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「のと」本編
1
:
shin
:2006/11/21(火) 17:37:47
イントロから始めます。
本編が途中までしか出来てないので、
二式投稿小説用掲示板では割愛した部分です。
ご感想等ございましたら、「のと」あれこれにご記入頂ければ
とっても嬉しいです。
275
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/03(土) 08:28:19
ヒトラーは、側に控えているボルマンやヒムラーをちらりと見る。
こいつらを切り捨てるか。
昨晩のチェンバレンの演説は、NASDAPに対する非難中心であり、ヒトラー個人に対する攻撃は無かった。
ヒトラーを持ち上げながらも、NASDAPが悪いと言わんばかりの内容である。
確かに、ヒトラー自身、党と軍、そして経済界の微妙なバランスの上で政権を維持してきたのは事実であり、その中で党がその勢力を拡張する為に、表に出せない事も色々行っているのも事実だった。
知らなかったで通るか。
無理だ、幾らなんでも党首たるヒトラーが知らなかったと言うたわ言を真に受ける独逸国民は多くない。
知っていたとしたら、どう言い訳が出来るか。
いや、気がついたからこそ、自分の身を犠牲にしても、国家社会主義ドイツ労働者党を排除するために、英国軍を呼び込んだと言うのはどうだ。
ズデーテン地方への侵攻は、独逸国防軍と、英国軍との無用な軋轢を防ぐ為。
国防軍と、党の紛争を避けるために、英国の手を借りた。
うん、これなら行けそうだ。
ピタリと、ヒトラーは立ち止まり、黙って控えていた首脳陣を振り返る。
「カイテル、参謀本部に行く。」
「それは、危険です。」
カイテルが返事をする前に、ヒムラーが叫ぶ。
ヒトラーは改めて、ヒムラーを見つめた。
この眼鏡の小男は、本当に自分の事を気に懸けてくれているのだ。
他の党の首脳陣と違い、彼はヒトラー個人に対して忠誠を誓っているが痛いほど判る。
しかし、彼も切り捨てねばならない。
NASDAP親衛隊そのものが、どう考えても党を象徴するものであり、ヒトラー自身が助かる為には、親衛隊指揮官の犠牲はどうしても必要だ。
「ヒムラー、君の気持ちはありがたい。しかしながら、私は独逸第三帝国総統なのだよ。」
ヒトラーは、諭すようにヒムラーに言う。
「であるならば、この火急の折に、独逸国防軍の指揮を取らないで、何が出来よう。私は行かねばならない。」
「しかたありません。それでは直ちに準備致します。」
「いや、それは必要ない。参謀本部に親衛隊を連れて行くのは如何にもまずい。彼らも落ち着かないだろう。ロンメルを呼べ、総統護衛隊だけで行く。」
「ボルマン、君は党の各支部へ通達だ。英国は、我々NASDAPを独逸から切り離そうと画策している。これに対して国防軍と無用な軋轢を生む事は敵に付け込まれる隙を作るようなものだ。」
「いいか、決して党独自での活動は行うな。間違っても党員だけが攻撃されるような事態は好ましくない。最悪の場合は、党員は国防軍の指示に従うように通達を出せ。」
「ハイ、総統。」
ボルマンは何を考えているのか判らないが、素直に頷く。
「そして、ヒムラー、君には重要な役割がある。武装親衛隊の部隊を全て召集し、そうポツダム、あそこに部隊を展開させるのだ。私は、参謀総本部で防衛の指示を出し次第、そちらに向かう。
英国軍との交渉が必要になるのだ。その時にある程度の力を見せねばならない。」
「ハイル、ヒトラー」
ヒムラーの敬礼を後ろに受けながら、ヒトラーは総統執務室を後にした。
276
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/03(土) 08:33:41
机の上には、独逸全土の地図が広げられ、ハルダーはそれを見入っていた。
情報は不完全であり、半日が過ぎても独逸国防軍、いや独逸全土での混乱は続いていた。
無線は相変わらず不調で、電話は回線を確保していても、途中で切れてしまうと言う有様である。
それでも、ここには情報が集まりだしており、今回の英日統合軍の概要が独逸国防軍でも把握出来るようにはなって来ていた。
そう、英国軍ではなく、統合軍と言う事も把握されていた。
夜明けと共に、キール運河の北海側の出口、ブルンシュグッテル付近に上陸を開始した統合軍は、一時間もしないうちに、強力な先遣隊をハンブルグに向かって発進させていた。
大量の戦車を含むこの部隊は、途中に築かれたモーデル少将の防御陣地を蹴散らし、昼前にはハンブルグに到達している。
モーデル自身が、ハンブルグよりも内陸の地点での防御を選択した為、独逸有数の大都市であるにも関わらず、まともな防御施設は何も用意されていなかった。
それどころか、統合軍の戦車は、中世から続く石畳を駆け抜け、あっという間にハンブルグの市庁広場まで到達していた。
その後この部隊は、後続の歩兵部隊と共同で、ナチス党支部の占領、党員の検挙を始めている。また一部部隊は、北方へ展開したようで、キール方面に対する防御陣地の構築を始めているとの事であった。
どうやら、先遣部隊の役割はここまでのようで、更に第二派として上陸した部隊が、現在ハンブルグ目指して進撃中であるようだった。
多分、ハンブルグからベルリンに向けての進撃は、この第二派が対応する事となる模様である。
また、ノルドホルツ沿岸に上陸した別の部隊が、ノルドホルツの空軍基地を占領し、ここを中心に防御陣地を構築している。
先遣部隊が、一時間程で空軍基地を占領すると、その後も上陸が続き、現在は旅団規模の部隊が、ここで防御陣を構築している。
彼らは、純粋に防御部隊のようで、ブレーメン地方やヴィルヘルムスハーベン等に対する攻撃の素振りは全く見せない。
それどころか、部隊から特使がヴィルヘルムスハーベンの海軍基地に派遣されたと言う情報も入っている。
ここまでの情報を整理しながら、ハルダー参謀総長は大きく溜め息を吐いた。
無線通信が妨害されているにも関わらず、異様な程正確な情報が伝わってきている。
いや、情報が正確すぎるのである。
それもそうである。これらの情報の大部分は、直接統合軍から手に入れているのだから。
ハルダーはあきれ返るしかなかった。
統合軍は、進撃正面の国防軍や陣地に対しては攻撃を加えてくるが、敵対意思を示さない部隊には一切何もしないのである。
統合軍の進撃速度が速すぎて、小隊程度の部隊が、ブルンシュグッテルからハンブルグの間に幾つか取り残されてしまっていたが、彼らが降伏の意思を示すと、送り返してくるのである。
識別の為に、小さな白いリボンを渡され、それを肩の所に取り付けられれば、後は開放されるのである。
流石に、手にした重火器の弾薬は、取り上げられるが、火器類はそのまま持って行くように指示され、小銃や、中には対戦車砲すら馬匹に牽引されたまま、ハンブルグ郊外まで戻ってきた部隊すらあった。
侵攻してきた部隊が、英国軍ではなく、英日統合軍と言う名称で、英国、日本、そしてインド・オーストラリアの部隊からなると言う情報も、これらのリボン付き将兵がもたらした情報だった。
そして、彼らの目的が、ナチス党の排除であり、その為にベルリンを目指している。
既に、独逸海軍は、統合軍に対する敵対を行っていない等の情報が、国防軍将校に再三告げられていた。
これでは、将兵に戦意も湧こうはずが無い。
実際、モーデルのような将軍が指揮する部隊以外では、中隊規模で、移動を止めてしまった部隊すら出ている。
その上、デンマークとの国境付近で、武装したナチス党員が、不穏な動きを示し、外務省を通じてデンマーク政府から抗議が上がっていると言う情報すら伝えられていた。
277
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/03(土) 08:34:54
これでは、戦争にならない。
ハルダーは何度目かの溜め息を吐き出した。
まあ真剣に敵対しようと言う気もないか。
グーデリアンが率いる最精鋭に近い第16装甲軍団は、ズデーテン地方で、チェコの戦車部隊の攻撃を受け、苦戦していると言う情報も上がってきている。
これまでハルダーは、グーデリアンの唱える装甲部隊と言うものに非常に懐疑的であった。
しかしながら、独逸が抱える装甲軍団よりも遥かに機械化が進んでいるらしい、統合軍の進撃速度と攻撃力は、ハルダーに彼の考えが間違っていた事を気がつかせるには十分過ぎるものだった。
それを認めてしまえば、この師団クラスの装甲部隊に対抗できる戦力は非常に限られているのはハルダーでも判る。
一応、ハルダー自身は参謀総長と言う立場から、東プロセインにあるケンプの第四装甲旅団に諸々の部隊を組み込めば、統合軍に対する反撃は不可能ではないと考えてはいる。
しかしながら、彼自身、その指示を出す積りが無い以上、ベルリンまでの進撃を阻止する上で、使える装甲兵力は無い。
彼は、二週間程前のベック大将の言葉を思い出していた。
「英国及びそれに与する勢力が、総統がズデーテン地方へ侵攻すれば、独逸に侵攻してくる。彼らは、ヒトラー及びナチス党の排除が目的であり、我々はそれを阻止すべきではない。」
まさか、ヒトラーとその一党の排除の為に国を売るのかと思ったが、それでも、ベック大将が反ヒトラー派の将校を集めて作り上げた「黒い礼拝堂」に対してクーデターの中止を宣言した以上はどうしようもなかった。
「これは、確かに大きな賭けだ。しかし少なくもと諸君らが反逆者として後ろ指を指される事は無い。」
ベック大将はそれ以上語ろうとしなかった。
クーデターが中止になった以上、ハルダーに出来る事は少なかった。
今の独逸に、英国及びその同盟軍との戦闘が起これば勝てる道理が無いのは、参謀総長と言う役職についてなくても判る。
それ故、正面対決の姿勢を打ち出すヒトラー排除の為にクーデターまで計画した筈だったのに、ベック大将自らそれを否定してしまったのだから、何が出来ようか。
このまま行けば英国との開戦は避けられない。
そうなれば、独逸はおしまいである。
それが判っているのに、何も出来ないまま、日々を過さなければならない。
しかも、それを参謀総長と言う立場で、である。
結局、ハルダーに出来たのは、英仏の侵攻を防ぐ為に、ルール地方の防御の強化の為の部隊の移動だけだった。
むしろ、チェンバレンの演説を聞いて、ハルダーは逆にホッとしたと言うのが本音だった。
少なくとも、あれこれ悩む必要は無い。
ただ、英国軍の侵攻に備えれば良いと言う立場は、全ての悩みから開放してくれる救いとすら思えたのだった。
ところが、それもたった半日で、覆されてしまった。
英国、いや統合軍と言う名前の侵攻軍の侵入経路は、ハルダーの予想を完全に裏切っていた。
遠浅が続き、それでなくても航海が困難な北海からの侵攻である。
少なくともハルダーの知っている戦争では、このような馬鹿げた行動は考えられなかった。
大量の部隊の上陸は困難であるし、展開出来る正面も少ない。
これまでの軍隊ならば、戦線を構築し、持久戦に持ち込めば、間違いなく手詰まりになる筈だった。
それが、たった一時間程度で部隊を展開し、半日で50キロ先のハンブルグに達している。
しかも、更に後続部隊が、そこからベルリンに向かって動き出そうとしているのだった。
ハルダーはこの日何度目かの大きな溜め息をついた。
このような機動性に富んだ部隊に対して、効果的な反撃手段が無い以上、彼に出来る事はそう多くない。
むしろ、先日のベック大将の言葉に期待を掛けるしか方法が無いのである。
まあ、今の所上がってくる情報は、ベック大将が言っていた内容そのものである。
となれば、今はひたすら、「何もしない」と言うのが一番正しい選択なのであろう。
278
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/03(土) 08:38:08
「参謀総長」
一人の将校が駆け寄って来て、ハルダーの耳元に囁きかける。
「何、それは本当か。」
ヒトラー総統が、参謀本部に向かったとの事だった。
それも、親衛隊を連れずに、総統護衛隊だけを伴ってである。
NASDAPの首脳陣も連れていない。
どう言う事だ?
ヒトラーが何を考えて、参謀本部に向かったのか理由が判らない。
何か、総統しか手に入らない情報があるのか。
「戻るぞ。」
ハルダーは、幕僚に告げると、テントの覆いを捲り上げる。
外は目が眩む位明るい日差しが溢れていた。
そう、そこは、完全な野戦司令部だった。
ベルリンから50キロ北西に築かれた、臨時の参謀本部、ハルダーはそこにいたのだった。
侵攻軍の情報をいち早く入手する為。
そして、同時に、「何もしない為」に。
279
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/03(土) 08:40:08
辺りには、大量の戦闘車両が一斉にエンジンを始動させた為に、きつい排気ガスの匂いが立ち込めていた。
しかしそれも、アランに取れば、戦場音楽の前奏曲にしか過ぎない。
ハンブルグ郊外に集結した第一兵団第二旅団、第一戦車増強大隊が今まさに、進撃を開始しようとしていた。
戦車だけでも、72台、同行する砲兵大隊の自走砲や、兵員輸送車も含めれば、300台近い戦闘車両の集団である。
上陸作戦時は、第一旅団が、中隊規模の戦闘ユニットを組み上げ、順次前進して来たが、ハンブルグに達した今は、戦法を変更出来るのだ。
そのため第二旅団は、ハンブルグを迂回するように走り抜け、1号線と24号線の交差する地点に集結している。
既に、全車の集結も終り、一通りの整備点検・燃料補給も受けた。
そして、この戦闘集団を率いてベルリンを目指すのは、アラン・アデア少将、この私である。
第一旅団の上陸が上手く言った為に、アランの率いる第二旅団は、ブルンシュグッテルよりも遥かな上流、ハンブルグ近郊まで、輸送艦を侵入させる事に成功していた。
結果として、多くの戦闘車両の走行距離は、第一旅団よりも少ない。
お蔭で、これからの踏破に期待が持てる。
西大佐の率いる第一旅団の戦車大隊は、午前中だけで50キロ前進していた。
それを考えれば、これだけの部隊で前進するのだから、上手く行けば今日の午後だけで80キロはいけるだろう。
時速30キロを維持し、途中での給油と整備に一時間掛けたとしても、3時間は走れる。
途中での戦闘に一時間、夕方6時頃までにベルリンまでの距離の最低1/3は踏破出来る。
そうなれば、明日は第一旅団が先陣を務めるから、うん、やはりベルリン突入はこの私が行えそうだ。
西には悪いが、この先で待ち受けているらしい、モーデル将軍率いる独逸装甲部隊との戦闘も、私の勝利で終るだろう。
既にスケジュールは、半日以上前倒しとなっている。
当初計画では、相応の被害も発生する事を見込み、ハンブルグ攻略で本日の予定は終了する筈だったのが、独逸軍は予想以上に脆い。
特に、独逸空軍は、たった半日で排除されてしまっている。
制空権は、完全に統合軍のものであり、お蔭で進撃路も、当初予定のエルベ川沿いではなく、アウトバーンを一気に突っ走ると言う冒険的なものに変更されている。
ハンブルグが無傷で手に入った事で、燃料補給の制約もかなり解除された事も大きい。
よし、後は思い切って突っ込むだけである。
アランは、マイクのスイッチを入れる。
「アランから、全車へ、発進。目標ベルリン!」
一斉に、エンジン音が高まり、待機していた300両の車輌が動き出していた。
280
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/10(土) 02:31:54
「敵が接近中です。」
通信士が、テント内の全員に聞こえるように、大きな声で叫ぶ。
モーデルが新たに野戦司令部とした、大きなテントの中に一斉に緊張が走る。
「慌てるな!距離は?」
「ハッ、前進監視哨の2キロ前方かと。」
机の上に広げられた一帯の地図上に、敵を示すマークが置かれる。
「よし、前衛の戦車部隊が通過した地点で、攻撃開始!前進監視哨からの合図で、攻撃。」
ハンブルグ郊外に集結した敵は、戦車だけでも、50両以上を抱える強力な部隊である。
本来ならば、こちらの偵察部隊等は、敵の警戒線に引っかかる筈だが、敵はそんなもの何も用意していなかった。
どちらかと言えば、圧倒的な戦力を見せ付けるように、前進して来る。
くそっ、完全に舐められている。
モーデルはそれが判るだけに、悪態の一つも付きたくなるが、司令官がそんな馬鹿な真似は出来ない。
「敵、前衛が通過し始めました。」
通信士が、監視哨からの報告を続ける。
前進監視哨は、高速道路から500m程離れた地点に設けられている。
少し地面を掘って、一人が腹ばいになれる程度の場所であり、有線電話がそこからここまで延びている。
一撃でも食らえば、おしまいだが、偽装は効果的に働いているようだった。
「戦車3両通過、更に後続します。」
全員が息を呑んで、報告に聞き入っている。
「6両通過・・・9両・・・12両・・・」
くそっ、まだ続くのか。
「21両、後4両です。」
「アントンに連絡、最後の4両を狙え。」
「通過、今!」
「攻撃開始!」
281
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/10(土) 02:33:44
ハンブルグから一時間強、そろそろ、モーデル将軍が潜んでいると目されている、巨大な森が視野に入ってきた。
「よーし、第一、第二中隊、突撃体制を構築、他の車輌は速度を15キロまで減速。支援歩兵は前進し、所定の位置に付け。」
高速道路が森の中を横切る地点まで3キロ、ここで隊形を整え、後は突撃である。
戦車の装甲を生かして、敵の防御陣地を食い破り、砲撃支援と戦車の機動力で、敵が構築していると思われる陣地を食い破る。
まあ、以前ならば絶対出来ないような危険極まりない戦法だが、巡航戦車MarkⅢには、それが可能なだけの装甲がある。
「左方、10時、発砲炎!」
「何!」
アランが手にした双眼鏡を向ける前に、後方の戦車が爆発する。
「全車、散開、止まるな!敵は大口径砲、叩き潰せ!」
アランは咄嗟に全車に指令する。
陣形を整えつつあった戦車小隊が、左右に広がって行く。
左には、森を背にして、農家がある。
多分あの中から撃ってきたに違いない。
しかし、二キロ以上の距離からMarkⅢを一撃で、破壊できるとなると、うわさに聞く、88ミリ高射砲か。
「更に、発砲炎」
後方に着弾音、また一両やられたようである。
くそ、どうやって、大砲を隠したんだ。
ここから見る限り、普通の農家そのものである。
確かに、建物自体は大砲よりは大きそうだが、あの中から打ってくるなんて。
第二小隊が射撃を開始する。
建物の一部が吹き飛ぶのが見える。
しかし、相手もしぶとい。
その中から、三発目の発砲炎が見え、今度は建物に直進していた戦車が火を噴く。
「敵の射角は狭い!回り込め!」
一両の戦車が、森側から回り込もうとして、爆発に巻き込まれる。
くそっ、地雷か。
その位は予期すべきだった。
森側から回り込もうとしていた小隊が、そのまま回転するように、方向を変える。
「アッ、いかん。」
その途端、森から幾つかの発砲炎が広がった。
前方や側面ならば、敵の砲撃に耐えられても、後方は弱い。
独逸の37ミリでも何とかなる。
案の定、小隊の残り2両もその場で動かなくなる。
「第一砲兵連隊、目標、前方の農家、それと森だ!準備出来次第、支援砲撃!全車、煙幕展開、後退せよ。」
282
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/10(土) 02:37:32
一瞬の攻撃で、五両の戦車がやられていた。
「やはり、88ミリ高射砲です。」
既に、戦闘は終了していた。
砲兵連隊の砲撃により、農家は廃墟となっている。
また、森の方も入り口付近は砲撃で掘り返され、かなり見通しが良くなっていた。
しかしながら、砲撃終了後には、近辺には生きている敵はいなくなっていた。
砲撃が全て破壊したのではなく、独逸兵は、多分その前に後退していたのであろう。
まだ遠くまで行っていないのは間違いないだろうが、現状では直ぐに追い掛ける訳にも行かなかった。
戦車五両の損害で、3キロの前進、あと200キロ強だから、350両程度の戦車があれば無事ベルリンまで辿り着ける。
アランは頭を振って、馬鹿な考えを振り払う。
ハンブルグからここまで敵がいなかった事を考えれば、ここでのいやらしそうな戦闘を済ませれば、同様の規模の敵部隊が二つ、精々三つ程度であろう。
しかし、果たしてここを抜けられるのか。
アランは前方に広がる森を見つめる。
森そのものを焼き払うならば、それも不可能ではない。
しかしながら、あくまでも現在の活動は、ナチス党に対する制裁活動である以上、極端な破壊は望まれていない。
また、航空支援を受けて、敵陣を叩くにも、これだけ深い森では、場所の特定が難しい。
最も順当な戦法は、後続の第一旅団が追いつくのを待ち、後衛として残して迂回してしまう事であろう。
だが、それはアランが一番取りたくない選択だった。
いっそ、被害を省みず、24号線を走り抜けてやろうか。
アランはまた頭を振る。
駄目だ、流石に愚将として名を残したくはない。
精々、警戒態勢を密にし、敵が攻撃して来たら叩きながら、前進するくらいか。
多分敵の88ミリは一門だけではあるまい。
ある程度部隊が前進したところで、森の奥から一撃、混乱に乗じて、迫撃砲等も用いて来るであろう。
これも却下。
まてよ、これだけの森の中に、大口径の高射砲を運び込んでるなら、どこから入れたんだ。
アランは地図を取り出し、目で追う。
詳細な地図ではないが、それでも森の中に入って行く道は幾つかある。
そして、それらの道はそれ程広そうには見えない。
うん、何とかなりそうだな。
「よーし、中隊長、集合!」
283
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/10(土) 02:40:25
「敵、動き出しました。中隊規模の戦車と歩兵部隊が、二つ本隊から分離して南北に移動中。」
テントの中に、通信士の声が響く。
どうやら、敵は三方向から進撃してくる積りである。
「よし、予定通り、それぞれの地点での待機部隊に連絡。戦車は狙うなよ、あくまでも兵員輸送車、軽車両が目標だ。」
37ミリ対戦車砲では、正面からの攻撃では敵の戦車は撃ち抜けない。
先程の前哨戦では、側面や後方をこちらにさらけ出したからこそ撃破出来ただけである。
それだけに、彼らに戦車に向かえと言うのは酷である。
重苦しい沈黙がテントを満たす。
防衛戦であるだけに、敵が攻撃してこない事には、こちら側にやることは無い。
「南方に移動した敵中隊、隊列を組み直しております。」
通信士からの報告が届く。
森の中の数十箇所に、簡単な偵察拠点を築いてある。
勿論、側道の入り口付近だけに、こちらも警戒は怠らない。
「北方の部隊も隊列の変更を実施中。」
「よし、くるぞ、各部隊に、距離300にて発砲、三正射後、直ちに後退」
先程の攻撃では、上手く退避出来たが、今度はどうだろう。
モーデル自身、圧倒的な英軍を撃破する等と言う大それた事は考えていない。
大型獣を倒すのに、じわじわと出血を強制し、出血多量で倒れてくれるのを期待するしか、今の国防軍には対応する術が無い。
まあ、少なくとも何両かの戦車を葬った。
「北方、戦闘開始。」
「南方、戦闘開始」
敵も少しは考えているようである。
少なくとも左右同時攻撃らしい。
と言う事は、次は正面の敵主力の動きがどうでるか。
「正面の敵主力、動き出しました。真っ直ぐ突っ込んできます。」
「何!」
こいつら、何考えているのだ。
あれだけ、見せつけたのに、何も考えずに正面から突っ込んで来るか。
284
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/10(土) 02:42:28
「第二中隊、第三中隊、戦闘に突入、対戦車砲にて、兵員輸送車を狙ってきました。」
ふむ、側道には配置する88ミリは無いのか。
と言う事は、この正面で何門か待ち受けているだろうな。
「よし、速度を上げて、突っ切るぞ、各自打ち方自由!突撃!」
結局、馬鹿みたいに突っ込む羽目になっているが、驚くなよ。マークⅢは今までの戦車じゃない。
隊列全体が、地響きを立てて走り出す。
速度が見る見る上がり始める。
「敵本隊、速度を上げて突っ込んできます。は、早い。」
「撃て、逃すな!」
高射砲大隊の仕官は、慌てて部下達に叫ぶ。
しかしながら、時速60キロでアウトバーンを疾走する戦車など誰も予想すらしておらず、弾はむなしく通り過ぎて行く。
「右、一時方向、発砲炎。」
「よし、砲兵連隊に座標を連絡!」
高速で走り抜ける1個中隊24両の戦車に追いすがるように、大口径の弾が飛来するが、一つも当たらない。
瞬く間に、戦車は通り抜けてゆく。
「な、何なんだ、一体。」
高射砲大隊を指揮していた士官が唖然としていると、突然空から聞きたく無い音が響いてくる。
「退避!」
彼は、必死に飛び出そうとしたが、身体が吹き飛ばされるのが、最後の記憶だった。
「さあて、何処まで行けるか。」
既に、高速で走り始めて10分が経っている。
距離に直せば、10キロを走り抜けた計算になる。
敵の縦深がどれだけあるかであるが、そろそろ抜けるだろう。
「全車、この先右手にサービスエリアがある筈だ。予定通り、そこに突入するぞ。」
こんな速度で走り続ければ、直ぐにお釈迦になるのが戦車だ。
それでも、敵弾でお釈迦にされるのと違い、修理可能の筈だ。
24両の鉄の塊は、道路を一部破壊しながらも、本線を逸れ、サービスエリアに突入する。
少なくとも上空の偵察では、敵部隊はここにはいない筈であるが、周辺警戒は怠らない。
一番緊張する瞬間が過ぎ、戦車隊は、漸く円陣を組み、凶暴な走りを納めた。
285
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/10(土) 02:44:39
アランが、考えた戦法は、こうだった。
戦車が怖いのは88ミリ砲だけであり、それ以外は大した事は無い。
勿論、先程のように油断すれば、後方から撃たれて破壊される戦車も出よう。
その88ミリ高射砲は、遠距離射撃に向いているが、近距離では使いづらい。
となると、道路を狙って配備するにしても、森の奥から狙う形であろう。
それならば、高速で走り抜ければ、当たらない。少なくとも被害はかなり抑えられる。
何せ、森の中からの射撃だけに、射角も限られている。
逆に、撃って来てくれさえすれば、ある程度の位置の特定が出来る。
そうすれば、野砲の射程内である以上、上から潰せる。
だが、どの程度の数を、この深い森の中に隠しているのだろうか。
それを確かめる為に、また陽動の意味も含めて、三方向からの攻撃だった。
幸いな事に、側道の方には88は配置されておらず、独逸軍の集められた高射砲の数が少ない事を示していた。
20門以上用意できるのなら、側道にも1、2門配備してくるであろう。
それが無い以上、上限は限られている。
中隊規模の戦車を突入させ、敵の射撃を誘う。
野砲で敵陣を叩いて、そこに後続の部隊を突入させる。
うん、今の所は上手く行っているようだった。
286
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/10(土) 02:47:27
あいつら、なんて戦争しやがるんだ!
モーデルは、他の将校がいなければ、帽子を投げつけていたであろう。
三重に張り巡らした、Flak88の壁をあっさり突破しやがった。
空軍高射砲大隊を脅してまでして手に入れたなけなしの大口径砲があっという間に無力化されてしまった。
発砲したばかりに、位置が露出してしまった砲は、すぐさま統合軍の砲撃を浴びせかけられ、兵士達は慌てて逃げ出すしかなかった。
二個戦車中隊が高速で走り抜けそれを補うように、残りの戦車、兵員輸送車が前進して来る。
そして、この連中が、破壊された砲兵陣地を占領し、更に後続部隊の安全を確保する。
非常に統制の取れた上手いやり方だと認めざるを得ない。
あれだけ無茶な走りをした先行の戦車中隊は、動けなくなっているかもしれないが、それは足回りの故障であり、砲撃力に支障を来たしている訳でもない。
これでは、すり減らした敵部隊を前方で待ち構える予定の虎の子の機甲部隊を突入させる事等出来る訳ない。
「閣下・・・」
野戦司令部に詰めている、参謀代わりの佐官連中が困ったように問いかけてくる。
モーデルは、周りを見回して、溜め息の一つも吐きたくなった。
彼自身も含めて、ここにいる連中の多くは、この前の大戦で、塹壕戦を戦い抜いたもの達である。
当時と比べれば確かに、兵器は格段の進歩を遂げているが、それに合い等しい戦法が確立されていない。
これに尽きた。
今なら、モーデル自身もグーデリアン閣下が唱えていた機動戦術の意味が身に沁みて判る。
午前中の遭遇戦で、理解したと思っていたが、まだまだ甘かったようである。
後知恵ならば、道路上に何らかの障害物を用意すれば、彼らの進撃を止められたのは明らかであるが、作戦計画時点では、逆に敵が警戒して砲撃を加えてくる事を恐れたのだった。
それが、なんてざまだ。
こうなった以上、次の手を考えなければいけなかった。
287
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/10(土) 02:50:37
自分も含めここにいる連中は、全て新しい戦争の体験者である。
それは最前線で実際に戦っている兵士達も当然含まれる。
この体験を生かして、軍を再編成出来れば、独逸は多分最強の軍を持つ事が出来るだろう。
あのような機動兵器を我々が準備できれば、攻撃にも防御にも可能性は限りなく広がる。
しかし、この先そのような機会があるのか。
このまま、我々が下がれば、ベルリンまでまともな防衛線を築ける部隊は無い。
統合軍は、どのような編成であるかが、国防軍に漏れる事を一切気にしていない。
それどころか、積極的に情報を流している節すら見られる。
それだけに、自分達が下がれば、彼らがベルリンに辿り着くのを防げるものは無い。
いや、ハルダー参謀総長が、ベルリン郊外に野戦司令部を設置し、陣頭指揮を始めている。
だが、ハルダー閣下は、統合軍の機動力、攻撃力がどれ程のものか、判っていない。
時間が足りない。
この勢いで、統合軍がベルリンを目指せば、一週間も掛からずに、到達してしまう。
いや、その半分、三日もあれば可能だ。
幾ら兵を集めても、満足な塹壕の準備すら出来ていない状況で、こいつらの突進力を受け止めたら、あっという間に防衛陣は崩壊するだろう。
遅滞戦術でどれだけ時間が稼げるか。
元々、ここでの戦闘も、モーデル自身その積りで部隊を展開した筈なのに、一日も掛からず抜かれてしまっている。
この先、ベルリンまでラウエンブルクのような自然の要害として使える地形は無い。
そうなると、敵の進軍速度を考えると、出来る事は本当に嫌がらせレベルまで落ちてしまう。
幾つかの地雷を仕掛ける。
道路上に障害物を設置する。
88を農家を解体してまで組み込んだように、適切な地点で、戦車の何両がを撃破して行く。
しかし、モーデルの頭の中にあっという間にその対抗策が思いつく。
軽車両による偵察小隊を多数配置し、常に幅5キロ程の範囲を掃討しながら前進。
更に、航空機による支援があれば、こちらの遅延行動等たかがしれている。
どう見ても分が悪すぎる。
288
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/10(土) 02:57:42
統合軍が自ら表明している目的は、昨晩のチェンバレンの演説と同じであった。
独逸からNSDAPを排除する。
その為に、首都ベルリンを目指す。
妨害するものは排除するが、静観するならば手を出さない。
その証拠に、国防軍の兵士達は、捕虜となっても、直ぐに解放されている。
一応、弾薬だけは取り上げられるが、武器そのものは保持したまま、統合軍のエリアから部隊ごと生還した連中すらいる。
このような連中も、配下に組み入れ再び弾薬を補充して戦線を形成しているのだが、たった半日で、兵士には動揺が広がっている。
それはそうである。
統合軍の装備は、国防軍よりも遥かに優れている。
特に、戦車は脅威としか言い様が無い。
一旦、敗れた連中にすれば、それに再度立ち向かえと言われて、平然としていられるものではない。
一番良いのは、総統以下首脳陣が、ベルリンを離れ、ミュンヘン辺りを臨時の首都としてしまい、このまま統合軍をベルリンに突入させる。
その間に、国防軍が包囲してしまえば、敵がどれだけ打撃力を持っていても、いずれ殲滅出来る。
幾ら、兵装に優れていても、弾薬や燃料に限りがある以上、時間を掛ければ対応は可能である。
問題は、民間人である。
いくら、総統の人気が高いといっても、首都を捨てたとなると、そのイメージはどうしてもつきまとう。
NSDAPにそこまで思い切った政策が出来よう筈がなかった。
それに、統合軍の援軍の可能性も大きい。
国防軍情報部は、英国がこのような部隊を作り上げている事に全く気がつかなかった。
戦車自体もそうであるが、大量の車輌をどのように隠していたのか、全く判らなかった。
そうとなれば、果たして統合軍とやらの戦力が、これだけなのかどうか。
第二派、第三派と増援部隊が送られてくれば、間違いなく独逸は崩壊する。
「ヤーパン・・・」
モーデルは思わず口に出していた。
先の大戦では独逸に敵対して戦い、列強の一つと認められている国。
我々白人社会の中で、唯一の黄色人種。
露西亜との戦争を引き分けに持ち込んだ国家。
英国の同盟国。
陸軍は、対戦前の独逸を真似て作られたと聞く。
それ以上の知識はモーデルには思いつかなかった。
しかし、統合軍と言う英国の同盟軍の中ではかなりの比率を占めているらしい。
明らかに英国人とは違う将校が、数多く見られたと報告されており、これは多分植民地軍と言うよりも、日本人であろう。
これらの戦車も、英国が密かに日本に作らせていたものがかなりある筈だ。
全く、東洋の果ての国家が、英国に上手く乗せられて、態々欧州まで出てこなくて良いものを。
289
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/10(土) 03:00:34
「閣下」
黙りこんでいたモーデルに、いつの間にかテントに入ってきていた副官が声を掛ける。
「うん、なんだ。」
「奇妙な連中が、警戒網に引っかかりまして、閣下に会わせろと言っているのですが。」
「何だ、民間人か?スパイならとっとと捕まえて、引き渡してしまえ。今は戦闘中だ、胡乱なものに用はない。」
「し、しかし、その人物が、このようなものを持っていましたので。」
副官が、モーデルに書面を手渡す。
苛立ちを隠さないまま、モーデルは書面に目を通した。
「判った、会おう。何処にいる。」
「ハイ、外に待たしております。」
モーデルは少し繭を潜めるが、彼もこの手紙に目を通した以上、仕方ない事かも知れない。
モーデルは、息を潜めて待機していた佐官達を振り返る。
「部隊は、待機。敵が攻めてこない限り、こちらからは手出しをするな。」
それだけ言うと、モーデルはゆっくりとテントから出て行く。
渡された手紙には、こう書かれていた。
「この書面をもつ者を、速やかに最上級前線指揮官に面会させる為に、便宜を図って頂ければ幸いである」
そして、その署名は、ヴェルナー・フライヘル・フォン・フリッチュ、前陸軍総司令官だった。
290
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/10(土) 03:03:07
車止めの所まで歩いて行くと、モーデルは目を丸くした。
そこに止まっていたのは、グロッサーメルセデスSSK770である。
独逸国内でも、殆ど見られない超高級車、いや、それよりもヒトラー総統の愛用車と言った方が判りやすい。
こんな車で来られて、しかも前陸軍総司令官の手紙付きとなれば、余程の事が無い限り、上まで話は伝わる。
車の前には、二人の人物が立っていた。
片方は、どうみても東洋人、そしてもう一人は多分英国人であろう。
二人とも高級そうなスーツに身を包み、東洋人の方は、白い手袋まで着用している。
モーデルは、徐に歩み寄る。
「私が指揮官のヴァルター・モーデルだが。」
「モーデル閣下、初めてお目にかかります。私は、大日本帝国総力研究所、欧州所長の山本五十六です。」
「私は英国王室情報部所長マッキンレーです。」
モーデルは、暫く絶句するしかなかった。
目の前で繰り広げられている戦いの、敵側の人間が二人。
しかも、彼らがあっけらかんと語った肩書きは、どういうものか判らないが、どう見ても国の機関としか言えない。
情報部と言う肩書きからすれば、スパイの親玉みたいな連中ではないか。
本当かどうかは疑わしい限りだが、どうしてそんな連中が、敵陣の真ん中に姿を現すのだ。
今ここで、この二人と話しこんでしまえば、多分自分は反逆者になってしまうのだろう。
NSDAPの党員でもいれば、間違いなくこの戦争が終れば自分の立場は無い。
しかし、この二人、フリッチュ前陸軍総司令官の手紙を持っていた。
それは明らかに、国防軍内の反NSDAP一派、否、国防軍の主流派とつながりがある事を示している。
どうする、拘束するか、話を聞くか。
「独逸は勝てない。」
殆どモーデルにしか聞こえない程度の声で、マッキンレーと名乗った男が呟く。
「少なくとも、今の独逸軍の装備では、この戦いの勝利はありませんな。」
横のヤマモトと名乗った日本人もぼそぼそと呟いてくる。
誘っている。
はっきりと、モーデルにも判った。
この二人、ここで殺されても文句も言えないのに、正面から自分にぶつかって来てる。
「ど、どうして・・・」
辛うじて小さく呟くのが精一杯だった。
「独逸国防軍が、打撃を受ける事は、日英両国が望んでいないからですよ。」
「我々だけではソ連と戦えない。」
二人が更に呟く。
モーデルは溜めていた息を一気に吐き出した。
そして、すっと背筋を伸ばす。
「判りました。話を聞きましょう。こちらにおいで下さい。」
くるりと二人に背を向け、すたすたと歩き出す。
モーデルは、後ろで二人が同じように、溜めていた息を吐き出すのには、全く気がつかなかった。
291
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/17(土) 12:18:02
太陽の光がここでは、まだまだ厳しいようだった。
明るい日差しが、高い天井の豪華と言って良い執務室を更に輝かせていた。
大きな机に向かって座っている人物は、やや小柄であるが、瞳は鋭い。
しかし、その表情には決して表では見せない疲れが表れていた。
ドゥーチェ、偉大なるイタリア帝国の独裁者、彼は手にした書面を見ながら首を左右に振るだけだった。
彼も昨晩のチェンバレンの演説の内容は、聞いている。
ヒトラーは調子に乗りすぎ、流石に英国を怒らしてしまった。
独逸国内では既に戦闘が始まっているようで、英国は本気であるらしい。
となると、今自分が見ているこれも本気なのだろう。
独逸と伊太利亜、両国に対してこれまでの融和政策の仮面を脱ぎ捨て、冷酷な大英帝国の表情が全面に出てきたと言う訳である。
彼は、机の上に今朝一番で、英国大使からチアノ外相に手渡された文章を投げ出した。
文章は、英国側からの、今回の独逸NSDAPに対する制裁実施についての説明であった。
伊太利亜が何ら係争問題を抱えていないならば、英国の外交方針の変更を受け、それに併せて今後の国策を検討して行けば良いだけの筈である。
しかしながら、国際政治はそんなに甘くない。
ここ数年間の懸案事項であるエチオピア問題が、ここに来て暗礁に乗り上げている。
三月位までは、英国も黙認の方向で落ち着こうとしていたのが、その辺りから雲行きが怪しくなって来ていた。
英国のイーデン外相が、改めて、エチオピアからの伊太利亜兵力の撤兵を要求したのが、五月の事である。
その時点では、特に軍事制裁等には触れていなかったが、ここに至ればそれも判る。
英国は、独逸をターゲットに、いや、独逸から対応しようと決めていたのだ。
そしてそれが今始まろうとしている。
独逸の件が片付けば、次は伊太利亜であろう。
彼は、本気になった大英帝国に、今の独逸が敵うとは夢想だにしていなかった。
第一国力が違いすぎる。
そして、独逸が幾ら軍備を増強したとは言え、まだまだ規模が違いすぎる。
数ヶ月もあれば独逸帝国は、いや、ナチス独逸は崩壊するであろう。
そして、伊太利亜は、独逸よりも更に弱い。
これがスペインの内戦に、介入していなければ、まだ何とか手の打ち様もある。
更に言えば、エチオピアに軍を派遣しなければ、否、そうなると、英国に付け込まれる原因すらなくなる。
伊太利亜に残された時間はどの位だろう。
半年程度か、いや場合によってはもっと短いかもしれない。
これまでの協調政策を捨て去り、如何にも強権な帝国らしい政策を英国が実施し始めたとすると、独逸の目処が立った時点で、わが国に向いてくるかもしれない。
その間に、何が出来る。
どのような体制が構築できるか。
英国と独逸の紛争が始まった日、明るい執務室の中で、ベニート・アミルカレ・アンドレア・ムッソリーニは、独裁者としての孤独の中にいた。
292
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/17(土) 12:39:40
部屋の中は暗い。
いや、明かりは十分にあるのだが、重厚な作りの室内は、ひたすら重苦しく感じられる。
巨大な宮殿の奥深く、そこまで入り込むには、幾つもの警備を潜り抜けねば辿り着けない。
そんな奥まった一室が、彼の執務室だった。
猜疑心の塊のような男が、この国の最高権力者になりおおせたのは一体何故だったのだろうか。
誰も信じない、誰にも頼らない、全て自分で判断し、命令を下し続ける。
それが彼だった。
それ故、赤軍の中で自分に対するクーデターが企てられているという話に、彼は躊躇うことなく、高級将校の八割を罷免した。
その殆どのものが銃殺刑に架せられ、そして不幸にも生き残ったものは、シベリア送りとなった。
そう、銃殺刑で死亡した者達はまだ幸運なのである。
政敵を葬り去り、失策を冒したものは容赦なく消えて行く。
恐怖が支配する体制。
それが、今のソビエト社会主義共和国連邦だった。
気のせいだろうが、この部屋に入ると温度まで二三度下がるような気がする。
目の前の人物、ヨシフ・スターリン、我が国の最高権力者は、座ったまま手渡した書類に目を通している。
その姿を直立不動の体勢で、他の者達と同様に待ち受けるモトロフは、そう思わざるを得なかった。
「で、どう言う事だ。」
スターリンに渡したのは、英国大使より手交された、独逸侵攻の説明文書だった。
「ハイ、どうやら英国は半年前に、インド方面に派遣した二個師団を呼び戻して、今回の侵攻に用いたようです。」
内務人民委員部のニコライ・エジョフが、寒い筈の部屋の中で汗をかきながら、弁明を始めている。
昨晩のチェンバレンの演説放送―英国はその放送をわざわざ短波放送でも流し全世界に対しても表明していた、以来、内務人民委員部の外務課び外務省の役人達は殆ど寝ていない。
英国駐在のソ連大使は、英国高官に探りを入れるべく、昨晩から交渉にかり出されている。
これは英国の同盟国仏蘭西でも同じだった。
国外での共産党の活動を支援している委員部外務課も同様である。
「今回の英国の対独戦には、同盟国としては、仏蘭西よりも日本が関わっているようです。」
モトロフも必死だった。
スターリンの質問は、何が起こっているのかではない。
どうして、英国の独逸侵攻の予兆を事前に知りえなかったのかである。
外務省の怠慢を挙げ連ねられ、シベリア送りや銃殺なんぞの目には遭いたいとはだれだって思わない。
内務人民委員部は、スターリン直属である以上、責任追及と言っても多可が知れている。
それよりも、外務省の失策として追及されるのは何としてでも避けなければいけない。
「大日本帝国は、昨晩の内に、大英帝国に対する支援声明を発表しております。このことから察するに、今回の侵攻には、英国本土からではなく、インド、オーストラリアの植民地からの軍と日本軍からなる部隊を編成し、一挙に独逸本土に上陸させたものと考えられます。勿論、基幹となっているのは、インドに送られた英国本土師団かと思われますが。」
モトロフの言葉にスターリンの顔に、興味深げな表情が浮かぶ。
ここが正念場である。
この情報は、十中八九、スターリンは知らないと読んでいたが、間違いなさそうである。
かと言って、スターリンの知らない情報を必要以上に握っていると邪推されれば、薮蛇である。
293
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/17(土) 12:47:43
「日本の重光公使から、聞き出しました。まあ、あちらは我が国のアジア方面の活動を気にしていましたが。」
スターリンの眉毛が更に持ち上がる。
少なくとも、これでスターリンに対して、モトロフ自身の情報源が何処かははっきりと示せた。
更に、日本が知りたがっている情報が何かまで開示でき、興味も引き出せた。
「それで、何と答えた。」
「ハイ、我が国は国外に対して、何ら領土的野心はもっていないと。」
それを聞いてスターリンが笑い出す。
部屋の中には追従の笑いが起こる。
「そうか、日本は我が国を恐れているのか。」
モトロフは心の中でホッと安堵のため息を吐く。
しかし、ここで気を抜いては生き残れない。
「ええ、どうやら、日本は英国に対する隷属的な同盟の義務として軍を差し出したようで、その結果としてアジア方面の我が国に対する備えがおろそかになる可能性があるものと思われます。」
「本当に、そうだと思うのか。」
「えっ、い、いや・・・」
あたふたと、慌てふためいた感じが上手く出せたかどうかが気がかりだが、俳優でない以上これは仕方ない。
モトロフ自身、重光公使の本音は違うと見ていた。
第一、今の満州地域に攻め込めば、列強全てを敵に回す危険性すらあり、ソビエトにとっての利益は少ない。
どちらかと言えば、対独戦に手を出すなと言う事であろう。
英国、仏蘭西、そして日本と、列強三カ国が対独戦でまとまっている以上、ソビエトが火事場泥棒的な活動を行えばそれ相応の対応が行われると言う言外の含みだとは推測できる。
しかし猜疑心の強い独裁者に仕えるのは疲れる。
そこまで判っていても、決してその素振りは見せてはいけない。
ある程度、仕事が出来る必要はあるが、出来すぎるのは良くないのだ。
「で、では、日本は何を目論んで。」
「うむ、我が国に対する牽制であろう。手を出すなと言う事だな。」
独裁者が、無事同じ推論に辿り着いた事に安堵はするが、まだまだ不十分である。
「しかし、牽制にもならないのでは?」
「モトロフ、卑しくも外交官たるもの、もう少し裏読みができねばいかんな。」
「はあ・・・」
「彼らは、英国、仏蘭西だけではなく、日本も参戦している事で、対独戦が早期に片付くと見ているのだ。まあ確かに、先の大戦の戦勝国が再び、独逸を叩くのだから、順当な判断であろう。」
「はい、それはそうですが。」
「そうなると、この間に我がソビエトが日本や英国、更には米国の権益まである満州奪還に動いたら、どうなる?」
「なるほど、対独戦が早期に終了するならば、全力で反撃してくると言う事ですか。」
「そうだ、如何に赤軍が精強とは言え、相手にするには少し時間が必要だ。」
少なくとも、苦労して築き上げた日本との良好な関係が、崩れ去る事はなさそうであり、モトロフは更に安堵する。
294
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/17(土) 12:57:17
「しかし、そこまで彼らの言いなりになるのは、革命の遂行には宜しく無い。」
得意げに話すスターリンの言葉に、水平線に湧き上がる雨雲を見たのは気のせいではなかった。
「諸君、この機会にソビエトは、失地回復に向かう。」
スターリンは改めて、その場に集まっていた綺羅星の将軍連中に向かって命令する。
「北欧奪還作戦を更に一ヶ月前倒しして、開始する。」
いや、このタイミングで、大英帝国を刺激するのは、最悪の事態を招きかねない。
慌てて、言葉を挟もうとしたが、スターリンの睨むような顔が目に入る。
「うん、モトロフ、まだ何かあるのか?」
「あっ、いえ、事は慎重に運ぶ必要があります。」
「それぐらい、私が考えないとでも思っているのかね。ニコライ!」
蒼い顔を浮かべて、悄然としていた内務人民委員部の局長がはっと身を固くする。
そう外務省は、この事態を予測できなかった責任は上手く免れたが、彼は違う。
「フィンランドとの開戦理由を明らかにするのだ。英国が納得するような理由をな。」
ニコライの蒼い顔が更に、青くなる。
「し、しかし・・・は、ハイ!」
ぎろりと睨みつけられたニコライはそれ以上、反論等出来る訳無かった。
これで、彼も終わりだな。
得意そうに、こちらを見るスターリンに軽く頭を下げながら、何も言わずに退出する。
モトロフにはこれ以上独裁者を刺激する気にはなれなかった。
頭の中に湧き上がる暗雲を振り払えないまま、モトロフは執務室を後にするのだった。
295
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/17(土) 13:00:36
「大統領が執務室に入られます。」
警護の海兵隊員の声を後ろで聞きながら、ランドン大統領は、久々に明るい笑顔を浮かべ、執務室に入った。
すぐさま横の扉が開き、秘書がコーヒーを持って現れる。
朝のコーヒーが上手いと感じたのは、何ヶ月ぶりだろう。
何せ、欧州で戦争が始まったのだ。
一月前の、チェンバレン首相とヒトラーとの会談が決裂した時点から、欧州ではきな臭い雰囲気が漂っていた。
海軍から、大西洋において、英国海軍の活動が活発になっていると言う報告も上がっており、これは何かあるかと思っていた。
それが、一昨日、突然英国より、全権大使としてチャーチルが派遣されて来た時には、確信に変わっていた。
欧州で再び戦乱が巻き起こる。
それは、合衆国にとって、果たしてメリットに繋がる事なのかどうかの判断は難しい所だった。
中立法がある以上、戦争になれば、英国や仏蘭西、そして独逸に対しての貿易は制限される。
まあ、その分第三国経由と言う方法もある訳であり、列強がその生産を軍需物資にシフトすれば、米国製の民生品の売り上げは上がる。
これは既に先の大戦で経験済みの事であり、その意味不況から抜け出せない合衆国には福音とも言えよう。
しかしながら、国内の資本家達にとっては、大きな痛手となる。
米国資本が投入されている二大地域の内の一つが戦場となる訳だから、彼らの投資が無駄になる可能性は大きい。
資本の損失を、需要が埋めきれるかどうか、否、埋めきれるだけではなく、更に上回るかどうかが問題だった。
もっとも、その分、もう一つの投資先満州は、今回は日本も最初から参戦すると言う事なので、米国系の企業は潤うであろう。
この辺りは更に、詳しい分析を誰かにさせねばと思いながら、チャーチルの話を聞いていると、どうやら少し違う展開であるようだった。
チャーチルは、英国及びその同盟国による統合軍を設立し、独逸国内からのナチス党の排除を行うと言う事を伝えに来たと言うのである。
296
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/17(土) 13:05:04
「これは戦争ではありません。我々はあくまでも「軍事制裁(Military sanction)」をナチス党に対して行うのであり、独逸国家に対する国家間での所謂「War」とは一線を画す行動なのです。」
得意げに語るチャーチルは、如何にも回りくどい英国人らしいと思うばかりだったが、どうやら違うらしい。
「それは、つまり、英国と独逸は戦争状態には無いとおっしゃるのですね。」
ここまで黙って聞いていた、スティムソンが、口を挟んだ。
「そうです。まあ国際法の解釈は、今後何十年も続くでしょうが、少なくとも大英帝国、仏蘭西、大日本帝国は、戦争状態だとは認めませんな。そして、アメリカ合衆国が同意して頂けるのなら、これは国際慣行として通用するでしょう。」
それで一体何が変わるのだと思っていたが、実際大きく変わるのである。
中立法!
これが適応されないのである。
アメリカ合衆国は、戦争を続ける両国に対して、民生品のみならず、兵器ですら販売する事が出来る。
戦争、いや軍事制裁が長引けば長引くほど、米国の利益は大きくなる。
ハッとして、スティムソンを見るが、彼も僅かに頭を下げ、同意を示していた。
チャーチルのいる前で、これ以上動揺を見せる訳にも行かず、なるべく平静の振りをしながら会談を終らせたが、多分あのしたたかな政治家には気が付かれただろう。
「ヘンリー、本当に中立法は適用されないのか。」
チャーチルを追い返すと、直ぐに国務長官と話し込んだ。
そして、二人の結論は、限りなく黒に近いグレーだが、今回はそれで押し通せるだろうという事だった。
いずれ、議会が何か法律を作ってくるだろうが、少なくともそれはこの制裁とやらが終ってからである。
そして、それまでは英国、独逸両国に対して、合衆国は、軍需物資を吹っかけて販売する事が可能となるのだ。
二人とも大人なので、絶対に外には見せられないが、それでも思わず、年代もののボトルを開き、乾杯したのだった。
そして、昨日の正午に、悲痛な表情を浮かべ、短波放送によるチェンバレン首相の演説を聞いた。
内心では小躍りしたい程なのだが、他のスタッフもいる中で、大統領たるものそう感情を表してはいけない。
この戦争、否、制裁が長引けば長引くほど、合衆国の景気は良くなる。
そして、次の選挙まで丁度一年。
上手く景気が回復すれば、殆ど諦めかけていた、再選の目も出てくる。
大西洋の向こう側での動向なので、状況把握には手間取るが、それでもどうやら独逸は大混乱に陥っているようであった。
しかし、ヒトラー総統率いるナチス独逸がこのままで終わる訳はない。
昨晩は、大統領になって以来、初めてぐっすりと眠れたのだった。
297
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/17(土) 13:07:53
椅子に腰を下ろし、朝のコーヒーを十分に堪能していると、国務長官が、昨晩以来の状況報告を持って部屋に入って来た。
「ヘンリー、状況は?」
「統合軍がハンブルグを占領した。」
ヘンリー・スティムソン国務長官の顔は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「なんだって、まだ一日も経っていないのに、そこまで行ったのか。」
「ああ、予想したよりも、独逸は軍備が整っていないようだ。」
「うーむ、そうか。そうすると、思ったより早くかたが着きそうなのか。」
期待が音を立てて崩れて行く。
たった一日で、主要都市が占領されてしまうなんて、なんて不甲斐ないのだ。
全く、ヒトラーは何をやっているのだ。
「いや、まだ判らない。少なくとも独逸陸軍、海軍とも抵抗らしい抵抗をしていると言う感じではないらしい。」
ランドンは怪訝な顔で、スティムソンを見つめる。
「ハンブルグにいた大使館員が直接、こちらに電話を掛けてきた。良く判らんが、無線は通じないようだが、国際電話はちゃんと繋がっている。」
スティムソンは書類を見ながら、続ける。
「独逸軍は、ハンブルグでは戦闘らしい戦闘もせず、後退したそうだ。統合軍は、戦車を先頭に殆どハンブルグを通り抜けて行ったらしい。これは、昼過ぎだから、今から三時間位前の話だな。ああ、ナチス党支部は占領されたとの事だ。ちなみに、砲撃らしい砲撃も無かったとの事だ。」
更に、書類を捲りながら、スティムソンは話し続ける。
「噂だけは、凄いぞ。仏蘭西との国境が破られた。チェコでは独逸精鋭部隊が壊滅した。ヒトラー総統は国外逃亡、ああこれは、ベルリンからの報告で、デマだと判っている。飛行機はバタバタ落とされている、まあ、こんなところだ。」
スティムソンは、書類の束を、机の上に放り投げ、座っても良いかと目で聞いて来た。
ランドンが軽く頷くと、ソファに深々と腰掛け、頭を抑える。
「どうやら、思った以上に、英国の用意は周到だったようだ。最もまだベルリンまでは200キロ以上あるから、何が起こるかは判らない。」
スティムソンが顔を上げて、真っ直ぐにこちらを見つめて来た。
「しかし、少なくもと我々はこの制裁とやらを当てにはしない方が良さそうだ。」
「そうなのか?」
「ああ、そうだろう。やはり他人の手を借りるのではなく、自分達で何とかしないと・・・」
ランドンは、黙ってスティムソンの次の言葉を待ち受けた。
自分は大統領で、彼は国務長官にしか過ぎないが、キャリアはスティムソンの方が長い。
頭を上げたスティムソンは、真っ直ぐにランドンを見つめる。
「我々は再来年、オーバルオフィスから追い出される。」
朝の清々しい空気は、一気に氷河期に突入したようだった。
298
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/24(土) 11:41:31
ポツダム、ベルリンから26キロ離れたこの地は、フリードリヒ大王が建設した宮殿がある。
そんなプロセイン王国時代の宮殿郡が散在するこの地で、二つの軍事勢力が相対していた。
モーデル率いる国防軍部隊が、初日の防御戦闘を突如停止し、撤退に入ってから既に一週間が過ぎていた。
モーデルは、近隣の残余部隊を吸収しながら、ゆっくりとベルリン方向に下がって行った。
一方、統合軍の方も戦闘らしい戦闘は一切行わず、それに追随するように、ベルリンを目指して行く。
結局、初日に80キロ近く前進したのにも関わらず、二日目以降の統合軍は、一日30キロ程度の前進に留まり、現在はベルリン郊外のポツダム付近まで進んで来ていた。
部隊は、統合軍第一兵団がほぼ全軍、と言っても3万人程度の兵力である。
299
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/24(土) 11:43:51
「本当に、大丈夫なんだろうなあ。」
アランは、一緒に偵察に出てきた西大佐に話し掛ける。
結局、アランのベルリン一番乗りと言う夢は、作戦の変更により遭えなく潰れてしまっていた。
「さあ、どうでしょうね。まあ最悪でも我々第一兵団が犠牲になれば何とかなるんじゃないですか。」
いや、俺は犠牲にはなりたくないのだが。
アランは心の中でつぶやいた。
西大佐はそんなアラン少将の心情も知らず、前方に広がる独逸国防軍の野戦陣地を望遠鏡で眺めている。
全く、独逸、いや欧州はなんて平なんだ。
ポツダム辺りには特に高い山も無く、ここも精々小高い丘程度の地点である。
双眼鏡で、見ようとしても、そこかしこに広がる小さな森に遮られ、独逸軍陣地の全容は全く掴めない。
ただ、望遠鏡には、その陣地の一部らしい地点が映っているだけだった。
それも、そこで兵士が塹壕を掘っているからそれが判る程度であり、彼らが居なければ、全く見つからなかっただろう。
戦線、いや戦線と言って良いのだろうか、独逸国防軍は、ここに来て、持久陣地らしきものの構築を始めていた。
しかしながら、それも非常にゆっくりとしたものであり、まるで目の前の統合軍の存在を無視しているかのようである。
統合軍の偵察部隊が、側まで行っても、攻撃を仕掛けようとはしない。
どうやら、上から発砲は禁じられているようであった。
そして、その状態が暫く続けば、兵達にとって、最早戦争は終わったも同然である。
兵達は、上のものが思うより、遥かに情勢に敏感である。
どうやら、上同士の話がついたようだと、素早く察知し、声を掛けて来るものさえ出始めている。
これが後二三日も続けば、お互い同士で糧食の交換等が始まる事が予想された。
このような状況に陥っている為、アラン少将と西大佐は、誘い合わせて最前線まで出てきたのである。
既に何箇所かを巡り、今は休憩も兼ねて、少し小高くなった丘に車を止めて独逸国防軍の陣地を眺めている所だった。
全面に展開している独逸国防軍は、兵力5、6万に近い大部隊である。
どうやら、ハンブルグからベルリンの間で、集められる限りの兵士をここに集結させたようであった。
栗林中将率いる、第一兵団司令部からは、発砲禁止と現状維持の指令が戦車大隊にも降りてきている。
それ故、第一旅団及び第二旅団の戦車大隊の指揮官二人が仲良く敵陣偵察なんぞに出て来れる訳である。
二人とも、お互い同士の戦車運用が気になり、話したかったと言う事もあり、二人はそんな話をしながら、ここまで出向いていた。
300
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/24(土) 11:54:19
とは言っても、目の前に広がる6万の独逸国防軍が脅威でない訳ではない。
機動力、砲撃力、防御力どれをとっても、今の統合軍の方が上回っているとしても、現実に6万の兵士が築城した陣地に篭もられては、それもかなり減衰する。
確かに、戦車中隊をすり潰す覚悟で1点突破を図り、そこから部隊を流し込めば、まだ何とかなると言う西の意見には、アランも同意しているが、今更それをやるのはかなり勇気が必要だった。
張り詰めていた気が緩んでおり、同じように作戦を実行しても、被害が大きくなるのは予想できたからである。
「うまくいくのでしょうか。」
双眼鏡を眺めたまま、西がポツリと呟く。
「ああ、きっとね。」
アランも気の無いような声で返事を返す。
全く、戦争がこんなに厄介なものになったのは、何時からなのだろう。
これまでは、素直に目の前の敵を叩きのめせば良かった筈だった。
しかしながら、この戦争は違う。
日英首脳陣に、独逸を取り込むと言う命題があり、その為に、両国の諜報関連の部門が精力的に動き回っていた。
勿論、統合軍は、軍と言う「力」で独逸を叩きのめせると言う自信はあるのだが、その方針には逆らえない。
それは判っているのだが、目の前に敵がいる状況で平然としているのは困難である。
しかも、独逸国防軍は、陣地構築と言う形で、時間が経てば経つほど強力になっているのである。
こちら側は、上陸した全軍を率いてここに来ている訳であり、とてもじゃないが持久戦等出来る状況ではない。
何しろ、ハンブルグに駐留した部隊や、ヴィルヘルムスハーベンの抑えの部隊すら連れて来ている。
最悪の場合は、第二兵団が上陸するまでここに踏みとどまる以外に道は無いと言う何とも恐ろしい状況に追い込まれている訳である。
こんな事は、独逸国防軍と話が通じていると言う状況でもなければ行えるものではない。
そして、二人ともその理屈は判っているのだが、軍人としては耐え難い状況であるのは間違いなかった。
二人はどちらとも無く、立ち上がり、軍服についた埃を払う。
「そろそろ・・・うん?」
301
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/24(土) 11:59:30
前方の森の中の小道を車が走り出てきた。
それはどうやら真っ直ぐこちらを目指してくる。
護衛の兵達に緊張が走るが、西は手でそれを押し止める。
四角いオープンカータイプの軍用車には、運転手と後席の将校が一人いるだけである。
「どうやら、進展があったようだな。」
「ええ、そうでしょうね。あれは将官ですよ。」
二人はどちらからとも無く、笑みを浮かべ、迫り来る車を待ち受けた。
「独逸国防軍陸軍少将ヴァルター・モーデルです。」
「英日統合軍少将アラン・アデア」
「日英統合軍大佐西竹一」
車から降り立った将官が、国防軍式の敬礼をしながらそう言うのを、二人は驚きを隠しながらも、返答する。
モーデルの方も、まさかここに将官がいるとは思っていなかったようで、少し驚いたような顔を浮かべている。
「どうやら、この戦争は終わりだな。」
気を取り直して話し始めた、モーデルに対して、二人が興味深げに見つめる。
「総統は、先程無くなった。」
全く悲しそうな顔も見せずに、モーデルは淡々と続ける。
「参謀本部での会議の後、出てきた所を武装親衛隊を引き連れたヒムラーに襲われ銃殺された。」
このような時期の、ナチス党内部での武力闘争は容認できるものではない。
事態を重く見た国防軍は、ベック参謀長の命令で、すぐさま戒厳令を発令し、ナチス党員の拘束を行なった。
幸い、党員の多くが、ここから目と鼻の先のサンスーシ宮殿に集められていた為、それは迅速に行われた。
急遽、暫定首相として、前陸軍総司令官フリッチュ陸軍大将が任命され、現在ポツダム郊外に展開する統合軍との交渉の為、こちらに向かっているとの事だった。
「それで将軍は、それを上層部に伝える為にお越しですか?」
それにしては、護衛も付けず、身軽な格好が気になり、西は尋ねる。
「いや、それは既にしかるべきものが、そちらの本部に向かっている。私は、まあ、個人的な用だ。」
二人は顔を見合わせる。
モーデルと言えば、一週間前に、それぞれの部隊が戦った国防軍の指揮官である。
彼が何を求めているのかは、二人でなくても興味がある。
「それで、閣下の個人的な用件とは?」
「諸君らの機甲部隊、いや、先日ハンブルグ手前で、我が方の仮設陣地を突破した指揮官、それとラウエンブルクの森をあんな馬鹿な速度で突ききった指揮官だ。彼らに会いたい。
いや、別に意趣返しを考えているのではない。幾つか質問したいのだ。」
二人は、更に顔を見合わせる。
最初のは、西の部下の島田少佐だし、ラウエンブルグは、ここにいるアラン少将本人である。
「これが終わって、指揮官が国に戻ってしまっては、聞きたい事も聞けない。しかし今なら、こちらに居る筈だ。ぜひ会わせて欲しい。」
「そ、それで、閣下、会えたら何をお聞きになるおつもりですか?」
「あの戦法だ!戦車等の機動車輌を敵陣に突っ込ます。作戦と言えるかどうかは判らないが、少なくとも相手が十分な防御を持っていない場合は有効だと思う。
あれは、予め考えた戦法なのか、それともその場の思いつきなのかだ。」
「あれは、島田が以前から考えていた戦法ですが、そう度々使えるものではないですが。」
「島田と言うのか、彼に会えるだろうか?」
やはり、独逸軍は恐ろしい。
自分が相手にした統合軍の戦法を理解しようとして、ここまで単身やってくるなんて。
十分な兵力を与えて敵にはしたくない。
二人とも考えている事は同じだった。
「案内致します。島田少佐は私の部下ですし、ラウエンブルクの森に最高速度で突っ込んだ、向こう見ずな指揮官は、こちらのアラン少将です。」
モーデルが驚いた顔で、アランを見つめる。
アランも少し照れるのか、軽く頭を下げた。
「あ、ああ・・・、色々話を聞かせて欲しい。」
三人は車に乗り込むと、部隊の待つ陣地へと向かっていった。
たった一週間の戦争、いや実質的にはハンブルグが落ちた時点で終了した戦争。
「のと」世界では、五年近く争った英独であったが、少なくともこちらでは信じられない程の短期間でそれは終了したのだった。
302
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/24(土) 12:04:13
第一兵団の栗林司令官と、独逸暫定首相フリッチュ大将の会見は、非常に手短に終了した。
ヒトラー総統の暗殺と言う事態を受け、両軍とも停戦するのは何ら問題が無かったのである。
それに、統合軍の目的である、NSDAPの排除は、既に独逸国防軍が始めており、統合軍にしても、それを独逸国内勢力で実施して貰えるならば、異論は無い。
直ちに、停戦協定が締結され、第一兵団は、事態が安定するまで、ポツダムに滞在する事となるが、これは仕方なかった。
NSDAPの政策は上手く行っていた側面もあるため、国防軍の政策に反対する勢力に対しては、統合軍の存在は、非常に重要な意味を持つのである。
即ち、NSDAPを排除するか、英国と戦争を行うかの見本を突きつけられれば、正常な国民にとって、どちらを選択すべきかは、少なくとも表面上は選択の余地は無かった。
統合軍が提供するプロパガンダも徹底していた。
「悪いのは、拡大主義に走ったNSDAPの横暴であり、独逸国民は、その被害者である。」
と。
303
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/24(土) 12:07:58
即日、イーデン外相が、統合軍の代表として独逸に入る。
すぐさま、独逸周辺国の大使が集められ、独逸暫定政府との交渉が開始された。
イーデンが表上要求したのは、独逸政府、地方自治体からのナチス党員の排除と、総選挙による新たな政権の樹立だけである。
領土問題等は、各国政府と個別に交渉して欲しいと言うだけで、統合軍としては一切関与しないと表明する。
おかげで、勝ち馬に乗る積りで独逸に対して要求を述べようとした仏蘭西や波蘭大使は、拳の下ろし先に戸惑うばかりであった。
勿論、英国や、帝国は統合軍とは別個に、独自の代表を送り込んでいるのだが、彼らが余計な要求を挙げる事は一切無かった。
結局、各国の不満はあったが、これらの交渉は全て新政権が樹立されてからと棚上げされたのである。
そして、表上の交渉事が終わると、イーデンは爆弾を投下する。
それは、チェコスロバキアが、日英を主体とする統合軍に対して、部隊の拠出を申し出ているとの発言だった。
これは、対独戦開始前に、チェコスロバキアのエドヴァルド・ベネシュ首相と山本・マッキンレーが纏め上げたシナリオだった。
ズデーテン地方の領有は、チェコスロバキア政府である事は、実際に独逸軍を苦しめた結果、チェコ政府が手に入れたトロフィーだった。
しかしながら、独逸の政権が変わったにしろ、この地方に対する脅威がなくなる訳ではない。
これに対して、安全保障として統合軍の存在は非常に大きい。
何を言っても、チェコスロバキアのベネシュ首相は、目の前で統合軍の戦車がグーデリアン率いる独逸装甲軍団の戦車を撃破しているのを見ているのである。
軍の何割かがチェコ政府の支配から外れるにしろ、それを補ってお釣りが来るのが統合軍だと言う認識は揺らぐものではなかった。
そして、この発言を受け、さりげなくフリッチュ暫定首相が、独逸海軍の即時編入と、事態が収束し、新政権の承諾が得られれば国防軍の一部も統合軍に参加すると発言すると、会場に動揺が走った。
イーデンは、それはありがたいと発言するだけで、何のコメントも発せず、会議を終了に導く。
招聘されたオランダ、ベルギー、仏蘭西、波蘭、瑞西の大使達が、真っ青な顔で本国と連絡を取る為に、殆ど駆け出さんばかりだった。
部屋を出しな、デンマーク大使が、イーデンに話し掛ける。
「我が国も、統合軍に参加する積りですが、何せ軍人が少ないのが申し訳ないですな。」
「イヤイヤ、デンマークの参加は欠かせません。ありがとうございます。」
そう、最悪の場合、キール軍港に対する攻撃も視野に入れていた統合軍は、独逸周辺国ではチェコスロバキア及びデンマークに対しては、戦前から交渉を実施していたのである。
結局は、誰も予期しなかった程、短期間で終わってしまったため、活躍の場は少なかったが、独逸に対する電波妨害や、NSDAPの悪行の証拠作り等、表に出ない部分で協力は大きかった。
イーデンは、去り行くデンマーク大使に頭を下げ見送ったのである。
304
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/24(土) 12:12:17
対独戦が、初日のモーデル少将の自主的な停戦から、一週間も掛かった理由がここにあった。
独逸海軍は、ヴィルヘルムスハーベンの説得が上手く行った時点で、統合軍への参加をキールにいるレーダー提督も受け入れていた。
しかしながら、国防軍に対する説得に時間が必要だった為、当初の予定とは違い、それは公表される事なく、今日に至った訳である。
結局、山本・マッキンレーのコンビは、独逸国防軍首脳陣を順番に説得せざるを得ず、その為に一週間近い日数が必要だったのだ。
独逸軍は、多分欧州で最強の軍足り得た。
しかしながら、それはどのような形であれ、周辺諸国の脅威とならざるを得ない。
これに対して、英国との完全な同盟化を選択する事は、この脅威を大きく減ずる事が出来る。
実際に理屈としては、判らないではないのだが、そう簡単に実現できるものではない。
また、お互い同士の不振がある限り、そうそう頷けるものではなかった。
日英のように、曲がりなりにも立憲君主が存在する国家、また両国の首脳陣のように、「のと」情報から大英帝国の没落や太平洋戦争の結果を知ってしまった国家ならば、このような決断も出来よう。
しかしながら、独逸には国王も居なければ、「のと」情報も開示されていない。
その中で、統合軍への参加を納得させるのは、山本やマッキンレーにとっても至難の技だった。
独逸海軍のように、沿岸海軍から本格海軍への脱皮を目指す、小規模組織ならば選択はそれ程難しい問題ではなかった。
海軍は、常に陸軍の下に見られ、世界三大海軍の内の二つとの共同軍と言うのは、現状よりも遥かにより良い待遇が待ち受けている。
これに対して、世界最大の陸軍国を目指す国防軍は違う。
現場で、戦闘を行った将軍、モーデル少将等の指揮官は、長期的な視点ではなく、今ここにある敵軍と同等の装備を持てるだけで、十分参画する価値があると考えた。
だが、後方で、ハルダー参謀長のように、実物を見ていない将軍、更には将来を考慮する将軍連中の説得には時間が掛かるのも当然だった。
独逸国防軍が、独逸の利益ではなく、日英の利益の為に活動する可能性がある以上、簡単に納得する訳には行かないのが、彼らの立場である。
しかしながら、彼らのも統合軍の装備の充実ぶりを目にし、そして、何よりも東の大国の脅威を指摘され、最後には強権の可能性、即ち実際に戦闘にてけりをつけると言う脅しまで含めて説得されれば、どうしようもなかった。
時間は掛かったが、最後は頑固な将軍達も納得し、そしてヒトラー総統は、ヒムラーの凶弾に倒れたのであった。
1938年10月15日、独逸第三帝国は、独逸共和国として、新たに統合軍への参画を宣言したのである。
305
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/24(土) 12:14:20
「山本さん、あなた、一体何をしたんですか!」
ベルリン郊外の豪邸の一室で、大きな声が響く。
戦闘が終了したと聞かされ、イーデンの搭乗する特別機に紛れ込んで独逸に来た高畑は、部屋に入ってきた山本の顔を見ると、大声で叫んでいた。
「うん、私は私の仕事をしただけだが?」
少し遅れて入ってきたマッキンレーに軽く会釈すると、山本は徐に、ソファに腰を下ろす。
「まだ、二つもの軍隊が、海の上なんですよ、彼らをどうするつもりですか。
梅津さん達軍の人や、英国政府の連中なんかもう大変な目に会っているんですよ。
一体、何をしたんですか?」
「独逸国防軍のクーデターだよ。
我々は、それに手を貸しただけだ。」
説明終わりと、マッキンレーがテーブルに置かれたカップに手を伸ばす。
苦笑いを浮かべた山本が話し始めた内容は、高畑を驚かすには十分だった。
「のと」資料にも記載されていた、独逸国防軍のクーデター計画は、殆ど完成していたのである。
ただ、「のと」世界では、チェンバレンら融和派と呼ばれる勢力の働きかけで、彼らのクーデターは未遂に終わり、その後第2次世界大戦になだれ込んで行く。
しかしながら、実際は違った。
英国の強硬政策のお蔭で、クーデターは実行に移されようとしていた。
国防軍の精鋭部隊が、ズデーテン地方に侵攻する事で、ヒトラーの関心はチェコに向く。
その時点で、プロセイン地方で編成中であった第4装甲旅団がケンプ少将の指揮の下、首都ベルリンを占領し、ヒトラー総統以下、NSDAP首脳陣を拘束する。
「元参謀総長のベック大将が計画の首謀者だ。我々はそれに手を貸しただけだよ。」
山本の話す内容に、高畑は唖然とする。
「そ、そんな事ご存知ならば、統合軍に連絡すれば。」
「いや、我々がそれを知ったのは9月に入ってからだ。そこから軍事作戦に介入は百害あって一理なしだ。
それに、マッキンレーも私も政府の人間じゃないからな。」
平然とそう嘯き、山本もコーヒーを口に運ぶ。
「まあ、井上あたりは、我々は保険の積りだったようだかね。」
「井上さんは、知ってたんですか!」
「ああ、英国側にも何名かに伝えてあるぞ。」
「全く、軍や我々は、良い様に踊らされていただけですか。」
「いいや、そうではない。軍が全うに作戦を実施してくれたから、こうまで短期間に成功したようなものだ。これが馴れ合いだったら、ヒトラーも気がつく。」
そう言われれば、高畑も頷くしかない。
「しかし、何で山本さんの所にそんな情報が入ったのですか。国防軍のクーデター計画が外部の人間に漏れるなんて考えられませんよ。」
「ああ、それか、フリッチュ大将に教えて貰ったのだ。」
306
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/03/24(土) 12:17:25
彼らは、チェコスロバキアのベネシュ首相の説得の為に、八月から独逸、チェコスロバキアでの活動に入った。
一国の首相を動かすのには、それ相応の人物でなければならず、その点山本は、総研の欧州所長と言う肩書きが役に立った。
また、各国での情報収集組織の編成を始めていた点も大きい。
変な言い方ではあるが、表立っての諜報組織と言う前代未聞の組織であるため、下部組織はそれぞれの国にある、地場の顔役や、反政府系の団体等をそのまま採用すると言う無茶を行っている。
この結果、他国の諜報機関関係者も紛れ込んでいるが、それは判っていて利用している。
そして、独逸においては、NSDAPのスパイもいたが、同時に国防軍の関係者もいた訳である。
日英が、罷免されたフリッチュ大将を戦後の独逸側の交渉相手と定めたため、山本達が、彼に接触する。
そして、フリッチュ大将はクーデターには参画していなかったが、計画は知っていた。
そう、この二点から、山本達がクーデター組織「黒い礼拝堂」との接点を持つに至った訳である。
「そうなんですか、了解しました。まあ、少なくとも戦争が長期化するよりは遥かにましな結末ですからねえ。」
高畑は尚も理解できないと言うように、首を振りながら溜め息を吐き出す。
「しかし、アフリカにいる軍と、船に乗っている第二派の連中はどうするんですかね。
まあ、私はここで独逸経済界の方々と打ち合わせですけどね。」
余りにも対独戦があっけなく終了してしまった結果、第二兵団と第三兵団が中に浮いてしまっていた。
あの連中に掛かる費用も政府には頭の痛い問題となる。
勿論、戦争が長期化すれば、誰もそんな事は言い出さないのだが、たった一週間で終わってしまえば、そうも思いたくなるものだった。
「いや、それは問題ないだろう。第二はフィンランド、第三は伊太利亜に送る予定だと聞いたが。」
マッキンレーがぼそりと呟く。
高畑が飲みかけたコーヒーを危うく噴出す所だった。
「どうして、あなた方は、そんな情報まで知っているんですか!」
「そりゃ、君、我々は諜報機関の長だからだよ。」
山本は悠然とコーヒーを飲みながらそう答えるのだった。
309
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/04/04(水) 23:33:39
「どうやら、独逸は落ち着きそうだな」
「ああ、裏で色々問題はあったようだが、フリッチュ暫定首相の暫定は取れたよ」
ニヶ月半ぶりに帰国した梅津が井上の問いに答える。
「で、報告では上手く行ったとあるが、産業界の方は問題はないのか?」
「一応、ゴールドスミス家が音頭を取って、クルップやシーメンスと話は付けてくれたからね。既に、生産ラインの改変は始められている。年明け早々にも最初の戦車がラインアウトする見込みだよ」
こちらは高畑が、答える。
彼も二ヶ月間、独逸での交渉を纏め上げ帰国したところだった。
「英国の状況はどうなのか?」
それまで、黙って聞いていた総研所長が、口を挟んだ。
久しぶりに、宮城内にある総研の会議室。
所長以下、井上、梅津、高畑、八木、高柳ら、総研の主要メンバーが全員集まるのは何ヶ月ぶりであろうか。
全員が集まるのも珍しいが、今回は、それ以外にもう一人、いや通訳を連れているから二人か、メンバーが増えている。
ケインズだった。
「チェンバレンの人気は凄いものですよ。開戦時は落ち込みましたが、あれ程鮮やかに、戦争が終結しましたので、長期政権化は間違いないでしょう。ああ、英国王室の方からも、叙勲の話が出ています」
ケインズは、答えながらも、違和感を感じずにはいられなかった。
正面には、大日本帝国の君主が座わり、自分の言葉に満足そうに頷いている。
そして回りは、自分以外全て日本人である。
英国人の自分が、ここにいること自体、違和感の塊である。
だが、これが、総研と言う組織の長が望んだ事である以上、おかしな事ではないのであろう。
総研の重要な会議は、英国の総研と対になる組織に対しても案内が出される。
結果として、ケインズ自身か、クラーク、もしくはマッキンレーの誰かが可能ならば参加すると言うルールが出来ていた。
勿論、日本がそう来る以上、英国側も同じように、オブザーバーとして、総研のメンバーに対して出席案内が出され、大概は高畑がそちらには出席している。
「ソ連は結局動かないままか?」
「ああ、部隊は北に張り付いたままだが、まだ動かない」
梅津が困ったように、溜め息を付く。
ソビエト連邦は、統合軍が独逸に侵攻する以前から、部隊を北欧方面に集め始めていた。
もっとも、それは帝国やトルコ、フィンランド等の周辺国家間の、継続的な諜報活動の結果として浮かび上がったものであり、ソ連側はそれを秘匿しているつもりであった。
しかしながら、対独戦が開始されると、部隊の移動はあからさまに行われるようになり、フィンランド側の緊張は否が応でも高まっていた。
ソビエトが、フィンランドとの冬戦争を開始しようとしている。
「のと」資料を知るものは、一年早いが、誰もがそう思った。
結果、独逸上陸予定だった第二兵団は、そのままバルト海に入り、フィンランドへと向かった。
フィンランドのカッリオ大統領は、急遽国軍総司令官に任命されたマンネルヘルム元帥の進言を受け、これを受け入れる。
更に、第三兵団は、対伊太利亜政策の実施を延期し、11月中旬には、スコットランド北部に作られたバイナキール統合軍基地での待機に入り、ソ連の侵攻を待ち受けた。
ソビエトが、フィンランドに侵攻すれば、防衛陣地帯、通称マンネルハイムラインにて展開した第二兵団がフィンランド軍と共同でこれを防ぐ。
そして、必要ならば第三兵団が遊軍としてソ連軍の後方に上陸、展開する。
ここまでの作戦計画を策定し、これを実行可能にすべく、大童で、準備が進められていた。
特に、冬季兵装は不十分であったので、満州方面での備蓄を取り崩して、英国へと送る事すら行っていた。
11月下旬までには、これらの手配も済み、誰も望んでいる訳ではないにしろ、日英そしてフィンランドの準備は、ほぼ整ったと言えよう。
ところが、ここまで来てソビエトは開戦しなかった。
それから一ヶ月、ソビエトは国境付近に40万以上の軍勢を貼り付けたまま、動こうとしない。
何か外交的交渉の圧力として使われるのかと言う見方もあったが、それも無いままである。
310
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/04/04(水) 23:35:17
「バルト三国、エストニア、ラトビア、リトアニアに対しても何も行動してないのだな」
「ああ、そうだ、まあ軍事的な圧力は物凄いが、それを何ら結びつけるような行動を起こしていない」
「理由は、不明のままだな」
「ああ、堀、山本さん、マッキンレー、英国陸軍情報部も何も掴んでいない」
ケインズもその話を聞いて頷く。
確かに、何かが行われているとしたならば、それはかなり上層部で決定された事に違いなかった。
「英国政府はどう見ていますか?」
「困りこんでいますな。臨戦態勢のままで軍を維持するにはコストが掛かりますからな」
英国は、統合軍に派遣している四個師団以外に、本国師団を二個仏蘭西に展開していた。
対独戦が終了した以上、これらの二個師団は、大急ぎで本国に引き上げられていた。
本来ならば動員体制を解除し、通常レベルまで戻すべきなのだが、北欧の情勢が情勢だけに、英国政府も、帰国した二個師団と、新たに練成中の四個師団の体制を崩す訳には行かなくなっていた。
元々、英国は海軍国であり、平時の陸軍師団の兵員は少ない。
また、予算配分も海軍重視である。
帝国のように、平時から陸戦部隊をある程度維持し、しかもその展開先が限られている国家ならば、その維持コストも予算内に組み込まれている。
しかしながら、大英帝国は、世界国家であり、各地に派遣される軍の規模も帝国よりも遥かに大きい。
結果として、本国に統合軍も含め、八個師団もの軍を維持するのは、無駄以外の何者でもなかった。
戦闘が始まれば、臨時予算なりが組まれる為、問題とはならない。
しかしながら、戦闘が開始されないまま、数ヶ月に渡って、軍を維持し続けるとなると、それは別だった。
「このまま年を越す事となれば、来年予定されている軍の兵器更新が遅れる可能性すらあります」
ケインズが憂うような表情で答える。
「そうなると、独逸の装備改変も遅れるか」
「ええ、そうなりますな」
部屋の中に、困惑が広がる。
311
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/04/04(水) 23:37:22
対独戦は、第2次世界大戦を防ぐ為に行われた訳ではない。
戦勝国の英国は、戦後の経済破綻による没落を阻止する為、そして帝国は、国家の維持の為に行った戦いである。
戦闘自体は、両国首脳があきれ返るほど、早期に終結したが、そのために帝国は足掛け九年、英国も、三年の準備を経て行われているから、これも当然と言えば当然だった。
そして、対独戦の一番の目的は、陸軍国独逸の取り込みだった。
日英とも、海軍国であることは言うまでも無い。
「のと」資料以前の帝国は、中国進出、そして満州国と言う領土を得た為に、島国であるにも関わらず、陸軍の拡充を進めざるを得なかった。
結果として、国家戦略が政府、海軍、陸軍全てがバラバラと言う泣くに泣けない状況に陥った訳である。
これに対して、英国はその歴史的経験から、海軍国である点を維持し続けていた。
海がある以上、陸軍が幾ら強くても、海軍さえ維持できれば、その領土を維持できる。
要は幾ら強くても、海を渡らせなければ問題とはならないのである。
同時に、大陸の陸軍国を味方に付ける事で、必要な兵力を確保して来た。
ところが、「のと」世界では、その味方とすべき陸軍国仏蘭西があっけなく敗退してしまう。
あの世界で、その代替となったのが、米国であるが、困った事にこの国は、陸軍国であるが、ユーラシア大陸からは、遠く離れていた。
その結果、米国は、海軍国としての側面も持っており、最終的には大英帝国の利権を全て奪う事となる。
その事が解っていれば、英国の選択は限られてくる。
また、帝国にとり、米国はこの時点では、パートナーとしての選択は無かった。
米国はあくまでも海軍国のライバルであり、決して陸軍のライバルではなかったのだから。
日英両国にとり、独逸は倒すべき敵ではなく、陸軍国のパートナーとして味方に引き込むべき国家となったのである。
そして、その障害となるナチス独逸の排除の為、対独戦が開始され、それは成功裏に終わった。
次の計画は、独逸国防軍の強化であった。
日英は、兵装の共有化、共同での兵器生産により、両国の生産性を格段に高めている。
これに、独逸も加え、三カ国で必要な兵器を生産する事により、更に効率を上げようと計画されていた。
最終的には、日英独三カ国の、兵器生産企業同士の競争となるのは仕方ないが、少なくともそれぞれ独自の開発費は削減される。
それに、日本では日商を窓口に、英国ではロスチャイルド家、そして独逸にはその一族であるゴールドスミス家があり、それぞれの国家間の企業の調停はある程度は可能である。
実際、この二ヶ月の間に、高畑が独逸企業との交渉を纏め上げられたのは、ロスチャイルド家自身が、高畑をその代理人と認めた事も大きかった。
312
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/04/04(水) 23:40:07
「どれだけ時間があるかが、問題か・・・」
井上が呟く。
ここまでは、計画通りであるとも言えよう。
しかしながら、既に計画には大きな齟齬が発生している。
そこには、二つの要因があった。
一つは、対独戦が余りにも早期に終了した事による問題だった。
それは、鮮やかな勝利であり、欧州全域を覆っていた、新たな戦争への恐怖を払拭したと言う効果は大きい。
しかしながら、実際に戦闘は、ハンブルグ周辺及び、チェコスロバキアのズデーテン地方における小競り合い程度しか発生していない。
勿論、その正面に立たされた、グーデリアンやモーデルは、彼我の戦力差を痛感しているが、それは独逸国防軍全体と言う訳ではない。
せめて、もう少し大きな戦闘が発生し、その結果、独逸国防軍の1個師団程度が、壊滅してくれていれば、その教育効果は大きかったであろう。
勿論、第一兵団は、今年一杯は、ポツダムに滞在し、独逸国防軍にその装備を見せつける予定であるが、それでも戦闘による教育効果とは、比べ物にならない。
その為、独逸国防軍の新兵装への転換は、ゆっくりとしたものとなる。
そして、もう一つの要因は、ソ連の動向だった。
「のと」世界でのソ連が、本格的に動き出すのは、ナチス独逸と連動し、39年、それもポーランド分割からである。
アジアにおける軍事的な小競り合いは、それ以前から起きているが、「のと」世界での帝国陸軍とのノモンハン事変、バルト三国、エストニア、ラトビア、リトアニアの保護国化も1939年に発生している。
ソビエトの動向は、様々なルートを通じて、かなり正確に把握していたが、実際に赤軍上級将校の粛清も発生しており、この世界でもほぼ同様の道筋を辿っているものと思われていた。
もっとも、総研にしても、独ソ間の緊張関係の推移次第では、ソ連が今回の対独戦開戦により、動き出す事はある程度予想はしていた。
その為、フィンランドに対しては、かなり早い時点から、帝国が対ソ同盟的な動きを開始している。
実際、虎の子の97式中戦車を百両程度ではあるが、直接フィンランドに販売している。
航空機にしても、試作増加型ではあるが、英国はスピットファイヤ、帝国は疾風を供給している。
しかしながら、対独戦開戦後の二週間の間での、赤軍の急激な北欧シフトは、日英の予想を上回るものであった。
その為、両国は、対独戦の終了と共に、急遽第二兵団を直接フィンランドに送り込む事すら実施したのである。
313
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/04/04(水) 23:42:17
ところが、ここに来てソ連は、「のと」世界で呼ばれていた、冬戦争を開始していない。
既に、12月も中旬まで過ぎている今の時点で、開戦していない以上、今年度中の開戦は無いかも知れず、そして、来年になれば雪解けまでの期間が短い為、開戦する可能性は益々低くなる。
かと言って、開戦が無いと言う事で、ここで警戒態勢を下げると言うのは、フィンランドには到底出来ない事であり、また展開している統合軍の第二兵団にしても、引き上げる訳にはいかない。
そして、この中途半端な状況が継続すればするだけ、日英両国にとって、その負担は大きくなるのだった。
日英両国とも、政府があり、官僚がいる。
実際の経費が発生し、それを処理するのは官僚である。
戦争が始まらないのに、費用が発生すると言う状況は、これらの名も無き人々の反発を買うのは十分過ぎる事態であり、その処理に対しての軋轢はどうしても大きくなる。
それに、対応するにしても、政府も戦争と言う特別な事態が発生していない以上、大幅な予算の増額も難しい。
対独戦と言う事での、特別予算枠が確保されていた訳であるが、それも戦争が早期に終了した事で、取り崩されており、新たな予算枠の確保が出来ない以上、通常の軍事予算内で処理せざるを得ない。
結果、次年度における装備更新予算が、圧迫される事となるのである。
勿論、このような問題は、あくまでも短期的な軋轢でしか過ぎない。
翌年になれば、新たな予算組が可能であり、その中での吸収も不可能ではない。
しかし、井上が言うように、時間が問題なのだった。
314
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/04/04(水) 23:44:26
総研調査班による分析によれば、第2次世界大戦、「のと」世界でそう呼ばれている一連の戦争は、決して一つの戦争ではなかった。
列強各国の覇権競争による幾つかの戦争が組み合わされたのが、世界大戦の実情である。
仏蘭西と独逸の軋轢、英国と独逸、独逸とソ連、ソ連と帝国、帝国と米国、帝国と中国、米国と独逸、そして、この間で振り回されたその他の国々、これら一連の戦争が合わさったものが第2次世界大戦なのである。
中国と米国の朝鮮戦争、ソ連と米国の冷戦と言う名前の戦争まで含めてしまえば、第2次世界大戦は、ソビエトの崩壊まで続いた、60年以上もの戦争なのである。
それを理解しているが故に、日英はまず独逸を叩いた。
ここで独逸を、味方につけてこそ、初めて日英にもこの長きに渡るサバイバルレースにて、勝者として生き残れる可能性も、出てくると言うものだった。
ここまでは良い。
その為の方策を巡らし、最初の戦いにて勝利を納めた。
しかしながら、この競争はまだ始まったばかりである。
今後、ソ連、そして米国と言う競争相手が躍り出てくる前に、どれだけ差がつけられるか。
いや、どれだけ差を縮められるかと言うべきか。
とにかく、日英独の連合を、一つのものとしなければ、どちらの列強に対しても対抗出来るものではない。
その為の時間は、短ければ短い程良いのは、判りきった事である。
むしろ、その為の時間があるのかどうかが、一番不安な点だった。
「とにかく、現状では、ソ連の出方を伺いながら、こちらの準備を整えるしかないな」
梅津が、まとめるように言う。
そう、まだまだ始まったばかりであり、今後の行方は混沌としている。
「ああ、ミスターケインズ、英国首脳にもこの事は良く理解してもらって欲しい。我々は独逸を押さえる事は出来た。しかしながら、第2次世界大戦は、まだ始まっていないと」
その事を理解するのを確認するように、井上は一人一人の顔を見て行く。
所長も含め、全員が厳しい顔を向けている。
大丈夫、我々はここまで辿り着いたのだ。
そう、このメンバーならば、この先も進んで行ける。
316
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/04/07(土) 16:05:08
1939年、「のと」世界では第2次世界大戦が始まった年が明けた。
「眠いね」
高畑が、如何にも疲れたと言う顔で、呟く。
時間は朝の八時過ぎ、それも一月一日である。
何せ、所長が新年の挨拶をしたいと言い出したため、全員が朝の五時から宮城にある総研の会議室に集まっていたのだ。
年頭の公式行事が山積みの所長のスケジュールを考えると、元旦の朝五時と言う非常識な時間に、集まらざるを得なかった。
それでも、所長の気持ちが判っているだけに、誰も否な顔せず喜んで集まっていた。
それに、三が日が過ぎれば、今度は高柳が、他の多くの科学者・研究者を率いて英国に向かうのである。
これまで国内での調査研究に勤しんできた彼も、流石に英・独との共同研究の推進役として、動かざるを得ない。
高畑も、再び欧州に舞い戻り、経済協力の基盤作りに邁進する。
そして、留守番役を梅津に代わり、今度は井上がユーラシア大陸を一巡りする予定となっていた。
それだけに、所長も激励したいと言う気持ちに嘘偽りは無く、全員が正月だけに、燕尾服に身を纏い待ち受ける中、一人の女性を伴って、所長が会議室に入ってきたのである。
流石にこれには井上でさえ、硬直したように固まってしまった。
皇后陛下である。
後から入ってきた侍従が、ワゴンに積んだ朱塗りの器を運んで来、全員の席に鮮やかな漆塗りの盆を置き、その上に並べてゆく。
侍従が下がると、淡いピンクの洋装に身を纏った皇后自ら、お神酒であろうか、それらしいものが入った器を取り上げると、順番に注いで行く。
流石に、梅津が恐れ多いと止めようとするのを、所長が軽く遮る。
全員が、硬直して見守る中、皇后は、全員の盃にお神酒を注ぎ終わると、所長の斜め後ろに下がる。
ケインズと入れ替わるように、帝国にやってきたクラークは、この女性が誰だか判る筈も無い。
それでも、全員の態度から、察する事は出来、彼も固まったままだった。
所長は、皇后に軽く頷く。
「こうして君達と無事新年を迎える事が出来、本当に嬉しい。この十年間の君達の働きには、感謝しても仕切れるものではない。」
所長は、言葉を切り、一人一人を見回す。
「ここでは、私は総研所長と言う立場で、君達と接して来たし、これからもそうして行こうと思っている。
しかしながら、そうである以上、諸君らに感謝の念を示すのに、適当な方法が無い。」
ここで、所長は少し照れたような顔を浮かべ、皇后を振り返る。
「そこで、皇后、いや、ええっと、家内と相談し、このような形を取る事とした。」
流石に、所長も言葉に詰まる。
「これでも、かなり異例の事であるのは、重々承知しているが、他に適当な方法が思いつかなかった。
とにかく、諸君、あけましておめでとう。そして、これからも宜しくお願いする。」
所長の音頭で、全員が盃を持ち上げ、頭を下げる。
317
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/04/07(土) 16:06:20
総研は、陛下の私的機関である。
それ故、ここでは陛下は所長と言う肩書きで、表の儀礼を無視するような行動を取る事が出来た。
しかしそれは、非常に危険な事でもあった。
陛下に直接意見が言える場であり、陛下のご意向であると言う言葉が総研メンバーから、外に発せられればどうなるのか。
それでなくても、総研の意見は政府の指針となっているものが、完全に新たな権力中枢となってしまう。
勿論、井上以下、総研のメンバーはその危険性を認識しており、分をわきまえる事に力を尽くしていた。
最初の出だしが粛軍と言う形で始まっている以上、一歩間違えばどうなるのかは、良く判っているだけに、尚更だった。
そして、陛下もその事は判っている。
それだけに、陛下もメンバーに対して、感謝の意を尽くす事が出来ない。
表の肩書きを使い、メンバーに叙勲やそれ相応の待遇を与える事は簡単であるが、それが出来ないのである。
それをやってしまえば、総研と言う曖昧な機関に、権威を与える事となってしまう。
結果として、異例尽くめの元旦の挨拶に繋がった。
それ故、最初の高畑の言葉に繋がる。
所長の気持ちも判る。
感激屋の梅津等は、まだ感極まったような顔を浮かべている。
高畑も所長の気持ちに、熱いものを感じてはいるのだが、流石に元旦の朝の五時からでは、疲れてしまうのは仕方なかった。
318
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/04/07(土) 16:08:21
「で、結局ソ連は動かずに年が明けた訳だが?」
高畑が、気を取り直して梅津に問い掛けた。
「ああ、あれか。困ったもんだ」
梅津が苦りきった顔で、答えた内容は次の通りだった。
結局、ソ連は日英統合軍のフィンランド展開に気が付き、北欧諸国への戦闘へ踏み切れなかったと言う事らしい。
一番大きな理由は、対独戦がたった二週間で終わってしまい、その影響で、空いた第二兵団をフィンランドに展開出来た事だった。
スターリンにしても、フィンランドとの戦争だけならば、躊躇わないのだが、そのまま日英との戦争は避けたい。
そして、ソ連が手に入れた情報は、ここでフィンランドに侵攻すれば、日英はソ連を攻める可能性が高いと言う事だった。
それも、独逸に展開中の部隊がポーランドを通過し、満州国境からは、帝国軍及び中華北辺軍がなだれ込むと言う情報である。
「ええっ、そんな計画あったのですか?」
八木が驚いたように言う。
それはそうである、少なくとも総研では、そのような戦争計画があるなどと言う事は、全く話題にも上がっていない。
「いんや、無いよ」
井上が、切り捨てるように言う。
しかしその顔は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「堀さんとこだ」
梅津が続ける。
「近衛さんに付きまとっている、ゾルゲがいるだろ。彼にそのような情報を、わざと流したそうだ」
リヒャルト・ゾルゲ、独逸の新聞記者と言う事で、帝国に滞在しているが、「のと」情報から、彼がソ連のスパイだと言う事は、判っていた。
「偶々、山本さんとこも、その線で動いていたらしい」
「それは、統合本部と、総研情報班の連携と言う事ですか?」
流石に、総研メンバーが知らない所で、そのような連携が取られるなら、これは問題である。
確かに、堀と山本は、海軍時代の同期であり、仲も良い。
だからと言って、そんな事が許される訳は無い。
「いや、流石にそこまでは無かった。山本さんは山本さんで、陽動作戦の積りだったらしい」
井上が困ったような顔をする。
山本が行っている、本来の情報活動は、情報収集が中心であるが、列強に対する隠れ蓑として、現地雇用の情報機関も抱えている。
これは、列強各国に、ばれてしまう事を前提とした、いわば隠れ蓑なのだが、それがかなり上手く機能している。
対独戦が早期で片付いたのは、この機関の活躍による結果であるだけに、喜ぶべきか、悲しむべきか、悩むところである。
あからさまの活動であるが故に、独逸国防軍の反ナチスグループにも渡りが付けられた訳である。
しかしながら、山本が、保険の積りで、その現地組織に、ポーランドからソ連までの地理情報の収集を下命しただけで、ソ連の動きが止まると言うのも、何だか情けない。
井上にすれば、まだ一年も満たない、みえみえの組織の筈なのに、どうしてそんな簡単に、ソ連が引っかかるんだと言いたい所である。
「とにかく、表と裏の連携方法を何か考えないと。独逸にしろ、ソ連にしても、偶々上手く動いたが、逆の場合も出てくる」
梅津が、溜め息を付く。
「ああ、山本さんとこには、マッキンレーも絡んでいる。あの二人とは上手く連動させないと、今後の展開が、更に複雑になるかもしれんからな」
319
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/04/07(土) 16:10:41
「うん、何かあるんですか?」
高畑が、井上の言葉に、含みを感じて問うた。
「バルト三国ですか?」
八木が、確認するように答えた。
「ああ、米国が動いている」
それは、頭の痛い話だった。
米国は、11月の時点で、日英統合軍による行動を、しぶしぶながら追認した。
最もこれは、帝国、英国、そして仏蘭西が、認めている以上、反対しても仕方ないと言うニュアンスであり、「今後は、我が国にも知らせて頂きたい」と、チャーチルが散々嫌味を言われて帰って来ている。
しかしながら、12月に入ってから、米国のスタンスが微妙に変わってきていた。
国務長官が、談話の中で、
「国際政治では、あのような行動も、必要となる場合もあろう」
と述べたり、
ランドン大統領が、
「民主主義が、蹂躙された場合、民主的な手続きを取らすために、強権を発する必要もあるのではないか」
とのコメントを述べたりしている。
そして、これらの表上のコメントと連動するかのように、バルト三国やポーランドでの米国大使の活動が活発になっていた。
大使が頻繁に、それぞれの国の大統領府を訪れたり、米国からは、通商交渉と言う名目で、国務省の次官クラスが派遣されているのだった。
「大統領の年頭調書は、四日でしたか?」
「ああ、そうだ。そこでどんな発言がとび出すのか」
「「のと」世界ですと、中立法の廃止、軍備拡大、反全体主義国家ですか。反全体主義国家はなさそうですね」
高柳が資料を見ながら言った。
「ああ、それは大統領がルーズベルトだったからな。今のランドンだと、反共産主義ぐらい言いかねん」
「対ソ戦でも始めるつもりなのでしょうか?」
「いや、さすがにそれは、無理だろう」
「ああ、いくらなんでも、米国から中継国もないままで、バルト海の奥までは厳しいぞ」
「まあ、可能性は低いが、四日の年頭調書で、ランドン大統領がどんな発言をするかだな」
全員が暫く考え込むように、黙り込む。
320
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/04/07(土) 16:14:00
「やはり、第2次世界大戦が始まるのでしょうか?」
それまでは、あくまでもオブザーバーとして黙っていた、クラークがそれを口にした。
「ああ、可能性はあるな。だが問題は、何処と何処の国が、その口火を切るかだよ」
「ソ連が、ポーランドを攻めるのか、それともフィンランドか」
「やはり、始まるとしたらソ連でしょうか?」
クラークが、半信半疑で問う。
「我が国も含め、日本、独逸の三カ国が一つにまとまった状態で、ソ連が欧州諸国に手を出すでしょうか?」
高畑や八木達が、クラークの問い掛けに、一瞬固まってしまう。
それはそうである。
今の今まで、ソ連がどう動くかが、全ての始まりであると考えていただけに、それは意表を突く考えだった。
「いや、ソ連は今年、正確には今年の後半には、戦争を始めざるを得ない。このまま行けばだが」
井上が、確信があるように答える。
「それは、どうしてですか」
クラークだけではなく、全員が興味深げに聞いてくる。
「天候の問題だ」
「農業問題・・・ですか?」
高畑が、怪訝そうに問い返す。
天候と言えば、世界的な不作に結びつくのは判るのだが、それがどうソ連と繋がるのかが、判らない。
確かに昨年は、世界中が天候不順で、不作だった。
そして、あくまでも「のと」世界では今年も、天候不順が続く。
最早、歴史は大きく変わっているが、唯一「のと」情報と、同じようにように推移しているのが、天候だった。
こればかりは、いくら未来の技術があろうとも、確かに大きく変更出来るものではない。
しかしながら、帝国は「のと」資料を利用し、不況を克服したのと同様に、天候不順に対しても備える事が出来ていた。
具体的には、満州地域における地元農家の育成と、国内の農業改革である。
満州においては、中国中心部の争乱から逃げて来た人々を、大規模農場を作り雇用していた。
資本を拠出し、中国人の手による大規模農場を経営させる。
これは、大豆等の農作物の増産と、共産匪賊化する人々を減少させると言う効果もあり、満州地域の発展に大きく寄与していた。
また国内では、小作農の地位向上の為の法整備を進め、同時に所謂地主層に対して、機械化の為の低利融資を実施し、これまでの労働集約的な農業から、大規模農法へと切り替えさせていた。
重工業の著しい発展に伴い、必要とされる労働力の確保の為でもあるが、同時に農業生産の増加を齎していた。
ちなみに、「のと」世界で行われていた、所謂農地改革のような、徒に小規模農家を作るような政策は実施されていない。
この結果、単年度的な不作が発生しても、一家離散、身売り等の悲惨な事態は、回避されている。
321
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/04/07(土) 16:15:02
「確かに帝国では、農作物の不作を見越しての政策が可能であるが、ソ連はそんな知識は持っていない」
井上が説明を続ける。
「結果、今年から来年に掛けては、ほおって置けば百万単位の餓死者が発生する事となる」
「そうなると、スターリン体制そのものが、傾きますね」
「そうだ、その可能性は高い。そして、それを避けるためには、何らかの方策が必要となる」
「それが、戦争ですか・・・」
「ああ、残念ながらね」
「為政者の失策の為に、戦争に走る・・・救われませんね」
「そうは言ってもな、帝国にしても、その可能性は十分にあったのだぞ。
それに、米国も長期の不況が続いている状況では、スターリンを嘲笑えん」
梅津が付け足した。
「ソ連に、米国、両方とも戦争を始める十分な理由がある訳ですか」
「そうだ、それ故、独裁政治に近いソ連が、第2次世界大戦を巻き起こす可能性は遥かに高い」
「今年中に、スターリンは何らかの行動を起こさざるを得ない。我々はそれに対する対策を考えねばならないが、その中に、戦争を回避する為の方策は含まれてない」
井上が断言する。
「確かに、回避できたとしても、ソ連にすれば、何の解決にもならない訳ですね」
クラークが納得したように、頷きながらつぶやく。
「ああ、そうだ。餓死者の大量発生をごまかす為に、戦争を欲している連中に対して出来る譲歩等無い」
「そうですね、我々は避けることは出来ない。ならば、立ち向かうしかないのですね」
「そう言うことだ・・・」
そう、それが我々の役割なんだから。
322
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/06/17(日) 20:43:20
「アメリカ合衆国は、自由と民主主義の担い手として、それを阻む如何なる勢力、国家に対しても断固たる態度を示さねばならない・・・か」
「ああ、偉く勇ましいもんだ」
梅津が手にした書類、四日のランドン大統領の年頭調書の写し、を机の上に投げ出し、溜め息をつく。
「中立法の撤廃、軍備の拡大、公共事業の縮小、ここまでは判りますが、この民主監視団の設立と言うのはなんなんでしょうね」
高畑が、書類を見ながら怪訝そうに言う。
「民主主義を守る為の、国家間の監視組織だそうだ。早速大使が、勧誘に来た。ああ、英国にも来てる。」
井上が、むっつりとしたまま、答える。
全く、悪い冗談としか思えなかった。
米国では、毎年年頭に、大統領が議会に招かれ、そこで今年の方針を演説する事になっている。
その中で、ランドン大統領は、民主監視団(Democratic Gurd)の設立を宣言したのだった。
年頭調書は、最初から昨年の日英による対独戦に触れて来た。
それは、べた褒めと言って良いほどの賛辞から始まった。
「皆さん、貴方方のお住まいの隣の家から、煙が上がっていたらどうされますか?」
隣の家から火の手が上がっている。
ほって置いたら、隣家が焼け落ちる。
しかも、それは下手すれば、裏の家に燃え広がる可能性がある。
貴方の家と隣の家は、庭があるので火が燃え移る可能性は少ない。
だけど、ほっておく訳にはいかないでしょう。
貴方は、直ちにバケツを持って隣家に駆けつける。
ドアを叩くが、家人からの返事はない。
そう、そうなれば、燃え上がるのを無視する訳にも行かず、貴方はドアを蹴破っても、火元に駆けつけるでしょう。
英国の行動は、まさにこれを行ったに過ぎません。
民主主義と言う大切な家が、燃え落ちようとしている時、それを消す為に、何ら躊躇う理由がどこにあるでしょう。
英国や、日本のように、国王や皇帝を掲げる国家ですら、民主主義を守る為に、そこまでの行為を実施したのです。
このように、言いながら、ランドン大統領は、欧州の民主主義国家の行動を正当化し、聞いている方が恥ずかしくなるくらいに、褒め称えたのである。
そして、民主主義の担い手である、米国もこのような流れを傍観している訳には行かないと、議会に対して、いや、欧州列強に対して、民主監視団の設立を訴えたのである。
「英国の反応は?」
梅津が、井上や高畑に顔を向ける。
「いや、まだ今の時点では、何とも。まあ、相手にしないでしょうね」
「順当に考えればそうだが、何か裏があると見た方が良いだろうな。どう見ても、同盟を言い換えただけにすぎんぞ」
井上が、不満げに言う。
「満州の停戦監視団と似たような組織だろう。いや、それよりも、あれを真似したもののように思えるが・・・」
梅津も、何か考え込んでいるように答える。
「ああ、そうかもしれんな、とにかく、堀さんや山本さんには、特に注意して情報を集めて貰うように、一言言っとこう。梅津、それに高畑も、注意してくれ」
「判りました、しかし厄介ですね。何かとてもきな臭い匂いしかしませんね」
高畑も、米国の出方に、不安を感じるが、今は特に何も出来る訳でもない。
他の二人も、何とも言えない不安に、重く押し黙るだけだった。
323
:
shin
◆QzrHPBAK6k
:2007/06/17(日) 20:44:43
その日、井上は、早朝からの今後の戦略の、見直し等も含めた、総研での打ち合わせを終え、夜遅くに帰宅していた。
妻は、まだ起きており、遅い夕飯を取り、漸く寝ようかとした所で、それは起こった。
リーンと鳴り出した電話に、否な胸騒ぎを覚え、妻が受話器を取ろうと言うのを制して、自ら電話を取る。
「ハイ、もしもし」
「井上さんですか」
「ああ、そうだが。君か?」
「そうです。大変です。米国が、民主監視団の設立を表明しました。」
「うん、あれは、年頭調書の話じゃ無いのか」
「いや、国際組織として、立ち上げを表明したんです。バルト三国、エストニア、リトアニア、ラトビアが、それに加盟しています」
電話の向こうから、総研所員が更に、加盟した国家を告げているが、井上は最早聞いていなかった。
バルト三国と米国が、同盟。
「のと」資料では、本年土中にソ連に飲み込まれていく筈の弱小国家が、米国の後押しを受けた。
頭の中で、今までの戦略が音を立てて崩れてゆく。
欧州情勢は、劇的に変化する。
あの位置、欧州の最も奥深い場所。
いや、海に面している限り、米国にすれば、距離的な差異は無い。
少なくとも、ユーラシア大陸に、米国が橋頭堡を築いた事は間違いない。
対ソ戦が勃発するにしても、あそこに米国の橋頭堡があれば、どう変わるか・・・
「井上さん、井上さん!もしもし!」
「ああ、すまん、判った。電話ではこれ以上詳しい話は出来ないな。すぐさま総研に戻る」
これも一つのゆり戻しなのかもしれない。
我々は、「のと」資料により、列強に対して、非常に有利な体制を構築する事が出来た。
対ソ戦の戦略も、その後の対米対策、そして世界の有り様まで検討していた筈だった。
それが出来るか、出来ないかの問題は、これからの推移を見ながら、検討していけば良い筈だった。
井上には、米国の戦略が、判った。
それはそうである。
総研が主導し、帝国が行った満州政策の焼き直しそのものである。
民主監視団の名の下に、米国が監視員と言う戦力を欧州に派遣してくる。
まだモンロー主義が幅を利かせている米国であろうから、送られてくる、その戦力は微々たる物であろう。
しかし、そこに、米国兵がいると言う事実は、揺ぎ無い。
万一、攻撃を受けたら、否、攻撃が受けたと言う事実だけがあれば、米国大統領が派兵を躊躇う理由は無い。
バルト三国は、あくまでも対ソ連を見据えての同盟、であるのは間違いないだろう。
しかし、米国から見ればどうか。
建前は、対ソ連であろうが、その橋頭堡は、ソ連以外にも使える。
そう、米国は、対ソ連だけではなく、対英、対独、そして帝国に対しても使える切り札を握った訳である。
迎えの車に乗り込んだ井上は、大きく溜め息を吐く。
「戦略の見直しか・・・」
ポツリとつぶやくと、井上は、シートに深々と座り、堅く目を閉じるのであった。
324
:
名無しさん
:2015/08/28(金) 20:01:51
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