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中学生バトルロワイアル part6

1 ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 19:54:26 ID:rHQuqlGU0
中学生キャラでバトルロワイアルのパロディを行うリレーSS企画です。
企画の性質上版権キャラの死亡、流血、残虐描写が含まれますので御了承の上閲覧ください。

この企画はみんなで創り上げる企画です。書き手初心者でも大歓迎。
何か分からないことがあれば気軽にご質問くださいませ。きっと優しい誰かが答えてくれます!
みんなでワイワイ楽しんでいきましょう!

まとめwiki
ttp://www38.atwiki.jp/jhs-rowa/

したらば避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/14963/

前スレ
ttp://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1363185933/

参加者名簿

【バトルロワイアル】2/6
○七原秋也/●中川典子/○相馬光子/ ●滝口優一郎 /●桐山和雄/●月岡彰

【テニスの王子様】2/6
○越前リョーマ/ ●手塚国光 /●真田弦一郎/○切原赤也/ ●跡部景吾 /●遠山金太郎

【GTO】2/6
○菊地善人/ ●吉川のぼる /●神崎麗美/●相沢雅/ ●渋谷翔 /○常盤愛

【うえきの法則】3/6
○植木耕助/●佐野清一郎/○宗屋ヒデヨシ/ ●マリリン・キャリー /○バロウ・エシャロット/●ロベルト・ハイドン

【未来日記】3/5
○天野雪輝/○我妻由乃/○秋瀬或/●高坂王子/ ●日野日向

【ゆるゆり】2/5
●赤座あかり/ ●歳納京子 /○船見結衣/●吉川ちなつ/○杉浦綾乃

【ヱヴァンゲリヲン新劇場版】2/5
●碇シンジ/○綾波レイ/○式波・アスカ・ラングレー/ ●真希波・マリ・イラストリアス / ●鈴原トウジ

【とある科学の超電磁砲】2/4
●御坂美琴/○白井黒子/○初春飾利/ ●佐天涙子

【ひぐらしのなく頃に】1/4
●前原圭一/○竜宮レナ/●園崎魅音/ ●園崎詩音

【幽☆遊☆白書】2/4
○浦飯幽助/ ●桑原和真 / ●雪村螢子 /○御手洗清志

男子11/27名 女子10/24名 残り21名

433名無しさん:2014/11/30(日) 21:49:55 ID:fjAJouv20
投下乙です!
それぞれがすごくいい味出してました…!

434名無しさん:2014/12/01(月) 20:24:08 ID:YQ78PMog0
投下乙です

うおおおっ、今回もというかこの組が織りなすドラマは本当に濃いわあ
GJ!

435訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:52:03 ID:Mu2XGxio0
大変申し訳ありません。
ウィキに収録する段になって、まるごと1レス分が投下されずに抜けていたことが発覚しました。

今に至るまで気付かなかったことも含めて大変申し訳ないことですが、
本スレ>>419>>420の修正版を投下したいと思います。

436訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:54:27 ID:Mu2XGxio0
「僕がかつて出会った日記所有者の中にも、『自分が勝つことだけを想定して突撃する』タイプの人はいた。
でもその人の場合は、過酷な環境を生きてきて、負けることが死に直結するような生活をしてきたからそうなったんだ。守るものも失うものも自分の命だけだったしね。
あるいは、『誰も死なせない』と主張するような理想家なのかとも思ったけど、それも違うね。
君は僕らみたいに困った人を助けてくれたけど、正義の味方になりたいわけじゃないだろう?」

こくり、と頷きがあった。
平和な世界なら、これでも良かったのかもしれない、とは思う。
行くぞと声をかけて皆が付いていくような、誰もがいっしょに高みを目指してくれるような、ストイックなスポーツマンばかりの世界だったら。
すでに彼は、ひとかどの『柱』になれるぐらいの資格は満たしていたのかもしれない。
だが、この世界は違う。

「君はきっと、本当に芯からスポーツマンなんだよ。
優勝賞品が欲しくて戦ってきたわけじゃない。ただ、勝つための戦いだ」

たとえば1つだけ願いを叶えてもらえるとして、『全国大会で優勝させてください』なんて願ったりはしないだろう。
実力で手に入れたものではない勝利など、虚しいだけなのだから。
だから彼に、夢はあっても願いは無い。

「裏を返せば、誰かに叶えてもらう類の望みには慣れていない。
もっと言えば、『大切なものを、自分にはどうしようもできない理不尽によって奪われるかもしれない』恐怖なんて、すっかり想像の外だった。それだけのことだよ」

『神から与えられた意味などに価値はない』と真田が言っていたことを、思い出す。
そして、全てを放棄することを選んだ、神崎麗美の目を思い出す。
神崎麗美が、越前に対して怒りを顕にしたという話も、思い出す。

「それって、命懸けで使徒と戦わされるとか、神様を決める殺し合いをやらされるとか?」
「雪輝君たちに当てはめればそうなるだろうけど……そうだね、実感できるように例え話にしようか」

真田に秋瀬自身のことを問い詰められた時には、言い返せなかった。
その意趣返しというわけではないが、言葉に詰まってもらうのも、いい勉強になるはずだ。

「もし、君が急に難病にかかって、テニスができない体になったらどうする?
それが、どんなに治療しても努力しても、絶対に治らないものだったら、どうする?」

それでも、君は強くあれますか?
まっすぐだった両目が、急に視覚を失ったかのように凍りついた。
唾を飲もうとするように喉を動かしても、口が渇いていてごくりという音さえ出ない。

「絶対……っスか? 手術しても、リハビリしても?」
「その反応は、心当たりでもあるのかな?
どんなに努力しても這い上がれない。戻りたくて血を吐くようにがんばったけど無理だった。誰が何をしても救えない。
君のいる世界だって、そういうことは起こり得たはずだ。君もそうならなかったとは言えないよ」

本人の選択によるものでもなく、過失によるものではなく。
世界を恨みたくなるような理不尽の果てに、生きがいとなるものを奪われる。
そんなのは、どうしようもない。
歯がゆそうな顔が、そんな答えを雄弁に映し出したタイミングで、さらに問う。

「もし、願いを何でも1つ叶えてくれると言われたら、すがりつくんじゃないか?
――そういう時に、『願い』が生まれるんだよ」
「だから、殺し合いに乗ったって言いたいの? 部長を殺したアイツも、我妻由乃さんも?」

葉による重圧を押しのけようとするように、声が高く跳ねた。
カセットプレイヤーを握り締める手の力が、さらに強くなる。
その額を、運動によるものではない汗の雫が滑る。
しかし、続く言葉は落ち着いていた。


「だったら俺は、そっちになんか行かない。
テニスができなくなるなんて、ヤダ。でも、そのために人は殺さない」


言い切った。
その落ち着きが、それが虚勢などでは有り得ないことを証明している。
しかし、秋瀬には少し気に入らなかった。
かつての雪輝が願いのために選んだのは、『そっち』側だった。
その結果として犯したのは大量殺人の上に、願いは叶わず死んだ者は生き返らないという報われない結末だ。
それは覆されない大罪だが、当時の雪輝が被ってきた理不尽を知っている秋瀬には、『雪輝だけが悪かった』とも言い切れない。
だいいち、大罪であろうとも雪輝が精一杯に悩んで、気を張って、殺し合いゲームに勝ち残るという決断をしたこと自体は尊いと思っている。
間違える方が絶対的に悪いかのように、『なんか』呼ばわりされるのは愉快ではない。

437訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:55:51 ID:Mu2XGxio0
「いつか、潰れる時がくるよ。生きていけなくなるかもしれない。
生きていく上で必要不可欠なものを失って、その後の一生を過ごすんだから」
「そうかもしれない。でも、……今度は、行かない」


今度は、と言う時だけ、その顔が辛そうに歪んだ。
一度は、踏み外そうとした時――それが、神崎麗美を殺しかけた時だということは、推測がつく。
秋瀬は、さらに追求することを選択した。
越前が『なんでこの人はこんなに突っかかるのだろう』と言いたげに眉をひそめているが、とことん言ってしまうことにする。


「君にとっては、自分の幸せよりも他人の命の方が重いから?
それとも、それが君にとっての正義なのかな?」
「そんなんじゃないよ」


そう否定した後で、さらに何か言おうとした。
しかし、言葉にならなかったのか、「そんなんじゃないよ」とまた繰り返す。


「なら、人を殺した手でラケットを握りたくないからかい?
人を殺して叶える夢なんて夢じゃないと、そう思う?」
「……だから、そんなんじゃないって」


べつに選ばなかった者を貶めようとするほど、秋瀬は気が短くないし子どもじみてもいない。
ただ、ここで示してほしい。
『そちら側』に行くことを間違いだというのなら。
どうして間違いだと断じて、どのように異なる考え者と相対していくのか。


「他に考えられるとしたら、チームメイトが悲しむといった理由かな。
仲間の意思を無碍にしたら、仲間たちが許さないと思うのかい」


越前が答えるのに、少しだけ時間がかかった。


「それもあるけど、そんなんじゃないよ」

438訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:58:50 ID:Mu2XGxio0
きっぱりと、
不機嫌さを含んだ無表情から言い放たれたのは、肯定であり否定。

「どういう意味かな?」

我妻をはじめとする殺人者達から、そして我妻による『被害者』達からも『柱』として雪輝の前に立つというのなら、
その正しさを、どう行使するつもりなのか。
ラケットさえ持たなければただの傲慢な少年に過ぎない彼に問いかけて、答えを待つ。

「……本当はあれこれ考えて動くのって苦手なんスよ」

その言葉が皮切りだった。
感情を抑えるように淡々と答えていた言葉から、ふっつりと『力』のようなものが抜けた。
理性だとか思考だとかの制御を手放すように、軽くなった。

「でも殺し合いをどうにかすることにして、『柱』になるって決めたから。
だからちゃんと考えなきゃいけないって思うようになった」

いきなり、違和感が生まれた。
答えになっていない、だけではない。饒舌になっているだけでもない。
言葉が、滑らかに流れ出した。
ずっと前から用意していた言葉が、とうとう口をついたように。

「それが、神崎さんを殺しかけてから、余計ややこしくなった。
神崎さんにも、今言われたのと似たようなこと言われたから。
『人を殺さなきゃ生きていけないようなヤツは、生きる価値もないのか』って。
綾波さんがいてくれなかったら、俺はYesって答えるとこだった」

違うと、気づいた。
本当に『いきなり』のことだったのだろうか。
そもそも、さっきまでの彼は本当に『落ち着いて』いたのか。
本当に冷静だったら、いやいやでも素直に相槌を打ったりしないのではないか。
さっき天野雪輝と話していた時のように、相手の神経を逆なでするような言葉でまぜっ返していたのではないか。
いつもの彼ならば、そういう余裕があったのではないか。

予感する。
いつもは深く考えるよりも心に従って、言葉を尽くすよりも行動で示してきた少年がいたとして。
安易にそれができない状況で、どれが正しいのか考えて、ずっと抱えこんできたとしたら。
しかも、肝心の一番にぶん殴りたい神様はどことも知らない観客席にいて、溜め込んできたとしたら。
いったいそれは、どれぐらいの総量になっているのだろう。

音楽プレイヤーを丁寧にディパックの中にしまいながら、越前は言った。



「秋瀬さん、俺、ぜんっぜん正しくなんかないよ」



泣いていない。

遠山金太郎の凄惨な遺体に遭遇した時は、涙を必死に堪えていたらしいのに。
死んでいった仲間のことを話した時は、綾波レイの手を握って泣いていたのに。
現在の『積もりに積もっていたらしき何か』をぶちまけようとする越前リョーマは、ちっとも泣いていなかった。

-----
以上になります。
投下時には前後がつながっていない文章を投下してしまった形になり、本当に謝罪のしようもありません

439名無しさん:2014/12/09(火) 12:15:39 ID:gpztIZM.0
修正乙です

悪くないと思います

440 ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:43:53 ID:jRJhy3vw0
投下します

441ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:46:45 ID:jRJhy3vw0
ざっくらばらんに言ってしまえばサザエさん時空のような。
カッコつけて言えば、時の止まらない永遠、みたいな。

そんなものだと、思っていたのに。


◆  ◆  ◆


ダメだ、今は押さえ込まなきゃいけない。
とにかく生き延びることを、そして式波と初春の足を引っ張らないことだけを考えろ。

――たとえ、知っている人の誰が呼ばれたとしても。

そんな風に、誰が死んだっておかしくないと割り切って感情をコントロールできるほどに、杉浦綾乃という少女はいきなり変われなかった。

それでも、せめて覚悟は固めておきたいと気を引き締めて、身を固くして、初春から放送のために貸してもらった交換日記を耳にあてる。
心の片隅では『本当は誰にも死んでいてほしくないんです』と祈りながら。
裏切られることは、知っていたのに。



――船見結衣



名前は、不意打ちだった。

もしはぐれてしまった『菊地善人』と『植木耕助』の名前が呼ばれたら悔やんでも悔やみきれないと恐れていたことが、衝撃を大きくしたひとつ。
『御坂美琴』と『吉川ちなつ』はすでに呼ばれることが確定していたし、初春から話も聞いていたことがひとつ。
クラスメイトであり、『元からの知り合い』の中では歳納京子に次いで交流していたことがより重要なひとつ。
しかし。

船見さんがいなくなったんだと、理解するのと同時に。
『もうひとつ』に、気がついてしまった。
それは覚悟のしようもなかった痛みと喪失感で、視界にうつっている現実と聴覚から入ってくる情報のすべてが意識から抜け落ちる。
違う、本当は六時間前の放送から気がついていたけれど、嫌だと排除していたことだ。

442ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:49:25 ID:jRJhy3vw0

赤座あかり。
歳納京子。
吉川ちなつ。
そして、船見結衣。



七森中学校のごらく部が、これで終わったということ。



『前回よりも死亡した人数が少ないことに――』

放送は続いている。
その言葉を上の空にしながら、綾乃は事実を胸のうちで反芻した。
ごらく部が、終わった。
あの元茶道部の部室に行っても、もう誰もいない。
ちょっと遠くの場所まで遊びに出かけようと、誘われることはもう無い。

先の放送で名前が呼ばれた時にも、分かったつもりにはなっていた。
歳納京子と赤座あかりがいなくなった時点で、彼女らがいつもの部室でいつもと同じようにのんびりゆりゆららといられるはずが無いのだから。
分かったつもりで、受け入れたくなくて、理不尽が悲しくて泣いた。

やっと分かった。
もう、取り返しはつかない。
吉川ちなつと船見結衣までも死んでしまったのなら、もう無理だ。
誰ひとり欠けることなく、誰かが取って変わることもなく4人揃っていた彼女たちが4人ともいなくなったなら、もうあの部活動は終わってしまったんだ。
全員を失うまで実感が無かったのは、どこかで彼女たちを『4人でひとつ』のように見ていたからか。
あるいは、4人それぞれのことを思い浮かべて、受け入れたくないと未練を持つぐらいには、『ごらく部』が大きな存在になっていたから。

最初は、そうじゃなかった。
ごらく部という非正規の部活動を知って、その部室に通い始めたばかりの頃は、『歳納京子とその仲間たち』ぐらいの目でしか見ていなかった。
あの頃の綾乃にとっては、『“歳納京子が”部室の非正規使用をしている』ことだけが重要だった。

443ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:51:36 ID:jRJhy3vw0
もともと綾乃は誰とでも積極的に交わるタイプではなかったし、むしろ人見知りするぐらいだったから。
池田千歳が声をかけてくれなかったら、中学で友達ができたかさえ怪しい。
目当ての歳納京子にも喧嘩腰というポーズがなければ口をきけないぐらいにはアガっていたし、
たとえば京子以外の部員とふたりきりになっても、話題に困って会話が続かなかったり噛み合わなかったりしていた。
それでも、彼女たちの方から色々な遊びに誘ってくれたりするうちに、生徒会とごらく部の『みんな』で行動することが多くなった。
一緒にプールや海に行ったり。8人おそろいの着ぐるみパジャマをもらったり。
キャンプもした。たくさん写真を撮った。お花見もした。楽しかった。
みんなとの時間を過ごすうちに、少しは肩肘張っていた力も抜けたのか、自然に話せるようになってきた。
だんだん船見結衣とも距離を縮められて、意外とお茶目で面白い人なんだと分かってきたし、
生徒会のライバルという設定も無かったことになったみたいに、ごらく部で一緒にお菓子を食べて、歳納京子がいない時に赤座あかりや吉川ちなつと談笑するようにもなっていた。
千歳のフォローも何もなしに映画を見に行こうと誘うのも、以前の綾乃ならまずできなかったことだ。
三歩進んで二歩さがるような成長だったけれど、良かったことは増えていた。

それがなければ、――悲しいことを、ここまで悲しむことはなかった。

ふっと、碇シンジを埋めた時に、桜の木の下でわんわんと泣いたことを思い出した。
昨日までは名前も知らなかった中学生同士なのに、別れを惜しんで泣いた。

なんのことは、なかった。
ずっと変わらない毎日が続くと、根拠もなく信じていただけで。
ごらく部のみんなも、そう思っていたかもしれないけど。
でも、ぜんぜん「ずっと」じゃなかった。
昨日とまったく同じ一日なんて、最初からどこにもなかった。
自然に出会って別れるか、理不尽に集められて奪われるかの違いで、後者は許せないことだけど。
これまでも、いつしか時間は流れていた。
なら、これからは――

『もっとも、6時間後には何人が生きて会えるか分からないがね』

不吉な言葉が耳朶をうって、はっと我に返った。
そこから通話音声が途切れたということは、放送が終わったということで。
放送の後半はずっと心ここにあらずだったことを悔やみながら、恐る恐る顔をあげる。

他の二人だって、動揺を堪えながら放送を聞き届けたはずだ。
途中から固まっていた自分を見て、心配したり呆れたりしていないだろうか。
しかし、視界にまず映った表情は、どちらでもなかった。

444ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:53:14 ID:jRJhy3vw0
初春飾利は、死刑宣告を待つような顔をしていた。
死刑宣告をされた顔、ではない。
それしかできないように綾乃を注視する両眼と、制服のスカートを引き裂けんばかりに掴んでいる白くなった両の手は、これから出る『結果』を待つ者のそれだった。

初春さんも、知っている人の名前が呼ばれたのだろうか。
一瞬そんなことを考えたが、すぐにそれが見当違いでひどく配慮に欠けた想像だと思い至る。
放送で呼ばれた八人の名前のうち『御坂美琴』と『吉川ちなつ』を殺したのは、初春だった。
彼女自身の話によれば大勢が集まっているところに爆弾を投げたのだから、他に呼ばれた名前の中にも、爆発の犠牲者となった少年少女はいるだろう。
殺してしまったのに、名前を呼ばれたうちの誰と誰を殺してしまったのかさえ分からない。
そんな被害者を、この先ずっと背負っていくことになる。

「初春さん」

呼びかけると、初春が小刻みに震えた。
初春視点だったら、綾乃が凍りついたのはきっと知り合いの名前が呼ばれたからだと思ってしまう。
そして、少なくともその1人は吉川ちなつであり、その命を奪って悲しみの一端を担ったのは、初春飾利の罪でしかない。
私がこの人に何かを言わなきゃいけないと、綾乃は思った。

「なっ、なんでしょう?」

正直なところ、何を言えばいいのかは分からない。
ただ、正直には接したいとは思う。

「えっと……実を言うと、私もまだ実感はわいてないんです。
何があったのかは話してもらったけど、実際に初春さんが罪を犯したところを見たわけじゃないから。
よく一緒に遊んだ人が殺されたってことと、それを初春さんがやったってことは繋がってなくて」

喋っていて、『正直』な言葉の煮え切らなさにむしろ申し訳なくなってきた。
もっと言いたい言葉があるはずなのに、状況は言葉を選んでいる時間も惜しければ、悠長に相互理解をしている暇もない。
なにせ同じ建物にいる参加者から、命を狙われている。
それでも、言葉の中身に偽りはなく。
よりざっくばらんに言えば、『人を殺す初春』を想像することができなかった。
そういう善良な少女でさえ修羅に落ちかねない場所だとは理解していても、この少女と相馬光子のような『乗った者』の姿を重ねて見ることは難しい。
碇シンジが死んだ時は殺害したバロウへの怒りが無かったと言えば嘘だが、同じ負の感情を初春にも向けていいのかどうか、向けてしまえばどうなるのかもわからなかった。

「実感が湧いたら、初春さんを恨むこともあるのかもしれません。
でも、さっき初春さんが言った、『殺し合いに乗るのを止めた』って言葉は信用してます。
今はそれじゃ、ダメですか?」

445ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:54:34 ID:jRJhy3vw0
居住まいを正して問いかけると、初春はどんな種類の感情によってか顔を赤くした。
それはもう擬似的な熱中症か何かで、気絶するんじゃないかというぐらいに。

「そんな……もともと答えを急かす権利なんてないですよっ。
『信用してる』なんて、もったいないぐらいです」

真剣なのにフニャフニャとした感じに聞こえる、やわらかい声。
やっぱり何人も殺したような人に見えないと感じるのは、彼女を引っ張り上げた御坂美琴の力だろうか――



やわらかい……………………声?



あ、と声が出そうになった。



『それ』に気づいたことと、何かが腑に落ちたのは同時だった。
同時であり、また同一のことだった。

「あの、杉浦さん?」

唐突に驚きをあらわにした綾乃を見て、初春は困惑ぎみに呼んだ。
その声を綾乃はしっかりと耳に入れて、たった今の『気づき』が間違っていないことを再確認する。
気がついてしまった。
そのことを、『実感』したいという気持ちが、どうしてもという言葉になる。

「初春さん。その、これはちょっと別件っていうか、今すぐお願いがあるんですけど……」
「な、なんでしょう! 私にできることなんですか?」

意気込む初春と相対すると、これから言うことがとても恥ずかしくなった。
しかし、言ってみる。



「私のことを、『綾乃ちゃん』って呼んでくれないかしら?」



言ってみた。
タメ口になった。



「そ、そんな失礼なこと!できませんよっ。目上にあたる人をファーストネームで、しかもちゃん付けで呼ぶなんてっ」



間違えた。
言い方が悪かった。

446ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:55:25 ID:jRJhy3vw0

「あっ、そういう意味じゃないの! ……その、一回だけ『綾乃ちゃん』って言ってみてほしくて。
説明しづらいけど。そう呼ばれるのが、切り替えるために必要な気がするから」
「切り替え、ですか? それくらいぜんぜん構いませんけど……」
「あと、できたら発音は関西の人っぽくっていうか……そう! はんなりした感じで」
「は、はんなり?」

意味不明な要求に、初春が首を傾げる。
まるで人をオウムのように扱っているみたいで罪悪感がわいたし、理由はきちんとあるにせよ、その声を聞きたい『甘え』があることは否定できなかった。

しかし。



「綾乃ちゃん」



わざと瞼を閉ざして、聴覚だけで受け止めた。
耳に、やわらかい声が届く。

――綾乃ちゃん

ほんの、残響のような一瞬だけ。
出会ったばかりの初春の声に、ここにはいない友達を重ねることを、自分に許した。
彼女から励まされた気がすると、ずうずうしくも『気がする』ことを許した。

似ている。
ほとんど同じといっていい。
その声に、思い出した彼女に、『帰るからね』と届かない言葉を念じて。
一瞬を終わらせるために、目を開けた。
決して初春に親友の変わりをさせるために、その呼び方をさせたわけでは無いのだから。

目を開ければ、『綾乃ちゃん』と声を出したのは初春飾利だった。
メガネもかけていないし、はんなりおっとりしたニコニコ笑顔でもないし、鼻血も出さない。
頭にたくさんの花飾りをつけた、黒いショートカットにセーラー服の女の子だった。

でも、飴玉を溶かしたようにやわらかな声でしゃべる、女の子だった。
杉浦綾乃が中学生の女の子であり、声のよく似た彼女も同じ女の子であるように、女の子でしかなかった。
それが理解できれば、充分だった。

447ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:56:08 ID:jRJhy3vw0

「ありがとう」

綾乃は礼を言った。初春は理由を聞かなかった。
どう接する相手なのかは、分かったから。

「もうひとつ。これはお願いじゃなくて、初春さんの気持ちが向いたらでいいんだけど」

元から、力を合わせるつもりではあった。
なら、これはお願いではなく誘いだし、そこまで図々しいことではないと思う。

「私が、まだ間に合う誰かを救けようとする時に、一緒に手伝ってくれますか?」

初春の顔が泣きそうになり、そして輝いた。

「はい。喜んで、じゃなくて」

さすがに人命がかかったことを『喜んで』という返事は不謹慎だと思ったのか、慌てて言葉を引っ込め、

「許されるなら、私も……正義(ジャッジメント)に戻りたいですから」

『正義(ジャッジメント)』と発音する時だけ、声が熱をおびたように震えた。
その言葉の意味するところは分からなかったけれど、大切な意味があるかのように。

「――それで。話はやっと終わったのかしら?」

時間にすればほんの二、三分だったにせよ、交換日記を預かって敵の接近を警戒していたもう1人からすれば、ただ焦れるだけの時間に違いなかったわけで。
アスカ・ラングレーが鼻の穴をふくらませて、ギロとした目でこちらを睨んでいた。

「「はいっ! もういいです」」

『やっと』の部分が言い訳できなかったし、怖かった。
身を縮めるように二人そろってかしこまる。

「もう、説教してる時間も勿体無いっちゅーの。とりあえずアンタたち、放送の後半で告知されたことは聞いてた?」
「「それは……」」
「はぁ……愚問だったわ。説明しなきゃいけないわけね」

初春とともに、さらに身を縮めた。
お喋りしている余裕など無かったことは極めて正論かつ切実だったので、ひたすら『申し訳ありませんでした』と反省するしかない。
でも、とアスカの説明を聞きながら思う。
『やっと』とか『勿体無い』などと言った割には、その苦言を呈したのは会話が一段落してからだった。つまり、

――私と初春さんに、話をさせてくれた?

448ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:57:45 ID:jRJhy3vw0
彼女にそう問えば、半端な気持ちで戦いに望まれて足を引っ張られても迷惑だからとか、怒ったように言われる気がした。
だから『本当は言葉ほどキツくない人かもしれない』という発見は、胸に秘めておくことにする。

「はい。これ使いなさい」

ずいと、目の前にごく普通の携帯電話が突きつけられた。
アスカがもう片方の手にさっきまで使っていた携帯電話を握っていることから、彼女のものではないことが分かる。

「どうして、私が?」
「だーかーら。電話とメールが使えるようになったのよ。
それで、アンタのケータイは水没で壊れちゃったんでしょうが」
「あ、はい」

頷いて、差し出された『ケータイ』(御坂美琴の持っていたものか、吉川ちなつのものかもしれない)を両手で受け取った。
戦うにせよ逃げるにせよ、ここから先は連絡を取る道具があると無いでは大違いになる。
(相馬と御手洗の二人も、今ごろアドレスを交換しあっているだろう)
ここで綾乃だけを『不携帯』のままにしておく理由はどこにもない。
理由づけとしてはそれだけのことだ。
しかし、必要な理由があってそうするに過ぎないことと、『アスカからケータイをもらってアドレス交換を切り出された』という新鮮な驚きは、また別だった。

「でも式波さん。携帯が余ってたならさっきの天使メールも、送ろうとおもえばもっと――」
「「あっ」」

余計なことを指摘してしまったらしかった。
初春の方はつい忘れていたという風に目を丸くしただけだったが、
アスカの方は、本気の失態だと受け止めたように顔を暗くしたからだ。

「式波さん、気にするようなことじゃないですよ。私も忘れてましたし」
「そう。それに、送り過ぎたらかえって殺し合いに乗った人に届く可能性も上がってましたよ」
「べ、別に気にしてなんかないわよ。それよりアドレス交換するんだから、さっさと用意しなさい」

畳み掛けるようにフォローを受けて、むくれたままケータイを操作する。
見るからに一般人丸出しな少女たちの前で稚拙なウッカリミスを見せてしまったことを悔しがり恥じるような、
けれどミスを簡単に許されてしまったことに戸惑ったようにも見えた。

449ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 21:00:00 ID:jRJhy3vw0
赤外線通信はすぐに終わった。
『アドレスが登録されました』という作業完了を示すメッセージに、ひとまず安心する。
戦う武器にもなりはしない道具なのに、『話せるようになった』というだけで、希望がひとつ増えたみたいだった。

この道具が、世界と私を繋ぐもの――なんて。
いかにも『あの子』が、アニメや漫画で覚えてきたオシャレな語彙を使って言いそうなことだ。

(話したかったわよね……みんなと、何時間でも)

あの子なら、きっと残念がっていたと思う。
おしゃべりだった彼女なら、ケータイを支給されたからには電話したくなるはずだ。
メールじゃなくて、ちゃんと声が聞こえる電話で。
どんな話題でも、どの友達と話しても、それぞれにほっとしただろう。

(その話したい人達の中に、私はいた?
だとしたら嬉しいけど……ごめん。もう話せないし、話したくても話さない)

こちらを獲物として探しにくるのは、殺し合いに乗った二人。
どう対応するかの段取りを、三人で確認しあう。
これが、新しく出会った三人の乗り越えるべき、最初の戦いだ。

(知ってるでしょ、私は口実が無かったら会いに行かない奴だったこと。だから)

そして、最後の戦いにはしたくない。
だから、

(当分、『そっち』に行くつもりないわ。だって、理由がないんだもの)

それが、ひとつの小さいけど価値のある『歴史』に終止符が打たれた瞬間だった。


【F-5/デパート/一日目 夜】

450ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 21:00:18 ID:jRJhy3vw0
【杉浦綾乃@ゆるゆり】
[状態]:健康(まだ少し濡れている)
[装備]: エンジェルモートの制服@ひぐらしのなく頃、吉川ちなつの携帯電話
[道具]:基本支給品一式、AK-47@現実、図書館の書籍数冊、加地リョウジのスイカ(残り半玉)@エヴァンゲリオン新劇場版、ハリセン@ゆるゆり、七森中学の制服(びしょ濡れ)、壊れた携帯電話
基本行動方針:みんなと協力して生きて帰る
1:式波さんたちと協力して、菊地さんのところに戻る。
2:式波さんに、碇くんのことを伝えたい。
3:誰も殺さずにみんなで生き残る方法を見つけたい。手遅れかもしれないけど、続けたい。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※アスカ・ラングレー、初春飾利とアドレス交換しました。

【式波・アスカ・ラングレー@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:左腕に亀裂骨折(処置済み)
[装備]:ナイフ、青酸カリ付き特殊警棒(青酸カリは残り少量)@バトルロワイアル、
   『天使メール』に関するメモ@GTO、トランシーバー(片方)@現実 、ブローニング・ハイパワー(残弾0、損壊)、スリングショット&小石のつまった袋@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式×4、フレンダのツールナイフとテープ式導火線@とある科学の超電磁砲
風紀委員の救急箱@とある科学の超電磁砲、釘バット@GTO、スタンガン、ゲームセンターのコイン×10@現地調達
基本行動方針:エヴァンゲリオンパイロットとして、どんな手を使っても生還する。
1:ミツコたちをどうにかする。
2:スタンスは変わらないけど、救けられた借りは返す。

[備考]
※参戦時期は、第7使徒との交戦以降、海洋研究施設に社会見学に行くより以前。
※杉浦綾乃、初春飾利とアドレス交換をしました。

【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
[状態]:健康
[装備]:交換日記(初春飾利の携帯)@未来日記、交換日記(桑原和真の携帯)@未来日記、小さな核晶@未来日記?、宝の地図@その他
[道具]:秋瀬或からの書置き@現地調達、吉川ちなつのディパック
基本行動方針:生きて、償う
1:杉浦さんを助ける。
2:辛くても、前を向く。
3:白井さんに、会いたい。
[備考]
初春飾利の携帯と桑原和真の携帯を交換日記にし、二つの未来日記の所有者となりました。
そのため自分の予知が携帯に表示されています(桑原和真の携帯は杉浦綾乃が所有しています)。
交換日記のどちらかが破壊されるとどうなるかは後の書き手さんにお任せします。
ロベルト、御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。
※アスカ・ラングレー、杉浦綾乃とアドレス交換をしました。

451ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 21:00:42 ID:jRJhy3vw0
投下終了です

452名無しさん:2015/01/14(水) 21:25:06 ID:.aMlrjmw0
投下乙です
そうか、これで本当の意味で「ごらく部」は終わってしまったのか……寂しくなる
せめて綾乃は最後まで生き残って友人のもとに帰ってほしい

453名無しさん:2015/01/14(水) 21:54:33 ID:KmW8jtC20
なるほど、中の人ネタか……
こういう使い方はしんみりするなぁ

454名無しさん:2015/01/15(木) 09:40:19 ID:Uyjg0VeI0
投下乙です
中の人ネタの使い方がうまいなあ…
不器用なアスカの優しさや素直じゃない態度も微笑ましい

月報も置いておきますね
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
103話(+2) 15/51(-0) 29.4(-0.0)

455名無しさん:2015/03/15(日) 00:26:46 ID:sTRZDXnY0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
103話(+0) 15/51(-0) 29.4(-0.0)

456 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:19:34 ID:G67N34mU0
投下します

457天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:21:27 ID:G67N34mU0
パラリと、ページをめくる。

1ページにつき、1人。
顔写真と、名前と。そして学校の名前に、何年何組と。

支給品の学籍簿には、まだ生きている中学生と、もう死んでいる中学生がかわるがわるに登場する。
常盤愛にとって、知らない顔も、知っている顔も。
ページをめくり、再会した。

中川典子。
香川県立城岩中学校、三年B組。
写真うつりが良い方なのだろう、きれいな笑顔で写っている。
とびきりの美人さんではないけれど、純朴そうだとか、愛らしいという言葉が似合いそうな女の子。
いかにも男の子が守りたいと思うような、お姫様。
大嫌いだと、最初はそう思った。
でも、殺してもいいはずなんて、決してなかった。
ページをめくる手が止まりそうになるのをこらえて、次のページに進む。

七原秋也。
癖のある茶色っぽい長髪に、猫のような瞳が印象に残る、そんな写真。
同じく、城岩中学校の三年B組。
中川典子が、いちばん信頼していた男子生徒だった。
いや、信じていただけじゃない。きっとそれ以上の、いわゆる『恋人同士』だったのだろう。
まだ、放送で名前を呼ばれていない。
つまり、今でも生きている。
常盤愛のせいで恋人を殺されて、生きている。

もしかすると、これから出会うことになるかもしれない。
そんな可能性が頭をよぎり、弱気が常盤愛を蝕みかける。
こんなんじゃ、ダメ。近くで見ている浦飯に悟られないよう呟き、さらにページを繰った。

458天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:22:24 ID:G67N34mU0
探している人物に辿り着くまでに、知っている顔が次々と現れた。

秋瀬或の顔と名前を見て、こいつもいちおう中学生だったのかと嘆息し、

天野雪輝と我妻由乃の名前がすぐ後のページに出てきたのを見て、やっぱり秋瀬と同じ学校だったかと頷き、

宗谷ヒデヨシのソレが出てきたことで、それは盛大に顔をしかめ。

雪村螢子の肖像を目にしたことで、この人があの螢子さんかと、切なくなり。

神崎麗美のすまし顔を見たら、胸が苦しくなり、

そして、菊地善人の澄ました顔を見て、言いようのない苦々しさに襲われた。
憎悪しかない目で見られたことだとか、弁解らしい言葉のひとつも言えなかったことが辛いのは間違いなく。
けれど、ひっかかるのは、辛かったことそれ自体ではない。
菊地なんかに憎まれようが嫌われようが、痛くもかゆくもないはずだったからだ。
学校で楯突いてきたから軽く蹴散らしてやっただけの、どこにでもいる男子生徒Aだった。
イケメンだからとか、格闘技をちょっとぐらいかじっているとか、成績がいいとか、クールで女受けが良いからとかいった漠然とした自信にあぐらをかいて、
『僕は猿みたいな他の男どもとは違うんです。卑猥なことなんか考えてません』と言わんばかりの取り澄ましたポーズをしていたことが、あの時は気に入らなかったのかもしれない。
どっちにしても、菊地だって常盤のことは苦手にしているはずだと思っていたから、さも『信じていたのに裏切られた』という顔をされたことは意外だったし驚かされた。

――こんなことが無かったら、あのクラスに馴染むこともできたのだろうか。

「おい、大丈夫か?」
「平気だってば。ムカついたのがぶり返しただけよ」

浦飯には不毛な想像しかけたことは誤魔化して、立て続けにページをめくった。
何も、感傷にひたって座りこむためだけに『学籍簿』を開いたわけではない。
久しぶりにその名簿を広げた最大の理由は、『ある人物』の顔を確認して記憶するためである。

459天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:23:44 ID:G67N34mU0



「――いた。こいつ。杉浦綾乃」



その名前を名乗った者から届いたメールが、二人の携帯をブルブルと震わせた。
殺し合いに乗った『御手洗清志と相馬光子』にデパートで襲われていると、救けを呼ぶものだった。

「こいつが『助けてくれ』って言ってきたやつみたい」

ひょっとしたら偽名かもしれないけどね。
そう言って浦飯幽助にもそのページを広げたまま見せた。
杉浦綾乃。
富山県にあるらしい、七森中学校なる女子中学校の二年生。
外見から分かることは、せいぜい髪を染めているとかガングロだとか濃い化粧をしているような分かりやすい不良生徒ではない、ということぐらいか。
生徒写真なんてたいていは少しむっとしたようにも見える無表情で写っているから、生真面目そうな性格であるようにも、その逆の性格にも見えてしまう。

「大人しそうな女に見えるぜ? この制服は『相沢雅』って女子が着てたのと同じだし、学校のダチじゃねえの?」
「『相沢雅』ならアタシとも同じ学校だってば。知らない制服だし、たまたま相沢サンが似たような服着てただけでしょ。
宗屋だって見た目からは『猿っぽい』以外分からなかったじゃん。
もしかしたら、こいつがこっそり殺し合いに乗ってて、御手洗と誰かを同士討ちさせるために仕組んだのかもしれないし……。
あ、でも、ひとつだけ分かったかもしんない」

ありふれたバストアップの証明写真を見て、あることを確信した。
浦飯が写真をより近くで見ようと身を乗り出してくる。

「なんだ、やっぱ見覚えがあったか?」
「そうじゃないんだけど。あのね、この写真から推理したんだけどさ」
「おう、言ってみろ」
「この子は――」

460天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:25:03 ID:G67N34mU0

しごく真面目な顔をつくり、言った。



「――あってBカップってとこね。脱いでもギリギリ谷間あるかってところだわ」



『ちょっと待て、お前は誰だ、何を言っている』と言わんばかりの眼で見られた。

「……ナニよ。あんたならこういう話題に鼻の下のばすんじゃないの?」
「男子ならともかくオメーの口からそんなん言われたらビビるわ! 性格変わってんじゃねぇか!」

昔はこういう冗談も言える性格だったけれど、言ってみると恥ずかしくなった。

「ちょ、ちょっと頭を切り替えようって言ってみただけだってば!
時間が無いのにいつまでも写真見て疑ってるわけにいかないし!」

事実、『襲われている』話が本当のことだとしたら、杉浦綾乃にとっては一刻を争う問題になる。
隠れて携帯でメールをポチポチするぐらいの余裕はあるようだけれど、杉浦綾乃が何の力もない女子中学生だとして、御手洗とやらが浦飯の言うような『能力者』だとしたら、その少女が自力で切り抜けられるはずもない。

「そもそも、『御手洗』と『相馬』とかいうのがつるんでたとこはレーダーで見たんだ。
御手洗のヤローなら殺し合いにも乗ってるだろうし、このメールは真実(マジ)ってことでいいんじゃねぇか?」
「だから、その『相馬』って女が『杉浦綾乃』の偽名を使って、デパートに獲物を集めようとしてるのかもしれないじゃん。
あたし、最初の放送が終わった後に似たようなメールもらったけど、その時はガセだったもん」

このメールが天使隊の『天使メール』と同じものだとすれば、むしろ誤情報を送られている可能性の方が高いとも言える。

「だとしても、デパートに御手洗たちがいることは間違いねーんだろ? なら行かない手はねぇよ」
「ま、そうなるのよね。お腹いっぱいで全力疾走した後に戦うのはちょっときついかもだけど」
「おい。オメーも来るのかよ。いつでも電話できるようになったんだし、留守番しててもいいんじゃねえか?」

461天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:27:13 ID:G67N34mU0
躊躇いがちに、浦飯は尋ねてきた。
御手洗との戦いが危険だから、という理由だけでないことは察しがついた。
ついさっきまで打ちしおれていた常盤が見ず知らずの誰かを救けるために立ち上がろうとするなんて、まるで無理をして何かしようという自棄にも写ってしまうだろう。
事実。
何もできないまま、罪でできたドブの中に沈んでいくなんて、怖いというのが本音だった。
『中川典子たちに償うことができないから、誰かを代わりにして償っているつもりか』と問いつめられたら、否定しきれる自信もない。
しかし、

「もう、『自分』のことだけ考えるのは止めたから」

自己満足ではないかと躊躇ったり、自棄になってみようかと思ったり、結局は『自分』しか見えていない。
それは、天使隊で人を傷つけていた頃と変わらない。
世の中を良くするだとか、悪い人間を裁くことに夢中になったつもりで、自分の傷口のことしか見ていなかった。
怖くて、弱くて、誰かに頼らなかったから。
ぜんぜん見えていなかった。写真付きの名簿を広げてみて、やっと気づいた。
顔と名前を持った中学生が、51人いる。
殺し合いに巻き込まれた時には、51人がいた。
今はもう、放送を信用するならば18人しか残っていない。
常盤の他にも50人の中学生が、怖がったり悩んだり死んだりしていた。
51人いれば、51人の世界があった。
そんな当たり前のことを、ずっと忘れていた。

「それに、やれることもやろうとしないで『生まれ変われる』かどうかなんて、分かるわけないじゃん」
ニッと笑みを広げて、白い歯を浦飯に見せる。
上手く笑えたのかは分からないけれど、その表情を見て浦飯もにやりとしてくれた。

浦飯こそ大丈夫なの、と尋ねようとしてやめた。
とりあえず御手洗清志をぶっ飛ばすというのは、亡き桑原がそいつを気にかけていたという話を聞けば分からなくもない。
しかし、その桑原と雪村螢子を取り戻せないと理解してしまって(常盤が理解させたようなものだが)、生きていく甲斐も何もないとさっき打ち明けたばかりだ。
大丈夫なはずがないに、決まっている。
それでも動くのかと尋ねたら、きっと例によって単純にあっけらかんと答えるのだろう。
「何もやらんよりはマシだ」とか何とか。
浦飯が、そういう馬鹿で良かった。

「まっ、アタシじゃさっきみたいな超人バトルについて行けないのはよーく分かったから無茶はしないよ。
御手洗ってヤツは任せるから、アタシは相馬光子の相手か、一般人の避難か……あとは菊地たちが来たときも何とかしなきゃだし」
「は? なんでそこで連中が出てくるんだよ」
「あのねぇ。このメールは他の連中にも届いてるかもしれないの。
アドレスを知られてないアタシと浦飯にメールが来たってことは、皆に一斉送信されてるかもしれないでしょ?」

最初の放送後に送られてきた『天使メール』は全員が受け取ったわけではなかったけれど、このメールもそうだとは断言できない。
本家『天使メール』は、全校生徒への一斉配信だったのだから。

462天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:28:58 ID:G67N34mU0
「菊地たちもデパートにいれば、『アタシと浦飯は殺し合いに乗ってます』ってことにされてるかもしれない。
あの二人には絶対に信じてもらえないだろうし、最悪あたしたちが来たせいで、敵が有利になっちゃうかもよ?」

喋っているうちに、菊地たちの集団に冷たい眼で見据えられ、問答無用とばかりに凶器を持って追われる未来を嫌でも想像した。
先行するように歩き出そうとしていたのに、その足が三歩目で止まってしまう。
また自分は、失敗しようとしているのではないか。
宗屋ヒデヨシを躊躇せずに蹴りに行った時のように、また裏目に出るのではないか。
しかし、すぐ後ろに追いつく少年がいた。

「ココロの準備が要ることは分かったけどよ。
今から悩んどけばどうにかなるもんでもねぇだろ」

その声は、三歩の距離を一歩で縮めて並ぶ。

「信じてもらえようがもらえまいが、有りのままオメーを見せるしかねぇさ」

言うなり、ばしんと背中を浦飯の平手で叩かれた。

「きゃっ……」

たぶん彼なりに手加減はしたのだろう。
それでも、かなりの衝撃が身体を走りぬけた。

「少なくとも、『天使』とかいうのやってた頃のオメーよりはマシになったんだろ?
だったらいい加減、『今の自分』に腹ぁくくれ」

背筋を、強制的にぐっとのばされたような感覚がした。
腹をくくる。
その一言で、なけなしの意気地がさっと集まって『やるしかない』という意思に固まった心地がする。

「そうだね。行こっか」

463天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:29:56 ID:G67N34mU0
眼がしらが熱くなるほどの嬉しい気持ちと、悔しいという想いが同時に来た。
浦飯には借りを作ってばかりいるのに、
彼が喪った大切なものを、常盤愛では埋めることができない。
何かを、したかった。
自分たちは色々と間違ったことをしてきたけど、
せめて、皆が浦飯には優しくしてくれるように、どうにかしたかった。
そういうことは、男の友情だろうと女の友情だろうと違わないはずだから。



「――んじゃ、急ぐか。乗れよ」



腹をくくった常盤愛は、しかし眼前のソレを見て再停止した。

気が付けば浦飯が進行方向に回りこんでいて、
身体を前かがみにしゃがみこませ、常盤へとその背中を差し出していた。
その背中におぶされと言わんばかりに、両腕を背後へと伸ばして。

「何よそれ。なんでおんぶなの」
「一刻を争うんだろ。二人で走るより担いで走った方が速い」
「あ、あたし、そんな遅くない」
「お前に体力があるのはさっきの戦いで分かったけどよ。それでも俺が担いだ方が速いだろ」

その通りだった。
放送前の戦いでいともたやすくなぎ倒された木々のことを思い出す。
浦飯の力があれば常盤を背負ったまま走るのも、ディパックを背負って走るのと大差ないだろう。
しかし、正しいことと、それを躊躇なくできるかどうかは別だ。

「だ、だからってそんな恥ずかしい運び方しなくたっていいじゃない」
「けどよ、ひと一人運ぶとなったらおぶさるか……こうなるぞ?」

浦飯は立ち上がり、大きな荷物でも抱えるように両の腕を体の正面で曲げてみせた。
女性の背中と太ももの裏をホールドして運ぶときの……いわゆるお姫様だっこのそれだ。

「もっとダメ」
「なら、こうするか?」

そう言って、右腕を体の横で半円を描くように曲げた。
いわゆる『小脇に抱える』と表現される抱え方だ。
おそらく、抱えられるのは常盤の腰のあたりだと思われる。
そして浦飯は気付いていないのだろうが、腰のあたりで抱えられたら、スカートの丈からいっても『見える』。
もっと言えば、今日のパンツはイチゴ柄である。

「……おんぶでいいです」

観念して、浦飯に体重を預けた。
生暖かく、少し汗のまじっている体温が、しがみついた手のひらとお腹のあたりに伝わる。
男の子の身体だと、思った。
浦飯がひょいっと立ち上がる。それによって常盤の視界が上方向へと傾く。
その一瞬で、突き抜けるような夜空が視界に入った。

「つかまってろよ」と、声がかけられる。浦飯が走り出す。

――空には、ちょうど一番星が輝きはじめていた。

464天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:30:43 ID:G67N34mU0
【F-6/一日目 夜】

【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲 、全身打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]: 基本支給品一式×6(携帯電話は逆ナン日記を除いて3台)、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達、パンツァーファウストIII(0/1)予備カートリッジ×2、 『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0〜6、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲、警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達、木刀@GTO、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様、
ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則
基本行動方針:なかったことにせず、更生する
1:デパートに向かい、メールの送信者を助ける
2:浦飯に救われてほしい
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。

【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、貧血(大)、左頬に傷
[装備]:携帯電話
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1〜3
基本行動方針: もう、生き返ることを期待しない
1: デパートに向かい、御手洗をぶっ飛ばす
2:常盤愛よりも長生きする。
3::秋瀬と合流する




465天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:31:54 ID:G67N34mU0
『さて、これで未来日記『The Rader』に関する説明は終わりなのじゃ。
もっとも、お主には今さら説明するまでも無かったかの――秋瀬或』
「確かに、目新しい情報はいただけませんでしたね。
何の前触れもなく、ルールも登場人物も一新された殺し合いに呼ばれたというのに。
開口一番に『ルールに関すること以外の質問を禁止する』とは」
『嫌味を言っても無駄じゃ。お主に余計なことを教えたら要らんちょっかいをかけてくることは分かりきっておる』
「では、なぜ僕を招待したのです? サバイバルゲームの参加者でもなければ、日記所有者でもない僕を――。
いや、この『The Rader』と契約すれば所有者にはなれると」
『無駄口をたたいてないで、さっさと契約するかどうかだけ答えるのじゃ』
「無駄口とは心外な。僕は貴方がたの手間を省いて差し上げたいんですよ?
僕がただ従順に従うはずないと分かりきっていて、殺し合いに呼んだ。
つまり、僕に対して何らかの役割を期待しているということだ。
貴方達は、僕に何をしてほしいんです?」
『別に、じゃ。お主はただその日記を使ってこれまで通りに『観測』しておればよい。
役割というならデウスのいない世界に来た時点で、お主の役割は終わっているのじゃから
――まぁ良い。これ以上の会話に費やす時間もないし、切らせてもらうぞ。
『契約に同意した』と見なしても良いようじゃからの――――ブツッ、ツーツーツーツー』


それが、最初の記録。
『すべてが死に絶える未来(ALL DEAD END)』を告げられる前の『観測者』が訊ねた、自分が存在する意味についての会話。





「デパートに向かおう」

秋瀬或の決断は、それだった。

その選択をした理由は大きいものから小さいものまで。メリットもあればデメリットもある。
しかし、大きな理由をひとつあげるとすれば、『後手に回らないため』というものだ。
現時点で最大級の要警戒人物であり、デパートに向かってくる可能性も低くない、我妻由乃。
彼女は雪輝日記を持っており、こちらの動向はすべて筒抜けになっている。
しかし、こちらの手には彼女の動きを追えるような未来日記がなく、参加者の位置情報を把握するためのレーダーも携帯電話の電池切れで作動不可能となっている。
仮に当座の危険を避けるため、あるいは我妻由乃を呼びこまないためにデパートを避けたとしても、これだけ情報量の差があれば常に先手を取られ続けることになる。
だとすれば、急務となるのは『携帯電話の充電器』を確保すること。
病院の売店にもそれが見受けられなかった以上、その品揃えが期待できるのは『デパート』か『ホームセンター』ぐらいのものだろう。
さすがに一日近くが経過した今になって通話とメールを解禁しておきながら、会場のどこも携帯の充電ができないということはないはずだ。
だとすれば、ここは虎口に飛び込む危険を冒してでもデパートに向かう。
到着すれば、秋瀬或は迅速に家電売り場から充電器を調達。その一方で他の三人は杉浦綾乃の確保に専念しつつ、我妻由乃の襲撃に備えた警戒態勢を敷くこと。

466天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:32:46 ID:G67N34mU0

そういった説明は、病院の駐車場へと降りていくまでの行きしなで済まされた。
とはいっても、三人に口頭で説明してしまえば、その会話はそのまま雪輝日記に反映され、こちらの意図(レーダーを持っていること)を読まれてしまうだろう。
よって、越前リョーマと綾波レイに対しては、カルテの余白を使ったメモ書きを渡すことで(左手で書いたのでかなり乱雑な文章になったが)、天野雪輝を経由せずに情報を渡す。
そして、天野雪輝に対しては、

「御手洗清志と相馬光子を撃破することには固執しない。
むしろ、最低限の充電と救出さえ完了すればデパートから離脱することも視野にいれていこう」

ひそひそと。
天野雪輝の、左の耳に。
愛の言葉でも、囁くように。

クレスタの助手席に座り込み、シートベルトを片手で締めながら、秋瀬或は説明を終えた。

「わ、わかったけど……『この』対策、本当に大丈夫なの?」

耳元で囁き声を聞かされ続けた雪輝はとても恥ずかしそうで、頬も少しだけ赤身がさしている。
もっとも、秋瀬或に対してドギマギしているというよりも、単純に『この手のシチュエーション』に耐性がないだけなのだろうが。
どっちにしても、とても可愛らしく好ましい顔だったので、これも役得だということにする。

「『こんな方法』で未来日記をかいくぐろうとするなんて初めてだから、確証はないけどね。
理論的には、この方法で大丈夫なはずだよ」

『雪輝日記』は、10分刻みに天野雪輝の行動を記録した超ストーカー日記だ。
つまり、『無差別日記』が天野雪輝の視点による情報を元にしているのと同じく、『雪輝日記』もまた『雪輝をストーカーする時の我妻由乃の視点』で情報を捉えていることになる。
この『ストーカーの視点』というのがどれほど雪輝のそば近くに寄り添ったものかは分からない。
しかし逆に言えば『絶対に天野雪輝の視点でしか知りえないこと』ならば『雪輝日記』では予知できないと解釈できる。
たとえば『雪輝以外の人間がそばにいても決して聞き取れないように、声をひそめて耳元でひそひそと囁いたこと』ならば、会話の内容まで伝わらないはず。
かつて雪輝を軽井沢の監禁から救けだし、我妻から引き離していた時は『雪輝日記からの情報を制限すれば、かえって我妻を刺激するのではないか』と警戒して使えなかった手段だった。
ただ、こちらとしても、雪輝に顔と顔が触れそうな距離で話せるのは嬉しい。

467天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:33:49 ID:G67N34mU0
「もっとも、僕らが車でどの進路を選んだのかは『雪輝日記』にも隠しようが無い」

運転席に座った雪輝が、頷きつつクレスタにエンジンをかける。
こちらもちょうど、目的地に関する会話は終わったところだ。
名残惜しくも顔を引いて、話し方を元に戻した。

「そうでなくとも、さっきのメールが我妻さんにも届いていたら、彼女自身もそこに向かおうとする可能性はある。
最悪は目的地に先回りされている可能性も考慮すべきだね」

雪輝が深く頷くのと同時に、エンジンが唸り声をあげた。
かつて『大人として、クレスタに乗ろう』というキャッチコピーで売り出された壮年男性の御用達セダン車が、四人の未成年者を乗せて出発する。
後部シートに座っていた綾波レイが、最終確認でもするように隣の少年に尋ねた。

「越前君、怪我は本当に大丈夫?」
「綾波さん、心配しすぎ。もう充分すぎるくらい休んだし、腕だってちょっとヒビが入っただけなんだし」
「今、『だけ』って言った?」

助手席から視線を上げてバックミラーをのぞけば、越前の副木で固定された右手をじっと見ている綾波がいた。
先刻から右隣に付き添って、右腕を動かす必要が生じたらすぐに代わりができるよう目を配っている。

「それに、綾波さんがしっかり手当してくれたから痛みも引いてるし。足も体の打撲も、今はぜんぜん」
「良かった……どうして目をそらしながら話すの?」
「そりゃ手当てされる時にジャージ脱がされたり……ゴホン。
そ、それより聞きたいんスけど――」

病院の出口へと車のハンドルを回しながら、雪輝がフンと鼻を鳴らした。
それはそうだ。愛する人と出会いがしらに殺し合うかもしれないのに、後部座席で少年少女の仲良しごっこを見せられるなんて、まったく愉快ではないだろう。
しかし、

「綾波さんはさ、人、殺すの?」

その言葉で、会話の緊張感が変わった。
助手席にいた秋瀬或は、その言葉でやっと気がついた。
綾波の両手には、いつの間にかベレッタM92が握られている。
扱い方でも、確認しておこうとするかのように。

468天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:35:00 ID:G67N34mU0

「戦うためなら撃つ。殺すかどうかは、その時にならないと。
高坂君に止められた理由も、よく分からないままだし」

淡々とそう言った。
バロウ・エシャロットを殺そうとして高坂王子に庇われたことは、彼女としても尾を引いているらしい。

「殺したい気持ちのまま殺そうとすると周りが見えなくなるって、あの時分かった。
でも、私は――越前君を殺そうとする人が死ぬより、越前君が死ぬ方がいやだから」

バックミラーに映る綾波は、拳銃を見下ろしながら話していた。
だから、自分の言葉を聞いて隣にいる少年がどんな顔をしたのか、気付かなかった。
気付いていたら、とても驚いたかもしれないのに。

「越前君は、怒る?」

車が50メートルほど走って病院の正門をくぐりぬけるまでの間、答えに困るような沈黙があった。
目的語を欠いた問いかけだったけれど、意味は明瞭だった。
越前が神崎麗美をギリギリまで殺さなかったことを、『そちら側』を選べない人間だったことを、綾波も秋瀬も知っている。

「だったら、綾波さんは戦わなくていいよ」

それを聞いた綾波が「えっ」とつぶやいた声にかぶせるように、越前が早口になる。

「俺が戦えば済むことじゃん。
バロウも、デパートにいる奴らもみんな俺が相手する。
綾波さん真面目だから、人を殺したら悩んだり自分を責めたりとかしそうだし。
俺の心配するより、もっと自分のこと考えた方がいいよ。だいたい、俺の方が綾波さんより強いんだし、できるだけ殺さないようにやるし――」

その少年は、本人いわく、正しくなんかない。
だから、人の行動を『間違っている』と決めつけられない。
だから、綾波から『死ぬかもしれない』と言い放たれて、動揺している。

「私は、弱いから足手まとい?」

だから、相手が『戦わなくていい』と言われて納得するはずないと、頭が回っていない。

「越前君は強いから、私を守ってくれるの?
なら、私を置きざりにした方がいいと思う。
いっしょにいない方が、いいと思う」

それは禁句だ、と秋瀬でさえ認識した。

469天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:35:43 ID:G67N34mU0

「そんなこと言ってない!!」

車の天井が揺れるかというほどの叫び声があがり、そして沈黙が降りた。
車のエンジン音と走行音に、微かな音が混じる。
後部座席で、喘ぐように息が吸われる音だった。
吐くと同時に、絞り出すような声が出る。

「……俺だって、綾波さんを殺そうとする人が死ぬより、綾波さんが死ぬ方がいやだよ」

ここまでこじれては、横やりを入れるべきかと判断した。
だから、秋瀬は口を開いた。



「やめなよ」



そう言ったのは、秋瀬ではなかった。
意外な人物だった。
後部座席にいた二人も、驚いた顔で視線を運転席に向ける。
ただし、声をかけられたことに驚いたというよりは、
すぐ前の座席に二人ほど座っている場で言い合っていたことをやっと思い出したようなそんな驚き方だった。

「彼女に汚れ役をかぶせたくはない。
だから、彼女が『君に戦いを押し付ける役』になる分には構わない。
たとえ自分が将来的に汚れ役になったとしても、彼女の意思をねじ曲げても。
それってメチャクチャ矛盾したこと言ってる自覚ある?」

ぐぅの音も出ないほどの見事な正論だった。
後部座席の、その左側が唸った。
何も言い返せないようだった。
やがて、悔しまぎれのように言う。

「…………分かった風なこと、言うじゃん」
「これでも君よりずっと先輩だよ? 特に、『そういう事』は」

余裕のある笑みが似つかわしい声。
しかし助手席の秋瀬からは、運転手の眼が笑っていないことも見えた。

「よーするにアンタも、彼女のために危ない役をやろうとしたの?」
「まさか。僕はちゃんと由乃を叱ったり諌めたりしてきたよ」
「……あ。もしかして、逆に我妻さんに戦わせて守ってもらってたとか」
「なんで君はいちいち人の神経を逆立てるのかなぁ。
言っとくけど、途中からはしっかり由乃と力を合わせて殺すようになったからね。自慢するようなことじゃないけど」

二人の会話を聞くうちに、納得した。
要するに越前を心配したというより、彼に腹を立てて綾波の肩を持つために口をはさんできたらしい。
そりゃあ、苛々もするだろう。
『もしもの時の殺人も含めて全部自分がやるから、貴方は私を頼ればいい』と言われるのは、かつての雪輝も経験したことだし。
それを目の前で、よりによって男の子の側が、さも勇ましく女の子を守るために言い出して、
しかも『できれば殺さない方が絶対にいいはずだ』というキレイごと成分を増量して発言されたりしたら、ムカつきたくもなる。
うん、雪輝君は悪くない。

470天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:37:06 ID:G67N34mU0

「で、彼女に何か言いたいことがあったんじゃないの?
ホラ言いなよ、僕と秋瀬君にも聞こえてるけど、それは気にしないで」
「う…………ぐ……」

しかし、色々な年季でも、経験でも、雪輝の方が圧倒的に勝っていて。
バックミラーに映った越前が悔しそうな敗者の顔だったのは、少し愉快ではあった。
『運転席にいるヤツをいつかグラウンド百周以上の目に遭わせてやりたい』と考えていそうな目で、しばらく躊躇した後、
ゴホン、とわざとらしい咳払いをひとつして。

「綾波さんに、任せる」

車の中は、外の闇に侵食されて、薄暗くなり始めていた。
だから、綾波の方を向いた越前の顔が少し赤かったのも、見間違いかもしれないが。

「だから、綾波さんも俺に任せてよ」

色々な言葉を削った言い方だったけれど、綾波は必要な範囲で理解したように頷いた。

「でも、もし綾波さんが何か間違えた時は、その時は一緒に背負うから」

綾波が、少し首をかしげることで『どうして?』と尋ねて。

「俺、綾波さんのことは…………パートナーだと思ってるから」

綾波は、声に出して何かを言わなかった。
ただ目に焼き付けるように、まばたきも忘れたように、じっと彼のことを見ていた。

運転席の雪輝は、愉快な顔から一転して、フンと鼻をならした。
会話の余韻が途切れた頃合いを見計らって、越前へと話を振る。

471天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:38:05 ID:G67N34mU0
「でも、意外だよね。コシマエはこの期におよんで、バロウって子を殺さずにどうにかするつもりなの?」

視線はハンドルと車の進行方向を見ていたけれど、眉をひそめていた。
越前も運転席を見て、似たような表情を作る。

「綾波さんも碇さんのことがあるから、そっちを決めるのは綾波さんになるけど……まずは、決着をつけてからにする」
「でも、大切な仲間とか、知り合いとか、あと高坂だってそいつに殺されてるんだよ?
殺す気で戦わないと逆に殺されるかもしれないし、他にも犠牲者がいるかもしれない。
由乃に遠山を殺されても仲を戻そうとしてる僕が言うのもなんだけど、心が広すぎじゃない?
コシマエがそいつを殺しても、十人が十人とも責められないぐらいの事をされてるよ、それ」
「なんでアンタがそこ気にするの?」
「僕が殺し合いに慣れすぎてるのか、君の方が普通なのかどうか、気になったから。
昔の僕だったら、大切な人を殺した日記所有者は殺してやろうと思ってたし」

天野雪輝は、とても優しくて、人によっては甘いとも言われる少年だ。
自身を殺そうとしたばかりか母親を殺してしまった父親に対しても、父が涙を流しながら謝罪したことでその罪をあっさり許したという。
大切な人間がどれだけ罪に汚れていたとしても、その情が揺らぐことはない。
しかし、逆に言えば。他人に大切な人を殺され、しかも犯人がそのことを悪びれもしないような人間だったならば、良心の呵責も容赦もしない。
両親が死ぬ原因を作った11thには本気の殺意を向けていたし、仮に『勝ち残って皆を生き返らせる』という目的がなかったとしても11thだけは復讐から殺していたのではないかと秋瀬は推測する。

「天野君は、もし我妻さんを殺そうとする人がいたら、その人を殺すの?」

そう問いかけたのは、綾波だった。

「そうしなきゃ由乃が守れないなら、殺すよ。君は、違うの?」
「守りたい人が、それを望まないかもしれないから」
「そっか、そういう考え方もあるよね」

越前は、雪輝に答えるより先に、綾波に尋ねていた。

「綾波さんは? 碇さんの仇、取りたい?」

綾波は少しだけ考えるような時間をかけて、そして頷いた。

「前にも言ったけど、やっぱりまた会ったら殺したくなると思う」
「正直、俺もそう思う」

472天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:39:38 ID:G67N34mU0
「「え?」」と。
意外な返答に、綾波と雪輝が驚いたようなつぶやきをもらす。

「部長も神崎さんも碇さんも高坂さんも帰ってこないのに、殺した方は一回倒して反省させればそれで終わりなんて、ムシが良すぎるじゃん。
しかも、本人に訊いたらそれが『ベストの方法』だって。
そんな奴を助ける義理なんてないっスよ。
ってゆーか、別に助けたいとも思えないとこまで来てる。
でも俺、アイツに『教えて』って聞いたことを、まだ教えてもらってない。
……それに、いちおう部長からも皆で何とかしろって言われたし」
「その遺言のことは、もう時効にしたっていいんじゃない?
その遺言が出てから、少なくとも三人以上が殺されてるんだよ。
そんな行くとこまで行っちゃった人を救うなんて無茶だと思う」
「かもね。でも、なんか違うんじゃないっスか。
そんなこと言い出したら、俺は我妻さんのことも仇討ちしなきゃいけないし。
それに、あの人は殺すとかこの人は殺さないとか、いちいち決めてかかるのが『柱』だったら、そんなのやってられないし」

それは、最終的に殺す以外の終わらせ方ができない相手だったとしても、
何も分からないまま、覚悟も決めずに殺したくはないということなのか。
甘い、と秋瀬は思った。雪輝も同じことを思ったのか、ため息を吐いた。

「まぁ、僕としてはその方がいいけどね。
君が由乃のことも許せない殺すとか言い出したら、僕は君を殺さなきゃいけないし」
「なんで本気かどうか分からないことをそんなしれっと言うんスか」
「本気だよ」
「アンタさぁ……」
「越前君」

喧嘩のようなそうでないようなものが勃発しかけたところを、綾波の一声が遮った。

「前から聞きたかったけど……『柱』って何?」

ずばり。

「え……それは…………だから……つまり……」

今までごく当たり前のように使ってきた言葉の意味を尋ねられて、越前はとたんに返答に窮していた。
深く考えずに使って来たのか、当たり前に使いすぎて他の言葉で説明するのが難しいのか。
しかし綾波は、「もうひとつ」と前置きしてさらに尋ねる。



「中学校のクラブ活動の『柱』だったら、殺し合いに巻き込まれたときに皆の『柱』になるの?」



実は秋瀬もひそかに引っかかったけど、指摘するのは野暮かなぁと言わなかったことを言った。言ってしまった。

「ならないよね。むしろ、なろうとする方がおかしいよね」

さらに雪輝が追い打ちをかけた。
越前が、何か言おうとした顔のままで固まる。

「君たちのテニスが普通じゃないのは遠山を見てたら察したけどさ。
それにしたって、殺し合いやってるのに『テニス部の柱だから、ここでも脱出派の柱になる』とか言われても、普通は『なんで?』って思うよね。そういう役職じゃないよね?」

473天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:40:15 ID:G67N34mU0
秋瀬視点で捕捉すると、最初にそう言った手塚国光は、月岡彰にも『お前たちが』柱になれと言ったそうなので、別にテニス部限定で柱を指名したわけではないのだが。

「い、いいじゃん別に……や、やりたくてやってるんだし?」

微妙に綾波から目をそらし、というかほとんど目を泳がせながら、越前は言う。

「じゃあ、『柱』って何をするの?」

そう問いかけられて、改めて考えるように遠くを見る目をした。

「少なくとも、俺にとっては――」

集団の精神的支柱。みんなの頼れる牽引役。チームの仲間を勝利へと導く存在。
普通はそういう意味合いだし、だから秋瀬もそういう答えが出ると思っていた。
しかし、

「――『新しい世界』に、連れて行ってくれる人」

少年はそう言った。
しかし、「違うな……」とつぶやき、すぐに言い直す。

「『新しい世界』に行ってみたいって、思わせてくれる人。
なんか、綾波さん見てて、そう思った」

その『新しい世界』が、彼のいた場所では全国優勝だったり、海の向こうだったりしただけなのか。

「皆で、『油断せずにいこう』って」
「どこへ?」
「どこかっ」

474天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:40:55 ID:G67N34mU0
きょとんとする綾波を見て、「たぶん楽しいところ」と付け足した。
綾波は、「どこか」と、「楽しいところ」と、おうむ返しのように復唱する。
まるで生まれて初めて『楽しい』という言葉を聞いたかのようだった。

「……ふーん。僕は由乃がいて一緒に星を見られたらそれでいいよ」

雪輝が口を挟んで、初々しい余韻を壊しにかかった。

「別にアンタのためにやってるわけじゃないし」

バックミラーから見られていることを知らない越前が、『べー』と舌を出す。

よく喋るようになったかと思えば、かえって犬猿になったようでもあり、おかしな二人だった。
お互いに、お互いへの対応が一貫していないこともある。
二人のこじれた関係を正したかと思えば、仲直りしたらしたでむすっとしたり。
『柱』として接したかと思えば、『アンタのための柱じゃない』と言ったり。
おそらく、うかつに「ずいぶん仲良くなったね」などと空気の読めない台詞でも吐けば、
二人ともから息ぴったりで「「仲良くなんかない」」と唱和されるだろう。

実際、この二人を険悪にしかねない要素ならば色々とある。
天野雪輝の恋人が越前の友達を殺害して、しかも雪輝がそれを見殺しにしたとか、そういう事情もあるし。
目の前で仲睦まじい二人を見せつけられていることもあるし。
かたや平穏な日常を望みながら、傍観者として生きていたのに、クソッタレな戦火に放り込まれてすべてを失った身の上だったり。
かたや日常の中で変化を望みながら、チームの柱として、危険ではあっても楽しい戦場ですべてを獲得してきた身の上だったり。
かたや自分に自信がない少年で、かたやたいそうな自信家で。
かたや思慮深く、しかし急場になるとたいそう肝が据わった殺し合い経験者の中学生で。
かたや考えるより行動で、しかし急場になると人を殺す覚悟もなにもない、ただの中学生で。
あの高坂王子なら、ばっさり「元ぼっちとリア充だろ? そりゃ気が合わねぇよ」とか身も蓋もなく言ってしまうかもしれない。
それでも、今のところは一蓮托生としてここにいる。

彼が望んでいる役割は、『柱』だった。
ある意味では、ある少女(?)が回答した『遺志を継ぐ者』とも似通っているかもしれないが。

どうやら、己の役割をあらかじめ持たされた中学生は僕だけであるらしい。
車内での会話が鎮火してきたことを契機として、秋瀬或はそうひとりごちた。
ここ一日の記憶を検索し、これまで会った少年少女のことに意識を潜らせていく。

475天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:41:43 ID:G67N34mU0
たった一日だけれど、今まで会ったこともないような人間と何人も出会った。
世界は広い。
否、並行世界だから、世界は多いと言うべきなのか。
宇宙の星の数くらい、それらは存在するのだろうし。



最初に出会った少女は、自分は特別なんかじゃない、何もやるべきことなんかないと言っていた。
そして、彼女が知っている同じ世界の少女たちも、非日常など知らないただの女の子達だったとも。
会話をしていくうちに、彼女の世界を察することは容易だった。
きっと彼女たちは、
そして、今になって振り返ると彼女たち『だけ』が、
出会った者の中で、彼女たちだけが、誰とも戦ったことなど無かったと言っていた。
あってせいぜい、青春らしい胸ときめかせる同級生との痴話喧嘩だとか、部活動でのゲーム対決だとか。
しかし、それはそれでトクベツだ。
奇跡的に平和な日常。時の止まらない永遠のように、ずっと変わらない毎日。
秋瀬のいた世界にも平穏なスクールライフを送る少年少女はいたけれど、そんなものはゴスロリ服を着た国際テロリストが爆弾をひっさげて襲来すればあっさり壊れてしまう、たいそう脆いものでしかなく。
すべてがキレイな、何の痛みもない、ハッピー『エンド』でさえも存在しない世界なんて、希少なものだ。
彼女――船見結衣もまた、秋瀬或を特別なものであるように見ていたけれど。

476天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:42:06 ID:G67N34mU0



船見結衣とともにいた少女は、違っていた。
助けを求めている人を助ける、『ヒーロー』でありたいと答えを出した。
彼女はおそらく、戦いを知っていた。
眼が違っていた。
彼女は人が死んだことを嘆いていた。おかしいと、こんなはずじゃなかったと、言っていた。
しかし、戦うことを拒んでいなかった。
目の前に『人を助けた結果として死体になった少女』がいながら、そのことに涙を流していながら、『人を助けたい』と言うことを恐れを抱いていなかった。
助けられることを、知っていたのだろう。
助けることを、知っていたのだろう。
少なくとも、人が死ぬなんておかしいと言える世界であったことは間違いなく。
だからきっと、彼女たちのいた物語は、『ハッピーエンド』だ。
仲間と力を合わせて助けて助けられ、誰かが死なないように大きな理不尽を打倒する。
そんな世界だろう。

477天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:42:38 ID:G67N34mU0



次に出会った少年は、それとも少女だったのかは。
最初から、『バッドエンド』を定められた存在だった。
既に、文字通りの意味で『デッドエンド』を経験していたと言うべきだろうか。
次代の神を選定するためでもなく、未来ある中学生の『才能』を競い合わせるでもなく。
ただ、大人たちの安寧と余興のためだけに、日常を破壊されて殺し合いをさせられる中学生。
将来なりたい夢は、とても限られていて。
大好きだったはずの仲間は信じられなくなり。
大人たちが身勝手に作り上げたレールの上を歩き、少しでもレールを外れたら処分された。
心のどこかで引け目を感じて、なるべく災厄をこうむらぬように、日陰に身を寄せて暮らしていたという。
一方で、そんな世界をクソッタレだと断じながら、自由を手に入れるために足掻いて、戦っていた少年たちもいたという。
永遠に続けばいいと願うようなスクールライフも確かに存在しながら、
どこかで崩れ落ちるという諦めが混在していた世界。
そういう意味では、『先に出会った二人の少女』とは極めて近く、限りなく遠かったのだろう。
そんな世界で死んだ後に、奇跡的に第二の人生を手に入れて、
『遺志を継ぐ者』になると宣言した彼――月岡彰は、その六時間後に放送で名前を呼ばれた。

478天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:43:26 ID:G67N34mU0



そのカノジョとともに歩いていた男は、『反逆者』志望だった。
月岡彰が言うところの、キラキラ輝いている世界の人物。
彼らにとっての戦場は、縦78フィート横27フィートのテニスコートの上だった。
望まない強制された戦争ではない、自ら望んで立つことができる、自由なフィールド。
話によれば決して呑気なスポーツではなく、なぜか命を賭けることもあったらしいが。
それでも、根本的に賭けるものは青春であり、プライドであり、硝煙の臭いも腐った死体の臭いもしない競争だった。
だから己の力で何かができるはずだと信じるし、負けん気も発揮する。
彼ら――真田弦一郎にせよ、遠山金太郎にせよ、勝利することがすなわち『ハッピーエンド』であり、仮に敗北したとしても、その悔しさの中でも何か生まれるはずだと、『バッドエンド(行き止まり)』だとは考えていなかった。

――その叛逆が敵わなかった時に、彼らが何を思ったのかを、察することはできないが。

479天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:44:38 ID:G67N34mU0



その一方で、本当の意味での『戦場』と『日常』を行き来する少年もいた。
彼のいた世界はおそらく、集められた中でも最も強い世界だろう。
戦場にいた時はまさに地獄と天国の境界であり、人間を糧にして食らうような妖怪も、人間を審判するあの世の使いもゴロゴロいたという。
強い者はどこまでも思うがままに振る舞い、弱い者は奪われても仕方がない。
それでも、皆がみんな、悪い者ばかりでも決してない。
鮮血も死体の山もある。ただし、意地と誇りを賭けた男同士の決闘だってある。
そんな戦場に、時には『霊界探偵』の任務として関わり、時には大切な者を守るために関わり、
そしてある時は『戦いたい』という欲求を満たすためだけに飛びこんでいく。
そんな戦場の厳しさを味わいながらも、最後には必ず日常の世界へ、幼なじみのいる帰る場所へと戻っていく。
そんな、代わり映えのしないようであり、でも少しずつ変わっていく日常へと帰ることが、彼にとっては『ハッピーエンド』だったのだろう。

彼――浦飯幽助のなりたいものは何であるのか。
案外、なりたいも何も、今も昔も未来も浦飯幽助でしかないと、そう答えるのかもしれない。

480天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:46:32 ID:G67N34mU0



浦飯幽助とともに出会った彼女は、『日常』こそが『戦場』そのものだった。
暴力問題だとか、非行だとか、いじめだとか、異性問題だとか。
どこの学校にも皆無だとは言えない日常の闇が、彼女たちのいた場所では極端に集中していたと、それだけのことかもしれないが。
後になって、彼女たちのクラスメイトだった菊地善人が言っていたそうだが、ここに呼ばれた者もみんないじめていた側だったりいじめられた側だったりで、
時には死人や殺人者が出そうになったこともあったらしい。
しかし、ある教師がジャーマンスープレックスのごとき力強い辣腕を振るったこともあり、今では傷つけあったこともひっくるめて、大切な仲間になったのだとか。
少なくとも彼女たち――常盤愛も、神崎麗美も、その中にいた一人で、
そして常盤愛には、なかったことにしてはならないと意地を張るだけの過去があり、
そして神崎麗美には、失ってはならない白紙の未来があったはずで、
彼女たちは、一歩を間違えた先にある『バッドエンド』の味を知っていた。
『なりたいものなんてない』と答えた彼女にも、『なんにでもなれる』と思っていた頃があったのだろうから。

481天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:47:04 ID:G67N34mU0



『戦場』で戦うことこそが存在意義だったと、名乗った少女がいた。
明確な理由を得られないままに戦場に送り込まれたという意味では、それはプログラムのように過酷だったかもしれないけれど。
世界や人類を守るという大義の元に戦わされていたという意味では、それは雪輝たちの経験した戦いとも似ていた。
だからなのかもしれない。
彼女――綾波レイは、自分のこともさほど好きそうじゃないという点において、雪輝とは意気が合ったように話していた。
定められた戦いの他には何もないと思いながら、
もしかしたら、他に何かがあるのかもしれないと感じながら。
ハッピーエンドの形を知らないままに、ただバッドエンドに値する終わりを迎えないために、戦っていた。
『求められたいから』だとか、『一人で生きていくため』だとか、きっとそれぞれ存在意義に関わる理由を抱えて。

482天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:48:45 ID:G67N34mU0



すでにゲームから退場し、なりたい自分にもなれずに死んでいった者達がいる。
まだ生き残り、どこかに散っていたり、ともに行動している者達もいる。

戦って何かを為そうとする者がいた。何もできないと嘆く者もいた。
死なせようと戦う者がいた。死なせまいと戦う者がいた。
戦う力を持つ者がいた。力を持たない者もいた。

――違う。戦う力を持たない者の方が多かった。

秋瀬はそう、己が思考を訂正する。
確かに、一般的な中学生とは言い難い能力を持った者も相当の数がいた。

直接に対面した者を除いても、高坂は時間を操る能力を持つ傭兵少女と戦ったと話していたというし、
菊地たちや月岡たちを襲ったバロウという少年は、身体を兵器のように変形させたというし、
浦飯とその知り合いが人間離れした力を持っていたことは言うまでも無く、
また能力者とまではいかずとも、一般人とはかけ離れた者なら何人もいたけれど。

『本来ならばもっと強い人間だけを集められたはず』ということを踏まえれば、その数は少ない。

聞けば浦飯のいた世界には、とても人間の手には負えないB級ランク以上の妖怪たちがゴロゴロと暮らす魔界があり、そういった妖怪たちと雇用契約を結んでいた権力者も数多くいたという。
また人間界の中にも、ある日能力に目覚めた若者たちや、修行を積んだ霊能力者がいたらしいことがうかがえた。
浦飯のいた世界に限ったことではない。
たとえば菊地がバロウ・エシャロットとの戦いを経た後に、バロウに匹敵する『植木耕助』なる参加者を呼んでくると言っていたこと。
また、主催者が第二回放送の時点で『人間になりたいという願いを持つものは、それを叶えられる』と発言していたこと。

おそらく主催者には、『人間をはるかに超えた能力者がごろごろと存在する世界』に、いくつもの心当たりがある。
しかし、これまでに菊地が確認できた八つの世界のうち、その半数以上がそういった世界ではなかった。
戦いを知らない船見結衣とその友人や、それなりに格闘技をかじっているだけの常盤愛たち。
我妻由乃のように、常人離れはしているが、あくまで神としての能力などを封じられた『人間』として戦わされる中学生。
それだけでなく、浦飯幽助のいる世界からも、雪村螢子のような一般人が参加させられている。

よって、この会場にいる中学生たちは、純粋な『強さ』や『能力』を基準として選考されたわけではない。
未来日記が支給品として配られたように、『何かの能力を持ったものを参加させてみよう』という試みとして浦飯たちが拉致された可能性はあるにせよ、それは根本的な選考基準ではない。

483天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:50:15 ID:G67N34mU0

むしろ、数々の『世界』に目をつける個性があったとすれば、彼らを培ってきた環境の差異だろう。

そもそも最初に殺し合いを宣告した人物は、『全員に必須アイテムとして携帯電話を支給する。
ただし、携帯電話を知らない者にも、その使い方が分かるように調整している』と説明した。
逆に言えば、携帯電話が普及している時代から参加者を連れてくればいいという発想はなかった。
つまり、子どもたちは『その時代、その社会に生きている中学生』でなければならなかった。

現代の日本に生まれて、戦場を知らない中学生たち。
少し昔の、携帯電話にも疎い世代の、日本という国さえ知らない、戦場を知っている中学生たち。
この二つはあまりに大雑把な分類だとしても、秋瀬の出会ってきた彼らは、一つとして同じ『戦い』を経験していなかった。
戦いが違うから、戦場と日常が違う。
戦場と日常が違うから、なすべきことが違う。
なすべきことが違うから、なりたいものが違う。
なりたいものが違うから、『ハッピーエンド』と、『バッドエンド』の形が違う。
世界が違うということは、『ハッピーエンド』と『バッドエンド』の定義が違うと言うことだ。
違うから、皆が違う『願い』のために戦って、殺し合ってここまで来た。

単に、強力な能力を持った者と、能力を持たないものを同じ舞台に放り込んだ、
余興としての殺し合いを見せるためだけの舞台ではなかった。
なぜなら、神の仲間は『願いを叶える』と言ったのだから。
もっとも強い『願い』を持つ者がいれば、それを叶えるという条件を出したのだから。

元はと言えば『未来日記計画』が生まれたのも、『さまざまな人間が神の力を手にした時にどのような選択肢が生まれるのか』という可能性の探究だった。
それは、高坂王子が見つけてきた『未来日記計画』の文書にも記されている。

そして、未来日記があらかじめ指定した最終到達地点は、全員が願いを叶えられないという『ALL DEAD END』だった。
だとすれば。



――『ALL DEAD END』を覆し、最後まで勝ち残って『HAPPY END』を獲得する者はいるかどうか。

484天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:51:11 ID:G67N34mU0

この舞台に降ろされた50人は、それを試されているのではないか?

死に絶える未来を予期していながら生き残ってみせろとは、ずいぶんと人を嘲笑するかのようなやり口だ。

思索の海から一瞬だけ現実へと浮上した秋瀬は、助手席に身を預けたまま苦笑を浮かべた。
左手は絶えず動かし、その思索を書きとめることに費やされていた。

そして次の瞬間、自覚する。
はて、と首をひねる。

『50人』と、結論づける時に、秋瀬はそう数えた。
そう、51人とはあまりにも半端な人数だ。
50人ならばとてもキリの良い人数になるが、果たして秋瀬或は、ついさっき、無意識にいったい誰を除外したのか。
時間をかけて、考えるまでもない。
仮に、中学生が例外なく実験されているのだとすれば。

――『ただ観測していればいい』と神の小間使いから示された秋瀬或とは、何を為す者か。

当初は、欲求の赴くままに、謎を解きたいという気持ちにしたがって、歩いていたつもりだった。

謎と事件のあるところに、秋瀬或あり。
参加者と次々に接触しては別れてを繰り返したのも、一つでも多くの『謎』を収集するためだと自覚していた。

しかし、『自分がいる意味についてどう思う』と問いかけながら、
秋瀬自身がいる意味について、疑念を抱き始めたのは、遅れてのことだった。

疑念が決定的となったのは、『パラドックスの日々』を思い出してきた時から。
思い出したきっかけは何だと問われたら、雪輝と再会した後に、『我妻由乃は世界を二周させていた』という真実を聞かされたことだったのだろう。

ともあれ、少しずつ蘇ってきた記憶の中でも、秋瀬或は未来日記のサバイバルゲームに関わっていた。
最初は、雪輝がやってきたことを代行するだけの埋め合わせとして。
しかし、結果的には秋瀬の望んだ形で事件を解決する、ただの探偵として。
だからこそ。
数日間のパラドックスワールドで、ムルムルはすっかり秋瀬或を警戒していたと記憶している。
パラドックスが終わる頃には、因果律に関することには近づけないようにと妨害を怠らなくなっていた。

485天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:52:03 ID:G67N34mU0
そんな秋瀬或が、なぜ、日記所有者でもなくなった身分で、殺し合いに関われたのか。
天野雪輝のクラスメイトになったとはいえ、10thの事件が終わった時点でムルムルからそれとなく追いやられるなり、関われない程度に記憶を改ざんされるなり、有りそうなものだったのに。
秋瀬或は、神に連なる誰かの手によって、殺し合いに関わり続けられるように、ひそかに保護されていたのではないか。

謎と事件のあるところに、秋瀬或あり。
秋瀬或はいた。いることができた。

誰のために?

ムルムルとは敵対する動きをして。
所有者に対しては、天野雪輝を除いて中立的に観察し。
天野雪輝を神にするために、彼の敵を排除するように動く。
これらの行動は、誰にとって益になったのか。
ムルムルや我妻由乃ではないことは明らかだ。
かといって、天野雪輝の望みに叶った行動でもない。
天野雪輝は生き残ることを望んだが、両親のことが無ければ神になることを望んでいなかったし、
何より、我妻由乃を殺すぐらいなら死を選ぶような少年が、我妻由乃と秋瀬或の殺し合いを望むはずがない。
では、誰にとって有益な行動となったのかと結論を出せば。

――月岡彰は言った。
――それはまるで、神様の使い走りとして戦場を観察しているかのようだと。

秋瀬の行動によって助けられたのは、デウス・エクス・マキナしかいなかった。
デウスが期待したことは、雪輝の保護だったのか。あるいは所有者を色々な角度から観察する観測者がいることで、何らかの中立性が保たれると読んでいたのか。

ムルムルが言うには、このたびの殺し合いにデウスはいない。
『神』を名乗る、しかしデウスとは別の、それに匹敵する存在がいると、契約の電話は示唆していた。
そして、『The rader』を渡されて自由にされたということは、新たな神もまた『観測者』として秋瀬或を連れてきたということなのか。

50人の実験動物から『願い』を言葉として聞き出すための、観測者として。
そして、もしかすると何らかの事情で参加させた天野雪輝を、最低限は中盤まで保護することさえも期待して。

全て、推測だ。

暫定的にそう結論して、秋瀬は現実の車内へと意識を戻した。
秋瀬自身のことについて立証する手段は現時点で見当たらないし、立証したとしてもすぐに好転させる何かができることではない。
『そういう可能性がある』ことを気に留めておくぐらいしか、対処はできないだろう。
決して精神衛生上プラスにはならない、むしろぞっとしない話なのだから。

それに、誰かの手のひらの上のことだったとしても、変わらないし、変えられないことだ。

「雪輝君、今のうちに訊いてもいいかな」

天野雪輝の、力になりたいということだけは。
これから迎えに行く彼女に、嫉妬や羨望なんて無いと言えば、大ウソになるけれど。

486天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:52:47 ID:G67N34mU0
「我妻さんと仲直りするのは良い。
殺さずに彼女を無力化することも、彼女とよりを戻してから主催者の手を逃れて脱出することもね。
でも、その後はどうする?」
「その後?」

だから、問いかけなければいけない。
天野雪輝が、この先も生きていくために。

「我妻さんを連れて一万年後――君にとっては現在か。二人でそこに帰ることはできないんだよ。
我妻さんが元いた場所に、君と殺し合っていた元の時系列に戻らなかったら、『雪輝君が我妻さんを殺して神になった』という歴史に反してタイム・パラドックスが起きる。
平たく言えば、我妻さんが過去に戻ってやり直した時のように、並行世界が生まれるだけの結果になるよ」

それは、かつて神崎麗美にも問いただされ、答えを返せなかった問題だった。

仮に、我妻由乃を生還させることができたとしても。
彼女は、もといた、『雪輝と殺し合っていた時点』に帰さなければならない。
そうしなければ、その時点からイフの世界が生まれてしまう。
それは、『天野雪輝と我妻由乃が殺し合っている最中に、我妻由乃がどこかに消えてしまった』ことになる四周目の世界だ。
四周目の天野雪輝は、我妻由乃を失ってしまう。
天野雪輝は、自分を犠牲にすることになる。

しかし、我妻由乃を、もといた彼女は、もといた、『雪輝と殺し合っていた時点』に帰したとして。
どちらかが死ななければ、神様は決まらず、二人ともひっくるめて世界に居場所を失くす。

どちらを選んでも、天野雪輝にハッピーエンドは訪れない。
秋瀬或は、その時点で行き止まりに突き当たっていた。
行き止まりを、今こうして雪輝に突きつけなければいけないことが、ひたすら歯がゆかった。

しかし。

「別に、由乃と一緒に一万年後に帰ればいいんじゃないかな?」

秋瀬が訊ねてから、たった五秒のことだった。
雪輝は、あっさりと答えた。

「もし、並行世界の僕が由乃を失いたくないって言い出すようなら
……その時は、由乃を取り合って喧嘩すればいいんじゃない?」

さも、何でもないことのように。
喧嘩をすればいい。
以前の雪輝からはあまりにもかけ離れた台詞を口にした。

「そうじゃなくても、その四周目ってところに行って事情を話せば、四周目の僕だって納得するんじゃないかな。
少なくとも『由乃を神にするために死のうとしてた頃の僕』だったら、折れると思うよ。
由乃がどこかで居場所を見つけて生きていてくれたら、それだけでも良いって思うようなヤツだったから。
最終的に喧嘩になったとしても、昔の僕が相手だったら負ける気はしないし」

487天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:53:24 ID:G67N34mU0
笑みさえ浮かべて、そう言った。
「少なくとも、由乃と戦うよりはずっと楽だと思う」と照れたように付け足して。

あまりに即で返答されたアンサーには、あっけにとられるしかなかった。
秋瀬はよほど間抜けな表情をしていたらしく、雪輝が何かおかしなことを答えただろうか、と不安そうな顔をした。

しかし、数瞬の驚きが通過してしまえば、その場所は理解がとってかわるしかなく、

「なるほど」

秋瀬にも、笑みが伝染した。

雪輝が笑って答えたことを喜ぶ笑みでもあり、そして自分自身に向けた呆れの笑みだった。
一人でぐるぐると考察して、勝手に限界を感じていたことが滑稽でおかしかった。
本当に死者の蘇生が可能なのだとしたら、それにすがろうとか考えていた自分が、とんでもない馬鹿みたいに思えてきた。
いや、『みたい』ではなく立派な馬鹿者だった。
その発想に行きつかなかっただけでなく、天野雪輝を、舐めていた。

「だから僕は由乃にもそう言って、彼女を連れて帰る。
由乃を殺さずに止めて、しかも他の人が怒って由乃を殺さないように守らなきゃいけないから、大変なことに変わりないけどね」

その挽回というわけではないのだが、
せめて少しぐらいは良いところを見せたいと、秋瀬は人差し指を立てた。

「そのことについてだけど……安全策とは言えないけど、一つ手を打ってあるよ」
「え?」

いつの間に、と言わんばかりの雪輝の顔。
それはそうだ。前回の戦いは凌ぐだけで精いっぱいで、秋瀬自身も右手を持って行かれたのだから。

488天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:53:58 ID:G67N34mU0
「――とは言っても、狙って成ったことじゃない。
僕は戦っている間に、我妻さんとそれなりに会話をしたんだ。
ほとんど僕が一方的に話すだけだったけどね。
その中で、君と我妻さんの間にある『ズレ』を説明したんだよ。
雪輝君は、我妻さんより一万年も先の未来からやってきたこと。
ムルムルと一緒に、救いのない一万年を過ごしたこと。
そして、ついでに『そのムルムルも、今は主催者の側にいるらしいこと』にも触れたんだ」

元はといえば、我妻由乃の勘違いと押し付けを指弾するための説明だった。
しかし、戦いが終わった後に、その勘違いを是正したことが、また別の意味を持ってくると気づく。

「まず違和感を持ったのは、支給品を確認した時だね。
高坂君が持っていた、NEO高坂KING日記は致命傷を受けた時に壊れてしまっていたけど。
僕の未来日記にはあった『契約する電話番号のメモ』が荷物の中に無かった。
高坂君の性格から考えて、電話番号を隠滅するために破いたとも考えにくいし、
綾波さんたちの前でも、まるで最初から自分の持ち物だったみたいに使っていたというし。
だいいち、壊れた携帯電話の機種も色も、高坂君がいつも使っている携帯と同じものだった」
「それって……高坂は最初から、自分の未来日記を携帯ごと支給されていたってこと?」
「そう。高坂君が、というよりも『自分の未来日記を支給された人は、契約するために電話をかけるような回りくどいことをしなかった』と考えたほうがいいね。
きっと、高坂君の日記だけじゃなく、雪輝日記もそうなっていたはずだよ。
殺し合いに乗って暴れる可能性が高い我妻さんだけをひいきするならともかく、高坂君だけを特別にひいきする理由はどこにもないからね」

とはいえ、この仮説が通るとすれば、見えてくる事実もある。

「つまり、由乃は、雪輝日記の所有者になっているけれど、
『電話をかけて、ムルムルと会話した』わけじゃない……」
「そういうこと。むしろ、それこそが『我妻さんたちに電話番号を配らなかった理由』だろうね。
新たな神が主催する別の殺し合いに呼ばれたと思ったから殺し合いに乗ったのに、
雪輝日記は使えなくなっている。再契約するために電話をかけてみれば、小間使いにしていたはずのムルムルが主催者側にいる。
これで主催者に疑念を持たないほうがおかしいし、そうなったら最悪、我妻さんが『願いをかなえる』という言葉を信じなくなってしまう」
「でも……ムルムルの存在を隠したって、そのうちばれるんじゃない?
たとえば、由乃が殺した相手のディパックを回収して、その中に電話番号のメモが入ってたりしたら、電話しようとするだろうし」
「最終的に露見する分には構わないと思うよ?
『新たな神には願いを叶えられるだけの力がある』と我妻さんが信用した後なら、むしろ向こうからムルムルの存在を明かして、誠意をアピールする振りをした方がいいぐらいだと思う。
ほかの参加者と戦えば支給品なり能力なりを見て、主催者の力は知れるだろうし。
盗聴なり監視なりしているなら、それぐらいのタイミングは図れるだろうしね。
ムルムルに殺意ぐらいは向けるかもしれないけど、『やっぱりムルムルならその立場にいてもおかしくないか』ぐらいで済ませてくれると思うよ」

489天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:54:31 ID:G67N34mU0

我妻由乃自身、一週目のムルムルを従えていたことはあったが、決して信頼する主従関係などではなかった。
使い魔が主催側にいたところで、裏切られたとも感じないだろう。

「えっと……つまり。
主催者はもともと、タイミングを見て自分から由乃のところに電話するなりほかの方法なりで、接触するべきだった。
でも、結果的に秋瀬君が『ムルムルが主催者側にいる』ことをばらしてしまった」
「ネタばらし……というほど大げさでもないよ。
僕と我妻さんが接触することは充分に想定できるしね。
ただ、ムルムルとしては『接触するならこのタイミングだ』と考えるはずだ。
我妻さんの性格上、『電話をかければムルムルと話せる』ことを知ってしまえば、
彼女の方からムルムルを捕まえかねないからね。
『自分が優勝したあかつきにはこうすると確約してくれるなら、殺し合いを盛り上げるための何かをする』と取引を持ちかけるとか。
ただでさえ我妻さんは一週目の世界で『願いがかなう』と信じて裏切られているから、隙あらば主催者を出し抜いてやるぐらいの覚悟はある。
つまり、接触をするなら主催者の側から先に仕掛けたほうがいい」

雪輝が後を引き取って、結論を言った。

「なら、今頃はその接触が行われているはず、だよね」

肯定して、しかし秋瀬或は首を傾げた。

雪輝が、すぐ結論にたどり着いている。
秋瀬が知っている彼は、確かに機転だとかとっさの判断などに極めて優れていた。
だがしかし、たとえば過去に8th陣営への対抗策を議論していた時だとかに、ここまで雪輝と打てば響くような会話だとか、積極的な応酬をしたことがあっただろうか。

そんな違和感を胸中で転がしながら、秋瀬は会話を続ける。

「我妻さんは、既に主催者――少なくともムルムルと接触している可能性が高い。それも、契約の電話以外の方法で。
正直、半分以上はハッタリだけどね。こう言えば、たとえ『殺し合いに乗っている人間には容赦しない』という方針の人物でも、彼女を生かしてもらう交渉材料くらいにはなるんじゃないかな」
「うん、すごく助かるよ……でも、手札としては弱い感じがするよね。
あるかわからない情報より、身の安全のほうが大事だって言われたらそれまでだし。
ただ、由乃と話すことができれば、主催者と接触したことが聞けるかもしれないっていうのは僕らにとってもメリットだと思う」
「本格的に牙城を揺るがそうとなれば、もっと決定的なアプローチは必要だろうね」

この雪輝が不愉快なのかと聞かれたら、むしろその逆であり。
かわいいだけでなくカッコいい側面が見られたようで喜ばしいような、子離れの寂しさにも似た気持ちさえあるぐらいなのだが。

「アプローチって言えばさ。僕からも秋瀬君に頼みたいんだけど」

ひそかに浸っている秋瀬の方をちらりと見て、雪輝が話題を変えた。

490天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:55:15 ID:G67N34mU0

「秋瀬君に預けてる僕のディパック。そこから携帯を取ってくれる?」
「これかい?」

運転の邪魔になるからと、雪輝のディパックは秋瀬の膝の上にあった。
左手でチャックを開けて、その左手で該当の携帯電話を取り出す。
ハンドルを握り、それを横目に見ていた雪輝は言った。

「僕の電話番号とメールアドレスを、読みあげて僕に教えてほしいんだ。
『雪輝日記』でも予知されるぐらい、はっきりとね」
「それは……」

正気か、と問い返していたかもしれない。
雪輝が、笑みだけでなく、頑固そうな眼と、かすかな冷や汗を見せていなければ。

「それが何を意味するのかは、分かるんだね」
「分かってる、つもり。二週目で秋瀬君と最後に会った時だって、由乃がかけてきた電話に騙されて、日向たちを殺すことになったし」

それは、好きな人に、雪輝日記を通して電話番号とメールアドレスを教えるということ。

それは、最大の脅威に、生命線である直通の連絡手段を、一方的に晒すということ。

雪輝の顔は、ごく真剣だった。
そうすれば、我妻は一方的に電話を利用したブラフを仕掛けるなり罠を張るなりすることが可能となり、一方でこちらは相手の連絡先を持っていない。
それがどれほど危険なのかを分からないわけではない。
それでも、我妻由乃へ信号を送ると言う。

「由乃だったら…………昔、僕の作戦参謀をやってた頃の由乃だったらって意味だけど、ここは連絡先をあえて公開するべきだって僕に指示するんじゃないかな。
ここで消極的になったら、ジリ貧で追い詰められていくだけだとか何とか言ってさ」

考えながら喋るようにたどたどしく、しかしはっきりとした声で。
彼女はこうしていた、と。



ああ、そうか。



心のうちで、そんな呟きが漏れていた。

我妻由乃のことを想像しながら語る雪輝を見て、何かが腑に落ちた。

491天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:56:36 ID:G67N34mU0

「それに、由乃から電話なりメールなりが来たら、由乃のアドレスは確実に分かるってことだよね。それだけでも収穫になると思う。
ただでさえ、こっちは由乃がどこまで迫ってるか分からなくて緊張してるんだし」

さっきから、良い意味での違和感があった。
秋瀬の知っていた雪輝は、『ここまで』ではないと感じていた。

やっと、その理由が分かった。
なぜなら、ここにいる雪輝君は、『秋瀬或が知らない時』の天野雪輝だったから。

秋瀬は、10thから差し向けられた犬たちに襲われて、おびえていた雪輝なら知っている。
秋瀬は、日野日向と友達になるために泣きながらでもがんばった雪輝なら知っている。
秋瀬は、由乃の監禁から逃れたところを8thの手先に狙われて、『助けて』と言った雪輝なら知っている。
秋瀬は、両親を生き返らせるために泣きたいのを我慢して11thや8thと戦っていた雪輝なら知っている。
秋瀬は、日向やまおや高坂を殺してしまい、後に引けなくなった眼をした雪輝なら知っている。
秋瀬は、枯れ果てた顔で一万年ぶりに再会した雪輝なら知っている。
けれど、秋瀬が知らない雪輝がいることだって、知っている。
知っているけれど、知らなかった。
見られなかった。

「あの由乃に『必ず迎えに行く』って言ったからには、連絡先を教えることさえ出来ないようじゃ、どのみち出し抜けっこない、と思う」

秋瀬は、崩れ落ちる崖を血塗れた手でがむしゃらに這い登りながら、『君を救う』と言った雪輝を知らない。
復活した9thに向かって『僕はすべてを救う』と宣言した雪輝を知らない。
神も同然となった『彼女』を相手に一歩も退かずに戦いながら、『愛してるからだ!』と叫んだ雪輝を知らない。
『彼女』の名前を大声で呼びながら、しあわせな幻覚空間を打ち破った雪輝を知らない。
神崎麗美に向かって、そこを退けと啖呵を切った雪輝を知らない。

話には聞いていても、
雪輝は秋瀬に守られている時に、その顔を見せたことがなかった。

「それにさ、彼女が電話したくなった時のために連絡先も寄越さない奴が、何を言ったって本気が伝わらないと思うんだ」

だから。
『この』雪輝は、秋瀬或にとって、とてもまぶしい雪輝だった。

「きっと、僕の知ってる人だったら、そんな『愛(ラブ)』はなっちゃいねぇって怒るところだし」

だからこそ、がむしゃらで、真剣で、かっこいい姿のように映る。
秋瀬或ではないヒトのために、覚悟を決めた顔だった。

492天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:57:08 ID:G67N34mU0

「だから、リスクがあることは承知で由乃に伝えたいんだ。
もちろん、秋瀬君たちの危険度も引き上げちゃうから、一存では決められないけど」

優しい目で、少し不安そうにほほ笑むところは変わらない雪輝だった。
そこにいるのは、間違いなく、天野雪輝だった。
だとすれば、

「構わないよ」

敵わない。

何が敵わないかって、もう色々なことが敵わない。

『彼女に敵わない』とは言いたくないから、『雪輝には敵わない』ということにしておいて。

「雪輝君が、決めてくれ」

『彼女』よりもずっと、雪輝を大切にしてきた自信ならあるのに。
雪輝を「愛していない」と言い切るような少女に、彼を任せておけないと激しい怒りに駆られたりもしたのに。
秋瀬には決して引き出せない『男』の顔をする雪輝を、ここにきて見せるなんて、ずるい。

『僕では絶対に作り出せない君の顔』を見て惚れ直してしまうのだから、もうどうしようもない。

「きっと――勝てるか勝てないかは、君が決める」

――どうして君は、こんなにも片思いのしがいがあるんだろう。

「「『君たちが』、じゃないの?」」

まぜっかえす少年の声がふたつ、運転席と後部席とで、ぴったり重なった。
その二人が、ハモりを披露してしまったことに極めて嫌そうな顔をするタイミングも、これまたぴったりと同時であって。

可笑しかったけれど、噴き出してしまうと恨みがましげに睨まれそうだったから、聞こえなかったふりも兼ねて視線をそらし、車窓へと向いた。

夕刻から闇の色へと落ち始めた空は、星の光をひとつふたつと増やしつつあるところで。
満天の星がよく見える、夜が始まろうとしていた。

【H-5/一日目・夜】

493天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:58:13 ID:G67N34mU0
【天野雪輝@未来日記】
[状態]:中学生
[装備]:運動服(ジャージ一式)@現地調達、スぺツナズナイフ@現実 、シグザウエルP226(残弾4)、 天野雪輝のダーツ(残り7本)@未来日記、クレスタ@GTO(運転中)
[道具]:携帯電話、火炎放射器(燃料残り7回分)@現実、学校で調達したもの(詳しくは不明)
基本:由乃と星を観に行く
1:やりなおす。0(チャラ)からではなく、1から。
2:デパートに向かい、救出とレーダーの充電を済ませ、由乃に備える。

[備考]
神になってから1万年後("三週目の世界"の由乃に次元の壁を破壊される前)からの参戦
神の力、神になってから1万年間の記憶は封印されています
神になるまでの記憶を、全て思い出しました。
秋瀬或が契約した『The rader』の内容を確認しました。
秋瀬或、綾波レイ、越前リョーマとアドレス交換をしました。

【秋瀬或@未来日記】
[状態]:右手首から先、喪失(止血)、貧血(大)
[装備]:The rader@未来日記、携帯電話(レーダー機能付き、電池切れ)@現実、マクアフティル@とある科学の超電磁砲、リアルテニスボール@現実、隠魔鬼のマント@幽遊白書
[道具]:基本支給品一式、インサイトによる首輪内部の見取り図(秋瀬或の考察を記した紙も追加)@現地調達、セグウェイ@テニスの王子様
壊れたNeo高坂KING日記@未来日記、『未来日記計画』に関する資料@現地調達
基本行動方針:この世界の謎を解く。天野雪輝を幸福にする。
1:天野雪輝の『我妻由乃と星を見に行く』という願いをかなえる
2:デパートに向かい、救出とレーダーの充電を済ませ、我妻由乃に備える
[備考]
参戦時期は『本人の認識している限りでは』47話でデウスに謁見し、死人が生き返るかを尋ねた直後です。
『The rader』の予知は、よほどのことがない限り他者に明かすつもりはありません
『The rader』の予知が放送後に当たっていたかどうか、内容が変動するかどうかは、次以降の書き手さんに任せます。
天野雪輝、綾波レイ、越前リョーマとアドレス交換をしました。(レーダー機能付き携帯電話ではなく、The raderを契約した携帯電話のアドレスです)

【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:疲労(中)、全身打撲 、右腕に亀裂骨折(手当済み)、“雷”の反動による炎症(ある程度回復)
[装備]:青学ジャージ(半袖)、テニスラケット@現地調達
リアルテニスボール(ポケットに2個)@現実
[道具]:基本支給品一式(携帯電話に撮影画像)×2、不明支給品0〜1、リアルテニスボール(残り3個)@現実 、車椅子@現地調達
S-DAT@ヱヴァンゲリオン新劇場版、、太い木の棒@現地調達、ひしゃげた金属バット@現実
基本行動方針:神サマに勝ってみせる。殺し合いに乗る人間には絶対に負けない。
1:デパートに向かい、救出とレーダーの充電を済ませ、我妻由乃に備える
2:バロウ・エシャロットには次こそ勝つ。
3:切原は探したい

[備考]
秋瀬或、天野雪輝、綾波レイとアドレス交換をしました

【綾波レイ@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:傷心
[装備]:白いブラウス@現地調達、 第壱中学校の制服(スカートのみ)
由乃の日本刀@未来日記、ベレッタM92(残弾13)
[道具]:基本支給品一式、第壱中学校の制服(びしょ濡れ)、心音爆弾@未来日記 、
基本行動方針:知りたい
1:デパートに向かい、救出とレーダーの充電を済ませ、我妻由乃に備える
2:落ち着いたら、碇君の話を聞きたい。色々と考えたい
3:いざという時は、躊躇わない
[備考]
参戦時期は、少なくとも碇親子との「食事会」を計画している間。
碇シンジの最後の言葉を知りました。
秋瀬或、天野雪輝、越前リョーマとアドレス交換をしました。




494天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:59:03 ID:G67N34mU0


























「――みんな、みーんな、終わらせましょう」



【18:30 ユッキーが携帯のアドレスと電話番号を教えてくれたよ!
これでいつもみたいにメールができるね。さっそくアドレス登録しなきゃ。
アドレスは――】

495天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:59:32 ID:G67N34mU0

即座にアドレスを登録し、歩みを再開する。
一度だけ振り返れば、先刻までいたツインタワーが夜闇にのまれて天辺から黒く染まりつつあった。
もう、戻ってくることは無いだろう。
すでに用意されていたものは頂いた以上、未練など何もないけれど。

「わたし、分かったよ」

他にも秋瀬或が何か考察をしているらしきことが書かれていたが、雪輝に直接に関わる情報ではないため日記にはほぼ割愛されている。
とはいえ、現時点ではさほど不自由は感じていない。
ムルムルからは納得いく範囲で『褒美』への信憑性について聞かせてもらった。
しいて言えば、ムルムルが出現したタイミングが、当人の理由づけを差し引いても唐突だったのは腑に落ちないけれど、どうせ『秋瀬が存在を仄めかしたからあわてて出てきた』とかそんな理由だろう。
『あの宝物』を譲ってくれたことを考えると、秋瀬のことが無くとも遠からず『あの宝物』を見つけさせる狙いも込みで接触してきたことは違いないだろうし。

「もう分かってるのよ、ユッキー」

ムルムルが肩入れをしたがる理由は、簡単なものだ。
我妻由乃なら、『ALL DEAD END』の前提を知っても、なお勝ち残ることを目指すから。

「やるべきことが分かった。
もう迷わなくていいって、分かった」

大半の中学生なら、まず茶番だと怒る。
予知を覆したとしても、元いた世界には帰してもらえないのだから。
しかし、我妻由乃にとっては、そんな事情など埒外の些事でしかない。

「本当は、ずいぶん前から頭の中がぐちゃぐちゃしてた。
でも、ひとつだけ分かったよ。これだけは絶対に言える。」

優勝者をもといた世界に帰せない理由は、なぜ?
それは殺し合いの目撃者を、生還させる道理がないから。
大東亜共和国と市長の敵対勢力となりえる者に、目撃者を発見、回収されてしまっては第二、第三の実験が潰えてしまう。

「ユッキーは、まだ私と仲直りするつもりでいるのかしら。
『死んだ人は帰ってこないけど、生き残った皆で力を合わせて脱出しよう』とか、そんな風に」

だから、我妻由乃はどんな世界にも安心して帰せるうちの一人だし、もう金輪際関わらないと約束さえできる。
だって由乃は、世界がどうなっても構わないから。
いくら滅ぼうが、星の数ほど死人が出ようが、心底どうなってもいいと思っているから。



「――ふざけないでよ」

496天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:00:14 ID:G67N34mU0
たとえば、人間社会から弾かれて、人間になりたいと望んでいる少年。
たとえば、社会の犠牲者となり、社会を食い物にして生きていこうとする少女。
たとえば、全ての人間を滅ぼすべきだと志向している少年。
彼ら彼女らも、条件しだいでは大人たちと敵対することはないだろう。
もといた世界にもそれなりに愛着を持つものはいるだろうが、彼や彼女の『願い』は元いた世界を維持しなくとも達成できる。
人間になることを望む少年は、大切な人さえ与えてやれば、残りの世界など見放すだろう。

だから、彼ら彼女らに望みがないわけではない。
ただ、我妻由乃だけは『だろう』や『条件』を付けるまでもなく、
無条件で世界を見殺しにするというだけのこと。

「昔のユッキーなら、きっとこう言ったはずよ。
『やり直せば全部元通りになるのに否定するなんて』って」

彼女は全てを殺し、手にとりたいものだけを救い上げる。
一週目では失い、二周目では諦めていたそれを、今度こそ掴み取り、取戻し、離さないために。

「だから……私はあの時、あなたの隣で言ったよね」

私はユッキーを失いたくない。
そのためにはユッキーが邪魔。
だからユッキーも殺す。

……殺した後で、『あのユッキー』に未練が残れば生き返らせる。

うん、どこもおかしなことはない。

「ユッキーが頑張らなかったら……その時は、由乃は許さないって、はっきりそう言ったよね?」

由乃はいつでも、ユッキーのために死ねる。
だからユッキーは、最後に由乃も殺す。そして生き返らせる
そう約束したのに、破ったのは雪輝の方だ。
だからこの世界では我妻由乃が、それを代行する。

「許さないよ」

497天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:00:54 ID:G67N34mU0

雪輝がいて、由乃がいて、雪輝の両親がいて、由乃のパパとママもいる、
その幸せを侵略する者は絶対にいない、
そんな世界を、掴みとる。
他人なんて不純物は、消え去ってしまえ。
そいつらから幸福を補完してもらえるなら、由乃はそもそも『こんなこと』になっていない。

「私はユッキーに支えてもらったけど、
でも、約束をやぶったことは、絶対に許さないよ」

腰には、血を吸ってきた刀を。
両腕には、撃ち尽くしてしまった拳銃の代わりとしてPDW(個人携行武装)を。
取り回しがずいぶん重たくなってしまったが、その重さは人を殺す弾丸の重さだ。
スタンガン、催涙弾、軽機関銃……すべての武装は点検を済ませ、我妻由乃の一部として収納される。

雪輝日記には、ユッキーの電話番号とメールアドレス。
折りを見て、陥れるために利用させてもらえばいい。

雪輝を殺しに行くつもりではあるが、先に『いただいたもの』を使うとしたら、向かう先は中学校だ。
デパートに行くか、中学校に行くか。
切り札を先にさらしてしまうのは少し惜しい気がするが、
『それ』を使えば楽に生き残りを掃討できることも事実だ。
さらに言えば、放送と同時に受信した『デパートに一定数の参加者がいる』という情報も考慮すべきだろう。
雪輝も同じメールを受信していれば、おそらくそこに向かう。
回り道をして切り札を動かすか、争いを利用して掃討すべく最短で戦場に駆けつけるか。
歩みを進めながら、考えればいい。

「それに、今の私はひとりじゃない」

大金庫の中に収蔵されていた薄い金属のプレート。
プレートの表面には、刻まれる11桁の電話番号。
電話番号のアドレス登録を済ませ、役割としては不要になったそれを、
しかし彼女は大事そうに撫でて、愛おしそうに笑う。



「ママがいる」

498天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:01:18 ID:G67N34mU0
地図の中心地。
作為を感じさせるかのように配置されている、中学校。
もちろん、そのことに意味はある。
子どもたちにとって馴染みのあるそこが中央にあれば、自然と参加者同士の出会いが起こるだろう、とか。
意外といろいろな機能を備えた施設だから、中央に配置するには適している、だとか。

しかし、最大の理由は、『ひとつづきに存在する広い校庭と運動場とプールとテニスコートの存在によって、広範囲の人工的な平地を自然と確保できることにある』とムルムルが言っていた。
つまり、地下に眠っている巨大な『それ』を射出することができて、
なおかつ地上からはそれを隠すために、ごく適した施設だったからだ。

『それ』のもとにたどり着くためには、校庭で電話をかければいい。
電話の相手が、地下に降下するための入り口へと案内してくれる。

地下何十メートルか、何百メートルか、もしかしたら何キロメートルかはわからないが、
ともかく地下だ。

地下には、船がいる。
『それ』をいくつも格納できるだけの、大きな、がらんどうの船がいる。

『奇跡』の名前を与えられた船が鉄壁の壁を精製し、この舞台を外部から守っている。



そして、『それ』が見つけられるのを待って、眠りについている。



『それ』は、人の願いを叶えるもの。

そして、人が造りしもの。

そして、大事な人が眠りしもの。

499天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:02:37 ID:G67N34mU0

「そしてパパ」

同盟を組むための誠意とは、『先払い』だと帝王学を学んだ際に教わった。
言いえて妙だ。
ムルムルはしっかりと、先に返してくれた。
本来は特別な子どもにしか操れない『それ』を、
心を開ける子どもなら、乗れる可能性を与えるために。

未だ掘り当てられていない宝物の隠し場所から、最も入手が難しい位置にある『数か所』を選定して。
ひとつの隠し場所には、ひとつの電話番号を刻んだプレートがあり。
着信を受けた電話番号によって、かりそめの船を管理する者が、いくつかある『それら』のひとつを指定し、コアを書き換える。
その子どもの母親が顕在であれば、『ダミー』を用いるしかない。
その子どもに母親がいなければ、その魂を『そこ』へと移しかえることになる。
魂なら、ある世界の『霊界』に由来する道具を用いることで、事前に収集しているのだから。



「ぜんぶ終わったら、改めて、私の未来の旦那様を紹介するね」



由乃の母親は、戻ってきた。
母の胎内にいるかのごとき、その場所に。

「わたし、頑張るから。何 を 犠 牲 に し て も」

それは由乃にとっての切り札であり、
それは秘蔵された宝の中でも最大のものであり、
それは皆の魂を取り戻せるという証左でもあり、

500天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:03:15 ID:G67N34mU0



「エヴァンゲリオン――私が必要とする、その時まで待っててね」



そして、肉親を失った少年少女が、喪われた魂を媒介として動かす、巨大な鋼の人造人間。



「私は行くよ。誰かのためじゃない。私自身の願いのために」

笑え、我妻由乃。





紛い物の星空を塗り替えるための、進撃/新劇を始めよう。





【F-6/一日目 夜】

501天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:04:32 ID:G67N34mU0
【我妻由乃@未来日記】
[状態]:健康
[装備]:P90(予備弾倉5個)@現実、雪輝日記@未来日記 、詩音の改造スタンガン@ひぐらしのなく頃に、真田の日本刀@テニスの王子様、霊透眼鏡@幽☆遊☆白書 、『ある電話番号』が書かれたプレート@現地調達
[道具]:基本支給品一式×5(携帯電話は雪輝日記を含めて3機)、会場の詳細見取り図@オリジナル、催涙弾×1@現実、ミニミ軽機関銃(残弾100)@現実
逆玉手箱濃度10分の1(残り2箱)@幽☆遊☆白書、鉛製ラケット@現実、滝口優一郎の不明支給品0〜1 、???@現地調達 、来栖圭吾の拳銃(残弾0)@未来日記
基本行動方針:真の「HAPPY END」に到る為に、優勝してデウスを超えた神の力を手にする。
1:すべてを0に。
2:雪輝を追ってデパートに向かう? 先に中学校に向かう?
3:秋瀬或は絶対に殺す
4:他の人間はただの駒だ。
※54話終了後からの参戦
※秋瀬或によって、雪輝の参戦時期及び神になった経緯について知りました。
※ムルムルから主催者に関することを聞かされました。その内容がどんなものか、また真実であるかどうかは不明です。
※天野雪輝の電話番号とメールアドレスを、一方的に知りました。

※中学校の地下に空間があり、AAAヴンダー@エヴァンゲリオン新劇場版が存在しており、会場のATフィールドを発生させています。
汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンも、何体か存在する可能性があります。

【ある電話番号が書かれたプレート@現地調達】
見た目にはテレホンカードか何かのような形をした薄い金属片であり、電話番号が刻印されている。
中学校の敷地内で電話をかければ、応答する音声が会場の地下まで案内してくれるらしい。
(上記のことや、会場の地下にあるものについてはプレートとともに説明書きが付属している)

【FN P90@現実】
天野雪輝に支給。その直後に我妻由乃に奪取される。
が、彼女がメインウエポンを軽機関銃と日本刀に頼り、かつサブウエポンとして拳銃も使用していたために、終盤まで死蔵されていた。
もっともポピュラーなPDWのひとつ。(形状や用途は短機関銃と類似しているが、短機関銃が拳銃用の弾丸を使用するのに対し、PDWは貫通力を重視したそれ専用の弾丸を用いる。そのため短機関銃とアサルトライフルの中間に位置する武器と捉える事ができる)予備弾倉5個も付属。

502天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:05:03 ID:G67N34mU0
投下終了です

今後とも中学生ロワをよろしくお願いします

503名無しさん:2015/06/03(水) 22:49:16 ID:EKbdyn8U0
投下乙です!
愛と幽助は順調に青春してるなあ…末永く爆発しろ少年少女!
秋瀬君はなんか親御さんみたいになってるw ユッキー、こんなに立派になって(ホロリ
リョーマとレイは今回もお互いの距離を縮めてるようでニヤニヤ。ユッキーからしたらイラっと来るのも分かるなあw
そして最後に、これは遂に来ましたねえ……嵐の予感しかしない。いったいどうなってしまうんだ

504名無しさん:2015/06/03(水) 23:10:34 ID:IvekRI4Q0
投下乙です!

悲惨だけどどこか清涼感のあるこの雰囲気……どいつもこいつも青春してるなあ、
彼ら彼女らはALL DEAD ENDを越えて、HAPPY ENDに到達できるのだろうか

505名無しさん:2015/06/03(水) 23:24:41 ID:YIiOrq/.0
投下乙です。

ではこの物語のENDとは、如何に。
その答えを心待ちにしています。

506名無しさん:2015/06/04(木) 01:22:05 ID:kZhSO5fI0
投下乙

ユッキーの想いはユノに届くだろうか
そして明かされるエヴァの存在
不穏だぜ

507名無しさん:2015/06/04(木) 04:11:35 ID:kF4.Be6k0
投下乙
色々感想あったはずなのに最後に持ってかれた
すげえな、これ
単にエヴァ出す、巨大ロボ出すくらいならどこでもある話なんだけど
エヴァという符号がぴたりと全てに当てはまるというか
神だとか綾波だとかもあるんだけどそういうの抜きにしても、由乃だけでも完結するくらいにぴたりときてすげえってなった
あれは確かに魂保存できますよって言ってるようなものだし、由乃に親のこと持ってくるとは
うわーってなった

508名無しさん:2015/06/06(土) 15:33:51 ID:BOIx2i.Y0
投下乙です

久々にキター

509名無しさん:2015/07/15(水) 00:09:03 ID:z7qWgsAc0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
104話(+1) 15/51(-0) 29.4(-0.0)

510名無しさん:2015/09/15(火) 07:29:27 ID:tVQax1nc0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
104話(+0) 15/51(-0) 29.4(-0.0)

511名無しさん:2015/10/07(水) 20:24:07 ID:WB352f1Y0
その頃誰かがATフィールドの外側から中を双眼鏡で見ていたり…しないか。

512 ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:13:42 ID:lhrTcDrE0
ゲリラ投下します。

513スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:17:13 ID:lhrTcDrE0
―――それは、ちいさなころの、くだらないやくそく。ちいさなころの、ちいさなおもいで。


どうしようもなく空っぽでも、鼻で笑われるような下らない代物でも、この島では何の役にも立たないガラクタでも。
きっと、きっと己の信念に従い、正しいと感じた行動を取った先にあるものなら、嘘だって、中身がなくたって、自分にとっては本物になるはずだ。
罪も罰も、悪も善も無いこの大地の上で、踠いて、足掻いて、転んで、間違って、誰かを殺して、何かを失って。喪って、うしなって。
それでも、それだけは残る。
だってどれだけ意味がなくても、それは確かに私の始まりで、本物で。全部が終わるまで、絶対に手離さないから。
手離せば、その瞬間私は私じゃなくなってしまう。生きる理由を失くしてしまう。
だから私が私である限り、それは絶対に消さない。消させない。
そういったものは多分、誰しも一つは心の奥に持っていて、それを守る為に誰も彼もが剣を手に取り、戦うのだ。
その形は百人いれば百人が違う事だろう。色も違って、光り方も違うのだろう。大なり小なりもあるのだろう。
けれどそれをきっと……“正義”と、そう呼ぶのだ。

だからどんなに醜くても、笑われても、滑稽でも。

喩えそれが腐ってたって、間違ってたって―――――――――――――――――――――これは、正義の物語。







最初は、ただ、言い訳が欲しかった。







何もない日常、当たり障りのない生活。模範的な行動、目立ったことは何もしない。変化なんてありはしない。
当たり前の平穏、当たり前の日々。それ以上も以下もない、とことん中庸な生き方。
ただ少しだけ、ほんの少しだけ他人より機械に対して興味があっただけ。
それが私、初春飾利です。
思えば、普通である事への疑問なんてこれっぽっちも持った事はなかったように思います。
何故って、自分がレベル5になれるだなんて考えたことすらなかったですし、そんな才能が自分にない事は理解していましたから。
それに何なら、このままなんとなく生きていければ良いとすら思っていたくらいなんです。
それなりの生活、それなりの身丈。それなりの友達、それなりの学力。
なんの起伏もない、映画のワンシーンで交差点を歩くモブキャラクターの様な、よくある人生。大多数の人間が歩むドラマの無い普通の道。
それが普通に生きてきて、これからも同じ様に普通に生きていくであろう自分に合った人生だと思っていました。

でもそんなある日、ふと思ったんです。

514スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:19:17 ID:lhrTcDrE0

そんな生き方しか出来ない自分、自身のない自分、能力もない自分。でも、それって自分に甘えているだけなんじゃないかって。
それだけしか、出来ないって決めつけていただけなんじゃあないかって。
えっ? どうして、かって? そうですねえ……。可能性という言葉を、私も少しだけ信じてみたくなったんです。

“私は、少しでも変わろうと努力したことはありますか?”

私は自分の中の自分に問いました。彼女はかぶりを振ります。答えはNoというわけです。
……でも、それは本当に悪い事なんでしょうか。目立たずひっそりと、深海に漂う目の退化してしまった魚の様に、
ただ流れの止まった潮の中で餌だけを食べて平凡に生きたいと思う事の、一体何が悪いと言うのでしょう。
それでいいじゃないですか。違いますか? 彼女はそう言うと、眉を下げて悲しく笑いました。

“だけど、それは正しい生き方ですか? 綺麗な海を泳ぎたいと望む事が、悪い事?”

私は、そんな私に問いかけます。彼女は少し考えましたが、俯いてかぶりを振ります。その答えもNoでした。
嗚呼、と私は胸の中で失笑しながら座ります。分かってしまったからです。
つまるところ結局の話、怖かっただけじゃないか、と。
何もない静かな深海から、或いは平和な瀞から、敵も多く、努力して餌を取り環境と格闘する様な意識と覚悟が、私にはどうしようもなく欠けていたのです。
私は続けて問いました。“その覚悟が無いのは、貴女が全部、悪いのですか?”
彼女は答えます。“違いますよ。悪いのは……私じゃ……ない、です”

―――私じゃない。

こんな自分になったのは私のせいじゃない。私は悪くない。私はそう言ったようです。
“でも、じゃあ誰のせい?”
私は自分の中で蠢く溝色のなにかに訊きました。
“先生? 環境? 社会?”
違います。
“学校? 両親? 超能力?”
どれもいまいちしっくりきません。
私は、薄々答えを理解していながら、その質問に答えることができなかったのです。環境や、誰かのせいじゃないって、解ってるはずなのに。
ただ、それを考える度に茫漠と心の中を漂っていた暗く重い闇雲が、私の肺の中でぐるぐると巡り、私の気分を逐一害してきました。
だから私はいつもそこで考える事を止めていたのです。
無性に息苦しく重い空気と、鉛の様になってしまった足と、酷い頭痛と得体の知れない吐き気だけが、いつも後に残りました。
一言で言えば、私はきっと不安だったのです。今と、そしてこれからが、ただただ不安だったんです。
けれどその不安に手を伸ばして掴もうともがけばもがくほど、まるでそれは私をからかうかの様にぐにゃりと形を変え、私の指の隙間から溢れていきました。
胸の奥に、言いようのない不安だけがありました。煙、光……或いは水の様に形を持たない、ただ漠然と漂う、未来への得体のしれない不安だけが。

ええ、確かに深海で碌に動かずに漂うのは得も言われぬ心地良さがあります。
でも、ずっとそのまま数年数十年過ぎてしまうかもしれない未来を考えれば考えるほど、心臓が荊で締め付けられるようでした。

暫くして、私はその形容し難い不安を払拭するべく、或いはそう、“言い訳”に出来る何かを求めるように、風紀委員になろうと思いました。
突拍子もない考えかもしれません。でも、超能力の大小や有無を問われない風紀委員は私にとって好都合でした。
風紀委員に入る事で、何かが変わってくれないだろうか。私は自分勝手にも期待しました。
こんなにもとろくって、能力だって碌に無い役立たずな私でも、綺麗な珊瑚礁が浮かぶ水面で、優雅に泳ぐ事ができるのだと。
大地の上に根を張り咲き誇る事ができるのだと、何かに証明して欲しかったのです。

自分なりに答えらしきものを見つけるのは、それから少しだけあと、少しだけ暖かかった冬の日。
銀行強盗と出会った後で、燃える様な茜空の下で約束した、あの瞬間。








あの日あの時あの場所で、私の“せいぎ”は出来たのです。








黄昏が、落ちてゆく。陽が、沈んでゆく。黄金の海原の向こうへ、天蓋の終わりへ、地平線の彼方へ、世界の反対側へ。

515スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:20:40 ID:lhrTcDrE0
まるで落ちる光の残滓に染められた様に、積乱雲の輪郭は藤色にぼんやりと輝いている。
雲達はじっと見ていないとわからないくらいにゆっくりと、重なり合う様にして空を泳いでいた。
その向こう側には、鈍く白銀に光る小さな小さな一番星が見える。
闇が、宙から降りてこようとしていた。日が暮れようとしていた。血濡れた1日が、終わろうとしていた。
森が、廃墟が、街が、海が。暗く、質量のある静寂に沈んでゆく。息を吸うと、胸が詰まりそうだった。
吸い込まれそうなくらい漆黒に染まった影と、深海の様に暗い藍色の闇が満ち、世界は緩やかに夜に抱擁されてゆく。

―――夜が、来る。

少女は静かに、“瞼の裏側で”瞼を閉じる。闇に誘われる様に、黒い何かが二枚目の瞼の裏側で騒いでいた。
それはざわざわと草叢を蟒蛇が進む様な、百足が蠢動する様な、気味の悪い音。
言うなればある種の予感の様なものであり、別の名前を“不安”と言った。

不安は、化け物だ。
人の心を食う邪鬼だ。やがてそれは心から、じわじわと水が岩を浸食してゆく様に、表情と言葉に浮き上がる。
闇は恐怖の権化たり得て、転じて不安となる。そして何よりげに恐ろしきは――――――不安は“伝染”する、という一点に尽きた。
まさに、今の彼女達のように。


「どうしますか」


紫がかった黄昏色に染まったフードコートの中、キッズコーナーのソファにとりあえず逃げてきたものの、荒々しい息と共に浮かぶ一抹の不安。
縦の木ルーバーの入ったテラス席越しの窓ガラスを背に座り込み、誰も彼もがその顔に黒い影を落とし、口を噤む。
そこに水を打つ様に浮かんだ一言が、それだった。
杉浦綾乃はその声がする方を見る。口を開いたのは初春飾利だった。彼女が先ず、立ち込めていたその暗雲を振り払う為にそう切り出したのだ。
……いや、違う。違った。
何故って、それは明確な意思が裏に潜んでいる様な、僅かなしこりを感じさせる様な声色だったのだから。
その言の葉には、棘こそあれど疑問符が無かったのだ。
少なくとも飴玉を転がす様な、なんてメルヘンチックな例えはその声からは想像できないであろう事は、一度聞けば誰にでも理解できる。

「……確認するけど、それは“や”りたくないって意味?」

式波・アスカ・ラングレーは僅かに初春の言葉に口をへの字に曲げたが、やがて肩を竦めながらそう尋ねる。
それらの言葉が言わんとする意味は、ただ黙って聞いていた綾乃にも理解出来た。
詰まる所、問題は一つ。彼女達は明らかな殺意を持って此方を追う“敵”をどうするのか、その意思統一を計っていなかったのだ。
自分達ではあの水の異形には敵わない。だから逃げるか、助けを待つ必要がある。それが三人の共通の結論だった。
しかしそれでも“最悪”と、“これから”は考える必要があるのだ。
“もしも助けが来なかったら”。“もしも見つかったら”。“逃げられない状況で同じ事になったら”。
可能性だけ並べればそれこそ幾らでもあるうえ、仮に誰かが助けに来たとして、敵と戦って“どうするのか”。

とどのつまり、一言で言えば彼女、初春飾利は“敵を殺すのか”と二人に訊いているのだ。

516スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:23:53 ID:lhrTcDrE0
徒らに不安感を煽るだけの質問にも見えるそれは、この状況でするような話ではないのかもしれなかったが、しかし初春は敢えて今、それを質した。
三人が、此処から生きて脱出できない可能性もある。
なればこそ今、凡そ起こりうる全ての未来の枝を考えれば、質す事は何ら間違いではない。彼女はそう考えていたからだ。
いざという時の迷いが致命傷になる事くらいは、さしもの初春も理解していた。
非戦闘要員ではあったが、曲がりなりにも彼女は訓練を一通り受けてきた一端の風紀委員であったのだ。

一拍置いて、綾乃が眉を下げアスカと初春を交互に見た。互いに視線を動かさず、その水晶玉の様な双眸を真っ直ぐに見つめている。
思わず、綾乃はその眼差しに唾を飲んだ。
場を和ませる為の小粋なジョークでも飛ばすかとも思った(罰金バッキンガム!)が、それはどうやら野暮以外の何モノでもなさそうだった。

「さっきは正義だの何だのって話、したけど。殺らなきゃ、殺られる。この島はそういうルールなの」
沈黙に耐えかねた様に、アスカが苦い顔で呟く。
「法が通用する世界じゃないっての」

今度は初春が口をへの字に曲げる番だった。彼女は馬鹿ではない。そんな事は言われるまでもなく理解していた。
先程の放送と、この島での出来事がその答えだからだ。法は無力で、人は脆く、正義は簡単に捻じ曲がる。けれども、それ故に。
そう、理解しているからこそ、初春は反発したかった。

「なら、正義は」

だって、それは。
それは何も無かった自分が、変われたきっかけだったから。

「正義は、何処へ行ってしまうのですか」

初春は芯の通った強い口調で問う。
せいぎ、と綾乃は消え入りそうな声でうわごとの様に繰り返した。
……せいぎ。
もやもやとする頭の中で、その単語を今度は口に出さずに反芻する。
綾乃は眉間に皺を寄せた。自分にそれがあるかと言われれば、答えは否だからだ。
いや、否と断言してしまうと語弊がある。せいぎはきっと、ある。そう、あるのだ。あるのだろうが……彼女はただ、それを言葉にして発する術を知らなかった。
当然だ。彼女の世界は悪や危険に冒され、暴君に犯される様な非日常など、想像の向こう側の御伽噺だったのだから。

―――劣っている。

それは無論、意識ではなく環境そのものの違いであり綾乃自体に原因はなかったが、しかし彼女は本能的にそう捉えてしまった。
二人の話に口すら挟めない。挟む余地も、意見すらない。語るべき正義が無いのだから。
綾乃は唇を噛む。悔しかった。純粋に、悔しくて堪らなかった。
戦力にもならず、体力もなく、ただただ守られ、嘆いてばかりの弱い自分。
嗚呼、それはなんて……無様なんだろう。

「何処に行くも何も、アンタが言う正義なんてもん、最初っからあるわけないじゃない。ちゃんと答え考えてないでしょ?」

みるみるうちに劣等感に青ざめてゆく綾乃を尻目に、ぴしゃりとそう言い切ったのはアスカだった。彼女は静かに立ち上がり、ぺたりと座り込む初春を見下す。
“見下ろす”、ではない。細く鋭いその眼光は、彼女を哀れむ様に“見下し”ていた。

517スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:25:27 ID:lhrTcDrE0
「アンタの世界の話は聞いた。学園都市の平和を守るジャッジメント、結構な話じゃない。
 でも忘れてないでしょうね。今、この世界は学園都市じゃないのよ。大人どころかアンチスキルとかいう奴等もいない。
 何一つ、誰一人、その正義は守ってくれない。此処には法なんてモン、幾ら穴を掘っても出てこないし、その正義を掲げる組織も無いの。
 なら、アンタの信じる正義はただのままごとかごっこ遊びにしかならないわよって話。だからさっき訊いたの。この島に正義ががあると思うかって」

しん、と静寂が暗がりを支配する。闇を糸状にして、弓形にぴんと張ったような、そんな緊張感が肌をぴりぴりと刺激した。
アスカの科白は紛れもなく正論だった。言葉の一つ一つが、愚者に被さる荊冠の様に初春の肉にじわじわと食い込んでいく。
初春は、堪らず床に視線を落とす。ウォルナットのウッドタイルには、窓越しに背から差す藤色の薄明かりが映り込んでいた。
“ままごと”。そうかもしれない。憧れていただけかもしれない。夢を見ていただけなのかもしれない。
決してなれない正義のヒーローと同じ土俵に上がって気分になって、自惚れていただけなのかもしれない。

【やっぱり、私みたいのじゃ無理なんですかね……私とろくって……。
 でも、ジャッジメントになればそんな私でも変われるんじゃないかって志願したんですけど、訓練に全然ついていけなくって・・・】

―――ねぇ。昔の私。あの日から、私は何か一つでも、変われたのでしょうか?

「私だって、これでも元の世界ではちょっとした組織の人間で、勿論それなりにルールだってあるけど、ここではただの一般人なワケだし。
 ……兎に角、私はアンタ達を守る。でもそれは任せられたからだし借りがあるからで、あくまで目的の“ついで”なの。
 足手纏いが喚く我儘にまで律儀に付き合ってられないワケ」

突き放すように、或いは道端に唾を吐くように。何れにせよ、凡そ好意的な音が込められていない科白を、アスカが叩き付ける。
無言。
5秒間の無言が続いた。居心地の悪い、嫌な無言だった。初春は僅かに狼狽えた様に一度目を滑らせたが、やがて数拍置いてゆっくりと口を開く。

「……思いを貫き通す意思があるなら、結果は後から付いてくる。私の親友はそう教えてくれました」

「結果?」だが、その言葉をアスカは鼻で笑う。日和見も程々にしろとでも言いたげな視線が、少女の胸に突き刺さる。「結果がなァに?」

ドン、とガラス壁が振動で震える。アスカの左足が、初春の顔面を掠めてガラス壁を打ちつけていた。
そのまま足を下ろさず、アスカは左肘を膝に擡げる。それでも初春は目を逸らさなかった。

「アンタ馬鹿ァ? 甘ったれてんじゃ無いっての。思いを貫いて無様に死んでりゃあ、世話ないでしょーが。
 結果が後からついてくる? えーえーそうでしょうねぇ、安全な世界では。でも、此処は違う。結果じゃないの。過程よ、大事なのは。
 最終的な状況を憂う様な悠長な暇はないのよ。今、この状況で判断を誤らない事。大事なのはそれだけ。ねぇ、アンタだって散々見てきたでしょ?
 そうやって死んだんでしょーが、チナツも、ミコトも、七光りも!! 全員、全ッ員!
 その“ついてきた結果”が、今のこのしょーーーもない状況なんでしょ!?」

ローファーをガラスに押し当てたまま、アスカは体をくの字に曲げて初春の耳元で叫んだ。絞る様な声で、あたりに響かぬ様な小さな声ながらも、鬼のような形相で。

「結果なんてないの! そんなものを待ってる時間も余裕もない!
 過去も、未来も、結果もない! 今しかないのよ!」

アスカは左足を下げると、自分の胸を右手で押し当た。心臓の位置をつかむ様に、ぐしゃりと青い制服を握る。

.....
今しかない。


その言葉を強調するように、或いは何かに耐える様に、苦虫を噛み潰したような表情のまま犬歯をむき出しにして、アスカは言葉を続けた。

518スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:27:36 ID:lhrTcDrE0
「今しかないの! 私には、今、生きている現実しかないの!! それだけしかない!!!」
「二人共っ、こんな事してる場合じゃあっ」
「アヤノは黙ってて!」

拙い、と、きっとこの場にいる三人全員が思っていた。
よりによって今、この状況でする様な話ではなかったし、それは百歩譲っても声が拙かった。
隠れんぼの最中、何処の世界の人間が自分達は此処にいるのだと叫んで回るものか。
何より人間関係的に拙かった。こんな特殊な状況下で意見を違えれば、待っているのは崩壊以外にありはしない。それを理解していたからだ。
けれども、止まらない。止められない。
ふつふつと湧く鍋の蓋が水蒸気で押し上げられる様に、溢れてしまった黒い感情は、中学生のちっぽけな体躯には収まりきるはずがない。
少女達は、その穢い泥を外に出す以外に、この荒れ狂う濁流にも似た激情を治める術を知らなかったのだ。

「私だって……!」

数拍置いて、小さく震える声で、けれどもはっきりとした意志を持って少女が感情をぶち撒けた。初春飾利だった。

「私だって、今しかないです!」

がばりと立ち上がり、初春は肩で息をするアスカに掴みかかる。胸倉を掴まれたアスカの眉間に、びきりと青筋が浮かぶのを、初春は朧気な星明かりの下でも見逃さなかった。
怖い。
初春はアスカの鷹のように鋭い眼光を見て、素直に先ずそう思った。
全身を恐怖が電流のように駆け巡る。ばちばちと脳天から爪先まで緊張が走り抜け、全身からはどっと汗が噴き出した。
怖い。怖くて堪らない。今すぐ逃げ出してしまいたい。投げ出してしまいたい。
認めてしまえばいいじゃないか、正義なんか下らないって。何の為に、こんな事。
だってそうでしょ。実際、全部式波さんの言う通り。何も間違ってなんかない。此処にはもう、学園都市も風紀委員も警備員も存在しない。
だったら、そんな肩書きなんて形見みたく後生大事に懐に取っておかなくても、全部吐き出して楽になってしまえばいいじゃないか。

【確かに、全員が誰かを救けることができる、ヒーローじゃないけどさ】

だけど、だけど、だけど。

【それでも、初春さんが思っているよりも、人間は強いし、優しいのよ】

約束したんだ、目標にしたんだ。教えてもらったんだ。救ってもらったんだ。救いたいんだ。
だったら言わなきゃ、動かなきゃ、ぶつからなきゃ――――――――私の想いを、貫く為に。

「でも、だからこそ、そんな今を正義として生きたいと思う心は、悪じゃないんじゃないですか!?
 ただ今を、未来も結果も過去も……吉川さんや、御坂さんを忘れて生きるだなんて悲し過ぎるじゃないですか!」
「冗談! その二人はアンタがその手で殺したんでしょうが!! 私だって殺されかけたのよ!?」
「だから!! だからそれを忘れない様にする為にも、ちゃんと私は正義を貫きたいんです! それが私の償いなんです!!」
「二言目には正義正義正義! バッカじゃないの!? だいいち、償いですって!? くッだらない!!
 いーい!? 死んだ奴に出来る事なんてね、何にもないのよ!! 何もしてあげられないの!!
 全部、ただの自己満足にしかならない!!
 償いや正義云々よりも、まずは泥を啜って地べた這いずり回って誰かを殺してでも生きてみなさいよ!!!」
「やめてッ! 今争っても意味無いでしょ!!」

半ベソの綾乃が今にも殴り合いになりそうな二人の間に割って入った。

519スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:31:13 ID:lhrTcDrE0
アスカはそれを邪魔をするなと言わんばかりに、初春ごと横に弾き飛ばす。
派手な音を立てて、綾乃と初春は子供用の椅子と机をなぎ倒しながら、ウッドタイルが貼られた床に転がった。
はらりと初春の頭から花が散ったが、激情に駆られたアスカはそれを歯牙にもかける事なく舌を打つ。
構うものか。青白い星明りに照らされた少女を見て、アスカはそう思った。
この甘い考えを治さないままのコイツと居ると、虫唾が走るし何より私の命が幾つあっても足りない。
今のうちに、少なくとも私が誰かを殺そうとしている時に馬鹿げた横槍を入れてこないくらいには、無理やりにでも考えを改めてもらわないと。

「何が正義よ……」

だから先ずは、それを言う事にした。
正義正義正義。馬鹿の一つ覚えみたく喚き散らす癖に、その成果を一切上げていない阿呆を、理の懐刀で刺して刺して刺し殺す為に。
アスカはつかつかと倒れこみ呻く初春へと近付くと、そのまま彼女の胸倉を掴んで無理やり持ち上げた。げほ、と初春は苦しそうに咳き込む。
アスカは思い切り息を吸った。気に入らなかったのだ。路傍のゴミ屑に縋る馬鹿が。
許せなかったのだ。そんな光を見ることすら無駄だと、決めつける自分が。
嗚呼、或いはただ、そう、ただ納得したかったのかもしれない。

母を守ってくれなかったあの世界に。
子供に全てを背負わせる大人達しかいないあの世界に。
嘘ばかりのあの世界に、誰からも愛されない、あの世界に―――――――――――――――正義なんてものは、最初から無かったんだって。

「正義がなくても地球は廻んのよ!
 箱庭に守られた生温い正義なんて、ここでは要らない! あるとすればそれが力! 今を勝ち残る力が正義なの! 最後に信じられるのはそれだけ! それだけなの!!
 勇気も、優しさも、正義も! そんなもんじゃこれっぽっちも腹は膨れないし、居場所もできないし、
 寂しさは変わらないし、愛してくれないし、幸せになんかなれっこない! そうでしょ!?
 他人の正義なんて、所詮自分が居心地よく過ごすための口実! 違う!?
 此処じゃあ生きる事すら満足にできない! 生きる手段として誰かを殺す必要だって、そりゃあるわよ! 誰だって生きたいの!
 アンタの“せいぎ”はその願いすら裁くワケ!? それでもそうだってんなら文句はないわ!
 でもね、アンタはその覚悟は愚か自覚すらないでしょ!?
 “せいぎ”とやらが全部正しくて、犠牲も出なくって、誰もが納得するハッピーエンドで解決すると思ってる! 私はそれが気に入らない!!」

心が軋む。一言呟く度に、内臓に螺子を打たれる様な感覚。その抉られる様な鋭い痛みを隠す様に、アスカは胸倉を握る手の力を強めた。

「力が足りない馬鹿から無様に死んでくのよ! 誰かを守れずに泣いていく! 後悔も、謝る事もできずに! アンタだってそうだったでしょ!?
 そうならない為にも、アンタ達はただ黙って守られてりゃいいの! 生きてりゃいいの! ねぇ、私の言ってる意味解る? 何か間違ってる!?
 解らないなら自分の胸に訊きなさい! その薄っぺらい正義は、この島で誰か一人でも助けたのかってね!!
 それとも何? アンタのそのご大層な正義が―――“せいぎ”とやらが、大切な大切な“ジャッジメント”が、私が死にそうになった時に身を犠牲にして守ってくれるっての!?
 それともアンタが殺人鬼を甘っちょろいヒロイズムに泥酔して見逃して、今度は私とアヤノが死ねばいいワケ!?
 ……ミコトと、チナツみたいに!!!」

気付いた時には、肩で息をしていた。ぜえぜえと繰り返される荒い息だけが、凍て付いた湖の底の様にしんと静まり返った世界の空気を振動させていた。
アスカは言葉を続ける為に、口を開く。是が非でも続ける必要があった。耐え難い静寂を裂く為に、続けなければならなかった。
続けなければ、心が潰れてしまいそうだった。

「冗談じゃないわ。私は、私が大切なの。他の誰でもない、組織の為でもない、平和ボケした大衆が創り出した“せいぎ”の幻影の為なんかでもない。
 私は、私の為に戦いたいの。ただそれだけ。
 ……ねぇ、アンタのその黴臭くてくッッッだらない正義を守る為に、あと何人殺せば御満足? 教えてみなさいよ。あとどのくらいの死体が必要?
 思い上がるのも大概にしなさいよ“正義の味方【さつじんき】”―――――――――――――――――――――私を、自殺に、巻き込むな!!!」

アスカは突き放すように初春の胸倉から手を離すと、ふらふらと後退った。窓とルーバーに切り取られた星明かりが、尻餅をつく初春に縞模様の影を落とす。
星明かりが届かぬ場所まで逃げるように足を下げると、アスカはからからに乾いた唇を舐め、大きく息を吸った。

520スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:34:43 ID:lhrTcDrE0
捲し立てるように何を言ったのか、ふと思い出そうとしたが、とんと覚えはない。
なぜかと考えれば直ぐに合点がいった。“言った”ではなく、きっと“溢れた”のだ。
プラグから溢れたLCLが外へ漏れ出してしまう様に、体に収まりきらなかった言葉が、行き場を失い喉から零れ落ちたのだ。
アスカは胸に手を当てる。皮膚をばくばくと叩く心臓は、今にも体の内側から飛び出そうだった。
耳をすませば、荒い息と心臓の振動だけが、生ぬるい部屋の中を揺らしていた。
アスカは額の汗を拭うと、ぎょっとする。袖がびっしょりと濡れてしまうくらい汗をかいていた事にすら、全く気づかなかったからだ。
……どっと疲れた感覚だけが、嫌にあった。
酷く頭が痛く、鉛の様に全身は重く、足と手は関節が錆びついてしまった様に動かなかった。
機能停止したエヴァンゲリオンの如く、ただただ暗がりにぼうっと立ち尽くす。

どくん、どくん、と、胸の芯で鳴る鐘の音が鼓膜の内側を揺らしていた。

アスカは放心して隅に座る綾乃と、窓辺にぺたりと座る初春を交互に見る。
誰も彼も視線は決して交わる事はなく、少女達の双眸は暗闇の中空を意味も無く泳いでいた。
アスカは思わず、舌を打って目を細める。
目前の女のそれは心底琴線に触れる表情だと思ったが―――瞬間、アスカははっとして細めた目を見開いた。
少女の紅色の頬に何かが伝っていたからだ。
……いいや、頬を伝うものに何かも使徒もネルフもありはしない。

涙だ。
涙だった。
それは、星芒を写してきらきらと眩く輝く涙だった。

初春飾利は、嗚咽も漏らさず気丈に振舞いながらも、泣いていたのだ。
それに気付いた瞬間、鉛のように重かったアスカの全身から、重量が、力がどっと抜けていく。
そう。そうだ。当たり前の事だった。
彼女みたく地味めで少女趣味の、優しく可愛くてムカつく性格の真人間が、取っ組み合いは愚か口論すら、余程の事がないとしない筈なのだ。
それをどうして、今になって気付く。

……そんな相手に今、自分は何を言った?

アスカは体をくの字に曲げて、右目を掌で覆う。
莫迦は私の方じゃないか。冷静さも欠いて、自分の想いを無理やり押し付けてしまったのは、他でもない、私。挙句、暴力と感情に任せて酷い事まで吐き捨てた。
唇を噛みぐっと何かに耐える様な初春の表情に、アスカは舌を打つ。阿呆なのは一体どっち。子供なのは一体誰。

「……ゴメン。言い過ぎたわ」

雫を落とす様に、アスカが呟く。仲間割れしている場合ではない。そんな事、百も承知だったはずだった。

「わ、私の方こそ……すみません」

ずずっ、と赤い鼻を啜ると、初春はぺこりと頭を下げた。アスカは頭を掻きながら苦い顔をすると、ぽかんと口を開ける綾乃へ足を進めて、その小さな頭へぽんと手を置く。

「アヤノも……ゴメン」
「あ、へっ!? はっ、はい……」

521スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:37:04 ID:lhrTcDrE0
我に帰ったように驚く綾乃を見て、アスカは溜息を吐きながらどかりと床へ腰を下ろした。綾乃はきょとんとした顔でばつが悪そうな彼女を見る。

「はぁ〜〜〜〜……らしくないなぁ、ほんッと……バカは私だったってワケね……ったく……」

パン、と両頬を掌で叩くと、アスカは大きく息を吐いた。頬はじんじんと、腫れたように痛む。
これをけじめというには些か軽過ぎるのかもしれないが、今はひとまず、それでよしとしよう。

「……取り敢えず、今はこれが“ケジメ”でいい? いつか、この借りはきっと返すから。
 兎に角、私も、アンタらも気持ちを切り替えるわよ。幾ら此処が“鉄の要塞”でも、ね」

初春は、アスカの背後のシャッターを横目で見る。
入り口は鉄のシャッター。そして、バックヤードへの出口にはセキュリティのかかった鉄扉。
そう、今、このフードコートはまさに“鉄の要塞”だった。








時は逆巻き、放送直後。
敵軍から逃げるにあたり、具体的なプランを真っ先に挙げたのが、他ならぬ初春飾利だった。
風紀委員<ジャッジメント>。その仕事柄、あらゆる施設に突入する可能性を持っており、またそれは同時にあらゆる施設の構造に精通していなければならない事を意味している。
でなければ咄嗟の判断などできないし、突入作戦にも幅が出ない。学校、銀行、図書館、地下街、駅。様々な施設での作戦、突入、脱出をシュミレートしたマニュアルはあって当然だったのだ。
そしてそれは、勿論複合商業施設とて例外ではない。剰え、初春飾利は風紀委員では情報処理、作戦、撹乱等サポーターとしての役割を担っていた。
特攻員である白井黒子とは違い、そここそが彼女の守備範囲。
そう。敵味方合わせ、この場で最も体力のない彼女は―――しかし、最もこの場を庭と出来る、戦闘参謀のプロフェッショナルだったのだ。

「まず、動線の分断と、防災センターを制圧しましょう」

なればこそ、それが初春飾利の発した最初の言葉だった。初春は徐にフロアマップを広げると、ぺたりと床にマップを置き、ペンでスラスラと何かを書き足してゆく。

「何を書いているの?」
綾乃が中腰になりながら、怪訝そうに問う。
「後方通路ですよ」
初春はペンを走らせながら、当然の様に答えた。
「……まだ私達そんなとこまで入ってないのになんで分かんのよ。っていうか、防災センターって何?」
アスカが質すと、初春はペンを止め、したり顔を上げる。

「このデパートに入る時、最悪の場合を考えて建物の形状は一通り目視で確認しました。
 それに、警備員室には一回寄ってますし、防犯カメラを潰しに防災センターも寄っています。
 閉ざされてはいましたが、外部搬入口……あ、作業車や、工事業者が入る裏口の場所の事です。それと外部非常階段の位置も把握済みです」

へぇ、とアスカが顎をさすりながら唸った。初春は愛想笑いを浮かべると、しかしすぐに真面目な顔で続ける。

「複合商業施設建築のセオリーで、だいたいこの規模なら搬入口がある方角にバックヤード……後方通路ですね。
 それが階段と搬入エレベーターで、各階縦に動線が通っています。非常階段位置から見ても、多分後方はこんな感じの絵で間違いまりません。
 防災センターっていうのは、簡単に言えば複合商業施設の中枢。
 外部からの受付、電気機器、防災機器、および物流、警備など全てが詰まった部屋の事です。……これは、モール事務所とはまた別になるんですが」

二人が初春の手元を覗き込むと、簡単なスケッチ――お世辞にも上手いとは言えなかったが中学生にしては上出来かも知れない――が完成していた。
初春はペンでその落書きの通路を人差し指でなぞりながら、二人へ施設内部を説明する。

「一般的に、防災センターは搬入口から入ってすぐそば……ここにあります。
 搬入口は地下、ここです。外部駐車場から、搬入車は地下にこう、迂回する様なルートで降りていく形です。
 まずはこの防災センターを目指して、この施設の中枢を掌握します。ある程度防災センターで機器を操作したら、これを使います」

初春はそう言うと、スカートのポケットに手を突っ込み、金属音と共にそれを掲げた。落葉の残光に照らされて、それらはきらきらと宝石のように光を反射する。

522スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:40:01 ID:lhrTcDrE0
「……鍵?」
綾乃が小首を傾げて呟く。初春は、はい、と答えた。
「防炎シャッターボックスの鍵と、分電盤の鍵、後方通路カードキー、非常扉の鍵、エレベーターの鍵、その他諸々です。
 全部、さっき監視カメラを潰すついでに拝借したものですよ」
「……アンタ随分手癖悪いわね」

アスカが肩を竦めて、溜息混じりに半ば呆れたように言う。初春は非常事態ですから、と困ったように笑った。

「とにかく、この鍵で各区画の照明やBGMを付けながら、なおかつシャッターをランダムに締めながら……勿論、武器になりそうなものも拝借しつつ進みましょう」
「撹乱作戦?」

綾乃が呟く。初春はこくりと頷くと、マップを四つ折りにして、スカートのポケットに入れた。

「さて、敵もエレベーターを使ってこちらを追うはずです。ここからは話しながら移動しましょう」

アスカは思わずその言葉に目を白黒させた。初春の態度の変わりようもあったが、それ以上に場慣れが過ぎる、と先ず感じた。
言われるがまま頷く綾乃の後ろで、アスカは首を僅かに捻る。違和感、という単語で片付けてしまうとあまりに短絡的だろうか。
いや、けれどもそれは違和感以外の何モノでもないのだ。これでは、まるで別人か何かのようだ。
使命感、或いは、義務感。そんな何かを彼女の気配から感じ取り、アスカは顔を曇らせる。
それは、戦場で最も足枷になる可能性が高い感情だからだ。

「さっき監視カメラを潰す時、幾つかの区画のシャッターを閉めたり、BGMを付けたりしてきました。
 足音や気配は、これである程度誤魔化すことができます。この建物は、地下1フロア、地上5フロアの計6フロア。今いるのが5階。スプリンクラーが作動したのは1階。
 ここからはまず、あそこの曲がり角の後方通路に入って扉をロック。あの水の化け物には気休めかもですが、ないよりマシです。
 少なくとも、サムターンがロックされた鉄扉は、生身では開けられませんから。
 その後従業員エレベーターを使って、地下まで一気に降りましょう」

そう言いながら先導する初春に続き、綾乃が、そして後方はアスカが固める布陣で、三人は慎重且つ迅速に足を進める。
ドラッグストアを横切り、家電コーナーと寝具コーナーを抜け、本屋を横切って進んで行く。
アスカは二人の背を見ながら、背後を横目で確認する。気配は無い。しかし後を追ってきているならば、二人は同じフロアに居るはずなのは間違い無く、全く油断は出来なかった。
微かにに聞こえるのは階下からのBGM。こちらの足音があちらに聞かれ難いのは構わないが、それは逆も然りだ。いつ、どこから敵が現れてもおかしくはなかった。
アスカは四方に気を配りつつ、綾乃に続いて曲がり角を曲がる。ふと初春の方を見ると、手鏡の反射で曲がり角の先を見てのクリアリング。
ふぅん、とアスカは思わず唸った。
根拠の無い強気では無く、きちんと裏付けがある。どうやらズブの素人、というわけでもなさそうだ。
角を曲がると、後方通路の入り口があった。初春がカードキーを壁の機械にあてがうと、カチャリ、と鉄扉の中から開錠の音。
扉を出ると、直ぐに目的のエレベーターはあった。初春は角から顔を出し周囲を見渡すと、後ろの二人へ掌をひらひらと仰いだ。GO、の合図だ。

「アンタ、一体何? 素人……ってワケじゃ、ないわよね?」

従業員用のエレベーターのボタンを押しながら、アスカは小声で呟く。綾乃もうんうんと頷いていた。初春は小さく笑うと、それほどでも、と呟く。

「一応、これでも警察の真似っこみたいなこと、してましたから。
 私が所属していた風紀委員<ジャッジメント>って、そういう……なんていうか、凶悪犯罪から町の平和を守るような、正義の組織みたいなものだったんです」
「せいぎのそしき」綾乃が唄う様に繰り返す。「なんだか、すごいわね……」

523スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:43:23 ID:lhrTcDrE0
チン、と電子音が鳴る。エレベーターが開くと、三人は足音を立てないよう、慎重に中へと入った。

「私の話はそのくらいにして、敵は幾ら戦闘に長けていても、あくまで一般中学生。
 ここは経験と知識があり、施設全体の空間把握、防災機能を把握できているこっちに分があります。
 なら、兎に角イニシアチブを握り続けておくことが勝利の鍵になるでしょうね」

初春が、エレベーターのボタンの下の鍵穴に小さな鍵を入れながら、呟く。
アスカはアンタ馬鹿ァ? と言わんばかりに、その言葉を鼻で笑った。

「でもそれはあくまで、敵が施設に関して知識がない場合……でしょ?
 あっちの水の化物は喰らったら即アウトなんだから、油断大敵よ。頭のキレる奴がいたら、どうなるかなんて解らないんだから」

アスカが言うと、初春はエレベーターのボタンの下から機器をぞろぞろと取り出しながら、えへへ、と笑って頷く。

「はい。あの二人がデパートなんかでバイト経験があれば同じ事を考えられてしまってアウトですが……何れにせよ、先に防災センターを抑えてしまえばこちらのものです。
 それに、忘れてませんか? こっちにはコレもあるんですよ」

機械になにやら細工をし終わったのか、初春は二人へ振り返り、それを見せた。両手に収まっていたのは、携帯電話が二つ。
ぁ、と間抜けな声が綾乃の口から溢れた。

「そっか、交換日記……!」

綾乃が掌をポンと叩いて、目を丸くする。
そう、彼女らには未来視の力があるのだ。これがある限り、少なくとも絶体絶命の状況に陥る可能性は、がくんと下がる。

「でもあくまで、それはアンタの未来。私と綾乃の予知までは出来ない。頼り過ぎると痛い目みるわよ?
 ……さ、着くわよ」

チン、と鈴の音がエレベーターの中に響く。扉が開くと、そこは地下後方通路。
恐る恐る廊下に顔を出すと、非常口の行灯の緑色の光が朧げに満ちているだけで、殆ど暗闇に近かった。
細い通路、僅かな明かり。ホラーゲーム顔負けな雰囲気に、思わず綾乃は息を飲む。

「……暗い、ですね」
「しーっ。余計な事、喋らないの。カザリ、防災センターとやらにとっとと行くわよ」

恐る恐る呟く綾乃の唇に、アスカは静かに指を当て、か細い声で言った。しかし先頭に立つ初春は、携帯の画面を見て固まったまま動かない。

「カザリ?」

アスカはエレベーターから出ようとしない初春へ怪訝そうに問う。初春は何かに納得するように頷くと、静かに振り返り、携帯の画面を後ろの二人へ見せた。

「……いいえ、やめましょう」

告げられた言葉はここまでの行動を水泡に帰すにも同義なもので、二人は目を白黒させたが、しかし画面に表示された未来を見て、彼女等も納得せざるを得なかった。


『私は防災センターに向かいます。でも、部屋の中にはあの水の怪物が居ました。しかし、周りに彼らの姿は見えません。囮でしょうか』


「……ふんふむ。この段階では死までは予知されてないけど、これは確かに引くのが得策ね」
アスカは腕を組みながら言うと、小さく溜息を吐いて、続けた。
「……地下を抑えれば勝ちとか、偉そーに言ってたのは何処の誰だっけ?」

524スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:46:14 ID:lhrTcDrE0
初春が顔を僅かに曇らせる。まぁまぁ、と綾乃がアスカを宥めた。

「ま、いいわ。作戦は全部水の泡だけど、敵は頭がキレる。私達が先ず此処に向かうって予想してトラップ仕掛けてやがったんだし、
 それが分かっただけでもよしとしようじゃないの。水の化け物の能力に監視や感知も備わっていたら、近付くだけでも拙い。そのくらい警戒しても十分でしょ。
 勿論ブラフかもしれないけれど、能力の全容が明らかにならない以上は流石に冒険出来ない」
「あっちも日記を持っているんじゃ?」

綾乃が手を控えめに挙げながら呟くが、アスカはそれはないわ、と直ぐにかぶりを振る。

「……もし予知能力があれば、こんなに回りくどい方法を取る必要が無い。罠を用意してたって事は、予知の手段が無いって吐露してる様なものよ」
「それ自体が嘘って可能性はないのかしら?」

エレベーターの扉を再び閉めながら、綾乃が訊いた。どうかしらね、とアスカは肩を竦める。

「あり得ない話じゃないけど、メリットが少ないわ。そんな事するくらいなら、今この場所に水の化け物を何匹か送り込めば私達はオシマイなわけだし」
「そ、そうですよね……」

エレベーターの隙間という隙間から、水がこちらに押し寄せ、そのまま溺死。そんな自分を想像して、綾乃は思わず身震いする。

「それにしても、行動が完全に先読みされてたのがほんっと癪に障るわ」
「はい……まさか先回りされているとは思いませんでした」

親指の爪を噛みながら言うアスカに、初春も頷く。掌の上で転がされているようで、少なくとも気分は良くない。

「まぁ、あそこに水の化け物しか居なかったんなら完全ではなく、あくまで確率論での保険だろーけど。こりゃあ多分正面の風除室にも居るわよ。
 下の階から順番に私達を追い詰めてくつもりね……十中八九、入れ知恵したのはあの女狐だわ。
 ああいうタイプはねちっこくて用心深くて超々性格悪いのよねぇ……ああ絶対そうよ、そうに決まってる。
 ……カザリ、さっきのフロアマップ貸して」
「えっ? あ、は、はい」

初春が慌ててスカートのポケットから地図を出すと、アスカはそれを乱暴に開き、地下後方通路を指で追った。

「非常階段、搬入口は防災センター横……なるほど、これで地下からの脱出は封じられたってワケ。それが狙いか、もしくは本当の罠か……。
 とにかく、今は慎重に戻る他ないわ。暫くどっかに篭ってやり過ごすしかないわね、こりゃ。
 対峙しても単純にあの水人形には敵わないし、メールによる助けの手をアテにするしかないかもね」
「助けに来てくれるでしょうか?」

綾乃が心配そうに言う。アスカは諸手を挙げ、さぁ? と肩を竦めた。

「でも、存外お人好しは多いみたいよ? カザリのオトモダチもそうみたいだし。
 ま、いざとなったら私が纏めて守ってやるから、安心しなさい」

そそくさと地図を畳むと、アスカは初春に地図を渡し、続ける。

「時間稼ぎにしかならないけど、籠城して罠を作るなり作戦練るなりするなら、どこが良いと思う? 参謀」
「……参謀?」初春が一拍置いて小首を傾げた。「私の事ですか?」
「アンタしかいないでしょ?」
アスカは当然の様に応えた。そうですよ、と綾乃もそれに同意する。

525スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:49:50 ID:lhrTcDrE0
「私が切り込み隊長」
アスカは自分の鼻の頭を指差して言う。何となく分かるかも、と初春は思った。
「で、アンタが参謀」
続けて、初春を指差して言った。指を刺されて少しだけギクリとしたが、納得といえば納得だ、と初春は思った。
「……」
そうして当然の様に綾乃を指差して……アスカが口籠ってしまうものだから、エレベーターの中は気まずい空気に包まれた。
「……。えーと」
暫く指を指したまま、アスカは眉間に皺を寄せる。
「…………」
「………………マスコット?」
「疑問系!?」

最終的に出た答えに、思わず綾乃もツッコミを入れざるを得なかった。アスカはそんな様子を馬鹿にするように、ふん、と鼻で笑う。

「う、うっさいわね。メイド服着て何言っても、説得力なんかないんだから」
「うぅ……何もいえま戦場ヶ原よ……」
「ぁ、う、ええとぉ……まぁまぁ、それは置いといて……ここからだと、そうですねぇ……」

肩を落としてべそをかく綾乃(と、シュールなギャグ)を愛想笑いでなだめながら、初春はアスカからフロアマップを受け取り、エレベーターの壁に広げた。

「三階のフードコートエリアなら、フロアの端、鰻の寝床みたいな所ですから、敵の侵入方向が入り口に限られます。
 区画性質上、入り口には鉄の防火シャッターもありますし、テナントの厨房には武器もありそうです。
 おまけにそれなりに広く見渡しが良いのでいざという時もやりやすいと思います……うん、日記にもそう出てます。道中は安全みたいですよ」

交換日記を見ながら、初春が言う。アスカは腕を組みながら頷いた。

「決まりね。行くわよ。ところでエレベーター、さっき何か弄ってたけどちゃんと使えるの?」
「独立運転にしましたが使えます。特殊な動かし方しか出来ないので、敵さんは使えないと思いますが」

初春はなにやらボタン操作をしながら答える。
独立運転の事を綾乃が初春に訊くと、搬入用の、内部操作しか受け付けない特殊操作への切り替えです、と初春が説明した。

「二階から階段を使用します。そっちの方が近いので」
「オーケイ」
「了解です」

二階に着き、アスカを先頭に三人は進む。ここまで奇跡的に日記も特に目立った反応をしていない。
順調だ、と初春は思った。否、順調過ぎる。
勿論、防災センターを抑え、施設の照明を落とすなりシャッターを一斉に降ろすなりといった大規模作戦や脱出こそ防がれたものの、
少々上手く行き過ぎではないだろうかとふと考える。
形容できない不気味さを感じながら、初春は日記を見た。未来に何らおかしな部分は無い。全てが予知通り。
でも、本当にこれでいいのだろうか。何か、見落としていやしないだろうか。一抹の不安を抱えながら、初春はアスカの背を見る。
……そろそろ、階段が見えてくる頃だ。



「ねぇ、アンタ達、テレビの中の、怪物と戦う正義のヒーロー、見たことある?」



不意に、アスカが正面を見たまま思い出した様に呟いた。綾乃と初春は小首を傾げ、互いを見る。
意図がつかめないまま、二人は怪訝そうにアスカの横顔を覗いたが、彼女の目は前髪に隠れて二人からは見えなかった。

526スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:52:41 ID:lhrTcDrE0
「そりゃあ、ありますけれど……どうしたんですか、いきなり」

綾乃が目を白黒させながら言う。

「自分がそんな正義のヒーローになったらって、少しでも考えてみた事、ある?」

……巨大なロボに乗って戦う、ヒーローにとかにさ。アスカは綾乃の質問を無視する様に、足を進めながらそう続けた。

「……はい」初春は呟く。「あります」

アスカは足を少しだけ止めたが、背後を振り返る事なく、直ぐにまた足を踏み出した。角を曲がって、階段に差し掛かる。

「正義のヒーローは、街も勝手に壊すし負ける時もあるの。誰かを殺す時だってある。殺人鬼って、責められる時もある。
 でもね、正義のヒーローはそこで止まっちゃいけないの」
「どうしてですか」

初春は間髪入れずに質す。
アスカの酷く寂しそうな背中は、その話がただの“例え話”ではない事を、背後に立つ少女達に教えていた。

「オトナと社会は、そこで止まる奴は卑怯者だって、もっと責めるから」

アスカは目前の階段の先を見上げる様に、立ち止って頭をもたげると、一拍置いて答えた。
右足が1段目に乗る。こつり、とローファーが長尺シートの床を叩いた。

「自分の心も、友達も、感情も。常に何かを、誰かを犠牲にし続けて、正義は正義として、掌をすぐにでも裏返す薄情な何処かの誰かの為に死ぬまで動かなきゃいけないから」

「……正義って、なんなんだろう」
呟いたのは、ずっと沈黙を貫いてきた綾乃だった。
「私、よく分からなくって。自分にそんなもの、あるのかも」

綾乃は力無く笑うと、続ける。

「だから、2人がすごいなって思うの。今まで当たり前の平和しか、知らなかったから。すごい、本当に。私なんか全然ダメ」

「……解らないのよ」アスカは前を見たまま静かに言った。「正義がなんなのかなんて、誰にも解らない。ただ」
「ただ?」
綾乃が神妙な面持ちで問う。アスカは肩を落として笑った。

「きっと皆、口実つけて納得してるだけなのよ。
 結局、私もよくわかってないし。譲れない何かを正当化する為に、正義って名前をつけて納得してるだけ。
 だから、ちっともすごくなんかないわ」

果たしてそうだろうか。綾乃は拳を握りながらそう思った。
正義って、そんなによくわからない、何かの言い訳になるような、ふわっとした代物なのだろうか。
少なくとも、そんな卑怯で便利な言葉ではないと思っていた。芯が通った、一本の鈍く輝く槍のようなものだと思っていた。
でも……なら、“正義”って、一体なんだろう。
私だけ、分からないままだ。そんな事、少しも考えたことなかった。
私の“正義”って、何だろう。
私は、初春さんやアスカさんみたいに、はっきりとした意見を言えるだろうか。
……“正義”って、なんなんだろう。

527スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:55:19 ID:lhrTcDrE0
「正義の反対もまた正義だ、なんて何処の誰が言ったか知らないけどね。
 あんなの、てんで嘘っぱち。だって、だったらなんでもありでしょ?」

アスカが半ば吐き捨てる様に呟いた。
ナンデモアリ、と綾乃は鸚鵡の様に繰り返す。なんでもありよ、とアスカは続けた。

「だって、正義であればなんでも正当化されちゃう事になる。
 ……多分人はね、正義っていう口実があれば幾らでも残酷になれんのよ。戦争も、虐殺だってそう。
 だから多分、こぞってみんな“せいぎ”が好きなの。私はね、本当はアンタらに訊きたいくらいなのよ。知りたいの」

アスカは階段を登りきると、窓の外の空を見た。一面が藍に染まった闇の水面に、白銀の星が瞬いている。


「この空の下に、正義なんて―――――――――――――――――――――本当にあるのかって」


ぽつぽつと、冬の新東京に降る雨の様に、アスカは呟いた。その背中は酷く寂しそうで、綾乃は声を掛けることが出来なかった。
そうして口を間一門に噤む綾乃を尻目に、初春は半ば反射的に口を開く。
しかし彼女に歯向かう為の言葉も、その行方も分からず、当てもなく開いた口を閉じる。
反論すべきという理由もない反骨心だけが、初春の心の中で、水面に浮かぶ葉の如く不安定に揺れていた。

「ねぇ」

そんな気持ちを知ってか知らずか、アスカはそう言って二人へ振り返る。ふわりと天使の輪が浮かぶ栗色の毛が揺れて、煤けた空色のスカートはバルーンを作った。
綾乃と初春は、しかし思わずアスカの面構えを見て息を飲んだ。
疲れ果てた、或いは泣き出しそうな。そんな、指で触れれば崩れかねない曖昧な表情が端正な顔に浮かんでいたからだ。
それは彼女の迷いだったのか、一瞬見せた弱みだったのか。
何れにせよ、その表情は次の瞬間にはいつもの気丈なそれへと変わっていた。
廊下には、窓から漏れた星明かりが菱形に切り取られて差している。
その光はまるで壇上を照らすスポットライトの様に、三人を包み込んでいた。

「それでもアンタ達は、正義になりたい?」

アスカの問いに、二人の少女達は考える。
誰かから恨まれても、石を投げられても、それが正義かどうかも分からなくても、正義を掲げる覚悟が、自分にはあるだろうかと。
小さなことでも、そう、ゴミを拾ったにも拘らず偽善と罵倒され、倒れた自転車を直しただけで犯人ではないのかと勘繰られ。
全く見返りがなく、損しか無くとも正義だと胸を張れるだろうか。
本物に、全てを仇で返されても平気なのだろうか。少しでも、腹が立たない保証なんて、あるのか。
利が目的ではないのだと、“してあげたのに”と、僅かでも思う心は、本当に無いと言い切る事が、果たして出来るだろうか。
出来ないというのなら、それは本当に、真の正義なのか。

「……私、は……」

初春は瞳を閉じる。瞼の裏側は、夜より深い漆黒の闇だった。辺りには、星一つありはしない。

528スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:59:50 ID:lhrTcDrE0
とぐろを巻きながら、思考の海で光が、正義が歪み、闇へ、深淵へと沈んでゆく。光の届かぬ、暗闇へ。空気の尽きた、死の底へ。
待って下さい、と初春は闇海の中で叫んだ。声の代わりに、ごぼごぼと口からあぶくが吹き出す。冷たい水が、容赦無く細い白い四肢から体力を奪ってゆく。
もたつく足をばたつかせ、初春は必死に届けと手を伸ばした。けれども指先の隙間をくぐり抜け、少女を嘲笑うように正義は堕ちてゆく。
待って。初春は叫んだ。声はやはり水に掻き消えて、泡沫の向こう側。
暗闇に飲まれてゆく正義を、濁りきった視界で見届けながら、ただ、思考の海中をゆらゆらと彷徨う。
初春は堪らず身震いをした。得体の知れぬ茫漠とした不安だけが、やはり胸の芯をきりきりと痛め付ける。
怖い。
そうだ。何時だって怖かったのだ。
正義が何処か遠く、自分の手の届かぬ彼方へ、消えてしまうことが。
理由と行先を失って、海原を漂うことが。
風紀委員という舵を、失うことが。
初春はゆっくりと瞼を開く。正義の正体は、きっと、少なくとも綺麗なものなんかじゃあ、ないのだろう。
だけど、それでも見つけ出して、認める必要がある。

……あの日あの時あの場所で、確かに私の中で何かが“せいぎ”になったのだと思う。

でもその先があった。その先の正義だって、本当は“せいぎ”でしかなかいのかもしれない。
なればこそ正義のその先の、何かがきっとあるのだ。そしてそれは、今度は自分自身で掴み取る必要がある。
何かに頼るのではなくて。
何かに、自分を変えてくれると期待するのでもなくて。
誰かの言葉に、約束に、導かれるわけでもなくて。

初春は瞳を静かに開いた。開く視界の先には、窓の外で煌めく、何を祝福するわけでもない、数多の星の海。

「少し、待ってくれませんか」
初春は言った。
「……解らないんです。私はきっと、まだ何も知らない雛鳥だから」

嗚呼、だけど。
だけど何時だって雛は、やがて飛び方を見つけて巣を飛び立つのだ。

「考えなさい。誰かの言葉でも、何かの決まりでもない、アンタのその花が咲いてる平和な頭でね」

“正義”の先の何か、私に、見せてよ。アスカは笑ってそう呟くと、踵を返して前に進みだす。

だから、彼女は気付けなかった。
初春飾利の顔だけでなく、杉浦綾乃の顔に、黒い影が差していたことを。

529スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:02:59 ID:lhrTcDrE0
時は戻り、フードコート。ここで漸く状況は回転し、止まっていた時計は動き出す。

「うわ、つめたっ。……アレ? 水、こんなとこまで溢れてきてるわね」
不意に、綾乃が呟いた。アスカが覗き込むと、その水は鉄のシャッターの向こう側から、隙間を通って滲み出してきているようだった。
「多分、スプリンクラーの水でしょ。……雑巾とか無いの?」

アスカが言った直後、初春の思考を何かが乱した。混線したように、クリアだった思考がノイズと共に濁りだす。
どくん、と心臓が跳ね、嫌な汗が背筋をつうと流れた。頭のなかで、警鐘が鳴る。水。スプリンクラー。……本当に?
スプリンクラーが作動したのは、一階のはずだ。此処は三階。
スプリンクラーから溢れた水が染みてくるなど、ましてやそれが今頃になって流れてくるだなんて、有り得ない。
ならば、どうして? 決まってる。そんなことを出来る人間は、そんなことをする人間は、一人しか、いないじゃないか。
ざざあ、と、ポケットの中からノイズの音。見なくとも、画面の文字は想像できた。デッドエンド。自分達の、死の未来。

「違う!! それは!!」

初春が咄嗟に叫ぶ。え、と間の抜けた声が綾乃の口から漏れた。
辛うじてその真意に気づいたアスカも、叫んだ張本人の初春も、反応が二歩遅かった。




「みぃつけた」




何処からか聞こえた声に、ぞわり、と三者の全身に立つ鳥肌。生暖かい舌で全身を舐められるような不快な感覚が、肌を包む。
瞬間、どう、とフードコートの入り口の方から大きな音がした。いや、音というよりはそれは強い衝撃に近い何かだった。爆音か、或いは重力か。
体の芯まで音が伝わり、びりびりと妙な圧力が肺を押す。空気と、壁と、天井と、床が、何かに恐れるように震撼した。
揺れる世界に身体のバランスを崩され、弾き飛ばされながらも、三人のうちアスカだけは、その状況を確りと双眸で把握していた。
鉄のシャッターを水圧で破壊し尽くしてもなお、緩まることのない出鱈目な速度で水流が部屋に入り込んでおり、
また、砂埃と濁流の嵐の中、廊下に、一人の人間が立っていた事を。
羽織っているフード付きのカナリアイエローの雨合羽は、きっと道中で入手したのだろう。

アスカは目を細める。黄色は幸せの象徴とか言うけれど。残念、こいつだけは例外。何が幸せなものか―――ねえ、死神、御手洗清志。

「―――――――――――――――――――――逃げろッッッ!!!!!」

叫んだのは、アスカだった。
体勢を崩した初春と綾乃が、ここで漸く状況を、奇襲を理解する。
そうしてアスカを、その視線の先の御手洗を、その醜悪な顔を見て、二人は明確な死の予感に戦慄した。

「早く!!!!」

アスカが間髪入れず叫ぶ。
「い、嫌です!!」
真っ先に反論したのは、最もアスカから遠くまで濁流に弾き飛ばされた綾乃だった。アスカは目線だけで周囲の状況を確認し、溜息を吐く。
「意地ぃ張ってる場合じゃないでしょ! 馬鹿ッ!!」
「でもそんなこと見捨てるのと同じです! そんなの出来ない!!」

530スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:11:42 ID:lhrTcDrE0
ばたばたと近づいてくる音に、アスカはうんざりしたように舌を打った。
ふと後ろを見れば、綾乃は直ぐ側まで近づいてきている。アスカは自分の頭にふつふつと熱い血が上るのを感じた。

「近づくな! 的が一箇所に絞られるだけよ! つべこべ言わず逃げなさい馬鹿ッ!」
「でも、でもッ!!」
「でもじゃないわよ!! いいから逃げろっての!」

アスカは側に寄る涙目の綾乃を払いのけると、横目で御手洗を見る。目の前に、水兵が迫っていた。
いつの間に、と、疾い、が重なり、体が一瞬強張る。その隙を見逃すほど、御手洗は生易しくはなかった。
人型をした水兵の蹴りが、アスカの土手っ腹へめり込み、インパクトと共に体を弾き飛ばした。

「誰も逃がさないよ」

綾乃と初春は、思わず口をぽかんと開けた。
アスカが胃の中のものを空中にバラ撒きながら、まるで人形か何かのように数メートル吹き飛び、フードコートの椅子と机をなぎ倒しながら、沈黙する。
一拍置いて、綾乃の黄色い悲鳴が上がる。最悪の状況だ、と初春は思った。

「うるさいな、お前」

御手洗は無表情のまま通路に立ち尽くし、三体の水兵をフードコートの内部へ放つ。無抵抗の綾乃を、その三体は蹂躙せんと跳びかかり―――

「させ、ませんッ!!!!」

―――白煙が、それを阻害した。

「初春さん!?」

綾乃が見ると、初春の手には、赤い大きな円筒と、黒いノズル……消火器が、握られていた。
初春は重そうに抱えていたそれを放り投げると、綾乃の手を取り引っ張る。

「逃げましょう、皆で!!」

初春は叫んだ。二の句を待つこともなく、瞬く間に消火剤はもうもうと辺りを満たし、この場にいる四人の視界を封じていった。
初春は煙のまだ届いていないアスカの元へと駆け寄り、アスカの頬を叩く。アスカは何度か咳き込み血液混じりの唾を吐くと、不快そうな顔をしながら腰を上げた。

「痛ったァ……だから早く逃げろっつったのよ、このっ、馬鹿……」
「式波さん、血が!」

狼狽える綾乃の言葉に、アスカは口元を拭う。血に染まるシャツを見て、舌を打った。内蔵をやられてはいないだろうけど、一撃でこのザマだ。

「大したこと、ないっての……別に腹、痛くないし。口の中切っただけよ」
「でも、血が!」
「煩いッ! アンタらは逃げなさい。さぁ、走って! 早く!!」
「何言ってるんですか!? 皆で逃げるんです!」

531スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:14:35 ID:lhrTcDrE0
震える金切り声で叫んだのは、初春だった。アスカは違和感を感じて、少女の顔を見る。
一番冷静そうな彼女の顔は、しかし冷や汗でぐっしょりと濡れ、双眸は何処か焦点が合わず、紫色の唇はぶるぶると震えていた。
拙いな、とアスカは眼を細めた。同時に、部屋の中をざあざあと雨が降り始める。
いいや、雨ではない。煙にスプリンクラーが発泡したのだ。これでは折角の白煙が晴れるのも時間の問題だな、とアスカは思う。
やれやれ、そろそろ仲間ごっこも潮時か。

「……手負いの私を抱えて逃げるって? 冗談はよしなさいよ。早く逃げなさい。私のことはいいから、早く。
 いい? バラバラに逃げるのよ。生存確率を少しでもあげる為に。後方通路にはいったら二手に別れなさい。外で落ち合うの。携帯があるから大丈夫よね?」
「でもッ!!」
初春が鼻水を垂らしながら泣き叫ぶ。
「走りなさい……このままじゃ、皆仲良くあの世行きよ」
「嫌です!!!!!」
アスカの顔から笑みは消えている。本気で言っているのだ、と綾乃は理解した。
綾乃は背後を振り返る。晴れてゆく煙の向こうに、畝る水の化物と、黄色い悪魔が立っているのが薄っすらと見えた。
「走れッ!!!!!!!」
「嫌だッ!!!!!!!!!」
間髪入れず初春が叫んだ。今にも壊れてしまいそうな、酷く不安定な表情だった。アスカは大きく息を吸う。




「走れえェえぇエェぇぇェェぇえエぇェェェぇぇえェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!!!!!!!!!!!!!!」




天からの一閃、青天の霹靂。
雷が、綾乃と初春の脳天を打った。
その声に二人は肩を、体を、心を震わせる。断末魔の様なそれは最早願望の類ではなく、命令にさえ感じられた。
心、違う。或いは、いのち。その言葉には、命や魂のような何かが篭っていた。
二人は潤む瞼を必死に拭い、踵を返す。従わなければならない。本能でそれを理解したからだ。
まさに、脱兎の如く二人は暗闇へと駆け出す。納得のできないまま、ただただ背後を振り返らず、風のように後方通路へと駆け抜ける。

「そうよ、それでいいの……あんたらまで死なせちゃ、私の立つ瀬が無いっての」

誰もいなくなった部屋に立ち、アスカは天井を仰ぐ。スプリンクラーから溢れる雨を顔に受けながら、アスカは溜息を零した。
同時に、ぱちぱちぱち、と乾いた拍手の音。アスカは咄嗟にキッチンから拝借しておいたナイフを抜いて振り返った。
白い粉塵の向こう側に、ぼんやりと黄色の影。二秒遅れて白煙が晴れ、そいつは姿を現す。

「かっこいいね。正義のヒーローのつもりかな?」

悪魔の様に冷酷な笑みを浮かべながら、御手洗清志はそこに立っていた。

「はっ」
アスカは少年を鼻で笑う。
「笑わせてんじゃないわよ。アンタこそ英国紳士のつもり? その割には餓鬼臭いけど。身分不相応もここまで来るとギャグね」

御手洗はその言葉に、被っていたフードから頭を出し、にかりと嗤う。
紳士。自分には似合わない台詞だ、と思った。身分不相応、か。成程言い得て妙だ。

「僕は外道じゃあないからね。でも残念。お前もあいつらも、此処で死ぬんだぜ。今頃光子がどっちかを追ってるはずさ」

532スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:18:45 ID:lhrTcDrE0
成程それであの女狐が居なかったのか。存外ヤバイかな、こりゃ。
アスカは内心そう思い舌を打ったが、いいや、とすぐに思い直した。
信じる事くらいしてやらなければ失礼だ。それに、こいつを一瞬でのして助けに行けば良いだけなんだから。
ま、それが出来れば苦労はしないんだけど。

「あーら、本当にそうかしらね? あんたみたいなモヤシに私、負ける気しないけど?
 それに、あまりあの子達を舐めない方が良いわよ。“窮鼠猫を噛む”……確か、日本の諺よね?」

アスカは額に脂汗を浮かべながら、不敵に笑った。裏打ちのない口上は、虚勢以外の何物でもない。
勝率は、正直な話、ゼロに限りなく近い。アスカ自身それを理解していた。自分では勝てない。半ばその現実を認めてしまっていたのだ。
勝てない勝負はしない。戦士ならば当たり前の事だ。それを、どうして守らなかったのか。
アスカは苦笑する。不思議な感覚だった。少し前まで、誰かを殺そうとしている自分が、何故こんな下らない事をしているのだろう。
私は、誰の為に戦うんだっけ?
アスカは自分に問う。
誰の、為?

「へぇ。博識なんだ。でも、どれだけ腕っ節に自信があっても無駄だぜ。僕の水兵は無敵だからね」

余裕そうに初焼き肩を竦ませる御手洗に向かって中指を立てながら、アスカは自分を見た。
語弊がある表現だが、鼻息を荒くしている自分の背の向こう側で、冷静に自分を客観視しているもう一人が居たのだ。

「無敵っつー台詞はかませ犬の常套句なのよねぇ」

降り止まぬスプリンクラーの雨に濡れたスカートを絞りながら、アスカは呟く。
御手洗は表情だけで嘲笑った。前髪から、忙しなく水が滴る。

「ほざけよ。直ぐに挑発すら言えなくなる」

腰を低く落とし、アスカは懐からもう一本、ナイフを取り出した。
右に長めのナイフ、左に短いナイフを構え、じりじりと距離を詰めてゆく。ナイフの切っ先を、雫が滑り落ちた。

「つべこべ言わずかかってきなさいよ、クソガキ」
「言われなくともそうしてやるよ、クソアマ」

ぱちん、と御手洗が指を鳴らした。それを合図に五体の水兵が濡れた地面から立ち上がる絶望的な景色を見ながら、アスカは自嘲する。
自分がやった事は、何の事はない、ただの自己犠牲だ。
それを果たして、“守る”と言えるだろうか。自分が死んで、彼女達を逃がす時間稼ぎになったとして、それは、彼女達を守ったのだと、胸を張って心の底から言えるだろうか。
いいや、言えないだろう、とアスカは水兵の初撃を紙一重で避けながら思った。言える筈がない。
チナツにやられた事を、自分はあの二人にしようとしているのだ。この荷を全て無責任にほっぽり出して、あの二人に横から投げつけようとしているのだ。

「どこまで逃げ切れるかな?」

そこまで考えたところで、空気を震わせる生暖かい声に現実へと引き戻される。
はっとした瞬間には、既に目前へ鞭のようにしなりながら迫る水兵の薙ぎ払い。
かろうじてそれをジャンプで躱すと、アスカは中空でナイフを流れる様に投げた。
右手の一本、左手の一本、更に懐から三本。
風を切るように投擲された計五本は、具現した水兵の脇をすり抜け、御手洗の体へと正確に照準を定めていた。


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