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避難用作品投下スレ4

373Silent noise:2009/01/20(火) 19:42:39 ID:3tXxynAs0
 名雪にとって、世界は『自分』と『祐一』の二つだけである。
 自分にないものは祐一が持っていて、祐一のないものは自分が持っている。
 まるで兄妹のように。まるでアダムとイヴのように。
 それ以外はそれ以外でしかなく、自分の何になることもない。ただのモノでしかない。

 理屈も論理もない、あまりに夢想に過ぎる思考。狂気というには程遠く、無心というにも当てはまらない。
 唯一近しいというなら、それは『純化』という言葉だろうか。
 正と負。白と黒。まじりけのないモノと染まりきってしまったモノ。
 二極化することで名雪はこれ以上にない純粋を手に入れたのだ。
 恐怖と安楽の狭間で、現実と過去の間で、導き出した結論がこれだった。

 話を戻そう。
 くい、と服の袖を捲くり、他の傷の具合も確認する。裂傷は既にかさぶたを作ることで怪我に対応している。
 深く切り裂かれたわけでもなく、放置してもこちらは支障なさそうだと考え、目下の問題は肩だけだと判断。
 医療器具はない。探す必要性を頭の隅に置き、デイパックから水を取り出すと一気に傷口へとかける。
 僅かに目の端が歪み、痛みを表す表情を示したが作業は止めない。止める理由がないからだ。

 ペットボトルの中身がなくなるまで水をかけ続け、気休め程度の消毒を完了する。
 依然として刺さるような痛みは継続していたが、それだけだ。決定的な行動不能の要因にはならない。
 軽く腕を動かし、どの程度まで動くか実験。痛みの限界まで腕を動かし、
 関節技でも極められなければ問題はないレベルだとして頭に留めておく。

 続いてデイパックから食料として残っていたパンを出し口に放り込む。
 雨に濡れ、ところどころふやけていたパンの味は語るまでもない。けれども名雪は黙々と食べ続ける。
 少しでも血として、肉として吸収し後のために生かす。食べ物に関して、名雪の思考はその程度しかなかった。

「……イチゴサンデー」

 いや、例外はあった。大好物だった洋菓子の名をぽつりと漏らし、再びパンを口に含む。
 暗示のつもりだったが、効果があるわけもなく味は変わらず仕舞い。
 どんなに感情をなくそうと、味覚は変わらない。変わるわけがない。
 けれども暗示に失敗したことすら名雪は何も感じない。ただ失敗に終わったその事実だけを認識して、
 もう二度と洋菓子の名前を呼ぶこともしなくなった。


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