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作品投下専用スレッド

1管理人★:2010/09/03(金) 20:33:01 ID:???0
作品を投下するためのスレッドです。トリップを忘れずに。

2 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 02:45:06 ID:9WDSnWBU0
一番手。クールに投下します。

3ヘタレ少年とクール少女の生死を越えた出会い ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 02:45:46 ID:9WDSnWBU0
「おいおい、何だよこの殺し合いってやつは」

深い深い森の中。そびえ立つ木々が陽の光を遮って、大地に光をあまり通さない。
お陰で昼だというのに辺りが少し暗い。そんな世界に異質の存在がいた。

(冗談ならいいんだけどね……)

ここにいるのは地面に座りこんでいる一人の少年。
金髪に中肉中背の体型。
黄色のブレザーの制服と紺のスラックスで身を包んだ春原陽平。
彼はついさっきまでいつも通りの日常を過ごし、そして部屋で就寝したはずであった。
そう。“はず”だったのだ。

(いつのまにかに変なところに連れ去られて殺し合いをしろって? 挙句の果てに女の子の首が飛んで……
 そして扉を開けたらこんなとこにいた、と。奇想天外にもほどがある)

昨日はベッドの上で自分は寝ていた。間違いなくぐっすりと。
それにどうやってさっきまでいた部屋まで運んだ? これは誘拐というものではないだろうか。
だとしたら警察に連絡するべきなのか。
わからない、こんな状況でどうすればいいのか。
というか普通は混乱して当たり前だ、と陽平は自問自答する。

「……もういいや。こういう頭使うのって僕向きじゃないんだよ」

ため息を吐き、よっこらせと呟きながら重い腰をあげる。
陽平は頭をそれなりに使って疲れたのか表情は冴えない。

(ああ、もうイライラするなぁ。訳わかんないんだよ、あの野郎……)

4ヘタレ少年とクール少女の生死を越えた出会い ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 02:46:43 ID:9WDSnWBU0
頭を掻きむしりながら陽平はデイバッグに入っている支給品の確認を行う。
まず最初に名簿をパラパラとめくる。自分の名前はあるのか、と探しているうちにとある名前を見つけた。

「岡崎……!? それに芽衣まで……」

他にもないかと確かめたところ、自分の知り合いがほとんどいた。
陽平にとってこの場に知り合いがいるということは嬉しさ半分悲しさ半分だ。

「みんな揃ってこんな馬鹿らしい催しに巻き込まれているのかよ、畜生」

嬉しさはこの会場に知り合いがいて、一人ではないということ。
悲しさは自分以外にも命がなくなるという危険が常に伴っていること。
陽平としては特に妹である芽衣のことを考えると頭がいたい。
口ではぞんざいに扱ってはいるものの大切な妹なのだ。
兄として心配しないはずがない。

(心配してもしょうがないか…………あいつは僕より人づきあいその他諸々がうまい。きっと生き残ってくれるさ……)

ひとまずは妹についての思考を打ち切って残りの支給品を確かめるためにデイバックを漁る。
そして出てきたのは。

「ヒッ……!? これって……」

黒色の物体。拳銃だ。
陽平は知る由もないが、この拳銃はベレッタM92といい、
撃つときの反動も少なく軽量なうえ、排莢不良も起こりにくいいわば当たりの拳銃なのだ。
当然ごとく拳銃が支給品ということだけで充分当たりなのだが。

「本物なんだよな……この重さ。御丁寧に説明書までついてる。そこまで殺し合いをさせたいのかよ」

考えれば考えるほど手詰まりな気がする。それにやることは山積みだ。

「はぁ、めんどくさい」

思わず悪態をついてしまうほどめんどくさい。
それに陽平は。

(まだ僕は、この自体を現実と捉えきれていない。その証拠に今も冷静だ)

いつも通りの思考。いつも通りの表情。
そう全てが“いつも通り”だ。



――――ホントウニソウナノ――――



嘘と欺瞞に塗り固まれたこの島で狂わないということはおかしいのではないか。
そうだ。現に。



――――モウスノハラヨウヘイはクルッテイル―――――



ここに存在するのは“春原陽平”の残りカス。だってそうだろう?
春原陽平はこんなに冷静であっただろうか。もっとわめき散らしてヘタレるのが本当なのではないか。
いつもどおりの三枚目な脇役が春原陽平の役目であろうに。

5ヘタレ少年とクール少女の生死を越えた出会い ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 02:47:08 ID:9WDSnWBU0


「僕は……まだ正常だ、冷静でいられることの何が悪い」

何かの歯車が狂い始めている。現実と夢の境界線に立っているかのように今の自分は半端者だ。
殺し合いを止めようと息巻いているわけでもなく、乗ろうと決意するでもない。

(僕は――)

思考カット。今、そんなことを考えるよりも重要なことが陽平にはできた。

「誰だ!」

陽平の耳に入ったのは誰かが枯れ木を踏みしめる音。誰かが後ろにいる。
身体は自分の想像よりも早く動いた。
腰にぶら下げていたベレッタM92を素早く抜き放ち、音のした方向へ構える。

「驚かしてすいません。こちらに敵意はないのでどうかその拳銃を下ろしてはいただけないでしょうか」

そう言って一人の少女が姿を現した。
長い金色の髪を右左の両サイドでしばっている、いわゆるツインテールというものだ。
着ているのは一般的なセーラー服であり特に目立つ部分は存在しない。

「そんな言葉だけで信用できると思うかい、悪いけど後ろからグッサリなんていやだからね」
「そうでしょうね、ですのでここは信頼の証明として服でも脱ぎます」
「へ?」

遊佐が無表情で服に手をかける。
セーラー服のタイをとり上着を脱ぎ、そしてスカートを下ろし、タイツも――

「待って!!! もうわかったから!!!! もういい、もういいよ!!!」
「え? ですが不安でしょうし……」

そんな問答をしているうちに遊佐はタイツも脱いでしまった。
今の遊佐の姿は下着を着けているのみ。足が汚れないように靴を履いているのだがまたそれもいい。
実に素晴らしいと陽平は心のなかで歓喜をあげる。だが、今はそんな場合じゃないと頭を切りかえる。

「十分です!! ホントにもう十分だからぁ!!!!」
「ですが、私の裸を見たところで別に興奮するわけでもないですし」

いいえ、興奮します。下の息子が大きくなりはじめました、とは言えない。
もし気づかれでもしたら軽蔑ものだ。

「お願いします、もう信用するから……」
「そうですか、感謝します。申し遅れました、遊佐といいます。これから情報の交換をしたいのですがよろしいですか」

陽平はうなだれながら拳銃を下ろす。それを見て遊佐が陽平の元へ歩いてきた。

(普段なら可愛い子と一緒だ、半裸姿も見れてイヤッッホォォォオオォオウ! とかなるんだけどなぁ。今の僕じゃ無理か。
 それになんか気が抜けちゃった。……でもこれでいいんだ、僕は信じてみようこの女の子を。とりあえず今の最優先事項は――)



「服を着てくれ!!!」



 【時間:1日目午後1時ごろ】
 【場所:D-03】

 春原陽平
 【持ち物:ベレッタM92(16/15+1)、予備弾倉×3、水・食料一日分】
 【状況:健康、冷静?】

 遊佐
 【持ち物:??、水・食料一日分】
 【状況:半裸、健康】

6ヘタレ少年とクール少女の生死を越えた出会い ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 02:47:40 ID:9WDSnWBU0
クールに投下終了を宣言します

7 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 03:48:37 ID:9WDSnWBU0
オレのターンはまだ終わってない。
またクールに投下します

8少女が見ている 〜 Pure Eyes ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 03:49:11 ID:9WDSnWBU0
「ああっ!? 何だ、この状況……」

俺、藤巻はなぜか殺し合いに巻き込まれていた。
……おーけー、何を言ってるんだか俺もわからない。これは夢なんじゃねえかとかまだ思ってる。
でも仕方ねえだろ? あんな女の子の首が破裂するのを見せられたら嫌でもこれが現実だって認識しちまう。
しかしほんと意味わかんねえだけど! 殺し合い? 知らねーよ、つーか知りたくもない。

「やっぱり夢ではないよな……はぁ」

あの最初の場所にあったブラウン管のテレビに映ったいけ好かないイケメン野郎。
銀髪プラス羽とかどこの厨二病天使様だ、馬鹿野郎。俺らが知っている天使よりも天使らしいわ!

「第一、あいつ何者なんだ……? “神様”……なのか……」

こんな大掛かりな舞台といい、誘拐の手際といいただの常人とは思えない。
“神様”。こんなキーワードが浮かんだがすぐ廃棄。んなこと考えてる余裕はない。
それにしてもだ。最初の演説らしきものが本当だとするならば、俺以外にも此処に連れてこられている奴等がいるらしい。
そういや名簿が配られてたな。そいつでも見て確かめてみるとするか。

「おい……死んだ世界戦線の主要メンバー全員いるじゃねえか!!!」

やっぱりというかなんというか。予想できる範囲の事だったけど。

「畜生……」

腹がたつ。あのイケメン天使野郎の掌で踊らなくちゃいけないことが。
無論、俺は殺し合いに乗るつもりはない。
だけど、俺ら主要メンバー全員がなんだかわからないうちに此処に呼ばれている時点で俺らは一回負けているようなもんだ。
攫われる時に無防備を晒してたってことなんだからよ。
そんな俺らが反抗したところでどうにかなるものなのか?

「関係ねえよ、仲間殺して生き残るとかふざけんじゃねえ。そこまでして生きたいとか思わねえよ」

それに何か感じるのだ。
いつも行っているミッションとは今回は“何か”が違う気がする。

「わかんねえけど、“何か”、違う」

とりあえずは軽々しい行動は避けるべきだ。無闇に死ぬような行為も今回はよそう。
的確な判断力と一握りの幸運がこの場では必要だ。
まずは幸運。武器が入ってるとか言ってやがったな、あのイケメン天使野郎。
あたりを引けるか……。、
最高は突撃銃。次に拳銃、それか愛用のドスとか日本刀のような刃物。
せめて何か身を守れるようなものがいい。

9少女が見ている 〜 Pure Eyes ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 03:49:57 ID:9WDSnWBU0


「いいのが入っててくれよ!」

鞄の中を手で探って出てきたのは――

「…………は?」

おいおいおいおいおい。ちょっと待て。これはおかしいだろ。

「防弾性割烹着……頭巾付き……」

つ、使えるのか? これはないだろう。いやマジで。
第一こんなんで防げるのかよ。それに説明文がまた胡散臭い。

『俺はこれをつけていたお陰で最後まで生き残れました! それに恋人もできて毎日が幸せです! HAHAHA!』

……ねーよ。これで生き残れるとか、ねーよ。しかも何でこれで恋人出来るんだ。
うんまあこの説明はともかく、付けないよりはましだよな。一応防弾性とか書いてあるし。
……とりあえず一回着てみるか。

「やっぱりねーよ」

セットで入っていた鏡で自分の姿を見てみたが……似合わねえ。完膚なきまでに似合わねえ。ああ、目が釣り上がる。
あまりにもの自分の似合わなさにもう釣り上がる。

しかし余談なんだが今の俺は相当怖かったんだろうと思う。
俺はヤクザ顔だ。お世辞にも柔和な顔ではない。大山みたいなほのぼのとした顔だったらまだよかったんだが。
目付きは最悪と言っていいぐらい悪いと自覚している。
それに割烹着。これがまたミスマッチだった。俺が割烹着着てるとこを想像してみろ? ゲテモノ扱いだ。

「あ……」

さて問題だ。
そんなところを幼女に見られたらどうしましょう?

「ふぇ……」

青のブレザーにチェックのミニスカートにハイソックス。両サイドにちょこんとのびた髪の毛がかわいらしい。
当然の如く童顔。ああ、幼女は癒しだなあって何言ってんだ、俺。

「ふぇええええええええええええええええええええええええええん!!!!!」

答え。
泣いてしまいました。

「待つんだ、まだ慌てる時じゃない。そう、落ち着け藤巻。心は澄んだ水のような明鏡止水……」
「ぇええええええええええええええええええええええええええん!! 怖いよおおおおおおおおおお!」
「ええい!! 落ち着けええええ!!!」

今回の教訓。
周囲の状況の把握はしっかりしましょう。



 【時間:1日目午後12時30分ごろ】
 【場所:E-08】

 藤巻
 【持ち物:防弾性割烹着頭巾付き、手鏡、水・食料一日分】
 【状況:健康】

 菜々子
 【持ち物:??、水・食料一日分】
 【状況:号泣】

10少女が見ている 〜 Pure Eyes ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 03:50:44 ID:9WDSnWBU0
再びクールに投下終了を宣言します

11 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:29:53 ID:vuZA0Xnc0
 顔面を蒼白にし、奇妙に口元を引き攣らせたまま、森の中を小柄が走り続ける。
 能美クドリャフカはつい先程目撃してしまった光景が嘘だと信じたかった。
 自分の通う学校の寮長が、殺された。
 あまりにもあっけなく、無残で、残酷に。
 殺し合いという言葉の実感は湧かないのに、目の前で人が殺された恐怖が強く残っている。
 本能的な忌避に駆られ、クドリャフカは小部屋を飛び出してからわき目も振らずここまで走ってきたのだった。

「あうっ!」

 森の中は大小の植物が生い茂っており、縦横無尽に木の根も張っている。
 疲れて足がもつれたところに引っ掛けていた。
 素早く動き回ることには多少の自信があったが、受け身も取れず顔から地面に突っ込んでしまう。あまりにも余裕がなかった。
 いや、そんなものがあるはずがない。殺される。ぐずぐずしていたら殺されるのだ。
 誰に? どうやって? どうして? 自分でもわけのわからない質問の羅列が駆け巡り、
 最後に、もういやだ、という感想を結んだ瞬間、両目からぽろぽろと涙が溢れ出した。
 夢ではない。この痛さは現実だった。寮長の死は、現実だった。
 転んで膝が汚れているのにも、お気に入りの白いマントに泥がついたこともどうでもよかった。

 怖い。怖い。誰か助けて。

 声に出すことも出来ず、小さな嗚咽のみが森に響く。
 たった一人で寂しい、つらいという感覚。誰かに見つかれば、殺されるかもしれないという感覚。
 恐怖と孤独のシーソーの中で、クドリャフカは揺られ続けるしかなかった。
 せめて。せめて、自分の隣に友達がいてくれたら。
 ぐすぐすと俯き加減に鼻をすするクドリャフカの前に、綺麗で色艶のある、新品の筆のようなプラチナブロンドの長髪がはらりと落ちる。

 クドリャフカは純粋な日本人ではない。ロシアの血を四分の一受け継ぐクォーターだ。
 容姿はロシア系の血筋がよく出ていて、銀髪に西洋人種特有のブルーの瞳。真珠のように白い肌という特徴を備えている。
 その一方で日本人特有の童顔もあり、身長の低さも相まって、見た目としては外国人の子供と表現するのがもっともらしい姿だった。
 しかも名前や見た目の割に、外国語は苦手であり、逆に日本語は堪能であるということから、クドリャフカは好奇の視線に晒され続けるのが常だった。
 日本語が得意なのは、単に日本びいきの祖父の下で育ったからに過ぎないし、クォーターというのが珍しいだけでこのくらいの容姿ならロシアにいくらでもいる。
 けれども、差別とまではいかないまでも『普通ではない』クドリャフカに友達ができることは少なかった。
 自身にも日本語が堪能過ぎる反面外国語が苦手であることはコンプレックスであり、『外国人』として見られることが嫌いだったのもあった。
 どうして自分に『外国人』を求めようとするのか、分からなかった。
 自分は自分。生まれや育ちがどうであろうとも、それを受け入れて欲しかったのに……

12 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:30:30 ID:vuZA0Xnc0
 結局、友達はできなかった。友達と遊ぶための時間を勉学に費やした。
 結果として飛び級で進学していた。クドリャフカ自身も既に将来の進路は決めていたため、勉学に励むことに異存はなかった。
 ただ、これからも寂しいのだろうと思っていた。『日本人』でも『外国人』でもない自分には居場所はない。
 クドリャフカがこれまでの人生で思い知った事実だった。
 マントや帽子で身を隠すように自分の姿を覆ったのは、そのためかもしれなかった。
 ならば、自分を世界から隠してしまえばいい。そうすれば孤独を感じずに済む。そう断じて。

 だがそんな価値観をくだらないと切り捨ててくれたのが、今の仲間だった。
 切欠は今でも覚えている。一年生のとき。声をかけてくれたあの人がいなければ、既存の価値観に囚われたままだったのだろう。
 直枝理樹。自分を引っ張り上げ、リトルバスターズという仲間を紹介してくれたのはその人だった。
 あれ以来、色々と遊ぶようになった。
 友達と出かけるようになったし、他愛もない話で盛り上がるようにもなった。
 テストの点数で競い合う。つまらない授業への愚痴。趣味の話題に花を咲かせる。
 どうせ手に入らないと思っていたものがあっけなく手に入った。拍子抜けするほどに。
 リトルバスターズの面々が大らかで、自分を珍しがりはしても『外国人』を求めなかったというのはある。
 しかしそれ以上に対話をする機会が多かった。自分を知ってもらい、また他人を知る機会。
 どんな人間なのか、どんなことが好きなのか。何が嫌いで、何をしていきたいのか――
 続けていくうちに、珍しささえ消えた。『日本人』でも『外国人』でもないけれど、『友達』になれたのだった。
 クドリャフカは初めて知った。自分は今まで、対話することさえ怠っていただけなのだった、と。
 ようやく友達ができた。欲しくて欲しくてたまらなかったものが手に入った。
 それなのに、今、どうして……

「……直枝さん」

 友達の中で一番信用している人の名前を呟く。
 物静かではあるけれど、少し押しが弱いと思っているけれど、優しい人だ。
 自分を自分として見てくれた人。初めての友達に、痛烈に会いたいと思った。
 どうすればいいのか分からない。何をしたらいいのかも分からなかった。
 それでも理樹と会えれば、この孤独と不安に苛まれる気持ちも少しは落ち着くかもしれないと、そう思ったからだった。
 無論会えたらいいと思うのは理樹だけではない。
 リトルバスターズのみんな。全員、クドリャフカの大切な友達だった。
 みんなと会いたい……その思いを刻み込んで目を上げようとしたクドリャフカの前に、ころころと帽子が転がってきた。
 大きなボタンがついたベレー帽。自分のものだ。転んだ拍子に落としてしまったのだろうか。
 拾い上げる。どうして戻ってきたのだろうと、不思議に思っていると――すぐにその理由は分かった。

「み、見つけた……あは、あはは」

 分かりたくもない現実と一緒に。

13 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:31:03 ID:vuZA0Xnc0
「こ、このあたしが、くいーんが、こんなこんなところでくたばるわけにはいかないのよ」

 短髪で活発そうな女だった。
 異様なのはその目の色で、どこか焦点の合わない視線をクドリャフカに向けている。
 ギリギリと食いしばった歯は硬く、まるで力仕事でもしているかのようだ。
 そして一番異常だったのが……手に持っていた、拳銃だった。
 引き金に手がかかり、銃口がこちらを捉えている。当たり前のように向けられた銃口に、クドリャフカは呆然とするしかなかった。
 どうして? 引かれれば間違いなく命を奪うそれに対して、声に出せずに問いかける。
 正確には認めたくなかったのかもしれなかった。死ぬかもしれないという、事実に。

「そうよ、こんなところで殺されるほうがわるいのよ、ね、ね、そうでしょ?」

 焦点が合わないまま、女は早口にまくしたてる。答えはクドリャフカに求めているのではなかった。
 これから行おうとしている殺人への禁忌を誤魔化すために、自分に正当性を求めているのに過ぎなかった。
 クドリャフカは答えられない。答えたところで意味がなかったし、それ以上に、ただ怖かった。
 暗い森の中でさえ異様な存在感を放ち、自分を死の暗闇に引きずり込む銃口に恐怖していた。
 思わず、尻餅をついたままであるのに後退してしまうくらいに。
 それを答えと受け取った女が安心したように笑った。
 これで自分は助かる。そう確信した笑いだった。

「逃げちゃだめよ。それに逃げるってことはこわいのよね、ころしてもいいのよね! だって逃げるんだもん!」

 全く繋がらない理屈を並べながら、女はクドリャフカに銃口をより近づけた。
 その中身でさえ見えるくらいの距離だった。螺旋状に回るライフリングの存在が、僅かに残された、玩具である、という希望さえ失わせる。
 ぐっと堅く、銃に吸い付くような手は、すぐにでも自分を殺すだろう。
 力を入れすぎているのか、骨の形や血管まで見えそうな女の手のひらを見ながら、クドリャフカは殺されることを実感して涙を流した。
 先程のような、寂しさゆえの涙ではない。純粋な恐怖から来る涙だった。
 それを見た女が一瞬ぎょっとした表情になったが、すぐに目の色を攻撃意志に戻し、荒く息を吐き出した。

「な、泣いたって通じないわよ……あたしあんな風に死ぬなんてイヤなんだから! 死んだらこみパだって行けなくなるの! したぼくにも会えないのよ!」

 鬼のような形相で女が吼える。何を言っているのかは分からなかったが、激しい生への渇望が見て取れた。
 ああでもしなければ、人は殺せないのだろう。血が上っているのか、それとも感情ゆえか、女の顔は真っ赤だった。
 顔も手足も震えているのに。殺さなければならないとは、そういうことだった。
 理解した瞬間、もう理樹や他の友達には会えないということが実感となり、クドリャフカは今度こそ絶望に呑まれた。
 イヤだ。友達にも会えないまま、死にたくなんてない!

「だ、誰か……助けて、助けてくださいっ!」

14 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:31:31 ID:vuZA0Xnc0
 助けて、助けて!
 大声で叫び始めたクドリャフカに女がたじろいだが、それもすぐのことで、抵抗と見た女は逆上したようだった。
 今度はこめかみに銃を突きつけ、「うるさい! 黙りなさいよ!」と金切り声で叫ぶ。
 それでもクドリャフカは声を止めなかった。死ぬのが嫌だった。友達に会いたかった。ただそれだけの気持ちだった。

「こ、この……! この詠美ちゃん様に逆らおうなんて……ころす! あんたころすっ!」

 詠美。初めて聞いた女の声に感慨を感じる暇はなかった。
 全てを吹っ切った詠美が引き金に力を込めたからだった。
 クドリャフカは目を閉じて絶叫した。何と叫んだのかも分からないくらいの大声だった。

 殺される! 殺される! 殺される! 死にたく――

 そこまで思考したとき、クドリャフカは自分のこめかみから銃口が外されているのに気がついた。
 それだけではない。撃たれてもいなかった。どこも痛くない。苦しくもない。生きている。
 空白の間に生じた、なぜ殺されていないという疑問は、聞こえてきたすすり泣く嗚咽によって霧散した。
 恐る恐る目を開ける。嗚咽の正体は、すぐ目の前にあった。
 カタカタと震えたまま、銃を握ったままの体勢で、未だに銃を突きつけているのには変わらないままだったが、
 泣いていた。詠美は、泣いていた。
 鬼のような形相はそのままに、赤ん坊のような無力さを含ませた顔だった。

「だめ、だめ……」

 うわ言のように呟きながら、詠美がよろよろと後退する。それは先程まで自分を殺そうとしていた人間の姿ではなかった。
 自分と同じ。どこにでもいる、普通の女の子だった。
 下がっていることにも気付いていない詠美は、木に体をぶつけて、それでようやく止まっていた。

「ひとは、ひと、殺しちゃ、駄目、だめなの、だめ、あたし……」

 絶叫が彼女を正気に戻らせたのかもしれない。
 力なく呟いて、ひたすら駄目と呟き続ける彼女は、悲しいほどに正しい人間の姿だった。
 そうして、しかし、銃も下ろせない彼女は、クドリャフカと同様に死にたくない人間の姿でもあった。
 死と狂気の間で、クドリャフカは怖気を感じていた。
 人が人を殺すということ。あまりにも怖く、恐ろしい。そんな行為をこれからも続けていかなければならない自分達。
 殺人に手を染めて、果たして正気でいられるのか? 否。この島は、正気を、許さない。
 ここは、人間が人間でいられなくなる場所――
 それを理解してしまったクドリャフカの目の前で、今度は泣きはらしていた詠美の体が跳ねた。

15 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:31:53 ID:vuZA0Xnc0
「え」

 呆然と詠美が言葉を発する。
 体に穴が開いていた。正確には腹部から血が広がっていたのだ。
 クドリャフカにも何が起こったのか分からなかった。いや、認識する間さえ与えられなかった。
 ぱん、ぱん。
 乾いた音が木霊するたびに詠美の体が二度、三度と跳ねる。
 不自然に体を回転させながら、詠美は「どうして」と言っていた。

 殺してないのに。自分は、殺してないのに。

 色をなくした瞳を見た瞬間、取り返しのつかないことをしてしまったとクドリャフカは顔を青褪めさせた。
 銃を下ろさせれば良かった。対話をすればよかった。
 殺さなくてもいいと、一言言えばよかったのに。
 自分達は、人間でいなくてはならなかったはずなのに……
 地面に崩れ落ちた詠美の顔と、目が合った。

 どうして。

 助けてくれなかったクドリャフカに。
 自分を見捨てたクドリャフカに。

 どうして。

 理不尽な死をクドリャフカに突きつけて。
 詠美と名乗った女は、死んだ。
 自分が、殺したのだ。
 その感慨が浮かび上がった。
 どうしよう、どうしよう。
 殺してしまった。自分が、人を――
 友達の姿が遠のく。そこまであった日常が崩れ去る。
 瓦礫の中。日常の廃墟の中で、クドリャフカは野太い男の声を聞いた。

16 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:32:21 ID:vuZA0Xnc0
「大丈夫かっ!?」

 振り向く。そこには自分とは比べ物にならない体格の、ごつい男がいた。
 拳銃を片手に、大柄な体格に似合わず俊敏な動作でこちらに駆け寄ってくる。
 大丈夫か。その言葉は、つまり。
 誤解したのだ。今まさに、自分が詠美に襲われ、殺されようとしていると……
 立てない自分の側までやってきた男は「悲鳴が聞こえたもんでな」と理由を重ねる。

 ほら、やっぱり。

 怪我はないかと問いかける男の向こうで、詠美の虚ろな目がクドリャフカを嗤っていた。
 実感した。
 自分は、人殺しなのだと。
 悲鳴を上げてしまったから、詠美は殺されたのだと。

 能美クドリャフカは、日本人でも、外国人でも、友達でもなくなった。

 人殺しだった。


 【時間:1日目午後1時ごろ】
 【場所:C-2】

 能美クドリャフカ
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康。精神に重大なダメージ】

 松下
 【持ち物:CZ75(15/12)、予備マガジン×8、水・食料一日分】
 【状況:健康】 

 大庭詠美
 【持ち物:スプリングフィールドXDサービス(15/15)、予備マガジン×8、水・食料一日分】
 【状況:死亡】 

17 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:33:12 ID:vuZA0Xnc0
投下終了です。
タイトルは『パンドラ・といぼっくす』です

18 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 18:28:57 ID:vuZA0Xnc0
 僕達は、兄弟だった。

 どこの誰とも知れない腹から産み落とされ、捨てられた。
 二人一緒に捨てられた。双子の捨て子だった。
 僕達は拾われた。代わりに、集団で生きるために必要な作法を学ばされた。
 身を守るための武芸を身につけなければならなかった。秩序の在り処を教えられた。

 僕達は体が小さかった。生まれつきだったのか、捨て子であったからなのか、それはよく分からない。
 事実だったのは、僕達が男である割に体が貧相であることだった。
 だから何をするにも二人一緒だった。飯も、武術も、学術も、生活の全てが二人で一組。
 そうすることで効率よく学べたのもあったし、お互いを励ます意味合いもあった。
 僕達はよく似た双子だった。姿かたちもそっくりだし、頭の良さも武芸の上達振りも殆ど一緒。
 二人でようやく一人前だったのが、一人で一人前になった。それも同時に。
 僕達は一緒に若様に認められた。立派な戦士だと言ってもらうことができた。
 同じような、嬉しい顔をしていたと思う。でも気持ち悪いとは思わなかった。
 一心同体だったから。生死でさえ分かち合い、人生さえ分かち合ったのがあいつだった。

 僕達は兄弟であり、一つの命であり、精神まで繋がった双子だった。
 一度若様について、どちらが敬愛しているか競ったことがある。
 くだらないケンカだったと後で僕達は思ったものだったけど、とにかく負けたくなかったケンカだった。
 若様のいいところをひとつひとつ並べていったのだけど、同時にネタが尽きた。
 なら武芸の勝負と若様の御前で模擬試合をしたのだけど、同時に力尽きた。
 僕達は呆れた。あまりに同じで、呆れた。それから、一緒に笑ってにぎり飯を食った。
 僕達は確かに双子ではあったのかもしれない。けれど、その実際は双子なんかじゃなかった。

 僕達は、兄弟だった。

 なのに。
 どうして、今。
 あいつは僕に剣を近づけているのだろう。

「どういうことだよ……ドリィ」

 僕達が遭遇するのは早かった。
 ここから出てすぐ、僕達は再会した。
 そうなるものだとあっさり納得することができた。だって、二人で一つだったから。
 僕は先を歩いていたドリィに声をかけた。僕の声だと分かって、すぐに振り向いてこっちに来てくれた。
 取り合えずお互いの無事を確認し合った。するまでもないことだとは分かっていても、やらずにはいられなかった。
 箱の中で誰かが殺されていたからだった。

19 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 18:29:27 ID:vuZA0Xnc0
 あれがどんなものなのか、所詮は寺子屋知識の僕には分からない。僕が分からないのだから、ドリィだって分からない。
 けれどもあの音と、雨のように吹き散らした血の風は本物だった。戦場に出て殺したことのある僕は知っていた。
 血は、喉をかき切られるとああいう風に飛び出すのだと。
 あの女の子は殺された。僕達は、望まぬ戦に駆り出されたのだ。120人の戦に。
 白い翼の男はウルトリィ様の知り合いだったのだろうか。あの女の子は見た事のない耳をしていたが、どこの民族の子だったのだろう。
 一通り話し合ってみたが、僕が分からないのにドリィが分かるわけがなかった。僕達の知識は、全く同じだった。
 程なくして話題は若様のことへと移った。当然のことだった。あの子は確かにかわいそうだったけど、僕達には守るべき人がいた。
 若様とは、オボロ様のことである。捨て子だった僕達を拾い上げ、全うに生きられるように教育してくださり、生きるための力を教えて下さった方だ。
 それでいてまるで本物の兄弟のように接して下さった。認められてからはお側付きとなり、寝食も共にするようになった。
 若様は本物の家族だった。その恩義に対して一生をかけてつくすのが僕達の役割だった。
 若様が聖上、ハクオロ様に仕えるようになってからも、僕達の処遇は変わらなかった。
 立場は弓指南役や弓隊の隊長格を任せられるようになったけれども、あくまで若様の指揮下という立場だった。
 そのように取り計らってくれて、僕達はお互いにハクオロ様を称え合ったものだった。

 とにかく、まずは若様に合流することが先決だと僕は提案した。
 戦であることは間違いない。だがそれにしてもこの事態は異常に過ぎた。
 ここはどこなのか。戦の指揮者であろう、あの白羽根はどこにいるのか。僕達以外にいる人はどう保護するか。
 若様だけではない、エルルゥ様、侍大将……白羽根が言っていた袋の中には、確かに僕達の知っている人の名前もあった。
 特にエルルゥ様やユズハ様などは戦場に立たせてはならなかった。安全な場所の確保。それも命題であった。
 ドリィも既にその考えに至っていると思っていた。一通り提案して、後は行動に移すだけだった。
 さあ行こうとドリィの肩に手をかけようとしたところ、振り払われた。
 同時、抜き身の刀が僕の喉に突きつけられていたのだ。空白の一瞬。何が起こったのか、僕は分からなかった。
 目の前の男が本当にドリィなのかと疑いさえした。
 僕達は、寸分違わぬ考え方を持つ兄弟であるはずなのに。
 無言、無表情で刃物を向けるドリィに、僕は言った。「どういうことだ」と。

「グラァ、本当にそれでいいと思ってるの?」

 声は間違いなく聞きなれたドリィのもの。けれども、首筋に当たる刃の感触は本当だとは思えなかった。
 それでいいって? 若様を守るなんて、当たり前じゃないか。
 裏切れるわけがない。そんな僕の声を、ドリィは聞き取る。言わずとも、伝わっていた。

「若様を裏切れるわけないじゃないか。問題なのはそうじゃない」

 ドリィの思考は、少し靄がかかっていて読み取れなかった。
 若様を守る。尽くす。そこは疑いもなく同じであると分かるのに、もっと根本的な部分、根っこが見えなかった。
 僕は直感した。ひょっとして、僕はドリィの奥底まで見えていなかったのではないか、と。
 あまりに似ている部分が多過ぎて、全部同じと決め付けていたのではないかと。
 ドリィは、ようやく分かったかというように笑って、刃を下ろした。

20 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 18:29:58 ID:vuZA0Xnc0
「僕達がすべきことは、尽くすことだ。だから、守る必要なんてないんだよ。若様以外は」

 ああ、と僕は嘆息した。聞きたくなかったのかもしれない。だから、考えなかったのかもしれない。
 ドリィは僕よりも少しだけ攻撃的なのだと。僕の方が守りを優先するのだと。
 僕は、僕達が同じであることを、あまりにも望み過ぎていた。

「だから殺す。若様以外、全員ね。分かるだろ、グラァなら。これは戦なんだ」

 分かっている。これが戦で、戦の勝者はたったの一人しかいない。ドリィは、いや僕も、若様を勝たせることが目的だった。
 でも、と反論する。聖上や、他の皆も殺すのか? これは戦だと割り切って、敬愛していた者全部を?

「僕達が尽くすのは、若様一人だ。辛いけど……でも、戦だ」

 そう。
 戦で殺してきた兵の数は数多い。
 この手で殺した実感が、弓矢が兵の胸を打ち貫く瞬間を、僕ははっきりと覚えている。
 殺すのは簡単にできる。たとえそれが聖上でも、他の仲間でも。
 若様の、ためなら。

「でも、若様なら……絶対皆を守るよ……僕は、それに……殉じたい」

 はっきりと、しっかりとドリィの目を見つめて、僕は言った。
 若様の理想は、きっとそうだった。
 誰一人欠けることなく、全員を守り通す。
 村のために立ち上がったとき、聖上と國をうち立てたとき、僕達を拾って下さったとき。
 若様はいつだって下を見ていた。
 だから僕達だって……やらなくちゃいけないはずなんだ。

 僕達は、兄弟だった。

 いつまでも同じはずが、なかったんだ。

「……そうか」

 少し落胆した表情だった。
 僕達は、僕達でなくなった瞬間だった。
 ドリィが刃を振るった。
 けれども、それは、僕を裂くことはなく、空を切った。

21 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 18:30:25 ID:vuZA0Xnc0
「今は、まだ僕には殺せない」

 僕もだった。これから凶行に走ると分かりきっているはずなのに、殺してでも止められる意志が湧かなかった。
 下手に近づけば、僕の中の気持ちが、ドリィに染まってしまいそうだったからだ。

「でも次に会ったときは殺す。僕は若様を守らなくちゃいけないんだ。これは、戦なんだから」

 呟いて、ドリィは身を翻した。
 戦。つまりドリィは、ここには敵しかいないと思っている。
 考えてみれば、そうだった。僕達をさらい、聖上をさらい、殺し合いをさせる。
 僕達以上に凶悪な人物だっているかもしれなかったのだ。
 それでも、僕は嘘をつけない。若様の理想を守りたかった。
 ドリィの姿は、すぐに森に消えて見えなくなった。ああ、人を殺しに行くのだな、と思った。

 僕達は、兄弟だった。




 【時間:1日目午後12時30分ごろ】
 【場所:C-7】

 グラァ
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康。若様をお守りする。ドリィは……】

 ドリィ
 【持ち物:イーグルナイフ、水・食料一日分】
 【状況:健康。若様のために殺す。グラァは……】 

22 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 18:30:57 ID:vuZA0Xnc0
投下は以上となります。
タイトルは『流星の双子』です。

23 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:41:46 ID:/Ts.4DpI0
岡崎、天使ちゃん投下します。

24 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:42:21 ID:/Ts.4DpI0
「……殺し合い、か」

殺し合い。
もう一度口の中で呟いて見るもののやはりその言葉に現実感は無い。
名簿の中には、俺の知り合いの殆どが記されていて、その中には親父の名前もあった。
岡崎直幸。
俺の父親にして、俺がバスケを失ってしまった原因。
正直殺してやりたいと思ったことは何度もある。
殺し合い、というきっかけを与えられて、人を殺すための武器を与えられ、はたして俺は殺すのか?
荷物の中に入っていたこの日本刀を、ほとんど他人になってしまった親父に突き刺すのか?
きっと殺せない、……殺さない。
こんな島に集められて、武器を渡されて、殺し合いをしろと言われて。はい分かりました、とあっさりと人を殺せる人間がどれだけいるんだ?
そんなやつは、ほとんど居ない。
どんなに人を憎んでも、人はそう簡単に人を殺せない。
手にした日本刀の重みを感じながら、そんな風にある種楽観的に考えてきた俺の期待は次の瞬間あっさりと裏切られた。

「───ッ!?」

いつの間に近づいて来ていたのか、銀髪の少女が突然斬りかかってきた。
防げたのは完全に偶然。
少し喉が渇いたので水でも飲もう、そう思って右肩に掲げた鞄に目線をやった瞬間、こちらに斬りかかって来る少女の姿が目に映ったので咄嗟に日本刀の鞘を掲げて防いだ。
もし気づかなければあっさり殺されていたこと、そして何の躊躇も無く人に斬りかかって来る眼前の少女に恐怖を覚えながらも必死に叫ぶ。

25 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:43:04 ID:/Ts.4DpI0
「おいあんた!何考えてんだ!こんなこ───」

銀髪の少女はこちらの呼びかけに一切答える様子も無く、ただ口元を少し歪めるのみでそのまま斬りかかって来る。
こちらも必死に日本刀で応戦するが、相手の動きが早すぎて殆ど何も出来ずに切り刻まれていく。
古傷さえ無ければ、そんな事が気にならないほどに敵は強い。
何故、俺はまだ殺されていないんだ?そんな疑問すら湧いてくる。
あるいは俺をいたぶって楽しんでいるのかもしれない。

そんな攻防とも言えない様な一方的な嬲りは永遠には続かない。
体力の限界に達したのか、傷の所為で力が入らないのか、あるいは古傷が再発したのか。
とうとう右手に力が入らなくなり刀を取り落としてしまう。
そして、その隙を少女が逃すはずも無く死を覚悟したその時───俺の前に天使が舞い降りた。
正確には、天使と見間違うような少女、だが今の俺には本当に天使に見えた。
銀髪の少女の刃が俺に迫る直前、その少女と瓜二つのもう1人の少女がその刃を弾き返す。
緊張と混乱で呆然とし、力が抜け倒れこむように尻餅をつく俺を尻目に少女2人は斬り合いを続ける。
やはり先ほどまでは本気を出していなかったのだろうか、俺に斬りかかって来た時の速さ以上の速度で斬り合う二人の速度はもはや俺の理解できる範疇を超えていた。
ぼんやりと、二人の銀髪の少女が織り成す幻想的な風景に見とれていると鏡写しのようにそっくりだと思っていた少女達の唯一の相違点に気づく。
それは瞳。
俺を殺そうとしている方の瞳は血の様に赤い。
一体何が起こっているのか、正直これは夢なんじゃないか?
そんな事を考えている間に、いつの間にか戦闘は終わっていた。
完全に互角の相手を前にこれ以上続けても無意味と判断したのか、最初に俺に襲い掛かって来た方の少女が引いた。
俺を助けてくれた方の少女もいまだに立てないでいる俺を気遣ってくれているのか無理に追いかけようとはしない。

「ありがとう、助かったよ。ところで、さっきのアレはなんだったんだ?あの、あんたそっくりの……」
「分からない。でも心当たりなら」

26 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:43:42 ID:/Ts.4DpI0
■■■■

「つまり、何故かは分からないけどあんたの能力が暴走してるって事か?」

こくり、と無表情に頷いている少女によると以前にも似たような事が合ったらしい。
その時はプログラムを修復してくれた人が居て問題は解決した筈だが、何故かその時と同じ解決法が使えなくなっていると。
もしかしたら、あの羽の生えた男が意図的に暴走させているのかも?との事だ。
正直何を言っているのかさっぱり分からないが、実際に剣を出したり消したりする所も見せてもらったしそう言うものなのか、と納得するしかない。

「それで、これからあんたはどうするんだ?」
「Angel Playerを探す」

Angel Player。確かこいつの力の源……だったか?

「そいつを見つければあいつを何とかできるのか?」

多分、と少女は頷く。
プログラムがどうのこうのと言っていたが相変わらず詳細は良く分からない。
とりあえず、以前解決した時と同じようにすれば多分何とかなる、ということらしい。

「そっか。なら俺もついてってやるよ。助けてもらった恩もあるしな」
「?」

そう言って見た所思いっきり首を傾げられた。お前が付いて来て何の役に立つんだ、といわれたようで少し傷つく。
確かに戦闘じゃ役に立てそうも無いが、あんたの分身に襲われた人が居た時俺が居た方が楽だろう、と説明すると納得がいったのかこくりと頷いてくれた。
なんか無表情&無口のこいつを相手にしているとことみを相手にしているようで少し調子が狂う。

27 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:44:18 ID:/Ts.4DpI0
「んじゃ、そろそろ行くか」

そう言って立ち上がろうとするもののいまだに右手に力が入らずにうまく立ち上がれない。
痛む体に鞭打って立ち上がろうと悪戦苦闘している俺に彼女の手が差し出された。

「よっと。ありがとな。えっと……あんたの名前は?」
「奏。立花奏」

かなで、かひらがなみっつでかなでちゃんってわけでも無いだろうが、やっぱ何と無くことみのやつを思い出すな。
ことみ以外にもこの島にはたくさんの知り合いが居る。
あいつらは大丈夫だろうか、そんなことをスタスタと歩いていく奏の背中を見ながら考える。
───ん?背中?

「っておい!俺を置いていこうとするな!」



【時間:1日目午後12時30分ごろ】
【場所:E-08】

岡崎朋也
【持ち物:日本刀、水・食料一日分】
【状況:負傷(切り傷・治療済)】

立花奏
【持ち物:不明、水・食料一日分】
【状況:健康】

28 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:44:35 ID:/Ts.4DpI0
立花奏のharmonicsという能力で生み出された彼女は次の獲物を求めて駆ける。
本来のharmonicsであれば立花奏での人格が反映され、例え凶暴になっても生徒のため、という方針は存在する。
しかし今現在この島に存在するharmonicsの方針はそんな優しいものではない。
その方針は、殺し合いの助長。
だからこそ、本来はすぐに殺せるはずの岡崎朋也をあえて無駄に痛めつけ恐怖感を煽った。
今回はオリジナルの介入により失敗したが問題ない。
何故ならharmonics達が招く災厄は全てオリジナルの招いたものと見做されるのだから。
遠からずオリジナルは自らの与り知らぬところで生まれた復讐の芽によって葬られるだろう。
その為にももっと多くの災厄を。
次の獲物を求めharmonicsは駆けていく。

【時間:1日目午後12時30分ごろ】
【場所:F-08】

立花奏(harmonics1)
【持ち物:無し】
【状況:健康】

※立花奏の能力の一つであるharmonicsが暴走させられています。
タイトルの通り101人居るとは限りませんがこのharmonics以外にも存在するかもしれません。

29 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:46:04 ID:/Ts.4DpI0
投下終了です。
いきなり危険球かも。
とりあえずタイトルは『101匹天使ちゃん?』です。

30DISTANCE ◆Sick/MS5Jw:2010/09/05(日) 00:43:49 ID:hGXBmDyk0
 
高く青い空を、一羽の鳶が舞っている。
長閑に響くその鳴き声に小さく欠伸を返しながら、男が一人、立っていた。
偉丈夫である。
容貌魁偉、巌を彫り上げたような体躯には簡素な布服と赤い外套を纏い、両の肩には大きな鉄製の肩当。
何より人目を惹くのは、その左眼に走る刀傷である。
古戦場から抜け出してきたような、男であった。

「……で? まだやるかよ」

男が、静かに口を開く。
視線は足元。
無骨な革製の編み上げ靴の下に、何かが転がっていた。
薄汚れたズタ袋のような、何か。

「……っけんな……」

否。
呻くように声を出したそれは、人である。
泥に塗れ、俯せのまま男に踏みつけられているのは、少年であった。

「……ざけんな……! 俺はまだ負けてねえ……!」

言葉を搾り出し、起き上がろうと動かす手は、しかし空を掻く。
体幹の中心を、男の足が正確に踏みつけている。
動くに動けずもがく様は、まるで羽をもがれた虫の蠢くようでもあった。

「ったく……丸腰の相手にさんざのされて、よくもまあンな口が叩けるな。せっかくの得物が泣いてるぜ」

呆れたように首を振った男が、傍らに突き立つ棒のような物をひと撫でして息をつく。
大刀であった。
男の巨躯の前には些か丈が短くも見えるが、飾り気の無い白木の柄から伸びる刃はそれでも二尺を超えている。
側に転がる白鞘はそれを収めていたものか。
陽光を集めて煌く刃には、しかし刃こぼれも血糊の跡もない。

31DISTANCE ◆Sick/MS5Jw:2010/09/05(日) 00:44:07 ID:hGXBmDyk0
「うるせえ……! 殺るならひと思いに殺りやがれ……!」

突き立つ白刃に手を伸ばそうとして届かず、なおも男の体重から逃れようともがきながら少年が声を張り上げる。
見下ろした男が、大仰に肩をすくめてみせた。

「ぎゃあぎゃあとまあ……ハネっかえんじゃねぇよ餓鬼が。若い身空で死にたがりもねえだろう」
「死ぬのが怖くて『戦線』の前を張れっかよ……!」
「……」

間髪を入れず返ってきた答えに、男が表情を変える。

「ああ、そうかい……」

片眉だけを上げたその顔は、笑っているようにも、どこか悲しげにも見え、

「ひとつ、教えてやるよ」

そして何より隠しようもなく、怒りの色を浮かべていた。

「死んじまっちゃあ……何もかんも、おしまいだぜ……っと!」

ぐぶ、と奇妙な音がした。
音は、少年の喉から響いていた。
僅かに重心の位置を変えた男の爪先が、俯せに倒れた少年の胸骨の隙間から、肺腑を抉っていた。

「……次の喧嘩ァ、相手見てふっかけるんだな」

言いながら足を引いた男が、くるりと踵を返す。
枷から解き放たれたはずの少年は、しかし動かない。
否、動けない。

「さて、まずは大将や連中を捜さねえと……面倒くせえなあ、おい」

男の言葉に耳を貸す余裕など、なかった。
競り上がってくる胃液と、そして悲鳴が口から漏れるのを耐えるのに、精一杯だった。

32DISTANCE ◆Sick/MS5Jw:2010/09/05(日) 00:44:24 ID:hGXBmDyk0
「ま、気長に行くか……何せ俺たちゃ、うったわれるぅ〜、ものぉ〜、っとくらぁ」

男の足音と鼻歌じみた節回しが、遠ざかっていく。
それでも少年は動けない。
やがてそれらの音が消え、更にしばらくの時が過ぎても、少年は蹲ったまま、動かない。
動かない少年の上を、風が吹き抜けていく。
梢が、ざわめいた。

「……じまったら……」

微かな、声だった。
ざわめく梢に紛れるように、消え入るように。

「……死んじまったら、おしまいだ?」

少年が、声を漏らす。
その声が合図ででもあったかのように。

「わかってんだよ、んなこたぁ……」

少年が動き出す。
震える拳を握って、引き剥がすように、顔を上げた。

「俺たちゃもう―――」

泥に塗れたその顔が、光に照らされて歪む。
置き去りにされた刀の、陽光を反射した光だった。

「もう、終わってんだよ……!」

突き立つ刃のすぐ側を、小さな蟻が、這っていた。
叩き潰したのは、拳である。
鳶の舞う高く青い空から遠く離れて、震える拳で虫を潰し、独り地に伏す少年の名を、野田という。

死を越えて在る、それは存在の、筈だった。

33DISTANCE ◆Sick/MS5Jw:2010/09/05(日) 00:44:51 ID:hGXBmDyk0

【時間:一日目 午後1時ごろ】
【場所:F-4】

クロウ
 【持ち物:不明、水・食料一日分】
 【状況:健康】

野田
 【持ち物:白鞘の大刀、水・食料一日分】
 【状況:軽傷・恥辱】

34 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/05(日) 00:45:08 ID:hGXBmDyk0
投下終了ですー

35 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:42:34 ID:ZnjJuVzM0
(私は……何をやっているんだろう……)

 ふらふらとおぼつかない足取りで一人の男がアスファルトで舗装された道を歩いている。
 すっかりヨレヨレになったワイシャツとろくにアイロンもかかっていないスラックスを穿いた中年の男だった。
 まだ同年代の人間が働き盛りの真っ只中だというのに彼の頭はすっかり白髪に覆われてしまい、今となっては黒髪のほうがすっかり少なくなってしまっている。
 そして顔に刻み込まれた深い皺。
 彼の容姿は老人を思わせるほど、老け込んだ姿をしていた。

 彼の名は岡崎直幸という。

 画面の向こうの少女の死も。これから殺しあえという命令も全てが空虚で現実味がない。
 どうでもいい。何もかもがどうでもよかった。

 あの日から――
 ただ一人の息子の将来を奪ってしまったあの日から。
 彼は全てを失い空っぽになった。

 彼は若くして結婚し、一人息子をもうけた。
 周囲の反対を押し切っての結婚。家族を養うためただがむしゃらに働いた。
 毎日の残業に疲れ果てて帰ってきても愛する妻と赤ん坊である息子の顔を見れば疲れはすぐに吹き飛ぶ。
 決して裕福でないものの、幸せな生活が続くと思っていた。
 だが彼の妻はまだ赤子の息子を残して逝った。

 それでも彼は辛い現実に目を背けずにひたすらに耐えた。
 妻の忘れ形見の息子がいる限り、どんなに辛いことにも頑張れた。
 父子家庭であるゆえ国からの補助は母子家庭に比べると僅か。
 彼はたった一人の家族を養うため、一層仕事に励んだ。

36 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:43:33 ID:ZnjJuVzM0
 
 そして息子も成長してゆく。
 いつごろからだったのだろう。
 徐々に息子とのすれ違いが起き始めていたのは。
 毎日仕事で遅くなる彼、いつごろからか話す回数が減ってきた。
 息子と触れ合う回数が減ってきているとの自覚があっても、仕事に没頭し続けた。

 気がついたら息子は中学生になっていた。
 少年特有の思春期における父親への反抗心から彼とぶつかり合うこともあった。
 それでも彼は息子がしっかりと育っていってることが嬉しかった。
 やがて息子は高校へバスケットボールの特待生として入学することが決まった。

 そしてあの日が訪れた。

 原因はなんでもない、ちょっとした口喧嘩だったのだろう。
 本当によくありふれた親子の喧嘩。
 そこでたまたま彼は息子を突き飛ばし、息子は柱に右肩をぶつけた。
 本当に軽く肩をぶつけただけだと思っていた。

 医者から息子の右肩は二度と上がらないと告げられるまでは――

 その日から彼は空っぽだった。
 息子は口を聞いてくれなくなった。
 息子の未来を奪ってしまった罪悪感から彼はまるで他人のようにしか息子と接することが出来なかった。
 今の彼は最低限の生活費を稼ぐためしか働いていなかった。
 暇があれば一日中テレビを眺め、酒と煙草に浸り、少し金に余裕があればパチンコに通う毎日だった。
 毎朝、学校に登校する息子の白い視線が突き刺さる。
 それでも息子を置いて一人どこかに消えなかったのは、子を持つ父親としての最後の矜持があったのかもしれない。

37 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:44:46 ID:ZnjJuVzM0
 
 
 磨耗し枯れ果てた心。いっそのこと誰か自分を殺して欲しい。
 このまま妻の下へ逝けたら。
 そんなはずがあるものか。息子を残して死んだところで妻と同じところに逝けるはずがない。


 彼は無意識に担いだデイバッグの中身に手を伸ばす。
 ころりとデイバッグがら何かが転がり落ちる。
 それは軽くバウンドしたあと道をころころと転がり、やがて止まった。

「……私に対する嫌がらせかね」

 何の変哲もないただのバスケットボール。
 息子がそれを持ってコートを駆ける姿。
 ディフェンスを掻い潜りシュートする姿。
 それらを台無しにしたのはお前だとボールが語りかけているようだった。

 ふと、目の前に大きな建物が目に入った。
 鉄筋コンクリート製の建造物、そして頑丈な鉄の門。
 小学校か中学校か、はたまた高校か。どこにでもある学校だった。

「……………………」

 直幸はバスケットボールを小脇に抱え何かに誘われるように校門を潜り抜ける。
 無意識に足がこちらに向いた。
 そして彼は体育館にやってきた。
 初めて見る場所なのにひどく懐かしい場所。
 正面に舞台があって。
 舞台の端には黒塗りのピアノがあって。
 体育館の隅には跳び箱とマットが形を揃えて置かれている。
 遥か昔に過ぎ去った学生時代の残滓がそこに今もなお残されていた。

38 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:45:48 ID:ZnjJuVzM0
 
「あの子もここでバスケットをするはずだったんだな……」

 体育館の入口側と舞台側には天井から伸びる可変式のバスケットゴールがある。
 それが今は降ろされて、一つのバスケットコートを形作っていた。
 直幸は舞台側のゴールに近づくと、フリースローラインの所で立ち止まった。

「それっ……!」

 なぜそうしたのか彼自身でもわからない。
 直幸は抱えたボールをゴールに目掛けてシュートした。
 最後にこんなことをしたのは何十年前のことだろう。とても綺麗とは言えないフォーム、息子が見たら笑われそうだ。
 彼の放ったシュートはゴールに跳ね返って床に落ちる。

 ダンッダンッタン……タタタタン、タン……

 静かな体育館に一際大きく響くボールの音。
 直幸はボールを拾い上げるともう一度シュートした。
 弧を描いて飛ぶボール、今回はゴールに届かなかった。
 もう一度。
 今度はシュートの勢いが強すぎたため、ゴールに当たった後、大きく跳ね返り直幸の後方に転がっていく。

「おっと……」

 ボールを追おうとした直幸の視線の先に、人影が立っていた。

「!?」

 いつの間にかに立っていた人物は赤みがかかった茶髪の男だった。
 男は足元に転がったボールを拾い上げると直幸に向って言った。

39 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:46:29 ID:ZnjJuVzM0

「駄目だ駄目だそんなフォームじゃ、入るモンも入らねえぜ」

 少し粗野な印象を受ける男の声。
 彼はボールを抱えてフリースローラインまでやって来ると、ゴールに目掛けてシュートを放った。
 直幸とは比べ物にならないほど綺麗な形。
 重心のブレがまったくないフォームで放たれたボールは綺麗な曲線を描いてゴールに落ちた。

「どうだオッサン! 俺様の華麗なるシュート完璧じゃね!?」

 男は親指を立てると白い歯を除かせてにっと笑った。



 ■



 直幸は男がまるでガキ大将がそのまま大人になったかのような印象を受けた。
 ともすれば躁病と疑いたくなるぐらい彼は感情の起伏が激しい。だが直幸に危害を加えるつもりはないらしい。
 年の頃は見たところ直幸とそう変らなさそうに見える、だが彼のほうが直幸より何倍もの若々しく生命力に溢れていた。
 20歳年が離れていても通用するぐらい、直幸と男の老け込み具合は違っていた。

「あんた……苦労してんだな……」

 
 同じ数十年を生きてきたがゆえの匂いを彼は感じ取ったのだろうか。
 男はぽつりとそう言った。

40 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:47:57 ID:ZnjJuVzM0
 
「そう……ですね、苦労してきました」
「家族はいるのか?」
「結婚してすぐに妻に先立たれてしまいましてね……男手一人で息子を育ててきましたが……気がつくと高校生です。この前までこんなに小さかったやつが今や私より背が高いんですよ」
「すまねえ、野暮なこと聞いて。俺は幸いにも嫁と娘に恵まれたよ。娘は少し身体が弱いがな」
「娘さんはいくつで?」
「奇遇なことにあんたんところと同じ高校生だ。嫁に似て今じゃすっかり女らしく育ってよーたまに目のやり場に困る時があるぜ、はっはっは。――ホント子の成長は早いモンだぜ」

 彼の反応から、親子の仲はすこぶる良いようだ。
 言動は子どもじみていても彼は良い父親でいるようだ。彼が羨ましかった。

「あんたは……どうだ?」

 彼の問いに直幸は無言で首を振る。

「私は駄目でした。良い父親になれませんでした。息子の将来を駄目にした私は父親として失格でした」

 直幸の言葉に男は言葉を返せなかった。
 幸せな家庭を運よく手に入れられた彼は何を言っても直幸の励ましにならないと思ったからだ。

「ところでさ、あんたどこで見たことがあるんだが……見たことがあるというより俺の知ってる奴によく似てるんだ」
「えっ……?」
「最近娘に友達が出来てよ、ちょくちょくウチに飯食いに来るんだ。目つき悪くて口が悪くて生意気な小僧だけどよ、嫌いじゃねえ。あんたに雰囲気がよく似てる
 ああ、すまねえ俺は古河秋生っていうんだ。古河ベーカリーっつーパン屋やってるぜ」
「古河……」

 そういえばそんな名前のパン屋が町にあった気がする。
 一度も行ったことがないのでどんな人間が経営してるのかも知らなかった。

41 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:48:52 ID:ZnjJuVzM0
 
「岡崎……直幸です」
「ああ――やっぱそうだろうと思った。あんた朋也……岡崎朋也の親父さんだろ?」
「息子をご存知なんですね……」
「まあな、娘が世話になってる」
「……あなたが、私の代わりにあの子の父親であればどれほど良かったか」
「馬鹿言うな、俺はあいつの父親じゃねえ。あいつの父親はあんたただ一人……そうだろ? 岡崎さん」

 彼は穢れ無き真っ直ぐな視線でそう答えた。
 なぜこうも迷い無く言い切れるのだろう。

「駄目……ですよ。あの子は私を許すことはないでしょう……全ては遅すぎた」

 親子の絆はとうの昔に切れてしまっている。
 今さら絆を取り戻すことなんてできるはずがない。
 直幸が勇気を出して歩み寄ったところで息子は拒絶するだろう。
 こんなにも空は青いというのに直幸の心には冷たい雨が降りしきっていた。
 
「うっしゃ! 岡崎さん! 俺に良い考えがある!」
「は……?」
「バスケ、やろうぜ!」

 何を言っているんだこの男は。と直幸は思った。

「汗でもかいてさっぱりしようぜ! ほらよ!」
「な……古河さん……」

 秋生は座り込んでいる直幸の手を引いて強引に立ち上がらせる。
 そして秋生は抱えていたバスケットボールを直幸に手渡した。

「1on1で三本先取。ボールを三回奪われたら攻守交替だ。まずはあんたから攻めな」
「あ、あの……」
「男だったらグダグダ言わずにかかってきな!」

 こうなったらバスケをやるまで秋生は黙らないだろう。
 しぶしぶ直幸はフリースローラインまで歩く。

42 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:49:40 ID:ZnjJuVzM0
 
「いつでもいいぜ!」

 秋生はゴールを背に直幸から2mほど離れた場所で仁王立ちになる。
 ここからシュートを狙うか?
 駄目だ。自分の腕ではまともにゴールに入れられないことぐらい直幸自身もわかっている。
 こうなったら出来る限りゴールに近づくしかない。
 直幸はまともに左手でドリブルなんて出来ない。攻めるコースは右からのみ。
 そしてダッシュ。

「抜かせるかよッ!」

 即座にディフェンスに入り猛烈なプレッシャーをかけてくる秋生。
 いくらドリブルをしても軽快なサイドステップでぴったりと張り付いてくる。

「ほらどうした。いつまでもドリブルしても点なんか入らないぜ!」
「く……!」

 ゴール下の線で区切られた台形の中に全く入れない。
 こうなったら少し遠いが無理矢理シュートを決めるしかない。
 立ち止まりシュートの構えに入り、強引にシュートを放つ。
 だが――

「そらよ!」

 直幸がシュートを放つと同時に秋生は飛び上がる。
 まるで巨大な壁が迫るかのようにシュートコースが塞がれボールは秋生の手に弾かれ奪われた。

「あっ……!」
「残念だったな。次は俺が攻める番だ」

 そう言って今度は秋生がフリースローラインに立つ。
 直幸はすでに息が上がって肩をしていた。
 たった五分にも満たぬ時間なのにもう息が切れ、汗が噴き出してくる。
 いつの間にか自分はここまで衰えたのだろうか、目の前の男は息すら上がっていないというのに。
 直幸はぎっと歯を食いしばる。

43 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:50:28 ID:ZnjJuVzM0
 
「おいおい、もう息切れか?」
「ぐっ……まだまだ……!」

 なんで自分は必死になっているんだろうと直幸は思う。
 この数年間感情を揺り動かしたことなんてないのに。
 ただ空っぽの毎日を過ごしていたというのに。

「じゃあ……行くぜ!」

 秋生はとてつもない速さで右側から一気に切り込んでいく。
 まったくもってドリブルの速さにについていけない。
 一瞬で直幸のディフェンスは抜かれ、秋生は華麗なレイアップを右手で決めた。

「はあっ……! はぁ……はあっ……!」

 攻撃時とは比べ物にならない体力の消耗。
 ドリブルに付いて行こうとしてるのに足が言うことを聞いてくれない。

「次も俺の攻撃だ。ほらよ!」

 まだ息も整いきれていないのに秋生は攻撃を開始する。
 再び右からのカットイン。そう何度も同じように――!
 必死にドリブルに食らいつく直幸。
 今度はいける――

「甘いな」
「え……?」

 直幸の必死なディフェンスを嘲笑うかのように秋生はドリブルをする左足を軸にくるりと後ろ向きにターンした。
 まるで手に吸い付くかのようにボールは右手から左手に移動する。
 直幸は完全に虚を付かれていた。秋生が右から攻めるとばかり思い込んでいた。
 しかし秋生はターンをすると即座に向って左側に切り返す。
 ディフェンスの行うための身体の重心は完全に直幸自身の左側。つまり秋生から見て右側に重心が移動してしまっている。
 あっさりと直幸は抜かれてしまい、秋生は今度は左手でレイアップを決めた。

44 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:51:09 ID:ZnjJuVzM0
 
「がっ……はっ……! あ、ぐっ……!」

 声が出ない、膝がもう笑っている。
 息をしようにも肺がうまく空気を吸い込んでくれない。

「これでラストだ。今度は俺様のとっておきの技を見せてやるぜ」

 もうまともに守れない。しかし足は止まらない。
 秋生はドリブルをしながらゴールとは逆方向、スリーポイントラインを超えてセンターライン近くまで移動していた。
 まさかこの距離からシュートを?
 直幸は笑った足に鞭を打ってシュートを撃たせまいと秋生に近づく。

「うおおおおりゃあああああああああああ!!」

 それはまるでロケットの如く加速。
 それまでのドリブルとは比べ物にならない速さ。
 一瞬のうちに最高速まで達した秋生は直幸を抜き去ると猛然とダッシュする。
 そして彼の足がフリースローラインまで達したとき。

 秋生は飛んだ。
 跳んだではなく『飛んだ』しか比喩しようがない。
 まるで秋生は宙を歩くかのごとく舞い、手に持ったボールをゴールに叩き付けた。

 直幸は呆然と秋生のダンクシュートを見つめていた。
 否、完全に秋生の美技に魅了されていたのだ。

(そうか――これが朋也が目指していたもの――)

 足元がふら付いてもう立っていられない。
 直幸はそのまま仰向けに大の字に倒れこんだ。

45 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:52:18 ID:ZnjJuVzM0
 

 ■


「よう、立てるか」
「すみません……もうしばらく」

 勝負は圧倒的な力の差で秋生の勝利に終わった。
 直幸はふらふらでまだ仰向けに寝転がっている。
 汗はびっしょりで、一生分の運動をしたような気分だった。
 でも気分は不思議と晴れやかだった。長年降り続いた雨が上がったような気分だった。

「どうだ。少しは汗かいてすっきりしたろ?」
「かも……しれませんね……」
「なあ、もう一度向き合ってみろよ。朋也……いや、あんたの息子と。諦めたらそこでゲームオーバーだ」
「私に……できるでしょうか」
「さあ、な。それはあんた次第だが……できるさ、朋也のただ一人の家族で、ただ一人の親父なんだろ?」
「……………………」
「こんなクソったれなイベントに連れてこられてあいつブルって泣いてるかもしれねえんだぞ? 守れるのはあんたしかいないんだ」
「……………………」
「俺は守り抜く、何としてでも俺の家族を守ってやる。それでてめえがおっ死ぬことになってしまってもだ。
 嫁と娘を守って死ぬなら男として、父親として本懐じゃねえか」

 なんて純粋で真っ直ぐな言葉だろうか。
 一筋の涙が流れ空っぽだった心が満たされるのを感じる。
 もう一度、もう一度頑張ってみよう。それでもだめならもう一度。
 家族の絆を取り戻すためなら何度でも頑張ってみよう。
 直幸は立ち上がる。まだ膝が笑っているが、しっかりと大地を踏みしめて立ち上がる。
 そう、何度でも――


「そう……だな。まだ俺はやるべきことが残っていた。古河さん、俺は息子に――朋也に会いにいく」
「おう、その心意気だぜ!」

46 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:52:55 ID:ZnjJuVzM0
 

 かつて失った物を取り戻すために。
 やがて訪れる家族の未来を守るために。
 父親達は決意する。




 【時間:1日目午後1時ごろ】
 【場所:E-6 学校】

 岡崎直幸
 【持ち物:バスケットボール、水・食料一日分】
 【状況:疲労】

 古河秋生
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】

47 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:54:00 ID:ZnjJuVzM0
投下終了しました。
タイトルは『Fathers Rock'n'Roll』です。

48 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/05(日) 15:27:41 ID:K4OafaUs0
 吉岡チエはキャンプ場の一角にある、小さなログハウスの片隅で縮こまっていた。
 精一杯箱に閉じ込めるように、体を力の限り抱えて。
 それで完全に隠れられるとは思っていなかったが、やらずにはいられなかった。

 人が殺されたときはまだ、現実感が湧かなかった。
 趣味の悪いスプラッター映画を見せられていたのだと、言い聞かせることができた。
 だが一歩スタート地点から出た瞬間、そんな甘い考えすらも吹き飛んだ。
 太陽の下に広がるのは見たこともない風景。森と山が広がり、点々と木作りの家が立ち並んでいるのが見えた。
 キャンプ場だと分かったのは、地図を見たときだった。一瞬にして自分の居場所が分かった安心感がある一方で、
 ここが目立つ場所であることもまたチエの不安をかき立てたのだった。
 サッと辺りを見回しても人の気配はないのが却って恐ろしく感じる。
 あの家の影に、誰かが潜んではいないだろうか。
 あの丘陵の向こうから、拳銃を持った見知らぬ男が現れたりしないだろうか。
 後ろから、いきなり刃物を刺されたりは?
 キャンプ場は山の頂上付近よりも下の、中腹くらいの場所にあったが見晴らしは良かった。
 いつ、誰に見つけられてもおかしくはない。
 一人でいることが恐怖をかき立て、チエは大声で友達の名前を呼ぼうとしたが、すんでのところでその愚かさに気付いてやめる。
 荒涼としたキャンプ場に風が吹き、チエの肌を撫でた。
 結局どうしようもなく、かといってうろうろ歩き回ることも躊躇われ、チエは手近にあったログハウスに身を潜めることにしたのだった。
 そうして、どれくらいの時間が経っただろうか。
 膝にうずめていた顔を上げ、ログハウス内にあった壁時計を眺めてみたが、たったの数十分しか経っていなかった。
 退屈な学校の授業よりも長く、暇を持て余した一日よりもこの数十分は長かった。

「ちゃる……このみぃ……」

 耐え切れず、チエは友達の名前を呼んだ。
 地図と同時に見た名簿にもその名前があった。彼女らも、参加させられている。
 しかしそれがチエを安心させる材料にはならなかった。彼女達とも殺しあわなければならないのだから。
 それでも呼ばずにはいられなかった。
 どうしたらいいのかも分からず、ただうずくまっているしかないだけの自分を元気付けて欲しかった。
 大丈夫、きっと助かる。根拠がまるでなかったとしても、その言葉が欲しかったのだ。
 ぎゅっ、とさらに体を抱える。自らの大きな胸が圧迫され、息苦しかったが文句を言うだけの余裕もなかった。

 怖い。寂しい。誰か、助けて……

 顔を不安で歪めたチエがさらに顔を引き攣らせたのは、次の瞬間だった。
 ぎぃ、とログハウスの扉が開かれ、中腰の体勢のまま一人の女性が侵入してきたのだ。
 ひ、とチエは悲鳴を上げそうになった。
 自分と同じショートヘアに、ベレー帽を深く被っている。大きめのコートを羽織り、きょろきょろと不安そうな目つきで室内を見回していた。
 姿格好からして、女子大生だろうか。すっきりとした美人の顔立ちでありながらも、落ち着きなく辺りを見回すその姿は、寧ろ自分と同い年のように思えた。
 部屋が薄暗いせいか、まだ自分の姿は見つかっていない。隠れられるかもしれないと腰を浮かしかけたとき、不意にこちらを向いた女性と目が合った。

「ひいっ!」

 今度こそ悲鳴を上げた。浮かしかけていた腰が落ち、すとんと尻餅をついてしまう。
 驚いていたのは女性の方で、目をしばたかせて口元に手を当てていた。大声に驚いたのだろう。

「あ、あの……大丈夫?」
「大丈夫に見えるんスか……」

49 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/05(日) 15:28:15 ID:K4OafaUs0
 あまりにも間抜けな質問に、強張った表情のままそう返してしまう。
 女性はひとつ咳払いをした。失言だと自分でも分かったのだろう。

「ああ、ええと……私はあなたを襲うつもりはないわ。安心して」

 怖がっていた表情から変わって、女性は柔和な笑みを浮かべながらチエへと近づいてきた。
 本当なのか、と思ったものの、ログハウスに入ってきた瞬間の表情や、現在の柔らかな雰囲気、そして何より同性であることが大丈夫だとチエを説得していた。

「その、私も怖かったのよ。誰もいないし、不気味だし……」
「それでここに隠れようと?」
「ええ……」

 なんだ、とチエはどこかしら安心した気持ちを覚えていた。
 自分だけではない。年上に思えるこの女性でさえも怖かったのだ。
 全員が全員殺人鬼であるはずなどなかったのだ。
 手が差し出される。しかしチエは「ああ、別にお気遣いなくっ」と言って自分で立ち上がった。
 同じように考えている人間がいることが、僅かなりともチエに活力を取り戻させたのだった。

「いや、ちょっと安心したっス」
「安心?」

 曖昧に笑っている女性に、チエは少し口ごもりながらも、先程の安心感が背中を押す形で言葉を続けていた。

「おねーさんのような人でもここは怖いんだな、って……その、なんというか、同じ者同士の感覚っていうか」
「へえ、そんなこと思ってたんだ」

 意地悪く笑われる。ひょっとしたら失言だったかもしれないと思ったチエは慌てて「いやその、悪気は別に」と言葉を重ねた。
 口がいつものように軽くなってしまっているのは、安心感のせいなのだろうか。
 あははは、と誤魔化すように笑い、チエは話題を逸らすようにして「そ、そうだ!」と大きな声で言った。

「おねーさん、これからどうするんスか?」
「私? 私は……」

 クス、と笑って。
 ひゅっ、と手が振られた。
 へっ? そんな声を出そうとして、しかし喉からはひゅうひゅうという乾いた音しか出なかった。
 違う。切られたのだ。喉を、刃物のようなもので。
 目前で吹き出している赤いものは自分の血なのだろう。呆然とそんなことを考え、チエはかくんと膝を折って崩れ落ちた。

「あら。まだ息してる。意外と切れ味悪いのね。お姉さん失敗☆」

 ペロリと舌を出して、ウインクして、彼女は言っていた。
 まるで些細なドジでも踏んだかのような軽い口ぶりだった。
 朦朧とする意識の中で、チエは、どうして、と呻いていた。
 一緒だったはずなのに。この状況が怖くて仕方のない、仲間だったはずなのに……

「ああ、うん、そうね。もう一つ失敗、あるんだ」

50 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/05(日) 15:28:38 ID:K4OafaUs0
 床に転がるチエに、よいしょ、と腰を下ろして語りかける女性。
 その顔は無表情で、最初に出会ったときの印象など欠片も残ってはいなかった。
 冷え冷えとしたその表情は、自分とは違う、大人の世界を生きてきた人間の顔。
 辛酸を舐め、世の中の暗部を知り、泥を吸い尽くした人間の顔だった。

「私はあんたとは違うのよ」

 ギリ、と。
 眉根を顰め、敵意をむき出しにしながらも、その目は笑っていた。
 この女は、いくつもの側面を持っていた。
 女であり、小悪魔のような無邪気さがあり、大人であり、そして憎悪に身をやつした人間だった。
 同類なんかじゃない。この女は、心底自分を見下している。

「人、殺せるかって思ったけど……なんだ、簡単にできるのね。うん、だったら、いざってときでも大丈夫」

 既に女はチエなど見てはいなかった。
 手に持っていた小型の果物ナイフをコートに仕舞いこんでいる。
 恐らく、隠し持っていたあれで切り裂いたのに違いなかった。
 そして自分は、その実験台だったのだ。

「でもでも、ちょっと殺傷力に難があったわね。ま、こんなところにあるようなのだし、仕方ないか」

 ああ、とチエは理解した。
 自分と同じく、隠れる場所を探していたのではない。
 武器を探すため。人を殺すために、ここにやってきた。それだけのことだったのだ。
 やはり、ここは、殺人鬼、だらけ、だった――

「……この力で私が守ってあげる。私が必要で、私だけに跪いてくれる誰か。私は、それさえあればいい」


 最後に見た、吉岡チエが名前を知る由もなかった女、麻生明日菜は。

 弱さを絶対の悪と認め、弱さに敵意を向け続ける女、麻生明日菜は。

 自らを満足させる男を捜していた、女だった。

51 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/05(日) 15:29:00 ID:K4OafaUs0



 【時間:1日目午後13時00分ごろ】
 【場所:D-5 キャンプ場】

 麻生明日菜
 【持ち物:果物ナイフ、不明支給品、チエの支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康。守ってあげたい誰かを探す。必要のない人間は殺す】

 吉岡チエ
 【持ち物:支給品以外一式】
 【状況:死亡】 

52 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/05(日) 15:29:56 ID:K4OafaUs0
投下終了です。
タイトルは『天使の消えた島』です

53陰日向に咲く ◆auiI.USnCE:2010/09/05(日) 15:58:46 ID:JvmEy7Q.0
「………………」

太陽が燦々と輝く空の下。
物陰で自分の存在をかき消そうとするように、彼女――長谷部彩はひっそりと佇んでいた。
蒼い蒼い空だけを儚げに見つめ続けながら、今までの事を思い出している。

よく解らなかった。
いきなり、変な場所に自分が居て。
漫画みたいな天使みたいな男の人が居て。
でも、天使みたいな人は実は悪魔のようで、容赦無く同じ年齢のような女の子を殺した。
今でもシャワーの様に紅い紅い血が降り注いだ映像が、頭の中からこびり付いて離れない。
それでも、嘘みたいな夢の様なあの光景は、やはり嘘と思いたくなる現実だった。
首がなくなった胴体から滴りたる血が、これが現実だという事を自分に見せ付けていたから。


「…………どうして」

どうして、こうなってしまったのだろう。
輝きを失わない太陽を見ながら、彼女はずるずると寄りかかったものからずり落ちていく。
影に隠れるように、身を静かに寄せ、膝を抱え込むように座り込んでしまう。
そのまま、顔を膝に押し付け、目を閉じる。
眩しかった光はあっという間に無くなり、何も無い闇のような無が広がっている。

死んでしまったら、このような無になってしまうのだろうか。
何も感じない世界の中で一人きりになってしまうのだろうか。
それとも、死後の世界というものがあって、其処にずっと前に死んでしまった父親もいるのだろうか。
でも、それはやっぱり死んでみないと解らない事で。
ただ、死がとても近い事が、とてもとても怖かった。

終わって、しまうのだろうか。
そう思った瞬間被っていた白い帽子を強く握りしめてしまう。

思い起こすのは、この島に連れてこられる前の事で。
ただ、漫画を描いていて。
それをこみパで売って。
全く売れはしなかったけれども、それでも楽しかったはずだ。
最近は何故か色んな人と出会う事もできた。
何故だか、ワクワクした。

これからだったはずだったのに。
始まりは見えていたのに。
でも、始まる事すらせず、終わってしまうのだろう。
自分に人殺しなど出来る訳も無く、また戦う力なんてある訳がなかった。
だから、このまま、ここで死んでしまうのだろう。
それも、仕方ないのかなとも思ってしまう。
自分はこんなにも目立たなくて地味なのだから。
このまま誰にも気付かれずひっそりと死ぬ方がいいのかもしれない。
それが、自分の生き方のようにも思えたのが、とても哀しかった。
でも、自分の末路として似合うかもしれなかった。
長谷部彩の終わりとして、相応しいのかもしれない。

54陰日向に咲く ◆auiI.USnCE:2010/09/05(日) 15:59:06 ID:JvmEy7Q.0
でも


「…………死にたく……ない」


やっぱり死にたくなかった。
自分の家に帰りたかった。
まだ、沢山漫画を描きたい。
また、あのこみパに行きたい。

未練ばっかりが沢山有って。
死を受け容れる事なんて、できようもなかった。
ただ、生きたくて、生きたくて。
気が付いたら涙がぼろぼろと流れている。

光が当たらぬ、陰の中で、ひっそりと泣いていた。




「……!?」

そんな時だった。
かつかつと靴音が彩の耳にも聞こえてきたのだ。
びくっと体を震わせ、纏っていた白いショールを抑える。

ああ、終わってしまう。
そう思って、自分の身をぎゅっと抱きしめる。
せめて、最後だけは楽にいけるように。
それだけを願いながら目をぎゅっと閉じる。
直ぐに訪れるだろう終焉に震えながら。


だけど、その終焉は何時までもやって来なくて。
おずおずと恐る恐る目を開けてみる。
其処に居たのは恐らく自分より少し年上の黒髪の青年で。
甲冑か着物かよく解らないものを纏い、手には剣が握られていた

青年は彩を見つめながら、ずっと動かないままだった。
彩は目をぱちくりとさせ、そのまま固まったように座り込んでいる。
長いか短いか良く解らない時間が暫く流れ、見つめ合って。

そして。

「……返事が送れて申し訳ありません。ベナウィといいます」

青年が柔らかい声色で自分の名を名乗った。
そして静かに手を差し伸べる。
彩はきょとんとし、その手を取った。

そのてのひらは何処か、何故か温かくて。

優しく感じられて。


また、彩はぼろぼろと涙を流した。

それが、生きているという実感だった。

55陰日向に咲く ◆auiI.USnCE:2010/09/05(日) 15:59:47 ID:JvmEy7Q.0
     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





その後、泣き出した彩をベナウィは何とか宥める事が出来た。
余り慣れた事ではなかったので随分と時間がかかってしまったが。
そして、ベナウィは自分の身の上や現状などを話し始めた。

彩は聞き慣れない国名や何処か時代錯誤した話に戸惑ってしまった。
けど、元来極めて無口で大人しい性格なので、戸惑いや疑問を彼に話す事ができない。
だから、そういうものなのだろうと無理矢理自分自身を納得させる。
解らない事は後でまたゆっくり聞けばいいと思いながら。

そしてベナウィは今は自分の主君や仲間を探している旨を彼女に告げる。
ベナウィは彼女に仲間の所在を尋ねた。
しかし、今までベナウィの話にコクコクと頷いていた彼女はその時ばかりはフルフルと首を横に振って否定をする。
その事にベナウィは特に気を落とす事は無かった。
この殺し合いも始まったばかりなので、会っていない可能性の方が高いと思っていたからである。
ベナウィ自身も彼女がこの島で出会った始めたの人でもあったからだ。

「そうですか……では、すいませんが私は仲間を探さねばなりません」

そして、ベナウィは立ち上がり、この場を去ろうとする。
とても薄情な事をしていると自覚している。
けど、今はそれをしなければならい。
何故ならば…………


「…………」

でも、ベナウィは立ち去る事ができなかった。
彩が、何もいわずに自分の袖をちょこんと持って、そしてクイクイと引っ張り、引き止めていたから。
その表情は、何処か切なそうにベナウィを見つめている。

ただ、離れたくなかった。
一人きりではとても不安だったから。
死にたくなんて無かったから。
だから、今は彼と居たかった。

彩は捨てられそうな子犬のような視線をずっとベナウィに向けていて。
ただ、捨てられたくないといいたい様に見つめていた。


「…………そうですね。解りました。一緒に行きましょう」

その様子にベナウィはふっと息を吐き、そして一緒に行くことを決めた。
何時の間にこんなに甘くなったのだろうか。
それともこの少女のせいだろうか。
それは、ベナウィ自身にも解らなかった。
優しげな笑みをベナウィは浮かべ、またその少女に手を差し伸べる。

彩は儚く笑いながら、コクコクと頷き手を取った。
そして、できるだけ優しく、彼に言葉を告げる。


「……………………ありがとうございます」


その笑顔は、陰にも光が差し、まるで日向のような、とても柔らかい笑顔だった。

優しく、可憐な笑顔の花が、彩っていた。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

56陰日向に咲く ◆auiI.USnCE:2010/09/05(日) 16:00:09 ID:JvmEy7Q.0





……全く……私は何をしているんでしょうね。
自分自身の事なのに、自分が行った事に驚きを隠せないでいる。
最初にこの少女に出会った時、私は殺そうか迷った。
自分が忠誠を誓ったあの主君の為に。
彼を生かす為に全員を殺す事を選び取るのは、当然かとも思えたからだ。

なのに、殺せなかった。
あの顔を見ていたら、殺せなかった。
それはきっと人の触れあいの温かさを、家族とも言える空間を知っていたからであろうか。
手を血に染めれば、あの空間に戻る事ができない。
そう思ってしまったらふがいもなく迷ってしまって。
結局、殺せなかった。

だから、これ以上自分のペースを崩させない為にも離れようと思った。

あの笑顔は、毒だと思った。

自分の牙を奪ってしまう。
儚げで柔らかい笑顔は、どうしても、あの国の、家族の温かさを思い出させてしまう。
あの食事の温かさを思い出してしまうと、忠誠の為に罪無き人を殺す……など出来なくなってしまう。

まだ自分の中でも定まっていないのだ。
だから、あの笑顔を見続けていたら、いけないと思った。
だから武士としての誇りを捨て、薄情のまま、立ち去ろうとしたのに。


あの瞳が、また自分を見つめていた。
最初に殺そうとした時のように見つめられて。
立ち去ろうとした自分を縛ってしまう。
離れようとした自分を引きとめようとして。

そして、また私は残ってしまった。


こんな自分自身に本当に驚いてしまう。
とても無様とも思う。
けど、それでいいと思う自分自身も居た。

本当に訳が解らない。

彼女はまだ陰のある、けれども日向のような笑みを自分に向けている。
柔らかで優しげな温かい笑みだった。


ああ、その笑みは


私を縛り、苦しめ


だが、


私を引きとめ、安らげてくれる。


そんな


陰日向の笑みだった。

57陰日向に咲く ◆auiI.USnCE:2010/09/05(日) 16:00:28 ID:JvmEy7Q.0
【時間:一日目 午後1時ごろ】
【場所:E-1 北部】

ベナウィ
 【持ち物:フランベルジェ、水・食料一日分】
 【状況:健康 彩と共に行動】

長谷部彩
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康、ベナウィと共に行動】

58陰日向に咲く ◆auiI.USnCE:2010/09/05(日) 16:01:03 ID:JvmEy7Q.0
投下終了しました。
何か矛盾や疑問点ありましたら指摘をお願いします

59 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:04:42 ID:rUlQSJ7s0
「はぁ……っ……はぁ……っ!」

 木漏れ日が射し込む森の中を息を切らせながら柚原このみは走っていた。
 とにかく前へ。
 とにかく前へ。
 とにかくあの男から逃げないと。

 彼女の制服のブラウスははだけ、可愛らしい花柄のブラジャーが丸見えになっているがそんなことも気にも留めずただひたすら逃げる。
 捕まったら殺される。あの男はそういう人種だ。
 普通の人間の倫理観が欠落した狂人――否、人ですらない。
 あれは本能めいた闘争心と征服欲に凝り固まった獣だ。

 嫌だ。
 嫌だ。
 嫌だ。

 捕まったら確実に殺される。
 いや、殺される前に死ぬよりも辛い辱めを受けることになるだろう。
 そんなものはニュースや物語の中の出来事で実際に起きていることじゃない。
 だがそれが現実に起ころうとしている。
 想像を超えた恐怖心が必死にこのみの身体を突き動かす。

「あっはっはっは! どこへ行こうというのかね。そっか、お兄さんと鬼ごっこかな? 
 いいだろうお兄さんが鬼だ。捕まらないよう必死に逃げるんだよ。捕まったら――どうなるかわかってんだろうなァッ!」

 背後から声がする。吐き気を催す邪悪な声。
 こんなに必死に逃げてるというのに男との距離が一向に離れない。
 それどころか男は走ってすらいない。それなのに男はこのみと一定の距離を保ちつつ移動している。
 完全に遊ばれている。
 男はその気になればいつでも追いつけるはずなのにあえてこのみを追い回しているのだ。
 まるで獰猛な肉食獣の狩場に迷い込んでしまった哀れな草食動物だった。

「助けて……お母さん……お母さん……タカくん……!」

60 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:05:38 ID:rUlQSJ7s0



 ■



 時間は数十分前に巻き戻る。
 わけのわからないまま連れてこられ、目の前で人が殺された。
 羽根の生えた怪人による生き残りを賭けたサバイバル・ゲーム。
 気がつくと森の中に一人残されていた。
 持ち物はデイバッグとその中に入っていた拳銃。
 こんなものどうやって使えというのだろうか。

「やだよぉ……このみに人なんて殺せないよぉ……怖い……怖いよタカくん」

 風が吹いて木々がざわめくたびにこのみはビクンと身体を震わせる。
 一面の緑と頭上の空の青。
 こんなに爽やかな天気とだというのに森はじっとりとした視線をこのみに浴びせ続けていた。

 ずっと、誰かが見てる――

 白いうなじ。
 まだ発展途上の小ぶりな胸。
 決して肉付きが良いとはいえない赤い制服のスカートから伸びる太腿。
 まるでこのみの全身を余すことなく嘗め回すような視線が浴びせられていた。

 怖い。
 怖い。
 怖い。

 早くこの森を抜けたい。
 早くこの視線から逃れたい。
 早くみんなと会いたい。

61 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:06:46 ID:rUlQSJ7s0
 
 なのに視線はこのみが一歩歩くととそれに付いてくるかのように一歩近づく。
 そして、背後の茂みからがさりと音がした。

「ひぃ!?」

 誰かが側にいる――
 恐怖で腰が抜けて地面にへたり込む。
 ややあって茂みの向こうから一人の男が姿を現した。

「驚かせてしまってすまない。僕は決して怪しい者じゃ……と言っても信じてもらえないかな……」

 両手を上げて茂みから姿を現したのは長身の青年だった。
 引き締まった精悍な肉体はまるで山猫のような美しさを誇っている。
 青年は白い歯を見せて微笑むと言った。

「ほら、僕はなにもしない。だから、怖がらずに、ね?」

 優しげな笑みをこのみに向ける青年。
 彼はこのみを怖がらせないようにそれ以上近づくようなことはしなかった。
 まるで警戒する小動物を逃げ出させないための行動だった。

「僕は岸田洋一、フリーのカメラマンさ。僕もわけもわからずこんな所に連れて来られて途方に暮れていたんだ……
 一体何なんだあの怪人は……僕らに殺し合いをさせようだなんて馬鹿げているとしか思えない」

 彼は悲しい瞳で言った。
 きっとこの人も同じなんだ――
 このみの警戒の色が薄まる。

「ほら、立てるかい?」

 このみを怖がらせないように近づいた岸田は手を差し伸べる。
 このみは少しの間躊躇ったが、彼の手をとって立ち上がった。

「あ、ありがとうございます……わ、わたし、柚原このみといいます」
「このみちゃんか、いい名前だね。君は……中学生かな?」
「高校生です……」
「おっとこれはレディーに失礼なことを。ごめんね」
「いえ、別に……」

62 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:08:02 ID:rUlQSJ7s0
 
 岸田は恥ずかしそうに頭を掻いてこのみに謝った。
 どうやら気さくな人柄のようだがどこか仕草が大げさで芝居がかったようにわざとらしいように感じた。

(ううん……駄目だよそんな人を疑ったら)

 そんな浮かび上がる疑念を打ち消す。
 きっとそういう人なのだろうと自分を納得させるこのみだった。




「そっか……君のお母さんや友達までここに連れてこられてるんだ……早く会えるといいね」
「はい……岸田さんは?」
「僕は……天涯孤独な身だったからね。ここに友達がいないのが幸いであって心細かったかな……」

 このみと岸田は二人森の中を歩く。
 二人して身の上の会話に花開かせる。

「あっでも今はこのみちゃんがいるから寂しくないかな? あははっ」
「いえ……わたしでよければ」
「ところでさっき君の友達の中で出てきた『タカくん』はこのみちゃんの彼氏かい?」

 あっけらかんとした表情でウインクしてさらりと岸田はそんなことを言う。
 このみは顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。

「や、あのっタカくんはこのみの幼馴染みでっ、そんなっ」
「ははっ、でも好きなことは確かなんだろう? 話し方でわかるよ彼のことを話すとき、すごく楽しそうだよ」
「う〜……岸田さんは意地悪だよ……」

 ぷーっと頬を膨らませるこのみ。
 二人は他愛のない世間話をしながら歩く。
 しばらく森を歩き進めた所で岸田は足を止めて、前を歩くこのみに言った。

63 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:08:56 ID:rUlQSJ7s0
 
「ねえ、このみちゃん。べとべとさんって知ってるかい?」
「はい……?」
「昔話に出てくる妖怪の一種でね。くら〜い夜道を歩いていると後ろから足音が聞こえてくるんだ。ぺた、ぺた、ぺたと」
「岸田さん……こんな時に怖い話しなくても」
「まあまあ、ちょっと聞いてくれないかな。でもこの妖怪は人に危害を加えることはないんだ。
 足音が怖くなったら『べとべとさん、お先にお越し』と唱えれば離れていく」
「はあ……変な妖怪ですね」
「でもね、地方によっては怖さで万が一転んでしまったら人を襲うタイプもいるんだ。この場合別の名前の妖怪して出てくるんだけど」

 一体何を言ってるんだろうとこのみは首を傾げる。
 そして――このみを見つめる岸田の目が猛禽類のような鋭さを見せ――






「ったく鈍いガキだなぁ……人間にもいるだろうがよおォッ『送り狼』って妖怪がなあぁぁッ!!」






 岸田がそう言った瞬間、このみの着ている制服のブラウスが引き裂かれ、可愛らしい下着が露になる。

「いっ、いやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」
「お前……いくらなんでもお人よしすぎんじゃねえか? 誰もいない森で男女が二人きりで何も起こらないと思ってんのかよォォォォ!
 それともあれか、わざとやってんのか? ああ? 俺を誘ってやがったのか?」

 それまで好青年を演じていた岸田は表情を一変させ怒声をこのみに浴びせる。
 信頼していた人間の突然の豹変にこのみは頭の中がぐちゃぐちゃになる。

64 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:09:52 ID:rUlQSJ7s0
 
「ちょっと成長が足りんなぁ、女はもっと肉付きが良くないと男は寄ってこねえぜ? ま、たまにはこんなメスガキを犯すのも悪くねえ」
「ひ……」

 犯す?

 犯す?
 何を言っているんだこの人は。
 犯すというのはレイプであって強姦であって嫌がる女性を無理矢理に――

「っ……嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 無意識に身体が飛び跳ねて足が動く。
 目前に迫った陵辱の恐怖に脳が一斉に逃走の命令を下す。
 脱兎の如く岸田から逃げ出すこのみ。

「――いい判断じゃねえか、大抵なら腰抜かしてションベン漏らすところだが……面白ぇッ狩りはやっぱこうじゃなくてはなぁああぁァァァッ!!」



 ■



 そして今に至る。
 木々を掻き分けてひたすら逃げるこのみ。
 枝が、葉が服に引っ掛かって所々が破れてしまっていた。

65 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:10:54 ID:rUlQSJ7s0
 
「おいおい……枝に引っ掛けてそのコスプレ衣装みたいなピンクの制服がボロボロだぞ? 
 スカートもあちこち破れてそそるじゃねえか。お前マジ男誘う才能あるぜぇっ」
「嫌ぁッ! 来ないで! 来ないでよぉぉっ!」
「ほらほら逃げろ逃げろよぉッ! 逃げないと鬼に捕まってしまうぞっハッハッハァッ!!」

 高笑いを上げてじわりじわりと距離を詰めていく岸田。
 息も切れ切れで足もだんだん重くなる。

「あっ……!」

 地面から飛び出していた木の根っこに足を引っ掛けてこのみはついに転んでしまう。
 そして背後に迫る岸田の影。

「残念だったなぁ……もう少しで森を抜けられるところだったのによぉ。お前の負けだ。転んだら送り狼に襲われるんだぜぇぇぇ!」

 岸田はこのみを仰向けに組み伏せると無造作にブラジャーを引きちぎる。
 まだ未発達の控えめな乳房が曝け出される。

「いやあ!! やあああ!! やだやだやだぁぁ!! 助けてタカくん! タカくん! タカくぅぅぅんッ!!」
「オラッちったあ黙れやクソガキィッ!」
「がっぁぁ……」

 岸田はこのみの顔面を容赦なく殴りつける。
 口の中が切れて赤い血がこぼれる。

「俺はなあ、気が短い男でなあ……わざわざ濡れるのを待つ甲斐性なんてないからなァ! 直にブチ込まさせてもらうぜェッ!」

 岸田は卑しい笑いを浮かべると、このみのスカートに隠れた下着に手を掛けて――

「ほらッご開帳だぜっハッハーッ!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! タカくん! 助けてタカくんーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

66 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:12:30 ID:rUlQSJ7s0
 




「てんめぇぇぇぇぇぇぇッ!!! このみに何しやがったあぁぁぁぁぁぁァァァ!!!」
「あ?」





 一陣の黒い風が猛スピードでこのみに跨る岸田に突っ込んでくる。
 完全に虚を突かれた岸田はまともにタックルを喰らい一緒になって転がる。

「クソガキが調子に乗ってんじゃねえええええええ!」
「がああああああッ!!」

 岸田の回し蹴りがまともに入り吹き飛ぶ影。
 木の幹に叩きつけられた人物の顔をようやくこのみは認識する。

「タ……ユ、ユウくん!」
「よ、よう……このみ、助けに来たぜ……!」

 フラフラと立ち上がったのはこのみの幼馴染みの一人である向坂雄二だった。
 彼は痛みに耐えながらも気丈な表情で岸田を睨みつける。

「あん? ユウくんだって……? ハハハハハッ残念だったなあッお前の大好きで大好きなタカくんじゃなくてよぉぉぉッ」
「少しは黙れよ、口から臭せぇ屁をこくじゃねえよ」
「ガキが……吹くじゃねえか」
「殺してやる。てめえは殺してやる。ぜってーにな」

 そう言うと雄二は大振りのサバイバルナイフを構える。
 その姿を見た岸田は歓喜に打ち震えた表情で言った。

67 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:14:13 ID:rUlQSJ7s0
 
「抜いたなお前? ナイフ抜いたな? お前それどういう意味かわかってんだろうな? ああ?」
「ああ、てめーをブチ殺すためだ」
「殺す? お前が、この俺を? ハッハハハハハ!!! 俺と命のやり取りするってか!? 面白ぇ……面白ぇじゃねええかぁぁぁぁッ!!」
「うおおおおおおおおおおッ!!!」

 雄二はサイバイバルナイフを腰溜めに構えると一気に突進した。
 だが岸田は雄二に臆することなくニヤリと笑い。

「そらよっ」
「がぁッ……」

 簡単に雄二の突進をいなすとそのままナイフを持つ右手を捻り上げた。

「お前……もしかして知らなかったのか?」
「クソがッ……離しやがれぇぇ!」
「嘘だろ……本当に知らないのか? じゃあ教えてやるよ。あのな、素人はなナイフ持つと攻撃の軌道がものすごーく単調になるんだ。
 さっきのお前はどうだ? ただ闇雲に突っ込んできただけだったろ? な?
 お前――そんなことも知らずにナイフ抜きやがったのかよ。そっかそっか……ふざけてんのかクソガキャァァ!!
 そんなザマで俺のタマ取ろうとしてたのかよぉぉぉぉぉぉ!!」

 ゴキリと嫌な音が響いて雄二の右手首があらぬ方向に折れ曲がる。

「がっああああああああああッ!!!」
「いやあっーーユウくぅぅん!!」

 凄まじい激痛が全身を襲い、立つことすらままらない。
 右手を押さえ地面に蹲る雄二を何度も蹴り上げる岸田。

「素人がな、軽々しく殺すなんて言ってんじゃねえええええ!!」
「っあああ……がああああァッ!!」
「プロはなあ……『殺した』しか言わねえんだよぉぉッ」

68 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:15:18 ID:rUlQSJ7s0
 
 このままでは雄二が死んでしまう。
 何か、何か手は――
 そしてこのみの先に映るデイバッグ。
 転んだ拍子で中身が飛び散って散乱している。
 その中にそれはあった。
 黒光りする拳銃。
 あれだ、あれさえあれば岸田を――
 手を伸ばすこのみ、あと数センチで手が届く――

「おっとすまねえ、足が滑っちまったぜ」
「あっ……かは……」

 このみの手を無常にも踏みしめる岸田の足。
 激痛が走る。今の一撃で指の骨が確実に何本か折れた。

「駄目じゃないか、子どもがこんなおもちゃ持ってたら。危ないからお兄さんが預かっておくね」
「あっぁぁぁぁ……」

 最後の望みも潰えた。
 岸田は勝ち誇った笑みを浮かべると、倒れ伏す雄二の髪を掴みあげて言った。

「少年、良く頑張った。俺は感動した! お前のその根性買ってやる。だからプレゼントやるよ」
「なに……がだよ……」
「幸いにもあのメスガキはまだ俺が手を付けてない新品だ。だからさ少年。一番風呂の権利てめえにやるよ」
「は……? 何を……言ってやがる……」
「おいおいオボコ気取ってんじゃねえよ。てめえどうせ童貞だろ? あいつの処女を奪う権利をやるってことだよ。俺が見といてやるから」
「ふざ……けるな、よ……」
「おいおい正直になれよ少年。ヤりたい盛りの青少年だろう? 目の前に半裸の女が転がってたら犯したくなるだろ?」

 雄二の目の前に顔を近づけて囁く岸田。
 だが雄二は血まみれの唾を岸田に飛ばす。

69 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:16:25 ID:rUlQSJ7s0
 
「これが答えだ、クソが……」
「……つまんね。お前つまらんよ、全然つまんねえ。もういいや。てめえの出番は終わりだ。――じゃあな」

 岸田はこのみから奪った拳銃を雄二の頭部に向けて放つ。
 ぱんっと乾いた音をして雄二の身体がビクンと痙攣して、動かなくなった。

「う……そ……? ユ、ウくん……?」

 フラフラと立ち上がり動かなくなった雄二に近づくこのみ。
 もう雄二はピクリとも動かなくなっていた。

「ユウくん死んじゃったよ。残念だったねこのみちゃん」

 白い歯を見せて岸田はにっこりと嗤う。
 まったく邪気のない笑顔だった。

「あぁぁぁぁ……ユウくん……? 嫌、嫌だよ…いやあぁぁぁぁ……」

 力なく崩れ、まだ体温の温もりが残る雄二の亡骸に覆いかぶさり泣きじゃくるこのみ。
 こんなことが――こんなことがあってもいいのだろうか?
 この狂った現実を目の当たりにしたこのみはただ泣き続けるだけだった。

「おい、って聞いてねえか。まあいいや、ユウくんの根性に免じてお前に選択肢をやるよ」

 そう言って岸田はポケットから10円玉を取り出した。

「表が出たら、お前を犯す。だが命までは取らねえ。裏が出たら犯しはしないがお前を殺す。この選択を拒否したら犯した上で殺す。OK?」
「えぐっ……うぐっ……ユウくん……」
「って聞いちゃいねえ、じゃあ俺が投げるぜー? いいのかーい? このみちゃーん?」

 岸田はこのみに問いかけるが彼女にもはや岸田のことは目に映っていなかった。

「ったく、しょうがねえ。俺が投げてやるよ。そらよっ」

70 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:17:22 ID:rUlQSJ7s0
 
 岸田は指で10円玉を弾く。
 高く舞い上がった10円玉は陽光を反射してキラキラと輝いていた。
 そして岸田を硬貨をキャッチした。

「さて……結果だが……裏だ。まあそのほうがお前にとっちゃあ幸せかもしれねえ。ユウくんと一緒に逝ってやりな」

 岸田は雄二にしがみ付いて泣き続けるこのみの後頭部に銃を突きつける。

「余裕があればあんたの大好きなタカくんとやらも送っておいてやるよ。――アディオス」

 そして引き金が引かれ、このみもまた雄二に覆いかぶさるように崩れ落ちた。
 岸田は雄二の持っていたサバイバルナイフとこのみに支給されていた拳銃の弾倉を回収した。



「あー……微妙に欲求不満だ。まだ温けーだろうが俺に死姦の趣味はねーからなあ……ま、次の獲物に期待するか」



 知恵をもった獣が今解き放たれた。
 解き放たれた獣は獲物を求め彷徨い歩く。

 少女と少年の無念を残して――





 【時間:1日目午後1時ごろ】
 【場所:D-3】

 岸田洋一
 【持ち物:サバイバルナイフ、グロック19(13/15)、予備マガジン×6、不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康 殺戮と陵辱を楽しむ】

 柚原このみ
 【持ち物:支給品以外一式】
 【状況:死亡】

 向坂雄二
 【持ち物:支給品以外一式】
 【状況:死亡】

71 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:18:54 ID:rUlQSJ7s0
投下終了しました。
タイトルは『Number Of The Beast』です。

72crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/06(月) 11:18:45 ID:X6py3QEQ0
 
死んだら、死ねるのかな。

冷たい川のせせらぎに足を浸しながら、そんなことを考える。
さわさわと揺れる木々の音と、木漏れ日の暖かさ。
ぱちゃぱちゃと足を動かせば白い泡ができて、流れていく。

たとえば、あの『学校』を地獄と呼ぶ人たちがいた。
彼らにとって、あそこはそういう場所だったのだろう。
あたしにとっては……どうだったのかな。

Gldemo―――Girls Dead Monsterに入って、岩沢先輩やしおりんや、ひさ子先輩の後ろでドラム叩いて。
そんな毎日がなんとなく楽しくて、それでよかった。
地獄だと思ったことは、なかった気がする。
だけど、


丸い石に腰掛けていたら、お尻が少し痛くなってきた。
隣の平らな石に移動。
ついでに冷えてきた裸足を今まで座っていた石の上に。
じんわり温かくて、幸せ。

73crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/06(月) 11:19:03 ID:X6py3QEQ0
そう。
幸せだ。
幸せを感じたら、満ち足りたら、消えてしまうのだと、誰かが言っていた。
だから、あそこは『地獄』なのだと。
抗わなければならないと、神様の決めたことに逆らわなければならないと。
そうでなければならないと誰かが、誰もが言っていて、だけど、どうして「そうでなければならない」のか、
誰も教えてくれなかった。
たぶん、誰も知らなかったのだと思う。

理不尽だった人生を認めることになるから。
そんなことを言う人もいた。
だけど、認めなければそれがなかったことになるわけじゃ、ない。
それは、その傷や、理不尽や、認めたくないものは、あたしたちの誰にでもあって、
だからあたしたちはあそこにいて、それで認めようと認めまいと、確かにあり続けるんだ。
あたしたちの中に。
あたしの中に。
目を逸らしたって。蓋をしたって。鍵をかけたって。
あたしたちはどうしようもなく、救われないまま、死んだんだから。

本当に消えたくないと思っていた人なんて、きっと数えるほどしかいなかったと、あたしは思う。
あたしたちは、「そうでなければならない」なんて理由にならない理由に衝き動かされていたわけじゃなくて、
ただなんとなく楽しそうだから、他にやることもないから神様への抵抗ごっこを、


熱が、冷める。

74crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/06(月) 11:19:24 ID:X6py3QEQ0
 
ふと見上げれば、燦々と輝いていたはずのお日様に雲がかかっていた。
ほんの一瞬、川面から、梢から、大気から、きらきらとしたものが、消えていく。
小さな雲はすぐに風に押し流されて、お日様の光が戻ってくる。
ぽかぽか暖かくて、きらきら綺麗で、なんとなく幸せな空間が、戻ってくる。

だけど、その瞬間。
お日様の陰ったその瞬間の、冷たさを、あたしは忘れない。
忘れられない。

楽しいことだけ考えて。
優しい人たちと、バンドを組んで。
音の中で、ドラムを叩いてリズムを刻んで。

そこからほんの少しでも視線を外したら。
そこには、暗くて冷たいものがある。

そうだ。
他愛のないごっこ遊びの中で、あたしたちは、必死に昨日から、逃げていた。
あたしたちが本当に満たされるには、幸せだと思えるには、どうしたって思い出さなければいけないから。
暗いものを。冷たいものを。いつだってすぐ側にある、見たくないものを。
だから抵抗ごっこは、本当はこれ以上傷つかないための、二度寝みたいに気持ちのいい逃避で、

だけど、岩沢先輩は、消えてしまった。

75crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/06(月) 11:19:48 ID:X6py3QEQ0
強い人だったのだろうと、思う。
たぶん、あたしたちが考えていたより、ずっと。

 ―――いつまでこんなところに居る?

岩沢先輩の、それは詞だ。
こんなところって、どこだろう。
あたしはずっと、あの『地獄』のことだと、思っていた。
だけど。

 ―――いつまでだってここに居るよ。

そう歌った先輩は、行ってしまった。
抵抗ごっこをやめて。
逃げるのをやめて。
自分を見つめて。
傷を見据えて。

先輩の歌う「ここ」は、だからあたしたちのいた場所じゃ、ない。
Gldemoじゃない。二度寝の布団の中じゃない。
だけど、それは。
強い人だけが唄える、歌だ。
残されたGldemoには、あたしたちには、辿り着けない歌だった。

そこに道があると示されて。
それは敗北なんじゃなくて。
何かとても綺麗なものだと、目の前で見せてもらったって。
あたしたちには、選べない。

選べなかった。
きっと、間違っている。
笑われるか、怒られるか、呆れられるか。
それでも。

 ―――うるさいことだけ言うのなら 漆黒の羽にさらわれて消えてくれ

それでも、あたしたちに続けられるのは。
ごっこ遊びの日常だけだったんだ。

76crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/06(月) 11:20:41 ID:X6py3QEQ0
 
ぱしゃんと、水が跳ねる。
気がつけば、真白だったお日様はほんの少し色づいて、傾き始めていた。
濡れていた足はすっかり乾いて、濡れていた石もすっかり乾いて、
もう、水の跡も残ってない。

死んだら、死ねるのかな、と。
初めに戻って、考える。

ここはたぶん『地獄』じゃない。
ここで死んだら、だからあたしたちは、死ぬのかもしれない。
もう一度。
今度こそ、本当に。

死ぬことに、本当と嘘があるのかどうかなんて、知らないけど。
だけど、それはひどく、魅力的な想像だった。

あたしは、あたしたちは、昨日を、傷を、暗くて冷たいものを、
見つめることなく、終われるのだ。

それは、強い人だけが歩ける、険しくて綺麗な道じゃなくて。
緩やかで、なだらかで、底のない、下り坂かもしれないけど。


手の中の小瓶を、お日様に翳してみる。
透き通る液体に、色はない。
味も匂いも、たぶんない。
それは透明で、だらだらと続いてきた何かを静かに終わらせるための、

歌えないあたしたちの、それは、

光の歌だ。

.

77crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/06(月) 11:20:59 ID:X6py3QEQ0

 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:D-6】

入江
 【持ち物:毒薬、水・食料一日分】
 【状況:沈思】

78 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:03:00 ID:Y7hHc7GA0
 まずは何から記すべきか。
 最初はこの文章を書いているものが何者かであることから始めねばなるまい。
 私の名前は関根である。みんなからはしおりんと呼ばれて親しまれて……いや、影は薄い。
 ガールズデッドモンスター、略してガルデモというバンドに私は所属している。
 ベースである。ゆえに目立たない。
 バンドの花形はギターである。それは認めよう。まあ別にそれは良かったのだ。楽しかったし。
 ところが、だ。岩沢さんという我がガルデモのギタリストでありボーカリストである音楽キチさんが突如として失踪してしまったのだ。
 正確には消えたというのが正しいのであるが。死んだ世界戦線の司令官ことゆりさんが言うには、成仏してしまったらしい。
 岩沢さんは満足してしまったのだ。俄かには、私は信じられなかった。
 音楽キチだったのに。どれだけバンドやってても満足しなかったっぽい岩沢さんが、ふっといなくなったのが。
 ガルデモに私が入ったのは「かわいいから」というわけのわからん理由である。ひさ子先輩に連れ込まれた。
 やったこともないベースを握らされ、散々練習させられた。そんな感じだった。
 でもなんか楽しかった。それまで私の友達といえば、本くらいのものだったから。
 昔は暗い女の子だったと思う。教室の片隅でぼんやりと文庫本読んでるような、誰の記憶にも留まらない人間。
 様々な物語を空想する程度の力はあったけど、文章力はてんでなかった。だから本はただ読むだけだったし、憧れるだけだった。
 ヘンな人達と一緒におもしろおかしく日常を過ごし、笑う、そんな生活に。
 もっとも、それが手に入ったのが死後というのも笑えない話ではあるのだが。

 まあいい。そんな私語りはそろそろここまでにしよう。
 ここからは私の不満を聞いてもらいたい。
 いやね、満足はしてるんですよ。楽しいんですよ。ガルデモ最高ー! とか言いつつ真冬の海にソウルダイブするくらいには。
 でもね、でもね……

 新 ギ タ ー 役 と キ ャ ラ が 被 っ て る っ て ど う い う こ と な の ! ?

 ガルデモの構成員を説明しよう。
 まずはドラムのみゆきちこと入江。大人しくてかあいい私の相棒である。
 次にリードギターのひさ子先輩。麻雀が得意だ。こないだ麻雀教えてもらって早速対局したけどハコにされました。ひどい。
 んで私。死んでからというもの、ガルデモでキャラを立てるためにですね、「大人しくて清楚」なみゆきち、「サバサバしてて頼りがいのある姉御」なひさ子先輩、
 そして「お茶目で悪戯好き」という私という見事なキャラ分けがなされていたわけなんですよ!
 あ、岩沢さんは満場一致で「音楽キチ」でした。
 ガルデモはバランスの取れたメンバーだったんです……そう、あのユイにゃんが来るまでは!
 ユイにゃんは新しく加わったガルデモのギターちゃんである。岩沢さんに憧れてギター始めたらしい。
 熱意はあったし、めきめき上手くなってったんですよ。それだけならよかった。が!
 が! が! が! ここからが大問題なんですよ! 聞いてくださるかしら奥さん!

 ……取り乱してしまった。続けよう。
 ユイにゃんのキャラクターが大問題だった。そう、それは私と同じどころかさらに上をいく高スペックだった。
 小悪魔系の可愛い容姿にマシンガントーク。男であろうとも積極的にケンカを吹っかけ卍固めで返されるというオチのレベルの高さ。
 トラブルを引き起こしてはアホ呼ばわりされるくせにアホ言い返すアホっぷり。
 要は「お茶目」で「トラブルメーカー」がダダ被りしている上に向こうの方がレベル高いのである。

79 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:03:29 ID:Y7hHc7GA0
 最悪だった。私の立場が消えた。
 ガルデモのライブ映像を見直した。私が映ってなかった。泣いた。みゆきちが慰めてくれた。みゆきちはしっかり映っていた。また泣いた。
 憂さ晴らしにガルデモ日誌にあらぬことを書いた。ひさ子先輩は実はイカサマ麻雀師だとか、みゆきちは実は腹黒だったとか、ユイにゃんは結婚願望があるとか。
 殴られた。主にひさ子先輩に。痛かった。私は泣いた。罰ゲームとしてもっとガルデモ日誌を書かされることになった。
 そういうわけで、私のキャラはどんどん薄くなっていったのである。

「そうして復讐の念に駆られたしおりんはユイにゃんをここで殺すことを決意するのであった」
「ヘンなこと言わんといてください。いくら私でもそこまでしませんよ……」
「あはっ☆ ごめんね、傷ついた? いやでもそういうしおりん好きだなー」

 つんつんと膨れた頬を突かれる。
 このやけに明るい女の子は芳賀玲子さんというらしい。
 見た目はどこぞの応援団長を思わせるようなスタイルに鉢巻である。男装趣味かと疑ったが、ただのコスプレだったらしい。
 だがそれが逆に良かった。
 インドア派だった昔の私はアニメ漫画知識はそれなりにあった。
 ガルデモメンバーズはそういうのに疎かったからあんまり話すこともできなかったので、芳賀さんに釣られてちょいと話し込んでしまった。
 某魔砲少女アニメの主役の子はいつまで少女なのだろうとか、某浮気アニメの主人公はクズだったとか、某戦国陸上ゲームがついにアニメになったとか、
 そんなことを出会い頭に小一時間は話していたと思う。
 気がつけば私達は友達になっていた。変人バンドの次はオタクと、奇々怪々だったが、話は盛り上がった。

 ――ここが殺し合いの場だなんて、忘れるくらいに。
 私は既に死んでいる。だったらこれ以上死ぬなんて有り得ない話なのだが、芳賀さんの姿は生きている人間そのもので、私と同じとは思えなかった。
 私は、生きているのか、死んでいるのか。
 さっぱり分からなかったが、とにかくこれだけは、と思った。
 キャラの路線変更を! ユイにゃんに虐げられる時代は終わったのだ!
 私は悪戯系キャラは捨てるぞ、ジョジョーッ!
 ということでオタク系可愛い女の子路線に変更することにしました。一応突っ込み担当で。
 だって芳賀さん喋りまくるんだもん。ボケられない。元インドアの私にはつらい。

「でもさ、意外だな」
「何がです?」
「しおりんが暗かったなんて信じられない。今だって、すごく明るいし」
「そうですかね」

 曖昧に笑う。死んで以降、私も少しははっちゃけるようになったからだろうか。
 とはいうもののせっかく身につけていたはずの悪戯っ娘属性をユイにゃんにぶち壊されて自信喪失なのだが。おのれユイにゃん。

「別にキャラなんて作らなくってもさ、大丈夫だと思うよ! うん、この玲子ちゃんが保証するっ!」

80 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:03:59 ID:Y7hHc7GA0
 がしっと肩を掴んだまま、芳賀さんは笑った。にゃはは笑いだった。アホだと思った。
 出会って一時間しか経ってないのに。でも不思議と元気付けられた気がした。まあ、いいか。急激に路線変更しなくても。

 私は私、か……

 昔の私が嫌いだったのだろうか。だからキャラにこだわったりしていたのだろうか。
 よく分からない。考えてこなかったせいかもしれなかった。
 とにかく、今言えるのは、芳賀さんと一緒で良かったということだけだ。
 みゆきちやひさ子先輩、ユイにゃんは心配だけど、きっとこんな人に出会えていると信じたかった。

「そーだっ。しおりん中々素養あるし、カワイイし、今度こみパに一緒に……」
「誰かいるのかっ! 声は聞こえてるぞ!」

 鋭い男の人の声が聞こえた。
 私達は思わず草むらに身を隠していた。しまった。大声で喋り過ぎたか。
 つい楽しくて気を疎かにしていたけど、やばいやばいやばい! どうしよう!?

「……せめて姿だけでも見せてくれ。探してる人がいるんだ。それだけ確認したい。情報交換だ」

 冷たい汗が走る。
 少なくとも、私にこの声は覚えはない。言い返せばどこかに行ってくれるだろうか。
 いや場所を悟られてしまう。どうしよう。ここを穏便に済ませる方法は……

「ねえ、しおりん」

 芳賀さんが神妙な声で言う。まさか、早くもアイデアを思いついたとでもいうのか。
 明るいだけのコスプレンジャーじゃなかったのね! さっすが! 頼りになる!
 期待の視線を向けた私に応じるように、芳賀さんは頷いた。

「あの声、ギアスのルルに似てる」

 ぶぶーっ!

 盛大に吹き出した。
 アホだった!
 いや確かに似てるけど!

「そこか!?」

81 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:04:25 ID:Y7hHc7GA0
 バレた!
 誰の責任だ!
 私の責任だしーっ!
 本格的にヤバいと思った私は芳賀さんの手を引いて逃げようとする。
 だが既に声の主は回りこんでいた。
 しかし まわりこまれてしまった!
 おお せきね よ。しんて゛しまうとは なさけない!

「待って! 待ってくれっ! 本当に探してるだけなんだ! 友達と幼馴染みを!」
「妹じゃなくて?」

 デッドエンド――なんてことはなかった。
 おい芳賀さん。私の手を振り切ってまでやることがそれですかっ!
 力は芳賀さんの方が上だった。追いかけようとしていた男の人と話し始めている。
 っていうか妹て。車椅子で盲目の妹ですか。
 男の人は手には拳銃もナイフも持っていなかった。探しているらしい友達と幼馴染みを本当に探しているらしく、手には地図しかなかった。
 ……もしかして、芳賀さんは既に見抜いていたのではなかろうか。ひとり慌てる私を尻目に、冷静に行動していたのか。

「は? 妹? いないけど……」
「ちいっ! あ、じゃあやけに身体能力の高い友達のほうは!?」
「タマ姉……いやいや、聞きたいのはこっちの方なんだけど」

 前言撤回。芳賀さんはアホだ。
 とはいえ、取り越し苦労をしていたのは私だけだった。
 へたりこむ私に気付いた芳賀さんが寄ってきて手を差し出してくれる。
 苦笑しながら、私はその手を取るしかなかった。

     *     *     *

「やっぱり知らないか……ごめん、俺も必死だったから」

 私達は男の人――河野貴明さんの質問を受けていた。
 友達の名前と特徴を列記され、知らないか尋ねられていたのだが、死んでいる私は当然として芳賀さんも知らないようだった。
 まあ、開始早々にそんなに多くの人間を見かけられるわけもないんだけど。
 こちらを威嚇してきたことについては、私も芳賀さんも「いいよいいよ」で済ませた。
 正確には芳賀さんが一方的に言っていたのだが。私の出る幕はない。これでいいんだろうか。

「えーっと、河野クンだっけ」

 落胆する河野さんに、芳賀さんが言葉をかけた。

82 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:04:53 ID:Y7hHc7GA0
「良かったらさ、あたし達と来ない?」

 おいおいおい! いきなり勧誘っすか! いや私のときもそうだったけど!
 とはいえ、あーなんかこうなるんだろうなーとは思っていた。
 芳賀さん、アホだし。
 そんなアホに元気付けられ、心強いと思っている私もアホなのかもしれないが。

「正直ね、女のコ二人じゃーちょっと頼りないからさ。男のコがいてくれると助かるんだ」

 前言撤回。芳賀さんそういうことちゃんと考えてたんだ……
 そういや、コスプレと言動から全然分かんなかったんだけど、私より年上なのかなあ。
 だったらこの行動や言葉も分かる。どうなんだろう?

「俺は……」

 河野さんが口ごもる。妙に目を逸らしている。なんだろう、後ろめたいことでも……

「ははあ。さては女のコ苦手ね?」

 いやいや。そんなアニメみたいな設定あるわけないでしょははっ。

「えっ!? どうして……」

 ぶぶーっ!
 私、再度吹き出す。なんで当たってるの!

「やっぱりねー。あたしには分かる。うん」

 ドヤ顔の芳賀さん。悔しい。なんで分かるの。

「ルルも女のコ苦手だしねー」

 ぶぶーっ!
 三度目の正直だった。いつまでやってんですか芳賀さん!

「は? ルル……?」
「あーいやなんでもないんだよ河野クン。それよりさ、ちょっと言って欲しい台詞あるんだけど」

 おい。

83 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:05:13 ID:Y7hHc7GA0
「『撃っていいのは、撃たれていい覚悟のある奴だけだ!』って言って。ドス利かした感じで」
「は? は?」

 河野さんは展開の速さについていけてない。当たり前だ。なんでギアスの物真似させる。
 っていうか芳賀さん絶対これが目的だったでしょ! やっぱりアホだこの人!
 河野さんは戸惑うばかり。それもそうだろう。目を輝かせた芳賀さんががっしと肩をつかんでいるのだから。
 ああ、もうどうにでもなれ。

「さあ、早く! さあ!」

 芳賀さんは止まらない。
 河野さんは私に助けを求めたが、黙って首を振った。ごめん、私無理。
 しかもちょっと聞いてみたいなーとすら思っていた。オタクは救いようがない。

「わ、分かりましたよ。ドス……コホン……う、撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!」

 イィヤッホー! と芳賀さんがガッツポーズしていた。
 ごめん河野くん。私ときめいた。似てる。ルルに。ゼロもやって欲しい。

「完璧! 最高! もう絶対ルルのコス似合うよ河野クン! うん、間違いないっ!」
「あの芳賀さん、手を離して……関根さん、うんうん頷いてないで助けてよ……」

 はっ。
 私も芳賀ワールドに飲み込まれていたらしい。
 慌てて仲裁? に入ろうとしたが、逆に手を掴まれた。支配権は芳賀さんだった。

「よーしっ、チーム一喝のニューメンバー出陣だ!」

 ハイテンションとルルと私。
 ああ、どうなってしまうのだろう。
 少なくとも、多分、主導権はいつまでも芳賀さんにあるんだろうなあ、と私はぼんやりと思ったのだった。
 ちなみにこれはフィクションではない。
 現実です。紛れもない現実なんです……
 でもそんな現実と芳賀さんに、奇妙なことに、私は救われていたのだった。

84 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:05:35 ID:Y7hHc7GA0
 【時間:1日目午後1時30分ごろ】 
 【場所:D-3】 

 関根
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】 
 【状況:健康】 


 芳賀玲子
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】 
 【状況:健康】 


 河野貴明
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】 
 【状況:健康】

85 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:06:24 ID:Y7hHc7GA0
投下終了です。
タイトルは『私が本編で出番の少なかった理由』です。

86信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:15:55 ID:U31Zi0eI0
太陽の光があまり届かぬ昼の森。大地は深緑に塗れており、ところどころ茶色の土が顔を出している。
この森の中を二人の参加者が疾走していた。

「はぁ……はぁ……」

前を走っているのは女の子。
黒の長髪に赤いリボンを付け、身に付けるは赤のロングドレス。
くっきりとした目に気の強そうな顔立ちが特徴だ。

「はぁ……っ!……くぅ……」

断続的に吐かれる息は辛そうで足は度々もつれそうである。
最初は整っていたであろう黒の長髪は乱れてボサボサだ。

「くそっ……どうしてこんなことになったのよ……!」

少女の名は綾之部可憐。由緒正しき家柄である綾之部家の長女だ。
その可憐が走っている。恥も外聞もなく必死に走っている。
髪の毛の乱れも流れ落ちる汗も気にせずに。

「あの獣耳女、いつまで追いかけてくる気……!? しつこい!」

可憐の後ろにいる女。紫の長い髪を後ろで縛った――いわゆるポニーテール。
顔は凛々しく、青の瞳には強い意志を感じさせる。
和風の服の上に黄色のロングコートを羽織り、手には木刀が握られていた。
しかし何よりも目立つのは獣耳。あの耳が女が常人でないという証だ。
名はトウカ。誇り高きエヴェンクルガ族の女剣士である。

「そもそもあの女いきなり斬りかかってきて……」

事の発端は数分前。最初の会場に繋がる扉を開けてすぐ、鞄に何が入ってるか確認しようとした時のことである。
たまたま何の気なしに振り向いてみるとトウカが木刀を自分に振り下ろそうとしたのだ。
木刀による一撃を奇跡的に躱すことができた可憐は全速力で逃走するが、トウカは息を切らさずに可憐の後を追ってきた。そして今に至る。

「何で、いきなり、ころ、されるとか。冗談じゃ、ないっっ!!!」

87信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:16:28 ID:U31Zi0eI0
二人の“鬼ごっこ”は続く。
だがこれは最初から出来レースのようなものだ。
元々の高い身体力に加えて日頃から鍛えているトウカとただの女学生である可憐。
どっちが先にバテるかは一目瞭然だ。

「――――もうだめ……」

ついに可憐は体力の限界が来たのか地面に転がり込むように倒れてしまう。

「これで気が済んだか? 大人しくしていろ」

次いでトウカが悠々と追いつき、倒れている可憐の前に立った。
その様は命を刈り取る死神のようだ。

「気が、す、むわけ、ないで、しょ。まだしね、ない」
「それでも某は貴方を殺らねばならない。恨んでくれてもいい、幾らでもその口で罵ってくれてもいい」
「ふざけないで、やだ、」
「せめて痛みを感じさせずに死なせてやる」

木刀が可憐の頭に降りてくる。回避は不可能。今の可憐に動く気力は一ミリもない。
ただ死を待つだけの哀れな生贄。

(死にたくない! 死にたくない!! 死にたくない!!! こんな形で死ぬなんて嫌だ!
 もっと生きていたい、誰か――)

世界が止まる。風が吹く。木の葉が揺れる。雲が動く。



「助けてえええええええぇぇえええええええぇぇぇえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」



――――その願い、確かに聞き届けたぞ。

88信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:17:04 ID:U31Zi0eI0
烈風一刃。
トウカは刃の触れる数瞬前に後ろに跳躍したことで回避できた。

「っ……この太刀筋は」

前に逆立った茶色の髪。上着にはぴっちりとした茶色のラバースーツのようなもの、
下はゆったりとした焦げ茶色のズボンと腰に巻かれた模様の入った白い布。
右手には刀を。左手には鞘を。

「何をやっている、トウカ」

トゥスクル侍大将オボロ此処に在り。

「何をとは、見てわからないか?」
「ああ、か弱き女性に暴力をふるおうとしていたな。何故だ? このようなこと兄者が見たら烈火の如く怒るぞ」
「これも聖上の為だ。障害は全て斬るのみ」
「巫山戯るなよ、トウカ!!! この女子のどこが障害だ。気でもおかしくなったのか!」

オボロは激昂する。おかしい、自分の知っている清廉潔白なトウカとは違う。
トウカのような真っ直ぐな性根ならこの殺し合いにも最後まで抗うとオボロは思っていたためだ。

「最初にあの天使が言ってたな、この催しは最後の一人になるまでの殺し合いだと」
「ああ、そうだ……トウカ、まさかあの野郎の言葉を信じるとでもいうのか」
「例えあの言葉が嘘であろうとも真実であろうとも聖上を最後の一人として生き残らせて忠義を果たすのみ。某の義に反する不意打ちだろうと裏切りだろうとやってみせる。ただ、それだけだ」
「この馬鹿野郎が……!」
「馬鹿野郎? それは某の言葉だ、オボロ。お前の方こそなぜ乗らない?」

オボロはあっけにとられたかのように止まる。そしてすぐに顔を怒りの形相に変えた。

「俺がこの殺し合いに乗るだって? 冗談も休み休み言え! ユズハや兄者、ドリィ、グラァがいるのに俺が乗るはずないだろう!」
「……妹を生き残らせる為に殺し合いに乗ろうとは考えなかったのか」
「考えたさ、だがなユズハはそんなことをして喜ぶわけがないと気づいたんだ。ユズハは人の屍を無理やり踏み越えて笑う下衆ではない!」

オボロは確かに考えた。この殺し合いに乗ってユズハを生き残らせるという選択肢も。

89信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:18:06 ID:U31Zi0eI0
だができなかった。そもそも自分が殺し合いに乗ったらユズハが悲しむだろう、そして涙を流してやめてくれと言の葉を紡ぐだろう、
そう思ったのだ。自惚れでもない、これは確信。大切な人のために人を殺しまわるなどただのエゴ。
その上、この島には妹の他にも大切な仲間がたくさんいる。
こんな自分を若様と慕ってくれる二人の兄弟。
心から使えたいと思った主君。

「それに、俺は仲間を殺したくなんてない。お前も例外じゃないぞ、トウカ」

共に戦場を駆け抜けた仲間達。平気で殺せるわけ無いだろう。

「この刃は弱者を護るための刃だ。俺は決めたんだ、この島でそう生きていこうって」

主君、ハクオロに仕えた日からそれまでの盗賊紛いの自分は変わった。
義のために生きる武士に生まれ変わったのだ。

「トウカ! お前はそれでいいのか? そのような狼藉をして兄者が喜ぶとでも思うのか! 俺らが兄者に誓った理想は今違うはずだ!!!!」
「知っているさ……だが某はそれでも聖上に生きていて欲しい! それに国をまとめる者がいなくなったらどうなる!? 滅ぶぞ、トゥスクルは」
「なら聖上共々みんなで協力してここから逃げ出せばいいじゃないか!」
「くどいぞ、オボロ。某を見てみろ、このようなか弱き女子を襲っていて平気な面を構えているじゃないか。この意志に後戻りの文字は存在しない」
「嘘だっっっ!!!! なら――――なぜ、お前は涙を流している」

トウカの頬を伝う一滴の涙。それがトウカが本意で殺し合いに乗ると決めていない現れ。

「黙れっ!!! もう、某は決めたんだ……話は終わりだ」

そう言ってトウカは木刀を腰だめに構えて臨戦態勢をとる。
涙はもうない。あるのは鋭い殺気のみ。

「結局は“これ”かっ!!」

対するオボロも左手の鞘は水平にし、右手の刀は前に押し出すように。
もう説得は不可能と悟ってしまった。なら力づくで止めるのみ。
ヒュウと風が吹く。静寂、音が消える。

90信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:18:34 ID:U31Zi0eI0
「トゥスクル侍大将、オボロ――」 「トゥスクルお傍付、トウカ――」



「「――推して参る!!!!!!!!!」」



◆ ◆ ◆



私は助かったのだろう……それにしても森の中を全力疾走したせいか気持ち悪い。
頭はガンガンするし、口の中はカラカラ。
そういえばどうなったんだろう、あの二人は。
少し起き上がって前を見る。

「ぁ……すごい……」

思わずそんな言葉が出てしまった。だって本当にすごいんだもの、しかたないわよね。
私は剣道とか習ってないからあんまり専門的なことを言えないのだけど。
二人の攻防には隙がない。まるで演舞を見ているみたい。
あの女が居合いの剣撃を振るい、男の人がそれを的確にいなす。
両手に持つ刀と鞘をくるくると回しながらの剣技は軽業師みたいだ。

「――!!!」
「――――」

二人が何か言い合っている。でも今の私の耳には届かない。疲れで朦朧とする頭には何も聞こえなかった。

「なさけな……私」

私は、無力だ。あの女から逃げ出すこともできなかった。それ以前に相手は遊んでいたようなもの、最初から勝負にすらなっていない。
そして助けられるがままになって。何もできなかった自分にすごく苛立つし悔しく思う。
も、もちろん男の人に助けてもらったことは嬉しかったし、颯爽と現れた姿は白馬の王子様にも見えてかっこよかった。
でもそれとこれとは話は別よ。

91信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:19:01 ID:U31Zi0eI0
綾之部家の長女たる綾之部可憐がこんな無様でいいのだろうか。否、断じて否!
殺し合いに乗るとか乗らないとかそんなの今は考えない、いやもう私の中では決まっているんだろう。
力のかぎり反抗しようって。

「動かないと……」

とりあえずゆっくりと身体を起こす。倒れたままじゃあ何も出来ない。

「何か、私に出来ることは……」

あの人の助けになれるような、借りを返せるようなこと。
そうだ、私は支給されたものを全く見ていない。それに天使の男は武器が入ってるとか言っていた。
武器を使えば援護できるかもしれない。
ガサゴソと鞄の中を漁る。武器、それも拳銃なら遠いところから攻撃できるからこの中に入っていて欲しい。
私の手にした物は――



◆ ◆ ◆



「はあっ!」
「……と、危ねぇなあ!」

戦況は膠着状態だった。トウカが斬り進み、オボロが受け流して後退する。それの繰り返し。

「斬る……」
「っ……」

そして初めに戻る。トウカは強く地面を蹴って、真っ直ぐに加速。左手に持った木刀は腰の位置に置き、射程範囲に入ったら抜き放つ。
トウカの戦闘スタイルは高速の居合いで敵を斬るものであり、オボロのような身のこなしを生かした手数の戦法ではない。
オボロはそれを刀を左斜めに寝かせて鎬地の部分に上手く当てて力いっぱい押し返し、斬撃をそらす。
無論、同じ部分で何度もそれをやってしまったら刀が折れてしまうので、当てる部分は色々と変えている。
鈍い音が響くのと同時にトウカの舌打ちとオボロの苦々しいため息が音に加わる。

92信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:19:28 ID:U31Zi0eI0

「そのような防戦一方で某に勝てるとでも? 侍大将の名が泣いているぞ」
「せいぜいいきがっていろよ、油断してると足元かっさらうぜ!」

舌での接戦も二人は欠かさない。刃を交えるたびに挑発、軽口を口から出す。

「チッ……埒があかない」

オボロは後ろに大きく跳躍。腰布がふわっと浮き上がる。
再びトウカが距離を詰めることで初めに戻るのかと思いきや今回は違った。

「ぬっ……」

攻めが逆になったのだ。オボロが後退し、刹那で体制を整えて前に大きく踏み出す。
滑るように、身体を低くして跳躍。空気を切り裂く音を纏いてトウカに迫る。
常人にはとても出せそうにないこの速度。
まさしく流星の如し、速さが売りなのは伊達ではない。

「来るか……! どんな攻めをするにしろ関係ない、この木刀で斬り捨てるのみ」

トウカは身体の重心を下げる。右足は前に大きく踏み出し、左足は少し後ろに置き、木刀は左腰に添える。
手は居合の構え。鞘がない故にいまいち締りがないがないものは仕方がない、右手は空を握るのみ。左手は柄を軽く握る程度。
強く握ったところですっぽ抜けるのが関の山だ。
静の構え。動きは毛程もなく、それは生きた彫刻を見てるかのようだ。
ただこの身は今迫り来る外敵を倒すことのみに捧げられている。

「一刀――――」

動く。静から動へ。左手が動く。足で地面を踏み込み疾風の如く走る。
相手には何もさせない。何かをする前に斬るのだから問題などない、一足一刀の間合いに入った。
今だ。さあ、とくと見よ、閃光の太刀筋を。

「両断」

瞬。半月の模様が横に広がる。茶色の月がオボロを飲み込もうと、

「――跳ぶ」

93信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:19:46 ID:U31Zi0eI0

しない。木刀は大気を切り裂いたのみ。オボロは何処へ? 答えは直ぐに出た。

「零距離、とったぞ」

背後からの鋭い剣気。振り返るまでもない、後ろにいる。
オボロは跳んだのだ。真っ直ぐの疾走の途中、力いっぱい地面を蹴り上げて、強引に身体を上に持ち上げる。
ちょうどトウカの頭をぎりぎり超えるぐらいの高さの跳躍。そして着地。

「終いだ」

前に向いていた身体のベクトルを勢いよく回転させる。溜めた姿勢から両手にある刀と鞘は上段から大きく袈裟に振り下ろす。
風を捩じ切りながらトウカに喰いつこうとする二つの脅威が放たれた。

「む――」

防御はする前にやられる。トウカの頭に浮かぶ敗北の二文字。
敗北だけは許せない。ここで負けたら自分は――惨めに朽ちていく。
この身は此処に朽ちず、忠義を果たすまで。
防げないのなら全力で、このエヴェンクルガ族の身体能力を信じて。
潜り抜けるのみ。

「っああああぁぁああああぁああぁぁああぁあぁあああああ!!!」

左斜め横に滑るように跳ぶ。もはや勘で躱すようなものだ。
戦場でも数多の経験を元に、太刀筋を読んで。

「っ……!」
「……!?」

ギリギリのところで躱せた。振り向きざまに一閃。だが遅い。既にオボロは射程から離脱している。
二人の距離は離れ、また最初の位置に戻る。

「ふっ……」
「ははっ……」

94信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:20:09 ID:U31Zi0eI0
二人の口から笑い声がでる。やがて、それは。

「はははははははははははははははははっっっっ!!!!」
「くくくくくくくくくくくくくくくくくっっっっ!!!!」

盛大に大きな声となり、森に響き渡る。

「楽しいなぁ、オボロっ!! 血が沸騰しそうなほどに!」
「ああ、トウカ!! お前との本気の戦い、燃えるじゃねえかっ!」
「少し身体が重いのが気になるが、そんなことどうだっていい!」

勝手知ったる仲間との本気の戦い。武人として胸が踊らないはずがない。



「オボロ――――」「トウカ――――」



同時に二人が構える。



「――――最後は某が勝つ」「――――最後は俺が勝つ」



同時に地を蹴る。同時に得物を振り上げる。



「上等だ――負け犬」「上等だ――うっかり侍」 



戦いは終わらない。

95信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:20:44 ID:U31Zi0eI0

「某に一度負けた癖に口だけは大きいな!」
「はっ、過去のことをグチグチ言ってんじゃねえよ!」
「この聖上への“忠義”の刃に負けはない、潔く地に堕ちろ」
「お前がなっ! そんなのただの自己満足の刃に過ぎない! 何度でも言うが本当に兄者のことを考えているならば弱者を護るために力を使うはずだ!」
「それができないと言ったろう、生き残るのは一人だけっ! ならせめて聖上だけでも……!」
「だからなぜあの天使の言うことを信じる! 嘘を言ってるのかもしれないのだぞ!」
「信じるしかないだろう、こんな首輪まで付けられているんだ!」
「このっ!」

三つの刃が交差する。二人の動きが止まった。

「ふん、ここまでだ」
「なんだと……まだ勝負の決着はついてないぞ」
「長引きそうなんで一度引かせてもらう、得物も痛んできたしな」
「逃げるのか?」
「何とでも言え、まだ某は死ねないんだ。それに後ろの女子もどうやら某を狙っているらしい」

ふとオボロが後ろを見ると、可憐が立ち上がっていた。手にはクロスボウを持ち、照準はトウカに向けている。

「早く、立ち去りなさいよ……!」
「言われずとも去るさ……今度はその生命、貰い受けるぞ。オボロ、互いに生きてたら決着をつけよう」
「俺がお前を逃がすとでも?」
「その後ろの女子がいるのにか?」
「ちっ……」
「ではな。できる事なら再び決着を」

そう言ってトウカは去っていった。数秒過ぎた後、ドサっと何かが倒れる音がした。

「お、おいどうした!」
「だい、じょうぶよ。ちょっとフラっとしただけだから」

可憐が地面に倒れたのだ。元々の疲労とトウカの殺気に当てられてのものだと見られる。

「そんなに顔色が悪いのに大丈夫な訳無いだろう!」

オボロが刀を急いで腰に差して、可憐に近づく。

96信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:21:10 ID:U31Zi0eI0
「ちょっ、何すんのよ!」
「いいからじっとしてろ」

そして、腰をおろして、可憐の膝をゆっくりと曲げて、そこに手を突っ込んで持ち上げる。
いわゆるお姫様抱っこだ。

「な、なななななななにを、」
「何って。どっか休めそうな所までお前を運ぶ。気にすんな、俺がお前を護るから。安心して体を委ねていろ。よし、行くぞ」

可憐の顔がリンゴのように真っ赤に染まるが、前だけを向いているオボロは気づかない。
そうしてつい先ほどまで戦場だった場所には誰もいなくなった。


【時間:1日目午後1時30分ごろ】
 【場所:E-5】

 オボロ
 【持ち物:打刀、水・食料一日分】
 【状況:肉体的疲労(中)】


 綾之部可憐
 【持ち物:クロスボウ、水・食料一日分】
 【状況:肉体的疲労(極大)】


 トウカ
 【持ち物:木刀、水・食料一日分】
 【状況:肉体的疲労(中)】

97 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:22:29 ID:U31Zi0eI0
おっと、投下終了です。

98 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/07(火) 23:44:28 ID:dEm4FnzY0
「うう、なんかこわい……」

 棗鈴は廃墟の街をひたひたと歩いていた。しきりにきょろきょろしつつ周囲を窺う。
 普段の鈴ならこんな顔にはならない。事態が異常過ぎた。
 寮長が、殺された。
 鈴自身はさほど接点があったわけではない。しかしよく世話にはなっていたので顔は覚えている。
 軽くウェーブのかかった長髪がはためき、喉から血を迸らせる寮長――

「……うぅ」

 思い出すのも嫌だった。気持ち悪いという感触。
 絵の具のような鮮やかな赤ではなく、腐りかけの林檎のような黒ずんだ赤が。
 失礼だという認識はあったものの、イメージを拭い去りきることができなかった。
 やめよう。鈴はぶんぶんと頭を振った。嫌なことは考えないようにするのが一番だ。
 ちりんちりん、とポニーテールと一緒に鈴が揺れた。
 髪留めに使っている紐につけている鈴だった。兄が小さなころプレゼントしてくれたものだった。
 バカだけど、頭も要領もよく、ピンチのときは決まって兄が助けに来てくれた。
 バカというのが気に入らなかったので冷たい態度を取ってきてしまったが、根底にある兄への尊敬は変わらなかった。
 兄もそんな自分の機微を察してくれているらしく、少し肩を竦めるくらいだった。
 それがまた気障ったらしくて、気に入らなかったのだけれど。

「きょーすけぇ……」

 気に入らなかったけど、無性に恋しかった。
 廃墟の街は昭和時代の街並みといった風情で、瓦葺きの家が立ち並び、切れた電線が木製の電柱から垂れ下がっている。
 少し歩けば商店街も見えてきたが、ところどころさび付いた街灯に割れてしまったネオンの看板、
 ガタガタと不気味に揺れるシャッターが並ぶばかりで、入れそうなところは少なかった。
 恐る恐る、鈴はアーケードを歩いてゆく。どこにも電気がついてない商店街は寂しいというより怖さが先立ち、
 幽霊でも出てくるのではないかという予感すら覚える。いやそれならまだいい。

 ころしあい。未だ実感を伴わないその言葉を反芻する。
 寮長を殺されたように、今も誰かが死んでいるのだろうか。
 悲鳴どころか人気すらない商店街を見ていると、これは悪い夢なのかと思いたくもなる。
 夢であってほしい。こんなのが現実なんてまっぴらだ。
 こまりちゃんが苛められるのも、はるかやクドが痛いと言っているのも、くるがやがみおが苦しんでるのも、みんな嫌だ。
 恭介なら。なんだってやってきて、どんな奇跡だって起こしてみせた無敵の兄貴なら。
 驚いたな! すげぇだろ今回のドッキリは! と言ってくれるはずなのに。
 ガシャン!

「ひっ!」

99 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/07(火) 23:44:51 ID:dEm4FnzY0
 沈思しかけた思考は、ガラスが割れる音で引き戻された。
 誰かがやってきたのかと思い、わたわたしながら逃げ出そうとしたが、足音は聞こえなかった。
 戦々恐々としながら振り向くと、割れたガラスのビンがころころと転がっていた。
 何かの拍子に倒れ、割れてしまったのだろう。
 いつもなら「驚かせるな、ばーか」と言えるはずだったのに、そんな強がりを言う余裕すら今の鈴にはなかった。
 しかも一度マックスにまで達してしまった緊張の糸が解けた反動で、鈴の目からは涙が出てしまっていた。
 それを切欠にして、次々と弱音が飛び出してくる。
 もうやだ。こんなところから帰りたい。
 誰か迎えに来て欲しい。普段生意気にしてたからいけなかったのか。
 だったら少しは大人しくする。文句も抑えられるよう努力するし、兄もバカになんてしない。
 弱音が形を成し、嗚咽を作った。
 へたりこそしなかったが、ぐすぐすと鼻をすすりながら歩く鈴の姿は、さながら迷子になった子供だった。
 寂しいのに。反省してるのに。
 結局、誰も来てはくれなかった。
 怒る気力さえ持てなかった。元々鈴は孤独に強いほうではない。
 一人でいることが多いものの、それは単に人見知りの裏返しでしかなかったし、好きなわけではなかった。
 口下手なだけで、お喋りすることも好きだった。
 本当に人付き合いが下手なだけで、棗鈴は至って普通の女の子でしかなかった。

「……んぅ?」

 鼻をすすり、目頭をごしごしと擦っていると、商店街の一角に一軒だけシャッターの開いた店があった。
 寄ってみると、それは駄菓子屋だった。並ぶプラスチックの箱の中には無数のお菓子があり、
 軒先には今ではとても見られないような、裸のままのソースせんべいや裂きイカなどがあった。
 こまりちゃんが喜びそうだ、などと思いながら、鈴は色とりどりのお菓子を眺めていた。
 そういえば、小さなころは兄に連れられ、井ノ原真人や宮沢謙吾、直枝理樹と一緒によく来ていたものだった。
 手に各々百円玉を持ち、何を買うか悩んでいた。
 兄は大抵くじやおまけのついたお菓子を、真人はとにかく量のあるお菓子を、謙吾は主にせんべいなどの和風。理樹は比較的色々と買っていた。
 自分は。自分はどうだっただろうか。
 店先に並ぶお菓子を見回しながら、鈴は記憶の桶をかき回す。
 よく思い出せない。みんなでどこに行っていたのかは思い出せても、その中で自分がなにをしていたのかは、曖昧だった。
 兄に連れられて行動するばかりで、主体性がなかったのかもしれなかった。
 何がしたいというのは二の次で、とにかくみんなに置いていかれるのが嫌でついていっただけだった。

「あたし、何もやってこなかったんだ……」

100 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/07(火) 23:45:13 ID:dEm4FnzY0
 ぽつりと漏らした。
 思い出の中でも、そして今でも、自分は何もできずにいる。
 兄が駆けつけてくれるのを待つばかりで、一人じゃ何一つできていない自分。
 文句を言いながら、不平を漏らしながら、不満だけを抱えていた自分。
 日常のぬるま湯の中で気付けなかったことに、鈴は今更ながらに気付いたのだった。
 悲しい、と思うより、悔しかった。
 こんな誰でも分かるような当たり前のことにさえ気付けなかった己に腹を立てていた。
 自分からゆりかごに留まっていたくせに、居心地が悪いと不平を重ねる、棗鈴はそういう女だった。
 何よりも恥ずかしかったのは……そんな自分を、友達に見られていたことだった。

「やだな、それ」

 恥を恥と認められたのは、初めてだったかもしれない。
 カッコ悪い。素直にそう思った。
 なにかやらなくちゃ。次に考えたことはそれだったが、思いつくことがなかった。
 兄を探しに行く。友達を探しに行く。そんなのは誰もが考えることで、自分を助けるための行為でしかなかった。
 そうじゃない。逃げるんじゃない。立ち向かわなくちゃ。
 何に? という疑問はあったが、はっきりとした言葉にすることが出来ずに、鈴はもやもやとした気持ちを抱えるだけだった。

「……とりあえず、これ持っていこ」

 駄菓子をデイパックに詰めようとして、鈴はひとつの事実に気付いた。

「しまった……あたしお金持ってない」

 ポケットを漁ってみるが、百円玉しか出てこなかった。手には余るほどの駄菓子。
 残念だが、諦めるしかなかった。こんなときでも盗みはよくないと思っていたからだった。

「すまん、ゆるせ」

 いくつか戻し、百円分のお菓子を持っていこうとしたところで、鈴はふと新しい気配が現れているのに気付いた。
 今度は気のせいなんかじゃない。はっきりとした、人の気配だった。
 店の立て看板の陰に、誰かが隠れている。本人は完璧に姿を隠したつもりなのかもしれなかったが、ぴょこぴょこと尻尾らしきものが左右に揺れている。
 ついでに、ふさふさの毛がついた耳らしきものも。
 かわいい。ついそんなことを思ってしまった鈴だったが、すぐに気を引き締め直す。
 隠れられているということは、警戒されているということだった。無闇に敵対心を持たれるといいことがない……というのは、
 鈴が猫を手懐けるときに覚えた教訓だった。
 もっとも、相手は人間……のようなものか? 微妙に自信がない。
 人間に動物の耳がついているという話は流石の鈴でも聞いたことがなかった。
 むむ、と僅かに唸った挙句、どうにでもなれ、という半ばヤケクソな気持ちで接することにした。行き当たりばったりだ。

「おい、そこのおまえ」


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