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避難用作品投下スレ

1管理人:2006/11/11(土) 05:23:09 ID:2jCKvi0Q
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。

800困惑:2007/03/29(木) 14:41:31 ID:LhiNRSkE0
「みちる……?」
みちると美凪がとても親密な関係であったのは聞いている。
だから朋也は、みちるが泣き崩れているものだとばかり思っていた。
年端もいかぬ少女が大切な存在を失ったら、悲しみを抑えきれないだろうと、そう考えていた。
しかし朋也が視線を動かした時、みちるは泣いてなどいなかった。
「そんな……筈無い……だってみちるは美凪の夢なんだから…………」
みちるは焦点の定まらぬ目をしたまま、ぶつくさと理解出来ぬ事を呟いている。
「おいみちる、どうしたんだよ?」
「……美凪が死んだら……みちるも消えちゃうに決まってるのに……」
朋也が話し掛けても、みちるはこちらを見ようともしない。まるで二人の間に、透明な壁があるかのようであった。
どう対応すれば良いか検討もつかなくなり、朋也の思考は混乱の一途を辿っていった。

【時間:二日目・18:30】
【場所:B-3民家】
古河秋生
 【所持品:S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:情報を整理中、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:情報を整理中、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
 【状態:呆然、混乱】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:混乱。マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】

801困惑:2007/03/29(木) 14:42:22 ID:LhiNRSkE0
北川潤
 【持ち物①:SPASショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:スコップ、防弾性割 烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:真希を手伝う。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)×2】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:ハンバーグ作成中。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】

※北川達は珊瑚が教会にいる事までは知りません
→634
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→767

802後悔:2007/03/30(金) 21:31:50 ID:ZLJdWx7c0
緒方英二、そして篠塚弥生――それぞれの想いを吐露し、二人は対峙する。
数少ない元の世界からの知り合いなのに、二人が協力する事はもう未来永劫あり得ない。
少しでも何かが違っていたら、こうはならなかっただろう。
森川由綺が死にさえしなければ、弥生は殺戮の道へと身を投じなかった。
英二が街道沿いのルートを選ばなければ、このような窮地に追い込まれはしなかった。
だが運命の歯車は確かに噛み合ってしまい、二人に決着を強要する。
空を覆い尽くす暗雲は、彼等の行く末を暗示しているかのようであった。
守る為に、殺す為に、十メートル程の間合いを取って、互いの身体に銃口を向ける。
今の状況は両者にとって最大の好機であると共に、絶体絶命の危機でもある。
このまま攻撃するだけでは確実に撃ち殺されるし、回避を優先すれば機会を逸してしまうだろう。
ならばどうするか――決まっている。二つ纏めて行えば良いのだ。
「さあ――ラストダンスといこうか?」
「ええ、お相手させて頂きます」
瞬間、二人は動いた。
英二は銃を放つと同時に横へ飛び退こうとし、弥生もまた同じ行動に出る。
少し遅れて英二の肩が、弥生の左腕が、夥しい鮮血と共に大きく抉られた。
「うぐぁっ!」
「え……英二さんっ!」
後ろから観鈴の悲鳴が聞こえてくる。
跳ねるような激痛に悶絶しそうになりながらも、英二の目は戦意を失っていない。
大地を蹴り上げて、強引に体勢を整える。
英二は左方向にいる弥生へと、視線を向け――視界の隅で、自身の左肩から白いモノが見え隠れした。
しかしそんなものに気を取られている時間は、一秒たりとも存在しない。
怪我の痛みも不安も思考から排除し、今は弥生を倒す事だけに全ての意識を集中させる。

803後悔:2007/03/30(金) 21:33:16 ID:ZLJdWx7c0
それでも武器に秘められた威力の差か――先のダメージから立ち直り第二激を放つのは、弥生の方が早かった。
弥生の構えたFN Five-SeveNが轟音と共に火花を噴く。
(観鈴君を無事に帰すまで……僕は死ねないんだっ!)
英二は横に転がり込む事で、襲い掛かる一撃から身を躱そうとする。
背中に思い切り殴られたような衝撃が伝わったが、何とか直撃だけは避けられた。
出来の悪いアクション映画のように地面を転がりながら、ベレッタM92の引き金を立て続けに引く。
両者の距離はかなり近いが、素人では派手に動きながら的を射抜くのは困難――だからこそ、『数撃てば当たる』という作戦を実行した。
放たれた弾丸は四発。その内の三つはあらぬ方向へ飛んでいったが、一発は弥生の左足大腿部を貫いた。
「がっ……!!」
脳が焼け付くような激痛を感じ取り、弥生は小さな呻き声を上げた。
自身の闘志とは無関係に身体が揺れ、膝が地面についてしまう。
腕から、足から、雪崩の如く血を流しながら、それでも弥生は顔を上げて再び戦おうとする。
ただ一つの目的の為に――森川由綺を生き返らせる為に、立ち上がろうとする。
そんな弥生の姿を哀しげな瞳で見据えた後、英二はすっと身体を起こした。
肩を伸ばし、腕を持ち上げて、ベレッタM92のトリガーを引き絞る。

804後悔:2007/03/30(金) 21:34:56 ID:ZLJdWx7c0
――そして、弥生の腹部を中心に、花火のような形で大量の血が舞った。
(ここまで……ですか……)
弥生の視界が、白色の薄霧で覆われてゆく。
意識がどんどんと、希薄になっていく。
まるで走馬灯のように――否、事実走馬燈なのであろうが、次々と視界の中に見知った顔が浮かんでゆく。
あのお節介な医者、霧島聖。もし『あの世』で会う機会があれば、謝りたい。
別れ際の、呆然とした顔をしている藤井冬弥。意志は弱いけれど、優しい青年だった。
見捨てた自分が言えた義理では無いが、彼には生き続けて欲しいと思う。
死が目前に迫ってようやく、これまで押し隠していた素直な感情が溢れ出していた。
しかしその次に浮かんだ顔が、弥生に最後の活力を与える事となる。
この島では結局会う事の出来なかった、森川由綺。彼女の顔が浮かんだ瞬間、弥生の決意が蘇った。
ここで自分が死ねば、由綺は生き返らない。それだけは自身の誇りに賭けても、絶対に避けねばならない。
自分の身体が限界であろうとも、知った事ではない。
英二の道こそが正しく、自分の選択が間違いであろうとも、関係無い。
絶対に勝つ。殺して殺し続け生き延びて、由綺を取り戻してみせるのだ。
その為にはまずこの薄れていく意識をどうにかして、現実に押し留めなければならない。
「く……ああああっ!」
「――!?」
これまで冷静を保っていた英二の顔が、驚愕に大きく歪む。
弥生はボロボロになった左腕に残された筋肉を総動員して、自身のもう用を足さなくなった左足にベアクローを突き刺したのだ。
絶叫を上げたくなる激痛に襲われるが、その痛みこそが弥生の意識を現実世界へと引き戻した。
右腕に持ったFN Five-SeveNの銃口をすっと上げて、英二の胸をポイントする。
弥生の光を半分失った、しかし強い意志だけはまだ内に込めた瞳が、英二の目を睨み付けた。
これだけは――この一撃だけは、絶対に外さない。
「しまっ……!」
英二が咄嗟に身を低くしようとするが、それよりも早く破壊を齎す銃声が響き渡った。

805後悔:2007/03/30(金) 21:37:38 ID:ZLJdWx7c0
「英二……さん……?」
観鈴の瞳は、決着の一部始終を逃さず捉えていた。
「観鈴……君……少年…………芽衣ちゃん……すまない…………」
小さな呟きの後、英二の口から膨大な血の塊が吐き出される。
胸から鮮血を吹き出しながら、英二の身体がゆっくりと前方へと傾いてゆく。
そのままドサリと地面に倒れる様は、まるで国崎往人が殺されたシーンを再生しているかのようであった。
英二の身体を中心に、街道の土が赤い死の色へと染まっていった。

   *     *     *

……勝った。
酷い手傷を負い、もう立ち上がる事さえ満足に出来そうも無いが、とにかく勝った。
「つっ……くぅ……」
身体の至る所から、弥生の意識を奪い去らんとする激痛が伝わってくる。
大量の出血により意識が混濁し、視界が壊れかけのテレビのように点滅する。
だが気絶する訳にはいかない。まだまだ自分の戦いは、これで終わりでは無いのだ。
まずは英二にトドメを刺して(生きていればだが)、観鈴を殺し、武器を奪い取る。
それから車の後部座席に置いてある治療道具を使って、怪我の応急処置をする。
今の自分の傷で助かるかどうかは正直疑問だが、何としても生き延びてみせる。
生き延びさえすれば、まだ車という移動手段が残されている以上、優勝の芽はある。
目標を成し遂げられる可能性は、潰えてはいないのだ。
弥生は必死に由綺の顔を思い浮かべて、執念で意識を押し留めた。

806後悔:2007/03/30(金) 21:39:09 ID:ZLJdWx7c0
がくがくと震える右手に力を入れて、FN Five-SeveNをしっかりと握り締める。
獲物の――観鈴の姿を探そうとして、そしては狩られる立場にあるのは自分の方である事を悟った。
「ゆるさ……ない……」
これが先程までのおどおどとした少女と同一人物なのだろうか?
観鈴の、憎しみを込めた声と殺意の宿った視線が、弥生に鋭く突き刺さる。
その手に握られたワルサーP5の小さな銃口は、確実に弥生へと向けられていた。
「許さないっ! どうしてみんな、私から大切な人を奪っちゃうの!」
ドンッという爆発音と共に、弥生の胸に赤い点が刻まれる。
服に開いた穴から血を噴き上げ、FN Five-SeveNを取り落とし、弥生はうつ伏せにゆっくりと倒れた。

冷たい土の肌触りを感じながら正面を見ると、倒れている英二と目が合った。
弥生は血に塗れた口元を歪め、皮肉な笑みを浮かべた。
「緒方さん……殺し合いなんて……下らないものでしたね……」
「はは……。全く、だな」
英二が笑みを作って、震える声を搾り出し返答する。
少し間を置いて、弥生が寂しげな声音で呟いた。
「私は……間違っていた……のでしょうか……?」
「僕には……何が正しいか、なんて……分からない…………けど、自分の信じた道を貫いたのなら…………それは誇れる……事だろ……?」
英二の目は既に視力の大半を失っていたけれど、弥生がまた微かに笑ったのを認識する事は出来た。
「そう、ですか……」
英二が、弥生が、静かに目を閉じる。
――それきり二人の身体は、もうぴくりとも動かなくなった。
後はただ薄暗い街道の真ん中に、二つの死体が横たわるだけだった。

807後悔:2007/03/30(金) 21:40:02 ID:ZLJdWx7c0
少しばかりの静寂の後、観鈴がぺたんと地面に両膝をつく。
往人のように、或いは相沢祐一のように、血溜まりの中倒れ付す英二――また自分を庇おうとして、大切な人が死んでしまった。
同時に、嫌でも視界に入る血塗れの女性――自分が、明確な殺意を持って殺してしまったのだ。
「あ……ぅぁぁ……」
再び絶望の淵に叩き落された観鈴は、ただぶるぶると震えていた。
自分がもっと早く戦っていれば、祐一は、往人は、英二は死なずに済んだかも知れない。
或いはここで大人しく殺されておけば、少なくとも人を殺害してしまう事だけは避けられた。
だがどれだけ後悔しようとも誰も生き返らないし、人を殺してしまったという事実も消えはしないのだ。
「うあああああああっ……!!」
観鈴は両手で顔を覆い、子供のように首を振り回しながら泣きじゃくった。
静まり返った村の中に、少女の泣き声がいつまでも響き渡っていた。

808後悔:2007/03/30(金) 21:40:43 ID:ZLJdWx7c0
【時間:2日目19:00】
【場所:I-6】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(1/8)、フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】
【状態:混乱、号泣。綾香に対して非常に憎しみを抱いている、脇腹を撃たれ重症(治療済み、少し回復)】
緒方英二
【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(0/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】
【状態:死亡】
篠塚弥生
【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数7/20)】
【状態:死亡】

【備考1】
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量40%程度、車は弥生達の近くに停車

→760

809落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:31:52 ID:tB1LGHsk0
放送が終わるとあたりには何事もなかったかのように、ただ波の音だけがしていた。
浜辺に座り込む坂上智代、里村茜、柚木詩子の三少女はそれぞれがあらぬ方向を向いたまま呆然とする。
彼女達の仲間の川名みさき、幸村俊夫、相良美佐枝、藤田浩之の名前があったからである。

半日ほど前まで共に行動し、姉御的な存在だった美佐枝の死は詩子に大きな衝撃を与えた。
(美佐枝さんもで死んじゃったんだ。もう会えないなんて、こんな悲しいことをあたしは知らなかったよ)
「……ううっ、うぐっ」
すすり泣く声の方を向くと智代が泣いていた。
彼女にとっても美佐枝は大事な知り合いということは聞いている。
悲しみに暮れる中、柏木千鶴の死は唯一の吉報といえるものだった。
七瀬留美と話し合い、可能なら説得すると合意したが恐らく無理だろうとは思っていた。
あの超人的な俊敏さと弩力を二度も目の当たりにしただけに、思い出すだけでも体が震える。
まともに戦っても勝ち目はなさそうだった。
(もしかしたら美佐枝さん達が命と引き換えにやっつけてくれたのかもしれない)
前向きに考えるべく、智代に声をかけようとしたところ──
「くそぉっ!」
目の前を手斧がクルクルと回転しながら飛んで行き、林の中の一本の木に刺さった。
「軽挙に走ってはなりません!」
茜が珍しく声を荒げた。
「わかってる。わかってるが──」
「斧を取って来るんです! 今襲われたらどうするんですか? 銃を持ってるのは詩子だけなんですよ」
「智代のやるせない気持ちを理解してあげなよ。茜だって司が居なくなったからわかるでしょ?」
「今……なんて言いました?」
目を丸くし口をポカンと開けたまま茜は次の言葉を待つ。
「あれ、司って誰だっけ? あたし何言ってんだろ。うーん……」
思わず口にした茜の想い人──城島司のことを思いだそうとする詩子。
しかし頭の中の引き出しが引っ掛かっているような感じに加え、思い出そうとすると頭痛がする。
「思い出してくれたんですね? ねえ、あの人のこと思い出してくれたんですね?」
「……ごめん、なんだか頭痛くなってねえ。あたし混乱して別の人と間違えたのかな」

810落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:33:26 ID:tB1LGHsk0
「女の子が倒れてる。こっちに来てくれ」
突然林の中から声がかかり、茜と詩子は身内話を中断し智代の許へと走る。
「なあっ、死んでる」
駆けつけてみると、眼鏡をかけ目を見開いたまま事切れている少女が仰向けに倒れていた。
その少女、保科智子が九時間前この地で少年と死闘を演じたことなど智代達は知る由もない。

詩子は智子が手にしているバズーカ砲に注目した。
「こんな大層な武器、扱えるのだろうか。……取説取説っと」
同じことを智代も考えていたようで、さっそく取扱説明書を見始める。
「弾は一つだけ。あとは拳銃弾らしいものがいっぱいありますよ。ざっと五十以上」
「この砲弾やけに軽いよ。茜も持ってみて」
「……残念ながら爆発能力はないようだ。中に入ってるのは網らしい。用途は捕縛だそうだ」
「網だって。だっさ」
失笑が漏れ、重火器を手に入れた快哉は糠喜びと終わった。

「他に誰か犠牲者がいないか調べてみましょう」
茜の提案を受け付近を捜索していると、智代の悲痛な声が聞こえた。
「この人が智代の言ってた先生なわけ?」
「そうだ、幸村先生だ。先生の性格からしてゲームに乗るとは到底考えられない」
「あの女の子と行動を共にしていたのでしょうか?」
「たぶんな。手違いで同士討ちしたとも考えられぬ。何者かに襲われて命を落としたのだろう」
「じゃあ、船で死んでた女の人との関わりは?」
智代も茜も答えられず黙りこんでしまった。

その後捜索範囲を広げてみたものの、犠牲者は見つからなかった。
時間も遅く、迫り来る夕闇が彼女達の活動を消極的にさせる。
三人は幸村を智子の隣に寝かせ冥福を祈った。
「先生、見知らぬあなた。今はしてあげられるのはこれが精一杯です。許してください」
智代は遠ざかりながらも、後ろ髪を引かれるように何度も振り返るのであった。

811落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:35:35 ID:tB1LGHsk0
幸村達の下を去って間もなく、詩子は百メートルほど先の浜辺で倒れている人物を発見した。
無念の思いのままこの世を去ったのであろうか。
倒れていたのは老人で顔を顰め、死してなお険しい顔つきをしていた。
「まあ、幸村先生と同じくお年寄りの方ですね。お気の毒に」
謎の老人の死に、茜はたいそう心を痛める。
「ナイフで一突きか。くそっ、弱者と見て銃を使うのをもったいぶったのだろう。外道め、許さん!」
「ねえねえ、このじいさんの荷物、手付かずだよ」
「なんだって!」
それぞれ悲しみと怒りに浸っていた茜と智代の目がギラリと光る。
デイパックの口からは細長い物が突き出ていた。

あたかも餓死寸前の人間が食べ物にありついたような、妙な雰囲気が満ちていた。
詩子が手をつけたのをきっかけにデイパックの奪い合いが始まる。
「私が出します! 早く銃を、銃、銃、銃ーっ!」
「うろたえるな! 私が開ける! 二人とも手を離せ! 落ち着くんだあっ!」
「あたしが見つけたんだから待ちなさいって。もう、茜も智代も下品なんだからっ」
「きゃあっ! 酷いです。突き飛ばさなくてもいいのにっ」
「痛っ……かわいい顔して本性は凶暴なんだね。七瀬さんみたい」
茜も詩子も殺気立ち、懐の得物に手をかけつつも、かろうじて理性で押さえる。

結局力の差で智代が奪い取ってしまった。
「正義は勝つのだ。リーダーたる智代さんのいうことを素直に聞くがよい」
「智代の場合は性の技の方のくせにっ」
「フフ、さあてどんな銃が入ってるかしらん♪」
取り出してみると銃にしては銃巴の部分がない。
「……ねえ、なんか傘みたい。タグに何か書いてある」
「……『マイナスイオン効果付き』って書いてあります」
本体を包んでいる緑色のカバーを外すと、詩子が言った通りピンク色をした傘が出てきた。
「おのれ、ふざけやがって。くそ兎め!」
智代は激怒し傘を投げ捨てようとした。

812落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:37:30 ID:tB1LGHsk0
「待ってください。その傘、私にください」
茜に呼び止められ智代は投げかけた腕を止める。
「この傘なんか変だぞ。やけに重い」
ただの傘にしては異様に重く、まるで鉄棒を持っているような感じがした。

詩子は取扱説明書を読み聞かせる。
「えーと……防弾性仕込傘。日傘雨傘兼用。遣い手によっては性格が変わる妖刀。注意、だって」
「なに、仕込傘?」
智代は柄の部分をかすかに捻り、二つに引いてみる。
すると残照を浴び、茜色に染まる直刀の抜き身がその姿を現した。

「わあ……素敵です。私にください」
「はあ、刀か。まあ、いいや。……しかし遣えるのか?」
見た目にも非力な茜が刀を遣えるとは思えない。
「持っているだけでも気付けになります。もしもの時には智代に渡しますから」
「そうか。それでは私はナイフをもらっておこう。手裏剣代わりになりそうだ」
智代は老人の胸からナイフを抜くと血を拭った。
「あたしの鉈、研いでくれたんだね。ありがとう」
「刃こぼれまでは直せなかったが、幾分ましにはなってるからな」
「智代、ありがとうございます。今度何か見つけたらその時はあげますから」
「ああ、期待してるぞ」
茜は傘に頬ずりしながら嬉しそうに顔をほころばせる。
先ほどの険悪な雰囲気は消え、三人の仲は元に戻っていた。

「そろそろ行こうよ。日が暮れちゃう」
詩子は立ち上がるとスカートの砂を払い二人を促した。
一時はグループ解消かと気を揉んだが杞憂に終わりホッとした。
(やだ、雨降るのかな。茜は雨女だからね〜)
海の方を見ると彼女達の前途を暗示するかのように、西の方から雨雲が近づいていた。

813落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:39:41 ID:tB1LGHsk0
【時間:二日目・18:30頃】
【場所:C−2の砂浜】

坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【持ち物3:スペツナイズナイフの刃、食料1食分(幸村)】
【状態:健康】

里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱】
【持ち物3:防弾性仕込傘、食料三人分(由真・花梨・篁)】
【状態:健康】

柚木詩子
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:健康】

【目的:鎌石村へ】

(関連:026、512、750 B-13)

814落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:56:43 ID:tB1LGHsk0
補足
防弾性仕込傘の耐弾力は北川と真希が着用している割烹着と同じ程度。


※名称を防弾仕込傘に変更してください。

815太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:28:42 ID:E1x9FCpI0

「―――これで最後、と」

その手に残る炎を振るい消しながら、浩之が周囲を見回す。
柳川もまた、最後の夕霧を相手にしているところだった。
鷲掴みにされた夕霧の頭が握り潰されるのを目にして軽い嘔吐感を覚えるが、眉間を押さえて堪える。
相手は人間ではない。同じ顔をした人間が何百人もいるはずがない。
それ以上は深く考えずに、浩之は柳川の大きな背に軽く拳を当てる。

「お疲れさん。ここいらの連中はあらかた片付いたな」

振り返れば、廊下には至るところに焼け焦げと血飛沫がこびり付いていた。
倒れ伏す夕霧の群れをなるべく視界に入れないようにしながら、浩之は凄惨な光景の中に立ち尽くす男に声をかけた。

「あんたにもお疲れ、だ」
「……」

ぐったりとした白皙の美少年を背負ったその男、高槻はどろりと濁った瞳で浩之を見やると、無言で頷いた。
その陰気な様子に少し鼻白みながら、浩之は言葉を続ける。

「何発か危ないのが行っちまってすまねーな。けど、本当にヤバいのはこっから先だ。
 そいつのこと、気合入れて守ってやれよ」

言いながら顎で指し示したのは、校舎全体でいえば北東の隅にあたる曲がり角だった。
南北に延びる校舎を夕霧を撃破しながら縦断し、辿り着いたのがこの場所である。
ここまでの道程はほぼ無傷。しかしこの先はそうはいかないだろう、と浩之は思案する。
振り返った廊下の薄暗さと、曲がり角の向こうから漏れてくる明るさの差に眉を顰める浩之。

「窓、か……。厄介だな」

知らず、口に出してしまう。
ここまで突破してきた校舎の南北部分は、廊下の両側に教室が配されていた。
それぞれの教室には勿論、窓が存在していたが、扉と壁に隔てられた廊下には直接の光はほとんど届かなかった。
なればこそ、各教室からの採光を中継する個体を遠距離から潰していくことで夕霧群の攻撃能力を激減させ、
柳川の頑強さを頼りに突破することも可能だったのだ。
しかしこの先、東西に伸びる校舎は勝手が違った。
校舎の北側、曲がった先の向かって右側には、これまでのような教室が存在しなかった。
そこには採光性に優れた広い窓硝子が、延々と連なっていたのである。
余計なことをしやがる、と口の中で呟く浩之。
学生の健全な精神の育成には必要かもしれないが、今現在の浩之たちにとっては有害以外の何物でもなかった。

816太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:29:14 ID:E1x9FCpI0
「ダイジョウブ……オレ、タカユキ、マモル」

浩之の思案顔を見て、柳川が無骨な黒い手をそっと伸ばしてくる。
遠慮がちなその仕草に、浩之のしかめ面が苦笑に変わった。
ハイタッチをするようにその手をはたいて、ことさらに明るい声を上げる。

「そうだな、俺と柳川さんなら大丈夫だよな!」

己を奮い立たせるような声。
ぱん、と頬を挟むように叩く。

「うっし、気合入った。……すまねーな、心配させちまったみたいで。
 グダグダ考えてても仕方ねえ、どの道、時間が経てば経つほどヤバくなるんだしな」

言って、視線を窓へと向ける。
硝子の向こう側にはいまだ曇天が広がっていたが、しかし所々では雲に切れ間が見え隠れしていた。
天候は回復しつつある。
敵が太陽光線をその攻撃の要因としているならば、直射日光によってその威力が跳ね上がることは想像に難くない。
何としても、その前に包囲を突破する必要があった。

「オッケ、それじゃ基本はさっきまでと同じ、フォワードとバックアップだ。
 完全に制圧する必要はねえ、一気に駆け抜ける。―――あんたも、いいかい?」
「……ああ」

高槻が首を縦に振るのを見て、浩之が一つ頷き返す。

「じゃ、いくぜ……一、二の、三!」

声と同時。角に張り付いていた柳川が、咆哮と共に躍りだした。
その背に隠れるように、浩之も続く。
手近な夕霧を撃ち落としつつ弾幕を展開しようとした浩之の表情は、しかし次の瞬間、凍りついていた。

817太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:29:43 ID:E1x9FCpI0
「何だ……この、数……!?」

浩之たちを迎えていたのは、無数の視線と、濁った笑顔だった。
床に這いずっていた。
天井に張り付いていた。
壁に身を預けていた。
立っていた。跪いていた。あるいは倒れてさえいた。
互いに互いを押し退けんばかりに、砧夕霧がひしめき合っていた。
奇妙な笑みを貼り付けたその顔が、一斉に浩之たちを見つめていた。
刹那、光条が炸裂した。

「やば……っ!」

あまりの光景に一瞬、我を忘れていた。
先手を取るどころか、いまや迎撃すら遅きに失していた。
廊下を薙ぎ払わんばかりの光に思わず目を瞑ろうとする浩之。
しかしそれよりも僅かに早く、その視界を黒い影が遮っていた。

「柳川、さん……!」

オォ、と。
応えるような咆哮が、浩之の耳朶を打った。
浩之を抱えるように庇ったその背に、光線が幾つも直撃していた。
目映い光芒の一閃が文字通りの光速で飛び去り、廊下にほんのひと時の静寂が戻る。

「グ、ォォ……」

明るさの反動か、突如として暗がりに踏み込んだような錯覚を覚える浩之の眼前で、
柳川の巨躯がガクリと膝を落とした。
真紅の瞳も苦しげに歪められていたが、浩之を認めると必死に優しげな笑みの色を浮かべようとする。
思わず声を詰まらせた浩之に、柳川の低い声が語りかけていた。

「タカ……ユキ、ダイジョウ、ブ……カ……?」
「―――ッ!」

言葉にならなかった。
眦に込み上げる熱いものを心中で燃え盛る炎と変え、浩之は拳を打ち出していた。
これまでとは比較にならない、巨大な火の鳥が柳川の背後へと飛んでいく。
着弾。轟、と風が吹き抜けた。並んだ窓硝子が、片端から割れ砕けた。
次の瞬間、爆炎が噴き上がった。

818太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:30:20 ID:E1x9FCpI0
「ォォォオオオッッ―――!」

最前列の夕霧が一瞬にして消し炭と化すのを見届けることもなく、浩之が次弾を叩き込む。
大気を呑み込みながら、炎の鳥が羽ばたいていく。
割れた窓から気圧差で吹き込む暴風が、炎の尾を渦巻かせる。
胴を穿たれた夕霧が、頭と足を残して吹き飛んだ。
翼の先が掠めたものは、熱で溶けた化繊の制服を水脹れに包まれた肌に張りつかせ、悶えて死んだ。
暴虐の炎を逃れたものも、熱風を吸い込んで肺を焼け爛れさせ、もがいている。
びくびくと手足を痙攣させていたものたちは、三羽め、四羽めの炎の鳥によって灰塵に帰した。

「ハァ……ッ、ハァ、ッ……!」

乱れた呼吸を整えようともせず拳を突き出したままでいた浩之が、視界の範囲に動くものがなくなったのを見届けて、
ゆっくりと膝をついた。
見れば、スチールの扉は軒並み高熱によって歪み、開閉を拒んでいた。
床からは陽炎が立ち昇っている。
吹き込んだ涼風が、赤熱した壁や床にあてられて、たちまちの内に熱を帯びていった。
灼熱の地獄の中で、浩之が膝をついたまま、柳川を見上げる。
その装甲の如き黒い皮膚が、光線の直撃を受けた背の部分だけごっそりと欠け落ち、その下の肉を垣間見せている。
湯気を上げながら再生しようとするその傷に、浩之はそっと手を伸ばす。

「痛いか……?」
「ダイ、ジョウブ……オレ、ツヨイ……」
「そっか……。あんま、心配させないでくれよ……」

安心したように脱力して、壁に肩を預ける浩之。
聖衣に護られた身体は、陽炎を立ち昇らせるコンクリートの熱をものともしない。

「今の内に抜けちまいてえが……しばらくは動けない、か」

柳川の傷を痛ましげに見ながら浩之が言う。
だがその眼前で、柳川の黒い巨体が動いた。
どうやら震える膝を押さえながら、立ち上がろうとしているようだった。

「お、おい、無理すんなって!」
「オレ……モウ、ヘイキ……」
「歯ぁ食い縛りながら言う台詞じゃねえって!」

慌てたような浩之の言葉も、柳川は頑として聞き入れようとしない。

「イマノ、ウチ……イク……」
「……ああくそ、わかったよ! けど、頼むから無理しないでくれよ!?」
「ワカッテル……タカユキ、ヤサシイ……」
「その傷が治るまでは俺が前に出る、面倒だけど出た端から一つづつ潰していくぞ。
 ……あんたも、いちいち振り回して悪いがついてきてくれよ」

819太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:30:42 ID:E1x9FCpI0
いつの間にか無言で立っていた高槻に言葉を残すと、浩之もまた立ち上がる。
傷を庇う柳川を先導するように、油断なく周囲を見回しながら歩き始める浩之。
だが、その遅々とした歩みが、東西に伸びる校舎の半ばまで進んだ頃。

「さっきのであらかたは潰したはず、だったんだがな……」

苦々しげに、浩之が呟く。
前方に、新たな夕霧が姿を見せていた。
ぞろりと揃ったその数は、先程に勝るとも劣らない。
目指す階段の向こうから、尽きることを知らぬように涌いて出ていた。

「―――西校舎との、渡り廊下か……!」

失念していた。
それぞれL字型をした東西の校舎は、北側で渡り廊下によって結ばれていると、自身で口にしたことだった。
そして西校舎は、完全に夕霧によって占拠されているとも。

「くそっ、とにかく進むしかねえってのに……! 鳳翼、天翔ッ!」

火の鳥を展開しながら、浩之が毒づく。
こうなれば、とにかく間断なく攻撃して戦線を押し上げていくしかない。
敵の予備戦力は、絶望的という一点において無限と等しかった。
柳川の傷が回復するまで、あと何分か、何十分か。
その間、自分の弾幕で状況を維持できるのか。
様々な自問を振り払って、浩之は両の拳に力を込める。

「鳳凰星座は逆境に真価を発揮する……そうだろ、俺の聖衣……!」

纏った白い鎧が、どくんと脈動したように、浩之は感じた。
それを返答と受け取って、次なる炎を撃ち出そうとした浩之の、その後ろから、飛び出す影があった。

「な……柳川さん、無茶だっ……!」

820太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:30:58 ID:E1x9FCpI0
薄皮が張ったばかりの背中が、浩之の視界を埋める。
黒い巨躯が、狼の遠吠えの如き咆哮を上げながら猛烈な突進を開始した。
炎の弾幕に遮られていた光芒が幾条も柳川に突き刺さる。
その都度、小さく鮮血を撒き散らしながら、柳川は止まらない。
広げた両腕が、廊下の端から端までを覆う。
そのままの勢いで、夕霧の群れと接触した。
べぎ、と何か硬いものが圧搾機に放り込まれたような音が連続する。
最前列に立つ夕霧の何人かが、柳川の巨体を受け止めかねて文字通りの挽肉になる音だった。

「やな、がわさん……!」

朗々と、狭い廊下に咆哮が響き渡った。
鬼の突進が、数十人の砧夕霧を撥ね飛ばし、ひき潰し、ついには押し返していく。
その間も、同胞の遺骸を貫いて無数の光線が柳川の身体を灼いていた。
対する浩之はしかし、廊下一杯に広げられた腕とその巨躯に射線を塞がれ、見守ることしかできない。

「柳川さん、もういい、無茶するなっ!」

浩之の悲痛な叫びも空しく、柳川の黒い肉体はじりじりと夕霧の群れを圧していく。
そしてついに階段の向こう側まで辿り着いた柳川は、一際高く吼えると、その広げた両腕を身体の前で
強引に閉じていく。圧潰した夕霧の肉片が、血と混ざって飛び散った。
両の手指を組んだ柳川の拳が、天井をかすめて振り上げられた。
瞬間、凄まじい音が轟いた。

「な……!?」

爆風の如き衝撃に、思わず身を庇う浩之。
翳した腕の陰から見たのは、驚くべき光景だった。
塵芥の収まったそこに、続いていたはずの渡り廊下は、存在しなかった。
ひび割れた床は階段へと続く角のすぐ先で断絶していた。
壁も、天井も、壮絶な衝撃を物語る断裂を残して、途切れていた。

「まさか……渡り廊下ごと崩した、ってのか……」

途切れた廊下の手前側に倒れ伏す黒い巨躯が、それを成し遂げたのだと思い至って、浩之は我に返る。
一も二もなく駆け出した。

821太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:31:36 ID:E1x9FCpI0
「柳川さん……!」

断絶した西校舎から散発的に飛ぶ光線を、弾幕を展開して沈黙させる。
途方もない重量の身体をどうにか引きずって、階段の踊り場へと退避させる浩之。
いつの間に逃げ込んだものか、高槻は彰を背負ったまま、既に踊り場に佇んでいた。
それをいぶかしむ余裕もあればこそ、浩之は柳川の巨大な頭部を抱え込んで、必死に声をかける。

「柳川さん、しっかりしろ! おい! 目を開けてくれ!」

叫びが届いたか、柳川の瞼が片方だけうっすらと開き、真紅の瞳に浩之の姿を映した。
何事かを言おうとして口を開き、果たせずに荒い吐息だけが漏れる。

「いい、喋るな……!」

首を振る浩之。
だがそのとき、抱きかかえた柳川の重みが、ふと掻き消えたように感じられた。
愕然とする浩之の眼前で、柳川の黒い巨躯が、その姿を変えていく。
瞬く間に、柳川は人の姿に戻っていた。血に塗れた痩身が、床に倒れている。

「どう、して……」
「……心配、するな……、浩之……」

呆然と呟いた浩之の耳に、苦しげな吐息交じりの声が聞こえた。
それが人の姿に戻った柳川のものだと気づくまで、一瞬の間を要した。

「や、柳川、さん……」
「そんな……顔を、するな……」

言って、口の端を上げようとする柳川。
だがすぐに身を丸め、咳き込んでしまう。
吐き出した痰に、血が混じっていた。

「……鬼を、保つ力が……残っていない、だけだ……」

しばらく息を整えてから、柳川が静かに言った。

「時間さえ経てば……傷は、癒える……こう見えても、我が一族は、しぶとくてな……」
「そっか……はは、柳川さんがタフだってのは……俺も、よく知ってる……」

苦しげに顔をゆがめながら言う柳川に、浩之は無理に笑ってみせる。
叫び出したい内心を必死に堪えて、言葉を紡いだ。

「だから……今はゆっくり休んでくれ、な……?」
「……い、や」

822太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:32:00 ID:E1x9FCpI0
ぐ、と身体に力を込めようとして、柳川が崩れ落ちた。
慌てて抱きかかえる浩之。

「おい! 何やってんだよ、あんた!」
「浩之は……俺が、守ると、言ったろう……」
「な……!」
「あと、一息だ……ここさえ、抜ければ……」
「バ……、」

堪えきれなかった。
内心の嵐が形を成すように、言葉が溢れた。

「バカ野郎! そんな身体で何言ってんだよ! いくら柳川さんだって本当に死んじまうぞ!」
「ひろ、ゆき……」

浩之は、抱きかかえている柳川の身体に目をやる。
傷の治りかけていた背中は、無理な運動に薄皮が破れ、血を流している。
そして身体の前面は重傷を通り越して、見たままを言うならば、生きているのが不思議なくらいだった。
胸から腹にかけて至るところが焼け爛れ、水脹れが破れて血とリンパ液の混じった膿がじくじくと溢れている。
端正な顔には、片目を縦断する大きな傷が走っている。腕や足にも、無数の火傷があった。

「それ、でも……俺は……、お前を……」
「まだわかんねえのかッ!」

叫ぶ。
心の底からの悲痛な声に、柳川が言葉を止めた。

「今度は……、今度は俺が、あんたを守る番なんだよ……!
 そんくらいわかってくれよ、なあ……」
「浩之……」

それでも何事かを言い募ろうとした柳川だったが、口を閉ざすと、そっと微笑んだ。

「……ならば、頼む」
「ああ。……ああ、まかせとけ」

そのまま、柳川の身体から力が抜けた。
動転しかけた浩之が、すぐに聞こえてきた規則正しい呼吸に安堵する。
どうやら気を失ったようだった。

823太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:32:30 ID:E1x9FCpI0
「……まかせとけ」

もう一度呟いて、柳川の身体を両腕でそっとかき抱き、立ち上がる。
階段の下の様子を窺うが、夕霧の気配はない。
どうやら職員玄関を抜けることはできそうだった。
しかし、問題はその先だった。
職員玄関から裏門までの、十数メートル。
ほんの僅かな距離が、今は果てしなく遠く感じられた。
そこには、先ほど柳川が廊下ごと落とした夕霧の群れが、確実に存在する。
そしてまた、断絶した西校舎の二階からも、裏門を抜けようとする自分たちは格好の的だった。
渡り廊下の崩落で、中庭の大群にも気づかれたと考えるのが妥当だった。
それだけでも状況は最悪に近いというのに、それを正真正銘の最悪へと叩き落すとどめの一撃が、
浩之の腕の中にあった。
前衛となるべき柳川は、いまや完全に無力だった。
更に悪いことには、浩之の鳳翼天翔は、両腕が自由にならなければ放てない。
防御と攻撃、両方の手段が失われていた。

周囲は敵に完全包囲され、集中砲火を浴びることが確実な状況で、盾も矛もなく、十数メートルを
駆け抜けなければならない。
そう考えて、浩之は思わず苦笑を漏らす。

「鳳凰星座は逆境に真価を発揮する、ってか……マジで、頼むぜ」

頼りは聖衣の防御力だけだった。
炎を操る鳳凰星座、熱に強いのが唯一の救いと言えた。
呟いてから、浩之は傍らに目を移す。
まるで存在していないかのように、無言で立ちつくす男の姿があった。

「とんだことになっちまったな。お互い怪我人抱いて走ることになりそうだ」
「……俺のことは、気にしなくていい」

陰気な声が、踊り場に染み込むように響いた。

「そう言ってくれると助かる。
 景気のいいことを言っといてすまねーが、どうもあんたたちまで庇いきれそうにはねえ」
「構わない。……俺たちは、大丈夫だ」

無口を貫いてきた男の、その奇妙に迷いのない断言に違和感を覚えたが、浩之はひとまず疑問を胸にしまい込む。
実際、彼はここまでの道のりもいつの間にか潜り抜けてきていた。
それが強運によるものなのか、何らかの能力によるものなのかは定かでなかったが、
今はそれを考えている場合ではなかった。
大丈夫だというのなら、それでいい。

「なら……行くぜ」
「……」

無言で見返してくる視線に一つ頷いて、浩之が階段へと踏み出す。
高槻もまた、後に続いた。
中庭から狙撃される可能性のある踊り場の窓を、身を伏せてやりすごす。
折り返しの階段を、一気に駆け下りた。
一階は奇妙に静まり返っていた。これ幸いと、階段脇の職員玄関を飛び出す。
扉を蹴り開けた先、正面に位置する中庭をちらりと見やる浩之。
噴水が、花壇が、ベンチが、植えられた桜の樹が、砧夕霧で埋め尽くされていた。
まるで隙間を作ることが罪悪であるかのように、ぎっしりと詰め込まれた、それは歪んだオブジェのようだった。
虚ろな笑みを浮かべる人型のタイルを貼り付けた、悪夢のオブジェ。
正視すれば叫び出してしまいそうで、浩之はそれを視界から外す。
その内のいくつかが、きらきらと輝く眼鏡と額を、こちらに向けていた。
胸にしっかりと抱きかかえた柳川の重みを感じながら、浩之は中庭に背を向ける。

824太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:32:50 ID:E1x9FCpI0
一歩目を踏み出した瞬間、背中に異様な感触が走っていた。
ひどく熱いような、それでいてどこか冷たいような、息の詰まる感覚。
それが激痛だとようやく理解して、浩之は噛み締めた歯の隙間から声を漏らした。

「が……ぁ……!」

足は止めない。
振り返ることもしない。
ただ耐えて、長い十数メートルの、次の一歩を踏み出した。
第ニ波が、直撃する。

「―――ぁぁ……ッ!」

背中に当てられた五寸釘を、力ずくで捻じ込まれるような感覚。
身を捩りかけて、堪えた。
どうにか前傾姿勢を維持するその背に、更なる衝撃が走った。
後方からではない。上からか、と思う。
西校舎二階、そして三階。
渡り廊下が失われ、ぽっかりと校舎に開いた穴から、射線が開いていた。
足を、踏み出す。三歩、四歩、五歩。

「ぐ……おぉ……!」

幾度めかの直撃に、意識を持っていかれそうになる。
白一色に染まりかけた視界を、小さく首を振って引き戻す。
胸の中の、柳川の体温が、浩之の意識を押し止めていた。

一歩、また一歩と、校門が近づいてくる。
その先は、細い林道に続いていた。
遮蔽物の多い林に逃げ込むことができれば、やりすごせる可能性は格段に高くなる。
だが、それはどこか、手を伸ばしても届かない蜃気楼の如く儚い目標のように、思えた。

825太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:33:23 ID:E1x9FCpI0
(遠すぎる、だろ……)

駆け出してから、ほんの数秒のはずだった。
思い出せないほど遠い昔のように、感じられた。
駆け抜けるまで、ほんの数歩のはずだった。
決して叶わぬ夢物語のように、思えた。

一歩を踏み出す。
それすらも、惰性のようだった。
次の一歩を踏み出す。
背中からの衝撃に、押し出されただけのようだった。

意識が、遠のいていく。

(ここ……までか……)

その瞬間。
浩之は、自身の背に新しい熱を感じていた。
衝撃はなかった。
光線による暴力的な灼熱ではなく、どこか心を和ませるような、柔らかな温もり。

「―――」

それが、陽光だと。
雲間からついに顔を覗かせた日輪の、遮るもののない原初の温もりだと理解した刹那。
浩之は、真の絶望を覚えていた。

826太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:33:44 ID:E1x9FCpI0
耐えられるわけがなかった。
分厚い雲に遮られた光ですら、あの衝撃なのだ。
死への恐怖よりも、苦痛への忌避が、浩之の心を侵していた。

足が、止まった。
柳川を抱いたまま、その場にくずおれる。
抱きしめたその身体が、ぼやけた視界に映る。
ごめんと呟いた、その唇が震えた。
訪れる死を、待っていた。

「―――?」

ひどく長く感じられるその時間が、実際に相当な間を置いているのだと、浩之は気づいた。
高鳴る心臓が数度、数十度の鼓動を刻んでも、死の閃光は見舞われなかった。
そっと、後ろを振り向く。

それは、実に奇妙な光景だった。
中庭を埋め尽くしていた砧夕霧の、そのすべての笑みが、ただ一つの方へと向けられていた。
自分を狙っていたはずの至近の夕霧、更には校舎の上にいる夕霧たちまでもが、一点を見つめている。
静かに風が吹き抜ける、その視線の先には、校門があった。
そこに、誰かが立っているように、浩之には見えた。
小さなその人影を見定めようと目を凝らす浩之の傍らに、音もなく近づく影があった。

「……!」

高槻だった。
どこをどう逃げたものか、或いは今まで物陰にでも隠れていたものか、その身体には傷ひとつない。
背負った彰にも、変わった様子はなかった。

「……」

無言で見下ろすその視線に、浩之は我に返る。
何が起こっているにせよ、今が千載一遇の好機だった。
立ち上がり、走り出す。
あれほど遠く思えた裏門は、ほんのすぐそこだった。あっさりとそれを乗り越える。
追撃すら、なかった。
振り返れば、夕霧たちはやはりただ一点を見つめたまま、動かない。
校門の人影はどこか見覚えのあるシルエットのような気がしたが、それもすぐに見えなくなった。
林道に入ったのだった。
頭の片隅に残る疑問符を振り払って、浩之は足に力を込める。

(そうだ、今は―――)

一刻も早く、ここを離脱する。
それだけを考えるべきだった。

827太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:34:06 ID:E1x9FCpI0

【時間:2日目午前10時30分過ぎ】
【場所:D−6 鎌石小中学校北・林道】

藤田浩之
 【所持品:鳳凰星座の聖衣・柳川】
 【状態:鳳凰星座の青銅聖闘士・重傷】

柳川祐也
 【所持品:俺の大切なタカユキ】
 【状態:鬼(最後はどうか、幸せな記憶を)・重態・気絶中】

高槻
 【所持品:支給品一式】
 【状態:彰の騎士?】

七瀬彰
 【所持品:アイスピック】
 【状態:気絶・右腕化膿・発熱】

砧夕霧
 【残り27117(到達0)】
 【状態:電波】

→762 777 ルートD-2

828名無しさん:2007/03/31(土) 17:36:28 ID:tB1LGHsk0
>まとめサイト様
「落穂拾い(後編)」に重大な欠陥がありましたので、
>>811-813を削除してください。

あと、以下のように訂正してください。
【時間:二日目・18:30頃】
【場所:C−2の砂浜】

坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【状態:健康】

里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱】
【持ち物3:食料二人分(由真・花梨)】
【状態:健康】

柚木詩子
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:健康】

【目的:鎌石村へ】

(関連:521、750 B-13)

829闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:37:55 ID:aFhIBKOM0
空は不気味な漆黒の色で覆い尽くされていた。
この島で殺し合いが行われているのが疑わしくなるくらい、辺りは静まり返っている。
そんな中、春原陽平とその仲間達は脇目も振らず、平瀬村を目指していた。
駆ける足を緩める事は無く、生い茂る木々が視界の隅を通り過ぎてゆく。
首輪を外せば全てが終わる訳では無い。主催者にどう対抗するか・脱出の為の移動手段など、他にも問題はある。
しかしとにかく首輪さえ何とかすれば、もう殺し合いを続ける意味など無くなる。
首輪を解除出来るという確かな証さえ示せば、あの来栖川綾香のような凶悪な者以外は、協力してくれる筈だ。
確実なる死という絶対的な強制力さえ排除してしまえば、いくらでも手の打ちようはあるのだ。
――走った。一刻も早く、首に取り付けられた枷から解放される為に。
――走った。一刻も早く、この哀しい殺戮劇に幕を下ろす為に。
やがて長い森を抜け、大きく開けた視界に平瀬村の風景が飛び込んできた。
まだ中心部には達していないので、民家は言い訳程度に点在してあるだけだった。
だが簡単な工具を探すだけならそれで十分。少し探し回ればすぐに見つけることが出来る筈だ。
陽平は周囲の様子を見渡した後、隣にいるるーこへと視線を移す。
「やっと着いた……ね。どうする?」
「時間が惜しい。二手に分かれて探すぞ」
決断は一瞬。戦力を分散すれば、襲撃を受けた際に不利になるのは否めない。
だが四人纏まって動いた場合に比べ、捜索時間を半分近くにまで縮めれるだろう。
ここで費やす時間が長くなればなる程、自分達も教会にいる仲間達も、危険に晒される可能性が高くなるのだ。
すぐに全員が頷き、陽平とるーこは左に見える民家へ、観月マナと藤林杏は右に見える民家へ走り出した。

830闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:38:47 ID:aFhIBKOM0


杏とマナはすぐに一件の家屋に辿り着き、慎重な足取りで玄関から侵入する。
杏はRemington M870を握り締める自身の手が、汗でじっとりと湿っているのに気付いた。
グリップを握る指が滑っては堪らないので、何度も制服のスカートで拭いた。
先程陽平が見せた、悲壮感さえ覚える程の真剣な顔が思い出される。
このゲームにおいては、お調子者の陽平ですら別人のように変貌してしまう。
それは何時殺されてしまってもおかしくない戦場では、寧ろ当然の変化なのだ。
(落ち着きなさい、あたし。焦ってもどうにもならないんだから……!)
高まる心臓の動悸を抑えるよう、自分に言い聞かせる。
先を行くマナの後に続いて大きな居間に侵入し、そこに置かれているタンスを一段一段調べてゆく。
素早い動作で全ての段を調べ終わったが、工具らしき物は見当たらなかった。
「駄目……無いわ。マナ、そっちはどう?」
「こっちも外れよ。次の部屋に行こっか?」
部屋の隅々まで探した訳では無いが、あまり細かく探していては無駄に時間を食う。
それに一般的な家庭ならば、わざわざ分かり辛い場所に工具を隠したりはしないだろう。
杏達は早々に居間での捜索を諦め、次の部屋へと移動を開始した。

831闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:39:39 ID:aFhIBKOM0


(むふふ、潜入成功っとね)
杏とマナが必死の捜索を続ける民家へ、限りなく無音に近い動作で侵入する少女の名は朝霧麻亜子。
四人を同時に相手すれば、今の装備では勝算が薄い。奇襲で一人は倒せるにしろ、残る三人に倒されてしまうだろう。
麻亜子がそう考えていた矢先に、何と敵は自分達の方から分散してくれた。
麻亜子は陽平達が二手に分かれたのを見て取り、攻撃の対象を杏達へと絞ったのだ。
――銃火器を強く追い求めていた彼女だったが、今回ばかりはボウガンの利点に感謝せざるを得ない。
たとえ家の中であろうと銃を撃ってしまえば、轟音は周囲一帯に響いてしまうだろう。
しかしボウガンならば、家の外まで音が漏れるはしない。上手く奇襲を繰り返せば、一人で敵を全滅させられる。
そして、ここまで生き延びてきた者を四人も倒せば、綾香に対抗出来るだけの装備が得られる筈だ。
(人数の差が戦力の決定的差では無い事を、教えてあげようではないか)
薄暗い闇の中に溶け込み、自身を修羅と断じた少女が足を踏み出す――
  
 *     *     *    *

832闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:41:28 ID:aFhIBKOM0
修羅を追う者――復讐鬼来栖川綾香は民家に程近い茂みで、選択を強いられていた。
尾行の最中、レーダーに映っている四つの光点が突然足を止めたのだ。
不審に思い少し距離を詰めると、陽平の一団が二手に分かれ民家に駆ける姿が見えた。
それを好機と取ったか、怨敵である朝霧麻亜子も遂に積極的な行動に出た。
麻亜子が追っていたのは、陽平やるーことは別の参加者達だった。
ここで綾香の頭の中に、ある一つの考えが浮かび上がった。
折角麻亜子が敵の片割れを襲撃しにいったのだ、この隙に陽平への報復を済ませるべきではないか?
好き勝手に罵詈雑言を浴びてきた陽平は、麻亜子程では無いにしろ憎憎しい存在だ。
徒党を組んでいるあの男を殺す好機は、今を置いて他には無いだろう。
勿論それは余分な欲望であり、最優先目標を果たす為には必要の無い行動である。
マシンガンやミサイルを使用すれば、麻亜子は綾香が居る事に気付いてしまうに違いない。
そうなってしまえば、たとえレーダーがあるとは言え、次も同じように尾行出来るかとうか分からないのだ。
二兎を追う者、一兎も得ずという言葉もあるが――偽善者を叩き潰すのは、愉悦の極みだろう。
博打に出るか、確実に麻亜子への復讐を遂行するか。
運命の賽が、綾香の手に握られていた。


【時間:2日目・20:00】
【場所:g-2右上】

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:マナ達がいる方の民家に侵入、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

833闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:42:35 ID:aFhIBKOM0
来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】
【状態:右腕と肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】
【目的:外で思考中、麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状態:陽平と同じ民家の中で工具捜索中、綾香・主催者に対する殺意、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:るーこと同じ民家の中で工具捜索中、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

観月マナ
 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】
 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】
 【状態:杏と同じ民家の中で工具捜索中、足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】

藤林杏
 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【状態:マナと同じ民家の中で工具捜索中、平瀬村で工具を探す、最終目的は主催者の打倒】

ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】

→772

834『狂気の果てに』『闇に潜む修羅』作者:2007/04/01(日) 12:32:59 ID:2sozLSkk0
誤字を数箇所発見したので修正お願いします。
お手数をお掛けして申し訳ありません。

>>784
>祐介は鞄の中から金属バットを取り出すと、有紀寧の身体を操って転等させ――そして敢えて、電波の力を少し緩めた。
      ↓
祐介は鞄の中から金属バットを取り出すと、有紀寧の身体を操って転倒させ――そして敢えて、電波の力を少し緩めた。

>>785
>「僕なんて『如き』で表現出来るような小者なんだろ? 早く宮沢有紀寧様の大者な所を見せてくれよ。
    ↓
「僕なんて『如き』で表現出来るような小物なんだろ? 早く宮沢有紀寧様の大物な所を見せてくれよ。

>>831
>しかしボウガンならば、家の外まで音が漏れるはしない。上手く奇襲を繰り返せば、一人で敵を全滅させられる。
     ↓
しかしボウガンならば、家の外まで音が漏れはしない。上手く奇襲を繰り返せば、一人で敵を全滅させられる。

835侵食汚染:2007/04/01(日) 17:01:48 ID:kgDwZYaE0
どうしてこんなことになったのだろう。
その瞬間、岡崎朋也は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
真っ白に染まった世界の中で、嘲笑うような声が聞こえる。

『そりゃお前、お前が底抜けのバカだからだよ』

憎らしげな、それでいてどこか馴れ馴れしい、奇妙にベタついた声だった。
声は、軽蔑した様子を隠すこともなく続けた。

『実際、お前ほどのバカは見たことがねえ』

言って、深々とため息をつく声。
心底からの侮蔑と失望に満ちた声音だった。
不思議と誰の声なのかは気にならなかった。
一度も聞いたことがないような、生まれたときから知っているような声。

『テメエでテメエの命綱を切ってまわりゃあ、こうなるのは目に見えてたってのによ』

命綱。助かるための、希望。心当たりがなかった。
必死に思い出そうとしても、記憶は空回りするばかりだった。

『ああ、いい、いい。無理だよ、お前にはわからねえ。わかってたら、こんなことにはなってねえさ』

こんなこと。
こんなこと、とはなんだろうと、朋也は靄がかかったような頭で考える。
今度は、答えがすぐに見つかった。ひどく簡単で、間違いようのない答えだった。

「―――俺、死ぬのか」

836侵食汚染:2007/04/01(日) 17:02:23 ID:kgDwZYaE0
呟いた途端、声が爆笑した。
姿は見えなかったが、きっと腹を抱え、目には涙すら浮かべて、笑っているのだろうと思った。
ひとしきり笑い尽くして、乱れた息を整えてから、声が朋也に囁く。

『当たり前だろバカ』

やっぱりな、と思う。
何しろ、と朋也は己の身体を見下ろして苦笑する。
腹に大穴が空いていた。人間の内臓を見るのは初めてだと、他人事のように考える。
他にも腕や足、肩から胸にかけて、つまりは全身くまなく、火傷と裂傷に覆われていた。
痛みを感じることもなく、おそらくは致命傷であろう傷を眺めているうちに、段々と記憶が鮮明になっていく。
奇態な眼鏡の少女。木洩れ日の眩しさ、大きな星型の手裏剣。

『―――思い出したか?』
「……まだ、よくわからない」

雑多な記憶の断片が、脳裏をよぎっては消えていく。
いくつもの映像が浮かぶ中で、朋也は奇妙なことに気がついた。

「どうして、」
『どうして思い出せない』

朋也の自問に被せるように、声がしていた。

『どうして空白がある』

心の襞を、ざわざわと撫で付けるような、声。

『―――どうして、そこに何がいたのか、思い出せない』

声は、いつしかひどく悲しげな口調に変わっていた。

『お前は』

間。

『お前は、だから死ぬんだよ』

どこか自嘲めいて、その声は聞こえた。
声に含まれた哀れみが、朋也を刺す。

『夜を待たずに、俺を待たずに』

囁くような声が、掠れていく。
声が遠のいていくのと期を一にするように、白一色だった世界が、端から黒く染まっていく。

『じゃあな、岡崎朋也。愚かなまま死んでいく、……もう一人の俺』

837侵食汚染:2007/04/01(日) 17:02:56 ID:kgDwZYaE0
その言葉を最後に、声は聞こえなくなった。
代わりに、渺々と吹き抜ける風の音が、朋也の耳朶を打っていた。
しかしその音もまた、徐々に薄れていく。
完全な無音が訪れるときが、己の命脈の尽きる瞬間なのだと、朋也は理由もなく思う。
頭は働かない。ひどく、眠かった。

「智代、……杏、それから、それか、ら―――」

音が、絶える。
岡崎朋也はその生涯の最期まで、伊吹風子の存在を忌避したまま、死を迎えた。

838侵食汚染:2007/04/01(日) 17:03:20 ID:kgDwZYaE0

 【時間:2日目午前10時30分すぎ】
 【場所:E−5】

岡崎朋也
 【所持品:お誕生日セット(三角帽子)、支給品一式(水、食料少し消費)】
 【状態:死亡】

→759 ルートD-2

839絶対包囲:2007/04/01(日) 17:04:01 ID:kgDwZYaE0

神塚山麓北側、山道から外れた林。
踏み入る者とてないはずの木々の合間に、いくつもの気配が蠢いていた。
砧夕霧の群れである。
一路山頂を目指すはずの一群が、しかし今はその足を止めていた。
光芒が閃いた。どうやら夕霧たちは、戦闘に入っているようだった。

幾筋もの光が交錯する先には、小さな影があった。
突然、夕霧の内の何人かが、何か鋭い刃物で切り裂かれたように身体を断ち割られ、鮮血を噴いて倒れた。
小さな影が投擲した武器によるものだった。
木洩れ日を受けて鈍色に煌く武器が、円弧を描いて影の手元に戻っていく。
受け止めた小さな影の、その背丈の半分ほどもある、それは星型の手裏剣だった。

影が、吼える。
威嚇の色を強く打ち出したその咆哮にも、しかし夕霧たちは表情一つ変えない。
倒れた前列の同胞の遺骸を踏みしだいて、その穴を埋めるように新たな夕霧が現れる。
膨大な数の夕霧が、小さな影を十重二十重に取り囲んでいた。

光線が、影を掠める。
影は身を捩って光線をかわすと、再び手裏剣を投げる。
幾人かの夕霧が倒れ、それに倍する数の光線が影に向かって飛んだ。
影の小さな身体のそこかしこから、嫌な臭いのする煙が上がっていた。
ほとんど狙い撃ちにされながらも、影はその場を動こうとしない。

影の足元からも、煙が上がっていた。
襤褸雑巾のような様相のそれには、よく見れば手足がついていた。
黒焦げになった、それは人間の遺体だった。
影はその傍に立ち、そうしてそこから動かない。

己が身を厭うこともなく、影は遺骸に寄り添うように立っていた。
光線が影を灼き、咆哮が上がる。


******

840絶対包囲:2007/04/01(日) 17:04:29 ID:kgDwZYaE0

目も眩まんばかりの光芒の嵐の中で、伊吹風子は思い出していた。
心に刻まれた、最後の命令。そしてそれと相反する、自分の使命を。


化け物、と主は言った。
踵を返して走り去るその背を、風子は無言で見守っていた。
主の厳しい顔は少しだけ悲しかったが、心の中で自身の使命を繰り返し唱えて、その姿を追う。
主の身を守る、それだけが風子の果たすべき使命であり、存在の意味だった。

周囲に嫌な気配が漂っているのはわかっていた。
何度もそれを警告しようとしたが、主は決して耳を傾けようとはしなかった。
ただ、悲鳴のような声を上げて、走り去るだけだった。
獣の身体が、少し恨めしかった。
喉を鳴らす。遠雷のような音が、木々の合間に木霊した。
主がまた声を上げて、足を速めた。


程なくして、主は嫌な気配に取り囲まれていた。
敵だと直感した。主の前に飛び出す。

 ―――風子、参上。

声は言葉の体をなさず、獣の咆哮が朗々と響いた。
爪と牙、そして海星の刃が、敵を断ち割り、噛み裂き、押し潰した。
今ならばまだ囲みを抜けられると、主のほうを振り向く。

841絶対包囲:2007/04/01(日) 17:04:49 ID:kgDwZYaE0
主は、その場に座り込んでいた。
その身に何かあったのかと、慌てて駆け寄る。
主が奇妙な声を漏らして後ずさりした。
寄るだけ、逃げられた。
主の奇態は心配だったが、今は囲みを抜けるのが先だと考える。
逃げるより早く駆け寄って、身体を擦り付ける。
背に乗れと、そう訴えた。
身体は主の方が大きかったが、その程度なら乗せて走ることは造作もなかった。

主が、金切り声を上げた。
見れば、身体を擦り付けたところの服が、赤く染まっていた。
返り血がこびり付いていたのだった。
主の服を汚した非礼に怒っているのだと、そう思って身を縮めた。
許しを請うように、主の足元に頭を垂れて、詫びる。
主が、叫んでいた。

来るな。
近づくな。
化け物、化け物、化け物。
来るな、来るな、近づくな。その顔を近づけるな、化け物。
いなくなってしまえ。消えろ。消えろ、化け物。

そう、叫んでいた。
主命が、風子を拘束する。
それは身を引き裂かれるような、命令だった。
敵の新手は、すぐ傍まで迫っていた。
今、主を残して去れば、その身が無事であるとは思えなかった。
主を守るという使命と、去れという主命が、風子を責め苛んだ。

許しを請うた。
消えろと、言葉が返された。

絶対の主命が、強制の力をもって風子の身体を突き動かす。
心中の抵抗が、徐々に押し返されていく。
そしてついには、主から遠ざかっていくように、足が動き出した。

幾度も振り返り、主を見た。
厳しい視線が、風子を貫いていた。

842絶対包囲:2007/04/01(日) 17:05:07 ID:kgDwZYaE0

主が新たな敵に遭遇し、逃げ惑い、その身を焼かれて倒れるのを、風子は遠くからじっと見ていた。
主が血を流し、苦痛に呻くたび、風子は己が抉られるような痛みを覚えていた。
最後に何事かを呟いて、主は事切れていた。

それを見届けてから、風子はゆっくりと歩き出した。
主命は、いまやその強制力を失っていた。
ならば、残された使命こそが、風子の在り続ける唯一の意味だった。
主を踏み躙らんとする敵から、その身を守るのが、伊吹風子だった。

静かに主の傍らに跪き、酷い火傷の痕が走るその顔を、舐め上げた。
小さく主の名を呼んで、身を起こす。
周囲の敵を一瞥した。

主の墓所に踏み入らんとする愚かな敵に向けて、手にした海星を投擲する。
幾つもの首が、刎ねられて転がった。
戻ってくる海星を、片手で受け止めた。
大きく息を吸う。

 ―――風子、参上。

天に届けと、地に轟けと、名乗った。


******

843絶対包囲:2007/04/01(日) 17:05:23 ID:kgDwZYaE0

神塚山麓北側、山道から外れた林。
踏み入る者とてない木々の合間に、小さな影があった。

小さな二つの影は、木洩れ日の中、寄り添うように倒れている。

844絶対包囲:2007/04/01(日) 17:05:44 ID:kgDwZYaE0


 【時間:2日目午前11時前】
 【場所:E−5】

伊吹風子
 【所持品:彫りかけのヒトデ】
 【状態:死亡】

岡崎朋也
 【状態:死亡】

砧夕霧
 【残り26765(到達0)】
 【状態:進軍中】

→783 ルートD-2

845最後の鬼:2007/04/02(月) 00:06:59 ID:bEvLAYWo0
鬼――日本でよく知られている妖怪。民話や郷土信仰に登場する悪い物、恐ろしい物、強い物を象徴する存在。
人に化けて人を襲う鬼の話が伝わる一方で、憎しみや嫉妬の念が満ちて人が鬼に変化したとする説もある。
それらはあくまでフィクションの世界での話であり、現実世界に鬼がいるなどと信じている人間は殆どいないだろう。
しかし実際には確かに鬼は――柏木の血を引く者は存在する。

今やこの島で唯一、雄種の鬼の血を継いでいる人間となった柳川祐也は、源五郎池のほとりにある古びた小屋で休息を取っていた。
そんな折、部屋の隅に置いてあった旧式のデスクトップ型パソコンを発見する。
ただ休憩していても時間の無駄だ、それに聞き逃した第三回放送の内容も気になる。
柳川はパソコンのモニターについた埃を払い、電源を入れた。
目当ては当然、ロワちゃんねるだ。記憶に間違いが無ければ『死亡者スレッド』というものがある筈。
程無くしてパソコンの起動が終わり、目的のスレッドを開いて――柳川は、呆然と声を漏らした。
「な……に……?」
画面にはっきりと映し出されている名前――89番、藤田浩之
ロワちゃんねるには浩之と川名みさきの名前があった。
二人は戦いを止めようと、吉岡チエと共に鎌石村役場へ向かった筈だ。
となれば、何が起こったか考えるまでも無い。ミイラ取りがミイラとなったのだ。
「馬鹿が……。早まった行動はするなと…………言っただろう……」
柳川は目線を伏せ、途切れ途切れに呟いた。
あの甘い浩之の事だ。きっと仲間か、或いは見知らぬ誰かを救おうとして傷付き、死んだのだろう。
人を信じ殺人を極力避けようとする浩之のスタンスは、このゲームで生き延びるには不向きだったと言わざるを得ない。
しかし浩之の生き方は決して馬鹿に出来るようなものでは無いし、あの愚直な生き様は正直羨ましくもあった。
柳川がとうの昔に捨て去ってしまったものを、浩之は確かに持っていたのだ。
そして、鬼の血を引く人間も柏木初音と自分を除いて死に絶えた(柳川が知らないだけで、実際には初音ももう死んでいるのだが)。
この島に吹き荒れる殺戮の嵐は、未だ留まる事を知らない――

846最後の鬼:2007/04/02(月) 00:08:15 ID:bEvLAYWo0
柳川は腰を上げ小屋を飛び出すと、凄い勢いで走り出したが、すぐにその足を緩めた。
焦る気持ちはあった。嫌な予感もしていた。一刻も早く教会に向かわなければと思った。
だが感情に任せて強行軍を続ければ、疲労は蓄積してゆく一方だ。
消耗した状態でまたリサ=ヴィクセンとやりあえば、今度こそ確実に殺されてしまうに違いない。
それに佐祐理達が教会に着くのはまだまだ先だろう、自分一人焦った所で意味は無い筈。
このゲームの参加者の大半は、まだ年端もゆかぬ少年少女達だ。
そんな中で刑事であり大人でもある自分が、一時の感情に流されて判断を誤る訳にはいかないのだ。
隆山署で孤立していた自分は社交性のある人間では無いし、皆を導こうなどとも思わない。
狩猟者でもあり、冷淡な人間である自分の役目は一つ。
決して心を乱さず、冷徹に――どこまでも冷徹に、敵を殺し続けるのみ。そう、浩之とは逆に、殺戮の道を歩むのみ。
残り人数は約三分の一。それだけ人が死んだという事は、ゲームに乗っている人間の数ももう多くはない筈だ。
決着の時もそう遠くはない。首輪を解除する目処もある程度は付いている。
ゲームに乗った者を殲滅し、主催者の喉元に牙をつきたてるその時まで、生き延びてみせる。
当然その過程で倉田佐祐理を死なせるつもりは微塵も無いし、他の仲間だって可能な範囲で守るつもりだ。
自分の中に潜む忌々しい鬼は、皮肉な事にも主催者が施した『制限』により抑えられている。
この調子でいけば、最後まで自分の意思で戦い抜けるだろう。
どれだけ手を汚そうとも最終的に目的を成し遂げれば、川澄舞や浩之の無念も多少は晴らせるというものだ。

847最後の鬼:2007/04/02(月) 00:09:14 ID:bEvLAYWo0
――主催者の奴ら、絶対に許さねえ!
――佐祐理をお願い
(ふん、言われるまでも無い……)
心に秘めた感情を排し、あくまで冷酷な鬼として、柳川は闇夜の中を突き進む。

【時間:2日目20:20】
【場所:H−6】
柳川祐也
【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1、青い矢(麻酔薬)】
【状態:左肩と脇腹は8割方回復、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、左腕軽傷、軽度の疲労】
【目的:佐祐理達との合流、まずは教会へ移動。有紀寧とリサの打倒】

【備考】
※柳川が見た時点での死者スレ最終更新時刻は18:00
→751

848伝令:2007/04/02(月) 02:02:00 ID:Bkc/E23Q0
放送が終わり、室内は沈鬱な空気に包まれていた。
それがこの場にいる五人の仲間の心境を表していた。
折原浩平はぼんやりと四人の表情を眺める。
「あのClass Aのいくみんが……いくみんいくみんいくみん……」
高槻は悲しそうに何事かブツブツと呟いている。
湯浅皐月も立田七海も手で顔を覆い泣いている。
小牧郁乃は……知り合いがいなかったように見受けられるが、死者の多さに衝撃を隠しきれないようだ。

(住井も先輩も澪も死んでしまったか。先輩達はハンディがあるだけに一刻も早く身柄を確保したかった)
浩平は川名みさきと上月澪の顔を思い浮かべ、頭を抱え打ち震える。
先ほど出会った古河秋生達に消息を聞いておくべきたっった。
(長森、どうか無事でいてくれ。七瀬も茜も……)
特に付き合いの長い長森瑞佳のことが心配でたまらなくなる。

「折原、今から至急役場へ行って古河のオッサンに会って来てくれ」
瑞佳の身を案じていると、突然が声がかかった。
「で、用件は?」
「作戦会議をすると言ってくれ。上手く言いくるめて奴らをここへ連れて来るんだぞ。俺は怪我してるから動けないとな」
高槻は気分を切り替え現実に対処しようとしていた。

鎌石村役場はここから約二キロほどの距離にある。
さほど遠くなく、瑞佳達の消息を知るには渡りに船だった。
しかし外は薄暗く、安全のためにももう一人同行者が欲しい。
浩平は三人の少女達を見回し──
「もう一人誰か……立田、俺と来てくれないか?」
「私ですか? いいですよ」
七海は二つ返事で了承した。
「確か銃持ってなかったよね。あたしの持って行くといいわ」
そう言って皐月はS&W M60と予備弾を握らせる。
「わあ、ありがとうございます」
ウインクして微笑む皐月を後に、二人は荷物を手に夕闇の中へと歩き出した。

849伝令:2007/04/02(月) 02:04:07 ID:Bkc/E23Q0
「あたしは隣の部屋で寝てるから、何かあったら起こしてね」
「おお、気を利かしてくれて悪いな。永遠にお寝ねんねしてていいぞ、と」
高槻は洒落にならない冗談を浴びせる。
「なんですって? 永遠ってさあ、貴方……」
「皐月さんの気持ち考えてあげなさいよ。まったくもう、しょうもないこと言って……」
「本気にすなーって。ちゃんと熱いキスで起こしてやるかさらあ。そのスレンダーな体一面にキスマークつけてやるぜい」
「ハイハイおじゃま虫は消えるから。でも盛りのついた猫みたいな声上げないでね」
皐月は頬を膨らましながら後手にドアを閉め、布団に潜り込む。
目を閉じると瞼の裏にありし日の那須宗一の笑顔が浮かんだ。
「宗一の馬鹿。どうして死んじゃったのよう。あたしどうしたらいいの? はうぅ……」
枕を抱き締めながら皐月はすすり泣いていた。



「永遠はあるよ、ここにあるよ、っていうじゃないかあ、いくのん。昨日の夜の続きをしようぜい」
「昨日の夜の続きって?」
「無学寺で宮内の巨乳に邪魔される直前のことに決まってるじゃないか」
郁乃の顎に手を据え、顔を近づける高槻。
「えっと、何だっけ。……あっ、急にそんなこと言われても……」
何のことか理解した途端、郁乃の頬が朱をさすように赤く染まっていく。

「シャイな俺の手が勝手に動いていくぞぉっ。これははたまた不可視の力なのか。かっぱ海老煎と同じ止まらないぃ〜」
「あっ、ちょっとそんなところ……やん、駄目ったらぁ、このヘンタイ……」
「俺様が検診をして悪いところを見つけてやろう。車椅子ばっかだと足が駄目になるから秘口を突いてみような」
指技で女をとろかすのは朝飯前のことだけに、郁乃が陥落するのに時間はかからなかった。
「はああぁ……あふう、あたし、体が熱い……」
それまでの生意気な性格はどこかに消え去っていた。
二言三言囁き合うと、密室に二つの影が重なった。

850伝令:2007/04/02(月) 02:04:57 ID:Bkc/E23Q0
「どうして私を指名したんですか? 銃の腕なら皐月さんの方が上なのに」
「うん、何というか……小さい頃死んだ妹に印象が重なってな。立田といっしょに行ってみたくなったんだ」
隠すようなことでもなく正直に意図を伝えておくのがいいだろう──浩平はそう思う。
「はあ? それって喜んでいいんでしょうか」
「素直に受け取っておけって」
「ありがとうございまーす。あはっ」
七海は浩平の腕にしがみつき喜びを臆面もなく表した。
「おい、ここは戦場だぞ。はしゃぐのはほどほどにな」
「すみません。私ったら──」
「ま、腕じゃなく手を握ってくれ。これなら緊急時にも対処できるから」
「はい。では……」

これで良かったのかもしれない。
七海の憔悴ぶりを見るにつけ、どうにかして気を紛らわしてやりたかった。
そうは言っても浩平自身、悲嘆に暮れていることからどう慰めたらよいかわからない。
単純になんとなくいっしょにいてやりたいと思っただけである。
ただ夜の危険地帯を歩くのは考えものではあるが……。

握り合った手を通じて七海の温かさが伝わってくる。
少し強めに握ってやると彼女も同じように握り返す。
小さくて柔らかく、温かい七海の手。
浩平は目頭が熱くなるのを覚え、夜空を見上げる。
(みさおも生きてたら今頃は立田みたいな感じだろうか。……みさお、おにいちゃんに力を貸してくれ)
二人は手を繋いだまま黙々と歩き、秋生達が居るはずのない役場へと向かっていた。

851伝令:2007/04/02(月) 02:06:57 ID:Bkc/E23Q0
【時間:二日目・18:15】
【場所:C−4街道】
折原浩平
 【所持品:S&W 500マグナム(4/5 予備弾7発)、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)、支給品一式】
 【状態:頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
 【目的:秋生との連絡、鎌石村役場へ】
立田七海
 【所持品:S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×10、フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:健康】
 【目的:秋生との連絡、鎌石村役場へ】

【場所:C−4一軒家】
高槻
 【所持品:コルトガバメント(装弾数:6/7)、分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:全身に痛み、中度の疲労、血を多少失っている、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすと激痛を伴う)。ラブラブモード】
 【目的:最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:首に軽い痛み、車椅子に乗っている。ラブラブモード】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:性格反転中、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)。すすり泣き】
ぴろ
 【状態:ポテトとじゃれ合っている】
ポテト
 【状態:ぴろとじゃれ合っている、光一個】

【備考:浩平の要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図は家に保管】
→743、753

852No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:44:37 ID:.aVB1WQA0
「うぁあ……ああ……」
涙が枯れるまで泣きつくした観鈴に残ったものは憎悪と大量の武器だった。
「ああ……もう……お母さんも……往人さんも……祐一さんも……英二さんも……」
憎悪の先は奪った者。
「殺……された……」
来栖川綾香。
「がお……がお……」
名前も知らないあの顔を。
「にはは……ゆきとさん……もうぽかってやってくれないんだね……」
この手で、殺そう。
「でも……」
その前に。
「にはは……」
まずは英二を奪ったこの人から。
「はは……」
観鈴は弥生の持っていた銃を取り上げて。
村に、七発の銃声が木霊した。

853No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:45:25 ID:.aVB1WQA0

「車……」
観鈴の目の前に、弥生の乗っていた車がある。
「動くのかな……」
弥生が乗ってきたものだ。動かないはずもない。
「お母さんが言ってたよね……『あんなもんはアクセル踏めばうごくんやー』って。にはは……観鈴ちんでもできるかな」
デイバックを車に乗せ、自身も乗り込む。
「あれ……踏むのがふたつある……どっちかな……」
取り敢えず右のほうからゆっくりと踏んでみる。
「……動かないや。こっちかな」
左も踏んでみる。
「……うーん、なんで動かないんだろ。観鈴ちんぴんち」
鍵やワイパー、ギアと色々触ってみる。
そして右を踏むと……
「あ、動いた。にはは。観鈴ちんすごい。じゃあ、こっちで止まれるのかな」
踏んでみる。
「あ、止まった。うんっ。大丈夫。……英二さん、いってくるね」
往人殺したあの人を、殺しに。
「うーん、でもどうやって探せばいいのかな。観鈴ちんぴんち」
ハンドルに突っ伏す。盛大なクラクションが鳴り響いた。
「わっ……ど、どうしたのかな?」
恐る恐るハンドルの真ん中あたりを押してみる。
再びクラクションが鳴る。
「わっ……あ……これ……」
何かを思いついて、観鈴は先程自分で二目と見れぬ肉塊に変えた弥生の元へ駆けていった。

854No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:46:58 ID:.aVB1WQA0


「……よしっ。決めた」
あの狡猾な麻亜子の事だ。一度気付かれた時何を画策するか知れたものではない。どうせあの女は二組とも殺すつもりなのだろう。片方を殺した後春原の下へ向かうはずだ。その時に纏めて殺せばいい。いや。麻亜子は殺さない。手足を捥いで動けないようにしてから奴の大好きなささらとやらを連れて来て目の前で嬲りいたぶり尽くしてやるのだ。いや。まだ生ぬるい。奴と同じ制服を着た奴は全てだ。奴の目の前で。そうだ眼を閉じられないように瞼を切り落とすか。舌を噛まないように顎ごと刺し貫くか。ああユカイでたまらない。楽にはさせない。自分のしたことを千倍も万倍も後悔させてやる。ああさっきからうるさいな。何だ? 何の音だ? 音? 音だって!?
綾香は麻亜子を嬲り続ける妄想を中断して音源の方を反射的に振り向く。
車。
何故かクラクションを鳴らし続けたぼこぼこの車がハンドル操作も危なっかしく道を走っている。
何?
何をしてるの?
あんな馬鹿みたいに大きな音を出し続けていればすぐに見つかるどころじゃない。
自分から人を集めているようなものじゃないの。
ん?
集める?
誰を?
! 決まってる! 今の私のように馬鹿面晒して突っ立って見てる奴の事よ!
とっさに綾香はその場を蹴る。
車の窓が開いて何かが綾香のいたところに投げ込まれる。
1! 2! 3……
ド……ッガアアアアアアアアアアン!
「がぁっ!」
咄嗟に木の陰に隠れようとしたが、すんでで間に合わない。
大半は隠れられたが、傷ついた右腕が爆風に炙られる。
隠れた部分も無傷とはいかなかった。
爆圧が痛んだ内腑を抉る。
「ぐぉ……ああ……」
っざけ……るな……!
ここまで麻亜子を追い続けたというのにこんなところで……!
殺す……殺してやる……!
誰だか知らないけどお前も……お前もお前もおまえもぉぉぉぉ!

855No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:47:22 ID:.aVB1WQA0


「にはは……観鈴ちんつよい」
観鈴は開いた窓を閉めた。
そのハンドルには血に塗れた服が巻き付けられている。
「ゆきとさん……観鈴ちん負けないよ……」
周囲の茂みに突っ込みながらも車を反転させ、再び綾香を狙う。
ここで綾香を見つけられたのは僥倖。
神が味方しているのか悪魔に操られているのか。
そんなことは関係ない。
唯目の前にいる敵を討つのみ。
再び、今までにない速度でアクセルを踏む。
「がお……がお……がおー……」
きょうりゅうはつよいんだ。
あんなやつに負けない。

綾香の蒔いた種は確実に育ち、綾香へと牙を剥いた。
綾香の最も望まぬ形で。

856No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:47:44 ID:.aVB1WQA0






【時間:2日目・20:10】
【場所:g-2右上】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(1/8)、H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(15/15)・予備弾倉(15発)、フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】
【状態:綾香に対しての明確な殺意、脇腹を撃たれ重症(治療済み、少し回復)】

・英二のデイバック(支給品一式×2)
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量30%程度

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】
【状態:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷】
【目的:麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】


【備考】
ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数0/20)は弥生の元に残してあります
ダイナマイトの音は恐らく民家にも聞こえていると思います

857一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:31:39 ID:wVtpPgvM0
民家の中にある、暗闇に支配された薄暗い廊下。
そんな環境下において、観月マナが狩人の存在を察知できたのは奇跡に近いかもしれない。
「危ないっ!」
「え?」
マナが思い切り、藤林杏を突き飛ばす。Remington M870を取り落とし、尻餅を付いている杏の顔に、赤い雫が降りかかった。
ことん、という音を立ててワルサーP38が地面に落ちる。
杏が顔を上げるとマナの左肩に、羽根のようなものが付いた棒が突き刺さっていた。
「あぐっ……」
「な……どうしたのっ!?」
マナは銃を取り落とし、肩の傷口を押さえながら、それでも一方向を凝視している。
杏は頭の中が真っ白になってしまい、よろよろと起き上がりながら、マナの視線を追うように首を動かした。
マナが睨みつける方向――廊下の曲がり角の辺りにある古びたクローゼットの扉の隙間から、ボウガンの銃身が生えていた。
「ちっちっちっ、駄目じゃないかチビ助君。折角楽に殺してあげようと思ったのにさ」
まるでゲームでもやっているかのように楽しげな声をあげ、少女が扉の中から姿を現す。
少女は殺し合いの場に相応しくない、可愛らしい制服を着ていた。
しかしその手にはしっかりとボウガンが握り締められており、そこから矢が放たれたのは疑いようが無い。
「朝霧……麻亜子……」
マナが洩らしたその一言で、杏は全てを理解した。
この女こそが河野貴明の言っていたまーりゃん先輩なる人物であり、今自分達はその殺人鬼に命を狙われているのだ。
「こんな所で何をしてたか知んないけど、残念ながらチミ達はここでゲームオーバーなんだな、これが」
そう言って麻亜子が鞄から予備の矢を取り出そうとする。杏は地面に落ちている二丁の銃へと目を移した。

858一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:32:51 ID:wVtpPgvM0
駄目だ――到底間に合わない。こちらが銃を拾い上げて構えるよりも先に、撃ち抜かれてしまうだろう。
杏は咄嗟の判断で鞄の中に手を突っ込み、そして、
「ふざけんじゃないわよっ!」
四角くて分厚い物体――所謂国語辞書を、全力で投擲した。
異常とも言える肩力を誇る杏の投擲攻撃は、初見では到底避けきれるものでは無い。
「ぬわっ!?」
唸りを上げる辞書は麻亜子のボウガンに命中し、見事に弾き飛ばしていた。
「――――今!」
マナはその機を逃さずワルサーP38に飛びつき、構えようとする。
だが敵は百戦錬磨とも言える朝霧麻亜子だ、その立ち直りの速さは尋常ではない。
麻亜子はマナが構えを取るよりも早く横に跳ね、廊下の角の向こうへと走り去った。
「こっちよ!」
杏が素早くマナの右腕を引き、敵とは反対の方向へと走り出す。
相手の武器はボウガン、拾い上げ矢を装填するまでにはかなり時間が掛かるだろう。
その隙に自分達は距離を取り、この家を出て陽平達に危険を知らせねばならない。
確か居間には、裏口があった筈。あそこから脱出すれば逃げ切れるだろう。
マナが居間への扉を勢い任せに開け放ち、二人は中へと駆け込んだ。
そして杏がドアを閉めようとしたその時、一発の銃声が鳴り響いた。

859一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:33:45 ID:wVtpPgvM0
遅れてドサリ、とマナの身体が地面に崩れ落ちた。
「え……ええ……?」
マナの腕を掴んでいる杏の手がぐっしょりと濡れ、生暖かい嫌な感触が伝わる。
冷たい悪寒が背筋を立ち上り、重い絶望が心を支配する。
「ちょっと、マナ!?」
必死に呼び掛けてみるが、マナは両眼を閉じたままぴくりとも動かない。
首から腰の辺りまでが真っ赤に染まり、その腹部からはどす黒い血が流れ出ている。
杏は知る由も無いのだが、その傷は麻亜子の切り札であるデザート・イーグル .50AEによって撃ち抜かれたものだった。
杏は何か治療に使えるものは無いかと闇雲に鞄の中を探そうとしたが――すぐに自分の頬を叩いた。
(落ち着きなさいあたし。こんな時こそ……クールによ!)
ここで取り乱してしまっては、本当に取り返しがつかなくなる。
勝平を殺してしまった時のように錯乱して、周りに迷惑を掛けるのは二度と御免だ。
自分は救急箱を持ってはいるが、この状況で落ち着いて治療などさせて貰える筈が無い。
視線を横に動かすと、麻亜子が廊下に落ちているRemington M870を奪取すべく駆けていた。
杏はワルサーP38を拾い上げ、廊下の方へと銃口を向けた。
「むう、そんな危ない物を人に向けたら駄目だぞう」
杏の反撃を完全に見透かしていた麻亜子は、悠々とその場を飛び退き銃口の先から逃れる。
しかし――杏は麻亜子を狙っていた訳では無かった。
「誰があんたを狙ってるって言ったのよ?」
「……なぬっ!?」
ワルサーP38から放たれた銃弾はRemington M870のすぐ傍に着弾した。
その衝撃でRemington M870は廊下の奥まで弾き飛ばされていった。

860一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:34:40 ID:wVtpPgvM0
杏は即座に鞄の中へワルサーP38を放り込み、荷物とマナの身体を手早く抱え上げた。
全身の筋肉を総動員してそのまま裏口まで担ぎ込む。
扉の鍵を――まどろっこしい。扉を強引に蹴り破り、民家の外へと躍り出た。
だがそれとほぼ同じタイミングで、この場所と陽平達が居る家との中間点辺りから、大きな爆発音が聞こえてきた。
(まさか……新手っ!?)
迷っている暇は無い。マナを抱え上げた状態で、戦火を潜り抜けられるとは到底思えない。
杏は荒々しく地面を蹴り飛ばし、民家の裏側へと身を隠した。
武器の回収を優先したのか、爆発音に気を取られたのか――麻亜子は追ってきていないようだった。
「マナ、しっかりして!」
マナの上着を脱がせ、傷口の状態を確かめる。
途端に杏は、『血の気が引く』といった感覚がどのようなものかを思い知った。
マナの腹部からは膨大な量の血が溢れ出て、救急セットの包帯を巻きつけてもまるで意味を成さない。
あっという間に包帯が真っ赤に染まる。陽平達の家の方から銃声、続いて爆発音が聞こえてくる。
(クールに……クールによっ……!)
心の奥底から沸き上がる焦燥感から逃れるように、震える手つきで包帯を取り替えようとする。
死なせたくなかった。たとえ出会ってからさほど時間の経っていない人間であろうと、助けたかった。
包帯を巻く。すぐに血に塗れて使い物にならなくなる。取り外す。
救急箱から新しい包帯を取り出す。巻く。赤く染まる。外す。
単純なその作業を何度も何度も続けて――やがて思いついたようにマナの手首に指を添えて、ようやく杏は気付いた。
「う……そ……」
マナが既に息絶えてしまっている事に。どんなに冷静さを保って行動しても、精一杯頑張っても。
「こんなの……うそ……よ…………」
常に努力が報われる訳では無いのだ。

   *     *     *

861一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:35:36 ID:wVtpPgvM0
「殺してやる……殺してやる……殺してやる……っ!!」
復讐の完遂を目の前にして、予想外の奇襲を受けた綾香の心は、ドス黒い殺意で埋め尽くされていた。
もう苦しめて殺すなどといった遊戯は止めだ。ささらを見つけるまで待ってなどいられるものか。
これだけ多くの憎たらしい連中が一堂に会しているのだ。これ以上の我慢など出来る筈が無い。
朝霧麻亜子も車に乗った襲撃者も春原陽平もルーシー・マリア・ミソラも、等しく死を与えてやる。
過程や方法なども、もう拘るまい。どんな手を使ってでも全員殺してやる。
この場にいる人間全てを殺し尽くさねば、この烈火の如き怒りを納める事は叶わない。
綾香は迫る車に背を向けて民家――春原陽平達が中にいるであろう建物に向かって駆けた。
程無くして民家の塀の前まで辿り着き、綾香は車に顔を向けて吼えた。
「さあ、近付けるもんなら近付いてみなさいよっ! 壁にぶつかってペシャンコになりたきゃね!」
あの車の運転手の狙いは単純にして明快。
車で距離を詰め、至近距離にてダイナマイトを投擲するというものだ。
ならば近付けさせなければ良い。障害物の近くにいれば、車は激突を恐れ距離を詰めれぬ筈だ。
前方から一直線に向かってくる車は、もうそろそろ方向を変えるだろう。
反転したその瞬間に……蜂の巣にしてやる。
車の奴を殺した後は陽平とるーこだ。ミサイルをぶちこんで、民家ごと潰してやる。
最後に麻亜子をズタズタに殺し尽くして、復讐は完了だ。
しかし――

862一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:36:36 ID:wVtpPgvM0
「な……死ぬ気っ!?」
車は方向を変えない。言い訳程度に速度を緩めながらも真っ直ぐに突っ込んでくる。
恐らくは自分の身の危険など顧みず、極限まで接近してくるつもりだろう。
綾香の誤算はただ一つ。車の運転手が神尾観鈴――自分と同じく、復讐鬼と化した人間であった事だ。
車は直進を続け、そのライトは焦りを隠せぬ綾香の顔を照らしていた。
(くそっ……ここは避け――いや、間に合わないっ……!)
綾香は回避動作に移ろうとしたが間に合わない事を悟り――土壇場で、ある作戦を思いついた。
綾香は素早く民家の塀を乗り越えて、そのまま庭へと侵入した。
接近する車の音に注意しながらも、一心不乱に駆ける。
車のエンジン音で距離を判断し、ぎりぎりのタイミングで傍に生えている木の裏に回りこむ。
それより少し遅れて、車が大きく孤を描いて塀の間近を通過し、窓からダイナマイトが放り投げられた。
白い閃光が夜の闇を切り裂き、巨大な爆発音が静寂を打ち破る。
巻き起こる爆風が周囲一帯にある全てを蹂躙してゆく。
煙が吹き上がり、辺り一帯が覆い尽くされ――やがて、景色が明瞭になってくる。
打ち上げられたコンクリートか何かの破片が、天より降り注ぐ。民家は庭を爆心地として、半壊状態になっていた。
民家を囲っていた塀のうち、爆風に巻き込まれた部位は完全に吹き飛んでいた。
民家本体も庭に近い部分は基本的な骨組みだけしか残っていない上に、その骨組みさえも真っ黒に焦げている。

863一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:37:39 ID:wVtpPgvM0


「……やったの?」
神尾観鈴は車を止め、窓越しに崩壊寸前の民家を眺め見た。
綾香が庭に飛び込む所までは視認出来たが、それから先は車の運転とダイナマイトの投擲で手一杯だった。
あれから綾香がどうなったかは分からない。
怪我は確実に負っているだろうが、もしかしたらまだしぶとく生きているかも知れない。
絶対にそんな事はあってはならない。往人の命を奪ったあの女は、ここで確実に殺す。
もう一度至近距離からダイナマイトを投げ込んで、中にいる者に逃れようの無い死を与えてやる。
観鈴はアクセルを軽く踏んで車をゆっくりと動かし、民家のすぐ傍まで近付いた。
そこで車を停車させて窓を開ける。塀は半分以上が崩壊しているので、庭の様子まで見て取れた。
綾香の姿は見当たらないが、散在している瓦礫の下に埋もれているかもしれない。
観鈴は窓から上半身を乗り出し、ダイナマイトに火を付けようとして――そこで爆発の影響で歪んだ玄関の扉が、鈍い音を立てて開いた。
中から出てきた桃色の髪をした少女が、冷たい眼でこちらを一瞥した後、躊躇う事無くH&K SMGⅡの銃口を向けてくる。
観鈴が頭を引っ込めるのとほぼ同時に、少女――ルーシー・マリア・ミソラの手元から火花が発された。
「あうっ!」
直撃こそ避けられたものの、防弾性である車の頑強さが逆に災いした。
銃弾は開け放たれた窓から車の内部に侵入した後、フロントガラスに跳ね返される形で跳弾と化す。
そのうちの一発が観鈴の腹部に鋭く突き刺さっていた。
フロントガラスにぶつかった時点である程度衝撃は弱められている為、即死にまでは至らない。
しかしそれでも皮膚を切り裂き、骨を砕き、鮮血を撒き散らす程度の威力は残っていた。

864一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:38:22 ID:wVtpPgvM0
――るーこ達が民家の中で捜索を行っていた時。
藤林杏らが向かった民家の方角から銃声が聞こえてきた。
るーこ達が銃声に反応し救援に向かおうとしたその時、今度は別の方向から物凄い爆発音がした。
るーこ達は一瞬どうすべきか悩んだが、考えている暇など無いとすぐに気付き玄関に向かう。
そして今度は家のすぐ近くで爆発が巻き起こり、るーこ達もその煽りを受けたのだ。
玄関が庭とは離れた所にあった為まだ損害は軽かったが、一歩間違えば死は免れなかっただろう。
るーこ達にとって先程放たれたダイナマイトは無差別攻撃以外での何物でもなく、その犯人である観鈴はゲームに乗った者と解釈されたのだ。


「……仕留め切れなかったか」
観鈴に攻撃を仕掛けた張本人――ルーシー・マリア・ミソラが、落ち着いた声で口を開く。
すぐにその後ろから彼女の仲間である、春原陽平が姿を表した。
「るーこ、さっきのはあいつの仕業か?」
「ああ。あのうーはダイナマイトを投げようとしていたし、間違いな……?」
そこでるーこの身体がぐらりと揺れ、陽平は慌ててその身体を支えた。
陽平は下に視線を落とした後、目を大きく見開いた。
「お、おい! 大丈夫かよっ!?」
るーこの左足から、赤い血が滴り落ちていた。陽平は素早い動作で、るーこの左足に突き刺さっていた瓦礫の破片を抜き取る。
それからキッと鋭い眼つきで、前方の車を睨みつけた。
「畜生、よくもるーこを! 誰だか知らないけど許せねえっ!」

865一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:39:34 ID:wVtpPgvM0
るーこが弾切れを起こしたH&K SMG‖に銃弾を装填するよりも早く、車は再び走り始める。
その背面に照準を合わせ、るーこが銃を連射したが、銃弾は全て防弾ガラスの前に阻まれた。
陽平が信じられない、といった表情を浮かべる。
「何だよアレ!?」
「く……うーの技術も捨てたものではないな」
るーこは軽く舌打ちした後、毒々しげに吐き捨てる。その間にも車は走り続け、どんどんと加速してゆく。
ライトのおかげで夜天の下でも車を見失う事は無く、遥か遠くで大きくUターンする姿まで見て取れた。
方向転換を終えた車が一直線にこちらへと向かってくる。
るーこはそのフロントガラスに向けて何度もH&K SMG‖を放ったが結果は変わらない。
全ての銃弾は金属音と共に、あっさりと跳ね返されてしまう。
車は速度を落とす所か、逆に加速してどんどん接近してくる。
「ヤベェよこれ……るーこ、一旦引こうっ!」
陽平が動揺の色を隠し切れない声で退避を訴えかける。
しかしるーこはぎゅっと口元を引き締めた後、静かに首を振った。
「無理だ……るーの今の足では到底逃げ切れない」
「そんなっ……!」
陽平はるーこを何としてでも守りたかった。銃弾なら自らの身を盾にして防ぐ事が出来る。
しかしダイナマイトによる広範囲攻撃は防ぎようが無い。
陽平がるーこを庇おうとした所で、二人揃って吹き飛ばされるのがオチだ。
「どうすりゃいいんだ……?」
これと言った打開策が思い浮かばず、陽平の顔が絶望に引き攣ってゆく。
しかしそんな陽平の頬に、るーこの白い手が添えられた。
「るーこ?」
「手はある。るーを……るーの力を信じるんだ。うーへいはるーを信じて、しっかりと支え続けていて欲しい」
あの銃弾の通じぬ鋼鉄の塊にどう立ち向かうのか、陽平には皆目見当も付かない。
しかしるーこは強がりを言うような性格でもないし、何より信頼すべき大切なパートナーだ。
だから陽平は何も聞き返さず、ただ力強く頷いた。

866一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:40:11 ID:wVtpPgvM0
   *     *     *

「往人さん、待っててね……あの人達をやっつけて……往人さんを殺した人も…………やっつけるから……」
息も絶え絶え、といった様子で観鈴が言葉を紡ぐ。
先程るーこの銃撃により受けた跳弾は、観鈴の身体に重大な損傷を与えていた。
ハンドルに巻きつけた服すらも血で真っ赤に濡れており、油断すれば手を滑らせてしまうだろう。
それでも観鈴は決して逃げようとしなかった。大切な人を奪い尽くされたこの世に最早執着は無い。
ならば残された道は一つ。この命を犠牲にしてでも、往人の仇を討つ。
立ち塞がる者は誰であろうとも容赦しない。
この命ある限りは戦い続け、目的を果たしてみせる。
この選択が間違いなのは知っている。往人が生きていれば、確実に自分を叱るだろう。
それが分かっていても観鈴はもう止まれなかった。
それ程までに、今の彼女は憎しみに支配されていた。
敵は、前方に見える民家の庭からこちらを睨んでいる。
何度か発砲してきたけれど、それは全てこの車が防いでくれた。
このまま直進して、民家の横を通過するその瞬間にダイナマイトを投げ込む。
たとえそれで仕留め切れなかったとしても、民家は確実に倒壊するだろう。
遮蔽物さえ無くなってしまえば、逃げ場の失った相手をこの車で轢き殺してしまえば良いのだ。
そこまで考えた時、観鈴は喉の奥から血を吐き出した。
「が……がお……。駄目……だよ……まだゴール…………しちゃ……いけないんだから……」
視界がぐにゃぐにゃと歪む。身体の何箇所は、もう感覚を失っている。
揺れる視界の中、目標の民家がすぐ近くまで迫ってきた。
敵は諦めたのか、もう銃を下ろしている。
観鈴は震える手で何とか窓を開け、ダイナマイトに火を点けた。
残る力を振り絞って、それを投げ込むべく振りかぶる。

867一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:41:01 ID:wVtpPgvM0
「――え?」
瞬間、敵と目が合った。
陽平にしっかりと支えられているるーこが、こちらに向けて銃を構えていた。
敵の狙いは単純明快――攻撃の為に窓を開け、本体が姿を晒したその瞬間を撃つ、というものだ。
それを観鈴が理解した時にはもう、るーこのH&K SMG‖が火を噴いていた。
今度ばかりは身を引くのも間に合わず、観鈴は荒れ狂う銃弾の嵐に巻き込まれていた。
夥しい鮮血が車内に飛び散り、フロントガラスが真っ赤に染まった。
(ゆき……と……さん……)
ダイナマイトを膝の上に取り落とし、観鈴は力無く座席に倒れ伏す。
もう体が殆ど動かない。数秒後にはダイナマイトの爆発に巻き込まれるだろう。
観鈴は自身に死が訪れる事を、認める他無かった。
しかし――憎しみに取り憑かれ、暴走していた観鈴だったが、最後に抱いた念は意外なものだった。
(あの……ひとたち……なかよさ……そうだった……な……)
支えあう陽平とるーこの姿を一目見て、彼らがお互いをどれだけ大切に思っているかが分かってしまった。
それは在りし日の往人と観鈴のようで――羨ましかった。
観鈴はポケットに入れてあった紙人形をしっかりと握り締める。

868一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:41:57 ID:wVtpPgvM0
その瞬間、奇跡かそれとも観鈴が見た幻覚か――紙人形が光を放ち、もうこの世に居ない筈のあの人が姿を表した。
銀色の髪、黒い服、鋭いけれど奥底に優しさを秘めた瞳、それは紛れも無く国崎往人その人のものであった。
「ゆ……きと……さん……?」
「観鈴、よく頑張ったな」
優しい声で、往人が語り掛けてくる。
「がお……でも観鈴ちん……やられ……ちゃったよ……」
観鈴がそう言うと、往人は表情を大きく歪め、悲し気な目になった。
「もう良いんだ。もう殺し合いなんてしなくても良いんだ……!」
往人は倒れ伏して観鈴の体を抱き上げて、優しく両腕で包み込む。
「もう止めてくれ。復讐なんて良いから……いつもの笑顔を見せてくれ……。俺はお前の笑顔さえ見られれば、幸せでいられるんだから……」
愛でるように、ぎゅっと観鈴の体を抱き締める。
その瞬間、動かない筈の観鈴の体が動くようになり、少女は往人の背中に手を回した。
「ああっ……往人さん……往人さあんっ……!」
往人の暖かさを感じながら、ぽろぽろと大粒の涙を零す。
泣きながらも、その顔には信じられないくらい幸せそうな笑みが浮かんでいた。
「ゴール、だよ……」
そこで光が大きく広がり、観鈴の体も意識も、強風を浴びせられた煙のように霧散していった。

869一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:42:36 ID:wVtpPgvM0




――前進を続けていた車は、陽平達の前方30メートル程の所で爆散した。
燃え盛る炎、鼓膜を痛めつける凄まじい爆音。
眩いその閃光は、生命の終わりと共に放たれた、最後の輝きのようであった。
陽平とるーこは肩を並べながら、その光景をじっと見つめていた。
「あの車に乗ってたの……僕達と同じ歳くらいの女の子だったよね……」
「……そうだな」
二人はやりきれない想いで一杯だった。どうして殺し合いなどしなくてはいけないのか。
どうして自分達と同年代の少女に命を狙われ、戦わなくてはならないのか。
日常生活の中で出会えてれば良い友達になれたかも知れないのに……どうして殺さなくてはいけないのか。
どれだけ考えても、答えは出そうに無かった。
「とにかく杏達が心配だ。様子を見に行こう」
杏達が向かった民家の方角より銃声が聞こえてきてから、もうだいぶ経ってしまっている。
間に合うかどうかは分からないが、それでも行かねばならない。
陽平はるーこの体を支えながら、くるりと横を向いて――大きく目を見開いた。
「随分派手にやりあってたじゃないか。 そろそろあたしも混ぜてくれたまへ」
陽平の視線の先には、Remington M870を手にした朝霧麻亜子が立っていた。

   *     *     *

870一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:43:48 ID:wVtpPgvM0
「……まずはあの車の奴が死んだか」
陽平達が麻亜子と対峙しているその頃。
来栖川綾香はすぐ近くにあった畑を区切る、あぜの影に身を潜めていた。
マシンガンは地面に置いて、唯一無事な左腕でレーダーを握り締めている。
左目は視力の大半を失ってしまっているので、右目だけでその画面を覗き込んでいた。
レーダーに衝撃を与え過ぎた影響か、遠くの光点までは映し出せなくなっている。
高速で動き回ってた――あの車の主のものであろう光点は、先の爆音と共に消失した。
それ以来エンジン音も聞こえてこないし、どういう手を使ったかは分からないが、車ごと破壊されたと考えるのが妥当だろう。
この近辺で残る光点は四つ。一つは麻亜子が向かった家のすぐ傍で止まっている。
残る三つ――恐らく、るーこ、陽平、麻亜子のものと思われる光点は一箇所に集中している。
麻亜子は当然として、陽平もるーこも気に食わない。出来れば三人とも自らの手で嬲り殺したい。
だがしかし――綾香はぎゅっと歯を食い縛った。

綾香が土壇場で敢行した、陽平達とあの車の運転手を戦わせるという作戦は、見事に実を結んだ。
車の運転手は死亡したし、きっと陽平達だってダメージを受けただろう。
だが代償はかなり大きかった。木の幹を盾としても爆風を防ぎきる事は叶わず、吹き飛ばされてしまった。
その時の衝撃の所為で綾香の左目は失明寸前まで追い込まれてしまったし、体の節々に新たな痛みも走る。
このような状態で三人を同時に相手するのは危険過ぎる。
勿論今も自分の心は溢れんばかりの憎悪で満ちているが、しかしだからこそ、ここで無茶をしてはいけない。
麻亜子を殺せず、逆に倒されるのだけは絶対に許容出来ない。
ここは耐えて、機会を待って――最高の好機が来たら、一気に勝負を決めるのだ。
「今はあんた達だけで潰し合っときなさい。最後に笑うのは……私よ」

871一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:44:39 ID:wVtpPgvM0
【時間:2日目・20:25】
【場所:g-2右上】

朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数4/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:陽平・るーこと対峙、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(17/30)、予備マガジン(30発入り)×3、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状況:麻亜子と対峙、綾香・主催者に対する殺意、左足負傷、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:麻亜子と対峙、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

藤林杏
 【装備:ワルサー P38(残弾数4/8)、Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品1:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【所持品2:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【状態:失意、最終目的は主催者の打倒】

872一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:45:16 ID:wVtpPgvM0
ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態1:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷、疲労、体の節々に痛み】
【状態2:左目失明寸前。陽平達がいる民家の近くにある、あぜの影に身を潜めている】
【目的:付近にいる人間を、手段を問わずに全滅させる。麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

【神尾観鈴】
【状態:死亡】
観月マナ
【状態:死亡】

【備考】
車の荷物、観鈴の荷物は全て大破。
SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式、国語辞典は杏達が捜索していた民家の中に放置。

→782
→787

873貫いた信念:2007/04/04(水) 21:43:11 ID:H0vHhZJk0
急変した来栖川綾香の態度に、場にいる四人の誰もがすぐの反応を取ることができなかった。
その内の一人、吉岡チエが倒れゆく様の現実感の無さに長岡志保は呆然とするしかなかった。

「・・・・・・よっち!?」

渇ききった、自身でも驚くくらいの痛みが喉に走るが、それでも志保は喉を潤すことに優先事項を置かなかった。
すぐ隣、銃声、構えているのは来栖川綾香。倒れた彼女、その腕にはしっかりと青いリボンが握られていて。
咄嗟に手を伸ばすが次の瞬間肩を強い力で引かれ、前に進むことができない志保はそのまま後方へと引きずられた。

「アホッ! 何やってんやっ」

肩を竦ませる、耳元で怒鳴られ放心しかけた志保もはっとなる。
そんな彼女の肩を掴んでいたのは、綾香の危険性をいち早く認識していた保科智子であった。
智子はまだ機敏な動作ができあいであろう志保の手を取り、再び銃を構えてくる綾香から逃げるべくそのまま後方の茂みへと走り出た。
それと共に、耐えることなく連続して響き渡る銃声が綾香の容赦の無さを物語る。
志保を引いていては対策を考えることも出来ず、悪くなる一方の状況に智子も思わず舌を打った。

「逃げられると思うんじゃないわよ、クソがっ!」
「ひぃ!」

動く的に対し照準が上手く合わせられないのか、それは牽制の意味にしかなっていない。それだけが逃げ惑う三人にとっては救いだった。
後ろを振り向く余裕もなく、智子も志保もただただ必死に足を動かし続けていた。
と、その時突然後ろの方で綾香が上げたらしき悲鳴が二人の耳をつく。
思わず振り向いた智子の視界、そこにはブイサインを掲げながら追いついてきた花梨の姿を捉えていた。

「や、やった!」
「・・・・・・でかした、笹森さん! このまま一気に逃げ切るでーっ!」

様子から、花梨が何かやらかしたというのは一目瞭然である。
呻いている綾香が走っているこちらに追いつくのは厳しいであろう、今のうちにと智子は走る速度を上げ綾香との距離を伸ばそうとするのだった。

874貫いた信念:2007/04/04(水) 21:43:52 ID:H0vHhZJk0




「こ、ここまで来ればとりあえずは大丈夫かな・・・・・・」

はぁ、はぁと息を弾ませた花梨が小さく呟く。
木の幹に腰を降ろした彼女の近く、智子も背を低くし綾香含め他の参加者に気づかれないよう気を配った。
志保も、その輪の真ん中にてつられるように座り込む。
こうして静かな落ち着ける場所に辿り着いたことで、おぼろげだった志保の思考回路もやっと回復することができた。
頭の整理ができるようになったということ、しかしそれは彼女につらい現実を見せ付けることにしかならない。

態度を急変させた綾香は、いきなり牙を向いてきた。
そしてその中で失われたのが、吉岡チエの命であり。
彼女が何故このような強行に出たのかという経緯は分からない、しかしその結果に痛む胸を抑える志保の表情は苦渋に満ちていた。

「笹森さん、あんた来栖川さんに何したん?」
「ん、あーえっと・・・・・・ちょっと危ないかもって思ったんだけど、もうこっちがピンチだったからさ。警棒を、こうね」

志保の様子に気づかないのか、智子は先ほどの花梨の武勇伝に耳をすましていた。
振りかぶるアクション、それが物語る花梨の行為にしてやったりといった感じで、二人は顔を見合わせほくそ笑む。
志保を置いたまま、二人はしばらくそんな話で盛り上がっていた。

「うーん、でも上手い具合に顔に当てちゃったから・・・・・・傷ができたら可哀想かな」
「そんなこと言ってる余裕はなかったんや、それぐらいは自業自得と思ってもらわんと」
「そだね。ああ、でもこれであたしの持ち物は貝殻だけに・・・・・・って、え、長岡さん?」

ようやくと、言えばいいのだろうか。二人の視線が志保へと向けられた。
それと共ににこやかな空気は瞬時に掻き消える、智子も花梨も表情を改め彼女をじっと見つめた。
志保はただ唇を噛み締め、拳を握り締め、そして肩を震わせながら堪えるように地面を睨んでいた。
智子も花梨もかける言葉が見つからないのか俯くことしかできず、そんな中沈黙はしばらく続くことになる。

875貫いた信念:2007/04/04(水) 21:44:27 ID:H0vHhZJk0
逆に言えば、しばらくしか続かなかった。
足音が、草木を踏みつける微かなそれが三人の聴覚に一斉に伝わったのだ。
慌てて気配を潜めようとする三人、しかし嫌な予感ほど当たりやすいと言ったもので。
距離的にはまだまだある、しかし流れる黒髪がチラチラと視界に入ることから近づいてきた人物は彼女しかいなかった。

(くそっ、逃げ切れんかったんか・・・・・・っ)

智子の眉間に皺がよる、まともな武器がないのに相手が拳銃では全く勝ち目は望めないだろう。
いざという時のため、それでも装備をしておいた方がマシだろうと思い智子は自身の支給物である捕縛用ネット専用バズーカーを取り出した。
しかしネット弾の残弾が二発しかないという頼りなさに、思わず苛立つ気持ちも込み上がってくる。
そんな時だった。

「ごめん、保科さん。先行ってくれる?」

ぼそっとした小さな呟きを捉え、智子は声の主・・・・・・志保へと、視線を合わせる。
その表情には先ほどまでの憤りを耐え続けた色は全くなく、きりっと前を見据える瞳には意志の強さも伺えるようだった。
思わず絶句する智子、しかしそんな彼女の様子を気にすることもなく志保は言葉を続けてくる。

「逃げてってこと。あたしが足止めしてみる」
「あ、アホ抜かせ! そんなん無茶やろ」
「無茶でも何でもいいのよ、いいから私に任せて行っちゃって。ここじゃあ見つかるのも時間の問題だわ」

確かに、綾香の足取りは間違いなくこちらを経由する道のりを手繰っていた。
しかしそれとこれとは別である、智子からしても志保を犠牲にしてまで逃げ延びようと考えられる訳はなかった。
そう、彼女が次の言葉を吐くまでは。

「・・・・・・あのさ、あたしこれで二回目なのよ。もうこれ以上、自分のせいで誰かが死ぬ姿見るなんて真っ平なのよっ」

その言葉が、先ほど涙しながら打ち明けられた話に繋がると言うことを、頭の良い智子が気づかないはずがない。
だから、志保の台詞に対し。智子は、それ以上何も返せなかった。

876貫いた信念:2007/04/04(水) 21:45:06 ID:H0vHhZJk0
「ううん・・・・・・それ以前に。今度は、自分で後始末くらいはしなくっちゃ」

すくっと立ち上がる志保、最後のは自分に言い聞かせたものだったのだろう。
もう今の彼女は、隣にいる智子も花梨も視野には入れていなかった。

「長岡さん!」

智子が叫んだ時には、既に志保は駆け出していた。
デイバックから取り出したナイフを利き手に握り締め、まだこちらに気がついていない綾香へと向かい猛然と走りこんだ。

(住井君、悪いけど力を貸してくれるとありがたいわよ・・・・・・っ)

それは、志保が生前の住井護から譲り受けた投げナイフだった。
護身のためにと自らの支給品を分けて合った護と志保は、間違いなく仲間であり、かけがえのない絆を持っていた。

そんな護を、自身の不注意により失った志保。
そして、今度はチエさえも。
知り合いだからと気軽に声をかけたせいで、綾香という人殺しと接触する機会を作ってしまったということ。
そのせいで智子や花梨まで命の危機を脅かされているということ。
・・・・・・ケアレスミス、それらは全て志保が要因となって起こった事象だった。

時間は巻き戻すことなどできない、しかし志保が取り返しのないことをしてしまったのもまた事実。
だから、志保は蹴りをつけようとした。自身の手で。
カバーをしてくれた柏木耕一と川澄舞の二人はいない、いや、本当は山頂の件も二人に任せず志保が何とかいけないことであっただろう。
それが、彼女の責任だった。

そして今、その償いの時をする機会が現れたのだと。志保は、そう思うことにした。

「やってやるわよ、覚悟しなさい・・・・・・来栖川綾香ぁっ!」

877貫いた信念:2007/04/04(水) 21:45:47 ID:H0vHhZJk0
叫ぶ、それと共に静かな森に響いた木々のはせる物音により、綾香もこちらに瞬時に反応することができたようだった。
遠慮なく引かれるS&Wの轟音に対する恐怖心は隠せない、しかしそれでも志保は走ることを止めようとはしなかった。
綾香が引き金を引こうとすると同時に、足を動かしたまま志保もナイフを振りかぶる。
しかし速さでは綾香の方が圧倒的に有利である、放たれた銃弾はしっかりと志保の腰部分を貫いた。

「・・・・・・くっ!」

斜め前に跳ぶことで致命傷を避けること自体はできたが、それが原因となり志保の姿勢は著しく崩れることになる。
綾香も距離を詰め、正確な狙いを改めてとった上で改めてS&Wの引き金を引いてきた。
声は漏れずとも、焼き付くような痛みが肩に広がることで志保はダメージを判断するしかなかい。
さらに一発二発と撃ち込まれ、勢いの削がれたスピードのまま志保は膝をついてしまった。
手にしていたナイフも、いつの間にか取り落としてしまっている。

「あ・・・・・・ぐっ・・・・・・」
「武装の差は最初から分かってたことでしょ。・・・・・・無様ね」

余裕の笑みを湛えながらも、近寄ってくる綾香の姿。
・・・・・・しかし待った、志保はチャンスを待ち続けた。
勝利を確信した彼女なら、すぐに止めを刺さずこちらをいたぶってから殺そうとするに違いないとはずだと、そう思って待ち続けた。

「かっこつけようとしてんじゃないわよ、何、自己犠牲で仲間を救おうとするなんて反吐が出るわ・・・・・・」
「っ!!」

また銃声が鳴る、今度は志保の健康的な太股が赤く染められてしまった。
痛々しい傷跡が視界に入り思わず嘔吐感に襲われるものの、志保はなんとか堪えてそのまま機会を窺い続けた。

「どうせあんたも肝心な所で裏切られるわよ、どうせこの島の人間なんかほとんどが赤の他人なんだから。
 そうよ、そんな奴生かしておけるもんか、死ぬがいいわ弱さを憎みなさい、運を憎みなさい。
 私だってずっと憎み続けているもの、だから憎みなさい、それで・・・・・・」
「寂しい、人ね・・・・・・」
「っ、何よ?」

878貫いた信念:2007/04/04(水) 21:46:33 ID:H0vHhZJk0
綾香の呪詛を途中で止め、志保はしっかりと彼女を睨みつけながら言い放った。

「全部がっ、全部、悪い人間だって・・・・・・決め付ける、ことの方がっ、反吐が出るっつーのよ・・・・・・」
「まだ、そんな口聞ける余力が残ってたの? 中々の根性ね」
「うっさい、はぁ・・・・・・なか、まに恵まれなかったのはっ、残念・・・・・・だったわね、でも・・・・・・」

息継ぎをしながらの志保の台詞は聞きづらいものであったが、それでもそこには彼女の信念が詰まっていた。

「あたし等、は、こんな、短い間でも、信じられる大切な・・・・・・大切な、仲間ができたんだからああぁぁ!!」

瞬間、綾香の頬を裂く何かが志保の手から放たれた。
投げナイフ、もう一本あったそれを綾香の顔面に狙いをつけていたようだが、惜しくも掠れるだけで致命傷を与えることは叶わなかった。
しかし、それで何とか一本の糸にて繋がれていた綾香の堪忍袋の緒は、あっという間に断ち切られたことになる。

「なめんじゃ・・・・・・ないわよおぉ!!」

怒声、少女のものとは思えない凄みのそれが、志保が最期に耳にした音だった。





再び静けさが戻った森、そこで綾香は一人地団太を踏んでいた。

「クソがっ! この、この・・・・・・っ!!」

最後の最後でコケにされていたというのが、彼女のプライドを傷つけた。
踏みしめる、すっかり土で汚れてしまった彼女の靴は、そのまま今度は息絶えてしまった志保の体をターゲットに捉えた。

「クソが、クソが! 弱者が私に意見してんじゃないわよ、このっこのっ!!」

879貫いた信念:2007/04/04(水) 21:47:14 ID:H0vHhZJk0
いつしか綾香は、このぐにゃっ、ぐにゃっと足の裏に伝わる柔らかさに快感を覚えていた。
そして、踏みつける度に滑稽なダンスを披露する志保の体が、堪らなく面白く感じるようになっていた。

「きゃはっ! あはっ、このっこのっ」
「・・・・・・ええ加減に、せえよ」

夢中だった、だから彼女の接近にも綾香は気がつかなかった。
ぴたりと振り下ろしていた足を止め、綾香は声の出所を探ろうとする。
しかし顔を向けた瞬間、何かが張りつく感覚を得て綾香はそのまま尻餅をついてしまった。
何が起きたか、慌てて立ち上がろうとするものの邪魔をするものがある。
ネット。運動会の障害物競走などで味わうそれが、今綾香を閉じ込め彼女の身動きを封じていた。

「・・・・・・今の私等に、あんたを仕留められる武器はあらへんけど。ここに来て、初めて人を殺したいって思ったわ」

前方から人影が現れ、慌てて目を凝らす綾香。
暗闇の中から現れたのはバズーカーを手にした智子と、目に零れてしまいそうなほどの涙を湛えた花梨だった。

「間に合わへん、かったか」
「長岡さん・・・・・・」

バズーカーにネット弾を装着している間に、二人の攻防は終局してしまっていたということ。
その事実が、二人の心を影を落とす。

「こんなんやったら、形振り構わず援護に来るべきやったわ・・・・・・」

苦虫を噛み潰したような歪んだ表情の智子、花梨は見ていられないといった風に顔を覆って泣き出してしまっている。
そんな二人を、綾香はぼーっと見つめていた。
悔しそうな智子の様子も涙する花梨の姿も、綾香にとっては全て遠くの光景のように思えるものだった。
そう、それはまるで綾香の生きる場所とは全く違う世界。
しかし、かつては綾香のいた世界。
綾香も涙した、悔しさで心を痛めた世界。そこは『奪われた者』しか味わうことのない痛みが充満した、悲しい空気に満ちていた。

880貫いた信念:2007/04/04(水) 21:47:54 ID:H0vHhZJk0
・・・・・・奪う側に回った綾香が、今更何を言えた義理ではなかった。
しかし彼女とて最初は巳間晴香を奪われたのだ、残された者の痛みを理解できないわけではない。
ある種の葛藤が込み上げるが、ここで屈する訳にはいかないと綾香も自分に言い聞かせる。

「・・・・・・どうせ、最後は一人になるんだからいいじゃない」

ぽそりと。本心とはまた違うが、それでも自分で決めた道を進むには綾香はこう言わなければいけなかった。

「そのために躊躇して何になるのよ、全員殺してでも生きたいって思わなくちゃ残れる訳ないじゃない」

殺し合いに乗った、今更引き下がるわけにはいかない、そして・・・・・・必ず、奪わなければいけない命があるということが綾香の背に重く圧し掛かる。
智子にも花梨にも、そんな彼女の心が届くことはなかっただろう、二人は無言で去っていった。
綾香に止めを刺すこともなく、憤りだけを胸に抱き。

場に残されたのは捕獲ネットにかかった綾香と、土ぼこりにまみれた志保であった少女の遺体のみであった。
高ぶった精神は既に冷静さを取り戻していて、綾香には自分で起こした現状を受け入れなければいけないという苦悩に襲われる。
・・・・・・これで、綾香が手にかけた人間は四人。うち、知り合いは二人。

「大丈夫、もっと殺せば・・・・・・きっと何も感じなくなるわ」

流れる涙はもうないけれど。
痛む胸をどうすることもできないけれど。
それでも、綾香は前に進むしかなかった。
朝霧麻亜子を殺すために・・・・・・そして、自分を罠に嵌めた新しいターゲット、『春原陽平』を殺すために。

しかしその中で、綾香は新たな恐怖心に襲われることになる。
夢中で殺した、たった今止めを刺したこの少女の命を奪おうとしていた自分の欠損し過ぎている理性が。
熱くなっていたとはいえ、こうまでも残忍なことができたということが。
・・・・・・最後、亡者を弄ぶことで快感さえも生み出していた自身が。
綾香は、恐ろしくて仕方が無かった。

881貫いた信念:2007/04/04(水) 21:49:00 ID:H0vHhZJk0




無言が場を包む、そこはかつて志保達四人が彼女を見送った場所だった。
見送られた本人、川澄舞は目の前で横になったまま身動きを取らない少女のことを、呆然と見やっていた。

「・・・・・・よっち?」

白い顔、真っ赤なかつては黄色だったセーターと同じ赤が、地面の土にも染みこまれている。
よろよろと震える足で、舞はゆっくりとチエへの元へと近づいた。

「嘘だろ・・・・・・」

後方、柏木耕一もまさかの場面に気が動転してしまっている。
舞から聞いた話では、チエ達二人は志保の知り合いの元で保護されているはずだった。
しかし、二人が辿り着いた矢先に入った光景が、このチエの変わり果てた姿であり。

「そうだ、長岡さん!」

思い出したように叫ぶ、耕一は脇目も振らず志保の名前を呼び続けた。

「長岡さん、長岡さん! どこだよ、返事してくれよ、長岡・・・・・・」

四方八方、茂みの中を探し出す耕一。しかし、舞はそんな彼を置いたまま、ただじっとチエを見つめていた。
ぺたんと座り込み、まるで眠っているかのようなチエの頬に手を添える舞。
少し冷えてはいるが、それでもそこにはまだ温もりと呼べるものが残っていた。
視線を全身に這わす、すると何か大事そうに握り締めているチエの手が舞の視界に入る。
それは。

882貫いた信念:2007/04/04(水) 21:49:38 ID:H0vHhZJk0
「よっち・・・・・・」

別れる前に、舞が託した彼女のリボンだった。
どうしてチエが死んだのか舞が分かるはずもない、表情には浮かばないが舞の心は焦燥感で埋め尽くされていた。
ショックは体にも影響を及ぼしだす、頭がぐらぐらしだし頭痛とはまた違う感覚が突如舞を襲いだした。

「・・・・・・っ!」

受け入れがたい現実からくる不安、舞は縋りたい気持ちで徐に耕一の姿を探そうとする。
しかし舞は気づいていないが、今耕一は志保の姿を探しにこの場から離れていた。
つまり、どれだけ舞が求めようとも、耕一が彼女の元へと走りよってくることはないのだ。

「耕一、耕一・・・・・・」

呟きは暗い闇の中へと瞬時に掻き消えてしまう、舞の思いは届かない。
そんな時だった、一際強い衝撃が舞の頭の中を走り抜けたのは。
思わず目を瞑る舞、その瞼の裏に映し出される光景、何故か明確な映像がいきなり舞の中に流れ込んで来る。

それは、まだ舞と二人だけで牛丼を食べていた時のこと。
今では懐かしい思い出、しかし舞の知る『あの時間』ではなかった。



――倒れゆく、チエの姿

――女が手にしているのは、血の滴るバタフライナイフ

――挑発、女の顔は自信に満ちていた

883貫いた信念:2007/04/04(水) 21:50:25 ID:H0vHhZJk0
――そして。真っ赤な長い髪を揺らしながら、女は向かってくる



(誰に・・・・・・私に?)

生まれる疑問、しかしその問いに答えられる要素は舞の中に存在しない。
そして、そんな中途半端なシーンで映像はいきなり途切れるのだった。
目を開ける、先ほどと同じような月の光しか届かない暗い森が舞の視界に飛び込んでくる。
隣にはチエの死体、そう、そこは何も変わらない風景だった。

「今の、な・・・・・・に・・・・・・」

疑問は増すばかり、そのうち考えること自体を舞の体は拒否しだす。
おぼろげになっていく意識、霞む視界、頭がぐらぐらとした感覚は今もまだ連続的に襲ってくる。
舞が意識を失ったのは、それからすぐであった。





その頃耕一も、受け入れがたい現実に襲われ涙していた。
土に汚れた志保の体にはいくつもの銃痕があった、明るくはしゃぎ回った彼女の面影は皆無である。
すぐちかくには、ナイフか何かで裂かれた跡のあるネットが丸まっていた。
・・・・・・志保の身に何が起きたか、耕一が知る術はない。

初めて出会った時、変態扱いされ困ったのが懐かしかった。
後輩の子というのに襲われている彼女を助け、一緒に行動を取るようになったのも随分昔の事に思えた。

884貫いた信念:2007/04/04(水) 21:50:58 ID:H0vHhZJk0
そして、一緒に牛丼を食べたあの微笑ましい、和やかな時間が今では嘘のように幸せに思え。
ただただ、悲しみが耕一の中を満たしていく。

結局、あの五人の中で残ったのは舞と耕一だけであった。







【時間:2日目午前4時半】
【場所:E−5北部】

来栖川綾香
【所持品:S&W M1076 残弾数(0/6)予備弾丸22・防弾チョッキ・特殊警棒・投げナイフ×1・支給品一式】
【状態:ゲームに乗る、疑心暗鬼気味、腕を軽症(治療済み)。
    麻亜子とそれに関連する人物の殺害、『春原陽平(北川が名乗った偽名)』の殺害】

保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、支給品一式】
【状態:逃亡】

笹森花梨
【所持品:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】
【状態:逃亡】

885貫いた信念:2007/04/04(水) 21:51:37 ID:H0vHhZJk0
柏木耕一
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(1/8)・500S&Wマグナム(残弾数0)・大きなハンマー・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:号泣、誰も殺さない、右腕軽症、柏木姉妹を探す】

川澄舞
【所持品:日本刀・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:気絶、誰も殺さない、祐一と佐祐理を探す】
【備考:髪を下ろしている】

長岡志保 死亡

チエの支給品はチエの死体傍に放置、
そこから少し離れた場所に、志保の遺体と支給品(新聞紙、他支給品一式)、投げナイフが放置されている

(関連・133・677・727)(B−4ルート)

886あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:32:53 ID:PMXO2Cjg0
――――――――本当はあの子と出会うのが怖かった…。



第三回定時放送より数十分、鎌石村のB-3民家ではそれぞれが悲しみに包まれ思い思いの時を過していた
北川潤と広瀬真希は夕食を作るために台所に古河親子と岡崎朋也とみちるは居間に。

(なんでみちるは生きてるんだろ…美凪はもういないのに…。)
居間の床に座っているみちるは目の焦点が定まらぬまま思考を張り巡らしていた
横に座っている岡崎朋也はどうすれば良いのか解らずただみちるを見つめることしか出来なかった。
遠野美凪が死んでしまえば自分は存在するはずが無い、しかし今自分が存在している
一体何のために自分は存在しているのか、誰のために存在しているのか…みちるには理由が解らなかった。
「……うにっ!」
みちるは一通り悩んだ末に結論はでなかった、
待っていても何も解らないとにかく自分が動くことが先決だ
…そう思い意を決してキッチンの方へと乗り込んでいく、この島で美凪が最初から最後まで一緒にいた二人の処に…。
(俺は…何をしているんだ…今までみちるのことを考えたことはあったのかよ…。)
キッチンの方へ走っていくみちるを見て朋也は呆然とし何も出来ない自分に無力を感じた、
(朋也くん…。)
落ちこむ朋也を見て渚はどうすれば良いのか解らなかった。

887あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:33:52 ID:PMXO2Cjg0
台所では割烹着の北川潤と広瀬真希が晩御飯を作っていた
幸いにも冷蔵庫の中には食材が一通り揃っており、窓の外にはみかん等を入れる赤いネットの中にタマネギが吊るしてあった。
道具にしても通販で流れている、万能包丁やフードミキサー、真空パック調理器等至れりつくせりだった。
ガスコンロの前では真希がテーブルの前では北川がそれぞれの作業をしてる

「……あたし達って、なにやってるんだろうね。」
真希は落ち込んでいた、無事にみちるに合えたしこうして美凪の願いであるハンバーグも作っている、事は順調に進んでいる…しかし何かが違う
真希は両の手でハンバーグの種をキャッチボールして空気抜きをし、
コンロでグツグツと何かを煮ている鍋の中を見ながら自分の相方である北川に話を切り出す
「う〜ん、そうだなぁ。」
不安になる真希の問いに北川は適当に相槌を打ちながら味噌汁の煮干のハラワタと頭を取り除く作業をしている
伝え方にも色んな方法がある、果たして真希にどう伝えて良いものかと脳内で検索している模様だ

真希が何を言いたいことは解るつもりだ、一日と少しの付き合いとは言え真希と美凪との付き合いは数年来の付き合いと代わらないものだった
何処かの誰かが【思い出に時間は関係ないです】と言った時の様に…。
「何かが違う…それにこんな所でこんな事していていいのかってことだろ?」
北川は料理の下準備の作業を止めず真希の問いかけに的確に答える、彼の持っている中鍋の中には昆布と煮干が少しづつ増えていく。
「うん……こんな所で御飯なんか作ってていいのかな…もっとみちるに色々と話さないと…。」
不安になり落ちこむ真希、まだみちるに美凪の事を謝ってもいない…
島での付き合いが長い北川だから解る事だが、普段は勝気だが真希はとても臆病である、心なしか真希は泣きそうだと北川は思う、
これは真希がこの島で合う前からの知り合いにも見せた事も無い言わば北川と美凪だけが知っている真希のもう一つの顔だった。

888あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:35:35 ID:PMXO2Cjg0
真希のもう一つの顔を知っているが故、北川はそっと手と昆布と煮干が入った中鍋を差し出しニッカリと笑みを見せて真希を励ます、
「そんな顔で色々と話してもしかたないだろ?お前がそんな感じだと美凪も悲しむし…みちるも落ちこむ、もちろんオレもだ。」
北川の顔を見て真希は元気を取り戻す、真希から見た北川は普段は頼りなく軽く見がちだが
彼は恐怖に立ち向かう決断力と行動力を持っている,柊勝平の時も、ことみの首輪が鳴り出した時も…。
【自分達にしか出来ないことをする】この北川のスタンスは依然に変わらなかった、それが真希が北川の魅力だと思った
そして北川の励ましに真希は応える、同じように白い歯を見せニッカリと笑みを返す真希
「そうね、とにかく料理作っちゃおう!!」
そう言って真希はハンバーグ種をバットに置いて、
煮上がった付け合せの茹でたジャガイモとラディシュとえんどう豆の湯切りをする

北川は真希の笑みを見て安心する、しかし真希への励ましとは裏腹に彼の心の中は不安だった…。
(次の手を打たないとな……。)
みちるが何をどう考えているのか解らない…それが北川の不安だった。
岡崎朋也と古河親子に対して自分達の今までの経緯を説明している最中に放送が始まった…これが問題だった。
その後に済崩し的に台所へ向かった自分と真希…事実みちるに対して説明責任も謝りの言葉も伝えてはいないからだ…。
(オレはともかく…真希だけは…。)
臆病な真希、彼女の心を護りたい…これは自分にしか出来ないことだ、かけがえの無い大切な人…北川はそう思う
そんな北川の不安を他所に自分達の居る台所に向かって足音がトコトコトコと近づいてくる、勿論真希も気が付いている
歩幅は短く早足…狭い日本家屋の構造上大人は走れない…どう考えても子供の足音――――みちるだ。
不慮の事態は突然遣って来る――――消防署の時も、ホテル跡の時も、工場の時も………美凪も殺された時も。
(……成る様に成れってかよ。)
みちるとの対面の段取りを整え切れなかった事に焦りを感じる、最悪の事態は避けたい…それが北川の本音だった。

889あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:36:29 ID:PMXO2Cjg0



「みちるちゃん、どうしたの?」
後ろを振り返った真希は台所の入り口にちょこんと立ってるみちるに問いかける
先ほどの放送と美凪の手前もあり真希は遠慮がちだった、対するみちるも多少なりともオドオドとしているように見えた。
「ごめんね…夕御飯もう少し時間がかかるから、もうちょっと待っててね。」
どう考えても拙くぎこちない会話、真希は何を如何話せばいいのか解らない…頭の中は真っ白と言うよりもグルグルと色んな事が回っていた。
いつもの彼女なら数時間前に七瀬彰の死体を見つけた時のように北川の行動を見て合わせるところだがそんな事も忘れている
一方の北川もいつもとは違い真希が会話の流れを先行してしまったので対処に追われている。
そんな二人を余所にみちるは口を開ける…。
「ねえ…おねえちゃん達…。」
おずおずと真希に近づいてくるみちる…二人にはどんな表情か読み取れなかった…。
真希は一旦作業を止めみちるに向き合う、どちらにせよ自分が臆している所をみちるに悟られるわけにはいかない。
「なあに…みちるちゃん…?」
自分の出しているたどたどしい口調を不甲斐なく感じる真希

(ちゃんとしなさいよあたし!こんなのいつものあたしじゃ無いでしょう!!こんなの美凪と出合った時と同じじゃない!!)
ゲーム当初の時の事を振り返る真希

―――この島に連れてこられ一方的に殺し合いを強制され全速力で逃げたあの頃…。

―――あの時に鎌石小中学校の通り道で美凪に出会えなければ…。

―――そして、鎌石村消防署で潤と出会えなかったら…。

ホテル跡で…平瀬村で多くの人たちと出会えなければ自分はここまで来れなかっただろう、
勇気が欲しかった…みんなと同じような踏み出す勇気を…。拳をギュッと握る真希

彼女に出会うのが真希は怖かった………怨み言を謂われても仕方が無いと思いつつも怖かった
出合った頃の美凪が楽しそうに嬉しそうに話していたあの子――――――みちる
想像するだけで怖かった…小さいあの子の口から呪詛の言霊が放たれるのが…。

そして向き合うふたり…北川は手が出せない

…先に口を開いたのは真希よりもみちるだった…。

890あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:37:42 ID:PMXO2Cjg0
「あのね………夕御飯、みちるもいっしょに作っていい?」
真希はみちるの一声を聞いたあとに小粒の涙を流す、鎌石村消防署で美凪と御飯を作った時のことを思い出す…
(なにを勘繰りしてるんだろ…あたし、みちるが…この子がそんな事を考えるはずないじゃない…。)
ポロポロと瞳から涙がこぼれ出る真希、自分のあたまの中で勝手にみちるを悪い方向へ考えていた自分を恥じる。
「大丈夫…?おねえちゃん、涙流してるよ…。」
涙を流している真希を心配するみちる、こうしてる間にも周りの空気は湿っぽくなっていく一方だった
(駄目よ!あたし…こんなので如何するの!やっと出会えたんじゃない。)
涙を拭いて自分を鼓舞し頭を切り替える真希、涙といっしょに臆病な心も拭き取る、そして少ししゃがんで身長差をみちると同じにしてに話しかける
「大丈夫よありがとうね、たまねぎの汁が目に入っただけだから。」
「にょわっ、そうだったのか、たまねぎめ〜!!」
バレバレの嘘で誤魔化して笑顔でみちるに語りかける真希、みちるも会話を続けるために真希に合わせていた。
「じゃあ手を洗おうか、でも服が汚れちゃうわね。」
「張り切って手伝うぞ〜!!」
水道の蛇口前までみちるを招く真希、空かさず、みちるのために椅子を持ってきて台座代わりにする
みちるが手を洗ってる間に真希はみちるの長い髪の毛を美凪の頭巾で纏める
そして割烹着を一枚脱いでみちるに着せる、かなりブカブカだったがその辺は腕まくりさせたりしていた。

(やれやれ…オレの出る幕は無いな・・・。)
そのやり取りを微笑ましく見ている北川、みちるに対して怖かったのは真希だけでは無い
真希と同じく北川は自分を恥じていた―――何でもかんでも自分がやればいいと思っていた事に
美凪が死んで取り乱した時の事を思い出す、あの時支えてくれたのは真希だった、―――お互いが支えあって行けることがとても嬉しかった
(大丈夫…真希は強くなった。)
そんな事を思いつつも、真希に対して特別な感情を持っている自分に気付く北川…。
時には落ち込んで、時には泣いて、笑って、怒って、喜んで、そんな真希の表情が一つ一つがとても愛しいと思った。
(真希はオレの事どう思ってるんだろ…。)
ふと疑問に感じる北川…すると!!


「ちょっと、家政夫!!いつまで手を休めてるの!!しっかり働きなさい!!!」
北川が呆けている間に、威勢の良い御姑さんの声が台所に響きわたるハッと気が付く北川
「い〜い?みちる…こいつはあたし達の家政夫だからね、ガシガシこき使っちゃいなさい♪」
「マキマキの家政夫、よろしくな〜!」
いつの間にか意気投合してる真希とみちる、いつの間にか真希はみちるを呼び捨てにしてみちるは真希をニックネームで呼んでる…
「ハイハイッ、久々にこのパターンかよっ!!」
そんな事を言いつつも、美凪といっしょにいた時も今にしてもこの三人の遣り取りが嫌いでは無かった。
「ハイは一回にしなさい…潤!!」
「そ〜だぞ!きたがわぁ〜!!!」
「はいっ!!」
とても微笑ましい光景だった。

891あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:38:54 ID:PMXO2Cjg0
何だかんだで楽しく料理をする三人、時間は少しずつ過ぎていった…。
真希は隣でハンバーグの空気抜きをしているみちるを見る、
みちるは最初は悪戦苦闘しながらキャッチボールをしていたが作業を重ねるにつれ、それなりに様にはなっていった…。
いつの間にか北川は台所からいなくなっていた、どうやら真希に気を利かせたみたいだ…台所は真希とみちるのふたりだけだった。
「…みちる。」
真希がみちるの名前を呼ぶ
「なあに真希。」
真希は一旦ハンバーグの空気抜きの作業を止めて、みちるの方を向く…みちるにこれだけは伝えておかないといけないからだ
みちるも一旦作業をやめて真希の方を向く、
「あたしも潤も…みちるに言わなければ成らない事があるの…聞いてくれる…?」
「…うん。」
真希は美凪のことを謝らなければならなかった、そのためにここまで来たのだから。
でもみちるに会って台所で一緒に料理を作ってる間に真希はみちるに対して色々と心が変わっていた。
だから伝えるべき言葉も代わっていた…謝罪の言葉から…。
「ありがとう」
みちるは真希の言葉を笑顔で返した。

892あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:39:44 ID:PMXO2Cjg0
時間:二日目・17:00】
【場所:B-3民家】

北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:真希を手伝う。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:ハンバーグ作成中。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)他支給品一式】
 【状況:ハンバーグ作成中】



古河秋生
 【所持品:S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:情報を整理中、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:情報を整理中、朋也が心配、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:混乱。マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】


備考
みちるに美凪の割烹着を渡しました。

関連
→778

893あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 02:36:21 ID:PMXO2Cjg0
訂正お願いします
 
時間:二日目・17:00】
【場所:B-3民家】
   ↓
時間:二日目・19:00】
【場所:B-3民家】


感想スレ・避難場の356さん指摘ありがとうございます。

894女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:07:03 ID:s.8up3JE0
倉田佐祐理は、最早帰らぬ人となった藤井冬弥の亡骸に縋りつく七瀬留美を、眺め下ろしていた。
「うう……うううっ……」
留美の目からは大粒の涙がぼろぼろと零れている。
一度別れて以来、冬弥を捜し求めてきた。何回か死にそうな目にあったけど――それでも、再び逢えたのに。
初めて実った恋の余りにも早すぎる崩壊に、留美は酷く打ちのめされていた。
「どうしてよぉ……やっと……分かり合えたのに…………」
その悲痛に過ぎる嗚咽を聞き、佐祐理は胸が張り裂けそうな感覚に襲われた。
慰めてあげたかった。自分と同じく、目の前で大切な人を失ったこの少女を。
ずっと冬弥の遺骸の傍にいさせてあげたかった。せめて、泣き止むまでは。
それでも佐祐理は告げなければならない。非情な現実を。
「七瀬さん」
「…………何?」
留美が止め処も無く溢れる涙を拭おうともしないまま、視線をこちらに向ける。
佐祐理は覚悟を決める為に、一度だけ大きく深呼吸をした。
柳川は最強の敵にたった一人で立ち向かい、離れ離れになってしまった。
ここで留美に言葉を伝えられるのは自分しかいない。
ならばどれだけ疎まれようとも、心を鬼にして自分の役目を果たさねばならない。
この場で柳川ならどうするか――深い悲しみを乗り越えた、今なら分かる。
「私達は氷川村で何人かに、全てを話してしまいました。つまりリサさん達も、教会で行われている事に関する情報を、入手している可能性があります。
 事態は一刻を争います――もう、行きましょう。……泣いている時間なんてありません」
冷酷な宣告。確かに時間的な余裕は皆無と言って良いだろう。
何としてでもリサ達より先に教会へ辿り着き、仲間に危険を知らせねばならない。
しかしそれでも、留美の行為は本来咎められるようなものでは無い。
大切な者を失った人間が悲しみに暮れるのは当たり前であり、かつて佐祐理自身だって行った事だ。
だが佐祐理はそれを完全に否定した。ただ目的を果たす為だけに、少女の涙を否定した。
「…………?」
留美には分からなかった。今自分に浴びせられた言葉は、どのようなものだったのか。
呆然としたまま固まり――言葉の意味を理解した瞬間、佐祐理の胸倉を掴み上げていた。
「ふざけないで! 人事だと思って!」
激しい怒りで理性が消し飛び、脳内が真っ赤に埋め尽くされる。

895女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:08:11 ID:s.8up3JE0
――この女は何を言っているのだ?自分だって、冬弥に助けられた癖に。
冬弥が身を挺して行動してくれなければ、きっと一人残らず宮沢有紀寧に殺されてしまっていたのに。
その命の恩人たる冬弥の死に対して、事もあろうか涙を流す時間すらも無い、だと?

「……もう一度だけ聞いてあげる。本気でそんな事を言ってるの? そうじゃないわよね?
 ちょっと冗談を言ってみたくなっただけだよね?」
沸き上がる感情をぎりぎりの所で抑えながら、どうにかそれだけを口にする。
佐祐理は大切な仲間だ。出来る事ならば――憎悪の対象にはなって欲しくない。
しかし留美の願いも虚しく、佐祐理は縦に、首を振った。
「冗談なんかでこんな事言える訳がありません。理解出来なかったのなら何度でも言ってあげます。
 こんな所でこれ以上泣いてる暇は無いんです、早く出発しま……」
「――――!!」
最後まで聞いてなどいられなかった。
留美はもう憤怒の炎に抗おうとはせず、佐祐理の頬を張り飛ばしていた。
「あっ……!」
男勝りの膂力をモロに受けて、佐祐理はどすんと地面に尻餅をついた。
留美がわなわなと肩を震わせながら、大きな怒声を上げる。
「よくも……よくも、そんなふざけた台詞を吐けるわねっ! あんたは悲しくないのっ!?
 そりゃ佐祐理と藤井さんは、殆ど面識が無かったかもしれないけど……。でも藤井さんは、命掛けで私達を助けてくれたじゃない!
 それなのに、涙も流さず! 埋葬もしてあげないで! 藤井さんの事なんか忘れて、とっとと先に進めって言うの!?」
その言葉を聞いた瞬間、佐祐理の眉が吊り上り、口元がぎゅっと引き締められた。
怒りの表情を浮かべたまま佐祐理は立ち上がり、つかつかと留美に歩み寄り、そして――

896女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:08:49 ID:s.8up3JE0
「…………な?」
パチンッ、という軽い音が薄暗い森の中に響き渡る。
佐祐理は初めて人に――それも女性に、手を上げていた。
「ふざけているのはそっちです! 悲しくない訳がありません! 忘れろなんて言ってません!」
「だったらどうして! 藤井さんを放って行くなんて言うのよ! どうし……?」
そこで、留美は初めて気付く……佐祐理の瞳の奥に、たっぷりと涙が溜まっている事に。
「……佐祐理?」
留美は自分の中に巣食っていた怒りが、急速に醒めていくのを感じた。
もう泣かないって決めたから――佐祐理が必死に涙を堪えながら、言葉を紡ぐ。
「もし逆に七瀬さんが藤井さんを庇って死んでしまったとしたら、何を願いますか? 藤井さんにどうして欲しいと思いますか?」
「そ、それは……」
「……私なら助けた人には生き残って欲しいと思います。前を向いて、自分の分も生き続けて欲しいと思います!
 もしここで泣き続けた所為で! 希望が全てリサさん達に……摘み取られてしまったら! 藤井さんは……きっと……悲しみます…………!」
最後の方は、嗚咽が交じっていた。泣かないと決めていたのに、これ以上は無理だった。
堪え切れなくなった佐祐理は、両手で顔を覆って、堰を切ったように涙を流し始める。
「だから……早く……行きま……しょう…………」
そのまま佐祐理は、その場に力無く座り込んでしまった。
「さ……ゆり……」
留美の瞳からもまた、再び涙が溢れてくる。
そのまま崩れ落ちそうになるが――瞬間、留美は傍にあった木を殴りつけた。
拳より伝わる痛みが痺れた意識を回復させ、体に力を戻してゆく。
留美は血に濡れた手を伸ばし、佐祐理の腕を引き上げた。
「ごめん佐祐理……私が間違ってたわ……」
「七瀬さん……」
「そうだよね。ここで私達が無駄に時間を使って、その所為で全てが終わっちゃったら、藤井さんは絶対悲しむもんね」
話し終えると、留美はじっと佐祐理の顔を見つめた。
佐祐理が視線を返すと、留美の瞳の奥に――強い決意の色が宿っていた。

897女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:09:39 ID:s.8up3JE0
「さ、行きましょ。早く教会に行って、柳川さんや他の皆と合流しないとね」
「七瀬さん……もう平気ですか?」
佐祐理が服の袖でごしごしと涙を拭きながら尋ねると、留美は悪戯っぽく笑った。
「そう言ってるでしょ。それよりさ、敬語はもう止めてくれないかな。私の方が年下なんだし、堅苦しい事はナシにしましょ」
「え……でも……」
佐祐理が困ったような表情になり、言葉を濁す。すると留美がぽんぽんと佐祐理の右肩を叩いた。
「まあまあ、拳で……いや、この場合掌か……で、語り合った仲じゃない。ほら、とっとと行くわよ」
そう言うと留美は素早く動き、地面に置いていある荷物を次々と拾い上げた。
S&W M1076を鞄から取り出して、ポケットに入れる。
「ちょっと、待ってくださ……、待ってよ〜!」
佐祐理が慌てて自分の荷物を拾い上げるべく、走り出す。
「そうそう、その調子よ。チームプレイには必要以上の丁寧さなんて要らないんだから。
 二人で力を合わせて、柳川さんよりも活躍して、ビックリさせてやりましょ」
留美は冬弥の分も生きる為に、強く――せめて心だけは誰よりも強くあろうと、決意していた。
それだけの強さを、彼女は心の内に秘めていた。
そして留美は最後に視線を動かして、佐祐理に聞こえぬよう小さな声で呟いた。
「藤井さん、私本当に貴方が好きでした。藤井さんの事は一生……ううん、死んでも忘れません」

898女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:11:46 ID:s.8up3JE0
【時間:2日目19:45】
【場所:H−7】
倉田佐祐理
【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
【状態:左肩重症(止血処置済み)、教会へ急行】

七瀬留美
【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
【状態:決意。右拳軽傷、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無、教会へ急行】

→764
B-13,B-16,B-17

899人類の進化:2007/04/07(土) 12:40:05 ID:l8iKRVHU0
遠くから鳴り響いた銃声。それは断続的に聞こえてくる。
橘敬介は向坂環と共に、その銃声の出所目指して足早に進んでいた。
「橘さん……やっぱり走りましょう。もしかしたら英二さんや観鈴が襲われているかも知れないんです!」
「駄目だ。今は自分の身体を最優先に考えてくれ」
敬介は可能な限り早く歩いてはいたが、それでも環の身体を気遣い走ろうとはしなかった。
確かに環の言葉通りの事態が起こっている可能性もあるが、殺人者同士で殺し合いをしている事だって考えられる。
ならば不確実なものの為に、環に無理をさせるべきではないと考えたのだ。
焦る心を押し留め、冷静になれと自分に言い聞かせながら、行動していた。
しかしもう一度だけ銃声が鳴り響いた後辺りが静まり返り、暫く待ってももう何も聞こえてきはしなかった。
そして――
「……観鈴!?」
女の子の――血を分けた娘の泣き声が耳に届いた。距離的には聞こえる筈が無いのに、本能が感じ取っていた。
今度こそ理性が決壊し、敬介は猛然と駆けた。
環よりも観鈴の安全を優先するなどといった、打算的な考えの下に動いた訳では無い。
頭の中に、英二が……そして観鈴が、血塗れになっている光景が浮かび上がり、それを否定すべく勝手に足が動いていた。
「……!」
環も歩く事すら厳しい筈の体に鞭打って、懸命に敬介の後を追った。
足を一歩踏み出すたびに全身の傷が酷く痛んだが、気にしてなどいられない。
停止を訴えかける痛覚を無視して、手に汗を握り締め、走り続けた。
そんな中、今度はかなり近い場所から銃声が――何度も何度も、連続して聞こえてきた。
その後、鳴り響くクラクションとエンジンの音。それは弥生が乗っていたあの車によるものだろう。
「――――まさか!?」
ひょっとして弥生が戦いに勝利し、皆殺されてしまったのか?最悪の光景が敬介の頭に浮かぶ。
敬介達は多少道に迷いもしたが、どうにか音が聞こえてきた辺りの場所まで辿り着き――二人とも顔面蒼白となった。


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