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Fate/clockwork atheism 針音仮想都市〈東京〉Part3

573TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:26:08 ID:tyr1M99Y0


 ――シッティング・ブルは飛び去っていった。

 去りゆく気配を見送って、ゲンジは再び寂句の前に立つ。
 ゲンジも身長以外はそれなりに体格のいい男である筈だが、それもこのむくつけき老人の前では霞んでしまう。

「あんた……山越さんとは、ずいぶん違うんだな」
「あのような変態と一緒にするな。奴は我々から見ても異質な屑だ」

 同胞を殺された憤りからか、未だに敵愾心をむき出しているネアンデルタール人を片手で制す。
 最初の内、ゲンジと彼らを繋ぐものはわずかな仲間意識だけだった。
 それが今や令呪を用いずとも、こうしてゲンジに従うようになっている。
 同胞の仇など、原人達にしてみれば嬲り殺しにしても飽き足らない怨敵であろうに。
 その事実をゲンジは認識していたが、した上で、別にどうでもいいと思っていた。

「手筈は道中で説明する。一度しか言わんから、死ぬ気で頭に叩き込め」

 歩き出す寂句と、それに続くゲンジ。
 少年の後ろをぞろぞろと付いていく、数十人ものネアンデルタール人。
 彼らは信仰を持たない。彼らは、神の存在を知らない。
 しかしそんな彼らにも、その感情は備わっていた。

 ――――畏怖だ。

 この世には、理解の及ばない恐ろしいものがいる。
 それだけは、遠い石器時代にも共有されていた概念だった。
 


◇◇

574TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:26:48 ID:tyr1M99Y0



 ゴドフロワ・ド・ブイヨンの襲撃を振り切って、やや時間が経ち。
 征蹂郎はアルマナに抱かれるのではなく、自らの足で彼女と共に夜の街を駆けていた。

 既に両者とも、新宿区に入っている。
 敵地である以上、目立つダイナミックな移動を続ける理由はない。
 結界の内情はアルマナが分析し、なるべく安全なルートを通って潜入している形だ。
 そんな征蹂郎の顔色は悪く、額には脂汗が浮かんでいる。つい先刻感じ取った――レッドライダーの異変に起因するものだった。

 港区で試運転した時の、あの暴力的な消耗とはまた違う。
 例えるなら身体の中に他人の血が混ざり、拒絶反応を起こしているみたいな感覚だ。
 訓練を受けた屈強な肉体を持つ彼でなければ、とても活動を続行するなど不可能だろう。
 もっとも今の彼は、それどころではなかった。
 彼が気にしているのは自分の身体のことなどではなく、奇怪な状態に陥っているレッドライダーのことだ。

 新宿で交戦状態に入ったことまでは把握している。
 恐らくそこで、何かがあったのだ。
 認め難いことだが赤騎士は不覚を取り、現在ひどく不安定な状況にあると推察される。

「見たところ、契約は生きているようですが……正直、よくわからない状態ですね」

 専門家であるアルマナでさえこうなのだから、門外漢の征蹂郎に現状を分析するのは困難だった。
 無理もないことだ。レッドライダーはそもそも正当な英霊ではなく、常識もセオリーも通用しない相手。
 征蹂郎自身、己が従えるあの騎士のことなどまったく分かっていない。
 意思疎通も困難なため、ただの兵器と割り切って使ってきたが、ここに来てそのツケを払わされている気がしてならなかった。

「…………消えていないなら、それでいい」 

 だが征蹂郎の心には、臆する気持ちなど皆無。
 殺された仲間達の無念が、彼らの遺志がその背中を突き動かし続ける。

「オレはただ、勝つだけだ……。たとえここで燃え尽きるとしても、討たなきゃいけない敵がいる……」

 既にこの新宿には、刀凶聯合の構成員が自分と同様に怒り心頭で乗り込んでいる。
 神秘を宿した重火器で武装した武装集団だ。装備は拳銃がせいぜいだろうデュラハンの連中とは比べ物にならない突破力を持つ。
 結界を壊せ。雑兵を殺戮しろ。好きなようにやれ。暴れたいように暴れろ。お前達にはその権利がある。


「決着(ケリ)を着けるぞ――――周鳳狩魔」 


 そして無論――オレにも。

 必ず殺す。貴様のすべてを否定する。
 もはや待ったはない。倒されたドミノは、行くところまで行くしかないのだから。
 よってここからが戦争の本番。両軍の将が並び立ち、命を懸けて命を奪い合う地獄変。

 街は赤く、赤く彩られている。
 熱狂が波になって、都市を呑み込んでいく。

 それはまるで、厄災のように。



◇◇

575TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:27:44 ID:tyr1M99Y0



 深夜の新宿。ネオンの灯す赤が、赤で塗り潰されていた。

 交差点の中心に、その存在はあった。
 赤騎士――レッドライダー。元より異形の英霊であったが、いよいよ騎士の面影など微塵もない。
 輪郭を持たぬ半流動体。血にも似たそれは、ただ一箇所に留まることを知らず、膨れ、崩れ、滴り落ちては地面を濡らしている。
 硬質な骨のようなものが断続的に浮かび上がり、しかし定着する前に溶けて消えるのを繰り返す。

 ぐしゃ、にぢゃ、と何かを踏み潰す音。
 粘っこい足音と共に爆ぜる液体。ただでさえ静けさを失った街は、異常の中心にあるそれの発する現象によってさらに混沌を極めていた。

 赤い。
 赤すぎた。

 道路、ビルの壁面、車や家屋の屋根、信号機、歩道、ショーウィンドウ――レッドライダーの撒き散らすそれは重油のように粘り、血管のように街を犯している。
 壊れたポンプが延々と吐き出すように、あるいは決壊したダムから水が際限なく流出するように、【赤】の氾濫は止まらない。
 逃げ惑う人々がその奔流に飲まれ、悲鳴をあげて転び、水の中に沈んでいく。

「ァアァアァアアアアアァア…………!」

 レッドライダーの身体の一部が突如として激しく膨張した。
 風船のように膨れ上がったかと思えば、圧壊するように潰れて新たな奔流を生む。
 創世と滅亡の輪廻だ。
 黙示録の赤き騎士。世界が戦いを望む限り不滅の怪物。
 それが今、消えろ去れ天に昇れと求める大いなる意思に蹂躙されている。

 『英雄よ天に昇れ(アステリズム・メーカー)』。
 アンタレスの毒針は、確かにこれの霊基を貫いていた。
 現世にあってはならぬ遠未来の災厄。預言の矛盾を突き崩す一撃が、今なおレッドライダーを死へ誘い続ける病態の正体である。
 今や赤騎士はこの世すべての運命に嫌われた真の意味での孤立無援。
 言うなれば消毒液の海に垂らされた一個の細菌のようなもので、不死だろうが不滅だろうが存在を保ち続けられる道理はない。
 
 にも関わらずレッドライダーは、破滅への抵抗を続けていた。
 これは過去から現在までに起きたありとあらゆる戦争を貯蔵した武器庫のようなもの。
 個にして群、群にして個。天昇させられた端から失った箇所を別な戦争の記録で修復し、血塗られた歴史そのものを材料に自分自身を延命治療しているのだ。

 よってこうしている間にも、赤騎士の中からはどんどん武装の残数が削られている。
 病状は一秒ごとに進行していたが、一回のカウントでどれほどの貯蔵が失われているのかは騎士自身にしか分からない。
 ただひとつ確かなのは――終末の赤騎士は、もはや不滅の存在ではなくなったということ。

576TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:29:52 ID:tyr1M99Y0

 瀉血によるテセウスの船なら既に試した。
 だが無駄だ。あの毒はスカディのようにすぐ患部を切除すれば大した効き目をなさないが、一度回ってしまうと根が深い。
 レッドライダーの霊基にまで浸潤した星の強壮剤は、人類の罪業を担保に滅びを遠ざけていた星の機構(システム)を零落させた。
 戦争の厄災は討てる。人類は、戦争を根絶できるのだ。星はこの場に限りそれを望んでいる。

「――――ォ、オ――――ァ、アァ――――ギ――――グ――――」

 悲鳴とも慟哭ともつかない声をあげて、その【赤】は何を思うのか。
 これに自我はない。これに感情はなく、他者と理解し合うことも永遠にない。
 当然無念などという情も、概念ごと持ち合わせていなかった。

 あるのはひとつ。
 ガイアの怒りとしての、使命の遂行。
 ヨハネの預言をなぞって、救いの前の終末を運ぶ赤い運び屋。
 わななく四肢が、漏れ出す悲痛な声が、瞬時にして凍りつく。
 その瞬間、今まであれほどに荒れ狂っていた赤騎士が嘘のように静寂を取り戻した。


「――――理解シタ。デハ、ソノヨウニシヨウ」


 起伏のない機械音声じみた発声が、突如として何事かへの納得を独りごちる。
 依然その総体は泡立ち、膨張と萎みを繰り返していたが、それでも今のレッドライダーは過去どの瞬間よりも理知的だった。

「預言ハ成就サレネバナラナイ」

 赤い液体で構成された暴走状態の身体が、外側から無数の殻に包まれていく。
 肥大も収縮も生まれた殻の内に秘められ、圧殺され、騎士は死の概念を付与された現状に適応する。

「死ハ溢レ返ラネバナラナイ」

 まず構築されたのは鱗だった。
 全身をくまなく何層にもなって覆う真紅の鱗。
 最高峰の対戦車防壁を参考に設計、その上で材質を神話戦歴から参照した特殊鉱石(レアメタル)数種に限定。
 外側はもちろん、内側からの破裂さえ力ずくで押さえ込める特殊な構造を実現させ。

「醜穢ハ流サレネバナラナイ」

 頭部は伸長し増設され、四肢は変形の上で同じく増設。更に肩甲骨に相当する部位がせり上がった。
 尾底からぬるりと這い出した尾は、それだけで数メートルに達するほど巨大だ。
 尾が出現した頃には、レッドライダーはもはや完全に"騎士"の風体を失っていた。

「過チハ――繰リ返サレネバナラナイ」

 元あった手が脚に置換され、その上で更に左右一本ずつの脚が新設され。
 尾が薙がれれば、間に存在した街並みは容易く砕き流される。
 変態した肩甲部は皮膜を備えた巨大な両翼と化し、頭部は細長く、鰐や蛇のたぐいを思わせる形に伸長した上で七つに増えた。
 鱗に包まれ、翼と尾を備え、六本の足にそれぞれ鋭い鉤爪を備えて空を切り裂く。
 そんな赤騎士の成れの果ての体長は、二十メートルを超えている。
 異形の外見。巨大な体躯。背に備えた一対の翼と、世界を薙ぎ払う尾。そして、全身を覆う鱗。七頭に煌めく七つの王冠。

 その姿は、ああ、そう。まるで……


 ――――竜(ドラゴン)のよう。


「是非モ無シ」


 これは、赤き騎士の預言の更に先。
 七人の天使が喇叭を吹いたその後の災厄。
 地上に零落れた、ある愚かな魔王の断末魔。もしくは、古き悪しき蛇。
 燃え盛る炎のように赤く、存在そのもので神の教えを冒涜する救い難きモノ。


 ――――〈赤き竜〉と呼ばれる神敵の、似姿であった。

577TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:30:33 ID:tyr1M99Y0
◇◇










                       黙 示 録  変 調

                      A D V E N T  D R A G O N










◇◇

578TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:31:09 ID:tyr1M99Y0



「……どうなってんだ、こりゃ」

 刀凶聯合に身を置く青年が、街の惨状を見て思わず呟いた。
 その足は脛の辺りまで、赤い洪水に浸かっている。
 
 今や新宿は地獄絵図だった。
 赤、赤、赤、赤。どこを見ても一面の赤色だ。
 この色は彼らにとっては慣れ親しんだものだったが、それでもこれを見て常軌を逸していると思わないほど馬鹿ではない。
 
「征蹂郎クンの"サーヴァント"……だよな? これやってんの」
「まあ、多分そうなんじゃねえかな……。征蹂郎クンなりに考えがあんだろ、多分」

 戸惑いを隠せない様子で言葉を交わす青年達は、各々が現代日本の都心には見合わないえげつない武器を担いでいた。
 ロケットランチャー。重機関銃。火炎放射器に即死レベルの改造を施されたテーザー銃、ショットガンetc。
 しかもそれらが皆神秘を帯びており、当てられさえすれば英霊にも理論上は傷を負わせられる代物だというのだから凄まじい。
 たかが街角のゴロツキにそんな代物を与えた張本人こそが、街を変貌させた【赤】の源流。
 悪国征蹂郎が従える、ライダーのサーヴァントであることを彼らは知っている。

「つーかそれよりデュラハンだよデュラハン。お前らも聞いてんだろ、千代田で何があったのか」

 ここにいるのは皆、この世界の造物主が生み出した仮初の人形でしかない。
 それでも彼らには彼らの人生があって、守るべきものと、譲れない信念がある。
 征蹂郎が刀凶聯合を何より重んじているように、その愛すべき民である彼らも、同様に聯合の仲間達を愛していた。

 先遣隊として新宿に入っていた彼らが、千代田区で起こった殺戮の報せを受けたのがつい先刻。
 許せない。許せるものか。怨敵デュラハンはまたも俺達の一線を超えたのだ。
 皆殺しだ。ひとり残らず殺すしかない。八つ裂きにして、生まれてきたことを後悔するくらいの地獄を見せてやらなければ道理が通らない。
 そうして猛り、兜の緒を締め直し、聯合の兵隊達はデュラハンの本丸を目指していて。
 その矢先に、この異界めいた光景に遭遇した。
 明らかに征蹂郎のライダーのものであろう赤い水。それが見慣れた新宿の街並みを犯している様を、見た。

「征蹂郎クンはすげえ奴なんだ」
「ああ。マジですげえ人だよな」

 刀凶聯合の名を聞けば、半グレはおろかヤクザ者でさえ顔を顰める。場合によっては逃げ出す。
 話の通じない狂犬集団。どこの組織にも持て余された、つける薬のない馬鹿の集まり。

 かつて彼らはひとりの例外もなく、行き場のない野良犬だった。
 家庭環境の荒廃、社会への失望、人間関係の縺れ、犯してしまった罪からの逃避。
 三者三様の理由で燻っていた野良犬達が、ある風変わりな王のもとに集まって。
 そうしてできたのが刀凶聯合だ。打算ではなく、本能で惹かれ合い、出来上がった共同体。

579TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:32:00 ID:tyr1M99Y0
 故にその結束は強く。彼らはいかなる理由があろうとも、仲間の犠牲を許容できない。
 血縁ではなく流血で結ばれた絆。それが、彼らにとっていかなる現世利益にも勝る戦う意味になる。

「征蹂郎クン、悲しんでるだろうな」
「優しい人だからな、あの人。あんな仏頂面してるけどよ、いっつも俺らのこと考えてくれてんだ」
「聞いたことあんだ。征蹂郎クンはさ、泣けねえんだってよ。
 泣き方を知らねえんだってさ。だからどんなに悲しくても辛くても、ただ噛み締めるしかないんだろうな」
「はは。あの人らしいなァ」
「征蹂郎クン、クールなツラしてっけど誰より不器用だからな」

 聖杯戦争。
 肩に担いでいる兵器を総動員しても倒せるかどうか分からない、怪物と魔人の巣窟。
 デュラハンの半グレ達さえ臆病風に吹かれる修羅場に、聯合の彼らは二つ返事で身を投じた。

 命など惜しくはない。仲間のためならば。
 死など怖くはない。俺達が奉じた"王"のためならば。
 青春に似た狂信は、正體なき人形を熱を持つ戦士に変えていた。
 故に彼らは勇ましく戦う。命を惜しまず、死を恐れず、果ての果てまで突き進む。


「――そんな人を悲しませる連中、マジ殺したくね?」


 その、見方によっては美しい旅路が。
 死へのはばたきだとしても、きっと満足しながら死ねる運命が。
 【赤】い衝動の前に、醜く穢される。


「ああ。殺さなきゃダメだな」
「ブチ殺すしかねえだろ。手足全部もいでよぅ、目玉抉ってそこに小便してやろうぜ」
「物足りなくね?」
「ああ。物足りねえな」
「つーかさ、今更だけどよ。なんで俺達が悪人みたいにされてんだ?
 征蹂郎クンと出会うまで燻って、這い蹲って、そうやって生きるしかなかった俺らがさ。
 半グレとか呼ばれて、社会の裏側に押し込められて、一緒くたにされてクズ扱いされてんの、マジ許せなくね?」
「ああ。許せねえな」
「だよな。前から薄々思ってたけどよ、俺らの敵ってデュラハンだけじゃねえよな」
「ああ。全員ブチ殺さねえと気が済まねえよ」
「こいつら、俺らがどんな思いで生きてきたかも知らないでのうのうと被害者面してやがる」
「ああ。俺達や征蹂郎クンの味わってきた気持ちの、多分一ミリも分かってねえんだろうな」
「やっぱ殺さなきゃダメじゃね? こいつらも」
「ああ。殺さなくちゃダメだ」
「そうだよな」
「ああ」
「殺すか」
「殺そうぜ」
「殺しながら行けば一石二鳥だろ」
「弾が足りなくなったら、ライダーさんに貰えばいいもんな」
「じゃあやるかぁ」
「どうせやるなら競争にしようぜ」
「賛成。その方がモチベ出るわ」
「一番多く殺せた奴が勝ちな」
「やべ。俺、なんか知らんけど今メチャクチャムカついててよ。俺より多く殺されたらそいつのことも殺しちまいそうだわ」
「あー……俺もだわ。じゃあさ、俺名案浮かんだんだけどよ。殺された奴のスコアは殺した奴に足されるとかどうよ?」
「うわ、それマジ名案。そうしようぜ」
「よし、じゃあ決まりな。容赦しねえぞ俺は」
「誰に物言ってんだよ。後から泣きつくなよ? そん時はゲラゲラ笑ってやるからな」
「なら笑ってるお前らを殺すわ」
「征蹂郎クン以外は別に死んでもいいしな」
「俺らってそういうモンだろ。聯合はあの人のためにあるんだから」
「だな。あー、気楽でいいわ。じゃあ早速始めっかぁ!」

580TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:33:16 ID:tyr1M99Y0


 赤騎士は戦を喚び起こす。
 たとえ泰平の世であろうとも、一度それが顕現すればたちまち【赤】の一色に染まる。
 レッドライダーは確かに悪国征蹂郎のサーヴァントで、刀凶聯合の切り札であるが。
 かの騎士は征蹂郎もその同胞達も、あらゆる生き物を何ひとつ区別していない。
 台風に人格を見出し、進路を予測しようとする行為が無駄であるように。
 厄災たる赤騎士に区別や配慮のたぐいを期待する方が愚かなのだ。


「鏖殺(みなごろ)し!」


 【赤】はとめどなく溢れ出し、広がっていく。
 もはやその存在の終わりを以ってしか止めることはできない。
 復讐者達の雄叫びは、今や戦意に染められた狂戦士の奇声に堕した。

 皆殺しのクライ・ベイビー。
 血が広がる。戦が弾ける。神の民が愛した秩序は棄却され、黙示録の時が訪れる。


 ――――成就ノ時来タレリ。預言ハ叶イ応報ハ地ヲ覆ウ。
 ――――今コソ境界(レッドライン)ヲ超エル時。



◇◇

581TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:33:46 ID:tyr1M99Y0



【新宿区・歌舞伎町/二日目・未明】

【山越風夏(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:疲労(大)、腹部にダメージ(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:舞台衣装(レオタード)
[道具]:マジシャン道具
[所持金]:潤沢(使い切れない程のマジシャンとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を楽しく盛り上げた上で〈脱出〉を成功させる
0:――さあ、お楽しみはこれからだよ、ノクト。
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:華村悠灯がいい感じに化けた! 世界に孔を穿つための有力候補だ!
3:悪国征蹂郎のサーヴァントが排除されるまで〈デュラハン〉に加担。ただし指示は聞かないよ。
4:レミュリンの選択と能力の芽生えに期待。
5:祓葉も来てるようだからそっちも見に行きたいけど……!
6:やばいなこいつちょっと強すぎる。助けて私のハリー・フーディーニ!

[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。

〈世界の敵〉に目覚めました。この都市から人を脱出させる手段を探しています。

蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。

今のこのノクトとの遭遇は、流石の彼女にとっても予想外で準備不足であるようです。

【ライダー(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:第五生のハリーと入れ替わり中
 五生→健康
 九生→疲労(大)
[装備]:九つの棺
[道具]:
[所持金]:潤沢(ハリーのものはハリーのもの、そうでしょう?)
[思考・状況]
基本方針:山越風夏の助手をしつつ、彼女の行先を観察する。
0:『――ヴァルハラか?』
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:神寂祓葉は凄まじい。……なるほど、彼女(ぼく)がああなるわけだ。
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。

宝具『棺からの脱出』を使って第五生のハリー・フーディーニと入れ替わりました。
神聖アーリア主義第三帝国陸軍所属。第四次世界大戦を生き延びて大往生した老人。
スラッグ弾専用のショットガンを使う。戦闘能力が高い。
ヴァルハラの神々に追われている妄想を常に抱いており話が通じない。

582TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:34:15 ID:tyr1M99Y0
【ノクト・サムスタンプ】
[状態]:健康、恋、やる気マンマン
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:莫大。少なくとも生活に困ることはない
[思考・状況]
基本方針:聖杯を取り、祓葉を我が物とする
0:相変わらずしぶといな〈脱出王〉。さて、此処からどうするか。
1:デュラハン側のマスターたちを直接狙う。予定外のことがあれば素早く引いて何度でも仕切り直す。
2:当面はサーヴァントなしの状態で、危険を避けつつ暗躍する。
3:ロミオは煌星満天とそのキャスターに預ける。
4:当面の課題として蛇杖堂寂句をうまく利用しつつ、その背中を撃つ手段を模索する。
5:煌星満天の能力の成長に期待。うまく行けば蛇杖堂寂句や神寂祓葉を出し抜ける可能性がある。
6:満天の悪魔化の詳細が分からない以上、急成長を促すのは危険と判断。まっとうなやり方でサポートするのが今は一番利口、か。
[備考]
 東京中に使い魔を放っている他、一般人を契約魔術と暗示で無意識の協力者として独自の情報ネットワークを形成しています。

 東京中のテレビ局のトップ陣を支配下に置いています。主に報道関係を支配しつつあります。
 煌星満天&ファウストの主従と協力体制を築き、ロミオを貸し出しました。

 蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。


【新宿区・南部/二日目・未明】

【キャスター(シッティング・ブル)】
[状態]:疲労(中)、右耳に軽傷、迷い、畏怖、動揺、霊獣に騎乗して移動中
[装備]:トマホーク
[道具]:弓矢、ライフル
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:救われなかった同胞達を救済する。
0:悠灯の元へ向かう。
1:今はただ、悠灯と共に往く。
2:神寂祓葉への最大級の警戒と畏れ。アレは、我々の地上に在っていいモノではない。
3:――他でもないこの私が、そう思考するのか。堕ちたものだ。
4:復讐者(シャクシャイン)への共感と、深い哀しみ。
5:いずれ、宿縁と対峙する時が来る。
6:"哀れな人形"どもへの極めて強い警戒。
7:覚明ゲンジ。君は、何を想っているのだ?
[備考]
※ジョージ・アームストロング・カスターの存在を認識しました。
※各所に“霊獣”を飛ばし、戦局を偵察させています。

583TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:34:50 ID:tyr1M99Y0

【覚明ゲンジ】
[状態]:疲労(中)、血の臭い、高揚と興奮
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:3千円程度。
[思考・状況]
基本方針:できる限り、誰かのたくさんの期待に応えたい。
0:……待ってろよ、祓葉。
1:祓葉を殺す。あいつに、褒めてほしい。
2:抗争に乗じて更にネアンデルタール人の複製を行う。
3:ただし死なないようにする。こんなところで、おれはもう死ねない。
4:華村悠灯とは、できれば、仲良くやりたい。
5:この世界は病んでいる。おれもそのひとりだ。
[備考]
※アルマナ・ラフィーを目視、マスターとして認識。
※蛇杖堂寂句の要求を受諾。五十体の原人を用いる予定。

【バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス)】
[状態]:健康(残り95体/現在も新宿区内で増殖作業を進めている)、一部(10体前後)はライブハウスの周囲に配備中、〈喚戦〉、ゲンジへの畏怖
[装備]:石器武器
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:今のところは、ゲンジに従い聖杯を求める。
0:弔いを。
[備考]
※老人ホームと数軒の住宅を襲撃しました。老人を中心に数を増やしています。

584TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:35:14 ID:tyr1M99Y0

【蛇杖堂寂句】
[状態]:右腕に大火傷(治療済み)
[令呪]:残り2画
[装備]:コート姿
[道具]:各種の治療薬、治癒魔術のための触媒(潤沢)、「偽りの霊薬」1本。
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:他全ての参加者を蹴散らし、神寂祓葉と決着をつける。
0:祓葉を終わらせる。
1:神寂縁は"怪物"。祓葉の天送を為してまだこの身に命があったなら、次はこの血を絶やす。
2:当面は不適切な参加者を順次排除していく。
3:病院は陣地としては使えない。放棄がベターだろうが、さて。
4:〈恒星の資格者〉は生まれ得ない。
5:運命の引力、か……クク。
6:覚明ゲンジは使える。よって、可能な限り利用する。
[備考]
神寂縁、高浜公示、静寂暁美、根室清、水池魅鳥が同一人物であることを知りました。
神寂縁との間に、蛇杖堂一族のホットラインが結ばれています。
蛇杖堂記念病院はその結界を失い、建造物は半壊状態にあります。また病院関係者に多数の死傷者が発生しています。

蛇杖堂の一族(のNPC)は、本来であればちょっとした規模の兵隊として機能するだけの能力がありますが。
敵に悪用される可能性を嫌った寂句によって、ほぼ全て東京都内から(=この舞台から)退去させられています。
屋敷にいるのは事情を知らない一般人の使用人や警備担当者のみ。
病院にいるのは事情を知らない一般人の医療従事者のみです。
事実上、蛇杖堂の一族に連なるNPCは、今後この聖杯戦争に関与してきません。

アンジェリカの母親(オリヴィア・アルロニカ)について、どのような関係があったかは後続に任せます。
→かつてオリヴィアが来日した際、尋ねてきた彼女と問答を交わしたことがあるようです。詳細は後続に任せます。
→オリヴィアからスタール家の研究に関して軽く聞いたことがあるようです。核心までは知らず、レミュリンに語った内容は寂句の推測を多分に含んでいます。

赤坂亜切のアーチャー(スカディ)の真名を看破しました。

"思索"と"失点の修正"を終えました。具体的内容については後にお任せします。

【ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(小)
[装備]:赤い槍
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉を刺してヒトより上の段階に放逐する。
0:大義の時は近い。
1:蛇杖堂寂句に従う。
2:ヒマがあれば人間社会についての好奇心を満たす。
3:スカディへの畏怖と衝撃。
4:よもや同郷がいるとは。

585TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:35:38 ID:tyr1M99Y0
【新宿区・東部/二日目・未明】

【悪国征蹂郎】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中)、頭部と両腕にダメージ(応急処置済み)、覚悟と殺意
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度。カード派。
[思考・状況]
基本方針:刀凶聯合という自分の居場所を守る。
0:――ケリを着けよう、周鳳狩魔。
1:周鳳の話をノクトへ伝えるか、否か。
2:アルマナ、ノクトと協力してデュラハン側の4主従と戦う。
3:可能であればノクトからさらに情報を得たい。
4:ライダーの戦力確認は完了。……難儀だな、これは……。
5:ライダー(レッドライダー(戦争))の容態を危惧。
[備考]
 異国で行った暗殺者としての最終試験の際に、アルマナ・ラフィーと遭遇しています。
 聯合がアジトにしているビルは複数あり、今いるのはそのひとつに過ぎません。
 養成所時代に、傭兵としてのノクト・サムスタンプの評判の一端を聞いています。
 六本木でのレッドライダーVS祓葉・アンジェ組について記録した映像を所持しています。
 アルマナから偵察の結果と、現在の覚明ゲンジについて聞きました。
 千代田区内の聯合構成員に撤退命令を出しています。

【アルマナ・ラフィー】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中)、無自覚な動揺
[令呪]:残り3画
[装備]:カドモスから寄託された3体のスパルトイ。内二体破壊、残り一体。
[道具]:なし
[所持金]:7千円程度(日本における両親からのお小遣い)。
[思考・状況]
基本方針:王さまの命令に従って戦う。
0:アルマナはアルマナとして、勝利する。
1:もう、足は止めない。王さまの言う通りに。
2:当面は悪国とともに共闘する。
3:悪国をコントロールし、実質的にライダー(レッドライダー(戦争))を掌握したい。
4:アグニさんは利用できる存在。多少の労苦は許容できる。それだけです。…………それだけ。
5:傭兵(ノクト)に対して不信感。
[備考]
 覚明ゲンジを目視、マスターとして認識しています。
 故郷を襲った内戦のさなかに、悪国征蹂郎と遭遇しています。

※新宿区を偵察、情報収集を行いました。
 デュラハン側の陣形配置など、最新の情報を持ち帰っています。

586TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編) ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:36:10 ID:tyr1M99Y0
【新宿区・南部付近/二日目・未明】

【ライダー(レッドライダー(戦争))】
[状態]:『英雄よ天に昇れ』投与済、〈赤き竜〉
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:その役割の通り戦場を拡大する。
0:預言の成就。
1:神寂祓葉を殺す
2:ブラックライダー(シストセルカ・グレガリア)への強い警戒反応。
[備考]
※マスター・悪国征蹂郎の負担を鑑み、兵器の出力を絞って創造することが可能なようです。
※『星の開拓者』を持ちますが、例外的にバーサーカー(ネアンデルタール人)のスキル『霊長のなり損ない』の影響を受けるようです。
※ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具『英雄よ天に昇れ』を投与され、現在進行形で多大な影響を受けています。
 詳しい容態は後にお任せしますが、最低でも不死性は失われているようです。
※七つの頭と十本の角を持ち、七つの冠を被った、〈黙示録の赤き竜〉の姿に変化しています。
※現在、新宿区にスキル〈喚戦〉の影響が急速拡大中です。範囲内の人間(マスターとサーヴァント以外)は抵抗判定を行うことなく末期の喚戦状態に陥っているようです。
 部分的に赤い洪水が発生し、この洪水は徐々に範囲を拡大させています。

【千代田区・西部/二日目・未明】

【バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン)】
[状態]:健康、『同胞よ、我が旗の下に行進せよ』展開中
[装備]:『主よ、我が無道を赦し給え』
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩魔と共に聖杯戦争を勝ち残る。
0:まんまと逃げられてしまったが、はてさてどうしたものか。
1:神寂祓葉への最大級の警戒と、必ずや討たねばならないという強い使命感。
2:レッドライダーの気配に対する警戒。
3:聯合を末端から削る。同胞が大切なのですね、実に分かりやすい。
[備考]
※デュラハンの構成員を連れて千代田区に入り、彼らを餌におびき出した聯合構成員を殺戮しています。

587 ◆0pIloi6gg.:2025/07/20(日) 23:36:46 ID:tyr1M99Y0
投下終了です。

588 ◆0pIloi6gg.:2025/07/24(木) 01:15:35 ID:KcF31/9Q0
アルマナ・ラフィー
悪国征蹂郎&ライダー(レッドライダー(戦争))
華村悠灯&キャスター(シッティング・ブル)
周鳳狩魔&バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン) 予約します。

589 ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:31:21 ID:/xo8QoUQ0
投下します

590TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:33:49 ID:/xo8QoUQ0



 新宿・歌舞伎町、あるライブハウス。
 新進気鋭ながら巨大な勢力とシノギを抱える半グレ組織〈デュラハン〉の息がかかっているここは、此度の決戦における事実上の拠点となっている。
 その一室、普段は特別な来客に対してのみ使っている応接室の中に、英霊シッティング・ブルの姿はあった。

 いつも通りの渋面に、普段に輪をかけて苦々しいものを滲ませながら。
 彼は、椅子に座った"彼女"の処置を行っていた。
 華村悠灯。地毛の覗いた金髪、痣だらけの身体、いかにも不良少女といった風体。
 対レッドライダー戦線を抜け出したシッティング・ブルが駆けつけた時、その姿を見て絶句した。
 人間の形をしていなかったからだ。正しくは首から上が、あらぬ角度に折れ曲がっている。

「……あ、もう動いていいか?」
「その筈だが、しばらくはあまり動かすな。私も初めて遭遇する事例だったから、どこまで処置が効いているか解らない」

 彼を襲ったのは悠灯をひとり残してしまったことへの後悔と、それ以上の激しい困惑。
 頚椎骨折という明らかな致命傷を負っているにも関わらず、悠灯は惨たらしい姿のままで平然と喋り、動いていたのだ。
 狩魔が何かをしたのかと疑った。場合によっては関係が反故になるのを覚悟で、殺そうとすら思った。
 だが他でもない悠灯自身がその憶測を否定した。曰く、ここを強襲してきた刺青の魔術師にやられたらしい。

 十分に結界を展開し、ゲンジの原人も配備した万全の警護体制をすり抜けた凶手にも懸念はあったが、まずは目先の問題だ。
 シッティング・ブルは混乱する頭をどうにか落ち着けながら、悠灯の傷の修復を始めた。
 呪術とは他者を害するだけの力ではない。
 呪(のろ)いである以前に呪(まじな)い。正しく使えば傷を癒やし、命を生かすことができる。
 彼の技量の高さもあり、幸い、悠灯の折れた首はとりあえず修復することに成功した。
 ただ依然彼女の胸は上下しておらず、体温も死体のように冷たいままだ。

 ――死んでいる。華村悠灯の肉体は、間違いなく生命活動を停止している。
 なのに何故、彼女は生きて動き、話せているのか。
 尽きぬ疑問の解を、シッティング・ブルはこの場に同席する"もうひとり"に求めることにした。

「……狩魔」

 戯言を交わしている暇はない。
 更に一切の嘘も、虚飾も許さない。
 見据える瞳には、大戦士の冷徹な側面が覗いていた。

「何があったか、詳しく説明してもらおう」

591TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:34:52 ID:/xo8QoUQ0
「もちろんそのつもりなんだが……経緯はさっき話した通りだ。
 ノクト・サムスタンプ。山越の奴が言ってた、聯合側の"協力者"だろう。
 そいつがどういうわけか、あんたの結界と原人どもの警備を掻い潜って悠灯に接触した」

 こめかみに指を当てながら話す狩魔の様子には、冷静沈着な彼らしからぬ当惑が滲んでいる。
 ノクトの襲撃自体はまあ、そういうこともあるだろうと納得できないこともない。
 想定が甘かった。〈脱出王〉の忠告の重さを見誤っていた。
 魔術師でありながら、怪物の域に片足を突っ込んだ想像以上の難物だった――それで咀嚼できる。

 が、悠灯の件に関しては狩魔としてもまったく意味不明の事態であった。

「俺も、悠灯は殺られたもんだと思ったよ。
 首ってのは人間にとって最大の急所だ。そこが折れ曲がって生きてられる人間なんざこの世にはいねえ。
 だから正直ぶったまげたぜ。とはいえそのおかげで令呪を節約できたから、俺としては貸しを作っちまった形だな」
「……ノクト・サムスタンプが何かしたという可能性は?」
「ねえな。奴さんも悠灯が動き出したのを見て驚いてたよ。
 演技って可能性もあの様子じゃまずないと思う。想定外に直面した奴の顔だった」

 あの後、狩魔は悠灯を連れてすぐさまライブハウスに退いた。
 ノクトの再襲撃に備え、臨戦態勢を取った上であらゆる事態に備えた。
 狩魔としても、悠灯に対しては多少の情がある。
 シッティング・ブルが駆けつける前に彼女の容態確認を行ったのは、他でもない彼だ。

「最初に見た時もたまげたが、軽く触診してもっと驚いた。
 体温が人間のそれじゃねえ。心臓も脈も止まってるし、瞳孔も開きっぱなしだ。
 誰がどう見ても、死体だった。なのにこうやって平然と喋り続けてんだ」
「…………こんな時に言うのもなんですけど、狩魔サンはもうちょっとデリカシーを身に着けた方がいいっすよ。いやマジで」
「しゃあねェーだろ。俺だってガキの乳なんざ触りたくなかったよ」

 ジト目で見つめる悠灯に、狩魔は煙草片手に肩を竦める。
 緊急事態故踏み躙られた乙女の尊厳(そういうガラじゃないのは、悠灯がいちばん分かっている)はさておくとして、狩魔とシッティング・ブルの見解は一致していた。
 華村悠灯は死んでいる。死んでいる筈なのに、生きている。酷薄に聞こえるかもしれないが、生ける屍という他ない状態だ。

「私見を聞かせろ、キャスター。俺にも関わる話だからな、できれば正しい認識ってやつを持っておきたい」
「……君が何もしておらず、手にかけた凶手も然りだというのなら、可能性はひとつだろう」

 要するに、自分達は勘違いしていたのだ。シッティング・ブルはそう思った。
 己も、悠灯も。彼女の身体に宿っている力、ないし魔術の正體を履き違えていた。
 
「悠灯自身が持つ力。天命に逆らってでも、現世に留まろうとする魔術……」

 肉体強化。痛覚の遮断。そんなもの、ただの表層に過ぎなかったのだ。
 むしろ本質はこちら。実情を問わず、そこに命があり続けているという結果だけを希求する力。

「さしずめ――"死を誤魔化す力"とでも言ったところか」

 肉体が死ねば魂はそれを抜け出す、これを人は"死"と定義する。
 しかし悠灯の力は、その当たり前をすら拒む。
 魂の離脱に抗い、既に役目を失った肉体にそれを留め置く。
 そうやって宿主の生存を証明し続ける、そういう力だとしか考えられない。

592TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:36:01 ID:/xo8QoUQ0

 死を破却するといえば聞こえはいいが、実情はまったくそんなものではなかった。
 実際に触れ、治すにあたって容態を把握したシッティング・ブルにはわかる。
 少なくとも悠灯に宿っているこの力は、神寂祓葉のようなご都合主義の不死ではない。
 
 これはあくまで誤魔化して、しがみつくだけの力だ。
 子どもの駄々、悪あがき。
 点数の悪かった答案を机の奥に隠して、当座の安寧を得ようとしているようなもの。

 その証拠に悠灯の心臓は止まったままだし、人としてあるべき体温のぬくもりも消えたままである。
 死んだ肉体を、死体のまま動かして生者を演じているだけ。
 生きたいのだろう? 死にたくないのだろう? なら叶えてやろう、ほらおまえはまだ生きている。
 傷は治らない。抜け落ちたものが戻ることもない。死者というカタチのまま、無理やり世に蔓延り続けるリビングデッド。
 噛み締めた奥歯はもはやひび割れそうだった。所構わず当たり散らしてしまいたいほどの、やりきれない気持ちが胸中に広がって消えない。

 そして、何よりそれに拍車をかけているのは。

「……悠灯。君は、本当に大丈夫なのか」
「え? ああ……まあ、大丈夫だと思うよ。
 いつも通り痛くはないし、キャスターのおかげで首も元に戻ったし」

 当事者である悠灯の、奇妙な冷静さ。
 命を奪われ、自分が生者とも死者ともつかない何かになったことを知った。
 狂乱しても責められない状況にありながら、悠灯はむしろこうなる前より落ち着いて見えた。

「それに、なんかさ。大変なコトになってるのは分かってるけど、気分はさっぱりしてるんだ」

 生きたい。生きたい。死にたくない――そう狂い哭き続けていた少女の顔に、わずかな安堵が見て取れる。
 無理からぬことだ。形はどうあれ、その恐怖は彼女の中から取り払われたのだから。
 ノクトの件がなくとも、いずれ悠灯はこの状態に辿り着いていただろう。
 脳死と心停止を超えて生き永らえる"超常"。未来を願う少女から不安を除去する、出来損ないのご都合主義。
 シッティング・ブルは、心穏やかでなどとてもいられなかった。
 これならいっそあの時祓葉の手を取り、彼女と同じ無限時計の使徒になってくれた方がよほどマシだったとすら思うほど。

「だから、アタシは大丈夫だよ。心配かけてごめんな、キャスター」

 華村悠灯は"成って"なお不死者などではない。
 誤魔化しの力が、どの程度の損傷まで補ってくれるのかも不明なままだ。
 首を切り落とされたら? 脳を破壊されたら? 全身を原型を留めないほどに粉砕されたら?
 それで死ねるならまだいい。
 どんな治癒も意味を成さないほどに肉体を壊され、それでも残った肉片に対しても、力が適用され続けてしまったら?

593TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:36:51 ID:/xo8QoUQ0

 厭な可能性など、山のように思いつく。
 けれどそれを口にする勇気は、シッティング・ブルにはなかった。
 それをしてしまえば、今目の前にある不器用な微笑を惨たらしく壊してしまいそうで怖かった。
 だから何も言えない。何も言えないまま沈黙する彼に、次は狩魔から切り込む。

「心中察するが、俺からもあんたに聞きたいことがある」

 ――話題は移り変わる。
 赤騎士を迎撃するために打って出た彼らは、確かに一定の戦果をあげた。
 だが、そこまでの経緯は決して順風満帆なものではなかったようだ。
 この場にとある人物が不在である事実が、そのことを物語っている。

「ゲンジから詫びの連絡があった。
 あいつを問い質してもいいんだが、知っての通り不安定なガキだからな。ここは客観的な意見が欲しい」
「……ゲンジのバーサーカーは、君の予測通り聯合のライダーを大きく弱体化させた。
 しかしあくまで弱くしただけだ。根本の不死性を解決できないまま、我々は膠着状態に陥っていた。
 そこに現れたのが白髪の老人。おそらくは山越風夏の同類であろう、"ジャック"と呼ばれる男だ」
「その名前は聞いてるよ。蛇杖堂寂句、山越お墨付きの怪物だな」

 二本目の煙草に火を点けながら、狩魔は〈脱出王〉の話を思い出していた。
 曰く化け物。人間の常識が通じない怪物老人。ノクト・サムスタンプとは別な意味で、絶対に関わるべきではない相手。

 狩魔の口にした"怪物"という評に、シッティング・ブルさえ納得を禁じ得ない。
 英霊の彼から見ても、あの蛇杖堂寂句という男は常軌を逸していた。
 実力もそうだが、何より語る言葉に宿る力が異様だった。
 一言一句すべてに他一切をねじ伏せるような強さが宿り、明らかに歪んでいるのにその歪みも含めて法だと断ずるような、狂的な傲慢さがあった。

「我々が手を拱いていたあの厄災を、蛇杖堂寂句のサーヴァントはわずか一撃で撃退した。
 詳細までは不明だが、発言から推測するに抑止力の尖兵らしい。
 更に言うならあのライダーも、どうやら彼女の同族……この星の意思に近しい存在であるようだった」
「門外漢だが、そりゃずいぶんとけったいな話だな。よくあるのか? そういうことは」
「無論、イレギュラーだろう。兎角そうして赤騎士は撃退され、その働きを担保に蛇杖堂寂句がゲンジに同行を迫った」
「無理やり連れて行ったのか?」
「いや。同伴したのは、ゲンジの意思だ」

 ふう、と狩魔がため息を吐き出した。
 漏れた紫煙が、ゆらゆらと応接室の中に漂っている。

「思ったより早かったな」
「……想定していたのか?」
「あいつはとっくに神憑りだ。俺達にどれだけしおらしい姿を見せてても、結局いつかは手前の信仰に向かっていくと思ってた。
 できれば悪国のライダーを排除してからにしてほしかったが、起きたことにああだこうだ不満言っても仕方ねえ」

 ゲンジが祓葉に傾倒しているのを、狩魔はとうに知っていた。
 同時に、その狂気が既につける薬のない域にあることも。
 周鳳狩魔は狂気を道具として扱いこなし、物事を進めてきた人間だ。

594TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:38:01 ID:/xo8QoUQ0
 だからこそ分かった。分かった上で、あえてゲンジの中のバルブを開くように仕向けた。
 山越風夏を彼と接触させたのもそれの一環。
 効果は予想以上。燻るだけだった少年は、人道倫理を踏み砕く奈落の虫へと化けてくれた。
 
「原人の動員を要求されただろ。どのくらい持ってかれた感じだ?」
「五十人。それ以上は譲らないと蛇杖堂は言っていた」
「上手いな。過半数を持っていきつつ、絶妙に譲歩を感じさせる数字だ。
 やってくれるぜ。傍若無人なようで、手前の大将のメンツは立ててやると暗に示してやがる。
 できればもう少し人数の交渉をしてほしかったが、相手が悪すぎたな。ゲンジが駆け引きできる相手じゃねえわ」

 嘆くようなことを言う一方で、狩魔にさほど動じた様子はなかった。
 覚明ゲンジが想像していた通り、彼の出奔は狩魔の想像の域を出なかったのだ。
 問題はタイミングと、持っていかれた原人の数。
 ただしそれも、決して彼の描く筋書きを破綻させるほどの不測ではない。

「ありがとな、報告助かった。
 野郎が無事で戻ってきたらヤキ入れるとして、聯合の化け物を無傷で追い払えただけでも上出来だ」

 この場合の無傷とは、人員の欠損のことを指す。
 シッティング・ブルは軽傷で戻り、ゲンジも手元は離れたが生きている。
 原始の呪いを振り撒くネアンデルタール人達ももちろん健在で、デュラハンは一方的に情報だけを勝ち取って退けた形だ。

「キャスター。残り、そうだな……十五分でどれだけ結界を補強できる?」
「聯合のライダーとの交戦に際し、霊獣達の多くを戦場へ向かわせていた。それを呼び戻せば、大体倍程度の強度には仕上げられるだろう」
「今すぐ頼む。俺もゴドーを呼び戻して備えるよ」

 聯合の赤騎士は、原人の呪いである程度まで零落させられる。
 そう分かっただけでも戦果としては十分すぎる。
 その上で蛇杖堂寂句のサーヴァントが打ち込んだ傷もあるのだ、聯合と揉めるにあたって不安点だった戦力面の格差はだいぶ埋められたと言っていい。

 五十人の損失はでかいが、残り五十人弱もいれば立て直しは十分できる。
 そも、狩魔はネアンデルタール人達に武力としての貢献をそれほど期待していない。
 あくまで利用価値は彼らが持つ"呪い"の方にあり、だからこそゲンジの在不在は問題ではなかった。
 むしろ分かりやすいアキレス腱であるゲンジが現地を離れてくれたのは見方によってはプラスでさえある。
 後輩を気にかけながら、同時に駒として冷淡に評価し、必要に応じて使う。
 それができるからこそ周鳳狩魔は不動の王なのだ。首なしの騎士団を従えて、若くして現代の裏社会に版図を広げることができたのだ。

「――なあ、キャスター。もしかして……」
「ああ」

 おずおずと問うた悠灯に、シッティング・ブルは苦い声色のまま答えた。
 マスターである狩魔が把握していることだ。サーヴァントの彼が、感知していない筈がない。
 今、この新宿で起きていること。それは、各地に散っている霊獣達の視覚を通じて解っている。
 蛇杖堂寂句の英霊から手傷を受けて撤退した赤騎士。アレの司る赤色の魔力が、異常に拡大していることも。
 その拡大と並行して、街に住まう人々があらぬ狂乱に駆られ、筆舌に尽くし難い凶行に及び出していることも――すべて、解っていた。

 更に言うなら。
 追い詰められた赤騎士が、先の戦場で見せたのとは比較もできないほどの強大なナニカに変じ、大いなる破局を齎さんとしていることも。

「案ずるな。君のことは、今度こそ私が守る」

 悠灯に、そして自らに言い聞かせるように、シッティング・ブルは言った。

「――君に喚ばれた意味を果たそう。私だけは、何があろうと君の味方(とも)だ」

 鼓動が潰え、温度の失せたマスターの肩に手を載せて。
 かつて偉大なる戦士と呼ばれた男は、決意を新たにする。
 もう迷いはしない。どれほどの過酷があろうとも、決して守るべきものを見失いなどしない。
 壊れた心を、使命感という名の糸で繋ぎ止めて。
 継ぎ接ぎの戦士は、来たる厄災と向かい合う。
 あるいはそれは、運命。戦争という人類の原罪に、居場所も尊厳もすべてを奪われた男としての宿痾。

 奇しくも、彼の宿敵たる少年将校とは真逆の顔で。
 シッティング・ブルもまた、己が恐怖の象徴と向き合うのだ。



◇◇

595TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:38:44 ID:/xo8QoUQ0



「――令呪を以って命ずる。戻ってこい、ゴドー」

 三画の刻印が、ひとつその数を減らす。
 光は空気に溶けて消え、程なくして馴染みの気配が形を結んだ。

「はい、どうも。さっきぶりですね、狩魔」
「使い走りをさせて悪いな。予想通り情勢が変わったから呼び戻した」
「それが私の仕事ですから。
 君の命令通り、千代田に残っていた雑魚はなるべく殺しておきましたよ。
 ただ、悪国征蹂郎を取り逃しました。情けない話ですが、彼に付いていた幼い魔術師にしてやられまして」

 ゴドフロワ・ド・ブイヨン。
 帰投した彼の身体は多少の土埃を浴びてはいたが、傷らしいものはほとんど負っていなかった。
 アルマナ・ラフィーに加え、彼女が足止めに差し向けたカドモスの青銅兵三体を相手取った上でこの状態だ。
 しかもゴドフロワは、数の限られたスパルトイのうち二体を破壊している。
 聯合構成員の虐殺然り、短い時間ではあったものの、十分以上に仕事を果たしてきたといえるだろう。
 
「いいよいいよ。元々今回のは悪国のガキに揺さぶりをかけるのが目的だったからな。
 逆鱗が分かりやすくて助かった。今頃は怒り心頭で、こっちの庭に乗り込んできてるだろうさ」

 外は、もはや人界とは思えない有様になっている。
 空は赤く染まり、そこかしこで喧嘩の範疇を超えた殺し合いが勃発し、紛争地帯もかくやの轟音がずっとどこかから聞こえてくる始末だ。

「勝ったとして、もうこんな街には住みたくねえな。拠点移さねえと」
「悪国のライダーが消えた後も影響が残留するのかは未知数ですが、同感です。
 この地は穢れすぎている。正直に言って、呼吸するのも憚られるレベルですよ」

 禍々しい。一言で言うなら、今の新宿はそういう状態だった。
 老若男女、人種も国籍も問わず、あらゆる人間が不明な焦燥感と希死念慮に突き動かされている。
 演者の資格を免疫と呼ぶならば、それを持たない一般人達にとっては罹ると発狂するウイルスが逃げ場なく埋め尽くしているようなものだ。
 まさしく、末法の世。誰もが下劣な闘志を燃やして諍いに明け暮れる、地獄界曼荼羅の真っ只中。
 特に――かの教えの信仰者であるゴドフロワは、これが如何に致命的な事態であるかを深く理解していた。

「到来と共に、世へ戦乱を運ぶ赤き騎兵(レッドライダー)。
 黙示録が到来した以上、もう誰も引き返せはしません。
 我々はもちろん、引き金を引いた彼らもそうだ」

 赤騎士が本気で預言の成就に取り掛かり始めた時点で、もう悠長に権謀術数を楽しめる段階は終わった。
 事前の予測通り、短期決戦の様相を呈し始めたわけだ。
 狩魔がこのタイミングでゴドフロワを呼び戻したのも、それと無関係ではない。

596TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:39:29 ID:/xo8QoUQ0

「よって、恐らく勝敗はここで決します。
 デュラハン(われわれ)か、聯合(かれら)か、負けた方はこの世界から消滅する。
 この国では、天下分け目のセキガハラと呼ぶのでしたっけね。兎に角、正念場というわけです」
「一ヶ月でずいぶん日本の文化に馴染んだよな、お前」
「勤勉な質でして。八百万なる無神論思想には正直未だに虫酸が走りますが、そこを除けばこの国のことは好きですよ。特に食事が素晴らしい」
「ま、勝ったらまた馴染みの鮨屋でも連れてってやるよ。悠灯もゲンジも呼んで盛大にやろうぜ。
 あいつら回らない鮨とか食ったことねえだろ。下手すりゃ腰抜かすんじゃねえか?」
「やれやれ、君の方は変わりませんね。相変わらずの世話好きぶりだ」
「歳食うとな、若い奴に高ぇ飯食わせるのが楽しみになってくンだよ。
 俺も昔は手前の金で餌付けして何がいいんだか分からなかったが、あの頃先輩方もこんな気持ちだったのかもなぁ」

 デュラハンと聯合が創った混沌が、どれだけ長く続くかは分からない。
 しかし、少なくとも彼ら二陣営の戦いは間違いなくここでひとつの区切りを迎える。
 狩魔か。征蹂郎か。どちらかの首が落ちて、どちらかの組織が東京から消えるのだ。

 そんな大一番を前にして、この凶漢達は平時と変わらぬ落ち着きを有していた。
 彼らは狂気の申し子だ。人間を怪物に変える手段の存在に気付き、それとうまく付き合う生き方を見出した冷血漢ふたり。
 彼らには恐怖も、緊張もない。いつも通り、為すべきことを為すだけだと肝を据わらせている。
 友人のように気安く語らい、当たり前みたいに戦いが終わった後のことなんか考えて。
 いつも通りの自分達のまま、迫る赤き怒りの軍勢を打ち払う。

「もう兵隊も集めてある。どいつも酷く興奮してたが、敵が聯合だってことはちゃんと判ってるらしい。
 あの様子なら駒として申し分ない。いや、むしろ正気の時よりよっぽど役に立つかもな」
「それは頼もしい。陣形の方はもう決まっているので?」
「とっくだ。これから悠灯も呼んで伝達する」
「今更ですが、君のような男がマスターでよかった。私は殺し合うのは得意でも、緻密に策を練るのはどうも苦手でして」
「どの道、狂戦士(バーサーカー)なんて肩書きの野郎に采配なんて任せらんねェよ」
「はは、それもそうだ――ところで、ついでにもうひとつ今更の話なんですが」 

 ゴドフロワは、つい先刻まで千代田にいた。
 ひとりで、ではない。彼は数十人の兵隊を従えて虐殺に臨んだ。

「聯合征伐に遣わした彼らのことはいいのですか?
 ある程度の兵は殺しましたが、それでも全員潰せたわけではありません。
 惰弱な武器しか持っていない彼らでは、怒り心頭の敵方に敵うと思えませんよ」

 ゴドフロワが令呪で帰投してしまった以上、その数十人は今も千代田区、聯合のお膝元に取り残されていることになる。
 当然宝具は解除しているし、彼らを助けてくれる存在はいない。
 拳銃と、後はせいぜいナイフの一本二本。それだけで各々、怒り狂った聯合の兵隊に対処しなければならないのだ。
 悲惨な結末になるのは見えている。ゴドフロワに問われた狩魔は、しかし平然と答えた。

「運良く帰ってこれた奴がいたら、まあ多少は詫びとくよ」

 後輩を可愛がる楽しさを説いた舌の根も乾かぬ内に、その犠牲を許容する。
 周鳳狩魔は面倒見のいい男で、恐れられながらも人望厚く、下の者のため身銭を切ることも厭わない。

 だが、彼は決して善人でもなければ、義侠の漢だなんて柄でもない。
 人並みの人情は持っている。義理も重んじるし、理屈抜きに人を助けることだってある。
 されど必要なら、自分で拾った小鳥だろうが淡々と犠牲にできる。
 何故なら世の中、どうしたってどうにもならないことはあるのだから。

 運命を呪う? 
 がむしゃらにあがく? 
 我が身を呈して、結末が見えていてもひたむきに立ち向かう?

 人をそれは無駄と呼ぶ。
 少なくとも、周鳳狩魔はそうだった。

 そういう男だからこそ――彼は、決して悪国征蹂郎と相容れない。



◇◇

597TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:40:03 ID:/xo8QoUQ0
◇◇





 小羊がその七つの封印の一つを解いた時、わたしが見ていると、四つの生き物の一つが、雷のような声で「きたれ」と呼ぶのを聞いた。

 そして見ていると、見よ、白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、弓を手に持っており、また冠を与えられて、勝利の上にもなお勝利を得えようとして出かけた。

 小羊が第二の封印を解いた時、第二の生き物が「きたれ」と言うのを、わたしは聞いた。

 すると今度は、赤い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、人々が互いに殺し合うようになるために、地上から平和を奪い取ることを許され、また、大きなつるぎを与えられた。




◇◇

598TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:40:42 ID:/xo8QoUQ0



 異形の竜が、空を駆けていた。
 巨体は天を衝くが如しで、それには頭が七つあった。
 全身が鋼よりなお硬い鱗に覆われ、七頭に煌めくは同数の王冠。

 燃え盛る火のように赤く、滑空の風圧だけで台風の到来に匹敵する被害が新宿を襲っている。
 だが人々はそれを意に介すでもなく、ただひたすらに各々のやるべきことへ邁進していた。
 怒号、絶叫、ヒステリックな泣き声が絶え間なく響き、時々鈍い音がする。

 人々が隣人を愛さず、互いに殺し合う世を到来させる役目を、赤い馬の騎士(レッドライダー)は担うという。
 まさに今、新宿はその通りになっていた。
 騎士の変転により異常拡大された〈喚戦〉は、現在進行形で影響範囲を広げ続けている。
 赤き呪いの射程に収まった者は戦意に呑まれ、自我、思想、渇望の類を暴力的なカタチに歪曲される。
 そうなった者が取る行動は必ずしも一律ではないが、辿る経緯に差はあれど、最後に起こる事態はひとつだった。
 我で以って我を通す、殺し合いである。

 赤騎士が自ら手を下すまでもなく、新宿は殺人事件の集団群生地と化した。
 トリック、アリバイ工作、証拠隠滅、そんなまどろっこしい真似は誰ひとりしない。
 ただ感情の赴くままに殺すのだ。ムカつくから、許せないから、殺したいから殺す。
 後先なんて誰も考えない。殺せ、殺せ、内から囁きかける声が迷える子羊達に道を示してくれる。


 ――――来たれ、眩き戦争よ、来たれ。


 大魔王サタンの写し身を更に写した〈赤き竜〉は、半グレ達の殺し合いになど欠片の興味も持っていない。
 更に言うなら聖杯戦争そのものさえ、この呪わしいモノにとってはどうでもよかった。
 
 求めるものは預言の成就、役割の遂行。常にそれだけ。
 だが、そんな機械じみた存在にも転機があった。
 白き醜穢・神寂祓葉との邂逅である。

 天蠍は騎士の不滅を破綻させたが、そうでなくても、その前からこれは壊れていた。
 悪国征蹂郎の最大の失策。それは間違いなく、試運転の場に港区を選んだことだ。
 大義に殉ずる精密機械を、この世界の神という不確定要素の化身に接触させてしまった。
 その時点で、これはもはやあるべき姿を失い始めていた。蠍の毒は最後のひと押しに過ぎない。

 自我を得た機械とは赤子のように拙く、支離滅裂なものだ。
 光を目にした蛾のように、初めて知った感情へひた走らずにはいられない。
 まるでかの神に魂を灼かれた、あの六人の魔術師のように。

599TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:41:26 ID:/xo8QoUQ0

 〈赤き竜〉は、世界を滅ぼす神敵にならんとしている。
 不浄な神を玉座から蹴落として、彼女とその箱庭を焼き尽くすことで預言の成就とする。
 そしてその遂行は、もう既に始まっていた。

 異常拡大する〈喚戦〉は、たとえ新宿の全域を呑み込んだとしても止まらない。
 次は隣接する豊島区、中野区、文京区、千代田区、渋谷区、港区。
 そこも終われば次は練馬、板橋、北、荒川、台東――……と、赤騎士が存在する限り広がり続ける。
 その意味するところは何か。語るまでもない。

 
 東京という都市(セカイ)の、事実上の滅亡である。


 デュラハンと聯合の戦いは、とっくに彼らだけの問題ではなくなっていた。
 これを倒せなければ都市は死に、安息の地は消え失せる。
 今でこそ演者達は〈喚戦〉の影響を微々にしか受けていないが、全域がそう成ってしまったなら時間の問題だろう。
 そうなれば聖杯戦争の存亡をすら左右する。事はもはや、この針音都市に存在する全員の問題に昇華されているのだ。

 竜が、歌舞伎町と呼ばれる街の一点に焦点を合わせる。
 感じ取る気配、要石から伝わってくる憎悪と執念。
 数多の闘志の矢印で槍衾と化しているそこへ向け、竜の七頭があぎとを開いた。

 
 禍々しいまでに赤い魔力が、渦を巻いて収束していく。
 悪竜現象(ファヴニール)発生。
 使命を、役割を超えた願望が赤騎士の霊基を崩壊しながら歪めている。

 であればこれはもう、竜の似姿などと呼ぶべき存在ではない。
 ガイアの怒りとして造られ、ヨハネの預言に綴られ、そしてその両方を逸脱した最新の邪竜。

 赤い夜空を、その更に上を行く【赤】き光で染め上げながら。
 レッドライダーの竜の息吹(ドラゴンブレス)が、空を引き裂いた。
 
 七つの光条が絡み合い、螺旋を描いて一本に束ねられる。
 狙うのは地上。決戦の地、これに敵も味方もありはしない。
 既に陣を敷いている首なしの騎士達を平らげ、彼方への飛翔の糧にせんとして――

600TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:42:50 ID:/xo8QoUQ0


 眩い黄金の光が、否を唱えるように飛び出した。

 それは、実体を持たない光の軍勢。
 信仰のために人倫を排し、虐殺と蹂躙を大義と呼んだはじまりの聖者たち。
 顔はない。背丈も武装も、個人を区別できる様子は皆無。
 指導者の意思を、その信心を、つつがなく遂行するための聖なる暴力装置ども。

 しかし、光軍の先陣を切るひとりだけが違った。
 白銀の甲冑。輝く十字剣を握り、十倍では利かない巨体に向け魁を担う騎士がいる。

 大意の剣が、竜の吐息と正面から激突する。
 次の瞬間、瞠目すべきことが起こった。
 狂戦士の一刀が、赤き破壊光を圧し切り、弾き飛ばしたのだ。

 どう見積もっても対城級の威力を秘めている筈の一撃。
 いかに攻撃力に優れたバーサーカーといえど、正面からの力比べで打ち破るなど不可能な筈。
 なのにこの白騎士は、それを事もなく成し遂げた。
 成り立つ筈のない番狂わせ。その発生を招いた理由は、ひとつ。

 本来の力が発揮できていない。
 この感覚に、赤騎士は覚えがあった。

 〈赤き竜〉とは、人類史の武器庫たるレッドライダーがアクセス可能な武装を継ぎ接ぎにして構築したいわば巨大な機械竜だ。
 今見せたブレス攻撃も、火薬や爆薬、古今東西の化学兵器に神話由来の神秘武装を溶かし込んだ合成兵器(キメラ)である。
 そこに悪竜現象を発現させ概念的竜化を果たしたことによるブーストが入り、火力は驚天動地の域に達していたが――

「うん、ちゃんと効いてますね。アテが外れたらタダじゃ済まなかったでしょうが、ゲンジには感謝しなければ」

 明らかに、用いた武装(ねんりょう)の大部分が機能を果たしていない。
 神秘殺しならぬ叡智殺し。"ある時代"より後に生まれた文明を否定する、古き者達の呪いだ。

 ホモ・ネアンデルターレンシス。
 デュラハンのジョーカーたる彼らの呪いが、再び赤騎士の戦いを大きく阻害していた。
 姿は見えないが、恐らく巧妙に隠した上で歌舞伎町一帯に配置してあるのだろう。
 彼らを全滅させない限り、その生存を脅かさんとする侵略者は否応なしに文明の叡智を剥ぎ取られる。

「それにしても」

 地に降り、白騎士――ゴドフロワ・ド・ブイヨンは嘆息した。
 改めて見上げれば、さしもの彼も気が遠くなる。
 七つの頭と冠を持った、真紅の鱗の巨竜。
 悪魔と殺し合う覚悟はしていたが、よりによってこんな大物が出てくるとは思わなかった。

「長生きはするものですね。よもや直でお目にかかる機会があろうとは」

 たとえ模倣(コピー)だとしても、ゴドフロワはこれを無視できない。
 狩魔が己にこの役目を与えた時は改めて人使いの荒さに呆れたが、彼の判断がどうあれ、これの相手は自分がせねばならなかったろう。

 非情の白騎士。鏖殺の十字軍指導者。
 いずれも正しい評価だが、それ以前にゴドフロワはひとりの信仰者なのだ。
 神の教えを知り雷に打たれたような衝撃を受けた。
 教えに親しむのは快感だった。そのために生きるのは誉れだった。
 そんな男がああ何故、この竜/神敵を見逃せるだろうか。

「使徒ヨハネが伝えし〈赤き竜〉。
 たとえ着包みだろうと、あなたのような冒涜者は見過ごせません。
 よって未熟者の出しゃばりは承知で、ここに為すべきことを為しましょう」

 針音の都市に神はいない。
 あるのは偽りの、おぞましき造物主(デミウルゴス)だけだ。
 であれば不肖この身、畏れ多くも尊き御方に代わって大義を果たそう。

 天には〈赤き竜〉。
 地には狂気の白騎士、光の十字軍、イマを呪う石の原人達。

「――死せよ神敵。我ら十字軍、ここに魔王(サタン)を誅伐する」

 新宿血戦、第一局。
 〈赤き竜(レッドライダー)〉に相対するは、ゴドフロワ・ド・ブイヨン率いる第一回十字軍。



◇◇

601TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:43:41 ID:/xo8QoUQ0



「撃て! 撃て! 根絶やしにしてやれ、はぁッはァ――!!」

 刀凶聯合がデュラハンに対して持っていた強みに、武装の優位がある。

 レッドライダーに生み出させた重火器の数々。
 アサルトライフル、ロケットランチャー、火炎放射器、その他多種多様な近代兵器。
 いずれも実際の戦場、その第一線で使用されるシロモノばかりだ。
 一介の半グレが有していい範疇を超えており、あって拳銃程度がせいぜいのデュラハンではどうしても遅れを取ってしまう。

 が――そんな大前提は、覚明ゲンジのサーヴァントの存在によってあっけなく崩壊した。
 戦場を縫う網のように配備された原人達。
 狩魔の辣腕で組まれた布陣が、本来直接向けられた武器にしか作用しない筈の"呪い"をデュラハン軍を守る城壁として機能させている。

「がっ、ぐぅ……!」
「クソが……!」

 歌舞伎町に集結した聯合の兵隊達と、それを迎え撃つデュラハンの兵隊。
 衝突の天秤はむしろ、デュラハンの方に傾いていた。
 彼らは原人に敵対しない。だから銃を使えるし、その上で数の有意もある。
 放たれる弾丸が聯合の不良達を抉り、血風を散らしていく様は残酷極まりなかったが。

 では聯合が、原人を擁するデュラハンの軍勢にまったく為す術ないのかというと、それも違った。

「おいてめぇらッ! "気持ち"萎えてねえだろうな!?」
「あたぼうよ! むしろイイ気合入ったぜ、ブッ殺す!!」
「殺せ! 殺せ! 征蹂郎クンのために、死んでいった奴らのためにこいつら"全殺し"キメてやれぇッ!」

 彼らは驚くべきことに、命中した弾丸のほとんどを無視している。
 腹を抉られ、腕や足を撃たれ、どう考えても身動き取れない状態であるというのに平然と特攻する。
 痛みなど感じていないかのようだったが、そんなことはない。感じた上で一顧だにしていないだけだ。

 漲る戦意、昂り、眼前の怨敵達へ燃やす闘志。
 レッドライダーの影響をかれこれ一ヶ月、緩やかに受け続けてきた彼らは例外なく〈喚戦〉の最終段階に達していた。
 殺す、殺す。殺して勝つ。刀凶聯合に勝利を、デュラハンに破滅を、そして悪国征蹂郎に安息を。
 青く美しい流血の絆が、赤騎士の変転によって完全に決壊し、彼らを聯合の敵を駆逐するまで止まらないちいさな怪物に変えている。

 流石に脳や心臓に被弾した者は死んでいたが、逆にそうでもない限り平然と動き続ける。
 人体の可動域を無視して動き、後に押し寄せる反動や代償などまったく顧みない。
 そんな状態の聯合だから、人数差と武装差という圧倒的不利をすらねじ伏せて首なしの騎士団に食いつけているのだ。

「気色悪い奴らだ。まるで猿だな」
「害獣共はさっさと駆除して、狩魔さんに褒めてもらおうや。そしたら俺達みたいな木っ端でも昇進できるかもしれねえ」
「そうだな。せっかくこんなに身体が軽いんだ――たまには男見せるぞ、お前らッ」

 さりとて。
 〈喚戦〉に背中を押されているのは、聯合だけではない。
 敵である筈のデュラハンもまた、湧き上がる闘志に少なからず身体能力を底上げされていた。
 程度で言えば聯合に劣るものの、だとしても前述の優位を加味すれば猛る戦奴達と張り合える、そんな狂気の兵隊になれる。

602TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:44:40 ID:/xo8QoUQ0

 命ない身体で、命を懸けて殺し合う。
 赤く、赤く、どこまでも【赤】く。
 互いの組織の存亡は自分達に委ねられているのだと信じて、痛ましいほど無垢に喰らい合う騎士と凶戦士。

 そんな地獄めいた戦場の一角に、その男は立っていた。

「思ってたよりゴツいな。さすがは純粋培養のヒットマン」

 デュラハンの元締め、狂気を道具と呼ぶ凶漢。
 金髪のオールバックに黒のメッシュ、両腕に刻まれた双頭の龍。
 いずれも片割れの頭のみを切り落として描かれた、彼の生き方を象徴する紋様だ。

 周凰狩魔は当然、原人の呪いを受けない立場にいる。
 彼はこの戦場の支配者。そんな男を射殺さんばかりに睥睨する青年は、長身の部類である狩魔以上に大柄だった。

「テメェの素性を洗うのにずいぶん金を使ったよ。正直痛手だったが、手間をかけた甲斐があったぜ」

 白いコートを靡かせて、巨木のように頑と立つ黒髪の青年。彼もまた凶漢。
 服の上からでも分かる分厚い体躯は、彼がどれほどの研鑽を積んできた人間かを物語っている。

「わざわざ事をデカくしてくれてありがとな、悪国征蹂郎。正直、お前に闇討ちされてたら為す術もなかった」

 とある老獪で邪悪な蛇が創った"果樹園"、そこで育てられた恐るべき"道具"。
 悪国征蹂郎という男のバックボーンはそれだ。
 日本の裏社会などよりずっと粗暴で血腥い世界から、わざわざ半グレという月並みな土俵にまで下りてきた男。
 上機嫌そうにさえ見える狩魔に反して、征蹂郎はひたすらに静かだった。鈍い鋼鉄のような威厳を孕んでそこにいた。

「――――周鳳、狩魔」

 名前を呼ぶ。満を持して、面と向かって。
 吐いた声には、万感の思いが宿っていた。
 怒り。怨み。合わせて憎悪と呼べる感情、そのすべて。
 浴びせられるそれは大の男でも腰砕けになるほどの気迫を伴っていたが、狩魔はあくまで涼しい顔だ。

「嫌われたもんだな。言っとくが、そいつは責任転嫁ってやつだぜ」

 顎を突き出して、侮蔑の念を隠そうともしない。
 顎を引いて睨め付ける征蹂郎とは、どこまでも対照的だった。

「手は差し伸べてやった。拒んだのはあくまでテメェだ。
 お前が頭下げて、俺に忠誠を誓えばこうなることはなかった。
 多少の冷水さえ我慢すれば、お前は大好きな仲間ともう暫くのんびり暮らせたんだよ」

 頭下げて、腕一本詰めて詫び入れろ。
 それでチャラにしてやる――狩魔は確かにそう伝えた。
 蹴り飛ばしたのは他でもない征蹂郎だ。
 そうして決戦は始まり、こうして血戦に至っている。

「見ろよ。お前の家族は、どいつもこいつも狂っちまった」

 聯合とデュラハン、そのどちらかが今宵でこの世から消える。
 されどこうまで事が破滅的になってしまった以上、刀凶聯合に未来はない。

603TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:45:23 ID:/xo8QoUQ0

 何故なら彼らは、デュラハンと違って少数だから。
 千代田に今も留まっている仲間の数はごく少なく、大多数の兵隊をこの新宿に投じている。
 そして動員された彼らは〈喚戦〉の赤色に呑まれ、未来を度外視して闘う戦奴と成り果ててしまった。

「全部お前の失策だ。お前のつまらねえプライドと仲間意識が、こいつらを殺す。
 勝っても負けてもテメェはすべてを失い、死体の山を見ながら虚しい結末に酔うんだ。
 悲しいなぁ、悪国よ。テメェは強くはあっても、王(ヘッド)の器じゃなかったらしい」

 答え合わせのように、痛辣に指摘される瑕疵。
 
「作り物の部下に信頼されるのは楽しかったか?」

 この対峙の背景で殺し合う彼らは、敵も味方もただの人形だ。
 魂はない。命もない。それらしいものがあるだけの張りぼて、舞台装置。
 学芸会の舞台に設置された木のオブジェクトと変わらない。

「俺が壊してやった人形の姿は、そんなにもお前の心を打ったか?」

 聖杯戦争という戦いに囚われ、その先に辿り着くことは決してない仮初め未満の命もどき。

「その時点でテメェは負けてンだよ。
 いい歳して現実も見れねえガキ、図体だけは立派な情けねえボス猿。
 この地獄は全部テメェの責任だ。しっかり見て、噛み締めて、嘆き悲しみながら地獄に逝け」

 スチャ――、と。
 狩魔が、首なしの騎士団長が遂に銃を抜く。
 銃口は視界の向こう、絆以外知らないゴミ山の王へ。

 彼は〈魔弾の射手〉。断じて頭脳仕事だけが得手ではない。
 ここまで一度しか開帳する機会のなかった銃弾が、遂にヴェールを脱ごうとしている。
 征蹂郎は身じろぎひとつせず、不動のまま……揺らがぬ殺意を浮かべて狩魔を見据えていた。
 その口が、ようやく動く。

「分かっているとも」

 射殺す眼光とは裏腹に、嘲りへの回答は自罰的でさえあった。

「貴様に、言われるまでもないんだ。
 オレが一番、そんなことは……分かってる」

 見ろ、この惨状を。
 これのどこが、望んだ未来だというのか。
 結局のところ悪国征蹂郎は、殺人者としては一流でも王としては三流以下なのだ。

604TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:46:04 ID:/xo8QoUQ0

 刀凶の在り方は矛盾している。
 命なき舞台装置に絆を見出し、その死を戦う理由にしてしまった。
 弔い合戦に全面戦争という形を選んだのもまた、あまりに不合理である。
 狩魔の言う通り、デュラハンを終わらせる最適解は征蹂郎単独での暗殺だった。

 機を伺い、耐え忍んで待つことになら慣れている。
 息を潜め、地を食み泥を啜ってでも闇に溶け入り。
 長い雌伏の末に見えた一瞬で、標的(ターゲット)を殴殺する。
 あの養成施設では、そういうことを教えられたのではなかったか。
 なのに征蹂郎は、周りの足手まとい達が無邪気に向けてくる信頼に応えてしまった。
 その時点できっと、結末は決まっていたのだろう。
 勝とうが負けようが、刀凶聯合は破壊される。
 狩魔の手によって。そして他でもない、悪国征蹂郎の愚かさによって。

「オレより貴様の方が……よほど、将として、そして王として、優秀だろうさ」

 あまりにも対極な、ふたりの王。
 片や合理のために絆を使い。
 片や絆のために、合理を棄てた。

 首なしの騎士を従えた、絢爛豪華な裏社会の王。
 何も持たない孤独な友を連れた、みすぼらしいゴミ山の王。

「今更泣きを入れても遅えよ。
 お前はあの時、俺の温情に従うべきだった」

 絢爛の王が、底辺の王に言う。
 その言葉には、憐れみがあった。
 描いた理想に固執して愚かに破滅した者を見る眼差しだった。
 周鳳狩魔はそういう人間を、これまで山ほど見てきた。

「それでも……」

 征蹂郎が、拳を握り、構える。
 対面して改めて分かった、狩魔という男の恐ろしさ。
 怒り狂い、下手の横好きで策謀家に挑んでしまった末路がここにある。
 
 確かに自分は愚かな男だ。
 言い訳などできないし、するつもりもない。
 悪国征蹂郎は、最初から破綻している。
 殺し殺されの世界しか知らない男が、人並みの幸せなど夢見るべきではなかったのだ。

 認めよう。おまえは強く、そして正しい。
 だが、そう、それでも……

「――――それでも、オレの家族はまだ戦ってる」

 どれほど狂おしく歪み果てても、征蹂郎の愛した家族はここで生きている。
 血まみれになりながら拳を握り、信じた王に勝利を運ぶため、戦っている。
 征蹂郎クンのため。死んでいったあいつらのため。必ず勝つぞと吠えながら、命を懸けて猛っている。

605TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:46:47 ID:/xo8QoUQ0

 ならば、戦う理由などそれだけで十分だ。
 オレに生きる意味と、その楽しさを教えてくれた同胞(とも)。
 彼らからまたひとつ学ぼう、人間の生き方というものを。
 何度失敗しても、泥にまみれて這い蹲っても、歯を食い縛ってあがき続ける無様を尊ぼう。

「馬鹿な野郎だ」
「お前の言う通り、育ちは悪いんでな……」
「俺もだよ。俺も、クソみてえな家で育った純粋培養さ」

 よって本懐、依然変わらず。
 刀凶聯合は、デュラハンの王・周鳳狩魔を討ち取り仲間の無念を晴らす。
 こみ上げるこの戦意すら愛して、勝利のための燃料に用いよう。

「刀凶聯合。悪国征蹂郎」
「デュラハン。周鳳狩魔」

 いざ尋常に、などという文句は彼らには似合わない。
 正道も邪道も入り乱れ、手を尽くし合うからこその総力戦。

「皆の仇だ。滅べ、周鳳」
「やってみろよ。来いや、悪国」

 これまでのすべて、すべて、この瞬間までの前哨戦に過ぎぬ。

 面と向かっての宣戦が終わると共に、極彩色の光弾が嵐となって殺到した。
 攻撃の主は、戦場に颯爽降り立った銀髪褐色の少女。
 アルマナ・ラフィーの魔術が、色とりどりの色彩で蹂躙を開始する。

 が、やはりというべきかそれは原人の呪いに阻まれた。
 数十人のネアンデルタール人に近付いた途端、あらゆる光が途端に形を失う。
 されど、アルマナもそんなことは承知の上。
 彼女は原人の呪いがいかなるもので、何を条件に発動するのかもとうに見抜いている。

「やはり、あくまでもバーサーカー自体を守る力のようですね」

 放たれた総数のざっと八割以上が消されていたが、逆に言えば残りの二割は狙いを果たしていた。
 着弾し、原人にダメージを与え、巻き込まれたデュラハンの兵隊を爆死させる。

「これならアルマナも多少は仕事ができるでしょう。
 武運を祈ります、アグニさん。ただしあまり期待はしないでください」
「ああ、十分だ……ありがとう、アルマナ」

 本来、ネアンデルタール人のみを守る形で展開されている呪い――スキル・『霊長のなり損ない』。
 狩魔はこれを綿密に練られた陣形の要所要所に絶妙な間合いで原人を配置することで、無理やり防壁として利用している。
 カラクリは単純で、デュラハンや狩魔を狙って放った兵器や魔術の攻撃が、高確率で原人を巻き込む風にしているのだ。
 たとえ故意だろうがそうでなかろうが、原人に攻撃が及ぶと判断された時点で呪いは発動する。
 デュラハンを守る対文明・対神秘防衛圏の正体はこれだ。
 なので原人を範囲に含まないよううまく攻撃できれば、アルマナがやってみせたように文明防御の理を貫通することは可能。

 それには極めて高い攻撃精度が求められるが、アルマナ・ラフィーにとってそこはさしたる問題ではない。
 むしろ彼女が警戒しているのは原人達よりも、もっと別な存在だった。

「主役のご到着だ。あんたもそろそろ暴れろ、"キャスター"」

 狩魔の指揮に合わせて、ともすれば原人以上に絶望的な役者が顕れる。

 獣革の衣服を纏った、壮年の英霊だった。
 自然と親しみ、神秘を知覚して生きる、そういう者の装いをしていた。
 顔に貼り付けた表情は憂い。瞳には底のない虚無を飼い、戦士は出陣する。

 大戦士シッティング・ブル。
 英霊を持たずに立つ青年と少女にとって、彼こそはまさに大いなる絶望。

「魅せてみろよ悪国征蹂郎――――これが首なしの騎士団(デュラハン)だ」

 新宿血戦、第二局。
 拳握る餓狼達に相対するは、絢爛なる首なしの騎士団。



◇◇

606TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:47:39 ID:/xo8QoUQ0
【新宿区・歌舞伎町 決戦場・Ⅰ/二日目・未明】

【ライダー(レッドライダー(戦争))】
[状態]:『英雄よ天に昇れ』投与済、〈赤き竜〉
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:その役割の通り戦場を拡大する。
0:預言の成就。
1:世界を〈喚戦〉で呑み干し、醜穢なるかの神を滅ぼさん。
2:ブラックライダー(シストセルカ・グレガリア)への強い警戒反応。
[備考]
※マスター・悪国征蹂郎の負担を鑑み、兵器の出力を絞って創造することが可能なようです。
※『星の開拓者』を持ちますが、例外的にバーサーカー(ネアンデルタール人)のスキル『霊長のなり損ない』の影響を受けるようです。
※ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具『英雄よ天に昇れ』を投与され、現在進行形で多大な影響を受けています。
 詳しい容態は後にお任せしますが、最低でも不死性は失われているようです。
※七つの頭と十本の角を持ち、七つの冠を被った、〈黙示録の赤き竜〉の姿に変化しています。
※現在、新宿区にスキル〈喚戦〉の影響が急速拡大中です。範囲内の人間(マスターとサーヴァント以外)は抵抗判定を行うことなく末期の喚戦状態に陥っているようです。
 部分的に赤い洪水が発生し、この洪水は徐々に範囲を拡大させています。
 〈喚戦〉は現在こそ新宿の中でのみ広がっていますが、新宿全土を汚染した場合、他の区に浸潤し広がっていくでしょう。

【バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン)】
[状態]:健康、『同胞よ、我が旗の下に行進せよ』展開中
[装備]:『主よ、我が無道を赦し給え』
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩魔と共に聖杯戦争を勝ち残る。
0:天よご覧あれ。これより我ら十字軍、〈赤き竜〉を調伏致す。
1:神寂祓葉への最大級の警戒と、必ずや討たねばならないという強い使命感。
2:レッドライダーの気配に対する警戒。
3:聯合を末端から削る。同胞が大切なのですね、実に分かりやすい。
[備考]
※デュラハンの構成員を連れて千代田区に入り、彼らを餌におびき出した聯合構成員を殺戮しました。
※バーサーカー(ネアンデルタール人)を連れています。具体的な人数はおまかせします。

607TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:48:29 ID:/xo8QoUQ0
【新宿区・歌舞伎町 決戦場・Ⅱ/二日目・未明】

【悪国征蹂郎】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中)、頭部と両腕にダメージ(応急処置済み)、覚悟と殺意
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度。カード派。
[思考・状況]
基本方針:刀凶聯合という自分の居場所を守る。
0:周鳳を殺す
1:周鳳の話をノクトへ伝えるか、否か。
2:アルマナ、ノクトと協力してデュラハン側の4主従と戦う。
3:可能であればノクトからさらに情報を得たい。
4:ライダーの戦力確認は完了。……難儀だな、これは……。
5:ライダー(レッドライダー(戦争))の容態を危惧。
6:王としてのオレは落伍者だ。けれど、それでも、戦わない理由にはならない。
[備考]
 異国で行った暗殺者としての最終試験の際に、アルマナ・ラフィーと遭遇しています。
 聯合がアジトにしているビルは複数あり、今いるのはそのひとつに過ぎません。
 養成所時代に、傭兵としてのノクト・サムスタンプの評判の一端を聞いています。
 六本木でのレッドライダーVS祓葉・アンジェ組について記録した映像を所持しています。
 アルマナから偵察の結果と、現在の覚明ゲンジについて聞きました。
 千代田区内の聯合構成員に撤退命令を出しています。

【アルマナ・ラフィー】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中)、無自覚な動揺
[令呪]:残り3画
[装備]:カドモスから寄託された3体のスパルトイ。内二体破壊、残り一体。
[道具]:なし
[所持金]:7千円程度(日本における両親からのお小遣い)。
[思考・状況]
基本方針:王さまの命令に従って戦う。
0:アルマナはアルマナとして、勝利する。
1:もう、足は止めない。王さまの言う通りに。
2:当面は悪国とともに共闘する。
3:悪国をコントロールし、実質的にライダー(レッドライダー(戦争))を掌握したい。
4:アグニさんは利用できる存在。多少の労苦は許容できる。それだけです。…………それだけ。
5:傭兵(ノクト)に対して不信感。
[備考]
 覚明ゲンジを目視、マスターとして認識しています。
 故郷を襲った内戦のさなかに、悪国征蹂郎と遭遇しています。

※新宿区を偵察、情報収集を行いました。
 デュラハン側の陣形配置など、最新の情報を持ち帰っています。

608TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦) ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:49:03 ID:/xo8QoUQ0
【周鳳狩魔】
[状態]:健康、魔力消費(小)
[令呪]:残り2画
[装備]:拳銃(故障中)
[道具]:なし
[所持金]:20万程度。現金派。
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を勝ち残る。
0:悪国を殺す。
1:魔術の傭兵の再度の襲撃に警戒。深刻な脅威だと認めざるを得ない
2:ゲンジへ対祓葉のカードとして期待。
3:特に脅威となる主従に対抗するべく組織を形成する。
4:山越に関しては良くも悪くも期待せず信用しない。アレに対してはそれが一番だからな。
5:死にたくはない。俺は俺のためなら、誰でも殺せる。
[備考]
※バーサーカー(ネアンデルタール人)を連れています。具体的な人数はおまかせします。

【華村悠灯】
[状態]:生命活動停止。固有の魔術が発動中。頸椎骨折(修復済み)、離人感
[令呪]:残り三画
[装備]:精霊の指輪(シッティング・ブルの呪術器具)
[道具]:なし
[所持金]:ささやか。現金はあまりない。
[思考・状況]
基本方針:今度こそ、ちゃんと生きたかった……はずなんだけど。
0:……なんだろ。なんか、あんまり怖くないや。
1:祓葉と、また会いたい。
2:暫くは周鳳狩魔と組む。
3:ゲンジに対するちょっぴりの親近感。とりあえず、警戒心は解いた。
4:山越風夏への嫌悪と警戒。
5:あの刺青野郎ってば最悪!!
[備考]
神寂縁(高浜総合病院院長 高浜公示)、および蛇杖堂寂句は、それぞれある程度彼女の情報を得ているようです。

華村悠灯の肉体は、普通の意味では既に死亡しています。
ただし土壇場で己の真の魔術の才能に目覚めたことで、自分の魂を死体に留め、死体を動かしている状態です。
いわゆる「生ける屍」となります。
強いて分類するなら死霊魔術の系統の才能であり、彼女の魔術の本質は「死を誤魔化す」「生にしがみつく」ものでした。
自覚できていた痛覚鈍麻や身体強化はその副次的な効果に過ぎません。

この状態の彼女の耐久性や、魔力消費などについては、次以降の書き手にお任せします。

【キャスター(シッティング・ブル)】
[状態]:疲労(中)、右耳に軽傷、迷い、悠灯への憂い、目の前の戦場への強い諦観
[装備]:トマホーク
[道具]:弓矢、ライフル
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:救われなかった同胞達を救済する。
0:……、……。
1:悠灯よ……君は。
2:神寂祓葉への最大級の警戒と畏れ。アレは、我々の地上に在っていいモノではない。
3:――他でもないこの私が、そう思考するのか。堕ちたものだ。
4:復讐者(シャクシャイン)への共感と、深い哀しみ。
5:いずれ、宿縁と対峙する時が来る。
6:"哀れな人形"どもへの極めて強い警戒。
7:覚明ゲンジ。君は、何を想っているのだ?
[備考]
※ジョージ・アームストロング・カスターの存在を認識しました。
※各所に“霊獣”を飛ばし、戦局を偵察させています。

609 ◆0pIloi6gg.:2025/07/28(月) 00:54:37 ID:/xo8QoUQ0
投下終了です。
バーサーカー(ネアンデルタール人)が登場していますが、ゲンジのパートのことを考えると複雑になりそうなので、今回状態表は省略してあります

610 ◆di.vShnCpU:2025/07/31(木) 22:48:41 ID:ym.IC6Iw0
赤坂亜切&アーチャー(スカディ)
アンジェリカ・アルロニカ&アーチャー(天若日子)
ホムンクルス36号&アサシン(継代のハサン)
輪堂天梨&アヴェンジャー(シャクシャイン)

予約します。

611 ◆0pIloi6gg.:2025/08/01(金) 00:24:17 ID:xKCRoX520
蛇杖堂寂句&ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)
山越風夏&ライダー(ハリー・フーディーニ)
神寂祓葉&キャスター(オルフィレウス)
覚明ゲンジ&バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス)
ノクト・サムスタンプ 予約します。

612 ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 00:57:36 ID:rqHqikmI0
投下します。

613再走者たちの憂さ晴らし ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 00:58:21 ID:rqHqikmI0


かつて組んでいたランサーも、大柄な女だった。

背丈だけであれば、2回目の相棒たるスカディよりは少し低い。
しかし腕の太さや太腿の太さ。身体全体の厚み。全てがスカディを上回っていた。
女でありながら僧兵のような服に身を包み、手には長大な薙刀。
髪の生え際からは2本の角。
鬼種の血を受けて生まれながらも、ヒトとしての最期を迎えた英霊だった。

「俺は細けぇことは分からねぇ」、というのが、彼女の口癖だった。
決して愚鈍ではなく、むしろ直感力に優れた英霊だったが、どこか大雑把な所のある女だった。

「俺は細かい理屈とか苦手なんだよ」
「だから考える仕事は小僧に任せるぜ」
「小僧が言うなら俺はどんな仕事でも請け負うぞ」
「笑えよ、小僧。辛気臭い顔してんじゃねぇよ。こういう時は笑わなきゃ損だ」

最後の言葉だけは亜切を困らせたが、それ以外の部分ではおおむね相性のいいパートナーだった。
性格の面でも、能力の面でも、悪くない組み合わせだった。

豪快な見た目とは裏腹に、派手な攻撃能力を持たない英霊ではあった。
だが、その耐久力、頑健さと、防戦に回った時の粘り強さは一級品で。
そして、亜切にとってはそれでよかった。

なにしろ前回の聖杯戦争において、亜切の本命の攻撃手段は亜切自身。
嚇炎の魔眼。
見れば殺せる、必殺の熱視線。
英霊同士の戦いには最初から期待せず、ただマスター狙いの暗殺だけに勝ち筋を絞っていたのが亜切陣営だ。
亜切本人の判断ではなかったが、依頼主がそのように企図して、触媒を用意し、狙い澄ましてその英霊を召喚したのだ。

亜切が他のマスターを視認できる距離に近づくこと。
その距離で相手のサーヴァントの攻撃を防ぎきること。
うまく行かないようであれば、撤退して次のチャンスに繋げること。
それだけが求められていた性能だったから。

蛇杖堂のアーチャーが雨と降らせる爆撃のような矢を、延々と撃ち落とし続けたことがある。
〈脱出王〉のライダーが放った獣の群れを前に、一歩も引かずに耐え凌いだことがある。
ガーンドレッドのバーサーカーの暴威を前に、短時間とはいえきっちり持ちこたえたこともある。

「俺には細けぇことは分からねぇ。
 暗殺者ってのはなるほど良くないことなんだろうな。
 ただ、標的と、最低限の護身だけに留めるってアギリの方針は、俺は好きだぜ。
 みんな、気軽に派手な戦争にしちまうから。
 どうしても争いごとが止まらないってなら、泣く奴はできるだけ少ない方がいい」

善人ではあったのだろう。
だが彼女は亜切の生業を否定しなかった。
独特の、どこか突き放した死生観の持ち主であった。
無辜の民の犠牲を憂うのも、亜切の仕事を止めないのも、彼女の中では矛盾なく両立するようだった。

「笑えよ。
 どっちを向いてもろくでもない世界だからこそ、せめて笑って生きるんだ」

笑え。
しかめ面をしていないで、笑え。
その求めだけは鬱陶しかったけれども、それでも、亜切の数少ない理解者であるはずだった。

614再走者たちの憂さ晴らし ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 00:58:55 ID:rqHqikmI0


だが――
聖杯戦争が進み、暗殺に失敗し、当初の想定を超えた停滞に突入した頃。
静かに歯車が、狂いだした。

「おい小僧、その気味の悪い笑い方やめろ」
「……僕は笑っていたのか」
「自覚もなかったのかよ。
 確かに俺は『笑え』って言ってたけどな、そいつは良くない笑い方だ。
 ひょっとして『あの女』のことを考えてたのか?」
「……嫉妬か?」
「違ぇよ」

実際に亜切が微かな笑みを浮かべるようになった途端、ランサーはその笑い方を嫌がった。
亜切の変化を、一方的に良くないものと断じるようになった。

「小僧のその笑い方をみると、思い出しちまうんだよ、俺の相棒を。俺の主人を。
 あいつがおかしくなっていった時のことを」
「…………」
「あいつも兄貴が生きていると知ってからおかしくなった。
 実際に会ってもっとおかしくなった。
 誰よりも自由だったはずのあいつが、変わっちまったんだ。
 アギリ、お前もそうなのか」
「……知らないな。
 それに、『彼女』は僕の兄ではない」
「そういうことじゃねぇ」

些細なケンカをすることが増えた。つまらないミスも発生するようになった。
それでもランサーは、文句を言いながらも、赤坂亜切に従い続けた。
最後の最後まで、彼女は亜切の前に立ち続けた。
そんな義理堅い英霊だった。
彼女の光剣に背中から貫かれるまで、ランサーはとうとう、亜切を見捨てず、裏切らなかった。

真名、鬼若。

一般に広く知られている、武蔵坊弁慶という名で呼ばれることを、何故か彼女は嫌っていた。
「その名前にはもっと相応しい奴がいる」と、よく分からないことを言い続けていた。

「アギリ、やっぱりてめぇは牛若に似てるよ。
 いや性格も見た目も全く似てねぇんだけどな。
 牛若の奴がおかしくなった頃と……頼朝公と会ってからの様子と、そっくりだ。
 何もかも違うのに、本当に嫌なところだけ似てやがる」

知ったことか。
それに僕だってこの胸の内に溢れる気持ちが理解できないんだ。
君が何を指して悪いことのように言っているのか、全然分からない。

「このままだとお前は、死んでも『あの女』に囚われるぞ。
 牛若が兄貴に心奪われて、ちぐはぐで歯止めの効かない『忠義の武士』とやらになったように。
 きっと牛若の奴も英霊の座にいるんだろうが、おそらくそれは頼朝公と遭った後のアイツだろう。
 生前の功績でもって座に刻まれるというのなら、きっとそうなっちまう。
 だから俺は聖杯を――いや、俺と牛若のことはどうでもいい。
 アギリ、お前もこのままだと、壊れて歪んで、取り返しがつかなくなる。
 細けぇ理屈は分からねぇが、俺には分かるんだ」

今になって思えば、それは赤坂亜切にとっての祝福に他ならなかった。
死をも超えて刻まれる狂気。死してなお忘れえぬ〈妄信〉。その保証。

あの頃の亜切にはまだ分かっていなかった。
分かったのは亜切の死の直前、ランサーが倒された後。
だから言い返せなかった。ただ黙ることしかできなかった。

牛若丸……つまり源義経については、一般常識と、鬼若の語る人物像しか知らない。
なので推測にしかならないのだが。
赤坂亜切には、奇妙な納得があった。後になってから理解ができた。

生死も不明だった兄の、生存と挙兵を知った牛若丸が、急に人が変わったようになったという話。
そりゃあそうだろう。
それまで居ないと思っていた兄弟姉妹の存在を確信できたなら……そりゃあ、人も変わるというものだ。
己の生きる前提が何もかも変わってしまうのだから。


……ねぇ、そうだろう、僕の大事な、お姉(妹)ちゃん?



 ◇ ◇

615再走者たちの憂さ晴らし ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 00:59:40 ID:rqHqikmI0

その夜、深夜にも関わらずロビーに踏み込んできたその一行の姿に、夜間帯の担当だったホテルスタッフは顔を強張らせた。

一行の先頭に立って入ってきた紳士はいい。
無精髭こそ生やしているが、きちんとしたスーツに身を包んだ中年男性である。
野性的な太い眉が印象的だ。ハンパに伸びた髭も、むしろ狙い澄ましたように似合っている。

だが、その連れがどう見ても訳アリ過ぎる。

黒髪の、しかし西洋人であろう少女は、髪の色があまりにも個性的だ。
右側にだけ黄色の毛が混じるメッシュで。インナーカラーとして藍色も刺してある。
太腿剥き出しのホットパンツにブーツ姿で、どこぞの過激なバンドの熱心なファン、みたいな第一印象だ。

そんな少女に肩を預けてぐったりしているのは、もう一人の少女。
紫色のショートカットは、どこかで見たことがあるような気もするが、伏せられている顔はよく見えない。
それよりも、土に汚れたその服装の方が気になった。よくみればだらんと垂らした左手には怪我を負っているようだ。

さらにそんな少女たちの後方には、もっと目を疑うような人物がさらに2人。
ひとりは何かのコスプレなのか、神社の神職か、平安貴族かといった服装の人物。
服装からすると男性なのだろうが、顔はびっくりするほどに整っており、ともすると女性とも見間違えそうになるほど。

だが真に異様なのは、そのコスプレ和装の人物の肩の上に、ぐったりとしたもう一人の人物が担がれていることだ。
二つ折りにするかのように肩に載せられたその人物は、フロントの方には尻を向けており、顔も見えない。
どうも血や泥にまみれていて、何か派手なケンカの後といった風情だ。

「やあ、深夜に驚かせて済まないね。ちょっと事情があってね」
「な、何か御用でしょうか……」

一行の代表らしき紳士が、にこやかに声をかけてくるが、それに対する返答は少し声が震えてしまっていた。
よく見れば紳士が小脇に抱えていた。大きな荷物は……大きな瓶の中に浮いていたのは。
眠るように目を閉じる、裸の赤ん坊である。
どう見ても、ホルマリン漬けの赤子の遺体。なんでそんなものを剥き出しで持ち歩いているのか。

もちろんこんな客がこんな時間に来る、なんて予約は入っていない。
深刻なトラブルが発生する可能性を念頭に、ホテルマンはそれでも辛うじて笑顔を維持した。
客の側からは見えない、カウンターの裏側にある押しボタンに指をかけておく。
これを押せば屈強な警備員が即座に飛んでくることになっている。宿泊客を守るための当然の心得だった。

だが――そういった警戒は、紳士の次の一言で、杞憂に終わる。

「『アインス・ガーンドレッド』だ。部屋を使わせてもらう」

名乗りひとつで、ホテルマンの顔から恐怖と混乱が消える。
どこか機械的な対応に、自動的に切り替わる。

「ガーンドレッド様で御座いましたが。失礼ですが、御要望などはおありですか?」
「ミネラルウォーターを3本用意してくれ。朝は起こさなくていい。来客があっても取り次ぐな」
「了解しました。最上階にどうぞ」

知らないと符丁であることも気づけないような、そんな簡単な符丁の確認。
それだけを済ませると、ホテルマンは最高級スイートルームのキーを取り出し、紳士の前に差し出した。
それを受け取りつつ、紳士は思い出した、といった風に言葉を続ける。

「そうだ、あとこれはついでなんだが。
 救急箱とか、借りれないかな? こっちは本当にいま必要でね」



 ◇ ◇

616再走者たちの憂さ晴らし ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 01:01:08 ID:rqHqikmI0

「うわ広い部屋っ! ベッドルームも複数あるのっ!? 夜景もすごっ!
 ……じゃなくって、天梨をとりあえず、手当てして……いやこれは汚れを落とすのが先かな。
 シャワーでも浴びさせるとして、着替えは……とりあえずこのバスローブでいいか。うわ、ふわふわっ!
 男性陣、覗くんじゃないぞ! それじゃ!」
「ごめん……ごめんね……」
「あんたも謝らない! 汗と汚れ流して手当したら寝るよ! もう少しだけ頑張って!」

渋谷区に建つ外資系ホテルの最上階、最高級スイートルーム。
普通に宿泊しようとしたら、一泊だけでも3ケタの一万円札が飛んでいくような部屋。
アンジェリカ・アルロニカはせわしなく驚きつつも、室内の施設と備品を一通り確認して。
未だ意識朦朧とした様子の輪堂天梨の手を引いて、バスルームへと消えた。
誰に言われずとも自然に、消耗と精神的ショックの激しい輪堂天梨の世話を、積極的に焼いていた。

後に残されたのは男たちだけ。

大きなソファの上に放り捨てられて、なお動かないのはシャクシャイン。
とん、とテーブルの真ん中に置かれた瓶は、ホムンクルス36号。
それを置いたスーツ姿の紳士は、腕の一振りで普段通りの仮面の暗殺者の装いに戻る。
その全てを呆れたように見ていたのは、天若日子。

「聞きたいことは山ほどあるが……お互い別行動していた間のことは、アンジェが行水から戻ってからにしよう。
 それで、この場所は何なのだ」
「私を創造したガーンドレッドの魔術師たちの、遺産と言うべき拠点のひとつだ」

瓶の中から声を返したのは、ホムンクルス36号。

「彼らの遺産の半分以上は私にもアクセスできないが、こういった仮の拠点をいくつも彼らは押さえていた。
 あの場所から一番近くにあり、私も符丁を知っていた場所が、このホテルだ。
 多少の魔法的な防御や隠蔽もされている。金銭的な問題も気にしなくていい」
「休めるのであれば、確かに有難いな。アヴェンジャーもこの有様だし」

天若日子は倒れ伏したまま動かない男をチラリとみる。
霊体化する余裕もなく、気絶している英霊。

「このアヴェンジャーについても教えろ。結局なんなのだこいつは」
「貴殿より後の時代の、今で言うなら北海道に相当する地域に生まれた英雄だ。
 一言で言えば、南方から勢力を広げた日本人と衝突し、手酷い裏切りを受け、復讐者の霊基にまで至った存在だ」
「……おいアサシン。
 難物なんて表現で収まるような相手ではないではないか。よりによって、よくこの私と引き合わせようと思ったな」
「俺様に言われてもな」
「幸いと言っていいのかどうか、彼は令呪にて縛られている。
 天梨が戻ってきたら、一言言質を頂いておこう。
 貴殿とアンジェリカ嬢、ともに彼女の『大切な人』だとの一言があれば、アヴェンジャーは手出しが出来ない」
「そこまでの首輪が要るような狂犬か……」

溜息とともに、先の死闘での共闘相手を見る。
頼もしくもあり、また厄介でもあった狂戦士は、今はまったくの無防備な姿を晒している。

先の戦い――炎の魔人と氷の女神との、どちらかが滅びるまで終わらないと見えた戦いは。
あっけなく、吹雪と爆炎に視界を遮られ、襲撃者側の撤退という形で終了した。
反射的に追撃しようとしたアヴェンジャーも、悪態をつきながら膝をつき、そのまま気絶して。
なし崩し的にこちら側の3陣営も、そこから南方にあったガーンドレッドの拠点、この超高級ホテルに撤退することになったのだ。

今なら分かる。
あの絶大な力を持っていた、敵の女アーチャー。
それに迫る力を発揮していた、北方の毒刃のアヴェンジャー。
何らかの強化はあったのだろうが、何のことは無い、アヴェンジャーは後先考えずに持てる力を振り絞っていただけだった。
復讐者の強い情念は、時に実力以上の出力を発揮させるが、いったん気持ちが途切れると途端に反動が来る。
英霊であれば誰でもできる、霊体化をする余裕すら残らないほどに。

617再走者たちの憂さ晴らし ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 01:01:47 ID:rqHqikmI0

「まあ、赤坂亜切も似たようなものだがな。
 直接対峙して分かったが、あいつこそ、後先を考えずに己を燃やすことであの戦力を維持している。
 燃料は奴自身の魂。
 そんなものは無限ではない……今後の奴の行動次第でもあるだろうが、遠からずどこかで現界に達する。
 おそらく我々『はじまり』の六人のうちで、最も終わりに近い位置にいるのがあやつだ。
 もっとも、燃え尽きる前に潰してやろうという私の目論見も、空振りに終わったが」
「本当に迷惑な存在だな、お前たちは……あの老人もそうであったが……」
「赤坂亜切とそのライダーのお陰で我が友とそのサーヴァントは飛躍的な成長を遂げた。
 しかしどうやらどちらも消耗が激しい。
 どう楽観的に見積もっても、明日の朝までは使い物にならないだろう。
 我が主人がやる気になっているというのに、これは口惜しい」
「なあホムンクルスよ、それはどう考えても、友と呼ぶ相手に向ける思考ではないぞ……」

アーチャーは何度目になるかも知れぬ溜息をつく。
いい加減に慣れたつもりではあったが、このホムンクルス、どうも人の心というものがない。
本当にこんな連中と組んで良いものなのか。天若日子の胸にこれも何度目とも知れぬ疑念がよぎる。

と、アーチャーとホムンクルスの会話が途切れたタイミングを見計らって。
スッ、とひとりの人物が手を挙げた。

「大将、俺様からも質問ひとつ、いいか」
「なんだ、アサシン?」

それはアインス・ガーンドレッドを騙ってチェックインした後、ずっと静かに一歩引いた所にいた人物。
顔には髑髏の仮面。仮面の下半分からは無精髭の生えた顎が覗く。
継代のハサン。
彼はそして、何気ないような口調で、とんでもないことを言い出した。

「これは質問っていうか確認なんだけどな――

 俺様もまた、2回目の参戦。

 そうだな、大将?」



 ◇ ◇



しばしの沈黙。

「おい……アサシン。それはいったい。」
「――素晴らしい。
 これで最後の懸念が消失した。
 極めて低確率とはされているが、私としては無視して事を進める訳にはいかなかった」
「んあァ?
 ……ああ、なるほど、そういうことか。
 大将の性格ならその可能性も無視できねぇか」
「察しが良くて助かる。
 語れずに居たことは謝罪する。そしておそらく、全て貴殿の想像した通りだ」
「本当は、もうちっと怒ってみせようかと思っていたんだがな、
 相変わらず大将は、肝心な所でタイミングを外してくれるよ」

意味が分からずにいるアーチャーの前で、アサシンとホムンクルスの主従ふたりだけが、勝手に納得して頷き合っている。
これには温厚な天若日子も声を荒げて。

「おい、訳が分からないぞ、説明しろ」
「簡単な話だ。
 そちらのアサシンは、『前回』の英霊戦争においても召喚されていた。私とは違うマスターの下で。
 そして今回召喚されたアサシンには、その時の記憶がない。そうだな?」
「ああ。
 そして大将は、俺様に『前回』の記憶が残っていて、『前回』のマスターのために動く可能性を警戒していた。
 最も内側から裏切られる可能性を懸念していた。そうだな?」
「一般的にサーヴァントは召喚される度に記憶をリセットされるものだが、例外もいくつか報告されている。
 極めて低い確率と言われているが、何しろ今回の聖杯戦争は異例尽くしだ。何が起こってもおかしくはない」
「そもそも同じ英霊が続けて呼ばれること自体、レアケースだろうしなァ。
 そりゃ、そっちの立場なら、記憶引継ぎの可能性は警戒するわな。
 だけどさっきの俺様の不用意な質問で、大将は『それはない』と確信できた。そういうことだろう?」
「これで私の目が節穴だったのなら、私の負けだ。
 そうであればもう仕方がない。素直に寝首を掻かれるほか無いだろう」
「この大将、こういう割り切りの良さが、どうにも憎めないんだよな……」

618再走者たちの憂さ晴らし ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 01:03:25 ID:rqHqikmI0

過去にあったという、1回目の聖杯戦争。
そこに呼ばれていたという、髑髏のアサシンの存在。
本人にも伏せられていたその過去が、今、この場で明かされた――ということらしい。

「違和感は最初からあったんだ。
 一応、俺様の能力は、最初に全部一通り説明したんだがな。
 聞いたばかりだってのに大将の指示は全て適切で、無茶振りと思える命令も全部ギリギリ可能なことばかりだ。
 でもなるほど、前回、敵として知っていたのであれば、納得もする」
「蛇杖堂寂句の言動もヒントにはなったろうが、最後の決め手は、赤坂亜切の一言だろう?」
「ああ。『懲りずにまた地獄から這い出てきたか』、だったっけな。あれがトドメだった」
「前回のパートナーの名前は分かるか?」

ホムンクルスからの問いに、仮面の暗殺者は少しだけ考え込む。

「そうだな。
 まだ理屈だけでは完全には絞り込めねぇんだが、しかし大将が現時点でも想像がつくはずだ、と言うのなら……
 ノクト・サムスタンプ。
 魔術の傭兵、契約魔術師にして稀代の詐欺師。
 なるほど、そんなのが俺様と組んだとしたら、そりゃあひでぇことになりそうだな」
「念のために警告しておくが。
 万が一私を見限るとしても、奴と再び組むことだけはお勧めしない。
 確かに能力面であれば驚異的な噛み合いの良さを見せるだろう。
 だが前回の聖杯戦争において、ほとんど他の主従との接点を持たなかった私にすら、貴殿の嘆きは聞こえてくる程だった」
「そこまでかよ。不穏過ぎてかえって気になっちまうな、それは。
 これも確認だが、大将も、他の『はじまり』たちも、ノクトって奴に俺様の存在がバレないよう、立ち回ってたな?
 てか、大将もそれを期待して手札を切っていたって訳だ」
「その通り」

怒涛の勢いで答え合わせが進んでいく。
全ては咀嚼しきれないアーチャーを置いてきぼりのまま、そしてホムンクルスは決定的な決断を下す。

「そして、最後の懸念が払拭されたので、私はこの手段を選ぶことができる。
 アサシン。
 『西新宿に確保しておいた戦力』を、新宿で発生しているはずの、犯罪組織同士の闘争に投入しろ。
 攻撃対象は『デュラハン』、および『刀凶聯合』。その双方の構成員。邪魔をするなら英霊たちも。
 終わった後に何も残させるな」
「ノクトとやらに、俺様の存在が察知されるのは、もういいんだな?」
「構わない。
 貴殿の能力を活かそうと思えば、いつか覚悟しなければならない事ではあった。
 ただ、貴殿のマスターが私であることは、可能ならばもう少し隠蔽しておきたい。そこは留意して欲しい」
「了解した。今すぐ指示を出す」
「……なあ、『西新宿の戦力』って、何だ?」

アサシンは早速スマートホンでどこかに連絡を取っている。
会話に取り残されたアーチャーの、至極もっともな問いに対し、瓶の中のホムンクルスは端的に答えた。

「貴殿らの主従と遭遇するよりも前に、予め仕込んでおいたものがある。
 東京の裏社会を仕切る2大勢力の衝突は予想されていたし、その双方の陣営に聖杯戦争のマスターが居ることも予測できた。
 聖杯戦争を知る者も、知らぬ者も、備えていたのだ……それを今、ここで投入する。
 どうせ、出し惜しみしていても巻き添えで損なわれるであろう戦力だ。上手く行かなくとも痛くはない」

説明をされても、それでもアーチャーには意味が分からない。
ただ、底知れぬ射程の思考に、訳も分からぬままに戦慄する。
このホムンクルスは、どこまで先を見据えていたのか……
そして、そんな迂遠で綿密な仕込みをする一方で、必要と思えばあんな捨て身の策も取れるのか!

「本当は我が友・天梨の存在を我が主人にお披露目したかったのだが、今すぐという訳にも行かなくなった。
 そもそも我が主人が新宿に来たのも、私と亜切の衝突に惹かれてではあるまい。
 現時点の我々の対決には、それだけの価値はないということだ。
 仕方ない、それは受け入れよう。
 だが。
 『我々以外』の誰かが、彼女の興味を引くということには、言いようのない不快感を感じる」
「つまりなんだ。
 大将は『八つ当たり』で不良どもの祭りを台無しにしたい、ってことか」
「そういうことになるのか。
 感情の言語化というものは難しいな」

電話を終えて会話に復帰したアサシンの言葉に、瓶の中の赤ん坊は逆さまのままで何度か頷く。
表情だけであれば相も変らぬ無表情。
しかしうっすらと開かれた蒼い眼には、かすかに感情らしきものの色が見えた。

619再走者たちの憂さ晴らし ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 01:04:05 ID:rqHqikmI0

「奴らの価値を喪失させる。
 愚連隊同士の衝突という基本構図から破壊する。彼らの『天敵』をここで投入する。
 ただし、精密な操作は必要ない。
 アサシン、貴殿が出て指揮をする必要はないが、出たいというのなら止めはしない」
「ふむ。どうするかね」

仮面の暗殺者は、無精髭の生えた顎を撫でる。
だだっ広いスイートルームには、微かにシャワーの水音だけが響く。



 ◇ ◇



新宿駅と代々木駅の中間くらいの位置に、どこまでも広い緑地がある。
芝生が広がる空間もあれば、手の込んだ日本庭園が造られている一画もある。
新宿御苑。
深夜ともなれば閉鎖されており、もちろん人の気配はない。

そんな都会のポケットのような空間に、降り立った人影がふたつ。
片や、身長2メートルの巨躯を誇る、吹雪の女神。
片や、眼に狂気の炎を灯す、魔眼の暗殺者。

「ここまで来れば、まあ大丈夫だろうね。やれやれ、生きた心地がしなかった」
「らしくないじゃないか、アギリ。こっちはまだまだやれたってのに。
 そんなにあのアサシンが怖かったのかい?」
「アサシンが厄介なのは確かだがね。
 それ以上にあのホムンクルス、そのアサシンにとんでもないことを命じやがった」

赤坂亜切は弱気をからかわれても怒ることもせず、ポケットからとあるものを取り出した。
それは……先の戦いの中、継代のハサンの操り人形になっていた人々が手にしていた拳銃。
あの混乱の中、目ざとくひとつ拾ってきたもの。
亜切の懸念の、その理由。

それは最大装弾数5発の、小ぶりなリボルバー。
スミス&ウェッソン社の名銃、M360……の、国と販売先を絞った、とあるローカルモデル。
シリアルナンバーの下には、「SAKURA」との刻印が光る。

「そもそも日本で拳銃なんて手に入る場所なんて限られてるんだ。
 あの根暗め、ノクト・サムスタンプですら手を出さなかった相手に、がっつり手を出しやがった」
「でもそんなちっぽけな飛び道具、来ると分かってればアギリなら何とでもなったろう?」
「拳銃だけならね。
 ただ最悪、狙撃銃を持ったスナイパーまで出てくる可能性まで考える必要があった。
 流石にそうなったらお手上げだ……僕の考えすぎだったのかもしれないけどね」

亜切は嘆息する。
あるいはこれが「前回のランサー」と組んでいたなら、それも含めて全てを防いでくれていたのかもしれないが。
その場合、スカディの圧倒的な攻撃力も無かった訳で。
なんともままならない。

スカディはいまいち理解できないといった風のまま、それでもニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。

「説明されても、まだよく分からないんだけどさ。
 でもアンタのことだ、ただ逃げ出したって訳じゃないんだろう?」
「当然だ。
 あそこでホムンクルスを殺しきれるなら、それでも良かったんだけどね。
 残念ながら、他にも殺したい相手が出てきてしまったよ」

あの戦場に居た全員が、見ずとも聞かずとも察知した、この箱庭の神の介入。
しかしホムンクルスだけでなく、亜切たちもまた、瞬時に理解してしまっていた。

神寂祓葉は、別に赤坂亜切とホムンクルス36号の衝突に惹かれて、新宿に来たのではない。
彼女の視線は、もっと他の所に向けられている。
おそらくは、新宿歌舞伎町あたりを中心とした、半グレ集団同士の本格抗争。

『はじまり』の六人には、まさにその事実そのものが、我慢ならない。

「腹立たしいんだよねぇ、僕たち以外の存在が、お姉(妹)ちゃんに気を掛けられてるなんて。
 なので、横から丸焼きにしてやろうと思うんだ」
「誰をどう狙うんだい?」
「どうせホムンクルスのことは、たまたま見つけたから襲っただけの、ついでの用事だったんだ。
 狙って殴るなら、騒ぎの一番の中心だ。
 事前に集めた情報によると、どちらの組織のトップも、相当な武闘派らしい。
 なら、きっと派手な大将戦が起きる。そこを叩く」

炎の魔人は嫉妬の炎を燃やす。
期せずして〈妄信〉と〈忠誠〉、ふたつの狂気が、ほとんど同じ方向の出力に至る。

半グレたちの闘争を、台無しにする。
神寂祓葉の気を引いたことを、後悔させる。
まずはそうしないことには、気が済まない。

「どっちにしようかな。
 決闘のつもりで殴りあってる所に横から乱入するか、それとも、決着がついた所を横から張り倒すか。
 まあ、そこは臨機応変って所か。
 アーチャー、君もその時は出し惜しみはなしだ。宝具くらいは使っていい」
「使うだけの相手がいるかねぇ。まあ、遠慮はしないけどね」



 ◇ ◇

620再走者たちの憂さ晴らし ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 01:05:02 ID:rqHqikmI0


山手線を挟んで、歌舞伎町から西側。
東京都庁のツインタワーに通り一本挟んで隣接する形で、その建物はあった。

新宿警察署。
管轄内に世界でも最も乗降客の多い新宿駅を抱え、繁華街である歌舞伎町も半分ほどを担当している。
実に、日本でも最大の警察署である。

ただでさえ大規模な警察署の前には、さらに現在、何台もの大型車が鎮座していた。
青と白に塗られた特徴的な大型バス。側面と背面には、窓の上から頑丈そうな金網が貼られている。
機動隊……それも他の警察署からもかき集められた、応援の部隊である。
その中には、立てこもり事件などで使われることもある、狙撃手のチームも含まれている。

デュラハンと刀凶聯合。
半グレと呼ばれる、ふたつの巨大組織の正面衝突の気配は、もちろん警察も察知できていた。
NPCとはいえ、彼らは彼らなりに自らの意思で動き判断する存在である。
いずれ大混乱が起きると分かっていて、ただ座視するような警視庁ではない。
具体的な開戦の時期までは絞り切れていなかったが、いつ何が起きても介入できる備えはしていたのだ。

その備えを、継代のハサンの御業は、全て掌中に収めた。

一か所に集まっている、魔術の心得のない一般人の群れなど、かのアサシンには良いカモだった。
鴨がネギを背負って整列しているようなものだった。
その数、およそ千人。
かのハサンの催眠術は、その気になればさらに一桁上の人数まで支配下に置くことができる。
実に彼は、警察署に集っていた人員を全て支配下に置き、待機させたまま、ここまでの戦い全てを踏み越えてきたのだ。

「攻撃指令、発令!
 全隊、出動せよ! 繰り返す、全隊出動せよ!
 攻撃対象、『デュラハン』、および『刀凶聯合』! それを邪魔する者も容赦をするな!
 全ての武器の使用が無制限に許可される! 捕縛ではなく、殺害せよ!」

待機していた機動隊員たちが、次々と金網張りの人員輸送車に乗り込んでいく。
武器庫を開けさせて、警官の制式拳銃を外に持ち出すなんてことは序の口だ。

訓練を重ね武装もした、規律ある群れ。
レッドライダーの起こした混乱にも、二大組織の抗争開始にもろくに反応せず、ほとんど丸ごと温存されていた警察力。

それが今、無垢なる嫉妬に応えて、混沌の新宿に解き放たれる。
全てを台無しにするために、
全ての争いを、勝者なき結末にするために。

621再走者たちの憂さ晴らし ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 01:05:30 ID:rqHqikmI0

【渋谷区・超高級ホテル 最上階スイートルーム/二日目・未明】


【輪堂天梨】
[状態]:疲労(大)、左手指・甲骨折、全身にダメージ(中)、自己嫌悪(大)、意識朦朧、シャワー中、アンジェリカのなすがまま
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:たくさん(体質の恩恵でお仕事が順調)
[思考・状況]
基本方針:〈天使〉のままでいたい。
0:ごめんね……アンジェリカさん……
1:ほむっちのことは……うん、守らないと。
2:……私も負けないよ、満天ちゃん。
3:アヴェンジャーのことは無視できない。私は、彼のマスターなんだから。
[備考]
※以降に仕事が入っているかどうかは後のリレーにお任せします。
※魔術回路の開き方を覚え、"自身が友好的と判断する相手に人間・英霊を問わず強化を与える魔術"(【感光/応答(Call and Response)】)を行使できるようになりました。
 持続時間、今後の成長如何については後の書き手さんにお任せします。
※自分の無自覚に行使している魔術について知りました。
※煌星満天との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
 →魅了魔術の出力が向上しています。NPC程度であれば、だいたい言うことを聞かせられるようです。
※煌星満天と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
※一時的な堕天に至りました。
 その産物として、対象を絞る代わりに規格外の強化を授けられる【受胎告知(First Light)】を体得しました。この魔術による強化の時間制限の有無は後続に委ねます。



【アヴェンジャー(シャクシャイン)】
[状態]:半身に火傷、疲労(極大)、気絶中
[装備]:「血啜喰牙」
[道具]:弓矢などの武装
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:死に絶えろ、“和人”ども。
0:殺す。
1:憐れみは要らない。厄災として、全てを喰らい尽くす。
2:愉しもうぜ、輪堂天梨。堕ちていく時まで。
3:以下の連中は機会があれば必ず殺す:青き騎兵(カスター)、煌星満天、赤坂亜切、雪原の女神(スカディ)。また増えるかも
4:ホムンクルスも殺してぇ……

[備考]
※マスターである天梨から殺人を禁じられています。
 最後の“楽しみ”のために敢えて受け入れています。

※令呪『私の大事な人達を傷つけないで』
 現在の対象範囲:ホムンクルス36号/ミロクと煌星満天、およびその契約サーヴァント。またアヴェンジャー本人もこれの対象。
 対象が若干漠然としているために効力は完全ではないが、広すぎもしないためそれなりに重く作用している。



【ホムンクルス36号/ミロク】
[状態]:疲労(中)、肉体強化、"成長"、
[令呪]:残り二画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:忠誠を示す。そのために動く。
0:とりあえず新宿で争う連中を、全て台無しにする。ダメで元々。
1:輪堂天梨を対等な友に据え、覚醒に導くことで真に主命を果たす。
2:……ほむっち。か。
3:煌星満天を始めとする他の恒星候補は機会を見て排除する。
[備考]
※天梨の【感光/応答】を受けたことで、わずかに肉体が成長し始めています。
※解析に加え、解析した物体に対する介入魔術を使用できるようになりました。

622再走者たちの憂さ晴らし ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 01:06:04 ID:rqHqikmI0


【アサシン(ハサン・サッバーハ )】
[状態]:霊基強化、令呪『ホムンクルス36号が輪堂天梨へ意図的に虚言を弄した際、速やかにこれを抹殺せよ』
[装備]:ナイフ
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターに従う
0:八つ当たり、ねぇ……大将もだいぶ人間臭くなったもんだな
1:さて、新宿に行ってみるか、それともここに留まるか。
2:大将の忠告を無視する気もないが……ノクト・サムスタンプ、少し気になるな。
[備考]
※宝具を使用し、相当数の民間人を兵隊に変えています。
※OP後、本編開始前の間に、新宿警察署に集まっていた機動隊員たちを催眠下に捉えていました。
※自身が2回目の参加であること、前回のマスターがノクト・サムスタンプであることを知りました。

※この後、彼が新宿に向かって機動隊員たちを指揮するか、ホテルに留まるかは後続の書き手にお任せします。



【アンジェリカ・アルロニカ】
[状態]:魔力消費(中)、疲労(中)、シャワー中
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:ヒーローのお面(ピンク)
[所持金]:家にはそれなりの金額があった。それなりの貯金もあるようだ。時計塔の魔術師だしね。
[思考・状況]
基本方針:勝ち残る。
0:とりあえず天梨の面倒をみる。放っておけない。
1:天梨のシャワーと手当が澄んだら、ホムンクルスから色々聞き出さないと。
2:神寂祓葉に複雑な感情。
3:蛇杖堂寂句には二度と会いたくない。
[備考]
※ホムンクルス36号から、前回の聖杯戦争のマスターの情報(神寂祓葉を除く)を手に入れました。
※蛇杖堂寂句の手術を受けました。
※神寂祓葉が"こう"なる前について少しだけ聞きました。



【アーチャー(天若日子)】
[状態]:疲労(中)
[装備]:弓矢
[道具]: ヒーローのお面
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アンジェに付き従う。
0:本当に何をどこまで考えているのだ、こやつらは。
1:アサシンもアヴェンジャーも気に入らないが、当面は上手くやるしかない。
2:赤い害獣(レッドライダー)は次は確実に討つ。許さぬ。
3:神寂祓葉――難儀な生き物だな、あれは。
[備考]
※アサシン(継代のハサン)が2回目の参戦であることを知りました。

623再走者たちの憂さ晴らし ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 01:07:05 ID:rqHqikmI0


【新宿区・新宿御苑/二日目・未明】

【赤坂亜切】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(中)、眼球にダメージ、左手に肉腫が侵食(進行停止済、動作に支障あり)
[令呪]:残り画
[装備]:『嚇炎の魔眼』、M360J「SAKURA」(残弾3発)
[道具]:魔眼殺しの眼鏡(模造品)
[所持金]:潤沢。殺し屋として働いた報酬がほぼ手つかずで残っている。
[思考・状況]
基本方針:優勝する。お姉(妹)ちゃんを手に入れる。
0:とりあえず新宿で争う連中の、大将戦を台無しにする。歌舞伎町の争いに参戦する。
1:適当に参加者を間引きながらお姉(妹)ちゃんを探す。
2:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
3:他の〈はじまりの六人〉を警戒しつつ、情報を集める。
4:〈蛇〉ねえ。
5:〈恒星の資格者〉? 寝言は寝て言えよ。
6:脱出王は次に会ったら必ず殺す。希彦に情報を流してやるか考え中
[備考]
※彼の所持する魔眼殺しの眼鏡は質の低い模造品であり、力を抑えるに十全な代物ではありません。
※香篤井希彦の連絡先を入手しました。

※ホムンクルス36号の見立てによると、自身の魂を燃やす彼の炎は無限ではなく、終わりが見えているようです。
 ただしまだ本人に自覚はないようです。
 具体的にどの程度の猶予があるかは後続の書き手にお任せします。
※一回目の聖杯戦争で組んでいたランサーは、鬼若(いわゆる武蔵坊弁慶)でした。



【アーチャー(スカディ)】
[状態]:疲労(中)、脇腹負傷(自分でちぎった+銃創が貫通)、蛇毒による激痛(行動に支障なし)
[装備]:イチイの大弓、スキー板。
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩りを楽しむ。
0:なるほど、八つ当たりねぇ。アギリも可愛いもんだ。いいよ、付き合うよ
1:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
2:マキナはかわいいね。生きて再会できたら、また話そうじゃないか。
3:ランサー(アンタレス)は――もっと育ったら遭いに行こうか。
[備考]
※ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具を受けました。
 強引に取り除きましたが、どの程度効いたかと彼女の真名に気付いたかどうかはおまかせします。


[備考]
NPCとして、千人ほどの機動隊員が、継代のハサンの催眠術の影響の下で、デュラハンと刀凶聯合を攻撃対象として放たれました。
基本的に一般構成員を狙って動きますが、英霊やその他の戦力が邪魔をするようなら攻撃対象とします。

624 ◆di.vShnCpU:2025/08/03(日) 01:07:23 ID:rqHqikmI0
投下終了です。

625 ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:14:50 ID:GedZXUQk0
展開的にキリがいいので、先に前編のみ投下します。

626心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:15:47 ID:GedZXUQk0



『いいか? ゲンジ。人間どんなに辛くても、正しく生きてりゃいつか幸せになれるんだ』

 おれのおやじは、やはり馬鹿な男だったのだと思う。
 どんなに貧しくても寂しくても、正しいことをしていればいつか必ず報われるのだと、子どもじみた説法をいつも滾々と説いていた。
 おやじにとっての"正しいこと"とは、困っている他人に手を差し伸べること。
 本来なら自分も何らかの支援を受けるべき立場なのに、自分とその息子だけ勘定から外して、文字通り一銭の得にもならない慈善事業に邁進する。
 その結果守るべき弱者に刺されて死んだというのだから世話はない。
 本当の弱者は助けたくなるような姿をしてないのだと誰かが賢しらに言ってたが、正直それは真理だと思う。おれもおやじも、あの哀れな老人達もそうだったから。

『この間、息子さん偉いですねって褒められたよ。
 あれは俺も鼻が高かったな。
 神様ってのは意地悪に見えるが、ちゃんとこうして帳尻合わせてくれるのさ』

 おやじ曰く、この世でいちばん強いのは他人の気持ちに寄り添える人間らしい。
 ちゃんちゃらおかしな話だ。寄り添った結果糞垂れのじいさんに一突きにされてたら世話ないだろう。
 それでも当時のおれは、ある種の諦観と共におやじの説法に頷いてやっていた。
 学習性無力感というやつだろう。終わりの見えない不幸は人を鈍感にさせる。あるいはせめてもの、肉親への情か。

『おまえはいい男になるぞ、ゲンジ。顔は俺に似ちまったけど、人間は見てくれより中身さ。
 そうじゃなかったら俺みたいな冴えない男が所帯持つなんてできるわけがねえからな。
 ……ま、冴えなすぎて捨てられちまったが』

 けどもう、おれを縛り付ける閉塞のしがらみは存在しない。
 おやじは死んだ。団地は壊した。おれを必要としてくれる人に出会えた。
 本当に強い人間というのは、狩魔さんのような人を言うのだ。
 力のない人間が振りまく優しさは過食嘔吐やオーバードーズと同じだ。
 一時の幸福感に耽溺して、すぐ揺り戻しの不幸で自傷する。そんな、まったく意味のない行為。

 だから要するに、おやじは死ぬべくして死んだのだろう。
 同情する気もないし、今となってはどうでもよかった。
 おれはもうあの肥溜めみたいな世界から解き放たれている。
 おかげで身体はかつてないほど軽く、臓腑の底に蟠ってた汚れが全部どこかへ行ってしまったようだ。

 そんな愚かなおやじが一度だけ、らしくないことを言ったことがあった。

『お前も年頃だ。そのうち好きな女のひとりもできるだろう』

 嫌味かと思った。道を歩いてるだけでクスクス笑って指を差されるおれに何を言ってるのか。
 息子がそうやって笑い者にされてても、顔を伏せて見て見ぬ振りするだけの冴えない男がおれのおやじだ。
 そんな男に今更芯を食ったようなことを言われても、正直どう受け取っていいのかわからない。

627心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:16:40 ID:GedZXUQk0

『その時はよ、なりふり構わずやってみな。
 もちろん道を外れるようなことはしちゃいけないが、恥も外聞も掻き捨てちまえ。
 そうやって情熱持って伝えれば、案外高嶺の花だって振り向いてくれるもんさ』

 確かに、おれの母親は若い時相当な美人だったらしい。
 とんでもない売れっ子のホステスで、男が次々貢物を持ってきたのだと酔った赤ら顔で語っていたのを覚えている。
 そう考えると、おやじは文字通りなりふり構わず頑張ったのだろう。
 頑張った結果の家庭がああなって、捨てられたおれ達がこうなってるのを除けば、いい話だと思った。

『母さんは気が強かったろ?
 お前にもあいつの血が流れてるんだ。お前は、俺なんかよりずっと強い男になれる筈だよ』

 自分を捨てた女の血が流れていると言われて、おれが嬉しい気持ちになると思ったのか。
 だとしたら、あの女がおやじを捨てた理由が分かった気がした。
 おやじは優しい。優しいが頭が悪くて、根っこの部分でどこか自分に酔ってる。
 だからこの時おれは、いつもの戯言の一環として軽くあしらって終わらせたのだが。

 あれはおやじが俺にかけた言葉の中で唯一の金言だったのかもしれない。
 確かにおれはおやじとは違う。おれの中にはおやじの弱さと、あの女の貪欲さが同時に存在している。
 おれは自分のために誰かを犠牲にできる。内に湧いた"欲しい"を叶えるために、すべてを踏み躙れる人間だ。
 狩魔さんがおれを見出したのは、最初からおれがそうだと気付いていた故なのかもしれない。

 ――おやじ。あんたの言う通り、おれにもその時ってやつが来たよ。

 好きな女といったら語弊があるかもしれない。
 けど、たぶんそれよりも上の感情だ。

 ――欲しいんだ。

 焦がれている。灼かれている。
 心の奥深くをじりじりと炙られて、肉汁みたいに欲望の汁が滲み出してくる。

 ――神寂祓葉に、褒めて欲しい。

 そのためなら、おれは鬼にも悪魔にもなれる。
 それはきっと、おやじがおれに望んだ未来とは違うのだろうけど。
 死人に義理立てする理由もない。
 おれはおれだ。覚明ゲンジなのだ。周鳳狩魔が認め、山越風夏が期待し、蛇杖堂寂句が重用する"猿の手"だ。

 じゃあな、おやじ。
 じゃあな、じいさん達。
 おれは行くよ。あの団地を出て、行きたいところに行く。

 ――星を、見に行くんだ。



◇◇

628心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:18:01 ID:GedZXUQk0



「一番槍は譲ってやる」

 光栄に思えとでも言わんばかりの不遜な口調で、ジャックは俺にそう言った。
 正直に言うと驚いた。てっきり共闘するものだと思っていたからだ。
 そんなおれの感情が伝わったのか、老人は鼻を鳴らす。

「祓葉は怪物だ。正攻法ではどうすることもできないから、必然切り札を使うことになる。
 すなわち覚明、貴様が先程話した"例の宝具"もだ」

 それを聞いて、おれはこいつの意図を理解した。
 確かにそうだ。それを前提にするのなら、おれ達は共闘など到底できない。

 バーサーカーには、第二の宝具がある。
 使ったことはなかったが、感覚として知っていた。
 あのデタラメな赤騎士にすら通用した"原人の呪い"の、更にもうひとつ先だ。
 むしろ、バーサーカー達が普段纏っている呪いは第二宝具の片鱗のようなものなのだろう。

「私は貴様らの特攻の成否を見て行動を選択する。
 共闘がありえるとすれば、バーサーカーの宝具があの小娘に通り、なおかつお前達が生き残っている場合のみだ」
「……本当に傲慢だな、あんた。
 おれを捨て駒にする魂胆を、隠そうともしてない」
「慮ってやる義理も、その必要もないのでな」

 おやじを殺した入れ墨のじいさん然り、おれはあの団地でいろんな老人を見てきた。
 性根の腐った奴、そもそも狂ってる奴。中には溌剌として元気に生きてる奴もいたが、共通してたのはどいつも弱っていたことだ。
 こればかりは責められることじゃない。
 歳を取れば弱くなる。衰えて、頭も身体もぼろぼろになっていく。この世に存在するすべての生き物の共通項だ。

 でも、このジャックというじいさんは違った。
 弱っていないどころか、今までおれが出会ったどの人間よりも生命力に溢れている。
 身体だって老人とは思えないほどゴツい。
 ラガーマンとか力士とか、そういう本職の人間を彷彿とさせるむくつけき肉体をしていた。
 こいつなら、あの入れ墨のじいさんにドスで襲われても表情ひとつ変えずボコボコにしてしまうのだろう。そもそもドスが刺さらなくても驚かない。
 医者ってなんだっけ、と思わずにはいられなかった。

「おれがあんたの星を倒しちまっても、知らないぞ。後で話が違うって駄々捏ねるのだけは、なしにしてくれよ」
「それならそれで構わんとも。
 私は極星の末路に固執しない。アレを放逐するのは己の手でなくてはならないなどと気色悪い傾倒をしているのは一部の無能共だけだ」

 こいつは、どうしてそんなに祓葉を殺したいのだろう。
 おれみたいに、あいつに評価されたいわけでもないだろうに。
 いったい何がこの怪物老人を突き動かしてるのか、おれには分からない。

「貴様は思う存分、胸を灼く狂気のままに戦えばいい。
 ただし奥の手を使う間もなく殺される無様は晒すなよ。
 死んでも構わんが、せめて役に立つ死に方をするように」
「……じゃあ教えてくれよ、お医者様。あいつと戦う時、おれはどういう風に挑むべきなんだ?」

 皮肉めいた言い方になってしまったが、実際ここの部分は智慧がほしかった。
 何しろおれは、神寂祓葉という人間の強さを正確には知らないのだ。
 とんでもない奴だってことは分かってる。でもそれだけ。そこには経験が欠如している。

629心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:19:00 ID:GedZXUQk0

 おれだって、瞬殺なんてしょうもない末路は御免だ。
 ジャックに媚びるつもりはないが、死ぬにしたって爪痕くらいは残したい。
 問うたおれに、ジャックは一瞬の逡巡をしてから口を開いた。
 嘲りの色はない。厳しい仏像のような迫力があった。

「先程も言ったが、正攻法では勝てん。
 強い弱いの問題ではなく、そういう風になっている」

 心底忌まわしいものについて言及するような口振りだった。
 
「神寂祓葉は、存在するだけで世界の理を狂わす劇物だ。
 だから目の前の相手より必ず強くなるし、足りない力は無から引き出して補塡してくる。
 よって考えられる有効打は件の宝具のみだが、それでも貴様のバーサーカーは多少アレと相性がいい筈だ」

 バーサーカーのスキルが否定する文明は科学技術だけじゃない。
 魔術もまたホモ・サピエンスの文明の産物だ。ネアンデルタール人達は、その存在を認めない。
 祓葉がどういう力を持っていてどのように戦うのかはもう聞いていた。
 心臓に埋め込んだ永久機関。不死の根幹。
 宝具級の神秘を持つ光の剣。神の鞭。
 光剣の正体が不詳な以上過信はできないが、うまく呪いが効いてくれれば確かにある程度張り合えそうだ。

「損害は承知で原人どもを突っ込ませ、なるべく祓葉を削ることだな。
 あの馬鹿娘は喜んで付き合ってくれる。サーヴァントそっちのけで貴様を狙う無粋もすまいよ」

 神寂祓葉は、聖杯戦争を楽しんでいる。
 だからつまるところ、彼女はノリがいいのだろう。
 おれみたいな路傍の石相手でも手抜きなく全力で、正々堂々戦ってくれるらしい。
 それはおれにとって実にありがたい話だった。
 どんなに超人ぶったって、おれ自身は人の心が向かう先を眺められるだけの凡人だ。
 祓葉が狩魔さんのように合理性で動く手合いだったなら、おれに勝ち目はなかったろう。

「そうして適度に乗らせ、奴が覚醒したタイミングで永久機関の破壊を試みろ。それが唯一の勝ち筋だ」
「は……なんだ。今度は隠すのか」

 平然と言うジャックだったが、おれもそこまで馬鹿じゃない。

 ネアンデルタール人の第二宝具でしか祓葉を倒せないのなら、初手からやればいいだけの話だ。
 おれには、バカ正直にあいつと相撲を取る理由がない。
 なのにこの老人がそう促してくるのは、つまりそういうこと。

「おれを使ってデータを取りたいんだろ、あんたは」
「無能め。貴様は餓鬼にしては多少聡いが、肝腎な部分を見落とす悪癖があるようだな」

 バーサーカー達との戦闘を通じて、"今の"祓葉を分析したい。
 おれはどこまでも、ジャックに試金石と見られている。
 そう思って指摘したのだが、灰衣の老医者は呆れたように言った。

630心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:19:44 ID:GedZXUQk0

「確かに祓葉は阿呆だ。しかし、奴の背後には偏屈な保護者がいる」
「……あ」
「気付いたか? 間抜け。初手での切り札の開帳は、自殺志願でもないなら絶対に控えるべきだ。
 都市の神となったオルフィレウスが本気で警戒し出したなら、勝率は限りなくゼロに近付く」

 ……言われてみればそうだ。
 祓葉は〈この世界の神〉だが、これが聖杯戦争である以上あいつだってひとりじゃない。
 原人達の無駄死にという茶番を用立ててでも苦戦を演出しなければ、最悪オルフィレウスの介入を招く。
 
 おれは顔が熱くなるのを感じた。
 北京原人似の男がそうしてる様は、さぞかし不気味だったに違いない。

「それに……貴様も新参とはいえ、奴に灼かれた燃え滓なのだろう?」

 恥じ入るおれにかけられた次の言葉には嘲りと、わずかな憐れみが覗いていた。

「勝つにしろ負けるにしろ、奴との対峙は一度きりだ。
 焦がれた神との対話で狂気を慰めるくらいは赦してやる」

 ――実際、これもジャックの言う通りだった。
 名探偵を気取ったおれだが、実のところ初手で終わらせるなんてする気はなかったのだ。

 だってそれこそあまりに無粋だろう。
 おれは祓葉と話したいし、もっとあの白い少女のことを知りたい。
 口元が歪むのを感じた。卑屈なのに欲深い、きっととても気持ち悪い顔。
 それが見えていないわけでもないだろうに、ジャックは引く様子も見せない。
 ただ足を進めていく。歩幅はおれのおやじよりも大きくて、小柄なおれは付いていくだけでやっとだ。

「欲望を満たし、そして役目を果たせ。
 私が貴様に望むことも、貴様がこれからすべきことも、それだけだ」

 ジャックは、この先に星がいることを確信してるみたいだった。
 引力というやつだろうか。だってあいつは、ブラックホールだから。

 星も、そうでない物質も、すべて引き寄せて呑み込む巨大な宇宙現象。
 コズミックホラーの主役のような存在が、おれ達のすぐそばにいる。
 なのに不思議と緊張はなかった。遠足の前日のように、胸が高鳴っているだけだ。

 なあ、おやじ。
 おれもとうとう、気になる女ができたよ。
 付き合いたいとかセックスがしたいとかそういうのじゃないけどさ。
 話したくて堪らないんだ。見て欲しくて、褒めて欲しくて仕方ないんだ。

 あんたのことは、正直好きでも嫌いでもない。今も。
 でも、やっぱり親子だからさ。
 あんたにだけは、これからおれが挑む戦いを見ててほしいな。

 だってたぶん、勝っても負けてもこれがおれの最大瞬間風速なんだ。
 覚明ゲンジが生まれてきた意味が、これからようやく実を結ぶ。
 どんなに不細工でも、悍ましい外道の所業でも、おれは全力でそれに臨むよ。
 正しく生きていればいつか報われるんだとあんたは言った。
 おれにとっては、これこそが正しい生き方だ。報われると信じて、おれは挑む。

 
 ――だから見てろ、おやじ。
 あんたの息子はこれから、神さまを殺す。



◇◇

631心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:20:30 ID:GedZXUQk0



 深夜二時を回った新宿。
 赤く染まる空が、死した太陽の残光のように頭上を灼いている。
 人の気配はすでに絶え、静寂に包まれた街路が、まるでこの世の終焉を告げる舞台装置のように広がる。
 
 そんな異様な光景のただ中に、ひとりの少女が立っていた。
 白。すべてを拒絶するような純白の髪が風もないのに微かに揺れ、頭頂では滑稽とも神聖とも映る曲毛が天を差す。
 さながら現世に降り立った奇跡だった。汚れを知らぬ光が、少女の輪郭を縁取っていた。

 覚明ゲンジは、それを見る。
 息ができない。心臓が止まったようだと思った。
 だが、次に浮かんだのはやはりあの黄ばんだ笑みだった。
 
 胸の奥で何かが爆ぜた。
 下半身に血液が集中するのがわかる。
 美しい。けれどこれは、性愛を向けるべき対象ではない。

 歓喜と畏怖と憎悪が渦を巻く。
 祓葉、と彼は譫言のように呟いた。
 その存在を穿ち、嘲り、堕とし尽くしたい衝動を抱えて破顔する彼をよそに。
 〈この世界の神〉は、惚れ惚れするような人懐っこい笑顔で言った。

「――――こんばんは。あなた、だあれ? 私のこと知ってるの?」

 言われて初めて、自分達の間に面識がないことを思い出した。
 ゲンジはあくまで一方的に見ただけだ。祓葉からすれば、急に現れて気色悪い笑みを浮かべた北京原人似の不審者も同然だろう。

「……ゲンジ。覚明ゲンジ。
 あんたのこと、一回だけ見かけた。それだけだよ」
「カクメイゲンジ?
 かっこいい名前だね! なんか漫画のキャラみたい」

 なんてことのない褒め言葉でさえ、悦びで頭がどうにかなりそうだった。
 ゲンジは初めて自分の名前と、先祖が名乗った苗字に感謝する。
 いつもは名前負けにしか思えなかった己が名の響きさえ、祓葉が認めてくれたというだけで、金銀財宝にも匹敵する素晴らしいものに思えた。

「私はね、祓葉。神寂祓葉。えっとね、神さまが――」
「神さまが寂しがって祓う葉っぱ……」
「わお、先回りされたのって初めてかも。
 もしかしてゲンジって相当私のオタク? アギリと仲良くなれそうだね。今度紹介してもいい?」

 ゲンジの背後の薄闇には、五十の影が得物を持って追随していた。
 脊柱を湾曲させ、石斧を手にした、獣じみた原始の群れ。
 彼らは吠えもせず、雄叫びも上げず、ただ目の前の白色に慄いていた。
 理を捻じ曲げる劇毒の神。その存在に晒されただけで、原人たちは奥底の本能を呼び覚まされる。

632心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:21:24 ID:GedZXUQk0

 ――これは災厄だ。
 ――ヒトの手では触れられぬモノだ。

 唸り声は喉の奥に飲み込まれ、五十体の肩が小刻みに揺れている。
 あの白は、災厄だ。信仰を知らぬ原人達でさえそのように理解する。
 であればそんな存在を前にして喜色を隠せない様子のゲンジは、やはり彼らとさえ根本から違う生き物なのだろう。

「軍団型のサーヴァントかぁ。
 珍しいね。前の時はいなかったタイプだからちょっと新鮮。クラスは?」
「……バーサーカー。見ての通り、ほとんど意思疎通はできないよ」
「おー、阿修羅の王さまみたいな感じだ。
 でもガーンドレッドさんちのとはずいぶん様子が違うね。ちゃんと躾ができててすごいや」

 ゲンジが視界を切り替える。
 祓葉からの矢印が、自分に向かって伸びていた。


 『楽しみ』。


 その感情を認識した時、大袈裟でもなんでもなく腰が抜けそうになった。
 見て欲しかった。おれはこいつから向けられる、この感情をずっと欲しがっていた。
 覚明ゲンジは感激しながら、小さく片手を挙げる。
 祓葉が期待してくれている。なら、それを裏切りたくないと思ったからだ。

「じゃ、早速やろっか。先攻は譲ってあげる」

 祓葉の右手に、光の剣が出現する。
 あれが、蛇杖堂寂句や山越風夏を終わらせた神の鞭。
 現実をねじ伏せて、道理を冒涜する、大祓の剣。

「祓葉。おれは……」

 死ぬほど怖いはずなのに、怖いことすらも嬉しかった。
 覚明ゲンジという奈落の虫が、今この瞬間に羽化を果たす。
 蛹を破り、透明な羽を持った悍ましい羽虫になって、空の彼方に向け飛び立つのだ。

 何のために? 決まっている。

「――――おれはおまえを、犯(ころ)したい」

 それが、それだけが、おれがおまえに伝えられる求愛だ。
 よって刹那、原始の住人と現代の神の闘争は始まった。

 

◇◇

633心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:22:06 ID:GedZXUQk0



 一体目が飛んだ。
 祓葉が踏み出した。

 風もなく、音もなく、ただ一陣の光が奔っただけだった。
 その白光が原人の頭部を撫でたのか、首から上がぽろりと落ちる。
 あまりにも綺麗に、あまりにも呆気なく魁のネアンデルタール人が死ぬ。

 右足の軌道が跳ね上がり、残光の帯を残しながらもう一体の胸板を蹴り抜いた。
 肋骨が内側から破裂するように砕けて吹き飛ぶ。
 軽い。すべてが軽い。
 少女の華奢な体から繰り出される暴威に、重力も肉も悲鳴を上げる暇がない。

 だけど、仲間の死で火が点いたらしい。
 こいつらは戦士だ。おれのバーサーカーどもは獣であり、兵であり、こいつらなりの愛と絆で結ばれた群れなのだ。
 二体が飛びかかり、石槍と石斧で祓葉の首を狙う。だが石器は空を切り、その先にいた筈の祓葉はいなくなっていた。

 違う。いなくなったんじゃない、視線の追跡を振り切る速度で動かれただけだ。
 次の刹那には別の一体が胸を裂かれ、そのまま真っ二つにされている。

 三体目の死に原人たちが憤激と鼓舞の雄叫びをあげる。
 鼻孔を鳴らし、牙を剥き、唾を撒き散らして、次々に突っ込む。
 半円を描くように展開し、包囲と乱打を同時に成立させる。
 こいつらなりの狩りの陣形なのだろう、証拠に動きに無駄がない。

「あはは! やるねえ!」

 けれど祓葉は、笑っていた。
 まるでお気に入りの遊具に囲まれた子供のように愉しげな顔で剣を振るう。

 振るわれた光剣が原人の腹を裂く。肩を穿つ。脛を断つ。
 周囲を囲まれた状況で大立ち回りをした代償に、ようやく原人の石器が祓葉を捉えた。
 石斧が、美顔の半分を叩き潰したのだ。
 飛び散る血と脳漿が、しかし次の瞬間には砂時計をひっくり返したように巻き戻っていく。

「やったな〜? もう、治るとはいえちゃんと痛いんだからね――!」

 ジャックのじいさんが言った通りだ。
 世界そのものがこいつに味方している。
 その事実と、それがもたらす絶望のでかさを、おれはようやく理解した。

 何人もの命を使って増やした原人が次から次へと薙ぎ払われていく。
 腕を落とされ、顎を吹き飛ばされ、地に伏して。
 唐竹割りにされて、爆散するように弾け飛ぶ。

634心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:23:03 ID:GedZXUQk0

 ――神だ。やはりこいつは、神なのだ。

 〈はじまりの六人〉は正しかった。
 こいつに触れて狂わず、畏れずにいられる方が異常者だ。
 おれももう、あいつらみたいな狂人のひとりなんだろう。
 けれど、その狂気さえ祓葉がくれたものと思えば幸福だった。
 欲望が、またひとつ膨らんだ。

 ――もっと、近くで見たい。もっと、おまえを知りたい。

 俺は叫ぶ。五十の戦士に命じる。

「殺しちまえ、バーサーカー……!
 おまえ達の仲間の仇は、そこにいるぞ……!」

 群れの統率者たるおれの言葉に応えるように、原人たちは再び祓葉に向かって吼えた。
 もう、恐怖はないようだった。便利な絆だ。ありがたい。


「――ずっと、おまえに、会いたかった」

 自分でも驚くくらい、それは恋い焦がれた女に対する声色だった。
 感動と倒錯。欲望と衝動。崇敬と憎悪。あらゆる矛盾を内包しておれの感情は奈落(こころ)の底から溢れ出る。

「おまえに、見て欲しかった。期待して、欲しかったんだ」

 おれは自分の身の程というものを理解している。
 おれが思い上がることを許さない世界で生きてきたんだから、嫌でもわかる。
 そんなおれが今、すべての慎みを捨てていた。
 むき出しの感情だけをぶつけるなんてことは、物心ついてから初めてかもしれない。

「おれを魅せてやるから、おまえを魅せてくれ」

 祈るように願い。
 願うように祈った。
 血風が頬に触れて、水滴が滴る。
 腥い肉片の香りでさえ今は恍惚の糧だった。

「ゲンジはさ、自分のことが嫌いなの?」

 高揚の絶頂の中に、冷や水のように声が響く。
 祓葉は微笑みながら殺し、そしておれを見ていた。
 おれも、原人達も、こいつはすべてを見ている。
 世界の何ひとつ見逃さない、底なしの"欲しい"がそこにある。

「見て、とか。期待して、とか。
 それって誰かにお願いするようなことじゃないよ」

 ジャックは、こいつを阿呆と言った。
 まあ、たぶん実際そうなのだろう。
 知性よりも感情。理屈よりもパッション。
 そうやって生きてきた人間であることは、このわずかな時間の邂逅でも十分に読み取れた。

635心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:23:42 ID:GedZXUQk0

 なのに、いいやだからこそ、拙い言葉で的確に心の奥へ切り込んでくる無法さに言葉を失う。
 仏陀やキリストと対面して話したらこんな気分になるのだろうか。
 神は知識でも理屈でもなく、生きてそこに在るだけですべてを見通す。

「いっしょに遊ぶなら、お願いされなくたって見るし期待するよ。
 楽しく遊ぶってそういうことでしょ? だからゲンジは、そんな卑屈にならなくていいと思うな」

 それに――。
 祓葉は言って、にへらと笑った。


「もう、どっちもしてるよ。
 私はもうあなたを見てるし、何を魅せてくれるのか期待してる」


 白い歯を覗かせて向ける微笑みに、おれは絶頂さえしそうになった。
 同時に自分の愚かしさに、やっぱり顔が熱くなる。
 おれは勘違いしていたのだ。拗らせた劣等感というのは、そう簡単に消えるものじゃないらしい。
 美しい極星の女神にこんな指摘をさせてしまった事実は恥ずかしく。
 でも次いでかけられた言葉は、その羞恥心の何倍も何百倍も嬉しくて……

「だから遊ぼう、全力で。私達(ふたり)だけの時間を過ごそうよ」
「ああ――そう、だな」

 おれは、差し伸べられた手に自分のを伸ばした。
 もちろん、彼我の距離的に握手するなんて不可能だけど。
 それでも確かに手は繋がれたのだとおれは信じたかった。だからそう信じた。

 であれば、もう。

 地底で鬱屈する時間は終わりだ。

 おれも、羽ばたこう。

 そこに、行こう。

「やって、やるよ……!」

 すなわち空へ。
 おまえのいる宇宙(ところ)まで。
 燃え上がるように駆けていき、この一世一代の遊びにすべて捧げてやると誓った。
 右手に熱が灯る。刻印の一画を惜しげもなく切って、おれは命じる。

「令呪を以って命ずる……!
 おまえらも楽しめ、バーサーカー!
 命の限り、魂の限り、踊り明かして笑って逝け!!」

 命令がどう通るかなんてどうでもいい。
 大事なのは、原人達が祓葉をより楽しませる存在に成ること。
 言うなれば全体バフだ。ゲームなんて家にあった時代遅れのファミコンでしかやったことないけど、おかげで日常生活からじゃ出ない発想を出せた。

636心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:24:26 ID:GedZXUQk0

 石器時代に娯楽はないだろう。
 そんなこいつらに、おれが娯楽を教えた。
 生存のための手段でしかない"戦い"に、それ以外の意味を付加した。

 神を畏れる感性はなくても、大いなるモノを畏れる本能はある。
 そんな石器時代の先人類達が抱く〈畏怖〉が、令呪の輝きの前に変質していく。
 畏れは楽しみに。怖れは憧憬に。おれの抱く感情をこいつらにもくれてやる。
 こっちの水は甘いぞと誘う魔の誘いに侵されたストーンワールドの猿達は、次の瞬間どいつも叫び出した。

「■■■■■■■■■■――――!!!」

 咆哮は劈く勢いで、赤い夜を揺らす。
 叫ぶ原人達には表情が生まれていた。
 口角を吊り上げ、涎を垂らし、バーサーカーの名に違わぬアルカイックスマイルを湛えて走る。

 猿に自慰を教えると、一日中快楽に狂い続けるのだと聞いたことがある。
 では、感情ではなく大義で行動する原人へ娯楽の概念を教えたら?
 結果は案の定。"同じこと"になった。
 美神に殺到する原人達はもう、仲間を殺されて抱いた憎悪すら『楽しみ』の三文字で塗り潰されている。

 いわば狂化の重ねがけ。
 果たしてその効果は、覿面だった。

「わ、っと……!? うぐぅ……!」

 見違えるほどに、一体一体の凶暴性と動きのキレが増した。
 秩序を排し我欲を覚えたからこそ、今の原人達は狂獣に等しい。
 祓葉が石の槍で槍衾になり、鈍器で頭を潰れたトマトみたく変えられていく。

 その光景を見ながら、おれはジャックの言葉を思い出していた。
 曰く神寂祓葉は、目の前の相手より必ず強くなるという。
 そんな怪物に何故、ネアンデルタール人ごときで張り合えているのか。
 こいつらはサーヴァントとしては弱い部類の筈だ。
 持ち前の呪いがあって初めて他に比肩し得る、あまりにもピーキーな性能のサーヴァント。
 なのに祓葉がこいつらごときに手を拱いている事実は、おれにある確信を抱かせていた。

「神さまでも、万能ってわけじゃないんだな……?」

 こいつはあくまで、目の前の敵より強くなるだけだ。
 つまり、上昇した能力値は次の戦いに引き継がれない。
 毎度毎度まっさらな状態から、拮抗とそこからの覚醒をやって勝利を掴み取る。
 遊びを愛するこいつらしい陥穽だと思った。そしてそれは、おれみたいな雑魚にとってこの上なくありがたい。

637心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:25:08 ID:GedZXUQk0

 ジャックと共闘で挑まなくてよかったと心底安堵する。
 あいつら基準で戦力を上げられていたら、ネアンデルタール人では相手にならなかったろう。
 神寂祓葉を相手取る最適解は一対一のタイマンだ。
 あの化け物みたいな医者は、とっくにそんなこと見抜いているだろうが。

「神さま? 
 あはは、やだな。そんな大層なものなんかじゃないよ。
 私は祓葉(わたし)、それ以上でもそれ以下でもない。
 ゲンジやみんなと同じ、ただの人間だよ」

 再生を完了しながら、神さまがヒトのようなことを言っている。
 
「ヒトは、おまえみたいに強くないよ」

 おれが苦笑している最中も、原人達の袋叩きは続いていた。
 こいつらの取り柄は数だ。一体一体では弱くても、単純な足し算だけでその兵力をどんどん増させていく。
 再生した端から潰す。笑いながら殴って、刺して、へし折る。
 その上で原人の呪いだ。たぶん祓葉はこれでも、いつも通りのパフォーマンスを発揮できてない。

 おれは普段の祓葉を知らないから断言はできないけど、光の剣とやらの出力がだいぶ落ちているんだと思う。
 祓葉がこの程度の奴だったなら、ジャックや山越さんが負けるとは思えないからだ。
 原人の文明否定。ジャックの言った通り、その一要素がおれの命綱になっている。

「ねえ。ゲンジって、もしかしてジャック先生といっしょにここに来た?」
「……、……黙秘、かな」
「やっぱりそうなんだ! だよねだよね、いかにもジャック先生が言いそうなことだもんそれ。
 ふふー、そっかそっかー。イリスの次は誰が来るかなと思ってたけど、ジャック先生かあ……!」

 こんなに自己評価の低いおれなのに、この時はマジで腹が立った。
 おれが目の前にいるのに、なんで他の奴の名前を言うんだと。
 怒ったその意思が、契約を伝って原人達に伝わったのかもしれない。

「わ、ぶ……! ぐ、ぅ、ぅう……!?」

 攻撃が冴え渡る。
 おれの見る前で、おれの憧憬が肉塊に返られていく。
 いい気味だ。そうだ、それでいい。
 ジャック? 山越? 全部どうでもいいだろ、今おまえと遊んでるのはおれだぞって教え込んでしまえ。
 
「あ、は……! 強いね、ゲンジ――!」

 祓葉が肉塊のままで後ろに飛び退いた。
 油断はできない、こいつは目の前の敵より必ず強くなる。
 現に飛び退くために地を蹴った衝撃だけで原人が五体ほど弾け飛んだ。
 祓葉はもうすでに、おれが出会った時より格段に強くなっている。

638心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:26:14 ID:GedZXUQk0

「ふぅ。ごめんね、欲張りは私の悪い癖でさ。
 目に見えるもの、頭でわかってるもの、ぜんぶ欲しくなっちゃうんだ」
「あぁ……別に、いいよ。おまえがそういう生き物なのは、おれもわかってる」

 苛ついておいてなんだけど、こいつはそうじゃなきゃ嘘だとも思ってた。
 身勝手で、自分本位で、幼気(きもち)のままに周りすべてを振り回すブラックホール。
 そこにおれは惚れたんだ。なら、ぜひそのままの無理無体をやってほしい。

 腹が立つのに嬉しいなんて初めてだ。
 ああ、ああ。おれは今、生きている。

「だから、いいさ。見ないなら、他を見るんなら――」

 原人達に意思を伝える。
 バーサーカーにどれだけおれの意向なんてものが伝わるかは分からないけど、それでも。
 おれにできる限り、生み出せる限り全力の矢印(ココロ)を、あいつらに向けて叫んだ。

「――無理やりにでも、こっち向かせてやるだけだから」
「あは! あはははっ! いいじゃんいいじゃん、それってすっごく最高だよゲンジ!!」

 意思が、群れなす原人/亡霊を強くする。
 より激しく、より苛烈に、祓葉を襲う嵐と化させる。
 今だけは、北京原人めいた自分の顔に感謝した。
 もしかしたらこの顔も、ある種の先祖返りとかそういうものなのかもしれない――でも今はどうでもいい。
 おれの声が原人を動かし、燥がせて、祓葉の視線を力ずくでこっちに向けさせる一助を成している事実に無限大の絶頂(エクスタシー)を禁じ得ない。

 祓葉は殴られ、潰され、砕かれながら笑っていた。
 ヒトの原型を失ったまま、祓葉は輝く剣を振るう。
 原人が二桁単位で消し飛んだ。光が晴れた先で、少女は元の姿を取り戻している。

「なら私も、もっとワガママになっちゃおうかな」

 にぃ、と、神の口元が歪んだ。
 好戦的。それでいて、この世の何よりも寛容。
 戦神と聖母、そのどちらでもある顔で、見惚れるほど可愛く美しく。

「――全部よこせ」

 その上で、たぶん精一杯だろう、慣れない悪人面をして。
 神は言った。すべて捧げろ、と。

「私のために、ぜんぶ出して。
 ジャック先生なら、ここで惜しんだりはしないよ」

 下手くそすぎる演技。
 けれど、それに付属した事象は伊達や酔狂で片付けるにはあまりにも奇跡(あくむ)すぎた。

639心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:27:07 ID:GedZXUQk0

 ――来た。
 ついに来たのだ、ジャックの言っていた覚醒が。
 今ここにあった現実が、戦況の天秤が少女の気のままに破却される。
 総体からすれば申し訳程度でも確かに効いていた原人の呪いが砕け散る音を聞いたのは、たぶん幻聴ではないだろう。

 だってその証拠に、祓葉の光剣は何倍もの寸尺に膨張していた。
 迸る熱に、おれの原人(しもべ)達が生きたまま炙り焼きにされていく。
 気が遠くなる。なんでたかがマスターの気分ひとつで、サーヴァントが焦げ肉になるんだよ。
 道理が通らない。法則が通じない。これが神寂祓葉。〈はじまりの六人〉を狂わせた、宇宙の極星。

「さあ。見て欲しいんでしょ? 魅せてくれるんでしょ?」

 来る。
 いや、もう来てる。

 目の前で現実が、理が調伏される。
 文明否定の呪いを破壊して星が瞬く。
 祓葉は笑っている。純真に、無垢に、この世の何より凶暴に。

「言われ、なくても、そのつもり、だよ……!」

 覚醒だ。
 前座(ちゃばん)は終わり、彼女だけの時間がやってくる。
 この舞台の誰ひとり、こうなった祓葉に勝つことはできない。
 そういう仕組みになっているのだと、蛇杖堂寂句は言っていた。

 そして、もうひとつ。


「全部持っていけ、バーサーカー」


 この瞬間だけが、おれにとって唯一の勝機であると。

 星が瞬き、現実が消し飛ぶ感光の一瞬。
 そこにこそ、虫螻(おれ)が神殺しを成す活路があるのだと。
 
 残りの令呪をすべて捧げる。
 どうせおれが持ってたって大した意味はない。
 原人共にできることはたかが知れてるし、温存するよりもこの一番大切な戦いに賭けるべきだと思ったから。
 令呪二画。先にくれてやった狂気深化(ブースト)の一画も含めれば、三画。
 おれの持てるすべてを注いで、おれはバーサーカー達に命令した。

 ――刹那、荒れ狂い哄笑しながら星へ突撃していた原人達の動きが、ピタリと止まって。

640心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:31:04 ID:GedZXUQk0


「■■s■d■■■qe■■■■r■n■■■■■■w■■a■■■qa■」


 一斉に手を合わせた。
 拝み、祈るような仕草だ。
 信仰を戴けなかったこいつらが、まるでクリスチャンみたいなことをしている。

 鼓舞だろうか。
 呪詛だろうか。
 たぶん、どっちも違うだろう。
 これは、こいつらなりの餞なのだと思った。
 
 花びらの円の中で葬儀をする時も、こいつらはこんな素振りを見せていたから。
 聖典やありがたい預言などに依らない、宗教なき世界で示す冥福の祈り。
 
「a■■sa■■a■■uer■■d■――――」

 呻きや唸り声以外聞いたこともないおれは、耳に入るノイズのような音が声であることに最初気付かなかった。
 言語としての形など到底成していない、でも確かに意味はあるのだろう、原人達の歌が聴こえる。

 輪唱は荘厳ですらあるのに、総毛立つほど恐ろしかった。
 現生人類の知らない領域が音色に合わせて広がっていくのがわかる。
 そしておれは、ホモ・サピエンスは、こいつらの世界に歓迎されていない。
 細胞のひとつひとつが悲鳴をあげて、恐怖に身を捩っている気がした。

「――■■■s■■■a■r■■iz■」

 これが、零の時代だ。
 霊長の成り損ない達が、自分達を排除した現世界に贈る逆襲劇。

 バーサーカー・ネアンデルタール人の第二宝具。
 こんなおれが唯一、美しい神を殺せるかもしれない最後の切り札。
 身の凍るような恐怖の中でそれでもおれは笑った。
 辛いときこそ笑え。そう教えてくれたのは誰だったか。

 世界から、音が消える。
 嵐の前の何とやらと呼ぶには短すぎる静寂のあと、滅びは一瞬でやってきた。


 ――――『第零次世界大戦(World War Zero)』。



◇◇

641心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:32:09 ID:GedZXUQk0



 零の大戦が、かつての繁栄を飲み込んでいく。
 閃光も爆音もない。ただ確実に、静かに、確定的な滅びだけが広がった。

 最初に崩れたのは高層ビルだった。
 鉄骨の網が意味を失い、コンクリートは脆弱な乾燥した泥と化す。
 滑らかな鏡面を描いていたガラス張りの外壁は薄い石塊へ変わり果て、音もなく地へと還った。
 
 次に、道路が割れた。アスファルトはただの岩屑に、橋梁は小枝のように哀れな軋みを上げて落ちた。
 信号機も標識も、文明の徴はことごとく石へと還元されていく。
 知性の積み木細工達がひとつまたひとつと砕け、砂塵に埋もれていった。

 電気も消えた。
 電線を満たしていた光は瞬く間に喪われ、灯火のない新宿は闇の奈落に沈む。
 都市そのものが、知性の火を失った夜の洞窟と化したようだった。

 高層のマンション群が石塔と化し、重みに耐えきれず次々と倒壊していく。
 そこには怒りも、悪意もない。ただ理としての否定があるだけだ。
 電光掲示板は判別不能な記号が躍った石板に変わり、自動販売機はただの穴あき岩と成り果てる。
 コンビニも銀行も白く風化した古代遺跡のような廃墟に堕ち、そうやって"現代"のテクスチャは一方的に剥奪されていった。

 名もなき旧石器時代の黄昏が、ここに甦ったのだ。
 そして次の瞬間に、おれの待ち望んでた事態がやってきた。

「――――ぁ、う?」

 胸を押さえて、祓葉の足がもつれた。
 心不全を起こしたような、いや事実その通りの姿を晒して、白い少女が目を見開いている。

「これが、おれの、全部だ」

 『第零次世界大戦(World War Zero)』。
 普段は鎧として纏うに留まる原人の呪いを周囲一帯に拡大する、侵食型の固有結界。
 ホモ・サピエンスの文明に依るすべての構造物を、強制的に零の時代まで退化させる。
 とはいえおれが無事でいられてるように、これ自体は人間に対して害を及ぼすことはない。

 でも、その身に着けてる道具については話が別だ。
 例えばそう、ペースメーカー。
 心臓の機能を補佐する"文明の利器"なんかは、容赦なく零時代の影響を受けることになるだろう。

642心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:32:57 ID:GedZXUQk0

 それこそがおれの勝算。
 虫螻のようなおれがこの綺麗な星に魅せられる唯一のヒカリ。
 永遠の輝きを穢し、地の底に貶める闇色の超新星だ。

「永久機関、だっけか?
 おれには正直、よくわかんないけどさ……でも、機械は機械だろ?」

 おれはたぶん今、すごく醜悪なカオをしている。
 嫌いで嫌いで堪らなかった不細工な顔面に、ありったけの悪意を貼り付けて。
 
「か、はっ、あ、ぅ――ッ」
「辛いよな、苦しいよなぁ。
 神さま専用の心臓発作だよ。人間の気持ちってやつ、久しぶりに思い出せたか?」

 さっきのお返しに、こっちも慣れてもいないマイクパフォーマンスでせめて主役の退場を盛り上げるのだ。
 だってこれは舞台。祓葉という主役のために用意された至高の演目。
 たとえバッドエンドだとしたって、見る者の心に永久残るような鮮烈さがなくちゃ嘘だろう。
 おれだって役者なんだ。演者(アクター)なんだ。
 だからせめて、おまえの始めた舞台に見合う演技をやってのけようじゃないか。

「もう十分輝いただろ。
 さあ、いっしょに堕ちよう――――奈落の底まで……!!」

 おれは原人達に、最後の突撃命令を下した。
 祓葉はとても苦しそうで、剣だって取り落としそうになっている。

 針音都市の神は、古の先人類達に殺されるのだ。
 それがおれがこの世界へ贈るエンドロール。
 バーサーカーの群れが、一斉に地を蹴って石を振り上げる。

 おれがおまえの運命だ。
 あのすごい人達が信じて、託した、〈神殺し〉の奈落の虫だ。
 魂ごと吹き飛びそうな歓喜と共に、おれは吠えた。
 祓葉の青ざめた顔が、蹌踉めく華奢な身体が、無数の猿の中に隠されていって、そして――



『――――ネガ・タイムスケール』



 どこかの誰かが、憐れむように呟いた声を、聞いた気がした。



◇◇

643心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:33:55 ID:GedZXUQk0



 神寂祓葉の心臓は、永久機関――『時計じかけの方舟機構(パーペチュアルモーションマシン=Mk-Ⅱ)』に置換されている。

 言うなれば不滅のコアだ。
 あらゆる破壊や汚染を跳ね除けながら、祓葉の全身に尽きることない活力を送り続ける。
 祓葉を絶対的最強たらしめる要因のひとつであることは疑いようもない。

 覚明ゲンジのサーヴァント、ホモ・ネアンデルターレンシスの第二宝具はまさしくこの不落の城壁を攻略し得るワイルドカードだった。
 いかに絶対の再生力を持つ炉心といえど、構造そのものが別質になるほど劣化させられてはひとたまりもない。
 ゲンジの言う通り、永久機関も所詮はひとつの機械なのだ。
 未来文明の最新科学技術を、石器文明の孤独が否定する。
 祓葉は空前絶後の超生物ではあるものの、生物としてはまだ人間の域に留まっている。
 心臓なくして生存できる人間は存在しない。よって『第零次世界大戦』の最大展開を受けた時点で、神寂祓葉の敗北は確定していた。

 〈はじまり〉の彼女にであれば、覚明ゲンジは勝てていただろう。
 六人の魔術師の誰もできなかった偉業を成し、熾天の冠を戴く王になれていたに違いない。

 だが。

「一時でも夢を見れてよかったな。
 端役の分際で、彼女に勝てると思い上がれたのは僥倖だろうよ。
 おまえのような男が、何かになれるわけもなかろうに」

 遥か上空に位置する"工房"の中で、時計瞳の科学者は吐き捨てた。

 前回の彼らと現在の彼らにはいくつかの違いがある。
 本格的に手のつけられない存在になった祓葉も、確かにそのひとつ。
 しかし最大の違いは彼女が出会ったはじまりの運命、オルフィレウスの変質だ。

644心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:34:45 ID:GedZXUQk0


 ――〈ネガ・タイムスケール〉。
 
 獣の冠を得るにあたって、科学者に萌芽した否定の権能。
 オルフィレウスは人類の不完全性を嫌悪している。
 すなわち歩み。すなわち過程。改良改善の余地を残すすべての力は、終端の獣に届かない。

 ネアンデルタール人とは、古き時代の先人類。
 彼らの血と営みは未来に繋がり、近縁であるホモ・サピエンスの未来を築く礎になった。
 なればこそ、彼らは存在そのものが現在への『過程』である。
 オルフィレウスの永久機関を蝕んだ時間逆行の呪いは、この獣の権能(ルール)に抵触する。

「奈落へはひとりで堕ちろ、下賤の猿。おまえは宇宙(ソラ)に届かない」

 つまり。
 覚明ゲンジは、祓葉へ焦がれたその瞬間から詰んでいた。

 奈落の虫は青空の先へ届かない。
 太陽を守る巨大な獣の存在が、苦節十六年の果てに見つけた存在証明を零にする。
 これが、醜い少年の結末。
 結局ゲンジは、定められたバッドエンドに向けて疾走していただけだったのだ。

 否定される〈神殺し〉の物語。
 悪役の野望は砕かれ、主役の敗北は訪れない。
 では、次にやってくるのは? ああその通り。


 燦然たる、ヒーローショーが幕開ける。



◇◇

645心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:35:27 ID:GedZXUQk0



 硝子が砕けるような音がした。
 街並みの劣化が止まり、細胞まで凍てつくような恐怖が鳴りを潜め出す。
 零の戦火が、消えていく。
 懐古の波を押し退けて、最小単位の文明が再興する。
 それはおれにとって、敗北を告げる鐘の音に他ならなかった。

 消えかけの蝋燭の火みたいに揺れていた光の剣が、確たる形を取り戻す。
 光剣を握りしめた白い神は、今まででいちばん楽しそうに笑っていて。
 彼女が剣を掲げた瞬間、その高揚に応えるように、闇夜をねじ伏せる輝きが膨張を始めた。

「奏でるは、星の調べ」

 もはや、いかなる呪いもこの輝きを阻めない。
 おれは絶望するのも忘れて、呆然と見つめるしかできなかった。

 蛇杖堂寂句が言っていたことの意味がわかった。
 おれは、こいつの何も知らなかったのだ。
 知った気になって、自分の尺度で勝手に推し測って勝算を見出した。
 おれごときの物差しで、星の全経なんて測れるわけもないのに。

「戯れる、星の悪戯」

 おれは何事か叫んでいた。
 殺せ、とか、かかれ、とかだったかもしれないし。
 もしかしたら、野猿のように吠えただけだったかもしれない。

 が、おれの想いはバーサーカー達に号令として伝わったようだ。
 生き残っている全員が、今度こそ神を討ち取るために駆け出していく。
 飛んで火に入る夏の虫という言葉が脳裏に浮かんだ。
 たぶんこいつらも、みんなわかっているんだろうなと思う。
 だっておれとバーサーカーは、同じ孤独を抱えた生き物だから。
 おれにわかることが、こいつらにわからない筈はないんだ。

 わかるだろ、ちょっと考えたら。
 もう、どうしようもないんだってことくらい。
 卑劣な奸計を破られた悪者が、次のシーンでどうなるかなんて、子どもでもわかることだ。

「時計の針を、廻せ――!」

 空へ掲げた光の剣が、臨界に達して爆熱を宿した。
 その一振りを、おれの憧れた神さまが振り下ろす。
 赤い夜すら白む極星の輝き。
 奈落の虫は蠢くことすら許されない。


「――――界統べたる(クロノ)、」


 ああ、これが。
 これが、太陽、か。


「勝利の剣(カリバー)――――!!!」


 こんな状況だってのに耳惚れるほど美しい声だった。
 やっぱり、おれなんかにはもったいない相手だ。
 自嘲し、笑いながら、おれは。
 人生で何百回目かの、けれどいちばん悔しい敗北を噛み締めながら、夜の終わりに呑み込まれた。



◇◇

646心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:36:02 ID:GedZXUQk0



 ――――おれは自分の身の程というものを理解している。おれが思い上がることを許さない世界で生きてきたんだから、嫌でもわかる。

 だけどそれは、まだどこかで自分の可能性を信じてた頃にやらかしてきたいくつもの失敗の積み重ねだ。
 おれの十六年は、挫折と失敗のカタコンベだった。
 ちいさな頃から、人よりうまく行かないこと、悲しいことが多かった。

 人なら誰にでもある心の凸凹した部分を、平らになるまでハンマーで延々ぶっ叩かれ続けるのだ。
 ようやく相応しい生き方というのを見つけたと思ったら、予期せぬところで突然ハンマーが降ってくる。
 だから正直、こうして有頂天からどん底に叩き落されるのも慣れっこだ。

 おれは、いつかのことを思い出していた。
 当時中学生だったおれは日陰者なりに、ちゃんと分を弁えた生活をしていた筈だ。
 悪目立ちさえしなければ、不細工な貧乏人でもそれなりに平穏な暮らしができる。
 たまに教室の隅から聞こえてくる陰口は聞こえないふりをすればいい。
 そんな風に慎ましく暮らしてたおれの下駄箱に、一枚のメモ紙が入っていたことがあった。

 土曜の夕方、体育館の裏まで来てほしい。
 伝えたいことがあるから――そんな文面。末尾には、同じクラスの女子の名前が書いてあった。

 色恋沙汰とは縁のないおれでも、これが所謂ラブレターの類なのだというのは分かった。
 その女子の顔は、正直好きでも嫌いでもなかったけれど、おれを求めてくれる誰かがいることが嬉しかった。
 ガキの頃からちまちま小銭を入れてきた豚の貯金箱を割った。
 ひとりで服屋に行ったのは初めてだった。おれにとっては大金と呼べる額を叩いて、店員曰く今シーズンの流行りらしい服とズボンを買った。

 そうして迎えた土曜日、約束の時間。
 体育館裏には、誰もいなかった。
 一時間待って、何かあったのではと思い携帯を取り出して、連絡先を知らないことに思い至る。

 しばらく悩んだ末に、おれは直接彼女の家を訪ねてみることにした。
 幸い、その女子とは小学校の通学路が一緒だったので、どこに住んでいるのかなんとなく分かっていたのだ。
 金がないので徒歩で数十分。家の垣根を潜ろうとしたところで、おめかしして出てきた彼女と目が合った。

 絶叫された。

 半狂乱で扉を閉められ、ドア一枚越しに「覚明」「無理」「追い帰して」「キモい」と叫んでる声が聞こえてきた。
 どうやら仲間内の悪ふざけ、罰ゲームのたぐいだったらしい。ニヤついたクラスメイトが後日教えてくれた。
 
 やっぱり涙は出なかった。
 悲しいなんて気持ちもなく、まあそうだろうなという納得だけがあった。
 勝手に舞い上がったおれが馬鹿だった。この顔しといて騙される方が悪い、それだけの話だ。
 なんでだか今、おれはそんなことを思い出していた。

647心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:36:51 ID:GedZXUQk0



 ……空が赤い。
 まるで血の膜がかかってるみたいだ。

 おれはそれを、仰向けになって見上げている。
 もう初夏ごろだってのにひどく寒い。
 おまけにすごく眠たくて、気を抜くと目を瞑ってしまいそうだった。

 下半身の感覚がない。
 起き上がれないのでどうなってるのか確認もできないが、視界に入る右腕は肩の手前辺りで途切れていたので、なんとなく想像はつく。
 どうやらおれは、あの光の剣から生き延びてしまったらしい。
 とはいえ未来はない。何十秒か何分か、ともかくわずかなオーバータイムが与えられただけだ。
 右腕がなく、たぶん下半身も同じで、身体は動かせず、令呪も連れてきたバーサーカーも全部使ってしまった。
 つまりこれはおれに何ももたらすことのない、苦しいだけの時間というわけだ。

「いん、が……おうほう、だな……」

 哀れな老人を自動的に葬送するシステムを願望した。
 おれ自身が、そうなった時に苦しまず済むように。

 その結果、おれはこうして苦しみに満ちた死を馳走されている。
 まあさんざん殺してきたので、文句を言う資格はないだろう。
 哀れな者も、未来ある者も、プラスの感情を残している者も。
 手当たり次第に殺して、捧げて、増やしてきた。
 おれはもう立派な殺人鬼だ。行き先はきっと地獄に違いない。
 
 そんなおれに、近付いてくる足音があった。
 霞み出してた視界が、そいつの顔が飛び込んできた瞬間にパッと晴れ渡る。
 死に行く肉体が残りの命を振り絞って、美しいものを視界に収めようと全力を尽くしているのか。
 だったらスケベもいいとこだなと、おれは無性におかしくなって、笑った。

「よかった。まだ生きてたんだね」
「よか、った……? は……どこが、だよ……」
「これも悪い癖でさ、熱くなると周りが見えなくなっちゃうの。
 もっとおしゃべりしたかったのに、つい本気出しちゃった。ごめんね」

648心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:37:46 ID:GedZXUQk0

 あの時、何が起きたのかはわからない。
 でも、すうっと身体の熱が引いていく感覚はあった。

 いつものやつだと、そう思った。
 見えないハンマーが降ってきて、思い上がったおれを叩いて潰す。
 おれはたぶん、今回もいつも通りに空回りしていたのだろう。
 本気で勝てると思っていたのはおれだけだ。
 そして最初から、おれに勝ち目なんて一パーセントもありゃしなかった。

 そんな当たり前のことに、あの時ようやく気付いたのだ。

「でもびっくりしちゃったよ。
 すごい宝具だったね、ほんとに心臓が止まっちゃったみたいだった」
「でも、生きてるじゃんか……」
「んー。たぶん、ヨハン――私のサーヴァントが助けてくれたんだと思う。
 あの子、ぶっきらぼうなように見えて実は結構過保護だから。
 今頃怒ってるんじゃないかな。後で私はお説教だろうね、たはは」

 困ったように笑う少女の身体には結局、傷ひとつ残っちゃいない。
 おれの戦いに意味はなかった。
 神殺しなど、絵空事、子どもの妄想に過ぎなかったんだ。

 この期に及んでも涙は出てこない。
 やっぱりおれの中のそれは、小学生時分のあの日に枯渇してしまったらしい。

 その代わりに、ただただ虚しかった。
 痛みも、死への恐怖も、こみ上げる虚しさの前ではそよ風みたいなもの。
 結局おれは、何者にもなれなかったということ。
 顔に見合うだけの道化で、笑い者。
 力を手に入れて抱いた願いは叶えられず、降って湧いた狂気に身を委ねる暴走すら完遂できない。

「ゲンジ?」

 祓葉が、小首を傾げて問うてくる。

「どうして、そんな悲しそうな顔してるの?」

 どうしてって、死にかけの人間は大体そんな顔だろう。
 ジャックも言ってたが、やっぱりこいつは阿呆らしい。
 強さはあっても知性がない。失血とは別な理由で力が抜けそうになる。

649心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:38:30 ID:GedZXUQk0

 なるほどあの怪物じいさんにとっちゃ天敵だろうなと、なんだか納得がいった。

「おれは……たぶん、生まれてくるべきじゃなかったんだと思う」

 最後だ。墓まで持っていくようなことでもない。
 おれはずっと、心のどこかでそう思っていた。
 五体満足、先天的疾患なし。顔の悪さはあるものの、生存に影響する瑕疵ではない。
 それでもおれは、自分は生まれぞこないの命であると思う。

「自分が、おれみたいな人間が、生きて動いて成長してる理由がわからない。
 誰からも愛されないし欲されない、他人をあっと言わせる才能も、ない。
 "欠陥品"だよ。はは……おれ自身がきっと、どんな奴より哀れだったんだ」

 人の心が半端に視認できる力なんてのを持ってしまったのも不幸だった。
 心の矢印に載せられた感情を見れることが、おれから馬鹿になるという逃げ場さえ奪っていった。
 人生は生きるに値しない。少なくともおれにとっては、心底そうだ。

 "必要でない"人間ほど、意味のない生き物はこの世にいないと思う。
 口にすれば差別的だと罵られるだろうが、他でもないおれがそうなんだから許してほしい。
 あの老人達に抱いた哀れみも、思えばどこかで同族嫌悪を含んでいたのかもしれない。

「だけど、せめて……おまえにだけは、勝ちたかった。
 でも、勝てなかった。おれは、その器じゃなかった」

 思えば、誰かに勝ちたいと本気で思ったのはきっと初めてだった。
 祓葉。美しい星。感情を吸い寄せて、すべて呑み込むブラックホール。
 性欲でもなく、つまらない劣等感でもなく、ひとりの人間としてこいつを超えることを望んだ。
 結果は、これだが。

「おれじゃ、宇宙(そこ)には、いけなかった。
 そのことが、ただ、さびしいんだ」

 吐露する言葉は、我ながらなんとも情けない泣き言だ。
 ごぷっ、と口から滝みたいな量の血が溢れてきた。
 どうやら、もうすぐ時間らしい。

 狩魔さんには悪いことをした。
 せめて、一言だけでも謝りたかったな。
 悠灯さんとは、もっと話したかった。
 少しの時間だったけど、友達と過ごしてるみたいで、悪くなかった。

650心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:39:47 ID:GedZXUQk0

 ひとりで死ぬのは、とてもさびしい。
 手を伸ばしたいけれど、伸ばす手がない。
 辛うじて残ってる左手も、腱が切れてるのか蠢かせるのがやっとだった。

「うーん。そんな自虐的にならなくてもいいんじゃない?」

 そんな、死にかけの虫より尚惨めなおれに。
 祓葉は、口に指を当てながら口を開く。

「私は、ゲンジを欠陥品だなんて思わないよ。
 短い時間だったけど、あなたと遊ぶのはすっごく楽しかったし」

 はは、神さまの慰めか。
 ありがたいけど、余計に惨めになるだけだ。
 伝えたかったが、もう口すらまともに動いちゃくれない。
 晴れ渡った視覚だけが、死にゆく感覚の中で唯一明瞭だった。

「ゲンジが生まれてこなかったら、今の時間はなかったわけでしょ?
 だったらやっぱり、ゲンジは生まれてくるべきだったんだよ。
 生まれてくるべきじゃない人間なんて、この世にはひとりもいないんだから」

 いい人、悪い人。
 強い人、弱い人。
 いろんな人がいるからこそ、私の世界は面白い。

 祓葉の言葉は、おやじを思い出させた。
 理屈の伴わない、耳通りがいいだけの綺麗事だ。

「私はちゃんと、あなたに魅せてもらった」

 生きていたらいつか報われるなんて幻想だ。
 力のない言葉に価値はなく、弱い者の人生はいつだって冷たい。
 なのにどうして、枯れた眼球から涙が溢れ出すのだろう。
 "それ"は捨てたとばかり思ってた。
 でもこの涙の価値は悔しさでも、やるせない悲しみでもなくて。

「あのね。さっきの、すっごく」

 赤い星空の下で、神さまがおれを見下ろしている。
 とびきりの笑顔は、咲き誇る向日葵を思わせた。
 夜空の花、舞台の花。
 ならそのこいつがくれる言葉は、世界でひとり、おれだけのカーテンコール。

「――――かっこよかったよ、ゲンジ」

651心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:40:52 ID:GedZXUQk0



 生きることは苦痛だった。
 終わりのない迷路を歩いてるみたいだった。

 なあおやじ、あんたもこんな気持ちだったのか?
 もっと話しとけばよかったよ。
 うんざりするほど顔突き合わせてきたあんたと、なんだか無性に話したい。

 おれにもさ、好きな女ができたんだ。
 競争相手の山ほどいる高嶺の花さ。
 馬鹿で、自分勝手で、だけど死ぬほどきれいなんだ。

 結果はダメだったけど、その代わりにおれには余る報酬をもらえたよ。
 かっこよかったんだってさ、このおれが。
 おやじ、おれさ、初めて知ったよ。
 好きな人に褒めてもらうのって、こんなに嬉しい気持ちになるんだな。

 おれのやったこと、あんたはきっと認めないだろう。
 大勢殺した。手前の願いのために、たくさんの命を踏み躙った。
 それでもさ、おれにとっては正しい道だったんだ。
 おやじには、正しく生きてれば報われるって教えられたけど。
 惚れた女にはなりふり構わず行けって教えたのもあんただろ。
 屁理屈言うなって怒られそうだけど、おれはちゃんとその通りにしたよ。

 おれはあいつらの空には届かなかった。
 でもいいんだ。不思議と無念じゃない。
 おれ達の住むどん底にだって、射し込む光があるって知れたから。

 
 ……じゃあ、おれもそろそろそっちに行くよ。

 誰だって、さびしいのは嫌だもんな。
 待たせてごめんよ。
 そっちで会ったら、また話を聞いてほしいな。
 伝えたいことが山ほどあるんだ。
 好きな女だけじゃなくてさ、頼りになる先輩もできたんだよ。
 こっちはあんたの慈善事業に散々振り回されたんだから、息子の長話にくらい付き合えよな。


 あ――――最後に、もうひとつ。


 おれ、さ。
 生まれてきて、よかったよ。


 ありがとな、おやじ。




【覚明ゲンジ 脱落】



◇◇

652心という名の不可解(前編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:42:24 ID:GedZXUQk0



「――――クク」

 奈落の少年は、安らかな顔で息絶えた。
 原人の一掃された石造りの街並みに、響く嗄れた声がある。

 祓葉は歓喜のままに、声の方に目を向けた。
 革新的な論文でも読んだように、その手は拍手を打っている。 
 灰色のコートを、吹き抜ける夜風にはためかせ。

 真の怪物は、傲慢な笑みと共に現れた。

 〈はじまりの六人〉。
 畏怖の狂人。
 現代の医神。
 人を治す怪物。

「――――見事だ、覚明ゲンジ。その輝きは記憶してやろう」

 男の名は寂句。
 不世出の天才と呼ばれながら、見上げてはならない星に呪われた老人。

「せいぜい奈落で眠っていろ。此処からはこの私が執刀する」

 〈神殺し〉は頓挫した。
 されど舞台は目まぐるしく激動する。

「さあ、最後の手術を始めようか。神寂祓葉」
「へへ、臨むところ。おいで、ジャック先生」

 これより始まるは、不滅を解(ほろ)ぼす外科手術。

653 ◆0pIloi6gg.:2025/08/03(日) 23:43:08 ID:GedZXUQk0
以上で前編の投下を終了します。
残りも期限までには投下します

654 ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 00:58:40 ID:FWuHOWGU0
中編・後編を投下します。

655心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 00:59:53 ID:FWuHOWGU0



 彼にとって、人の心とは不合理の塊であった。

 彼は物心ついた時から才気の片鱗を滲ませていたが、だからこそ子どもの時分から数多の"心"に曝されてきた。
 例えば嫉妬。己より優れた幼子という存在を許せず、なんとかして蹴落とそうとしてくる輩だ。
 凋落しゆく家に稀代の新星が生まれたのならどう考えても皆で一丸となって支えるのが合理的だろうに、何故かそうしない馬鹿がいる。
 そうでなくとも、純粋に疑問だから口にした指摘に顔を真っ赤にして噴飯したり、落涙して何やら情けない感情論をぶつけてきたりする。

 何故やるべきことを粛々やれないのか。
 現状の誤りを指摘されたなら速やかに改善すればいいものを、なぜ理屈の話を個人の感情の話にすり替えて無駄な時間を費やすのか。
 幼く純粋だった彼にはそれがまったく不明だったが、ある時少年は悟りに達した。

 "――――そうか。つまりこいつら、そんなにも能が無いのか"

 それが、傲慢の目覚めであった。
 この日を境に、蛇杖堂寂句は他者を無能と謗るようになる。

 わずか十三歳にして、寂句は現在の人格をほぼ完成させていた。
 自分以外の全人類は愚か者であり、慮るに値しない下等生物であると信じた。
 その生き方は多くの敵を作ったが、彼はいつも誰より優れていたので問題はなかった。
 次第に逆らう者は減り、無能呼ばわりされてでも自分に媚びへつらう人間が増えてきた。
 気色は悪いが、都合のいいことだ。
 同じ無能でも、身の程を弁えているなら使いようがある。
 そうして彼は分家筋の生まれでありながら、わずか一代にして落ち目の本家を経済面・技術面の両方で立て直した。
 本来なら時計塔に顔を出すなりして名声を上げるべきなのだろうが、好き好んで無能どもの権力闘争にかかずらう意味が分からなかったので、寂句は先代と同じ日陰者の道を行くことを選んだ。

 数多の叡智を蓄積し、それに見合った実績を積み上げながら、蛇杖堂寂句は気付けば老年に入っていた。

 表でも裏でも知られた人となった。
 知識ある者は、蛇杖堂の名を畏敬するようになった。
 若い頃の喧騒は今や遠く、家を継がせる子孫を誰にしたものかと思い悩むようになった頃。


『はじめまして。不躾な訪問ごめんなさい、ジャクク・ジャジョードー。
 正面からお願いしても絶対会ってくれないって聞いたので、勇気出してアポなしで来ちゃいました』


 ひとりの若い女が、蛇杖堂の本家を訪ねてきた。
 追い返そうとも思ったが、この手の輩は袖にしてもしつこく食い下がってくる。
 何が目的か知らないが、今ここで受け入れることで未来の時間の浪費を防ぐ方が有益かと、その時彼は思った。

656心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:00:35 ID:FWuHOWGU0

 女は、オリヴィア・アルロニカと名乗った。
 アルロニカの名は知っている。スタール家と並び、時間制御分野の両翼と謳われる家柄だ。
 先駆者・衛宮矩賢の死後、根源到達に時間を用いようと考える魔術師達の注目は少なからずこの両家に集まっていた。

『頼る相手を間違えている。
 極東くんだりまで足を運ぶ予算と時間は、ロードの一人二人と面会するために使うべきだったな』
『先輩から助言をいただいたんです。あなたはもっと広い世界を見たほうがいいって。
 人づてにいろいろ調べている時にジャクク氏の名前を知りました。
 分家から成り上がり、一代にして本家を立て直した"暴君"のお知恵をぜひ借りたいなと』
『勤勉は富だが、使い方を間違えればただの時間の無駄でしかない。
 日本語は苦手と見えるな。仕方がないので、分かりやすく伝えてやろう』

 美しい女だった。
 少女のような活力と、熟女のような度胸を併せ持っていた。
 とはいえ色香に惑わされる歳でも柄でもない。

 愛想よく微笑むオリヴィアに寂句が伝えたのは、もはやお馴染みのあの文句。

『帰れ、無能。
 貴様のために割く時間など、私には一秒たりとも存在しない』

 これを言われた魔術師の反応は、おおよそ二分だ。
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするまでは一緒。
 そこから猿のように赤くなって憤慨するか、逆に気圧されてそそくさと立ち去るか。
 が、オリヴィア・アルロニカはそのどちらでもなかった。

『加速させた思考を限界まで収斂させ、根源を観測するんです。
 でもどうにも手詰まりが否めなくて。
 そりゃ私の代で到達できるとは思ってないですが、どうせならよりよい形で遺したい』
『おい』
『構想はあります。名付けて〈電磁時計〉。
 全容も固まってないのに名前だけ付けてるなんて我ながら馬鹿みたいですけど、不思議と手応えみたいなものはあるんですよ。
 ただ次の工程に移るにあたって、三点ほどどうにも解決できない問題があって』
『何のつもりだ貴様』

 寂句の宣告を無視して、勝手にぺらぺら自分の要件を語り始めたのである。
 これには寂句も怪訝な顔をした。
 世に無能は数いれど、こんな無法で自分を丸め込もうとした人間は初めてだったからだ。

『イギリスから日本までの旅費、高かったんですよ? はいそうですかで帰るわけにはいきません』
『蹴り出すぞ』
『なら抵抗しながらでも話を聞いてもらいます。
 でも私、自慢じゃないけど防戦に回らせたらめんどくささ随一な魔術師ですよ。
 すばしっこいネズミ追いかけるのに時間を浪費するなら、素直にこのちょっぴり失礼な客人をもてなす方が合理的だと思いません?』

 意趣返しのつもりなのか、オリヴィアはいたずらっぽく舌を出して笑った。

 その日蛇杖堂寂句は、得難い経験をした。
 後にも先にも、他人の熱意に根負けしたのはあれが最初で最後だ。

 ――暴君はこうして、後に〈雷光〉と呼ばれる魔術師と出会った。



◇◇

657心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:01:13 ID:FWuHOWGU0



 宣戦布告の完了と、戦線の開幕は同時だった。
 
 寂句の背にする空間から実体化し、赤い甲冑の英霊が疾走する。
 天の蠍(アンタレス)。蠍座の火。
 三対六本の脚で加速したその実速度は音に迫る勢いであった。
 勇猛果敢を地で行く吶喊を見せながら、しかし少女の顔には焦燥と苦渋が貼り付いている。

(よもやこれほどとは――当機構の愚鈍をお許しください、マスター・ジャック)

 覚明ゲンジとそのしもべ達を一太刀にて屠った、白い少女。
 神寂祓葉の姿を視界に収めた瞬間、アンタレスは己の現界した理由を理解した。

 こいつだ。間違いなく、この娘だ。
 己はこれを放逐するために喚ばれたのだと、魂でそう理解する。
 それほどまでの、圧倒的すぎる存在感。
 超人だなんて生易しい形容では到底足りない。
 これはもう、この時点で神の領域に達している。
 聖杯戦争を、いや星を、いいや地球を、ともせずとも世界そのものを思い通りにする力を持っている。

 天昇させなければならない。
 生み出されて以来最大の使命感が、彼女の五体を突き動かす。
 閃く槍の鋭さは、スカディやレッドライダーと戦っていた時の比ではない。
 漲る使命感が現世利益として強さを後押しする理不尽を引き起こしながら、しかしそれは何のプラス要素にもならなかった。

「わお。結構速いね、まだ目で追えるけどギリギリだぁ」
「ッ……!」

 防がれる。鍔迫り合う互いの得物。
 英霊と人間という圧倒的な違いがあるにも関わらず、それがすべてあべこべになっていた。
 押し切れない。己が槍の穂先を受け止めた光の剣を、小揺るぎすらさせることができない……!

「あのね、私いま結構アガってるんだ」

 覚明ゲンジが魅せた生き様が、初動から祓葉のギアを上げている。
 相手に応じて強さを増す特性、そして気分の高揚がそのままパフォーマンスに直結する精神性。
 激戦の熱冷めやらぬ今の祓葉は初段からトップギア。
 アンタレスの放つ剛槍の乱舞を一発余さず迎撃しているのがそれを物語っていた。

658心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:02:06 ID:FWuHOWGU0

「あなたはどんな宝具を持ってるの? どうやって私を倒すの?
 楽しいね、楽しいね楽しいね! 全部見せてよ、出し惜しみなんか許さない!」
「――その手の倒錯に付き合うつもりはありません!」

 言われなくても、出し惜しんでいる余裕などない。
 アンタレスは多脚を駆動させ、近距離の攻防の中でさえ一秒たりとも停止しないよう心がけていた。
 神寂祓葉は個の極致。力比べで勝てる道理はないし、そこに持ち込まれればドツボに嵌る。

 よって可能な限りあらゆる角度から攻撃を加えつつ、無駄な被弾を避けるのが肝要だ。
 蛇杖堂寂句の助言のひとつ。
 祓葉は最強の生物だが、そこには繊細な技というものが一切介在しない。
 言うなれば子どものチャンバラだ。打ち合うとなれば至難だが、避けるだけならそれほど難しくはなかった。

「ひと目見て確信しました。
 貴女は存在するだけで世界を、あるべきカタチを狂わせる。
 当機構の全霊を懸けて、その穢れた神話を葬送しましょう……!」
「いいね! やってみなよ、できるものなら!」

 光を躱しながら、実現できる最速で刺突を重ねる。
 祓葉は避けない。その必要が彼女にはない。
 肉が散り、眼球を抉られても止まらず光の剣舞を撒き散らす。

 災害だ。なのに見惚れそうなほど神々しい。
 抑止の機構であるアンタレスでさえ、気を強く持っていないと魅了されてしまいそうだった。
 赤い蠍が神を葬るべく躍動し、百を超える火花を散らして踊り舞う。
 大義があるのは間違いなくアンタレスの方だというのに、端から見ると善悪すらあべこべに見えるのが皮肉だ。

 祓葉の光剣が、大きく真上に振り上げられる。
 避けるのは容易だが、すぐに意図を理解して退いた。
 その判断は正しい。渾身の唐竹割りが振るわれた瞬間、爆撃もかくやという衝撃波が彼女を中心に轟いた。

(勘がいい。実戦の中で活路を探し出す嗅覚がずば抜けている)

 敵が回避に執着しているのなら、拮抗ごとぶち壊してしまえばいい。
 実際それが適解だ。現にアンタレスは後退し、構築した戦闘体制を手放すのを余儀なくされた。
 祓葉が地面を蹴る。天蠍の移動速度に匹敵する速さで迫り、神速の一閃で破壊光を飛ばしてくる。
 原人戦では見られなかった、事実上の飛び道具だ。
 刀身の延長線上に光を飛ばして切り刻む――原人どもを一掃した対城攻撃の片鱗を引き出している。

 野性的な戦闘勘と奔放な無法が噛み合った最悪の猛獣。
 襲い来る光閃の網を掻い潜りながら、アンタレスが再び間合いを詰めた。
 刺突と斬撃が織りなす狂おしい交響曲。
 千日手を予感させる再びの拮抗。しかし今度は、天蠍がそれを破壊した。

「わ……!?」

 ここまで移動にのみ使っていた蠍の脚が突如振るわれ、鉤爪のように祓葉の肉を引き裂いたのだ。
 当然有効打になるような攻撃ではないが、不意を突けたのは事実。
 そしてこの少女は、あらゆる感情にとても素直だ。
 驚けば動きが乱れるし、ただでさえ盤石とは呼べない佇まいが総崩れになる。
 原人達との戦いを観測して、アンタレスはそれを見抜いていた。

659心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:02:56 ID:FWuHOWGU0

 ――くるり。ひらり。

 その場で宙返りをし、空へ舞い上がる。
 そこで蠍の多脚は、あろうことか風を掴んだ。
 祓葉が力任せに暴れたことで吹き荒れた強風を利用し、洞窟の天井を這い回るように空を伝って祓葉へ迫る。

 戦闘の優位は常に上方にある。
 縦横無尽を地で行くアンタレスはその恩恵に自在に預かることができる。
 降り注いだのは、赤いゲリラ豪雨であった。
 そう見紛うほどの、赤槍による怒涛の刺突。

(覚明ゲンジがそうだったように、普通に戦ったのでは勝ち目など皆無。
 必要なのは『英雄よ天に昇れ(アステリズム・メーカー)』の投与。
 もとい、そのための前提条件を満たすこと――!)

 主から賜った策を反芻しながら、アンタレスは眼下の少女を肉塊に変えていく。
 "叩き"にされた豚肉のようにぐちゃぐちゃの塊と化すまではすぐだった。
 やはり予想通り。死なないだけで、強度自体は人間の域を出ない。
 再生する前に潰し続ければ、神寂祓葉は封殺できる。

 ひとしきり打ちのめし、原型を完全に失わせたところで、アンタレスは槍を引いた。
 勝負を決める。この状態なら、"狙い"を外すこともない。
 かつて超人を夜空へ送った一刺しを放たんとし、そこで天の蠍は、自分の想像がこれでもまだ甘かったことを思い知った。

「な……ッ」
「つ、か、ま、え、た♪」

 肉塊の中から、腕だけが伸びて赤槍を掴んでいる。
 戦慄に身が硬直した。
 そのわずか一瞬の間にも、ひしゃげ潰れた挽肉の中から神が甦ってくる。

 吐き気を催す光景だった。
 腕の次は顔が再生し、その次にはもう片方の腕。
 胴の修復が始まった時点で、アンタレスはようやく我に返る。
 槍を振るい再殺しようとするが、得物がぴくりとも動かない。

「何か、しようと、してるよね?」

 女怪のように、肉の中から上半身だけを生やした祓葉が微笑む。
 次の瞬間、アンタレスは文字通り、地に引きずり降ろされた。
 なんのことはない。ただ力任せに天から地へ、引っ張ってやっただけだ。
 アンタレスが英霊であることを考慮しなければ、微笑ましい戯れにも見えたろう。

「が、ぁッ……!」
「ゲンジのことがあるからね。我ながららしくないけど、ちょっと警戒してみようかな」

 叩き付けられただけで地面が抉れ飛ぶ。
 喀血し、腕一本で圧迫されている姿は猿に遊ばれる蠍に似ていた。

660心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:03:27 ID:FWuHOWGU0

「ふふ」

 その間に再生は滞りなく完了し、いつしか立ち位置は逆転。
 アンタレスを押さえつけたまま、祓葉が光剣を振り翳す。
 もちろん彼女も無抵抗ではなく、六脚を振り乱し祓葉を切り裂いていたが、臓物を撒き散らしてやった程度でこれが止まるわけもない。

「かわいいね」

 告げられる死刑宣告。
 天の蠍が背負わされた任務はあまりに難題だった。

 何しろ相手は〈この世界の神〉。
 人類悪と友誼を結び、自由気ままに理を踏み砕く絶対神。
 アンタレスひとりの双肩で討ち取るには荷が勝ちすぎる。
 よって結末は予定調和、誰もの予想通り。
 神寂祓葉は勝利する。蠍は踏み潰されて、オリオンの神話は再現されない。

「――――ぶ、ぐぇっ」

 戦うのが、彼女ひとりであったならば。

「え……」
「無能が。何を呆けている?」

 横から割って入った老人の拳が、祓葉を紙切れのように吹き飛ばしていた。
 アンタレスの驚きも無理はない。
 "彼"は、自身も参戦するなんて一言も伝えていなかったから。

「光栄に思え、無能な貴様の尻拭いを務めてやる。
 この期に及んでめそめそと謝るなよ、元より貴様一人でどうにかできるとは思っていない」

 彼は時間の浪費を嫌う。
 アンタレスに参戦の旨を伝えたなら、彼女は頑として反対しただろう。
 それはサーヴァントとして当然の反応だが、暴君にとっては煩わしいタイムロスだった。
 だから介入を行うその時まであえて黙っていたのだ。
 味方をも騙して決行された不合理な奇襲攻撃は神の王手を突き崩し、敗色濃厚の盤面をリセットする。

「お前もさっさと立て、祓葉。化物が堪えたふりなぞするな、おぞましい」
「……ジャック先生、なんかちょっと変わった?」
「お前がそれを言うのか? クク、ありがとうよ極星。どうやら今回は、同じ轍を踏む心配はなさそうだ」

 彼の狂気は〈畏怖〉。誰より星を畏れているから、死ぬことなんて怖くない。
 蛇杖堂寂句は静かに拳を構え、アンタレスの横に立って、因縁の白神を見据えていた。



◇◇

661心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:04:05 ID:FWuHOWGU0



 オリヴィアはその後も幾度となく蛇杖堂本家を訪れた。
 死ぬほど嫌そうな顔をする寂句はお構いなしに、イギリスの手土産片手に門を叩くのだ。
 頻度はまちまちだったが、大体年に一〜二度のペースだった。

『ようやく雛形ができてきました。なんだか感慨深いですね、えへへ』
『六年だぞ。私ならとうに完成させ、実用段階に持ち込んでいるところだ』
『先生と一緒にしないでくださいよ。
 自虐は好きじゃないんですけど、さすがに私と先生じゃ頭の出来が違いすぎます。
 いっそ正式に共同制作者になってくれたら助かるんですけどね? ちらっ、ちらちらっ』
『興味がない。第一、私はただ貴様の話に相槌を打っているだけだ』

 オリヴィアの厄介なところは、疑問が浮かぶとそれを掘り尽くさなければ気が済まないところだ。
 こうなるともうなんでなんでの質問攻めで、寂句はその気質を知って以降、彼女の話は作業の片手間に聞くようにしていた。
 今日も寂句は机へ向かい、オリヴィアはその背中へ、座布団に座り粗茶を啜りながら話しかけてる格好である。

『先生。今日はね、設計図を持ってきたんです』

 自動書記かと見紛う速度で筆を走らせていた寂句の手が、ぴたりと止まった。
 振り向きはせず、そのままの格好で口を開く。

『雛形が"できてきた"と聞いた筈だがな。相変わらず日本語は不得手と見える』
『まあまあ、固いこと言わないでください。
 実はまだ誰にも見せてないんです。もちろんこれからいろいろな知人に意見を求めて回る予定ですけど、やっぱり最初は先生がいいなって』

 背を向けているので顔は分からないが、さぞや鬱陶しい笑顔をしているのだろうと思った。
 手荷物をまさぐる音。鞄から、書類の束が取り出される音。
 音が止んだかと思うと、オリヴィアは立ち上がって言った。
 
『――――診て、くれますか。先生』

 数秒、音のない時間が流れる。
 それを切り裂いたのは、暴君のため息だった。
 万年筆を机に置き、されど振り向かぬまま、腕だけを後ろへやった。

『貸せ』
『……! はい!!』

 受け取った紙束は、どの頁も無数の図形と数式、彼女の研鑽と受け継いだ叡智の結晶で埋め尽くされていた。

662心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:04:54 ID:FWuHOWGU0
 当然、内容はきわめて難解だ。
 時計塔の講師陣でさえ、読み解いて咀嚼するには相応の時間を要するだろう。者によっては、完読すらできないかもしれない。

 だが蛇杖堂寂句は、小説本でも読むようにすらすらと読み進めていく。
 その上で前の頁に戻らない。初読で理解し、噛み砕いて、嚥下していた。
 時間にして四十分ほど。落ち着かない様子のオリヴィアの視線を背中に浴びながら、寂句は束を置く。

『ど……、どうでした……?』
『設計書に希望的観測を盛り込むな、無能め。
 理論の陥穽をパッションで誤魔化してどうするのだ、貴様は出世が目的でこれをしたためたのか?』
『う』
『それと可読性にも多大に難がある。
 私だから問題なく読み解けたが、構成がとっ散らかりすぎだ。
 この有様では実際これを元に何かを成す時、間違いなくつまらんミスをやらかすぞ』
『そ、そこは、ほら。私はちゃんと要点押さえてますから。大丈夫ですよ、…………たぶん』
『ほう、"たぶん"とは具体的に何パーセント大丈夫なのだ?
 八割か九割か、それとも大きく出て九割九分九厘とでも言ってみるか?
 私に言わせればそれでも論外だが。己の手落ちで時間と資源を浪費するリスクは甘んじて飲み込むと? であれば実に大したものだが』
『――ごめんなさい。飲みません。ちゃんと直します』
『最初からそう言え。つまらん意地で私に食い下がるな、青二才が』

 辛辣。
 痛烈。
 オリヴィアががっくり肩を落としている姿が見なくても想像できる。
 
『……だが』

 そんな彼女に、寂句は鬱陶しそうに続けた。

『それ以外は概ね、よくできている』
『……!』
『初めてここに押しかけてきた時の稚拙な発想と比べ、見違えていると言っていい』

 寂句は誰に対しても辛辣だし、見下すことに憚りもない。
 が、それはプライドや慢心から来る悪癖ではなかった。
 様々な観点から評価して、自分より劣っていると看做した上で罵倒するのだ。
 逆に言えば、評価に値するものは正しく評価する。

 彼は他人を慮れない男だが、かと言って真実を隠してまで貶し倒す真似はしない。
 
『実際に根源へ到れる可能性は零に等しいだろうが、それはどこの家も同じだ。
 〈電磁時計〉は確実にアルロニカの歴史を変え、時計塔に轟く"発明"になるだろう』

 以上をもって、寂句は評価を結んだ。

663心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:05:24 ID:FWuHOWGU0
 耳栓を買っておくべきだったなと後悔した。
 この女のことだ、さぞやうるさく喚くのだろう。
 しかしそんな予想に反してオリヴィアは静かで。

『う……ぐす、ひっく……』

 歓喜の代わりに響いてきたのは、ちいさな嗚咽だった。

『ご、ごめんなさい。
 その……気が、抜けちゃって。
 よかったぁ……よかったよぉ……』
『人の家で泣くな、煩わしい。荷物を纏めてとっとと失せろ』
『ありがとう、ございました……。
 ジャック先生のおかげで私、わたし、ここまで来れた……』

 六年、この部屋で議論を交わした。
 おかげでアルロニカ家の魔術を深く理解してしまったほどだ。
 秘密主義を是とする魔術師の世界では、それは自分の急所を晒す"無能"めいた行いだったが。
 オリヴィアはそれを承知で足繁くここに通い、理論を編み、遂にこの偏屈な暴君に太鼓判を押させたのだ。

『勘違いするな。
 貴様が私の元へ通い詰めている事は既に多くの同業者が知るところとなっている。
 にもかかわらず貴様が不出来を露呈すれば、私の名声にも傷がつくだろうが』

 追い返そうとするのが億劫になったのもあるが、三年目辺りからはそんな理由もできていた。
 不本意にも恩師になってしまった以上は、大成して貰わねば沽券に関わる。
 寂句としてはそれは正当な動機で、だからこそこうして堂々告げたのである。

 けれどオリヴィア・アルロニカは、泣き濡れた目元を拭いながら――

『……ジャック先生は怖いくらい優秀だけど、少し真面目すぎるみたいですね』

 呆れたように、それでいてとても嬉しそうに。
 そんなことを、言った。



◇◇

664心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:05:56 ID:FWuHOWGU0



 光剣の軌跡は、既に英霊基準で見ても異常な速度に達していた。
 空を切り裂くだけでソニックブームめいた衝撃波が発生し、粉塵を舞わせ著しく視界を損ねる。
 アンタレスが前線で祓葉を相手取り、寂句は隙を見て彼女を削る――というのが彼らにとっての理想形。

 しかし案の定、祓葉はそれをさせてくれる相手ではなかった。
 まず攻撃を受け止めることができない。よって隙を見出すことも叶わない。
 神のやりたい放題を前に、天蠍と暴君は早くも圧倒的な劣勢に追いやられていた。

「ぐ、ぅっ、う……!」
「あは、ちょっと軽すぎるんじゃない?
 速いのはいいけど、ちゃんと削らないといつまで経っても終わんないよ?」
「不死身の貴女に言われても、嘲弄にしか聞こえませんね……!」

 鍔迫り合いで場を凌ぐことも不可能になって久しい。
 赤槍と光剣がぶつかれば、衝撃だけでアンタレスは吹き飛んでしまう。
 そこで毎回攻めのリズムを破壊されるため、結果として彼女の手数は大幅に目減りしていた。

「ごまかさなくてもいいのに。
 あるんでしょ? 私を殺せるかもしれない、そんな素敵なジョーカーが」

 覚明ゲンジの奮戦は見事だったが、彼の特攻は祓葉にとある気付きを与えてしまった。

 この世には、不滅を超えて迫る死が存在する。

 祓葉にとって未知とは悦びである。
 よって焦るどころか、祓葉はますますそのギアを上げていたが。
 アンタレスの分析した通り、彼女は馬鹿だが並外れた戦闘勘を持っている。
 〈神殺し〉という概念を知られたあの瞬間、寂句達のプラン遂行の難易度は途方もなく跳ね上がったと言っていい。

「教えてくれないなら、ジャック先生に直接聞いちゃお」

 健気に向かってくるアンタレスを光剣のフルスイングで跳ね飛ばし、地面を蹴る。
 向かう先は暴君・蛇杖堂寂句。
 祓葉は手加減のできる性格ではないし、そもそも彼女はそれをとても失礼なことと捉えている節があった。

 一緒に遊ぶのなら、どんな相手だろうとみんな平等。
 誰が相手でも差別せず全力で戦うからこそ楽しいのだと信じる。
 そんな神の純真は聞こえこそ立派だが、相対する者にとっては最大の絶望を意味した。
 英霊でさえ手に余る速度とパワーで迫ってくる祓葉を、人間の身で捌かなければならないのだ。
 至難なんてものではない。ほぼほぼそれは"不可能"と同義だ。

 できるわけがない――――寂句(かれ)でなければ。

「舐めるなよ小娘。たかだか一度まぐれ勝ちした程度で、格付けが済んだと思っていたか?」

 瞠目したのは、祓葉も、そしてアンタレスもだった。
 英霊の彼女でさえ対処に苦心する神の斬撃を、寂句は見てから避けたのだ。

665心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:06:44 ID:FWuHOWGU0

 それがまぐれでないことは次の瞬間実証される。
 なにくそと振るわれる剣閃の嵐の中でさえ、蛇杖堂寂句は致命傷を躱し続けた。
 無論掠り傷なら無数に負っていたが、逆に言えばその程度。
 本気の祓葉を人間の身で相手取り、損害をそれしきで抑えることがどれほど難しいか。

「……嬉しいよ、ジャック先生。
 この前はのらりくらりと躱されちゃったけど、今日は本気で来てくれるんだね」
「これが望みというならうまくやったな。
 まんまと私は貴様の希望通り、未来を捨てる羽目になったのだから」

 祓葉は慌てるでもなく、嬉しそうに笑った。
 それに対する寂句の言葉が、その常軌を逸した挙動の種明かしだ。

「マスター・ジャック……あなたは、やはり――」
「言ったろう、私は"この先"に興味などない。
 今この時、この瞬間こそが、私の焦がれた聖戦なのだ」

 暴君は傲慢に人を治し、壊せる。
 その対象には無論、彼自身も含まれている。

「手持ちの薬剤の中から有効なものを数十種以上手当たり次第に投与した。
 おかげで地獄のような苦痛だが、不思議と気分は悪くない。やはり私も狂っているのだと実感するよ」

 明日(みらい)を度外視した極限量のドーピング。
 九十年の叡智をすべて注ぎ、人間はどこまで神に迫れるのか人体実験した。
 成果はこの通りだ。時間制限付きだが、今の寂句は英霊の域にさえ足を踏み入れている。

 代償として彼の身体には神経をやすりがけされるような激痛が絶え間なく駆け巡っていたが、暴君はそれを気にも留めない。
 痛みも時にはある種の麻薬だ。耐えられる精神力さえあるのなら、持続時間の長い気付け薬として戦闘を助けてくれる。
 
「さあ来い、祓葉。
 さあ行くぞ、ランサー。
 他の者など待ってはやらん。今此処で、我らの運命に決着をつけるのだ」

 蛇杖堂寂句は狂っている。
 合理を棄て、畏怖を纏い、そして〈はじまり(オリジン)〉を取り戻した暴君に陥穽はない。
 死をも超えて演じあげるは、至大至高の逆襲劇。



◇◇

666心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:07:37 ID:FWuHOWGU0



 〈電磁時計〉が完成したことで、オリヴィアが蛇杖堂本家を訪ねてくる理由はなくなった。
 それでも彼女は、毎年季節の変わり目には欠かさず絵葉書を送ってきた。
 結婚した。娘が生まれた。スタール家の"先輩"と激論を交わしすぎて喧嘩になった――そんなどうでもいい文章を添えて。
 会いに行きたいが多忙でどうにもならないらしい。寂句としては、煩わしい客人が来なくなって大層清々しい気分だった。

 最後の訪問から、二桁の年数が経過したある年の春。
 オリヴィア・アルロニカは、あの頃と同じように突然訪ねてきた。

『ぜんぜん変わらないですね、ジャック先生』
『貴様は変わったな。窶れて見えるぞ』

 以前に比べ雰囲気の落ち着いた物腰と、たおやかな笑顔。
 しかし寂句は対面するなりすぐに、彼女の身に起きていることを理解した。
 病んでいる。心ではない、身体の話だ。
 不健康な痩せ方、血色の悪さ、ほんの微かに漂う死臭と腐臭の中間のような匂い。
 
 いずれも、現場で何度となく出会ってきた重病人の特徴である。
 この時点で寂句は、オリヴィアが深く冒されていると悟っていた。

『目的が診察なら正規のルートを辿れ』
『あはは。ごもっともですね。
 でも、診てもらうならやっぱり先生がよくて……』

 オリヴィアは、ぽつりぽつりと語った。

 腕を動かすと違和感を覚えるようになったのが最初だった。
 疲れだと思って放置していたら、どんどんひどくなってきた。
 友人から譲り受けた薬を服用して誤魔化すうち、次第に息切れや頭痛が増えた。
 今ではもう、全身が痛くて鎮痛剤なしでは起き上がるのもままならない。

 不定愁訴の放置は無能の証だ。
 そう吐き捨てながらも寂句は結局、オリヴィアの診療を承諾した。

 結果は――


『手遅れだ、来るのが遅すぎる。この無能が』


 手の施しようがない。
 彼をしてそう罵るしかない容態であった。

667心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:10:22 ID:FWuHOWGU0

『恐らく骨肉腫だろう。
 全身に転移した末期状態だが、私なら素材と手段に固執しなければ治せる。
 しかし貴様のは最悪のケースだ。腫瘍が突然変異を起こし、魔術回路へ浸潤し絡みついている』

 寂句でさえ、実例を見るのは初めてだった。
 彼の知る限り、記録上数える程度しか観測されていない希少癌。
 魔力という埒外のエネルギーにあてられ、腫瘍が魔的に変異する症例。
 一般の病院はおろか、治癒に精通する魔術師でも実態に気付ける者は稀だろう。
 "なんてことのない、どこにでもある病気"と看做し、その上であまりの進行度に匙を投げる筈だ。
 しかし寂句に言わせれば、そんなありふれた病の顔をして這い寄った彼女の死病は、禍々しい呪詛の塊のようでさえあった。

『言うなれば腫瘍自体が一種の魔物と化している状態だ。
 回路の摘出を試みようが、瞬時に転移して末期多臓器不全を引き起こすだろうな。
 それ以前にその弱りきった体では手術自体に耐えられない。どうあがいても詰んでいる』

 寂句は言葉を濁さない。
 手の施しようがないなら、率直にそう伝える医者こそ優秀と彼は考える。
 そんな気質を知っていたからだろう。
 オリヴィアは泣くでも青ざめるでもなく、ほころぶように笑った。

『先生が言うならそうなんでしょうね。
 そっか、これで終わりかぁ』
『そうだな。来世があれば不養生は慎むことだ』
『ふふ。あとどのくらい生きられそうですか、私?』
『半年といったところだろう。
 奇跡が起きればもう少し伸びるかもしれんが、それでも一年は無理だ』

 人の死にいちいち胸を痛める感性は持ち得ない。
 この時点でも尚、寂句にとって"心"とは不可解な不合理の塊でしかなかった。
 あらゆる才能を自在に修めてきた男が、唯一得られなかったもの。

『ありがとうございます、先生。
 ……ううん、今まで、ありがとうございました』
『珍しいこともあるものだ。もう帰るのか』
『はい。残りの時間は少しでも、娘と一緒に過ごしてあげたいので』

 娘なら寂句にもいる。
 無論、愛情など抱いた試しはない。
 しかしオリヴィアにとっては違うようだった。
 仮に寂句が彼女の立場なら残り時間はすべて後継への引き継ぎ作業に使うだろうが、こういう辺りも彼女は"らしくない"女だと思った。

『あんまりいいお母さんをしてあげられなかったのは、ちょっとばかり心残りですけど。
 だからこそ、できる限りは取り返そうと思います』
『そうか。せいぜい励むことだ』

 最後の最後まで変わらない寂句に、それでもオリヴィアは親愛の微笑を向ける。
 思えばこれほど長い時間、この己に向き合い続けた人間は初めてだった。
 血を分けた子孫でさえ畏怖を以って臨む暴君へただひとり、何度払いのけられても食らいついてみせた女。

『……先生からは、本当に多くのことを学ばせていただきました。
 先生なくしては今の私もアルロニカの魔術もありません』

 オリヴィアもオリヴィアで、最後の最後まで恨み言のひとつもこぼさなかった。

『さようなら、ジャック先生。
 あなたは私にとって最高の恩師で、そして誰より信頼できる友人でした』

 そう言って、〈雷光〉は暴君のもとを去っていった。
 オリヴィア・アルロニカの訃報が届いたのは、それからちょうど一年後のことだった。
 彼女は奇跡を前提に告げられた刻限さえ超えてみせた。
 最後まで、ただの一度も、思い通りにならない女であった。



◇◇

668心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:11:14 ID:FWuHOWGU0



「無意識制御(Cerebellum alter)―――」

 アンタレスが駆ける。
 祓葉が喜悦の形相で剣戟を繰り出す。
 生と死の狭間めいた状況で、蛇杖堂寂句は世界を遅滞させる。

 出陣前――寂句は小脳に作用する薬物を魔術的製法で"改悪"し服用。
 該当部位への甚大な損傷と引き換えに一時的(インスタント)な異能を創造した。
 後先のことを考えなくていいのなら、彼にとっては朝飯前の芸当である。
 ましてやこの分野。脳に鞭打ち思考を加速させる手法なら、頼んでもいないのに飽きるほど聞かされてきたのだ。

「電信速(neuro accel)―――!」

 運動を制御し、無意識を無意識のまま最適化して運用させる小脳を刺激し。
 思考と命令のプロセスを吹き飛ばし、無駄を極限まで削ぎ落とすことで加速を成す。

 まごうことなき付け焼き刃だが、現時点でさえ〈雷光〉の娘の速度を超えている。
 二倍速の世界にいる人間をシラフで圧倒できる男が同じ世界に踏み込んだなら、もう誰がこの暴君を止められるというのか。
 
「ッッ……! 速いね、先生……!」
「貴様からの賛辞ほど虚しいものはない」

 踏み込みと同時に、剣を振るう間も与えず胸骨を粉砕する。
 鉄拳一閃、常人なら即死だが無論神寂祓葉にその道理は適用されない。
 喀血しながらたたらを踏み、文字通りの返す刀で寂句を狙う。
 が、今度はそれを追いついたアンタレスの赤槍が阻んだ。

「マスター・ジャック!」
「今更狼狽えるな。
 英霊の貴様で持て余す相手だ、当然私だけで敵う筈もない。
 補ってやるから、お前も私を補ってみせろ」

 未だ葛藤はあったが、四の五の言ってられる状況ではない。
 アンタレスは頷くと、再び祓葉との絶望的な接近戦にシフトした。

 速く、重い。やはり打ち合うことは不可能と言っていい。
 多脚での高速かつ不規則な移動ができるアンタレスだからこそ、まだギリギリ対抗できている。
 並の英霊であれば武器ごと押し潰されて終いだろう。
 戦慄の中でますます大きくなっていく使命感。これを放逐できないなら、当機構(わたし)が生み出されたことに意味などない。
 大袈裟でなくアンタレスはそう考え、その切迫した焦燥が天蠍の槍をより鋭く疾く冴えさせた。

(だんだん慣れてきました。極めて凶悪な敵ですが、しかし捌けないわけではない)

 神寂祓葉は依然として全容を推し量ることもできない災害だ。
 しかしやはり、その攻撃は稚拙に尽きる。
 確かに悪夢じみた強さであるし、無策に競べ合えば確実に潰されると断言できるが、冷静に目を凝らして分析していけば生存圏を見つけ出すことは十分に可能と判断する。

669心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:12:05 ID:FWuHOWGU0

 熟練のサーファーは天を衝くような大波であろうとボードひとつで乗りこなし、踏破する。
 それと同じで、祓葉はきわめて巨大な津波のようなものであるとアンタレスは認識していた。
 たとえ力で勝てなくとも、頭と技を駆使すれば、凌ぎ切るだけなら何とかできる。
 九割九分の臆病に、わずか一分の裂帛を織り交ぜて戦うこと。
 寂句の守護もこなさねばならないアンタレスが辿り着いた境地はそこだ。
 休みなく振り翳され続ける光の暴虐を目にも留まらぬ高速駆動でくぐり抜けながら、天の蠍は死力を尽くして神を翻弄していく。

「悪くない」
「っ……!?」

 寂句の小さな微笑と共に、祓葉の首筋に一本の注射器が突き刺さった。
 暴君が投擲したこれには、彼が調合した即効性の神経毒が含まれている。
 蛇の毒液をベースに精製し、自身の血を混ぜ込んだきわめて凶悪な代物だ。
 耐性のない人間なら一瞬で全身麻痺に陥り、三十秒と保たず死に至る上、魔力に反応して毒性が増悪するおまけ付き。

 魔獣や吸血種の類でも行動不能に追いやれる、今回の聖杯戦争に際して蛇杖堂寂句が用意していた虎の子のひとつである。
 赤坂亜切との戦闘では彼が超高熱の炎を纏う都合、相性的に使うことができなかったが、祓葉相手ならその心配もない。

「甘いよジャック先生。薬なんかで私をやっつけられるとか思ってる!?」
「思うかよ」

 もちろん、この怪物に想定通りの効き目が出るとは思っていない。
 現に祓葉は首の動脈から件の毒を流し込まれたにも関わらず、わずかによろけた程度だった。
 やはり根本から肉体性能が逸脱している。祓葉に対して使うなら、最低でも神話にルーツを持つ宝具級の強毒を持ってこなければ話にもなるまい。

 が――

「それでも、一瞬鈍る」

 "わずかによろけた程度"。
 その程度でも効いてくれれば、寂句としては上出来だ。

「無意識制御(Cerebellum alter)―――電迅速(high neulo accel)!」

 二倍速から三倍速へと更に加速して踏み込む。
 祓葉の剣が迎え撃たんとするが、ここで彼の作った一瞬が活きた。
 アンタレスの赤槍が閃き、迎撃の剣戟を放たんとする彼女の右腕を切断したのだ。

「やはり、四肢の切断は有効なようですね」
「く……! あは、やるじゃん……ッ」

 静かに御し方のレパートリーを追記するアンタレスと、頬に汗を伝わせながら口を歪める祓葉。
 後者の間合いに踏み込んだ寂句が、拳ではなく、五指を開いた掌底で祓葉の腹部を打ち据える。

670心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:12:48 ID:FWuHOWGU0

「ぎ――が、はッ」

 骨の砕ける音、筋肉がひしゃげる音、内臓が潰れる音。
 どれも祓葉に対しては有効打にはなり得ない。
 が、重ね重ねそんなことは百も承知だ。蛇杖堂寂句の狙いはそこではない。

「捉えたぞ」
「ぇ……、ぁ、ぐ……!? ぐぶ、ご、ぉあッが……!!??」

 掌底の触れた箇所から、祓葉の身体が膨張を始めた。
 肉が盛り上がり、骨格や臓器の存在を無視して華奢な少女のシルエットを歪めていく。
 この手管は祓葉も知っていた。
 何なら食らうのも初めてではなかったが、しかしかつて受けた時とは増殖の速度が違いすぎた。

 増えるべきでない細胞を活性化させ、急速に腫瘍を発生させる蛇杖堂寂句の十八番。
 明日を捨て去るオーバードーズにより強化されたのは身体能力だけではない。
 治癒魔術の性能も異常な域に高められ、それを攻撃に転換したこの邪悪な魔術も当然のように強化の恩恵を受けていた。
 腫瘍発生速度の驚異的向上。わずか数秒の接触でありながら、既に祓葉の全身は人間のカタチを失っている。
 肉の風船めいた有様になり、四肢も腫瘍の下に隠されて、剣を握ることすら物理的に不可能な様相だ。

「これでは得意の光剣も振るえまい。
 ようやく実践の機にありつけて嬉しいぞ。実のところこうして貴様を潰すプランは、前回からずっと頭にあったのだ」
「ァ゛…………ご、ァ゛ッ……――!」

 わななく、というよりもはや"蠢く"と形容した方がいいだろう。
 か細い抵抗をする祓葉の胸に、寂句は右腕を潜行させる。
 策が通じた形だが、この拘束がそう長く続いてくれるとも思えない。
 であれば直ちに本命を遂行し、穢れた神を葬ってしまうのが先決なのは言うまでもなかった。

「――マスター・ジャックッ!」
「……チ。ああ、分かっている」

 が、アンタレスの叫びを聞くなり、寂句は目前にあった勝利を捨てて腕を引き抜く。
 
 真の意味での肉塊と化した祓葉の体内から、破滅的な量の魔力反応を感じ取ったからだ。
 名残惜しくはあったが、道理の通じぬ相手に深追いするほど無能なこともない。
 そしてその判断が正しかったことを、寂句はすぐさま思い知る。

 ――祓葉自身を起点として、純白の爆発が夜を揺らした。

 飛び散る五体、肉片。かつて命だったもの。
 まったく意味不明な状況だったが、寂句とアンタレスだけは起こった事象の意味を理解していた。

671心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:13:30 ID:FWuHOWGU0

「なんて、出鱈目な……」
「それがこの娘だ。分かったら胸に刻んで切り替えろ」

 身動きを封じられた祓葉は、肉腫に埋もれた自分の手……つまり肉の内側に光剣を生み出したのだ。
 その上で自壊を厭わず魔力を注ぎ込み、過重状態(オーバーヒート)を引き起こさせた。
 永久機関から供給される無尽蔵の魔力でそれをやれば、暴発の規模は洒落にならない。
 自分自身を跡形もなく爆散させ、鬱陶しい肉を除去した上で、まっさらな状態で新生する。

 不滅の神が握る光の剣は凶悪な兵器であると共に、自分自身をゼロに戻すリセットボタンでもある。
 まさに出鱈目。まさに理不尽。
 幼気のままにあらゆる策を蹴破って進軍するからこその、神だ。
 
「来るぞ」

 粉塵が晴れ、爆心地に佇む白神の姿が再び晒される。
 腫瘍はおろか傷ひとつさえない玉体で、彼女は剣を握っていた。
 嬉しそうな。本当に楽しそうな笑みを浮かべて、刹那……

「界統べたる(クロノ)――――」

 その純真が、すべての敵を薙ぎ払う。

「――――勝利の剣(カリバー)!」

 魔力枯渇の概念がないということは、一切の戦略的制限が不在であることを意味する。
 つまり祓葉に奥の手などというものは存在しない。
 その場その場で状況と機嫌に合わせてぶちかまし、敵をねじ伏せる"通常攻撃"だ。

 爆裂した白光が、寂句達の優位を一瞬で奪い去った。
 原人を彼らが纏う呪いの鎧ごと一掃する、あらゆる意味で規格外の爆光閃撃。
 呑まれれば人間だろうが英霊だろうが、まず跡形も残らない。
 アンタレスが寂句を抱え、最高速度で退避する。
 
 『第零次世界大戦』の展開によって崩壊した街並みが、次は神の威光を前に蹂躙されていく。
 閃光。轟音。いやそれだけではない、祓葉は今回『界統べたる勝利の剣』を横薙ぎに放っている。
 つまり対城級の爆撃が、より広範囲を薙ぎ払う形で炸裂したのだ。

 それでもアンタレスは、死線の中でできる限り最大の働きをした。
 甲冑が灼け溶けるほどの熱を感じながら、しかし足を止めない。

「く――!」

 さながら絵面は怪獣映画。
 恐ろしい巨大怪獣が美しい少女に置き換えられただけで本質は同じだ。

672心という名の不可解(中編) ◆0pIloi6gg.:2025/08/10(日) 01:14:10 ID:FWuHOWGU0

 劣化して崩れたビルの瓦礫が蒸発し、巻き込まれた人間の生死など問うまでもなし。
 鏖殺のクロノカリバーは、地上には神がおわすのだとその厄災で以って証明する。
 祓葉の極光が解放されていた時間はせいぜい十秒前後。
 だがその時間が、アンタレスには永遠のようにすら感じられた。

「凌いだ……!」
「いや」

 網膜を灼く光が消えたところで、思わず漏らした安堵。
 されどそれを、他ならぬ守るべき主の口が否定した。

「まだだ」
「な――!?」

 アンタレスの視界が、今度は光ではなく影に覆われる。
 思わず見上げ、絶句する。
 空に祓葉がいた。赤い夜空を背に、両手で光剣を振り上げ、神が見下ろしている。

「貴女は……っ、どこまで……!」
「界統べたる(クロノ)」

 女神の口が、破滅の音を紡ぐ。
 時とは界、界とは時。
 その法則で廻る針音都市における、絶対の破壊が感光し。

「勝利の剣(カリバー)!!」

 上空から下へ、天の神から人へと、無邪気な粛清が降り注いだ。
 連発だからなのかは定かでないが、火力自体は先程よりも低い。
 しかしそれでも、直撃すれば即死を約束する神剣なのは変わらない。

「く、あ、あああああああああ――!」

 ふざけるな。
 論外だ、こんなところで殺されてなどやるものか。
 アンタレスは赤槍で神剣の一撃を受け止めたが、それだけでどこかの骨がへし折れた。
 そうでなくとも皮膚が直火焼きされているかのように熱く、霊基が阿鼻叫喚の悲鳴をあげているのが分かる。

 長くは保たない。
 悟るなり、彼女は思い切った行動に出た。


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