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幕間

1名無しさん:2019/07/25(木) 22:39:10
 数多の物語の、他愛の無い空白。

2名無しさん:2019/07/25(木) 22:40:09
元旦。



「羽根突きをしましょう!」


黒百合学院生徒会室には、既に何人かの生徒会メンバーが待機していた。
そしてそこにいる全員が、少し不審に思っていた。いつもそこにいるはずの、藤宮明花の姿が見えない。
生徒会長は、毎朝毎日役員の誰よりも早く登校し、生徒会室に向かい、山のように積まれた書類を処理しながら魔法少女として、骸姫達への対策を練り、各部隊と情報を共有し……と。
過労死すら疑う人外じみた仕事量を、誰よりも早く、誰よりも遅くまで、朝から晩まで続けるのが日課であった。

そして、透明な少女、ゲームマスターと呼ばれる盤面の支配者と共に本振袖姿で、藤宮は現れた。
その手の中には紙袋。既に羽子板の取っ手がはみ出ており、傍らではゲームマスターが海苔を巻いた餅に齧りついている。上手く噛み切れず、びよんと伸びているが。

――――最初に嫌な予感を抱いていたのは、ヘレネ・ザルヴァートル・ノイスシュタインだった。

「嫌だ……」

こういう時、集中して被害に遭うのは大体ヘレネだった。
詳細は省くが、藤宮明花に対して一度完全敗北を喫し、以降忠誠を誓う代わりに"生かされている"状態である以上、彼女に対しては強く抵抗できない身であった。
思わずぽろりと出た拒絶の意思は、ほんの些細な抵抗だった。

3名無しさん:2019/07/25(木) 22:40:21
「此花さん、今現在手の空いている生徒会役員は?」

ヘレネの言葉を意にも介さず、もうひとりの生徒会役員へと視線を向ける。
正確には、二人。此花立夏と、来栖宮紗夜子――――両者ともに黒百合学院の制服を身に纏っている。
此花は眼鏡を掛けた完全オフモード、来栖宮に関しても、此花の押す車椅子に乗り、膝に毛布をかけて、すっかりと油断しきった様子で備え付けのテレビを見ていたところだった。

「え、あ、えっと、今は……」

「如月さんはばーちゃるゆーちゅーばー用の動画撮影、高辻先生は多分泥酔して寝ているのでしょう。
 岩畔さんと刀坂さんは二人で山階宮さんはその付添、待機状態になっているのはここにいる私達のみ、ですが……」

狼狽える此花に変わって、来栖宮がその質問に答え、それを聞いた藤宮が暫し考える様子を見せる。
その隙に、ヘレネがそろり、そろり、と背後から抜け出ようとしていたが。その襟首を、逃すまいと藤宮が手を伸ばし、容赦なく捕まえる。

「まあいいでしょう。それではヘレネさん、行きましょう。藤宮流羽子板術の妙技、お見せしましょう!」

「待て待て待て待て待てなんで私だけなんだふざけんな!!! せめて、せめてそいつらも連れて行けって!!!」

ならばと必死の抗議である。道連れは多いほうが良いし、藤宮の欲望の発散にしても対象が拡散していたほうが負担も減るだろうと。

「いえ、私は身体が弱いので……ごほっ、ごほっ」

「私は紗夜子のお世話をしなきゃいけないから……」

「お餅」

然しそれも虚しく、一人を除いて尤もらしい理由をつけて、それを回避するのであった。
わざとらしい病弱アピール、その咳に凄まじくイラつきながらも、ただ餅を食っているだけの少女に理不尽を感じながらも、引き摺られていくヘレネ。
実に軽やかな足取りで、ゲームマスターがその後ろを追い掛けていく。餅を頬張りながら。

4名無しさん:2019/07/25(木) 22:40:37
「――――明花、とっても楽しそう」


中庭に行くまでの道の中で、その顔を見上げながらそうゲームマスターは呟いた。
藤宮明花の表情には、自然な笑顔が浮かんでいた。作ったものでも、貼り付けるものでもない……少女が有する、ごくごく平凡な笑いであった。
その指摘に対して、ほんの少しだけ驚いたように眉を顰ませながらも。すぐに、また透明な少女へと藤宮は笑顔を返す。


「ええ、とっても楽しいです。見てください、山本さんに作らせた墨汁です。水では絶対落ちない特別性ですよ」




「――――――――ふ、巫山戯んなぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」



ヘレネの絶叫は虚しく、静かな黒百合の校舎へと響き渡るのであった。

5名無しさん:2019/07/25(木) 22:40:52
外伝 魔法少女鏖殺都市『瀬平戸』 特別編 終

6名無しさん:2019/07/25(木) 22:51:07


白く、白く続いていく世界。異音を放ちながら奏で続けられるピアノ。無限と錯覚するかのように、彼方まで続いている白い空間。
再生者(リジェネーター)と呼ばれる者達が、集まる場であった――――今回、そこに存在しているのは三人。
リチャード・ロウ、ヘレネ・ザルヴァートル・ノイスシュタイン、清宮天蓋。ピアノを引く何者かの前に、或いは坐して、或いは立ち竦んでいる、そしてその目前には。

白い空間、そこに形作られた椅子に思い切り腰を下ろして、机の上にどっかりと脚を乗せて、マゼンタの一眼レフカメラを覗き込む。
彼の前に立つ、合計四人にシャッターを下ろした。フィルムを送るその作業を、鼻歌と共に、暢気にしているばかりであった。

「……それで、誰かこの方をご存知で」

リチャード・ロウがそう言い出すが、全員がそこで顔を見合わせる。
全員が全員、彼が何者であるのか理解してなかった。……此処に居るものが知る由もなく、彼は唐突にそこに現れた。誰が認知するでもなく。

「再生者である私達が、認知しないまま現れた……私達の仲間である様子も見られませんが……」

「では、どうやって此処に至ったのか。……君は、一体"何者"か」

顔を上げるでもなく、首から下げたカメラを男は弄り回している。
だが、聞いていないわけではないようだった。その返答は、即座にとは言わずとも、大きくは間を空けずに帰ってくるのであった。

7名無しさん:2019/07/25(木) 22:51:22

「そいつに呼ばれたんだ」

不遜を感じさせる言葉であった。その言葉は、行動を伴わぬものであったが、"そいつ"が誰を指しているのかは全員、容易に理解できることであった。
ピアノをただ、ただ、引き続ける"それ"。他の者達がそうであるように、選ばれ、呼び出されたのであれば……"再生者"の可能性を持ち合わせているが。
先にヘレネがそう言及したように、そうではなかった。

「そうだな……存在としては、お前が一番近い。ま、近いというだけの話だが」

そして、ようやく顔を上げたのであれば、清宮天蓋の方向を指しながらそう言った。
だが、天蓋自身はそれを理解できなかった。彼自身、男との共通点を全く見出だせずに居た。彼以外も同様であった。彼は全く、この世界に異質だった。
そしてそれを、彼は……まるで自覚しているかのように、振る舞う。

「俺はお前達の敵でも味方でもない。ただ、この世界での俺の"役割"がある。それを果たす、それだけだ」

「役目、とは」

リチャードがそう問う。そしてそれに合わせて、演技がかって大袈裟な動きで男は机の上から足を下ろすと、胸元から一枚のカードを取り出した。
JOKER、そして奇怪な紋章が描き出された一枚のカードだった。
次に取り出したのは、赤色の宝石だった。球状で、首飾りのような形をしている。
そしてもう一枚、今度もカードであったが、先とは異なる。トレーディングカードゲームのそれであった。

8名無しさん:2019/07/25(木) 22:52:04

「お前達の中に、見覚えがある奴はいるか」

その問い掛けに、何れも黙りこくるのみであった。
その反応に、不満どころか、寧ろ当然だと言わんばかりに、何処か不遜な振る舞いを男は隠さない。

「まあ、そうだろう。これは……"混沌"から生まれて、"秩序"と共に消えていったものだ」

……その言葉には、どこか郷愁のようなものすら漂わせているものだった。
この中で、それをより強く感じたのはリチャード・ロウであった。それを否定してはいけないと、存在そのものが、そう識っているかのようであった。
不思議な感覚だった。

「……お前達にはお前達の物語がある。それは否定しない。寧ろ、良いことだ……だが、それ以前に"俺達"が在った。
 無数の物語へと、整えられていく、もっともっと前の時代。それは、お前達に関係は無いが……」

そこで彼は、一度言葉を区切った。終わらせた、というのが正しいかもしれない。
無駄な語りをしてしまった、と後悔をしているのかもしれない。ただ、理性が本心を留めたのかもしれない。不遜な態度が、感情を覆い隠すのであった。

「……お前達に俺達はもう、必要無い。お前達は、確かにお前達の物語を歩いている。
 だから、それを引き受けに来た。律儀なもんだ、放っておけば、忘れ去られていくだけだったのに」

そう言いながら、男は立ち上がった。背を向けると、その片手を掲げる。
白い空間に、現れるのは"オーロラ"だ。その向こう側には――――幾つかの、影が揺らめいている。
白く小さな魔法少女の影、紅い外套の英霊の影、薔薇の眼帯の人形の影、異能を打ち消す右手を持つ少年の影、艦船を纏った少女達の影、何れも……文字通り、"影"でありながら。

随分と昔、この世界に、確かに存在していた何者かの姿であった。

9名無しさん:2019/07/25(木) 22:52:15

そして、彼等へと向かい合うように、男はひらひらとその片手を振った。

「じゃあな、お前ら。"頑張れよ、これからも"」

そう言って、オーロラへと向かっていく。その背後に、リチャードが「待ちなさい」と声を掛けた。
背を向けたまま、立ち止まる。

「――――貴方は、何者ですか?」

二度目の問い掛けとなる言葉であった。
逡巡、暫し男は目を瞑り、考えた。それから、再度オーロラへと向けて歩み出し。


「……通りすがりの能力者だ。覚えなくてもいい」


そうとだけ言って、オーロラの中へと消えていく。
後には何も残らない。彼が机の上に並べていたものも、その存在の余韻さえも。


「……何だったのでしょうね、一体」


誰にともなく、リチャードはつぶやいた、それに反応を返すほどに、この場に集まった者達は親密なものでもない。
ただ、物語は何事もなく続いていく。願わくば、これから先――――いつまでも、何処までも、そうであることを願っている、誰でもない、誰かが。

10名無しさん:2019/07/25(木) 22:55:11
幕間 混沌より、愛を込めて 終

11名無しさん (ワッチョイ 5e85-0778):2019/11/04(月) 23:08:05 ID:iny/H3.E00
https://imgur.com/a/Z1Scgdb

12名無しさん (ワッチョイ 3d27-44b1):2019/11/14(木) 00:37:32 ID:ck7K2Gh200
https://imgur.com/a/WbVSBh9

13名無しさん (ワッチョイ ef11-e2ca):2020/01/07(火) 01:30:56 ID:N6K1SHiM00

「それでは、チーム藤宮からの入場です!!!!」

黒百合ドームに鳴り響く、静かに響き渡るアナウンスの声――――観客席を埋め尽くす少女達の歓声。
ぷしゅう、という音とともに左翼側の入り口から白い煙が噴き出した。設置された出入り口のLEDが七色に輝いて、現れる選手を歓迎する。
その向こう側から現れたのは――――


「我らが黒百合学院生徒会長!! パーフェクト・バッティングお嬢様!! 藤宮明花ァァァァァ!!!!!!!!!」


「――――ノブレス・オブリージュ!!!!」


黒百合学院生徒会長、藤宮明花その人であった。
艶やかな黒髪に、スラリと長い手足。シミひとつない白い肌、落ち着いた表情を浮かべる彼女は、今……白と黒のユニフォームに身を包んでいた。
恐らく新品ではあるのだろうが、超がつくほどのお嬢様学校である黒百合学院の頂点に立つ者とは思えないほどに、野趣な物を感じさせるその姿を。
違和感など感じているどころか、野球帽を片手に脱いで、観客席の少女達へと両手を広げて、アホみたいに外来語を轟かせているのだ。

「藤宮様ー!!」「今日も素敵ですわー!!」「発音が完全に日本人ですわ!!!」

大きく声を張り上げているわけでもなく、然し歓声にも、マイクを通したスピーカーにも負けることはなく声を通しているのは、流石と言ったところだろうか。
レッドカーペットの上を歩き、黄色い歓声に手を振りながら白線の前に立つ。ピンと伸ばした背筋は、この場に強烈な違和感を醸し出しつつ。
その表情は、自身の勝利に一片の疑いもないほどの、紛れもない選手のものであった。

「続いてチーム雛菊からの入場です!!

 白球を喰らうリベンジャー!! 革命の魔法少女!! バトルに続いて野球に於いても奇跡を成し遂げることが出来るのか!!! 雛菊ひよりぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!」

「うぉりゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

そして真逆、正対する入り口から絶叫と共に現れたのは、魔法少女雛菊ひより。
瀬平戸では藤宮明花との最終決戦を制し、その野望を食い止めて勝利した人物。
ぴょこぴょこと揺れるサイドテールに、藤宮に比べれば遥かに

14名無しさん (ワッチョイ ef11-e2ca):2020/01/07(火) 01:31:11 ID:N6K1SHiM00


「やっちゃえー!! ひよりちゃーん!!」


アースフラワー、もしくは久城地花が、その手に持った旗をバタバタとはためかせて観客席からエールを送っている。
そんな彼女へと向けて、レッドカーペットを歩きながら、サムズアップをぐっと送りながら、藤宮明花の下へと正対する――――身長的には見上げる形になるのであるが。
特に臆することはなく……どころか。腕を組んで、足を開いて、挑発的な態度で立ってすら居た。


「お久し振りですねぇ、雛菊ひよりさん。その節はどうも……」


先に口を開いたのは、藤宮明花の方であった。
あくまでも淑やかに。空気感を嗜みながらも、余裕を崩すことはなく……しかしながら残された禍根を忘れているわけではないと。
そういった、数多の意思を含ませながら彼女へと語りかけたわけではあるが。

「ああ〜……負け犬がなんか言ってますよ。ふっ」

古傷に向けて電動ドリルを突っ込むかのように、雛菊ひよりは鼻で笑った。
ぴしぃ、という音とともに、藤宮の表情に亀裂が入った。ような気がした。

「ふふ、ふ……私は貴女一人に負けたのではありませんが……魔法少女という概念に負けたのですが……?」

「魔法少女とは私、私とは魔法少女なので、つまり私に負けたんですよねぇ……」

「は?」

氷の女藤宮明花でも、流石のこれには困惑するばかり。
あれ、この娘こんなにイケイケな感じだった……自我が強すぎでは?という気持ちが溢れてくる……走行している間にも、少女が何かを取り出した。
どこからともなくだ。魔法少女としては、なにもないところから何かを取り出す程度、当たり前であるのだが……その手に握るのは、金属バットだった。

15名無しさん (ワッチョイ ef11-e2ca):2020/01/07(火) 01:31:33 ID:N6K1SHiM00

「あーっとこれは……!! 本来のルールでは木製バット以外の使用は禁止されているのですが、一体どういうことかー!?」

ざわつく会場、しかしひよりはそんなことを気にすることもなく……彼女へと差し出した。
そして右手に持った金属バットを……あろうことか、藤宮へと差し出した。

「どうぞ、使ってください」

基本的には……あらゆる違いに関して詳しく述べることは控えるが、木製バットと比べれば、金属バットのほうがボールはよく飛ぶ。
今回のルール――――野球盤を模したこのゲームにおいては、当然ながらよく飛ぶ金属バットのほうが有利になるだろう。
それを差し出したということは、つまり……雛菊ひより側から言い渡される、“ハンデ”の申し入れであった。

「一回私、勝ってますからね。ハンデあって当然なので。どうぞ?」

そしてトドメの、ふてぶてしい笑い。
これには藤宮明花のお嬢様力も限界であった。

「――――こんッッッのクソアマおふざけがすぎましてよッッ!!!!!
 バット抜きでも場外までぶち抜いて他の外典ぶっ壊してやりますわッッッ!!!!!」

「ほぉーらほら来た来たそれが見たかったんですよ!!! 済ましたお顔して庶民にマウント取ろうとしたって一枚剥けばこれですからね!!! ほぉーら見てくださいよ皆さん!!!」

お嬢様に或るまじき中指を立て、青筋をビキビキに浮かばせながら雛菊ひよりへと捲し立てる藤宮。
そしてそんな藤宮を煽るひより。美しく、そして力強く戦う魔法少女たちの矜持はどこへ行ったというのか――――

「おふたりとも整列してください!!! 一人一人書くのも面倒臭いので、ここからはダイジェストで行きますよ!!
 あ、申し遅れました私実況はヴィクトリー・マジックでお送りしてます!! 参加しなくてよかった!!」

「クソわよッッッ!!!!!!」

「お嬢様がよ……」

文章媒体では口調が崩れるとキャラクターが分かりづらくなるのもある。実況の介入によって、睨み合いながらもお互い所定の位置へ戻るのであった。
そして勿論、チームと言うからには一人ずつ対戦するというわけではない――――ここからは一気に紹介することになるのだが。

16名無しさん (ワッチョイ ef11-e2ca):2020/01/07(火) 01:31:46 ID:N6K1SHiM00

「それでは参ります!! チーム藤宮より!! 生徒会長を狙うランカーキラー!!!!! 黒百合学院ナンバー2!
 生徒会長の椅子役から脱却できるのか!? 名前が一番長い!! ヘレネ・ザルヴァートル・ノイスシュタイン選手!!!!!!」

「なんか全体的に悪意がねえか!?」

「続きましてチーム雛菊より!! 関西からのチャレンジャー!! ポジション自在のラッキークローバー!
 負ける気せぇへん地元やし!! 一番野球に詳しそう、天王寺ヨツバ選手!!!!!!!」

「関西人みんな野球に詳しいと思うなや!!!」

「チーム藤宮より!!! 無色透明の盤上の支配者!! 果たして野球場の支配者に成り得るのか!!!!
 本名は知りません!!! なんだかネタにしにくい、ゲームマスター選手!!!!!」

「わー」

「最後に!! チーム雛菊より!!! 魔法少女最恐のトランジスタグラマー!!!
 果たして戦闘以外でも実力を発揮できるのか!? 素のままだと運動音痴、此花立夏!!!!」

「おい誰だこれ考えたやつ!!! 斬り刻んでやるから出てこい!!!!!!!」

続々と現れる両チームのメンバー。何れも白黒のユニフォームを身に纏い(ヨツバのものだけ虎柄だが)、白線へと並び立てば、戦いの準備は整った。
これより行われるは、魔法少女ロワイヤルでもなければ、星のかけらの奪い合いでもない。
これは新たな戦いだ。魔法少女たちが命を賭すこと無く、然しながらその全力を振り絞って行われる真剣遊戯――――これにて、再び最終決戦の再演が行われようとしていた。
少女達は剣に代わり、木製のバットを握り締め。弾丸に変わり、白球を睨み付け。



「――――――――それでは、プレイボォォォォォォル!!!!!!!!!!!!!!」

17名無しさん (ワッチョイ ef11-e2ca):2020/01/07(火) 01:31:58 ID:N6K1SHiM00





「夢ですか……」

来栖宮紗夜子は、一人身体を起こした。
そこは自室であった……今はちょうど正月。横たわるのは一人ではなかった……そもそもそこは、無理矢理設置された炬燵の中であったし。
それぞれ一辺ごとに、少女達が寝入っている。たしかこうなったのは……誰かが持ってきた酒をぐいぐいと飲み始めてから……無礼講のムードに呑まれてしまったのはあるのだが。
……まさか、あんな夢を見ることになるとは。既に時刻は十時を回っている。普段であれば考えられないような起床時間であった。

「……はぁ。もう少し寝ましょう……」

今日はなんとなく、寝た気がしなかったのも相まって。
もう一度炬燵の中に潜り込んで、瞳を閉じた。こんな風に、緩みきった一日など、初めてなのだから――――もう少しくらいは、怠惰な一日を楽しんでもいいだろう。

18名無しさん (ワッチョイ c685-2d65):2020/08/31(月) 02:21:43 ID:I4Yzw64c00

「これ何話だったっけ」

「今プリズムリズムの16話ですね。私はやっぱりプリズムハートが傑作だと思うんですけどリズムもちゃんと面白いんで。
 やっぱりなんだかんだ初心者は入りやすいんですよプリズムハートとプリズムリズムは」

「うん……いや、面白いんだけど……」

深夜、照明の消えた部屋。空調の音が小さく唸っている。
黒百合学院、生徒寮の一室――――最高峰のお嬢様達が、日々を過ごす、その部屋の設備一つ一つが、最高級の物を使われている。
ベットは2つ並んでいる。片方は既に、静かに寝息を立てている。そして、そのベッドの一つを、二人の少女が専有している。
一人は、此花立夏。もう一人は、雛菊ひより。二人共に、寝間着姿のまま、ベッドの上で、大きなテレビに流れる映像を見つめていた。

ベッドに座り込む此花の胸に、ひよりはすっかりと背中を預け切っていた。
此花自身も、それを特に何ということはなく支えて、彼女のお腹の前に手を回して、二人揃ってとあるアニメを見ていた。
プリズムハートに連なるアニメの一作、ということで、ひよりが『布教』と称して、此花へとそれを見ないかと提案したのである。
背負った運命は重かれど、齢は同じ十三才の少女二人である。此花もまた、それに快く快諾し、彼女を寮の部屋に招いた……。

「もう夜中の3時だよ……こんな時間まで起きてていいのかな……」

「よくはないですけど、全部見るためですから仕方ないです。私が許します」

「うぅ〜ん……」

内容自体に文句はないが……部屋にやってきてから、ぶっ続けで此花はひよりとアニメの視聴を続けている。
眠気以前に、そこには疲労感が溜まってくる。ぽふっ、とひよりのつむじに顎を乗せながら、テレビの画面を見続ける。
丁度、オープニングが終わって本編が再開されたところ……少女達が、ワイワイと海に行くという話をしていた。

19名無しさん (ワッチョイ c685-2d65):2020/08/31(月) 02:22:02 ID:I4Yzw64c00

「今回は水着回ですね……この水着回、すごく配慮して作られてるんですよ。
 そもそも、プリズムハートの時点だと水着回自体がですねぇ……」

「水着かぁ……」

ひよりの解説も程々に聞き流しつつ、此花は何となくそれについて考える。
片方のベットで眠る、来栖宮紗夜子へと視線を送る。会話は、彼女に配慮して非常に控えめな声量で行われている。
同室であるものだから、途中まで彼女も視聴に参加していたが……『天使は早寝』と称して先に睡眠に向かい、視聴は二人で継続されることになった。
テレビの中では、戦いから離れた少女達が、海水浴に行くということで、年相応にはしゃぐ姿が映し出されている。

「行ってみたいな……海水浴」

「行ったことないんですか?」

「うん……実は……」

海水浴に行ったことがないという、それ自体は別に驚くようなことでもないだろう。
ひより自身は、回数は少なくとも経験はある……だが、友達と一緒に行く、という経験は、無いも同然であった。
魔法少女ロワイヤル、あの狂奔の中では、皆揃って海水浴に行く、などという同年代の子供じみた発想こそが狂気であろう。
だが。この戦いの狭間で……戦鬼そのものである、此花立夏という少女からそれが引き出されたことに、ひよりは驚き。
それから、早口で語っていた解説が止まり。黙考の末、此花が心配そうに顔を覗き込んでから、ようやく口を開いた。

「じゃあ、行ってみればいいんじゃないですか?」

「……え?」

「だから、行けばいいんですよ、私達で」

此花は、目を丸くしてひよりを見つめた。視線はテレビに向いたままであった。
海水浴に行く……夏のイベントとしては、皆当たり前のように通過しているものであるが、自分には無縁だと思っていたものだ。
そこに、突然提案されて、現実味を帯びると、まずはそこに疑念と不安が、押し寄せてくるのが此花という少女だった。
自信なく、引っ込み思案で、活動的ではないのが、少女としての姿の此花なのだから。

20名無しさん (ワッチョイ c685-2d65):2020/08/31(月) 02:22:20 ID:I4Yzw64c00

「そ、そんな……そんなの、みんな大変だし……来てくれるかな」

「来てくれますよ……いえ、私が連れていきます。
 私には質問の魔法がありますからね、行きたい気持ちは隠させない」

「で……でも、この季節、海なんて空いてないんじゃ……」

「私達には大金持ちの知り合いがいるじゃないですか。
 プライベートビーチくらい貸してくれますよ」

「え、ええ……じゃあ……」

強引な押し切り方であった。
かつての彼女はこうもグイグイ来ただろうか……と思うと、ベクトルは違えども、なにか同じような方向性ではあったような気がしつつも。
一応、心配は潰されて、後は自分の意思だけ……というところまで、此花立夏は追い詰められている……ならば。
後一つ、決定的な要素と言えば。彼女のお腹の前で重ねた両手に、ぐっと力が入って、髪に顔を埋めて、恐る恐る、彼女へと聞き出した。

「い……一緒に……行ってくれる……?」

「勿論、二人でだって行ってあげますよ。
 今更遠慮しないでください――――――――死体まで見せた仲じゃないですか」




「……それは、どうなんだろう……」


テレビの中では、魔法少女であることを忘れた少女達が、各々が選んだ水着姿で海辺でのレジャーを楽しんでいた。

21名無しさん (ワッチョイ c685-2d65):2020/08/31(月) 02:25:02 ID:I4Yzw64c00
第一外典完結一周年記念 海浜少女遊戯 『瀬平戸』 一話 完


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