図があるとでも?」

シャルルの返答に老メイジは押し黙った。
ジョゼフが王の座に興味がないのは周知の事実だった。
かつて追いやられたジョゼフ派が彼を旗印に反旗を翻そうとした。
だが、それはジョゼフの密告によって敢え無く潰えた。
よもや神輿として担ぎ出した相手に裏切られるとは思ってもいなかったろう。
これを機にジョゼフに臣従する者は激減し再起の目は完全に途絶えたのだ。

「では何故、死地と分かっていながら東薔薇花壇騎士団を向かわせたのでしょうか」
「影武者とはいえシャルロットの護衛だ。それなりの騎士団でなければ怪しまれる。
それにガリア王国の最精鋭と呼ばれる彼等ならば犠牲も少なくて済むだろう」
「……本当にそれだけでございましょうか」

東薔薇花壇騎士団はシャルルの懐刀と言ってもいい。
彼等が護衛している限り、如何なる暗殺者であろうとも近づけまい。
もし、誰かがシャルルの命を狙うならば彼等を先に無力化する必要がある。
正当な理由があり、公然と彼等を始末できる状況、
それが今、トリステイン王立魔法学院に作られているのだ。

……そして、懸念すべきはそれだけではない。
ガリア王国の暗部、北花壇騎士団はジョゼフに一任されている。
実際には誰もやりたがらない汚れ仕事なので彼に押し付けられたと言ってもいい。
しかし、その北花壇騎士団が非公式なのを利用してジョゼフは不穏な動きを見せていた。
それは過剰とも言える戦力の増強。腕が立てば暗殺者や賊まがいの者さえ採用する。
もっとも団員でさえ実情を把握できない北花壇騎士団を相手に確かめる事など出来ない。
その刃は一体何の為に研がれているのか、それを知るのは自分達が討たれた後かもしれないのだ。

「気を回しすぎだ。兄上は決して裏切ったりはしない」

老メイジの不安げな顔に、シャルルは力強く答えた。
思えば、先の一件とて自分だけに打ち明ければそれで済んだ筈だ。
だが、あえて会議場でジョゼフの独断で行ったと公言する事で、
姪を囮に使ったのではないかとの疑念を晴らし、
かつ冷酷な大臣に対する情に厚い王を演出したのだろう。
自分の為に汚名を被る兄をどうして疑う事ができよう。

そう。兄上は僕を裏切ったりはしない。
……裏切ったのは兄上ではなく、この僕なのだから。
その真実を知った時、果たして兄上は僕を許しくれるのだろうか。

97ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:41:35 ID:UBT4hSxI
投下終了。プロットは心の地図、アドバイスは心のコンパスです。

98名無しさん:2008/12/21(日) 21:57:40 ID:DrsTuZEw
ジョゼフだけが敵の正体と脅威に気づいてるって感じっスね。
これからの展開が楽しみです。GJでした!

99名無しさん:2008/12/21(日) 22:00:56 ID:d6jJrEhM
OK。ルイズをファックしていいぞ

100名無しさん:2008/12/23(火) 20:33:42 ID:3ubWI8Aw
シャルルまで何かやってんのか……恐ろしい宮廷だよ

101銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/12/25(木) 18:58:38 ID:V39Nclcw
投下乙です。
果たして、ジョセフはどこまで知っていて、どう行動するつもりなのか。
シャルルがそれにどう対応するのか、見物ですな。

相談スレで偉そうなことを言ってしまったので、暫く顔引っ込めていようかと思ったけど、
ド畜生なクリスマスの夜も特に予定が無いので投下せざるを得ない。
聖夜が何だ!てめえらクリスチャンじゃねえだろ!浮かれてんじゃねえ、バカヤロウ!!
……ふぅ、ちょっとすっきりした。では、投下します。

102銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 18:59:50 ID:V39Nclcw
9 そこに成功は無い
 先日の雨がどこへ行ったのか。まっさらな青が広がった雲ひとつ無い空は、頑張り過ぎてい
る太陽に悪態を吐きたくなるほど見事に晴れ上がっていた。
 大雨の後始末が各地で行われ、しかし、湿気が蒸発して蒸し暑くなった環境では誰もが長く
動けず、作業は一向にはかどらない。麦穂も雨の影響で多くが倒れてしまい、商品にはならな
くなっている。
 今年は例年に比べて若干の豊作と見込まれたタルブの麦も、かなりの量が水に流され、品薄
による値上がりは回避できそうになかった。
 雲の流れは今後、西の沿岸から吹く風に乗ってトリステイン南部とガリア北部を横断し、砂
漠へと流れていくことだろう。トリステインとガリアの二国は、見込まれていた収穫が大きく
減じることで、財政的に厳しい年となるのは間違い無さそうである。
 暗い未来を案じて気力を失えば、状況は悪化の一途を辿る。そのことを長く農村として生き
て来たタルブの人々は良く知っており、天災の被害にめげることなく、畑の整備や風雨で壊れ
た建物の修理などの作業に怒声や愚痴を交えながら没頭していた。
 窓の外から聞こえてくる金槌の音を背景に、溜め息が一つ。
 村の奥に建てられた村長の屋敷の一室で、コルベールがこめかみに青筋を浮かべて立ってい
た。
「藪を突付いて蛇を出す、とは正にこのことですな」
 もう三度目になる言葉を口にして、コルベールは数えるのも億劫になるほど繰り返した溜め
息を、また零した。
 目の前に並ぶのは、赤が一つに青一つ、それに黄色が三つ。言うまでも無く、個性豊かな髪
の主はコルベールの生徒達である。それぞれの顔に浮かんだ表情は重苦しく、血色の悪い肌か
らは汗が滲んでいた。
「自業自得という言葉がこれほど似合う場面に出くわしたのは、生まれて初めてですぞ。授業
の無断欠席に加えて、危険行為の数々。聞くところに寄れば、一歩間違えれば命を落としてい
たかも知れないというではありませんか。もし、あなた方の身になにかあれば、残された家族
や友人達がどのような思いをするか、考えたことがありますか?誰かが巻き込まれたとき、あ
なた方は責任を取れるのですか?今回巻き込まれた方々は運良く怪我らしい怪我もありません
でしたが、此度の不祥事がどのような影響を残すのか、その目で見て、耳で聞いて、しっかり
と心に刻みなさい。当然、本件は学院に戻り次第学院長に報告して、罰則についての相談をい
たします。そのつもりで今のうちに覚悟を……」
「ミスタ・コルベール」
 クドクドと続けられる説教の内容が似たよな言葉のループを始めてからそろそろ一時間が経
過しようとした頃、女性の声がコルベールの言葉を遮った。
「最低でも一週間以上の謹慎に加え、反省文も……、なんですかな、ミス・ロングビル?私は
一人の教員として、彼らに十分に言い含める義務が……」
「ええ、それは良く存じております」
 深緑の髪を流したマチルダが、愛想笑いを浮かべて進み出る。
 教員というよりは事務員という方が正しいだろうが、一応は学院の関係者ということで、マ
チルダはコルベールに同席を求められていた。だが、その内心は面倒臭いの一言で、一時間も
コルベールの説教に付き合っていたのが奇跡とも言える。

103銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:00:57 ID:V39Nclcw
 横目に生徒達の姿を眺め見て、マチルダは返って来る救いを求める視線に困ったように眉を
寄せると、コルベールにさらにもう一歩歩み寄り、上目遣いに言葉を続けた。
「教育に熱心なのは素晴らしいと思います。ええ、とても。ですが……」
 今度はしっかりと体の向きを変えてキュルケたちに意識を向けると、そこに広がる光景に表
現しがたい表情を浮かべて肩を竦める。
「風邪を引いて寝込んでいる子供相手には、少々酷かと存じますわ」
 等間隔に並ぶ五つのベッドの上で呻き声と咳を洩らす五人の少年少女が、同意するようにゲ
ホゲホ言いながら首を縦に振った。
 長く雨に打たれたのが悪かったのだろう。ミノタウロスとの戦いに決着がついて一時間もし
た頃には、学生全員が風邪の兆候を見せ始め、間もなく熱と咳でダウンしたのである。
 本来なら一番近い街であるラ・ロシェールに向かうところなのだが、いつ治るか分からない
風邪の為に延々と宿に泊まれるほど路銀も無いため、一行はシエスタの故郷であり、タバサの
現在の家もあるタルブ村に進路を変更したのであった。
 実際に村に到着したのは今朝方で、丁度マチルダに急かされて風竜を飛ばそうとしていたカ
ステルモールに迎えられ、そのまま村長宅へ搬送されたのである。
 先日の雨に濡れたのは村でも一人二人ではなく、同じように風邪を引いた村人が別の部屋で
熱と咳で苦しみながら戦っているところだ。ミノタウロスに馬車を壊された御者や、巻き込ん
でしまった母子も同様で、一緒に面倒を見てもらっている。
 村長宅は、現在は隔離病棟というわけだ。
「ううむ……、仕方ありませんな。しかし皆さん、くれぐれも体調が戻るまでは安静にしてい
るように。お説教の続きは学院に戻ってから、しっかりとやらせていただきますぞ」
 そう言って部屋を出て行くコルベールを、勘弁してくれ、と言いたそうな目でキュルケたち
は見送った。
 こほん、と一つ咳をして、マチルダも説教の終わりが見えたことで肩の力を抜く。
「さて、それではわたしもこの辺で失礼させて貰いますね。あ、それと皆さんが集められた宝
探しの収集品ですが、盗難や不法拾得物である恐れがあるため学院預かりとさせていただきま
す。あらかじめ、ご了承ください。ではまた」
 丁寧なお辞儀をして、マチルダが部屋を出て行く。
「……え?」
 漏れ出た声は誰のものだったのか。
 咳と呻き声に満たされていた部屋が静まり返る。
 運良く風邪を引かなかったシエスタが、マチルダと入れ替わりに水と氷を入れた桶を抱えて
部屋に入り、その奇妙な空気に首を傾げた。
 暫くの沈黙の後、ほぼ同時に、少年少女達は絶叫を上げた。
「そ、そんなぁ!」
 命を賭けて戦った子供達の冒険の思い出は、有無を言わさぬ汚い大人たちに容赦なく奪われ
たのであった。

104銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:02:38 ID:V39Nclcw

 風邪で寝込んでいるキュルケたちと違い、何故か同じような環境下にあったにも関わらず風
邪を引かなかった才人は、倉庫に保管されていた材木を担いで村のあちこちを走り回っていた。
 今のタルブは人手が足りない。
 雨に耐えた麦は腐る前に速めに刈り入れをしなければならないし、その間も風で壊れた柵や
畑や家といったものの修復も行わなければならないのだ。
 ガンダールヴの力が無ければ日本の一般的な高校生と同等の体力しかない才人も、猫の手も
借りたい村人達には貴重な労働力に見られ、少しでも暇そうにする様子を見せれば五秒と経た
ずに使い走りに出されていた。
「おっさん!頼まれたやつ、ここに置いとくよ!」
 家畜小屋の修繕を行っていたガタイの良い髭面のおっさんに呼びかけ、肩に担いでいた材木
を作業場となっている広場の片隅に下ろす。
「ああ、ありがとよ!こっちは何とかなりそうだから、坊主はちっと休憩してきな!」
「うぃーっす。んじゃ、遠慮なく」
 痛くなった肩をポンポンと叩き、次いで揉み解す。
 近代技術に囲まれて育った現代っ子に肉体労働はなかなかキツイようで、体の節々が痛みを
訴えていた。
 これで運動系の部活動にでも入っていれば話は別なのだろうが、才人は生憎と帰宅部だった。
「ガンダールヴの力を使ってるときって、あんまり体は鍛えられないみたいだなあ」
 息を吐いて腰を下ろし、そんなことを呟く。
 トップアスリート以上の運動能力を得られる特殊能力だが、代償といえば急速な疲労くらい
なもので、実際に筋肉痛や肉離れを起こした経験は無かった。運動にはなるのだが、体を鍛え
るのには向いていないらしい。
 原理を考えると頭が痛くなってくるが、魔法とはそういうものだと納得するしかない。
「でもまあ、運動不足で太ったりはしないみたいだから、いいか」
 ハルケギニアに召喚された当時はルイズに寄る逼迫した糧食問題を押し付けられたが、今は
腹一杯まで食わせてもらっている。脂身たっぷりの鶏肉とか、果汁たっぷりのフルーツとか。
 ルイズの強烈な躾けと定期的に起きる事件に引っ張りまわされ、その都度体を動かしていな
ければ、きっと今頃は腹回りが一回り大きくなっていたことだろう。逆に、ガンダールヴの力
に体を鍛える効果もあったのなら、今頃腹筋も割れてボディビルダーのようになっていたかも
しれない。
 日本的な童顔な顔立ちの下にある、はちきれんばかりに膨らんだ筋肉の塊。
 ニッコリ、と暑苦しい笑顔を浮かべた自分の姿を思い浮かべて、才人はあまりの気味の悪さ
に首を振ってイメージを崩した。
「でも、もうちょっとこの辺に筋肉がついて欲しいなあ」
 右腕を曲げて作った力瘤の表面を、左手でぷにっと摘む。
 若々しい肌の張りのお陰でそれほど気にはならないが、それでも力瘤が皮下脂肪で柔らかく
感じてしまうのは、男として屈辱であった。
「そう思うなら、しっかりと鍛錬に励むんだな、相棒。日常的に背負われてる立場から言うの
もなんだが、相棒はもうちょっと体を動かすべきだと思うぜ」

105銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:03:37 ID:V39Nclcw
「そうかあ?朝起きてルイズの服の洗濯して、シエスタの仕事手伝って、ルイズに追い掛け回
されて……、結構体使ってると思うぜ、俺」
 指折り数えてみれば、日本に居たときよりも運動量は明らかに増えている。それでも足りな
いというデルフリンガーの基準は、恐らくは命を賭けて戦う剣士達を基本に考えているからだ
ろう。
「ガンダールヴの力を使ってないときは大したことしてねえだろ?その辺がアレだよ、相棒に
足りない部分なんだよ。武器握っちまうと勝手にガンダールヴの力が発揮されちまうから、こ
れからは棒きれ握って素振りの訓練でもしたらどうだい?」
「訓練、か」
 デルフリンガーの言葉に、才人はミノタウロスに切りかかった時のことを思い出す。
 もう少し力があれば、しっかりと刃は届いたかもしれない。ミノタウロスと正面から戦える
力があれば、逃げる必要は無かっただろう。そうすれば、キュルケの髪は短くなったりはしな
かったはずだし、ギーシュも死にそうになりながら戦う必要は無かったはずだ。
「シエスタを守るとか言っておいて、結局何も出来ねえんだな、俺」
 伝説の力を持っているにも関わらず、他人を守るどころか自分の身一つで精一杯であること
に、才人は深く溜め息を吐く。
 結局、伝説のルーンがあったからといって、無条件で何でも出来るわけではないということ
だ。
 落ち込んでいく気分に、才人はもう一度溜め息を吐くと、辛気臭え、と笑うデルフリンガー
の柄を拳の裏で軽く叩いた。
 湿気の篭ったジメジメとした熱気に懐かしいものを感じつつ、肩を落としてトボトボと歩く。
 そんなとき、正面から歩いてきた若い女性の声が、才人に声をかけた。
「お、お疲れ様です」
 地面に向けられていた視線を持ち上げた才人の目に血色の良い肌が映り、さらに不自然なま
でに盛り上がった脂肪の塊が入り込む。
「……う、うおおぉっ!?」
「きゃあっ!」
 目の錯覚かと目元を擦ってみるが、その膨らみに変化は無く、現実のものだと気付いて驚い
た才人に合わせて、ぷるん、と揺れる。
 釣られて、才人の視線も上下に揺れて、それの動きが止まるまで追い続けてしまう。
 ふと気付いたときには、巨大な果実を胸にぶら下げた少女の顔が羞恥で真っ赤に染まってい
た。
「あ、ああっ、ゴメン!そ、そんなつもりは……」
 反射的に謝ってしまうが、反省の色は無い。事実、意識は少女の胸に釘付けで、恥ずかしそ
うに頬を赤らめている少女の顔と胸との間を視線が行ったり来たりしていた。
「い、いえ、いいんです……。皆さん、大体同じような反応をなさるので、もう慣れました」
 そうは言うが、やはり気になるのだろう。
 包み隠すように胸の前で両腕を組んで、視線から逃れようとしている。しかし、それが胸の
形を歪に変形させて、逆に柔らかさを強調していた。
「……え、えーっと、ティファニアさん、だったっけ」

106銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:06:26 ID:V39Nclcw
「はい。ヒラガサイトさん、ですよね?」
 胸の辺りに固定された視線にモジモジとしながら、必死に気にしないようにしてティファニ
アは会話を続ける。
「才人でいいよ。そ、それより、何か用かな?」
 もしかして、告白か?なんて突飛で脳味噌が膿んでいるとしか思えないことを想像して、才
人は鼻の下を伸ばした。
 ティファニアにとって、才人はシャルロットの友人という程度の認識でしかない。特別な繋
がりなど、何一つとして存在していないのだ。
 一目惚れでもしなければ、告白なんてことはまずありえないだろう。
 だが、そのありえない状況を妄想できるだけの脳味噌を、才人は持っていた。
 まったくもって、幸せな男である。
「えっと、その……」
 言いたくても言い出せない、そんなふうに見えるティファニアの反応に、日本で読んでいた
漫画のヒロインのイメージを重ねて、才人はやっぱりそうなのか!と期待を強める。
 だが、次にティファニアの口から出てきた言葉は、やっぱりというか、当然の如く、才人の
期待を裏切るものだった。
「広場で炊き出しをしているので、お仕事が一段楽したら来て下さいって知らせるように頼ま
れてて……、その、ごめんなさいっ!」
 才人から顔を逸らし、ティファニアが何処かへと向かって逃げるように走り出す。
「えっ、ええっ!?」
 災害の時には普通にすることを伝えただけなのに、なぜ謝るのか。
 思わず去り行くティファニアに手を伸ばす才人だったが、その手は虚しく宙を掴むだけであ
った。
 わきわきと手が動き、その手を才人は呆然と見詰める。
 握って開いてを何度か繰り返して、その手の動きと目に焼き付いている大きなマシュマロの
姿を脳内で組み合わせ、想像上の感触に口元を緩める。
 そして、暫く妄想に浸った後、やっと才人はティファニアに逃げられた理由に気付いた。
 目に焼きつくほど胸を凝視していたことが原因だ。
 逃げられて当然だろう。
「相棒は、良くも悪くも自分に素直だな!」
 やっちまった、と地面に膝を突いた相棒を見て、デルフリンガーは鍔飾りをカチャカチャと
鳴らして陽気に笑った。


「男の子って、皆あんな風にえっちなのかしら?」
 才人の姿が見えなくなるくらいに離れたティファニアは、走る足を止めて息を整えると、自
分の胸元を見下ろして困ったように眉を寄せた。
 今思えば、ウェストウッドからタルブに連れて来た子供達も以前から特に胸に拘っていた気
がする。男の子なんかは、触りたくて仕方が無いという感じだ。
 以前はそんなことを気にかけたことも無かったが、それは子供が相手だったからなのかもし
れない。母を求めての行動だと、内心で折り合いをつけていたのだ。

107銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:08:14 ID:V39Nclcw
 それが、ここに来て注目されるようになって、自分の胸が異常であることに気付いた。
 幸い、村の女性達が親切にいろいろと教えてくれて、それが悪いことではないと理解は出来
たのだが、自分が唐突に卑猥な生き物に変わってしまったような気がして、男性の視線が胸に
向く度に落ち着かなくなるのであった。
「もうちょっと、小さくなったりしないのかな」
「それは、わたしに対する挑戦かしら?」
 胸に手を当てて、胸元が貧相な女性達を敵に回すようなことを口にしたティファニアに、不
機嫌そうな、それでいて可愛らしい声がぶつけられた。
 つばの広い帽子と豪奢な黒のドレスに身を包んだエルザだ。
 新しい衣装のお陰で昼間にも出歩けるようになったからだろう。気ままに一人で散歩をして
いたらしい。
「ふーん、へえー、悩んでるわけ?その如何わしい、下劣で、卑猥で、品性の欠片も感じられ
ない無駄に大きな脂肪の塊について」
 背伸びしてティファニアの両胸を鷲掴みにして、エルザは目を鋭く細める。
「そ、そこまで言わなくても……」
「なによ?やっぱり気に入ってるのかしら?いらないなんて言っておいて、やっぱり無くした
ら困るっていうの?とんだ傲慢女ね。卑劣としか言いようがないわ」
「わ、わたし、いらないなんて……」
 全力で揉みしだかれている部分について反論しようとティファニアは口を開く。
 しかし、それをエルザの怒号が遮った。
「黙れ小娘!!」
「ひっ!?」
 見た目だけなら確実にエルザのほうが小娘なのだが、滲み出る威圧感はそれを指摘させない
だけの重圧をティファニアに与えていた。
 きゅっ、とエルザの手がティファニアの胸の先端を摘み、絞るように力が籠められる。
「ひゃう!エルザちゃん、い、痛い……」
「黙れと言ったはずよ!それに、こっちは心が痛いんだから、おあいこよ!」
「ううぅ……」
 意味の分からないエルザの剣幕に負けて、ティファニアはただ胸を揉まれ続けた。
 右乳を攻めたかと思えば、次は左乳を攻め立て、それに飽きると両方を捏ね繰り回す。そこ
に容赦の二文字は存在しなかった。
 なんだか変な気分になってきたティファニアを余所に一頻り揉み終わったエルザは、満足気
に息を吐き出して手に残る感触に頬を緩めると、次の瞬間には絶望に表情を満たしてガックリ
と地面に膝を突く。
 攻め続けていたはずなのに、エルザの心には敗北感だけが満ちていたのだ。
「ふ、ふふ……、前に揉んだときに分かってはいたのよ、その乳の持つ魔性にはね。でも、で
も……、悔しいっ!憎くて嫉ましいはずなのに、また揉みたいと思ってる自分が居るわ!」
 拳を握り、悪魔の如き誘惑から必死に逃れようとする。
 だが、両手に感じた幸福感は紛れも無く現実のものだった。

108銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:08:54 ID:V39Nclcw
 余韻の一つですら、エルザのささくれた心を癒すのだ。ティファニアの乳は、もはや人類の
希望と言い換えてもいいのかもしれない。
 始祖ブリミルだって、こんな奇跡は作り出せはしないだろう。
「女すらも虜にする魔性の、いや、神秘の乳。恐るべし!」
 将来が未知数であるエルザですら、この乳には勝てないと確信が持てた。
 コレに誘惑されたなら、生涯忠誠を誓ってもいいかもしれないとさえ思う。神と名乗られれ
ば、思わず崇め奉るだろう。
 これ以上無いくらいに完敗だった。
「ちくしょー!やっぱり一割寄越せー!!」
「きゃあぁぁぁっ!」
 涙目でティファニアに飛びついたエルザは、その感触を堪能するべく、地上の奇跡に顔を埋
めてグリグリと首を振る。
 それらの行動は全て人目のある道中で行われていることで、道を行き交う人々はティファニ
アとエルザのやり取りに顔を赤くしたり腰を屈めたり、ハァハァ言ったりしていた。現代日本
なら、間違いなく公然猥褻罪で逮捕されるだろう。見学している人々が。
「え、エルザちゃん!ひ、人が見てるから!」
「だからなによ!その程度で、この幸せを逃すと思ってるの!?逃がすやつは馬鹿よ!馬鹿以
外の何者でもないわ!」
 ティファニアの胸にしがみ付いたままそんなことを豪語するエルザも、十分に馬鹿だろう。
 だが、馬鹿は他にも居た。
「まったく、同意見だぜ。この感触は捨て難いよなあ?」
「ほ、ホル・ホースさんっ!?」
 いつの間にか接近していたホル・ホースが、エルザごとティファニアを抱き締め、腕の中の
感触にニヤニヤと笑みを浮かべる。
 ティファニアの胸とホル・ホースの胸板にサンドイッチにされたエルザの顔がリンゴのよう
に真っ赤に染まり、幸せそうな笑い声が洩れ始めた。
「こ、これは天国かも……」
「そのままあの世に行ってくれると助かる」
 ティファニアを抱き締める力を強めたホル・ホースが、エルザの頭をティファニアの胸に無
理矢理押し付け、呼吸を塞ぐ。程無くして息苦しさからエルザが暴れ始めるが、顔と背中の両
方の感触からも逃れ難く、抵抗も全力ではなかった。
 やがてビクビクと痙攣を始め、四肢がだらりと下がったのを確認したホル・ホースは、幸せ
そうな顔で気絶しているエルザを抱き抱えた。
「ウチのガキが迷惑かけたな」
 ヒヒ、と笑って特に悪びれた様子も無く言うホル・ホースに、ティファニアはぼうっとその
顔を見詰める。
 その視線に気付いて、ホル・ホースは口の端を吊り上げると、顎に手を当てて顔の角度をつ
けた。
「ん、どうした?オレに惚れちまったか?」
「惚れっ!?い、いいえ、違うんです!そういうんじゃなくて、なんていうか……」

109銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:10:08 ID:V39Nclcw
「……はっきり否定されるのも傷つくぜ」
 力が抜けて頭を傾けたホル・ホースに、ティファニアは自分が酷いことを言ってしまったの
かと右往左往して、すぐにホル・ホースがニヤニヤと笑っていることに気付いた。
「あ、か、からかったんですね!?もうっ、ヒドイですよ!」
「ヒッヒッヒッヒッヒ!いやあ、こんな単純な手に引っ掛かるから、こっちもからかい甲斐が
あるんだよ。んー、嬢ちゃんはこの腹黒吸血鬼と違ってカワイイなあ」
 頬を赤くして柳眉を逆立てたティファニアの頭を、ホル・ホースは笑いながら掻き混ぜるよ
うに撫でる。
 金糸のような癖の無い細い髪が乱れて、ホル・ホースの指先に絡まった。
「で、なんだ?本当のところは」
「えっ?」
 思わず聞き返して、ティファニアは自分がホル・ホースの顔を見詰めていたことを言われて
いるのだと直ぐに理解した。
 手を持ち上げて、視線を左手の中指に嵌められた指輪に向ける。
 台座にはもう、かつてあった青い石の姿は無い。瀕死の重傷を負った少年の治療で、残って
いた力を全て使い切ってしまったのだ。
 恐る恐る、指輪からホル・ホースへと視線を戻して、顔色を窺う。
 血色は良い。騒ぐだけの体力もある。さっき体を抱き締められたときには、痛いほどの力も
感じた。
「……いえ、なんでもない、です」
 心配は、きっと杞憂だったのだ。
 こんなにも元気な人が死に掛けているなんて、考えられない。
「……まあ、そういうことにしとくか。だが、そう暗い顔してたら、せっかくの美人が台無し
だぜ?スマイルだ、スマイル」
 顔を俯かせて視線を落としてしまったティファニアに、ホル・ホースは指で自分の口を横に
伸ばすと、ニッ、と笑みを作る。
 戸惑いながらも、それを真似して口元を指で伸ばしたティファニアは、なんで人目のある往
来で笑顔を作る練習をしているのかと疑問に思い、唐突に可笑しくなって笑い始めた。
「よーし、それでいい。影があるのも悪く無いが、良い女はやっぱり笑ってるのが一番だ」
 ヒヒ、と笑って、またティファニアの頭を撫でる。
「なんだか子ども扱いされてる気がします……」
 少しだけ不満そうに、しかし、頭や髪に触れる大きな手の感触に目を細めて、ティファニア
は口元をちょっとだけ曲げた。
「そう拗ねるなよ。なんだったら、大人扱いしてやってもいいぜ?」
 軽薄な笑みを浮かべたまま、ティファニアの頭に置いていた手を肌を撫でるように滑らせて
顎先に移動させ、指先でくいと上に向けさせる。
 顔と顔が向かい合う角度を作ったホル・ホースは、いつに無く表情を引き締めると、そのま
まティファニアに近付いて、息遣いが聞こえるほどの距離で視線を絡ませた。
「アルビオンじゃ、こういうことの知識は無かったみてえだが、こっちに来てから色々と教え
てもらってるんだろ?なら、これからすることも、分かるよな?」

110銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:11:30 ID:V39Nclcw
「え……?え、ええ、あの、その、あぅあぅぅ」
 顎に添えられた指のせいで、頷くことも出来ないティファニアは、視線をあちこちに向けて
言葉にならない声を控えめに洩らす。心臓はドキドキと鳴り響き、両手はどこに置いていいの
か分からずにバタバタと動いていた。
「嫌なら拒めばいい。だが、そうしないのなら……」
 徐々に、本当にゆっくりと近付いてくるホル・ホースの顔を、ティファニアは直接見ること
が出来ず、瞼を強く閉じて、訪れる感触を待つだけになる。
 嫌なのか、良いのか、どちらともはっきり判断が出来ないし、このまま流されるのも悪いこ
とのような気がして、何をすればいいのか分からない。
 ああ、でも、タルブ村の若い女性達の話を聞くと、こういうときはちょっと強引な流れにも
乗るのが正しいとか、なんとか。勢いに飲まれてやっちゃっても、大体何とかなるらしい。
 自分より少しだけ年上のジェシカという女性の話を思い出して、ティファニアは覚悟を決め
る。
 全身が熱くなり、耳の先まで赤くなっていることが分かる。
 義姉さん、わたし、大人の階段を上ります。
 本人が聞いたらブチ切れ間違いなしの言葉を祈るように胸に浮かべて、ティファニアはプル
プルと震えながらその時を待った。
 待った。
 待ち続けた。
「……?」
 いつまで経っても訪れない感触。
 不思議に思ったティファニアは、薄目を開けて様子を窺う。すると、帽子を押さえてニヤニ
ヤと厭らしい笑みを浮かべたホル・ホースが一歩離れたところでこちらを見ていることに気が
付いた。
 その表情から全てを悟ったティファニアは、緊張に固まった体を小刻みに震わせて羞恥と屈
辱となんともいえない甘酸っぱい感情に鼻の奥を熱くした。
「わ、わたし、またからかわれたんですか……?」
 目元に涙を浮かべて、普段の気弱な印象をさらに深める情けない表情になる。
 頬を一杯に膨らませたホル・ホースは、そこで耐え切れなくなったのだろう。大口を開けて
盛大に笑い始め、ヒィヒィ言いながら自分の太ももを激しく叩き鳴らした。
「なんでそんな……、ヒドイですよ!」
「わ、わりぃ、ぶ、ぶふ、ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ!と、途中で止めようかと思ってはい
たんだがよ、く、クックック、なんだかスゲェ必死な顔してたから……、うわっはっはっはは
はは!」
「むうぅぅぅ」
 純情な乙女心を弄ぶ行為に抗議するように、ティファニアは笑い続けるホル・ホースの胸を
両手で叩く。
 勿論、非力なティファニアではホル・ホースに痛みを感じさせることなど出来ず、必死の抵
抗がむしろ気分を高めて、笑いを一層に強めさせていた。
「ヒィーヒッヒッヒッヒッヒ!体固めて、目閉じて、プルプル震えてやんの!顔真っ赤にして
よ!ぶあっはっはっはっはっは!!」

111銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:14:08 ID:V39Nclcw
「そ、そんなに笑うこと……」
 あまりにも派手に笑い続けるホル・ホースの姿に、段々惨めな気持ちになってきたティファ
ニアは、段々と泣きたくなってくる気持ちを抑えられなくなり、ぽろぽろと涙を溢し始める。
 鼻の奥にあった熱さがじわりと広がって、全身の力が抜けていった。
 そのまま蹲って泣き出してしまいたい。
 そう思ってしゃがみ込もうとするティファニアを、ホル・ホースは片腕で抱き止め、先ほど
と同じように顔を近づけて、卑屈さの無いシンプルな笑みを口元に浮かべた。
「からかったのは悪かったと思ってる。だが、考えても見ろよ。あのままだと、本当にキスを
しちまうところだったんだぜ?嬢ちゃんは、そっちの方が良かったのかい?」
 誘うように問いかけて、ホル・ホースはティファニアの返事を待つ。
 ここでキスをしたかったと答えることなど、小心者のティファニアには出来ない。だからと
いって嫌だったと言えば、今の結果は望んだものということになり、泣く理由がなくなってし
まう。
 ティファニアには、選択の余地の無い問いかけだった。
「そ、それって卑怯ですよ」
「卑怯で結構。女に泣かれるよりはずっとマシだぜ。まあ、OKだったってんなら、今からで
も続きをしようかと思うんだが……」
 ヒヒ、と笑うホル・ホースに、ティファニアは涙を引っ込めて手を突き出す。
 ホル・ホースの胸を押して遠ざけたティファニアの返答は、NOであった。
「こういうことは、もっと順序立ててするべきだと思うんです。その、わたしはホル・ホース
さんのことをあまり知らないですし、お互いを良く知ってからというか……」
「ああ、なるほど、良く分かった。だが、そういうことはベッドの上で語り合うもんだ。とい
うわけで、その辺の物陰にでもゲェっ!?」
 ベッドと言っておきながらティファニアを暗がりに引き込もうとするホル・ホースを、小さ
な手が遮った。
 喉を抉る拳は、ホル・ホースの胸元から伸びていた。
「人が気絶してるのをいいことに、なに他の女口説いてるわけ?」
 鋭く目を細め、吸血鬼の牙を隠すことなく剥き出しにしたエルザが、今度はホル・ホースの
左頬を抓り上げる。その逆を、背後から伸びてきた別の手が掴み、捻じ切るように引っ張った。
「ティファニアに手を出したら殺すって、前に言わなかったかい?」
 目を覚ましたエルザと、いつの間にか背後に現れたマチルダが、ティファニアに接近するホ
ル・ホースを攻撃したのだ。
「いで、イデデデデデ……!」
「まったく、目を放すとすぐコレなんだから」
「節操の無いその下半身、一回くらい潰しておいた方が良さそうだねえ?」
 嫉妬に頬を膨らませるエルザと杖を取り出して冷笑を浮かべるマチルダに、ホル・ホースは
じっとりと浮かんだ冷や汗で肌が冷たくなるのを感じる。
 下手に動くのは無謀だろう。今動けば、命がいくつ合っても足りない。
 感情的になった女には逆らわない。それが、ホル・ホースの人生哲学の一つであった。
「あら?潰すのは困るわ。一応、わたしが使う予定があるんだけど」

112銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:15:43 ID:V39Nclcw
「そりゃあ、いったい何十年後の話だい?使用期限を越えて予約しても、意味なんかないと思
うけどねえ。変に種を蒔かれるよりは、いっそのことココで潰しちまうのが世の為ってもんだ
と思わないかい?」
 ホル・ホースの肩口から後ろを覗き込んだエルザとマチルダの視線が絡み、その間に白く火
花が散る。
 ちょっと変則的だが、修羅場である。男が手を出せる世界ではない。
 どちらに味方することも出来ずにただ固まるしかないホル・ホースを、ティファニアは、ぽ
かん、と見上げて、不意に小さく笑いを洩らした。
 クスクスと笑うティファニアをばつの悪い顔で見下ろして、ヒヒ、とホル・ホースも情けな
く笑う。
「だから、わたし達を無視するなー!」
「んぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 マチルダとの睨み合いを終わらせたエルザが、楽しそうなティファニアとホル・ホースの様
子に牙を剥く。
 首筋に噛み付き、いつものように血を吸い始めたエルザと、痛みに悲鳴を上げるホル・ホー
ス。その隙を逃さず、マチルダもホル・ホースのつま先を憎々しげに踵で何度も踏みつける。
 そんな光景に何故か暖かいものを感じたティファニアは、堪えきれなくなった笑いに、苦し
げにお腹を抱えたのだった。


 空に映る黒い影。
 普通の人間には鳥の影にしか見えないそれは、先日の風雨で完全に崩れ果てた小屋の残骸を
前で退屈そうにしていた地下水の目には、はっきりと船の形として映っていた。
 帆船の胴体に鳥のような翼が生やしたそれが、菱型の陣形を形成して宙に浮かんでいる。
 恐らくは、軍艦だろう。民間の船でも複数で固まって行動することはあるが、規則的に整列
することなど、まず無いといっていい。
 訓練でもしているのだろうか。
 そう思って様子を見ていると、さらに西から別の艦隊が近付いてくる。トリステインの西に
はアルビオンしか存在しないのだから、あれはアルビオンの艦隊なのだろう。
 しかし、こんな時期にアルビオンがトリステインを艦隊で訪問する理由が分からない。アル
ビオンは内戦を終えたばかりで、他国にちょっかいを出す余力は無いはずなのだから。
「なあ、ウェールズの兄ちゃんよ。この時期って、余所の国が訪ねて来るような大きなイベン
トなんてあったか?」
 つい最近まで王族だったウェールズなら、多少は情報を持っているだろうと訊ねる。
 数日の寝床としていた小屋の残骸から使えそうな廃材を探していたウェールズが、顔を上げ
て首を傾げた。
「そういった話は……、いや、一つだけ心当たりがあるな。しかし、どうしたんだ、突然?」
 一瞬だけ浮かんだ暗い表情を隠して、地下水の見上げる視線の先を追う。
 ウェールズの目では、ミノタウロスの体を通して視界を確保している地下水ほど、精密に空
に浮かぶものを認識することは出来ない。

113銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:16:47 ID:V39Nclcw
 随分と大きな鳥が飛んでいるな。という言葉がウェールズの口から洩れた為に、それが船で
あることを地下水が伝えて、初めて納得がいったように頷いた。
「アレは、軍艦なのか?」
「確証は無いが、十中八九間違いねえよ」
 更なる補足で状況を把握したのか、深刻そうにウェールズが口元を引き締めたのとほぼ同時
に、それは起こった。
 アルビオン軍艦が煙を幾つか吐き出し、続いてトリステインの軍艦も舷側から煙を吐き出す。
 それは、艦隊同士が行う歓迎と感謝の意味が込められた、礼砲だ。当然の如く実弾は装填さ
れていない。
 はずだった。
「おいおいおい、なんか火を噴いてるぜ」
「ああ、煙が見える。アルビオン側の船か?」
「たぶんな。奥に居た一隻が落ちた」
 派手な黒煙を上げて、景色の向こうに影が一つ沈んでいく。距離があるために遅く届いた爆
発音が、妙に間抜けなものに聞こえた。
「なんか、嫌な予感がするんだが……。兄さんよ、心当たりがあるんだろ?知ってることがあ
るなら教えてくれ」
 そう言っている間に、アルビオン側の船が砲を撃ち始める。一度目の斉射でトリステイン艦
隊の陣が崩れ、二度目の斉射で先頭に浮かんでいた船が爆散した。
 今頃になってトリステイン艦隊も砲を撃ち始めたが、動きがバラバラでアルビオン艦隊に各
個撃破の的とされている。結末は、火を見るより明らかであろう。
「バカな!今のアルビオンに先端を開く力など残っていないはず……!いや、契約が果たされ
ればゲルマニアの横槍が入る。その前に決着をつけるつもりか?だが、足りぬ戦力を補うため
に奇襲までかけて……、なんという恥知らずな!」
 シャルロット経由で知ったアンリエッタの政略結婚の話を思い出し、目に映る現状に当て嵌
めていく。
 それは、トリステインにいる誰よりも正確に、アルビオンの行動原理を導き出していた。
「良く分からんが、戦争が始まるんだな?ってことは、船が見えるほど近いこの村は……」
「狙われるだろうな。刈り入れ時の麦のお陰で、食料の現地調達は容易だろう。陣を築くのに
適した草原も、戦略的に優位な丘の上という条件まで整っている。トリステイン侵攻のための
橋頭堡を築くのには、理想的な場所だ」
 湧き出す苛立ちに爪を噛み、ウェールズはまだ砲を打ち合っているアルビオンとトリステイ
ンの艦隊を睨みつける。
 トリステイン艦隊は圧倒的劣勢で、もう最後の船が沈もうとしている。アルビオン側の損耗
は小さく、小さな船が二隻ほど煙を上げているだけだった。
 竜騎兵が最後のトリステイン艦から飛び立ち、東へと向かう姿が見える。それを追って、ア
ルビオンも竜騎兵を動かすが、速度がほとんど同じだったのだろう。まるで追いつく様子が無
く、短い追いかけっこの末に諦めたように進路を変えた。
「こっちに来るぜ!?」
「1、2、3……、4騎か。竜騎兵を落とすのは容易ではないぞ。どうする?」

114銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:20:41 ID:V39Nclcw
 既に杖を抜き、戦う気を見せているウェールズに、地下水はミノタウロスの体をブルリと震
わせて、首を横に振った。
「戦うつもりか?冗談だろ。竜のブレスをまともに浴びたら、いくらミノタウロスの毛皮でも
黒焦げなんだぜ?騎手を撃ち落せるホル・ホースの旦那が本調子なら良かったが、今はダメみ
たいだし、逃げる以外に選択肢はねえよ」
 返事を待っている時間すら惜しいのか、竜騎兵たちが来る方向とは逆の方向に向けて地下水
は走り出す。
 それに追従することなく仁王立ちするウェールズは、そんな地下水に一声かけて、自身は杖
を構えた。
「ならば、君には村の住人達の避難と援軍の要請を頼みたい!確か、滞在している学院の教員
に炎の使い手がいるはずだ!」
「おう、わかった!精々頑張れよ!」
 振り返りもせず村の方向へと走る地下水を目で追ったウェールズは、その迷いの無い言葉に
満足そうに笑ってから、ちょっと寂しそうに眉の形を変えた。
「分かってはいたのだが……、うむ。友人という感覚はないのだな」
 一度も立ち止まらず、欠片も心配してくれない冷たい認識が、なんだか無性に恨めしかった。


 トリステイン艦隊とアルビオン艦隊の戦闘が始まり、そして終結してから程無くして、タル
ブの村は混乱に陥った。
 地下水が敵の襲来を教えたからではない。
 それを伝えに来た地下水の姿を見て、ミノタウロスが村を襲撃したと勘違いしたからだ。
 これがオーク鬼なら人々は抵抗するだろう。農具である鎌や鍬を手に持ち、命を張って抵抗
すれば、一匹や二匹くらいなら平民の手でも何とかならないわけではない。
 だが、敵がミノタウロスだと、普通の人間ならまず逃げ出す。
 優秀なメイジでも負けることのある怪物だ。毛皮は常人の力では貫けず、一方的に蹂躙され
るしかない。領主か王宮に救援を求めるしか、助かる道は無いのだ。
 恐怖に顔中の筋肉を引き攣らせた人々は、地下水が村の中に入って来たと同時に四方八方へ
逃げ出し、風雨で壊れた村の修繕に沸いていた様子は一転して静かなものとなる。
 呆然と人通りの無くなった道の中央に立ち尽くした地下水は、頭を抱えて苦々しく唸った。
「人間ってやつは、すぐこれだ!外見だけでなんでも判断しやがる!こうなるのが分かってた
から、村には近付かないようにしてたってのによ!!」
 思わず不満が口から飛び出すが、結果だけ見れば、それで目的が果たされてしまっているの
だから皮肉だ。
 それでも、逃げ遅れる人間は少なくない。
 気付くのが遅れた者。腰を抜かす者。手近な刃物を手に、果敢に立ち向かおうとする愚か者。
 それに、村長の屋敷に集められた病人達。
 いっそのことこのまま逃げてしまおうかとも思うのだが、その病人の中に含まれているシャ
ルロットを見捨てるわけにもいかない。

115銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:23:05 ID:V39Nclcw
 とりあえず目の前にいる人間をなんとかしようと、雄叫びによってちんたらしている連中の
ケツを蹴っ飛ばした地下水は、それでも残っている人間の中に見知った人物を見つけて、気が
抜けたように本体の刀身をカタカタ鳴らした。
「なにやってんだ、オマエ。長生きし過ぎてボケたか?」
 片腕にエルザを抱えたホル・ホースが、エルザの食べかけのミートサンドを横から食い付き
ながら問いかける。交代でエルザもミートサンドを頬張り、二人してもっしゃもっしゃと口を
動かす姿は、敵が攻めてきたという焦りをもった地下水も脱力してしまうほど、まったく緊張
感の無いものだった。
「配給されてるもんなんだが、お前も食うか?肉を挟んだのはこれが最後だが」
「いや、いらねえ。じゃなくて、そんなことより大変なんだよ!」
 ごくり、と喉を鳴らして口の中のものを飲み込んだホル・ホースは、再びエルザの手にある
ミートサンドの残りに噛み付き、食べ尽くす。
 口の塞がってしまったホル・ホースの代わりに、一歩遅れて嚥下したエルザが地下水に聞き
返した。
「なにが大変なのよ。蜂の巣でも突っついたのわけ?」
「なら良かったんだけどな!襲って来るのは蜂なんて優しいもんじゃねえ、竜に乗ったアルビ
オンの兵士だよ!四騎ほど村の手前まで来てるんだ!」
「ぶほっ!」
 ホル・ホースの口から咀嚼された肉とパンの混ざったものが噴出し、ミノタウロスの毛皮を
汚した。
「ナニィーッ!?な、なんでだ!どうしてオレ達が追われなきゃ……、って色々と心当たりは
あるか」
「いや、連中は俺達を追ってきたんじゃねえよ!戦争だ!戦争が始まったんだよ!!」
 一瞬納得しかけたホル・ホースに地下水は後方の空を指差して、そこに浮かぶアルビオンの
戦艦を見せ付ける。
 徐々に近付く船の姿は、もう人間の目にもはっきりと見えるようになっていて、周囲を竜騎
兵が飛び交っている様子まで確認できるようになっていた。
「うへぇ……、派手な団体客だな」
「こうして見ると圧巻ねぇ」
 それが今から攻めてくるというのに、洩れ出る感想は他人事のようであった。
「なんでそんなに呑気なんだよ!もうすぐそこまでまで先遣隊が来てるんだぞ!!ウェールズ
のヤツが足止めしてる間に逃げねえと!!」
「ああ、わかってるよ。だがよ、先遣隊くらい、カステルモールの馬鹿がなんとかするだろ?
シャルロットの嬢ちゃんが危険に晒されてるんだから、命がけで奮闘してくれるだろうぜ」
 腐っても元騎士団長。たかが数騎の竜騎兵に遅れは取らないだろう。
 先遣隊を潰せれば、敵の警戒を誘うことが出来る。逃げるのに十分な時間が稼げるはずだ。
 だが、そんな考えを、地下水は頭を振って否定した。
「アイツは姐さんの風邪薬を買いに街まで行ってて、ここにはいねえよ!いたら、俺だってこ
んなに焦ったりはしねえっての!」

116銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:25:15 ID:V39Nclcw
 ガリアのシャルル派の筆頭であるカステルモールは、シャルロットを信奉し、主と定めて献
身的に奉仕をしている。今回も、シャルロットが風邪を引いたと聞いて即座に自前の竜を飛び
立たせ、ラ・ロシェールまで旅立っていた。
 出発したのは一時間前だから、そろそろ帰ってきてもおかしくは無い。だが、まだ帰って来
ていない以上、役に立たないことに変わりはなかった。
「ハァ!?おいおいおい、冗談だろ?あのヤロウ、こういう時の為に村に滞在してるんじゃね
えのか?なんで肝心なときに留守なんだよ!」
 悪態を吐く言葉に焦りが混じる。
 スタンドは相変わらず本調子ではなく、空を飛び回る相手に対抗する術は無い。
 とすれば、選ぶべきはたった一つだろう。
 申し合わせたようにホル・ホースとエルザの目が合い、同時に頷いた。
「よし、逃げるぜ!オレとエルザは厩舎で馬を奪う。地下水は自分でどうにかしな!」
「うおっ!?そりゃあ薄情だぜ、旦那!」
「うるせえ!テメエのそのなりじゃ、馬には乗れねえだろ!でかい荷台付きの馬車でも手に入
れるんだな!」
 空に見えるアルビオンの艦隊とは逆方向に走り出したホル・ホースは、記憶にある村の家畜
小屋に向けて走り出す。確かそこに、行商人の馬が何頭か預けられているはずだった。
 そう遠くない目的地だ。なんとか間に合うだろう。
 そう思ったホル・ホースを嘲笑うかのように、頭上を一匹の竜が追い抜き、炎を撒き散らす。
 確認するまでも無く、アルビオンの竜騎兵だ。
 道の先にあった小屋が一瞬にして炎に包まれ、中から動物達の悲鳴が轟く。火達磨になった
数頭の馬が壁を突き破って道に出ると、幾つかの家の壁を破って倒壊させる。
 火は、あっという間に近隣の建物に燃え移って行った。
「クソッ!遅かったか!だらしねえヤロウだな、ウェールズのクソッタレはよ!もうちょっと
気合入れて足止めしやがれ!!!」
「どーするのよ!?このまま真っ直ぐ逃げても、火炙りになっちゃうわよ!」
「よし、地下水、囮になれ!」
「全力で断るぜ!死なば諸共だ!一緒に地獄に逝こうぜ、旦那!!」
 地下水がホル・ホースの襟首を掴み、ごふごふ、と笑う。
「放せ無機物!テメーはその辺の小動物の体でも乗っ取って逃げればいいだろうが!!でなけ
りゃ、空を蝿みてえに飛んでる竜の体でも奪いやがれ!」
「おお、その手があったか!あ、でもそれすると、このミノタウロス野放しだぜ?」
「じゃあ却下だ!そのまま大人しくデカイ的晒して逃げ惑ってろ!」
「旦那も一緒だがな!」
「心中なんてゴメンだ!オレを解放しやがれーッ!!」
 地下水を犠牲にしてでも逃げようとするホル・ホースと、それを許さない地下水の見苦しい
やりとりから耳を塞いで鼓膜を守るエルザは、頭上を飛び交う影がいつの間にか四つになって
いることに気付く。さらにそれらが共通してこちらを見ていることを察すると、顔色を真っ青
にしてホル・ホースの耳を掴んだ。
「こ、こっち見てる!?二人とも騒ぎ過ぎよ!凄く目立ってるじゃないの!」
「痛え!わかったから引っ張るな!チクショウ、物陰を盾にしながら逃げるぞ!!」

117銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:26:43 ID:V39Nclcw
「それしか無さそうだな!」
 脱兎の如く走り出したホル・ホースたちを、空の竜騎兵たちは揃って追いかける。
 本来なら手分けして村を制圧するのだろうが、ミノタウロスの姿が目に付くのだろう。放っ
ておいて横合いから殴られでもしたら、竜騎兵とて無事では済まない。それに、本来は人間を
襲う亜人が人間を攻撃していないということは、何処かのメイジの使い魔である可能性が高い。
 その何処かのメイジが一番ミノタウロスの近くに居る人間だと思うのは、決して不自然なこ
とではなかった。
「揃って追ってきやがる!散らばれよ!なんでオレ達を集中攻撃するんだ!?」
「知らないわよ、そんなの!」
「喋ってないで走ろうぜ、旦那!」
 愚痴を零している間も、走るホル・ホース達の横を炎が掠め、地面を焦がす。
 辛うじてエルザが魔法で竜のブレスの進路を変えているから直撃はしていないが、もう少し
接近されれば、風の壁も突破されるだろう。
 さらに加速してホル・ホースたちを追い詰める竜騎兵達が、騎乗する竜に指示を出し、一斉
にブレスを吐き出させる準備をする。魔法による妨害を見破られたらしい。
 次の一撃は、エルザの魔法では防ぎ切れないだろう。
「ちょっと地下水!あなたも迎撃してよ!!」
「この体使い辛いんだよ!脳味噌と体がちぐはぐで、集中しきれねーの!慣れるまで待ってく
れよ!」
「そんな余裕あるわけ……、き、きたきたきた!お兄ちゃん、伏せて!!」
 鋭い牙がズラリと並んだ口を開け、騎兵の乗る竜が一斉に喉の奥を炎の光に包んだ。
 赤く、それでいて白い灼熱の炎が、ホル・ホースたちの頭上を舐め取る。
 間一髪、エルザの声で伏せたホル・ホースと地下水は回避に成功し、焼け死ぬことなく熱せ
られた背中に呻き声を洩らした。
 あと一秒遅ければ、頭部を炭に変えていたことだろう。
「クソッ!帽子の端が焼けやがった!弁償しやがれボケ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!また来るわよ!」
 ホル・ホースたちを追い抜いた竜騎兵達が、一度高度を上げて旋回し、再び降下してくる。
 戦隊は縦列。僅かにタイミングをずらしてブレスをぶつけるつもりだろう。エルザの魔法で
も、連続して浴びせられる炎を全て防ぎきれるものではない。
 先頭を飛ぶ竜の口が開かれ、その奥に炎の光を見たホル・ホースは、苦し紛れに右手を突き
出してスタンドを発動させた。
「調子ぶっこいてんじゃねえぞ、ダボが!」
 引き金が引かれ、生命と精神によって織られた弾が銃口から吐き出される。
 が、それは十メートルと進まないうちに、重力に引かれて地面に落ちた。
 子供向けの玩具の銃から撃ち出されるBB弾といい勝負である。
「ヒィー、もうダメだァーッ!」
 相変わらず調子の悪い切り札に希望を失ったホル・ホースの喉から、情けない悲鳴が飛び出
した。
 空気を焼く高熱の炎が竜の口から飛び出して、一直線にホル・ホースたちに向かう。
 だが、それはホル・ホースたちを焼くことなく、土の壁に遮られた。

118銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:29:28 ID:V39Nclcw
「だらしないねえ?この程度で弱音を吐くなんて」
 妙齢の女性の声がホル・ホースたちの耳に届く。
 それは緑色の髪を風に靡かせ、未だ無事な家屋の屋根に悠然と腕を組んで立っていた。
 地面kなら飛び出した巨大な手は、炎を防ぐだけに止まらず、突然目の前に現れた壁に驚い
て急転し損ねた竜騎兵を容赦なく叩き落す。
 竜が地面に落ち、騎兵が宙に投げ出された。
「まず、一騎」
 当然のように鼻を鳴らして、マチルダは杖を高く振り上げる。すると、背後から蛇のように
波打つ炎が鋭く飛び出し、転進したもののバランスを崩した他の竜騎兵を襲った。
 翼の皮膜を焼かれ、飛ぶ力を失った竜と共に騎兵が地面に叩きつけられる。
 これで、二騎。
 マチルダの口元に、笑みが浮かんだ。
「さあて、残りもさっさと仕留めちまおうかね。大事な生徒の命がかかってるんだ。頑張りな
よ、コルベール先生」
「その口調の方が地のようですね、ミス・ロングビル」
 マチルダの立つ家屋の影から杖を握ったコルベールが現れ、切なそうに溜め息を吐く。二騎
目の竜騎兵を倒したのは、この男だったようだ。
「た、助かった……?流石マチルダ姐さんだ!愛してるぜーッ!」
「気色の悪いこと言ってないで、さっさと構えな!」
 愛してる、なんて言葉に反応したエルザに耳を引っ張られながら、ホル・ホースは頭上を確
かめる。
 マチルダとコルベールの二人の攻撃から逃れた竜騎兵が二騎、高高度を円を描くように旋回
していた。思わぬ反撃に、警戒を強めているのだろう。相手も容易に攻めてこようとはしない。
 高レベルのメイジが二人、敵に回ったとあればその反応も当然だ。
 暫くの睨み合いの後、埒が明かないと踏んだのか、騎兵の一人が杖を手に“明かり”の魔法
で強い光点を作り、それをマントで覆い、点滅させ始めた。
 それの意味を察したコルベールが、表情を良くないものに変えてマチルダに向き直る。
「信号ですな。速く落とさねば、味方を呼ばれますぞ」
「そうは言われてもね、あの距離じゃ遠くて魔法は届きはしないよ。ガキ共が逃げるだけの時
間稼ぎをしないといけないのに……、あんた達、なにか手はないのかい?」
 問いかけられて、ホル・ホースたちはお互いの顔を見合わせる。
 顔が一度、先ほど撃墜してばかりの竜騎兵たちの方を向いて、ホル・ホースが親指でそれを
指し示した。
「あそこに倒れてるヤツがまだ生きてるみてえだから、拷問にかけて上の連中を釣るって方法
はどうだ」
 痛みに悲鳴を上げさせれば、相手も逃げてばかりはいられないだろう。見捨てるという選択
肢を取れるのは、非正規の傭兵のような仲間意識の無い者だけだ。竜に乗るような正規軍の人
間なら、敵に苦しめられる同僚を放っては置けないだろう。
 地球でも、狙撃手が使う有効な手だ。狙撃しやすい場所に生きた敵兵を転がし、手足を撃ち
抜く事で死なない程度に弄ぶ。そして、助けに出ようとした別の敵兵の命を狙うのだ。

119銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:30:56 ID:V39Nclcw
 人道を無視すれば間違いなく有効な手なのだが、マチルダは難色を示す。
 卑劣な行為だと憤ったわけではない。単純に、個人的な事情からだった。
「それでティファニアに嫌われたら、あんた責任取れるんだろうね?」
「了解。聞かなかったことにしてくれ」
 手をひらひらと振って顔を背けたホル・ホースが、エルザや地下水と相談を始める。
 別の案を模索しているようだが、これと言って良案が出てくる気配は無さそうだった。
「ミス・タバサの使い魔であるシルフィードを借りられれば、あるいは」
 一つ方法を思いついたコルベールに、マチルダは直ぐに首を横に振る。
「今から呼びに言っても、間に合いはしないよ。それに、そのシルフィードも確か風邪を引い
て寝込んでる筈さ」
 雨風に晒されたのは、なにも人間ばかりではない。シルフィードもまた、無理をして飛び続
けたために体力を落とし、クシャミを何度も繰り返していた。今頃は、体を温めるためにどこ
かで日光浴でもしていることだろう。
 病気の幼い風竜では、健康な大人の風竜を追い掛け回すことなど出来はしない。安定した飛
行が出来るかどうかさえ怪しいものだ。
 戦力に数えることは出来ない。
「……打つ手なし、か。歯痒いねえ」
 視界の端に森の中へと逃げ込んでいく人影を確認して、マチルダは親指の爪を噛む。
 事態を把握した村人達の避難は進んでいるが、村長の家に隔離されていた病人達は未だに村
を出ることさえ出来ていない。心優しい義理の妹もまた、そんな病人達の手助けに就いている
ために逃げ遅れている。
 屋根の上から見る限りでは、マチルダが一番避難して欲しい人物が逃げ切るまで、まだ暫く
の時間が必要なようであった。
 病人を支えた村人が、一人、また一人と森の中に入っていく。その中には学院の生徒達の姿
もあり、動きの速い少年が両脇に子供を抱えて行き来を繰り返している。それでも、村長の家
から村の外へと続く道には病人の列が並び、一向に前に進む気配は無い。
「困りましたな……。もう、あれを落としても敵の増援は防げそうに無い」
 頭上では光を使った信号が既に終了していた。
 二騎の竜騎兵は味方が来るまで様子見を決め込むつもりか、ゆっくりと旋回を続けている。
「大人しく逃げるが勝ち、かね。って、あいつらどこ行った!?」
 コルベールの言葉に村の住人達と合流することを考えたとき、先ほどまで道の真ん中で話を
していたはずのホル・ホースたちの姿が消えていることにマチルダは気付く。
「まさか、逃げた……?」
 村のどこに目を向けても見当たらない、目立つはずの三人組。ミノタウロスの巨体すら物陰
に隠して逃げているのだろう。
 ある意味、驚異的な逃走技術である。
「あ、ああ、あんのドグサレがーッ!!」
 助けてやった恩も忘れて逃げ出したホル・ホースたちに、マチルダは絶叫を上げる。
 やるときはやるやつだと思っていたのに。だとか、頼りにしていた。なんて期待は無く、案
の定とかやっぱりといった感想が洩れそうなのは秘密だ。

120銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:33:00 ID:V39Nclcw
 キッと目の端を吊り上げてホル・ホースたちを探し始めたマチルダは、そこで、ふっ、と目
の前が暗くなり、唐突に夜が訪れたような感覚に襲われた。
 直ぐには頭上に目を向けない。
 ゆっくりと息を吸い、一拍置いて、深く吐き出しす。
 コルベールを見てみれば、顔は強張り、杖を持つ手には力が入っていることが良く分かる。
 もう一度深呼吸して、マチルダはそっと視線を受けに向けると、思わず頬の筋肉を引き攣ら
せた。
「これは、随分と豪勢だねえ」
 タルブ村の頭上を数十騎の竜騎兵が埋め尽くし、その背後に巨大な戦艦の姿が威容をもって
浮かんでいた。
 船の横から吊るされたロープを伝って、アルビオンの兵士が次々と降下を始め、数を徐々に
増やしている。その総数は、現時点でも千を優に越えているだろう。他の戦艦からもロープが
垂れて人が降りて来ているところを見れば、さらに数が増えることは間違いない。
 この状況なら、たかがメイジ二人を目くじらを立てて執拗に追い回すようなことはしないだ
ろう。と、思いたいところなのだが、既に二騎の竜騎兵を倒してしまっている以上、そう易々
と逃がしてはくれないらしい。
 竜騎兵の一団は、マチルダとコルベールを囲うよう旋回しながら徐々に高度を落として距離
を縮めている。逃げる気配を見せれば、一瞬にして距離を詰め、炎を浴びせかける気だろう。
 仲間を倒された怒りの色が、マチルダにもコルベールにもはっきりと感じられた。
 屋根から降りて適当な建物を背後に杖を構えたマチルダとコルベールの前は、この状況にど
う対応するか検討を始める。その姿もまた、敵の竜騎兵達の視界の中であり、身振り手振りは
しっかりと見られていた。恐らくは、風のメイジあたりが声も盗んでいるのだろう。
 八方塞で、獅子に襲われた兎程度の抵抗しか出来ないという結論に達した頃、タイミングを
計って一騎の竜騎兵が降りて来る。
 立派な体躯の風竜に騎乗した男が羽帽子の下にある髭面を晒し、鋭い瞳をマチルダに向けた。
「久しぶり、と言うべきかな?マチルダ・オブ・サウスゴータ。妹君は元気かね?」
 かつてトリステインのグリフォン隊隊長だった男が、今はアルビオンの士官用のマントに身
を包み、祖国の村を焼こうとしている。
 猛禽類のようなワルドの目を見て力の差を感じ取ったマチルダは、同時に、目の前の男につ
いて一つの疑問を抱く。
―――こいつ、誰だっけ?
 アルビオンの夜に起きた、ウェールズとホル・ホースが死に掛けた事件。その時は暗い上に
遠目であったために、その犯人の顔をマチルダは一切見ていなかった。

121銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/12/25(木) 19:40:12 ID:V39Nclcw
投下終了。
ワルド再登場の回。
次回あたりから再登場人物がポンポン出てくる予定。ルイズの出番も有り。

第三部は後二話か三話ですな。今年中に第三部終わらせたかったけど、
このペースじゃ無理っぽい。が、あと一話くらいは何とかします。
メリークルシミマース!

122ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/25(木) 20:24:30 ID:tlmBdcOk
GJ! せっかく再登場したのに「誰だっけ?」って相変わらず扱いが酷い。

それと偉そうではなく貴方は偉いんですよ、本当に。
銃杖は最高だし、その合間に絵を描いて投下するし!
畜生!メリークリスマス!

123名無しさん:2008/12/26(金) 00:15:54 ID:wQzAmxdQ
GJでした
エルザと代わりたいぜ…
そしてワルドカワイソスwww

124名無しさん:2008/12/26(金) 02:23:58 ID:L0staexY
GJでした!!

125桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:45:21 ID:f3zNg1sg
やけにエロい展開はクリスマスだから? とか思ってたらむしろ絶体絶命に陥ってる辺り
がクリスマスらしいです。そして新コスチュームのエルザさん! GJでした!

そして投下です。拙いながらも投下祭りです。本当は昨日の内にできる筈だったのですが、
クリスマスの所為で酔い潰れてしまいました。もちろん、一人で。

126桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:46:12 ID:f3zNg1sg
「そうですか。それは困りましたねえ」
 他人事のようにほのぼのと応えるクロムウェル。アルビオン神聖皇帝をしぶしぶと僭称
する男が、ゆっくりと笑う。襟元まで詰めかけた重臣の圧迫など、微塵も感じていない。
 トリステインの発布した〝内乱の鎮圧〟が、彼らを指導者の許へ走らせたのだが、その
相手がこの様子では気も抜ける。
「この地はすでにトリステインのものと、かの国が吐かしッ! 来週にも我が方へ攻め込
もうとしておるのですぞ!」
 勢いを残した一人が我鳴る。そうだそうだと、いささか気勢を削がれた諸々が同調の声
を上げた。
「心配には及びません。我らにはたくさんの〝おともだち〟が、いるではありませんか」
「で……ですが」
 クロムウェルがそう呼ぶのは、ニューカッスルとロサイスから運ばれた兵の死体〝だっ
た〟ものである。無数の中から五体の揃っているものがより分けられ、腐臭を放ちながら
ロンディニウムへ到着したそれを、クロムウェルの〝虚無〟が再生したのだ。
 うつろな表情、氷のように冷え切った血、しかし彼らは歩き、話し、そして戦う。どう
してか、クロムウェルへの忠誠を極限まで高めて。
「死を乗り越えて戦う兵のいる我ら、死を知らぬ彼ら。どちらが生き残ると思います?」
「は、いや、しかし……」
 彼らの再生こそ目にはしたが、それが不死なる存在であるとは信じるに足りていない、
重臣たちの意気は低い。
「やだなあ、もっと彼らのことを信頼してあげなくちゃ。それに」
「それに、何ですかな……?」
「あなたたちもいずれ〝そう〟なって、我らのおともだちになるのですから――」


「死体を?」
「はい。連中、死体のうち損傷の少ないものだけを選って、運んで行きました」
 ニューカッスルを発ち、ロサイスを経てサウスゴータを目指す一団の会話である。長で
あるアニエスの許に残った数名と、彼女らの護衛を務めるメンヌヴィルによる、レコン・
キスタ撹乱部隊だ。報告は、さきほど合流したアニエスの部下によるものだ。
「その情報は?」
「はっ、すでにトリスタニアへ向けて」
「よし。それが何であれ、殿下なれば看破されるだろう」
 ふむふむと唸りつつ、メンヌヴィルが始める。
「使うんだろな、たぶん?」
「そうだろうな。知りたくもないが」
「やっぱアレか? 実験か?」
 この男の想像する〝実験〟が、かつて王立魔法研究所《アカデミー》で行われていたも
のだとしたら、聞いてはいけない。朝食から二時間と経っていないのだ。
「〝錬金〟を――」
「うるさいっ!」
「いや、スゴいんだぜ? 生物であることを放棄した死体には――」
 想像するな。したら負けだっ……!
「その臭いがもう、あの世のものって――」
 ま、け、るな……
「緑色のつぶつぶが――」
 メンヌヴィルを残し、全員が道端の木立へ消える。乙女には似つかわしくない効果音が
漂う。酸っぱい匂いも漂う。
「クハハッ、昨日の礼よ!」
 まだ痛みの残る腰に手をあて、メンヌヴィルが高らかに笑う。それにしてもこの男、実
に楽しそうによく笑う。きっと後悔する生き方をしてこなかったのだろう。

127桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:47:21 ID:f3zNg1sg
「選抜試験は終わったわよ?」
「それとこれとは別だ! ぼくの挑戦は決して終わらない!」
 じめじめするヴェストリの広場。二人が最初に戦った場所である。
「ああ、そうだったっけ。あんたはそういうヤツだったわね」
「そうだ!」
「じゃあ、これがわたしの置き土産よ。実力の差、存分に味わっておきなさい」
 そして始まる、ほぼ日課と化したルイズとグラモンの試し合い。しかし毎度々々、律儀
に受けるところを見ると、ルイズも満更ではないのだろう。むろん色恋ではなく、戦士の
血が騒ぐの方向で。

 どごん。瞬歩でグラモンの懐にもぐりこんだルイズが爆発を見舞う。転がるグラモン。
「ぐはっ。……オープニングヒットは譲ってやる。しかーし!」
 どすん。グラモンの背に回りこんだルイズの肘打ちが決まる。悶えるグラモン。
「ぶほっ。……ミドルダメージまでは譲ってやるがっ、しかーし!」
 どどん。練成中のゴーレムごと、爆発のラッシュ。弾けるグラモン。
「ぐふっ。……ダウンまでは譲ってやる……。しかーし! 勝負はまだこれからだ!」
 グラモンの左腕が、曲がってはいけない方向へ曲がっている、ように見える。
「……よく、立っていられるわね。大したものだわ」
「フッ、ぼくの家の家訓が、ぼくを立たせるのだよ。『命』と『名』、どちらも惜しまね
ばならぬのは難儀であるが、な!」
 グラモンとて策はある。いたずらに翻弄されたわけではないのだ。それがっ……!
「うおっ!」
 突然の陥没に足を取られるルイズ。グラモンの使い魔が、土中からルイズを絡め取った
のだ。ずびし、とバラの造花を突きつけ、グラモンが決める。
「時間が……、時間が必要だったのだ。忘れてなかったかい? ……ぼくも君も、一人で
はないのだよ?」
「ふん、穴の一つや二つ! オラァッ」
『まてッ、ルイズ! 一つや二つでは――』
 威勢よく踏み出した右足が穴にはまり、慣性の法則による問答無用の前転を披露するル
イズ。お約束のようにぶっ飛ぶデルフリンガー。そして回転は二週目にして途絶する。今
度は頭がはまったのだ。否応もなく地中に没する、ルイズの上半身。ぐきりと腰骨が鳴り、
びよんびよんと振り子のように振れる、下半身。その揺れが、彼女のスカートをハの字に
開く。何というかもう、全開だ。
「ぶほッ。なな何という絶景! ――あ、いや、見てないぞっ、決してレディーの無防備
な秘境を垣間見たりはしてないぞ! 信じてくれっ、モンモランシー!」
 愛する彼女がいると決めた方向へ、音のする勢いで首を回してグラモンが叫ぶ。こんな
時でも彼の愛と忠誠は概ね絶対なのだ。
 空中を激しく回転して校舎の影を飛び越え、昼下がりの陽光をきらりとはね散らしたデ
ルフリンガーが、主人の待つ穴へとまっ逆さまに飛び込んでいく。柄が下でよかったと、
誰より喜んだのは当の本人だ。
「…………ッ!」そして土中から、くぐもった叫びがする。

 作戦の成功は喜ばしい。しかし、しかしだ。これはもしかして、ぼくは己への執行令状
に署名してしまったのではないか? いまの唸りは『ぶっ殺すッ』の〝ッ〟かな? いや
いや彼女が決してその台詞を吐かないこと、それは確かだ。なれば……。

128桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:48:09 ID:f3zNg1sg
 人が穴にはまった時、常識の多寡に関わらず、普通はそこから這い出すものだ。むしろ
それ以外の選択はないといって差支えがないだろう。しかしこのルイズには通用しないッ。
「……ラ……オラ……オラオラ……ラオラッ……オラァ…………」
 ボコボコと土中から気合と爆発音が轟く。穴に消えるルイズの脚。
「まさか、な……」
 グラモンがありえない可能性について考える。ありえないのだから、それはありえない
のだが、ありえない事というのは案外よく起こるのだ。
 地面の下であれば全て、三次元レーダの如く全てを感知するグラモンの使い魔、ジャイ
アントモールのヴェルダンデ。彼――彼女? かも知れない――の感覚がグラモンに伝達
される。Uの字に、だと……。
「……ッ・カァーノォォオッ!」
 ドグオォォン、という炸裂音と共に地上へ復帰するルイズ。手には剣、全身には隈なく
土、瞳にはらんらんと炎を燃やして。

 ふしゅー、と一つ、気合の排気を完了させてルイズが言う。
「……土をつける、というのは喩え。それはいいわね?」
「も、もちろんだとも! この程度でぼくの戦術が尽きたなど、思わないで頂きたい!」
「よし。ではこちらの番よ!」ルイズの凄味が空気を震わす。

 しかし、広場の地表に異常は見当たらない。掘ってから埋め戻した穴とは訳が違うのだ。
土中から薄皮一枚を残して掘られた落とし穴、しかもおそらく無数。これは侮れない。

「……いいわね。とてもイイ戦術だわ。わたしは動かなければ攻撃できない、あんたは動
く必要がない。そうね、その成長性には〝A〟をあげる」
 ひくひくとこめかみを震わせつつも、褒めるところは褒める。そういう人なのだ。
『いや、大したものだ。君と戦うたびに、彼は強くなっている』
「何かヤる度にえげつなくなってねえ? アレか、姐さんが鍛えると皆こうなるとか?」
「うるさいわね! わたしはギーシュの師匠じゃないわよ!」
「むっ」
「ん?」
「いま、ぼくを名前で呼んだよな?」
「そうね。呼んだわね。それが?」
「いや、そうだ、それがいい。その呼び方がいい」
「は?」
「知ってるかい? きみが名を呼ぶのは、認めたヤツだけだってこと?」
「そうだっけ?」
『そう言われてみたら、確かにそうだな。シャルロットといい、シエスタといい、強さを
確かめた者の名は、確かに名前で呼んでいるな』
「へええ、意外と判り易いじゃねえの、って、俺は?」
「あ、ほんとだ。そういや姫さまを名前で呼んだのも、〝決闘〟のあとだったわ」
「俺は?」
「ようし、ギーシュ、あんたは強くなる、少なくともその素質はある。認めるに吝かでな
いわ」
「おおっ」
「でもね、今日の強さを認めるかどうかは、これからよ!」
「それで結構! 幸い折れたのは左腕ッ! 錬金に支障はない!」
「……ねえ俺は?」

129桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:48:52 ID:f3zNg1sg
 ルイズが跳ぶ。魔法学院の壁を走り、蹴り、削って跳ぶ。地に足を着かなければ問題は
ない、が、いかんせん距離があり過ぎるのだ。校舎と壁の間を一足にとはいかない。中途
にて一度ならず〝爆風〟を受けて軌道を跳ね上げなくてはならず、その消耗が意外と大き
いのだ。
 感覚の共鳴をして、落とし穴の影響を受けないギーシュがバラの造花を振り、ゴーレム
を生み出す。精密な動作性をこそ、ひたすらに磨いてきた修練が、ここに花開く。
「そこだ!」
 穴だらけの地を滑るように進んだゴーレムが、ルイズの着地点を抉る。
「甘い!」
 がらがらと崩れる塀に、舞う爆風。ゴーレムの伸びきった豪腕に亀裂が走る。
「着地にも合わせられるのよ。爆発は」
「うぬう、まさに全身これ凶器! しかしっ、ぼくのワルキューレもまた不死身ッ!」
 引き裂いた右腕を槍代わりに、ゴーレムがルイズを追撃する。壁の穴の増えるにつれ、
ルイズの足場が減っていく。ギーシュを狙う線上には常にゴーレムが盾となり、阻む。
「ちっ、空中からじゃ埒が明かないか」
 しかし半壊した塀、穴だらけの校舎、地には無数の穴。どうする?
『ルイズ、コルベールのヘビくんを思い出すんだ。爆発の効率を!』
「……そうかッ」
 目指すは穴。先ほど無様にも転げ落ちた穴である。そこに爆発を込める。気合を、スゴ
味をその穴倉に向けて解放する。
「ウルウルウルウルッ、ウル・カーノッ!」
 爆風が、一筆書きの通路を疾る。土竜の掘削上回る速さで疾る。
「うおおっ」
 爆発の背を爆発で押す、ルイズの放射魔法が地下通路を満たす。爆音と土煙が垂直に立
ち上がる。ヴェルダンデも爆風に尻を蹴られ飛び出す。中空に、つぶらな目がきらめく。
「ぼくの可愛い使い魔ッ!」
 走る、走るグラモン。その巨体を全身で受け止め、忘れていた骨折の痛みに悶える。彼
の正中線上にはルイズの剣。決着はここに示された。


「一つ、聞いていいかな?」
「何よ」
「マリコルヌのことを名前で呼ばないのは、どうしてなんだい? 彼は――」
「ああ。あれは、あいつはああ呼ぶと喜ぶのよ、だから」
「はは。そう、か。それもそうだな」
「ほら、変態だから」
「あはは」
「……俺は?」
「うっさいわね、デルフ。いいじゃあないの、愛称でも」
「愛……! うんうん、そうだよな!」
『デルフ……』
「いいんだ! 俺は姐さんに愛されてる! そしていつも背中で体温を感じてる!」
『おい、どうしたデルフ? 熱でも……』
「いいんだよ、相棒。剣にしか判らないことも、あるんだ」
 今日もいつも、ルイズの周りには楽しみが満ちている。これからもきっとそうだ。

130桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:53:08 ID:f3zNg1sg
投下完了です。次はまた、イザベラさんの冒険になると思います。
では皆様、よいお年を! メリークリスマス!

131名無しさん:2008/12/27(土) 01:02:31 ID:ML3XM18E
投下乙!
これでギーシュは同行が許された……のか?

132味も見ておく使い魔 第六章 03:2009/01/03(土) 01:09:52 ID:zZTlvc9k
 アルビオン沖での『決戦』から一ヵ月後。
「しっかりと戦場になっちゃったわね」
 ルイズは自分にあてがわれた女官専用の天幕の内側でため息をついていた。
 ルイズが今着ているマントは学生のそれではなく、トリステイン王家の百合紋章がしっかりと描かれている。ここは戦地。アルビオンの人間と見間違われては困るのだ。
「ここはすでにアルビオンだからな」
 ブチャラティが応じる。彼の言うとおり、ルイズたちは港町ロサイスに駐屯しているトリステインの軍隊と行動をともにしているのだった。
「だが、アルビオンにきたのはいいとして、ここ一週間、君にまったくお呼びがかからないじゃないか。別にどうだっていいが、僕たちは実は用済みなんじゃないのか?」
「そうね、でもそれはよいことだわ、露伴。トリステイン軍が、虚無という特異な力を必要としていない程度には優勢、ということだから」
露伴はほほう、とうなずいた。
「だいぶしおらしくなったじゃないか。てっきり『私の出番がないじゃない』とわめき散らすとばっかり思っていたよ」
「私もね、いろいろ思うところがあるのよ。コルベール先生のこともあるし、ね」
「コルベールが死んだのは意外だったな、俺にとっては」ブチャラティがうなずく。
「それは僕もだ。あの男はこれから何かをしでかしそうな優秀そうな男だったんだがね」
「そうなんだ、二人ともコルベール先生の評価高いわね。私は、あの先生は愉快な先生だとは思っていたけど、そこまでの人とは思わなかった」
「人の評価なんてそんなものさ」
「でも、悔しいわ。私だけがあの先生の真価を見抜けなかったみたいで」
「気にすんな、ルイズ。何も僕たちの評価が正しいと決まったわけじゃない。君の意見のほうが正しい可能性もありうるんだ。ま、今となってはもう何もわからないがぁね」
「そう、ね。もう、わからないのね……」
 ルイズの声が湿っぽくなっていく。コルベールの死がそれほどまでにこたえたのだった。戦争で死ぬのならまだいい。周りからは名誉といわれるのだから。まだ死が納得できる。でも、コルベールは乱入者に殺されたのだ。こともあろうに、生徒を守ろうとして。たぶん周りの大人は犬死だと思うだろう。メイジ崩れごとき競り負けた間抜けの一人として忘れられていくに違いない。そう思ったら、ルイズはなんだか泣きそうになってしまった。
「そういえば、君たちは幻を見ていたんだったな。ミョズニトニルンだったか」露伴は言った。
「そうだ、名前はドッピオ。俺のかつてのボスだった男だ。正確にはボスの分裂した精神の人格の、片割れのひとつだ」
「ふ〜ん、ブチャラティとの縁か、それは、やはりパッショーネの?」
「ああ、その関係だ」
 一筋の風が天幕を通り過ぎていった。気がつくと天幕の入り口が開いている。風はそこから来たようであった。見ると一人の男が入り口にたたずんでいる。
「ミズ・ヴァリエールの天幕はここでよいのか?」その黒髪の男はいった。
「ああ、ところでお前は何者だ?見たところトリステインの兵士ではなさそうだが」
 ブチャラティの言うとおり、彼の姿は兵士の服装ではない。かなり軽装だが、杖を持っていないのでメイジでもないだろう。何より、ぱっと見た目は無武装である。
「失礼、自己紹介が遅れた。私はロマリアからの義勇兵でね。竜騎士を務めているものだ。名を……念のために偽名を名乗らせてもらおう。ジュリオ・チェザーレとでも名乗っておこうか」

133味も見ておく使い魔 第六章 03:2009/01/03(土) 01:10:28 ID:zZTlvc9k
「怪しいな」露伴が言った。
「いぶかしむのは結構だが、私は命令を伝えにきたのだ。君たちがトリステイン軍の命令を無視したところで俺に何の痛痒もない」そういってロマリアの竜騎士は一通の命令書をルイズに手渡した。
「至急女王の元へと出頭せよ、とのことだ。案内役は私が勤める」
 女王の天幕へとついたルイズ達は、アンリエッタ挨拶を行なった。
「ありがとう、ミスタ・ジュリオ。下がっていてください」
「了解した」そういうと男は音もなく天蓋を去っていった。
「あの男は一体何者なんだ?」
「ブチャラティさん、あの人はロマリアからの義勇兵です。身元は法王庁が保証していますわ」
「ところで、何か御用でしょうか、アンリエッタ姫様」とルイズ。
「ええ、今日私の女官が新しく来たのであなたに会わせようと思って」
「女官?」露伴が言う。
「ええ。あなた方全員、よく知っているひとよ」アンリエッタはそういって手を叩いた。
 一人の女性が静かに天幕へと入ってくる。
「シエスタじゃないの」
「シエスタか」ルイズとブチャラティが同時に驚いた。
「はい。新しく貴族になった私ですが、魔法も剣も使えないので、それならばと女王様が配慮してくださったのです」

「そういうことね。ルイズ。あなたやシエスタ、ブチャラティ、露伴は一緒になって、アカデミーの研究員の位を与えることにしたの」
「何か研究をするんですか?」
「いいえ。ちなみに、他のアカデミーのセクションとは違って、女王の直属機関にしてあるから、安心して」
「姫様のみ心のままに」
「ああ、それとお使いを頼もうとしていたの。あなたも天幕暮らしは飽きたでしょう?行楽がてら、私の変わりに戦勝祝賀会に参加してほしいの」
「わかりましたわ。女王陛下。私は任務を立派にこなして見せましょう」ルイズは元気一杯、胸を張って答えた。

134味も見ておく使い魔 第六章 03:2009/01/03(土) 01:11:06 ID:zZTlvc9k
 その会話から一昼夜過ぎたころのサウスゴータの町では、町の有志の手により、早くも復興作業が始まっていた。その作業には、町を勝ち取ったトリステイン軍の人間も加わっていた。その中にギーシュの部隊も加わっていた。
 半分仲間と談笑しながら作業していたギーシュは、町へ、外から騎馬で向かってくる一団に気がついた。見る見るうちにギーシュが整備している町の正門に入ってくる。
「ルイズじゃないか」町に接近している影は、シエスタと別れたルイズ一行であった。護衛もついている。が、なぜかルイズは不機嫌な様であった。
「聞いたわよ!サウスゴータの戦いで、最初に突出した部隊ってあなたたちじゃないの!」
「まあね。おかげで勲章者さ」フフンと笑う(元首相じゃないよ!)ギーシュと対照的に、ルイズはプリプリと怒っていた。
「バカッ! 結果的には快勝したけど、下手したら軍そのものが壊滅してたかもしれないのよ!」
「あっそ」ギーシュは鼻ホジホジ。
「なにそれ! 女王直属の女官に向かって! 軍法会議ものよ! きー!」
「うるさいな! 遠征軍一の果報者に向かって!やれるものならやってみろってんだ。バーカ、バーカ!」
「絶対、ずぇったい、姫様に言いつけてやる!」
 そうやって煙を吐くルイズに対し、ギーシュは疑問を口にした。
「っていうか、何でルイズがこんなところにいるんだよ?!」
「姫様に代わって、わ た しがあんたに勲章を授けるのよ!ふん!感謝しなさいよね!」
「ぐ! ルイズなんかに頭を下げなくちゃならないのか!」
「子供の喧嘩だな」露伴が言う。
「ああ、仲がよさそうで安心したよ」ブチャラティも嘆息した。
「何処が仲良さそうよ(だ)ッ!」と二人のハーモニーが一致した。

135味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:11:46 ID:zZTlvc9k

 その日の夕、サウスゴータの町の広場にて、戦功を上げた戦士へ勲章の授与の儀式が執り行われていた。執行人は、アンリエッタの代行、ルイズである。
「ギーシュ・ド・グラモン」ルイズは壇上で言い放った。
「ここに」ギーシュが緊張の面持ちとともに進み出でる。
「あなたはサウス・ゴータ攻略戦において、多大なる戦果を敵に与えました。よってここに勲章を下賜します」
 会場に詰め掛けた軍人がワッとどよめく。おそらく、ギーシュと一緒に戦った彼の部下もいるのであろう、ところどころから「ギーシュ様万歳」との掛け声が聞こえる。
 ルイズがギーシュの胸のところに勲章をかけたとき、ひときわ大きな歓声が上った。そのとき、見慣れぬいかつい戦士がギーシュの肩を組んでうれしそうに話しかけた。
「お兄様! なんでこんなところへ!」
「かわいいギーシュ坊やが出世したって言うんじゃぁ、グラモン家の頭領としての誉れだ。そんな儀式に我々も参加するって言うのは礼儀じゃないか」 
「それにしてもあのギーシュが! あの泣き虫のギーシュが! 勲章なんていただけるなんて。信じられないなあ、いやそういうのは戦士に対する侮辱か。ハハハ」
 ギーシュは照れた。誰が見てもそうであった。
 ルイズはその様子を見て、なんだか照れくさくも、とてもうらやましくもなってしまったのであった。

136味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:12:17 ID:zZTlvc9k
 サウスゴータから徒歩で半日の距離にひとつの水源がある。周辺人口一万余の飲み口はこの湧き水に一手に任されていた。当然、サウスゴータの待ちも例外ではなかった。
ガリア王国の王女、イザベラはこのような地で、供も連れずたった一人で息を殺していた。そこにひとつの影がやってくる。男である。
「確かこうやって……」
 その男が水源にひざまずき、右手を差し入れると水源は紫色に妖しく光る。
イザベラはほくそ笑んで、その人影に向かって声をかけた。
「わざわざご苦労だね、ドッピオ」その人影はあせった風に振り返る動作を行なう。
「これはこれは王女様。アルビオンのこんなところまでどんなご用ですか?」イザベラは話しかけられた相手が全くの動揺していないのを見て、少し癪に感じつつも話を続ける。
「私はどうせ親父に疎まれた存在さ。それよりも親父の懐刀で『ミョズニトニルン』のお前がこんな夜に何をしでかそうってのさ」
「か、観光ですよ。観光。このあたりは水がおいしいと聞いているので」
 観光だって。何でこの男はこうもあからさまな嘘しかつけないんだ? イザベラは正直半分あきれながらも、そのような人材しか寄せ付けない父親に少し親近感を抱いた。
「下手なうそをおつきではないよ馬鹿野郎。親父たちの策はとっくにお見通しってわけさ」
 噴出しそうになるのをこらえながらも、イザベラはなおも詰問口調で詰め寄る。ここが肝心なのだ。
「ほ、本当ですか?」
 ドッッピオは傍目にも不自然に思えるほどうろたえだした。面白いね。
「そうさね。あんたが今持っている水の指輪。それで悪さをしようってんでしょ?」
「え〜。それは黙っていてくれませんか。ばれたのがばれると、僕が王様に叱られます」
「そんなこと知ったこっちゃないよ」イザベラは、ふふん、と鼻を鳴らした。
「黙っていることであんたに借りをつけてやるってのもいい考えだね」小動物をいたぶり遊ぶ猫の目をしながら、しなやかに、イザベラはいった。
「で、何のようです。たとえ王様の娘とはいえ、邪魔はさせませんよ」
「いや、あたしは手伝ってやるだけさ。親父とあんただけじゃ不安だからね」
 そういって得意そうに片手をドッピオに向けた。本当はその手にキスをしてほしかったのだが、ドッピオは不思議そうな顔を一瞬した後、得心が言ったような表情をして、握手を交わしたのであった。
「ロマンが分からない男は、ホンット、馬鹿よね」イザベラは、ため息をひとつ、ついた。

137味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:12:57 ID:zZTlvc9k
 突然だった。
 ルイズは己の拝命を果たした後、復命する前にサウスゴータの町で一泊し、英気を養っていた。その日のうちに町を出るには日が翳りすぎていたし、ルイズに余計な体力を使わせないようにとの、アンリエッタ女王の配慮もあった。
 しかし、その思慮も裏目に出る。
 突如、サウスゴータの町に駐留していたトリステイン軍の警邏兵が反乱を起こした。
 サウスゴータの町そのものは、先日アルビオンから奪取したばかりの新鋭の町である。当然、トリステインの兵士にとっては地理に詳しいわけがない。それに加え、反乱を起こした兵は真っ先に、サウスゴータの町中央に設置された軍司令部を大砲で吹っ飛ばしたのだ。トリステイン軍の、サウスゴータにおける統制は完全に失われた。
 後に残るは阿鼻叫喚。広がるは炎の独壇場であった。
 ルイズが宿屋の二階にて目覚めたのは、そのような状況下であったのだ。
 女王の元からともにきていた護衛兵はすでに失せ、残るはうかつにも宿屋で安眠をむさぼっていたブチャラティと露伴のみ。
「何事よ! ギーシュの兵達はなにやっているの?」ルイズが宿屋の二階から表通りの様子を見る。そこには、家財道具を抱えたサウスゴータ市民やら、トリスタニアから慰問に来ていたトリステインの民間人やらが、絶望的にまで混乱した様子で逃げ惑っていた。彼らの行く先も様々で、正直どの人の流れが町の外へと続いているのか、ルイズ達には分かりかねた。
「仕方ないだろう。ギーシュたちだけに責任はないんじゃないか? 正直俺には、何が起こっているかわからんが」ブチャラティがルイズに近寄って、言った。露伴も同意する。
「うん。僕もブチャラティの意見に賛成だ。サウスゴータの町は確か人口は一万を超えてるはず。その町の中がすべてこのようなことになっているのなら、トリステインの兵だけでは何もできないだろう」
「どうするの、私達。このままじゃ火事か焼け死んじゃうわ。それか反乱?兵に殺されちゃうわ」
「どちらも面白くない展開だな」露伴はうなずいた。
「策は二つだ。情報を得ることを優先するか、それとも真っ先に町を脱出するか」

138味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:13:28 ID:zZTlvc9k

 どちらにせよパニックとなった人の波とは一線を隠したほうがよさそうね、とルイズは考えた。が、そうは思ったものの、実際の行動が思いつけない。心臓がバクバクする。手に力があふれすぎている。どうしてよいやら分からない!
 だが、ルイズは二人の使い魔の主人なのであった。ルイズは震える声で言った。
「とりあえず、外に出るわよ。ちょっとは情報も増えると思うわ」
 外に出た三人を待つものは、逃げ惑う一般人の悲鳴であった。何処かの区画が燃えているらしく、真夜中というのに空が赤く染まっていた。
「耳を澄ませてみろ、ルイズ、露伴。西のほうから剣戟の音が聞こえてくるが、喚声は全く聞こえない。これは明らかに異常だ」
「うん。火の勢いも主に西から出ているようだな」
「これはスタンド攻撃かしら?」ルイズの疑問には露伴が答えた。
「分からん。が、僕の考えでは、違う気がする。スタンド攻撃にしては現象が原始的過ぎるしな。何らかの魔法じゃあないか?」
「でも、こんな魔法なんて、私は知らないわよ!」
「ルイズが知らないなら、五大魔法の可能性は非常に低いな。でも、魔法は魔法でも、君達は詳しくないものがあるだろう?」
「まさか、先住魔法?」
「どちらにせよ、未知の力と思っていたほうがよさそうだな」
「で、どうするかだ。僕は逃げるより先に現場を見て何かしらの原因を探ったほうがいいと思う。逃げるのはそれからだ」
「だが、もし無差別攻撃型の類だったら、その好奇心が命取りになる可能性もある」
「しかし、だ。ブチャラティ。今は何が起きているかを少しでも知っておかなければいけないと僕は思う。闇雲に逃げるだけではパニック起こしたやつらと変わらん」
 そして露伴はあたりを注意深く見渡した。
「そして何より、この謎現象を自分の目で確認しないと……」
「しないと?」ルイズの声とブチャラティの声が重なる。
「僕の気が収まらん」
「あきれたやつだな。だが、一理はある」三人の方針は決まった。

139味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:13:58 ID:zZTlvc9k
 司令部に向かった三人は、その惨状に唖然とした。
「何だ……これは」
 そこにあった光景は、目を覆うよう悲惨ななものであった。
「おい、やめろ!」そういう傭兵に向かって。無言で切りかかる、同じ傭兵。
 攻撃を繰り返しているものは、よく見ればごくごく少数の者達であったが、誰も彼もも無言で、目の死んだような顔つきで進軍していた。いずれもトリステインが雇った傭兵である。
「裏切りか!」
「それにしては様子がおかしい」
「何らかの不思議な力によるものかしら?」ルイズは答えた。正直怖い。あたりにはまだ反乱兵はいないが、ルイズ達が見つかるのは時間の問題だろう。
「そうと分かったらさっさと逃げよう」露伴の提案に、二人は同意した。
「そうしましょう」

 ルイズ達は、反乱兵に見つからないように、東に逃げていると。
「視界が悪い。火事の現場が近いのか?」
「煙のせいか……視界は三メートルくらいしかないな」
露伴の言うとおり、白い霧のようなものが辺り一帯に充満していた。
「しかし、この辺は都市区画ごと吹っ飛ばされているじゃないか」
 露伴の言うとおり、その周囲は建物が倒壊し、上空の視界だけはひらけていた。ときおり、通りの向こう側から、
「正気に戻れ」などという声が叫ばれている。
 だが、向こう側の人々は聞き入れないようである。その声は小さくなっていったが。

「ちょうどよかった!お前達は正気なのか?」
 そのとき、一人の傭兵らしき人物が話しかけてきた。
「私達は大丈夫よ。それよりあなたは大丈夫?」
「なんだか、味方の連中が突然刃を向けてきたんだ! 俺なんか、ほら」
 その男が見せつけていた腕には、酷い裂傷があった。
「ひどい傷……」
「な? 反乱した兵士はみんな目が死んだような顔してるんだ。なんとも気味が悪りぃ……あれ?」
 急にその男の動作が鈍くなっていった。
「どうした?」
「体が、勝手に、動く?」男の目が驚愕に見開かれた。男が持つ剣が、ルイズの頭上に振り上げられる。
「ルイズ危ない!」ブチャラティがとっさにかばったためにルイズは無事であったが、ルイズは突然起こったことに頭がついていかない。さっきまで友好的だった人がいきなり刃を向けてきたのだから。

140味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:14:31 ID:zZTlvc9k

 突然煙の中から女の声がする。
「ちぃ、惜しいね。やっぱり意識があるやつは反応が遅くて困るよ」
 ルイズがその方向を向くと、煙の中からゆらりと小さな影が出現した。
「あなたは?」
「私はガリア王国の王女、イザベラであるぞ」
 果たしてそれはイザベラであった。
「ガリアの王女? 何でここに?」
「わたしはアルビオンのあまりのふがいなさに見ていられなくてねえ」

「加勢しようってわけさ!」
 イザベラのふる杖が振り下ろされると、小さな水の塊がルイズに向かって飛んで行った。
「危ないッ」
 すんでのところでルイズはよける。塊が小さいのと、飛ぶ早さが遅かったのが幸いした。塊もルイズの背後であっという間に蒸発していった。
「あんたみたいなのが加勢ですって? 笑っちゃうわ。魔法もろくに唱えられないじゃない」
 イザベラの目が据わった。
「お前、私を馬鹿にする気?」
「単に事実を述べただけよ」
「そういう態度はね、寿命を縮めるよ」

 凍りついた笑みを浮かべるイザベラの背後から、多数の兵士がやってきていた、どの兵士もトリステインの兵士である。
「これはお前の仕業か?」
「半分正解だね。でも、そんなんじゃ得点はあげられないよ!」
「何だと?」
「兵どもを最初に操ったのは私じゃないさ」
 得意顔になったイザベラの言葉とともに、目の死んだような男たちがルイズ達に攻めかかる。動揺している男の傭兵も露伴に襲い掛かっていた。
 それを、二人の使い魔は自分達のスタンドを出して防衛しようとする。
「ヘブンズ・ドアー!」
「ステッィキィ・フィンガーズ!」
「ブチャラティ、バラバラにしては駄目! 相手は味方なのよ!」
ルイズがとっさに叫ぶ。その声に動揺したブチャラティは、彼らの攻撃を受け止め損ねてしまった。ブチャラティの頬に、剣で浅い傷がついた。 
「かかった!」イザベラが叫ぶ。
 その声とともに、周りの白い霧がブチャラティにできた傷に入り込んだ。
「何?」ブチャラティが驚愕の声を上げる。
 ブチャラティの動作がぎこちなくなっていき、最終的には動かなくなってしまった。
「これで、人形の出来上がりさ」イザベラがほくそ笑む。
「あなた、ブチャラティに一体何をしたの?」ルイズは叫ぶように言った。

141味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:15:01 ID:zZTlvc9k

「気になるかい?そうだろうねえ、あんたも同じくガーゴイルになりな!」
 イザベラが指をぱちんと鳴らすと、ルイズの周囲にいた兵士が、いっせいにルイズに飛び掛ってきた。
「何をやっている! 逃げるぞ!」今度は露伴がルイズを押し出だした。
「逃げるの? でも、ブチャラティが!」走りながらルイズは聞いた。
「そんな暇はない! 今はお前の身の安全を確保するのが先だ!」
「そうだ! 俺にかまわず逃げるんだ!」背後からブチャラティの叫び声がする。
 だがしかし、ブチャラティの声は遠くならず、逆に二人に近づいてくる気がした。
 ルイズは振り返った。
 ブチャラティが、背を向けた姿勢で追いかけてくる!
「どうしたって言うの?」
「ルイズ、走りながら聞け! ブチャラティはイザベラに操られている! あの霧を体内に入れるとお前でさえ同じように操り人形になってしまうぞ!」

「じゃあ、ブチャラティを救わないと!」
「それは僕に任せろ。隙を見て、『天国の門』で操り状態を解除してやる」
「できるの?」
「できるかも何も、やらなくちゃしょうがないだろ!」
「分かったわ! 私は何をすればいい?」
「この作業には囮が必要だ」
「うそっ!ちょっとそれはっ――」

142味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:15:34 ID:zZTlvc9k
 イザベラは悠々とサウスゴータの町の中央街を歩いていた。供は一人もつれていない。こんな気分のいい日に、口うるさいおつきのものなど連れて行く気にはならなかったのだ。もっとも、この場所においては、連れて行く気になっても、無言の連中しか連れて行けなかったが。
「さて、人形ははアイツらを追い詰めたようね」
 そういって目を向ける視線の先には袋小路にたつルイズと、進路をふさぐようにたっているブチャラティがいた。
 ルイズがまず口を開いた。
「あなたの操る力もそんなにたいしたものじゃないわね。ブチャラティは、あなたがここに顔を出すまで、私に何もしなかったわよ」
「ふん。そういきがっていればいいさ。これからあんたはガリアの王宮に来てもらうよ。何せ親父とドッピオはあんたに御就寝のようだからね。ここで私の手柄になってもらうよ」
 ルイズは叫んだ。
「どうして? 私のためにここまで町を破壊したとでも言うの?」
「ふん、うぬぼれるんじゃないよ。この作戦はあくまでアルビオンにちょっかいを出すためさ。あたしはその話に乗っかっただけさ」
「ドッピオはガリア王と関係があるのか?」
「そうさ、ブチャラティとやら。アイツはガリア王の懐刀だよ。平民だけど」
「やつはガリアのもとで働いているのか」
「余計なおしゃべりはここまでだ。あんたも面白いからついてきてもらうよ」
 その瞬間、物陰に隠れていた露伴が飛び出し、イザベラの元へとダッシュする。だが、イザベラは動じない。
「ふん。予期してないとでも思ったかい! 人形!」
 岸辺露伴はブチャラティの手によって、あと少しのところで羽交い絞めにされてしまった。
「あんたのスタンド能力はドッピオのやつから聞いているよ。あんたの能力は危険すぎる。お前はここで死んでもらうとしようかねえ」
「そいつは笑えない冗談だな。だが、果たしてお前にそんな大それたことができるかな?」
「ハッ、あんたの漫画が面白いのは認めるが、あんたを殺すのが大それたこととは思わないねえ。強がるのもたいがいにしな! お前は手が出せない。それとも、あのルイズとか言う娘っこが何かするとでも言うのかい! 笑わせるねえ」
「残念だが、その通りさ」露伴はそういい、なんと、目を思いっきり閉じた。
 イザベラがルイズの方向を見ると、彼女はまさに詠唱を終えた状態で、イザベラたちのいる方角に向かって杖を振り下ろさんとしていた。
「いまさら何をしようって……」
 ルイズははなったのだ。虚無の魔法、『エクスプロージョン』を。

143味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:16:04 ID:zZTlvc9k

〜〜〜
「僕が囮になってイザベラに突撃する。僕の攻撃が成功すればよいが、失敗する可能性もある。そうなった場合には君があの『エクスプロージョン』を唱えてすべて吹っ飛ばせ」
「でも、私のあの魔法は人体には利かないわよ」
「それでよい。アレは魔法のつながりとかを爆破する作用があるはずだ。あいつの使うスタンドは魔法にきわめて近い。だから必ず利くはずだ」
「わかった

144味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:16:35 ID:zZTlvc9k
〜〜〜
「僕が囮になってイザベラに突撃する。僕の攻撃が成功すればよいが、失敗する可能性もある。そうなった場合には君があの『エクスプロージョン』を唱えてすべて吹っ飛ばせ」
「でも、私のあの魔法は人体には利かないわよ」
「それでよい。アレは魔法のつながりとかを爆破する作用があるはずだ。あいつの使うスタンドは魔法にきわめて近い。だから必ず利くはずだ」
「わかったわ」
〜〜〜

145味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:17:06 ID:zZTlvc9k

轟音があたりを覆いつくす。
「何よ!」突然の衝撃にイザベラは戸惑った。しかし、彼女が思っていたのとは違い、外傷はない。だが、彼女の自慢の『人形』は、なぜかもう操作できなくなっていたのを感じていた。
「形勢は逆転したな……」ブチャラティがつぶやく。
 その声に、イザベラは思わず後ずさる。
 だが、ブチャラティたちはそれ以上イザベラの元へやってくる気配がない。
 イザベラが振り返ると、傍にドッピオがいた。
「イザベラ姫様、形勢は逆転しました。ここは一旦退却しましょう」
「何だって言うんだい! ここまで追い詰めておいて!」
ドッピオは、ブチャラティ達がいないかのように話を進める。
「ここでの目的である、トリステイン軍の仲間割れはすでに達成しました。それ以上の戦果を望むのは強欲というべきです」
「……チッ、分かったわよ」
 イザベラはそういって、ドッピオとともに、その場を立ち去ろうとした。
「待て!」ブチャラティの静止の声には、ドッピオが応じる。
「勘違いするな。この場は逃がしてやるだけだ……今の私の装備ではお前を殺しきるのは難しいからだ……勘違いするな、お前は私のボスに生かされているのだ……ボスに殺されるまでな……」そういって、ドッピオは煙の中に姿を消した。いつの間にか白い霧は、普通の黒い煙に変わっていた。

「どうする?」ルイズが聞く。
「追いかけるのはやめておこう。まだ謎の力によって操られている兵士がいるはずだ。そいつらに襲われる前に、この町を退散しよう」
 ルイズ達三人は、今度こそ、サウスゴータの町から脱出したのであった。

146味見 ◆0ndrMkaedE:2009/01/03(土) 01:18:38 ID:zZTlvc9k
投下終了。久しぶりに投下しちゃったんで、一部投下かぶりがありました。
ごめんなさい。

それはともかく、あけましておめでトーキングヘッド!

147名無しさん:2009/01/03(土) 12:08:44 ID:WYwnPSBs
久しぶりに更新キタ!あけおめことよろ!
この後はやっぱり原作通りに敗走するのかな?
だとしたら、才人が居ない状況でどう切り抜けるのか。
楽しみに待ってますぜ!

148名無しさん:2009/01/05(月) 00:53:23 ID:VVJRdLi.
おお、謎のロマリア神官が再登場。
彼は敵か味方か?はたしてその正体は?

149味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:01:28 ID:qDtUeuQY
「そう、状況は最悪に近い、ということなのね」
 サウスゴータを偵察していた竜の偵察兵はロサイスにおいてアンリエッタに報告を行なっていた。件の発言は、報告を受けたアンリエッタがため息と同時に出した台詞である。
「女王様、畏れながら、最悪に近い、のではございませぬ。最悪なのでございます」
 側近のマザリーニが進言する。
 彼の言うとおり、事態は最悪、の一言で表された。
 全線全勝を重ねてきたトリステイン・ゲルマニア合同軍は、アルビオン首都ロサイスの攻略の橋頭堡として、シティオブサウスゴータの攻略を行い、成功した。これがアンリエッタたちトリステイン首脳の、二日前までの認識であった。しかし、昨日急にサウスゴータに駐留していた主力の軍隊との連絡が途絶えた。不審に思った総司令部側が竜騎士を偵察に向かわせると……帰って来た報告は、兵のうち半数は霧散、残りは無言でロサイスに向かって進軍中、という信じがたいものであった。
「報告は本当のことなのでしょうか?」アンリエッタが問い詰める。問い詰められた若い竜騎士は、うろたえた様子で、ただ、事実です、と告げるのみであった。
 アンリエッタは唐突に思い出したように、
「そう、ルイズ達、あの町に使いを出した者たちは無事なのですか?」
「分かりません。詳細は何処までも不明のままです」マザリーニはそう答えるしかなかった。
 この時期のトリステインの指揮系統は致命的なまでに混乱していた。ロサイス攻略のため、正面戦力の大半をサウスゴータに駐留させていたのだが、その部隊が理由もなく行動を起こしたため、左右の陣の軍の連絡すらもまともに行なえなくなってしまったのだった。また、そのような報を受けても、前線にいたほぼすべての将校が、それをアルビオンの仕掛けた虚報、と受け取った。それほどまでに動いた兵士の規模が大きかったのだ。また、竜騎士からの報告を受け取ったアンリエッタとマザリーニも、今後どうしてよいか分からず途方にくれるばかりであった。
 トリステインにとって長い二日が過ぎた。が、その二日をアンリエッタたちは無為にすごすしかなかった。その日に、ようやく確かな報告が到着したのだ。
 グラモン家の個人の使いが、アンリエッタ王女の下に送り込まれてきた。その使者の言葉によって、ようやくトリステインは、サウスゴータでの出来事、を知ったのであった。
 凶報はさらに続く。
 敵軍であるアルビオン軍がロンディニウムから出撃、反乱軍と合流し、ロンディニウムにあと一日で到着する位置にいる、というものであった。まさに進退窮まる、という状況である。

150味見 ◆0ndrMkaedE:2009/01/09(金) 19:02:18 ID:qDtUeuQY
>>149
すまん、間違えた!
これなし!

151味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:02:58 ID:qDtUeuQY
「そう、状況は最悪に近い、ということなのね」
 サウスゴータを偵察していた竜の偵察兵はロサイスにおいてアンリエッタに報告を行なっていた。件の発言は、報告を受けたアンリエッタがため息と同時に出した台詞である。
「女王様、畏れながら、最悪に近い、のではございませぬ。最悪なのでございます」
 側近のマザリーニが進言する。
 彼の言うとおり、事態は最悪、の一言で表された。
 全戦全勝を重ねてきたトリステイン・ゲルマニア合同軍は、アルビオン首都ロサイスの攻略の橋頭堡として、シティオブサウスゴータの攻略を行い、成功した。これがアンリエッタたちトリステイン首脳の、二日前までの認識であった。しかし、昨日急にサウスゴータに駐留していた主力の軍隊との連絡が途絶えた。不審に思った総司令部側が竜騎士を偵察に向かわせると……帰って来た報告は、兵のうち半数は霧散、残りは無言でロサイスに向かって進軍中、という信じがたいものであった。
「報告は本当のことなのでしょうか?」アンリエッタが問い詰める。問い詰められた若い竜騎士は、うろたえた様子で、ただ、事実です、と告げるのみであった。
 アンリエッタは唐突に思い出したように、
「そう、ルイズ達、あの町に使いを出した者たちは無事なのですか?」
「分かりません。詳細は何処までも不明のままです」マザリーニはそう答えるしかなかった。
 この時期のトリステインの指揮系統は致命的なまでに混乱していた。ロサイス攻略のため、正面戦力の大半をサウスゴータに駐留させていたのだが、その部隊が理由もなく行動を起こしたため、左右の陣の軍の連絡すらもまともに行なえなくなってしまったのだった。また、そのような報を受けても、前線にいたほぼすべての将校が、それをアルビオンの仕掛けた虚報、と受け取った。それほどまでに動いた兵士の規模が大きかったのだ。また、竜騎士からの報告を受け取ったアンリエッタとマザリーニも、今後どうしてよいか分からず途方にくれるばかりであった。
 トリステインにとって長い二日が過ぎた。が、その二日をアンリエッタたちは無為にすごすしかなかった。その日に、ようやく確かな報告が到着したのだ。
 サウスゴータに出したに出した偵察部隊の報告がアンリエッタ王女のになされた。その者の言葉によって、ようやくトリステインは、サウスゴータでの出来事、を知ったのであった。
 凶報はさらに続く。
 敵軍であるアルビオン軍がロンディニウムから出撃、反乱軍と合流し、ロンディニウムにあと一日で到着する位置にいる、というものであった。まさに進退窮まる、という状況である。

152味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:03:31 ID:qDtUeuQY

「で、僕達はいつまでこうして進軍してりゃいいんだい?」ギーシュがうめくように隣のニコラに話しかけた。
「どうしろって、言われても。隙を見て逃げ出すに決まっているじゃないですか」
 ニコラも冷静を失った風に答える。どちらも、周りの兵士の流れに沿うように、ロサイスに向かって進軍していた。
「こうなったのはニコラのせいだぞ。どうしてくれるんだ!」
「静かに! 見張りのアルビオン兵に見つかったら元も子もありませんぜ」
「……ごめん」
 シティ・オブ・サウスゴータから進軍しているアルビオン軍の中に、かつてのトリステイン軍がいた。どの兵士も瞳から精彩が失われていた。
 いや、少なくとも二人、瞳が生き生きとしている者たちがいた。挙動は思い切り怪しかったが。それはギーシュとニコラである。
「そういえば、ニコラ。どうしてみんな操られてると分かったんだい?」
「瞳ですよ。戦争に行くやつはたいてい瞳が興奮で濁っていたりするもんでさ。でも、蜂起を起こした連中、こいつらですが、やつらはみんな瞳の色がひたすら暗かった。まるで生きていないようにね。だから、みんな正気で戦っているんじゃないんだと思いましたさ」
「ふ〜ん。で、僕達はどうやってここから逃げ出すんだい?」
「……さあ」
「……おい!」
 アルビオン軍の進軍は順調であった。順調過ぎるといっても良い。
 ロサイスが視界に移るまで、一度たりともまともなトリステイン軍に出会わなかったのだ。そのため、かつてこの地を行き来したトリステイン軍とは違い、余計な消耗をせず、非常なる速度でロサイスに到着することができた。
 アルビオンの本営は、その言葉を聞いてほくそ笑んだことだろう。ロサイスにいるトリステインの陸軍は士気の低い敗残の軍である。それを破りさえすればアルビオンの勝利になるのだから。
 事実、そのときの港町ロサイスは戦意を失った傭兵が、我先に停留している船へ移乗しようと混乱の極みに達していた。このような状況において、アルビオン軍がロサイスに突入していたら、確実に勝利を得ることができていただろう。あるいは、アンリエッタ王女をも捕虜にすることができるかもしれなかった。
 だが、勝手は少しばかり違った。

153味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:04:05 ID:qDtUeuQY

 アルビオン軍の眼前に、突如として槍の先端を整えた歩兵の集団が出現した。
 歩兵だけではない。それを指揮するメイジや、狙いを構えた銃兵もいる。
 完全な装備を整えた五万のトリステイン軍であった。
「いつの間に?」
「早く戦列をしかせろ!」
 今まで行進しかしてこなかった、アルビオンの傭兵に動揺が広がる中で、指揮官のメイジは己の部隊を指揮することで精一杯の様子であった。それはそうだろう、彼らは、かつてこれほどまでに統制の取れたトリステイン軍とは戦ったためしがなかった。今、彼らの眼前にあるトリステインの陣形からは、無駄口ひとつ聞かれず、整然と陣形を形作っていたのだ。

 トリステイン軍の本陣に、一人の少女が突っ立っていた。軍隊を指揮するには不似合いなまでに幼い容姿の彼女は、一心に杖を振り、魔法を唱えていた。
「これで姫様たち、トリステイン軍の人たちがロサイスから撤退する時間は稼げたと思うけど……」
 魔法を唱え終わった少女、ルイズは一息つくと、誰ともなしに話しかけた。
「この後、どうやって僕達が脱出するか、考えていないんだろう?」
「おい、ブチャラティ。僕はルイズの使い魔になることは了承したが、こんなしけた所で無駄死にする事、まで良いとは行ってないぜ」露伴もため息をつく。
「だが、君はルイズのすること、したいことを最後まで見届けたいんじゃぁないのか? 何より逃げたいなら、ルイズがこの任務を自分から言い出したときに、アンリエッタと一緒に慰留するべきだった」ブチャラティがほほえましげに言い放った。
「ああ、そうだよ。最後かもしれないから本心を行ってやる。あの馬鹿娘がどこまで変なヒロイズムに浸れるか見てみたい気持ちがあったのは否定しないさ」
「ちょっと、よくも本人のいる前でそこまで言うわね」
「それに、ブチャラティ。君ならここからどうやって逃げ出すか、辺りはつけているんだろう?」
「そんなものつけてはいないさ。ささやかな援軍くらいは頼んだけどな」
「考えてないのか?」露伴の驚きに、ブチャラティは微笑むだけだった。

154味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:04:53 ID:qDtUeuQY

「で、この後どーすんだ?」
「というか、この幻、いつまでもつんだ、ルイズ」
「あと五分、って所ね」
「じゃあ、あと五分のうちに何とかしないといけないってわけだな?」
「うん。でも、それはあっちが五分の間に何もしてこなかった場合の話。攻撃とかされたら、こっちは十秒と持たないわ」
 ルイズと二人がそんなことを話しているうちに、不意にアルビオンの陣の一角が騒がしくなった。見れば、なんと、たった二人だけだが、こちらに突撃してきているではないか。
「何、あれ?」
「まってくれ! おーい。僕らは敵じゃない」走りくる二人は必死に手を振りかざしてルイズのほうへ向かってくる。よく見れば、一人はギーシュであった。
「ギーシュ?! なにやってんのあんた!」ルイズは思わず彼の元へ走りよる。
「ハァハァ。僕達は今までアルビオン軍の元で隠れていたんだ。大変だったよ。ばれないようにするのはさ」肩で息をしているギーシュはそういうと、ルイズに向かってもたれかかる。その後、ルイズ達はトリステイン陣営に引き上げたが、それは傍目に見て、ルイズがギーシュを引っ張り込んでいるようにしか見えなかった。
「はぁ?ばっかじゃないの?」ルイズはあきれた。なんという大馬鹿、いや大物なのかこいつは?
 幻の本陣に引き上げたそのときになって、ルイズはアルビオンの陣営が騒がしくなっていることにようやく気がついた。
「どうなっているんだ?」「まさか、使者が捕虜に?」「許すまじトリステイン!」
わずかに聞き取れるのはこれくらいの者だったが、ルイズの危機感を増幅させるには十分だ。

「ま、まさか」血の気がサァッっとなくなるのという比喩が今のルイズには実感として理解できた。
「ひょっとして、僕をアルビオン軍の使者と間違えたのか? それでトリステイン軍に捕らえられたと勘違いしたとしたら……」
「やめろ。みなまで言うな」露伴の真っ青な顔というのも珍しい。
「使者殿を救え!」「突撃ィ〜!」
怒号の響きと同時に、突如としてアルビオン軍が動き出した。
「やっぱりィ〜!」露伴の絶叫が響き渡る。
「ギーシュの疫病神! どうしてくれるのよ!」
 ルイズの言葉に、ギーシュは何とか返答する。
「安心したまえ、諸君。こういうときのために、グラモン家に代々受け継がれてきた伝統の戦法があるんだ!」
「何? 打開策があるのならとっとと教えなさい?」
「もしかして……」
「逃げるんだよォ〜」
 ギーシュはそういうと、アルビオン軍に背を向け、一目散に逃げ出した。両の手の先をぴんと張り出して。
「やっぱり〜!」ギーシュについてきた傭兵が、悲鳴を上げながらギーシュについていく。

155味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:05:28 ID:qDtUeuQY
 そのときであった。
 ルイズの頭上に、早く動くものが現れた。
「まさかっ!」
「シエスタ?」
 かつてタルブの村で暴れまわった鉄の竜が上空を飛翔していた。突撃をせんと動き出した、アルビオンの騎兵に向けて機首を向け、閃光放っている。
 その零戦は、幾度となく機首を地上に向けて、機銃を放っては飛び去っていく。そして遠方で振り返っては同じ動作を繰り返す。単純な動作であったが、アルビオンの軍にとっては脅威であった。とたんに戦列が崩される。魔法も幾度となく放たれたが、いずれも彼女の機影を捕らえることはなく、むなしく上空を飛び去っていくだけであった。

 突如として零戦の挙動がおかしくなった。いきなり片方の翼が吹っ飛んだのである。煙を噴いて降下し始める零戦。ちょうど、ルイズの走る先に、竜は不時着する。
「ちょっと失敗しちゃいました。テヘッ」
コックピットから這い出てきたメイド姿の少女は、恥ずかしそうに自分の拳骨でおでこを軽く叩いて見せた。ここが戦場とは思えぬ陽気さであった。
「アカデミーで行なった応急修理が不完全みたいだったようですね」
 冷静に事態を分析してみせるシエスタに、露伴以下、ルイズたち総勢が突っ込んだ。
「今はそういってる場合じゃないでしょ! 逃げるのよ」
「いえ、その必要はもうないですよ?」
 シエスタが逃げる先を指差す。その先はロサイスである。すでに町並みが見える距離に来ている。
 だが、彼女が言いたいのはその町の事ではなかった。
 ロサイスの町上空に、大量の戦列艦が浮いていたのだった。
「ブチャラティさん。王女様が用意した援軍です。私は先駆けでしかありません。さあ、ゆっくりとロサイスに帰りましょう」
 シエスタは、唖然としているみなを見て、にっこりと微笑んだ。

「ようこそ戦場へ、ルーキー共」指揮所にいるボーウッドは誰ともなしにつぶやいた。
ロサイス近空でアルビオンの主力を打ち破ったトリステイン空軍にとって、任務はその時点で終わったといっても良かった。主な敵が消滅したのだから。彼はロサイスの港で暇をもてあます日々を送ることになっていた。
 本来、空海戦でしか使用しないフネの砲撃を利用することを考えたのはボーウッドであった。彼は迫りくるアルビオン陸上軍にたいし、砲撃戦を行なうことを考えたのだった。
 ロサイスの上空に陣取ったトリステインの戦列艦にとって、竜騎士を欠いたアルビオンの陸上軍を狙い撃ちすることは児戯にも等しかった。
 結果からすると、アルビオン軍は撤退した。あくまで崩された体勢を立て直すための撤退である。ロサイスを落とす意思は微塵たりともゆらいではいない。
 しかし、トリステイン軍にとってはそれで十分であった。その時間を利用して、全トリステイン軍の乗船に成功、撤退に成功したのだ。それで、女王が捕虜になる、という最悪の事態も避けることができた。トリステインにとっては大勝利であった。
 半日後、態勢を立て直したアルビオン軍は、ロサイスを占領した。だが、その町にはトリステインの兵士は一人もいなかったのだ。
 輿に乗って町に入場したクロムウェルは、歯軋りした。アルビオンには、トリステインを追撃できるだけの船が、もはや残されていなかったからだ。
 そのとき、百隻近い戦艦が、ロサイスの港に来た。いずれもガリアの国旗を掲げている。
 指揮所にいるクロムウェルは歓喜した。これで勝てる!
「おお、シェフィールド殿! こんなところにいましたか!」喜びに満たされたクロムウェルは、一人の少年が近づいてくるのに気がついた。
「やあ、クロムウェル。ガリア王からの伝言だ」
「伝言? 今は一刻も早く、あの艦隊に追撃の命令を下してくだされ。それでわが帝国は安泰ですぞ!」
「なに、『ならばよし。華々しく散ることも戦の華だ』との事です」
 少年はそういうと、手に持った鏡を高く掲げた。
「なんですと……?」
なんだとクロムウェルが思うまもなく、少年、シェフィールドの姿は消え去った。
 その瞬間、彼の姿がいたところへ、何千発もの大砲が振りそそいだ。ガリアの戦艦からの砲撃であった。その砲撃によって、クロムウェルの命は絶たれた。

156味見 ◆0ndrMkaedE:2009/01/09(金) 19:07:09 ID:qDtUeuQY
投下終わり。たぶん悪い意味でみんなの予想の斜め上を行ってるな……
唐突だが六章はこれで終わりです。
盛り上がり? スタンド? なにそれな展開になっちまったワロス

orz

157名無しさん:2009/01/10(土) 00:11:32 ID:O0rwPMYE
投下乙。
イリュージョンによる欺瞞か。
確かに、後退していたはずの敵が一糸乱れぬ動きで待ち構えていたら足を止めざるを得ないわな。
ギーシュとニコラがどさくさでアルビオン軍に紛れ込んでて、さらにどさくさでルイズたちと合流したが、
後ちょっと運が悪かったら、艦砲射撃の的になってた?
ギリギリの世界に生きてるなw

158味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:11:23 ID:35whMPZs
 後年に『アルビオン戦役』と呼ばれることになる戦争は、こうして突如として終了した。トリステイン側の勝利である。神聖アルビオン帝国は滅亡する運びとなった。
 だが、トリステインにとってこの勝利はとても苦いものとなっていた。実質ガリアの突然の介入がなければ、自分が敗北していたかもしれないのだ。
 そのような流れから、旧アルビオン領の支配権をめぐる国際会議に、トリステインとゲルマニアに加え、本来同盟国ではないガリアが列席したのは当然といえた。
 ハルケギニアの歴史上、この会議は難航する、と思われた。かつて第一回聖帝会議の折、サー・グレシュフルコに『会議は踊る』と酷評されたように、この三国が集う会議は決まって、内容が傍論にそれるのが通例となっていたからだ。
 だが、予想外なことに、ガリアが折れた。
 みな欲深い要求をしてくると予想していたが、当の『無能王』ジョゼフは、
「会議よりも今日の晩のメニューが気になる」
と、軍事上重要な拠点の割譲のほかは、ほとんど要求を行なってこなかった。
 戦争の第一人者であるガリアがこのような様子であるから、戦争に少ししかかかわらなかったゲルマニアは、要求すること事態ためらわれたのだった。
 結果、アンリエッタの常態とは思えぬ働きぶりもあって、アルビオンの領土は、大半をトリステインが管轄する運びとなったのだった。
 とにかく戦争は終わった。誰もが、突如として訪れた平和の予感に胸をときめかせた。

159味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:11:56 ID:35whMPZs

 だが、ガリアの王女、イザベラだけは不満であった。
 わざわざアルビオンにまで出向いて功績を挙げたのに、当のジョゼフには何の評価も得られなかったのだ。自分なりにガリアのことを思っての行動だっただけに、余計堪えた。だが国際会議で、すでにガリアの功績は王の発言により半ば隠されてしまっている。また、彼女の行動を知る物は会議に参加しなかった。
 結果、彼女はガリアの首都、リュティスに与えられた自分の城で怒鳴り散らすしかなかった。
「全く忌々しいね! なんで親父はあのヒス女王を勝たせるまねなんざしたんだい! それにアルビオンの領土の大半をくれてやっちまってさ!」
 手に持ったワイングラスから、血のように赤いワインが零れ落ちる。零れ落ちたそれは、真紅のじゅうたんを汚らしく染め上げるのだった。
「さすがに、無能王と呼ばれるだけのことはあるね。あんなに良い手ごまがそろっていて、アルビオンひとつ自分のものにできないなんてさ!」
 侍従に当り散らしていたイザベラであったが、そのとき、ガリア王からの手紙に目を通し、ほくそ笑んだ。
「だが、今度の仕事は面白そうだね……親父もたまにはいいことを考えるじゃないか」

イザベラは手紙の書かれた羊皮紙をくるくると丸め、それを持ってきた使者に話しかけた。
「あんた、ビダーシャルとかいったね。あんた、アレかい? 野蛮なエルフなのかい?」
「野蛮なのは君達蛮族のほうであろう。だが、私がエルフであることは否定するつもりはない」
「気に入らないねえ。まあいい、この依頼、北花壇警護騎士団が引き受けたよ」

160味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:12:27 ID:35whMPZs

「久しぶりだねえ、ガーゴイル」
「任務は何?」
 相変わらず無愛想な従姉妹に、イザベラは憤怒の表情を見せかけた。が、我慢する。
 あの娘にぎゃふんといわせる任務なんだよ。ここは冷静にならなくちゃ。
「おや、つれないねえ。今度は大物だよ。いつもの冒険ごっことはわけが違う。くれぐれも心してかかりな」
 イザベラは思わずほくそ笑んだ。
「相手は、伝説のガンダールヴだ。そいつを殺りな」
 いつもは全くの無表情で通すシャルロットは、このときほんの少しだけ表情を動かした。
「トリステインの?」
「そう、あんたもよく知る二人組さ。それ以外に誰がいるってんだい? あんた馬鹿じゃないのかい?」
 そうは行っては見たものの、目の前のシャルロットが馬鹿ではないことはイザベラが百も承知していた。
 ガーゴイル! あんたも同じだ、私の親父と。私の取り巻きの貴族連中と。内心では私のことを見下してさッ!
 さぞ面白いでしょうね、ガーゴイル。正当な血族である完璧な父親に愛されて。何一つ馬鹿にされることなく育ったお前に、私の、無能の父親に人形扱いされてきた、今までの私の気持ちがわかるもんかい!
 でも、この任務でちょっとは私の気持ちが分かるでしょうよ!

「もし、任務を果たしたら、あんたの母親」
いつまでたっても無言を貫き通すシャルロットに堪えられなくなって、イザベラは自分から話しかけることにした。
「母様?」食いついてきた。よしよし。
「解毒剤、報酬に上乗せしてやるよ」
 今度こそシャルロットの瞳が揺れ動く。

161味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:13:03 ID:35whMPZs

 戦争も終わり、学徒兵が帰ってきたこともあって、トリステイン魔法学校はいつもの喧騒を取戻していた。
 中庭では生徒達が自分の使い魔とコミュニケーションをとり、図書館では、露伴がタバサをアシスタントに漫画の原稿を描いている。
 だが、露伴の見るところ、タバサの様子がおかしい。時々手を止めては、露伴の顔を伺うようなまねをしている。今も、台詞を考えているような顔をしながら、露伴の手元をチラチラと見ているようであった
「どうした、タバサ。調子でも悪いのか?」
 タバサはフルフルとかぶりを振った。違うらしい。だが、彼女は決心した風に、
「相談がある」
「なんだい? 僕に相談? ブチャラティかコルベールのほうが適任じゃないか?」
 露伴は驚いた。
 自分は他人の相談に乗るようなタチじゃない。
 だが、タバサは、
「露伴でないと駄目」
とのことらしい。
「しかたないなあ、で、どんな悩みなんだ?」
「具体的にはいえない。けど、大切なものが二つあって、今もってるひとつを手放す代わりに、なくしたはずのもうひとつの大事なものをとり戻せるかも知れないとしたら、どっちを選ぶ?」
 そういうことだ?
「えらく抽象的だなぁ」
「……ごめんなさい」
 露伴はとりあえず漫画を描く手を止め、タバサの顔に向き直った。
「まあ、あやまるようなことじゅあない。そのなくしたものってのは、それ以外に取戻す方法はないのかい?」
「ほぼ絶望的」
「手放すほうは、手放すと見せかけてとっておくことは?」
「無理」
 まるで謎賭けのようだ。それともタバサはこの露伴に何か隠しているのか?
「う〜ん。なんともいえないけど、セオリーどおりに行けば、僕は両方取れる機会を待つね」
「そんな機会がなかったとしたら?」
「ないとしても、僕のキャラクターには、自分から何か大事な者を手放すような真似はさせない。手放すとしても、対価を確実に得られると確証してからだな。そういうのが取引の基本だと僕は思う」
「そう……ありがとう」
 タバサは弱弱しく、だが、何かを決心した風にうなずいた。
「で、結局何がいいたいんだ?」
「露伴、私の母様のこと、覚えてる?」
 露伴は思い出した。以前、タバサの母親を『ヘブンズ・ドアー』で診察したのだった。何者かに毒でやられたタバサの母親をしかし、露伴は治すことができなかったのだ。露伴はその事実を、苦い思い出とともに記憶の奥底にしまってある。
「ああ」
「もし、仮に、私に何かあったら、母様をお願い」
「……ああ、いいとも。だが、なぜ急に?」
 そこまで言ったとき、タバサが急に活気づいた風に原稿に顔を埋めたのだった。
「そんなことより、この原稿、今日中に台詞を入れないと」
「? そうだったな。今日は急いで早めに仕事を終わらすとするか」
 露伴は、なんとなく、タバサの頭をなでてみた。
 なんとなく、タバサの顔が赤くなったような気がした。

162味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:13:34 ID:35whMPZs
 
 タバサの姿が学院から消えたのは、その翌日のことである。
 一人の学生が寮から消え去ったわけだが、トリステイン魔法学院は動かなかった。
 タバサの部屋はきれいに整頓されていたし、何より、タバサは前にもそうやって学院を抜け出して授業を受けなかったことが多々あるからであった。
 だが、露伴には一抹の不安がある。
 なぜタバサはあの日、自分の母親のことを言い出したのだろうか?
 しかも頼む、などと。まるで、これから自分の身に異変でもあるかのように?
「ひょっとして、何かの事件に巻き込まれたんじゃないだろうな?」
 今日、露伴は図書館のなか、たった一人で仕事をしていた。だが、どうにも仕事がはかどらない。タバサの行方が気になるのであった。
「そんなに気になるのかい、あの娘っ子が」一人のはずの部屋に、露伴以外の声が響き渡る。
「いたのか。つーか、あったのか。デルフリンガー」
「おめー、久しぶりに発言したってのにその扱いかよ!」
「僕としたことが。刃物を出しっぱなしにしてるとは。危ない危ない」
「ちょ、ちょっと棒読みくさいぞその台詞! やめて! ちょっとは話させて!」


「分かったよ、で、何のようだ?」
「いや、うら若き恋の予感がしてだな。それで」
 パチン。露伴は勢いよく剣を柄に収めた。
「……」
 少しばかり剣を抜き出してみる。
「ごめんなさいごめんなさいもう生意気言いません許してくださいだからもう少し喋らせて」
「で、なんのようだ?」

「兎も角、あの娘っ子は『かあさまを頼む』って言ったんだろう。じゃあ、その『かあさま』の様子を見に行ってみないか?」
「それはいい案だな」
「だろ。ナイスだろ? だから」
 パチン。
 露伴は立てもたまらず図書館を飛び出した。

163味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:14:11 ID:35whMPZs

「露伴、君はタバサがガリアの王族だったことを知っていたのか?」
「何でそんなこと黙っていたのよ!」
 さらりと何気なく質問するブチャラティと、激高するルイズ。その表情は静と動、対照的だった。
「ああ、知っていたさ。ルイズ、君達は今までそんなこと聞かなかったじゃないか。そんなことに答える義理も義務もないね」
 彼らは馬に乗り、トリステインとガリアの国境を越えて、タバサの実家にいた。無論ルイズは授業をサボってのことである。先生方が頭を抱える様子が目に浮かぶようだ。
 タバサの家に、唯一残った老執事が屋敷を案内する。その間に、露伴は大体のことを話して聞かせた。
 タバサは、実はガリア王国の王族であったのだ。それの秘密は、一行の中では、露伴だけが知っていた。彼女の実の父親は、現ガリア国王ジョゼフの兄シャルルであり、
魔法の才能では王族随一。血統の点でも次期国王にもっともふさわしい存在であるといっても良かった。しかし、それを隠すように、トリステインに留学していたのにはわけがある。
「それは、タバサの家の執事から話すべきだ。僕が説明することじゃない」
 露伴がうなずくと、タバサの老執事は涙を浮かべながら露伴の話を受け継いだ。
「はい、そもそも先代王の御世にこの悲劇は始まったのでございます」

「そういえば、タバサの家の紋章、王族だけど、不名誉印が記されていたわ。王家に反逆でもしたの?」ルイズは言った。彼女の言うとおりなら、タバサが人目を忍んでトリステインに留学していたのも分かる。
「反逆など! とんでもございません! シャルロット様。学院ではタバサ様と御名乗りにおらられていましたが、父君であるシャルル様は、今の無能王と比べてとても王家の才能に富んでおられる方でした。ですが、それをねたんだ無能王に、なんと痛ましいことか! 毒殺されてしまわれたのでございます!」
「もっとも、物的証拠はないがな」露伴が補足する。
「ですが、状況的証拠は有り余るほどございます。その直後、なんと言うことか、あの非道な無能王は、シャルロット様をもその手にかけようとなさったのでございます」
「タバサが?」ルイズが驚く。彼女にそんな過去があったとは。
「ええ、ある祝いの席で、君側の奸が、シャルロット様杯に心を狂わせる毒を仕込んだのでございます。それを察知した母君が、とっさに身代わりになってその毒を飲み干してしまわれたのです」

 露伴は、その光景を、タバサの視点で見聞き、知っていた。その光景がフラッシュバックとなり、露伴の心に再現される。
「私がこの杯を飲み干せば、王様、私達親子に反逆の心などないことがお分かりになりましょう。どうかシャルロットにはお慈悲を」
 そういって、タバサの母はタバサから杯を奪い取り、一気に飲み干したのだった。

「その日から、母君は心を狂わされてしまわれました。その日からシャルロット様のお命を狙うものは消えましたが、なんと言う代償。なんと言う悲劇!」
 老執事は感極まっておいおいと泣き出した。
「その日からシャルロット様は変わりました。以前は明るく活発な方でしたのに、暗く、誰とも打ち解けなくなってしまいました。そのようなシャルロット様に対し、あの無能王は、王家の影の仕事をシャルロット様に課すようになったのでございます」
 あるときは吸血鬼退治、違法賭博の潜入捜査。ルイズには、とても同年代の人間がやれるような仕事とは思えない言葉が、老執事の口から次々と飛び出して行った。
「そして、先日も無理な依頼が無能王から課せられました」
「どんな内容だったんだ?」
「それは、露伴様。あなたを殺す任務です」
「何だって?」
「何ですって」
 これには、誰も彼もが驚いた。

164味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:14:43 ID:35whMPZs

「はい、紛れもない事実でございます」
 老執事が淡々と述べる。
「ひょっとすると、その依頼を無事成し遂げられたのであれば、母君を治す治療薬が得られるかもしれない、ともおっしゃっておりました」

「何だと……あの日の会話はそういうことだったのか」
 露伴に、図書館でタバサとの会話が思い出される。手放す大事なものと、取戻せるかもしれないもの……くそっ、そういうことか!
「タバサのかあさまはどういう状態なの?」
 ルイズの言葉に、老執事ははっとなった様子であった。
「ご案内いたします」

 その部屋は、一見語句普通の寝室であった。
 薄紅色のベッドに、女性が座っている。だが。
「誰じゃ、そなたらは! また私達親子をいたぶりに来たのか」
 その女性は、老執事に案内されたルイズたちが部屋に入ってくるとたんに立ち上がり、薄汚れた人形を抱き、立ち上がった。野良猫のように威嚇をしている。
「シャルロット様の母君でございます。あの日から、この方は人形のほうをシャルロット様と勘違いしているのでございます」
「出てゆけ! でないとただではおかぬぞ。いとしのシャルロットには手を出させぬ!」
「……学院では、シャルロット様は、『タバサ』と御名乗りになっていたとか……実は、シャルロット様があの人形を母君に差し上げたときに名づけた名が、『タバサ』なのでございます」
「……」
「誰か! 誰かいないのかえ!」
 沈黙が、女性の騒音の中に紡ぎ出された。

「僕がタバサに殺されていたら、彼女は正常に戻っていたのか……」
「いえ、露伴様。畏れながら私はそうは思いません。なぜならその提案を行なったのは、今まで迫害の限りを尽くしてきた無能王だからです。あの男が、シャルロット様を操る重要な『カード』を簡単に手放すとは思いません」
「なるほど、ジョゼフ王とは、人を物扱いするような人間なのか」
 ブチャラティがつぶやく。彼の顔には静かな怒りの表情が見て取れた。
「はい。かの無能王は自分以外の人間を同じ人とみなしてはおりません」
「でも、こんなことって……」ルイズがしゃくりあげる。

165味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:15:14 ID:35whMPZs
「あの時、シャルロット様が屋敷にお帰りになった日のことでございます」
 次の部屋に案内された一行は、先ほどとは違った意味で絶句した。
 見たところ、部屋中の壁紙が無残に切り裂かれている。柱も何本か折れているようであった。
「先日、シャルロット様は母君をトリステインに連れて行こうとしておりました。すでにそのとき、ガリア王家に反逆しようと決めておられたのでしょうな。ゆるぎない決意の心を私は感じました」
 老執事は続ける。
「ですが、そのとき一人のエルフがガリア王家から派遣されてきていたのです」
「エルフ?」ルイズが素っ頓狂な声を上げる。この世界でエルフといえば、ルイズたち人間の天敵ではないか。
「無能王はすでにシャルロット様の行動を見切っていたのでしょう。そして、シャルロット様とエルフはこの部屋で戦い……シャルロット様はお敗れになったのでございます」
「これが、その惨状か……相手は相当のてだれのようだな」
 ブチャラティは部屋にできた傷をなでながら言った。そういわれると、その傷一つ一つが生々しい。
「ええ、いつか言ったでしょ。エルフは先住魔法を使うの」

「で、タバサはつかまったのか。どこに連れて行かれたか分かるか?」
「おそらくアーハンブラ城でございます。あのエルフは、私にここからアーハンブラ城まで、どのくらいかかるか聞いてきましたから」

166味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:15:45 ID:35whMPZs
「タバサは無事なのか?」
「はい。エルフは不思議な術を使ったので。シャルロット様は敗れはしましたが、無傷のご様子でした」
「そうか……」
「露伴、彼女を救いに行かないのか?」

「もちろん、いくさ。だが、君達には関係のないことだ」

「何言ってるの?私の使い魔の問題は私自身の問題よ!」
「それに、アルビオンであったガリアの王族の者――イザベラと言ったか――彼女の存在も気になるしな。俺も同行したい」
「ふたりとも……ふん。勝手にしろ。僕は警告したからな」

「おお! 皆様救出していただけるのですか!」
 老執事はありがたい、といい、また泣き出したのであった。

167味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:16:35 ID:35whMPZs
 アーハンブラ城は、砂漠の、ガリアとエルフとの国境地帯に建つ交易城砦都市である。
 もともとはエルフが建造した城であるため、ハルケギニアの建築様式とは異なった、美しい幾何学模様の城壁があることで有名でもある。
 ルイズたちが到着したとき、この時期には交易商人くらい視界内と思われた。この町はオアシスに隣接する形で存在しているのだが、そのオアシスに、ガリア兵が三百人ほどが駐留しているのが遠目にも見えた。
「どうするの?」
「決まっているだろ? ただの兵士なら問題ない」
 ブチャラティは言い放つ。
「強行突破だ」
「ええ?」
 ルイズが逡巡している間に、二人の使い魔はどんどん先に進んでいく。
「ブチャラティ、この兵士達は任せた」
「ああ」
「ちょっと待ちなさいよ」ルイズがあわててついていく。

「あ、何だ?」
 城内の門扉に建っていた歩哨は、近づいてくる一人の男に気がついた。
「立ち止まれ、ここに入ってはいけない」
 槍を構え、お決まりの言葉を口にする。
 だが。
「ヘブンズ・ドアー!」
 瞬間。
 歩哨の意識は途絶えた。

「おい、あの男。様子が変だぞ」
 オアシスの駐屯地で待機していた兵士が、一人の男と少女の接近に気がつく。
 その男の瞳には、決意の炎が宿っている。
「何だ? やる気か?」
 男は兵士の一団に近づき、
「き、消えた?」
 跡形もなく姿を消した。
 一団の男が急にうずくまる。
「どうした?」
「き、気分が……」
 別の男は、その男の背中から、何者カの腕が飛び出していることに気がついた。
「お前、おかしいぞ。その、腕に見える物は一体何なんだ?」
「え?」
 そのとき、接近してくる少女が目をそらしたことに誰も気がつかない。
「げぇ!」
 背中から、先ほどの男が『生えた』。
 その兵士は音も言わずにばらばらになった。
 そして、彼の腕は、分離してまた別の兵士の腹に食い込み……
「開け、ジッパー!」
 混沌が、兵士達を襲った。

168味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:17:07 ID:35whMPZs
 アーハンブラ城につれてこられたタバサは、ふと、外の兵士が騒いでいるような気がした。
 もしかしたら、誰かが私を助けに来てくれたのだろうか? おとぎ話の『イーヴァルディの勇者のように。私は、漫画『ブルーライトの少女』のように華麗に助け出されるのか?
 そんなはずはない。
 かあさまがお倒れになってから、私はいつも孤独だった。
 私はこれからも孤独であり続けるだろう。
 いや、これからはそんな気遣いも無用か。
 私はこれから狂うのだ。ビダーシャルと名乗るエルフの作る薬によって。
 私の心は、かあさまと同様に。
 それが、ガリアの考え出した刑。無能王の考えた娯楽。
「薬は、いつできるの?」
 タバサは、一緒の部屋にいたエルフに、感情なく話しかけた。私ではこのエルフにはかなわない。たとえ今杖があっても、この男に勝利することはできない。
「もうすぐだ。だが、お前は怖いと感じたことはないのか?」
 ビダーシャルは、何か作業を行なっていたが、その手を止め、タバサに顔を向ける。
「あなたには無関係のこと」
「そうだったな。私もそれほどには興味がない」
 それはまさしく本音らしく、彼の表情にいっぺんの曇りもない。
 だが、
「あの王との約束だが、その前に厄介が増えそうだな」
 ビダーシャルは薬を作る手を止め、部屋を出て行く。
 一体どういうことであろうか?
 タバサはため息をひとつ、ついた。
「かあさま……」
 ビダーシャルが次の部屋に続くドアを開けると、
「見つけたぞ……ここか」タバサにとって信じられない男の声がした。
 まさか、あのめんどくさがりの男が、ここまで?
「露伴……」

169味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:18:01 ID:35whMPZs
 岸辺露伴は、そのドアを開けた。
 果たして、目的の少女はそこにいた。耳の端が妙に長い、ルックスもイケメンの青年とともに。
「みつけたぞ……」
 露伴のタバサを見る視線はしかし、その青年の体によって阻まれる。
「私はビダーシャル。お前達に告ぐ」
「なんだと?」
「すぐにここから立ち去れ。私は戦いを好まぬ」
「ならば、タバサを返すんだな、小僧」
 ビダーシャルはまゆをピクリと動かせる。
「あの子か。それは無理だ。私は王と『ここで守る』と約束してしまったのだ」

「ならば戦うしかないだろう。僕とお前とは相容れない」
 露伴はデルフリンガーをもって突撃した。先住魔法だかなんだか知らんが、先制攻撃してしまえば何も問題ない!
「『ヘブンズ・ドアー』!『先住魔法が使えない』」
 露伴は確かに書き込んだ。だが、
「ふう、あくまでも戦う気か」
 ビダーシャルの顔が『本』のページになる。だが、それも一瞬のこと。見る間に元の顔に戻っていった。
「ふむ。君は面白い技を使いようだな。だが、無駄だ」
 露伴は思わず自分の顔を触ると、なんと自分の顔のほうが本になってしまっている。
「なるほど、その人の記憶を本にする能力か。どうやら魔法ではないようだな。どちらかといえば、我々の大いなる力に近い」
「何だとッ?!」
「お前の顔に書かれているぞ。『先住魔法が使えない』だと……なるほど、そういう使い方もできるのか」
 ビダーシャルはあくまで冷静に言った。
 ようやく本化が収まった露伴は、改めてビダーシャルを見やる。開幕以来、彼は一歩たりとも彼は動かなかったようである。
「一体何が起こっているんだ?」
「アレは『反射』だ。あらゆる攻撃、魔法を跳ね返しちまうえげつねえ先住魔法さ」デルフリンガーが言う。
「『反射』?」
「ああ、戦いが嫌いなんて抜かすエルフがよく使う厄介な魔法さ」
「戦いが嫌、か」露伴はつぶやく。

170味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:18:31 ID:35whMPZs
 ビダーシャルが両手を挙げる。
 とたんに周囲の石壁が無数の礫となって襲い掛かってくる。
 露伴は剣で受け止めたが、なにぶん礫の数が多い。大半が受けきれず。露伴に切り傷や打撲傷となって痕を残していった。思わず倒れる。
「蛮人よ。無駄な抵抗はやめろ。我はこの城を形作る石の精霊と契約をなしている。この地の精霊はすべて我の味方だ。お前では決して勝てぬ」
 露伴はゆっくりと立ち上がった。
「この戦いはお前の意思か?」
「違うな。これはお前が仕掛けたもの。我は戦いは嫌いだ」
「嫌いだと……フフフ」
「どうした。おかしくなったか? それとも引く気になったのか」
「断る。僕は漫画家だ。僕は人に読んで面白いと思ってもらうために、十六歳のころから漫画を描いてきた。決して人にちやほやされるためでじゃあない。それは僕自身の意思で行なってきたことだ……そして、僕は自分の意思でここに来た。状況に流されているだけの貴様がッ! 気安くこの僕に意見するんじゃない!」

「もはや語る言葉はない……か」
 ビダーシャルはそういうと、新たな呪文を唱え始めた。
 今度は石の床がめくりあがり、巨大なこぶしに変化した。
「所詮私に勝てないものの世迷言か」
「違うな。僕にとっての強敵はお前なんかじゃない。もっとも強い敵は自分自身さ。いいかい、もっともむずかしい事は! 自分を乗り越える事さ! ぼくは自分をこれから乗り越える!」
「『ヘブンズ・ドアー』!」

「無駄だ」
 ビダーシャルの言ったとおり、反射で防がれた能力は、ビダーシャルではなく露伴の顔を本にし……彼の体を中に浮かせた。
「何ッ?」
 ビダーシャルの体に衝撃が走る。高速で飛んできた露伴と正面衝突したのだ。
 その速度は異常であった。たまらずにうめき声を上げる。肋骨が何本か折れたるほどの衝撃である。
「ぐぅ!!!」吹っ飛ばされ、全身打撲だらけでしりもちをつくビダーシャル。あるいはしりもちだけですんで幸運だったかもしれない。
「ど、どうだ。時速六十キロ……」衝撃を受けたのは露伴も同様のようで、彼の声も絶え絶えになっている。
「『時速六十キロで敵と衝突する』と書いた……これなら、反射で跳ね返されてもその行為自体が無意味だ……!」

「なぜ、ここまでして戦うのだ……?」
「貴様とは、魂の動機が違うんだ! 僕はこの戦いに明確な意思を持って望んでいる!」
 彼の言うとおりだった。ビダーシャルはしりもちをついていたが、露伴は同程度以上の傷を受けたというのに、まだ両の足で立ち上がっている。
 露伴は片足を引きずりながら、ビダーシャルに近づいていった。
「あえて言い換えるぞ……! 僕は上、お前は下だ……!」

「うぉおっ! この気力はっ! そこまでこの子が大事かッ!」
 ビダーシャルは思わず後ずさった。だが、露伴は歩みを止めない。
「もういっぱあああああつッ!」
「『ヘブンズ・ドアー』!」
 強烈な衝撃が、再び両者を襲う。
「ぐぉおおッ!」

 ビダーシャルは初めてこの男に脅威を覚えた。
 もし、この衝撃があと一発でも加えられたのなら、自分はどうなるか分からんッ!
 やつはもう一度体当たりをするだけの体力はあるのか?
 ビダーシャルが露伴を見やると、露伴は仰向けに倒れ、息も絶え絶えになっていた。露伴の肺が破れたのか、彼の呼吸音にヒューヒューという不吉な音が漏れ出でている。
 もうあの男が動くことはない。
 そう思った矢先に。
「もう……いっぱあああつ……」
 露伴は這いずり回って、ビダーシャルに接近してきたのだった。
「何……だと?」ビダーシャルは全身に驚愕を覚えた。
「覚悟はいいか? 僕は……できてる……」
「ここは引くしかないか……」露伴に接近しなように、ビダーシャルは片手を挙げた。
 指にはさんであった風石の力が作動する。彼は露伴と距離をとった。だが、それはタバサと距離を置くことも意味する。彼は護衛の任務を放棄する事を決断した。

171味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:19:24 ID:35whMPZs
 
 風の彼方にビダーシャルの姿が消える。エルフは撤退したのだ。
「露伴!」
 倒れた露伴の下に、タバサは思わず駆け寄る。
「ゴホッ」露伴は血を吐いた。
「急いで治療の魔法を!」そうタバサは思ったが、あいにく杖がない。
 何かないか探していると、露伴が、
「君に……謝らなくちゃいけないことが……」
「なに?」思わず涙がこぼれそうになる。

「実は、僕が君とであったときに、僕は君を本にしていたんだ……」
「……」
「僕はその時点で君の不幸を知っていた……でも、僕はそれを知らん振りして君に接してきた……」
「……」
「許してもらおうとか、そういうことを思ってきたわけじゃない……でも、そのことは、君に知っておいてほしかったんだ……」
「……」
「……」
「……バカ……」タバサは涙目で、にっこりと微笑んだ。
 こつん。
 タバサのおでこを露伴のおでこにくっつける・
「……本当に……バカ……」
「……」
「……」
「それはいいが、できれば治癒の魔法をかけてほしいな」
 はっとしたタバサは、近くに木の棒があるのを発見し、あわててそれを手に取った。
「自分の杖じゃないから、うまくいかないかもしれない」
「かまわないよ」露伴は、ニッと、笑った。
 急造の杖から癒しの光が輝きだす。
「痛いッ!」思わずもだえる露伴。しかし、タバサがそれを押さえつける。
「我慢して。男の子でしょ」

172味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:20:41 ID:35whMPZs
 城の外にいた護衛兵三百人を相手にしていたブチャラティとルイズは、ようやくその任務を終わらせた。いそいで露伴と合流しようと走って行った。が、ひたすら走るルイズと比べて、ブチャラティは、途中でであった兵士を相手にしなければいけなかった。
 自然と、ルイズがかなり先行する形となった!
「あの部屋ね!」
 ルイズが先ほどまで爆音をとどろかせていた部屋に飛び込む。おそらくそこで露伴はエルフと戦っているのだろう。音がないのを考えると、すでに決着がついているかもしれない。まさか、露伴が負けるような――?
「大丈夫? 露伴! 今助けに――」
 露伴は果たしてそこにいた。仰向けに横たわって、タバサに抱きかかえられている。タバサはちょうど背を向けているので、ルイズには気づかないようだ。
 だが、問題は二人の言動である。
「ああ! タバサ! もっとやさしく!!!」
「……なに、あれ……」
ルイズには、二人、というか、タバサが露伴に何をしているのか、角度の関係でよく見えない。
「そこはダメ! ダメ! ダメ! ダメッ!」
「……こう?」
「ああ! やさしくして、やさしく!」
「……」
「服を脱がせないでッ! 感じる!」
「難しい……」
「うああああ ダメ、もうダメ〜ッ!」

「!!! !! !」
その地に、廊下をブチャラティが走ってきている。
「どうだルイズ。いたか、二人は?」
「え? い……そっその……あの……」
「どうしたっ!」
「アレッ! 急に目にごみが入った! 見えないわ!二人なのかよく分からないわ!」見てない。私はなぁーんにも見てないッ!


第七章 『雪風は漫画家が好き』Fin...

173味見 ◆0ndrMkaedE:2009/01/11(日) 22:21:12 ID:35whMPZs
投下終わり。次回から、原作通りを大きく外れる……予定……
できるのか……この俺に……?
誰か、勇気と希望をくれ……

174名無しさん:2009/01/12(月) 00:47:56 ID:aVeK5xE6
  ∫
つc□ 

勇気と希望を与える事はできないが
コールタールみたいにまっ黒でドロドロなイタリアン・コーヒー淹れたぜ、飲んで元気を出してくれ

175名無しさん:2009/01/12(月) 16:52:21 ID:CqcrZxGs
投下乙
16才の少女に攻められる20才の青年……
なんていうか…その…下品なんですが…フフ……勃起(ry

176名無しさん:2009/01/12(月) 18:24:05 ID:2Qnz97wk
GJ!!
露伴ちゃんかっけえw

177名無しさん:2009/01/12(月) 19:03:15 ID:acoj9WdE
この露伴はカッコいいのに、短編の露伴と言ったら…家なくた挙句借金。そのうえ居候とか…
これから起こるであろう不幸にめげないでね

178名無しさん:2009/01/17(土) 23:29:36 ID:nBeYBm4k
GJでした。

>>177
マンガのためなら全財産を失おうと構わない姿勢はすげえと思う。まあ居候先の康一君にはいい迷惑だろうけど。
露伴先生はどんな不幸でもめげずにマンガのネタにっするから問題ない。

179名無しさん:2009/01/25(日) 23:32:53 ID:juN5jdgM
開発反対のために土地買って阻止とか
反対してた地域住民にとっては神だったんじゃなかろうか

180ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:21:39 ID:K477cxDI

「きゅいきゅい! おねーさま、何か変なのね」
シルフィードに言われるまでもなく彼女は場の異常さに息を呑んだ。
眼下に映る世界は白一面。辛うじて巨大な塔が影のように浮かぶ。
それはシルフィードが間違えて雲の上に出てしまったのかと錯覚してしまうほどに、
地上とは懸け離れた“異世界”だった。
地表を覆い尽くさんばかりの濃密な霧を前に彼女は躊躇う。
いくら優れたメイジが集まったからといって、こんな現象を引き起こせるはずはない。
いや、そんな事は後で考えればいい。今はそれよりも一刻も早く彼女を見つけなくては。
覚悟を決めて飛び出そうとした彼女の足が止まる。

――――無理だ。
1メイル先も判らぬ白い闇の中、手探りだけで彼女を探し出せるものか。
敵の数も正体もハッキリしていない上に誰が味方かも判らない。
そんなところで私に一体何ができる?
宮殿から一歩外へ出てしまえば私は無力な少女に過ぎない私に。
無謀な事は止めて騎士団や衛士隊に任せるべきだ。
それにもう、彼女は既に……。

結論付けようとした自分の頭を杖に叩きつける。
目の前で飛び散る火花のように、脳に詰め込まれた屁理屈が吹き飛ぶ。
いくじなし、臆病者と心の内で自分をなじる。

シャルロットはいつも周囲の期待に応えるように努力してきた。
それは演技と言い換えてもいいのかもしれない。
王宮は彼女に“何もしないこと”を望んだ。
ガリア王家を継ぐ直系の血筋は彼女一人。
もし、その身に何かあれば大問題になりかねない。
彼女の身体は彼女自身だけの物ではない。
その責任を彼女は子供の頃から自覚していた。
だから財宝を守るかの如く、彼女は王宮で大切に育てられた。
それを不自由だと思ったことはない。
王家に生まれた者の宿命だと信じて疑わなかった。
そう自分を偽って生きてきた。

だけど召喚の儀式に臨んだ、あの時。
その瞬間、私は本心に気付いてしまった。

空のように青く澄んだ鱗。
雄々しい羽ばたきに風が舞い上がる。
靡く髪を抑えながら私は向き合った。
自分が呼び出した使い魔、そして自分の本心に。
“誰にも縛られることなく、どこまでも飛んでいける自由な翼”
それが私の求めていた物。大切な従姉妹が教えてくれた新しい世界への希望。

181ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:22:36 ID:K477cxDI

幼かった頃の自分にとって、
冒険とは綴られた文字の向こうにしか存在しなかった。
王宮という限られた世界で過ごす日常に何の疑問も抱かなかった。
―――それを彼女が打ち破ってくれた。
本を読んでいた私の手を引いて強引に連れ出した。
燦々と降り注ぐ陽の光を背に振り向いた彼女は愉しげで、
今を生きている喜びに満ち溢れていた。
同じ色なのに彼女の髪は私よりもずっと輝いて見えた。
外で目にしたものは何もかもが輝いていて。
知識では知っていても私は少しも理解していなかった。
世界はこんなにも広く、興味深いものだということを。

今も彼女の温もりが感じ取れそうな手を強く、強く握り締める。
死ぬのは怖い。お父様やお母様が悲しむのかと思うとすごく辛い。
“シャルロット姫”がいなくなれば王宮や国も大変な事になるだろう。

だけど、私は彼女を失う事が何よりも怖い。
自分勝手と責められてもいい。
それでも私は彼女を、イザベラを助けたい。

昔の私のように、白い霧の中で進むべき道も頼れる者もない彼女を。
昔の彼女のように、力強く手を引いて連れ出そう。

「………今度は私が助ける番」

小さく呟いて彼女はシルフィードから飛び降りた。
『フライ』を唱えながら向かう先には火花の如く明滅する赤い光。
その只中にシャルロットは躊躇うことなく飛び込んでいった。


「何のつもりよ。杖を向ける相手を間違っているんじゃない?」

褐色の肌の少女が胸の谷間から抜き出したタクトを構えて睨む。
彼女の傍らには残骸が煙を上げて横たわっていた。
それは人型を模した土塊のゴーレム、その成れの果て。
火球を受けた胴体が消し炭と化して崩れ落ちる。
容易く屠った出来の悪い土人形には一瞥もせず、
キュルケは霞がかった視界の奥に立つ男に侮蔑の混じった眼を向ける。
このゴーレムを自分に嗾けた、見知らぬ生徒の姿を。

「もう、もう終わりなんだ……。俺達もあんな風に殺されちまうんだ」

止め処なく溢れ出した涙が男の顔を濡らす。
言葉に入り混じってヒヒヒヒと乾いた笑いが響く。
その表情はまるで笑うかのように引き攣り、さながら狂人の様相を呈していた。
足元に転がる焼死体に、上下の感覚さえ失いかねない白く濃密な霧。
恐怖に耐え切れなくなった男の理性は自ら狂う事で崩壊を避けようとしていた。
血走った目がキュルケの早熟にして豊満な肉体を捉える。
舐め回すかのような男の視線に、思わずキュルケは晒した素肌を腕で隠す。

182ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:23:15 ID:K477cxDI

「どうせ死ぬんなら好き放題やってやる。どうなろうが知ったことか」

吐き捨てるかの如く叫ぶ生徒を前にキュルケは溜息を漏らした。
負け戦が決まると略奪や暴行に走る兵士が多く出るというのは聞いた事がある。
死を前にして自棄になり、人としての尊厳を捨てて畜生にまで堕ちる。
この男もその類だったのだろう。兵士でさえない生徒ならば当然かもしれない。
だが、その浅ましい姿はかつて貴族の子弟であった者とは思えぬ有様だった。
(あんな奴が私を思う様に蹂躙するですって?)
想像しただけで喉元に吐き気が込み上げる。
嫌悪感などという生易しいものではない。
生き残る努力を放棄して無関係の人間まで巻き込む、
そんな男には指一本触れるどころか肢体を見る事さえ許されない。
憎悪を通り越して殺意に至ったキュルケの冷徹な眼が男を捉える。

まるで明かりに群がる羽虫のように欲望を露にして男は詰め寄る。
彼女との力量差を弁えず、一歩また一歩と彼は死へと近付いていく。
その時の彼は正しく“飛んで火に入る夏の虫”そのものだった。

呻き声に似た声でルーンを紡いでいた男が杖を振るう。
その直後、両者の中間で地面が盛り上がり、先程より一回り巨大な人型を成す。
だが、それも一瞬。キュルケの杖から放たれた火球が完成したばかりのゴーレムを飲み込む。
一点に凝縮された高熱は土人形を食い破るかの如く胴体に丸い孔を穿った。
上下に分断された人形が崩れ落ち、元の土塊へと還っていく。
途端、視界が赤く映るほど昇っていた頭の血が急速に引いていくのを男は感じた。
今の魔法は彼が持つ最大の武器だった。それをあの赤髪の少女は歯牙にもかけず一蹴したのだ。
汚物を見るかのような眼差しで再び少女は杖を掲げる。
その先に灯るのは先程のゴーレムを粉砕したのと同じ火球。
もし喰らえば人体など蝋燭にも等しく溶け落ちる。

「ひぃぃああああぁぁぁぁぁああ!!」

間近に迫った死を目にして男は発狂したように地面を這った。
震える足では逃げられないと思ったのか、それとも本当に壊れてしまったのか。
だが、その行動はキュルケにとっても予想外の出来事だった。
濃密な霧の中で相手を見極めるのは僅かに映るシルエットだけだ。
しかし突然相手が伏せた事によって完全に目標を見失ってしまったのだ。

「くっ!」

苦し紛れにキュルケは男の居た場所へと火球を放った。
放たれた『フレイムボール』が炸裂して周囲に火炎を撒き散らす。
これで悲鳴を上げればしめたもの。そこに魔法を打ち込んで今度こそ終わりだ。
そう確信してキュルケは耳を澄ませて男の出方を待つ。
仮に堪えて新しいゴーレムを作ったとしても自分の方が早い。
彼女にとって、これは戦いというよりもモグラ叩きに等しかった。

183ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:24:29 ID:K477cxDI

不意にキュルケの身体が前のめりに崩れる。
何かに躓いたのかと彼女は足元に視線を向けた。
だが、そこにあったのは石ころなどではなかった。
獣の如くぎらついた瞳と荒々しい呼吸。
這い回り汚れきった泥だらけのブラウスとマント。
弱者と見くびっていた相手が自分の足首を掴んでいた。
振り払おうとした瞬間、か細い足首に万力じみた力が込められる。

走る激痛に悲鳴を堪えたキュルケの顔が引き攣る。
ただえさえ男性の腕力には遠く及ばないというのに、
追い詰められて理性を失ったからか、男は普段以上の力を発揮していた。
足を抑えたまま男はキュルケの身体に圧し掛かる。
そして杖を振るおうとする手を押さえつけながら彼女の服に手を掛ける。

憎悪に満ちた視線でキュルケは男を見上げる。
だが杖を振るえない今の彼女は男の暴力を前にあまりにも無力すぎた。
キュルケと男の実力は比べるべくもない。
この魔法学院で彼女に勝てる者など教員を含めても数名。
だからこそ彼女の胸中には致命的な油断が生じていた。
それは時として自身の命をも脅かす猛毒となる。
下卑た表情を近づける男にキュルケは覚悟を決めた。
(アンタの勝ちよ。気が済むまで好きなだけ嬲ればいいわ)
これは戦いに慢心した“私”への厳罰。
二度と忘れぬよう屈辱と共に身体に刻み付ける。
そして、この男に必ずや代償を支払わせよう。

獣臭い吐息がかかるほど互いの顔が近付く。
ふと、キュルケは自分に影が落ちるのを感じた。
それは男の物ではなく、さらにその頭上。
自分に覆い被さる相手の向こう側から何かが迫ってきていた。

影しか窺えない霧の中で彼女はその姿を見て思った。
―――天使が舞い降りてきたのだ。
透き通った冬の空の色に似た青くて長い髪。
それがふわりと羽のように広がり白一色の世界に際立つ。
白い霧を突き抜けて舞い降りた、その天使のような少女は。

ニードロップで男の後頭部に鈍い音を響かせながら降り立った。

184ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:26:57 ID:K477cxDI
投下終了。……スランプで全然筆が進みません。


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