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オリロワ:Winter Apocalypse

3 ◆EuccXZjuIk:2025/05/30(金) 01:19:15 ID:vFcOatxY0



終末の後に生まれた子供は、青空というものを知らないらしい。
全球凍結現象(スノーボールアース)。学校で教わる知識としてしか知らなかった氷河期という現象が地球を覆って、今日でちょうど五年になる。
空は昼夜を問わず分厚い鉛色の雲で覆われ、現代で言う晴れの日とは降雪の弱い日のことを指す。
であれば今夜の天気模様はまさしく晴れであった。なんと言っても、雪が降っていない。視界は夜の暗闇に澄み渡り、肌を刺す冷気さえ何処か爽やかに感じられる。

雲に閉ざされた天蓋の下に、無数の人がいた。年齢や性別はもちろんのこと、国籍までバラバラだ。東洋から西洋、果ては南米まで、地球上のあらゆる地域から差別なくかき集めたのだろう人々が、誰しもある一点に視線を向けている。

彼らに共通点を見出すのは意外にも簡単だった。
首を一周する形で刻まれた輪形の傷跡だ。そんな代物が、曇天の下に佇む全員に共通して刻まれている。釘で刺した痕のようにも、はたまた茨の冠を巻き付けて棘に貫かせたようにも見えるその傷に、痛みはない。膿んで疼くことも、ない。
だが不思議なもので、ここに集うすべての人間がこの傷に対する同じ認識を共有していた。

これは命を縛り、奪うモノだ。自分達は皆、このスティグマに命を握られている。
少しでも誤ったことをすれば忽ち裁きが下るのだと、男も女も、善人も悪人も誰もが抱くその確信。真贋を証明するのは、彼らの視線の先に立つ二人の女を除いて他にはなかった。

「はじめまして、私はソピアという者です。かつては東洋の辺境で、教会を管理しておりました」

最初に口を開いた女は妙齢だった。虫の一匹も殺せないような、穏やかな顔立ちをしている。
修道服に身を包んだ敬虔そのものの佇まいはこの命消えた世界において、一輪の花のように人々の心を安らがせただろう。平時ならば、という枕詞が付いてしまうのが悲しいところだったが。

「全球凍結。神が我々を見放し、悪意まみれの試練を差し向けてきたあの日から五年が経ちます。かつてこの星を埋め尽くすほど隆盛していた文明は見る影もなく衰退し、数え切れない命が雪の下に埋もれていきましたね」

女――ソピアの語り口は聖職者そのもの。にも関わらずその端々からは、修道女が心酔してあるべき大いなる主への憎悪が滲み出ていた。
花の咲くような笑顔で紡がれるからこそどんな激怒の声よりも恐ろしい。細められた眦の隙間から覗くサファイアブルーの虹彩は、笑顔の傍ら、何処か蛇を思わせる鋭さで皆のことを睥睨している。

「豊かな自然は無価値な白雪の下に埋もれ、人間の輝きは神禍(エスカトン)という呪いによって汚染された。知っていますか? 終末からわずか一年で、人類はすべて禍者(アナテマ)に成り果てたと言われています」

神禍――それは神の呪い。全人類に等しく降り注いだ殺人手段。
手を翳すだけで火炎を放射し、地面を一蹴りしただけで初速から自動車の最高速度を超える。
呪いの力を得た人間は禍者と呼ばれ、ソピアの言う通り、今や地球上に呪われていない人間は存在しないと言われている。

明けぬ冬に覆われて恐慌する世界に突如降り注いだ力の誘惑は、あまりに容易くこの世から倫理と道徳を廃絶せしめた。
個人も国家も等しく殺し合ったその結果が、惑星の六割にも及ぶ重度汚染地域の形成と、それに伴う数十億人単位の犠牲者だ。
現在、地球の総人口は五千万人ほどだという見方が強い。寒さという外的要因(ネクローシス)と、内輪揉めという内的要因(アポトーシス)。世界を自在に操れる聖なる独裁者が悪意を持って実行したとしか思えない災禍。
それが白の大地を今も蹂躙し続けていることは、不幸にもまだ生き残ってしまっている残存人類達であれば、誰もが知っているところである。

「人類はこのまま緩やかに滅亡し、我々が愛した世界は白紙に戻される。なるほど神の思し召し、確かにそうなのでしょう。神に愛して貰うには、人類は増えすぎた。強くなりすぎた。その程度の想定外も許せないほど天上の神は器の小さい御仁であった、それだけの話と諦めるしかありません」

ソピアが手を合わせ、目を伏せる。
しかし、すぐにその目は見開かれた。憎悪と失望を宿した蒼玉が、冒涜の象徴めいた輝きを帯びて白紙の大地に晒される。

「かくなる上は、人の手で人を救うより他にない。極東の地に一人立った救世主。このルクシエルの手によって」

修道服を纏いながら神を侮辱し、呪うように糾罵する妙齢の美女。本来であれば十分すぎるほど彼女は異常な存在だったが、今この場に限っては見劣りさえしていた。
ソピアの隣に立って沈黙を守る一人の少女の存在感が、あまりにも強すぎたからだ。


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