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【伝奇】東京ブリーチャーズ・肆【TRPG】
1
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/10/21(土) 06:48:17
201X年、人類は科学文明の爛熟期を迎えた。
宇宙開発を推進し、深海を調査し。
すべての妖怪やオカルトは科学で解き明かされたかのように見えた。
――だが、妖怪は死滅していなかった!
『2020年の東京オリンピック開催までに、東京に蔓延る《妖壊》を残らず漂白せよ』――
白面金毛九尾の狐より指令を受けた那須野橘音をリーダーとして結成された、妖壊漂白チーム“東京ブリーチャーズ”。
帝都制圧をもくろむ悪の組織“東京ドミネーターズ”との戦いに勝ち抜き、東京を守り抜くのだ!
ジャンル:現代伝奇ファンタジー
コンセプト:妖怪・神話・フォークロアごちゃ混ぜ質雑可TRPG
期間(目安):特になし
GM:あり
決定リール:他参加者様の行動を制限しない程度に可
○日ルール:4日程度(延長可、伸びる場合はご一報ください)
版権・越境:なし
敵役参加:なし(一般妖壊は参加者全員で操作、幹部はGMが担当します)
質雑投下:あり(避難所にて投下歓迎)
関連スレ
【伝奇】東京ブリーチャーズ【TRPG】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/
【伝奇】東京ブリーチャーズ・弐【TRPG】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1487419069/
【伝奇】東京ブリーチャーズ・参【TRPG】
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1496836696/
【東京ブリーチャーズ】那須野探偵事務所【避難所】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/9925/1483045822/
107
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/10/27(金) 21:09:34
狼王ロボとの戦いが終わってから数ヶ月……ポチの一日は、日の出と共に始まる。
犬や狼は人と比べると睡眠時間の長い生き物だ。
大型犬や狼は一日の半分かそれ以上を寝て過ごす。
ポチも日々をそのように過ごしていた。だが今はもう違う。
彼はロボを倒し、その渾名と力を受け継いだ。
かの王と、己の帰りを待っていてくれる同胞に、恥じない自分になると誓いも立てた。
その為には今まで通りにただ生きているだけでは、駄目なのだ。
朝は通勤中のサラリーマン達を躱しながら歩道を駆け抜け、
昼は公園のタイヤに噛み付いて顎を鍛え……
などとしていると、不意に彼の足元に円状の結界が現れる。召怪銘板によるものだ。
「お仕事、かな?……げははは、いいよ。最近の僕、調子いいしね」
そう言って召喚に応じると……事務所にいたのは橘音、ノエル、尾弐、そして祈。
「やっほう、お待たせ。今日は何を探せばいいのかな?
それとも追っかけ回して、転ばせる方?」
>「ムジナさんから報告書が届きました」
「……あぁ、そういう」
>「だいぶ危ない橋を渡って頂いていたようです。ムジナさんに感謝を――それで、報告の内容なのですが」
「妖怪大統領の正体を突き止めた……とのことです」
>「妖怪大統領の正体。それは――」
>「バックベアード。かつてアメリカに出現し、大破壊をもたらしたと言われる存在です」
「……なんだか、随分ふわっとしてるね」
ポチはあまり自分以外の妖怪に詳しいタイプではないが、それでも橘音の説明には違和感を覚えた。
名の知れた妖怪というものには、本来「逸話」が付き物なのだ。
偉大な妖怪であればあるほど、それは広く知られていて……簡単に調べが付くはずなのだ。
>「これね」
祈がそう言ってポチにスマホの画面を見せる。
映っているのは大きな目玉の付いた、根っこがあちこちに生えた黒い球体。
「……ふーん、変な見た目だね。あんまり強くなさそう。噛みつきたくはないけど」
人間社会の情報媒体全般に疎いポチは、恐れ多くもそんな事を呟き、
「だけどこんなに簡単に姿が分かるのに、なんでそんなふわっとした情報なの?」
そう尋ねた。もっと有用な情報をこれから話すつもりなのかとも思ったが、
もしそうなら橘音は自分が口を挟むような無駄な間を置かないはずだ、とすぐに考え直した。
>「少し前の妖怪ブームなどで、バックベアードもある一定の知名度を持つようになりました。が――」
「正直なところ、バックベアードという存在が何者なのかについては、まったくと言っていいほどわかりません」
「文献に記されている通りの姿なのか。妖術も目から発するものなのか。そして何より、何が弱点なのか……」
「『何もわからない』のです。何故なら、これも。人間が『そうあれかし』と望んだから」
「『バックベアードは正体不明』と、人類が定義したからです」
ポチの疑問はすぐに氷解した。
氷解しただけで、それは有用な情報があったという意味ではなかったが。
>「クリスとロボが前哨戦……とは言いませんが、ここからが西洋妖怪との戦いの本番と言っても過言ではないでしょう」
「次に彼らが姿を見せるときが、大きく状況の動くとき。それをくれぐれも忘れず、皆さん戦いに備えていてください」
結局、するべき事は今までと変わらない、という事だ。
敵を待ち受け、返り討ちにする。探し出すのはムジナの仕事だ。
>「……ま、だからと言って、あんまり気を張り詰めていても疲れるだけです。ゆる〜く行きましょう、ゆる〜く」
「大切なのは柔軟性です。どんな状況に対しても臨機応変に対処できるようにってことです」
「じゃっ!辛気臭いお話はここまでにして、お茶の時間にしましょう!笑さんがお饅頭を送ってくださったんですよ!」
「お饅頭かぁ……僕、今まで食べた事ないや」
そう言うと、ポチは姿を変化させる。
人と獣の中間、人間で言えば6〜7歳時ほどの背丈と容姿に。
控えを含めたブリーチャーズのメンバーから意見を募り、最終的にこのような姿に落ち着いた。
……その際に生じた、6歳時の声で喋る巨漢やイケメンを始めとする迷走の数々は割愛するとして。
彼は鋭い爪の生えた指で饅頭を手に取り、丁寧に、かつ素早く、包み紙を開く。
そして一度饅頭を軽く宙に放ると……その間に包み紙で立体的な犬を折り、それをテーブルの上へと弾くと
……落ちてきた饅頭を悠々と、大きく開いた口で受け止める。
108
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/10/27(金) 21:10:14
「んー、甘い!美味しい!」
人型への変化。またその際の動作に関しても、ポチは日々特訓を重ねていた。
……食に関する礼儀作法に関しては、別途学習が必要なようだが。
>「じゃじゃーん! 新商品の"雪見だんご"。餅部分はうちのペットのお手製なんだ」
「へえ、美味しそうな匂いだし……なにより綺麗なとこがいいね」
そう言ってノエルの披露した雪見だんごを一つ摘み、口に放り込む。
「……ごめん、違った。一番いいのは……美味しいとこだ。
それにしても、甘いにも色々あるんだね。面白いなぁ」
そして、その日の夜。
ポチはいつも通りの過ごし方をしていた。
シロと再開し、ロボとの戦いを繰り広げたビルの屋上。
あの夜以来、ポチはそこを縄張りのようにして、夜を過ごす事が殆どだった。
そこで……己の内側、『獣(ベート)』の力へと意識を向け、それを操る術を探る。
「……僕の中に、その力があるのは分かる。
だけど、どう引き出せばいいのか……それが、まだ分からない」
感覚を研ぎ澄ますように目を閉ざしたポチが、小さく呟く。
『獣(ベート)』の力はロボから譲り受けたもの。
生まれ持った送り狼の力とは違う。
ある意味では、猟銃と同じように……彼はまだその引き金の引き方を掴めないでいた。
ポチが一度目を開く……そしてロボが最後に立っていた、屋上の縁へ視線を向ける。
「心配ご無用だよ、ロボ。確かにまだ、僕にはこの力を上手く引き出せないけどさ。
……だからって……使い道がない訳じゃ……ないんだぜ」
そう呟きながら、そのまま自然と眠りの中へと落ちていく。
……そして気がつけば、ポチは眠りに就いたビルの屋上ではない、何処かにいた。
冷たい床。金属のにおい。がたん、ごとんと響く音。断続的な揺れ。
……こないだの旅行の際に乗った新幹線とはやや違うが、電車の中にいる。
ポチは十秒ほどの時間をかけて、そう理解した。
(ううん……なにこの夢)
屋上で眠りに就いた事までは朧気にだが覚えている。
故に今この状況が夢であるとは、なんとなくだが分かった。しかし、
(……僕が見る夢にしては、なんだか味気ない夢だなぁ)
あの夜の戦い以来、ポチは……彼の感性からすると良い、夢を見る事が増えた。
東京ブリーチャーズか、或いはシロやロボにまつわる、取り留めのない、しかし心地よい夢を。
だがこの夢は違う。
>「良かった……! 寝ながら脱ぐことはあっても寝ながら着ることは多分無い、ということはこれは夢か!」
>「……ん……、うぅ……ん……ムニャムニャ……。えへへ、もうそんなにきつねうどんは食べられませんよお……」
確かにブリーチャーズの皆は傍にいる。
だが……どうもその言動や振る舞いが夢らしくない。
>「夢ってことは何してもいい! 仮面を引っぺがしても大丈夫だな!」
今ポチの眼の前にいるノエルは……夢の中のノエルと言うよりもむしろ。
同じ夢の中にいる、いつもの、本当の、ノエルのように見えた。
「……ノエっち?君も、夢を見てるのかい?
祈ちゃんはどう?尾弐っちは?この夢は、僕の夢のはずなんだけど」
首を傾げてポチが尋ねる。
狼の感性が、この状況からとてつもない、きな臭さを嗅ぎ取っていた。
>《次は〜活け造り〜 活け造り〜》
そしてその予感は、的中する。
109
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/10/27(金) 21:10:35
>『ぎゃああああああああああああああ!!!!』
>『ひぃぃぃぃ!!!助けてっ!!!たすけ……たす、たすけ……――』
「まずいよ、これは……!」
モニターに映し出されるのは男性が生きたまま解体され、活け造りにされていく映像。
>「橘音くん! 起きて!」
ノエルは橘音を起こそうと揺さぶり、祈はドアや窓を破ろうと動き出す。
が、どちらの試みも功を成さない。
一方でポチは……その場から動かないままだった。
ただ感覚を研ぎ澄ます。
「……尾弐っち。僕が警戒する。祈ちゃんを手伝ったげてよ」
この状況、最も危険に近い状態にあるのは祈だ。
もし突然、開かないはずのドアが開いたら。破れないはずの窓が破れたら。
その後で起こってはならない事が起こる可能性は、ゼロではない。
故に尾弐にそのように声をかけた。
……それにもし尾弐の怪力でドアや窓を開けられればそれは僥倖だし、
そうでなくとも失敗した者が一人から二人に増えるのは、祈にとってはいい事のはずだ。
>《次は〜挽肉〜 挽肉〜》
……程なくして次のアナウンスが車内に流れる。
液晶画面に映し出されるのは青ざめた顔をした若い女性。
>『いやあああああああああああ!!!』
「……今の声」
ポチが画面から顔を背ける。
止める事の出来ない惨劇を見続ける事に辟易したのではない。
スピーカーから聞こえてきた声と同じものが……僅かにだが、後方車両からも聞こえた気がしたのだ。
そしてそれは聞き間違いではなく……直後にポチの視線の先で、ドアが開く。
>「た、助けてっ!助けてください!猿っ、猿が……!」
「お願いです、助けて……!たっ、助けてください……!」
転がり込むように逃げてきた女性が、ノエルに縋り付いて助けを乞う。
ポチはそちらを見ない。
喋る黒塗りの犬が彼女にとって悪夢に含まれるのか分からないし、
何より……逃げてきた者がいるのなら、当然、追ってくる者だっているに決まっている。
ポチが睨め付ける後部車両へのドアが、再び開く。
姿を現したのは、先程まで液晶画面の向こうで残虐なショーを繰り広げていた、駅員姿の猿達。
>「おい。ボコボコにされたくなかったら武器降ろせ」
祈が忠告の言葉を投げかける……が、猿達がそれを受け入れる気配を見せる事はなかった。
>「ウッキャ――――――――――ッ!!!」
猿達が奇声を発し、動き出す。
地形を利用した縦横無尽な動きは、ポチにはなかなか追いにくい。
四足の狼の姿では、振り返る為に必要な動作が祈達に比べて多いからだ。
しかし……ポチはそもそも、その動きを追おうともしていないようだった。
音とにおいだけで敵を捉え……ただ、襲ってくるのを待つ。
……不意に、一匹の猿が、ポチへと仕掛けた。
骨格的に対応の困難な頭上、後方から、ミートグラインダーが振り下ろされる。
そして……鈍く激しい音が響く。
ミートグラインダーが、車両の床に叩き付けられた音が。
避けられないタイミングと速度のはずだった。
だが結果として猿の一撃は外れた。
そしてその背後には……最初から微動だにしないままの、ポチがいた。
一体どのようにして攻撃を躱したのか……それはともかくとして。
「まったく、汚れちゃったらどうしてくれるのさ。僕の王冠が」
ポチが牙を剥き、猿へと飛びかかる。
日々の特訓で鍛え上げた咬合力と鋭い牙が、その細首を噛み砕かんと迫り……
しかし瞬間、車両が僅かに大きく揺れた。
予想外の事に僅かに狙いが逸れる。
牙は猿の首筋を引っ掛け……切り裂いたが、致命傷にはならなかった。
「おっと……運がいいね。それで……どうする?
もう一回、僕に届くか試してみるかい?僕はそれでも構わないけど」
そう尋ねてみるものの、猿の群れは再び奇声を上げて、後方車両へと消えていった。
「……どうなってるんだろうね、この状況。
これがただの夢だったら、僕すっごく間抜けだけど……
皆も、同じ夢を見てるって事で、いいんだよね?」
ポチがそう言って皆を見回す……が、
問いの答えが返ってくるよりも先に、今度は前方車両のドアが開いた。
姿を見せたのは……黒を基調にした駅員衣装に身を包んだ、ツインテールに隻眼の少女。
それと……端整な顔立ちの青年が一人。
容姿の美醜はともかく……助けを求めているようには見えないな、とポチは感じた。
110
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/10/27(金) 21:11:03
>「東京ブリーチャーズの皆さま!切符を拝見いたしますわ!」
「あぁ、そういう……」
>「夢の世界へようこそ!そう……ここは夢の中。現実世界の貴方たちは今、睡眠状態にあるのですわ」
「夢の中では、誰もが無防備になるもの。どんな強者であろうと、夢の結果には抗えない。従うしかない」
「その果てにあるものが、死……だったとしても」
そんな馬鹿な、とポチは首を傾げた。
夢の中で死んだからと言って、現実の世界でも死んでしまうなんて、ひどく理不尽な話だ。
>「この夢から覚めるには、死ぬしかないのですわ。夢の結末は絶対的死。それしかないのです」
>「それがこの世界のルール。この『猿夢』のね……うふふふ、あっはははははは……!」
とは言え……彼女の言葉は嘘ではないのだろう、ともポチは思っていた。
それがルール。送り狼が転ばせた相手を殺める妖怪であるように、
この夢……『猿夢』は、迷い込んだ者を殺める怪異なのだろう、と。
……しかし、だとしたら気がかりな事が一つ。
>「さあ、東京ブリーチャーズの皆さま。この夢の中で、どう無様な抵抗を見せて下さるのか……楽しみにしておりますわ?」
「わたくしたちはその姿を、隣の車両からじっくり楽しませて頂きますから!では――」
「……ちょっと待った、レディ!」
だがポチに、その気がかりに関して思索を巡らせる時間はなかった。
レディベアの背後に控えた青年が、不意に声を張り上げたからだ。
警戒しない訳にはいかない。
>「いいから、いいから!折角こうして会えたんだ、自己紹介くらいさせてほしい!やあやあ、諸君!はじめまして!」
しかし青年は両手を左右に広げると、無防備にブリーチャーズへと歩み寄ってきた。
においは人間そのもの。声からもにおいからも、敵意は感じ取れない。
>「はじめまして、新しい狼王殿。あのロボがまさか、自分以外の誰かを認めて後を託すとは……俄かには信じられなかったけれど」
「ここへきて、その疑問も氷解したよ。なるほど、キミからは強い意志の力を感じる。彼が認めるのもうべなるかな、だ」
自らをRと名乗った青年は、ポチの前に跪くと彼の額へと、右手を伸ばす。
……しかしその指先がポチに触れる直前、ポチは人狼へと姿を変えた。
Rの指先が虚空を撫でる。
「……アンタからは、嫌なにおいはしないけど……悪いね。
この王冠は、そう気安く触らせたくなくてさ。
ええと……人間の挨拶は確か、こうだよね?」
そう言うとポチはRの伸ばした右手を、爪が刺さらないように丁寧に、右手で掴んで、軽く上下に振った。
>「彼とは仲良くできなかった。だから、わたしには彼の心のうちを理解することはできなかった」
「けれども、彼に託されたキミなら、きっと彼の遺志を継いでくれることだろう」
「……彼の魂が。キミと共に在りますように」
「げははは、そんなお祈りされなくたって、ロボは僕と共にいてくれるさ」
どちらからともなく握手を終えると、Rはそのまま尾弐へと向き直り……
>「シェイクハンドはノーサンキュー、という顔をしているね。そんなに警戒しなくてもいいよ、ミスター」
そう、切り出した。
「……いやぁどうだろ。僕には敵の右手を握り潰せるいい機会だって顔に見えるよ……なーんて」
間違っても尾弐には聞こえないように、ポチは冗談めかして呟く。
>「少なくとも、わたしはキミたちと戦うためにここへ来たわけじゃないからね。あくまでわたしはレディの護衛だ」
「キミたちがレディに危害を加えるというのなら話は別だけれど、今回のキミたちの相手は我々じゃない……だろう?」
「まっ!わたしはギャラリーということで、背景か何かと思ってもらえると嬉しい!」
偽りのにおいは感じない。
ロボとの戦いで、においのみを信じた結果、シロがあのような事になったので警戒は絶やせないが。
それでも率先して仕掛けにいく必要はないだろう。
>「それにしても、話には聞いていたが――予想以上に面白い」
>「イノリちゃんやノエル君、ポチ君は、まったくもって正義の味方。愛と勇気に満ち溢れた、キラキラ輝く魂を持っているけれど――」
>「ミスター。そんな色の魂を持つキミが、どうして正義の味方なんてやっているのかな?」
>「キミにふさわしい居場所は、そんなキラキラした場所より。むしろ……」
「……えーと、それは僕達の相手になりたいって意味で受け取っていいのかな」
111
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/10/27(金) 21:11:37
ポチにとっての尾弐は、殆どの時間を優しい心で過ごしている、良き仲間だ。
少なくとも、ついこないだ仲間全員と東京の安寧よりも、
己の望みを優先した自分よりかはずっと良い奴のはずだ、とポチは思う。
もちろん彼の全てを知っている訳ではないが、そんな事はRだって同じだ。
隠し事だってあるかもしれないが、それもやはり、ついこないだまでの自分と同じだ。
故に、その物言いは看過出来ないと言いたげに、ポチは小さく短く、唸る。
>「いや。失言だった、許してほしい。やっとキミたちに会えた嬉しさから、ちょっぴり饒舌になってしまったみたいだ」
が、Rはすぐにその言葉を撤回した。
……或いは撤回ではないのかもしれないが、少なくとも非礼を詫びた。
>「いつまでお喋りしているんですの!親睦を深めるために貴方の随行を許したわけではなくってよ!?」
>「ふん。余計な時間を使ってしまいましたわ。――では、貴方たちがこの夢の世界で果たしてどれほど耐えられるか」
>「せいぜい無様な足掻きでわたくしを楽しませてくださいな!アデュ……あ、あら?」
レディベアがRを呼び戻し、高飛車な態度を置き土産に背中を向けて……しかし車両を去らない。
気が変わって、ここでやりあうつもりかと一瞬思ったが……それにしてはずっと背中を向けたままだ。
>「ど、どうなっておりますの……!?」
どうやらドアが開かないらしい。
>《次は〜つらぬき〜 つらぬき〜》
そのままアナウンスが響き……獲物をアイスピックに持ち替えた猿が五匹、入ってくる。
>「ま、まだわたくしが退避しておりませんわよ!?なんとかなさいな、R!」
>「と言われても……。嵌められちゃったかな?こりゃ参った!あっはっは!」
>「笑い事ではありませんわぁぁぁぁぁぁ!!!??」
>「あーあ、観戦のためだけに来たりするから……」
「いい気味じゃないか。それに……アイツらなんて、ただの猿だろ?何をそんなビビってるのさ」
とは言ったものの……ポチはレディベアの戦闘を見た事はないが、
話に聞く限りでは祈を容易く制してみせた事もあるらしい。
その彼女が、こうも狼狽する……それは単に予想外の出来事に見舞われたから、それだけなのか。
それとも……彼女が先ほど語った通り、この『猿夢』が、彼女にとっても絶対的な死であるからなのか。
>「5匹なら一人一匹か――と言いたいところだけど橘音くんは非戦闘員だから一匹そっちに行くかも!」
「助けが必要なら、呼んでくれたっていいんだよ。げははは」
レディベア達へ振り返り、冗談めかして笑うポチ……その背後から、猿が襲いかかる。
首筋の毛皮が赤く汚れている。先ほど、ポチの牙を引っ掛けられた猿だ。
意趣返しのつもりか。猿は逆手に掴んだアイスピックをポチの首筋へと振り下ろす。
ポチは動かない。ピックの先端が、その毛皮に触れる。
もうどう足掻いても回避は間に合わない……はずだった。
しかしピックはポチの首筋を捉えられなかった。
直後、ポチを狙った猿が、身動きが取れなくなった。
後ろから首筋を掴まれたのだ。
……毛皮に触れるほど肉薄したピックを躱し、更に猿の背後を取り、その首を掴み取る。
祈でも、そんなに素早く動く事は出来ない。
ならばポチは彼女以上の速さで動いたのか。そんな訳はない。
112
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/10/27(金) 21:13:51
「……どうしたんだい。そんな所を刺そうとして。
送り狼はそこにはいないよ。どこにもいないのさ」
ロボとの戦いで見せた、送り狼の真の性質。
送り狼の名を知る者の殆どが知る「そうあれかし」。
すなわち……送り狼の正体はニホンオオカミで、そんな妖怪は実在しなかったという概念。
あの時は何も感じないモノになりたいと願ったが故にその力を使いこなせた。
だがその場から完全に消えるという事は……つまりケ枯れと、死の狭間に潜り、そこに留まるという事。
加減を間違えばそのまま消滅してしまう、諸刃の剣と称するにはあまりにも危険な行為。
「送り狼」の力であるなら、今までもずっと使えたはずのそれを、
ポチが一度も見せた事がなかったのは、戻ってこれる自信がなかったからだ。
半端者である自分を厭い、嫌悪していた頃のポチでは……消えてしまえば、戻ってくる理由が、弱かった。
……しかし、今は違う。
自分にはロボとの約束がある。かつての自己愛を超えて、ブリーチャーズの仲間達を愛している。
何よりも、シロを待たせている。
その強固な、戻ってくる為の理由と……そして『獣(ベート)』の力がある。決して消滅する事のない力が。
それらを命綱にする事で……今のポチは、送り狼の『不在』の力を、扱う事が出来る。
>「やっぱり君達も僕達もこの夢の中では同じ扱いみたいだ。つまりここで全員共倒れすれば僕達をここに送り込んだ奴の思う壺、というわけだね。
そこで取引だ――ここから無事に脱出するまで手を組んでみる、というのはどうだろう」
「さっきあれだけビビってたんだから、今更ムキになったりしなくていいよ。
僕もちょっと気になってるんだ。君、強いんでしょ?
そんな君が、この夢にあれほどビビる理由はなんなの?」
捉えた猿の首を強度に圧迫し……その骨を軋ませながら、ポチは尋ねる。
もしこの猿の群れに終わりがないとかだったら確かにちょっとヤバいかも、などと考えつつ。
……そしてそれから、未だに寝こけている橘音へと視線を下ろした。
「気を悪くしたらごめんよ。だけど……実際、僕らを手を組むのは悪くないと思うよ。
橘音ちゃん、こんなに騒がしくしても起きないけどさ。
夢の中で、寝てるって……じゃあ橘音ちゃんの……意識?精神?まぁそういうのはさ、今、どこにいるんだろね」
ポチの言葉はもちろん希望的観測に過ぎないが……希望が多くて損する事はない。
と言うよりもむしろ、この『猿夢』がレディベアの狼狽相応の怪異であると認識するならば、
橘音の状態は今のところ唯一の希望なのかもしれないとすら、ポチは考えつつあった。
113
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/10/31(火) 00:05:20
>「ムジナさんから報告書が届きました」
生命の息吹に満ちた夏は過ぎ去り
山を覆う艶やかな紅葉すらも散り、樹皮と大地の黒が目立ち始めるその時節。
何時も通りの喪服の上に黒のロングコートを羽織り、皮手袋を嵌め、すっかり冬着となっているのは尾弐黒雄
開口一番那須野の口から告げられたその言葉に、彼は手慰みに弄んでいた不揃いのルービックキューブを机へと置いた。
「このタイミングで報告書……ムジナの奴、ドミネーターズ共の拠点でも掴んだか?」
狼王との戦いからこれまで小競り合い程度の事件しか起きていない中での、突然のムジナからの報告
若干の緊張を孕んだ那須野の様子から尾弐が予測し訪ねてみると、返ってきたのは彼の案想像以上に大きな成果であった。
>「だいぶ危ない橋を渡って頂いていたようです。ムジナさんに感謝を――それで、報告の内容なのですが」
>「妖怪大統領の正体を突き止めた……とのことです」
>「妖怪大統領の正体。それは――」
>「バックベアード。かつてアメリカに出現し、大破壊をもたらしたと言われる存在です」
「…………大戦果じゃねぇか。返って来たら銀座で寿司でも奢ってやらねぇといけねぇな」
妖怪大統領。東京ドミネーターズの首魁と目される妖怪の正体の特定。
これまでの戦いの中でもついぞ表にでる事のなかったその情報に対し、尾弐は思わず目を見開き、
次いで久方ぶりの凶暴な笑みを浮かべる。
>「少し前の妖怪ブームなどで、バックベアードもある一定の知名度を持つようになりました。が――」
>「正直なところ、バックベアードという存在が何者なのかについては、まったくと言っていいほどわかりません」
>「……まあ、ぶっちゃけた話、判明したのは妖怪大統領の正体だけ!倒し方だとかは依然わからないまま!ということです」
>「でも、大きな前進と言えるでしょう。『何もワカランということがわかった』というだけでも、ね」
那須野の捕捉説明や祈が携帯電話で調べた情報により、具体的な輪郭を帯びてくるバックベアードという妖怪の実態。
それは、あくまで人類の『そうあれかし』という意志を反映した、ポチの言う通り曖昧な正体不明のものであったが、それでも
「ああ、そうだな――――それでも相手が実在する事は判ったんだ。なら、手は打てる」
それでも、正体不明の何者かであるよりは余程対処の手段はある。
例えば眼前に液体が有ったとして。それが水だと判っていれば凍らせる事も気化させる事も出来るように、
それが確かに妖怪である事が判れば『何かしらの手段』を考案する事は可能なのである。
ここ最近の張りつめた状況の中、閉塞した状況への突破口が見えた事で、若干の楽観を見せる尾弐
>「もしや奴の真の目的は東京に蔓延るロリコンを成敗することなのか!? よし、今度遭遇したら確かめてみるぞ!」
「そうかい。なら妖怪大統領との戦いの時は、ノエル用の猿ぐつわが要りそうだな」
ノエルも同じように楽観的な様子を……いや、彼の場合は常に同じような感じであるから参考にはならないのだが、
それでも発言からどことなく普段より気が緩んでいる様に感じられる。
だが、そんな二人の空気を引き締める様に、常の様なおどけた様子も無く那須野が真剣な様子で口を開く
114
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/10/31(火) 00:05:51
>「クリスとロボが前哨戦……とは言いませんが、ここからが西洋妖怪との戦いの本番と言っても過言ではないでしょう」
>「次に彼らが姿を見せるときが、大きく状況の動くとき。それをくれぐれも忘れず、皆さん戦いに備えていてください」
「……あいよ大将。それじゃあ、オジサンはせいぜい腰に湿布でも貼って準備しておくとするかね」
張りつめたその様子に対し、一瞬驚いた様な表情を浮かべる尾弐であったが、直ぐに那須野の懸念を噛み砕き理解すると、
言動こそ不真面目なままではあるものの、黒のネクタイを締め、同時に僅かながらも緩んでいた自身の油断を締め上げる事とした。
「やれやれ……いい年しても、説教される小坊主か、ってな」
尾弐はそこで、何とはなしに師に注意された小坊主の姿を思い浮かべ、それと自分と重ねてしまう。
そして…イメージと己の体躯との落差に小さな苦笑を作ると、照れ隠しの様に手に持った饅頭を一口で喰らい飲み込んだ。
>「じゃじゃーん! 新商品の"雪見だんご"。餅部分はうちのペットのお手製なんだ」
>「……ごめん、違った。一番いいのは……美味しいとこだ。
>それにしても、甘いにも色々あるんだね。面白いなぁ」
「……その新商品。仲間内で食うならいいが、売るのはやめとけ色男。毛でも入ってたら食品衛生法に引っかかって営業停止喰らうぞ」
あと、ついでにノエルが持ってきた新商品に突っ込みを入れた。
蛤女房は迷惑防止条例違反。鶴の恩返しは鳥獣保護法違反。世知辛い時代なのである。
――――――
「……あン?」
尾弐黒雄の瞼が開く。規則的な振動でも、金属の擦過音でもない。
嗅ぎなれた赤い鉄錆の臭いで、尾弐黒雄は目を覚ました。
組んでいた腕を解き周囲を見渡して見れば、そこは墨でベタ塗りにされた様な窓の外の黒と、
鉄臭い無数の黒い染みの紋様が特徴的な、乗った覚えの無い電車の車内。
そして、東京ブリーチャーズの面々。何時も通りのポチ、寝間着姿の祈、熟睡している那須野、着衣への違和感を訴えているノエルの姿。
「……。何となく現実じゃねぇってのは判るが……俺の夢って訳でもなさそうだな」
就寝時には確かに嵌めたままであった皮手袋が存在していない事。
己の身体を苛む痛みが消えている事。
そして、見るのは常に悪夢である尾弐の夢と比べて、昏いとはいえまだ終わってはいない情景である事。
それらの事からこの状況が現実ではない事は察したものの、具体的にどんな状況に置かれているのかを
把握する事が出来ず、尾弐は首を傾げるが
>「……ん……、うぅ……ん……ムニャムニャ……。えへへ、もうそんなにきつねうどんは食べられませんよお……」
>「夢ってことは何してもいい! 仮面を引っぺがしても大丈夫だな!」
「……おい那須野。この状況で何時までも寝てっと、油揚げ作って食わすぞ。昔ながらの鼠の奴」
さりとて、眠っている那須野と仮面に手を伸ばしてはひっこめているノエルの呑気な様子からそこまで危機感を覚える事も出来ず、
窓に拳を叩き入れたり、或いはコンクリの床でも砕く威力で床へと蹴りを入れたりする事で、
列車の頑強さを試す程度の状況確認は行ったものの、それ以上の検証を行う事はしなかった。
>「……ノエっち?君も、夢を見てるのかい?
>祈ちゃんはどう?尾弐っちは?この夢は、僕の夢のはずなんだけど」
「いや――これは、俺の夢じゃねぇな。そんでもって、複数人が意志を持っちまってる以上ポチ助の夢でもねぇ。
ここまで頑丈って事は、一種の異界みたいなモンだと見て間違いねぇんだろうが、何か妙な感じが……ん?」
鉄など容易く変形させる自身の膂力でも傷つかない強度。想定以上の頑強さを誇る列車。
そして、ポチと自身が自意識を持ち動いている事から、此処が異界の類であるとの判断をした尾弐だが……
突如として鳴り響いた社内アナウンスに思案に耽っていた顔を上げ、次いで点灯したモニターへと視線を向ける
115
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/10/31(火) 00:06:26
>『ぎゃああああああああああああああ!!!!』
>「まずいよ、これは……!」
「……! 祈の嬢ちゃん、ノエル、ポチ。多分、このふざけた映像は何の意味もねぇただの嫌がらせだ。
出来るなら目を逸らしとけ。記憶に残すと暫く肉が食えなくなるぞ」
……点灯したモニターから流れ出た映像は、悍ましい生作りの過程であった。
モニターの先には、刃物を持った四匹の猿と一人の人間が写っている。
ぬいぐるみを悪意を以って作り変えた様な姿である猿達に……人間の男は襲われていた。
腕と脚は縦七つに切り裂かれ、首から下の皮膚を林檎の皮を向く様に切り剥かれ。
骨を覆う筋肉を切り取られ、ぽっかりと開いた腹からは、つみれの様にグズグズに切り裂かれた臓器が露出している。
可能な限り生かされて……そして絶命しても尚、筋痙攣で動く男の姿は、まさに『人間の生作り』。
それ以上に相応しい呼称を浮かべる事が出来ないものであった。
そして、出来の良いスプラッタ映画の様な映像は、これで終わりでは無い。
>《次は〜えぐり出し〜 えぐり出し〜》
アナウンスが流れ、ブラックアウトしたモニターが再度点灯すると同時に流れたのは、
先ほどのものとは別の惨状。見知らぬ女性が襲われる光景。
……そして、その女性が絶命したと思わしき映像の後。
凶行の動画が流れる中、祈はなんとかドアを壊そうと、あるいは窓を破壊しようと足掻いている。
先程自身の膂力で破壊出来ない事を確認している尾弐は、その行為が無駄な事であるとは判っていたが、しかし祈の行動を止める気にはならなかった。
……避けられない他人の惨劇を前にして、例え無駄であろうと何かを行う。そうしなければ自分を保てない。
尾弐自身はとうに感じなくなった物であるが、人間にはそんな情動があるという事を、知識としては記憶しているからだ。
ノエルは那須野を起こそうとその肩を揺すっている……だが、奇妙な事に那須野はどうにも起きる様子がない。
尾弐もの様子に違和感は持ったものの、さりとて現状直ぐに危機であるという訳では無い為、
叩き起こすのはノエルに任せ、モニターに視線を向けながら、周囲を警戒する事に専念する事とした。
>「……尾弐っち。僕が警戒する。祈ちゃんを手伝ったげてよ」
「それは……いや、そうだな。そうさせてもらうわ」
そして、ポチ。彼は尾弐に対し祈の手伝いを……正確には、不測の事態に備えて祈のカバーに入る事を提案した
人懐こくも、どこか薄い紙1枚を隔てている様な距離感を保っていた以前のポチでは、恐らく言わなかったであろうその言葉……言い表すのであれば、
『頼りがいのある』発言に、尾弐は一瞬驚いた顔を見せつつも、了承をしてみせた。
そうして、尾弐はとうに諦めてしまった事に対し、それでも尚も何か出来る事を、助けられる手段を、と足掻いている祈の傍へと歩み寄ると
彼女の死角となる場所をカバーする事とした。
やがて――――女性を襲った惨劇の映像も終わり、更に次にモニターに流れた映像は
> 《次は〜挽肉〜 挽肉〜》
ミートグラインダーを持って襲い掛かる猿と、その猿から逃げる女性の姿。
……ただし、先ほどの二つの映像と異なっているのは、その惨劇の声が、隣の車両から聞こえてきているという事であろう。
これまで流れてきたモニター上の惨劇を一切視線を逸らす事無く眺めていた尾弐は、小さく舌打ちをしてから
視線をモニターから車両と車両を繋ぐドアへと向けると
>「た、助けてっ!助けてください!猿っ、猿が……!」
> 「もう大丈夫。これはただの悪い夢だからね」
先程まではびくともしなかったドアが容易く開き、その先から息も絶え絶えと言う様子で、猿に襲われていた女性が飛び出して来た。
一瞬その女性に対し拳を向けかけた尾弐だが、その必死の様子と害意が感じられない事から判断に迷い、その間に女性はノエルへと縋り付き、助けを求め始めた。
その直後、女性が逃げ出してきた車両の奥からやってきたのは、映像と同じ醜悪な猿達
猿達は、車両を渡って来てから少しの間、様子を伺う様にブリーチャーズと逃げ出した女の姿を眺め見ていたが
>「おい。ボコボコにされたくなかったら武器降ろせ」
祈の言葉を起点とし、自身の敵であると判断したのだろう。
唾をまき散らしながら無作為に尾弐達へと襲い掛かってきた。
116
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/10/31(火) 00:07:22
突然の強襲……だが、その戦闘能力は大したものではなかった。
確かに動物として素早く、的が小さい為に攻撃は当たり辛いが、それだけなのだ。
現に、偶然ドア付近に居た尾弐とポチへ襲い掛かってきた数匹の猿は、ポチにの能力に容易く翻弄され、
尾弐には何度か刃を当てているものの、強靭な鋼の如き皮膚に傷の一つすら付けられない。
猿の内、一匹が尾弐とポチの壁を抜けて祈へと迫ったものの、得意とする速度で祈に負けて顔に拳を叩き込まれる始末だ。
そうして暫くの交戦の後、不利を悟ったのかあるいは別の理由か、猿達は元の車両へと一時撤退を決め込んだ。
「……化物が弱ぇのは良い事なんだがな」
敵対者としては余りにお粗末な『猿夢』に対し、逆に警戒を覚える尾弐であったが、その思考を遮る様に響く声が一つ
>「東京ブリーチャーズの皆さま!切符を拝見いたしますわ!」
>「夢の世界へようこそ!そう……ここは夢の中。現実世界の貴方たちは今、睡眠状態にあるのですわ」
「東京ドミネーターズ……!」
前方の車両より現れた人影。声の正体。それは、かつてコトリバコとの戦いの際に対峙した、東京ドミネーターズが一人
妖怪大統領の娘であると自称するレディベアであった。
己が仕組んだ悪意の罠を自慢げに語るその姿を、怨敵たる化物の姿を目撃した尾弐は、
ノエルの人として不味い台詞すら耳に入れる事無く、重圧すら感じさせる程の殺意をレディベアへと向け
>「いいから、いいから!折角こうして会えたんだ、自己紹介くらいさせてほしい!やあやあ、諸君!はじめまして!」
>「そうだなぁ。わたしのことは謎のイケメン騎士Rとでも呼んでくれると嬉しいな!はっはっは!」
だが、その直後にレディベアの傍に控えていた男の声を聞き、その人物に意識を向けた瞬間――――尾弐の殺意は霧散した。
いや正確には、殺意は別の感情に押し潰されたのである。
ノエルとは別の系統で整った顔立ちをし、柔和な空気を纏う青年。
一見すればただの人間にしか見えず、そして実際に妖気も感じ取る事の出来ない、ふざけた偽名を名乗るその青年。
彼を認識した瞬間、尾弐の直感が『レディベアを無視してでも青年に最大限の警戒を行う様に』訴えかけたのだ。
>「さて」
そして、尾弐が自身でも判らない本能的な警鐘に内心で戸惑っていた間に、その他の東京ブリーチャーズの面々への挨拶……本当に挨拶だけを交わした
その男は、最期に尾弐の前に立つと、余裕の態度で尾弐へと微笑すら向けて見せた
>「シェイクハンドはノーサンキュー、という顔をしているね。そんなに警戒しなくてもいいよ、ミスター」
>「少なくとも、わたしはキミたちと戦うためにここへ来たわけじゃないからね。あくまでわたしはレディの護衛だ」
>「キミたちがレディに危害を加えるというのなら話は別だけれど、今回のキミたちの相手は我々じゃない……だろう?」
>「まっ!わたしはギャラリーということで、背景か何かと思ってもらえると嬉しい!」
「……。おいおい、オジサンこう見えて社会人だぜ?求められりゃ握手くらいするぜ。お前さんの腕を捻じ切るくらい、しっかりとな」
そんな男の正面に立ち、多弁な男の言葉を受けた尾弐は、己が感じる警戒心を表に出さずに抑え込み、
敵意のみを含めた言葉を返して見せた。
それは、強い警戒をしている事を悟られない為の腹芸であったが……
>「それにしても、話には聞いていたが――予想以上に面白い」
>「イノリちゃんやノエル君、ポチ君は、まったくもって正義の味方。愛と勇気に満ち溢れた、キラキラ輝く魂を持っているけれど――」
>「ミスター。そんな色の魂を持つキミが、どうして正義の味方なんてやっているのかな?」
>「キミにふさわしい居場所は、そんなキラキラした場所より。むしろ……」
「――――」
その演技は、青年によって突き崩される。
青年の発した言葉によって、ほんの一瞬……刹那よりも尚僅かな時間。尾弐の纏う空気が変わった。
常の様な乾いた気だるさでも、妖壊に向けた炎の様な殺意でもない。
黒く粘り付く泥の様に悍ましく、新月の海の様に昏い、奈落の呪詛めいた……
117
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/10/31(火) 00:07:56
>「クロちゃんは僕よりよっぽど正義の味方だよ! いっつも体を張ってみんなこと守ってくれるんだから!」
>「……えーと、それは僕達の相手になりたいって意味で受け取っていいのかな」
「いや……期待されてる所悪ぃんだが、俺の魂なんて汚れてるに決まってんだろうが。
若ぇ連中と違って、年食えば心も腰の骨も肝臓もキレエなままじゃいられねぇんだよ」
だが、その異常はまるでテレビ画面に走ったノイズの様に一瞬で消え、後にはいつも通りの尾弐黒雄が残る。
もしも、その変容を察する事が出来る人物が居たとするのであれば眼前の青年だけであろうが――――尾弐にとってそれは問題ない事だった
>「いつまでお喋りしているんですの!親睦を深めるために貴方の随行を許したわけではなくってよ!?」
「まあ……御託はさておき、のうのうと観客なんてやらせる必要もねぇわな」
そう。別段、問題ない。どのみち、眼前の青年もレディベアも生かして返す必要はないのだ。
尾弐はミシリと音が成る程に拳を握りしめ
>「ま、まだわたくしが退避しておりませんわよ!?なんとかなさいな、R!」
>「と言われても……。嵌められちゃったかな?こりゃ参った!あっはっは!」
>「あーあ、観戦のためだけに来たりするから……」
>「いい気味じゃないか。それに……アイツらなんて、ただの猿だろ?何をそんなビビってるのさ」
「――――いや、自信満々で出てきてマジかよ」
……そして、握りしめた拳を振るう前に、繰り広げられた寸劇じみたやり取りによって脱力させられてしまった。
まさかの、車両から脱出する事が出来ないというレディベア。
彼女の焦った様子と、襲い掛かって来る猿の殺意ははどう見ても演技には見えず……つまりそれは、この襲撃計画が、レディベアの手から
別の誰かの演目へと切り替わった事を示していた。
「さーて、面倒くせぇ事になってきやがった、畜生が……!」
ノエルが猿を氷雪によって猿を縛り、ポチが猿の頸椎を噛み砕こうとせんとするのを横目に、
尾弐は、猿の一匹が眼球めがけて突き出してきたアイスピックを歯で噛み受け止め、驚愕して硬直した猿を左手で掴む。
「おいおい、厄介な連中がいるからって、テメェ等が許されると思うなよエテ公。
……折角だからお前がこれからどうなるか、教えてやるよ。『次は、肉団子』だ」
そうして尾弐は、まるでルービックキューブを弄ぶ様に、猿を四肢の端から小さく小さく折りたたんでいく。
あまりに惨い行為だが、それを行う尾弐に感情の色は無い。ただただ、作業的に猿を小さく小さく、団子の様に丸めていく
>「やっぱり君達も僕達もこの夢の中では同じ扱いみたいだ。つまりここで全員共倒れすれば僕達をここに送り込んだ奴の思う壺、というわけだね。
そこで取引だ――ここから無事に脱出するまで手を組んでみる、というのはどうだろう」
>「気を悪くしたらごめんよ。だけど……実際、僕らを手を組むのは悪くないと思うよ。
>橘音ちゃん、こんなに騒がしくしても起きないけどさ。
>夢の中で、寝てるって……じゃあ橘音ちゃんの……意識?精神?まぁそういうのはさ、今、どこにいるんだろね」
そして、そんな残虐行為の最中。尾弐の耳に、ノエルとポチの二人によるレディベアの共闘を提案する声が届いた。
一瞬、眉を潜める尾弐だが……
「ま、馬鹿じゃなけりゃ共闘以外はねぇだろ。テメェ等も、エテ公と俺達全員を相手にした後で自分を嵌めた奴を相手取れる――――程に無尽蔵じゃねぇんだろ?
だったら、俺らに協力するのが賢い選択だ」
……意外な事に、本当に意外な事に、尾弐は二人の提案への賛同の意志を見せた。
ドミネーターズとの共闘。妖壊を滅する者としか認識しない尾弐にとってそれは、唾棄すべき選択である様に見えたが、一体どの様な心境の変化であろうか
「お前らは無傷で帰って、嵌めた奴をぶっ潰せる。俺達はテメェらが潰し合う事で、その戦力を減らせる……お互いにメリットの有る選択だろ」
尾弐は、赤黒い団子の様になった猿を中空に放り投げて無造作に殴りつけると、
手首を振り、付着した血を飛ばしてから視線をレディベアへと向け、再度口を開く。
118
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/10/31(火) 00:17:21
「……で、だ。もし協力する気が有るなら教えろ。この『夢の主』は誰だ?」
そうして、未だ目を覚まさない那須野の前の席へとドカリと腰かけた。
「昔取った杵柄って奴でな。オジサン、異界、結界の類にはちっとばかし詳しいんだよ。
……夢魔、或いは猫又。精神世界に住む魔物が『夢』を異界として区切り、支配する為には、たった一つだけ変えられないルールがある。
それは――――夢を支配する側は、必ずその内側に登場人物として存在しないとならねぇって事だ」
座ったまま眼前の那須野から視線を外し、先ほど逃げ込んできた女へと視線を向ける。
「当然だな。起きてる奴に夢は見れねぇ。だから、夢を支配下に置く以上は自分も夢を観る必要がある。
姿を誤魔化す事も、認識をすり替える事も出来る。だが、どんな魔物も高僧にも、夢を観ないままに夢を統べる事は不可能だ
……そんでもって、一介の都市伝説にしちゃあ頑丈過ぎる列車と、これだけの人数を取り込む妖力。
こいつは俺の直感だが、この夢の主はとっくの昔に『猿夢』じゃないんじゃねぇか?」
そうして、最後にレディベアの傍に立つ青年へと視線を動かす
「打破すべき『夢の主』は誰か……別に答えたくなきゃ答えなくてもいいが、その時は相応の態度で対応させて貰うぜ」
バキリと鳴らされた指は、仮初の共闘を拒否された場合の対応を明確に示している
119
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/11/03(金) 08:16:29
>そこで取引だ――ここから無事に脱出するまで手を組んでみる、というのはどうだろう
>気を悪くしたらごめんよ。だけど……実際、僕らを手を組むのは悪くないと思うよ。
>だったら、俺らに協力するのが賢い選択だ
「だっ……、誰が貴方たちのような下等妖怪どもと手など組むものですか!莫迦も休み休み仰いなさいな!」
東京ブリーチャーズ三人の提案した『一時的共闘』の申し出に、レディベアが気色ばむ。
支配者クラスである東京ドミネーターズを率いる者としてのプライド、というものだろうか。
しかし、提案をにべもなく突っぱねたレディベアに対して、謎のイケメン騎士Rが小声で囁く。
「レディ、よく考えてごらん。彼らの提案は決して悪くないと思うけどね」
「それに――この『猿夢』が恐ろしい妖異だというのは、キミも知っているだろう?生還したければ戦力は多いに越したことはないよ」
「対等に手を組むのが矜持に反するのなら、あくまで矢面に立つのは彼ら。キミは必要に応じて手を貸すということにすればいい」
「でも……うーん……」
「……手を組めば、イノリちゃんと堂々と一緒にいられるよ?」
「あっ」
レディベアはチラリと祈の方を見てから、腕組みして眉間に皺を寄せ熟考したような素振りを見せると、
「や……、已むを得ませんわね!あくまで今回限り、例外中の例外ということで――」
と、前言を翻してブリーチャーズとの共闘を呑む態度を見せた。
しかし。
「よし、決まりだ。東京ブリーチャーズの諸君、答えは『ノー』だ」
Rが一度かぶりを振る。
「今の相談はなんだったんですのっ!?」
がびん、とショックを受けるレディベア。
「一応、騎士なものでねぇ。一度決まった立ち位置を、利害関係によって軽々しく翻すことはできないんだよ」
「とはいえ、だ。最初に言った、キミたちと戦うつもりはないという言葉にも偽りはない。わたしはあくまで背景と思ってほしい」
「わたしはキミたちを助けない。キミたちもわたしを助ける必要はない。攻撃し合わない、それが妥協点かな」
「いや、我ながら石頭だなとは思うんだけど!でも、気分と言うか信念と言うか、ポリシーの問題だから!」
「スッキリしないことはしたくないんだよね!だから、勝手だとは思うが許してほしい!」
右手を後頭部に添え、あっはっは、と朗らかに笑うRである。
「第一、わたしは非力だし。自分とレディの身を守るだけで精一杯さ、キミたちに加勢したところで役立たずだよ」
「あ、でも、それはわたしひとりの話だから!レディのことはキミたちにも是非お願いしたい!」
「なんですのそれは!?それでもわたくしの護衛――」
「いいから、いいから!ホラ、話をしている余裕なんてないよ?そろそろ次の駅員さんが巡回に来る頃じゃないか?」
Rが車両内で氷漬けになったり、尾弐によって肉塊に変えられたりした猿たちを軽く指差す。
見れば氷漬けになった猿が、ポチの捉えた猿が、急速に朽ち果ててゆく。
ブリーチャーズの眼前で猿たちは瞬く間に白骨化すると、塵に変わった。
尾弐の作った肉塊もシュウシュウと音を立てながら溶解し、腐汁となって電車の床の中に埋没してゆく。
「…………」
異様なその光景を目の当たりにしたレディベアが息を呑み、つつつ、と祈の隣にやってくる。
「し、しし、仕方ありませんわ。そこまで貴方がたが手を組んでほしいと言うのなら、ええ。そう、非常時ですもの……ね?」
うんうん、と自分を納得させるように言っては頷く。
と、またしてもスライドドアが開き、新たに四匹の猿が入ってきた。
その着ている衣服は先程までの猿と同じ駅員の上着だが、体躯が心なしか先程よりも大きくなっている。
小型のニホンザル程度だったのが、チンパンジーくらいの大きさに変わっていると言えばいいだろうか。
《次は〜 ほねぬき〜 ほねぬき〜》
もう何度目かになる、不吉な車内放送。
猿たちは手に巨大なペンチのような器具を持っている。それで骨を無理矢理えぐり取ろうというのだろうか。
「ウキャ――――――――――――――ッ!!!」
四匹の猿はそれぞれ祈、ノエル、ポチ、尾弐に狙いを定めると、一気に襲い掛かってきた。
120
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/11/03(金) 08:17:55
「いやああああああああああッ!!!」
女性の癇高い悲鳴が車両内に響き渡る中、再度の戦闘が始まった。
チンパンジー程度の大きさになった猿たちが吊革をターザンロープ代わりに使ったり、壁や天井を足場にして躍りかかってくる。
先程の猿たちは多少のすばしっこさはあったものの、東京ブリーチャーズの敵ではなかった。
が、今度は違う。その証拠に今度は祈の打撃を受けても一撃では怯まず、ニタリと嗤って反撃してくる。
ノエルの氷結でも、容易に凍り付かない。氷の膜が身体を覆っても、すぐに全身の筋肉を膨張させて粉砕してしまう。
ポチの不在の妖術に対しては対処できていないらしいが、先程のように頸部を掴んでも容易には拘束できない。
両手持ち用の巨大なペンチを巧みに取り回しながらの攻撃は、尾弐をもってしても制圧が困難であろう。
『強くなっている』。
それはあたかも、先程の猿たちによって東京ブリーチャーズの性能を確認し、対応した猿を送り込んできたかののように。
「アシスト致しますわ、祈!」
か、とレディベアが隻眼を見開く。その瞳から膨大な妖力が溢れ出、蒼白い炎のように燃え盛る。
妖怪大統領譲りの瞳術だ。その視線に射竦められた存在は、何者も身動きが取れなくなる。
今にも飛びかかろうというポーズのまま金縛りにあった猿は、祈にとって絶好の的であろう。
「――ポチ君。キミは言ったね、レディがこの夢にこれほど怯える理由は何かと」
ブリーチャーズが狭い車内で乱戦状態になって戦う中、前方車両側のスライドドアに背を預けたRが口を開く。
本当に自分は背景扱いということで、猿たちとの戦いには参加しないつもりらしい。
「この『猿夢』とは、ただ夢の中で猿に襲われる――それだけの妖異じゃないんだよ」
「猿だけじゃなく、この電車も。わたしたちの今いる夢の世界そのものが『猿夢』なんだ。つまり『猿夢』とは――」
「『夢の中で猿に襲われ、そこで殺されると現実でも死ぬ』のではなく『猿によって殺されるという夢』の妖異なのさ」
ひらりと右手を振り、Rが告げる。
ほとんど差がないように聞こえる両者だが、そこには明確な差がある。
猿が人の夢に侵入して殺人を働くのではなく、人が猿の支配する夢の中に引きずり込まれるという違い。
つまり、現在東京ブリーチャーズは敵の胃の中にいるということ。この時点で『詰み』なのである。
「もう分かっていると思うけれど、さっきの猿はあくまで人間用。戦う術を持たない者を一方的に虐殺するための獄吏だった」
「が、今度は違う。猿夢はキミたちの戦力を分析し、その能力を上回る存在を差し向けてくる」
「そして――その数は無尽蔵。だって夢だからね?夢の世界では、どんな物理法則や世の理も意味を成さない」
強烈な打撃を浴びて大きく仰け反るも、すぐに持ち直した猿がレディベアの瞳術を力ずくで打ち破り、祈へ殴り掛かる。
あるいは鋼鉄の巨大なペンチを振り上げ、ノエルの頭蓋を陥没させようと攻撃を繰り返す。
あるいは不在の妖術に目が慣れてきたとでもいうのか、ポチの攻撃や体捌きをものともせずに跳ね回る。
あるいはペンチを自らの腕の延長さながら取り回し、尾弐の死角を巧みに衝いて矢継ぎ早に打撃を放つ。
今この瞬間も、猿たちは東京ブリーチャーズの戦闘力を分析、計測し、自らの強さを調整しているかのようだ。
現状、まだブリーチャーズ陣営の方が有利ではあるものの、それも三十分後、一時間後となればどうかわからない。
このままではジリ貧で徐々に押されてゆき、ひとりまたひとりと斃れ……ということにもなりかねない。
と、すれば。
121
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/11/03(金) 08:18:13
「さっき、この夢の主は誰だ……と言いましたわよね」
祈へ援護射撃をしながら、レディベアが言う。
「わたくしは、面白い妖壊を連れて来たから、ブリーチャーズが苦しむのをアリーナ席で楽しむといい――と言われただけですわ」
「ですから、わたくしがこの『猿夢』に関して持っている情報は、最初に話したものだけ。あとは知りません」
レディベアに虚偽の様子はない。正真、彼女は『猿夢』に関しては大した情報を持っていないのだろう。
「ただ――」
「これは電車なのでしょう。ならば、運転手がいるはずですわ。いくら夢の中でも、運転手なしで走る電車などありえませんもの」
「まあ、運転手がいるとするなら、当然運転席。先頭車両にいるはずだよねえ」
レディベアの証言に、Rが言葉を足す。
恐らく定期的に車内放送をし、猿たちをけしかけている者が運転手なのだろう。
……と、すれば。
「猿を倒しながら先頭車両までたどり着き、運転手を倒して電車を止める……というのが、一番手っ取り早いですかしら」
口で言うのは簡単だが、それは極めて困難なミッションである。
例え今戦っている猿たちを倒したとしても、次には更に強い猿たちが行く手を塞ぐことになるだろう。
入口上の液晶画面によれば、現在東京ブリーチャーズのいる車両は電車のほぼ中央。
先頭車両へ行くには、さらに四両ほどの車両を移動しなければならない。
その間、過酷な戦いを凌ぎ切れるか?それが問題だった。
122
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/11/03(金) 08:18:51
夢の中を結界とし、誰かを閉じ込めようとするのなら、自らもまた夢を見なければならない。
それは誰にも曲げることのできないルールである。尾弐の言う通りだ。
これほど強固な結界を構築する以上、『猿夢』の主もまた東京ブリーチャーズと同じ土俵にいると考えるべきだろう。
「いやぁ、お見事!やっぱり強いな、とんでもなく強い!さすが、クリスとロボを倒しただけのことはある!」
ブリーチャーズたちが猿をからくも撃退すると、Rがぽんぽんと拍手をする。
「R!見ていないで、貴方も手伝ったらどうなんですの!?」
レディベアがぜえぜえと肩で息をしながら突っ込む。
東京ドミネーターズの大統領代行である自分が働いているのに、護衛が働かないとは何事かと言っている。
が、Rはまったく悪びれもせず、軽く肩を竦めた。
「わたしの出る幕なんて、ないと思うけどね。それより、ほら……先に進んでいいみたいだよ?」
言いながら、前方車両へ続く連結部のスライドドアの取っ手に手をかける。
軽く力を入れるだけで、先刻あれほど強固に閉まったままだったスライドドアはあっさりと開いた。
「また閉まっちゃうといけない、ここはわたしが開けたままにしておこう。みんなの準備が整ったら、先へ進もうか」
そう告げて、全開にしたドアに身を凭れさせる。
「祈、大丈夫ですか?お怪我はありませんこと?」
他のブリーチャーズそっちのけで、レディベアが気遣わしげに祈の具合を確かめてくる。
祈に大きな負傷がないことを確認すると、レディベアはほっと息をつき、
「……よかった」
そう、ふわりと笑った。
が、いざ準備を整えて次の車両に進もうとしたところ、異常事態が起こった。
つい先ほどまで車両の長椅子で寝こけていたはずの橘音が、忽然と姿を消している。
乱戦状態の戦いの中では、橘音に注意を払う余裕など誰にもなかったとはいえ、狭い車内である。
橘音が目を覚まして起き上がるなりすれば、気付かないはずがない。
というのに、誰ひとりとして橘音が車内から姿を消したことに気付かなかった。
夢に引きずり込まれた女性も、知らないと言っている。戦いの巻き添えを喰わないよう隅で丸まっていたらいなくなっていた、と。
「いなくなったものは仕方ありませんわ。先へ進みませんこと?こんな不祥事、一刻も早くお父さまにご報告し処罰して頂かないと!」
自分をこんな境遇に追いやった者が許せないとばかり、レディベアが祈の右手を取って歩き出そうとする。
次の車両へ移動すると、またしても不吉なアナウンスが流れる。
《次は〜 ひきさき〜 ひきさき〜》
前方車両のスライドドアが開き、二匹の猿が現れる。
今度の猿は、先程のチンパンジー大の猿よりさらに一回りほど大きい。
全身が明るい茶色の長い毛で覆われており、でっぷりと肥えている。その姿は動物園で見かけるオランウータンに酷似していた。
ただし、腕が極端に長い。猿臂というくらいで、猿には長い腕を持つ者が多いが、それを踏まえても長い。手長レベルと言えばよいか。
その両手の先端には、これまた長い鉤爪が装着されている。
「グフッ……グフフッ……ブキャァァァ―――――――――――ッ!!」
駅員の上着を纏い、制帽をかぶったオランウータン二匹がブリーチャーズめがけて攻撃してくる。
数こそ減っているが、今度の猿は前車両の四匹よりさらに強い。
行く手を塞ぐように前方車両のドア前に陣取った二匹の猿は、座ったままその場を動かない。
しかし、長すぎる腕で縦横無尽に攻撃を仕掛けてくる。四本の腕は車両の隅から隅まで届き、ブリーチャーズの死角を狙う。
そのスピードはターボババアのそれに匹敵し、氷雪を容易く受け付けず、狼王の被毛を斬り裂き、鬼種の筋肉をも貫通する。
そして、ブリーチャーズの肉体には徐々に異常が現れる。
一挙手一投足のたび、まるで水の中で動いているような――そんな抵抗を感じる。
ままならない夢の中で足掻く感覚。
猿だけではない――この電車内の空間そのものが、ブリーチャーズの敵としてその威力を発揮している証左だった。
『猿夢』の中にいる限り、東京ブリーチャーズはその支配を受け入れ、イニシアチヴを取られ続けるしかない。
それがレディベアの言う、絶対的死。逃れられぬ死の夢の正体だった。
123
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/11/03(金) 08:19:19
オランウータンの猿臂に嵌められた鉤爪が、容赦なくブリーチャーズを傷つけてゆく。
この空間、夢の中では、すべての事象が猿たちの有利に働く。仮に猿たちを退けることができても、それは一時的なことに過ぎない。
すぐに倒した猿を上回る強さの猿が現れ、ブリーチャーズを夢の世界と現実世界、二つの世界に跨って殺害しようと押し寄せてくる。
二匹のオランウータンをからくも撃破すると、また先程のように前方車両のドアが開き、先に進めるようになった。
相変わらず橘音は忽然と消えたままだ。
この電車の中で唯一の一般人である女性はと言えば、すっかり呆然自失してしまっている。
たとえ無事にこの夢から生還できたとしても、精神に重篤な障害が残るかもしれない。
しかし、この一団と離れたら確実に死ぬ、ということだけは理解しているのか、ブリーチャーズに縋るようについてきた。
《次は〜 まっぷたつ〜 まっぷたつ〜》
次の車両に移動した途端、前方のスライドドアが音もなく開き、ぬう……と巨大な影が入ってくる。
それは身長二メートル以上ある、真っ黒い筋肉の塊のような巨猿だった。
ゴリラだ。しかし通常動物園で見るそれとは比較にならない。前のめりの姿勢だというのに、頭が天井につっかえている。
ほとんどブリーチャーズの前方の空間を埋め尽くすような巨大さだ。
そんなゴリラが手に持っているのは、これまた規格外の大きさのチェーンソー。
オランウータンの持っていた単なる鉤爪さえ、ポチや尾弐の防御を突き破ったのだ。チェーンソーの威力は想像に余りある。
また、対物理・対妖術防御力も今までの猿より強固なのは間違いない。
そして、ブリーチャーズの行動を制限する纏わりつくような空気の重さ、ままならなさはどんどん酷くなっている。
「ゴホッ、ゴホホ……グルルルルァァァッ!!」
ゴリラがスターターロープを勢いよく引っ張ると、ドルルルルン!という轟音と共にチェーンソーが起動し、刃が猛転を始める。
「さ、さすがに息切れしてきましたわ……!わたくし、元々飛んだり跳ねたりは苦手なのです!」
顎先に滴る汗を拭いながら、祈の隣でレディベアが渇いた喉を無理矢理唾液で湿らせて言う。
レディベア――モノは基本的にインドア派である。妖怪なので運動神経は人間とは比較にならないが、屋外より屋内を好む。
中学校では祈を付き合わせて図書室へ行き、山ほど本を借りて片端から読破したりしていたのだ。
それでもこの電車内での戦いではきっちり祈の動きに合わせ、瞳術で猿の動きを止め、あるいは幻惑し。
活路を開いているあたり、東京ドミネーターズ大統領代行の肩書きは伊達ではない。
……とはいえ、その動きも最初の頃に比べてだいぶ精彩を欠いている。
本来東京ブリーチャーズにのみ適用されるはずだった、行動を阻害する重苦しい空気。
それを同様に感じているのだから無理もない。
「…………」
Rは、まだ動かない。最後列で一般人の女性を護るように、腕組みして佇んでいる。
「グォルルルォゴォアアアアアアッ!!!」
ゴリラがチェーンソーを振り回しながら突撃してくる。その突進力、膂力はひょっとしたらロボのそれを上回るかもしれない。
チェーンソーの回転する鋭利な刃は車内の鉄の柱を容易に切断し、掠っただけでも尾弐たちの膚を傷つける。
万一直撃すれば、いくらブリーチャーズでも只では済まないだろう。
「わたくしの《魔眼》の効きも悪いですわ!これだから下等な類人猿は……!」
かつて祈を一撃で戦闘不能にし、今なお猿狩りに覿面な効果を発揮したレディベアの瞳術も、ゴリラには効き目が薄い。
祈のスピード、ノエルの妖術、ポチの牙、尾弐の怪力、そしてレディベアの瞳。
今までの戦闘で収集したデータを活かし、それを上回る猿を創造して戦わせる『猿夢』。
そして、もしこのゴリラを首尾よく倒せたとしても、次にはもっと強い猿が確実に現れるという事実。
これこそまさに悪夢であろう。
ゴリラのチェーンソーが祈の胴を上下泣き別れにしようとするところを、レディベアの束縛の妖術が間一髪食い止める。
「……祈!」
「これは……さすがに一筋縄ではいかない、かな?」
他人事のように呟くR。
ノエルの放った妖術の氷雪を跳ねのけ、ゴリラが飛礫として逆に投げ返す。
影と同化しようとするポチの首根を引っ掴み、影から引きずり出して壁に叩きつける。
尾弐の拳を分厚い胸板に受けるも、僅かにぶれたのみで殴り返してくる。
「ゴオオオギャアアアアアアア―――――――――――ッ!!!!」
咆哮。ゴリラが一歩、また一歩と前進し、ブリーチャーズたちを追い詰めてゆく。
このままいけば、全滅は必至であろう。夢の中で死に、そして現実世界でも死ぬ。逃れられぬ絶対的死――
しかし。
124
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/11/03(金) 08:19:56
突然、ガクン!と電車が大きく揺れる。
まるで今日初めて運転席に座ることになった新米運転手の運転のような、無理な急ブレーキだ。
それから電車が不自然に右に傾く。あたかも、本来の線路から別の線路へ強引に方向転換したかのように。
ブリーチャーズやレディベアのみならず、ゴリラもバランスを崩している。ブレないのはRだけだ。
ゴリラが狼狽している。それは、この世界の支配者である猿にも想定外の出来事が起こり始めているということの証拠だった。
と。
《はいは〜い! 本日は猿夢鉄道、地獄行き通勤特快をご利用いただき誠にありがとうございま〜す!》
そんな、やけに能天気な車内放送が流れてきた。
今までの陰鬱なアナウンスとは明らかに違う。その内容は殺し方を予告するものではないし、それ以前に――
祈、ノエル、ポチ、尾弐は、その声を聞いたことがある。
それは、まぎれもなく橘音の声だった。
《当車両は時間調整のため、次の駅にて一旦停車致しま〜す!ご利用のお客さまには、大変ご迷惑をおかけ致しまぁ〜す!》
《なお、次の駅より先は特急となり、地獄まで停車致しません!乗り換えをご希望のお客さまは次の駅で下車願いま〜す!》
橘音の声の放送はいつも通りの緊張感のない、軽快な語り口で次の駅のアナウンスを続ける。
《次は〜 きさらぎ〜 きさらぎ〜》
駅名を告げると、車内放送は終わった。
それとほぼ同時に、今まで一定のスピードで走っていた電車の速度が落ち始める。駅へ停車するためだろう。
「グギャアオオオオオ――――ッ!!!」
そうはさせじと、ゴリラが思い出したように攻撃を再開してくる。
電車が駅に到着する前に、全員を葬り去ってしまおうとでも考えているような猛攻だ。
激しい攻撃を凌いでいると、やがて電車の前方にぽつんと小さな無人駅が見えてくる。
電車が無人駅のホームにゆっくり停まると、右側の自動ドアが小さな音を立てながら開いた。
「行きますわよ、祈!こんな電車は懲り懲りですわ!」
祈の手を引っ張り、レディベアが一番にホームへと降り立とうとする。自分の陣営が用意した電車だということは棚上げだ。
ゴリラはチェーンソーを振り上げ、長大な牙を剥き出しにして吼えたが、電車の外へは出られないらしい。
ノエルと、ノエルに縋りついている女性。ポチ、尾弐、Rが降りると、最後に先頭車両の扉から黒い人影が降りてきた。
「アハハ、いや〜!ギリギリで間に合いましたね!」
あっけらかんと笑う橘音である。
「どうして運転席から出てきたのか、って?ふっふっふっ……実は、ボクがすべての黒幕だったのです!」
「……あ、ウソですよ?そんな怖い顔して睨まないで下さいよ、ハハハ……」
「話は後です。まずは改札を出ましょう、そこまで行けばもう、あのゴリラも手出しできないでしょうから」
誤魔化すように告げてから、マントを翻して改札をくぐろうとする。
改札とは言っても、東京の各駅にあるようなタッチ式の自動改札機などない。ただ、古びて錆びついたゲートを通過するだけだ。
『きさらぎ駅』。
『猿夢』と同じ、近年有名になったネットロアの一種だ。正体不明の駅で、そこへ迷い込んだ女性が行方不明になっている。
周囲には街灯ひとつ立っておらず、駅以外は完全な暗黒に包まれている。
錆びついた看板に、駅員ひとりいない駅舎。ちかちかと明滅する、剥き出しの蛍光管。
きちんとメンテナンスされているのかさえ怪しい、古い駅だ。いわゆる秘境駅というものだろうか。
不気味な場所だが、地獄行きの快速列車で真っ直ぐあの世に直行するよりはマシだろう。
125
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/11/03(金) 08:20:51
「キミが東京ブリーチャーズのリーダー、狐面探偵君か。はじめまして――お噂はかねがね」
「どうも。ボクもアナタのことは聞いてますよ……イケメン騎士さん」
改札をくぐり、きさらぎ駅の入口に差し掛かったところで、橘音とRが握手と共に挨拶を交わす。
すぐに手を離すと、橘音はマントを翻してブリーチャーズの面々に向き直り、軽く一度咳払いした。
「さて、ではご説明しましょう。どうしてボクが運転席にいたのか」
「理由は簡単です。猿夢は眠っている無防備な皆さんを夢の世界に引きずり込みましたが、ボクだけはそれが不充分だったのです」
「なぜなら、ボクはそういった外的な攻撃に対して耐性がありますのでね。……このマントのおかげで」
橘音が常日頃から羽織っている漆黒のマント、狐面探偵七つ道具のひとつ『迷い家外套』。
このマントは結界として働き、着用者を守護する。マントの生み出す結界が、猿夢の魔手から橘音を護ったということらしい。
……眠るときもマントを身に着けているのか、という問題は別として。
「夢の世界で起きているということは、現実世界で眠っているということ。逆もまた然り――」
「皆さんは、先程車両の中で眠っているボクの姿を見たのではありませんか?」
マントによって守護されていたため、橘音は夢の中で覚醒せず、メンバーの前でも眠ったままだった。
そして夢の中に完全に引きずり込まれる前に現実世界で目を覚ましたがゆえ、忽然と姿が消えたのだ。
たった今自分の身に起こった事態を敵からの攻撃と判断した橘音は、現実世界で準備を整えると、もう一度眠りについた。
そして、今度は敢えて敵のフィールドに引きずり込まれたのだという。
「眠った先に何が待ち受けているのか。何が起こるのか。事前に分かっていれば、ある程度対処は可能です」
「例えば……ボクが夢の中で目覚める場所を皆さんのいる車両ではなく、先頭車両の運転席に変更するくらいは……ね」
首尾よく運転席で覚醒した橘音はすぐに電車の路線を変更し、地獄直行のはずの電車を途中停車させたのだ。
「『猿夢』の死のシナリオを覆すには、別の夢をぶつけるしかない。それがこの『きさらぎ駅』……」
「きさらぎ駅とは、幻の駅。現実世界と幽界、常世の狭間にある駅。夢の中の駅」
「ごくたまに出現する、二つの世界に跨る綻び。その中に偶々人が紛れ込んでしまうというのが、件のネットロアの真相なのです」
「ま……非常事態なんで使いましたが、決してイイモノじゃありません。こんな駅からは早く立ち去るに越したことはない」
ふう、と息をついて軽く肩を竦める。
「その前に、やることをやってから……ね」
「……貴方。何が言いたいんですの?」
祈の隣にいるレディベアが小首を傾げる。
「ふふ……。わかりませんか?」
そう言って、橘音はこの場にいる全員の顔を勿体つけながらゆっくり見回した。
探偵稼業にありがちな、謎解きタイムの間の取り方である。とかく探偵とは結論を中々言わないものだ。
「ボクたちのいるこの場所は、もう『猿夢』の世界ではありません。猿たちのアドバンテージは消滅している、つまり」
「ここでは、猿夢は無敵でも無尽蔵でも、ましてや不死身でもない……ということです」
橘音が『猿夢』の世界から『きさらぎ駅』の世界に進路変更したお陰で、猿たちはもう先程までの優位性を保てなくなった。
そして、結界の構築には術者がその場に立ち会うことが必須。夢を結界に使うなら、自らもその場にいなければならない。
……だとしたら。
「クロオさんは、とっくに気付いていたんでしょ?電車に皆さんを引きずり込み、猿をけしかけた『猿夢』の主が誰なのか――」
「これは『人を殺すことを存在意義とする怪異』、改心する可能性も、また情状酌量の余地もありません」
「ってことで。漂白しちゃってくださいな」
尾弐に視線を向け、橘音はそうはっきり告げた。
126
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/05(日) 20:23:06
「オッルアアア!」
祈は繰り出された錐を体を捻って躱し、突っ込む勢いのまま猿の顔面に飛び蹴りを見舞った。
猿はのけ反り、床に後頭部をしたたか打ち付けるが、それでも慣性を殺しきれず、
まるで祈を乗せたスケートボードのように後頭部を擦りながら滑っていく。
そのまま後方に控えていたもう一匹の猿をも巻き込んで後方のドアに激突して、ようやく止まる。
二匹の猿は錐などの得物を放し、ぐったりしてしまった。
「これで二匹だな」
ふぅ、と一息吐きながら周囲の様子を窺うと、
ノエルは問題なく猿の首から下を氷漬けにして拘束しているし、
ポチも――どう見ても攻撃が当たったように見えたのだが――いかなる手段か猿の攻撃を薄皮一枚で避けて背後に回ってその首根を抑え込んでいて、
尾弐もまた猿をぐちゃぐちゃの肉団子に丸めてしまっており、その手段はどうあれ、倒している。
ブリーチャーズの圧勝だった。
(全然楽勝じゃん)
祈は安全を期すため、猿達の衣服を脱がせてそれをロープ代わりにし、猿達を縛り上げ始めた。
すると、こんな会話が聞こえてくる。
>「やっぱり君達も僕達もこの夢の中では同じ扱いみたいだ。つまりここで全員共倒れすれば僕達をここに送り込んだ奴の思う壺、というわけだね。
>そこで取引だ――ここから無事に脱出するまで手を組んでみる、というのはどうだろう」
>「気を悪くしたらごめんよ。だけど……実際、僕らを手を組むのは悪くないと思うよ。
>「ま、馬鹿じゃなけりゃ共闘以外はねぇだろ。テメェ等も、エテ公と俺達全員を相手にした後で自分を嵌めた奴を相手取れる――――程に無尽蔵じゃねぇんだろ?
>だったら、俺らに協力するのが賢い選択だ」
それは祈が予想だにしなかった、ブリーチャーズからドミネーターズへの共闘の申し入れであった。
特に妖壊を憎む尾弐がこのような話を振るのは意外で、どのような心境の変化があったものかと思うが、
>「お前らは無傷で帰って、嵌めた奴をぶっ潰せる。俺達はテメェらが潰し合う事で、その戦力を減らせる……お互いにメリットの有る選択だろ」
この言葉を聞いて得心する。なるほど、そのような計算が働いていた故にできた申し入れだったのだ、と。
確かに、どうやらレディ・ベアとイケメン騎士Rは裏切られた身の上のようであり、猿達も途中から明らかにレディ・ベア達を敵として認識していたようだった。
件の、この戦いを仕組んだ第三者の手によるものか、
この戦いはもはやブリーチャーズ対ドミネーターズ(レディ・ベア達)対ドミネーターズ(裏切者)の構図に塗り替えられている。
ここで提案を突っぱねれば、レディ・ベア達はブリーチャーズと猿夢からの挟撃を受けることになり、裏切者にとって思う壺。
両者をなんとか退けて猿夢を脱することができても、消耗した状態では裏切者にトドメを刺されかねない。
レディ・ベア達にとっても共闘は悪い話ではない筈だ。
尾弐が眠りこけたままの橘音の正面座席にどかりと腰掛けて、もし協力するつもりがあるのならばこの『夢の主』を明かせと迫る。
(精神世界に住む魔物、夢の支配者は夢の中に自身も存在しなければならないというルールがあるらしいのだった)。
最初はその提案をにべもなく突っぱねるレディ・ベアだったが、イケメン騎士が何事か耳打ちし、こそこそと話したかと思えば、
>「よし、決まりだ。東京ブリーチャーズの諸君、答えは『ノー』だ」
やっぱり断ってきた。
127
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/05(日) 20:24:53
>「今の相談はなんだったんですのっ!?」
「マジで何だったんだよ!?」
提案を受ける流れっぽかったのに、
なんなんだこいつフリーダム過ぎるだろ、とか祈が思っていると、
>「一応、騎士なものでねぇ。一度決まった立ち位置を、利害関係によって軽々しく翻すことはできないんだよ」
とかなんとか、それっぽいふわっとした説明が入った。騎士なのか気分屋なのか職業が分からなくなるが、
とりあえずレディ・ベアだけが共闘、イケメン騎士Rは中立ということになったようである。
それに文句を付けるレディ・ベアだったが、朗らかに笑いながらそれを宥め、
>「いいから、いいから!ホラ、話をしている余裕なんてないよ?そろそろ次の駅員さんが巡回に来る頃じゃないか?」
と言って、イケメン騎士Rは猿達を指さした。見ればブリーチャーズによって無力化、
あるいは倒された猿達は、気化するような奇妙な音を立てながら急激に朽ちていくところであった。
見る見るうちに溶解あるいは白骨化し、塵へと変わっていっては、電車に吸収されるように消えていく。
それを見たレディ・ベアは祈にも聞こえるくらいの音で息を呑み、祈の側へとやってくると
>「し、しし、仕方ありませんわ。そこまで貴方がたが手を組んでほしいと言うのなら、ええ。そう、非常時ですもの……ね?」
そんなことを言う。祈は苦笑して、こう返した。
「……非常時だからしょうがねーな。後ろで援護頼むよ。瞳術は得意だろ、“レディ・ベア”」
とりあえずの共闘。レディ・ベアとの共闘は初めてではないが、初めてであるかのように。
そして、イケメン騎士Rの言う通りに前方のスライドドアが開いて、新たに四匹の猿が入ってくる。
祈はそこで微かな違和感を抱いた。
ともあれ、その猿達は先程の猿達よりも一回り大きく、チンパンジー程あるかと思えた。
このように補充要員の猿が幾らでも出てくるのであれば、『猿夢』にとって猿達とは己の一部でしかなく、
幾らでも作りだせて、不要になれば壊してしまえる粘土のような存在なのかもしれなかった。
《次は〜 ほねぬき〜 ほねぬき〜》
そんなアナウンスが聞こえてき、猿達の手に握られている巨大なペンチがどのように使われるものなのか分かる。
これで魚の骨を抜き取るように、ブリーチャーズ達の骨を生きたまま抜き取ってやろうと、そういう言うことなのだろう。
>「ウキャ――――――――――――――ッ!!!」
猿達は絶叫を上げ、ブリーチャーズの四名に狙いを定めて襲い掛かって来る。
>「いやああああああああああッ!!!」
女性の悲鳴が戦闘開始のゴングだった。
128
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/05(日) 20:26:54
チンパンジーほどのサイズの猿を一匹相手取る祈。
早速こちらから一発拳を見舞うが、猿はにたりと笑って、ぶんとペンチを振り回して反撃してくる。
(図体だけじゃないな……!?)
大きくなり、ウェイトが増しただけでない。明らかにこちらの攻撃に耐えうる頑強さを備えている。
パワーも先程とは違うようで、ノエルが氷結させて動きを封じても、それを砕いて脱出してしまう。
>「アシスト致しますわ、祈!」
「助かる!」
レディ・ベアの瞳術によるアシストを受けながら、猿との戦いを続ける祈。
動きの止まった猿の鳩尾に蹴りを入れたり、拳や足の連打で応戦しながら、
その後方で女性を守るよう傍らに立ち、スライドドアに背を預けたイケメン騎士Rが語る声を聞いて、
猿達の強さの理由を知る。
>「――ポチ君。キミは言ったね、レディがこの夢にこれほど怯える理由は何かと」
『猿夢』とは即ち『猿によって殺されるという夢』であり、
この夢の世界、電車から猿からアナウンスに至るまで、全てが猿夢そのもの。
そしてこの夢の世界にいる限り、猿によって殺されることは絶対的に決まっているのだと。
故に『猿夢』は猿達は幾ら倒されようとも、その戦力を分析し、より強い猿を生み出しては際限なく送り出してくるのだと。
倒しても倒してもそれ以上に強い敵が出てくるとは、まさに悪夢だ。
ではこの悪夢を終わらせるにはどうすればよいのか?
>「さっき、この夢の主は誰だ……と言いましたわよね」
レディ・ベアがふと口を開いた。
丁度、瞳術による束縛を破って再び殴り掛かって来る猿を祈がいなし、合気道の要領で壁に激突させた時のことだった。
>「わたくしは、面白い妖壊を連れて来たから、ブリーチャーズが苦しむのをアリーナ席で楽しむといい――と言われただけですわ」
>「ですから、わたくしがこの『猿夢』に関して持っている情報は、最初に話したものだけ。あとは知りません」
猿は激突して頭をぶつけた際に脳が揺れたのか、頭をしきりに振っている。
>「ただ――」
>「これは電車なのでしょう。ならば、運転手がいるはずですわ。いくら夢の中でも、運転手なしで走る電車などありえませんもの」
成程、と祈は頷く。人の生き死にを決めるアナウンスをしているであろう運転手こそが『夢の主』であり、
猿夢の本体だとするなら、そいつさえ倒してしまえば、この悪夢から脱することができるかもしれない。
>「まあ、運転手がいるとするなら、当然運転席。先頭車両にいるはずだよねえ」
イケメン騎士Rが補足する。
運転手こそが夢の主であり運転席にいるのだとすれば、目指すべきは先頭車両ということになる。
>「猿を倒しながら先頭車両までたどり着き、運転手を倒して電車を止める……というのが、一番手っ取り早いですかしら」
「そういうことになる……なっ!!」
こちらを向き、未だにふらつく猿の側頭部を全力で蹴り飛ばし、その意識の根本を断ち切る。
今度こそ猿はぐらりと、白目を剥いて仰向けに倒れた。
「……よしっ」
くはぁー、っと膝に手を付いて呼吸を整える祈。
こちらの動きを分析し、祈の速さにすら対応しつつあった猿。それを倒すのはなかなかに骨が折れる作業であった。
猿真似と言う言葉があるくらいに、猿は人の真似をするのが得意な賢い生き物として知られる。
それ故の観察力、分析力なのだろうか。全く厄介だ。
129
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/05(日) 20:36:47
他のブリーチャーズ達もどうやら猿達を辛くも撃退したようである。
それを見て、
>「いやぁ、お見事!やっぱり強いな、とんでもなく強い!さすが、クリスとロボを倒しただけのことはある!」
などと言いながら拍手を送るイケメン騎士R。
本当に中立を貫くつもりのようで、レディ・ベアが手伝えと言ってもどこ吹く風だ。
肩をすくめて前方車両へと続くスライドドアまで歩いて行き、
>「わたしの出る幕なんて、ないと思うけどね。それより、ほら……先に進んでいいみたいだよ?」
などと言ってスライドドアの取っ手に手を掛け、引く。
するとスライドドアは何故かするりと開く。それを見た祈の中に再び生じる、違和感。
何かがおかしい、と思う。
>「また閉まっちゃうといけない、ここはわたしが開けたままにしておこう。みんなの準備が整ったら、先へ進もうか」
そう言って、スライドドアが閉まらないように凭れ掛かるイケメン騎士R。
>「祈、大丈夫ですか?お怪我はありませんこと?」
拭えない違和感。しかしその正体が分からず考え込む祈だが、
レディ・ベアが寄ってきてそう訊ねてくるので、思考を中断する。
「……ないよ。お陰様でね」
ややあって祈がそう答えると。
>「……よかった」
そんな風に朗らかに笑って言うのだった。少女漫画だったら背景に花でも散っていることだろう。
「た、盾になってるやつが無事だからって喜びすぎなんだよ! あたしらが敵同士だってことを忘れんなよ!」
嬉しくない訳ではないが、照れ臭かったのと友人関係を疑われるのもどうかと思って、突き放すように振る舞う祈だった。
そのまま前方の車両に歩いて行こうとして、ふと気づく。橘音がいないことに。
「あれ? 橘音がいない……?」
聞けば誰も見ていないし、居なくなったことに気が付かなかったと言う。
天神細道を使って脱出したのであれば天神細道が残る筈であるし、もし一人だけ攫われてしまったのだとすれば心配であるが、
>「いなくなったものは仕方ありませんわ。先へ進みませんこと?こんな不祥事、一刻も早くお父さまにご報告し処罰して頂かないと!」
「お、おい……!?」
そんな風に言ってぷりぷりしながら、レディ・ベアは祈の手を取って前方の車両へと歩いて行ってしまうのだった。
「あ、おねーさんも付いてきて! みんなの後ろに隠れながらでいいから!」
それだけ言うのが精一杯である。
《次は〜 ひきさき〜 ひきさき〜》
そうしてブリーチャーズ一行が前方の車両へと辿り着くと、
更なる前方車両へと続くスライドドアが開き、ぬっと腕が生えてくる。
先端に凶悪な鉤爪が装着されたその腕は異様に長く、ずるずると伸びてき、ほとんど車両の端、祈達の足元にまで届いてきた。
それに続いて、ようやく二匹の猿が姿を現す。
駅員姿なのは変わらないが、先程よりも更に大きく、ずんぐりとした体躯や茶色い体毛はオランウータンを思わせた。
「次はゴリラぐらいは出てきそうなもんだな……おねーさんはこの辺で待ってて」
祈はうんざりと呟き、女性を車両の連結部付近で待つよう指示した。
>「グフッ……グフフッ……ブキャァァァ―――――――――――ッ!!」
オランウータンに似た猿は吠えて、他の猿達同様に襲い掛かって来る。
但し、その場からは動かない。しかし少しでもその背にあるスライドドアへ近づこうものなら、
この車両の端まで届くほどに長い腕を縦横無尽に振り回してくるのである。
祈の速度にも対応しているらしく、近づこうとした祈は左腕を浅く鉤爪で裂かれてしまう。
これ以上は危険だと思い、一旦車両の連結部にまで下がった。
どうやらここまでは猿の腕が届かないらしいのである。
130
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/05(日) 20:40:29
「オランウータンってより、ナマケモノだなあいつら! 動かないし!」
裂かれた箇所を押さえながら毒づく祈。
どうやらあの猿達は、尾弐の筋肉の鎧を貫通し、狼王の力を得たポチの被毛を切り裂くだけの力を持ってるらしく、
更には雪の女王たるノエルの氷雪での攻撃も容易く受け付けないだけの頑健さをも備えているようだった。
ここを含めてあと4両ほどの車両を移動しなければならないのに、この時点で既にブリーチャーズの能力を見極められつつある。
各々まだ全力は出していないだろうが、次の車両に行く頃には、
完全に通常の自分達を上回るスペックの猿達を生み出してくるかもしれず、
こいつはちょっとやばいかな、などと考える祈だが、ふと気づく。
「動かないんじゃなくて、、動けないんだな、お前達……」
これだけのスペックがあれば、その腕の長さを活かしてこちらまで進撃してこれば容易く制圧できるというのに、
それをしないということは、その長すぎる腕がネックとなっていることが考えられた。
動こうにも長すぎる腕がどこかにつっかえてしまって、上手く動くことができないのだと。
思い返せばスライドドアを潜ってこちらの車両に入って来るのも一苦労の様子だった。
あるいは、こちらを足止めする為に、あの場所から動かないよう命じられているのかもしれない。
であるなら、幾らでもやりようはある。
「みんなちょっと下がってて!」
と、祈は皆に後方車両まで下がることを提案し、戦い続けるメンバーに皆が下がったのを見届けると。
「――“風火輪”!」
その足に、今まで履かれていなかった筈の風火輪が出現する。
祈は予めレディ・ベアからこの襲撃を聞いていた。だが一向に敵が現れないままに眠らねばならない時間になった。
故に祈はいつでも戦えるように、洗った風火輪を家の中に持ち込み、履いた状態で眠ったのである。
詳細はともかく、結果として。祈はその力を夢の中にまで引きずり込むことに成功する。
祈がフラミンゴのように右脚を曲げると、風火輪のホイールが回転し火花を散らし始める。
サッカー選手がシュートを決める時のように、もう少し足を後ろにやりたいのだが、狭い連結部ではこれが限界だろう。
「せー……のっ!」
回転数を上げながら、生み出した炎を切り離すイメージで勢い良く右足を振り抜く。
すると、ごうと燃え盛る炎が狭い車内を飛び、座席やつり革、逃げ場のない猿達の腕や体を焼いた。
どんなに腕が長くとも、猿である以上関節は限られており、肘は一つきり。
車両の端から端まで届くその腕の長さでは、肘を曲げようにも曲げきることはできない。
つまり、一度でもその上腕や体に炎が点いたなら、彼らはもう自分の手で炎を叩いて消化したり、
燃えている毛を払って取り除いたりというようなことができず、彼らはただ炎によって焼き尽くされることになるのだ。
猿夢の一部に過ぎないとはいえ苦しむ姿は見たくなく、
また早めに終わらせる為にとそこそこ高火力で焼き払った故に祈の消耗は激しかったが、
ともあれ、オランウータン型の猿達を倒すことには成功する。
「ふぅーっ……よし、これであと車両は3つ! 次いこっか!」
滴り落ちる汗を拭いながら、祈。
ぶすぶすと燃える猿達も、先程と同様急速に朽ちて電車に吸収されていく。
夢の主の意向なのか、座席などに点いた炎もすぐに消えた。車内の温度は少々高くなったものの、
ノエルでも移動できないと言う程ではない。
重力が増したような、水中で動いているような、纏わりつく重さを感じながら、
次の車両へと移動するブリーチャーズ一行とドミネーターズ。
その後ろに女性も、茫然自失の体であるがしっかりと付いてきていた。
131
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/05(日) 20:44:26
《次は〜 まっぷたつ〜 まっぷたつ〜》
次の車両に到着すると早速アナウンスが流れ、前方のスライドドアが開き、
猿……否。身長は二メートル以上はあろうかという巨体の猿が入って来る。
黒い体躯。がっしりとした肩幅。動物園での花形の一頭。
(マジでゴリラかよ……)
ゴリラだった。だが屈んでいるにもかかわらず天井に頭をつっかえさせるほどの巨体で、
立ち塞がられると後ろのスライドドアはもう見えない。
そして手には――その隆々とした筋肉であれば、そんなものなくても人を真っ二つにするなど簡単であろうに、
ご丁寧にチェーンソーまで持っている。スターターロープをぐんと引っ張ると、刃が猛然と回転し始めた。
>「ゴホッ、ゴホホ……グルルルルァァァッ!!」
興奮した様子のゴリラを見て、
>「さ、さすがに息切れしてきましたわ……!わたくし、元々飛んだり跳ねたりは苦手なのです!」
と、弱音を吐くレディ・ベア。言われてみれば好んで運動しているところを祈は見たことがない。
もっぱら図書室で本を読んでいて、祈はそれに付き合って図書室にある数冊の漫画を読んだりしているのだった。
「はっ。運動不足なんじゃねーの……あたしも、人のこと言えねーけどな」
水中で動いているような重苦しさは増しつつあり、息苦しさを感じるほどだった。
加えて、度重なる戦闘での消耗。倒しても倒してもそれ以上の強敵が現れると言う苦境が体を重くしている。
だが。
>「グォルルルォゴォアアアアアアッ!!!」
状況は待ってはくれない。ゴリラは吠えて、チェーンソーを振り回しながら突進してくる。
「燃えろ!」
先程と同様に風火輪で生み出した高火力の炎をぶつける祈だったが、それをゴリラは突進の勢いとチェーンソーで跳ね除ける。
炎は確かに掠めた筈だが、その瑞々しい体毛には水分が豊富に含まれていると見て取れた。
先程のオランウータン戦から更に学習し、機動力があり、しかも炎の効き辛い猿を生み出してきたのだと思われた。
「くそっ」
ゴリラは完全にこちらのスペックを超えてきているようだった。
しかも回転刃は車内の鉄の柱すら容易に斬り裂く鋭さで、容易に近づくことも出来ず、手に負えない。
そして戦いの最中。ゴリラに攻撃を加えようと、祈がどうにかチェーンソーを掻い潜り、ゴリラの背後に回った時のことだ。
ふと、祈の足がもつれ、倒れそうになった。祈が思っていたよりも消耗が激しく、限界が近かったようだ。
特に風火輪の高火力の炎を放つには多大な妖力を消費する。それを二発も放てばさもありなん。
壁に手を付いて顛倒を防ぐが、祈が背後に回ったのを当然に察知しているゴリラがそれを見逃すはずもなく、
ぐるりと振り向くと横薙ぎにチェーンソーを振り回してくる。
その刃が細い鉄柱を切り裂いて祈の胴へと迫る。しかし体勢を崩している祈は、目で追うしかできず。
(――やば)
>「……祈!」
刃を止めたのはレディ・ベアだった。束縛の妖術が間に合い、ゴリラの動きを止めたのだった。
胴体まであと数センチという所で回転する刃に冷や汗を掻きながら、祈は後方へ飛び退く。
「い、今のはマジで死んだかと思った! ありがと!」
あと一瞬束縛の妖術が遅ければ、祈の上半身と下半身は別たれていたのだろう。
魔眼の効き目が悪いと言っていたのに、ゴリラの動きを止める為にどれ程の妖力をつぎ込んだのか。
しかし、ジリ貧だ。
ゴリラの猛威は恐ろしく、一歩進む度に着実にブリーチャーズを追い詰めてくる。
今のは運良く生き残れたが、このままではいずれ全滅してしまうだろう。
それを防ぐ手立てを、と祈が思考を目まぐるしく巡らせていると。ガタン、と大きく車両が揺れた。
>《はいは〜い! 本日は猿夢鉄道、地獄行き通勤特快をご利用いただき誠にありがとうございま〜す!》
と、アナウンスが響く。だが先程の声とは別人だ。この声はどちらかというと祈が聞き慣れたもので。
「橘音!?」
橘音の声だった。橘音の声は緊迫した状況に不似合いな程、緊張感なく続けた。
>《当車両は時間調整のため、次の駅にて一旦停車致しま〜す!ご利用のお客さまには、大変ご迷惑をおかけ致しまぁ〜す!》
>《なお、次の駅より先は特急となり、地獄まで停車致しません!乗り換えをご希望のお客さまは次の駅で下車願いま〜す!》
>《次は〜 きさらぎ〜 きさらぎ〜》
この緩さは紛れもなく橘音だ。電車はどうやらきさらぎ駅へ止まるらしく、
電車のスピードが落ち始め、何も見えなかった筈の窓の外の景色が変わり、小さな駅が見えてくる。
あそこに降りることができれば、少なくともこのゴリラを狭い所で相手取るようなことはしないで済みそうだ。
132
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/05(日) 20:50:29
>「グギャアオオオオオ――――ッ!!!」
それを察し、逃がすまいと思ったのか、ゴリラの攻撃が激しさを増す。
だががむしゃらになっている分攻撃の精度は落ちており、また読みやすくもなっている。
切り刻まれて転がっている細い鉄柱の破片をゴリラの眼に向けて投擲するだけでも効果が見込めた。
運よく左目に突き刺さり、ほんの僅かな隙も生まれる。
そうしてゴリラとやり合っているうちに、電車はきさらぎ駅に辿り着き――扉が開く。
>「行きますわよ、祈!こんな電車は懲り懲りですわ!」
祈の手を引き、我先にとレディ・ベアが扉の外へと飛び出した。
「みんなも早く!」
それに続き、猿達を除く乗車していた全員が電車の外、きさらぎ駅へと降りると、最後に先頭車両から橘音が降りてくる。
橘音はブリーチャーズに合流すると、
>「アハハ、いや〜!ギリギリで間に合いましたね!」
などと言って笑うのだった。
行方知れずだった橘音が生きていたことは勿論だが、ゴリラは電車から降りられないらしく、
電車の出入り口で吼えるしかないようだ。どうやら助かったようで、そのことにも祈は安堵する。
>「どうして運転席から出てきたのか、って?ふっふっふっ……実は、ボクがすべての黒幕だったのです!」
>「……あ、ウソですよ?そんな怖い顔して睨まないで下さいよ、ハハハ……」
橘音はこんな時でも、いつも通りに空気を読まない発言を繰り出してくる。
>「話は後です。まずは改札を出ましょう、そこまで行けばもう、あのゴリラも手出しできないでしょうから」
脱力しながらも祈は、橘音に続いてきさらぎ駅の中を歩いた。
外灯もない古びた小さな駅。ところどころにある、存在しない筈の駅名を示す、『きさらぎ』の文字が書かれた表示看板。
駅の外側は真っ暗で何も見えず、人っ子一人おらず、寂れた場所だった。
いかにも廃墟然としていて、辿り着いたものに孤独と恐怖を与えそうな風景だった。
駅員もいない改札を潜り、きさらぎ駅の入口へと一行は辿り着いた。
そこで橘音はイケメン騎士Rと挨拶を交わすと、
橘音が何故運転席にいて、きさらぎ駅に降り立つことが出来たのかという種明かしをする。
迷い家外套の結界のお陰である、と。
迷い家外套の便利さ・有用さには驚くばかりだが、上級妖怪の力を秘めた妖具の一つなのだから、それくらいはできて当然なのかもしれなかった。
そして猿夢に再び入り運転席にやってきた橘音は、きさらぎ駅という別の夢をぶつけることで、『猿夢』の路線を変えたと言う訳である。
だが長居するのも良くないから駅からは早く立ち去るべきだと補足を入れると、軽く息を吐いて続けた。
>「その前に、やることをやってから……ね」
肩をすくめる橘音。
>「……貴方。何が言いたいんですの?」
それにレディ・ベアが問うと、
>「ふふ……。わかりませんか?」
などと逆に問うて、生き生きし始める橘音である。
ああ、これは推理を披露するときの顔(は見えないので、雰囲気などから察するに恐らくそう)だと、祈は思う。
勿体ぶって全員の顔を見回したっぷり間を取ると、名探偵・那須野橘音は続けた。
>「ボクたちのいるこの場所は、もう『猿夢』の世界ではありません。猿たちのアドバンテージは消滅している、つまり」
>「ここでは、猿夢は無敵でも無尽蔵でも、ましてや不死身でもない……ということです」
尾弐へ視線を向ける橘音。祈もそれにつられて尾弐を見る。
>「クロオさんは、とっくに気付いていたんでしょ?電車に皆さんを引きずり込み、猿をけしかけた『猿夢』の主が誰なのか――」
>「これは『人を殺すことを存在意義とする怪異』、改心する可能性も、また情状酌量の余地もありません」
>「ってことで。漂白しちゃってくださいな」
そして橘音は尾弐に、『猿夢』の主の漂白を頼むのだった。
133
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/05(日) 20:55:04
>『クロオさんは、とっくに気付いていたんでしょ?電車に皆さんを引きずり込み、猿をけしかけた『猿夢』の主が誰なのか』。
>『ってことで。漂白しちゃってください』。
これらの言葉から察するに、『夢の主』は今この場にいる誰かということになるのだろう。
てっきり運転席にいるものだと祈は思い込んでいたが、運転席のある最前列車両から橘音が無事に出てきた時点で
その線は消えているのだ。
ではもし、この中に夢の主がいるのだとすれば誰か?
そう考えた時、一番怪しく思えるのはイケメン騎士Rだろう。何故なら彼の言動は余りに不可解だ。
これまで祈の中に生じていた幾つかの違和感。
>『いいから、いいから!ホラ、話をしている余裕なんてないよ?そろそろ次の駅員さんが巡回に来る頃じゃないか?』
そう言いながら朽ちていく猿達を指差したり、
>『わたしの出る幕なんて、ないと思うけどね。それより、ほら……先に進んでいいみたいだよ?』
などと言ってスライドドアの取っ手に手を掛けて開き、
それが再び閉まらぬように凭れ掛かるイケメン騎士Rの姿が思い出された。
だが、イケメン騎士Rが猿達を指差した時点では、猿は朽ち始めていただけに過ぎない。
――“なのに何故、次の駅員がやってくることがわかったのだろう”?
そしてどうして、“触れてもいないスライドドアが開いていることがわかったのだろう”?
思えば、「夢の主とは運転手ではないか」とレディ・ベアが言った時、
「運転手ならば先頭車両にいるだろう」とブリーチャーズの目指す場所を誘導したのもイケメン騎士Rだった。
それもこれも全て、彼自身が“ある事実”を隠蔽し、場を撹乱するために放った言動だと考えれば合点がいく。
「てことはあんただったんだな……」
祈は小さく呟いた。
当然、猿達に命を狙われていたブリーチャーズは『夢の主』から除外される。
猿達から救った橘音も勿論、祈の背後にいたとはいえ標的にもなっていたレディ・ベアもだ。
必然、消去法で夢の主はイケメン騎士Rか襲われていた女性の二択になり、
そこにイケメン騎士Rの怪しい言動を繋ぎ合わせると、自然とどちらか夢の主なのかは浮かび上がってくる。
祈は夢の主と思しき者を指差した。
猿夢の主。それは。
「あんただったんだな。――“おねーさん”」
指を差された女性は、「ひっ」と声を上げて視線を彷徨わせた。
そう。猿夢の本体、その正体とは。この一般人と思しき女性だ。
「ま、最初に開かずのドアを開けて平然とこっちの車両に入ってきてたし、
尾弐のおっさんが『夢の主』の話してた時に見てたのってこのおねーさんだしな」
尾弐が気付いているというのなら、これが決定打だろう。
猿達に襲われる女性に化けて守られる立場になることで、攻撃されることなく間近でこちらを観察できると言う訳だ。
そしてそもそも、祈だけが知っている情報としてこんなものがある。
>『敵対すれば死あるのみ――そんな者ですが、味方となればあれほど心強い存在もおりません。』
これはレディ・ベアがイケメン騎士Rという護衛について語った言葉であるが、
食べたことのない料理を美味しいなどとは語れないように、
心強いとまで言って信頼するからには、レディ・ベアはイケメン騎士Rの能力や正体を少なからず知っていなければならない。
もしイケメン騎士Rが『猿夢』の主、本体であるとするならば、
それを知るレディ・ベアが真っ先に彼に攻撃を止めろと命じたり食って掛かるに違いないのであり、
それをしなかった時点で、彼が猿夢の本体であるという疑いはとっくに晴れているのだ。
ではあの怪しげな言動は何か、と問われれば、
結局のところ、彼は中立という立場を貫いたのだろうと思われた。
一人戦わずいたイケメン騎士Rは、当事者として必死に戦っていたブリーチャーズと違い、
全てが見えていた。最後列で女性の傍らに立っていたから、女性についても観察できたのだろう。
電車の隅で怯えたように縮こまりながらも、つぶさにブリーチャーズを観察し、戦力を分析する女性の目を。
そのデータを元に、次の猿を生み出すために電車に妖力を送り込む姿を。
スライドドアが開くよう操作する動きを。それによって猿夢の正体を知ることができたのだ。
だが、彼の言葉を信じるなら彼は中立。
夢の主が誰であるかに気付いたからと言って、それを明かすような真似はブリーチャーズの利になる為にできない。
だが気付いていて黙っているのも猿夢の利となり、居心地が悪い。
なので「敵がくる」だの「ドアが開いた」だのという助言めいた言動でその居心地の悪さを相殺した。
また運転手ならどこにいるだろうかという疑問に対しても、運転するなら前方の車両だろうという一般論を述べたに過ぎないのであり、
場を混乱させようという意図を持った行動ではないと解釈できる。
それが彼なりの中立、騎士としてのポリシーなのだろう、と。
134
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/05(日) 21:03:03
ただ、これはかなりイケメン騎士Rに寄った甘い見立てである。
尾弐はこう言っていた。
>……そんでもって、一介の都市伝説にしちゃあ頑丈過ぎる列車と、これだけの人数を取り込む妖力。
>こいつは俺の直感だが、この夢の主はとっくの昔に『猿夢』じゃないんじゃねぇか?」
もうひとり『夢の主』がいるのではないか、という可能性を示していたのである。
即ち、『夢の主』とはこの場において二つの意味がある。
ブリーチャーズを夢の世界に引きずり込んで、電車を動かしたり猿達に殺させようとした『猿夢本体』のこと。
もう一つは、この猿夢が一介の都市伝説にしてはあまりに強力である為、
猿夢に力を与えるか、直接猿夢の世界を乗っ取るなりして都合よく動かしている者がいるのではないか、
という尾弐の直感に基づく『黒幕』のことだ。
先程の消去法で、既に夢の主になり得る人物はイケメン騎士Rと女性の二人にまで絞られており、
この女性が『猿夢本体』だとすれば、もう一方の『黒幕』という役柄が、残ったイケメン騎士Rに振られても何ら不思議はない。
もしイケメン騎士Rが黒幕であれば、怪しい言動もあらかた説明がつく。
次の敵が出てくることもドアが開いていることも、何のことはない、自分が操る側だから全て知っていたのだと。
そして『猿夢本体』を裏から操っていた『黒幕』であると言うことは、
同時にブリーチャーズとレディ・ベアの両者を葬ろうとした、裏切者の一人であるとも考えられる。
確定ではないが、疑わしい事に変わりはない。
レディ・ベアの手を引いて、それとなくイケメン騎士Rから離しながら、祈は続ける。
「ってことで……約束しろよ、『猿夢』。命が惜しいなら。
もう誰も殺さず、襲うとしても人を脅かす程度に留めるって。あと戻せるんなら殺した人達の魂も元に戻せ」
祈は言い終えると女性に一歩近づき、右脚を上げて構える。
足に装着された風火輪のホイールが唸りを上げ、火花を散らし始めた。
確かに消耗しているが、お前を葬るだけの余力はあるのだという、ポーズである。
「こっち7人もいる。あんたに勝ち目はない」
改心はしないと橘音は言う。だが、命は誰でも惜しい。
命惜しさに誓ってしまい、人を襲えなくなれば改心したのと同じことだ。
但し、妖怪は忘れられては存在を保てないので、人を脅かすことは許す。
そんな約束を祈は持ちかけたのである。
女は悔し気に口を一文字に結ぶと、き、き、き、と。猿のような声を上げるが、やがて
「……わかった」
そう言った。そして、急速に老いていく。顔は酔っぱらったように赤く、皺くちゃになり、腰が曲がり。
髪は白く染まりごわごわとしたものに変わる。
腕や脚には白い毛がうっすら生え揃って、その姿は老婆というよりはヒヒ――マントヒヒに近いものになる。
着ている服も、先程猿達が来ていたよりも上質な、駅長用の制服に変貌するのだった。
正体を現した『猿夢』、その本体は、伏して言う。
「もう、誰も、襲わない。だから頼む、見逃してくれ」
敗北を悟ったらしく真の姿を晒し、しゃがれた声で命乞いをする猿夢の本体。
約束させたしこれならいいでしょ、とばかりに祈は尾弐を見る。
だが『猿夢』の真意は分からない。
もう誰も襲わないという言葉を吐きはしたが、相手は『人を殺すことを存在意義とする怪異』なのだ。
いずれ抑えが効かなくなり、消滅しても構わないからと人を殺そうとするかもしれない。
握られている拳も反抗の意志の現れやもしれない。
何せ狡猾な猿夢のことだ。ブリーチャーズが見逃すと言って油断すれば、殺す時は今と、誰かを道連れにしようとするかもしれない。
疑い出せばきりはないが、ともあれ。漂白する(殺す)のか、それとも見逃すのか。
その選択は尾弐に委ねられることになりそうである。
135
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/08(水) 00:14:17
>「だっ……、誰が貴方たちのような下等妖怪どもと手など組むものですか!莫迦も休み休み仰いなさいな!」
と、共闘の申し出をにべもなく突っぱねようとするレディベアだったが、内輪の相談タイムでRに説得されたらしく、共闘に乗ってきた。
>「や……、已むを得ませんわね!あくまで今回限り、例外中の例外ということで――」
尾弐が夢の主は誰かと、二人に詰め寄る。
>「打破すべき『夢の主』は誰か……別に答えたくなきゃ答えなくてもいいが、その時は相応の態度で対応させて貰うぜ」
レディベアによると、実際にこの夢の中で物事を操っている実行犯についてはよく分からないが、セッティングは怪人65535面相通称カンスト仮面がしたらしい。
「アイツか――ッ!
言われてみれば祭神簿を破壊しに来た時もお姉ちゃんが倒されたのは想定通りみたいな感じだったし、
ロボは死に際に黒幕がいるって、クリスも自分も駒に過ぎないって言ってた。
きっと最初から潰し合いさせて最終的には全員消すつもりだったんだ。
残る幹部は君だけになったところで一挙に潰しに来たというわけか――!」
と、共闘の流れになったところでRがいきなり断ってきた。
>「よし、決まりだ。東京ブリーチャーズの諸君、答えは『ノー』だ」
>「今の相談はなんだったんですのっ!?」
「ナチュラルに本来の用法の『だが断る』しないで!」
思わずレディベアに続いてツッコミを入れつつ、
Rが登場してからというもの渾身のボケはことごとくスルーされ、それどころかRに対しては自分が何故かツッコミに回っていることに気づき戦慄した。
「貴様、まさかボケ殺しか……!」
一言で言うと騎士だからという理由で共闘は出来ないらしい。
本人は気分とかポリシーとか言っているが、レディベアには共闘するように仕向けたことを考えると、本当はもっと本人の意思を超越した絶対的な理由なのかもしれない。
例えば、彼がドミネーターズに手を貸すにあたって結んだ契約等が関係しているのかもしれない。
結局レディベアだけ共闘して、Rは手を貸さないが危害も加えないという妥協点となった。
この際レディベアから詳しい情報を聞き出したいところだが、ゆっくり話している時間もなく、次の襲撃が始まる。
136
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/08(水) 00:16:18
>《次は〜 ほねぬき〜 ほねぬき〜》
チンパンジーの集団が流れ込んできた。
先ほどより格段に強くなっているようで、簡単には凍ってくれない。
>「アシスト致しますわ、祈!」
>「助かる!」
レディベアは主に祈の後方援護において、本来敵とは思えないほどの働きを見せてくれた。
プライドの高い彼女としては一度共闘を飲んだ以上きっちりやる、ということだろうか。
Rが猿夢の性質について語り、サル達を倒しながら先頭車両を目指そうという方針になった。
「そうだ! 気合でこれは田舎の電車だと思い込めば2両編成になって運転席にすぐ着くかもしれない」
ノエルはそんな事を言いながら、どこからともなくおやつのバナナを取り出した。
ありのままの姿で寝たのに服を着ていたことを考えると、その人が普段持ってそうなものは持っているという仕様なのだろう。
そしてサルはバナナが好き、という圧倒的に強烈な記号的俗説が存在する。
あれは実際はそこまで滅茶苦茶好きというわけでも無いらしいのだが、
妖怪バトルにおいてはたとえ真実ではなくてもそのようなイメージが流布していることこそが重要なのだ。
というわけで、バナナをサル達に見せびらかしてから適当に投げた。
「オヤツをくれてやる!」
狙い通り、祈がKOした以外のサルが一斉にバナナに群がった。
「よし! ポチくん、クロちゃん、今だ!」
こんな感じでチンパンジー達を撃退し――
>「いやぁ、お見事!やっぱり強いな、とんでもなく強い!さすが、クリスとロボを倒しただけのことはある!」
「いやあ、それほどでも〜」
――チンパンジー戦でのノエルは主にバナナ投げ係りであった。文字通りの意味でそれほどでもない。
>「R!見ていないで、貴方も手伝ったらどうなんですの!?」
>「わたしの出る幕なんて、ないと思うけどね。それより、ほら……先に進んでいいみたいだよ?」
Rがドアに軽く手をかけると、開かずのスライドドアがあっさり開いた。
「なんで開くねん!」
と、空気を読まずに普通にツッコむノエルであった。
それを言うと、最初に助けを求めてきた女性も同じなのだが、その時は必死な様子で助けを求められたのでそこまで思い至らなかったのだ。
137
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/08(水) 00:18:11
>「祈、大丈夫ですか?お怪我はありませんこと?」
>「……ないよ。お陰様でね」
>「……よかった」
>「た、盾になってるやつが無事だからって喜びすぎなんだよ! あたしらが敵同士だってことを忘れんなよ!」
「……キマシタワー!
『どうしよう、敵なのに好きになっちゃった!』の王道パターン!? よろしい、ならばお父さんを説得して東京侵略をやめてもらうんだ!」
花の美少女二人の様子を見て喜んでいたノエルだったが、祈があることに気付いてそれどころではなくなった。
>「あれ? 橘音がいない……?」
「そんな……!」
この恐怖の夢の中で尚ノエり続けていたノエルだったが、これには流石に焦った。
気をしっかり持っていなかったからこの悪夢の世界に吸収されてしまったのだとしたら。
なんていう最悪の事態が頭をよぎる。
とはいえ、レデイベアの言う通りいなくなったものはどうしようもない。無事に脱出したことを信じて先に進むしかなかった。
>《次は〜 ひきさき〜 ひきさき〜》
登場したのは二匹のオランウータン。
意気揚々とバナナを投げるノエルだったが、今度は全く反応しない。どうやら完璧なバナナ耐性を身に着けたらしい。
「サルのくせにバナナが効かないだと……!? どうすればいいんだ……!」
ふざけているようにしか見えないが、本人は大真面目である。
サル達はこちらが能力を見せるとそれに適応してくる。
そこで、もう少し接近戦で仲間達に頑張ってもらって、乃恵瑠の姿で出せる大出力は出来る限り後に取っておこうという算段だ。
祈が何かを思いついたようで、皆に下がるように指示を出す。
>「――“風火輪”!」
祈は風火輪の力で燃え盛る炎を飛ばし、一撃にして二匹のオランウータンを葬った。
>「ふぅーっ……よし、これであと車両は3つ! 次いこっか!」
「す、すごい……!」
テンプレ驚き役のごとく感心しているノエルであった。
祈はこれで切り札を切ってしまったので、もう同じ手は通用しないだろう。
しかし残る車両はあと三つ、見通しがついてきた。
138
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/08(水) 00:25:00
>《次は〜 まっぷたつ〜 まっぷたつ〜》
>「ゴホッ、ゴホホ……グルルルルァァァッ!!」
「かみをバラバラにするチェーンソーかぁあああああッ!!」
高速回転をを始めるチェーンソーを見て、ノエルは力の限りツッコんだ。
流石にヤバいと思い、リミッターを解除するために乃恵瑠の姿になろうとする。
が、やり方が分からない。それもそのはず、やり方なんて意識したことはない。
変わろうと思っただけで(あるいは下手すると変わろうと思わなくても何かの拍子に)一瞬で変わっていたはずだ。
「あれ!? バナナを消す手品ってどうやるんだっけ」
ノエルは混乱して意味不明なことを言い始めた。
精神がそのまま投影される夢の中なので、現実世界みたいに気軽には変われないということかもしれない。
(妖怪は精神に基盤を置く存在なのでその辺の感覚が人間とは逆なのだ)
あるいはこの夢の支配者によってリミッター解除禁止規制でもかけられているのだろうか。
>「さ、さすがに息切れしてきましたわ……!わたくし、元々飛んだり跳ねたりは苦手なのです!」
本人の言う通り、瞳術を武器とするレディベアはどちらかというと後衛系の立ち位置のようである。
基本的に非戦闘員の橘音を除くと、いつものメンバーは自分以外バリバリの前衛戦士系なので、後衛がもう一人いるのも悪くないなあ、等と思い始めていた。
「さては貴様インドアー派か……実は僕もなんだ! ゲームとかやる?
そうだ! ここから無事に脱出出来たらうちに遊びに来ない? お店に並べる用の漫画もたくさんあるし裏メニューもご馳走するよ!」
ノエルは敢えて本拠地(の直上階)に敵組織のリーダーを招き入れようとする大胆発言を繰り出した。声掛け事案発生である。
レディベアが身内に裏切られて動揺している今が、一気に畳みかけて相手の本当の目的等を探る好機と見ているのだ。
それはともかく、思った通り祈の風火輪はすでに通用しなくなっていた。
体勢を崩した祈をゴリラのチェーンソーが真っ二つにしようとする。
とっさに氷結の妖術で止めようとするが相手はすでに耐性を身に着けており、ノエルの姿で出せる出力では、動きが僅かに遅くなっただけだった。
しかし次の瞬間、ゴリラはぴたりと動きを止めた。レディベアの束縛の妖術が間一髪で間に合ったのだ。
相手はレディベアの術にも耐性を身に着けているはずであるにも拘わらず。
139
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/08(水) 00:26:30
>「……祈!」
>「い、今のはマジで死んだかと思った! ありがと!」
「祈ちゃん、下がって!」
ノエルが祈と入れ替わるように進み出る。が、リミッターを解除できない以上全くの無策である。
とりあえずヤケクソで必殺技(?)を放った。
「聖なる吹雪よ!闇より現る邪悪なるものを消し去りたまえ、エターナルフォースブリザード!!!!!!!」
ゴリラは一瞬氷結するも、すぐに気合で粉砕されて逆に弾丸のように弾き飛ばされて返り討ちになった。
「あぎゃああああああああああああ!!」
こんな感じで追いつめられる一行であったが、突然電車に急ブレーキがかかる。
>《はいは〜い! 本日は猿夢鉄道、地獄行き通勤特快をご利用いただき誠にありがとうございま〜す!》
>「橘音!?」
「橘音くん、良かった……!」
何が何だか分からないが、何はともあれ橘音が無事だったことに安堵するノエル。
そして橘音の車内放送は、もうすぐ停車するので脱出するようにと告げる。
>「グギャアオオオオオ――――ッ!!!」
そうはさせじと、今までにも増した猛攻を再開するゴリラ。
先ほどまでの調子だと、しのぎ切れるか危ういところだ。しかし――
“乃恵瑠”が腕を一閃すると、チェーンソーの駆動部分が凍り付き、その動きを止めた。
橘音の声を聞いた瞬間、何故かあっさりと変化することができたのだった。
橘音以外のメンバーはノエルに対してブリーチャーズのノエルのイメージしか持っていないが、橘音は雪の王女としての一面も知っている。
その橘音が夢の中に戻ってきたからかもしれなかった。
「こんなこともあろうかと弱い振りをしておったのだ。切り札は最後までとっておくものだ――なんてね」
続いて足元に氷の妖術をかけ、滑って転ばせることに成功する。
「ポチ君、転んだよ――!」
ちなみにゴリラは喋れないので、「座っただけです」の回避手段は使用不可能だ。
そしてゴリラは乃恵瑠の妖術には未対応。
このままポチ達を援護しながら戦えば、停車するまでの僅かな時間なら、凌ぎ切ることは可能だろう。
そうしてゴリラの猛攻を凌いでいると、ついに電車は無人駅に停車する。
140
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/08(水) 00:28:20
>「行きますわよ、祈!こんな電車は懲り懲りですわ!」
>「みんなも早く!」
レディベアが祈の手を引いていることに目ざとく気づき、「キマシタワー!」などと言いながら電車を降りる。
ゴリラは電車から降りることは出来ないらしい。
>「アハハ、いや〜!ギリギリで間に合いましたね!」
>「どうして運転席から出てきたのか、って?ふっふっふっ……実は、ボクがすべての黒幕だったのです!」
レディベアの隻眼に、瞳術をかけられそうな勢いで睨まれる橘音であった。
>「……あ、ウソですよ?そんな怖い顔して睨まないで下さいよ、ハハハ……」
>「話は後です。まずは改札を出ましょう、そこまで行けばもう、あのゴリラも手出しできないでしょうから」
迷い家外套のおかげで完全に夢の中に引きずり込まれることを免れた橘音は、一度目覚めてから皆を救うためにわざと夢に引き込まれたという。
何故か裸マント、という謎ワードが思い浮かんだ乃恵瑠であった。
マントを着て寝たのは合っているかもしれないが、多分裸ではないと思う。
「きっちゃん……! 助けにきてくれたんだね!」
真相を聞いた乃恵瑠は思わず橘音に抱き着いてモフモフするのであった。橘音にとってはとんだ罰ゲームである。
降りた駅はきさらぎ駅。猿夢の先ほどまでの事態よりは断然マシだが、まだ安心はできない。
きさらぎ駅の元ネタの当事者の女性は消息不明のままで終わっているのだ。
ちなみに類似の存在しない駅系の話では無事に生還できたパターンもあり、そっちにしてくれればもっと良かったのにとも思うが、
きさらぎ駅ほどの知名度が無いと猿夢には対抗できなかったということだろう。
>「ま……非常事態なんで使いましたが、決してイイモノじゃありません。こんな駅からは早く立ち去るに越したことはない」
>「その前に、やることをやってから……ね」
唐突に、ここで猿夢の主を始末してしまおうという方向に話を持っていく橘音。
言われてみればその通りだが、とりあえず脱出出来ただけで安堵してしまってそこまで思いつかなかった。
141
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/08(水) 00:32:05
>「クロオさんは、とっくに気付いていたんでしょ?電車に皆さんを引きずり込み、猿をけしかけた『猿夢』の主が誰なのか――」
>「これは『人を殺すことを存在意義とする怪異』、改心する可能性も、また情状酌量の余地もありません」
>「ってことで。漂白しちゃってくださいな」
橘音は勿体ぶった言い方で、尾弐に漂白を促す。続いて祈が一般人らしき女性に詰め寄る。
>「あんただったんだな。――“おねーさん”」
>「ま、最初に開かずのドアを開けて平然とこっちの車両に入ってきてたし、
尾弐のおっさんが『夢の主』の話してた時に見てたのってこのおねーさんだしな」
消去法で言って怪しいのはRとこの女性。
Rもこの女性か同程度かそれ以上に怪しいのだが、こちらは一応ブリーチャーズと同様に狙われていたレディベアがある程度素性を知っているのだ。
>「ってことで……約束しろよ、『猿夢』。命が惜しいなら。
もう誰も殺さず、襲うとしても人を脅かす程度に留めるって。あと戻せるんなら殺した人達の魂も元に戻せ」
女性は正体を現すと、祈の説得(脅迫?)に応じ、条件を飲んで命乞いをする。
サルの駅長のような姿になったそれに、乃恵瑠は尋ねる。
「君は怪人に使役されてるんだよね? 対価は何? それとも……弱みを握られてる?」
そう思い至ったのは、最初に助けを求めて縋り付いてきた様子が、演技とは思えないほど真に迫っていた気がするからだ。
弱みを握られて強制的にやらされているのだとしたら、それも腑に落ちる。
「セッティングしたのはカンスト仮面――怪人なんとか面相だ。
怪人っていかにもトリックとか偽装工作とか得意そうじゃん。真犯人を隠すために他の人を犯人っぽく仕立て上げたりも出来るかもしれない」
相手がすでに正体を現しているとはいえ、ここは現実世界とは違う法則が支配する夢の中。
普段自由に変化できるノエルが一時変化できなくなった事を考えれば、その逆の事態も起こり得る。
いくら疑わしくてももしも犯人ではなかったら、取返しがつかない。億が一の可能性も考え、慎重論を唱えるのであった。
142
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/11(土) 04:17:15
>「だっ……、誰が貴方たちのような下等妖怪どもと手など組むものですか!莫迦も休み休み仰いなさいな!」
「ん、んー?ホントに良いのかい?となると僕ら……まずここで殺し合いをして、
それから生き残った方だけが次の車両に進む事になるけど……そっちの方が馬鹿馬鹿しくないかい?」
ポチは首を傾げてレディベアの顔を覗き込む。
>「や……、已むを得ませんわね!あくまで今回限り、例外中の例外ということで――」
暫しの相談タイムの後、結局レディベアは共闘に納得を得たらしい。
そして……
>「よし、決まりだ。東京ブリーチャーズの諸君、答えは『ノー』だ」
Rがきっぱりと話を締めくくった。
>「今の相談はなんだったんですのっ!?」
「……本気で言ってるのかい?やだなぁ、考え直そうよ」
そう言いながらポチは……送り狼の『不在』を、使おうとしていた。
この場から消え去り、一歩詰め寄り、首を掻き切る。
それで一対四。共闘の提案を二度も蹴られている以上、既に状況は先手必勝。
ポチは共闘する事に見切りをつけていた。
そして……結局、彼は姿を消す事なく、Rをじっと見つめていた。
思い留まったのではない。
ただこのまま動き出した時に、それが成功するイメージが、どうしても思い描けなかったのだ。
>「一応、騎士なものでねぇ。一度決まった立ち位置を、利害関係によって軽々しく翻すことはできないんだよ」
結局Rは、自分自身はブリーチャーズに対して中立を保つ、といった主張を述べた。
ポチとしてもその結論は、敵対し合うよりかはずっとマシだ。異論はない。
軽く溜息を零して……そこでポチは、自分が安堵していた事に気付いた。
においも外見も、ただの人間としか思えないRを相手に。
>「し、しし、仕方ありませんわ。そこまで貴方がたが手を組んでほしいと言うのなら、ええ。そう、非常時ですもの……ね?」
>「……非常時だからしょうがねーな。後ろで援護頼むよ。瞳術は得意だろ、“レディ・ベア”」
「……あぁそうさ、仕方ないよ。非常時だもん。
だけど多分、ええと……レディちゃんだっけ。君はいつもそうしてた方が可愛げがあるよ」
得体の知れない危機感に戸惑っている内に、レディベアも共闘に対して前向きに心変わりしたらしい。
と、そうしている間にまたもスライドドアが開く。
入ってきたのは四匹の猿……ただし、先ほどの倍以上の、チンパンジーほどの大きさのものが。
>《次は〜 ほねぬき〜 ほねぬき〜》
「……なーんか、嫌な予感」
車内放送が終わるや否や、一匹の猿がポチへと狙いを定め、飛びかかる。
体躯が膨らみ、しかし素早さは先ほどの小型の猿と遜色ない。
突き出されたペンチがポチへ迫る。先端を力任せに突き刺し、骨を抉り取る算段。
そして……ポチがその場から消えた。ペンチを躱し、姿を現すと同時に、猿の頭を右手で掴む。
そのまま床に強烈に叩きつける……よりも早く、ポチの視界が何かに覆われた。
殆ど反射的に『不在』を用い、その場を離脱。
距離を取り、改めて状況を見る……何をされたのか、それは単純明快だった。
ただ猿は得物であるペンチから片手を離し、掌打を繰り出した。
された事は単純だが……しかし同時に驚異的でもあった。
つまる所、猿は『不在』によって距離を詰められる事を前提に、戦術を組み立てていたのだ。
……猿はポチを挑発するように、笑みを浮かべながらじろじろと彼を見つめている。
143
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/11(土) 04:17:53
「……ムカつくなぁ、その目つき。なんだか知らないけどめちゃくちゃ腹が立つよ」
>「――ポチ君。キミは言ったね、レディがこの夢にこれほど怯える理由は何かと」
戦闘が一度仕切り直しになったのを見計らってか、Rがポチへ声をかける。
「あぁ、言ったよ。言ったし、もうなんとなく分かってきたさ。コイツらは……」
>「この『猿夢』とは、ただ夢の中で猿に襲われる――それだけの妖異じゃないんだよ」
「猿だけじゃなく、この電車も。わたしたちの今いる夢の世界そのものが『猿夢』なんだ。つまり『猿夢』とは――」
「『夢の中で猿に襲われ、そこで殺されると現実でも死ぬ』のではなく『猿によって殺されるという夢』の妖異なのさ」
「……ご親切にどうも」
そう呟いたポチが辟易とした表情でいるのは、Rのマイペースぶりに参っているから……だけではない。
言葉による説明を受けるまでもなく、猿夢の脅威を……肌で体験しつつあるからだ。
これ以上、進化をされては堪らない。お喋りを切り上げポチが前に出る。
距離を詰めると同時、大きく振り被った右拳が猛然と弧を描く。
捌かれれば大きな隙を晒す事になる……が、『不在』を用いれば反撃を恐れる心配はない。
存在を消して更に一歩前へ。懐へ飛び込み、猿の下顎へと狙いを定め……目があった。
直後に上段から振り下ろされるペンチ……自ら体勢を崩し転ぶ形で辛くも躱す。
「送り狼が転ばされるなんて、参っちゃうなホント!」
だが窮地を脱した訳ではない。
ポチは仰向けに倒れたまま体勢、猿が再びペンチを振り上げる。
追撃は不在で躱せるが……その後に続く展開は、再び仕切り直し、となる。
つまり猿達に時間を与え、更なる進化をされる事になる。
多少の手傷を負ってでも不在を使わず追撃をいなし、カウンターで仕留めてしまうべきか。
ポチはそう判断し……
>「オヤツをくれてやる!」
しかし不意に響くノエルの声。同時に猿がポチから視線を離してその場を飛び退く。
一体何が……と行方を目で追うと、見えたのはバナナに群がる猿達の姿。
>「よし! ポチくん、クロちゃん、今だ!」
「……ナイスだノエっち!ぶちのめしてやる!」
そんなのありかよという叫びを飲み込み、ポチが床を蹴る。
猿達が我に返って振り返った。その内の一匹がポチをペンチによる刺突で迎え撃つ。
対してポチは……一際強く、跳躍。
同時に変化を解く。人狼の姿から狼の姿へ。
そして突き出されたペンチを足場に再度跳躍……勢いのままに猿の首を食い千切る。
「へん、これはまだ見せてなかったからね。避けらんないだろ。
それにしても……なんだかすっごくスカッとしたなぁ。なんでだろ」
自分でも理由の分からない強い敵愾心に首を傾げつつ、ちらりと尾弐を見る。
猿を二匹残してしまったのが気がかりだったが、問題なく仕留められたようだった。
>「いやぁ、お見事!やっぱり強いな、とんでもなく強い!さすが、クリスとロボを倒しただけのことはある!」
「……まだまだ、こんなもんじゃないさ」
>「R!見ていないで、貴方も手伝ったらどうなんですの!?」
>「わたしの出る幕なんて、ないと思うけどね。それより、ほら……先に進んでいいみたいだよ?」
>「なんで開くねん!」
「……そりゃ、手で引っ張ったからでしょ。ねえ?」
どうせ気の利いた回答など返ってこないだろうと、ポチは皮肉を零す。
>「また閉まっちゃうといけない、ここはわたしが開けたままにしておこう。みんなの準備が整ったら、先へ進もうか」
「ほらね……ズルいよなぁまったく。それ、体力温存のつもりでやってるなら、ただじゃおかないぜ」
冗談めかして言ってはいるが、先頭車両まで辿り着いて疲れ切ったところで前言撤回、敵に回られては堪らない。
さりとて、やはりお前も矢面に立てと言っても、どうせのらくらと受け流されてしまうだろう。
彼の嘯く騎士道精神が嘘でない事を祈るしかないこの状況は、あまり好ましくはないが……。
今のところは、彼に門番をさせて休憩するくらいしか出来る事はなかった。
144
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/11(土) 04:18:22
>「祈、大丈夫ですか?お怪我はありませんこと?」
「……ないよ。お陰様でね」
「……よかった」
「た、盾になってるやつが無事だからって喜びすぎなんだよ! あたしらが敵同士だってことを忘れんなよ!」
>「……キマシタワー!
『どうしよう、敵なのに好きになっちゃった!』の王道パターン!? よろしい、ならばお父さんを説得して東京侵略をやめてもらうんだ!」
「ノエっちが何言ってんのかはさっぱり分かんないけど、
ちゃんと他人と仲良くなれるんだね、レディちゃん。だったら支配なんて目論むより、そっちの方が気楽じゃないかい?
……ていうか、支配って一体何がしたいのさ?」
軽口を叩ける程度には呼吸を整え、ポチが次の車両へ視線を移すと……
>「あれ? 橘音がいない……?」
祈がふと、呟いた。
弾かれたようにポチが橘音がいたはずの座席を見る。確かにいない。
「な、なんで……確かに、余裕綽々って訳には行かなかったけど……」
だが橘音が狙われている事に気付けないほど切羽詰まっていた訳でもなかった。
にも関わらず、いつの間にか橘音の姿は消えている。
>「いなくなったものは仕方ありませんわ。先へ進みませんこと?こんな不祥事、一刻も早くお父さまにご報告し処罰して頂かないと!」
「……前向きに考えるなら、夢から出ていけたって事……なのかな。
まぁ……確かにレディちゃんの言う通りだよ。
次に来る猿を、そこの頼れる騎士さんが素通りさせないとも限らないしね」
そうして今度こそ次の車両へ向かう。
>《次は〜 ひきさき〜 ひきさき〜》
姿を現したのは、オランウータンに似た腕の長い、二匹の猿。
>「次はゴリラぐらいは出てきそうなもんだな……おねーさんはこの辺で待ってて」
「少なくとも、まだ人間にまでなってない事を喜んどこうかな」
うんざりとした調子で呟く祈にそう答えつつ、再び人狼の姿を取る。
そして一歩前に出ようとして……不意に狼の感性が、警鐘を鳴らした。
本能に従うままにその場を飛び退く。一拍遅れて、ポチの胸から血が噴き出した。
「だ……大丈夫、掠っただけだよ。
だけど……気をつけて。あの爪、めちゃくちゃ鋭いし、それに……」
……体が、重い。
たった今の一撃……避けられなかったのは、狼の感性に、体が付いてこなかったから。
ポチが飛び退いた分だけ、再び前に出る。
祈は一旦後方へ退いたが、全員でそこにぎゅうぎゅう詰めになる訳にもいかない。
なおも縦横無尽に襲い来る鉤爪を捌き、時に体で強引に受け止めながら、ポチは思考する。
……どうすればいい、と。
猿二匹の腕の長さは、懐に潜り込めばそのまま弱点にもなる。
だが……まるで水中で藻掻いているような今の状態では、とてもそんな事は成し遂げられない。
不在を使えば、どうだろうか。
攻撃は掻い潜れるだろう。だが距離がある上に、この体の重みからも逃げられるとは限らない。
最低でも二呼吸ほどの時間、存在を消す必要があるだろう。
(……出し惜しみしてる場合じゃない。だけど……ちゃんと、出来るのか?)
送り狼の不在とは、言ってしまえば最大限にカッコつけながら、消滅しているだけだ。
攻撃を躱す為のほんの一瞬だけでも、心身に強い負担がかかる。
だから使う時は紙一重で、一呼吸にも満たない間だけに留めていた。
……もし、不在を使った後で戻ってこれなかったら。
死ぬのは怖くない。だが皆を、シロを残して消えてしまう事は、怖い。
彼らの為に出来るはずだった事が出来なくなるのが、
助けるべきだった時にいられなくなるのは……恐ろしい事だ。
145
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/11(土) 04:19:43
(……一呼吸分、前に出よう。奴らはまず僕を狙うはず。それが攻め込むきっかけになる)
それが、自分の取れる安全かつ最善の一手。
ポチはそう判断し、前へ踏み出すべく膝を屈め……
>「みんなちょっと下がってて!」
>「――“風火輪”!」
「へ?」
不意に響いた祈の声に振り返ったポチの眼に映るのは、燦然と燃える炎の車輪……風火輪。
ロボとの戦いではそれどころではなかったので間近で見るのはこれが初めてだが、富嶽から譲り受けた妖具らしい。
>「せー……のっ!」
祈が右足を後ろへ振り上げる。そして続く動作は……決まっている。
右足が勢いよく振り抜かれると、生じた炎が床を走り……車内のあれこれと、猿の腕へと燃え移った。
>「ふぅーっ……よし、これであと車両は3つ! 次いこっか!」
「あんまり無茶は良くないよ、祈ちゃん、大丈夫?」
会心の一手を目の当たりにしたポチは、自分の事をこっそり棚に上げつつ、祈の顔を覗き込む。
滴り落ちるほどの大粒の汗……やはり大きく疲労している。
「……でも、正直助かったよ。ありがとね。次は、僕らが頑張るから」
だが彼女のお陰で、切る手札を最小限に次の車両へと進む事が出来るのもまた事実。
……あと三両。自分達の全てを見切られる前に、押し通れるのか。
内心に渦巻く不安を、拳を強く握り締めて押し殺し、次の車両へと進む。
>《次は〜 まっぷたつ〜 まっぷたつ〜》
行く手を阻むように現れるのは……ゴリラだ。
前屈みの体勢でも頭が天井に届き、脇をすり抜ける隙間もない、巨大なゴリラ。
そして今回も得物を手にしている。チェーンソーだ。
「……次は何を持ち出してくるんだい?猟銃とか?」
零れたポチの呟きは、冗談が半分……もう半分は、虚勢だった。
強がりを口にしないと、気力が萎えてしまいそうだった。
体は重く、敵は巨躯に見合わないほど迅速で、しかも力強い。
振り回されるチェーンソーを躱し続けるだけでも息が上がっていく。
「……僕が前に出る!時間はかけらんない、さっさとやっちゃわないと!」
だが……それでも、前に出なければジリ貧になるだけだ。
横薙ぎに払われたチェーンソーを飛び越え、前へ。
しかしゴリラは素早くチェーンソーの軌道を反転させる。
高速回転する刃は、振り抜く必要がない。触れるだけで、ポチの肉体を致命的に破壊するだろう。
回避行動の取れない空中で……しかしポチは身をよじり、チェーンソーを躱す。
その両手で、吊革を掴み、強引に跳躍の軌跡をねじ曲げたのだ。
まさしく猿真似だ。だがこの手ももう次は通用しない。
このまま一気に、チェーンソーを振り回せない懐へ潜り込む。
ポチが不在を発動する……その直前、ゴリラの左腕が弾丸のように彼へと伸びた。
そのまま首根っこを掴まれ、振り回され、壁に叩き付けられる。
肺が破裂したかと錯覚するほどの衝撃に、ポチは声も上げられない。
146
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/11(土) 04:20:19
(嘘だろ……消えるタイミングを完全に読まれた……?
それとも……まさか、消えてから、掴まれた?)
ゴリラはすぐにポチを打ち捨てた。
掴まれたまま、嬲られる事を覚悟していたポチは違和感を覚えつつも、ゴリラを見遣る。
……手を離された理由は、すぐに分かった。
ゴリラの丸太のような脚の隙間、その向こう側に、祈が見えた。体勢を崩している。
助けなくては……そう思った瞬間、しかしポチは同時に気付いていた。
間に合わない、と。今から立ち上がり、彼女を助ける。或いはゴリラを止める。
どちらも間に合わない、と。
だが、思考はそこで終わらない……助ける、ではなく、庇うなら……。
シロの言葉が脳裏に蘇る。
『特に。今回のような捨て鉢な戦いは、二度としてはいけません。……約束できますね?』
あの言葉に、ポチは約束すると返事をした。
(そうだ、僕は約束した。……ロボにも、シロちゃんにも、恥じない狼で在り続けるって。
間に合わない。止められない。だからなんだ。
ロボなら……絶対諦めない。だから僕も!)
牙を食い縛り、渾身の力で床を蹴る。
自分が思っていた以上に速く、体は動いた。
送り狼は転ばせた者を殺める妖怪だが……同時に、誰かを送り届け、守る妖怪でもある。
それ故か……しかしそんな事はポチには関係ない。
考えるのはただ、チェーンソーの前に躍り出て、腕で食い止め、そのまま蹴り上げる。ただそれだけ。
上手く行けば、片腕か、それで足りなければ両腕を台無しにされるだけで済む。
それでも足りなければ……もしそうなっても祈が斬られるよりかは、遥かにマシだ。そして……
>「……祈!」
レディベアの悲鳴じみた声が響く。
同時、ゴリラの動きが止まった。レディベアの瞳術による事だとすぐに分かった。
祈を振り返る。彼女は既に体勢を立て直して離脱していた。
>「い、今のはマジで死んだかと思った! ありがと!」
「心臓が止まるかと思ったよ……僕からもありがとね、レディちゃん!」
だがポチはその場に留まったままだ。
どのみち、離れてしまえばリーチの差を活かし続けられるだけ。
ならば危険を承知で踏み留まった方がマシだと判断したのだ。
>「これは……さすがに一筋縄ではいかない、かな?」
とは言え……それは結局「距離が離れれば状況はなお悪くなる」というだけ。
今の距離を保つ事で状況が打破出来るかどうかはまた別の話だった。
距離を詰めたポチが狙われればノエルが妖術を放てる。尾弐も攻勢に転じられる。
だが例えそうなっても……もう有効打が生み出せないのだ。
祈の手も足も、ノエルの妖術も、ポチの牙も爪も。尾弐の怪力、レディベアの瞳術でさえも。
>「ゴオオオギャアアアアアアア―――――――――――ッ!!!!」
送り狼の力を解放しようにも……相手は素早く、しかも恐ろしく屈強だ。
満足に体を動かせない今、致命傷を受けない事だけで精一杯で、転ばせる事などとても出来ない。
だが……不意に、電車が大きく揺れた。
響き渡る耳障りな、金属の擦れる音。急ブレーキが踏まれているのだ。
疲労と重い空気のせいで揺れに堪えられない。体制を崩し、膝をつく。
急ブレーキはこの為か、と顔を上げると……しかしゴリラもよろめいている。
>《はいは〜い! 本日は猿夢鉄道、地獄行き通勤特快をご利用いただき誠にありがとうございま〜す!》
一体何故、と考える暇もなく響く車内放送。スピーカーから聞こえるその声は……
「……橘音ちゃん?」
>《当車両は時間調整のため、次の駅にて一旦停車致しま〜す!ご利用のお客さまには、大変ご迷惑をおかけ致しまぁ〜す!》
《なお、次の駅より先は特急となり、地獄まで停車致しません!乗り換えをご希望のお客さまは次の駅で下車願いま〜す!》
《次は〜 きさらぎ〜 きさらぎ〜》
「……無事だったんだね」
ポチが安堵の溜息を零し……しかし、はっと我に返ってゴリラへ視線を戻す。
目があった。
147
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/11(土) 04:21:08
「……あれ?もしかしてコイツはこっちでなんとかしろ、みたいな?」
>「グギャアオオオオオ――――ッ!!!」
「……そうっぽいね!」
この車両で仕留めると言わんばかりに激化する猛攻。
しかし相手にも焦りがあるのか、攻め方が荒い。
これならば転ばせる事も出来るか……。
>「こんなこともあろうかと弱い振りをしておったのだ。切り札は最後までとっておくものだ――なんてね」
そう考えると同時、ノエルの声と共に届く強烈な冷気。
瞬間、ポチは……後方へ飛び退いていた。
最も間近にいた自分が逃げの姿勢を見せれば、ゴリラはそれを追ってくる。
ノエルならば……そこに合わせてくれると信じて。
果たして……無言の連携は成立した。
祈の牽制によって左目を傷つけられたゴリラの足元に氷が這い……足を滑らせる。
>「ポチ君、転んだよ――!」
「……ゲハハ」
ゴリラが片手片膝を床に突いた瞬間、ポチがにたりと笑った。
「ゲハハハ、ゲァ――――――ッハッハッハッハァ!!!」
そして一瞬間の内に、その体が膨れ上がる。
彼が思い描く最も強き者の、憧れの姿へと、変化する。狼王ロボの似姿へと。
「オーケーノエっち!出し惜しみはもうやめだ!
この猿を叩きのめして、気持ちよく眼を覚まそうか!」
ゴリラが凍りついたチェーンソー振り上げ、鈍器代わりにしてポチへと振り下ろす。
ポチは……それを真正面から迎え撃った。
ロボと同等か、それ以上の膂力を持つゴリラを相手に真っ向勝負は下策。
分かっている……だがそれでも、ロボならばここで怯えた一手など打ちはしない。
懐へ飛び込み、放つのは左の手刀。
ゴリラの右腕の軌道を、左腕でいなすようにして繰り出した人狼の爪が、ゴリラの右目を切り裂いた。
「次があるなら、三つ目のゴリラを作るんだね」
そうしている間にも電車は徐々に速度を落としていっている。
そして……ついには、完全に停車した。自動ドアが音を立てて開く。
>「行きますわよ、祈!こんな電車は懲り懲りですわ!」
「みんなも早く!」
祈とレディベア、ノエルの脱出を見届けてからポチも車外へ飛び出した。
ホームに降り立つとすぐに振り返り、尾弐と共に、ゴリラが外へ出てくる所を待ち構える。
が……どうやらゴリラは車外へは出てこられないらしい。ポチは大きく溜息を吐いた。
>「アハハ、いや〜!ギリギリで間に合いましたね!」
「あぁ、橘音ちゃん……ホント助かったよ。でもどうやって」
>「どうして運転席から出てきたのか、って?ふっふっふっ……実は、ボクがすべての黒幕だったのです!」
「……あ、ウソですよ?そんな怖い顔して睨まないで下さいよ、ハハハ……」
「……尾弐っち。最高の働きをしてくれた橘音ちゃんに、オヤツをくれてやってよ」
相変わらずの空気を読まない発言に呆れながらも、ポチは橘音の後に続いて駅の外へ。
148
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/11(土) 04:21:29
>「キミが東京ブリーチャーズのリーダー、狐面探偵君か。はじめまして――お噂はかねがね」
「どうも。ボクもアナタのことは聞いてますよ……イケメン騎士さん」
「うーわ、胡散臭さで鼻が曲がりそう」
猿夢からは脱出出来たとは言え、今もなお異常な夢の中にいるのに、何を呑気に……と言いたげな声色。
そんなポチの心境などお構いなしに狐面探偵による解説タイムが始まる。
>「ま……非常事態なんで使いましたが、決してイイモノじゃありません。こんな駅からは早く立ち去るに越したことはない」
「その前に、やることをやってから……ね」
橘音は意味ありげな言葉で解説タイムを締め括った。
>「……貴方。何が言いたいんですの?」
「ふふ……。わかりませんか?」
そして今度は謎解きタイムがしたいらしい。
どうせ言っても無駄なので、その頃にはポチはもうその辺の壁にもたれて静聴の姿勢に入っていた。
>「クロオさんは、とっくに気付いていたんでしょ?電車に皆さんを引きずり込み、猿をけしかけた『猿夢』の主が誰なのか――」
「これは『人を殺すことを存在意義とする怪異』、改心する可能性も、また情状酌量の余地もありません」
「ってことで。漂白しちゃってくださいな」
「ん、んん?あれ?結局答え合わせはしてくれないの?犯人はお前だ、って」
結論だけ聞ければいいや、といった気持ちでいたポチは慌てて橘音の言葉を思い出そうとする。
>「あんただったんだな。――“おねーさん”」
「ま、最初に開かずのドアを開けて平然とこっちの車両に入ってきてたし、
尾弐のおっさんが『夢の主』の話してた時に見てたのってこのおねーさんだしな」
「ふむむ……」
>「もう、誰も、襲わない。だから頼む、見逃してくれ」
「おっ、祈ちゃん大当たり?」
>「君は怪人に使役されてるんだよね? 対価は何? それとも……弱みを握られてる?」
「あれ?……だとしても、猿夢は人を殺す夢なんでしょ?誰かに使われてても関係ないんじゃ」
>「セッティングしたのはカンスト仮面――怪人なんとか面相だ。
怪人っていかにもトリックとか偽装工作とか得意そうじゃん。真犯人を隠すために他の人を犯人っぽく仕立て上げたりも出来るかもしれない」
「あっ、なるほど……ふむふむ……面白い推理合戦になってきたなぁ……」
皆の話を一通り聞いた後、ポチは腕を組み首を傾げながら暫し唸る。
「……うーん、祈ちゃんとノエっちには悪いけど、猿夢は漂白した方がいいよ」
そして、ポチは祈ともノエルとも違う結論を出した。
「……僕らだって、自分が危ないかどうかよりも、大事な事があるだろ。
だったら……人を殺す事が、約束を破れば消えちゃうとか、そんな事よりも一番大事な奴だっているはずさ」
ポチは猿夢の傍へと歩み寄り……
「だけど、コイツを殺しちゃうのは、ちょっと待った方がいいと思う」
尾弐を振り返り、手のひらを見せる。
「……もし夢の中から、夢を見ている人が全員消えてしまったら、その夢はどうなってしまうと思いますか?
なーんて、今のは橘音ちゃんの真似。どう?似てたでしょ?」
ポチは皆を見回してから、背後に立つ猿夢を見上げ、首を傾げる。
149
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/11(土) 04:22:27
「で、どうなっちゃうの?……もしかしてさ、消えちゃうんじゃない?
さっき尾弐っちが言ってたよ。夢には、主がいるって。あれはちょっと意味が違ったけど。
ええと、つまり僕が言いたいのは……」
その表情はにこやかで、猿夢も少し緊張が解けたのか、自ら言葉を発しようと口を開き……
「君、今も誰かに取り憑いてんじゃないの?」
しかし直後、人狼の爪よりもずっと鋭い眼光が、猿夢を射抜いた。
「僕も……送り狼も、人に憑きまとう……取り憑く妖怪だからさ。
同類として、ちょっと気になるところなんだよね。
もし違うならすごく脅かしちゃって悪いなと思うんだけど……」
そこまで語るとポチは大きく口を開いて見せる。その内側に連なる鋭利な牙を。
「もしそうなら、黙ってたお前にはオシオキをしてやる。今は出来なくても、後で、絶対に」
150
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/11/15(水) 00:50:43
>「よし、決まりだ。東京ブリーチャーズの諸君、答えは『ノー』だ」
>「今の相談はなんだったんですのっ!?」
>「マジで何だったんだよ!?」
「……ま、そりゃ断るわな」
騎士を名乗る男の拒否に対し、されど尾弐は別段感情を動かすような態度を見せる事は無かった。
それは、提案が断られる事を想定の内に入れていたからである。
故事に有る、共通の敵の元に団結する呉越同舟――――そんなものは所詮『まやかし』だ。
例え強大な敵を前にしようと、眼前に立つ者が憎むべき敵であれば、折りを見てその背中を刺す。
それが、敵意と悪意の性質である。
語ってはいないが、レディベア達が共闘を受け入れていた場合……尾弐は乱闘の最中で、彼女達を背後から襲い仕留めるつもりであった。
後の同士討ちを願うというのはただの建前。
東京ドミネーターズを潰し合わせるよりも、油断した二匹の化物を仕留める方が確実であるからだ。
「ったく、化物に保護者が居るってのは厄介なモンだ」
そう言いながら、ねめつける様な視線を向けたのは騎士を名乗る男に対して。
その後、尾弐は右腕で首の後ろを抑えため息を付きつつ、新たに現れたチンパンジー程の大きさの猿に視線を向けた。
―――――
>「いやぁ、お見事!やっぱり強いな、とんでもなく強い!さすが、クリスとロボを倒しただけのことはある!」
「人を盾に安全地帯で観察かい。随分いい趣味だな騎士サンよ。まるで立派なコソ泥みてぇだぜ」
猿の持つ巨大なペンチによる強烈な一撃を顔面に喰らった尾弐は、口内が切れて流れ出た血を吐き捨てる。
その右手には猿の頭部がしっかりと掴まれているが、頭を掴まれた猿は、暴れるでもなく四肢を力なくだらりと垂れ下げている。
当たり前だ。頭蓋ごと頭を握りつぶされてしまえば、抵抗など出来得る筈も無い。
>「……キマシタワー!
>『どうしよう、敵なのに好きになっちゃった!』の王道パターン!? よろしい、ならばお父さんを説得して東京侵略をやめてもらうんだ!」
「いや、屠殺前提の家畜に名前付けさせるような真似するんじゃねぇよ色男」
猿の死骸を無造作に放り捨て、ノエルのノエりに適当に流しつつ、尾弐は思考を巡らす。
(猿によって殺される夢、先頭車両の運転手に、夢だからこそ無尽蔵に強くなる猿か……ちと不味ぃな)
先のレディベアの言葉を判断の一助とするのであれば、夢の主。運転手と思わしき存在が居るとされる車両までの距離はまだ長い。
そして、辿り着くまでに登場する猿の力がもしもブリーチャーズの力を総体として上回ってしまえば、どうなるかは自明の理であろう
(手を打とうにも、どうも確証が持てねぇ。こういう時に那須野が居れば……いや、それこそ甘えだな)
頭を振って、視線を怯える女性へと向け、次いでそれを眠る那須野に移動させた尾弐は
「……あ?」
>「あれ? 橘音がいない……?」
そこで、眠っていた那須野橘音の姿がいつの間にか消失している事に気付く。
――――気づいた瞬間、尾弐の背に冷たい物が駆け上がり、次いで溶岩の様な熱く昏い感情が吹き上がり、その視界を赤く染め掛ける。が
>「いなくなったものは仕方ありませんわ。先へ進みませんこと?こんな不祥事、一刻も早くお父さまにご報告し処罰して頂かないと!」
「……状況的には、先に進むしかねぇか」
意外な事に尾弐は、一呼吸しただけで平静を取り戻していた。
(禁煙中のサラリーマンか俺は……化物共がのうのうと近くで生きてやがるせいで、どうにも気分が落ち着かねぇ。
……この猿夢ってのは『猿に殺される夢』だ。逆に言えば、夢の主は『猿を使って殺す』事でしか俺達を仕留められねぇって事でもある。
なら、猿にやられてねぇ那須野が消えたのは、やられたんじゃなく逃げ切ったって考えるのが筋だろうに)
思考を纏め理論で自分を鎮め、感情を振り払う様に息を吐いてから、尾弐は開いた次の扉へと歩みを進める
耳に届くのは、もはや危機慣れ始めている不快なアナウンス――――
>《次は〜 ひきさき〜 ひきさき〜》
―――――
151
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/11/15(水) 00:51:51
「……相変わらず『場』を敵に回すってのはやり辛ぇな」
尾弐は、オランウータンを模した猿の鉤爪により二の腕に負った傷を、羽織る喪服を千切り巻き付ける事で止血しながら一人ごちる。
強襲を掛けて来た猿達は、祈が風火輪を使用する事で焼き払い撃退する事が出来た。
……が、それは無条件に喜べる勝利ではない。
短時間ではあるものの、交戦した猿の身体能力は更に向上し、とうとう尾弐の肉体の防御すらも貫く威力を手に入れていたのだ。
更には、空間に対し奇妙な力が働き、相乗効果でポチをも捕える攻撃を繰り出してさえもいる。
初めは脆弱だった猿が、仮に祈が切り札の一つを切らなければ、相応に消耗させられたであろうレベルの敵となったのは恐るべき事だ。
おまけに、風火輪は消耗が激しい上に、次の猿にはその対策も成されてしまっているだろう。
相手は歩兵を失ったが、こちらは飛車の動きを封じられた。
割に合わない成果である。
>「……でも、正直助かったよ。ありがとね。次は、僕らが頑張るから」
「俺からも礼を言うぜ祈の嬢ちゃん……ただ、今後その道具は出来るだけ使わないようにしといた方がいい。
そいつは、生粋の妖怪が使うにも消耗が激し過ぎるシロモンだ。常用すれば、敵より先に嬢ちゃんの体がぶっ壊れちまうぞ」
それでも、前に進むしかない。
尾弐は祈の肩をポンと叩き、労いと忠告の言葉を発しつつ、先陣を切り歩みを進める。
―――――
>《次は〜 まっぷたつ〜 まっぷたつ〜》
>「さ、さすがに息切れしてきましたわ……!わたくし、元々飛んだり跳ねたりは苦手なのです!」
>「はっ。運動不足なんじゃねーの……あたしも、人のこと言えねーけどな」
「あのチェーンソーに触れば、嫌でも(首が)飛んだり刎ねたり出来んだろ。苦手の克服がてら逝ってきたらどうだ、ドミネーターズ」
レディベアに対し、ノエルとは真逆の嫌悪感を隠さない暴言を叩き付ける尾弐だが、その視線は眼前に現れたゴリラを模した怪物に固定されている。
コトリバコを彷彿とさせる巨躯に、狼王に匹敵する隆々とした体躯。
手にする轟音を奏でる武器は、触れれば尾弐の肉体ですら容易く切り裂いてしまう事であろう。
おまけに体に掛かる負荷は更に増し、もはや岩でも背負っている様である。
だが、それでも進まねば。前に進まねばならない。
>「……僕が前に出る!時間はかけらんない、さっさとやっちゃわないと!」
「あいよ。なら追撃はオジサンが行くとするかね」
先頭を切って飛び出したポチの後に続き、尾弐も駆ける。
――――先手必勝。
相手がこちらを上回る力と速さを手に入れていると仮定するのなら、それを発揮する前に叩き潰すのは戦の常道である。
その意味で、ポチの選択は正しいものであると言えるだろう。
ただ一つ、誤算があったとすればそれは
「ポチ助っ!?」
猿夢の戦力が、想像以上に凶悪に成長していたという事であろう。
祈の速度を上回る反応速度、尾弐の防御力を上回る攻撃力、ポチの不在を見抜く洞察力、ノエルの氷結を打ち破る耐久力。
眼前のゴリラは、それらの全てを兼ね備えていたのだ。
壁に叩きつけられたポチに注意を引かれたその瞬間に、隙を見せた尾弐に対してもチェーンソーが振るわれる。
それでも唐竹割りに放たれた刃を紙一重で回避し、ゴリラの腕に拳による一撃を放った尾弐であったが……
152
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/11/15(水) 00:52:41
「なっ、腕がめり込――――」
ゴリラの皮膚は、その鋼の様な外見に反して衝撃を吸収する柔軟ささえも持ち合わせていた。
結果、鉄をも容易く圧し折る尾弐の一撃は効果を見せる事は無く、肉によって腕を固定された尾弐は、
ゴリラにの持つチェーンソーの持ち手によって強かに殴りつけられる事となった。
数度の殴打を受けた後に吹き飛ばされた尾弐は、座席の角に強かに背中を打ちつける。
……尾弐にとって運が良かったのは、猿が自身を傷つけてまで仕留める事に括らず、嬲る事を目的として攻撃を仕掛けた事であろう。
仮にゴリラが、自身の腕を斬る覚悟で尾弐にチェーンソーの刃部分を向けたとすれば、尾弐の胴と首は泣き別れする事になっていただろう。
そして、尾弐にとって運が悪かったのは
吹き飛ばされた事で距離が開き、祈のフォローに入れなかった事であろう。
「げほっ――――逃げろ、祈っ!!」
体勢を崩した祈に振りかざされるチェーンソーの刃
尾弐はどう動こうが間に合わない。ポチは疾走しているものの、間に合うかどうかは五分五分。
仮に間に合ったとしても、庇って傷を負う事以外は難しいであろう。
(どうやっても間に合わねぇ……糞がっ!なら、チェーンソーを振り抜いて出来た隙を利用して、
一か八か、化物の首に取り付いて骨を圧し折ってぶち殺す!
後は、ノエルの氷で嬢ちゃんの傷口を塞いでから、妖気を流し込んで延命を図れば……!)
この状況において、尾弐が辿り着いたのは祈の負傷を前提とした次善の策であった。
狼王の誇りを受け継ぎ、祈を守る為に駆けだしたポチ。彼の気高い行動とは真逆の、妥協と打算の選択肢を尾弐は選んだ。
……だが。
>「……祈!」
>「い、今のはマジで死んだかと思った! ありがと!」
尾弐の打算よりも、ポチの脚よりも、早く祈を救い上げた者が一人。
それは、東京ドミネーターズが一人、レディ・ベアであった。
彼女は瞳術でゴリラの動きを縛り、祈が体勢を立て直す時間を作り出したのである。
敵であるレディベア手によるものであるとはいえ、祈が助かった事に安堵の色を隠さない尾弐。けれど
>「これは……さすがに一筋縄ではいかない、かな?」
それは、状況が最悪に至らなかったというだけの事。
東京ブリーチャーズの面々の攻撃が効果を発しないのであれば、時間と共に状況は悪化するのみ。所謂、ジリ貧という奴だ。
そう。『このまま』であれば、確かにそうなっていた。
>《はいは〜い! 本日は猿夢鉄道、地獄行き通勤特快をご利用いただき誠にありがとうございま〜す!》
だが、突如として車内に響くアナウンスがその状況を打ち破る。
>《当車両は時間調整のため、次の駅にて一旦停車致しま〜す!ご利用のお客さまには、大変ご迷惑をおかけ致しまぁ〜す!》
>《なお、次の駅より先は特急となり、地獄まで停車致しません!乗り換えをご希望のお客さまは次の駅で下車願いま〜す!》
それは、先ほどまでの不快な声色とは違う聞きなれた声。
地獄へ向かう列車の中で響いたのは――――那須野橘音の声であった。
そして、那須野の言葉と共に急減速する車両。
焦った様に暴れ出したゴリラの様子は、今の出来事が猿夢にとっても想定外のものである事を告げている。
これが示すものはつまり……
「やってくれたぜ……これで、ジリ貧になったのはエテ公の方って訳か」
無期限に無尽蔵に戦力を吐き出す事が叶った『猿夢』の側に、タイムリミットが設けられたという事だ。
その後の展開は早いものである。
終わりが見えるのであれば、出し惜しみをする必要はない。
153
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/11/15(水) 00:53:11
ノエルが乃恵瑠としての権能を行使し、圧倒的な冷気を以って、
耐性の出来ていないゴリラのチェーンソーを凍結させ、更に足元を凍らせる事で転倒させる。
>「ゲハハハ、ゲァ――――――ッハッハッハッハァ!!!」
それにより、送り狼としての特性を十全に発揮する事が叶ったポチは、狼王の姿を模した形態となり、
その鋭利な爪を以ってゴリラの右の眼球を引き裂いた。
更に、祈が金属片を投擲する事で左の眼球を破砕する。
それでも尚、狂乱と共に無茶苦茶に暴れ回るゴリラであったが
「さぁて、それじゃあオジサンも働くかね……最も、俺には他の連中みてぇな必殺技はねぇんだ。だから」
最後に尾弐がその懐に入り込み、暴れ回るゴリラの鳩尾に軽く掌を添える
「――――喰らわしてやれるのが、猿真似で悪ぃな」
そして、言葉の直後に響く火薬の爆発した様な炸裂音と、その巨体を仰け反らせるゴリラの姿。
……尾弐が放った攻撃は、名を『発痙』という。
そう。かつて狼王ロボが人間形態の時に用い、一撃で尾弐の内臓のことごとくを破砕し瀕死に追い込んだ技である。
尾弐は、かつての戦いの折に自身がが受けた技を、自分と同じ様な敵と遭遇した時の為に研鑽していたのだ。
最も……いかに人外の身体能力を持つ尾弐とはいえ、武道における奥義とも言えるその技巧が一朝一夕で身に付く筈も無く、
今のゴリラの様に視界を奪われ防御行動を取れない相手にしか放つ事が出来ないのであるが。
ただ、それでも威力は折り紙つきだ。
他のブリーチャーズの攻撃と合わせ、いかな強靭なゴリラとはいえども無人駅に辿り着くまでの時間を稼ぐくらいは出来るだろう。
>「行きますわよ、祈!こんな電車は懲り懲りですわ!」
―――――
>「アハハ、いや〜!ギリギリで間に合いましたね!」
「……ああ、そうだな」
>「どうして運転席から出てきたのか、って?ふっふっふっ……実は、ボクがすべての黒幕だったのです!」
>「……尾弐っち。最高の働きをしてくれた橘音ちゃんに、オヤツをくれてやってよ」
>「きっちゃん……! 助けにきてくれたんだね!」
「よし、突っ込み所が多すぎて何から言っていいか判んねぇ……!」
『きさらぎ駅』……別種のネットロアの領域に辿り着く事で、何とか猿夢の猛威から逃れた一行は、
現れた那須野の緩い空気も相まって、弛緩した会話のキャッチボールを交わしている。
それは死を乗り越えた後と考えれば仕方のない事ではあるのだが……
>「ま……非常事態なんで使いましたが、決してイイモノじゃありません。こんな駅からは早く立ち去るに越したことはない」
>「その前に、やることをやってから……ね」
けれど、いつまでも喜劇じみた寸劇を続ける訳にもいかない。
何故ならば、性質こそ違えど『きさらぎ駅』も決して良いモノではなく、その上……主導権は外れたとはいえ、猿夢は未だ此処に『居る』のだから。
>「クロオさんは、とっくに気付いていたんでしょ?電車に皆さんを引きずり込み、猿をけしかけた『猿夢』の主が誰なのか――」
>「これは『人を殺すことを存在意義とする怪異』、改心する可能性も、また情状酌量の余地もありません」
>「ってことで。漂白しちゃってくださいな」
夢の主……この場に居るであろう、力を失った『猿夢』の存在について、探偵の謎解きの場面の様に語る那須野。
尾弐は腕を組み、目を瞑り、沈黙しながらその言葉を聞き……けれど動かない。
そして、尾弐が沈黙する間にも各々が各々の見解を述べていく
154
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/11/15(水) 00:53:44
>「あんただったんだな。――“おねーさん”」
>「ってことで……約束しろよ、『猿夢』。命が惜しいなら。
>もう誰も殺さず、襲うとしても人を脅かす程度に留めるって。あと戻せるんなら殺した人達の魂も元に戻せ」
>「もう、誰も、襲わない。だから頼む、見逃してくれ」
祈は、最初に猿から逃げ、ここまで辿り着いた女性こそが猿夢であると指摘する。
祈に指摘された女性は狒々の様な姿を現し、人を襲わないから助けて欲しいと命乞いの台詞を吐き、祈はその命乞いに同調し
許すという選択肢を示した。
>「君は怪人に使役されてるんだよね? 対価は何? それとも……弱みを握られてる?」
>「セッティングしたのはカンスト仮面――怪人なんとか面相だ。
>怪人っていかにもトリックとか偽装工作とか得意そうじゃん。真犯人を隠すために他の人を犯人っぽく仕立て上げたりも出来るかもしれない」
ノエルは『猿夢』が脅迫されている、或いは使役されている可能性を提示し、
真犯人でないという可能性――――疑わしきは罰せずという慎重論を語ってみせた。
>「……もし夢の中から、夢を見ている人が全員消えてしまったら、その夢はどうなってしまうと思いますか?
>なーんて、今のは橘音ちゃんの真似。どう?似てたでしょ?」
>「君、今も誰かに取り憑いてんじゃないの?」
ポチは、猿夢を漂白する事を是としつつも、
今ここで殺す事の危険性を示し、更に猿夢が未だ誰かに憑いている可能性を提示した。
それらの全ての提案と意見を聞き届けた尾弐は、暫くの沈黙の後にゆっくりと閉じていた瞼を開き。そして言う
「……おいおい。お前さん達心配し過ぎだろ。大将がそんなリスクに気付かずに漂白しろなんて言う訳ねぇだろ?」
「それに、例えば猿夢が――――人質を取られていたとして」
「或いは、家族を守る為に必要だったとして。復讐の為だとして。正義を成す為だとして。愛の為だったとして。脅迫されていたとして」
「仕方なく人を殺していたとして。そこにどんな理由があれ」
「それは、俺が猿夢を殺さない理由にはならねぇよ」
その言葉は無慈悲で。何の躊躇いも無く。
尾弐黒雄は伸ばした腕は右手で掴み取る。
己が猿夢であると告解し、変貌した女の首を。
そして、頸椎を砕くべく右手に力を込める――――その直前。
155
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/11/15(水) 00:57:02
「……っと、そういえば忘れてた事があったな。大将、この化物の首を捻じ切る前に、今回の仕事の報酬について確認させてくれねぇか?」
唐突に。尾弐は那須野へ背を向けたまま、思い出した様に今回の任務の報酬について語りだした。
「突発的な仕事だから現金で出せとは言わねぇが……代わりに現物で頼みてぇものがあってな。
今日の昼に、お前さんの事務所で『最後に』出された菓子があったろ?
アレが随分俺好みの味だったんで……良ければ箱で送って欲しいんだがよ。後、個人的にも買いてぇから、あの商品の名前教えてくれねぇか?」
普段は報酬など形骸だと語る尾弐にしては珍しいその要求。
それは、夢の中で那須野に再開して以来、尾弐の中にしこりの様に残り続けた懸念を祓う為に発されたものであった。
(大将……マントで夢から逃れたってのも、運転室を占拠して進路を変えたって話も判った。理屈も通ってる。
ただ一つだけ腑に落ちねぇのは――――お前さんが『どうやって』運転室を占拠したのかって事だ)
東京ブリーチャーズを圧倒する猿を繰りだせる『猿夢』。
その進路を決定付ける運転席とは、果たして戦闘を得意としない那須野一人で制圧出来る程に、脆弱な作りをしているのだろうか。
自身の領域の中で無敵を誇る猿夢が、こうも容易く夢の支配権を奪われるものであろうか。
その懸念を抱いた尾弐は、この問いによって確認する事とした。
即ち、那須野橘音が『信頼できる語り手』であるかどうかを。
これが尾弐の過剰な疑心暗鬼による単なる勘違いであれば、問題ない。
尾弐は、他の東京ブリーチャーズの反対をも押し切り、猿夢を絶命させんと未だ掴んでいる猿の首を圧し折る事だろう。
だがもしも――――万一、那須野橘音が『信頼できない語り手』であると判断すれば、
尾弐は即座に、残った左手で那須野を拘束せんとその腕を掴むだろう。
『笑の送ってきた饅頭』と『雪見だんご』、果たして帰ってくるのはどちらの菓子の名であろうか
156
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/11/17(金) 18:36:24
『猿夢』の世界から離れた『きさらぎ駅』の世界で、東京ブリーチャーズは『猿夢』の正体を突き止めた。
車両内で唯一の人間――と思われていた女性が、みるみるうちに駅長じみた姿の猿へと変貌してゆく。
祈の脅しに屈服したのか、『猿夢』はブリーチャーズの前にひれ伏すと、
>「もう、誰も、襲わない。だから頼む、見逃してくれ」
と誓った。
>きっちゃん……! 助けにきてくれたんだね!
「――ふん」
ノエルに抱き付かれながら、橘音は口許に薄い笑みを浮かべて猿夢を見ている。
今後殺戮をやめ、殺した人々も戻すなら見逃すという祈の条件に対して、猿夢がどう反応するかを観察しているようである。
>君は怪人に使役されてるんだよね? 対価は何? それとも……弱みを握られてる?
>君、今も誰かに取り憑いてんじゃないの?
ノエルとポチが口々に疑問を口にするが、猿夢は答えない。ただ、じっと許しを乞うようにこうべを垂れるだけだ。
橘音がちらりと尾弐を見る。
橘音にとって尾弐はとりわけ付き合いの長いパートナーだ。ポジション的には東京ブリーチャーズのサブリーダーのようなものである。
その尾弐に『漂白しろ』と言った。ならば、後は尾弐の裁定を是とするだけだ。
>……おいおい。お前さん達心配し過ぎだろ。大将がそんなリスクに気付かずに漂白しろなんて言う訳ねぇだろ?
そんな中、尾弐がメンバーの危惧を一蹴する。
>それに、例えば猿夢が――――人質を取られていたとして
或いは、家族を守る為に必要だったとして。復讐の為だとして。正義を成す為だとして。愛の為だったとして。脅迫されていたとして
仕方なく人を殺していたとして。そこにどんな理由があれ
それは、俺が猿夢を殺さない理由にはならねぇよ
「その通り。それに、言ったでしょ?『猿夢』とは、殺戮を存在意義とする存在。ヒトを害することを糧とする妖壊――」
「そんな妖壊に『殺しをやめろ』と言うのは、『明日から二酸化炭素を吸って生きろ』と言うのと同じ。不可能なのです」
「ここで跡形もなく消滅させてしまうしか……ね」
「そ、そんな……!それは話が違――」
橘音の無慈悲な漂白宣言に、地面に額をこすりつけていた猿夢が顔を上げる。
尾弐が猿夢の首を鷲掴みにする。
橘音の半面から覗く口許に刻まれた笑みが、僅かに深くなる。
もう少しだけでも尾弐が手に力を入れれば、猿夢の首はヘシ折れるだろう。
……しかし。
>……っと、そういえば忘れてた事があったな。大将、この化物の首を捻じ切る前に、今回の仕事の報酬について確認させてくれねぇか?
尾弐は突然話柄を変え、そんなことを言ってきた。
「はぁ?」
突然水を向けられ、思わず橘音は頓狂な声を上げた。
>後、個人的にも買いてぇから、あの商品の名前教えてくれねぇか?
「し……、商品?」
ノエルに抱きつかれたままの状態で、戸惑ったような態度を見せる。
きさらぎ駅にいる全員の視線が橘音に注がれる。が、橘音は沈黙したまま尾弐の問いに応えようとしない。
……いや、答えられない。
尾弐が左腕を伸ばし、橘音の右腕を掴む。
『抱きつかれている』から『拘束される』に変わった橘音は、しかし泰然とした佇まいは崩さぬまま、小さく俯くと静かに嗤い始めた。
「…………ク…………、クククッ。ククククッ、クカカ……。クカカカカカ、カカカカ……!」
「これはこれは……さすがは葬儀屋クン。他のお気楽な正義気取りの坊ちゃん嬢ちゃんとは違う、なかなかの推理力だネ……!」
橘音の中性的な声が、みるみるやや高めの男の声音に変化してゆく。
と同時に、その姿も変容してゆく。黒い学帽と迷い家外套は、べっとりと血に塗れたような真紅のシルクハットとマントへ。
身長は二メートル近い長身へ。半狐面は口髭を蓄えた、にんまりと嗤った顔の形状をした仮面へ――
そう。
怪人赤マント――怪人65535面相、カンスト仮面。
157
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/11/17(金) 18:44:54
「あ……、赤マント!」
レディベアが隻眼を丸く見開き、呆気にとられたように右手の人差し指で赤マントを指す。
まるでその場に実体がない者であるかのように、赤マントはするりとノエル、尾弐の拘束から逃れると、帽子のつばに軽く手を振れた。
そして、全員の前で慇懃に一度会釈をする。
「クカカ……ご機嫌よう諸君!我が主の愛娘、親愛なるレディを引き取りにまかり越したヨ」
「ビックリしているネ。クカカ!以前、キミたちは吾輩の名を騙ってニホンオオカミを奪おうとしたろ?そのお返しだヨ」
「赤マント……わたくしの身を危険に晒すなど、何を考えておりますの?返答次第では、貴方の行いは叛逆行為と――」
「叛逆行為?」
早速、レディベアが赤マントを鋭く睨みつける。が、赤マントはそんなレディベアの怒りもどこ吹く風、
「バカな。他の妖怪ならいざ知らず、この吾輩が偉大なる妖怪大統領閣下に、そしてその御息女たるキミに背くなど、あるわけがないヨ」
と言って、一度甲高く笑った。
「ならば、なぜ……」
「逆に質問するがネ、レディ。キミは今回の事態において、毛筋ほどの傷でも負ったかネ?」
「……それは」
マントから出した白手袋に包まれた指で指摘され、レディベアは言葉に詰まった。
「だろう?キミは常に護られていた。そこにいる半妖のお嬢ちゃんに、そしてRに。半妖のお嬢ちゃんはレディのために盾となり……」
「Rは常に戦場を俯瞰しながら、レディに害が及ばないよう気を配っていた。それは現時点では最強の盾と矛の組み合わせだヨ」
「何を言っているんですの?貴方――」
「戦場にはスリルがつきもの!まして見るだけじゃなく参加型のアトラクションともなれば、その楽しさは何倍にもなる!」
「どうだネ?『自分は絶対安全な位置で』、『ひょっとしたら死ぬかもしれないスリル』を味わう楽しさ――堪能しただろう?」
「吾輩は何ひとつ、ウソはついていないよ……アリーナ席で楽しみたまえとね、クカカカッ!」
「……あー……」
しばしの間を置いて、レディベアが得心したように声をあげる。
つまり、レディベアは今まで正真正銘『ブリーチャーズが苦しむのをアリーナ席で楽しむ』娯楽を提供されていたのだ。
ただしそれはアクション映画や漫画を見るような『静』の娯楽ではなく。
ジェットコースターやフリーフォールといったギミックに乗り込んで体験する『動』の娯楽だったのである。
テーマパークによくある絶叫系のライドは、つまるところスリルを楽しむもの。間近に感じる『死』を楽しむもの。
今レディベアが体験した戦いは、まさにそれだった。
勿論、ジェットコースターに安全ベルトやロールバーが付いているように、万一の危険もないよう対策は施してある。
それが、祈とRだった――というわけだ。
赤マントは東京ブリーチャーズが共闘を申し入れるところまで見越して、敢えてレディベアを電車内に置き去りにしたということらしい。
「それなら、最初からそう言ってお……」
「ネタばらししちゃ詰まらないじゃないカ。ひょっとしたら死ぬかもしれない!どうしよう!ってギリギリの精神が楽しさを生むんだヨ」
「どうだネ?レディ。吾輩の提供したアトラクション『猿夢』は――楽しかっただろ?」
ククッ、と赤マントが嗤う。
今まで体験したことのなかった、妖怪としての力を存分に振るうという興奮。自らを殺そうと迫る者を打倒することの昂揚。
敵であるはずの存在と、とりわけ――祈と一緒に力を合わせて戦い、障害を乗り越えるという達成感。
赤マントの問いに、祈の隣でレディベアは一度ふる、と震えると、一瞬だけ祈を見た。そして、
「……楽しかったですわ。とても」
抗いがたい感覚に、一度頷いた。
「それは何よりだネ。吾輩は妖怪大統領閣下第一の臣。いつだって、閣下とレディのことを考えているのだから」
「……そうでしたわね。貴方はお父さまの第一の臣下――それを失念していましたわ」
レディベアは祈をもう一度見ると、ゆっくり赤マントのところへ歩いて行った。Rもそれに倣う。
東京ブリーチャーズと東京ドミネーターズの、束の間の共闘は終わった。
158
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/11/17(金) 18:48:45
「それにしても、驚いたネ。以前は正直よく見てなかったんだけど……なんとも面白いコがいるじゃァないカ」
「キミだよ、キミ……お嬢ちゃん」
ゆる、と赤マントが祈を指す。
「キミ、あの女の娘だろ?颯と言ったっけ、そっくりだものネ……まるで生き写しだ。すぐにわかったヨ、クカカカカッ!」
「あの赤ン坊が、こんなに大きくなるなんてネェ……時間の過ぎるのは本当に早いものサ。ああ、まだ昨日のように思い出すヨ――」
「あの女と、その連れ合い。キミのママとパパが悶え苦しみ、死んでゆく姿をネ……クカカカカカッ!」
弧を描いて笑みを刻む仮面の双眸が、口が、禍々しく映える。
赤マントは大きく背を仰け反らせて嗤った。
それは、突然肉親の話題を振られた祈はもちろんのこと、尾弐にとっても憎悪を誘う態度であったに違いない。
「まだ赤ン坊のキミを抱きしめて、『お願い、この子だけは助けて』ってネ……みっともなく命乞いをしていたっけネ!」
「クカカカッ!あの無様な姿!最高の見世物だったヨ!思い出しただけでゾクゾクする……堪らないネ!」
「また見たいなァ!キミは見せてくれるかな?キミのママみたいな命乞いを!哀れにもがく有様を!クカカカカカッ!」
ひとしきり嗤うと、祈を見た赤マントはおどけた様子でヒラヒラと両手を振ってみせる。
「おおーっと、勘違いしてもらっては困るヨ?誤解のないように言っておくけれど、キミのママとパパを殺したのは吾輩じゃない」
「ひょっとして、聞かされていないのかナ?だよネェ……もし聞かされていたなら、今頃キミはこんな所にはいないはずサ」
「キミも残酷な男だネェ、葬儀屋クン。橘音と示し合わせて、このことは秘密にしておこうって。口を噤んじゃったのかネ?」
「そして、何も知らないお嬢ちゃんに自分たちは味方でございって吹き込んだワケだ!いや〜、なんて悪辣なんだろうネ!」
「吾輩も悪党の自覚はあるが、キミたちほどじゃないヨ!良心の呵責に耐えきれないから、バラしてしまってもいいだろう?」
「教えてあげるヨ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのママとパパを殺したのは――」
ニヤニヤと嗤いながら、赤マントは尾弐を一瞥した。そしてすぐに祈へと視線を戻し、ねっとりとした口調で、
「そこにいる葬儀屋クンと。キミたちのリーダー、那須野橘音……なのサ」
と、言った。
「親を殺しておきながら、その娘をのうのうと手駒として使うだなんて、キミらの方がよほど妖壊に近いんじゃないのかネェ?」
「人道的見地から言えば、とてもとても!そんな非道な真似はできっこないヨ、クカカカカカカカ―――――ッ!!!」
「……御託はそのくらいになさい、赤マント」
尾弐を嘲弄する赤マントに対し、傍らのレディベアがさも不快といった視線を向ける。
「大男はともかく、祈をそれ以上愚弄することは許しませんわ」
「クカカ……これは失礼?レディ。では、我々はそろそろおいとまするとしようかネ!」
おどけて一礼すると、赤マントはばさりと真紅の外套を広げた。その中に、まるでブラックホールのような渦が発生する。
かつて東京ドミネーターズが初めて姿を現したときのように、マントの内側が別の空間へと繋がっているのだろう。
「……と、その前に――」
レディベアがそこへ入る前に、赤マントは軽く右手を閃かせて何かを尾弐のいる方向へ投擲した。
それは独鈷だった。かつて、赤マントがクリスにとどめを刺したときに使ったものだ。
ただし、それは尾弐を狙ってのものではない。
投げつけられた独鈷は尾弐ではなく、尾弐が首を掴んだままの猿夢に命中し、その胸に食い込んだ。
「ガ……、ギ……!!」
猿夢が血を吐く。
そんな猿夢の様子に、赤マントは呆れたように肩を竦めた。
159
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/11/17(金) 18:55:51
「まったく、情けない。ここ最近の都市伝説系の中でも、とりわけ凶悪だというので期待したのにこのザマとはネェ」
「無能は無能なりに役に立ちたまえ。キミは既に『もう人は襲わない』という誓いを立ててしまった。妖怪にとって誓いは絶対――」
「……しかし。今この場で『誓いを聞いたものを皆殺しにすれば』、誓いはノーカン!なかったことになる!」
「精々死ぬ気で頑張りたまえ、クカカカカカッ!」
「ガ、ギギッ……ギィィィィィアアアアアア――――――ッ!!!!」
猿夢が絶叫する。胸に喰らった独鈷から禍々しい妖気が溢れ、全身へと伝播してゆく。
みるみるうちに猿夢の首が太く変化してゆき、尾弐の拘束を払いのける。
猿夢はやがて先程のゴリラをも遥かに凌ぐ、身長四メートルあまりの巨猿へと変貌した。
ただ、その目は血走っており皺だらけの面貌は恐怖と苦痛に歪んでいる。自らの意思で変身したのではなく、変身させられたのだ。
赤マントの独鈷から靄のように溢れる紫色の妖気が、猿夢の全身を包み込む。
「グゴゴォォォォアアアアアアアアッ!!!」
ぶおん、と唸りをあげ、猿夢の豪腕が最も近くにいた尾弐を襲う。
その威力は凄まじい。先刻あれほど猛威を振るったゴリラをさらに凌駕している。
風火輪を、雪の女王の力を、《獣(ベート)》を、そして尾弐が新たに得た浸透勁をも学習し、それを上回る力を得た猿夢。
それが東京ブリーチャーズを潰そうと迫る。断末魔のような咆哮をあげながら突進してくる――
が。
尾弐の次にポチへと攻撃目標を定めた猿夢が、不意に左拳を振りかぶったまま動きを止める。
と、次の瞬間、双眸を剥き出しにし刃を食い縛った表情のまま、猿夢の首はずるり……と胴体を離れ――地面に落ちた。
『斬り離されている』。
泣き別れになった首が胴体の前方に落下すると、数瞬の間を置いてその断面から思い出したように鮮血が迸る。
さながら間欠泉のようにどす黒い血液を噴き出しながら、巨大な猿夢の体躯はぐらりと傾ぎ、ずずぅぅん……とうつ伏せに斃れた。
猿夢はぴくりとも動かない。それどころか、砂の像か何かのように形を崩し、四肢の末端から急激に消滅してゆく。
一般的な妖怪の『死』ではない。ましてケ枯れでもない。
それは『滅び』だった。いつか長い年月をかけて蘇ることの可能な『死』とは違う、永劫の無のとば口。
そして――
消えてゆく猿夢の背後に立っていたのは、パーカーにジーンズ姿の青年。謎のイケメン騎士Rだった。
「R!」
レディベアがその名を呼ぶ。
「いつまでも、働かないニート騎士だと思われるのも不本意だからね。これで電車の中で戦ってもらった貸し借りは無しだ」
Rが告げる。
その手にはいつの間にか、十字架を象った美しい長剣が一振り握られている。美術品と見紛うばかりの美しい西洋剣だ。
しかし、東京ブリーチャーズの面々にはそれが耐え難く恐ろしいものに映るだろう。
剣だから、武器だから恐怖を感じる――ということとは違う。もっと根本的な、妖怪としての根源に訴えかける恐怖。
例えるなら、橘音がモン・サン=ミッシェルで手に入れてきた魔滅の銀弾のような――。
『あの剣をもし向けられたなら、自分は確実に滅ぶ』という本能的直感。
「猿夢は敵に合わせて無限に強くなってゆく妖壊。だから、誰かひとりは『猿夢に手の内を見せない者』が必要だったんだ」
「わたしは猿夢本体を一撃で葬り去れるという確証が得られない限り、軽々には動けなかったのさ」
「みんなをダシにしたのは申し訳ない!けれど、どうか理解してもらえれば嬉しいね!はっはっはっ!」
そこまで言うと、Rはまた朗らかに笑った。
が、ノエルやポチ、尾弐には理解できるだろう。
そんな小細工を使わずとも、Rは猿夢を一刀の下に屠れる実力を持っている。
「折角、吾輩が苦労して趣向を凝らしたというのに……」
手駒を瞬殺され、赤マントが不平を漏らす。
それを聞いたRは抜き身の剣の切っ先を赤マントへ向けた。
「おまえの目論見はわかった。レディを愉しませようとしたことも。……だが、その遣り方がわたしには気に入らない」
「ほう」
「今回は踊ってやったが、次も踊るとは思うな。そして覚えておくがいい」
「わたしは『レディの守り役ではある』が『東京ドミネーターズじゃない』。おまえたちと目的を一緒にしているとは思うな」
それまでの飄々とした様子は鳴りを潜め、Rから剣呑な気配が立ちのぼってゆく。
160
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/11/17(金) 19:00:11
敵愾心を隠そうともしないRの態度に、赤マントは両手を上げてホールドアップした。
「クク……さすがにその聖剣を向けられては、吾輩も降参するしかないネ!わかった、謝ろう。もう二度としないヨ」
「その言葉、忘れるな。わたしもこの剣も、敵に対しては堪え性がない」
「わかった、わかった」
赤マントはあくまでおどけた態度だったが、Rはそれでも納得したのか剣を下ろした。
そして、レディベアのところへ歩いてゆく。
「……R」
「さて、東京ブリーチャーズのみんな!名残惜しいが今夜はこれで。また、近いうちに会おう!」
「そのときは、みんなでお茶できると嬉しいな。戦いなんて、しないに越したことはないからね!では――」
レディベアの頭にぽんと軽く左手を乗せ、それからブリーチャーズへ振り返ると、Rはいつもの調子で言った。
それから、赤マントの作り出した外套の内側の空間へと入ってゆく。
「……潮時ですわね。今夜は疲れました、わたくしも帰ります」
小さく息をつくと、レディベアも退去を告げる。共闘で大量の妖気を使ってしまったのが堪えているらしい。
しかし、Rと違ってなかなかマントをくぐろうとしない。レディベアはじっと祈を見つめ、何か言いたげに口を開いた。
それから、祈へ向けて手を伸ばしかける。
「……ア、アデューですわ。東京ブリーチャーズの皆さま……ほんの少しの間でしたが、共闘。面白かったです」
伸ばしかけた手を下ろすと、レディベアもまた外套をくぐって姿を消した。
「クカカ、これで吾輩の役目はおしまい!吾輩も失礼するよ。もちろん、諸君らはここへ置き去りだがネ!」
「きさらぎ駅は幻の駅。現世と常世の狭間に位置する世界――。通常の手段では脱出不可能!」
「別に、血まなこになって諸君を殺さずとも。東京でない場所に置き去りにすればよかったのだネ、最初から!」
「それでは東京ブリーチャーズの諸君、たっぷりと幻の駅を楽しんでくれたまえ!またお目にかかれるといいがネ、クカカカカッ……!」
赤マントの姿がどんどん薄れてゆく。耳障りな哄笑だけをいつまでも響かせ、赤マントもまたこの場から消え去った。
ただ、東京ブリーチャーズの四人だけを置き去りにして。
チカチカと、ホームの切れかかった蛍光管が明滅する。
線路には電車はない。猿夢が滅びたことで、停まっていた電車も消えたのだろう。
駅には人が来る気配も、もちろん後続の電車がやってくる気配もない。
どこまでも伸びる線路と、くろぐろと夜闇の中に浮かび上がる山の稜線。それだけがこの駅の周囲を彩るすべてだ。
チームのブレーンである那須野橘音の姿はない。四人は自分たちだけの力でこの場を切り抜け、生還しなければならない。
尤も、もし橘音がこの場にいたとしても、五人はいつものチームワークを発揮できるかわからない。
『教えてあげるヨ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのママとパパを殺したのは――』
『そこにいる葬儀屋クンと。キミたちのリーダー、那須野橘音……なのサ』
赤マントが告げた言葉。
それを祈とノエル、ポチはどう受けとめるだろうか。
それが事実だという確証は何もない。信頼と絆にヒビを入れるため、赤マントが吹聴したデタラメかもしれない。
だが、虚言であると断言もできない。
しかし、尾弐は知っている。
赤マントの言葉が、確かに過去の真実のひとつを言い当てているということを。
いずれにしても、四人はこの『きさらぎ駅』の世界から現実へと立ち戻るため、対策を講じなければならない。
でなければ、帝都は赤マントたち東京ドミネーターズに蹂躙し尽くされてしまうだろう。
ふと耳を澄ますと、駅舎から出た方角から幽かに祭囃子の音が聞こえてくる。
駅ホームの看板には『やみ-きさらぎ-かたす』と駅名が書いてある。
ルートは三つ。ひとつは『きさらぎ駅』から上りの『やみ』駅を目指すか。
それとも下りの『かたす』駅を目指すか。
もしくは、駅舎を出て祭囃子の聞こえる方向を目指すか――。
きさらぎ駅に留まっていたところで事態は好転しないだろう。四人は相談して選ばなければならない。
161
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/22(水) 19:24:53
本来の姿を現し、伏して許しを請う猿夢。
それに対し、ノエルは脅迫された可能性を指摘し、見逃すことも視野に入れようと提案。
ポチもまた、猿夢がこちらを騙している可能性を考えて漂白には待ったをかけた。
そして選択を任された尾弐は、猿夢の首根を掴みながらも橘音に問うのだ。
――”お前は本物の那須野橘音か?”と。
>「はぁ?」
皆で最後に食べたお菓子。その商品名、あるいは銘柄を答えよ。
尾弐の放った問いに、素っ頓狂な声を上げる橘音。
>「し……、商品?」
那須野橘音本人であるならば即座に答えられるであろう質問、その答えに窮した。
その“那須野橘音の形をした者”は沈黙を保ち、異常を察した尾弐がその右腕を掴むが、
>「…………ク…………、クククッ。ククククッ、クカカ……。クカカカカカ、カカカカ……!」
>「これはこれは……さすがは葬儀屋クン。他のお気楽な正義気取りの坊ちゃん嬢ちゃんとは違う、なかなかの推理力だネ……!」
その姿が歪む。口から聞こえてきたのは橘音の声でなく男性の声だった。
顔は某ハッカー集団が好んで被る仮面へ。頭上に赤いシルクハット、肩口からはマントが出現し、
身長は2メートルは在ろうかというものへと変わっていく。
その姿は、幾度となく橘音とぶつかった仇敵。カンスト仮面こと、怪人65535面相。妖怪名は赤マントという。
>「あ……、赤マント!」
レディ・ベアが驚愕の声を上げた。
赤マントはするりと、尾弐やノエルの拘束からいとも簡単に逃げてしまう。
「橘音に化けてやがったのか!」
祈は完全に騙されてしまっていた。
橘音らしい振る舞いができるのは、怪盗の宿命として名探偵たる橘音とぶつかることが多いからだろう。
>「クカカ……ご機嫌よう諸君!我が主の愛娘、親愛なるレディを引き取りにまかり越したヨ」
>「ビックリしているネ。クカカ!以前、キミたちは吾輩の名を騙ってニホンオオカミを奪おうとしたろ?そのお返しだヨ」
驚愕するブリーチャーズを見て楽し気に嗤い、帽子のつばをつまむようにして会釈する赤マント。
赤マントは、この身を危険に晒すなど叛逆行為ではないのかと詰め寄るレディ・ベアの言葉を笑い飛ばし、
そんなことはないと明確に否定する。
では何故そんなことをしたのか、という問いにはこう答えた。
>「戦場にはスリルがつきもの!まして見るだけじゃなく参加型のアトラクションともなれば、その楽しさは何倍にもなる!」
>「どうだネ?『自分は絶対安全な位置で』、『ひょっとしたら死ぬかもしれないスリル』を味わう楽しさ――堪能しただろう?」
>「吾輩は何ひとつ、ウソはついていないよ……アリーナ席で楽しみたまえとね、クカカカッ!」
ブリーチャーズとレディ・ベア達が共闘するであろうと言う事だけでなく、
祈がレディ・ベアを守り、レディ・ベアはサポートに回り、イケメン騎士Rは中立の護衛となるであろうと言う、
その反応までも織り込み済み。
全てが計算尽くの参加型アトラクションに仕立て上げて見せた、というのであった。
そしてこれ以上猿夢と戦わせてはレディ・ベアが危険と判断すれば、自ら電車のかじを取り、安全圏へと導く。
アトラクションが終わって用済みになった『猿夢』も、
橘音に化けてブリーチャーズに処分させればそれでお終いということだろう。
那須野橘音はその頭脳で時に人や場を己の良いように操るが、赤マントがして見せたのもまさにそれだった。
その手腕、その頭脳は橘音と並び驚嘆に値するのだろう。
操られた側としては甚だ不快でしかないが。
162
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/22(水) 19:27:31
レディ・ベアの表情は、赤マントの言葉に一応の納得の色を見せる。
だがレディ・ベアからすればドッキリに嵌められたようなものだろう。
>「それなら、最初からそう言ってお……」
文句を言い募ろうとするレディ・ベアだったが
>「ネタばらししちゃ詰まらないじゃないカ。ひょっとしたら死ぬかもしれない!どうしよう!ってギリギリの精神が楽しさを生むんだヨ」
>「どうだネ?レディ。吾輩の提供したアトラクション『猿夢』は――楽しかっただろ?」
赤マントはそれを遮り、愉快そうに言う。
レディ・ベアは祈の顔を一度窺うように見ると、深く頷き、実感の籠った声で言うのだった。
>「……楽しかったですわ。とても」
>「それは何よりだネ。吾輩は妖怪大統領閣下第一の臣。いつだって、閣下とレディのことを考えているのだから」
>「……そうでしたわね。貴方はお父さまの第一の臣下――それを失念していましたわ」
そうして、赤マントの方へとレディ・ベアは歩いて行ってしまう。
“楽しかった”。その言葉は、少なからず祈に衝撃を与えた。
一歩間違えば死んでいた、そんな命懸けの共闘が、たったその一言に集約されるのかと。
モノ――、レディ・ベアにとって祈達は、スリルのあるジェットコースターか何かと同等のものに過ぎず、
結局、妖怪大統領の側へと戻って行ってしまうのかと。
祈は歯噛みし、レディ・ベアの背をただ、見送ることしかできない。
>「それにしても、驚いたネ。以前は正直よく見てなかったんだけど……なんとも面白いコがいるじゃァないカ」
>「キミだよ、キミ……お嬢ちゃん」
そんな祈に追い打ちをかけるように、赤マントは祈を指差した。
「……なにが面白いって?」
祈がささくれだった気持ちを隠そうともせずに答えると、
>「キミ、あの女の娘だろ?颯と言ったっけ、そっくりだものネ……まるで生き写しだ。すぐにわかったヨ、クカカカカッ!」
>「あの赤ン坊が、こんなに大きくなるなんてネェ……時間の過ぎるのは本当に早いものサ。ああ、まだ昨日のように思い出すヨ――」
>「あの女と、その連れ合い。キミのママとパパが悶え苦しみ、死んでゆく姿をネ……クカカカカカッ!」
至極楽しそうに赤マントは続ける。
急に母のことを言われたことや神経を逆撫でするその声音に、祈の目の色が変わる。
赤マントを睨みつける祈。が、しかし、と祈は思い直した。
敵のペースに飲まれるなと理性が働いたのだ。
「どうせ出鱈目だろ。どこで母さんの名前を聞きつけたんだか知ら――」
>「まだ赤ン坊のキミを抱きしめて、『お願い、この子だけは助けて』ってネ……みっともなく命乞いをしていたっけネ!」
>「クカカカッ!あの無様な姿!最高の見世物だったヨ!思い出しただけでゾクゾクする……堪らないネ!」
>「また見たいなァ!キミは見せてくれるかな?キミのママみたいな命乞いを!哀れにもがく有様を!クカカカカカッ!」
163
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/22(水) 19:34:32
「――母さんはそんなこと言わない!!」
吠えるように祈は言う。
母がそんなみっともなく命乞いをするものか。お前のようなやつの眼前で。
そんな思いが、体の奥底から怒気と共に湧いてくる。
急な興奮に呼吸が乱れ、ふーっ、ふーっ、と荒い息を吐いた。
出鱈目でしかないに決まっている。だが亡き母への侮辱は許せない。
ケ枯れは近いがそれでもと、祈はシュートを狙うサッカー選手のように右足を後方へ伸ばす。
尾弐が使用は控えるよう言ってくれていた風火輪の――ホイールがギュルルと回転し始めた。
「……そォかよ。分かりやすく喧嘩売ってくれてるって訳だ? あ”? “赤布”。
確かに母さんは死んだ。でも嘘吐くんならもっとリアルにしろよ。お前みたいな雑魚妖怪にあたしの母さんがやられるかよ」
祈は赤マントをきつく睨みつけ、言う。
相手は嘘を吐いている、出鱈目を言っている。その前提がある。
だから怒り心頭にあっても、祈の中にはまだ冷静な部分が残っていた。
>「おおーっと、勘違いしてもらっては困るヨ?誤解のないように言っておくけれど、キミのママとパパを殺したのは吾輩じゃない」
>「ひょっとして、聞かされていないのかナ?だよネェ……もし聞かされていたなら、今頃キミはこんな所にはいないはずサ」
>「キミも残酷な男だネェ、葬儀屋クン。橘音と示し合わせて、このことは秘密にしておこうって。口を噤んじゃったのかネ?」
>「そして、何も知らないお嬢ちゃんに自分たちは味方でございって吹き込んだワケだ!いや〜、なんて悪辣なんだろうネ!」
>「吾輩も悪党の自覚はあるが、キミたちほどじゃないヨ!良心の呵責に耐えきれないから、バラしてしまってもいいだろう?」
>「教えてあげるヨ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのママとパパを殺したのは――」
>「そこにいる葬儀屋クンと。キミたちのリーダー、那須野橘音……なのサ」
だからこの話を聞いても、雑な路線変更だとしか思わなかった。
嘘を見破られたので咄嗟に話を作り変えたのだと。子どもを嬲るのに失敗したら今度は仲間割れを誘う。
なんて嫌な奴だろう。しかし、いかにも赤マントの考えそうなことではある。
祈はそれを鼻で笑って見せた。
164
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/22(水) 19:37:16
「リアルにしろっつったろ。そんなの尾弐のおっさんに聞けば一発でバレる嘘だ。
言ってやれよ尾弐のおっさん。嘘だって」
いよいよホイールの回転が速くなり、炎を帯び、赤い光を放ち始める。
母に続いて今度は仲間を侮辱され、堪忍袋の緒は切れる寸前だっだ。
だが、祈が尾弐の反応を見た時、あるいはその返答を聞いた時。ホイールは回転を止め、炎は消える。
祈の右足が力なく地に着いた。
「……尾弐の、おっさん?」
祈は硬直する。
それは“一点の曇りなく赤マントの言葉を否定しきる、というようなものではなかった”。
赤マントの言葉が出鱈目や嘘、口から出任せだと思えている内はまだ耐えられた。
何せ敵の言葉だ、真に受ける方がバカバカしい。
だが信頼する仲間が、他ならぬ尾弐がその言葉を否定しきれなかったら。
そして赤マントの放った“橘音と尾弐が父と母を殺した”という言葉を完全に否定できないと言うことは。
『暗に肯定していることに他ならず』。その事実には、耐えることができない。
橘音と尾弐が父と母を殺した、というのか。
――どうして。
何かの間違い――、でも今――。
那須野橘音と尾弐黒雄。この二人が。
母、多甫 颯、母さんを。父さんを。
嘘だ。
――――――――――――――殺した。
橘音と尾弐が父さんと母さんを殺した橘音と尾弐が父さんと母さんを殺した橘音と尾弐が父さんと母さんを殺した
橘音と尾弐が父さんと母さんを殺した橘音と尾弐が父さんと母さんを殺した橘音と尾弐が父さんと母さんを殺した
橘音と尾弐が父さんと母さんを殺した橘音と尾弐が父さんと母さんを殺した橘音と尾弐が父さんと母さんを殺した
橘音と尾弐が父さんと母さんを橘音と尾弐が父さんと母さんを橘音と尾弐が父さんと母さんを橘音と尾弐が
父さんと母さんを橘音と尾弐が父さんと母さんを橘音と尾弐が父さんと母さんを橘音と尾弐が父さんと母さんを橘音と
尾弐が父さんと母さんを橘音と尾弐が父さんと母さんを橘音と尾弐が父さんと母さんを橘音と尾弐が橘音と尾弐が
父さんと母さんを橘音と尾弐が父さんと母さんを橘音と尾弐が父さんと母さんを橘音と尾弐が父さんと母さんを
橘音と尾弐が父さんと母さんを橘音と尾弐橘音と尾弐橘音と尾弐橘音と尾弐橘音と尾弐橘音と尾弐橘音と尾弐
父と母を父と母を父と母を父と母を父と母を父と母を父と母を父と母を父と母を父と母を父と母を父と母を父と母を
………………――
……――――
…………。
165
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/22(水) 19:40:14
それからのことを、祈はぼんやりとしか覚えていない。
狂暴化した猿夢をイケメン騎士Rが斬って。レディ・ベアが何事か言いたげにしながら帰って。
置いてけぼりにされたブリーチャーズは、きさらぎ駅から帰ることもできないままになっていて。
それらを祈は茫然自失の状態でただ見ていた。
そして気が付けば祈は。
「…………」
鍵のかかった扉を見つめている。駅内の女子トイレ、左から2番目の個室を占領し、
フタを降ろした洋式便器の上で膝を抱えて座っていた。
切れかかった蛍光灯が時折明滅しながら、女子トイレを薄暗く照らす。
『きさらぎ駅』から如何に脱出するか、というような話し合いが行われている最中、
ノエルがかたす駅に行くことを提案し、ポチが
>「結局、ぬか喜びさせられただけか……なんて言ってる場合じゃないね。
> アイツらが僕らをここに置き去りにして目を覚ましたなら、
>次は橘音ちゃんが狙われるかもしれない。急いでここから出ないと」
>「だけど……アイツの言う事を全部真に受けるのは良くないよ。ねえ、祈ちゃん、尾弐っち」
>「……アイツは僕らを殺さなくてもいいなんて言ってたけど、
>でも殺せるなら、絶対その方がいいに決まってるんだ。
>こっそり戻ってきて、背中をブスリ……なんて真似をしてこないとも限らないからね」
と言った辺りで、
『ごめん、先行ってて。あたしは後から追い付くから』などと言って勝手に中座し、
トイレに閉じこもってしまったのである。
祈の脳裏には赤マントの言葉が、不快な嗤い声と共に蘇っていた。
言っていた言葉の全てが真実ではないのだろう。
だが、
>『教えてあげるヨ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのママとパパを殺したのは――』
>『そこにいる葬儀屋クンと。キミたちのリーダー、那須野橘音……なのサ』
この言葉を尾弐は否定しきることができなかった。
ということはやはり橘音と尾弐が祈の両親を――。
いいや、と祈は頭を振る。何かの間違いだと。
橘音や尾弐がそんなことをする筈がない。
そう、例えば。“助けられなかった”の間違いかも知れない。
風火輪という強力な妖具を使っていたという母だから、きっと橘音や尾弐と共に妖壊と戦っていたのだろう。
しかしある時、強力な妖壊との戦いなどで母が危機に陥り、父もそれに巻き込まれた。
橘音の知恵と尾弐の力を以てしても何もできず、結果として両親は命を落とした。
助けられなかったのを見殺しにしたと捉えた赤マントが、“二人が両親を殺した”などと悪し様に言ったのだ。
尾弐のことだから、責任を感じて本当に自分が殺してしまったように思っているのかもしれない。
だからあんな反応だったのだろう。そう考えれば辻褄は合う。そうだ、そうに違いない。
そう思う祈だったが、この扉を開けて仲間達を追いかけようとは、思えなかった。
166
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/11/22(水) 19:45:13
恐らく仲間達は、先にかたす駅とやらへ向かった頃だろう。
だが、追いついてしまったら。そう思うと怖かった。
尾弐と顔を合わせてしまうからだ。
辻褄を幾ら合わせた所で、それは真実にはなったりはしない。
もし再び尾弐と顔を合わせれば、祈は本当に父母を殺したのかと問い質してしまうかもしれない。
聞くのを堪えても、目や態度で聞いてしまうかもしれない。そうしなくても尾弐が自ら話し始めるかもしれない。
そしてもし、その答えが『俺と那須野がお前の両親を殺した』というようなものだった時、
――尾弐や橘音のことを、万が一にも嫌ってしまうのが怖い。
祈は尾弐や橘音のことが大好きだった。
尾弐は桃の節句には沢山のご馳走と、あろうことか桃の木なんてものを担いできてくれた。
そんなの初めてで、嬉しくてうれしくて、泣くかと思った。
祈を撫でてくれる手はごつごつとしていて温かくて、ぶっきらぼうながら優しい声は聞いていれば安心する。
心のどこかで父親の影を重ねていた。
橘音は孤独に戦っていた祈に声を掛け、居場所を与えてくれた人だ。
路地裏の悪童を助手に、そしてブリーチャーズの一員にしてくれた。生まれて初めての仲間ができた。
その時祈へと差し伸べられた、白い手袋に包まれた手を、祈は忘れられない。
飄々としてて、爆弾発言が得意で、一緒にいると退屈しなくて。
二人とはこれからもずっと変わらず一緒に居られると思っていた。
(なのに、こんなの、やだ……)
目から涙が零れた。膝に顔をうずめた。
もし父母を殺したのが事実だったとしても、二人が喜々として殺す筈がない。
そこには何か、止むを得ない重大な理由があるに違いなかった。
そしてそのことに責任を感じて苦しんでいるのなら、祈はそれを赦してあげなければいけない。
祈が傷付いた顔をすれば、尚更二人は苦しむのだから。
『理由があったんならしょうがないよ』なんて、あっけらかんと言えればそれが一番いいのだろう。
なのに。
真実を聞いて、己の心がどう動くか分からないのだった。
父や母がいないことを寂しく思い続けた十数年。
時には肩車されている子供がたまらなく羨ましく見えたこともある。
止むを得なかったから殺したと言われて、簡単に許容できるだろうかと、不安が過る。
今は何より己が信じられなかった。
嫌いたくない、憎みたくない。恨みたくない、二人の手を拒むようになりたくない。
関係を壊したくない。二人が苦しんでいるなら解放してあげなければならない。
そう思うが、自信がない。
だから、逃げたのだ。今の宙ぶらりんな状態を保つために。
いっそのこと、ずっと真実など知らない状態で居られれば――。そんなことすら祈は考える。
皆の元へ戻ることも、進むこともできず。己を信じられない祈は、ただ座り込んでいた。
167
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/23(木) 18:43:22
>「……おいおい。お前さん達心配し過ぎだろ。大将がそんなリスクに気付かずに漂白しろなんて言う訳ねぇだろ?」
>「それに、例えば猿夢が――――人質を取られていたとして」
>「或いは、家族を守る為に必要だったとして。復讐の為だとして。正義を成す為だとして。愛の為だったとして。脅迫されていたとして」
>「仕方なく人を殺していたとして。そこにどんな理由があれ」
>「それは、俺が猿夢を殺さない理由にはならねぇよ」
無慈悲ともいえるその言葉に対して、乃恵瑠は何も言わずにただ少し悲し気な顔をするだけであった。
妖怪が人間界に適応するといっても、その妖怪本来の性質は変えることはできない。
ではどうするかというと、その性質を人間界的に見て平和的な方向に振り向けるのだ。
鬼とはそもそも悪意と敵意の権化、人間界に適応しようと思うならばその悪意と敵意を人類の敵に向けてやるしかないのかもしれない。
あるいは過去に、仲間が妖壊に情けをかけたばかりにそれが仇となって命を落とした、なんてこともあるのかもしれない、と思う。
このまま尾弐は有無を言わさず猿夢を漂白すると思われた――が、そうはならなかった。
>「その通り。それに、言ったでしょ?『猿夢』とは、殺戮を存在意義とする存在。ヒトを害することを糧とする妖壊――」
>「そんな妖壊に『殺しをやめろ』と言うのは、『明日から二酸化炭素を吸って生きろ』と言うのと同じ。不可能なのです」
>「ここで跡形もなく消滅させてしまうしか……ね」
ここにきて乃恵瑠も違和感に気付き始める。どこがどうとは言えないが、いつもの橘音と何かが違う。
>「そ、そんな……!それは話が違――」
話が違う、それは事前に猿夢と橘音、否、偽橘音との間に何らかのやり取りがあったことを示している。
>「……っと、そういえば忘れてた事があったな。大将、この化物の首を捻じ切る前に、今回の仕事の報酬について確認させてくれねぇか?」
>「突発的な仕事だから現金で出せとは言わねぇが……代わりに現物で頼みてぇものがあってな。
今日の昼に、お前さんの事務所で『最後に』出された菓子があったろ?
アレが随分俺好みの味だったんで……良ければ箱で送って欲しいんだがよ。後、個人的にも買いてぇから、あの商品の名前教えてくれねぇか?」
>「はぁ?」
>「し……、商品?」
「曲者が! お前橘音くんじゃないな!? 橘音くんをどうした……!」
乃恵瑠は偽橘音の足元を氷で地面に縫い付け、拘束する。
ノエルは普段橘音が言う事は多少無理があっても「橘音くんが言うならまあそうなのだろう」と信じて疑わないが、
今回に限って慎重になったのは心のどこかで本物ではない事に勘付いていたのかもしれない。
>「…………ク…………、クククッ。ククククッ、クカカ……。クカカカカカ、カカカカ……!」
>「これはこれは……さすがは葬儀屋クン。他のお気楽な正義気取りの坊ちゃん嬢ちゃんとは違う、なかなかの推理力だネ……!」
「カンスト仮面! 今日という今日は許さないぞ!
具体的にどうするかというと拘束した後に母上に引き渡し記憶操作の杖で原型をとどめない程にノエライズしてやるわあ!」
168
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/23(木) 18:46:53
姉の仇とも言うべき存在の登場に気色ばむ乃恵瑠。
ちなみにノエライズとは思考をノエリストにカスタマイズするという恐ろしい所業のことである。
>「クカカ……ご機嫌よう諸君!我が主の愛娘、親愛なるレディを引き取りにまかり越したヨ」
>「ビックリしているネ。クカカ!以前、キミたちは吾輩の名を騙ってニホンオオカミを奪おうとしたろ?そのお返しだヨ」
>「赤マント……わたくしの身を危険に晒すなど、何を考えておりますの?返答次第では、貴方の行いは叛逆行為と――」
「聞くまでもなく叛逆行為だろう、とりあえずこいつボコるぞ!!」
しかし、カンスト仮面はスリル満点のアトラクションを提供しただけという謎の理論を展開するのであった。
そしてレディベアはそれに何故か納得する。
>「……あー……」
「納得してんじゃねー! 今の理屈だともし祈ちゃんに何かあったら君にも危険が及んだかもしれないんだよ!?」
束の間の共闘の間、祈がレディベアを守ったのと同じように、レディベアも祈を守ってくれた。
そして、レディベアの活躍がなければ間違いなく祈は少なくとも戦闘不能に追い込まれていた。
>「それなら、最初からそう言ってお……」
>「ネタばらししちゃ詰まらないじゃないカ。ひょっとしたら死ぬかもしれない!どうしよう!ってギリギリの精神が楽しさを生むんだヨ」
>「どうだネ?レディ。吾輩の提供したアトラクション『猿夢』は――楽しかっただろ?」
>「……楽しかったですわ。とても」
「楽しかったの!? マジで!?」
自分が頑張らないと安全装置が飛んでっちゃうアトラクションとかいくら何でもスリルあり過ぎちゃうか、と思う乃恵瑠であった。
>「それは何よりだネ。吾輩は妖怪大統領閣下第一の臣。いつだって、閣下とレディのことを考えているのだから」
>「……そうでしたわね。貴方はお父さまの第一の臣下――それを失念していましたわ」
「いやいやいや、自分で自分のこと第一の臣とか言っちゃうやつには気を付けた方がいいよ!?
そいつ僕の勘だと下剋上系ラスボスだよ!?」
こうやって前置きをしておいて、次にまた同じようなことをやって
「ああまたアトラクションかー」と油断させておいて今度はガチでハメてくる作戦という可能性もあるのだ。
さっきカンスト仮面が言った“お気楽な正義気取りの坊ちゃん嬢ちゃん”の中に
さりげなくレディベアも入っていやしまいか、むしろその筆頭ではないかと思う乃恵瑠。
ちなみに下剋上系ラスボスとは権力者(暫定ラスボス)に忠実な臣下の振りをして仕えつつ利用して、
終盤で本性を現し主君をハメて失脚させ、真ラスボスに出世を果たすタイプの敵のことである――!
169
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/23(木) 18:50:45
>「それにしても、驚いたネ。以前は正直よく見てなかったんだけど……なんとも面白いコがいるじゃァないカ」
唐突に祈に絡み始めるカンスト仮面。
その口ぶりから考えて、カンスト仮面が祈の両親を殺したと思って間違いないだろう。
>「また見たいなァ!キミは見せてくれるかな?キミのママみたいな命乞いを!哀れにもがく有様を!クカカカカカッ!」
「何がおかしいッ!!」
薄氷の瞳で氷の刃を突きつける。
乃恵瑠は、祈の両親は共に祈が幼い頃に亡くなったという程度の情報しか知らない。
母親は妖壊退治をしていて殉職したのだろうかとは思っていたが――
>「……そォかよ。分かりやすく喧嘩売ってくれてるって訳だ? あ”? “赤布”。
確かに母さんは死んだ。でも嘘吐くんならもっとリアルにしろよ。お前みたいな雑魚妖怪にあたしの母さんがやられるかよ」
真実であろうと無かろうと、祈を動揺させ戦意喪失させるのが目的だろう。
幸いというべきか、祈は押し負けてはおらず、怒り心頭で凄んでみせる。
>「おおーっと、勘違いしてもらっては困るヨ?誤解のないように言っておくけれど、キミのママとパパを殺したのは吾輩じゃない」
「今更何言ってるんだ……!」
>「教えてあげるヨ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのママとパパを殺したのは――」
>「そこにいる葬儀屋クンと。キミたちのリーダー、那須野橘音……なのサ」
もちろん事実無根の真っ赤な嘘の可能性もあるが、カンスト仮面の狡猾さから考えて、
悪徳営業マンの十八番の、嘘は言わずに誤った認識を植え付ける類のものの可能性もある。
二人は全てが駄目になる前に次善の策を選ぶことができる側の者だ。
実際に二人に一瞬SATSUGAI計画を企てられたことがある(ような気がする)乃恵瑠は、割と冷静にそう考えた。
もちろん、カンスト仮面がその姦計でもってそうせざるを得ないような状況に追いやり、その様子を高みの見物していた、という可能性だ。
当然その場合でも犯人はカンスト仮面と言い切って問題は無い、どころか自ら手を下すより余程悪質な犯人だ。
しかし、当事者としては双方ともそうは割り切れないのが人情というものだろう。
>「リアルにしろっつったろ。そんなの尾弐のおっさんに聞けば一発でバレる嘘だ。
言ってやれよ尾弐のおっさん。嘘だって」
まずいな――と思う乃恵瑠。
真っ赤な嘘ならそれでいい、しかしもしもカンスト仮面の言葉に少しでも真実があれば、尾弐の態度から、祈はそれを目ざとく察するだろう。
そして、その不安は的中してしまった。
>「……尾弐の、おっさん?」
世の中には永遠に封印しておいた方がいい真実もあると乃恵瑠は思っている。
暴いたところで誰も幸せにならない、それどころか誰しも不幸になる類の真実がそうだ。
カンスト仮面は自らその封印しておくべき真実を作らせ、十何年の時を経てからそれを暴いて見せた――
なんという狡猾な残忍さだろう。
しかも、尾弐は今しがたどんな理由があろうと人を殺した妖壊は許さないと自分で言ったばかりだ、その意味でも完全にハメられた形になる。
170
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/23(木) 18:54:09
>「親を殺しておきながら、その娘をのうのうと手駒として使うだなんて、キミらの方がよほど妖壊に近いんじゃないのかネェ?」
>「人道的見地から言えば、とてもとても!そんな非道な真似はできっこないヨ、クカカカカカカカ―――――ッ!!!」
「黙れ……黙れ黙れ黙れ!! どうせお前の言葉は誰も幸せにしないんだ、二度と無駄口たたけないようにしてやる!」
ここまでこちらを動揺させチームワークを崩壊させる切り札を切って来たのだ、
ここで一気に畳み掛けて来るつもりだろう、上等だ、受けて立ってやる――
そう思った乃恵瑠は放心状態になった祈に代わり、極寒の冷気を纏い今まさに氷の投げ槍を放たんとする。
しかし、レディベアの次の発言がそれを制した。
>「……御託はそのくらいになさい、赤マント」
>「大男はともかく、祈をそれ以上愚弄することは許しませんわ」
束の間共闘したとはいえ、敵であるはずのレディベアが明らかに祈の肩を持つ発言をしている。
もしや、クリスと自分のように、レディベアと祈の間にも祈自身も知らない何か特別な関係性があるのではないか――
と、ほぼ確信に近い推測を付けた。
そうだとしたら、レディベアが今までに何度か結果的にこちらを助けるような行動をしたのも、
つい先刻の戦いで必死でゴリラの動きを止め祈を救ったのも全て辻褄が合う。
似ていない姉か、はたまた伯(叔)母か従姉か、物心付く前の祈を知っている年の離れた幼馴染かは分からないが――
(流石にリアルタイムで親友とは思い至らない)
「もしかしてさ、祈ちゃんは君にとっても大切な存在なの? だったら猶更そんな奴とつるんでちゃ駄目だ。
気が変わったらいつでもうちの店に来て――待ってる」
娘がこのような人を疑うことを知らない感じでは、親も推して知るべしだろう。
妖怪大統領と親子ともどもカンスト仮面の掌の上で踊らされてるんじゃないか?とも思う。
ただでさえ幼くして両親を失っている祈に、これ以上哀しい別離をさせてはならない。
>「クカカ……これは失礼?レディ。では、我々はそろそろおいとまするとしようかネ!」
>「……と、その前に――」
置き土産とばかりに猿夢に何かを投げるカンスト仮面。
>「まったく、情けない。ここ最近の都市伝説系の中でも、とりわけ凶悪だというので期待したのにこのザマとはネェ」
>「無能は無能なりに役に立ちたまえ。キミは既に『もう人は襲わない』という誓いを立ててしまった。妖怪にとって誓いは絶対――」
>「……しかし。今この場で『誓いを聞いたものを皆殺しにすれば』、誓いはノーカン!なかったことになる!」
>「精々死ぬ気で頑張りたまえ、クカカカカカッ!」
やはり、彼にとって猿夢も使い捨ての駒に過ぎないのであった。
先刻のやり取りから騙されて利用されていたことは確実、
もしかしたらノエルの思ったように無理矢理やらされている可能性もあったが、真相は永遠に葬り去られることになった。
>「グゴゴォォォォアアアアアアアアッ!!!」
171
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/23(木) 18:56:34
カンスト仮面によって強制的に変身させられ、巨大な怪物となって襲い掛かってくる猿夢。
その身体能力は尾弐を圧倒し、乃恵瑠の氷柱の攻撃も通らない。
全滅、という最悪の事態が頭をよぎる。その時だった。突然猿夢は首を胴体から切り離されて倒れた。
>「R!」
>「いつまでも、働かないニート騎士だと思われるのも不本意だからね。これで電車の中で戦ってもらった貸し借りは無しだ」
死は終わりではないと知っているノエルは、妖壊にとって死は一つの救いの形だと思っている。しかし滅びは永劫の無――
そして、精霊系妖怪であるノエルは、滅びをもたらすもの――魂の循環を断つものを、良くないものとして認識している。
滅ぼされる者がどんな聖人君子でもどんな悪い奴でも、そこは変わらない。
>「猿夢は敵に合わせて無限に強くなってゆく妖壊。だから、誰かひとりは『猿夢に手の内を見せない者』が必要だったんだ」
>「わたしは猿夢本体を一撃で葬り去れるという確証が得られない限り、軽々には動けなかったのさ」
>「みんなをダシにしたのは申し訳ない!けれど、どうか理解してもらえれば嬉しいね!はっはっはっ!」
「……ありがとう、正直助かったよ」
“どうして!? 君なら普通に死なせてやることだって出来たんじゃないか”
その言葉をすんでのところで呑み込み、複雑な気持ちながらもお礼を言う。
全滅必至だったところを助けてもらった立場で文句は言えない。
そして、険悪な雰囲気で牽制しあうRとカンスト仮面。
Rの言った『レディの守り役ではある』が『東京ドミネーターズじゃない』とはどういうことだろうか。
やはりカンスト仮面率いる造反勢力が妖怪大統領親子を出し抜こうと企んでいて、Rはそれに勘付いているのかもしれない。
>「さて、東京ブリーチャーズのみんな!名残惜しいが今夜はこれで。また、近いうちに会おう!」
>「そのときは、みんなでお茶できると嬉しいな。戦いなんて、しないに越したことはないからね!では――」
「うん、本当にね――」
そうしみじみと相槌を打つ乃恵瑠。
それは、祈とレディベアを戦わせたくないのと、単純にRと戦いになったら勝てる気がしないのと二つの意味でだ。
>「……潮時ですわね。今夜は疲れました、わたくしも帰ります」
>「……ア、アデューですわ。東京ブリーチャーズの皆さま……ほんの少しの間でしたが、共闘。面白かったです」
Rとレディベアが撤退していく。
レディベアは去り際に、未だ放心状態の祈に声をかけようとしたように見えた。
>「クカカ、これで吾輩の役目はおしまい!吾輩も失礼するよ。もちろん、諸君らはここへ。」置き去りだがネ!」
>「きさらぎ駅は幻の駅。現世と常世の狭間に位置する世界――。通常の手段では脱出不可能!」
>「別に、血まなこになって諸君を殺さずとも。東京でない場所に置き去りにすればよかったのだネ、最初から!」
>「それでは東京ブリーチャーズの諸君、たっぷりと幻の駅を楽しんでくれたまえ!またお目にかかれるといいがネ、クカカカカッ……!」
172
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/23(木) 19:00:33
最後にカンスト仮面が去り、そこにはブリーチャーズの4人だけが残された。
この駅に降り立った時は助かったと思ったが、蓋を開ければ猿夢では一行を仕留めきれないかもしれないと思ったカンスト仮面がより確実な方法に切り替えただけ。
事態は何も好転していないどころか悪化しているといえた。
「ここに留まっているわけにもいかないしどうしよう。
ネット上で広まっているきさらぎ駅の法則が適用されているとすると……改札を出てはいけないらしい。
そうなると線路の上を歩いて移動することになるけど、やみ駅は黄泉の国って説があるんだ。
……かたす駅の方に向かいながらお助けキャラを探すのが無難なのかなあ」
乃恵瑠は祈の両親の話題には触れようとせず、脱出方法の話を切り出した。
ここでその話を持ち出しても事態は好転しない、今は脱出するのが先決だ。
といっても名案があるわけではなく、消去法による消極的な提案である。
ポチはというと、カンスト仮面による奇襲の可能性を示し、周囲への警戒を促した。言われてみればその通りである。
普段動物として生活しているポチは人間界の知識に疎く脱出方法の考案は期待できないが、動物的感覚は優れている。
彼の言うように、奇襲への警戒をしてもらうのが適任だろう。
そんな話をしている中、尾弐と顔を合わせていられなくなったのであろう祈がトイレに立てこもってしまった。
>『ごめん、先行ってて。あたしは後から追い付くから』
「えっ、先行っててって……」
確かに普通の場所なら祈は多少の遅れをとっても一瞬で追いつくだろうが、何が起こるか分からないここでまさか置いていくわけにはいかない。
早く行って連れ戻した方がいいのだろうが、何て声をかけていいのか分からない。
そこで、とりあえず自分で出てくるまで待ってみることにするが、一向に出てこないのであった。
「どうしよう……」
いっそ微妙な空気で一緒に行動するより二人ずつにでも分かれた方がいいのではとも
一瞬思ったが、こちらの戦力が分散するのはカンスト仮面の思う壺だろう。
何かきっかけがなければずっと連れ戻しに行く決心が付かないところだったが、意外にもすぐにその時は訪れた。
「ん、あれ……?」
乃恵瑠は何かおかしいな、という顔をして落ち着きなくそわそわしはじめたかと思うと、
意を決したかのようにガタッと音を立てて立ち上がり、慌ただしくトイレに走っていった。
「連れ戻してくる!」
何のことはない、本来の用途でトイレに行く必要性に迫られたのだった。
「うぅ……僕は基本トイレ行かない仕様なのにこの世界設定ミスしてないか!?」とぼやいたところでどうしようもない。
ちなみにノエルは必ずしも人間のように規則正しく食べたり寝たりしなくていいのと同じように、本来滅多にトイレに行かなくていい仕様である。
乃恵瑠は祈の隣の個室に駆け込んだかと思うと、あることに思い至ったようで、深刻に悩んでいる祈に丸聞こえ状態で大騒ぎしはじめた。
「いや、待てよ……。これ夢の中ってことは現実世界で大惨事になるのでは……!?
でもこのままじゃどっちにしろ大惨事だし!
そうやってクールなイケメン兼美女枠の僕のキャラ性をぶち壊しにして生きる気力を奪う作戦だな……!
おのれカンスト仮面、許さないぞ! なんとしてでも生きて帰ってぶっとばしてやる!」
173
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/11/23(木) 19:04:44
あまりにアホらし過ぎるが、本人にとっては死活問題なのだから仕方がない。
乃恵瑠はどんな手を使ってでも生きて帰る決意を新たにし、ついでにとんでもないことを思い付いてしまった。
それは、邪視という目を見ただけで死にたくなる化け物に果敢に立ち向かった都市伝説に由来する発想である。
ショルダーバッグの中を探ってみると、案の定飲んだ後のジュースらしき空のペットボトルがあった。
暫し空のペットボトルを無言で見つめて一言。
「大丈夫、誰も見ていない――」
彼女は今、変態の階段を更なる高みに向かって一足飛びに駆け上がろうとしていた――
数分後――どこか吹っ切れた様子の乃恵瑠が未だ立てこもっている祈に扉の外から語り掛ける。
ちなみに先程のとんでもない思い付きが何だったかは断じて知らない。
「そろそろ行こう。ちゃんと連れて帰らなきゃ君のお祖母ちゃんに怒られちゃう。
あの二人は信じられなくたってお祖母ちゃんは信じられるでしょ? お母さんのお母さんなんだから」
「僕ね、実はお母さんから橘音くんにうちの子をよろしくってされてたんだ。祈ちゃんもそうなんじゃないかな?」
祈は最近橘音に拾われたという認識に近いが、橘音は祈を生まれた時から知っている、と聞いたことがある。
生まれた時から、ということは当然母親の颯と元々知り合いで、更にはその親のターボババアの代からの旧知の仲でも何ら不思議はない。
たまたま一人で妖壊退治をしていた子どもに声をかけたら颯の娘だった、というのは出来過ぎた話だ。
実はそこにはターボババアと橘音との間に何らかのやりとりがあった、と考えるのが自然だろう。
「あの耳聡いお祖母ちゃんが何も知らないはずないもんね。
きっと全てを知った上で君を橘音くんに託したんだ。だから、大丈夫――
あとね、クロちゃんを問い詰めないであげて。こういうのは当事者には正しく語れないものさ。
帰ってからお祖母ちゃんに聞くんだ」
そこまで言うと乃恵瑠は祈が出てくるまで待って、祈が出てきたら抱きしめてから手を引いて皆の元へ戻るだろう。(手は洗ってあるからご心配なく――)
そして、いかなる心境の変化か最初とは真逆のアグレッシブな案を提示するのだった。
「そういえばアイツ、通常の手段では脱出不可能って言ったよね。
裏を返せば前例がないことをやりまくれば脱出できるんじゃないかな?
例えば、祭囃子やってる人たちに突撃するとか――」
174
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/28(火) 15:19:28
>「……おいおい。お前さん達心配し過ぎだろ。大将がそんなリスクに気付かずに漂白しろなんて言う訳ねぇだろ?」
「まぁ……そりゃそうだけどさぁ。元はと言えばその橘音ちゃんが変に勿体ぶるから悪いんだよ。
探偵が最後まで謎を解き明かしてくれないなんて、ひどい職務怠慢だよ、ねえ?」
ポチはじとりと橘音を見つめる。
とは言え、尾弐は意見を曲げるつもりはなさそうだ。
橘音もあくまで漂白する事を促し続ける。
>「そ、そんな……!それは話が違――」
「……尾弐っち。やっぱりなんだかきな臭い……」
ポチの制止の言葉は、最後まで紡がれる事なく途切れた。
尾弐から、においがしたからだ。
ほんの僅かな懸念のにおいが。
>「……っと、そういえば忘れてた事があったな。大将、この化物の首を捻じ切る前に、今回の仕事の報酬について確認させてくれねぇか?」
>「突発的な仕事だから現金で出せとは言わねぇが……代わりに現物で頼みてぇものがあってな。
今日の昼に、お前さんの事務所で『最後に』出された菓子があったろ?
アレが随分俺好みの味だったんで……良ければ箱で送って欲しいんだがよ。後、個人的にも買いてぇから、あの商品の名前教えてくれねぇか?」
>「はぁ?」
>「し……、商品?」
「……橘音ちゃんもそうだけど、尾弐っちもさ、結構勿体ぶるよね」
尾弐の右手が橘音の首を掴み、ノエルの妖術がその足元に氷を這わせる。
この場にいる誰がその気になっても、次の瞬間には致命の一撃を叩き込める状況。
>「…………ク…………、クククッ。ククククッ、クカカ……。クカカカカカ、カカカカ……!」
その中心にいながら、橘音に化けた何者かは、笑った。
>「これはこれは……さすがは葬儀屋クン。他のお気楽な正義気取りの坊ちゃん嬢ちゃんとは違う、なかなかの推理力だネ……!」
そしてその真の姿を露わにする。
瞬間、レディベアが驚きの声を上げた時には既に、ポチは右の手刀を放っていた。
狙いは赤マントの胸元、心の臓。
しかしその一撃は空を切るのみに終わる。
尾弐とノエルの拘束も、ポチの手刀も、赤マントはまるで意に介さずにすり抜けてしまった。
>「クカカ……ご機嫌よう諸君!我が主の愛娘、親愛なるレディを引き取りにまかり越したヨ」
>「ビックリしているネ。クカカ!以前、キミたちは吾輩の名を騙ってニホンオオカミを奪おうとしたろ?そのお返しだヨ」
「うるさいな。じゃあ今からお返しのお返しをしてやるよ」
とは言ったものの……尾弐とノエルの拘束からあっさり逃れた赤マントだ。
勢いに任せて攻撃を仕掛けたところで通じる訳もない。
>「クカカ……ご機嫌よう諸君!我が主の愛娘、親愛なるレディを引き取りにまかり越したヨ」
>「ビックリしているネ。クカカ!以前、キミたちは吾輩の名を騙ってニホンオオカミを奪おうとしたろ?そのお返しだヨ」
>「赤マント……わたくしの身を危険に晒すなど、何を考えておりますの?返答次第では、貴方の行いは叛逆行為と――」
>「聞くまでもなく叛逆行為だろう、とりあえずこいつボコるぞ!!」
だがレディベアの瞳術ならどうだろうか。
単純な殴る蹴るよりかは通じる可能性が高いのでは。
ポチはそう考えたが……
175
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/28(火) 15:21:31
>「逆に質問するがネ、レディ。キミは今回の事態において、毛筋ほどの傷でも負ったかネ?」
>「……それは」
>「戦場にはスリルがつきもの!まして見るだけじゃなく参加型のアトラクションともなれば、その楽しさは何倍にもなる!」
>「どうだネ?『自分は絶対安全な位置で』、『ひょっとしたら死ぬかもしれないスリル』を味わう楽しさ――堪能しただろう?」
>「吾輩は何ひとつ、ウソはついていないよ……アリーナ席で楽しみたまえとね、クカカカッ!」
……その時には既に、これ以上の共闘は望めそうにない雰囲気が作られていた。
>「それにしても、驚いたネ。以前は正直よく見てなかったんだけど……なんとも面白いコがいるじゃァないカ」
>「キミだよ、キミ……お嬢ちゃん」
赤マントはなおも芝居がかった口調で、今度は祈を指差した。
そして語り出すのは……彼女の両親の話。二人の、死の間際の話だった。
反吐が出るような悪趣味を、殴って止めてやろうにも……動けない。
赤マントに攻撃が通じるか分からない事に加え、向こうにはレディベアとRもいる。
怒りに任せて仕掛ければ……無事でいられるか分からない。
>「また見たいなァ!キミは見せてくれるかな?キミのママみたいな命乞いを!哀れにもがく有様を!クカカカカカッ!」
>「――母さんはそんなこと言わない!!」
祈から、ノエルから、強い怒りのにおいを感じる。
そのにおいが、かえってポチに冷静さをもたらしていた。
皆が怒りに浮足立っては、赤マントはこれ幸いと先手を打ってくるかもしれない。
そう考えたが故にポチは黙して、ただ赤マントを睨んでいた。
しかし……赤マントに意識を集中していたが為に、ポチには感じ取れてしまう。
赤マントから……嘘のにおいが、しない事を。
勿論、ここは夢の中だ。そのせいか先ほども橘音に化けた赤マントのにおいを嗅ぎ分けられなかった。
>「おおーっと、勘違いしてもらっては困るヨ?誤解のないように言っておくけれど、キミのママとパパを殺したのは吾輩じゃない」
>「教えてあげるヨ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのママとパパを殺したのは――」
だから……もう一つのにおいも、勘違いであって欲しいとポチは祈っていた。
>「そこにいる葬儀屋クンと。キミたちのリーダー、那須野橘音……なのサ」
尾弐から感じる、一言では言い表せない感情のにおいを。
>「リアルにしろっつったろ。そんなの尾弐のおっさんに聞けば一発でバレる嘘だ。
言ってやれよ尾弐のおっさん。嘘だって」
>「……尾弐の、おっさん?」
においが、膨れ上がる。
祈から、渦巻く感情のにおいが。
>「親を殺しておきながら、その娘をのうのうと手駒として使うだなんて、キミらの方がよほど妖壊に近いんじゃないのかネェ?」
「人道的見地から言えば、とてもとても!そんな非道な真似はできっこないヨ、クカカカカカカカ―――――ッ!!!」
失敗だったと、ポチは自分を責める。
例え皆を巻き込む殺し合いの火蓋を切る事になっていたとしても。
この赤マントを自由に喋らせておくべきではなかった。
>「黙れ……黙れ黙れ黙れ!! どうせお前の言葉は誰も幸せにしないんだ、二度と無駄口たたけないようにしてやる!」
ノエルが叫び、その右手に氷の槍を作り出す。
ブリーチャーズの一人を激しく動揺させたこの好機、赤マントが逃すとは思えない。
ならば受けて立ち……今からでも黙らせる。ノエルもその気だ。
……不利という言葉すら生ぬるいほど、あまりにも分の悪い戦いになるが、やるしかない。
176
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/28(火) 15:26:40
>「……御託はそのくらいになさい、赤マント」
>「大男はともかく、祈をそれ以上愚弄することは許しませんわ」
だが不意に、レディベアの声が凛と響き、場を制した。
ポチが訝しむように目を細める。
ついさっき共闘しただけにしては随分と……親密なにおいをさせている、と。
ポチはノエルほど想像力を働かせはしなかったが、何かある、程度の疑念は抱く。
「……なんだか知らないけどさ。半端な事しててもいい事ないぜ、とだけ言っとくよ」
>「クカカ……これは失礼?レディ。では、我々はそろそろおいとまするとしようかネ!」
>「……と、その前に――」
このまま立ち去ると見せかけて、不意に赤マントが猿夢に向けて独鈷を放つ。
>「まったく、情けない。ここ最近の都市伝説系の中でも、とりわけ凶悪だというので期待したのにこのザマとはネェ」
>「無能は無能なりに役に立ちたまえ。キミは既に『もう人は襲わない』という誓いを立ててしまった。妖怪にとって誓いは絶対――」
>「……しかし。今この場で『誓いを聞いたものを皆殺しにすれば』、誓いはノーカン!なかったことになる!」
>「精々死ぬ気で頑張りたまえ、クカカカカカッ!」
猿夢の胸に突き刺さった独鈷から凶悪な妖気が溢れ出す。
妖気は猿夢の胸から四肢へ、頭部へと、這うように伝わっていく。
それに伴って……猿夢の体が膨れ上がる。
>「グゴゴォォォォアアアアアアアアッ!!!」
尾弐の握力で抑えきれぬほど太く、屈強に。
先ほど電車の中で戦ったゴリラよりも、更に巨大で……恐らくは素早く、力強く。
尾弐が弾き飛ばされ、猿夢は次にポチを見下ろした。
「くそっ……!」
気の利いた悪態を吐く余裕もない。
ポチはただ次の瞬間に襲い来るであろう攻撃を躱し、
そしてどう反撃するべきかに意識を集中させ……しかし猿夢は、動かない。
ただ拳を振り被った姿勢のまま数秒静止し……ふと、その首が、胴体から滑り落ちた。
何が起きたのか、ポチには分からなかった。いや、分からない。
猿夢の首が切り落とされたのは分かる。
だが何故そうなったのか……それが分からない。
……首から上を失った猿夢の体が揺らぎ、倒れる。
そうなって初めてポチは、理解出来た。
>「R!」
猿夢の首が切り落とされたのは、Rが、その手に握った長剣を振るったからなのだと。
剣の閃きすら見せずに、彼はそれを為したのだと。
>「いつまでも、働かないニート騎士だと思われるのも不本意だからね。これで電車の中で戦ってもらった貸し借りは無しだ」
「……こりゃまた、とんでもない腕前だね」
軽口を叩くのはRをあくまでも「この場で戦闘になり得る敵」と認識しているが故の、せめてもの虚勢だ。
だが内心、ポチは戦慄していた。その剣技にではない。
猿夢の死体が、風化する石像のように崩壊する……「存在しないもの」へと還っていく。
その様を、ポチは直視しない。注視もしない。視線の端で捉えるに留める。
何故か……Rから、目を逸らせないのだ。Rの手にした十字剣から。
狼の、そして妖怪の本能が、その剣から意識を逸らす事を許さない。
>「猿夢は敵に合わせて無限に強くなってゆく妖壊。だから、誰かひとりは『猿夢に手の内を見せない者』が必要だったんだ」
>「わたしは猿夢本体を一撃で葬り去れるという確証が得られない限り、軽々には動けなかったのさ」
>「みんなをダシにしたのは申し訳ない!けれど、どうか理解してもらえれば嬉しいね!はっはっはっ!」
「……それ、別に僕らに事情を教えてくれたって良かったんじゃないの?」
呆れたような声……それらも虚勢だ。
……同時に零れた半笑いは、依然変わらないRの呑気な様子に、毒気を抜かれてしまったからだが。
177
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/28(火) 15:27:38
>「折角、吾輩が苦労して趣向を凝らしたというのに……」
赤マントが不満げにぼやき、Rが長剣の切っ先をそちらへと向ける。
安堵から来る深い嘆息を吐きそうになるのを、ポチは辛うじて堪えた。
>「クク……さすがにその聖剣を向けられては、吾輩も降参するしかないネ!わかった、謝ろう。もう二度としないヨ」
>「その言葉、忘れるな。わたしもこの剣も、敵に対しては堪え性がない」
>「わかった、わかった」
「……誓いを聞いた相手を殺せば全部ノーカン、だそうだよ」
呆れ混じりの皮肉と共に安堵を吐き出し、精神を落ち着かせる。
……これで少なくとも、ドミネーターズとの、これ以上の戦闘は起こらない。
>「さて、東京ブリーチャーズのみんな!名残惜しいが今夜はこれで。また、近いうちに会おう!」
>「そのときは、みんなでお茶できると嬉しいな。戦いなんて、しないに越したことはないからね!では――」
>「うん、本当にね――」
「……君らが上座に座りたがらないなら、わりとあり得る話なんだろうけどね」
……そしてドミネーターズの三人の姿が、完全にその場から消え去った。
>「ここに留まっているわけにもいかないしどうしよう。
ネット上で広まっているきさらぎ駅の法則が適用されているとすると……改札を出てはいけないらしい。
そうなると線路の上を歩いて移動することになるけど、やみ駅は黄泉の国って説があるんだ。
……かたす駅の方に向かいながらお助けキャラを探すのが無難なのかなあ」
ノエルがすぐに話を切り出した。
祈の両親の話題は、今するべきではないと判断したのだろう。
……だがポチは、そうは思わなかった。
「結局、ぬか喜びさせられただけか……なんて言ってる場合じゃないね。
アイツらが僕らをここに置き去りにして目を覚ましたなら、
次は橘音ちゃんが狙われるかもしれない。急いでここから出ないと」
祈は見るからに呆然としていて、放心状態だ。
何が起こるか分からない怪異の中をこんな状態で歩き回らせる訳にはいかない。
「だけど……アイツの言う事を全部真に受けるのは良くないよ。ねえ、祈ちゃん、尾弐っち」
祈と尾弐に呼びかけ、反応を伺う。
祈は……黙ったままだ。
「……アイツは僕らを殺さなくてもいいなんて言ってたけど、
でも殺せるなら、絶対その方がいいに決まってるんだ。
こっそり戻ってきて、背中をブスリ……なんて真似をしてこないとも限らないからね」
……この状況で注意散漫でいる事の危険性を述べる。
彼女が冷静さを欠いている自分の状態を、正しく認識出来ているのか確かめる必要があった。
>『ごめん、先行ってて。あたしは後から追い付くから』
……結果として、祈はそう言い残して逃げるようにトイレに閉じこもってしまった。
彼女の残り香は依然として、幾つもの感情が入り乱れたにおいがした。
>「どうしよう……」
「どうしようもこうしようも……」
ポチが何かを言いかけて、しかし言葉を途切らせた。
ノエルの方を振り向いて、彼が何やらもじもじと内股気味になっている。
>「ん、あれ……?」
>「連れ戻してくる!」
「……まぁ、そうするしかないよね」
今の状況と気分ではツッコミを入れる気分にもなれず、ポチは静かにノエルを見送る。
178
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/11/28(火) 15:29:04
「……ねえ尾弐っち」
そしてそれから尾弐へと振り向いた。
「ノエっちはさ、あの話、後回しにしようって思ったみたいだけど。
僕はそうじゃないんだ。別に根掘り葉掘り聞きたい訳じゃないよ。
僕にとっては、祈ちゃんのお父さんもお母さんも、知らない人だしね」
ポチは元々そういう考えをする妖怪で、そういう習性の狼だ。
仲間、家族と認識した者を愛し、そうでない者を排除する。
クリスとの戦いの時も、一般人を逃そうとしたのは祈の意思を尊重する為でしかなかった。
ロボとの戦いを経てポチの心持ちは多少変化したが……それでも根本的な部分は変わらない。
尾弐が過去に誰を殺していようと、その事に大きな興味は抱かない。
そんな彼がわざわざ赤マントの言葉を蒸し返し、今も尾弐に語りかけるのは……
「そう、何も知らないんだよ。だから何も言ってあげられないんだ、祈ちゃんに。
ノエっちは多分今、祈ちゃんを励ましてるよ。
もしかしたらそれは上手くいって、祈ちゃんは出てきてくれるかもしれない」
それくらいしか、祈と尾弐の為に出来る事がないから。
もしかしたらただ闇雲に傷を抉るだけの事になるかもしれない。
だとしても、事情を知らないポチにはこうする事しか出来ないからだ。
「でも尾弐っちの顔を見たら、見てたら、いや見てなくたって、きっとまた悩み出すよ。
……悩みって、そういうもんだろ。
悩みを悩みじゃなくせるのは、尾弐っちと、ここにはいない橘音ちゃんだけなんだよ」
……祈は、その悩みが、もっとドス黒い何かになってしまう事を恐れている。
だがポチは、悩み続けるくらいなら、そうなった方がマシだと考えていた。
「……ちゃんと、尾弐っちが話をした方がいいよ。
口利いてもらえなくなるかもしんないけどさ。
でも祈ちゃんに怪我はさせらんないだろ」
179
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/01(金) 23:39:29
>「これはこれは……さすがは葬儀屋クン。他のお気楽な正義気取りの坊ちゃん嬢ちゃんとは違う、なかなかの推理力だネ……!」
「……長い事探偵の傍に居たんだ。ホームズにゃなれなくても、ワトスンの真似事くらいはできねぇとな」
言葉を放つ尾弐の表情は苦い。
眺め見る視線の先、拘束せんと力を込めていた尾弐の手から、まるで実態が無いかのように擦り抜けたのは、東京ドミネーターズが一人――――怪人65535面相であった。
そう。尾弐が懸念した通り、現れた那須野橘音は怪人65535面相が化けた偽物だったのである。
>「クカカ……ご機嫌よう諸君!我が主の愛娘、親愛なるレディを引き取りにまかり越したヨ」
>「ビックリしているネ。クカカ!以前、キミたちは吾輩の名を騙ってニホンオオカミを奪おうとしたろ?そのお返しだヨ」
>「カンスト仮面! 今日という今日は許さないぞ!
>具体的にどうするかというと拘束した後に母上に引き渡し記憶操作の杖で原型をとどめない程にノエライズしてやるわあ!」
>「うるさいな。じゃあ今からお返しのお返しをしてやるよ」
道化じみた言動をする赤マント。だが、尾弐は彼の妖怪の実力が本物である事を疑っていない。
何せ、眼前の妖怪は那須野橘音が知略を尽くし数十年に渡り追って尚捕える事が出来ず、
尾弐黒雄がその規格外の身体能力を駆使して行った強襲を幾度も退けた怪物なのだ。
少なくとも、ポチが感じている通りに、この場で勢い任せに無策で襲撃をした所で捕えられる様な相手ではない。
故に、尾弐は赤マントの動向を探る。
赤マントとレディベアの間で繰り広げられる説得の寸劇など見るべき価値は無いと断じ、
ただただ、その喉元を千切り折る為の隙を探さんと、赤マントの服の動き一つ見落とさぬ様に意識を加速する。
そして―――だからこそ、出遅れた。
己に対する害意の刃、或いは仲間に対する敵意の刃。
それにばかり視線を向けたが故に、気付くのが遅れてしまった。
赤マントの言葉の刃。心を切り刻まんとする悪意の刃が、祈へと向けられていた事に。
>「キミ、あの女の娘だろ?颯と言ったっけ、そっくりだものネ……まるで生き写しだ。すぐにわかったヨ、クカカカカッ!」
>「あの赤ン坊が、こんなに大きくなるなんてネェ……時間の過ぎるのは本当に早いものサ。ああ、まだ昨日のように思い出すヨ――」
>「あの女と、その連れ合い。キミのママとパパが悶え苦しみ、死んでゆく姿をネ……クカカカカカッ!」
「っ……!」
気付いた時にはもう遅い。
赤マントは、人の神経を逆撫でする様な不快な笑みを浮かべ、語りだしていた。
かつての、東京ブリーチャーズの原型とでもいうべき集団の結末を。その末路を。真実を。
>「まだ赤ン坊のキミを抱きしめて、『お願い、この子だけは助けて』ってネ……みっともなく命乞いをしていたっけネ!」
>「クカカカッ!あの無様な姿!最高の見世物だったヨ!思い出しただけでゾクゾクする……堪らないネ!」
>「また見たいなァ!キミは見せてくれるかな?キミのママみたいな命乞いを!哀れにもがく有様を!クカカカカカッ!」
>「――母さんはそんなこと言わない!!」
>「教えてあげるヨ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのママとパパを殺したのは――」
>「そこにいる葬儀屋クンと。キミたちのリーダー、那須野橘音……なのサ」
>「リアルにしろっつったろ。そんなの尾弐のおっさんに聞けば一発でバレる嘘だ。
>言ってやれよ尾弐のおっさん。嘘だって」
赤マントのその語りを聞いた祈は、けれど赤マントの言葉に激昂し、明確な意志を以ってその言葉を否定した。
それは、これまでの日々で培われてきた尾弐と那須野への信頼によるものであったのだろう。
何気ない日常から命をすり減らす様な戦いの日々に至るまで、共に過ごしてきた仲間との絆を信じた言葉であったのだろう。
だが。
「……」
尾弐黒雄は、祈のその問い掛けに応える事が出来なかった
赤マントの言葉――――尾弐黒雄と那須野橘音が、多甫祈の両親を殺したという言葉を、否定する事が出来なかった。
180
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/01(金) 23:39:59
>「……尾弐の、おっさん?」
「嬢ちゃん、俺は……」
無言を貫く尾弐に、不安に揺れた瞳を向ける祈。
その瞳を。迷い子の様な瞳を向けられた尾弐は、何かを言い掛け…………口を閉ざし、静かに祈から視線を逸らした。
それは百の言葉よりも雄弁な、意志の表示。
親に全幅の信頼を寄せる赤子を谷底へと放り投げるような所業。
……ああそうだ。つまり、尾弐黒雄が。この悪鬼こそが、祈の両親を『殺した』のだ。
>「親を殺しておきながら、その娘をのうのうと手駒として使うだなんて、キミらの方がよほど妖壊に近いんじゃないのかネェ?」
>「人道的見地から言えば、とてもとても!そんな非道な真似はできっこないヨ、クカカカカカカカ―――――ッ!!!」
>「黙れ……黙れ黙れ黙れ!! どうせお前の言葉は誰も幸せにしないんだ、二度と無駄口たたけないようにしてやる!」
赤マントの挑発と、尾弐を庇う様なノエルの激昂にも尾弐は言葉を発する事は無かった。
妖壊を前にしてまき散らかされる殺意も敵意すらも、今の尾弐には存在しない。
赤マントの手により狂化した猿夢の剛腕。
それを防御することも無く受け、駅の壁を砕く程の勢いで叩きつけられて尚。
口から血を流しながらも、無言で立ち尽くす。
>「猿夢は敵に合わせて無限に強くなってゆく妖壊。だから、誰かひとりは『猿夢に手の内を見せない者』が必要だったんだ」
>「わたしは猿夢本体を一撃で葬り去れるという確証が得られない限り、軽々には動けなかったのさ」
>「みんなをダシにしたのは申し訳ない!けれど、どうか理解してもらえれば嬉しいね!はっはっはっ!」
唯一、騎士がその絶技を以って猿夢を切り捨て、存在ごと灰塵へと還した時は、
彼が手に持つ剣に対して警戒の色を見せていたが、それも普段の彼からすれば鈍い反応であった。
刑の執行を待つ罪人の様に、祈と視線を合わせない様に沈黙を貫く尾弐。
>「……ア、アデューですわ。東京ブリーチャーズの皆さま……ほんの少しの間でしたが、共闘。面白かったです」
>「クカカ、これで吾輩の役目はおしまい!吾輩も失礼するよ。もちろん、諸君らはここへ置き去りだがネ!」
>「きさらぎ駅は幻の駅。現世と常世の狭間に位置する世界――。通常の手段では脱出不可能!」
>「別に、血まなこになって諸君を殺さずとも。東京でない場所に置き去りにすればよかったのだネ、最初から!」
>「それでは東京ブリーチャーズの諸君、たっぷりと幻の駅を楽しんでくれたまえ!またお目にかかれるといいがネ、クカカカカッ……!」
だが、それでも
此度もまた暴虐を尽くし、立ち去らんとする東京ドミネーターズ。彼らに対し
「……東京ドミネーターズ。テメェ等の未来に、一片の救いもあると思うな」
最後に尾弐はそう呟いた。
覇気は無い。ただ、その言葉には呪詛めいた感情が込められていた……。
―――――――
181
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/01(金) 23:42:59
ドミネーターズが立ち去った後、一行は都市伝説である『きさらぎ駅』の中へと取り残された。
閉じた闇と、遠くに響く祭り囃子の音は、その場に居る者達の不安を厭がおうにも掻き立てるが……
しかし、この空間の空気が重いのはきさらぎ駅だけのせいではないだろう
>『ごめん、先行ってて。あたしは後から追い付くから』
>「えっ、先行っててって……」
空気を変える為に、脱出の手段を話し合おうとしたノエル。
赤マントの不意打ちという可能性への早期の対処を求め、それに追随したポチ。
……だが、彼等のその心遣いは報われない。
言葉を受け取る事が出来ない程に心理的に追い詰められ、言葉を振り切り立ち去ってしまった祈。
そして、駅の椅子に腰かけ、右の掌で自身の顔を覆い隠している尾弐。
二人を軸として、東京ブリーチャーズという集団に深い罅が入り始めていた。
「……」
祈を追いかけノエルが走り去り、構内にはポチと尾弐が取り残される。二人は暫くの間沈黙を保っていたが
>「……ねえ尾弐っち」
――――やがて、ポチが静かに口を開いた。
>「そう、何も知らないんだよ。だから何も言ってあげられないんだ、祈ちゃんに。
>ノエっちは多分今、祈ちゃんを励ましてるよ。
>もしかしたらそれは上手くいって、祈ちゃんは出てきてくれるかもしれない」
かつて、東京ブリーチャーズの原型に何があったか。
那須野と尾弐が語らぬ以上、ノエルとポチがそれを知る由は無い。
或いは、そこにはノエルの思った通りの知らぬ方が幸福な事実があるだけかもしれない。
だが、それでも。
例えそこに刻まれている事実が昏いものであるとしても、隠して沈める事無く語るべきだとポチは告げる。
その言葉に根幹にあるのは、ポチが尾弐と祈の為に何かをしたいからという『我儘』だ
けれど……その我儘は、どこまでも正しく優しい。
善意とは、本来押し付けであるものだ。
ポチが二人の為に何かを成そうとするのであれば、その我儘を押し通し、過去を暴く他ない。
>「……ちゃんと、尾弐っちが話をした方がいいよ。
>口利いてもらえなくなるかもしんないけどさ。
>でも祈ちゃんに怪我はさせらんないだろ」
どこまでも自分たちの事を大切に……そう、例えるなら、まるで家族の様に想ってくれているポチの言葉を受けた尾弐。
彼は、顔を覆っていた掌を静かに外し、鋭利な双眸を開くと……ポチの頭に、その大きな手を置いた。
「ありがとな、ポチ助。お前さんの言う通りだ……だけど悪ぃ。俺は、そんな当たり前の事ができねぇんだ」
そう言った尾弐が浮かべた表情は、困った様な作り笑いであった
182
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/02(土) 00:23:06
そのまま視線を空へと動かし、ポチの頭を撫でながら尾弐は言葉を続ける
「……あの赤マントの奴は、嘘は言ってねぇ。俺は、確かに俺の意志で嬢ちゃんの両親を殺す選択をした。経緯はどうであれ、それは紛れも無い事実だ」
「そうだ。あの二人が揃って生きる道は、確かにあった。それを知ったうえで、俺はその選択を取らなかったんだ」
絞り出すように出す言葉であるが、尾弐は意識してそこに感情の色を込めていない。
「事実が変わらねぇ以上、死の詳細を知った所で救われる事なんて何一つねぇ。だから……いや」
そこまで言い掛けて、自分が言い訳じみた言葉を発している事に気付いた尾弐は頭を掻いて言葉を中断する。
そうしてポチの頭から手を放し立ち上がると……そこでトイレから戻ってきたノエルに気付き、
背を向ける形で駅の柱へと体を預けた。
>「そういえばアイツ、通常の手段では脱出不可能って言ったよね。
>裏を返せば前例がないことをやりまくれば脱出できるんじゃないかな?
>例えば、祭囃子やってる人たちに突撃するとか――」
「……微妙な所だな。どうみても誘蛾灯だとおもうが、逆に言やぁ潰せば夢の強度も落ちる弱点とも言える。
まあ、幸いここは『きさらぎ(鬼)駅』だ。俺をどうこう出来る相手もいねぇだろうし、その方針で動くならオジサンが先導するぜ」
……そのまま、語りかけてきたノエルに努めていつも通りの態度で話す尾弐の姿は、
彼が祈に真相を語るつもりが無い事を明示していた。
183
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/12/02(土) 21:02:21
『猿夢』は滅びた。
東京ドミネーターズは撤退した。
祈たち東京ブリーチャーズは戦闘に勝利した。今はもう、誰も危害を加える存在はいない。
しかし。
赤マントの去り際に残した一言が、どんな殴打よりも激しく、どんな斬撃よりも鋭く彼らを傷つけていった。
『教えてあげるヨ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのママとパパを殺したのは――』
『そこにいる葬儀屋クンと。キミたちのリーダー、那須野橘音……なのサ』
その言葉をウソだと信じる者と、そう断言できない者。
認識の齟齬が東京ブリーチャーズの間に亀裂を入れ、溝を穿つ。
強力な妖壊をけしかけるまでもなく、赤マントはその口舌のみでブリーチャーズにかつてない打撃を与えた。
あたかも、それこそが今夜の目的であったのだと――そう嘲笑いでもするかのように。
結果ブリーチャーズは今後の行動指針を決定することもできず、きさらぎ駅で足止めを余儀なくされている。
祈はトイレに籠ってしまった。いつも快活な祈がふさぎ込む姿など、ブリーチャーズの面々は誰も見たことがない。
年長者であり、古参であり、メンバーのまとめ役でもある尾弐が、あからさまな苦悩を見せる姿も。
そしてこんなとき、決まってメンバーを叱咤し、進むべき道を示し、すべての謎を解く鍵を握っているであろう橘音は、この場にいない。
>結局、ぬか喜びさせられただけか……なんて言ってる場合じゃないね。
ポチが提案する。夢の世界から撤退した東京ドミネーターズが狙うとしたら、孤立している橘音であろう。
さらにポチは赤マントが前言を翻して再襲撃してくる可能性までも想定する。
>連れ戻してくる!
乃恵瑠が急に尿意(?)を催し、ダッシュでトイレに向かうと、ホームには尾弐とポチだけが残った。
ポチは何もかも明らかにしてしまうべきだ、と尾弐に忠告する。
例え恨まれることになろうと、憎まれることになろうと、謎を謎のままにしておくよりはマシだろうと。
確かに、祈には知る権利がある。肉親の最期がどうであったのか、それを証人から問い質す権利が。
だが、尾弐は――そして橘音は、それをよしとしなかった。
嫌われることを懸念しているのではない。
憎まれるのが恐ろしいのでもない。
理由は簡単。ただ、それが無為なことだと知っているがゆえ。
仮に祈へそれを語って聞かせたとして、いったいそこに何が残るだろう?
両親の凄惨な最期を知り、尾弐と橘音の所業を知り。
それで前向きに歩いてゆけるのか?すべてを理解し、呑み込み、自らの心の糧のひとつとして、一歩を踏み出せるのか?
そんなことは無理だ。
祈はたかだか14歳の少女でしかない。そんな少女に、詳らかにされた事実をすべて受け入れろというのは残酷に過ぎる。
だからこそ、黙っていた。
いつか、少女が大人になったとき。どんな事実も受け止められるだけの心の成長が遂げられたとき。
そのときまで、黙っていようと決めたのだ。
だが。
それを、赤マントが踏みにじった。
妖怪にとっては昔と言うには早すぎる、十数年前の出来事を。まだ真新しいかさぶたを。
笑いながら剥ぎ取ったのだ。
184
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/12/02(土) 21:15:09
チカチカと、女子トイレ天井の蛍光管が頼りなげに明滅している。
それはあたかも、絶望の中に何とか希望を見出そうとする――儚い可能性に縋ろうとする今の祈の心にも似て、甚だ不安定な明かりだ。
きっと、長くはもたない。早晩蛍光管は切れて、二度と光らなくなってしまうことだろう。
そして――すべて暗黒に包まれてしまう。一条の光さえ差さない、真闇に変わる。
赤マントの言葉を否定しろ、という祈の言葉に、尾弐は従わなかった。
それは、赤マントの言葉が虚言でないということの確かな証拠。真実の証明。
祈の両親の死に、尾弐と橘音のふたりが深く関与していることは間違いない。
そして、それがふたりにとって『祈に言えないこと』であるということも。
一度疑い始めるときりがない。今まで告げられた優しい言葉が、温かな振る舞いが。
すべて嘘と偽りに満ち満ちた行いであったかのようにさえ思えてしまう。
とはいえ、いつまでもそうしてはいられない。
この『きさらぎ駅』には祈とノエル、ポチ、そして尾弐の四人しかいないのだ。ここから出るには、否応なしに仲間と話すしかない。
……はずだった。
「……そこに誰かいるのか?」
トイレの入口の方で声がする。それはノエルともポチとも、まして尾弐とも違う声。
「もう終電は出たし、トイレの中にいても誰も来ないよ。そんなところにいないで、出てきなさい」
「参ったな……。家出少女か?多いんだよなあ。駅の施錠ができないじゃないか」
祈が何らかの返事をすると、声の主はぶつくさと独り言をぼやいた。二十代後半くらいの、男の声だ。
どうやら、この『きさらぎ駅』の駅員のようである。こんな人界の外にある秘境駅に駅員がいるとは驚く他ない。
「ここは君がいるべき場所じゃない。家に帰りなさい、きっと君のご両親も心配しているはずだよ」
駅員らしき男は女子トイレの入口に佇み、個室に籠ったままの祈を諭す。
185
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/12/02(土) 21:15:28
「おおかた、親と喧嘩して帰れなくなった……とか。そんなところだろう?いるんだよ、君みたいな子」
「でもね。そんなの、大したことないさ。後になって考えたら、どうしてそんなことで喧嘩なんてしちゃったんだろう?なんて――」
「そう、笑って話せることに決まってるんだ。君の場合だって、きっとそうさ」
そう言うと、駅員の男はハハ、と笑った。
「君のお父さんかお母さん……いや、おじいちゃんかおばあちゃん?それとも、親代わりになってくれている誰か……?」
「確かにその人たちは君にひどいことを言ったかもしれないし、やったかもしれない。君が怒るに足ることを」
「……けど。それは決して、君を怒らせようとか。家出させようとか。そんなことを考えてやったことじゃないはずだよ」
「君のため、よかれと思ってやったことが、たまたま裏目に出てしまった。君を偶然怒らせてしまった……ただ、それだけなんだ」
「思い出してごらん、その人たちのことを。その人たちが、今まで君にしてきたことを」
「君が今感じている不幸よりもずっとずっと大きな幸せを、喜びを、その人たちは君に与えてくれたんじゃないかな?」
何の前触れもなく駅舎に現れた駅員の存在は、東京ドミネーターズとの戦闘を終えたばかりの祈には不審に感じられるかもしれない。
けれどその声音は穏やかで、告げる言葉は優しく親昵さに溢れている。
「喧嘩は悪いことじゃない。気に入らないことがあるのなら、どんどんすればいい」
「我慢をしていると、心には知らないうちに澱が溜まってゆく。ときには全部ぶちまけて、発散することも必要なんだ」
「ただ、相手を憎むために喧嘩じゃダメだ。相手をより深く知り、自分をより深く知ってもらう――」
「今よりもっと、相手と仲良くなるための喧嘩でなくちゃ、ね」
「君の相手は、それを許してくれないほど狭量な人たちなのかい?君が心のうちを明かすことを、迷惑に思う人たちなのかな?」
ガタリ、と個室の扉の向こうで物音がする。
トイレの入口で、駅員は何か身じろぎしたようだった。
「ホームを出て、祭囃子の聞こえる方向へ行きなさい。そうすると、櫓と提灯が見えてくる」
「その櫓の脇をすり抜けて、ずっとまっすぐ進むんだ。走りなさい、脇目もふらず……特に、櫓の周りで踊っている者を見てはいけない」
「道は上りの坂道になってゆくはずだから、そこをのぼっていくんだ。何か聞こえるかもしれないが、耳を貸さないこと。約束できるね」
「その坂道の果てに、迎えが来るはずだ。その迎えと合流すれば、君は元いた場所に戻れるはずさ」
「時間がない。そこから出て、元の場所に戻るんだ。君が本来いるべき世界に……そして、君の心を。大切な人に話すといい」
「そうすれば。君は今よりもっと、ずっと――絆を深めていくことができるだろう……」
駅員の声が、徐々に小さくなってゆく。
そして。
>うぅ……僕は基本トイレ行かない仕様なのにこの世界設定ミスしてないか!?
乃恵瑠がトイレに駆けこんだとき、その姿はもう、どこにもなかった。
186
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/12/02(土) 21:22:34
祈は個室から出てくるだろうか。そして、尾弐と話をするだろうか。
いずれにせよ、ここに留まっていたところで事態が好転することは決してない。
きさらぎ駅系の話には、改札を出てはいけない――という一節があるが、改札を出なければ祭囃子の方には行けない。
改札の内側から外を見ると、はるか前方に薄ぼんやりと明かりが灯っているのが見えた。
祭囃子の音色もそこから聞こえてくるようである。そこで祭りをしている者がいるのだろう。
>例えば、祭囃子やってる人たちに突撃するとか――
>まあ、幸いここは『きさらぎ(鬼)駅』だ。俺をどうこう出来る相手もいねぇだろうし、その方針で動くならオジサンが先導するぜ
自動改札機などといった文明の利器はない。なんの遮蔽物もない改札を抜けると、駅の出入口の脇に農作物の販売所があった。
田舎によくある、雨風を凌ぐだけの小さな小屋に近所で採れた作物が無造作に置かれている、無人販売所だ。
よく熟した桃とブドウ、それから大振りのタケノコがいくつか売られている。
ただ、通常の無人販売所にあるような『お代はコチラ』的な代金を入れる入れ物がない。
ついでに金額の表示もない。どころか『ご自由にどうぞ きさらぎ駅』などと書いてある。
タダで配っているので、持って行ってよいということなのだろうか。
ノエルと尾弐の提案通りに祭囃子と明かりの方へ歩いていくと、徐々に音が大きくなってゆく。と同時、明かりの詳細も見えてくる。
土がむき出しで、草一本生えていない広場のど真ん中に大きな櫓が立っており、その周囲に粗末な小屋が幾棟か建っている。
櫓から無数の提灯が小屋の屋根へ向けて吊り下がっており、周囲を照らしているのだった。
そして、その櫓をぐるりと囲むようにして、盆踊りか何かのように無数の影が踊っている――
否。
『身をくねらせている』。
それは、遠目に見るれば確かに人のシルエットを持ったものであった。頭があり、胴体があり、四肢があり、直立している。
が、違う。
『人ではない』。
まるで、絵心のない人間が描いた棒人間のような。針金を人型により合わせたような。
目鼻も、指も、身体の凹凸も何もない『人のような何か』が、一心不乱に身をよじり、うねり、のたうっている。
現在のメンバーの中で最もネットロアに詳しいノエルは、『それ』が何かわかったかもしれない。
『くねくね』
近年、ネットロアによって爆発的に広まった怪異。
それが群れをなし、櫓の周りをゆっくりと。緩慢に。かと思えば時に痙攣するように激しく。
ただただ、身もだえするように回っている。
櫓の頂上から、祭囃子が聞こえてくる。遠間には陽気なお囃子のように聞こえたが、近付くにつれてその印象が変わってゆく。
引き攣った悲鳴のようにも聞こえる笛の音。
まるで規則性というもののない、ただ無茶苦茶に叩いているだけの太鼓。そして――
お囃子の音色の中に響く《テン……ソウ……メツ……》の声。
櫓もくねくねたちも、そして祭囃子のような何かも、東京ブリーチャーズにとっては初めて見聞きするものに違いない。
……が、尾弐だけは櫓の周りにいくつか建っている粗末な掘っ立て小屋に見覚えがあるだろう。
もうずっと昔、まだ尾弐が橘音とふたりで妖壊退治をしていた頃。
ぬらりひょんの富嶽に依頼された案件で、向かった先の村。
『巨頭オ』と書かれた看板の先に存在した村の小屋と、それは瓜二つだった。
まるで伝承では決して語られることのない類の、悍ましくも名状しがたい神へ祈りを捧げるかのように。
くねくねたちは『テン……ソウ……メツ……』が響く中、一心不乱に身をくねらせ続けており、ブリーチャーズに気付く気配はない。
そのままことを荒立てず、櫓を迂回して行くなら、戦闘を回避して坂道まで到達することも可能だろう。
187
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/12/02(土) 21:28:40
櫓を迂回して、先へ進む。
櫓の先は駅員が言った通り緩やかな上り坂になっていた。道はやがて峠のようなカーブの連続になり、上へと続いている。
つづら折りになった上り坂をのぼってゆくと、眼下に櫓の明かりが見えた。
踊るくねくねたちの影が提灯のオレンジ色の光に照らされて、その身体の何倍も大きく長く伸びている。
難所は過ぎた。このままくねくねたちに気取られずに行ければ、無事に頂上までたどり着けるだろう。
と、思ったが。
……ヒタ……、ヒタ、ヒタ、ヒタリ。
舗装もされていない坂道を踏みしめる、濡れたような足音。
それは、これから向かうべき進路の先から聞こえてきた。
櫓の方から聞こえる物音ではない。間違いなく、ブリーチャーズの前方から聞こえてくる。
それは徐々に大きくなってゆき、やがて急カーブの向こうから一匹のくねくねが姿を現した。
闇の中にぼんやりと浮かび上がる、真っ白な人型のシルエット。
だが、それは決して人間ではない。その証拠に顔らしき場所には目鼻も口もなく、髪も生えておらず、ただただのっぺりしている。
身体にも凹凸はなく、まさしくただのラクガキをそのまま実体化させたような、曖昧極まりない存在。
くねくねは夢遊病者か昔のホラー映画のゾンビのように覚束ない足取りで、ゆっくり坂道を下ってくる。
東京ブリーチャーズとの距離が近づいても、くねくねは何もしない。ゾンビのように襲い掛かってくることもしない。
櫓へ行こうとしているのだろうか、ただゆっくりと、上半身をのたうたせながら歩くだけだ。
くねくねはネットロアでも『見るだけなら無害』と言われている。物理的に危害を加えられたという話もない。
櫓のくねくねたちがそうだったように、今回も刺激せずにやりすごせば問題なく通過できるだろう。
……と、思われたが。
くねくねをやり過ごし、100メートルほど進んだ後で、ポチは気が付くかもしれない。
すれ違ったはずのくねくねが『振り返ってこちらを見ている』。
もちろん、くねくねに目はない。それどころか身体に表裏の区別さえない。
だから、振り返ったこともこちらを見ているということも、一見しただけではわからない。
が、それでも。
ポチの優れた五感は、今のくねくねが立ち止まり、振り返ってブリーチャーズを凝視していることに気が付くだろう。
そして――
《¥「@・。pmぬytrvべでrftgぬhyじm、おp!!!!!!!!》
くねくねはどこにそんな器官があるのかという程の声量で、突然けたたましく何かを叫び始めた。
耳を劈くような大声量だ。何を言っているのかなどわからない、そもそも人間や妖怪には発声不可能な声。
が、その意味するところはわかる。
それは警報だった。この地に自分たち以外の『異物』が存在していることを仲間に教えるためのサイレン。
途端に、広場で各々のたうち続けていたくねくねたちが踊りを止める。皆が一斉に坂道にいるブリーチャーズを凝視する。
掘っ立て小屋の引き戸が勢いよく開き、そこから新たな怪異が飛び出してくる――。
《オッ!オッ!オオオオッ、オオオ!オオオオオオオオオオオオオオオ!!!》
それもまた、人間のようで人間でない何かだった。
大まかな造作自体は人間に見える。が、その頭が胴体に不釣り合いなくらい大きい。
頭だけで1メートルくらいはあるかもしれない。イースター島のモアイが人間になったらこんな感じだろうか。
そんな巨大な頭の人間によく似た何かが、気を付けの姿勢で頭だけを左右に激しく振りながら歩く。
数は三十人はいるだろうか――三十匹と言った方がよいか。
そんなくねくねと巨頭が叫び声に応じ、櫓を離れ。
ブリーチャーズのいる坂道へと集まってくる。
くねくねたちの歩行は遅く、ブリーチャーズに追いつくには時間がかかるだろう。
が、巨頭たちは違う。甚だ歩きづらそうな姿勢とは裏腹に、その歩みはやたらと早い。
くねくねも異様だが、まるで薬物中毒者のように焦点の定まらない双眸をグルグルと回転させ、涎を撒き散らし。
薄笑いを浮かべながら頭を激しく左右に振り、髪を振り乱して坂道を上ってくる巨頭の姿は恐怖としか言いようがない。
そして。
188
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/12/02(土) 21:33:30
《テン……ソウ……メツ……》
聞こえてくる、不気味な声。
くねくねの群れを押しのけ、巨頭がブリーチャーズに襲い掛かってくる。
《オオオオオ!!!オッ!オオッ!オオオオオオオオオオ!!!!》
巨頭が頭とは不釣り合いに細い手を伸ばす。
万一しがみつかれでもしたら、身動きが取れなくなり巨大な口によって噛みつかれ、喰われてしまうのは明白だ。
尤も、巨頭たちは見た目通り頭と身体のバランスが取れていないらしく、足払いなどすれば簡単に転倒する。
また胴体の耐久力も人間並みにしかないらしく、尾弐の膂力やポチの牙などで容易に粉砕できる。
妖術を使うこともないので、ノエルの凍気で凍り付かせることもできるだろう。
しかし。
《オオオオ!オオ!オオ!オオオオオ!オオオオ!!!》
巨頭は『多い』。
どれだけ倒そうとも、凍りつかせようとも、仲間の死体を乗り越えて襲い掛かってくる。
一見して十人も入れないように見える、櫓の周りの掘っ立て小屋から、無尽蔵と言っていいほど巨頭が続々と飛び出してくる。
また、巨頭はしぶとい。完全に息の根を止めるには、頑丈な顔面を粉砕するか心臓を破壊するしかない。
でないと巨頭は這いずってでもブリーチャーズに近付き、その足に喰らいつくだろう。
かつて尾弐と橘音がこの怪異と遭遇した際も、ふたりは際限なく現れる巨頭にうんざりし、逃走の道を選んだのだ。
そして、そんな巨頭たちの後続には、これまた輪をかけて数の多いくねくねたちが控えている。
くねくねと交戦したという妖怪の話は聞かない。よって、くねくねがどんな攻撃をしてくるのか、どれほど強いのか、誰も知らない。
何か未知の攻撃をしてくるかもしれない。妖術を使ってくるかもわからない。
いずれにせよ戦いたくない相手だということに変わりはないだろう。
おまけに――
《テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……》
……まだ『何かいる』。
ぼんやりと感じられるのは、ノエルの身体を構成している山気――山の霊気とよく似たものである。
が、ずっと穢れており澱んでいる。呪文のようにテン、ソウ、メツと繰り返しているのは、たちの悪い山神の類であろうか。
邪悪な山神は同じ山に棲む雪女とは相容れず、それどころか忌み嫌われている。
山神に攫われ、犯され――山神の子を孕まされる雪女が、里には少なからずいるのだ。
もちろん、今ここにいるそれがノエルの里の近くにいた山神であるとは限らない。
が、山神という存在そのものが雪女にとって不倶戴天の敵であることには変わりない。
《オオオオオ!オ!オオ!オオオオオオオ!オ!!》
《テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……》
巨頭の群れのおらびが、不気味な呪文のような唸りが、ぐるぐると渦を巻いてブリーチャーズの鼓膜に響く。
太鼓の、笛の音色が、すぐ近くで聞こえる。
それでも追撃を振り切りながら坂道をのぼりきると、そこには巨大な岩が鎮座していた。
5メートル以上はあるだろうか、大きいとしか形容できない岩だ。
そして、その岩の向こうに山を穿って作ったらしいトンネルが見える。どうやら大岩はそのトンネルを塞ぐ形でこの場にあるようだった。
大岩を破壊することさえできれば、きっとこの世界から脱出することができるに違いない。
……が、その手段がない。尾弐の大力をもってしても、さすがに5メートル以上ある大岩を動かすことはできないだろう。
背後からは続々と巨頭とくねくねが押し寄せ、東京ブリーチャーズに迫っている。
逃げ道はなく、四人は坂道のどん詰まりに追い詰められた。
祈がきさらぎ駅で出会った駅員は、坂道の果てに迎えが来ると言った。
だが、その指示した場所には大岩で塞がれたトンネルがあるだけだ。迎えらしき人影もない。
ひょっとしたら、あの駅員もまた偽橘音と同じく赤マントの変装した姿で。祈をさらなる絶望へ追い込もうと画策しているのだろうか?
《オオ!オ!オオオオ!オオオ!オ!》
《……テン……ソウ……メツ……》
首を激しく振りながら、満面の笑みを浮かべて巨頭たちが追ってくる。
くねくねがにじり寄り、呪文が大きくなる。
東京ブリーチャーズは危機に瀕していた。
189
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/06(水) 20:01:27
塞いだ視界は暗く。時間は遅々として進まない。
祈の思考は同じところをグルグルと回り続けた。
あれから何分経っただろう。みんなはもうかたす駅に着いただろうか。
そんなことを考えていると、
>「……そこに誰かいるのか?」
トイレの入口から男の声が聞こえてきた。
誰だろうとぼんやり考える祈だったが、その答えは分からない。
ここきさらぎ駅にいるのはブリーチャーズだけの筈だが、その声はブリーチャーズの誰とも似つかなかった。
>「もう終電は出たし、トイレの中にいても誰も来ないよ。そんなところにいないで、出てきなさい」
「…………」
男の言葉に対し、祈は沈黙という答えを返す。
鼻をすする音はここに誰かが居ることを示し、沈黙は男の言葉に応じるつもりはないという明確な意思表示だった。
祈が黙っていたのは警戒もあったろう。
>「参ったな……。家出少女か?多いんだよなあ。駅の施錠ができないじゃないか」
声からして20代か、30代頃であろうか。その男の声は困ったようにぼやいた。
施錠するという言葉から察するに、男はきさらぎ駅の駅員か何かであるようだった。
どこかの駅員だった男の霊がきさらぎ駅に流れ着き、
ここを自分が管理する駅だと勘違いして居着いている、という可能性も充分にあるが。
>「ここは君がいるべき場所じゃない。家に帰りなさい、きっと君のご両親も心配しているはずだよ」
ともあれその駅員と思しき男は、めげることもなくトイレの入口から祈へと声を掛けてくるのだった。
仕事熱心なのか、優しいのか。あるいはその両方か。
>「おおかた、親と喧嘩して帰れなくなった……とか。そんなところだろう?いるんだよ、君みたいな子」
違う、喧嘩したんじゃない、と祈は思ったが、
男の中で祈はすっかり親と喧嘩して家出した娘になってしまっているらしく、男はそのまま続けた。
>「でもね。そんなの、大したことないさ。後になって考えたら、どうしてそんなことで喧嘩なんてしちゃったんだろう?なんて――」
>「そう、笑って話せることに決まってるんだ。君の場合だって、きっとそうさ」
男の話はある種、的外れではあった。
祈は赤マントに連れてこられただけで、親と喧嘩して迷い込んだ訳でもなければ、
こうして籠っている原因は笑えるような話でもきっとない。
だが男なりの懸命さで、顔も知らない少女のことを、返事もしない誰かのことを想って言葉を紡いでいた。
それが優しい声音だからだろうか。それとも顔も知らない誰かの言葉だからだろうか。
祈はその言葉に、不思議と耳を傾けることが出来た。
その的外れな言葉の中に、意味を見出そうと思うことが出来た。
190
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/06(水) 20:03:43
>「君のお父さんかお母さん……いや、おじいちゃんかおばあちゃん?それとも、親代わりになってくれている誰か……?」
>「確かにその人たちは君にひどいことを言ったかもしれないし、やったかもしれない。君が怒るに足ることを」
>「……けど。それは決して、君を怒らせようとか。家出させようとか。そんなことを考えてやったことじゃないはずだよ」
>「君のため、よかれと思ってやったことが、たまたま裏目に出てしまった。君を偶然怒らせてしまった……ただ、それだけなんだ」
尾弐と橘音が父母を殺したにせよ、誤って死なせてしまったにせよ。
少なくともそれ自体は祈の為にしたことではないのだろう。
だがそれを“黙っていたこと”は、きっと祈の為だった。
祈が橘音によってブリーチャーズに引き入れられたのは、恐らく危なっかしいからだ。
ブリーチャーズに所属する前からムカデや大蛇、蛙、蜘蛛、人面犬……人を襲う妖怪達と戦い、
一人で倒してきた祈だが、いずれは一人ではどうにもならない強敵と対峙する時が来る。
それこそドミネーターズのような難敵と出遭っていたら、今頃命があるかどうかは怪しいものだ。
しかし個ではなく群れとなり、力を合わせれば生存率がグンと上がるのは自明の理で、
事実八尺様やコトリバコなど様々な怪異との戦いは、仲間がいたからこそ生き延びることができたと言えよう。
だが父母の死の真実を知って祈が精神不安定に陥れば、それは叶わなかった。
仲間との不和。孤立。集中力の欠如。様々な要因が重なり、あっさり命を落としていたかもしれない。
戦いに参加しなくなったとしても、その事実が重ければ、重みに心が潰されていたかもしれない。
橘音と尾弐は、祈の命と心を守る為に、沈黙を守っていたのだと考えられた。
>「思い出してごらん、その人たちのことを。その人たちが、今まで君にしてきたことを」
>「君が今感じている不幸よりもずっとずっと大きな幸せを、喜びを、その人たちは君に与えてくれたんじゃないかな?」
ブリーチャーズの一員として過ごした日々。
それは人知れず孤独にただ戦い続ける日々と比べ、どれ程充実していたことだろう。
だからこそ、祈は怖いのだ。この日々や幸せを失うことが。
祈が少しでも気持ちを表に出してしまったら、どうなるかわからない。
歯止めが効かなくなり、紡いだ言葉は尾弐や橘音を傷付けてしまうかもしれない。
そして真実を知った時、祈が思っている以上に根が深ければ、
自分を想って口を噤んでいてくれた二人を永劫、嫌悪したり憎んだり、そんな風になってしまって、
こんな日々や関係なんて終わってしまうのではないかと、そう恐れた。
ずっとこのままでいればその終わりを見なくて済むんじゃないか。先延ばしにできるんじゃないか。
そう思ったから、祈はこんなところにいるのだ。
それを見透かしたように、男は言う。
>「喧嘩は悪いことじゃない。気に入らないことがあるのなら、どんどんすればいい」
祈はその言葉にはっとする。
>「我慢をしていると、心には知らないうちに澱が溜まってゆく。ときには全部ぶちまけて、発散することも必要なんだ」
>「ただ、相手を憎むために喧嘩じゃダメだ。相手をより深く知り、自分をより深く知ってもらう――」
>「今よりもっと、相手と仲良くなるための喧嘩でなくちゃ、ね」
>「君の相手は、それを許してくれないほど狭量な人たちなのかい?君が心のうちを明かすことを、迷惑に思う人たちなのかな?」
喧嘩していい。気持ちをぶつけていい。きっと相手は受け止めてくれる。
それは、少しでも気持ちをぶつければ関係が壊れてしまうと考えていた祈にとって意外とも思える言葉で、
蛍の放つ微かな光のような……希望だった。
きっと尾弐と橘音は受け止めてくれる。そう思うが、保証などない。人と人の関係に、絶対はないのだから。
だがそこには確かに、気持ちをぶつけてもこの日々や関係が終わらないかもしれないと言う、可能性が見えた気がしたのだった。
191
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/06(水) 20:06:42
>「ホームを出て、祭囃子の聞こえる方向へ行きなさい。そうすると、櫓と提灯が見えてくる」
>「その櫓の脇をすり抜けて、ずっとまっすぐ進むんだ。走りなさい、脇目もふらず……特に、櫓の周りで踊っている者を見てはいけない」
>「道は上りの坂道になってゆくはずだから、そこをのぼっていくんだ。何か聞こえるかもしれないが、耳を貸さないこと。約束できるね」
>「その坂道の果てに、迎えが来るはずだ。その迎えと合流すれば、君は元いた場所に戻れるはずさ」
>「時間がない。そこから出て、元の場所に戻るんだ。君が本来いるべき世界に……そして、君の心を。大切な人に話すといい」
>「そうすれば。君は今よりもっと、ずっと――絆を深めていくことができるだろう……」
説明しながら、諭しながら。少しずつ男の声と気配が遠ざかるのを祈は感じた。
祈が出てこないと見て、去ろうとしているのかも知れなかった。
「あの! ありが――」
察した祈が慌ててそう口にしたとき。
>「うぅ……僕は基本トイレ行かない仕様なのにこの世界設定ミスしてないか!?」
先程のとは明らかに違う声と、ドタバタとした足音。
次いで祈の隣の個室に駆け込む音が聞こえてきた。
その声はいつもより少し高いノエル(乃恵瑠)のものだった。
先に行っていてと祈は言ったのだが、まだ駅の構内に残っていたらしい。
しかもどうやら、具合が悪いようだった。
>「いや、待てよ……。これ夢の中ってことは現実世界で大惨事になるのでは……!?
>でもこのままじゃどっちにしろ大惨事だし!
>そうやってクールなイケメン兼美女枠の僕のキャラ性をぶち壊しにして生きる気力を奪う作戦だな……!
>おのれカンスト仮面、許さないぞ! なんとしてでも生きて帰ってぶっとばしてやる!」
隣の個室で大騒ぎし始めるノエル(乃恵瑠)の声。
聞いた話によればノエルは精霊寄りの妖怪であるからトイレには行かなくても良いようなのだが、
先程の言葉からすると、今日はそうでもないらしい。
夢の世界から異世界(常世とあの世の境界?)に連れてこられた影響であろうか、
元のノエルの姿に戻れていないことからも、体調を悪くしたかもしれないことが窺えた。
言葉に焦りのようなものが滲んでいるのを祈は感じ取る。
どうやら用を足しに来たようであるが、夢の中で用を足せば現実で大変なことになりそうな予感は確かにある。
具体的にはおねしょ、ということになるだろうか。
ではどうするのかというと。
心配しているもののなんとなく声を掛けるタイミングを失い、祈が黙っていると、
何かをごそごそと探るような音がし、衣擦れの音が響く。
>「大丈夫、誰も見ていない――」
更にそんな、決意すら感じられる声が聞こえたかと思えば。
空いたペットボトル容器に何らかの液体を注ぐような、奇妙な音を祈は聞いたような気がしなくもない。
(えっ、えっ、なに……? なにしてんの……!?)
祈の動揺などお構いなしに事態は進み、その数分後には、
足取りも軽やかにドアを開き、水で手を洗う音が響いてきた。
ノエル(乃恵瑠)が変態の階段を一足飛びに駆け上がったのか定かではないが、
とかくその足音は、頭に疑問符を浮かべる祈のいる個室の前に移動すると、動きを止めた。
そして、
192
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/06(水) 20:15:09
>「そろそろ行こう。ちゃんと連れて帰らなきゃ君のお祖母ちゃんに怒られちゃう。
>あの二人は信じられなくたってお祖母ちゃんは信じられるでしょ? お母さんのお母さんなんだから」
祈に声を掛けてくるのだった。
用を足しに来ただけだと思っていた祈は不意を突かれて、びくりと体を震わせた。
尾弐と橘音のことを信じていない訳ではない。
だが尾弐の赤マントへの反応は、『父母を殺した』という言葉を肯定するに等しいものだった。
殺していないと思っていても殺していると本人が肯定しているのなら、
殺した可能性はあるのかもしれないのだと祈は認識している状態にあり、
この状態が、もはや二人を疑っているのか信じているのか、祈には分からないでいた。
だが、祖母についてははっきりしている。
「……うん」
祖母は、信じられる。
祈は祖母に育てて貰い、祖母の作ったご飯を食べて生きてきたのだから。
>「僕ね、実はお母さんから橘音くんにうちの子をよろしくってされてたんだ。祈ちゃんもそうなんじゃないかな?」
「…………」
どうだったのだろう。祖母からブリーチャーズの話を聞いた記憶はあまりない。
だが、ブリーチャーズに入ることを大反対された覚えならある。
しかし祈が強硬姿勢を崩さなかったことで、祖母はもはや手足を全てもがねば止められまいと思い、諦めたようだ。
その祖母が、ある日珍しく正装をして出かけて行ったことがある。
その日以降、祈がブリーチャーズに所属して妖壊と戦うことに大々的に反対しなくなった。
もしかしたらその日が、橘音に“よろしくしてきた日”なのかもしれない。
>「あの耳聡いお祖母ちゃんが何も知らないはずないもんね。
>きっと全てを知った上で君を橘音くんに託したんだ。だから、大丈夫――
>あとね、クロちゃんを問い詰めないであげて。こういうのは当事者には正しく語れないものさ。
>帰ってからお祖母ちゃんに聞くんだ」
祈が商店街でコトリバコと戦ったことも知っていたくらい耳聡い祖母だから、きっと知ってるだろう。本当のことを。
それでも黙っていたのはやはり、祈の為だったのだろう。
尾弐や橘音に直接聞くのか、それとも祖母に聞くのかはともかくとして、帰らねばならない、という気持ちが祈に芽生えた。
祖母を安心させるためにも。それに、祖母に会いたい気持ちも出てきた。
祈はようやく足を降ろして涙を袖で拭い、扉を開けて外へと出てきた。
「ごめん、手間かけて」
それをノエルは何も言わず抱きしめてくれた。照れ臭いやら、ぬくもり代わりの冷たさがありがたいやら。
そんなことを考えている内、ふと大切なことに気付いた。
お 前 な ん で 女 子 ト イ レ に い る ん だ よ。
瞬間、祈は硬直する。平然と入ってきているので全く気付かなかったが、
ノエルは男である。
いや、見た目は乃恵瑠であるし、話によれば元々はみゆきという雪ん娘であったらしいから、
見た目が男性なだけの女性だと考えることもできなくはないのだが
性別に男を選んで生きてる筈の者が女子トイレに入ってきていいのかは疑問を挟む余地がある。が。
(ま、いっか……)
祈にはツッコむだけの気力がなかったし、なんやかんや来てくれたのが嬉しかったのだ。
差し出された手を掴んで、ノエル(乃恵瑠)に連れられて女子トイレを出る祈。
するとポチや尾弐はまだ駅内にいるのを見つける。先に行ってと言ったのに、
結局皆待ってくれていたのだった。
尾弐とはまだ目を合わせることはできないものの、
これできさらぎ駅に残されたブリーチャーズは全員揃ったことになる。
193
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/06(水) 20:20:17
>「そういえばアイツ、通常の手段では脱出不可能って言ったよね。
>裏を返せば前例がないことをやりまくれば脱出できるんじゃないかな?
>例えば、祭囃子やってる人たちに突撃するとか――」
ノエル(乃恵瑠)はそこで、トイレに入る前とは違う提案をしてみせた。
トイレで用を足し、すっきりしたことで別の選択肢が見えたのだろうか。
>「……微妙な所だな。どうみても誘蛾灯だとおもうが、逆に言やぁ潰せば夢の強度も落ちる弱点とも言える。
>まあ、幸いここは『きさらぎ(鬼)駅』だ。俺をどうこう出来る相手もいねぇだろうし、その方針で動くならオジサンが先導するぜ」
尾弐はそれを、いつも通りの態度で受けた。
一時は動揺していたように見えたが、尾弐は大人だから、祈と違って切り替えが早いのかもしれない。
尾弐から真相を話すつもりはないようであり、そこにはほっとする祈。
そして迷ったものの、祈も己の意見を述べることにした。
「祭囃子の方へ行くのは賛成だけど、突っ込むのは反対」
祈は目を瞑って、男の言葉を思い出しながら繰り返す。
「祭囃子の方へ行くと、櫓と提灯が見えてくる」
「その櫓の脇をすり抜けて、まっすぐ進む。なるべく走る。その時、櫓の周りで踊っているやつを見たらだめ」
「まっすぐ進むと坂道になってて、そこをのぼる。途中で何か聞こえても耳を貸したらだめ」
「坂道を登り切ったら迎えが来る。その迎えと合流すれば……元いた場所に帰れる」
男の言葉を思い出しながら喋ったからだろう。
祈の声は思ったよりも落ち着いていて、自分でも平静に聞こえた。
少なくとも、今すぐ気持ちが爆発するようなことはなさそうである。ほっと胸を撫で下ろしながら、
「……って、お助けキャラっぽい人が言ってたよ。突っ込むか迂回するかは任せた」
祈はそう付け加えた。
祭囃子に突撃するのか、それを避けて坂道を進むのかはともかくとして、
四名中三名が祭囃子方面に行くと言っている為、多数決的にブリーチャーズはそちらを目指すことになったようだった。
簡素な改札を出ると、まず目につくのは、農作物の無人販売所と思しき小さな小屋だ。
東京暮らしの祈には珍しく思え、そちらに目を向けると、
ラインナップは桃や葡萄、タケノコと言った具合。良く熟れた果実や大振りのタケノコは、
スーパーなどに置いてあればそれ相応のお値段になるだろうと思われたが、
なんと『ご自由にどうぞ きさらぎ駅』などと書いてあり、無料で持って行っていいらしい。
良く育った桃、葡萄、タケノコ。しかも無料。抗いがたい魅力を放つそれらだが、
異世界に迷い込む類の話では、異世界のものを持って行こうとしたり食べる行為がNGであり、
それが切っ掛けで死んだりその世界から出られなくなったりする。
だがこれはきさらぎ駅の駅員、管理者たる先程の男が用意したものだろう。
親切にもこの世界から出る方法を教えてくれた男が用意したものだとするなら。
「…………」
祈はそれらをじっと見つめた。
194
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/06(水) 20:25:01
一行が祭囃子の音と明かりに近づいていくと、遠目に、櫓や櫓の周囲で踊っている者達、
それに提灯などの明かりや掘っ立て小屋などが確認できた。
櫓の周囲で踊っている者達は、一目見て、ただの人間でないことが解る。
一心不乱に体をくねらせて動き回る人型の落書きのようなそれは、なんらかの妖怪だ。
あの人型の不気味な妖怪達を締め上げたところで脱出方法など聞き出せはしないであろうし、
しかも数は多く、潰そうなどとすれば骨が折れるだろうと思われた。
その為だろうか、ブリーチャーズは櫓の周囲の彼らを避け、迂回して坂道の頂上を目指すことにしたようだった。
ちなみに祈の履いている風火輪には留め具がついており、
これを下げるとホイールが回転しないよう固定することができ、坂道などでも歩けるようになるのである。
お助けキャラと思しき男の言葉に従って進みゆくブリーチャーズは、
くねくねとした妖怪達に気付かれることなく坂道の中途までやってきた。
このまま順調にいくかに思われたが、坂の上から一体の白いくねくねした妖怪が歩いてくる。
それは、まるでこちらを認識していないかのように、
上半身を躍らせるようにくねらせながら麓の櫓か掘っ立て小屋を目指し、下っていく。
祈は視線をその妖怪に合わせぬようにしながら、その横を何事もなく通り過ぎた。
ああ、良かった。何もなかった。このまま坂道の頂上へ進めば、迎えと合流できる――。そう思った矢先。
《¥「@・。pmぬytrvべでrftgぬhyじm、おp!!!!!!!!》
それは突如後方から大音量で聞こえてきた。声にならぬ声。言葉ではない言葉。
(なんだ!?)
思わず祈が振り返ると、先程のくねくねした妖怪がその音源のようであった。
その大音量に気付いたのか、麓に見えるくねくねとした妖怪達がぴたりと動きを止めた。
そしてぎゅるりと、頭と思しき部分をこちらへと向けてくる。
この音は警報だった。気付かれてしまったのだ。
同時に麓の掘っ建て小屋の引き戸が勢いよく開く。そこから巨大な頭が次々に飛び出してくる。
それらは、1メートルは在ろうかという巨大な頭に見合わない小さな体躯を持った歪な人型の妖怪達で、
恐るべき速度で、ブリーチャーズを目がけて駆けてくるのだった。
《オッ!オッ!オオオオッ、オオオ!オオオオオオオオオオオオオオオ!!!》
雄叫びに似た、不気味な奇声をあげながら殺到する巨大な頭の妖怪達。
ざっと見て20か30体はいるだろうか。その後方には大量のくねくねとした妖怪も続く。
しかも先程から意識を向けないようにしていた《テン……ソウ……メツ……》という声も俄然強くなってきているのがわかる。
巨頭の妖怪達、くねくねとした妖怪達、そして謎の言葉を繰り返す声。それらは完全にブリーチャーズを狙っていた。
「これ急がないと死ぬやつだ……!」
ブリーチャーズは死ぬ気で走り、坂を上らざるを得ない。
万全の状態ならばともかく、猿夢との戦闘で消耗したブリーチャーズがこの数をまともに相手にするのはあまりに危険だった。
しかも巨頭は、ねじ伏せてもねじ伏せても掘っ立て小屋から無尽蔵に湧いてくる。これではきりがない。
「くそっ」
追い縋ってきた巨頭の妖怪を蹴り落とし、
ボウリングのボウルでピンを弾き散らすように、後続の巨頭の妖怪達にぶち当てて距離を稼ぎながら、祈は呟く。
そうして駆けに駆けて、なんとか坂道を登り切ったブリーチャーズを迎えたのは、大岩だった。
この山を穿って作ったと見えるトンネルの出入口――唯一の道を大岩は塞いでおり、
ブリーチャーズを阻んでいる。
トンネルの先にこそ出口があるやも知れない。その先に迎えが来ているのかもしれない。
だというのに、大岩は尾弐やポチの力を以てしても砕くことや退かすこと叶わない。
ここは完全な行き止まりになっていた。
195
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/06(水) 20:37:48
前方に大岩。後方には巨頭の妖怪やくねくねした妖怪、謎の声が迫ってきている。
これではいずれ、殺されてしまうだろう。
坂道に上って行けば迎えと合流できる筈だったのに。
どこかで道を間違えたのだろうか。いや、ここまでは一本道だった。ここで合っている筈だ。それなのに。
恨めし気に見た所で、しかし大岩は退いてはくれはしない。
こんな所で自分達は死んでしまうのだろうかと、そんな絶望にも似た予感が瞬間過ぎる。
しかし。
>『そこから出て、元の場所に戻るんだ。君が本来いるべき世界に……そして、君の心を。大切な人に話すといい』
>『そうすれば。君は今よりもっと、ずっと――絆を深めていくことができるだろう……』
男の声と、
>「帰ってからお祖母ちゃんに聞くんだ」
ノエルの声が蘇る。
(いやだ。絶対ここから出るんだ。そして話をするんだ……あたしはッ!)
こんなところで死んでたまるかと、祈の目に生気が満ちる。
だがどうしたらいい。そう思い、辺りを忙しなく周囲を見渡す祈だが、ここには何もない。
あるのはただ地面とそこに鎮座する大岩のみで、この大岩が自分から動いてくれでもしない限りは――。
そう考えた時、祈の脳裏に閃きがあった。
「……っ、尾弐のおっさん! 『下だ』! 大岩の下の地面を掘るんだ! そしたら勝手に岩は退いてくれる……と思う! 多分!」
逡巡しながらも、祈はここでようやく、まっすぐ尾弐を見た。
そして地面を蹴って見せる。すると地面に車輪の跡がついた。
祈が蹴っただけで跡がつくと言うことは、これは土や泥や砂などで構成された、ただの地面ということだ。
5メートルを超える大岩は動かすことはできなくとも、大岩の下の、ただの地面ならばその限りではない。
これをもし崩すことができたならば。
ただでさえここは坂道の頂上で、地面には僅かながら傾斜がある。
そこで大岩の下の地面をノエルの氷の刃で削ったり、獣(ベート)の力を受け継いだポチの剛力で抉り取ったり、
尾弐の浸透剄などの衝撃で吹き飛ばしてしまえば、更なる傾斜が生まれる。
そうすれば自らを支える地面を失い、バランスが崩した大岩は勝手に滑落するか転がり落ち、
そして転がり落ちる大岩は、迫りくる妖怪達を一網打尽にしてくれるだろう
(頑丈な妖怪達のようだからこれぐらいではくたばるまいが)。
転がる程でなくとも、大岩の真下の地面を崩したことでトンネルと大岩との間に人が一人通れるぐらいの隙間でもできれば万々歳だ。
何故この妖怪達が、坂道を上るブリーチャーズに死に物狂いで襲い掛かるのか、
という疑問や一抹の不安はあるが、生き延びる為には、今はこれしか考えられなかった。
祈は尾弐から迫りくる妖怪達へと向き直り、立ちはだかる。
尾弐や仲間達がどのような選択をするのであれ、時間を稼ぐ必要があると思ったからだった。
妖力は底を尽きかけているが、今こそそれを振り絞るべき時だろうと。
そして、祈の手には。
「桃には邪気を払う力があるって言われてんだってな」
桃が握られていた。
先程の無人販売所から失敬してきたのである。
異世界の物を持って行くのはNGだが、しかし迷い家のように逆に持って行く方がプラスになるパターンも存在し、
あの駅員が置いてくれたものなのだからきっと悪いものではない、そう思って持ってきたのだ。
尾弐が以前持ってきてくれたのが桃であり思い出深く、尚且つ抗いがたい魅力を感じたのも理由にあるが、ともかく。
祈は桃を、勿体ないと思いながらも妖怪達に向けて放り投げる。
イザナギが迫りくるヨモツシコメを桃や葡萄やタケノコで追い払ったように、桃に邪気を払う力があるのなら、と。
桃は地面に落下すると、迫りくる妖怪達の方へと転がっていくのだった。
【祈、大岩の下の地面を崩して大岩を滑落させることを提案。
更に、仲間達がどのような選択をするのであれ、選択し実行するまでの時間を稼ぐ為、迫る妖怪達の前に立ちふさがって見せた。
それから時間稼ぎになるかと思い、桃(無料)を投擲してみる】
196
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/08(金) 06:11:07
>「ごめん、手間かけて」
個室から出てきた祈を抱きしめていると、急に彼女が体を硬直させたような気がした。
今は乃恵瑠の姿なのでとっさに女子トイレに入ったのだったが、少なくとも橘音以外の認識ではノエルは時々女装する男である。
「いや、その……どうも姿が変わりにくいしかといってこの格好で男子トイレは気が引けるし……」
と小声で言い訳を繰り広げるノエル。どうせ誰もいるわけないのだから男子トイレでも全然問題無いとは思うが。
せめて巨乳に顔をうずめさせてあげることができれば力押しで女子トイレ入室許可判定をもらえるかもしれないが、(※そういう問題ではない)
生憎乃恵瑠は残念もといスレンダー系である。
乃恵瑠は毛玉の妖怪を洗濯機に放り込みたい謎の衝動に駆られた。
祈は結局それに関しては何も言わずにノエルに手を引かれて皆の元に戻るのだった。
ノエルの提案に対し、尾弐は行くなら自分が先導すると心強い言葉を返す。
>「……微妙な所だな。どうみても誘蛾灯だとおもうが、逆に言やぁ潰せば夢の強度も落ちる弱点とも言える。
まあ、幸いここは『きさらぎ(鬼)駅』だ。俺をどうこう出来る相手もいねぇだろうし、その方針で動くならオジサンが先導するぜ」
続いて、意外にも祈が意見を述べ始めた。
その胸中は計り知れないが、とりあえず普通に会話出来る状態になったことにひとまず胸をなでおろす乃恵瑠。
>「祭囃子の方へ行くのは賛成だけど、突っ込むのは反対」
>「祭囃子の方へ行くと、櫓と提灯が見えてくる」
>「その櫓の脇をすり抜けて、まっすぐ進む。なるべく走る。その時、櫓の周りで踊っているやつを見たらだめ」
>「まっすぐ進むと坂道になってて、そこをのぼる。途中で何か聞こえても耳を貸したらだめ」
>「坂道を登り切ったら迎えが来る。その迎えと合流すれば……元いた場所に帰れる」
「その情報、いつの間にどうやって仕入れたの……!?」
まるで預言者のような発言に乃恵瑠が驚きながら尋ねると、祈はこう続けるのだった。
>「……って、お助けキャラっぽい人が言ってたよ。突っ込むか迂回するかは任せた」
お助けキャラらしき者は見当たらなかったが、自分が行くまでの僅かな時間に祈に情報を与えた者がいたのだろうか、等と思う。
しかし罠でないとも限らない、鵜呑みにするのは危険かもしれない。
「とりあえず祭囃子の方に行ってみて様子を見てどうするか考えよう」
197
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/08(金) 06:14:02
駅を出ると、無料の無人販売所のようなものがあった。
桃とブドウとタケノコという組み合わせを見た乃恵瑠は創世の神話の一節を思い出し
鞄に入るだけしまいながら皆にも声を掛ける。
「ご自由にどうぞらしいし持てるだけ持っていくんだ。
さっきバナナに猿が群がったのと同じようなことが出来るかもしれない。
美味しそうだからってくれぐれも食べないように。帰れなくなったらいけないから」
美味しい物を投げて敵がそれに群がってる間にどうにかするという戦法はこの国の原初から存在する由緒正しき戦法なのだ。
乃恵瑠はこれを“オヤツをくれてやる戦法(派生)”と名付けることにした。
(ちなみに本来のオヤツをくれてやる戦法は何の小細工も無しに敵の口に毒物を突っ込む戦法である)
そうして祭囃子の方に進んでいくと、その実態はくねくね達の乱舞であった。
それを見た乃恵瑠の中で、祭囃子に突撃するという可能性は瞬時に消え去ったのであった。
あれは種族自体が妖壊とでもいうべきか、言葉が通じないし知性を持っているかも不明な部類の者達である。
締め上げたところで情報が聞き出せるはずもない。
「あのくねくねしてる奴らはあんまり見ないようにね。もしあれの正体が分かってしまったらバカになっちゃうらしい」
人間界にきてまだ数年ながらもオタク属性を遺憾なく発揮し、皆に注意を促しながら坂道を登っていく。
お囃子の中から聞こえる《テン……ソウ……メツ……》の声に気付き、種族レベルの宿敵の気配に僅かに顔をしかめる乃恵瑠であった。
前方から歩いてきたくねくねを何とかやり過ごしたと思った矢先――
>《¥「@・。pmぬytrvべでrftgぬhyじm、おp!!!!!!!!》
「はあ!? 普通にすれ違っといて何今更気付いてんの!?」
掘っ立て小屋の扉が開き、そこから大量の巨頭が飛び出してきた。
>《オッ!オッ!オオオオッ、オオオ!オオオオオオオオオオオオオオオ!!!》
大量の雑魚を相手にするのは、メンバーで唯一範囲攻撃妖術を持つ自分が適任。そう思った乃恵瑠は進み出ると。
「――エターナルフォースブリザード!!」
超上級者にのみ許される詠唱破棄のエターナルフォースブリザードを放った!
詠唱が面倒になっただけじゃないかというツッコミは禁止である。何はともあれ、巨頭達は氷結して砕け散って死んだ。
198
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/08(金) 06:15:55
「楽勝楽勝! ――妾を誰と心得る! ……ん?」
勝利宣言をしているそばから、掘っ立て小屋から次々と新しい巨頭が飛び出してくる。
>「これ急がないと死ぬやつだ……!」
「……これ無限に沸いてくるやつじゃん。きっと逃げ切ったら勝ち系のイベントだ。
つまり逃げろおおおおおおおおおおおお!!」
迎え撃つから逃げ切るに方針を切り替え、坂の上に向かって走り出す。
巨頭の後ろには大量のくねくねが控えている。
なんとなく物理攻撃は効きにくそうな上に、当たったらバカになる光線とかMPを吸い取る謎の踊りとか繰り出してきそうだ(勝手なイメージ)
追いついてきた巨頭を退けつつなんとか坂を上り切った一行。
しかし彼らを待ち受けていたのは、トンネルを塞ぐ大岩だった。
「そんな……!」
場は一瞬絶望的な空気に包まれかけたが、祈が何かを閃いたようだ。
>「……っ、尾弐のおっさん! 『下だ』! 大岩の下の地面を掘るんだ! そしたら勝手に岩は退いてくれる……と思う! 多分!」
幸い地面は岩盤などではなくただの地面のようで、岩の接地面に尖った氷柱を打ち込むと、その部分が穿たれて隙間が出来た。
とはいえ、勝手に岩が動き出すほどまで広範囲に掘っていては追いつかれてしまいそうだ。
「ポチ君、これが差し込めるぐらいまでお願い!」
乃恵瑠は長めの砕けない氷の板を作り出した。大きな岩をてこの原理で動かすのはよく行われることだ。
これを岩の下に差し込めるほどの隙間が出来れば、あとは尾弐の怪力でなんとかなるかもしれない。
そして犬は穴掘りをするイメージがあるので、ポチは地面を掘るのは得意かもしれないと思ったのだった。
そして祈は迫りくる化け物達の方に向き直り、時間稼ぎをする役を買って出たのだった。
尾弐が怪力で敵を食い止めている間に俊足の祈が活路を開くいつもの構図とは逆パターンである。
今は尾弐の怪力が活路を開く方にこそ必要と思ったのだろう。
しかし、妖力の尽きかけた祈に一人でその役をさせるわけにはいかない。
無尽蔵に出てくる巨頭や何をしてくるか分からないくねくねはもちろんのこと、今のところ声が聞こえてくるだけの山神も油断できない。
あの邪悪な山神は近頃はヤマノケ(山の怪?)と呼ばれていて、人間が取りつかれたなどという噂が後を絶たないのだ。
とにかく、近づいてくる敵はエターナルフォースブリザード(相手は死ぬ)するまでだ。
>「桃には邪気を払う力があるって言われてんだってな」
「うん。とりあえずオヤツをくれてやる戦法だ!」
祈が桃を投げるのを見て、乃恵瑠はぶどうとタケノコを投げた。
「どれが効くか分からないからとりあえず全種類投げてみよう作戦」である。
199
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/12/13(水) 04:51:03
ポチが尾弐を見上げる。
右手で自身の顔を覆い隠し、黙り込んでいた彼が、その手を外し目を開いた。
そしてポチの頭を軽く……あるいは力なくか、撫でる。
>「ありがとな、ポチ助。お前さんの言う通りだ……だけど悪ぃ。俺は、そんな当たり前の事ができねぇんだ」
「……尾弐っち?」
不出来な作り笑いを浮かべる尾弐は、今まで彼から感じた事のないにおいを纏っていた。
>「……あの赤マントの奴は、嘘は言ってねぇ。俺は、確かに俺の意志で嬢ちゃんの両親を殺す選択をした。経緯はどうであれ、それは紛れも無い事実だ」
>「そうだ。あの二人が揃って生きる道は、確かにあった。それを知ったうえで、俺はその選択を取らなかったんだ」
違和感はにおいだけではなかった。
その言葉も。彼がこんなにも曖昧な……何の意味もない、言い訳を口にした事など、一度だってなかった。
……そんな事言ってたって、何も変わらない。状況を変えないと。
思い浮かんだその言葉を、しかしポチは口を噤み、飲み込んだ。
>「事実が変わらねぇ以上、死の詳細を知った所で救われる事なんて何一つねぇ。だから……いや」
理解したのだ。理解するまでに時間がかかった。
尾弐はいつも頼れる存在だった。
肉体がどれだけ傷めつけられようと、彼が怯むところなど見た事がなかった。
だから時間がかかった。
彼の心は、その皮膚ほど頑丈ではなくて。
かつて傷を負い、今再びその傷を再び抉られ、血を流しているのだと。
そう理解するまでに。
……ポチは自分の頭に置かれた手のひらが、いつもと違ってひどく小さく感じていた。
もう、ポチに言える事は何もなかった。
>「そういえばアイツ、通常の手段では脱出不可能って言ったよね。
>裏を返せば前例がないことをやりまくれば脱出できるんじゃないかな?
>例えば、祭囃子やってる人たちに突撃するとか――」
ノエルがトイレから帰ってくる。祈も一緒だ。
>「……微妙な所だな。どうみても誘蛾灯だとおもうが、逆に言やぁ潰せば夢の強度も落ちる弱点とも言える。
まあ、幸いここは『きさらぎ(鬼)駅』だ。俺をどうこう出来る相手もいねぇだろうし、その方針で動くならオジサンが先導するぜ」
やはり尾弐はこれ以上、先ほどの話を続けるつもりはないようだった。
>「祭囃子の方へ行くのは賛成だけど、突っ込むのは反対」
「祭囃子の方へ行くと、櫓と提灯が見えてくる」
「その櫓の脇をすり抜けて、まっすぐ進む。なるべく走る。その時、櫓の周りで踊っているやつを見たらだめ」
「まっすぐ進むと坂道になってて、そこをのぼる。途中で何か聞こえても耳を貸したらだめ」
「坂道を登り切ったら迎えが来る。その迎えと合流すれば……元いた場所に帰れる」
けれども祈は祈で、どうやら落ち着きを取り戻しているように見える。
ノエルは一体どのような話をしたのか……と、
事の顛末を知らないポチは彼ほど上手く出来なかった事を悔みつつ、思考を切り替える。
少なくとも上辺はいつものブリーチャーズに戻った。
ならば次に考えるべきは、この『きさらぎ駅』からの脱出方法だが……。
>「その情報、いつの間にどうやって仕入れたの……!?」
>「……って、お助けキャラっぽい人が言ってたよ。突っ込むか迂回するかは任せた」
祈にはその心当たりもあるらしい。
情報源はお助けキャラっぽい人と曖昧だが……
「いいじゃん、行ってみようよ。きさらぎ駅はよく分かんないけど、
元のお話から遠ざかる感じならその方がいいんじゃないかな」
案外信じられそうだとポチは思っていた。
200
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/12/13(水) 04:52:21
ポチは猿夢もきさらぎ駅も知らないが、妖怪だ。
夜の闇を、逃げ切れぬ脅威を、存在しないモノへの恐怖を原典とする妖怪。
だから怪異の仕組みがなんとなくだが分かる。
恐怖を基とするモノは少なからず、決して全てではないが救いが伴う。
完全な恐怖、逃れようのない破滅など誰だって願い下げなのだ。
何か助かる道があって欲しいと、そうあれかしと望まれる。
>「とりあえず祭囃子の方に行ってみて様子を見てどうするか考えよう」
「……ん、待って、このにおい」
方針が定まり駅を出ると、すぐにポチが皆を呼び止めた。
道の脇に視線を逸らすと、粗末な作りの小屋があった。
無人販売所だ。桃とブドウとタケノコが、ご自由にどうぞと並べられている。
>「ご自由にどうぞらしいし持てるだけ持っていくんだ。
さっきバナナに猿が群がったのと同じようなことが出来るかもしれない。
美味しそうだからってくれぐれも食べないように。帰れなくなったらいけないから」
「あ、お腹空いて見てた訳じゃないんだね」
さておきブリーチャーズ一行は祭囃子の方へと歩いていく。
「……なんだか、いやーな雰囲気になってきたね」
悲鳴のような笛の音に、ただ無闇矢鱈と叩き付けられるだけの太鼓の音。
そして櫓の周りを回り続ける……何か。
>「あのくねくねしてる奴らはあんまり見ないようにね。もしあれの正体が分かってしまったらバカになっちゃうらしい」
「それってにおいを嗅ぐのもやばいかな。見るのとどっちが不味いんだろ」
敵に関する情報を得る為に、ポチは視覚以上に嗅覚を用いる。
もし、くねくねのにおいを知る事も「正体を知る」に含まれたら。
とは言え今からずっと鼻を使った索敵を封じるというのもリスキーだ。
脅威はくねくねだけではない。
櫓の周りに建った小屋はにおいなんか嗅がずとも嫌な予感がするし
……それ以外にも、悪寒を誘う気配がこの場には紛れている。
「……ちょっと、試しとこうかな」
一呼吸ほどの逡巡の後、ポチは目を閉じ、鼻で息を吸い込む。
「っ……やめときゃよかった、頭がピリピリする。
……けど、まぁ輪郭くらいは掴めそうかな。
行こう……けど気を付けて、ああいや、前は見ないで。地面を見てて」
前方から接近する新たなにおいを察知して、ポチが視線を下ろす。
そのままくねくねとすれ違い、歩き続け……
「……なんか、やな予感がしてきた」
背後のにおいが止まっている事にポチが気付いた。
獣の感性が、自分が今見定められている事を告げている。
「前には何もいないよ。今んとこね、だから」
>《¥「@・。pmぬytrvべでrftgぬhyじm、おp!!!!!!!!》
>「はあ!? 普通にすれ違っといて何今更気付いてんの!?」
「走って!なんか色々やばい!」
追ってくるにおいは一種類ではない。
くねくねを直視しないよう気を付けつつ振り返ると……ポチはその注意が無用のものだったと理解する。
>《オッ!オッ!オオオオッ、オオオ!オオオオオオオオオオオオオオオ!!!》
くねくねの群れが見えなくなるほどの大群。
頭だけが異様なまでに巨大な人型の怪異がブリーチャーズを雪崩れのように追ってくる。
201
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/12/13(水) 04:52:46
>「――エターナルフォースブリザード!!」
「楽勝楽勝! ――妾を誰と心得る! ……ん?」
ノエルの妖術が巨頭の群れを一掃するも……すぐに増援が現れる。
>「これ急がないと死ぬやつだ……!」
>「……これ無限に沸いてくるやつじゃん。きっと逃げ切ったら勝ち系のイベントだ。
つまり逃げろおおおおおおおおおおおお!!」
「倒すだけ無駄か……でも足止めはしないとね」
ポチが身を翻し、同時に人型に変化。
宙返りを打って皆に前を譲り……そのまま巨頭の群れへ。
見るからにアンバランスな体だ。
最もやりやすい位置にいた一体、その額を蹴りつけた。
体勢を崩した巨頭が坂を転げ落ちる。後続達を巻き添えにしながらだ。
「転んだな……ってカッコつけても、この数相手じゃなぁ」
送り狼の本領と、ロボの姿を取る事で発揮出来る『獣(ベート)』の片鱗。
それらを以ってしてもこの巨頭とくねくねの群れを全滅させる事は出来ないだろう。
そもそもここはまだ夢の中で、さっきの猿夢同様、数に限りがない可能性もある。
それでも何もしないよりはマシかと、手近な巨頭を追加で坂から蹴落としておく。
「よし、行って!どうせキリがなさそうだし、今の内に振り切っちゃおう!」
ポチは巨頭の足止めを続けながら叫ぶ。
自分の機動力なら一気に距離を開ける事は容易いし、体力的にも一行の中では余裕がある方だ。
だから殿を務め……蹴落とした巨頭が十を超えた頃合いで、皆を追って坂を駆け上る。
だが坂の上で待っていたのは、呆然と立ち尽くす皆の背中。
何故立ち止まっているのか、理由はすぐに分かった。
岩だ。巨大な岩が道を、トンネルの出入り口を塞いでいる。
背後を振り返る。巨頭達が、くねくねが迫ってきている。
それに正体不明の、だが確実に脅威である何かの声も。
「お、尾弐っち!一緒に押そう!早くどかさないと……!」
だが押せども引けども岩はぴくりとも動かない。
それでも必死にポチは岩を動かそうと試み続ける。
岩の下の潜り込んで全身で押して、それでも駄目なら体ごとぶつかって。
しかし、動かせない。
……ポチが、巨頭の群れを振り返った。
飛び込めば、少しは時間を稼ぐ事が出来る。
逃げ道は一つじゃないかもしれない……そんな考えが、脳裏をよぎる。
……だがそれはほんの一瞬だけだ。
ポチはすぐに頭を振って、ブリーチャーズの皆を振り返る。
「……なんとか、ならないかな」
思い出したのは、シロの言葉だった。
皆さんの言う事をよく聞き、決して独断で動かないよう……。
その通りにした。どうにもならなければ、その時は自分が少しでも時間を稼がなくてはならない。
だがそれは……皆の言葉を聞いてからでも遅くない。
>「……っ、尾弐のおっさん! 『下だ』! 大岩の下の地面を掘るんだ! そしたら勝手に岩は退いてくれる……と思う! 多分!」
「あっ……!そっか!」
果たして、祈は妙案を閃いた。
ポチが敵の群れに飛び込んでいれば、かえって彼女を焦らせるだけの結果になっていただろう。
202
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/12/13(水) 04:54:08
>「ポチ君、これが差し込めるぐらいまでお願い!」
「あぁ、任せといて!」
応えるや否やポチは一心不乱に穴を掘る。
送り狼の力に、『獣(ベート)』の片鱗。
更には「ここ掘れわんわん」という、そうあれかし。
固い土をまるで豆腐のように掘り返しているポチだが……その表情には未だに焦りが浮かんでいる。
理由は、声だ。
絶え間なく響き続ける《テン……ソウ……メツ……》の声。
その正体、原典をポチは知らない。
だが既に理解はしていた。
>「桃には邪気を払う力があるって言われてんだってな」
「うん。とりあえずオヤツをくれてやる戦法だ!」
「掘れた!けど……そのやり方だけじゃ駄目だ、ソイツだけは!」
十分な穴を掘り終えたポチが振り返り、叫ぶ。
《テン……ソウ……メツ……》の声の主。
送り狼であるが故に、神使である狼を原典とするがゆえに理解できるその正体。
山神。邪悪な怪異として認識されていたとしても、それでも山神は山神。
追い祓えると油断していれば、万が一の事が起きてしまうかもしれない。
だが、つい今さっきまで穴を掘っていたポチに出来たのは叫ぶ事だけ。
体勢が悪いのだ。体ごと向き直り、力を溜め、地を蹴るまでには一呼吸ほどの時間がかかる。
ポチが祈とノエルを見て……そしてその視線は尾弐へと行き着いた。
「……尾弐っち!早く!!」
尾弐を急かすその言葉だけで、ポチには精一杯だった。
何を、どうして欲しいのかも言えていない、その言葉だけで。
203
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/17(日) 02:40:25
>「祭囃子の方へ行くのは賛成だけど、突っ込むのは反対」
>「祭囃子の方へ行くと、櫓と提灯が見えてくる」
ノエルと共に戻って来た祈。彼女は、先程のふさぎ込んだ様子と比べて随分と持ち直した様だ。
少なくとも、真剣な様子で『聞いてきた』という、祭囃子へと向かった場合の指針を語るその姿は、
触れるだけで壊れてしまいそうなものではなかった。
割り切った……訳ではあるまい。尾弐は、祈に何も語っていないのだから。
ポチの言った通り、真正面から向き合う事をしないままでは、感情とは完結しないものだ。
きっと、今も祈の胸中では尾弐に対する不満と不信が芽生えている事だろう。
だが、それでも……暗い感情を覚えながらも、祈は彼女の中の何かを信じて再び顔を出した。
そして、今一度先に進むことを語った。
平坦な声で言葉を紡ぐ祈に、尾弐は祈の瞳を見る事無く答える。
「そうかい。なら、早々に向かうとするか……覚めねぇ夢の結末なんて、ロクなもんじゃねぇだろうしな。
とっとと起きて、たまにゃラジオ体操でもするとしようぜ」
……尾弐が祈に全ての答えを言わなかった事は、祈の心を慮っての事。確かにそれは事実である。
これまでその成長を眺めて来た、人間で例えるのなら、家族の様な距離感にいる幼い少女の心を壊したくなかった。
故に、祈が大人になるまで――――せめて、尾弐の行為に悪意を以って返せる程に強くなるまでは何も語らない事を、那須野と決めた。
だが、その事実と並行してもう一つ
那須野にすら語っていない事実が存在していた。
それは単純な話だ。誰に聞かれても恥ずかしい滑稽譚だ。
鋼の如き肉体を有し、妖壊に憎悪を燃やし、人間の死は数字としか数えない怪物は。
笑える事にそいつは、自分が切り捨てた――はるか昔の、たった一人の女の死を、未だに割り切れずにいるのである。
那須野との約束とは別に。尾弐が自分自身の感情を割り切れていないから、祈に事実を語る事が出来ない。
無意味に積み重ねた年の功で、見えない傷口から流れ出る血を覆い隠しながら
悲しむ権利も、憤る資格もないというのに、愚かにもいつまでも忘れない事のみを繰り返す。
……それでも尾弐は先の言葉の通り、前に立って歩き出す。せめて自身の役目を果たす為に。
――――
204
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/17(日) 02:40:59
改札を抜けた先でまず目に入ったのは、田舎で良く見られる無人販売所の様な形状の小屋であった。
販売所といっても、立てかけてある看板に書かれた文句を信用するのであれば配布場と表現した方が近いのかもしれない。
桃や葡萄は瑞々しく、魅力的なものであるが。
>「ご自由にどうぞらしいし持てるだけ持っていくんだ。
>さっきバナナに猿が群がったのと同じようなことが出来るかもしれない。
>美味しそうだからってくれぐれも食べないように。帰れなくなったらいけないから」
「黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)……共食の観念を元にした逸話か。良く知ってたじゃねぇか色男。
死者の国のモノを持っていては出られない。死者の国のモノを口にすりゃあ帰れない。
果たしてこの夢が何処に繋がってるのかは知らねぇが、此処の住人になりたくなきゃ、食い物も水も口にしねぇ方がいいだろうな」
ノエルが語った通り、ここがどの様な場所であるのかが定かでない以上は、その地の食物を口にするべきではないだろう
尾弐は、ノエルが鞄に筍や桃を詰め込むのを眺め見つつ、猿夢の攻撃でボロボロになった上着を空になった籠の上に置いた。
「用意したのが誰かは知らねぇが、対価は籠に入れとくぜ」
誰に言うでもなくそう述べると、尾弐は小屋から何も持ち出す事無く歩を先に進める。
――――
歩を進め、響く祭囃子が不気味な程に大きくなった頃。
先程祈が語った通り、遠目に櫓が見えてきた。
その周囲には、響く太鼓と笛の音に合わせるかの様にくねくねと蠢く奇怪な人影。
>「……なんだか、いやーな雰囲気になってきたね」
>「あのくねくねしてる奴らはあんまり見ないようにね。もしあれの正体が分かってしまったらバカになっちゃうらしい」
「見る事による呪い……っと。深く考えたら不味ぃんだったな」
『くねくね』。それは都市伝説が口伝からネットロアに切り替わる黎明期に流れた怪異の名称であり、
その内容は田畑でくねくねと蠢く奇怪な人影と、それを見た者に降りかかる災厄を記した怪奇譚である。
尾弐自身はその危険性を良くは知らないが、ノエルの真剣な様子から見て知る事が禁忌である呪いの類と判断し、その群れから意図的に視線を逸らした。
だが、現れた怪異は『くねくね』だけではなかった。
《テン……ソウ……メツ……》と、何処かから鳴り響く声と、櫓の周りにいくつか立っている小屋。
「っ……!? ちっと急ぐぞ。詳しく説明する時間はねぇが、あの小屋が俺の知ってるモノと同じなら、今の状況との噛み合わせが最悪だ――――」
そして、数多居るその怪異達の中でも、尾弐は櫓の周りに建つ複数の小屋に対して強い警戒を示して見せる。
それは、尾弐黒雄があの小屋と類似した物を眼にした事が有るが故の反応であった。
かつての仕事で『巨頭オ』と言う看板の先に在った村でソレと邂逅した時の事と、その際の逃走劇の顛末を思い出し、尾弐は悪寒からの冷や汗を流す。
205
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/17(日) 02:41:25
……。幸いな事に、櫓を迂回する事で異形共の注意を引く事は避けられた。
異形達は櫓の前で踊り狂う事に夢中で、それ以外に注意を向けられないらしい。
その事に一息つき――――きっと、それが不味かったのだろう。
正面から歩いてきた、一体のくねくねに気付くのが遅れた。
或いはもう少し気付くのが早ければ身を隠す事なり出来たのかもしれないが……しかし、それは後の祭りであった。
>《¥「@・。pmぬytrvべでrftgぬhyじm、おp!!!!!!!!》
>「はあ!? 普通にすれ違っといて何今更気付いてんの!?」
ブリーチャーズの横を通り抜けて行ったくねくねは、ポチが異変を察すると同時に、けたたましい奇声を発した。
そしてそれが―――――百鬼夜行の始まりの合図。
>「走って!なんか色々やばい!」
>「これ急がないと死ぬやつだ……!」
現れしは奇奇怪怪の魑魅魍魎共。
巨大な頭部を持つ人型。白く塗りつぶされたかの様な人型。姿の見えぬ不気味な声。
百とも見える異形の群れが、巣穴から逃げ出す蟻の様に湧き出て東京ブリーチャーズへと追いすがる。
>「くそっ」
>「――エターナルフォースブリザード!!」
>「転んだな……ってカッコつけても、この数相手じゃなぁ」
ノエルと祈、ポチがそれぞれ応戦し、幾何かの数を削るが……しかし、巨頭の化物の増殖数はそれを凌駕する。
同胞の残骸を踏み越えながら、蜘蛛の糸に縋る亡者の様にひたすらに追走を諦めない。
「お前らまともにヤり合うな!こいつらは、合わせ鏡の鏡像みてぇなもんだ!!」
言いながら尾弐は、ノエルが氷結させた巨頭の怪物の内の一体を力任せに蹴り砕き、氷の散弾として接近していた一団に放ち足止めするが
それすらも数秒の時間稼ぎにしかならない。
……かつて那須野と尾弐の二人で巨頭の怪物と戦った時は、周到な準備をした上でおよそ72時間もの間巨頭の怪物を殺し続けたが
数百を超える数を仕留めてそれでも尚、増殖する巨頭の数に押され、撤退する事しか出来なかった。
その時の辛酸を思い返しながら、尾弐は坂道を駆け上がる。
これは殲滅戦ではなく、撤退戦なのだ。
追いつかれた時が敗北の時。故に、走って、走って、走って……
けれど
>「そんな……!」
「っ……!」
逃走の先に待ち受けていたのは、行き先であるトンネルの入り口を塞ぐ大岩であった。
206
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/17(日) 02:44:53
>「お、尾弐っち!一緒に押そう!早くどかさないと……!」
「ったく、マラソンの次はバーベル上げとか、オジサンに対してハード過ぎるだろ!」
直ぐにポチと尾弐、単純な膂力ではこの場に居る東京ブリーチャーズの中でも上位に位置する二人が岩をどかそうとするが
獣の王の力を宿すポチと、コンクリに埋まった標識をも引き抜く膂力の尾弐の力を合わせても尚、大岩はピクリとも動かない。
尾弐は苦し紛れに拳を叩き込むが、ただの岩であれば即座に瓦礫に変える拳は、大岩に罅一つ入れる事は叶わなかった。
「有り得ねぇ、どんな硬さしてやがんだこの岩――――!」
そうして足掻いている間にも、異形の群れは接近してくる。
刻一刻と近づくタイムリミットに、最後の切り札を使う事が頭を過った尾弐であるが
>「……っ、尾弐のおっさん! 『下だ』! 大岩の下の地面を掘るんだ! そしたら勝手に岩は退いてくれる……と思う! 多分!」
「祈の嬢ちゃん――――ああ。任せとけ」
言葉と共に向けられた真っ直ぐな視線に一瞬たじろぎながらも、尾弐は祈の発言に沿って動く事を決めた。
ノエルが純氷の板を作り、ポチが岩の下の地を掘り返す間に尾弐は静かに呼吸しながら全身に力を滾らせる。
>「……尾弐っち!早く!!」
そして、いよいよ山神の声が耳元で聞こえる程の大声になった時
《テン……ソ「ガタガタうるせぇ有象無象――――こいつらに手ぇ出すなら、地獄にすら逝けると思うなッッッ!!!!!!!!」
尾弐は、先ほど猿夢に負わされた傷口から血が噴き出す程に力を込め、
黒の色彩すら見える程の邪悪な妖気を周囲へとまき散らしながら、聞いたものを震え上がらせる様な怒声と共に、ノエルの作り出した氷の板の端に拳を叩き付けた。
腕力によって土の中へ押し込まれる氷の板。次いで込められた浸透頸が氷の板を伝い、それは上手くいけば氷の板の先端。
トンネルの向こう側で炸裂し、岩を後ろから押す傾斜を転がす為の一押しとなるだろう。
無論、慣れない技術を力技で使えば尾弐の拳とて無事では済まない。
氷を殴った尾弐の拳は砕け、裂けた皮膚から赤黒い血が流れ出るが……今回に限って言えば、尾弐にとってそれは僥倖であった。
尾弐は即座に、振り返る事もせず血塗れの腕を振るう。
血液は赤い水滴となり、回避をしなければポチやノエル、祈。それぞれの皮膚、或いは衣服へと付着する事だろう。
日本の土着信仰において、血とは穢れだ。
まして、悪鬼の血液などとなれば、力の弱い神々にとっては劇物とすら成り得る。
……魔を祓う桃ではダメだというポチの声を聞いた尾弐の判断は、吉と出るか凶と出るか。
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