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第三外典:無限聖杯戦争『冬木』
1
:
名無しさん
:2018/11/14(水) 22:54:34
人斬り 真柄無双 偽なる聖剣
大逆の魔槍
聖槍
輝ける/狂えるガラティーン
無限聖杯戦争『冬木』
鋼鉄の航海者 オルタナティブ・フィクション
無名
序列五十九番
アーサー・オリジン
71
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:41:53 ID:yGqN71CM00
■
手を繋いで、少女二人が歩いていた。
幼い見た目の少女達であった。ゴシック・ロリヰタ・ドレスを着た少女は、長い銀髪の上に猫耳のようなリボンを揺らして、不安気に歩いている。
水色の左眼と黄金の右眼のオッドアイの少女は、深紅のトレンチコートを揺らしながら、ゴシック・ロリヰタの少女の手を引いて、慎重に道を歩いている。
暗い街中であった。時間帯を加味しても、それは暗すぎるほどであった。そして街には少女達以外に、誰一人としていなかった。
「……ねぇ、ミラ……なんでここには誰も居ないの……?」
ゴシック・ロリヰタの少女が聞いた。
「ニェット、セラフィに分かんないなら、私にも分からないよ……」
ミラと呼ばれた少女は、縮こまりそうになっている少女の手を引いて歩き続ける。
誰も居ない街を二人は歩き続けていた。いつもならば、未だに人が多く行き交っているはずの街を一人で。
発端と言える発端があったかどうかはわからない。セラフィという少女が、野良猫を追い掛けているのを、一緒になって追い掛けていたらいつの間にかだった。
「……じゃあ、なんで字が読めないにゃー……」
あちらこちらで見る看板の文字は、すっかりと左右が反転していた。
まるで鏡の中世界か何かと思うほどであった。街の構造は全て左右が反転していて、車は全て左ハンドルになっている。変わっていないのは、自分達だけ。
世界が変わったというよりは、そう……まるで、迷い込んでいるような。
72
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:42:09 ID:yGqN71CM00
「とにかく、知ってるところに行こう……。じっとしていても、分かんないから……セラフィ?」
及び腰ならば、それでも歩いていたセラフィの脚が止まった。何事かと振り返ると、彼女は前方にある何かを見上げているようだった。
その表情が尋常ではなかった。顔面は蒼白に、瞳は大きく揺れていて、大量の汗を流している。やがてミラも、そちらを見上げてみたのであれば。
――――正体不明で消息不明。
――――火をふく竜とか雲つく巨人。
――――トリックアートは影絵の魔物。
「……ジャッバウォッ、ク」
――――けだし、大人の話はデマカセだらけ。
――――真相はドジスン教授の頭の中に。
セラフィが溢れるように言葉を漏らす。
返り血に染まったかのような赤色の肉体。天を衝くかと見紛うほどの巨躯。血に染まった瞳。あまりにも巨大なその両手。大気を震わすその息吹。
その手が大きく開かれた。視界を赤色が覆って、一息に少女達を飲み下さんとした。
73
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:42:27 ID:yGqN71CM00
■
「……それで、探すったって、なんにも情報がなかったら、見つかるわけないけど」
「なんだ、意外と乗り気なんじゃない」
「そうじゃない! こんなくだらないことで時間を使いたくないだけだっての!!」
霧亡柘榴という鈍色の少女のお願いを受けた間桐凱音と赤桐火々里、そのうち最初に話を切り出したのは、凱音の方であった。
それに対してからかうように火々里がからかうようにそう言うと、凱音が噛み付きつつもその理由を明かす。
当然ながら、聖杯戦争に於いて、これは完全な寄り道で、時間の無駄でしか無い……故に、凱音はこの捜し物を速攻で終わらせる方を選択したのだ。
「……で、どんな奴らなんだよ。そのセラフィとミラって」
「うん、えっと……」
柘榴へとそう問いかけると、彼女はつらつらと二人の特徴を述べていく。
セラフィは長い銀髪の猫のような少女。ミラは赤いコートの少女。どちらもとても幼く見えるだろう……そうして情報を述べた後。
凱音はパチリと指を鳴らした。それから数秒後、小さな虫がその指先に留まった。
「……虫?」
「ただの使役の魔術だよ、お前だって……いや、どうでもいいか」
そしてそれに口元を寄せ、小さく何かを呟くと、指に留まっている虫を掲げれば、もう一度空へと飛び立っていく。
74
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:42:48 ID:yGqN71CM00
「あとは俺の虫が街中を探してくれる。わざわざ馬鹿みたいに三人で探すよりもずっといいだろ」
「……私、こういう人、なんていうか知ってる」
「え、何?」
柘榴の言葉に、火々里が聞き返すと、柘榴は耳打ちのジェスチャーをする。
それに合わせて、火々里が身を屈めて、耳を貸すと。そこに口を寄せて、柘榴が一言。
「ツンデレ」
「おい!! 聞こえてるぞお前!! ふざっけんなよ、せっかく俺が手伝ってやったってのにお前ら!!」
顔を真赤にしているのは、怒りからか羞恥心からか。
凱音からすれば、念話で聞こえてくるサーヴァントの笑い声も合わせて、とにかく鬱陶しかった……然しながら、同時に凱音は不審感も持っていた。
凱音は既にこの街の隅々まで虫を放っている。同じく虫並みの大きさの生き物を探すならばともかく、人間ならば即座に探し当てられる自信があった。
だというのに、引っかからない。今に至るまで、それらしきものは。
「それで、見つかったの?」
「……いや……」
今度はからかわれることはなかった。火々里と柘榴がその表情に感じるものが、今までのそれとは違うものであったからだった。
しばらく黙った後に、凱音は立ち上がった。少し歩きながら、きょろきょろと街中へと視線を巡らせる。
街中を往来する人々を避けながら、ひとつ、ひとつと……そう。彼女の探し人は見当たらなかった。だが、一つ、不審なものを見つけていた。
カーブミラーの前で立ち止まる。そこに映し出された姿を、じっと見つめる。
「ちょっと、どうしたの? 一体何が……」
「これ、死んだかもな、その二人」
――――凍りつく。
75
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:43:06 ID:yGqN71CM00
「ど、どういうこと」
すかさず、柘榴がそう聞いた。当然だろう、探しているのは彼女の友達だ。
それが、姿を消したと思ったら、いきなり死んだと断言されれば……それも、別れて間もない間に、となれば。当たり前だが、はいそうですかと頷けるはずもない。
「俺の虫は街中にいる。探し人なんて一瞬だ。なのに見つからず……それに合わせるように、この街に固有結界が張られてる。
誰かがサーヴァントに魂食いでもさせてんじゃないの? 残念だけど、多分……」
「け、けっか……たましい……なにそれ、分かんない……なんで、セラフィとミラが……」
それについて、凱音は説明する気はなかった。
そもそも彼女に対してそこまでの義理はないだろう。ここまで探してやっただけでも大サービスだ、その上生存の可能性は極低いとなれば。
ここまでだろう。お人好しにもほどがあった……そう思って、そこで背を向ける。
「ま、諦めなよ。聖杯戦争じゃよくあることだろ、こんなの」
「……待ちなさい。その固有結界っての、どうやったら入れるの?」
その背を、火々里が止める。
嫌々ながら振り返ると、そこには火々里と、その傍らにはサーヴァントが実体化して立っている。
「……正気かお前、固有結界だぞ!? 死にたいのかよ!?」
――――固有結界。個と世界、空想と現実、内と外を入れ替え、現実世界を心の在り方で塗りつぶす魔術の最奥。
即ちそれは、相手の懐に飛び込むということ。それもずらりと銃口が並んでいるそこに。それは……一切の比喩なく自殺行為にしかならない。
さすがの凱音も、それに関しては狼狽えるばかりだった。相手が敵であることも忘れ、引き留めにすらかかっていたのだ。
76
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:43:24 ID:yGqN71CM00
「それがどういうものかはわからない。けど……」
……視線の先。カーブミラーへと、火々里も視線をやった。
そこに映っているのは三人の姿。それがなんであるかなど検討もつかない。そもそも魔術の知識すら無い。そんな状況でも、何故だかは分からないのだが
立ち上がらなければならない気がする。諦めてはいけない気がする……のは、心の奥底から湧いてくる、正体不明のなにか。
「私は行く。ここまでありがとう……ここからは私が行くから、方法だけ、教えて」
凱音は暫く、彼女のことを見下ろした。
確固たる理由も目的もないはずなのに、何故そんなことをしようというのか分からなかった。まったく理解の及ばない場所にある、そんな強い意志だった。
何か言いたげに口を開こうとしたが、
「……魂喰いをするなら穴を開ける。獲物を引き入れるための穴を……そしてその条件を俺は見た。
……鏡に触れた子供が中に吸い込まれるのを。なら……そこのガキみたいなのが触れたのに合わせて、無理矢理入っていけば……」
「それじゃあ……柘榴も一緒に入らなきゃいけないの?」
その問いに、凱音は無言で頷いた。
そして実際に指を伸ばして、鏡に触れた。推測通り、自分のみでは鏡の中へ入ることはなかった……おそらくは、小さな少女が引き金となっているのだろう。
そうなれば、火々里の意思だけでは中に入ることは出来ない……が。
「わ、たしは。大丈夫。だけど、お姉さんが……」
柘榴は、それに対して、一も二もなくそう答える。
ただ、彼女にとって懸念なのは、やはり火々里を巻き込むことだった――――自分の友だちを助けてもらうために、命を張ってもらうことになる。
いや、そもそも……生きているのかすらもわからない。そんな不確定な場所に、連れて行って良いのか。
77
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:43:42 ID:yGqN71CM00
「私は大丈夫。柘榴が良いなら、すぐにいこう……手遅れになる前に」
そう言って、彼女へと手を伸ばす……それから、二人と手を繋ぐと、鏡へと向けて手を伸ばす。
ここから先は、未知の何かへと向けた旅路――――もしかしたら、サーヴァント諸共、帰ってこれなくなるかもしれないが、不思議と火々里に恐怖はなかった。
なにか心のなかで……誰かが、それで正しいのだと、言っているような気がしていた。
「……主殿よ。一つ言っておくぞ」
凱音の背後に、一人の鎧武者が出現する。
大きな太刀を背負った武者は、マスターである凱音へと、今度は……無理強いをするような声色ではなく、ただ告げる形で、語り掛ける。
「おれは、敵陣へ突っ込むのが得意中の得意だ!!」
ぎり、と奥歯を噛み締めて、恨めしげな視線を武者へと送った。
まるで自分の心の中を察するかのような言動が、あまりにも腹が立った。ただそれより何より、図星を指していることが一番苛立った。
またこいつの思い通りになるかと思うと本当に忌々しいが――――――――
「ああ、もう――――――――煩いんだよ!!」
――――――――衝動的に、その手を伸ばした。
78
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:44:05 ID:yGqN71CM00
■
返り血に染まったかのような赤色の肉体。天を衝くかと見紛うほどの巨躯。血に染まった瞳。あまりにも巨大なその両手。大気を震わすその息吹。
その手が大きく開かれた。視界を赤色が覆って、一息に少女達を飲み下さんとした。
反射的に、ミラはその目を閉じた。その先に来る惨劇を目の当たりするのに耐えられなかった。戦うという選択肢すら、とろうという気持ちが起こらない相手だった。
そして、その瞬間は。まるで乾いた砂の塊のように、少女の身体が粉砕されるのは――――――――
「……あれ?」
……終ぞ、起こり得なかった。
「おうおう、愛い愛い奴。それじゃあ、おれと力比べと行こうか」
目を開けると、そこには大きな刀を背負った鎧武者が居た。
セラフィもミラも、その姿はよく知っている。日本のヒーロー、サムライというやつだ。それが、その巨大な怪物と、真正面から力比べをしている。
相手の両手を自信の両手で掴み、その身体を筋肉で膨れ上がらせながら、その口元を思い切り笑いに歪ませながら、鋭い瞳がその姿を捉えている。
「セイバー!」
「任された、マスター! お嬢様方、少し乱暴になりますが、お許しを!!」
「うぇ!? ミラぁ!!」
「だ、だれ!?」
その間に、いつの間にか迫っていた西洋の騎士が二人を抱えて離脱する……その先には、意地の悪そうな少年と、気の強そうな少女が待っていた。
その二人の前で降ろされると、そこに居たのは、鈍色の少女。
79
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:44:16 ID:yGqN71CM00
「セラフィ! ミラ!」
「ザクロ!!!」
お互いのことを確かめ合うかのように、小さな少女達が抱擁を酌み交わす。
そして、少女は……火々里は、その光景に微笑ましさを感じながらも、先ずは目の前の戦場へと目をやった。
「良いか、赤霧!! 長く居たら不利だ!! 固有結界の効果が発動する前に、一瞬で決める!!!」
「分かった、凱音――――――――行くよ、セイバー!!」
凱音の声に火々里が頷き、セイバーへと視線をやった。
その手には既に、刃が握られている――――――――吹き荒れる風と共に、不可視の刃がその刀身を覆い隠す。
――――風王結界(インビジブル・エア)。セイバーが有する宝具の内の一つだった。
「ああとも、我がマスター。この騎士王剣、御覧頂こうか!!」
80
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:44:29 ID:yGqN71CM00
第三話 EXTRA/First Impact 一節 終
81
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:16:55 ID:TFL.OQBY00
巨躯の怪物が握り締めた拳が、バーサーカーへと叩きつけられようとする。
バーサーカーとて身の丈二メートルを超える、筋骨隆々とした鎧武者であるが、その怪物の両手は一回りほども大きいだろうか。
まるで爆撃でもされたかのような轟音が響き渡る。
「ううむ、見た目に違わぬこの豪腕――――――――戦国無双のこのおれと張り合うか!!」
その怪物は、サーヴァントとしてみても剛力極まりない力を持っている。
それほどまでに強力な存在なのは、やはりここが固有結界の中だからだろうか――――だが、おかしいのは固有結界がこうも当然とばかりに存在していることだ。
サーヴァントには通常の聖杯戦争と同様に、ムーンセルの情報もインストールされている。
狂化のランクが低く抑えられていることも相まって、バーサーカーには戦術的、戦技的思考をすることが出来る……然しながら。
「だが、それだけでは俺には届かんなぁ……!!」
だが、それよりも恐るべきはバーサーカーの膂力であった
取っ組み合いでの力比べ、体躯に勝る怪物――――その足元にぴしりと罅が入っていて、その膝が震えているようにすら見えている。
ごきごき、という音が響いていた。怪物から鳴り響くものであった。見れば取っ組み合っていたその両手が、まるで蛸かなにかのように向こう側を向いている。
幼子の頭を抑えて、無理矢理頭を下げさせるかのような……そんな大人気ない光景にすら見えた。
「俺の刀を使うまでもねえや。そのまま素っ首引っこ抜いてやらぁ。覚悟しろよ……!!!!」
粉砕された両手を離す。そしてその右手を、そのまま相手の頭へと伸ばした。
大きく広げられた手は、大凡悪鬼か何かの類にすら見える。あまりにも容易くその頭を圧し折ることだけは、どんな素人にも予想はつくことだろう。
――――それが今正しく、触れようとした時。
「……おや、しまったな、これは」
その頭が、まるで玩具のように二つに別れた。
その中からびっくり箱のように何かが間抜けに飛び出てきた。それはとても太く長く、鋭い牙の生え揃った、蛇のような姿をしていた。
牙が正にその右腕に食いついた。サーヴァントの肉体に食い付いて、噛み食いちぎろうとした。その一瞬で、己の油断を、バーサーカーは恨んだ。
82
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:17:08 ID:TFL.OQBY00
「――――退け、バーサーカー」
ズドン、という音と共に、バーサーカーの右腕にかかる負荷が唐突に外れた。
風を纏う不可視の刃が、その太い蛇の首をするりと断ち切った。不気味なほどに声すらなく、その首がゴトリとそこに転がる。
僅かに血を流すその右腕を気にする様子もなく、バーサーカーの瞳が、乱入したセイバーのことを見据えて、表情に笑顔を浮かべている。
「一つ貸しが出来てしまったなぁ、セイバーよ」
「些事だ、バーサーカー。それよりも……」
――――バーサーカーが、その背に帯剣する、巨大な刀へと手をかけた。
セイバーがその剣を構え直す間もなく、バーサーカーが一歩踏み込んだ。まるで獣の如く身のこなしと剛力を持って、振り上げられた大刀は。
その、セイバーの背後にて立ち上がった、巨躯の怪物の身体を、腰元まで両断してようやく止まることとなった。
「セイバー、行け!! まだ終わっとらんぞ!!!」
「分かっている――――!!」
見れば、切り落とした"首"が忽然と消えている、否。
跳ねるように移動している。その先に居るのは――――――――
83
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:17:30 ID:TFL.OQBY00
■
「おい、ガキども! お前ら遊んでないで早く逃げろって!! 時間無いんだよ!!」
「う"わ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!!!」
「泣き声が汚えな!! ああもう!!」
後方にて、間桐凱音と赤霧火々里が三人の少女達を連れだって歩いていた。
とは言え、怪物と遭遇した直後に、暴力的な光景と、知らない人間に怒鳴られるという状況には、少女達も中々心休まらない……というより。
この中でも精神的に一際幼いセラフィーナが、号泣し始めてなかなか進まなかった……そして痺れを切らした凱音が、徐に彼女のことを担いで。
「お前も急げ、赤霧!! 全員死にたいのか!?」
「でも、セイバーがまだ……!!」
向かう先は、先程自分達がこちらにやってきたカーブミラーだ。
固有結界自体は強固だが、恐らく行き来の条件付は非常に簡単にできているはずと凱音は踏んでいた。
鏡からやってきたのであれば、同じ鏡から出ていけばいい。辿り着くことができれば、の話ではあるが。
「馬鹿野郎! 俺のバーサーカーが行ってるんだぞ! サーヴァント二人がかりで負けるわけ無いだろうが!!」
「それは……」
火々里としては、戦っている二人置いていくことが、どうにも心残りであった。
未だ、火々里はサーヴァントの強さを正しく認識出来ていない。知識として分かっていても、それがどういうものなのか。あんな化け物を相手に勝てるものなのか。
そも……これは置き去りと変わらないのではないか?
「いいか、赤霧。俺達のうちの誰かがここで死んだら、あいつらの戦いも無駄になるんだよ!」
――――それを察したものか。いいや、偶然だった。
兎に角凱音が彼女を動かそうとした言葉は、火々里の心にすっと落ちていくようであった。凱音にとっては、ただの罵倒にも等しいものであるというのに。
84
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:17:50 ID:TFL.OQBY00
「……分かった……行こう、皆……!!」
――――心配だ、彼らが心配だ。
けれど自分達が死んでは、それが無駄になってしまう。
だから彼らを信じて、先に行っても良いのだなんて、そんな単純でなんでもないような、ただ合理的なだけの判断を、火々里は学んで、そうして頷くことが出来た。
ミラと柘榴、二人の手を引いて走り出す。歩幅を合わせつつも、できるだけ早く……!!
「うぐぅぅぅ……!!」
「もう、泣くなって言ってるだろ! いいか、俺のバーサーカーは最強なんだ、あんな奴に負けたりなんて……!!」
腕の中で啜り泣く、小さな少女に苛立ち混じりにそう吐いた。
なんでこう、世話のかかる奴らばかり、ここに集まっているんだ――――そう思いながらも、凱音自身も一抹の不安があることは確かだった。
相手は固有結界の主だ。サーヴァントではないのは見るからに明らかだが……果たして本当に勝てるかどうかは、結果が出るまでは分かったことじゃないし。
仮に――――倒せたとしても、それ以外の搦め手が出来るのであれば――――
「――――凱音!!!」
――――その不安は、的中したと言っても過言ではなかった。
火々里の言葉に振り返った時、目前には大口を開ける蛇の口があった。ずらりと並んだ牙は血を滴らせ、こちらを睨み付けている。
抱えていたセラフィーナを掻き抱くように、身を縮こませた。今、この状況を打破することが出来るとするならば、それは……。
蟲を使うか? 恐らく間に合わないだろう。自ら戦うか。結果は火を見るよりも明らかだ。避けられるか。そうするには少々対応が遅すぎた――――分かってる。
自分一人で、何かを成し遂げることが出来ない人間なんて、間桐凱音という存在がどれほどか弱くてか細いものかなんて、自分で分かってるんだ。だから……。
「バーサーカーァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
――――剛剣、血風以て輝ける。
巨大な影が、割り込むように躍り出た。
二メートルを優に超える、バーサーカーの体躯をすらも超えるほどの大太刀が、怪物の身体を一息に、真っ二つに叩き割った。
噴き出す血を浴びながら、それが振り返った。正しく戦場の悪鬼とでも言うような、恐ろしい姿をしながらも、そこには無垢すら感じる笑顔があった。
85
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:18:02 ID:TFL.OQBY00
「すまんな主殿、待たせちまった」
「……遅えんだよ、馬鹿野郎」
「……あれ?」
凱音の悪態と共に、火々里がなにか違和感を感じて、あたりを見渡した。
見れば……すでに、そこは商店街の一角であった。カーブミラーへとやってくるでもなく、既に彼女等は全員固有結界の外へと排出されていた。
「なるほど、あいつと連動してたわけか……はぁ」
「……う、うにゃあ」
大きく溜息をつくと同時に、凱音は抱きかかえていたセラフィを下ろしてやると、恐る恐る、彼女は歩きだして……すぐに柘榴とミラの背後へと回り込む。
二人の陰から、彼のことを覗いていた。なんとなく凱音にとっては落ち着かない状況の中……三人の話し声が、ひそひそと聞こえてくる。
「良かったね、セラフィ。あのお兄さん、優しい人だった」
「ダー。皆でお礼、言わないと」
「んにゃー……」
言葉遣いは三者三様だったが、意思としては、皆がお礼を言わなければならないというところに共通していた。
――――火々里は、その様を微笑ましげに見つめながら、凱音に視線を向けたところで……その姿が、忽然と消えていることに、気がついた。
「それにしても、以外だったな。凱音が――――あれ?」
「お兄ちゃんはどこいったにゃー? お礼も渡さないとって、思ったのに……」
バーサーカーの気配も、凱音の気配もどこにもなかった。
四人でくるくると見渡してもどこにも居ない。あの凱音が、少女達を助けたなどと、まるで本当に嘘であったかのように――――どこにも。
セラフィーナが、リボンを揺らしながら鼻を鳴らしている。その手に握っているのは……二つの、小さな"鍵"の形をしている……。
「……それは?」
「さっきセラフィが、鏡の中で見つけたの! お姉さんたちに、一つずつあげよっかなって思ったんだにゃー」
86
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:18:17 ID:TFL.OQBY00
■
「礼も聞かずに去っていくとは、主殿も“粋”を覚えたのかな?」
「そんなんじゃねえ……ただ鬱陶しかっただけだ」
間桐凱音は、薄暗い路地裏を二人で歩いていた。
向かう先は月見原学園校舎。全てのマスターのマイルームがある拠点だ―――― 一足先に、抜け出していた。
「時間の……いや全部の無駄だ。リソースも、時間も、体力も……何もかも、無駄にしちまった」
「だが、あの少女達を助けられた」
歩みを止める。
なぜ、自分はあの時動いてしまったのか。なぜあの固有結界の中に飛び込んだのか――――見知らぬ少女なんて、どうでも良かったじゃないか。
それよりも放置をしておけば、赤霧火々里という対戦相手一人を闇に葬ることが出来た。無条件で繰り上がることが出来た。それをしなかったのは。
何が行けなかった? 自分の何が、どうして、そうさせた。今こうして思い返してみても、どうしても、どうしても、分からない。ただ――――
「……聞いたかよ、バーサーカー」
「ん?」
一つだけ、無性におかしいと思うものがある。
思い出せば思い出すほど、笑いが込み上げてくる。おかしくて仕方ない――――何故だろう。これは嘲笑なのだろうか。きっとそうだ。
「ありがとう、だってさ。――――バカみたいだ」
そんな一言に、一体何の意味があるっていうんだ。
87
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:23:07 ID:N1M.zHcY00
第三話 EXTRA/First Impact 三節 終
88
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:27:03 ID:N1M.zHcY00
――――体は剣で出来ている。
血潮は鉄で心は硝子。
幾たびの戦場を越えて不敗。
ただ一度の敗走もなく、
ただ一度の勝利もなし。
担い手はここに独り。
剣の丘で鉄を鍛つ。
ならば我が生涯に意味は不要ず。
この体は――――――――
――――――――無限の剣で出来ていた。
89
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:27:23 ID:N1M.zHcY00
嗚呼、彼処に在るのは。なんて真っ直ぐな想いだろう。なんていう、そう、病的なまでに素晴らしい想いだ。
「俺は桜の為だけの正義の味方になる」
そんな風に、真っ直ぐに宣言されてしまったら。
俺の割り込む隙間なんて、全く、何処にもないじゃないか――――――――
90
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:27:40 ID:N1M.zHcY00
■
「居眠りをしていたな、主よ」
「……うるさいな」
……間桐凱音は、図書室に来ていた。
フィールドに出なきゃ行けない理由は存在しない。一人分のキーの回収は終えている。だから後は情報収集するのみだ。
対戦相手は剣の騎士だった。どんな剣を振っているか分からない。見た目だけで言えば西洋人の騎士だが、特定できる要素は少ない。
だが、難しくとも絞り込まなければならない。少しでも、少しでも、少しでも……勝てる確率を上げなければいけない。
「……そうだ、俺なら上手くやれる。もっともっと、上手くやれる」
聖杯を、手に入れなければならない。
桜を救わなければならない。そのためだけに自分は生まれてきた。そのためだけに、自分は全てを捧げてきた。
それが、それがあんなに綺麗に彼女の味方になっていくなんて。そんなのズルいじゃないか。いきなり、自分の横から掻っ攫っていくなんて。
俺のほうが先に好きだったのに。
だから、だから……聖杯を手に入れよう。
そして、もっともっと上手くやろう。それを証明するんだ。俺は、俺ならばもっと、完璧な形でやれるって。
第五次聖杯戦争ではしくじってしまったけど。でも、次はきっと大丈夫。本当なら、俺は優勝していたはずなんだから――――――――
91
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:27:55 ID:N1M.zHcY00
■
「……いきなりキーが一つ手に入ったのは、拍子抜けだけれど」
「そのまま2つとも、自分のものにしてしまえばいいだろう、マスター。
元よりあの少年は敵だ。義理を果たす必要はあるまい」
「そういう問題じゃないでしょ、これだからイギリス人は……」
――――赤霧火々里は、図書室の扉を開いた。
あの子供(?)達から渡された2つのキー。そのうちの一つは凱音へと向けて渡されたものだ。
託されたのだから、約束は果たさなければならない。確かに間桐凱音という少年は、随分と嫌な奴で、癪に障る人ではあるけれども。
彼はあの時確かに、固有結界の中に飛び込んで、そして子供達の命を助けてくれた。これは、間違いのない事実なのだから。
彼にも受け取る権利があるし、何より渡してほしいと約束されたのだから。
「あ、いた」
「……なんだよ、お前。喧嘩売りに来たのか?」
凱音は、鬱陶しいという態度を隠さずに火々里のことを見た。だが、それで引くほど気が弱い火々里でもない。
寧ろそんな態度を見れば、ムキになってヅカヅカと踏み込んでいくようなタチだった。
だから、わざとその対面に火々里は座った。そしてその手に持っていたキーを、凱音へと差し出した。
92
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:28:10 ID:N1M.zHcY00
「これ。きのうの、柘榴と、セラフィと、ミラから」
「……はぁ?」
「だから、あの娘達がお礼にくれるって言ってたの。だから、ほら」
差し出されるそれに、凱音は困惑の瞳を向けた。
彼女が何を言っているか分からない。あの子供達……が、キーを……何処かで拾ったとでも言うのだろうか。
そして何故、自分がそれを受け取らなければならないのか、思考が全く、上手くまとまらない。
「な……何言ってんだ? あんなの全然大したことないしっ!
それに俺はもうキーを2枚揃えてんだよね、魔術師として、お前とは格が違うっていうの?
だからさ、情けのつもりならやめてくれない? 寧ろ命拾いしたんじゃないの、良かったじゃん、せめて戦いの場に……」
「そういうと思ってた」
「ひぃ!?」
バン、と強く、机の上にキーが叩き付けられる。凱音の身体がびくりと震えた。
他に図書館を利用していた、聖杯戦争の参加者とNPC達がこちらに目を向けて、すぐに各々の作業へと戻っていく。
93
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:28:25 ID:N1M.zHcY00
「でも、貴方には受け取る権利がある」
「……!?」
94
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:28:51 ID:N1M.zHcY00
これは火々里が凱音に対してかけた情けでもなんでもない。
ただ彼女達の思いをこうして差し出しているだけだ。それを隠してまで、勝ち残りたいとは思わない。
――――――――本当は、恐ろしい。出来ることならば、これを抱えておきたい。
だが、それをしたら勝つよりも大切なものが失われてしまう気がする。だからこれは、彼へと向けて差し出さなければならない。
「……それじゃあ」
これ以上ごちゃごちゃと拒否されても困る。それにこれからもう一つ、キーを探さなければならない。
図書館での情報収集もやってみたいところだが、そちらを優先しなければならないこの状況では好都合だったかもしれない。
それを置いて、背を向けて立ち去ろうとする。これで受け取らざるを得ないはずだ。
「――――ま、待てよ!!」
背中から、凱音の声が掛けられて、火々里は振り向いた。
「……何? 返却は拒否するけど」
「そうじゃない。……いいよ、このキーはもらうよ。ムカつくけどさ。
だから一回、こっち来い。……ああもう、いいよ、俺が行くよ!!」
テーブルの上に置かれたキーをポケットの中に乱暴に突っ込んで、凱音が立ち上がる。
そして苛立ったのを隠さないまま、速歩きで火々里の前へとやってきて、別のポケットから一枚、キーを取り出した。
そして火々里へと向けて、乱暴に放り投げた。
95
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:29:04 ID:N1M.zHcY00
「……え?」
「借りを作りたくないんだよね。しかも、お前みたいな弱小魔術師なんかにさ。
だからそれやるよ。貰いっぱなしとかムカつくし、三枚も持ってても、どうせ次は集め直しだから意味ないし」
たしかにそれはキーだ。少なくとも素人目から見れば、何か細工されているようには見えない。
それを見下ろして、それから凱音の方を見た。バツの悪そうな顔をした凱音は、その爪先で火々里の脚を蹴った。
「あ、痛っ! ちょっと……!!」
「分かったらさっさと消えろよ! 俺はお前と仲良しこよしするつもりなんて無いからな!!」
「何すんのよ!!!」
「いっっっっ……たぁ!!!!」
蹴られたままでは癪に障る。思い切り彼の脚へとローキックを叩き込むと、彼はもんどり打ってそこに倒れ込んだ。
そして図書室の扉へと向かう。これで火々里が持つキーは二枚になったとは言え、やるべきことはまだ山ほどある。
特に……火々里は、彼の言うように、弱小魔術師なのだから。
「……でもありがとう、凱音。それじゃ、また」
最後に、お礼だけを言って、図書室の扉を締める。
彼は嫌味な男だけれど、少なくとも、これで助かったことには間違いない。
……いや、もしかしたら嫌味ということですら無いのかもしれない。ただ単に、彼は――――
「図書室では静かに!!!」
後ろで、怒号が聞こえているのを背にして。
96
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:29:17 ID:N1M.zHcY00
■
「いってえ……あのゴリラ女……!!」
図書室のテーブルに戻る。蹴られた部分が未だにジンジンと痛んでいた。
こんな痛みを負うのは久し振りだ。屈辱的だ。あんな、魔術師として比べ物にもならないような相手に、こんな風にされるなんて。
何か、妙なことを言っていたが、それでも間桐凱音という人間がやることに変わらない。全ては、ただ一人のために。
「……本当、本当に……馬鹿みたいだ……」
英国史の資料を捲りながら、独り言を呟く。
霊体化したバーサーカーに向けるでもない。ただただ、それは自分の口から漏れ出るものであった。
そもそも、あの少女は馴れ馴れしいのだ。確かに、自分たちは予選の間――――友達同士という、設定ではあったけれども。
「……ありがとう……なんだってんだよ。どいつもこいつも」
そんな一言、気休めにしかならないくせに。皆、立派な意味があるとでも主張するみたいに押し付けてくる。
何の意味も無いのに。そんな言葉を一言付け加えれば、それで全部許された気になってる。
「――――――――ああ、でも」
ページを捲る手が止まった。
もしも、もしも……ありえない話だけれども。自分にとって友達っていうのが出来たとしたらもしかしたら。
こういうことなのかな、なんて。無意識に思っていた。自分の思考を、否定する気力すら湧かなかった。
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