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13
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/07(火) 01:30:56 ID:N6K1SHiM00
「それでは、チーム藤宮からの入場です!!!!」
黒百合ドームに鳴り響く、静かに響き渡るアナウンスの声――――観客席を埋め尽くす少女達の歓声。
ぷしゅう、という音とともに左翼側の入り口から白い煙が噴き出した。設置された出入り口のLEDが七色に輝いて、現れる選手を歓迎する。
その向こう側から現れたのは――――
「我らが黒百合学院生徒会長!! パーフェクト・バッティングお嬢様!! 藤宮明花ァァァァァ!!!!!!!!!」
「――――ノブレス・オブリージュ!!!!」
黒百合学院生徒会長、藤宮明花その人であった。
艶やかな黒髪に、スラリと長い手足。シミひとつない白い肌、落ち着いた表情を浮かべる彼女は、今……白と黒のユニフォームに身を包んでいた。
恐らく新品ではあるのだろうが、超がつくほどのお嬢様学校である黒百合学院の頂点に立つ者とは思えないほどに、野趣な物を感じさせるその姿を。
違和感など感じているどころか、野球帽を片手に脱いで、観客席の少女達へと両手を広げて、アホみたいに外来語を轟かせているのだ。
「藤宮様ー!!」「今日も素敵ですわー!!」「発音が完全に日本人ですわ!!!」
大きく声を張り上げているわけでもなく、然し歓声にも、マイクを通したスピーカーにも負けることはなく声を通しているのは、流石と言ったところだろうか。
レッドカーペットの上を歩き、黄色い歓声に手を振りながら白線の前に立つ。ピンと伸ばした背筋は、この場に強烈な違和感を醸し出しつつ。
その表情は、自身の勝利に一片の疑いもないほどの、紛れもない選手のものであった。
「続いてチーム雛菊からの入場です!!
白球を喰らうリベンジャー!! 革命の魔法少女!! バトルに続いて野球に於いても奇跡を成し遂げることが出来るのか!!! 雛菊ひよりぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!」
「うぉりゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
そして真逆、正対する入り口から絶叫と共に現れたのは、魔法少女雛菊ひより。
瀬平戸では藤宮明花との最終決戦を制し、その野望を食い止めて勝利した人物。
ぴょこぴょこと揺れるサイドテールに、藤宮に比べれば遥かに
14
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/07(火) 01:31:11 ID:N6K1SHiM00
「やっちゃえー!! ひよりちゃーん!!」
アースフラワー、もしくは久城地花が、その手に持った旗をバタバタとはためかせて観客席からエールを送っている。
そんな彼女へと向けて、レッドカーペットを歩きながら、サムズアップをぐっと送りながら、藤宮明花の下へと正対する――――身長的には見上げる形になるのであるが。
特に臆することはなく……どころか。腕を組んで、足を開いて、挑発的な態度で立ってすら居た。
「お久し振りですねぇ、雛菊ひよりさん。その節はどうも……」
先に口を開いたのは、藤宮明花の方であった。
あくまでも淑やかに。空気感を嗜みながらも、余裕を崩すことはなく……しかしながら残された禍根を忘れているわけではないと。
そういった、数多の意思を含ませながら彼女へと語りかけたわけではあるが。
「ああ〜……負け犬がなんか言ってますよ。ふっ」
古傷に向けて電動ドリルを突っ込むかのように、雛菊ひよりは鼻で笑った。
ぴしぃ、という音とともに、藤宮の表情に亀裂が入った。ような気がした。
「ふふ、ふ……私は貴女一人に負けたのではありませんが……魔法少女という概念に負けたのですが……?」
「魔法少女とは私、私とは魔法少女なので、つまり私に負けたんですよねぇ……」
「は?」
氷の女藤宮明花でも、流石のこれには困惑するばかり。
あれ、この娘こんなにイケイケな感じだった……自我が強すぎでは?という気持ちが溢れてくる……走行している間にも、少女が何かを取り出した。
どこからともなくだ。魔法少女としては、なにもないところから何かを取り出す程度、当たり前であるのだが……その手に握るのは、金属バットだった。
15
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/07(火) 01:31:33 ID:N6K1SHiM00
「あーっとこれは……!! 本来のルールでは木製バット以外の使用は禁止されているのですが、一体どういうことかー!?」
ざわつく会場、しかしひよりはそんなことを気にすることもなく……彼女へと差し出した。
そして右手に持った金属バットを……あろうことか、藤宮へと差し出した。
「どうぞ、使ってください」
基本的には……あらゆる違いに関して詳しく述べることは控えるが、木製バットと比べれば、金属バットのほうがボールはよく飛ぶ。
今回のルール――――野球盤を模したこのゲームにおいては、当然ながらよく飛ぶ金属バットのほうが有利になるだろう。
それを差し出したということは、つまり……雛菊ひより側から言い渡される、“ハンデ”の申し入れであった。
「一回私、勝ってますからね。ハンデあって当然なので。どうぞ?」
そしてトドメの、ふてぶてしい笑い。
これには藤宮明花のお嬢様力も限界であった。
「――――こんッッッのクソアマおふざけがすぎましてよッッ!!!!!
バット抜きでも場外までぶち抜いて他の外典ぶっ壊してやりますわッッッ!!!!!」
「ほぉーらほら来た来たそれが見たかったんですよ!!! 済ましたお顔して庶民にマウント取ろうとしたって一枚剥けばこれですからね!!! ほぉーら見てくださいよ皆さん!!!」
お嬢様に或るまじき中指を立て、青筋をビキビキに浮かばせながら雛菊ひよりへと捲し立てる藤宮。
そしてそんな藤宮を煽るひより。美しく、そして力強く戦う魔法少女たちの矜持はどこへ行ったというのか――――
「おふたりとも整列してください!!! 一人一人書くのも面倒臭いので、ここからはダイジェストで行きますよ!!
あ、申し遅れました私実況はヴィクトリー・マジックでお送りしてます!! 参加しなくてよかった!!」
「クソわよッッッ!!!!!!」
「お嬢様がよ……」
文章媒体では口調が崩れるとキャラクターが分かりづらくなるのもある。実況の介入によって、睨み合いながらもお互い所定の位置へ戻るのであった。
そして勿論、チームと言うからには一人ずつ対戦するというわけではない――――ここからは一気に紹介することになるのだが。
16
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/07(火) 01:31:46 ID:N6K1SHiM00
「それでは参ります!! チーム藤宮より!! 生徒会長を狙うランカーキラー!!!!! 黒百合学院ナンバー2!
生徒会長の椅子役から脱却できるのか!? 名前が一番長い!! ヘレネ・ザルヴァートル・ノイスシュタイン選手!!!!!!」
「なんか全体的に悪意がねえか!?」
「続きましてチーム雛菊より!! 関西からのチャレンジャー!! ポジション自在のラッキークローバー!
負ける気せぇへん地元やし!! 一番野球に詳しそう、天王寺ヨツバ選手!!!!!!!」
「関西人みんな野球に詳しいと思うなや!!!」
「チーム藤宮より!!! 無色透明の盤上の支配者!! 果たして野球場の支配者に成り得るのか!!!!
本名は知りません!!! なんだかネタにしにくい、ゲームマスター選手!!!!!」
「わー」
「最後に!! チーム雛菊より!!! 魔法少女最恐のトランジスタグラマー!!!
果たして戦闘以外でも実力を発揮できるのか!? 素のままだと運動音痴、此花立夏!!!!」
「おい誰だこれ考えたやつ!!! 斬り刻んでやるから出てこい!!!!!!!」
続々と現れる両チームのメンバー。何れも白黒のユニフォームを身に纏い(ヨツバのものだけ虎柄だが)、白線へと並び立てば、戦いの準備は整った。
これより行われるは、魔法少女ロワイヤルでもなければ、星のかけらの奪い合いでもない。
これは新たな戦いだ。魔法少女たちが命を賭すこと無く、然しながらその全力を振り絞って行われる真剣遊戯――――これにて、再び最終決戦の再演が行われようとしていた。
少女達は剣に代わり、木製のバットを握り締め。弾丸に変わり、白球を睨み付け。
「――――――――それでは、プレイボォォォォォォル!!!!!!!!!!!!!!」
17
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/07(火) 01:31:58 ID:N6K1SHiM00
■
「夢ですか……」
来栖宮紗夜子は、一人身体を起こした。
そこは自室であった……今はちょうど正月。横たわるのは一人ではなかった……そもそもそこは、無理矢理設置された炬燵の中であったし。
それぞれ一辺ごとに、少女達が寝入っている。たしかこうなったのは……誰かが持ってきた酒をぐいぐいと飲み始めてから……無礼講のムードに呑まれてしまったのはあるのだが。
……まさか、あんな夢を見ることになるとは。既に時刻は十時を回っている。普段であれば考えられないような起床時間であった。
「……はぁ。もう少し寝ましょう……」
今日はなんとなく、寝た気がしなかったのも相まって。
もう一度炬燵の中に潜り込んで、瞳を閉じた。こんな風に、緩みきった一日など、初めてなのだから――――もう少しくらいは、怠惰な一日を楽しんでもいいだろう。
18
:
名無しさん
(ワッチョイ c685-2d65)
:2020/08/31(月) 02:21:43 ID:I4Yzw64c00
「これ何話だったっけ」
「今プリズムリズムの16話ですね。私はやっぱりプリズムハートが傑作だと思うんですけどリズムもちゃんと面白いんで。
やっぱりなんだかんだ初心者は入りやすいんですよプリズムハートとプリズムリズムは」
「うん……いや、面白いんだけど……」
深夜、照明の消えた部屋。空調の音が小さく唸っている。
黒百合学院、生徒寮の一室――――最高峰のお嬢様達が、日々を過ごす、その部屋の設備一つ一つが、最高級の物を使われている。
ベットは2つ並んでいる。片方は既に、静かに寝息を立てている。そして、そのベッドの一つを、二人の少女が専有している。
一人は、此花立夏。もう一人は、雛菊ひより。二人共に、寝間着姿のまま、ベッドの上で、大きなテレビに流れる映像を見つめていた。
ベッドに座り込む此花の胸に、ひよりはすっかりと背中を預け切っていた。
此花自身も、それを特に何ということはなく支えて、彼女のお腹の前に手を回して、二人揃ってとあるアニメを見ていた。
プリズムハートに連なるアニメの一作、ということで、ひよりが『布教』と称して、此花へとそれを見ないかと提案したのである。
背負った運命は重かれど、齢は同じ十三才の少女二人である。此花もまた、それに快く快諾し、彼女を寮の部屋に招いた……。
「もう夜中の3時だよ……こんな時間まで起きてていいのかな……」
「よくはないですけど、全部見るためですから仕方ないです。私が許します」
「うぅ〜ん……」
内容自体に文句はないが……部屋にやってきてから、ぶっ続けで此花はひよりとアニメの視聴を続けている。
眠気以前に、そこには疲労感が溜まってくる。ぽふっ、とひよりのつむじに顎を乗せながら、テレビの画面を見続ける。
丁度、オープニングが終わって本編が再開されたところ……少女達が、ワイワイと海に行くという話をしていた。
19
:
名無しさん
(ワッチョイ c685-2d65)
:2020/08/31(月) 02:22:02 ID:I4Yzw64c00
「今回は水着回ですね……この水着回、すごく配慮して作られてるんですよ。
そもそも、プリズムハートの時点だと水着回自体がですねぇ……」
「水着かぁ……」
ひよりの解説も程々に聞き流しつつ、此花は何となくそれについて考える。
片方のベットで眠る、来栖宮紗夜子へと視線を送る。会話は、彼女に配慮して非常に控えめな声量で行われている。
同室であるものだから、途中まで彼女も視聴に参加していたが……『天使は早寝』と称して先に睡眠に向かい、視聴は二人で継続されることになった。
テレビの中では、戦いから離れた少女達が、海水浴に行くということで、年相応にはしゃぐ姿が映し出されている。
「行ってみたいな……海水浴」
「行ったことないんですか?」
「うん……実は……」
海水浴に行ったことがないという、それ自体は別に驚くようなことでもないだろう。
ひより自身は、回数は少なくとも経験はある……だが、友達と一緒に行く、という経験は、無いも同然であった。
魔法少女ロワイヤル、あの狂奔の中では、皆揃って海水浴に行く、などという同年代の子供じみた発想こそが狂気であろう。
だが。この戦いの狭間で……戦鬼そのものである、此花立夏という少女からそれが引き出されたことに、ひよりは驚き。
それから、早口で語っていた解説が止まり。黙考の末、此花が心配そうに顔を覗き込んでから、ようやく口を開いた。
「じゃあ、行ってみればいいんじゃないですか?」
「……え?」
「だから、行けばいいんですよ、私達で」
此花は、目を丸くしてひよりを見つめた。視線はテレビに向いたままであった。
海水浴に行く……夏のイベントとしては、皆当たり前のように通過しているものであるが、自分には無縁だと思っていたものだ。
そこに、突然提案されて、現実味を帯びると、まずはそこに疑念と不安が、押し寄せてくるのが此花という少女だった。
自信なく、引っ込み思案で、活動的ではないのが、少女としての姿の此花なのだから。
20
:
名無しさん
(ワッチョイ c685-2d65)
:2020/08/31(月) 02:22:20 ID:I4Yzw64c00
「そ、そんな……そんなの、みんな大変だし……来てくれるかな」
「来てくれますよ……いえ、私が連れていきます。
私には質問の魔法がありますからね、行きたい気持ちは隠させない」
「で……でも、この季節、海なんて空いてないんじゃ……」
「私達には大金持ちの知り合いがいるじゃないですか。
プライベートビーチくらい貸してくれますよ」
「え、ええ……じゃあ……」
強引な押し切り方であった。
かつての彼女はこうもグイグイ来ただろうか……と思うと、ベクトルは違えども、なにか同じような方向性ではあったような気がしつつも。
一応、心配は潰されて、後は自分の意思だけ……というところまで、此花立夏は追い詰められている……ならば。
後一つ、決定的な要素と言えば。彼女のお腹の前で重ねた両手に、ぐっと力が入って、髪に顔を埋めて、恐る恐る、彼女へと聞き出した。
「い……一緒に……行ってくれる……?」
「勿論、二人でだって行ってあげますよ。
今更遠慮しないでください――――――――死体まで見せた仲じゃないですか」
「……それは、どうなんだろう……」
テレビの中では、魔法少女であることを忘れた少女達が、各々が選んだ水着姿で海辺でのレジャーを楽しんでいた。
21
:
名無しさん
(ワッチョイ c685-2d65)
:2020/08/31(月) 02:25:02 ID:I4Yzw64c00
第一外典完結一周年記念 海浜少女遊戯 『瀬平戸』 一話 完
22
:
名無しさん
(ワッチョイ 7c33-2ee7)
:2020/09/30(水) 23:44:37 ID:vGthCQwc00
黒百合学院、生徒会室。
藤宮明花は何時もの通り、生徒会長としての執務に取り掛かっていた。
学校内でのイベントや諍い、部活動における汎ゆる問題、要請、スケジュール管理は当然として、黒百合学院に関わろうとする財界人、著名人。
それらを断固として排除す等、生徒会の名から類推される教師の使い走りとしての役目を超えて、一人の生徒に課せられるには過剰な量の仕事量が求められる。
生徒会長として立つ人間は、将来多くの人々の上に立ち、導く存在であり、そのためにもこの程度の仕事量は熟せなければ話にもならない。
そう言った、教育の意もまた、多分に含まれているものだった。
「藤宮明花、お腹が空いたわ。おやつはまだ?」
「……明花は今仕事中……邪魔しちゃダメ……!」
しかし、とは言え、その中に大きな子供二人を養わなければならないという仕事があるはずがなかった、本来は。
瓜二つの少女が、藤宮自身を挟んで言い争っている。ゲームマスターとゲームルーザーという存在について、今更語るべくもないが。
行くところのない、瀬平戸に由来しない魔法少女については、藤宮自身が責任を持ってそれを確保する事となっている、これもその一環だった。
「今日は紅茶とケーキがいいわ。ねぇ、まだなのかしら」
「ダメ……! ディナーまで待つの……!」
ステレオで左右から至近距離で騒ぎ立てられながらでも、藤宮は黙々と作業を続けていた。
この光景については、三日も経てば慣れたものであった。生徒会長たるもの、環境適応能力も人一倍でなければならない。
故に、扉を叩くノックの音を聞き逃すこともなかった。それに「どうぞ」と促すと、扉が控えめに開いていった。
23
:
名無しさん
(ワッチョイ 7c33-2ee7)
:2020/09/30(水) 23:44:57 ID:vGthCQwc00
「い、育児中に失礼します……」
「育児中ではありません。どうかしましたか?」
そこに立っていたのは、黒百合学院生徒会書記長此花立夏の姿だった。
今となっては役職は形骸化し、仕事といえば議事録の作成やデータ入力程度の仕事しかしていない、此花立夏であった。
そんな彼女が、何か仕切りと後ろを気にしながら、生徒会室に足を踏み入れる。無色の少女二人は、同じ顔で変わらず争っているばかりだ。
「それが……一人、お話があるという魔法少女が……」
「話が……まあ、いいでしょう。通してください」
魔法少女からの相談事については、珍しいことではない。
ちょっとした小競り合いから、抱えている不安、純粋な不安まで。解決できることからできないことまで、多岐に渡る。
藤宮自身も今まで通りに対応するつもりで、部屋の中に通すことにする。生徒会長の椅子から、一度立ち上がろうとして。
再度開いた扉からやってきた姿に、その高貴にも常に浮かべた微笑みが、凍り付いたように固まった。
「雛菊ひより……」
「雛菊ひより……!」
そこには、場違いな私服姿で立っている雛菊ひよりの姿があった
冷や汗を流しながら、扉の横で小さくなっている此花に目をくれることもなく、堂々と生徒会室に乗り込んでいく。
純白の少女たちが同時にその名を口にするのに、藤宮自身の、歯の奥を食い縛るかのような声色が、重なった。
「お久し振りですね、藤宮さん、ゲームルーザーさん」
「ねぇ、アナタも一緒に、おやつにしていかない?」
「……何の御用でしょうか、雛菊ひよりさん。
今更貴女に相談を受けるようなことなど、あるとは思いませんが……」
藤宮が警戒するのも当然であった。目の前にいる相手は、自分の計画を堂々と打ち砕き、要求の一切を呑ませたような相手だ。
こうして盤上の管理者二人に挟まれることになったのも理由の一つだ……だが、今の藤宮に、ひよりに糾弾を受けるような心当たりは一切ない。
要求は呑んで、この狭間の世界が泡と消え、それぞれの世界に還るその時が来るまで、藤宮自身、何をするつもりもなかった。
それでは、この目の前に居る宿敵は、果たして何を求めるのか。
「――――海に、生きたいんですよ」
24
:
名無しさん
(ワッチョイ 7c33-2ee7)
:2020/09/30(水) 23:45:32 ID:vGthCQwc00
「……海に……?」
「そう、海に」
果たして意図が掴めなかった。海に。確かに季節は夏。海水浴のシーズンではあるだろう。年頃の少女、興味があるのは無理もない。
……それを報告して、どうなる。一体どんな意図があって、それを告げに来たのか、全くと言っていいほどに分からなかった。
「……行けば……良いのでは……?」
至極当然の返答であった。
然し雛菊ひよりは、分かってないとばかりに、はぁと溜め息を吐いて、あまつさえ頭を左右に振って呆れるような素振りすらも見せる。
「藤宮さん、貴女はこの時期の海水浴場に行ったことがありますか?」
「……いえ……」
「人がごった返して、浜はゴミだらけ、ナンパは多いしトイレは行列。
楽しむには楽しめますが……まあ、それを妨げる要素も多いわけですよ」
「……なるほど」
確かに、庶民の遊戯事情など、藤宮は知らない……知る余裕がなく、その機会も無かったと言うべきか。
何にせよ海水浴場に足を運ぶはずもない。何故か得意げなのは気に入らなかったが、大人しく聞くことに徹している。
「それでですね。頼みがあるんです。プライベートビーチを貸してください」
「……なんですって?」
「ですから、プライベートビーチです。来栖宮さんはこの世界じゃホテルしか持ってないみたいですし……」
まさか、さんざん殺し合った相手の下に赴いて、要求するものがそんな事だとは藤宮自身も思ってはいなかった。
……二度、もしもう一度その時が来たとするのであれば、決して負けないというつもりであったのだが。
既に藤宮自身は目眩をすら感じてしまったが、そこは正しく女王。眉間に皺を寄せたい気持ちを抑える。
25
:
名無しさん
(ワッチョイ 7c33-2ee7)
:2020/09/30(水) 23:46:23 ID:vGthCQwc00
「……あのですね……先ずはその、お金持ちならプライベートビーチくらいあるでしょうというような……。
ステレオタイプのお金持ちのイメージを止めなさい」
「え、持ってないんですか!? 大金持ちなのに!?」
「ありますが」
「あるんだ」
瀬平戸に根を張り巡らす権力者である藤宮の資産の中には瀬平戸の土地が幾つも存在する。
その中に確かに、所謂プライベートビーチというものがあるのは確かだった……ただし日本の法律では厳密には個人が所有出来るビーチはない。
そこに続くための道中をすべて所有することによって、アクセスを制限し、それによって成立するというものとなる。
グイグイと藤宮の腕を引っ張って空腹を訴えるゲームマスター(瀬平戸)と、それを引っ張るゲームマスター(瀬平戸)。
それをこの世の物で無い何かでも直視するように、死んだ瞳で見つめる此花。
「……まあ、いいでしょう。あまり納得は行きませんが……」
「本当ですか、やったぁ! やりましたね、此花さん!」
「う、うん……! 皆にも教えてあげないとね……」
然し、何にせよ藤宮自信が負い目があるのは事実であった。
仕方なくではあるが、手に入れた了承に、ひよりと此花が向かい合って喜んだ。
その二人を、長身の藤宮が見下ろしている。
「――――――――ただし、一つ条件があります」
一瞬で空気が凍り付くような感覚。黒百合の支配者。冷徹なる執行者。その姿を、ひよりの脳裏に今一度思い起こさせる。
思わず、二人共に息を呑んだ……聞こえてくるのは、透明の少女二人組の争う声だけであった。
「私達も行きます」
「本気ですか?」
かくして、黒百合学院生徒会長藤宮明花と、ゲームマスター×2の参戦が決定される。
大丈夫なんだろうかこれ。此花立夏は、自分の思わぬ発言によって動く物語に、今更ながら責任と行き先への恐怖心を抱いた。
「ところで、水着とか持ってるんですか?」
「え、あ……学校の……」
「……此花さんの水着を買うのも、手伝ってあげてください」
26
:
名無しさん
(ワッチョイ 7c33-2ee7)
:2020/09/30(水) 23:46:38 ID:vGthCQwc00
第一外典完結一周年記念 海浜少女遊戯 『瀬平戸』 一話 完
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