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避難用作品投下スレ3

839アイニミチル (7):2008/07/15(火) 13:16:23 ID:myea85cE0


茫漠とした女が、霧に煙る夜明けの湖面のような茫漠とした瞳で、語る。

 ―――たとえばの話をしましょう。


***



たとえば昨日を悔やむとき。
たとえば明日を願うとき。

何も為せなかった昨日に泣くことも、届かない星に手を伸ばすような明日を嘆くこともなく、
私は今日という日を慈しむでしょう。

これは、一つの諦念の話です。

たとえばある日、大切にしていた美しい宝物が壊れてしまったとして。
夜が明ければ、新しいそれを買ってもらえるとして。
だからといって愛おしむことを、やめられましょうか。
割れてしまったその欠片を、宝石の小箱に入れて夜ごと抱きしめることを、誰が笑えましょうか。
綺麗な紙に包まれて届く、新しくて美しいそれは、柄は同じで傷もなく。
だからそれは、私の大切な宝物ではないのです。
だからそれが、誰かの不注意で壊れてしまっても。
私は欠片を集めない。
私はそれを悔やまない。
私がそれを惜しいと思うことなど、ありはしないのです。
拾い上げられない沢山の偽者の欠片が散らばった大広間の真ん中で、
小箱に詰めた大切な本物の欠片だけを抱きしめて、私は眠るのです。

それを笑う人がいて。
それを責める人がいて。
私は彼らを認めません。
私の眼は彼らを映さず、私の耳は彼らの声を通さない。
彼らという雑音はだから、私の世界に踏み入ることさえ叶わない。
私が大切な小箱を抱きしめるのに、そんなものは必要ないのです。

私は昨日を悔やみません。
壊れてしまった大切な宝物を、それでも私は抱きしめている。
私の胸の中に、その小箱に、変わらずあるのです。
それだけを見つめて、だから私は昨日を思わない。

私は明日を願いません。
明日は今日と変わらぬ日。
抱きしめた小箱をいとおしむ、それだけの日。
たとえば明日が来ないとしても。
私は大切な宝物を抱きしめて、眠るだけ。


―――だからマナ、観月マナ。
私の失った今日の続きを、貴女に分けて差し上げましょう。
これは一つの諦念の話です。
微睡む私は、夢を見る私は、今日以外の何も願わぬ私には明日は訪れず。
諦念と幸福の間でそれを甘受する私に、ならば今日という時間は永遠という意味を持ち。

だから、久遠に続く私の今日の欠片を―――貴女に。



***


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