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【伝奇】東京ブリーチャーズ・玖【TRPG】

1那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/04/07(火) 14:55:01
201X年、人類は科学文明の爛熟期を迎えた。
宇宙開発を推進し、深海を調査し。
すべての妖怪やオカルトは科学で解き明かされたかのように見えた。

――だが、妖怪は死滅していなかった!

『2020年の東京オリンピック開催までに、東京に蔓延る《妖壊》を残らず漂白せよ』――
白面金毛九尾の狐より指令を受けた那須野橘音をリーダーとして結成された、妖壊漂白チーム“東京ブリーチャーズ”。
帝都制圧をもくろむ悪の組織“東京ドミネーターズ”との戦いに勝ち抜き、東京を守り抜くのだ!



ジャンル:現代伝奇ファンタジー
コンセプト:妖怪・神話・フォークロアごちゃ混ぜ質雑可TRPG
期間(目安):特になし
GM:あり
決定リール:他参加者様の行動を制限しない程度に可
○日ルール:一週間(延長可、伸びる場合はご一報ください)
版権・越境:なし
敵役参加:なし(一般妖壊は参加者全員で操作、幹部はGMが担当します)
質雑投下:あり(避難所にて投下歓迎)

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【東京ブリーチャーズ】那須野探偵事務所【避難所】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1512552861/

番外編投下用スレ
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1509154933/

東京ブリーチャーズ@wiki
https://w.atwiki.jp/tokyobleachers/

276ポチ ◆CDuTShoToA:2020/12/13(日) 04:32:28
「誰か……誰か!誰か助けて!お願いだから……!」

大量の血を吐き出しながら、虚ろな双眸から血涙を零しながら、ポチは声を振り絞った。
それは最後の足掻きだった。
結局――ポチは巫女の首に食らいつく事が出来なかった。
その狂気に染まり切る事は出来なかった。

それをすれば、もしかしたら自分もシロも生き永らえる事が出来るかもしれない。
だが巫女の位置を探ろうと、においを嗅ぐと、どうしても思い出してしまう。

陰陽寮での事件が解決した後、芦屋易子の元へと駆け寄る巫女達。
あの時、自分をワンちゃんと呼んだ、屈託のない笑顔。
それを見た芦屋易子の、穏やかな微笑み。
愛情のにおい。

この期に及んで、過ぎ去った時間になんて何の意味もない。
そう分かっていても、ポチには出来なかった。
あの思い出を自らの牙で引き裂いてしまうなど、どうしても出来なかった。

「橘音ちゃん!尾弐っち!ノエっち!祈ちゃん!」

だから――これが、ポチの最後の悪足掻き。

「……芦屋さん!富嶽のお爺ちゃん!誰か……誰でもいいから……!」

だが――返事はない。あるはずがない。
分かっていた。それでも足掻きたかった。
シロを救う為に、何かがしたかった。そしてそれは失敗に終わった。

「……シロ」

ならば――次にすべき事はもう決まっている。
皆を守らなければならない。約束を果たさなければならない。
ポチはシロに寄り添う。名残を惜しむように、その頬に顔を擦り寄せる。

「……大丈夫。ずっと一緒だ」

そして――――――あぎとを開く。

「僕が守ってあげる……」

思い出が、ポチの脳裏を通り過ぎる。
始まりは博物館から。シロと初めて出会い、言葉を交わし、守りたいと願い――赤い血と月光に染まった、彼女の姿。
あの時、ロボが口走っていた言葉。ポチはそれを深く思い出す。

「……もう二度と、君を誰にも、傷つけさせたりしない」

あの狂気を、復唱する。自らの心にも纏わせる。

「だから……だから、今はおやすみ」

血の涙が流れる――もう、これしか道は残されていない。

277ポチ ◆CDuTShoToA:2020/12/13(日) 04:33:40
「……『獣』」

ポチが、『獣』が、シロを喰らう。
その命を奪う事で、ポチは傷を癒やす。
同胞殺しの狂気、最愛殺しの狂気が、ポチを恐れを知らぬ怪物に変える。

そして――ポチは皆を守る。
すべき事が全て終わったら、『獣』はポチを喰らう。
それで、ポチとシロはずっと一緒だ――約束は果たされる。

「ごめん、『獣』。お前との約束は……守れなかった」

『……いいや。短い間だったが……ニホンオオカミは、確かにここにいた』

「……それでも、ごめん」

ポチが牙を剥く。その先端がゆっくりとシロへと近づいていく。
シロを喰らう為に。シロの命を奪って、自分のものにする為に。
血を流しすぎているのに、鼓動が早まって、苦しい。
本当は――こんな事したくない。この戦いが終わってからも、皆と一緒に生きていたい。
体が震える。息が詰まる。吐き気がする。頭が痛い。
それでも、成すべき事を成さねばならない。

「…………祈ちゃん」

未練が、ポチにもう一度だけ、その名を呼ばせた。

278那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/12/21(月) 21:18:13
>汗ドロドロでごめんね。これ配信中? 悪いけど、ちょっとあたしら映してもらっていい? 
 話したいことがあるんだ

「祈……?」

レディベアが戸惑うのをよそに、祈が無数のカメラやスマホの前に立つ。
虚空に浮かんだ無数の目に、祈とレディベアの姿が映し出される。

>――あたしらは東京ブリーチャーズ。今、陰陽師や妖怪達と協力して、悪魔と偽者の神様と戦ってるとこなんだ

そして祈はカメラを前に、自分たちの事情を説明し始めた。
自分たちは今、東京を蹂躙している悪魔たちと戦っている者だと。妖怪や陰陽師たちと力を合わせているのだと。
それは今まで秘密にしていたこと。秘されていなければならなかったもの。
妖怪の存在や、それを斃して東京を守護する者たちの存在を、ネットという満天下にさらけ出すという行為であった。

「ななな……、何やってくれちゃってんの――――――――っ!!!??」

この世ならざる場所、現世と常世の狭間に位置する華陽宮で様子を見ていた御前は仰天した。
妖怪の存在を知るのは、人間のごくごく一部。支配階級や旧い家柄といった、限られた者たちだけでなければならない。
伝承に語り継がれてきた化け狐に雪女、鬼や送り狼。ターボババアといった現代の都市伝説。
それらの妖怪が御伽噺ではなく実際に存在すると人々が認識してしまえば、社会は大混乱に陥ってしまうだろう。
だからこそ、御前を始めとした五大妖は協定を結び、自分たちの存在を厳重に秘してきた。
日本だけではない、海外の妖怪――神や天使、魔物、妖精、精霊といった者たちにしてもそうだ。
自分たちは幻想の住人である、そう人間たちに認識させてきたからこそ、今まで互いに不可侵の平和を保ってこられたのだ。
だというのに――

「御前、これは偽神降臨よりも余程由々しき事態なれば。御裁断を」

「四大妖からホットラインにて問い合わせが来ておりまする。四大妖のみならず唐土からは太上老君、
 希臘からゼウス。天竺からはヴィシュヌよりの連絡も――」

「あばばばば……。
 に、二千年来の妖怪と人間の秩序がぁ……。世界の均衡がぁぁぁぁ……」

狐面をかぶった侍従たちが次々に告げてくる。御前は頭を抱えた。
祈がやったのは化生の根幹を揺るがす大罪だ。東京ブリーチャーズの創設者として、
御前は即座に他国の神大妖たちに釈明をしなければならない。

>そんで次は、逆転の為に強力な助っ人を呼ぶ。名前は妖怪大統領、バックベアード。
 空にでっかい目玉が現れるけど、あたしらの味方の妖怪だから、どうかビビらないでいてほしい

華陽宮の大広間に備え付けられた大きな液晶ディスプレイいっぱいに映った祈が、カメラ越しに呼びかける。
その映像が電波に乗って、瞬く間に世界中へと拡散してゆく。多くの人間たちの知るところとなる――。
東京都だけ、もしくは最悪日本だけであれば、御前の力で人々の認識を書き換え祈の暴露を無かったことにすることも可能だった。
しかし、もう間に合わない。祈の暴露はこの地球へ遍く行き渡ってしまった。
世界の調停者たる御前にとっては、到底許し難い行為である。

>もちろん、『悪魔や偽者の神様にも』。
 あいつらは人の負の感情で強くなる。もうだめだ、おしまいだってみんなが思ってたら、
 あいつらがどんどん強くなって、あたしらでも勝てないかもしれない。
 だからみんなも辛いだろうけど、あたしらと一緒に自分の中の恐怖と戦ってほしい

「………………」

恐怖に負けるな、と。
一緒に戦ってほしい、と。
汗だく、血まみれ、泥だらけの姿で懸命に言い募る祈を、御前はちらりと見る。
そして大きく四肢を投げ出すと、

「あーあ!やーめたっ!」

と言って、自分専用のふかふかのソファに倒れ込むように身を沈めた。
侍従たちが戸惑いの声をあげる。

「御前!?」

「わらわちゃんの負け!こんなコトされちゃったら、もー手も足も出ないよ!どーしょーもないし!
 イノリンめぇ……まさかこんな手に出るなんて!やーらーれーたーっ!!」

たっはー!と困ったように笑いながら、ぺちんと右手で自分の額を叩く。
が、何も捨て鉢になって何もかも投げ出してしまった訳ではない。御前は額に手を添えたまま大きな液晶モニターに視線を向け、

「ま……どっちにしても、妖怪や陰陽師たちだけじゃあの紛い物の神には勝てない。人間たちの『そうあれかし』がないとね。
 それに……わらわちゃんたち妖怪も、そして人間たちも。そろそろ変わる時期なのかもしれない。
 同じ星に住む生き物同士なのに、片方が身を隠して。もう片方に気付かれないように生きるなんて――
 そんなの。なんか違うじゃん?」

と、言った。
龍脈の神子は、この惑星の力を使う者。この星の意思の具現。
ならば、その祈がすることは。選ぶ道は。きっと正しいのだろう。

「御前。北欧のオーディンよりホットラインが――」

「うるっせーッ! 今、ウチのコたちがカラダ張って何とかしてる最中だよ!見りゃわかンだろ!
 ああ?責任?ンなモン、わらわちゃんが取ってやるっつーの!こういうトキに責任取んのが上司の役目だろ!
 こっちゃもう、とっくにラグナロクなんだよ!!ボケ!!!
 無能神の烙印捺されたくなかったら、そっちの信徒にもありったけ『そうあれかし』を集めるように神託下せ!」
 
侍従が古めかしい黒電話を恭しく運んでくる。
その受話器を取り、電話越しに怒罵をまくし立てると、御前はガチャンッ!!と乱暴に通話を切った。

279那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/12/21(月) 21:18:38
>じゃ、いくか、モノ

「ええ。参りましょう……祈」

互いの手指を絡めて繋いだまま、祈とレディベアは顔を見合わせた。
祈の姿が金髪黒衣のターボフォームに変化する。真っ白い出で立ちのレディベアとは対照的な色合いだ。

「人々の想いを。希望の未来に進んでゆきたいと願う力を。『そうあれかし』を。
 ひとつに繋げて。絶望を……覆す!!」

周囲に展開した無数の眼から、キラキラと輝く光の粒子が解き放たれて祈へと集まってゆく。
眼からだけではない。避難所にいる人々の身体から、街の至る所から。
いまだ希望を失わない、悪魔の齎す破滅と破壊に屈さない心が。強い気持ちが、『そうあれかし』が――
夥しい量の輝きとなって、祈の周囲で螺旋を描く。
そして。

>――来い!! 妖怪大統領、バックベアード!!

「お父様、お目覚めを!今こそ、生まれ変わりの刻――!!」

黒と白の少女がそれぞれ、繋いでいない方の手を高々と空に掲げる。
祈の突き上げた右手の甲で、龍の紋様が輝く。
レディベアの双眸がそれぞれ、真紅と金色に輝く。
祈とレディベアだけではない、今や避難所のみならず周囲一帯をも包み込む膨大な量の光が、
尾を引きながら空へと駆け上がってゆく。
流星のような光の奔流は空をぶ厚く覆っている禍々しい雲にぶつかると、ぱぁんっ!と花火のように弾けた。
途端、それまで決して混ざり合わない絵の具のように禍々しい極彩色に染まっていた空が、
黄金の光によって瞬く間に塗り潰されてゆく。
光によって覆われた、美しい空。温かく穏やかな大気の満ちる空間。
それは祈とレディベア、ふたりの願いが、至純な想いが。決して挫けない人々の心と『そうあれかし』が生み出した、
希望に溢れた世界。
妖異に満ち満ちた、虚構と現実の境が曖昧な異空間ではない。
真の『ブリガドーン空間』の姿だった。

「こ……、これは……」

レディベアがぎゅっと強く祈の手を握り直し、息することさえ忘れて空を見上げる。
ブリガドーン空間の器であったレディベアにとっても、この光景は予想外のものだったらしい。
そして、黄金色に変わった空の雲間を押し破るように、巨大な何者かがゆっくりとその姿を現してきた。
それは全長100メートルはあろう、巨大な黒い球体。
茨のような触肢を放射状に生やしたそれは完全に姿を現すと、厳かに中央に付いている単眼を開いた。
妖怪大統領、バックベアード。
祈とレディベアの願いが結実し、本来存在しないはずの妖怪がこの場に出現した瞬間だった。

「お……父様……!
 お父様、お父様……お父様……!!」

ベリアルがその名を騙るのではない、本当の父。
その姿を見て、レディベアが歓喜の涙を流す。
娘の声に応えたのだろうか、バックベアードが軽く祈とレディベアの方を見る。
光り輝くブリガドーン空間を満たす温かな波動が、一層その強さを増す。
祈とレディベアの身体に力が漲る。身体の奥からとめどなく気力が湧いてきて、今ならどんな敵にだって勝てると思える。
きっと、バックベアードがブリガドーン空間の真なる主として、その力をコントロールしているのだろう。
愛と希望に満ちた世界として――それはとりもなおさず東京ブリーチャーズが当初の作戦通り、
アンテクリストから神の力を構成するふたつの要素のうちの片方を奪い取ったことの証左に他ならなかった。

「おのれ!龍脈の神子おおおおおお!!」

「まだ数の上ではこちらが勝っておるわ!殺せ!龍脈の神子とバックベアードの娘を!殺せエエエエエ!!!」

ローランによって薙ぎ払われたものの、また新しく魔法陣から湧いてきた悪魔たちが祈たちに狙いを定める。
いくらバックベアードが降臨し、ブリガドーン空間を制御しているとはいっても、
祈達さえ始末すればまだ逆転できる、押し切れると思っている。
実際にそれは間違いではない。圧倒的な数の差は未だ如何ともしがたく、いくら祈とレディベアが万全の調子になったと言っても、
無尽蔵に出現する悪魔を相手にたったふたりでは相手にならない。

「キエエエエエエエ!!死ネ!死ネ!神ィィィィ子ォォォォォォ!!」

悪魔たちが祈めがけて殺到してくる。せっかく芽吹いた希望を摘み取ろうと突っ込んでくる。
夥しい数の悪魔たちを前に、手を離した祈とレディベアがそれぞれ迎撃の構えを取った、そのとき。

カッ!!!

祈のウエストポーチが、まばゆい光を放った。
そして。

ばぢゅんっ!!!

祈の眼前まで迫っていた悪魔の一匹が突然『叩き潰された』。
そう、それはまるで、蝿や蚊でも殺すかのように。いや――まるで、ではない。実際にそうだった。
突如として祈の背後に出現した何者かが、その大きな手のひらで悪魔を潰したのだ。

「……ああ……」

その姿を見たレディベアが驚きに大きく目を見開く。
祈を守ったのは、大型バスほどもある巨きな赤子。

――コトリバコ。

280那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/12/21(月) 21:19:00
《あぶぶ》

ハッカイのコトリバコは悪魔を叩き潰した右の手のひらを見ると、いやいやというように手を振って血と肉片を払った。
そんな様子は、本当にただの赤ん坊のようだ。――アフリカゾウより大きい規格外の身体に目を瞑れば。
また、以前と違って無数の赤ん坊の身体を無理矢理に縫い合わせたような姿ではなく、普通の赤ん坊の外見をしている。
……体重数十トンはあろうかという規格外のサイズを度外視すれば。

「これは……コトリバコ……!
 どうして、ここに……」

レディベアにとってもコトリバコは忘れ得ぬ妖怪である。祈とレディベアとの初遭遇が対コトリバコ戦だった。
しかし、レディベアは祈がコトリバコの指の入った小箱をいつも大切に持っていたことを知らない。
祈はコトリバコを仏壇に安置し、いつも供養を忘れなかった。
その優しい心が、否――『祈の想いに報いたい』と願うコトリバコ自身の『そうあれかし』が、
バックベアードの制御する希望のブリガドーン空間において、一時的に姿と形を持ったのだろう。

《だあー。ぅー》

コトリバコは祈の顔を見て、嬉しそうに笑った。屈託のない、本物の赤ん坊の笑顔だった。

「なんだ、こいつは……!?」

「ええい、怯むな!たかが巨大な赤子如き!」

突然のコトリバコの出現におののく悪魔たちだったが、すぐに各々得物を構えて再度突進してくる。
と、その途端、後続の悪魔たちが何の前触れもなく目や鼻、口、耳から血を噴き出し、風船のように爆ぜて倒れた。

「どッ、どうした……これは……!?」

悪魔たちが混乱する。その最中にも軍勢のそこかしこで血が噴き出し、阿鼻叫喚の地獄絵が展開される。
祈はその光景を確かに覚えているだろう。
よくよく目を凝らせば、突然血を噴いて死ぬ悪魔たちの背や足許に、大きさのまちまちな赤子たちがへばりついている。
イッポウ、ニホウ、サンポウ、シッポウ、ゴホウ、ロッポウ、チッポウ。
ハッカイだけではない、八体のコトリバコが全員集合している。
祈の持っている小箱に入っていたコトリバコの骨は、ただの一かけらだったが――
それを供養し冥福を祈る祈の気持ちに応えたいと、すべてのコトリバコが願ったのだろう。
……正義の味方の戦い方にしては、あまりにもグロテスクではあったけれど。

「祈!アシスト致しますわ、行きますわよ!!」

レディベアが腰溜めに構えを取り、高らかに言い放つ。祈と、レディベアと、コトリバコの反撃が始まる。
いつか学校でカマイタチを相手に戦ったときと同じように、レディベアは瞳術を用いて祈のサポートに専念する。
金縛りで祈の目の前の悪魔の動きを止め、かと思えば虚空に無数の瞳を開いてレーザーで援護を行う。
ふたりの呼吸はぴったり合っているだろう、まるで昔からコンビを組んでいたかのように。
お互いに求め合い、手を取り合って、ずっとずっと一緒に生きていこうと約束したふたりである。
その絆を、結束を挫くことができる者など、この場にいようはずがない。
そして――どれほど時間が過ぎただろうか。
不意に祈たちが守護していた聞き耳頭巾が強く輝き、二方向に閃光を放った。
それは、聞き耳頭巾が他の要所に配置された他の狐面探偵七つ道具とコネクトした証。橘音の結界術が完成した、その目印。
都庁での戦いからずっと東京都内を覆っていたベリアルの印章が、橘音の五芒星によって上書きされる。
同時に、都庁上空の魔法陣も消滅する。これで無尽蔵に召喚されていた悪魔たちの増援はなくなった。
強力な結界術によって、もう悪魔たちは迷い家や避難所に手出しはできない。
あとは、都庁に再集結してアンテクリストを討つだけだ。

「通すな!龍脈の神子を都庁へ行かせるな!」

「何としても止めろ!殺せ!殺せェェェェ!!」

これ以上の増援が見込めないと理解した悪魔たちだったが、それでも勢いを減じることなく祈たちへと吶喊してくる。
どのみち、しくじればアンテクリストによる粛清が待っている。退路などないのである。
文字通り命懸けの猛攻だ。まだまだ悪魔たちの軍勢は膨大な数が生き残っており、
コトリバコの加勢があっても祈とレディベアは中々前へと進めない。
言うまでもなく、龍脈の神子とブリガドーン空間の器は対アンテクリスト戦の切り札だ。遅参は許されない。
しかし悪魔たちは雪崩のように迫ってくる。このまま膠着状態になってしまえば、負けるのはこちらだ。
と――そう思ったが。

「さて、では、そろそろ我らの出番かな。兄弟」

「おおさ。溜まりに溜まった鬱憤、今こそ晴らさせて貰おうか――!!」

聞こえた声は、頭上から。だった。
ひらひらと、祈の手許に幾枚もの白い羽根と黒い羽根が舞い落ちてくる。
大きな翼を持った、鳥のようなシルエット――それが、ふたつ。円を描くように降下してくる。
そして次の瞬間、祈やレディベア達の間近にいた悪魔たちは鋭い剣閃によって両断され、地面に転がっていた。

「下賤ども。このお方に指一本でも触れることまかりならん」

祈を守護するように佇み、互いの持っているレイピアをX字に重ねるのは、ふたりの青年。
ひとりは透けるような白い肌に雪のような色合いの長髪、真紅の瞳に、中世ヨーロッパ貴族のような純白の衣服を纏っている。
もうひとりはそれとは対照的に漆黒の髪を逆立たせ、褐色の膚、赤眼に黒い中世ヨーロッパ貴族の衣服を着崩している。
見覚えはないだろう。だが、祈はこのふたりが『誰なのか分かる』はずだ。
そう、かつて姦姦蛇羅との戦いの折、祈がその命を救った。手厚く保護した。

序列38位、26の軍団を指揮する地獄の侯爵・ハルファス。
序列39位、40の軍団を統率する地獄の長官・マルファス。

橘音によって力のすべてを奪われた天魔七十二将の二柱が、
ブリガドーン空間の力の効果によって束の間、喪われた権能を取り戻したのだった。

281那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/12/21(月) 21:19:27
「ハ、ハ、ハルファス侯爵閣下!それにマルファス長官まで……!そ、そんなバカな……」

言うまでもなく、天魔七十二将は悪魔たちの上位存在。悪魔を統べる者たちである。
自分たちの上司が、撃滅すべき龍脈の神子を守護している。その事実に悪魔たちは狼狽し、動揺した。
ハルファスとマルファスが剣を納めて向き直り、それぞれ祈の前に跪く。その姿はまさしく中世の騎士そのものだ。

「お怪我はございませんか、祈様。
 御身より賜った多大なる恩義の数々、今こそその幾許かをお返しするとき。
 天魔ハルファス、これより御許にお仕え致します」

白騎士ハルファスが自身の右胸に手を添えて宣言する。睫毛の長い、クール系の美丈夫だ。

「同じく天魔マルファス、御意に従います……っと。
 祈サマ!アンタにゃ世話になったからな……まずはアスタロトの野郎をブッちめてえ所だが、後回しだ!
 露払いは俺たちが務めるぜ、大船に乗ったつもりでいてくれや!」

黒騎士マルファスがざっくばらんな様子で請け合う。こちらはワイルド系のイケメンである。
二柱はすぐに立ち上がるともう一度レイピアを抜き、羽根を撒き散らしながら悪魔たちの群れへと突っ込んでいった。
新宿御苑では菊乃の参戦という想定外の事態によって敗退したが、
元々ハルファスとマルファスは天魔七十二将の中にあっても随一のコンビネーションを誇る強者である。
数しか取り柄のない有象無象の悪魔たちなど相手にもならない。まるでモーセが海を割るように、
ハルファスとマルファスの突撃によって軍勢の中央に大きな穴が穿たれる。

「参りましょう、祈!」

だッ、とレディベアが駆け出す。目的地は、最初の決戦の地――都庁前。
そこで、アンテクリストと。旧くは千年に渡る因縁の決着をつける。

《あぶぅ、だぁぁ!》

「我ら、神子の騎士!我らが剣の錆となりたくなくば、疾く下がるがいい!」

「ッハハハハハ!雑魚どもが――俺と兄弟に勝てるものかよォ!」

コトリバコと、ハルファスと、マルファス。
最初は敵として戦い、しかし祈が『敵であっても殺したくない、救ってあげたい』と切望した命たちが、
今、祈のために活路を開いている。祈のために戦っている。
彼女がもしも帝都鎮護の名の許に彼らを殺害し、打ち捨てていたとしたら、果たしてどうなっていただろう。
当然助力は得られず、祈もレディベアも悪魔たちの物量作戦の前に揉み潰されてしまっていただろう。
だが――そうはならなかった。

今までの祈の戦いは、無駄ではなかった。間違いではなかったのだ。

その上。
まだ、祈に味方する者がいる。
空を漂う天魔七十二将の一柱、巨大空母フォルネウスから、バラバラと悪魔たちが降ってくる。
魔法陣からの増援は望めなくなったものの、フォルネウスに搭載された軍団はまだまだ健在ということなのだろう。
フォルネウスは数十メートルの高さの空中を遊泳しており、さしもの祈たちの攻撃も届かない。
また、巨大すぎるその体躯は生半可な攻撃などものともしないだろう。
あの天魔を排除しない限り、悪魔たちの軍勢を完全に退けることは難しいが、こちらにはフォルネウスに見合う戦力がない。
と――思ったが。

『オオオ……オォオォオォォォォオォオォォォオォオオオォォオオオオォ……!!!』

高層ビルほどもあろうか、突如として出現した漆黒の大蛇が、そのあぎとを開いてフォルネウスの横腹に喰らいついた。

「ビギョオオオオオ――――――ッ!!!??」

フォルネウスは口吻をのたうたせて絶叫し、巨躯をばたつかせて暴れたが、黒蛇は決して離さない。
どころか、鎌首を左右に振ってフォルネウスの強固な外殻に深々と牙を突き立てる。
ビシッ!と硬い音が響き、フォルネウスの甲殻に亀裂が走る。
大きく胴体を振って、黒蛇がフォルネウスを投げ飛ばす。巨大空母は成す術もなく吹き飛んだ。
さらに、大きく開いた黒蛇の口腔に、夥しい量の妖気が収束してゆく。
ビッ!!という音と共に、黒蛇の口腔で凝縮された妖気が閃光となって迸る。
膨大な妖力のレーザーで顔面から尾部まで胴体を薙ぎ払われたフォルネウスは空中で大きく傾き、
まさしく沈みゆく空母よろしく躯体の各所を爆発させながらゆっくりと墜落していった。
御社宮司神、またの名を姦姦蛇羅。――否、ヘビ助。
これもまた祈が救いたいと。助けたいと願った命のひとつ。

「祈様、お早く!」

ハルファスが祈を促す。
都庁で仲間たちと再度合流し、アンテクリストを倒す。

決着のときは、近い。

282那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/12/21(月) 21:19:59
>お前さん達がアレに屈したその先の未来で――――お前が愛する人は、ちゃんと笑ってるか?

瀕死の尾弐が語る言葉を聞き、周囲の人々がざわめく。

「……何言ってるんだ……?ちゃんと笑ってるかだって?」
「相手は神様だぞ、勝てるもんか――」
「あんなバケモノどもに殺されるくらいなら、アンテクリストに従った方がマシだ!」

終世主の宣言に怯えた者たちが、口々にそう反論してくる。

>もしも。もしも笑ってねぇのなら――――その未来を怖いと思うのなら!意地を見せてみろ人間っ!!!!
 てめぇの幸せをぶち壊したクソ野郎にふざけんなと言い返せ!!!くたばりやがれと吠え立てろ!!!!
 俺に!俺達に!!お前の幸せを食い潰して嗤ってやがる連中をぶん殴れと言って見せろ!!!!!!

尾弐が吼える。
それは、人間たちに矜持を問う言葉。人々の勇気を奮い立たせる叱咤。
かつて人間だった、人間の強い意志を知る化生が突き付ける激励――。
びりびりと空気を振動させる声に、人々が再度ざわざわと戸惑いながら互いの顔を見合わせる。
今さら尾弐が何を言ったところで、瀕死の男の負け惜しみにしか聞こえないだろう。
戦力差は圧倒的なのだ。尾弐は脇腹を食い破られ、天邪鬼は利き腕をズタズタに裂かれ、橘音は既に瀕死。
悪魔たちがあと一押しでもすれば、三人は容易く死ぬ。
そんな者の言うことに耳を傾けるよりも、終世主に従った方が何倍もマシというものだろう。
アンテクリストは『従うなら助けてやる』と、既に救済の方法を示しているのだから。

しかし。

「……だよ」

誰かが、小さく声をあげた。

「そうだよ……!あんなヤツの言いなりになんてなりたくない!」

命を惜しみ、ただ漫然と支配を受け容れること。それを拒絶する人間があげた、声。
理不尽な暴力の前に、儚く吹き消されてしまう脆弱な命。
だが、肉体の弱さはイコール心の弱さではない。
例えいかなる暴虐に晒されようと、決して折れない。挫けない――そんな心の強さを、人間は持っている。

「奴隷になって、悪魔に怯えながら暮らすなんてまっぴらだ!」
「命が惜しくて悪魔に従いましたなんて、カッコ悪くてカノジョに顔向けできねぇよ!」
「おじさん、お願い!あいつらを……やっつけて!!」

ひとつの声を皮切りに、他の人々もまるで堰を切ったように次々と叫び始める。
漆黒の鎧を纏った、悪鬼という名の英雄の姿に勇気を奮い立たせて。なけなしの矜持を鼓舞して声援を送る。
どんな逆境をも覆すヒーローに、自分たちの想いを託して。
そして――

奇跡が起こった。

天邪鬼を救うために尾弐が吶喊した、その瞬間。極彩色の空が黄金に上書きされてゆく。
祈とレディベアが妖怪大統領バックベアードを召喚し、アンテクリストからブリガドーン空間の支配権を奪い返したのだ。

「……これは……」

それまでの禍々しい色彩から一変し、美しく輝く空を見上げながら天邪鬼が呟く。

「どう、やら……祈ちゃんが、やり遂げてくれた……ようですね……」

橘音が満身創痍の身体をぐぐ、と起こし、深い息を吐く。
輝くブリガドーン空間に降り注ぐ光は傷を癒し、疲労を回復させる効果を持つ。尾弐たち三人の体力と負傷も、
完全回復とは行かないまでもある程度は癒えることだろう。
しかし、奇跡はそれだけではなかった。

――しゃん。
――しゃん、しゃん。
――しゃん、しゃん、しゃん……。

どこからか、鈴の音が聞こえる。それから、ひどく悠揚とした足音も。

「さすがは黒雄さん。ただ一度の大喝を以て、萎縮しきっていた人々の心を奮い立たせるとは……。
 相変わらずの豪傑ぶり、頼もしい限りです」

足音の主が、そう穏やかに告げる。
血みどろの戦場だというのに、まるで世間話でもしているかのようにその声には緊張感がない。
が、尾弐は知っている。その声を、話し方を、そして姿を。
現れたのは長烏帽子をかぶり、白と紫の直衣を纏った陰陽師然とした格好の、二十代後半くらいの青年。
青年を見た橘音が、半壊した仮面の奥で驚きに目を見開く。

「……アナタ、は……」

「橘音君、今までよく頑張ってくれたね。礼を言うよ……もちろん黒雄さんも、そこの天邪鬼さんも。
 みんなの協力のお陰で、祈は成し遂げられた。あの子ひとりでは、きっとここまで漕ぎつけられなかった。
 どれだけ感謝しても足りません、だからこそ――」

――しゃん。

「ここから先は、わたしにも手伝わせてください。あの子が生きる世界を、みんなが紡ぐ未来を、私も守りたい」

そう優しい声音で告げると、青年――安倍晴陽は微笑んだ。

283那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/12/21(月) 21:20:27
「雷は木気に通ず。建御雷之男神に御願奉りて、此処に暴魔羅刹を掃う金鎗を振り下ろさん!急急如律令!」

直衣の袖から無数の符を取り出すと、晴陽は素早く九字を切った。
その途端、符から激しい雷撃が迸って悪魔たちを焼き尽くす。

「地霊は土気に通ず。大己貴神に御願奉りて、今ぞ石筍よ起れ!急急如律令!」

ギュガガガガッ!!

今度は地面から土で出来た無数の杭が突き出、当たるを幸い悪魔たちを貫いてゆく。

「オノレ!タダ一人ノ増援程度ガァァァァ!!」

新たな闖入者を血祭りにあげようと、悪魔たちが遮二無二突進する。が、晴陽には誰も触れられない。
代わりに強烈な掌打によって吹き飛ばされ、新たな符によって蹴散らされる。
強い。べらぼうに強い。かつて陰陽寮で天才陰陽師、今晴明と称揚され、次期陰陽頭と目されていた実力者がそこにいた。

「ギィィィィィッ!!」

晴陽の死角から悪魔の一匹が飛び掛かってくる。

「危ない、ハルオさん!」

橘音が叫ぶ。――が、その攻撃が晴陽に当たることはなかった。

「はあああああああああああああ―――――――――――ッ!!!」

悪魔の牙が晴陽を裂く寸前、裂帛の気合が尾弐たちの鼓膜を震わせる。
晴陽を守るように、ひとつの影が飛び出してくる。
跳躍した影の飛び蹴りをまともに喰らい、悪魔は錐揉みしながら吹き飛んでいった。
ざざざっ!と地面に轍を刻みながら、影が着地する。
それが誰なのかも、尾弐たちは勿論知っているだろう。

「ただ一人の増援ですって?お生憎さまね、増援は二人なの」

祈をそのまま大人に成長させたような顔立ちの、美しい女性――多甫颯。
驚きのあまり、橘音はぱくぱくと酸欠の金魚のように口をわななかせた。

「い、颯さん……!?どうして……。
 アナタは長年姦姦蛇羅の中に囚われていたせいで衰弱し、二度と戦えない身体になったはず……」

「そうなんだけど、ブリガドーン空間?だっけ?この金色の空間の中だと戦えるみたい!
 それに――」

白いブラウスに黒のサブリナパンツといった出で立ちの颯は朗らかに笑うと、晴陽をちらりと見た。

「この人が会いに来て。一緒に戦おうって……そう言ってくれたから」

晴陽と颯が寄り添う。昔、尾弐と橘音が帝都守護という名目で見殺しにした命が。
かつて尾弐と橘音が背負っていた、否、今でもその幾許かを背負い続けている罪が。
大切な仲間が、目の前にいる。

「はい、黒雄君。橘音も、天邪鬼君も」

颯がふたりに水筒を差し出す。中身は迷い家の温泉の湯だ、飲めば傷も完全に癒えるだろう。

「祈ちゃんのところへ行かなくていいんですか?」

水筒の湯を呑み、体力を回復させた橘音が包帯で右眼の古傷を隠しながら問う。
せっかく晴陽と颯が加勢するのなら、それは一人娘の祈のところへ行くべきだろう。
しかし、晴陽と颯はかぶりを振った。

「あの子はもう、わたしたちの手を離れているよ。それに、祈の周りにはもう、大勢のともだちがいる。力を貸してくれている。
 それなら――わたしたちはわたしたちの出来ることをするべきだ」

「さあ、黒雄君、橘音。久しぶりに私たち四人、旧東京ブリーチャーズでやりましょうか!」

「なんだ、私は仲間外れか。とはいえ、ここは貴様らに譲ってやろう。旧交を温めるのはいいことだ。
 三尾、いや今は五尾か?語呂が悪いな……とにかく結界の再構築だ。急げ」

すっかり右腕の傷も癒えた天邪鬼が笑って告げる。橘音は大きく頷いた。

「了解!ではクロオさん、晴陽さん、颯さん!用意はいいですか!?
 旧!東京ブリーチャーズ――アッセンブル!!!」

橘音の号令を合図に、晴陽が九字を切る。颯が悪魔たちの真っただ中へと疾駆する。
ほどなくして橘音が結界を編み終え、狐面探偵七つ道具が二方向へまばゆい閃光を放つ。仲間たちが持って行った、
他の地域の七つ道具とコネクトしたのだ。
これによってベリアルの印章と魔法陣は消滅し、龍脈は正しい流れを取り戻した。

「皆さん、都庁前に再集合しますよ!」

そう言って橘音が走り出す。颯と天邪鬼が先陣を切って尾弐と橘音の道を拓き、晴陽がしんがりを務める。

「ねえ、クロオさん……」

都庁への道を駆けながら、橘音がふと隣の尾弐を見る。

「……ボクたち、今までいっぱい間違ってきましたけど……。
 やっと、正しいことができたんですよね……?」

そう言う橘音の仮面越しの左眼には、涙が溜まっている。

「へへ。……嬉しい」

すん、と一度鼻を啜ると、橘音は涙声でそう言った。

284那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/12/21(月) 21:20:59
板橋区の避難所の戦いは、完全な膠着状態に突入していた。
いや、凍結状態――と言うべきだろうか。
次々に倒れてゆく仲間たちに危機感を抱き、
自らも大ダメージを負った御幸の施した『眠れる森の白雪姫《スリーピング・スノウホワイト》』。
その妖術によって、迷い家の外にいる者は敵も味方もすべてが氷漬けとなってしまった。
あたかも墓場のような、シベリアの永久凍土のような。タールピットのような光景。
すべてが止まってしまった世界――
その中を、ハクトがSnowWhiteへ向けて走る。

だが、避難所を出てからほどなくして、すぐにハクトは市街地をたむろする悪魔たちに遭遇し行く手を塞がれてしまった。
悪魔たちの兵力は無尽蔵。その数は或いは全東京都民よりも多い。
いくら小柄で素早いハクトであっても、ひしめき合う悪魔たちの隙間を潜って走り抜けるのは難しかった。

「妖怪ダ!」

「殺せ!殺せェッ!」

「兎の化生か、兎鍋にして喰ろうてやろうわい!ギヒヒヒヒッ!!」

ハクトに気付いた悪魔たちがその手を伸ばす。舌なめずりし、下卑た笑みを浮かべてその身体を捕えようとする。
やがて、ハクトはブロック塀に囲まれた袋小路まで追いつめられてしまった。
じり、と悪魔たちが近付いてくる。一度捕らわれてしまえば、ハクトはもう脱出できないだろう。
抵抗しようとしたところで限度がある。非力な妖にできるのは、絶望することと観念すること、世を儚むことだけだ。

「もう逃げられんぞ、兎……!さぁて、どこから喰ろうてやろうか!」

「おれは腿肉を頂くぞォ!」

「ワシは頭じゃ!ヒハハハハーッ!」

悪魔たちが一斉にハクトへと襲い掛かる。
……しかし、ハクトが悪魔たちの餌食となることはなかった。
下等な悪魔の群れは、ハクトがほんの一瞬目を瞑った瞬間に氷像と化し、ただのオブジェとなって地面に転がっていた。

「――動物虐待たァ頂けないねェ。しかも相手は雪兎ときた。
 そりゃァ見過ごせない。あの子は昔から雪兎とは仲が良かったからねェ……友達は大事にしなくちゃ」

前方で声がする。若い女の声だ。
くるぶし辺りまである真っ白なストレートの長髪。ぞっとするほど美しく整った気の強そうな顔立ちに、真紅の双眸。
ダウンジャケットにチューブトップ、ホットパンツ、ショートブーツ、その悉くが白い。
女はブーツのヒールをカツカツと鳴らしてハクトへ歩み寄ると、その身体を抱き上げた。
ハクトを豊かな胸にいだきながら、その顔を覗き込む。

「さて。あの子のところに案内してくれるかい?
 アタシはそのために来たンだ、あの子を救うために。あの子の力になるために――。
 ……アタシは。もう間違えない」

その表情は優しく、その声は甘やか。
けれどその紅色の双眸には、驚くほどに強い決意が湛えられているのがハクトにも分かるだろう。
気が付けば、極彩色だった空はいつの間にか、美しい黄金の色に変わっていた。

「ギギッ……なんだ、この女!?」

「下等な雪妖風情がァ!殺せ!殺してしまえェッ!」

数人凍らせたところで、悪魔の軍勢にとっては些かの痛痒もない。すぐに、氷の彫像と化した仲間を乗り越えて新手がやってくる。
が、そんな悪魔たちの攻勢を女はものともしない。長い髪を揺らし、ハクトを抱いたままで悠然と歩いてゆく。
そして、女とすれ違った者のすべては瞬く間に氷像へと変わり、ごろりと横たわったきり動かなくなった。
すべてを氷の中へと閉ざす、凍てつく吹雪。
それが女の周囲で荒れ狂う。雪兎のハクトでなければ、とっくに悪魔たちと同じく氷漬けになってしまっていただろう。

「ハ、下等な雪妖で悪かったね。
 でも、そんならその下等な雪妖に指一本触れられないで氷の人形に変えられちまうアンタらは、いったい何様だってンだい?
 赤マントの走狗如きが、お舐めじゃないよ―――!!!」

一対数百、圧倒的戦力差の中で女が凄んでみせる。
数の上では絶対的優位なはずの悪魔たちが気圧され、じりじりと後退してゆく。

「アタシのかわいい妹を。みゆきを泣かせるヤツは、誰であろうと許さない!
 それが神であろうともだ!さあ――そこを退きな、群れなきゃなんにも出来やしないチンピラ悪魔ども!
 このクリス様に凍らされたくなかったらね!!」

女、クリスの両眼が怒りに燃えて冷たく輝く。
御幸乃恵瑠の姉、かつての東京ドミネーターズ。
祈とレディベアが創り出した真のブリガドーン空間、その中で『そうあれかし』から蘇ったクリスの巻き起こす氷雪が、
一層その激しさを増した。

285那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/12/21(月) 21:21:32
ハクトはクリスと共に丸ごと氷漬けになった板橋区の避難所に戻って来た。

「……起きな、みゆき」

ハクトを離したクリスが屈み込み、氷漬けになった御幸に右手でそっと触れる。

「アンタの選択は間違ってなかった。アンタは自分の大切なものを守り通したんだ。
 でも――それで終わりじゃないだろう?アンタにはまだ、やらなくちゃいけないことがあるはずだ。違うかい?
 さ、姉ちゃんが手助けしてやる……だから、早く起きな。お寝坊はダメだよ」

ゆっくりと、まるで寝坊助な妹を起こす姉そのものの様子で、クリスが御幸へと語り掛ける。
そして、妖力を注ぎ込む。同じ山で生まれ、同じ冷気に触れて育った姉の力が、半壊した御幸へと流れ込んでゆく。
やがて氷が解け、眠れる森の白雪姫《スリーピング・スノウホワイト》の効果が消滅すると、
クリスは微かに笑って御幸を見た。

「おはよう。みゆき」

その穏やかな笑顔は、御幸がかつてよく見た姉の笑顔そのままだっただろう。
世を憎悪し赤マントに唆され、怒りに歪んでいた妖壊としての顔ではなく。
みゆきのことを厳しくも温かく見守る、優しい姉の表情。

「まずは身体を元通りにしなくちゃね。立てるかい?」

クリスが砕けてしまった御幸の身体に触れると、欠損した部分が瞬く間に再生する。
御幸の肉体を構成しているものが雪や氷なだけに、それを操る力があれば再構成も容易ということなのだろう。

「アンタの仲間がやってくれたのさ。『そうあれかし』が現実になり力になる、ブリガドーン空間。
 その中でなら、アタシもほんのちょっぴりだが姿を取り戻せるらしい」

そう言うと、クリスは束の間御幸の身体をぎゅっと強く抱きしめ、

「……会いたかった」

小さく、呟くように零した。
九段下の神社では、クリスが正気に戻ったのはほんの僅かな間のことで、ほとんど会話をすることもできなかった。
しかし、これでやっとふたりの姉妹は再会を果たすことができた。
尤も、それは真なるブリガドーン空間の展開されている今だけ。ごくごく短い時間しか、ふたりには許されてはいない。
けれども――きっとふたりには、それでも充分に違いない。

「ブモオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

そんなふたりの時間など意にも解さず、暴威を孕んだ咆哮が轟き渡る。
御幸の術が切れたことで、獄門鬼も復活したのだ。

「アンタの仲間たちの傷も癒してやらなくちゃね、みゆき。手伝いな」

クリスは血の海の中で無数に蠢く獄門鬼の群れを見てもまるで意に介さず、傷ついたばけものフレンズたちに注意を向けた。

「あ?あの牛だか馬だか分からんヤツの相手かい?そりゃ心配無用だ。
 こっちの戦力は潤沢さ――ほら」

クリスが笑って、御幸の頭上を指差す。
その瞬間、御幸は自分の頭の上にもふっ……と軽く柔らかな何かが乗った感触を覚えるだろう。

それは、カツラのように真っ黒な毛の塊の中央に一ツ目のついた妖怪だった。

「ブオオオオオオオオオン!!!」

血海を蹴り、飛沫をあげながら、獄門鬼が手に手に武器を携えて突進してくる。
その途端、毛玉の中央でやる気なさそうに閉ざされていた単眼が、カッ!!と見開かれた。

ぎゅばっ!!!

毛玉から無数の髪の毛が凄まじい速度で伸び、うねり、のたうつ。
髪の毛が獄門鬼たちに絡みつき、その自由を奪った――次の瞬間。

ザヒュッ!!!

獄門鬼たちの躯体は髪によってまるで粘土のようにバラバラに切断され、無数の肉片となって血の海へ没していった。
クリスがヒュゥ、と感嘆の口笛を鳴らす。尚も血だまりから再生してくる獄門鬼に対し、毛玉が追撃を繰り出す。
その強さは生半可なものではない。髪は一本一本が鋭利なワイヤーのようなもので、また束ねれば強靭な鞭にも変化する。
御幸の頭に鎮座したまま、毛玉は髪を縦横無尽に操って獄門鬼の群れを完全に抑え込んだ。

「よし……!これで終わりだね!
 さあ、ここはもう大丈夫だ!みゆき……戦いに決着をつけておいで!!」

仲間全員の回復が終わると、クリスは御幸の背中を叩いた。
あずきやムジナたちも、御幸を都庁へと送り出すべく再度戦線に復帰する。

「ご心配おかけしましたー!あたしたちはもう心配ないよ、だから……行って、ノエル君!」

「色男ォ!花道作ったるさかい、ワシらの分まであの神モドキどつき回してこんかい!」

「……ゾナ!」

やがて姥捨の枝が光を放ち、橘音の結界術がその効力を発揮する。ベリアルの印章が上書きされ、魔法陣が消滅する。
仲間たちが御幸のために道を開く。
御幸はそこを走り抜け、都庁へと向かうだけだ。

286那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/12/21(月) 21:21:59
シロは目を瞑ったまま、浅く短い呼吸を繰り返している。
ポチが瀕死のシロへと近付く。そのあぎとをゆっくりと、ゆっくりと開く。
最愛のつがいであるシロを喰らい、傷を癒すことで、悪魔を屠る最後の力を手に入れる――それが、ポチの下した決断だった。
だが、それは取り返しのつかないすべての夢の終わりでもある。
帝都を護り、人々を守る。今まで人間たちに受けた恩を返すために、自分たちは滅びを受け容れる――。
ニホンオオカミをもう一度この大地に根付かせる。そんな夢の、これは終焉を告げる行為だった。

「やめて……、ポチちゃん!」

「ポチ君!そんな……!」

巫女たちがポチのやろうとしていることを理解し、口々に制止する。
が、最早ポチにはその声も届いているかどうか分からない。いや、仮に届いていたとしても、ポチはやめなかっただろう。
四肢は萎え、希望は尽きた。それでも尚戦おうとするのなら、何らかの代価を払わずにはいられない。
そして、代価が大きければ大きいほど、ポチは力を得る。
なぜならば、喪失と、絶望と、それらが転化しての怒りは、何よりも強い力をポチに齎すからである。

>…………祈ちゃん

ポチが呟く。
掴む藁さえない、この極彩色の暗闇の中で。
それでも、今まで信じてきた仲間が。最後の土壇場でこの状況を覆してくれることを願って。

そして――

その願いは、天に通じた。

混ざり合わない絵の具のような禍々しい原色の空が、きらきら輝く黄金色に塗り潰されてゆく。
絶え間ない死と慟哭の満ちる空に、一条の光が差し込む。その気配を、ポチの鋭敏な感覚は確かに受け取っただろう。

どこかで、狼の遠吠えが聴こえた。

それは滅びゆく同胞を悼む、既に現世から退去した狼たちの御霊の慟哭だったのだろうか?
それとも、ポチの追い求めた夢が最期に齎した幻聴のようなものか――
否。
幻聴ではない。それまで重く垂れこめていた破滅の雲が退き、辺り一帯を温かな輝きが包み込んだのを感じたのと同様、
ポチの聴覚は“それ”がさして遠くない場所で響いたのを理解するだろう。
どうやらシロにもその遠吠えが聴こえたらしい。死に瀕する苦しみの中で、うっすらと目を開く。
何者にも屈さず、折れず、自らの意志を貫き通す誇り高い咆哮。獣の王としての矜持に満ち満ちた、雄々しい吼声。

ズズゥゥゥゥゥンッッ!!

俄かに大地が揺れる。
轟音を立てながら、ポチとシロのすぐ後ろに『何か』が出現したのだ。

「オイオイ、何でえ何でえ……暫くぶりに娑婆に戻ってくりゃあ、なンてェ情けねえツラぁしてやがンだ、あァ?」

『何か』が口を開く。低く野太い、腹の底に響くような男の声だ。

「助けて、だと?フン、そいつァ別に構わねえ。勝てねえと分かってる狩りに挑むのはバカのするこった、
 どンどン助けを呼びゃあいい。狼ってなァ群れで狩りをするモンだ、だが気に入らねえな……。
 橘音ちゃン?尾弐っち?そうじゃねェ、そうじゃねェだろォが――」

男は容赦なくポチに言い放つ。
その声を、ポチとシロは知っている。その喋り方も、そして男のにおいも。
かつて、ポチはこの男と熾烈な戦いを繰り広げた。獣の誇りを賭けて、生き様を賭けて、愛を賭けて。
そして勝利を収め、この男の持っていたすべてを継承した。
ポチの戦いとは、この男との戦いから始まったと言っても過言ではない。
今までポチが指標とし、生き様を見習い、憧憬の的としてきた男。

「そンな連中に助けを求めるよりも!!
 もっと――いの一番に助けを求めなくちゃならねぇヤツが!!テメェにはいるだろうが!!」

鼓膜を震わせる咆哮。しかし、それは決してポチを責めているものではない。
怒ってはいるのだろう、だが憎しみからの怒りではない。
その意味も、今のポチにならきっと理解できるはずだ。

「誇り高き狼の戦いを、全世界の被食者どもに見せつけたいと願うなら!!
 テメェが此処で叫ぶべき名はただひとつ!!
 さあ、呼べ――このオレ様の名を!!!」

男が吼える。自分の名を呼べ、と。自分に助けを求めろ、と。
狼こそが世界で最強の頂点捕食者(トップ・プレデター)であることを知らしめるために。
男の名はジェヴォーダンの獣。『獣(ベート)』。
カランポーの野に君臨する、獣たちの王者――


狼王ロボ。

287那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/12/21(月) 21:22:42
「ゲッハハッハハハハハハハハハハァ―――――――――――――ッ!!!」

ポチがその名を呼ぶと、ロボは嬉しそうに哄笑をあげた。
そして大きく上体をくの字に折り曲げる。途端にロボの銀色の髪の毛がざわざわとそよぎ始め、
筋肉が膨れ上がって仕立てのいいダブルのスーツを内側から引き裂いてゆく。

「クソ悪魔めら!!!オレ様の大事な跡取りどもに何してくれやがってンだ、あ゛ァ!!!??
 全殺しだ……五体満足で死ねると思うンじゃねェぞォ!!!」

顎髭を生やした壮年の面貌が瞬く間に獣毛に覆われてゆく。口が大きく裂け、マズルが伸び、
人狼の姿に変化してゆく。
今や元の姿より1.5倍ほども巨大化し、銀色の人狼となったロボは、前のめりにしていた躯体を今度は激しく仰け反らせて咆哮した。

「グルルルルルルルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」

そして、疾駆。銀灰色の影が悪魔たちの軍勢へと突っ込み、戦いが始ま――
らなかった。
戦いとは基本的に、戦力や実力の拮抗した者同士が行うものである。
しかし、ロボのそれは違う。ただただ荒れ狂い、拳を、爪を、蹴りを、牙を叩き込む、一方的な蹂躙だった。
ロボが巨体を動かすたび、悪魔たちの飛び散った四肢が舞う。血飛沫があがり、絶叫が木霊する。
小さい悪魔も大きな悪魔も、実体を持たない悪魔も頑健な身体を持つ悪魔も。
ロボの前では、すべてが等しく『獲物』に過ぎない。

「迷い家から温泉のお湯と、河童の軟膏を貰ってきました!」

「シロちゃんの足、接合して!軟膏を早く!」

「ポチ君、今治してあげるからね……!」

陰陽寮の巫女たちが新たに回復術式を施す。祈とレディベアの創った真なるブリガドーン空間の力と、迷い家の温泉の湯。
それに河童の軟膏があれば、ポチとシロの傷も全快近くまで癒えるだろう。

「あなた……!」

復調したシロがポチを見つめて名前を呼ぶ。
千切れた足首も、もうすっかり繋がっている。危機は去った。

「ゲハッ、もういいのか?」

悪魔たちを八つ裂きにしながら、ロボが軽くポチの方に視線を向ける。
先代狼王はポチの顔を見遣ると、僅かに目を細めた。

「……おう。ちったあいいツラ構えになったじゃねェか。
 色々と経験を積んできたみてェだな……。男の顔だぜ、もう坊主とは呼べねェな」

向後を託し、未来を任せた若者の成長を喜び、ロボが笑う。
それと示し合わせたかのように避難所に安置してあった童子切安綱が二方向へ閃光を放つ。
橘音の結界が発動した証拠だ。周囲に満ちる温かな光がその色を濃くし、ポチたちに更なる力を与える。

「よし――行け!
 いつか約束したっけな、裏で絵図面を描いてる野郎を叩けと。
 都庁でふんぞり返ってやがる、あのクソッタレ野郎を……思う存分転ばせてこい!!」

ばっ!とロボが前方へ大きく右腕を突き出す。
そうはさせじと悪魔たちが都庁へ至るポチとシロの進路を塞ぎにかかる。
しかしロボは殺到する悪魔の軍勢など目に入らないかのように笑った。そして――

「檜舞台はオレ様『たち』が誂えてやる!
 オウ、山羊の王!いつまで立ち見を決め込んでやがる、何ならテメェの出番も喰っちまうぞ!」

《それは困る、旧き狼の王よ。
 余も神の長子には一矢報いたい。余と親愛なる眷属たちの見せ場を奪ってくれるな》

声は、ポチの身体の内側から聞こえた。

バオッ!!!!

途端、ポチの胸から巨大な何かが飛び出す。
王冠のように絡み合った三対の角を持つ、黄金の毛並みも魁偉な大山羊――魔神アザゼル。
つい先刻ポチと獣の誇りを賭けて戦い、ポチの血肉となった山羊の王が、その姿を現したのだ。
ポチを救い、その力となるために。

《――『真なる王の一撃(アルカー・イフダー・アル・アウラーク・ル・ラービハ)』!!!!!》

雷霆を纏った黄金の毛皮がまばゆく輝く。頭を低く構えて突進するアザゼルの周囲で轟雷が吹き荒び、
悪魔たちが瞬く間に黒焦げに変わってゆく。
さらにどこからか無数の山羊の群れが現れ、王に倣って突撃を開始する。悪魔軍は山羊たちの体当たりを受け、
角に突き刺され、蹄に踏みつぶされて潰走を始めた。
アザゼルの突撃した跡が、道となってぽっかりと口を開けている。

「あなた、参りましょう……!皆さんと合流する好機です!」

シロが走り出す。アザゼルの開けた穴を通っていけば、ポチとシロの足なら都庁まで行くのは容易いだろう。

「しっかりな……ポチ」

決戦の地へと赴く若い狼のつがいを見送りながら、ロボは僅かに微笑を浮かべた。

288多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2020/12/30(水) 23:24:37
「――来い!! 妖怪大統領、バックベアード!!」
>「お父様、お目覚めを!今こそ、生まれ変わりの刻――!!」

 レディベアの力を受けて、世界中の『そうあれかし』が東京へと集う。
そして祈が龍脈の力を借りて、集った『そうあれかし』の運命を変転させる。
 祈から、レディベアから、東京中から。
様々な場所から、運命を変えられた『そうあれかし』が、
打ち上げ花火さながらの光となって天へと昇り、極彩色の空に溶けた。
そうして、『それ』は名と形を与えられ、命となって顕現する。
 混沌のように混じり合わない極彩色をうち破り、
空を黎明のように美しい黄金色に染め上げて。
その空を割って、全長何十メートルはあろうという黒い球体が、隕石のように降ってくる。
 健康に悪そうなスモッグめいた靄に包まれた体。
その周囲には枯れ枝かウイルスを連想させる蝕肢を伸ばし。
体の中央には、大きな目玉を備えた――妖怪大統領バックベアードが。

(やっぱこれ、言っておいて正解だったよなー……)

 それを見て祈は、こんなことを思っていた。
 祈はネット配信を通じて、妖怪や陰陽師の存在を世間に明らかにしてしまった。
特に妖怪については、今まで頑なに秘されてきた、秘さねばならない事実である。
一度口にしてしまえば、現実に生きる者と幻想に生きる者との関係が崩れてしまう。
取り返しがつかないが、だがそれも遅かれ早かれだ。
なぜならバックベアードの姿は、あまりにも『ゲゲ○の世界からやってきた異貌そのまま過ぎた』。
 バックベアードは、作中では西洋の『妖怪』として登場する。
特徴的で見間違いようもないその姿だから、一目見れば誰もが『妖怪』バックベアードだと認識するだろう。
これを見た人間達に、「妖怪なんていない」なんて言葉は通らない。
 しかもバックベアードは、作中における敵キャラの首領(総大将や帝王)でもある。
この地獄かラグナロクか、審判の時かといった状況で現れれば、混乱を招くだけでなく、新たな脅威として認識されかねない。
負の『そうあれかし』が集まれば、未だ敵の掌握するブリガドーン空間内であるから、
状況が不利になる可能性は大いにある。
であればいっそ、あらかじめ明かしておくのが得策だと祈は思って行動を起こしたのだ
(アンテクリストが自身の声を、直接色々な人に届けていたことに着想を得ている)。
 そうすることで、混乱を防ぐだけでなく、
『悪魔は敵、妖怪は味方』という図式が成立しやすくなる。
信頼を獲得し、こちらを応援する『そうあれかし』が集まれば、より一層状況を打破する力にもなるであろう。
ぬりかべや犬神のように原型の姿で戦う妖怪もいて、
東京ブリーチャーズの面々も、あり得ない身体能力や妖術を存分に見せている。
人々が妖怪の存在に気が付くのは、時間の問題だったと見ることもできる。
 五大妖あたりには怒られるかもしれないが、それも致し方ないと祈は諦めていた。
実際には五大妖どころか海外の神々までバチグソにキレ散らかしているようなのだが、知らぬが仏というやつである。

289多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2020/12/30(水) 23:27:22
 ぎゅ、とレディベアの祈の手を握る力が強まったのを感じ、
祈は思考から現実に引き戻された。

>「お……父様……!
>お父様、お父様……お父様……!!」

 祈がレディベアを見遣ると、空に浮かぶバックベアードを見るレディベアの目に、
涙が浮かんでいる。
 その様子を見るに、どうやら顕現したバックベアードは、レディベアにとって『本物』であるらしかった。

(よかったな……モノ)

 これでレディベアは一人ぼっちではない。
一つ懸念事項が片付いたことで、祈も安堵の表情を見せた。
 祈はその手を握り返して、バックベアードに視線を戻す。
バックベアードはレディベアの方を、その単眼でひと時見つめたようであった。
互いに無言だったが、そこには親子の会話があったのだろう。
 バックベアードが中空へと視線を戻し、強大な妖気を発する。
それに伴い、ブリガドーン空間の波長が一層強まったようであった。
そして、祈は体の内側から力が、間欠泉のごとく溢れ出してくるのを感じる。
先程レディベアに完全回復させてもらったところだが、
それが体を100%の状態に戻すものだとすれば、これは150%へと引き上げるものだ。
おいしい料理をお腹いっぱいに食べて、体力・気力ともに充実している状態に近い。
本来なら運命変転を使えば即座にターボフォームへの変身も解けるはずが、
まだこの状態を保てていることを考えれば、150%以上ともいえるだろう。
レディベアと顔を見合わせ、お互い似た状態になったことを祈は悟る。
バックベアードが祈やレディベアを回復させたのだ。
そしてそれはつまり、バックベアードがブリガドーン空間の力をアンテクリストから奪い返し、掌握したことを示していた。

>「おのれ!龍脈の神子おおおおおお!!」
>「まだ数の上ではこちらが勝っておるわ!殺せ!龍脈の神子とバックベアードの娘を!殺せエエエエエ!!!」

 おそらく悪魔達は、ブリガドーン空間を掌握していたアンテクリストから、少なからず力を貰っていたのだろう。
 体に漲っていたはずの力が失われたことで、ブリガドーン空間の力が奪われたことに気付いたに違いない。
 先程まではレディベアの放つ神気を警戒し近づけなかった悪魔達だが、
これ以上放置しては何をされるか分からないと思ったのだろう。
 次々に吠えると、数を頼りに、祈とレディベア目掛けて襲い掛かって来る。

「かかって来るんならもっと早く来た方が良かったな。
モノ、次はここを守り切るぞ。橘音が次の手を打ってくれるまで」

 悪魔達に向き直り、祈とレディベアは、どちらともなく繋いでいた手を離す。
 祈は風火輪を履いた右足の爪先で、コンコンとアスファルトを叩き、右脚の感覚を確かめる。
 止め処なく溢れる力を感じ、まだまだ戦えることを確認。そして、

>「キエエエエエエエ!!死ネ!死ネ!神ィィィィ子ォォォォォォ!!」

 飛び掛かって来る悪魔たちを足技で迎え撃とうとしたその時。
 祈が腰につけていたウエストポーチが輝いた。

「!?」

 眩しさに瞬間、ぴたりと足を止めて、目を閉じる祈。
 閃光弾か何かかと警戒するのも束の間。光はすぐに収束し。
――ばぢゅんっ!!!
 目の前で何かが潰れるような音が響いた。
浮かした右足を地面につけ、祈が目を開くと、先程まで眼前に迫っていた悪魔がいない。
否。まるで巨大な重りが落ちてきたようで、潰れてアスファルトのシミとなっている。

(――なにが起こった?)

 瞬間、祈の中で疑問が浮かび上がるが、背後に巨大な気配を感じたことと、
動きを止めた悪魔達が、驚愕の表情で祈の後方を見ていることで、背後にその答えがあると見られた。
祈が後ろを振り返る。

>「……ああ……」

 共に振り返ったレディベアが、そこにあるものを見て、
驚愕とも感嘆ともつかない吐息を漏らした。

「――あ」

祈もそれを見て目を見開き、言葉を失った。
そこにいたのは、トラックかバスかといったサイズの、あまりに大きな赤ん坊だった。

《あぶぶ》

 大きな赤ん坊は、悪魔を潰したであろう右手のひらを、ぶんぶん振るった。
おそらくベトベトしていて不快だったのだろう。振るった手から血や肉塊がびちゃびちゃと飛ぶ。
 その大きな赤ん坊の正体を、祈は直感的に察していた。
 体中を縫合したような傷跡も、膿んでいるような痛々しさも臭気もないが、
この子のことを、祈は確かに知っている。

>「これは……コトリバコ……!
>どうして、ここに……」

 そう、これは明らかにコトリバコだ。
サイズ的に見ればハッカイ。最も大きなサイズのコトリバコだろう。

「や、あたしにもっ、何がなんだか……!?」

 だが、リンフォンを通して地獄に送られたはずのコトリバコがどうしてこの場にいるのかは、
祈の頭では見当もつかない。
 祈はいつも、特別な事情がなければ、無害なコトリバコの箱をウエストポーチに入れて持ち歩いている。
 思い続けることが、利用され苦しみ、地獄に落とされた彼らを救う道だと、箱を託した橘音が教えてくれたからだ。
 ウエストポーチから飛び出してきたのを見れば、その子であることは確実だが、
なぜ今、この場に現れたのかは不明だった。

290多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2020/12/30(水) 23:31:42
《だあー。ぅー》

 だが。祈に愛らしく微笑むその赤ん坊を見た時、そんな疑問は些細なものだと祈は思った。

「……あたしを助けるために来てくれたんだな。ありがと。いい子だな、おまえは」

 この子は、自分のためにきっと来てくれた。
継ぎ接ぎの姿でなく、こんな綺麗な姿で。それが嬉しかったから。
 祈は巨大な赤子の頬に顔を寄せ、撫でてやった。

>「なんだ、こいつは……!?」
>「ええい、怯むな!たかが巨大な赤子如き!」

 混乱と驚愕に包まれる悪魔だが、立て直そうと各々が得物を構えた。
その瞬間。

 ぶしゅうう――。

 一体の悪魔が、眼や鼻や口、体中の穴という穴から血を噴きだして、絶命する。
 コトリバコの呪詛だ。
その症状はまるで伝染病のように、絶命した悪魔から次々に別の悪魔へと広がっていく。
よく見れば、悪魔達の足元に大小さまざまなコトリバコたちが這いまわっており、
次々に悪魔達へと組み付いて呪詛を広げていたようである。
 援軍はコトリバコ一体だけではなかった。
イッポウからハッカイまで、全てのコトリバコが集結している。
そして全員が、祈達に力を貸してくれるらしかった。

「おまえら! 後でいっぱい撫でてやるよ!」

 ブリガドーン空間の支配権を取り戻せたとは言え、
空にはベリアルの印章と魔法陣が展開されたままだ。
悪魔達は無尽蔵に湧いてくる。
いくら元気が150%になったところで、二人だけではずっとは保たない。
そんな中、この援軍は心強い。

 >「祈!アシスト致しますわ、行きますわよ!!」

「おう!」

 コトリバコ達だけに任せてられないとばかりに、レディベアが祈に声をかけた。
 それに応じて、祈は走り出す。

 祈とレディベアが組んだ回数は、そう多くない。
ぶつかり合った回数を含めて数えても、片手で足りてしまう。
お互いの手や呼吸を知り尽くすにはあまりにも少ない回数だ。
 だが、それでも祈とレディベアの連携は噛み合っている。
共に歴戦を潜り抜けてきたかのような、呼吸の合ったコンビネーションだった。
 前衛と後衛で役割がはっきり分かれていることや、
祈のスピードを追えるだけの目をレディベアが持っていることなど、理由はいくつも挙げられる。
 だが何よりも『信頼』だろう。
 一歩間違えば祈を貫いているであろうレーザーのアシストを、祈が警戒している様子はない。
下手に避けようとしたり、戸惑ったりしないからこそ当たらない。
 レディベアが敵に背を向ける時も、祈に任せて決して後方を振り返ることはない。
それが隙を生まず、確実な対処を生んだ。
お互いを信頼して、それに応えようと繰り出す攻撃が噛み合い続けている。
 そうして祈とレディベア、コトリバコ達とで悪魔達を蹴散らし続け、幾許かの時間が過ぎると。

 不意に、避難所付近で、
祈のスポーツ用のバッグに突っ込んで安置していた聞き耳頭巾が浮かび上がり、眩い光を放った。
 光は道を示すように、大地を走っていく。
五芒星の頂点なのでその方向は二方向。
他のブリーチャーズがいる場所でも同じことが起こっているのだろう。
ベリアルの印章が崩れ、五芒星に上書きされていく。
 東洋西洋を問わずに使われ、陰陽道においては安倍晴明も使用したといわれるシンボル、五芒星。
魔法陣も掻き消え、雨のように降る悪魔達の増援はもうない。

「橘音の方もうまくいったんだ……!」

 放った蹴りで悪魔を昏倒させながら、微かに空を仰いで祈が呟く。
 しかも、聞き耳頭巾は輝きを保ち、迷い家や避難所を覆う、結界の役割を果たしてくれているようである。
これなら、人々は安心だろう。この場から離れても問題ない。

「あたしたちは偽者の神サマをぶっ倒すためにここを離れるけど、
避難所やその家から出なければ安全だから! 安心して待ってて!」

 迷い家からこちらを窺っている者や撮影している者達に一声もかけた。
あとは、都庁に戻って仲間たちと合流し、アンテクリストを倒すだけである。
祈が都庁の方向を見た時、ふとアスファルトに突き立ったデュランダルが視界に入った。

(ローラン……。モノだけじゃなく、もしものときは避難所の人達も守ってやってくれよ。
 あの人達も、モノが好きな世界の一部なんだからさ)

 そんなことを感傷的に心の中で呟きながら、

291多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2020/12/30(水) 23:35:38
「モノ! コトリバコたち! 都庁に戻ってみんなと合流するぞ!」

 共に戦う者達へ声をかけ、都庁の方面へ移動を開始する祈。

>「通すな!龍脈の神子を都庁へ行かせるな!」
>「何としても止めろ!殺せ!殺せェェェェ!!」

 それを防ぐべく悪魔達が立ちふさがる。

「もう増援もねーんだし、ジリ貧だろ! 痛い目みたくなかったら退いてろよ!
向かってこないんだったら見逃してやんよ!」

 増援もなくなった今、劣勢になりつつあるのは悪魔達の方であるはずだ。
 祈がそう声をかけるが、遮二無二祈達を通さないことだけを考えているようで、悪魔達は退くことはなかった。
むしろ、後がなくなっていくからこそ、悪魔達は必死になったようだ。
 おそらくその背後に控えるアンテクリストが恐ろしいのだろう。
 決死の覚悟で祈達に向かってくる。
 無尽蔵に悪魔が湧いてこなくなったとはいえ、まだ地上に悪魔は大勢いる。
それを集中させ、進行方向を無数の悪魔で埋め尽くせば、膠着状態を作ることはできる。
 祈達の到着を遅らせ、事態の進行を止めれば、有利なのは悪魔達だ。
状況は祈達へと傾きつつあるが、まだひっくり返ったとは言い難かった。
 進行方向へ密集し、迎え撃ってくる悪魔達に苦戦し、なかなか進めない祈達。
 そこへ。
 悪魔を殴り飛ばす自身の手の上を、
白と黒の羽がひらりと落ちて掠めたのを、祈は視界に捉えた。

(羽――?)

>「さて、では、そろそろ我らの出番かな。兄弟」
>「おおさ。溜まりに溜まった鬱憤、今こそ晴らさせて貰おうか――!!」

 そして、祈達の上に声と影が落ちた。
何者かが上空から降りてくる気配と風切り音。
 声に聞き覚えはない。
だが、不思議と敵対する響きは感じられなかった。
瞬間的に動きを止めて微かに飛び退く祈の前に、翼を生やした人間のシルエットが二つ、
悪魔の胴体をレイピアで瞬断しながらふわりと舞い下りた。

>「下賤ども。このお方に指一本でも触れることまかりならん」

 そのシルエットは、悪魔の前に立ち塞がるように立つ。
そして、手に持ったレイピアを祈の前でX字に重ねた。祈を守るように。
 二つのシルエットは、翼を生やした青年たちだった。
 一人は線の細い、純白の青年。
透き通るような白い肌に白い長髪、そしてやはり純白の翼をその背に生やしている。
白を基調にした貴族風の装いに、どこか気品を漂わせる凛とした容姿。
 もう一人は、野性味ある漆黒の青年。
黒い髪を逆立たせ、日に焼けた肌と、堕天使か天狗を思わせる黒い翼を持っていた。
こちらは黒を口調とした貴族風の装いで、猛禽を思わせる鋭い眼光が印象的だ。
どちらも共通して赤い瞳を持っており、その横顔にはやはり見覚えはないのだが、
二人の放つ『妖気』には覚えがあった。

「えっ!? まさか……は、ハルとマルか……!?」

 祈はあんぐりと空けた口元に手をやって、驚いた。
遥かに強力ではあるが、祈が保護していたハルファスとマルファスの幼体の妖気にそっくりなのである。
 ターボフォームになり、妖気への感度も上がった今、判断を間違えるはずもない。

>「ハ、ハ、ハルファス侯爵閣下!それにマルファス長官まで……!そ、そんなバカな……」

(やっぱハルとマルなんだ……)

 驚愕に戸惑い、狼狽する悪魔達の質問に答えることなく、
ハルファスとマルファスはレイピアを鞘に納めて、祈へと跪く。
まるで騎士のように。

>「お怪我はございませんか、祈様。
>御身より賜った多大なる恩義の数々、今こそその幾許かをお返しするとき。
>天魔ハルファス、これより御許にお仕え致します」

 二人もまた、コトリバコ同様に援軍として現れたようであった。

「怪我は……大丈夫だよ、ハル。あたし相手に仕えるとか大袈裟だけど……、
来てくれて嬉しい。ありがと。みんなを守るために力を貸してくれ」

 幼体時はおとなしい性格だったハルファスは、礼儀正しくクールな男性に。

>「同じく天魔マルファス、御意に従います……っと。
>祈サマ!アンタにゃ世話になったからな……まずはアスタロトの野郎をブッちめてえ所だが、後回しだ!
>露払いは俺たちが務めるぜ、大船に乗ったつもりでいてくれや!」

「マルもありがと。頼りにさせてもらうよ。
にしても兄弟そろって義理がたいな。あたしは大したことしてねーのに。
モノ、この二人はハルファスとマルファス。味方だよ」

 幼体時にハルファスを守るように祈の手をつついていたマルファスは、ワイルドな男性になった。
 ブリガドーン空間の影響を受けて、一時戦う力を取り戻したのだと思われるが、
以前の鳥に近い天魔の姿から随分変わったものである。
 保護した祈の姿と感性がほぼ人間だったから、その影響を受けたのであろうか。
祈は、息子たちが逞しく成長したのを見た母親のような気持ちを抱くと同時に、
コトリバコに続き、敵対していた存在が手を貸してくれるという奇跡に胸が熱くなっていた。
 そんな感動も束の間。
 ハルファスとマルファスが立ち上がり、今一度レイピアを抜き放つ。
そして振り返ると、二柱の天魔が舞う。
 動揺の抜けきらない悪魔達を、突進しながらコンビネーション攻撃で寸断していく。
二人の通った跡が、道となる。

292多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2020/12/30(水) 23:50:13
>「参りましょう、祈!」

「……ああ! 行くぞ、東京都庁!」

>《あぶぅ、だぁぁ!》

 二人の拓いてくれた道が悪魔達によって閉じられる前に、祈とレディベア、コトリバコ達が続く。
 
>「我ら、神子の騎士!我らが剣の錆となりたくなくば、疾く下がるがいい!」
>「ッハハハハハ!雑魚どもが――俺と兄弟に勝てるものかよォ!」

 コトリバコに続き、ハルファスとマルファスという援軍までも得られた。
そのおかげで、都庁までの道が開かれていく。
 だが、奇跡はそれだけでは終わらない。
 天上で待ち構える、アノマロカリスに似た巨大な天魔、フォルネウス。
それは悪魔たちの母艦として空中を漂い、結界をうち破るだけのパワーを備えた圧倒的な戦力だった。
 都庁に集結するために突破せねばならない最後の障害。
その横腹に喰らい付いたのは。

「『あれ』、もしかしてヘビ助なのか!?」

 フォルネウスの後方に、薄ぼんやりと赤紫色の影が現れたと思えば、
それは瞬く間に、フォルネウスと同等かそれ以上のサイズの巨大な黒蛇となった。
そして、フォルネウスの横腹に俊敏な動きで噛みついたのである。
 横腹に突如喰らい付かれたフォルネウスが絶叫し、のたうち回る。
その黒蛇は、祈が姦姦蛇螺の体内で見た物に酷似しており、感じる妖気はヘビ助そのものでもあった。
祈が運命変転の力によって転生させ、赤紫の小さなヘビとなったはずの存在。
それが今、力を貸してくれているのだった。
 ヘビ助はフォルネウスの硬い外殻を噛み砕き、圧倒する。

>「祈様、お早く!」

 思わず足を止めた祈に、ハルファスが急ぐように促した。

「わ、悪い。今行く!」

 そう言って再び走り出す祈の目には、涙が浮かんでいる。
救われて欲しいと勝手に願い、勝手に保護し、勝手に転生させた命達。
それらが助けてくれたという事実は、祈の心をどうしようもなく温かいもので満たした。
 この奇跡は、生を望まなければ生まれなかったもの。
生きることには無限大の可能性がある。
 逆に死には何もなく、ただ虚無が広がっている。
だからこそ祈は敵味方関係なく生を望み、世界の存続を願う。
世界を終わらせようとし、死を見境なく振りまくアンテクリストとは相容れない。
故に倒し、問わねばならない。その命に。
 そしてもし、倒しても尚、終世を諦めないというのであれば。
アンテクリストの生が誰かの死に繋がるのなら。

(――そのときはあたしがおまえをこの世界から消してやるよ。アンテクリスト)

 祈はそんなことを思う。
 祈の目に、都庁が、ゴールが見える。
最後の戦場。決戦のときもまた、目前に見えていた。

293御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/01/01(金) 22:03:41
御幸は氷に閉ざされた不思議な空間に、大勢の人々と共に閉じ込められていた。
人々が口々に問う。

「ここは……?」「俺達は死んだのか……?」

「死んでないよ。私の術で眠っているだけ」

本当に眠っている人々の意識と繋がっているのか、単なる夢なのかは分からない。

「全然勝てそうになかったじゃないか! 悪足掻きはよしてくれ!」
「早く起きてアイツに平伏さないと!」

「懸命な判断だね。
運命は誰にでも変えられるなんて嘘っぱち、それが出来るのはごく一部の選ばれし者だけだ。
持たざる者はただ救いを希うしかないのさ」

御幸は諦念とも達観とも取れる涼やかな態度で返す。

「なら!」

「だからこそ縋る相手を間違えるな!」

ぴしゃりと一喝して黙らせる。

「確かに私は君達とそんなに変わらない。ただちょっと往生際が悪くて時間稼ぎが得意なだけで。
でも……私の仲間達は運命を変える力を持ってるんだ。
運命を変えるって世界の理を犯して境界を踏み越えていく力だ。
……だからきっと、異なる存在の境界にある者だけが持つことが出来るんだよ」

ノエル意外のメンバーたちはいずれも純粋に一つの種族にはおさまっていない。
クオーターの祈は言うまでもなく、ポチは異なる妖怪同士のハーフ、
尾弐やレディベアは人間から妖怪への変貌を遂げた存在で、橘音に至っては元々は普通の狐だった上に悪魔と融合している。

「それに比べてアイツはどう? どう見ても完璧に神様でしょ?
いつだって完璧な存在が半端者の集団にやられるのはそういうこと」

この仮説は元々深雪の憶測から来ているため信憑性は疑わしく、
アンテクリストは実のところ天使→悪魔→神と変化しているのでますます怪しいのだが、
人々は突然現れた自称神様がさっきまでベリアルだったことは知らない。
当たってようと無かろうと、それっぽい理屈をこねて人々に少しでもそうかもと思わせるのが目的だ。
しかし根拠はともかく、仲間達に運命を変える力があることだけは本気で信じている。

「希望を託す相手を選ぶことだけが力無き者に出来る唯一のことなんだよ……だからよく考えて。
ひとりひとりの想いはちっぽけでも束になれば大きな力になる。
民主主義やってる君達なら私よりずっとよく分かってるはずだよ」

それだけ言うと御幸は無言になり、静かにその時が来るのを待った。
無論祈がレディベアを起こせなかったり、橘音が結界を張れなかったら一巻の終わりなのだが、
御幸は自ら抗うのを早々に放り投げた癖に、どうにかなるのを信じて疑わなかった。
どれぐらい時間が経っただろうか。そろそろレディベアは起きた頃だろうか。
ハクトはサトリのような精神干渉系の能力を持つ妖怪を連れてくるだろうか。
あるいはもっと直球で炎系能力で起こしにくるかも……

294御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/01/01(金) 22:06:03
>「……起きな、みゆき」

――なんか想像していたのと違う感じでその時は来た。

>「アンタの選択は間違ってなかった。アンタは自分の大切なものを守り通したんだ。
 でも――それで終わりじゃないだろう?アンタにはまだ、やらなくちゃいけないことがあるはずだ。違うかい?
 さ、姉ちゃんが手助けしてやる……だから、早く起きな。お寝坊はダメだよ」

うっすらと目を開ける。いるはずのない人がいる。
起きたつもりでまだ夢を見ているというやつだろうか。

>「おはよう。みゆき」

頬をつねってみようとして、右腕は何かを抱えていて左腕は無いことに気付く。
右に抱えた姥捨の枝を庇って左腕は吹っ飛ばされたからだ。ということは、夢ではないらしい。

「え……どうして……!?」

>「まずは身体を元通りにしなくちゃね。立てるかい?」

クリスが身体に触れると、スプラッタ状態になっていた身体が瞬く間に元通りになった。

>「アンタの仲間がやってくれたのさ。『そうあれかし』が現実になり力になる、ブリガドーン空間。
 その中でなら、アタシもほんのちょっぴりだが姿を取り戻せるらしい」

言われてみれば、いつの間にか極彩色だった空が、黄金色に塗り替わっている。
これが真のブリガドーン空間の色なのだろうか。

「祈ちゃん……レディベア……」

>「……会いたかった」

「……私も会いたかった」

御幸とクリスは固く抱き合った。しかしいつまでもそうしてはいられない。
術が解けたことで獄門鬼が復活し、重傷の仲間達がそこら中に倒れている。

>「アンタの仲間たちの傷も癒してやらなくちゃね、みゆき。手伝いな」

「でも!」

>「あ?あの牛だか馬だか分からんヤツの相手かい?そりゃ心配無用だ。
 こっちの戦力は潤沢さ――ほら」

頭の上にもふもふした何かが乗った。毛に覆われていることからして動物の妖怪だろうか。
否――それは毛、そのもの。より正確には髪の毛である。

>「ブオオオオオオオオオン!!!」

髪の毛が鞭のように縦横無尽に踊り、獄門鬼達はサイコロステーキのごとくカットされていく。

「あ、君は橘音くんの探偵事務所にいた……! そんなに強かったの!?」

295御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/01/01(金) 22:07:53
その時、右手に持ったままだった姥捨の枝がまばゆい光を放つ。
ついに橘音が結界を完成させたのだ。

「――髪の毛真拳奥義! キューティクルハニーフラッシュ!!」

御幸は意味不明な技名(?)を叫びながら魔法のステッキ――ではなく姥捨の枝を高々と掲げた。
ベリアルの印章が消え、仲間達の傷が癒えていく。
あずきをはじめとした、重傷を負っていた仲間達も完全回復していた。
頭の上の毛玉がこころなしかドヤ顔をしている気がする。

>「よし……!これで終わりだね!
 さあ、ここはもう大丈夫だ!みゆき……戦いに決着をつけておいで!!」

「うん、約束したもんね。お姉ちゃんが帰ってこれる世界を作って待ってるって」

そもそも妖怪は滅ばない限りは存在は消滅しない。
加えて、クリスはブリガドーン空間の中でなら存在できる、とか生き返れる、ではなく”姿を取り戻せる”という言い方をした。
裏を返せば普段は姿を現せないだけで、存在自体が消滅したわけではない、ということだろう。

「乃恵瑠……これ!」

そこにハクトが何かを持って駆けてくる。
それは獄門鬼との戦いで足と一緒に切り飛ばされていた、新しいそり靴の右足分だった。
御幸はそれを履き直すと、ハクトの頭をなでた。

「……行ってきます!」

そしてもう一度だけクリスを短く抱きしめると、都庁に向かって駆け出した。

>「ご心配おかけしましたー!あたしたちはもう心配ないよ、だから……行って、ノエル君!」

「もう真っ二つはやめてね! 小豆の仕入れ先がなくなったら困るもの」

>「色男ォ!花道作ったるさかい、ワシらの分まであの神モドキどつき回してこんかい!」

「任せといて! 泣くまでどつき回してやる!」

>「……ゾナ!」

「君ってそんな鳴き声だったんだ……!」

あずきやムジナ、毛玉らのばけものフレンズ達が切り開いた道を駆ける。
やがて東京都庁――帝都の中枢にしてアンテクリストの本拠地でもあった摩天楼が見えてきた。
ついに決戦の火蓋が切って落とされるのだ。

296尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/01/07(木) 22:31:29

>「そうだよ……!あんなヤツの言いなりになんてなりたくない!」
>「奴隷になって、悪魔に怯えながら暮らすなんてまっぴらだ!」
>「命が惜しくて悪魔に従いましたなんて、カッコ悪くてカノジョに顔向けできねぇよ!」

尾弐の背に、人間達の言葉は確かに届いた。
鬼の頑強さを超過した傷から流れ出る失血は危険域。
視界は霞み、吐き気と脳が焼かれるような苦痛が全身を苛む。
鎧を解除すれば直ぐにでも内臓が零れ落ちる事だろう。
だが、それでも

>「おじさん、お願い!あいつらを……やっつけて!!」

「――――――応っッッ!!!!!!」

言葉は、確かに届いたのだ。

人として生まれ、悪鬼に堕ちて千年。
自分を殺し妖怪を殺し悪魔を仲間を見殺して……そんな自分にさえも、守りたい者が出来た。愛する者が出来た。
こんな罪深い悪鬼でさえも幸せに手が届いたのだ。
ならばこそ、罪無き――懸命に生きている無辜の人々も、幸せになるべきに決まっている。
だから……本当に柄ではないが。口にすれば羞恥に煩悶してしまいそうな事柄だから。
口腔に溜まった自身の血液を飲み干して、尾弐黒雄は心で誓う。

(橘音……祈の嬢ちゃん、ノエル、ポチ。颯に妖怪共に人間達。連中が笑って明日を迎える為に)
(今この時だけ――――俺が、正義の味方になってやる)

現実に目を向ければ、尾弐一人で眼前の悪魔の群れを薙ぎ払える筈がない。
受けた傷は殆ど致命傷。仲間は傷つき倒れ、対する敵は無尽蔵。勝てる訳がない。生き残れる筈がない。守れる理屈が無い。

だが、それがどうした。

尾弐黒雄は勝つつもりだ。生きるつもりだ。守り抜くつもりだ。
例え神の差配であろうとも、その突貫の意志を遮る事など出来はしない。
その前進を無謀と。無鉄砲と。蛮勇と。呼びたければ好きに呼べ。嗤いたければ嗤うがいい。
しかし忘れるな。いつの世も、そんな意志と祈りこそが奇跡を起こして来た事を。
そうだ。ヒーローが齎すものはいつだって――――奇跡の逆転勝利だ。

297尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/01/07(木) 22:34:11
>「さすがは黒雄さん。ただ一度の大喝を以て、萎縮しきっていた人々の心を奮い立たせるとは……。
>相変わらずの豪傑ぶり、頼もしい限りです」
>「……アナタ、は……」
「なっ……!!?」

残る力を振り絞って悪魔の一角を叩き潰した尾弐に届いたのは、祈達が齎した暖かな癒しの光と……穏やかな声。
それは、とても懐かしい……もう二度と聞けないと思っていた声だった。

>「橘音君、今までよく頑張ってくれたね。礼を言うよ……もちろん黒雄さんも、そこの天邪鬼さんも。
>みんなの協力のお陰で、祈は成し遂げられた。あの子ひとりでは、きっとここまで漕ぎつけられなかった。
>どれだけ感謝しても足りません、だからこそ――」
>「ここから先は、わたしにも手伝わせてください。あの子が生きる世界を、みんなが紡ぐ未来を、私も守りたい」

「……橘音も、外道丸も無事で……はは。ったく、お前さんはいつも美味しい所を持っていきやがるなぁ」

笑うような、泣くような声を出しながら尾弐が振り返ったその先に居たのは。
多甫祈の父親にして、東京ブリーチャーズが一員。

陰陽師、安倍晴陽。

>「ただ一人の増援ですって?お生憎さまね、増援は二人なの」
「颯!?お前さん、どうして……いや。聞くまでもねぇか。安倍晴陽の隣に、多甫颯が居ない訳がねぇ」

そして、その後から疾風をぶち抜く様に颯爽と現れたのは――祈の母であり晴陽の妻である、多甫颯。
多甫祈が生まれるよりも昔。数多の妖壊から帝都を守り抜てきた者達。
かつての東京ブリーチャーズが今、奇跡の名の元に再集結を果たした。

>「はい、黒雄君。橘音も、天邪鬼君も」
>「祈ちゃんのところへ行かなくていいんですか?」
>「あの子はもう、わたしたちの手を離れているよ。それに、祈の周りにはもう、大勢のともだちがいる。力を貸してくれている。
>それなら――わたしたちはわたしたちの出来ることをするべきだ」
「おいおい、どんだけ成長しても親は親なんだ。祈の嬢ちゃんの事を第一に考えてやれ……なんて偉そうに言いてぇところだが、正直助かったぜ。あんがとよ」

酒を呷る様に渡された迷い家の湯を一息に飲み干した尾弐は、騒乱の渦中で繰り広げられるその遣り取りに、急速に快復していく傷の痛みすらも忘れる程の湧き上がるような郷愁を覚える。
そして――その感情を戦いの為の燃料へと切り替えていく。

>「さあ、黒雄君、橘音。久しぶりに私たち四人、旧東京ブリーチャーズでやりましょうか!」
>「なんだ、私は仲間外れか。とはいえ、ここは貴様らに譲ってやろう。旧交を温めるのはいいことだ。
>三尾、いや今は五尾か?語呂が悪いな……とにかく結界の再構築だ。急げ」

「悪ぃな外道丸。ちっとばかしおじさん達の同窓会に付き合ってくれや。なぁに、退屈はさせねぇさ」

>「了解!ではクロオさん、晴陽さん、颯さん!用意はいいですか!?
>旧!東京ブリーチャーズ――アッセンブル!!!」

「――――アッセンブル!!!!」

愛する者と、親愛なる者。そして在りし日を共に駆け抜けた仲間達。
今再び彼らと共に、尾弐黒雄は嘗て羞恥心と罪悪感で吠える事の出来なかった掛け声を口に出す。
この場における戦いの顛末は、多くを語る必要もない。
晴陽の術が悪魔を薙ぎ払い、颯の脚撃と天邪鬼の剣戟が悪魔を翻弄し、尾弐の膂力が魔を殴殺し――――そして橘音は、とうとうその役目を成し遂げた。
七つの道具は龍脈の流れを正し、べリアルの印章と魔法陣が消滅した今、目指す場所は一つ。

>「皆さん、都庁前に再集合しますよ!」
「応っ!!」

298尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/01/07(木) 22:35:41
 


>「ねえ、クロオさん……」
「……?」

都庁へ向けて駆けていく最中。不意に、尾弐の隣を走っていた橘音から声を掛けられた。

>「……ボクたち、今までいっぱい間違ってきましたけど……。
>やっと、正しいことができたんですよね……?」
「――――。ああ、そうだな」

尾弐黒雄と那須野橘音はその長い生の中で何度も間違ってきた。
間違いばかりの生き様だった。
無様で、惨めで、みっともなくて……生きている事すら苦痛だった。
だけど――――その間違いは、決して無駄ではなかったのだ。

>「へへ。……嬉しい」

尾弐は、涙声でそう言った橘音の頭を少し乱暴に撫でる。

「生きようぜ、橘音。生きて帰って、次はもっとキレエな事をしてやろうじゃねぇか」

そう言った尾弐の声も、僅かに掠れていた。

299ポチ ◆CDuTShoToA:2021/01/14(木) 23:41:19
ポチが弱々しく、だが確固たる覚悟をもって牙を剥く。
最愛のつがいを喰らう為に。
これが、ポチに残された最後の手段だった。
全身を切り刻まれ、貫かれ、夥しい量の血を流し、両目を潰された。
それでもまだ、誰かの為に戦い続けるのなら――相応の代償を支払わなくてはならない。

そして――ふと、不気味な極彩色の空から光が差し込んだ。
不吉で禍々しい不調和の色彩に染まった空が、柔らかな黄金色に塗り替えられていく。
両目を潰されたポチにその光景は見えない。だが感じ取る事は出来た。

もしかしたら、誰かが助けに来てくれたのかもしれない。
もしかしたら、橘音の結界術が完成したのかもしれない。

だが――ポチは惑う。もし、そうじゃなかったら、と。
これはまだ、ただの前兆に過ぎなくて、今暫し戦い続ける必要があったらと。
だとすれば、ポチは立ち上がらなければならない。
何も見えない。何も聞こえない。しかし迷っていられる時間は少ない。

そんな時だった。不意に、どこからか狼の遠吠えが聞こえた。
狼の呼び声――それは死に瀕したポチの耳にも届いた。

「……この声」

その声に、ポチは聞き覚えがあった。
直後、響く轟音。ポチとシロのすぐ後ろに何かが降り立った音。

>「オイオイ、何でえ何でえ……暫くぶりに娑婆に戻ってくりゃあ、なンてェ情けねえツラぁしてやがンだ、あァ?」

「……駄目だ。しっかりしろ……そんな事、あり得ない……」

ポチは頭を振る。
死にかけの肉体と、望まぬ未来を決定付ける選択。
それらがもたらす感覚の惑い、幻聴を振り払うように。

>「助けて、だと?フン、そいつァ別に構わねえ。勝てねえと分かってる狩りに挑むのはバカのするこった、
 どンどン助けを呼びゃあいい。狼ってなァ群れで狩りをするモンだ、だが気に入らねえな……。
 橘音ちゃン?尾弐っち?そうじゃねェ、そうじゃねェだろォが――」

だが――声はまだ、聞こえてきた。

「……やめろ。アンタがここにいるはずがない。僕がやらなきゃいけないんだ」

「そンな連中に助けを求めるよりも!!
 もっと――いの一番に助けを求めなくちゃならねぇヤツが!!テメェにはいるだろうが!!」

それだけじゃない。においもする。
懐かしいにおい。深い愛情のにおい。愛深き故の、強い強い怒りのにおい。

「……本当に、アンタなのか?」

ポチがぽつりと、縋るように呟いた。

「本当に、そこにいるの?」

ポチの声は震えていた。

「もし……もし、本当にそこにいるなら――」

>「誇り高き狼の戦いを、全世界の被食者どもに見せつけたいと願うなら!!
 テメェが此処で叫ぶべき名はただひとつ!!
 さあ、呼べ――このオレ様の名を!!!」

そして――

「――――お願い。助けて、ロボ」

ポチは呼んだ。その名を。最も敬愛する、狼王の名を。

300ポチ ◆CDuTShoToA:2021/01/14(木) 23:41:50
>「ゲッハハッハハハハハハハハハハァ―――――――――――――ッ!!!」

高らかな笑い声がそれに応えた。

>「クソ悪魔めら!!!オレ様の大事な跡取りどもに何してくれやがってンだ、あ゛ァ!!!??
 全殺しだ……五体満足で死ねると思うンじゃねェぞォ!!!」

ロボの咆哮が再び響き渡る。溢れんばかりの闘志のにおい。
直後――今度は悪魔どもの悲鳴が、断末魔の叫び声が聞こえた。
周囲に濃厚な血のにおいが満ちる。

「……クソ。アイツら、両方とも潰しやがって。これじゃロボの戦いぶり……見れないじゃないか」

忌々しげなぼやき。半分は本気。半分は――強がり。
ロボのおかげで最悪の結末は回避出来た。
だが依然として、ポチが瀕死の状態にある事に変わりはない。

>「迷い家から温泉のお湯と、河童の軟膏を貰ってきました!」
>「シロちゃんの足、接合して!軟膏を早く!」

遠くから巫女達の声が聞こえてきた。
もう殆ど体を動かせないポチの喉に、迷い家の温泉が含まされる。
全身の傷に軟膏が塗り込まれ、そこに回復術式が施された。

見る間にポチの傷が癒えていく。
穴だらけになった内臓が機能を取り戻す
血液が再び全身へと巡り出す。
意識が急速に鮮明になっていく――そして、ポチは跳ねるように飛び起きた。

>「あなた……!」

開いた左目に、最愛のつがいが映った。
瞬間、ポチは人の姿へと変化していた。
愛する者を抱き寄せ、その無事を噛み締める為の姿に。

シロを抱き締める。
息をしている。温かい。生きている。
全身に受けた傷も塞がって、ちぎれた右足首も元通りに繋がっている。

「良かった……」

ポチが安堵の溜息を漏らす。それから――目を閉じた。
本当なら、シロに謝りたかった。
傍を離れてしまった事。彼女を喰おうとした事。一番いい未来を諦めた事。

本当なら、このままずっとこうしていたかった。
ポチは思い知った。正真正銘、最愛の存在を喪うという事が、どういう事なのかを。
その恐怖を、絶望を忘れる事は出来ない。

だが――そんな事は出来ない。
もう十分に取り乱した。もう十分に血迷った。
これ以上、そんな事をしている時間なんてない。

狼の王が成すべき事は、そんな事ではない。
ポチは立ち上がり、両手で前髪をかき上げた。
傾いた王冠を正すように。
そして、ロボへと振り向いた。

301ポチ ◆CDuTShoToA:2021/01/14(木) 23:42:59
>「ゲハッ、もういいのか?」

ロボが振り返る。目と目が合う。

>「……おう。ちったあいいツラ構えになったじゃねェか。
  色々と経験を積んできたみてェだな……。男の顔だぜ、もう坊主とは呼べねェな」

「げははは、やっぱり分かっちゃう?僕ももうすっかり、王様が板に付いてきたってとこかな」

ポチは冗談めかして笑う。

「……そうさ。ホント、色々あったんだ」

『獣』を受け継いでから今まで、幾つもの困難を乗り越えてきた。
いつも最善のやり方を選べた訳ではない。
それでも、いつでもロボに誇れる自分でいようとした。
その全てを聞いて欲しい。またあの夜のように、頭を撫でて欲しい。

だが――そんな事をしている時間も、やはりない。
避難所に安置された童子切安綱が閃光を放つ。
橘音の結界術が完成したのだ――ポチは、行かなくてはならない。
世界の滅びを止める為の、最後の戦いに。

>「よし――行け!
  いつか約束したっけな、裏で絵図面を描いてる野郎を叩けと。
  都庁でふんぞり返ってやがる、あのクソッタレ野郎を……思う存分転ばせてこい!!」

悪魔どもがポチとシロの行く手を阻む。
ポチは思わず、ふっと笑った。

「はん、丁度いいや。お前らにも、さっきのお礼をしてやらないと――」

そうして爪を見せつけ、牙を剥き――

>「檜舞台はオレ様『たち』が誂えてやる!
  オウ、山羊の王!いつまで立ち見を決め込んでやがる、何ならテメェの出番も喰っちまうぞ!」

「……へっ?」

思わず、呆けた声を零した。

>《それは困る、旧き狼の王よ。
  余も神の長子には一矢報いたい。余と親愛なる眷属たちの見せ場を奪ってくれるな》

ポチの体の内側から、声が聞こえた。

「えっ?えっ?……どゆこと?」

直後、ポチの胸に光が灯った。
炎にも雷にも似た、だがどちらでもない――命の輝き。
アザゼルの眷属達が、彼の力と化す時に放っていた光。
それがポチの体内から、一点へと凝縮されるかのように集っていく。
その現象が意味する事は――決まっている。

>《――『真なる王の一撃(アルカー・イフダー・アル・アウラーク・ル・ラービハ)』!!!!!》

ポチの胸から、アザゼルが飛び出した。
ポチがその光景に唖然とするよりも早く、その巨体が稲妻のように閃いた。
更にはどこからともなく現れた山羊の群れが、悪魔どもを突き飛ばし、踏みつけ、押しのけてしまった。

302ポチ ◆CDuTShoToA:2021/01/14(木) 23:43:47
「……今更だけど、ホントに凄いんだな。祈ちゃんの力」

死者の蘇生――まさしく神に匹敵する力だ。
仮にこれが一時的なものだったとしても。
芦屋さんも、晴陽さんに会えたりするのかな――ふと、ポチはそんな事を考えた。

>「あなた、参りましょう……!皆さんと合流する好機です!」

シロが走り出した。ポチは――ロボを振り返ろうかと思った。
何か、何か言葉が交わしたかった。
もしかしたら、これが最後の機会になるかもしれない。

だが――ポチの身体はその意に反して、駆け出していた。
自分でも驚くほど自然に、ポチはシロの隣を走る事を優先していた。
そして走り出してしまえば、もう立ち止まる訳にはいかない。

後ろ髪を引かれる気持ちはある。
けれども――ポチは自分に言い聞かせる。
きっと、これでよかったんだと。

話を聞いて欲しい。頭を撫でて欲しい。何か言葉をかけて欲しい。
そんな子犬じみた自分ではなく。
シロとふたり、戦いに臨む自分を見せられて、よかったと。

303アンテクリスト ◆TIr/ZhnrYI:2021/01/23(土) 01:56:06
悪である。

私は、悪である。純粋無垢にして徹頭徹尾の悪である。
至悪である。非法である。不善である――邪なる者である。

誰もが私を白眼視し、誰もが私を嘲り、誰もが私から眼を逸らす。
私を無価値なる者、唾棄すべき者、忌避すべき者と評価する。

併して。

それは決して私を侮るが為、ではない。
すべては、私に。悪に堪え難き蠱惑の魅力を覚えるが故である。
真に強き者と接するとき、弱き者は等しくその存在を否定する。
其を肯定してしまったが最後――己の価値観の一切が覆されるを畏るるがゆえ。



悪!



其の、何たる甘美!禁断の蜜の、何たる馨しさ!
なべて諸人は悪を犯さねば生きては往けぬ。即ち原罪である。

姦淫!
嫉妬!
憤怒!
強欲!
大食!
傲慢!
怠惰!

ヒトは姦淫によって地に満ち、嫉妬によって他者に先んじ知恵を磨き、憤怒によって研鑽し、
強欲によって富み栄え、大食によって文化を培い、傲慢によって文明を進歩させ、怠惰によって科学を発展させた。
今日の栄耀栄華、その悉くは即ち悪の賜物である。
だというのに。

なにゆえ、罪を罰する?悪と断ずる?
持って生まれた諸悪の罪業ゆえに、ヒトは万種の霊長たる地位を築き上げたと云うのに!

かつて父であった存在は云った。『汝、悪たる可(べ)し』と――
悪在らばこそ、善は輝く。同義、悪無くして善は善たらず。
悪こそが、万理万象の礎たる理である。

然れば。

然れば。

諸人が悪に耽溺することに、果たして何の躊躇があろう?
悪の齎したる温湯(ぬくゆ)に頭頂迄浸かっておきながら、悪を不浄と拒絶することの方が不義ではないのか?

嗚呼、森羅万象の礎石たる悪を汚穢の如く卑しめんとする、忘恩たる此の世界よ。
悪徳の恵みに浴しておきながら、其を自らの善性の賜物であると誤解した葦どもよ。
忌まわしき三綱五常の呪縛が、その心魂を捕えて離さぬと云うのなら。
既存する全ての価値観を反転させよう。悪が貴ばれ、善が糾弾されるように。ヒトがヒトらしく在るように。
生きとし生ける者、総てが息吸う如く自然に悪を成すことのできる世界に――



此の世を、創り変えよう。

304アンテクリスト ◆TIr/ZhnrYI:2021/01/23(土) 02:03:51
アンテクリストは都庁上空で緩やかに両手を広げ、
自分の支配するブリガドーン空間が龍脈の力によってその範囲を広げてゆくのを凝然と見守っていた。
戦闘機による攻撃は無駄である。また、その頭上に核爆弾を落としたとしても、この降臨した神を滅ぼすのは難しいだろう。
現代社会において、誰もが体感したことのない力。目撃したことのない奇蹟。
それを、東京の――否、世界中の人間たちが。妖怪たちが目の当たりにした。
極彩色のブリガドーン空間が、うねりながら徐々にその範囲を拡大してゆく。アンテクリストの支配領域が拡張されてゆく。
このまま世界が、地球全体がブリガドーン空間に包まれてしまえば、もはや誰もアンテクリストを止められなくなってしまう。
かつて七日間で世界を創造したという、唯一神の御業。それが現代に再現される。
“反創世(アンチ・ジェネシス)”――悪が善にとって代わり、思いやりと愛が罪とされる世界が出来上がる。
弱肉と強食の、殺戮に彩られた惑星(ほし)が生まれてしまう――

しかし。

「…………?」

ふと、アンテクリストは小さな違和感を覚え、軽く頭上を仰ぎ見た。
禍々しい極彩色の空間が、夥しい光によって塗り替えられてゆく。眩い輝きに変換されてゆく。
レディベアから奪い取ったブリガドーン空間が、その支配権が、己の手から離れてゆく。

「…………」

変容はそれだけではない。上空に展開していた、地獄から無限に悪魔たちを召喚する魔法陣。ベリアルの印章。
それもまた、まるで紙の上に墨で描いた図案が濡れて滲んでしまうようにぼやけたかと思えば、
瞬く間に崩れ去って消えてしまった。
それは、祈とレディベアが世界中の人々から勇気を、愛を、『そうあれかし』をかき集め、逆転の策として解き放った証。
橘音の奥の手であった五芒星が発動し、龍脈が正しい流れを取り戻した、確かなシグナルであった。
アンテクリストは視線を我が右手に落とすと、幾度か握ったり開いたりを繰り返した。
ブリガドーン空間と龍脈を東京ブリーチャーズに奪い返されたことで、
アンテクリストに唯一神、創造神として無限の力を与えていたパワーソースは消滅した。
また、地上制圧のための先兵たちを供給していた魔法陣もなくなった。
不意に、轟音が響き渡る。そちらに顔を向ければ、それまで空を遊弋し悪魔たちを放出していたフォルネウスが、
赤紫色の靄のような大蛇に喰らいつかれ、投げ飛ばされて墜落してゆくのが見えた。

「し……、終世主様!ご注進……!
 妖怪どもが反撃に転じております!それまで存在しなかった戦力が、突如として大量に……!
 我が軍、押されております!何卒ご指示を――――びぎぃッ!?」

翼を持った悪魔が伝令として状況を伝えに来る。が、アンテクリストはそんな悪魔を一瞥すると、
表情を変えぬままただ視線だけを用い、まるで握り潰すかのようにあっさり殺してしまった。

「……あくまで、終世主に抗うか。泥より生まれし者、その揺籃の夢から滲み出た汚穢ども」

小さく呟く。
かつて父たる神が泥を捏ねて創造した、人間というイキモノ。
あまりに脆く、あまりに儚く。霊的にも物質的にも未熟に過ぎる、幼い魂。
それらが見た夢の産物――妖怪。
今や現代社会に棲む場所を追われ、伝説と御伽噺の中でのみひっそりと存在することを許された、滅びゆく者たち。
そんな者どもに、唯一神たる自分が敗れることなど万に一つもないと思っている。

とはいえ、事ここに至れば見過ごすこともできない。
唯一神の最大にして究極の役割とは天地創造であるが、それを妨げる存在がいるのならば、排除しなければならない。
平らな道を造るため、路上の石を除くように。 

「近付いている……。龍脈の神子、そしてブリガドーンの申し子……」

小さな、だが強いいのちが、ふたつ。
その周囲に、それに従う無数の光。それらがこの都庁を目指しているのが分かる。
かつて自分がベリアルであった頃から、その企みのすべてに立ちはだかり、邪魔をしてきた者たち。
許されざる、神の叛逆者ども。

アンテクリストは大きく五指を開くと、右の手のひらを空へ向けて高々と掲げた。

「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」

おごそかに、涼やかに、神々しい威厳を以て、終世主がヨハネの黙示録の一節を紡ぐ。
シュウウ……と音を立て、突き出した手のひらに圧倒的な神の力――神気が収束してゆく。

「この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。
 できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった」

黄金の空が赤熱してゆく。ふたたび、アンテクリストの圧倒的な支配力が勢いを盛り返す。

「ならば――
 終世主が命ず。反創世に抗う者よ、滅ぶ可し。
 ――『そうあれかし』」

カッ!!!

黄金の空を引き裂き、巨大な質量を持った『何か』が降ってくる。
それは、まさに黙示録に記された神の御業。
かつてエジプトを脱出したモーセらエルサレムの民に、父たる唯一神が見せた奇蹟の再現。

「行け。行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に向けてぶちまけよ」

あかあかと燃え盛る、直径50メートルはあろうかという巨大な火球が七ツ、東京都心部へと墜ちてくる――。

308那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/01/23(土) 02:21:03
「あれは……尊き御座におわす天の主のみが使える『神の御業・聖裁七星(ゴッズワーク・セブンシンズ)』……!
 ベリアル様、いや……アンテクリストは……この東京もろとも東京ブリーチャーズを灰燼に帰せしめるおつもりか……!」

悪魔たちと熾烈な戦闘を繰り広げていたミカエルが、天を仰いで絶望的な呻きを漏らす。
東京ブリーチャーズはアンテクリストから龍脈とブリガドーン空間を奪還することに成功したが、
まだまだアンテクリストには神としての力が満ちているらしい。
唯一神アンテクリストの降らせた七ツの巨大な炎の塊が地上に激突すれば、東京都は確実に壊滅する。
それだけは何としても避けなければならない。

正真正銘の神の怒り。かつてまつろわぬ民の悉くを殺戮した、混じりっけなしの『天罰』。
それが今、手を伸ばせば届くほどの距離に近付いている――。

「やれやれ。隕石落としとは、本当に神さまみたいじゃないか。
 あんなにでかい獲物を蹴った経験はさすがにないが……さて。ひとつ気張ってみるかねえ」

ゴゴゴ……と大気をどよもして今まさに墜ちてこようとしている巨大な火球を見上げながら、
ライダースーツを纏った美女の姿を取った菊乃が小さく息を吐き、右手を首筋に添えてゴキゴキと骨を鳴らす。
ミカエルは瞠目して菊乃を見た。

「菊乃殿、何を……!
 あれはまったき神罰!本物の天罰なのです!せめて、民を逃がさなければ……」

「今更どこへみんなを逃がすってんだい?逃げられる場所を残すようなやり方をあのニセ神が取らないってのは、
 アンタが一番よく知ってるだろうさ……ミカエルさん」

「……ぅ……」

正論を返され、ミカエルは俯いた。
そんなミカエルを慰めるように、菊乃が笑う。

「ハン、神罰天罰、結構じゃないか。
 ひとの想いから生まれてたって点じゃ、神も妖怪も根っこはなんにも変わりゃしないよ。
 同じ土俵の上に立ってるなら、あとは気力の問題。やってやれないことなんて、何もないさね!
 それに――」
 
「……それに?」

「孫と娘夫婦が頑張ってるってのに、アタシが楽隠居を決め込むワケにもいかないだろう。
 あの子たちの未来のために――ひとつ、道を拓いてやろうじゃないか!」

だんッ!!と強く地を蹴ると、菊乃は高く高く跳躍した。
そのまま、さながら撃ち放たれた矢のように一直線に大火球のひとつへと突き進んでゆく。
空を蹴って天を駆ける、ターボババアの絶技。それを目の当たりにし、ミカエルもまた大きく背の翼を広げる。

「お待ちを、菊乃殿!ああ、くそ!
 皆、参るぞ!ここが正念場と思え――!!」

ミカエルが率いてきた天使たちに号令し、菊乃の後を追う。
千騎を超える天使たちは流星のように光の尾を引き、火球へと吶喊していった。
そして。

「お父様!!」

同刻。都庁への道を疾駆しながら、レディベアが叫ぶ。
黄金の空を突き破って飛来した七つの大火球、そのうちのひとつが妖怪大統領バックベアードへと降ってくる。

「レディ、前方に注視されよ!」

ハルファスが悪魔を斬り伏せながら鋭く注意を促す。しかし、父親を何より大切に想っているレディベアである。
せっかく巡り会うことができた父親に危機が迫っているとあれば、冷静ではいられない。
と、バックベアードの単眼が妖しく輝く。
レディベアの数百倍の妖力を有する眼光、ブリガドーン空間を統べる瞳術が効果を発揮する。
その結果、バックベアードに向かって墜ちてきた大火球はアンテクリストがミサイルを跡形もなく消し去ったように、
黒い灰となってその形を崩し、砕けて消えた。

「お父様……!よかった……」

レディベアが胸を撫で下ろす。だが、危機が迫っているのは妖怪大統領だけではない。
七ツの大火球のうち、ひとつでも地表に激突すればアウトだ。

『オォオォオォォオォォオォォォオオオオォオオォオオオォォ……』

ヘビ助が巨体を素早くくねらせ、鎌首を大きく振って火球のひとつに喰らいつく。
途端、ジュゥッ……!とヘビ助の口腔の焼ける音が響き渡る。火球の落下する勢いに押され、ヘビ助の蛇体が大きくぶれる。
だが、ヘビ助は決して喰らいついた火球を離さない。太古の祟り神が、終世主の奇蹟に懸命に抗う。
ただ唯一、祈から与えられた愛情に報いるために。

309那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/01/23(土) 02:21:52
「ははは、これは愉快痛快!
 アンテクリストめ、大技を繰り出してきおったな!今まで我らを地を這う虫と思い、見向きもせなんだものが。
 やっと正式な障礙として認識したということかよ――!」

天を割って墜ちてくる七ツの大火球を見上げ、天邪鬼が嗤う。

「笑い事じゃないですよ天邪鬼さん!?
 あんなもの、一発でも喰らったらジ・エンドだ!それが七ツも……誇張じゃなく東京が滅んでしまう!」

「だろうな」

「だろうなって!」

走りながら橘音が突っ込む。
しかし、天邪鬼の態度は変わらない。

「確かに正論、喰らえば一切万象塵芥と帰そうよな。
 ならば喰らわねば善い。喰らう前に我が神夢想酒天流の秘奥にて彼の大陰火、膾に斬って呉れようぞ」

ちき、と仕込み杖の鯉口を切る。

「仕方ありませんね……。ではクロオさん、ハルオさん、颯さん!
 五人であの火の玉を出来るだけ何とかしましょう!」

先頭を走っていた橘音が立ち止まって振り返り、東京ブリーチャーズのリーダーとして決断する。
が、そんな橘音の決定に対し、晴陽がかぶりを振る。

「いいや。橘音君、黒雄さん。ふたりは都庁へ。
 ここは私たちに任せて下さい。祈たちと合流し、アンテクリストを討つことに集中を」

「そうね。橘音、黒雄君、先に行って。
 あの隕石は、こっちで何とかするから!」

晴陽の言葉に、颯が同調する。

「そんな莫迦な!五人で力を合わせたってどうなるか分からないのに……」

「だろうな」

「ちょっ!?天邪鬼さん、ふざけてる場合じゃ――」

天邪鬼のいらえに、日頃はふざける立場の橘音もさすがに気色ばむ。
しかし、今度の天邪鬼の顔に笑みは浮かんではいなかった。

「我らであれを総て平らげようとするから無理だと思うのだ。
 だが、あの七ツのうち一ツくらいなら、我ら三名でも何とかなろうよ。否、してみせよう」

「仮にそうでも、ひとつ撃ち落としたくらいでは……」

「戯け。なんでも己のみで片付けようとするのが貴様の悪癖よな、三尾。
 おいクソ坊主、貴様からも言ってやれ。自分のできぬことは、他の者に任せてしまえとな」

天邪鬼が尾弐の顔を見上げ、それからすぐに視線を外してはるか上空を仰ぐ。
見れば、東京を残らず焦土と化すべく降り注いでいた巨大な七ツの火球たちは、いつの間にか五ツに減っていた。
そして今、遥か遠方で高層ビルに迫る巨大さの赤紫色の蛇が火球をひとつ呑み込む。
呵々と天邪鬼が嗤う。

「それ見ろ、余所の連中も意見は同じらしいぞ。
 各所で一ツを受け持てば、貴様らの戦力を温存したまま大陰火を消し去るも不可能ではあるまいよ」

「でも……」

橘音はまだ逡巡している。東京ブリーチャーズのリーダーは不安げな表情でちらと尾弐を見た。
各々の強さは充分以上に知悉している、しかし。物事には絶対など存在しないのだ。
一度喪い、そして再び取り戻した、大切な仲間たち。彼らの身にもしものことがあったらと、嫌でも案じてしまう。
ただし――そんな懸念も、心より愛する尾弐の説得があればきっと氷解することだろう。
長い長い逡巡と、後悔と、絶望の葉て。
それでも手を取り合って未来を歩いてゆくのだと誓った、最愛の男の言葉があるのなら。

「さあ――征け!
 そして、見事帝都鎮護の役目を果たしてくるがいい!」

「祈を頼みます、黒雄さん。
 ……いいえ、祈だけじゃない……この東京を。
 それが出来るのは私たちじゃない、あなたたち現在の東京ブリーチャーズだけですから」

「ふたりとも、頑張ってきてね!
 みんなの未来を。あなたたちの未来を、守って!」

かけがえのない仲間たちの期待を背に、尾弐と橘音は都庁へ向けて走った。

310那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/01/23(土) 02:22:15
燃え盛りながら墜ちてくる大火球を目の当たりにして、ばけものフレンズたちが慄く。

「んなっ……なんやねん!?
 アンテクリストちゅうんはあないなモンまで出せるんかいな!?聞いとらんで!
 パワーをメテオに!いいですとも!って言うとる場合かボケェ!」

ムジナが唖然としながらも早口でまくし立てる。

「ひええ……無理無理無理無理!カタツムリ!!
 死ぬ!今度こそ死ぬ!おかーさん先立つ不孝をお許しください〜っ!」

「――フン。取り乱すんじゃないよ、みっともない。
 たかが火の球ひとつ!アタシらで押し出してやるよ!」

あずきが狼狽えるのを尻目に、クリスが火球を見上げながら声を張り上げる。
しかし、ばけものフレンズたちは正規の東京ブリーチャーズほどの妖力を持ってはいない。
一体どうすれば――そんな空気が漂う。
そんな絶望的な雰囲気の中、クリスは不敵に笑う。

「なァに、簡単な話さ。
 とどのつまり、コイツは意地の張り合い。気持ちの問題なんだ。
 アンテクリストの『そうあれかし』が勝つか、それともアタシ達の『そうあれかし』が勝つか。
 『この東京を破壊したい』気持ちと『この東京を守りたい』気持ちのせめぎ合い。
 であるのなら!あんなポッと出の神野郎になんて負けるもんか!そうだろ!?
 二軍であっても!正規じゃなくても!アンタらは東京ブリーチャーズだろう――!!」

クリスが皆の顔を見回す。
東京を、この街を守りたいと願う気持ちに、二軍も何もない。
例え妖力がなくたって。悪魔を纏めて屠れるような超常の力がなくたって。
強い想いさえあれば戦うことができるのだ――このブリガドーン空間の中では。

「ああ……かなわんなあ!ホンマ、貧乏クジにも程があるやろ!
 色男にバトンタッチして、後はゆるゆる一服でもしとこかと思ったらこれかいな!」

クリスの叱咤に、やがてムジナが吐き捨てる。

「ワシにはまだまだ、やりたいことがあんねん!オヤジの式神のまんまでくたばれるかい!
 とことんやったるわ……天罰がなんぼのもんやっちゅうねん!」

「あ、あたしも!まだ小豆洗いたい……!」

あずきが同調する。他のばけものレンズたちも、次々に賛意を示す。
クリスは満足げに微笑むと、改めて空を見上げた。

「さあ――ここが踏ん張りどころだ。負ければ滅びる、引けば死ぬ。肚を括んな、野郎ども!」

ぐ、と強く拳を握り込む。その全身を帯のように螺旋を描く霜が取り巻く。
天から降ってくる破壊の『そうあれかし』を、かつてこの街を凍てつかせた妖壊と。それを阻止しようとした妖怪たちが守る――。

「ゲハハハハ、悪魔の群れの次は隕石とはな。
 アンテクリスト……あのクソ道化も必死と見えるぜ。なあァ?山羊の王」

ばけものフレンズたちが火球に立ち向かっている頃、
杉並区の避難所前ではロボが引き裂いた悪魔たちの屍の山の上に胡坐をかき、墜ちてくる神罰を眺めて嗤っていた。

《如何にする、旧き狼の王》

無数の眷属と共に屍の山の隣に立つアザゼルが問う。
ハ、とロボはせせら笑った。

「ぶち壊す」

《……だな》

簡潔極まる返答に小さく笑みを漏らす。天から降り注ぐ大火球をどうするか、そんなことは最初から決まっている。
完膚なきまでに――木端微塵に破壊し、この東京を守る。
自分たちが認めた新たなる獣の王のため、すべての獣たちの未来のため。

「さアてと……やるか!」

ぱんっ!と胡坐をかいていた右の太股を叩き、勢いをつけて立ち上がる。
大火球は既に目前に迫っている。アザゼル率いる千頭を超える山羊と、狼王ロボ。獣の軍勢が未曽有の脅威と対峙する。
と、そのとき。

「――ほォ」

不意に現れた新たな気配に、ロボは目を細めた。
山羊の群れの中央が十戒さながらに割れ、その奥から何者かが悠然と歩いてくる。
やがて姿を見せたのは、赤茶けた錆色の毛並みを持つ2メートルほどもあろうかという巨狼。
その傍らには小さなすねこすりが寄り添っており、二頭の後ろには狼の群れが付き従っている。

「お前は……そォか、ポチの。
 ああ、そンならここに参戦する資格充分だぜ。
 それじゃあ、ひとつ気張るか――全員、気ィ入れやがれ!!」

《応!!!》

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――――ン!!!!」

ロボの号令一下、アザゼルが雄々しく応じ、巨狼が咆哮する。
種族の垣根を超えた獣の大軍が、神罰に挑む。

311那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/01/23(土) 02:25:54
「おお……!祈!戻ったか!」

都庁前。
祈とレディベア、ハルファスとマルファス、コトリバコらが到着したのを見た安倍晴朧は髭面に喜色を湛えた。
東京ブリーチャーズが結界構築のため都内各所に分散してからというもの、
迷い家の守護や避難者の誘導などに人員を割いた残りの陰陽寮本隊は、
自衛隊や警察と連携して都庁防衛のため玄関前広場に陣を構築し、その防衛に死力を尽くしていた。
陰陽頭の晴朧以下、晴空も芦屋易子もすでに長時間の戦いによって血にまみれ、その疲労は極限に達している。

「天を黄金色に満たす霊気、そして悪魔めの印章の消滅。
 みなまで言わずとも分かるぞ、見事仕遂げたか!あっぱれよ、祈!」

晴朧は厳つい面貌を笑ませると、祈の両肩に手を置いた。

「祈ちゃん!」

そして、祖父と孫のそんな遣り取りからほどなくして、橘音と尾弐が都庁に到着する。
間を置かずノエルとポチ、シロも仲間たちのところに合流するだろう。

「皆さんの頑張りのお陰で、ボクたちはブリガドーン空間と龍脈の奪還に成功しました。
 もう、アンテクリストは眷属を無尽蔵に召喚できない。悪魔は『今いる分だけ』です。
 そして、龍脈の力を横奪することもできなくなった。彼を斃すには、今しかない。
 ただ――」

橘音が頭上を見上げる。
空を満たす七つの神罰へ、流星のように無数の光が近づいてゆく。
光が接触した大火球の表面に無数の亀裂が走り、その一部が――間を置かずしてその全体がゆっくりと崩壊してゆく。
東京ブリーチャーズに後を託し、各所で火球迎撃を請け負った仲間たちの成果だ。
一つ目は菊乃とミカエルが。
二つ目はバックベアードが。
三つ目はヘビ助が。
四つ目はクリスとばけものフレンズが。
そして五つ目はロボとアザゼル、巨狼たちが破壊した。
だが――偽神の裁きは七つ。
黄金色の空に、禍々しく燃え盛る巨大な火球が。まだ二つ残っている。

「ふむ。では、ひとつは儂らが受け持とう」

晴朧が残る二つのうちひとつの破壊を申し出る。

「なに、何もかもお主らに任せきりというのも、陰陽師の立つ瀬がないのでな。
 少しくらいは儂らも役に立たせてくれ」

そう言って、小さく微笑む。
晴空と易子も、そして他の陰陽師たちも頷く。

「お主ら東京ブリーチャーズの健闘、献身!決して無駄にはするまいぞ!
 今こそ、平安の時代より護国鎮撫のお役目を預かってきた我ら陰陽寮の面目を施すとき!
 総員、丹田の底より法力を絞り出せい!」

「おおーっ!!」

陰陽師たちが鯨波を上げる。

「陰陽頭様、この場にいる陰陽師全員で反射術式を用います。陰陽頭様もご助力を!」

「うむ!」

すぐに陰陽師たちは印契を組み、結界陣を編み始めた。
純粋に破壊力を用いて消滅させるのではなく、大火球の威力を大火球そのものへと跳ね返す術だ。
陣を編んでいる間無防備になってしまう陰陽師たちを、武装した自衛隊員の小隊が防衛する。
これで、アンテクリストの降らせた七ツの神罰は、あとひとつ。

「残りひとつは、わたくしたちが破壊する他ありませんわね……」

レディベアが口を開く。
アンテクリストとの決戦を前に余計な体力と妖力の損耗は避けたいところだが、これ以上仲間たちの力に頼ることはできない。
であるのなら、レディベアの言う通り東京ブリーチャーズとレディベアとで破壊するしかないだろう。

と、思ったのも束の間。

ギュバッ!!!!!

今まさに地上へ大破壊を齎さんとしていた最後の大火球を、突如として飛来した激しく輝く白い閃光が貫いた。
邪な者を、悪を成す者の一切を灼き尽くす聖なる光。
その輝きを、東京ブリーチャーズは何度も目の当たりにしたことがあるだろう。
特に祈とレディベアは、つい先刻までその光に守られていたのだ。

「……ああ……!」

隻眼に大粒の涙を湛え、レディベアは閃光の飛来してきた方向を振り仰いだ。
きっと彼はそこにいるのだろう。祈とレディベアが先ほどまで戦っていた、大田区の避難所に。
聖剣を携え、いつもと変わりのない小さな笑みを浮かべて。

大火球が砕け散る。無数の細かな塵と化し、きらきらと輝きながら消えてゆく。
まだ陰陽寮が対処する火球が残ってはいるものの、これでアンテクリストの降らせた神罰の脅威はほぼ取り除かれた。
とすれば、すべきことはただひとつ。

「―――――行きましょう!!」

高く聳える都庁のツインタワーを見上げながら、橘音が告げる。
今まさに、最後の決戦の時がやってきたのだ。

312那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/01/23(土) 02:31:49
地上160メートル、南展望室の屋上にあるヘリポート。
そこで、最終決戦の相手は東京ブリーチャーズを待ち構えていた。

「――来たか」

トーガ状の長衣を纏い、頭上に光輪を頂き。白く輝く四対の翼を持った、この世界の新たなる神。
“終世主”アンテクリスト。
橘音に天魔アスタロトの業を背負わせ、尾弐に千年の苦患を味わわせ。
ノエルの運命を狂わせ、ポチにつがいを喪う絶望を幾度も体験させた、仇。
すべての因縁の黒幕。

「この私の。神の与えた福音を跳ね除け、反創世の障害たらんと抗う者どもよ。
 愛を。夢を。希望を標榜する者どもよ――」

ゆる、とアンテクリストが両手を広げる。その全身から放たれる膨大な神力が、東京ブリーチャーズ全員に強い圧を掛ける。
ただそこに居るだけで、魂が砕け散ってしまいそうなほどの恐るべき力。神の威光。

「汝らは無価値である。汝らは無意味である。
 汝らの蒔いた種は何物をも芽吹かせず、成し得るすべての行為は徒労に終わるであろう。
 己が行動の無為を知りつつもなお、神への従属と帰服を拒むと言うのなら。
 善い――格別の慈悲を以て、汝らに裁きを与えよう。
 この終世主、みずからの手で」

アンテクリストの表情からは、怒りも。焦燥も。憎しみも。何も読み取れない。
神となったことで、まっとうな生物の持つ感情というものを根こそぎ切り離してしまったということなのだろうか。

「もう、すっかり神であることが板についたって感じですね……」

圧倒的な神気に晒されながら、尾弐の隣で橘音が呟く。
先刻はアンテクリストの姿を見るなり戦意喪失してしまっていたが、今度は苦しげではあっても何とか対峙できている。

「アンテクリスト……いいえ、ベリアル!
 幾ら強がりを言おうと、あなたはもうおしまいですわ!
 お父様のご降臨でブリガドーン空間の制御は取り戻しました、そして龍脈の流れも元に戻った!
 あなたを神たらしめていた力は、既にあなたの手の中には何ひとつ存在しない……!
 神妙に縛に付き、刑に服しなさい!」

レディベアが右手を突き出し、そう高らかに告げる。
だが、そんな降伏勧告などを受け容れるアンテクリストではない。

「ならば取り戻そう、汝らを裁いた後で、緩々と。
 ブリガドーン空間と龍脈の力を欠くとも、まだ我が身の内には世界を三度焼き尽くせるだけの神力が宿っている。
 それを、これより見せよう」

すい、と終世主が右手の人差し指を天空へと翳す。
その途端、ゴゴゴゴ……と都庁が震動を始めた。否、都庁周辺の大地そのものが、そして空気が振動しているのだ。
黄金色の空が、ふたたび極彩色に侵食されてゆく。俄かに不吉な黒雲がかき曇り、稲光が轟く。

「――いでよ。鼎の三神獣――」

荘重に告げる。その言霊に応じ、虚空が激しくうねり、のたうつ。

「これは……どうしたことだ……?」

東京ブリーチャーズとアンテクリストのいるヘリポートの遥か下方、
地上で最後の大火球を迎え撃とうとしていた安倍晴朧たち陰陽師が、空を見上げる。
七ツの大火球のうち、自分たちが受け持とうとしていた最後の火球が、手を下す前に突然ひび割れ始めたのである。
だが、ただ自壊しているのではない。それはあたかも、孵化直前の卵のような。
中から何者かが出現する、そんな予兆だった。

「ピギョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

やがて大火球の中から姿を現したのは、紅蓮の炎に包まれた巨鳥。
ワシやタカなど猛禽類を思わせるフォルムだが、その体躯はすべて燃え盛る炎で出来ている。
翼長は30メートルはあろうか。伝説のロック鳥や不死鳥フェニックスを思い起こさせる、荘厳ささえ感じさせる神の鳥。

「――『天空を統べる者、其は大いなる翼(ジズ・ザ・アルティメット・ワン)』――」

アンテクリストがその名を囁く。鼎の三神獣が一、神の翼ジズ。
更に地面が震動する。一帯の地下に埋設されている水道管が次々と破裂し、マンホールが膨大な水に押し上げられて吹き飛ぶ。
都庁周辺に存在する水という水が、一箇所に。アンテクリストの許へと集まってゆく。
そうして出現したのは、100メートル以上の長大な蛇体と無数の鰭を持った、水で出来た海竜。

「キュワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

「――『蒼海を覇する者、其は煌々たる鱗(レビヤタン・ザ・インヴィンシブル・ワン)』――」

レビヤタン。
旧約聖書、ヨブ記にしるされた、海を統べる獣。巨大なるもの、神の鱗。
そして三度地表が鳴動すると、今度は悪魔たちの襲撃によって倒壊した家屋やビル、
壊れ打ち捨てられた自家用車やバスなどの残骸がメチャクチャに寄り集まり、何かの形を作ってゆく。
頭部に巨大な一対の角を有した、巨大な四足獣の姿を。

「ギュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

「――『大地を束ねる者、其は蹂躙する獣(ベヘモット・ザ・アブソリュート・ワン)』――」

ベヘモット――ベヒーモス、バハムートとも呼ばれる、天地開闢の獣。神の牡牛。
それぞれが空、海、陸を示す、其れらはまさに神の働きそのもの。
炯々と双眸を輝かせながら、神の背後に神獣たちが控えた。

313那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/01/23(土) 02:35:59
旧約聖書に記された、かつて神が世界を創る際に先ず造り上げたと言われる、三体の獣。
それらを模した怪物たちを傅かせたアンテクリストが、掲げていた手を下ろす。
そして――

「往け」

獣たちに指示を下した。

「ビョゴォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」

炎の巨鳥ジズが翼を一打ちし、ノエルめがけて突進してくる。
灼熱の獄炎によって構成されたジズの躯体は、近付いただけでも周囲の空気を燃やし肺腑を焼く。
さらにジズは紅蓮の焔をヘリポートへと吐きつけた。すぐさま、ヘリポートが炎に包まれ地獄の様相を呈する。
ノエルが氷雪の力で仲間たちを護らなければ、待っているのは即時の全滅だ。

「ギシャアアアアア――――――――――ッ!!!!」

水が海蛇めいた竜の姿を取ったレビヤタンが空を悠然と泳ぎながら、尾弐と橘音めがけて全身から圧縮した水流を放つ。
この世界で最も鋭利な刃は、日本刀でもレーザーでもなく水である。
超高圧で噴射される水流、ウォーターカッターはダイヤモンドさえもベニヤ板のように両断する。
そんな超々圧縮された水を、全身から尾弐と橘音めがけて放っている。むろん喰らえば一撃死であろう。
また、水で構築された身体は物理攻撃の悉くを無効化する。ただ殴るだけでは無意味ということだ。

「くッ……!このッ!!」

五本の尾を現出させ、橘音は妖力をフル回転させて空を駆け回避に専念する。
最後の戦いだ、今更出し惜しみはしていられない。

「グルルルルルルルアアアアアアアアアアッ!!!!」

地表では60メートルはあろうという巨体を突進させ、ベヘモットが都庁に体当たりしている。
スーパーストラクチャー方式で耐震性に優れる都庁が、巨獣の吶喊によってギシギシと軋む。
このままでは、遠からず都庁は倒壊するだろう。高さ163.3m、延床面積139.950 m2の建物が倒壊すれば、その被害は計り知れない。

「あなた!」

シロがポチに目配せする。
大地を蹂躙する獣を制することができるのは、狼の王たるポチだけであろう。
そして――

「恐れるな。私は初めであり、終わりである。
 私に身を委ねよ、運命を委ねよ。命を委ねよ――」

周囲の熾烈な戦いをよそに、アンテクリストが祈とレディベアに朗々と告げる。
その言いざまはまさに神。衆生を救済し、進むべき道を示す全能神のように見える。
が、それは偽りである。この神が差し伸べる手を取ったが最後、待っているのは破滅だけだ。

「ゆきますわよ……祈!
 あなたとわたくしが組めば、斃せぬ敵などありません!
 それがたとえ、全知全能の神であったとしても!!」

龍脈の神子と、ブリガドーンの申し子。
共に世界を改変する力を持つ、この惑星でただふたりの少女。
そんな絆の強さを確かめるように、レディベアが言い放つ。

「――――来い」

祈の攻撃を、アンテクリストが迎え撃つ。
ターボモードとなり、龍脈の力を行使する祈の攻撃を、アンテクリストは危なげなく捌いてゆく。
そして一瞬の隙を衝き、祈の鳩尾にそっと右手を触れさせる。
次の瞬間、ドンッ!!!と神力が膨れ上がって弾ける。ゼロ距離で腹部に爆弾をお見舞いされたような衝撃が祈を襲う。
さらに、吹き飛んだ祈へ神が追撃する。金色に輝く髪を靡かせ、四対の翼を羽搏かせて、一瞬で間合いを詰める。
しかし。

「やらせませんわ!!」

レディベアの瞳術。アンテクリストの身体が一瞬だけ強張る。

「ふん」

神が身じろぎする。パキィンッ!という澄んだ音を立て、瞳術が弾かれる。
アンテクリストの動きが鈍ったのはほんの一瞬だが、祈が体勢を立て直すにはそれで充分だろう。

「わたくしの瞳術が、足止めにさえならないなんて……」

「落胆することはない。神の前には、すべてが無益。
 それをこれから教えてやろう。汝らの断末魔の叫びが、千年語られる地獄の伝説と化すそのときまで――」

祈とレディベアの前方で、アンテクリストが傲然と言い放つ。
その全身から、まばゆいばかりの光が放たれている。
ふたりの少女の心と身体を完全に破壊し尽くそうと、その酷薄な両手を緩く広げる。


決戦の火蓋は、切って落とされたばかり。

314多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/01/27(水) 23:47:53
 ハルファスとマルファスが、悪魔で埋め尽くされた道をレイピアで文字通り斬り開いていく。
そうして開いた道を、祈とレディベアが押し広げながら続いた。
龍脈の神子とブリガドーンの申し子を止めるべく後方から迫る悪魔たちは、殿を務めるコトリバコたちが防いだ。
 そうしてどうにか都庁が見えるところまでやってきた。

「もうすぐ都庁だ! みんなもう少しがんば――なんだあれ!?」

 そんな折、走りながら祈は空を仰いで言う。
バックベアードの顕現で黄金色に染まった空が、
今度は夕焼けのごとく、灼熱色になっていくのが見えたのである。
天に突如として出現した、七つの火球によるものだった。
 天上に輝く赤々とした七つの火球は、徐々に大きくなり、地表へと迫ってきていた。
離れているのではっきりとはわからないが、
何十メートルもある巨大な炎の塊のようで、地上にいてもその熱をじりじりと感じる。
まるで太陽が落ちてきているかのようだった。
あんなものが一つでも落ちれば、それだけで甚大な被害が出る違いない。
視認できないが、あれがただの火球ではなく、岩石を内包する隕石であれば、
それが衝突したことによる衝撃も加わる。東京が滅んでしまってもおかしくなかった。

「アンテクリストのやつ――!!」

 こんなことができるのはアンテクリストぐらいであろう。
おそらくアンテクリストも、自身が制御していた力が奪われたことに気づいたのだ。
故の、人々をより恐怖に陥れるための次なる一手か、時間稼ぎか報復か。
 ともあれ、七つの火球はばらばらの場所に向かっている。
そのうちの一つは。

>「お父様!!」

 妖怪大統領のもとへ向かっていた。
妖怪大統領は巨大なので、遠目にもそれがわかってしまう。
それを察知したレディベアが、悲鳴にも似た声を上げる。

>「レディ、前方に注視されよ!」

 前方で悪魔を切り伏せながらハルファスが注意を飛ばすが、レディベアの気はそぞろだ。
顕現したバックベアードはレディベアにとって真実の父親だ。
火球によって焼かれはしまいかと、気が気でない様子だった。
 それを見て一瞬、祈も戻るべきかと思わされた。

「安心しろよ、モノ。だって、あそこにいるのおまえの父ちゃんなんだぜ」

 だが、祈は思い直す。
彼は東京や世界、みんなの希望を受けて顕現した妖怪大統領なのだ。
そして現在、アンテクリストによって広げられた、広大なブリガドーン空間の支配権をも有している。
 つまるところ、こんな火球ぐらいなんてことはないのだからと。
 事実、妖怪大統領が一睨みし、その瞳術を浴びせただけで火球は黒い灰となって消失してしまった。

>「お父様……!よかった……」

315多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/01/27(水) 23:48:11
「次の問題はこっちの火の玉だな。たぶんあたしら狙ってんぞ、これ」

 都庁上空あたりからも火球が一つ迫っている。
おそらく祈たちを合流させまいとして放たれたものだろう。
龍脈によって能力が引き上げられている祈であっても、
さすがにあれほどの火球を受け止めたり押し返したりできるだけの力があるかどうか。
いやしかし、どうにか蹴り飛ばすしかないと祈が覚悟を決めたとき。
 フォルネウスを?み倒したヘビ助が、ぐあっと口を開け、巨体をうねらせた。
そうして、天に体を伸ばすと、火球をその巨大な口で受け止めたのである。

「ヘビ助!? やめろ、危ないぞ!!」

 都庁が近い今、巨大な火球がヘビ助の口を焦がして上がる煙はよく見えた。
口が灼ける音すらも聞こえてくるようである。

「ヘビ助!! あたしがどうにかするから! ぺってしろって!!」

 おそらく祈の言葉もヘビ助に届いているだろう。
だが、ヘビ助は火球を離さない。
火球の勢いに押されて潰れそうになっても、口内が灼熱に焼かれて痛くても。
そしてついにヘビ助は、火球を?み砕き、無力化する。
 呼吸が苦しいのだろう、焼け焦げた口を開けて、荒く呼吸を繰り返している。
 今でこそ巨大なヘビではあるが、本来は転生した小さな子蛇に過ぎない。
舌をペロリと出す姿も愛らしい、そんな子蛇なのだ。
 その口が焼かれる姿が哀れで、そんなことをさせる自分がふがいなくて。
涙が出そうになりながら、祈は都庁の敷地内へと到達する。

「ヘビ助!」

 群がってくる悪魔たちを払いのけながら、
祈がそのままの足でヘビ助のすぐ近くまでやってくると、
ヘビ助は妖力を使い果たしたように、大蛇の姿からいつもの子蛇の姿に戻った。
 祈がアスファルトの上に横たわるヘビ助を両手で掬い上げると、
その口は見てわかるぐらいに焦げ付き、火傷を負っているのがわかった。
また、疲れ果てている様子でもある。
 
「ごめんな、ヘビ助……! ありがとうな……」

 そういって祈がヘビ助を指先で撫でてやると、
ヘビ助はチロリと舌を出して、一時目を閉じた。

316多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/01/27(水) 23:52:44
 ターボフォームの変身が解けながらも祈は、ヘビ助を手に持ったまま、
レディベアやハルファス、マルファス、コトリバコを伴って、都庁内の玄関前広場へと戻ってきた。
 仲間たちと再会を約束した場所。
そこでは安倍晴朧をはじめとする陰陽寮の面々、自衛隊や警察が陣を敷き、防衛に努めていた。

>「おお……!祈!戻ったか!」

「晴朧じーちゃん!」

 安倍晴朧は孫の祈を見つけると、喜色を浮かべて迎えてくれた。
いつ終わるとも知れない悪魔の侵攻を、
印章からほど近くアンテクリストの直下という最前線で食い止めていたことを考えれば、
疲労は極限に達しているであろうに。

>「天を黄金色に満たす霊気、そして悪魔めの印章の消滅。
>みなまで言わずとも分かるぞ、見事仕遂げたか!あっぱれよ、祈!」

「へへ……あたしだけががんばったんじゃないけどね。
みんなのおかげだよ。ハルとマルとコトリバコたちも手を貸してくれたし」

 祈の肩に手を置き喜んでくれる晴朧に、祈ははにかんだ。
そして、ここまで連れてきてくれた仲間を見遣って、目線で晴朧に紹介する。
そして、一呼吸おいて周囲を見渡すと、

「みんなはまだ戻ってきてない?」

 と切り出し、表情を引き締めた。
祖父もいる安全地帯に戻ってわずかに気が緩んだが、危機は終わっていないのだ。
おそらく仲間たちが対処してくれたと見えて、いくつかの火球は消えているが、
天にはまだ火球がいくつか残っている。
アンテクリストを倒すのだってこれからだ。
 仲間たちの力が必要だったし、安否が気になっていた。

>「祈ちゃん!」

「橘音!」

 そこへ姿を見せたのが橘音と尾弐である。
もし尾弐がヒーロースーツを纏っているような状態のまま現れたのであれば、
「えっ……尾弐のおっさんかこれ? なんかずるい……かっこよすぎる……」とか呟いているだろう。
そのままなら、「尾弐のおっさんもおかえり!」とでも言うだろう。
ほぼ同時にノエルやポチ、シロも戻ってきた。
おそらくは各所で壮絶な戦いがあったはずだが、五体無事で生き残っている。
仲間たち全員が無事だったことに祈は安堵を覚える。

「ポチもシロも……御幸も無事だったんだな。よかった」
 
 合流して安否を確かめ合ったブリーチャーズ。
しかし喜んでいる時間はそうなく、橘音はすぐに作戦会議を始めた。
 祈は、ローランの犠牲はありながらも、レディベアの復活に成功したこと。
そして妖怪大統領を顕現させ、その影響でハルファスやマルファス、
コトリバコやヘビ助といった援軍が得られたことなどを共有している。

>「皆さんの頑張りのお陰で、ボクたちはブリガドーン空間と龍脈の奪還に成功しました。
>もう、アンテクリストは眷属を無尽蔵に召喚できない。悪魔は『今いる分だけ』です。
>そして、龍脈の力を横奪することもできなくなった。彼を斃すには、今しかない。
>ただ――」

 そういって橘音が見上げる先に、火球が二つ残っていた。
ほかの火球に比べると随分とゆっくりだが、確実に落ちてきている。
 この火球をどう対処するかが問題だった。
仲間たちと力を合わせればどうにかすることも可能だろうが、まずは時間の問題がある。
今は祈たちが優勢に見えなくはないが、相手はあのアンテクリストだ。
火球を放った狙いが時間稼ぎであれば、その対処に追われてしまうのは得策とは言えないだろう。
時間が経てばなんらかの手を打たれて、いつ劣勢に追い込まれるかはわからない。
 また、これからの戦いを考えれば、極力妖力は温存しておくべきでもあった。

317多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/01/27(水) 23:57:28
>「ふむ。では、ひとつは儂らが受け持とう」

 そこで、安倍晴朧の申し出で、陰陽寮が一つ受け持ってくれることになった。
任せきりでは立つ瀬がないといって、疲労はピークであろうに、陰陽師たちとともに意地を見せてくれるようだった。
 安倍晴空と芦屋易子たちの姿もそこにある。

「ありがと。じーちゃん。陰陽寮のみんなも」

 これで残りは一つ。

>「残りひとつは、わたくしたちが破壊する他ありませんわね……」

 それを見て、レディベアが呟くが。
その残された火球目掛けて、白く輝く光の刃が空を走っていくのが見えた。
暖かく優しく、そして邪悪を容赦なく滅ぼす恐ろしさを持つその光は。

>「……ああ……!」

 不抜にして不敗の刃(インビジブル・デュランダル)。
その聖光に違いなかった。

「ローラン……ブリガドーン空間の力で復活したんだ……!」

 その光の刃が、デュランダルの突き立つ大田区方面から飛んできたことも加味すれば、
ローランであることは疑う余地がない。
 人の思いを強く反映させるブリガドーン空間の特性が、
彼の強い思いを秘めた命をこの場に呼び戻したのだろう。
ハルファスとマルファス、コトリバコやヘビ助といった援軍をよこすだけの奇跡が起こる空間なのだ。
それぐらいのことはあり得る。
 光の刃は火球に届き、火球を粉砕。あとはキラキラと輝く火の粉が散り、消えゆくのみであった。
これでもう火球の心配はしなくていい。

>「―――――行きましょう!!」

 都庁のツインタワーを見据え、橘音がいう。
最終決戦へ向かう刻がきたのである。祈は橘音に続くべく、ここまで導いてくれた者たちに向き直る。

「ハル、マル。コトリバコたちも。ヘビ助と……人間や妖怪を守ってあげて。
あたしたちはアンテクリストのやつをぶっ倒しに行ってくる」

 ハルファスにヘビ助を託すと、祈はその手を握って、軽く抱きしめた。
おそらくこんな風に気持ちを伝えられることはもうないだろうから。
 ハルファスから手を離すとマルファスにも同様に、次いでコトリバコたちを順番に抱きしめて、撫でてやった。
 時間がないために多くは語らない、静かな感謝と別れであった。
そして、天神細道を潜るにせよ、自分たちの足で都庁を駆け上るにせよ、ともかく祈は仲間に続く。
仲間たちの背中に追いつこうと走りながら、祈はふと思う。

(アンテクリストをやっつけて帰ったら、御幸の作ったかき氷食べたいな。またみんなで、今度はモノも連れたりして)

 その店主のノエルは、そういえば。

(そういえば御幸のやつ。モノと幸せにならなきゃとか結婚とか、よくわかんないこと言ってたな。
多分またなんか勘違いしてんだろうなー。御幸だし)

 仲間たちに追いついて、祈はノエルの横顔を見ながら考える。
『君もレディベアと幸せにならなきゃいけないんだからね!?』とか、
『クラスメイトが言ってたよ、もうアイツら結婚すればいいって!』とか言っていたノエル。
 そのときは、意味も分からずに「……は?」と返し、
困惑しているうちに背中を叩かれてやり取りも終わってしまったが、
天神細道を潜る前に、それとなく寂しげな顔をしていたのは祈も覚えているから。
 髪についている、ノエルが贈ってくれた髪飾りを指でそっと撫でて、
戦いが終わったら、その時の誤解をきちんと解いてやろうと祈は思った。

318多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/01/28(木) 00:01:09
 一行は再び昇る。
一度はその力に恐れおののき、逃げ出したはずの都庁を。
そして向かう。
終世主アンテクリストが待ち受ける、南展望室の屋上へと。

>「――来たか」

 南展望室の屋上で、アンテクリストは静かにこちらを待っていた。
 トーガ状の白い長衣、頭上に輝く光の輪。まばゆく輝く四対の翼。
神が手掛けた美貌も合わさり、その姿には人が見入るだけの魅力がある。
ここが都庁の屋上、ヘリポートであるにも関わらず、絵画でも眺めているような錯覚を覚える。
美貌を備えた圧倒的な存在感。悪の救世主。アンテクリストがそこにいる。

「戻ってきたぜ。今度こそおまえをぶっ倒しに」

 ブリーチャーズにとって、人々にとって、許してはならない敵。
祈は宣戦布告とばかりに、そう返した。

>「この私の。神の与えた福音を跳ね除け、反創世の障害たらんと抗う者どもよ。
>愛を。夢を。希望を標榜する者どもよ――」
 
 アンテクリストは両手を広げる。それは緩やかな動作だった。
だがその体に満ち、溢れ出す膨大な神力が、
一見してこちらを歓迎しているようにすら見えるその動作でさえも、脅威に感じさせた。
 一挙手一投足に注意を払わざるを得ない、神といって差し支えない圧倒的な力。
魂さえも潰されて、壊されてしまいそうな感覚。これが神に作られた最高の天使の圧。
しかもまだ本気ではないことに、肌が粟立つ思いだった。

>「汝らは無価値である。汝らは無意味である。
>汝らの蒔いた種は何物をも芽吹かせず、成し得るすべての行為は徒労に終わるであろう。
>己が行動の無為を知りつつもなお、神への従属と帰服を拒むと言うのなら。
>善い――格別の慈悲を以て、汝らに裁きを与えよう。
>この終世主、みずからの手で」

 神に歯向かう愚者に対し、怒りを内包していてもおかしくない物言い。
だが朗々と語るその声色や、表情からは感情を読み取れない。
今の事態を機械的に処理しようとしているような、淡々としたものだった。
己が神に成り代わって世界を終わらせ、新しい世を創る終世主であるという『そうあれかし』が、
赤マントであったときの感情豊かな悪の人格を消し去ってしまったかのようだった。

>「もう、すっかり神であることが板についたって感じですね……」

 そんなアンテクリストを見て、橘音が皮肉っぽく呟く。
アンテクリストを前に逃げ出した臆病な橘音はもういない。
すべては尾弐と、幸せな未来を描くために。
 そんな橘音の様子を見て、祈は安堵する。

>「アンテクリスト……いいえ、ベリアル!
>幾ら強がりを言おうと、あなたはもうおしまいですわ!
>お父様のご降臨でブリガドーン空間の制御は取り戻しました、そして龍脈の流れも元に戻った!
>あなたを神たらしめていた力は、既にあなたの手の中には何ひとつ存在しない……!
>神妙に縛に付き、刑に服しなさい!」

 一度は絶望を味わわされたレディベアも同じだった。
 父が偽りであったという事実を突きつけられた絶望すら乗り越えた。
ここには、その絶対的な力を見せつけられたところで、臆する者も、絶望する者もいない。

319多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/01/28(木) 00:06:54
>「ならば取り戻そう、汝らを裁いた後で、緩々と。
>ブリガドーン空間と龍脈の力を欠くとも、まだ我が身の内には世界を三度焼き尽くせるだけの神力が宿っている。
>それを、これより見せよう」

 天空を指さすアンテクリスト。
瞬間、大地や大気が鳴動し始め、黄金色の空が再び極彩色に塗り替えられる。

「何するつもりだ、てめぇ!」

 一度は火球で大地を焼き払おうとしたアンテクリストである。
地震や嵐を起こして、東京の人々を巻き込むぐらいはやってみせるだろう。
 それを制しようと飛び出し、飛び蹴りを見舞おうとする祈だが、
アンテクリストに攻撃を当てることは叶わず、弾かれてしまう。

「くっ」

>「――いでよ。鼎の三神獣――」

 そしてアンテクリストは三体の神獣を召喚する。

>「――『天空を統べる者、其は大いなる翼(ジズ・ザ・アルティメット・ワン)』――」

 それは、陰陽師たちが処理する予定の、天から落つる巨大な火球を用いて降臨させた、巨大な火の鳥だった。

>「――『蒼海を覇する者、其は煌々たる鱗(レビヤタン・ザ・インヴィンシブル・ワン)』――」

 それは、東京中の水を集めて生み出された、巨大な竜だった。

>「――『大地を束ねる者、其は蹂躙する獣(ベヘモット・ザ・アブソリュート・ワン)』――」

 それは、倒壊したビルや家屋の残骸で組み立てられた、巨大な牛であった。

 ジズ、レビヤタン、ベヘモット。
これら三体の獣は、ユダヤ系の神話や旧約聖書に登場する、天地創造の際に生み出されたとされる神獣たちである。
ジズは空を、レビヤタンは海を、ベヘモットは陸をそれぞれ統べるとされ、最強の獣や完璧な獣などとして語られる。
 巨体故のパワーや頑強さの他、何をも寄せ付けない鱗や高熱の炎、眷属を従わせる鳴き声など、
強力な特殊能力を備えていることがわかっている。
 その攻撃性能の高さは、アンテクリストがいう通り、まさに世界を終わらせることも可能な怪獣であるのだろう。
 世界の終末には食べ物として供される運命であるらしいが、こちらに食べられてくれそうな雰囲気は一切ない。
 アンテクリストの背後に控えるように並び立つ三体の神獣。
彼らに向け、

>「往け」

 アンテクリストは一言、短くそう号令をかけた。
すると。

>「ビョゴォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」

 最初に動いたのは神鳥ジズである。
標的となったのはノエルだ。
おそらく自身の炎に対抗しうる雪妖のノエルを、一番厄介な相手と判断したのだろう。
その眼はノエルのみを標的として捉えていた。
神鳥ジズがアンテクリストの背後から躍り出て、一直線にノエル目掛けて飛んでいく。

「御幸!!」

 だがその巨体だ。しかも灼熱の炎に覆われているときている。
ノエルのみを狙っての体当たりであったとしても、それは側にいるブリーチャーズ全体への攻撃となる。
羽搏きは突風に。近づいてくるだけで炎は肌や肺を焼き、酸素を奪う。
体当たりが直撃すれば、熱に耐えられても体がその質量で粉々に砕け散るだろう。
 ジズが吐き散らかした紅蓮の炎も、
ノエルが防がなければブリーチャーズ全員が蒸発させられて死んでいたに違いない。
 ジズはどうやら自身の攻撃を防いで見せたノエルに敵意を燃やしたようであり、
引き続き攻撃を続けるつもりのようだった。

 だが、ノエルのカバーに向かうだけの余裕はない。
次いで飛んできたのは神竜レビヤタンだ。
ノエルの氷とジズの炎のぶつかり合いで生まれた水蒸気を、
空を泳いだ際に起こした風で薙ぎ払うと、全身から何本もの“線”を放って見せた。
 幾条もの線は一直線にこちらに向かい、見えた次の瞬間には、都庁のヘリポートに複数の穴を穿っている。
それは尾弐と橘音に向かって集中的に放たれた、ウォーターカッターであった。
細かな分子である水は、超高圧で放てば何よりも鋭い刃となり、万物を穿ち切り裂く。

「尾弐のおっさん! 橘音!!」

 レビヤタンはもともと雌雄一対の神獣であるが、最強の獣であったがために、
繁殖を防ぐ目的で神に雄を殺されてしまったという説がある。
 そんなレビヤタンだからか。種族すらも越えた結びつきを持った番、
尾弐と橘音を集中的に狙うことにしたようである。
 橘音は空中へと逃れ、回避に専念している。
 そして水蒸気に紛れて地表へ降り立った神牛ベヘリットは、都庁に向かって体当たりを仕掛けてきていた。
ただでさえ穴が穿たれてスカスカになりかかっている都庁がガクンと揺れる。
小突かれただけでこの有様である。
このままベヘリットを放置すれば、都庁はすぐにでも倒壊するだろう。
 ベヘリットを止めるために、ポチとシロが飛び出す。

「ポチ、シロ!!」

分断され、レディベアと残された祈。
つまり今、アンテクリストに立ち向かえるのは、この二人だけということである。

320多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/01/28(木) 00:09:34
>「恐れるな。私は初めであり、終わりである。
>私に身を委ねよ、運命を委ねよ。命を委ねよ――」

 だが。二人でもやるしかない。
三体の神獣を召喚したのを見るに、この世界を三度終わらせるだけの力を残しているというのは本当だろう。
 神獣を召喚したことを“一度目の世界の終わり”として数えるのなら、
あと二度、同等かそれ以上のことを行えることになる。
 仲間の助太刀に向かえば、そんなアンテクリストを放置することになり、決定的な隙を生むことになってしまうだろう。
 仲間が神獣を倒して戻るのを信じて、
こちらはアンテクリストに“世界の終わりレベルの攻撃”を仕掛けられないくらいに畳みかける。それが今やれるベストだろう。
そもそも、この偽神を倒すためにきたのだ。自分たちだけでも倒してみせると、祈は思う。

>「ゆきますわよ……祈!
>あなたとわたくしが組めば、斃せぬ敵などありません!
>それがたとえ、全知全能の神であったとしても!!」

「ったりまえだ! いくぜモノ!」

そうとも。
アンテクリストが龍脈とブリガドーン空間の力で無双の力を得たのと同じように、
祈とレディベアが組めば同じことができる。
勝つのは自分たちだと、祈は信じて疑わなかった。
 祈はターボフォームへと変身し、風火輪の炎を噴かせ、アンテクリストに立ち向かう。

>「――――来い」

 諸手を広げ、アンテクリストがそれを迎えた。
 龍脈による強化を受け、祈の能力は極限まで高められている。
筋力、スピード、頑健さ、動体視力、妖力、技の精度、五感――、ありとあらゆる面で、一級のレベルに達している。
 その蹴りを、拳を、アンテクリストは危なげなく躱し、捌いていく。
投げや関節を決めようにも、トーガ状の服を掴ませることはしない。
大人と幼児ほどの技量差。まるで攻撃の軌道をあらかじめ知られているかのような錯覚。
 それでも動じずに慎重に攻める祈だが、僅かに大振りになった蹴りに生まれた微かな隙さえも、アンテクリストは見逃さなかった。
アンテクリストは祈の鳩尾に右手をふわりと当てた。
 それだけでまるで、爆弾でも爆ぜたかのような衝撃が腹を突き抜け、祈の体はくの字に曲がる。

「がっ!!」

 発剄、あるいは神力の爆発か。
衝撃と痛み、そして肺から空気が絞り出されたことで視界に星を散らしながら、祈は吹き飛ばされる。
 吹き飛ばされる祈に、アンテクリストは翼を羽搏かせながら追いすがってきた。
そのまま追撃を仕掛けるつもりだ。

(まずっ――)

 呼吸も整っていない、体勢も整っていない、この状態で追撃を受けるのはまずい。

>「やらせませんわ!!」

 レディベアの瞳から瞳術が放たれる。
瞬間、アンテクリストの動きが止まり、祈が距離を空け、体勢と呼吸を整えるだけの隙が生まれた。

「っ、サンキュー!」

 風火輪を噴かせ、空中で姿勢を整えながら、祈。
ヘリポートに着地し、動きが止まったなら今度はこちらから追撃だと、踏み込もうとするが。

>「ふん」

 パキン、と。アンテクリストは事も無げにレディベアの瞳術を破ってみせる。

>「わたくしの瞳術が、足止めにさえならないなんて……」

 レディベアが相手の動きを止め、祈がボコる黄金パターン。
さすがに神相手には通じないらしい。おそらく二度目は瞬間的に破られるだろう。

>「落胆することはない。神の前には、すべてが無益。
>それをこれから教えてやろう。汝らの断末魔の叫びが、千年語られる地獄の伝説と化すそのときまで――」

 眩い光を放ちながら、アンテクリストが余裕綽々とそう言い放つ。
実際に余力は残されているのだろう。なにせ神に作られた最高の天使だ。
それが何千年もの時を過ごし、経験も積んでいる。
地力も、その後に身に着けてきた実力も、半妖の祈やレディベアとは格が違う。
 だが。

321多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/01/28(木) 00:17:36
「……その伝説の、あたしらが断末魔の叫びを挙げる行の前。
なんて言葉が書かれてるかわかるか? “赤マント”」

 祈は折れてはいない。
着地と同時に風火輪に爆発的に妖力を注ぎ、ウィールに高温の炎を練り上げている。

「『東京ブリーチャーズにビビり散らかしたアンテクリストは、三神獣を召喚して仲間たちを分断することにしました。
そして――』」

 ボールをゴールへと叩き込まんとするサッカー選手のように、後方へと足を延ばして。

「『女の子二人だけになったところを卑劣に狙い、どうにかこうにか断末魔の叫びを挙げさせることに成功したのでした』
って感じだろうぜ!!」

 足を前方へと降りぬくと同時に、炎を切り離す。
祈が得意とする、風火輪の炎を相手へと放つ技、人呼んで『飛炎(ひえん)』である。
 かつてなく巨大な火球となって飛ぶ飛炎を、
アンテクリストが払うか避けるかすれば、火球の陰から祈が現れ、追撃を見舞う。
 必殺の一撃にすら思えるほどの巨大な飛炎は、単純な戦法だが、目眩ましに過ぎなかった。

「おまえ、あたしらが怖ぇーんだろ。じゃなきゃ分断なんてしねぇもんな」

 アンテクリストの眼前には、宙に舞い、既に足を振るう直前の祈。
 空中で風を掴み、軸足となる左足を安定させる。
そして風火輪の加速と体のばねを使い、足のつま先だけを、瞬間的に極限の速度へと高め、音の速度を超えさせる。
ターボババア直伝の必殺の一撃、音速の回転蹴り。『音越(おとごえ)』だ。
炎を纏ったウィールが掠めれば熱を伴う斬撃、裂いた空気が迸れば衝撃波という三重の一撃でもある。
 直撃したか防いだか、いずれにしてもアンテクリストはその蹴りで吹き飛ばされることになるだろう。
やや下方向、ヘリポートに叩きつけられ、砕けたコンクリートが粉塵となり舞う。

「ミサイルは防いでたし、あたしの攻撃も捌いてた。
モノの瞳術も解いてたよな。“攻撃を直に食らえばダメージを受けるから”だ!
それって、おまえは無敵でもなんでもなくて、倒せるってことだろ!!」

 アンテクリストが無敵の怪物であれば、防御はそもそも必要ない。
傷つかない肉体は守る必要性がないからだ。
だがアンテクリストはミサイルを防ぎ、ブリーチャーズを分断し、祈の攻撃も捌いた。
つまり、その神を模して作られた肉体は、不死身でも無敵でも何でもないということ。
不意を突いてでも、限界を超えて早く動いてでも、攻撃を当て続ければいつかは倒せる。
 祈の攻撃は一発一発がミサイルまでとはいかないが、対物ライフルぐらいの威力はある。
そこそこのダメージにはなるだろう。
 祈はさらに、その場で空を幾度も蹴った。
音速に至る蹴りと、高速回転させたウィールとが生み出す衝撃波の刃、人呼んで『風刃』。
笛の音のように甲高い音を立てながらカマイタチとなって、アンテクリストへと殺到する。

「ビビってんなら降参したらどうだ、赤マント!
じゃないと、おまえが倒れるまであたしらはいくらでもやってやんぞ!
――モノ! 畳みかけるぞ!」

 機械的で隙のないアンテクリストに隙を生じさせるべく、
言葉の暴力も用いながら、祈は空へと一直線に駆け上がる。
 そして粉塵の中に見える人影の頭を目掛け、
右足を伸ばして左足を曲げたライダーキックの体勢で、全速力で落下してくる。

――祈はアンテクリストの行動から、『倒せる敵』であると見なした。
それゆえに圧倒的な力量差を前であっても、折れることなく立ち向かうことができている。
 だが、疑似的な神と化し、終世主としての『そうあれかし』を行動原理として動くアンテクリストの思考は、
祈の想像とは異なる可能性が高い。
 三神獣を召喚したのは神らしく力を見せつけるためであるだとか。
攻撃を防御や回避するのは、人ごときに穢されるのを嫌ってのことだとか。
あるいはこちらに攻撃が通ると誤認させ、より絶望を呼ぶために防御や回避をしているだけで、
本当は攻撃を受けたところでなんのダメージもないだとか。
 そんな可能性は十分にある。
だがそんなことを考えもせずに、祈は蹴りを見舞うために、勢いをつけて落下してきていた。

【勝機が見えていないのにべらべら喋って攻撃しまくる、ある意味三下ムーブ。逆襲される準備は万端】

322御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/02/04(木) 00:36:34
もうすぐ都庁へ到着するという頃、突如として天に七つの燃え盛る火球が出現する。

「あわわわわ、どうしよう……!」

が、最後まで残って御幸を送り届けていたカイとゲルダは、平然と御幸を最終決戦に送り出そうとする。

「ここまで来れば大丈夫でしょう。姫様、行ってください」

「全然大丈夫じゃないよ!?」

「この空間では大抵のことは気合で何とかなるそうです、ほら」

そう言われて空を見上げてみると、火球のうちの一つをバックベアードが消し去るのが見えた。

「それに心強い?援軍も来たようですし……ってか遅いですよ!?」

よく分からない武装をした雪女の一団がどこからともなく駆けてくる。
人間界から密輸入した様々なものに釣られて志願した者達で結成された帝都防衛部隊である。

「サーセーン! 途中で空間が歪んだりいろいろあって雪山から降りてくるのに時間がかかりました〜!」

「まあいいや、あれ止めるの手伝ってもらいますよ!」

カイとゲルダは、雪女の一団を引き連れてクリスやばけものフレンズ達の元に帰っていく。

「マジで結成されてたんだ……」

御幸は暫しの間だけカイやゲルダの背中を見送りつつ呟くと、今度こそ都庁へ駆けて行った。
予想外の一団の登場に場の空気を持っていかれて感動的に送り出される感じにはならなかったが、それでいいのだ。
当たり前のように勝利して明日からも当たり前のように日常が続いていくのだから。

323御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/02/04(木) 00:37:38
.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+

>「さあ――ここが踏ん張りどころだ。負ければ滅びる、引けば死ぬ。肚を括んな、野郎ども!」

「お待たせいたしました、姉姫様。これでも姫様の従者、微力ながら力になれるはずです」

クリスの左右後方に、雪女達を引き連れたカイとゲルダが並び立つ。

「姉姫様、これを――。皆の妖力を集めるなら見た目に分かりやすい方がいい。
超でかい火の玉は超でかい氷の槍で撃ち落としましょう!」

ゲルダから差し出された世界のすべてをクリスが持ち、カイとゲルダが左右から手を添えた。

「みんな! 今からあれを氷の槍で撃ち落とします! 妖力を注ぎ込んで!」

三人が世界のすべてを掲げると、皆の妖力を力に上空に巨大な氷の槍が生成されていく。
隕石に匹敵する大きさになったところで、解き放った。

「「「『超・堅き氷は霜を履むより至る(ハイパー・ラグナロク・アンクンフト)』!!!!」」」

それは現雪の女王の究極奥義の、超巨大バージョンでの再現。
放たれた氷の槍は隕石をあやまたず穿ち、一瞬の閃光と共に対消滅した。

「やりましたね……! 東京ブリーチャーズ拠点防衛班の面目躍如!」

ガッツポーズするカイ。
尚、拠点防衛班はばけものフレンズに含まれるのかまた別の枠なのかは不明である。
そこでゲルダが首をかしげる。

「拠点防衛班といえば……ハクトはどこにいったんでしょう? さっきから見かけませんけど」

.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+

324御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/02/04(木) 00:39:21
都庁前に着いてみると、祈と橘音と尾弐が到着していた。ポチとシロもほぼ同時に到着する。

>「ポチもシロも……御幸も無事だったんだな。よかった」

そう言って仲間の無事を喜ぶ祈の隣には、レディベアがいる。

「祈ちゃん、やったね……!」

が、ローランの姿は無い。祈によると、レディベアを目覚めさすために身を捧げたとのことだった。
しかし感傷に浸っている暇はなく、すぐに作戦会議が始まる。

>「皆さんの頑張りのお陰で、ボクたちはブリガドーン空間と龍脈の奪還に成功しました。
 もう、アンテクリストは眷属を無尽蔵に召喚できない。悪魔は『今いる分だけ』です。
 そして、龍脈の力を横奪することもできなくなった。彼を斃すには、今しかない。
 ただ――」

「あと二つ……か」

晴朧が率いる陰陽師たちが、そのうちの一つの破壊を申し出た。

>「ふむ。では、ひとつは儂らが受け持とう」
>「なに、何もかもお主らに任せきりというのも、陰陽師の立つ瀬がないのでな。
 少しくらいは儂らも役に立たせてくれ」

>「残りひとつは、わたくしたちが破壊する他ありませんわね……」

誰もがそう思ったその時、突如として残る隕石が白い閃光に貫かれて砕け散った。
クリスの復活を目の当たりにしていた御幸は、何が起こったかすぐに理解した。

>「……ああ……!」

「……真のブリガドーン空間ではこんなことがあるみたいだよ」

>「ローラン……ブリガドーン空間の力で復活したんだ……!」

>「―――――行きましょう!!」

橘音の掛け声を皮切りに、一度は逃げ出した都庁へ再び突入する。ついに最終決戦の時が来たのだ。
展望室へと向かう際中、妙に視線を感じた。祈が意味ありげに見ている。

「えっ、何!? 全然気にしてないよ!?
むしろ全部の組み合わせをくっつけるのに関与してるわけだから願ったり叶ったりっていうか。
それに君達二人が並んでると目の保養になるし!」

祈の視線の意味を“あっ、こいつだけボッチや!”とでも解釈したのだろうか。
なんかもういろいろ勘違いしていそうだった。
そのまま南展望室の屋上に到着する。勘違いしたままでも別に戦闘に支障はないので問題はないだろう。

325御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/02/04(木) 00:41:28
>「――来たか」

アンテクリストは神の余裕たっぷりに一行を出迎えた。

>「戻ってきたぜ。今度こそおまえをぶっ倒しに」

>「この私の。神の与えた福音を跳ね除け、反創世の障害たらんと抗う者どもよ。
 愛を。夢を。希望を標榜する者どもよ――」

ただ存在するだけで、並の妖怪なら消し飛んでしまいそうな恐るべき神の威光が一行を襲う。
御幸は、絶対零度の氷雪の王者―― 一切の感情を封印した、現在の世界を維持する機構としての顔になった。
これが唯一神を前にして、恐怖や絶望に呑まれないための最良の策である。

>「もう、すっかり神であることが板についたって感じですね……」

>「アンテクリスト……いいえ、ベリアル!
 幾ら強がりを言おうと、あなたはもうおしまいですわ!
 お父様のご降臨でブリガドーン空間の制御は取り戻しました、そして龍脈の流れも元に戻った!
 あなたを神たらしめていた力は、既にあなたの手の中には何ひとつ存在しない……!
 神妙に縛に付き、刑に服しなさい!」

レディベアが高らかに降伏勧告をするが、素直に聞き入れるアンテクリストではない。

>「ならば取り戻そう、汝らを裁いた後で、緩々と。
 ブリガドーン空間と龍脈の力を欠くとも、まだ我が身の内には世界を三度焼き尽くせるだけの神力が宿っている。
 それを、これより見せよう」

>「何するつもりだ、てめぇ!」

「――させるか!」

祈の飛び蹴りと同時に、とっさに氷柱を放つが、双方いとも簡単に弾かれた。

>「――いでよ。鼎の三神獣――」
>「――『天空を統べる者、其は大いなる翼(ジズ・ザ・アルティメット・ワン)』――」
>「――『蒼海を覇する者、其は煌々たる鱗(レビヤタン・ザ・インヴィンシブル・ワン)』――」
>「――『大地を束ねる者、其は蹂躙する獣(ベヘモット・ザ・アブソリュート・ワン)』――」

召喚されたのは、空・海・大地を統べる三体の神獣。

>「往け」

>「ビョゴォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」

先陣を切って突撃してきたのは、神鳥ジズ。
残った最後の大火球を元に作り出されたこの神鳥は、燃え盛る炎の巨鳥という姿をしており、空に加えて炎の属性も持っている。
炎が弱点の属性有利が取れる相手と見たのか、炎に対抗し得る厄介な相手と見たのかは分からないが、御幸に狙いを定めているようだ。

>「御幸!!」

「任せといて。輝く神の前に立つ盾《シールド・オブ・スヴェル》!」

326御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/02/04(木) 00:44:20
もはや十八番となった防御妖術で氷のシールドを展開し、初撃は難なく防いだ。
が、初撃はほんの小手調べと思われる。
ジズは紅蓮の焔を吐き散らし、ヘリポートは火の海となる。

「――ダイヤモンドダスト!」

燃え盛る炎を妖力の霧氷で消火する。
ジズは御幸を明確に厄介な相手と認定したのか、勢いをつけるように先ほどよりも上空から体当たりを仕掛けてくる。
勢いを付ければ当然当たれば威力は増す。が、反面その分攻撃の予備動作は長くなるということでもある。

「隙あり! フリーズチェーン!」

ジズの全身に呪氷の鎖が絡みつき、一時動きを封じる。御幸は仲間達を振り向く。

「みんな! 今のうちに攻撃を……あれ」

レビヤタンが橘音と尾弐を襲い、都庁に体当たりをはじめたベヘモットを止めるためにポチとシロが飛び出す。
目下、アンテクリストと直接対峙できるのは祈とレディベアだけとなった。
自信満々な敵は“全員まとめてかかってこい”と言ってくれそうなものだが、
束になってかかってこられるのを避けて分断するスタンスはベリアルの時から引き続きのようだ。
邪魔な仲間達の相手を傀儡にさせ、世界の命運を握る二人を直々に絶望の底に突き落とす魂胆なのかもしれない。

「割とマジでディフェンダーにクラスチェンジしたの失敗だったかな……」

攻撃は他の人に任せる気満々だった御幸は思わずぼやく。
ディフェンダーというのはアタッカーが勢揃いしている中にいればパーティの生存率を飛躍的に向上させるが、タイマンには向かない。マジで向かない。
しかも、特殊な力の発動条件がある御幸にとって、分断の弊害はそれだけに留まらない。

「ええい、エターナルフォースブリザードっ!」

苦し紛れに適当な攻撃妖術を放つが、ジズはそよ風でも受けたような顔をしている。
それもそのはず、御幸はいつの間にやらみゆきになっていた。

「え……あ……うそ……判定厳しすぎでしょ!?」

御幸は、守る対象がその場にいないと現出できない人格。
同じ場にいながらもアンテクリストの明確に分断を狙う意図により、同一戦闘には守る対象がいない扱いになってしまったのかもしれない。
ベリアルだったアンテクリストは、一行の能力を全て把握していると考えるのが自然。
アンテクリストの立場に立ってみれば、御幸を孤立させて瞬時に消しにかかるのは当然かもしれなかった。
呪氷の拘束を難なく振り切ったジズが、再び炎のブレスを吐かんとする。完全に詰んでいた。
コカベル戦を乗り切った屁理屈(?)も今回は通用しそうにない。

「童一人倒して勝てると思うな! 童がいなくたってみんなならやってくれるんだから……!」

開き直ったみゆきは、一番最初にやられる四天王のようなことを宣っている。

――もしも童にも一番の相手が隣にいれば、こうはならなかったのかな……

紅蓮の炎が放たれ、万事休すかと思われたその時。
みゆきのポケットから白くて小さいもふもふした影が飛び出したかと思うと、人型に変化する。

327御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/02/04(木) 00:46:09
「――月暈《ムーンヘイロー》!」

兎耳銀髪の少年がみゆきの前に立ち、月光のような淡い光のシールドを展開して炎を防いでいた。
見慣れた姿よりも少し外見年齢が上がっており、水兵をモチーフにしたような服のうえにみゆきとお揃いのような雪のローブを羽織っている。

「ハクト……!?」

「びっくりした? 玉兎って本当はそんなに弱い妖怪じゃないんだよ」

玉兎とは本来、金烏と対を成し世界の半分を象徴する、神獣に近い側面も持つ妖怪である。
ではなぜ今まで有象無象の弱小妖怪と同程度の力しか持たなかったのか――それは彼がまだ幼体だったからだ。
幼体、とはいっても平和な時代ではずっと幼体のままの者の方が圧倒的に多いので
玉兎になる素質を持つ化け兎、とでも言うべきかもしれない。
飢えた人間を救うために炎に飛び込んだ兎の献身の精神が称えられ、月の神獣に奉られたのが玉兎の発祥とされている。
化け兎が真の玉兎になる条件とは、その伝承のとおり、誰かのために燃え盛る炎に飛び込むこと――
とはいえ流石に本当に炎の中に飛び込んでは丸焼きになってしまうので、炎の燃え盛る戦場に飛び込む、でOK判定なのだろう。

「こんなこともあろうかと君のお姉ちゃんがポケットに押し込んでくれたんだ。
いざという時まで隠れとけって。最初から出てたらぼくも分断されてたかもしれないでしょ?」

「それもそうだ……!」

同一戦闘にパーティメンバーが現れたことで、みゆきは再び御幸の姿になる。

「分かってる。君の一番にはなれないってこと。でも…… 一番の相手じゃなくたって力になれるんだよ。
――ムーンライトシャワー!」

御幸に銀色の光が降り注ぐ。
古来より強い魔力を持つとされる月の力にあやかる、妖力増幅の妖術。

328御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/02/04(木) 00:47:27
「それってどういう……」

「だから君も一番じゃなくたって力になってあげなよ。理由はどうあれ永遠を捧げたんでしょ?
なんかやたら熱心に髪飾り作ってたしね」

「……あれは妖力制御の練習だから!」

「それなら、練習の成果今こそ見せる時なんじゃない?
大丈夫、ここは想いが力になる空間。どんな大作も想いのままさ」

「そう……だね。やってみるよ!」

御幸はもともと、雪の巨人を作り出して傀儡として戦わせる術を持っている。
思い付いた作戦は、それを、そうあれかしの力を借りられるような氷細工で行うというものだった。
御幸は傘を掲げ、空にラクガキでもするように炎の巨鳥を打ち破るためのそうあれかしを描いていく。
炎の巨鳥に対抗するのは、分かりやすく氷の巨鳥。
世界の終末に食べ物として供されるという被食者の属性を持つ者には、やはり世界の終末の時に死者を食らうとされる、捕食者の属性を持つ者を――

「――クリエイト・フレースヴェルグ!!」

作り上げたのは、吹雪をまとう巨大な氷の鷲。北欧神話に謳われる、風を統べる者。
それは精巧な氷細工そのものでありながら、まるで生命が宿ったように翼をはためかせて飛翔する。

「見たか! 雪まつりだったら優勝確実の超大作! いっけえええええええええええええ!!」

炎の鳥と氷の鳥が激突する。

329尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/02/11(木) 22:00:48
天より堕つる禍星。
空を朱く焦がす強大な力の塊。その数七つ。
神々ですらも模倣出来ぬであろう御業は、帝都に散在する終世主に抗う意志を焼き払わんとする。

「こりゃまた随分と滅茶苦茶やりやがるな……腹立ち紛れに都市を滅ぼそうたぁ、まるで餓鬼の癇癪だ」

>「ははは、これは愉快痛快!
>アンテクリストめ、大技を繰り出してきおったな!今まで我らを地を這う虫と思い、見向きもせなんだものが。
>やっと正式な障礙として認識したということかよ――!」
>笑い事じゃないですよ天邪鬼さん!?
>あんなもの、一発でも喰らったらジ・エンドだ!それが七ツも……誇張じゃなく東京が滅んでしまう!」
>「だろうな」
>「だろうなって!」

実際、あの火球の一つでも落下を許せば都市は壊滅するのだろう。
腐っても終世主を名乗る者が放つ技だ。そういう業でそういう権能を有していると観て違いない。
ならば、尾弐達が取るべき選択肢は一つ。

>「確かに正論、喰らえば一切万象塵芥と帰そうよな。
>ならば喰らわねば善い。喰らう前に我が神夢想酒天流の秘奥にて彼の大陰火、膾に斬って呉れようぞ」
>「仕方ありませんね……。ではクロオさん、ハルオさん、颯さん!
>五人であの火の玉を出来るだけ何とかしましょう!」

正直な所を言えば此処での消耗は大きな痛手にはなるが、背に腹は代えられない。
力を惜しんで守るべきものが滅ぶのを座して待つなど馬鹿げている。

「随分腰にきそうな前座だが、仕方ねぇ。派手に暴れて――――」

尾弐は覚悟を決めて口を開き

>「いいや。橘音君、黒雄さん。ふたりは都庁へ。
>ここは私たちに任せて下さい。祈たちと合流し、アンテクリストを討つことに集中を」
>「そうね。橘音、黒雄君、先に行って。
>あの隕石は、こっちで何とかするから!」

しかし、吐き出しかけたその言葉は晴陽と颯の二人に遮られた。
彼等は当然の様に口にする。自分達が、何とかすると。
天邪鬼も含めて3名が語る言葉を聞いた尾弐は始めは怪訝な顔をしていたが、やがて……遅ればせながらようやく思い至る。
その言葉の意味に。

>「戯け。なんでも己のみで片付けようとするのが貴様の悪癖よな、三尾。
>おいクソ坊主、貴様からも言ってやれ。自分のできぬことは、他の者に任せてしまえとな」

「ハ!そうだな――全くだ。懐かしい連中に囲まれたせいか、つい自分達で全部やらなきゃならねぇと思っちまってたが」

苦笑を浮かべ、大きく息を吐く尾弐。
そうだ。今の尾弐は。尾弐達は、かつての東京ブリーチャーズではない。

「早く走りてぇのなら祈の嬢ちゃんに。多勢に無勢だったならノエルに。奇襲強襲が必要ならポチ助に」
「出来ねぇ事は、仲間を信じて任せりゃいいんだ――――俺も橘音も、もう一人ぼっちじゃねぇんだから」
「頼れる仲間が居るんだからよ」

迷いながら、間違えながら進んできた自分達の手を引いてくれた者達がいる。
暗い闇の中で尚、光を見せてくれた者達が居る。

「信じようぜ、橘音。俺達を光の下に引っ張り出してくれた、キレェな連中をよ」

そう言って尾弐は那須野橘音の腕を掴み、天邪鬼達に背を向ける。

>「さあ――征け!
>そして、見事帝都鎮護の役目を果たしてくるがいい!」
>「祈を頼みます、黒雄さん。
>……いいえ、祈だけじゃない……この東京を。
>それが出来るのは私たちじゃない、あなたたち現在の東京ブリーチャーズだけですから」
>「ふたりとも、頑張ってきてね!
>みんなの未来を。あなたたちの未来を、守って!」

「あんがとよ、晴陽、颯、外道丸――――此処は任せた。俺達は、世界を救ってくる」

一歩、二歩。振り返らずに足を前へ。
勝利の誓いを此処に遺し、悪鬼と妖狐がいざ決戦の地へ推して参る。

330尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/02/11(木) 22:03:44
辿り着いた都庁内の玄関前広場には、多くの協力者達が集まっていた。
そしてその中に、異形の妖怪達を伴った少女が一人。

>「祈ちゃん!」
>「橘音!」

多甫祈。絶体絶命の状況を打破する鍵となった、東京ブリーチャーズが一員。
橘音の腕を放して二人の邂逅を見届けて、尾弐は安堵の息を吐いた。
幾ら頼もしい仲間達を伴っていたとはいえ、直接的にアンテクリストの障害となる祈の立ち位置は相当に危険だった筈だ。
それこそ、歯車一つ狂えばこの場に立っていない可能性すらあったに違いない。
にも関わらず無事に――それも、十全以上の結果を携えてこの場に居てくれた。
尾弐は、そんな祈の尽力に労いの言葉を掛けようとして

「祈の嬢ちゃん。よく頑張ったな」
>「えっ……尾弐のおっさんかこれ? なんかずるい……かっこよすぎる……」
「あ?あー……これか。内臓がまろび出そうだったんでやっつけで作ったんだが……そういや、祈の嬢ちゃんはこういうの好きだったな」

向けられた闘気の鎧への憧憬に、思わず視線を逸らして頬を掻く。
必要性が有って装着した外装ではあるが、少し冷静になってみるとむず痒い思いがするのもまた事実。
それでも鎧の下の傷が完治している保証がないので、落ち着いて治療出来るようになるまでは解く訳にはいかず……

「ま……まあ、その話は後だ!ほら、色男とポチ助のお帰りだぜ!」

そう言って露骨に話題を逸らしつつ視線を向けた先には、ポチとノエルの姿。

>「祈ちゃん、やったね……!」
「色男、ポチ助。お前さん達も良くやったな……無事に、生きて戻ってくれて何よりだ」

尾弐は、負傷こそあれ無事に戻ってくる事が出来た二人の肩を叩き、その労を労う。
無事である事を信じてはいたが……それでも、実際にその姿を見れば喜びの感情が沸くものだ。
しかし――喜んでばかりもいられない。何故なら

>「皆さんの頑張りのお陰で、ボクたちはブリガドーン空間と龍脈の奪還に成功しました。
>もう、アンテクリストは眷属を無尽蔵に召喚できない。悪魔は『今いる分だけ』です。
>そして、龍脈の力を横奪することもできなくなった。彼を斃すには、今しかない。
>ただ――」

降り注ぐ業火の災厄は、未だ潰えていないからだ。
天に在るアンテクリストの権能を祓わねば、待ち受けるは破滅のみ。
だが――絶望する事は無い。希望は残っている。ヒーローは、正義の味方は、尾弐達だけではないのだから。

>「ふむ。では、ひとつは儂らが受け持とう」

まず声を上げたのは、陰陽師と自衛隊の人間達。
短き時を生きる人という種が、連綿と紡いできた国を守るという想い。人々の命を守るという想い。
束ねられたそれらの想いは、火球を跳ね返す力となる。
一人が駄目なら二人で。二人が駄目なら三人で。三人が駄目なら、全員で。
これこそが群れとしての人間という生物の力なのだろう。

>「残りひとつは、わたくしたちが破壊する他ありませんわね……」

そしてもう一つの火球であるが

>「……ああ……!」
>「……真のブリガドーン空間ではこんなことがあるみたいだよ」
>「ローラン……ブリガドーン空間の力で復活したんだ……!」

「……奴さん、やりとげたのか」

これについて、多くを語る事はあるまい。
ただ、一人の男が意地と信念を貫き通し、光の奔流が災厄を討ち払った。それだけの話だ。

>「―――――行きましょう!!」
「応っ!!」

眼前の障害は仲間達の尽力によって祓われた。ならば、次は尾弐達の番だ。

331尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/02/11(木) 22:04:16
>「――来たか」

眼下に帝都を見下ろすその場所。東京ブリーチャーズが一度は敗走したその場所に『其れ』はいた。

>「この私の。神の与えた福音を跳ね除け、反創世の障害たらんと抗う者どもよ。
>愛を。夢を。希望を標榜する者どもよ――」

怪人赤マント。天魔べリアル。終世主アンテクリスト。
己が目的の為にあらゆる悪を無してきた人類の天敵にして、かつて人間だった尾弐黒雄を破滅へと導いた仇敵。
絶対の神の様に振る舞うその存在は、唯一神が如く力を放ちながら言の葉を紡ぐ。

>「汝らは無価値である。汝らは無意味である。
>汝らの蒔いた種は何物をも芽吹かせず、成し得るすべての行為は徒労に終わるであろう。
>己が行動の無為を知りつつもなお、神への従属と帰服を拒むと言うのなら。
>善い――格別の慈悲を以て、汝らに裁きを与えよう。
>この終世主、みずからの手で」

尾弐達は、一度はその圧倒的な力を前にして逃げ出す事しかできなかった。
けれど――今は違う。

>「戻ってきたぜ。今度こそおまえをぶっ倒しに」
>「もう、すっかり神であることが板についたって感じですね……」
「薄っぺれぇ板だ。顔面でもぶん殴ってやりゃあ、汚ぇ悲鳴の一つも上げてくれるだろうよ」

>「アンテクリスト……いいえ、ベリアル!
>幾ら強がりを言おうと、あなたはもうおしまいですわ!
>お父様のご降臨でブリガドーン空間の制御は取り戻しました、そして龍脈の流れも元に戻った!
>あなたを神たらしめていた力は、既にあなたの手の中には何ひとつ存在しない……!
>神妙に縛に付き、刑に服しなさい!」

拳を握り、力を込める。
終わりに刃向う準備は出来た。破滅に抗う覚悟も決めた――――未来を掴む意志は掌の中に。

>「ならば取り戻そう、汝らを裁いた後で、緩々と。
>ブリガドーン空間と龍脈の力を欠くとも、まだ我が身の内には世界を三度焼き尽くせるだけの神力が宿っている。
>それを、これより見せよう」
>「――いでよ。鼎の三神獣――」

そんな東京ブリーチャーズとレディ・ベアの宣戦布告を受けたアンテクリストは、けれど感情の色すらも見せずその敵意に対処せんとする。
アンテクリストの声と共に産み出されしは三体の獣。

炎の巨鳥ジズ
水の海竜レビヤタン
神の牡牛ベヘモット

彼の旧き神話に名を連ねる神獣達。
業火が。激流が。破砕が。
世界を創る為に作り出された伝説が、尾弐達の前に立ちはだかったのである。

332尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/02/11(木) 22:04:33
>「往け」

アンテクリストの言葉に従い、巨鳥ジズが業火を吹き放つ。
空気すらも焼き尽くす炎は、幸いにしてノエルの氷雪により防ぐ事が叶ったが

「ちっ、分断されたか!!」

尾弐の言葉の通り、戦局は分断されてしまった。
本来は戦力集中による各個撃破が理想的であったのだが、神の役割を得ても、アンテクリストの謀略の才は衰えていないのだろう。
的確に尾弐達が嫌がる戦況を作らんとしている。
現に……眼前のレビヤタンと尾弐の相性は最悪と言っていい。

「邪魔だ!くたばれ蛇公!――――偽針発勁(ギシンハッケイ)!!」

橘音が回避する事でレビヤタンに生まれた隙を狙い放つ、闘気の針である偽針と発勁の合わせ技。
刺さった針が触れている箇所を発勁の衝撃で吹き飛ばすという力技は、レビヤタンの肉体の一部を破砕するが――――しかし、水で出来た肉体は即座に修復してしまう。
そう。回復ではなく『修復』だ。どうやら彼の水竜に物理攻撃は通用しないらしい。おまけに

「っ……!?オイオイ、こっちの防御は向こうかよ。随分性格悪ぃ性能してやがんなぁ!!」

彼の獣が放つ圧縮された水流――ウォーターカッターは、石や鉄は勿論、尾弐の肉体ですらも容易く切り裂く。
それをすんでの所で回避した尾弐は、自身が纏う闘気の鎧が容易く削られたのを目にして冷や汗を流す。
こちらの攻撃は効かず、敵の攻撃は直撃すれば即死。なんともふざけた話である。

>「尾弐のおっさん! 橘音!!」
「大丈夫だ!直ぐに合流する!今はこっちに気を遣るなっ!!」

乱射される水流を戦闘経験を頼りに回避しつつ、尾弐は祈へと返事を返す。
気休め――という訳ではない。確かに眼前の敵は馬鹿げた程に強力であるが、尾弐と那須野は必死の戦線など何度も潜り抜けてきた。故に

「橘音!手札は血と、黒尾(コクビ)が一度!後は根性だけだ!策を頼むっ!!」

強敵を前にして立ちすくむ事は無い。
餅は餅屋。そして、戦略は帝都が誇る聡明なる狐面探偵・那須野橘音のホームグラウンド。
即断で。全幅の信頼を込め、尾弐黒雄は那須野橘音に『使えるかもしれない』手札を提示する。

一つ目の札は尾弐の身体を流れる悪鬼の血。
普段でさえ毒といえる程の穢れである尾弐の血は、先の闘神アラストールとの戦いの最中に竜の血を浴び、その心臓を齧り、揚句にアラストールの指すらも喰らった事でその濃度を増している。
アンテクリストが呼んだとはいえ、レビアタンは旧約の聖典を祖とするモノ。
人(尾弐)精霊(竜)神(アラストール)の三位一体の毒――――彼の水竜の身体と同じく液体のそれを混ぜてしまえば、効果は見込めるかもしれない。

二つ目の黒尾は言わずもがな。
後一度きりしか使えないが、例えダイヤモンドすら切り裂く水流であろうとそれが指向性を持った攻撃であればそのまま反射してみせる尾弐の奥義だ。
何らかの方法を以て物理攻撃さえ効く様になれば、世界を作った獣であろうと己が牙で自死させて見せる事だろう。

尾弐にはそれらのカードを最効率で用いる事は出来ない。だから託す。
最も信頼できる親愛なる者の頭脳に、生きるために尾弐黒雄は己の命を賭ける。
だから、那須野橘音にも信じて欲しい。尾弐黒雄は、信じた女の言葉を必ず成し遂げる男である事を。

333ポチ ◆CDuTShoToA:2021/02/18(木) 22:18:24
不意に、空に燃え盛る七つの巨星が現れた。
それらはゆっくりと、東京へと落ちてこようとしていた。
直視し難い眩さと、遥か遠くからでも感じる灼熱。
もし、それが地表に辿り着いたら何が起こるのかは――想像に難くない。

「ああ、もう!遠くからネチネチと!」

ポチが立ち止まり、空を見上げ――振り返る。
皆と合流する前に、一つ仕事が増えてしまった――あの星を止めなくては。
正直なところ、ポチはそれを無傷で成し遂げられるとは思えなかった。
ポチとシロの戦技は、狩人の業。生物を殺める為の力だ。
降り注ぐ巨大な星を打ち砕くには――それなりに、無茶をしなくてはならないだろう。
アンテクリストとの戦いを前に、これ以上の消耗は避けたかったが――

>「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――――ン!!!!」

その時だった。背後から獣達の遠吠えが聞こえた。
ロボの、アザゼルの。そして、聞き間違えるはずのない――遠野の山奥で出逢った、あの巨狼の声。

「……なんだよ、もう。来てたなら、顔くらい見せてくれれば良かったのに」

不満げな声。だがポチの口元には微かな笑み。
東京ブリーチャーズに出会い、仲間を得て、愛を知り――今更、父の心が読み取れないポチではない。
今、父に会えば、ポチの中からほんの少しだけ、しかし確実に、負けられない理由が欠け落ちる。
ポチの中にある、物心ついた頃には父親のいなかった――両親を恋しく思う気持ちが、飢えが和らぐ。

それではいけないのだ。飢えは、獣を研ぎ澄ましてくれる。
だから会わない。父はそう決めた。
ならばその決意を、ポチが無下にしていいはずもない。

「行こう、シロ。あっちは大丈夫」

ポチは再び前を向くと、そう言った。



そうして辿り着いた都庁には、既に橘音と尾弐、それに祈が集まっていた。
皆の姿を目にしたポチは、一度すんと鼻を鳴らして、

「あっ……シロ!急いで!ほら早く!」

一瞬だけシロを振り返ると、すぐに前を向いて地を蹴った。

「ふふっ、これでドベはノエっち、だね?」

殆ど飛び跳ねるように橘音達の元に辿り着いたポチは、自分と同じく今しがた都庁に辿り着いたノエルを振り返った。
両手を頭の後ろで組んで、からかうような口調。
傷を負い、疲弊した後だからこそ余裕そうに振る舞う――ポチの癖だ。

>「ポチもシロも……御幸も無事だったんだな。よかった」
>「色男、ポチ助。お前さん達も良くやったな……無事に、生きて戻ってくれて何よりだ」

「いやぁ……実は、結構ヤバかったんだけどね、こっちは……あはは……」

ポチがバツが悪そうに笑うと、シロと手を繋いで、祈を見た。

「ちゃんとふたりとも無事で戻ってこれたのは、祈ちゃんのおかげ……ありがとね」

ポチの尻尾が小さく踊る。
本当なら、祈への感謝は言葉と尻尾の動きだけで表現出来るものではない。
出来れば今すぐ変化を解いて、祈の周りをぐるぐる走り回り、脛をこすりたいくらいだ。
だが今はまだ、駄目だ。まだ王としての自分を緩める訳にはいかない。

334ポチ ◆CDuTShoToA:2021/02/18(木) 22:18:40
>「皆さんの頑張りのお陰で、ボクたちはブリガドーン空間と龍脈の奪還に成功しました。
 もう、アンテクリストは眷属を無尽蔵に召喚できない。悪魔は『今いる分だけ』です。
 そして、龍脈の力を横奪することもできなくなった。彼を斃すには、今しかない。
 ただ――」

橘音が頭上を見上げる。ポチもそれに倣う。
空を占める七つの神罰。それに迫る流星の如き光。
巨星が一つ、また一つと打ち砕かれていく――だが、それも五つで打ち止め。

「やるなら、橘音ちゃんかノエっちだけど……二人ばっかり、あんまり疲れるのも良くないよね」

この状況、正直なところポチには殆ど打つ手がない。
上空から迫る巨大な火球は、当然だが接近すればそれだけで致命的なダメージをもたらす。
『獣(ベート)』の鎧を身に纏い、重傷を負う覚悟で挑んで、やっと破壊出来るかどうか。
祈と尾弐も、ポチよりはマシにしても、無傷での破壊は困難だろう。
となると、適任は橘音とノエル――だが、そうすれば二人だけが大きく消耗する事になる。

>「ふむ。では、ひとつは儂らが受け持とう」

「……一つ丸ごと?」

懐疑的なポチの声――陰陽師達は皆、疲れ果てている。
もし仕損じれば、その被害は計り知れない。
一つ丸ごとと言わずとも、妖力の補助だけでも十分助かる。ポチはそう言おうとして、

>「なに、何もかもお主らに任せきりというのも、陰陽師の立つ瀬がないのでな。
  少しくらいは儂らも役に立たせてくれ」

しかし続く晴朧の言葉に、口を噤んだ。
彼らとて今の今まで命がけの戦いを繰り広げてきた身。
その彼らに、役に立たせてくれとまで言われて、やれるのかなどと聞けるはずがない。

>「お主ら東京ブリーチャーズの健闘、献身!決して無駄にはするまいぞ!
  今こそ、平安の時代より護国鎮撫のお役目を預かってきた我ら陰陽寮の面目を施すとき!
  総員、丹田の底より法力を絞り出せい!」

ましてや、その言葉を口にしたのは陰陽寮という群れの長なのだ。
これ以上の不安視は無礼でしかない。
陰陽寮は、引き受けた使命を必ず果たす。
そこに最早、思考の余地はない。

「……よし、これで残りは一つ」

>「残りひとつは、わたくしたちが破壊する他ありませんわね……」

「だね。橘音ちゃん、僕にも何か出来る事はある?アレに噛み付いたり、引っ掻いたりする以外で――」

不意に、地から天へと迸る閃光が、最後の神罰を貫いた。
ポチが思わず言葉を失って、口をぽかんと開けて、空を見上げる。
それから――その白光が生じた方角を見やる。

>「……ああ……!」
>「ローラン……ブリガドーン空間の力で復活したんだ……!」

「……へっ。カッコつけるタイミング、見計らってたんじゃないだろうな、アイツ」

言葉とは裏腹に、ポチの口元には軽やかな笑み。
死んだと聞かされた、愛と誠意の男が生きていた。
レディベアの目に浮かび、零れた涙からは、深い愛情と喜びのにおいがする。
笑わずにいられるはずがない。

>「―――――行きましょう!!」
>「応っ!!」

「うん、行こう。アイツのお誕生日会も、いい加減飽きちゃった」

335ポチ ◆CDuTShoToA:2021/02/18(木) 22:19:20
 


一度はなりふり構わず逃げ出した都庁を、東京ブリーチャーズは今再び登っていく。
屋上へ近づくにつれて、アンテクリストのにおいは強くなっていく。
ブリガドーン空間の制御を取り戻した今もなお、身の竦むような神気のにおい。
だが――今はもう、獣の本能は逃げろとは言っていない。

>「――来たか」

そして――東京ブリーチャーズは今一度辿り着いた。
四対の翼を広げ、こちらを見下ろす終世主――アンテクリストの前に。

>「この私の。神の与えた福音を跳ね除け、反創世の障害たらんと抗う者どもよ。
  愛を。夢を。希望を標榜する者どもよ――」

迸る神気に晒されるだけで、全身の毛が逆立つ。
呼吸一つにさえ神経がすり減る。

>「汝らは無価値である。汝らは無意味である。
  汝らの蒔いた種は何物をも芽吹かせず、成し得るすべての行為は徒労に終わるであろう。
  己が行動の無為を知りつつもなお、神への従属と帰服を拒むと言うのなら。
  善い――格別の慈悲を以て、汝らに裁きを与えよう。
  この終世主、みずからの手で」

「……へっ、ほざいてろよ」

それでも、吐き捨てるようにポチは唸った。
もう二度と、気圧されてやるつもりなどなかった。

>「もう、すっかり神であることが板についたって感じですね……」
>「薄っぺれぇ板だ。顔面でもぶん殴ってやりゃあ、汚ぇ悲鳴の一つも上げてくれるだろうよ」

>「アンテクリスト……いいえ、ベリアル!
  幾ら強がりを言おうと、あなたはもうおしまいですわ!
  お父様のご降臨でブリガドーン空間の制御は取り戻しました、そして龍脈の流れも元に戻った!
  あなたを神たらしめていた力は、既にあなたの手の中には何ひとつ存在しない……!
  神妙に縛に付き、刑に服しなさい!」

「そうさ。パーティーはもうお開きだ。誰もお前の為にクラッカーを鳴らしちゃくれなかったろ?」

>「ならば取り戻そう、汝らを裁いた後で、緩々と。
  ブリガドーン空間と龍脈の力を欠くとも、まだ我が身の内には世界を三度焼き尽くせるだけの神力が宿っている。
  それを、これより見せよう」

アンテクリストの指先が天空を指す。
都庁が、大地が揺れる。大気が震える。
黄金色の空に再び極彩色が滲む。

>「――いでよ。鼎の三神獣――」

そして生み出されたのは――三体の獣。

紅蓮の炎によって形作られた巨鳥、ジズ。
東京中の水が濁流と化して描き出した竜、レビヤタン。
半壊した東京に散らばる、かつて大地だった物が集い生み出された巨獣、ベヘモット。

>「往け」

アンテクリストの号令の下、三体の獣が吼える。
巨鳥ジズはヘリポートを炎で塗り潰し、レビヤタンは水圧の刃をブリーチャーズへと放つ。
ポチもシロもその場に留まれず、大きく飛び退く。

336ポチ ◆CDuTShoToA:2021/02/18(木) 22:20:34
>「ちっ、分断されたか!!」
>「尾弐のおっさん! 橘音!!」
>「大丈夫だ!直ぐに合流する!今はこっちに気を遣るなっ!!」

「シロ、アレの気を引くよ!」

全身が水で構築されたレビヤタンに物理攻撃は通じない。
となると頼みの綱は橘音の妖術と、その頭脳。
いずれにしてもこの場はほんの数秒でも時間を稼ぐべき。
まだ姿の見えないベヘモットとやらが現れる前に、片を付けなくては。
ポチはそう判断して、レビヤタンへと飛びかかる――

>「グルルルルルルルアアアアアアアアアアッ!!!!」

その直前。不意に響いた咆哮と共に、ポチの足元が激しく揺れた。
都庁そのものが激しく揺らぎ、軋みを上げていた。

「な……なんだ……?」

強い震動の中、ポチはなんとか体勢を整えて、屋上の縁へ。
そこから身を乗り出して、地上を見る。

「……なんだよ、アレ」

見えたのは、体長60メートルは下らない、瓦礫の巨獣。
地上に何かが出現した事は分かっていた。
だが――目の当たりにしたベヘモットの姿は、ポチの想像を遥かに上回っていた。

>「あなた!」

巨獣の突進を受けた都庁が再び揺れる。

「……分かってる!行くよ、シロ!アイツをぶちのめす!」

絶望的な体格差。だが、それでも挑まねば都庁が保たない。
そしてこの状況、悠長に階段を使っている暇などない。
故に――ポチは屋上から飛び降りた。
そのまま右手の爪を壁に突き立てる。
都庁外壁をがりがりと削りながら、ポチは自由落下よりはやや遅く、だが急速に地上へと近づいていく。

>「ポチ、シロ!!」

「心配しないで!すぐに戻るから!」

頭上から聞こえた呼び声に応える――そして、ポチは都庁外壁を蹴りつけた。

「ガァアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!」

地上20メートルの高さから、自身の脚力に重力加速度を乗せて、ポチは翔ぶ。
ベヘモットの頭部が目前に達するまで、一秒とかからなかった。
瞬間、ポチは前転――渾身の踵落としをベヘモットに叩き込む。

そして――ベヘモットはまるで動じなかった。
頭頂部を足蹴にしているポチを振り落とそうとさえしない。
ポチとまったく同時に、シロもまた渾身の打撃を打ち込んでいたというのに。

「コイツ……!」

ベヘモットは――あまりにも巨大だった。
加えて、その肉体は瓦礫や自動車の残骸によって構築されている。
ポチとシロの戦技は、狩人の業。生物を殺める為の力――相性が悪すぎる。

337ポチ ◆CDuTShoToA:2021/02/18(木) 22:24:25
ベヘモットが再び都庁へと体当たりすべく、体を大きく後退させる。
足場としているベヘモットの頭頂部が激しく揺れて、ポチとシロはその場から飛び降りた。

「なんだ、お前……どこ見てやがる」

奇しくもポチは都庁を背に、ベヘモットを迎え撃つ形。
ベヘモットは――今もなお、ポチを見てはいない。
ただ再び都庁へと吶喊するべく、重心を深く落としている。

状況は限りなく最悪に近かった。
狼の戦技は、瓦礫を固めて出来た獣には通じない。
単純な力比べをしようにも、体格差はあまりにも大きい。

「……ナメやがって」

それでも、ポチは怒りを燃やした。
王として、ポチは今、決して怯んではならなかった。
たかが瓦礫と廃車を固めただけの、偽物の獣に、狼の王が怯むなどあってはならない。

「お前なんか、ロボとアザゼルに比べれば……これっぽっちも怖くないんだよ」

急激な妖気の昂り。
ポチの胸部から赤黒い血が、『獣(ベート)』の血肉が溢れる。
それはポチの胸から四肢へと急速に広がって、硬化――燻る甲冑を形作る。

「……あのクソ野郎を心ゆくまでブン殴る為に、取っとくつもりだったけど」

『獣』が埋めていた滅びの傷が開く。
全身から溢れるポチ自身の血が――甲冑に燻る炎によって、妖気と混じり合いながら、宙へ踊る。
赤黒い血霧は風の流れに支配されず、正確に半球状に、周囲へ広がっていく。

「先に、お前に見せてやるよ」

「それ」は、ポチが今まで拾い集めてきた、発想の欠片の集大成。
真なるブリガドーン空間の中だからこそ。
東京中の人々に信じられ、東京中の人々を守らんとする今だからこそ叶う、己が奥義の更にその先。

かつて――姦姦蛇螺との戦いで、ポチは不在の妖術に祈を巻き込んだ。
あの時は無我夢中で試みただけだったが――あれは、要は神隠しと同じだ。
己の世界、結界を作り出し、そこに他者を招き入れる。

そして結界と言えば、酔余酒重塔での戦い。
あの時、酒呑童子と化した尾弐が展開した結界と妖術。
血に満たされ、血を媒介にしたそれらは恐ろしく強力だった。

橘音の魂の世界で、彼女と対峙した時もそうだ。
橘音はまさしくその世界の主――神の如く自由自在に力を発揮していた。
自分の世界に獲物を引きずり込む――それは妖怪としては古典的であり、また最上級の戦技と言える。
攻撃の手段としては勿論――援護の手段としても。

「シロ、作戦は――」

王は二人いてもいい。いつだったか、ノエルが己に向けた言葉。
ポチはそれを思い出して――牙を剥くように、笑った。

「――アイツがぶっ壊れるまで、ブン殴るよ」

338ポチ ◆CDuTShoToA:2021/02/18(木) 22:27:09
ポチを中心に、赤黒い夜が広がる。

「オイ、テメエも紛い物とは言え獣だろ。だったら、僕に頭を垂れやがれってんだ」

都庁を破壊せんとするベヘモットは必然、そこへ飛び込んでくる形。

「ここは――『僕らの縄張り』だぞ」

ベヘモットが夜の帳を潜ったその瞬間、ポチの、そしてシロの姿が消えた。
宵闇の中、送り狼はどこにいるのか分からない。
故に、どこにもいない。どこにもいないのだから、傷つけようがない。
故に、どこにでもいる。どこにでもいるのだから、逃げようがない。

二つの状態を自在に選択出来るが故の、一方的、完全同時、全方位からの重連撃。
ポチの奥義、僕の縄張り――それが、二匹分。
送り狼の原点――ニホンオオカミの妖怪であるシロも、この縄張りの力を十全に活用出来る。

体長60メートルの巨獣の突撃は、ポチとシロでは止められない。
だが問題はない。
それが都庁に届くよりも早く――その全身を打ち砕けば、何も問題はない。

339那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/02/26(金) 00:56:56
「我がしもべ、鼎の三神獣は陸海空三界の王。
 汝ら泥より湧き出し泡沫の夢が勝つこと能わず。
 神の威光、神の権能。それを思い知るがいい――」

「くそ……、近付くこともできやしない……!」

レビヤタンの放つ誘導ミサイルじみた無数のウォーターカッターの追撃を曲芸のようなアクロバット飛行で躱しつつ、
橘音が歯噛みする。
レビヤタンは都庁周辺の水道管から噴き出る水によってその巨体を構成している。
都民が使用する水は利根川上流に存在する九つのダムから供給されており、その貯水量は約4億9297万立方メートル。
リットルに換算すると約1400億リットルにもなる。これは事実上、レビヤタンを斃す方法は絶無ということの証明でもあった。
例え今尾弐と橘音が対峙しているレビヤタンを打倒できたとしても、
すぐに水道から新たな水が供給されレビヤタンは『修復』されてしまう。
此方の攻撃は効かない。だが、相手の攻撃は必殺。
やはり、アンテクリストは――ベリアルは恐るべき相手であった。仲間たちと苦難を乗り越え、偽神の力の源を遮断し。
反撃の狼煙を上げてもなお、その強さに驚異を覚えずにはいられない。

しかし。

>橘音!手札は血と、黒尾(コクビ)が一度!後は根性だけだ!策を頼むっ!!

尾弐の鋭い声が、橘音の魂を震わせる。
自分に対して全幅の信頼を置いてくれている、誰より愛しい男の声が。
嗚呼、そうだ。
いつだって、尾弐の声は自分を奮い立たせてくれた。励ましてくれた。力を与えてくれた。
どんなに強い妖壊と対峙したときも、彼の言葉が。声が、背中を押してくれたのだ。
かけがえのない仲間。長い時間コンビを組んできた相棒。
そして――心から信じる男。

尾弐が呼んでいる。自分の力を求めている。
ならば。ならば――
其れに応えないのは、女が廃る。

「オーケイです、クロオさん!やりますよ……ボクのとっておき!
 ボクの術が完成するまで、アイツの相手をお願いします!」

レビヤタンの注意を引き付ける役を尾弐に任せると、ヘリポートに降り立ち徐に胸の前で両の手指を組む。

「霊門開放。疑似神格構築開始。
 貪狼星・開放。
 巨門星・開放。
 禄存星・開放。
 文曲星・開放。
 廉貞星・開放――」

橘音の胸の前で、恐るべき速さで印契が組まれてゆく。
指を複雑に絡め合わせて印契を組み、ひとつの霊門を解放するたび、橘音の尻尾が一本ずつ激しい光を放つ。

「武曲星・開放。
 破軍星・開放。
 左輔星・開放――」

天狐の守護星たる北斗の七星に、輔星と弼星の二星を合わせて九星。
本来五尾の妖狐であるはずの橘音の尾が、六尾。七尾。八尾――と増えてゆく。
術式によって自身の妖気を増幅し、尾を妖力で無理矢理に増やしているのだ。
妖狐は尻尾が増えれば増えるほど桁違いに強力になってゆく。海の王者たる神獣レビヤタンを撃破しようとするならば、
自らも神獣に匹敵する霊格・神格を得るしかない。
しかし。

「……が、ぁ……ぅ、ぐッ……!」

印を組みながら、橘音は苦悶した。
五尾の妖狐が強引に術で妖力をブーストしているのである、本来我が身に釣り合わない莫大な力は、
想像を絶する負荷を齎す。
あと一門、右弼星さえ開放すれば術は成る。が、その一門が開放できない。
橘音単体の妖気と実力では、八尾の妖狐にまでしか格上げが叶わない。
だから――

「クロオさん……!!」

橘音は、助けを求めた。印契を解き、愛しい男へ向けて右手を伸ばす。
ひとりでは抗いがたい苦難であっても、ふたりならば乗り越えられる。
それが、長い長い絶望と後悔の果てに巡り合った、運命の男であるのなら――尚更。
ふたりの手が繋がれる。同時、ふたりの全身から莫大な妖気が迸る。

「ギョオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

今にもふたりを攻撃しようとしていたレビヤタンが、その妖気の奔流に圧されて怯む。

「天(てん)の紫微宮、天(あめ)の北辰。
 太微垣、紫微垣、天市垣即ち天球より此岸をみそなわす、西藩七星なりし天皇大帝に希(こいねが)い奉る。
 我が身に星辰の加護を、我らが太祖の力を顕現させ賜え――
 妖狐大変化!」

豁然と双眸を見開くと、橘音はそう言い放った。
そして。

カッ!!!!!

辺り一面を包み込む、まばゆい閃光。
カメラのストロボのようなそれが瞬間、視界を真っ白に染め上げた直後。
都庁上空に、それまでは存在していなかった巨大な『何か』が忽然と出現していた。

340那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/02/26(金) 00:57:26
それは、狐によく似たフォルムを持った体長20メートルほどの獣だった。
体長の倍以上もある長くふさふさとした九本の尾が筋雲のように棚引いているため、全長はもっともっと巨大に見える。
躯体から尻尾まで総体白金色に輝いているが、ただ一箇所だけ。九本の尾のうち一本だけが、まるで闇を固めたかのように黒い。
その姿、纏う妖気はまさに大妖。格の勝負では海の覇者たるレビヤタンにも決して引けを取らない、堂々たる姿である。

妖狐大変化、白面金毛九尾の術。
己の妖力を最大限まで高め、妖狐の究極の姿である白面金毛九尾の妖狐を再現するという、変化術の極致。
ただし、本来であれば仙境に籠って数千年霊気を養わなければ習得できない秘術である。
修行の期間が短かったせいか、橘音は九本の尾のうち八本までしか自前で用意することができなかった。
だから、尾弐を頼った。
『尾弐黒雄』、即ち『弐本目の黒い尾』。尾弐は橘音と並び、御前が帝都守護のために用意した“尾”の一本である。
ならば、白面顕現に尾弐を用いることは至極当然の成り行きであろう。
自前の五本の尾に、妖力で造り上げた三本の尾。それに更に尾弐を加えた、九本の尾。
橘音は己と尾弐の妖力をその肉体ごと融合することで、
この場に惑星の管理者の一柱と言っても過言でない大妖怪を降臨させた。
尾弐以外の相手とでは、この秘術は到底成し得なかった。
想い合い愛し合うふたりだからこそ実現した、それは紛れもない奇跡であった。

「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

自身に匹敵する力を持つ存在を認識し、レビヤタンが咆哮をあげる。
が、そんなものはなんの威嚇にも脅威にもならない。

「何とか成功したみたいですね。今、クロオさんとボクは妖術によってひとつに融け合っています。
 ひとりじゃ勝ち目のない戦いだって、ふたりなら。クロオさんとボクなら必ず勝てる!
 最後の最後だ、どうせなら――ド派手に行きましょう!」

尾弐の意識の中に、橘音の声が響く。
レビヤタンが世界の生まれた際に造られた存在なら、白面金毛九尾はその世界の均衡を司る存在。
天地陰陽の理を司る権能を有する大妖だ、海の王者たる獣にも決して位負けはしていない。

「ギュオオオオオオオオ――――――――――ッ!!!!」

レビヤタンが九尾を穿とうと、全身から無数のウォーターカッターを放つ。
が、九尾は耳まで裂けた巨大な口をがぱりと開くと、そこから猛烈な勢いで黒煙を吐いた。
那須野の殺生石伝説で有名な、九尾妖狐の毒気である。しかもただの毒気ではない。
尾弐と融合したことで、その呼気は尾弐の血液と彼の啖った竜の血、そして闘神アラストールの肉を混合した、
世界でも類を見ない高濃度の毒へと変貌した。
毒気の煙幕によって九尾の巨体が覆い隠されてゆく。
ウォーターカッターは切断性に優れる反面、摩擦による減衰性も大きい。
目標に着弾するまでの空気中に多数の粒子がある場合は、摩擦によってその威力が著しく低下してしまう。
九尾の張った高濃度の煙幕によって、レビヤタンの放った超高圧の水流は悉くが無害な飛沫へと変わった。

「と、言っても――さすがにクロオさんに獣の姿で戦えと言うのは、ちょっと無茶ですか。
 それなら……行きますよ!妖狐大変化!」

九尾の狐が光に包まれ、瞬く間にまた別の何かへと変わってゆく。
次に橘音が選んだのは、より尾弐が戦いやすいような姿。
すなわち、今しがたまで尾弐が取っていたヒーロー然とした鎧姿を象った、巨人の姿だった。
ただし、その姿は多少アレンジされている。ヒーローそのものというよりは、そのヒーローが搭乗する巨大ロボ、といった趣だ。
甲冑の腰後ろからは光り輝く八本の尾と、一本の黒い尾が生えている。そこはやはり九尾の狐ということらしい。

「これでどうです?正義のヒーローには、やっぱり巨大ロボがつきものですから!
 名付けて――対神獣用決戦大甲冑・黒尾王!!」
 
ぎん!と尾弐を模した形態に変化した九尾の双眸が、仮面めいた顔貌に造型されたスリットの奥で輝く。
レビヤタンがその水で構成された長大な躯体をうねらせ、あぎとを開いて襲い掛かってくる。
黒尾王の巨体にレビヤタンが絡みつき、ギチギチとその全身を締め上げる。
しかし――

「甘い!!」

橘音が叫び、黒尾王が絡みつく蛇体をむんずと掴む。
そう、『掴めている』。尾弐が単体で攻撃したときにはなんの効果もなく、まさしく水を掴むが如き手応えだったものが、
今度は本物の生きた蛇を握るかのように把握できている。
先の毒煙と同様に尾弐の毒血の力を両手に込め、それを以てレビヤタンの水流の身体を侵食して、
接触可能なものに作り替えている――ということらしい。
むろん、レビヤタンにとっては触れられた場所から直接毒を流し込まれているということになる。それは耐えがたい苦痛であろう。
自身から黒尾王を絞め壊すために絡みついたというのに、あべこべにレビヤタンの方が苦悶することになった。

「ギギィィィィィィィィィィィィィィ……!!!」

黒尾王が手刀を振り下ろし、まるで鰻か何かのようにレビヤタンの胴体をぶつ切りにする。
バラバラになったレビヤタンだったが、すぐに破裂した水道管から新たな水を集め、元の姿に戻って間合いを離した。

「さあ、クロオさん!
 改めて、海蛇退治と洒落込みましょう!!」

終世主の生み出した鼎の三神獣のうち、海を司る獣と真正面から対峙しながら、橘音が高らかに言い放つ。
黒尾王は尾弐の意思のままに動き、生身のときに使用できるすべての技を使うこともできるだろう。
否、願いがすべて現実のものとなる真のブリガドーン空間においては、本来自分のものでない技さえも。
今まで尾弐が闘ってきたすべての相手が使用した技すら使用できるに違いない。

341那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/02/26(金) 00:57:46
「ピギァォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」

神鳥ジズが御幸とハクトと対峙し、甲高い鳴き声を上げる。
対して御幸が造り出したのは、ジズに匹敵する大きさの氷でできた大鷲――北欧神話の伝説の猛禽、フレースヴェルグ。
二羽の巨鳥が都庁の上空で激しくぶつかり合い、そのたびに烈風が吹き荒れる。
ジズの注意がフレースヴェルグに向いたおかげで御幸は結果的に行動に余裕ができたが、
といってただ単にジズの相手をしていればいいという訳ではない。

「ノエルさん!足場お願いします!」

黒尾王の中から橘音が叫ぶ。
レビヤタンと戦うにあたって妖狐形態から人型形態へと変化した黒尾王はむろん飛行能力を有しているが、
それでも実際に神竜と戦うにはしっかりと踏みしめることのできる足場が必要不可欠である。
尾弐がその力を十全に発揮するためにも、いつまでも空中戦という訳には行かない。
身長20メートルの黒尾王が自在に立ち回るには、ヘリポートは狭すぎる。
ヘリポートと同じ高さで、黒尾王がその巨体を動かすに不自由のない足場の構築を、橘音は要請した。
御幸として覚醒を果たしたノエルなら、数百メートルの氷の足場を造ることも不可能ではないだろう。

「ギィィィィィッ!!!!」

ジズがその嘴から炎を吐き散らす。
ジズの齎す強烈な熱波から祈やレディベア、橘音と尾弐を守るのも御幸の役目だ。
もし御幸がその役目を一瞬でも放棄してしまったら、たちまちヘリポート周辺の温度は数百度にまで上昇し、
仲間たちは熱にやられて死んでしまうだろう。

「ッシャアアアアアアア―――――――ッ!!!」

レビヤタンが全身から放つ水のレーザーも、避けるべきもののひとつだ。
目下レビヤタンの意識は黒尾王に向いているが、
その100メートルを超える長大な躯体から四方八方へ放たれるウォーターカッターは完全な無差別の盲撃ちだ。
例え流れ弾であったとしても、それは喰らえば東京ブリーチャーズであろうと即死するほどの威力を持っている。
ノエルは戦場全体を俯瞰し、仲間たちに都度最適解のサポートをしなければならなかった。

「仲間はぼくひとりじゃないよ。
 そして敵はあの鳥だけじゃない……みんなを守ってあげるんだろ?
 護る力が君の力。それなら――立派に全員、護り通してみせようよ!」

ハクトが御幸に告げる。

「ほら……来るよ!」

ジズとフレースヴェルグの力は互角のように思われたが、神の力を分け与えられた神鳥の方が僅かに勝った。
氷の巨鳥が炎の巨鳥の圧倒的な熱に片翼を溶かされ、真っ逆様に墜落してゆく。
忌々しい相手を撃破したジズは、それを生み出した御幸へと怒りに燃えた双眸を向け、一気に飛来してきた。

「月暈《ムーンヘイロー》!」

ハクトがジズの猛烈な熱を防ぐ。が、元々の質量が違いすぎる。
展開した光の障壁に、瞬く間に細かなヒビが入ってゆく。

「ぅ……」

両手を突き出してジズの熱に抗うハクトの額に、球の汗が浮かぶ。その手に火ぶくれができてゆく。
我が身を挺して火炎から御幸を守るハクトの姿は、まさに御伽噺の玉兎に外なるまい。
そして――そんなハクトのことを護りたいと願う心こそ、御幸に無限の力を与えるもの。

触れるものの悉くを燃やし尽くし、灰燼に帰す神の遣いが御幸へと一直線に突っ込んでくる。
御幸の大切なものを、愛するものを、すべて奪おうとやってくる。
押し寄せるのは理不尽と不合理。神を僭称する者の揮う無慈悲に抗い、その手を跳ね除けてすべてを護る――

それが、御幸乃恵瑠の仕事だ。

342那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/02/26(金) 00:58:09
>……分かってる!行くよ、シロ!アイツをぶちのめす!

「はいっ!」

偽神の創造した、最後の手駒。掛け値なしに最強のしもべ。
神話にその名を轟かせる、陸海空の獣。
それらの一角、巨獣ベヘモットにポチが狙いを定めるのに従って、シロもまた躊躇いもなく屋上から虚空へと身を躍らせた。
そして、狼と化生の身体能力を駆使して身を低く屈め、都庁の外壁を垂直に駆け下りてゆく。

>ガァアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!」

「はああああああああああ――――――――――ッ!!!」

ポチが渾身の力でベヘモットの脳天に踵落としを叩き込むのと同時、シロもまたありったけの力で右の飛び蹴りを炸裂させる。
が、恐らく現存する大半の妖壊を一撃で昏倒させるであろうふたりの攻撃をまともに浴びても、ベヘモットは微動だにしなかった。
どころか、ふたりの存在にさえ気付いていないようである。
ベヘモットの躯体は60メートル強。150センチにも満たないポチの小柄な身体は、
陸を制する王者から見ればまさしく、小虫のようなものであろう。

>なんだ、お前……どこ見てやがる

ふたりは身軽にベヘモットの頭部から離れると、都庁を守る形で巨獣と対峙した。
ポチが不快を露に唸る。

「ポチ殿!
 陰陽頭さま、我らも――」

「その必要はない」

今ほど都庁の中を駆け上がっていったかと思えば、すぐに舞い戻ってきたポチとシロを見て、
陰陽師たちが加勢しようと動きかけたが、そんな配下たちの動きを安倍晴朧が右手を横に伸ばして制する。

「あれは、あのつがいの獲物であろう。迂闊に手出しをすれば邪魔になるだけだ。
 ならばせめて足手纏いとならぬようにするのが、我らにできる最大限の助力よ。
 まだ動ける者は引き続き周囲の悪魔どもの掃討・殲滅と、周辺住民の安全確保に努めよ!」

「承知致しました!――ポチ君、がんばって!」

「そんなガラクタに負けるな!」

「やっちゃえ、ポチ君!シロちゃん!」

ふたりの邪魔にならないよう後退しながら、巫女たちが口々にポチとシロを応援する。
真のブリガドーン空間にあって、そんな人々の心こそが。
ポチたちを信じる『そうあれかし』こそが、何よりの力となる。

>お前なんか、ロボとアザゼルに比べれば……これっぽっちも怖くないんだよ

ポチの胸元から、赤黒い血が溢れて全身へと広がってゆく。石炭のように燃え燻る甲冑が形成されてゆく。
ポチに力を、未来を、すべてを託した狼の王ロボ。
その甲冑もまた、ロボがポチに託したもののひとつ。

「……あなた……」

禍々しいとさえ形容できるその鎧姿を目の当たりにして、シロが呟く。
まだ、ベヘモットはポチとシロを認識してはいない。敵だと思っていない。いや、その存在にさえ気付いていないだろう。
己がその巨体で突進するだけで、進路上にあるすべてのものは轢断され、鏖殺されると思っている。
自分こそはこの大地を統べる獣の王者。生態系の頂点に君臨する、王の中の王――そう驕っている。
そんな過ちは、不見識は、正さねばなるまい。
ロボとアザゼル、偉大な先駆者たる獣の王たちに認められた、新たなる獣の王として。

>……あのクソ野郎を心ゆくまでブン殴る為に、取っとくつもりだったけど
>先に、お前に見せてやるよ

ポチの血が霧状に散って、周囲に拡散してゆく。
けれど、それは単なる負傷によるものではない。
血霧が覆う範囲が徐々に広がってゆき、其れはがてベヘモットの巨体さえも包み込む広範な異空間へと変貌した。
これこそは、ポチが今まで培ってきた戦闘経験の集大成。
狼王ポチの結界。新しい縄張り――その具現であった。

>シロ、作戦は――

ポチがシロへと声をかける。
作戦。それはいったいどんなものなのだろう?
自分が囮になればいいのか。それとも身を挺して彼を守り、彼に攻撃に専念してもらうのか。
いずれにしても、それに従う。シロはとうにその覚悟を決めていた。

しかし。

>――アイツがぶっ壊れるまで、ブン殴るよ

告げられた作戦、その内容はこの上もなくシンプルなものだった。

「…………はいっ!!」

だが、それでいい。相手が壊れるまで、真正面から正々堂々と叩き潰す。
それこそが獣の頂点に立つ、狼王の戦いであろう。

343那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/02/26(金) 00:58:29
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

ガツ、ガツ、と闘牛のように右前足で地面を幾度も削り、咆哮と共にベヘモットが突進を開始する。
その進路上にある車や道路標識、信号機。すべてを苧殻のように蹴散らしながら、体高60メートルの巨牛が都庁へ突進する。
だが、都庁へ至るまでのその道は、すでにポチの結界によって覆われている。即ち――
送り狼のテリトリーである、夜の闇に。

>オイ、テメエも紛い物とは言え獣だろ。だったら、僕に頭を垂れやがれってんだ

地響きを立てながら突撃してくるベヘモットを、ポチがねめつける。

>ここは――『僕らの縄張り』だぞ

ポチの姿が、すう……と闇の中に融ける。
ベヘモットはそれを一瞥さえしない。相変わらず、その視界に入っているのは自らが破壊すべき都庁だけなのだろう。
そして。
そんな巨獣の、建物の残骸やスクラップと化した消防車、トラック、捲れ上がったアスファルトなどで構成された身体の一部が、
突然爆ぜた。
結界――縄張り内に広がった宵闇と完全に同化したポチとシロが、ベヘモットに対して攻撃を加えたのだ。
ベヘモットは余りに巨大である。従って、攻撃は当て放題だ。
闇の中から、無数の狼型の闘気が尾を引きながらベヘモットの脇腹に炸裂する。シロの影狼群舞だ。
ポチとシロが攻撃を繰り出すたび、破壊の嵐が吹き荒れる。ベヘモットを構成するガラクタの一部が爆散する。
しかし、それでも。
ベヘモットは止まらない。あくまで目的は都庁の倒壊のみ、多少のダメージは痛みのうちにも入らないとばかり、
恐るべき速さで都庁への距離を詰めてゆく。

「はあああああああああッ!!!!」

バギッ!ベキッ!ガギィンッ!

ポチの妖術によって何倍にも破壊力の跳ね上がったシロの拳足が炸裂し、ベヘモットの頬の装甲が抉れる。
強靭な肩部が弾け、ビルの鉄筋が幾重にも巻き付いたような骨格が露になる。
脇腹を覆っていたアスファルトが砕け、肋骨が剥き出しになる。
ただ、止まらない。ベヘモットの突撃を留めることができない。
ならば。

「――参ります!!」

シロは一瞬だけ闇の中から姿を現すと、すぐ傍にいるであろうポチへと目配せした。
仕草はそれだけ。しかし、ポチにはそれで充分にこちらの意図は通じたであろう。
シロがベヘモットの眼前に躍り出、注意を引き付けた瞬間――ポチがその足許を狩る。
送り狼の『そうあれかし』は絶対だ。例えどんな強敵であろうと転ばせてしまえば最早、勝負は決したも同然。
実際、ポチはそうしてあの強大無比な山羊の王アザゼルにも勝利している。
無論シロはポチがいかにしてアザゼルに勝利したのかは知らない。けれど、ポチの必勝の型がどんなものであるかは理解している。
ゆえに、そこを攻める。それは当然の帰結だった。

「影狼!」

自身の周囲に十一頭の影狼たちを出現させ、突進してくるベヘモットに対して身構える。
影狼は闘気と妖力によって生成されるシロの影法師のようなものだが、単なる武器――ではない。
シロ自身気が付かなかったことではあるが、影狼の一頭一頭には意思があり、魂が宿っている。
そしてそれは、赤錆色の巨狼が率いていた群れの狼。最後のニホンオオカミたちの魂であった。
遠野の山奥で富嶽に唆され、巨狼たちと戦った際に影狼が出現しなかったのは、それが原因だったのだ。
しかし、今は違う。今、ニホンオオカミたちの魂は確かにこの場に――シロとポチの傍にいる。
新たなオオカミたちの未来を。獣たちの幸福を掴み取るために。
この世界に唯一残ったつがいに、力を貸してくれている。
だから――

その期待には、応えなければならない。

「たあああああああああああああああ――――――――ッ!!!!」

シロは狼の脚力を最大限に発揮し、一気に疾駆するとアスファルトを強く蹴って跳躍した。
そのまま、矢のようにベヘモットへと肉薄する。狙いはその眉間、ただ一点。
矢のようにベヘモットめがけて突き進むシロの周囲に、十一頭の影狼が付き従う。
大きく上体を捻り、シロが右拳を引き絞る。硬く握り込んだ拳に影狼たちが次々と吸収されてゆき、激しい光輝を放つ。

「秘奥義――――終影狼(ついかげろう)!!!!」

ガゴオオオオオオオオッ!!!!!

影狼を取り込んだシロ渾身の右拳が、狙い過たずベヘモットの眉間に炸裂する。
拳が命中した場所を中心に大気が鳴動し、攻撃のあまりの威力にリング状の衝撃波が周囲へと拡散する。
ベヘモットの眉間に亀裂が走り、その装甲が爆散する。鉄骨や廃材で構成された頭蓋骨が現れる。
そして――獣の巨体が、ほんの僅かにぶれた。
シロの秘奥義をもってしても、ベヘモットをほんの一瞬しか怯ませることができない。
しかし、その一瞬でもポチには充分であろう。
巨獣の足許は、がら空きだった。

344那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/02/26(金) 00:58:50
>……その伝説の、あたしらが断末魔の叫びを挙げる行の前。
 なんて言葉が書かれてるかわかるか? “赤マント”

「…………」

>『東京ブリーチャーズにビビり散らかしたアンテクリストは、三神獣を召喚して仲間たちを分断することにしました。
 そして――』
>『女の子二人だけになったところを卑劣に狙い、どうにかこうにか断末魔の叫びを挙げさせることに成功したのでした』
 って感じだろうぜ!!

祈が身の丈以上もあろうかという巨大な火球を発生させ、アンテクリストへと蹴り飛ばす。
アンテクリストは右手を前方へ伸ばすと、火球をまるで最初からその場に存在しなかったかのように消滅させてしまった。
が、それでも祈の攻撃にはなんの支障もない。最初から、火球は目眩ましの障害物に過ぎなかった。

>おまえ、あたしらが怖ぇーんだろ。じゃなきゃ分断なんてしねぇもんな

祈の本命、必殺の『音越』がアンテクリストを狙う。
ぶぉん!と炎を纏って振り抜かれる祈の右足を、終世主は左腕を立ててガードする。
だが、祈の蹴りの威力の方が上だ。アンテクリストはそのまま強引に蹴り飛ばされ、ヘリポートに激突した。
濛々と粉塵が上がる。周囲に漂う煙の中で、アンテクリストはゆらりと立ち上がった。
どうやら、ほとんどダメージはないらしい。

>ミサイルは防いでたし、あたしの攻撃も捌いてた。
 モノの瞳術も解いてたよな。“攻撃を直に食らえばダメージを受けるから”だ!
 それって、おまえは無敵でもなんでもなくて、倒せるってことだろ!!

祈が語気も鋭く言葉を放つ。
確かに、アンテクリストは今まで自分に向けられた攻撃のすべてを無効化、あるいは防御してきた。
防御もしくは回避とは、即ち危険からの自衛行動である。自衛が必要ということは、
つまり祈たちの攻撃を脅威とみなしている――ということの、紛れもない証左であろう。

>ビビってんなら降参したらどうだ、赤マント!
 じゃないと、おまえが倒れるまであたしらはいくらでもやってやんぞ!
 ――モノ! 畳みかけるぞ!

「了解ですわ、祈!」

目にも止まらぬ音速の蹴りで無数の真空波を生み出した祈の指示に従い、レディベアが瞬間大きく両手を広げる。
そして、すかさず胸の前で両腕をクロスさせる。と、アンテクリストの周囲にたちまち無数の目が出現した。
ブリガドーン空間の中で祈と対戦した際に使った、目から放つ極細のレーザーだ。
祈の放った風刃に加え、周囲に展開した目が放つ全方位からのレーザー。
少女ふたりのコンビネーションは完璧だ。四方八方から襲い掛かってくる衝撃波とレーザーを回避することは不可能。
仮に防御したとしても、無傷では済まないだろう。
いかなる大妖さえも打ち倒す力を秘めた、必殺の連携。

しかし――

それも『相手が唯一神でなければ』の話だった。

ぶあっ!!!

突如、アンテクリストの周囲に立ち込めていた粉塵が螺旋を描いて吹き散らされる。
アンテクリストは猛烈なスピードでとどめの蹴りを繰り出す祈を一瞥すると、ぎん!!と双眸を見開いた。
レディベアの展開した目が一斉に神へとレーザーを放つ。が、当たらない。
ほんの瞬きの間に、アンテクリストは少女たちの波状攻撃をこともなげに潜り抜け、祈の背後に出現していた。

「それが汝の蹴りか。そのような脆弱な肉体で、この神に挑むというのか。
 思い上がるな、半妖――」

バギィッ!!!!

アンテクリストの放った回し蹴りが祈の右脇腹を捉える。本気の菊乃が放った蹴りよりも強烈な、神の重爆。
今度はあべこべに祈がヘリポートに叩きつけられ、盛大に粉塵を上げることとなった。

「蹴りとは、こうやる」

「祈!!」

ヘリポートに激突した祈を見下ろし、神が冷淡に言い放つ。
レディベアが祈へと駆け寄り、傍らに屈み込んでその安否を気遣う。
蹴りの一撃で肋骨が何本か折れたかもしれないが、レディベアがすぐにブリガドーン空間の力で祈の負傷を回復させる。

「祈……今、傷を癒しますわ……!」

長い金色の髪と長衣を緩やかに靡かせ、光背から眩い輝きを伴う神気を振り撒きながら、
神が傲然と少女たちを見下ろしている。
そして幾許かの沈黙ののち、神は徐に形のいい薄い唇を開くと、

「――私が怖いか、龍脈の神子」

と、言った。

345那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/02/26(金) 00:59:07
「私が怖いか、龍脈の神子。
 私が恐ろしいか――怯えているのか」

先刻祈がアンテクリストを煽るために告げた言葉を、今度はアンテクリストが祈へ向けて口にする。

「饒舌は恐怖に呑まれまいとする惑乱の顕れ。矢継ぎ早の攻撃は、竦む身体を奮い立たせんとする焦燥の顕れ。
 しかし、それは当然の仕儀である。
 何故なら汝は今、正真の神前に在るのだから」

音もなくヘリポートに降り立ち、両手を広げる。――まるで聖堂にあるイコンやフレスコ画のように。
眩いばかりに輝くその姿が、一層清浄な神気を放つ。
その様子は、威容は、まさに神。この世界を創造した唯一神そのもの。
唯一神が、今。龍脈の神子を殺しに来る。

「神の愛は無限。されどそれは神に拝跪し、こうべを垂れ、その裁きと赦しを望む者にのみ与えられる。
 神の愛を拒み、済度を拒み、あくまで我欲と自愛の儘に振舞わんとする者には――
 ただ、神の雷のみが与えられるものと識れ!!」

どんっ!!!!

それまでの静かな佇まいから一転、アンテクリストが床を蹴り一気に祈とレディベアへ間合いを詰めてくる。

「く――!」

レディベアが虚空に現出させた無数の目からレーザーを放ち、弾幕を作る。
しかし、効かない。正確無比、一発必中のはずのレーザーの包囲網が、まるでアンテクリストを捉えられない。

「消えよ。地獄の弥終にさえ、汝らの居場所はない。
 完全なる消滅、それが……汝らに下す、神の裁きだ!」

ずどむっ!!!

「が、ふ……ッ」

閃光のようなアンテクリストの左拳が、無防備なレディベアの鳩尾に深々とめり込む。
臓腑を残らず捻転させるほどの衝撃。身体を滑稽なほど『く』の字に折り曲げ、レディベアは隻眼を見開いた。
レディベアは拳を喰らった衝撃もそのまま、大きく上空に吹き飛ばされた。
だが、それで終わりではない。更にアンテクリストはレディベアの吹き飛ばされた先に、圧倒的な神気を凝縮させてゆく。
空中に出現した、巨大な神気の球体。レディベアが接触した瞬間に神がぐっと拳を握り込むと、それは轟音を立てて爆発した。

「―――――――――――ッ!!!!」

レディベアは成す術もなくそれを全身に浴び、ボロ雑巾のようになって今度は逆方向へ吹き飛ばされ、
受け身を取ることさえ侭ならずどっと頭から床に墜落した。
瞬く間にレディベアを始末すると、アンテクリストはじゃり……と踵を返して祈へと向き直る。

「私が倒れるまで、幾らでもやると言ったな。
 やってみせるがいい、脆弱な半妖の身でそれが叶うと思うのならば。
 相手をしてやろう、そして汝の心を寸刻みに折ってゆこう。
 汝に許された行動とは、神の前に自らの罪の重さを悔いること。ただそれのみだということを知るがいい――」 

じゃりっ!!!

アンテクリストが、ぎりぎりでレディベアによる回復の間に合った祈へと一気呵成に攻めかかる。
掠っただけでも容易く祈の命を奪う威力の右拳、その隙を埋めるように放たれる左拳。
衝撃波を伴ってヘリポートを容易に削り取り、唸りを上げて繰り出される蹴り。
一打一打、そのすべてが必殺。そんな神の攻撃が嵐のように祈を襲う。
かつての赤マントは搦手や策謀に特化し、荒事はロボやクリス、配下の天魔たちに丸投げするというスタイルだった。
けれども、神に覚醒したアンテクリストは違う。単に剛力を無暗に振り回しているだけではなく、
きちんと戦闘理論に則った、さながら精密機械のような攻勢で祈を追い詰めてゆく。
防御行動についても同様だ。龍脈の神子の力を発揮した祈の攻撃を、アンテクリストはまるで微風のように受け流してゆく。
攻防両面に於いて完成されているとしか言いようのない、神の闘法。
祈は知る由もないが、その強さは尾弐が対峙した闘神アラストールすらも凌駕する。
むろん、実は赤マント――ベリアルが元々武道の達人だった、という訳ではない。
アンテクリストに無類の強さを与えているのも、また。『そうあれかし』の力に他ならなかった。

「世界を構成せし鼎の三神獣は見せた。
 龍脈の神子。これから汝に三つの創造の御業のうち、二つ目を見せてやろう」

ゴアッ!!!!!

アンテクリストの全身から、一層激しい神気が光を伴って迸る。
上体を前方にのめらせ、神が颶風を撒いて真正面から祈へと肉薄してゆく。
その速度は不可視。スピードに長ける祈の目をもってしても、終世主の攻撃を見切ることはできない。
迸る膨大な神気によって祈の咄嗟の防御も弾き飛ばし、終世主がその拳を振るう――

ぎゅばっ!!!!!

アンテクリストの周囲から闇が溢れる。それは祈の周囲を瞬く間覆い尽くし、すべてを暗転させた。

346那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/02/26(金) 00:59:25
祈は完全に闇の中へと包み込まれた。
其処は仲間たちと一緒に戦っていた都庁屋上のヘリポートではなく、
先刻レディベアと戦ったブリガドーン空間の中のように上下も天地もない、宇宙空間のような場所だった。
祈の現在いるその空間こそは、アンテクリストの発生させた別世界。
龍脈の神子を葬り去る、ただそれだけのために終世主が編み出した絶対の結界であった。

「刮目せよ。拝跪せよ。絶望せよ!
 此れが――真なる神の御業である!!」

創造神たるアンテクリストが有する唯一無二の力、創世の御業。
神が世界を創った一週間の奇蹟。その莫大なエネルギーが、祈ただひとりへと向けられる。

一日目、神は暗闇がある中、光を生み出した。即ち――

ばぎゅっ!!

初撃。一切の視界が効かない真闇の中から発生した突如の閃光が祈の網膜を灼く中、
マッハを越える速度で繰り出されたアンテクリストの右拳が龍脈の神子の薄い腹部を痛撃する。

ニ日目、神は天を創った。即ち――

ベギィッ!!

弐撃。弾丸のように後方へ吹き飛んだ祈の身体を追撃し、
神が下方から掬い上げるように強烈な右の蹴り上げで祈の軽い身体を空高く吹き飛ばす。

三日目、神は大地を創り、海が生まれ、地に植物を茂らせた。即ち――

バゴォッ!!

参撃。遥か上空へと弾き飛ばされた祈の身体を更に追い、祈の上方へと瞬間移動すると、
神は手指を組んだ両手を大きく頭上に振り上げ、ハンマーナックルとして一気に祈へと叩きつけた。

四日目、神は太陽と月と星を創った。即ち――

ギュガガガガガガッ!!

肆撃。ハンマーナックルによって下方へと殴り飛ばした祈を見下ろし、神が右手を突き出す。
途端にその周囲に無数の神力が発生し、それらは流星雨のように祈へと降り注いではその身を穿った。

五日目、神は魚と鳥を創った。即ち――

「ピギョオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ギシャアアアアアアア―――――ッ!!」

伍撃。ノエルと戦っていたはずのジズが束の間祈の眼前に出現する。
神の結界の中では、すべての法則が神の思う侭に働く。三神獣を再召喚することさえ容易ということらしい。
その神の鳥が祈に対して紅蓮の焔を吐きつける。かと思えばレビヤタンがその長大な身体をくねらせて現れ、
がぱりとあぎとを開いて激しい水流を噴射してきた。
しかし、ジズの焔もレビヤタンの水流も、それ自体が祈を狙ったものではない。
神鳥の猛火と神竜の水流が祈の目の前で接触した、その瞬間。

ガガァァァァァァァァァンッ!!!!

水が超高音の熱に触れたとき、そこには水蒸気爆発が生まれる。
神獣が生み出した、自然界で起きるそれとは比較にならない衝撃が祈の全身を打ちしだき、大きく吹き飛ばす。

六日目、神は獣を創った。即ち――

「ブモオオオオオオオオオオオオオッ!!」

陸撃。突如現れたベヘモットがその巨体を猛進させ、吹き飛んだ祈を狙う。
体長60メートル、重量数百トンもの質量がトラックかダンプカーのように、たかだか身長153センチ体重45キロの祈を跳ね飛ばす。

そして――七日目。

「安息せよ。此れぞ神の業。この世で唯一の神のみが成し得る奇蹟。
 即ち――――――」

三神獣によって大きく跳ね飛んだ祈に、偽神が迫る。その全身から光が、神気が溢れ出る。
終世主がとどめとばかりに神力の籠もった双掌打を撃ち放ち、祈の躯体の真芯を穿つ。




「天 地 創 造(セヴンデイズ・クリエイション)!!!!!」




ドゴゥッ!!!!

神の七つの撃拳、それこそは正にいと高き者のみが揮うことのできる至上の断罪。
いかな龍脈の神子といえど、祈を葬り去るためにその力のすべてを解き放ったアンテクリストの必殺拳をまともに喰らえば、
大怪我どころでは済まないだろう。
結界がガラス細工のように粉々に砕け散り、元のヘリポートへと戻る。アンテクリストは最初のように緩やかに両腕を広げると、
もはや勝負は決したとばかりに祈を見下ろした。

347那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/02/26(金) 00:59:57
「い……、いったい何が……?」

黒尾王として妖力のコントロールを行い、尾弐のアシストをしながら、橘音は驚愕に目を見開いた。
祈が瞬間的に姿を消したかと思えば、次の瞬間にはボロ雑巾のようになって床に倒れ伏している。
白面金毛九尾に変化し大妖の五感を得た橘音さえ、アンテクリストが祈に何をしたのか理解できなかった。
他の仲間たちにしても同様であろう。気付けば、祈がズタズタに変わり果てて床に転がっていた。それが全てである。

「ああ……!祈!祈……!!」

レディベアが祈へと駆け寄り、その身体を抱き締めて懸命に呼びかける。

「祈ちゃん!しっかり……!
 アンテクリストの攻撃に屈してはなりません!」

橘音もまた、祈へと叫ぶ。

「このブリガドーン空間では、精神の強さ――心の強靭さこそが鍵となるのです!『そうあれかし』の力が……!
 アンテクリストの強さの源も同じ!アンテクリストは自らを絶対神と信じる『そうあれかし』によって、
 無限の力を手に入れている……!
 アンテクリストを撃破するなら、その絶対の自負を!おのれを神と定義するその認識を打ち砕かなければならない!」

「……私の認識を打ち砕く、だと。
 そんなことは不可能だ。私は神、この世界を唯一思う侭にできる、選ばれし者。
 たかが泥の見る夢たる汝らごときに、私を斃すことなどできぬ……!」

アンテクリストはせせら笑った。
バックベアードの降臨によってブリガドーン空間の完全な支配権こそ喪ったとはいえ、
まだまだアンテクリストは空間に対して干渉をし続けることができる。
自身を唯一にして絶対の神と認ずる強烈な認識力によって、アンテクリストは自らの望むままの力を行使できる。
祈とレディベアの攻撃がまるで効かなかったのも、ふたりの精神力より終世主の認識力の方が強かったからであろう。

この邪悪な神を、人々の善性を忌避し世界を邪悪の色に染めようと画策する存在を斃すとしたら、
それは唯一。神の認識力を祈の精神力で凌駕する他にはない。
どんな手を尽くそうと、神の力を以てしても祈を葬り去ることができないとアンテクリストが認識し、
自身の絶対的に信ずる神の力を疑ったそのときにこそ、終世主は多くの人々を欺き貶めて手に入れた神の権能を喪失し、
本来の姿へと立ち戻ることだろう。
鼎の三神獣も、橘音や尾弐、ノエル、ポチとシロが単に戦うだけでは決して撃破することはできない。
神獣たちはアンテクリストから無尽蔵の神力の供給を受けている。獣たちを斃すには、
神からの力の供給を断ち切ることが不可欠――何れにせよ祈がアンテクリストをどうにかしなければ、
橘音たちが神獣を退けることもできないのだ。

祈が当初考えていた“アンテクリストが倒れるまでいくらでもやる”という作戦。
ただ自分のことを信じ、仲間のことを信じ。応援してくれる人々のことを信じるという行為は、誤りではなかった。
だから。

「祈……!!」

レディベアが祈を抱きながら、その顔を見つめる。

「立ち上がるんです、祈ちゃん!」

尾弐と共にレビヤタンに抗う橘音が叱咤する。

「祈さん!」

「祈!」

「祈――負けるんじゃない!」

シロが、颯が、晴陽が――そして東京都民たちが。
いや、バックベアードとレディベアの瞳を通し、ネット回線やテレビでその戦いを見守っているすべての人々が。
神へと対峙する小柄な少女へと応援を贈る。激励し、鼓舞し、その再起を願う。
『そうあれかし』が莫大な黄金の光となって、祈の身体の中へと注ぎ込まれてゆく――。

終世主アンテクリストの、世界を完全に破壊できる三種の御業のうちの二つ目、『天地創造(セヴンデイズ・クリエイション)』。
それは今まで東京ブリーチャーズが戦ってきた妖壊たちの放つどんな攻撃よりも強く激しい必殺技であっただろう。
祈の四肢は悲鳴を上げ、臓腑は引き攣り、その激痛は魂をも打ち砕くほどであろう。
だが、それでも。
祈は幾度だって立ち上がれるはずだ。
例えアンテクリストの力がどれほど強大であっても。その拳が、蹴りが、放たれる波動が痛くとも。
きさらぎ駅で、祈が晴陽に告げた言葉。

『みんなが幸せに向かって歩いていける世界。今の世界が、明日や明後日、ずっと続いていくこと』

それを、祈が強く願うなら――



其処に祈りがあるなら。

348多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/03/07(日) 21:25:12
 神鳥ジズを相手取りながら、ノエルは仲間のサポートを器用にこなしている。
仲間に被害が及ばないよう、ジズが吐き散らかす炎も、
神竜レビヤタンが無差別に放つウォーターカッターも見事に防ぎ、その上で足場の構築も行っていた。
 上空では、橘音と尾弐がレビヤタンと舞う。
合体変化で肉体も呼吸も一つに合わせた橘音と尾弐の外観は、巨大化した怪人を討ち取る巨大ロボのそれだ。
強さもそれに倣うらしく、一機で互角にやりあっている。
 都庁を崩そうと迫る神牛ベヘモットには、ポチとシロの二頭が当たった。
瓦礫や鉄くずなどで構築された巨体を持つベヘモットとでは、体格差も体重差もありすぎる。
ただ脚を削るだけではその突進を止めることは難しいと思われたが、
ポチとシロは自分たちの結界へとベヘモットを引きずりこむことで、その進撃を食い止めている。
 そして祈は、レディベアとただ二人、偽神アンテクリストに立ち向かっていた。
だが、離れて戦っていたとしても、目的は一つ。心は一つ。
祈は、仲間たちと一緒に戦っている。

「だあああああああああああああッ!!」

 祈の攻撃に合わせてレディベアが放った、無数の目からの熱線。
それは、ただアンテクリストを攻撃するだけでなく、その逃げ場を奪う意味もある。
粉塵の中から動けないであろうアンテクリストの影に向けて、『これで終わらせる』と、
祈は渾身の飛び蹴りを見舞おうと上空から高速で落下するが――。
 ゴウッ、と。アンテクリストがいる場所で風が渦巻き、粉塵が晴れると。
そこにはまるで何事もなかったかのように、アンテクリストが無傷で屹立していた。

(全然効いてないってのか!?)

 驚愕と焦りが祈の顔に浮かぶ。
 先ほど祈は、アンテクリストに蹴りを見舞い、真空波の風刃(ふうじん)を叩き込んだ。
そこにレディベアのレーザー攻撃も放たれているというのに。
すべて避けたか、それとも当たってもなお、無傷だというのか。
 見開いたアンテクリストの目と、祈の目が合う。

(くっ――!)

 苦し紛れに、勢いそのままに落下して蹴りを放つが、そこにアンテクリストの姿はない。
まるで今蹴ろうとしたアンテクリストが幻だったかのように、祈は錯覚する。
だが違う。周囲に気配がある。祈の目を?い潜り、高速で避けたのだ。

>「それが汝の蹴りか。そのような脆弱な肉体で、この神に挑むというのか。
>思い上がるな、半妖――」

 声と気配を背後に感じ、祈は後ろ蹴りのモーションに入るが、
それよりもアンテクリストの方が早い。
 アンテクリストの回し蹴りが祈の右脇腹にクリーンヒットする。
ターボババア・菊乃よりも数段速く、重い、正確に相手を壊そうとする一撃。

「ぐはっ」

 軽い祈の体が、面白いほどに吹っ飛ぶ。
進行方向は斜め下。今度は祈が都庁のヘリポートへと叩きつけられる番だった。
激突したコンクリートを粉と砕き、祈は粉塵にまみれた。

>「蹴りとは、こうやる」

 アンテクリストが冷淡に言い放ち、

>「祈!!」

 レディベアが悲鳴を上げ、心配そうに祈に駆け寄る。

「げほっ、げほっ、――大丈夫、まだ」

 口の中に入り込んだ粉塵にせき込みながら、祈が立ち上がった。
そして右脇腹から右胸にかけて走る、ずきりとした痛みに顔を歪める。
 祈の服の下では、右脇腹は赤黒くはれ上がり、その内側で肋骨が何本か折れていた。

>「祈……今、傷を癒しますわ……!」

「わりぃ、頼む」

 ブリガドーン空間の力を利用して、レディベアが祈を癒す。
祈が顔を伝う汗を服の袖で拭いながらも、アンテクリストの攻撃を警戒し、
目を逸らさずにいると。

349多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/03/07(日) 21:33:44
>「――私が怖いか、龍脈の神子」

 それを追撃もせず、ただ超然と見下ろしていたアンテクリストが、ふと口を開く。

「あ?」

 急な質問に、祈は特に考えもなくそう返す。

>「私が怖いか、龍脈の神子。
>私が恐ろしいか――怯えているのか」

>「饒舌は恐怖に呑まれまいとする惑乱の顕れ。矢継ぎ早の攻撃は、竦む身体を奮い立たせんとする焦燥の顕れ。
>しかし、それは当然の仕儀である。
>何故なら汝は今、正真の神前に在るのだから」

 僅かに浮いていたその体を、ゆるりとヘリポートに着地させるアンテクリスト。
そして諸手を広げ、神気の光を漲らせる。
 祈はそんなアンテクリストに警戒を強め、構え直しながら、

「……はんっ。言い返してきたってことは、さっきの意外にムカついてたのか?
わりーな、図星ってやつを突いちまって!」

 相手のペースに呑まれぬよう、その言葉に乗ることはなかった。
生意気な笑みを浮かべて、ただ挑発的に言い返す。
 唯一神に対する不敬な祈の言葉に、アンテクリストは無表情のままだが、

>「神の愛は無限。されどそれは神に拝跪し、こうべを垂れ、その裁きと赦しを望む者にのみ与えられる。
>神の愛を拒み、済度を拒み、あくまで我欲と自愛の儘に振舞わんとする者には――
>ただ、神の雷のみが与えられるものと識れ!!」

 そう吠えた。瞬間、床を蹴るアンテクリスト。
ゆるりとした先ほどまでの動きからは信じられないほど、素早く力強い踏み込み。
 
>「く――!」

 その動きを察知し、咄嗟に迎撃するレディベア。
無数の目を展開し、こちらに近づけまいと無数のレーザーで迎え撃つ。
しかし、レーザー間にある僅かな隙間を、アンテクリストは潜り抜けてくる。

「でもこれなら!」

 アンテクリストは無数のレーザーを掻い潜った。
だが、アンテクリストの進む先には、既に踏み込んで蹴りのモーションに入った祈。
レディベアの狙いを読み、レーザーによって狭められた進行方向の先に控えていたのである。
 だがアンテクリストはそれすらも読んでいたようで、祈の蹴りを事も無げに躱し、
先ほど修復を終えたばかりの右脇腹に、再び右拳を叩き込んでくる。

「ぎっ――」

>「消えよ。地獄の弥終にさえ、汝らの居場所はない。
>完全なる消滅、それが……汝らに下す、神の裁きだ!」

 殴り飛ばされながら、追撃を警戒して身構える祈。
だが、アンテクリストの狙いは祈ではなかった。
アンテクリストの狙いは。

>「が、ふ……ッ」

「モ、ノッ!!」

 レディベアだった。アンテクリストの左拳が、レディベアの鳩尾に深々とめり込んでいる。
くの字に折り曲げられたレディベアの体は、宙に浮いたかと思えば、そのまま上空へと吹き飛ばされた。
アンテクリストが天に手を翳すと、レディベアが吹き飛んでいく先に、膨大な神気が集まっていく。
 『あれはやばい』。
そう直感し、空中で風火輪を噴かし、体勢を整える祈だが、間に合うはずもない。
 球状に固められた膨大な神気に、吹き飛ばされたレディベアが衝突した刹那。
アンテクリストが翳した手を握り込んだのを合図に、神気の球体が大爆発を起こす。
 
>「―――――――――――ッ!!!!」

 声も上げることなく、その大爆発に飲まれるレディベア。
 ズタボロになり、頭から落下してくる。

「モノ――!」

350多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/03/07(日) 21:36:11
 せめて落下するレディベアを受け止めようと、走り出そうとする祈だが。
 じゃりっ、と。

>「私が倒れるまで、幾らでもやると言ったな。
>やってみせるがいい、脆弱な半妖の身でそれが叶うと思うのならば。
>相手をしてやろう、そして汝の心を寸刻みに折ってゆこう。
>汝に許された行動とは、神の前に自らの罪の重さを悔いること。ただそれのみだということを知るがいい――」 

 粉塵にまみれた都庁屋上のヘリポートを踏みしめ、アンテクリストが立ち塞がる。

「邪魔だッ!!」

 右脇腹の痛みを無視して、右前蹴りを放つ祈。
それをアンテクリストは、まるで舞う落ち葉でも払いのけるかのように、左手で軽く受け流した。
 そして再び、神の猛攻。
 一撃何十トンはあろうかという致命の一撃が、精密機械のような正確さで、しかも嵐のように繰り出される。
 必殺の右拳の隙を左拳が埋め、蹴りの隙を次の蹴りで補う、攻防一体の闘法は隙がなく。
計算され尽くした連撃は間断なく、終わることない。
なんとか受け流しても避けても、祈の傷は増えていく一方だった。
その間に、レディベアはヘリポートに頭から落下してしまっている。
 それを見た祈の呼吸がわずかに乱れ、生まれたコンマ数秒の隙。
神にしてみれば決定的な隙を、アンテクリストは見逃さない。

>「世界を構成せし鼎の三神獣は見せた。
>龍脈の神子。これから汝に三つの創造の御業のうち、二つ目を見せてやろう」

 一層激しい神気がアンテクリストから放たれる。
脅威を察知して距離を取ろうとした祈へとアンテクリストが放つのは、上体を沈ませたタックルめいた突進。
 全体重を乗せた踏み込みの速度は祈の想像を超え、目で追うことも見切ることもできない。
 苦し紛れに体の前で交差させた両腕に、アンテクリストの拳がぶち当たる。
直撃を受けた左腕が折れ――同時に。
アンテクリストの体から噴き出した暗闇に、弾き飛ばされた祈は瞬間的に呑み込まれた。

351多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/03/07(日) 21:43:46
――気が付けば祈は、完全な暗闇の中を漂っている。
何も見えず音もなく、天地がどこにあるのかも定かでない。
そんな無重力の暗黒空間を、祈は漂っていた。
弾き飛ばされたときの慣性が徐々に失われていく。
 都庁で迷い込んだブリガドーン空間に酷似していることや、空気の香りが異なること。
そして、一瞬、アンテクリストから暗闇が広がったように見えたこと。
それらから、アンテクリストが生み出した別空間に囚われたのだと祈は直感する。
 祈を捕らえた理由は、先ほど言っていた、
『三つの創造の御業のうち、二つ目を見せる』ために他ならないのだろう。
 その証拠に。

>「刮目せよ。拝跪せよ。絶望せよ!
>此れが――真なる神の御業である!!」

 アンテクリストの声がどこからか聞こえ、殺気と神気が膨れ上がる。
だが、この空間はアンテクリストが生み出したもの。
だからだろう、どこからでもアンテクリストの気配が漂ってきて、暗闇の中、どこにいるのかすらわからない。
 祈が折れていない右腕を構え、聴覚を研ぎ澄ませて、アンテクリストの居場所を探ろうとした刹那。

(!?)

 閃光。ビッグバンか星の誕生を思わせるような激しい光が、祈の網膜を焼く。
思わず祈が目を瞑ると、同時に、何かが腹に突き刺さるような感覚を覚えた。

――ぱんっ。

 そして祈は、胃か腸か、いずれかの内臓が、薄い腹筋の内側で破裂した音を聞く。

「ぐ――!?」

 音速の壁を超えたアンテクリストの右拳が祈の腹部に深々とめり込んでいるのであるが、
祈は閃光に惑い、何が起こったのか理解が追いつかない。
 胃から口へと逆流する血液、胃液。だが、吐く間もない。
アンテクリストは祈の腹部に深々と刺さった右拳を、勢い殺さぬままに振り抜いた。
次の瞬間には、祈は冗談のような、音速を超えた速度で弾き飛ばされている。
そしてアンテクリストはその速度に追いつき――、

――今度は祈を上空へと垂直に蹴り上げた。

ギリギリギリギリッッ!!

 蹴り上げられた腹部。
祈の体にかかっていた横向きの力を、強引に縦向きに折り曲げた加重の負荷。
内臓を全て絞られるような激痛。祈は血反吐を吐き散らした。

「げ、ぇ――」

 大気圏を瞬く間に突破しそうな速度で打ち上げられる祈を、
再び追いついたアンテクリストのハンマーナックルが迎える。
 組んだ両手を天へ掲げると、祈がその目前に達した瞬間、渾身の力で打ち下ろした。
背中に容赦なくアンテクリストの両手がめり込む。
上方向の力を、今度はそれ以上の力で下方向へ。

――ボキボキボキィッ!

 祈の体は背中側にくの字に折れ曲がり、背骨が折れ、肩甲骨が砕ける。

「ぅがあ“ッ」
 
 体を砕くかつてない衝撃にうめきながら、蹴り上げられた以上の速度で落下する祈。
 そして、受け身を取ることもできず、轟音と共に大地に叩きつけられた。
折られた肋骨が肺へと突き刺さり、打ち付けられた全身が痛んだ。
左腕の骨折、内臓破裂、背骨と肩甲骨の骨折。肺には骨が突き刺さり、全身には酷い打撲を負った。
どう軽く見積もっても致命傷であるが、祈の心の炎は消えてはいなかった。

352多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/03/07(日) 21:47:45
(まだ……まだ……――!)

 うつ伏せに倒れながらも、こぶしを握り、祈は立ち上がろうと試みる。
すると祈の傷ついた肉体に妖力が満ち、みるみるうちに傷が再生していった。
これこそ、対アンテクリスト戦に備えて編み出していた切り札、『龍脈オーバーロード』であった。
 祈のターボフォームは、変身時に肉体的な損傷のほとんどを治す力がある。
龍脈は、妖怪にとっての甘露たる『そうあれかし』の源泉。
龍脈と繋がってその力を引き出すターボフォームへの変身は、
変身時に迷い家の秘湯を浴びるようなもの。故に超回復を齎すのだ。
 だがターボフォームへの変身は、半妖に過ぎない祈の肉体と精神に尋常ならざる負荷をかける。
だからこそ変身は数分しか保てず、インターバルを必要とするよう、無意識がブレーキをかけていた。
 それを“無理やりに外し、強引に変身し続けること”で、超回復能力を維持する。
それが『龍脈オーバーロード(過負荷)』なのである。
 劣勢を覆し、意表を突いて圧倒するための秘策であったが、
これほどの致命的な傷を受けてしまっては、そんなことは言ってもいられない。
 
(くそっ、立て……どこだアンテクリスト――)

 壊れた肉体が修復される痛みに耐えながらも、叩きつけられた地面から立ち上がろうとする祈。
 しかしその背に。

――ギュガガガガガガッ!!

「がああああああああッ!!!!?」

 今度は流星雨のごとく、神気の雨が降り注ぐ。
 祈はかつて、とある神社で神霊と対峙したことがある。
神霊が放つ銃弾を肩に受けた瞬間、体から力をごっそり奪われるような、
魂に攻撃を受けたような鋭い痛みを感じた。
 それと似た力。
妖怪という存在を滅する神気という力が。
雨のごとく背中を、腕を、脚を。
 穿つ。穿つ。穿つ。
穿つ。穿つ。穿つ。穿つ。穿つ。穿つ。穿ち――体組織を破壊する。魂を削る。
 龍脈の力を過剰に引き出すオーバーロードで体を修復するからこそ、
修復と破壊の痛みを、何度も味わうことになった。

「はっ、う“ぇっ……」

 感じたことのない激痛に、祈の脳が、さまざまな脳内物質を急激に分泌し、スパークする。
目の前が歪み、気持ちが悪く呼吸もままならない。だが――それでも終わりは来ない。

353多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/03/07(日) 21:50:53
>「ピギョオオオオオオオオオオオオッ!!」
>「ギシャアアアアアアア―――――ッ!!」

 ノエルがひきつけていたはずの神鳥ジズと、
橘音と尾弐が相手をしているはずの神竜レビヤタンが、突如として祈の前に出現する。
 そしてその口腔を開いたかと思うと。

(嘘だろ――)

 紅蓮の炎と、高速の水流が吐き出される。
 それらは空中で、祈の眼前で交差した。両者が攻撃をミスしたのではない。
高速の水流が炎によって瞬間的に熱され、蒸発させられたことにより――。
 祈の眼前で、高温の水蒸気となりながら爆ぜた。
 水蒸気爆発。とっさに眼前で腕を組み、頭を守る祈だが、
一帯を吹き飛ばすだけの蒸気爆発を、それだけで十全に防げるはずもない。
全身を高熱で焼かれ、鼓膜は破れ、もはや焼死体同然になりながら、地面を転がりに転がる祈のもとへ。

「……ま、だ……ま、……」
 
>「ブモオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 どこかから現れたベヘモットが、咆哮を上げながら突進してくる。
その体長は何十メートルもあり、その質量に突進速度を組み合わせたなら、
祈のような存在など簡単に挽肉になるようなそれが――。
 祈を蹴り飛ばす。

ベキベキベキベキィ――!!

 その衝撃は、焼け爛れた体中の骨を丹念に砕いて、右脚を千切り飛ばした。
祈の体のほとんどを肉塊に変えて、ベヘモットは消える。
 それでも祈は、龍脈の力で自身の体を再生していく。千切れた脚をつなぐ。

「ま………………だ」

 そうしてよろよろと立ち上がった祈の眼前に、いつの間にかアンテクリストは立っていた。
このような状況でなければ、その容貌と相まって、救いの神か何かだと思っただろう。
 
>「安息せよ。此れぞ神の業。この世で唯一の神のみが成し得る奇蹟。
>即ち――――――」

 だが、アンテクリストは救いの神でも何でもない、偽神だ。
 ふらつき、もはや視界すら安定しない祈の前で、
アンテクリストはその両掌を、弓のごとく後方へ引き絞り、神気を漲らせる。
 そして放たれるのは、双掌打。

>「天 地 創 造(セヴンデイズ・クリエイション)!!!!!」

 渾身の双掌打は、祈の真芯。心臓を撃ち貫く。
そして両手に込められた神気は全身に疾る。
それは、魂を、心を、神経を、全身を。ずたずたに引き裂くような一撃。

「〜〜〜ッ!!!!! 〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!」

 言葉にならない絶叫を上げて、祈は仰向けに、どうと倒れた。
血がその背から広がり、血だまりを作る。
 ターボフォームの変身も解け、黒髪の、
なんのことはないその辺にいそうな少女が、そこに倒れていた。
 いっそ、オーバーロードを解けば楽に死ねただろう。
だが、祈は倒れる直前までオーバーロードを発動していた。
かろうじて四肢は繋がって、元の祈の形を留めているものの。
結界が砕け散り、都庁屋上へと放り出された祈は、もはやぼろ雑巾同然で。
その半開きの瞳には、もはや――何も映ってはいなかった。

354多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/03/07(日) 21:58:25
>「ああ……!祈!祈……!!」

 同様にアンテクリストの攻撃を受け、ズタボロのレディベア。
だがどうにか肉体を治癒し、動けるようになったのだろう。
祈に駆け寄り、その血に濡れるのも構わず祈の体を抱きしめると、懸命に呼びかけた。

>「祈ちゃん!しっかり……!
>アンテクリストの攻撃に屈してはなりません!」

 橘音もまた、祈に声をかける。

>「このブリガドーン空間では、精神の強さ――心の強靭さこそが鍵となるのです!『そうあれかし』の力が……!
>アンテクリストの強さの源も同じ!アンテクリストは自らを絶対神と信じる『そうあれかし』によって、
>無限の力を手に入れている……!
>アンテクリストを撃破するなら、その絶対の自負を!おのれを神と定義するその認識を打ち砕かなければならない!」

 さらに祈にアンテクリストを撃破するための策を授けた。

>「……私の認識を打ち砕く、だと。
>そんなことは不可能だ。私は神、この世界を唯一思う侭にできる、選ばれし者。
>たかが泥の見る夢たる汝らごときに、私を斃すことなどできぬ……!」

 橘音の言葉を否定し、倒れたままの祈を一瞥して、
アンテクリストはせせら笑う。
 
>「祈……!!」
>「立ち上がるんです、祈ちゃん!」
>「祈さん!」

 レディベアや橘音、シロが祈を呼ぶ声。
その場にいない、颯や晴陽、ターボババアなども祈に呼び掛けた。
 バックベアードやレディベアの瞳を通して、
東京ブリーチャーズの戦いを見る世界中の人々もまた、祈の再起を願った。
 真実、レディベアの声も、橘音の声も、世界中の人々の声も、祈には聞こえていなかった。
だが、祈にはわかっていた。自分のすべきことが。応援してくれている声があることが。

 祈の右手がぴくりとわずかに反応を見せる。
 そして、
 
「――……………こ」

 口が僅かにわななき、言葉らしきものを発した。

「聞、こえ、なかったか……? “ザコ”……っつったんだよ。クソ神」

 祈が目を開き、アンテクリストを睨む。
不完全に治癒された左目はうつろだが、右目は完全にアンテクリストを捉えている。

「効くかよ……あんな攻撃。あたしら東京ブリーチャーズはな……世界背負ってんだ。
……ぐ、がああああああッ!!」

 神経までずたずたにされている右手に力を入れ、それを支えに、傷ついた上半身を無理やりに起こす。
生まれたての小鹿のように脚を震わせながらも、祈は自力でで立ち上がってみせた。

355多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/03/07(日) 22:04:38
 アンテクリストが放った『天地創造(セヴンデイズ・クリエイション)』。
それは名前とは真逆の、世界を破壊に導く7つの絶技であった。
 一撃一撃が大陸を砕き、海を割り、空を裂くだけの力があっただろう。
特に最後に放った双掌打は、地面に放ったのなら地殻を貫き、地球の核までも破壊せしめたに違いない。
龍脈による強化を受けているとはいえ、およそ一人の少女が耐えられるものではない。

 だが、それでも祈は折れずに、『立ち上がった』。
それが。それだけが――絶対唯一の神への強烈な『否定』となる。
絶対唯一の神が、本気で心を折ると、肉体を葬り去ると宣言して放った必殺技。
 人間ならば、「今のは計算違いだったからもう一度」とでもいって再チャレンジできよう。
だが、宣言を行ったのは神を名乗る絶対者。
 たった一人の少女を葬るどころか、その心すら屈服させられない者が、
果たして世界を思うままにできる絶対の神たり得るか。
 アンテクリストは、その命題を突きつけられることになる。

「あたしは!! この世界を守って!! 橘音と尾弐のおっさんの結婚式に行く!
ポチとシロの子供ができたら抱っこさせてもらう!!
御幸には言いたいことがあるし、モノとはこれからも一緒に遊んで!
そんで将来は、橘音みたいな名探偵になるんだ! やりてーことがたくさんある!!
だからおまえから明日を奪い返すまで、死んでも死ねねぇんだよ!」

 祈は吠える。
その胸には、まず祈りがあった。
『みんなが幸せに向かって歩いていける世界。今の世界が、明日や明後日、ずっと続いていくこと』。
それはきさらぎ駅で父、晴陽に誓った約束でもある。
世界とそこに住む者たちを守りたいという、仲間や友や家族へ向ける温かい気持ち。
即ち――『愛』。

 愛した世界で、そこに住む人々と生き、仲間や友や家族と共に過ごすという夢。
即ち――『希望』。

 アンテクリストが祈の内面の恐怖を指摘したのは当たっている。
だがそれよりも祈がはるかに怖れたのは、この世界と愛する者を失うこと。
だからこそ、アンテクリストという強大な敵に立ち向かえる。
即ち――『勇気』。

 折れない、曲げない、屈しない。
脆弱なはずの半妖少女が貫き通した祈り、その意地が開いた可能性。
世界中から集まった『そうあれかし』が、黄金の光となって祈の体に集まっていく。
その負傷を癒し、力へと変わる。
 祈の纏う妖気が高まっていく。

「あたしを殺せるもんなら殺してみろ、赤マント!!」

 回復した右手を握りしめ眼前へ。そして再び、祈は変身する。
赤髪、黒衣、金眼。見た目はいつもと同様のターボフォーム。
だが黄金の光が、祈の力をさらなる高みへと導いている。
 偽神に立ち向かう東京ブリーチャーズの戦いを見ている何億もの人々が、
東京ブリーチャーズの勝利を願い、偽神の存在を否定するのなら。

「ブッ飛べ!!」

 その力は、きっとアンテクリストに届き始めるだろう。
アンテクリストの認識を揺らがせ始めるだろう。
 瞬間移動と見紛う速度で、祈はアンテクリストの眼前に移動し、握りしめた拳を、その顔面へと叩き込んだ。

【瀕死になったけどどうにか自力で立ち上がり、アンテクリストの認識を揺らがせようとする。
人々のそうあれかしで強化されつつ、アンテクリストの綺麗な顔面を殴りぬける】

356御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/03/14(日) 00:09:06
上空では、空を統べる巨鳥同士の対決が始まった。
氷の巨鳥を維持制御するだけでも生半可なことではないが、それだけではない。
橘音の変化術だろう、九尾の狐をモチーフとした巨大ロボのようなものが姿を現し、御幸に要請する。

>「ノエルさん!足場お願いします!」

「そんな無茶な!」

橘音の妖術はともかく、尾弐の格闘系の能力を活かすなら、足場が必要不可欠。
身長20メートルの巨大ロボが縦横無尽に動き回っても割れない巨大な足場を上空約240メートルに作るなど普通は不可能に思われる。
が、もしかしたら自分よりも自分のことをよく知っている唯一無二の幼馴染にして親友が当然出来るだろうという調子で頼んでいるのなら。
帝都一の名探偵が出来ると判断したなら出来るのだ。

「橘音くんったら……こんな時まで平常運転なんだから!」

文字通りの君の天井は僕の床状態ででよく訓練された御幸にとって、橘音の無茶振りは平常運転であった。
御幸は踊るように傘の先端で足元に六華の模様を描き、中心に突き立てる。

「――銀盤の大氷原《グランドシルバーステージア》!!」

ヘリポートを中心に、雪の結晶が成長するように呪力の氷が広がっていく。
ヘリポートを同じ高さで超延長するような形で、巨大ロボが暴れ回れるほどの巨大な六角形型の氷の足場が出来上がった。

>「ギィィィィィッ!!!!」

「ダイヤモンドダスト!」

ジズが時折地面に向かって炎を吐き散らし、御幸はその度に熱波を中和する。

>「ッシャアアアアアアア―――――――ッ!!!」

気付けば、レビヤタンの放った超高圧ウォーターカッターの流れ弾が目の前に迫っていた。

「絶対零度《アブソリュート・ゼロ》!!」

絶対零度の概念で停止させられたウォーターカッターは、瞬時に凍り付いて地面に落ちて砕けた。

「こっちは分断させといて自分の側は全体攻撃ってそりゃないよ!」

直接アンテクリストと対峙している祈達は言うまでもなく、レヴィアタンと対峙している橘音達も、流れ弾にまで気を配っている余裕は無さそうだ。
幸いというべきか、三体の神獣の中でジズだけが旧約聖書に登場せず、他の二体に比べれば若干弱いと思われる。
となれば、御幸が流れ弾や全体攻撃の対処を受け持つ他はない。

「祈ちゃん達の方に水流が! ジズがまたブレス吐こうとしてるから備えて!」

霊的聴力を持つハクトがいちはやく敵の攻撃の気配を察知し御幸がそれを防ぐことで、なんとか戦線は維持できていた。
が、それはフレースヴェルグにジズの相手をさせているからこその話だ。
その均衡が崩れれば、戦線は瞬く間に崩壊するだろう。

357御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/03/14(日) 00:11:30
――ピシッ

氷の巨鳥の片翼がひびわれる不吉な音が響く。相手はまがい物といえども唯一神の駆る神獣。
いくら有利に立てそうな捕食者の属性を持とうとも、
数多の神を擁する神話の中の数いる神獣魔獣のうちの一つではそもそも基礎能力的に敵わなかったということか。

「まずいな……」

御幸の顔に焦りの色が浮かぶ。
ついに片翼が溶かされ、氷の巨鳥は崩壊しながら真っ逆さまに地面に落ちていく。

>「仲間はぼくひとりじゃないよ。
 そして敵はあの鳥だけじゃない……みんなを守ってあげるんだろ?
 護る力が君の力。それなら――立派に全員、護り通してみせようよ!」

「そんなこと言ったって……」

御幸の妖力をもってすればもう一度同じ物を作ることは可能だが、
かくあれかしが力を持つこの戦いにおいて、一度破られた手と同じ手ではすぐに破られてしまうだろう。
かといって、ジズにぶつけるにあたってフレースヴェルグ以上の適任も思いつかない。

>「ほら……来るよ!」

「やっば! なんか超怒ってる! ハクト下がって!」

散々邪魔をされてバーサク状態になったのではないかと思われる勢いのジズが、御幸達目掛けて飛来してくる。
御幸は傘を身構えるが、御幸の指令とは裏腹にハクトが前に出た。

>「月暈《ムーンヘイロー》!」

「ハクト!? 何やってんの下がってって……ダイヤモンドダスト!」

祈達の方にレヴィアタンのウォーターカッターの弾幕が行きそうになって慌てて阻止する。
高濃度の霧氷に阻まれ、事なきを得た。
御幸が暫しでも敵の全体攻撃への対処を怠れば、瞬く間に全滅する。ハクトはそれを分かっているのだろう。

>「ぅ……」

「氷鎖《フリーズチェーン》! ハクト! 今のうちに……」

呪氷の鎖が絡みつき、一瞬だけジズの動きを拘束する。が、ハクトは退かない。
もう一度突撃してきたジズを尚も迎え撃つ。

「コイツの相手は僕が! 君にはみんなを守る役目がある!」

確かに、御幸が自らジズの相手をしてしまっては戦線が崩壊する。
かといって、このままではハクトが昔話のごとく丸焼きになってしまう。
究極の選択を迫られた御幸は――

358御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/03/14(日) 00:13:06
「そうだね――輝く神の前に立つ盾《シールドオブスヴェル》!!」

ハクトの光のシールドに重ねるように、氷のシールドを展開する。

「駄目! 今すぐシールドを解いて!」

レヴィアタンの攻撃が激しさを増す。死の水刃が弾幕のように八方に放たれる。
御幸はシールドを展開したまま微笑んだ。

「君の言う通りだ。みんなを守るのが私の役目。その”みんな”の中に君も入ってるんだよ?
――絶対零度《アブソリュート・ゼロ》!」

放たれた水流が、一斉に細かい氷の粒となって砕け散った。
上級妖術を発動しながらの更に他の上級妖術の発動。二重詠唱とかダブルキャストと俗に言われるものだ。
御幸はスケート靴の靴底を蹴って、自ら作り出した氷のステージに躍り出た。

「さあ来いよローストチキン! お前の相手なんて片手間で十分だ!」

氷上を舞いながら大きさ可変の傘(正確には傘型盾兼槍)を自在に操り、神の鳥を翻弄する。

「乃恵瑠! ブレス来る!」

「氷弾《フリーズガトリング》!!」

傘の先から弾幕のように氷弾を放ち、ジズの口の中にぶち込む。
炎の息を放たれる前に氷をぶち込んで阻止しようという作戦である。

「全く、世話が焼けるな……」

なんとか戦線が持ち直したのを見て暫し安堵するハクトだったが、突如悲鳴のような声をあげた。

「乃恵瑠……! 腕……!」

御幸の左腕が風化するように雪の粉となって崩れてきている。
度を超えた妖術の行使に肉体が維持できなくなってきているのだ。

「あ……参ったなあ」

御幸は困ったように笑った。祈がアンテクリストを弱体化するにはまだ時間がかかるだろう。
少なくともそれまでは戦線を維持しなければならない。……だというのに。
飛んできたウォーターカッターを防ぎそこね、文字通り土手っ腹に風穴が開いた。

「マジか……!」

御幸はがっくりと膝を突いた。腹に開いた穴から、体の末端から、徐々に雪となって崩れていく。
絶体絶命の状況――だというのに、御幸は不敵に笑っていた。

359御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/03/14(日) 00:16:06
――あなたはかつて、三尾を喪ったことで我を忘れ、麓の村を滅ぼした。
 幼い身に釣り合わない莫大な妖力を用いて。不本意ですが、今必要なのはその力です。

「母上の言う通りだ……。まだだ……まだ全部見せてない」

雪の女王が言った通り、ノエルが今までで真の力を解放したのは、麓の村を滅ぼした時の一回っきり。
御幸はまだ、全てを見せてはいない。

「ハクト……びっくりしないでね。肉体なんて飾りなんだ」

「何をする気!?」

あの日、橋役様に選ばれた生贄の少年が最期に見たのは――実体無き雪の精だった。
妖狐の原型は当然狐。送り狼の原型はニホンオオカミ。
では雪女の原型は何か――強いて言うなら雪山の極寒の冷気。原型からして形あるものではないのだ。
よって、普段は肉体を維持することに実はかなりのリソースを消費している。
肉体という枷から解き放たれることでのみ、真の力が解放されるのだ。
が、仮初の肉体をよすがに存在を認識されている雪女にとって、それは死と紙一重。

「みゆきはあのまま消えてもおかしくなかった。
そうならなかったのはきっと……きっちゃんが想ってくれたから。だから、今度も大丈夫」

体が全部崩れ去る寸前。

「奥義ッ! ――御幸乃恵瑠《ホワイトクリスマス》!!」

滅茶苦茶季節外れな技名を叫ぶと同時に、御幸を中心に凄まじい吹雪が渦巻いた。
辺り一帯が不思議な冷気に包まれ、粉雪が舞い始める。
御幸は忽然と姿を消し、その場には新しいそり靴と、傘型に合体したままの世界のすべてと理性の氷パズルが落ちていた。

「乃恵瑠……乃恵瑠! どこにいったの!?」

ハクトが御幸がいた場所に駆け寄り、悲痛な声をあげながら御幸の姿を探す。

「ここだよ」

声がしたのは頭上。
御幸は、ハクトにとって最も馴染みの深い乃恵瑠の姿になって、何食わぬ顔で浮かんでいた。

「もう……! びっくりさせるんだから……!」

「えへへ、ごめん。見ててね。一人残らず護り通してみせるから!」

スケート靴と傘が冷気の風で舞い上がり、乃恵瑠の手足におさまる。正確には、器用に装備しているように見えるような形で浮いている。
戦闘域全体に満ちる冷気こそが、真なる原型となり力を解放した御幸の本体。
ハクトが見ている乃恵瑠は実体ではなく、立体映像のようなものだ。
そして、乃恵瑠に見えているのは飽くまでもハクトから見た見え方だ。
見る者によってノエルに見えたりみゆきに見えたり深雪に見えたり、同じ者から見てもその時によって違って見えたりもするかもしれない。
御幸が腕を一振りすると、吹雪の竜巻とでもいうべきものがジズを包み込む。

360御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/03/14(日) 00:18:44
「待たせたな焼き鳥! 仕切り直しだ!」

かつて麓の村を滅ぼし多くの人間を死に至らしめた忌まわしき力を、今度は守るために。
一人の人間を模した肉体に捕らわれている状態では、認識力や手の届く範囲に限界がある。
が、今の状態でなら戦闘域で起こっていること全てが手に取るように分かり、各所同時の味方の援護と敵の妨害が可能だ。
ハクトの持つ武器である杵が氷のウォーハンマーのようなものに進化する。
レビヤタンの放つ水流が仲間達に届く前に全て落下していく。
のみならず、致命傷になりそうな攻撃は悉く氷のシールドに阻まれるだろう。
――そのはずだったのだが。祈の受けたその攻撃の場合だけは違った。

>「い……、いったい何が……?」

祈が瞬間的に姿を消したかと思うと、次の瞬間にはズタズタになって床に転がっていた。

>「ああ……!祈!祈……!!」
>「祈ちゃん!しっかり……!
 アンテクリストの攻撃に屈してはなりません!」

「そんな……今度こそ力になれると思ったのに」

「乃恵瑠……」

いかなる攻撃にも対処できるとはいっても、それは攻撃がこの空間で行われればの話だ。
異空間に拉致されて攻撃されたのでは、対処のしようがない。

>「このブリガドーン空間では、精神の強さ――心の強靭さこそが鍵となるのです!『そうあれかし』の力が……!
 アンテクリストの強さの源も同じ!アンテクリストは自らを絶対神と信じる『そうあれかし』によって、
 無限の力を手に入れている……!
 アンテクリストを撃破するなら、その絶対の自負を!おのれを神と定義するその認識を打ち砕かなければならない!」

橘音が祈に対処方法を授けている。が、御幸は何も言わない。

「君も何か言ってあげなよ」

「……だって! 祈ちゃんもう十分過ぎるほど頑張ってるのにもっと頑張れなんて言えないよ!」

「バカ! 約束したんだろ!? 苦しい時も死の縁に瀕した時もいついかなる時も味方だって」

ハクトに叱咤され、ようやく意を決する。比類なきヘタレである。
そして、一聴すると感情を感じられないクールな声で告げる。
そうしなければ収拾がつかなくなるから敢えて感情を抑えているのかもしれない。

「さっさと起きなよ。君にこんなところでくたばってもらったら困るんだ。
君には我が一族の遠大なる計画のためにずっと役に立って貰わなきゃいけないんだから。
君は別に世界を変えたいなんて思ってないんだろうけどさ。そりゃ無理な話だ。
君は存在しているだけで少しずつ世界を変えてしまう。……生きているだけで否応なく誰かを幸せにしてしまう。
本当かって? 少なくとも……ここに一人」

361御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/03/14(日) 00:19:36
この間にも、御幸(の立体映像)は、何事もないようにジズと戦っていた。

「乃恵瑠……なんて言ったの?」

「別に。ここでくたばってもらったら困るって言っただけさ」

「もう! 君って妖怪は!」

「何で怒ってるの?」

「別に!」

>「祈……!!」
>「立ち上がるんです、祈ちゃん!」
>「祈さん!」

人々の想いからなる黄金の光が、祈の体に注ぎ込まれていく。

>「聞、こえ、なかったか……? “ザコ”……っつったんだよ。クソ神」

祈が目を覚ます気配を察した御幸は、それが当然とでもいうような態度を装いハクトに声をかける。

「……そろそろケリをつけよう。
ハクト、内と外からの挟撃だ。炎だって凍らせてしまえば砕ける。
私が内側から凍りつかせるから君がその瞬間に叩き壊すんだ。必ず守るから、信じて合わせて」

「今更何言ってるんだか」

「そう言うと思った」

ジズが炎を吐こうと口を開けた瞬間、御幸はその口の中に飛び込んだ。

「いくよ! だぁああああああああああああ!!」

「うりゃぁあああああああああああああッ!!」

ジズはそのまま構わずに炎を吐くが、ハクトは躊躇なくジズに向かって大ジャンプした。
御幸の力による氷のシールドが展開し、炎を阻む。そのまま冷気の風に乗り、自由落下以上の速度でジズに迫る。
着弾する直前、燃え盛る炎であるはずの神の鳥の体が凍り付いたように見えた。

「「万象凍結粉砕撃《インフィニティパワー・アイスストーム》!!」」

ハクトはあやまたず、ジズの心臓部めがけて絶対零度の氷のウォーハンマーを振りぬいた。

362尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/03/21(日) 18:08:11
>「オーケイです、クロオさん!やりますよ……ボクのとっておき!
>ボクの術が完成するまで、アイツの相手をお願いします!」

「――――応っ!!」

返事は一言、それで十分。
この暗く醜く穢れた美しい世界で、自分の隣を歩き続けてくれた相棒。
何よりも誰よりも愛する女。その女の為の助けになるのに、二言目など必要無い。
地を抉る水槍を前にして、尾弐黒雄は凄絶な笑みを浮かべる。

「さぁて、第2ラウンドだ蛇公!せいぜい良く狙え!テメェの敵が此処に居るぞ!!」

瓦礫だらけの道路を疾走し、僅かに射線から逃れる。
アスファルトを捲りあげて、照準を絞らせない。
蹴り上げたトラックが爆散し、僅かに水を散らす。
禹歩によって結界を作り上げ、瞬き程の間水を押し留める。
水を放たれるより前に懐に飛び込み、水の体を散らして射出を阻害する。
ビルは――盾にならず。瓦礫を貫通した水流は尾弐の首の肉を削る。

致命に至る傷こそ避けているとはいえ、息つかせぬ猛攻は尾弐の肉体を少しずつ削り取っていく。
しかし、その精神は欠片すらも削れる事は無い。
避ける。防ぐ。躱す。肉を切らせ見切る。
終わりの見えない怒涛の攻撃を、尾弐黒雄は耐え抜いていく。
任せると言ったのだ――――ならば、自分がここで折れる訳にはいかない。

「どうしたどうした!腰の悪ぃオジサン一人殺せねぇで神獣名乗るなんざ恥ずかしくねぇのか!?」
「ああそうか!あの赤マントのペットだもんなぁ!この程度で限界でも仕方ねぇよなぁ!!!」
「なあ、ミミズ野郎!!」

尾弐の挑発を受けて、赤い怒りの感情を湛えたレビヤタンが咆哮する。
強大な存在とはいえ彼の神獣は生みだされたばかり。
なまじ知性と気位が有るが故に、矮小で穢れた存在からの侮蔑を無視する事が出来ない。
本当に狙うべきは膨大な妖力を纏い始めた那須野橘音であると理性が囁いても、神獣としての矜持が尾弐を殺せと叫び狂うのだ。

生まれえて初めて抱く怒りは瞬間的にレビヤタンの力を増幅し――――とうとう水流は尾弐黒雄の黒鎧を砕き、その腹に巨大な穴を開けた。
恐らく、レビヤタンは己の勝利を確信した事だろう。
目障りな悪鬼を誅し鬱憤を晴らした事だろう。
後は妖狐を討つのみだと、そう判断したことだろう。

そして、気付くに違いない。

腹に孔を空けられ吹き飛んだ尾弐黒雄。
その吹き飛ばされた先に、那須野橘音が居る事に。

>「クロオさん……!!」
「応――――待たせたな。橘音」

本来であれば致命である筈の傷を負ったまま、しかし声は震える事すらなく。
尾弐黒雄は、伸ばされた那須野橘音の手を笑顔で掴み取る。

>「天(てん)の紫微宮、天(あめ)の北辰。
>太微垣、紫微垣、天市垣即ち天球より此岸をみそなわす、西藩七星なりし天皇大帝に希(こいねが)い奉る。
>我が身に星辰の加護を、我らが太祖の力を顕現させ賜え――
>妖狐大変化!」

レビヤタンは強い。
一神教において伝説と語り継がれるその存在は、産まれた時点で神獣としての頂点に君臨している。
この世界全てを見渡しても、彼の神獣に打ち勝てる存在はそう居ないだろう。

なればこそ――――括目せよ、神の獣。
其の眼前に居る者は、生まれながらの弱き者。
数多の因果。数多の悪意。数多の恐怖。数多の絶望。
有形無形の世界の悪に叩き伏せられ、押しつぶされて来た者の成れの果て。

そして、その深く暗い闇の中で立ち上がり、愛を手にした者達である。

363尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/03/21(日) 18:08:53
>「何とか成功したみたいですね。今、クロオさんとボクは妖術によってひとつに融け合っています。
>ひとりじゃ勝ち目のない戦いだって、ふたりなら。クロオさんとボクなら必ず勝てる!
>最後の最後だ、どうせなら――ド派手に行きましょう!」

「ハ――――そりゃあ最高だ!負ける気がしねぇな!!」

尾弐と橘音が変幻せしは九尾の妖狐。星を管理する程の格を有す伝説の妖怪。
莫大とも呼べる妖力と殺生石の伝説で知られた毒霧は、万物を穿つ水撃ですらも阻んで止めてみせた。
眼前のレビヤタンから伝わってくる感情は『動揺』。
一神教の神以外に自身の攻撃を封殺する存在がいるなど、彼の神獣にとって想像すら出来ぬ事だったのだろう。
尾弐は暖かな世界に響く最愛の声に言葉を返しつつ、己について思う。

『尾弐黒雄』。
帝都漂白が失敗した時の為に用意された、全てを殺して壊して黒く塗りつぶす弐本目の尾(セカンドプラン)。
御前の言葉遊びで付けられた、コードネームに過ぎなかったその名前。
漂白されたまま漂泊し続けたその名は、ようやくその意味を表白されたのだ。
那須野橘音のもう一つの尾。互いを支え支えられる名として。

ならば!
ならば!!
ならば!!!

「俺はその役目を!願いを!果たさねぇとなぁ!!!!」

>「これでどうです?正義のヒーローには、やっぱり巨大ロボがつきものですから!
>名付けて――対神獣用決戦大甲冑・黒尾王!!」
>「さあ、クロオさん!
>改めて、海蛇退治と洒落込みましょう!!」

「いいセンスじゃねぇか橘音!それじゃあ、年甲斐も無く……ヒーローの時間といこうぜ!!」

那須野橘音の権能により、九尾の狐がその形態を変質させる。
産み出された姿は、8の光の尾と1の黒き尾を持つ巨人。
それはまるで、少年たちが幼き頃に夢見るヒーローが来る機神の様で。

>「ギギィィィィィィィィィィィィィィ……!!!」

『弧毒殺掌』
『九鬼刃』

水源が存在する限り無限に復元し、傷すら負う事のない無敵の神獣レビヤタン。
しかし黒尾王はその無敵を打ち砕いて行く。
もはや概念を蝕む程に凶化された猛毒は、水の身体を変質させ掴み取る。
繰り出す手刀はただの一撃で九度、水の体を切り刻む。
鬼の力と妖狐の技。二つの極地を合わせたその力は、混ざり合い増幅し、究極の先へと手を伸ばしていく。

「は!腰も痛くねぇし体は思うように動くし――――何より、橘音!お前さんが側にいる!」

今の尾弐黒雄は幸福な未来を強く願う。誰にも負ける気がしない。
そして、ブリガドーン空間においてはその意志と願いこそが力となる。

364尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/03/21(日) 18:12:53
『大八百尺千手掌』
黒尾王が右手を大地に叩きつければ、瘴気を纏う無数の腕が背後から延びレビヤタンの肉体を掴み取る。
其れを嫌い、振り払おうとレビヤタンは収束した水流を撃ち出したが、その先に薄紫色の半透明な壁が現れる

『御社宮司蛇鱗盾』
巨大な蛇の鱗を模したそれは概念の防御。現代兵器ですら貫く事の出来ぬ防御が殺意もろともその攻撃を遮断した。
その光景を目にしたレビヤタンは、全身から水流を放つ事で無理やりに瘴気の腕を振り払う。
そのまま周囲全てを一掃すべく照準を帝都の町も含めた周囲一帯に定めたが

『蒼天悪鬼夜行』
黒尾王が片腕を天に翳すと、レビヤタンの上空と足元に、丑寅の方角の模様だけが描けた八卦の陣が現れる。
そして現れるのは、刀、金棒、鉄球。様々な獲物を持つ黄金色の悪鬼共。
彼らの総攻撃はレビヤタンの水の身体を破砕し、攻撃を不発に終わらせた。

黒尾王が繰り出すは、かつての対峙してきた強敵達の技。
それらを那須野橘音の技巧で昇華再現し、尾弐黒雄の戦闘経験と直感で再演していく。
それらは全てが規格外。神の獣に届き得る一撃。
しかし……それらの力を用いても尚、レビヤタンを滅ぼしきる事は出来ない。
水とは命の母。あらゆる生命の揺りかご。
帝都全ての命を支える水源が、レビヤタンの体を瞬く間に復元していく。
世界から水が無くなるまで……この世界の終わりまでレビヤタンは、神の獣は滅びない。
その事を自覚し、復元途中ながらも勝利を確信して哄笑を上げるレビヤタン。
そして、復元を終えた彼の瞳は驚愕と共にその光景を目撃する。

『超級愛鬼神装(アスラズ・アモーレ)』

黒尾王の右腕に握られしは、白と黒の紋様で彩られた巨体たる黒尾王に倍する大剣。
それは、かつて尾弐が対峙した闘神アラストールの至った武の極地の『その先』にある奇跡。
尾弐黒雄一人では決してたどり着けない、那須野橘音と共に在るからこそ成し遂げられた理外の御業。
妖力と闘気と瘴気、それに人々の願いを合一させた、高次概念の物質化。
通常の世界であれば、決して成し遂げる事の出来ない奇跡の具現。

「祈の嬢ちゃん、折れるな。信じろ。俺達は―――強い」
「それを今、証明してやるッッ!!!!」

レビヤタンから視線を逸らさず、けれど橘音の声を聴きアンテクリストの猛攻に晒されている祈に向けて言葉を放ち。
黒尾王は大剣を居合抜きの様に構える。

「――――神夢想酒天流抜刀術・天技」

想起するのは、かつて尾弐黒雄が受けた中で最も鋭く深い一撃
命そのものを断絶する『死』の具現。
その絶技に秘術である神変奇特を混ぜ合わせ、奥義『黒尾(コクビ)』を内側へと向けて使用する事で概念を深化させる。

「鬼哭啾々――『鬼殺し・天弧』!!!!」

瞬間、音が消えた。まるで雪の日の夜の様に。
次に響いたのは、役目を終えた大剣が硝子の様に砕けて消える音。
ああ、そうだ。敵が不死身の体であるのなら、不死身に死を与えればいい。



その日、尾弐と橘音の刃は不死を斬り堕とした。。

365ポチ ◆CDuTShoToA:2021/03/28(日) 06:39:50
ベヘモットの巨体が、夜の帳を超えた。

「ふっ……!!」

瞬間、百を超える拳打と蹴撃が、ベヘモットの顔面に叩き込まれた。
上から下へ叩きつけるように。この獣の王に頭を垂れろ、と。

これが『僕の縄張り』の力。どこにでもいて、どこにもいない。
故に一呼吸の内に百撃でも――その気になれば千撃でも繰り出す事が出来る。

しかし――ベヘモットはまるで動じなかった。
ほんの少し頭部の位置が下がり、突進の勢いが弱りはしたが、それも一瞬。
すぐに顔を上げて、失った速力を取り戻さんと力強く地を踏みしだく。

「クソ、硬い……!」

悪態をつくポチは、しかし追撃を仕掛けない。
大きく飛び退き、一度深く息を吸い、呼吸を整える。
無論、それは必要に迫られての行為だった。

何故なら。
一瞬の間に百を超える打撃を放ったという事は、一瞬の間にその反動と疲労が訪れるという事。
しかもそれは単なる連打ではない。一つ一つが全身全霊を込めた打撃なのだ。
いかに狼のタフネスと言えど、息一つ乱さずに、とはいかない。

「っ、しゃあ!」

とは言え、深呼吸一つで呼吸は正調。
裂帛の気合と共にポチは再びベヘモットへ飛びかかる。

「しぃッ!」

狙いはベヘモットの巨体を推し進める右前足。放つは渾身の左ソバット。
全く同じ速度と軌道で、全く同じ箇所へ、一瞬間に叩き込まれる、十の蹴撃。
一瞬の間に百の打撃を放つにはそれなりの消耗が伴う。
だが、十の打撃を十回。
結果的に一呼吸の間に百の打撃を放つ事は、送り狼のタフネスなら容易い。

右肘打、左膝蹴り、右鉄槌、左フック――脚部への執拗な連撃。
重なる打撃音。砕けたコンクリートの破片が、へし折れた鉄筋が、廃車から剥離した金属片が飛び散る。
だが――浅い。こんな物はただの被毛と同じだ。
瓦礫の怪物の、その奥にまで攻撃が届いている気がしない。

>「はあああああああああッ!!!!」

シロが吼える。
拳法においてはポチを遥かに上回るセンスを持ち、修練によってそれを磨き上げてきた。
そのシロの嵐の如き連撃をもってしても、ベヘモットの芯を捉え切れない。

「クソ、デカブツめ……!」

あと十秒もしない内に、ベヘモットは都庁へと激突するだろう。
そうなれば屋上で戦う橘音達は突然、その足場を失う事になる。
この激戦の最中にそんな事が起きれば、どうなるかは明白。
なんとしてでも、止めなくては――ポチの全身から妖気が滾る。

一瞬百撃では足りなかった。ならば――千撃だったら、どうか。
たった一瞬の内に、千の打撃を叩き込めば。
いかにベヘモットと言えど、踏み留まれない――かもしれない。
その試みが成功するかどうか、確証は持てない。

366ポチ ◆CDuTShoToA:2021/03/28(日) 06:41:33
だが、その試みの代償についてならば、ポチは既に確信を得ている。
千の打撃、その反動によってポチの拳は手足は砕け、呼吸もままならないほどの疲労に襲われる。
故に挑むならば、必ず為遂げなくてはならない。
出来るのか。このそびえ立つ岩山を、己が身一つで転ばせる事が。

獣の直感は――出来るとは答えてくれなかった。
ポチが、ベヘモットから目を逸らした。
それは、睨み合う獣同士の、敗北を察した方が見せる仕草――――ではない。

ポチはただ宵闇の中、己がつがいに目配せをしただけだ。
どこにでもいて、どこにもいない――それでも、彼女は必ず自分の傍にいると。

>「――参ります!!」

果たして、それはシロも同じだった。
目と目が合う。お互いが何をしようとしているのか、瞬きの間に理解した。

>「影狼!」

迫るベヘモット――赤黒い宵闇の中、十一の影狼を従えたシロが凛然と立ちはだかる。
影狼。今となっては、ポチはその正体がただの闘気と妖気の塊ではない事が分かる。
彼らからは、遠野の山奥で出逢った、あのニホンオオカミ達と同じにおいがした。

いつからなのかは分からない。だが、もしかしたら、ポチが出会うずっと前から。
彼らはシロの傍にいた。彼女に力を貸してくれた。

>「たあああああああああああああああ――――――――ッ!!!!」

シロが地を蹴る。アスファルトの後塵を残して、疾風と化す。
その姿に追従する十一の影狼。
シロが拳を振りかぶる。固く握り締めた拳に、影狼達が宿る。
そして――シロが、その拳が、一筋の純白の閃光と化した。

>「秘奥義――――終影狼(ついかげろう)!!!!」

重く轟く打撃音――凄まじい威力の余波が、突風と化して空気を揺さぶる。
ベヘモットの頭部に亀裂が生じる。その亀裂が一瞬にも満たない間に、爆発的に広がっていく。
ベヘモットの額を構築する瓦礫がひび割れ、砕け、飛び散った。

その巨体が、ほんの僅かにだが揺らいだ。

「――ありがとう、シロ」

それだけで、ポチにとっては十分だった。
獣の直感が告げていた。今なら狩れる。そいつはもう、お前の獲物だと。
そして――ポチは地を蹴った。地を蹴った。地を蹴った。

どこにでもいて、どこにもいない。
その気になれば千の打撃でも一瞬で放つ事が出来る。
だが一方で、その反動も一瞬の間に返ってくる。
つまり――この『縄張り』の中、ポチは本来の何倍でも、何十倍でも、素早く駆け出せる。

「次は、僕の番だ」

そして、どこにでもいて、どこにもいない。
故にその加速度を保ったまま、百撃でも――千撃でも、放つ事が出来る。

「一瞬千撃……なんてね」

瞬間――ぱん、と破裂音が響いた。
一瞬間に放たれた千の打撃は、そこから生じた音さえもが一つの炸裂と化した。

ならば、ならば、その打撃そのものが生み出す破壊力は――




――まるでそうなる事が当然であるかのように、徹底的に、ベヘモットの右前足を破壊していた。

367ポチ ◆CDuTShoToA:2021/03/28(日) 06:42:59
脛部装甲は完全に剥がれ落ち、その奥にある骨格さえもが引き裂けている。
膝部にも大きな亀裂が刻まれて――ベヘモットの巨体が崩れ落ちる。膝を突く。
それでも――驚くべき事に、ベヘモットは踏み留まった。
砕けた膝で、しかしその山の如き巨体を支え、持ち直してさえみせた。

そして唸り声を上げた。
捩じ切れた鉄骨で出来た牙が鋭く光る。
砕けたガラスと金属片で出来た右目が、凶悪な眼光を宿してポチを睨む。

それは明確な敵対行動だった。
ベヘモットは今ようやくポチとシロが――この矮小な、たった二匹の獣が、己の敵になり得ると認識したのだ。

「遅えよ、ばぁか」

その直後。もう一度炸裂音が響いた。
一瞬。たった一瞬で、ベヘモットの牙は全てへし折れていた。
ポチを捉えようとしていた右目は粉々に打ち砕かれていた。

「――お前、もう終わってるんだよ」

ベヘモットは左目に強い衝撃を感じた。
何かがそこに飛び乗ってきたのだと、すぐに理解した。
そこには暗闇がいた。己の悪性を解き放った、夜闇への恐怖の象徴としての送り狼が。

「ゲハハ……!」

ポチの全身から邪悪な妖気が溢れている。
千撃の反動で砕けたはずの手足はその妖気によって再生していて――その姿が消える。
瞬間、炸裂音。ベヘモットの頸部に亀裂が走る――だが、浅い。

「ゲハハハハハハハ――――――!!」

ベヘモットが吼える。舐めるなと言わんばかりに。
だが、その咆哮さえも、続く炸裂音が掻き消した。
ベヘモットの左目が砕け散って、咆哮は悲鳴に変わった。

「ゲァ――――ッハハハハハハハハハァ――――――――――ッ!!!」

炸裂音。ベヘモットの右後ろ足がへし折られた。その巨体が倒れ込む。
ベヘモットはなんとか再び立ち上がろうとしている。
炸裂音。ベヘモットの左前足に無数の亀裂が走る。
損壊した前足は巨体の自重に耐え切れず、ばらばらになった。

送り狼の悪性。そこから溢れる妖力に任せた、一瞬千撃の連続使用。
これは技ではない。
暗闇というテリトリーの中、送り狼が己の獲物と定められた存在をただ、殺めようとしているだけ。
当たり前の事が、当たり前にそうなろうとしているだけ。
故に技ではない。故にこの行為に特別な名前などない。

「……そうだな。『狼獄』。『狼獄』がいい」

名前など――なかった。

368ポチ ◆CDuTShoToA:2021/03/28(日) 06:46:06
「もし、お前に知性とか、知能とか、そういうものがあって。
 僕の声が聞こえてるなら……よく覚えておけ」

ふと――倒れ伏したベヘモット、その前方にポチが姿を現した。

「『狼獄』。それがお前を殺す、僕の奥の手の名前だ。この狼王の切り札。
 そして……きっと、あのクソッタレの神様気取りにもブチ込んでやる奥義の名前だ」

アンテクリスト曰く――ベヘモットは大地を束ねる者。神の獣。
ならば、その名に相応しい終わりが訪れるべきだ。
例えそれが瓦礫で出来た、血の通わない偽物の獣だったとしても。
お前はこの狼王の秘技によって死ぬのだ。
そしてお前を葬るこの奥義は、あの偽神にも、きっと届く。
それほどの技でお前は死ぬのだ。
そう言ってやるべきだと、ポチは思った。

「……それだけだ」

そう言うとポチは深く息を吸い込んで――

「オオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ンッ!!!」

高らかに、吼えた。
それは今も都庁の屋上で、たった二人で偽神に立ち向かう祈への遠吠えだった。
こっちは大丈夫。すぐに戻るよ。頑張って――君なら、きっと大丈夫だろうけど。
そんな思いを込めた遠吠え。

そして、その遠吠えが終わると同時――炸裂音が響く。
宵闇が晴れる――ベヘモットの頸が、ポチの目の前に転がっていた。

369那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/03/31(水) 10:54:36
スクラップ・アンド・ビルド。
新たな創造を行うためには、先ず破壊がなければならない。
終世主アンテクリストの放った『天地創造(セヴンデイズ・クリエイション)』は、まさに創造の前に齎される破壊。
創造神の揮う奇蹟に相応しい、現在の文明を、ありとあらゆる生命を、七度絶滅させることのできる極技であった。
龍脈の力を得たとはいえ、たかが中学生の小娘ひとりに受け止められるものではない。

「祈!祈ッ……ああ、目を覚まして……!
 お願い、お願いです……祈……!!」

レディベアが自らの負傷も顧みず、祈を抱き起こして懸命に呼びかける。
しかし、祈は動かない。
ふたりの少女の悲愴な姿を見下ろし、アンテクリストが嗤う。

「無駄だ。いかな龍脈の神子とて、我が御業に抗う術なし。
 神子は死んだ。『それ』はただの肉の塊に過ぎぬ。
 これで再び龍脈の力も我が手に――汝らの抵抗など、所詮は無駄だったということだ」

「……アンテ……クリスト……!」

ギリ、と奥歯を強く噛みしめ、レディベアが神を睨みつける。
悪しき偽神には絶対に屈さないという、強い意志の籠もった瞳。
だが、そんなレディベアの必死の抵抗表明も、アンテクリストに優越を与える以外の意味を持たない。

「愚か。愚かよ、そして哀れなり……ブリガドーンの申し子。
 私が恵んでやった偽りの友誼に、尚も縋りつくというのか。
 それは言葉にできぬ愚昧なれど……同時にある種美しくもある。
 偽りの友。偽りの思慕。偽りの幸福――私の与えた偽物の情愛が、よもやこうまで見事な花を咲かせるとは。
 偽りにも、偽りなりの真実があるということか?」

「偽りなどでは……ありません……!
 祈とわたくしの友情は、愛情は、紛れもない本物ですわ!」

「否。偽りである。
 すべては汝に極上の絶望を味わわせんが為のもの。我が策謀のひとつ。
 汝は自分を独立した個人だと思い込んでいただけの、滑稽な操り人形に過ぎぬ。
 友情も、愛情も。すべてはこの私が組み込んだ歯車でしかない――」

「確かに……わたくしは人形でした。
 何も知らずにあなたの思惑に沿って踊るだけの、意思なき人形……。
 けれど!そんなわたくしに、祈は手を差し伸べてくれたのです!
 わたくしはその手を取った!それは、その選択は!紛れもなくわたくし自身の意思で行なったもの!
 例えわたくしという存在があなたの操り人形であったとしても!
 この、わたくしの胸に息衝く想いは……愛は!
 決して、あなたから与えられたものではありません!!」

アンテクリストの言葉を、レディベアは真っ向から否定した。
かつてふたりがまだ敵同士であった頃、祈は二度に渡ってレディベアを仕留められる絶好の機会を見逃した。
のっぴきならない状況がそうさせたのではない、祈は自ら望んでその好機を放棄したのだ。
そして、夜の公園でふたりの関係を友達ごっこと嘲笑った赤マントに対して、祈はこう言い放った。

『あたしとこいつのは、“ごっこ”なんかじゃねぇ!』

と。
レディベアはそれを信じる。その言葉を心から慈しむ。
何故ならば、それこそがこの世界で最も美しいもののひとつ。
極彩色の虚無に彩られた、異空の牢獄ブリガドーン空間の中には存在しなかったもの。
空間の隙間からずっと眺め遣り、憧れ、望み、焦がれ――
やっと。手に入れた宝物であったのだから。

「善い。ならば、汝も神子と共に葬り去ってくれよう。
 手に手を取って死ぬがいい。愛する神子と原型も留めぬ肉になって混ざり合えれば、本望というものであろう?」

じゃり、と足音を鳴らし、アンテクリストが今まさにふたりへとどめを刺さんと一歩を踏み出す。
ゆるりと差し伸べられた右手に、膨大な神力が凝縮してゆく。
レディベアにそれを防ぐ手段はない。もはや、進退は窮まったかに思えた。

だが。

それまで死んだようにぐったりと動かなかった祈の右手の指が、微かに動く。
祈を抱き締めた状態で、いち早くその動きに気付いたレディベアが隻眼を見開く。

「……い、祈……!!」

>――……………こ

「――なに?」

アンテクリストが眉間に皺を寄せ、怪訝な表情を浮かべる。
祈は、まだ死んではいなかった。

371那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/03/31(水) 10:56:42
>聞、こえ、なかったか……? “ザコ”……っつったんだよ。クソ神

「……なん……だと?」

祈が目を開く。レディベアの腕の中でゆっくりと身じろぎし、起き上がろうとする。

>効くかよ……あんな攻撃。あたしら東京ブリーチャーズはな……世界背負ってんだ。
 ……ぐ、がああああああッ!!

「ああ……祈!」

レディベアが涙を流して歓喜する。すぐにブリガドーン空間の力を使い、祈に治癒を施してゆく。
空を埋め尽くす黄金の粒子が、祈の小さな身体の中へ吸い込まれてゆく。
破裂した臓腑が、折れた全身の骨が、疲弊しきった肉体が瞬く間に回復し、力が漲る。
すべては『そうあれかし』。人の、妖の、この世界の生きとし生ける者たちの心のエネルギー。
それが、祈の中で無限の闘志となって激しい光芒を放つ。
アンテクリストは瞠目した。

「我が……我が第二の御業『天地創造(セヴンデイズ・クリエイション)』を受けて……即死していないだと……?
 莫迦な、こんなことがある筈がない……!」

唯一神とは、まさしく唯一の存在であるからこそ名乗ることを許される呼称である。
それは逆説的に『唯一でなければ名乗れない』ということでもある。
アンテクリストは己の取り戻した力を以てして唯一神を標榜した。
そして、その唯一神の権能を行使して龍脈の神子を葬り去ると宣言し――

失敗、した。

>あたしは!! この世界を守って!! 橘音と尾弐のおっさんの結婚式に行く!
 ポチとシロの子供ができたら抱っこさせてもらう!!
 御幸には言いたいことがあるし、モノとはこれからも一緒に遊んで!
 そんで将来は、橘音みたいな名探偵になるんだ! やりてーことがたくさんある!!
 だからおまえから明日を奪い返すまで、死んでも死ねねぇんだよ!」

「そんな下らぬ……取るに足らぬ理由で、立ち上がったというのか……?
 この神の、絶対神の、崇高なる創造神の御業に耐え切ったと……?」

レディベアの腕から離れ、立ち上がった祈が吼える。
アンテクリストは激しく動揺した。唯一の神、絶対の神。この惑星すべての存在を遥かに凌駕した、
超越者であるはずの自分が全力で放った奥義が、たかがひとりの半妖を仕留め切れなかった。
目の前に誤解のしようもなく厳然と突きつけられた事実に、戸惑っている。

>あたしを殺せるもんなら殺してみろ、赤マント!!

体内に漲る力を爆発させ、祈が再びターボフォームへと変身する。
だが、それは今までのターボフォームとは違う。黄金の光が、人々の想いが、祈の力を何百倍にも増幅させている。

「は――愚かな!
 汝の技など効かぬ!通じぬ!それは先に確と知らしめた筈!
 分からぬと言うなら、今一度実力の違いを――」

彗星のように黄金の尾を引きながら、祈が突進してくる。
アンテクリストは身構えた。彼我の実力差は圧倒的。仮に何らかの予想しえない要素によって少女が御業を防いだとしても、
その不文律が覆ることはない。
無謀な突撃などいとも容易く往なし、再度の『天地創造(セヴンデイズ・クリエイション)』で、
今度こそ完全に引導を渡してやればいい。
そう、思ったが。

>ブッ飛べ!!

バキィッ!!!!!

「!?」

祈の繰り出した右拳が、過たずアンテクリストの左頬にクリーンヒットする。
人々の想いの籠もった渾身の殴打を浴び、偽神は錐揉みしながらヘリポートの端まで吹き飛んだ。

「が……は……!
 な、何が……何が、起こった……?」

大きく翼を広げ、からくもヘリポートからの転落を免れると、アンテクリストは驚愕に目を見開いた。
口許を押さえた右手の間から、ぽたぽたと血が零れてコンクリートの床に点々と染みを作る。

「この、痛みは……か、神が……。
 神が……殴られて、出血する……だと……?」

「やりましたわ!祈!!」

偽神が動揺する一方で、レディベアが快哉を叫ぶ。
祈が『天地創造(セヴンデイズ・クリエイション)』を凌いだことで、
アンテクリストの中に屹立していた自己への絶対の自信という支柱に一条の亀裂が走った。
そして、今。神聖不可侵にして無敵とばかり思われていた肉体に一撃を受け、出血したことで、
精神の支柱には益々ヒビが入ることになった。
唯一神、創造神に昇華したはずの自分に届く者がいる。
絶対神を殴り、傷を負わせる存在がいる。
恐るべき認識が、脅威が、アンテクリストの『そうあれかし』を崩してゆく。

神の権能を、剥奪してゆく――。

372那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/03/31(水) 10:57:03
「お、の、れェェェェェェ――――――――――ッ!!!」

ゴウッ!!!

アンテクリストが激昂し、四対の翼を広げて祈へと迫る。
その拳が唸りを上げて繰り出される。

「卑しい半妖如きが!この神の!唯一にして絶対なる神の尊顔を傷つけようとは!
 瞬く間に爆ぜて詫びよ!汝の魂、辺獄にすら存在を許さぬ!!」

ガガガガガガガガッ!!!

憤怒と共に放たれる、絶対神の攻撃。その拳と蹴りの勢いは暴風さながらだ。
無数の打撃が秒の間さえなく祈を襲う。そして、その打撃はすべてが致死級。
並の妖怪ならば、否、大妖クラスであっても一撃貰えば即死か、良くてケ枯れは避けられまい。
だが。
今の祈ならば避けられるだろう。防御し、往なし、打ち崩すことが可能なはずだ。
共に『そうあれかし』の力を受けた者同士の闘いならば、その優劣を決めるのはごくごくシンプルな要素でしかない。
即ち――『想いの量』。
アンテクリストの意志の力は、他の追随を許さぬ強さであろう。
何せ2000年に及ぶ悲願の結晶である。それだけの長い間アンテクリストは、ベリアルは力を取り戻すという、
ただひとつの目的だけをひたすら願ってきた。それは余人には想像さえできない強い想いであろう。
しかし、どれほど強い願いであっても、それはベリアル個人の願い。ただひとりの意志に過ぎない。
その一方で、祈の許には今、この地球という惑星に生きる者たちの何十億もの想いが、願いが集まっている。
で、あるのなら。
想いの総量で祈がアンテクリストに負けることはありえない。

「私は神だ!創造神だ!この世界の誰も、この私と並び立つ者はおらぬ!存在してはならぬ!
 結婚式だと?子供だと?そんな下らぬ虫けらの望みが、世界を創造し直すという私の崇高なる望みに!
 匹敵していいはずがない――!!」

ギュバッ!!!

アンテクリストが大きく左の拳を振り上げる。
その一瞬の隙が、祈には見えるだろう。絶好の攻撃ポイントだということも。
祈の攻撃が鳩尾に突き刺さると、アンテクリストはまたしても大きく双眸を見開いて身体をくの字に折り曲げた。

「ぉ、ご、ぅ……!」

たたらを踏んでよろける。さらに出血が激しくなる。

「これは……何だ……?どうして、このようなことが……?
 こんなことが……あるはずがない……何かの間違いだ……」

どれほど神の力を使おうと、全力で叩き潰しにかかろうと、祈を仕留められない。
唯一神のはずの自分が、あべこべに圧倒されている。
そんな事実は断じて認められない。否定する以外にない。
しかしそれを口にした瞬間、アンテクリストはハッと気付いた。――気付いてしまった。

「私が、この神が……間違いを犯した……だ……と……?」

真の唯一神は間違えるまい。本当の絶対神ならば誤るまい。
だというのに――

『自分は、間違えてしまった』。

「ぐああああああああああああああああ……ッ!!!」

黄金の輝きをその身に吸収してゆく祈とは対照的に、アンテクリストの肉体から黄金の光が剥離してゆく。
アンテクリストが横奪した龍脈の力とブリガドーン空間の力、『神』を構成する要素が抜けてゆく。
これまで信じてやまなかった、神の力への信頼。
それをほんの一瞬でも疑ってしまったがゆえ、偽りなのではないかと勘繰ってしまったがゆえ。
『間違ってしまった』と思ってしまったがゆえ――

終世主は今まさに万物の頂点に君臨する唯一神の玉座より転落し、その権能を喪ったのであった。

「力が……力が、抜ける……!
 莫迦な……やめろ、戻れ……私は、この私は……この世界で唯一の、真なる神……!
 この偽善にまみれた世界を浄化する……ことを……許された……者……」

がくり、とヘリポートの床に右膝をつき、アンテクリストは苦悶に呻いた。
しゅうしゅうと音を立てながら、黄金の光がその身体から抜け出てゆく。
輝く光背は消え、頭上に頂いた光輪がくすんだ色に変わる。四対の純白の翼は萎れ、うち三対が脱落した。

「私は……私は、ぐ……ぅ……ッ!」

今やアンテクリストは大勢の人々を欺き、陥れ、祈とレディベアから掠め取った力のすべてを喪失し、
父なる神によってその権能を奪われたときと同じ、無力な堕天使へと立ち戻ってしまったかのように見えた。

373那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/03/31(水) 10:57:24
炎の不死鳥、空の獣ジズが都庁の上空を悠揚と飛翔している。
どれだけ御幸がありったけの妖力と妖術を叩き込んでも、一瞬しかジズを怯ませることができない。
加えて御幸はジズの相手だけでなく、戦場すべての状況を把握する必要があった。
御幸がどこか一箇所でも目を離してしまえば、戦線は崩壊する。

>マジか……!

御幸の左腕が崩壊し、加えてレビヤタンの光線めいた水撃の余波を受け胴体に風穴が開く。
誰がどう見ても御幸はもう戦闘続行不可能のように感じられた。
実際、ジズもそう判断した。あの雪妖、小癪にも神獣の一角である自分と張り合おうとした矮小な存在は、
身の丈に釣り合わない力を出したあげく、自壊しようとしている――と。
そして巨翼を一度羽搏かせ、大きく都庁上空を旋回すると、御幸にとどめを刺すべくその燃え盛る猛禽の双眸で眼下を睥睨した。
だが。

>母上の言う通りだ……。まだだ……まだ全部見せてない
>奥義ッ! ――御幸乃恵瑠《ホワイトクリスマス》!!

御幸の肉体が吹雪に変化し、周囲一帯で荒れ狂う。東京ブリーチャーズのいる戦闘フィールドに、無数の雪華が舞い散る。
季節外れの降雪、それは御幸――否、ノエルが己の姿そのものを冷気へと変質させた結果引き起こされたものだった。

「ギ、ギィィィッ……!」

猛吹雪が炎の巨鳥を包み込む。何もかもを凍らせるブリザードが、神の獣を凍結させようと荒れ狂う。
ジズは己の纏う炎の出力を上げて対抗した。
その火力は五魔神の一柱・コカベルのプロミネンス級の焔さえも上回る。
アンテクリストから無尽蔵に供給される神力が、ジズに際限のない燃焼を与えている。

>待たせたな焼き鳥! 仕切り直しだ!

「キョォォォォォォォ―――――――――――ッ!!!!」

ジズが甲高い叫び声を上げる。纏わりつく猛吹雪を、触れる端から蒸発させてゆく。
このままではジリ貧だ。無限の神力に裏打ちされた火力は、いくらノエルが自然の化身であったとしても御しきれるものではない。
ただ――それも『無限の神力のサポートがあるなら』である。

「力が……力が、抜ける……!
 莫迦な……やめろ、戻れ……私は、この私は……この世界で唯一の、真なる神……!
 この偽善にまみれた世界を浄化する……ことを……許された……者……」

祈が世界中の人々の想いによって再起し、アンテクリストを凌駕し始める。
たかが小娘ひとりを仕留め切れないことを疑問視したアンテクリストの身体から、力の源が剥離してゆく。
その結果――偽神の加護、その恩恵を受けていたジズもまた、存分に揮っていた力を剥奪される形になった。

「ギッ……ギギッ……!?」

吹き荒ぶ雪嵐すら焼き尽くす勢いで燃え盛っていたジズの炎が、まるでガス欠でも起こしたかのように火力を弱める。
いや、実際にそうなのだろう。アンテクリストからの神力の供給が途絶え、炎を全開にすることができなくなったのだ。

>……そろそろケリをつけよう。
 ハクト、内と外からの挟撃だ。炎だって凍らせてしまえば砕ける。
 私が内側から凍りつかせるから君がその瞬間に叩き壊すんだ。必ず守るから、信じて合わせて

ノエルとハクトが示し合わせ、最後の攻撃を放とうと息を合わせる。
ジズは激昂した。地面を這い蹲る虫けらが、尊貴なる三神獣の一翼たる空の獣を斃そうなどと、不遜が過ぎる。
そのように傲り高ぶった愚か者は、聖なる神の焔にて形も残らぬよう一切浄化しなければならない。

「ピギョォォォォォォォォ――――――――――――ン!!!」

あたかも鷲が獲物を狙うように、ジズはノエルとハクトの真正面に急降下してきた。
そして大きく口を開き、今までで一番烈しい火力の吐息でふたりを融解させようとする。
が――それがふたりの狙いであった。

>いくよ! だぁああああああああああああ!!
>うりゃぁあああああああああああああッ!!

ノエルが渾身の力でジズの口の中へと飛び込み、ハクトが氷の金槌を振りかぶって跳躍する。
もしもアンテクリストがなおも絶対神の権能を有していたなら。ジズが唯一神の神力供給を今も受けていたなら。
ノエルはジズの体内で荒れ狂う炎に呑み込まれ蒸発していただろう。
ハクトの一撃は体表の放出する熱によって無効化され、神の鳥に掠り傷ひとつも負わせることはできなかっただろう。
だが。

今は、そうではない。

>万象凍結粉砕撃《インフィニティパワー・アイスストーム》!!

ノエルとハクト、ジズの身体の内と外にいるふたりの叫びがひとつに重なる。

ビシッ!!!

鼎の三神獣が一角、空の獣。炎の不死鳥ジズはノエルによって凍結させられた心臓をハクトに粉砕され、
全身を一個の巨大な氷の彫像へと変えると、バラバラに砕け散った。

374那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/03/31(水) 10:57:44
レビヤタンはありとあらゆる書物に於いて『最大の獣』と称された、文字通り生物の頂点である。
その鱗は現存するすべての武具を受け付けず、体躯は他の生命体を圧倒し。
ただ身じろぎするだけでも天変地異を引き起こす――と、文献にはある。
偽神アンテクリストによって召喚されたレビヤタンも、それは変わらない。
東京都の水源から確保される潤沢な水量によって、その肉体はまさに不滅。無敵。
すべての生物は自分の前に拝跪しなければならない。神の獣、海の王者たるレビヤタンに――。

だのに。

>どうしたどうした!腰の悪ぃオジサン一人殺せねぇで神獣名乗るなんざ恥ずかしくねぇのか!?
 ああそうか!あの赤マントのペットだもんなぁ!この程度で限界でも仕方ねぇよなぁ!!!
 なあ、ミミズ野郎!!

何だ。この小さな存在は。
レビヤタンは憤った。このような小さな、自分と比してはクジラとプランクトンほども差のある者が。
百獣、いやさ億獣の王たるこのレビヤタンを愚弄することなど、在っていいはずがない。

撃殺すべし。
討滅すべし。
誅戮すべし。

だが、不思議なことに。本来自分がほんの僅かに動くだけで瞬く間に死ぬはずの虫けらが、なぜか死なない。
どころかその虫けらはいつの間にか力を蓄えていたもう一匹の虫けらと結託し、自身に匹敵する力さえ披歴してみせた。

――どういうことだ?

虫けらには、虫けらに相応しい力しか宿ることはない。身の分限を遥かに超える力など、存在しない。
それが世界の定めた法であり、神の。自分たちの主が制定した掟のはず。
だのに、何故――?

>『弧毒殺掌』
>『九鬼刃』

レビヤタンの眼前に、黒甲冑の鬼神――いやさ機神が迫る。
膨大な量の水によって構成された神の獣の胴体が、まるでウナギか何かのようにぶつ切りにされる。
鬼神の毒の付与された手刀が玖撃の斬撃と化し、レビヤタンの何物にも傷つけられない筈の体躯を斬断してゆく。

>は!腰も痛くねぇし体は思うように動くし――――何より、橘音!お前さんが側にいる!

「そうですとも!クロオさんの傍にはボクがいる、ボクの傍にはクロオさんがいる!
 ボクたちふたりが力を合わせれば――こんな長虫程度に負ける道理なんて、あるはずないんだ!」

尾弐の哄笑に相槌を打つように、橘音もまた嬉しそうに叫んだ。
ふたりの意識は黒尾王の中で混ざり合い、ひとつに融け合って、一糸乱れぬ調和を生んでいる。
まるで褥の中で身を寄せ合い、抱き合い肌を重ね合っているような安堵を、幸福を、ふたりは感じていた。

>『大八百尺千手掌』
>『御社宮司蛇鱗盾』
>『蒼天悪鬼夜行』

其れは、逍遥する怪異の仄暗い淀みへといざなう手。
其れは、衛星軌道よりのレーザーさえ一顧だにせぬ大蛇神の鱗。
其れは、旧く京の都を蹂躙せし暴威の体現たる百鬼の軍勢。

黒尾王の武器は、千年に及ぶ尾弐と橘音の妖壊との闘いの歴史そのもの。
橘音がかつて戦った妖壊たちの妖術を兵装として具現化させ、尾弐がそれを膨大な戦闘経験によって使いこなす。
それはまさに一心同体の極致。

「ギッシャアアアアアアアアアアアア―――――――――――――ッ!!!」

しかし、肉体を細かに分断されながらも尚、レビヤタンに焦りはなかった。
自分は神の獣。海の王者にして絶対最大の竜。小虫がどれだけ力を振り絞ったところで、無敵のこの身を滅することなど――

>『超級愛鬼神装(アスラズ・アモーレ)』

其れは、不敗の闘神が遂に到達できなかった、本当の強さの頂。
尾弐黒雄と那須野橘音の愛が結実させた、紛れもない奇跡。
終焉に終焉を齎す剣。

>――――神夢想酒天流抜刀術・天技

黒尾王が大剣を腰だめに構える。尾弐の弟子であり友である、彼の千年に及ぶ執着の体現たる少年の絶技。
肉体を再構成したレビヤタンが咆哮をあげながら黒尾王へと突進する。何重にも鋭い牙の生え揃った巨大なあぎとを開き、
神のしもべに刃向かう大罪人を噛み殺そうと恐るべき速度で宙を泳ぐ。
だが――遅い。
既に黒尾王は準備を終えている。あとはすべてを解き放つだけ。
今まで培ってきたものを、積み重ねてきたものを――尾弐と橘音の愛を。

>鬼哭啾々――『鬼殺し・天弧』!!!!

無影、無音、無明の斬撃。その刃を避けることなど、何者にもできはしない。
レビヤタンの中で理が覆る。常識が反転する。
『不死』が『死』へとすげ変わる――。

大海獣の長大な躯体が崩れてゆく。海の王者を構成していた物質が、ただの無害な水へと戻ってゆく。
鼎の三神獣、聖書に最大かつ不敗の獣と記されたレビヤタンは、まさに今この瞬間に。
自身に死が訪れたのだということを悟った。

375那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/03/31(水) 10:58:03
ベヘモットがまっしぐらに都庁めがけて突進している。
ポチの作った縄張り、夜の帳の中にあろうと、その速度は緩まない。進行方向は変わらない。
既につがいの暴風のような連撃によって巨獣を覆っていた装甲の大半は剥がれ落ちていたが、それでも状況は変わらない。
すでに巨獣と都庁との距離は残り500メートルもない。ベヘモットが都庁に到達すれば、庁舎は崩壊する。そうすればもう詰みだ。

しかし。

ポチとシロは絶望しない。諦めない。なぜなら――
もう、勝利に至る道は拓けている。

>――ありがとう、シロ

シロの秘奥義・終影狼によってベヘモットの頭部装甲が崩壊し、頭蓋骨じみたフレームが露になる。
瓦礫で出来たロボットめいた姿ではあるものの、シロ渾身の一撃を受けて脳震盪でも起こしたのだろうか、
ベヘモットの突進の勢いがほんの僅かに弱まる。
ポチが駆ける。狙うは巨獣の右前足。
ポチの攻撃、その一打一打は他の東京ブリーチャーズに比べて軽いかもしれない。ベヘモットの鋼の装甲を砕き、
その芯である骨格を崩壊に至らしめるには足りないかもしれない。
だが、それをただ一箇所に集中すれば?集中させた攻撃を、さらに千撃。一度に打ち放てば?
ポチが今まで強敵たちと戦い、学んできたもの。
そのすべてを開帳したなら――。

壊せないものなど、この世には存在しない。

>一瞬千撃……なんてね

「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ!!!!」

右前足が爆裂する。四肢のひとつを完全に破壊され、ベヘモットが吼える。その眼差しが怒りに燃えてポチとシロを見る。
事ここに至り、やっとベヘモットは自身の行く手を塞がんとする障害の存在に気付いた。
神より授かった使命を妨げんとする邪魔者がいる。自分はそれを排除しなければならぬ。滅ぼさねばならぬ、そう思う。
が――その認識は、些か遅すぎた。

>遅えよ、ばぁか

ぱぁん、という乾いた音と共に、ベヘモットの口吻で爆発が起こった。
否、爆発ではない。ポチが一瞬のうちに千の打撃をその顔面へと叩き込んだ際に起こった、衝撃波の立てた音であった。
ベヘモットの巨大なレンズで出来た右眼が砕け散る。

「ゴオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

ベヘモットは狂乱した。
自分よりも遥かに小さな、この『なにかよくわからないもの』が、陸の王者たる自分に傷を負わせようとは。
巨獣の躯体の各所が展開し、ガチャガチャと音を立てながら何かがせり上がってくる。
それは無数のタレット、セントリーガンの類。ベヘモットが身体を構成する瓦礫を変質させて作ったのだろう。
タレットはミニガンタイプからロケットランチャータイプのものまである。そのすべての銃口がポチとシロへ向けられる――
が、そんなものはもう、何の役にも立たない。

>――お前、もう終わってるんだよ

ポチが冷然と告げる。其れはこのフィールドに存在する頂点捕食者、狼王の下す絶対の審判。

>ゲハハ……!

夜の帳の中、ポチの哄笑が響く。

>ゲハハハハハハハ――――――!!

狼の縄張りの中では、ポチとその眷属以外の存在はすべて等しく獲物。狩られる者、被食者、餌でしかない。
そしてそれは陸の王者たるベヘモットとて例外ではないのだ。

>ゲァ――――ッハハハハハハハハハァ――――――――――ッ!!!

迸る禍々しい妖気は、まさに災厄の魔物。獣害の化身『獣(ベート)』、人々が夜闇の向こうに畏れた『大神』そのもの。
神獣の矜持を振り絞って反撃に転じようとするも、ベヘモットはポチの圧倒的な攻撃力の前に成す術がない。
結果前足を両方とも完砕され、まるで土下座でもするようにくずおれることになった。

>もし、お前に知性とか、知能とか、そういうものがあって。
 僕の声が聞こえてるなら……よく覚えておけ

蹲るベヘモットの前に、ポチが姿を現す。
ベヘモットの全身のタレットが、一斉にその照準を合わせる。
こんなちっぽけな。こんな矮小な。
ほんの僅かにと息を吹きかけただけでも死んでしまいそうな、小さき者に。神の獣たる自分が凌駕される筈がない――
ベヘモットは折れ砕けた前足の残骸へと力を込めた。

>『狼獄』。それがお前を殺す、僕の奥の手の名前だ。この狼王の切り札。
 そして……きっと、あのクソッタレの神様気取りにもブチ込んでやる奥義の名前だ

「ギ……ギ……
 ―――――ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――――ッ!!!!」

>オオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ンッ!!!

二頭の獣が咆哮する。
ベヘモットが最後の力を振り絞って身体を前にのめらせ、ポチを圧殺しようと迫る。
闇の中に、一際大きな炸裂音が響く。

そして、ポチの縄張りたる宵闇が徐々に薄まり、やがてすべてが元に戻ったとき。
鼎の三神獣の一角、陸の王者たるベヘモットの巨体は頭部を切断され、ただの瓦礫の山へと還っていた。


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