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【伝奇】東京ブリーチャーズ・肆【TRPG】
206
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/17(日) 02:44:53
>「お、尾弐っち!一緒に押そう!早くどかさないと……!」
「ったく、マラソンの次はバーベル上げとか、オジサンに対してハード過ぎるだろ!」
直ぐにポチと尾弐、単純な膂力ではこの場に居る東京ブリーチャーズの中でも上位に位置する二人が岩をどかそうとするが
獣の王の力を宿すポチと、コンクリに埋まった標識をも引き抜く膂力の尾弐の力を合わせても尚、大岩はピクリとも動かない。
尾弐は苦し紛れに拳を叩き込むが、ただの岩であれば即座に瓦礫に変える拳は、大岩に罅一つ入れる事は叶わなかった。
「有り得ねぇ、どんな硬さしてやがんだこの岩――――!」
そうして足掻いている間にも、異形の群れは接近してくる。
刻一刻と近づくタイムリミットに、最後の切り札を使う事が頭を過った尾弐であるが
>「……っ、尾弐のおっさん! 『下だ』! 大岩の下の地面を掘るんだ! そしたら勝手に岩は退いてくれる……と思う! 多分!」
「祈の嬢ちゃん――――ああ。任せとけ」
言葉と共に向けられた真っ直ぐな視線に一瞬たじろぎながらも、尾弐は祈の発言に沿って動く事を決めた。
ノエルが純氷の板を作り、ポチが岩の下の地を掘り返す間に尾弐は静かに呼吸しながら全身に力を滾らせる。
>「……尾弐っち!早く!!」
そして、いよいよ山神の声が耳元で聞こえる程の大声になった時
《テン……ソ「ガタガタうるせぇ有象無象――――こいつらに手ぇ出すなら、地獄にすら逝けると思うなッッッ!!!!!!!!」
尾弐は、先ほど猿夢に負わされた傷口から血が噴き出す程に力を込め、
黒の色彩すら見える程の邪悪な妖気を周囲へとまき散らしながら、聞いたものを震え上がらせる様な怒声と共に、ノエルの作り出した氷の板の端に拳を叩き付けた。
腕力によって土の中へ押し込まれる氷の板。次いで込められた浸透頸が氷の板を伝い、それは上手くいけば氷の板の先端。
トンネルの向こう側で炸裂し、岩を後ろから押す傾斜を転がす為の一押しとなるだろう。
無論、慣れない技術を力技で使えば尾弐の拳とて無事では済まない。
氷を殴った尾弐の拳は砕け、裂けた皮膚から赤黒い血が流れ出るが……今回に限って言えば、尾弐にとってそれは僥倖であった。
尾弐は即座に、振り返る事もせず血塗れの腕を振るう。
血液は赤い水滴となり、回避をしなければポチやノエル、祈。それぞれの皮膚、或いは衣服へと付着する事だろう。
日本の土着信仰において、血とは穢れだ。
まして、悪鬼の血液などとなれば、力の弱い神々にとっては劇物とすら成り得る。
……魔を祓う桃ではダメだというポチの声を聞いた尾弐の判断は、吉と出るか凶と出るか。
207
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/12/17(日) 18:20:09
どれほど倒しても、倒しても、巨頭がその数を減らすことはない。
いや、むしろ増えている。相手が強大ならば強大なだけ、その戦闘力を圧倒的物量で押し潰そうとしているかのようである。
《オッ!オッ!オッオッオッオッ!》
巨大な頭を左右に振り、口の端から泡を吹きながら、巨頭が迫る。
ぐねぐねと人間ではありえない方向に関節を動かしながら、くねくねがゆっくり坂道をのぼってくる。
大岩のある坂の頂上はそう広くはない。祈たちが斃す妖壊たちの死体によって、立ち回れる場所も徐々に狭くなってゆく。
このままでは、全滅は必至であろう。
しかし。
>桃には邪気を払う力があるって言われてんだってな
>うん。とりあえずオヤツをくれてやる戦法だ!
祈とノエルが駅前の無人販売所から持ってきた果物と野菜を投げると、それはすぐさま覿面な効果を発揮した。
祈の投げた桃を見た途端、巨頭たちは我先にと桃へ群がった。
今まで執拗に東京ブリーチャーズを狙っていたのは何だったのかと思えるほど、巨頭たちは一心不乱に桃を奪い合う。
また、ノエルの投擲したブドウは瞬時に蔓を伸ばして巨頭とくねくねの身体に絡みつき、その自由を奪い――
タケノコは地面に落ちるや否や成長し、無数の強靭な青竹となって壁を作り妖壊たちの進路を塞いだ。
無人販売所にあった三種の農作物は、いずれもイザナギの冥界譚にてイザナギの命を救った由緒正しい神果である。
尾弐の言う黄泉戸喫の逸話の通り、迂闊に食べればどうなっていたかはわからないが、アイテムとしてはこの上なく有用である。
竹の障壁によって、大岩を退かすのに多少時間ができた。
が、だからといって安心はしていられない。
《テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……》
ずっと聞こえている、不気味な声。それが近付いている。
そして、“それ”はやがて闇の中からゆっくりとその姿を現してきた。
大きさは、さほどでもない。巨頭やくねくねと同じく、人間大の背丈と言えばよいか。
ただ、その姿は奇怪と表現するしかない。
その存在には、首がなかった。
生白い色の肌をした、首のない人間。――いや、脚も一本しかないので人間のシルエットとも違う。
首のないカカシのような姿の何か。その胸元に、老人のような皺くちゃの顔面が貼りついている。
総体、かつて岩手の迷い家で見た一本ダタラのような姿だが、愛嬌のある造作だった一本ダタラよりもずっとずっと禍々しい。
何か人知を超えた悪意だとか、おぞましい悪夢を煮詰めたような、見るだけでも怖気を揮う姿である。
そんな不気味な何かが、皺だらけの顔にニタニタといやらしい笑みを浮かべながら、両手をメチャクチャに振り回してやってくる。
穢れた邪悪な山神――『ヤマノケ』。
この妖壊が、祭りの主。巨頭やくねくねたちの首魁なのだろう。
巨頭とくねくねだけでは不充分と、自らがブリーチャーズを仕留めに出座したということだろうか。
《テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……》
>掘れた!けど……そのやり方だけじゃ駄目だ、ソイツだけは!
ポチが叫ぶ。
巨頭たちが先を争って喰い合っている桃も、身を絡めとるブドウの蔓も、他とは神格を異にするヤマノケには効果がない。
巨頭とくねくねが道を開け、ヤマノケが竹の障壁を掴む。強固な青竹がミシミシと軋む。
このままでは、青竹の障壁も破壊されてしまうだろう。
《テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……》
声が近い。距離はまだ離れているはずなのに、まるで耳元で囁かれているような感覚をおぼえる。
>ガタガタうるせぇ有象無象――――こいつらに手ぇ出すなら、地獄にすら逝けると思うなッッッ!!!!!!!!
勝ち誇ったようにも聞こえるヤマノケの声に対して、尾弐が怒号で応える。
それはまさに鬼神を彷彿とさせるような、すべての邪怪を撃滅せんとする咆哮。
その声量に気圧されたのか、妖壊たちは束の間怯んだ。
208
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/12/17(日) 18:21:04
祈が時間を稼ぎ、ポチが大岩の下に穴を掘り。
出来た穴にノエルが作った氷の板を差し込んで、尾弐が梃子の原理でそれを動かす。
先程の険悪な雰囲気が嘘のような、絶妙のチームワークである。
そして尾弐渾身の一撃が氷の板に叩きつけられると、その衝撃は板の反対側で炸裂し、ダイナマイトでも使ったかのように爆発した。
ドドドォォォォォンッ!!!!
耳をつんざく轟音。それでも大岩は厳然とそこに在り、びくともしないように見えたが――。
ぐらり。
やがて大岩はゆっくりと坂道の方向へと傾き、徐々に速度を上げて下り坂の方へと転がっていった。
ブリーチャーズは楽々避けられるだろうが、密集している妖壊たちはそうはいかない。
いまだに桃に気を取られていたり、ブドウの蔓に絡めとられていて身動きの取れない者たちが、大岩に押し潰されてゆく。
もともと坂道が隘路だったということもあり、巨頭とくねくねたちはなすすべもなく転がってゆく大岩の下敷きになった。
そして、ブリーチャーズの目の前には遮蔽物のなくなった洞窟が大きな口を開けている。
祈に助言した駅員の言葉が正しければ、この洞窟の果てに迎えが来ており、現世に立ち戻れるということなのだろう。
とはいえ、簡単には行かない。
《テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……》
大岩の下敷きになって随分減ったとはいえ、巨頭とくねくねは全滅したわけではない。
坂道の下にある掘っ立て小屋から、新たな巨頭が続々と顔を出す。
そして、相変わらず聞こえる不気味な声。ヤマノケもまだ健在らしい。
ブリーチャーズが薄ぼんやりと輝く洞窟の中に入ると、逃さんとばかりに追撃を仕掛けてくる。
《……れろ》
両手をメチャクチャに振り回しながら、一本しかない脚で跳ねながらヤマノケが洞窟を直進してくる。
いつの間にか、《テン……ソウ……メツ……》は別の言葉へと変わっていた。
《いれろ》
《いれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろ》
『入れろ』と言っている。
ヤマノケは女の肉体に好んで憑依する。山は女性に例えられることが多く、山の神であるヤマノケにとって神聖なものだからである。
神聖なものを穢し、破壊することによって、自らの澱んだ力を増す。それがヤマノケの目的なのだ。――よって。
《いれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろ》
今この瞬間、ヤマノケの視線はただひとり。祈にのみ注がれていた。
一応ノエルも現在は女性の姿のはずだが、ノエルには見向きもしない。
……さすがの山神も、変態には憑依したくないということだろうか。
一旦ヤマノケに憑依されてしまうと、追い出すのは至難の業と言われている。
四十九日の間に追い出せなければ、一生追い出せない。その四十九日も、よほどの高僧が法力の限りを尽くさなければ不可能という。
もしここでヤマノケが祈に取り憑くようなことになれば、今のブリーチャーズでは手の施しようがない。
《オッ!オオッ!オ!オオオオオオオオオオ!オッ!》
《いれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろ》
大岩の下敷きにならなかった巨頭たちが、くねくねが、そしてヤマノケが、洞窟内になだれ込んでくる。
ブリーチャーズたちは疲労の極にある。祈も、ノエルも、ポチも、尾弐も、ケ枯れ寸前であろう。
ヤマノケが祈を追い詰める。胸の老人じみた顔に嬉しそうな笑みを浮かべて、祈へ両手を伸ばす。
その皺だらけの枯れ枝のような指先が、祈の身体を捕えようと――。
しかし。
バヂンッ!!
ヤマノケの手が祈に触れる寸前、横合いから飛び出してきた何かがヤマノケを弾く。
《ギ……ギギッ!?》
ヤマノケは眉を顰めると、身軽に後方へ飛び退いた。
邪悪な山神を弾き飛ばしたのは、一枚の札。
そしてどこから現れたのか、いつの間にか祈を守るようにして佇んでいる、ひとりの男。
「……大丈夫かい?家出少女」
猿夢の着ていたような、しかし少しだけデザインの違う制服に身を包んだ二十代後半くらいの男は、肩越しに振り返って祈へそう言った。
209
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/12/17(日) 18:26:51
《ギィィィ……ギギッ……》
弾かれた右手を押さえ、ヤマノケが憤怒の表情を浮かべて駅員の男を睨みつける。
しかし、異様な姿の妖壊と対峙しても、駅員は泰然とした様子を変えようともしない。
「わたしの言うことを信じて、ここまで辿り着いたな。偉いぞ……あと一息だ、がんばれ」
「ここはわたしが押さえる、君たちは先へ行け。もう、迎えは来ている」
左手で洞窟の奥を指し示し、男はそう言った。
そうはさせじと、ヤマノケが巨頭の群れに指示し男へと差し向ける。
男は伸ばしていた左手を引き、制服のポケットをまさぐると、中から何枚かの札を取り出した。
そして、素早く両手で印を結ぶ。
「雷は木気に通ず。建御雷之男神に御願奉りて、此処に暴魔羅刹を掃う金鎗を振り下ろさん!急急如律令!」
男が印を結び、呪を唱えると、途端に札から黄金の稲妻が迸った。
雷撃が襲い来る巨頭の群れを、くねくねを焼き焦がし、瞬く間に真っ黒い炭へと変えてゆく。
ヤマノケが不快に顔を歪めるが、男の行動はまだ終わらない。
「紅蓮は火気に通ず。火之迦具土神に御願奉りて、此処に不浄を清める燎原を顕さん!急急如律令!」
男が新たな印を結び終え、札を投擲すると、瞬時に札から激しい炎が放たれ、巨頭たちを足止めする。
それでも何体かの巨頭は炎に焼かれながら男へ迫ったが、男に攻撃を加えることはできなかった。
まるでその場に存在しない幻影か何かのように、巨頭の攻撃は男の身体をすり抜けてゆく。
本当に肉体がないのではない。卓越した体捌きのなせる業だ。
巨頭たちとすれ違いざま、男が常人ではありえない速度で拳足を命中させてゆく。
急所を的確に粉砕された巨頭たちは、なすすべもなくばたばたと倒れた。
尾弐の攻撃が膂力に物を言わせた剛拳なら、男の攻撃は必要最小限の動きで敵の急所を突く柔拳であろうか。
《いれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろォォォォ――――――――――!!!!》
業火を乗り越え、ヤマノケが男へと飛びかかる。
しかし、男はあべこべにヤマノケの右手首をがっしと掴むと、制帽のつばの奥から鋭い眼差しでヤマノケを睨みつけた。
「禍々しき神よ。山の怪(やまのけ)よ――」
「生憎だが、この子には指一本触れさせん。まして、中に入るなどもっての他だ」
「おまえはこれからもここにいろ。ずっとだ……わたしが祭壇を拵えてやる」
決然とした様子で、男が告げる。
その声も、容姿も。身のこなしも、札を使った業も、ノエルやポチ――そして祈にとっては初めて見るものである。
だが、尾弐だけはそれに見覚えがあるだろう。
苦い記憶として、今も鮮明に脳裏に焼き付いているその声。忘れ得ぬその顔――。
ヤマノケが男の手を振り払い、狂ったように両腕をばたつかせて暴れ出す。
巨頭とくねくねが数に任せて男へ群がる。
「地霊は土気に通ず。大己貴神に御願奉りて、今ぞ石筍よ起れ!急急如律令!」
男の印により地面が隆起し、土でできた無数の鋭い棘が妖壊たちを刺し穿つ。
いっとき男は振り向くと、祈の顔をじっと見つめた。
「……仲間たちを信じなさい。最後まで……その想いが君を強くする、希望を切り拓く――忘れるんじゃないよ」
祈にそう言うと、男は小さく微笑んだ。優しい、温かな笑顔だった。
それから男は尾弐の方を向くと、
「黒雄さん、この子をよろしくお願いします」
そう言って頭を下げ、単身ヤマノケたちへと突進していった。
「わたしがバケモノどもを押さえている間に行くんだ!時間がない……振り返らず走れ!」
210
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/12/17(日) 18:29:24
洞窟は長く、一本道ではあるが曲がりくねっており、ブリーチャーズはしばしの間歩くことを余儀なくされた。
そして、その長い洞窟の果てに――
四人はまたしても、大岩が道を塞いでいる光景に遭遇した。
今度の大岩は洞窟入口の岩に輪をかけて大きい。岩と言うよりは岩盤と言った方がよいレベルだ。
むろん、持ち上げたりずらしたりすることなどもっての他である。
また、地面も先程と違って硬く、ポチの爪をもってしても掘削するのは困難であろう。
背後からは、なんの物音も聞こえてこない。追手の姿もない。
洞窟の入り口で、男がまだヤマノケたちを相手に持ち堪えているということの証左であろう。
しかし、それもどれほど持つかわからない。
いずれにしても、この大岩を何とかしない限りは先へ進めず、ブリーチャーズに生還の手段はないのだ。
このまま手をこまねいているしかないのか――そんなことを考えるも、不意に四人の耳に声が響いた。
――れて。
――離れて。
――離れてください!
その声はごく小さな、か細いものだったが、四人にははっきりと聞こえたことだろう。
四人が大岩から離れると、ほどなくして洞窟が鳴動を始め、足許がぐらぐらと揺れた。
まるで地震だ。天井からパラパラと飛礫が落ちてくる。
地震はどんどん強くなってゆく。このままでは地震によって洞窟が崩落し、四人は生き埋めになってしまうかもしれない。
と、思ったが。
ドッゴォォォォォォォォン!!!!!
轟音と共に、鎮座していた大岩に亀裂が入る。次の瞬間大岩はバラバラに砕け散り、形を失って崩れ去った。
障害物を失った洞窟の前方から、眩い光が差す。――地上の光だ。
そして、濛々と立ち込める土煙と火薬のにおいの中、崩れた岩の上に立つひとりの人影。
逆光のため、その顔かたちをはっきり確かめることはできなかったが、そのシルエットが何者であるのかを雄弁に物語っている。
学帽にマント、長い髪。
「いや〜ははは、ギリギリで間に合ったみたいですね!」
聞き慣れた、明るい笑い声。
「怖い夢を見たようですね。でも、安心してください――夢は。覚める時間ですよ」
逆光を背負った、真っ黒なシルエットのまま。
それは、ブリーチャーズへと白手袋に包んだ右手を差し出した。
*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-**-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*
祈、ノエル、ポチ、尾弐の四人は、それぞれ前夜自分が眠った場所で目を覚ました。
猿夢との激闘や、ヤマノケたちとの撤退戦で負った傷は跡形もない。最初から存在しなかったかのように消えている。
ともすれば、猿夢やきさらぎ駅での出来事はすべて本当にただの夢でしかなかったのか――とさえ思えてしまう。
外に出ても、何も変化はない。いつも通りの日常。いつも通りの東京の光景が広がっている。
そうだ。
きっと、夢だったのだろう。日々の戦いに慣れきった頭が、夢の中でまで戦いを始めてしまったのに違いない。
その証拠に身体には怪我もなく、目の前には前日と何ら変わらない世界が広がっている。
そう、何も。なにひとつ変わらない――
那須野橘音が事務所にいない、その一点を除いては。
211
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/12/17(日) 18:32:11
都内某所の雑居ビル。一階のフローズンスイーツショップ『Snow White』の脇にある、下り階段をおりた先。
そこに『那須野探偵事務所』という看板を掲げた、橘音の塒がある。
事務所の扉を開くとすぐに応接室になっており、そこが東京ブリーチャーズのたまり場になっているのだが、今はガランとしている。
トイレにも、バスルームにも、そして寝室にも橘音の姿はない。
応接室の奥、ブラインドカーテンのかかった窓を背にして据えられている所長のデスク。そこが橘音の定位置だった。
橘音はいつもそこに座ってパソコンに向かっていたり、アイスクリームを食べたりして過ごしていたのだ。
そんな橘音のデスクの上に、封筒が一枚置いてある。
表には『東京ブリーチャーズの皆さんへ』の文字。
封を切り、中を改めると、便箋に手書きでメッセージがしたためられていた。
212
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/12/17(日) 18:37:54
『 親愛なる東京ブリーチャーズの皆さんへ
おかえりなさい。
皆さんが無事に黄泉比良坂から帰ってこられて、本当によかった。
そう。アナタたちは東京ドミネーターズによって、本物の黄泉比良坂。現世と冥府の境界に送られてしまっていたのです。
危ういところでしたが、皆さんひとりの欠員もなく戻ってこられて何よりでした。
話は変わりますが――
大変勝手かつ突然ながら、ボクは皆さんにお別れを言わなければいけません。
ボクは罪を犯しました。
罪は購われなければならない。購われない罪など、あってはならない。
ボクは裁かれる必要がある。
連絡のつく関係者には、あらかじめ事情を話しておきました。
あとは、アナタたち四人だけです。
ノエルさん。
ボクのことをともだちと思ってくれて、ありがとうございます。
ボクも、ノエルさんのことをかけがえのないともだちだと思っています。
でも。それも今日までです。もう、アナタとボクはともだちじゃない。いいや、最初からアナタとボクに付き合いなどなかった。
アナタとボクは、互いに見ず知らず……そういうことでお願いします。
アナタは次の雪の女王。日本の、いいや――この世界すべての雪妖を統べる者。
そんなアナタに、罪人の友人なんてものがいていいはずがない。
アナタの母上がお待ちです。故郷へお帰りなさい、アナタが東京にいる理由は、もうないのですから。
ポチさん。
ロボの力を受け継ぎ、新たなる『獣(ベート)』となったアナタの未来は、きっと苦難に満ちたものとなるでしょう。
アナタの中に宿る力は、到底人間社会とは相容れないものです。
人間は、アナタの中に宿る力を駆逐し、徹底排除することで、今の栄華を獲得したのですから。
……でも。アナタが強い心を持ち、原初の衝動に抗い続ける限り、平和は維持されるはずです。
アナタの今後は、その衝動といかに向き合うか。どうすれば御せるのか。折り合いをつけていられるのか……それを探す時間となる。
けれど、大丈夫。アナタはひとりぼっちじゃない。アナタには、家族になろうと言ってくれる相手がいる。
迷い家へお行きなさい。彼女がアナタのブレーキになってくれるはず。彼女と、お幸せに。
クロオさん。
ボクの大切なパートナー。
アナタとの思い出は、枚挙に暇がありません。けれど、それもおしまいです。
……ただ……もし、アナタもボクをパートナーと思ってくれているなら。最後にひとつだけ、ボクのお願いを聞いて下さい。
今、アナタと同じ場所に居るであろう、その年若い三人を、どうか。守ってあげてください。
彼らが幸せになるように。彼らが誰の手も借りず、ひとりで幸せを掴み取れるようになるまで。
それから……叶うなら。クロオさん、アナタご自身も。幸せになる努力をしてください。
おっと、お願いがふたつになっちゃいましたね!これはうっかり!……ま、このくらいは最後と思ってサービスしてください……ね。
祈ちゃん。
きっと、ボクに訊きたいことがたくさんあるでしょう。
それらすべてをお話ししないまま、お別れを告げてしまう不義理なボクをどうか、お許しください。
黙っていてゴメンなさい。でも、ずっと隠しておく気はなかった、ということだけは、どうか分かってください。
アナタが大人になったとき。きちんとひとりで、両の足で立てるようになったとき。
そのとき、すべてお話ししようと――そう決めていたのです。
ボクはもう、お話しすることはできませんが……アナタの知りたいことは、オババが教えてくれるでしょう。
どうか、そのときは。ボクのことを愚かなヤツだと罵ってやってください。
ボクのお伝えしたいことは以上です。
それでは――
皆さんがこの手紙を読んだ、本日只今をもって。
東京ブリーチャーズのリーダー、那須野橘音の名において――
――東京ブリーチャーズを、解散します。
那須野橘音 』
213
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/21(木) 18:42:59
「やった……!」
祈が投擲したたった一つの桃へと群がり、互いに潰し合う巨頭の妖怪達。
邪気を払うどころかむしろ桃に惹かれて集まってしまっているが、それが幸いした。
ノエルによって放られた葡萄が地面に落ちると急速的に成長し、
妖怪達の密集する場所へ驚異的な速度で蔓をぎゅるりと伸ばし、
妖怪達に絡みついてその動きを拘束したのである。一網打尽とはこのことだ。
タケノコもまた急成長を見せ、強靭な青竹の壁となって妖怪達を阻む。
桃と葡萄とタケノコ。これらによって時間を稼ぐことに成功したのだった。
祈は思わずガッツポーズを決めるが、一匹、桃など見向きもせずに、
ブリーチャーズを見据えている妖怪がいた。
青竹と青竹の間にできた隙間。その向こうに浮かぶ、不気味な眼光。
《テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……》
それは巨頭の妖怪とも、くねくねした妖怪とも違う、一本足の人間のような形をした妖怪だった。
但し首から上はなく、顔面は胸にはりついている。
その顔は深い皺の刻まれた老齢の男のもので、ニタニタとした、べとつくような嫌な笑みを湛えていた。
先程から耳鳴りのように聞こえてくる気味の悪い言葉が、
その妖怪が一歩一ミリ近付くだけで強まるのを祈は感じ、この妖怪こそが声の主だろうと思われた。
>「掘れた!けど……そのやり方だけじゃ駄目だ、ソイツだけは!」
ノエルが生み出した純氷の板を大岩の下に差し込めるように地面に隙間を掘り終えたポチが、
後方を見て警告を飛ばした。
すると唐傘妖怪を擬人化すればこんな感じになるのではないかと思えるような異貌の一本足の妖怪が、
めちゃくちゃに腕を振り回しながら、ブリーチャーズへと一本足で器用に歩み来る。
葡萄の蔓の妨害も乗り越えて、タケノコの作った青竹の壁を両腕で掴み、こじ開けようとしてくるのだった。
巨頭の妖怪達がいくら頭を叩きつけても平気だった青竹が、みしみしと音を立てる。
それを見て、巨頭の妖怪やくねくねした妖怪達とは明らかに格が違う、
ポチの言う“ソイツ”とはこの妖怪のことであろうと祈は察した。
祈はその妖怪と目が合い、何故だかぞわりと背筋が寒くなるのを感じる。
このままでは青竹の壁を壊されてしまうだろうと思われた。
しかし、
>《テン……ソ「ガタガタうるせぇ有象無象――――こいつらに手ぇ出すなら、地獄にすら逝けると思うなッッッ!!!!!!!!」
尾弐の一撃が間に合った。
尾弐は純氷の板の端を全霊の、己の拳が砕けるほどの力を以て、空気を震わす怒号と共に強打する。
激しい音と衝撃に、祈は地震でも起きたのかと思わず振り返ってしまった。
純氷の板は地面に深く突き刺さり、大岩の下へと潜り込む。
板が押し込まれた分だけ、周囲の地面が押されてボコリと盛り上がった。
更に浸透剄が衝撃として純氷の板を伝い、トンネルの入り口付近で轟音と共に爆裂し、付近の地面をも吹き飛ばす。
それによって傾斜が生まれ、勢いが生まれ、大岩が、――動いた。
大岩は純氷の板の上をズズズ、と緩やかに滑り始めたかと思うと、
次第に勢いづいて、地響きと共に坂道を転がり始めた。
それを咄嗟に祈は避けて目で追うと、大岩は青竹をへし折り、
妖怪を蹴散らし、あるいは下敷きにしながら麓まで転がっていく。
それによって押し寄せる妖怪の大半を倒したが、
麓の掘っ立て小屋からは次から次へと巨頭の妖怪が現れ、坂道の頂上を目指して再び駆けてくる。
尾弐が言うように合わせ鏡に映した像のように、無限にそれらは補充されてくるようであった。
「今のうちにとんずらだ!」
なんであれ、道が開いて、追ってくる妖怪の数は一時減った。
背筋が寒くなるような視線を向ける不気味な一本足の妖怪と睨みあっていても仕方もないし、
駆けるべき時は今である。
祈は言い捨て、妖怪達に背を向けると、トンネルへと向かって走り始めた。
214
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/21(木) 18:53:29
その背を見て、足を止めた影がある。
一本足の妖怪、ヤマノケだった。
胸に付いた顔を歪めて、忌々し気に祈の背を見つめている。
祈は気付いていないが、服の背には血液が付着していた。
瘴気すら放つ、強き悪鬼の穢れた血だ。
祈が大岩を目で追っているときに、尾弐が飛ばしたものが付いたのである。
神聖なものを穢すことによって力を増す、そんな特性を持ったヤマノケにとって、
ここに迷い込んできた者達は尾弐を除いた全員がある種ご馳走であった。
妖怪の血が混じっているとはいえ、人間の少女。
白雪のように美しく穢れを知らず、子を為させることもできる雪女。
雌ではないようだが、名が大神から転じた者であり、神の御使いとも言われる狼の血族。
そのご馳走に一時とは言え穢れを纏わせる尾弐の行動はまさに、
上等な料理に蜂蜜をぶちまけるが如きもので、ヤマノケにとって許されざる所業であった。
しかもあの鬼が少女だけでなく、
雪女や狼の血族にも血を放っていたようにヤマノケには見えていた。
忌々しさに怒気が込み上げて顔面を紅潮させるヤマノケだったが、だが、と嗤う。
拳を砕き血を振り絞って、一時穢してまで守りたいと思う彼の鬼にとって尊き存在。
それらを捕らえ、より穢して、あの鬼の前で破壊するのはどれ程の愉悦だろうと。
ヤマノケは猛然と走り出す。その背後に大量の巨頭やくねくねを従えながら。
まずは――。
《……れろ》
《いれろ》
《いれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろ》
「ぁぁあぁああああーーッ!!」
狙われたのは祈だった。
ブリーチャーズは全員ケ枯れが近いが、その中でも最も弱そうだから狙われたのだろうか。
ケ枯れ寸前の祈など人間の子どもとさして変わらないのだから。
時折なけなしの妖力を使って走る速度を上げているが、
それでもヤマノケはぴたりと祈の背後に付いて――憑いてくる。
ヤマノケが呟く言葉はテンソウメツなどという呪文めいた意味不明なものから
もはや命令に変わっており、
しかもその声はもはや大音量で、地響きのように全方位から、脳を、精神を揺さぶるように響いていた。
離れている時でさえ耳鳴りのように聞こえていたものが、
背後に迫っているのだからそれも当然と言えよう。
祈は走りながら、声を打ち消すように叫んで対抗するしかない。
一時でも耳を貸したり心折れれば、本当に内側に入って来るであろう、
その侵略するかのような声に抗いながら、祈は必至に走った。
足を止めて捕まっても終わってしまうだろうと予感があった。
走っても走っても距離は開かず、やがてヤマノケの手が祈の背に届こうとしたとき。
バヂンッ!!
《ギ……ギギッ!?》
音と何かとすれ違う気配。
更には声が止み、後方のヤマノケが自分を追うのをやめた感覚に、祈は足を止めて振り返る。
一枚の札が、先程祈が走っていた場所で舞っていた。
215
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/21(木) 19:02:03
>「……大丈夫かい?家出少女」
そして気が付けば、男が立っている。
駅員のような制服に身を包み、祈をヤマノケから守るように立つその男は、
肩越しに祈を見てそんな風に言う。
ヤマノケが男を警戒してか、後方に飛び退いて距離を取る。
見覚えはなかったが、声とその呼び方で気付いた。
「その声……あんた、さっきの!」
トイレに閉じこもっていた祈に声を掛けてくれた者だと。
>「わたしの言うことを信じて、ここまで辿り着いたな。偉いぞ……あと一息だ、がんばれ」
>「ここはわたしが押さえる、君たちは先へ行け。もう、迎えは来ている」
その男はトンネルの奥を指差し、祈達に行けと言う。
「助かるけど、押さえるってそんな、無理だって! 妖怪がたくさんいんだよ!? 一緒に逃げよう!」
そう。追ってきているのはヤマノケだけでない。
巨頭の妖怪の群れもくねくねした妖怪達もいるのだ。
先程は運よくヤマノケを弾けたようだが、ただの駅員の幽霊だかにどうこうできるものではない。
祈と男がそうこう言っている間に、巨頭の妖怪達が雄たけびを上げながら追いついてきた。
ヤマノケが巨頭の妖怪達に指示し、男へと差し向ける。
「ほら早く――」
>「雷は木気に通ず。建御雷之男神に御願奉りて、此処に暴魔羅刹を掃う金鎗を振り下ろさん!急急如律令!」
男はポケットから札を取り出すと、印を結びなんらかの呪文を唱える。
瞬間、札から雷が迸り、狭いトンネル内を縦横無尽に駆けた。
それは、巨頭の妖怪やくねくねとした妖怪を瞬く間に黒く染め上げ、炭へと変えていった。
>「紅蓮は火気に通ず。火之迦具土神に御願奉りて、此処に不浄を清める燎原を顕さん!急急如律令!」
更に男が印を結んで呪文を唱えれば、
次は業火が噴き出し、逃げることも許さず妖怪達を焼き尽くす。
男を心配して立ち止まっていた祈だが、それは無用な心配だったようだ。
巨頭の妖怪もくねくねとした妖怪も。
そしてこの一団を率いているであろうヤマノケですらも全く寄せ付けない。
強い。べらぼうに強い。札と呪文(神仏への誓願であろうか)によって強力な術を発動させ、操る。
これは陰陽師と言うやつだろうかと祈は思う。
体捌きも一流だ。巨頭の妖怪が炎に焼かれながらも襲い来るが、
その攻撃を最小限度の動きで躱し、
更に拳や足を最短距離で妖怪達の急所に当てられていく。全く無駄がない。
妖怪との戦いに慣れているとさえ祈には感じられた。最近の駅員とはここまで強いのか。
「すげえ……」
《いれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろォォォォ――――――――――!!!!》
業を煮やしたか、男へと自ら飛びかかってくるヤマノケ。
だが男はヤマノケの腕を掴んで動きを封じてみせ、決然とした声音で告げる。
216
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/21(木) 19:11:07
>「禍々しき神よ。山の怪(やまのけ)よ――」
>「生憎だが、この子には指一本触れさせん。まして、中に入るなどもっての他だ」
>「おまえはこれからもここにいろ。ずっとだ……わたしが祭壇を拵えてやる」
その言葉を聞いて、どうしてだろう、と祈は思う。
どうして初めて会った自分にこんなにも良くしてくれるのだろう、と。
男の腕を跳ね除け、ヤマノケが暴れ出す。
更には巨頭やくねくね達も群がるが、
男は再び札と呪によって地面から無数の土の棘を生み出し、妖怪達を串刺しにして退けた。
土の棘が壁となり、一時妖怪達との距離が開く。
再び妖怪達との交戦が始まるまでの僅かな間ができ、その間に男は振り返って、祈の方を見た。
男を見ていた祈と目が合う。
>「……仲間たちを信じなさい。最後まで……その想いが君を強くする、希望を切り拓く――忘れるんじゃないよ」
男は祈に微笑んで、子どもに言い聞かせるような優しい声音でそう言った。
「わ……わかった、よ。忘れない……ようにする。多分」
温かな笑みを向けられて、何故だか祈は照れてしまって、ぎくしゃくとした奇妙な返事になってしまった。
男はその返事を聞いてどう思っただろう。次に男は尾弐へと向けて、
>「黒――……を……願――ます」
何事か言って、頭を下げた。
それは土の棘を破壊する音や巨頭の妖怪の雄叫びで掻き消されて、祈には聞こえなかった。
ばらばらに砕けていく土の棘。押し寄せる妖怪の大群、そしてヤマノケ。
>「わたしがバケモノどもを押さえている間に行くんだ!時間がない……振り返らず走れ!」
それを見た男はそうブリーチャーズへと指示し、妖怪達へと単身、勇敢に突っ込んでいく。
その背中を祈は見ながら思う。
どうしてだろう。何か大切なことを見落としているような、そんな思いを抱くのは。
この男ともっと話したいと、話すべきことがあるのではないかと、そんな風に感じるのは。
訳も分からず心から湧き上がってくるその気持ちに、どうしようもなく後ろ髪を引かれながらも、
「あのッ……ありがとう!」
そう言うのが精一杯で、祈は男の言葉に従って、
振り返らないようにしながら長いトンネルの奥へとひたすらに走るしかなかった。
217
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/21(木) 19:17:57
やがてトンネルの出口へと辿り着いた。
しかしそこでブリーチャーズを迎えたのは、またしても大岩だった。
トンネルの出口を塞ぐ大岩は、入口を塞いでいたものよりも大きく、
誰が押そうが引こうがびくともしない。
当然、祈が押したところで一ミリたりとも動かない。
「尾弐のおっさんの浸透剄でもやっぱ無……うわっ! つーか尾弐のおっさん手、大丈夫なの!?」
尾弐の右拳が砕けてボロボロになっていたことに今になって祈は気付いた。
祈があのような提案をして、無茶をさせた所為だろう。
「つーかあたしの所為か。ごめん、尾弐のおっさん。無茶させて」
視線を合わせないながらも、祈はそう謝罪する。
尾弐がこの状態では先程のような一撃は放てまいし、放てたとしても放たせては駄目だ。
そして放ててもきっと、この大岩は動かせまい。
地面もアスファルトのように固く、ポチが掘ったり壊すことも出来なさそうである。
ここまできてまた足止めだなんて、と思っていたが、
大岩の先から聞こえてくる声があった。
――れて。
――離れて。
――離れてください!
それは大岩に阻まれて聞こえ辛いが、橘音の声だった。
男の言っていた迎えとは、橘音のことだったのだ。
声に従ってブリーチャーズが大岩から離れると、トンネル全体が揺れ始めた。
揺れに合わせ、ゴォン……ドゴォン……そんな風にどこから音が響いてくる。
揺れは次第に強まり、祈は立っていられなくなる。
天井から土埃やら礫やらが落ちてき、いよいよ崩れそうだと、
この先で橘音は何をしているんだと祈は思っていると、
その答えはすぐに出た。
大岩にびしりと亀裂が入り、光が差す。
隙間から風が入ってき、火薬の匂いが吹き込んでくる。
そして轟音とともに砕け散る大岩。何のことはない、大量の火薬でこの大岩を砕いていたのだ。
眩い光に、祈は目を細めて、腕を眼前に翳した。
>「いや〜ははは、ギリギリで間に合ったみたいですね!」
>「怖い夢を見たようですね。でも、安心してください――夢は。覚める時間ですよ」
聞き慣れた明るい声。
逆光の中で、見慣れたシルエットが祈達へと右手を伸ばしていた。
218
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/21(木) 19:29:20
「はっ」
目を開けると同時にがばっと上体を起こす祈。
前方に伸ばした両腕に跳ね除けられた布団の端が、膝の上に落ちる。
そこはトンネルのような暗い場所ではなかった。
見慣れた自分の部屋で、どうやら祈は布団の上で寝ていたようだった。
明るい窓の外では雀が鳴いている。
さっきまでトンネルにいた筈なのに、と思い体を捻って確認してみるが、
衣服や髪についていた土埃や血やら泥やらはなくなっているし、手指から桃の匂いがすることもなかった。
そう、祈は悪夢から覚めて、現実へと戻ってきたのだ。
学習机の上を見遣れば、置かれた時計は7時を指しており、
祈は疲労感から寝た気があまりしないながらも、起きることにした。
今日は土曜日だ。
履いたままの風火輪を脱ぎ、布団を片付けて居間に行くと、祖母の姿はなかった。
普段なら土日は休みだが、珍しく仕事で朝から出かけているのだった。
祈は卓袱台の上に置かれた「朝食は冷蔵庫に。温めて食べなさい」というメモに従って
冷蔵庫に収められた朝食をレンジで温め、ベーコンエッグや食パンを足して一人で食べた。
軽くシャワーを浴びていつもの私服に着替えると、祈は風火輪を鞄に詰めて事務所へと向かった。
悪夢から目覚めることができたのは、
迎えに来てくれた橘音や仲間達のお陰であるから礼を言わねばと思ったし、
何より、聞かねばならないことや、言わねばならぬことがある。
事務所になら橘音はいるだろうし、他の仲間も集まっているかもしれないと思ったのだ。
>『そこから出て、元の場所に戻るんだ。君が本来いるべき世界に……そして、君の心を。大切な人に話すといい』
>『そうすれば。君は今よりもっと、ずっと――絆を深めていくことができるだろう……』
気が付けばきさらぎ駅で会った男の言葉が脳裏に蘇っている。
事務所に辿り着き、躊躇いながらも、意を決してえいやと扉を開く祈。
しかし、どこにも橘音の姿は見当たらなかった。
先に他のブリーチャーズがいたか、それとも後から合流してきたかはともかくとして、
祈は事務所の中(例えば寝室や浴室、トイレ、やかんの中など)探せど橘音の姿がない事を知り、
やがて所長デスクの上に置いてあった『東京ブリーチャーズの皆さんへ』と書かれた封筒の中身に
目を通すことになる。
封筒の中身。便箋に書かれていたのは、橘音からのあまりに唐突な別れの言葉だった。
絆を深めることができる筈だった。
なのに、――その相手がいなくなってしまった。
祈はただ愕然として、悲しいやら悔しいやら、どうしていいかわからず歯噛みするしかできずにいた。
219
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/21(木) 19:39:32
――――――
――――
「……?」
暫し立ち尽くして便箋を眺めていた祈だったが、
ふと便箋に記された言葉の中に、重要なものが抜け落ちていることに気付いた。
“東京を守って欲しい”というような文言がないのだった。
いや、東京ブリーチャーズが解散したのならその任務も消えるのかもしれないが、
東京ブリーチャーズが解散したからといって
ドミネーターズまでも解散する訳ではないし、妖怪大統領の侵攻は続くだろう。
事態は何一つ解決していないのだ。
むしろ妨害する者がいなくなったことで、ドミネーターズの侵攻は容易になるだろう。
そして、それを指を咥えて見ていれば、
己が目的を達成する為ならば虐殺も辞さない、
そんなテロリストの親玉のような妖怪がやってきて東京を支配する。そうなれば日本は終わりだ。
東京だけでなく日本の全てが彼の支配下に置かれるだろう。
そこが迷い家だろうが雪山の奥であろうが関係ない。
なんせ結界破りのプロがその配下にいるのだ。安全圏などどこにもない。
妖怪も人間も、全てが彼に傅く。傅くまで彼の暴虐は続くだろう。
……なのに、解散をした後はまるで、そんなものは関係ないかのように、
各々故郷や新しい地で、あるいは今まで通り平和に暮らせるかのように書かれている。
これは明らかにおかしな点だと言えた。
そして仲間へと向けられた唐突な別れの言葉と、犯した罪を贖うという言葉。
それらから祈が考えられるのは一つだった。
「もしかして橘音のやつ……一人でドミネーターズと戦う気なんじゃないのか?」
そう、例えば橘音が『自分の命を犠牲にしてドミネーターズや妖怪大統領を排除する』、
というようなことを考えていたとすれば、
別れる理由も、解散した後に平和に暮らせるかのように書いてある理由も、
罪を贖う方法も、一つの線で繋がってくる。
祈達が猿夢に囚われたりきさらぎ駅に行っている間に、妖怪大統領の倒し方でも突き止めたのだろうか。
それとも追い詰められて、自棄を起こしてしまったのか、それはわからない。
だがなんであれ、祈が次にすべきことは決まった。
220
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2017/12/21(木) 19:48:45
「橘音を探さなきゃ」
橘音の言う通りに祖母に父母のことを聞くつもりなど祈には毛頭ない。
橘音と尾弐から直接聞き出すつもりでいたし、
橘音のいない日常を平然と受け入れることもしなかった。
ポチがその場にいなければ、祈は靴や靴下を脱いでポチを呼ぶか、
あるいは事務所を飛び出してポチを探し出し、説明した上でこう持ち掛けるだろう。
「ポチ。橘音の捜索を頼みたいんだけど、ケンタッ○ーのチキン三個でどう? 今ならポテトも付けるよ」
と。
あの便箋は少なくとも、
橘音が現世と冥府の境界から事務所に戻った後に書かれたものだと推測できた。
でなければ“皆さんが無事に黄泉比良坂から帰ってこられて、本当によかった”などとは書けない。
そして、祈が目を覚ましたのが7時。
この時間が仮に、トンネルを抜けて精神が肉体に戻った時間と同一だとするなら、
橘音が事務所に戻るにはこれと同等か、あるいはそれ以上の時間を要することが予測された。
(精神だけそこに飛ばしたのか、生身で赴いたのかなどに因るだろう)。
その後、仲間への連絡やらをして、便箋に文を書いたりするのだから、
最低でも戻ってから10分、いや、20分は掛かったに違いない。
朝食などを摂ったり多少休めばもっとかかる。
それを考えれば、橘音がどれ程早く事務所を出られたとしても7時20分そこら。
現在の時間はまだお昼前で、それ程遠くには行けていないと思われた。
ポチの鼻ならきっと追跡ができるだろう。
どこかで天神細道を使って遠くに行ったと言うなら、
天神細道が置きっぱなしになっている筈だから、それを使って追いかければいい。
ポチが協力してくれなくたって、一人でやる。
(橘音がバカな事考えてんなら、ぶん蹴っ飛ばしてでも止めてやる。
あたしはあんたに、言いたいことや聞きたいことが山ほどあるんだ)
祈は橘音を探し出す。そんな決意をしたのだった。
221
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/23(土) 05:54:49
駄目でもともとの精神で投げてみた桃とぶどうとたけのこは、想像以上の効果を発揮した。
こんなことなら早く投げとけば良かった、という感じである。
雑魚に任せてはおけぬと思ったのか、ついに真打ちらしき妖壊が姿を現した。
>《テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……》
「気を付けろ――あれは紳士じゃない方の変態! 変態の風上にも置けぬ輩だ! いや、あんな奴を変態とは認めてやらないぞ!」
現れた妖壊――ヤマノケを見て、嫌悪感を露わにする乃恵瑠。
見るだけで怖気を誘うような姿なので当然といえば当然だが、それだけではない。
ノエルの中で変態には由緒正しき紳士な方の変態と邪道の紳士じゃない方の変態の二種類があり、ヤマノケはまごう事なき後者であった。
かつて雪の女王の元で修行していたころ、里の者に被害が続出したことがあるのだ。
憤った乃恵瑠は従者とペットと共に討伐に赴き、辛くも討伐に成功したのだが――
追いつめられた時のおぞましい記憶がまざまざと甦る。
紳士じゃない方の変態というのはどうにも存在が受け付けないのだった。
>「掘れた!けど……そのやり方だけじゃ駄目だ、ソイツだけは!」
>《テン……ソ「ガタガタうるせぇ有象無象――――こいつらに手ぇ出すなら、地獄にすら逝けると思うなッッッ!!!!!!!!」
尾弐の一撃が炸裂し、ついに大岩が動き出した。
振り向きざまに血が飛び散って、ノエルと祈とポチへと付着する。
否――神聖なものに取り付くというヤマノケを寄せ付けぬために意図的に付けたのだ。
>「今のうちにとんずらだ!」
洞窟の中に逃げ込む一行。
尾弐の狙いは当たっていたようで、ヤマノケは足を止めたように見えた。
しかし――
>《……れろ》
聞こえてきたのは、今までとは違うパターンの声。
>《いれろ》
>《いれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろ》
「入れろだって!? ご無体なぁああああああああああ!!」
これは別に入れろ(意味深)という意味で言っているわけではなく、ヤマノケは文字通り入る――憑依するという方法によって相手を犯す。
人間等に憑けば精神を食い尽くされヤマノケの力を増す餌となり、同じ山神としての属性を持つ雪女は、仲間を増やす苗床として利用される。
しかしターボババアの血を引く祈や狼の脚力を持つポチはよもや追いつかれまい。
真っ先に追いつかれるのは自分だ、上等だ受けて立ってやる――と覚悟を決め、敢えて走る速度を緩める乃恵瑠。
人間を殺してはいけない時代になってからはめっきり行われなくなったが、もともと寝技(意味深)に持ち込んで相手を凍死させるのは雪女の得意技だ。
災厄の力を宿している自分なら、憑依する過程で確実に凍死させることができる――そう踏んだのだった。
しかし予想だにしなかったことに、ヤマノケの狙いは祈ただ一人であった。
その理由は単純に「※ただし変態は除く」なのか、女の中でも年若い方が好きなのか、
あるいは乃恵瑠やポチが宿す災厄の力を忌避した結果なのかは分からない。
本来なら祈の脚力をもってすればすぐに引き離せるはずなのに、後ろにぴったりと付いている。
そう、まるですでに憑いているかのように。
222
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/23(土) 05:59:10
「こっちに来い! 妾が相手をしてやる」
乃恵瑠は自らにターゲットを移すべく、必死の色仕掛けを敢行する。
具体的には片方のスカンツの裾を太腿までたくし上げ、もう片方の手で上衣の裾を胸の下まで上げて脇腹をチラ見せする。
ふざけているようにしか見えないが、本人は大真面目である。
裸ストールになるのもやぶさかではないが、それでは駄目なのだ。
全見せよりも見えそうで見えないチラリズムが良い、といつか毛玉の妖怪が言っていたのである。
しかし、慣れないチラリズムに挑戦した努力も空しく、ガン無視されるのであった。
乃恵瑠は毛玉の妖怪を洗濯機に放り込みたい謎の衝動に駆られた。
「貴様――さては紳士じゃない方のロリコンかぁあああああああ!!」
いたたまれなくなった乃恵瑠はヤマノケロリコン説をプッシュするのであった。
とはいえヤマノケに取り付かれた噂では、取り憑かれたのはまだ年若い少女ばかりであるため、満更有り得なくもないかもしれない。
誘い受けにひっからないなら自ら襲い掛かるしかないわけだが――
「あれ? 置いて行かれてる……!」
乃恵瑠が無い色気を出そうと無駄な努力をしている間にヤマノケは乃恵瑠を追い越して先を走っていた。
こうして成す術もなく、ヤマノケの魔手がついに祈に届かんとする。
その時、突如横合いから飛んできた札がヤマノケを弾き飛ばした。
>《ギ……ギギッ!?》
>「……大丈夫かい?家出少女」
「誰!?」
それは、駅員のような服を着た見知らぬまだ若そうな男性だった。
時空のおっさんというよりは時空のお兄さんといった感じだ。
>「その声……あんた、さっきの!」
「もしかしてさっき言ってたお助けキャラの人!?」
>「わたしの言うことを信じて、ここまで辿り着いたな。偉いぞ……あと一息だ、がんばれ」
>「ここはわたしが押さえる、君たちは先へ行け。もう、迎えは来ている」
>「助かるけど、押さえるってそんな、無理だって! 妖怪がたくさんいんだよ!? 一緒に逃げよう!」
「そうだよ! ここは俺に任せて行け!なんて分かりやすい死亡フラグ立てられたら置いていけないよ!」
祈と同じく男の身を案じる乃恵瑠だったが――
223
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/23(土) 06:02:32
>「雷は木気に通ず。建御雷之男神に御願奉りて、此処に暴魔羅刹を掃う金鎗を振り下ろさん!急急如律令!」
>「紅蓮は火気に通ず。火之迦具土神に御願奉りて、此処に不浄を清める燎原を顕さん!急急如律令!」
「凄い……! 難しい呪文を噛まずに言っている!」
男が呪文で妖壊達を軽々と焼き払うのを見て、感嘆の声を漏らす乃恵瑠。感心しどころが微妙にずれているのはともかくとして。
呪文を聞く限りその業は五行説に則っているようで、陰陽師か東洋系の退魔師だろうな、とは思うがそれ以上のことは分からない。
ただ一つ確かな事は滅茶苦茶強いということだ。
戦いの最中の束の間に、男は振り返って祈の方を見た。
男の顔をまじまじと見て、それから祈の方を見て、首をかしげる乃恵瑠。
>「……仲間たちを信じなさい。最後まで……その想いが君を強くする、希望を切り拓く――忘れるんじゃないよ」
>「わ……わかった、よ。忘れない……ようにする。多分」
>「黒雄さん、この子をよろしくお願いします」
――なんだろう、この蚊帳の外な感じ。
と、同じことを感じているかもしれないポチに視線で語りかけるのであった。
>「わたしがバケモノどもを押さえている間に行くんだ!時間がない……振り返らず走れ!」
「祈ちゃんは大丈夫だから! ポチ君も僕も橘音くんもいるから!」
アウトオブ眼中だったにも拘わらず空気を読まずに捨て台詞を叫んでから走り出す乃恵瑠。
そしてトンネルの中を走りながら、祈に意味ありげに語りかける。
「ねえ、祈ちゃん、あの人さ――」
何を言うのかと思いきや、あっけらかんとした笑みを浮かべて。
「すっごく――かっこよかったね! 最近の駅員ってすごいんだね!」
やがてトンネルの出口へたどり着くと、またしても大岩が道を塞いでいた。
>「尾弐のおっさんの浸透剄でもやっぱ無……うわっ! つーか尾弐のおっさん手、大丈夫なの!?」
>「つーかあたしの所為か。ごめん、尾弐のおっさん。無茶させて」
「きっと大丈夫だよ。これが夢なら生きて帰りさえすれば元通りだ。
さっきの人、もう迎えは来ているって言ってたけど……もしかして岩の向こうにいるのかな?」
最初は祈の言うところのお助けキャラの人を半ば警戒していた乃恵瑠だったが、今や疑うべくもなかった。
乃恵瑠は試しに岩の向こうに向かって叫んでみた。
「おーい、そっちに誰かいるー!?」
>――れて。
>――離れて。
>――離れてください!
「橘音くん……!」
224
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/23(土) 06:05:35
その時、洞窟内が地震のように揺れ始めた。
しかし、橘音が外側からダイナマイト的なもので破壊したのだろうか、大岩が砕け散る。
お助けキャラの人が時間がないと言っていたのは、もう少し遅かったら洞窟が崩落して帰れなくなっていた、ということなのかもしれない。
>「いや〜ははは、ギリギリで間に合ったみたいですね!」
>「怖い夢を見たようですね。でも、安心してください――夢は。覚める時間ですよ」
「きっちゃん、やっぱり助けに来てくれたんだね……!」
乃恵瑠は眩い光を背に手を差し伸べる橘音に飛びついて――
「大好きだよきっちゃん! ご褒美にモフモフモフモフしてあげる!」
橘音を抱きしめてモフモフの刑を敢行する乃恵瑠。
――いや、橘音は常に人間態をとっているためモフモフはしていないはずだ。
「あいたたたた! 痛いよ乃恵瑠! それにぼくきっちゃんじゃないよ。寝ぼけてるの?」
橘音とは明らかに違う声で我に返ると、乃恵瑠は白い兎――ペットのハクトを力いっぱい抱きしめてモフモフしていた。
「あ、ごめん……!」
寝ぼけて違う人の名前を呼んでしまうのは修羅場になるパターンだが、その点はそれほど気にしていないようだ。
ハクトはペットできっちゃんはともだちであり、多分ペット(意味深)とかともだち(意味深)ではないので当たり前といえば当たり前だが。
「大丈夫? すごくうなされてたけど……」
「ちょっと怖い夢を見たけど至って元気……」
そこで何かを思い出したらしく慌てて布団が濡れていないかを確認し――事故が起きていない事を認識すると。
「そうか――やっぱり全部夢だったんだ!」
服を着ているから夢、と同じくまたよく分からない理論で勝手に納得する。
寝ている間にいつの間にか乃恵瑠の姿になっている事だけに、夢の名残りが残っていた。
こうして全部単なる夢だったということにしていつの通りの日常に戻ろうとする乃恵瑠だったが――
《言っておくが夢ではないぞ――本当にあの世に片足突っ込んでおったのだ》
突然深雪が語りかけてきた。
あれ!? いたの!? と思った瞬間、気が付くといつものノエルの姿になっていた。
《生きている人間がいない場で暴れても面白くないし大人しくしとこうかと思ったまでだ》
まあそんなものか、と思いつつ、生きている人間でないのならあの駅員は何だったんだろう、と改めて思うノエル。
単なる夢ではなかったのだとしたら、カンスト仮面が祈にあのことを告げたという事実はあり、おそらく祈もそのことを覚えているのだろう。
そして、その場にいなかった橘音は自分のいない間に敵の口からそんな事が告げられてしまったことをおそらく知らない。
225
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/23(土) 06:10:36
「大変だ、橘音くんに言わなきゃ!」
「ちょっと待って!」
慌てて橘音の事務所に向かおうとするノエルをハクトが引き留める。
「服を着て! 風邪引いちゃう!」
「――あっ」
理由は若干ずれているものの(雪女は風邪をひかない)結論的には至って常識的な進言をするハクト。
服を着たノエルは、頭の上に乗ってついて来ようとするハクトをこの場に留まらせ、
気を取り直して階下へと降りていく。
しかし、中に入っても橘音は見当たらない。
「さては隠れんぼだな――そこか! そこか! そこかぁあああああああああ!!」
祈と橘音が顔を合わせる前に知らせておかなければと思って来たのだったが、結局橘音が見つかる前に祈が来てしまった。
総出で風呂場に突入したり、原型にならないと入れないようなヤカンの中なども探索したが一向に見つからない。
最終的には、所長デスクの上に手紙にたどり着くこととなる。
どこをどう突っ込んでいいか分からず、やっと出た言葉は――
「年若い三人って……僕、そんなに若くないよ……」
そんな割とどうでもいい点であった。
もしも橘音がきっちゃんなら、二人はほぼ同年代のはず。
つまり橘音はきっちゃんではなかったということだろうか。
妖怪は外見や言動と実年齢が必ずしも対応しないので、どう見ても幼女が実は超絶BBAなんていうのもザラにある話である。
この雑居ビルの上の方の階でネット放送局をやっているユーチューバーがその一例だ。
しかし、ここでもう一つの可能性に思い至る。
昔を知っているからこそ、年若いと思ってしまったという可能性。
橘音の中では、自分は未だあの日の雪ん娘みゆきのままなのではないか――ということ。
「……酷いよ橘音くん。もう友達じゃないって。罪ぐらいなんだ! 雪の女王はキツネ一匹かくまうぐらい朝飯前だ!
つーか解散!って……ホームレス中学生のお父さんじゃないんだから! どうすんの東京侵略されちゃうよ!?」
226
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/23(土) 06:11:26
つまりこれは、勝てないと悟り仲間を無駄死にさせることは出来ない思った結果か、
もしくは――確実に勝てる方法を突き止めたか。
どちらにせよ共通するのは、橘音が特攻隊になろうとしているということ。
取り返しのつかないことになる前に、見つけ出して踏みとどまらせなければならない。
>「もしかして橘音のやつ……一人でドミネーターズと戦う気なんじゃないのか?」
>「橘音を探さなきゃ」
>「ポチ。橘音の捜索を頼みたいんだけど、ケンタッ○ーのチキン三個でどう? 今ならポテトも付けるよ」
橘音は探偵なので追跡できるような痕跡は残っていないかもしれないが、試してみる価値はある。
が、ポチの方を心配そうに見るノエル。
「ポチ君――」
何も知らないまま、ロボから力を受け継いでしまったポチ。
獣として生きている彼が小難しい世界の理を知る由もなく、誰かが教えない限り、強力な力を受け継いだ、という認識しか無かったはずだ。
教えることで悪影響になってはいけないと思って黙っていたのだが、こんな形で知ってしまうことになるとは。
ノエルは屈んでポチを抱きしめ、そっと耳打ちするのであった。
「大丈夫――僕も君と同じだ」
227
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/12/28(木) 00:36:05
>「ガタガタうるせぇ有象無象――――こいつらに手ぇ出すなら、地獄にすら逝けると思うなッッッ!!!!!!!!」
怒号と共に振り下ろされる憤怒の拳。
地響きのような轟音が響き……そしてほんの僅かに、トンネルを塞ぐ大岩が、動いた。
固唾を呑んで見守っていたポチが、その場を横に飛び退く。
「やった……動いたよ!祈ちゃん、ノエっち!行こう!」
岩はまず氷の板の上をゆっくりと滑る。
そうして緩やかに山の斜面に至り……そこから急激に加速して、坂を転がり出す。
巨頭とくねくねの群れが薙ぎ倒されていく様は爽快だったが、じっくり見物している暇はない。
皆がトンネルへ駆け込むのを待ってから、ポチもその後に続いた。
>《テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……》
「……アイツ、まだ付いてきて……!」
腐っても、怪異に堕ちても、山の神は山の神。
あの大岩も山の一部であるとすれば、仕留められなかったのは必然。
振り返ればヤマノケの眼光は、祈のみを、まっすぐに捉え続けている。
>《……れろ》
>《いれろ》
>《いれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろ》
>「こっちに来い! 妾が相手をしてやる」
ノエルがヤマノケを迎え討とうと声を張り上げる。
それでもヤマノケの狙いはあくまでも祈のようで、ノエルには見向きもしない。
ポチが牙を食い縛り、身を翻して足を止め、深く息を吸い込む。
連戦に次ぐ連戦……狼の持久力を以ってしても、もういつケ枯れを起こしてもおかしくない。
だが、やるしかない。
「入れろだって?叩き込まれるのはアンタの方だ……!」
トンネルの壁を蹴り、三角飛びの要領でヤマノケの前に回り込む。
そのまま勢いを乗せた回転飛び蹴り。
振り回した腕に弾かれる。弾き飛ばされた勢いでもう一度壁を蹴り、今度は爪を振り下ろす。
だがやはり、弾かれる。ポチだけが一方的に跳ね除けられた。
体格の差があるとは言え、強烈な一撃を叩き込んでいるはずなのに。
……相性だ。相性が悪い。最悪と言ってもいい。
送り狼は、山の神の使い……ニホンオオカミを原型とする妖怪。
二度退けられなおも挑みかかるポチは、しかし自身の攻撃が通る感覚がまるで得られずにいた。
「ぐっ……!」
ポチがヤマノケの腕に弾かれる。
だが今度は今までとは少し様相が異なる。
……空中で体勢を立て直せていない。
大きく前方に殴り飛ばされて、ポチはそのまま地面に落ちる。
同時に、変化が解けた。
最早変化を保つだけの妖力すら残っていないのだ。
顔を上げれば、ヤマノケは祈のすぐ後ろにまで迫っていた。
そしてその手が祈の背へと伸び……何かが爆ぜるような音がした。
ヤマノケの手が弾かれる。
>「……大丈夫かい?家出少女」
気付けば祈の傍には、一人の男が立っていた。
228
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/12/28(木) 00:36:39
>「わたしの言うことを信じて、ここまで辿り着いたな。偉いぞ……あと一息だ、がんばれ」
「ここはわたしが押さえる、君たちは先へ行け。もう、迎えは来ている」
駅員の制服に身を包んだその男が左手で洞窟の奥を指す。
だがポチはその言葉よりも……彼がまとうにおいに、強く心を奪われていた。
強い、強い、親愛のにおい……はるか昔に、嗅いだ事があるような、だが思い出せないにおい。
>「雷は木気に通ず。建御雷之男神に御願奉りて、此処に暴魔羅刹を掃う金鎗を振り下ろさん!急急如律令!」
>「紅蓮は火気に通ず。火之迦具土神に御願奉りて、此処に不浄を清める燎原を顕さん!急急如律令!」
そのにおいにポチが戸惑っている内に、男は見慣れない術を用いて怪異の群れを迎え撃ち始めた。
>「……仲間たちを信じなさい。最後まで……その想いが君を強くする、希望を切り拓く――忘れるんじゃないよ」
……けれども、祈へ語りかける時、一際強くなる、この親愛のにおい。
>「黒雄さん、この子をよろしくお願いします」
それに……どうやら彼は、尾弐と既知の仲らしい。
……だがポチはそこで思考を中断した。
一瞬「もしかしたら」と思いはしたが……自分が思いを馳せても、詮無い事だと。
>「わたしがバケモノどもを押さえている間に行くんだ!時間がない……振り返らず走れ!」
「……あなたが誰かは知らないけど、ありがとう。必ず、恩は返すよ。
あなた自身には返せなくても、必ず」
そう言って、ポチは体を起こして走り出した。
走ると言うより、倒れそうになりながら急いで歩いていると言った様相ではあったが。
それでも長い長い洞窟を、足を止めずに進み続け……
「……嘘でしょ」
その先には、岩があった。
出入り口を塞ぐ巨大な岩が。
狼の姿のまま、前足の爪で岩に触れる。
硬い。トンネルの入り口にあったそれと同じだ。
地面の硬さも、先ほど体を打ち付けて、文字通り痛いくらいに分かっている。
……だが、駅員姿の男は言っていた。
迎えはもう来ていると。
>「尾弐のおっさんの浸透剄でもやっぱ無……うわっ! つーか尾弐のおっさん手、大丈夫なの!?」
「つーかあたしの所為か。ごめん、尾弐のおっさん。無茶させて」
>「きっと大丈夫だよ。これが夢なら生きて帰りさえすれば元通りだ。
さっきの人、もう迎えは来ているって言ってたけど……もしかして岩の向こうにいるのかな?」
「おーい、そっちに誰かいるー!?」
「だといいけど。もしもし、聞こえてる?
なんなら気を利かせて、先にこの岩をどけといてくれたってよかったのに……」
>――れて。
「……ん?」
>――離れて。
「……あっ」
>――離れてください!
「……あー、今の苦情は忘れてくれると嬉しいな」
直後に始まる地震。
一呼吸ほど遅れて響く爆発音。
眩い逆光と爆風によって生じた粉塵で、迎えの者の姿は見えない。
だがそれでも、その姿の輪郭は見える。
>「いや〜ははは、ギリギリで間に合ったみたいですね!」
そして何よりも、声が聞こえる。
>「怖い夢を見たようですね。でも、安心してください――夢は。覚める時間ですよ」
「おはよう……には、まだ早いのかな。ひとまずは……そっちも無事みたいで良かったよ」
229
:
ポチ
◆CDuTShoToA
:2017/12/28(木) 00:37:01
……気がつけば、ポチはいつもの寝床にいた。
夢の中で負った傷も、ケ枯れ寸前だったはずの疲れも残っていない。
「……夢だった?いや、まさか……」
真偽を確かめるべく事務所に向かう。
しかし事務所に近づくに連れて、ポチに違和感が生じる。
……狼の嗅覚は鋭い。故に、分かってしまう。
同じにおいでも……そこににおいの主がいるのか。
それともそれが、ただの残り香にすぎないのかが。
元から駆け足気味だったポチが、一層強く地面を蹴る。
そして事務所に辿り着くと……
>「さては隠れんぼだな――そこか! そこか! そこかぁあああああああああ!!」
「……何やってんの、ノエっち」
祈とノエルが事務所のありとあらゆる物をひっくり返している最中だった。
「いや……なんとなく、察しはつくよ」
事務所の中にも、最早橘音のにおいは、残り香しか感じられなかった。
血の臭いはしない。橘音を探す過程であちこち荒れてはいるが、争いの気配や残り香もない。
……ポチは橘音の残り香を辿る。
辿り着いた先は、橘音のデスクだ。そこに最も強く、においが残っている。
そして見つけたのは……橘音が残した自分達への手紙。
ポチへと向けて記されていたのは……ロボが残した力の事と、細やかな祝辞。
>「もしかして橘音のやつ……一人でドミネーターズと戦う気なんじゃないのか?」
手紙の全てを読み終えた後、祈が一つの可能性に思い至った。
>「橘音を探さなきゃ」
>「ポチ。橘音の捜索を頼みたいんだけど、ケンタッ○ーのチキン三個でどう? 今ならポテトも付けるよ」
「……祈ちゃん」
だがそれに応えるポチの声は、静やかだった。
祈のそれと比べると格段に気力に欠けている。
>「ポチ君――」
「大丈夫――僕も君と同じだ」
ノエルが心配そうに、励ますように声をかける。
……今度は返事すらない。
聞こえていなかったのだ。ノエルの声が。ぼんやりとしか。
ポチには、代わりに別の声が聞こえていた。
自分の中にある、自分ではない何かの声。
何者か、ですらない。
人格ではない、宿命か、概念か……何かとしか言いようのない何かの声が。
曰く、喰らえ、と。
喰らってしまえば、これ以上失う事はない。
命は巡る。喰らう事は、一つになる事。
知っているはずだ。そして今なら、理解出来るはずだと。
……手紙を皆で読む為、ポチは既に人型にヘンゲしている。
左手の親指がゆっくりと、他の指の爪を撫でる。
舌が静かに、牙をなぞる。ロボの被毛さえ食い破れた牙を。
「……心配、いらないよ。ノエっち。僕はちゃんと知ってたんだ」
依然変わらない静かな声。
ポチの右手が、ノエルの左手首を掴む。
そして……
「……この力の正体は分からなくても。
ロボを狂わせてしまったものだって事だけは、知ってたんだ。
それに……ロボは言ってたろ。お前がやるんだ、って。だから……平気さ」
……それに、ノエルは、皆はここにいる。
手を伸ばすだけで掴めて、その存在を実感出来る。
橘音だって、皆で力を合わせればきっと見つけられる。
だから喰らう必要なんて、ない。
それらの言葉だけは……心の中で、自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「祈ちゃん、報酬なんていらないよ。代わりに迷惑料をもらうからね、橘音ちゃんから」
もっとも、橘音の事だ。
皆がブリーチャーズの解散を受け入れず、自分を探す可能性だって考慮しているだろう。
「……まっ、いつも人探し物探しに僕を使ってた橘音ちゃんが、
何の対策も取ってないとは思えないけど……ていうか実際においしないし……。
でも、探す為の心当たりならあるよ、二つ」
ポチは指を二本立ててそう言って、
「一つはね……奴らを探す事だよ。ドミネーターズを。
橘音ちゃんが東京漂白を諦めてないなら、奴らのいる所に橘音ちゃんだって現れるはずさ。
そしてもう一つは……」
指を一本折り曲げると、次に尾弐に視線を向けた。
「尾弐っち、まさか橘音ちゃんの意志を尊重しよう……なんて言わないよね。
いや、尊重するなら責任持って僕らの保護者をしてもらわなきゃ。
……何かないかな、尾弐っち。橘音ちゃんを見つける為の、足がかりとか」
230
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/30(土) 17:29:16
洞窟の奥。その先に在るであろう明日の光を目的に彼等は走る。
既に策は弄し終え、手も尽くした。
黄泉を抜ける為の三種の供物――――即ち、桃、筍、葡萄。其れ等をもって、退路を進む為の時間を得た。
転がり落ちる巨岩を以って、追いすがる総体を削りもした。
これが神話の世界で在るのなら、後は道を駆け抜けるだけであっただろう。
だが……東京ブリーチャーズの面々が黄泉路を抜ける為には、神話を準えても尚、一手足りなかった。
悪鬼、雪妖、妖犬、半人半妖
如何な力を持つとはいえ、『所詮』彼等は妖怪だ。
神話の主神格が持つ様な、単身で岩を動かす力も
数多の亡者から逃げ切る神足も、穢れし山神を払いのける神格も有してはいないのである。
故に、彼らが黄泉路から逃げ切る為には、神話を越える為の後一手が必要であった。
――――けれど、その一手こそが届かない。
先に述べた通りに、策は弄し終え、手も尽くしたのだ。
メンバーの各々があらゆる手段を講じた結果が齎した状況が今なのである。
《オッ!オオッ!オ!オオオオオオオオオオ!オッ!》
《いれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろいれろ》
>「入れろだって!? ご無体なぁああああああああああ!!」
「叫ぶ元気があるなら走れ色男! とにかく今は全力で逃げろ!」
自身の血液による穢れが堕ちた山神相手には効果が薄い事を知った尾弐は、疲労で鉛の様に重い足を無理やりに動かし、歩を進める。
だが、堕ちても神である山神の歩は速く、その声は瞬く間にブリーチャーズへと近づいてくる。
更には、数を取り戻した巨頭やくねくねの奇声も轟音となって響いてくる。
>「ぁぁあぁああああーーッ!!」
>「入れろだって?叩き込まれるのはアンタの方だ……!」
「っ……ざけるな!チンケな山神風情がっ!」
そして、道中のノエルによる色仕掛けも、ポチの爪による強襲さえも効果を示す事は無く、
ヤマノケの皺枯れた指は尾弐が静止する間もなく祈へと伸び――――1枚の符により、弾き飛ばされた。
231
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/30(土) 17:29:48
>「……大丈夫かい?家出少女」
>「その声……あんた、さっきの!」
>「もしかしてさっき言ってたお助けキャラの人!?」
「なっ……!?」
突如の援軍に喜色を浮かべる祈とノエル。だが、尾弐だけは反応が異なっていた。
ほんの一瞬。擦れ違った瞬間にだけ見えた男の姿とその声に、尾弐は思わず足を止め驚愕する。
男が放つ紅蓮の業火も、奔る雷光さえも目に入らない程に。
それは……その男の姿が、声が。泣きたい程に懐かしいものであったから。
>「わたしの言うことを信じて、ここまで辿り着いたな。偉いぞ……あと一息だ、がんばれ」
>「ここはわたしが押さえる、君たちは先へ行け。もう、迎えは来ている」
そうして、祈へと優しい声で言葉を投げかけ、反対に怜悧な声と共にヤマノケ達を屠る男は、最後に背を向けたままの尾弐へと向けて言葉を掛ける
>「黒雄さん、この子をよろしくお願いします」
その言葉を受け、祈へと視線を向ける尾弐だが……男へと振り返る事はなかった。
……本当は、振り向きたかった。振り返って、懺悔の言葉を述べたかった。
感謝の言葉を投げかけたかった。叱責の言葉を放りたかった。
歓喜の声をぶつけたかった。未練の声を漏らしたかった。
可能であるのなら――――人の摂理に背いてでも、その手を握り、現世へと引きずり出したかった。
けれど、それは出来ない。やってはいけない。
それを行うという事は、尾弐の背後に立つ男の覚悟を否定する事と同義であるからだ。
故に尾弐は、振り返る事なく拳を握りしめて短く誓う。
「……あいよ、旦那。『約束』するぜ」
そして、そのまま決して振り返る事無く歩を進める。
裾を引く未練の感情を捻じ伏せながら、東京ブリーチャーズと共に走り出す。
・・・
232
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/30(土) 17:30:13
>「……嘘でしょ」
辿り着いた洞窟の最奥。
されど其処には、最後の関門が立ち塞がっていた。
先の巨岩とは比較にならない巨岩。もはや岩盤とでも言うべきそれが道を塞いでいたのである。
「……こいつぁ、流石に砕くのも動かすのも無理そうだな」
>「尾弐のおっさんの浸透剄でもやっぱ無……うわっ! つーか尾弐のおっさん手、大丈夫なの!?」
>「つーかあたしの所為か。ごめん、尾弐のおっさん。無茶させて」
>「きっと大丈夫だよ。これが夢なら生きて帰りさえすれば元通りだ。
>さっきの人、もう迎えは来ているって言ってたけど……もしかして岩の向こうにいるのかな?」
「……心配すんな嬢ちゃん。こんなもん狼王の時に比べり掠り傷だし、ノエルに言う通り、起きりゃ痣くらいしか残んねぇよ。
ただ……悪ぃが浸透徑は無理だ。つか、仮に打ててもこのサイズ相手にゃ力不足だしな」
尾弐は、声を掛けて来た祈に対し少し驚きをみせつつも、大した怪我では無いと強がりを見せる。
そして苦々しい表情で岩の周りの土を蹴ってみるが、先ほどと違いまるで金属のように固い土は僅かにも削れる事はなかった。
幸い、未だ怪異の群れは追ってきてはいないが、時間の猶予は少ない事に違いは無いだろう。
ここに来ての手詰まりに、東京ブリーチャーズの面々が思案に暮れ、もはや岩の向こうへと声を掛ける以上に出来る事が無い中
>――れて。
>――離れて。
>――離れてください!
洞窟の中に響いたか細い、けれど聞きなれた声。
尾弐がその声の主に思い至った直後、洞窟内が鳴動し――――まるで火薬の炸裂音の様な轟音と共に、巨岩が砕け散ったのであった。
飛来する瓦礫からその背でブリーチャーズを庇ってから、尾弐が巨岩が存在した場所へと視線を向ければ、其処から眩い光が差し込んでおり、そして
>「いや〜ははは、ギリギリで間に合ったみたいですね!」
>「怖い夢を見たようですね。でも、安心してください――夢は。覚める時間ですよ」
見慣れた。聞きなれた。
そんな人影が逆光の中手を差し伸べて来た。
一瞬。その姿に、尾弐は自身の過去に存在する情景を思い出し、しかし軽く首を振ると
「ったく、いい年して起きるのにモーニングコール頼りたぁ情けねぇ……まあ、それはさて置き」
巨岩を動かす際に傷付き血まみれになった腕で、伸ばされた白手袋をしっかりと掴んだ。
「――――おはよう。良い朝だな」
言葉と共に視界は強い光に白んで行き――――世界は朝を迎える。
・・・
233
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/30(土) 17:30:46
「っぐ……」
目覚めと共に訪れる、体の中を金属の棒でかき回されているかの様な激痛と不快感。
思わず声を漏らす程のその苦痛が、皮肉にも尾弐にここが現実である事を告げた
痛みを紛らわす為、或いは不快の原因を鎮める為に、寝起き早々にウイスキーを一瓶胃に流し込んだ尾弐は、
シャワーを浴びて汚れを流すと、クリーニングから帰ってきたばかりの皺の無い背広の横に掛けた
普段着代わりに使用している皺の多い背広を羽織ると、財布と鍵だけを持ち、自室の玄関の扉を開く。
>「さては隠れんぼだな――そこか! そこか! そこかぁあああああああああ!!」
> 「……何やってんの、ノエっち」
「あー……何かあったのか?」
那須野の事務所へ足を踏み入れると、ノエルと祈がそこら中の扉を開け、荷物をひっくり返し、
それをポチが眺めているという奇怪な状況となっていた。
ノエルだけなら『なんだノエルか』で済む話であったのだが、その行動に祈が追随している事を確認した尾弐は、
何か異常事態でも起きたのかと声を掛け
そして知る。
那須野橘音の失踪と、東京ブリーチャーズ解散の号令を。
234
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/30(土) 17:31:16
>「……酷いよ橘音くん。もう友達じゃないって。罪ぐらいなんだ! 雪の女王はキツネ一匹かくまうぐらい朝飯前だ!
つーか解散!って……ホームレス中学生のお父さんじゃないんだから! どうすんの東京侵略されちゃうよ!?」
>「もしかして橘音のやつ……一人でドミネーターズと戦う気なんじゃないのか?」
「罪ってのが判らねぇが……東京ブリーチャーズを解散しても、漂白計画は止まらねぇ。
方針を決める権限が那須野にはねぇ以上、嬢ちゃんの言う通り那須野が独力で問題を解決するつもりだって可能性は十分あるだろうな」
己に宛てた手紙を読み終えた尾弐はそれを懐に仕舞うと、取り乱す様子も無く腕を組む。
そして、ポチとノエルがそれぞれの中に宿る『力』について語っている、その内容を聞き終えてから
祈の推測に賛同の意を見せた。
>「橘音を探さなきゃ」
>「尾弐っち、まさか橘音ちゃんの意志を尊重しよう……なんて言わないよね。
> いや、尊重するなら責任持って僕らの保護者をしてもらわなきゃ。
> ……何かないかな、尾弐っち。橘音ちゃんを見つける為の、足がかりとか」
当然、この場に居る妖怪の面々は那須野を探す事を提案する。
追って見つけ、理由を問いただし、力を貸そうとする。
短い付き合いではない、共に死線を潜り抜けた間柄だ。それはある意味当然と言えるだろう。
「捜すか……それは、何の為に捜すんだ?」
だが尾弐は、来客用の椅子に腰かけ、彼等の提案に制止を掛けた。
「那須野は無為な事を無意味にやる奴じゃねぇ。そんな那須野が東京ブリーチャーズの解散を示したって事は、関係を切ったって事は。
今後において俺達の存在は足手まといになると判断したからだろ。それなのに、探してあいつの邪魔をしてどうすんだ」
「もはや契約は破棄された。お前等は東京ドミネーターズと戦う大義名分も義務もねぇ。
家で大人しくしてろ。なんならどこか遠くに越しちまえば、連中もわざわざ追っては来ねぇだろ」
「那須野の善意を無駄にするなよ」
そう冷静に、淡々とそこまで言ってからその場に居る全員の顔を眺め―――――
「…………そう説明して、大人しく諦めてくれる様なら俺も保護者をしたんだがなぁ」
暫くの沈黙の後、諦めたかの様に溜息を一つ。
235
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2017/12/30(土) 17:31:33
「……俺の知る限り、大将への足がかりになりそうな場所は三つだ」
そして、ガシガシと頭を掻いてから手の甲を前に向けて指を三本立てた尾弐は、
一本目の指を折りながら口を開く。
「一つは、妖狐族を束ねる『御前』の膝元だ。傘下である那須野が、頭目に事前に通している可能性は十分に有る」
そして、指を更に一つ折り尾弐は続ける。
「もう一つは、『迷い家』の富嶽だ。国中に網を張ってる様なあの御老体なら、大将の尻尾を掴んでるかもしれんねぇ」
そして、一瞬祈へと視線を向けてから三本目の指を折る
「最後に……人間側の霊的戦力の本拠地『日本明王連合』。
本質的に妖怪の敵対者だからな、今は強力しているとはいえ、東京ブリーチャーズへの監視は怠ってねぇだろうよ」
そこまで言い切ってから、突然に己の知る心当たりを語りだした尾弐に対し訝しんでいるであろう3人へと苦笑を向ける。
「そんな不思議そうな目ぇすんなよ。俺だって、こんな別れ方に納得してる訳じゃねぇんだ。
一人でも那須野を追うつもりだったが……お前等、放って置いたらバラバラに那須野を追い出すだろ?
それで襲撃でも受けたら目も当てられねぇ。だったら全員で動いた方がよっぽど効率的じゃねぇか。それに」
そこで尾弐は一度言葉を切り、悪巧みでもしていそうな笑みへと表情を変える
「東京ブリーチャーズは解散したんだ。だったら、失踪したダチ公捜すのは俺達の勝手だろ」
そう言って椅子から立ち上がった尾弐は、事務所の隅に在ったホワイトボードを引っ張り出し、三人の前に設置すると、
黒マジックで『ドミネーターズを探す』『御前』『迷い家』『日本明王連合』と、その厳めしさには似合わぬ綺麗な文字で記していく。
「……さて、だ。俺は探偵じゃねぇからな。さっき言った三つの候補は、所詮は俺の憶測だ。
無駄足になる可能性はあるし、そもそもこの三つは必ずしも協力的な訳じゃねぇ。
特に、日本明王連合に関しては根本的に妖怪の敵だ。滅ぼされる可能性すら有る。
だから、ドミネーターズの襲来を待つか、心当たりへと向かうか――――最良を議論しようじゃねぇか」
……那須野橘音が東京ブリーチャーズの面々と縁を切るつもりであったのなら、尾弐黒雄に手紙を残すべきではなかった。
『彼らが幸せになるように。彼らが誰の手も借りず、ひとりで幸せを掴み取れるようになるまで守って欲しい』
手紙の中でそう尾弐に願った事で、尾弐が那須野を探す意志が固まったからだ。
何故なら……皆の心を、幸福を守るのであれば、那須野橘音を失う事は有ってはならないのだから。
(大義名分を渡したのはお前さんだ。覚悟しとけよ那須野……例え地獄の底からだろうと探し出して、
尻尾ひっ掴んでこいつらの前に引きずり出してやるぜ。こいつらと、お前さんの幸福の為にな)
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