したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |
レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。

試験投下スレッド

1管理人◆5RFwbiklU2 :2005/04/03(日) 23:25:38 ID:bza8xzM6
書いてみて、「議論の余地があるかな」や「これはどうかなー」と思う話を、
投下して、住人の是非をうかがうスレッドです。

558霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:59:46 ID:sgEbU7iY
なお、時間は本スレッドPart6.315〜320の「濃霧は黙して多くを語らず」の最後の段落。もしくはそれとその前の段落との境界部分です

559危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:04:29 ID:pSQa79Ko
―エリアC-4
 霧の中を歩く、小さな影があった。
 民族衣装である毛皮のマントを羽織ったその姿は、見もまごうことなくマスマテュリアの闘犬―ボルカノ・ボルカンその人だった。

 さて、彼はなぜこんなところにいるのだろうか?
 奇矯な男をどうにかあしらい、偶然発見した  から外に出た後は、とりあえずG-4あたりの森に潜伏していた。
 しかし、彼は不屈の―というより懲りない―男だったため、地図に商店街という文字を見て何か金目のものでも無いかと見に行くことを決心したのである。
 昼過ぎ、雨が降り始める直前にE-5に移動。D-5周辺では罠に引っかかりもしたが、たまたま知人特有の頑丈な頭蓋骨に滑って軽傷ですんだ。
 雨が降っている間も森の中を移動し、暗くなるまではとD-4で出て行くのに都合のよさそうな時間を待った。
 実は、結果的に神父と似た経路を、大きく寄り道をしつつ後から追う形になっているのだが、当の本人には知る由も無い。
 その後は、霧が出てきたところで森を抜け商店街に向かったのだが、方向を見失ってこのあたりに来てしまったのだ。

560危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:05:11 ID:pSQa79Ko
霧のむこうに、ボルカンは黒い、大きな影を見た。
 近づいてみると、それはソファ、冷蔵庫、机など。雑多な家具や調度品でできた小山だった。
 どうやらすぐそこのビルから投げ落とされたものらしく、落下の際の衝撃で破壊されているものもいくつかある。
 何を思ったか、ボルカンはそれをよじ登り始めた。少々の運動の後に頂上にたどり着く。そして、
「はーはっはっはっはっはっはっはっは」
 哄笑する。特に意味はない。
 意図していたのかいないのか、西の方角を向いていたので、霧さえ出ていなければ夕日を正面から浴びていたことだろう。
「はっはっはっは…は?」
 と、そこでボルカンは笑うのをやめた。何か物音が聞こえてくるような気がしたからだ。
 耳を澄ますと、ふもっふぉふぉふぉ、と聞こえるが、くぐもっていていまいち判然としない。
「これは俺様の声ではないが、ここには俺様しかいないのであるからして、つまりは俺様の声ということに…」
 ボルカンはそこで言葉を止めた。いつのまにやら不気味な音声(?)はやみ、それに変わって足元からは激しい振動が伝わってくる。
「うむ、地震か!? まずは机の下に隠れろ!!」
 頭上に何もないのに机の下に隠れる必要など当然ないのだが、いつもならその辺を指摘するはずの弟は、彼のそばにはいない。
 そして…突然

561危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:05:54 ID:pSQa79Ko
「ぬおおおおおおっ!!」
 足元で起こった爆発に、家具の残骸と一緒くたになって宙を舞う。しばしの空中散歩の末に、頭から地面に突き刺さった。
 その逆転した視界の中央―先ほどまでボルカンの立っていた場所―で何者かがゆっくりと立ち上がるのが見えた。
 “それ”は、ふもふぉ…、と何かをつぶやきかけたが、一瞬動きを止めると全身に力をこめる。
 すると、ぼろぼろになったベルトやら金属部品やら、かつて“ポンタ君”と呼ばれしものの残骸がはじけ飛んだ。
 そして…
「おのれ、あの非国民め!!このあたくしを突き落とすだけでは飽き足らず、頭上から塵芥まで降らすとは、無礼千万、売国朝敵、欲しがりません勝つまでは!!
 けれど正義の味方は死ななくてよ。をほほほほほほほほ」
 着ぐるみの残骸の中から青紫色の巨大な影が姿を現した。本人は「正義の味方の美しき復活」と思っているようだが、傍から見ればまるっきり「大怪獣出現!!」である。
 なお、彼女の身にまとうチャイナドレスは最高級の絹で織られている。そのため、哀川の置き土産である細菌兵器は文字通り単なるプレゼントと化し、疲労の回復のみを彼女にもたらした。後は右腕さえ完治すれば万全の状態である。
 謎の怪物の哄笑を聞きながら、ボルカンは勢いよく跳ね起きた。
「貴様!! この民族の英雄、マスマテュリアの闘犬ボルカノ・ボルカン様を吹き飛ばし、あまつさえ地面に突き刺すなど、言語道断問答無用!! 霧吹きで吹きかけ殺されるのが必定と…」
 どうやら、妙な対抗心を起こしたらしい。支給品のハリセンをつかみ、(元)小山の上の影に向かって吼える。
 しかし、怒鳴られたほうはまったく表情を変えず、ボルカンに向かって歩き出した。身の丈は約190センチ。重量にして優に100キログラムを超える巨体が、ハリセンを構える身長130センチそこそこの地人族の少年の前に立ちはだかる。
「…ええと…当方としましては…つまり…」

562危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:10:32 ID:pSQa79Ko
「ふんっ」
 最初の勢いはどこへやら、口ごもるボルカンを無視して怪物―天使のなっちゃんこと小早川奈津子―は鼻から息を吹き出した。
 同時に左腕を突き出し、下から掬い上げるようにしてボルカンの顔面を打つ。
 比喩ではなく殺人的な威力の拳がボルカンの顔面にめり込み、彼は再び宙へとたたき上げられた。
 身長の数倍に相当する距離を垂直に移動し、同じだけの距離を落下する。
 その体が地面に届かないうちに頭部を蹴り飛ばされ、ボルカンは大地に転がった。
「をっほほほ。マスマテュリアだかマンチュリアだか知らないけれど、大和民族の誇りに敵う訳は無くてっよ」
 そして、ひとしきりあの奇っ怪な哄笑をあげると自分の姿をしげしげと見回す。
「さてと。この身を守る鎧も壊れてしまったことだし、なにか武器が必要だわね」
 言って、何か武器になりそうなものでもないかと、先程自分が蹴り飛ばした相手の元に向かう。
 ボルカンを足元に見下ろして小早川奈津子は眉を顰めた。霧のせいでそれまで分からなかったが、足元に転がっているオロカモノは生きていた。
 熊すら一撃で葬り去れるような打撃を二度も頭部に受けているというのに、首の骨どころか鼻すら折れていない―もっとも、さすがに額が割れて血が流れ出るくらいのことはしていたが。
 使えそうな武器が何もないことを見て取ると、小早川奈津子はそのまま歩き出そうとして、そこで、動きを止める。
 もう一度ボルカンを見下ろして考え込むようなそぶりを見せた。
 その目が怪しく光る。


 一方、危険に対する保険その一といえば、自分を待ち受ける運命も知らず、ただひたすらに気絶していた。

563危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:11:16 ID:pSQa79Ko
【C-4/商店街/1日目・17:30】 

『天使のなっちゃん無謀編(つまりは日常)』 
【小早川奈津子(098)】 
[状態]: 全身打撲。右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)生物兵器感染  
[装備]: コキュートス 
[道具]: デイバッグ(支給品一式)  
[思考]: これは使えそうだわさ。をほほほほ。 
[備考]: 約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
     10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
     感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

【ボルカノ・ボルカン(112)】 
[状態]: 頭部に軽傷。気絶。 
[装備]: かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)  
[道具]: デイパック(支給品一式) 
[思考]: ・・・・・・ 
[備考]: 生物兵器感染。ただしボルカンの服は石油製品ではないと思われるので、服への影響はありません。

564坂井悠二  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/09(日) 21:54:27 ID:pBSSTsig
「では、君も日本から来たというのかね?」
「ああ。いや、アメリカかもな。テキサスはヒューストン、ER3の本拠だ」
「えっとER3はともかく、その前は京都にいたんですよね」
「いや、神戸のような気もするな、とにかく出身は日本だぜ」
「気もする、か。ずいぶんとご大層な記憶力だね。一度脳の手術をすることをお勧めしよう。二度と忘れ物に悩まれずにすむ。
 で、IAIは知らないと? 私が企画したこのまロ茶もかね?」
「そんな個人情報だだ漏れの面白製品にはお目にかかったこともねぇよ」
「ふふふ、これも愛故に、だよ」
「佐山さん、胸押さえてますけど、大丈夫ですか?」
 あーだこーだと15分。情報交換に始まり、診療所から設備の一部を失敬して、現在は腹ごしらえの最中である。
 食卓の大部分は少年の持ち物であったものだ。
 佐山の視線の先では、藤花が黙々とメロンパンを頬張っている。
 気丈さというよりあの少年の人格の影響だろう、と佐山は思う。
 そう、階下にはまだ少年の亡骸が散乱している。そして食事は血の着いたディパックから取り出したものだ。
 縁とは不思議なものである。
 荷物を検めたおりに、佐山は二枚の地図を見つけていた。魔女の手紙と彼の遺書だ。
 IAI缶詰はなくなっていた。
 一つ食べて捨て置いた可能性もあるが、もし彼がその全てを食べたのだとしたら。
「勇者だ」
 きっと先天的に脳の欠陥があったのだろう。佐山は同情と敬意をもって呟いた。
「いや、いきなり誰がだよ」
 心持ち怪訝な顔で突っ込む零崎を、佐山は手振りでこちらの話だ伝える。
「なに。なんでも美味と感じるのはすばらしいことだと思ってね、私は真っ平だとも。
 ともかく、これからの指針を確かめたい。先ずは行動か、留まるかだ」
「留まる、てのが引っかかるな、じっとしてるのは性にあわねぇ」
 零崎は辟易と答える。
「私もここにいるのはちょっと……」
「だろうね」
 そこで佐山は言葉を止めた。
 盗聴はすでに話してある。ここはこちらの意図を嘘と真実で図られないことが肝要だろう。
 現に彼は零崎君に殺された、まだ即殺害のレベルではない。
 佐山は決定した。
「さらにここで一つの選択がある。さて、この地図を見てほしいのだが」
 佐山は古びた地図をテーブルの中央に差し出し、みなの注目を確認し裏返した。
「下の彼の遺書だ。これによると彼は人間でなく、さらには世界脱出の鍵となりうるらしい。
 常識的にみると……誇大妄想も甚だしいね。自分を特別だと直感する思春期特有の症状が見て取れる」
「へ、俺にしてみればあんたもご同類だぜ」
「零崎君、茶々を入れるのはやめてくれ給え。中心は唯一つの特異点なのだよ。私が特別でない理由が見えない」
 やれやれと佐山は首をすくめた。
「話を戻してよいかね。特別なのは彼ではなく、彼がその身に蔵するといっている「零時迷子」と呼ばれる秘宝だそうだ。
 突拍子もない話だが、魔女が現れ、殺人鬼が誘拐される世界だ。もし彼が真実を言っている場合を考えよう。
 彼の仲間に会ったときもあわせて、このことは格好の交渉材料と成り得る。手放すのは愚かだと私は思ってるのだが」
 佐山の顔が零崎を向き、藤花を向き、
「皆の意見を聞きたいね」
 反り返るように椅子へ身を預けた。
「あの」
 おずおずと、藤花が手を挙げる。
「男の子一人って、結構重いと思うんですけど」
 遠慮がちな彼女に、佐山はあくまで不遜に答える。
「それぐらいは考慮の内だよ、藤花君。こう見えてそれなりに鍛えている。血液の抜けた高校男子程度なら問題ない。
 零崎君も異存はないかね?」
「異存はな、しっかし誘導癖といい戯言といい、どっかの欠陥製品そっくりだぜ」
「私にそっくりという表現を用いるのはやめてもらいたいね、私と本人の両方に対する侮辱だよ。
 賠償金は100万でも足りないな。次があれば、現実に帰還した際には法廷に持ち込ませてもらうので覚悟してくれたまえ。
 ともかく我々の目的は人と会うことだ、消耗を避けるて屋内に避難している者を探そうと思う」
 佐山の指が地図の上に止まり、港町を中心にぐるりと円を描く。
「もう一度聞くが異存はないかね」

565坂井悠二  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/09(日) 21:55:20 ID:pBSSTsig
 人体がぶちまけられた部屋というのはとにかくひどい匂いがするので一発でわかる。
 明かりを見つけ、たどり着いたのは診療所。
 ベルガーの言葉に幾分落ち着きを取り戻したのか、シャナもベルガーを待って診療所のドアを開けた。
 現場というのはいつだって陰惨なものだ。
 採血をひっくり返したというのならどれほど安心できるだろう。
 曲がりそうになる鼻を押さえて、まだ彼は白い壁へと背を預ける。
「ゆう、じ、」
 呟いて、シャナは血の海に足を踏み入れ、うつむいた。
 何かがごろりと転がった跡が、彼女の目の前に空白として残っていた。 
 たまらないな、首を振ってベルガーは、壁から身を起こし、奥へと向かう。
 入り口とは対照的にきれいなままな覗いた休憩室を横目に覗き、診察室へ。
 そこには明確に捜索の痕跡があった。棚の空け方、不要物の扱い、手本どおりの捜索が行われたかがよくわかる。
 調べれば何かの痕跡はつかめるだろうがなにぶん時間がない。
 ポケットの中で携帯をもてあそびながら、ベルガーは待合室へと引き返した。
 途中、もう一度、休憩室を覗く、ゴミ箱は空、テーブルも椅子も自然な行儀よさで並んでいる。
 何となしに、休憩室に入って、ベルガーは気づいた。
 生活臭が、それもほんの数分前まで食事を取っていたような濃密なそれがあった。
 ベルガーは待合室へと身を翻す。 
 シャナは未だ立ちすくんでいた。
 ベルガーは拳を握り締める彼女の横に屈み、指を血溜まりに、すぅっ、と走らせた。
 血はわずかな粘性を持って、彼の一刺し指を朱に染める。
「シャナ、よく見ろ」
 ベルガーが指と指をこすり合わせて見せる、まだ乾ききっていない血液が、指全体に広がった。
「近くに誰か『存在』しないか?」
 シャナも彼の発言の意味を理解する。
「いる、近くで、ここから離れてく」
 頷き、ベルガーは外に出て、エルメスを押して戻ってきた。とスタンドを立てて固定する。
「あれ? お留守番?」
「そうだ。追うぞ、シャナ。俺の後ろ、『存在の力』がわかる程度に離れて追ってきてくれ」
 シャナが眉をひそめる。
「尾行するの? なんで?」
「何も情報がないからだ。悠二は無事か否か、無事でないとすれば大集団か小集団か、戦力規模はどれぐらいか。
 襲撃者に備えてわざと分進している釣りの可能性もある」
 さすがに君が暴走することのないように、とは言わない。
「始終事項ってやつだね」
「二重尾行だ」
「そう、それ」
 告げて、ベルガーは携帯を取り出した。短縮を押してセルティを呼び出す。
 コール10回。
「もしもし?」
 出たのはリナだった。
「リナか? 例の悠二の痕跡を見つけた。これから追うので少し遅くなる」
「え、ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
「なんだ?」
「あ、えーと、どれくらいかかる?」
「わからん」
「わからんって、あんたはストッパーなんでしょ、その辺わかってる? ちゃんとその自覚はあるの?」
「君の言いたいことはわかる。が、リナ=インバース、果たして」
「あぁっ、もうわかってるわよ、君なら彼女を止めれるか? ていうんでしょ」
「違うな」
 ベルガーはちらりと横目にシャナを捕らえる。
 疲弊こそしているものの、彼女の頭は先ほどより冷えているように見える。
 今も少しでも情報を引きずり出そうと考えてるように見えた。
 彼女は土壇場で冷静さを取り戻しつつあった、よく訓練された証左である。
 もしかすると悠二に対する感情も、依存というより信頼に近いものだったのかもしれない。
 それらを踏まえてベルガーは応えた。
「俺は彼女を止める不利益を言っている。ここで連れ帰ることはできるがそれで果たしてその後に結束は保てるのか?
 俺の目的は安全の確保などではなく、このゲームからの脱出だ。必要とあらば時には危険な橋も渡る。
 それは君も同じだと思っていたのだが」
 リナが無言を返す。
「では切るぞ、頃合を見てまた連絡する」
 通話を切って、ベルガーは携帯をポケットにねじ込んだ。
「そうだ、血があるんだ」
 と、シャナが唐突に閃いた。
「悠二はトーチなのにこんなに大量の血液が残るなんておかしいのよ」
 シャナと悠二のはじめての接触、彼女は悠二を袈裟懸け切り飛ばした。
「トーチの悠二は血を流さない」
 言い切るシャナに、ふむ、とベルガーは顎をなでる。
「もしこのおびただしい血液が彼のものだとしたら。シャナ、それは実に興味深いことだ。
 だが今は先を急ごう。雨は収まってきているが、入れ替わりに霧がでてきている」
 彼が死ぬ前に、ベルガーはその言葉を飲み込んで、そして一歩を踏み出した。

566坂井悠二  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/09(日) 21:56:30 ID:pBSSTsig
《C-8/港町/一日目・17:10》
『不気味な悪役失格』

【佐山御言】
[状態]:全身に切り傷 左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない・処置済み) 服がぼろぼろ
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。  怪我の治療
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる


【宮下藤花】
[状態]:健康  零崎に恐れ 
[装備]:ブギーポップの衣装
[道具]:支給品一式
[思考]:佐山についていく


【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 額を怪我(処置済み)
[装備]:出刃包丁/自殺志願
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:気紛れで佐山についていく 怪我の治療
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

【C−8/診療所/1日目・17:15】
『ポントウ暴走族』
【シャナ】
[状態]:平常。火傷と僅かな内出血。吸血鬼化進行中。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。
    ベルガーをそれなりに信用 
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)携帯電話
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。不安定なシャナをフォローする。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

567 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:52:39 ID:HBjOjtXg
「……ここよ。誰かいる」
「病院、というより町医者か? 随分至れり尽くせりの島だな」
 狭い港町を探索する、ベルガーとシャナの声。
 少し前、シャナは調べたい場所があると言いエルメスを止めさせた。
 ベルガーが物陰にエルメスを隠すとシャナはすぐ歩き始め、少し離れた診療所の前で足を止めた。
「佐藤聖がいるのか?」
「判らない。でも、この感じは多分違う」
 『存在の力』について、シャナはマンションで簡単に説明を済ませていた。感度が鈍っていることも含めて。
 ベルガーが港への強行軍を提案したのも、多少はそれを当てにしてのことだ。
「知らない奴なら情報交換だけして、後は医療品でも貰って帰るか。……開けるぞ」
 シャナが頷いたのを見て、ベルガーはそっと扉を開けて中に入った。
 視界に誰もいないのを確認し、シャナを招き入れてベルガーは待合室へと進む。
 しかし、すぐにその足は止まった。
 もはや“それ”を見慣れたベルガーはわずかに嘆息するだけだったが、
「……悠二……?」
「ッ!?」
(こいつが坂井悠二だと!? よりにもよって最悪のケースか……!!)
 坂井悠二は、腕と首が胴体から離れ、血溜まりの中にその三つを転がしていた。
 切断面から大量に流れた血は、彼にまだらな血化粧を施している。
 目と口は開かれたままで、表情には恐怖が張りついている。
 とても楽に死ねたとは思えない状況だった。

「――――いやあああぁぁぁああぁぁぁぁっっっ!!!」

568 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:53:30 ID:HBjOjtXg
 服が汚れるのも構わずシャナは血溜まりに膝を着き、悠二の頭部を取り上げた。
 開いたままの彼の瞳を覗き込み、泣き叫ぶ。
「悠二っ! 悠二っ!! 何で!? どうして!? 誰が、こんなっ……!!」
「落ち着けシャナ!!」
 ベルガーが横から肩を掴む。が、
「触らないでっ!!」
 叫び、ベルガーの顔も見ずに手を振り払う。
 悠二、悠二と物言わぬ彼の名を呼び、その頭を胸に抱き込んだ。
 胎児が丸まる様の如く悠二の頭を抱きかかえ、そのまま血溜まりにうずくまる。
 炎髪はところどころ血の色に染まり、雨に蒸す室内は血の臭いを増幅させシャナに擦り付ける。
「悠二……悠二ぃ…………」
 そこにいるのは気高きフレイムヘイズではなく、悲劇的な現実をぶつけられた一人の少女。
 想う相手の変わり果てた姿に心乱されるただの少女だった。

 悲惨の一語に尽きるこの状況で、ベルガーはシャナに声を掛けず『観察』していた。
(まだ吸わない、か。吸血衝動よりも、単純に死のショックの方が大きいのか?)
 うずくまったまましゃくりあげるシャナだが、血を飲んでいる様子は無い。
(こんなことになるなら、少しは手加減して殴るべきだったか)
 自分が気絶させた吸血鬼の少女――海野千絵を思い出し、ベルガーは後悔した。
 少しでも吸血鬼自身から情報が得られれば、何か対処法があっただろうに。
 そんなことを思いながら、ベルガーはゆっくりとシャナに近づき、軽く肩を叩いた。
「起きれるか?」
 慰めでも励ましでもなく、まずは状態を確認する。
 シャナは悠二を抱えたまま、ゆっくりと体を起こした。
 蒼白とした顔に血と灼眼だけが彩りを与えている。
 半開きになった口からは犬歯が覗いているが、それに血は付いていない。
「話、出来るか?」
 先ほどまでの強気な態度が欠片も見られないシャナに対し、ベルガーは慎重に話しかける。

569 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:54:13 ID:HBjOjtXg
「ベルガー……悠、二が……」
「落ち着け。確かに死んでいるし、それは悲しむべきことだ」
 ベルガーは更に声を落とし、
「気をしっかり持てシャナ。よく聞け。
――坂井悠二が殺されてから、まだそれほど時間が経っていない」
「え……?」
 全く気づいていなかったという風に、呆然とした顔に驚きを浮かべるシャナ。
「床や壁に飛び散った血でも、乾ききっていないものがある。
それにシャナ、君はここに来る時に『誰かいる』と言ったろ?
その誰かが坂井悠二を殺した犯人の可能性もある」
「悠二を殺した奴がいるの!?」
 突然声を荒げたシャナに、ベルガーは、
「落ち着け! 悲鳴のお陰で、そいつは俺たちに気づいている可能性がある。
既に逃げたかもしれないし、逆に襲い掛かる隙を窺っているのかもしれない。
まずはこの診療所の中を調べよう。その後で、……坂井悠二を弔おう」
 弔うという言葉にシャナはひるんだが、ショック状態から多少は落ち着いたのか頷きを返し、
「……判った。でも私は、悠二のそばにいたい……」
「…………」
 うつむき目を伏せるシャナに対し、ベルガーは返答出来ない。
 今のシャナは不意の襲撃者に対処出来そうにないし、一人でいる間に血を吸われたら面倒なことになる。
 どうしたものかと思うベルガーだったが、すぐに思考する必要が無くなった。

「どうやら落ち着かれたようだね? 侵入者諸君」

570 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:55:18 ID:HBjOjtXg
 別室に続くドアが開かれ、声に続いて奇妙な三人組が入ってきた。
 一人は右手に長槍を持ったスーツ姿。一人は顔の半分を刺青が覆っており、
一人はシャナのものとは違う制服を身に纏った女子だ。
 スーツ姿の少年が前に出て、口を開いた。
「お初にお目にかかる。私は――」
「そこで止まれ」
 少年の言葉を打ち切り、彼へと刀を向けたベルガーが警句を放つ。
 足を止めた少年達とは十歩ほどの距離が空いている。
「それ以上許可無く近づいたら敵と見なす。…………まだ切りかかるなよ」
 最後の言葉は、既に贄殿遮那を手に取っているシャナへの注意だ。
「ふむ、初対面だというのに嫌われたものだね? だが安心するといい」
 そう言うと、少年は槍から手を離し床に倒した。
 槍に浮かんだイタイノ、という意思表示は誰にも気づかれなかった。
「戦う気は無いのでね。まずは話し合おうではないか。
私の名は佐山御言。世界の中心に位置する者である。
………………無反応とは寂しいものだね?」
「悪いが、下らない冗談に付き合うつもりはない」
「それは残念だ。ちなみにこの派手な顔をした不良が零崎君、
後ろのピチピチ現役女子高生が宮下藤花君だ。君達の名は?」
「その前に聞くが、お前らはこの死体に関係しているのか?」
 友好度皆無の剣呑極まりない質問だが、答える声は軽いものだった。
「ああ、そいつは俺がさっき殺した――――そんな怖い顔するなよ。そいつだって悪かったんだぜ?」
 殺した、という言葉を聞いた瞬間シャナは飛び出そうとし、ベルガーに腕を掴まれ阻まれることとなった。
「何すんの」
「三対二だ」
「関係無い」
「俺が困る」
 ベルガーは溜め息を一つ吐き、
「今の最優先事項は、君の吸血鬼化をどうにかすること、そしてそのために佐藤聖を探すことだ。
悪いようにはしないから、ここは俺に任せろ」
 あからさまに不満を顔に出すシャナを無視し、ベルガーは零崎を刀で指し示した。
「その殺人者を置いて消えてくれ。そうしたらアンタら二人には手を出さない」

571 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:56:18 ID:HBjOjtXg
 ベルガーの言葉に対し佐山は眉根を寄せ、
「その申し出は承諾しかねる。なんせ零崎君は私の団結決意後の仲間第一号だからね。
凶刃に晒されると判っていて見捨てることは出来ない」
「団結? 生き残るために殺人者同士で手を組もうってわけか」
「誤解してもらっては困る。私は参加者全てを団結させ、
ゲームを終わらせるために皆力を合わせようと言っているのだ。
参加者同士で争うのは、ゲームを作り上げた者に踊らされていることに他ならない。
生きて帰りたいと思うのならば、まず戦いを止め、手を組むことから始めるべきだ。
現に君達も行動を共にしているではないか。それと同じことだ」
「違うな。俺は単にか弱い少女を一人にはさせておけなかっただけだ。
同行者の友を殺した馬鹿野郎に出くわせば、仇討ちに手を貸すくらいの甲斐性はある」
「目先の仇にこだわるよりも、このゲーム自体を壊す方が先ではないかね?
恨みの連鎖で殺し合いが続くことを一番喜ぶのは誰だ?
――最初のホールにいた連中、そしてこの馬鹿らしいゲームの影で暗躍する者だ!!」
「ッ!?」
 佐山の一喝が待合室の壁に反射する。
 シャナはその言葉にひるみ顔を歪ませたが、一方のベルガーは涼しい顔だ。
「……御立派な正論だ。だが、既に殺人を犯した馬鹿に死をもって報いることがそんなに否定されたことか?」
「目には目を、かね。下らない私怨はゲームが終わった後で晴らしたまえ」
「平行線だな。既に殺さなければ生き残れない人間がいるってことを判ってない。
お前、初めて人を殺したってわけじゃないんだろ? ツラで判る」
 言葉の後半は零崎に向けられていた。
「かははっ、勘がいいねえお兄さん。でもこの島じゃそんなに殺してないんだぜ?
三塚井は手足の腱を切っただけだし、あの兄ちゃんも両腕切り落としただけで逃げられたし、
あのガキは見逃したし……」
 指折り数えつつ、物騒なことを呟く零崎。
 随分と暴れまわっていたようだね、と佐山も呟く。
「あー、やっぱ全然殺してねえって。
結局殺したのは、そこに転がってるそいつとでけえ義腕のオッサンだけだ」

(『でけえ義腕のオッサン』だと……!?)

572 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:57:15 ID:HBjOjtXg
 場が完全に沈黙した。
 ほんの数秒のことだが、その間各人が何を考えていたかは窺い知れない。
 面子が違えば、単に零崎の口から出た凶行歴に圧倒され、戸惑っただけと取ることも出来ただろう。
 現に、宮下藤花だけは顔を青ざめさせている。
 しかし、ベルガーとシャナは違った。
「シャナ、勝手で悪いが方針変更だ」
 静かに告げるベルガー。表情に変化は無いが、全身から敵意が――殺気が滲み出ている。
「俺にも戦う理由が出来た。他二人は俺があしらってやるから、お前は零崎だけに集中しろ」
 その言葉に、先ほどから怒りばかりを浮かべていたシャナの表情からフッと力が抜けた。
「望むところよ。でもベルガー、余計なことはしなくていい」
「ふむ、二人で内緒話とは羨ましいことだね!? 我々も仲間に入れて――」
 佐山の呼びかけを掻き消したのは、怒声と疾風の如きシャナの動きだった。

「――――すぐに終わらせるからっ!!」

573 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:58:03 ID:HBjOjtXg
 約十歩分の間隔は、足音一つであっさり詰まった。
 神速の如きシャナの斬撃を、零崎はいつ取り出したのか自殺志願で受け止めた。
「かははっ、やっぱりただの女子高生じゃなかったか! もしかして、お前も俺らのご同類か!?」
 喜色すら見受けられる零崎の声。
 シャナはそれを聞き苦しいと思うが、表情には欠片も出さない。
 ただ全力を出すことだけで、怨みと、苦しみと、悲しみを表す。
「…………」
「あん?」
 激しい斬撃から一転、軽く後ろに跳んだシャナは、贄殿遮那を構えて息を吸い込む。
「おいおいどうした、もうお疲れかぁ――――?」

 零崎が嘲りの言葉を放つ間に、彼の右腕は肩口から離れ宙に舞っていた。

「……何やったお前? まさか曲絃糸、じゃねえよな……」
 勢いよく血が吹き出ても、零崎の表情と口調は変わらない。
 シャナの方も数秒前と変わらぬ姿勢で、血の一滴すら付いていない贄殿遮那を構えていた。
「……悠二と、同じ、いや、それ以上の」
 ふっ、とシャナが動いた時には、零崎の左腕も胴から離れていた。
 フレイムヘイズの能力と、吸血鬼の膂力を手に入れつつある彼女にしか出来ない斬撃。
「痛みと苦しみを与えて、殺してあげる」
 もう、シャナはその動きを止めない。
 零崎の右足と左足が一太刀で切り裂かれ、崩れ落ちる零崎が、
「――かははっ、まさに傑作だぁな」
 言い終えると同時、彼の首も胴に別れを告げた。

574 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:58:45 ID:HBjOjtXg
「宮下君、下がりたまえ!」
 シャナの動きを目で追いきれなかったことに驚きつつ、佐山は警句を告げた。
 体を横へと動かしながら、佐山は床に転がったG-Sp2を足先で拾い上げる。が、
「ッ!?」
「兄ちゃん、邪魔はさせねえぞ」
 シャナへと意識がそれたわずかな隙に、ベルガーが間を詰めていた。
 正確に振り下ろされる刀を、やむを得ず佐山は受け止める。
 しかし右手一本の受けは正確なものにはならず、続くベルガーの一撃で佐山は壁際へと寄せられることになった。
「ベルガー君、と言ったかね」
 読唇術で読み取った眼前の敵の名を、佐山は呼ぶ。
「私達が争う理由は無いはずだ。それは先ほども説明したはずだが」
「理由ならあるさ。俺とあの嬢ちゃんが生還するのに、あのガキが邪魔なんでな」
「それはまた、随分と勝手な話ではないかね?」
「そうでもないさ。個々の心情も省みずに全てを受け入れようとする胡散臭いガキよりはな」
 後ろのシャナと零崎、それに目の端の宮下藤花を全く無視し、ベルガーは言葉を続けた。
「ご立派に胡散臭いガキに一つ質問がある。

――シャナのようにお前の友が殺されていても、さっきの台詞は吐けるのか!?」

 何を馬鹿なことを、と佐山は思う。
 あの忌まわしき未来精霊アマワとの対話で見極めたではないか。このゲームの真なる悪を。
 そう思い、しかし脳裏に一瞬、新庄運切の姿が浮かんだ。
 その一瞬の幻影が、彼の体に喰らいつき――――

「ぐっ……!!」
 突然のうめきと共に、佐山が歯を食いしばった。
 佐山の力が完全に緩んだ一瞬。ベルガーにはそのわずかな時間で充分だった。
 ベルガーは刀から手を離すと拳を握り、全力で佐山のみぞおちに叩き込んだ。
「ッ!? くっ、ぁ…………」
「本日二発目、っと」
 ベルガーは崩れる佐山の体を抱え、壁に背をもたれさせた。
 落とした刀を拾いつつ後ろを向けば、
「……確かに、すぐに終わったな」
 五つのパーツに分かれた零崎人識と、返り血で服を更に赤く染めたシャナの姿が目に入った。

575 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:59:31 ID:HBjOjtXg
「さて、宮下藤花って言ったか」
 ベルガーの声に、藤花はビクリと体を震わせた。
 顔は真っ青になり、歯がガチガチと鳴っている。
「あんたには手を出さない。突っ掛かってくる理由も、度胸もないみたいだからな。
こっちの佐山ってのは気絶してるだけだ。俺らが去った後に適当に世話してやってくれ。
帰るぞ、シャナ」
 血を流し続ける零崎の死体を、うつろな目で見つめ続けるシャナ。
 ベルガーは彼女の肩を力強く掴み、揺さぶった。
「……何すんのよ」
「大丈夫か?」
 うつろだったシャナの目に元通りの光が戻り、
「っ、大丈夫って見りゃ判るでしょ。それより、あの二人何で放っとくのよ」
「目的は果たしたんだ、もう行くぞ。……君があの二人を殺すと言うなら、俺にそれを止める権利は無い。
だが、君の吸血鬼化を止める方が優先度は高い。そうだろう?」
「でも、こいつと手を組んでたんでしょ? 今なら二人とも簡単に……」
「坂井悠二ってのは、そんなことして喜ぶ人間か? 直接の仇討ちはもう済んだんだろ」
 その言葉を聞き、シャナはうつむき目を伏せた。
 ベルガーは溜め息を一つつきマントを脱ぐと、それで悠二の死体を包んだ。
「むき出しでエルメスに乗せるわけにいかないからな。
向こうに戻って報告が終わったら近くに埋めてやろう。行くぞ」
「…………」
 シャナは返事こそしなかったが、大人しくベルガーの後に続いた。
 後に残ったのは、血まみれの死体と、血まみれの死体があった後と、
壁に寄りかかる気絶した少年と、茫然自失の少女だけ。

576 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/10(月) 00:00:24 ID:HBjOjtXg
 外に出ると、雨は細かい霧雨になっていた。日が沈み始めているのも手伝って視界が悪くなっている。
 とは言え、迷うこともなく少し歩いてエルメスの隠し場所に着いた。
「お帰り。結構遅かったね」
「ちょっとゴタゴタがあってな。屋根の下にいたんだ、別に構わないだろ?」
「でもまた雨の中を走るんでしょ? イヤだって言ってるのに」
「単車は単車の勤めを果たせ。まあこんな天気だ、安全運転するから安心しろ」
 相変わらずのやりとりをする一人と一台を無視して、シャナはサイドカーに乗り込む。
「ほら、頼むぞ」
 シャナは悠二の死体をベルガーから受け取り、包みごしにそれを抱いた。

 エルメスが走り始めて間もなく、
「……シャナ。率直に聞くが、吸血鬼化にあと半日耐えられるか?」
 質問にシャナは眉をひそめ、
「そんなもの、大丈夫に決まってるでしょ」
 強気な答えとは裏腹に、シャナの心中は大きく揺れていた。
 悠二の死体を見た時に、悲しみと共に自然に沸いた『血を吸いたい』という衝動。
 泣き叫びながら、忌むべき衝動と必死に戦った。
 零崎を斬ったときも、首から血が吹き出すのを見て口をつけて飲もうかと思ってしまった。
(……でも、私は大丈夫。“徒”でもない奴が咬んできたくらいで――――ッ!?)
「!? うぇ、げほっ!!」
「おい、どうした!?」
 苦しげな声を聞きベルガーが横を見れば、シャナがサイドカーから身を乗り出して吐いていた。
「ぇほっ、げほっ! ……大丈夫、何でもない」
(何なのよ、この吐き気は……寒さは……)
 言葉通りにはとても見えないシャナを見て、
「どう見ても大丈夫じゃねえぞ。――飛ばすから掴まってろ」
 一難去ってまた一難か、とベルガーは溜め息をつき、エルメスの速度を上げた。


【083 零崎人識 死亡】

577 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/10(月) 00:01:36 ID:HBjOjtXg
【C-7/道/1日目・17:20頃】
『喪失者』

【シャナ】
[状態]:火傷と僅かな内出血。悪寒と吐き気。悠二の死のショックで精神不安定。
     吸血鬼化進行中。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。
     吸血衝動に抗っている。気分が悪い。
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。
    (悠二の死を知ったため早まる可能性高し)
     吸血鬼化の進行に反して血を飲んでいないため、反動が肉体に来ている。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:わずかに疲労。
[装備]:エルメス、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。不安定なシャナをフォローする。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

[チーム備考]:マンションに戻って仲間と合流。

578 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/10(月) 00:03:03 ID:HBjOjtXg

【C-8/港町の診療所/一日目・17:20頃】
『不気味な悪役』

【佐山御言】
[状態]:気絶中。 左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、地下水脈の地図
[思考]:不明。(参加者すべてを団結し、この場から脱出する)
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる

【宮下藤花】
[状態]:あまりの惨状に茫然自失状態。足に切り傷(処置済み)
[装備]:ブギーポップの衣装、メス
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明。(佐山についていく)


※備考:診療所の待合室に零崎の死体及び自殺志願と出刃包丁が転がっています。
     また、待合室には別の血溜まりがあります。
     零崎のデイパックは診療所内に置いてあります。

579悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:23:30 ID:5mdI..5s
 バイクの音がした。
 そのとき彼ら──彼らというのは便宜上で正確に言えば男2人と女1人だったが──は港にあった簡易診療所の隣の民家2階にいた。
 男2人は体の傷に包帯や絆創膏を貼り付け、時々会話が起こりかすかに片方が笑っていた。
 それが聞こえたのは髪をオールバックにしている方──佐山御言は切られた耳たぶから白い糸が出ていないか気にしていたときだった。
 雨も弱まってきていた。窓からそっと外の様子を見ると、外に大型のバイクが止まっており、薄暗くてよく見えないが、2人降りて診療所に向かっ

 ていった。
「どう思うね?」
 佐山が近くにいる2人に問いかける。
「怪我でも片方がしたんじゃないかな?」
 ごく一般な女子高生、宮下藤花が答える。零崎とやや距離を置いて座ってるのは、まぁ当然だともいえる。
 零崎はにやにやしたまま答える。
「そうとも限らんぜ。例えば俺が殺した──坂井だったけか?──の身内かもしれねぇな。
こんなとこなんだ。兄弟の気配や世界の敵の気配が判る奴がいても不思議じゃねぇぜ」
 前半は自分の一賊を皮肉ったものだが、後半は特に考え無しに言っただけだ。
 零崎はまだ宮下藤花がブギーポップだと──都市伝説だと知らない。
「どちらにしても──行かねばなるまい。彼の家族だとしたら、零崎は──誠心誠意謝り、たとえ不本意な形でも、
わだかまりが残っても、今は許されないとしても、最終的には仲間にせねばならん」
「謝り──ねぇ。俺の一賊の話をしてやろうか?──とあるアホみたいに背が高くてアホみたいなスーツ着て、
アホみたいな眼鏡つけてアホみたいな鋏を振り回す男がいた──俺の兄貴だけどよ。
そいつにかるーくチョッカイ出した連中は、あっという間にそいつが住んでたマンションの生物全て含めて殺されちまった。
和解も誤りもわだかまりも許しも何もなかった──もし俺が殺した奴の仲間がそんな奴だったら、どうする?」
「それでもだ」
「それでもか」
 かははっ、と声を出して笑った。傑作だ。いや、戯言か?

580悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:24:12 ID:5mdI..5s
「で、そいつがだ。仲間を殺した俺の言葉を一切聞かないで、俺の仲間のアンタの言葉を一切聞かないで殺しにかかったらどうする?」
「うむ。その場合は──逃げたまえ。最初に自分が殺した、と宣言したらと恐らくそちらに追いかけていくだろう。
捕まらぬように逃げて、復讐者が追っかけている間に別方面からアプローチする。
そう簡単に復讐を諦めてくれるとも思わんが──必要なことだ」
「それに例えば、だ。その復讐者が逃げ切れないほど強くて、俺を殺した後、俺の仲間のお前らも殺して、
しまいにゃあ憎くて憎くてこの世界ごと抹消してしまうような魔王的な存在だったらどうする?」
「そのときは──」
「そのときは、そう。もはやそいつは世界の敵だ──そしてぼくの敵になる。それだけさ──」
 2人は不意にあがった声の主、宮下藤花に目をやった。
 男のような表情は、次瞬きをした瞬間元に戻っていた。
「あれ? どうしたの?」
「……何でもないとも宮下君。いや、急ごう。あの2人が診療所に入った」

「───────」
 声にならないで口から抜けていく空気の音を聞きながらベルガーは立ち尽くした。
 最悪の結果だったか。音を出さずに歯を食いしばる。
 シャナは坂井悠二の体の横に座り込み、首から上を抱いて。
 その口からは喉が潰れたように声が出ず、単に空気が抜けていっていた。
「───ゅぅっじ……がぁっ。悠、二っがぁぁぁぁぁ!!」
 ようやく出てきた声は慟哭だった。泣き声をはらんだその声は今までの生意気な少女の面影を見せない。
 天井を仰いだその顔には絶望が深く刻まれていた。

581悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:24:56 ID:5mdI..5s
(まずいな……このままでは、吸血鬼になるのは時間の問題、か?)
「悠二が、死んでっ…誰がっ」
「落ち着け」
 シャナの嘆く声を聞きながら辺りを観察する。
 坂井悠二が死んでいる近くのドアが開け放たれて、中で騒動があったように散らかり、窓が割れていた。
 恐らく何者かが戦闘を行ったのだろう。雨の打ち込み具合から、そう古くはないようだ。
 このままここにいて、死体を目の前にしていたら、いつ吸血鬼が発露するとも限らない。とりあえず、とベルガーは声を掛けた。
「シャナ、とりあえず今はマンションに戻るぞ」
「でも、悠二が……!」
「……シャナ。そいつも連れて行く。ここに置いてても仕方ないだろが」
「悠二悠二悠二悠二悠二……」
「シャナッ!」
 乱暴にシャナの体を揺らす。シャナが驚いたように顔を上げる。
「しっかりしろ。吸血鬼になるぞ」
「でも、悠二がぁぁぁ……」
 ベルガーはかぶりを振った。これはもう理屈じゃ駄目だ。
 しかしこの場に留まったら間違いなくシャナは本当にすぐ吸血鬼になるだろう。
 この場から動きそうにない少女の姿を見ながらどうしたものかと考える。
 少年の死体を見る。血がさらさらとしている。それはつまり殺されて間もないということだ。
(まだ犯人は近くにいるか?)
 シャナに注意を呼びかけようとした、そのとき。

582悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:25:57 ID:5mdI..5s
「ちょっくら悪ぃんだけどよ──」

 開け放たれたドアから男が1人上がってきた。
 その男──零崎人識は慣れないことをするように頭を掻きながら近づいてきた。
「近寄るな……敵か?」
 完全に無視して零崎はシャナのほうに指を向けて言った。
「その──坂井だっけか? やっぱりお前らのお仲間だった?」
 シャナが顔を上げて零崎を見る。
「おまえは──」
「──なんだ?」
 後半はゼルガーが補った。
「いきなり哲学的なこと聞かれてもなぁ。傑作だっつーの。
俺は零崎人識っつーんだけどよ、なんていうか? お前らに謝りに来たんだよ」
「謝りって…」
「そう、その坂井を殺してすいませんってな」
 ギシ、音を立てたように空気が一瞬で変わった。
「な……」
「そう俺がそいつを殺した。だけどよ、俺だって殺したくて殺したわけじゃないんだぜ?
まぁ殺したくなかったわけでもねぇけどな。例えば俺が、そいつは俺と会った瞬間そこに落ちてる狙撃銃を振り回してきた。
俺は撃たれるまいと必死で抵抗してそうなっちまった、つっても信じねぇだろ? 実際そうじゃねぇしな。
ただすいません、恨まないでください、それだけだ」
「それだけ……」

583悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:26:50 ID:5mdI..5s
 シャナの瞳が燃え上がるようになっているのをベルガーは確認した。
(いきなり来たこいつは──なんだ? 本気で犯人が名乗り出るとは思ってなかったが)
 零崎は一見余裕に、しかしいつでも逃げ出せるように体重を移動させつつ再び口を開いた。
「ああそれだけだぜ。悪いとは俺も思ってるんだ。んで、埋葬手伝うかなんかするからよ、アンタらに俺の仲間になって欲しいわけ。
別に殺し同盟とかじゃないぜ、脱出&黒幕打倒同盟ってのによ。恨んでくれても憎んでくれても構わないぜ。
ただこのゲームの黒幕とか殺した後に殺し合いとかはしようって訳だ。どうよ?」
「ふざけるな!!」
 シャナが叫んで立ち上がった。
「おまえが悠二を殺した──殺される理由としてはそれで十分だ!」

「本当にそうかね?」

 奥にの階段の踊り場から悠然と見下ろしてる少年と少女がいた。
 佐山は零崎が話している間にわざわざ家をよじ登り二階の窓から侵入していた。
「例えばこう考えることは出来ないかね。零崎人識が坂井悠二を殺したのはこの企画の黒幕のせいだと。
坂井悠二は『偶然』ここに立ち寄った。零崎人識もだ。そして2人は『偶然』同じ時間帯にここに入り、零崎が『偶然』殺害した。
偶然もここまで重なると必然かと疑いたくなるね?」
「……こいつの仲間か」
 佐山は仰々しく頷いて胸を張り名乗った。
「そうとも。私は佐山御言、世界は私を中心に回るものである!
ふふふ驚いて声も出ないようだね。それはそうと零崎、君は究極的に謝るのが下手だね。全く見てられない」

584悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:27:53 ID:5mdI..5s
 シャナが横目で佐山を睨む。ただし体は零崎に殺意を向けたままだ。
「おまえもコイツの仲間なら、殺してやる」
 佐山は肩をすくめながらシャナの目を見て語りだした。
「初対面からいきなり殺害宣言とは物騒なことだね。一応言っておくが、私は彼を殺害していない。
だからといって零崎が悪いわけでもないのだよ。──ふむ? 彼を殺したのは確かに零崎だ。
そう、先ほども述べたとおりいくつもの偶然で、ね。しかしその偶然を裏から操っている者がいたら?
彼が殺されたのも、彼女が零崎を殺そうとしているのも、全てその裏で糸を引く者の思惑どうりだとしたらどうかね?」
「何が言いたい。陰謀論者か。ガキの戯言に付き合う気は無いぞ」
「ふむ。確かに誰かが言い出す陰謀の9割は誇大妄想か何かだろう。
ただし、それはこの佐山御言には当てはまらない、とも言っておこう。
殺人犯の刺した包丁を恨む──の例えを使わなくとも分かると思うがね。
私はもはや誰かが誰かを殺すのは許可しない。その零崎もしかり、だ。
折れた包丁を恨むのはよしたまえ。殺された彼も──」
 だん、と踏み込む音がした。
 シャナが神速の抜き打ちで零崎を切り殺そうとした。
 零崎は話し出したときから予測していた切込みを、本当に紙一重で避けた。耳につけてたストラップが引きちぎれる。
「黙れ。黙れ黙れ。黙れ黙れ黙れ。コイツは殺す。悠二と同じところを切断してやる!」
「言ったろ? 無理だってよ。無理無理。死体目の前にして、犯人目の前にして、冷静で居られるのは──なにかしら欠陥がある奴だけだよ」
 再び首をめがけて飛んできた切っ先をバク転して外に飛び出しつつ、避ける。
 シャナも入り口の扉を切り裂いた刀を構えなおし追いかけた。
「ベルガー! 悠二を!」
「どうしたどうした? おいおい赤色ちゃんよ! 威力はバケモンだけどよ、太刀筋が見え見えだぜ?」

585悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:28:45 ID:5mdI..5s
 ざっざっざ、と診療所から離れていく足音と声。
「……アンタは奴を助けに行かないのか? まぁ行かせないがな」
「零崎の問題だよそれは。私がここで助力したら誠意が無い、というものだ。
彼女は零崎が説得し、君は私が説得する。少なくとも我らの誠意は本物だよ?
宮下君は下がっていたまえ。さあ──交渉を開始しようか」

 戦いの舞台は外へと移った。
 逃げる零崎と追うシャナ。逃げる殺人鬼を追う復讐鬼。
(かははっ! 意外としんどいっつーの 余裕ぶっかましてるけど避けんので精一杯じゃねえか 当たったらお陀仏だしよ!)
「だから、謝ってんじゃねぇか! とりあえず黒幕殺してからにしようぜ。殺しあいは後だ後」
「謝ったところで悠二が戻ってこない! 殺したのはお前だ、お前を殺した後黒幕とやらも殺してやる……」
 零崎はシャナの間合いぎりぎりで振り返り顔に手を当てた。
 不審に思ったシャナも立ち止まる。殺される覚悟はできたか、と声をかける。
 全然、と前置きして零崎は答える。
「ふと思ったんだけどさ……お前ってもしかして人を殺したいだけじゃねぇのか?」
 何をバカなことを、そう鼻で笑ってシャナは刀を構えなおす。
「断言するぜ。俺が別に坂井悠二を殺さないでも、お前は俺を殺そうとしただろうよ。
何かと理由をつけてな。例えば『悠二がコイツに殺される前に、私がコイツを殺さなければ』とかいってな。
もしかして、お前は既に何人か同じ理由で人を殺したんじゃねぇか?」
 息を呑む。確かに以前混乱して2人組みを襲った。
 殺しはしなかったが、殺しても良いと思った。

586悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:29:30 ID:5mdI..5s
「それにもう1つ質問だ。さっきまで坂井の死体を抱いててお前の顔に血がこびりついてたよな。
もう雨は止んでる──口元についてた血が無くなってるぜ?」
 その言葉でショックを受けた。
 悠二。血。飲む。舐める。吸血。鬼。殺人。復讐。血。飲む。血。血血血血血。
 今まで意識して無視してた感情が一気に噴出す。
(悠二が死んで。コイツが殺して。復讐しようと。怒って。悲しんで。血を。飲みたく…? 違う。違う違う)
「おーいどうした? 調子悪いのか?」
 零崎が近づいて顔を覗き込む。
 あ、と声を出す。同時に炎が膨れ上がる。
「うおっ!?」
「お前がぁ、死ねばっ!」
 視界が一瞬炎で隠れた隙にシャナが刀を振りぬく。
 零崎は包丁で防御しようとしたが、包丁が音も無く切断される。
 それでも何とか避けきる。包丁で僅かながら速度が落ちたためだ。
「こなくそっ!」
 切り取られた包丁の半分をシャナの右手に投げつける。
 飛んできた包丁を避けもせずに、半ば折れた凶器は肩に刺さった。
 それでも一度離れた間合いを詰めようと前進してくる。
「もうこれ以上の戯言は無理かよ……後は佐山に任せるか」
「悠二の仇を果たす。殺す殺す殺してやる」
 同時に爆発するようにシャナの体が零崎に迫る。
 技量も何も関係なしの胴を両断する軌跡。ただし当たれば鋼すら切断するだろう。
 故に全力をかけた攻撃は殺人鬼に先読みされた。
 零崎はあらよっと、という掛け声と共にシャナの頭上を飛び越えていた。
 一度撃たれたら防御できずに殺される攻撃も、最初から来ると分かっていれば別だった。

587悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:30:51 ID:5mdI..5s
 贄殿遮那が空を切る。零崎はシャナをすり抜け、ダッシュ。
 シャナが振り返ると、零崎は既にエルメスに跨っていた。いつの間にか元の場所に戻っていたようだ。
「じゃあな。頭が冷えたらまた謝りに来てやんよ。かははっ!」
 どるぅん、とエンジンが点いてエルメスは走り出した。
 待て、とシャナはバイクと同じ方向に走り出した。殺してやる、と後に続けながら。
 仇を討たねば、悠二の亡骸に合わす顔が無い。ベルガーも何も関係ない。
 もはやシャナは零崎を殺すことを第一目標にしていた。
 その意志だけが、心がくじけ、吸血鬼化するのを抑制していた。その意志すらも吸血鬼の憎悪だったとしても。
 もし彼を殺した後には彼女は──

「ねぇちょっと」
「あん?」
「今度は誰が乗ってるの?」
「……なんだ? 喋んのか? このバイク」
「それは喋るよ。喋らないなんて決め付けてもらっちゃあ困るさ」
「ふぅん。俺は零崎人識ってんだ」
「僕はエルメス。う〜んなんかタライ落としにされてる気分だよ」
「持ち主は誰なんだ?」
「キノっていうんだけど、君は知らない?」
「キノ? ああアイツか。さっき会ったぜ」
「へぇ〜、何か喋った?」
「あーえとな──また会おうねって言ったんだよ」
「ふーん。会えるといいな」
「……ああ『タライ回し』」
「そう、それ」

588悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:31:54 ID:5mdI..5s
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:シャナを心配 佐山をどうするか
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する ベルガーと交渉 零崎の説得のフォロー
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる

【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み)
[装備]:ブギーポップの衣装、メス
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明。(佐山についていく)

589悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 22:06:29 ID:5mdI..5s
【C-7/道/1日目・17:40頃】

【シャナ】
[状態]:火傷と僅かな内出血。悪寒と吐き気。悠二の死のショックと零崎の戯言で精神不安定。
     吸血鬼化急速進行中。それに伴い憎悪・怒りなどの感情が増幅
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:1-零崎を追いかけて殺す
     2-殺した後悠二を弔う
     3-聖を倒して吸血鬼化を阻止する
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし精神が急速に衰弱しているため予定よりかなり速く吸血鬼化すること有り

【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 疲労
[装備]:自殺志願  エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:シャナから逃亡 落ち着いたら再説得
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

590殺人鬼ごっこ#:2005/10/13(木) 17:40:58 ID:2SF39t2A
「どうだ? 悠二の気配は近づいてきたか?」
「まだ分からない。でもこれが悠二の気配であることは確かよ」
 シャナとベルガーは、僅かに感じる悠二の気配(正確には存在の力)をたどっていた。
 先程まで降っていた雨はすでに小雨となっており、止むのももはや時間の問題だろう。
 二人は先程までの雨でできた水溜りを、避けようともせずにただ黙々と進む。
 今、二人は潮風に晒されて古びた倉庫の立ち並ぶエリアに来ており、重そうな倉庫の鉄扉はまるで二人を拒絶するように、その全てが閉ざされている。
「本当にこっちで合っているのか?」
「えぇ、少しずつ気配が――!!」
 シャナの言葉が途切れる。
 ベルガーはそんなシャナの顔を覗き込み、問うた。
「どうした?」
 しかしシャナは答えず、恐怖するようにぶるりと震え、顔を青くするだけだ。
「悠二っ!!」
 叫び、走り出そうとするシャナ。ベルガーは慌ててシャナの肩を掴んで引き止めた。
「いったいどうした? 焦るのは得策じゃない」
「悠二の気配がはっきり分かったのよっ!」
「ならば余計に落ち着いて――」
「存在の力の気配が凄く小さいの! 早く行かないと悠二が危ない! あんたと行ってたんじゃ時間がかかりすぎる、あたしが先に行くわ!」
「まて! シャナ!」
 しかし走り出したシャナにベルガーの声が届くはずがない。
 ベルガーは慌ててエルメスに跨り、人外のスピードで走るシャナを追うが。
「ちっ! 狭い路地を行きやがった。エルメス、すまないがここで待っていてくれ」
「あいよー」
 軽い返事のエルメスを乱暴に倉庫の影に停め、ベルガーは路地へと入る。
 ――チッ ベルガーは内心で舌を打ち、とにかく走った。
 顔の横を冷たい風が過ぎ、小降りの雨が体をぬらす。
 ベルガーは全力で走っているが、もうシャナの姿はどこかに行ってしまって見えない。しかしそれでも、彼は走る。
 走り、走り、ガラクタを飛び越え、また走り、呟いた。
「早まるなよ、シャナ――――!」
 ベルガーは倉庫街の路地を抜けた。

591殺人鬼ごっこ#:2005/10/13(木) 17:41:59 ID:2SF39t2A
(――この家!!)
 彼女、シャナはそう確信し、勢い良く玄関の戸を蹴破ると中に転がり込み、叫んだ。
「悠二!!」
 しかし廊下に彼は居ない。しかし“彼”があった。
 彼女はそれを見て、息を呑む。
 それは一瞬のような永遠。
 まるで久遠のような刹那。
「あ、ぁぁぁぁぁぁぁ……」
 一歩。今にも崩れそうな足取りで歩を進める。
 二歩。その燃えるような灼眼からは、火のように熱い涙がこぼれる。
 三歩。いつもは自信に満ちた言葉が放たれるその口から漏れるのは、嗚咽のみ。
 四歩。ピチャリ、と血だまりに足を踏み入れる。
 五歩。その一歩を踏み出し、同時に崩れるように膝を突く。
「あ、うぅぅぅぅ……」
 彼女はゆっくりと、彼の首へと手を伸ばす。
「ゆぅ……じ……ぃ……」
 彼の首を持ち上げ、その虚ろな瞳を見つめる。
「だれが、そん、な」
 片手で、胸に抱き。
「悠二を、…だれ……が」
 片手を、血だまりに伸ばす。
「殺して、、、殺し」
 血塗られた手を、口元に伸ばし。
「殺……して、や――」

592殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:42:56 ID:2SF39t2A
「傑作だぜ」

 その手を、唇の前で止める。
「いや、戯言かな?」
 彼女はゆっくりと、後ろを振り向く。
 そこに居たのは、顔面を刺青で覆う、小柄な少年。
「あんた、だれ?」
「俺は零崎。零崎人識」
「何しに、来た……」
「謝りに来た」
 少年は可笑しそうに――犯しそうに、笑う。
「今まで誤り続けてきた俺だが、まさか謝ることになるとはな」
 少女は、少年を睨みつけている。
「謝る? 何を?」   
 少年は笑みを濃くし―― 思 い っ き り 頭 を 下 げ た。
「すまねぇ、俺がそいつを殺した」
 少女が答える。
「赦さない」

593殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:43:51 ID:2SF39t2A
 先手は勿論、シャナだった。
 頭を下げたままの零崎に鋭い突きを放つ。
 零崎はまるで頭頂部に目があるかのように、絶妙なタイミングでしゃがみ、切っ先を避ける。
 素早く腕を戻そうとするシャナに、いつの間にか自殺志願を抜き放った零崎が切りかかった。
 シャナはギリギリで贄殿遮那を戻し、それを受け止める。
 甲高い金属音と共に、火花が散る。
 再び零崎が切りかかり、シャナがそれを受ける。
 さらに二度、三度と刃を交わし、交錯し、弾けるように離れ、距離をとる。
「かはは、こっちは謝ってるってのに、いきなり切りかかってくるか?」
「うるさい」
 短く言葉を発し、シャナは跳んだ。
 一瞬で詰まる間合い。煌めく刃が零崎を横薙ぎに襲うが、しかしそれを後ろに跳んで軽くかわす。
「おいおい、太刀筋が見え見えだぜ」
「うるさい!!」
 怒りは、悲しみは、高ぶった感情は、容易に刃を曇らせる。
 嘆きは、哀しみは、収まらない思いは、容易に鉄をも切り裂く。
「ハァッ!」
 突き出された刃が、一刹那前まで零崎の頭があった場所を通り過ぎ、幾本かの髪を引きちぎった。
「おっとぉ!」
 突き出されたままの刀が、そのまま下に振るわれた。
 肩を狙ったそれを、零崎は半歩体をずらして避けると、逆に前へ出ることになる方の片足をシャナの横腹へと叩き込んだ。
「カッ――はぁっ!!」
 シャナは激痛に怯むが、すぐに体勢を立て直す。常人ならこうは行かない。内臓をもろに破壊され、血を吐いて倒れるだろう。
 しかしフレイムヘイズである彼女には一瞬の隙を生み出させることにしかならない。
 だが、その一瞬で十分だった。
 零崎は、シャナが一瞬怯んだ隙、ほんの一刹那を利用して――

 ――逃げた。

594殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:44:31 ID:2SF39t2A
 それは一瞬の弁解の余地も一遍の疑いの余地もない、逃亡だった。
 それは誰がしようが誰がされようが紛れもなく、逃走だった。
 零崎はかつて唯一の、唯一彼が兄と認めた存在だった、その自殺志願の持ち主であるところの零崎双識がしたように、走って。
 走って、走って、走って走って走って走って走って走って走って走った。
 かつて、零崎双識が赤い髪の鬼殺しの幻影から逃げたように、
 今、零崎人識は炎髪の、同胞殺しの容れ物から逃げて、
 逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げた。
 彼は走りながら、数十分前のことを思い出す。

 死体が放置され、さらに佐山と零崎の乱闘によって破壊された部屋、家にいつまでもいるわけにもいかず、彼らが向かいの民家に移ろうとしていたその時だ。
 西の方角からバイクの排気音のような、とりあえず無視するわけにもいかないほどの轟音が聞こえてきた。
 彼らが民家へ移動してから、零崎が訊いた。「で、どうするよ?」
 その問いに、佐山は答える。
「今のバイクの音は、大体この港の入り口で止まった。つまり今、その顔も知らない誰かはこの港を徘徊している。
もしくは既にどこかの民家で雨宿りをしていることだろう。その彼ないし彼女があの少年――坂井、だったかね? その坂井君の知人である確立はそう高くないが、
しかしあの診療所、診療所と言うだけあって何か役立つものが手に入るのではないかとやって来る者も多いだろう。既に坂井君に零崎君、そして私たちと言う前例もあることだしね。
 我々としては早く協力者を集めたいところなのでその誰かを探してもいいが生憎この雨だ。この中を歩き回るのは得策ではない。
 そこで、だ。その誰かがこの診療所へやってくるのを待ち、彼が診療所に入り坂井君の死体に驚いているところをこちらも玄関から入って不意打ちで説得する。
名付けて『集客率100%! 協力者ホイホイ大作戦』どうかね?」
 零崎はなるほどな、と笑い、さらに問う。
「もしそいつが、坂井の知り合いだったら?」 
 佐山はふむとうなずくと、それならば  
「彼は診療所に入り、必ず坂井君の死体を見ることになるだろう。その様子を見て、もし坂井君の知り合いのようなら――
 ――零崎君、君一人で行きたまえ。」

595殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:45:16 ID:2SF39t2A
「ははん、いちいち死体を見つけるまで待つのはそのためか。しかしなんで俺一人なんだ?」
 零崎は怪訝そうな顔で佐山を見る。
「なに、そういった問題は当事者同士で解決すべきだろう」
「もしおれが説得に失敗し、相手が襲いいかかってきたら?」
「可及的速やかに無力化したまえ、殺してはダメだよ?」
「もし相手が、俺の手に負えねぇようなバケモンなら?」
「逃げたまえ。少し時間を稼いでくれればこちらも援護しよう」
「時間も稼げないようなくらい相手が強かったなら?」
「何とかしたまえ」
「なんとかってなぁ、こっちは命かけてんだぜ?」
「なに、こっちだって命がけだよ」
「かはは! ちがいねぇ」
「それに――」
「あ? それに?」
「――その程度には、君を信頼しているということだよ」
 零崎はその言葉に一瞬きょとんとして。
「はっ! 傑作だぜ」
 零崎は笑い。
「戯言じゃないのかい?」
 佐山も笑った。

596殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:46:05 ID:2SF39t2A
「ふう、どうやら零崎君はわずかにでも時間を稼いでくれたようだね」
 佐山は三階建ての倉庫の屋上から、眼下に広がる港町を眺めた。
「作戦通りに行くといいのだが……」
 佐山は小声でいい、十数分前の会話を思い出す。

「零崎君、この地図をみたまえ」
「あ? こりゃ、港の地図か?」
「そう、たまたまそこの本棚で見つけてね」
「で? これがどうしたってんだよ」
「なに、もしものための逃走経路の確認だよ。もし相手がバケモノの場合のね」
「かはは、なるほどな」
「ここを見たまえ。 この住宅街の真ん中にあるのが診療所だ。もし逃げる場合、西の倉庫外のほうに逃げること。そのときはなるべく時間を稼ぐように
路地を通ったり、迂回したりとしながらここ、この倉庫に囲まれた広場になっているところにきたまえ」
「そうすると、どうなるんだ?」
「その広場に相手が入った瞬間、この狙撃銃で援護する」
「おいおい、どこから狙う気だ? 当てられるのか?」
「なに、当てる必要はない、足止めさえできればいいのだからね。ここでうまく時間を稼げたら、君はそのまま逃げられるところまで逃げ、
そうだね、分かれてから一時間後に湖の地下通路への入り口に集合しよう」
「お前らは?」
「私は――その彼を、説得してから行こう」

597殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:47:37 ID:2SF39t2A
 佐山はゆっくりと目を開け、周りを見渡す。藤花が見当たらないが、きっとトイレにでも行ったのだろう。心配だがいまはここを離れるわけにはいかない。
 ――それに彼女には『彼』がついているしね。
 今やほとんど日が沈んでしまっているが、ここから広場は早退した距離でもないし、目はすでに慣らしてある。
 佐山はゆっくりと深呼吸をし、狙撃銃をチェックすると、銃口を広場に向け、スコープを覗く。
 遠くにあった広場が、途端に近くなる。
 近くの倉庫が爆発した。相手はなかなかの過激派らしい。零崎は順調に広場に向かっているようだ。
 佐山は神経を集中すると彼らが広場に入ってくるのを待つ。
 待って、待って、待って――倉庫の壁が爆発した。
 そこから飛び出してくるのは銀長髪の少年に、半瞬送れて赤髪、いや、炎髪の――
(女? しかも子供か?)
 その小柄な体躯は、どう見ても小、中学生にしか見えない。
 まるで強そうには見えないが
(零崎君が追い詰められるような相手だ、油断はできんな)
 ゆっくりと彼女の足元に照準を合わせ、引き金を――ひいた!!
 気が遠くなるほどの轟音。
 肩が抜けるかのよう反動。
 しかしそれだけの力を持つ弾丸が、炎髪の少女に向け、放たれた。

598殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:48:28 ID:2SF39t2A
 悠二を殺したと言った男。零崎人識を追っていたシャナは、突然の横合いからの殺気を感じ取り、素早く前進を止める。
 すると彼女の足元のコンクリートが弾け、捲れ、穴を穿たれる。遅れて轟音が鳴り響く。
 しかしその程度のタイムラグでは零崎との距離はそこまで開かない。再び間合いを詰めようと、シャナが地を蹴ろうと足に力を込めようとする瞬間。
 さらに放たれた弾丸が地に穴を開ける。
 二発、三発と弾丸が飛来するが、シャナはそれらを刀で弾いて再び進む。が、彼女と零崎との差は既に倍以上開いている。
「――!! うっとうしぃ!!」 
 さらに襲い掛かる弾丸を贄殿遮那で弾き、シャナは切っ先を弾丸が飛来した方向――佐山のいる倉庫の屋上――へと向け。
「ハァッ!!」
 気合と共に炎弾を放った。

(しまった!)
 弾丸を超えるような速度で迫り来る火炎弾。佐山は狙撃銃を放り、避けようとするも
(!? 避けられない!)
 炎弾は一瞬の間すらもなく屋上に飛来。屋上の半分を抉り消し炭に替える。
「まったく、恐ろしい威力だね」
 その様を佐山は逆さまにひっくり返ってみていた。
「狙撃銃は、もう使えないな。それにしても、もうちょっと優しく救い出せなかったのかね、藤花君――いや、ブギーポップ君」
「おいおい、無茶を言わないでくれよ。僕だって万能じゃない。それに、釣り糸ってのは慣れてないのさ」
 ひゅんひゅんと空気を切り裂く音と共に、宮下藤花――ブギーポップが給水塔の上から飛び降りて佐山の横に降り立った。
「釣り糸ね、まぁここは港町であることだしね」
「まぁね、下ですぐに見つかったよ――――佐山君! 大丈夫!?」
「? あぁ、藤花君。なに、大した事は、ない」
 佐山はそう言いながら立ち上がり、もはや誰もいない広場を見やる。
「後は君次第だよ、零崎君」

599殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:49:33 ID:2SF39t2A
「かはは! しつこい奴だぜ!」
「逃がさない!!」
 追うシャナに、追われる零崎。
 終わらない鬼ごっこは、終われない。
 路地を曲がり、機材を越え、ガラクタを投げつけ走る零崎。
 空き瓶を弾き、炎を放ち、壁に穴を開け走るシャナ。
 どこまでも続く鬼ごっこ。まるで復讐の連鎖のようだ。
 しかし終われない追いあいは、終わりを迎えようとしていた。
 零崎は、シャナの炎をかわし、倉庫に転がり込む。それこそを、シャナは狙っていた。
 確かに倉庫の中はいろいろなものがあり、それらを盾にしながら逃げることができる。ただし
 それらが盾として機能するならば。
 シャナは自ら倉庫という檻に入った零崎を、全ての力を乗せた炎の奔流で、倉庫ごと消し炭に変えようとしていた。
「これでぇ!」
 足を踏ん張り、神通無比の大太刀、贄殿遮那を倉庫へと向ける。
「終わりっ!」
 全ての力を切っ先に込め、膨れ上がる炎の奔流を、放った――!!

600殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:50:29 ID:2SF39t2A
 灼熱。
 燃え盛る炎は一瞬で倉庫を包む。
 そこにあったものを溶かし、燃焼させ、消し炭に変える。
 そして激しすぎる燃焼は一瞬で全てのものを燃やしつくし、終わる。
 そこには跡形も、残らない。
 そこには少女だけが、残る。
「やった……の?」
 シャナは放心したように焼け跡を見つめ、しばらくしてその場に崩れる。
「シャナ!」
 声と共に、ベルガーが路地から飛び出してきた。
「シャナ、いったい何が。悠二はいたのか?」
「――いた」
 彼女の呟きは、弱々しい。
「!? じゃぁどこに?」
「でも、殺されてた」
「!?」
「う、ぅぅぅぅ。ぁぁぁぁぁ……」
 うめきを上げながらシャナはうずくまり、
「シャナ! しっかりしろ! シャ――」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 地を揺らす咆哮が、轟いた。

601殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:51:18 ID:2SF39t2A
 港を覆わんばかりの獣のような咆哮。それを聞いていたのは、一人の殺人鬼。
「かはは……俺を倉庫に追い込みてぇみたいだったから、入るフリをしてみたら倉庫ごと吹き飛ばすとはな……傑作だぜ」
 シャナによって燃やし尽くされた倉庫跡から数十メートル離れた少し小さめの倉庫の影で、零崎はぜいぜいと息をつく。
「にしても、おっそろしい女だぜ。なんだ? 俺は赤い髪の女に追われる運命にあるのか?」
 零崎は悪態をつき、その場にぺたんと腰を下ろす。
「しかしこんなところで、いつまでも休んでるわけにはいかねぇ、見つかったら今度こそ終わりだ」
 そう言って零崎は首をふると、再び体を起こし、息を整えて周りを見渡す。
「なんかねぇか? バイクか、せめて自転車でもありゃぁ楽なんだが」
 言い、倉庫脇のガラクタ置き場の影を見て――
「あるよ」
 誰かの声を聞いた。
「あん? だれだ?」
 零崎はきょろきょろと周りを見渡すが、誰もいない。どこかに隠れているのか?
「ここ、ここ。目の前のガラクタ置き場の横」
「ガラクタ置き場?」
 零崎はそのガラクタ置き場へとなんら恐れることなく近づく。
「どこだ?」
「ここだよ、目の前」 
 言われ、零崎は目の前を向き、
「ボクだよ、君の前のモトラド」
 それを見た。
 それは一台の二輪車だった。

602殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:52:03 ID:2SF39t2A
「うおぅ!!」
 零崎は大げさに驚き、少し距離をとる。
「おいおい、ここのバイクはしゃべんのか?」
「失礼だなぁ、人間じゃないからってしゃべらないと決め付けるのはよくないよ。それにボクはバイクじゃなくてモトラド。間違えないでね」
 言う二輪車――もといモトラドは、かなり饒舌なようだ。
「なに? きみ新しい乗り手? 今日はなんだかよく乗り手が変わるなぁ」
「あ、あぁ〜 なるほど、お前あの赤髪女が乗ってきたバイクだな?」
 納得する零崎は、エルメスの話なんか聞いちゃいない。
「赤髪女? シャナのことかな? それとバイクじゃなくてモトラド。何回言ったら分かるの?」
「わりぃわりぃ、で、俺は零崎人識っつぅんだ」
「ふぅん、零崎ね。ボクはエルメス。よろしく」
 本当に悪いと思っているのか疑問に思うような零崎の謝罪にも気にすることなく自己紹介をするエルメス。零崎もマイペースだが、彼もかなりのマイペースらしい。
「なに? ボクに乗るの?」
「あぁ、鬼殺しから逃げなきゃなんねーからな」
 零崎は話し相手ができ、さらには足も手に入れたことで、上機嫌に答える。
「モトラドの乗り方は?」
「大抵の乗り物なら何でも大丈夫だ。伊達に全国を放浪しちゃいねぇ」
「そう、それなら安心だ。なら早く行こう。モトラドにとって走れないのは、旅の無い人生みたいなもんさ」
「かはは、言うねぇ」
 こうして、戯言遣いの支給品は、戯言遣いのオルタナティブに渡ることとなった。
 そう、それはまるで初めから決定されていたかのように、あっさりと――

 ――因果は、繋がった。

603殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:52:44 ID:2SF39t2A
《C-8/港町の診療所/一日目・17:40》

【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷と軽いやけど
[装備]:出刃包丁/自殺志願/エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:十八時四十分までに湖へ行く/とりあえずは港から離れよう
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

『悪役と泡』
【佐山御言】
[状態]:全身に切り傷 左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない/包帯で応急処置) 服がぼろぼろ 疲労
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。 十八時四十分までに湖へ行く。ベルガーたちと交渉する。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる

【宮下藤花】
[状態]:健康  零崎に恐れ 足に切り傷(治療済み)
[装備]:ブギーポップの衣装/釣り糸
[道具]:支給品一式
[思考]:佐山についていく

604殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:54:39 ID:2SF39t2A
『ポントウ暴走族』
【シャナ】
[状態]:放心状態。火傷と僅かな内出血。吸血鬼化進行中。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。……悠二。 
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)携帯電話
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:シャナの吸血鬼化の心配。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

[チーム備考]:港を探索し、放送までにC−6のマンションに戻る。

605最胸襲来  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/13(木) 18:47:59 ID:pBSSTsig
 インスタントコーヒーをかき混ぜながら、クリーオウは窓の外へと視線を向けた。
 雨は一向に止む気配がない。
 水滴に隠れた窓に、せつらの背中が緑の瞳をすかして小さく映る。
 クリーオウは椅子を窓のそばまで引きずって、サッシに顎を乗せた。
 雨の音以外は静かなもので、サラとクエロの寝息の中に時折ページをめくる音が混じるぐらいだ。
 大きなあくびをかみ殺し、退屈だな、とクリーオウはつぶやいた。
 窓に額を当てる。窓の冷気が曇った頭に鋭く沁みた。
 女二人は眠っているし、空目の読む本は彼女に難しすぎる。
 一度退屈ならと薦められたが、読んだら間違いなく寝るだろうという自信のもと、クリーオウは婉曲的に固辞した。
 つまらない、とクリーオウはもう一度窓のほうへ視線をむける。窓は自分のため息ですっかり曇っていた。
 手のひらで拭う、外は雨しか見えない。
 溜息を吐き、彼女は空目が立ち上がる気配に気づいた。
「クリーオウ」
 次いで、冷静で透通るような美声が響いた。人を惹きつける声につられる形でクリーオウは振り返る。
「本を戻してくる」
 しかし発する声はあくまで事務的である。
「ついて行っていいかな?」
 とクリーオウは尋ねてみても、
「いや、サラとクエロを頼みたい」
 すげなく答える返事は否。
 彼女にしてみれば少し、肩を落とす。すると、
「戻ったら、また騒がしくない程度で、君の世界の話を聞かせて欲しい」
 と、空目の口から驚くべき発言が飛び出した。
 そのような事の重大さをクリーオウが知るわけはない。ただ無邪気に、また少し空目が心を開いたと誤解する。
 少し弾む声で頷き、ドアが後ろ手で閉められるのを見て、
 そしてくぐもった爆発音を聞いた。


 とっさに腕が頭を庇った。
 軋みとともに埃が舞い散る。
 一秒の間をおいて、クリーオウはおそるおそる顔を上げる。
 サラは目をこすり、クエロはすでにベットの上で魔杖剣を構えるのを見て、
「恭一!」
 ドアへと駆けた。
 ノブに手をかけ体重をもってぶつかり、反作用に弾き飛ばされる。
 衝撃で歪みでもしたのか、ドアはぎしりと身じろぎするにとどまった。
「か え   さ  。そ    よ     り   しら」
 かすかに聞こえる会話。クリーオウは耳を澄ます。
「生憎、俺は戦うためのスキルを一切持ち合わせていない。
 俺ができることは、お前が俺の心当たりのある世界から来たことがわかるぐらいだ。
 伝言がある、お前は悠二という者を知っているか?」
 クリーオウがドアを叩く。
「し い   も   く  じ 死にな  !」
 ひとつは明らかに剣呑な怒声で、
「ひぃ  アハァ! ヒ    ァアッ! 」
 もうひとつはけたたましい笑い声で、
「そうか」
 それらのなかでも霞む事のない、消して大きくはないが、遥かにまで響く声が、
「ここが俺の終着か」
 自らの死を認めた。
 瞬間、駆けつけたクエロが、ドアからクリーオウを引き剥がす。
 もう一度、今度は至近からの爆音が響く。
「   !」
 大気が鼓膜を打ち払い、脳の奥で炸裂した。
 ホワイトアウトする視界。
 ドアの向こうで、右足を失った空目が気絶し、近くでクエロとサラが群青の獣と剣を交えるその部屋で。
 クリーオウの身体は、意識とともに瓦礫の底に沈んでいった。。

606最胸襲来  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/13(木) 18:50:20 ID:pBSSTsig
 生暖かい冷気の感触、首筋をなぞる水の気配に、クリーオウは跳ね起きた。
「気がついたか」
 隣にいた空目が震える声をかけた。
「っつ!」
「まだ、立たないほうがいい」
 気絶する刹那を思い出して立ち上がりかけて、とめた。
 空目の言葉が届いて、ではない。彼女はそのまま頭を抑えて膝をついた。
「気を失っていたのは一時間ほどだ、サラの見立てでは爆音で脳に圧がかかったのだそうだ。
 大事がなくてよかった。」
 空目の言葉は、やわらかい。それでも音の刺激は身体に染みた。
「大体のことは説明していく、答えなくていい。耳だけを傾けていてくれ。
 襲撃者が来た。あの悠二という少年の言っていたマージョリーという人物だろう。
 悠二との接触が仇になったな。廊下に出るまでまったくその存在に気づけなかった。
 その後戦闘になったわけだが最終的にはサラとクエロが追い払ったらしい。
 彼女たちはここにはいないが、生きているし大怪我でもない」
 クリーオウはその言葉に、ほ、と小さく答えた。
「続けるぞ、とにかくその戦闘で校舎はひどく痛んだうえに、あちこちで火がついた」
 半分以上は……といいかけて、口を噤む空目。
 クリーオウにも予想がついた。スクールブレイカーは伊達ではない。
「実際後者を庇っている場合ではなかったらしい。二人は学校を放棄することを決めたのだが、地下道は使わなかった。
 その辺りは後で説明する。現在位置はE-3の」
 そこで空目は言葉を止めて背後を叩く。
 こつこつと硬質な、しかし金属的でない音がした。
「大きな木の洞で休んでいる。二人は戦闘に行った」
 クリーオウは息を呑む。立ち上がろうとする彼女を、空目が片手で制した。
「俺たちは足手まといだ」
 一瞬クリーオウは顔色を変えた。が、もう一度、今度は目で抑えられる。
「クリーオウも同席していたが、彼女はフレイムヘイズだ。身体、魔術ともにかなりのものと悠二は言っていた。
 正直半信半疑か、いや、俺も制限に期待していただけか 」
 途切れた会話を伺うように、クリーオウは空目の表情を覗き見て、びくりと身を振るわせた。
 比較的陰気な空目を近寄りがたいこともあったが、それも怖いというまでではなかった。
「きょ、恭一 」
 彼の名前が、クリーオウの唇からこぼれる。
 それとともに、彼の表情も急速にいつもどおりの無愛想に近づいていった。
 それは一瞬の感情だったが、それでも衝撃だけは続いている。
 目つきの悪いものも見慣れたものだ、とは思っていたが、空目は美麗なだけに破壊力が違った。
 胸は未だ高鳴っている。
 それを彼はどう感じたのか、咳払いひとつ、
「すまない、話を戻そう」
 クリーオウ目を伏せがちに頷いた。
「問題は彼女がなぜ俺とクリーオウを殺さなかったかだ、俺は片足を失い気を失い、君も爆風で同じ状況だった。
 サラとクエロと戦闘を行っていたとはいえ、生き残るのは不自然だ、引き際がよかったのもだ。
 俺たちはわざと生かされた。繰り返すが俺たちは足手まといだ」
「あ、」
 クリーオウにもわかった。
「クエロとサラを疲れさせて、ころあいを見計らって?」
「そうだ、そしてそれが今だ。炎弾はサラが対処できるが、有効な攻撃がほとんどないのが痛い。
 爆弾は炎弾でかき消され、クエロも格闘術に心得があるそうだが、回避とサラのカバーで精一杯だそうだ。
 禁止エリアに誘い込む作戦で戦っているが、あまり期待はできないだろう」
 耳を澄ませば、雨音に混じって風を切る音が聞こえる。
「学校の地下道を通らなかったのも索敵能力のためだ、地下道は知られれば知られるほど利用価値が下がる。
 なにより戦闘になったとき、一本道は遠距離誘導火力と索敵能力に優れる彼女の独壇場だ」

607最胸襲来  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/13(木) 18:51:03 ID:pBSSTsig
 一息ついて、
「これからの指針だが、今、二案ある。ピローテスに助けを求めるか。彼女を撒いて地下にもぐるか。
 最初は地下にもぐる案を検討していた。サラの地図によればそこにも入り口があるらしいのだが、
 詳しい情報がない上に、禁止エリアにも近い。リスクが高い。そこで、ピローテスに助けを求める案が出た。
 ピローテスは相手の精神力つまりは魔術的要素の源を衰弱させる魔法があるといっていたな。」
 クリーオウは弱った顔で首をかしげた。覚えがないのだ。
「彼女がいればあるいは撃退は可能だろう。もちろんこれもリスクが高い、彼女のいると思われる森がまだ遠い上に
 どこにいるか見当がつかない、彼女の索敵能力に頼る上にそれでも勝てる保証はない」
 ふう、と空目は息を吐いく。
 それに含まれる熱に、クリーオウは気づいてしまった。
「恭一、大丈夫なの?」
 空目は片足を失い、雨に打たれてここまできた。
 今やしゃべるだけで体力を消費している。
 少し休む、と彼は目を瞑る。
 刹那の静寂。
「ねぇ、恭一」
 あらぬ想像に掻き立てられ、クリーオウは呼びかける。
 空目は苦悶の混じった寝息で応えた。
 
 空目は実はもう一案考えていた。
 安全で、確実だが、それゆえにリスクが高い。
 嫌疑をかけてることを明かした上で助力を請う。
 クリーオウが反感を買う、場合によっては、むしろ確実にこのチームは瓦解する。
 雨も戦闘もいつ止むと知れない。
 自らの疎外も知らず、クリーオウは2人の帰りを待っていた。

【E-3/巨木/1日目・15:30】

【六人の反抗者】
>共通行動
・18時に城地下に集合
・ピロテースは城周辺の森に調査に向かっている。
・せつらは地下湖とその辺の地上部分に調査に向かっている。
・オーフェン、リナ、アシュラムを探す
・古泉→長門(『去年の雪山合宿のあの人の話』)と
悠二→シャナ(『港のC-8に行った』)の伝言を、当人に会ったら伝える

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 軽い眩暈。
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図。ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。
     缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]: みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい。ピローテスと合流するか、D-4から地下へ逃げるか
[行動]:サラ クエロの帰りを待つ。


【空目恭一】
[状態]: 右足の膝から下を失う(応急処置)感染。ショック状態。 疲労。睡眠
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイパック(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
     クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。
    ピローテスと合流するか、D-4から地下へ逃げるか、クエロを頼るか。

[行動]:サラ クエロの帰りを待つ。ピローテスと合流
  
【E-3/巨木周辺/1日目・16:30】

【マージョリー・ドー】
[状態]:通常
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる。 
[備考]:現在、 戦闘中

【クエロ・ラディーン】
[状態]: 濃い疲労。
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾×2
[思考]: 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
     魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: サラの目的に疑問を抱く。
     空目とサラに犯行に気づかれたと気づいているが、少し自信無し。
    現在マージョリーと戦闘中


【サラ・バーリン】
[状態]: 疲労。感染。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、高位咒式弾×2
     『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。
     クエロがどの程度まで、疑われている事に気づいているかは判らない。
    現在マージョリーと戦闘中

ピロテース せつらは別行動中です。
学校で火事です。雨のため派手には燃えていませんが、中で火災は続いています。
燃え尽きる予想時刻は今夜になると思われます。

608タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 08:25:46 ID:fmBZ14cE
 二人の内で周囲を警戒しているのは、おかっぱに近い髪型の少女だ。
 彼女は雨や複雑な構造物によって閉ざされた視界の中、襲撃者を警戒している。
 と、その傍らに居る鉄パイプを持つ男が、鋭い目つきののまま少女に静止をかけた。
「……おい、あそこを見ろ」
 九連内朱巳が振り向くと、同行者であるヒースロゥ・クリストフがベンチを指差していた。
「何あれ? 血みたいだけど」
 そこはかつて、おさげの魔術士がベンチに横たえられた仲間の命を繋ぐ為、
 必死に魔術を紡いでいた場所だった。

 話は数十分ほど遡る。
 F-3の小屋が禁止エリアとなる前に、朱巳はヒースロゥを起こして再び移動することにした。
 最初は市街地に向かうつもりだったが、改めて地図を見ると一箇所、おもしろい物が
 目に入った。
 いま自分達が休憩している小屋以外に、人が寄り付かなそうな場所。神社だ。
 発動済の禁止エリアによって半ば隔離状態になっている上、袋小路で逃げ場がない。
 敵を警戒する者ならまず近づかない場所である同時に、すぐ上のエリアが侵入禁止になれば、
 全く身動きが取れなくなってしまう。
 その陣取るには不利過ぎる地形が、逆に朱巳の興味を引いた。
(この地図上の盲点に、あえて居座ってる奴等が居るなら……それは『動けない理由』もし
くは『他人と接触したくない理由』があるって事ね)
 そのような連中は、身ずから進んで戦闘行為を仕掛けてくる事も無いだろう、と判断した朱巳は、
 突然の針路変更に露骨な不満を示すヒースロゥに対して、
「前にも言ったけど、『禁止エリアの目的は、ある特定の地域への便利なルートを遮断したり、そ
こに長期間滞在している参加者を強制的に動かすためで、優先的に禁止エリアに指定された部分は、
移動に便利なルートか人が集まっていた場所ってことになる』って説明したじゃない」
 と、得意の口先で丸め込んだ後、二人して元来た道を引き返して来たのだった。

609タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 08:26:34 ID:fmBZ14cE
 そして神社に行くついでにと、立ち寄った海洋遊園地でヒースロゥの知人を探し始めた時、
 大規模な戦闘跡を多々発見する事ができた。
 眼前の血染めのベンチもその一つだろう。
 傷ついた誰かが寝そべっていたと思われるそれは、降り続く雨の中でもひときわ目立っていた。
「何故他の参加者たちは、平気で傷つけ合う事ができるんだ……!
この状況を楽しんでいる連中がいるとでもいうのか? ――許せん!」
 かつて〝風の騎士〟と呼ばれた男から静かなる怒気が発せられた。
 しかし朱巳は動じない。
「まあ、あんたが熱く再戦を希望を抱いてるフォルテッシモなんて"楽しんでる"
最たる例なんじゃないの……?。他にも沢山居るんだろうけど」
「分かっている……! だからこそ俺はエンブリオとやらを手に入れて――」
 隣で叫び続けられるとさすがにうっとおしいので、
 とりあえず朱巳は怒り心頭のヒースロゥをなだめる事にした。
「はいはい、そんなにカッカしないでよ。ちゃんと十字架探しは手伝ってあげるから。
それより今は情報収集と人探しが第一なんじゃない? 他に何か変わったものは有った?」
 
 朱巳の問いが、ヒースロゥに以前出会った不気味な人物の台詞を思い出させた。
『顔すら知らぬ者の事情を勝手に決めつる、罪を断定する、己が断罪者になろうとする。
人である君が人を裁こうとする。これは傲慢だと思わないかい?』

(悪いが俺の心に迷いはない。世界の敵とやらになろうが、このゲームをぶち壊す)
 ヒースロゥは嫌な思いを断ち切るように首を振った後、
 ため息をつきながら朱巳に向き直った。
「ああ、ここから50メートルほど南に倒壊した建築物があるな。――そこだ。見えるか?
瓦礫に何か埋まっている上に、周囲に鏡が散らばっていた」
「あれはミラーハウスじゃない? つまりここは数時間前まで戦場だった……」
「この戦闘跡からも、生存者もそれなりの負傷を負ったと推測できるな」
 腕を組み、血染めのベンチを見て呟いた朱巳の思考をヒースロゥが告げた。
「生存者は出来るだけ敵との接触を避けたいはずね。ならば人の集まりそうな市街地や、
見つかりやすい平原、後は……不意打ちされる可能性が高い森などを避けて休息するでしょうね」
 今度は逆にヒースロゥの思考を朱巳が告げた後、
「「故に比較的安全な神社に向かう」」
 最後に二人でそう結論付けた。
 朱巳は、暗く陰鬱な色彩がどこまでも続いている空に視線を向けて、
「そのまま神社で雨宿りしている可能性が高いわね」
「善は急げ、だな」

610タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 08:27:23 ID:fmBZ14cE
 その場より少し離れた、アトラクションの一角。
 疲労のため、壁に寄りかかって眠りこけている道服の少女の傍らで、
 床に寝そべって休んでいた一匹の犬がゆっくりと片目を開いた。
 F-2、F-1エリアを調査した後、雨宿りついでに休息を取り始めた李淑芳と陸である。
 しばらく一人と一匹で神社の方向を見張っていたが、特に変わった動向は見られ無かった。
 故に、神社に居るはずの他の参加者から襲撃される心配は無いだろう、
 と結論して、夜間活動のために体力の回復を図る事にしたのだった。
 しかし今、陸は不信な声を聞いたために、まどろむ意識を覚醒させて聞き耳を立てていたのだ。
(やっぱり誰かが付近に居るようですね……)
 声は男性の怒鳴り声の様だった。
 それからしばらくの間、陸は様子をうかがっていたが、やがて雨が建造物を穿つ音しか
 聴こえなくなった。
 安全を確認した後で、陸は淑芳を起こすかどうか迷った。
 自分が捜し求めるシズの声では無かったが、自分達に協力してくれるかもしれない。
 しかし、突如としてカイルロッドの死に様が脳裏に浮かび、
 見知らぬ人間に安易に声を掛けるのは危険だろうとも思った。
(さて、どうしましょうか?)
 しばらくの葛藤を経て、陸は淑芳を目覚めさせる案を却下した。
 今の自分達に必要なのは休息だ。戦闘になった場合は命に関わる。
 その後更に長い時間、陸は聞き耳を立てていたが、
 安全を確認すると再び意識を闇に沈めた。


【F-1/海洋遊園地/一日目・17:20】
【嘘つき姫とその護衛】
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、鋏、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。神社へ向かう。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他

611タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 08:29:03 ID:fmBZ14cE
【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:睡眠中
[装備]:鉄パイプ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳ついて行く。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。
    ffとの再戦を希望。マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品について知らない


【F-1/海洋遊園地/一日目・17:20頃】
【李淑芳】
[状態]:睡眠中/服がカイルロッドの血で染まっている
[装備]:呪符×19
[道具]:支給品一式(パン8食分・水1800ml)/陸(睡眠中)
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社にいる集団が移動してこないか注意する
    /呪符を作って補充した後、F-1で他の参加者を探す/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃しています。『神の叡智』を得ています。
    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。

612手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:53:10 ID:fmBZ14cE
 島の南端、禁止エリアによって半ば隔離状態になっている神社。
 その社務所にて、お下げの科学者が刻印解除の構成式と悪戦苦闘していた。
「むう、何度解除構成式を起動させようとしても失敗するな。
やはり俺とヴァーミリオンの知識だけでは刻――おおっと。脳内の英知が溢れ出てるな」
 ぶつぶつ喋りながら刻印の盗聴機能を思い出しては慌てて自分の口を塞ぐ。
 辺りには式の記されたメモの切れ端が散らばり、刻印解除の構成式を少しでも完成させようとする、
 自称・天才科学者――コミクロンの努力が見て取れた。
「パズルを組み立てようにもピースが足りん。いつもの俺ならエレガントかつスマートに
解決できる問題のはずなんだが……そうか! 主催者は俺の輝く知性すら制限したに違いな――」
「んなわけねえだろ」
 コミクロンの背後のソファの上で、ヴァーミリオン・CD・ヘイズが上体を起こして目をこすっていた。

「お目覚めか、ヴァーミリオン」
「17:15か。I−ブレインは機能回復したみたいだ……って、結構寒いな」
 ソファから立ち上がったヘイズはジャケットを探して――向かいのソファで眠る火乃香を視界に捕らえた。
(元、重傷患者のお姫様から布団を奪う事は……できねえな)
 そのまま首をコキコキと鳴らしながら周囲を見回し、窓が無い事を思い出し、最後に雨音を知覚した。
「気温が下がってるのは雨の所為か」
 極寒の世界の住人であるヘイズにとって、シティ・ロンドン以来の降雨だ。
 ヘイズはしばしの間感慨深げに瞑目した後視線を下ろして、
 コミクロンの周囲に散らばるメモの切れ端に気づいた。
「頑張ってるじゃねえか天才科学者。成果は上がってるのか?」
 机の上のカロリーメイトが幾分少なくなった事を確認しながらヘイズは問いかけた。
 コミクロンは脳内と紙上とで、随分長い間刻印と戦闘行為を繰り広げていたらしい。
「ふっふっふっ。安心しろヴァーミリオン。この大天才に"無為"は存在しない」
 いつものごとく笑みを浮かべたコミクロンが、自分の額をびしりと指差した後、
『長期に渡る調査と思考の結果、この刻印は現時点では絶対に解除不可能ということが判明した』
 と、手元の紙に書き付け、目の前の赤毛の男へ手渡した。
 ヘイズはしばらく沈黙した後、紙を破り捨てて厳かに宣告した。
「……よし。殴っていいな? むしろ殴らせろ」

613手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:53:56 ID:fmBZ14cE
 解除不可能? そんな事は午前中から分かってるだろうが!
 脳内でツッコミを入れながら、ヘイズは言葉どうりに拳を固める。
(I-ブレイン25%で起動)
 そのまま馬鹿を打ち倒すべく、I−ブレインを起動させて最適動作を導き出すと同時に、
「待て、ヴァーミリオン。早まるな。これは現状の再確認、言うなれば前座だ」
 動作開始ぎりぎりのタイミングで、焦燥あらわにした馬鹿が静止をかけた。
 ヘイズはコミクロンとはゲーム初期からの付き合いだが、今初めてコミクロンが言っていた
 知人――キリランシェロの悲哀に共感する事ができた。そんな気がした。
 
 とりあえず二人は机を挟んで対面し、改めてコミクロンのメモを眺めた。
 机上の紙には構成式の断片や、刻印構造の立体化に失敗した図形が乱雑に書き込まれている。
 その内の一枚、メモと化した紙の空白部分にヘイズは言葉を書き付ける。
『じゃあそろそろ本題に入ってくれ。ただ、短い有機コードをつないだまま机を見下ろすのも面倒だぞ。
かと言って、筆談すると紙がもったいねえな』
 盗聴機能を警戒してのメッセージだ。刻印については当然言及できない。
 ヘイズ問いに対してコミクロンはふっふっと笑い、
「良し、じゃあ前振り無しで言うぞ」
『無問題だ。便宜上、刻印の事を"火乃香の脳"とでも名づけて会話するか?』
 この提案に対してコミクロンは『諾』と紙に記すと、ヘイズに視線を合わせた。
 目がじゅう血してるぞ、とヘイズは言ってやりたかったが今は関係ないので保留する。
「これを見てくれ。"火乃香の脳"の構造を図式化して失敗した物なんだが……」
 コミクロンの指し示したメモには中央が空白化した図形が描かれている。
 自分達の知識ではそこまでしか刻印の図式化は不可能だったらしい。
 ヘイズは複雑極まる刻印を図式化したコミクロンの努力に感嘆しつつ、
「真ん中が虫食い状態だな。つまり、俺達の世界の技術はこの"火乃香の脳"の根幹を
理解する事が出来無いってか?」
「その通りだ。天才を称する俺にとっては悔しい限りだが……」
「気にすんな。"火乃香の脳"の構造なんて本当は解析不可能じゃなきゃいけねえんだからな」
 大げさに肩をすくめてみせるヘイズ。
 動作につられてコミクロンも同時に苦笑し、
「ふっ、確かにな。"火乃香の脳"を解析可能な俺達みたいな存在の方が稀有ってトコか。
じゃあ次にこれを見てくれ…………」

614手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:54:37 ID:fmBZ14cE
 その後しばらく"火乃香の脳"に対しての討論と考察の結果、
 二人は"火乃香の脳"の解析には、魂自体に食い込んでいるらしいその機能を
 無力化できる人物や、生体医学に精通した人物が必要な事、その他の不確定な
 箇所の機能についてある程度の予測を立てる事に成功した。

「人体に精通した人物が発見できない場合は、俺が何とか考えてやる。
他の箇所の機能が明確になるにつれて、解読可能な箇所が増えるかも知れんからな」
「じゃあ演算と構成式の仮想の起動実験はこっちが引き受けるぜ」
 直後、気が緩んだコミクロンは吐息とともに背後の椅子に倒れこんだ。
 無理も無い。ヘイズ達が寝ている間中ずっと刻印の研究に打ち込んできたからだ。

 ギシギシと椅子の背もたれを鳴らしがら、自称・天才科学者は悲運を嘆いた。
「あー、全く何でこの天才がこんな目に……まあ、激怒したティッシに
追い掛け回されるより、当人比で1.8倍ほど楽なんだがな」
「腕を斬られてその感想かよ……そのティッシって奴の恐ろしさは良く分かった。
まあ、カロリーメイトでも食ってろよ。放送聞いたら移動するかもしれねえからな」
 ヘイズが手渡したカロリーメイトを受け取りながら、コミクロンはなおも呟く。
「腕か……魔術に制限が無けりゃあ楽につなげたんだが」
 それを聞いたヘイズは、即座にギギナと名乗った男との闘争を思い出した。
 向けられた殺意。煌く刃。轟く咆哮。飛び散る血流。苦悶の声……。
 あの時自分は襲撃に焦り、無二の協力者たるコミクロンは重傷を負った。
 あと一歩、破砕の領域の展開が遅れたら二人してあの世行きだっただろう。
 だが、それでも、自分は謝罪しなければならない。
「……コミクロン」
「何だ? いきなり改まって」
「ギギナの斬撃、あれは俺のミスだ。あの時俺が焦っていなけりゃあ、
最初から破砕の領域でギギナの手を直接解体して、お前は五体満足でいられたんだ」
「…………ほれ」
 うつむいた視線の先にカロリーメイトが突き出されて、
「腑抜けた顔を見せるなよ。女にふられた直後のハーティアみたいだぞ。
もしくは、ティッシとアザリーの両方に詰め寄られたキリランシェロか……。
まあ、カロリーメイトでも食ってろよ。放送聞いたら移動するかもしれんからな」
 つい先ほどの自分の言葉が返ってきた。
「換骨奪胎しやがって……」
 そう呟くヘイズの顔は苦々しくも微笑んでいた。

615手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:55:40 ID:fmBZ14cE
(後悔しても始まらない……か)

 今更だが、ヘイズは己の非を悔いているのは自分だけでは無い事に気づいた。
 コミクロンや火乃香だって自身に架せられた制限によって
 苦境に立たされている事に違いは無い。
 現に、眼前のコミクロンはシャーネの死に対して今でも自分を責めているはずだ。
 きっと自分達以外の参加者も、能力制限に苦しんでいるはずだ。
 ヘイズは右手を眼前にかざし、あらん限りの力を持って拳を固めた。
 ――いつもと同じ握力だ。身体に制限は無い。
(I−ブレインの能力低化が何だってんだ? 元々俺は魔法なんか使えねえ。
生まれた時と同じ様に、世界は俺に何ら期待を抱いちゃいない。
期待外れの……欠陥品だ)
 ヘイズは拳を開いて、ゆっくりと視線をコミクロンに向ける。
 正面に座る天才は、いまだにカロリーメイトを吟味していた。

 もそもそとカロリーメイトをかじるコミクロンに、
 ヘイズは何故か微笑さを感じた。
「"火乃香の脳"か。全く、めんどくせえ難物だよな」
 何となくもらした感想に、お下げの頭が反応する。
「同感だな。中枢に手が出せない限り進展は望めん。出口の無い迷路みたいだ」
 微妙な例え方だな、とヘイズは苦笑しながら近くのソファに腰を下ろした。
 自分が熟睡できただけあって、なかなか良い座りごこちだ。
「あとは地道に人探し……だな」
「ああ。だが、この大天才すら解析にてこずる"火乃香の脳"について、
機能を熟知している人物など存在するのか?」
(I-ブレインの起動率を35%に再設定)
「ざっと演算してみたが、5〜7人程度がいいとこだな」
「俺達が最初に出会えたのが不幸中の幸いか……"火乃香の脳"の構造解析なんかより、
人造人間を徹夜で組み立る方がまだマシってもんだぞ」

616手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:56:25 ID:fmBZ14cE
 二人は同時に吐息を吐いた。
 火乃香はいまだにソファの上で眠っているはずだ。
 もしも彼女に話を聞かれていたならば、二人とも無事では済まないだろう。
 片結びと青髪化の危機は現在進行形で存続している。
「残り60余人の内、"火乃香の脳"の構造解析が可能なのは5〜7人か。先は長いな……」
「しかも制限時間付きだ。この先もっと死ぬだろうからな」

 その時、ヘイズの脳内時計が17:30を告げた。
 休憩終了まで、あと三十分だ。



【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・社務所の応接室/17:30】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。寝起きでちと寒い。
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

617手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:58:08 ID:fmBZ14cE
【火乃香】
[状態]:浅く睡眠中。やや貧血。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:"火乃香の脳"が何だって……?(微妙に話を聞いてたり、聞いてなかったり)


【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。


[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:放送まで休息・睡眠
        
※応接室のドアは開きません。破壊するのは可能。
カロリーメイトは凸凹魔術士が完食しました。


「タイトル未定」の続きなんだが、長かったので別の話として分割。

618傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:04:39 ID:fmBZ14cE
「おい、ヴァーミリオン」 
 物思いにふけっていたコミクロンはある事に気付き、
 正面に座る赤髪に問いかけた。
「雨が止んでるんじゃないか?」
「……そうだな。特に意識してなかったが、雨音が聞こえねえ」
 しばしの沈黙の後、ヘイズは肯定を示した。

 雨が止んだのはヘイズにとってなかなかの朗報だ。
 目下の悩みは、指をはじいた音で空気分子を動かして起動する、
 彼の得意技たる破砕の領域は雨に弱い事だった。
 ランダムで落下する水滴が、論理回路形成に絶対必要な超精密演算を
 狂わすからだ。
 他人の音声などによる分子運動の誤差は、今の演算能力で十分埋められる。
 だが、多量の雨による阻害となると話は変わってくる。
 落下中の水滴一つ一つが空気に及ぼす影響を演算し、なおかつ地表に落下した
 水滴が発する音すら予測して指をはじかなければならない。

 I−ブレインの演算能力低化に苦しむ今の彼には酷な現実だった。
(破砕の領域一発のためにI−ブレインが機能停止したら、洒落になんねえ)
 知人の天樹錬は分子運動制御を使用できるので、雨の中でも問題ない。
 しかし、出来損ないのヘイズはその演算力の代償として一切の魔法を使用できない。
 故に、このまま雨が続いたならば苦戦は必至と覚悟を決めていたのだが――。
「こいつは……ついに運が巡ってきたか?」
「午前中もそう言って、現在はこーゆー状況なんだがな」
 と、お下げの科学者が眼前に数枚のメモを掲げて見せた。

619傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:06:01 ID:fmBZ14cE
(ぐ、現実的なツッコミだぜ)
 確かに森や海洋遊園地では散々な目に遭った。
 殺されかけたり、殺されかけたり、殺されかけたりした。
(命の危機が三連発かよ……もういい加減慣れてきたけどな!)
 しかも頼みの綱である刻印解除構成式は、知識不足でいまだに未完成だ。
 更には貴重な仲間を一人失い、自分達の状況は悪化する一方だった。
「くそっ! "火乃香の脳"さえどうにかなりゃあ
こっちも自由に動けるってのに……!」
「憤るなよ、ヴァーミリオン。"火乃香の脳"の中枢構造が理解できん事には、
俺達は手も足も出せないんだからな」

 "火乃香の脳"とは刻印の事である。先ほどから二人は筆談や有機コードでの会話を
 放棄して、堂々と口頭会話で刻印解除について論議していた。
 会話をする上で、刻印の盗聴機能を意識する二人は"火乃香の脳"と呼んだのだった。
 これなら管理者に盗聴されても『馬鹿な仲間』について嘆きあう哀れな
 参加者としか理解されないだろう。

 その時、
 コミクロンは向かい合ったヘイズの背後で、何かが動く気配を感じた。
「ほ、火乃香……ようやくお目覚め――」
「静かに……誰かが近くに来てる」
 火乃香の目覚めに対して露骨にどもるコミクロンの台詞を断ち切り、
 彼女は閉ざされた扉の向こうに意識を集中させる。
 それにつられて、男二人も扉の方に視線を向けた。
 しばしの間、応接室に沈黙の帳が下りる。
 痺れを切らしたコミクロンが、火乃香に視線を戻そうとした時、
 ――ジャリ、
 何者かが砂利を踏んで歩を進める音が聴こえた。

620傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:06:52 ID:fmBZ14cE
「随分と霧が出てきたわね……」
 九連内朱巳は先行しているヒースロゥ・クリストフに声をかけた。
 だが、鉄パイプを片手に進むヒースロゥの足取りは衰える事無く、
 濃霧を物ともせずに突き進んでゆく。
 その心の内には、ゲームに乗った愚か者に対する怒りの炎が
 激しく燃え盛っているはずだ。

 神社への道中、遊園地から続く浜辺にはくっきりと三人分の
 足跡が残っていた。
 不安定な歩幅からして、最低でも一人は負傷しているらしい事を
 朱巳は確信した。
(あの炎の魔女が死ぬくらいなら、どんな強者が居てもおかしくないわね)
 最悪の場合、三対二の乱戦にもつれ込むだろう。
 乱戦の中でヒースロゥから離れたら終わりだ。自分の本領は闘争ではない。
 万が一のために幾つか逃走経路を設定したが、禁止エリア沿いに逃げる
 ルート以外に確実な脱出法は見つからなかった。
(まあ、こんな所に逃げ込んでる奴等は喧嘩を売ってきたりしないはずよね)
 と、突然ヒースロゥがその歩みを止めた。
「何か見つけたの?」
 背後からの問いかけに対して、ヒースロゥは静かに朱巳と向き直り、
 二つの動作で答えを示した。

 一つは、人差し指を立てて己の口の前にかざした事。
 もう一つは、手に持った鉄パイプで砂利に残った足跡をなぞり、
 その切っ先を神社の社務所に向けた事だった。

 朱巳は悟った。
(負傷者は――この中に居る)

621傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:07:35 ID:fmBZ14cE
 応接室の中も緊張で張り詰めていた。
「足音から察するに……二人か?」
「当たり。そのままこっちに来るみたいだね。しかも両方とも素人じゃない」
「最悪だ。マーダー二人組みって事はねえだろうな?」
(I-ブレインの動作効率を50%で再定義)
 舌を鳴らしたヘイズは即座に最良の戦法を練り始める。まだ間に合う。
 演算を開始したヘイズの背後から、エドゲイン君を持ち出したコミクロン
 が後ろから囁いてくる。内容は予測済みだったが。
「甘いぞ、ヴァーミリオン。善良な一般人が禁止エリアに囲まれた袋小路に
わざわざ出向く理由が無い」
「しかも怪我人じゃない。気の乱れが見られない」
 火乃香が続けた。もはや黙って隠れる義理は無い。
 殺られる前に、殺る。

(I-ブレインを戦闘起動。予測演算開始)
 同時にI-ブレインが最適な戦法を叩き出した。
「奴等が前に来たらコミクロンが扉を吹き飛ばせ。
破壊と同時に俺が左、火乃香が右を警戒しながら飛び出して先手を取る」
「一応、威嚇と警告はするんでしょ?」
「俺がやってやるよ」
「援護は出来んぞ。連続で魔術を使うとヘイズの頭に負荷が掛かる事は、
前々から承知だ」
 すまん、とコミクロンに告げる間もなく、相手は社務所に進入して来た。
 火乃香が予告した通りに、隙が無い歩法だ。
 直後に遠くで扉を開く音がした。
 と、言っても足音と同様にほとんど音を立てないままだが。
 あの時火乃香が目覚めないで、コミクロンと二人で話し込んでいたとしたら、
(確実に奇襲を喰らってたな)
 今一度、睡眠状態でも警戒を怠らなかった火乃香の鍛錬の度合いに
 驚嘆させられる。
 思考する間に、歩行音が近づいてきていた。
 進入者達は、社務所の入り口からどんどん扉を開きながら進んでいるようだ。
(さて、コミクロン。ここはタイミング命だぜ。お手並み拝見といこうじゃねえか)

622傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:08:25 ID:fmBZ14cE
 朱巳は入り口から四番目の扉を前の扉同様、ほとんど音を立てずに開け放った。
 瞬間、鉄パイプを持ったヒースロゥが間髪入れずに突入する。
 その背後に隠れつつ、握った砂利を投擲しようとして――人気の無さに気付いた。
 ここも無人だった。残った扉は二枚のみ。
 数秒後に、安全を確認したヒースロゥが無言で部屋から出て来た。
 室内で警戒すべきは挟み撃ちだ、と社務所捜索前に提案してきたのは彼だ。
 そのまま一度視線を合わせ、申し併せどうりに次の扉の前に立つ。
 作戦は簡単だった。
(あたしが扉を開いて、ヒースロゥが殴りこむ)
 朱巳が手に持った砂利は威嚇・目潰し用であり、あくまで前衛のヒースロゥが
 敵を打ち倒すための補助に過ぎない。
(要は先手を打てればいいのよ。とことん闘う義理なんてないじゃない)
 朱巳はそう考えていた。最も、ヒースロゥは殺人者に手加減する気は無いだろうが。
 そのヒースロゥが自分の横に移動し、僅かに頷いた。突入だ。

 朱巳が眼前の扉に手を掛けた途端、
「――罠だ!」
「コンビネーション4−4−1!」
 ヒースロゥに突き飛ばされた数瞬後、先ほどまで眼前に存在した扉が粉砕した。
(粉々に? この攻撃は……! フォルテッシモ?)
 錯乱した思考は、しかしすぐに立て直される。
(違う。あいつは隠れたりしないし、攻撃前に叫ばない)
 じゃあ何者か? と問う直前に、扉の中から二人の男女が踊り出た。
 そのまま二人は、まるで定められた進路が有るかのように左右に分かれ、
 朱巳の眼前には赤髪の男が迫ってくる。
 そのニヤついた顔を見るなり、朱巳は砂利を投擲していた。
(嵌められた――)

623傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:09:14 ID:fmBZ14cE
 ヘイズが左に方向転換した瞬間。
 目の前の少女が床の上で体勢を立て直していた。
 見た限りは非武装だったが、
「ふざけるんじゃないわよ!」
 手首を返して砂利を投擲された。対応が自分の予測より0.3秒程速い。
(I-ブレインの動作効率を80%で再定義)
 しかしヘイズは迫り来る小石の軌道を一ミリの誤差無く予測。
(予測演算成功。『破砕の領域』展開準備完了)
 自分の顔面に命中すると思われる石は、
 指を鳴らして発動させた解体攻撃で残らず破壊。
 威嚇と警告は自分の役目だ。
 そのまま加速し、立ち上がった少女の眼前に指を突き出し、問いかけた。
「まだやるか?」
 
 ヘイズの背後ではしばらく金属音が打ち鳴らされていたが、数秒後に沈黙した。
 エドゲイン君を抱えたコミクロンが火乃香の援護に回ったために、
 少女の連れの男も形勢不利を悟ったようだ。
 横目でちらりと後ろを除くと、鉄パイプを正眼に構えた男が火乃香に対して
 後退していくのが見えた。無傷なところをみると、どうやら相当の達人らしい。
 確認を終えたヘイズは、再び少女に向き直った。
「で、どーするよ? 個人的には投降してくれるとありがてえんだけどな」
 突き出した指の先、少女はやけにふてぶてしく答えた。
 自分に銃を突きつけられた天樹錬と、何処か似ている。そんな気がした。
「分かりきった事言わないで。投降するも何も元から選択肢なんて無いじゃない」
「理解が早くてうれしい限りだ。じゃあ……そっちの鉄パイプ持ったお前!
三対一になったがみてえだが投降してくれるか?」
 男はしばらく黙していたが、火乃香が間合いを一歩詰めると観念したように口を開いた。
 相変わらず隙の無い構えのままだったが、交渉には付き合う気があるらしい。
「一つだけ、聞かせろ。貴様らはゲームに乗っているのか?」
「いや、むしろ逆だ。俺達はマーダー共に襲われっぱなしで、いい加減辟易してる」
 ヘイズからの返答が放たれた瞬間、コミクロンが木枠を手放した。
 そのまま左手を頭の上に掲げて、無防備だぞ、とばかりに男の眼前で一回転する。
 コミクロンの前に居た火乃香も同じように騎士剣を床に置く。さすがに回転しなかったが。
 仲間に習ってヘイズも両手を頭の上で組み合わせた。
「信じて……くれるか?」
 男は少女を見て、ヘイズ達を見て、床の武器を確認したあと、吐息を吐いた。
 直後に自分の鉄パイプを投げ捨てながら、
「信じよう。俺はヒースロゥ・クリストフだ」
 後には、鉄パイプが廊下を転がる音のみが残った。

624傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:10:35 ID:fmBZ14cE
【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・社務所の応接室前/17:35】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。


【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:"火乃香の脳"が何だって……?(魔術士の話を聞いてたり、聞いてなかったり)


【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
       騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。

625傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:12:37 ID:fmBZ14cE
【H-1/神社・社務所の応接室前/17:35】
【嘘つき姫とその護衛】
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、鋏、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他


【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳ついて行く。戦慄舞闘団との交渉。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。
    ffとの再戦を希望。マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品について知らない。鉄パイプが近くに転がっています。


「手札の確認」の続きだったんだけど、長いので分割。
なんか最後の方がぐだぐだだ。

626タイトル未定(1/3) ◆Sf10UnKI5A:2005/10/22(土) 00:34:02 ID:RB9CPqq.
 港の一角にある診療所。
 その内部、一階で、黒衣の青年が尊大な少年と不安げな少女を見据えている。
「……で、お前は結局の所何が言いたいんだ?」
 先に口を開いたのは黒衣の青年――ダウゲ・ベルガー。
「先ほどの零崎君も言っていたでは無いか。仲間になってもらいたいのだよ。
脱出&黒幕打倒同盟の一員としてね」
 答えるのは、恐らくこの島で最も尊大な存在――佐山御言。
「その言葉は――」
 ベルガーは、死体――坂井悠二の横に落ちていた狙撃銃PSG−1を素早く取り上げ、
銃口を佐山へと向けた。
「こういう行動に出る相手に向かっても吐けるのか?」
 しかし佐山は彼の言葉に態度を変えず、ただ微笑み続ける。
「私は相手が何者であれ、このゲームを打破するために協力を求める。
実際、零崎君とは少しばかり命の取り合いをした仲でね。
彼は私に負けたことで、気が向く間は協力すると約束してくれた。
君も同じ様な過程をお望みかね? ……ふむ、そう言えば名を聞いていなかったな」
「自分が世界で一番だと思ってるようなガキに教える名は持っていない。
それに、俺は零崎とやらとは違いこうすることも出来る」
 つい、とベルガーは銃口をわずかにずらした。
 それが狙っているのは、佐山の斜め後ろにいる少女――宮下藤花。
 藤花は驚きと恐怖が混じった色を顔に浮かべるが、佐山は依然平然としている。
「ふむ……。残念だ、まことに残念だよ黒衣の君。
その銃はちょっとした戯れにそこに置いておいた物でね。弾丸は全て抜き取ってある」
 その言葉を聞いて表情が変わったのは、藤花一人だけだった。
「ちょっとしたテストだよ。私に敵として向かい合う者が、どのような行動を取るのかを見るためのね。
無論誰も来なければ回収するつもりだったのだが、この島では些細な戯れすらすぐに意味あるものとなる。
――“必然”の存在を疑いたくはならないかね?」

627タイトル未定(2/3) ◆Sf10UnKI5A:2005/10/22(土) 00:34:58 ID:RB9CPqq.
 数秒の沈黙の後、ベルガーはPSG−1を降ろした。
「なるほど、お前の言いたいことも少しは理解出来た。
だが今は協調する気は無い。少なくとも、あの零崎人識をどうにかするまではな」
「ふむ、同行者のために仇討ちの手伝いかね。私としては賛成しかねる思考だが」
「ならば尋ねよう佐山御言。君は、この島に一人連れて来られたのか?」
 ほんのわずかに間が空いた。
「名簿には、知人の名が四つほど見られたが」
「殺されたか?」
 率直な質問。だが、佐山御言はそんなもので――
「俺の友人はこの島で殺された。死体を見たぜ。首を刃物でやられていた。
どんな偶然か俺はあいつを埋めてやる羽目になった。
意外も意外だ。あいつはこんな所で死ぬタマじゃない」
 叩きつけられる言葉は非常にシンプルだ。
 ベルガーはPSG−1を捨てると、佐山へ向けて一歩踏み出した。
「だが死んだ。殺されていた。どこの馬の骨とも知れぬ輩に。
俺は生きてこの島から帰る。だが、その前にあいつの仇を取ってやらないといかん。
そうしないことには顔向け出来ない連中がいるんでな。
――顔色が悪いぞ、佐山御言」
 佐山の脳裏に浮かぶのは、既に存在しないモノの姿。
 佐山の心臓を締めるのは、既に存在しないモノの記憶。
 佐山の契約を壊したのは、既に討つと誓った世界の敵。
「同盟が組めない以上、俺はここから大人しく去ろう。だが、二つやることがある」
 ゆっくりと近寄るベルガーを、佐山は額に汗浮かべ正面に見据える。
「一つは、坂井悠二の亡骸の回収。嬢ちゃんに頼まれた仕事だ。
もう一つは――」
 彼我の間隔数メートル。ベルガーはその位置で踏み込みに全力を込め――

「他人の心を顧みない傲慢な馬鹿に、一発説教食らわすことだ!!」

628タイトル未定(3/3) ◆Sf10UnKI5A:2005/10/22(土) 00:36:47 ID:RB9CPqq.
 ベルガーの太刀筋は速かったが、所詮予測された動きだ。
 佐山は胸の痛みを無視し、G-Sp2で受け止めた。
「顧みぬのではない! 見据え、堪え、――乗り越えるのだ!!」
「それが出来ない人間には何を求める!?」
 佐山の低い蹴りを、ベルガーは素早く引いて避ける。
「ただ一つ! この最悪のゲームを破壊するための力を!!」
「……っざけンなガキが!! 慢心と共にある力の行く末をテメエは知っているのか!?」
 ベルガーは佐山に答える間を与えなかった。
 それまで連続して振られ続けていたベルガーの刀は、ほんの一瞬の内に投擲されていた。
 全力で飛ばされた刀が向かう先は、佐山ではなく、
「ひっ!?」
 ――宮下藤花。
「くっ!」
 うめき一つだけを漏らし、佐山は強引に身を捻り刀を叩き落した。
 しかしその動作に費やした時間は、同じだけベルガーの攻撃に費やされる。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
 放たれるのは詞(テクスト)ではなく、怒気の込められた叫び声。
「ぐっ!? ……は、ぁっ…………」
 ベルガーの一撃が正確に佐山の鳩尾を打ち抜き、佐山はその場に崩れ落ちた。

「いいか佐山御言。あそこで宮下とやらを庇わなけりゃ、お前はあの零崎人識以下の生物だ。
しかし、君は守った。だから俺はこれ以上口も手も出さん。
だが言っておくぞ佐山御言。
俺はこの島で知り合った人間で、俺以上に君の言葉が、君の論が通じない奴を二人は挙げることが出来る。
そいつらは零崎のような人間ではない。お前と同じ様に自分の信念を持っている人間だ。
どうやってこの島の人間全員を仲間にするのか、よく考えておけ。
二度は言わない、忘れるな」

 そこまでを聞いて、佐山の意識は闇に落ちた。


※この後ベルガーの行動が少し入る予定です。

629スリー・オブ・ザ・アザー(三匹の子豚) ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:42:32 ID:2hhtcUkM
 十階建てのビルの屋上。
 風の吹くそこで、人の話す声が響いている。

『――というわけで、“殺し合い”というのは“日常”なんですね』
『なるほど。“日常”ですか』

「――面白いかい?」
「ええ。なかなか興味深いわ。……あなたは、なに?」
「自分がなんなのかなんて、分かってる人はあまりいないんじゃないかな。まあ――極論してしまえば、君と同じようなものだよ」
「そのようね」

『そう。ヒトは常になにかと“殺し合い”をしている。食事をするってのは、豚とか魚とかを殺してるわけだからね。
 動物だけじゃない。野菜とか果物とか、植物だって元は生きてるんだ。“殺し合い”の結果で食べる側に回っているけど、もしかしたら食べられる側にいたかもしれない』

「それはどちらについての言葉かな。ああ、意味のない問いだから答えは要らないよ」
「なら返答はしないわ……ところで、私はあなたをなんと呼べばいいのかしら?」
「これは失礼。ぼくは――そうだね。“吊られ男”だ。魔女につけられたこの名が、いまのぼくには一番相応しいだろう」
「“ザ・ハングドマン”? 妙な名前ね。でも似合ってるわ」
「ありがとう。君は?」
「自分がなんなのかを分かってる人は、あまりいないらしいわよ」
「そうみたいだね。出来れば名前を教えてくれると、今後の会話が弾むと思う」
「――“イマジネーター”と、そう呼ばれることもあるわ」
「似合っているよ」
「皮肉?」
「そう聞こえたかい? なら謝ろう」

『確かにそうですね。辺境では“人を食べる”というのも聞いたことがあります』
『うん。だから“私たちは殺生をしたくないので野菜しか食べません”なんて連中には憤りを感じるね。
 野菜や果物は食べるけど、豚や牛や鶏や魚が可哀相だから食べない。これは酷い差別だね』
『差別……ですか』

「――これで、私たちの自己紹介は終わったわ」
「君はどうするの







 ○ <アスタリスク>・3

 介入する。
 実行。

 終了。







630 ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:43:14 ID:2hhtcUkM
『確かにそうですね。辺境では“豚を食べる”というのも聞いたことがあります』
『うん。だから“私たちは殺生をしたくないので土しか食べません”なんて連中は尊敬に値するね。
 動物も植物も生き物だから食べない。ミミズのように土を食べて生きていく――これは素晴らしい試みだよ』
『生物として無理があるような気がしますがねえ』

「無為だよ、名も知れぬ君。僕も彼女もそれの干渉は受けない」
「干渉されることすら出来ない、と言ったほうが正しいのでしょうけど」







 ○<インターセプタ>・2

 <自動干渉機>、私に機会を。







『差別……ですか』
『“豚は可哀相だから食べない”――これは一見博愛主義のように思えるかもしれないけど、違う。
 豚が食べられる側なのは常識だから、“豚は殺し合いの相手にもならない”と無視することなんだ。これは酷い侮辱だね』
『手厳しいですねえ』

「――御初にお目にかかるのです」
「これは丁寧に。……なんと呼べばいいのかな?」
「では、あなたたちに倣って<インターセプタ>と」
「倣う必要はないのよ? あなたは私たちとは違うのだから」

『少しきつい言い方かもしれないけど、大人は少しきついぐらいじゃないと理解できないからね。
 その点、子供は理解が早いよ。うちの弟夫婦が菜食主義だったんで、甥っ子は肉を食べたことがなくてね。
 先日、レストランで食事をご馳走したら、“豚さん美味しいね!”って喜んでましたよ』
『子供は純真ですねえ』

631 ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:44:08 ID:2hhtcUkM
「それで……あなたは何をしたいのかしら? <インターセプタ>」
「ここには、わたしの世界の人たちがいます。わたしは彼らを助けたいのです」
「――此処について、ある程度は分かってるんじゃないのかな。君の行動は徒労だと思う」
「……それでも」

『前々から何度か言っていると思うんだけど、食物に対する“尊敬の念”を失くしているようでは、いずれこの国は滅びるよ』
『や、それは少し大げさなのでは。たかが食べ物でしょう?』
『“たかが食べ物”すら各下に見て侮辱するのに、“たかがヒト”を同列に扱っていけると思うかい?』

「それでもわたしは助けたいのです」
「それが……あなたの“役割”なのね」
「“役割”か。ならば既にそれを終えたぼくは……なぜまだいるんだろうね」

『はい。それでは今日の結論をお願いします』
『“食べ物”に対する“尊敬の念”。これすら持てないようでは、いずれ泥沼の戦争で人類は破滅する。
 そうならないように、一食一食に気をつかわなければならないんだ』
『ありがとうございました。それではミュージックタイムに移ります。本日のリクエストはPN.不気味な泡さんより、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」です』

「好きね、彼も」

『――なみっだ流してあんのひっとは〜、わっかれっを告っげるっのタッブツッ』
『し、失礼しました! ええと、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」でしたね。少々お待ち下さい』

「――じゃあ、私はやることがあるから」
「行くのかい?」
「ええ。管理者とやらの力に興味があるの」
「徒労に終わると思うよ」
「何もかも知ってると信じているものの言い草ね」
「そう感じてしまうんだ。此処で何をしようと何も変わらないし、そもそもぼくたちに出来ることはほとんどない」

『――♪ おーおー。今日もゆくゆく黄金色〜。頑張れ正義の贈賄ブツッ』
『し、失礼しました! 今日は機器の調子が悪く――マイスタージンガーだっつってんだろ無能!――少々お待ち下さい』

「それでも私はやらなければならない。それが私の“役割”だから」
「――わたしも、やらなければいけないのです」
「自分で自分の役割を決めて動かなければ、ゲームの駒にされるだけ、か……」
「……このゲーム、何のためにあるのかしら」
「――“吊られ男”さん、もしかしたらあなたは知っているのではないですか? このゲームの目的を」
「それは簡単なことだ。実に簡単なことだよ」

632 ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:44:52 ID:2hhtcUkM

『――満天の星々に感謝を
   地にあふるる花々に感謝を
   そして我が最愛の人に祝ブツッ』
『し、失礼しました! ――だぁからマイスタージンガーだっつってんだろーがっ! テメエこの仕事何年やってんだ!』
『い、いや自分は先日入ったばっかのバイトで』
『黙れ豚』

「――心の実在を証明すること」







 ○<インターセプタ>・3
 彼らとの接触には意味があった。
 このゲームの目的を知ることが出来たのは、大きな収穫だと言っていいだろう。
 心の実在の証明。
 そのためにこの世界は創られた。巨大な実験場として。
 全ては複製であり、宮野秀策も光明寺茉衣子も偽者である。ならばわたしは何もしなくていいはずだ。
 だが、疑問が残る。
 なぜわたしまでもがこの世界に在るのか。わたしも偽者なのか。<自動干渉機>さえもが創られているのか。
 なんのために?
 疑問を解消するために、わたしはこのゲームを見届けようと思う。
 そして、例え偽者であろうと、<年表管理者>として宮野秀策と光明寺茉衣子を救いたいと思う。










『――えー、放送機器の調子が悪く、大変お待たせしましたが、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」です。どうぞ』



『――――♪』








 ○<アスタリスク>・4
 終了する。
 実行。

 終了。

633竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:09:04 ID:fmBZ14cE
 B-3エリアのビルの一室。
 「風雨の下で長時間行動するのは身体に障る」と主張する医者に連れられて、
 崩壊した病院から隣の区画に移動した藤堂志摩子ら一行が休息を取っていた。
 ダナティアと終は、ビルじゅうを巡った後になんとか衣服を発見し、
 その間に志摩子は水と食料を補給した。
 メフィストは静かに窓の外を眺めている。外見は余裕そうに見えるが、
 刻印や吸血鬼などの懸案すべき事項が多すぎて、一時たりとも彼が思考を停止する事は無い。

 ようやく態勢が整い、一同が今後の行動を定めようと集まった時、
 真っ先に口を開いたのはダナティアだった。
「6時まで待ってくれないだろうか? そうドクターは主張しましたが、
今どうしても伝えなけれならない事が幾つか――」
「カーラの事か?」
 ダナティアの言葉をぶっきらぼうにさえぎったのは終だ。
 土砂に埋もれたり、ズブ濡れになった所為か、先ほどまで彼は不機嫌そうだった。
 服を見つけた後に「腹が減った」などとのたまい、
 志摩子が集めた食料にさっそく手を付け始め、現在は腹の虫が治まったかの様に見えいたが、
 やはり灰色の魔女の事が頭から離れなかったようだ。
 終の言葉に志摩子は息を呑み、メフィストはしばしの沈黙の後に話の続きを促した。
「ええ、彼女の事も関係しているから、しばらくの間黙って聞いていてくれるかしら?」
 ダナティアの返事に対して終は素直に手に持っていたパンを置き、
「別に良いけど……こいつはけっこう長くなるのか?」
「ええ、そうね。夢の話よ……魔王の下に魔女が集った夜会の夢。
運命と言う名の偶然に導かれ――深層心理の奥底にて招かれた“無名の庵”で出会った、
闇の世界の住人“夜闇の魔王”――神野陰之。このゲームの主催者との対話の夢よ」

634竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:10:19 ID:fmBZ14cE
 瞬間、今まで沈黙を貫いてきたメフィストが僅かに眉をひそめた。
 しかし、その眼光は衰えず、食い入るようにダナティアを見つめる。
「今、何と――神野? ……あの神野陰之か」
 ――神野陰之。“いと古き者の代理人”や“名付けられし暗黒”その他様々な名称で
 古い時代から呪術の書物に稀に顔を出す謎の人物としてメフィストは彼を知っていた。
 だが、自身は実際にはその存在を認めてはおらず、まさかこんな場所で彼の
 名前に出くわすとは思っても見なかった。
 神野の力は強力で、現代の魔術が通用しないらしく、「神野の由来より古い呪物を
 持ち出さないとその存在に対抗する事が出来ない」と言われる厄介な相手らしい。
 それでいて最高の魔法のくせに、自分で何かを始める事が出来ない存在――、
 故に黒幕は二人組だろうとメフィストは推測した。

「ご存知なんですか?」
「当然の事だが私は医者という職業上、呪術の知識にも触れたことが有る――」
「普通の医者はそんな事しないと思うけどなあ」
 間髪入れずに放たれた終のツッコミをメフィストは無視した。
「――触れたことが有るのだが、神野陰之についてはほとんど情報が無い。
私の手持ちの文献にも、その存在はほとんど記されていない。
分かっているのは『あらゆる場所に遍在しているので距離や時間などの概念は無意味』
である事と、『人間とは異質かつ高位な存在である上、自我のすら曖昧な為、
精神攻撃や物理攻撃も殆ど通用しない』らしい事、更に『相手の望みを聞くという法則』
を持っている事。その程度しか私は情報を得ていない」
「いや、そこまで知ってれば十分だろ……古書マニアの始兄貴だってそんな事は
知らないはずだぞ。……どのみち今はもう、関係無いけどな」
「――ダナティアさん、続けて下さい」
 志摩子は終が兄の死を思い出して苦しんでいる事を察して、話の続きを促した。
 ダナティアもそれを承知している為に、即座に夢の詳細を語り始めた。

635竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:11:30 ID:fmBZ14cE
 “天壌の劫火”アラストールとの約束。
 無邪気に笑う“魔女”十叶詠子。
 深層意識でさえ福沢祐巳の形を取る“灰色の魔女”カーラ。
 十叶詠子が『ジグソーパズル』と称したサラ・バーリン。
 「『私』に問い掛ける事を許そう」と厳かに告げた“夜の王”神野陰之。
 そして――、未だ顕れざる精霊“御使い”アマワ。
 神野は語った。
「『彼』は君達にこう問い掛けているのだよ。
 “――心の実在を証明せよ”」

 ダナティアが語った夜会の内容は、一同に少なからず衝撃を与えた。
「難題ですね。心の実在を証明せよ、ですか……」
「心ってのは脳の中に有るんじゃないのか? 今こうして考えてるのも脳だろ?」
「“人間”ならばそうでしょうね。でもアマワは精霊なのよ。
あの“夜の王”やアマワには実体は存在しないはずだわ。当然、脳なんて持ってないわね」
「おい! せんせーはどう思うんだよ。医者なんだろ?」
 終は目に見えて怒っていた。
 彼にとっては「心の実在」などどうでも良く、
 そんな不確定なものを証明する為にこんなくだらないゲームに引っ張り込まれ、
 結果として兄と従姉妹を失った。彼らは二度と戻って来ない。
 湧き出す感情は悲しみよりむしろ怒りが大きい。
「ったく……最初から頭でっかちな学者連中を集めてりゃあ良いんだよ」
 何故自分達が殺し合わなければならないのか?
 何故失う事で心の実在が証明されるのか?
 終には分からない。
 胸を押さえても感情は荒ぶるばかりで少しも鎮められない。

636竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:12:16 ID:fmBZ14cE
 終の怒りが弾けそうになった時、メフィストがようやく口を開いた。
 その口調には何のてらいも気負いもない。
「“――心の実在を証明せよ”か。実に興味深い……。
私も正直、確固たる名案を示す事ができん。――終君、明確な理由が有るので
憤らないでくれたまえ。まず、我々はアマワと呼ばれる精霊について何ら情報が無い。
一言に精霊と言っても実際には雑多な種が居て、まとめて括る分けにはいかない。
現在我々はアマワについて全くの無知であり、アマワはどのような性質を持ち、
どれほどの存在なのか皆目検討がつかない」
 ここまでは理解できるだろうか。と、一旦言葉を区切ったメフィストは、終と志摩子を
 交互に見渡した。特に終は感情が高ぶっているので、下手に刺激するよりは
 多少話が長くなっても、理解しやすく説明した方が安全性が高い。
 二人が了承の意を返してきたので、メフィストは話を再開した。

「先ほど、実体が無いから脳で考えている訳ではない、と言われたが
確かにそれは的を得ている。だが、我々はアマワの性質を把握していない。
人間の心と精霊の心が同一であるのかすら不明だ。
故に、現状ではアマワの問いに的確な返事を返す事が出来ない。
仮定は幾つでも立てられるが、それらはあくまで仮定であって、解決にはならない。
あいにく私は確証も無く推論を垂れ流す、愚昧な知性を持ち合わせてはいない」
「何だよ。結局アマワの事を知らないから、ハッキリと断言できないって事だろ?」
 終はのけぞってギシギシと椅子を鳴らした。
 しかし、終も精霊がどうやって思考してるかなんて事はさっぱり分からないので、
 人の事をとやかく言う筋合いは無い。
「不満のようだな? なんなら幾つか推論を述べても構わないが」
「結構ですわ、ドクターメフィスト。終君、不確定な情報から導かれた推論は
後々になって自らの首を締めるかもしれなくてよ。ドクターはそれを警戒している――」
「分かったよ。けどアマワの事をバラした神野ってのも、おれに言わせれば十分胡散臭え。
言ってる事は、全部自己申告だしな」
「でも、ゲームの裏に神野と名乗る存在が居るのは確実なんですよね?
ダナティアさん?」
「十叶詠子は彼の実在を確信していましたわ。刻印を作製したのは彼だと明言
していたわね……」
 電波ってる娘を何処まで信用して良いか分からないだろ。と、終は再びパンを
 食べ始めた。ダナティアの話を聞く限り、十叶詠子は尋常ではない。
 人格だけなら小早川奈津子の方がまだ理解し易い。

637竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:12:58 ID:fmBZ14cE
 いや、あの化け物の思考が単純すぎるのだろうか……? 少なくとも茉理ちゃんと
 比べると、十叶詠子ってのは十分変人の域に達しているはずだよな。
 パンの耳に喰らい付きながら、終はそんな事を考えていた。

「ならば、他にも参加者の中で黒幕の存在を理解・知覚している人物が居るかも
しれん。ルールに反しない限り主催者が手を出さないなら、
我々にも反撃の機会は十分有る――」
 そこまで言葉を連ねてメフィストは沈黙した。
 不思議がった志摩子が声を掛けようとした寸前に、終が彼女の口を塞ぐ。
「声が聞こえるんだ――この馬鹿みたいな笑い声は……まさか……」
 南を向いて耳を澄ませるその横顔はかなり引きつっている。
 露骨に不快の意を示す終の態度に志摩子は眉をひそめたが、
 沈黙を保ったおかげで彼の言う“馬鹿みたいな笑い声”を聞く事ができた。

「をーっほほほ……ほほ、ジタバタ……に静か……し!」
「貴様っ! 誇り……このマスマ――おごっ!」
「この……小早川……から逃げら…………って? さっさ………れておし……」

「終さん、この声は……例の?」
「十中八九、小早川奈津子だな……。気が乗らないけど、おれの出番か。
地の果てまで逃げてでも闘いたくはなかったんだけど、あんた達が居ちゃあなあ」
 そう言って終は超絶美人のメフィストとダナティアを横目で見やった。
 極端な国粋主義者の小早川奈津子にとって金髪美女のダナティアは
 目の敵であり、メフィストに至っては奈津子のストライクゾーンのど真ん中
 に直球を投げ込むようなものだ。
 『いやがる男を力ずくで征服するのが女の勲章』などとのたまう彼女には
 極上のターゲットだろう。何としてでもあの怪女から守らねばならない。
 小早川奈津子は一度目標を定めればテコでも動かず、弁舌による丸め込みが
 効かない上に物理的にも止められない。メフィストにダナティアという
 最高のエサを眼前にぶら下げれば、即座に彼女は喰らい付くだろう。

638竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:13:42 ID:fmBZ14cE
「おれが適当に走り回ってあの怪物をまいてくるから、
あんた達はここでじっとしててくれよ。放送には間に合うようにするから、
それまで今後の予定でも話し合うなりご自由に」
 珍しく早口でまくし立てるなり終は扉ではなく窓のほうへと歩を進める。
 先ほど、美男美女にはさんざん小早川奈津子なる存在の危険性を説明した。
 事態が深刻化しない限り表に顔を出すようなマネはしないだろう。

 いざ出撃せんとする終の眼前、ガラス窓の外には濃霧が立ち込めていて、
 三メートルくらいしか前方を見通す事が出来ない。
 それでも終はガラリと窓を開け、下を眺めた。
「あー、やっぱ見えないか……。上手く当てれば一撃で吹っ飛ばせるかも
しれないんだけどなあ。ま、図体がでかいから確率は半々ってトコか」
「あの……終さん? 出口は――」
「知ってるよ。あんたは少しばかりこの竜堂終を甘く見てるだろ?」
 終は得意げに長剣――ブルートザオガーを手首だけで一回転させた。
 いとも簡単に扱っているようで、この剣は使い手を選ぶ厄介な宝具だ。
 しかし、存在の力を込めれば剣に触れてる者を傷付ける便利な能力を持ち、
 使い手によっては相当な威力を発揮する。

「じゃ、元気なうちに一暴れしてくるぜっ」
 まるで散歩に行くかのように終はひょい、と窓から飛び降りた。
「終さん! ここは四階……」
 あわてて志摩子が窓辺に駆け寄るが、
「ハギス走り――!!」
 終は並みの人間ではない。ドラゴン・ブラザーズの三男だ。
 そのまま景気づけに大声を上げると、垂直な壁面を全速力で走り始める。
 志摩子が窓から見下ろした時には、終の後ろ姿は霧にまみれて消え行く所だった。
「安心したまえ、彼の身体は優良中の優良だ。この程度の落差はものともしないだろう」
 背後からメフィストの声が掛る。
 志摩子は、土砂の下敷きになってもピンピンしていた終の様子を思い出し、
「行っくぜ――だぁらっしゃ――!!」
 同時に終の気合いと共に放たれた衝撃音を耳にした。

639竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:14:27 ID:fmBZ14cE
「だぁらっしゃ――!!」
 “正義の天使”小早川奈津子は頭上から聞き覚えのある声を聞き、
 とっさに跳躍して回避行動を取ろうとした。――が、間に合わない。
 しかも、先ほど入手した『危険に対する保険』は見苦しい上に五月蝿いので、
 たった今沈黙させた所だ。 現在自分を守る物は何も無い。
 もし、この玉の肌が傷ついたらどうしてくれよう?
 八つ裂きでは済まさない。
 来るべき衝撃に対して小早川奈津子は身構えたが、
「あっ、姿勢を沈めるなよ! 脳天直撃コースだったのに!」
 頭上ギリギリを飛び越えて、奈津子の見知った人物が降って来た。

 “ハギス走り”などと称してビルの壁面を駆け下りた終は、
 目ざとく女傑を発見すると垂直な壁を踏みつけて即座に飛び蹴りを放った。
 しかし、女傑もさる者、蹴りが命中する直前になんとか回避に成功し、
 おかげで終の蹴撃は、彼女の上を通過して少し離れた大地に着弾。
 凄まじい衝撃音と共に、直径3メートルのクレーターを生成した。
 そのまま両者は向きなおり、お互いの危険度を再確認する。

「をーっほほほほほほほほほ!!」
 濃霧の中に仇敵を見つけた小早川奈津子は哄笑を上げる。
 風がやみ、周囲の霧が吹き飛んだ。周囲の市街地は廃墟さながらの不毛な
 沈黙に覆われた。何か途方も無く不吉な存在が、世界の全てを圧倒していた。
「元気そうで何よりだな、おばはん」
「何度言っても分からないガキだこと! あたくしの事はお嬢様とお呼びっ!」
 ああ、夢じゃない。コイツは正真正銘の小早川奈津子だ。
 終は深く吐息を吐くと、巨体の女傑と視線を合わせた。
 最早、背後に道は無い。
「をっほほほほほ、苦節一日、ついに国賊竜堂終を発見、これを撃滅せんとす。
大天は濃白色にして波高しっ! さあ、正義の鉄拳を受けてあの世へお行き!」
「いやだね」
「そんなワガママ通るとお思ってるの? 地獄で根性を叩きなおして
おもらいっ!」

640竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:15:17 ID:fmBZ14cE
 言うなり女傑は終に突撃した。
 その拳には狂気と殺気が載せれられている。直撃すれば大ダメージだ。
「冥王星まで飛んでおいき!!」
 命中まで一秒。しかし、終は自分に急接近する禍々しい黒影を睥睨している。
 大気の悲鳴と共に、不吉の象徴が終の頭部を打ち砕かんとするその刹那、
 初めて彼の手が動いた。落ち着いた動作にしか見えないそれは、
 軽い一払いで小早川奈津子の豪腕を逸らす。
 更に、逆の手はいつの間にか長剣を手放し、女傑の腰に添えられていた。
 彼女が二発目を繰り出す前に、もう片方の手も腰に添えて――、
「おおっと、ここで終選手の巴投げだー!」
 自分で実況しながら身体を後ろに倒し、最後に脚で蹴り上げる。
 相手の図体が大きすぎる為、かなり変則的な投げだったが、
 ともかくは“天使”は宙を舞った。

 常人ならこの一投げでノックアウトだろう。
 が、相手は小早川奈津子。世界の常識は通用しない。
 たとえ、吹き飛ばされて瓦礫の山に埋もれようとも、闘志を増して
 カムバックする日本史上最強にして最恐の称号を持つ最兇の女性である。
 地面に激突する寸前に身体を捻って、華麗に――少なくとも本人は
 そう称するはずだ――着地した。
「をっほほほ、さすがはあたくし。行動全てが美麗なり! 10.00!」
「いや、地面に脚がめり込んでる。体操競技じゃあマイナス点だろ」
 余裕そうにコメントする竜堂終は気付いていない。
 自分が今、凶悪な細菌兵器に感染してしまった事を。
 故に数分後、調達したばかりの服が崩れ去ってしまう事を。
 
 ともあれ比較的穏便な第一ラウンドは終了した。
 最も、彼らにとってはほんの挨拶代わりの小手調べに過ぎない。
 又、終が追撃を加えなかった事には理由が有る。
 真近で見た小早川奈津子の首下に、銀の鎖で繋いだ黒い球を
 交差する金のリングで結んだ意匠のペンダントがぶら下がって
 いるのを発見したからだ。
 つい先ほどダナティアは紅世の魔神アラストールとやらが
 意志を顕現させる神器、『コキュートス』が自分達の側に有るらしい
 と話していなかっただろうか?
「おい、おばは――お嬢様。そのペンダントは支給品なので御座いますか?」
 なんだか変な日本語だったが、とりあえず終は問いを発してみた。
 もしもコキュートスならば、途中で回収せねばならない。
「をっほほほほほ、その通り。陳腐ながら我が美貌を飾り立てる装飾品でしてよ」
「――二度目だが、ただの装飾品と一緒にされるのは不本意だ」
 小早川奈津子の嬌声を打ち消すように、
 重く低い響きのある男の声がペンダントから聴こえた。

641竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:16:05 ID:fmBZ14cE
「『なんとかなるだろう』と思っていたのが過ちだったようだな。
女傑とは言え、人間一人にまさかここまで振り回されるとは」
 さすがの“天壌の劫火”も小早川奈津子のような人間に
 出会ったのは始めてらしく、ある種の衝撃を受けたらしい。
 何とかして自身の契約者と出会う為、彼は小早川奈津子を誘導しようと試みたが、
 結局彼女は無謀・無策に暴走を続けて現在に至るのだった。
「お、喋った。おい、“天壌の劫火”アラストールってのはあんたの事か?」
「いかにも。厳密には本体は契約者の中なのだが……我が名を知る汝は
ダナティア皇女の手の者か?」
「おれの上に主人は居ないぜ。名は竜堂終、あんたの持ち主に言わせれば
人類の敵ってやつだ。ま、今は――」
「おだまりおだまりおだまり! このあたくしを差し置いて……観念おし!」
 ほんの少しの間であったが、除け者にされた事が小早川奈津子の
 癇に障った。彼女は未だ気絶する『危険に対する保険』――ボルカノ・
 ボルカンの両足首を掴むと軽々と持ち上げる。
 そして頭上でバットの如く振り回し始め、
「をーっほほほほほ! おくたばりあそばせ――!」
 そのまま終に向かって叩きつけた。

 かくして、人外対人外の第二ラウンドが始まった。
 

 天下の女傑、小早川奈津子が竜堂終に天誅を加えんとしている頃。
「――この音は……どうやらどこぞの馬鹿が派手に騒ぎ始めたか。
当然、ゲームには乗ってるはずだな」
 185cmを超える長身にドレッドヘアに野生的な顔立ち。
 間違えようも無く、<凍らせ屋>の異名を持つ漢、屍刑四郎である。
 せっかく単独で動いているにも関わらず、 朱巳とヒースロゥと別れて以来、
 誰にも会っていない。
 わざわざ脚を運んだ島の北西エリアにも人影は見当たらなかった。
 仕方なく公民館辺りへ進路を変更しようとした時、
 東方より盛大な破砕音が聞こえたのだ。
(とりあえず、巻き込まれたヤツの保護を優先か。馬鹿の取り締まりはその後だ)
 “乗った”者を引きつけ、そして返り討ちにする当初の作戦は変更しなければ
 なるまい。取り締まりの為とは言え、今は自分から喧嘩を買いに赴くのだ。
「方角は……市街地か」
 魔界刑事の本領がついに発揮される時が来た。
 屍は濃霧に沈むパーティー会場へと歩を向ける。
 大地を踏みつける脚の動きは加速して――そして留まる事を忘れたようだ。

642竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:16:51 ID:fmBZ14cE
 一方市街地では、騒ぎ始めたどこぞの馬鹿の片方が不気味すぎる歌声を発していた。

 ♪廃墟に独り孤高の戦士 ラララー
  愛と正義のために戦う〜
  あ〜あ〜、ナツコ・ザ・ドラゴンバスター
  あ〜あ〜、ナツコ・ザ・ドラゴンバスター

 何羽かのカラスが気絶して堕ちていくのを逃走中の竜堂終は目撃する。
 今や、霧深き街に史上最悪の音響兵器が出現しつつあった。
「頼むから歌までにしといてくれよ……。振り付けなんか見たくないぞ」
「をーっほほほほほほ! 闇には光、悪には正義、忌まわしきドラゴンには
この小早川奈津子が大日本帝国に代わっておしおきよ! 滅びよ鬼畜!」
「人の話を聞きゃしねえ……。しかもザ・ドラゴンバスターは英語だろ……?」
 アート・デストロイヤーと化した小早川奈津子は進路に立ち塞がる障害物を
 ものともせずに終に肉薄する。
「粉骨砕身!」
 繰り出された一撃を終はかろうじて回避、大技を空振りした女傑は少しよろめいた。
 間髪入れずに脚払いを放って女傑を転倒させた終は、頭の隅に疑念を抱く。
 ――小早川奈津子がさっきから右腕を使っていない。何故だ?
 気絶した少年を掴んで振り回しているのは左腕だ。本来の彼女なら両手に花ならぬ
 両手にチェーンソーを使いこなせるパワーが有る。
 竜すら恐れぬ怪物は、どうして右手を空けるのだろう?
 終は、倒れた彼女から距離を取りつつ黙考する。
 ――もしや、おばはんは誰かを襲って手酷い逆襲を受けたのか……?
 有り得ない話ではない。現に竜堂家の長男たる始は命を失っている。
 この小早川奈津子を圧倒するような参加者が居ても可笑しくは無い。
「どの道、おれにとってもバッドニュースだな。仮にもおばはんは
最強クラスの人類だってのに……腕を一本やられるなんて。相手は何処の怪物だ?」
 走りながらちらりと後ろを振り向けば、女傑の姿は既に見えない。
「……? なんで追って来ないんだ?」
 バテたのだろうか? いや、あの怪物の体力は人智を遥かに超越している。
 世界の常識を完全に脱しているからこそ、彼女は竜堂兄弟の天敵たりえるのだ。
 立ち止まった終の背を冷水が伝わる。

643竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:17:32 ID:fmBZ14cE
 その時、
「をーっほほほほほほほほ! 油断大敵!」
 終の真横に位置する住宅の倉庫を文字どうりブチ破り、不幸の具現が踊り出た。
「しまった!」
 叫んだ時には既に遅し、身をかがめて逃げようとする半熟ドラゴンに
 小早川奈津子は巨大な手を伸ばす。
「をっほほほ! この聖戦士にして愛の女神、小早川奈津子から
逃れられるとお思いっ?」
 それでも災厄から逃れんとする終の頭を右腕で掴み、怪女は
 ボルカンを握り締めた左手を掲げて――、
「尊皇攘夷!」
 そのまま終に叩き付けた。
 全身の骨格が軋み、掴まれた頭骨が悲鳴を上げる。
「忠君愛国!」
「唯我独尊!」
 続けて二発目、三発目と大地をも穿つ打撃を繰り出す聖戦士。
「天下無敵!」
 四発目で終の頭を離すとタイミングを計ってフルスイング。
 さながら人間ノックである。
 そのまま終は地面と水平にブッ飛び、
 女傑が空けた倉庫の穴へと吸い込まれていった、
 刹那の時間で衝突音が発生、倉庫が崩壊を始める。
 崩壊に巻き込まれ、竜堂終の姿は小早川奈津子の眼前から完全に消失。
 地面には先程まで彼の所有物だった長剣が転がっていた。

「をーっほほほほほほほほほほ! 人類の敵め、今更あたくしの強大さを
認めたところで、命乞いなんぞ聞き入れなくてよ! 
苦難の果てに復讐の時ついに来たり。さあ、覚悟おし! 観念おしおし!」
 待ち望んだ勝利の瞬間を目前にして哄笑を上げる小早川奈津子。
 ひとしきり笑うと、彼女は仇敵にとどめを刺さんと歩を進め始る。
 途中に落ちていた長剣を手に、悠々と瓦礫の山に迫るその姿は、
 正に大将軍に相応しい。
 威圧感を損なわないように、ゆっくりと歩くのが彼女のたしなみである。
 途中でひしゃげたバット――ボルカノ・ボルカンを投げ捨てると、
 女傑は崩れた倉庫を睥睨した。
「ああ、お父様。憎きドラゴンを八つ裂きにする光景、
どうかお空から見届けてくださいまし!」
 亡き父の祝福を祈ると、彼女は瓦礫の山から竜堂終を引っ張り出そうと
 身をかがめ――、
「くらえ、妖怪っ!」
 打ち出された終の鉄拳が“天使”の玉肌に着弾した。

644竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:18:16 ID:fmBZ14cE
 竜堂終の反撃はそこで終わらない。
 のけぞろうとする小早川奈津子の服を左手で掴み、
「家訓曰く――」
 上体を捻って右手を大きく振りかぶり、
「恨みは十倍返し……!」
 女傑の額に戦車砲に匹敵する怒りの右拳が炸裂する。
「――――!」
 大砲の直撃と言っても過言ではない衝撃にさしもの女怪も言葉にならぬ
 悲鳴を上げて吹き飛んだ。
 それを確認した終が崩れた倉庫から飛び出す。
 倉庫に叩き込まれた衝撃と小早川奈津子の細菌兵器のおかげで、
 せっかく調達した上着はボロボロに崩れ去ってしまった。
 ちなみに下は石油製品製ではなかったので、女傑の前で全裸を晒すという
 終の人生最悪の事態はかろうじて回避された。
 最も当の本人は細菌について何ら分かっていないので、
 倉庫にブチ込まれていきなり服を失った事に若干困惑しようだが、
 ――相手は小早川奈津子、何が起きても不思議じゃないな。
 と、すぐに納得したようだ。

「始兄貴直伝の鉄拳だ。額に当たればさすがに効くだろ」
「お、おのれこの国賊! このあたくしにだまし討ちとは――無礼者!」
 よろめきながらも不死身の戦士は立ち上がる。
 手には長剣――ブルートザオガーが握られ、その目に宿った
 強い殺意が終の身体を貫いた。
「何言ってるんだ? 無礼も何も、おれは人類の敵だぜ?」
「をっほほほほ! それでこそ竜堂兄弟の三男。叩き潰し甲斐があってよ」
 上等。と、終は小さく呟いた。叩き潰し甲斐があるのはこちらも同じだ。
 だが、怪女を叩き伏せる前に回収すべき物が二つほど有った。
 一つは首に下げられた神器コキュートス。
 もう一つは自身の支給品だ。

645竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:18:58 ID:fmBZ14cE
「言ったよな? 十倍返しって。あと四十発近くプレゼントがあるぜ?」
「どこまでも生意気なガキだこと……。清く正しく美しくかつ速やかに
あたくしの覇道の礎にお成りっ!」
「……御免こうむる」
「をーっほほほほほ! 問答無用。さあ、殺して解して並べて揃えて
お父様の墓前に晒してさしあげてよ!」
「――ハギス跳び!」
 小早川奈津子の哄笑が終わると同時に終は動いた。
 半熟ドラゴンとは言え、終の初速はハンパではない。
 彼が大地を踏みつけて跳躍した時、ようやく女傑は反応した。
 しかし、ブルートザオガーを装備した女傑のリーチは長大だ。
 もし、懐に入れたとしても自他共に不死身と認める小早川奈津子を
 一撃で沈めることは出来ないだろう。
 ――先手でも取らない限り、苦戦は必至だな……。
 そう判断した終は真っ先に女傑の手首を狙った。
 怪力無双の小早川奈津子だが、無手にできればこちらが致命傷を
 受ける確率はかなり減少する。
 終は本日三度目の鉄拳を振りかぶり――、
「!」
 小早川奈津子が剣の柄から手を離していた事に気が付いた。
 ――罠だ――。
「おーっほほほほ! 国賊成敗!」
 跳躍姿勢のためにまともな防御もできない終に、巨大な拳が叩き込まれた。
 
 人外対人外の第三ラウンド始まりである。


【B-3/ビル/一日目/17:45】
【楽園都市を竜王様が見てる――混迷編】

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

646竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:19:46 ID:fmBZ14cE
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:少し疲れ有り
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン5食分・水1700ml)
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る


【A-3/市街地/一日目/17:50】
【竜堂終】
[状態]:打撲、生物兵器感染、上半身裸
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒して祐巳を助ける、小早川奈津子を倒す
     コキュートスとブルートザオガーを回収する
[備考]:約10時間後までに終に接触した人物も服が分解されます
    10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
    感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します


【北京SCW(新鮮な地人でレスリング)】

【小早川奈津子】 
[状態]:右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)生物兵器感染  
[装備]:コキュートス、ブルートザオガー(吸血鬼)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン3食分・水1500ml)  
[思考]:をーっほほほ! 竜堂終に天誅を!
[備考]:約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
    10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
    感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

647竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:20:27 ID:fmBZ14cE
【ボルカノ・ボルカン】 
[状態]:気絶、左腕部骨折、生物兵器感染
[装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)  
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1600ml)  
[思考]:……。全てオーフェンが悪い!
[備考]:ボルカンの服は石油製品ではないと思われるので、服への影響はありません。


【B-2/砂漠/一日目/17:50】
【屍刑四郎】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1800ml)
[思考]:市街地へ向かう、ゲームをぶち壊す、マーダーの殺害。

648霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:19:10 ID:Xu24PZe6
――諸君、……

「チャッピー、周りを見張ってて」
はいデシ、と答える声を聞きながら、フリウは手早く地図と名簿、そして鉛筆を取り出した。隣で要も同じようにするのを見つつ、聞こえてくる声に集中する。
相変わらず濃い霧の中で、紙が湿気を吸い始めている。放送を聴き終わったら、すぐに仕舞わなければだめになってしまうだろう。
一つ、そしてまた一つ。名前が読み上げられるのにしたがって、名簿から死亡者を鉛筆で消していく。
一枚の紙切れに記された名前。その上の一本の線。この島ではそれが死の姿だ。
――043 アイザック・ディアン
手が滑って、一つ前の名前を二重に消してしまった。
――044 ミリア・ハーヴェント
仕方がないから二人分まとめて線を引いた。なんとなく、そのほうがふさわしいように思えた。
――084 哀川潤
その名前を聞いたときには鉛筆を持つ手が震え、抑えようとして果たせず……結局、線を引くことができなかった。
気がつくと、死亡者の発表は終わっていた。自分の思考とは無関係に流れていく放送を追い、歯を食いしばって禁止エリアに印をつけていく。
死は、人を消し去りはしない。それでも、ここで立ち止まってしまったら彼らが残してくれた何かを傷つけてしまいそうな気がして、フリウは最後まで手を止めなかった。

649霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:21:07 ID:Xu24PZe6
――アイザック・ディアン
――ミリア・ハーヴェント
――哀川潤
地図に禁止エリアを書き込みながら、要は読み上げられた名前を頭の中で反芻していた。
ほんの……ほんの数分前までならこう思っていられたのだ。
『彼らにはもう会えない――蓬莱の家に今もいるだろう、かつての家族と同じように』
彼らの“死”を認めたくなければ、そう理解するしかなかった。
しかし放送は、これが単なる“別れ”ではなく“死別”であることを否応なしに突きつけてくる。
いつでも陽気だったあの人々は、もう、どこにも存在しない。
その事実に今更ながら震え、同時に、死者を悼むこの時でさえ、
自らがあるべき場所――驍宗の傍――にいない苦しみも強く感じている自分に気づいてしまい……
瞬きをした目から涙が一粒、暗い地面にこぼれ落ちた。

――健闘を祈る。

650霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:22:43 ID:Xu24PZe6
フリウ、と呼ぶ声に顔を上げると、要がこちらを見つめていた。
「どしたの……?」
その様子になぜか不安を掻き立てられる。次に飛び出した一言は、フリウの予想だにしないものだった。
「ぼくね、これからは一人で行こうと思うんだ」
「何、…言ってるの? そんなの……危険……」
死んじゃうかもしれないじゃない、という言葉を、口から出る寸前で呑み込む。
それを知ってか知らずか、要は静かに、しかし、しっかりとした口調で反駁してきた。
「でも、ぼくがいたら、フリウとロシナンテはもっと危険だもの」
それに、と要は後を続ける。その声は、不自然に明るい。
「学校でも、他のどこかでも良いの。ずっと隠れていれば、ぼく一人でも安全なんじゃないかしら」
「で、でも、隠れている場所が禁止エリアになったら? 誰かに見つかったら?
そんなときにいったいどうするの? 要が一人で切り抜けられるわけないじゃない!!」
フリウは要の腕をつかもうとして――それができないことに気づく。
問答の間にも少しずつ移動していたのだろうか。
つい先程まですぐそこにいた少年は、いつの間にかに手の届かない距離まで離れていた。
視力のある右目で、相手の瞳を見つめ返す。
その奥に、鋼のような強い意志が見えたような気がして、それ以上、視線を合わせていることができずにうつむいた。
我知らず、ぽつり、と言葉が漏れていた。
「やっぱり……あたしじゃ潤さんの代わりはできないのかな……」

651霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:23:49 ID:Xu24PZe6
「そういうわけじゃ……」
その言葉の無意味さに気づいて要は口をつぐんだ。
この島では誰しもが弱者だ――自身の安全すら、誰にも保証できない。ましてや、彼のような足手まといがいてはなおさらだろう。それはフリウも、そして潤ですらも変わらない。
しかし、その事実は今のフリウにとっては何の慰めにもならない。
かける言葉もなく、ただ立ち尽くす。
――そのときだった。“それ”の気配が、意識の底に滑り込んできたのは。
吐き気のするような腐臭――いや、屍臭。

652霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:26:30 ID:Xu24PZe6

“それ”は澱みであり穢れだった。
“それ”の正体を彼は知らない。しかし、“それ”に対しの不快感が、
“それ”が避けるべきものであることを教えてくれた。
初めて気づいたのは日の出の頃か。それからずっと、彼は島のそこかしこ、
時に薄く時に濃く、血の臭いにまじって漂う“それ”を感じていた。
時がたつほどに“それ”の気配は色濃くなっていく。そう、彼の体を害するほどに。
“それ”はいったい何なのか? 彼の疑問は、しかし、進展していく事態の中で捨て置かれ、いつしか忘れ去られてしまっていた。
けれど、今になって彼は思う。“それ”は老紳士を殺した少年や、つい先程の乱入者の体にはっきりと纏わりついてはいなかったか?
視線の先、目の前の少女の背後に濃厚な“それ”の気配が近づいていくのに気づいて、彼は叫び声をあげた。

653霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:28:30 ID:Xu24PZe6
――084 哀川潤
学校で子供たちを待つ者はすでにない。そのことを知って、パイフウは考える。
この情報は、これからの襲撃に対してどういった影響を与えるだろうか? 
放送の内容を頭に入れながら、現在の状況を再確認してみる。
周囲は霧。相手からこちらが見えないのは確かだが、同様に、こちらも視界は制限されている。
追跡は音と気配に頼るために通常より困難。気づかぬうちに禁止エリアに踏み込んでしまう危険性。
風は東風(彼女は知らなかったが、海沿いでは夜間、陸から海へと陸風が吹く)。
相手に気取られないように風下から接近する必要――実際そのために、すでに子供たちの進行方向へと先回りしている。
こうなると、「学校に着くまで」という制限がなくなったことは素直に喜んでもいられないようだ。
これでは万が一逃げられた場合、相手の行動に予測がつかなくなる。
三人全員を確実にしとめることを考えるなら、「学校へ先回りして待ち伏せ」という選択肢も
考えに入れておいて損は無いかもしれない――もっとも、このまま進路に変更が無ければの話だが。
(どうしようかなあ)

654霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:31:19 ID:Xu24PZe6
いずれにせよ、まずは慎重に接近して様子を伺うべきだ。ショックで放心状態にでもなってくれていれば襲撃の好機。
そうでなくても、今後の行動についての相談くらいはするだろう。その内容や様子次第でこちらも行動を決めればよい。
放送が終わりを告げ――そこで再びパイフウは耳をそばだてた。言い争いが始まっている。
(チャンス?)
聞こえ方からすると、一人は確実にこちらに背を向けているようだ。
外套の偏光迷彩を起動し、声をたよりに標的に接近する。
(……くだらないわね)
要とかいう少年だ。どうせ守られるしかないのなら、相手の好きにさせておけばいいのに。
公平な意見とは言いがたいが、そう思わずにはいられない。
話し声を聞きつける者のことなど、まったく頭に無いらしい。
(まあ、つまんない気休めを言うほどばかではないみたいだけど)
少年が黙ったために声は止んでしまったが、もう必要ない。霧の向こうにぼんやりと人影が見え始めている。
予想通りだ。金の髪の少女――フリウ・ハリスコー――はこちらに背を向けている。
右の拳を固めた。極力音を立てずに素手の一撃でしとめ、状況を把握する暇など与えない。
あと五歩。
四歩。
三歩。

655霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:35:15 ID:Xu24PZe6
彼がパイフウの周囲に感じ取った何か。“それ”は、この島で死を遂げた者――殺され、そのまま打ち捨てられた者たちの怨詛だった。

「フリウ!! 後ろ!!」
「危険があぶないデシ!」
突然、要が叫んだ。一拍おいて続くチャッピーの声に焦燥を覚え、フリウは後ろを振り向こうとして、できない。
鋭い一撃が背中を襲い、前へと蹴り倒された。息がつまり、気を失いそうになるのをどうにか堪えて地面に手をつく。
立ち上がろうとして、先程とは同じ場所を今度は踏みつけられる。
鈍い音を立てて骨が折れた。そして、それを掻き消すように、何かが破裂する乾いた音が霧の中に響きわたった。

656霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:37:54 ID:Xu24PZe6
(バレた!?……)
声は二つ。前方さらに奥と左手から。
手段は分からないが、要とかいう少年にいたっては、間違いなくこちらの位置を把握してきている。
(気配を消しても気づくのね……やっかいだわ)
標的を変更――まずは、“目”の排除を優先する。
一息に距離を詰め、少女をその場に蹴り倒した。そのまま踏みつけて動きを封じる。
その向こうに人影が一つ――髪の長い少年だ。もう一匹は見当たらない。
間合いが遠い。ウェポン・システムを構え、発砲する。
目標の腹部に命中。少年は衝撃に体を丸め、そのまま後方へと倒れこんだ。
一発で十分。念のため、必中を期して腹部を狙ったが、その必要もなかったらしい。
まず間違いなく即死だろう。仮にそれを免れたとしても、この島で適切な処置を受けられる見込みなどあるはずもない。
(もう一匹の位置がつかめないか……一旦、引いたほうが良いわね)
そう判断を下すのとはほぼ同時。足元に視線を転じようとした瞬間、少女を踏みつけたままの右足に何かがまきつくのを感じた。

657霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:39:08 ID:Xu24PZe6
「要しゃん!!」
悲痛な叫びに、何か致命的な事態が起こったのを知ったのが先か、それとも行動が先か。
フリウは痛みをこらえ、意識を集中した。体から放たれた念糸が、いまだに自分を踏みつけている何者かの脚に巻きつくのを感じる。
(このぉ!!)
目標が捩れ始め……そこで止まる。何かが念糸の作用を妨害している。
念糸で接続されたその向こう。力と力が拮抗し、それ以上動かない。
(念糸に、抵抗しているの!?)
背筋を冷たいものが流れ落ちる。背後で膨れ上がる殺気に戦慄を覚え、刹那……
唐突に重みが消失し、体の上をふわふわとしたものが通り過ぎていく。
(何……?)
伸びきったところで集中を失った念糸は、目標から離れてあたりに漂いだしていた。
霧の中で、フリウは自分の名を呼ぶ相手を呆然と見上げた。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板