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22
:
名無しさん
(ワッチョイ 7c33-2ee7)
:2020/09/30(水) 23:44:37 ID:vGthCQwc00
黒百合学院、生徒会室。
藤宮明花は何時もの通り、生徒会長としての執務に取り掛かっていた。
学校内でのイベントや諍い、部活動における汎ゆる問題、要請、スケジュール管理は当然として、黒百合学院に関わろうとする財界人、著名人。
それらを断固として排除す等、生徒会の名から類推される教師の使い走りとしての役目を超えて、一人の生徒に課せられるには過剰な量の仕事量が求められる。
生徒会長として立つ人間は、将来多くの人々の上に立ち、導く存在であり、そのためにもこの程度の仕事量は熟せなければ話にもならない。
そう言った、教育の意もまた、多分に含まれているものだった。
「藤宮明花、お腹が空いたわ。おやつはまだ?」
「……明花は今仕事中……邪魔しちゃダメ……!」
しかし、とは言え、その中に大きな子供二人を養わなければならないという仕事があるはずがなかった、本来は。
瓜二つの少女が、藤宮自身を挟んで言い争っている。ゲームマスターとゲームルーザーという存在について、今更語るべくもないが。
行くところのない、瀬平戸に由来しない魔法少女については、藤宮自身が責任を持ってそれを確保する事となっている、これもその一環だった。
「今日は紅茶とケーキがいいわ。ねぇ、まだなのかしら」
「ダメ……! ディナーまで待つの……!」
ステレオで左右から至近距離で騒ぎ立てられながらでも、藤宮は黙々と作業を続けていた。
この光景については、三日も経てば慣れたものであった。生徒会長たるもの、環境適応能力も人一倍でなければならない。
故に、扉を叩くノックの音を聞き逃すこともなかった。それに「どうぞ」と促すと、扉が控えめに開いていった。
23
:
名無しさん
(ワッチョイ 7c33-2ee7)
:2020/09/30(水) 23:44:57 ID:vGthCQwc00
「い、育児中に失礼します……」
「育児中ではありません。どうかしましたか?」
そこに立っていたのは、黒百合学院生徒会書記長此花立夏の姿だった。
今となっては役職は形骸化し、仕事といえば議事録の作成やデータ入力程度の仕事しかしていない、此花立夏であった。
そんな彼女が、何か仕切りと後ろを気にしながら、生徒会室に足を踏み入れる。無色の少女二人は、同じ顔で変わらず争っているばかりだ。
「それが……一人、お話があるという魔法少女が……」
「話が……まあ、いいでしょう。通してください」
魔法少女からの相談事については、珍しいことではない。
ちょっとした小競り合いから、抱えている不安、純粋な不安まで。解決できることからできないことまで、多岐に渡る。
藤宮自身も今まで通りに対応するつもりで、部屋の中に通すことにする。生徒会長の椅子から、一度立ち上がろうとして。
再度開いた扉からやってきた姿に、その高貴にも常に浮かべた微笑みが、凍り付いたように固まった。
「雛菊ひより……」
「雛菊ひより……!」
そこには、場違いな私服姿で立っている雛菊ひよりの姿があった
冷や汗を流しながら、扉の横で小さくなっている此花に目をくれることもなく、堂々と生徒会室に乗り込んでいく。
純白の少女たちが同時にその名を口にするのに、藤宮自身の、歯の奥を食い縛るかのような声色が、重なった。
「お久し振りですね、藤宮さん、ゲームルーザーさん」
「ねぇ、アナタも一緒に、おやつにしていかない?」
「……何の御用でしょうか、雛菊ひよりさん。
今更貴女に相談を受けるようなことなど、あるとは思いませんが……」
藤宮が警戒するのも当然であった。目の前にいる相手は、自分の計画を堂々と打ち砕き、要求の一切を呑ませたような相手だ。
こうして盤上の管理者二人に挟まれることになったのも理由の一つだ……だが、今の藤宮に、ひよりに糾弾を受けるような心当たりは一切ない。
要求は呑んで、この狭間の世界が泡と消え、それぞれの世界に還るその時が来るまで、藤宮自身、何をするつもりもなかった。
それでは、この目の前に居る宿敵は、果たして何を求めるのか。
「――――海に、生きたいんですよ」
24
:
名無しさん
(ワッチョイ 7c33-2ee7)
:2020/09/30(水) 23:45:32 ID:vGthCQwc00
「……海に……?」
「そう、海に」
果たして意図が掴めなかった。海に。確かに季節は夏。海水浴のシーズンではあるだろう。年頃の少女、興味があるのは無理もない。
……それを報告して、どうなる。一体どんな意図があって、それを告げに来たのか、全くと言っていいほどに分からなかった。
「……行けば……良いのでは……?」
至極当然の返答であった。
然し雛菊ひよりは、分かってないとばかりに、はぁと溜め息を吐いて、あまつさえ頭を左右に振って呆れるような素振りすらも見せる。
「藤宮さん、貴女はこの時期の海水浴場に行ったことがありますか?」
「……いえ……」
「人がごった返して、浜はゴミだらけ、ナンパは多いしトイレは行列。
楽しむには楽しめますが……まあ、それを妨げる要素も多いわけですよ」
「……なるほど」
確かに、庶民の遊戯事情など、藤宮は知らない……知る余裕がなく、その機会も無かったと言うべきか。
何にせよ海水浴場に足を運ぶはずもない。何故か得意げなのは気に入らなかったが、大人しく聞くことに徹している。
「それでですね。頼みがあるんです。プライベートビーチを貸してください」
「……なんですって?」
「ですから、プライベートビーチです。来栖宮さんはこの世界じゃホテルしか持ってないみたいですし……」
まさか、さんざん殺し合った相手の下に赴いて、要求するものがそんな事だとは藤宮自身も思ってはいなかった。
……二度、もしもう一度その時が来たとするのであれば、決して負けないというつもりであったのだが。
既に藤宮自身は目眩をすら感じてしまったが、そこは正しく女王。眉間に皺を寄せたい気持ちを抑える。
25
:
名無しさん
(ワッチョイ 7c33-2ee7)
:2020/09/30(水) 23:46:23 ID:vGthCQwc00
「……あのですね……先ずはその、お金持ちならプライベートビーチくらいあるでしょうというような……。
ステレオタイプのお金持ちのイメージを止めなさい」
「え、持ってないんですか!? 大金持ちなのに!?」
「ありますが」
「あるんだ」
瀬平戸に根を張り巡らす権力者である藤宮の資産の中には瀬平戸の土地が幾つも存在する。
その中に確かに、所謂プライベートビーチというものがあるのは確かだった……ただし日本の法律では厳密には個人が所有出来るビーチはない。
そこに続くための道中をすべて所有することによって、アクセスを制限し、それによって成立するというものとなる。
グイグイと藤宮の腕を引っ張って空腹を訴えるゲームマスター(瀬平戸)と、それを引っ張るゲームマスター(瀬平戸)。
それをこの世の物で無い何かでも直視するように、死んだ瞳で見つめる此花。
「……まあ、いいでしょう。あまり納得は行きませんが……」
「本当ですか、やったぁ! やりましたね、此花さん!」
「う、うん……! 皆にも教えてあげないとね……」
然し、何にせよ藤宮自信が負い目があるのは事実であった。
仕方なくではあるが、手に入れた了承に、ひよりと此花が向かい合って喜んだ。
その二人を、長身の藤宮が見下ろしている。
「――――――――ただし、一つ条件があります」
一瞬で空気が凍り付くような感覚。黒百合の支配者。冷徹なる執行者。その姿を、ひよりの脳裏に今一度思い起こさせる。
思わず、二人共に息を呑んだ……聞こえてくるのは、透明の少女二人組の争う声だけであった。
「私達も行きます」
「本気ですか?」
かくして、黒百合学院生徒会長藤宮明花と、ゲームマスター×2の参戦が決定される。
大丈夫なんだろうかこれ。此花立夏は、自分の思わぬ発言によって動く物語に、今更ながら責任と行き先への恐怖心を抱いた。
「ところで、水着とか持ってるんですか?」
「え、あ……学校の……」
「……此花さんの水着を買うのも、手伝ってあげてください」
26
:
名無しさん
(ワッチョイ 7c33-2ee7)
:2020/09/30(水) 23:46:38 ID:vGthCQwc00
第一外典完結一周年記念 海浜少女遊戯 『瀬平戸』 一話 完
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