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避難用作品投下スレ3
853
:
アイニミチル (8)
:2008/07/20(日) 21:01:36 ID:Hbw10mKg0
「―――人が」
つ、と踏み出す茜の繰り出した刃を、マナが躱す。
雨粒が散ってきらきらと光を反射した。
「人がその生の最後に恐れるものは、いったい何だと思いますか」
二人が立つのは、舗装された道である。
薄暗い岩窟であったはずのそこは、様相を一変させていた。
色とりどりの石がモザイク様に並べられた遊歩道。
とめどなく降りしきる雨が幾つもの水溜りを作っている。
「生き終わること? 喪うこと? もう誰かと逢えなくなること?
いいえ、いいえ、違います」
遊歩道の両脇には色彩豊かな看板とショーウインドウ。
飾られているのは可愛らしい服であり、安っぽく煌くアクセサリーであり、少し大人びた靴であった。
目を移せばパステルカラーで装飾された大きなメニューがある。
季節のフルーツがあり、何種類ものアイスクリームがあり、クリームのたっぷり入ったクレープがあった。
硝子とフリルとジュエリーと革とエナメルと甘い香りと鮮やかな色彩が、見渡す限り軒を連ねている。
「忘却です。忘れ去られることですよ」
言って振るった茜の刃が、その内の一軒を切り裂いた。
沢山のパッチを施した古着を軒先に並べていた店が、ぐにゃりと歪んで消える。
消えたそこには、何も残らない。
所狭しと吊るされていた服も、柱の一本も、空き地すら残ってはいなかった。
そこには古着屋の右にあったはずのアクセサリショップと左にあったはずのランジェリーショップが、
静かに軒を並べていた。まるでその間には、隙間など存在しなかったかのように。
最初から、何一つとしてありはしなかったかのように。
「その生を懸けて何かを遺そうとするのが、生きとし生けるものの本質です。
命は次代へ、自らを継ぐ何かを遺そうと走り続ける」
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