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【オリスタ】Change a gear,Change THE WORLD【SS】

102 ◆gdafg2vSzc:2017/06/17(土) 18:49:35 ID:A5OOEJfg0
>>101
「改めてコンバンハです! 皆様!」

「お、おう」

「相変わらず元気て言うか、明るいッスねー」

 ネルソンの勢いに気圧され、思わず引く汀と沼田……

 ネルソンが沙枝と出会った翌日、沙枝を介して汀達とは顔を合わせ。

 普通に会話する程度には面識は出来ていたのである。

「と、ところで。ネルソン君、なんでここに?」

 一同の疑問を、沙枝が代表して問いかけ。

「それはデスね、学校の先生様に日本のtraditionalな文化を体験したい、言ったら紹介してくれたデスよ」

「成程ねぇ」

「この衣装もcoolで良いデス」

「あはは、良かったね、ネルソン君」

 法被の両側の袖を指で掴み、腕を伸ばして嬉しそうに、子供のように跳ねるネルソン。

 その様子に、沙枝やルイの顔に笑みが零れる、が。

「見回り、一緒のgroupになったらヨロシクですよ、皆様」

「ああ……よろしくな」

 一人、微妙な表情でネルソンを見る汀。

 その背後で、デジカメや携帯を手にしたおばちゃん達がネルソンを手招きし。

「はい、ヨロシクです! っと、呼ばれてるデスね。一旦オサラバですー」

 おばちゃん達の方に笑顔で駆けていくネルソン。

「いやー、本当フレンドリーッスねぇ」

「本当だね……裏表なさそうだし」

 おばちゃん達のリクエストに応えポーズを取るネルソンを遠めに見ながら話すルイと沼田。

 その会話を聞きながら。

「……どうだろうな」
(よう分からんが……なんか気になるぜ)

 汀がぽつりと呟いた言葉は、幸か不幸か、ルイ達には聞こえていなかった。



 少しのち、午後8時を少し過ぎた頃。

「はい、それでは皆さん、よろしくお願いしますー」

「はーい」

 グループ分けが終わり、各々が夜の街へと繰り出していく。

 巡回だけでなく、通行人等への声かけや防災意識の向上を目的をしたチラシの配布も目的であり。

「結構量あるのな……」

 汀が渡されたチラシを面倒くさそうに数え。

「もぉ、そんな顔しないの……まぁ、配れるだけでいいみたいだし。頑張りましょ」

 同じグループになった沙枝が苦笑する。

 そして。

「んじゃ、そっちはそっちで頼んだぞ」

「ういッス」

「何かあったらすぐ連絡するね」

 ルイと沼田が別のグループとして行動する事となった……

「あ、あと……アレの面倒もな」 

「う、うん……」

「だ、大丈夫と思うッスけどね」

「What? 何のハナシしてるデスか?」

 ちなみに……ネルソンもルイ達と一緒である。

「あー、いや、がんばれって話よ」

「Thanx、カズ! 頑張るデス! さー、みなさん、Let’s Go!」

「お、おー」

 拳を掲げ声を上げるネルソンのテンションにやや引きつつ、合わせて手を上げるルイ。

「じゃ、お先にデス!」

「やれやれ……賑やかなこって」

 ネルソン達のグループが先に集会所を出て行くのを見送り。

「んじゃ、俺達も行きますかね」

「そうね……みなさん、よろしくお願いします」

 沙枝が同じグループになった他の者達に一礼し、他の者もそれに応え会釈し。


 汀達の夜回りが始まった。

103 ◆gdafg2vSzc:2017/06/29(木) 15:25:58 ID:rN858cLk0
>>102
「すいませーん、火の用心の巡回でーす、どうぞー」

「……ん」

 眼鏡をかけた女子からチラシを差し出され。

 角刈りの若者……油谷(あぶらだに)は女子……沙枝の顔をろくに見ずに手だけ差し出してチラシを受け取る。

 チラシには最近不審火が相次いでいること、防火・防災の意識を高める手書きのメッセージが、子供の描いたイラストと共に書かれて居て。

「あーい、巡回ですよっと」

「汀君、もっと真面目にやりなさいよ」

 油谷は手にしたチラシと、それを渡してくれた沙枝の姿を交互に見、その姿が遠ざかったのを確認した後。

(……くだらねぇ)

 ぐしゃ、とチラシを手の中で握り締める。

(凡人にゃわかんねぇんだろぉな、炎の素晴らしさが……よ)



 油谷が初めて炎の素晴らしさを知ったのは、物事も良く分からないぐらいに幼い頃。

 両親がテレビで見ていたアメリカの映画である。

 人々の思惑や欲望の愚かさや、懸命に火災に挑む人間のドラマが主題であったその映画だったが……

 
 幼い油谷は、ビルを焼き、人間達の襲い掛かる紅蓮の魔物――炎を。

 恐ろしくも、力強く、そして、美しいと思った。


 以来、油谷は魔物に――炎に魅了された。

 父親のライターを勝手に持ち出しては紙袋、枯れた草、蝶の死骸……色々な物に火をつけて、その様を楽しんだ。

 もちろん、幼い子供のやる事ゆえ、すぐにばれてこっぴどく怒られたりもしたのだが。

 怒られ、ダメと言われれば言われるほど、炎に対する愛着は激しい物となった。


 そして。

 油谷は出来るだけばれないよう、自分の仕業と分からぬように火付けを続けた。

 成長するに従い、その頻度は落ちて言ったものの。

 その規模は……廃屋や空き地の草むら全体だったりと、大きなものに変わっていった。

 どれだけストレスを溜めていても、激しく燃え盛る炎を見れば、心が晴れた。

 自分がダメな事をやっている、そう思ってはいても、いや、思っているからこそ。

 炎を自らの手でつける快感、炎がいろんな物を焼き喰らう様を眺める恍惚感は、言い様の無いものであった。


 できれば、もっともっと自分の手で作り上げた炎で自分の心を満たしたい。毎日のように。

 そうは思っていても、そんな事は出来るはずもないと、油谷は思っていた。


 数日前、妙な男に顔に霧吹きで妙に甘い匂いのする液体を吹きかけられるまで。


(夜回りか、面白いじゃあないか)

 ククク、と小さく肩を震わせて笑う油谷。

(大勢の目を欺いて、大勢の目の前で派手に炎を上げるとか、最高じゃん?)

 自身に与えられた力を過信してか、気は大きくなっていた。

(やってやらぁな。今日は大物をよぉ!)


「……ククク、ク、クハハハッ」


 笑う油谷の手の中で。

 火種も無いのに、チラシが燃え始める――

104 ◆gdafg2vSzc:2017/07/13(木) 21:22:28 ID:Q01YaxCk0
>>103
 巡回開始から1時間程後、時計の針が午後9時を過ぎた頃。

 汀と沙枝は2人で巡回を続けていた、のだが。


「……ええ、知らんかった。取り壊すのかよ、ここ」


 中心街から少し離れた住宅街の中にある小学校の前で、汀は足を止めていた。

 この小学校は汀達が通っていた、思い出の学校であり。

「だいぶ前から新聞にも書いてたよ?」

「新聞はテレビ欄と4コマしか見てねぇから」

「もぉ……汀君らしいけどさ」

「それによ、卒業してからはあんまこっち来なかったし……」

 2人が見ているのは、老朽化に伴う木造校舎部分の解体取り壊しのお知らせの看板であった。
 
「懐かしいよな、よくイタズラとかしてたっけな」

「そう言えばよく先生に怒られてたよねー、昔っから悪かったよねー」

「沙枝も昔っからクッソ真面目だったよなー」

 少し嫌味っぽくニヤニヤ笑う沙枝に、笑い返す汀。

「ま、いいや。見回り続けようぜ」

「うん」

 そのまま小学校を通り過ぎようとした2人……だったが。

「……ん?」

「沙枝、どうした?」

「ん、いや、なんかあっちに誰か居るみたい」

 沙枝が足を止め、闇の向こう、木造校舎のほうに目を凝らす――と。


 ぽぉっ。

「――!」

「おいおいおい……」

 木造校舎の傍で、小さく明かりが灯る。

 その光源は懐中電灯等の様な明らかに人工的なものでなく。

 そして、光源は人の手によって握られていて。

「ちょっと! 何してるんですか!?」

「お、おい、沙枝!」

 正義感と怒りで大きな声を上げながら、汀より先に人影に駆け寄っていく沙枝。

「……ッチ」

 沙枝の接近に気付いた人影は、小さく舌打ちをすると……

 手にしていたガスライターを地面に投げ捨て、木造校舎の裏に逃げていく。

「あ、ちょっと! 待ちなさい!」

「おい、沙枝! ちょっと待てって……」

 沙枝が走るスピードを速め、汀がその後ろを追いかけ。


 沙枝が火のついたままのライターを一瞥し、その横を通過する瞬間――ぞっ。

(!?)

 汀の背筋を、嫌な予感が走り。

「沙枝ぇ! なんかやばい! ライターから離れろぉ!」

「え!?」

 叫んだ瞬間。


(くらえぇ! 《アーケイド・ファイア》ぁー!)


 校舎の影から様子を伺っていた人影――油谷が念じた瞬間。


 ごおおおおぉ!!

「きゃああああぁー!」

「沙枝ぇ!?」

 ライターの炎が大きく燃え上がり。

 そこから現れた全身を紅く、炎のような鱗で包まれた魚が、炎を身に纏ったまま沙枝に襲い掛かる――

105 ◆gdafg2vSzc:2017/07/27(木) 12:13:10 ID:3snE0vJo0
>>104
――直前。

「《リリカル・グラウンド》!」

 ジュリィン!

 沙枝のスタンド、リリカル・グラウンドが炎の魚と沙枝の間に現れ。

 裏拳で炎の魚を迎撃し、地面に叩きつける。

『うおぉ!?』

 ダメージがあったのか、炎の魚から声が聞こえ。

 地面に炎を広げながら、陸に打ち上げられた普通の魚のように跳ねる、が。

「――熱ッ!」

「沙枝、大丈夫か!?」

「う、うん……大丈夫。でも」

 熱気によって、赤くなった右手の甲を駆け寄る汀に見せる沙枝。

 沙枝も、スタンド越しに魚の纏った炎の熱気を受けていた。

「スタンド……しかも普通の火じゃなく、スタンドにもダメージが与えられる」

「厄介だな……」

 少し離れた場所で、炎の魚を観察する2人。

 汀も自らのスタンド、ギア・チェンジャーを展開する……と。

『な、なんだよぉ。貴様らも、その、スタンド、だっけか? 使うのかよ』

 炎の魚が、汀達を見ながら……喋る。

「ああ……てめぇ、放火魔だな?」

 指をポキポキ鳴らしつつ、炎の魚に慎重に近づいていく汀。

『だったら、どうする?』

「決まってら……ブチのめす!」

「気をつけて! 汀君!」

 先の沙枝を襲った動きから、体当たりしか攻撃の手がないと思い。

 一気に走り出し、炎の魚との間合いをつめる汀……だが。

『《アーケイド・ファイア》ぁ!』

「!?」

 炎の魚――アーケイド・ファイアの口から。

 水鉄砲のように液体がギア・チェンジャーに向けて吐き出された。そう汀が認識した瞬間。

「うあああぁ!?」

「汀君!?」

 ごおおおぉ……

 液体――スタンド油を伝い、空中を炎が走り。

 ギア・チェンジャーを、そして本体である汀の体を炎が包む。

 その炎自体は小さいものであったが。

「くっそぉ! あ、あっぢぃ!」

「汀君!」

 慌てて地面を転がり、体の炎を消す汀とギア・チェンジャー。

 羽織っていた法被が焦げ、繊維の燃える嫌な臭いが汀の鼻をつく。

「こ、この野郎っ!」

『はは、ざまぁだ! 放火の邪魔をするからだよ!』

 アーケイド・ファイアを通し様子を見ていた油谷が、小気味よさげな笑いを上げ。

『邪魔するんなら追ってきな! 楽しくなってきたぜぇ!』

 地面に油を吐き、出来上がった燃える炎の道を素早く泳ぎながら。

「く、野郎! 待て!」

 木造校舎の入り口の方に泳いでいき、その中に姿を消す。

「だ、大丈夫?」

「ああ……」

「どうするの? 汀君?」

「当然、ブチのめす。ほっといたら野郎、この校舎燃やす気だろうしな」

 木造校舎の入り口を睨みつつ、汀はズボンのポケットから、少し世代の古い黒いガラケーを取り出し。

「ルイは呼んどく。だが、先に突入はする。ああ、ルイか?」

 ガラケーを耳にあてながら、早足で校舎に向かっていく。その後を。

「炎……私のリリカル・グラウンドの能力とは相性が悪いかも、でも、やるしかないわね」

 不安を覚えつつ、沙枝が追っていく――



 少し離れた街中。

「え!? 本当に!? 分かった! できるだけ急ぐよ! 気をつけてね!」

 汀からの連絡を受けたルイが、最新の型のスマホをポケットに押し込む。

 ルイのグループは巡回を終え、集会場まで戻っていた。

「すいません、皆さん。僕、これで失礼します!」

「あら〜? 涙君、お茶用意したのに?」

「ごめんなさい、ちょっと急用です」

「仕方ないわね〜、気をつけて帰ってね〜」

「はい、ありがとうございます!」

 巡回を終えた人達にお茶や茶菓子を配るおばちゃん達にそこそこに挨拶をして。

 ルイは急いで小学校へと向かう。

 その姿を見ながら。

(……何かあったみたいだね)

 ネルソンが手にしていた一口饅頭を口に押し込むと。

(どうやら、彼や彼の仲間、たとえば沙枝もスタンド使いのようだし)
 
 誰にも声をかけることなく、そっと集会場を出て……ルイの後を追う。

(さぁて。どんな事になるのやら)

106 ◆gdafg2vSzc:2017/08/17(木) 10:41:12 ID:4w7p/tBk0
>>105
「さぁて、と」

 ルイへの連絡を終えた後。

 木造校舎の入口、木製の靴箱に身を隠しつつ奥を覗き込みながら。

「大丈夫そうだ、沙枝」

「うん……」

 汀と沙枝は慎重に、校舎内へ侵入していく。

 靴箱の陰から頭を出し、消していた懐中電灯の光を廊下に照らし。

 放火魔……油谷の姿が無いのを確認する。

「上に行ったのか、1階のどっかに潜んでるのか……っと」

 ぎしっ――汀が踏み出した先の廊下の床板が大きく軋み、沈む。

 その音は、静寂に包まれた校舎内で、妙に大きく感じられた。

「厄介だな。音で接近が気付かれるかも知れん」

「でも、相手も下手に動けないかもしれないわね」

「だな……さて」

 自分達以外の人の気配を1階に感じず。

 汀は懐中電灯で廊下の先――昇降口から見て南北に伸びている――を照らし。

「階段は両側にあったが……どうしたもんかね」

 思案するように首を傾げ、頭を掻く。



 その頃。

「ククク、上がって来いよ」

 油谷は2階の教室の一室、入口に近い場所に身を潜め、予備のライターを握り締め。

 時折、頭を出して廊下の様子を伺いながら、汀達を待っていた。

 2階の廊下にはアーケイド・ファイアによって吐き出されたスタンド油が導線のように張り巡らされていて。

 自分の居る場所から、即時に攻撃を仕掛けられるように細工していた。

「それとも、ビビって逃げたか? 応援でも呼びに? まぁ、それでもいいさ」

 それならそれで、人が離れた間に校舎に火を着けれる。

「ああ、堪らんだろなぁ……」

 燃え盛る校舎の姿を想像し、少し興奮を覚える油谷……その耳に。


 ぎしっ、ぎいいっ。


(……来たか!?)

 床板の軋む音が聞こえてきて。

 油谷はそっと頭を教室の外に出す。

(ククク、丸分かりだぜ……)

 南側の階段、その下側から照らし出す懐中電灯の明かりが見え。

 ぎしぃ……ぎし……

 慎重に1段1段、階段を上っているのであろう。軋む音は断続的に響く。

(それにしても、人間を燃やすのは初めてだなぁ)

 人間を燃やす、という究極に背徳的な行為を想像し。

 ぎし、軋む音が聞こえ、懐中電灯の照らす範囲が広がるにつれ、更に興奮を怯える油谷。

 興奮のせいか、静寂のせいか――

 油谷の耳には、やけに軋む音が大きく聞こえていた。そして。

(来たぁ!)

 階段の影から、人影のようなものが見えた、瞬間。

「アーケイド・ファイアあぁ!」

 油谷の手から現れたアーケイド・ファイアが、床の油に炎を走らせ、その中を泳ぎ。

 人影に向けて油を放ちながら、突進し……ごおおぉ! 人影を炎に包む。

「やったか!?」

 嬉々として教室から廊下に飛び出し、燃え崩れる「もの」に走って近づこうとする油谷――と。


――ダッ。

「だりゃああぁ!」

「な、え!? ぐあぁ!」


 その背後、北側の階段から現れた汀が油谷に一気に駆け寄り。

 顔面に、拳を叩きこんだ。

107 ◆gdafg2vSzc:2017/09/14(木) 10:27:52 ID:s3c4TBVg0
>>106
「ぐおおおぉ!? くそ、アーケイド・ファイア!」

 突然の事態に混乱しながらも、油谷は自らのスタンドを傍まで戻し。

「……ち、一撃でブチのめせなかったか」

 身を守りつつ、ギア・チェンジャーを展開する汀を睨む。

「ぐうぅ、畜生……挟み撃ちかぁ」

 顔を押さえる油谷の手の下から、鼻血が流れ落ち。

 アーケイド・ファイアの炎に触れ、じゅ、と嫌な臭いと煙を残し蒸発する。

「だが、貴様の仲間の女は……燃やして」

「生憎だな、沙枝なら無傷だ」

「!?」

 驚く油谷の耳に。

「大丈夫、汀君!?」

 南側の階段の方から、心配そうに問いかける沙枝の声が聞こえてくる。

「ああ、大丈夫だ。だが、まだ終わってない。下で待ってろぉ」

「分かった、でも、気をつけてよね」

「おおー」

 視線を油谷から階段の方に向け、大声で返事をしたのち。

「ば、馬鹿な!? じゃあ今のは」

 納得いかなそうに唸る油谷に対して、汀は不敵に笑いかける。

「此処が木造で良かったぜ。沙枝のスタンドは植物やその加工品を操る……」

「……!」

「分かったみたいだな。階段をわざと大きな音で軋ませて気を引く。懐中電灯は壁側の木の板を操って、蔦の様に絡ませて動かして、階段を上がってくるように見せた」

「じゃあ、俺が焼いたのも」

「床板を引っぺがすように跳ね上げて、そう見せただけさ。まぁ、沙枝自身もあまり離れられないから、多少の危険はあったが……うまくいったよ。さて」

 汀の顔から笑みが消え、代わりに怒りが満ち満ちていき。

 ぎゅ、とギア・チェンジャーが拳を握る。

「覚悟はいいな? この放火魔野郎」

「……覚悟、な。ああ」

「へぇ……? なら」

 顔から手を離し、先に汀がしていたように、不敵に微笑む油谷。

 その態度に、嫌な予感を感じつつ。

「ぶっ飛ばされろぉ! ギア・チェンジャー!」

 ギャオン!

 ギア・チェンジャーの拳が、油谷に向けて放たれ――

「って、出来るわけねぇだろがぁ! 馬鹿が! アーケイド・ファイアぁ!」

「っ!?」

 拳が命中する直前、ごおぉ!

 2人の間に、激しい炎の壁が展開され。

「あはは、貴様が話したり余所見してる間に、油を垂れ流してたんだよ!」

 油の流れに乗って、炎の壁が汀を取り囲むように迫り。

「ぐあああああぁ!」

「はははは! ざまぁ見ろだ! しかし」

 油谷に背を向け、法被を被るようにして頭を抱え屈む汀を、猛火が包み込む……

「ああ、人間を焼くのも、良いかも知れないなぁ」

 その様に、油谷が一瞬見とれた――直後。


 ギャオォン!

「だりゃああぁ!」

「ぐべっ!?」

 同じように身を屈めていたギア・チェンジャーが突如起き上がり、油谷の頬を殴り。

「……っつ、やっぱあぢいいぃ!」

 燃え盛る法被を脱ぎ捨て、汀が立ち上がる。

108 ◆gdafg2vSzc:2017/10/12(木) 11:02:27 ID:kQukjbTM0
>>107
「……な、な?」

 再び噴出した鼻血に顔を押さえ、困惑しながら、油谷は起き上がる汀を見る。

「な、なんでだ? なんで無事でいられる?」

 露出している腕や顔が熱で少し赤くはなっていたものの。

 あれだけの炎に包まれていたにも関わらず、汀の体や法被の下の衣服は無傷であった。

「ギア・チェンジャーの能力だ」

 熱かったのは確かなようで、汀は苛立たしげに油谷を睨みつつ、脱ぎ捨てた法被を指差す。

 その袖には、数字を『6』に設定されたギアが埋め込まれていた。

「羽織ってた法被にギアを仕込んで『耐燃性』を強化しておいた。てめぇが炎を扱うのは知れてたしな」

「な、なんだそれ、そんなインチキみたいな能力が」

「ああ、俺も正直上手くいくかよう分からんかったが、俺が望む事はある程度できるみたいだな、もっとも」

 ぐ、と己の、ギア・チェンジャーの拳を強く握る汀。その表情が険しくなる。

「熱を止める、とまではいかなくてな。めっちゃ熱かったぜ。それに、思い出の校舎に火までつけやがってよ」

 元々汀狙いの攻撃だったこともあってか、勢いは弱いとはいえ。

 床や窓際の壁が延焼し続けていた。

「ひ……っ」

 油谷の顔が引きつる。

「改めて、覚悟はいいなぁ! この放火魔がああぁ!」

 汀の叫びと共に、ギア・チェンジャーが、拳を叩きこもうとした、瞬間。

「くそがぁ! 殴られるくらいならぁ!」

「な!?」

 油谷が窓際に走り――

「うおおおおぉ!」

 ばぎいっ!

 腕で顔を庇いながら、窓を突き破って、飛び降りた。

 慌てて後を追い、窓から外を覗き込もうとする汀の前に、ごおぉ……

「こ、この野郎……っ!?」

 油谷が最後に残した炎が立ちはだかり、姿を確認する事を妨げる。

「何があったの!? 汀君、って、火事! 危ないよ!」

「危ないのは分かってる、沙枝! だが、放火魔が逃げた!」

「ええ!?」

「追うぞ! 畜生!」

「あ、待って!」

 様子を見に来て驚く沙枝をよそに、階段を飛ぶように駆け下り、校庭に出る汀――しかし。

「……くっそ」

 既に、そこに油谷の姿は無かった。

 悔しげに唇を噛む汀の耳に、近づいてくる消防車のサイレンの音が聞こえてきた――



「ぜぇ、ぜぇ……」

 逃走した油谷は、すぐ近くの路地に逃げ込んでいた。

「くそぉ、何で俺が、こんな目に……っつ、痛ぇ」

 殴られた顔を、そして、飛び降りたときに捻った足を押さえ、へたりこむ油谷。

 逃げる事に必死で感じていなかった痛みが、急速に襲ってくる。

「あいつらに、顔を見られたか? くそぉ……せっかくスタンドが、いい玩具が出来たってのに、よぉ」

 聞こえてくる消防車のサイレンの音に不快そうに顔をしかめながら。

 少しでも逃げようと、立ち上がり、前に進もうとする、油谷。


「待ってよ、その玩具――スタンドについて、話してくれないかな?」

「!?」


 その背後から。

 ニヤニヤ笑いながら、ネルソンが声をかけた――そして。

109 ◆gdafg2vSzc:2017/10/19(木) 19:20:12 ID:mavfRUkA0
>>108
 少しのち。

 小学校の校庭に集まってきた消防車や救急車、警察等の特殊車両。

 油谷によって起こされた炎は、大きな被害を与えることなく鎮火されていた。 

 そのサイレンや騒動に釣られ、近隣の住人達が野次馬として集まってきて、更なる喧騒が夜の住宅街を包む中。


「はあああぁ!? 捕まった、てか、捕まえたぁ!?」


 騒ぎの中心から離れた校庭の隅で、汀が頓狂な叫びを上げ。

「ネルソンのヤツが!?」

「う、うん。僕も詳しく状況は分からないんだけど。捕まえたみたい」

 報告をしたルイが、その剣幕に驚き、身を引く。

「マジかよ、一体どうやって……てか、なんでネルソンはそいつが放火魔だって知ってたんだ?」
 
「ええ、そんなの分からないよ」

 納得いかない様子で髪を掻き毟り、首を傾げる汀……と。

「なら、本人に聞くのが一番じゃない?」

「え……お、おう」

 沙枝が汀の背後を指し、振り返った汀の視線の先に。

「Oh、皆サマ、お揃いですネ!」

 手を振りながらにこやかな表情で近づいてくるネルソンの姿があった。

「ネルソン君! 放火魔捕まえたって聞いたけど!?」

「Oh、Yes! ビックリしたデスけどね」

「本当、聞いた私達もびっくりしたわよ」

 肩をすくめて、ルイにおどけた笑いで応えるネルソンに。

「……なぁ、捕まえた、って言ってたが、どういう状況だったんだ?」

「え、ちょっと、汀君……?」

 解せない、という自分の感情を顔や声に隠すこと無く、少し睨みを利かせつつ汀が問う。

「Ah〜、それがですね、偶然……happeningでして」

「偶然だぁ?」

「Yes、なんか消防車が騒がしいンデ、こっちに来てたらデスね……Graaaaaaaaaar!!」

「ひぇ!?」

「うお!?」

 突然ネルソンが大声で叫び、両手を振り上げたせいで、びっくりして転びそうになるルイ。

 汀も驚き、思わず拳を振り上げそうになる。

「何すんだ、この野郎」

「Oh、sorry! デモそんな感じで叫びながら、細い路地から変な男が飛び出して襲って来たデス。それで」

 空中に向かって、しゅ、とパンチを撃つネルソン。

「思わず手が出てしまったデス、暴力良くないデスケドね」

 舌を出して苦笑し、握った拳を開き、またおどけるように笑う。

「正当防衛、ってわけか。しかし、なんで放火魔って分かった?」

「ああ、それはデスね。なんか既に怪我しててconfusionしてたようで」

「こ、こんふゆ……してた?」

「混乱してた、よ。勉強しなさい」

 ネルソンの英語を聞き取れず首を傾げた汀に、すかさず沙枝の突っ込みが入り。

「ち、ちげぇよ、ど忘れしてただけだし! そんな事より、それで!?」

 無知を誤魔化すように、ネルソンに話を促す。

「倒れた後、妙な事を言ってたんで近くの人に頼んでpolicemanに連絡してもらったデス」

「妙な?」

「Yes。何でもスタンドで放火がどうとか……」

「……」

「やっぱ……おっと」

 ネルソンの口から出た「スタンド」という言葉に、顔を見合わせる汀と沙枝。

 やっぱりスタンド使い、と言いそうになるのを堪えるのはルイである。

「気絶しかけだったんではっきり分からないデスが、放火、とは聞こえマシタので」


 3人とも、ネルソンがスタンド使いである事を知らないが故に。

 この事をこれ以上突っ込むべきではない、そう直感的に感じた。なので。


「あー、そうだったか。お手柄だったな、ネルソン」

「そうよ、凄いじゃない」

「そ、そうデスか? 照れますネ」

 適当に言葉を濁し、話を終わらせる事にする汀達であった。

 無論、油谷がこの先悪さをする可能性はあるが……

(これ以上は手出しできんし、な。悔しいが)

 スタンド使いとは言え、一介の高校生である自分には裁きようがない。

(まぁ、暴れたらまたブン殴るだけだ)

 そんな事を考えながら。

「で、そいつ、どうなったんだ?」

「聞いた話では、怪我もしてましたしHospitalで治してpoliceの出番のようデス」

「そうか……」

(アイツの、滑川の時と同じ、か……っ!?)

 そう考えた瞬間、ぞ、と。

 汀の中を不吉な予感が駆け抜けた……

110 ◆gdafg2vSzc:2017/11/02(木) 22:20:17 ID:twyMinXE0
>>109
 少しのち。

(う、ぐ、く、くそぅ……)

 負傷した油谷は、救急車の中で寝たままの状態で応急手当を受けていた。

 手当てと受け入れ先の病院探しで、救急車は停車した状態で路上に止められていて。

 少し朦朧とする油谷の耳に、外の喧騒が嫌でも響いてくる。
 
(なんだってんだ……あのガキも、外人も)

 喋る気も、身体を動かす気力も失せている油谷の頭の中を。

 先までの出来事が否が応にも巡っていく。


(まさか、俺の他にもスタンド使いがいた、なんてな……)

 迫る汀の、ギア・チェンジャーの拳を思いながら、大きく溜息を吐く油谷。

(それに、あの外人も……ボコボコにしてくれやがってよぉ)

 その後出会ってしまったネルソンからも、攻撃を試みてあえなく返され。

 逃亡しようとした所、背後から背中や頭を殴られ。

(妙な事言ってたな。レディ・リィ? 知らねぇよ、そんなん)

 その後、ネルソンの質問に正直に応え、自分がスタンド使いになった顛末を語ったところで。

 ネルソンは表を通る者に、助けを……油谷を介抱するよう求めたのだった。 


(……まぁいいや)

 恐らく、警察沙汰になっている。自分も罪に問われる事になるだろう。

 そう分かっていたが、油谷の心中に焦りは無かった。

(スタンドがあれば、脱走のチャンスもあるさ。いや、刑務所の中で放火ってのも面白いだろうなぁ……)

 自分の手当てをする救急隊員をぼんやり見ながら、自分勝手な事を思う油谷。

(ま、まずはゆっくりと怪我を治してから……)


「見つけたぜぇ」

(!?)


 不意に、油谷の耳元で。

 楽しげな、ねっとりとした男の声が聞こえた、瞬間。


 ず。

111 ◆gdafg2vSzc:2017/11/02(木) 22:20:56 ID:twyMinXE0
>>110
「……ぐぶぅ!?」

 脇腹に鈍い衝撃が走ると同時に、吐き気がこみ上げ。

(な、は、があぁ!?)

 油谷の口から、ごぶ、と、血が吐き出され。

 同時に、腹から全身を耐えがたい痛みが駆け巡る。

「な、なんだ!? どうした!?」

「分かりませ……ああ、これ!」

 救急隊員の一人が、油谷の脇腹に深々と刺さっていたナイフを指差す。

「ナイフ持ってます!」

「自殺か!? 馬鹿な事を!」

(ち、違う、俺は自殺なんか……)

 救急隊員の言葉に、刺された油谷自身が驚愕し、当惑する。

 その目の前に。

(!?)

 全身を靄のようなもので包まれた、額にバンダナを巻いた、逆立った髪の毛の男が現れる。

 その背後には、やけに手足の細く、頭部のない人型が立っていた。

 油谷を見下すその目は、虚ろなようであり、恍惚としているようであり。

 その目つきは、炎を見ている自分と同じように油谷は感じた。

(……お、れの、同類、なのか? いや、それより、だれ、か)

 助けを求め、動かない手を必死で上げて男を指差す油谷。だが。


「早く、輸血を!」

「大丈夫ですか!? しっかり!」

 救急隊員達は……すぐ傍に男が居るにも拘らず。

 誰一人、その存在に気付いて居なかった。 


(な、なんで……だ)

 再び、ごぶ、と血を吐き出す油谷の前で。

 男の姿が靄に囲まれるようにして消えていき。

 それと同時に、油谷の意識も、薄れていく。


(なんで、なん、で……)


 何故自分が刺されないといけないのか。

 何故自分はこんな力を得てしまったのか。

 何故霧吹きの男は自分に好き勝手しろと言ったのか。

 何故、俺を指した男に誰も気付かなかったのか。


(な……ん……でだ……)


 幾つもの『何故』を抱えたまま。


 油谷の意識は途絶え――二度と戻る事は無かった。


油谷:スタンド《アーケイド・ファイア》……死亡
警察は逮捕された事で余罪の追及を恐れ、隠し持っていたナイフで自殺したと推測される、と発表。



【6:夜回りに行こう……END】
【And see you next episode……】

112 ◆gdafg2vSzc:2017/11/02(木) 22:28:55 ID:twyMinXE0
>>111
【6話:初登場オリスタ】

No.5964
【スタンド名】 アーケイド・ファイア
【本体】 イカれた放火魔:油谷
【タイプ】 遠隔操作型
【特徴】 炎のような鱗に包まれた魚の姿。
【能力】 炎の中を泳ぐ能力。
炎の中でのみ、目にも止まらぬスピードで移動することが出来る。
また、テッポウウオのように油を噴出することで火を浴びせかけることも出来る。

破壊力-C スピード-A 射程距離-B
持続力-B 精密動作性-C 成長性-C

避難所で敵役として推薦いただいた案を使わせていただきました。
遠隔型なのにそれを生かしきれてなかったのは……油谷がスタンド使いとしての経験が浅かったからでしょう。
あと、燃える様は間近で見たい派(爆)

メタ的には作者の描写力やイメージ不足……いや、げふげふ(汗)
もっと精進します(汗)


ここまで読んでくださった皆様に感謝です。ありがとうございました。

次回から、いよいよ事が大きく動き出す……はずです!(爆)予定は未定。


次回以降も目を通して頂ければ幸いです。

113 ◆aqwlZlIVlQ:2018/01/18(木) 09:34:10 ID:vJVBLtk60
【7:………】


 油谷の『自殺』から数日後、夕刻。


「……」

 兎橋近く、美良川の河川敷。

 近々行われる河川敷の舗装、改修工事のために運びこまれた資材に。

 汀は腰をかけ「ある人物」の到着を待っていた。


 待ち合わせに指定した時間まではまだ少し間があり。

(そういや、初めてギア・チェンジャー……スタンドを出したのもここだっけな)

 汀は、これまでに起きた出来事を思い返していた。

 その上でどうしても引っかかる、滑川の死、そして、油谷の自殺。

 油谷の死は、当人を殴り倒した翌日のニュースで知った汀であるが。

(あれが、あの野郎が自殺するようなヤツか?)

 自殺という報道をどうしても信じられずにいる汀である。

(よう分からんが……色々と俺達の思い及ばない事は起きてるみたいだな。まぁ、どうしようもないか)


 真偽は知りようも無いし、今の自分では調べようもない。

 もどかしくはあったが、その点は割り切ろうとする汀である。


 それよりも。

「来たか。時間通りだな」

 手を振りながら駆け寄ってくる「人物」を確認し、立ち上がる汀。

 今日、その人物を呼び出したのは……その者に対する疑念を確認するためである。

「悪いな、呼び出して」

「イイエ、no problemデスよ……but」

 現れた人物……ネルソンに対して真顔で応える汀。

「顔が怖いデスよ、どういう用事デスか?」

 事情が知れない様子でにこやかに笑うネルソンに対し。

「ああ……俺は難しい話はできんから、単刀直入に聞くわ」

「OK、何デスか?」

 汀は真顔のまま。


「ネルソン、お前……スタンド使いだろ?」

「……!」


 言葉を、投げつけた。



【7:誤解と衝突と……汀VSネルソン】

114第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/01/18(木) 09:34:58 ID:vJVBLtk60
【あ、トリップ間違えましたが間違いなく作者です、失礼】

115第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/02/08(木) 13:48:12 ID:GVxGpz8k0
>>113
(……何で急に? バレるような事はしてない、はずだけど)

 汀の問いかけに心中で戸惑いつつも。

 ネルソンは、ぽかんとした表情を作って見せた後。

「What? スタンド使い? 何デスか、それ?」

 首を傾げながら笑い、誤魔化そうと試みる。

「……油谷、だったっけかな。お前が捕まえた例の放火魔」

「アア、suicide……自殺シタってテレビで言ってましタね

「俺な、昔っからワルでよ。ちょくちょく病院やらお巡りの世話になってんだわ」

「Oh……デモ、それが何カ?」

「気になってな。その世話になった連中に聞いてみたんだよ」

「……」

「最初は守秘義務とか言ってたけど、俺も油谷と関わったって言って、ちょっとだけ知った事がある」

「な、何デスか? 怖いデスよ?」

 言いながら、汀はネルソンを指差し。


「俺は油谷のツラを2回、いや¥、3回だっけか? ともかく殴った。だが、油谷が救急車に運ばれた時の怪我な。俺が殴った以外にも『他人から暴行を受けた形跡』があったらしい」

「――!」


「それをやったのは、ネルソン、お前じゃないのか?」
 
 話しながら、様子を探るように睨みつける。

「Why? た、確かにボクもソイツを殴ったデスから、形跡はあってもおかしく無いデスよ」

「ああ、確か襲い掛かってきたのを殴った、って言ってたよな? だが、怪我は背中側、背後にもあったって言うぜ?」

「それは……逆上シテたし、別のヒトに襲われたからでは? それに」

 狼狽する『演技』をしてみせながら。

「それと、その……スタンド使いとどう関係がアルんですか?」

(その程度の認識からのカマかけか。なら、大丈夫かな?)
 
 汀の疑念の切欠が大した理由で無い事に安堵していた。

「ボクは全く心当たり無いデスよ?」

「そうか」

 ネルソンの訴えに対しあっさりと頷き、突きつけていた指を、腕を下ろす汀。 

 だが。

「じゃあ違う話をしようか」

「What?」

 表情を更に険しくしながら、汀が、一歩、ネルソンに近づく。

「俺のダチ……じゃあないか。腐れ縁に長濱、って馬鹿がいるんだが」

「それは初めて聞きマシタ」

「その長濱から聞いた話さ。ソイツの知り合いに赤髪のシゲって奴が居るんだが、ちょっと前に絡んだ外人相手にやり返されたらしい」

(……赤髪、まさか)

「なんか妙な事をされたってな。その外人の人相が……お前そっくりだったんだよ。ネルソン」

「……!」

 汀が、再びネルソンに指を突きつける。

116第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/02/22(木) 08:45:33 ID:BiuVvZ660
>>115
(まいったね……やりすぎたか)

「Ah……」

 心の中で苦笑いしつつ、思い出すような仕草を見せ。

「Yes、思い出しまシタ。お金取られたんで取り返しただけデス」

「ほぉ?」

(ここは嘘は吐かないでおこうか)

 笑顔を見せながら、正直に返す。

「ハイ、絡まれてしまったんでその場はお金渡シテ、後で取り返しに行ったデスよ。絡まれた時は沙枝サンも一緒でシタ」

「沙枝も!? そんな話聞いて無いぞ?」

「Ah、心配かけるとイケナイからsecretにしたのカモです」

「ああ、沙枝ならそうかもなぁ……言ってくれりゃ俺がブチのめしたのによ。だが」

 少し安堵した様子で溜息をつきながらも。

「妙なマネってのが腑に落ちない。ナイフを掴んでなんで平気だった?」

「Oh、ちょっとしたmagic、手品です。少しバカリ心得が有りまシテ」

「手品、なぁ……」

「そうデスよ。手品」

 納得いかなげな顔で頬を掻く汀に。

 ダメ押し、とばかりに屈託の無い笑顔を『作って』見せるネルソン。

「……」

 悩むように眉を寄せて、まじまじとその笑顔を見ていた汀、だったが。

「そっか。悪かったな。変な事聞いてな」

「イエイエ、no problemデスよ」

 汀が笑みを見せ、ネルソンの緊張が緩んだ――

「もう、帰っていいぜ……」

「OK――」


 瞬間。


「ギア・チェンジャー!」

 ギャアアアァン!


 汀がギア・チェンジャーを発現させ。

 間髪を入れず、右の拳をネルソンに向けて振るう。

 その拳の勢いは早いが、本気でネルソンを殴るつもりは無く。

 それで相手が何の反応も見せなければ、それでいい、汀はそう思っていた。



――自信は、あった。

 自分がスタンドを得て、スタンド使いとして『組織』で戦ってきた経験は、決して短いとは言えない。

 そして、潜入調査を主目的とする上で。

 できるだけスタンド使いである事を伏せ……とはいえ、今回のように若さゆえに調子に乗ってしまう事はあるが。

 他人のスタンドを見ても、急にスタンドを出されても動揺しない訓練もして来た、つもりだった。


 だが。

 放たれた汀の『本気』に。


「――!」

「ネルソン、てめぇ! やっぱりか!」

 ネルソンは反射的に403-Forbiddenを展開させ、拳を防御してしまっていた。

117第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/03/11(日) 20:46:35 ID:SKiFFOdI0
>>116
 ギア・チェンジャーと共に数歩下がり、間合いを取る汀をじっと見ながら。

「……やれやれ、参ったね。上手く猫被れてると思ったんだけど」

「……! 喋りも演技だったのかよ!」

「あー、まぁ、ね。カタコトの方が警戒はされないか、変な奴で済む、デスカラねー」

 舌を出し、苦笑し……頭を掻くネルソン。

 自分が隠し事をしていた事を悪びれる様子は無く。

 その態度が、汀の気に触り。

「スタンド使いな上に、演技までして……ネルソン! 何を企んでやがる!?」

 汀は、ネルソンを睨みつけながらギア・チェンジャーに拳を構えさせ、臨戦態勢を取る。

「ぶっちゃけ、君達に関する事じゃないさ……ふああぁ」

 敵意を剥き出しにする汀に対し、余裕有りげに欠伸をしてみせるネルソン。

「と言っても、信じて貰えないんだろうね。この状況じゃ」

「たりめーだ! 俺やルイ、沙枝が他のスタンド使いに襲われてんだ。てめぇが敵でないって分かるかよ!?」

「他のスタンド使い、ね。その話も興味あるけど……OK。なら、君の流儀に従おうか」

「ああ?」

 パン、とネルソンが拳で掌を打ち。

 それを合図、とばかりにネルソンのスタンド、403-Forbiddenが。

 両手を掲げるように広げ、正面も向いてギア・チェンジャーに相対する。

「拳で語る、ってヤツさ。悪いけど、ブン殴られて冷静になってもらうよ」

「それはこっちのセリフだ! 行け! ギア・チェンジャー!」

 ギャアン!

 ネルソンの言葉が終わるや否や。

 ギア・チェンジャーが踏み込み、拳を403-Forbiddenの胸に叩きこむ――

「403-Forbidden!」

 ビュフォオォン!

「なっ!?」
(早い!?)

 その腕に向けて、403-Forbiddenが手刀を振り下ろし。

 ギア・チェンジャーの攻撃を払い、同時に反対の腕でギア・チェンジャーの脇腹に手刀を叩きこみ。

「がっ、がふっ!!」
(しかも、重い、っ……しまった)

 強烈な痛みに、思わず脇腹を押さえ、足元をふらつかせる汀。

 ギア・チェンジャーの構えが崩れ、隙ができる……が。 

「ふぅん、なかなか早いね。でも、まだまだスタンド慣れはしてないみたいだね」

 ネルソンは攻撃の手を止め、ギア・チェンジャーと汀を興味深げに観察していた。

「ぐぅ、うっせぇ……ナメてんのかよ。なんで攻撃して来ない? まだ終わってないぞ」

「あー、いや。ひとつ良い事を教えとこうと思ってさ」

「良い事、だぁ?」

 眉間に皺を寄せ、胡散臭そうに汀が見つめる前で。

「ああ。汀。君がスタンド使いとして経験が浅いだろうからのLesson、さ」

 ネルソンが人差し指を立て、不敵に笑いながら告げる。


「スタンド使いたる者、スタンドに頼りすぎるな、ってね」

118第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/03/21(水) 20:51:45 ID:kpzC3IUo0
>>117
「ああ? どういう意味だ?」

「スタンド、って奴はとにかく強力な力だ。だから、スタンドに慣れてない奴は……いや、慣れた奴ですらその力を時として過信しちまう」

 ギア・チェンジャーに身構えさせ、戦闘態勢を取る汀の周りを。

 ネルソンは教師のように、立てた人差し指を小さく振りながら歩く。

「スタンドが、その能力が強力であればあるほど尚更その傾向は強くなる。結果、本人が持つ身体能力やスキルを疎かにしてしまいがちなんだ」

「……そんな事を俺に教えて、どうするって言うんだ?」

「理由は2つ。1つは、君が今後スタンド使いとしてやっていくためのアドバイス」

 警戒はしていたものの、ネルソンの話に納得できる部分もあり。

「そして、2つめは」

 汀が、ほんの少しだけ気を緩め……ギア・チェンジャーの腕が、ガードが下がる。

「こうやって話すことで、気を逸らすため、さ!」

 その僅かな隙を狙い。

「……っ!」

 ビュフォオ!

 403-Forbiddenの両腕が、手刀が。

 ギア・チェンジャーの首を挟むように、同時に放たれ、命中する――

「く、そう簡単に!」

「!!」

 寸前でギア・チェンジャーが403-Forbiddenの手首を押さえ込み、無理やり腕を広げ。

「だりゃぁ!」

 ゴッ!

「ううっ!?」

 403-Forbiddenの額にギア・チェンジャーが頭突きを放ち、ネルソンが頭を押さえふらつき。

 逆に、403-Forbiddenの防御が疎かになる。

「うお、痛ぇ……! 存外石頭だったか、だが! ギア・チェンジャー!」

 ギャアアァン!

 ギア・チェンジャーの掌が403-Forbiddenの胸を捕らえ……ガチャ。

「よし!」

『ギア』を右胸に埋め込み、すかさず指で設定を「1」にずらす。

 直後、403-Forbiddenが手刀を振り下ろすが。

「く……っ!?」

 自分のスタンドの動きの重さをネルソンが即座に感じると同時に。

「だりゃぁあ!」

 ギア・チェンジャーが手刀を弾き、反撃の拳を叩きこみ。

「ぐ、ぐうぅ! まずいか?」

 ネルソンが初めて汀に対して焦るような表情を浮かべ。

 403-Forbidden共々身を引きながら防御体制を取る。

「ち、ギアで落としてなおそれでもそこそこ早いか。お前が言うとこのスタンド慣れの差か? 厄介だな」

「……ボクのスタンドに、何をしたんだい?」

「言う必要は無いと思うがな」

 汀も一度呼吸を整えるべく、間合いを取って身構えつつ。

 403-Forbiddenに埋め込んだギアを見据える。

「Good。能力をペラペラ喋らないのは正しいよ……っと」

 403-Forbiddenの手がギアに触れられ。

「成程。コイツの仕業か」

 ネルソンが納得したように頷く……



 そんな河原での2人の戦いを。

(ほおぉ。見つけたと思ったら、面白い事をしてるじゃねぇかよ)

 頭にバンダナを巻いた……油谷を殺した男が、にたにた笑いながら眺めていた。

 その指には、汀達の写った写真がつままれていて。

(もう1人の外人は知らん相手だが、まぁいい。1人殺すも2人殺すも同じさ)

 男が、写真を握り潰しながらズボンのポケットに突っ込み。

 代わりに、片刃のナイフを取りだす。

「始めるぜぇ……」

 男の背後に現れる、頭部の無い、手足がひょろっとした姿の不気味な亜人型のスタンド。

 蛸の吸盤を思わせる胴体の模様が、本物の蛸のようにひくひく震え。

 首の部分から現れた煙が、男を包んでいく――

119第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/04/12(木) 21:42:35 ID:8nsYT4sc0
>>118
 そんな傍観者の存在に気付く様子も無く。

「まぁいい。ともかく、俺のギア・チェンジャーのギアをお前のスタンドに埋め込んだ」

 汀が、403-Forbiddenの胸を指差す。

「OK。理解したよ。このギアのせいでボクのスタンド……403-Forbiddenの能力自体が落ちてるってワケね」

「ああ、そういうこった。これで」

 403-Forbiddenと、その背後で苦笑するネルソンを見据えながら。

 汀が、ギア・チェンジャーが、拳を握り。

「俺が有利だ! だりゃああぁ!」

 ギア・チェンジャーが踏み込み、拳を振り上げ、403-Forbiddenに殴りかかる……


「あーあー、言ったばかりじゃないか。頼りすぎるなって」

「なっ!?」


――ビュフォオン。

 驚く汀の目の前で、403-Forbiddenが。

『先までと変わらない』速さとパワーで、ギア・チェンジャーの拳を防御して、その腕を捕らえ。

「せやっ!」

 一本背負いの要領でギア・チェンジャーの身を担ぎ、投げ飛ばし。

「うおおおぉ……っ!」

 汀も宙を舞い、背中から地面に落下する……

「ぐ、ば、馬鹿な!? なんで、ギアが利かない?」

 困惑した様子で立ち上がる汀の傍で、ギア・チェンジャーが防御の構えを取る。

「ボクの403-Forbiddenもスタンド、すなわち、能力があるって事さ」

「能力……よう分からんが」

 再び、403-Forbiddenの胸を指差す汀。

「その、妙な文字がそうか?」

 埋め込まれたギアに、「403-Forbidden」の文字が浮かび上がっていた。

 それはあたかも、ギアの回転を止めるかのようにギア全体に絡みついていて。

 表示されているはずギアの強さを示す数字も消失していた。

「BINGO。ボクのスタンドの能力さ。触れた物を使用不可にする……それがボクのスタンド、403-Forbidden」

「使用不可、だと……く、解除だ!」

 解除を命じる汀、しかし。

「無駄だよ。使用「不可」ってことは……」

 絡みついた文字が、汀を嘲笑うように鈍く青く光る。

「解除と言う『目的』も『できない』って事だからね!」

「なっ……!」

「そして!」


 解除のための僅かな時間。

 ネルソンの宣告による動揺。

 それらは数秒の隙、であったが。


 ビュフォオオオオォン!

「がはぁ!」
(し、まった……)

 その隙をついて、403-Forbiddenの拳がギア・チェンジャーの頬を捉え。

 重い一撃の痛みと、口内を切った感覚を覚えつつ。

 汀が数歩後退し、尻餅をつくように座り込む。

「ぐ、う、くそぉ……」

  口の中に少し溜まった血を吐き出しながら。

「……闘争心は凄いね。喧嘩慣れはしてるみたいだね」

「うるせぇ、この野郎」

 ギア・チェンジャーを先に立たせながら。

 感心した様子で呟くネルソンを睨み据える汀。



「しょうがないね……もう少し痛い目に」

 遭って貰う、そう、ネルソンが言いかけたのと。


――ぞ。

(!?)

 汀の背に、これまでにない悪寒が走ったのと。


「見つけたぜぇ」

 汀の耳元で、ねっとりとした男の声が響いたのとが。


 同時に起こった。

120名無しのスタンド使い:2018/04/26(木) 13:34:59 ID:a/d0o7hE0
>>119
「な……!?」

 何か不味いと感じた汀が、素早く立ち上がり身構えた直後。

「え?」

「お、うおおおぉ!?」

 何かが何かが振り下ろされるような気配も、音も、汀には感じられなかった。

 だが、鋭い痛みと衝撃が右肩に走り。

 汀の制服の肩が刃物で切られたように裂け、血が飛び散る。

「くそおおおぉ! ギア・チェンジャー!」

 すぐさまギア・チェンジャーに自分の周り、声が聞こえた方向を殴らせるが手応えは無く。 

「……っち」

 舌打ちしながら、汀がネルソンを怒りの形相で睨み。

「……ネルソン、てめぇ! ハメやがったな! 2人がかりで俺を殺すつもりか!」

 ずかずかと、ネルソンに大股で近づく。

「ま、待って! 違う! ボクにも分からない!」

「ざけんなぁ!」

 困惑し、否定するネルソンの声は汀の耳に入らず。

 ぐお、とギア・チェンジャーが403-Forbiddenに向けて拳を振り上げる――


 ぎらり。

(……あれは!?)

 汀の背後に、一瞬。 

 靄の包まれた人間の手と、その手に握られた片刃の、少し血で濡れたナイフが見え。

「だりゃあ、ああ!?」

「く、うおおおおぉ!」

 突然、ネルソンが叫びながら汀に向け突進し

 その様子に戸惑い怯む汀、その隙をついて403-Forbiddenがギア・チェンジャーの腕を押さえ。

「おおおおぉ!」

「ぐ!」

 ネルソンに突き飛ばされ、汀が再び尻餅をつくように倒れる。

「野郎、何をしやが……!?」

 起き上がる汀の目に飛び込んできたのは。

「ぐうぅ!」

 左腕を切られるネルソンと。

 切りつけた後、何も無い空間に消えていくナイフだった。

「う……痛っ、まいったね。こんなガチの怪我する予定は無かったのにさ」

「ネルソン!?」

 傷を押さえながら、痛みを押し殺すように汀に苦笑してみせるネルソン。

「どういうこった、こりゃあ」

「ボクの方が聞きたいよ。だが」


 403-Forbiddenに埋められていたギアに絡みついていた文字が消え。

 再び、ゆるゆるとギアが回転を再開し『1』の数字が浮かび上がる。


「少なくとも、ボクは君をハメるつもりは無い」

「……」

「その意思を示す為に能力を解除した。もっとも、これも演技だと思われたら仕方ないけどね」

 周囲を警戒しつつも、汀の目をじっと見ながら説得するネルソン。


「信じて欲しい。ボク達は、敵に襲われている」


 2人の間を、沈黙と緊張した空気が包む。

「……聞きたい事、言いたい事はたくさんある、が」

 言いながらネルソンに近づき。

「まずはその敵をボコるか。なぁ、ネルソン」

 ネルソンと背中合わせに並びながら、ギア・チェンジャーを前方に構え。

 403-Forbiddenの身体からギアを解除する。

「ありがとう、汀。力を貸してくれ」

「ああ……それによう考えたら、この敵がグルなら『見つけたぜ』なんてセリフは吐かねぇだろうしな」

 自分を笑うかのように、ふぅ、と小さく息を吐き微笑む汀。

「やってやろうぜ、ネルソン」

「Yes、同感だね」

 ネルソンも笑い返し、汀に背中を預ける。


【7.1:和解と劇特と……汀&ネルソンVS見えない敵】

121第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/04/26(木) 13:36:47 ID:a/d0o7hE0
サブタイトル間違えた

【7.1:和解と激突と……汀&ネルソンVS見えない敵】です。

あとトリップ忘れてましたわw

122第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/05/13(日) 18:33:13 ID:dHci6o7A0
>>120

「それにしても……見つけたぞ、って行ったんだよね」

「ああ」

「つまり、明らかに汀を狙ってるって事だね」

 背中合わせで構えたまま、小声で会話を続ける2人。

「みたいだな、けど」

「狙われる心当たりは無い、と」

「ああ。さっぱり見当つかねぇよ。まぁ、スタンドを得てから厄介事続きだから今更いいけどよ」

 汀が首を傾げつつ、苛立たしげに返しつつ。

 周囲の様子を慎重に観察し続ける汀。しかし。

「……静かだな」

「仕掛けてこないね。流石に敵も警戒してるって事か」

 先までの仕掛けが嘘のように、何も起きない時間が過ぎていく……


 一方。

(やれやれ、流石に簡単にはいかねーか。だが)

 2人の周囲を回りながら、隙を伺うバンダナ男。

 その距離は僅か数mだが、汀達は男の存在を認知できないでいる。

(すげぇな。俺の『スタンド』はよぉ!)

 汀の鼻先に指をつき出し、からかうように小刻みに振る男。

 心中の自画自賛に反応して、男の……《スウィート・ライフ》と名づけられたスタンドが、ふしゅふしゅとその身を震わせる。


 その能力は、スタンドの放つガスに触れた物の何かを『薄くする』と言うものであり。

 男は、ガスを身に纏う事でその『存在』を薄くし、認知されないようにしていたのである。

 もっとも、男自身がスタンドを得たのが最近で慣れてないこともあり、殺気を放ちナイフを振るう一瞬、稀に手元が見えてしまっているのだが。


(さて、どうしてくれようかぁ?)

 このままナイフを片方に突き刺すのは容易である。しかし、相手が2人である以上片方の反撃を受ける事は必死であり。

(殴られるってか。それは嫌だね)

 また、ガスを使い2人の『意識』を薄くして気絶させてから始末する手も無くは無い、が。

(ガスが人に効くまで時間がかかるようだしよぉ。それに悶え苦しんで死ぬ姿を見るのが、いいんじゃねぇかよ! な!)

 手に持ったナイフの輝きを見て、男がほくそ笑む。


 人を殺したり傷つけるのはいいが自分が少しでも傷つくのは嫌、という身勝手な思考。

 そして、人が少しでも苦しみ死ぬ様が見たいと言う、倒錯した嗜好。

 人としては最低なのであろう、だが、男のその身勝手さゆえに、汀達は現状襲われなくて済んでいた。


(とはいえ……どう料理してやろうかぁ?)

 2人から少し距離を置き、周囲を観察するバンダナ男だったが。

(……アレが使えるか?)

 2人から見て十数メートルほど先、なだらかに上り坂になっている橋脚の元にゆっくり歩いていく男。

 そこには、舗装・改修工事の為に様々な資材が置かれていた……


 ごどん。


「!?」

「なんだ?」

 唐突に響いた何かが倒れる大きな音に、2人は周囲を見回す。

 直後、ごどんごどんごどんごどん……!

 何か重く大きなモノが転がるような音が2人に近づきながら響き。


「な!?」

「まずい!」


 突如。

 2人の側面に迫り転がってくる、ペンキの満載されたドラム缶が現れる。

123第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/05/28(月) 22:34:57 ID:1KLCQn1c0
>>122
「危ない!」

 ネルソンがすぐさま横に飛びのき。

「く、だりゃあ!」

 汀は咄嗟にギア・チェンジャーでドラム缶を殴りつけ、衝撃でドラム缶の蓋が弾け。

 黄色のペンキをぶちまけながら、汀の横を少し転がり、停止する……が。


(今だぜ、おらああぁ!)

 ヒュッ。


「ぐ――!」

「汀っ!?」

 ドラム缶に気を取られ、注意が逸れた隙をつき。

「くっそ……!」

 既に間近まで接近していたバンダナ男がナイフで切りつけ。

 汀の制服の左袖が裂け、傷口を押さえて汀が片膝をつく。

 続けざまに。
 
 ネルソンの目に、鈍く輝くナイフとそれが握られた手が見え、その軌跡が次に自分を狙うのが見え――

「させるか! 403-Forbidden!」

 ビュフォン!

 手の位置から相手の身体を予測し、403-Forbiddenで突きを放つネルソン……


「ぐっ……!」


 ナイフは403-Forbiddenの腕の横を通り、ネルソンの頬を薄く切る、が。

 クロスカウンター気味に放たれた403-Forbiddenの拳が、何も無い空間に手応えを感じ。

「がっ……っ!」 

「!」

 一瞬。

 ガスが晴れ、バンダナ男の顔とその背後に控えるスウィート・ライフの姿がネルソンと汀の目に入るが。

「ざけんなぁ、ガキ共ぉ!」

 バンダナ男が顔の前でナイフを構え直し、バックステップで退きながら。

 スウィート・ライフの放つガスに身を包み、再びその姿を消していく。

 そして。

(あの男は……まさか)

 ネルソンは、直接在った事は無かったものの……男の招待に心当たりがあったが。

(だが……)

「見えたか、汀!? 姿を消していてもこっちの攻撃は通じる」

 まずはこの場を切り抜けるべく、汀に声をかける。

「厄介だが、なんとか守りきって……?」

「……この野郎」

 立ち上がる汀の顔には、怒りがありありと浮かんでいて。


「ふっざけんなああぁ! クソがああぁ!」

「汀!?」

 
 突然の叫びと共に、自らのスタンドに『6』のギアを埋め込み。

「どこに居やがる! この卑怯者がぁ!」

 ごぉん、鈍い音が響く。

 忌々しげな様子で、ギア・チェンジャーに転がっていたペンキ入りのドラム缶を、何度も蹴とばさせ。

 ドラム缶が変形しながら、周囲にペンキを撒き散らしていく。

「汀! 落ち着くんだ!」

「うるせえ! どこだ! どこだぁ!」

 ネルソンの言葉も聞こえない、逆上した様子の汀。

 ギア・チェンジャーばかりでなく、自身も周囲の空間を拳で殴り続ける。

「そっちか!? そっちなんだな! そっちから転がってきたからよぉ!」

 やがて、手応えが無い事に苛立った様子で、ドラム缶の転がってきた資材置き場に走っていく汀を。

「待つんだ! 汀! いい加減にしろ!」

 ネルソンが慌てて追いかけ、制止する……


……その一連の様子を。

(ははは、愉快なこって)

 巻き添えを食わないよう、少し離れた場所で眺めていたバンダナ男である。

(まだやってやがるしよ)

 目前では、背後からの制止を受けた汀がネルソンに対し胸倉を掴み、顔を近づけて何か文句を言っているようであった。

(ま、チャンスだな。ここはまず、あの冷静そうな銀髪を狙うか)

 ナイフを握りなおし、ターゲットのネルソンに定め。

 ゆっくりと歩を進めていくバンダナ男……その距離が数メートルになっても、汀とネルソンは睨み合っていた。

(よっし、いくぜぇ!)
 
 バンダナ男がネルソンに向かい、足を速める――



「ネルソン、言ってた通りだな。『スタンド使いたる者、スタンドに頼りすぎるな』ってな」

「Yes、exactly(そのとおりだね)」

124第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/06/10(日) 21:12:16 ID:lc9ZWWuk0
>>123
(ああん? 何言ってんだ?)

 2人の言葉に首を傾げつつも、バンダナ男がネルソンに接近し、ナイフを振り上げ――


「そこかぁ! くらえ、403-Forbidden」

(なっ――!?)


 403-Forbiddenの拳が、ネルソンの目からしたら何も無い空間に放たれ……どすぅ!

「がはぁ!」

「BINGO……手応えあり、だ!」

 拳は、バンダナ男の腹を捕らえ。

「HOOOOOOO!」

 ネルソンの声と共に拳がそのまま振り抜かれ……ぶわぁ!

「ば、馬鹿なぁ!?」

 拳の当たった腹からを中心に、煙が突風で払われるかのようにして。

 ナイフを取り落としながら後方に吹き飛び、スゥイート・ライフと共に地面を転がるバンダナ男の姿が現れる。

「やったな、ネルソン」

「Year、汀のお陰さ」

 不敵に笑う汀に、サムズアップで応えたのち。

 ネルソンは、バンダナ男の落としたナイフを403-Forbiddenに拾わせ、その手の中で器用に弄ってみせる。


「ぐふ……クソがぁ」

 バンダナ男が殴られた腹を押さえながら、よろよろと立ち上がり……

「なんでだ、なんで俺の位置が分かった!?」

 2人を睨みつけながら指差す、が。

「いやぁ、ここまでうまくいくとは思わなかったぜ」

「全くさ。最初暴れ出したときは本気で心配したけどね。大した演技だったよ」

 バンダナ男の言葉を無視して愉快げに笑う2人。

 その態度に。 

「てめぇらぁ! 無視すんなぁ! なんで分かったって」

 ダメージを残しつつも怒りが先立ち、バンダナ男が一歩前に出て……


 パチャ。

「――!」

 水音を聞いたバンダン男が、驚きの表情を浮かべながら、足元を、周囲を見やり。


「……て、てめぇらぁ!」

「ようやく気付いたみたいだな」

「気配や姿は消せても、そこにいる痕跡まではけせなかったみたいだね」

 足元に流れるペンキと、それによって作られた自身の足跡に気がつくバンダナ男……

「こんな単純な事に気付かないなんてよ」

「スタンドが便利すぎて、気付かなかったようだね」

 煽るように言葉を放つ汀達に対し。

「ぐ、く、この、ガキ共がああぁ!」

 バンダナ男は顔を真っ赤にし、怒りを露にする――が。


「……で、何処でそのスタンドを手に入れたんだい? レディ・リィは何処に居る?」 


「な――!?」

「おいネルソン、誰だそれ?」

 聞き慣れない名前に首を傾げる汀、そして。

 怒りから驚きへと表情を変えていく、バンダナ男。

「なんで、その名前を」

「反応してるって事は、間違い無いね。洪……洪峰尖(ホン・フォンジェン)だな」

「……っ」

「え、ええ……」

 何が起きているか分からず、困惑しながら2人を見比べる汀の前で。

 バンダナ男……洪が唇を噛み、表情を曇らせていく。

125第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/06/28(木) 10:17:14 ID:USW70HCQ0
>>124
「……なんで、てめぇみたいなガキが、俺を知ってやがる?」

「おい、ネルソン……知り合いなのか?」

 絞り出すように声を漏らす洪と、困惑した顔のままの汀が、同時にネルソンに質問を投げかけ。

「直接面識があるわけじゃないさ。写真や映像で見て知ってるだけでね」

 ネルソンが、2人の疑問に同時に答える――その言葉に呆気にとられた顔をしていた洪だったが。

「写真、だと……は、ははっ、ははははは!」

 突如笑い出し、ネルソンを指差す。 

「そうか。ガキぃ、貴様も『あの連中』の仲間ってワケか」

「……まぁ、そうだね」

「え? 仲間? え?」

 2人のやりとりに着いて行けない汀が、さらに混乱したように2人を見比べ。

「なんなんだよ、ネルソン。コイツは、いや、そもそもお前も何者なんだ!?」

 苛立たしげに声を荒げ、ネルソンに追求する。

「Sorry、汀。ちゃんと説明するよ。でもその前に」

 洪のナイフを403-Forbiddenから受け取り、自らも器用に掌の中で回転させた後。


「洪……これまでさ。諦めて降伏しろ。そうすれば、命だけは助けるよう交渉する」


 ナイフの刃先を、洪に突きつる。

 その真剣な表情と、多くの喧嘩を経験して来た自分ですら寒気を感じる言葉の冷たさに。

(ネルソン……こいつ?)

 汀は、改めてネルソンという男の底知れなさを感じていた。


 そして。

「降伏……くくく、降伏ねぇ」

 洪は俯き、肩を小さく揺らし、声を押し殺し笑い――

「あはははぁ! 誰がするかよぉ、馬鹿がぁ! スウィート・ライフ」

 顔を上げてネルソンを嘲笑うと、スウィート・ライフのガスに己を包ませて――

「野郎っ!」

「逃がさないよ!」

 ネルソンが洪に向け、手にしていたナイフを投げつけるが……

「おっとぉ」

「くっ……」

 スウィート・ライフが器用にナイフを受け止め、洪に渡し……その姿が再び、かき消えていく。

「く、だが足元にはペンキがまだ……!?」

 そう告げる汀の目の前で。

「洪も馬鹿じゃない、って事だね」

 地面にもガスが広がり、ぶちまけられたペンキの存在が薄くなり、目に見えなくなっていく。

「まずいな……ボク達の存在やスタンドをレディ・リィに報告されたら」

「逃げられる、ってのか?」

 危惧を声に出しながら、汀の方を不安げに見るネルソン。


 しかし。

(ざけんなぁ、誰が逃げるかよ)

 洪は、ナイフの刃を舐めながら、ゆっくりと汀の背後に迫っていた。

126第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/07/16(月) 22:15:49 ID:JFE2VKdA0
>>125
 ネルソンの言う通り、逃げてレディ・リィに未知のスタンド使いの存在を知らせる……自分がダメージを受けている以上それは悪い手では無い。

 しかし。

(散々コケにしてくれやがってよぉ、ガキ共がぁ)

 正体を察したネルソンはともかく、自分より格下であると思っていた汀の策にハマった事が、洪のプライドを傷つけていた。

「くそ、野郎、どうする気だ?」

 身構えつつ、周囲をきょろきょろと見渡す汀に、一歩、また一歩と……念のためペンキの流れる地面を避けて迫る、洪。

 これまでにない集中が、スウィート・ライフの力を無意識に高め、その存在を完全に包み隠す。そして。

(この、クソガキがぁ)

 汀のすぐ後、数十cmまで接近した洪が……

「とったああぁ!」

「――!?」

 左手で汀の顔を押さえながらその身を引き寄せ。

 右手のナイフを刃を地面と水平に構え、素早く振り、汀の脇腹に――突き立てる。


「いっでええええぇ!」

 汀の口から溢れる、絶叫。


 しかし。

(な……!?)

 洪の手に伝わる、ナイフが肉を切り裂きめり込んでいく、馴染みの感触――ではなく。

 棒切れで突いたような、鈍い感触であった。

(なんだぁ!?)

 疑問に思った洪がナイフに目をやり、目を丸くする。

 ナイフの刃先は、汀の脇腹で止まっていて。

「やっぱり、気付かなかったね。403-Forbidden……ボクのスタンドがナイフに触れた際に、既に使用不能にしておいた」

 ナイフの刃には『403-Forbidden』の文字が、刃を包みこむように巻き突いていた。

(……やばい!)

 洪が咄嗟に汀の体から身を引く、より早く。

「そこかぁ!」

「!!」

 自らの身体に『6』のギアを仕込んだギア・チェンジャーが、見えないながら洪の腕を掴み。


「だりゃああぁ!」

「ごぶぅ!」

 ギア・チェンジャーの拳が洪の腹を捕らえ、洪の姿が再び露になり。

「殺されそうになったんだ。構わねぇよな……ネルソン!」

「OK。But、殺さない程度にね」

「おお! 覚悟しろ!」

「ひっ――」

 恐怖に怯える顔の洪に。


「だあぁりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃああぁーっ!!」

―ギャギャギャギャアアァアアァン!

「ひ、ひう、お、おぶううううぅ!」

 怒りのこもったギア・チェンジャーの拳が迫り、洪を、スウィート・ライフをめった打ちにし。

「りゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあぁっ……しゃあぁーっ!!」

 ギャ……オン!

「ぶふううぅ!」

 振りぬかれた止めの一撃に、洪が宙を舞い。

 身体を土とペンキ、そして自らの血反吐で汚しながら数度地面を転がり、川に落ちる手前で止まる……

127第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/07/26(木) 21:11:37 ID:OvvpYmq60
>>126
「Good。もういいだろう」

「ああ……けどよぉ、ネルソン」

「何?」

 汀は脇腹を擦りながら、不服そうな顔でネルソンの方を振り返る。

「お前のスタンド能力、触れたモノを使用不能にするだっけ? 痛いんだけどよ」

「はは、それは仕方ないさ。あくまで『ナイフ』としての使用を不能にしただけだからね。『鉄の棒』で突かれた訳だから、そりゃ痛い」

「なんだそりゃ……ぐ、痛ぁ、こらアバラ逝ってるかも知らんわ」

「ま、ナイフで刺されるよりはマシさ」

「確かにな……でだ、ネルソン」

 苦笑を浮かべつつ、脇腹を擦り続けつつ。

「ぐ、うぐぅ……」

「コイツ、どうるすんだ?」

「ああ、no problem。すぐ連絡する、一応見張っててくれ……ああ、ボクだ」

「おお。まぁ」

 ネルソンが誰かと会話をする声を背に聞きながら。

 苦しそうに息を漏らす洪を見下ろす、汀。

「これだけ痛めつけてりゃ――」

――もう動けないだろう、汀がそう言おうとした、直後。


「あは、は……はははははははぁ!」

「な……!?」

 洪が寝転んだまま大声で笑い出し。

 その傍らに、ボロボロに傷付いてはいるもののスウィート・ライフが現れ。

「汀! 気をつけろ!」

「おお!」

 汀が下がりながら、ギア・チェンジャーに臨戦態勢を取らせる――と同時に、スウィート・ライフの腕が動き、側に落ちていたガラスの破片を拾い上げ。


「はははは……がふうぅ!」

「――な!?」

 
 鋭いガラス片が、数度。洪の腹に目掛け振り下ろされ。

 洪が口から血を吐き、腹からは血がどくどくと溢れ出す。

「馬鹿野郎、なんてマネを!」

 ギア・チェンジャーが止めるより早く、洪の精魂が尽きたのか、スウィート・ライフの姿が消え、ガラス片が地面に落ち。

「しまった! Suicideか!」

 ネルソンが血相を変えて洪に駆け寄る。

「はは、はぁ、ざまぁ……みろ、だ……思い通りに、させるかって、よぉ……」

 苦しそうに息をしつつも、洪の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

「答えろ! レディ・リィは何処に居る!?」

「誰が、喋ってやるもんかぁ……」

 ネルソンの詰問に対しても、笑みを浮かべたままの洪。

「なんなんだよ、オイ……」

 自分の知らない事情が多すぎる苛立ちも手伝ってか。

「そんなにそのレディ・リィって奴が大事なのかよ!? 自分の命以上に!?」

 怒号混じりに洪に問う汀……


「ああ、大事だ……ともさ」

「……っ」

 そう答える洪の顔から笑みが消えた。

128第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/08/06(月) 22:35:05 ID:osCORyEc0
>>127
「15、いや、16の時だったか……ぐっ……クソだった親父をぶっ殺して、クソ田舎の故郷(くに)を飛び出して……」

 時折苦しそうにしつつ、血を吐きつつ。

「生きる為に、汚い事に手を出して、殺しにも手を出して、よ……それこそ、色んな奴を色んな目的で、殺ってきたさ……」

 自分の過去を絞り出すように、その言葉自体を走馬灯とするかのように。

「わかった、もういい。喋るな!」

「クク……なんでだろうな? 親父のときもそうだったが、殺すのに躊躇も、なぁんも感じなかったな……げふっ」

 ネルソンの制止も無視して、喋り続ける、洪。

「そんな、世の中から言やぁクズみたいな俺をよ……レディ・リィは、拾ってくれて……大事にしてくれた」

「……っ」

 その顔に、穏やかな笑みが浮かび。

「オマケに、スタンド、だっけか……こんな楽しい玩具まで、げふっ……くれた、んだ」

「洪っ!」

「裏切れる、訳ぁ……ねぇよ……なぁ?」

 声が、どんどん弱々しくなっていく。そして。

「……ははっ、お先に失礼、ってな……」

「洪! 洪っ!」

 一言、そう告げると同時に、静かに目を閉じる洪。

 ネルソンが喉に……頚動脈に触れ、洪の死を確認した後。

「……Shit!! 手がかりを失った!」

 悔しげに叫びながら、バリバリと頭を掻き毟り、地面を蹴る。

 その背後から。

「なぁ……ネルソン。こんな時に悪いんだが、どうするんだ、これ?」

 汀が遠慮がちに問いかける。

「警察に連絡したほうがいいのか?」

「……ゴメン、ちょっと取り乱したよ。洪の死体、っていうなら問題ない」

 言いながら、ネルソンが土手の方を向き。

 汀がつられて同じ方向を向く、と。

「少し遅かったね」

「な、なんだ?」

 土手の上の道路から汀達に向かってくる、黒いワゴンカー。

 それはネルソンの前で急停止すると、後部座席から黒づくめの服装の男が現れ。

「ご苦労様」

「いえ、海原様。それで洪は?」
 
 そのうちの1人、老齢ながら老獪そうな男がネルソンに対して頭を下げる。

129第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/08/16(木) 09:07:16 ID:50pgziWg0
>>128

「ああ……自殺した。悪いが『処置』を頼む」

「そうですか……心得ました」

 老齢の男が背後の男達を顎で使い。

「え? え?」

 当惑する汀を他所に。

 男達が手馴れた様子で車からブルーシートやスプレー缶を取り出し、洪の死体を巻き。

 血の跡など『ヤバイ事』があったという痕跡を消していく。

「それで、こちらの方は?」

「う……」

 老齢の男がぎろり、と鋭い眼光で汀を睨みつける、が。

「ああ。汀は……彼は関係者だ。スタンド使いでもある。詳細はボクから話すよ」

「左様ですか。他に目撃者などは」

「居ないと思う、がカバーリングは」

「心得ております」

「ああ、頼んだよ」

 ネルソンに対して一礼した後、老齢の男は他の男達に近づき作業を見守る。

 その様子を唖然とした顔で見ていた汀だったが。

「……ネルソン、お前、本当に、何者なんだ?」

 わずかばかりの恐怖を感じながら、真顔で黙り込むネルソンに問いかける。

「こうなった以上、仕方ないね。ボクの目的や正体を話さないと行けない。だたし」

「ただし?」

「汀、他にも君の知るスタンド使いが居るなら、教えて欲しい……っと」

 会話の途中で老齢の男がネルソンに、数枚の写真を差し出す。

 それは、洪がレディ・リィから受け取っていた写真であり。

「沙枝とルイ、2人もスタンド使いと言う事かな?」

「――それは!」

 ネルソンがそのうちの1枚を見せ、自分達の映る写真に驚く汀。

「更に、だ」

「……油谷!?」

 新たに見せられた写真には、街中を猫背で歩く油谷が映されていた。

「洪が、油谷を殺して、君達を狙おうとした……目的は分からないが」

「つまり、沙枝やルイが狙われる可能性もあったって事か?」

「ああ……残念ながらね」

「……教えろ、ネルソン。何が起きている? お前は、レディ・リィって奴は何者だ!?」

 やり場の無い怒りに、語気を荒げながらネルソンに迫る汀。

「当然、話すさ……でも、当事者となった以上、沙枝やルイにも話を聞いて欲しい。いいかな?」

「あ、ああ……」


 沙枝達に連絡をとるべく、ガラケーを取り出しながら。

(……覚悟はしていた、が)

 自分達が大きな事件の渦に巻き込まれていくのを、汀は感じていた。


洪:スタンド《スウィート・ライフ》……死亡
洪の死はネルソンの仲間(?)によって隠蔽された。
普通の人間である限り、隠蔽の看破は不可能であろう。


【7:和解と激突と……END】
【And see you next episode……】

130第7話 ◆gdafg2vSzc:2018/08/16(木) 09:11:09 ID:50pgziWg0
>>129
【7話:初登場オリスタ】

No7581
【スタンド名】 スウィート・ライフ
【本体 】 街に潜むサイコキラー:洪峰尖(こう・ほうせん/ホン・フォンジェン)
【タイプ】 近距離型・亜人型
【特徴】 不気味な亜人型
【能力】 このスタンドが放出するガスに触れた対象の何かを『薄くする』能力。
厚みを薄くする・存在感を薄くする・意識を薄くするなど薄くすることができる事象は多岐にわたる。
このスタンドガスは無生物とこのスタンドの本体に対しては即座に大きな効果が現れる即効性であるが、それ以外の生物に対してはじわじわと効果が進行する遅効性のモノと化す。
また、同時に同一の対象に対して薄くすることができる事象は1つだけであり、直接スタンドで触れることによって薄くするスピードを急上昇させることができる。

破壊力-D スピード-D 射程距離-D
持続力-D 精密動作性-A 成長性-D
※能力射程-数十m

避難所で敵役として推薦いただいた案を使わせていただきました。
能力が強力な分、どう勝たせるか、どう能力の行使に理由付するか、悩みました。
それで思いついたのがネルソン言うところの「スタンド慣れ」です。

この話から、いよいよ敵との戦いが激化していく、予定です。
でも日常会もやりたいし……まぁゆるゆる書いてまいります。

ここまで読んでくださった皆様に感謝です。ありがとうございました。

次回、ネルソンの正体と目的が明らかになります。
そしてネルソンの汀達に対するスタンド講座……この辺りはジョジョラーなら知ってるとこなんで読み飛ばしてもええですよ(爆)

次回以降も目を通して頂ければ幸いです。

131第8話 ◆gdafg2vSzc:2018/08/30(木) 21:46:39 ID:SinNeEwo0
【8:ネルソン・P・海原、その正体と目的と】


「……成程ね。OK、汀達の状況は把握した」


 洪と戦ったその日の夜、沙枝の家、沙枝の部屋。

 汀の口から、自分達が経験したことの全てを聞いたネルソンが、神妙な表情で頷く。

 汀の側には不安そうに表情を曇らせる沙枝とルイ、そして沼田の姿があった。

 長濱にも一応声をかけたのだが……「面倒だし話だけ聞いといてくれよぉ〜」とだけ返されたのであった。


「そうか……霧吹きねぇ。ウイルスを培養した? あるいは、同等の薬物……」

「おい? ネルソン?」

「……だとしたら不味いな。状況はボク達の創造を越えているって事か」

 話を聞き終えたネルソンが、考え込むように俯き。

 汀の呼びかけも聞こえない様子で、呟き続ける。

「ネルソン!」

「……っと。Sorry、ちょっと事態が想像以上だったんで頭を抱えてたんだよ」

 苛立ち混ざりの汀の呼びかけで、ようやくネルソンが我に帰り、頭を掻きながら苦笑する。その鼻面に。

「まぁよう分からんが大変なのは分かった。それよりこっちの状況は全部話したぜ。次はお前の番だ、ネルソン」

 び、と人差し指を突きつける汀。

「そうよ……片言しか話せないフリして。どうしてそんな演技をしてまで、この街に?」

「それに僕達にも危険が及びそうなんて……覚悟はしてたけど」

「OK。全て話すよ。ボクの正体も、目的も……そして、君達が身につけた『スタンド』と呼ばれる力についても」

「え、本当……!? それ凄く興味がある」

 ネルソンの言葉に、思わず身を乗り出すルイ。その顔は先までの怯えに代わり、好奇心に満ちた笑みが浮かんでいて。

「もぉ、こんな時なのに」

「あ、ゴメン……」

「ははっ、でもルイらしいッスね」

 呆れる沙枝にも小さく笑みが浮かび、緊張した空気が和らぐ。

「OK、後でじっくりlectureするよ。でもまずは……ボクの身分なんだけど。1つ皆に質問したい」

「質問?」

 面倒そうに顔をしかめる汀の前で、人差し指を立てるネルソン。


「SPW……スピードワゴン財団。知ってるかい?」


 その問いかけに対して。

「へ?」
「あ、ああ……」
「聞いた事あるわね……えっと」
「あ、僕知ってるよ!」

 四者四様の反応が帰ってくる。

132第8話 ◆gdafg2vSzc:2018/09/13(木) 15:53:14 ID:ZdSayY2U0
>>131
「な、なんだそれ? 聞いた事あるかぁ、沼?」

「あー、なんか名前くらいしか知らねッス」

 当然のように首を傾げる汀と沼田。

「そーゆーのは、ほら、沙枝先輩のが詳しいと思うッス」

「だそうだが……知ってるか? 沙枝ぇ」

「はぁ……ちょっとは世間の事にも興味持ちなさいよ」

 いつもの汀の無知っぷりに溜息をつく沙枝。

「とはいえ、私も大雑把にしか知らないけど。確か、アメリカに本拠を置く財団で、設立したのは財団の名前と同じスピードワゴン氏……一代で財を築いた石油王だったと思うけど、ネルソン君?」

「Yes、間違って無いよ」

 確認するように顔を伺う沙枝に、小さく頷くネルソン。

「その目的は自然保護や医療技術の発展など、世界の人々の生活と福利厚生の為に働いている、と聞いてます。日本にも東京に支部があったと記憶してるけど」

「OK」

 沙枝の発言を受け、小さく頷くネルソン。

「沙枝の説明で一応は間違っていない。実に一般的で、模範的な認識だよ」

「模範的?」

 ネルソンの言葉に違和感を覚える沙枝が口を開くより早く。


「……でも一方でこんな噂があるんだ」


 黙って話を聞いていたルイが喋り出す。

「スピードワゴン財団の中には超常現象を研究する部門があって、世界中で起きている超常現象の調査や隠蔽に関わっているって」

「超常現象の、調査――!?」

「それって」

 ルイの言葉に、汀と沙枝が息を呑み、ネルソンの顔を見るが。

「一説では既に地球外生命体とコンタクトを取ってるとかいう話もあるよ。そもそも財団が超常現象に関わっていると言われたのが数年前に『ムー』に載っていたイギリスのUFO目撃に関する……」

 話に夢中で、少し早口になっているルイはその様子にも、自分が何げに重要な事を言ってるのにも気付いておらず。

「悪い、ルイ、ちょっとストップだ」

「……え?」

「超常現象の調査、その中に入ってるって事か? スタンドも」

「……あ、ああ!」

 汀の言葉に、ルイも驚きの声を上げる。
 
「そこんとこ、どうなんだ?」

「……ああ、ルイの言う事は半分ぐらい正解さ。超常現象の研究・調査を行う部門は存在する」

「半分?」

「ああ、流石に宇宙人にはまだお目にかかって無いよ。ボクは居るかもと、は思うんだけどね」

 少しだけおどけた様子で肩をすくめて小さく笑うネルソンだが。

「だが、スタンドも確かに調査対象だ。そして」

 その表情が険しく引き締まる。


「ボクは……財団に所属するエージェント。その目的は、スタンド使いによる犯罪の調査と、犯罪者の追跡だ」


「ええ!?」 

「そんな、私達と歳、変わらない、よね?」

「まぁね。若い方が怪しまれない場合もあるし、ボク自身はスタンド経験は長いからね」

 言い放たれたネルソンの正体に、驚気を隠せないルイと沙枝。

「……成程な。まぁさっきの俺や洪だっけか? 奴との立ち回りで只者じゃないと思っていたが。正直驚いたぜ」

 先までネルソンの言動を目の当たりにしていた汀だけは、落ち着いた様子で頷く。

「驚いたが正体は分かった。次だ、ネルソン。目的はなんだ?」

「ああ、話すよ。まずはこれを見てほしい」

 言いながら、ネルソンが汀達の前に、数枚の写真を広げる。

「……へえぇ、綺麗な人」

 写真には共通して1人の女性が映っていて。

「これが、さっき言ってたレディ・リィか? だが」

「みんな顔が違うんだけど」

 2枚の写真を手に取った沙枝が、困惑した風に言葉を漏らす。

133第8話 ◆gdafg2vSzc:2018/09/27(木) 18:22:37 ID:R8ZY3EC20
>>132
 写真には……風景や他の人物は違えど1人の女性の姿が写されていて。

「ああ、それがレディ・リィだ。顔が違うのは度々整形を繰り返しているからで」

 説明しながら、広げられた写真の中の2枚をネルソンが指す。

「更に言えば、この写真の間でおよそ10年離れている」

「え……」

「整形してるとは言え……変わって無いように、それも相当若く見えるな」

 写真を自分の顔に近づけ、まじまじと見る汀。

「ああ。実際の年齢も、本名も、現在の顔も不明だ。スタンド使いである事は分かっているが、その能力も不明」

 手に持っていた別の写真の端を、鬱陶しそうに指で弾きながらネルソンが説明を続ける。

「財団がレディ・リィの存在を感知したのが15年ほど前。当時は香港に拠点を置く中華系マフィアのボスに取り入っていた」

「そんな前から……」

「ああ。当時起きたマフィア同士の抗争の中で、存在とレディ・リィがスタンド使いらしいという情報が財団に入って調査していたんだ」

「けどよぉ」

 首を傾げ、頭を掻きながら汀がネルソンに問う。

「ネルソン……お前のお仲間の手際をさっき見て思ったんだが。いや、こんなの聞くのは失礼かもだが」

「言いたい事は分かるよ。なんでそんな長い間確保できなかったのか、かな?」

「ああ」

「理由は幾つかあるんだけどね。一番大きいのはレディ・リィ自身がこれまで表立って動かないと言う事」

「厄介だな……」

「正体が割れても、裏社会に強いコネがあってそれをツテに逃走を続けてる。洪のような私的に親しい『用心棒』も居るしね……SPW財団も万能ではない、って事さ。残念ながらね。実地で動けるスタンド使い自体が少ないのが現状さ」

「ま、確かにやり手っぽい雰囲気はあるな」

 青いチャイナ服を着込み、笑顔でいかつい男性をエスコートするレディ・リィの写真を床に置きながら、深刻そうな顔で汀が溜息をつく。

「女も武器にしてるんだろうけど。まぁでも……俺はもっと胸がデカい方が良いけどな!」

 真剣な表情から一転、間の抜けた笑みで自らの胸の前で手を円を書くように動かし『巨乳』のジェスチャーをする汀の頭に。

「もぉ、こんな時に……バカ」

「おうっ、空気が重いから和らげたんじゃんかよー」

 沙枝のツッコミの拳が軽く当てられる。

 その様子を見ていたルイ達に、苦笑交じりとはいえ笑みが零れる。

「悪い、ネルソン。話を続けてくれ」 

「OK。財団が最後にレディ・リィを探知したのは5年前。当時彼女は中国の青島市で、麻薬密売を行う組織の、やはりその黒幕となる男の傍にいた。財団は中国政府と協力し、麻薬組織への攻撃を仕掛け、同時にレディ・リィの確保を試みた……だが、逃げられた」

134第8話 ◆gdafg2vSzc:2018/10/11(木) 15:53:12 ID:6DlVjKQ60
>>133
 逃げられた、そう告げ目を閉じ、ふぅー、と大きく溜息を吐くネルソン。

「青島市の関係者にその組織と通じてる奴がいたらしくて、そこから情報が漏れたらしい。結果的に組織を壊滅するには至ったが……レディ・リィは既に行方をくらましていた」

「なるほどな……」

「そして、レディ・リィやその仲間の行方は分からなくなってしまった。だが……ここ最近になって洪を始めとするリィの仲間が此処に、南風市に集まっているのを突き止めた」

 説明しながらネルソンが別の写真を数枚、汀達の前に広げる。

 そこには、洪をはじめとして何人かの男が映っていた。

「それで、ボクが調査の為に派遣されたというワケさ。短期留学という形で、財団が手を回してね」

「すげぇな、財団。それで、だ」

 顔を洪達の写真に向けたまま、汀がネルソンに尋ねる。

「少なくとコイツらは、敵になるわけだな」

「ああ。ただ……問題は洪がスタンドを習得していたと言う事だ」

 頭を掻き、心底困った様子で再び溜息を吐くネルソン。 

「他の連中も習得している可能性があるし、他に仲間がいる可能性もある。少なくとも『霧吹き男』という協力者がいるワケだし。正直、もっと楽にやれると思ったんだけどなぁ」

「ネルソン君……そんな簡単にスタンドって習得できるものなの?」 

「いいや」

 沙枝の問いかけに首を横に振るネルソン、その表情は渋いままである。

「産まれながらにその才能を持ち、物心ついた時から使えたり、ある日突然発現する者もいるが、ごく稀だ。多くの場合は様々な外因によってもたらされる」

「外因……それって」

「ああ、沙枝達の場合は霧吹きによって噴きかれられた液体、という事になるかな」

「なんなの、その液体って?」

「Sorry、その中身の想像はつかない。推測はできるが」

「って、そんな簡単にスタンド使いになれる薬みたいなのってできるの?」

「これまでの、ボクの知る限りでは無い。だから困ってるんだ」

 ルイの問いかけに、ネルソンの表情がますます厳しくなる。

「その男がどれだけの液体を有してるかは定かで無いが……スタンド使いを量産する術を持っているってのがね。そして裏社会に通じるレディ・リィが側にいる」

「あ……!」

「無論液体を吸った者全てがスタンド使いになるとは限らないだろうが……これが裏に流れたとしたら? いや、既にもう取り扱われていると考えてもいいだろう」

「……ヤバいな、これ」

 ネルソンこれまでの説明で、汀達も事態の深刻さを理解する。

「ああ。だからこそ、レディ・リィの所在を暴く事が急務だ……」

「想像以上に大変な事になっちまったな。だが、俺はハナっからこんな事をした奴を許せない、って言ってたんだ」

 ぱん、と汀が自らの左手を右拳で打ち、気合を入れる。

「手伝うぜ、ネルソン」

「私もよ。知ってる人が被害に遭うかもっ考えたら……嫌だもの」

「ぼ、僕も……正直怖いけどね」

「それが普通ッスよー、ルイ。まぁ俺もスタンド無いなりに手伝うッス」

 4人の改めての決意表明に。

「巻き込んでしまったみたいで悪いけど……ありがとう」

 ネルソンがはにかみ笑いを見せながら感謝を告げる。

「とはいえ、情報が不足してるからすぐには動けない。だから基本的にはリィや霧吹き男の仲間の襲撃を警戒して貰う形になるけど」

「ああ。上手く行けば捕まえて色々聞き出せるかも知らんしな」

「そうだね……っと、そうだ、ネルソン君! 肝心な事聞いて無い!」

 不安げに呟いていたルイが、ずい、と身を乗り出し。

「What? 何だい?」

「これ! スタンド! スタンドの事! そもそもこれって何なの!?」

 パープル・レインを出し、指差しながらネルソンに迫る。

135第8話 ◆gdafg2vSzc:2018/10/25(木) 15:51:05 ID:xsPjuqrI0
>>134
「ああ、スタンドの説明がまだだったね。OK、簡単にだけど話すよ」

 パープル・レインを指差し苦笑するネルソン。

「スタンドってのは……人間の持つ精神力が『力』として具現化したものだ」

「精神力……で、でも自分で言うのもアレだけど、僕って気弱だしそんな力に目覚めそうに無いけど」

 自分の掌とパープル・レインを見比べつつ、ルイが少し困惑気味に呟く。

「性格的な気弱さと、本質的な精神力とは関係無いよ。あくまで個々の持つ資質みたいなものさ」

「それに気弱って言うけどよ、ルイ。お前は自分が思ってる以上にはしっかりしてるぜ」

「そ、そうかな……」

「そうッスよー、もっと自信持っていいと思うッス」

 気合を入れるように背を叩かれながら汀や沼田に褒められ、恥ずかしそうに頬を掻くルイである。

「続けていいかな」

「おう、悪い。続けてくれ」

「さっきも言ったけど、スタンド使いになる要因は幾つかある。産まれながらに才を持つ者も居るし、スタンド使いの子供に資質が遺伝する事もある。だが、一番多いのは外因に拠るものだ。事件や事故に巻き込まれたり、みたいなね」

「んで、俺達の場合は『霧吹き男』の薬ってことか?」

「薬……とは断定できないけどね。財団が調査し仮定している例では『ウイルス』がある」

「ウイルス? ウイルス進化論みたいな?」

 ルイが興味深げに身を乗り出して尋ね。

「Yes……スタンド使いを生み出す道具のようなものがあってね」

 ネルソンが小さく頷く。

「それに使われている石にある種のウイルスが封じられているらしい。それがスタンドの才覚を呼び起こさせるという事が分かってきているんだ」

「ウイルス……って事は私達が噴きかけられた液体にも」

「そうだね、沙枝。そのウイルスが液体に混入していたか、あるいは同等の力を持った薬品なりが使われていたか……というのがボクの推測さ」

「なるほどな……」

「できれば、前者であって欲しいけどね。ウイルスなら培養も難しいが薬品なら成分さえ分かれば量産できるし。逆に言えばそれをヒントに敵の居場所を絞る事もできるだろうけど……まぁ、ボクの勝手な希望だけどね」

 言いながら、また厄介そうに顔を歪め頭を掻くネルソン。

「なんにせよ、ボクの事情については説明した通りさ。後はさっきも言った通り、ある程度の目処がつくまで襲撃者に備えるぐらいしか出来ない」

「ま、俺達もできる限りの事はする」

「ありがとう、汀、皆も。力を借りるよ」

「構わないさ。でだ、ひとついいか、ネルソン?」

「なんだい?」


「お前はどうやってスタンド能力を手に入れたんだ?」

136第8話 ◆gdafg2vSzc:2018/11/08(木) 21:14:34 ID:whkAPmKM0
>>135
「……」

 質問を受けたネルソンの表情が曇り……その手が、無意識に髪の間から覗く傷に触れるのを見て。

「あ、いや、悪い。嫌な事聞いちまったか?」

 ネルソンの触れてはいけない『境界』に触れてしまったのを悟り、慌てる汀。だが。

「Sorry、あまり良い思い出じゃないからね……今は話したく無い」

 申し訳無さそうに言いながら、穏やかな笑みを浮かべるネルソン。

「そうか、すまんかった」

「でも、この力を、スタンドを自分が正しいと思える事に使いたいって気持ちは本当だから」

「ああ、それは分かるぜ。よし、この話は終わりだ」

 ぱん、と掌を打ち、重くなりそうな空気を断ち切る汀……と。


――ぞっ。


「……!」

 汀の背を走る悪寒。同時に、窓の外に『気配』を感じ。

「え? 汀君?」

「しっ、ルイ……静かにしてろ」

 立ち上がりながらそっと窓に手をかける汀、そして。


「誰だぁ!」

 大声と共に窓を開け放つ、その瞬間!

「わ!?」

「What?」

 飛び込んできた黒い塊が、沙枝に目掛け飛びかかり――


「あら、マンヂウじゃない、びっくりしたぁー」

「ま、まんぢう?」

 マンヂウ……と呼ばれた全身灰色の猫が、沙枝に抱えられて、にゃあ、と一声鳴き。

 汀達に、人の多さに気付いて目を丸くして固まる。

「うん。この近所の皆で世話してる野良猫なの」

「なんだよ、ったく……嫌な予感がしたから敵かと思ったぜ……」

 沙枝に顎の裏を掻かれてゴロゴロと甘えた声を出すマンヂウを見ながら、気が抜けた様子で座り込む汀。

「ははは、さっきまで戦ってたし、仕方ないね」

「だな……緊張しすぎだ」

 マンヂウに手を伸ばしつつ、苦笑する汀であった……



 しかし。

『聞イタぞ、聞イタぞ』

 猫に……マンジウに気を取られていた汀達は、寄付かなかった。

『知ラセルぞ、敵のコト、知ラセルぞ』

 窓の下側、汀達に見えない屋根の上に「それ」が居たのを。

137第8話 ◆gdafg2vSzc:2018/11/18(日) 19:48:40 ID:2yPXpEsE0
>>136
「それ」は照る照る坊主のような姿と大きさをしていたが、顔には笑っているような大きな口しかなく。

 その裾からは小さな足が覗いていた。

「それ」はふわり、と屋根から道路に降り、ある場所に向かって走って行く……と。

『見タぞ、見タぞ』

 街の至る場所から。

『俺は見ツケタぞ、見ツケタぞ』

 複数の「それ」が集まり、次第に数を増し集団となりながら道路を爆走して行く。

『俺は渡リをツケタぞ』

 しかし、街を往来する人々は「それ」が側を通るにも関わらず、気付く様子もない。

 そして。

『見テタぞ見テタぞ、洪がヤラレタぞ、死体は隠サレタぞ』
『まぢでカ まぢでカ』
『ナラ急グぞ、急グぞ、あるじ二知ラセルぞ』

 川原の方から合流した「それ」が、洪の死を他の個体に知らせる……


 やがて「それ」等は、街の一角にある駐車場に止めてある青い軽自動車の前に集まり。

『ナギサぁー、タダイマダぞ、タダイマダぞー!』

 小学生の集団が挨拶するかのように、運転席側のドアに一斉に声をかけ 

「ん……お帰りなさい、《レジストロ》」

 ドアが開き、名を呼ばれた黒い服を着た人物……渚が身を乗り出しながら。

 足元のスタンド……レジストロ達に手を伸ばし。

「よしよし……何を見聞きしたのかな?」

「俺カラ言ウぞ、言ウぞ」
「次は俺ダぞ」
「俺もキイテクレダぞ」

 渚が頭を撫でた個体が、渚に……この一日で南風市で起きた出来事を伝えていく。

 やがて。

「……成程ねぇ。リィさんの仲間がやられちゃったかぁー」

 洪の事、汀達の事、ネルソンとSPW財団の事を知った渚が、頬に指を当てながら少し困ったように首を傾げる。

「直接見タのは俺ダぞ」

「はいはい、よく頑張った」

「ダカラ、モット褒メルぞー!」

 洪の顛末を直接見ていた、という個体が渚の胸に飛び込もうとするが。

「……調子に乗るんじゃない!」

「アウッ!」

 渚がその個体を掌で叩き落とし、地面に落ちた所を踏み付ける。

「アアアアァ、あふん、モット踏ンでぇ……」

「ふぅ……自分のスタンドながら、どうしてこーゆー性格なのか……」

 踏みつけられながら顔(?)を赤くする個体に呆れ溜息を零す渚。

「まぁ、こっから先は大澱さんの判断だし……お仕事お仕事」

「アフン」

 助手席に無造作に置いてあった、可愛い猫のイラストが施されたカバーのつけられたスマホを手に取りながら、踏みつけていたレジストロを離す渚。

 渚こそ、大澱が頼りにしている情報屋であり、己のスタンドによって情報を収集していたのであった。

「さ、お前達。また行ってらっしゃい」

『行ッテクルぞー! ナギサ!』

 渚の激励を受け、再び集まっていたレジストロ達が街に散っていく……が。

「あ、ちょっと待って」

「アウゥ!?」

 渚が無造作に、レジストロの1体の頭を掴む。

「貴方には、やって欲しい事があるんだけど」

「何ダぞ?」

 頭を掴まれたまま、胴体をぷらぷらと揺らすレジストロ個体に対して。

「ん。ちょっとね」

 に、と笑う渚の顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいた……


渚:スタンド《レジストロ》
その能力によって洪の死の隠蔽、汀達の所在、ネルソンの正体が明らかにされる。
この情報が大澱達によってどう活かされるかは……未知数。


【8:ネルソン・P・海原、その正体と目的と……END】
【And see you next episode……】

138第8話 ◆gdafg2vSzc:2018/11/18(日) 19:58:06 ID:2yPXpEsE0
>>137
【8話:初登場オリスタ】

No1904
【スタンド名】 レジストロ
【本体】 情報屋。性別は決めてない:渚
【タイプ】 遠隔操作・群体型
【特徴】 無数にいる、身長15cmくらいの小人。のっぺりとしたシンプルなデザイン。
【能力】 最多のスタンド。最高のヴィジョン数を持つ。
それぞれがわずかな知能を持ち、命令を与えておけばある程度勝手に動作する。
1体のヴィジョンが見聞きした内容は他のヴィジョンにも伝わる。本体への直接の連絡は無い。
(ピストルズと同様、AからBへの伝達の後、Bから本体に口頭で伝える必要がある)

破壊力-E スピード-C 射程距離-A
持続力-A 精密動作性-C 成長性-B

情報屋、という設定とスタンドの厄介さで採用させていただきました。
南風市中心部全域をカバーしているであろうと思われ(汗)

汀サイドとしては早くコイツなりを確保したいとこではありますねー
まぁそう簡単にはいかさんけどな!(ゲス顔)

ここまで読んでくださった皆様に感謝です。ありがとうございました。

さて、次回は……大澱側の味方(or協力者?)が登場予定ですが……やっぱり予定は未定です。
次回以降も目を通して頂ければ幸いです。

追記:あ、レジストロの『』、途中から「」になっとる(汗)
あとネルソン「スタンド使いが惹かれあう」ルール言うて無い(汗)まぁ作外で説明したって事でー

139第9話 ◆gdafg2vSzc:2019/01/17(木) 10:47:14 ID:JXxf7fmk0
【9:『問題』不運は努力で回避できるか?】

 汀達と洪が戦った数日前の深夜。
 美良川の河川敷、兎橋の舌。

「……ちっくしょう」

 普段から猫背な背中を更に丸め、天然パーマでくしゃくしゃの髪を更に苛立たしげに掻き毟りながら。

「ふざけやがって、クソ店長がぁ」

 細身の男……土浚幸彦(つちさらい・ゆきひこ)は普段からの泣きそうな顔を更に怒り交じりの悲しみに歪め、滲む涙を目で拭う。

 この日、幸彦は3ヶ月前にようやく見付けたアルバイト……居酒屋の店員をクビになったのだった。

 理由はこれまでの仕事の出来と要領の悪さ。しかし。


「ああ、なんで俺、こんな運悪いんだろ……」

 その原因は、幸彦だけに依存するものではなかった。

 たまたま騒音が酷かったため、または客の勘違いによるオーダーミスの連続。
 何度確認しても間違えられてしまう。

 酔った客に踏まれたり、体当たりされた結果、運んでいた料理や食器を落とす。
 それも何度も。注意してても。1日に5回やられた事もある。

 他の店員からの伝達ミスによってシフト変更が伝わらず、結果無断欠勤扱い。
 店長に説明しても「お前が悪い」の一点張り。

 客に一方的に因縁をつけられて殴られた事もある。 
 その時も店長の見解は「お前の接客が悪い」で済まされた。

 自分にも多少非がある事は幸彦にも分かっている、それでも。

「ちっくしょお」

 自分の運の悪さを呪い、幸彦はまた頭を掻き毟る。


 思えば、自分は産まれたときから運が悪かった。

 産まれた時、首に臍の緒が絡み死ぬ寸前であった、と母親に聞かされた。
 小学校の遠足なんかの楽しいイベントがある時に限って、病気や親戚の不幸で休まざるを得なかった。
 高校入試や大学受験ももインフルエンザや交通事故に巻き込まれて十分に受けられず。
 小さな不幸に至っては、数え切れないくらいある。

「あああぁー! ちっくしょー!」

 怒りに任せて足元に転がる空き缶を蹴り挙げる幸彦。

 宙を飛ぶ空き缶は、兎橋の橋脚に当たり……

「っつ!」

 跳ね返り、幸彦の頭に命中する。

 あまり痛くは無かった、が、自分の不運ぶりに。

「あ、ははは、なんだこれ、なんでこんな、俺は、運が悪いんだよ!」

 自嘲の笑いを浮かべながら、頭を抑え蹲る幸彦――その背中から。


「不運、それもまたひとつの才能かも知れないな」

「!?」

 声がかけられ、顔を上げ振り返った幸彦の顔に…『それ』が噴きかけられた。

140第9話 ◆gdafg2vSzc:2019/01/24(木) 09:49:50 ID:2QqQVzI20
>>139
 翌日の夜。

 幸彦は、前日にクビになった居酒屋を訪れて、店長と対峙していた。

 ただ、その表情には余裕ともとれる笑みが浮かんでいて。

「……何しに来やがった」

 丁度忙しい時間に呼び出され手を止められたことも加え、店長の表情と言葉には苛立ちがありありと浮かんでいたが。

「いやー、昨日はすいませんでした」

 幸彦は意に介する事なく、軽い口調で頭を下げ。

「……謝ってもクビは撤回しないぞ、ああ?」

 その態度が、店長に更なる苛立ちを沸き上がらせる。

 しかし。

「ええ、分かってますって。ただ、ちゃんと謝っておきたくて……」

「お、おお?」

「これまで色々後迷惑お掛けしました、本当にすいませんでした」

 幸彦がしおらしい表情を見せ、深々と頭を下げる姿に虚を突かれる店長。

「あ、ああ……俺も言いすぎたかもしれんわ」

「いえ、俺がいけなかったんですよ。改めてすいませんでした。店長、頑張ってください」

 謝りながら、握手を求め手を差し出す幸彦……


(イインダヨナァ、ヤッチャッテ)

(ああ、やってくれ。《バッドサイクル》)


 その背後に……でっぷりとした人型、幸彦が「バッドサイクル」と呼ぶ「スタンド」が立っている事に。

 そして、差し出した幸彦の掌の上に、その人型の存在がべっとりと『黒いヘドロ』のようなものを乗せている事に。

 店長はおろか、店内の客や従業員全て気付いていなかった。そして。

「お、ああ、ありがとな」

 店長が幸彦と握手し、ヘドロがべったりと店長の手にまとわりつく。だが、店長はそれに気付く様子もなく。

「じゃ、お前も頑張れな」

 幸彦に愛想程度の笑いを浮かべ、背を向けた……その背中に。

(コイツハオマケダゼ)

(うわ、お前、腹黒ぉーい)

 命じられたワケでも無いのに、バッドサイクルが両手に持っていたヘドロをなすりつけ。

(まぁいいや。これでオサラバだ。後はどんだけ影響するかだな……俺があげた『不運』がな)

 幸彦は心中でほくそ笑みながら、そそくさと店を後にした。


……数日後、全国区で放送される朝のワイドショー。

 政治化のスキャンダルや大物スポーツ選手の引退などが取り上げられる中、あるニュースが5分ほどの枠を取って報じられた。

 それは、南風市という小さな街の居酒屋で起きたある事故であり。

 夕方、開店前に一人でその店の店長が仕込みをしていた所、居眠り運転していた軽自動車が店に突入。
 その衝撃で壁際の棚が倒れ、店長が下敷きになった所でコンロの火が棚に引火、火災が発生。
 突入した車の主の通報によってすぐさま消防車、救急車が訪れ店長は救出されたものの……
 搬送していた救急車が交差点で侵入して来たよそ見運転の車に衝突され、その衝撃で店長は救急車の外に投げ出され。
 そこに信号無視のバイクが突っ込み、跳ねられたという。

 幸い店長は一命をとりとめたものの、全治に1年以上かかる重態であると言う。


「こんなこと言っちゃぁ不謹慎なのは承知だけどさぁ、そのヒト、運割る過ぎるよねー」

 番組のメインコメンテーターである毒舌で有名な男性キャスターのO氏は、ニュースをそう締めくくった。

141第9話 ◆gdafg2vSzc:2019/02/14(木) 09:42:52 ID:U9GKLClA0
>>140
「あっはっはっはぁ! ざまーみろ! 流石、俺の不運!」

 市内のアパートの一室。

 件の報道をテレビで見て店長の顛末を知った幸彦は、大袈裟なくらいに手を叩いて嘲笑う。

「おっと、もう出てきた」

 その掌や腕に、じわぁ、と……汗のように黒い液体が滲み出し、すぐにネバネバと粘性を持ち、固まろうとするのを。

「すまん、取ってくれ、《バッドサイクル》」

『了解』

 傍らのバッドサイクルが指で削ぎとり、窓の外に投げ捨てた。


 数日前、液体の効果によってスタンド、バッドサイクルを得た幸彦の身体からは常にこの液体が現れるようになった。

 それだけでなく、街中の人間にも人により差はあれ「それ」が存在するのが見えるようになり。

 幸彦は、それこそが自分や他人の持つ『不運』であると直感で理解した。

 同時に、バッドサイクルはその不運を弄る事ができると言う事も。

 そして、やはり自分の不運は他人に比べて多く、拭っても拭ってもしつこく現れる事に改めて自分は運のない人間なんだ、と痛感した。

 だが……バッドサイクルさえいれば自分の不運は取り除ける。なんなら今回のように嫌な奴に押し付けるのもアリだ。

「ははは、最高だねこりゃ」

 そう考えると愉快な気分になり。

 満足げに笑いバッドサイクルの肩をポンポンと叩く幸彦、その側には。

『ドウだ? ドウだ? すたんどハ理解シタかダゾ?』

 1体の《レジストロ》がベッドの上で子供のように跳ねていた。

 この個体こそ、渚によって「やってもらいたい事」……幸彦との渡りを命じられた個体である。

 この個体を通じて幸彦にはスタンドの理屈や、自身がスタンドを与えた男の仲間のスタンドである事が知らされていた。

「ああ、理解したぜ。本当いいな、これ」

『ソウかソウか、良カッタぞ。ソレデだ、幸彦』

「あん?」

『チョット、多キメの小遣イ稼ギシタクナイか?』

「小遣い稼ぎぃ……って、うお!?」

 幸彦が聞き返すより早く。

 レジストロの頭部が横に平べったく伸び、同じく細長くなった口から。

 ポラロイドカメラのように、数枚の……汀達の映った写真が出てくる。

「な、なんだよ、こいつらは?」

『ソイツラは、俺タチノ主人ニトッテ邪魔な奴等ダぞ。所在ナドは写真ノ裏ニ書イテある』

 元の姿に戻りながら、レジストロが説明し。

『ソイツラの誰デモイイ、1人始末スル毎ニ、2千万ダスソウだぞ』

「2せんまん!? いや、し、しかし……始末って!?」

 写真を手にした幸彦の表情が固まる。

「つまり、それって、殺せって……ことか?」

『始末、トシカ言ワレテナイぞー』

 困惑する幸彦を、より口角を上げてニタニタ笑うレジストロ。

「いやいやいや、流石に……」

『イヤァ、直接手ヲ下す必要ハナイだろ? ソコに映ッテる連中をチョイト『不運』にシテシマエバイイダケだぞ』

「いや……でも」

『モチロン敵ハすたんど使いダゾ。デモ、不運マデはドーシヨーモナイぞ』

「しかし」

 美味しい話に誘惑されそうになり、躊躇う幸彦に。

『……幸彦ォ、お前ハコレマデ十分不運を味ワッテキタぞ』

 レジストロの……渚から教えられた悪魔の囁きが投げつけられる。

『ソロソロ報ワレテモイイト思ウぞ? ナニ、人がヒトリ不運で死ヌ、ソレダケダ』

「……」

 幸彦から言葉はなく、代わりに……ごくり、と大きく唾を呑む音が響く。

 暫しの沈黙、そして。


「本当に払ってくれるんだな、金?」

『約束スルぞ』


……幸彦は、悪魔の誘いに乗った。

142第9話 ◆gdafg2vSzc:2019/03/11(月) 22:05:31 ID:lzeWslM60
>>141
 数日後の日曜日、昼過ぎ。
 南風市の中央商店街の一角にある公園。

「ごめんなさい、遅れちゃった」

「あ、ううん。僕も今来たところ」

 待ち合わせ場所として使われる地元出身の偉人の像の元で待っていたルイに、沙枝が声をかけて小走りに近づいていく。

 この2人が待ち合わせしていたのは、デート……という訳でなく。

「ごめんね、雨月君。付き合わせちゃって」

「でも良かったの? 僕で」

 洪の襲撃以降、ネルソンにできるだけ単独での行動を控えるように言われていた事もあり。

 参考書等買い物がしたい沙枝がルイを呼び出したのだった。

「うん、汀君に先に声をかけたんだけど『小難しい本とかの買い物なんて向かないしヤダ』って」

「ああー、そうなんだ。汀君らしいや」

「本当。でも……まさかこんな街中で攻撃なんて、ないと思うけど」

 少し不安げに呟きつつ、周囲を見渡す沙枝。

 数年前に郊外に出来たショッピングモールのせいで客足が減ったとはいえ、天気の良い日曜昼間の商店街は人で賑わっていた。

「うん、あんまり気にしなくて大丈夫だと思うよ」

「そうよね……気にしすぎて神経質になっても駄目だし。うん」

 不安を振り払うように沙枝が頷き。

「じゃあ行こうか、雨月君」

 ルイと一緒に歩き出した……


「うん。で、まず何処へ……あっ!」

……直後だった。


「!? どうしたの!?」

 突然のルイの声に驚き、足を止める沙枝。

 ルイは側の歩道橋へ続く階段や、その上を走る電線に目を向けていたが。

「あ、いや……あーあ、やられちゃった」

「ああー……」

 ルイの右肩、薄手のトレーナーの上に。

 歩道橋の欄干に止まっている鳩の仕業だろう、鳥の糞がくっついていた。

「折角新しく買って貰った奴だったのになー、ツイてないや」

「ちょっと待ってて。これ」

 残念そうに顔をしかめるルイの横で、沙枝が持っていたハンドバッグからウエットティッシュを取り出し。

「使って……きゃ!」

「あ。ごめんなさーい」

 渡そうとした直前、歩きスマホをしていた女性がぶつかり、沙枝の持っていたウエットティッシュが車道に落ち。

「ああー!」

 通り過ぎていく車が次々とそれを轢いて行く。

「ちょっと、貴女……って、ああもぉー」

 自分にぶつかった女性を探そうとするも、既に人ごみの中にその姿が消え。

 沙枝は腹立ちに頬を膨らませる。

「あはは、仕方ないよ。こんな事もあるよ」

 その様子に苦笑しつつ、ルイが持っていたハンカチで糞を摘み取る。

「折角の日曜だし、気にしないでで行こうよ」

「うーん……そうよね」

 納得いかない様子で首を傾げつつもルイに促され、再び歩き出す2人。


 その2人を。

「よーし。よくやった、バッドサイクル」

不運を落とシテ引っ付けるトカ、最初は馬鹿なアイデアと思ったガ』

 歩道橋の上から、幸彦とバッドサイクルが眺めていた。

 ルイの頭から肩にかけて、歩道橋の上からバッドサイクルが落とした『不運』がべっとりとくっついていたが。

『意外にイケるモンだな』

「馬鹿とか言うなよ、結果オーライだ」

 ルイ達スタンド使いにも『不運』が見て手いるかと言う懸念もあったが、ルイがそれに気付く様子は微塵も無く。

「よっし。後は俺の『不運』で自滅するのを待つだけだ。追うぜ」

『了解』

 幸彦は、2人をゆっくりと尾行し始める……

143第9話 ◆gdafg2vSzc:2019/04/04(木) 17:38:43 ID:UohRw14E0
>>142
 1時間ほど後。

「ううーん???」

「雨月君……なんていうか、その」

 商店街の外れ、小さなカフェのテラス席。

 ルイはしかめっ面でズボンに付いたコーヒーとケーキの生クリームをタオルで拭きとり。

 その傍らでは沙枝がどうフォローしていいか分からず、困り顔で言葉に詰っていた。

「ツイてないね……なんか」

「うん……そうだね」

 沙枝の言葉に、ルイは苦笑しつつ。

 カフェの店員が用意してくれた別のタオルで、まだズボンに染み付いたコーヒーを絞り拭いていく。


 バッドサイクルの『攻撃』を受けた後。

 別人と間違えられて難癖をつけられたり。
 目当ての本の最後の一冊が目の前で他の客に買われたり(なお沙枝は目的の買い物が出来た)
 細い路地から飛び出してきた自転車とぶつかりそうになったり、と。

 バッドサイクルのなすりつけた不運が、じわじわと、しかし着実にルイを苦しめていた。

 ルイのズボンの生クリームとコーヒーも。
 ルイ達に品物を運んでいた店員が、つまずいた際にぶちまけたものであった。


「まぁ、さ。こんな日もあるよ……コーヒー代タダになったし良い事もあったしさ。こんなもんかな」

 自分の運の悪さに自虐的に笑いつつ、だいぶ水分のとれたズボンを叩くルイ。

「でも……おかしくない?」

「おかしいって?」

「例えば、敵のスタンド攻撃とか」

 真顔で言う沙枝の言葉に、きょとんとした表情を見せ。

「ははは、まさかぁ。そんなスタンドあるぅ?」

「無いとは言えないじゃない」

 沙枝の心配を笑い飛ばす。

「あったとしてもさ、地味な不運ばっかりだし、危害を加えるって言う意味では大した事ないじゃない」

「でも……んんー、なんかねー」

「考えすぎだよ、樹野さん」

「……考えすぎ、か。そうかもね」

「そうそう」

 そうかもね、と言いつつ未だ納得しきれてない沙枝に屈託ない笑顔を投げかけ。

 不運など気にする様子も無く、グラスに残っていたアイスコーヒーを一気に飲むルイであった。


 一方。

「おい、どうなってんだ?」

 少し離れたビルとビルの間の路地、カフェからは死角となる場所で。

「まだ前々効いて無いじゃないか」

『マー、焦るなヨ。今回の不運は数日分ノヲ練りに練った特別品ダ』

 ずっと尾行し、2人の様子を窺っていた幸彦がバッドサイクルに文句を垂れていた。

『アノ店長の時だって、効くマデ少し時間がかかったダロ?』

「そーだけどよー……ああくそ、イチャイチャしやがって」

 当人達は普通に会話しているだけなのだが、その様子は幸彦にはデートとしか見えてなく。

「くっそ、ムカつくぜ。さっさともっと酷い目に遭えっての!」

『彼女いないもんナー、オ前』

「うっせぇ! って、うわ! 取ってくれ!」

『ハイハイ……ッと』

 怒りに任せてバッドサイクルを殴る幸彦の腕に、汗のようにぶわっと不運が滲み出し。

 バッドサイクルが手馴れた様子で掌で拭い、地面に捨てながら。

『アイツラ、動くゼ』

 ルイと沙枝がカフェから出て行くのを確認し、よそ見していた幸彦に知らせる。

「よし、追うぜ。んで、あわよくば不運追加だ」

『OK……上手く行けばいいガナ』

 ほくそ笑みながら、幸彦はまた尾行を開始した……


 そして。
 先に言ってしまえば、幸彦が不運を追加するまでもなく……
この後、ルイ達に危険な不運が襲いかかる。

144第9話 ◆gdafg2vSzc:2019/05/05(日) 17:50:17 ID:7At94EZk0
>>143
 15分ほど後。

「ああー、まただぁ」

 早足で交差点に向かっていたルイと沙枝の目の前で、歩行者用の信号が赤に変わり。

「なんか本当ツイてないわねー」

「そうだね。3回連続、いや、4回目だったかな?」

 これまで立て続けに赤信号に捉まっていたルイが苦笑する。

「流石にこれはおかしいかなぁ……」

「うーん、でもさっきもルイ君自身が言ってたけどさ。攻撃にしては、大人しいよね」

 目の前を走りぬけていく車やバイク、信号に目を向けたまま、とりとめのない会話をする2人。

 2人のいる交差点は、大きな幹線道路の交差する大きな通りであり。

 広めの歩道に街路樹が並ぶ、見通しの良い場所であった。

「まぁ、やっぱり気にしなくていいんじゃない? 運が悪い日、ってだけだよ」

「そう……かなぁ」

 側の大きな街路樹に寄りかかるようにして信号待ちをする沙枝の横で。
 
「そうそう……ふああぁ」

 自分の状況を知らず、暢気に大きな欠伸をするルイ……のどかな陽気が、眠気を誘っていた。


>>>>>

【南風市在住、K氏(仮名)、会社員32歳の証言】

……ええ、はい、あの日の事ですね。

 前日、ちょっと仕事でトラブルがあって、夕方からから会社で作業をしてました。ええ、残業ですね。

 作業が終わったのが……確か、朝6時前だったと思います。

 んで、会社で仮眠を取って起きたのが昼過ぎ、確か1時前だったと思います。

 腹が減ってたんで会社を出て、側のコンビニでおにぎりとブラックの缶コーヒーを買って食べて飲んで。ついでにガムも買って。

 まぁ、ちょっと眠気はあったんですけど、いつもガム噛んでたら大丈夫でしたし。

 それで、車でアパートに帰ろうとしたんです。  


 あはは、はい、そうですね。ちょくちょくあるんですよ、徹夜で残業。

 まぁちゃんと働いた分出るんで、その辺はまだ他所のブラック企業よりかはマシですが。
 
 だから……正直、油断してたんでしょうね。

 いつもそれで平気だったから、今日も大丈夫だろうっていうのが。

 今にして思えば……はい、甘かったって思います。なんで歩いて帰らなかったんだろうって。

 その日、いつもよりなんだか心地よいぐらいに暖かくて。

 眠気が断続的に来てたんですけど、まぁ大丈夫だろって……うう……

 それで……南風通りと中央通りの交差点が近くなったところで……一瞬意識が落ちて。

 衝撃と衝撃音、悲鳴で気がついた時には……うあぁ……ああああ……[以下嗚咽が続く]


>>>>>

「!?」

 ごがん、と言う重いモノが乗り上げるような衝撃音と、悲鳴が真横から聞こえ。

「なっ―!」

 顔を向けたルイ達の目に。

 歩道に乗り上げ、自分達の方に向かってくる軽自動車が入る。

 軽自動車は、まるで『他の歩行者をかわすかのように』歩道を走行し、ルイ達に襲いかかる……


「リリカル・グラウンド!」


……直前、沙枝の側に現れたリリカル・グラウンドが、街路樹を殴る。

145第9話 ◆gdafg2vSzc:2019/06/06(木) 10:57:39 ID:oEfktU2Y0
>>144
【南風市在住、K氏(仮名)、会社員32歳の証言(続き)】

[数分後]

……ああ、はい、失礼しました。

 思い出してしまって……取り乱してしまいました。

 気付いた時には歩道を走行してて、パニックでハンドルもろくに操作できなくて。

 ブレーキを踏もうにも、乗り上げた衝撃か何かでブレーキが故障していたらしくて。


 目の前に人がいる、って確認したときは……もうダメかと思いました。

……不思議なもんですね。ああいう時って、周りの時間がゆっくり流れているように感じて。

 で、頭の中では自分の人生終わったとか、罪もない人を殺しちゃうとか、いろいろ考えて。

 それで、思わず目を閉じた瞬間でした。

 どん、って足元から突き上げる衝撃があって、車が倒れながら側のビルの壁に迫るのが見えて。

 それで、壁にぶつかった衝撃で頭を打って、気を失って。

 気づいたら病院でした。


 たまたまそのタイミングで、地下の老朽化したガス管が破損して、その圧で地面が街路樹の根っこごと持ちあがって。

 その衝撃で車が横倒しになったらしい[※1]って、後から聞きました。

 偶然に助けられたんだなあって……運がいいのか悪いのか。

 ええ……被害を出してしまったのは、申し訳ないです。でも。

『自分以外誰もケガしなかった』のだけは、幸いでした。ええ、本当に。

[インタビュー終了]

※1:実際には樹野沙枝のスタンド『リリカル・グラウンド』による植物操作能力によるものである。
事件後、当SPW財団によって上記証言通りの『ガス管の老朽化』というカバーリングがなされた。 

>>>>>

「……っ」

 横倒しになってビルの壁に突っ込む軽自動車と、寄ってくる野次馬達。

 それらを見る沙枝とルイの表情は、青ざめ、強張っていた。

「これって……僕たちを狙って?」

「でも」

 野次馬の間から、運転手の様子を窺う沙枝。

 運転手の会社員らしい男は、頭から血を流して気を失っていた。

「運転してる人も怪我してるし、敵としてもこんな自爆みたいなことはしないと思うわ」

「だとしたら……」

「ええ。馬鹿らしいかもしれないけど。ルイ君の不運は……スタンド攻撃による可能性があるわね」

「……信じられないけど、そうかも。でも」

 ルイの顔に浮かぶのは、困惑。

「不運なんて、どうしたらいいんだろ」

「分かんないわ。本体を探して叩くとかしないと。でもとりあえず汀君たちに連絡しないと」

 言いながら、手早くハンドバッグからスマホを取り出し。

「あ、もしもし、汀君?」

 手早く連絡をつけていく沙枝。

「じゃあ僕はネルソン君に……って、ええー」

 ズボンのポケットからスマホを取り出し操作しようとしたルイの目に飛び込んできたのは、真っ暗な画面。 

 どうやら『不運にも』充電を忘れ、バッテリーが切れていたようである……


 一方。

「……あいつら、かわしやがった」

 道を挟んで様子を見ていた幸彦が、舌打ちしながら近くの路地に飛び込み。

「おい、どういうことだ? かわされたぞ!?」

 呼び出したバッドサイクルに悪態をつく。

『流石に相手ガすたんど使イダナ。うまくイナサレタってトコロか』

「感心してるんじゃねぇよ」

『ケド、見たダロ? 確実ニ襲い掛カル不運ノ質は上がってイルぜ』

「ああ……そうだな」

『アト一手、って所サ』

「ああ、信じるぜ。お前も、俺の不運も……っと」

 事故現場から急ぎ足で離れるルイたちを確認し。

「また後でな」

『OK』

 幸彦がバッドサイクルを戻し、追跡を開始する……

146第9話 ◆gdafg2vSzc:2019/07/04(木) 21:36:12 ID:YrnDNHOU0
>>145
 数分後。


「うん、今東通りを学校のほうに向かって歩いてる」

「OK、できるだけ早く合流するよ」

 ネルソンとスマホで通話し、周囲の様子を窺いながら、速足で歩く沙枝。

 その背後から、ルイが不安そうにきょろきょと周囲を見回し、ついていく。

「あと……汀には連絡は?」

「してる。こっちに向かってるはずだけど」

「OK」

 打つ手も思いつかないものの、ネルソンの提案で合流することとなった沙枝たちは。

 先の乗用車の追突未遂、自分たち以外への被害を懸念し、ルイと沙枝は大通りから曲がり。

 日曜にしては人通りも車も少ない……車道と縁石で区切られた歩道を歩いていた。

 沙枝達が今いる場所は所謂オフィス街であり、都会程ではないものの、それなりに高いビルが立ち並ぶ区画であった。

「それにしても、不運か……厄介だな」

「うん。まぁ、それも推測でしかないけど」

「周囲に気を付けて、沙枝。さっき言ってたみたいに不意に横道から車が、なんてこともあるし」

「ええ、分かってるわ」

 沙枝もルイも、充分に注意している『つもり』だった。
 
 しかし、沙枝は会話しながらであったが故に注意が無意識に散漫となり。

(もしかしたら、この近くに本体がいるかも)

 ルイは、自分の身に降りかかる出来事の根本を断ちたいと考え……敵の本体とスタンドを探していた。

 だから。

 自分たちの前方の『あるもの』の存在に気付いていなかった。



 同じ頃。

「よーっし、仕事終わりだー!」

「お疲れさんです」

 あるビルの屋上付近の外壁。

 日曜日にも関らず(いや、だからこそ?)ビルの外壁清掃を行っていた作業員2人が、小型の作業用ゴンドラの上で仕事の終了を喜び小さくハイタッチする。

「んじゃ、上げますね」

「ああ……しかし」

 後輩らしい若い男がゴンドラの操作ボタンを押し。

 ゆっくりとゴンドラが屋上に向けて上昇していく。

「こいつも年期入ってるよなー」

「このビル備え付けの奴でしたっけ。古いですけど、大丈夫ですかね。今更ですけど」

 ゴンドラは昔ながらの武骨なデザインであり、塗装はされていたが、ところどころが剥げ錆が浮き上がっていた。

「はははは、馬鹿言うな」

 不安げに呟く後輩の背を、ガタイの良い先輩が軽く叩いて笑う。

「人様の命を預かるもんだぞ。メンテぐらいしてるって」

「ですよねー、あ、つきました」

「おう、先に降りな。んで、茶ぁ取ってきてくれ」

「はい!」

 後輩が先にゴンドラから降り、屋上の日陰に置いてあった荷物に駆け寄り。

「よっこい、しょ」

 その後から先輩が下りる……


 ぎしり。

「?」

 何か金属が軋むような音が聞こえた気がした先輩だっただ。

「何してんですか?」

「あ、おお」

 後輩に呼ばれ、そちらに歩み寄っていく先輩ー


 のちに2人は『ゴンドラは休憩後、作業の終わりに固定して撤収していたから大丈夫だと思った』
『だから、あんな事になるとは思わなかった』

 そう証言したという。

147第9話 ◆gdafg2vSzc:2019/08/01(木) 08:32:08 ID:hOg2d4MQ0
>>146
 少し後。

「あ、ネルソン君だ」

「本当だ、よかった」

 自分たちの進行方向の先、赤信号の横断歩道の向こうで手を振るネルソンの姿を確認し。

 ルイ達も手を振り返し、早足で前方に歩いていく……と。

「……あっ!」

「ルイ君!? 大丈夫?」

 縁石沿いに作られていた、雨水を逃がすための側溝。

 普通なら金属の網が嵌められているはずの側溝は、誰かの悪戯なのか外されていて。

 ルイがそこに足を取られ、前のめりに転んでしまう。

「あいたた……うん、大丈夫。本当ツイてないや」

 心配そうな沙枝に、苦笑して返しながら起き上がろうとするルイ……

「……?」

 その目に、自分たちを覆う「四角い影」が、大きく揺らめいたのが見えて。

 ルイが頭上を見上げた、その瞬間……頭上で鈍く重い金属音が響き。


「危ない! 《パープル・レイン》!」

「え、きゃぁ!」


 突如、ルイに突き飛ばされ……尻餅をつくように倒れる沙枝。その目に入ってきたのは。

 自分を突き飛ばした後、縁石に寄り添うようにうつ伏せで倒れこむルイとパープル・レインの姿、そして。

……がしゃあああぁん!

「……え?」

 その姿をかき消し、圧し潰すように落下してきた……作業用ゴンドラだった。


「いやああああぁ! 雨月くぅん!」

「Goddamn! なんてこった!」

 あまりの出来事に、頭を抱えて叫ぶ沙枝。そして、赤信号を無視して駆け寄るネルソン……

 そして、ゴンドラと縁石の隙間から流れ出る……


「よっしゃぁ!」

 顛末を路地裏から見ていた幸彦が、小さく叫びながら拳を握る。

「ははは、直前なんかスタンドを出していたみたいだが……」

 泣き叫ぶ沙枝と、それを宥めゴンドラどけようとするネルソンの姿を眺めながら。

「あのルイとかいう奴、流石に終わったろ。流石、俺の不運だぜ」

 己の不運の末の「勝利」を確信し、笑いが収まらない幸彦。

「あはは、これで金ゲットだ! ついでに他の奴も」

 だが。

「俺の不運で……え……えぇ!?」

 その顔から、笑みが消えていく。


「……ごめん。心配かけちゃった」

「え……え?」

「Oh……Cool」

 ゴンドラと縁石の隙間から流れ出たのは……

『己の体を液状化させた』ルイだった。

 スライムのような姿になりながらも、申し訳なさそうな顔を沙枝たちに向けたのち。

「解除……っと、いたたたた」

 すぐさま能力を解除し、立ち上がった。

148第9話 ◆gdafg2vSzc:2019/09/05(木) 10:30:06 ID:9OMyjJR.0
>>147

「え、えぇ?」

「パープル・レインの能力か。でも」

 無事な様子のルイの姿に混乱を隠せない沙枝の横で。

「確か、生物はAsphyxia……仮死状態になるはずじゃ」

 冷静にネルソンが分析する。

「うん。でも、ちょっと試してみたんだ。自分に使ったらどうなるかって」

「Oh……どうなるか分からないってのに、勇気あるね」

「あはは……好奇心から試してみたんだ。試しに腕だけ。そしたら、動かせたから全身でもいけるかなって」

 ネルソン達に対してはにかんだように笑いながら答えるルイ。

「だから、とっさに自分の体を液状化して、そこの側溝に滑り込ませたんだ。でもまぁ……痛っ」

 その手が側溝の端で擦れ破れたズボンと、そこから覗く擦り傷に伸びる。

「無傷、ってワケにはいかなかったけど……って」

「……よ、良かったあぁ〜!」

「い、樹野さん?」

「だって、あんなの……絶対ルイ君死んじゃったかと思って、わああぁ〜!」

 ぽかんとした顔で説明を聞いていた沙枝の目が潤み。

 安堵からか、膝をつき泣き崩れる。

「ゴ、ゴメン。先にこんな風に使えるって言っといたら良かったけど、隠し玉にしたかったから、え、えと」

 その様子に狼狽え、言葉をかけ続けるルイの側で。

「まぁ良かった。But、その不運が消えたわけじゃないからね」

 ネルソンが注意深く身構え、周囲を警戒する―


 一方。

「うおぉい! バッドサイクル! どういうこった!?」

 幸彦は苛立ちを隠すことなく、バッドサイクルを呼び出す。

「かわされたじゃないか!」

『知らネーヨ。マァ、相手のすたんど能力が上手だったッテ事さ』

「くっそー、厄介な」

『ダガ、不運はドンドン強くなってる』

「ああ、そうだな! あと2、3手って所だな。ついでに他の連中にも不運を盛って」

 ほくそ笑む幸彦の横で、バッドサイクルがヘドロ塊のような不運の塊を手に持つ。


「あのルイとかいうガキだけじゃなく、みんなぶっ潰してやる!」


 決意を新たに、宣言した―そんな幸彦の「不運」は2つ。

 ひとつは、バッドサイクルを出していたこと。そして。


「……おいテメー! 不運が、ルイが、どうしたって?」

「げ!?」

 その姿と会話を……偶然裏道を通っていた汀に目撃された事である。

149第9話 ◆gdafg2vSzc:2019/10/10(木) 08:40:57 ID:ioj9o8Qc0
>>148
「状況はよう分からんが……」

「ひ、す、スタンド使い……だと」

 一歩、一歩、幸彦に詰め寄りながら。

 自らのスタンド、ギア・チェンジャーを発現させる汀。

「あいつらの、仲間か……」

『オイオイ、どーするンダよ? コイツに不運ヲ盛ルにも、遅イぜ?』

「ど、どーするもこーするも」

 怯える幸彦の額に冷や汗と……不運が滲み出るが。

「や、やるしかないだろ!」 

 不安や怯えを払拭するように叫ぶ幸彦。

「幸いアイツらには気づかれてない、だから、ここでコイツを倒してしまうんだ!」

『オイオイ』

「お前、ガタイそれだけいいんだから喧嘩ぐらい行けるだろ!? なぁ!?」

『マァ、ヤレと言われタラ、ヤルがね』

 互いのスタンドを見比べながらバッドサイクルを、つまりは己を鼓舞する幸彦。

「あくまでやる気か。なら……容赦しねぇぜ」

 ボクサーのように拳を構えるバッドサイクル、その背後に隠れる幸彦を睨みながら。

 汀が、ギア・チェンジャーが……さらに一歩、深く相手に向けて踏み込んだ、直後。


「やれええぇ、バッドサ」
「だりゃあぁ!」


 バッドサイクルの拳より早く。

 己の身に『6速』のギアを埋め込んだギア・チェンジャーの速く重い一撃が、バッドサイクルの腹を捉え。

「……がふっ」

 幸彦の身が、くの字に曲がる。そして。

「覚悟はいいな! だああぁりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあぁー!」

 宣言通り、ギア・チェンジャーの容赦ない拳のラッシュがバッドサイクルを襲い。

「ぐがががががが、がはあああぁ!」
(な、なんだよぉ! 畜生! うまくいってたのに!)

 打ちのめされる幸彦の頭の中を、声にできない怨言が巡り。

「―りゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあぁっ……しゃあぁあ!!」

「ぐ……はあああぁ!」
(なんでだ、何がいけなかったんだ、あああぁー!)

 アッパーカット気味の止めの一撃を受け、バッドサイクルもろとも宙に舞う幸彦。

『マァ……ナンダ……《不運》ダッタンダナ……』

 その耳に届いたバッドサイクルの呟きは、幸彦自身の諦念だったのか。

 吹き飛ばされた幸彦の身体は、そのままの勢いで路地から車道に転がり……

「え!?」

 車の急ブレーキ音と、鈍い衝撃音が周囲に響いた。

150第9話 ◆gdafg2vSzc:2020/01/16(木) 09:35:42 ID:kmrDr46M0
>>149

「What!?」

 背後で聞こえた車の急ブレーキ音と鈍い衝撃音に、ネルソン達が振り返ると。

「汀君?」

 その目に、急停車した乗用車とその前方で倒れる男―幸彦と。

 側の路地から慌てた様子で飛び出し、困惑した風に幸彦と車を見比べる汀の姿が飛び込んできた。

「何かtroubleか? ちょっと見てくる。沙枝達は此処にいて」

「うん、わかった……」

 道路を横切り、汀のほうに走っていくネルソンを見送る沙枝とルイ。

 その周囲には事故を目撃し、野次馬たちが集まってきていて。

「まずいわね、これでまた何かあったら」

 また『不運』に無関係な人間を巻き込んでしまうことを危惧する沙枝だったが。

「うん、でも……なんか妙に肩が軽くなった気がする」

「そう?」

 腕をぐるぐると回した後、空を仰ぎ背伸びするルイ。

 その身体に盛られていた不運は、幸彦の―バッドサイクルの戦闘不能によって。
 乾いた泥のようになってルイの体から崩れ落ち、風化していった。

「だからもう大丈夫な気がする、なんとなく……あ」

「どうしたの?」

 地面に視線を向けたルイの少し驚いたような呟きに、沙枝が不安な様子を見せる―だが。

「あはは……これだよ」

 笑いながらルイが側溝から出る際に折れ曲がったズボンの裾に指を伸ばし。


「やっぱり、不運は消えたみたい。ツイてるや」


 おそらく、側溝に落ちていたのが挟まったのだろう。

 しわくちゃになり、少し汚れた一万円札を広げ、沙枝に小さく笑ってみせたー
 

幸彦:スタンド《バッドサイクル》……全治6ヶ月の重体
事故後、霧吹き男の仲間による暗殺を妨げるべく、SPW財団の管理する病院に収容された。
……ただし、その際に搬送していた救急車が追突事故を起こされたり、入院先の病院で一人だけ食中毒になったりしたのだが、それはまた別の話である。

ルイ:拾った一万円はちゃんと警察に届けた。
その後持ち主が現れず、一万円はルイの手元に渡る。

【9:『問題』不運は努力で回避できるか?……END】
【And see you next episode……】

151第9話 ◆gdafg2vSzc:2020/01/16(木) 09:44:05 ID:kmrDr46M0
>>150
【9話:初登場オリスタ】
No.8244
【スタンド名】 バッドサイクル
【本体】 とにかく運の悪い男:土浚幸彦
【タイプ】 近距離型
【特徴】 全体にでっぷりしてる人型。腹部に矢印で出来た円の形をした模様がある。自我があり皮肉屋。
【能力】 人間の持つ「不運」を可視化し操作する。
このスタンドを発現させた時点で、本体には自分を含めた人間の不運が見えるようになる。
不運は「粘着性の黒い泥」のような形をしていて、不運な人間ほどたくさん、そして頑固にこびりついている。
このスタンドはその不運を引き剥がし、捨てたり他人に擦り付けたり出来る。

…ただし、不運は人間が少なからず持つ「素養」であり、不運を全て剥がしたとしてもちょっとずつ染み出してくる。
(↑は本体の解釈と言うか思考)

破壊力-C スピード-C 射程距離-D
持続力-A 精密動作性-D 成長性-B

自分の案から採用(おい)
原作3部のVSオインゴ・ボインゴ兄弟のように当事者があまり関らないうちに事態が解決してる、みたいなノリの話を書きたくて採用しましたがうまくいかんかった(汗)

ここまで読んでくださった皆様に感謝です。ありがとうございました。

あと更新が遅くなって大変申し訳ないです。
仕事や生活環境の変化で多忙&創作モチベが低下していたのがあります。
今後も相当ゆっくりになりそうですが、ぼちぼちだらだらやらせていただきますねー

さて次回、ちょっと敵サイドの話にしようかなとも思ってますが予定は未定です(汗)

152第10話 ◆gdafg2vSzc:2020/03/12(木) 14:48:06 ID:XFWHejDI0
>>151
【10:………】

 幸彦の襲撃……と呼べるかどうか分からない襲撃から数日後。
 昼休みの海鳴高校、中庭の一角。


「テルテルボーズぅ?」

「Yes、幸彦の証言だと、そのスタンドはレジストロと名乗ったそうだ」

 汀達は、幸彦から得た情報をネルソンを通じて聞いていた。


 得られた情報は、幸彦が『霧吹き男』によってスタンド使いとなったこと。

 使い方に関して、レジストロを通じて知ったこと。

 レジストロは『霧吹き男』の仲間のスタンドであること。

 そして……自分達の命に2千万もの金が懸けられていたこと。


「……けっ、2千万かよ。安いって。ゼロが一つ足りないっての」

「ちょっと、汀君」

「わーってるよ、冗談だ」

 冗談、と告げつつも汀の顔は笑っておらず。

 一緒に話を聞いていた沙枝とルイの表情も険しい。

「でも……そこまで邪魔になると思ったんなら、なんで『霧吹き男』は僕達をスタンド使いになんかしたんだろ?」

「可能性として、自分たちの意に成りそうな相手を仲間として勧誘してる、って事だろうけど」

 俯き加減で疑問を呟いたルイに答えを返しつつ、ネルソンも首を傾げる。

「レディ・リィの仲間や人脈がある事を考えたら、そんな危険な真似をするかなって話でさ」

「成程な……まぁ、とはいえ」

 周りの重い空気を払うように、ぱん、と汀が強く掌を打ち鳴らす。

「多少は進展があったとしたもんか。要はそのレジストロとかいうスタンドを捕まえるなり追うなりして、本体を探せば」

「Yes、敵の尻尾を掴めるかもしれないね。まぁ、簡単にはいかないだろうし、敵の襲撃もあるだろうし」

「でも何もないよりマシ、だな」

「そうよね……あ、そう言えば、ネルソン君」

 汀の言葉に小さく頷いた後、沙枝が思い出した様子でネルソンに問いかけた。

「何だい?」

「あの、前に預けたピンバッジ……何か分かった?」

「Ah-、あれねぇ」


 かつて汀達が笹屋敷で拾い、沙枝が見覚えがあると告げていたピンバッジ。

 その調査を、沙枝はネルソンに依頼していたのである。

153第10話 ◆gdafg2vSzc:2020/08/13(木) 22:02:44 ID:nz4xnrN.0
>>152
「駄目だった、SPW財団のデータバンクを駆使しても合致するものは無かったよ」

 溜息を吐きながら、残念そうに首を横に振り肩をすくめるネルソン。

「ただ、逆に言えばmicroな規模……例えばこの街の、インターネット販売とかもやらないような小さな会社とかが作ったモノなら引っかからないかもね」

「……そういう業者を虱潰しに当たっていかないといけないのか……面倒くせぇ」

「はは、まぁそっちはエージェントに当たらせるよ」

 面倒ごとに露骨に嫌な顔をする汀に対し、苦笑して返すネルソンだったが。

「ま、私たちも少しは手伝うわよ、言い出したのは私だし」

「ええー、任せときゃいいじゃんよー」

「んもー、またそういう事言うー」

 沙枝と汀のある意味いつも通りのやり取りに、自然と頬を緩めていた。

「まぁ、調査協力は在り難いよ。警戒は怠らないでほしいけど」

「ん。今はそれとレジストロの件しかないしね」

「そうだな……くっそ、もっとこう、分かり易い目標がありゃあいいんだが……」

 具体的な行動がとれない現状に苛立たしさを覚え……ぱん、と汀が右の拳で左掌を打ち、空を仰いだー




 その同じ頃。

【10:黒幕とその仲間、その心情と内心と】

 南風市、某所。



 周囲を白い壁で囲まれ、壁際や複数置かれた机の上に顕微鏡などの機材の置かれた、研究室のような部屋。

「……どうしたんだ、淵谷(ふちや)さん?」

 部屋唯一の入り口であるドアの近くに立つ大澱が、部屋の中央に座るボサボサ髪で眼鏡をかけた、くたびれた風体の中年男……淵谷に声をかけた。

「お、大澱……さん、まだ、要るんですか? これ」

 淵谷は困惑しつつ、眼前の机の上に置かれている顕微鏡と、大澱の顔を交互に見る。

 顕微鏡には無色の液体の入ったビーカーが設置され、一見、液体だけのように見える。

「確か『培養』のメドは立ったって、言ってたんじゃ」

「それだけでは足りんからだよ。いいから、やれ」

 淵谷のを鋭い眼光と共に一蹴し、淵谷が恐怖に委縮する……そして。

「分かりました……《ドグラ・マグラ》……!」

 淵谷の側に……全身が真っ黒で、虚ろな目をしたスタンドが現れる。

 全身が黒い中、腰に巻かれている帯は赤、青、白、緑、紫、等々色彩豊かであり……それが逆にこのスタンドの異質さを際立たせているようであった。

「……お願いします、《ドグラ・マグラ》」

 言いながら顕微鏡のレンズを覗く淵谷……その中ではビーカーの中で蠢く楕円上の細菌……バクテリアが無数に蠢いていた。

 そして、ドグラ・マグラが指先をビーカーに入れた瞬間

 ぶわ……!
バクテリアが、在り得ないスピードで増殖を始めた。


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