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Fate/clockwork atheism 針音仮想都市〈東京〉Part3
673
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:14:51 ID:FWuHOWGU0
「申し訳ありません……落とします!」
「ああ、それでいい」
寂句を抱えていた腕を緩め、彼を地へと放り落としたのだ。
そうなった経緯に思うところはあるが、今の寂句はこれしきの高度からの転落では死ぬまい。
神の爆光で消し炭にされるよりは、一か八かせめて爆心地から遠くに逃した方がいい。
その判断は、寂句にとって期待通りのものだった。
「すごいね。ジャック先生に褒められてる人なんて、ケイローン先生以外見たことないよ」
とはいえ無茶の代償は、アンタレス自身が払うことになる。
「お名前を聞かせてほしいな。後で思い出した時、名前がわからないと寂しいからさ」
「そう、ですか……! そういう理由でしたら、謹んでお断りします……!!」
解放された祓葉の神剣を単独で、その上至近距離で相手取らねばならないという最悪の状況。
が、アンタレスは必死の形相ながらも冷静だった。
(先程の真名解放に比べて、明らかに出力が弱い。
さっきの規模で放たれていたなら、拮抗など許されず蒸発していた筈――ッ)
推測でしかないが、この〈光の剣〉はエネルギー兵器のようなものなのだろう。
無限の供給源がある時点で理不尽ではあるものの、察するにチャージ時間が要るのだと思った。
覚明ゲンジ達を屠った一刀から街を消し飛ばした"薙ぎ払い"まで、時間にして三分も経過していない。
この通りリチャージの速度も化け物じみているし、威力を問わないなら矢継ぎ早に連発できるのも間違いない。
ただ、頭抜けた火力を出すためにはそれなりの充電が必要なのは恐らく確実だ。
であれば――『界統べたる勝利の剣』を凌ぐことは、決して不可能ではない。そう賭けることにする。
それすら的外れな勘違いだったとしたら、もはや自分に未来はない。
一か八か、運否天賦。
己を産んだガイアに、この時アンタレスは初めて祈った。
「つれないなぁ! じゃあいいよ、後でジャック先生に聞くからさ……!」
「ぐ、ぅうううううう、ぅ、ぁ――!」
光が、天の蠍を失墜させる。
水柱と見紛うような土砂の塔が噴き上がり、祓葉は悠然と地に降り立った。
「はい、まずはひとりね」
共に戦う者にとっては、祓葉はその純真さの通りの、麗しく素敵な神さまに映る。
だが敵として挑む側にしてみれば、彼女は白光の魔王でしかない。
674
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:15:34 ID:FWuHOWGU0
すべてが無茶苦茶。すべてが理不尽。
寛容な顔をして、その実そこに一切の慈悲もない。
きゃっきゃと騒ぎながら蟻の手足を毟る子どもが、そのまま大きくなったような生命体。
神とは本来純粋なもの。ヒトの穢れを知らず、故に行動のすべてに嘘がない。
そういう意味では、まさしくこれは現代の神なのだろう。
神が地を蹴り、光の軌跡を残しながら友(てき)の元へと駆けていく。
蛇杖堂寂句。
一足先に地へ降り、二発目の神剣から難を逃れた傲慢な暴君。
彼の目前に、ひと足跳びで祓葉は到達していた。
「そんでもって」
いかなる加速も妨害も、この間合いでは間に合わない。
人間の身で祓葉とわずかでもやり合えたのは奇跡と呼ぶべき奮迅だったが。
奇跡とは、何度も起こらないからこそそう呼ばれるのだ。
「これで二人目」
あらゆる反応を許さぬ、神速の一突きが放たれた。
光剣は切っ先から暴君へ吸い込まれ、その胸を穿っていた。
飛び散る血潮、溢れるか細い呻き声。
そして、誰かの絹を裂くような悲鳴。
笑っていたのは、ひとりだけ。
◇◇
675
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:16:05 ID:FWuHOWGU0
オリヴィアの葬儀にはもちろん参列しなかった。
そも、弔いという行為に寂句はまったく興味がない。
そこに合理的な意味を見出だせないのだ。
無駄に長い時間と費用を使って、死んだ人間のために骨を折ることに何の意味がある。
息子が幼くして死んだ時にすら、彼は欠片ほどもそれを弔わなかった。
なのに今更、赤の他人のために道理をねじ曲げる意味もない。
訃報を受け取ったその日も、寂句は筆を走らせていた。
オリヴィアと何度も何度も語らった書斎の中で、彼はいつも通りだった。
作業を終え、顔を上げた時。
ふと、視界の隅に一本のガラス瓶を認めた。
手の中に納まる程度のサイズ。
コルクで栓をされたその中には、微かに輝く液体が収まっていた。
『偽りの霊薬(フェイク・エリクサー)』。
蛇杖堂家の研究成果、その最たるものだ。
素材の厳選、精製の複雑さと難易度、精製にかかる所要時間。
すべてが冗談のように困難で、それだけ諸々費やしてようやくこれだけの量が得られる。
まさしく、蛇杖堂の家宝だった。
生きてさえいるのなら、たとえ半身が吹き飛んでいても脳が飛び出ていても全快させられる究極の傷薬。
死を破却したアスクレピオスの偉業に、人間の知恵で極限まで迫って創り出したちっぽけな奇跡。
"ご、ごめんなさい。
その……気が、抜けちゃって。
よかったぁ……よかったよぉ……"
――もしも。
"ありがとう、ございました……。
ジャック先生のおかげで私、わたし、ここまで来れた……"
――あの時。
"さようなら、ジャック先生。
あなたは私にとって最高の恩師で、そして誰より信頼できる友人でした"
――これを使っていたなら、あの女は今も書斎(ここ)で煩く囀っていただろうか。
蟀谷を押さえて、吐き捨てるように嘆息した。
その一息で、降って湧いた不可解を振り払う。
『私の物欲も大概だな。今になって電磁時計が惜しくなったか』
クク、と苦笑して、寂句は作業へ戻った。
◇◇
676
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:17:12 ID:FWuHOWGU0
「――――クク」
笑っていたのは、蛇杖堂寂句。
心臓を貫かれ、串刺しにされたままで喉を鳴らしている。
「え……?」
「貴様の阿呆さは底なしだな、無能娘が。
バケモノなりに情でも湧いたか? 敵を殺すと決めたなら、胸ではなく首を刎ねろよ」
確かに心臓を破った筈なのに、何故寂句が生きている?
疑問の答えを知る前に、祓葉はその腕を掴まれていた。
奇しくもそれは、さっきアンタレスが彼女にされたのと同じ光景だった。
「無能どもの多くに共通する特徴だが、視野が狭い。
せっかく情報を得ても、それを多面的な角度から考察する勤勉さを持ち合わせない。
何を呆けている、祓葉。貴様とその相棒のことを言っているのだぞ?」
「……はは。ごめんね、知ってると思うけど私って頭悪くてさ。
どういう意味なのか、バカにも分かるように説明してもらってもいいかな」
「貴様は私の魔術を、前回の経験で知っていた。
加えて先程もその身で受けた。つまり、気付く機会は明確に二度あったわけだ」
蛇杖堂寂句の有する攻撃魔術――名を〈呪詛の肉腫〉。
かつて彼が診断した希少症例、"魔力に触れて突然変異した肉腫"を参考に開発した治癒の反転。
手で触れ、掴んだ部位に腫瘍を発生させ、接触時間に応じて増悪させる。
「少しは頭を使えよ。自分自身には使えないなどとは、私は一言も言っていないぞ」
寂句はアンタレスの機転で地に降りるなり、まず己の胸元に五指をねじ込んだ。
その上で体内に肉腫を生成。発生させた腫瘍で押し退けることにより、心臓の位置を元ある場所からズラしていたのだ。
いま光剣の貫いている位置に、彼の心臓など存在しない。
それでも主要な血管が何本か焼き切られてはいたが、その程度なら寂句は瞬時に治癒できる。致命傷と呼ぶには程遠い。
「そんな、コト――思いついてもやる、普通……?!」
もし祓葉の狙いがわずかでも狂っていたら?
突きではなく、単純に割断されていたら?
そんな"もしも"、寂句は微塵だって考慮していない。
「貴様が狂わせたのだろうがよ」
なぜなら、彼もまた狂人だから。
死など恐ろしくも何ともないし、失敗の危険など足を止める理由にならない。
寂句の腕に力が籠もり、再び祓葉の身体に肉腫が萌芽する。
老人の口が、ニタリと邪悪な形に歪んだ。
「共に踊ろう、我が最愛の畏怖よ。
――――最高速度(トップスピード)だ」
677
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:17:54 ID:FWuHOWGU0
無意識制御(Cerebellum alter)―――雷光速(over neulo accel)。
いま薪木となるエモーション。
脳が弾け不可逆に損傷する、全身の血管と筋肉が弾けて体表から皮下組織の花が咲く。
正真正銘の最高速度、究極の加速と共に廻る魔術回路。
祓葉の身体は、一秒を待たずして再び原型を失った。
「っ、あ、ああああああああああああああああああああ!!??」
肉腫は魔獣のあぎとのように彼女の体内を噛み潰していく。
内臓は全損し、脳は圧潰。骨も筋肉もすべてが肉腫の密度に圧されて搾り滓と化す。
それでも祓葉は死なないだろうし、じきにさっき見せた"新生"が来る。
「く、ろ、の――――」
どんな速度で肉塊に変えても意味はない。
神寂祓葉は、この世の誰にも殺せない。
不滅の神。悍ましき白光。
されど。
――蛇杖堂寂句は最初から、神寂祓葉を殺すことなど目指していない。
「今だ」
彼の腕がようやく、祓葉の手を離す。
刹那、先程の焼き直しのように、その拳が肉塊の胸部に埋まった。
達人も裸足で逃げ出す練度で磨き上げられた、傲慢なる暴君の鉄拳。
それが肉腫の層を貫き、そして、彼女の不死の根源へとうとう触れた。
永久機関――『時計じかけの歯車機構』。
〈古びた懐中時計〉そのままの形をした時計細工が体外へと押し出される。
今度は間に合った。祓葉の新生が発動する前に、寂句は彼女の心臓を露出させることに成功した。
結論から言うと、成功したところで意味はない。
祓葉は永久機関の最高適合者。
オルフィレウスの時計と彼女は魂レベルでの融合を果たしており、引き離したところで問題なく再生は続行され、時計も体内に戻っていくだろう。
意味はない。そう、意味はないのだ。
678
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:18:48 ID:FWuHOWGU0
「――――――撃ち抜け、ランサー!」
増長した生命体を死以外の手段でこの世から放逐できる、そんな協力者(パートナー)でもいない限りは。
「マスター・ジャック」
声が響く。
ごぼりと、肺に血が溜まっていることを窺わせるものではあったが、確かにその声は戦場に響いた。
闇を切り裂くのは、何も光だけの特権に非ず。
「その命令――――――受領いたしました……!」
赤き甲冑が、それを纏った蠍が、主君に倣う最高速度で躍り出た。
甲冑は溶け、砕け、傷だらけ。
神剣を浴びた代償は決して安くない。
だとしても彼女は確かにそこにいて、この赤に染まった夜の中で尚燦然と輝く紅を体現していた。
「…………かりばぁあああああああああああッ!」
祓葉の肉体が弾ける。
光に包まれ、寂句さえもがそれに呑まれる。
だが、時計はまだ空にあった。
肉体の爆散と、その再生の間にはわずかなれど時間がある。
ならば成し遂げられない理由はない。
いいや、あっても当機構がねじ伏せてみせる。
(届くか? ……いいや、届かせてみせる――!)
アンタレスが、静謐をかなぐり捨てて駆けていた。
赤槍と時計(しんぞう)の距離が、瞬く間に縮まっていき。
そして……
「…………英雄よ(アステリズム)、天に昇れ(メーカー)ぁぁぁぁッ!!!」
確かに蠍の毒針は、神の心臓に触れた。
◇◇
679
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:19:22 ID:FWuHOWGU0
〈はじまりの聖杯戦争〉にて、蛇杖堂寂句は台風の目のひとつだった。東京を襲ったその台風は多眼であった。
都市を弄ぶ傭兵ノクト・サムスタンプ。
神をも恐れぬ爆弾魔ガーンドレッド家。
その二陣営と並んで恐れられるだけの武力を、寂句は単独にして有していた。
ギリシャ神話に伝わる"大賢者"。
数多の英雄を門下に有し、自身も最高位の技量を持つ最強クラスのサーヴァント。
真名ケイローン。
彼と寂句が組んだことで生まれたのは、ただでさえ無双の賢老だった寂句がケイローンとの議論を糧に日を追うごと強化されていくという悪夢だ。
軍略までもを生業に加えた寂句が、星を穿つ究極の弓兵を従えるのだ。
勝てる理由がない。そも、それと張り合える陣営が複数存在していたことがおかしい。
もしこれが普通の聖杯戦争だったなら、間違いなく彼らの勝利で早々に決着していただろう。
『禍津の星よ、粛清は既に訪れた』
"その時"、神寂祓葉の脅威性を正確に認識していたのはまだ全員でなかった。
散っていった者。生き永らえ、彼女の破格さを目の当たりにしたもの。
ケイローンは後者だった。文字通り星を穿つために、彼の宝具は開帳された。
『星と共に散るがいい――――"天蠍一射(アンタレス・スナイプ)"』
弓からではなく、星から放たれる流星の一撃。
瞬足の大英雄でさえ逃げ遂せることの叶わない、最速必殺の究極矢。
当然、避けられる筈もない。
迎撃することも無論不可能。
祓葉は撃ち抜かれ、地に伏した。
『貴様は横槍に備えろ、アーチャー。祓葉(ヤツ)は私が摘む』
『ええ、お願いします。ですが――我が友よ、くれぐれもお気をつけて。
祓葉……あの少女は私をして、未知と呼ぶ他ない危険な存在です。
何が起きるかわかりません。あらゆる事態を想定してください』
『言われるまでもない。獣は死に際が最も恐ろしい』
唯一、朋友(とも)との呼称を否定しないほど優れた英雄に背を向けて。
寂句は、倒れ伏して動かない白い少女へ歩を進めた。
680
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:20:16 ID:FWuHOWGU0
思えば、その存在は最初期から認識していた。
楪依里朱が見つけてきた、不運にも巻き込まれた少女。
オルフィレウスの永久機関などという絵空事を寄る辺に戦う、無知で蒙昧な娘。
だが、やはりさしたる興味はなかった。
むしろ寂句は彼女よりも、その心臓に埋め込まれた永久機関(ペースメーカー)の方に関心を抱いていたほどだ。
されどそれも、長い観測の末に実用に値せぬと判断した。
であれば惜しくはないし、恐れることもない。
完全に適合を果たせば脅威だが、こうしてそうなる前に潰すことができた。
後はとどめを刺すだけ。それで、永久機関を宿した少女の猛威は永遠に失われる。
『無能め。だが同情するぞ、神寂祓葉。
過ぎた力を与えられ、幼稚な万能感のままに成功体験を積み重ねてしまった哀れな娘』
死んでいるならそれでよし。
まだ生きているなら、念入りに踏み躙るまで。
単なる確認作業だ。勝利はすでに確定している。
『恨むなら貴様の相棒を恨め。
恨まぬというなら安心しろ。すぐに冥土で再会できるだろうよ』
足を止める。
そして見下ろす。
そこにあるのは、倒れ臥して動かず、か細い呼吸を繰り返すばかりの少女の姿。
『……、……』
胸元が上下している。
わずかだが、まだ生命が身体に残っている。
ならば終わらせてやるまで。その筈だった。
なのにその時。もはや記憶の屑籠に放り込んだ筈の、いつかのことを思い出した。
"はじめまして。不躾な訪問ごめんなさい、ジャクク・ジャジョードー。
正面からアポを取ったんじゃ絶対会ってくれないって聞いたので、勇気出してアポなしで来ちゃいました"
思い返せば、実によく似ていた。
人懐っこくて、物怖じしない。
無能かと思えば、妙なところで芯を食ったことを言う。
何度振り払っても懲りずに、喧しく囀りながら寄ってくる。
いつも笑っている。嬉しいときも、悔しいときも、悲しいときも。
自分の死を前にしてすら、切なげに笑ってみせる。
『――――――――――――オリヴィア』
気付けば、呟いていた。
眠る"それ"の顔が、記憶の中にしかいない"あれ"のと重なった。
681
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:21:20 ID:FWuHOWGU0
初めて訪ねてきた時は正気を疑った。
二度目は辟易した。五度を超えた辺りから風物詩になった。
いつしか袖にするのを諦め、挑まれる対話に応じるようになっていた。
吐露される疑問に意見を返し、その度議論を交わしてきた。
納得いかない時はできるまでめげずに噛み付いてきた。
実力で蹴り出すことなどいつだって可能だったのに、自分でも気付かない内に選択肢そのものが消えていた。
蛇杖堂寂句にとって、心とは理解の及ばぬ不可解だ。
すべてを理屈と、それを参照した合理で判断する彼には、いつだってヒトの心が分からなかった。
なまじ自分の中にはそう呼べるものがなかったから、他者の心に阿るという道は存在しない。
彼には心がなかった。
有象無象の無能どもが恥ずかしげもなくひけらかす情動を、彼は知らずに生きてきた。
例外はただの一度だけ。オリヴィア・アルロニカの死を聞いた日、書斎で『偽りの霊薬』が収まった瓶を見たその日だけ。
――もしも。
――あの時。
――これを使っていたなら、あの女は今も書斎(ここ)で煩く囀っていただろうか。
――私は。
――オリヴィア・アルロニカを、救えたのだろうか。
蛇杖堂寂句は不合理を許さない。
だからその感情を放逐し、忘れ去った。
だが因果とは巡るもの。報せとは応えるもの。
この時彼の目の前には、ひとつの〈未練〉が転がっていた。
.
682
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:22:16 ID:FWuHOWGU0
『……クク』
似ている。
本当に、よく似ていた。
『すまんな、ケイローン。貴様が正しかった。なるほど確かに祓葉(これ)は、地上にあるべきでない怪物だ』
失って初めて気付き。
故に忘れた、生涯初めての"後悔"。
それを思い出させ、すでに確定した結末をねじ曲げたこの白色が、怪物でなくて何だというのか。
ああ、吐き気がするほど恐ろしい。
這いずって、恥も外聞もなく逃げ出してしまいたい。
なのに心は歓喜に震え、眼輪筋が痙攣している。
『いいだろう。今回は私の負けだ』
気付けば手が、懐から虎の子の家宝を取り出していた。
『偽りの霊薬』。
そこに命が残っているならば、いかなる病みもたちまちに癒してしまう叡智の結晶。
あの日自分が差し出せなかった、最大の〈未練〉。
『貴様はこの戦争を制するだろう。
そうして聖杯を手にした貴様が何をするのか、私には想像がつく。
私は甦り、貴様の舞台を彩る走狗として恥を晒し続けるのだろうな。
まったくもって、笑い出したいほどに最悪だ。"おまえ達"は、いつも人の都合などお構いなしだ』
コルク栓を抜き。
中身を、目の前の瀕死体に向けて傾ける。
淡く輝く液体が、祓葉/オリヴィアに注がれていく。
それは自分の詰みを意味していたが、止める理性は働かなかった。
きっとこの時、蛇杖堂寂句の魂は真に灼かれたのだろう。
『私の脳髄はいつだって合理的だ。
未練(こ)の不具合は忘却の彼方に葬り、貴様を葬るために有用な狂気を被るのだろう。
さしずめ、そうだな――〈畏怖〉といったところか。ちょうどいい。喜べよイリス、〈未練〉はお前に譲ってやる』
瓶の中身が、すべて注がれた。
白い少女の、閉ざされていた瞼が開く。
右手に握られる、網膜を灼くように眩い〈光の剣〉。
それが、彼の末路を端的に示していた。
『だが忘れるな。私は、決して敗けん』
祓葉が立ち上がる。
記憶の中の彼女と、その微笑みが重なる。
『貴様がいちばん、それを知っているだろう。
私は誰より私の頭脳と、重ねてきた月日の値打ちを信じている』
剣が、振り上げられた。
死が目前にある。ケイローンであろうともはや間に合うまい。
だが、恐れはなかった。
あの時の彼女はこんな気持ちだったのかと、思った。
『あの世で見ておけ、愛弟子(オリヴィア)よ。貴様の師は神をも挫く男であると、遅い餞別を魅せてやる』
そうして訪れた、最後の一瞬。
助けてしまった少女は、後に神となる極星は、さびしそうに微笑んで――
『さようなら、ジャック先生』
愛弟子と同じ科白を吐いて、壊れた暴君を終わらせた。
◇◇
683
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:23:22 ID:FWuHOWGU0
一瞬、意識が飛んでいた。
瞼を開き、己のあまりの有様に苦笑する。
「……これでまだ生きているとはな。私も他人のことは言えんようだ」
左の視界がない。
それもその筈だ、寂句の左半身は完全に焼け焦げていた。
仮に余人が見たなら、焼死体が歩いていると絶叫されても不思議ではないだろう。
そんな有様で、寂句はなんとか生を繋いでいる。
充填の浅い神剣ならば、平均的な英霊級の強度を持っていれば死寸前の致命傷程度で済む可能性もあるらしい。
などと新たな知識を補充しながら、寂句は視界の先にその光景を捉えた。
それは――無慈悲なる現実であり、神々しい奇跡そのものだった。
結論から言おう。
蛇杖堂寂句と天蠍アンタレスは、神寂祓葉を天昇させることなどできなかった。
「な、ぜ……」
這い蹲って、アンタレスは絶望の表情でそれを見上げている。
神は再生していた。時計は再び心臓へ収まり、世界からの放逐が始まっている気配もない。
平時のままの微笑を携えて、神寂祓葉は天蠍の少女を見下ろしている。
無傷。肉腫はすべて吹き飛び、血の一滴も流すことなく、再臨した神はそこにいた。
アンタレスの問いに、祓葉は何も答えない。
その無言が却って、彼女の神聖を引き立てて見える。
断じて毒を食らわされた者の顔ではなかった。
彼女の涼やかな健在が、寂句達の奮戦がすべて無駄だったことを静かに、そして無情に物語る。
「……なぜ……っ」
鉄面皮こそが天蠍の在り方だ。
なぜなら彼女はガイアの尖兵、粛清機構。
そこに感情があれば贅肉となるし、だからこそ彼女はその手の余白を生まれながらに排されていた。
そんなアンタレスの顔はしかし、今だけは無感とは程遠かった。
失意と無力感。絶望と憤怒。交々の感情が、やるせなさでコーティングされて美顔に貼り付いている。
「なぜ、まだ、此処にいるのですか……!」
「ごめんね。私、そういうのは卒業してるんだ」
祓葉がようやく返した答えは、しかしすべての答えだ。
彼らの計画は、そのスタート地点からして失敗していたのだ。
奇しくもそれは、覚明ゲンジが到達したのと同じ結論。
最初からこの戦いに意味などなかった。
自分達は勝手に、届きもしない星の光に焦がれて、夜空を舞う虫螻の如く踊っていただけ。
「私の勝ちだよ、ジャック先生。そしてランサー。
遊んでくれてありがとね。ゲンジもあなた達も、とっても楽しく私を満たしてくれた。
だから、さようなら」
神のギロチンが静かに掲げられる。
アンタレスはその現実を受け入れられず、気付けば槍を振るっていた。
確定した結末を拒む、惨めで無様な幼子の駄々。
不格好な赤槍が、この夜で最も情けなく煌めいた。
◇◇
684
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:24:10 ID:FWuHOWGU0
天蠍アンタレスの宝具、『英雄よ天に昇れ』。
それは地上に在るべきでない存在を、その外側へ放逐する粛清宝具。
彼女を召喚したのは蛇杖堂寂句だが、人選したのはこの惑星そのものだ。
神寂祓葉は、もはや、地上にあり続けるべき存在ではない。
ガイアの意思、抑止力の決定で以って、天の蠍は再び現世に遣わされた。
そしてその段階から、この結末は決まっていたのだ。
「愚かしいな蛇杖堂寂句。おまえともあろう者が、まさか彼女の根源すら見誤っているとは思わなかったぞ」
神寂祓葉は理の否定者である。
生まれつき、抑止力の介入を受け付けない。
抑止の邪魔を受けずに二度目の聖杯戦争を開き、やりたい放題ができている時点でそれは推察できて然るべき事柄だった。
あらゆる魔術師が一度は抱く"抑止力からの脱却"という夢物語を、祓葉は産声をあげた瞬間から達成していた。
止められない故に際限がない。裁かれない故に自然体のまま奇跡を起こす。
そんな怪物を放逐するために、蛇杖堂寂句は抑止力の尖兵を起用させられてしまった。
その上で彼自身も、これこそ祓葉天昇に必要な力であると信じてしまった。
惑星の失策、寂句の失策、天蠍の失策。三種の失策が折り重なって、彼らは最後の最後で最大の絶望を味わう羽目になったのだ。
「おまえは間違いなく、〈はじまり〉の屑星どもの中で最も危険視すべき器だった。
今となっては恥ずべきことだが、このボクもおまえには警戒を寄せていたよ。
しかしすべては杞憂だった。論外だ、おまえに比べればイリスやアギリの方が余程見どころがある」
オルフィレウスの嘲笑が、彼だけの天空工房で静かに響く。
されど反論の余地はない。
寂句の失態は明らかなもので、その戦いは今となっては道化以外の何物でもなかったから。
「抑止などという古き法が、最新の神たる祓葉に通じると思うな。
英雄は天に昇らず、神は永久に地上に在り続ける。
それが真理だ。それが新たなる法だ。弁えろ、端役どもが」
愚かなり蛇杖堂寂句。
愚かなり天の蠍。
神寂祓葉は誰にも止められない至高の星だ。
再認するまでもない絶対の答えを論拠として、深奥の獣が彼のお株を奪う傲慢な勝利宣言を謳う。
「――おまえこそ真の無能だ、ドクター・ジャック。先に地獄へ行き、無限時計楽土の完成を見るがいい」
その声は、誰にも届くことはない。
獣は針音都市にあって、常に隔絶されている。
彼が自ずから舞台に干渉しない限り、誰もオルフィレウスの真意を解し得ない。
そう、その筈だった。
だからこれはただの偶然、単なる噛み合いに過ぎない。
『感謝するぞオルフィレウス、星の開拓者になり損なった無能の極み。貴様のおかげで、我が本懐は遂げられた』
地を這う狂人の言葉が、奇しくも時を同じくして、天上の造物主を無能と嗤ったのは。
◇◇
685
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:24:58 ID:FWuHOWGU0
振るわれた赤槍が、祓葉の左腕をもぎ取った。
光剣を握っている方の腕ですらなく、よってこれは確定した結末を遠ざける役目すら果たせない"空振り"だ。
祓葉を殺すどころか、その微笑を崩すこともできない。
なんたる無様。まだ静かに敗北を受け入れて消える方が英霊の沽券は保てただろう。
どうせ誰も祓葉には勝てないのだから、いかにして去り際に美を魅せるかを希求した方が余程いい。
そんな嘲笑が聞こえてきそうな光景だった。
そうして祓葉の光剣は、哀れな天蠍の首を刈り取らんとして……
「……、……あれ?」
その途中で、突如停止する。
疑問符を浮かべたのは祓葉だけでなく、アンタレスも同じだった。
悪あがきの自覚はあった。だからこそ、光剣が落ちてこず空中で止まった理由に見当がつかない。
「え? え? あれ、なんで……」
答え合わせは、他ならぬ祓葉の肉体が示している。
アンタレスの"悪あがき"で切り飛ばされた左腕。
そこが、数秒の時間を経てもまだ再生していないのだ。
いや、正確には再生自体はちゃんと行われている。
問題はその速度だ。
明らかに遅い。元のと比べれば、見る影もないと言っていいほど遅い。
「――まさか」
アンタレスは知らず、呟いていた。
思っていた形とは違う、しかしそうとしか考えられない。
「効いて、いる……?」
『英雄よ天に昇れ』は、神寂祓葉に効いている。
即時の天昇も、運命と偶然による間接的殺害も起こっていない。
が、だとしても明らかな異変が祓葉の玉体を揺るがしているのは確かだった。
祓葉は腹芸を不得手とする。そんな彼女が動揺し、狼狽にも似た反応を見せているのだ。
白き神は嘘を吐けない。純真無垢を地で行く彼女だからこそ、超絶の難易度を超えて刻まれた不測の事態を自らの顔で認めてしまう。
「ッ――!」
「っ、わ、わわわ……!」
次の瞬間、アンタレスは疲弊した身体に鞭打って攻撃へ転じていた。
686
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:25:59 ID:FWuHOWGU0
それに対する祓葉の迎撃は、先程までに比べあからさまに鈍い。
元々の稚拙さが、動揺のせいでより酷い有様になっている。
天蠍ごときの攻勢に防戦一方な時点で動かぬ証拠だ。ガードをすり抜けた穂先が彼女の頬を裂いたが、その傷もやはり、瞬時には再生しなかった。
「ちょ、待っ……な、何!? 急に、こんな……!」
祓葉は、自分の体質を正確に自覚などしていない。
だがそれでも、何かありえない事態が自分を見舞っていることは理解できていた。
これまで不滅を前提として暴れてきた彼女だからこそ、そこに楔を打たれた動揺は凄まじい。
一転攻勢と呼ぶに相応しい潮目の変化を前に、暴君はひとり破顔する。
「――ク。クク、ククク……くは、ははは、はははははははははは……!!!」
九十年の人生の中で、かつて一度でも彼がこうも抱腹した日があったろうか。
寂句は笑っていたし、嗤っていた。
大義を遂げた者特有の凄まじい高揚感が彼にそうさせる。
「感謝するぞオルフィレウス、星の開拓者になり損なった無能の極み。貴様のおかげで、我が本懐は遂げられた」
神寂祓葉は理の否定者である。
生まれつき、抑止力の介入を受け付けない。
故に『英雄よ天に昇れ』では、どうあっても彼女を滅ぼすことは不可能だった。
オルフィレウスは、おまえはそんなことにすら気付いていなかったのかと嘲ったが――愚問である。
気付いていないわけがない。
彼は暴君、蛇杖堂寂句なのだ。
「最初から、祓葉に対し打ち込むつもりはなかった。
その心臓、不死の根源――"おまえ"が授けた永久機関を狙い撃つつもりだったのだ」
アンタレスが寂句に課されていた条件とはそれだ。
祓葉ではなく、彼女の心臓/永久機関に対して『英雄よ天に昇れ』を投与する。
祓葉は明らかに抑止力の支配下から解脱している。
なればこそ付け入る隙はそこしかないと考え、プランを練っていた。
「だが懸念はあった。それは覚明ゲンジとおまえ達の戦闘で現実のものとなった。
永久機関は祓葉と高度に融合しており、仮に時計だけを狙ったとして、そこに対しても祓葉の体質が適用されるのではないかという懸念だ。
正直、もしそうであったらお手上げだったよ。しかし覚明ゲンジが、その岩壁をこじ開けてくれた」
祓葉の体質、抑止力の否定が心臓たる永久機関にさえ及ぶのならばもはや打つ手はない。
実際そうであったわけだが、その袋小路を破壊したのは覚明ゲンジであった。
彼のサーヴァント、ホモ・ネアンデルターレンシスの宝具はあまねく科学を滅ぼし、且つ抑止力に依らない破滅のカタチを備えていたからだ。
「原人の宝具は、祓葉を滅ぼせるモノだった。
だからおまえは堪らず天の高みから介入を決断したわけだ。
獣の権能を以って原人どもの呪いを跳ね除け、祓葉を救った。いや、"救ってしまった"」
そうして、覚明ゲンジは敗れた。
だが彼を下すためにオルフィレウスが取った行動が、巡り巡って寂句を救う。
不可能と確定していた手術計画が、他でもない敵の親玉のおかげで可能に変わった。
なぜなら、人類悪たるオルフィレウスが手ずから介入してしまったから。
祓葉の内臓のひとつと化していた永久機関に、獣の権能という形で己の色を付け足してしまったから。
「神の心臓は、獣として成立する前のおまえが埋め込んだものだ。
そこに今のおまえの、その醜穢な獣臭が付け足された。
最後だから種を明かしてやろう。私の助手(ランサー)の宝具は、今あるこの世にそぐわない超越者を放逐する猛毒だ」
クク、と。
寂句は今一度、それでいてこれまでで最も深く笑った。
687
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:26:42 ID:FWuHOWGU0
「――人類悪(ビースト)がこの世に在っていい瞬間など、後にも先にも現在にも、一秒たりとて存在しない」
人類悪の獣とは、ガイアにとっても無論のこと不倶戴天の敵である。
よって条件は達成。祓葉の体質がある以上本来の薬効とまではいかないが、それでもオルフィレウスの介入した部分に関しては毒を回せる。
そうして引き起こされたのが、この"機能不全"。
不死性の零落。再生の遅滞、そして恐らくはそれだけではない。
そのことは、アンタレスの猛攻を徹底的に防御している祓葉の姿勢が証明していた。
彼女は幼稚で稚拙だが、野性的な戦闘勘は水準以上のものを持ち合わせている。
分かるのだろう、己に死の概念が付与されたことを。
かつて手放したそれが、戻ってきてしまったことを。
再生が遅くなったのなら。
命が肉体を離れる前に巻き戻すことが不可能なのは道理。
つまり。
「喝采しろ覚明ゲンジ。噴飯しろオルフィレウス。我らの〈神殺し〉は此処に成った」
神寂祓葉は、今後"即死"を防げない。
それは絶対神の零落の証明として十分すぎる、最新最大の陥穽であった。
「はは、ははは、ははははははははは――――!!」
暴君は、誰にもできない偉業を成したのだ。
その狂気は畏怖。奥底に隠したのは未練。
清濁を併せ呑み、恥を晒すことを許した傲慢の罪人は遂に神を穢した。
響く哄笑は積年の鬱屈をすべて発散するが如し。
たとえ死に体であろうと、彼の悦びを止められる者はどこにもない。
「ああ、本当によくやってくれたよ蛇杖堂寂句。
俺としてもあんたが最強で異論はない。
だから歓喜のまま、ここで死んでくれ」
そんな老人の胸から、彼のものでも、神のものでもない腕が生えていた。
溢れ出す鮮血、零れ落ちる喀血。
祓葉の二の轍は踏まず、位置のずれた心臓を刺し貫いて。
――かつて寂句と並び最大の脅威の一角と称された、〈非情の数式(ノクト・サムスタンプ)〉がそこにいた。
◇◇
688
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:27:24 ID:FWuHOWGU0
時刻は、神寂祓葉の零落と蛇杖堂寂句の死の少し前に遡る。
「夢幻の如く面妖に揺れ動きおって。貴様、よもやウートガルズの王が遣わした尖兵か。
あぁおぉ許せぬ、何故吾輩を解放せぬのだヴァルハラの愚神ヴェラチュール。
我が奔放を許さぬならば疾く死ね神話よ、帝国の威光を貴様らに見せてやる」
「……話長ェーよ、ボケ老人が……」
〈脱出王〉ハリー・フーディーニのサーヴァント、〈第五生〉のハリー・フーディーニ。
彼の出現は、ノクト・サムスタンプの計画を大いに狂わせた。
強すぎる。たかが手品師が示せる力量ではない。
まったく強そうには見えないし、実際やっているのはスラグ弾の射出という分かりやすい攻撃だけであるというのに、ノクトは焦燥させられている。
(クソ面倒臭ぇ。逃げの技術を殺しに転用するのはいいとして、このジジイそれを究極まで極め切ってやがる)
英霊ハリー・フーディーニは九生にて成る。
その中でも、戦闘能力にかけて第五生の右に出る者はいない。
理性を犠牲に、あらゆる殺人技術をスラグ弾の射撃で体現するリーサルウェポン。
スカディを相手に一時とはいえ互角を誇った通り、彼の力量は神話の領域に到達して余りある。
夜のノクト・サムスタンプは確かに怪物だが、それでも手に余る相手がこの痴呆英雄だった。
「ヘイヘイどしたのよノクト。まだ〈脱出王〉はぜんぜん健在だぜ?」
「黙ってろよおんぶに抱っこのオカマ野郎。血ィ吐きながら言われても説得力ねえぞ」
ソレに加えて、敵陣には〈脱出王〉、狂気に冒されたハリー・フーディーニもいるのだ。
あちらは満身創痍。それに比べれば未だノクトは無傷に等しい。
スラグ弾の銃撃のみでしか攻めてこない手数の少なさは、敏捷性に優れる夜の彼にとっては多少やりやすい。
(とはいえ、どうしたもんかね。
〈脱出王〉が半グレどもの戦場に直接介入できなくしただけで御の字として損切りするべきか、もう少し試行回数を増やしてみるべきか……)
〈脱出王〉は涼しい顔をしてはいるが、苦悶が隠せていない。
少なくとも当分の間、彼女が前線であれこれ飛び回るのは不可能と見ていいだろう。
できるならここで排除し、彼女の死を以って均衡を壊したかったが……保護者が来てしまった以上は深追いするだけ不利になる。
689
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:28:23 ID:FWuHOWGU0
(どうも、厄介なヤマに首を突っ込んじまったみてえだな……失策だ。
悪国征蹂郎のライダーをどこかで掠め取る算段だったが、そっちも雲行きが怪しくなってきやがった)
赤い空は、ノクト達が戦うその頭上にも例外なく広がっていた。
これがレッドライダーによる影響なことは明らかだし、だとするなら赤騎士は既に制御不能に陥っている可能性が高い。
港区で祓葉と戦ったと聞いた時から懸念していた事態が現実のものになった。
狂わされた戦争の騎士は走狗の枠を超え、この世界の終末装置に化けてしまった。
(放射能の塊をぶん取ったって仕方ねえ。やれやれ、貧乏くじを引かされたと諦めるしかなさそうだな)
いっそ〈脱出王〉打倒に全霊を尽くし、煌星満天のキャスターに嫌味言われるのを承知でロミオを呼び戻すか?
ノクトは考える。
彼は策士であり、それ以前に職業傭兵だ。
少なくないリソースを費やして臨んだ以上、得るものなしで帰るのは絶対に御免だった。
落ち武者狩りで生存者の頭数を減らすのも悪くはないが、いささか物足りないのは否めない。
さて、どうするか。思索する鼓膜を、サイレンの音が叩いた。
かなりの音量だ。新宿を見舞う惨事の鎮圧に警察組織が動くのは当然だったが、夜に親しんだその聴覚は単なるサイレンの音色からさえも無数の情報を読み取れる。
ドップラー効果の影響を受け始めるまでの秒数がやたらと速い。
時速120kmを超える速度で走っていなければおかしい計算だ。
緊急事態とはいえ、公道を無数のパトカーがそんな速度で走るだろうか?
何かが起きている。
そこまで考えて、ノクトは喉に小骨がつっかえたような違和感を抱いた。
(――――妙に引っかかるな。俺は何か見落としてるか?)
警察までもが〈喚戦〉にあてられていると考えれば、まあ想定の範囲内を出ない話だ。
しかしノクトは理屈ではない、ある種本能的な違和感を感じていた。
「なあ、〈脱出王〉よ。これは煽りでも心理戦でもないただの疑問なんだが」
「ん。どうしたんだい、らしくもない。君が私に質問をぶつけるなんて」
「お前、なんか知ってるよな?」
〈脱出王〉は答えなかった。
なんのことだか、とばかりに両手をひらひらと掲げてみせる。
その反応を見て、ノクト・サムスタンプは確信する。
自分は何かを見落としている。気付かねばならない、知らねばならない何かを。
690
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:29:05 ID:FWuHOWGU0
漏らすはため息。
次の瞬間、ノクトは地を蹴って大きく跳躍した。
ただし〈脱出王〉の方に向けてではない。
むしろ彼女に対し背中を向けて、虎は夜の彼方へと消えていく。
「あー、追わなくていいよ。どうせ追い付けないしね」
咄嗟にショットガンを掲げた第五生に、〈脱出王〉はそう言う。
「私がこのザマな時点で分かるだろうけど、夜のノクトは只者じゃないんだ。
正々堂々戦えばもちろん君が強いよ? けどバカみたいなスペックに嫌らしい悪意を織り交ぜてくるのが夜のあいつなわけ。
せっかく見逃してもらえたんだし、ここは大人しく行かせてあげようよ」
「……………………」
「それに」
実際に戦ったのは初めてだが、正直言って死を覚悟させられた。
たぶん内臓が潰れているので、開腹して縫合する必要があるだろう。
医術に優れているのは何生のハリーだったかと考えながら、〈脱出王〉は仇敵の去った方角を見据えにんまりと破顔した。
「どうもその方が面白そうだ。予想だにしない未知が見られるかもしれないよ、楽しみだねぇ」
「……未知……。それにその意味深長な物言い……。貴様、よもやヴァルハラの追手に取って代わられているのか? であれば度し難い。実に度し難いぞ第二生よ。フーディーニの魂の螺旋をあのような穢らわしい神族に売り渡すとは。説教をくれてやるから首を出せ。撃ち抜いてくれる」
「あーはいはい、おじいちゃんご飯はさっき食べたでしょ。
ていうかあの、そろそろ九生の私に戻ってくれない? それか医者の私を呼んでくれると嬉しいんだけど。
たぶんこれ肝臓かどっか潰れてるんよね、実はめちゃくちゃ死にそうなんだよ私」
無論――。
ノクトも、〈脱出王〉も、既に気付いている。
この新宿に自分達の神が顕れ、恐らくもう事を始めていると。
夜と同調しあらゆる力を底上げされているノクトならば、正確な位置を特定するのも難しくはないだろう。
さて、彼はそこに向かい、何をするつもりなのか?
考えただけで、〈脱出王〉は高揚が止まらなかった。
自分も案外、祓葉と似た者同士なのかもしれない。
そう思いながら糸が切れたように座り込み、だぼー……とバケツをひっくり返したみたいな量の血を吐く。
あまりスマートな幕切れとはいかなかったが、斯くしてハリー・フーディーニは虎の巣穴から脱出を果たせたのであった。
◇◇
691
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:29:53 ID:FWuHOWGU0
「悪いな、爺さん。
正直俺は、あんたは勝手に自滅するもんだと思ってた。
真っ先に祓葉に挑んで、何も成すことなく光剣の露と消える。
だからそれまでせいぜい利用してやろうって腹であんたに接触し、協力関係を取り付けたんだわ」
ぐじゅり、ぐじゅりと、突き刺した腕を回して傷口を押し広げる。
手刀は心臓を一突きにしているので、その動きに合わせて穴の空いたそれがひしゃげた。
蛇杖堂寂句は超人である。急所を貫いたとしても、最後まで油断するべきではない。
「あんたの狂気は読みやすかった。
あんたは明らかに祓葉を畏れていて、だからこそ誰より先に事を起こすと分かってたよ。
怖ろしいものを怖ろしいままにしておけるタイプじゃない。むしろ手ずから排除しなきゃ気が済まない手合いだろ、あんたは」
――ノクト・サムスタンプは、蛇杖堂寂句の末路を彼に接触したあの瞬間から予見していた。
卓越した人心把握能力。暴君は並々ならぬ怪物であったが、サムスタンプの傭兵の慧眼はそれをも超える。
蛇杖堂寂句は、"死へのはばたき"だ。
狂気の実験が生んだ哀れな一匹の蛾だ。
光に向かうしかないのは〈はじまりの六人〉共通の原罪だが、彼の狂気は最も破滅的である。
誰より祓葉を畏れているからこそ、彼女に挑まずにはいられない矛盾。
そして神寂祓葉を倒せる人間など存在しないのは自明であり、よって寂句の死は最初から確定している。
その上で利用し、死にゆく老人から出る搾り汁を多少啜れば御の字。
それがノクトの魂胆だったわけだが、実際起こった事態は彼の予想を遥かに超えていた。
結局のところノクト・サムスタンプすらも、蛇杖堂寂句という男の本気を見誤っていたのだ。
「だからこそ、腰が抜けるほど驚いたよ。
こんな真似しといてなんだが、同じ戦場で戦ったひとりとして心から敬意を示したい。
あんたは最高の男だ、蛇杖堂寂句。暴君の傲慢は宇宙(ソラ)に届き、俺達の神を引きずり下ろした」
彼を知る者は言動の一切を信用するなと口酸っぱく言うが、それでも今口にした科白は本心だった。
確かにノクトは冷血漢だが、決して無感の機械ではない。
神に挑み、地上に引きずり下ろした偉業は、卑劣な契約魔術師の心さえも揺るがした。
彼がやったことは、世界の常識を変える行いに他ならない。
不滅の神は打倒可能な存在となり、出来レースじみた遊戯に興じさせられていた演者達の全員に、神を超え戴冠するチャンスが生み出された。
今この瞬間を境とし、聖杯戦争のセオリーは大きく変化する。
祓葉は殺せる。滅ぼせる。箱庭の外に出られる可能性が、小数点以下の低確率だろうと確かに在る。
ゼロとイチの間を隔てる距離は無限。
蛇杖堂寂句は、その無限を切除したのだ。
――故にこそ、ノクト・サムスタンプが次に取るべき行動も自動的に決定された。
692
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:30:41 ID:FWuHOWGU0
「けどなぁ。そうなると、あんたが生き延びる可能性が生まれちまうわけだ」
今の寂句は、神殺しに挑んだ代償として誰が見ても半死半生の有様を晒している。
だがこの老人に常人の基準は適用されない。
半身を焼き焦がされた程度なら、摩訶不思議な薬や備えを用いて復活してくる可能性は十分にある。
「それは困るんだよ。俺はあんたが敗けて死ぬのを前提に盤面を組んでたんだ。
神を落とした暴君が今後も好き勝手暴れ続けるとか、悪いが考えたくもねえ。
よって無粋は承知で、こうして確実に殺しに来たってわけさ」
己が狂気を乗り越えた寂句が仮に生き延びたなら、それはこれまでとは比にならない次元の脅威となる。
彼に抱いた敬意は事実だ。蛇杖堂寂句、その生き様は永遠に記憶に残るだろう。
されどそれはそれ、これはこれ。
神殺しの英雄には、築いた栄誉を胸に永眠して貰う。
罷り間違ってもその栄光を次に繋げさせなどしない。
確実に殺す。確実に潰す。
それにどんなに耳触りのいい言葉で取り繕っても、やはり心の奥に燃え盛るものはあるのだ。
「ありがとよ、ドクター・ジャック。よくぞ祓葉を堕としてくれた。
そしてふざけるなよ、ドクター・ジャック。よくも祓葉を汚してくれたな」
ふたつの感情をさらけ出すノクトの姿は、微塵の合理性もなく爛れていた。
彼もまた狂人。祓葉という太陽に灼かれ、狂おしく歪められた衛星のひとつ。
なればこそ、許せる筈がない。
たとえその偉業が自分を助ける希望になるとしても、彼らは皆、自分以外の狂人が星を汚した事実を許せない。
そういう意味でも、ノクトがこの行動を取るのは必定だった。
蛇杖堂寂句は狂気の超克を遂げた瞬間から、〈はじまりの六人〉共通の不倶戴天の敵に成り果てた。
いわばノクト・サムスタンプはこの場にいない彼ら彼女らの代弁者でもあるのだ。
「なんて言っても、もう聞こえてねえか」
寂句は、もう完全に沈黙していた。
神殺しの英雄は、背後からの凶手に倒れるというあっけない末路を辿った。
無情ではあるが、結末としては妥当なところだろう。
何故ならこの舞台の主役は祓葉。不滅が翳っても、その大前提は依然まったく変わっていない。
むしろ、そういう意味では"厄介なことをしてくれた"と言えなくもなかった。
祓葉は確かに不滅を失った。再生は全盛期に比べれば見るに堪えないほど遅くなり、頭部も心臓も"急所"に堕ちた。
絶対不変の主役に終わりの概念が付与されてしまった。
それが何を意味するのか、どういう事態を招くのか、ノクト・サムスタンプだけが理解している。
頭が痛いし胃も痛い。
起こってしまったルールの激動には、彼女を深く知る者にしか分からない地雷が混ざっている。
知らずに踏み抜いてしまったが最期、足どころか全身跡形もなく消し飛ぶ核爆弾だ。
故にノクトは狂気云々を度外視しても憂いを抱きつつ、屠った老人の骸から腕を引き抜こうとして――
693
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:31:43 ID:FWuHOWGU0
「…………あ?」
抜けない。
そう気付いた刹那、彼の全身が総毛立った。
「ッ――まさか、てめえ……!?」
思わず漏れた言葉には、不覚を悟ったが故の失意が滲んでいる。
その声を受けて、もう二度と響かない筈の声が応えた。
「功を焦ったな、ノクト・サムスタンプ。
つくづく今宵の私は運がいい。よもや最後の心残りが、自ら目の前に現れてくれるとは」
ノクトは、確かに寂句の心臓を貫いた。
寂句がいかに超人でも、祓葉でもないのだから心臓を破壊されて生き永らえられるわけがない。
勝利を確信して気を緩めてしまった彼は責められないだろう。
これは単に、蛇杖堂寂句の組んでいた想定が、策士のそれをすら上回ったその結果だ。
「実を言うとな、貴様に対しての備えではなかったのだ。
祓葉との戦いが至難を極めることは予測できたからな……我が身を裂いて秘策を仕込んでいた」
くつくつと笑う寂句に戦慄する時間も惜しい。
ノクトの背を、本能から来る焦燥が強く焦がしていた。
脳内で喧しく警鐘が鳴っている。
致命的なミスを自覚した時特有の肝が凍てつくあの感覚が、契約魔術師の脳髄を苛んでいる……!
「『偽りの霊薬(フェイク・エリクサー)』。そうか、貴様に明かしたことはなかったな」
蛇杖堂寂句が持つ、正真正銘真の切り札。
死以外のあらゆる病みを棄却する、アスクレピオスの劣化再演。
彼は此度の戦争に、一本だけそれを持ち込んでいたのだ。
だが祓葉との戦いでさえ使われることはなく、なおかつどこかに隠している素振りもなかった。
仮に忍ばせていたとしても、至近距離で祓葉の爆光を浴びた時点で容器が割れるか中身が蒸発するかしていた筈だ。
ならば何故、暴君は今ここで、虎の子の存在を明かしたのか。
「私が志半ばに死亡した時のために。そしてもう二度と、同じ過ちを繰り返さぬように。私はそれを自身の心臓に縫い付けていた」
『偽りの霊薬』は、常に寂句と一心同体だった。
彼は己の身体をメスにて開き、霊薬を収めた試験管を心臓に縫合していた。
694
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:32:43 ID:FWuHOWGU0
「所詮は贋作だ。死をも覆すというアスクレピオスの真作には届くべくもない代物。
だが、心臓が停止し命が抜け落ちるまでのわずかな時間さえ逃さなければ蘇生は間に合う。
ならば最初から心臓そのものに縫い付けておき、魔術的な仕掛けで心停止および損壊に合わせて自動で薬液が撒き散らされるようにすればいい」
結論から言うと仕掛けは不要であった。
ノクトが心臓を貫いた瞬間、試験管は割れ、中の霊薬は寂句の心臓にすぐさま触れた。
「簡単なトリックだよ、ノクト・サムスタンプ。
興味本位の質問なのだが、今どんな気分なのだ?
得意の知恵比べでさえ無能を晒すようでは、貴様など何の価値もなかろうになぁ」
「蛇杖堂、寂句……ッ!」
瞬間、偽りの霊薬はただちに仕事を果たし始める。
破られた心臓は再生し、祓葉の剣に灼かれた身体も、彼女のお株を奪う勢いの速度で元のカタチを取り戻していく。
疲労はゼロに還り、寂句がこの時までに背負っていたすべての不調と異変が、神の奇跡に触れたみたいに治り続けて止まらない。
寂句の手が、自らの胸を貫いたノクトの腕を掴んだ。
その意味するところは、当然彼にも分かる。
刺青の刻まれた精悍な貌が、一気にぶわりと青褪めた。
「貴様にはずいぶん煮え湯を飲まされた。
今だから言うがな、私も私で、いつ寝首を掻こうかずっと思案していたのだ。
このめでたい時に私怨を晴らす機会まで与えてくれて感謝が尽きんよ。
ありがとう、ノクト・サムスタンプ。御礼にこの世で最も無様な死を贈ってやろう」
「ぐ、ォ――ッ、が、あああああああああッ……!!?」
呪詛の肉腫が寂句の掌を起点に増殖し、ノクトに腕が圧潰していく激痛を届ける。
漏れた絶叫は心からのそれだった。
だが、目先の激痛などこの先に待つ最悪の事態に比べれば些事だ。
(やべえ……ッ、このままじゃ、呑まれる……!)
寂句の扱う肉腫は、接触時間に応じてその版図を醜悪に拡大する代物だ。
であればこの状況はまさに最悪。全身を腫瘍に食われて肉達磨と化して死ぬとなれば、確かにそれは最も無様な死に様であろう。
判断を迷っている暇はなかった。
ノクトは自由の利く左手を、肉腫に呑まれゆく右腕に向けて振り下ろす。
「づ――ッ、あ……! やって、くれるじゃねえか……! これだからッ、てめえは、嫌いなんだよ……!」
片腕が寸断され、どうにか暴君の侵食から抜け出すことに成功する。
しかし、勝ち誇った顔などできるわけがない。
夜に親しむ力がどれほど強力でも、失った身体部位を補うような働きはしてくれないのだ。
この序盤で片腕を"捨てさせられた"事実は言うまでもなく痛恨。
睨み付けるノクトの前で、遂に心臓の風穴をも修復して振り返る寂句。
トレードマークでもある灰色のコートは無残に焼け焦げていたが、逆に言えば陥穽と呼べる箇所はそれだけだ。
肌には傷ひとつなく、厳しい顔面に貼り付けた表情にも苦悶の名残さえ見て取れない。
万全な状態に復調し、回帰した蛇杖堂寂句が、暗殺を完遂するどころか癒えぬ欠損を負わされたノクトを笑覧していた。
「お互い、余白を抱えて戦うのは辛いなサムスタンプ。
同情するぞ、本心だ。かく言う私も"それ"にはずいぶん困らされた」
「――は。先輩風吹かすんじゃねえよ、老害が……!」
寂句の言う通り。
もしもノクト・サムスタンプに一切の陥穽がなかったのなら、こんなミスは冒さなかっただろう。
〈はじまり〉のノクトも、文字通りすべてを警戒していた。
その上で判断を一切乱すことなく、常に最善手のみを打ち続けたのが前回の彼だ。
だから寂句も手を焼いた。結果だけ見れば、ただの一度も寂句は彼を出し抜けなかった。
しかし今のノクトは違う。
彼もまた祓葉に殺され、精神をその輝きに灼かれている。
付与された狂気は生来の聡明を無視して、気まぐれに肥大化して理性を圧迫する。
寂句が祓葉を堕としたことへの激情。それが、狂わない筈の判断を誤らせた。
蛇杖堂寂句が策を布いている可能性を考慮せず、功を急いた行動に踏み切らせた。
片腕の欠損という痛恨の事態は、間違いなく狂気に背を押された結果のものだ。
「てめえは此処で殺す。名誉はくれてやるから、満足しながら地獄に堕ちろ」
「月並みだな、サムスタンプ。貴様ともあろう者が、出来もしないことを喚くとは……端的に失望を禁じ得んぞ」
かくして、神の失墜を経て尚狂人たちは殺し合う。
ノクト・サムスタンプ。〈渇望〉の狂人。
蛇杖堂寂句。〈畏怖〉を超え、狂気を超絶した暴君。
その激突が熾烈なものになるのは確実で、どちらが死ぬのも可笑しくない対戦カードなのは間違いなかったが……
695
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:33:12 ID:FWuHOWGU0
(――とは言ったものの、此処までだな。どう考えても私に勝ち目はない)
暴君はごく冷静に、この激突の結末を見据えていた。
『偽りの霊薬』は、確かに彼が負ったすべての傷を癒やした。
ただし、その中には彼が未来を度外視して施したドーピングの効能も含まれている。
命をすり減らしやがて失わせるオーバードーズだったのだから当然だが、それを取り払われた寂句の戦力は数分前までとは比べるべくもない。
それでも常人基準であれば、十分すぎるほど強靭である。
しかし相手は"夜の"ノクト・サムスタンプ。最高峰の逃げ足を持つ〈脱出王〉をいいように圧倒し、やり方を選べばサーヴァント相手にすら応戦を可能とする正真正銘の魔人だ。
相手が悪すぎる。どう頑張っても、自分に勝ち目はない。寂句の算盤は一切の誤差なくその結末を導き出す。
(クク。つくづく難儀なものだ、結末が分かっているのに本能が敗北を良しとしない)
にも関わらず、寂句は目の前の凶手に勝ちを譲る気など欠片もなかった。
それどころか必ず殺す、踏み躙るのだと祓葉と相対した時に何ら劣らない闘志がとめどなく沸き起こってくる。
狂人を卒業しても尚、かつての同類へ抱く同族嫌悪の情は健在らしい。
難儀だ。面倒だ。死に際ですら殺し合いの中に在らねばならないとは。
だが――暴君は、嘆くということを知らない。
(さて、では戦いながら考えるとするか。
本懐を遂げ、死を目前にした私が、この先の世界に何を遺せるのかを)
死を前にしていようが、停滞(とま)ることなく考える。考え続ける。
それが彼だ。それが蛇杖堂寂句だ。
生きている限り、そこに彼の自我がある限り、蛇杖堂の暴君に停止はあり得ない。
混沌は既に最終局面。
だとしても尚、激動は止まらない。
◇◇
696
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:33:45 ID:FWuHOWGU0
天蠍アンタレスは、蛇杖堂寂句の"最後の策"を念話で聞かされていた。
それはまさしく、ノクト・サムスタンプの腕が彼を貫くわずか前のことだった。
耳を疑ったし、事此処に至るまで知らせて貰えなかったことに不甲斐なさを感じもしたが呑み込んだ。
そんなことよりも大切な使命が、彼女を突き動かしていたからだ。
すなわち神の葬送。己が堕とした神を、今度こそこの地上から排除する尊い大義。
「神寂、祓葉ぁぁぁッ!」
「っ、く……!」
祓葉はやはり、自分に死の概念が戻ってきたことを自覚しているようだった。
その証拠に、これまで事もなげに受け止めてきた些細な攻撃にさえも光剣で迎撃してくる。
改めて実感する。目の前の現人神が、もはや不滅ではなくなったことを。
なのに天蠍の少女は未だ余裕のない顔で、攻め続けねばならないという強迫観念に突き動かされ続けていた。
(恐ろしい。何故、一撃も通らないのです)
明らかに動揺し、狼狽している祓葉が、しかしまったく殺せない。
これまでひたすらに稚拙だった太刀筋が、ここに来て一気に冴えを増している。
「はぁ、はぁ……!」
神寂祓葉の超越性を語る上で、不死も不滅もわずか一側面でしかないのだと思い知らされた。
祓葉はもう、不死が消えた現在に緩やかながら適応し始めている。
〈この世界の神〉を難攻不落たらしめていた絶対の不死性。
だがそれが抜けたとしても、彼女は依然圧倒的に舞台の主役である。
あれほど不死に頼って戦っていたにも関わらず、なくなった途端に祓葉は終わりのある器という設定に順応を開始した。
本来人間が数十年、ともすればその一生を費やして得る研鑽を無から生み出して、即興で駆使してくるのだ。
そのため、単純な彼我の優劣だけで見ると、先ほどよりもむしろ状況は悪化して見えていた。
けれど付け入る隙は、少なくとも今ならあった。
不敵に、無邪気に笑って戦っていた彼女が、今は息を切らしながらアンタレスの槍を捌いている。
おそらくこの聖杯戦争が始まって以来初めて見せる、動揺。
これが抜ける前に祓葉を屠れなければもはや未来はないと、アンタレスは本気でそう考えていた。
「――逃がしは、しません」
覚明ゲンジが道を作った。
蛇杖堂寂句がそれを切り開いた。
現代を生きるふたりの"人間"が、各々命を呈して〈神殺し〉に挑んだのだ。
697
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:34:29 ID:FWuHOWGU0
そうして見えたこの光明を掴めずして、何がガイアの抑止力。
初めて抱く情熱が血潮に乗って全身を巡り、アンタレスに全力以上の全力を発揮させる。
機関銃の如く迸る刺突の雨で、祓葉の肉体を確実に抉っていく。
まだ致命打は与えられていないが、それでも時間の問題だろうと感じる。
脳の破壊。斬首。心臓破壊。道は三通りだ。何とかして、刺し違えてでもこの白神を即死させねばならない。
「それが当機構の遣わされた意義。
そして我がマスター・ジャックから託された使命」
百の刺突が九十九凌がれた。
それでも一発は再生した腕を再び落とし、立て続けに身をねじ込んで神の腹に膝を叩き込む。
「が、っ……!」
漏れる悲鳴の意味も、今やさっきまでとは変わっている。
潰れた内臓だって、瞬時に再生できないとなれば足を引く要因になるだろう。
勝てる。倒せる。その確信を前に、天の蠍は魔獣(ギルタブリル)の奮迅を実現させていた。
「ぐ、ぅあ……! ――――『界統べたる(クロノ)』、」
だが、手負いの獣が最も恐ろしい。
血を吐きながら後退した祓葉の剣が、再び極光を蓄えた。
最後の解放からもう十分な時間が経過している。
つまりこれから放たれるのは、今度こそ防ぐことなどできない全霊の神剣。
「『勝利の剣(カリバー)』――――ッ!」
大地が張り裂け、赤い夜空をも貫く光の柱が立ち上がった。
都市最高の火力のひとつが、このわずかな時間で幾度放たれたか。
隻腕での解放でありながら、驚くべきことに欠片ほども威力の減衰はなかった。
たとえ地に堕ちようとも主役は主役、神は神。
天の蠍何するものぞ、地母神(ガイア)の圧力などとうに克服している。
よって無用、速やかに太陽の熱で溶け落ちろ。
そう裁定する爆光が晴れるのを待たずして、しかし神の敵は血に塗れながら飛び出した。
「な……!」
「意義も使命も、何ひとつたりとも!
当機構は、譲るつもりはありません!」
蠍の足を用いた超高速移動と立体起動。
それらに加えて、祓葉をここで討つという限界を超えた意思の力。
すべてがアンタレスの背を押した。
必滅の神剣が撒き散らす破壊の中から標的に繋がる道筋を探り出し、遮二無二辿って好機を得る。
698
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:35:19 ID:FWuHOWGU0
驚愕する祓葉に向け、〈雷光〉の如く疾走。
握り締めた骨が砕けるほど力を込め、赤槍を神へと放つ。
「――滅びの時です! 現人神・神寂祓葉!!」
祓葉が再び、光の剣を激しく感光させる。
連発であれば威力は落ちる。とはいえ、まともに受ければ今度こそ自分は死ぬだろう。
それでも足を止める理由にはならない。
赤の光条と化したアンタレスが、疾走の果てにとうとう零落した神の肉体を穿ち貫いた。
飛び散る飛沫。
頭の上から降り注ぐ、神の喀血。
が――天蠍の少女が浮かべたのは、己の無力を呪う表情(かお)だった。
「……か、は。惜しかった、ね。ランサー」
心臓を、貫けていない。
最後の一手で、外してしまった。
これまでの無茶で積み重なった疲労、ダメージ。
そのすべてが、よりによってこの瞬間に牙を剥いた。
それでも、胴をぶち抜けている時点で致命傷だ。
しかし相手は永久機関の最高適合者、〈この世界の神〉、神寂祓葉。
「ッ……まだです、まだ――が、ぁッ!?」
失意に手を止めるな。
一度で駄目だったなら二度、それでも駄目なら何度でも挑み続けろ。
そう自らを叱咤しつつ槍を抜き、後退するところで神の光剣が追いついた。
甲冑が裂かれ、胴体から血が飛沫をあげる。
霊核まで届いていないことは幸いだったが、この重要な局面で傷を負ってしまった事実はあまりに大きかった。
倒れ伏しそうなところを踏み止まれたのは奇跡。
が、そこが今度こそ本当に限界だった。
膝から力が抜け、かくんと落ちる。
胴に風穴を空けて見下ろす祓葉を討たねばならないのに、もう足がわずかほども動いてくれない。
「すごいよ。ゲンジも、ジャック先生も、あなたも……。私のために、本当に、ほんとうに頑張ってくれたんだね」
空の赤色を背景に佇む少女は、こんな状況だというのに魂が蒸発するほど美しく見える。
ありったけの尊さとありったけの悍ましさを煮詰めどろどろにして、少女の鋳型に流し込んだかのようだ。
これを指して神と表現することすら、きっと適当ではないのだろう。
まさしくこれは、星だ。何もかもが巨大で推し測れず、ありのまま輝くだけで生きとし生けるものすべてを灼いてしまう超巨大な惑星だ。
「忘れないよ。あなた達のことは、絶対忘れない」
「当機構は、まだ……!」
「ううん。もう終わりなんだよ、ランサー」
祓葉が、両の腕で光剣を振り上げる。
神々しく煌めくそれが、アンタレスには断頭台に見えた。
「こんな、ところで……」
実際、間違った形容ではないだろう。
神は不遜な小虫の叛逆を赦し、最高の栄誉を与えて審判を下す。
蠍の戦いは神話として永久に記録され、幾千年の未来にまで語り継がれるのだ。
「こんな、ところで、終わったら」
――ふざけるな。敗北は敗北だろう、そのどこが名誉なのだ。
抑止の機構は、予期せぬ不具合に視界を曇らされる。
眼窩部の奥から体液が滲出していた。
機構(システム)の少女にはあるまじき誤作動の副産物なのか、思考回路に泥のような悪感情が広がっていく。
悔しい。感情のままに、アンタレスは握った拳で地を叩いた。
「あの人達の戦いは、一体、なんだったというのですか……!!」
滂沱と流れる涙と、込み上げる激情で鉄面皮を崩壊させながら、少女は全身で敗北を噛み締める。
699
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:36:12 ID:FWuHOWGU0
(――勝手に人の物語を終わらせるな。早合点は貴様の悪癖だと何度も言ったろうが)
(っ……?!)
その時。
不意に脳裏に響く、慣れ親しんだ声があった。
(ま、マスター・ジャック……!? どうか戦いを放りお逃げください。当機構は、その……)
(失敗した、だろう? フン、言われずとも分かっている。
我々は錠前を壊しただけだ。不滅を剥ぎ取った程度で、あの小娘が簡単に斃れるものかよ)
ノクト・サムスタンプと交戦している筈の蛇杖堂寂句。
彼の身に起きていること、今その肉体がどうなっているのか、いずれもアンタレスは把握している。
だからこそなおさら、祓葉に届かなかったことに絶望を禁じ得なかった。
お逃げください、などと言いつつ、天の蠍はもう己が主の未来を分かっている。
彼は確かに超人だが、それでも地に足のついた人間だ。
傷を癒やし、不滅のように振る舞うことはできても。
結局のところ、迫ってくる死そのものを破却することはできない。
しかし当の寂句はと言えば、平時と変わらない不遜さで言葉を紡いでいた。
ひょっとするとここで戦っている彼は影武者か何かで、本物はあの病院で今も安楽椅子に座りながらほくそ笑んでいるのはないか。
ともすればそんな希望さえ抱きそうになる。
無論、そのような都合のいい話などある筈もないのだったが。
(貴様も分かっているだろうが、私はじきに死ぬ。
神殺しのついでに憎たらしい小僧に吠え面もかかせられて気分は爽快だが、流石に生身でどうにかできる相手ではないようだ)
蛇杖堂寂句は嘘を言わない。
いつも通り淡々とした調子で放たれた"諦め"に、アンタレスは奈落に突き落とされるような感覚を覚える。
(…………申し訳ありませんでした。当機構はあなたのサーヴァントとして、あまりにも無能だった。
実はどこかで夢見ていたのです。神を葬る戦いがどれほど熾烈でも、あなたは傲慢な顔をして、平然と神の消えたその先の世界を生きていくのだろうと)
『英雄よ天に昇れ』を与えられたのが、自分よりももっと優秀な存在だったなら、こうはならなかったのではないか。
神殺しを成し遂げた上でマスターも守り、見事に使命を完遂することもできたのではないか。
(どうかいつものようにご叱責ください、マスター・ジャック。
あなたにはその権利があり、当機構にはそれを噛み締める責任が……)
(ならば言ってやろう、この大馬鹿者が)
吐露し、心の中で頭を垂れたアンタレスを寂句は容赦なく一蹴した。
無能が、とは言わなかった。
それどころかその声は、どこか上機嫌そうにさえ聞こえる。
(貴様の仕事はまだ終わっていない。
私は死ぬが、それでもお前がその労苦から逃れることは許さん)
(それは……、どういう……?)
(解らんか? では、間抜けにも分かるように伝えてやろう)
クク、と、暴君は笑って。
700
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:36:51 ID:FWuHOWGU0
(令呪を以って我が傀儡に命ずる。
ランサーよ、貴様は引き続き己の使命を果たし続けろ)
(っ……!?)
(令呪を以って、天の蠍へ重ねて命ずる。
失敗は許すが、諦めは許さぬ。その霊基燃え尽きるまで、貴様は私亡き後も戦い続けろ)
走狗の困惑を無視して、大上段からふたつの命令を刻みつけた。
ただの命令ではなく、令呪によって刻む拒否権なき『遺命』だ。
精根尽き果てた残骸同然の身体に灯火が宿る。
それを認識したのか、寂句は含み笑いを漏らし続けていた。
高揚に身を委ねているようでも、どこか自嘲しているようでもあった。
(令呪を以って、我が助手に重ねて命ずる)
最後の輝きが。
敗残者と化した"助手"へ、傲慢に重荷を押し付ける。
蛇杖堂寂句は暴君だ。故に末期の瞬間でさえ、彼が他人を慮ることは決してない。
(――――神の箱庭を終わらせ、真の〈神殺し〉を成し遂げてみせよ)
三画目の命令が刻まれた瞬間、アンタレスは死にゆく主を放り捨て、戦線を離脱していた。
臆病風に吹かれたのではない。既に遺命を刻まれた彼女の霊基は、暴君の助手だった蠍に弱さを許さない。
むしろ逆だ。主の命令を果たすためにこそ、アンタレスは逃げねばならなかった。
逃げて、生き延びねばならなかった。この場に留まり、主なき身で挑み続けたところで、祓葉に勝てなどしないのだから。
(マスター・ジャック。聞こえていますか。まだ、私の声が聞こえますか)
アンタレスの胸中を満たすのは、死にたいほどの無力感と、絶対にこのまま消えてやるものかという業火の闘志。
当機構は生きねばならない。生きて、挑み続けねばならない。
次こそ神を討つのだ。
主が命を懸けても届かなかった、本当の意味での神殺し――極星の運命を破壊するのだ。
当機構(わたし)は、そう命じられた。
けれど、それでも。
(ありがとうございました。あなたは当機構にとって素晴らしき主であり、得難い恩師でありました)
別れの言葉くらいは、若輩のわがままとして許してほしい。
本来アンタレスはその手の贅肉を解する機構(もの)ではないのだが、今は自然とそれが出てきた。
自分もまた、あの白き神と、彼女が振り撒いた狂気の器に触れてどこか狂わされてしまったのかもしれない。
実に遺憾だ、不甲斐ない。しかしこの感情がもし狂気だというのなら、それはなんだか……悪くなかった。
(さようなら、マスター・ジャック。ヒトの身で神に報いた、厳しくて優しいあなた)
斯くして蛇と蠍は永訣する。
それは短くも長かったこの聖戦の、その幕引きを物語っていた。
◇◇
701
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:37:32 ID:FWuHOWGU0
「――聞こえているぞ、出来損ないめ。
つくづくお前達は、ろくに噂話もできぬらしいな」
アンタレスの去った戦場で、蛇杖堂寂句は死体同然の有様で佇んでいた。
夜と契りを交わした魔人と、反則技のドーピングが抜けた正真正銘生身で決闘したのだ。
損傷の程度で言うならば、『偽りの霊薬』を用い疑似蘇生する前と大差ない。
破れていない内臓はなく、それどころか腹に空いた穴からその残骸がこぼれ落ちている始末。
あまりに惨たらしく、思わず目を背けたくなる惨状。
なのにそんな状態で立つ彼の姿には、見る者を圧倒する気迫があった。
修羅。彼をここまで破壊した魔術師は、これを内心そのように形容した。
「……唐突だな。それが遺言でいいのか、ジャック先生よ」
「気にするな、独り言だ。今更遺したい言葉などない」
「死ぬことは否定しねえんだな?
は……なら良かったよ。俺も流石にこれ以上は割に合わん」
――冗談じゃねえ。化け物なのは知ってたが、ここまでやるかよ。
"夜"のノクト・サムスタンプは、自他共に認める規格外の魔人である。
〈脱出王〉ですら、持ち前の逃げ技をすべて尽くしても完全には逃げ切れなかった。
それほどの男が息を切らし、呼吸の合間に喘鳴のような音が混ざり、片腕の欠けた有様を晒している。
容態で言えば全身に複数の打撲、大小数箇所の骨折、それに加えて右腕欠損。
このすべてが、目の前の老人によって負わされたものだ。
死を覚悟した瞬間も何度もある。明日を捨て、温存を捨てた暴君の強さをノクトは嫌になるほどその身で思い知った。
だが安堵もあった。蛇杖堂寂句を確実に排除する自分の判断は間違っていなかったと再確認する。
少なくともこの先、自分は彼という男の存在を勘定に含めず戦うことができるのだ。
それだけで今回負ったすべての傷と比べてもお釣りが来る。高い買い物ではあったが、大枚叩く価値は確かにあった。
「ジャック先生」
響いた声に、ノクトは全身が総毛立つ感覚を覚える。
巨大なオーロラを見た時のような畏怖と、それと同じだけの歓喜。
渇望の狂気が刺激され、思わず足が縺れそうになった。
けれどこの時ばかりは、彼の極星はノクトの方を見ておらず。
己の灯火を走狗へ譲渡し朽ちることを選んだ、枯れゆく暴君に視線を向けていた。
「……クク。ずいぶんなザマではないか、無能め。いつまでも胡座を掻いているからそうなるのだ」
「あはは……だね。ちょっと反省しなくちゃだ」
「やろうと思えばそれが本当にできてしまうのが、貴様の最悪なところだよ――祓葉」
長い付き合いというには短い。
前回を含めても、二ヶ月にも満たないだろう。
だが、暦の上の数字だけでは推し量れない深い縁がそこにはあった。
702
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:38:21 ID:FWuHOWGU0
「先生、なんかちょっとスッキリしてる?」
「そのようだ。煩わしい狂気(もや)が晴れ、実に清々しい気分だとも。
欲を言えばこれが死に際でさえなければ、酒の一献でも呷るところだったのだが」
「え。ジャック先生ってお酒飲むの? なんか意外」
「下戸に名医は務まらん。何かと機会が多いのでな。まあ、とはいえ偏食だ。具体的には日本酒しか呑まん」
「あはは、なんかぽいかも。私はほろ酔いが好きだよ」
「貴様はジュースで満足しておけ。どうせ酒の味など分からんだろう」
命を懸けて殺し合い、生死すら超えた歪んだ因縁を育んだふたりとは思えない牧歌的な会話。
こうしているとそれこそ、先生と教え子のように見えなくもない。
「覚明ゲンジは見事だった。我がサーヴァントは最上の仕事を果たした。
私の認める相手など、オリヴィアとケイローン以外には現れぬものと思っていたが……世の中は広いものだ」
「すごいでしょ、私のゲーム盤は」
「確かにな。だが、必ず崩れる。貴様の遊戯は二度目で終わりだ」
そのために、自分はあの蠍を生かして野に放ったのだから。
マスター不在の英霊は弱体化するが、令呪を三画も使ってブーストしてやれば多少は長持ちするだろう。
あるいはどこぞで英霊に先立たれて途方に暮れるマスターを見つけ、其奴と再契約したっていい。
此処からは彼女自身の戦いだ。己はそれを、黄泉からのんびり鑑賞するとしよう。
「ねえ、ジャック先生」
「なんだ」
「オリヴィアさんって、どんな人だったの? あの時も言ってたよね、私を助ける前に」
「……聞いていたのか」
「えへへ。けっこう地獄耳なんだよ、私」
つくづく鬱陶しい娘だと、寂句は辟易したように肩を竦める。
だが、まあ、墓場まで持っていくような話でもない。
703
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:38:49 ID:FWuHOWGU0
「私にはないものを持った女だった。
有り余る才能で満足せず、常に先へ先へと、稲妻のように駆けることを望む奴だったよ。
そういう意味では、やはり貴様に似ていたな」
「ふうん。だからジャック先生は、あの時私を助けたの?」
「我が生涯で最大の失態だが、恐らくそうなのだろう。
しかしアレには参った。やはり人間の心というものは、不可解な不合理さに満ちている」
妻子にも愛情など抱いた試しのない男だ。
無論、孫や曾孫もその例外ではなかった。
だが、自分にも世に溢れる孫に甘い顔を見せる老人と同じ素養がどこかに眠っていたのだろう。
だからオリヴィア・アルロニカを忘れられなかった。
星を滅ぼす絶好の機会に際して、彼女と祓葉を重ねてしまった。
蛇杖堂寂句の敗因は、つまるところ彼が早々に理解することを諦めた、ヒトの心によるものだったのだ。
「そっか。
あのね、先生。実は私さ、あなたにずっと言いそびれてたことがあって」
「手短に済ませろ。流石にそろそろ限界のようだ。末期の時くらいは生涯の総括に使わせろ」
「ありがと。じゃあ簡潔に、一言だけ」
あの時寂句が"失敗"していなければ、神寂祓葉はそこで終わっていた。
誰が聖杯を握るにせよ、この針音の箱庭も、〈はじまりの六人〉などという狂人集団が生まれることもなかった。
傲慢な暴君が犯したたったひとつの失敗が、今この瞬間につながっている。
多くの嘆きがあった。
多くの歪みがあった。
そしてこれからも、あらゆる命があの日討ち損ねた少女によって引き起こされていく。
けれど、それはあくまで狂わされる側の視点であり。
狂わせる側の極星が彼に対して抱く感情は、ひとつだけ。
「あの時助けてくれて、ありがとう」
「…………、…………は」
一瞬、愕然とした顔をして。
それから暴君は、呆れたように失笑した。
「やはり貴様は最悪の生き物だよ、祓葉」
◇◇
704
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:39:25 ID:FWuHOWGU0
あまりに長い歳月を生きた。
失敗よりも成功の方が遥かに多い人生だった。
よって、何ひとつ悔恨などありはしない。
唯一の悔いは自らの手で濯ぎ、未来へ託せた。
自分で言うのも何だが、大往生というやつだろう。
十分すぎるほど、自分はこの世界に生まれた意味を果たした。
――いや。ひとつだけ、惜しく思うことがある。
不合理の一言で片付け、ずっと一顧だにしなかったブラックボックス。
心という名の不可解には、きっと自分が思っている以上の開拓の余地があった筈だ。
もしももっと早くそれに気付けていたら、解き明かせる真理は十や二十で利かないほど多かったかもしれない。
何せ完璧と信じたこの己にすら、ちゃんと心があったのだ。
死後があると仮定して、どこぞに流れ着いたなら今度こそ改めてそれを探求しよう。
手始めにまずは研究材料が欲しい。実験動物でも、先駆者でも、なんでも構わない。
だがこれを調達するのは難儀そうだ。ともすれば同じ轍を踏むことにもなりかねないから厄介である。
天国だの地獄だのに興味はなかったが、今になって前者がいいと思い始めた。
さんざん研究に付き合ってやったのだから、今度はお前が私に付き合う番だろう。
まずは家を建てよう。
そして書斎を作ろう。
そうすればお前はどこからともなく聞きつけて、呼んでもいないのにやって来るだろうから。
――安息になど浸っている暇はない。
さあ、次だ。私はどこまでも進み続ける。
私を破滅へ追いやった、いつかの〈雷光(おまえ)〉のように。
【蛇杖堂寂句 脱落】
◇◇
705
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:39:59 ID:FWuHOWGU0
命を失った老人の身体が、仰向けに倒れ伏した。
ひとつの時代の終わりをすら感じさせる、威厳と気迫に溢れた死。
〈はじまりの六人〉、狂気の衛星が遂にひとつ宇宙から消えた。
これを以って、混沌の時代は到来するだろう。
均衡は崩れ、天蓋は破壊されたのだ。
神の零落すら霞むような、誰にも予測のできない世界がやってくる。
それはきっと、〈はじまり〉を知っている彼らでさえ例外ではない。
「ノクトはどうするの?」
「俺はそこのご老人ほどクソ度胸しちゃいないんでね。流石にお前とは揉めないさ」
ノクトが、祓葉の問いに苦笑いで応える。
「今はまだ、な。それに、俺も俺でノルマは達成できた」
新宿の戦いは、所詮日常が崩壊するきっかけに過ぎない。
デュラハンと刀凶聯合の戦争がどう終わったとしても、問題はその先にこそあるとノクトは踏んでいた。
これまでどうにか辛うじて、恐らくは運営側の都合で存続していた社会機能も、もう今まで通りとはいかないだろう。
六本木の災禍とは比較にならない。新宿決戦で流れた流血はやがて氾濫し、本物の世紀末を引き起こす洪水になる。
問題はその時、変わり果てた世界をどう生き抜くかだ。
そこで使えるカードの一枚を、既にノクト・サムスタンプは確保している。
蛇杖堂とはまた違った、もっと狡猾で悪辣な大蛇。
手痛い出費にはなったが、彼に取り入る手土産は用意できた。
神寂縁。あの存在は、間違いなく今後巨大な嵐を引き起こす。
ともすればレッドライダーを取り逃すことと比較しても勝り得るかもしれない、そんな災厄の祭りを。
「お前こそどうすんだ? 流石に今までほど無茶苦茶できねえだろ、縛りが付いたんだったら」
「んー、特に変えるつもりはないけど……まあでもノクトの言う通り、ここからはもうちょっと色々考えて行動しないとだよねぇ。
いっそ前の時みたいに仲間でも作ってみようかな? ていうわけでどう? 私といっしょに聖杯戦争頑張らない?」
「遠慮しとくよ。お前といると色んな意味で心臓が保つ気がしねえ」
だからきゃるんきゃるんした眼で見てくるな。
眼のやり場に困るんだよこっちは。可愛い顔しやがって。
平静を装ってはいるが、この男もまた狂人なのだ。
それも寂句とは違い、祓葉を望む形の狂気を抱かされている。
そんな彼にとってこの状況は、言うなれば天下一の推しアイドルとふたりきりで語らっているようなもの。
戦闘終わりで鼓動の早い心臓はぎゅんぎゅん言ってねじれているし、こころなしか体温もえらく上がっている気がした。
ここまであからさまに異変が起きているのに、自分がロミオと同類であるとは未だに気付く気配もない。
誰もが忌み嫌う詐欺師ではあるが、そういう思春期の少年のようないじらしさも、ノクトは持っているのだった。
「じゃ、またな。次会う時までにせいぜい残りの頭数を減らしといてくれよ」
「うん、善処する。"みんな"に会ったらよろしく言っといてね」
「こっちはできれば会いたくねえんだよ」
そうして契約魔術師も去れば、残されたのは白い少女ただひとり。
物言わぬ亡骸となった旧友を一瞥し、その隣に体育座りで腰を下ろした。
「……ヨハンに怒られそうだなぁ」
神は、終わりある存在になった。
神の箱庭を絶対たらしめる錠前が壊された。
よってこの先のことは、もう彼女達にすら予測しきれない。
――さあ、星が欠けたぞ。
均衡は崩れ、混沌の世界がやってくるぞ。
最後に笑うのは神なのか、ヒトなのか、それとも別なナニカか。
戦争の時代を告げる赤い騎士の預言をなぞるように、針音の運命は新たな局面へ踏み入った。
◇◇
706
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:40:42 ID:FWuHOWGU0
【新宿区・新宿/二日目・未明】
【ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)】
[状態]:移動中、疲労(極大)、胴体に裂傷、全身にダメージ(大)、甲冑破損、無念と決意、マスター不在、寂句の令呪『神の箱庭を終わらせ、真の〈神殺し〉を成し遂げてみせよ』及び令呪による一時的な強化
[装備]:赤い槍
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉を刺してヒトより上の段階に放逐する。
0:マスター・ジャックの遺命を果たす。たとえこの身が擦り切れようとも。
[備考]
※マスターを喪失しました。令呪の強化を受けていますが、このままでは半日は保たないでしょう。
【ノクト・サムスタンプ】
[状態]:疲労(大)、複数の打撲傷、右腕欠損、恋
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:莫大。少なくとも生活に困ることはない
[思考・状況]
基本方針:聖杯を取り、祓葉を我が物とする
0:均衡は壊し蛇への手土産は用意した。さて、次はどうするか。
1:デュラハン側のマスターたちを直接狙う。予定外のことがあれば素早く引いて何度でも仕切り直す。
2:当面はサーヴァントなしの状態で、危険を避けつつ暗躍する。
3:ロミオは煌星満天とそのキャスターに預ける。
4:当面の課題として蛇杖堂寂句をうまく利用しつつ、その背中を撃つ手段を模索する。
5:煌星満天の能力の成長に期待。うまく行けば蛇杖堂寂句や神寂祓葉を出し抜ける可能性がある。
6:満天の悪魔化の詳細が分からない以上、急成長を促すのは危険と判断。まっとうなやり方でサポートするのが今は一番利口、か。
7:何か違和感がある。何かを見落としている。
8:相変わらず可愛いぜ(心の声)。
[備考]
東京中に使い魔を放っている他、一般人を契約魔術と暗示で無意識の協力者として独自の情報ネットワークを形成しています。
東京中のテレビ局のトップ陣を支配下に置いています。主に報道関係を支配しつつあります。
煌星満天&ファウストの主従と協力体制を築き、ロミオを貸し出しました。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
【神寂祓葉】
[状態]:不死零落、軽度の動揺
[令呪]:残り三画(再生不可)
[装備]:『時計じかけの方舟機構(パーペチュアルモーションマシン)』
[道具]:
[所持金]:一般的な女子高生の手持ち程度
[思考・状況]
基本方針:みんなで楽しく聖杯戦争!
0:さようなら、ジャック先生。
1:にしても困ったなぁ。ヨハンに怒られそうだなぁ……。
2:結局希彦さんのことどうしよう……わー!
3:悠灯はどうするんだろ。できれば力になってあげたいけど。
4:風夏の舞台は楽しみだけど、私なんかにそんな縛られなくてもいいのにね。
5:もうひとりのハリー(ライダー)かわいかったな……ヨハンと並べて抱き枕にしたいな……うへへ……
6:アンジェ先輩! また会おうね〜!!
7:レミュリンはいい子だったしまた遊びたい。けど……あのランサー! 勝ち逃げはずるいんじゃないかなあ!?
[備考]
二日目の朝、香篤井希彦と再び会う約束をしました。
ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具『英雄よ天に昇れ』によって、心臓部永久機関が損傷しました。
具体的には以下の影響が出ているようです。
・再生速度の遅滞化。機能自体は健在だが、以前ほど瞬間的な再生は不可。
・不死性の弱体化。心臓破壊や頭部破壊など即死には永久機関の再生を適用できない。
・令呪の回復不可
『界統べたる勝利の剣』は連発可能ですが、間を空けずに放つと威力がある程度落ちるようです。
最低でも数十秒のリチャージがなければ本来の威力は出せません。
707
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:41:18 ID:FWuHOWGU0
【新宿区・歌舞伎町/二日目・未明】
【山越風夏(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:疲労(大)、腹部にダメージ(大)、内臓破裂
[令呪]:残り三画
[装備]:舞台衣装(レオタード)
[道具]:マジシャン道具
[所持金]:潤沢(使い切れない程のマジシャンとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を楽しく盛り上げた上で〈脱出〉を成功させる
0:ますます面白くなること請け合い。腕が鳴るねぇ。
1:それはそうと流石にこのままじゃ死ぬので治療が必要かも。
2:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
3:華村悠灯がいい感じに化けた! 世界に孔を穿つための有力候補だ!
4:悪国征蹂郎のサーヴァントが排除されるまで〈デュラハン〉に加担。ただし指示は聞かないよ。
5:レミュリンの選択と能力の芽生えに期待。
6:祓葉も来てるようだからそっちも見に行きたいけど……!
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
〈世界の敵〉に目覚めました。この都市から人を脱出させる手段を探しています。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
【ライダー(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:第五生のハリーと入れ替わり中
五生→健康
九生→疲労(大)
[装備]:九つの棺
[道具]:
[所持金]:潤沢(ハリーのものはハリーのもの、そうでしょう?)
[思考・状況]
基本方針:山越風夏の助手をしつつ、彼女の行先を観察する。
0:『――ヴァルハラか?』
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:神寂祓葉は凄まじい。……なるほど、彼女(ぼく)がああなるわけだ。
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
宝具『棺からの脱出』を使って第五生のハリー・フーディーニと入れ替わりました。
神聖アーリア主義第三帝国陸軍所属。第四次世界大戦を生き延びて大往生した老人。
スラッグ弾専用のショットガンを使う。戦闘能力が高い。
ヴァルハラの神々に追われている妄想を常に抱いており話が通じない。
九生の中には医者のハリー・フーディーニがいるようです。
【座標不明・天空・無限時計工房/二日目・未明】
【キャスター(オルフィレウス)】
[状態]:健康
[装備]:無限時計巨人〈セラフシリーズ〉
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:本懐を遂げる。
0:???
1:セラフシリーズの改良を最優先で実行。
2:あのバカ(祓葉)のことは知らない。好きにすればいいと思う。言っても聞かないし。
3:〈救済機構〉や〈青銅領域〉を始めとする厄介な存在に対しては潰すこともやぶさかではない。
[備考]
※覚明ゲンジに同伴していたバーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルタール人)50体は全滅しました。
マスターであるゲンジが死亡したため、再契約しなければ数時間で全個体が消滅します。
残る個体は歌舞伎町・決戦場にいるもののみとなるため、今回状態表は記載しません。
708
:
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:41:55 ID:FWuHOWGU0
投下終了です。
709
:
◆0pIloi6gg.
:2025/08/16(土) 02:30:27 ID:LjGe4LoA0
アルマナ・ラフィー
悪国征蹂郎&ライダー(レッドライダー(戦争))
華村悠灯&キャスター(シッティング・ブル)
周鳳狩魔&バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン)
バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス) 予約します。
710
:
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:17:55 ID:VM7mV8nU0
投下します。
711
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:19:06 ID:VM7mV8nU0
そして彼らは小羊に戦いを挑んだ。小羊は彼らに打ち勝つ。小羊は万の主、王の王であり、彼と共にいる者たちは、召され、選ばれ、忠実な者である。
They will make war on the Lamb, and the Lamb will conquer them, for he is Lord of lords and King of kings, and those with him are called and chosen and faithful.
――ヨハネの黙示録
◇◇
712
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:19:48 ID:VM7mV8nU0
視界に映るその光景を、鏖殺の十字軍を率いた将のひとりたる聖騎士でさえ未だ信じられなかった。
七つの頭で七つの王冠を戴く、燃え盛るように赤い体躯を持った異形の竜。
預言者ヨハネが暗示した、いつか来たる黙示録の時を先取りしたアークエネミーがそこにいる。
大淫婦を伴っていないのはせめてもの幸いか。そう呟いて、ゴドフロワ・ド・ブイヨンはいつも通りの薄い笑みを浮かべた。
将とは常に笑うものだ。そうでなくては後に付き従う惰弱な部下達を焚き付けられない。
すべては合理。いかなる狂気も数理の如く、法則で以って運用できれば最高だ。
そういう生き方を選んだゴドフロワは、このまさに破滅と呼ぶべき状況を前にしても変わることなく不動だった。
「さあ、臆している場合ではありませんよ皆の衆。むしろこの試練を与えられたことを栄誉と思うべきです」
我に従う光の騎士達を――そして自分自身を鼓舞するために呟いて。
ゴドフロワは己に這い寄る人間性を破棄し、踏み潰す。
大義の前にヒトの弱さなど一切不要。贅肉と分かっているならば、削ぎ落とすのが合理的に決まっている。
「いざや預言を超える時。神世を穢す掟破りの厄災を、我らが信心に誓って討ち滅ぼすべし」
言うなり、白騎士は地を蹴り駆けた。
それに続くは光の十字軍、『同胞よ、我が旗の下に行進せよ(アドヴォカトゥス・サンクティ・セプルクリ)』。
統一された背丈と武装の軍勢が、かの神を崇める同胞達が、赤き竜に向けて颯爽と進軍を開始する。
「――――愚カ、脆弱。闘争ヲ超克シ得ル人類ハ存在セヌ」
その勇猛に対し竜は、嘲笑うように七頭のあぎとを開いた。
横溢するは戦禍の記録(レッドアーカイブ)、人類の過ちと躍進の集積。
滅びを識らぬ人類の原罪が、血花咲くように迸る。
オッペンハイマーの過ち、原子爆弾製造理論。
竜のブレスとして解き放たれた人類科学の功罪が、此処に神話の形を成した。
触れれば穢される汚染物質が、赤き炎と化して迫る十字軍を焼き払わんとする。
火力は当然のように対城相当。狂った赤騎士の振り撒く戦災に限界は存在しない。
「切り払いなさい。恐れることはない」
だがゴドフロワは、短くそう言い放ちながら黙示録の火炎放射(ドラゴンブレス)と相対した。
彼もまた境界記録帯、人智を超えて輝く人理の影法師。
狂化の恩恵を受けて並以上のスペックを得ているとはいえ、その規格はサーヴァントの枠組みを出ない筈。
しかし相手がヨハネの預言に伝え聞く厄災となれば話は別だ。
期せずして遭遇した生涯最大、聖地占領にさえ勝る大義を前にゴドフロワ・ド・ブイヨンは過去最高のモチベーションを得ている。
それがもたらすのは最高到達点を超えた限界突破。
後先を度外視し、狂気のままに目の前の聖戦に没頭すればこそ初めて実現できる無理無体。
「我らは神の使徒、ヒトの身にありながら世を導く使命を仰せつかった敬虔な教徒なれば。
恐れるな畏れるな、敗北など断じて認めるな。
主の御心のままに駆け抜け、サタンの奸計を打ち砕く十字軍たれ――!」
輝ける十字軍が、津波のように押し寄せた炎禍を文字通り切り裂いて空に躍った。
風を切り、音を切り、進む彼らの性能もまた将たるゴドフロワの高揚に従って著しく強化されている。
少なくとも、刀凶聯合の雑兵達を作業的に炙り出しては虐殺していた時とは比にならないパワーアップを受けているのは確かだ。
ならば無論、彼らを牽引するゴドフロワ自身の強さがそれを遥か超えて強まっているのは道理であった。
その上、ネアンデルタール人という防衛装置が彼我の戦力差を極限まで削ぎ落とす。
713
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:20:56 ID:VM7mV8nU0
炎の波を超えたゴドフロワ達は、そのまま足取りを緩めず黙示録の赤竜に向かっていく。
対して異形竜が繰り出したのは、竜という姿形(フォルム)からは想像も付かないほど現代的な攻撃だった。
機銃掃射である。
竜の鱗のひとつひとつに蓮種を思わす無数の銃眼が生まれ、そこから万を超える魔弾がフルオートで連射され出したのだ。
地上に存在するどの機関銃より早いレートと威力で殺到するこれを無策に浴びれば、英霊だろうとありふれた射殺体のひとつに成り下がろう。
「戦争の騎士たる者、遣う兵器に古新はないと」
ゴドフロワはこれに対し、電瞬の判断で十字剣を振り上げた。
退く択など端から持ち合わせていない。
狂戦士の戦場とは常に不退転。目的地を見据えたのなら、後は足が擦り切れようが歩み続けるのみ。
「舐められたものだ。こんなもの、露払いどころか羽虫も殺せないでしょうに」
剛の一閃が激烈な衝撃波を生み、迫る魔弾の嵐を着弾前に空中で圧し潰す。
一瞬で潰れたポップコーンのようになって散らばっていく鋼鉄が、彼の言葉が虚勢でないことを物語っている。
侮慢の報いだと突きつけるように、ゴドフロワは続く一閃で竜の玉体を引き裂いた。
溢れ出す血液は紛れもない本物。新宿を現在進行形で満たし続けている洪水と同種の液体だ。
流れた以上は傷であるに違いないのだが、しかし彼ほどの戦士の渾身を受けたというのに、竜――レッドライダーは呻き声ひとつあげなかった。
代わりに零れたのはひどく機械的で、それでいて無力な小虫を憐れむような声音。
「カ弱イ」
次の瞬間、七頭が持つ十四の眼球が一斉に騎士を見つめた。
恐れを知らない狂戦士が総毛立つ。
反射的に背筋を伝った汗の正体を、ゴドフロワはすぐに理解した。
「補正器の類か!」
この赤竜/赤騎士は荘厳な外観に反して非道くシステマチックだ。
実際、機械的と表現したのは合っている。
無数に書き込まれたプログラムの中から、状況によって最適な武装を取り出し行使する人類史の武器庫。
戦争という概念に用いられた全技術を記録するこれは、その分野限定の"根源"と形容しても間違いではない。
照準完了(ロックオン)。
対空射撃兵器の照準器に用いられる超高度命中補正機能を、竜はすべての眼球に搭載していて。
今、そのすべてが大将首であるゴドフロワを捕捉した。
保証される極限の命中精度。誤射の可能性を絶無とした上で、黙示録の竜が大きく羽ばたいた。
714
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:22:12 ID:VM7mV8nU0
「まったく、悪い冗談だ……!」
さしもの彼も死を覚悟する光景が、赤い空を切り裂いて飛来する。
視界を覆い尽くすほどの数の、弾道ミサイルの群鳥だ。
速度も威力も、弾薬などとは一線を画する。
先のが対人規模ならこちらはまごうことなき対軍対城規模、その次元の攻撃が必中と化し彼ひとりを追い立てる。
「総軍、陣形ッ!」
だが、這い寄る死の悪寒でさえゴドフロワの聡明を崩せない。
竜に纏わり付き、各々傷を刻み体液を飛沫かせていた狂光の十字軍が、将の号令を受けて一気に後退。
彼を中心に据えた陣形を構築し、空から来る精密絨毯爆撃への対応準備を完了した。
「偽りの神罰など片腹痛し。天使神々の下す裁雷に比べればこんなもの、屁にも劣る!」
応と叫ぶ声が聞こえたのは、かつて彼らを率いたゴドフロワだからであろう。
この光軍はあくまで道具。使い潰すことに微塵の躊躇も覚えないが、それでもゴドフロワは正體なき彼らにも尊い信仰の火が灯っていると本気でそう信じている。
なればこそ、軍勢は騎士の命に則って曰く偽りの神罰に覇を吼えた。
剣だけを武器として、現代最新の叡智が惜しげなく注ぎ込まれた破壊の雷を一発残らず撃墜していく。
無論起爆は避けられず、光はひとつまたひとつと消えていったが、マスターである狩魔の備蓄が続く限り十字軍の残兵が尽きることはない。
範囲を収縮させたとはいえ核兵器を放ちながらたかだか満身創痍程度の負担で済ませるレッドライダーと比べれば流石に劣るが、ゴドフロワもまた一般的な基準に照らせば相当燃費のいいサーヴァントだった。
よってこの破滅的と言ってもいい戦法、陣形が成り立つ。
逆にそうでもなければ、今のは到底防げる攻撃ではなかったろう。
「さて――」
ゴドフロワに安息の時間は一秒たりとも与えられない。
人間の分際でガイアに弓引いた応報とばかりに、次から次へと赤い厄災が降り注いでくる。
今度は七頭から放たれる火炎放射が、彼とその軍勢すべてを焼き払うべく吹き荒んだ。
先のドラゴンブレスと比較すれば威力では劣るものの、これもまた同じく高濃度の放射能を含んでいる。
原人の呪いに頼っても完全には殺しきれない、規格外と呼んで偽りのない大火力だ。
サーヴァントのゴドフロワも完全な無影響ではいられず、実際彼は込み上げてくる吐血をずっと堪えていたが、それでも剣を振るう手は鈍らない。
天高く振り上げる剛閃で炎壁を斬滅し、代わりに神の奇跡をなぞるような光の柱を空に聳え立たせた。
彼が見つけた聖十字架は嘘偽りなく本物の聖遺物であり、その上宝具に昇華までされているのだから武器としての性能は極上だ。
炎熱の地獄を破却したゴドフロワは、空から落ちてくる無数の円錐状の物体を視認した。
幸いにも港区で使われたような核爆弾ではない。が、瞬間的な破壊力で言えば間違いなくそれに迫る。
――地中貫通爆弾(バンカーバスター)。その釣瓶撃ちである。
鼓膜が吹き飛び、脳にまで不可逆の障害を負わせるような轟音が連続する。
いかに無双無道を誇る十字軍といえど、この全弾を捌き切ることは特攻を前提にしても不可能だ。
715
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:22:57 ID:VM7mV8nU0
彼らの抵抗を無視し、いや踏み潰して、無数の円錐が碇(アンカー)のように地へ突き立った。
瞬間、爆裂。大地が文字通り捲れ上がって、極小規模のカタストロフを引き起こす。
天まで貫く粉塵の嵐は津波のように無数の不純物を含んでおり、触れた者の肉を抉り取る死の烈風に他ならない。
だからこそ、その只中を引き裂いて輝く十字の光は本物の奇跡に比肩する荘厳を纏っていた。
「承知で挑んだつもりですが、まったく雲を掴むような戦いですね」
剣を握り、破壊された大地に立つ美しい白騎士の息は既に喘鳴の域に達している。
呼気は乱れ、口元は鼻血と吐血でみすぼらしく汚れ見るに堪えない。
「げに恐ろしきは悪魔の醜悪……か」
十や二十では利かない数の骨が折れ、内臓に突き刺さっているというのに、しかしゴドフロワは笑っている。
それどころか、こうして焼け野原以上の地獄絵図と化した地上に立つ彼は、貞淑とは縁遠い高揚に浮かされていた。
この悪夢としか表現の仕様がない光景の、何がそんなに彼を唆らせるのか。
答えは明白。問うことすら愚かしい。
「私も大概俗人ですね。
なんとも情けのない話ですが、私は今、過去例を見ないほど燃え上がってしまっている。
こればかりはこの悪徳の都市に責任をなすり付けるわけにもいきませんね、聡明なる神は若輩の虚飾など、容易く見抜かれるでしょう」
今ここで剣を握り、悪魔を模倣した醜悪な大災害に挑む自分こそは、正しいことのために剣を執る神の使徒である――そう信じられるからだ。
虐殺ではなく。征圧でもない。ここには御為ごかしでない本物の大義があり、その重責が自分を限界を超えた彼方まで燃え盛らせてくれる。
「恐ろしくて堪りませんよ、赤騎士(レッドライダー)」
「哀レナ事ダ。星ヲ体現スル偉業モ叶ワヌ羊ガ、滅ビニ逆ラウ事ガ如何ニ愚カシイカ――」
「あぁいえ、誤解させてしまいましたね。
すみません、"あなた"が怖いのではありませんよ」
七首の中央が語る温度のない憐憫を、ゴドフロワは一笑に伏す。
「この戦いの後、我が友にどんな嫌味を言われるか。それだけが恐ろしくて仕方ないのです」
その遠回しな挑発に、厄災竜レッドライダーは言葉では応じなかった。
道理の解らぬ哀れな子羊に絶望(ほろび)を与える、さらなる兵器の開帳で応じるのであった。
◇◇
716
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:23:37 ID:VM7mV8nU0
現在進行形で血風吹き荒ぶ路地裏を吹き抜ける風は重く湿り、血と硝煙の残り香を漂わせていた。
先手を取ったのは狩魔だった。静寂を裂くように乾いた銃声が響く。
周凰狩魔が放つ魔弾はまるでそれ自体が意思を持つかのごとく軌道を変じ、悪国征蹂郎の巨体を正確に追い詰める。
建物の壁面を掠めて跳ねた弾丸は鋭い火花を散らし、その全てが一撃必殺の確信を孕んでいた。
征蹂郎は無言のまま、当然のようにその凶弾を回避する。
見るからに鈍重な大柄の体にも関わらず、無駄を削ぎ落とした動きは静かで迅速。射線を読み切ったかのように身を滑らせる。
時に手を壁に掛けて反動を利用し、時に地を強く蹴って一気に間合いを詰める。
間に存在したデュラハンの兵士は、彼の躍動に巻き込まれるなり軽自動車に衝突されたみたく吹き飛んだ。
そうして距離を確実に詰めようと画策する征蹂郎に対し狩魔は退くことなく、次々と弾丸を紡ぐ。
魔術回路を駆動させ、手中の銃は終わりなき死の雨を吐き出す兵器と化す。
魔力を材料に弾丸を生成している以上、弾切れは事実上期待できない。
跳弾は曲線を描いて虚を突き、征蹂郎の死角を正確に抉る。
だが征蹂郎の眼差しは一切揺らがず、複雑怪奇を極めた魔弾の軌道さえすべて計算づくで動いていた。
その圧迫的な銃火の嵐を抜ける刹那、征蹂郎の掌が形を変える。
指先を刀の切っ先に見立て、もう一方の掌を添えて力を溜め込む。
居合めいた静寂の後、一閃。風を裂き、肉を断つその軌跡は音に迫る勢いで狩魔の眼前へと迫る。
僅かに遅れて魔弾が発動する。
狩魔の思考が導く弾丸は、狙い違わず征蹂郎の頬を掠め、鮮烈な痛みと共に血を散らす。
だがその瞬間、悪国の手刀もまた狩魔の首筋を掠めていた。浅い傷口からは赤い筋が滲み、冷ややかな血の線が肌を伝う。
互いの殺意は一瞬の交差の中で実体を得た。
決戦場の空気は張り詰め、わずかな呼吸さえも響くような緊張が満ちる。
〈喚戦〉にあてられた両陣営の兵隊による怒号や咆哮が喧しく響いているというのに、彼らは互いに肌を裂くような静寂を共有している。
悪国征蹂郎の頬を赤く濡らす雫と、周凰狩魔の首筋を刻んだ細い傷痕。互いにわずかに距離を取り、眼光と眼光が正面からぶつかり合った。
「――シィッ!」
抜刀。出し惜しんでいる余裕はなかった。
これに対し狩魔は、驚くでもなく煙草を咥えながら発砲。
銃声が再び歌舞伎町を震わせた。だが、先程までの狙い澄ました一撃ではない。
周凰狩魔は引き金を絶え間なく絞り続け、その拳銃から吐き出される魔弾はもはや銃火器の域を超え、機関銃の乱射に匹敵する弾幕密度を実現していた。
鉄と魔力が融合した硝煙の嵐が、怒涛の勢いで悪国征蹂郎へと殺到する。
「外道め」
「自覚してるよ」
味方の兵士を巻き込むことすら躊躇わない。
〈喚戦〉にあてられ狂乱のまま突撃していたデュラハンの兵士達が、次の瞬間には狩魔の弾雨に呑み込まれ、肉片となって四散した。
狩魔は呵責を抱く様子さえ見せない。
この場で最優先すべきは大将首であり、征蹂郎を討つためなら雑兵の犠牲は何の問題にもならないという冷徹な考えが透けている。
717
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:24:20 ID:VM7mV8nU0
罵倒しながらも征蹂郎の足は止まらない。
返り血と土埃に塗れた姿のまま、彼は嵐の如く歩を進める。
時に倒れたデュラハン兵の死体を抱え上げ、弾丸を遮る盾とする。
次の瞬間には崩れ落ちる死骸を踏み台にして跳躍し、殺到する魔弾の嵐を切り裂くように跳ねる。そうして進撃を続けていく。
巨躯の男が弾幕の只中を抜けてくる様は狩魔でさえ怪物のようだと感じる。
だが次の瞬間、彼の瞳はさらに大きく見開かれることになった。
「マジかよ」
征蹂郎は両腕を十字に組み、弾幕を正面から受け止めたのだ。
乾いた衝撃音と共に、無数の弾丸がその腕を叩く。
だが肉を裂く音はせず、代わりに硬質な金属音が辺りに響いていた。
服が破け、袖の下に潜ませていたものが露出する。
――レッドライダーが創造した、極薄軽量のガントレットが、彼の前腕を覆っていた。
皮膚の延長のように仕込まれたそれは反動を受け流しつつ弾丸を弾き飛ばす。
紙のような薄さで狩魔の魔弾をすべて防いでのける機能性が規格外であるのは言うまでもない。
「チッ……羨ましいぜ、チート野郎が。
生身で挑まされるこっちの身にもなってほしいね」
狩魔の喉から鋭い息が漏れる。
己の放った必中の魔弾が真正面から防がれた事実に少なからぬ動揺が走った。
わずか一瞬の硬直。だがその刹那を、征蹂郎は逃さない。
「が……!」
巨体が弾丸を裂いて突進し、放たれた前蹴りが狩魔の腹を抉った。
鈍い衝撃音が響き、狩魔の口から鮮血が吐き散る。
されどその肉体は倒れず、しなやかに弾むように後退する。
背後の空間を蹴って描いた軌跡は、美しくも獰猛な宙返り。
吐血の痕跡を空に散らしながら、彼は再び銃を構えていた。
「魔術による肉体強化か……器用なことだ……」
「昔から多芸が取り柄でね」
次の瞬間銃口から放たれた弾丸は、これまでの嵐とは一線を画す光を纏っている。
魔力を極限まで圧縮し、ひとつの"死"の結晶と化したかのような――文字通りの魔弾。
命あるものを消滅させ、この世から痕跡ごと抹消する最大火力だった。
放たれた瞬間、征蹂郎の肌が粟立つ。
幼い時分から死に親しみ続けてきた純粋培養の暗殺者、その直感が告げる。
718
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:25:05 ID:VM7mV8nU0
これを喰らえば、いいや掠めただけでも恐らく即死だ。
どれほど鍛えていようが、人体はこの一撃に耐えられない。
それだけの威力がある。よって征蹂郎は深追いせず身を翻し、疾駆。
魔弾はその即断を嘲笑うように軌道を変えた。
曲がる。追尾する。軌道上の物体を消しゴムにかけたみたいに力ずくで消し去りながら、死の疾風と化し追いかけてくる。
(この威力の弾丸でも、軌道を操れるのか……!)
征蹂郎の歯が食いしばられ、奥歯が軋む。
あれほどの威力を持つ魔弾でさえ狩魔は自在に操る――分かっていたことだが、やはりこの凶漢は恐るべき相手と言う他ない。
しかし次の瞬間、さらなる衝撃が彼を待っていた。
本来なら射撃戦を維持すべき狩魔が、己の弾丸の陰を縫うようにして疾駆し、間合いを詰めてきたのだ。
「……!?」
悪国征蹂郎の眼が驚愕に見開かれる。
馬鹿な、と零しかけた。殺人拳を持つ暗殺者に肉弾戦を挑むという明らかな自殺行為。
迷わず迎撃しようとする征蹂郎だったが、今度は彼が一瞬の判断の遅れに足を引かれる番だった。
「ぐ、ッう……!?」
鋼鉄を叩き込むような衝撃が征蹂郎の胸板を打ち据える。
肺が一時的に潰れ、息が詰まる。
呻き声が喉奥から漏れ、食いしめた歯の隙間から血反吐が溢れた。
屈強な巨体が後退する。踏み締めるアスファルトが砕け、足元に亀裂が走った。
たたらを踏み、荒く呼吸を吐く悪国征蹂郎。
弾丸と拳を併せ持つ狂気の射手が、その眼前に立っていた。
「クソ硬ぇな。何で出来てんだよお前」
「……さぁ、な。憎しみと殺意、とかじゃないか」
「へぇ、つまらん堅物かと思ってたが、意外とジョークもイケるクチか」
咥え煙草のまま拳銃片手に嗤う狩魔は、顔を歪めた征蹂郎に比べて余裕に見える。
が、それはあくまで不敵以外のものを表に出していないだけだ。
焦燥に駆られているのは彼の側も同じであった。
(分かってたつもりだが、命が幾つあっても足りねえな。
肉体強化をフル稼働させて、全力で銃弾ぶっ放して、そこまでしてようやくパンチ一発。こんな割に合わねえ喧嘩をやらされるのは初めてだ)
やれやれ、と心中で毒づく。
狙い澄ました魔弾を掻い潜り、嵐のような連射を真正面から防ぎ切り、なおも歩を進めてくる。
狩魔はこれまで征蹂郎という男を"暗殺者"と形容してきたが、実際対峙してみて、その肩書き自体が罠であったことを思い知った。
この男は、暗殺者(アサシン)である以前に殺人者(エリミネーター)だ。
鍛錬で磨き上げた身体能力と天性の戦闘センスを常に百パーセント発揮して襲いかかってくる、ヒトの形をした重戦車。
戦いが長引けば、自分はいずれ此奴の魔拳に呑まれるだろう。
タイムリミットは近い。そう思いながら、狩魔は靴底で煙草を揉み消した。
719
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:25:46 ID:VM7mV8nU0
(一撃でも抜刀を通せれば、それで終わる筈だが……遠いな……)
――胸骨の奥で鈍い痛みが軋む。
暗殺者とは一撃必殺を是とするもので、事実征蹂郎もそのように戦ってきた。
そんな彼にとって、これほど長く壮絶な正面戦闘を演じるのは初めてのことだった。
周鳳狩魔は傑物だ。認めるのは癪だが、事実そうなのだから仕方がない。
逃げ場を与えぬ追尾の殺意を振り翳しながら微塵も慢心せず、手段に固執することなく喉笛に喰らいついてくる殺し屋。
あれほどの火力を自在に操れる魔術師が、なぜ自ら死地に飛び込み拳を振るう判断を下せるのか。
狩魔が賭け札にするのは他人の命だけではないのだと知った。
彼にとっては自分自身のそれさえ、機を見て投資するチップに過ぎないのだ。
まさに異能と狂気の融合だ。不用意に長引かせれば、張れるチップの数で劣る自分がババを引くことになるのは間違いない。
互いに認識は同じ。
"この男相手に時間はかけられない"。
手札を惜しまず短期決戦に持ち込み、可能な限り迅速に首を獲らねばこちらが食われる。
それに、目の前の敵以外でも懸念はあった。
地鳴りのような音と、肌が焦げ付くほど濃密な魔力の気配が遠く離れた此処まで香ってくる。
戦っている。ゴドフロワ・ド・ブイヨンと、レッドライダーが神話の如き交戦を繰り広げているのだ。
(ライダーが負けるとは思えない。だが……今のアイツは暴走している)
征蹂郎は、港区の時のような魔力消費が一切自分を襲っていない事実を逆に不気味と感じていた。
遠巻きにも分かるほど無茶苦茶な戦闘を行っているのに、皆無(ゼロ)と言っていいほど負担がないのである。
魔術の知識に乏しい征蹂郎でも、自分のサーヴァントが道理を逸した、埒外の怪物であるということは理解できる。
だからこそ、このまま自分の目がない場所でその暴走が進行し続けた時、果たして何が起こるか判断がつかない。
そういう意味でも、早く目の前の怨敵を殺して事の収拾に当たりたい気持ちがあった。
嫌な予感がするのだ。自分はひょっとして、とんでもない間違いを冒してしまったのではないかという恐怖心。
聯合の王云々を度外視し、ひとりの人間としての本能で、征蹂郎はレッドライダーの招く未来を不安視していた。
(賭けだな。ゴドーがアレをどこまで足止めできるかで、俺らの未来は変わる。
あの化け物がゴドーを潰してこっちに介入し出したら詰みだ、百パーセント勝ち目はない)
一方の狩魔も、当然としてレッドライダーの存在に頭を悩ませていた。
あのサーヴァントは正真正銘、戦力としての桁が二つ三つは違う大量破壊兵器だ。
ゴドフロワが突破されたその瞬間、陣形も人員もすべてが無為と帰す。
原人達の存在も、本気の赤騎士の前ではわずかな足止めにしかなるまい。
それに赤騎士が介入してくれば、流石のシッティング・ブルも悠灯を連れた戦線離脱を即決するだろう。
よって、その前に何とかして悪国征蹂郎を殺さなければならない。
銃把を強く握り締め、脳内のバルブをより緩めて濁流宛らの勢いで狂気を滲出させる。
間違いなくこれまでの生涯で最大の修羅場だ。乗り切るためには、閾値を超えたガソリンが必要だった。
「考えることは一緒だろ、悪国」
「……不服ではあるがな」
「ならもう、チマチマと細けえのはナシだ」
視線と視線が、交差。
刹那、ふたりの王は殺し合いを再開した。
「――さっさとケリつけようぜ。これ以上最悪なコトになる前に」
「そうしよう。……オレも、そろそろ貴様の澄まし顔が目障りになってきたところだ」
魔弾が爆ぜる。
ヒトの形をした殺戮装置が跳ねる。
無数の屍の上で、王達は喰らい合っている。
◇◇
720
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:26:24 ID:VM7mV8nU0
アルマナ・ラフィーもまた、その短い生涯で最大の集中を以って現状へ臨んでいた。
魔力を惜しまず廻して最大加速し、風のように邪魔なデュラハン兵を蹴散らしていく。
しかし雑兵狩りは本題ではない。
自分の行動圏を広げるため、たまたま行く先にいた彼らを鏖殺しているだけに過ぎない。
本来の目的は言うまでもなく、逃げることだ。
逃げつつ、敵方の隙を突いてこの状況を打破することだった。
「く――ッ」
いつの間にか、自分の足にコブラが巻き付いている。
背筋を粟立たせながら、全力で蹴りを放って振り落とし、踏み潰して殺した。
だがその時には眼前に、無数の兵隊を轢き潰しながら巨大なバッファローの突進が迫ってくる。
「はぁ、はぁ、は……!」
いずれも、ただの野生動物などではない。
これは霊獣だ。神秘を宿した、遥かの古から自然界に居座る先人達だ。
アルマナの故郷にも、こういった存在は密やかに生息していた。
幼い頃は見た目とは裏腹に心優しい虎の霊獣の背に乗って、日が暮れるまで野山を駆け回っていたものだ。
まさかそれが敵として自分の命を奪いに現れる日が来るとは思わなかったが。
(驚くほど指揮の質が高い――恐らくあの英霊は、アルマナ以上に"大いなる神秘"と親しんで育っている)
獣達の進軍を掻い潜って、宙に身を躍らせる。
かのマジシャンのお株を奪うような軽業だったが、芸に免じて許してくれるような相手ではもちろんない。
行く手を阻む隼の群れを、片手に創造した光弾で手当たり次第に迎撃する。
無論、魔力の消費を惜しんでいる余裕はなかった。
針の穴を通すような絶望的な戦いなのだ、後先を考えていればすぐに磨り潰される。
(どこ……?)
アルマナは、褐色の肌に汗を伝わせながら目を凝らして探していた。
尋ね人はただひとり。シッティング・ブルを使役するマスター、華村悠灯である。
華村悠灯は惰弱なマスターだ。
少なくとも地獄に変じたこの新宿でひとりにしておけるような強者ではない。
なら必ず、この場もしくはすぐ近くに彼女も来ている筈なのだ。
いつ何があってもすぐにシッティング・ブルが駆けつけられる位置に、かの大戦士のアキレス腱は必ずいる。
721
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:27:36 ID:VM7mV8nU0
それを探し出すことだけがアルマナ・ラフィーにとっての活路。
しかしさしもの彼女でも、首尾よくとは行かなかった。
「ぁ……、……きゃう、ッ!」
ぬらり、と虚空から這い出るように戦士がアルマナに接近していた。
胸元に迫るトマホークの一撃に対する防御がもしわずかでも遅れていたら、今頃少女は即死していただろう。
咄嗟に展開した防御魔術を踏まえて尚、胸郭全体が尋常でない痛みを訴えている。
「は――、ぁ――、……っ、■■■!!」
口頭でのみ伝わる、文字に起こすことの出来ない古の呪言を吟じて光弾を炸裂させる。
その威力は、現代の魔術師を基準にするなら確実に上位ひと握りに入れる威力だ。
だが――
「…………」
近距離で直撃を受けた筈のシッティング・ブルは、事もあろうに無傷だった。
真実、わずかほどの手傷も負っていない。
彼がこの決戦に臨むにあたり作成、装備していた、精霊の祝福を帯びた幾つかの魔防具。
これが擬似的な対魔力スキルを実現し、アルマナの乾坤一擲を無情にも阻んだのだ。
「く……!」
歯噛みしながら身を翻して、蟀谷に回し蹴りを叩き込む。
だが痛んだのも軋んだのも、アルマナの細足の方だ。
神秘さえ宿せれば徒手で英霊を殴ることも可能だが、触れられることと殴り砕けることはまるで違う。
「ぎ――が、あ……!」
返す刀で足を握られ、そのまま真っ逆様に地面へ投げ落とされた。
肺の空気が逆流し、喉が焼け爛れたかと思うような痛みが走る。
それでも休んでいる暇はなかった。
真上から、シッティング・ブルが倒れた己に弓を向けているからだ。
咄嗟に身を転がしたことが少女を救う。
須臾の後、彼女の頭があった場所を岩をも砕く先住民(インディアン)の矢が撃ち抜いていた。
(やはり、真面目に挑んでは勝ち目はない……!)
息を整えながら、アルマナは光弾を放って牽制しながら駆け回る。
どこだ。華村悠灯はどこにいる。
見つけ出さないことには話にならない。
どう足掻いても犬死にだ。それだけは、絶対にあってはならない。
(アルマナの勝利条件はふたつだけ。
アグニさんが周鳳狩魔を斃すか、華村悠灯を材料にこのキャスターを足止めするか)
叶わなければ死ぬことになる。
踏み潰された家族の無念を晴らせぬまま、この造り物の街で塵と消えることになる。
722
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:30:16 ID:VM7mV8nU0
それだけはできない。
絶対に、その未来だけは受け入れられない。
その一心でアルマナは死力を尽くし、この絶望的な戦いに身を投じ続ける。
もっとも利口な選択肢を無意識に排してしまっている事実に気付かないまま――小鳥は傷つきながら翔んでいく。
そんな姿を見下ろすシッティング・ブルは、ただ無言だった。
言葉なきままに、あがきもがくアルマナの姿を見つめていた。
彼は寡黙な男だ。少なくとも、狩魔のように饒舌な舌鋒で嬲る嗜好は得手としない。
だが今の彼が抱く寡黙の意味は、単なる性格上の問題とは明らかに違っている。
分かるのだ、目の前の少女が何を想って戦っているのかが。
幼い双肩で背負う過去の輪郭と、そこにかける想いの程が我が事のように伝わってくる。
であれば語ることなど、語れることなど、ある筈もなかった。
その愚を犯せば、シッティング・ブルはきっと耐えられなくなってしまう。
弓に矢を番え、秒速にして十を放つ。
彼は呪術師であるが、それ以前にひとりの戦士だ。
野生に親しみ育った先住民の雄である彼は、当たり前にあらゆる武器の扱いを心得ている。
わざわざ行わないだけで、その気になれば剣術でさえ一定以上の腕を披露できるだろう。
アルマナは速い。攻撃は通じず守りもまともに機能しない現状では、それは彼女が唯一誇れるアドバンテージと言ってよかった。
未開の集落で自然を友人に育ったが故の身体能力、当たり前に体得している達人級の身のこなし。
それらを魔術で底上げすることによって、英霊でも容易には捉えられない流麗を体現している。
死の網目を縫って羽ばたく小鳥の姿を追いながら――、シッティング・ブルは過日のことを思い出していた。
重なる。どれだけ気を逸らそうとしても、どうしたって重なってしまう。
大戦士ジャンピング・ブルのひとり息子として生まれ、跳ねるアナグマの名を与えられたこと。
美しく囁くバッファローの霊獣に、座せる雄牛の名を贈られたこと。
姉と共に草原を走り、暴れ牛と恐れられていたバッファローの幼童を乗りこなし友にしたこと。
あらゆる思い出が、今となっては何ら価値を持たない記憶が、脳裏に去来して胸を疼かせる。
己にもかつて、そんな頃があった。
この娘のように稚く、野山を駆け回っていた時代があった――
(なぜ、逃げない)
言葉にはしない。してはならないから。
されど、心のなかでは問いかけていた。
(娘よ。君は、分かっているはずだ。
力ですべてを奪い去らんとする侵略者の出現に対し、虐げられる側がどうするべきなのか)
シッティング・ブルは、戦士だった。
奪われる故郷の土地を、見捨てることができなかった。
そういう魂(スピリッツ)を、座せる雄牛(タタンカ・イヨタケ)は当たり前に有していて。
それ以上に、見え透いた結末に向けて進撃する同胞達を見捨てられなかった。
この無益な戦いの行く末に何が待っているのかを知っていながら、律するという道を選ばなかった。
723
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:30:58 ID:VM7mV8nU0
けれど。
彼はそうあると同時に、人間だから。
どうしようもないほどに、人間だったから。
どうしても、空想してしまう。
もし己が、己の同胞達が、すべての矜持を捨てて逃げ出していたならというイフを。
(君は――――逃げ出すべきだろう)
それは、もはや空に絵を描くが如き荒唐無稽。
そう分かっているのに、目の前のいじらしい幼童に悔恨を重ねてしまう。
そういう意味では、アルマナ・ラフィーは間違いなくシッティング・ブルに有効打を与えていた。
もしも彼女が"虐げられし者"でなかったなら、この呪術師はもっとずっと完璧に目の前の小鳥を蹂躙できていた筈なのだ。
彼の問いは当然の疑問であり、狩魔ほどでないにしろ合理を是とするアルマナの陥穽を暴く指摘でもあった。
悪国征蹂郎が周鳳狩魔を討つか。
華村悠灯の居所を暴き、目の前の英霊の弱みを握るか。
それ以外にももうひとつ、彼女には手立てが存在している。
征蹂郎を見捨て、この戦場を離脱することだ。
そうでなくても一旦前線を離れ、事の趨勢を見守るのが最善であるのは言うまでもない。
彼女の目的はレッドライダー。聖杯戦争の原則をも破壊し得るあの大兵器を確保するのなら、征蹂郎の生死は必ずしも必然ではない。
そのことを踏まえて利口に立ち回る手段など腐るほどあろう。
悪国征蹂郎の生死さえ度外視すれば、彼女の前には無限の可能性が開けている筈なのだ。
なのにアルマナはこうして不合理極まりない奮戦を演じ、今まさに窮地に立たされている。
(逃げる。利用する。漁夫の利を狙う。
何だってできる筈だ。なのに何故、君は愚直に私へ挑むのだ)
アルマナは、それが不合理であること自体まだ認識していない。
彼女はこれが最善と信じて、盲目のままに鈍った判断に従って生死の彼岸で食らいつき続けている。
愚かだ。馬鹿げているし、大義のために人並みの感情さえ捨てた彼女らしからぬ体たらくだ。
けれどもしそれがなければ、彼女はとうに大戦士の靴底の露と消えていたに違いない。
その不合理こそが、この大戦士の歯車を狂わせる毒として機能していたから。
「か、ふ……! ――ぁ、あぁあああ、ぁあああぁあぁあああああッ……!!」
通じもしない魔術を撒き散らしながら、アルマナは必死であがいている。
彼女が頼ったメンタルコントロールは忘却。
感情を麻痺させ、抱いた悲憤を忘れ去り、人形に徹することで胸の張り裂けそうなトラウマを脱却した――と、それを信じているのは本人だけだ。
724
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:31:51 ID:VM7mV8nU0
同じ痛みを知る男には、その痛ましさは殊更はっきり浮き上がって見える。
いっそ何もかも捨ててしまえば楽になれるのに、どうしてもそれができない矛盾。
強さによく似た弱さを、シッティング・ブルもまた病巣として抱えていた。
もういない同胞達も、誰もがみんなそうだった。
果てなき荒野は帰らない。文明は神秘を必ず喰らい尽くす。
自分達がどんなに抗い血を流しても、それはわずかに"その時"を遅らせる延命処置にしかならない。
分かっているのに、何も得られないと知っているのに、誘蛾の戦火に向かっていくしかなかった歴史の敗残者達。
(止まれ。逃げ出せ。諦めてしまえ。その先に道はないんだよ)
隼の翼がアルマナの肩口を切り裂いた。
呻き声と共に疾走が傾く。
そこに向けて、シッティング・ブルが接近。頭蓋を砕く手刀を放つが。
「ふ……ッ!」
歯を砕けんばかりに食い縛りながら、頚椎が千切れるのではないかというほど激しく首を横に振って掠り傷に留める。
返す刀でシッティング・ブルの胸に手を当て、ゼロ距離で光弾を炸裂させた。
(――――こんなもので)
だが、攻撃の成果は無情なほどに薄い。
皮膚からわずかな白煙をあげただけで、吐血ひとつしていない。
(こんなか弱い光で、何を切り拓くつもりなのだ)
苦渋の表情を浮かべたアルマナに、シッティング・ブルのトマホークが振るわれる。
致命傷は防いだが、それでも幼い身体は紙切れのように吹き飛んだ。
その軌跡を目で追いながら矢を番え、射撃。
内心の鬱屈とは裏腹に、彼の手はゾッとするほど正確だった。
――アルマナ・ラフィーは壊れかけの人形だ。
けれど、完全に壊れきってはいない。
制御しているつもりの心の奥から、涙の雫が水漏れしている。
――シッティング・ブルは壊れた老人だ。
もう一から十まで破綻しきった、矛盾だらけの大戦士。
漏れる涙も涸れ果てた男は、アルマナ・ラフィーの未来である。
互いに、相性は最悪だった。
アルマナはシッティング・ブルに決して勝てないし。
シッティング・ブルはアルマナを見ているだけで古傷が開いていく。
身体と心を削り合う戦い。栄光とは無縁の、泥臭いを通り越して錆びついた仁義なき野戦。
ぴぅ、と指笛の音が合図をする。
アルマナの真横に、空から新たな獣が落ちてきた。
山のような巨躯を持つ、漆黒の体毛をした熊であった。
「く……ぁ……!」
規格外の重量が間近に着地したことで地面が揺れ、さしもの小鳥も強制的に足を止めさせられる。
地面に縫い付けられたように動かない両足を叱咤する余裕はない。
アルマナが何をするよりも早く、黒熊の剛爪が彼女を引き裂くべく振るわれていた。
725
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:32:44 ID:VM7mV8nU0
霊獣の中でもひときわ剛力に優れた熊の一撃は、いかにアルマナが優秀でも容易くは防げまい。
仮に防げたとしても、動きを止められた時点でその詰みは確定している。
シッティング・ブルが、再度矢を放つ。
ただし今度は、確実に少女の命を奪い去るだろう凶矢が。
「……終わりだ」
ようやく出した声は死の宣告。
押し殺した感情(ねつ)の中に憐憫を滲ませて、大戦士は小鳥の末路を見届けんとしたが。
あがった血飛沫はアルマナのものではなく、彼が喚んだ熊の霊獣のものであった。
青銅の兵士が突如として割って入り、霊獣を斬殺した後、シッティング・ブルの矢までも弾いたのである。
王から貸与されたスパルトイ、その最後の一体。
狂戦士の足止めという難行から唯一生き延びた青銅兵の到着が、ギリギリのタイミングで間に合った。
「……、……」
確かにこれで、アルマナひとりで戦うよりは幾分マシになるだろう。
だが、それでも――
「降伏しろ、魔術師」
彼我の戦力差は未だ歴然。
シッティング・ブルは、息を切らして自分を睥む少女に勧告していた。
この戦いは聯合の王を討つためのもの。
悪国征蹂郎はデュラハンの鏖殺を望んでいるのかもしれないが、周鳳狩魔は必ずしもそうではない。
恭順の姿勢を示せば取引にくらいは応じるだろうし、一時の苦渋を飲み込めば此処で無為に死なずに済むぞと。
持ちかけて――すぐに気付いた。
というより、思い出したのだ。
決して忘れられない"宿敵"の顔。彼が傲慢に自分達へ言い放ったその言葉。
『"選ぶべし。降伏か、死か"』
嗚呼。
今の私と、あの残忍な白人の。
一体、なにが、違うというのか。
「――――お断りします」
分かりきった答えを返して、小鳥は再び先のない空に翔び立つ。
スパルトイの斬撃をトマホークで受け止めながら、シッティング・ブルは感情のない顔でそこに存在していた。
その顔は断じて、勝利者と呼べるそれではなかった。
◇◇
726
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:33:21 ID:VM7mV8nU0
一方的と呼ぶしかない戦況だが、死物狂いで喰らいつき拾えた理解がいくつかある。
まず、防戦は圧倒的に愚策。
通常攻撃がすべて対軍・対城規模にあるこの赤竜を前に耐えを選ぶのは時間と魔力の浪費でしかない。
よってゴドフロワら十字軍は現在、竜の爆撃で巻き上げられた瓦礫を足場にしながら討竜成すべく天へ駆けるという常軌を逸した芸当に興じている。
飛来する弾丸や爆弾をねじ伏せながら勇ましく進軍する信仰(ヒカリ)の軍勢。
赤竜討つべし。たとえヒトを在るべき結末に導かんとする機構であろうと、預言を逸して暴走し始めたのなら是非も無い。
ましてや神の敵たる赤き竜、サタンの化身を象った時点で処断は確定された。
聖地占領の使命のために赤子も老人も斬り殺した狂気の如き信心の騎士が、その不遜を許容できる道理は皆無だ。
そうして無謀と分かりきった突撃を敢行しながらも、狂気を飼い慣らすゴドフロワ・ド・ブイヨンは、熟練の策謀家を思わす冷静さでひとつの疑念を確信の域まで持ち上げていた。
(やはり可怪しい。狩魔から伝え聞いた、ロッポンギを焦土にしたという死毒爆弾――何故それを使わない?)
マスターである悪国征蹂郎への負担を鑑みてのことと考えるのが普通なのだろうが、ここまでの無茶苦茶をやっている時点でその可能性は排した。
レッドライダーは完全な暴走状態にある。恐らく悪国征蹂郎も、もはやこのサーヴァントを事実上律せていない。
であれば手段を選ぶ理由はなく、しぶとい敵を効率よく滅する手段として核兵器を選択するのはむしろ道理に思える。
が、赤騎士は依然としてそれをしていない。これをゴドフロワは、"しない"のではなく"できない"のではないかと考えた。
覚明ゲンジとバーサーカー。
華村悠灯とキャスター。
彼らが臨んだ第一陣の戦闘で、レッドライダーは祓葉の衛星である老人のサーヴァントに一撃で撃退されたという。
赤騎士が不滅の特性を有する以上、それは非常に不可解な話だ。
ほぼ間違いなく、蛇杖堂寂句の英霊は純粋な破壊力とは異なるベクトルで敵手を害する力を有していたと考えられる。
後遺症。そんな単語が、ゴドフロワの脳裏をよぎる。
(蛇杖堂寂句のサーヴァントに撃退されて以降、赤騎士は目に見えて無軌道な暴走を始めた。
機械は無機質故に合理的なものだ。であればきっとその暴走行為にさえ何かしら理由がある)
蛇杖堂寂句のサーヴァントに刻まれた手傷が、それだけ致命的だったのではないか。
打算的な考えのすべてを捨て去り、すべてをかなぐり捨ててでも破滅を到来させねばならないとの結論に至るほどの負傷。
それが騎士の竜化とこの馬鹿げた大破壊を招いたのだとすれば、先に述べた不可解の正體も見えてくる。
(不滅は既に剥がされている。
その上で現在進行形で、赤騎士はタイムリミットに急かされ続けている――)
レッドライダーは、こうして自分達と矛を交えている今も崩壊の只中にある。
避けられない運命の時を引き伸ばすため、自分自身をリソースとして延命処置を施し続けているとすればどうだ。
(――素晴らしい。天はやはり私に微笑んでいるようだ)
ゴドフロワの推測は当たっていた。
レッドライダーの霊基は、天蠍アンタレスの宝具による存在放逐に蝕まれ続けている。
不滅の鎧をも貫通し、横紙破りの超越者を葬らんとする星の強壮剤。
レッドライダーはそれに抗うべく、砂時計をひっくり返したように、貯蔵されている戦争のレコードを消費しているのだ。
核兵器の記録はとうに延命に使われ遺失した。先ほどゴドフロワ達を蹂躙したバンカーバスターも、既に赤騎士の中から消えている。
727
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:34:21 ID:VM7mV8nU0
時が経てば経つほど、比喩でなく一秒ごとに失われていく戦禍の記憶達。
その欠損は本来埋められないほど大きな力の差を埋め合わせる、極上の台(うてな)として騎士を助けていた。
「ぜ……、あぁあああぁあああッ!」
対戦車砲の弾幕を十字架の輝きで消し飛ばし、裂帛の気合を込めてゴドフロワが加速する。
遂に七頭の間近まで辿り着いた白騎士の剣戟が、手始めに右から二つ目の頭に向けて振り下ろされた。
唐竹割りにされ、飛び散る赤き脳漿。
黙示録の竜の完全性が、神を敬慕する狂戦士の一刀によって損なわれる。
七頭は六頭と化し、幸いにも失われた頭が再生する兆しはなかった。
好んで選択した厄災のアバターの破損を修復する余裕さえ、天昇の圧力に逆らい続ける赤騎士には残されていないらしい。
「貴方は私を羊と呼んだが、私なりのも言って差し上げましょう。
私の眼には恐ろしい悪魔など映っていない。今私の眼前で蠢いているのは、死に怯え見苦しくあがき続ける図体のでかい羽虫です」
老若問わず、誰もが見惚れるような美しい顔で紡がれる嘲笑は美画を切り出して用いたよう。
されど赤き騎士竜は機械であり、よってそれに動じる機微など持ち合わせていない。
返答は言葉ではなく、次なる武力の開帳で行われた。
無色透明の風が、六頭になった竜の鼻息という形で吹き荒れる。
ゴドフロワは反射的にすべての呼吸を止めた。
その判断は正しい。
化学兵器――神経剤、窒息剤、血液剤。サリンに代表される負の化学技術が竜の呼気として放たれたのだ。
元の凶悪性に加えてサーヴァントをも害し得る神秘を帯びた猛毒の風、吸い込めばゴドフロワといえどただでは済まなかったろう。
しかし吸い込まなければそれで済むというほど、人類が突き詰めた"勝利"への欲望の底は浅くない。
「ぐ……ッ。が、ぁッ……!」
竜の鼻息には、触れるだけでも致命的な種類の毒も混ざっていた。
びらん剤と呼ばれる、接触した体表や組織を害する殺人毒だ。
ゴドフロワの顔や身体に爛れた火傷が浮かび上がり、誇張でなく沸騰を始める。
十字架剣を感光させて爆熱で吹き流すのが間に合ったからよかったが、そうでなければたちまち肉塊だったに違いない。
少なからぬ負傷を食いながらもなんとか留まったゴドフロワであったが、しかし次の瞬間、彼の胴に五体が四散するほどの衝撃が押し寄せた。
「ご、あああああァッ!!!」
竜の尻尾が薙ぎ払われ、苦境の騎士を打ち据えたのだ。
堪らず血を吐き、吹き飛ばされるゴドフロワ。
本人の意志でなく後退させられる美しきシルエットに、あぎとが開かれ爆炎が迸る。
「――侮るなッ!」
刹那、しかし彼の握る十字架が十三倍のサイズに膨張した。
アンバランスなほど長大化した聖剣の薙ぎ払いが、化学の毒を含む竜炎を押し流す。
返す刀でゴドフロワは、その目を瞠るほど長い十字架を一閃。
赤竜の巨躯を袈裟懸けに切り裂いて、赤い血潮を撒き散らさせながら、一切の邪悪を赦さない聖光の熱で竜を焼き焦がした。
728
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:35:06 ID:VM7mV8nU0
だがやはり恐るべきはレッドライダー、黙示録の赤騎士。
不滅という絶対性を失って尚、これは一介のサーヴァントでは及びもつかない総体規模を有している。
よって無傷。ほぼそれと同然。でろでろと滝のように流れ落ちる血糊を放置しながら、六頭が次のブレスを放つ。
クラスター爆弾。
無数の小型爆弾を溶かし込んだドラゴンブレスを、ゴドフロワは先と同じく十字架の閃撃でことごとく打ち払う。
当然のように混ぜられた放射能で皮膚が部分的に溶け、血は零れ眼球が血走るが、すべて無駄と断じて無視する。
離された距離を一足跳びで埋め合わせ、続き振るう一閃でまた一本の首を今度は根元から切り飛ばした。
レッドライダーが恐るべき存在であることに疑いの余地はないが、ゴドフロワもまた間違いなく規格外の狂気を宿した英霊だ。
額面上のスペックでは絶対に及べないほど差があるこの厄災を、彼は今極限まで研ぎ澄ました使命感と信仰心のみを武器に狩猟しているのだ。
天晴なり、ゴドフロワ・ド・ブイヨン。誉れと悪名高き聖墳墓守護者の敬虔は、本物の聖者や聖人の領域にさえ達しているのか。
「善因善果、悪因悪果――どの口がと怒られてしまうでしょうが、悪魔に相応しい有様ではないですか。えぇ? 黙示録の赤騎士よ」
まだ首は五つ残っているが、この十字剣が悍ましき竜を刎頸に処すに足る得物であることは既に証明された。
有難きは光の神韻。十字軍に微笑み、ゴドフロワの聖道を助けた神なる十字架。
そして原人の呪い。文明を否定する敗北者の詛呪は今も彼を助け続けている。
不具と化した五頭竜に爽やかな嘲りを向けながら、聖騎士は再び地を蹴って跳ねた。
その軌跡を追いかけるように続く魔弾の飽和射撃。
騎士は、主であり友でもあるあの青年の部屋で手慰みに遊ばせて貰ったシューティングゲームなる娯楽機械のことを思い出していた。
ただし画面上の自機を動かして挑むのと、自分自身の肉体ひとつで挑むのとでは言わずもがな天と地ほども違う。
「……まったく」
頬を掠めた弾丸の熱を感じつつ、改めて神敵を睥睨する。
二頭が欠け、己と同胞達がつけた傷からどろどろと赤い体液を垂れ流している、そんな無様と言ってもいい姿であるというのに。
「少しは堪えた顔のひとつもしてほしいんですがね。せっかくのマイクパフォーマンスが台無しだ」
空の高みから見下ろす赤竜の威容に漲る途方もない桁違いの存在感は、微塵たりとも衰えていなかった。
狂っている。これ自体もそうだし、これに挑もうとする発想もまた理性のボタンをかけ違えているとしか思えない。
既にサーヴァントの枠組みなど、この赤騎士は超越しているのだろう。
境界記録帯という鋳型を超えてとめどなく溢れ止まらない【赤】い洪水。
始まった戦火が地図を塗り潰し拡大していくように、狂乱した終末装置は暴挙に次ぐ暴挙でガイアの秩序そのものを圧してやまない。
十字の光閃が、ゴドフロワの腕に従って煌く。
それを合図に竜へ群がっていく十字軍。
爪を穿ち砕き、羽の皮膜を引き毟り、鱗の継ぎ目に切っ先を突き立てる。
鬼気迫る猛攻だったが、それさえこの竜にとっては蟻の群れに集られているような心地でしかないのか。
「■■■■■■■■■■――――!!!」
響く咆哮。
威嚇とも取れる轟音は、しかし物理的な破壊力を伴って纏わり付くゴドフロワの兵隊達を爆散させた。
肉体なき光の兵士を内側から破裂させた現象の正体は、マイクロ波を応用して生成した指向性エネルギー兵器に他ならない。
レッドライダーは自身の咆哮そのものを超高出力の殺人電波に変え、ゴドフロワの率いる軍隊を即座に鏖殺せしめたのだ。
729
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:36:14 ID:VM7mV8nU0
露払いと呼ぶには剣呑すぎる手段を行使したかと思えば、次は赤騎士の眼球すべてが神々しく煌いた。
青白い輝きだった。美しい南国の海中深くのような、霊峰から拝む吹き抜ける快晴の青空のような。
ともすれば我を忘れて見惚れ、ほう、と感嘆の吐息を漏らしても不思議ではない美がそこにはあった。
が――次の瞬間、ゴドフロワの口からごぼりと大量の血潮が漏出する。
「ご、ぉ……!? が、ぎ、ィぁあぁああぁあああッ……!!?」
苦痛など物ともしない筈の聖騎士が、苦悶の絶叫をあげてその場で膝を突く。
内臓をすべて吐き出したくなるような吐き気と、脳を直接シェイクされているような激しい目眩。
その上で身体中の穴という穴からドス黒い血が溢れてくる。
体内の組織すべてを一瞬にして毒物に置換されたようだとゴドフロワは感じていたが、あながちその形容は間違いでもない。
「ぜ、ぁ……ッ、ぐ、ぉ……! は、ぁ――ッ」
先の青い眼光の正体は、チェレンコフ光と呼ばれる化学現象だった。
荷電粒子が光速を超える速度で空気中を進んだ際に発生する蒼白の光輝。
故にゴドフロワが視認した時点で、レッドライダーの攻撃は完了していた。
その時には既に、魔力を帯びた放射線という究極至高の有害物質が彼の霊基を通過した後だったのだ。
閾値を超えた放射線を浴びた代償が、今のゴドフロワ・ド・ブイヨンである。
体内を余さず毒で冒され、諸々の過程を吹き飛ばして致死的な急性症状をもたらしていた。
新宿のマスター達は皆、この邪竜を単身迎撃させる英断を下した狩魔に感謝するべきであろう。
如何な魔術師だろうと恒星の資格者だろうと――この臨界放射攻撃に直面したなら、全員即死だったことは想像に難くない。
「"誰ガ、コノ獣ニ匹敵シ得ヨウカ"
"誰ガ、コレト戦ウコトガデキヨウカ"」
淡々と紡がれる黙示録の一節。
赤き竜が権威を与えたという獣はここにはいない。
故にその礼賛は、これら兵器技術を生み出した人類にこそ与えられていた。
人類という霊長(ケモノ)が作り上げた新時代の戦争。
誰が、彼らの叡智と愚かさに匹敵できるだろうか。
誰が、これと戦うことができるだろうか。
謳い上げる終末装置に、しかし地から空まで斬り上げる光が一筋。
「あなたは、聖書を読み直した方がよいでしょう」
竜の眼光が、幾度目か、地の騎士を見下ろす。
「あなたが力の象徴に選んだ竜(それ)は、御使の鎖に繋がれた哀れな負け犬の偶像でしかない。
預言の成就に狂うあまり、かの預言にて明確に否定された存在に縋るなど……愚かなまでに本末転倒だ。
同情しますよ、赤い馬の騎士。悪魔、異教徒、無神論者――この世に悪徳は数あれど、信仰を履き違えた者はそれらに劣らないほど哀れだから」
実のところ、レッドライダーが臨界放射という手を切った理由は十字軍の殲滅だけではなかった。
彼らがダメージコントロールに利用しているバーサーカー、忌まわしき原人達を屠る手段を用立てたかったのである。
原人の呪いはあらゆる文明の叡智を否定するが、しかし元からあったもの、自分達より古いものには無力だ。
だから特定の兵器に依らない放射性物質の臨界現象という"理屈自体はずっと自然界に存在した"法則を引き出し、これを用いて周囲に潜伏している原人達の一掃を試みた。
それは成功し、とうとうゴドフロワの十字軍は赤騎士の暴威を防ぐ風除けをも失った。
彼に付き従った原人は全滅。全個体が血を撒き散らす肉塊と化し、断末魔をあげることもできず消滅してしまった。
730
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:37:43 ID:VM7mV8nU0
最終防衛ラインの消失。
ゴドフロワは、彼の十字軍は、今や丸裸にされたも同然だった。
光の軍勢は補充が利く。が、レッドライダーにしてみれば彼らなど鼻息程度で吹き散らせるような雑魚の集団でしかない。
状況のすべてが赤騎士に味方している。
だが、いいや、だからこそ――
「………………?」
不可解と、既視感。
二種の三文字が、騎士の思考回路にノイズを走らせた。
「そんなに意外ですか、私が立ち続けることが」
ゴドフロワは微笑っている。
傷だらけになり、血を吐き、素人目にも致命傷と分かるだけの汚染を受けているにも関わらず。
剣を落とさず、身体を震わせず、二本の足で大地を踏みしめ、十字架を握ってあがき続けている。
「それとも、誰かと重ねてしまっているとか?」
図星だった。
心なき黙示録の騎士に、本来その概念はない。
なのに一瞬、眼下の虫螻(ヒト)が放つ言葉に空隙を作られた事実。
それはこの世に存在するいかなる表現よりも如実に、今の赤騎士(コレ)の陥穽を指摘していて――
「我らは常に流されるもの。示された預言が揺らぐことはなく、その時は必ず訪れる」
騎士は、血みどろになりながら尚も歩みを進める。
空を見上げて、魔王の化身を模倣した愚かな機構を射竦める。
「だが。神を冒涜し、教えを嗤う運命などには――決して負けない。それが私が立つ理由で、あなたが私に敗北する理由だ」
幾度打ちのめしても、焼き払っても、斃れず食い下がってくる白い剣士。
重なる。否が応にも、あの偽りの白騎士(ホワイトライダー)を思い出してしまう。
「さあ、剣を執り続けなさい赤騎士よ。
私はあなたが用いるすべての奸計を打ち砕き、この穢れたソドムにて、己が信仰を証明する」
"シロ? 違うよ! 私はね、祓葉っていうの。神さまが寂しがって祓う――"
無邪気に笑いながら、何もかもを切り払って君臨する白色を憶えている。
おぞましい生き物だった。だが同時に、その何倍も神々しい存在だった。
だからこそ赤騎士は本能として、それを醜穢と呼んだ。
不遜なるデミウルゴス。支配はなく、戦争はなく、飢饉はなく、総ての死は凌辱される。
認めてはならぬ跳梁があった。
理解してはならぬ輝きがあった。
それはある種、チェレンコフ光と同じたぐいのヒカリ。
見てしまった時点で終わりという分かりやすい破滅の象徴。
731
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:38:38 ID:VM7mV8nU0
レッドライダーよ。預言の終末装置よ、その役割に取り憑かれ破綻した狂竜よ。気付いているのか。
おまえもまた、かの六凶と同じ轍を踏んでいることに。
地母神の設計図(プログラミング)はバグに冒され、出自も性別も違うただ死ににくいだけの相手にさえ誤作動を晒してしまうほど壊れ果ててしまっていることに――過去最高に出力を向上させている現在ですら、気付いていないのか。
「何を呆けている。私は"来い"と言ったぞ」
「ォ、オ――オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
戦況の優劣は完全にあべこべ。
追い詰められている狂戦士が煽り、圧倒的優位に立つ赤騎士が吼える。
弾丸、爆弾、砲弾に化学兵器。
霊長の叡智の釣瓶撃ち、武器庫をひっくり返すが如き火力の大乱舞。
それは正しく流星群だった。千ではとうに利かない数の絨毯爆撃が、街をゴドフロワごと蹂躙していく。
「醜穢、汚濁、不遜、冒涜――ッ、許シ難キ悪徳ゾ疾ク死ニ絶エヨ朽チロ朽チロ朽チロ朽チチチチ朽朽朽朽朽朽朽朽朽朽朽朽!!!」
発狂と呼んでもいい咆哮。
同時に落ちる火力は対城に匹敵して余りある。
が、ならばそれに正面から拮抗していくゴドフロワは何なのか。
道理の無視、あるべき力関係の破壊。すべてを信仰の二文字で破壊していく姿はまさしく狂気の使徒の面目躍如だ。
想いの力、狂気を燃料として従える者達が為せる極限のパフォーマンス。
目の前の目的に対して必要なだけバルブを開いて狂気を引き出すのが彼らの常ならば、今のゴドフロワはそれを完全解放していた。
どれだけあっても足りないのなら、もう何の加減も必要ない。
魂の内から溢れ出す狂奔を余すところなく肉体に反映して剣を振るい、身体を動かし、新たに生み出した光軍にさえ伝播させていく。
十字軍は全兵器をねじ伏せて、確実に進軍している。
ゴドフロワの限界点はとうに超えられ、余力は風前の灯も同然だというのに、残り一ミリの蝋燭が溶かし切れない。
「手ぬるいぞ、レッドライダー」
こうなると、不利なのは明確に赤騎士の側であった。
何故なら彼はこうしている今も、武器庫の中身を失い続けている。
天蠍の毒は未だ健在。
比喩でなく一秒ごとに押し寄せる天昇に抗うため、本来無限に等しいリソースを注ぎ込み続けてなんとか存在を保っているのが現状だ。
ゴドフロワに甚大な損傷を与えた臨界攻撃や、対城クラスの破壊力を持つバンカーバスターを再利用しないのがその証拠。
再利用しないのではなく、そもそもできない。如何にガイアの怒りの具象化と言えど、英霊の型に嵌められた以上無い袖は振れないのだ。
もはや打ち出せる火力は一般的な弾薬と爆弾が大多数。無論、あらゆる死を超えてここまで生き延びた十字軍の長を打倒するには著しく不足である。
「この程度で十字軍(われら)の信仰を阻めると思っているなら片腹痛い。
壊れた終末装置など恐れるに能わず。聖墳墓守護者(アドヴォカトゥス・サンクティ・セプルクリ)を舐めるなよ、冒涜者ッ!!」
放たれた対艦ミサイルを一刀にして撃滅し、ゴドフロワは赤竜を超える高度にまで跳ね上がった。
732
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:40:00 ID:VM7mV8nU0
自由落下を味方として墜落しながら、三本目の首を刎ね飛ばす。
そこで十字剣の切っ先を竜の躰へ突き立てて立ち止まり、そのまま斬り上げて四本目を誅する。
「白――」
「誰(どこ)を見ている」
漏れ出た言葉/妄執を、騎士は一蹴。
「貴様の相手は、十字軍(われわれ)だ」
次いで、薙ぎの一閃で二本を纏めて切り飛ばした。
哀れ、黙示録の赤き竜。
七頭の内六頭が切り落とされ、残るはわずかに一頭。
サタンの末路が如く、惨めでみすぼらしい姿。
「極星も針音も我らの運命には関係ない。
貴様が何を見たのか、何に狂わされたのかなど些末。
重要なのは貴様が預言を穢し、神の法理を冒涜したその事実のみ」
最後の一頭へ、最後の斬撃が振り上げられる。
誓うは神敵必滅、よって実現すべきは一撃必殺。
たとえ目の前にいるのが正真正銘の魔王(サタン)であろうが斬り伏せてやると、聖騎士の気迫は断じていた。
「――――"救いと栄光と力とは、われらの神のものである"ッ!」
いざや滅ぶべし、冒涜者(レッドライダー)。
増長のもとに失墜し、悔恨のもとに地獄の底へと沈んだものよ。
赤騎士は不滅。
されど、尊き機構は天蠍の毒に穢された。
七つの頭はそっくりそのまま、この終末装置の寿命に等しい。
すなわち黙示録の竜が討たれれば、もはや戦禍の厄災はその預言(しんわ)を保てない。
よってこれは、まさしく詰みの一瞬であった。
大いなる役目に対して落ちる断頭台が、ここにすべてを終わらせる。
だが――
「 ―――――― 梵 天 ヨ 、 地 ヲ 覆 エ ( ブ ラ フ マ ー ス ト ラ ) 」
まさに地獄の底から響くようなその声が、ゴドフロワ・ド・ブイヨンの勝利を無情なほど冷たく否定した。
◇◇
733
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:40:47 ID:VM7mV8nU0
人間同士の戦いとは到底思えない、文字通り息つく暇の存在しない攻防戦だった。
狩魔の魔弾は勢いを落とすことなく吹き荒れて征蹂郎を牽制し、征蹂郎は臆するでもなく弾幕の渦中に身を躍らせていく。
当たればよくて致命傷。どんな鍛錬を積んだって、生身の肉体で銃弾を弾き返すなんて出来やしない。
なのに征蹂郎は止まらない。しかしこれは、必ずしも彼だけの力というわけではなかった。
「てめえ、"あてられて"やがるな」
狩魔の指摘に征蹂郎は無言だったが、凶漢の推測は当たっている。
今、暗殺者は真の意味で一体の殺人者と化していた。
彼はレッドライダーと契約を通じて繋がっている。征蹂郎と赤騎士を繋ぐレイライン、そこにもかの騎士の【赤】は混ざっているのだ。
つまり、〈喚戦〉。
ヒトを闘争に駆り立て、本能のままに敵を駆逐する狂徒へ変える終末の熱病。
征蹂郎は狩魔と戦うにあたり、流れてくる汚染物質を拒むことをやめた。
それどころかむしろ意識的にその色彩を取り込み、ドーピング剤として用いている。
「――手段を選ぶつもりは、ない」
無論、その代償は軽くない。
わずかでも気を抜けば理性が持っていかれそうだし、身体はもう半ば自分の制御を離れて駆動していた。
狩魔の弾幕を神がかった動きでやり過ごせているのもそれが理由だ。
選択して行動するのではなく、条件反射として目の前の状況に対処する――戦闘のオートメーション化。
魔弾の射手が神業ならば、こちらも人間を逸脱することで対抗する他ない。
戦鬼の凶腕(かたな)が抜かれる。
素手の居合という離れ技が、百では利かない数の魔弾を両断した。
そのまま電瞬で踏み込み、砲弾もかくやの正拳突きで狩魔を狙う。
「バケモンが。
不良なら色々見てきたが、徒手空拳で弾丸落とす奴は初めてだよ」
しかし狩魔も、明らかに理解を超えた挙動を見せ始めていた。
当たれば必殺の魔拳を、その目で見てから回避する。
更には後続で放たれた足による"抜刀"も、身を反らすことで衣服一枚の裂断に押さえた。
征蹂郎は驚きもせず、目の前の男に対する認識を粛々と引き上げる。
何もおかしなことではない。
レッドライダーが振り撒く戦意に敵味方の区別がないのは、守るべき聯合の同志達が嬉々として殺し合いに狂っている時点で明らか。
〈喚戦〉は万人に対して平等だ。そして受け入れると決めたなら、湧き立つ闘志はきわめて効率よく吸収される。
734
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:41:22 ID:VM7mV8nU0
「貴様の方こそ……随分と、機嫌が良さそうだな……」
「否定はしねえよ。ガンジャ吸ったみてえな気分だ」
狩魔もまた、征蹂郎に追いつくために自ら〈喚戦〉を受け入れたのだ。
彼は元より狂気の男。
新たな狂気を取り入れることに二の足を踏むほど、その心胆は柔くない。
笑みさえ浮かべながら、狩魔が引き金を引いた。
征蹂郎は躊躇わず蹴り落としたが、すぐに失策を悟る。
足で砕いた瞬間、全身を撹拌するような衝撃と熱が彼を包んだからだ。
「デア・フライシュッツ。意味はわかるか? 〈魔弾の射手〉だ」
咄嗟に腕で防御して致命的な事態は免れたが、走る衝撃までは防げなかった。
咳と共に血反吐を零しながら、征蹂郎は手を握って開き、神経が無事なことを確かめる。
「俺の弾丸にはこうしてハズレが混ざってる。
さっきみたく力技で防がれたら堪んねえんでな。今、そういうことに決めたよ」
狩魔は征蹂郎以上に戦士ではない。
暗殺者も顔を顰める悪辣無体こそ彼の正道。
次いで放たれた弾幕掃射は、それを象徴するような詭道だった。
「つくづく……性格が悪いな。
あらかじめオレに爆弾入りの弾を見せて、プレッシャーをかける腹積もりか……」
「正解だ。察しのいい奴は好きだぜ? シバき合うなら歯応えがねえとな」
実際、征蹂郎はこれでもう無策では応じられない。
〈喚戦〉による強化があったとしても、あの威力の爆発を何度も受ければ確実に肉体が限界を迎える。
ここで狩魔と刺し違えるのは臨むところだが、その覚悟を決めるのは殺せるのが確定してからだ。
「愉快に躍ってくれや、ゴミ山の王様よ。
俺を前線まで引きずり出した野郎は久しぶりだ」
「ッ――!」
弾ける魔弾のダンスパーティーに、征蹂郎は歯噛みしながら食らいつく。
脳内に無数に浮かんだ選択肢を取捨選択して生きる活路を探す必要があった。
脳は過剰駆動で悲鳴をあげているし、知恵熱通り越して鼻から脳味噌が零れそうだ。
掠り傷を山程作りながら、強化された動体視力で安全地帯を割り出して、飛び込んでは少しずつ距離を詰める。
どうしても不可避と判断した弾は起爆のリスク承知で受け止める。
735
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:42:04 ID:VM7mV8nU0
そうしながら進んでくる彼の全身は、既に余すところなく赤色に染まっていた。
致命こそ避けているが、小傷も積もれば相応の出血量になる。
王と呼ぶには悍ましすぎる姿を前に、狩魔は猛禽のように眦を細めた。
「ターミネーターと戦ってる気分だな」
軽口ひとつ、瞬間に大爆発。
宣言通り弾幕に混ぜ込んでいた魔弾をこのタイミングで起爆させた。
征蹂郎の意識が、一瞬空白に染め上げられる。
「何驚いてやがる。着弾しなくても起爆できるとは思わなかったか?」
身を焼く爆風。
熱はさしたる問題にならないが、やはり衝撃は問題だった。
踏み止まろうと踏ん張る必要があって、そのためには一時とはいえ前進を捨てねばならない。
動きを止めようものなら、この悪魔の如き魔弾の射手は必ず良からぬ手を打ってくる。
再びの接近。
衝撃による硬直から復帰する前に、征蹂郎の顎に銃把を叩き込む。
「が、ぐ……!」
敵ながら、巧い、と認めざるを得なかった。
手管そのものもだが、急所を的確に狙うセンスがずば抜けている。
顎を打たれればどんな強者でも必ず止まる。
急所とは、相手の鍛錬の有無や程度を無視して有効だからこそ尊ばれ、警戒されるのだ。
肉体強化と〈喚戦〉の二段がけで、平時の征蹂郎以上の格闘能力を得た狩魔の打撃が、それこそ弾幕のような密度で彼を打ちのめす。
脳裏に火花が何十と散って、骨が砕け、折れた奥歯が頬を突き破って飛び出した。
堪らずよろめいたところで、征蹂郎の視界が捉えたのは銃口。
「この俺にあそこまで大口叩いたんだ。避けれるよな? このくらい」
距離にして三十センチ弱。
その至近距離から放たれる、眉間を狙ったヘッドショットだ。
間合いも狙いも最悪中の最悪。
避けるなどまず不可能だし、かと言ってできなければ誰であろうと即死は間違いない。
破裂音が響いて、征蹂郎の命を確実に奪う魔弾が吐き出される。
拳銃の弾速は平均で秒速三百から四百メートル。
亜音速の凶弾は放たれ、赤く染まった暗殺者の脳漿を散らさんとした。
736
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:42:55 ID:VM7mV8nU0
が――
「ッ……おい、ふざけんなよテメェ」
結論から言うと、征蹂郎は迫る死を回避した。
頭部を反らし、額の右からこめかみまでの頭皮を抉るだけに留めた。
無論、見てから避けたわけではない。さしもの彼でもそんな芸当は不可能だ。
征蹂郎はただ予測しただけ。狩魔の拳雨に晒されながら、この乱打の後に彼が取るだろう行動を予め想定していた。
だから一か八か、考えるよりも早く身体を動かしたのである。
〈喚戦〉に身を委ねた自動戦闘から着想を得た瞬間回避。
それが功を奏した。敵の抜け目なさを信頼した先読みが、征蹂郎の命を繋ぎ。
「――――『抜刀』」
「……! クソが……!」
幾多の魔弾を斬り伏せてきた"剣"が、刹那を裂いて閃く。
狙うのは首、ただその一点。
本音を言うなら嬲り殺しにしてやりたかったが、矛を交えてそれが不可能だと確信した。
右手を起点に炸裂する大衝撃。
シャコのパンチ宜しく、征蹂郎の抜刀術は生物の道理を超越する。
仮に魔術の加護を得た肉体だろうと、確実に割断できる自信があった。
ましてや今は必殺を崩し、虚を突いたこれ以上ない絶好の好機。
脳裏を過ぎる、死んでいった仲間達の顔。
今も自分のために戦ってくれている、変わり果てた彼らの顔。
すべてに感謝と謝罪を述べながら、王は戦いを終わらせる一撃を放った。
「――――なんてな」
「!?」
しかし征蹂郎を出迎えたのは憎き敵将の血肉の温さではなく、身が引き千切れるような衝撃と爆熱だった。
「お前はバケモンだが、とことん腹芸が苦手らしいな。
相手が見せ札を切ってきたら裏の裏まで警戒しろよ。一応お前も半グレなんだろ?」
悪国征蹂郎の虎の子にしてお家芸たる殺人拳、『抜刀』。
それが放たれた瞬間に、まったく予測外の方向から飛来した弾丸が前腕へ着弾。
これまで二度征蹂郎を焼いたあの爆発が巻き起こったのである。
完璧な不意打ち。完全な意識外からの奇襲。
その手刀は役目を果たすことなく損傷してあらぬ形に歪み、身体はたたらを踏む。
「来世があったら覚えとけ。弾丸(ギョク)ってのはな、跳ねるんだよ」
弾幕の一斉起爆からあえて逃れさせ、戦場の端で跳弾を繰り返させていた一発を此処で使った。
周鳳狩魔は弾丸に特定の属性を込められる。
そして、既に着弾した弾丸の跳弾軌道さえ自在に操れる。
「死ね」
悔恨と失意の中、それでも躍動する征蹂郎。
そんな彼に、魔弾の射手は無情に引き金を引き。
――今度こそ、血の花が咲いた。
◇◇
737
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:43:39 ID:VM7mV8nU0
青銅のスパルトイと呪術師シッティング・ブルの交戦は、分かりきったことだが圧倒的なものと化していた。
スパルトイ達は確かにサーヴァントに匹敵するスペックを持つが、純粋に英霊と比べ合えばやはりどうしても劣る。
個々では心許ない性能を集団戦による数の優位と陣形で補うことで強さを発揮する。彼らはそういう存在だ。
その上、シッティング・ブルはキャスタークラスの中では数少ない"戦える"サーヴァント。
三騎士クラスと比べれば見劣りすれど、身体能力も戦いを有利に進める才覚も決して低いレベルではない。
現に彼は多少手を拱きはしつつも、一体きりのスパルトイを一方的に蹂躙しながら、並行してアルマナ追撃用の霊獣達の指揮すらやってのけている。
一瞬見えた光明はすぐに閉ざされた。
合図となったのは、最後のスパルトイの崩壊である。
「……、……」
沈黙を湛えながら、シッティング・ブルは砕け散った青銅の残骸を踏み越える。
これで状況の不確定要素はリセットされ、力関係は元に戻った。
呪術師、あるいは大いなる戦士。
その憂い湛えた眼光が、逃げ惑う小鳥に再び向かう。
(――あのキャスターは、優しい英霊(ひと)だ)
アルマナは息を切らし、魔力残量を気にかけながらも、冷静に思考を回していた。
焦ってはならない。為すべきことを為すのだと、自分に言い聞かせ駆けている。
(哀れまれたことを恥じるのは強者の特権。アルマナは、それが許されるほど強くない)
シッティング・ブルは確実に、あるいは彼自身も自覚していないところで手を鈍らせていると結論づける。
だってそうでないと、自分がこうして逃げ続けられていることに説明がつかない。
英霊と魔術師を隔てる壁とは、本来それほどまでに大きなものなのだ。
先住民風の装い。特徴的な武装の数々を使い、呪術にも秀でる特性。
アルマナは既に、相手の真名を類推していた。
であれば納得できる。彼が自分を相手に、抱くべきでない情(バグ)を出してしまうことにも。
愚かな英霊だ。
惰弱な英霊だ。
優しさなんて、心の贅肉でしかない。
そんなものを残していたら、叶うものも叶えられないのに――自分の体たらくを棚上げしながら、しかしアルマナは確実に前進していた。
華村悠灯の居所が見えてきたのだ。
シッティング・ブルがあからさまに戦いの影響を及ばせるのを避けている方角がある。
それは南西だった。つまりそこに、彼の急所――華村悠灯がいる可能性が高いと判断。アルマナは、希望のすべてを賭ける。
「――――爆ぜろ!!」
涸れた喉から、なけなしの声量を張り上げる。
そうして放った光弾は、答え合わせとなった。
アルマナの渾身を阻むように、シッティング・ブルが回り込んだのだ。
738
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:44:18 ID:VM7mV8nU0
「……」
「はぁ、はぁ……。やはり、"そちら"、なのですね……」
光弾を受け止めて、大戦士がトマホークを振るった。
もう避けるどころか反応するのも厳しくなっていたが、死力を尽くして何とかする。
変わらず怖ろしい敵として立ち塞がるシッティング・ブルの額からは、一筋の血が垂れていた。
どうやら正真正銘、後先考えず放つ全力の攻撃ならギリギリ通るようだが、やはり火力で押し勝つのは現実的ではない。
頭がふらつく。
膝が笑っている。
垂れた涎を拭う力も惜しい。
「なら、アルマナにも――考えが、あります」
魔術回路を廻す。
次の瞬間、シッティング・ブルの眉が小さく動いた。
少女の背後に浮かぶのは、まさに無数と呼ぶべき光弾の群れだったからだ。
その数たるや、ゴドフロワ・ド・ブイヨンからの撤退戦で見せた流星群よりも更に多い。
百、二百、三百――五百――更にそれ以上。
これまで、生涯の中で一度も見せる機会のなかった極致。
「……君は――」
シッティング・ブルの口からさえ、焦燥と感嘆の綯い交ぜになったような音が漏れる。
この次元の魔術行使ができる者など、彼が生きた南北戦争の時代にさえほとんどいなかった筈だ。
ましてやこんな幼い少女が可能とした例など、噂ですら聞いたことがない。
アルマナが声にならない何かを吠えた。
全弾解放、それは光の嵐そのもの。
呑まれればシッティング・ブルでさえただでは済まないと悟らせる最高火力。
ここで初めて、彼の顔に虚無以外の感情が宿る。
「――悠灯ッ!」
そう叫ぶ声が響いた直後に、爆音と閃光が決戦場を真昼のように照らし出した。
殺せたと夢想するほど、アルマナは楽観的ではない。
重要なのは引きずり出すこと。敵の一方的な優位を奪うこと。
これで駄目なら――最悪の未来さえ見据えながら、少女の見つめるその先で。
晴れた煙の中から現れたのは、シッティング・ブルの姿と、彼に抱かれた金髪の少女だった。
739
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:45:06 ID:VM7mV8nU0
「……、――――」
力が抜けそうになるのをすんでで堪える。
満足するな。話は、すべては、ここからなのだ。
取引。圧力。あるいはもっと直接的に、マスター殺し。
どの択も難易度は依然変わらず極悪無比。
もう光弾は残り数発しか放てず、肉体強化も数分と持続するか怪しい有様だったが、それでも諦めるわけにはいかない。
――戦わなければ。
――勝たなければ。
――でなければ、奪われる。
――負けた人間は、何もかもを踏み躙られる。
「っ……」
引きずり出された側である筈の華村悠灯が、アルマナを見て信じられないものを見たような顔をした。
そのくらいひどい姿をしているのだろうか。もしくは、ひどい顔だろうか。
分からないが、分からなくていいと思った。
かくして、少女は正念場に挑むべく再び回路を廻さんとして――、そこで、銃声を聞いた。
ぱん。
その音に、反射的に振り返る。
そこで少女は、それを見た。
「あ……」
血を噴き出し、崩れ落ちる青年の姿。
ただでさえ全身を赤く濡らした男が、どくどくと追加の【赤】を垂れ流しながら倒れ臥すのを見た。
悪国征蹂郎が、周鳳狩魔に敗北した。
その事実を認識した時、アルマナ・ラフィーは今まで目を背けてきたすべての矛盾を自覚する。
実際に終わりを突きつけられ、忘却の処世術で鈍麻させていた感情と遂に直面させられた。
――悪国征蹂郎のサーヴァントには利用価値があるが、彼自身はただの要石だ。
そうでなくとも、打算のために何より大事な我が身を滅ぼしては意味がない。
退くか、もっと賢く利権を狙えるやり方を選ぶべきだった。
普段の自分なら、選べていた筈だ。なのにそれをしなかった結果、目の前には破滅だけが残っている。
740
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:45:39 ID:VM7mV8nU0
――握られた手の感触を、覚えていた。
大丈夫だぞ、と。
ひとりじゃない、と。
そう伝えるような、あのごつごつした感触が暖かく蘇ってくる。
「アグニ、さん……」
呟くと同時に、"彼"の言葉が蘇る。
『別に……一緒に来たっていい……』
『大丈夫だ、アルマナ。ひとりじゃないぞ、みんながいる』
悪国征蹂郎のものと。
そうでないものが、記憶の中で重なった。
それが答えだ。現実の痛みから逃れるために合理の世界を選んだ少女が、なおも彼に懸想することを止められない理由。
ああ。
思い出して、しまった。
振り返らないようにしていた過去のこと。
思い出さないようにしていた大切な人のこと。
ずっとこの手を握ってくれた人。
アルマナが、守れなかった人。
『逃げて、アルマナ』
母が言う。
『逃げろ。生き延びるんだ』
父が言う。そして。
『――ごめんな、アルマナ。兄ちゃん、こんなことしかしてやれなくてよ』
自分を庇って蜂の巣になりながら、それでもぎこちなく微笑んだひと。
眠れない夜に、怖くて震えていた時に、ずっと手を握ってくれたひと。
思い出した。大好きだった彼が血を吐いて崩折れる姿を思い出してしまったから、溢れる感情はもう止められなくて。
「やだ、だめ、起きて――――兄さま!!!」
叫んで、あまりの醜態に絶句した。
涸れた喉を振り絞り、目からは捨てた筈の液体が流れ落ちている。
アルマナはいま、何を言った? 何を言ったのだろう。
もういない人の姿を、出会って一日も経っていない赤の他人と重ねて。
少し居場所を貰えただけで。少し、あの頃みたいに手を握られただけで。
私は、いったい。何を――と、思ったところで。
アルマナは、戦士の刃が目の前に迫ってくるのを見た。
それは終わりの合図。嘆きも悲しみも、侵略する者の前では等しく無力だ。
惨禍の大釜から生き延びた小鳥に、いつかの運命が追いついてきた。
銀の頭髪が汗で貼り付くちいさな頭に、トマホークが振り下ろされて――
◇◇
741
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:46:45 ID:VM7mV8nU0
「――――馬鹿な……!」
ゴドフロワは、己が挑戦者(チャレンジャー)であることを自覚している。
敵はヨハネが記した預言の終末装置。黙示録の到来を告げる人界粛清者。
何でもありは当然で、故に一介の英霊と同じ物差しで測るべきでない相手と深く心得ていた。
その気構えも達観も吹き飛ばす焔の輝きが、彼の見上げる先にはあった。
煌々と燃え上がる魔力、融解し竜の吐息に溶け込んだ異教の神の剛弓。
ゴドフロワの驚愕は当然だ。
宇宙の力すべてを含有すると謳われたかの弓は、赤騎士の属する神話には存在しない兵器である。
ブラフマーストラ。
それはブラフマー神が鍛え、名うての英雄達が凄絶に振るい合った武装の名。
赤騎士の宗教圏に存在しない筈のこれに、赤騎士は伝承の柵を超えて辿り着いたというのか。
否。彼が記録し司る闘争の歴史の中には、かの英雄神話(マハーバーラタ)さえも含まれているというのか!
(あり得ない……! 現に此処までこの厄災は、あくまで人類が創り上げた兵装のみを使い戦っていた筈……、……いや――)
動揺と、狼狽。
しかしゴドフロワは、恐慌の中で死ぬことが赦されるほど愚鈍ではなかった。
彼は聡明故に辿り着けてしまう。目の前の状況と、己が抱く疑問を同時に解決する"回答"へと。
「英霊の限界を、突破したのか……」
そう。
レッドライダーは確かに異なる神話の闘争さえも記録として貯蔵していたが、境界記録帯の身に零落した霊基では納めたそれを引き出せなかった。
だが不可能ではない。環境さえ完全に整えば、赤騎士は魔力が許す限り、この地球上で起こったあらゆる戦争を再現することができる。
本来それを可能とするには、非現実的なほどの備えとお膳立てが必要であったが……赤騎士はその前提をあまりに無体な手段で破壊してしまった。
――自己覚醒による、限界突破である。
天昇の強毒に霊基を撹拌され、今のレッドライダーは非常に不安定な状態だ。
だからこそ既存の道理を破却し、ぶち壊すには都合がよかった。
自身を追い詰める『英雄よ天に昇れ』の薬効を逆用し、己を英霊でも生物でもない曖昧な現象として再定義。
その上で極大量の戦歴(リソース)をつぎ込んで、定められた限界の弁を強引に粉砕したのだ。
幸いにして参考資料も存在した。港区で、赤騎士は息を吸って吐くようにそれをやってのける極星を視ている。
742
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:47:28 ID:VM7mV8nU0
「――――感謝シヨウ、偽リノ白色」
神寂祓葉という現人神の事例を参照し、倣うことによっての事象破壊。
力ずくでリミッターを解除した現在のレッドライダーはいよいよ本格的にサーヴァントの域を出ていた。
「滅亡ノ最適化ヲ完了。黙示遂行効率57%上昇」
ヨハネが垣間見た未来、そこに現れる災禍以上の脅威として赤騎士は君臨する。
七頭の内六つを失った巨竜という見窄らしくさえある風体で、しかしこれまでのどの瞬間より怖ろしく己が存在を体現する。
「以ッテ次弾ノ装填ヘ移行開始。
『梵天よ、地を覆え』着弾後、対象英霊ノ生存ヲ確認次第『軍神五兵(ゴッド・フォース)』ノ発動ヲ――」
身も凍るような死刑宣告を、しかし最後まで聞くことはできなかった。
遂に放たれた炎の一矢が、ゴドフロワの姿をこれまでのとは比にならない威力の業火の中へ呑み込んだからだ。
人類が生み出した技術とは、やはり根本から明確に正體を異にする。
これは、ただ敵を圧するものだ。一切の打算も希望も、悪意さえも盛り込まれていないからある意味ではひどく純真無垢。
されど神の純真に、そうでないモノは大抵耐えられない。
爆音が鳴り響く中、ゴドフロワは視界もおぼつかない状態でひたすら十字剣を振り続けるしかなかった。
だがその九割以上を本能に頼った対抗ですら、神器の矢がもたらす惨禍を可能な限り打ち払っているのは驚異的すぎる。
聖地占領のために振るった辣腕など、この男の総力のほんの一・二割でしかなかったのだと思い知らせる獅子奮迅。
炎を押し退け、吹き荒れる爆風を払い、結果として五体のひとつさえ赤騎士の暴威に譲り渡さない。
全身の四割を焼き焦がされた程度の損耗でブラフマーストラを踏破した事実は、ゴドフロワ・ド・ブイヨンという男の英雄性を神々しい/悍ましいまでに示していた。
しかし、レッドライダーはそんな怪物的な奮戦にも怯みなどしない。
戦争の騎士はもう、そういう生き物の存在を知っているから。
「――『軍神五兵』」
梟雄呂布奉先が振るった、軍神蚩尤を原典とする方天画戟。
その全機能開放、赤き破壊光線がゴドフロワを消し飛ばさんと迸った。
局所の火力でなら先の『梵天よ、地を覆え』をすら超えている。
「私は……ッ、滅びぬ! 悪魔なぞを模倣するしかなかった愚者の足掻きなどに、誉れ高き十字軍は決して屈さない!!」
持ち前の慇懃ささえかなぐり捨てて吠えるゴドフロワの声は、とうに理屈ではなくなっていた。
彼は祓葉に及べない。あくまでもひとりの一般的な人間として始まり、その生涯の結果として人理に名を遺した"ただの"英霊でしかない。
されど。彼と新たに補填された十字軍の軍勢は、一瞬置きに姿を変えていく新宿という地獄(ゲヘナ)の中で朽ちることなく健在だった。
降り注ぐ破壊の光を避けるのはもちろん、力任せに剣で撃滅さえする。
代償に腕の骨や筋肉が凄まじく損壊したが、痛みも可動性の悪化もすべて無視した。
痛覚の無視は前提として、後先を考えなければたとえ骨が粉々になっていようと手も足も動かせる。
そんな稚拙極まりない精神論だけを味方として、ゴドフロワは蚩尤の戦域を突破する。
そうして再び空へ。残りひとつの首を落とすべく、人類史そのものを射出して戦う赤竜に挑んでいく。
743
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TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:48:27 ID:VM7mV8nU0
――迫る軍勢を前に、レッドライダーは再び鼓動の音を聞いていた。
やはり死なない、潰れない、屈さない。
上限を突破した時点で、〈喚戦〉の効果もまた規格外の域に突入している筈なのだ。
幸いにして今はまだこの戦域を突破してはいない。
だがそれも時間の問題で、境界線が壊れれば東京の半分は理性を喪失した戦徒の地獄に堕ちるだろう。
そんな地獄絵図の序曲とも呼ぶべき重篤な精神汚染を、ゴドフロワ・ド・ブイヨンは最前列で浴びている。
ここまで来ると英霊であることさえ何の防衛線にもならない段階だ。高ランクの対魔力を持つサーヴァントでも危ういレベルだというのに、では何故この狂戦士は自我を保ちながら、未だにこの【戦争(われ)】に楯突けているのか。
――重なる。
六本木で見たあの極星と、目の前の取るに足らない小虫の姿が被る。
「『吼エ立テヨ、我ガ憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』」
参照、フランス百年戦争。
信仰の果てに殉教したある乙女の末路を攻撃に転用した、怨念の大火災。
これを、レッドライダーは演算過程をすっ飛ばして行使していた。
そういう理屈なき行動を"条件反射"と呼ぶことを、果たしてこの騎士は知っているのだろうか。
極星に狂わされ、壊されたガイアの終末装置。
根本から生物ではなく機械のそれに近いが故に、赤騎士は己の抱く狂気/感情の名を定義することすらできない。
そのオモイは、既に別な人間が抱いていたものと同じであるということも。
気付かぬままに、黙示録の竜騎士は次から次へと破滅を用立てていく。
「『王ノ号砲(メラム・ディンギル)』」
バビロニア神話参照。
纏わり付いて逃さない怨念の大火葬。
それに灼かれる異端者を穿つべく、竜の皮膜を起点に放たれる神代の大弾幕。
「『最終攻撃・天槍光輪(フュルギア・ワルキューレ)』」
ラグナロク参照。
灼かれながら千の弾幕と尚も拮抗する十字軍の頭上に生まれる、巨大な光の輪は莫大な魔力の光帯を喚んだ。
集中射撃と銃剣突撃の二工程を省きながら、それでも最終工程の火力だけで生半な対軍宝具を凌駕する。
大神に仕える戦乙女達の集団奥義を引き出すことで回避の余地を奪い、そして――
「『集イシ藁、月ノヨウニ燃エ尽キヨ(カトプトロン・カトプレゴン)』」
シュラクサイ包囲戦参照。
今や足元に逃げ場なく冠水した赤い洪水が凝固して、六角形の鏡となり隆起する。
赤き竜の眼光が擬似的な太陽光となり、その輝きを並び立つ鏡が反射、収束、更には増幅。
空中で逃げ場もない十字軍のおよそ全軍を、灼熱の光で沸騰させた。
光が弾ける。
水泡を針で潰すが如くに、誉れ高き信仰者達の偶像が爆散していく。
唯一カタチを持ってここに存在する白騎士は、幸運どころかむしろ不運だったろう。
鎧を溶かされ、美男子の黄金率のように整っていた全身を生きながら炙り焼きにされていくのだ。
肉が焦げる音と、皮膚が爆ぜる音。血液が蒸発することで白煙がくゆり、出来上がるのは生きた焼死体。
戦闘は既に虐殺、いいや虐待とも呼ぶべき絵面に変わっていた。
子どもがあらゆる残酷を尽くして小動物を殺すように、黙示録の竜騎士はその歴史を以って預言に抗う弱者を踏み躙る。
744
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TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:49:16 ID:VM7mV8nU0
そんな残酷劇の結びに、竜はあぎとを開いた。
そこに集約されていく魔力(エネルギー)は、誇張でなくこれまでの全攻撃を凌駕する。
六本木で神寂祓葉らに解き放った放射核熱線(ツァーリ)の出力よりも更に上。
レッドライダーという終末装置が繰り出した全災禍の最大値を凌駕する、最後にして最大の兵器が今まさに開帳されようとしていた。
人類叡智の極み・核兵器など取るに足らない。
ブラフマーの神弓でさえこれに比べればただの玩具。
ここまでに見せた多種の模倣宝具も、この一撃が相手では引き立て役にもなりはしない。
――それは、赤い雷であった。
曰く。
遠い古の時代、宇宙(ソラ)の彼方から外宇宙の船団がやってきた。
訪れた彼らは星の民に神と崇められ、やがて彼らに合わせるよう変化を遂げていったという。
そうして紡がれた神話大系にて、絶対の主神とされる一体の戦艦(カミ)があった。
かの神話の最高神は雷を司る。彼の振るう雷は、この宇宙そのものをも焼き尽くす。
今の地球があるのは、かの神にヒトと大地を慈しむ理性があったから。
知性体を保護し。惑星を慈しみ。異なる星を赦し。時の彼方を認め、まつろわぬ概念に目を瞑る寛大が存在していたから。
空を砕き、星を砕くも自由自在。
何故なら天に有りしは全て彼。星を統べしも全て彼。
強大なる全能神の権能が、ヨハネの属する宗教には存在しない稲妻が、掟を破って最終裁定を下す。
その雷の名は。
その稲妻の名は。
その雄々しくも畏ろしき、彼の裁きを意味する名は――!
「『我、星ヲ裂ク雷霆(ワールドディシプリン・ケラウノス)』」
ギリシャの全能神、オリュンポス十二神の筆頭――大神ゼウスの絶対宝具!
規模は対城を超えて余りあり、事実この後彼らの戦場の周囲一帯は草木一本残らない文字通りの焦土と成り果てる。
英霊を超絶したレッドライダーでさえ、引き出せる威力はオリジナルの足元にも及ばない程度のものでしかない。
だがそれでも現世、この針音都市で英霊一騎を屠るためならば十二分。
祓葉の箱庭に集った英霊を欠片も残さず消滅させるには充分すぎる火力を秘めている。
無数にて不滅を成す蝗害や、幻にて不滅を成す奇術王が相手ならいざ知らず。
狂気という不確かな強さで駆ける聖騎士を抹消する手段としては、過剰と呼んでもいいほどの破壊兵器であった。
745
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:50:06 ID:VM7mV8nU0
赤い空が爆ぜる。
それを背景に羽ばたく竜が破壊を奏でる。
飛び散る稲光のひとつに触れただけでも霊基が爆散する。
既に光の軍勢はアルキメデスの殺戮技巧を前に壊滅しており、ゴドフロワ・ド・ブイヨンを守る盾(みかた)はいない。
「堕チ、ソシテ消エヨ。惰弱ナル子羊ノ筆頭」
嘲笑にも似た無機質が、不変の末路を飾り立てる。
もはやどんな奮戦も間に合わない。
雷霆の着弾ですべては終わり、世界は避けられぬ滅びに導かれるだろう。
――だが。
「――――――――いいや、消えぬ」
声が、する。
「消えてなど、やるものか。
悪魔(サタン)に矜持を売り渡した恥知らずなどに、我が信仰(おもい)が敗北するなど断じて認めぬとも」
赤竜の鱗という鱗が、意味のない震撼に戦慄いた。
その生理現象を"鳥肌"と呼ぶことを、この機械はやはり知らない。
「あなたは畏れたのだ、レッドライダー。
ヨハネの想定を超えて顕れた極星を畏れる余りに歪んだ。
その時点であなたは、ただ一介の"子羊"に堕していたのだ」
ゴドフロワ・ド・ブイヨンの右半身は、もう完全に失われていた。
ゼウスの雷霆、劣化再現なれども対城を超えて余りある火力を秘める稲妻が脇腹を掠めた時に彼の詰みは確定した。
そうでなくともアルキメデスの灼熱でその全身が黒く焼け焦げ、今や面影を残しているのは半面だけと来ている。
無残。
そう呼ぶしかない有様で、内臓はおろか霊核すら既に砕け散っているだろうに。
それでも狂信の聖騎士は、未だ稲光吹き荒ぶ空に存在し続けていた。
「人理の影となっても依然この身は未熟な信仰者。
惰弱の謗りを受けるのは当然だし、否定のしようもありません。
格好つけてはみたものの、神の偉業をなぞるには到底役者不足でしょう」
焼け焦げた口元が、もう筋肉さえ機能していない筈のそこが、それでも弧を描く。
「けれどね。
私は――――冒涜者を殺すことは、抜群に上手いのですよ」
彼は大義の奴隷。
命の灯火が消えようと、かつて"それ"に殉じた魂は今も煌々と赤く燃え上がりながらそこにある。
746
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:51:09 ID:VM7mV8nU0
預言の使徒という在り方を自らかなぐり捨て、悪魔となるコトを選んだ冒涜の赤騎士。
その存在を、思想を、ゴドフロワ・ド・ブイヨンは認めない。
黙示の機構たるレッドライダーには敵わずとも。
〈畏怖〉を知り、冒涜に堕し、異教の神にまで助け舟を求めた不信心者にならば彼の剣は届く。
「聖槍――――抜錨ッ!」
ヴォーティガーン戦役参照、最高神の雷霆渦巻く空に創造されていくのは星の柱。
世界を繋ぎ止めるという神造兵装を再現し、今度こそゴドフロワを消し去るダメ押しの一撃に用いようとしている。
ケラウノス同様に原典には遠く及ばない劣化コピーだが、それでも目先の火力としては過剰なほどの魔力が横溢する。
「『最果てにて(ロンゴ)』――――」
敵は瀕死の英霊一騎。
吹けば飛ぶような消えかけの霊基に、貴重なリソースを削ってまで最上位兵装を投げつける不合理。
赤騎士は壊れている。その破綻が、無謬を確約された騎士にあり得ざる破滅を運ぶ。
稲妻の繭に抱かれて編み上げられた赤き聖槍。
点の火力でならばケラウノスさえ凌駕するだろう粛清の一撃。
今度こそ、このバーサーカーを跡形も残さず抹消せんとした瞬間。
ゴドフロワが、空を蹴った。此度の進撃は、もはや"速い"だとかそういう次元にさえなかった。
「素晴らしい。やはりあなたは私にとって、生涯最高の友人だった」
令呪による霊基の瞬間強化。
死に瀕して尚昂り続ける狂戦士の足は、相棒との絆を燃料にして空間を超えた。
縮地という技術がある。
歩法の極みにして、一朝一夕では決して体得し得ない神速の移動法だ。
ゴドフロワが今見せたのはまさしくそれだった。
次元跳躍にも等しい絶速の躍動。詰めた距離はわずかだったが、その"わずか"が今の彼には何より必要だった。
「願わくば、あなたの覇道が行き着く果てを見てみたかったが……これ以上は高望みでしょう。
それに、長く付き合えばいずれ相容れず決裂していたかもしれない。
であれば此処で別れるのが、我々にとっては最善の結末なのやもしれませんね」
末期の遺言のように呟きながら、ゴドフロワは風になる。
十字架の剣は、突きの構えを取っていた。
縮地による神速接敵から繰り出される、音を置き去りにする刹那の刺突。
「――――『輝ける(ミニア)』、グ――!?」
戦争の歴史を司るレッドライダーは、当然この戦法を得手とした剣士の記録も収めていた。
マハーバーラタやティタノマキアとは比べるべくもない、極東の島国で起こったちいさな戦争。
その道半ばで夭折した桜花爛漫の天才剣士。
三段突きとは行かずとも、白い閃光と化したゴドフロワの十字架は過たず赤夜を切り裂く。
747
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TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:51:51 ID:VM7mV8nU0
「ゴドフロワ・ド・ブイヨン――!」
遂に無機を捨て、劈く轟声で吠えた竜の首に。
「在るべき未来へ還るがいい、堕落した騎士よ。
そうも不格好に真似られたのでは、あの負け犬も気の毒というものだ」
「ガ…………!」
神罰の聖剣が食い込み、遂に切り飛ばしていた。
これにて七頭、その一切を斬滅完了。
黙示録の竜(レッドライダー)の巨大な体躯が、まったく同時に溶解と崩壊を開始する。
レッドライダーはいくつものミスを冒してきた。
されど騎士は最後まで、己が壊れていることにさえ気付けなかった。
最善は、ゼウスの天霆を浴びせてゴドフロワの霊核を砕いた時点で撤退することだった。
にも関わらず赤騎士は、あの極星のように不屈で立ち上がり続ける狂戦士の姿から目を離せなかった。
存在を維持するために使うべき戦歴(リソース)を、足元の虫螻を確実に踏み潰すため湯水のように使い続けた。
気付けば武器庫はもう枯渇寸前。仮に聖槍の開帳が間に合い、ゴドフロワに勝っていたとしても、騎士は遅かれ早かれ同じ状態に陥っていただろう。
つまり、レッドライダーはどうあがいても詰んでいた。
ゴドフロワ・ド・ブイヨンという、人の延長線で極星の如き奮迅を体現する聖者(虐殺者)の出現が、黙示録の暴走を終わらせたのだ。
さながらそれは、本来彼が属する陣営――抑止力の介入を受けたかのように。
「ォ……ォ、オオォ、ォ……」
力なく漏れる声はもう何の災いも生み出さない。
どろどろに溶け落ちる身体は、不滅の終わりを示している。
戦争の根絶なくして、第二の騎士は討伐された。
預言は否定されたのだ。他でもない、騎士自身の過ちによって。
かくて幕引き、第三の訪れを待たずして黙示録は幕を閉じる。
真っ赤なチョコレートファウンテンのように流れ落ちていく【赤】色。
ゴドフロワは一秒後には消滅しても可笑しくない有様で、神敵の滅亡を見届けんとして――
「 はれ る や 」
幼子のようなその声を、聞いた。
赤い噴水の中から、ひとつの人影が立ち上がる。
748
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TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:52:48 ID:VM7mV8nU0
それは、赤い肌をしていた。
それは、生まれたままの姿だった。
それは、茨の冠を戴いていた。
「 ぐ ろぉ り あ い ん えく せるし す で ぉ 」
すべての武装を吐き切り、丸裸になった赤騎士はもはや死を待つのみ。
だとしても、かの赤色の中に芽生えた狂気の灯火が諦める選択肢を許さない。
機械に本能という言葉を用いるのは不正確かもしれないが、滅びゆくレッドライダーを突き動かしたのは間違いなくそういう概念だった。
現代まで連綿と続く巨大な戦争のまごうことなき大源であり、同時に最もそれを否定する原初の一。
これは、救世主であった。これは、最も偉大な聖人の似姿だった。
天昇に向かう騎士が最後に象る姿としては、この上なく適した偶像であり。
殺し滅ぼすという原罪の一端を担う悪が騙る姿としては、間違いなく最低最悪の皮肉。
その名は。
ああ、栄光に満ちたその名は。
イ――――
「黙れ」
・・・・・・・・・・・
否、紡がれることはない。
この冒涜だけは、狂戦士が絶対に許さないから。
伸びた茨の鏃が全身を一瞬で槍衾に変えたが、ゴドフロワはそれごと卑猥な偶像を斬り伏せた。
「誰であろうと、その顔で囀ることだけは許さない」
悪あがきと呼ぶ他ない、赤の剣山が潰れた救世主の偶像から溢れ出す。
小繭蜂の体外脱出を思わせる光景。まろび出た針や槍はすべてゴドフロワを貫いている。
だが、それでも狂戦士の腕(かいな)は止まらない。
「臨むところですよ。命尽きるまで付き合いましょう」
もう何の機能も成せない筈の、死に体の腕が十字架を握り締め烈風と化す。
至近距離で繰り出される剣戟と殺意の乱舞は、英霊同士の戦いというにはあまりに破滅的だった。
「はははははははは――!!」
「ゴ、ォ、ォ――!!」
ゴドフロワの哄笑とレッドライダーの呪怨。
ふたつの演奏をBGMに、絶え間なく互いの【赤】が撒き散らされる。
臓物が飛び散った。骨が皮膚を突き破って外に脱出した。
偽りの救世主はもう原型すらない。ただの不定形の水塊が、ともすれば石器時代以上に原始的に目の前の敵と殺し合っている。
749
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:54:05 ID:VM7mV8nU0
神の慈悲など微塵も感じさせない残虐なスプラッタショー。
狂戦士の剣は、もはや目視不能の速度にまで至っていた。
地の極星、神の資質なくしてそのきざはしに手をかけた信仰者。
レッドライダーは今際の際で、再び彼の地雷を踏んだのだ。
しかも今度のは、これまでで最大の大爆発。
狂信者の前で尊きモノの姿を騙るなど――火に油を注ぐようなものである。
「消え失せろ厄災。
確かにヒトは愚かだが、今のあなたはそれ以上に度し難い」
「ギ――――」
「最後にひとつ教えてあげましょう」
乱舞の最後に、ゴドフロワはその聖剣を手放した。
赤騎士の体内に腕ごとねじ込んで、空いた左手で十字を切る。
「聖句とはね、こう述べるのですよ」
槍のように伸びた赤の触腕が彼の心臓を貫くが。
狂戦士は不動のまま、焦げ付いた顔で優しく微笑んでみせる。
それはまるで――迷える人を啓蒙する、聖者のように。
「――――ハレルヤ!」
その聖句を起爆宣言(コマンドワード)として、赤騎士は体内から光で串刺しにされた。
壊れた幻想。宝具の自壊により引き起こす、瞬間的大火力。
聳え立つ巨大な光の十字架が、戦争の厄災を呑み込み、今度こそ完全に焼き払う。
「……――――、…………ァ――――嗚、呼――――――」
最後に、断末魔とも嘆きともつかない、そんな音だけを残して。
第二の騎士が、光の中に消え去っていく。
この瞬間、ゴドフロワ・ド・ブイヨンは、神敵討伐を完遂したのだ。
【ライダー(レッドライダー(戦争)) 消滅】
.
750
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:54:34 ID:VM7mV8nU0
……赤騎士の消滅を見届けて、ゴドフロワは地への墜落を開始した。
「はあ。流石に、疲れましたね」
もうずいぶん前に限界は超えていたのだ。
目的を遂げて糸が切れれば、もう指の一本も動きはしない。
恐らくこのまま、自分は消えるだろう。
聖杯の真贋を検められなかったことも、都市を司る冒涜者達を処断できなかったことも率直に言うと無念だが、致し方のないことだった。
むしろヒトの延長線でしかないこのか弱い霊基で、黙示録の騎士などという大物を粛清できただけで上々と思うことにする。
どれほどの栄光を積み重ねようとも、自分という男もまた一匹の惰弱な子羊でしかない。
英霊になってもそう感じ入らされるのだから、かくもこの世はままならなかった。
同時に神と名だたる聖人達への畏敬の念は尽きるどころかますます膨らんでやまない。
これだから、信仰を抱いて生きるのは面白い。
「……そうだ。最後くらいは、"締めて"おきましょうか」
頭の中のバルブを締める。
狂気という燃料が遮断され、思考回路の熱が冷めていく。
「――――ふふ、実に楽しかった」
久方ぶりの現世は不徳に溢れていたが、楽しかったのは本当だ。
思えば旅情なんてものを抱いたのもいつ以来のことだろう。
大義云々を抜きにしても、この街で過ごした時間は有意義だった。
「鮨を食い損ねたのだけは惜しいですがね。ギンザのあの店、本当に美味しかったのに」
落ちていきながら述懐して、苦笑をこぼす。
デュラハンの戦勝会は、自分への献杯の席の席になってしまった。
狩魔は合理的な男だが、その実案外センチメンタルな奴だ。
振り返って、しんみり酒の一献を捧げるくらいはしてくれるだろう。
であればまあ、奮戦した甲斐はある。
時代を超えて巡り合った、同じ宿痾を抱えた友の記憶に、自分のような男の姿が少しでも残るのなら。
それは、なかなかどうして、悪くない。
「狩魔、我が友よ――」
赤騎士のバンカーバスターによって空いた奈落の大穴。
そこに、役目を終えた狂戦士は吸い込まれていく。
その姿が地上から消える最後の一瞬。
苛烈無道の青年は、気の抜けたような声色で。
「――負けては、なりませんよ」
わずかな間とはいえ道を同じくした友にエールを送って。
そうして、信仰の光は底のない大穴の中へ消えていった。
第一次十字軍、二度目の聖地占領、成功ならず。
【バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン) 消滅】
◇◇
751
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:55:33 ID:VM7mV8nU0
――――終わりの筈の一撃が、白い影の前に阻まれていた。
地に座り込んで、えぐ、ぐす、と泣く幼子の前に。
ひとつの、屈強なシルエットが立っている。
その男は老いていた。だが、衰えることのない強さを湛えていた。
大戦士の一撃を受け止めて小揺るぎもしていないのがその証明だ。
白髪と髭を、戦火の風に靡かせて。
此処にいる筈のない男は、そこに立つ。
「呆れた娘だ。簡単な言いつけも守れぬとは」
トマホークを握った呪術師が、焦燥を浮かべて飛び退く。
それを追いはせず、老人はただ泰然と君臨する。
「迷うは良い。惑うも良い。だが決して立ち止まるなと、儂は命じた筈だがな」
その背中を、少女は泣き濡れた顔で見上げている。
彼女の腕に刻まれた刻印は、一画ぶんが欠けていた。
死の間際、身体以上に心が限界に瀕した刹那の一瞬。
小鳥の願いは、脳で判断する過程を飛ばして謳い上げられた。
決して頼らぬと、迷惑をかけぬと云った誓いを、恥知らずにも反故にして。
そうして実現させた奇跡――それが今、城塞の如く堅牢な君臨で以って、泣く鳥を護っている。
「挙句、授けてやった走狗までも悉く無駄にしおってからに。まさに無能の極みだ。叱責を覚悟しておくのだな」
それは、かつて"彼ら"に降り注がなかった奇跡。
すべて焼き払われ奪われていく悲惨な運命の中、ついぞ現れなかったヒカリ。
心を殺し、壊れながらに理想を追うことを選んだ男は。
心を殺し、それでも情動を捨てられなかった少女に、ご都合主義が舞い降りる瞬間(あくむ)を見る。
「王、さま……」
老いさらばえ、枯れ果て、全盛の頃に比べれば見る影もない。
されど。
然様なこと、彼にとって何の問題にもなりはせぬ。
「それで、貴様ら」
何故なら彼は神話の住人。
神秘が剥がれる前の世界を知る者にして、神が実在する理不尽の中でさえ偉業を刻み付けた男。
彼自身は、その呼称にいい顔はしないだろうが。
それでもヒトは、英霊は、神は、彼をこう呼ぶ。
「――――儂の臣下に手をあげて、次の朝日が拝めるとは思っておるまいな?」
英雄。
王者。
青銅王カドモス。
「望み通り踏み躙ってくれよう。総力で足掻けよ、下郎」
栄光だけでは満足できなかった、優しい王さま。
◇◇
752
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:56:11 ID:VM7mV8nU0
――腹を撃ち抜かれた。
わずかに軌道を反らせたのは幸い、だが重傷なことには変わりない。
溢れ出す鮮血は、すなわちタイムリミットへ向けて時を刻む秒針と同義だ。
この針が定められた"その時"に辿り着いた時、この身体は命を失う。
いや、本来ならばそれ以前の問題だった。
崩れ落ちた肉体は当たり前だが無防備で、周鳳狩魔の追撃を避けられないから。
敗北。終焉。刀凶聯合と悪国征蹂郎の物語が今まさに結末を迎えんとしている。
そんな絶対的な詰みの中で、征蹂郎に限界を超えた反応を実現させたのは、耳に届いた誰かの声だった。
兄さま、と、そう叫ばれた。
征蹂郎に妹はいない。
いたかもしれないが、覚えていない。
よってその慟哭はまったくの人違いで見当違いだ。
それなのに、気付けば自然と身体が動いていた。
「周、鳳……」
此処まで来ると、もう何ひとつ理屈ではない。
執念とか、気合とか、そういう言葉でしか語れない何かが征蹂郎を突き動かした。
「――狩魔ァァァァッ!」
「っ……!!」
身体にバネを内蔵したように、倒れていた筈の肉体が跳ねる。
ほぼノーモーションで放つ足による『抜刀』に、さしもの狩魔も反応が遅れた。
その代償は、彼の端正な顔面の右側に入った縦一直線の亀裂。
右目を押し潰す形で、一筋の"斬傷"が走り抜けていた。
「ッ、ち……。やってられねえな。今更だが、とんでもねえ奴に喧嘩売られたもんだ……!」
腹に銃創を空けた征蹂郎と、片目を潰された狩魔。
互いに夥しい量の血を垂れ流し、ふたりの王は改めて相対する。
「気付いてるか、悪国」
「……無論」
「"あっち"は、どうやら決着したようだ。
俺らのどっちにとっても、望んだ結末じゃあなかったようだが」
狩魔は戦いの中で、相棒を勝たせるために一画の令呪を切っていた。
用途はブースト。本来なら埋まり得ぬ戦力差を埋めようとしているのだから、出費は惜しむべきでないと踏んだ結果だ。
それが幸いしたのか、もしくは一画だけという判断が災いしたのか、答えが示されることは永劫ないだろう。
問うべき相方の気配は、もうこの都市から遺失していたから。
753
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:56:55 ID:VM7mV8nU0
「……逝ったか、ゴドー」
手向けの言葉は無用。
狩魔は、少なからずこうなることを想定してあの狂戦士を赤騎士へ差し向けた。
レッドライダーは、まさしく怪物と呼ぶ他ない存在だった。
どれだけ綿密に整えた盤面も軍勢も一手で破壊できる究極最悪のジョーカー。
故に、これだけは何としても討ち取る必要があったのだ。
シッティング・ブルでは足りない。山越風夏でも不足だろうし、そもそもあの女は自分の指示通りになど動かないだろう。
そこで選んだのが、ゴドフロワ・ド・ブイヨンという最高戦力を用いての特攻策だ。
勝率は数パーセントあるかどうか。だが敗北しても、時間を稼ぐことはできる。他の何物にも代え難い、未来へ繋ぐための時間を。
だから狩魔は、彼が勝とうが負けようが、相棒と此処で離別する確率が高いことを端から理解していた。
現にその通りになったわけだが、ゴドフロワは狩魔の予測を遥かに超える働きをしてみせた。
赤騎士の完全撃破だ。これにより、刀凶とデュラハンの雌雄は事実上決した。
――思えば、なかなかに濃い付き合いだった。
あれほど胸襟を開いて話せた相棒は初めてだ。
流血を厭わず、狂気を愛し、すべてにおいて妥協しない清らかなる暴力装置。
海千山千の英霊達を知った現在でも、自分に相応しい英霊はあの狂戦士以外には無いと断言できる。
心のなかに澄ました微笑を再生しながら、それでもその追憶に背を向ける。
献杯は勝利を完全なものにしてからだ。
刀凶聯合は組織として崩壊したが、まだ王将が残っている。
「さあ――赤騎士はもう居ねえぞ」
片目が潰れ、半面を赤く染めて。
魔弾の射手が再び銃を構える。
「剣を失ったのは……貴様も同じだろう」
「いいや? 生憎と、こっちにはまだ代えがいる」
発砲と共に、狩魔が跳ねた。
追う征蹂郎だが、前者の方が速い。
追撃を牽制する射撃を繰り返しつつ、着地したのは一体の原人の傍だった。
「――おい猿ども。テメェらまだ"願い"はあるな?」
原人――ホモ・ネアンデルターレンシス。
覚明ゲンジを失った彼らは現在いわゆる"はぐれ"の身の上だ。
そして狩魔も、今まさに相棒を失った。
差し出す右手は、まるでかつてゲンジを懐柔した時の再現。
周鳳狩魔は、はぐれ者達の英雄である。
「俺と来い。聖杯を獲りに行くぞ」
「■■■■■■■……」
その手へ、皺くちゃの太い腕が伸ばされ、触れ合った。
刹那繋がれるレイライン。契約は交わされ、此処に新たな主従が誕生する。
【周鳳狩魔&バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス) 再契約】
754
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:57:50 ID:VM7mV8nU0
「数を殖やせ。死体(ロク)ならごまんとある、どれを使ってもいいぞ」
此処までの戦いで、原人は大きく数を減らした。
それでも盾兼デコイとして恐ろしく有能だったが、彼らの真髄は数にこそある。
よって狩魔が下した最初の命令は、宝具『いちかけるご は いち(One over Five)』による軍勢の再興。
百を優に超える遺体が散らばるこの決戦場を舞台にネアンデルタール人の大部隊を生み出し、決戦後の戦いに備える算段だ。
デュラハンは原人勢力を擁することで、針音都市最強の暴力組織となる。
刀凶を下した次は原人部隊による徹底的な侵略戦争だ。
そうして版図と勢力を拡大し、〈はじまりの六人〉のような強豪達を引きずり落としにかかる。
狩魔は目の前の戦いだけに腐心せず、常にその先を見据えて行動している。
稀なる王の資質。血の通わない政治をやらせたら、周鳳狩魔の右に出る者はそういない。
「見たか? 悪国征蹂郎。
これが俺だ。テメェとは将としての年季が違う」
レッドライダーは落ちた。
家族同然に愛した仲間は殺し合いの中で続々と潰れていき、唯一敵将と共通していた英霊の欠落という点さえ瞬時に埋められてしまった。
腹の傷は致命こそ避けているものの、今も少なくない量の血が流れ出続けている。
狩魔に撃ち殺されなくとも、このまま戦い続ければ征蹂郎を待つ結末は失血死だ。
ゴミ山の王たらんとした男は、今や死と敗北に囲まれていた。
「随分と……上機嫌だな、周鳳」
「あ?」
「オレも、あまり人のことは言えないが……お前は、愚策を犯した。
オレに追いつくために、ライダーの"呪い"に手を出したことだ。
奴の呪いは戦意を呼び起こし、人間を凶暴なケダモノに変える……」
しかしそんな苦境にあって尚、征蹂郎は恐れず目の前の敵に失策を指摘する。
「オレにとって最も脅威だったのは、お前の狡猾な頭脳だった」
「見当違いも甚だしいな。俺が冷静さを欠いてるって言いてえのか?」
「オレとの直接対決(タイマン)に馬鹿正直に付き合い続けている。それが……何よりの証拠だろう」
征蹂郎の指摘は確かだった。
〈喚戦〉を利用し始めてからの狩魔は、明らかにハイになっている。
戦いを楽しむような物言いをし、加虐性すら滲ませて征蹂郎を蹂躙し。
もはや精神攻撃など通じる局面でもなかろうに、煽り立てるのにも余念がない。
そして何より、レッドライダーの脱落を確認しても征蹂郎との対決を続けようとしていること。
赤騎士を失った彼などただの超人、戦況を大きく変えるような価値は持たない。
おまけに聯合自体、この通り壊滅状態なのだ。
普段の狩魔なら早々に場を切り上げ、英霊を失った征蹂郎を放置して次の段階に移り出すところだろう。
なのに、それをしていない。狩魔はこの期に及んでまだ、悪国征蹂郎をその手で討ち取らんとしている。
まるで――この決闘そのものに対して、何か価値でも見出しているみたいに。
「それとも、今のが本当の貴様なのか……?
だとすれば似合わないことこの上ないがな……」
「……、……」
指摘を受けた狩魔は、珍しく押し黙った。
意表を突かれたような、理外の視点で切り込まれたような顔。
「――――そうかもな」
ふ、と漏れた苦笑もまた、この凶漢らしくないもので。
755
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:58:43 ID:VM7mV8nU0
「テメェも俺と揉めてよく分かっただろ。
裏で成り上がるために一番大切なのは腕っぷしじゃあねえ。
頭だ。頭を使い、人を使える人間じゃなきゃ食い物にされる」
狩魔は騎士の死によりまた変わり出す空の色を見上げて言う。
原色ほどまで濃くなった赤色が元ある夜色に食われ、空は先程までとは別な意味でこの世の終わりめいた風体になっていた。
「最後だから言うけどな、俺は正直、お前らが羨ましいよ」
「……羨ましい?」
「しがらみに囚われず寄り合って、仲間ひとりが受けた理不尽に全員で報復する。
腕っぷしと根拠のない自信以外はからっきしだが、だからこそ勢いのある、頭の悪い幼稚な餓鬼共。
刀凶聯合(おまえら)は昔のデュラハン(おれたち)だ。まだ頭が俺じゃなく、出羅攀と名乗ってた頃の」
デュラハンの始まりは、ちっぽけなどこにでもいる暴走族だった。
規模は小さいが固い結束と、何より向こう見ずに突っ走れる熱が武器。
敵がヤクザだろうが危険な異常者だろうが、出羅攀は誰にも遜らない。
ただつるみ、ただ走り、喧嘩しているだけで自然と名前は上がっていった。総長が解散を宣言したのもそれが理由だ。
これ以上でかくなると、今までのままじゃいられなくなるからな――。
狩魔が言葉の意味を理解したのは、出羅攀の名を次いだチームを興してすぐ。
創設時点で既に前身の規模を凌駕していた出羅攀改め〈デュラハン〉は、あらゆる大人に目をつけられた。
ヤクザ者。不良刑事。悪名高い先輩に、そもそも話も通じないような異常者。
生き抜くためには、己の立てた旗に集まった仲間を守るためには、新たな力を得ることが不可欠だった。
金。人脈。そして敵を蹴落とす頭脳。
狩魔の辣腕のもと、チームはみるみる巨大になった。
いつしか暴走族ではなく、半グレと呼ばれ始めた。
皆で単車を走らせることも、喧嘩で血を流すことも、気付けば無くなっていた。
「お前らは目障りなんだよ。デュラハンにとっても、俺にとってもな」
熱に浮かされているな、と自覚の上で、狩魔はメッキの下の地金を晒す。
それは後にも先にも一度きりの、凶漢の本音であり、彼が持つ唯一の弱さ。
「俺がこの手で捨てたモンを、今更見せびらかすんじゃねえよ」
デュラハンは烏合の衆だ。
それもその筈、首のない騎士団の物語はとうに終わっている。
結末を受け入れられなかったのは、当時最年少だった狩魔だけ。
首無しの騎士など、端から彼以外残ってなどいなかったのだ。
「だから死ね、悪国征蹂郎。お前の首を獲り、それで以って俺は"イマ"を肯定する」
最後の宣戦布告。
決して認められない宿敵に対する殺害宣言。
その言葉を受けた征蹂郎の反応は端的だった。
756
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 22:59:42 ID:VM7mV8nU0
「不愉快、極まりないな」
そう言って、聯合の王は構えを取る。
「オレ達の絆は……オレ達だけのものだ。貴様が未練に酔うための肴ではない」
――やはりオレは、お前が許せない。
「貴様が死ね、周鳳狩魔。聯合はお前のような軟弱者に負けはしない」
「いい啖呵だ。テメェの居場所がもうどこにもねえことを除けばな」
「本当に……そう思うのか?」
「何?」
「オレの仲間は今も、オレの中で生きている」
征蹂郎は狩魔を見据えて問いかけた。
訝しげに眉を顰める宿敵に、これまで散々煽られた意趣返しとばかりに言葉のクロスカウンターを放つ。
「それともお前の中には……もういないのか? お前が愛した、出羅攀とやらの連中は」
「……は」
その一撃が此処までに叩き込んだどの攻撃よりも突き刺さったろうことは、最後の首無し騎士が漏らした失笑が物語る。
目の前の男に、そして自分自身に呆れたように喉を鳴らしてくつくつと笑い、狩魔は引き金に指を載せた。
「いねえよ」
「そうか。なら……勝つのは、やはりオレだな」
会話が終わり、雌雄を決する時が来る。
片や己が肉体。片や魔弾吐く拳銃。
武器も選んだ道も、信じるものも何もかも正反対の二人。
彼らの決闘/喧嘩は、相対する敵が斃れるまで終わらない。
――いざ。この時だけは、尋常に。
剣人の死合にも、ガンマンの決闘にも似た緊張が張り詰める中。
双方の手が、今まさに殺意を以って振るわれようとして。
けたたましいサイレンの音が響き渡ったのは、まさにそんな瞬間のことだった。
.
757
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 23:00:21 ID:VM7mV8nU0
「……警察(サツ)だと?」
狩魔の声に混ざる怪訝は、これが彼の手引きによるものではないと暗に告げている。
無論、征蹂郎が呼んだわけでもない。彼はそうした奸計とは無縁の男だ。
では、誰が。疑問ではあったが、しかし魂胆だけは明白だ。
〈喚戦〉は、一時とはいえ新宿の全域を覆った。
であればこれから此処に来る警察達も、正義とは名ばかりの戦鬼と化しているに違いない。
対話など間違いなく無理筋。聯合もデュラハンも区別なく、その両方を鏖殺するまで止まらない狂気の軍勢だ。
それをよりによってこの決戦の舞台に差し向けることで、すべてを台無しにしようと目論んだ誰かがいる。
「こういう真似をやりそうな奴には心当たりがないでもねえが……お前はどうだよ?」
「……オレも同じだ。心当たり自体はあるが……腑に落ちない。オレ達の戦いに茶々を入れてくる理由が思い付かない」
「となると第三者か。テメェのライダーが無茶苦茶やるもんだからブチ切れさせたんじゃねえのか?」
「そんなことは……、……ないとは、言い切れないな……」
これを仕組んだのが何某か知らないが、相当に"切れる"輩だ。
警察が〈喚戦〉にあてられているのはいいとして、その向かう先をこうも上手く誘導するとは。
決戦という構図自体を破壊し、今夜の争いに噛んだ全員に損害を被らせようとしている。
そして実際、このまま行けばそうなる可能性は非常に高かった。
何しろデュラハン側も聯合側も、双方が大将以外まともに意思疎通もできない状況なのだ。
たかが警察とはいえ、数の暴力で押し潰される恐れは無視できない。
「しゃあねえ。水を差された気分だが、背に腹は代えられねえな」
「……まったく以って不服ではあるが、な」
「俺とタメのデカブツがふて腐れんなよ」
狩魔、辟易。
征蹂郎、嘆息。
まったくやっていられないとばかりの反応を見せてから、ふたりの王は言った。
「先にあいつら全殺(ゼンゴロ)すぞ。誰が描いた絵か知らんが、踊らされてやるつもりはねえ」
「……同感だ。誰であろうと、新顔に台無しさせてなどやらん……」
◇◇
758
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 23:01:27 ID:VM7mV8nU0
【新宿区・歌舞伎町 決戦場/二日目・未明】
【悪国征蹂郎】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(中)、出血(大)、全身に軽度の火傷、頭部と両腕にダメージ(応急処置済み)、腹部に銃創、覚悟と殺意、〈喚戦〉
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度。カード派。
[思考・状況]
基本方針:刀凶聯合という自分の居場所を守る。
0:周鳳を殺す。だがその前に、邪魔者を排除する。
1:周鳳の話をノクトへ伝えるか、否か。
2:アルマナ、ノクトと協力してデュラハン側の4主従と戦う。
3:可能であればノクトからさらに情報を得たい。
4:ライダーの戦力確認は完了。……難儀だな、これは……。
5:ライダー(レッドライダー(戦争))の容態を危惧。
6:王としてのオレは落伍者だ。けれど、それでも、戦わない理由にはならない。
7:オレの居場所は、いつだってココにある。
[備考]
異国で行った暗殺者としての最終試験の際に、アルマナ・ラフィーと遭遇しています。
聯合がアジトにしているビルは複数あり、今いるのはそのひとつに過ぎません。
養成所時代に、傭兵としてのノクト・サムスタンプの評判の一端を聞いています。
六本木でのレッドライダーVS祓葉・アンジェ組について記録した映像を所持しています。
アルマナから偵察の結果と、現在の覚明ゲンジについて聞きました。
千代田区内の聯合構成員に撤退命令を出しています。
【周鳳狩魔】
[状態]:右目失明、疲労(大)、魔力消費(大)、バーサーカー(ネアンデルタール人)と再契約、〈喚戦〉
[令呪]:残り1画
[装備]:拳銃
[道具]:なし
[所持金]:20万程度。現金派。
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を勝ち残る。
0:悪国を殺す。だがその前に、邪魔者を排除する。
1:魔術の傭兵の再度の襲撃に警戒。深刻な脅威だと認めざるを得ない
2:ゲンジへ対祓葉のカードとして期待。
3:特に脅威となる主従に対抗するべく組織を形成する。
4:山越に関しては良くも悪くも期待せず信用しない。アレに対してはそれが一番だからな。
5:死にたくはない。俺は俺のためなら、誰でも殺せる。
6:――俺はお前が目障りだよ、悪国征蹂郎。
[備考]
【バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス)】
[状態]:残り25体/増殖作業中、〈喚戦〉、周鳳狩魔と再契約
[装備]:石器武器
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:今のところは、ゲンジに従い聖杯を求める。
0:弔いを。
[備考]
※老人ホームと数軒の住宅を襲撃しました。老人を中心に数を増やしています。
※戦死者を素材に増殖を図っています。
759
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(黙示)2
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 23:02:05 ID:VM7mV8nU0
【アルマナ・ラフィー】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(大)、激しい動揺
[令呪]:残り2画
[装備]:
[道具]:なし
[所持金]:7千円程度(日本における両親からのお小遣い)。
[思考・状況]
基本方針:王さまの命令に従って戦う。
0:王、さま――。
1:もう、足は止めない。王さまの言う通りに。
2:当面は悪国とともに共闘する。
3:悪国をコントロールし、実質的にライダー(レッドライダー(戦争))を掌握したい。
4:アグニさんは利用できる存在。多少の労苦は許容できる。それだけです。…………それだけ。………………ほんとうに?
5:傭兵(ノクト)に対して不信感。
[備考]
覚明ゲンジを目視、マスターとして認識しています。
故郷を襲った内戦のさなかに、悪国征蹂郎と遭遇しています。
新宿区を偵察、情報収集を行いました。
デュラハン側の陣形配置など、最新の情報を持ち帰っています。
カドモスに渡されたスパルトイは全滅しました。
【ランサー(カドモス)】
[状態]:健康、憤怒
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:いつかの悲劇に終焉を。
0:目の前の主従を殺す
1:当面は悪国の主従と共闘する。
2:悪国征蹂郎のサーヴァント(ライダー(戦争))に対する最大限の警戒と嫌悪。
3:傭兵(ノクト)に対して警戒。
4:事が済めば雪村鉄志とアルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)を処刑。
[備考]
本体は拠点である杉並区・地下青銅洞窟に存在しています。
→青銅空間は発生地点の杉並区地下から仮想都市東京を徐々に侵略し、現在は杉並区全域を支配下に置いています。
放っておけば他の区にまで広がっていくでしょう。
カドモスの宝具『我が撒かれし肇国、青銅の七門(スパルトイ・ブロンズ・テーベ)』の影響下に置かれた地域は、世界の修正力を相殺することで、運営側(オルフィレウス)からの状況の把握を免れています。
【華村悠灯】
[状態]:生命活動停止。固有の魔術が発動中。頸椎骨折(修復済み)、離人感
[令呪]:残り三画
[装備]:精霊の指輪(シッティング・ブルの呪術器具)
[道具]:なし
[所持金]:ささやか。現金はあまりない。
[思考・状況]
基本方針:今度こそ、ちゃんと生きたかった……はずなんだけど。
0:???
1:祓葉と、また会いたい。
2:暫くは周鳳狩魔と組む。
3:ゲンジに対するちょっぴりの親近感。とりあえず、警戒心は解いた。
4:山越風夏への嫌悪と警戒。
5:あの刺青野郎ってば最悪!!
[備考]
神寂縁(高浜総合病院院長 高浜公示)、および蛇杖堂寂句は、それぞれある程度彼女の情報を得ているようです。
華村悠灯の肉体は、普通の意味では既に死亡しています。
ただし土壇場で己の真の魔術の才能に目覚めたことで、自分の魂を死体に留め、死体を動かしている状態です。
いわゆる「生ける屍」となります。
強いて分類するなら死霊魔術の系統の才能であり、彼女の魔術の本質は「死を誤魔化す」「生にしがみつく」ものでした。
自覚できていた痛覚鈍麻や身体強化はその副次的な効果に過ぎません。
この状態の彼女の耐久性や、魔力消費などについては、次以降の書き手にお任せします。
【キャスター(シッティング・ブル)】
[状態]:疲労(中)、額と右耳に軽傷、迷い、悠灯への憂い、アルマナへの憐憫と共感、焦り
[装備]:トマホーク
[道具]:弓矢、ライフル
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:救われなかった同胞達を救済する。
0:目の前の英霊に対処する。
1:悠灯よ……君は。
2:神寂祓葉への最大級の警戒と畏れ。アレは、我々の地上に在っていいモノではない。
3:――他でもないこの私が、そう思考するのか。堕ちたものだ。
4:復讐者(シャクシャイン)への共感と、深い哀しみ。
5:いずれ、宿縁と対峙する時が来る。
6:"哀れな人形"どもへの極めて強い警戒。
7:覚明ゲンジ。君は、何を想っているのだ?
8:この少女(アルマナ)のことは、あまり見たくない。
[備考]
※ジョージ・アームストロング・カスターの存在を認識しました。
※各所に“霊獣”を飛ばし、戦局を偵察させています。
[全体備考]
※ライダー(レッドライダー(戦争))が消滅したことにより、〈喚戦〉の拡大が止まりました。
既に感染者となった人間からの連鎖感染も今後は起こらないでしょう。
ただし、既に感染した人間から影響が取り除かれることは恐らくありません。
新宿区内のNPCの大半が感染者と化しています。
760
:
◆0pIloi6gg.
:2025/08/28(木) 23:03:44 ID:VM7mV8nU0
投下終了です。
761
:
◆0pIloi6gg.
:2025/08/30(土) 03:50:11 ID:peBm0l.M0
アンジェリカ・アルロニカ
輪堂天梨 予約します。
762
:
◆0pIloi6gg.
:2025/08/31(日) 21:19:47 ID:GKRVG56.0
投下します。
763
:
天体のメソッド
◆0pIloi6gg.
:2025/08/31(日) 21:21:33 ID:GKRVG56.0
――もう、何が何だかさっぱりわからん。
これが、アンジェリカ・アルロニカの現状に対する率直な感想だった。
街の様子が明らかにおかしい。今の東京はどこも大概だが、だとしてもさっきまでいた新宿は度を超えていたように思う。
ここに来る前、アンジェリカ達もまた赤く染まる空を目撃している。
あれはどう考えても、誰かしらサーヴァントが良からぬ真似をした結果だろう。
それに、あの悍ましい赤色には覚えがある。
傷ついた自分の身体から流れる血よりも赤く、見ているだけで心がどこかに引っ張られそうになる【赤】。
六本木で相対した不滅の怪物……"黙示録の赤騎士(レッドライダー)"が絡んでいると推定せざるを得なかった。
そう考えると、本格的にやばくなる前に新宿を離脱できたのは僥倖だったに違いない。
そんなアンジェリカの考えは正しい。赤騎士の〈喚戦〉が区内全域を覆い尽くしたのは、彼女達が脱出してわずか数分後のこと。
マスターは一般市民に比べると免疫があるようだが、それが絶対でないことは彼女自身が一番わかっている。
自我をかき乱され、自分が自分でなくなっていることにも気付けない暴走状態。
思い出すだけでも顔が歪むし、あんな思いは二度としたくなかった。
そうでなくてもあの怪物は小手調べ感覚で核爆弾を打ち込んでくる傍迷惑なサーヴァントなのだ。
区ひとつどうこうする手段などいくらでも持っていると思っておいた方がいい。
離脱の理由が天梨の人事不省なので手放しには喜べないが、赤騎士との再戦を避けられたのには正直ホッとした。
(今はあそこが台風の目ってことよね……)
アンジェリカは遠巻きに見ただけだが、先刻天若日子と輪堂天梨のアヴェンジャーが戦っていた女神はどう見ても異常な強さをしていた。
天若日子は言わずもがなだし、天梨のアヴェンジャーも相当だ。地獄の化身めいた戦いが記憶に残っている。
にも関わらずその両方をいっぺんに相手取って、押し負けるどころか優勢を維持していたのだから狂気の沙汰だ。
マスターの赤坂とかいう男も、強さ・人格共に絶対関わり合いになりたくない手合いだった。
ホムンクルスや蛇杖堂寂句と同じ〈はじまりの六人〉のひとり。それも聞くところによれば、最右翼と呼んでいい殺人鬼なのだという。
原初の狂人どもが邂逅した。
それだけでも十分すぎるほど最悪なのに、彼らは示し合わせたようにある事象を感じ取っていた。
来臨だ。彼らが傾倒する神が、あの星が――神寂祓葉が新宿に降り立った。
であれば新宿がこの後地獄と化すだろうことに追加の理屈は要らない。レッドライダーの下りを抜きにしても、である。
アンジェリカは赤騎士と祓葉の両方に遭遇している。
だから断言できる。あいつらの脅威性に差はまったくない。
怪物と現人神。一体でも東京を容易く破滅させられる超越者達が、こんなにも早く再び並び立ってしまった。
ホムンクルスが物分かりよく新宿脱出を決断してくれたことには感謝が尽きない。
アンジェリカは内心、祓葉に会いに行くとか言い出すのではないかと戦々恐々としていたのだから。
764
:
天体のメソッド
◆0pIloi6gg.
:2025/08/31(日) 21:22:23 ID:GKRVG56.0
(ってことはやっぱり、アイツも新宿に来てたのかな)
頭の中に、祓葉らとはまた違う意味で二度と会いたくない老人の顔が浮かぶ。
蛇杖堂寂句。彼の灼かれ方はホムンクルス達とは趣が違うように見えたが、彼も参じている可能性は高いだろう。
あるいは今頃、もう祓葉に挑んでいたりするのかもしれない。
たとえ祓葉相手だろうと、あの老人が敗死する姿は想像できないが……。
(――ドクター・ジャック、か)
会いたくない相手ではあるが、苦手意識を除くと、実のところなんとも言えない感情のある相手だった。
自分が知らない母の顔を知っている人間なのだし、もっと根掘り葉掘り聞いておけばよかったと少し後悔がある。
散々ぶちのめされたし、高圧的に脅されたが、あれの恐れられぶりからするとやはり自分はだいぶ温情をかけてもらったのではないか。
もしかするとその理由には、自分が"オリヴィア・アルロニカ"の娘であるからというのも含まれていたのでは?
過ぎた後にそんなことを考え出してしまう辺り、つくづく自分は凡人なんだなとちょっぴり嫌気が差してくる。
まあもし次会う、もとい遭ってしまうことがあったなら、今度はそこのところを問い質してみよう。
そう思いながら、アンジェリカは自分よりよっぽどさらさらの髪の毛を、泡をまぶした手櫛で梳いてやっていた。
「……かゆいところないですかー」
「……、……」
この国ではお決まりらしい科白を冗談めかして言ってみるが、やはり反応はない。
輪堂天梨。まことに信じ難い話ではあるものの、曰く、ホムンクルス36号の"友人"。
巷の炎上騒ぎは何だったのかと思いたくなるほどそれらしくない少女は、変わらず瞳を曇らせたまま項垂れている。
アンジェリカは今、彼女をシャワーで洗っていた。
炎上中とはいえトップアイドルの身体を洗えるなんて役得なのだろうが、あいにく他国の芸能には疎かった。
とりあえず大まかな汚れは洗い流したものの、流石に女の子が水浴びだけでシャワーを終えるなんてありえない。
ので自分の身体を流すついでに、彼女にもシャンプーとボディソープを塗りたくり、丸洗いしてやることにしたのだが――
この通り、天梨は人形も同然の状態だ。
時折なにか喋りはするのだが、ほとんど独り言。
朧気に謝罪するか、知人らしき名前を呼ぶだけ。
「おーい。いろいろ辛かったのは分かるけど、流石にそろそろしゃんとしないと」
「――――」
「……おーーい」
「――――」
気を遣って励ましているうちに、いい加減むかむかしてきた。
そりゃ気の毒だとは思うけど、へこたれたいのはこっちだって同じなのだ。
具体的に言うと、まだ祓葉とのことに心情的な踏ん切りをつけられていない。
あの星を、黒幕を名乗るには純真すぎるあの少女を、自分はどう見据えるべきなのか。
悶々としながらもなんとかやっているのに、なんだってこんなうじうじ娘を手取り足取り介助してやらにゃならないのか。
765
:
天体のメソッド
◆0pIloi6gg.
:2025/08/31(日) 21:23:19 ID:GKRVG56.0
むかついたので、荒療治を取ることにした。
ホムンクルスや彼女のサーヴァントにバレたら十中八九ブチギレられるだろうが、知ったことではない。
じゃあお前らがシャワーに入れてやれという話だ。わたしによしよし系のムーブを期待する方が間違っている。
言い訳しながら、アンジェリカはさっそく行動に出た。
シャワーヘッドを天梨の折れている方の手に向け、そのまま蛇口を捻ったのだ。
水流が勢いよく放出されて、見るからに痛そうな患部に触れる。
「――ぃ、ッ……!?」
「はい、ちょっとは目ぇ覚めた?」
正直罪悪感はあったが、いつまでもこうして白痴の様相でいられたら困る。
何より彼女自身のためにならない。
会う前こそ身構えていたアンジェリカだが、こうも痛ましい姿を見せられると、流石に情のひとつも湧くというものだ。
「何があったのか、わたしは正直よくわかんないけどさ。
全員生きて逃げられたんだから、いつまでもズルズル引きずんないの」
「……で、でも……」
「でもじゃない。どうしてもうじうじしたいんなら、せめて全部話してみなさい。
何も言わないでひとりで抱え込んでたって意味ないし、正直迷惑なんだよ。
一応わたしはあんたの同盟相手なんだから、このくらい言う権利はある」
痛みは、どうやらいい気付けになったらしい。
未だ消沈した様子ではあったが、とりあえず自閉の殻からは引きずり出せた。
鏡越しに視線を泳がせ、申し訳なさそうに自分を見る天梨の顔がそれを物語っている。
アンジェリカの言葉に、天梨はやや沈黙したが。
やがておず……と口を開いた。
正直他人の人生相談に乗れるような人間ではないのだけど、うじうじ女相手に謙遜してたら話が進まない。
似合わない傍若無人が功を奏した形だ。配慮に欠ける行動と無遠慮な物言いはあの医者を少しだけエミュレートしている。
ふんと鼻を鳴らしながら、天使の頭髪をわしゃわしゃ捏ねていくアンジェリカ。
「…………天使のままでいたいって、そう思ってたの」
輪堂天梨の人となりについて、アンジェリカが知っていることは多くない。
が、あの炎上騒ぎが彼女へのやっかみにより生まれたものなのは何となく分かっていた。
曰く天使。純真無垢にして清廉潔白。
見た感じ謳い文句に嘘はないのだろうが、この様子だと恨みを買うことは多かったろうなと推察する。
人間きれいに生きるに越したことはないが、度を過ぎた光は周りの心理に影響を及ぼすものだ。
まさに今日いくつかの実例を見たからよく分かる。ついでに言うなら、光そのものも見たし。
766
:
天体のメソッド
◆0pIloi6gg.
:2025/08/31(日) 21:24:03 ID:GKRVG56.0
「私を嫌いな人がたくさんいて、やってもないことでめちゃくちゃに叩かれて、虐められて」
ホムンクルスの心を射止めたアイドルということは、つまりそういうこと。
この天梨という少女は、祓葉に通ずるものを有している。
本物の星に灼かれた狂人をして極星に並び得ると太鼓判を押す、それだけの輝きを秘めている……"らしい"。
(正直、ぜんぜんそんな風には見えないけどな……)
天梨を立ち直らせたい気持ちに嘘はないが、少し探りを入れたい腹もあった。
髑髏面のアサシンが的外れな忠告をしてきたとも思えないし、何より今、星と呼ばれる存在には少々興味がある。
「それでも私は、その人たちすら照らす輝きでいたかった。
ほむっちが言ってたの。私は、誰も灼かない光なんだって」
「ほむっ…………、…………ごめん、なんでもない。続けて」
ほむっち――ほむっち?
まさかそれはホムンクルスのことか?
あの可愛げの欠片もない人形を、そんなマスコットみたいな愛称で呼んでるのかこやつ。
ツッコみたくなったがぐっと我慢する。ようやく話し出してくれたのに、自分が腰を折っては世話がない。
「ほむっちも、私のサーヴァント……アヴェンジャーも、私をそう信じてくれてた」
アイヌの堕ちた英雄、シャクシャイン。
天使を堕落に誘う悪魔に、少女は啖呵を切ったばかりだった。
あなたのことを知って、信じて、その上であなたにも勝つ。
そうじゃなかったら、あなたに出会った意味がない。
あなたも私と、勝負してくれる?
そう偉そうなことを言ったのに、ちょっと揺らされたらこのザマだ。
「全部、裏切っちゃった。
馬鹿だよね。汚いよね。此処で終わっちゃうかもしれないと思ったら、急に全部が惜しくなったんだ」
あの時、抱いてはいけない気持ちで、捧げてはならない祈りを奉じた。
それはすべて、輪堂天梨が自分の意志で選んだ選択だ。
シャクシャインの誘惑も、ホムンクルスの介入もそこにはない。
天梨は、天梨の意志で、天梨(じぶん)のために翼を広げたのだ。
己の敵を灼き尽くす神罰を。光という概念の負の側面を、露わにした。
「ほむっち。アヴェンジャー。あと……」
「……"満天ちゃん"?」
こく、と天梨は頷く。
その名前は知っていた。
此処に来るまでに、彼女が度々漏らしていたから。
767
:
天体のメソッド
◆0pIloi6gg.
:2025/08/31(日) 21:24:50 ID:GKRVG56.0
「ホントはずっと、つらかった」
吐露する言葉は、アヴェンジャー達について語るのとはまた違う声色だった。
「日本中が私を嫌って、憎んで、馬鹿にしてる。
口に出したらだめだと思って我慢してたけど、正直、擦り切れちゃいそうだった。
みんな死んじゃえばいいのにって思ったことだって、一回や二回じゃない。死んじゃおうかなって思ったことも、そう」
でも。
天梨は、天使と呼ばれた少女は、続ける。
「けどあの子が、それを壊してくれた」
煌星満天はきっと、自分がそう大それたことをした自覚なんてないだろう。
だとしても、輪堂天梨を最も救ったのは間違いなく彼女の存在だ。
悪魔というキャラで売っている少女に用いる表現としては不適当かもしれないが――天梨にとって彼女は自分などよりよほど光だった。
だって、自分に挑戦してくる人なんて久しくいなかったのだ。
悪魔の登場はまさに青天の霹靂。
心を覆う闇色の澱を吹き飛ばして、彼女は颯爽割り込んできた。
―――勝負だ、天梨。
「裏切っちゃった。あの子の勇気も、優しさも」
勝手に舞台を転げ落ちて、真っ逆さま、奈落の底。
哀れ。惨め。そして醜悪。
自分がいかに穢いものかを、堕天の翼を広げた瞬間に嫌というほど思い知った。
あの時天梨が覚えたのは、喪失感と罪悪感。
けれどそれだけじゃない。
確かな快楽が総身を突き抜けていく感覚を、彼女ははっきりと記憶している。
「私はあの子が追いかけてくれるような、そんなアイドルでいなくちゃいけないのに――」
嫌いな誰かを踏み潰すことは気持ちがいい。
間違いなく悪徳ではあるが、ヒトとして誰もが当然に持ち合わせる性質でもある。
しかし輪堂天梨はあの瞬間まで、本当にその感情を知らなかったのだ。
誰も憎まず呪わず、誰かの破滅に一切の他心なく心を痛められる。
善良のお手本のようなメンタリティは、この猥雑とした時代においてはひとつの狂気だ。
輪堂天梨は破綻者である。そんな類稀な精神構造を持って生まれた少女が、悪意の味を覚えてしまった。
「こんな私じゃもう、"みんな"の天使でいられない」
シャクシャインとの運命も。
満天との勝負も。
全部、天梨自ら駄目にした。
768
:
天体のメソッド
◆0pIloi6gg.
:2025/08/31(日) 21:25:29 ID:GKRVG56.0
その失意は凄まじいものだ。
完全な堕天を待たずして、既に天使は絶望の底。
とめどない自己嫌悪が少女の輝きを隠す暈になっている。
折れた手の痛みすら問題にならないほどの心の摩耗。
心はもうすり切れそうで、波打ち際の砂の城も同じだ。
今はギリギリのところで踏み止まっているだけに過ぎない。
「……あのね」
懺悔めいた悔恨を聞き届けたアンジェリカは、目の前の萎れた少女に――
「思い上がりすぎ。いい子通り越してちょっと痛いよ」
「あいたっ!?」
ぽか、と、軽いげんこつをお見舞いした。
咄嗟に左手で頭を押さえ、鏡越しに見てくる天梨にアンジェリカは嘆息する。
同時に確信した。この娘は巷で言われてるような悪女なんかじゃ断じてない。
むしろ逆だ。
輪堂天梨は、あまりにもいい子すぎる。
というか苦手なタイプでさえある。大衆の私刑に同意する気はないが、彼女が敵を作ってしまう理由も分かった気がした。
何ならアンジェリカ自身、さっきの告白を聞いている時には鼻につく女だなと苛立ちを覚えてしまったくらいだ。
「わたしはあんたのこと知らないから、知ったようなこと言うしかないけどさ」
アイドルとしてなら、彼女は確かに最強だろう。
自負が違う。自覚が違う。ジャンルに明るくないアンジェリカでさえこの短い時間でそう思わされた。
裏表なく、打算抜きに大衆の理想像を貫ける人間なんてそういない。
「世の中、そんなにあんた中心で回ってないよ」
要するにこの少女は、舞台の上と下の区別をつけられないのだ。
「っ、違……そういうつもりで言ったんじゃ」
「いいや、そういう風に聞こえた。少なくともわたしはね」
それがアイドルのあるべき姿だと言われたら返す言葉もないが、少なくともこんな非日常の中でまで貫くことじゃないだろう。
オンとオフの切り替えがないのは大半の人間に好印象を与えるだろうが、逆に鬱陶しさを見出す者もいるのは正直よくわかる。
というか、たぶんアンジェリカは後者側の人間だった。
この子と一緒にいると、どんどん自分を嫌いになっていきそうだから。
「あんたが天使であるとかないとか、はっきり言ってほとんどの人にはどうでもいいでしょ。
それを気にする奴なんておたくのヤバいサーヴァントと、あの無愛想なホムンクルスくらいじゃない?」
「……、でも」
「大体、その……マンテンちゃん? だっけ。
その子って、あんたがちょっと汚いところ見せただけで幻滅するような奴なの?
だったら付き合い考えなよ、そんな奴いてもいなくても変わんないから」
「そ――そんなことない!」
いきなり声を荒らげられてちょっとびっくりしたが、それだけ大切な友人でありライバルなのだろう。
きーんと残響の残る耳を指で穿りながら、アンジェリカは思った。
769
:
天体のメソッド
◆0pIloi6gg.
:2025/08/31(日) 21:26:27 ID:GKRVG56.0
「そんなこと、ないもん……」
「反論する元気があるなら、いつまでもうじうじしてないでしゃんとしなさい。
わたしはあのホムンクルスは嫌いだけど、あんたがそんな調子だとあいつも困るでしょ。多分」
とはいえあの場で天梨が健在だったなら、ホムンクルスは祓葉を探しに行くとか言い出す可能性もあった。
赤騎士蠢き祓葉舞い踊る地獄の新宿から離脱できる理由を作ってくれたのには、やっぱり感謝している。
が、仮にも同盟相手な彼女がこうだとこの先困るのは本当だ。
ほぼ初対面の相手にだいぶズケズケ言った自覚はあるが、そこはカウンセラーの当たりが悪かったと諦めてほしい。
わしゃわしゃときれいな薄紫の髪を泡立ててやりながら、アンジェリカはぽつり問う。
「……元気出た?」
「……出た、かも。
でも……そうだよね。私がこんなじゃみんなにもっと迷惑かけちゃうし。ありがとう、えっと――アンジェリカさん……?」
「ん。アンジェリカ・アルロニカ。ホムンクルスから聞いてるでしょ。
あとアンジェでいいよ。うちのサーヴァントとあと厄介な後輩一名はそう呼んでる」
「じゃあ、アンジェさんだ」
本人も言う通り、ちょっとは元気が出たらしい。
まだ本調子には程遠いというか、無理してる感が傍目にもわかるが、それでもさっきまでに比べれば随分マシだろう。
安堵してから、らしくないことをしてしまった、と少し気恥ずかしくなった。
時計塔のアンジェリカ・アルロニカは、決してこんな面倒見のいい人物じゃなかった。
いつも現状に辟易していて、いつも苛立っていて、そしていつも諦めていた。
自分の未来を諦めてるような人間が、他人の辛さなど慮れるわけもない。
もしそんな余裕が彼女にあったなら、ノンデリ発言で友人と決闘を演じることもなかったろう。
変化の理由はいくつか考えられる。
意地でも望みの未来に食らいつかなきゃいけなくなったことがもちろん一番だ。
実際に死にかけて、いろんなことを知って、ますますその気持ちは強まっている。
だけどそれを筆頭に挙げられる"いくつか"の中には、やはり"あいつ"の存在も含まれていた。
――厄介な後輩。
出会ったばかりの自分を命がけで守り、先輩と慕い、屈託のない無邪気な顔を向けてきたあの女。
他人の運命を遊び感覚で狂わせておきながら、毛ほどの邪悪も見て取れない超越者。
興味はないが、もしも魔術世界の道理ですら説明できない本物の神様がどこかにいるのなら、それはああいう性格をしてるのかもしれない。
神寂祓葉は神様で、人間だ。
世界はその矛盾を許容しない。
ヒトはその矛盾に耐えられない。
彼女と共に生きられる人間はいない。
じゃあ、わたしは。わたし達は。
あのとても綺麗(あわれ)な女の子に、何をしてやればいいのだろう?
770
:
天体のメソッド
◆0pIloi6gg.
:2025/08/31(日) 21:27:28 ID:GKRVG56.0
「アンジェさん?」
「――ごめん、ちょっと考え事してた」
天梨に呼びかけられて、自分が黙りこくっていたことに気付く。
これじゃさっきまでとあべこべだ。取り繕いながら、シャワーで泡を流してやる。
やはり手は痛むのか、バスタブの方に避難させていた。
「ていうかあんたさ、とんでもないのに懐かれちゃったね。
知ってると思うけど六人(あいつら)、揃いも揃ってドの付く異常者だよ。
わたしもあいつの昔馴染にえらい目に遭わされたんだから」
「あはは……、でも、ほむっちはいい子だよ」
「いい子ぉ? あの根暗が?
天使様の眼はどうなってんだか――そういえばあいつ、私が会った時より大きくなってる気がするんだけど……もしかして何か知ってたり」
「あ、えっとね。詳しく話すと長くなるんだけど……私の魔術って、他の人を強くすることができるらしくて」
その影響だって言ってたよ、と事もなく言う天梨に、アンジェリカは一瞬固まった。
(……他者強化? それも、生き物を強制的に成長させられるレベルの?)
これをさらりと打ち明けられてしまう時点で、輪堂天梨が魔術に関して素人なことはよく分かる。
他人へ施す強化魔術はその道の最高技術だ。"できる"と知られた瞬間、冗談抜きに周りの見る目が変わるレベルである。
もちろんアンジェリカもできない。ましてホムンクルスとはいえ、人間規格の生物を即座に成長させるほどの術なんて聞いたこともない。
魔術界は広い。探せば可能な者はいるかもしれないが、今回それをやったのは魔術師の何たるかも知らないような市井の少女なのだ。
「――そっか。だからアレの眼鏡に適ったわけね」
天梨に聞こえないよう、水勢を強めながら独りごちるアンジェリカ。
共通項を見つけた瞬間、パズルのピースが独りでに填まっていく。
最初は半信半疑だったが――思えば、似ているところは多い。
美しい見た目、非凡な才能、魔術のルールを逸脱した"超能力"。
そして、ヒトの社会から拒まれていること。
本人に悪意がなくとも、存在するだけで誰かの心を揺らしてしまう地上の星。
継代のハサンの忠告の意味がわかった。
確かに彼の言う通り、輪堂天梨は神寂祓葉の同類だ。
実際に会って言葉を交わしたアンジェリカにはそれがわかる。
771
:
天体のメソッド
◆0pIloi6gg.
:2025/08/31(日) 21:28:25 ID:GKRVG56.0
(じゃあ、この子の不安はあながち間違ってもないってコトか――)
自分の天使性を自覚して病んでいる姿には苛立ちが勝ってしまったが。
彼女が祓葉と同族であることを踏まえて考えると、確かに"堕天"は絶対に避けなければならないだろう。
未開花の状態で既に、世の大半の魔術師を凌駕する才覚を発揮しているのだ。
天梨が完成した時、彼女の翼の色が白でなかったなら、いったいどれほどの災厄が産み出されるのか……考えただけでもゾッとする。
それに。
あえて言葉にはしないが、そうでなくてもこの娘を放っておきたくはなかった。
あの後輩に似ているけれど、まだこちら側の世界にいる彼女を。
あんなにも美しく、そして悲しい存在にはしたくない。
もう一度深いため息をつく。ついでに心のなかで祓葉に毒づいた。
――こっちは生き抜くだけで手一杯だってのに、余計なモノ押し付けやがって。
――やっぱりあんたは最悪な女だよ。寂句の言ってたことは本当に正しい。
「これくらいでいいかな。ほら、上がって手当てするよ」
「うん。……ごめんね、お願いしてもいいかな。アンジェさん」
「言われなくてもそのつもり。わたし以外に適役いなそうだしね――あといちいち謝んないの」
気分も身体もさっぱりした様子の天梨からぷいと顔を背けて、アンジェリカは彼女の頭にバスタオルをかぶせた。
「わぶっ」
「片手じゃ大変でしょ、やったげる。
……ああもう、言っとくけど普段こういうキャラじゃないんだからねわたし……!」
半ばやけっぱち気味に世話を焼くその姿は、先輩というよりかは姉に似ていた。
【渋谷区・超高級ホテル 最上階スイートルーム/二日目・未明】
【輪堂天梨】
[状態]:疲労(大)、左手指・甲骨折、全身にダメージ(中)、自己嫌悪(ちょっと落ち着いた)
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:たくさん(体質の恩恵でお仕事が順調)
[思考・状況]
基本方針:〈天使〉のままでいたい。
0:正直まだ落ち込んでるけど、確かにこのままじゃかけちゃう。
1:ほむっちのことは……うん、守らないと。
2:……私も負けないよ、満天ちゃん。
3:アヴェンジャーのことは無視できない。私は、彼のマスターなんだから。
4:アンジェさんを信用。誰かに怒られたのって、結構久しぶりかも。
[備考]
※以降に仕事が入っているかどうかは後のリレーにお任せします。
※魔術回路の開き方を覚え、"自身が友好的と判断する相手に人間・英霊を問わず強化を与える魔術"(【感光/応答(Call and Response)】)を行使できるようになりました。
持続時間、今後の成長如何については後の書き手さんにお任せします。
※自分の無自覚に行使している魔術について知りました。
※煌星満天との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
→魅了魔術の出力が向上しています。NPC程度であれば、だいたい言うことを聞かせられるようです。
※煌星満天と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
※一時的な堕天に至りました。
その産物として、対象を絞る代わりに規格外の強化を授けられる【受胎告知(First Light)】を体得しました。この魔術による強化の時間制限の有無は後続に委ねます。
【アンジェリカ・アルロニカ】
[状態]:魔力消費(中)、疲労(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:ヒーローのお面(ピンク)
[所持金]:家にはそれなりの金額があった。それなりの貯金もあるようだ。時計塔の魔術師だしね。
[思考・状況]
基本方針:勝ち残る。
0:考えなきゃいけないことがいっぱいで嫌になる。どいつもこいつも勝手な奴ばっかり。
1:天梨の手当てが済んだら、ホムンクルスから色々聞き出さないと。
2:神寂祓葉に複雑な感情。
3:蛇杖堂寂句には二度と会いたくない。
4:天梨は祓葉の同類、確かにそうかもしれない。……二人目、ねぇ。
[備考]
※ホムンクルス36号から、前回の聖杯戦争のマスターの情報(神寂祓葉を除く)を手に入れました。
※蛇杖堂寂句の手術を受けました。
※神寂祓葉が"こう"なる前について少しだけ聞きました。
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◆0pIloi6gg.
:2025/08/31(日) 21:28:55 ID:GKRVG56.0
投下終了です。
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