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尚六SS「永遠の行方」

1名無しさん:2007/09/22(土) 09:45:00
シリアス尚六ものです。オムニバス形式。

62名無しさん:2008/05/02(金) 20:47:36
大量投下キテタ━━(゚∀゚)━━!!
姐さんありがとう!

続きに期待age

63名無しさん:2008/05/02(金) 23:06:17
ああぁぁぁあぁあああ姐さー――――ん!!!
乙、乙!!!

64永遠の行方「予兆(29)」:2008/05/06(火) 10:20:53

 母親に何か残り物をもらってくると言って楽俊が房間を出ていったあと、自
分の房間にとって返した敬之が持ってきた小さな団子を、六太はぺろりと食べ
てしまった。
「仙でも腹は減るんだね」
 敬之がからかうと、六太はびっくりした顔をしてから、「あー。おまえにも
ばれたかぁ」と頭を掻いた。
「てことは、いつもおまえらとつるんでる玄度あたりにもばれてるってことか?
そういえば玄度の姿がねえな」
「ああ、あいつは……」
 敬之は口ごもり、ちらりと鳴賢を見た。鳴賢が引き取って続ける。
「先月だったか、倩霞が店をたたむことになって、郊外に引っ越していっちま
ったんだ。で、こないだ倩霞の使いで阿紫が挨拶に来たんだが、『長いことご
贔屓をいただきありがとうございました。何かの折には遊びに来てください』
って言われたもんで、それで玄度のやつ、さっそく訪ねていったらしい」
「そんなの、よくある通り一遍の挨拶だと思うんだけどね」敬之が口を挟んだ。
「特に商売をしていた人間なら、あちこちに同じ口上を伝えて回っているだろ
う。もちろん倩霞のことだから、何から何までってわけじゃないだろうけど、
もともと体が弱い上に、引っ越ししてそんなに経ってないんだから、まだ生活
は落ち着いていないと思う。だから少なくともしばらくは遠慮したほうがいい
と言ったんだけど、あいつ、挨拶の口上を真に受けて行っちまったんだ」
「女受けする文張とか六太とかが一緒だったんならまだしも、ひとりでな。で、
案の定、理由をつけて追い返されたらしい。今は夕餉も食わずに自分の房間で
不貞寝だ」
「へえ……。でも倩霞、とうとう店を閉めたのか。確かに体が弱いとは聞いて
たけど、あれだけ立派な店だったのに、何だかもったいねえな」
「あ、まだ閉めたわけじゃないよ」敬之が言った。「倩霞自身は郊外に引きこ
もっちゃったけど、いちおう阿紫や郁芳なんかが、通いで店をやってる。もっ
ともあくまで品物の在庫がはけるまでの間らしい」
「ああ、なるほどな。じゃあ、今のうちに阿紫とつなぎをつけておかねえとな」

65永遠の行方「予兆(30)」:2008/05/06(火) 10:24:01
 六太がからかうように言ったが、敬之は浮かない顔だった。商売を辞めた相
手に個人的に尋ねていくのは難しいから、確かに六太の言うとおりではある。
しかしいまだに阿紫に色よい反応をもらったことがないだけに、これ以上どう
すれば良いのかわからないのだろう。
「それはそれとして、玄度のやつはそろそろやばいんだ」と鳴賢。「あいつ、
去年は允許を一個も取れなかったんだからな。それでいて允許が必要な残りは
十はあるはずだ」
「そりゃ、確かにやばそうだ」
「やっぱり学生の本分は勉強だよ。それに玄度はほら、前に倩霞の店の奥でお
茶を飲んだとき、出してもらった綺麗な花茶にもろに苦手な顔をしたろう。女
ってそういう反応には敏感なものだし、倩霞に気づかれてたら大減点もいいと
こだ。なのに下手に押しかけてもまた減点になるだけだと思うんだけどね」
 そこへ房間の外から「誰か、開けてくれ」という楽俊の声がしたので、敬之
が立って扉を開けに行った。楽俊は蓋のついた器をいくつか並べた大きな盆を
持っていた。大荷物にふらつきもせず、思いの外、力持ちであるところを見せ
て、六太が胡座をかいていた臥牀の上に載せる。次々に蓋を開けるとそれは、
香菜入りの粥に煮豆、漬け物がいくつかと、そしてお茶だった。粥からはおい
しそうな湯気が立っている。茶杯だけは人数ぶんあり、茶器にはたっぷりと茶
が入っていた。
「遅くなってすいません。すぐ食えるような物がなかったんで、ちょいと母ち
ゃんに粥を作ってもらってたんです」
「面倒かけてごめんな。でもすごくうまそうだ」
 そんなことを言いながら、やはり小さな団子だけでは到底腹がふくれなかっ
たのだろう、六太は嬉しそうに粥の匙を取った。肉や魚が一切苦手という結構
な偏食である彼の好みどおり、盆に肉のたぐいはない。
 熱い粥をはふはふ言いながら食べる様子があまりにも子供っぽく無邪気で、
付き合いで茶を飲んでいた面々もつい笑ってしまった。
「十日も遊び歩くのに、飯を食う程度の小銭も持ってなかったのかよ? それ
とも使い果たしたのか?」
 鳴賢が突っ込むと、六太は粥を口に入れたまま行儀悪く答えた。

66永遠の行方「予兆(31)」:2008/05/06(火) 10:28:08
「あー、もともと金はあまり持って出なかったし、すっかり使い果たしたなあ。
実を言うと餅を買ってあったんだけど、怪我をした浮民の子に全部やっちまっ
たし」
 六太がすぐ他人に同情するたちなのは鳴賢も知っていたが、それを聞いた敬
之は眉をひそめた。
「六太のことだから大丈夫だと思うけど……。こっそりやったろうね?」
「ん?」
「食い詰めている他の浮民に知れたら、その子は無理やり餅を取りあげられる
だろうし、六太だって大いにたかられるよ。それどころかたとえ仙でも六太の
ように非力な子供の外見なら、やつらは餅一個奪うために殺そうとすることだ
ってあるんだ。いくら関弓が主上のお膝元でも、にぎやかなぶん場所によっち
ゃかなり物騒だし、気をつけなくちゃ」
 すると六太は粥を食べる手を止めてうつむいた。そして「他の連中に知れな
いように、こっそりやったから大丈夫だ」と静かに答えた。
「それにその親子に会ったのは初めてだし……。こっちの名前も言わなかった
から、俺がどこの誰かなんてわからないさ。だからあとで押しかけられること
もない」
 そうつなげたので、六太は敬之が言わなかったこともすべてわかっているよ
うだった。やっと顔を上げた六太は、ちょっと首をすくめて力なく笑った。
「俺もさ、見かけ通りの子供だった頃はたくさん失敗したよ。昔、似たような
ことを風漢に言われたこともあって、そのときはいちいち反発したけど、さす
がに今は学んだ。だから今回のことはあくまで、目の前で怪我をして、しかも
腹を空かせている痩せた子供を放っておけなかっただけだ。騒ぎを聞きつけて
やってきた役人も親子に冷たかったしな。ただ、どんなに浮民を可哀想に思っ
ても、浮民すべてに食べ物を施すことは不可能だし、仮にできたとしても彼ら
の依存心を高めてしまうだけってことはわかってる。そうなれば自立できなく
なり、一方的に国の負担が増してしまう。そしてそれを良く思わない民といっ
そうの軋轢が起きて、事態は悪くなるだけだ。――うん、わかってる」
 思いの外、六太がしょげてしまったので、敬之は少しあわてたようだった。
急いで言葉を取り繕う。

67永遠の行方「予兆(32)」:2008/05/06(火) 10:31:34
「別に六太が悪いことをしたと言ってるわけじゃないよ。きっとその親子は感
謝したろうし、たかるとかそういうんじゃなく、いつかお礼をしたいと思って
名前を聞くぐらいはするだろう。ただ民に追い立てられて騒ぎになってたなら、
はずみで六太も怪我なり何なりする危険もあるわけだから、それで単に気をつ
けたほうがいいと思っただけなんだ。変なことを言ってごめんな。でもいいこ
とをしたと思うよ」
「浮民と言ってもいろいろだしな。六太の助けたその子が阿紫みたいな働き者
に育てば、誰も文句はないさ」
 そんな言い方で慰めになるかどうかわからないながら、鳴賢も口を添える。
 やがて綺麗に皿を空にした六太が、手を合わせて拝むような仕草で「ごちそ
うさまでした」と言った。六太の育った里では食後にそうする習慣だったのだ
ろうが、この世界では一般的な作法ではない。鳴賢もとうに慣れたとはいえ、
それでも奇妙な習慣だと思う意識は今も変わらなかった。
「じゃあ、おいら、これを片づけついでに母ちゃんとこに行きますんで、あと
は房間を好きに使ってください。鳴賢たちも残りの茶を飲んでってくれ」
 楽俊はそう言うと、ふたたび盆を持って房間を出ていった。
 熱い粥と茶のおかげで、六太はすっかり人心地を取り戻したようだった。先
ほどよりずっと灯りを多くして房間を明るくしているせいもあるかもしれない
が、もう気分が悪いようには見えなかった。
「そういえば楽俊は来年あたり卒業できそうなんだってな。鳴賢と敬之は、あ
といくつ允許を取ればいいんだっけ?」
 ふと無邪気に問われ、鳴賢は危うく茶でむせそうになった。
「……俺はあと四つだ」
「ああ、そんなら楽俊と一緒に卒業できそうだな」
 簡単に言われたものの、当の鳴賢は渋い顔をしたままだった。敬之が言う。
「鳴賢はもう十年目だし、残った科目の内容から言うと微妙なとこなんだよね。
これからが正念場ってとこ。僕はあと六つだ。僕も正念場だな……」
 だが六太は明るく笑った。
「おまえらなら大丈夫だよ。それにここまで来りゃ、卒業できなくても府第に
勤めるかぎりは昇仙できる。そういえば風漢が、何なら自分のところでこき使
ってやるって言ってたぜ」

68永遠の行方「予兆(33)」:2008/05/06(火) 10:34:49
「それはごめんこうむりたいな。だいたい大学まで行けば、中退でもかなりの
箔がつくんだぞ。それを何が悲しゅうて遊び人の使用人にならなきゃならない
んだ。優秀な連中がひしめいているだろう国府で割りこむのは無理かもしれな
いとしても、地方ならけっこうな官位をもらえるはずなのに」
「地方か……。うん、そういうのもいいかもな」何を思ったか、不意に六太は
遠くを見るような目になった。「それも州府とかの凌雲山の中じゃなくて……。
町中の小さな府第がいいな。建物を出れば、民がたくさん行き来しているよう
な」
「そうかなぁ」
 敬之が首を傾げると、六太は軽く笑った。
「だって神仙の世界は本来、雲海の上だろ? 下界とはすっかり隔てられてい
るじゃねえか。でも町中の府第なら民のそばにいられる。俺は何となく――は
るか雲海の上から見おろしてばかりいると、民のことがすっかりわかんなくな
っちまうんじゃないかと、それが心配なんだ」
「ふうん。そういう心配もわからないでもないけど、一口に官と言ってもピン
キリだろう? それに雲海の上まで行ける官位となると相当なものだ。僕たち
が首尾良く卒業できたとしてもしばらくは下積みだろうし、そもそも大多数の
官にとっては雲海の上なんて一生縁がないだろうから、心配するだけ無駄だと
思うけど」
 敬之はそう言ったが、六太はからかうように「先のことはどう転ぶかわから
ねえぞ。初年度から本人もびっくりするくらい大出世したりしてな」と返した。
「ただ……。そうだな。鳴賢たちがどこに行くにしても、民のことを考えられ
る官になってほしい。今日行き合った浮民の親子を冷たくあしらった官のよう
にはなってほしくない。そりゃ、状況次第で厳しい態度を取ることは仕方がな
いかもしれない。でもそれは、怪我をした子供を抱えた親を単に追い返すよう
なのとは違うと思うんだ」
「言いたいことはわからないでもないんだけどなあ」
 鳴賢は腕組みをして天井を睨んだ。やはり何だかんだ言っても六太は考えが
甘いのだ。これだけ雁に浮民が増えた以上、ひとりひとりにじっくり対応して
いられるわけもない。役人にしてみれば騒ぎを鎮めるのが先決だろうし、結局
はそのおかげで件の浮民もそれ以上の難を逃れたことになるのに。

69永遠の行方「予兆(34)」:2008/05/06(火) 10:40:05
「それにだいたい関弓には主上も台輔もおられるじゃないか。俺たちがなるだ
ろう末端の官が何をどうしようと、別に大勢に影響はなかろうが」
「そんなことはない」なぜだか六太はむきになった。「国を切り回すのは結局
は官だ。それは末端の官に至るまで高い志を持ち、かつきちんと統制が取れて
初めて機能するものだ。王がひとりいても国は回らない。王なんか――結局は
玉座を埋めていればいいだけなんだから」
「おまえもたいがい不遜なやつだな」
 鳴賢は顔をしかめた。六太もさすがに言いすぎたと思ったのだろう、うつむ
くと、小さな声で「ごめん」と謝った。
 五百年の大王朝をうち立てた延王は、その王を選んだ宰輔とともに雁の民に
とってはまさしく神だ。その神を貶められて良い気持ちになる国民はまずいな
い。
 六太は持っていた空の茶杯を置くと、臥牀の上で膝を抱いて顔を伏せた。
「でも――でも、俺、さ。自分がやらなくても、とか、誰かがやってくれる、
とか、少なくとも官になるからにはそういうふうに考えてほしくないんだ。自
分も国を支えているってことをちゃんと自覚してほしい。だって、さ。だって
……」幾度も口ごもり、顔を伏せたまま、やっと言葉を押しだす。「だって、
雁も永遠じゃないんだから」
「おまえ……。杞憂って言葉を知ってるか?」
 さすがに呆れ果てた鳴賢が問う。以前、彼が失恋したときにした話といい、
どうも六太は物事をすべからく深刻に考えてしまう癖があるようだった。
 しかも一介の少年の口から「雁も永遠じゃない」という言葉が飛び出すとは。
国府の役人が聞いたら誰も彼も大笑いするだろう。敬之も鳴賢と視線を交わし
て肩をすくめた。だが六太が真剣なことだけはわかったので、鳴賢はやれやれ
と思いながらも言葉を続けた。こういう手合いは思い詰めやすいだけに、扱い
を間違えるとあとが面倒なのだ。
「――で? もしものときに備えて今から心構えをしていろと? それともそ
うならないように主上を支えろってことか?」
 わずかな空白ののち、六太は力なく答えた。
「どっちも、かな……。どっちにしても王を頼らないでほしいんだ……。そり
ゃ、もともと雁は官吏が強いって言われているし、実際、官が勝手にやるけど、
でもそのことじゃなくて――」

70永遠の行方「予兆(35)」:2008/05/06(火) 10:44:56
「そうか? そんな話、俺は初めて聞いたぞ。なあ?」
 鳴賢が眉根を寄せて敬之を見やると、敬之は彼にうなずいてから六太に言っ
た。
「どこで聞いたか知らないけど、雁は主上のおかげでここまで栄えた国だよ。
多くの反乱を鎮め、さまざまな改革を勅令で断行した。官はそんな主上の手足
となって働くだけだ。六太が主上のもとに官が団結しているって言ったなら話
は別だけど、官が強いだの勝手にやるだの、そんなのはありえないよ」
 彼の言うとおりだった。六太は知らないだろうが、鳴賢たちは現王がこれま
で発布したすべての勅令を学んだのだ。そこから王の見識の深さや大胆さ、慈
悲深さとを感じとった彼らにすれば当然の結論だった。官吏はあくまで執政機
構の歯車にすぎない。
 すると六太は、いっそう強く膝を抱きかかえて体を丸めると、あるかなしか
の声で途切れ途切れにつぶやいた。
「……そうだな。すべては王のおかげだ。――は何の役にも立たなかった。い
つもいつも……」
「おい?」顔を伏せたままの六太がすっかりおとなしくなってしまったので、
鳴賢は心配になって声をかけた。「もしかしてまた気分でも悪くなったのか?
横になったほうが良くはないか?」
 だが六太は顔を上げると、弱々しいながらも笑って「別に平気だってば」と
答えた。そして「なんでこんな話になっちゃったんだっけ? 変なこと言って
ごめんな」と、いったんは話を切りあげようとした。しかし何やら考え直した
のだろう、暫時口をつぐんでうつむいたあと、顔を上げて表情をひきしめると
今度ははっきりとした声で言った。
「もうこういう機会もないかもしれないしな。そもそも鳴賢たちが本当に官吏
になっちまったら、こんな話はできねえだろうし」
「うん?」
「怒らないで聞いてほしいんだけどさ。ずっと考えていたことがあるんだ」
 六太は反応を伺うようにいったん言葉を切ったが、ふたりが黙っているとふ
たたび口を開いた。
「王は――人柱、みたいなものじゃないかって。だから雁が安泰でいられるの
は、王が人柱であることに甘んじている間だけだって」

- 続く -

71名無しさん:2008/06/20(金) 21:19:34
只今はじめて拝見しました(*´Д`)
とても深いお話で先が全然読めない…延主従切ない…

更新楽しみにしています!

72永遠の行方「予兆(36/47)」:2008/06/30(月) 21:35:10
「あのなあ」
 今度こそ本当に憤りを覚えた鳴賢は、強い調子で咎める声を出した。しかし
六太の言葉があまりにも予想外だったため、却って何をどう返して良いものや
らわからずに口をつぐんでしまった。
 六太と話していてこれほど不愉快になったのは初めての経験だった。よりに
もよって王を人柱とは。嫌そうな表情を隠そうともしないまま、顔をそむける。
敬之も眉をひそめていたが、こちらは何も言わず、目顔で先をうながした。
 険悪で重苦しい空気になったことで、六太はひるんだ様子を見せた。だが鳴
賢たちが硬い表情で押し黙っていると、不意に疲れたような目をして淡々と続
けた。
「……王は王になった瞬間に不老不死になる。そして至高の位に就いて、官や
民に敬われ、かしずかれながら国を治める。だから最初は王自身も気づかない。
王の体や心はすべては国のためのもので、それ以外に存在意義などないことを。
いわば国に捧げられた人柱であることを」
「それは違うだろうが」たまりかねた鳴賢は、思わず口を挟んでいた。「農民
には農民の、商人には商人の役目があるように、要は王には王の役目があるっ
てだけの話じゃないか。存在意義だの何だの、そういう考えかたは見当違いだ」
 だが六太は彼をじっと見つめたあと、ゆっくり首を振ると続けた。
「確かにな。だが決定的なことがひとつある。それは王が玉座を埋めていれば
妖魔は現われず、天災もほとんど起きないという理(ことわり)だ。こればか
りは絶対に、余人にどうこうできる問題じゃない。それだけに王のいない国や、
王が天命を失った国は悲惨だ。だから空位の国では、誰もが一日千秋の思いで
新王の登極を待ち望む。そしてそれは往々にして、王自身の思いはどうあれ、
そして王が誰であれ、大抵の者はそんなことを忖度しないということに通じて
しまう。天に選ばれた人間が玉座に就くのは当然のことだし、もし拒否しよう
ものなら非難囂々だろう。大事なのはとにかく、天に認められた正当な王が玉
座にいることなんだ。すべてはそれからだ」
「それは要するに俺たち民が、玉座にいる人間が誰だろうと、自分たちの生活
さえ平穏ならそれでいいと思っているって言っているのか」
 鳴賢は吐き捨てるように言ったが、六太は今度も首を振って続けた。

73永遠の行方「予兆(37/47)」:2008/06/30(月) 21:37:49
「別に俺は民を責めているんじゃない。王と民のどちらにつくかと問われたら、
俺は絶対に民の側につくからな。もちろん鳴賢や敬之に含みがあるわけでもな
い。単に事実を言っているだけだ。王のことを口にすれば不敬だと言い、国政
とは王がなすものだと思っている。そうして雲海の上のことは、自分たちとは
別の世界の話だと思っている」
「だって実際そうじゃないか」敬之が呆れた口調で言った。「王は国を治める
べく麒麟に選ばれた神なんだよ? 天に許された王以外の者が国政をどうこう
言うなんて許されることじゃない。六太に悪気はないだろうけど、簡単にこう
いう話をするのは褒められたことじゃないな。そもそも官吏は仙籍に入るけど
王は違う。王が入るのは人の手の届かない神籍だ。僕たちがどうこう言えるお
かたじゃない」
「でも王も人間だ。麒麟に選ばれたというだけの人間だ。不敬だと言い、神だ
と言い、そうやって崇めたてまつってありがたがって、でもそのことが逆に王
を孤独にし、追いつめることもあるんだ。人間なのに、王としての振る舞いし
か許されないんだから。確かにその身はすべて国に捧げられるべきものだけど、
だからと言って人間としての悩みや苦しみと無縁でいられるわけじゃない」
「あのなあ、六太……」
 不穏な考えがあっての話ではなく、妙な思いこみからとはいえ王を憂えての
ことだとわかって少し安堵したものの、鳴賢は脱力せざるを得なかった。だが
六太は、そんな彼の反応を意に介さずに続けた。
「そりゃ、まあ、昇山した者ははなから王を目指していたわけだから別かもし
れない。それに官吏や飛仙など、ある程度の知識や心構えのあるやつに天啓が
降りたならまだいい。でもたとえば奏の王はもともとは舎館の亭主だった。慶
の前王、つまり予王は、商家出身のおとなしい娘だったと聞いている」
「へ? そうなのか?」
 初耳の事柄を、当たり前のようにぽんぽんと口に出され、鳴賢は面食らった。
 自国の王のことでさえ、一般の民に漏れ聞こえてくる内容はささやかなもの
だ。だから他国の王に至っては、姓名はもちろん出自などを民が知る機会はな
いに等しい。
 ただし大学生である鳴賢たちの場合はむろん事情が異なる。彼らがその気に
なれば、多少の手間はあるとしてもそこそこの知識は得られるだろう。しかし
各国の民は他国のことに興味を示さない傾向がある。入学前から他国の法にも
興味を持っていた楽俊のような人間は珍しいのだ。

74永遠の行方「予兆(38/47)」:2008/06/30(月) 21:40:23
 だから鳴賢たちも、勅令の内容や業績といった公のことならまだしも、他国
の王の個人的な事柄についてはまったく興味を持っておらず、したがって何も
知らないと言って良かった。それだけに六太が当たり前のように他国の王の出
自を口にするのは驚き以外の何物でもなかった。そもそも官吏でも学生でもな
いのに、いったいどこで知識を仕入れたのだろうと疑念をいだいても無理もな
い。
「予王については、慶にいる知り合いがそう言ってた」
「知り合い、ねえ……」
 鳴賢は、六太にこんな妙な話を吹きこむくらいだから、その知り合いとやら
はろくな人間ではないだろうと思った。
「予王は、当人に昇山する気もなければ、そういう意味での期待を周囲から受
けていたわけでもなかったそうだ。当然ながら施政に関する知識も心構えもな
かったが、優しくておとなしくて綺麗で、普通に嫁げばきっと幸せに暮らせた
ろう。だがある日突然現われた麒麟に選ばれてしまった」
 六太の口調には遠慮がないものの、表現には情緒的な彩りが濃かった。もし
や六太は小説のたぐいで知識を得たのではないのか、そういった庶民向けの娯
楽に真実が含まれているとは限らないことを知らないのではないかと鳴賢は疑
った。彼は敬之とちらちらと視線を交わしたが、六太はそんなふたりの様子を
気にするふうもなく、淡々と言葉を連ねた。既に口調すら、普段とは異なって
いる。
「王は一度にひとりしかあらわれない。玉座が埋まらねば国が荒れる。周囲か
らの有形無形の圧力もあるだろうし、選ばれた人間に選択の余地はない。そも
そも王位を拒むような無責任な人間に天啓は降りないとも言われているしな。
だが奏国のようにうまく転べばいいが、予王のように悲惨な方向に振れる場合
も少なくない」
「そりゃまあ、予王はねえ……。確か在位六年だっけ? 極めつけに短かった
んだよね。なのに女人追放例なんて悪法を作るものだから、おかげで雁にも荒
民が多く押し寄せたんだ」
 溜息混じりの敬之の言葉に、六太は苦い顔でうなずいた。

75永遠の行方「予兆(39/47)」:2008/06/30(月) 21:43:01
「小説や講談で、予王の話をおもしろおかしく仕立てているのは知っているよ。
麒麟に恋着して国を傾けた愚王、女官に悋気を起こすだけでなく、慶の全土か
ら女人を追放した無能者ってね。そもそも民は失政で斃れた王には容赦がない
ものだし、ただでさえ他国の出来事だ。でもこの際だから知っておいてほしい
んだが、慶国は長年の官吏の専横で政治は腐敗しており、ただでさえ年若い無
知な女王が施政に携わるには敷居が高かった。予王には知識も手段も人脈もな
く、王を無条件で慕うとされている麒麟以外には真実ひとりの味方もいなかっ
た。むろん高い志を持った人間はどこかにいたろう。だが政権を牛耳って予王
を囲いこんでいたのは、私利私欲をむさぼる連中ばかりだったんだ。
 そんな状況で、何の心の準備もなく、ある日突然王にされてしまった若い女
に何ができる? 予王は麒麟への恋着で国を傾けたと言われているし、確かに
それも事実のひとつではあるが、それでは王を疎んじた官吏には非がないこと
になってしまう。予王だって最初は厳粛に天命を受け入れ、彼女なりに真剣に
国政に携わろうとしたと聞いている。しかし官吏の専横、そして世知に疎い麒
麟など、予王の気構えに報いるような仕組みや人材がなかった。たったひとり
では王と言えども何できない。俺にはその孤独が、麒麟への恋着という歪んだ
形となってあらわれたように思う」
「……まあ……それも解釈のひとつだろうけどなあ……」鳴賢はつぶやくよう
に言った。
「だが予王は最後に禅譲を選んだ。みずからの生命と引き替えに、麒麟を、ひ
いては国を救ったんだ。治世の評価はどうあれ、玉座に値しない人間だったは
ずはない。そもそも天命を受け入れて玉座に就くこと自体、平凡な娘にとって
は相当な決断だったはずだ。でもそんな彼女の心情を思いやる者はいない」
 神妙な面持ちの六太とは裏腹に、鳴賢は肩をすくめた。
「でもそれは仕方ないんじゃないか? 天啓がおりたってことは、確かに王と
しての資質はあったってことだろう。でも結局予王はその資質を生かさなかっ
たわけだ。慶の現王なんか予王より年下の娘だって話だけど、単身地方に赴い
て反乱を鎮めてしまったって聞いたぞ。そもそも登極のいきさつ自体、あちこ
ちで小説の演目としてもてはやされているように、かなり劇的だしな。この際
だから俺も六太に言うが、王には王の責務がある。それを果たしてくれないな
ら、俺たちも辛辣になるしかないと思うぜ」

76永遠の行方「予兆(40/47)」:2008/06/30(月) 21:45:48
「わかってるさ、それは。ただ――そうだな、こう考えてくれないか? 仮に
雁が空位の時代で、玉麗とか阿紫に天意が下ったとしたら? 彼女の元にいき
なり現われた麒麟が即位を求めたら?」
 鳴賢たちは呆れた。たとえ話にもほどがあると思ったからだ。
「そんなのありえないだろうが……」
「阿紫はまだ十六だよ?」
「現景王は登極時十六歳だった。現供王に至っては十二歳で登極した」六太は
きっぱりとした口調で返した。「もっとも供王のほうは昇山組だが。俺は玉麗
って娘に会ったことはないが、鳴賢の話を聞いたかぎりでは予王と似ていると
思う。おとなしくて気だてが良くて、市井で平凡な暮らしを営むぶんには幸せ
になれるだろう娘だ」
「まあ、そりゃ……。でも仮に玉麗のところに麒麟が現われたら、俺は断るよ
うに忠告するけどな」
「鳴賢、さっき言ったろ? 王位を拒むような無責任な人間に天啓は降りない
と言われているって。それに玉座が埋まらねば国が荒れる。王位に就けという
周囲からの圧力も相当なものだろうって」
 面倒になった鳴賢は大きく息を吐くと、「ああ、ああ、わかったよ」と投げ
やりな口調で返した。なんでこんな話になったのかわからなかったし、やたら
と不愉快だった。
「もし麒麟が彼女のもとに現われたら、なのに宮城に味方がただのひとりもい
なかったら、まともに政治を行なえるとは思えない。本人が自分を捨ててよほ
ど辛抱強く血のにじむような努力をするか幸運に恵まれないかぎり、間違いな
く国は荒れ、十年ともたないだろう」
 六太は厳粛な面持ちでうなずいた。
「俺もそう思う。そして民衆は彼女の辛苦に思いを馳せることなく、ただ責め
るだろう」
 それに、と六太は続けた。

77永遠の行方「予兆(41/47)」:2008/06/30(月) 21:49:07
「いったん王になったら辞めることは許されない。王としてあり続けるか禅譲
によって――単なる自殺は禁忌だからな――死ぬだけ。終わりがない重圧に、
どれだけの人が耐えられるのだろう。もちろん、だからこそ禅譲という手続き
が用意されているのかもしれないが。以前ちょっと調べたことがあるんだが、
大半の王朝は五十年以上もつものの、その反面、十年から二十年で沈む短命な
王朝も決して少なくはないんだ」
「調べた、って。どうやって」
 驚いた敬之に、六太はこともなげに「史書で」と答えた。
「史書って……。そりゃあ図書府のようなところなら、雁の史書を含めて貴重
な書はたくさんあるけど、六太は大学生じゃないし」
「ああ、うちにも本だの何だのはたくさんあるんだ。それに」
「おまえ、何だかんだ言って、実は良いところのおぼっちゃんじゃないのか?」
 すかさず鳴賢が突っ込むと、六太は口ごもった。王についてなら、あれだけ
ぽんぽんと言葉が飛び出したくせに、自分のことを語るのは相変わらず苦手ら
しい。
「まあ、その……。そうだな……。ありがたいことに今は大事にしてもらって
る。でも前に捨て子のようなものって言ったのも嘘じゃないんだ。実際、俺、
四つのときに山ん中に捨てられたんだ……」
「え」
 六太はうつむくと、声を落とした。
「そのときは浮民みたいなものだったんだ。なのに兄弟が多くて満足に食べ物
もなくて。それで末っ子の俺が捨てられた」
 声もない鳴賢をちらりと見やってから、敬之は遠慮がちに六太に聞いた。
「その家族は、今は?」
「うん、どうなったかな……。結局、それから会えなかったんだ」
「そうか……。ってことは、六太は運良く誰かに拾われたってことだよね。良
かったな。でも六太はもともとは雁の民じゃなかったんだ?」
「確かに俺は雁の生まれじゃない。敬之の言うとおり、山ん中で運良く拾われ
て、それで今ここにいる」

78永遠の行方「予兆(42/47)」:2008/06/30(月) 21:51:53
「そうか」
 敬之は簡単に相槌を打ったが、鳴賢のほうは心底から驚いていた。六太が雁
の生まれでないなど考えたことはなかったからだ。それと同時に、六太に対す
るわけのわからない怒りがわきあがってきた。
 生粋の雁国民だと思えばこそ、先ほどの話も何とか聞けたのだ。なのにそう
でないことを知った今、不快の度合いはさらに増した。彼らの誇りである延王
についてとやかく言われた上、世の中の条理をわかっていない流れ者が偉そう
に講釈を垂れたという印象をぬぐえなかったからだ。
 そんな鳴賢の心中をよそに、六太は淡々と続けた。敬之も鳴賢ほどには不愉
快でないらしく、先ほどよりは真剣な面持ちで話を聞いている。
「それで、さ。昔は王とかが嫌いだったんだ。王のせいで俺たち民は苦しむっ
て。でもよくよく考えてみたら、王も苦しむんだよな。王だって人間なんだか
ら。長いことかかったけど、最近はやっとそんなことも考えられるようになっ
てきた」
「なるほどね……」
「たとえば、そうだな。先代の采王も不幸な例だったと思う。当人がどんなに
一生懸命でも能力が追いつかずに国が沈むことがあるという好例だったからな。
先々代の劉王の場合はもっと悲惨だ。その前の荒廃が激しくて国土を整えるの
が追いつかず、おまけに州候たちの支援を得られずについに斃れた」
「采王のことはよく知らないけど、劉王は僕も不運だったかもとは思うな。前
王に重用された州候の六人までが新王に反抗して、反旗を揚げたりもしたしね。
講義でもけっこう掘りさげてたけど、あれは国府対地方という構図で斃れた好
例だった」
「うん。それで結局は政権抗争を収めることができず、なかなか国を整えるこ
とができなかったんだ。失道した麒麟を、ひいては国を憂えた王は、自分では
州候たちを抑えられないとして、仮朝の準備も整えてから禅譲した。諦めが早
すぎるというのが後世の評価だと思うけど、俺はそんな王を誰も責められない
と思う。既に麒麟は失道していたわけだしな。それに何か不幸が起きたとき、
それを一方的に誰かのせいにして断罪するだけでは何にもならない。それじゃ
あ誰も何も学んだことにはならないし、また同じことが繰り返されてしまうよ
うに思う。

79永遠の行方「予兆(43/47)」:2008/06/30(月) 21:54:05
 それからこれは風漢も言ってたんだけど、三百年ほど居座った王が斃れると
きは悲惨な斃れかたをすることが多い。それも晩年の一、二年で、それまで豊
かだった国土のすべてを荒廃させるような極端な圧政を敷いたりする。それま
での善政と比べると、その豹変ぶりははなはだしい。でも三百年もの長い間国
を繁栄させてきた王が愚かなわけがない。それは終わりのない重圧に耐えかね
て何かが歪んでしまったからじゃないだろうか。そうとでも考えないと説明が
つかないと思うんだ」
 鳴賢は不愉快な表情を隠そうともしないまま、黙って聞いていた。憤りは憤
りとして、確かに六太の言い分もわからないでもない。だがそれは彼らが官吏
になったあとならともかく、市井の一庶民が考えるべきことではないというの
が正直な気持ちだった。第一、六太がなぜ、他国のことまでこれほど詳細に語
れるのかがわからなかった。さも真実であるかのように語っているが、本当に
何らかの根拠に裏づけられた言葉なのだろうか?
 そんな彼の様子に気づいていたのだろう、六太はまた「ごめんな」と謝って
からこう続けた。
「さっきは王を頼らないでほしいって言ったけど、それもちょっと違うかもし
れない。俺が言いたかったのは――そうだな、王をやたらと神聖視しないでほ
しいんだ。悩みも何もなく、人を超越しているなんて思わないでほしい。王だ
って人間なんだ。時には弱音を吐きたいときもあるだろうし、泣きたいときも
あるだろう。そういうのを全部ひっくるめて王を認めてほしいんだ。善政を享
受し、失政を責めるだけにはなってほしくない。言うなれば雁のひとりひとり
に王と一緒に国を支えてほしい。民も官も王も一緒に協力して国を治めて、互
いを思いやってみんなで幸せになれる。俺、そうだったらどんなにいいだろう
と思うんだ。
 それにそうすればきっと、何かあったときも王が立ち直るよすがになると思
う。そりゃあ、至高の存在である王の気持ちは、同じ王にしかわからないかも
しれない。たとえば宰輔と言えど、あくまで臣下であり次点。国の頂点に立つ
者の気持ちはわからないだろう。でもだからって、相手を慮らないというのと
は違うと思うんだ。何て言えばいいのか――その、うまく説明できないけど」

80永遠の行方「予兆(44/47)」:2008/06/30(月) 21:58:01
「いや、言いたいことはわかるよ」
 敬之が静かに答えた。そうしてから居住まいをただし、ほんの数瞬だけ沈黙
する。その反応に目をしばたたいた六太が見つめる中、再び口を開いた敬之は
こう諭した。
「ただね、六太。六太が真剣なのはわかるし、一介の民でしかない僕たちが王
のことを身近に感じて心配するのも悪いことじゃないとは思う。でもそれは本
来、僕たちの役目じゃない。六太の話を聞いていると、さっきからどうも自分
を高みに置いているように感じる。主上と言わずに王と言ったり、台輔と言わ
ずに宰輔と言ったり。確かに国政を憂えるのは悪いことじゃないけど、そうい
う役目にない者がそんなことを言ったりやったりするのは、大げさでも何でも
なく国が乱れる元だ。きついことを言うようだけど、思い上がっているように
聞こえるよ。たとえば王位を簒奪したり、偽って王を名乗る輩に通じるものが
あるとすら思える。歴史の中にはそういう例が多いからね。僕は六太を友達だ
と思うから忠告するけど、もうそんな話はしないほうがいい。六太は善意でも、
悪意を持って国政を牛耳ろうとするような輩の言に、何かの根拠を与えないと
も限らないんだから」
 敬之の反応から、てっきり彼が六太に言いくるめられたのかと思っていた鳴
賢は、その言葉を聞いて安堵した。おかげで少しだけ不愉快の度合いがやわら
いで、「確かにな」と相槌を打った。
「ごめん……」
 また顔を伏せて消え入るような声で謝った六太に、鳴賢は自分の気分を切り
替えるためもあって、わざと明るく声をかけた。不愉快な思いをしたのは事実
だったが、長いつきあいでもあることだし、できればこのまま六太と気まずく
なることは避けたかったからだ。
「気分が悪いから、妙なことも考えるんだろうさ。もう横になって寝たほうが
いい。明日になれば気分も良くなって、妙な考えも全部忘れてるさ」
 すると六太はもう何も抗弁しようとせず、素直に「うん」と答えた。鳴賢は
横になった彼の体に衾をかけてやった。

81永遠の行方「予兆(45/47)」:2008/06/30(月) 22:00:35
「帯を解いたほうが楽なんじゃないか? その頭巾も取ったほうがいい」
「いや……このままでいい」
「まあ、おまえがいいならいいけどさ」
「六太は仙なんだよね。仙もけっこう繊細なんだな」
 立ち上がった敬之が床几をしまいながらからかうと、弱々しいながらも六太
はやっと笑った。
「気分はとっくに良くなったって言ったろ。こういう考え方をするのは――何
ていうか俺の性分みたいなもん」
「物騒な性分だなあ」
「物騒……。やっぱりおまえらからするとそうなのかな」
「そうだよ。さっきも言ったけど、もうあの話はするなよ。特に滅多な相手に
は喋るものじゃない」
「……うん。わかった」敬之の言葉に、今度も六太は素直にうなずいた。
「それさえなければ、勉強して大学まで来いと誘うところだ。このままじゃ六
太はもったいない。知識と言い、官吏になればいいと思うけどね」
 敬之が言ったのはお世辞でも何でもなかったろうが、六太は真顔で首を振っ
た。
「俺、働いてるからそんなの無理だし……。それに官吏には絶対になれないよ」
「働いてるのか? もう?」
 言いかけた鳴賢はすぐ、まぬけな物言いであることに気づいて言葉を切った。
幼さの残る六太の外見を見ていると、ついうっかり彼が仙であることを忘れて
しまうのだ。特に今のように意気消沈してはかない様子をしていると、どうし
たって大人たちに庇護されるべき子供にしか見えない。
「――あ、仙なら早いこともないのか。六太、おまえ本当はいくつだ?」
 すると六太は、ようやく普段の彼らしい表情を見せていたずらっぽく笑った。
「実を言うと、俺、とっくに三十を越えてる」
「げっ、俺より年上かよ?」
 仰天した鳴賢は思わず叫んでいた。敬之も目をみはり、やがて脱力したよう
に大きく息を吐いた。

82永遠の行方「予兆(46/47)」:2008/06/30(月) 22:03:53
「道理で……。でも官吏じゃないってことは、身内が官になるのと一緒に昇仙
したってことだよね。今は店か何かで働いてるのかな?」
「いや、風漢と同じとこ、なんだけど」
「へえ? どこだ? 良かったら今度遊びに行くよ」
 何気なく言った鳴賢に、なぜだか六太はぎくりとなった。
「いや、その、府第(やくしょ)、みたいなとこなんで、それは無理だと思う
けど」
「府第ぉ!?」
「風漢がそこで、その、小間使いというか下働きしてるんで、その手伝いとい
うか」
「そうだったのか……」
 鳴賢はやっと得心がいったと思った。同僚のようなものなら、六太と風漢が
親しいのも当たり前だ。出会った頃、幼い外見の六太と二十代も半ばの遊び人
の風漢とでは接点がないように思えて不思議がったものだが、同じ職場で働く
ことで知り合ったなら合点がいくというものだ。今は同じ家に住んでいるらし
いが、下働きというなら、単に同じ府邸に住みこんでいるというだけの話だろ
う。
 ただ、どちらもあまり型にはまっているとは言いがたいだけに、府第のよう
な堅い印象の場所には不似合いで、意外な印象はぬぐえなかった。そうしてふ
たりをかかえている主人の苦労を思い、それでも首にしない度量の大きさに感
服しながらも内心で苦笑した。
 あるいはもしかしたらその官吏は、六太を本当の子供のように可愛がって、
正式に養子にでもしているのかもしれない。それで六太は昇仙できたのかもし
れない。それなら六太が遊び歩けるのも、教育を受けていないと言いながらも
しっかりした知識を持っているのも納得だ。
「風漢はやっぱり官吏に仕えていたんだね。でもまあ、それをはっきり聞いた
からには雁の民としては、六太ともども怠けないでしっかり働いてほしいもの
だと思うよ」
 敬之がそう言うと六太は困ったように笑い、「心がけておく」と答えた。

83永遠の行方「予兆(47/E)」:2008/06/30(月) 22:06:33
 やがて灯りをすべて消した鳴賢たちが房間を出ようとすると、ふと六太の声
が追いかけてきた。
「永遠ってさ、綺麗な言葉だよな」
「あ? ああ……」
「でもさ、永遠を得てしまった人間はどうすればいいんだろうな。要するに終
わりが見えないってことだろ。永遠という言葉が綺麗だと思えるのは、それを
得ていない間だけだ。永遠という名の停滞から自由でいられる間だけだ」
 鳴賢は敬之とまた顔を見合わせた。だが敬之が溜息をついて首を振ったので、
鳴賢も何も言わず、そのまま房間の扉を閉めたのだった。

 光州で大事件が起きたのはその年の十二月だった。最初の病から既に一年が
経過していた。
 一年前に死者を出した廬から二十里ほど離れた集落で、住民がことごとく死
病に冒され、たった数日でひとつの里が全滅した。その里に属する三つの廬す
べてが同じ有様だった。
 隣の里には何の異状もなかったものの、流行病を思わせる不気味な症状のせ
いもあって、近隣の住民は恐慌に陥った。ただでさえ人々が里に閉じこもる冬
場のことでもあり、運が悪ければ春まで誰もその里の惨状を知ることはなかっ
たもしれない。しかしたまたま訪れた行商人による報せを受けた住民は即座に
府第に駆けこみ、病の感染と拡大を防ぐよう強く訴えた。

- 「予兆」章・終わり -



-----
次章開始までに、またしばらく投下の間隔が開きます。

84名無しさん:2008/07/21(月) 22:10:04
素晴らしい…!
ぐいぐいと引き込まれて一気読みしました
やっぱり延主従は良いなあ、醍醐味が格別に違うなあ〜
続きをとにかく楽しみに待っております
がんばってくださいませv

85名無しさん:2008/08/06(水) 14:22:36
続きが気になる…
ワクテカで待っております(・∀・)

86永遠の行方「呪(前書き)」:2008/09/10(水) 00:09:18
ご無沙汰してます。
本格的な投下はもう少し経ってからになると思いますが、
とりあえず先に注意書きを含めた前書きを置かせてください。

登場人物は、尚隆、六太、朱衡、帷湍、鳴賢あたり。
あとは前章で出たオリキャラ陣。

六太が尚隆の身代わりに呪をかけられ、
「序」章に出てきた状態になるまでの話になります。

この物語で801的展開になるのは尚六のみで、
そもそも男×男は常世でもマイノリティの日陰者という前提です。
それもあって鳴賢のように、原作キャラでも勝手にオリキャラの異性に懸想するなど、
あくまで物語の雰囲気作りのレベルに留まるものの、
これからもそういう非801的&捏造の描写が出てくるかもしれません。
したがってその辺が苦手な場合はご注意くださるようお願いします。

87永遠の行方「呪(1)」:2008/09/10(水) 19:08:32
 関弓への第一報は一羽の青鳥だった。人目に立つ急使をあえて立てなかった
ところに、不可解で深刻な事件に対する光州候の配慮があったのだが、これも
のちのち口さがない輩が陰口をたたく一因となった。北方の里の全滅事件のあ
と、いや最初の変死事件が起こった段階で、即座に使者を立てて奏上すべき一
大事件だったと見なされたのだ。
 しかし後知恵なら、誰でも何とでも言える。
 いずれにせよ、青鳥につけられていた親書は、特定の者しか開けられぬよう
厳重に封がなされており、光州候の懸念の大きさと事態の深刻さを表わしてい
た。
 ちょうど新年を迎えるに当たって式典の準備などであわただしい時期で、青
鳥に限らず、内外とのばたばたとしたやりとり自体はどこの官府でも行なわれ
ていた。拝賀の儀式のため、州候以下、地方の高官が関弓に上る打ち合わせを
兼ねたやりとりも多く、したがって問題の親書は一般の官の注意をまったく引
くことなく名宛人に届けられた。
 その内容は表向きは光州からの慶賀の献上品の先触れとされ、実際、数日後
に使者とともに高価な品々が到着した。新年の儀式に間に合うよう旧年中に送
られるのが常とはいえ、例年より少々早かったが、むろん遅れるよりは良いこ
とであった。予定が多少前後するのもよくあることだったし、受け入れ担当の
官が急な多忙にぼやく程度のことでしかなく、使者を待って行なわれた緊急の
内議に気づいた者はいなかった。

88名無しさん:2008/09/15(月) 09:13:15
キタ―-(・∀・)-―!!!!

早く続きが読みたい!

89永遠の行方「呪(2)」:2008/09/16(火) 00:32:03
相変わらず天帝をも恐れぬ捏造てんこ盛りでお送りします。
しかも延々と会議で喋ってるだけで、萌えそうな展開は当分ありません……。
-----

 その日の午後、許可を得て路門に降りたった光州候一行を出迎えたのは朱衡
だった。
 年賀に備えるためとはいえ、必ずしも各州の州候が馳せ参ずるわけではない。
むしろ普通は州六官級の官吏を遣わして済ませ、州候自身が参ずるのは、せい
ぜい数年に一度といったところだろう。実際、光州候も上関するのは数年ぶり
のことだった。
 いずれにせよ普通は年末も押し迫ってから上関するものだから、献上品の件
といい、光州にかぎっては今年は少々早いのは確かだったが。
 とはいえむろん不自然な点は何もない。もともと王の側近のひとりであった
光州候ゆえ、出迎えたのが彼と親しい朱衡であったことと併せ、誰もが「つい
でに旧交を温めるのだろう」と解釈した。実際、光州候が家庭を持つまでは、
何度も朱衡と私的に行き来をしていたのだ、そう受けとめるのが自然だった。
「お久しゅうございます。候にはお変わりなくご健勝のご様子、何よりでござ
います」
「やめてくれ」光州候こと帷湍は、とたんに悲鳴じみた抗議の声を上げた。
「五年ぶりに会ったと思ったら、さっそくこれか。おまえに礼を尽くされると、
全身に蕁麻疹ができるわ」
「しかし、あなたのほうが位は上なのですから……」
「温州候の内示を蹴ったおまえに言われたくはないわ。それに今は公式行事で
も何でもないだろうが!」
 本気で嫌がっている帷湍を見て、朱衡は軽く笑うと「こちらへ」と手で先を
示して案内した。州候の随行にしては少ない光州の官らについては部下に任せ、
彼は帷湍をまず自分の私邸に連れていった。
「結局、娘さんは連れてこなかったのですね」
 道々、のんびりとした体で世間話のように朱衡が問うと、帷湍はうなずいた。
「ああ。来たがってはいたのだがな、遠慮させた」まだ周囲に人目があるため、
ぼかして答える。「まあ、光州の新米の官吏がうろちょろしても、宮城では邪
魔になるだけだしな」

90永遠の行方「呪(3)」:2008/09/16(火) 00:35:02
「台輔が残念がるでしょうね。昔、あれだけ可愛がっておられたのですから」
「そうだったな。だが文はときどきやりとりしていたようだが、もう十五年は
会っとらんだろう。神仙の常で十年も一年程度に思ってしまいがちだが、あれ
も、もう二十五だ」
「また見おろされる相手ができて、台輔はくやしがるでしょうねえ」
 朱衡はそう言って笑った。
 ふたりは一刻ほど語らって光州候が昔の朋輩を訪ねたという体裁を取りつく
ろったところで、今日は早々に政務を終えて内殿から下がっているはずの王に
拝謁すべく、正寝へ向かった。政務を執るための内殿どころか、王の私室であ
る正寝の宮殿への昇殿を許されている彼らは、こういうとき煩雑な手続きで無
駄な時間を費やさずにすむ。
 正寝のその一室には、冢宰や三公、六官の長、彼らの補佐のみならず、王お
よび宰輔の姿もあった。ここにいる十数人はまさしく雁の政権の中枢を担う面
々であり、これは先日と同様、内密の内議なのだった。
「久しいな、帷湍。元気だったか」
 以前と変わらず鷹揚に声をかけてきた王に臣下の礼を取ったあと、一同は王
と宰輔が座る椅子の前に置かれていた細長い大卓を囲み、冢宰や六官の長らは
椅子に座り、彼らの補佐役らは上司の後ろに立った。
 まず冢宰の白沢が会議の開催を宣言し、趣旨を説明する。そして光州候に対
し、今回の事件に対する迅速な対応と報告に感謝するとともに、御前でのあら
ためての報告を求めた。ここにいる面々は既に光州からの報せのあらましを知
ってはいたが、それらをさらう意味もあった。
「先日の使者が持ってきた報告によれば、問題の病は誰かがはかりごとをめぐ
らせた結果である可能性が高いということだったな」尚隆が口を挟む。「はっ
きり言えば、ひそかに大がかりな反乱の企てがなされており、その布石、また
は一環である可能性があると」
「にわかには信じがたいことですが」
 王に応えた白沢の言葉に帷湍はうなずき、無造作に立ちあがると一同を見回
した。

91永遠の行方「呪(4)」:2008/09/16(火) 00:37:08
 内議、それも御前会議なのだから、他国であればもっと重々しい雰囲気があ
ったろう。むろん雁のそれにも形式張ったところはあるし、特に型破りな王に
対して、臣下は昔から、威厳だの節度だのをしつけるべく体面や体裁を重んじ
てきたものだ。しかしこうしてひとたび事件が起こると、ある程度の礼儀と形
式さえ踏まえていれば、何よりもてきぱきとした実際的な対応が求められる傾
向があった。何だかんだと言いながら、結局は王の破天荒な言動に影響されて
きた結果だろう。
「正直なところ、謀反かどうかはわからん。他の州に飛び火するものかどうか
も見当がつかん。しかし少なくとも光州に対する反乱である可能性は高いと思
う。その可能性に気づいたのはうちの地官だが、最初に報告を聞いたときは俺
も信じられなかった。深刻な事態ではあるが、ただの流行病(はやりやまい)
としか思えなかったのでな。だが調べれば調べるほど、それを画策した輩がい
るとしか思えんのだ。最初から説明する」
 帷湍は部下に用意させてあった光州の地図をみずから大卓に広げた。他国の
地図よりずっと詳細な雁のそれを、王をはじめとして皆で覗きこむ。帷湍は立
ったまま、地図上の北方の一点を指し示した。
「われわれが事件の存在を知ったのは今月の十日だった。つまり州府に届けが
あったのがその日だったということだが」そう言って筆を持ち、示した先に印
をつける。「ここに葉莱(ようらい)という里があり、そこの住民が病に倒れ、
わずか数日のうちに全員が死んだというのだ。家畜に害はなかったため、人間
だけがかかる流行病と思われたが、いずれにしろ何の前触れもなく、老若男女
も問わず、一度に何十人もの人間がばたばたと倒れたというのは異常だ。隣の
里の民があわてて通報してきたのだが、原因はいまだにわからんし、病の特定
もできておらん。新しい病気かもしれんが、その後の調査で判明したところで
は、初期症状として局部麻痺が訪れ、しばらくすると斑紋が皮膚に生じてそこ
から身体がどんどん腐っていき、高熱に苦しみながら、子供なら二、三日、体
力のある若者でも五日から十日ほどで命を落としてしまうらしい」
 酷い症状の説明に、延麒六太が青ざめた顔で唇を噛んだ。症状自体は報告に
記載されていたため、彼も既に病の詳細を知っていたはずだが、あらためて聞
かされると衝撃の度合いが違うのだろう。

92永遠の行方「呪(5)」:2008/09/16(火) 00:39:25
「とりあえず流行病が発生した際の手順どおり、問題の里を隔離したり遺体を
荼毘に付したりし、近隣の里で似たような病が起きていないかどうか、家畜の
様子や井戸の水はどうかといった調査など、できることはすべて行なった。今
のところ新たな発病者もおらず、とりあえず民の様子は落ち着いている。ただ
し調べれば調べるほど、講じた手立てが功を奏したのかどうかは、はなはだ疑
問に思えるのだが、この理由は後ほど説明する。
 いずれにしろ感染源を特定する必要があったため、さらに調査し、特に病の
種類については瘍医も困惑していたため、州全土に渡って深刻な病の届け出が
なかったかどうかを調べさせた。その結果、州のあちこちで似たような病が発
生していたことがわかった。葉莱のように里が全滅したわけではないが、何ヶ
所かで一家が全滅していたのだ」
 帷湍はそう言って地図上に新たに印を八ヶ所つけ、病の発生場所を示した。
それは特にどこかの地方に偏っているということもなく、州全土に渡って点々
と散らばっており、普通の流行病の発生傾向とは明らかに異なっていた。
「取り急ぎ、最初の調査は県までとしたが、いちおう党への届け出までは調べ
るよう指示は出してある。もっともさすがに時間がかかるだろうが――おそら
くあまり意味はないだろう。というのも、ここで担当の官吏のひとりがおかし
なことに気づいてな。単に病の発生場所の地名を眺めているだけではわからな
かったんだが、こうして地図に書きこんで俯瞰すると、何となく円を描いてい
るように見えたのだ。それも州都を中心にして」
「ほう……」
 帷湍が示した指の先を追って印をたどった面々は、そこに現われた環を確か
に目にした。
「この九ヶ所だけでは少しいびつな感じだが、もしこことここ」と言いながら、
帷湍は円弧の空白部分を示し、「そしてもしここでも病が発生していたとした
ら、州都を十二方位から囲む円を描くことになる。しかも病の発生順は、州都
から見て丑の方角にあるこの里を起点とし、それも丑が象徴する一月に起きて
いる。次の発生は右回りに進んで寅の方角、時期は二月。同様にして、卯の三
月、辰の四月と進み、巳の五月と午の六月に当たる病はなかったものの、未の
方角では七月に起きている。あとは戌の十月が抜けているが、最後の子の十二
月に相当するのは葉莱だ。偶然にしては、あまりにも規則的すぎる」
「確かに……。しかし抜けている三地方では、本当に病はなかったのですかな?」
 太師が問うと、帷湍は首を振った。

93永遠の行方「呪(6)」:2008/09/16(火) 00:41:30
「この規則性を見つけた官らが『ここでも病が発生したはず』と当たりをつけ
て、その近辺の里を調査した。先日の使者を立てた時点ではわからなかったの
だが、俺が出立する直前に報告が上がってきた。府第への届け出がなかっただ
けで、確かに同じ症状の病による死者が出ていたということだった」
「では本当に十二方位で……」
「ああ、州都を囲む形で不気味な病が起きていた。それも実は丑の一月が起点
ではなかったようで、昨年の十二月、葉莱より少し北の姑陵(こりょう)とい
う里でも、一人暮らしの老人が同じような病で死んでいたことがわかった。ど
うやらそこが起点だったらしい。それも病の状況や州都からの距離を考慮する
と、姑陵のほうが地に描かれた円の一環と考えられるようだ。つまり姑陵が子
の十二月に相当すると考えられ、そこから始まって亥の十一月で終わる円がひ
とつ。全滅した葉莱は、その円より少し内側にあるということになる」
「環が閉じたというわけか。その直後に葉莱が全滅したと」
 顎をなでながら尚隆がつぶやくと、青ざめた春官長大宗伯が「まさか、この
まま次々と廬や里が全滅していくのでは」と、この場の誰もが頭に浮かべた懸
念を口にした。夏官長大司馬が顔をしかめて「莫迦な」と一蹴する。帷湍は話
を続けた。
「とにかくこれで、人為的な影のちらつく、奇妙な事件だということだけはわ
かったわけだ。これに気づいた官たちが葉莱以外で発生した病にも何か規則性
がないかとあわてて調べたところ、これまた奇妙な法則を見つけた」
 そう言って、彼はふたたび地図上の一点を指し示した。
「起点と思われるこの姑陵では、死んだ老人の家は北にあった。次の明澤(め
いたく)で死んだ一家の住まいは里の東。その次は南、さらに次は西。一巡し
て、次の臨青(りんせい)ではふたたび北。州都を中心に描かれた円も右回り
だったが、それぞれ被害に遭った里や廬の中でも、病人が出た場所は、右回り
に変化していたことになる。
 いずれにしろここまで来たら、狙いはわからんが誰かの企みによるものと捉
えるのが妥当だ。俺がさっき、葉莱の近辺に病が広がっていないのは、講じた
手立てが功を奏したためかどうかは疑問と言ったのはこのためだ。あまりにも
不自然で作為が匂う病だし、これまで特に対応策を取らなかった他の里や廬で
も、特定の場所に住んでいた者以外は罹患していない。ということはもともと
何もせずとも、病は広がらなかったように思えるのだ。要するにそれは首謀者
の予定にはなかったのだと」

- 続く -

94永遠の行方「呪(7)」:2008/09/20(土) 20:22:46
 帷湍が明確に発した「首謀者」という言葉に一同は慄然となったが、確かに
反乱の企てと考えるのが自然だった。それも非常に大がかりな。さらにここま
で明白な徴(しるし)が現われていながらも相手の影がまったく見えないとな
れば、光州からの報告が、迅速でありながら慎重に慎重を期したものだったの
も当然だった。
「おそらく呪でしょうなあ」
 冬官長大司空が重々しく、溜息まじりの言葉を吐いた。六太がなかば身を乗
りだして叫んだ。
「莫迦な。他人を害し、あまつさえ命まで奪う呪は、城の通路や階段などの無
生物に呪言を刻んで用いる呪とはわけがちがう。呪を組んだ当人もただではす
まないぞ!」
「存じておりますが、かといって他に考えようがありますまい」
「それは――そうだが……」
「むろん冬官府としてもこのような呪に心当たりはありませんが、まず間違い
ないでしょう。あまりにも常軌を逸しているものの、実際に大きな被害が出て
いるわけですし、もともと光州は、少なくとも昔は他州より呪が重んじられて
いたはず。また今回の件が葉莱で終わりとも思えません。北の小さな里ひとつ
を全滅させるだけなら、動機が何であれ数人の手練れがいれば事足りるでしょ
うからな。なのにそれだけのために、これだけ時間をかけた大がかりな呪を組
むはずがない」
「しかし、誰が、なぜ。何のために」
 慄然としながらも困惑した体の大宗伯に、他の者も困惑して顔を見合わせる
ばかりだった。やがて大司馬が口を開いた。
「まず。当たり前のことをいうようだが、覿面の罪があるから、他国の、少な
くとも王のたくらみではないということは確かだ。王以外の者の暴走という可
能性もないわけではないし、景王を亡き者にしようとした前塙王の例もあり、
完全に念頭から除外するわけにもいくまいが、実際問題としてその可能性は限
りなく無に近い」

95永遠の行方「呪(8)」:2008/09/20(土) 20:24:54
「他国からそのような敵意を向けられるいわれもありませんしな」冢宰が大き
くうなずいて応える。「雁そのものに対する企ての布石かもしれないにせよ、
とりあえず事件が起きているのは光州。そうすると光州内に原因があると考え
るのが、現段階では妥当でしょう。光候に心当たりは?」
 冢宰に問われた帷湍は苦々しい顔で首を振った。
「まったくない。ただし罷免されたり何らかのたくらみをくじかれるなどして、
俺個人なり州府なりが逆恨みされている可能性を言うなら、逆に心当たりは山
ほどある」
「しかし為政者である以上、そんなことは当たり前でしょう」太保が気遣うよ
うに口を添えた。
「いずれにしろ、俺個人に対する恨みを持っている連中が起こしている騒ぎだ
というなら、まだわかりやすいし、足跡もたどりやすいのだがな……。しかし
これではあまりにも仕掛けが大がかりすぎる。また一連の事件が光州一州にと
どまるものなら、事態の大きさはそれとしてまだいい。だが問題は、首謀者の
動機がわからないだけに、他州に飛び火する危険もあるということだ。そうで
なくともこれから先、葉莱のようなことが他の里でも起きつづけたなら、遅か
れ早かれ光州は大混乱に陥る。そうなれば首都州であるこの靖州に直に災いが
及ばずとも、対応次第で国がひっくり返りかねん」
「確かに……」
「今、俺の前の光候の時代まで遡って、関連しそうな事件がないか記録を調べ
させているところだ。しかし何か出てくるかはわからんし、それで対応が間に
合うかどうかもわからん。念のためにもっと前まで遡るべきかもしれんが、そ
うなると二百年前に謀反を起こした梁興(りょう・こう)の時代となって遡り
すぎるしな」
「そうともかぎらないのでは? 大がかりな呪を準備するのに、それだけ時間
がかかったということなのかも」
 首を傾げた朱衡が考えこみながら口を挟むと、帷湍はうろんな目を返した。
「しかし二百年だぞ。いくら何でも時間がかかりすぎだろう」

96永遠の行方「呪(9)」:2008/09/20(土) 20:27:03
「単に可能性ということでしたら、いくらでも考えられます。そもそもあの謀
反のあと、さしたる事件は光州では起きていないのですから、真っ先に連想し
ても不思議はないかと。四百年以上前の元州の謀反となると、さすがに除外で
きましょうが、先ほど光候ご自身が雑談で拙におっしゃっていたように、寿命
のない神仙は十年も一年程度に感じてしまう嫌いがあります。したがってもし
首謀者が仙なら、二百年も数十年程度の感覚ということも考えられます。むろ
ん何十年も恨みをかかえたままという人間は少ないでしょうが、只人でもまれ
に昔の恨みをしつこく覚えていて事件を起こす輩はいますからね」
 朱衡の意見に、大司馬が「確かに考えられないことではないな」と腕組みを
して唸った。
「特に不遇をかこっているとか、不如意だとか、そういう輩はちょっとした恨
みでもあとを引きやすい。地位や生活に恵まれた者がそれに満足し、過去の遺
恨があったとしても水に流したり克服したりしやすいのとちょうど反対だ」
「光州の謀反の残党ですか」地官長大司徒が口を挟んだが、納得できないとい
う顔だった。「拙官は当時、官の末席を汚していたに過ぎなかったため、あの
乱には不案内ですが、それでもいまだに梁興に忠節を誓い、そのために危険を
犯してまで大がかりな呪を企む輩がいるというのは信じられません。王位の簒
奪に失敗した梁興は最後に籠城し、仙だった官吏はともかく、下仙にもならな
い、大勢の奄(げなん)奚(げじょ)がことごとく餓死したというではありま
せんか。ついに意を決した寵姫のひとりが閨で梁興を討って開城したときには、
州城中に遺体が散乱していたと聞きますが」
 すると、当時を思いだしたのだろう、六太が痛々しく顔をゆがめながら大司
徒に答えた。
「そうだ。あそこに充満していた死の匂いと深い怨嗟の痕跡に、俺は州城に近
づけなかった。何しろ籠城は半年にも渡ったからな。只人ならひとたまりもな
いし、たとえ仙でも食べものがなければ飢餓に苦しむ。奸計を用いて人質にし
た尚隆に脱出されたあとは、梁興には打つ手などなかった。なのに降伏を進言
した臣下をことごとく手打ちにし、現実から目を背けてひたすら城の奥にこも
っていた。確かに梁興に忠誠を誓う連中の仕業とは思えない。よしんば今回の
事件がかつての謀反の残党によるものだとしても、動機は別のところにあるは
ずだ」

- 続く -

97永遠の行方「呪(10)」:2008/09/22(月) 00:05:41
「何にせよ普通に考えれば、先ほどの冢宰のお言葉どおり、光州で起きたこと
は光州に原因があると考えるのが自然ですが」
 太師の言葉に天官長太宰もうなずき、「不気味な事件ではあるが、だからと
言って物事を複雑に取らないほうがいいかもしれない」と言った。大司馬も同
意する。
「単純に考えてみよう。今回の事件は州都を狙っているように見える。そして
この二百年、光州が平穏だったことを考慮すれば、やはり梁興の謀反の残党が
いて、かつての主人と同じ位にある現州候を逆恨みしていると考えるのが、も
っとも無理のない解釈だと思う。それでその位を奪うか州都を荒らすかするた
めに呪を企んでいるのだとな。大司寇がおっしゃったように、大がかりになれ
ばなるほど、呪をかけるには準備がいるだろうから、それでこれまで時間がか
かったのではないだろうか」
「光州候に恨みを持つ者の仕業と言うことですか? あれから州候は二度も代
替わりしているのに?」
 大司徒は相変わらず納得できないようだった。太保も考えこみながら、「そ
れもそうですねえ」と首を傾げる。大司徒は続けた。
「逆恨みで謀反の残党が何か企んでいるとしても、それなら狙いは主上に向か
うのが自然ではないでしょうか。なのに主上ではなく州都、すなわち州候を狙
っているかのように見えるのは、ちょっとおかしいように思えます」
「なるほど。確かにそうかもしれませんな。まあ、最終的には主上を狙った謀
反であるものの、外堀を埋めるためにまず州候を狙っている可能性もあるわけ
で。特に帷湍どのはもともと、主上の古くからの側近でもありますからな」
 大司空がそう言うと、他の面々も考えこんだ。朱衡が言った。
「拙官も、別に謀反の残党による仕業と確信しているわけではありません。た
だ可能性としては十二分に考えられるため、判断材料の少ない現段階で除外す
るのは不適当ではないかと申しあげただけです。この事件は光候を狙ったもの
かもしれない。そう思わせておいて、実は主上が狙いかも知れない。あるいは
まったく別の意図があるのかもしれない。いずれにせよ、もっと情報を集めた
上で、さまざまな角度から分析する必要があるでしょう」

98永遠の行方「呪(11)」:2008/09/22(月) 00:07:50

 さらにいろいろな可能性を検討したのち、いったん休憩となったため、重臣
たちは座を移した。光州候と冢宰だけは、王および宰輔とともに別室にこもっ
たが、別の者たちは茶を飲んでくつろぎ、まだしばらく時間がかかりそうとあ
って、部下に担当の官府への指示を出したりして過ごした。
 それでもひとしきり茶を飲み、出された軽食で腹を満たしたあとは、今回の
事件に自然と言及してしまうのは仕方のないことだった。
「大司寇、大変なことになりましたなあ」
 その割にはのんびりとした口調で太師に声をかけられ、朱衡はうなずいた。
「すべてが終わってから、実は大したことのない事件だったと笑い話にできれ
ば良いのですがね。残念ながら、そういうわけにはいかないでしょう」
 何しろ現実に大勢の死者が出ているのだ。もし謀反の残党による逆恨みとい
う、動機からすれば安っぽい感情が原因だったとしても、今回の事件は相当の
重みを持ったものになるだろう。
 太師は、少し離れたところで茶杯を持ったままぼうっと座っていた大司徒に
も声をかけた。
「大司徒、お疲れになりましたかな?」
「あ、いいえ」大司徒はあわてて首を振った。「ちょっと考え事をしていまし
て。何しろあまりにも不可解な事件ですから」
「わかります。光候が困惑しておられたのも無理はない」
「皆さまは、本当に二百年前の残党の仕業だと……?」
 朱衡は首を振った。
「どうでしょうね。ただ、今のところ他に心当たりがないだけに、そういう可
能性を考えておいて損はないだろうということです。先ほどお話ししたとおり
ですよ」
「はあ……。そうですね」
 大司徒は相変わらず納得できない様子だったが、やがて思い切ったように尋
ねた。
「梁興という者は臣下には慕われていたのでしょうか? というのも、もしこ
れだけ長いこと恨みをかかえていた残党がいた場合、彼らが単に利をむさぼる
ために州候の周囲に群がっていた輩だとは思えませんから」

99永遠の行方「呪(12)」:2008/09/22(月) 00:09:57
 朱衡はしばし考えこんだあとで、こう答えた。
「そうですね。平穏なときにはそれなりに慕われていたと思いますよ」
「それなり……」
「州を治める手腕には相当なものがあり、腰も低く、礼儀正しい男でした。し
かし今となっては卑屈だったと申しあげたほうが正確でしょう。ひたすら主上
に礼を尽くしていましたが、後から思えばこちらを油断させるためにおのれの
本性を偽っていたのでしょうね。長いこと各地の州城への行幸を仰ぎ、念願が
かなった際はその誉れある一番手に光州がなるべく、熱心に主上に働きかけて
いましたが、それまでの彼の態度から推して、誰もそれを不自然だとは思いま
せんでした。当時は主上も少しお疲れだったようで、ご政務どころか、それま
でひんぱんだった下界への外出にも大して興味をお持ちにならず、万事になげ
やりだった頃でしたから、拙どもはむしろ主上の気晴らしになればと、喜んで
送りだしたものです。
 あとで聞いたところ、梁興は自分の選りすぐりの寵姫を何人も主上の臥室に
はべらそうとしたらしいのですが、さすがにそれは主上がお断りになったそう
です」
 大司徒が目を丸くしたので、太師が笑った。
「これこれ、大司徒。いくら主上でも、無条件で女性(にょしょう)を歓迎す
るわけではありませんぞ。少なくともご自分で美女を開拓されるならまだしも、
勝手に選別された女性をあてがわれるのは不本意なのではないですかな」
「あ、はい、それは想像ができますが……。その寵姫たちは喜んで王に侍ろう
としたのでしょうか。それとも梁興に命じられて仕方なく従ったのでしょうか。
聞いただけではかなり酷いことのように思えます」
「どうでしょうなあ。事件が解決したあと、彼女らを憐れんだ台輔の嘆願もあ
って後宮の者は全員許され、仙籍からも削除されませんでしたが、ま、いろい
ろだったのではないですかな。仕方なく従った者もいれば、あわよくば主上に
乗りかえられるかもと期待した者もいたでしょう。いずれにしろ梁興は結局、
そのうちのひとりに首を斬られたわけです」
「とはいえ主上が彼女らの奉仕を断ったのは幸いでした。主上には台輔がひそ
かに使令を一体つけていましたが、それでも閨で寝首をかかれないとも限らな
かったのですから。もっとも梁興は当初、そこまでは目論んでいなかったと思
われますが、少なくとも身動きできないような毒を盛られたり軟禁されたり、
といった危険はありましたからね。

100永遠の行方「呪(13)」:2008/09/22(月) 00:12:02
 実際、そのあとで企てがことごとく失敗した梁興は結局、直接主上を襲わせ
るような暴挙に出ました。随員のひとりだった当時の禁軍将軍が落命したのは
その際です。主上をかばって襲撃者の攻撃を受け、彼の部下たちが脱出路を死
守していた間に、主上は使令で州城から脱出なさいました。長年の側近であっ
た将軍が一命をもって主上を守ったことが堪えたようで、さすがに元州でのと
きのように謀反人との一騎打ちを目論むことはありませんでしたね」
 遠い目をして淡々と語る朱衡に、大司徒は感じ入ったように言った。
「元州に囚われた台輔を単身救出に赴いたというあれですね」
 すると朱衡は太師と顔を見合わせて笑ったので、大司徒は不思議そうな顔に
なった。
「なにか?」
「あ、これは失礼。あれはですね、市井の小説などではそういうことになって
いるようですが、主上の目的は、本当に謀反人との一騎打ちだったのですよ。
こう申しては何ですが、台輔を救出なさったのはそのついでです。実際、台輔
ご自身もあとでそうおっしゃっていました。それに元州の乱のときは主上もお
若かった。むろん身体的なことではなく、精神が、という意味ですが。当時は
何かと無茶をなさったものです。あれでも今は随分とおとなしくなったのです
よ」
「そうだったんですか……」
「いずれにせよ、梁興は州候としては優秀な男でしたが、主上を軟禁して自分
が取って代わろうと考えた時点で、それだけの器量でしかなかったということ
だと思います。自分の寵姫たちを物のように扱って主上に侍らせようとしたり、
投降するよりは奄奚を餓死させるほうを選んだ。たとえば仮に、梁興に個人的
に恩のある者がいたとして、そういった者は結果的に主上を恨んだかもしれま
せん。しかし大抵の者は、半年の籠城のあとでも梁興に良い心証をいだいたま
まということはなかったでしょう。救援の当てのない籠城ほど、悲惨なものは
ありませんからね」
「実際、開城後は地獄絵図が展開されていたわけですしね……」
 大司徒はそう言って恐ろしそうに身を震わせ、気を落ち着かせるためか茶杯
を口に運んだ。

- 続く -

1011:2008/09/23(火) 12:12:28
見てくださるかたもおられるようなので、こっそり注意書き。
(シリアス長編で、途中で舞台裏を書くとか書き手が出てくるのは
いくら二次創作でも興ざめだと思うので、これで最後にします)

何となくそれっぽい感じで書いてはいますが、捏造てんこ盛りで、
原作に明記してあることも勝手に改編してあったりするので、
軽く読み流してくださるのが精神衛生的にもよろしいかと。

実はこれ、女好きの尚隆が自然に六太ラブになるとは思えなかったため、
「どうして尚隆が六太に執着するようになったか」という
理由づけのためだけに考えた話です。
したがって事件そのものは大したことありません。
期待してると肩すかしを食らうと思うので……。
そんなに深い話が書けるほどの力量はないです。すいません。
そもそも本当に書きたい部分はずっとずっと後の、六太の呪が解けてからだし。
(つまりそれまでは、いくら長くてもただの前書き)
こういう妄想なんだなと適当に受け流していただけると幸いです。

またここまで長編だと、そろそろ引っ込んで
自分のサイトでやるのがマナーのような気がしますが、
始めてしまった以上はそれは無責任だと思うので、
この別館がある限りは続けさせてください。

102永遠の行方「呪(14)」:2008/09/23(火) 21:00:35
 その後、しばらく太宰やら太師やらを相手に、光州候の近況などを穏やかに
語っていた朱衡だったが、やがて後ろから「あのう、大司寇」と声をかけられ
て振り返った。そこにいた大司徒が相変わらず緊張した面持ちで言った。
「わたし、いえ、拙官は呪には不案内ですし、心配性なだけかもしれませんが、
何かおかしいとは思われませんか?」
「何か、とは?」
「まるで円を描くかのように病が移動していって、それが呪によるものと思わ
れるというお話でしたが。何だか随分まだるっこしいような気がして。それに
あんなふうにしたら、遅かれ早かれ誰かに気づかれるでしょうに。実際、光州
の官が気づいたわけですし、何というか――もうちょっと意図を隠すとか何と
か、首謀者はそういうことを考えなかったのかと思って。北の里を滅ぼすだけ
が目的ではないのだったらなおさら、真の目的を果たすために、行動を邪魔さ
れないように隠れるのではないでしょうか」
「なるほど。その意味では、確かに目立ちすぎますね」
 朱衡は同意したが、そこへ大司空が言葉を挟んできた。
「意図を隠すとは言っても、呪には普通、定まった手順や形式というものがあ
って、それを踏襲しないと効果がないものですからな。これを目論んだ者にし
てみれば、どうしてもああいうふうにしなければならなかったのでしょう。そ
れに光候の関弓への報告自体は迅速で慎重でしたが、既に最初の事件と思われ
る罹患から一年が経過している以上、結果的に長期間事態を放置していたこと
になります。今さら警戒されるとは思っていないか、あるいは既にそれを気に
しなくても良い段階に入っているのかもしれません。あ、いや、これはあくま
で首謀者がそう捉えているということですが」
「それはそれで物騒きわまりないが」
 渋面を作った太宰に、太保が取りなすように言った。
「おそらくその呪とやらは完成していないのですよ。わたしも何となく、首謀
者――謀反人は意図をあえて隠していないように感じました。それでもこのま
まわれわれが気づけばよし、気づかなくてもかまわない程度の投げやりな関心
しか向けていないような不可解な印象を感じて不思議でしたが、呪が完成して
いないのであれば納得できます。大がかりな呪をしかけているだけに、準備に
も発動にも時間がかかるのではないですか。そして途中である現段階の状態し
か見ていないわれわれは、何であれ中途半端に感じるのでしょう。本当は謀反
人も、われわれに気づいてはほしくないはずです。そう願ったまま、目論見を
続けているのでしょうよ」

103永遠の行方「呪(15)」:2008/10/04(土) 19:09:25
「途中……。確かにそうですな。実際、葉莱の件は中間地点に過ぎないのでし
ょうから」
 太師が応えると、大司徒が青ざめた。
「姑陵から始まった環は閉じたのですよね。もしや葉莱が、第一の環と同心円
を描く第二の環の始まりということはないでしょうか。また一巡して第二の環
が閉じたとき、さらに恐ろしい何かが起きるのかも」
「莫迦な」ずっと黙って聞いていた大司馬がいらいらした口調で言った。「大
司徒、憶測で最悪の事態ばかり想像して恐れても何にもならないだろうが」
「いや、為政者たるもの、常に最悪の事態を想定して心構えをなすことは必要
でしょう」
「しかし大司寇」
「いずれにせよ、もうこの場で話すことではないでしょうね。気になることが
あれば休憩が終わってから、主上や台輔が臨席なさる場で正式に意見として申
しあげるべきでしょう」
 朱衡がそう言ったので、さすがに大司徒も大司馬も黙りこんだ。そうしてし
ばらく居心地の悪い沈黙が流れたのち、ひとしきり咳払いだの、ひとりごとめ
いたつぶやきだのがもれ、その場にいた者たちは席を立ったり、隣の者と無関
係な雑談を始めたりしたのだった。

 内議が再開されると、最初に冢宰がこう告げた。
「先ほど光州候から、状況次第で他の者に州候位をお任せしても良いとのお申
し出がありました。もし帷湍どの個人が狙いだった場合、それで事件が収束す
る可能性もありますからな」
 ざわめきが起き、とたんに眉をひそめた太宰が言った。
「それは……こう申しあげては僭越ながら、少々無責任に過ぎるのでは?」
 他の者もうなずく中、冢宰は答えた。
「むろんそれは重々ご承知の上でのお申し出でしたが、いずれにせよ主上がお
認めになりませんでしたので」
「当たり前だろう」尚隆は肩をすくめた。「ここまで事態が進めば、万が一、
帷湍が狙いだったとしても容易に事が収まるとは思えん。となれば、他に落ち
度のない州候の首を今の時期にすげかえると、いざというときに光州側の指揮
系統が混乱して使い物にならず、却って事態を悪化させる恐れがある。頭が変
われば、全体の勢力図も否応なく変わるものだからな」

104永遠の行方「呪(16)」:2008/10/04(土) 19:11:29
「承りましてございます」
 冢宰は王に対し丁寧に頭を下げ、帷湍も神妙な顔でそれにならった。尚隆は
続けた。
「とはいえ光州城内では既に動揺が広がっているとのことなので、王師から兵
を割いて、州師とともに調査に当たらせることにした。これは事が起こった場
合に備えるのと同時に、敵方に揺さぶりをかける意味もある。相手が隠れてい
るなら、こちらが動くまでだ。とはいえ州師の数は十分だし、とりあえずは王
が背後に控えていることを示せば良いから、まずは一卒、そのあとは状況次第
だな。もっとも州候が不在の折りに王師だけを派遣するわけにもいかんだろう
から、年明け早々、帷湍の帰城につきそわせる形で州城に向かわせる」
 大司馬は「けっこうですな」とうなずいた。
「それ相応の規模の謀反なら、動向というものは多少なりともどこからか漏れ
るものです。しかし今回は、少なくとも現時点ではそれがない。このまま座し
て手をこまねいているわけにはいかない以上、さらなる人命が失われる前にこ
ちらから動くべきです」
「そういうことだ。ここ百五十年ほどは雁全体もまあ平穏だったが、そうそう
平和ぼけもしていられんだろう」
「五百年を越える治世となれば落ち着いて当然です。むしろ何百年も謀反だの
反乱だのが絶えなかったほうがおかしいのです」
 朱衡がすまして答えると、尚隆は大仰に嘆息を漏らした。
「こうしてちくちく嫌味を言われ続けて五百年。よくぞ失道しなかったものだ
と、俺は自分を褒めたくなるぞ」
 そう言って一同の笑いを誘ったあと、彼は「いずれにしろ、いつもとは勝手
が違うので要注意ではあるな」と続けた。
「武力がどうの、ということならいくらでも計れるが、呪が相手ではさすがの
俺も手も足も出ん。こういうことはむしろおまえのほうが得意だろう」
 尚隆が傍らの半身に声をかけると、六太は肩をすくめた。
「そりゃまあ、ある程度の経験を積んだ麒麟は呪の専門家みたいなもんだから
な。だがこういう、人に害をなす呪は専門外だ。冬官府のほうがはるかに詳し
いだろう」

105永遠の行方「呪(17)」:2008/10/04(土) 19:14:03
 しかし大司空は困惑したように首を振った。
「我々とて、確かにたとえば冬器は作っておりますが、あくまで武具の威力や
耐久性を増すというだけで、直接人に危害を加える呪というのは……。むろん
門外不出の危険な禁呪はありますし、書庫を調べさせれば、あるいは昔の記録
などに今回の事件に関係のありそうな内容が書かれている可能性もありますが、
今の段階では何とも申しあげられません。
 何にしてもこれほど規模の大きな呪を仕掛けるには、準備だけでも相当かか
るでしょう。そして先ほど台輔がおっしゃったように、他人に害をなす呪は当
人にも災いをもたらすはず。その割には一向に相手の姿が見えず、見当もつか
ない、そもそも目的がわからないというのは解せませんな」
 朱衡も「脅しにしては接触がありませんしね」と同意した。そして王に向か
ってこう言った。
「先ほどの休憩時にもこの話題が出たのですが、大がかりな呪ということで、
目的に必要なすべての用意が終わっていない可能性があります。そのため少な
くとも何らかの区切りがつくまでは、謀反人は身を潜めているつもりなのかも
しれません」
「確かに大層な仕掛けなら時間もかかろうし、その作業を終えるまで疑いの目
を向けられたくはないだろうな」
「はい。しかし毒殺魔のたぐいもそうですが、知識なり技術なりを駆使して悪
事をたくらむ者は、一般的にうぬぼれが強い傾向にあります。そのため無意識
に自分の知性を誇示しようとして、つい墓穴を掘ったりもするのですが、残念
ながら今のところそのような気配はありませんね」
「だがひとつの里が全滅したというのは大事件だ。ということはこれまではそ
れとして、こちらが陰謀の存在に気づいたという前提で行動してくる可能性も
高い。それに騒ぎが大きくなれば、よしんば呪者が民の間に紛れて潜んでいた
としても、いつまでも身を隠し通せるものではない。したがってそろそろ動向
が漏れてくるか、何らかの接触があると考えていいだろうな。とりあえずは年
明け、一月に丑の方角で何かが起きるかどうかだが……」
 考えこんだ尚隆に、帷湍が反射的に「頼むから宮城でじっとしていてくれ」
と声を上げた。尚隆はにやりとしたが、彼の口から出たのはもっと堅実な言葉
だった。

106永遠の行方「呪(18)」:2008/10/05(日) 20:04:02
「そんなことより、もっと先に心配することがあるだろうが」尚隆は言い、目
の前の卓の地図を指し示した。「姑陵から始まった環と同じように、もし葉莱
の件が、そこから始まる第二の環の起点だとしたらどうする。さらに一年後に
何が起きるかはさておき、年明け早々、一年前の一月に死者が出た明澤の近く
の里が全滅する恐れがある。姑陵と葉莱の位置関係から推して、目標となる里
はだいたいしぼりこめるだろう。この際、多少の誤差はかまわん。むしろ念の
ために近隣の里も含めたほうがいい。とにかく早急に特定し、そこの住民を一
ヶ月間別の場所に避難させろ。新たな死者が出てからでは遅い」
「そ、それはそうだが……」
 帷湍が口ごもったのをよそに、先刻の休憩で同じ話題に接した重臣たちは顔
を見合わせた。彼らの懸念など王はとうに見通しており、単にその懸念の是非
を論じていた彼らとは違って既にその先を考えていたのだ。
「報告によれば病の発生日は固定ではないが、だいたい月中あたりが多いとの
ことだったな。それを考えれば数日の猶予はあるかもしれんが、万が一という
こともある、年が明ける前に避難させろ。呪だの何だのと言われてもわけがわ
からんだろうし、新年の祝い事は特別だから民は嫌がるだろうが、もっともら
しい理由をでっちあげるんだな。とはいえ田畑のことを考えずにすむ冬だった
のが不幸中の幸いだ。それなりの理由を挙げた上で住処を用意し、生活費の支
給なり補償なりを持ちだせば避難してくれるだろう。ただし病の原因がわから
んだけに、避難先でも他の里の住民とは接触させるな」
「しかし……」
「なんだ、帷湍」
「第二の環という懸念はうちの官も指摘していたのだが、何にしろ葉莱の場合
はそれまでの規則性が当てはまらんわけだ。ということはそこが新たな起点だ
ったとしても、たとえば今度の環は前回と逆に左回りに描かれるのではないか
とか、いろいろな推測が――」
 すると尚隆は呆れたように言った。

107永遠の行方「呪(19)」:2008/10/05(日) 20:06:38
「新たな法則性が現われるかどうかもわからんではないか。しかもその法則性
とやらがわかるとしたら、葉莱の次の里で被害が起き、民が死んでからだ。だ
がそんなことは許さん。ならば単なる心配や憶測は除外し、これまで明らかに
なった材料からのみ推測を導くしかなかろう。姑陵から始まった環が閉じたな
ら、その少し内側にある葉莱も、それを起点として同じように一年を費やして
環を描くことは十分に考えられる。となれば次は、州都から見て明澤の少し手
前、姑陵に対する葉莱と同程度の距離関係にある里が狙いと考えるのが順当だ
ろう。環が逆順に描かれることを懸念するなら、十一月に被害のあった亥の伯
昌(はくしょう)についても、その近隣の里を警戒すれば良い。何なら十二方
位すべてにおいて、第二の環の上にあると懸念される里の民を避難させること
だ。民には迷惑だろうが命には代えられんし、それで少なくとも一ヶ月は時間
を稼げる。その間に敵のあたりをつけ、打開策を練ることだ」
 被害が懸念されるすべての里の民を避難させるという考えに、六太がほっと
した様子を見せた。帷湍のほうは難しそうな顔で考えこんでいだが、やがて
「何とかしてみよう。あとで令尹に緊急の青鳥を飛ばしてみる」と答えた。尚
隆はうなずいた。
「優先順位としては、まず丑、次に亥、他の十方位の里はそのあとだな。特に
一月が懸念される丑は、年明けまであまり日数もないだけに早急に避難させる
必要がある」
「わかった」
 次に尚隆は冢宰に向かい、「他の州でも既に同様の事件が起きていないかど
うか、これも早急に確認する必要があるな」と言った。
「光州と違い、事件が起きていても単に気づいていないだけという可能性もあ
る」
「ではこれから朝議を招集いたしますか」
 冢宰が問うた。

108永遠の行方「呪(20)」:2008/10/05(日) 20:08:52
 朝議はもともと毎朝の定例だけに、何よりも官に対する王の謁見という意味
合いが大きい。むろん討議も行なわれるが、前日に官府で行なわれた各種業務
に関する奏上や、当日以降の王の政務予定の発表など、通常は事件性のない内
容が扱われる。特に雁では、大抵の国より朝議に参加できる官位は低めに設定
されていて朝官の数自体が多く、今回のように不可解で影響の大きな事件の対
応をいきなり諮るには不向きだった。だからこそこうしてまず内議で煮詰め、
それなりの方向性や基本的な対応を模索することになるわけだが、ある程度の
段階になれば朝議で公にするのが筋だった。
 ちなみに朝議は午前中に行なわれることが多いが、だから「朝」議というわ
けではない。朝廷会議という意味だからだ。したがってたとえ夕刻や深夜に行
なったとしても「朝議」と称されるし、緊急時は一日に複数回招集されること
もある。
 冢宰の問いに、尚隆は「いや」と答えた。
「朝議は明日で良い。それより各州に確認の青鳥を飛ばせるのが先だ。とりあ
えずはこういう流行病が発生しているからと、各州においても現状を確認して
早急に報告を求める旨の青鳥を今日中に送れ。その後、上関の予定のない州候
には使者を立てて今回の件の詳細を報せる。まあ、州候がぼんくらでなければ、
そして今回の企てと無関係なら、最初の青鳥で迅速に対応するだろう。仮に州
候もしくは側近が首謀者と関係があったとしても、彼らを通じて揺さぶりをか
けることができるはずだ」
「ではさっそく」
 冢宰は頭を下げると、控えていた自分の部下に指示を与えて下がらせた。
 その後、重臣たちはそれぞれが懸念している事柄を王に伝えた。そして差し
あたって疑いから除外する理由もない上、考えようによっては首謀者との関連
が最も疑われる二百年前の謀反について、光州と関弓の両方で記録を当たった
り当時の関係者に聞き取りをすることになった。特に聞き取りに関しては、呪
に詳しいと思われる冬官や、梁興の日常を知っていた元寵姫を重点的に当たる
ことになった。

109永遠の行方「呪(21)」:2008/10/25(土) 17:58:46
 先の休憩時、既に尚隆が指示を出して仙籍を調べさせていたため、人数の多
い冬官はともかく、寵姫が二人しか残っていないことはすぐわかった。謀反の
あと、尚隆は彼女らを許して仙籍もそのままにしたが、みずから仙籍削除を願
いでた者も多く、ほとんどは数十年後に只人として没したと思われたからだ。
とはいえ生きている二人も光州を出ているため、すぐには居場所をつかめず、
かなりの時間がかかるように思われた。
「それでももし今回の件があの謀反と関係があるなら、何か呪者なりに心当た
りがないとも限りませんしな、早急に手配いたしましょう」
 そう言うと冢宰は、内議の場に届けられた報告の書面を確認しながら続けた。
「ふむ、冬官は十名近くいるが、仙籍に残っている寵姫は確かにふたりだけ。
この晏暁紅(あん・ぎょうこう)という女が梁興を討った者ですが、謀反のあ
と、親類である当時の貞州候を頼って光州を出たことはわかっております。さ
っそく貞州に問い合わせてみましょう。もうひとりの武蘭珠(ぶ・らんじゅ)
という女の行方はどうでしょうな。こちらは光州で調べたほうが早いかもしれ
ません」
 冢宰が書面を王に手渡すと、その傍らで六太が「可哀想にな」とぽつりとつ
ぶやいた。怪訝な目を向けてきた冢宰に、六太は沈んだ声でこう答えた。
「あの籠城は悲惨だった。開城したあと、生きのこった官はほとんど腑抜けの
ようになっちまってて……。俺は州城に近づけなかったから、離宮に引きたて
られてきた彼らを見ただけだけど、みんな心身ともに疲れきって座りこんでい
た。そう、後宮の女たちが、よれよれになった装束をまとい、他の者と肩を寄
せあったり泣いたりしていたのを覚えている。官と同じように、ひたすら茫然
と座りこんでいたのもいたっけな。今どこでどうやって暮らしているのかは知
らないが、あんな事件は忘れたいと思い、実際に忘れて暮らしているんじゃな
いだろうか。なのに当時のことを聞かれたらつらいだろうな」

110永遠の行方「呪(22)」:2008/10/25(土) 18:00:56
「あれから既に二百年経っております、台輔」太師が穏やかに口を挟んだ。「
それだけの時間があれば、すべては思い出になったはず。今さらいろいろ聞い
ても、つらい思いをさせることにはなりますまい」
「ああ……。そうだな。そうだといいが。何しろ生きのこっているひとりは、
実際に梁興を討った者だという。武人ではなく、暴力とは無縁の後宮のなよや
かな女が、籠城をやめさせるためとはいえ慣れない剣をふるって主人を手にか
けたんだ。つらかったろうな……」
 六太は苦しそうな表情でつぶやいた。しかしそれは彼が慈悲の本性を持つ麒
麟だからで、他の者はむしろ梁興の側仕えが生き残っていたことに安堵する思
いだった。何しろ謀反に荷担したと見なされた者は、罪が最も軽い者でも仙籍
を削除され、したがって既に没している。他の主だった臣下も、かなりの者が
梁興の怒りを買って籠城中に殺されていたから、日常的に梁興に接して彼をよ
く知っていた者はあまり残っていなかったのだ。
 しかし正式な妻ではなかったにせよ、梁興のすぐ側で仕えていた寵姫なら何
か知っているかもしれない。重臣たちはそう期待した。

111永遠の行方「呪(23)」:2008/11/01(土) 18:45:53

 年末年始は帰省する学生も多く、例年この時期になると、街だけでなく大学
の中も何となくあわただしい雰囲気になる。何しろ二ヶ月もの長期休暇となる
と、特に遠方から来ている学生の場合、年に一度の帰省の機会だからだ。
 もっとも鳴賢は帰らずに勉強するつもりだった。同じような理由で寮にとど
まっている学生も少なくない。
 楽俊もいつものように大学寮にとどまっているが、むろん彼の場合は事情が
異なる。唯一の家族である母親も今や寮の飯堂で働いているし、そもそも母親
は故国の家を引き払ってやってきたので、楽俊が帰省する先など既にないのだ。
 しかしそのことをどう思っているのか、当人はのほほんとしており、すっか
り人気のなくなった飯堂の席で無駄話をしている鳴賢と敬之とよそに、今も母
親を手伝ってせっせと卓の上を布巾で拭いてまわっていた。椅子の上に乗って
小さな鼠の体を懸命にのばし、均衡を取るようにしっぽをゆらゆらとさせなが
ら大卓を拭く姿はなかなかほのぼのとしているが、奄のようだと相変わらず陰
で笑い者にもなっている。そのことを知らない楽俊でもないのだが、当人は
「体を動かしたほうが気分転換になって調子も上がるからな」とあっさりした
ものだ。
 もし六太あたりがこの場にいたなら、おそらく彼も気軽に楽俊を手伝ってま
わっただろう。「早く片づけちまって、街に遊びに行こうぜ」と明るく誘いな
がら。だが鳴賢たちはのんびりと椅子に座り、働き者の友人をぼけっと眺めて
いるだけだ。
「そういえば、あれから六太を見ないね」
 敬之が言った。「あれ」というのは、王が人柱だという不穏な話をしたとき
のことだ。確かにあれから鳴賢も六太の姿を見かけていなかった。
「そうだな。でもまあ、年末は誰も彼も忙しいから」鳴賢はそう答え、なまっ
た体をほぐすように首をゆっくりと回した。これから自室に戻ってまた勉強三
昧だ。「それに考えてみれば、あんな話をしたあとで少し気まずいのかもしれ
ない」
 すると敬之は少し黙りこんだあとでこう言った。
「実はあれからちょっと考えてみたんだけど」

112永遠の行方「呪(24)」:2008/11/01(土) 18:48:10
「うん?」
「六太の話。あのときは最初は民の話、次に官、そして王と焦点がぶれていた
からわかりにくかったけど、よくよく思い返してみると、六太の言いたかった
ことはたったひとつなんだなあって思ったんだ」
「へえ?」
「民であれ官であれ、はたまた王であれ、それぞれが最大限に他者を思いやり
ながら、懸命に本分をまっとうすること。そういうことなんじゃないかな。要
するにさ、それに尽きるんだ」
「なるほどな。まあ、そう言われればそんな気もするが」あまり楽しい話題で
はなかったので、鳴賢はおざなりにつぶやいた。そして面倒くさそうにこう続
ける。「というかさ、やっぱり六太は育ちが良いんだよ。三十を過ぎても、本
気でそんな理想を夢見ていられるほど苦労していないんだろう。確かに捨て子
で死にかけたことがあるのかもしれないが、良い人に助けられて、今は富裕な
官吏の養子にでもなっているんじゃないか」
「そうだね。僕もそう思う。まあ何にしても、僕が帰省している間に六太に会
ったら、よろしく言っておいてくれ」
「ああ」
「おーい、ふたりとも茶ぁ飲むかぁ?」
 卓を拭きおえて奥の厨房に引っこんでいた楽俊が、陰からぴょこんと顔だけ
出して大声で尋ねてきた。敬之は、これまた大声で「いや、僕はそろそろ房間
に戻って荷造りをしなけりゃ。またな」と返した。
 いったん厨房に引っこんだ楽俊は、ほどなく茶杯をふたつ盆に載せてやって
きた。そしてひとつを鳴賢の目の前に置き、向かいの、さっきまで敬之が座っ
ていた席に落ち着くと、のどかにずずっと茶をすすった。
「やっぱり鳴賢は家に帰らねえのか?」
 何気なく問われ、鳴賢も茶をすすりながら答えた。
「ここまで来ると、さすがにそれどころじゃないからな。何が何でも今度こそ
卒業しないと。それより文張はどうするんだ?」

113永遠の行方「呪(25)」:2008/11/01(土) 18:50:57
「おいらも今回は寮で缶詰になってようかと思ってる。自信はあるっていやあ、
あるんだが、もしもってこともあるしな。万全を期さねえと。早く卒業して官
吏になって、できるだけ早く一人前になって、母ちゃんに楽をさせてやりたい
んだ」
 ちらりと厨房のほうを見やった楽俊に、鳴賢は身を乗りだして「雁の官吏に
なるんだよな?」と念を押した。すると楽俊は耳の後ろをかきながら、困った
ようにこう答えた。
「といっても、ここじゃ結局おいらはよそ者だからなあ。本当は巧に帰ってみ
たいんだが、巧じゃいまだに半獣の登用はないらしい。それでも経験を積んで
使える人材だとわかってもらえれば、もしかしたら使ってもらえるかもしれね
え。今はそれを励みに頑張るしかねえなあ」
「雁の民になればいいじゃないか」
「土地を買う金がねえもん」
 しょんぼりとした様子の楽俊に、鳴賢は「雁で官吏になれば、雁の民になれ
るだろうが」と呆れた。楽俊は「うーん」と唸ると、「実を言うと、自分がど
うしたいのか、よくわからねえんだ」と意外な答えを返した。
「よくわからないって……」
「そうだなあ、巧にいた頃は、自分を生かせるところならどこでもいいと思っ
てた。何しろ選択の自由もなかったからな。だけども実際に雁で暮らすように
なると、そう簡単に割り切れるもんじゃねえってことに気づいたんだ。むろん
最初は無我夢中だったけど、最近じゃ余裕も出てきて、そうすると父ちゃんが
死んでからは巧にいい思い出なんかねえのに、やたらとあっちが気になるよう
になってなあ。何を言っても、結局は生まれ育った故国だ。雁で官吏になって、
もし重要な仕事でも任せてもらえたら、そりゃあ嬉しいしやりがいもあるだろ
う。でも巧に帰って巧が良くなるために尽くせるんなら、それもまたやりがい
だろうと思ってな。もうちっと半獣が暮らしやすい国にできたらとも思うし」
「まっとうに正丁扱いもしてくれず、土地もくれなかった国にそこまで未練を
残すこともないだろうが」
 鳴賢が溜息をついて言うと、楽俊はこんなことを言いだした。
「なあ、鳴賢。これはあくまでたとえ話だから、怒らないで聞いてほしいんだ
けど」

114永遠の行方「呪(26)」:2008/11/01(土) 18:53:05
「なんだ?」
「もし、もしも、だ。今の主上が乱心なさって雁を荒らし、台輔を道連れに崩
御されたとする。そうすると少なくとも何年かは新王の登極はありえないし、
国は荒れる一方だ。鳴賢も他国に逃げて、幸いにもそこで重用されたとして―
―すぐその国の民になる決心がつくか?」
 仮定とはいえ、いきなり王の崩御の話を持ちだされて驚いた鳴賢は、まじま
じと目の前の友人を見つめた。だが以前六太が言った「王は人柱」という話の
ときと違い、あくまで鳴賢が楽俊の気持ちを推し量るためのたとえでしかない
とわかったから、かすかな不快感こそ覚えたものの憤りまでは感じなかった。
それにもともと楽俊は、鳴賢の感覚からすれば突拍子もないことを言いだすこ
とがあった。
「――急に、そんなことを言われてもなあ……」ようやくそれだけ答える。
「それに俺はおまえと違って土地ももらえたし、国から理不尽な扱いを受けた
こともない。条件はかなり違うと思うぞ」
 だが楽俊が黙ったまま彼の反応を見ていたので、鳴賢はさらに考えて言葉を
つなげた。
「正直なところ、よくわからないな。そんなことは想像すらしたことないし―
―雁は俺が生まれるずっと前から大国で繁栄を続けていた。今だって主上の治
世に陰りはまったく見えないし、何となく、このまま俺が死ぬまでずっと平穏
に続いていくような気がしているからな」
「だけど歴史には、ほんの数年で国を荒らして崩御しちまう元名君もめずらし
くねえぞ」
「わかってるさ、それは。確かに可能性としてなら、雁だってそうなることも
ありうるだろうさ。でも俺にはどうしても、自分の国のこととして想像するこ
とはできない」
「そうか」
 楽俊はうなずくと、ふたたび茶杯に口をつけて、のんびりとすすった。そし
て「そうかもしれねえな。何たって奏と雁は別格だからな。変なたとえをして
悪かったな」と詫びた。

115永遠の行方「呪(27)」:2008/11/02(日) 22:52:35
 その様子に、鳴賢はふと、楽俊が大学に入ったばかりの頃のことを思いだし
て言った。
「そういえば前、頼まれ物を届けるとか何とかで、柳のほうへ旅に出たことが
あったよな。入学して最初の新年だったか。俺は帰省していたから後で知った
けど、かなり長い間いなかったんだってな。今じゃ文張がお人好しなのはよく
知っているが、当時は随分のんきな奴だと呆れたものだ。でもさ、もしかして
そうやって他国に行ったり、海客と会ったりしているのも、将来どうするかを
考えてのことだったのか? いろいろな場所を見たり、変わった奴と会ったり
して、何かを目標のようなものを見つけようとしているとか?」
「そんなんじゃねえ」楽俊は笑った。そして苦笑まじりにこう答えた。「柳に
行ったのは本当に頼まれたからだ。前にも言ったと思うけど、大学の入試を受
けるのに便宜を図ってくれた人がいて、その恩人に頼まれただけだ。引き受け
れば、母ちゃんを巧から呼ぶのにも力になると言ってもらったしな。おまけに
旅の費用は持ってもらったし、もともとおいらは雁以外の国にも興味があった
から、お互いの利害が一致したってとこだ」
「それにしたって……」
「海客のことは、入学したばかりの頃、道に迷って海客の団欒所に偶然行った
のがきっかけだ」
「道に迷ったぁ?」
 鳴賢は素っ頓狂な叫びを上げた。楽俊は照れたように、耳の後ろをぽりぽり
と掻いた。
「迷ったってのは正確じゃねえな。うん――何かと物珍しくて、こっちには何
があるんだろうとふらふら歩きまわっていたら、変わった音楽が聞こえてきて
な。何だろうと思ってずんずん歩いていったら、そこが団欒所だった。聞こえ
てきていたのは海客の音楽だったんだな。まあ、帰りは本当に迷ったというか、
帰り道がわからなくて、通りがかった官吏に途中まで送ってもらったんだけど」
「おまえ……」
 普段はしっかりしているのに、たまに抜けているところがある楽俊だから、
鳴賢は呆れながらもおもしろく思った。当人にその気がなくとも、遠慮のない
物言いのせいで、楽俊は優秀な成績を鼻にかけているかのように誤解されるこ
とが多々ある。それでもこうしてひょんなところで抜けているところを見せる
から、嫌味にならないのだろう。

116永遠の行方「呪(28)」:2008/11/02(日) 22:54:39
「鳴賢も、聞いてみりゃあ、すぐわかる。海客の音楽ってのは、それぐらい奇
妙な曲だから。そうじゃねえのもあるけど」
「へえー……」
「何なら行ってみるか?」
「え?」
「団欒所っては月に数回しか開かないんだが、確か明後日か明々後日がその日
じゃなかったかな。その日は海客だろうとなかろうと、誰でも自由に行ってい
いんだと。もっとも昔は何の制限もなかったのに、仲間内で閉じこもって問題
を起こした海客がいて、それから回数制限をするようになったらしいけどな」
 問題を起こした輩がいると聞いて、鳴賢は眉をひそめた。なぜだかとっさに
浮民や荒民を連想したのは、この国の民でもないのに助けてもらっていながら
問題を起こすという構図が似ていたせいかもしれない。
 そんな鳴賢の心中をよそに、楽俊はのんきに話を続けた。
「房間に閉じこもって勉強ばかりしてても能率は上がらねえから、気分転換に
いいと思うぞ。ええと、大学寮からだと、どう行くのが一番わかりやすいかな」
「えっ、おまえも行くって話じゃないのか?」
 ひとりで訪ねるほどの興味は覚えなかったものの、楽俊が行くなら付きそっ
てもいい程度に考えていた鳴賢はびっくりした。すると楽俊は事もなげに、そ
もそも団欒所に行ったのは数えるほどしかないこと、最後に行ったのは二年ぐ
らい前だということを説明した。ひんぱんとは言わないまでも、普通に訪問し
ているのかと思いこんでいた鳴賢はますます驚いた。
「海客の女の子がいて、おいら、その子に気味悪がられてるから。仲間内のた
まの団欒を邪魔したら悪いだろ」
「気味悪がられてる? 蔑むとか莫迦にするのではなく?」
 半獣は劣った存在として、昔から各国で蔑まれてきた。むろん雁では制度上
の差別はないし、なんら負の感情を持たない者も多いだろう。しかしながらそ
んな雁でさえ半獣を蔑む者は普通にいるから、そういう相手として軽んじられ
るというのなら想像はできた。実際、大学で楽俊が他の学生からやっかみを受
けたり、教官から冷たい仕打ちをされていたのは、「半獣のくせに」という蔑
視のせいもあるのだ。しかし気味悪がられるというのは初耳だった。

117永遠の行方「呪(29)」:2008/11/21(金) 18:06:53
「そもそも蓬莱には半獣ってもんがいねえんだと。だから不気味に思うんだろ
うな。それに鳴賢も知っているかも知れねえけど、海客はみんな黒い髪に黒い
目だ。おいらたちと違って、いろんな色があるってこともねえから、何かと感
覚が違うんだろう」
「そういえば前に会った海客も、確か黒髪に黒い目だったな……」鳴賢は女連
れの海客のことを思いだして相槌を打った。「蓬莱じゃ、みんなそうなのか。
俺にはそっちのほうが気味が悪いように思えるぞ」
「こことはまるっきり違う世界の話だからな。そこの民なら、それが普通なん
だろう」
 楽俊はあっさりそう言って片づけてしまった。そして「もし団欒所に行くん
なら、途中までで良ければ案内するぞ」と言った。
「いや、いい。別に興味ないし」
 鳴賢は答えた。それは嘘ではなかったが、むしろ得体の知れない連中と関わ
り合いになりたくないという、無意識による自衛の心理のほうが強く働いてい
た。
 だから「海客が恐いのか?」と事もなげに問われたとき、図星を指された鳴
賢はとっさに言葉が出てこなかった。
「本当に興味がねえならそれでもいいけどな。でも違う世界の話はおもしろい
し、海客が持っている知識には役立つものも多い。気分転換じゃなくても、行
って損はねえと思うぞ。それに雁は海客を優遇しているだろ。雁で官吏になる
なら海客の扱いぐらいは知っておいたほうが、何かと役に立つんじゃねえか?」
 それはその通りだったので、なるほどと思った鳴賢は少し迷った。その様子
を見て楽俊はさらに続けた。
「鳴賢は単に官吏になるのが目標じゃねえんだろう? 官吏になるのはむしろ
出発点で、それからずっと国を支えるための仕事を一生涯続けるんだろう?」
 そう問われて、鳴賢はこれまで官吏登用をひとつの終着点として見、それ以
降はほとんど具体的な想像をしてこなかったことに気づいた。せいぜい重用さ
れて出世して――と、おぼろな期待をいだいていただけだ。本当は官吏になっ
てからが大変なのだろうに。

118永遠の行方「呪(30)」:2008/11/21(金) 18:09:04
「そりゃ――まあ――」
 言いかけて、結局何も言葉が出てこずに口をつぐむ。そんな鳴賢に楽俊は言
った。
「ま、無理にとは言わねえけどな。もし気が向いたら、母ちゃんに聞いてくれ
れば、団欒所の開放日はわかるはずだ。母ちゃん、海客のとりまとめ役をして
る人とも話したことがあるらしいから。雁に来たばかりのとき、母ちゃんもあ
ちこち出歩いて団欒所に迷いこんだんだと」
 そう言って笑った楽俊は、鳴賢の茶杯が空になっているのに気づき、「もっ
と茶、飲むか?」と問うた。

 とはいえ鳴賢自身に、海客にほとんど関心がないのは確かだった。そもそも
大学を落ちこぼれかけている今の彼はそれどころではない。だから翌々日に団
欒所なる場所に出向いたのも、当人にしてみれば、友人たちが帰省してしまっ
て閑散とした寮の中で、ふと気まぐれを起こした以上の意味はなかった。
 もっとも楽俊にも彼の母親にも開放日を確認せず、こっそり出向いたことを
思えば、無意識に気になっていたということなのかもしれない。あるいは楽俊
に「行ってみたけど、別にどうってことなかったな」と事もなげに言い、以後
の勧めを封じるためのものだったのか。
 いずれにしろ鳴賢は、久しぶりに街で食事でもしようと思って小銭を持って
出、そのついでという感じで国府の役人に海客の団欒所について尋ねてみた。
するとかなり奥まった場所にある堂室がそれだと教えられた。
 一口に国府と言っても文脈によって意味はいろいろで、広義では王宮を含め
た凌雲山全体を指すし、狭義では凌雲山の入口である皋門から雉門付近にある
官府のこととなる。役人が言った場所は皋門と雉門の中ほどにあり、広途から
はずれた建物のさらに奥だった。鳴賢はぶらぶらと歩きながら、確かに目的を
持って歩かないかぎりはわかりにくい場所かもな、と思った。
 だが件の建物に入っても別に音楽らしきものが聞こえてくる気配はなかった。
すれ違う官吏たちの雑談めいた声が耳を通りすぎる程度で、むしろ静まりかえ
っていると言ってもいいくらいだ。先ほどの役人は確かに今日が開放日だと言
っていたのに、と鳴賢は訝しんだ。

119永遠の行方「呪(31)」:2008/11/21(金) 18:11:19
「あの、海客の団欒所って……」
 向こうからやってきたふたり連れの女性官吏に声をかけると、ひとりが自分
がやってきた方向を指し示して「そこを右に曲がって突き当たりね」と答えた。
そうしてすぐ連れと「だから今日中に書類を出してもらわないと困るのよ。年
明けまでいくらもないのに」と会話の続きに戻り、忙しそうに去っていった。
 鳴賢が教えられたとおりに歩いていくと、大きく開けはなたれた扉の向こう
に堂室があったが、人気は感じられなかった。扉のあたりで立ち止まり、躊躇
しながらも覗いてみる。物置のように雑多なものが置かれてはいるものの、天
井が高いせいもあって全体としてがらんとした印象のある広い堂室の奥で、そ
れでも三人が座って話していた。
 若い娘と青年、中年の女。娘は緑色の髪だったから関弓の民だろう。阿紫と
同じ歳か少し下くらいか。残りのふたりが海客なのだろうかと思ったところへ、
こちらに向いて座っていた中年女が顔をあげて鳴賢に気づき、人の好さそうな
笑みとともに「あら、いらっしゃい」と声を投げてきた。おかしいところは
何もなく、普通の言葉遣いだった。
「ええと……」
 とっさに、もしかして場所を間違えたのだろうか、そもそも誰かと間違えて
声をかけられたのではないだろうかと焦った鳴賢だったが、迷いながらも手招
きされるままに彼らに近づいた。すると女は「今、お茶を煎れるわね。そこに
座って」と青年の隣を指した。
 彼らはそれぞれ、木箱に厚い敷布を敷いて椅子代わりにしていた。鳴賢が勧
められたのもそれで、目の前の大卓は、ところどころ塗りの剥げた古いものだ
った。
 鳴賢が腰をおろしながら青年に会釈をすると、相手は中年女と同じようにに
こやかに「やあ、こんにちは」と返してきた。それだけでなく「大学はもう休
みなのかい?」と尋ねてきたので、鳴賢は仰天した。その様子に、相手の青年
は目をしばたたいた。
「あ、ごめん。六太の友達じゃなかったっけ? 間違えちまったかな。人の顔
を覚えるのは得意なほうなんだけど」

120永遠の行方「呪(32)」:2008/11/21(金) 18:13:28
「そういえば、あんた……」
 以前一度だけ会った海客だと、鳴賢はやっと気づいた。あのとき、ものめず
らしさもあって顔をじろじろ見たはずなのに、大して記憶に残っていなかった
のだ。
 そのとき緑の髪の娘が無表情のまま黙って立ちあがり、自分の茶杯を手に、
堂室のさらに奥の隅に座を移して背を向けた。何だろうと目で追った鳴賢の前
に、新しく茶を煎れた杯と、菓子らしいものが載った小皿が置かれた。
「どうぞ、召し上がれ。甘いものが嫌いじゃなかったら、だけど」
 中年女が言い、奥に引っこんだ娘をちらりと見やって、今度は小声で「あの
子のことは気にしないで。まだこっちの世界に慣れていないのよ」と言った。
「彼女も海客? 黒髪じゃないのに?」
 海客はみんな黒髪に黒い目だと楽俊は言ったのに、と鳴賢が戸惑って聞くと、
女はこう答えた。
「胎果なの。海客の中にたまにいるらしいわね。こっちでは本来の姿に戻るか
ら、蓬莱にいるときとは顔かたちも髪や目の色も変わってしまって、他の人以
上に現実を受け入れられないの。まあ、気にしないでやって」
 それだけ説明すると彼女は普通の声に戻り、「わたしは守真(しゅしん)よ」
と自己紹介した。
「恂生とは会ったことがあるのね」
「前に一度だけ。六太と一緒にいたとき、往来で少し」
「鳴賢、だっけ? 彼は大学生なんだよ、守真」
 やはり別字の「鳴賢」のほうが印象深かったのだろう、恂生は守真にそう紹
介した。
「まあ……。それはすごいわ。蓬莱にも大学はあるけど、たくさんありすぎて
大学生は山のようにいるしねえ」
「大学生が山のようにいる?」
 鳴賢が面食らって問うと、恂生が笑ってうなずいた。

121永遠の行方「呪(33)」:2008/11/21(金) 18:15:44
「国公立――つまり官が作る大学もあれば、私学もあるから。実を言うと、俺
も大学生だったんだ。でも三流の私立だったし、鳴賢とはまったく違うな。こ
っちじゃ基本的に大学は一国にひとつだろ。学生だって百人か二百人かそこら。
国中から選りすぐりの人材が集まってくる中にいるわけだからなあ」
 よく聞いてみると、蓬莱には義務教育という制度があり、国や保護者は、子
供に一定の教育を受けさせねばならないと定められているという。しかも義務
教育自体は無償で受けられるらしい。さらにその上の高校は上庠か少学に当た
るのだろうが、進学する割合が多すぎて、蓬莱人の意識では半ば義務教育化し
ているとのことだった。
「だから大学生も多いんだ。そりゃ、ここの大学に相当するような難関校もあ
るけど、大学の数自体が多いだけに、大した成績じゃなくても進めるところは
あるから。それだけに蓬莱では、大学を出たからといって即優秀だとは思って
もらえない。どの大学を出たのか、まで言わないと」
「へえー……」
「でもまあ、おかげで国民全体の教育水準は高いけどね。教育ってのは無形の
財産だと思うし、金や物がない国こそ、民の教育に力を入れるといいんだろう
な。たとえ家を失っても国を追われても、それだけは当人の教養として残るか
ら、身を立てる役にも立つと思う。俺も身ひとつでこっちに流されてそれを痛
感した。俺がいた頃の蓬莱はかなり豊かだったけど、貧しい時代もあったんだ
よ。豊かになったのは国や国民自身が教育に力を入れたおかげもあったんじゃ
ないかな」
 こちらの世界では、蓬莱すなわち理想郷という意識がある。なのに貧しい時
代もあっただの、普通の国のように語られるのは不思議なことだった。それに
どう見ても守真も恂生も普通の民だ。離れたところに座っている緑の髪の娘も、
背を向けたままで鳴賢を見ようともせず不機嫌なのは明らかで、いろいろ苦労
してきたのかもしれないにせよ、子供が八つ当たりをしているようにしか見え
ない。
 実際に海客が流されてきている以上、鳴賢も蓬莱が伝説の理想郷であるなど
とは信じていなかった。したがって一般に流布されているように蓬莱人に神通
力があるとは決して思っていなかったが、あまりにも普通で少しがっかりした
のは事実だった。

122永遠の行方「呪(34)」:2008/11/21(金) 22:00:39
 そもそも尋常ではない能力を持っていたら、こちらに来たからといって言葉
に難儀することもないわけで……。
「ところで蓬莱じゃ、ここと言葉が違うって言ってたよな」
 鳴賢は恂生に聞いてみた。すると恂生は口を開いたが、そこから発せられた
言葉らしきものを鳴賢が理解することはできなかった。
「今の……言葉か?」
 名詞ひとつさえ聞き取れず、一言も理解できず、抑揚も何もまったく異なる
「言葉」。からかわれたのだろうかと思いつつも尋ねてみると、恂生はうなず
いた。
「今のが蓬莱で使われている『日本語』。そうだ、いいものがある」
 恂生はそう言うと立ちあがり、いったん奥に引っこんだと思うと、簡単に綴
じた冊子のようなものを持って戻ってきた。茶杯を脇にのけて大卓の上で広げ
て見せる。ここを訪れたことのある海客たちが、書き散らした文章だというこ
とだった。
「言葉が通じないぶん、自分の気持ちを書いて気を紛らわせたりする人もいる
んでね、こういうのが自然とたまっていくんだ。これも日本語で書かれている」
 それは筆の手跡もあったが、何で書かれたのかわからない不思議なものもあ
った。いずれにせよ鳴賢にはまったく読めなかった。ところどころ何となくわ
かる字もあったが、文章どころか単語すら読みとることができない。おまけに
横方向に書かれているものもあり、文章は縦に書くものと思ってそれ以外の形
態を想像すらしたことのない鳴賢は大きな衝撃を受けた。むろん扁額などで街
の名前を横書きにすることもあるが、それにしたって右から左に書かれていて、
この海客の文章のように左から右へ書かれたものはないはずだ。
「蓬莱のある世界には言葉がたくさんある。日本語は蓬莱人しか使わないけど、
世界的に使われているのは『英語』。これが英語だな」
 そう言って恂生は冊子をめくり、奇妙な「文字」が書かれた別の頁を示した。
そこにはうねうねとねじ曲がった文様のようなものが書かれていた。
「これ……。これも言葉なのか?」
「そうだよ」

123永遠の行方「呪(35)」:2008/11/21(金) 22:02:43
「本当に言葉が違うんだ……」
 鳴賢は心の底から衝撃を受けてつぶやいた。そうしてやっと、こちらに流さ
れた海客が言葉に苦労するという意味を理解したのだった。
「もし俺が蓬莱に流されたら、絶対に言葉はわからないな。おまけに字も読め
ないんじゃ何もできないな……」
 そうして恂生を見、「あんたも相当苦労していろいろ覚えたんだろうな」と
心からの言葉を口にした。すると恂生は礼を言った上で、確かに苦労はしたが、
今ではむしろ蓬莱のことを忘れないようにするのが大変かもしれないと答えた。
「何しろ俺はこっちにきてもう十五年だろ。言葉であれ何であれ、使っていな
いと忘れるものだからな。むろん戻れないとなれば、故郷での記憶は持ってい
ても苦しいだけだ。でもだからといって忘れてしまったら、海客としての価値
もなくなる。雁が海客を保護してくれるのは、主上や台輔が胎果だというのも
あるかもしれないけど、海客が進んだ技術や知識を伝えることがあるという実
利的なものも大きいんだ。実際、海客仲間にもいるからな、能力を買われて国
府に勤めている人が。それを考えると未練かもしれないけど、自分のためにも
他の海客のためにも、蓬莱でのことは忘れちゃいけないと思ってる。それが雁
のためにもなれば、利害の一致ってことで、どちらにとっても良い目が出るだ
ろうし」
「なるほどな」鳴賢は相槌を打ったが、いろいろ蓬莱の噂は聞いていたのでこ
う尋ねてみた。「でも蓬莱には、ここにはない便利な技術がいろいろあるって
聞いたぜ。そういうのを小出しにしていけばいいんじゃないか?」
 すると恂生は渋い顔になった。
「三流大学の学生だった俺に、そんな技術も知識もあるもんか。数学は比較的
得意だったけど、今じゃ公式のいくつかを覚えている程度だし何にもならない。
もっと体系だてて覚えていたら、建築とか土木とか、そういう方向に生かせる
ものがあったかもしれないけど」
「ふうん。よくわからないが、そういうものなのか」
「それに知識があったって、ここで受け入れてもらえる内容かどうかというの
も重要よ。文化の違いもあるし」

124永遠の行方「呪(36)」:2008/11/21(金) 22:05:19
 それまで黙って聞いていた守真が口を挟んだ。先ほどの冊子をもう一度開い
て、海客たちが書き散らした文章のひとつを鳴賢に示す。
「たとえばこれ。これは筆じゃなく、鳥の羽根の根元を削って作った『ペン』
で書いたものなの。たとえるなら――細い棒の先に墨をつけて書いたもの、と
いう感じね」
「鳥の羽根? 棒の先? 何だってそんな変なもので」
 鳴賢は戸惑った。すると守真は、今の蓬莱では筆はあまり使われないため、
筆の扱いに慣れている海客がいないのだと説明した。だから彼らにとってはペ
ンのほうがはるかに書きやすいのだと。
「実際、昔は羽根ペンを日常的に使っていた国もあったから、少なくともその
国のその時代の人々にとっては、羽根ペンがここでの筆に相当するくらい普通
の筆記具ということになるわね。でもだからと言って、こちらの世界の人たち
が羽根ペンを使いたいと思うかしら? 優劣とか善し悪しじゃなく、文化の違
いというのはそういう意味」
「そりゃ――確かに使いたいとは思わないだろうなあ」鳴賢自身もそういう欲
求は覚えなかったから、素直にそう答えた。それでも何となく彼らが言いたい
ことの想像はできるような気がした。「それに官吏になるには筆跡も大事だか
ら、学生にとって筆の扱いは基本中の基本だ。『ペン』で書かれた書類なんて、
それだけで読むのに値しないと思われるだろうな。公的な文書ならなおさら。
意識もそうだし、しきたりもそうだ」
 長期間保存する書類の中には、保存性を考えてあえて木簡や竹簡を使う場合
があるとも聞いているが、それにしたって書くのは筆だ。もしかしたら小刀で
刻むようなこともするのかもしれないが、少なくとも官府で日々処理される膨
大な書類のほとんどは、普通に紙に筆で書かれたものだろう。
 実は蓬莱にはいろいろな種類の筆記具があるのだと恂生は言った。
「いったん書いた文字を消すこともできるペンもあれば、金属にも書けてなか
なか字が消えないペンもある。簡単なものなら、材料さえあれば再現すること
はできるだろう。でもこっちの世界で受け入れてもらえないんじゃ、自己満足
にしかならない」

125永遠の行方「呪(37)」:2008/11/21(金) 22:07:47
「書いた文字を消すことができるってのは便利そうだけどな」
 驚いた鳴賢がそう答えると、恂生は「でも筆跡が筆とはまったく違うよ」と
答えた。
「そういえば蓬莱では本は安価なんだ。紙も墨も安く大量に作れるから。それ
もあって印刷技術は発達しているけど、そんな世界でも大量印刷の本が出た当
時は、『こんなものは本じゃない』という富裕層の反発もあったと聞く。『本
というものは見事な手跡の者が豪華な書体で丁寧に書き、上等な革の表紙をつ
けた手作りでないと』とね。こっちの世界でも、もし蓬莱と同じように安価に
印刷できたら本を大量生産できるけど、やっぱり同じ反発を感じる人はいるん
じゃないかな。むろんこれくらいの話なら頑固者の笑い話程度だけど、人間っ
て基本的に保守的なものなんだよ。だから変化も普通はゆっくりだ。そして進
歩も変化の一種だから、急激な進歩は同じくらい反発も生むだろうし、反発は
それをもたらした者に向かうかもしれない。そのために混乱も起きるかも知れ
ない。俺たちは俺たちで一生懸命やっているつもりだけど、管理する政府の側
から見るといろいろと難しい問題もあるんだろうな」
 そう言って彼は溜息をついたが、すぐ気を取り直したように鳴賢に向けて笑
って見せた。
 雁では、各地の府第に配布される共通の資料の中に木版で印刷されたものも
あるから、鳴賢も印刷技術の重要性はわかる気がした。しかしだからといって
すぐに高度な技術を取り入れたいという欲求はなかった。実際に官吏になって
その種の技術の有用性を実感したならまだしも、少なくとも今は何も切羽詰ま
っていないからだ。
 恂生は「でも乱れた国ではそもそもそれどころじゃないだろうけど、雁にい
れば少なくとも蓬莱の技術に興味は持ってもらえる」と続けた。
「安定した豊かな国なら、官も民も便利さや進歩に目を向けて受け入れる余地
があるから。それに雁は主上が胎果だけあって、建物も食べ物も、蓬莱風のも
のが入り交じって融和しているだろ。俺は雁以外の国は知らないが、他の国に
流された海客が雁にやってくると、特に関弓では風景とか食べ物に少しほっと
するらしいな。おまけにこうやって国府に団欒所もあるし、最初の三年は無料
で公共施設を使えるなどの優遇もされてる。かなり条件はいいんだから、何と
かやっていくさ」

126永遠の行方「呪(38)」:2008/11/22(土) 12:45:39
 そう言って彼は冊子を片づけ、守真は冷めてしまった茶を煎れなおしてくれ
た。勧められるままに守真の手作りだという菓子を鳴賢が口にすると、それは
香ばしくて、そっけない外観に反してなかなか美味だった。
「今日はあまり人が来ないようね」守真は残念そうに言って、ちらりと入口の
ほうを見た。「この焼き菓子、まだたくさんあるのよ。作りすぎちゃったみた
い。もし邪魔でなければ、少し持って帰らない? 日持ちするから、勉強の合
間の休憩にでもどうぞ。良かったらお友達のぶんも」
「じゃあ、いただきます」
「助かるわ」
 にっこりとした彼女に、鳴賢は「普段はもっと人がいるんですか?」と尋ね
た。
「そうねえ……」守真は少し考えこんでから答えた。「多いときは三十人くら
いかしら? 海客はあともうひとりくらいだけど、関弓の人たちが来てくれる
から。みんなで歌ったりおしゃべりしたり、大勢いるときはけっこうにぎやか
よ。でもまあ、年末はこんなものかもね。何かとばたばたするし」
「もしかして六太に会えるかな、とも、ちょっと思ったんだけど」
 最初に話したときの感触から、守真も六太の知り合いらしいと踏んだ鳴賢が
言ってみると、守真は「そうねえ、来ないかもねえ」と残念そうに答えた。
「彼も普段はわりと顔を出してくれるほうだけど、年末年始に見かけたことは
ないから。この時期は誰も彼も何かとあわただしいことだし」
「新年の拝賀の儀式のときも、六太は見かけないからね」
 そう恂生が口を添えたので鳴賢は仰天した。元日に行なわれる王の拝賀は雲
海上での儀式だから、鳴賢だって行ったことはないのだ。首尾良く官吏になれ
たとしても、せいぜい、顔かたちがわかるどころか、人が豆粒のようにしか見
えない場所からの遙拝がかなう程度だろう。
「あんた……。主上に拝謁したことがあるのか?」
 驚愕の面持ちのまま、やっと、といったふうに問う。恂生は一瞬、きょとん
としたかと思うと、すぐにあわてて首を振った。

127永遠の行方「呪(39)」:2008/11/22(土) 12:47:50
「ち、違う、違う。ほら、拝賀に合わせて、新年のご祝儀として広途の辻々で
菓子やら酒やらがふるまわれるだろう。この国府でもそうだから、けっこうな
人出になって知り合いと出くわすこともあるけど、そういうときでも六太を見
かけたことはないなってこと」
「ああ……そういう意味か。びっくりした」
 鳴賢が胸をなでおろすと、恂生も「こっちこそびっくりだよ」と笑った。
「一介の海客が主上にお目通りできるはずないじゃないか。なあ、守真」
「わたしも仙になって長いけど、残念ながら主上にお目にかかったことはない
わねえ」
「えっ」鳴賢は驚いた。「あんた、いや、守真さんは仙なんですか?」
「守真、でいいわ。そう、昇仙して、もう三十年になるかしら」
 彼女の外見は、せいぜい四十代半ば。大目に見積もっても五十歳ほどと思わ
れた。しかし昇仙して三十年ということは、実年齢は八十歳ほどということに
なる。
 道理で、と鳴賢は思った。だから発音や言いまわしが不自然なところのある
恂生と違い、彼女の喋る言葉に不自然さを感じなかったのだ。
 よくよく話を聞いてみると、面倒見の良い彼女が新参の海客の世話をしてい
るうちにそれが認められ、海客のまとめ役のようなものとして官吏になったら
しい。だから海客と一般の民との通訳もするし、仕事の相談にも乗ったりして
いるのだとか。この場に恂生しかいなかったせいか、問われるままに守真はさ
らに詳しい話を語ってくれた。
 彼女は蓬莱では平凡な主婦で、近所に買い物に出かけようとしたところで蝕
に巻きこまれたらしい。幼い子供がふたり一緒にいたそうだが、彼らがどうな
ったのかはわからない。一緒に蝕に巻きこまれて虚海で溺れたか、それとも蓬
莱で無事でいて、迷子として保護されたか。何十年経っても当時のことを思い
だすと苦しい。きっと自分は死ぬまで子供たちのことを案じつづけるだろうと
守真は言った。
 だが彼女は、我が身の不幸を嘆いたり自分の殻に閉じこもるのではなく、同
じ境遇である海客の面倒を見ることで気を紛らわせることを選んだ。それは彼
女の性格もあろうし、子供らに伝えられない情愛を他に向けることで、代償行
為の一種としている面もあろう。

128永遠の行方「呪(40)」:2008/11/22(土) 12:50:00
 こんなふうにして、いったい何人の海客――山客も――が、この、彼らにと
っての異世界で生きているのだろうと思うと、さすがに鳴賢もある種の感慨を
覚えざるを得なかった。
 守真は言った。こうやってがんばって他人のために尽くしていれば、もしか
したらいつか褒美として蓬莱の様子を教えてもらえるかもしれない。むろん無
理かもしれないが、そうやって希望を持つことで生きる気力が出てくるのだと。
「昇仙させてもらえるって聞いたとき、最初は喜んだの。だって神仙は虚海を
越えられるって聞いていたから、これで蓬莱に戻れるんじゃないかって」
「でも違った?」
 鳴賢が尋ねると、守真はうなずいた。
「神仙が虚海を越えられるというのは、蝕のような空間のひずみを通り抜けら
れる体になるというだけで、ふたつの世界の間に自分で道を開けるわけではな
いんですって。それも高位の神仙でなければ自分の命さえ危ういし、おまけに
位が低ければ低いほど周囲に甚大な被害をもたらすそうよ。聞くところによる
と神である王でさえ、もし蓬莱と行き来したなら大災害を引き起こすとか。ふ
たつの世界は本来交わってはならないものだから、どうしても無理が生じるん
ですって。いつの時代の話かは知らないけど、やむにやまれぬ理由があってあ
る王が向こうに渡られたときは、蓬莱で二百人もの人が亡くなったそうよ」
「そんなに……」
「それでももしかしたら官府で一生懸命頼めば、あちらに渡してくれるのかも
しれない。でも万が一それで発生した災害のせいで家族が死んだら? 自分は
どうなってもいいけど、そう思うととても踏ん切りなんかつかない」
 でも、と彼女は続けた。人ではない麒麟なら、災害を起こさずに蓬莱と行き
来できるのだと。
「なぜなのかはわからないらしいけど、王を見つけなければならない役目と関
係しているのかもしれないわね。何にしても麒麟なら自分で道も開けるし、蓬
莱へも渡れるんだとか。だから一生懸命がんばって、何とか台輔の目にとまっ
て、台輔がわたしの家族の消息を尋ねてきてもいいと思えるような人になれた
ら……」

129永遠の行方「呪(41)」:2008/11/22(土) 12:52:37
 そんな守真を、鳴賢は複雑な思いで見やった。確かに気持ちはわからないで
もないが、何しろ延台輔にもしものことがあれば雁が滅ぶのだ。たとえ災害を
起こさずに蓬莱と行き来できるのだとしても、異世界に行くこと自体に危険が
ないとも限らない。守真は少なくとも仙になれて、一般の民より特権を与えら
れている。こちらに流されてしまったこと自体は気の毒に思うが、諦めてほし
いというのが正直な気持ちだった。
 もっともさすがに口には出さなかった。そもそも言っても仕方のないことだ。
いずれにせよこんな場所に台輔が注意を向けることなどありえないから、実際
問題として心配はないだろうが。
 微妙な表情の鳴賢に気づいたのだろう、守真は無理に笑って「つまらない話
をしてごめんなさいね」と詫びた。
「鳴賢は関弓の人? 帰省は?」
 話題を変えるためだろう、恂生が尋ねてきたので、鳴賢は勉強のために残る
ことにしたことを説明した。
「ああ、そうなんだ。でも元日くらいは息抜きしてもいいんだろ? もし特に
約束がないんなら、ここに来ないか? 元日は特別開放日で、一日中開いてい
るから。今は模様替えの最中でここはかなり雑然としているけど、それまでに
は綺麗になっているだろうし、元日は何かとにぎやかだよ。さっきも言ったよ
うに国府でもご祝儀がふるまわれるから、そのついでに顔を見せてくれる人も
いる」
「そうだな、考えておくよ」
 寮に帰ったら、ここで聞いた話をもう少しよく考えてみようと思いながら、
鳴賢は当たり障りのない応えを返した。そして奥に座ったまま相変わらずこち
らを無視している緑の髪の少女を見、おそらく楽俊を気味悪がったのはこの子
だろうなと見当をつけた。


 開けて新年。
 華やかな鉦(かね)や太鼓が鳴り響く中、関弓中が慶賀の空気に包まれた。
広途では辻々で祝儀がふるまわれ、このときばかりは浮民や荒民も明るい顔を
して新しい年を祝った。王の治世には何の陰りもなく、今年も来年も同じよう
に平和な日々が続いていくのだと、誰もが無邪気に信じこんでいた。

130永遠の行方「呪(42)」:2008/11/22(土) 17:29:27

「叩頭拝礼!」
 冢宰の号令は、要所要所に配置されていた儀仗兵によって高らかに復唱され、
広場を埋めつくした数多の臣下の間を荘厳に駆けぬけていく。それと同時に臣
下らは、はるか高殿から見おろしている王の前に叩頭し、忠誠と敬意とを示し
た。
 王の傍らに控える宰輔はもちろん、広場の最前にいる州候やその使者、三公
や六卿といった高官から、遠く最後列でかすんでいる府吏まで、国府に仕える
者たちが順に膝を折り頭を地につけていく様子は、さながら王の御座(ぎょざ)
を起点に広がる波紋のようで、重々しくも見事な眺めだった。新春のぴりりと
した冷気も心地よく、日頃、自国の王を「昏君」呼ばわりしている側近らです
ら、厳かな感動に打ち震える瞬間である。
 この拝賀の儀式が終わっても、王の長寿を言祝(ことほ)ぐ賀詞の奏上やそ
れに対する王からの返礼、各地に現われた瑞祥の奏上、酒礼を始めとする典礼
としての祝宴等々があり、しばらくは祝賀続きとなる。節目の年には下界でも
拝賀の儀式が行われるから、さらに大がかりになるが、それがなくとも忙しい
日々には違いない。
「とはいえこういう忙しさなら、拙官は大歓迎ですよ」
 王から幾度目かの酒杯の返礼を賜り、高官らは上機嫌だった。いくら典礼で
も、銘酒に親しみ佳饌(かせん)にあずかれば、誰しも舌がなめらかになるも
のだ。特に新年三日目ともなれば、宮城での形式張った祝宴もただの大がかり
な宴会と化してしまい、特に元日の元会儀礼からこちら、「あれだけ威儀を見
せたのだから、もういいだろう」とばかりに王がくだけた様を見せてしまうと、
あとはもうなし崩しだった。
 もっとも要所さえ押さえていれば重臣たちも大目に見ている。何しろ新年の
慶賀は特別だし、重要な儀礼や祭祀を済ませてしまえば、好きなようにくつろ
いで騒ぎたくなる気持ちもわかる。そもそもこの大らかな気風も既に雁の国風
であった。
 その祝賀気分に水を差すどころか、人々を慄然とさせるような事件が起こっ
たのは、新年五日目のことだった。

131永遠の行方「呪(43)」:2008/11/24(月) 20:43:51

「どういうことだ?」
 内議に臨席した王の声は穏やかだったが、臣下たちは緊張した。主君はくつ
ろいで椅子に座っているように見えるが、こういうとき逆に頭の中では目まぐ
るしく思考が回転していることを、長年の経験で彼らは知っている。
 光州候帷湍は悲愴な面持ちで主の前に頭を垂れた。
「俺の落ち度だ」
「今度はどこの里だ」
「幇周(ほうしゅう)という。州都から見て明澤(めいたく)の手前、明澤か
らは距離にして二、三十里離れているそうだ。位置関係から推して、姑陵(こ
りょう)に対する葉莱(ようらい)と同じと考えていいだろう」
 光州で発生した不気味な病については、既に朝議を通じて朝官に周知されて
おり、それが謀反を企んだ輩による陰謀である可能性も伝えられていた。その
ため今回の内議は極秘ではなく、既に公のものだった。
 周知以後、宮城で特に混乱は生じていない。当事者である光州の者と違って
実感に欠けるせいもあるだろうが、王の失道による災害のたぐいとは異なるこ
とが示されたため、むしろよくあることとして済ませられた感がある。現王朝
のもとで確かに反乱のたぐいは多かったが、麒麟が王を選ぶこの世界でさえ、
そもそも偽王だの謀反だのはどの時代でも尽きない話からだ。他州で同種の病
が発生していないことが確認されたことも大きいだろう。
 何しろ元州の乱の頃の、足元が不安定だった時代とは状況がまったく違う。
今や押しも押されもせぬ大王朝なのだ。こうして謀反を起こす不心得者がたま
に現われたとしても、迎合して国家の転覆を目論む輩が多いはずはない。とな
れば、遠からず事件は収束すると思われた。そうである以上、一般の官の関心
は、どのように事態を収束させるか、それに当たって予想される被害はどれく
らいかということだけであり、あとはせいぜい首謀者は誰か、敵方に与(くみ)
している者は誰かということくらいだった。

132永遠の行方「呪(44)」:2008/11/24(月) 20:46:04
 光州の令尹は州候の指示どおり、被害が懸念されるいくつかの里の民を他に
移す命を下した。しかし問題の深刻さが、命令を遂行する末端の夏官にまで徹
底されていなかったことが悪い目を出した。
 もともと新年の祝いの時期ということで、事情を飲みこめない民は仮住まい
への移動を嫌がっていた。それでも半数以上の民は、しぶしぶながらも指示さ
れた場所に移動したのだが、特に幇周では今月末に赤子が生まれる予定があっ
たため、両親が里木のそばを離れることを拒んだ。そういった民の心情を汲ん
だ夏官が「温情」を示し、新年の祝いが一段落つくまでという条件で見逃した
のだという。
 幇周でも年末までに三戸ほどは避難していたが、五日目に移動の勧告に訪れ
た夏官らは、残っていた家の者がことごとく病に冒されているのを発見した。
その夏官らも感染を恐れて一時恐慌に陥ったものの、他の里の者には感染しな
いらしいと瘍医が保証して何とか混乱は収まった。罹患した民を他に移して隔
離し、手当を施しているものの、回復の見込みはないという。まだ死者が出て
いないことが救いだが、はたして助かるものかどうか。
「あらかじめ避難していた者たちに別状はないそうだ」
 帷湍の報告に、重臣たちは「やはり第二の環だったか……」とざわめいた。
また一巡したとき、今度は何が起こるのだろう。まさか環の内側すべてが滅す
るのでは。それも光州は始まりに過ぎず、他州にも飛び火し、ついには雁が滅
びるのでは。そんな不安が座に満ちた。
「どうやって病を発生させていると思う?」
 尚隆の隣で蒼白な顔をして座っていた六太が、冬官長大司空に問うた。大司
空は少し考えてから答えた。
「どんな呪かはさておき、遠方から呪をかけることはできないはずですから、
普通に考えれば里の中か周囲のどこかに、呪言を刻んだ呪具でもあるのではな
いでしょうか」
 六太はうなずき、今度は帷湍に「そういった物を発見したという報告は?」
と問うた。

133永遠の行方「呪(45)」:2008/11/24(月) 21:02:20
「いや……ない。そもそもそういう観点からの調査はしていないはずだ。何を
見つけたらいいのかもわからんし」
「ほう。呪具で病にかからせることができるのか?」
 肘掛けに頬杖をついた尚隆が、傍らの六太に興味深げな視線を投げた。六太
は力なく首を振った。
「そういう話はついぞ聞かないし、俺にはそうは思えない。だがこれが本当に
呪のせいなら、それぐらいしか考えられないからな。だが他人に害をなす呪は
普通、術をかけた本人にも跳ね返るものだ。他人をひとりふたり呪ってさえ、
能力の低い呪者だった場合は命に関わるとされているのに、ここまで無謀なこ
とをする輩がいるとはとても……」
「ならば、ある程度の能力がある呪者なら?」
「それでも、おのずと限界というものがある。ひとつの国、いや、ひとつの州
を滅ぼせる呪など絶対にかけられない。かけられるはずがないんだ」
「台輔。これはあくまで素人の私見ですが」
 冢宰がそう前置きした上で、「呪者が既に没している可能性はありますか?」
と問うた。
「没している?」
「そうです。たとえば呪者が例の光州の謀反の一派で、罰されて既に死んでい
るものの、密かに組まれた呪だけは発見されずに見逃されていて、何かのきっ
かけで発動してしまったというような可能性ですが」
 六太はまた首を振った。そしてこう答えた。
「何でもそうだが、物事をあるべき姿からねじ曲げようとするほど大変なんだ。
たとえば動いている舟を止めるのには力が必要。日々生長している生物の成長
を止めたり枯れさせるにも力が必要。そして命あるものに害をなすことで生じ
た反発は、かならず原因である呪者へ向かう。呪者がそれを受け止めて無効化
しなければ、術も完全には効力を発揮しない。だから死者による、他者に害を
なす呪は、大がかりなことはできない――そうだな?」
 六太が大司空に確認すると、大司空はうなずいた。

134永遠の行方「呪(46)」:2008/11/24(月) 21:05:20
「確かにそのように言われております。呪というものは施しただけでは効果が
発生しない場合もあります。また一定の時間を経過したあとに効果を発揮する
よう計らうこともできます。発動までに時間差を施した呪なら、すぐ影響があ
るわけではないでしょうが、術の対象となった相手から生じた反発に抗しきれ
なくなった段階で呪者は死ぬでしょう。他者に害をなす呪とはそれほど恐ろし
く、かつ相当の力と覚悟がないと組めないものなのです。そして呪者が死んだ
場合、既に呪に冒されてしまった者は無理としても、反発がある程度たまった
ところで事態は止まり、新たな被害者は出ずに落ち着くと思われます。翻って
光州の事件では現在進行形で大勢の民が死傷し続けているわけですから、呪者
はどこかで生きていると考えるのが妥当でしょうな。これが反発の少ない方向
に効果のある呪を利用して、結果的に害をなすというなら、まだわからないで
もないのですが」
「反発の少ない方向とは?」
 冢宰の問いに、大司空はこう説明した。
「たとえば作物を枯らすより生長を促進させるほうが、相手の反発が少ないぶ
ん術的には簡単なのです。負の方向に作用させるより害が少ないから抵抗も少
ないのでしょう。むろんそれにも限界はあり、生物本来の能力より早く生長さ
せることは不可能ですし、下手をしたら無理をさせて枯らしてしまう危険はあ
りますが。しかし逆に枯らすことが目的だった場合、無理に生長させることで
結果的に目的を達せられることになります。そういうことです」
 冢宰が「なるほど」とうなずいたところで、朱衡が思いだしたように言った。
「そういえば昔、冬官府でそのような生長の呪具を研究をしていたことがあり
ましたね。収穫量を増やすために」
「失敗に終わりましたがね。まあ、人が手を出してはならない天帝の領域だっ
たということなのでしょう」
 大司空は苦い笑いを返した。
 いずれにしろ里を出ていた民に被害がないのなら、今後は避難命令を徹底さ
せれば、とりあえずの被害は防げると思われた。しかしいまだ呪者の姿が見え
ないだけに、いったいどこで事態が収まるのか見当をつけることは困難だった。

135永遠の行方「呪(47)」:2008/11/24(月) 21:10:04
それに民をよそに避難させて一人の罹患者も出さなければ環が途切れることに
なるのかもわからない。もし環が途切れ、そこで呪が不完全なまま立ち消えに
なるならよし、だがそうでないならば。
「何にしても呪者は複数いるのではないですか?」
 大司徒が言った。それならひとりより大がかりな呪を施せるだろうし、ひと
りが斃れても他者が引き継げるのだから。だが大司馬は疑わしそうな顔を向け
た。
「それなら彼らが命を投げうつだけの動機はどこに。それにひとりふたりの呪
者ならひっそり潜伏もできようが、大勢になればなるほど動向はもれやすくな
るものだ。大がかりな呪は長期に渡る準備も必要だということだし、呪者にと
って動向が漏れる危険がさらに増す。なのにいまだにこれだけ姿の見えない相
手だ、それほどの集団とは思えんのだが」
 そう言うと彼は王に向きなおり、こう奏上した。
「おそらく敵は少数精鋭かと。たとえば呪者がひとりだけなら、逆恨みでも何
でもいい、標的となる人物を強く激しく恨んでいれば、その恨みから、自分の
生命すら頓着せず何でもする可能性はあるでしょう。その者に忠実な部下がい
れば、数人程度なら徒党を組めるかも知れない。しかしそれが四十人、五十人
となったらどうか。それだけの人数がみずからの生命を捨てて呪を行なうには、
逆恨みなどではない相応の強い動機が必要になります」
「なるほど」
 尚隆はあごをなでて、何やら考えこんだ。そのまま一同が王の反応を待って
いると、やがて尚隆は冢宰に命じた。
「白沢、朝議を招集せよ」
「かしこまりました」
「大司馬、禁軍左軍から少し出せ。そうだな、一師でいい」
「はっ――は? 禁軍左軍、でございますか?」
 いったん頭を垂れた大司馬は、ぽかんとして主君を見あげた。すると尚隆は
「王の護衛にはそれなりの数はいるだろうからな、仕方がない」と事もなげに
笑ったので、臣下らはあわてた。

136永遠の行方「呪(48)」:2008/11/24(月) 21:15:13
「なりません! なりませんぞ!」
「主上は宮城にお留まりを。呪者の狙いが主上である可能性もあるのですぞ!
あるいは国を傾けること自体が目的ということも……」
「当初は光州候が狙いだったとしても、敵の真の目的がわからない以上、標的
を主上に変えてくることも十分考えられます」
 だが尚隆のほうは「それならそれで、標的が出向けば相手も動くだろう」と
平然としていた。
「こういうときはおとりを使って揺さぶりをかけるものだろうが。それもどう
せなら、おとりは大きければ大きいほどいい。そのぶん効果が高いからな」
「そんな無茶な……」
 絶句する重臣らを前に尚隆は笑った。
「なに、俺もそう無茶はせん。おまえたちは俺に単身ふらふらと出歩かれては
困ると思っているのだろうが、この事態ではひとりで出歩かせてなどもらえま
いよ」
「それは、むろん」
 帷湍が、やっと、と言ったふうに答える。尚隆はにやりとした。
「むしろおとりはおまえだ、帷湍」
「えっ?」
 虚を衝(つ)かれた帷湍を前に、尚隆は表情を引き締めた。
「民を心配した王が光州に行くのだと触れを出せ。さらに勅命を受けて光州候
みずからが指揮を執り、謀反の調査のため、今回被害に遭った幇周に赴くとも
な。これでふたつの里が被害に遭ったのだ、何が起きているのか事件が伝われ
ば、他の地域の民も動揺する。少なくとも葉莱や幇周の近辺は既に動揺が広が
っているだろう。そういった民衆の恐慌を防ぐのがひとつ。何しろ一般の民に
とって、王の威光というものは絶大だからな。それにそれだけ触れまわれば、
出てくるものなら出てくる」
「出てくる……」
「謀反人とやらがな」
 ふたたびにやりとした尚隆に、重臣らは顔を見合わせた。

137永遠の行方「呪(49)」:2008/11/29(土) 12:41:55

 急遽、招集された朝議で、幇周で起きた出来事の詳細が報告され、光州での
事件のあらましがあらためて告げられた。葉莱に続く第二の里であるだけに、
結果的に大した事件にはならないだろうと高をくくっていた官も、さすがに気
を引き締めた。
 それと同時に光州への行幸が発表された。被害にあった民の慰問と州官の叱
咤激励が名目だが、王がみずから事件解決に乗りだしたと見ない者はいないだ
ろう。それでも反乱の鎮圧に赴くわけではないから、随行の禁軍はあくまで護
衛。親征ではなく行幸である。日頃は不行状を側近になじられている王とはい
え、その慧眼といざというときの決断力を疑う者はおらず、これで事態は一気
に解決への流れに向かうものと諸官は確信した。
 なお、この頃までに謀反当時の光州冬官の聞き取りはほぼ終わっていたが、
特に注意を引く点はないように思われた。梁興の寵姫のひとりだった武蘭珠の
行方も早々に知れ、さっそく調査の官が差し向けられたが、こちらもさしたる
成果はなかった。
 蘭珠は二十数年前に他州から光州に戻ってきており、州境の庠学で主に礼儀
作法を教えていた。しかし当初は何を尋ねても黙して語らなかったという。物
腰の柔らかな女性だったが、何か勘違いしたのか、はたまた担当の官が無礼だ
ったのか、梁興のことを尋ねにきたと知ったとたん態度を硬化させたのだ。あ
るいは官位の低い者を差し向けられたため、元寵姫としては誇りを傷つけられ
たのか。おまけにそれを件の官が、もしや何か心当たりがあるのではと疑って
さらに強く追求したため、相手は完全に機嫌を損ねてしまった。
 いずれにせよ、さんざんもめたあとで別の、もっと高位の官が赴き、礼を尽
くした上で、あくまで内密の話だと念を押して光州に不穏な動きがあることを
説明し、理解を求めた。すると蘭珠はそんな事態だとは想像もしていなかった
らしく、本当に驚いた様子だった。そして物事を飲みこんだあとは拍子抜けす
るくらい素直に、問われるがまま当時の様子を答えたという。
 しかし大した収穫がなかったのは前述のとおり。そもそも彼女は関係者の顔
も名前もほとんど忘れてしまっており、梁興が冬官を重用していたことはおぼ
ろに覚えていたものの、そんなことは当時の記録や家臣の証言からとうにわか
っていたからだ。
 最後に蘭珠は、どうか主上によろしく伝えてくれと言ったという。当時の寛
大な処置には今でも感謝している、何より雁は主上あってのもの、今回の事件
が丸く収まり人心が安らぐことを心から願っている、と。

138永遠の行方「呪(50)」:2008/11/29(土) 12:45:15

 行幸が発表された翌日、早くも禁軍左軍の一師二千五百兵が、王および光州
候とともに光州城に向けて出発した。
 ただし基本的に全行程を地上から行く通常の行幸とは異なり、五百騎が王や
光州候と雲海上を先行、残り二千が雲海の下から追う。行幸にしろ巡幸にしろ、
普通なら往路や復路で壮麗な行列を民に見せるのも行事のうちだが、今回は何
よりも当地に赴くことが急務と判断されたからだ。
 また平和な雁国内で、それも雲海上の行程で護衛はほとんど必要ない。だか
ら二手に分かれても何の問題もないし、王を守る五百騎とて、実際は州城に着
いたときの効果を考えてのもの。いくら現人神である君主でも、たとえば単騎
や数騎でのお忍びでは無理だが、それなりの威容を見せれば、不安に駆られて
いるという州官も落ち着くだろうからだ。後続の二千の兵も同様。
 それだけに出立に際して行事のたぐいはなかった。冢宰ら高官の見送りを受
けて、兵らが次々と路門から飛び立っていっただけ。
 その見送りのどこにも宰輔六太の姿はなかったが、誰も気にしなかった。首
都州候でもある六太だが、あくまで名目上の話。おまけに禁軍であれ州師であ
れ、具体的に兵をどこにどのくらい派遣するといった話になると彼の領分では
ないから、口も出さない代わりに姿も見せずにすべてを任せるのが常だった。
 何にせよ路門から飛び立った一行が宮城の上空で旋回し、光州城の方向に騎
獣の首をめぐらせたとき、尚隆は園林の一画で陽光をきらりとはじく黄金のき
らめきを視界の隅に捉えた。それが控えめな見送りにせよ屋外でのうたた寝に
せよ、この距離から見定めることはできない。尚隆は口の端にほのかな笑みを
浮かべて一瞥を与えただけで、あっさり光州に向けて飛び去った。
 互いの半身と言われる王と麒麟だが、この五百年、彼らはこうしてつかず離
れずといったふうにやってきた。たまに共謀して仲良く宮城を脱走することも
あるが、それぞれ勝手に出歩くことのほうが多い主従である。昔からのその流
儀のまま今回も、別れの挨拶も激励も何もない。
 まさかそれが互いの元気な姿の見納めになるとは、そのときはどちらも夢に
も思っていなかったのだから。

139永遠の行方「呪(51)」:2008/11/29(土) 13:04:21

 幇周の里の病人は、数里離れた場所に建てられた三棟の仮小屋に運びこまれ、
手当を受けていた。しかしいずれも症状は重く、日を追うごとに容態は悪化し
た。
 隣の里に住んでいた珱娟(ようけん)という三十がらみの女が、避難先で報
を聞いて幇周の父親の元に駆けつけたのは昨夕のこと。一人暮らしだった老い
た父親は力なく仮小屋の臥牀に横たわっていた。
「父さん」高熱にあえぐ父親の枕元で、珱娟は必死に励ました。「主上が光州
に来てくださるんだって。主上ならきっと助けてくださるわ。それまでがんば
って」
 みずからの命の短いのを悟ったその父親は、住み慣れた家に帰るためにこっ
そり仮小屋を抜けだした。護衛と監視のために仮小屋に留まっている兵士らが
捜索し、すぐに近くの草地で倒れているのを発見したが、無理をしたせいか老
人の容態は急激に悪化した。珱娟が仮小屋に着いたのはその頃で、元気だった
頃の面影のない父親の姿を見た彼女は兵士に食ってかかった。
「どうして! どうして無理にでも避難させてくれなかったの! 聞いた話じ
ゃ、この病は神をも恐れぬ謀反人の企みのせいだっていうじゃない。お上はそ
れで避難させようとしたっていうじゃない。なのになんで父さんがこんな目に
遭うの!」
 兵士にしてみれば、正月の祭りがあるから、子供が生まれる予定があるから
待ってくれと頼まれたのはこちらのほうだとなる。どうしてもと頼みこまれて
温情を示した結果の悲劇。むろん兵士らが命令にそむいたことになるのは明ら
かで、当の判断を下した両長は処分を待つ身だ。その点での非は疑いないし、
部下たちも起きた事態の深刻さに愕然としたが、こんなふうに一方的に責めら
れてはいい気分はしなかった。
 だが既に他の病人とも険悪な雰囲気になっていたため、彼らは民の相手をす
るなと厳命されており、珱娟になじられた者も黙殺を通した。
 珱娟の父親の隣の臥牀で、同じように横たわっていた閭胥(ちょうろう)が
弱々しい声をかけた。

140永遠の行方「呪(52)」:2008/11/29(土) 13:06:45
「すまんな、珱娟。すべてはわしと里宰の責任じゃ。わしらの判断が甘かった。
恨むならわしを恨んでくれ」
「閭胥、そんな……」珱娟は顔をゆがめて涙を流した。
「里は、卵果はどうなっとる……?」
 閭胥の問いに、珱娟は首を振った。
「わかりません。来る途中で里門が半分閉じているのは見たけど、衛士が中に
入れてくれなくて。でも卵果が病にかかったなんて話、聞いたことはないし、
無事だと思います」
「そうか」
 だが産み月である卵果の両親も、別の棟で伏せっている。実の親以外に卵果
をもげる者がいない以上、もし両親とも死んだら赤子はこの世に生を受けるこ
とはないだろう。
 診察をする瘍医と違い、兵士らは仮小屋の内外で病人から離れて見守ってい
るだけだ。それも珱娟には不愉快だった。もっとも病人の身内や、避難してい
て無事だった同じ里の住民でさえ、怖がってここに近寄らない者が多いのだか
ら無理もないのだが。
「州師なら仙なんだろうに。仙は病にかからないってのに、うつるんじゃない
かってびくびくしてばかり。こんなに腰抜けぞろいで、お役目が果たせるのか
しらね」
 これ見よがしに嫌味を言うが、返ってくるのは黙殺だけだ。末端の兵士は只
人にすぎないという事実など、今の珱娟には何の意味もないだろう。
 彼女の父親はもう手が麻痺してしまって器も杯も持てないので、珱娟が口に
吸い飲みをあてがって白湯を飲ませてやる。父親は娘の顔をじっと見、「里に
帰りたいんだ」とつぶやいた。
「父さん。主上が助けてくださるから……」
「頼む、珱娟」
 父親の手や顔には不気味な斑紋が浮かんでいる。被衫に隠れている部分はも
っと深刻で、斑紋はただれてあちこちが腐りはじめていた。それの意味すると
ころを悟りながらも、珱娟は必死に父親を励ましたが、内心では既に覚悟して
いた。

141永遠の行方「呪(53)」:2008/11/29(土) 13:09:04
 正月のめでたい飾りつけをしたままの里で、住み慣れたわが家で命を終えた
いのだと、父親はつぶやいた。そんな彼のすがるような視線に、ゆがて珱娟は
座っていた床几から立ちあがった。病み衰えた老人ひとりとはいえ、彼女ひと
りで抱えることはできない。
「父さんを里へ連れていって」
 仮小屋の隅で見張っていた兵士らに頼む。だが彼らは無言でかぶりを振った。
何度頼んでも同じだった。
「人でなし!」
 珱娟は金切り声でわめいたが相手にされず、つかみかかろうとして取り押さ
えられた。
 その騒ぎの中、別の兵が仮小屋に入ってきて同僚に告げた。
「おい、病人がひとりいなくなったそうだ。捜索隊を組むぞ」
「またか」
 応えた兵は、溜息とともに珱娟の父親が横たわる臥牀をちらりと見た。あの
老人がこっそり仮小屋を抜けだしたときも捜索隊を組んだからだ。おそらくま
た里に戻ろうとして抜けだしたのだろう。
 無人となった幇周の里は別の兵士らが警備しているが、正直なところ近づき
たくはなかったから誰もが舌打ちをした。それにもう日暮れだ。病人の足では
さほど遠くへはいけないだろうが、探すのに難儀するかも知れないと思うと億
劫だった。
「昨日、子供を亡くした女がいたろう。その女が子供の亡骸ともども消えたら
しい」
「ああ、あの女か」
 子供の死を信じず、半狂乱になって騒ぎを引き起こしたから、話を聞かされ
たほうもうなずいた。自暴自棄になって当てもなくさまよい出たか、里へ戻っ
たか。
 いずれにしろその女も病が重いから、里にたどりつくことはできないかもし
れないが、病に感染した者を放置するわけにはいかない。いくら他の里の者に
はうつらないようだと瘍医が言ったとて、万が一ということもある。
 兵たちは舌打ちとぼやきとともに、当番をひとり残して仮小屋を出ていった。

142永遠の行方「呪(54)」:2008/12/07(日) 12:38:07

 雲海上の一画にぽつんと浮かんだおぼろなしみは、見る見るうちに大きくな
り、ほどなく騎兵の一団であることが誰の目にも明らかになった。
 光州の令尹は、同じように主君の到着を待つ官らとともに安堵の思いをかみ
しめながら、王旗を翻す数百の騎兵を見守っていた。無能者の烙印を押されて
更迭されることを恐れる気持ちはあるが、今は王がじきじきに乗りだしてきた
ことに対する安堵のほうがはるかに大きい。何しろ幇周の件もあり、事態はも
はや自分たちの手に負えないと感じていたからだ。
 州城の高官ですらこのありさまだから、市井の民に至ってはかなりの不安を
覚えていただろう。しかし謀反人のたくらみによる病の発生という不気味な触
れは、行幸の触れと対になっていたためか、一般の民衆に混乱は生じていない。
もともとそんな事件があったことを知らなかった大多数の者は「主上がおいで
になるなら大丈夫だろう」とあっさり受けとめていたし、恐慌に駆られかけて
いた葉莱や幇周の近隣住民も、被害に心を痛めた王が人心を慰撫するために行
幸を決意したと聞き、とたんに落ち着きを取り戻したからだ。
 五百年の治世を誇る延王は、民衆にとって神そのもの。限りない尊崇の対象
であると同時に、雁の民としての誇りの源だ。主上がおでましになるのならも
う大丈夫、すべてお任せしておけば良いと、皆信頼しきっていた。
 むろんもし期待を裏切られた場合、それが大きかったぶん失望も大きく、事
と次第によっては国を揺るがす自体に発展するかもしれない。だがそんな結末
は誰も想定していなかった。そもそもこの事態を収められなければ国家の土台
が危ういとさえ思える深刻な事件なのだ。
 光州城の路門に次々と降り立った騎兵は、すぐに駆け寄った大勢の州夏官に
騎獣を任せ、王および州候に付きしたがって整列した。礼装でこそないが、形
や色調が統一された重厚な鎧をまとった禁軍五百兵の堂々たる威容はいかにも
頼もしく、統制の取れたきびきびとした振る舞いは、威圧感よりも州城の者に
対する礼節を感じさせた。先頭に立つ王自身は儀礼軍装である。もともと武断
の王という印象の強い延王だから、その軍装は彼によく似合っていた。
「このたびの不始末、申し開きのしようもございません。主上におかれまして
は――」

143永遠の行方「呪(55)」:2008/12/14(日) 23:16:00
「面(おもて)を上げよ、士銓(しせん)。そのようなやりとりで無駄にする
時はないぞ」
 平伏して王に詫びを述べようとした令尹に大股で歩み寄り、そのまま前を通
り過ぎた王が鷹揚に言った。新年の慶賀に州候の名代で関弓に出向いたことは
あるし、お忍びで帷湍の元にやってきた王に会ったことも一度あるものの、別
に親しく口を利いたわけではない。なのにまさか字を覚えられているとは思わ
ず、驚いた士銓は反射的に顔を上げていた。
 主君に従って目の前を通り過ぎた州候帷湍が「言い訳はあとだ。まずは現状
の報告を」と声を投げたため、士銓はあわてて立ちあがった。随行の禁軍兵士
のうち数名の護衛のみを従えて州城に入る王の後を追いながら、名目は行幸だ
が、確かに王自身が事件解決に乗りだしたのだと改めて実感する。
「触れを出したあと、民の様子は」
「大事ございません。何しろ謀反人が流行病を引き起こしているという信じが
たい出来事ですから、多少の混乱はあったようですが、主上のおでましを知っ
て皆安堵したようです。葉莱や幇周の近辺も落ち着いております」
「なるほど。幇周の病人は」
「隔離して手当てしておりますが、薬石のたぐいも効かず、残念ながら手の施
しようがない状態です。今朝までに死者が四名出ております」
 内宮に向かいながら、王から矢継ぎ早に投げられる質問に答える。王のきび
きびとした所作は、かつてお忍びでやってきたときののんびりした風情とはま
ったく異なっていたものの、鷹揚な雰囲気はそのままだった。もし王が焦燥を
見せていたのなら士銓も不安に駆られたろうが、どこか余裕のあるさまに彼は
力づけられた。
 かと言って王が事態の深刻さを理解していないわけではないだろう。そもそ
もそれなら、新年早々二千五百もの兵を従えてやってきたりはしない。むろん
公式の訪問ではあり、それなりの規模の護衛を揃えるのは権威を示すためのみ
ならず光州に対する礼儀としても当然で、派手好きな王ならもっと人員を割く
だろう。しかし普段は体面を気にしない主君がこれだけの兵とともに軍装でや
ってきたという事実は、事態を公にしたことと併せ、絶対に解決するという意
気を示すものと受けとめられ、令尹以下、州官は強く勇気づけられた。

144永遠の行方「呪(56)」:2008/12/23(火) 12:38:30
 とりあえず内宮の一室に落ち着いて軍装を解き、装束をあらためた王に、士
銓はさらに詳細な報告をした。
「まず青鳥でご指示いただいた呪具の探索についてですが、今のところ里の内
外からは何も見つかっておりません。しかしいざとなれば家屋をすべて取り壊
して調査することも考えております」
「くれぐれも慎重にな。呪具というものは、素人が下手に動かすとまずいもの
もあると聞くからな」
 横から口を挟んだ帷湍に、士銓はうやうやしく頭を下げて「心得てございま
す」と応えた。
「それからご承知のように冬官の聞き取り自体はさほどの成果はありませんで
したが、あらためて記録を整理させたところ、こんなものが出てまいりました」
 控えていた自分の府吏に数枚の書面を出させた士銓は、それを王と州候の前
の卓に広げてみせた。体裁が整っていないため正式の文書でないのは明らかで、
非公式の書類か、もしくは個人的な書き付けといったところである。
「これは写しでございますが、どうも梁興が重用していた冬官の助手の覚え書
きのようでして」
「ほう」
 王は興味深げな視線を投げるなり、士銓が捧げるようにして眼前に示した書
類の一枚を無造作に手に取った。別の一枚を帷湍も手に取る。
「原文も保存状態は悪くないのですが、散逸しているのと、自己流に省略して
いるらしい表現や専門用語がちりばめられているのとで、これだけでは詳細は
わかりかねます。しかしどうも梁興は呪詛系統の呪を作らせていたようでござ
います」
「呪詛だと?」
 はじかれたように書面から顔を上げた帷湍に、士銓は緊張を覚えながら説明
を続けた。
「今、原文を冬官に調査させております。それと同時に他に書き付けが残って
いないかどうか、冬官府の隅々まで調べさせております」
「やはり二百年前の謀反に原因があったのか……。俺にはどうも信じられんの
だが」

145永遠の行方「呪(57)」:2008/12/26(金) 19:02:27
 茫然としたような表情の帷湍に、王は大らかな口調で応じた。
「そうとも限らんぞ。今回の件とは無関係かもしれんし、関係があったとして
も、たまたま梁興の負の遺産を手に入れたまったくの第三者が、腹黒いことを
企んでいるという可能性もある」
「ああ――なるほど。それもそうだな」
 帷湍はうなずいたが、「しかし呪詛というのは気になる」と唸った。
 他の書類も手に取って順に目を通す帷湍の傍ら、王は士銓に、離宮のある崆 
峒山(こうどうざん)に立ち寄ってきたことを告げた。崆峒山は光州南部の凌
雲山で、梁興の乱のあと光州城の者が引き立てられてきた場所であり、比較的
罪は軽いとして、仙籍を削除されたものの斬首は免れた者の牢があった場所で
もある。
「州城に入る前に、地方の様子を見たかったのもあってな。それに崆峒山の獄
舎に二十年以上入っていた者も数名いたはずだ。その間に何か書き付けを残し
ていないとも限らん。もしくは牢番の中に、興味深い話を聞いた者がいたやも
しれん」
「は……。確かに」
 士銓は冷や汗を流しながら応えた。言われてみれば確かに何か手がかりが残
っている可能性はあるのに、崆峒山に調査の官を差し向けようとは思わなかっ
たからだ。書き付けを検分していた帷湍も暗い顔でうなだれたが、深刻な顔の
両名を前に王は笑った。
「そう固くなるな、士銓。おまえは州候も時折やりこめられる、やり手の令尹
ではなかったのか。まあ崆峒山の者には指示を出してきたゆえ、何かわかれば
早々に青鳥が来よう」
「は……」
「それより民の様子だが」
 そのとき房室の扉が開き、屏風の陰から小臣が顔を出した。
「失礼いたします。ただいま、幇周から急ぎの伝令が」
 帷湍は即座に「通せ」と命じた。件の小臣が後方に顔を向けてうなずくと同
時に、伝令の徽章をつけた兵士がひとり駆け込んできた。屏風の前で片膝をつ
いて頭を下げる。

146永遠の行方「呪(58)」:2008/12/26(金) 19:04:30
「幇周よりの伝令でございます。先ほど、病人を収容した仮小屋から抜けだし
た女を捜索したところ、幇周の里に戻っていることがわかりました。それもど
うやらその女は、病を引き起こした呪者から伝言を託されたようでございます」
「なに?」
「面を上げよ。詳しく話せ」
 帷湍と士銓からたたみかけられるように言われ、顔を上げたその兵士は、奥
で椅子に座っている貴人を見て一瞬わけがわからないような顔をした。ついで
装束から延王その人であると悟って驚愕に目を見開き、がばっと叩頭する。
「も、申し訳ございません! ご無礼を! しゅ、主上がおいでとは――」
 扉の外には州候や令尹の護衛のほか、州兵と異なる色の鎧をまとった禁軍兵
士もいたはずだが、それが目に入らないほどあわてていたらしい。
 緊張のあまり、平伏したまま可哀想なくらい震えているその兵士を前に、王
は椅子から立ちあがった。そのまま芝居がかった仕草で歩いていき、件の兵士
の側に膝をつく。その気配を感じたのだろう、何が起きるのかと緊張でこわば
っている兵士の肩に、王はそっと手を置くと声をかけた。
「面を上げるがよい。雁の民はすべて余が愛し子。子が父に話すのに、何の遠
慮があろう」
 促され、おずおずと顔を上げた兵士は、神に等しい貴人の尊顔を間近に見、
今にも気絶せんばかりであった。
「こたびの事件には、関弓の宰輔もたいそう心を痛めておる。だが余が参った
からには、これ以上の非道は許さぬ。安堵せよ」
 慈愛と威厳に満ちたそのさまは、まさしく民の間に流布しているとおりの賢
帝の姿に他ならない。今回のような非常時においてはさておき、日頃は朝議や
政務を怠けて官に小言を言われたり、市井で女遊びや賭博に興じている王だと
は誰も思わないだろう。
 感極まった兵士は、「ははーっ」とふたたび叩頭した。その傍ら、王は士銓
を振り返り、にやりとして片目をつむって見せた。
 ――相変わらず、芝居っ気も茶目っ気もあるかただ。
 士銓の顔に自然と笑みが浮かび、ようやく緊張がほどけた。逆に帷湍のほう
は天井を振り仰いで、「何を遊んでいるんだ」とでも言いたげな風情である。

147永遠の行方「呪(59)」:2008/12/26(金) 19:07:17
実際、玄英宮ではこんな茶番につきあってくれる近臣はさすがにもういないの
で、こうして地方に赴いたときくらいしか、王の遊び心を満たす機会はないだ
ろう。
「して、幇周よりの急使の内容だが。もっと詳しく話してはくれぬか」
 王は兵士の肩に手を置いたまま、慈愛のまなざしで先を促した。兵士は感激
にむせび泣きそうになりながらも、そこは訓練された州兵のこと、順を追って
要点を話しはじめた。
 いわく、病人を収容していた仮小屋から、病状の篤い女が姿を消したこと。
その前にも里に帰りたがった老人が脱走したこともあり、幇周に至る道を捜索
したところ、警備の目をかいくぐった女が里閭から中に入りこんだのがわかっ
たこと。
 さらに捜索したところ、女は里祠の門を閉めてそこに閉じこもっていた。里
木を擁する里祠は神聖な場所だ。万が一にも乱暴をしたくないと考えて自主的
に出てくるよう説得すると、女は自分の子供を助けてくれと、そうすれば呪者
に託された伝言を渡すと言いだしたのだという。
「子供?」
 眉根を寄せて問うた王に、伝令は説明した。
「騎獣に乗って、塀の上から中の様子を窺ったところ、里木の下で幼い子供を
抱いた女が座りこんでいたそうです。そもそも里祠に入りこんだのも、子の病
が治るよう、里木に祈るためではないかと。しかし実際には、子供は既に死ん
でおるのです」
 さらに仮小屋で前日に起こった騒ぎを説明する。自分の子供の死を信じず、
半狂乱になった女。埋葬を拒んだ彼女は、兵が目を離した隙に姿を消したが、
同時に子供の遺体も消えていたこと。おそらく子を恵んでくれた里木の慈悲に
すがるため、病の体に鞭打って遺体を運んだのだろう。
「哀れだな……」
 帷湍がぽつりとつぶやいた。伝令は続けた。
「呪者の伝言がどういったもので、誰に宛てた内容なのかはわかりませんが、
書状のようなものだとすると、下手に女を刺激して逆上された場合は処分され
てしまう危険があります。何しろ既に正気を失っているようでして、こちらが
何を言っても子供を助けてくれの一点張りで、まったく話が通じんのです。そ
れで早急にお知らせして、ご指示をあおごうと」

148永遠の行方「呪(60)」:2008/12/27(土) 16:10:39
 王は重々しくうなずいて、ねぎらうように彼の肩を叩いた。
「ご苦労であった。幇周の駐屯部隊の長に、懸命な判断であったと伝えよ。こ
の事件の調査は州候みずからが指揮を執ることになったゆえ、さっそく幇周に
向かうことになるであろう」
 そう言って座に戻り、あとは州候と令尹に任せる。帷湍はさらにいくつか問
いただし、呪者が女とどこで接触したのか不明ながら、少なくとも現在は里の
内外に怪しい者が潜んでいる様子はないことを確認した。その上で、自分が赴
くまで女を刺激しないよう指示を与えて伝令を帰した。
「出てきたな」
 王がにやりとする。考えこむ風情で「ああ」とだけ応えた帷湍に、王は軽く
笑った。
「なに、おまえの妻子が嘆くような目には遭わせんよ。禁軍の選りすぐりの兵
を十名つけよう。うち一名は相当な使い手をな。おまえの護衛もつわものぞろ
いと聞くし、何かたくらみがあったとしても、それで充分対応できるだろう」
「別に自分の命が惜しいわけじゃない」帷湍はむっとしたように答えた。「そ
れより呪者の意図が解せんのだ。気の触れた女に伝言を託すとは、いったい何
を考えている? 誰に宛てたものにせよ、伝言が伝わらずとも別に構わないと
いうような投げやりな感じじゃないか」
「ふむ。光州の地に描かれた環と同じだな」王は顎をなでながら答えた。「あ
れも考えようによっては、ここで何か不可解な事件が起きているぞと、わざわ
ざ知らしめる意図があるとも解釈できる。だからあのような、明らかに人為的
なものだとわかるお膳立てをしたのだと。しかしながらそう断じるには弱い部
分もある。誰かの注意を引く意図を持っているように見えながら、葉莱より前
の事件は辺境の里で病による死者が月にひとり出るだけだった。あまり派手で
はない。あれもまた、気づく者がいればよし、いなくても別にかまわないとい
うような投げやりな感じを受ける」
「いったい何が目的なのだろう?」
 帷湍は困惑のままに疑問を口にしたが、王は肩をすくめただけだった。

149永遠の行方「呪(61)」:2008/12/27(土) 16:12:44
「呪者の伝言の内容がわかれば、見当もつくかもしれん」
「ああ……そうだな」
 ふたたび考えこむように視線を床に落とした帷湍だったが、すぐに令尹に命
じた。
「幇周に行く。用意を」
「ただいま」
 その傍らで、王も「士銓。すまんが州兵の軍装を貸してくれ」と言った。先
ほどの話で出た、帷湍の護衛につける禁軍兵士に貸与するのだと受けとめて頭
を下げた士銓だったが、意味深な王の表情から真意をくみ取って驚愕に目を見
開いた。
「それは――危険では――」
「相当な使い手をつけてやると言ったろう。禁軍の兵にも州兵の鎧をまとわせ、
ともに帷湍の護衛に紛れこむ」
 事もなげに言ってのけた主君に、だが帷湍は一瞥を投げただけだった。そし
てしばらく沈黙したのち、しんみりとした調子でこう言った。
「俺が保証して済むことなら、里祠に立てこもっているという女の気の済むよ
うにしてやろう。残念ながら治療法がわからない以上、その女も長くはないだ
ろうからな。ならばせめて子供の遺体を引き取って、手厚く看病した結果、快
方に向かっていると言ってやろう。だが再感染を防ぐために会わせてはやれな
いと。子供のためにそこまでしたのだ、女は納得してくれるだろう。そして少
なくとも安らかな気持ちで最期を迎えられるだろう」
 いつになく同情するふうなのは、彼自身も人の子の親だからだろう。王もそ
んな帷湍の心中を思いやるように、「そうだな。そうしてやれ」と静かに応じ
た。

150永遠の行方「呪(62)」:2009/01/24(土) 21:01:33

 慶と接する南部の地域は温暖だが、雁は基本的に北国だ。その北方の里とも
なれば、冬の日はより短く、雪に埋もれる生活が待っている。
 しかし五百年の長きに渡る大王朝の存在は、そんな北国にも安楽な暮らしを
もたらした。どんな小さな里に向かう街道であってもきちんと整備されている
し、蝕でもない限りは天候もまず荒れないから、冬場の交通に多少難儀するこ
とを除けば、気候的には恵まれているはずの巧などよりはるかに住みやすい。
地域によっては石造りより木造の家屋のほうが多いが、建物がつぶれるほどの
大雪も降らない。静かにしんしんと雪が降り積もっていくだけの穏やかな情景
があるだけだ。
 州候を擁した騎獣の一団は、とっぷりと日の暮れた冷気の中を、滑るように
幇周へと向かった。月明かりの中、遠目に里が見える頃には夜も深まっており、
駐屯部隊がしつらえたとおぼしき篝火が、そこここに赤々と燃えているのがわ
かった。暖と明かりを取るためのものだろう。避難や発病騒ぎのせいもあって
か、幇周へと至る細い街道が綺麗に除雪されているのも見て取れた。
 今夜はここで泊まりだろうな、と州候帷湍は思った。病人を収容した仮小屋
には瘍医と疾医が派遣されているはずだから、ついでに彼らから状況を聞いて
おこうと考える。その内容次第では帰城が遅れるかもしれないが、出がけに令
尹にいろいろ指示を出しておいたこともあり、州城の者も多少の猶予がほしい
だろうから都合が良いかもしれない。いずれにせよ明日戻る頃までには、例の
書き付けに関する冬官府の報告もできあがっているだろう……。
 そんなふうに頭の中で段取りをつけながら、すぐ横で騎獣を並べ、何食わぬ
顔をしている主君をちらりと見やる。
 こうして州兵を装ってしまえば、尚隆はたちまちそれに馴染んでしまう。同
道の州兵らは、軍装を貸与された禁軍兵のひとりであることを疑ってもいない。
むしろ王の護衛として国軍の中でも高い地位にある軍人にしては、妙に気安く、
くだけた奴だと、親しみを覚えたり逆にあきれたりするだけだ。
 これでも昔に比べればおとなしくなったと朱衡などは言うが、はたしてそう
だろうか。頼るべき官が増え、少々のことでは政務が滞らなくなった。だから
王がふらふらと出歩いても支障は少なく、結果的に王の無軌道ぶりが目立たな
くなっただけだろうと帷湍は意地悪に考えている。

151永遠の行方「呪(63)」:2009/01/25(日) 15:06:16
 もっとも尚隆には底が知れないところがあった。これだけ長く仕えていると
すべてをわかった気になるが、実のところは臣下に心の内を容易く見せるたち
ではない。あけっぴろげに見えて、その実、本心では何を考えているのかわか
らない男だった。
 今は飄々として見えるこの男も、二百年前には闇の深淵を覗いたことがある
のだと、帷湍は信じている。
 混乱を招くだけの無謀な人事、意味もなく役夫を増やして民を酷使する勅令
の連発。光州の謀反が悪いほうへ転んでいたら、間違いなく王朝は終わってい
ただろう。
 帷湍の視線に気づいた尚隆が片眉を上げ、おどけた笑みを返してきたので、
顔をしかめて前を向く。そうして呆れた体を装いながら、果たして彼はさびし
くないのだろうかとふと思った。
 妻と娘を得、家庭団欒の温かさを知った身では、いかに王が気ままな生活を
送ろうと、どこかさびしいと思う気持ちはぬぐえない。だが尚隆は、市井で女
遊びはしても、宮城に后妃を迎える気はまったくないらしい。そういえば相変
わらず城下をふらふらと遊び歩いて官に小言を言われていると聞くが、それで
いて女官には一度も手を出したことはない。登極したばかりのころと同じく、
後宮は寵臣の私室として使われているが、彼ら彼女らとの関係はあくまで主従
にとどまっている。帷湍にはそれが、尚隆があえて自分の心に踏み込ませる相
手を作るまいとしているように思えてならなかった。
 もっとも王は子を持てないし、どう見ても家庭的とは言えない尚隆のような
男にとっては、妻もわずらわしいものなのかもしれないが……。
 幇周の里は周囲に街もなくこぢんまりとしていて、本当に廬人たちの冬の住
処といった風情だった。冬場の家は売ってしまうことが多いから、年ごとに異
なる家に住む場合もめずらしくないが、おそらくここはどの家も冬になるたび
に同じ民が住むのだろう。脱走したという老人も呪者の伝言を受けとった女も、
だから必死にここに帰ろうとしたのか。
 そういえば被害に遭った他の里の規模はどのくらいだったのだろうと、騎獣
を降下させながら帷湍は思った。郡や郷といった大きな府第のある場所でない
のは確かだが、ここと同じように小さな里だったのか、あるいは周囲に街が広
がり、そこそこ賑やかな地域だったのか。

152永遠の行方「呪(64)」:2009/01/31(土) 12:27:52
 雁は安定しているから、荒れた国と違って里の位置が数十年で変わるような
ことはまずない。むろん新しく里ができることはあるが、蝕の害に遭うといっ
た災難でもないかぎり、その逆は滅多にないだろう。おそらく光州の謀反のと
きにあった里は、今でも同じ場所にあるはずだ。里木がある以上、簡単に移動
するわけにはいかないのだから。
 ただし一般の家屋は木造も多く、従ってある程度の周期で立て直されること
になる。もし何らかの呪具が家の特定の場所に埋められている、または家自体
に仕込まれているなら、つい最近――とまではいかずとも、数十年以内に仕組
まれたことではないだろうか。少なくとも二百年前も昔に企てられた陰謀では
あるまい。
 里閭の前、篝火で赤々と照らされた空き地に、一行は次々と舞い降りた。既
に兵らが待ち受けており、騎獣から降りた帷湍を、数人の兵がうやうやしく迎
えた。
「女はどんな様子なのだ?」
 最前にいた卒長の徽章をつけた男に、同道の将兵を介さずに帷湍が直接問う。
卒長は「相変わらず里祠に立てこもっております」と緊張気味に答えた。彼に
導かれるまま、里の中に足を踏み入れる。護衛らもあとに続いたが、幇周側の
兵は帷湍のみに気を取られており、当然ながら誰ひとりとして尚隆に注意を払
う者はいなかった。
 里祠の前にたどりつくと、十数人の兵が建物を取り巻いていた。州候を認め
て一様に礼をした彼らの前で、帷湍は足を止めて里祠を見あげた。卒長が説明
する。
「日が落ちて急激に気温が下がりましたので、女が凍死してはいけないと、八
方で篝火を焚かせて何とか暖めようとしております。食料と一緒に衾を投げ入
れてやりまして、今はそれにくるまっているようです。お知らせしたように、
子供を助けるのと引き替えに呪者からの伝言を渡すと言っておりましたが、今
は里木の下でうずくまっているだけです。健康な者でもこの寒さはこたえます
し、もうあまり時間はないかと」
 帷湍はうなずくと、周囲に視線をめぐらせてから、あらためて里祠に目を戻
した。

153永遠の行方「呪(65)」:2009/01/31(土) 12:34:09
「伝言か。『教える』のではなく『渡す』というからには、口伝えではなくや
はり書状のたぐいか……」
「おそらく」
「では、おまえの望みをかなえるために州候がみずから足を運んだと、その女
に伝えてやれ。実際、そのつもりでやって来たのだ。少なくとも子供が助かる
と錯誤させて安らかに逝けるようにしてやろうと。しかしとにかく里祠から出
てきてもらわんとな」
 だが卒長は困惑の体で答えた。
「はあ。しかし、どうにもこちらの言うことに耳を貸してはくれませんので」
「そのようだな」帷湍は溜息をついた。「既に心を病んでいるようだから、こ
ちらが伝言を欲しがっていることには触れず、まずは子供を助けてやると言っ
て注意を引くのだ。早くしないと手遅れになるともな。女が出てきたら何とか
なだめて、子供の亡骸ともども州城に連れていく。なだめるのに時間がかかり
そうなら、伝言の内容だけでも聞きだす。もし本当に書状のたぐいとわかれば、
何としても渡してもらわねばならん。素直に州城に行ってくれれば一番面倒が
ないのだが」
 うなずいた卒長は里祠の門に歩みよった。大声を張りあげて、中にいる女に
呼びかける。
「聞こえるか? さっきも言ったとおり、州候おんみずから出向いてくださっ
たぞ。このたびの病に大変心を痛めておられ、おまえのことも憐れんでおられ
る。おまえの子供も州城に運んで手厚く看護をしてくださるそうだ。この寒さ
だ、子供にはつらかろう。体にも悪い。そこから出て、早急に医師に子供を診
せてくれ。早くしないと手遅れになってしまう」
 彼はいったん言葉を切って様子を窺った。しばらく待ってからふたたび呼び
かけを繰り返すと、一同が見守る中、里祠の門がわずかに開いた。それへ向け
て帷湍が軽く手を挙げ、声を投げる。
「州候はここだ。早く子供を医師に診せるがいい。むろんおまえのことも面倒
を見よう。もともとこたびの病を治すために奔走していたのだが、やっと治療
法がわかった。特殊な薬草を煎じて病人に与えたところ効果があったのだ。仮
小屋の者たちは病状が篤かったため予断を許さないが、少なくとも症状は落ち
着いているそうだ。じきに快方に向かうだろうと疾医は言っている。おまえや
おまえの子にも効くはずだ」

154永遠の行方「呪(66)」:2009/01/31(土) 18:43:20
 良心にちくりと痛みを感じながら、もっともらしい顔で嘘を口にする。
 警戒させないために兵らに手真似で指示をして後方に下がらせると、ほどな
く門の内から若い女がおずおずと姿を現わした。伝令から聞いて想像していた
より、ずっとおとなしそうな印象の女だった。しかし病のせいだろう、顔や手
は不気味な斑紋に冒されており、周囲を篝火が明るく照らしているせいで、広
範囲に渡って皮膚がただれているのがよく見えた。あるいは美しい女だったの
かもしれないが、今となっては容貌もよくわからないほどだ。若い女であるだ
けに痛ましさもいっそうで、明らかに事切れている二歳ほどの幼児をしっかり
抱きかかえたさまは、哀れ以外の何物でもなかった。
「俺が光州侯だ。帷湍という」
 努めてやわらかい声音で語りかける。女は茫然とした様子で立ちすくみ、帷
湍を凝視していたが、やがてその場にぺたんと座りこんだ。そして腕の中の小
さな亡骸をいっそう強く抱きしめながら、恨み言をつぶやいた。
「ひどいのよ。みんな、この子が死んだって言うの。死んだから埋めろってい
うの。あいつら、この子を殺す気だわ。そしてあたしのことも殺すのよ」
 気弱にすすり泣くならまだしも、憎々しげに吐き捨てる。姿を現わしたとき
は、さほど常軌を逸しているようには見えなかったが、精神の安定を欠いてい
るのは確かなようだった。
「それはすまなかった」
 帷湍は神妙に謝った。とにかく女の警戒心を解いて伝言を渡してもらわねば
ならない。
「何か行き違いがあったのかもしれん。だがもう大丈夫だ。おまえもおまえの
子も、州城に連れていって手厚く看護しよう。望みのものがあれば、何なりと
言うがいい。できるだけのことはする」
 女はじっと帷湍を凝視した。だがやがてその顔に浮かんだのは嘲りの表情だ
った。
「嘘つき」
 とっさに何を言われたのかわからずに、帷湍が戸惑っていると、女はさらに
言葉を投げつけてきた。
「知ってるわよ。あんたはあれが欲しいんでしょう。あの人が言ったとおりだ。
あれを渡したら、あたしもこの子も殺すんでしょう。知ってるんだから」

155永遠の行方「呪(67)」:2009/01/31(土) 18:46:20
 『あれ』とは呪者からの伝言のことだろうか。少なくとも他に思い当たるも
のはない。勝手に思い詰めているらしい女の様子に、帷湍は困惑した。この哀
れな女の頭の中では、何やら一方的な理由づけがなされてしまっているらしい。
「でもこの子は生きてるの。あたしも生きてるの。残念ね。ざまあみろ、だわ」
 女は勝ち誇ったように「ほら」と言うと、抱きかかえていた亡骸のぐにゃり
とした体を、目の前の石畳に横たえた。すると見守る兵らの、憐れみと嫌悪と
が複雑に混ざりあったまなざしの中、亡骸は幼児特有の大きな頭を不気味にぐ
らぐらさせながら、それでもしっかりと立ちあがった。瞬時に凍りついた空気
の中、州兵の何人かが、ひい、と息を吸いこんで後ずさった。
 帷湍の傍らにいた尚隆が一歩踏み出し、とっさに武器を構えた兵士らに「待
て」と鋭く声を投げて手で制した。州侯の護衛の言葉だから幇周側の兵も従っ
たものの、誰もが青ざめていた。
 子供は相変わらず頭をぐらぐらさせながら立っていたが、目を閉ざしたまま、
やがて口だけを開いた。
「今……ここに……王朝の……終わ……り……を……告げる……。雁は……滅
び……る……。救いは……他に……手立てはない……」
 途切れ途切れに発せられた、抑揚のない不気味な言葉。帷湍は微動だにせず、
子供の亡骸を凝視していた。その場でひとり女のみが、狂気をはらんだ目をき
らきらと輝かせた。
「ほら――ほら! 息子は生きているでしょう? 生きているわ!」
 母親と同じく病で黒ずんだ亡骸の小さな手が、差しだすように掲げられた。
そこに握られた、折りたたまれた紙片らしきもの。だが誰が動くより先に、女
がそれを横からかすめ取った。
「あげないわよ!」金切り声で叫ぶ。「誰にもあげない! これは主上に渡す
んだから! だってあの人にそう命令されたんだから! ほしかったらちゃん
と息子を治して!」
 彼女の傍ら、子供は操り手の糸が切れたかのように、どさりと地面に倒れ伏
した。それきり、ぴくりとも動かない。ようやく我に返った兵のひとりが女に
駆け寄り、紙片を取りあげようとしたが、女はその場にうずくまり、悲鳴を上
げて頑強に抵抗した。

156永遠の行方「呪(68)」:2009/01/31(土) 18:48:31
「いやよ、いや! あげないんだからぁ!」
 別の兵も駆け寄り、両側から女の二の腕をつかんで立たせようとしたが、女
は泣きわめきながら激しく上体を左右に揺すり、必死に彼らを振りほどこうと
した。
「おい、あまり乱暴をするな」
 あわてて声を投げた帷湍の肩に手が置かれた。はっとして傍らの主君を見や
ると、尚隆は黙ってうなずき、足を踏み出した。
「皆の者、控えよ! 主上の御前である」
 女のほうに歩みよる尚隆を見守りながら、姿勢を正した帷湍が鋭い声で周囲
を圧した。その威厳に、騒ぎにざわめいていた兵らもはっとなって州侯を注視
した。
 両側から女をつかんでいたふたりの兵も振り返ったが、彼らのほうは何が起
きたのかわかっていないようだった。州兵の軍装をまとってゆっくりと歩み寄
ってくる尚隆と、背後の州侯とを、惑うように交互に見やる。帷湍の後方にい
る禁軍兵らも、既に州侯と同じく姿勢を正して尚隆を見守っている。彼らをす
べて州侯の護衛としか認識していなかった幇周側が茫然となったのはもちろん、
州城から同道した州兵らも呆気にとられて尚隆を見つめた。
 帷湍は威厳を保ったまま、さすがにぽかんとしている女に重々しく言葉をか
けた。
「おまえを憐れんでおられるのは主上である。われらはお止めしたのだが、お
まえのため、州兵に身をやつしてまでおでましになられた。主上の慈悲におす
がりするがよいぞ」
 女の傍らにいた兵士は、ここに至ってあわててその場で叩頭した。彼らの数
歩前で立ち止まった尚隆は、安心させるように女にうなずいてから静かに言っ
た。
「俺が延王だ。おまえの子は、俺が責任を持って預かろう。おまえが望むなら
玄英宮に連れていこう。そこでゆっくり養生するがいい。おまえとおまえの子
をこんな目に遭わせた呪者には、必ず罪を償わせる。伝言とやらを俺に渡して
この悪夢のことは忘れ、玄英宮でもどこかの静かな離宮でも、望みのままに心
静かに過ごすがいい」

157永遠の行方「呪(69)」:2009/01/31(土) 18:53:45
 座りこんでいた女は、ぽかんとした表情のまま、尚隆を見あげた。
「主上……? 本当に……?」
「そうだ」
 女は迷うように周囲を見た。幇周側の州兵らはいまだ茫然としていたが、姿
勢を正して見守っている禁軍兵の何人かが真剣な顔でうなずくのを見て、尚隆
に目を戻した。
「あの……。じゃあ、息子を助けてくれる……?」
「俺の力の及ぶかぎり、何とかしよう。だからその紙をくれんか」
 やさしげな声に、女はまた周囲を見回した上で、ようやくおずおずと紙片を
差しだす仕草をした。だが尚隆が足を踏み出そうとすると、不安そうな顔で、
びくりとして手を引っ込めてしまった。
「大丈夫だ」
 励ますような声に、女はやっと腕を伸ばして紙片を差しだした。尚隆はゆっ
くりと歩み寄り、間近で片膝をついて女と目の高さを合わせてから、そっと紙
片に手を伸ばした。女の顔に緊張が走ったが、それでも先ほどのように手を引
っ込めることはなく、紙片は無事に尚隆の手に渡った。
 尚隆は折りたたまれた紙片をその場で開きながら相手にうなずいた。
「大変な目に遭ったな。だがもうこれがおまえを悩ませることはないだろう」
 そうして紙片に目を落とし、何やら眉根を寄せる。
「あ、あの……」
「俺が力になる。約束する」
 真剣な表情で身を乗りだした女に、顔を上げた尚隆が笑って答えた。女は目
を輝かせ、さらに何事かを口にした。叩頭していた兵士の耳に届いた、拍子の
良い五音の言葉。
 その途端。
 尚隆は苦しそうなうめき声を上げると、その場に昏倒した。予想外の光景に
周囲がとっさに動けず立ちすくむ中、女はすっくと立ちあがり、冷ややかな目
で王を見おろした。ついで正面を見据え、壮絶な笑顔を浮かべる。
「わが主よりの伝言、確かに伝えた」
 そう言うなりよろめいて膝をつき、それから石畳に倒れこむ。

158永遠の行方「呪(70)」:2009/01/31(土) 22:33:29
「主上!」
 血相を変えた禁軍兵がようやく王に駆けよった。そのうちのひとりが倒れた
女の上にかがみこみ、首に手を当てるとすぐ帷湍を振り返った。
「女は死んでおります」
 愕然として立ちつくす帷湍に、尚隆の様子を見ていた兵が血の気の失せた顔
で続けた。
「主上はご無事ですが、意識がありません……」
 それを聞いた帷湍は、主君によろよろと歩みよった。冷たい石畳の上で倒れ
ている尚隆の傍らに両膝をつき、何かの間違いであってくれと祈りながら顔を
のぞきこむ。かすかに眉根を寄せてはいるが、呼吸は正常。肩に手を置いて揺
すってみたが何の反応もなく、王の腕は力なくだらりと垂れたままだった。そ
の手の中にある紙片を認め、受けた衝撃のまま、何の躊躇もなくもぎとって紙
面に目を走らせる。
 香でも焚きしめられているのだろう、良い香りのする厚手の料紙だった。そ
こに書かれた文字はただ「暁紅」の二文字のみ。
「侯……」
「州城にお運びせよ。決して騒ぎたてず、人目につかぬように」
 蒼白な顔ですがるように声をかけてきた禁軍兵に、帷湍は厳しい顔で命令す
ると立ちあがった。茫然と立ちすくんだままの幇周側の兵を見回す。
 何が起こったのかはわからないが、尋常の出来事でないことは確かだった。
いずれにせよ、王の身に異状が起こったことを他の者に知られるわけにはいか
ない。事態が明らかになるまで、ここにいるすべての者に禁足を課すことにな
るだろう。

159永遠の行方「呪(71)」:2009/03/14(土) 16:10:51

 光州からの内密の報せを受けた高官らはまず茫然とした。そして次には騒然
となった。
 何しろ主君が禁軍を従えて出立してから何日も経っていないのだ。それなの
に今や王は意識不明の状態で、光州城の内宮の奥深く伏せっているのだという。
それも呪のせいで。
「帷湍どのはいったい何をしておられたのだ」
「まさか主上をおひとりでお出ししたのではあるまいな!」
 朝議の場は紛糾し、諸官は口々に光州侯を責めたてた。その急先鋒は夏官長
大司馬だった。次には光州侯による陰謀の可能性すら論じられるようになるだ
ろう。
 政治とはそういうものだと断じるのはたやすい。しかしもともと光州の地に
描かれた不気味な環のこともあり、王に万が一のことがあったらとの仮定も、
もはや恐ろしいほどに現実味を帯びてしまった。それゆえにさすがの官僚らも
内心でおののいてしまったと言ったほうが良いだろう。
 なぜならこの世界において、国というものは王がすべてだからだ。隆盛を極
めた大国が、失道や不慮の事故による崩御によって、ほんの十数年で荒れ果て
てしまうことなどめずらしくもない。何百年も続いた大王朝でさえ、国家の屋
台骨はそれほどまでにもろいのだ。
 光州からの報せは、緊急性と内容ゆえに青鳥ではなく密使が立てられていた。
休みもなしに騎獣を飛ばして数刻で玄英宮にたどりついた使者は、そのまま緊
急の朝議の場で引見され、冢宰を始めとする高官らに事件の顛末を語った。王
のためにすべての典医が呼ばれたが、通常の病や怪我ではないために対処のし
ようがなかったこと。とはいえ現在のところは、王はただ昏々と眠っているだ
けのように見え、脈も呼吸も正常であり、苦痛に類する兆候も窺えないこと。
 当初、州侯は幇周の里を封鎖することで、事件を知る幇周側の関係者を一時
的に里に軟禁しようとした。とにかく起きたことを余人に知られるわけにはい
かないからだ。

160永遠の行方「呪(72)」:2009/03/14(土) 19:34:10
 事態が事態の上に皆が愕然としていたこともあって、厳しい声で告げられた
州侯の沙汰に誰もが粛々と従った。幇周側の兵の一部は事情聴取のため、州侯
の帰城の際に伴われた。しかし結局のところ、それから半日も経たないうちに
幇周の封鎖は解かれることとなった。
 州城に伴われた兵のほうはまだ留め置かれているものの、あくまで事情聴取
のためであって、それが終わればふたたび幇周での任に戻ることになっている。
「特に令尹が、事件をとことん秘することに反対なさいまして」
 幾多の鋭い視線にさらされながら、急使は緊張の面持ちでそう説明した。い
くら流行病の問題があるとはいえ、州侯の訪問直後にあわてて幇周を封鎖、州
侯は即刻帰城したものの兵を里に軟禁して、外部とは書簡を含めていっさいの
やりとりをさせない。そんなことをしてしまえば、却って「何か重大な事件が
あった」との憶測を呼びかねないというのが理由だった。
「むしろ事件そのものは隠さず、大した事態にはならなかったふうを装ったほ
うが民も疑わないだろう、さらには呪者への憤りから、関心を主上から反らす
こともできると」
 州城内部ならいざ知らず、どう転ぶともわからないのに、この段階で王の健
康上の噂が市井に広まるのは好ましくない。むしろそのせいで事態が悪化する
恐れさえある。しかしそれを防ぐには幇周にいた兵のように、日頃から民と接
している市井の駐留軍の者からして自然に「大したことはなかったのだ」と納
得できなければならない。それでこそ「一時はどうなることかと思ったが、大
事に至らなくて本当に良かった」という安堵につながる。
 だがそんな演出は、まださほどの時間が経たず、当事者もよく事態を飲みこ
めずに茫然としている段階、余人にはまったく事件が知られていない段階でな
ければならない。状況が深刻であればあるほど、時間の経過とともに、秘匿の
ために州府が誤魔化しをするのではという疑念が生じてしまうからだ。そうな
ってからでは何を発表しても、一定の層は「実際には事態は好転していないの
ではないか」と疑心暗鬼に陥ってしまう。そしていったん疑いをいだいた当事
者の兵を解放することなどできないから、そのことがまた新たな疑念を呼ぶと
いう悪循環に陥りかねない。

161永遠の行方「呪(73)」:2009/03/15(日) 11:03:38
 かくして真相を知る者は州城でもごく一部に留めておき、よく似た背格好の
者を王の影武者に仕立てあげた。その上で外殿において壇上の玉座から冕服
(べんぷく)に冕冠(べんかん)を被った姿で幇周側の兵に謁見させ、神籍に
ある王に呪はまともに働かなかったこと、一時的に意識不明に陥ったものの、
典医の手当により何の問題もなく回復したことを伝えたのだった。
 身分の低い者に対しては王は珠簾を挟み、直答もしないものだが、尚隆はあ
まりそんな面倒なことはしない。それもあって玉座を囲む珠簾は上げさせたが、
確かにしきたり通りの礼冠礼服ではあったものの、五色の珠玉を連ねた長い飾
りを十二本も顔に垂らす冕冠を被っていては、よほど間近でない限り容貌は見
定めがたい。しかも典医と芝居を打って「まだ安静に」「この五百年の間、似
たようなことはあったが、その都度精神力で勝ってきた」等と言わせ、信憑性
があるように装わせたという。
「主上の影武者を……」
「何と勝手な」
 呆気にとられた諸官はざわめいた。だが少なくともそれで謁見した者たちは、
何の疑いもなく王の回復を信じたという。
「むろん侯も令尹も、主上がお目覚めになった暁には処罰を受ける覚悟はある
というわけだな?」
 大司馬の鋭い問いに、使者は冷や汗を流しながらも肯定した。それを冢宰が
取りなす。
「主上がこのままお目覚めにならないという事態などありえない以上、混乱を
防ぐためには有用な措置であったとは言えますぞ」
「確かにこういった非常時には即断即決が重要ですが……」
 別の官が、惑うように口ごもる。登極の当初から王に仕えている帷湍の忠信
を疑うわけではないが、王が宮城ではなく州城の内宮で伏せり、光州側の独断
で影武者を立てるという異常な事態に、不安定で危険な匂いを感じてしまうの
は仕方がない。これが州侯が宮城にいるというならともかく、彼は自分の城で
ある光州城で采配をふるっているのだから、その気になればいくらでも謀叛を
起こせてしまう。




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