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【オリスタ】FullBlackHabit 【SS】

1名無しのスタンド使い:2015/03/09(月) 22:36:50 ID:d154izBE0
 初めに、断っておくことがいくつかあります。
 
□テーマは「部外者から見たジョースター家の姿」です。
 しかしジョースターの一族は主人公ではありません。争うのも関係のない奴らです。
とんでもない与太話がたくさん出てきますが、
 あくまでも噂話や適当な調査、推測に基づくものであり、事実とは限りません。
 

 □原作から老ジョセフ、静・ジョースター、徐倫の三名が登場します。
 うち静・ジョースターの青年期は原作で描写されないため、オリジナルとなります。
 三名とも物語には関わりますが、基本的に戦闘には距離を置き、スタンド・波紋は一切使用しません。
 あくまでもオリキャラとオリスタの攻防が中心となります。
 
□主な舞台は2020年のニューヨーク州南東部が中心です。
 また、特殊な設定として「徐倫逮捕後、ジョンガリ・A等の陰謀が上手く行かず、承太郎とSPW財団が脱獄を手伝わなかった」場合を描いています。
 これにより、1.プッチはメイドインヘブンを完成させておらず、そもそも脅威が認知されていません。
2.徐倫(28歳)は現在もフロリダの刑務所に収監中で、スタンド能力を得ておらず、精神的にも未熟なままです。
 3.つまり第六部の出来事の大半が起こっていません。
  
□ジョースター家とSPW財団が知っている「幼児のスタンド使い」が、静・ジョースターのみとなっています。
 マニッシュ・ボーイは認知されていません(緑色の赤ん坊は存在さえしていません)。
 花京院が誰にも伝えることなく死亡したか、DIO討伐後、財団が行方を追えなかったのかは想像にお任せします。
 
□最初の戦闘までがめっちゃくちゃ長いです。あと最初だけちょい古めな政治的話題が出てきますが、そのあとは特に出てきません。

146FBH:2016/05/15(日) 18:58:10 ID:3atvsi3M0
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 初めて殺した男の顔に見える。どの死体も同じ。いつもそうだ。そして男の目は、いつもあたしに何かを訴える。助けてくれなのか、殺してくれなのか、判断できない。

 念の為に、全員の頭にもう一発ずつ撃ち込む。9mm弾だと不安が残る。
 何年か前。あたしが戦ったスタンド使いは、四十五口径を頭に撃ち込んだというのに、構わずに突っ込んできたことがあった。そういうスタンドなのだと思ったけれど、違った。人間はそういう生き物だった。生命力の塊のようなところがある。

 そのスタンド使いの顔も、思い出そうとする度に、初めて殺した男の顔になる。

 デブの手に握られたMEUを見る。ガラスみたいに輝いているし、装飾用のメダルが銃身に埋め込まれていた。ガンマニアだったのかも。良い銃、文句なし、いかにもアメリカ的。でも、あたしのスタンドとの相性はイマイチだ。9mm弾が理想的だった。
 あたしの『ナポレオン・ソロ』には。

147FBH:2016/05/15(日) 18:58:52 ID:3atvsi3M0
 他に隠れている人間がいないか、部屋を見て回る。誰もいない。死体の散らかった部屋を出る。他の部屋を探すことも考えるけれど、一刻一秒でも早くシズカと、その仲間を始末するべきだと思い直す。いるかいないか分からない「敵候補」を探しまわっている場合じゃない。階段に足を掛ける。背中に嫌な気配を覚える。もしも、この階に、まだシズカの仲間がいたら? 既に増援が押しかけていたら? あの部屋の死体のどれかがスタンド使いで、「死後にスタンドが暴走するタイプ」だったら? 嫌な思いを拭えないまま、少しずつ階段を登る。

 四階だ。下の階とは趣の違う大扉が見える。共同階なのかもしれない。
 少なくとも、シズカと、その仲間と思しき謎の男は、さっきまでここにいた。
 心臓が跳ねる。最悪なのが待ち伏せだ。こちらには相手のスタンド能力がわからない……その上、シズカは「透明化」のスタンド能力を持っている可能性が高い。宙に浮かぶナイフが、あたしの頸を裂くイメージが脳裏を駆け巡る。

 汗の滲む掌とグリップの隙間から、スタンドが顔を出す。
 仲間たちが「ヴィジョン」と呼ぶそれは、魚の「エイ」に似ていた。手の平や甲から、バリバリと剥がれて現れるあたりが特にそうだ。眺めているうちに、甲の方からも「ヴィジョン」が剥がれ落ち、宙に舞う。あたじのむき出しになった手の骨が見える。

148FBH:2016/05/15(日) 18:59:38 ID:3atvsi3M0
「ヴィジョン」は「当人の人間性」を象徴するものだ、とコンスタディノスは言った。
 父の意見は逆で、あくまでも「スタンド」は「スタンド」という超常現象であって、人間の心の力を糧とする「当人とは別の生物」だと考えていた。実際、父のスタンドは、父の精神とは別に「意思」を持っていた。何が正しいのかは私にもわからない。わかるのは、この「エイ」達が、わざわざ現れては恐ろしい「顔」を見せる、その意味だった。

 空のビール瓶を相手に、初めてスタンドを使った時、その「エイ」は現れなかった。
 いつも、人を殺す時に、そのエイは現れる。それは明確過ぎる意思表示だった。
「エイ」達はいつも、歯を剥き出し、闇が続く空洞の眼を向けて、あたしを責め立てる。
 殺せ、と。

 あたしは駆り立てられるように、扉に向かって撃ち始める。

149FBH:2016/05/15(日) 19:00:22 ID:3atvsi3M0
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 椅子を窓際に寄せ、脚に『皮』を引っ掛ける。銀行強盗時代を思いだす。何度もこうして窓から飛び降りたものだ。何階までなら平気だったかどうかは覚えていない。この『皮』は引っ張るだけなら殆ど破れないが……落下の速度によっては、『皮』を巻きつけている俺の腕や肩のほうが壊れてしまう。

 窓から飛び降りる。二階を過ぎた辺りで、腕と肩に衝撃が走る。
 失敗したかと思ったが、腕は軽く締め付けられる程度で、肩が外れたり千切れたりはしていなかった。そして『皮』がゆっくりと伸び始める。『皮』はうちの銀行の従業員の受付嬢のものだった。特に利用価値がないと思いながらも、一通り集めておいた価値はあった。

 セブンスハウスの芝生につま先が触れた瞬間、頭上から銃声が響く。
 思わず、意味もないのに頭を庇い、壁際に身を寄せ、上を見る。窓ガラスがパリン、と軽い音を立てて割れ、気持ち程度の破片が遠くへ飛び散る。鳥肌が立つ。現実味はないのに死ぬほど恐ろしい。警官に撃たれた時だって、こんなに恐ろしくはなかった。

150FBH:2016/05/15(日) 19:01:23 ID:3atvsi3M0
 あれ? と肩越しから話しかけられる。俺は思わず叫び、その場から飛び退く。
 シズカ・ジョースターだった。セブンスハウスの外壁に寄り掛かり、煙草をふかしている。何故ここにいるとか、どうして平然としているのか、とか、色々な疑問が頭を巡る。けれども言葉にならない。彼女は、まだ半分以上残った細い煙草を芝生に投げ捨てると、スニーカーのつま先で踏み散らす。そしてニヤついた顔で俺に問い掛ける。逃げるの?
 俺は吐き捨てる。当たり前だろうが、イカれてんのか? あの女は銃を持ってるんだぞ。
 あっ、そう? とシズカは笑みを浮かべる。銃を持った相手と距離を取るほうが危ないと思うけどね。うるせえなあ、と思う俺の横を通りすぎて、シズカは俺の『皮』を間近で眺める。これがジョニーの『スタンド』? なんだかキモい動きしてたよねえ。ゴムみたいな性質?

 俺は、俺の『皮』に触れようとするシズカの手首を掴む。思う以上にしっかりとした、力強さを感じる太さの手首だった。俺は言う。やめとけ。それに触るべきじゃない。
 シズカは俺の眼を見て言う。ふうん、危ない「スタンド」なの?
 俺は言う。いや、「まだ」だよ。「まだ」危なくはない。
 シズカが問い返す。「まだ」?
 そして俺も答え直す。「まだ」だ。なんというか、お前らの言うところの『スタンド』というものを、俺はまだ飲み込めてないんだが……その『皮』は、俺の『スタンド』は、それ以上にややこしい。俺にもわからない部分が多い。
 わかるのは、俺以外には安全じゃない、ってことだ。

 シズカは俺の眼を見る。訝しむように目を細める。
 そして言う。ねえ、ちょっと、「ナニ」してるわけ……?

151FBH:2016/05/15(日) 19:02:13 ID:3atvsi3M0
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 思い起こせばロングビーチ。1990年の夏だ。俺は海パン一丁で砂浜に突っ立ち、缶ビールを勢い良く飲んでいる。一仕事を終えたばかりだった。つまり、強盗のことだが……この時の報酬は二十二万ドル。一生を遊んで暮らせるわけではないが、投資をすれば、その限りではない。
 もちろん、俺は投資なんてしないが。無駄に高級で着心地の良い海パンと、イカしたサングラスと、良い女と、酒を買い漁る。毎日が二日酔いで、朝まで騒ぎ、夕暮れ時に目覚める。海を見続ける。満ち溢れている。金がなくなったら、また盗めばいい。
 
 俺には「能力」があった。物理学の天才でも、ウォール街の野獣でも、バスケットボールの英雄でもないが、そいつらが一生を費やしても手に入らない「能力」だ。そいつは目に見えない。監視カメラに残ることもない。そして金庫を開け放つ。誰にも知られずに。
 そう思っていた。

152FBH:2016/05/15(日) 19:03:25 ID:3atvsi3M0
 珍しく昼に起きる。暑くて不愉快だ。ビールが次々に消える。Tバックの美女たちと白い砂浜に飽きて、街路をうろつき周り、潰れたビールの空缶をあちらこちらへ投げまくる。行く先々の露天で買い足す。そして占い商に呼び止められる。猫目のそいつは言う。おいおい、あんた、あんた、相当に「特別」だな。

 俺はビールを啜る。酷い二日酔いで身体がバラバラになりそうだ。俺は重い頭を抑えながら聞き返す。俺が「特別」だって?んなこたあ、俺にだってわかってるんだよ。そんな言葉じゃあ、気持よくなれないね。お前のその水晶球にも、一セントたりとも払わないぞ。

 猫目の占い商は言う。別にお前の汚れた金なんぞ欲しくない。手相を見せろ。
 掌を差し出す。その後でサッと血の気が引く。汚れた金?
 別に隠さんでもいい。占い師に守秘義務なんぞないが、通報する気もない。警察は占い師の言うことなんて信じないからな。犯罪がらみで最近、羽振りがよくなったんだろう。盗みかな……いや、しかし、ふむ……「運命」は恵まれていない……友人は得難いだろうが、それでも、素晴らしい「生命力」だ。余裕で百までは生きそうだな。しかも、他人にはない「能力」を「二つ」も持っているな。それとも「二つで一つ」なのか? 「一つが二つ」なのか……。

153FBH:2016/05/15(日) 19:04:04 ID:3atvsi3M0
 ……スパイか何かなのか?
 占い師は俺の掌をバチリと引っ叩く。スパイ? お前馬ッ鹿野郎だなあ。占い師だって言ってんだろ。う、ら、な、い、し、だ。西から東まで秘儀に通ずる本物の! お兄さんは中々ナイスな手相の持ち主だから特別サービスだ。アドバイスをくれてやる。

 ヒリヒリと痛む手の上に、占い師はマジックペンで記号を書き始める。完全な円が蛇行する線によって、真ん中から二つに割られている。オタマジャクシが互いの尻尾を食い合っているかのようだ。占い師はオタマジャクシの片割れを黒く塗り、両方の頭に小さな円を描く。そして言う。「陰陽」だ。「太極図」とも言う。道教における最重要の教義を示した図だが……お前さん、ロクに学校も行ってないだろう? ざっくり説明してやる。

 これはな、完璧なセックスを示すものだ。
 俺はビールを吹き出して、猫目の占い師の前で噎せ返る。ふざけてるのか?
 ビールを引っ被った占い師は言う……ふざけてるのはお前だろう。お前の力は実際、性的興奮を伴うものだろうしな……いや、逆か。性的興奮に能力が伴うのか。

154FBH:2016/05/15(日) 19:06:38 ID:3atvsi3M0
 パンツの中に手を突っ込み、「息子」を元気づける。極限状態でも頑張ってもらわなければ、あのイカれた女を倒すなんて到底無理だ。俺は、俺の股間に視線を向け続けるシズカに吐き捨てる。見てんじゃねえよ、 恥ずかしいだろうが!

 シズカはギョッとした目で、俺の股間を見る。いや、見るなって、ちょっと! 本当に何で「ナニ」してるわけ? ヤダ! エー! アリエナイ! キモい! そっちこそ、こっちを見ないでほしいんだけど……。

 俺はチュートップから覗く、シズカのふくよかな胸の谷間を凝視する。朝のことを思い出す。危ない女だと知っていたら、たぶん妙な妄想はしなかっただろう。だが今は関係ない。俺は空想上のシズカの中に入っていく。罪悪感や緊張感たっぷりの現実は、この際だから無視している。シズカも俺の目線に気付き、侮蔑の目を向ける。いや、いやいやいや、俺だって好きでやってるわけじゃねえよ。五十歳にもなってさ……でも仕方がないだろ。別に脱げとか言ってるわけじゃないんだぞ。本当はそうしてもらったほうがありがたいんだ。こんなクソみたいな状況じゃ、勃つものも勃ちにくんだよ……とりあえず黙ってヨソを向いてくれないか? ほんのチョットだけでいいんだ、あと少しで……ああ、「来た」ぞ……イイカンジだ。

155FBH:2016/05/15(日) 19:10:30 ID:3atvsi3M0
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 我々西洋人は、知らず知らずのうちに「絶頂」を最上のモノとしている、と猫目の占い師は言った。おそらくは一神教の世界観に由来しているんだろう。だが我々は神ではないから、「絶頂」は「永久」には続かない。我々が目指すべきは「永久」だ。

 占い師は太極図の円をぐるぐるとなぞる。これは男と女の交わりを示している。どっちの色が男か女なのかは横に置いておこう。互いの身体が、互いの身体に入り込み、混ざり合い、しかし一体になることはない。男が女に、女が男に力を与え、「永久」に「回転」を続ける……これが完璧なセックスだ。道教の信徒達は不老不死の仙人となるために、これを体得する。「絶頂」はない。「絶頂」は「永久」を止めてしまうからだ。

 おいおい、俺は確かに酔っ払ってるかもしれないけど、それでも話が見えないぞ。何が言いたいんだ? セックスで「イクな」ってことか?
 そういうことだ。
 じゃあ、いったいなんの話……え、そうなの? 本当に「イクな」ってだけ?
 そぉだっていってるだろぉ。別にセックスに限らないが、「イク」とお前の力は弱まるぞ。逆に「イク」ことなく性的興奮を持続させ続けるなら、お前の力は高まるんだ。でも、いいか、イメージしろ。お前は無限に続く高原に立っている。緩やかな起伏が広がる。登るべき山も、落ちるべき谷もない。お前は無限の高原を果てなく歩き続ける。他の連中は適当な所で満足している。ここがゴールだと。登り切った、落ちきった、などと……全て戯れ言だ。耳を貸すな。お前に限界はない。そして、その世界には太陽がない。何故なら、お前自身が太陽であり、太陽の力を手にしているからだ。

156FBH:2016/05/15(日) 19:14:36 ID:3atvsi3M0
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 呼吸の力がゆっくりと、全身に深く広がる。指先が痺れる。「来た」。漲る。そしてピタリと身体に留まる。エネルギーとしか言いようのない、熱量が身体を巡る。俺はシズカが触ろうとしていた『皮』を握る。血液が波打つ。際限なく波が広がる。「登るべき山も、落ちるべき谷もない。お前は無限の高原を歩き続ける」。その波が心臓から肺へ、そして俺の掌から『皮』に伝わり、『皮』が四階の窓へと勢い良く、ゴム紐のように跳ね戻っていく。

 俺は思い出す。「スタンド使い」達は、自らの能力に名前をつけている。何とも不思議で格好の悪いことだと思う。こんな特別な能力に陳腐な名前を付けることに、何か意味があるのだろうか? それでも俺も、「スタンド」という呼び名さえ知らなかったそれに、かつて名前をつけていたことがあった。

 それはこんな名前だった。【モンスター・マグネット】。

 シズカに話しかける。バツが悪い。まあ本当に……悪かったな、「オカズ」にしちまって、でも、元はといえばお前が……いや、すまない。でも、そういう力なんだよ。俺のは。
 俺に嫌悪を向けていたシズカの目は、いつの間にか、違った目に変わっていた。
 それが何の意味を持つのかはわからなかった。好奇? 驚き? 恐怖?

 シズカは言った。
 ……「波紋」?

157FBH:2016/05/15(日) 19:15:19 ID:3atvsi3M0
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 酔いから微妙に冷めてしまった俺は、占い師の手を振り払う。なんだそりゃあ。永久? 太陽? ヒッピーかよ。金は払わないからな。勝手に占いやがって。

 猫目の占い師はいう。なあに、占いってほどでもないし、金もいらない。「特別な手相」のマニアってだけだからな。そもそも、お前の力は専門外だし……チベットの連中の方が詳しいんじゃないかな……だがもし……この占い師のアドヴァイスがお前の役に立ったと思うなら……この名刺をやる。会いに来て、金を払えってんじゃないぞ。もしもお前の周りに「特別」な奴がいたら電話して、教えてくれ。逆にな、そいつが素晴らしい手相の持ち主だったら、金を払ってもいいくらいだ。じゃあな、飲み過ぎるなよ。

 俺は海水浴場の便所に入り、ビール色の小便をし、糞のはみ出した便器に名刺を捨てる。
 占い師のアドヴァイスは役に立ったというのに……。

158FBH:2016/05/15(日) 19:18:23 ID:3atvsi3M0
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 撃ち続ける。扉だったものの破片が飛び散る。エイ達が不気味な悲鳴を上げ、真っ黒な血を流しながら散り散りに崩れ始め、床に落ちる。やがて銃弾が扉を貫通しなくなり、錠の壊れた扉がゆっくりと開き始める。なんというか……「人に命中した感じ」がない。そんなもの気のせいだと言われたらそうかもしれないし、「スタンド使い」としてのあたしの特性なのかもしれない……。

 大広間だ。人の気配がない。大きな円テーブルと椅子が並び、簡易な書棚が並ぶ。
 そして窓が外に向かって空いている。

 大広間に足を踏み入れる……砕けたエイ達がパズルのように繋がり……また再び宙を舞い始める。ルールは単純だ。銃の形や種類、メーカー、国籍は関係ない。それらしいものなら水鉄砲だっていい。実際、暗殺の時ならオモチャの方が何かと便利で……とにかく、それが銃の形をしていれば、エイ達はそれに力を与える。「無限の銃弾と、有限の威力」。再装填どころが、弾倉さえいらない。撃てば撃つほど、少しずつ威力が弱くなる……同時に、エイ達が苦しみながら砕ける……途中でやめてしまったけれど、最後には銃口から数センチ離れた空中で、弾丸が静止してしまうほどだ(スタンドの弾丸だから、重力に従って「落ちる」ことがない)。でも、しばらくすれば威力も、エイ達も復活する。

159FBH:2016/05/15(日) 19:20:36 ID:3atvsi3M0
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 エイ達には名前があった。一匹ずつそれぞれにではなく、彼らを示す名前が。
 脳裏を記憶が掠める。ソファに腰掛ける父が、アメリカ製の古いドラマを見ている。かなり微妙なイタリア語の吹替がついている。私は父の隣に座る。一緒に壁掛けテレビを眺める。やがて、父とは一緒に見なくなる。

 英語で会話が出来るあたしには、わざわざ下手くそな吹替で見る意味がないから、とあたしは父に言った。大嘘だ。一緒に見なくなったのは、あの若いブラジルの男の死を……心のどこかで……父のせいにしたかったからだ。
 父に憧れた。ギャングに。ガンスリンガーに。人殺しに。間違っていた。最低だ。あたし達が社会に対してある種の貢献をしているという言い分を、世間は認めることがない。世間は私達に白い目を向ける。人々の気持ちも、言い分もわかる。あたしにだってわかる。あたしが「普通の」友達を学校でつくるなんて、不可能もいいところだからだ。

 あたしがマフィアの家に生まれたのは、父のせいだ。
 でも私が父に憧れたのは、父のせいなんかじゃない。
「普通の」人たちほど多くはないにせよ、私はいくらだって他の道を選べた。

 ドラマを違う時間に、同じテレビで見る。食卓の話題がズレることはない。それでも寂しがった父は、ドラマの主人公が使っていたピストルと、全く同じピストルを私にプレゼントする。ワルサーP38K。形ばかりではあるけれど、改造が施されていて、原型がない。あたしたちはそれを「アンクルスペシャル」と呼んでいた。

160FBH:2016/05/15(日) 19:22:16 ID:3atvsi3M0
 エイ達が初めて現れたのは、その時だった。あたしのヴィジョン。気のせいかもしれないけれど……その最初だけは、かなりと痛みと恐怖を伴った。父は私を抱きかかえながら、あたしの手の肉と皮から生まれた、悪魔の顔を持つ「スタンド」を銃眼に納めていた。

 父さん、と呼びかける。あたしのスタンドだ、あたしの、あたしの、あたしの「スタンド」なのに、なんで……。
 あのブラジル人と同じ顔に見えるの、と言いたかった。それを飲み込んだ。
 父は言った。落ち着け。自分にさえ敵意を向ける「スタンド」だってある。友達ってわけじゃあないからな。それにしても、なるほど、これがお前の……いや、お前の銃の持ち主……【ナポレオン・ソロ】ってわけだ。

161FBH:2016/05/15(日) 19:23:10 ID:3atvsi3M0
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【ナポレオン・ソロ】。複雑な気分になる。ロバート・ヴォーンは好きな役者だった。父から貰った「アンクルスペシャル」は今でも大切にしている……あの殺戮現場と化したセーフハウスに置いてきてしまったことが心残りだった。頭にくる……でも【ナポレオン・ソロ】という名前と、それと同じ名前のエイ達は、今でも全く好きになれない。あたしがこれまでに会った「スタンド使い」達は、大なり小なり自分の才能を誇り、愛し、受け入れているというのに、あたしだけが……。

 警戒を切らさないように、窓に近付く。開け放たれた窓に下に立てかけられた椅子の脚に、肌色の布が結び付けられている。布に触れる。いくらか頑丈そうで、十分な長さがある。舌打ちする。古典的だ。まるで脱獄映画。こんなくだらない方法で逃がしてしまうとは……。

 心臓が跳び跳ねる。
 布から生えた手が、あたしの腕を、ありえないほど強い力で掴む。
 それが手だと認識した瞬間には、既に布は「人」へと姿を変えていた。
 全裸の女だった。ただ、眼窩にぽっかりと開いた闇が、あたしを見つめていた。
 それが、両方の眼で見た最後の光景になった。

162FBH:2016/05/15(日) 19:26:02 ID:3atvsi3M0
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「波紋」? 何の話だ、とシズカに問い返すが、シズカは何も答えず、口元に手を当て、何かを思案しているかのようだった。ぶつぶつと呟く。「波紋」? PISCESの? そうこうしているうちに、悲鳴と銃声が響く。上手く行っているとは思わないが、まあ最悪というほどでもない。
 
 これで「片目」は奪った。射撃において両目が使えない、というのは致命傷だ。人間は両目で距離を計る。射撃の危険性が格段に下がったと考えていいだろう。
 
 それは甘いよ、とシズカは言った。“リザード”、悪くはないけれど、凡ミスが多いね。
 俺は応える。凡ミス? 何が?
 まず第一に、連中は視力を失ったくらいだと、大して動揺しないんだよ。そういう風に訓練されているから、というのもあるけれど……「傷を治すスタンド」が背後に控えているからね。まあ、彼女のボスがそういうスタンドなんだけど……怪我をしても治る前提で突っ込んでくるから、怪我はあまり意味がないよ。殺す気がないなら、手足を奪うとか、頸を締めるとかの方がよかったんじゃない?
 
 俺は唖然とする。どうして何階も上で起こっている状況を、まるで見ているかのように把握できるのかさっぱりわからない。なぜ「視力を奪った」と判断できたのか?
俺は応える。でも、怪我は大きいだろう? 片目だ。射撃の命中精度が……。
シズカが鼻で笑う。命中精度ォ? “リザード”、いったい、アイラの「スタンド」を何だと考えているの? まあ、全く頭に入らなかったんだろうけどさ……。

163FBH:2016/05/15(日) 19:28:35 ID:3atvsi3M0
 俺はギョッとする。「スタンド」。全く考えていなかった。いや……。
 よーく、今までの状況を振り返ってみなよ、おかしな点が一杯あるでしょう?

 俺は振り返る。おかしな点……おかしな点?
 セブンスハウスの芝生が風に揺られる。ふとアパートの外に目をやると、鉄柵の外側でイエローキャブが走り回り、なんとなくいけ好かない、高慢な感じに溢れたバアアとフレンチプードルが街路を……冷や汗がどばっと溢れる。そうだ、何故、あんなに平然としているんだ? 何故、誰も通報しない? テロにビビりまくりのアメリカ人が、どうして何事もなかったかのように……。
 シズカは笑う。ああ、そっちから気付くのね。まあ、そうだよね。それも大事だね。
 俺は訊く。銃声を掻き消すスタンドなのか?
 シズカは応える。いや、違うよ。というより、たぶん、そのヒントだけだと、色々な辻褄が合わない。もっとよく考えて見ればいんじゃないかな。

 逡巡する。何も思い浮かばない。銃がヒントなのは間違いない。何度も思い浮かべる。窓枠に当たった銃弾、階下からの銃声、それから真上から聞こえる銃声……。

 シズカは芝生を毟り始める。いやいや、さすがに気付いてほしいなァ。簡単でしょ?
 おっ勃ってる暇があるなら、そういうことに集中すべきだよ。
 俺は応える。いや、おっ勃てるとか言うな……銃自体がスタンドなのか?
 シズカは俺を睨みつける。当てずっぽうで言ったね? そんなことで大丈夫なわけ? アイラは”リザード”の「スタンド」……まあ「スタンド」でいいか。「スタンド」を把握してしまったというのに。だいぶ不利な取引じゃない? 少なくとも、「スタンド」の情報は、彼女の片目なんかじゃ割に合わないけど。

164FBH:2016/05/15(日) 19:30:19 ID:3atvsi3M0
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 残った左目で、血を眺める。痛い。眼窩の中でぐちゃぐちゃになった目の残骸が、ずきずきと脈打つ。あたしは呟く。危なかった。しっかりしろアイラ、助かったんだ。両目だったら完全に詰んでいた。しかも敵のスタンドを把握できた。殺せ。殺すんだ。泣き叫ぶのはシズカを捕まえた後でいい。

 穴の開いた布切れを見る。グズグズに崩れ始めている。人型だ。風船みたいなものだろうか? 「スタンド本体」という感じではなさそう……撃った時の感触が、やっぱり、人を撃った感じではなかった。

 かなりの不覚を取ったけれど、収穫は大きい。
(1) シズカではなく、もう一人のスタンドだ。「アクトン・ベイビー」と違いすぎる。
(2) 強力過ぎる。近距離でも遠距離タイプでもないかもしれない。
(3) 条件付きの「罠」を生み出せる。
(4) 「罠」のパワーは強いが、非常に脆い。銃弾一発で穴が空いて破裂した。
(5) 「罠」のパワーの強さから推測するに、おそらくスタンド自体のパワーは、さほど強くない。
 
 深呼吸をする。眼が痛む。頭も痛い。鎮痛剤を持っていない。歯を食いしばる。
 エイ達が悲鳴を上げながら飛び回り、壁にぶつかり、お互いを食い合っては再生する。言わんとしていることはあたしにもわかる。殺す。絶対に殺す。

165FBH:2016/05/15(日) 19:31:37 ID:3atvsi3M0
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 俺はゾッとして、背筋を冷や汗で濡らす。おいおい、脅すなよ……。
 シズカは平然とした顔で応える。脅してないよ。普通に危ないだけだって。たぶん、このままだと殺されるんじゃない? 頑張りなよ。まあ別に逃げてもいいけどねえ。彼女一人じゃあ追ってこれないだろうし……その場合は、後で大群で襲われるのがオチだけど。
 わかったわかった、わかってるよ! 俺は踵を返し、セブンスハウスの玄関に向かう。そのくらいわかっている。片目を盗ったんだ。ここで見逃してもらうなんて選択肢はなくなった。逆だ。俺が逃げるなんて以ての外だ。アイラを逃がしてはいけない。勝ち目が完全になくなる。

 ところでさ、とシズカが背中越しに話しかける。彼女、殺さないわけ?
 俺は応える。別に殺したくないわけじゃない。殺せないんだよ。
 なんで?
 俺は若い頃に、色々悪いことをやったが、と応える。子供は殺さないと決めたんだ。別にモラルの問題じゃない。子供殺しにとって、刑務所は地獄だ。俺みたいなジジイだと確実に生き残れない……今までブチ込まれなかったことは奇跡だ。ここで子供をぶっ殺して捕まってみろ、今までの諸々の罪込みで、寿命が来るまで地獄で過ごすことになる。
 ふうん、とシズカは応える。勃ちっぱなしの割には、カッコイイこというね。
 うるせえな! と振り返ると、そこに彼女の姿はもうなかった。

166FBH:2016/05/15(日) 19:48:38 ID:3atvsi3M0
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 ピストルを構えながら階段を降りていく。ぞわぞわする。エイ達も押し黙って静かになる。まだ意図は読めないけれど、シズカ達があたしを殺そうとしている可能性は確実にある。逃げている可能性もある。そうだったらいいのに、と思わないこともない。片目を失って逃げられたというのであれば、まだ格好は付く。気が楽だ。少なくとも最悪ではない。ただ、良くもない。仲間を皆殺しにされて、なんの収穫もなく……。

 わからない。わかるのは、殺さなければいけない、という点だけ。
 少なくとも、殺すつもりでなければ……こっちが殺される。

 二階で異変に気付く。エントランスホールで「ガヤ」が起きている。何故? あたしのスタンドは殆どの一般人には見えないし、聞こえないはずなのに。いや、そもそも、このアパートにはそんなに人がいたのか? 階段の手すりから覗き込むと、ロビーが人で溢れかえっていた。

 奇妙な光景だった。
 誰もが真っ黒な眼で、頓珍漢な行動を繰り替えしていた。服装も意味不明だ。医者のような白衣の男は、ソファに座り、存在しないノートパソコンのキーを叩き続けているように見えた。スーツ姿の若い女は、浄水器の水を延々と飲み続けているし、その近くで海パン姿の男が、何やら陽気にテレビCMの話をしながら、ぐるぐると、同じ場所を歩き続けている。そういう意味不明な連中が三十人も四十人もいた。「スタンド」の能力だ。

 これで確定だ。近距離タイプではない。遠距離タイプかどうかはわからないけれど、少なくとも、スタンド本体に力があるタイプではない。そうだとしたら、あまりにも強力過ぎるスタンドだ。こんな生き人形を、何十体も生み出せるのだから……。

 明らかな「足止め」だ。他の出口、例えば非常階段か何かを探して、そこから出るべき?
 それとも正面突破を試みるべきなのか。

167FBH:2016/05/15(日) 19:51:31 ID:3atvsi3M0
決め手となったのは、私の片目を奪った「スタンド」の能力。
 あれは私が布に触れた瞬間に起動するタイプの「スタンド能力」だった。今、目にしているのは既に起動している「スタンド能力」。ある程度、自律的に動いているけれど、例えばアパート内にいる私を探しまわって、殺す、という感じではない。同じ所で、同じ行動を繰り返している。おそらくは共有スペースの全裸の女のような「罠」タイプ。何かに反応して私を襲うようになるはずだ。
 
 ただ、はず、というだけ。他の目的や能力があるのかもしれない。
 それを確かめなければいけなかった。仮にシズカ達に逃げられたとしても、スタンドの情報だけは持ち帰らなければいけない。それが暗殺の糧になる。
 
 床に向かって『ナポレオン・ソロ』を放つ。床に銃弾がめり込む。謎の「スタンド」人形達は反応しない。あたしの『ナポレオン・ソロ』の銃声は、殆どの人間には聞こえない。例外は三パターン。「スタンド」使い。『ナポレオン・ソロ』を認識したか、撃たれた人間。それから……極々特殊な例だけれど、強い警戒心がある人間。「スタンド使い」とは別種の超能力者といってもいい。
 
 それから英語で叫ぶ。動くな! ホールに響き渡る。人形たちはあたしを一瞥さえしない。少し恥ずかしいくらいだ。これで少なくとも、この「スタンド」が音に反応するタイプではないことはわかった。後は「何」に反応するのかだ。「触れる」ことに反応することはわかっている。「加害」はどうだろうか。

168FBH:2016/05/15(日) 19:52:16 ID:3atvsi3M0
『ナポレオン・ソロ』を放つ。瞬く間に銃弾が、看護婦姿の「スタンド」人形の胸を貫く。人形は旋回する銃弾に巻き込まれて、妙な壊れ方をする。人間と違う壊れ方。引き裂かれてバラバラになるかのよう。人形たちは丸い暗闇の眼で、一斉に私を見る。
 
 人形たちが走りだす。速い。かなり速い。強力な「スタンドパワー」が込められている。ちょっと強力過ぎるくらいだ。脆さと引き換えなのだろう。これでわかった。人形は「触れる」か「危害」を加えられると、そいつを襲うように作られている。極々単純な、ベアトラップのような仕組みだ。何の問題もない。
 
 次々に撃ち抜く。厳密に言えば、弾をバラ撒く。左目が見えないというのもあるけれど、そもそもあたしは……当てるのが上手くないし、そういう訓練は殆どしていない。大概のガンスリンガーは線や点をイメージして、何かを撃つ。あたしは面を意識する。野球のストライクゾーンのような面だ。ど真ん中じゃなくていい。面のどこかに入れば誰かが死ぬ。
 
 あるガンマンは言う。頭に当てれば一発だと。
 あたしの父は、そういうのが得意だった。
 でも、一撃必殺でないとして、何が問題なの?
 一発で死なないなら、死ぬまで何発でも撃ちこむだけでしょう?

169FBH:2016/05/15(日) 19:55:06 ID:3atvsi3M0
 群れる人形たちが死体の山に変わり、死体の山がしおれて布切れに変わる。
 そして静寂。エントランスホールでは不気味な抜け殻が散乱する。何かがおかしいと思う。こんな楽になぎ倒せるような人形たちを、なぜバラ撒いたの? 足止めにしても、かなり中途半端。考えてもわからない。相手のスタンドがわかったところで、あいての戦法が見えなければ、確実に拾える情報なんて何もない。

 エントランスホールを、抜け殻たちを避けて歩く。出口に向かう。ふと考える。出口だ。このまま帰れる? シズカのスタンドさえ見ていないけれど……それはもう、残った片方の目でしか見ることができない。片目を失った今なら、イタリアへ逃げ帰ることは許されるのだろうか。可能性はある。殺意と安堵が交互にやってくる。

 出口に近づいていく。他の部屋は探索しなくていい? 近くに「人形」たちのスタンド使いが潜んでいる可能性はゼロではない……強いかどうかは別として、かなり力のあるスタンドだ。こうなると、遠距離タイプだとも思えない。もっと特殊な型のスタンドなのかもしれない。罠の種類が予測できない以上、次々と罠に飛び込んでしまう可能性もゼロではない。

 どうすればいいのだろう。人形たちの抜け殻を越えて、エントランスホールのカーペットの上を踏み歩く。出口へ一歩一歩近づいていく。
 
 がくん、と視界が揺れる。

170FBH:2016/05/15(日) 21:20:44 ID:3atvsi3M0
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【モンスター・マグネット】には、ある種の知性がある。少なくとも、機械や植物に知性があると思うなら、『モンスターマグネット』のそれは知性だ。

 人間にも、ある種の知性がある。例えば、俺の親父はよく俺と母親を殴った。奴は合理的観点から……つまり、「父親には従うものだ」という教育的な理由から、俺たちを殴っていると信じていたが、真実は違う。奴はろくに考えもせずに俺たちをぶん殴っていた。

俺たちにもある種の知性がある。何気なくそれを使う。なんとなく赤信号で止まり、いつものパスワードを使い、当たり前のように食後に皿を洗い、そして妻子をぶん殴る。俺はそれを『慣習』と呼ぶ。

171FBH:2016/05/15(日) 21:22:13 ID:3atvsi3M0
【モンスター・マグネット】はそれを盗む。『慣習を盗む』。ある思考の様式。記憶にこびりついた、計算を必要としない知性。それを盗む。盗むと言っても、盗まれた奴から記憶やIQがすっぽりと抜け落ちるわけじゃない。あくまでも盗むのは『慣習』だ。『慣習』はいずれ復元される。最初ばかりはクレジットカードの暗証番号をド忘れしたり、鍵や財布をどこにしまったか思い出しにくいかもしれないが、何かがなくなるわけじゃない。

『モンスターマグネット』が盗む慣習は『皮』の形態を取る。まさに薄っぺらな知性だからだろう。小さく丸め込めるし、まあまあ丈夫で、ある程度は自在に伸び縮みする。そして『氣』を吹き込むと、そいつらは慣習を……知性を再現する。

『皮』は、多少ズレていたとしても、ある程度は人間のように振る舞う。記憶があり、思い思いの行動をする。でも人間ではない。数字は知っているが計算はできない。何桁もの暗証番号を記憶しているが、新しいことは覚えられない。会話はできるが秘密は持てない。感情はあるが他人に配慮ができない。命令しても完璧にはこなせない。なにより、恐ろしく脆くなる。

 そして、触れたり、危害を加えるとブチ切れる。

172FBH:2016/05/15(日) 21:25:11 ID:3atvsi3M0
アイラが悲鳴をあげて崩れ落ちる。ほんの少しだけ『氣』の入っていた『皮』が、エントランスのカーペットの下、アイラの尻の下敷きになり、エネルギーを失って息絶える。だが、ただ消えたわけじゃない。自分の体を踏んだアイラに『ブチ切れ』て、その足首をへし折ってから消えた。

アイラが右足を見る。妙な方向に折れ曲がった足首を見て青ざめる。右目から一筋の血を流している。俺は嫌な気分になる。何が悲しくて自分より何回りも若い女の子の眼を潰して、足をへし折らなければならないのだろう。サディスティックな気分にすらならない。

でも、と俺は思う。殺すわけじゃない。
『皮』の端と端を結び合わせ、輪を作る。輪は俺の指に合わせて、ゴムのようにしなやかに伸びる。十年ぶりくらいな気もする。こんな遊びをするのは。だが、誰もがする遊びだ……指をピストルに見立て、巻き付けたゴム輪で友達を撃つアレだ。

殺すわけじゃない。でも殺さない理由も見つからない。殺す気でやるべきなんだろう。

173FBH:2016/05/15(日) 21:33:26 ID:3atvsi3M0
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 右足を折られた! 痛みで頭がくらくらする。ちくしょう、と叫ぶ。ちくしょう、ちくしょう! もう逃げられない。最悪だ。こんな単純な罠にやられるなんて。それも、ベアトラップだ。ほんの数分前に思い浮かべていたくらいなのに。

カーペットを撃ち抜く。ドカドカと本物かどうか微妙な大理石の床が砕かれて割れる。なんの反応もない。こんな痛手を負ったのに、別のスタンド能力なのか、同じスタンド能力の別な表現なのかもわからない。

あまりにもおかしい。
この一連の流れが、同じスタンドによる攻撃なら融通が効きすぎる。強すぎる。射程も長ければパワーも強いし多彩だ。『人形』の脆さと引き換えにしたとしてもおかしい。何かを見落として……。

バチン、と横っ面に何かが当たる。
狙撃だ、やられた、死んだと思った。冷や汗をかく。すぐに自分の頭がまだ、首から上に付いていることを確認する。顔に手を当てる。血の一滴すら付いていない。

いったい何……と言いかけた瞬間に、自分の首に何かがぶら下がっていることに気付く。細く、幅広な紐だ。それに触れる。奇妙な質感だった。そして覚えがあった。これは……

174FBH:2016/05/15(日) 21:34:46 ID:3atvsi3M0

バチン、と首に衝撃が走る。
紐が一気に縮み、あたしの首を締め上げる。
やられた。
やられた! なんども後悔する。『触れる』ことが発動条件だと知っていたはずなのに。あの『人形』達を撃ち殺しすぎたせいで、『危害を加える』発動条件に意識を向けすぎてしまった。

また罠だ。おそらくは最後の罠。最後の一撃だ。首に巻きついた紐を外そうとするが、ビクともしない。指の一本すら入る隙間がない。切る刃物もないし、折れた足では探しに行くこともできない。紐はゆっくりと深く強く締まっていく。息ができない。痛い。瞬く間に血管が締まり始め、意識が遠のいていく。首を折るためじゃなくて、気絶させるための力加減だ。

それでも、落ちたら死ぬ。間違いない。
シズカも、パッショーネも、あたしを生かしておく理由がない。
 落ちたら死ぬ。
落ちたら確実に死ぬ。
エイたちがあたしの真上を、慌ただしく飛び回る。

175FBH:2016/05/15(日) 21:35:21 ID:3atvsi3M0

あの男の顔が浮かぶ。
殺さないでくれと懇願する顔だ。あたしはそれを無視して殺した。父さんみたいになりたかった。父さんみたいなギャングになりたかったから、あたしは呪われた。あたしは二度とまともには生きることができない。いずれ誰かに殺されて後悔しながら死ぬ。それは仕方ない。あたしが選んだ。殺されるのは運命だ。

それは仕方がない。
でも、殺されても絶対に殺してやる。

176FBH:2016/05/15(日) 21:36:05 ID:3atvsi3M0
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アイラが乱射を始める。辺り構わず銃弾を撒き散らす。俺の近くに一発が飛んでくる。俺は慌てて扉の影に身を隠す。バスバスと銃声が鳴り続ける。

そして、今更ながら気付く。
何発撃つんだ? 銃声が鳴り止まない。装填の隙さえ見当たらない。ちゃちな銃から延々と何十発も吐き出す。アイラのスタンドは銃そのものだったのかもしれない。

冷や汗をかく。俺のスタンドは近接戦闘はできないから取り止めたが……もしも近接戦闘用のスタンドか、ナイフか何かを持っていたら、弾切れのタイミングを見計らって、接近していたかもしれない。銃があれば顔を覗かせて、撃とうとしていたかもしれない。死んでいたかもしれない。

もちろん、もう終わった話だ。
銃声が止む。

177FBH:2016/05/15(日) 21:36:50 ID:3atvsi3M0
扉から覗き込む。銃痕があちらこちらへ散らばっている。天井にさえついている。そしてアイラが横に倒れている。死んではいない。たぶん。今のところは。まぁ時間の問題だ。早いところ『皮』を外してやらないと、首が千切れるだろう。殺す殺さない以前に、そういうスプラッタなものは見たくない。

 偽物くさい大理石のフロアを渡っていく。慎重に。万に一つもないが、気絶したフリという可能性はゼロではない。

 首締め輪はメキシコ人の処刑方法だと聞いていた。話の元もメキシコ人で、ひどく酔っ払った状態での話だったから、本当かどうかはわからない。モーターで自動的に、不可逆的に、頸動脈や気道千切れるまで締まっていく首輪。ヘヴィだ。まさか投票権すらない女の子に使うことになるとは。

十分に近づいたところで、安堵する。細かな痙攣が見える。気絶している。寝たふりではないのは明らかだ。早いところ、首輪を外さなければ……。

178FBH:2016/05/15(日) 21:38:01 ID:3atvsi3M0
側に立つ。改めて思う。小さくて若くて頼りがない。十代で強盗をしていた俺が言えた義理ではないが、世も末だ。若い暗殺者。なぜこんなことを?

顔が見たくなったのは、単純な好奇心だ。自分を殺そうとした奴の顔、若い暗殺者の顔。それでどうしたいかというわけもなく、ただ見ておきたかった。

銀行強盗なんて、犯罪の世界では『狭間の存在』に過ぎない。この世界とあちらの世界の『狭間』。マフィアやギャングは完全にあちらの世界へ踏み落ちた住民だ。若くして何故? 何故、シズカと俺を殺そうとしたのか?

肩を掴み、引き倒す。苦悶に歪んだ顔だった。頬を引きつらせ、口から泡を吐き、残った方の瞳が、白目を向いている。美人ではないかもしれないし、片目を潰されていたが、可愛らしい、普通の女の子だった。

179FBH:2016/05/15(日) 21:38:46 ID:3atvsi3M0
だが、首輪は外れていた。
アイラは首筋からドクドクと血を流していた。丸い銃痕。まさか、と思う間もなく、カハッ、と息と血を吐いて、アイラの体が跳ねる。そして片目を見開く。
俺を見た。あっけらかんとした、無垢な瞳だと思えた。その瞬間だけは。

180FBH:2016/05/15(日) 21:40:01 ID:3atvsi3M0
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確信はなかった。
あたしの『ナポレオン・ソロ』は融通の効くタイプじゃない。威力がコントロールできない。最初は強すぎるし、撃ちまくれば弱くなりすぎる。死ぬ可能性はあった。でも可能性だけだった。確実に死ぬよりはマシだと思えた。

『人形』が脆いのはわかっていた。弱い攻撃でも、貫通力があれば引き裂ける。問題は、どのくらいの威力ならあたしが死なないか、だけど、答えは分からなかった。どこに当てても死ぬ気がした。それでも賭けるしかなかった。

意識が途切れる寸前まで撃ちまくった。
そして最後の一発を、自分の首筋に撃ち込んだ。威力が強すぎれば死ぬ。当たりどころが悪くても死ぬ。でも死ぬか死なないかよりも、もっと大事なことがあった。皆殺しにしなければいけない。

あたしはギャングだ。
舐めた奴は殺さなければ。
最後にそう思った。
やっぱり、だから、結局は、あたしはギャングなんだ。そして意識が飛んだ。

地獄だと思った。身体中が痛かったから。男が目を見開く。見覚えのある顔だった。キン、と静寂が耳に痛い。そして気付く。手の感覚が覚えている。あたしは銃を持っている。あたしは死んでない!

殺さなくては!

181FBH:2016/05/15(日) 22:13:38 ID:3atvsi3M0
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全てがスローモーションに見えるようだった。アイラがどす黒い殺意の視線と、チャチな拳銃の銃口を向ける。終わったと思った。死ぬ。殺される。だが俺もゆっくりと動いていた。息が吐き出される。独特のリズムが身体に残っている。まだ勃っている。ドクドクと抗いがたい快感が全身を巡る。俺の『氣』が勢いよく、肺から心臓へ、そして掌へ、そしてアイラの肩へ向かう。だがどうする? 考えている時間もない。

182FBH:2016/05/15(日) 22:14:28 ID:3atvsi3M0
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勝ったと思った。殺した。いくらあたしがノーコンのヘタクソでも、この至近距離では外す方が難しい。そして、この『人形』使いの男のスタンドは明らかに近距離タイプではない。負ける要素がない。男の額に銃口を向ける。

『ナポレオン・ソロ』の銃弾が吐き出される。
そして真っ直ぐに、「あたしの人形」の額へと突き刺さった。

183FBH:2016/05/15(日) 22:15:45 ID:3atvsi3M0
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アイラの『皮』が先に動いていた。まだ完全な再生すらされていない、上半身だけのアイラの『皮』だ。繰り出されたパンチがアイラの横っ面に突き刺さり、アイラが吹っ飛んでごろごろと転がっていく。そしてアイラの銃弾が、皮を突き破って俺の右肩を抉った。

偶然だったし、試したこともなかったし、後悔した。
俺のスタンドは対象に触れることで『皮』を奪取する。一瞬で済む。だが、『皮』に『氣』を与える工程と同時に行ったことはなかった。今回は偶然だ。偶然、アイラの肩に触れていたから、『皮』が盾になってくれた。

偶然。つまり、二度はないということだ。
 後悔しているのは、どうして「殴る」という指示……というか、意思を『皮』に持たせてしまったのかだ。銃を奪うか、残った左目を潰すべきだった。
 
アイラが、殴られ、砕かれた横っ面を押さえ、苦痛に顔を歪ませ、折れた足を庇うように、ゆっくりと立ち上がる。そして俺に銃口を向ける。肩の痛みが温かく感じる。もう、打つ手はなかった。

だが、アイラは撃たずに、俺をじっと見据え続ける。最後の瞬間は近付いているというのに、俺はひどく冷静で、頭の中も、心の中も空っぽだった。ただ死ぬんだと思った。はじめから、何もなかったかのように。

184FBH:2016/05/15(日) 22:18:49 ID:3atvsi3M0
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顔を吹き飛ばされたと思った。
かなりの破壊力だった。あたしの「人形」の攻撃だ。
 間違いない。今までの攻撃は、この男のスタンド攻撃だったんだ。
でも何をされたのかはわからない。ダメージを確認する暇もない。

でも、不安があった。こいつの布のスタンドは「あれ」に似ていた。反則級のスタンドだ。生命をつくるスタンド。攻撃を跳ね返すスタンド。あたしのボスのスタンド。

呼吸が苦しい。折れた脚が痛むのに、顔の感覚が殆どない。口の中に血が溜まる。吐き出すと、粉々に砕かれた歯が混じっていた。首筋に手を当てると、べっとりと生温かい血がこびりつく。怪我の具合はわからないけれど、たぶん、次に攻撃を受けたら、二度と立ち上がれない。
 
 あたしは訊ねる。シズカはどこだ?

185FBH:2016/05/15(日) 22:20:28 ID:3atvsi3M0
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 心の奥底から、じわじわと恐怖が湧いてくる。
 最悪だ。すぐに殺された方がマシだった。さっきまでは捨て鉢になって、恐怖がなかったというのに。肩の痛みが心臓のリズムに合わせて跳ねる。ちんぽこもついにしおれてしまった。本当の本当に打つ手がないというのに、なんとかこの膠着した状況を一秒でも長く続けるための言葉を、俺の脳が全力で探し始める。だがシズカ? シズカがどこにいるかなんて、わかるはずもない。
 
 シズカ? と俺が尋ね返す。シズカが気になるのか?
 ズドン、と、俺の耳元を銃弾が通り抜けていく。痛いと思うが、本当に耳に当たったのかどうかはわからない。確かめている場合でもない。動いたら撃たれる。今のは、とアイラが言う。外したワケじゃない。外れたんだ。当てるのは苦手だ。この距離、このコンディションなら、その頭に当る確率なんて三割もない。でも、次も頭を狙う。質問に答えないなら撃つ。
 
 俺は後悔する。ジョースターに関わるんじゃなかったとは思わない。自分の人生もどうでもいい。ただ、最後の最後で十代の女の子をズタズタにして、その仕返しに殺されるなんて、情けないにも程がある。

186FBH:2016/05/15(日) 22:21:41 ID:3atvsi3M0
 カチャン、とドアノブの軽い音が鳴る。
 バッ、とアイラが音の鳴る方へ拳銃を向ける。
 俺は横目で音の出処を見る。それはロビーの出口とは程遠く、階段に近い、女子トイレのドアだった。扉が開き、中から、ハンカチで手を拭くシズカがゆっくりと現れる。そして吐き捨てる。それで、いつになったら終わるわけ?

187FBH:2016/05/15(日) 22:36:18 ID:3atvsi3M0
いやに不機嫌そうな表情だった。厚手のハンカチを尻のポケットに収める仕草……改めて俺たちの方を向く。殺戮の現場にいるとは思えないほどの図々しい態度で言い放った。ああ、やだやだ。やたら戦闘が終わるのが遅いからさ、トイレ、我慢できなかったよ。はぁ、ムカつく……私、ちょっと潔癖なところがあってさあ、自分の家以外のトイレ、使いたくないんだよねえ。誰かの尻と同じトイレを使うなんてさ、ありえないよ……そんなわけで、早く終わらせて欲しかったんだけど、あと、どれくらいで終わる? もう終わる?

アイラが再び俺に銃口を向ける。
動くな、と言う。顔色は真っ青だ。血を流しすぎたのかもしれないし、新しい……というか、本命の敵の堂々とした登場に怯えているのかもしれない。どちらにしても、俺ほどは危険な状況に置かれはいない。

動いたら、こいつを……
殺すって? とシズカがハナで笑う。じゃあ早く殺せばあ? 言っとくけどね、彼はもう『死んだ駒』だよ。死んだも同然なのに、殺す殺さないとか意味ないでしょ?

お、おい……と、慌てる俺にシズカが声をかける。あ、でもねぇ、リザード! あなた、結構、イケてたよぉ。戦闘初心者って割には、考えて戦ってる感じもあった。実際、「捕える」じゃなくて「殺す」だったら勝ってたんじゃないかなあ。今更言っても遅いだろうけど。

そして言い放つ。まあ40点かな、と。これからに期待だね。とりあえず、もおいいよ。アイラは私が殺っとくからさ。

188FBH:2016/05/15(日) 22:38:11 ID:pN0TYtzM0
そしてシズカはアイラの方を向く。黒髪が揺れる。空気が一瞬で張り詰める。
アイラは明らかに動揺を顔に浮かべて、シズカにさっと銃口を向けるが、何故か撃たない。

 シズカはニヤリと笑う。で、アイラ、あんたは……イケてないね。ギャング、向いてないと思うよ。もっとも、それも今日で終わりだけどね!

そして、アイラに向けてズン、と足を踏み出し、一歩、一歩と歩き出す。

シズカは言った。
アイラ、アメリカにようこそ……殺してやる。

189FBH:2016/05/15(日) 22:39:21 ID:3atvsi3M0
狂気の沙汰だった。拳銃を向けているのに、一歩一歩、まるでファストフード店にでも入るような気安さで向かってくる。シズカの言葉が何度も脳裏で渦巻く。「殺してやる」。銃口が震える。体中のあちこちが再び痛み始める。目を背けたくなる。落ち着け、と繰り返す。
 落ち着け、でも急げ、素早く考えろ!

 シズカがまっすぐに向かってくる。大きい。190センチ……もしかしたら2メートル? 筋肉質だ。アジア系の骨格のせいか、小さく見えるが……あたしがボロボロのコンディションだとしても大きすぎる的だ。ここからでも連射すれば何発かは当たる。問題は、明らかにシズカはそれをわかっていて、近づいてきているということだ。

 会話の内容から察するに、シズカはどこかからあたしと、あの布の男との戦闘を見ていた。あたしの能力をわかっている。それでも真正面から歩み寄ってくるのは……。

 スタンドは近距離パワータイプだ。間違いない。近寄らなければあたしを倒せないスタンドなんだ。問題は能力だ。

190FBH:2016/05/15(日) 22:40:54 ID:3atvsi3M0
最良のケース。スタンドのスピードと正確性、そして硬さに自信がある場合。あたしが撃った後でも、真正面から銃弾を叩き落とせるから接近してくる。このパターンなら、スタンドを相手にせず、本体をズタズタにすれば倒せる。

最悪のケースは、あたしの能力と非常に相性が良い能力を持っている場合だ。ボスのスタンドのように、攻撃が跳ね返る。あるいは無力化される。あるいは  ……透明になってすり抜ける。

シズカが歩きながらあたしに話しかける。アイラ、あなたはスタンド能力を見せびらかしすぎなんだよ。良い能力だけどさ……『スタンドの弾丸』でしょう? 銃弾を無限に吐き出す……完全に暗殺&戦闘仕様だ。

191FBH:2016/05/15(日) 22:42:42 ID:3atvsi3M0
 ゾッとする。その隙を縫うように、ちらり、とシズカは男の方を見る。
 そういえば“リザード”、あなた、トドメを刺すだけって状態まで頑張ってくれたのはいいけど、相手のスタンドの仕様に気付くの、遅すぎだからね。ヒントなんて幾らでもあったでしょう。例えば最初の銃撃……おかしいと思わなかった? あんなちぃっちゃな拳銃の弾がさ、四階まで真っ直ぐ飛んでくるわけないよね。弾丸か拳銃のどちらかがスタンドなのは、その時点で気付くべきだよ。市街地のド真ん中で銃撃したなら、警官に対処できるような根回しさされているか、他の人間には気づかれない攻撃なのか、死のうが捕まろうが気にしないかの三択しかないだから。それから……音だね。流石にコレは、もっと早い段階で気付いてほしかったけど……いくらなんでも撃ち過ぎでしょう。リロードの隙も……おっと……

 と、シズカがニヤリと笑う。そうだった、アイラ、
 ここだ、ここが私の「間合い」だったよ。

 シズカが叫ぶ。【アクトン……】!

 そしてシズカが視界から消えた。

192FBH:2016/05/15(日) 22:43:43 ID:3atvsi3M0
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 ……おっと、とシズカが言った。
 そうだった、アイラ、ここだ、ここが私の「間合い」だったよ。
 
 なんのことだかわからなかった。アイラとシズカの間には、まだ十数メートルもの距離があった。
 
 俺はシズカを見ていた。グン、とシズカが視界から外れる。でも消えたわけではなかった。シズカは思い切り身を低くしながら、アイラに向かって猛然と走り始めた。短距離走のランナーのような姿勢の低さだ。疾い。勢いで長い髪が巻き上がる。
 
 シズカが叫ぶ。【アクトン……】!

193FBH:2016/05/15(日) 22:44:37 ID:3atvsi3M0
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 それは真っ黒な影だった。人型だ、と思った。人型のスタンドのヴィジョン。
 ヴィジョンと眼があう。凶暴な目つき。
 あたしにはわかった。直感としか言いようがないけれど、わかった。
 これがシズカの【スタンド】。あたしの仲間を殺した犯人だ。
 
 エイ達が手の甲から勢い良く剥がれ落ちる。痛みがある。でも、潰れた目や、折れた足や、砕かれた顔ほどじゃない。惨めなくらい小さな拳銃が、スタンドパワーとあたしたちが呼ぶ奇妙なエネルギーで震える。脳裏に最初に殺した男の顔が浮かぶ。哀れみを乞う男の顔が。

「管理人」は殺すな、捕えろ、と言った。でも、そんなことはもう無理だ。最初から無理だったのかもしれない。ムカムカと胸の中で何かが燻る。悲しくなってくる。仲間を殺されて黙っていられるわけもなかった。侮辱されて、目玉も潰されて、こんな目に遭わされて、黙っていられない。
殺す。絶対に殺す。あたしの【ナポレオン・ソロ】で!

194FBH:2016/05/15(日) 22:45:22 ID:3atvsi3M0
 引き金を引く。何度も引く。無理矢理に力を込める。当たるかどうかなんて関係ない。撃ち続ければ当たる。当たれば殺せる。スタンド使いにしか聞こえない銃声が響き渡り、銃弾が黒い影へ飛ぶ。
 
 最良の一発が、黒い影の額に向かって行く。あたしは確信を得る。勝った。
そしてシズカのスタンドが消えた。

195FBH:2016/05/15(日) 22:46:12 ID:3atvsi3M0
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 ほんの一瞬の出来事だった……それにも関わらず、何もかもが、くっきりとよく見えた。全てが劇的に進行したからかもしれない。あるいは、傷口の痛みが、俺の意識を鮮明にしていたのかもしれないが……それはわからない。
 
 シズカがアイラへ駆け出した次の瞬間、極端な前傾姿勢で走るシズカの背中から不気味な黒い影が起き上がり、姿を見せた。

 ぞくりとした。禍々しかった。間違いない、これがシズカの【スタンド】だ。俺や、アイラや、ランドバロンのスタンドとは似ても似つかない。人間に似ていたが、もっとドス黒く……薄気味の悪い、エネルギーとしか言いようのない何かがに満ちている。死のイメージが浮かんだ。これは俺のスタンドのように【盗む】スタンドではないと直感した。【殺す】スタンドだ。
 
 そしてアイラが撃った。泣きそうな顔をしているように見えた。
 銃撃が、まるで極端なVFX映画のように、シズカの【スタンド】に向かって、空気を裂き、糸を引いて走っていくのを見た。

196FBH:2016/05/15(日) 22:46:48 ID:3atvsi3M0
------------------------------

そして、先陣を切った銃弾が、あと少しで当たるという瞬間に、シズカの【スタンド】は姿を消した。ふっ、と、蜃気楼のように。後続の銃弾が、行き場をなくして、どこかへと走り去っていった。

えっ、と口に出した。アイラの表情も、そんな感じだった。
それは直感というよりは……経験に基づくものだった。たぶん、俺がそうなのだから、アイラもそうなのだろう。シズカのスタンドが消えた。でもそれは【姿を消す能力】ではなかった。その能力は、俺や……アイラにも覚えがある能力のはずだ。それはただ、スタンドを【OFF】にするだけの、能力とすら言い難い……呼吸をするように簡単なことだ。

197FBH:2016/05/15(日) 22:47:21 ID:3atvsi3M0
アイラが低空飛行のように急接近するシズカに銃口を合わせる。
スローモーションに見えた。銃口と、ニヤリと笑うシズカの額がピタリと密着し、そして通り過ぎる。

突進するシズカの肩が、アイラの腹へ突き刺さった。

198FBH:2016/05/15(日) 22:48:03 ID:3atvsi3M0
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何が起こったのかわからなかった。
あたしの弾丸はシズカのスタンドの額を捉えていた。殺せていたはずだった。あたしの弾丸はスタンドパワーで出来ている。人間でもスタンドでも殺せる。ダメージを引き受けてしまう近接パワータイプなら、スタンドの頭ごと、本体の脳みそも吹き飛ばせる。

なのに、現実に起こったことは、あたしの弾丸がスタンドを通りすぎていったことだった。スタンドがあたしの弾丸をはたき落とすとか、なんらかの能力ですり抜けていったというのならわかる……それなら、本体へ狙いを切り替えるだけだ。でもあたしの脳は止まった。考えてしまった。なんでスタンドを【OFF】にしたの? なんの意味が? スタンドバトルでスタンドを消す意味は?

そして何もかもが手遅れになった。
銃口をシズカに合わせる。身体の痛みがゆっくりと指先に伝わる。わかっていた。もう間に合わないことを。でも間に合わなかったら何が起こる? 恐ろしくて諦めることもできない。一瞬だけ、シズカの額に標準が合う。触れる。接触する。シズカがニヤついているように見えた。引き金は間に合わない。歯を食いしばる。

199FBH:2016/05/15(日) 22:48:42 ID:3atvsi3M0
大きな衝撃、なんてものじゃなかった。車に撥ねられたら、こういう感じなのだろう。実際、跳ね飛ばされたのだと思った。呼吸ができない。身体が強張って自由がきかない。内臓が全部飛び出しそうだ。そして宙に浮いた。さっきまで立っていた床が見える。高い。3メートル? 4メートル?

ははっ、とシズカが嘲笑った。軽ゥ! モデルでも目指してるの? ちゃんと、ごはんを食べないとだめだよ……あの世ではね。

200FBH:2016/05/15(日) 22:49:28 ID:3atvsi3M0
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「ぶっ殺す」とか「殺す」とかは、誰でも使う言葉だと思う。仲間内の冗談でも、チャリか何かを盗まれてキレたとき時でも。間違いないのは、どんな時であれ「本気」ではないということだ。その辺のギャングだってそうだ。結果的に殺してしまった場合でもそう。殺そうと思って殺すわけじゃない。プッツンときたから殺す。仕事だから殺す。殺そうとしたわけではないけれど殺す。
 
 シズカは「本気」だった。成り行きとか、仕方なくとか、正当防衛とか、そういう感じじゃなかった。殺そうと思って殺す、という感じだ。低空ダッシュから、かち上げるようにアイラの腹へぶつかっていったシズカは、そのままアイラを抱え込み、持ち上げ……そして思い切り、自分自身が倒れこむように……アイラを固く冷たい床に向かって振り下ろした。

201FBH:2016/05/15(日) 22:50:15 ID:3atvsi3M0
 ゴン、と嫌な音を立てた。
 それきり、アイラは動かなくなった。
 シズカは、そのまましばらく、アイラの傍で座り込んでいたが、やがて立ち上がり……不気味な笑みを浮かべた。ひゅーひゅーという、アイラの恐ろしげな呼吸の音だけが、ロビーに響いていた。
 
 俺はその技を見たことがあった。なんとなくは知っていた。テレビで、なんとはなしに、大した興味もなく、暇つぶしで眺めている時にそれを見た……「スピアー」と……「パワーボム」、それか、「バスター」だろうか。

202FBH:2016/05/15(日) 22:50:54 ID:3atvsi3M0
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 背中全体に衝撃が走る。それから、ゴシャッ、と、頭の後ろから鈍い音が鳴る。後頭部が熱い。嫌な感じだ。息ができない……というか、空気が肺に入らない。身体も動かない。でも、何が起こったのかはわかった。シズカに……投げられた? 持ち上げられて、背中から叩きつけられた。
 
 なぜ? と思うけれど、言葉がでない。どうしてこんなことに……。
 
 なぜ? じゃないよ、馬鹿だなあ。とシズカは言った。何も言っていないのに。あたしを見下すその眼は、あたしの心の奥底まで見透かしているようだった。超単純な「フェイント」だよ。私のスタンドを警戒しすぎ。ま、スタンド能力に頼りきりの「スタンド使い」には、肉弾戦なんて発想の外だろうけど。それにしても、まだ意識があるなんて、タフだねえ。

203FBH:2016/05/17(火) 23:23:31 ID:MEbUcisc0
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……というわけで、今回はここまで。次回は戦闘の後処理。例のごとく補足は飛ばしてもよし。
だいぶ長くなってきたので、そのうち粗筋でも載せたほうがいいのかもね。

204FBH:2016/05/17(火) 23:24:07 ID:MEbUcisc0
・イスラムの連中
 ムスリム、というのが正しい。痛ましいテロなどの影響もあって全盛とは言い難いものの、いまだ人気のある世界的宗教であり、今日のメジャーな宗教の中では(プロテスタントを除けば)最も新しく、成立の過程もかなりしっかりと残っている(しかも、かなり面白い!)。FullBlackHabitは現実世界よりも結構未来の話なので、ISIL始動後の中東世界の情勢とかにも変化はあるんだけれど、平均的アメリカ人にとっては相変わらず「野蛮の世界」なのかもしれない(シリアとイラクを犠牲に、ISILが政治的単位としての生存を認められるようになったんだけど、多くのアメリカ人はいまだに「国」や「政治集団」ではなく「テロリスト」だと思っている、みたいな)。

・ダーティ・ボム
 ダーティ・ボムはある程度の範囲を放射能汚染することを目的とした兵器である。いわゆる核兵器とは異なる。核爆弾は「核反応」という燃料を使い、殺傷力のある熱や衝撃、放射能汚染などを生み出すが、ダーティー・ボムは通常の爆弾に放射性汚染物質を仕込んだだけのものだ。単純に、放射性汚染物質の代わりに釘などを仕込めば通常の「グレネード」になるし、犬の糞でも仕込んでおけば悪質な「いたずら爆弾」になる。
 放射能汚染物質を手に入れ、安全に管理するコストを無視すれば、各家庭でも作れるくらい簡易であるにも関わらず、その被害が甚大である為(汚染が小さくても、みんなパニックになるから)かなり警戒されている。

205FBH:2016/05/17(火) 23:24:51 ID:MEbUcisc0
・CA380
 特に説明することもないのだが、いわゆるサタデーナイトスペシャルと呼ばれる銃の一種。見た目も作りも値段もとってもチープ。まあスタンガンや催涙スプレーのような安手の護身アイテムだと思えば大体あっている。違いといえば、殺傷力がある、という点だけ。マーシィの言う通り、装弾数が少ないのでテロには向かない。テロとは恐怖(テラー)を撒き散らすものであるからして、もっと連射できるものとか、爆発するもの、ヴィジュアル的に痛みを伴うものがいいのだ。

・サバイバリスト
 英語だとプレッパー(prepper)と呼ぶこともあるけれど、意味はあまり変わらない。生存第一主義、ということ。
 テロ、事故、災害、金融崩壊、戦争……日常を破壊する事象は数多くあるが、それに備える人はあまりいない。というのも、そうしたトラブルは「極低確率でしか起きない」と信じられているし、備えにもコストが掛かるからだ(雪が降ってからスタッドレスタイヤを買いに行くのと同じ理屈だね)。
 ところが、世の中には何かが起きる前の「備え」に、生活の全てを費やす人もいる。シェルター、備蓄、防災訓練、キャンプ術等など、幸福な生活を犠牲にしてまで、生き残るための「備え」を怠らない人をサバイバリストと呼ぶ。


・MEU、ベレッタ
 近年の戦争や紛争では「怪我をさせる武器」と「殺す武器」の使い分けが重要だ。
 百年の歴史を持つM1911(いわゆるコルト・ガバメント)は「殺す武器」だ。強力な制圧力と殺傷力を持つ四十五口径、初速が早くサイレンサーとの相性がよい。一方で装弾数が少なく、貫通力が低いので、装備の整った軍隊が相手だと分が悪い。
 一方でM92(ベレッタ)は「怪我をさせる武器」だ。M92は9mm弾で、殺傷力こそ低いものの、貫通力が高く、軽く、取り回しが簡単で、弾がたくさん入り、なにより安い。殺すよりも士気を削ぐことが重要だと認識されるようになった近年の戦争・紛争において、拿捕や戦傷者の量産などは、ただただヒトを殺しまくるよりもずっと効率がよかったりする(下手な虐殺だと、結果的に敵が増えたりするし)ので、NATOなどで制式採用され、ついで1985年からはアメリカでもM1911の代わりに使われるようになった。
 とはいえ、戦争・紛争における通常の戦闘行動とは目的が違う特殊部隊などには9mm弾は「弱い」とウケが悪く、改良されたM1911、MEUが使われ続けることになった。

206FBH:2016/05/17(火) 23:26:06 ID:MEbUcisc0
・『ナポレオン・ソロ』
本作においては、
近距離パワー型
破壊力C スピードA 射程距離A
持続力D 精密動作性E 成長性E
という能力値に変更させて頂いた。というのも、図鑑の能力値は明らかにヴィジョンの能力が考慮されていて、「実銃を使う」という凶悪な実情と一致していなかったからだ。
能力も文字媒体の描写に合わせて何点か変更を加えさせて頂いた。主なところは「消音」「物理法則を無視して、威力減衰ナシで真っ直ぐ飛ぶ」「連射速度と威力が反比例する」だ。全体として、スタンドをより強力に、かつ「乱射してこそ真価を発揮するが、連射しすぎると逆に弱くなる」というピーキーな性能に調整した。
反面、スタンド使い側は弱い方に調整した。正直「衰えた殺し屋」程度ではスタンドの強力さを相殺できない。より若く、未熟で、適性がなく、何より「ノーコン」であることはより「映画っぽい」と考えた。主人公が撃った弾が必ず当たるように、雑魚敵が撃った弾が絶対に当たらないのも「メタ射撃」の一種だ(どのみち「当たる弾丸」のスタンドならエンペラーとピストルズがいる)。
ところで、なぜエイなのだろう。Aim(狙う)と掛けた?

207名無しのスタンド使い:2016/05/29(日) 23:33:59 ID:EVsb9B860
や、やっと読めた…これは超大作ですな
全てが濃い、そして緻密
オリスタには珍しいダーティな内容だけど、逆にそれがいい
戦闘シーンもこれでもかと言うほどの生々しい描写で、手に汗握る
これは執筆大変だと思いますが、応援してます!

208FBH:2016/11/23(水) 17:29:50 ID:ZnCfZHOQ0
何回かに分けて更新しますね〜

209FBH:2016/11/23(水) 17:34:40 ID:ZnCfZHOQ0
6. アメリカン・サイコ ( vs ナポレオン・ソロ 4 / 4)
 
 ロビーが静まり返る。窓から差し込む光が、ニスの塗りたくられたフロアを照らす。俺は突っ立っている。心臓がバクバクと音を立てる。今更になって、肩に突き刺さった弾丸が神経をつんざき、激しく痛み始める。だが、どこか他人事な痛みだ。痛いのに、気にならないというか……アドレナリンの仕業だろうか。身体も、現実味も、麻痺している。
 
 シズカとアイラのもとへ、恐る恐る近寄る。アイラの頭の下から、じわりと、粘り気のある赤い血が広がっていた。眼が泳いでいる。手足が脈絡もなくバタついている。冷や汗が噴き出す。この娘は死ぬだろう。それも、じきに死ぬ。
 
 シズカはダラリと、日に焼けた黒く長い腕を垂らし、ぼうっと、窓の外の空を見ていた。ため息を吐く。長い間、目を瞑る。祈っているのかと思った。だが違った。シズカはリラックスしていた。快適なベッドでうたた寝するように、ぼんやりとしているのだ。

210名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:35:25 ID:ZnCfZHOQ0
 
 俺は呟く。マジかよ。死ぬぞ、この娘。
 
 シズカは目を閉じたまま言い返した。へぇ、わお、それはびっくり。救急車でも呼ぶ?
 
 肝が冷えた。心底から、目の前で起こしつつある殺人に無関心といった態度だ。
 
 それにしても……とシズカは背伸びをした。ただでさえ高い背がぐんぐんと伸びる。ソー•グッドな血の匂い! なんだか久しぶりな感じがするなあ。若くて、新鮮で、良いもの食べて生きてきたんだろうな。

211名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:36:16 ID:ZnCfZHOQ0
 俺は思わず口にする。本当に死ぬぞ。ここまでする必要、あるか? お前だって……と言いかけたところで、シズカが右の手のひらを俺に向ける。太く、分厚く、傷だらけの、とても女性のものとは思えない歪んだ手だった。お前だって死んでいたかもって? ナイナイ! とシズカは目をパチリと開き、満面の笑みを浮かべた。
 
 ……だって……私の方が強い。アイラは恐ろしいスタンドを持っているけれど、戦い方が直線的過ぎる。暗殺とスタンド戦しか想定してなかったんだろうな……よくいるんだよね、スタンド使い以外に負けるなんて考えないし、だからこそ、スタンドに対して“だけ”警戒心が尋常じゃあないスタンド使いって……私のスタンドをチラッとみせれば、アイラはスタンドに向けて撃ってくるのはわかっていた。本体を撃てば勝てるタイミングでも、それが出来ないビビりなんだ。スタンドを【OFF】にすれば、パニックになることも、格闘に対処できないこともバレバレ。私が負ける要素なんて、1つも何もない。
 
 違和感が頭を掠める。この自信はなんだ? 戦い慣れし過ぎでは?

212名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:38:49 ID:ZnCfZHOQ0
 でも、弾が当たっていたかもしれないだろ、スタンドじゃなくて、お前に。
 いや、聞いてなかったの? 十中八九でアイラはスタンドを撃つよ。
 そうじゃなくて、弾が外れてお前に当たってたんじゃないかって……。
 シズカは笑みを引っ込めて、唇を噛み締める。うっ、ううん、なるほど、どうかな。アイラのスタンドは精度を犠牲にしていたから……いや、アイラか下手くそだからこその、こういう雑なスタンドなのかな……相手が勝手に失敗することを考慮するのは戦略とはいえないんだけど、確かに、その可能性はあったかも。アリガトウ。反省した。でも、そうだなあ……狙いが外れて、私の頭に向かって飛んできたら、スタンドで弾丸をキャッチするしかなかったかもねえ。
 
 スタンドで弾を掴む? そんなことできるのか?
 いーや。ムリムリ。できない。普通に死ぬと思う。
 そうか……えっ、そうなの? ハハハ。さっき『ナイナイ』とか言ってただろ!
 アハハ。いや、本当、当たらなくてよかったよお。いや、外れなくて、かな?
 ハハハ……笑い事じゃないだろ。

213名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:39:47 ID:ZnCfZHOQ0
 まあ、冗談はさておいて、運ぼうか、とシズカは言った。さっさとイタリアに送り返そう。まだ生きているみたいだし……シズカはアイラの両足を抱え込む。そして俺を見る。なにボサッとしているの? 頭の方、持ってくださいよ。
俺は言う。えっ、なんで……。
なんでって……リザードの「食べかけ」を私がやっつけてあげたんだよ? 奥さんに食器の片付けを全部やらせるタイプ? 助けてあげたのに冷たいなあ。
助けてあげたって、見捨てる気満々だったろ。ていうかお前が原因だろ!
うーん、どうだったかなあ、記憶が曖昧だなあ、アメリカの食べ物ってなんでもかんでも甘いものだから、脳みそがゼリーになっちゃったのかなあ……私の記憶だとさあ、半殺しにたのはリザードじゃなかった?
 
 そしてシズカはアイラの血が滴る左瞼を指差した……うわっ、見てくださいよ、あの目、潰れているね。ヤバいね。ひどい。リザード、潰れた目って放っておくと腐るからさあ、引っこ抜かないといけないって知ってた? やってみようかなあ、でも、グロいかなあ……衛生的にも問題あるよなあ。
 
 いやいやいや、なんで俺のせいにしようとしてんだよ!
 冗談、冗談。でも、見捨てたのは誤解ですからね。あれは戦術。使える駒だって思わせていたら、アイラはリザードを殺してから、私との戦闘に入ってしまうでしょう。死んだ駒だと思わせる必要があった。悪く思わないで。助けようと思って、そうしたんだから……大切な”友達”だからさ。

214名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:41:08 ID:ZnCfZHOQ0
俺は急いでアイラの痙攣する腕を掴み、持ち上げる。軽い。温かい。血がぬるりと滴る。やけに身体を動かしているが、意思を持って動いているという感じではない……アイラは人間から物に変わりつつあった。こんな華奢な女の子と戦っていたとは……俺は言う。なるほどなるほど。大切な友達ってことは、お前のスタンドについて教えてくれるってことか?
 
シズカもアイラを持ち上げる。えっ? なんで? それはダメ。
はあ? なんでだよ? 友達なら教えてくれるんじゃ、
いや、だって、負けたよね。期待込みで友達と思うことにはするけど、弱いからねえ……ちょっと様子見かなあ。
……なんだそりゃあ。じゃあ、手伝わないぞ。
あ、腕を離さないようにね。たぶん、次、頭を打ったら本当に死にますから。まだまだ未来のある十代女子ですよ。殺したらかわいそうですよ。化けてでるよ、きっと。

215名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:43:04 ID:ZnCfZHOQ0
 ……本当に何もなしか?
 シズカが顔を顰める。はあ、超女々しいですね……キモいなぁ……まあ、でも、確かに頑張っていたからなあ。うーん、そうだなあ。事態に対する即応力とか、そういう点では見直す部分は多いと思うけれど、正直、仕込んだ罠のクオリティはなかなかだった……相手の行動を考えて戦っているなあって感じはあった! おまけしちゃってもいいのかなあ……で、何が欲しいの?
 キモいとかいうなよ。そりゃあ、スタンドの……。
 それは絶対イヤだし、キモいのはキモいでしょう。だって戦闘中なのにちんぽこいじってたじゃん。
 
 ぐうっ、なんだよ! 半分巻き込んどいてよお! キモいとかも言われたかねーよっ! ていうか見るなって言っただろ……そして気付く。俺が“氣”を巡らせていた時、俺はシズカに――厳密には違うが、ちんぽこを弄っているところを見られていた。俺はといえば、その時の困惑した反応を、豊かな胸の谷間を見ていた。嫌な閃きが走る。正直、ドキドキもするが、かなり脅迫じみてはいるし、かなりやりたくはないが……じゃあ、そうだな、どうしてもスタンドを教えてくれないっていうなら、代わりにだな、一発、その、なんだ……ヤるとか?
 
 シズカは訝しげな視線で俺を見る……ん? ヤる? 何を? 俺はどきりとする。そういう目で見られると、なんだか背徳的だし、距離感が妙に近づく……それに……そういう目で見ると、本当にシズカは良い女だった。そんな目では、もはや到底見られないサイコ野郎でもあったが。
 いや、ほら、だから、その、アレだよ! 男と女のだなあ! “セ”から始まる、なんというか……。

216名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:45:12 ID:ZnCfZHOQ0
 シズカがニヤリと笑う。ああ、セックスね。別にいいですけど。
 そう! それだよ! 少しは言うのを躊躇えよ! それが嫌ならスタンドの情報を……えっ、いいの?
 
 シズカは悩むように顔を顰めた。うーん、いい、は、いい、だけど、意味合い的には「グッド」ではなく「オーケー」かな。高齢者とはしたことないし、興味もないし、好きか嫌いかで言えばたぶん後者だけど……なんかふにゃふにゃそうだし、やたら長そうだし、ヴァニラで面白くなさそう……でも、まあ、いいかな? もちろんゴムはアリね。前戯とピローはナシ。面倒だから。
 なんでそれでオーケーになるんだよ……そしてなんでそこまでチクチク言われなきゃーいけねーんだ! それなら、あれだぞ、後ろの方だぞ! それが嫌なら……。
 
 後ろ? 後ろって?
 いや、だから……。
 ……ああ、なるほどね。いやあ、オーマイゴッドって感じ。責められるのが好きなんだ? まあ歳をとると勃たなくなるっていうけど、受け入れるだけなら何歳になってもできるもんねえ。ハイトク的ィ。
 
 なんで、俺が、ヤられる側なんだよ! お前のケツのこと言ってんだよ! ていうか心が読めるんだろ! お前は!
 冗談ですよ。まあ、正直言えば、そっちならもうちょっと頑張って欲しかったなあ。うーん。でも相手の行動を見抜く術とか、通り道に罠を仕掛けるような手管はちょっと高得点だったもんねえ。まあ……いいか。オーケーオーケー。じゃあどうします? 今夜とか空いてますか? ていうか経験あります? 経験無いなら、軽くググって勉強してきてね。準備とかもそーだけど、あれって本当に大変だから……。

217名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:45:58 ID:ZnCfZHOQ0
 ……いや、やっぱりいい。なんもなしで。
 シズカがヘラヘラと笑う。あ、そお。別にどっちでもいいけどねぇ。ていうか逆に断るとか失礼だよねえ。私としても覚悟とかいろいろとあるわけじゃない? しかも20代学生の後ろでしょお? レアだよぉ。さらにいえば、私ってばそーとーな美人なわけでさ……。
 別に脅迫だったんだからヤれなくって結構だ! ていうか、それだよ、それ! それがイヤ! なんでこう、イヤがらないワケ?
 いやがる? どうして? セックスは嫌いなの? 半世紀も経てなおウブなの? 歪んだ処女信仰でもあるの? まあもちろん、私も人を選ぶし、リザードとやりたいかといえばそんなことはないけど……なんか下手そうだし。それとも何? 愛情とか恥じらいを求めるタイプ? そういう塩コショウ的なヤツがないとできないの? キモいから悔い改めたほうがいいよ、そういうの。
 ぐうっ、ヤメロ! お前なあ! よくもそんなポンポン悪口を吐けるな……!

218名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:47:26 ID:ZnCfZHOQ0
 ……あんたら、アタマがヘンちがう?
 ギョッとする。女の声だ。一瞬、アイラが目を覚ましたのかと思い、手を離しそうになる。だが声は俺の背後から聞こえてきていた。妙な英語だ。イントネーションもそうだが、どこか間違っているような、通じるような……。
 コツコツと足音がエントランスに響く。ハイヒールの音だ。
 シズカはニヤついた表情を変えずに言う。やあ、ニコ、だいぶ久しぶり。
 
 姿を見せたのは女だった。妙な女だ。完全に奇天烈だ。あの異常な戦闘と、この異常な顛末があった後でも、なお違和感がある。年齢はシズカと同じか、それよりも上だろうが、病的なくらいに幼く見える。整った顔立ちだが、肌色が悪く、メイクは奇抜なのか失敗したのか、顔が暗く見えた。三つ編みがふらふらと動く頭に合わせて揺れる。何か柔らかい素材の、黒いコートを着ていた。その下は、下着がちらりと覗くキャミソールと……黒いローレグのパンティだった。
 
 露出狂だ、と思った。上を脱ぐか下を履いた方がまだ自然に見える。アタマが変なのはお前の方じゃないのか? だが緊張で固まった俺は言葉が出ない。女は、頭を割られて死に体のアイラを見る。そして、それを運んでいる俺を見る。何を考えているのか、さっぱりわからない目だった。

219名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:48:41 ID:ZnCfZHOQ0
 相変わらず凄い格好だねぇ、とシズカは唸った。刺激的ィ。
 
 ニコ、と呼ばれた女はシズカを見る。うるさい。ここは自由の国だから自由にすると知る。わかる? シズカも十分にオカシイでしょ。
 
 文法がおかしいわけでも単語やアクセントがおかしいわけでもなく、全く意味不明でもないが、どこかズレた英語だった。シズカは俺を一瞥して、苦笑いを浮かべた。いや、別にダメって言っているわけじゃないよ。グッドだよグッド。凄くクールじゃん。私もゴシックパンクは嫌いじゃないし……とりあえず、私と……ああ、そうだ、この人はジョン・オブライエン。私の友達。で、こっちで死にそうになっているのはアイラ。パッショーネの下っ端。
 
 俺はニコと目が合う。はじめまして、と声を掛けるが、ニコは聞いているのか聞いていないのか、反応を返さない。
 
 で、とシズカは俺を見る。リザード、この人は、と視線でニコの方へ視線を促す。あまりにも際どい服装と、頭が足りていなさそうな幼い表情に、目の行き場を失う。この人はニコラサ・ベルムデス。コロンビアからの移民二世。立派なニューヨーカー。お母さんの年金で暮らしている。ちょっと英語が苦手……かもね。呼び方はニコでいいと思う。ニコラサと呼んでもあまり反応しないから……で、私達と同じスタンド使い。

220名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:49:53 ID:ZnCfZHOQ0
 ニコはバカだった。それも、面と向かってバカにすることが憚られるタイプのバカだ。頭が悪いわけではないが、なんらかの社会的な支援を必要とするタイプ。ニコは俺を見ていった。わからん。シズカ、どうする?
 
 とりあえず、と、シズカは言った。私と彼と、この娘、それから、たぶん上の階で三人くらい死んでいると思うから、「今日の証拠」を回収してほしいな……おっと忘れてた、そこの女子トイレにも警備員の死体を詰めてた。そっちもよろしくお願いするね。
 
 そういうと、と、ニコは言った。ニコは仕事を始めようと思った。

221名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:50:39 ID:ZnCfZHOQ0
 ずるり、とニコの身体から、スタンドが抜け出す。
 俺のスタンドとも、アイラのスタンドとも、違った。シズカのスタンドとは、少し似ているかもしれない。人間に近い形をしている。口を閉じた食虫植物のような頭と、肥大化して、ゴツゴツとした鱗がびっしりと張り付いた左腕を除けば。あとは、この世のものとは思えない、鮮やかなコバルト色の肌を纏った、人間だった。
 
 てってってってってってって……と、ニコは聞き覚えのあるリズムで何かを口走りながら、スタンドと共にシズカの足元にしゃがみ込む。そして……シズカの「影」の中に腕を突っ込んだ。

 うっ、と息を詰まらせる。生ぬるい汗を背中に感じる。ニコの腕がずぶずぶとシズカの影に沈んでいき、ついに顔も半分ほど、影の中に入り込んでしまった。どういう理屈なんだ……そして何をしているんだ?

222名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:51:38 ID:ZnCfZHOQ0
 ニコは、とシズカは言った。味方でも敵でもないけど、信用できるよ。
 
 俺は言う。いやいやいや、信用とかそれ以前に、何をしてるのかもわからないんだが……それに、何でここにいる? 大丈夫なのか?
 
 ああ、それは、私が呼んだから。リザードが私と会った部屋から、1階に降りてくるまでの間くらいかな? 何をしているのかというと……ニコ、言ってもいい感じなの? シズカと、何かを口走りながら、影の中を腕で搔きまわし続けるニコの目が合う。ニコは首を縦に振り続ける。

223名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:53:48 ID:ZnCfZHOQ0
あっそ、まっ、私からは、かなりセンシティブなことだから気を払うように、とだけ忠告しておくよ……その上で、ニコのスタンドをバラすとね……彼女のスタンド能力、【アンダー•スレット】は、生物の影から「弱み」を引き揚げるスタンド。引き揚げるというのはモーションの話で、まあ、盗む、でも、奪う、でも好きに解釈していい。「弱み」っていうのは、正直なところ私にもよくはわからないけれど、嫌な過去を象徴する品とか、インパクトのある事件の物的証拠とか、失くしたくないものとか、そういうのを意味するみたい。引き揚げた「弱み」はスタンドのパワーとして表現されるから、スタンド以外の攻撃では破壊できない。利用方法としては、捜査、脅迫、探偵……という風に、スピードワゴン財団は認識している。

 迂遠な言い回しだな。つまり、他の利用法があると?
 シズカは首を傾げる。スピードワゴン財団はスタンドをアーカイブする手法を確立させてはいるけれど……スタンド使いのパーソナリティにまでは踏み込まない。特に、ニコみたいな……その……特殊な人間相手だと、なおさらね。

 すべてのケースで当てはまるわけではないけど、スタンドは基本的に使い手の精神を象る。ごみ箱にごみが入っているように、パイナップル缶にはパイナップルが入っているように、影がその人の形を象るように……人間性はスタンドの器と見なせる。人間性を知ることは、スタンド戦でも非常に重要。その観点からいうと……ニコは誰かを脅迫しようとする人間ではない。真実に興味があるタイプでもない。理屈を持って誰かの善悪を判断することもないし、できない。でも、正義感はかなりある……法でもイデオロギーでもなく、直観に基づく正義だけどね。

224名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:55:34 ID:ZnCfZHOQ0
 ジャッジャーン、とニコが、シズカの影の中から手を抜く……その手の平を、細い、鎖のようなものが貫いていた……“ようなもの”だ。形状が絶えず蠢いて、環の連なりようにも、DNA配列のような螺旋にも、捩じりまかれた縄のようにも見えた。ニコのスタンドがカキカキと音を立てて、鎖を巻き取っていく。そのたびに、ニコの手の平の肉と骨が、ぐじゅぐじゅと変形した。
 
 やがて、影の中から、鎖に繋がれた太く大きな鉤と……その切っ先にぶら下がった獲物が姿を見せた。それはピストルの形状だった……アイラの拳銃だ。
 
 ニコのスタンドの異常さ……そしてスピードワゴン財団が知らない使い方の肝は、引き揚げた「弱み」が世界から消えてしまうこと。まぁ、何処かから持ってくるのだから、何処かから消えるのも当たり前だけど。
 
 ……んん? 何を言っているのかわからないぞ。
 わかりにくいのは承知の上だけど、そうとしか言いようがないね。見たほうが早いんじゃない? アイラの手を見てみなよ。拳銃を持っている方の手ね。
 しかし、アイラの細く小さな手のひらの中に、その拳銃はなかった。

225名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:42:21 ID:9fJ09Eus0
 最強のスタンド、なんてものは存在しない。リンゴとミカンはどっちが強いかと聞かれても困るでしょう? 強いなんて尺度はあまりにも退屈だし、考えれば考えるほど真実から遠のく………でも、一般に強いといわれるスタンドは3つある、とシズカは言った。「時間を操るスタンド」、「空間を操るスタンド」、「精神を操るスタンド」。ニコのスタンドは、その3つ全てに関わる。現実を変えてしまうというほどではないけど、【アンダー•スレット】が「弱み」を引き揚げた時、現実はニコのスタンドに合わせて姿を変える。
 
 いつだ、と俺が訊ねる。不気味な気配だった。直感的に邪悪な気配がする、というべきか。いつアイラの手から拳銃を奪ったんだ? 俺が腕を握っていたんだぞ? いや……そもそもなくなったのか? 最初からなかったのか? まるでわからない。忘れるはずもないくらいシリアスな事態だったのに、思い出そうとしても、すっぽりと、頭から抜け落ちたかのように……。
 
 どうかな、それは私に“も”わからない、とシズカは言った。私の記憶からも消えかけているからね。瞬間移動したのかもしれないし、ニコが引き揚げる前から、すでに抜き取られていたのかも……初めからそうだったように。フォトショップってわかる? 映像とか写真の編集ソフト。あれって、その場にあるはずのものを好き勝手に弄り回せるでしょう。映っているはずのものを消したり、好きに付け足したり。そういうものだと思うよ、勝手にそう思っているだけではあるけど。理屈はわかってないからね。

226名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:44:49 ID:9fJ09Eus0
 ……おいおい、無茶苦茶だな、そんなことあっていいのか?
 ううん、よくはないかもね……でも、そういうスタンドだし。
 その拳銃はどうするんだ?
 それ聞いちゃう? 他の誰かの影の中に入れるんだよ。盗んだ『弱み』はスタンドパワーで覆われているから、そういうこともできる。
 ……そうすると、どうなる?
 わかっているくせに。ニコの標的になったかわいそーな人は、この騒動の犯人になるでしょうね。
 何もしてないのにか?
 理屈から言えば、何かしたことになる。辻褄が合ってしまうから。時空間ごと操るというのは恐ろしいよ。監視カメラには本当の犯人は写らない。アリバイを証明する友人は「記憶がない」と言い張る。本人の記憶には「やったような感じ」が残る。そして証拠品には指紋がべったり……強力なスタンドであって完璧なスタンドではないから、意外と穴まみれではあるけれど、杜撰な警察がシナリオを書くには充分だね。まあ、ニコだって無実の人を悪党に仕立てるわけじゃないから、その辺は安心していいと思うよ……程度にもよるけど。ニコから見て悪党、ってところで決まるからね。

227名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:46:11 ID:9fJ09Eus0
 ちらりとニコに目をやる。コートのポケットからビニール袋を取り出して、ぶうううううん、とアイラの拳銃を飛行機か何かに見立て振り回しながら、それに入れる。そしてもったりと、知能に問題があるやつ(完全に偏見だが)特有の緩慢な動きで、アイラの影の中にも手を突っ込む。影が微かに小波を立てる。その不気味な鉤が引き揚げたのは……やはり拳銃だった。ただ、アイラが持っていたチープな安拳銃ではなかった。見たことのない……昔懐かしのワルサーだ。
 
 ださーい、とニコは言う。
 シズカはいくらか訝しんだ後、ワルサーをアイラの影に戻そうとするニコに言った。それ、戻さなくていいよ。私にちょうだい。
 イヤ、ダメ、とニコは呟いた。その眼には影が差している。みんな死ぬよ。
 俺は一瞬でニコが嫌いになった。直観で人を判断するのはよくないかもしれないが、100パーセントに近い確信がある。ニコは、俺とも、シズカとも、アイラとも違う。本当に【人間じゃない】側へ足を踏み入れているスタンド使いだ。
 シズカは微笑むようにニコを見つめた。だよねえ。きっとそんな感じなんだろうと思っていたけど、そういわずにさあ。報酬倍でどう? 2万ドル出すから……。
  
 ニコはと気味の悪い笑顔で、はしゃいだ。4万! 4万にすれば2で割り切れる!
 そうだね、じゃあお母さんと分けられるように4万にしようか……2万ドルも2で割り切れるけどさ。

228名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:49:22 ID:9fJ09Eus0
 影の汁(本当に何なのだろう? 地面を突き抜けてどこかに消えて行ってしまう)が滴るモーゼルを持ったまま、ニコはシズカの背後に回り込む。どこのポッケ……あっ、ポッケットない。
 ポケット……ポッケットか。それはないから、ジーンズに挟んでおいてよ、とシズカは返した。
 挟む? 難しいな。
 うーん、お尻のところにこう、なんというか、入れておいてほしいんだけど、
 尻に入れるね。
 わっ、バカ、パンツの中にいれ……と、シズカが言いかけた途端、ドン、と鈍い音がして、俺もシズカもビクリと跳ね上がった。シズカがアイラの足を落とし、俺はアイラの重みと驚きで、アイラごと尻もちをつく。アイラの後頭部から滴る血が、俺の超高級スーツにべったりとこびりつく……すでに肩に穴が開いているとはいえ、嫌な気分だ……問題はシズカだ。表情も身体も引きつって固まったまま、突っ立ったままだ。

229名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:52:32 ID:9fJ09Eus0
 その間、俺もシズカも、ずっと固まっていた。最初に俺が口を開いた……大丈夫か? ていうか、どうなってる?
 シズカはわずかに頷いた。たぶん、大丈夫。パンツとジーンズに穴は開いたけど、私は大丈夫……でも、ちょっと熱かった……。
 ……お前のパンツと尻の心配じゃねーよ。その銃だ。そのワルサー、ヤバいだろ。本当に俺の知ってる銃と同じなのか? 心臓にじわじわくるヤバさだ。子供の頃に見た【カリガリ博士】より不穏だ。ホラー映画のドッキリシーンの直前みたいな雰囲気がするぞ。
 シズカは額の汗を拭うと、一笑した。ふうん、じゃあ5割くらいの確率で何も起こらないんじゃない? まっ、かなり危ないと思うけど、どうにでもなるよ。

230名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:55:16 ID:9fJ09Eus0
 そんなこんなで、死に体のアイラを運ぶ。アイラの後頭部から血が滴り、俺の革靴の上に落ちる。背筋が凍る。誰かに見られてはいないかと、視線を発砲に配るが、世間は俺たちにまるで無関心だった。きっとそのまま市街地に出たところで、警官でもなければ呼び止められないのだろう……それよりも、このあと、どうなるんだ? 職はどうなる? いや、職はいいとして、刑務所暮らしになるのか……いや、シズカとニコを信じるのであれば、それもないのだろう。では何が問題なんだ? 「パッショーネ」だ。「パッショーネ」の報復だ……意識を振り払う。それはまだ始まってもいない話だ。問題は……俺がいま起きていることの全貌を知らないことだ。
  
 そっち、こっちと、シズカにあれこれと指示されながらアイラを運んでいく。石畳に血痕が残る。あの不吉な【アンダー•スレット】が現実を変えてしまうスタンドで、事件の証拠を変えてしまうとしても、どこまで信用していいのかわからない。
 
 セブンスハウス横の広く、ガランとした駐車場に辿り着く。シズカのような階級の子供たちの車なのだから、ある程度の高級車が並んでいるのかと思えば、案外そうでもなく……もちろん、やたらに背の低い車もたくさん並んではいたが、時折、ショボそうなワーゲンやダットサンの軽自動車、キアのファミリーカーも停まっていた。

231名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:00:42 ID:9fJ09Eus0
 私のは、あの黒いやつね、とシズカは言った。あそこまで運んで。駐車場には一台しか黒い車は停まっていなかった。妙な車だった。全長は長いが背が低い。前半分はスポーツカー然としていたが、俺の美学的にいえば、いいところはそれくはいだ。車体側面のグラフィティ風の【sandman】のマークも、オレンジのストライプも、バカみたいにデカい金ぴかのホイールも、マイアミのチンピラ風でダサい。しかも、後ろ半分はトラックの荷台になっていた。これは……これは軽トラじゃないのか?
 
 えっ、違います。ユーティリティーカーです、とシズカは驚いたような顔で言った。ズボンの尻を台無しにされてからというもの、顔に少々冷や汗を浮かべたままだ。どう? オーストラリア製のホールデン•ユート【サンドマン】。カッコいいでしょう。室内も広い、荷物もいっぱい載る、サブウーファーも……。
 
 そりゃあ軽トラならいっぱい載るだろうよ。お前なぁ、こういうのやめたほうがいいぜ。まだ20代だからわからんかもしれんが、金持ちなのにアホみてえな軽トラ乗ってたら変わり者どころかバカにしか見えないぞ。
 
 はあああああ!? 馬鹿にしないでくれませんか!? と、シズカは絶叫して、アイラの足を放り投げる。俺は焦って、バカ、静かにしろよ、と訴えるが、シズカは軽トラを指差して騒ぎ立てた。どこが軽トラに見えるんですか? 軽トラとは違いますよ! コルベットのV8も積んでるのにっ! スポーツカーの仲間ですよ!
 やめろよ、突然どうしたんだよ……ていうか、なんで軽トラにV8積んでるんだよ。意味ないだろ……いや、トルク的には意味なくはないのか? わからないけど、爆速の軽トラで何がしたいんだよ? 荷物を後ろに放り出したいのか?
 軽トラじゃないってば!

232名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:05:54 ID:9fJ09Eus0
 若いやつは何を考えているのかわからない。長生きしたせいだと思う。自分が歳をとって、思考力も共感性も失った証拠だ。ともかく軽トラの助手席を動かし、後部座席にアイラを詰め込む。血がべっとりとシートにこびりつくが、シズカは車内の致命的な汚れや、むせかえるような血の匂いよりも、俺の評価の方が気に入らないらしく、ぶつぶつと文句をたれ続けていた。
 
 左耳に触れる。鋭く痛む。指先に血が染みついて粘つく。肩の血は止まりつつあったが、痛む。本物の銃弾のように……弾頭が残らなかっただけマシか……病院という言葉が何度も頭を過ぎるが、行くわけにもいかない。すぐに通報されるのが落ちだし、警察になんの説明もできない。ニコを信じるなら、今度の惨劇の証拠は残らないのだろうが……その万能さは、どの程度のものなのか……。
 
 気休め以上、安心以下ってところかな、とシズカは不機嫌そうに言った。【アンダー・スレット】は、監視カメラの映像とかも全部ムチャクチャにしてしまうくらい、すごい現実改変力のあるスタンドだから、大概のことは万事解決するけど、完ぺきではないからね。気づく奴は気づく。そこはスタンド以外の力でどーにかする必要がある。というわけで、運転よろしくね。
 
 はあ? なんでだよ?
 後部座席で死にゆく十代少女を監視したいなら、どーぞ。
 ……意識ないだろ?
 あるよ。混濁はしてるけど。超頑丈だよね、究極生命体なのかも。ともかく、また目覚めたり、容体急変したときの対処ができるなら、後部座席でのんびりしててもいいよ。
 くそっ、と俺は思わず毒づいた。マジかよ。軽トラのマニュアルなんて動かしたとないぞ……。
 オートマだけど。
 ……軽トラでV8でオートマ?
 ……うるさいなあ。重要な話が先! 当然ながら、リザードは西世界トップクラスの組織暴力に楯突いたわけで、ケジメをつけなきゃいけないんだけど……。

233名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:09:37 ID:9fJ09Eus0
 一瞬、頭がフリーズした。は? 何を言っているんだ、西世界トップクラスの組織暴力に楯突いた? そりゃあ、まあ、そうか。わかってはいるが……ケジメ? なぜ? 巻き込まれて、狙われたのに?
 
 まあ落ち着いてよ、とシズカは言った。パニックになるのはわかるけれど、大した話じゃないから。さっきもいったけど、ニコの【アンダー・スレット】は万能じゃない。警察は騙せてもマフィアの執念は騙せない。だから、お話をして、決着をつける必要があるわけですね、パッショーネのお偉いさんと。泥沼の抗争も楽しいといえば楽しいんだけど……ともかく、これからとある波止場で彼らとお話をして、アイラを引き渡して、和解の上でイタリアに帰ってもらいます。なあに、大丈夫ですよ、たかだか幹部の娘の左目と右足首と首をやっちゃったくらいならね……。
 
 マジか……マジで言ってるのか? 絶対無理だって、殺されるぞ?
 ふむ、理由は?
 り、理由? そりゃあ、お前、相手はマフィアだぞ。お前はただの金持ちの娘で、俺なんかただのサラリーマンだ。奴らは絶対に舐められてると考える。和解の席に着くわけがない。場所を決めて落ち合うなら、襲撃されるに決まってる。
 オーケイ。その問題は解決済み。場所と時間の都合をつけたのは、アイラとリザードの戦闘中だからね。応援を呼ぶ暇は与えてない。
 お前、人が生きるか死ぬかの戦いをしてる中で、とんでもねーな……でも、応援はマフィアだけとは限らないだろ。パッショーネには金がある。人員なんてその場でリクルートすれば済む話だろう。ここはアメリカだぞ、ギャングなんて山ほどいるし、銃にも慣れてる……下手したら重火器まで出てくるぞ。
 
 シズカはニコリと笑いながら、星形のチャチなキーホルダーのついた車のカギを、俺に投げ渡した。いいね、なかなか鋭い! リザードの言う通り、さっきの情報だけだと、体感9割くらいの確率で殺されそう。でも、だあいじょうぶ。私って美人なうえに凄いから。なんとかしてあげるよ……運転してくれたらね。リバーサイド・ドライブを南下して、ポートベイシンまで!

234名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:20:22 ID:9fJ09Eus0
 煙草と白檀の芳香剤においがした。【サンドマン】は暴れ馬のように前後に加速する。長い車体のケツを思い切り振ってリバーサイド・ドライブへ飛び出す。エンジンがくそうるさい。だがまぁ、本革シートの乗り心地は気に入った。
 
 リアビューミラー越しにシズカを覗く。左後部座席で、祈るように頭をもたれて、煙草に火をつけているところだった。横たわるアイラの顔はちょうど真後ろで見えなかったが、たまに、シズカの膝の上でビクンと足を跳ね上げては、押さえつけられていた。
 
 煙草を吹かすシズカのため息が絶えると、アイラの激しい呼吸音が社内に響く。俺は、アイラは港まで持つのかと、沈黙に耐えられずに訊ねた。
 大丈夫じゃない? とシズカは返した。あいまいだけど、意識はあるし。
 それきり、また沈黙が車内を重く満たした。
 
 赤信号に引っかかる。クソほどうるさいエンジン音と、ぶーぶーうるさいイエローキャブの間に、アイラの死にそうな呼吸がこだまする。また、俺が喋りだす。そういえば……。
 別に無理して話さなくてもいいよ、とシズカは言った。ラジオの司会者ってタイプでもないてましょう。落ち着く時間も必要だろうから。
 話してないと落ち着かないんだよ。聞きたい事も山ほどある。
 そうかあ、とシズカは言った。スタンドのこと以外なら何でも聞いていいけど、私にも質問はさせてね。
 質問? なんの? なんの質問だ?
 大したことじゃないよ。そっちが先にどーぞ。

235名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:23:46 ID:9fJ09Eus0
 聞きたいことは、本当に山ほどある……重要なことばかりだ。だが要約すると……なぜアメリカにいるのか……いや、なぜフランスから戻ってきたんだ? 何の為に? 君の父親は明らかに監視を張り巡らせていた。アメリカに戻ってくる報らせなら簡単に掴めたはずだ。そしてこのタイミングだ。俺も、パッショーネも、偶然なわけがない。
 
 フランス? とシズカはタバコを咥えながら、器用に滑なかなか発音で口にした。あ、これ私の特技ね。タバコを咥えたままでもフツーに会話ができるんだ。腹話術。面白いでしょ。まぁそれはともかく、フランスとはまた懐かしいね。
 
 ……なんだかその腹話術の方が気になっちまったが、まあいい、留学中だろ?
 そうだけど、最初の半年で単位は取りきったから、ほとんどパリにはいないよ。欲しい論文も手に入れたし、気になる講義も受けたし、ここ1年半はたまーに面談でフランスに戻るだけで、大体は旅行してるね。
 
 監視は……と俺が話そうとすると、はいはい、監視ね、とシズカは俺を遮った。これが良い話でさ、私の監視は2人いたのだけれど、お父さんはツメが甘いというか、ケチなんだよね。大富豪のくせに金払いが悪いんだよ。あれは本当にかわいそうだったな、土日休みもないし、昼夜問わずの監視なのに平均月給程度って。あんまりにもかわいそうだから、私が2人を呼び出して、毎月お給料を上乗せして払っていたんだよ。トータル3倍のお給料で、3倍働きたくなるようにね。彼らはプロではなくて、SPW財団の伝手で雇われただけの民間のスタンド使いだったから、ずいぶん喜んで、実際よりも3倍の期間、私がフランスにいることしてくれた……ちなみに2人とも、結構セクシーでいい男だった。でも3Pができる男の性癖ってちょっと謎だよね、ゲイでもないのに女の子を挟んで互いの顔を見つめあうとか気持ち悪くないのかな……。
 
 そこまでは聞いてねーよ……ま、なんとなくはわかった。ランドバロンの身内にも君のスパイがいて……いや、おそらくはSPW財団かパッショーネにもいて、そこで得た情報を元に戻ってきた、というところか……。
 
 だいたい正解かな。スパイってほど立派な人材は抱えてないよ。学生って信用が薄いから、その時々でお金で情報を買っているだけ。

236名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:26:52 ID:9fJ09Eus0
 ああ、そう、納得した、と俺は嘘をついた。どうせシズカは、いくらか嘘を吐いているのだろう。今の話では、ランドバロンと俺の動向を知ることはできても、パッショーネの動きは説明できない。誰にも知られずにアメリカに帰るというのも、なんらかの違法な手段を使っているはずだ。だが、俺に嘘を見抜く術はないし、シズカを追及しすぎるのも、後々問題になりそうだ。ついでの世間話なんだが、どこに旅行していたんだ? ヨーロッパ周遊か?
 
 なにそれ、定年夫婦みたいだね。そんなイージーで退屈な旅はしてないよ。海路でイタリア経由でトルコに。地中海沿いに陸路を南下してエジプトまで。そこからさらに、アフリカ大陸をインド洋沿いに、やっぱり陸路で南下して、はりきって喜望峰まで行こうかなーってところだったんだけど、ジブチで中断して、ここに帰ってきた。
 
 へえ、アフリカの大旅行か? 羨ましい。社会人はそんな暇ないからな。トルコも行ったことないな……トルコ風呂ならあるけれど……トルコからエジプト……俺は頭の中で地図を展開する。トルコから南は……シリア、イスラエル、レバノン……んん? エジプトから南はスーダンにエルトリア? 超が3つも4つもつくような危険地帯ばっかじゃねーか! マジで言ってんのか?
 
 おお、よく全部言えたなあ。暗記が趣味なの? でも惜しいね、マハーバードが抜けている。
 お前なあ、はぐらかすにしたってもっとマシな嘘があるだろう。なにが悲しくて危ない国を巡るんだよ。どのみち女の子が生身で歩ける場所じゃないぞ。
 ふうん、じゃあ、面倒だから嘘でいいよ。
 あのなあ……!

237名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:35:34 ID:9fJ09Eus0
 シズカは後部座背から身を乗り出して、煙草の煙を俺に吐きつけた。メンソールが目に辛い。まあまあ、私の質問も聞いてよ。どうしてリザードはちんぽこいじってたの?
 おい……。
 いや、まじめな話ですよ。気づいているのかどうかしらないけれど、ちんぽこいじったあとのアレ……【スタンド能力】ではないですからね。
 はっ? いや、俺のスタンドだよ。あれがないと、なんもできないぞ。
 
 それもすごい不思議な話だけど……ともかく、スタンドの定義は「精神力の具現化」であって……性的興奮みたいな物理的な状態で「強くなる」とか、「特性が変わる」ならわかるけれど、あの『エネルギー』は『皮』のスタンドの発現とは関係があるように見えなかった。あなたの『皮』のスタンドにちんぽこが必要ないなら、あれはスタンド能力じゃない……あれってなんなの?
 
 なんなのって……あ、でも……ずっと前に、俺にこの力のかるーい指導をしてくれた妙な占い師は、スタンドのことを「氣」とか「道」とかって言っていたな……。
「氣」、「道(Tao)」? 「波紋」でも「仙道」でもなくって?
 いや……なんで「波紋」の話が出てくるんだ? その「波紋」ってチベット僧のやつだろう? 気功とか超能力とか、そういう感じの。俺のは違う。占い師は道教について話していた。仏教でさえない……どのみちそこで習ったわけじゃあねーんだ。俺にとっては「能力は2つで1セット」なんだよ。別々じゃない。そういうスタンドって他にはないのか?
 ないよ。1つの例外もなく、スタンドは1人につき1能力。スタンドは生物の精神に紐づくものだから、脳味噌が2つないと、能力も2つになれない。以前、SPW財団の研究者が『他人のスタンドをコピーして、能力を増やすようなスタンドはあり得るだろうか』って仮説を検証していたけど、答はNOだった。スタンドをコピーすることは精神をコピーすることと同義で、それを2つ3つ持つなら精神の器も同じ数がないといけないはず……って感じ。リザードがどう思っていたとしても、やっぱり、その……「氣」は、ちんぽこをいじって使えるようなるほうの技術は、スタンドとは違うはず。「氣」って呼び方もしっくりはこないけど……まあ確かに、普通、仙人っていったら道教なのかなあ、うーん……ともかく、なんか違うんだよなあ。

238名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:37:04 ID:9fJ09Eus0
 そして俺は路肩に停車する。シズカは顔をしかめる。どうしたの?
 いや、どうしたっていうか、もう1つ、今すぐ聞きたいことなんだが……今からパッショーネの待ち合わせ場所に行くんだよな? さっきも聞いたかもしれんが、対策はどうなってるんだ? 殺されたくないんだが……。
 
 シズカはああ、とズボンのサイドポケットから携帯電話を取り出して、そっか、忘れてた、ちょっと電話していいかと、俺の答えを待つよりも先に誰かと連絡を取り始める。
 
 ハロー、とシズカが顔を綻ばせて呟く。シズカです……そっちの様子はどうですか? 【スポーツ•マックス】。

239名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 19:05:55 ID:9fJ09Eus0
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 彼岸花は綺麗だった。ずっと見ていられる。
 最初は自然が好きになったのだと思った。草花や動物に心を惹かれているのは確かだ。『腑抜けた』とか『ムショのせいでおかしくなった』と言われて、クソほど腹が立つ一方で、どう思われようが構わないという気持ちもあって、それ以上は深くは考えなかった。
 
 だが奇妙な刑務所生活から何年か経て、わかった。俺は自分が思っている以上に、ずっと哲学的で、ずっと敬虔な人間なのだ。草花は生きているのか、死んでいるのか? 動物に魂はあるのか? 天国とは何か? あの5年間がなければ、きっとこんなことは考えなかった。生と死の境を超える力を得たことは、きっかけではなく、必然だった。これは俺の天来の素養だったのだ。
 
 彼岸花は綺麗だった。昼も夜もなく、愛でる人間も食む獣や虫もいなくなっても、なお、咲き続ける姿を夢想する。見た目でもない、ディティールでもない。存在の美しさだ。俺は愚かな生活を送ってきた。高級車、プール付きの庭、権威、あふれ返る札束……手に入れても手に入れても、まだ欲しくなるのは、それが俺の存在を満たさないからだ。透明な魂の形を、手触りを知ること。目に映らない本質こそ、俺が生涯をかけて追い求めるべき事柄だ。
 ぐもぐもと猿轡の奥から、白人男が呻く。その度に、彼の首筋や肩、脇腹や臍に突き刺した彼岸花が揺れる。さて、この男は何者だろう? 名前を聞き忘れた。わかっているのは確実に死ぬというこだ。どこで生まれたのか? 職業は何か? どういう経緯であのイタリア人どもに、いくらで雇われ、どんな気持ちでジョースターを狙ったのか。何もわからない。わかっているのは、今晩にも死ぬということだ。俺の中で、このただ死ぬためだけに存在している男は、どんな意味を持つのだろう? これも命題になりそうだ。
 
 シズカから連絡が入る。
 そっちの様子はどうか? と。何も問題はなかったと答える。

240名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 19:07:02 ID:9fJ09Eus0
かつて俺は囚人だった。ある意味、いまでもそうだが、特に法的な意味でだ。罪状は脱税だ。きっかけは殺人だった。誰を殺したのかは覚えていない。5年喰らった。これでも少なく済んだ方だ。

 それは劇的な体験だった。刑務所自体は退屈だったが、興味深い運命が、そこら中に転がっていた。かつてそこで亡くなった古い時代のギャング達の歴史、他人に眠る才能と敬虔を目覚めさせる神父、復讐者とジョースター家。
 
 シズカは奇妙な女だった。青白い電灯の下で、不気味な存在感を放っていた。
 初めて会った時、シズカはハイスクールに通う色白い女学生で、今のような筋骨隆々な体つきではなかった。俺は不機嫌だった。かつての仲間達はここ三年もの間、俺と連絡を避けていた。久々の個室面会の相手が見ず知らずのクソガキだとは思わなかった。かつて孕ませて捨てた女のガキにしては成長も早すぎるし、こんなガキなんて売ったことも買ったこともない。俺は一目だけ見て、誰だと訊ね、分厚いアクリルの先に座る雌ガキがシズカ•ジョースターだと名乗ると、すぐに面会室を出ようとしたが、看守は鍵のかかった扉の向こう側にいて、そして何の返事もよこさなかった。

241FBH:2016/12/10(土) 22:07:12 ID:5Phj6L860
 何がどうなっているのか検討もつかなかった。このガキは誰だ? 何故看守がこない? シズカは言った。無駄ですよ。座って私とお話ししましょう。
 
 うるせぇな、黙れ、クソガキが。俺はお前を知らないし、興味もない。他の場所で遊ぶんだな。
 私はあなたのことをよく知ってますよ、スポーツ・マックス。
 だからなんだ? 犯されたいのか?
 シズカはおどけた様子で、両手を頬に当てる。わぁ、今のはリアルだったね。日頃から犯しなれてる感が出てる。すごくいいね、ちょっと、ドキドキ……気持ちが盛り上がったかも……でも、それは後日にしましょう。今日は大事なお話があって来たんですよ。
 そりゃあよかったな。公園でケアベアにでも話してろよ。
 全く興味なし?
 あるわけないだろ。羊達の沈黙ごっこしたいのか? ぶち殺すぞ。
 命に関わることでも?
 ……いい加減にしろよ。親に俺みてーなやつと関わるなと習わなかったのか?さっさと消えろ。

242FBH:2016/12/10(土) 22:08:38 ID:5Phj6L860
 あっそ。じゃあ、あなたはコステロに殺されますね。
 シズカは席を立って、俺を冷たい目で見つめた。お勤めご苦労様。さよなら。
 俺はゾッとする。コステロ? そんな奴は知らない。だがこのクソガキ……俺の半分ほどの年のガキの目が、俺に背筋を突き抜ける。記憶がフル回転する。コステロ? 誰だ?
 シズカはニヤリと笑う。マジですか? マジで誰かもわからない? ウケますね。誰って、あなたがぶち込まれた原因じゃないですか。そういう危機管理能力がないから実刑5年も貰っちゃうんですよ。
 
 だから誰だっ、誰のことだ!
 グロリア•コステロだよ。あなたがイケイケだった頃に、あなたの殺人を通報したマヌケ。その妹のエルメェス•コステロが昨日、G.D.st刑務所に収監された。罪状は強盗だけど、調書を読む限りでは、動機もなければやる気も感じられない。逮捕されるためにテキトーにやったって感じ。十中八九、復讐目的での入所……あなたが入所している今がチャンスだと思ったんだろうね。普通に考えれば、出所後のヤクザより、出所前のヤクザのほうが警戒が手薄だから? あはは、超ウケる。高度なギャグだよねえ。あなたが外との繋がりを緩やかに絶たれていることを知らないんだろうね。わざわざ人生を棒に振らなくても、復讐の機会はあったのに……。

243FBH:2016/12/10(土) 22:13:42 ID:5Phj6L860
 グロリア……グロリア・コステロ。全く思い出せないが、言われてみれば、確かにそんな名前だった気がした。グロリア•コステロ。だが信じられるか? なぜこの雌ガキがそんなことを伝えてくる? なぜ他の誰もが俺に伝えてこない?
 
 それは生活態度の問題だと思いますよ。シズカは俺が口に出さなかったことについて答える。俺はゾッとするが、シズカは気にせずに話し続ける。スポーツ・マックス、私も他人のことをあれこれ言えないけど、あなたは周りから自分がどう見られているのか、気にしなさすぎる。ヤクザな囚人仲間と連んでいればよかったのに、礼拝堂に入り浸り、剥製づくりだの生け花だの墓地の掃除だの、女々しいことばかりしてるものだから、黒人神父の『オンナ』になったなんて噂される……。
 
 俺は分厚い強化アクリルを殴りつける。てめえ、この……このクソアマッ!
 いやいや、話の流れが見えないの? 私がそう思っているわけじゃなくて、あなたのお仲間がそう思っているって話ですからね。あなたのその、セクシーなお尻が……その……ジーザスっているんじゃないかってね。言われてみればあなたって華奢だし……おっと失礼。ともかく、お仲間はなんだかゲイっぽくなったあなたに関心をなくしている。生きて出所できたら歓待する、刑務所で死んだら弔う、では生きていて欲しいか死んで欲しいかでいうと、どっちでもいい、って感じかな。

244FBH:2016/12/10(土) 22:16:33 ID:5Phj6L860
 バン、バンと殴りつけ続ける。小便臭いガキが! ホラー映画でも見る気持ちで刑務所に来たのか? 裁判所の傍聴席とは違うんだぜ。マジに殺すぞ!
 バン、とシズカも写真をガラスにべたりと張り付ける。ヒスパニック女の、何らかの証明写真のようなバストアップだ。タンクトップか、何かのスポーツのユニフォームを着ているように見えた。殺す? できるかなあ? 私を殺すにせよ、あなたをゲイ扱いするお仲間たちを殺すにせよ、とりあえずは今年、ここから生きて出ないと。こいつがエルメェス•コステロ。あなたを殺そうとしている。対処するのは簡単だと思うよ。油断さえしなければね。
 
 俺の頭がグルグルと回った。ガキの戯言だと言い切れない自分がいた。誰がこいつの言うことを信じる? だが……だがもしも本当だったら? 看守がここまで暴れても、明らかな『所内殺人の示唆』があっても出てこないのは何故だ?

245FBH:2016/12/10(土) 22:19:51 ID:5Phj6L860
 空条徐倫、とシズカは言った。妙な話に聞こえるかもしれないけれど、私の甥の娘にあたる。年上だけどね。彼女もG.D.stに、エルメェス•コステロと共に収監された。罪状は殺人と死体遺棄。懲役は8年。
 
 唾を吐く。睨みつける。くだらねぇ、と吐き棄てる。だが笑えるな。家族が収監されて、ヤクザに泣きつきにきたってか? かわいそうだから助けてやってくれって。おおいいぜ、たっぷり可愛がってやるよ。お前の代わりにな!
 
 シズカは暗い笑みを浮かべた。よかった。安心した。まあ、そういうことでよろしく。
 俺は耳を疑った。なんだと? いまなんて……。
 ん? なに? よろしくって言ったんだよ。私は入所できなかいからさ、私の代わりとして扱ってくれていいよ。私ほど美人じゃないかもしれないけど……。
 代わり? 何の話を……?
 はぁぁあ? ウケるなぁ。自分で言っといてすぐに忘れちゃだめでしょう。私の、代わりに、可愛がってくれるんでしょう? 大切にしてね。まっ、私はちょっとばかり……乱暴な扱い方が好きだけど……。


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