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580 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:34:23 ID:M65N6blg0
     ※


「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

葉留佳は、荒い息を吐きながら大の字になって道路に寝転がっていた。

「はぁっ、はぁっ、このはるちんとしたことが、自分の限界を見誤るたぁっ。先が思いやられ

るぜ…っ、はぁっ、しんどっ」

メイドロボなどとい奇跡の技術の産物であるシルファと出会ってしまった葉留佳。
ひとりが淋しかったのもあるが、こんなユメのカタマリと出会ってしまっては、はるちんハー

トがオーバーマンしてしまうのも仕方のないことなのである。

(「アグ○ス!ア○ネス来いよ!神をも恐れぬ者がここに居るぞぉおおお!!」)
(「なんだこのおっぱいはぁああ!ワタシのものを超えているだと、しかもこの柔らかさはな

んだぁあああ…!!」)
(「一家に一台、一家に一台シルシルをぉおお!なんでウチにないのこれぇ!!」)

と、しばらく奇声を発し続けていたが、慣れない地、慣れない状況、そして銃を乱射した疲れ

もあり、ついにはるちんマックスパワーも限界を迎えたのである。

そして、

「うっ、うっ、うぅ…。もうお嫁にいけないのれすぅうう…っ」

件のメイドはすすり泣いていた。
よほど揉みくちゃにされたのだろう。服が少しはだけ、ブラの肩ひもが少し見えていた。

「でもちょっと気持ちよかったでしょ」
「Σっ、ななななななにをいってるれすかぁああっ!!」

ちょっと図星らしかった。

「はぁっ、いひひひひ」

シルファの隣で笑う葉留佳は未だに息を切らしている。
しかも年頃の女子が野外でスカートを履いて大の字になって寝転んでいた。
乱れまくったスカートからはパンツが丸見えだった。
ちなみにストライプである。

「ぅううううう、はるはるはいぢわるなのれす…」
「ひひひ、ごめんねぇ!」

謝りながらも口調は快活で、悪いとは到底思ってなさそうな感じだった。
しかし、汗まみれになりながらも笑う葉留佳の顔はとても楽しそうで…。
それが心を解すキッカケだったのだろうか。

本来人見知りなはずの、
それが転じて、矯正まですることになった気弱な女の子だったはずの、
シルファの心には、もう既に葉留佳を疑ったり怖がったりする気持ちは、とっくに無くなって

いた。

「ひひひ」(←手をワキワキさせている)

嘘でした。
セクハラを怖がる必要は、まだあった。

581 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:36:00 ID:M65N6blg0

「ねぇ、シルシルはこれからどうすんの?」
「え…?」

葉留佳の方を見れば、やっと息が落ち着いたのか、上体を起こして埃を払っていた。

「わたし…れすか?」
「そう。わたしはさ、友だちやお姉ちゃんがいっしょに連れて来られちゃったみたいなんだ。
だから、みんなを探しに行こうと思ってる。シルシルはどう?知ってる人いない?」

いる。
大事な姉と、ご主人様が。
今頃どうしているのだろう。自分は葉留佳に会えたからいいが、怖い人に襲われたりはしてい

ないだろうか…?

そう考えると、凄く怖く思えてきた。

「そっか、いるんだ…」

コク、コクと頷きを返すシルファ。
葉留佳にもこの頃には、落ち着きを取り戻していた。
シルファを守ってあげたいと思うくらいには、珍しく思考もシリアスになっていた。

「ならさ、わたしといっしょに行こうよ!
 ほら、ふたりでいれば寂しくないじゃん!」

「………め、迷惑じゃないれすか…?」
「へ、なんで?」
「れ、れってわたし、こわがりらし、なんにもれきないし…!」

「いやその理屈はおかしい」
「へ、な、なんれ」

「全男子のロマンたるメイドロボが何言っとるかぁあああああ!!!!
 存在そのものが至高!究極!理想!
 そんなありとあらゆるユメが詰まった存在が迷惑?ちゃんちゃらおかしいわああああ!!!」

葉留佳は、目がマジだった。

「ひぃっ!」

シルファは、本気でビビった。

「わたしはシルシルが居てくれるだけでうれしいよ!
 だから、そんな心配しなくていいの!そうと決まれば行くですヨ!荷物荷物!」
「は、はいなのれす!」

そう言って、葉留佳は89式などの荷物を拾い始めた。

(ありがとうございますなのれす、はるはる…)

そうしてシルファも荷物をまとめ始めるのだが、

(あ、箱…)

そう、シルファが葉留佳と出会った時に被っていたダンボール箱が無かった。

シルファは対人恐怖症である。
そのため、引きこもり先としてのダンボールは彼女にとって必需品なのである。

(箱、箱…。あれがないのらめなのれす…、あ…)

少し辺りを見渡すと、ダンボールは少し離れたところに転がっていた。
葉留佳との邂逅イベントのせいで動きまわったため位置が離れ、
その上に相当イタズラされたためにもう既にボコボコになっていた。

(いくらはるはるとはいえ、ちょっとこれはひろいのれす…)

と頭の中でボヤきつつも、大事な大事なダンボールのために歩き出すシルファ。

しかし、

(え、だれれすか?)

シルファのダンボールを新たな人物が拾い上げた。
長い銀髪に赤い瞳、ブレザー・スカートという女学生らしい出で立ちだ。

もう一度言う。現時点で、ダンボールはシルファに取って必需品である。
しかし、現状唯一のダンボールは、自分の苦手な見知らぬ人に拾われてしまった。

(あ、あれがないとわたしはらめなのれすっ!!)

ダンボール。見知らぬ人。葛藤。

(箱…、で、でも…っ!)

見知らぬ人。ダンボール。やはり葛藤。

(知らない人なのれす、でも箱…っ!)

そして。

「そ、その箱はわたしのなのれす、返してくらさい!」

582 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:36:31 ID:M65N6blg0
ここで確認しておこう。
今現在、この島ではバトルロワイアルが行われている。
シルファも、三枝葉留佳も、当の見知らぬ人物も参加者であり、
実感こそ無いものの、シルファも葉留佳もそのことは弁えているつもりだった。

何故、見知らぬ信用できない人物に。
何故、他ならぬ人見知りのシルファが声をかけてしまったのか。

この事態の結末として、シルファとダンボールを拾った人物の目が合った。

そして、闖入者がぼそりと呟くのをシルファは見、聞いた。


「ガードスキル。ハンドソニック」


シルファの箱は、真っ二つになった。
シルファはそれを見た瞬間。悲鳴を上げた。
葉留佳は荷造りを終え、それを聞いた。
シルファが反転し、闖入者も同時に駆け出した。
葉留佳は二人の姿を確認し、やはり悲鳴を上げた。
シルファと葉留佳は逃げ出した。
闖入者はそれを追いかけた。

闖入者の名を、立華奏と言った。
葉留佳とシルファは彼女がHarmonicsという能力による分身であることを、
今はまだ知らない。


――そして時は動き出す――

583 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:37:08 ID:M65N6blg0



――よく、考えてみよう――

音無結弦は、思考の海に沈んでいた。

まず、今までの経験からして俺や戦線のメンバーが死者であることは確実だ。
ほぼ全員に自分の死んだ時の記憶があるし、自分が世界にとどまっている理由――
未練がなんであるかを理解している者も多い。

すなわち、少なくとも俺や、巻き込まれているSSSの連中は「死者」だ。


次に、先ほどの少女のことを考えてみよう。

結論から言って、あの少女は確実に死んでいた。
死後硬直も確認したし、既に血も乾ききっていた。
そう、あんなに大量の血が完全に乾いていた。

俺たち死後の世界の人間は、死んでもしばらくすると生き返る。
死んだ時の身体の損壊度や程度差はあるが、だいたい数十分程度で身体に関しては完治する。
少なくとも、あんなに大量の血が乾くまで生き返らないということはない。

つまり、俺たちの基準で考えてみれば、あの状態はありえない。
そして同時に、あの少女が再び息を吹き返す可能性は、ほぼ無い。

ここまでは先ほども考えた通りだ。


あの天使のような男は俺たち120人に「最後の一人になるまで殺し合いをさせる」と言った。
なら当然、俺たちのような死後の世界の人間も死ねば生き返ることはないのだろう。
これはゲームなのだ。なら、キャラクターの「ステータス」はある程度統一させるはず。
仮に、死後の世界のように「蘇生」がアリなら、あの少女もとっくに蘇ってるはずなのだ。

ここで疑問が生じる。
俺たち死後の世界の住人が、今この場でだけ真に「死に直せる」のはいいとしよう。
だがそうして「死に直した」場合、何処に行くことになるのか。
まさか、そのまま元の死後の世界に行くことはないだろう。
しかし、今度こそ消滅する、というのも素直には頷けない。
死後の世界では、もう死んでるためにこれ以上死に様がないから蘇生するのである。

また逆に、死後の世界の住人が優勝した場合、何処に帰ることになるのだろうか。
元の死後の世界の帰るのか。説得力はあるが、仮定を信じるなら俺は今「生きて」いる。
それで優勝して死後の世界に戻るのなら、それこそ「死に直し」ではないか。
それともまさか、現実で死ぬ前に戻るというのか?それこそナンセンスだろう。

584 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:37:28 ID:M65N6blg0
やはり、この場所について正しく知る必要がある。
死者が住むから「死後の世界」であって、生きている者が住むから「生前の世界」だ。
規格は合わせる必要がある。
ここが「死後の世界」なら、蘇生ができないように「設定」されている。
ここが「生前の世界」なら、俺たちは一時的に生き返らされている。
現時点では後者の線が濃厚だが、前者の可能性もある。


それに、気がかりなこともある。
俺の仲間、つまり死んだ世界戦線のメンバーは、この「蘇生不可」について気付いているのだ

ろうか。
俺は運が良かった。たまたま死後ある程度経過した遺体を見つけることが出来のだから。
さらに、俺自身が生前の経験からそれなりの医学知識があるのも幸いした。

だが、全員がそうは行かないだろう。恐らく、多くの仲間はこのことに気づいていない。
根は良いヤツらなのだから、基本的には大人しくしているだろう。
しかし、「どうせ死んでも生き返る」と思い込み、誰かを殺している者がいるかもしれない。
最悪なのは、「死後の世界」を証明するために自殺するパターンだ。始末が悪すぎる。
「蘇生」情報を元々生きていた人間に吹聴するのもマズい。異常な状況だ、信じてもおかしく

ない。

ただ、この「蘇生不可」は、このゲーム限定だということも考えられる。
元々生きていた人間がこれほどいること、わざわざこんな舞台を用意してること、
手間がかかり過ぎていることを考えると、「蘇生不可」が一時的なものとは思えない。
だが、可能性の一端としてあり得るなら、こう考えるヤツもいるかもしれない。

とにかく、軽弾みな行動はあらゆる意味で危険だ。誰よりも命が軽い俺たちだからこそ。


まずは、なるべく多くの仲間を見つけ、蘇生が不可能なことを伝えなければならない。
特にゆりだ。俺たちの中で最も神を憎悪している彼女が蘇生が不可能なことを知らなければ、
それを保険にかなり無茶なことをしかねない。

次に、このゲームに関する真実を見つけなければならない。
ここは生前の世界なのか。死後の世界なのか。それとももっと別の場所なのか。
今俺たちは生き返っているのか。それ以外の人間は死んだことになっているのか。
死んだことになっているなら、何故死後の世界のように蘇生ができなくなっているのか。
ゲームに優勝したら、本当に帰れるのか。
俺たちのような死後の世界の住人が優勝した場合、「帰る場所」は何処なのか。

より多くの参加者を帰すためにも、正しい情報と信用できる仲間が必要だ。

585 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:38:04 ID:M65N6blg0
こうして思考をまとめ、締めくくろうとした、その時だった。

「ぎゃああああああああっ、いやあああああああああ!!!!」
「ぎゃああああっ、きゃああああああああ、なのれすぅ!!!」

耳を劈くような叫び声が聞こえた。

(悲鳴?女の子が追われてる!?)

即座に音無は意識を現実に戻し、悲鳴の方向を確認する。
見ると予想通り、女の子二人がまた別の女性に追いかけられていた。
しかも…

(追っている方…あれは奏!?いや、目が赤い…ハーモニクスか!!)

SSSのメンバーでこそないが、同じ死後の世界の住人である天使・立華奏。
彼女には「Angel Player」というPCソフトを用いて「ガードスキル」という、
魔法にも似た特殊技能を使うことができた。

その中のひとつ、「ハーモニクス」。
これは使用者である奏と瓜二つの分身を作り出すことのできる能力だが、実用化には至らない

未調整のスキルである。
特殊状況下で発動すると、本人にも制御不能な暴走状態の分身体が発生する。

(でも何で…。ハーモニクスは十秒経つと自動でアブソーブが発動するはず…)

「ハーモニクス」と対になるガードスキルが「アブソーブ」である。
「アブソーブ」には「ハーモニクス」で発生した分身を吸収・消滅させる効果がある。
しかしこちらも未調整で、「ハーモニクス」発動の10秒後に自動で発動するようになっている

はずなのだ。
しかし、今もあのハーモニクスは動き続けている。オリジナルの奏の姿も見えない。

(奏に何かがあったのか?いや、それよりも…!)

かなり長い距離を走ってきたのか、既に追われている二人には疲れが見えていた。
特に、先導の少し後ろを走る金髪の少女。
こちらは足元も覚束無くなっているようで、今にも転びそうだ。


助けに行かなくてはならない。

過去に。
自分に。
そう、誓った。

(よし、行くぞ。いつかのようには行かないぜ、分身!!)

586 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:38:25 ID:M65N6blg0



「ぎゃああああああああ、はぁ、はぁ、はぁっ!!」

なんだろう、今日はよく息を切らせる日だ。
やっぱり本当なんだ、バトルロワイアルって。
こんなことならさっきあんなにはっちゃけなければ良かったかも。
いや、でもアレは浪漫の塊…これで騒がないとは漢じゃねぇっ!!
…ともかく。

わたしたちは追われていた。

「きゃあああああ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、もう、らめなのれすぅっ!」

シルファにも限界が近付いているようだった。
いくらロボだとは言っても、こんな子が体力がありそうには思えない。
運動慣れしてる自分に付いてくるのはやっぱり辛いだろう。

それにしても。
そう思いながらもシルファの手を引き、ちらりと後ろを振り返る。

「………」

無表情。
恐ろしいほどの無表情だった。
猛スピードでこちらを追っているにも関わらず、汗ひとつかいていない。
追っ手は人形らしい整った顔立ちの女の子で、まるで天使みたいに可愛かった。
しかし、この状況と、彼女の袖から覗かせる剣は、彼女を死神に見せるのに充分だった。

隣を見る。

「はぁっ、はぁっ、はあっ!!」

シルファはもう息も絶え絶えという感じだった。
限界は、近い。

(あっちゃー…。
 これは逃げ出しちゃったのがまずかったんデスかね?
 うわぁああああ、あの子全く止まる気無いよぉおおおおお)

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

シルファはもうじき限界だ。
かく言う自分も、長くはもたない。

(フフン、こういう時こそだね!
 はるちぃぃぃぃぃん、マァァアアアアックスパゥワァアアアア!!)

「シルシル!」
「はぁっ、はいなのれす!」
「わたしが合図するから、1、2の、3で止まるよ!」
「えぇっ!本気れすかっ!?」
「いや、はるちんとしたことが…。コレがあるのを忘れてマシタよ!」

そうして目配せしたところには、89式5.56mm小銃。
日本の豊和工業が開発し、陸上自衛隊なので採用されているアサルトライフルである。
先ほどハイテンションで乱射しまくっていたが、かなり強力な部類に入る火器である。

587 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:38:51 ID:M65N6blg0
「なるほろ…。えっ、れも、撃つんれすか!?」
「大丈夫大丈夫!さっきいっぱい撃ったし、当たらないようにはするって!」

つまりは威嚇射撃である。
合図と同時に停止と反転。
その際に、後ろの少女に向かって威嚇射撃することで停止を促す。

未だシルファは不安そうな顔をしているが、自分も彼女ももう余裕なんて無い。
目配せをしてやると、ようやくシルファも覚悟を固めたようで、頷いてくれた。

「それじゃ、行きマスヨ!1!」
「2!」

「「3!!」」

合図と同時に全力で慣性に逆らい、真後ろの少女に相対する。
葉留佳は持ち前の運動神経を用いて、重い89式をなんとか構えようとしていた。
が、
しかし。

ガッ!

という鈍い音と共によぎる嫌な予感。
それを振り切るようにシルファがいるはずの隣を見る。
何故か、頭の位置が低い。
それもそのはずである。
だって。

今まさに、シルファは躓いて地面に激突しようとしていた!!!!

「シルシルーーーーーーーーーっ!!!?」
「いやーーーーっ、はるはるーーーっ!!」

そして葉留佳が気を取られた一瞬。

「ガードスキル。ディレイ」

襲撃者は再びぼそりと呪文を呟いた。

「あいらっ!!」

ゴチンとシルファが地面とキスしたのと同時。

「…えっ!?」

襲撃者の姿は消え。

「!?はるはるっ!!」

シルファが倒れている場所とは反対側。
葉留佳の斜め後ろへと潜り込んでいた。

588 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:39:31 ID:M65N6blg0





この分身の奏も、実のところは相当疲れていた。
死後の世界での歴戦の強者、立華奏の写し身だけあって運動のスペックは高かったが、
同時に奏の分身である以上、生物的な限界は存在したのだ。

それでもしつこく二人を追い続けていたのは、二人が逃げ切るのを諦めるのを待ち、
止まる、もしくは振り返ったところをガードスキル「ディレイ」で追い詰めるためだった。
もちろん殺すつもりはない。あくまで分身の目的は殺し合いを助長することにある。
だからこそ、この一瞬のために追いかけっこを続けてきたのだ。

まあ、片方がコケるとは思わなかったが…。
おかげで思ったよりも距離を詰めることができた。
これでこのまま、この女の腕の一本は頂戴しよう―――。

そう思い、ハンドソニックの右腕を振り上げた時だった。

パァン!!!

一発の銃声と共に、右肩に走る痛み。
撃たれたのだと気付く。
続く攻撃があるだろうと予想し、未だ効果を発揮している「ディレイ」を使って退避する。

そうして先ほどの撃たれた角度を考えて乱入者の姿を確認すると…

「っ、――よう」

そこには、自分の見知った顔があった。

589 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:40:26 ID:M65N6blg0





間に合った――!

音無は息を切らしながら、汗ばむ手でコルトパイソンを握り締めていた。

(今回ばかりはSSS様様、だな)

死後の世界で天使と戦い続ける毎日が無ければ、
最低限の動きで、素速く移動する対象に弾を当てることはできなかっただろう。

さらに言えば、音無は奏が習得しているガードスキルはほとんど把握している。
この状況で、ハーモニクスが「ディレイ」を使用することは簡単に予想できた。

「ディレイ」は高速移動のガードスキルである。
発動すると一定時間、短い距離を目にも止まらない速度で移動することができる。
一見戦闘において万能に見えるスキルだが、弱点がある。
それは、点から点への移動しかできないことだ。
いくら高速で動けても、地点Aから地点B、地点Bから地点Cへの断続的な移動である。
スキルが効果を発揮している間この「高速移動」はいくらでも使うことが出来る。
しかし、点から点への断続的なものである以上、移動と移動の間に必ず停止する一瞬が発生す

るのだ。

音無はハーモニクスの「ディレイ」発動を予測し、次にハーモニクスがどこに移動するかを予測したのだ。
少し離れた場所にいる音無には3人の状態が手に取るように見える。
葉留佳の反転、シルファの転倒もしっかりと見届けた。
この状況で狙うとすれば何処か。
普通に考えれば、転んで無力化しているシルファは後回しである。
ならば。
ハーモニクスが「ディレイ」で現れる場所は、シルファの対称になる場所。
葉留佳の斜め後ろしかない。


「っ、――よう」
「………、音無、結弦…」

銃撃から、ディレイで退避したハーモニクスに向け、再び音無がコルトパイソンを構える。

590 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:41:04 ID:M65N6blg0

「俺のことがわかるのか。まあいいや、お前分身だろ?」

ハーモニクスが頷く。

「奏はどうした?なんでアブソーブが発動してない」
「……あの子の今は知らない。
 あの時あなたたちが設定したアブソーブの自動発動ならとっくに解除してるわ」
「…そうかよ…、おいっ!」

音無はハーモニクスとの会話を打ち切り、葉留佳へ声を投げかける。

「ええっ、わたしデスカっ!?」
「ああ!早く撃てる準備をしてくれ!俺よりあんたの89式の方が強い!!それと!」

言われた葉留佳は、慌てて89式をハーモニクスに向かって構え直す。
そう言い、今度は再びハーモニクスに言をかける。

「ディレイは使うんじゃないぞ?
 今お前が誰のところに移動しても、それ以外の誰かが即座にお前を撃てる!」
「…わたしが死ぬのを怖がると思う?」
「思わない!でも!」

そう、暴走したハーモニクスは奏の攻撃性を抽出した存在。しかし。

「お前さっき俺に撃たれた時逃げたよな?
 例え死ぬのが怖くなくたって、自分の身を守る気があるってことだろ!!」
「………」
「もっと言ってやろうか!
 今、お前自身はハーモニクスのスキルが使えない!
 使えればこんな膠着状態を許すはずがないし、お前一人であの二人を追いかけるなんてこと

もしない!」

事実だった。分身のスキルの状態は、常時オリジナルのスキルの状態とシンクロする。
オリジナルの奏がハーモニクスのスキルを使えないことからも当然のことだった。

「さあ、どうするハーモニクス。ここは退いた方がいいんじゃないか?
 味方を増やせない以上、ここで無理に戦っても良いことは無いと思うぞ?」
「…そうね、わかったわ」

591 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:41:40 ID:M65N6blg0
遂に出た退却宣言。音無は、安心しつつも緊張の糸を解かずに銃口を向け続ける。
ハーモニクスはハンドソニックを解除し、少しずつ後退していく。しかし、

「ところで、」

赤い瞳で音無を睨みながら、ハーモニクスは口を開いた。


「わたしがこうしている理由、あなたに見当は付かないかしら?」


「な…にっ!?」
「ガードスキル。ディレイ」

その一言を最後に、ディレイを使ってハーモニクスは姿を消した。
警戒はしたが、本当にハーモニクスはこの場から去ったようだ。

592 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:42:04 ID:M65N6blg0
(ハーモニクスが暴走してる理由だって……?)

ガードスキル「ハーモニクス」は元々未調整のスキルである。
川釣りでの一件から少しは進展したはずだが、あの時の暴走の理由は未調整に加え、

(奏が…攻撃的になっていた。なら今度は…
 奏が…、奏が、殺し合いに乗っている!!?)

まさか、とは思う。
それに、あの時の暴走は奏が自分たちを守ろうとして起こったものだ。
その程度の攻撃性で暴走してしまうのがスキル「ハーモニクス」なのだ。
だがしかし、あの分身は言ったではないか。

(「あの子の"今"は知らない」)

当然だ、あれは立華奏が作り出したハーモニクスなのだ。
オリジナルの奏のことを知らないはずがない。

(ここに来る前には会ってたのか…!!)

ハーモニクスは平気で人を殺す。ここで逃がしたのもマズいとは思ったが、
これは思ったより、マズい相手を逃がしてしまったかもしれない。

「はあっ…」

音無はその場に座り込んだ。頭を抱えたい気分だった。
そこで、葉留佳から声がかかった。

「あ、あのー…」
「ああ、さっきは助かったよ。ありがとう」
「い、イヤイヤ、助かったのはわたしたちの方デスヨ!!」
「いや、あんたの89式が無きゃあそこまで上手く止まってくれなかったかもしれない。
 それよりあんた、土壇場に強いんだな。感心したよ」
「えー、マジですかー、ぶっちゃけ何にも出来てなかったような気がする…
 それに、あの瞬間移動はホントチビリそうになりマシタヨー…」
「ああ…あれか、ディレイだな。………ん?」

そう言えば、さっきまでいっぱいいっぱいだったので気付かなかったが。

(なんで…ここでガードスキルが使えるんだ?)

ガードスキルは死後の世界において、奏がゆりたちの銃火器に対抗するために創ったものであ

る。
つまり、名前の通り自衛の技能なのだ。
しかしゆりたちの銃と同じく、その精製は死後の世界の仕組みを用いて行われたものである。
ガードスキルは、死後の世界でしか使えないもののはずなのだ。

(ここは…死後の世界なのか?)

わからない。それに。

(なんで、あいつは自分自身がハーモニクスを使えなかったんだ?)

分身のスキル状態はオリジナルと同期する。
つまり、分身がハーモニクスを使えないなら奏もハーモニクスを使えないということだが、
それならば、どうやって奏は分身を作ったのか。

(これも、調べる必要がある…!)

課題が増えた。奏に会い、ガードスキル使用の謎を解かなければならない。
それに、奏がゲームに乗っているなら止めなければ。

こうして、音無が決意に溢れている時。



「うぅうううううう………」

「いいかげん、こっちも気にしてくらさいよぉ………」

おでこと鼻が赤くなったメイドロボが涙目になっていた。



 【時間:1日目午後4時30分ごろ】
 【場所:F-6】


 音無結弦
 【持ち物:コルトパイソン(5/6)、予備弾90、水・食料一日分】
 【状況:疲労小】
 【目的:SSSメンバー・奏を探す、ゲームの謎を探る、多くの人を脱出させる】


 三枝葉留佳
 【持ち物:89式5.56mm小銃(20/20)、予備弾倉×6、水・食料一日分】
 【状況:疲労大】
 【目的:佳奈多を探す】

 シルファ
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:疲労大、額に軽度のケガ(?)】
 【目的:貴明、イルファ、はるみを探す】

 harmonics1
 【持ち物:なし】
 【状況:右肩に銃創、出血】

593 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:42:20 ID:M65N6blg0
投下終了です。

594 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:03:24 ID:nOro0Two0
 それは奇妙な『鬼ごっこ』だった。
 迫り来る巨大な犬らしき生物と、その主人と思しき少女。
 正確には犬が一方的に追い回し、少女は御しきれずに引っ張られているだけという風であったが、当の本人、
 サクヤには関係のない話だった。
 怖いと思うより困惑の方が強かった。なぜいきなり追いかけられる羽目になっているのか。
 特に犬に好かれるような性質を持っているわけではないし、そんな匂いも出してはいない……はずだった。
 一旦落ち着かせようにも主人は引っ張り回されていることから相当の力だと窺い知れる。
 つまり、このまま圧し掛かられると腕力に自信のない自分は怪我をしかねない。
 しかしどうする術も持てず、とりあえず逃げ続けているのが今のサクヤだった。

「ヲフ! ヲフヲフ!」
「だ、だからぁ〜! 私のどこがいいのよぉ〜!」
「わーっごめんなさいごめんなさい許してください〜!」

 三者三様、交わることのない言葉を飛ばしながら続く追走劇。
 こんなことをしている場合ではないのに。我が身の至らなさを嘆きながら、サクヤは主である、アムネリネウルカ・クーヤのことを思い出していた。
 若年にしてクンネカムンの皇を務める一方、年相応の少女らしい可憐さを持ち、侍女にしか過ぎないサクヤにも快く接してくれる皇。
 幼いころからの付き合いであるとはいえ、仮にも皇と侍女という立場なのだからと諌めても逆に叱られる始末で、それが悩みの種であり、また嬉しいことだった。
 立場が変わり、年をとってもなお友人であり続けてくれる彼女は、一生を賭してでも仕える意味のある皇だだった。
 身分の垣根を越えて接してくれる彼女であるなら、民族の壁さえ越えてくれるのではないか。
 シャクコポル族の歴史をも塗り替える、新しい時代を切り拓いてくれるのではないか――
 そんな世界を見てみたかった。だから、生きて帰るためにも一刻も早くクーヤと合流しなければならなかったのだが。

「ヲフヲフー!」

 ……目の前の脅威をどうにかする必要があった。
 せめて、エヴェンクルガ族の猛者であるゲンジマルが、自分の祖父さえいてくれれば。
 稀代の英雄と呼ばれ、数々の敵を打ち倒してきた祖父ならば……

「ヲフー!」

595 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:03:51 ID:nOro0Two0
 あんまり呼びたくなかった。
 というより、その孫であるはずの自身がどうにもできないことに情けなさを感じるばかりだった。
 こんなことなら侍女としての仕事だけではなく体力づくりにも励んでおけばよかったと軽く後悔しかけていると、ふらりと木々の陰から一人の人物が姿を現した。
 膝下までかかる長い着物を身に纏い、長髪を頭の上で結い、すっきりとまとめ上げた髪型が印象的な人物だった。
 何よりも目に付いたのは……祖父と同じ、エヴェンクルガ族特有である、鳥の羽を思わせるしなやかな形状の長耳である。
 エヴェンクルガ族が押し並べて戦闘能力が高いとされるのは、この長い耳によって広く空間の音を拾い、的確に相手の位置を掴むからだと言われている。
 加えて民族の特徴である体格の良さと、常に努力を惜しまない向上心が強さを決定付けている。
 要するに、民族的な気質からして真面目であり、武人向きなのだ。
 サクヤ自身が勤勉だという自負があるのも、このエヴェンクルガ族の気質を受け継いでいるからだと思っている。
 もっとも、身体的な部分に関しては血が薄くなってしまっているのか、比べるべくもなかったのだが。
 とにかくこれでこの硬直状態をなんとかすることができそうだと考えたサクヤは、「あ、あの!」と助けを求めた。
 迷いもなく声をかけられたというのは追いかけられていて深く考える暇がなかったということがあったのがひとつ。
 同じエヴェンクルガの血を持つ者として、奥底で安心感を抱いていたというのがひとつだった。
 サクヤの存在に気付いた相手は、一目見て状況を把握したのか、任せろというように向き直る。
 腰に差している木刀の柄に手をかける。恐らくあれで一時的に犬を気絶させるのだろう。
 少々かわいそうだったが、状況が状況だった。
 それをどうにもできない自分に心底情けない気分になりながら、交代しようとして――

「御免」

 小さく、その一言が呟かれた。
 同時、喉に衝撃が走る。エヴェンクルガ族の血は伊達ではないらしく、驚異的な速度と重さを伴った一撃がサクヤの喉を押し潰す。
 攻撃されたのだと分かったのは、悲鳴も上げられずよろりと前のめりに倒れかけたときだった。
 いや、声が出なかったのは声帯が潰されたからに他ならない。どうしよう、これでは主の世話に支障を来してしまうではないか。
 声が出なくなってしまっては、友達としてのお喋りだって……

 場違いな思考を浮かべる間に、今度は背後から。後頭部目掛けて木刀が振り下ろされた。正確には、感じていた。
 頭が揺れ、割られる衝撃だった。痛みは一瞬だけで、その後に見えたのは何もない空白だった。
 そして、そのまま……考えることも、できなくなった。

     *     *     *

「……へ」

 ようやく動きを止めた犬の近くで塚本千紗が感じたのは安心感でも怒りでもなく情けなさでもなく、混乱だった。
 突如として目の前に現れた長身の、さながら武士のようないでたちをした人物が、木刀で殴り殺したのだ。
 人を。先程まで目の前を走っていた人を。まだ名前さえ知らなかった人を。
 なんで? いきなりどうして?
 状況が理解できない。いや、理解したくなかった。
 だって、だって、自分は、ただ……
 ただ? 続きを思い浮かべようとして、それが言い訳であることに気付いたのはすぐだった。
 止めきれてさえいれば。まだ名前も知らなかったあの女性は。変な耳が特徴だったあの女性は死ななかった。
 あまりにも遅過ぎる後悔だった。ごめんなさい、では済まされない、もう取り返しのつかないことをしてしまった。
 殺した。殺した。殺した。いつものようにドジを踏んで、人として最低のことを……

596 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:04:18 ID:nOro0Two0
「ふむ」

 近くにあったデイパックを拾い上げ、女性を殺した、またしてもおかしな耳が特徴的な長身の人物が千紗の方を向く。
 質素なロングコート風の着物と、紐で長髪を結っただけのシンプルな格好。飾らない人だという印象を抱いたのは一瞬で、
 千紗を睨む、その目を見ただけで恐怖に射竦められてしまった。
 間違いなく、肉食動物が獲物に狙いを定めたときの目だった。
 直感する。このままでは、自分も殺されると。あの女性のように、殺されると。
 木刀を持つ殺人者のすぐ傍で頭から血を流して倒れている『遺体』を見た瞬間、それまで抱いていた罪悪感は消し飛んだ。

「あ、あ、あ」

 殺される。あんな風に。入れ替わりに抱いた感情は恐怖で、命がなくなってしまうことに対する恐怖だった。
 それ以外何も考えられなかった。体が震え、立っていることもできなくなり、ぺたんと尻餅をついてしまう。
 足に力が入らない。いや全身に力が入らない。何も、することができない。

「い、いやです、こ、ころ、ころさないで」

 一歩ずつ詰め寄ってくる殺人者に対して、千紗が行った行動は命乞いだった。
 恥も外聞もなく、自分が人を間接的に殺したという罪悪感も押し退けて、命を優先させた。
 道徳や論理など関係なかった。死ぬことは、怖い。ただそれだけの事実を前に、千紗の常識など何の意味もなかった。
 突然、家の中に侵入していた強盗と出くわした気分に近いものがあった。
 なぜ。どうして。そんなことは関係なく、死を喉に突きつけられる。
 日常の中で考えることさえせず、頭の隅に押しやっていた、しかしどこかであるはずの現実を突きつけられる。
 けれどもどうする術も持てず、けれども怖さから逃れたいあまりの命乞いだった。
 本能的に生き延びようとする体が必死に地面を掴み、殺人者から離れようと後退を始める。
 爪が剥がれそうなくらい力を込めて、ずるずると尻を引きずりながら逃げる。

「そうだな」

 それを見ていた殺人者は、千紗から目を逸らし……いや、別の方向を見据え、呼びかけていた。

「後は貴殿に任せる。なあ、クロウ殿」

 えっ、と千紗は思わず釣られて、振り向いてしまっていた。
 すぐ近くにあった木々の間を縫うようにしてやってくるのは大柄の男。
 分厚い鎧を着込み、いかにも筋骨隆々の、短髪の男だった。
 挟まれたと思う以前に、最初からこういうことだったのかという事実が千紗を突き抜けた。
 あの女性の死は突発的なことではない。恐らく、騒ぎを聞きつけたこの二人組は二手に分かれ、挟み撃ちにして殺す準備をしていたのだ。
 既に殺し合いは始まっている。手を組み、効率的に殺そうとする人間がいてもおかしくなかった。
 殺そうとしている。誰も彼も。自分達はたまたま出遅れていたというだけで、だから標的になった。
 それだけのことであり――そして、絶望だった。

597 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:04:43 ID:nOro0Two0
「あ、あ……や、いやあぁぁぁぁっ!」

 今度こそ、恐怖に抗えなかった。涙を流し、髪を振り乱して男を声で拒絶する。

「な、おい……待て、どういうことだ手前ぇ!」
「任せると言ったまでだ。では、某は勤めに戻らねばならぬのでな。失礼する」
「待ちやがれ! っ、クソッ!」

 第一の殺人者の気配は遠ざかったものの、それで危機を脱したわけではなかった。
 今も目の前には自分を殺そうとする、第二の殺人者がいる。
 逃げなきゃ。逃げなきゃ、逃げなきゃ。
 しかし体が動かない。あの太い二の腕は木刀よりも恐ろしいもののように見えていた。
 あの腕で首を掴まれ、絞め殺されたら……少し想像しただけでも怖気が走る。

「あ、あのな、お前さん――」
「ヲフッ! ヲヲー!」

 ずい、と殺そうと踏み込んできた男に立ちはだかるように、先程まで千紗を引っ張りまわしていたはずの犬が飛び込む。
 壁のようになった巨体はそのまま男に倒れ掛かる。突然の攻撃に面食らったのか、対応する間も持てずに男は押し倒される。

「な、おい、コラ!」

 押し退けようとするも想像以上の重さであるらしく容易に動かすことさえできていない。
 その様子を呆然と眺めていた千紗を叱咤するように、犬が振り向き、吼えた。

「え、あ……」

 逃げろ。そう言っているように、千紗には思えた。
 こんな危機を招いてしまった責任を取るように。これ以上犠牲者を出させまいとするように。
 大きく、伸びるような、狼を想起させる野太い鳴き声が森に木霊し、木々を震わせた。

「あ、あ……ああああああっ!」

 そしてそれは、千紗の動かなくなっていた体も動かした。
 ばね仕掛けの玩具のように立ち上がり、一目散に、わき目も振らずに逃げ出す。
 逃げろ、逃げろ! ただそれだけを念じながら、千紗は山の斜面を駆け下りてゆく。
 心のどこかで、あの犬が犠牲になっているであろうことを、予感しながら……
 それでも、死にたくなかった。殺人鬼だらけのこの島で、死にたくなかった。
 走り抜ける千紗の頭に浮かんだのは、実家の塚本印刷の家屋であり、そこで一緒に暮らす家族の姿だった。
 死にたくない。帰りたい。
 殺し合いは、始まっている。
 だったら。ならば、誰も彼もが他人を殺そうとしているこの場所で。
 既に他者を犠牲にしてしまった自分がすることは。
 自分ができる、正しいことは。

 『生きて帰る』

 それだけだった。

     *     *     *

598 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:05:03 ID:nOro0Two0
「……」

 ようやく、自らを下敷きにしていた巨大な犬をどかし、クロウは立ち上がることができた。
 しかし、既に誰の姿もない。不気味に蠢く木々と、シャクコポル族と思われる女性の遺体と、疲れ果てた犬がいるだけである。

「クソッ」

 誤解を解くには、遅過ぎる時間が経過していた。
 どかっと地面にあぐらをかき、座る。その横では犬がハヒー、ハヒーと荒い呼吸を繰り返していた。
 妙に満足そうなのは主人を逃がしきったからなのだろうか。
 クロウとしては腹いせに殺そうなどとは微塵も思わなかったものの、何となく腹が立った。
 何にしろ、この犬のせいで殺人鬼と思われたのだから。

「ったく、責任取れよこの」

 うりうりと乱暴に頭を撫で回してやると、犬は不思議そうに頭を傾けた。
 それはそうだ。クロウ自身は、悲鳴を聞いて駆けつけたに過ぎなかった。
 既に人が殺され、加えてあのトウカがその加害者になっていることは想定外にも程があったが。
 いやそれだけではない。まるで置き土産でも残してゆくように、誤解の種まで撒いていった。
 ただのうっかり者の剣士だと思っていたが、こんな策も弄せるとは思わなかった。
 案外頭が切れるのかもしれないとトウカへの評価を改めながら、さてどうするとクロウは考えた。

 現状、選択肢は三つ。
 ハクオロ皇や上司であるベナウィを探し続けるか。
 トウカに事の真意を聞くために追うか。
 あの少女の誤解をとくか。
 どれも重要なことであるのは間違いのないことだった。
 やれやれと溜息を吐き出しながら、クロウはふと目に付いた女性の死体を見やった。
 運が悪かったとしか言いようのない、シャクコポル族と思わしき女性。
 普段なら、哀れの一言で片付けることもできたのだが――

「……身内の恥は、身内が濯ぐのが筋ってもんだな」

 トウカが殺したこの女性を、放置しておくわけにはいかなかった。
 立ち上がり、幾分早足で遺体の元へと向かう。
 とりあえず、まずクロウがやるべきことは、丁重な埋葬を行うことだった。

599 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:05:23 ID:nOro0Two0



【時間:1日目午後3時ごろ】
【場所:E-5】 

クロウ
【持ち物:不明、ゲンジマル、水・食料一日分】
【状況:健康】 

塚本千紗
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:健康、服だけ割りとボロボロ】

サクヤ
【持ち物:なし】
【状況:死亡】 

トウカ
【持ち物:木刀、サクヤの支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】

600 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:06:07 ID:nOro0Two0
投下終了です。
タイトルは『イキカエル』です

601ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:13:42 ID:Ab4HfgF60

「……これは、駄目かも知れないわね」

豪奢な家具の並ぶ空間に、折原志乃の落胆したような声が響く。

「真っ暗なの……」
「この先は電気が来てねえってことか?」

呼応するように天井を見上げた一ノ瀬ことみが不安気に呟くのへ、木田時紀の声が重なる。
一行が視線を向ける先には、ぽっかりと闇が口を開けていた。

「故障、なのかな……」
「それならまだいいのだけれど……」

春原芽衣が不安気に漏らした言葉に、志乃が眉根を顰める。
4F、図書室。吹き抜けとなっている船首階段を登り切ると、そこは階下からの明かりと
眼前の闇が混じり合う、奇妙に薄暗い空間だった。
図書室といっても本棚の林立するようなものではない。
剥製やきらびやかな小物の並んだ壁際に二竿、三竿の飾り棚が据え付けられ、その硝子張りの中に
優美な装丁の洋書が並べられている程度のものだった。
吹き抜けの最上部である空間は天井こそ高くないものの間取りは広く取られ、瀟洒なテーブルやソファー、
細やかな装飾の施された椅子が数組置いてある、それは一種のサロンとでも呼ぶべき空間である。
志乃の話では図書室の向こうにラウンジが、そしてブリッジのある5Fへと続く階段があるという。
しかしその道に蓋をするように横たわる闇は一行にひどく不吉なものを予感させ、足を止めさせていた。

602ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:14:05 ID:Ab4HfgF60
「……どうするの?」
「ま、まあ、たとえ船が動いたって、こいつがある限りここから逃げられるわけじゃねーし……」

ことみの問いに、時紀が困ったように自らの首に巻かれた枷を撫でる。
その様子を見た芽衣が、じっとりとした視線を時紀に向けてぼそりと呟く。

「怖いんだ」
「うるせえ! そんなわけねえだろ!」
「夫婦漫才なの」
「誰がこんなちんちくりんと夫婦だ!?」
「むー! なんですかその言い方ー!」
「……まあ、冗談はともかくとして」

時紀たちの騒がしいやり取りに苦笑しながら、志乃がしかし、何かを考えるように真剣な眼差しで
眼前の闇を見つめる。

「たとえ照明設備が故障していたとしても、ブリッジの電装系は別の回路を使っているわ。
 様子を見に行く必要はある……だけど、」
「―――誰かが意図的に電気系統を操作、あるいは破壊したのだとしたら」

自らの思考に沈むような、静かな志乃の言葉を引き取ったのは、聞き覚えのない声だった。

603ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:14:42 ID:Ab4HfgF60
「……ッ!?」

一斉に振り返った、四対の視線を一身に受けて立っていたのは、少女である。
長い黒髪に切れ長の瞳。
纏う制服はこの島で最初に見せられた映像の中で殺された、あの少女の着ていたものと同じだと時紀は思う。
そして片手に下げていたのは、

「銃!?」
「やあ、こんにちは」

拳銃とは明らかに一線を画す、物々しいフォルム。
咄嗟に身構えた時紀の前で、少女の上げた手は突撃銃と呼ばれるそれを下げた方とは逆。
挨拶でもするように、空の手を挙げて、小さく振ってみせている。
実際、それは挨拶のつもりらしかった。
毒気を抜かれて沈黙した一行を前に、少女は笑みすら浮かべながら言う。

「君たちも操舵室の様子を見に来たのかね。それはまた奇遇だな」

少女の口から出てきたのは奇妙に時代がかった男言葉だったが、その凛と整った容姿には
その違和感を強い個性と思わせるだけの何かがあった。

「……何だ、あんた」

薄暗い空間にそぐわない朗らかな笑顔を浮かべた少女を前に、時紀はいまだ身構えながら訊ねる。
その刺々しい物言いに、しかし少女は顔色を変えることなく一つ頷くと、口を開く。

「人に名を訊くときは以下略というやつだよ、少年。礼儀というのはいつだって大切だ。
 特にこういった、互いの信頼関係を醸成することが困難な状況下では」

604ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:15:17 ID:Ab4HfgF60
その大仰な言い回しを耳にして、時紀が露骨に舌打ちをしてみせる。

「チッ……嫌味な喋り方だな」
「おや、気に入らないかね」
「先公を思い出すんだよ」

言ってそっぽを向いた時紀の様子を見て、少女の笑みに苦笑が混じる。

「教師は嫌いかね。まあ年功序列を否定するのも若者の特権かな。……あー、」

あからさまに言葉の接ぎ穂を探して自分を見やる少女の視線に、仕方なく時紀が答える。

「ふん……木田だ。木田と、」
「ああ、もういい。木田時紀君だろう」
「な……!?」

名乗りを遮られ、あまつさえフルネームを先に言われた時紀が絶句するのへ、
少女が何でもない顔をして答えてみせる。

「名簿くらいは頭に入っているさ。その中に木田姓は二人。
 君は恵美梨くんという顔ではなからな、ならば時紀君だろうと考えたまでだ」
「……名簿って、百人以上いるんだぞ……?」

出立直後にちらりと見ただけの名簿を思い出しながら呟く時紀を無視して、少女が視線を動かす。

「で、そちらは?」
「……春原、芽衣です」
「芽衣くんか、いい名前だ」

おずおずと答える芽衣に、笑みを明るくして少女がうんうんと頷く。

605ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:15:57 ID:Ab4HfgF60
「おい、そいつにはもういいとか言わねえのか」
「さて、ではそちらの君は?」
「スルーかよ!」
「ひらがなみっつでことみ。呼ぶときはことみちゃん」
「お前も平然と答えるな!」
「一ノ瀬ことみくん、だな。ふむ」
「もういい……」

悄然とする時紀をよそに、少女が最後に志乃へと目を向ける。
だが志乃はどこか怯えたように視線を逸らし、すぐには口を開かない。

「……志乃さん?」
「志乃。……折原志乃女史、で宜しかったかな?」
「……ええ」

心配気に覗き込む芽衣の言葉を拾い上げて訊ねる少女の問いに、志乃が小さく頷く。

「となると、折原明乃さんはご家族か何かかな」
「……」
「どうしたんだよ、志乃さん」
「嫌われてしまったかな」

それきり沈黙する志乃に、少女が一瞬、苦笑する。
しかしすぐに明るい表情を作ると胸を張り、薄暗い空間に染み渡るような声で言葉を紡いだ。

「申し遅れたな。私は来ヶ谷唯湖という。皆、よろしく頼むよ」

唯湖と名乗った少女が、ふむ、よろしく頼む、ともう一度言って、はっはっは、と鷹揚に笑う。
全員に握手すら求めそうな風情だった。

606ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:16:33 ID:Ab4HfgF60

「ときに、あれだな」

警戒も緊張もどこかに放り投げたような声で、唯湖が切り出す。

「自己紹介も済んだところで、すぐにこんなことを言うのも何なのだが、」

楽しそうな笑みを浮かべて、弛緩しきった和やかな空気を醸し出しながら、
その表情に一片の曇りすら滲ませないままに、

「―――君たち、少し危機感に欠けてやしないかね」

手にした突撃銃を、すう、と。
時紀たちに、向けていた。

誰も、何も、反応できなかった。
あまりにも、自然で。
あまりにも、あっさりと。
少女は引き金を、引いていた。

607ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:16:53 ID:Ab4HfgF60

「―――」

木田時紀の世界から一瞬だけ音が消えた。
色も消えた。
そうしてすぐに何もかもが、いっぺんに戻ってきた。

目の前に少女がいた。
手にした小銃からは陽炎が立っていた。
薄暗い空間があった。
鹿の頭の剥製が見えた。
ぱらぱらと埃が降っていた。
弾丸が天井に穴を空けたようだった。

何もかもが戻ってきて、戻ってきたはずで、しかし時紀は、違和感を覚える。
何かが足りない。何が足りない。
考えたら、すぐに分かった。
そうだ。すぐ隣に、存在していたはずのモノが、ない。
存在していたはずのモノ。それって、何だ。
それはひどく唐突で、時紀は、だから、そこに何があったのか思い出せずに、
―――違う。

じわじわと、何かが脳髄の表面を這い回るように、言葉が浮かんでくる。

何が、ではない。
誰が、だ。

あった、ではない。
いた、だ。

そこにいた、誰かは、モノでは、ない。
それは、ヒトだ。

「あ……」

すぐ左隣の、少し動けば肩だってぶつかりそうな距離にいたはずの、
一ノ瀬ことみが、そこにはもう、いなかった。

壁と、床と、時紀の頬に、ぱしゃりと飛んだ何かが、垂れ落ちた。
生温かい、鮮血だった。

「いちの、せ……?」

振り返りたくはなかった。
それでも、不安と想像とが、時紀を振り返らせていた。
そこに、現実があった。

608ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:17:24 ID:Ab4HfgF60

そこに顔はない。
手を伸ばす。
そこに腕はない。
手で触れる。
そこには片足も、腹も胸も、ない。
ぐにゃりと歪む。
そこにあるのは、血と、肉だった。
べちゃりと、手が汚れた。

「……ふむ、これだけの反動があるのか。横薙ぎのつもりが縦一文字だ。
 フルオートで弾切れまではおおよそ二秒。実践はなかなか難しいものだな」

固く冷たい何かに手が触れたとき、背後から落ち着き払った声がした。
それは、一ノ瀬ことみの左半身を、ヒトの残骸に変えた女の、声だった。

「てめ、ぇ……」

振り向けば、少女はにやにやと、ひどく嫌らしい笑みを浮かべて、そこに立っている。
その表情も、纏う空気も、先刻から何一つとして変わっていない。
この笑みを前に、なぜ油断した。なぜ弛緩した。なぜ、そんなことを、自分に許した。
自戒と自責とが、一瞬にして時紀の中に噴き出してくる。
それほどに、唯湖と名乗る少女の目には悪意が満ちていた。
少なくとも、木田時紀には、そう見えた。

609ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:17:50 ID:Ab4HfgF60
「どうした少年。……見ての通り、私の銃は弾切れだ。かかってくるなら今だぞ」

くい、と空いた手で呼び寄せるような仕草。
これ以上ないほどに露骨な挑発に、時紀の中で何かが弾けた。
血を見た興奮の捌け口と、死を見た恐怖からの逃げ道が、そこにあった。

「ざっ、けんな……!」

ぎり、と折れるほどに奥歯を噛みしめると同時、拳を固めて駆け出す。
否、駆け出そうと、した。
耳を劈くような悲鳴が背後で上がったのは、その瞬間だった。

「ぃ……ぃ、いやぁぁぁああああああああぁぁぁぁっっっ!!」
「志乃さん!?」

それは悲鳴というよりは、絶叫に近い。
理性を吹き飛ばし感情を蹂躙して迸る、動物的な咆哮。
人としての箍を明らかに外した叫びに、踏み出そうとした時紀が思わず振り返る。
そこには、果たして人間の尊厳を放棄した、女の姿があった。

「あ、あ、ああああ、ああああっッッ! ああああっ!」
「志乃さん! 志乃さん!? きゃあっ!」

駆け寄った芽衣を、志乃が全身で弾き飛ばす。
喉も裂けよと絶叫しながら、四つ足でずるずると血に濡れた床を這いずる志乃の顔には、
学者の理知も、船長の威厳も、母としての強さも何もない。
涙と涎と鼻水と、切れた唇と噛んだ舌から滲む血と、獣のような吐息だけが溢れ出している。
その瞳は明らかに眼前の光景を映してはいない。
自らの味わった、名状しがたい恐怖の記憶だけを繰り返し網膜に再現しているようだった。

610ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:18:32 ID:Ab4HfgF60
「……こんなときに!」

緊縛され、男の欲望に塗れていた志乃の姿を思い浮かべてなお、時紀はそう口走る。
そう言えてしまうのが男という性の無理解だと気づけぬまま舌打ちした時紀に答えるように、
来ヶ谷唯湖の声がした。

「その通り。目の前の敵に猶予を与えてはいけないぞ」

はっとした時紀の眼前で、呆れたように肩をすくめた唯湖が一動作で空のマガジンを落とし、
袖口から滑り出させた予備弾倉を、流れるように叩き込む。
息を飲むような手捌きに、時紀が気づいたときにはもう、銃口がぴたりと向けられていた。

「現実感が持てないのは昨今の若者の特徴らしいが……この場ではあまり得策とは言えんな。
 ……こうして、何もできないまま死ぬことになる」

その言い方が気に入らなかった。
その視線が気に入らなかった。
耳障りな志乃の絶叫が気に入らなかった。
必死に宥めているらしい芽衣の涙声が気に入らなかった。
背後の暗闇と階下の明かりのコントラストが気に入らなかった。
銃口と、その向こうの弾丸は目に入らなかった。
苛立ちと興奮と混乱とが、恐怖を凌駕した。

「―――クソッタレがっ!!」

志乃の絶叫を塗り潰すように吠えると同時、手にしていたものを投げる。
それが何であるのか、何故そんなものを握っていたのか、時紀自身にも分からない。
分からないから意識もせず、意識しないから牽制もなく躊躇もなく予備動作もなく、
ただ、全力で、それを投げた。

611ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:19:08 ID:Ab4HfgF60

「……ッ!?」

瞬間、来ヶ谷唯湖の顔から笑みが消え、瞳に鋭い光が宿る。
引き金を引く間もなく飛来するそれを、手にした小銃の銃底で本能的に叩き落とそうとするのが
時紀には見えた。
軽く小さく、硬い音がした。
硝子の割れる音だった。
同時に、おそろしいほどの異臭が、辺りを包み込んでいた。

「ぐっ……!?」
「なに、これ……アンモニア!?」

鼻の奥に突き刺すような痛みが走り、目を開けていられないほどの臭気が、
時紀の投げたものから、解き放たれていた。
それは、小さな瓶だった。
一ノ瀬ことみの持っていたはずの、アンモニア水の入った、硝子瓶。
生温かい肉の中で触れた、固い手触り。
時紀の無意識に握っていた、手札だった。

「……! ……ッ! ……ッッ!!」

涙に霞む視界の向こうで、頭からアンモニア水を浴びたらしい来ヶ谷唯湖が床にのたうつのが見えた。
怒りのままに駆け寄ろうとして、滅茶苦茶に暴れる銃口が四方へと向けられるのを目にした時紀が
芽衣の方へと叫ぶ。

「今だ! 逃げるぞ!」

慌てて頷く芽衣に首肯を返すと、いまだに絶叫を上げる志乃を無理矢理に抱えるようにして、
時紀が大階段へと走り出す。

「おいッ! 暴れんな!」
「志乃さん! 落ち着いて!」

何度も転がり落ちそうになりながら階段を駆け下りる時紀たちの頭上から、ひどく嗄れた声が響く。

「……やってくれたな! だがすぐに追いつくぞ! 次があるとは思わんことだ、少年!」

咳き込みながら紡がれる呪詛の声音に追い立てられるように、時紀たちは吹き抜けの大階段を降りていく。


***

612ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:19:34 ID:Ab4HfgF60

「クソ……ッ! なんなんだ、あいつは!」
「いや……やあああ! ああああ! あああああ!」
「いい加減にしろよ!」
「木田さん! そういう言い方って!」
「じゃあどうしろってんだ!」

大階段を降りきった、2F船首ロビー。
狭い廊下へと走り出そうとしたところで、志乃が再び暴れ出していた。
両手両足、爪に歯、全体重を使って抵抗する志乃に、思わず時紀が手を離す。
途端、弱々しい悲鳴を漏らしながら志乃がずるずるとカーペットの上を這いずっていく。

「チッ……! こう大声出されてちゃ隠れるにも逃げるにも……!」

その様子を忌々しげに見やって、一度だけ頭上を見上げると時紀が唾を吐き棄てる。

「木田さん……!」
「だってそうだろ!? いっそ、こいつの方が撃たれてりゃ……!」
「……っ!」

ぺちん、と。
小さな音がして、時紀の頬に熱い感触が走った。
春原芽衣の平手が、時紀の言葉を遮っていた。

「てめえ、何しやが―――」

反射的に怒鳴り返そうとして、言葉に詰まる。
目の前にあるのは、ひどく小さな、顔だった。
瞳に涙をいっぱいにためて、それでも嗚咽を漏らすことなく、ただ喉の奥で必死に何かを堪えるような、
そういう、泣き顔だった。

613ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:19:58 ID:Ab4HfgF60
「……」

そんな顔を、ずっと昔に、見たような気がした。
ずっと昔から、すぐ近くで、見ていたような、気がした。

「……だから、ガキは嫌なんだ」

ぼそりと漏れた声を補うように、大きく息を吸って、もう一度吐き出す。
深い、溜息だった。
小さく首を振って、まだ熱い頬を撫でる。

「……おい、ちんちくりん」
「……」

芽衣は答えない。
ふるふると、今にも溢れそうな涙を堪えるように時紀を見上げている。
構わずに、続ける。

「いつまでもむくれてんじゃねえ。……おまえ、ご大層な銃持ってたろ、それ寄越せ」
「え……?」
「こいつだよ、ほら」
「ちょ、ちょっと……」

芽衣が呆気にとられている内に、手にした玩具の杖を取り上げる。
先端には、実弾の込められた拳銃が括りつけられている。

614ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:20:32 ID:Ab4HfgF60
「いいか、乗船口はこの先だ、とにかく走れ」
「木田、さん……?」
「これ以上のお守りはゴメンだ、って言ってんだ。……志乃さんはお前に任せたぜ」

そう言って玩具の杖から紐を解き始める時紀を驚いたように見つめる芽衣が、
ようやくその言葉の意味を理解して大きな声を上げる。

「どうして!? 木田さんは一緒に行かないんですか!?」
「アホか」

紐の結び目に苦労しながら、時紀が素っ気無く返す。

「ガキにはわかんねーかも知れねえが、相手はあんなゴツいもん持ってんだぞ。
 船から出たところで後ろから狙われたらまとめてお陀仏だ。……っと、これでよし」
「だけど、木田さん!」
「こいつはどうする? 持ってくか、何せお似合いだしな」

言い募ろうとする芽衣を茶化すように玩具の杖を押し付けながら、時紀が悪戯っぽく笑う。

「こんなの……!」
「ウダウダ言ってる時間はねえみたいだぜ」

気がつけば、周囲が静かになっていた。
聴こえるのはロビーの隅で弱々しく何事かを呟く志乃の声だけだった。
頭上からの呻き声が、やんでいた。

「立ち直りやがったみたいだな」
「……! なら、木田さんも……」
「何度も言わせんな、早く行け!」

怒鳴った直後、頭上に何かの気配がした。
咄嗟に時紀が芽衣の小さな身体を突き飛ばす。

615ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:20:59 ID:Ab4HfgF60
「……!」

同時に時紀自身も飛び退いたその瞬間、今まで立っていた場所に何かが落ちて、砕けた。
轟音が響き、精緻な装飾が、一瞬にして無数の木片と化した。
落ちてきたのは、図書室にあった椅子のようだった。

「宣戦布告ってか……!? 黙って狙い撃ちすりゃいいものを、余裕こいてんじゃねえぞ……!」
「木田さん……」

呟いた芽衣が、しかしさすがに事態を理解し、身を低くしながら志乃の方へと駆け寄っていく。
芽衣一人であることを察したのか、今度は志乃も暴れることもないようだった。
のろのろと立ち上がると、ゆっくりと芽衣に手を引かれて歩いて行く。

「心配しなくても、すぐに追いついてやるよ」
「……待ってますから!」

最後にそれだけを言い残して廊下へと消えていく二人の後ろ姿を見ながら、時紀が苦笑する。

「……待ち合わせの場所も時間も決めてねえじゃねえかよ」

呟いた途端、ぱん、と頭上から小さな発砲音。
音は単発。セミオートに切り替えたようだった。

「ああクソ、実際ガラじゃねえ……!」

悪態をつきながら、身を起こす。
苦々しげなその顔は、しかしどこか、晴れ晴れとしているようでも、あった。

616ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:21:13 ID:Ab4HfgF60

 【時間:1日目16:00ごろ】
 【場所:G-7 バジリスク号船内】

 木田時紀
 【持ち物:フェイファー・ツェリザカ(5/5)、予備弾×50、不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】

 春原芽衣
 【持ち物:DX星杖おしゃべりRH、水・食料一日分】
 【状況:健康】

 折原志乃
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:錯乱、精神に極めて深い傷】

  来ヶ谷唯湖
 【持ち物:FN F2000(29/30)、予備弾×120、水・食料一日分】
 【状況:強烈なアンモニア臭、被害不明】

 一ノ瀬ことみ
 【持ち物:なし】
 【状況:死亡】

617 ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:22:30 ID:Ab4HfgF60
>>609の、以下の一行を訂正します。
申し訳ありません。

>学者の理知も、船長の威厳も、母としての強さも何もない。

学者の理知も、年長者の威厳も、母としての強さも何もない。

618死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:02:28 ID:RE2KuwyU0
「えっ……?」

その呟きは誰のものだろうか。
深い森の中で、六人もの人間が呆然と立ちすくんでいた。
そして、彼らの真ん中にある『モノ』。
胸を刀で貫かれ、絶命している老人の遺体が、其処に存在していた。

「死んだ……?」

からからに乾いた喉から、やっとその言葉が出てくる。
その言葉を発したのは中性的な少年、柊勝平。
先程まで老人と戦っていた一人が、ただ呆然と遺体を見つめている。
老人――長瀬源蔵は完膚無きまで死んでいる。
それが何故か不思議に思えて、そして信じられなかった。
老人と思えない動きをした男はもう冷たくなって動かない。
この先生き延びるには、倒さなければならない障害だった。
だけど、その男が死んだ瞬間、醒めたように頭が真っ白になっている。

「な、何故、殺したんですの……?」

顔を青くしながら、御影すばるは問いかける。
始めた見た死体に恐怖を感じながら。
それでも、精一杯、虚勢を張りながらも殺した人間を睨む。

「何故……? 襲われているのに、貴様らが殺さないからだろう」

睨むスバルに向かって殺した人間――野田は憮然と言葉を返す。
それが当たり前の事のように。

「な、何も殺す事無かったんじゃ……」

すばるの反論に野田は不思議そうに首を傾げ、


「何を言っている。どうせ、『蘇る』だろう? 此処では死んだ人間は『蘇る』」


そして、禁断の言葉を継げる。
彼の世界の当然の摂理を。
当たり前のように享受してる摂理を。

619死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:04:24 ID:RE2KuwyU0
「…………はっ?」
「…………え?」
「なんですの……?」
「…………」
「…………えっ?」

その言葉を聞いた瞬間。
正しく、その場に居た人間が動きを止める。
柊勝平、クーヤ、御影すばる、牧村南の四名は唖然と驚愕と戸惑いに表情を歪めている。
ただ、日向秀樹だけは目を閉じたまま、無表情だった。

「それは……だから何なのだ? お前はくるって居るのか」

混乱する頭の中でクーヤは必死に言葉を紡ぐ。
彼の言葉を理解する為に。
いや、理解したくなかったのかもしれない。
この時は、ただ頭が混乱していた。

「貴様こそ狂ってんじゃないのか? だから、蘇る。何を言って……」
「…………いい、野田。俺が話す。ついでに情報交換や、自己紹介もしたいしな」

続けて同じ事を言おうとした野田を制し、日向が説明を始めようとする。



彼らが生きている『死後の世界』を。


それは正しく『今』を生きている世界の人間のとって。

パンドラの箱を開けるに等しい事であることを知らずに。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「ふむ……正直よく判らないが何となく解った気がしないでもない」
「どっちなんだよクーヤちゃん……」
「五月蝿い。カッペーこそ解ったのか?」
「…………うぐっ」
「図星ではないか」

「牧村さんお久し振り……って言ってる場合じゃないですの……」
「……ええ、そうですね」
「死んでるって……ぱぎゅー」
「…………」


日向と野田が居た世界。
それは、死後であり、死んだものが来る世界であるという。
そして、此処の世界も同じであると。
また、その世界では殺した人間は蘇るらしい。

620死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:05:21 ID:RE2KuwyU0

掻い摘んで話した言葉をクーヤ達は理解しようとするが、正直な所、さっぱりだった。
そもそも、自分達が死んでいるなんて信じられないのだから当然なのかもしれない。
けれど、彼らが嘘をついてるようにも見えないのも事実。
結局の所、未だに彼らは半信半疑と言ったのが関の山であった。

「まぁ、そういう事だ。納得してもらえるか?」

野田はそう言いながら死んだ源蔵を救急セットであったテープで縛り上げる。
気休めでしかないが、蘇った時暴れてもらっても困るだからだ。

「ふむ……」

クーヤはそんな野田を真っ直ぐ見て。


「やはり、お前は狂っている」


静かに、その言葉を継げる。
明らかな決別の言葉を。
嫌悪感すら、滲ませながら。

「なんだと!?」
「もし、此処が死後の世界だとしよう。余は信じられんがな」

激昂しかけた野田を制し、クーヤは言葉を続ける。

「死んでも蘇るのだな?」
「……ああ」
「……だから、殺していい? そんな理論があっていいのか?」
「……っ」

クーヤは侮蔑の視線を野田に向けながら、言葉を紡ぐ。
例え、死後の世界だとしても。
生きている人間を殺すという事を、許容していいのだろうか。

「確かに源蔵に非があった。戦いの場では殺し殺されは当たり前だ」

今回の場合、源蔵に非があったのは事実だろう。
源蔵が明確な殺意を持って自分達を殺そうとしたのだから。

それに、クーヤも戦乱の世を生きている者だ。
戦いの場において、殺人はいけないなど綺麗事を吐く気はしない。
けれども、

「何の意志もたず殺す事を許容する……そんなモノは可笑しい」

戦場で戦う者達は、皆、意志を持って戦っている。
国の為に、家族の為に、生きる為に。
例え一兵士でも意志を持って、殺している。

それなのに、

「蘇るから、殺していい? 殺しという痛みを与えるのに。それを当たり前のようにお前は他者に与えるというのか? 意志も信念もなく」

621死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:06:01 ID:RE2KuwyU0

彼らの世界は指揮官すら、蘇るから死んでいいと思っている。
それ故に兵士を見殺しにもすると言う。
彼らは、殺す事に何の躊躇いもなく受け容れ、そして蘇るからいいと思う。
意志も信念も無くだ。

そんな考え、そんな世界。


「『蘇るから、死んでいい。殺していい』そんなものをを当たり前に受け容れているのは、例え死後の世界だとしても……狂っている」


狂っている。
クーヤはそうとしか思えない。
彼らが彼らなりの戦いをしていたとしてもだ。
命を粗末する戦いなんて、認めたくなかった。


「………………ふざけんな。てめえに何が解る。『死んじまった』俺たちの事が、何が解るんだよ!」

クーヤの言葉に、野田は殺意すら露にする。
自分達の世界、自分達の考えを完全に否定された上で、侮辱すらされたのだ。
怒りが沸かない訳がない。

「そうだな。余は解りたくもないし、解りたくない。余は『まだ生きている』のだから」

クーヤは扇で自分の表情を隠し、野田に言い捨てる。
そして、自分の荷物を持って、歩き出し始めた。

「何処に行く!」
「解りあえる事も無い……けれども、争う必要も無い。これ以上話す事も無い。余は余の道を行く。それとも、力ずくで止めるか?」
「……ちっ」
「……ではな、日向、すばるといったな。助けてもらって感謝する」

最後に、日向達への感謝の言葉を継げて、クーヤは立ち去っていく。
その背を、勝平は慌てて追いかけていって。

「ちょっと、クーヤちゃん。かっこつけて、ボク置いていかないでよ!」
「…………あ」
「忘れたとかいわな……」
「言わないぞ!」

最後だけ少し慌しくしながらも、彼らは去っていった。
唖然としている四人だけを残しながら。


そして、暫しの沈黙の後に。

622死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:06:27 ID:RE2KuwyU0


「あたしは……やっぱり、甘いと言われもても、誰が死ぬ姿はみたくありませんの。例え、それが蘇ったとしてもですの」

御影すばるが何かを覚悟したように口を開く。
優しげな表情を浮かべながらも毅然としていた。

「正直死んでいる……とか実感ありませんの。あたしはしっかり生きているんですの。それに、もし例え、死んでいたとしても」


最後に笑顔を浮かべ。


「あたしは、あたしの正義を信じるですの!」


強く御影すばるは宣言をする。
それが、すばるだと誇示するように。

「だから、御免なさい。野田さんと日向さんが言っていることは……よくわかりませんの」

そして、彼女も彼女の信じる道を歩み始める。
南に一礼だけして、走っていこうとする。

「待て、一人にすると危なっかしいしついていく。そういう約束だろ?」
「日向さん……」
「野田……すまん」
「ふん、お前のお節介は知っている」
「ああ、助かる」
「ふん」

そして、日向もすばるについていく事を決めて、野田の元から去っていく。
野田も日向のお節介な所を知っているからこそ、そのまま行かせたのだ。

そして、其処には老人の遺体と、二人の人間しか残らなかった。


 【時間:1日目午後4時00分ごろ】
 【場所:G-4】


御影すばる
【持ち物:拡声器、水・食料一日分】
【状況:健康】

日向秀樹
【持ち物:コルト S.A.A(0/6)、予備弾90、釘打ち機(20/20)、釘ストック×100、水・食料一日分】
【状況:健康】










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

623死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:06:59 ID:RE2KuwyU0







「狂っている…………か」

野田のぽつんとした呟きだけが、森の中に響く。
そんな、野田の背中が南にとって何故か寂しそうに見えて。
ただ、釘付けになったように、見つめている。


「…………貴様は行かないのか?」

その野田の問いかけは南に対してだ。
あれだけ、揃っていた人はもう、南一人しかいない。
皆、野田の下から去っていた。

野田の考えを否定しながら。

正直な所を言うと南も、死後の世界の事は理解できていない。
死んだら蘇るというのも、信じられない。
だから、彼の話も正直混乱するだけのものでしかない。


けれども。


「行きませんよ」


牧村南は、去ろうとしない。
例え理解できない考えでも。
例え理解できない世界だとしても。


「野田くんは、いい子ですから」


野田という少年は、いい子なのだろう。
狂った世界にいようとも、野田という人間の本質は。
きっと狂ってはいやしない。
短い触れ合いだったけれども。
南にはそれが理解できていたから。
だから。


「私は、貴方をサポートすると決めたんです」


牧村南は、野田と共に行く事を選択する。



その答えに野田は振り返らず歩き出して。


「ふん……勝手にしろ」
「はい、勝手にします」


気恥ずかしそうに、返した返事に、南は満面の笑みで応える。


その眼差しは、本当に柔らかで、優しいものだった。


 【時間:1日目午後4時00分ごろ】
 【場所:G-4】


野田
【持ち物:抜き身の大刀、水・食料一日分】
【状況:軽傷】

牧村南
【持ち物:救急セット、太刀の鞘、水・食料一日分】
【状況:呆然】










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

624死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:08:05 ID:RE2KuwyU0







クーヤちゃんは、のしのしと変わらず歩いている。
野田という少年の考えを完膚なきまでに否定しながらも、彼女は歩いている。
けれども、ボクは彼女自身も迷っていると思う。
何故なら、ボクに一度も表情をみせようとしないからだ。
扇で表情をずっと隠して。

暫く歩いて、彼女は言葉を発する。


「余は……間違っていたか?」

彼女は不安なのだろう。
でもボクは、

「……解んないな。間違ってたかもしれない」
「……っ」

あえて彼女の求めている答えを口にしない。
でも、

「だけど、ボクは間違っていたとしても、君についていくよ。ボクは君を信じたから」

たとえ、間違ったとしても、ボクはクーヤちゃんについていく。
クーヤちゃんを信じているから。
そう決めたのだから。


「ふ、ふん……カッペーのくせに生意気な」
「……喜んでいるでしょ?」

ボクの応えに、図星だったのか。
クーヤちゃんは声を荒げて。

「う、五月蝿い! 喜んでないからな!」
「あははは、そういう事にしておくよ」
「全く」


うん、これでいい。
これが、ボクの選んだ、ボク自身の道だ。


ボクは、この道を歩いていく。


 【時間:1日目午後4時30分ごろ】
 【場所:G-4】

柊勝平
 【持ち物:MAC M11 イングラム(30/30)予備マガジン×5、水・食料一日分】
 【状況:軽傷】

クーヤ
 【持ち物:ハクオロの鉄扇、水・食料一日分】
 【状況:軽傷】











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

625死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:08:25 ID:RE2KuwyU0








ただ、一人。
誰も居なくなった事を確認して。
彼女は、姿を現す。
ずっと隠れて、話を聞いていた彼女。

復讐者であり、殺人者である片桐恵が、姿を現した。

彼女は老人の死体を一瞥して、空を見る。
思い出すのは先程少年達が話していた会話。

死後の世界。
死んでも蘇る。
狂っている人間。

リフレインする言葉。


死後の世界なのだろうか。
此処は、自分は死んでしまったのだろうか。
いや、死んでいない。
何も為さないまま、死んだわけが無い。
せめてあの人間だけは殺さないと、死にきれない。

だから、信じない。

ここでの殺人が無意味とか、信じない。
岸田洋一が蘇るなど信じない。
絶対に殺す。
蘇る間もなく、殺す。

それが、片桐恵の生きる理由。


そして。

片桐恵は狂っている。
意志無き殺人が何が悪い。

生きたいから、殺した。
死にたくない、殺した。
為すがままに、殺した。


ただ、殺した。


殺した段階で、もう、狂っているのだから。

626死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:09:05 ID:RE2KuwyU0


片桐恵は元の世界には、戻れないのだから。
死後の世界なんて、関係ない。
彼女が望んだ世界には、戻れないのだから。



そして、目を閉じ、もう一度、意志を固める。


岸田洋一を殺すと。



ゆっくりと、目を開け考える。
あの三方に去っていた三組。
追って隠れ蓑代わりに利用してやろうか。
それとも、あんな考えをする連中だから、利用するのを止め、一人で行くか。
選択肢は沢山、ある。

片桐恵は一拍置いて、息を吐いて、選択する。


そして、その選択通りに歩き出そうとして、ある物を見つけた。
それは老人のデイバックで。
何か利用できるものはないかと思ってジッパーをあけた瞬間。


「にゃー」


独りの猫が飛び出してきた。
恵は驚き、猫を見つめるも猫は人懐っこそうに恵の周りを回る。
恵は少しだけ考えて、

「君も独り?」
「にゃー」
「じゃあ、一緒に行く?」
「にゃー」

猫は返事をして、恵の肩に乗る。
少し重たかったが、それほど気にはならなかった。
すこしだけ、猫をあやして、彼女はまた歩き出す。


だけど、彼女は気付かない。


そのときの彼女は、とても、儚く、そして、優しい笑みを浮かべていた事に。



彼女は気づく訳も無かった。




 【時間:1日目午後4時00分ごろ】
 【場所:G-4】


 片桐恵
 【持ち物:デリンジャー、予備弾丸×10、レノン(猫)、水・食料二日分】
 【状況:健康】

627死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:10:58 ID:RE2KuwyU0
投下終了しました。
この度はオーバーしてしまい申し訳ありません。
今後起きないように気をつけます。

恵のパート大幅移動と大幅に時間進めてしましたが、ご懸念があるようならば、意見を

628侍大将は儚き少女の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/12/16(木) 02:58:25 ID:jlPl6Um60
私の視界に広がる光景は驚きの連続だった。山を降りて目に写ったのは我が國では見当たらない建物。
建物の材質は何で出来ているか、どうやって建てられたか。私には見当もつかない。
それでも、私の知っている建物よりも遥かに高度だということは理解できる。
しかし、隣にいるアヤはあまり驚いていなかった様子。ふむ、これはいったい……?


「貴方はこの建物に驚嘆の念は感じませんか」
「……? いいえ、特には……」

返答はいいえ。小さな声だけど確かに耳に入った。しかし、この子は小動物みたいですね。
ふるふると横に首を振る姿はガチャタラを思い出させる。まあ、戯言ですが。
ともかく、この地は私の常識は通用しないということ。それを肝に銘じておきましょう。
ですが……。

「アヤ、もう一度聞きます、トゥスクルを知らないんですか?」
「……はい。初めて聞く名前です。私の知識が足りないだけかもしれませんが」

トゥスクルを知らないという事は見過ごすことはできませんね。
自慢ではないですがトゥスクルはそれなりに有名な國家だと自負していたはずなんですが。
私の身の上話にも首を傾げるばかりでした。
おかしい、何かが咬み合わない気がします。先程の建物の件といい、この子の耳がハクオロ皇と一緒だということ。
これらが何か手がかりになると思うのですが。

「……どうかしました?」

アヤが嘘を言ってる様子は見受けられませんし……悩みどころです。どこか遠い異国出身だと一応は仮定しますが。
けれど、所詮は仮定。確信にいたるまでのものではありません。
悩ましい、頭が痛くなるほどに……はぁ。



◆ ◆ ◆



……その悩みも吹き飛ぶくらいの衝撃――先程見た高度な建物の集合群。
改めて思いますが此処の技術は凄まじいですね。
これがトゥスクルに導入されたら……きっと多大な恩恵を受けることが出来るでしょう。
思わずゴクリと唾を飲む。私としたことが少し興奮をしていたようですね。

「……?」

ああ、アヤが怪訝な顔で見ている。心配いりませんと伝えておく。
そしてくいくいっと引かれる私の服の裾。……なかなかはなしてくれませんね。

「その、私の服の裾をいつまで握っているんですか。いやいや、どこにも行きませんよ、逃げたりしませんから」
「……!」
「……そんな泣きそうな顔しないでください。周りに人がいる気配もありませんし落ち着いても大丈夫です。
 いざとなればその入れ物に入っている刀を使って自分の身を護って……」
「む、むっむりです! 私にはこんな……」

あわあわしてるアヤの手にそっと自分の手を重ねてゆっくりと包み込む。取り敢えずは落ち着かせるのが先決だと判斷。
結果は上々。ひとまずは小康状態にはなった。

「使い方さえ誤らなければその刀はきっと貴方を護ります、だから怖がらないでください」
「でも、私……」

アヤの顔が困惑の表情に染まる。無理もないのかもしれない。
自分みたいな武人ならともかくこんな武器を触ったこともない少女がこれを持つことは。

「……すいません、気がききませんでしたね。忘れてください」
「……」
「さてと、行きましょうか。地図ではこの辺りに大きな建物――ビョウインがあるそうです」

…………失態ですね、配慮にかけていました。……私の服の裾をまだ掴んでいるのは不問としましょうか。
彼女はあくまで一般の民。殺し合いをしろいきなり宣誓されて、目の前で少女の首がはじけ飛ぶ様まで見せられた。
そんな状態で平静を保てなど難題……ふむ、どうしたものでしょうか。

629侍大将は儚き少女の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/12/16(木) 02:59:44 ID:jlPl6Um60



◆ ◆ ◆



止めどもない思考をしている内に、私達はビョウイン(アヤがこの建物だと教えてくれた)へと到着、アヤが言うには医薬品が大量にあるとのこと。
この殺し合いの場ではそれらの存在はきっと重要になると思います。此処である程度の量を確保しておくのも悪くはありませんね。

「…………!」
「どうか、しましたか?」

扉が……扉が自動で開いた……すごい、なんという技術でしょうか、ただ目の前に立っただけで勝手に開くドア。
あまりにもの衝撃に思わず目が見開くほどに。自分の常識がガラガラと音を崩れていく。その崩れ落ちた場所に構築される今目の前にある現実。
それを受け入れてしまっている自分がいる。

「いえ、だ、大丈夫です。心配はいりません」

表面は取り繕ったが実際のところ大丈夫で済む範囲は通り越している。未知の技術に恐れおののきそうなくらいだ。最も、表情には出しませんがね。
ともかく、この建物の中を調査してみましょう。このような未知の技術があるはず……! それがなにか脱出への手がかりとなればいいのですが。

「っ……ぁ!」

おっと、後ろを歩くアヤが転びそうになるのを反射的に受け止める。危ない、危ない。ケガでもしたら行動に差し支えます。
安全第一、これからの脱出への道のりは長いのですから。こんな序盤での行動の遅延はあまり許されない。

「大丈夫ですか。足元はちゃんと見るんですよ」
「あの、そ、その」
「あ、すいません」

アヤの身体を受け止めたままでした、これはいけませんね。そっと離して、ちゃんと立たせ、さてと再度出発。
建物の中身は割と広い、全てを見てまわるのに時間はそれなりにかかるでしょう。
それでも、未知の技術を知れるという喜びは私の心を踊らせる。
ふう、私としたことが、年甲斐もない。

「行きましょう、アヤ」
「は、はいっ!」



◆ ◆ ◆



と、意気込んだはいいが、階段を登りそれぞれの階にある部屋を探索、そこまでは順調でした。

「……何が何だかわかりません」

目に映るのは自分にとって未知の代物ばかり。
これでも相応の知識を持っている私でもこれはどういう用途に使うのか? これは何を示すものなのか? これはこれはこれは……きりがないですね。
ここまで未知だと頭の中はグチャグチャになる、嘆かわしい。

「あ、あの……」

ああ、どうしよう。このままだと此処に来た意味がない。なにかしらの手がかりの一つでも手に入れないと割に合わない。
無駄にアヤを連れ回したのですから尚更のこと。
この島で時間は重要なものですしこのままでは終われません、時は金なりとも言いますし。

「……あの」

さあ、改めてこれから取るべき方法について考えよう。何かこの建物にてがかりとなる書物でも探す?
この広大な建物の中すべてを? いささか現実的な考えではありませんね。

「あ、あの!」
「……すいません、思考の迷路にはまっていたようです。どうかしたんですか?」
「いえ、何か悩んでいらしたので……私でよければ聞きます、よ?」
「では、実はですね……」

630侍大将は儚き少女の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/12/16(木) 03:00:13 ID:jlPl6Um60



◆ ◆ ◆



「助かりました、アヤ」
「い、いえ。そんなこんなことぐらいで……」

アヤがこの施設を知っていたお陰で医薬品、施設の用途など収穫がありました。
私一人ではどうすることもできずただ立ち往生する他なかったでしょう。
これには感謝するほかありませんね。

「いいえ、この島では情報はとても重要なものとなります。“そんな”ことではありませんよ。
 アヤ、貴方はもう少し自己評価を高めるべきです」
「でも……」

はぁ……この子は。自分に自信がないのでしょうか、さすがに卑屈すぎる傾向が見受けられますね。
これからの脱出への道程は長い。その過程でこの傾向が裏目に出てしまうこともあるかもしれません。
なら。

「アヤ」
「はい?」

ここで少し、アヤのその傾向を正しておくのもいいのかもしれません。運がいいのか悪いのかは知りませんが、私たちは未だに他の参加者と出会っていない。
なら今のうちに言えることは言っておいたほうがいい。

「貴方は思っている以上に優秀な人です、どうか悲観なさらないでください」
「でも、私は、戦うのも怖くて、あの刀を触ることもできなくて……ただの足手まといです……」
「それは断じて違いますよ。戦いは前に立つだけではありません。後方支援――情報提供なんかも立派な戦いです。
 それに前に出るのは私がすればいいこと、適材適所というものです」
「……」
「今すぐに考えを変えることは難しいでしょう、ですが――貴方を必要としている人が此処にいる、それだけは覚えておいてください」

この地獄のような島で自信をつけることはおかしいとは思いますが。アヤが少しでも自信をつけてくれることを願いながら。
私は薄く笑った。少しでもアヤが前を向けるように。



【時間:一日目 午後3時ごろ】
【場所:E-1 病院】

ベナウィ
 【持ち物:フランベルジェ、水・食料一日分】
 【状況:健康 彩と共に行動】

長谷部彩
 【持ち物:藤巻のドス、水・食料一日分】
 【状況:健康、ベナウィと共に行動】

631 ◆5ddd1Yaifw:2010/12/16(木) 03:00:32 ID:jlPl6Um60
投下終了です

632Strange encounter ◆auiI.USnCE:2010/12/23(木) 02:47:15 ID:UbljiqsQ0
かつかつと、日が沈みかけた空に規則正しい足音が響く。
紅に染まり始めた空を、足音の持ち主は物憂げに、見つめて。
何かを口ずさみながら、異端ともいえる薄い桜色の長い髪をなびかせながら。
異端者であり、少女である、ルーシー・マリア・ミソラは誰もいない道を一人で歩いていた。

彼女は戦士であり、狩猟者だった。
生き残る為に戦い、そして命を狩っていくだけの狩猟者。
それが、彼女の誇りであり矜持でもあるのだから。
故に、少女は獲物を狩る為だけに、歩き続けている。

少女がひとまずの目標と定めたのは、天文台だった。
今から向かえばきっと夜になる。
そうすれば、星が見えるだろう。
何となくだが、そう思い至ったら自然に足が其方の方に向かっていた。
ただ、だからといって、戦う事に手を抜いていてる訳ではない。
今もなお、何時襲われていいように、臨戦状態でいる。
戦いに遅れを取れば、敗北し、死に果てるのは目に見えているからだ。
戦士である少女にそんな無様は許されない。
それが彼女の矜持だから。

そして、勇敢にも正々堂々と自分に戦おうとする者が現われるのならば。
少女は全力を尽して、その戦士と戦うだろう。
それこそが勇敢な戦士への礼儀なのだから。
少女は強くそう心に思って、地面を強く踏みしめて歩き続ける。
まるで自分は此処に居ると誇示するように。

なのに、不意を襲う者も、正々堂々と自分に戦う者も現れない。
わざわざ目立つ為に、地図に記された大通りを進んでいるというのに。
けれども、人影など見えるわけがなく、物音すら聞こえない。
聞こえるのは風の音と、自分の足音だけだ。
退屈だなと憮然とした表情をしながら、歩く。
心なしか、歩幅も大きくなってるような気がした。
それでも気にせずひたすら道なりに、長い桜色の髪をなびかせながら歩いて。


そして、ついに、少女は人に遇った。

633Strange encounter ◆auiI.USnCE:2010/12/23(木) 02:47:46 ID:UbljiqsQ0




「oh…………」


全身に深刻なDamageを追っている、funkyな少年に。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






最高に強烈なKickを喰らい、崖に落ちながらもTKはまだ生きていた。
限りなくPinchなのに代わりはないのだが。
それでも、彼は戦い続ける事を選び続けた。
ただ、enemyをHuntするだけでいい。
全てはTeamとFriendsの為なのだ。

だから、TKはfighterであり続けなければならない。

そう思い、仲間を思うと、額に滴る血も痛みももはや、No problem

俄然とBraveがわいてきた彼は歩き続けて。


そして、GirlとEencountする。


「なんだ……?」


それは正しく


Strange encounter だった。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

634Strange encounter ◆auiI.USnCE:2010/12/23(木) 02:48:31 ID:UbljiqsQ0





紅いバンダナを巻いた金髪の少年に少女は若干戸惑う。
明らかに傷をあちこち追っているのに、戦意が凄まじかったからだ。
重傷と呼べる傷はないだろうが、それでもこれだけこっぴどくやられれば少しぐらい折れるだろうに。
だが、この男はそんな事を気にせず戦う姿勢を、自分に見せている。

「うーは何者だ」

堪らず、少女は彼に話しかける。
しかし、少年は闘志を燃やしたまま、


「woo!」


何故か自分の言葉にオウム返しをした。
思いもよらぬ行動に少女は驚き


「うー!」


何故か、彼女も言葉を返す。


「woo!」

そして、少年もまた同じ言葉を返した。


「うー!」
「woo!」
「うー!」
「woo!」
「うー!」
「woo!」
「うー!」
「woo!」


暫く、無意味とも意味不明とも言える応酬が続いて。
ハッとするように少女が気付いて。

「……るーは何をしていたのだ。るーは戦わなければならない」

少女はこほんと一息ついて、戦闘態勢に入る。
その姿に、少年も態勢を整え、拳を少女に向ける。

「うーはその傷でも戦うと言うのか?」
「I'm fighting!」

635Strange encounter ◆auiI.USnCE:2010/12/23(木) 02:48:53 ID:UbljiqsQ0

少女の問いにも、少年はかわらない。
たとえ絶望的な戦いでも戦わなければならないのだ。
少年はもう、理解している。
武装と怪我の状態を見て、少女に勝てるわけがないと。
それでも、戦わなければならないのだ。
仲間と友と自分の誇りのために。

少年の変わらない闘志に、少女は思う。
今、この場で殺す事は可能だろう。
だが、傷ついてる誇り高き戦士を嬲り殺すのは忍びない。
そしてこれほどの誇り高き戦士を此処で失うのはどうだろうかと。
出来る事ならば、傷がいえた正々堂々と戦いたいのだ。
自分の、戦士の血がそう告げていた。

また、彼も同じく生きる為に、命を狩る狩猟者だ。
自分との目的も一致する。
此処に居る人数もまた多い。
共に、誇りと矜持を持って戦える戦士がいるならば、それはまたいい事であろう。
ならば、

「うー、着いてこないか? 共に矜持を持って戦おう」

ここは共に戦う事を選択するのもいいのではないかと思う。
そして、全てが終わった後に、正々堂々戦いあおうと思ったのだ。

「…………」

少年は少し考え。
自分の数多い傷と武装の貧弱さ。
そして、少女の闘志と誇りと矜持。
全てを見据え、考え、そして

「OK! All right!」

少女に握手を求めたのだ。
それは共闘の証ともいえるもので。
少女はそれに応え、握手する。

これをもって、少年と少女は共に戦う事を誓ったのだ。


「ならば、うー。天文台に行くぞ。戦う為に」
「All right let's go!」


そして、奇妙な出会いをした二人は歩き出す。
共に誇りと矜持を持ちながら。

636Strange encounter ◆auiI.USnCE:2010/12/23(木) 02:49:20 ID:UbljiqsQ0





そして、少年と少女は知っていたのだろうか? それとも知らなかったのだろうか?


「woo」


と言う言葉には


求愛という意味がある事を。



真相は闇の中にあり、

少女と少年が歩み続けたその先にあるのかもしれない。



 【時間:1日目午後4時ごろ】
 【場所:E-3 北部道路上】

ルーシー・マリア・ミソラ
 【持ち物:FN ブロウニング・ハイパワー(14/15)、予備マガジン×8、伝説のGペン、水・食料一日分】
 【状況:健康】



TK
【持ち物:メリケンサック、水・食料一日分】
【状況:転がり落ちるほどDamage、致命的なまでにBlunder】

637Strange encounter ◆auiI.USnCE:2010/12/23(木) 02:49:56 ID:UbljiqsQ0
投下終了しました。
この度は少し遅れてしてしまい申し訳ありません。

638Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:08:13 ID:s2RcJ57E0

障害の排除。

守るべき者がいるのですから、私のやるべき事は決まっています。
その為に相対する対象がなんであろうと、取るべき手段は一つでした。

本来は小さくない迷いがこの胸にあり、大きな罪悪感が全身を苛んでいます。
けれど、それらはここで重要な意味を持ちません。

悲壮を訴える感情は鎖で縛って。
どこにあるかも分らない私の心の、牢屋の中に閉じ込めましょう。

重要なのは、存在意義。
私がここにいる理由。

使命があるから。
守りたいという決意があるから。
だからもう、引き返せない。
引き返さない。


私は、そう決めたのですから。

639Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:09:36 ID:s2RcJ57E0
ー ー ー ー ー ー ー ー

棗鈴はアルルゥを背負い、ひたすらに前へと進んでいた。

沢山の木々が生い茂り、重なり合う枝葉が日光を遮る薄暗い森の中。
足場の悪い山道を進み続けていた。
少々ではない疲労によって、無意識に視界が下がっている。
今はもう、ふらつく足もとしか見ていない。

それでも進む。
背中にずっしりとくる人一人分の体重も、
手や服にベッタリとこびり付く血糊も、
早くも根を上げ始めた自分の身体なんかにも、一切かまってやるものか。

「おねー……ちゃん……」

耳元に聞こえる。
この小さくて、だけど確かな声がある限り。
何があろうと止まりはしない。

「ああ大丈夫だ! あたしはここにいるっ! 
 あたしが……おねえちゃんが絶対に助けてやるからな……っ!」

身体を軋ませる疲労感よりも。
服を真っ赤に汚す血糊なんかよりも。
背中の声が止んでしまうこと、それが鈴にとっては何よりも恐ろしい。


鈴は重傷のアルルゥへと、思いつく限りの処置をした。
血を拭いて、傷口を制服で縛って。
だけどそれだけではまだ足りない。
アルルゥの顔色は依然として土気色に染まる一方だ。
救うためには、救うことが出来る誰かに頼るしかない。
だからこそ今、彼女を背に抱えて歩いている。

「たすける、絶対にだ……!」

しかし、どこに行けばいい?
どこに彼女を連れて行けば助けられる?
鈴にはそれが分らない。
分らないから、彷徨うしかない。
当てもなく進むしかなかった。

「ぉ……ねぇ……ちゃ……」

背中の声が、少しずつ小さくなっていくような気がしていた。
呼吸も弱々しくなっていくように感じられた。
消えていく命を肌で感じているような気がして、鈴は身震いする。

「し、死ぬな……絶対に助けるんだ……だから……死ぬな……死ぬなアルルゥ……!」

近づいてくる少女の死に恐怖する。
同時に怒りがこみ上げ、自分自身に檄する。
怖がるな。もう二度と泣くな。
本当に泣きたいのは、背中の少女であるはずなのだから。

そうやって、もつれかける足を叱咤しながら鈴は進み続けた。
だけど、誰もいない。誰にも会えない。
そんな状態がずっと続いていた。

640Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:10:45 ID:s2RcJ57E0

「なんで……!」

どうして誰もいないんだ。と叫ぶ余力も鈴には残されておらず。
遂に立ち止まりかける。
誰もいない森の中で、途方にくれてしまいそうになる。
そんな時に、背中からこれまでにないハッキリとした声が発せられた。

「鈴おねーちゃん」

うわごとのような声ではない、意志を持った強い声。
依然弱いけれど、確かにまだ少女が生きていることを告げている。

「……どうした?」

鈴の表情に少しだけ安堵が浮かぶ。
けれど続けて搾り出された言葉は、鈴の表情を一瞬にして凍りつかせた。

「もう……いい……よ……」
「――ッ!」

もういい。
頑張らなくてもいいのだと。
そう告げる声が、砕かれそうになっていた心に再び火を灯す。

聞こえないフリをする。
足を動かす。
もういい、そんなわけがない。

「誰か……! 誰かいないのかっ!! 誰でもいい、何でもいいからっ!」

この子を助けて欲しい。
助けさせて欲しい。
どうか救いをもたらしてください。

そんな真摯で、どこまでも真っ直ぐな願いを、
はたして神はどう受け取ったのだろう。

「…………あ」

俯いていた鈴の視界が、遂に捉えた。
自分達以外の人間の姿。
正確には、その足もとを。

「…………あぁ……!」

探し求めた希望だった。唯一の光だった。
だから鈴は笑顔など到底浮かべられず。
涙をいっぱいに溜めた瞳で、ゆっくりと視線を上げながら言った。

「たすけてくれ。 助けて、やってくれ。お願いだから……たのむから……アルルゥを……」

懇願を重ねながら、鈴はその人物の顔を見上げる。
目の前に立っていた少女の姿。
深い蒼の髪、白い耳飾。
穏やかな風貌。

641Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:11:13 ID:s2RcJ57E0


けれどそれは“顔の左半分だけ”に限定した特徴の話だった。
少女の顔面右半分には最も強烈な印象を残すであろう、一つの異様がある。
焼け爛れ落ちた皮膚。
そして、その内側から顔を出していたものは肉ではなく、薄茶色に煤けた金属だった。
僅かに残る銀の光沢。カメラの目。機械の身体。
鈴はそれらを見ても、声を上げる事もできなかった。

機械の少女が握る機関銃。
鈴へと真っ直ぐに向けられた銃口。
絞られていく引き金。
これらを前に凍りついたように、何も言えず、何も出来ない。

やっと出会えたと思った希望が絶望に変わる衝撃。
それに心を囚われ、足が地面に縫い止められたかのように硬直していた。


目を見開く鈴に、機械の少女は――イルファは答えず。

「…………」

静かに首を振り、

「ごめんなさい」

ただ小さく詫びて――


振り切るように、機関銃のトリガーを引き絞った。

642Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:11:49 ID:s2RcJ57E0


ー ー ー ー ー ー ー ー





例えばの話。
「あなたにとって、一番大切な物はなんですか?」って、聞かれたとすればどうだろう?

あたしには即答できる。その自信がある。
大切な物、大切な者なんて決まってる。この世に一人しかいない。
他の誰でもない、彼。何よりも彼が大切。

けれど、例えばの話。
「ではその大切な者のために、あなたは今から何をしますか?」って聞かれたとすれば?

うーん。
あたしはちょっと考える。
いつもなら考える前に行動しているところなんだけど。
これはとても重要な問題で、このあたしをしても頭を使わずにはいられない。

でも、いくら考えたって答えは出ないから。
だからやっぱり、まずは行動して、触れてみることにする。
手で触って感触を確かめて、そうやって答えを出そう。


うん。


そう決めた。

643Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:12:45 ID:s2RcJ57E0




ー ー ー ー ー ー ー


結局のところ、鈴は最後まで見ている事しか出来なかった。

頬にあたる一陣の風。
目の前で散る火花。
炸裂する金属音。

「え?」

こちらに向けられていた銃口が大きく逸れる。
遅れて轟く銃声。
機関銃から吐き出された鉛球が見当違いの方向に飛び、木々を抉る。
それらを見送ってから、ようやく鈴は場に割り込んだ乱入者を認識した。

「あ…………」

鈴に向けられていた機関銃へと、似たような大きさの銃器を叩きつけて、銃口の軌道を鈴の額から逸らしたピンク色の影。
立ち並ぶ木々の間から飛び出してきた人物。
自分とイルファ、その間に立つ一人の少女の姿。

「ほらほらぼーっとしないで、早く逃げちゃいなよ。せっかく助けてあげたんだからさ」

しっしっとこちらに向かって振られる手の平。
鈴に背中を向けたまま、振り返らずに話す彼女の容姿は非常に明るい色合いだった。
肩辺りまで伸びた、鮮やかなピンク色の外はね髪。
これまたピンク柄の学生服。
声もはつらつとしていて、顔を見るまでも無く活発な印象を与えてくる。
それらを順に見て聞いてから、鈴はようやく自分が助けられたのだという認識を得た。

「あ……あ……あり……がとう……」

ぎこちない礼を述べた後。
今の状況と、危機感認識が遅れて鈴に襲い掛かり。
硬直していた足に力が戻ってくる。
彼女の言葉に突き動かせるように、鈴はこの場から逃げようとして。

「お、おまえ……名前は……」

どもりながらも、どうしても、これだけは聞かなければいけないような気がした。

「あたし?」

少女はやはり振り返らず。
最後までこちらを見ないままで。

「あたしは……」

一瞬だけ考えた後に、

「あたしは“はるみ”――河野はるみ、だよ」

天真爛漫な声で、そう答えた。

644Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:15:05 ID:s2RcJ57E0


【時間:1日目15:30ごろ】
【場所:C-4 山道】


棗鈴
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】


アルルゥ
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:重症(左胸部創傷)】

645Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:15:26 ID:s2RcJ57E0



ー ー ー ー ー ー ー



音は彼女のもとにも届いていた。


「……いまのって……銃声……よね……?」

銃声、人が人を殺す為の音。
素人にも分る炸裂の旋律に、古河早苗の意識は後方に引き寄せられる。
少し前に公園から離れ、天文台へと進めていた歩を止めて、背後の山道を振り返った。

冷たい空気を引き裂くようにして去来した銃声は即ち、
ここからそう遠くない場所で殺し合いが始まった事を意味している。

「どう……しよう……」

どうするのかを考えなければならない。
感傷に浸っていられる時間もう終わっている。
まだ迷いはある、揺らぎはある、されどここは殺し合いの舞台。

自分の大切な物に思いを馳せる、恐怖に震えている。
心の痛みを搾り出すように涙を流す。
そんな僅かな時間すら、十分に与えてはくれないのだ。

赴くか、逆に離れるか。

彼女の中に巣くった恐怖。
無視できない疑問の解を見つけることすら出来ないままで。

状況は動き出した。


古河早苗は、血に濡れた手の平を、今は硬く握り締める。


【時間:1日目15:30ごろ】
【場所:C-4 山道】

古河早苗
【持ち物:NRS ナイフ型消音拳銃、予備弾×10、不明支給品、水・食料2日分】
【状況:健康】

646Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:16:40 ID:s2RcJ57E0

ー ー ー ー ー ー ー


鈴とアルルゥがその場から去った後も、暫く二人は言葉も無く対峙し続けていた。

機械の少女イルファと、
はるみと名乗った少女。

「ミルファちゃん……」

先に言葉を発したのはイルファだった。
しかし彼女は目の前の少女をはるみとは呼ばない。

「……お姉ちゃん」

はるみと名乗り、ミルファと呼ばれた少女はそれに否定も意義も唱えずに、受け入れるように呼び返した。
姉と呼ばれたイルファもまた否定しない。

つまり互いが肯定を表していた。
二人が間違いなくイルファとミルファであり。
そして、互いがメイドロボと呼ばれる存在であること。
分りきった前提確認の後で、二人はようやく会話を始める。

「そっか、お姉ちゃんはもう……決めちゃったんだね……」
「ええ」

はるみの言葉に咎めるような色は無い。
あっさりとしていた。
そしてイルファの肯定に淀みは無い。
毅然としていた。

「仕える主をお守りする。主人の為に殺す。それが今の私の使命であり、ただ一つの役割です」

だから殺す。この道に間違いなど無い。
罪悪感や迷いなど関係ない。
ただ己の使命だから、役割だから、実行すると言い切った。

「ミルファちゃんは……どうなんです?」

そして聞き返す。
自分と同じ在り方をしている筈の少女へと。

「あなたにも……守りたい人、守るべき人がいるんでしょう?」
「……うん。確かに私はダーリンが好き。守りたいと思ってる……けど……」
「だったら、どうして邪魔をしたんですか?」
「好きだし守りたいけど、だけど……私は……」
「何を迷っているのですか? そのために取れる手段は一つだけでしょう?」

毅然としたイルファとは対照的に、はるみの言葉は揺れていた。

647Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:17:21 ID:s2RcJ57E0
「本当に……そうなのかな……?」
「どういう意味ですか?」
「それしか、方法は無いのかな?」

そして迷いを表面に現すはるみと対照的に、イルファはあくまでも強靭だった。

「あたしも考えたんだよ。ずっと考えた。でも分らなかった」
「…………」
「ダーリンを守る為に出来ること、それは殺すこと。本当に、それだけなのかな? 
 本当にそれで正しいのかな? ダーリンは……それで笑ってくれるのかな……?」
「…………」
「私も最初はダーリンのために殺すのが正解なのかなって思ったの。
 でも、お姉ちゃんが人を殺そうとしてるの見て。
 それで、本当にこれで正しいのかなって、思っちゃって……それで、やっぱり上手く言えないんだけど……」
「――馬鹿馬鹿しい」

歯に物がつっかえたような言葉を発するはるみへと、
イルファは斬って捨てるような言葉を返した。

「つまり、ミルファちゃんは結論も出ない内から行動して、私の邪魔をしたということですか?」
「…………」
「その感情に何の意味があるのですか?」
「私はただ……」
「状況を見なさいッ!」

ぴしゃりとした怒号が上がる。

「正しいわけがないでしょう! こんなことが、許されるわけがありません……!」

身を竦めるはるみに、イルファは擦り切れたような声を上げた。

「でも、こんな状況なんですよッ!? 殺すことは転じて守ること、だから私達は仕えるご主人様の為に殺すしかない!
 そうでしょう!? それが他と両立できない使命であり役割なのですから!」

自分に言い聞かせるような声が、はるみの胸にも反響する。

「だけど私は……役割とかじゃなくて……私はただダーリンの……!」
「では、何か他に方法がありますか!?」
「う……」

言葉に詰まる。
そしてそれ以上つながれる事は無い。
この時点で論争は、はるみの負けだった。

「うん、そうなんだよね……分ってた。そうするしかないって、分ってはいたんだよ」
「だったら……これからすることも分るでしょう」

はるみは兎も角として、既にイルファの中では結論が出ていた。
諦めるように、振り切るように、イルファは一度だけ首を振って。
そして銃を持ち上げる。
妹を、殺すために。

648Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:17:43 ID:s2RcJ57E0

「うん、分ってる。でもやっぱり、まだしっくりこないな……」
「まだそんなことを……」
「――だからさ」

妥協するように、吹っ切るように、ミルファは動じずに。
そして銃を持ち上げた。
姉を、殺すために。

「実際に行動して、確かめてみることにする。本当にこれでいいのかどうか。
 私はダーリンのために殺して、その感触を知ってから。
 全部、決めるよ」

互いに向ける二つの銃口
互いに向けられる二つの銃口。

「……そう。あなた最初からそのつもりで……。
 こんな事になってしまって、ごめんなさいね。ミルファちゃん」

「謝らないでよ。お姉ちゃんのせいじゃないんだし、一応あたしだって望んでやる事なんだからさ」

トリガーに掛ける指は互いに重く、やるせなく、切ない。
どうしてこんな事になったのか、こんなこと本当はしたく無いのだ。
ただ今だけは、守るべき人、守りたい人のために、やるしか無いのだから。

「「…………!!」」

だから同時に引かれるトリガーと、再度鳴り響く銃声を皮切りにして。
二人は殺し合いを開始した。

649Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:18:25 ID:s2RcJ57E0



ー ー ー ー ー ー ー



轟音が山を駆け上がる。

絡み合う射線、交差する数多の銃弾、煌くマズルフラッシュ。
喰らい合うように撃ち合いながら。
二つの影が山道を登っていく。

影の正体は二人の少女。
飛び交う無数の鉛玉は二人の間に点在する木々を貫き、斜面の土をえぐり飛ばし、二人の身体を傷つける。
それでも二人は止めようとしない。
これはどちらかが倒れる間で続くデスマッチだ。
途中で降りることはできない。

イルファは血を吐くような思いでトリガーを引いていた。
常人を遥かに超える脚力で山道を走り抜けながら。
視界を流れ飛び行く風景、木々の向こうに捉える妹の姿へと、両手に抱えるM240機関銃を撃ち続ける。
痛む心中とは裏腹に無骨な銃器は実に精巧だった。
黙々と、破壊と殺意を振りまいていく。

どうしてこんなことをしているのだろう。
何故妹に銃を向けなくてはならないのか。
身を斬るような苦しみは尽きなくて。
でも他に道はなくて。
そして立ち止まる気も今はない。

敵は殺す。何であろうと。誰であろうと。
故に心を殺す。
ただ守るべき主の為に血を被り、罪を犯そう。


――だからこんな、苦しいだなんて、人間らしい感情は全て消してしまえたらいいのに。

弾雨の中で、イルファはそんな事を思っていた。

650Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:19:52 ID:s2RcJ57E0

◇ ◇ ◇


初めて撃った銃はタイプライターのような、独特の銃声を奏でていた。

「あはは……お姉ちゃんったら、ほんとに容赦無いや」

段差や木々をかわしつつ走りながら、
はるみは側面から飛来する弾丸へと自らもまけじと銃撃を返す。

彼女はいま不思議な感傷に囚われていた。
やるべきことだけは分っている。
目の前の敵を倒す。それしかない。

けれどこの胸の疼きはなんだろう。
全身の震えはなんだろう。
今すぐに逃げ出したいと言う感情はどういうことなのだろう。

よく分らない。
分らないけれど。
思い当たることはあった。

「もしかして、これが本当の意味で哀しいってことなのかな?」

この身体ではそう長く生活していないけれど。
感情の起伏と言うものにはそれなりに慣れたつもりだった。
しかし未だかつて体験していない悲哀がここにある。

こんな時に、こんな場合で、新しい感情に触れることが出来た。
それがなんだかはるみにはとても可笑しく思えて。

そして、何よりもやるせなかった。

651Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:21:08 ID:s2RcJ57E0

◇ ◇ ◇


たどり着く山の最上部。
勝負は言葉通りの頂上決戦となった。

登るにつれて縮まる二人の距離は一刻も早く勝負を決めるため。
こんな辛い時間は早く終わらせてしまいたい。
そういう二人の意志を示すように、双方が必殺の間合いへと近づいていく。

イルファは最後まで機関銃を腰元で構えて撃つ姿勢を崩さなかった。
対照的にはるみは接近した瞬間に戦法を切り替えた。

はるみは弾幕を耐え切る。
木々と自分の銃を盾に、そして機械の肉体を鎧にして、ひたすら距離を詰めながら。
銃撃から、打撃へと切り替える。
戦いの最初に、イルファの目の前に割って入った時のスタイルへと。
トリガーから手を離し、銃身を掴み取って鈍器へと用途を変える。

「はああっ!」

今は銃と言う役割を捨てているただの鉄塊を担ぎ上げ、イルファへと一気に肉薄した。
リロードの隙を突いて飛び出し、全体重を乗せ脳天めがけて振り下ろす。
銃が壊れるのでは、という懸念を一切無視した乱暴な扱い。
それは下手な手加減はこちらの命取りだという、敵への警戒とある種の信頼の裏返しでもある。
もちろん決して過信ではなく事実だ。

「ふっ!」

イルファは、はるみの振るった全力の一撃を片腕を盾にして凌いでいた。
普通の人間ならば頭がかち割られていたであろう重さの鉄槌を、鉄を剥き出しにした左腕で掴み取る。

「でもパワーなら、私の方が……ッ!」

力ずくで押し切ろうとするはるみ。

「…………」

しかし、イルファはそれを許さない。
腕の力を抜きながら、身体を横にズラす。

「あ、らっ?」

間の抜けたような、はるみの声が零れ落ちた。
直後に鉄が地面を打つ音が響く。
はるみの一撃は綺麗に空ぶり、はるみ自身は躓いたように体勢を崩していた。
イルファにはそれだけの時間があれば十分だった。

「ミルファちゃんは動きが大雑把すぎるんです」

伸ばされたイルファの手がはるみに触れた瞬間だった。
がくんと、はるみの全身が弛緩した。

652Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:21:24 ID:s2RcJ57E0


「うそ……力が……抜けて……」
「それに経験も浅い。メイドロボのツボを突きました」

一気に動きが鈍くなったはるみにむかって、イルファは片足を後方に振り上げる。
そして渾身の力を込めて、蹴り上げを放った。
元はサッカー選手用に作られていたメイドロボ。その規格外の脚力全てが込められた一撃。
例え相手が同じメイドロボであろうとも、ただで済むはずが無い。

「がっ……は……!?」

吸い込まれるように、はるみのわき腹へとイルファの足が直撃した。
内部から何かが砕ける音が漏れてくる。
続いて二発三発と蹴りが叩き込まれ、はるみの体が何度も跳ねた。
ダメージの量は考えるべくも無い。

「ぐっ……ぅ……」

嫌な音が数度重なった後、はるみは遂に根を上げたように膝を折る。
蹴られたわき腹に手を添えて、地面に蹲った。
容赦なくその脇腹へと、機関銃の銃口が突きつけられる。

ただでさえ内部が損傷しているであろう部位に、至近距離から機関銃の一点射撃を叩き込めばどうなるか。
はるみもイルファも分らないはずが無かった。
けれど一方は止めないし、一方は止められない。
勝敗は完全に決していた。

蹲ったはるみと、立ち尽くしたイルファの視線がしばし交錯する。

「お姉……ちゃん……あたしを殺すの?」

その言葉にイルファは何を思ったのだろう。
そう呼ばれることに何を感じ取ったのだろう。
何も答えられない。
なんの感情も返さないままで彼女はただ、

「ごめん……なさい……!」

かける言葉は最後まで、謝罪しか見あたらず。

イルファは顔を背けて――



山の頂上、最後の銃声が轟いた。

653Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:22:26 ID:s2RcJ57E0

ー ー ー ー ー ー ー


ゆっくりと目を開いていく。
機関銃に装填されていた弾丸全てを撃ちきり、硝煙の香りが当たり一面に立ち込めていた。
期間にして数秒も掛からない。
イルファは全てを終わらせてから、たった今犯した一つの罪を見つめようとして。

「……!?」

その異変に直面する事となった。

「なぜ……?」

いない。
先ほどまで蹲っていたはずのミルファの姿が無い。
たったいま機関銃で完膚なきまでに破壊したはずの彼女がいないのだ。
目の前には銃撃によって大きく抉られた地面と、大量に転がる薬莢と、
ミルファの制服の切れ端と人工皮膚の欠片だけが散っている。
そこにあるはずの死体はどこにも見当たらない。

「いったいどこに!?」

叫びつつ数歩踏み出して、ようやくイルファは気づく。
先ほどまでミルファが蹲っていた場所の真後ろ、そこは山道の外れのさらに外れた場所。
急激な斜面になっていた。
下方を覗き込んでみれば、人一人が転がり落ちたような形跡が残されている。

ここまでくればもう確定だった。
ミルファは銃弾を受けながらもなんとか力を振り絞り、後ろに向かって転がったのだろう。
そして山の斜面を滑り降りて、この場から離脱したのだ。

「逃げられた……」

一瞬のことだった。
しかし、一瞬目を逸らさなければ見逃さなかったミスだ。
まだ甘かった。
せめて妹を殺す瞬間は見たくない。
そんな甘えがあったから、失敗した。

「…………ッ!!」

唇をきつく噛み締める。
こんな失態は二度と許されない。
並ではない傷をミルファに与えた、その確信がある。
だからこそ中途半端に逃した事が罪深い。

こんな事は二度と無い。
もう、後戻りは出来ないのだから。
イルファは妹すら壊してしまう事を是とした。
ならばこれ以上中途半端な迷いや振る舞いは許されない。
でなければ自分が守りたい者にも、そのために犠牲にする者にも失礼だろう。

「私はもう、引き返せないのですから」

繰り返し、言い聞かせる。
人の心を持った機械は心まで機械でありたいと願う。
そんな矛盾を抱えていた。

654Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:22:47 ID:s2RcJ57E0



【時間:1日目16:00ごろ】
【場所:C-6】

イルファ
【持ち物:、M240機関銃 弾丸×298 水・食料一日分】
【状況:軽傷】

655Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:24:00 ID:s2RcJ57E0


ー ー ー ー ー ー ー



どれくらいの時間が経ったのだろう。
目を開けば、暮れようとする太陽が浮かんでいた。
燃える赤を掴み取るように、掬い取るように、はるみは空に手を翳す。

手の平から零れ落ちた陽光がやけに輝いて見えて。
ふっと、頬に笑みが浮かんでいた。
まだ生きている、この世界を感じられる。
ここにいられる。
それが何よりも嬉しく感じたから。

「……お姉ちゃん」

だからこんなにも辛いのか。
大切な人との離別が恐ろしく感じるのだろうか。

「あたしには、まだわかんないよ……」

あの言葉は我ながらズルイ台詞だなと思ったけれど、おかげで壊されずに済んだらしい。
イルファの一瞬の隙をついて背後にあった山の斜面から転がり落ち続け、そこから暫く走り続けた後。
はるみは森の下部の岩場に倒れこんでいた。
ここなら例えイルファが追撃を仕掛けてきていても、すぐには追いつかないはずだ。

もう一度目を閉じようとして、ふと音を聞いた。
こちらに近づいてくる小さな足音。
反応するために身体を動かそうとして、異変に気づく。

「あちゃー」

右のわき腹から軋みが上がった。
電気的な、明らかなる異音。
重度の内部損傷の警告を示すそれに、はるみの表情が引きつる。
視線を下げて見てみれば、わき腹の金属部が一部だけ剥き出しになっていた。

「痛いなぁ、これ……」

傷ではなく心が痛い。

胸の疼きを感じながら首だけを傾けて、
いつの間にか隣に来ていた足音の主を見る。

「……っ」

息を呑むような声が聞こえた。
その人物は夕焼けを背に立っていた。
小さい影がはるみの上に長く伸びいる。
背は小さい。
小柄な体格と中性的な顔つきから少年なのか少女なのか区別はつかなけれど、
声からしておそらく少年だろうか。
少年の手にはナイフが握られている。
切っ先は真っ直ぐにはるみへと向けられている。

656Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:25:40 ID:s2RcJ57E0

「ねえ、君は……」

はるみは少年の耳を見つめていた。
変わっているねと言おうとして、お互い様かと思いなおす。
少年の顔は逆光でよく見えないけれど、
どうやらはるみのわき腹、露出した金属部に視線を向けているようだった。
暫く待ってみても、刃は未だに振るわれない。

「君は……迷っているの?」

はるみの言葉に、少年はびくりと分りやすい反応を返した。
はるみに向けて振り下ろそうとしていたナイフをいっそう強く握り締めて。
少年はそのまま動かない。それとも動けないのか。
驚いた表情ではるみの言葉を聞いていた。

「ははっ……じゃあ、あたしと一緒だね」

何故だか確信を持ってしまい、はるみは笑みを浮かべてみせる。
少年は視線を逸らして、ゆっくりとナイフを下ろす。
悔しそうに、もどかしいように、肩を震わせながら言う。

「でも、仕方ないんだ。だってこれは戦だから、僕は殺さなくちゃいけない」
「うん。方法は一つしかない、だから難しいんだよね」

はるみは身体を起こしていく。
身体はまだ動くようだ。
はるみに戦意が無いと分かっているからか。
その間、少年は攻撃を加えてはこなかった。

「じゃあさ」

勝手に動くような舌に任せて、マイペースに呟きながら。
時間をかけて立ち上がる。
痛む傷を黙殺して、二本足で身体を支える。

「あたしと、一緒に行かない?」

そうして少年へと、手を差し伸べた。

657Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:26:06 ID:s2RcJ57E0

「どうして……?」
「なんとなく、かな」

本心だった。
ただなんとなく、どうせなら同じような思いを抱えている人と一緒にいたいと思っただけだ。
そしてこの思いを共有できたことが嬉しかったから。
気のせいや錯覚かもしれないけれど、それでも悪くない気分だったから。
つい、思ったことを口にしたのだ。

「…………」

少年は答えない。
見るからに戸惑っていた。
視線がはるみの手と、自らが握るナイフの間を往復し続けている。

「ほら、行こっ」
「あっ」

じれったいくなったはるみは、少年のナイフを持っていない方の手を掴み取っていた。

「あの……ちょっと……!」

戸惑う少年の手を引いて走り出す。
これからどこに行くのだろうと、自問する。
殺しに行くのだろうか、それとも他の何かか?
分らないけれど、分らないなら悩んでる時間は勿体無い。
まずは何か行動を起こしてみよう。
それこそがはるみにとっては一番の近道。
そしてきっと。自分の好きな自分であり――

「ほら、はやく行こっ! 
 早くここを離れないと、怖ーいお姉さんに見つかっちゃうかもしれないし」

猪突猛進、有言実行、支離滅裂、言語道断。
彼の為ってだけじゃなくて、彼が好きだから、好きである限りどこまでも突き進む。
それが、河野はるみ、なのだから。

「あたしは“はるみ”。河野はるみだよっ!」

だから彼女は高らかに、胸を張って、その名を名乗っていた。



「ねえ、君の名前は?」





【時間:1日目16:30ごろ】
【場所:D-6】

河野はるみ
【持ち物:トンプソンM1928A1(故障の可能性あり)、予備弾倉x3、水・食料一日分】
【状況:右腹部中破】

ドリィ
【持ち物:イーグルナイフ、水・食料一日分】
【状況:健康。若様のために殺す。グラァは……】

658 ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:27:19 ID:s2RcJ57E0
投下終了です

659糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:07:57 ID:87ksLycA0
コツ、コツ、コツ……
コツ、コツ、コツ……

島の北部に位置する廃村に、乾いた足音がふたつ響いていた。

「ふむ、なかなか目当てのものは見つからないな」
「いやしょうがないんじゃない?地図にも廃村って書いてあるし」

仮面の皇・ハクオロ。
女子高生・藤林杏。

ふたりは、青髪の少女の襲撃を振り切った後、進路を変えてこの廃村まで

やってきていた。

660糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:11:46 ID:87ksLycA0
数時間前――

杏の操るミニバイクから、エンジン音が遂に消え去った。
ガソリンが完全に切れたのである。

「あっちゃーガソリンゼロかー。もうちょっと行けると思ったんだけどな」

「これがさっき言っていた「ガスケツ」というやつか」

「そう。まさか引っ張って行くわけにもいくまいし、これはここで乗り捨てね」

「それなんだが、杏。私にこの「バイク」のことを、もう少し詳しく教えてくれないか?」

「え?それはいいけど…、大丈夫なの?こんなところで」

「ああ。もう追っ手は撒いたようだし、
 君もさっきから休み無しでここまで来て疲れただろう。
 休憩ついでに君の知っていることを聞かせて欲しい」

こういう進言もあり、ミニバイクを街道脇の岩陰に寄せ、二人は一息つくのであった。

ハクオロの関心は、自分と杏が明らかに違う世界の住人であったことだった。
杏は皇の中でもとりわけ有名なハクオロのことを知らなかったし、
ハクオロは当然のように普及しているはずの機械の数々を知らなかった。
先ほどイルファを退けたエクスカリバーMk2も杏の世界に準ずる機械であった。
ならば、杏の世界について詳しく知ることは必ず利になると考えたのだ。

元々賢皇として名高いハクオロのことである。杏の語る科学技術に並々ならぬ興味を持ち、
さらにそれらをあっという間に理解してしまうのだった。

そして、主に銃と乗り物のことについて聞き出したハクオロはこう提案した。

「一度、引き返してみないか?」

「な、何言ってんのよ!またあの青紙の女がいるかもしれないじゃない!」

「いや、それはないだろう。彼女は明らかに誰かを探しているようだった。
 情報を聞き出した私たちを見失った以上、
 追い続けることもその場に留まることも彼女の益にはならないはずだ」

「そ、それもそうかもしれないけど!でも、わざわざ引き返すこともないじゃない!!」

「地図を見てくれ。ここに廃村があるだろう」

「それがどうしたのよ」

「廃村なら昔は人が居たということだろう?なら、残っている物資がまだあるかもしれない。
 最高なのは、「ガソリン」が残っていることだ。
 私たちが巻き込まれたこの戦いにおいて、速い足があることはこの上ない優位になる」

つまり、ハクオロの目的は廃村を探索し、武器などの役立ちそうな物資、
あわよくばガソリンを見つけてここに戻り、ミニバイクという足を復活させることだった。

「どうだろうか?状況が不明瞭な以上、悪くはない提案だと思うのだが?」

「……う〜〜〜、わかったわよ!乗った!!」

というわけでこの数分の後、二人は街道を引き返し、廃村に向かったのだった。

661糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:12:10 ID:87ksLycA0
結果を言えば、探索はあまり芳しくなかったことになる。

廃村は畑や林が点在する中にちらほらと住宅地があるようなところで、
隣の家がかなり離れている所も珍しくはなかった。
食料品は皆無。廃棄された村なわけだから当然である。
家の中にはちょっとした薬などの医療品や日用品が僅かに残されているだけで、
武器になりそうなものも鍬などの農具がせいぜい、というところだった。

そんな村に、肝心のガソリンスタンドなんてものはあるはずも無かったのだった。

「収穫はあるにはあったが…」

「しょぼいわね…」

探索して集まったものは、救急箱や文房具、包丁1本など、あると無いとでは雲泥の差があるが、
それでもパッとしないものばかりだった。

ちなみにガソリンスタンドは無いが、
実は駐在所と村役場には少量だが中身の入ったガソリンタンクがあったのだが、
短時間の探索でそれを見つけることはできなかった。
これには、ハクオロが現代の知識に疎かったことも影響している。

「バイクは諦めるしか無いか……」

「まあこんなものでしょ。薬とかがあったんだし、これで良しとしましょうよ!」

「ふむ、それはそうかもしれないな。」

「ええ」

こうして、二人は改めて所持品の整理を始めるのだった。

収集したものをデイパックに詰めていく二人。しかし、ふと杏の横顔に不安がよぎった。

「どうした?杏」

「しかし、椋はどこにいるのかしら…」

「椋…君の妹君だったか」

「うん…」

二人は、廃村までの道中にお互いのあらかたの身の内を話し合っていた。
ハクオロの家族と家臣のことも、杏の双子の妹と友人たちのことも、既に二人は把握していた。

その上で、基本的な方針を知人の捜索、及びゲームに乗っていない人間との交流としていた。
あまりゲームの破壊に積極的でないところは、状況が不明瞭なことと足元の脆さ、
それに戦闘に慣れていない杏にハクオロが配慮して提案した結果だ。

しかし、皇としての責務以上に、
家族であるエルルゥやアルルゥが何よりも心配、というのも本音であった。

(そうだ…、早くエルルゥたち、それに杏の知人を見つけなければならない…。
 しかし名簿によると参加者は120。
 広さもわからないこの島で、果たして早々に特定人物を見つけることができるのか…)

だがやらなければならないのだ。
少しでもこの少女に安寧を与えるためには。


こうしているうちに、荷物の整理が終わった。

ハクオロの支給品からは黒塗りの剣が見つかり、
武芸の心得があるハクオロはこれを腰に差した。
代わりに、エクスカリバーMk2は杏が持つことになった。
元々現代の物である銃器はハクオロには向かないのだ。

「ハクオロさん、次はどこに行くつもり?」
「そうだな、山越えになるが、天文台に向かってみよう」

地図に書いてある施設ならば人が幾分集まりやすいだろうし、
天文台ならば街の方を観察できるかもしれない。

「わかったわ、それじゃあ行きましょ…」

杏が言い切る前に。パララララッと小気味の良い音がして。

気がつけば、杏の足から一筋の血が流れていた。

それを目にした瞬間に、ハクオロは杏の手を取り、

「…っ!逃げるぞ、杏!!」

駆け出していた。

662糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:13:17 ID:87ksLycA0
「あー、外しちゃったか。まあ初めてなら仕方ないよね」

そう呟き、逃げ出した仮面の男と菫色の髪の少女を追いかけるのは笹森花梨だった。

鍾乳洞で竹山、渚とチームを結成した後、竹山の提案で三人は廃村に向かうことになった。
とにかく鍾乳洞から移動して標的を探すことと、
どこかに行くのなら地図に名前が書いてある施設の方が良い、という判断からだった。

かくして、判断は功を奏した。

廃村に到着してまもなく男と少女の二人組の影を見つけることができ、
そのまま鍾乳洞でのある程度の打ち合わせ通り、まずは花梨が二人を襲撃したのだ。

「でもやっぱり見た目ほど簡単じゃないなあ、銃って。…かっこいーけど!」

パララララッ!

走り、たまに前方に向かって弾をばらまき、二人を追い立てながら呟く花梨。
実際、花梨が足を傷つける程度で攻撃をやめたのは、銃に不慣れだったからだ。
戦いの世界の出身である竹山にある程度のレクチャーは受けたが、
それでも実銃に触れるのは初めてなのだ。

(しかしあのお兄さん、速いなあ)

花梨が追う男は逃げるだけで、一切振り向かずに走り続ける。
しかし、足を傷つけた人間を連れ、銃を持って追いかける人間に距離を保ち続けている。

(何かやってる人なのかな?)

顔はよく見えなかったが、着物にどこか様になった走り方は、
「何かある」と思わせるに充分な要素だった。

しかし、負傷者を連れた二人組より、
武器を持った個人の方に部があるのは当然でもあった。

パララララッ

「きゃぁっ!」
「ぐっ…!」

「〜♪ちょっとずつ慣れて来たね」

今度は当たった。
少女の方には脇腹に。男の方には腕にそれぞれ掠った。

男の方はともかく、もう既に少女の方にはかなりのダメージが溜まっていた。
後ろを走る花梨から見ても、少女の方の足は覚束無くなってきており、
段々と自分と二人組の距離も縮まってきていた。

もうすぐ、追いつく。

(でもちょっと疲れてきたよね)

二人組ほどではなかったが、花梨も余裕を見せているようで、
はぁはぁと息が荒くなってきていた。

(ふぅ…、ん?)

気がつくと、逃げる二人は道の先にあった角に曲がり、見えなくなっていた。

そして、急速に前方から聞こえていた足音が止まる。

(ということは…そっか、なんだかんだ言って流石だね)

そう心の中で呟き、自分も角を曲がる。

するとそこには、当然のように先ほど自分が追っていた二人と。
その先には。

銃を構えて二人に向きあう、古河渚が立っていた。

663糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:13:35 ID:87ksLycA0
「う、動かないでください!!」

曲がり角の先に待ち構えていた少女が叫ぶ。

(…くそっ)

要するに誘導と挟み撃ちである。

まずは先ほど自分たちを襲ってきた少女が銃を用いて危機感を煽り、追い立て。
行き先を誘導した先には仲間を配置し、挟み撃ちにする。

誘導が失敗すれば無駄になる策だし、杜撰と言う他ないが、
実際に成功すればあちらの勝利は揺るがなくなる。
それに今回は杏が足にケガをしたのもあり、余計に余裕がなくなり、
あっさりと誘導を許す結果になってしまった。

「さあ、もう観念した方がいいよ?」

先ほどの少女が追いついて言う。

こちらにも一応は、廃村探索時に弾を詰め直したエクスカリバーがあるものの、
先ほどの逃走で、あの銃が連射性に優れた物だということはわかっている。
前方に行き場を塞がれては、アレで穴だらけになって終いだろう。

それでもと、今エクスカリバーを持っている杏に囁きかける。

(杏、その銃を…杏?)

今初めて、ハクオロは杏が顔を蒼白に染めていることに気が付いた。

「杏、どうした杏?」
「…………………っ!」

呆然とする杏の視線は、自分たちに行く手を塞いだ少女に注がれていた。

(彼女がどう…、…っ、杏と同じ服!?)

それに、自分たちに銃を構えているその少女も視線は杏の方に向いており、
その上で杏と同じように顔を青くし、目には涙が溜まっていた。

「き、杏ちゃん…?」

敵として現れた少女の唇が動く。
それに呼応して、杏の唇も。

「なんでよ…。
 なんであんたがそんなもの構えてるのよ、渚っ!!!」

664糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:14:14 ID:87ksLycA0
「ちょっと渚ちゃん…、その子と知り合いなの!?」

身体を震わせ、わからないほどに小さく頷く渚。
しかし、それでも未だに銃口は杏とハクオロへと向けられている。

「渚は私の友達よ…!
 それよりあんた!なんで渚がこんなことをしてるのよ!!
 あなたのせいでしょう!?」

「なっ、これは私たちみんなで決めたことだよ!」

「嘘を吐くなぁっ!!渚が、渚がこんなことする子なわけないでしょう!
 あんた、渚に何言ったの!!?」

疲労と絶望の表情を貼りつけたまま、さらに憎悪を迸らせて花梨を睨む杏。
杏にとって、渚はこのようなこととは最も無縁な存在だった。

許せなかった。
信じたくなかった。

渚だけは、渚だけは銃を握ってはいけなかったのだ。

「君…渚と言ったか」

杏が花梨に叫ぶ一方、渚に向かいハクオロは語りかける。

「私はハクオロと言う。
 まだ出会って間もないが、ここにいる杏と行動を共にしている」

少しずつ、言葉を区切りながらゆっくりを言葉を投げかける。

「君は杏と友人同士のようだな。
 こんな形で無ければ私もこの出会いを喜びたかったのだが…。
 とりあえず、聞いてみるよ。
 どうして、このようなことを?」

「わ、私は……!」


「杏を、殺すのか?」


「そっ、そんな、私は…!!」

「渚ちゃん!!」

ハクオロの問いに対してはここまで静観していた花梨が口を割り込ませる。
渚は竹山の話を忘れている。
死後の世界と転生の話を。
早々に友人に銃を向けてしまった立場としては仕方ないかもしれないが…

「竹山くんの話、忘れたの!?」

「あっ…、そうです!ここはもう死後の世界なんです!
 私たちはもう死んでて…、誰かがここで死んでも、
 それは次の世界に生まれ変わるってことなんです…!!」

665糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:15:54 ID:87ksLycA0
こうして、渚は竹山から聞いた話をぶちまけた。

それは、それなりに杏とハクオロを驚かせるには充分な独白だった。

(は…、死後の世界?そんな馬鹿なことがあるっていうの?)

杏は、主だっては呆れの感想を抱いた。表情にも出てしまっている。
呆れと一緒に、そんな話で渚が「こう」なったという絶望感も。

(竹山…?やはりまだ仲間が居るのか。それより…)

「だから、杏を殺しても大丈夫なのか?」

「そうです!だから、私はみんなを生まれ変わらせるんです!」

「渚、そういうことじゃないだろう。
 君と杏は、友人なんだろう?
 杏は君のためにここまで怒れるほどの、大切な友人なんだろう?」

「そうです!だから、私がやるんです!このことを知ってる私が!」

「違う。
 例えここで君が杏を殺しても生まれ変わるという話が真実だとしてもだ」

「君が」
「その手で」


「友人を殺すということを良しとできるのか?」


そんなにも、その手を震わせているというのに。
杏が、ここまで怒るほど優しい少女だというのに。

「私は…、例えそれが正しいことで免罪符があったとしても、
 親しい者たちをこの手にかけるなんてことを許せそうもない…。
 君はどうだ?それでも杏を撃つことができるか?」

本当に親友を殺すなんて外道になれるのか…?

「でも…でも私は…!」

(彼女には…少し時間が必要か?)

彼女…渚は、本来は本当に心優しい人間なのだろう。
それこそ、虫一匹殺せないような。

だからこそ、彼女をこちらに帰すことができるのではないかとハクオロは考えた。
それに杏の友人に、殺しなどという真似をさせるわけにもいかない。

それに「死後の世界」。彼女を狂わせたキーワードを得ることもできた。

そして、更なる説得のために背後を振り返る。

「君の名は何と言う?」

「……笹森花梨」

「では、花梨。君もその生まれ変わりとやらを信じているのか?」

「そりゃ信じてるよ。だってこんな状況ありえないでしょ」

竹山の語る「死後の世界」とバトルロワイアル。
二つの異常な場所は結びつけるのに充分な話だろう。

「だが、その竹山とやらもこのゲームの参加者なのだろう?」

「…うん、そうだよ。首輪もある」

「しかし、そもそもここが「死後の世界」ではないかもしれない。
 それに、その「死後の世界」でも転生などないかもしれない。
 どちらも確かめようのないことなんだよ花梨。
 そんな不確かなもののために、人殺しという愚を犯すつもりなのか?」

竹山は「死後の世界」から連れてこられただけで、ここはまた別の世界かもしれない。
ハクオロ自身、自分の常識が通じない場所に連れてこられているのだ。
竹山の持つ「死後の世界」の常識が通じない可能性は充分にある。

それに、生まれ変わりなど、
実際に生まれ変わった人間を探し出して話を聞かなければ確認しようがないのだ。
この話は竹山の常識なのかもしれないが、真実かどうかはわからない。

「そ、それは…」

正論を突かれ、どもる花梨。

666糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:16:13 ID:87ksLycA0
本音を言えば、この時点でもう花梨は二人を襲う気を無くしていた。
ハクオロの言う事は尤もだし、杏の視線は怖い。
それに、青ざめて震える渚を、もう見ていられないのだ。

まだ、ゲームに乗る気はある。
気の良い仲間に強力な火器。戦力はそれなりにあるし、
生まれ変わりのことが無くてもこれはバトルロワイアル。
生き残るには最後の一人になるしかないのだ。戦いは避けられない。

その、戦いたい自分が、退却を邪魔していた。

(うう…分が悪い…悪いけど…
 こっちの方が強いのに…!!)

そう、花梨が葛藤している時だった。

「動かないで!」

ハクオロ、渚、花梨、杏。
この場にいる四人の誰とも違う声が響き渡る。

ここで確認しておくと、ハクオロ、渚、杏の三人は、全員花梨に注目していた。
つまり、渚側に気を払う物は誰もいなかったのである。

その隙に。

「妙な真似をすると、彼女の頭に穴が空くわよ」

金髪の少女、朱鷺戸沙耶が古河渚の頭に拳銃を突きつけていた。

667糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:16:40 ID:87ksLycA0
(ふぅ…とりあえずは成功ね…)

カッコいい人質宣言を放った直後、沙耶は密かに息をついていた。

優季と共に山を降り、廃村を探索していると、
銃を持った二人に挟まれている男女を発見したのである。
いわゆる修羅場だ。

主催打倒を目標にする沙耶としては、武器も仲間も欲しい。
腰に黒塗りの剣を差している男は仮面をして怪しいが精悍な男だし、
少女のほうは尋常な様子じゃないものの、肩からグレネードランチャーを下げている。

今のところ戦況は膠着状態のようだし、
ここで自分が乱入すれば二人を助けられるかもしれない。

もちろん常識人かつ戦闘慣れしてない優季は反対だった。

「でも無茶ですよ!あんな凄そうな銃相手に!」

「見たところ、あのアホ毛の女の子がファイブセブン、
 奥のお下げの子がP90ね。いいもの持ってるじゃないちくしょう」

「解説も毒も要らないです!」

「でもあなたもあの二人助けたいんじゃない?」

「それは…そうですけど…」

「大丈夫よ。さっきは失敗しちゃったけど、
 今度こそ私がスパイたる証拠、見せてあげるわ!
 というわけで、あなたはここで待っててね」

「え、ちょっと!朱鷺戸さぁああああん!!」

668糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:17:04 ID:87ksLycA0
という流れで花梨の動揺を突き、渚を人質に取ったわけである。

(ふふふ驚いてる驚いてる…)

沙耶の考えとしては、渚を盾に花梨を引かせ、その後で渚を花梨に返すつもりだった。
花梨がゲームに乗っていてもチームな以上、仲間を失いたくはないだろう


「き、君は一体何だ…?」

あまりにいきなりの出来事にハクオロがどもりながら言う。

「さあね。今私が望むのはひとつだけよ。そこのあなた!」

「わ、私!?」

「そう、そのP90のあなたよ。彼女を撃たれたくなければ、ここを離れなさい」

「渚ちゃんはどうするつもり?」

「そうね、あなたが充分離れたところで銃をもらって解放って感じかしらね。
 あなたのそのP90は強力。今ここにいる全員を一瞬で全滅できるわ。
 でも、銃一丁と仲間一人。どちらかひとつなら決まったもんでしょう?」

渚と杏が友人同士であったこと。
ハクオロによる「生まれ変わり」論破。
そして沙耶の乱入。

あくまで花梨も渚もチームとして行動している。
最早事態は、花梨ひとりの手に負えるものでは無くなっていた。

(引くしかないの?でも竹山くんのこともあるしなあ…。
 どうすればいいのよ…!)

「で、どうするの?」

急かす沙耶。

「ま、ちょ、ちょっと待ってよ!!」

焦る花梨。

渚は今度は自分の生命の危機に顔を青くし、ハクオロと杏は静観に徹していた。
ハクオロとしてはここで渚を説得したいところだったが、沙耶も銃を持っている。
さらに言えば、沙耶には渚や杏、花梨に見られる「動きの澱み」が無かったのだ。

(彼女は、銃に慣れている――!!)

ともなれば、今は行先を見守るしか無かった。

「ほらほら、早く決めなさいよ!」

「だ、だから今考えてるから!」

ただでさえ状況に翻弄されている花梨。
沙耶は、その狼狽から花梨がこの手の交渉に慣れていないことに気づいていた。
だからこその

「私としては彼女を返せればいいのよね。
 うーんどこか撃っちゃおっかな。手とか足とか…」

強気な挑発だった。

しかし、四人――特に本人――にとっては笑いどころではない。
発砲宣言に渚は身体を震わせ、
花梨はさらに思考の渦から抜け出せなくなった。

さらに、ハクオロの働きかけによって静かにはしているが、
友人を傷つける発言に、杏は沙耶に怒りの目を向けていた。
……沙耶は全く気付いていないが。

そして。

「さあ、そろそろ本当に聞かせてもらうわよ!どうす…」

こつん…

「誰っ!!?」

いきなりの物音にすかさず反応。道の角にP90を向ける花梨。
そこには、先ほど沙耶が別れたはずの草壁優季がいた。

「く、草壁さん!?」

思わず叫び動揺する沙耶。
それに合わせ、つい銃を追う花梨の方へ向けてしまう。

669糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:17:32 ID:87ksLycA0
ここで、この場所に関わる残り二つの事実を開示する。

一つ目は、初めて自分の名前を求め通りに呼んでくれた少女を助けるため、
ずっと気を潜めて隙を伺っていた者がいたこと。

そして二つ目は、沙耶の持っている銃のことである。
沙耶が渚を人質に取るために使った銃は、
あの、
グロック26だった。

花梨へ銃口を向けた沙耶だったが、自分の銃が銀玉鉄砲であることを思い出す。
そしてそこへ、竹山が飛び込んでくる。

竹山は、最初に花梨がハクオロ達をこの道へ追い込んだ時から、石垣の後ろで隠れていたのだ。
さらに言えば、挟み撃ち作戦を考え、この場所を陣取ったのも竹山だ。

竹山の支給品はノートパソコンだった。
彼のノートパソコンは、基本的なパソコンに付属してある最初の機能しかなく、
環境も整っていないために現状ではほとんど使い道が無い代物だが、
1つ、特殊な機能が備わっていた。
それが「エリアサーチ」で、パソコンを中心に周囲の首輪を探知するものだ。
竹山はこれを使い、ハクオロたちの現在位置を確認し、
渚と花梨で追い込みと挟み撃ちをする作戦を組み立てたのだった。
ハクオロが杜撰だと感じ取った部分は、この機能によって埋められていたのだ。

「渚さん!」
「く、クライストさん!?」

しかし、突っ込んできた竹山は渚を諦めた沙耶に阻まれる。
竹山とて死んだ世界戦線の一員であるが、その技術は頭脳労働に偏りがちだ。
対し、沙耶は現役のスパイ。身体を使った力、技術では竹山の及ぶ所ではない。
武器として持っていた尖った石――鍾乳洞で見つけた――を叩き落され、急所に肘を入れられ無力化する。

沙耶が竹山に対応している頃には、優季も同時に沙耶と渚の元へ駆け込んでいた。
実銃の前に飛び出すのは優季にとっては賭けでしか無かった。
しかし、そこをクリアして渚の方へ向かえば、
渚に当たる可能性が発生して容易に銃を撃てなくなる。

かくして天は優季に味方し、P90の前を通過することに成功した。
あとは、沙耶に合流するだけ。

そして、最後にひとり、渚の元へ向かう者がいた。
藤林杏である。

杏もまた、沙耶に生まれた隙を見逃さなかった。

――いつ渚が撃たれるかわからない――

ハクオロに言われて耐えてきたが、今を逃す手はない。
沙耶が誰のために渚を人質にしているのかはわかっているつもりだ。
ここで自分たちを助けること以外に、彼女の行動に益は無い。
しかし、彼女が殺そうと銃を向けている人は、大切な人なのだ。

(あの女を、止める!!)

沙耶を抑えこむべく、杏は渚の元へ向かっていく。

それぞれの想いを胸に、
竹山が、
沙耶が、
優季が、
杏が、
花梨が、
駆ける。

しかし、思い出して欲しい。
今この場所で、最も強い恐怖を抱いていた者は誰か。

持ち前の優しさを捨ててまで決めた道を踏み潰され。
友人を殺してしまうかもしれない恐怖に苛まれ。
つい先ほどまで生命の危機にさらされていたのは、誰か。

ここにいる全員が、もっとそれぞれについて考えていれば、
こんな「まさか」という結末にはならなかったかもしれない。


渚が沙耶から解放された瞬間に見た物は、

悪鬼の如き表情をして突進してくる親友の姿だった。

心が様々な恐怖でごちゃ混ぜになり、
自分が殺してしまいそうになったその人を見た時。

(いやです…こわい、こわい、こわい!!)

渚は、握ったままだったファイブセブンを持ち上げた。

一瞬。
杏の顔に恐怖と戸惑いが浮かび、

「危ない杏っ!!!!」

タァンと乾いた音が鳴った。

670糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:18:42 ID:87ksLycA0
一番初めに状況に気が付いたのは優季だった。

「な、何ですか…っ!?」

杏の前には、ハクオロが立っていた。
胸を真っ赤に染めている。
そしてそのまま、その場に崩れ落ちた。

沙耶の元に駆け出していた優季は、進路を変更し、ハクオロ達の方へと向けた。

「朱鷺戸さん!朱鷺戸さん!!彼がっ!!」

優季が沙耶に呼びかける頃には、全員が状況を確認していた。

渚が杏に向かって撃ち、それをハクオロが庇ったのだ。

「え…わたし…なんで…?」

そう呟き、未だ硝煙が立ち上るファイブセブンを握ったまま、
渚は茫然自失とした状態でその場にへたり混んだ。

「ハクオロ…さん?うっ…、ハクオロさん!?ハクオロさん!!」

尻餅を付いていた杏も崩れ落ちるハクオロを見てそばに寄ろうとするが、
腹部に激痛が走る。

FNファイブセブン。
FN社の開発したこの拳銃は、花梨の持つFN P90と使用弾薬を共通する。
これは高い初速を得、離れた距離の防火扉を穿つ高い貫通力を有するのである。
渚のファイブセブンから放たれた弾丸はハクオロの胸を貫き、
さらに後ろにいた杏の腹部をも貫通して地面に跡を残していたのである。

杏の腹からは先ほどの傷とは比較にもならないほどの血が出ているが、
それでもそれに頓着しようとせず、ひたすらハクオロの安否を心配する。




花梨は倒された竹山の元へ駆け寄り、助け起こして手を引き、走りだす。

「な、何をするんですか笹森さん!まだあそこには渚さんが…!!」

「わかってるよそんなこと!!
 でもこの状況で渚ちゃんを連れて逃げられると思うの!?
 それともあそこであの人たちと一緒に居れると思う!?
 無理に決まってんじゃん!!」

「で、でもそれでは…!!」

「悔しいけどここは逃げよう。
 あの杏って子も居るし、渚ちゃんが何かされることはないよ。
 それで、次は渚ちゃんを連れ戻すよ!!」

「…わかりましたよ…、くそ!!」

こうして、花梨と竹山はその場を後にした。
しかし、竹山にとっては、自分をクライストと呼んでくれた女の子の、
あの光を失った瞳がいつまでも頭から離れなかった。


【時間:1日目午後17時30分ごろ】
【場所:B-4 廃村】

竹山
【持ち物:ノートパソコン、水・食料一日分】
【状況:健康】

※ノートパソコンについて
ノートパソコンには、一定時間おきに機能が追加されます。
現在の機能は以下の通りです。
・「エリアサーチ」…使ってる間、ノートパソコンのあるエリア内に存在する機能している首輪がレーダーのように
表示されます。
今後、どのような機能が追加されるかなど細部は後続の書き手さんにお任せします。


笹森花梨
【持ち物:FN P90(20/50)、予備弾150、水・食料一日分】
【状況:疲労】

671糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:21:35 ID:87ksLycA0
花梨たちが場を去り、沙耶と優季もハクオロと杏の元へと走る。

「草壁さんはあの渚って子のことお願い!」

「え、朱鷺戸さんは!?」

「私はあの二人を看るわ!!そっちはお願い!!」

「わかりました!!」



「ハクオロさん!ハクオロさん!動いてよ!!」

杏はハクオロの身体を揺すり、叫び続けていた。
そこへ沙耶が飛び込んでくる。

「動かしちゃ駄目っ!!あなたも動いちゃ駄目!!」

「な、何よあんた…。私はいいでしょ…!?」

「気付いてないの…?あなた、お腹が凄いことになってるわよ」

「え…?そんな、何、これ…!?」

杏はそこで初めて自分のケガに気付いたようだった。
とても自分の物とは思えないような量の血が出ている。

「ええ、だから動いちゃ駄目。死ぬわよ」

杏に釘を刺す沙耶。
そしてハクオロの様子を看てみるが、その様子に息を呑んだ。

(これは…酷い。これじゃあ、もう……)

「き、君か…」

「っ、あなた、意識が…!?」

先程まで意識を失っていたハクオロが声を出した。

「は、ハクオロさん!?」

「杏…もいる、のか…。はぁ……
 なあ、そこの君…名前は…」

「沙耶。朱鷺戸沙耶よ」

「沙耶…、私の命は、やはりもうすぐか…?」

672糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:21:53 ID:87ksLycA0
「え!?」

反応したのは杏だった。そして、重苦しく沙耶が口を開く。

「ええ。即死しなかったのが幸運よ。それくらいに危険な場所を傷つけてる」

「そうか…。ありがとう」

そう呟き、ハクオロは安らかなような、覚悟を決めたような顔で、ため息を吐いた。

「杏…」

「…何、ハクオロさん?」

「私は、渚に撃たれたことを憎んではいない…。
 だがもし私のせいで君が彼女に負の感情を抱くなら…、やめて欲しい。
 私は君たちが元通りの友人に戻れることを願っているよ…ぐふっ…」

「ハクオロさん!?」

「………っ」

杏は、顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。
沙耶は、何も言わなかった。ハクオロが最期まで何か伝えられるようにと。

「それから…沙耶。
 できれば、ここから先は杏たちを助けてやってくれないか?頼む」

「……わかったわ。
 だから…安心して。ハクオロさん」

「ああ…ありがとう…」

もう既に、アスファルトの上は血溜まりになっていた。

「それに、できれば私の知人を探して欲しい…
 私の名簿に、知人には印を付けておいた…
 特に…エルルゥにアルルゥという姉妹…。
 彼女らは、私の最も大切な家族なのだ…」

これには、杏が答えた。

「ええ、もちろんよ!!きっと、ハクオロさんの家族を見つけてみせるわ!」

「ああ、やはり君はそうやって元気にしてるのが一番だ」

「…っ、なに、言ってるのよ、自分が、そんななのに」

「はは…、それもそうだ…
 ありがとう、短い間だったが、君と会えて、私は幸運だった…」

そう言ったきり、もうハクオロは動くことはなかった。

しばらく、付近には杏の嗚咽が響き渡った。


賢皇ハクオロの物語はここで終わった。
ある意味ではあるが、
こんなところで終わってしまったのが彼の不幸なら、
ここで逝ったのが彼の幸運でもあったのであろう。

ここには不運と同時に存在する幸運が数多くあった。逆もまた然り。

善も悪も。
愛も憎しみも。
禍も福も。

隣合わせに、そこにあった。

673糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:22:17 ID:87ksLycA0
【時間:1日目午後17時40分ごろ】
【場所:B-4 廃村】


藤林杏
【持ち物:エクスカリバーMk2(5/5)、榴弾×13 焼夷弾×20 閃光弾×16、黒塗りの剣水・食料一日分】
【状況:疲労、足・脇腹に軽傷、腹に重傷(処置すればなんとかなる)】
※黒塗りの剣は、鎖に登場した岸田さんの剣と対になるものです。
※エクスカリバーには閃光弾と榴弾が入れ替わりに装填してあります。

朱鷺戸沙耶
【持ち物:玩具の拳銃(モデルグロック26)、水・食料一日分】
【状況:健康、罪悪感と責任感】

草壁優季
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】

古河渚
【持ち物:FNファイブセブン(19/20)、予備弾50、水・食料一日分】
【状況:健康、自失】

ハクオロ
【状況:死亡】

674糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:23:00 ID:87ksLycA0
投下終了です。期限切れ騒動については本当に申し訳ありませんでした。

675白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:12:19 ID:diC3r2UM0
「ふう……疲れたー」

腕を回しながら、少女――藤林杏は真っ直ぐ伸びた道を進んでいる。
長い藤色の髪を揺らしながら、大きく伸びをした。
殺し合いも始まって早々壮絶な追いかけっこをしたのだ、流石に杏もくたびれていた。
出来れば、少し休みたい気もしていたのだが、

「おい、杏……あの鉄の馬は放置していていいのか?」
「うんー? ああいいのよ、もう動かないし」
「そ、そうか……ううむ、よく解らないものだな。あれは」

杏の一歩後ろで歩いている怪しい仮面の男が、まだ暫く移動を続けるよう提案したのだ。
襲ってきた敵を撃退したとはいえ、あれだけでの物音を出したのだから他の人間に気付かれている可能性が高い事。
それと、杏達の足でもあったバイクの燃料が尽きた事も含めてだった。
それ故になるべく現場から離れるようにハクオロ達は大通りを只管直進している。

「けれど、ハクオロさん。これからどうするの?」
「知り合いを探すんじゃないのか?」
「それは当然だけど、でも知り合いを見つけるだけじゃ殺し合いは……」
「終わらないな。それは当然の事だ」

杏が思っていた疑問。
ただ殺し合いに乗らない、知り合いを探そう。
それだけでは殺し合いは終わらない。
至極当然の事で、ハクオロも杏の言葉を継いで言う。

「なら、どうすればいいの?」

だから、杏はその答えをハクオロに望む。
未だに半信半疑だが、彼は国を束ねる王らしい。
実際怪しさも半分あるが、風格も杏から見てそれにあったのだ。
そんなハクオロなら、もしかしてという期待。
ただの一般女子高生でしかない杏じゃ辿り着けない答えを持っている。
そう、願ったいたのだが。

「そうだな、首輪を何とか外してあの男を打倒する……そんな言葉が欲しいのか? 杏は?」
「えっ?」

彼は何かを諭すように、杏に言葉を返す。
確かに首輪を外す事は大切ではあるのだろう。
もしかしたら、そんな綺麗な言葉が欲しかったかもしれない。
虚をつかれて、戸惑っている杏にハクオロは言葉を重ねる。

「杏。必要なのはお前がどうしたいのかだ。誰かに縋って得た考えではいけない」
「私がどうしたい……?」
「そう。お前がこの殺し合いの中で、どう考えどう行動していくか……自分の意志で決めて動くのだ。その行動にこそ、意味がある」

ハクオロが杏に伝えたい事。
それは、杏がどうしたいか、自分の意志で考えて進む事。
その行動にこそ、意味があるのだ。

「私は……妹を、好きな人を守りたい」

そして、杏がポツリと呟いた言葉。
大切な妹を、好きな人を守りたい。
本心から出た、意志のこもった言葉だった。

676白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:13:00 ID:diC3r2UM0
「ならば、それを行えばいい」

その言葉にハクオロはやっと笑みを浮かべ。
杏の頭を軽く撫で、デイバックから何かを取り出した。

「お前は私に武器を与えたからな。今はお前には武器は無いだろう。かわりに使え。守るために」

一丁の自動拳銃と弾倉。
それが杏の手に渡される。
杏は驚き、ハクオロを見る。

「これを使えって……?」
「別に、そうではない。守るため……その心構えみたいなものだ」
「心構え……?」

心構えを、ハクオロは杏に伝えようとして。
その時だった。


「杏、危ないっ!」

わき道から、三人の集団が襲い掛かってきたのは。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「居ますね」
「居るね」
「居ます」

三人の人間が同時に同じ言葉を紡ぐ。
視線の先には、二人の人間がいた。
幸い三人には気付いている。

「幸先がいいですね」

そういったのは、眼鏡をかけた少年竹山。
この集団のリーダーである者だった。
竹山の言葉に、二人の少女が頷く。
黄色の髪の少女が笹森花梨。
茶色の髪の少女が古河渚だった。

「さて、前述の通り、僕達は彼らを殺します。いいですね?」

この集団は殺し合いに乗っている。
成仏させて、新たな人生を開く為に。
竹山の言葉に、花梨は頷いて。

「うん、了解なんよ。私も準備できてる」

花梨は少し楽しそうに、スコープ付きの短機関銃を持ち出す。
視線はもう、これから自分が殺す相手に。

「な、渚ちゃんは……?」
「私は……」

677白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:14:33 ID:diC3r2UM0

渚は一丁のリボルバーを取り出して考える。
視線の先にいるのは、渚と同じ制服を着た少女。
言うまでもない、渚の知り合いである藤林杏だ。
杏はいい人で、こんな自分の面倒を見てくれている。
とても優しい人だ。
それなのに、その人を殺す。
殺そうとしている。

いいのか。
それでいいのか。

迷い、戸惑う。
でも、自分達はもう死んでいる。
だから、だから。
いい人である杏は、ちゃんと成仏しなきゃダメだ。

「はい、大丈夫です」

だから、渚はコクンと頷く。
はんば、自分を納得させるように。
竹山はその渚の葛藤を知らずに

「じゃあ、行きましょう。相手は二人ですし虚をつけばうまく行くと思います」
「私が先陣を切ればいいんよね?」
「はい、笹森さんの短機関銃が有れば問題ないと思います……本当は僕に渡してくれればいいんですが」
「これは私が支給されたもんなんよ。手放す気はないんよ」
「はあ……そうですか」

竹山はやれやれといったように頭を振って、自分の支給された刀を取り出す。
そして

「じゃあ、いきましょう!」

その合図とともに、三人は駆け出す。
殺す標的の二人が、駆け出した三人に気付き、応戦しようとする。
そして、花梨が短機関銃を撃とうとした瞬間、


「え? きゃあああああああああああああ!?!?」


道に溢れ出る、眩いばかりの閃光。
その白光は花梨はおろか、竹山や渚の視界すら奪いつくす。



竹山の作戦は、愚策ではない。
しかし、唯一の誤算といえば、グレネードランチャーの閃光弾という強力すぎる武器を相手が持っていると気付かなかった事だ。


そして、戦いは混戦と相成っていく。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

678白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:15:19 ID:diC3r2UM0





「くっ、まさか」

竹山は苦々しい声を出して、刀を杖に立ち上がる。
未だに光でちかちかする視界で辺りを見回す。
花梨や渚は光に驚いて、随分と自分から離れるように散らばっているようだ。
この状況を不味いと竹山は考える。
離散してしまったら、集団で襲う意味が無い。
各個撃破されてしまうのが落ちだ。

「早く、合流しなければ……」
「悪いがその時間は与える訳には行かない。 お前が頭か」
「なっ!?」
「集団は頭を叩くのが鉄則だ。まずお前からだ」

竹山の前に立つ男。
ハクオロが睨むように竹山を見る。
竹山が刀で応戦しようとするが、

「遅い……悪いがしばらく眠ってもらうぞ」

瞬く間に避けられ、そして手刀が首筋に落とされる。
それだけの事。
それだけの事で、竹山の意識は闇に落ちていった。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





あー! また襲撃!?
ハクオロさんが閃光弾使ったのはいいけど、私まで見えないじゃない!
どうしようどうしよう!?

手に持った拳銃。
人を殺せる武器。

これを使うの?
私が?

ハクオロさんが渡してくれた拳銃。
その拳銃がとても重たく感じる。
これで、私はどうする?
どうしたい?

私は……。
私は……。

撃てない。
これは人を殺す武器だ。
最初のアンドロイドじゃない、今度は人間だ。
だからきっと、私は撃てない。
撃ちたくない。

679白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:15:50 ID:diC3r2UM0


そして、視界が戻ってくる。
眼前にいるのは拳銃を持った二人の少女。
え?
殺される? 私は?
あの二人が拳銃を撃てば、私は死ぬ。

嫌だ。
いや。
そんなのいや。

死にたくない。
まだ死にたくない。
朋也にも会ってない。
椋にだって会っていない。
二人に会いたい。

まだ死ねない。
死にたくない。


そう思った瞬間。

手に持っていた拳銃がとても軽く感じて

銃の引き金を二回引いた。

とても、軽く感じた。


パンパンと軽い音が響いて。
視界も更に鮮明になってきて。


「え…………?」

撃った一人の姿が明らかになる。
あれは、知り合い。
古河渚、私の友達だった。

私は……友達を撃ったの?

拳銃が重たくなっていく。
身体の震え止まらなくなっていく。
血の気が引いて、たっていられない。

心が折れそうだ。

そう、だ……私は撃ったんだ。


撃ってしまったんだ……


大切な、友達を


撃った。


そんな……


私は……


「いやぁああああああああああああああ!!」






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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